魂の王座奪取だった。ムエタイでも約300戦をこなした強打の王者を相手に、八重樫は1回から鋭い左フックを打ち込んだ。5回からは「王者に巻き込まれた」と足を止めての壮絶な打ち合いに突入。フラフラになりながら、「ターミネーター」の異名を持つタフな王者を追い込んだ。
そして10回。ロープに詰めて連打を浴びせると、レフェリーが割って入った。TKO勝ちに、大橋会長と目を赤くして抱き合った。「すごく苦しい戦いだった。もうダメだと思うときもあったけど、負けなかった」
勝負の分かれ目は、KO寸前まで攻め込みながら逆にカウンターをもらった8回。なんとかコーナーに戻った八重樫に大橋会長から「圭太郎のために行ってこい!」と声が飛んだ。6歳の長男の名前に、再び闘志がわき上がった。
家族と故郷が力になった。同郷で高校時代から知り合いだった彩さん(27)と昨年10月に入籍。長女・志のぶちゃん(11カ月)も誕生した。度重なる負傷で昨春に大橋会長から引退勧告も受けても、再びリングに上がることを決意した。
3月には東日本大震災が発生。出身の北上市は内陸のため家族や親類に深刻な被害はなかったが、変わり果てた故郷、そして東北の姿に深く傷ついた。「岩手初の世界王者になって、いい知らせを届けたかった。僕らが頑張らないと」
会場には両親をはじめ、故郷から約100人の応援団が駆けつけていた。「田舎や地方もあっての日本。微々たる力でも、少しでも地元の思いを代弁できる存在になれればうれしい。皆さん、このベルトを触りに来てください」。2度目の世界挑戦で希望を届けた新王者は、ベルトを手に凱旋(がいせん)する日を待ちわびた。(丸山汎)
(紙面から)