1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2011-10-25 12:36:32 ryoshougaiの投稿

印象操作は音楽で

テーマ:考え方
僕は、大学で英語のネイティブの授業を週二回受けてるわけですが、その授業で思ったことがあるので書きます。

そのネイティブの先生の授業で、最近映画を見る機会がありました。

その映画のタイトルは「BARAKA」と言って、セリフが一切無い記録映画です。

内容は、様々な国の環境問題や人種問題など、言ってみれば世界の「負」の部分のようなところが淡々と映し出されます。

で、僕が思ったのは、そもそもそれが問題かどうかは、映画見た当人が決めればいいことです。

では、何故僕がその取材の内容を「問題」と思ってしまったかというと、単純にバックミュージックの問題です。

例えば、鶏が出荷されるまでを記録した場面がありました。

まず、大量のひよこがベルトコンベアで流されていきます。

そのひよこは、楕円形の鉄の容器にボタボタと落とされ、またベルトコンベアで流されていきます。

その過程で人間が目視で、売り物にならないと判断されたひよこはどんどん棄てられていきます。

そして、最終的にはくちばしを高音の鉄のようなもので焼かれてから、養鶏所に送られます。

僕は、最初見た時は「ひどいな」と思いました。

ただ、よく考えれば、最終的にその鶏は食べられます。

ともすれば、その過程で乱雑に扱われようが、丁寧に扱われようが関係ないような気がします。

もちろん、丁寧に扱ったほうが美味い肉になるかもしれませんが、それは今回の文章の本旨と関係ないので飛ばします。

つまり、最終的に食べられてしまう鶏を、ベルトコンベヤで流して扱おうが、丁寧に扱おうが関係ないということです。

もしかしたら、肉を食うなと言い出す人がいるかもしれませんが、肉ほど潤沢にタンパク質を含んでる食べ物はそうそうありません。

何より美味い!

で、これを人間に置き換えて考えるような人もいますが、それも違うと思います。

だって、人間じゃないんだもの。

んで、僕は最大の問題だと思ったのは、その鶏の場面でおどろおどろしいバックミュージックが流れていたことです。

現場ではそんなバックミュージックは流れていませんし、完全に製作者の恣意的な印象操作です。

こういう印象操作は、実態をぼやかすというか、勘違いしてそれを認識してしまいます。

なので、ニュースなんかでも、無駄なバックミュージックなんか流さず、NHKのように淡々と事実を伝えることが大切なのだと思います。

逆に言えば、音楽は印象操作をするには最高のツールということです。
  • なうで紹介
  • mixiチェック
  • ツイートする
2011-10-24 16:17:45 ryoshougaiの投稿

イケメンはどうして「イケメン」に

テーマ:考え方
世間には、イケメンと言われる人達がいます。

イケメンの正確な定義は分かりませんが、僕の解釈としては、「顔の形状が他人から美しい、またはカッコイイと感じられる人」のことだと思います。

ちなみに、美女は女版イケメンであり、男のイケメンと扱いはほぼ同じです。

で、僕の最大の疑問は、イケメンの人は何故周りから、イケメンともてはやされ一定の評価を得るのでしょうか?

ここが最大の疑問です。

異性がイケメンを選ぶメリットとは何でしょうか?

自然淘汰の概念で考えてみると、どんどん謎が深まっていきます。

まず、ヒトという種の優位性としては、現代社会において、金持ち、身体が丈夫、社会的地位の高いポジションにいるなどが挙げられます。

これらが自然淘汰における、優位性の種になるのはよく分かります。

やはり、経済的に裕福な子供は、高度な教育を受けさせることができます。

そして傾向として、高学歴のほうが高い年収を得ることができます。

するとその子供も高度な教育を受けて。。。

というループで優位性を確保できると思います。

しかし、イケメンというだけで、何か人間社会において何かメリットがあるのでしょうか?

考えれば考えるほど、イケメンの価値というのは非常に低いように思うのです。

ならば、何故これほどまでにイケメンがもてはやされ、異性からの人気もあるのでしょうか?

僕の結論はまだ出ていません。

しかし、ヒントとしては、時代によって「イケメン」の傾向は異なります。

現代では、目が大きくて、身長が高くて、細マッチョなどが比較的イケメンになりやすいと思います。

しかし、平安時代におけるイケメンは、目が細くて、眉毛も濃いめと今のイケメンとは大きく異なります。

また、たまに昭和に放送されていたアイドル番組などを見ると、「この人ホントにアイドル?」と思ってしまう人がいます。

つまり、数十年、下手すれば数年のスパンで「イケメン」はイケメンでなくなり、新たな顔の形状の人が「イケメン」となります。

なので、イケメンとは、その時代の価値観において、皆がイケメンだと思う顔のことだと思います。

そんなヒントを手がかりに考えてみます。

皆さんの意見も聞きたいので、コメント欄にガンガン書いてください。
  • なうで紹介
  • mixiチェック
  • ツイートする
2011-10-23 22:40:54 ryoshougaiの投稿

秋の夜長に何となく思ったこと

テーマ:考え方
最近色々なことがあって、色々考えていますが、その中で一つの考えが固まりました。

それは、「どうでもいい人には、どう思われてもどうでもいい」ということ。

日本人は「KY」とか言って、他の人にどう思われるかということにやたらと気を遣います。

しかし僕が考えた結果、全員に良く思われる必要はないということに気づきました。

逆に言えば、自分が決めた人には、徹底的にエネルギーを注ぎ込むということです。

別に、だからといってその人に気を遣うというわけではありません。

他人に気を遣う意味の無いエネルギーを、本当に大切だと思う人に使うということです。

かと言って、粗暴に振る舞えと言っているわけではありません。

別に困ってる人がいたら手を差し延べるし、高齢者にも席を譲ります。

ただ、誰にでも気を遣うのは、しんどいというか無駄なエネルギーを消費してるだけです。

ってことで、「誰にエネルギーを注ぐか」ということが大事なんだと思った秋の夜長。
  • なうで紹介
  • mixiチェック
  • ツイートする
2011-10-22 22:53:19 ryoshougaiの投稿

損切りをしていこう!

テーマ:考え方
人生において、いかに適切なタイミングで損切りできるかが、その後の人生を大きく変わる要因になると思います。

ちなみに、損切りとは株式や外国為替証拠金取引(FX)、不動産などの相場用語として用いられる言葉で、株を購入後に価格が下落した場合、さらに下落して損害が出る前に処分する、または別な株に乗り換えて利益を出すなどの思惑で行われることです。

つまり、自分が所有している株の株価が下がっている時に、どのタイミングでその株を売却するかという問題です。

損切りせずに放置しておけば、どんどんと株価が下落し、損が嵩んでいきます。

逆に、あまりにも早く損切りしてしまうと、その後株価が持ち直して、結局無駄に損をしてしまったなんてことにもなります。

株価は基本的に、どのように変動するか分かりませんから、その分損切りのタイミングは非常に重要になるのです。

んで、この損切りの考え方は、株価だけではなく自分の生き方にも応用できるんじゃないかと思うのです。

例えば、めっちゃデブな子供を体操のオリンピックに出場させるために体操教室に通わすとか、超馬鹿な子供に東大を目指さすとか、Fランク大学のロースクールで弁護士を目指すとか、こういう明らかに実現可能性の低いことに、時間や金を投資することは止めたほうがいいと思います。

つまり、さっさと損切りして、もっと有意義なことに投資すべきだということです。

ちなみに、この損切りの考え方は、趣味には適用しません。

だって、趣味って好きでやってるんですよね。

だから、そもそもそれ自体が楽しいんだからいいじゃん!ってことで、趣味には損切りを持ち込みません。

損切りしていくのは、その時に自分が人生をかけてる活動です。

例えば、学生だったら勉強なんかがそれです。

東大を目指すことは誰でもできます。

しかし、目指した人、全員が東大に行けるわけではありません。

もちろん、合格率60%とかだったら頑張る価値はあると思います。

しかし、合格率10%以下とかだったら、かなり厳しいというか、ほとんど無理でしょうね。

だったら、東大は損切りして、早慶やその他国公立を目指せばいいのです。

僕は、基本的に「諦め」が大嫌いです。

頑張れば何でもできると信じたいし、そうあるべきだとも思ったりもします。

しかし現実問題として、東大の例のように達成できない人は確実にいるのです。

だからこそ、人生における損切りが重要だと思います。

損切りのタイミングを誤ると、株価と同じように取り返しがつかないところまで行ってしまいます。

例えば、経営者が見込みの無いプロジェクトに、莫大な予算を注ぎ込んで、最終的に首が回らなくなり倒産。そして破産。

なんてことになってしまいます。

だから、いかに勇気を持って損切りしていくかが重要なのです。

日本人はどうも、一つのことを継続することを美徳だと感じる人が多いようです。

しかしこれは、損切りの観点から考えれば非常に危険な考え方です。

例えば、現在は新司法試験になって、最大三回までしか試験を受験できませんでしたが、旧司法試験は何度でも受けることができました。

その結果、何が起きたかというと、25歳ぐらいで上手く損切りできた人はいいですが、しつこく受験し続け、気づけば40歳なんて人もいました。

これは、典型的な損切りミスです。

だから、「石の上にも三年」的な考え方をするのではなく、損切りすべきことは早期にしていくことが大切だと思います。

で、上手く損切りできれば、余力がありますから、また新たな投資をすることができます。

つまり、損切りとは新たなチャンスの創造をすることなのです。

だから、損切りはタイミングが全てであり、勇気を持ってしていかなければならないのです。

ちなみに、投資を続けてもいいと思うものは、中途半端な投資はせずに、思い切って全エネルギーをそこに投資すべきです。

損切りは、ある側面から見ればそれを止めるという見方もできますが、別な側面から見れば、やらないことを決めるとも見ることができます。

損切りとは、人生を豊かにしていく上で欠かせないものなのです。
  • なうで紹介
  • mixiチェック
  • ツイートする
2011-10-21 08:23:29 ryoshougaiの投稿

読み込み読書の方法論

テーマ:考え方
読書には、大きく分けて二種類あります。

ただ単に、読みたいから読む読書と、論文などを書くためにその本を参考にする読書。

前者の読みたいから読む読書には、読み方なんてありません。

自由です。

しかし、後者の参考にする読書は、ただ漫然と読んでいるだけでは、参考にすらできない可能性があるのです。

ってことで、今回は法学部生らしく、参考にする時の読書法を紹介します。

何故、法学部が関係あるのかというと、法学とは突き詰めれば解釈学です。

法学において最も尊重されるべきは憲法です。

その憲法の文章は、誰が読もうとも発音は同じです。

しかし、その文章をどのように「感じ」「解釈するか」は、人によって異なります。

だから、憲法九条の論争が起きているのです。

つまり、法学部の人間は、それを「どのように解釈するか」が、最も重要であり、それが全てと言っても過言ではありません。

そして、僕も普段からそのような読書をする訓練を受けています。

ということで、読み込まなくてはいけない読書をする時にチェックすべきポイントは。。。

1、タイトル・著者・出版社

2、その本のメインテーマ
3、筆者の結論

4、結論の根拠

です。

。。。あれ?少なくね?

そう思った人がいると思います。

しかし、本当にこれで十分なのです。

逆に、色んな項目を増やしてややこしくなるほうが、はるかに無意味です。

それに、一つの事象を調べる時には、大量の本・論文・新聞記事などを読み込まなくてはなりません。

その時に、いちいちたくさんの項目をチェックしていては、時間がいくらあっても足りません。

なので、基本的にこれらの四つの項目で十分なのです。

もし、何かの事情で、本を読み込まなくてはならない機会があれば、是非この方法を試してみてください。

一発で理解が深まります。
  • なうで紹介
  • mixiチェック
  • ツイートする

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト