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2011年10月24日 (月)

『スティーブジョブズⅠ・Ⅱ』の翻訳について-その3

■後工程との時間の取り合い

ふつう、発売日から2カ月半とか3カ月くらい前には完成原稿を出版社にわたします。完成原稿というのは、一通り訳したあと、プリントアウトして読みなおし、赤を入れてなにして、まあ、このまま本にしてもいいんじゃないかと訳者の段階で思うレベルにしたものを言います。

このあと、編集さんや校正さんのチェックがありますし、出版社の中ではほかの編集さんも読んでその意見がまわってきたりとかします。具体的な作業はいわゆるゲラ。版組されて本のイメージになった出力を渡され、そこに赤を入れていくわけです。だいたい、初稿ゲラ、2校ゲラの2回、やりとりがあります。で、発売日の1カ月前後前に印刷所入稿(←この時点で私は基本的に解放されます)。

この後工程、今回は分厚いので、基本的に3カ月見るべきでしょう。もっとかもしれません。2冊分と考え編集工程の期間が倍になると考えるならミニマム4カ月という計算になります。まあ、訳者も必死でやるんだから後工程も必死でお願いとやるにしても2.5カ月は必要でしょうか。11月21日発売という7月頭に予定されていた時期に出すのでも、どんなに遅くても9月の頭には完成原稿をあげなければならないことになります。

その場合、翻訳期間は7月頭から2カ月。はい、無理です。なにをどうがんばろうが無理なものは無理というレベルです。考えるまでもありません。

それをなんとかするには、翻訳工程と編集工程を重ねるしかありません。というわけで、今回、9月にはいるあたりで上巻の原稿を講談社さんにお渡ししています。そこからあと、私が下巻の残りを進めているあいだに(上巻分を渡した時点で翻訳作業は下巻の途中まで進んでいます)講談社さん側では上巻の編集作業や版組の調整やらを進めるわけです。下巻も最後にまとめてだとスケジュール的に苦しくなるので、途中で一部、お渡ししています。時間に追われる産業翻訳でおこなわれる分納と同じ考え方です。

そんなことして影響は出ないのかって? もちろん、影響はあります。

ふつうは、一通り訳したあとに全体を通して調整というのをどこかでやります。私の場合、だいたい、1回目の読み直しと2回目の読み直しのあいだでやります。それをやらずに(やれずに)出版社さんに出してしまうわけです。当然、後ろのほうを訳しているあいだに前のほうで直したいところとか、全体を通して読みなおしたとき直したいところとかが出てきます。でも、原稿は出しちゃったあと。ゲラで直すしかないわけです。

というわけで、そういう直しがあるたび、メモを残しています。残しているのですが……人間がやることにはミスがつきものなので、もしかすると、ひとつとかふたつとか、メモを書き忘れているかもしれません。こんなややこしい工程にしなければ、ミスらないミスが混入するおそれは否定できません。

表記的なものは校正さんなんかがみつけてくれるので最終的には残らないのですが、表現の部分はそうはいかないので。

最大の影響は「疲れる」かもしれません。ややこしいやり方になる分、修正作業にかかる時間はむしろ長くなります(それでも、本の制作工程全体で見れば所要期間が短くなる)。また、いろいろと気をつける点が増えれば増えるほど頭が疲れます。ま、そういう労力で短縮分の期間を買っていると思うべきなのでしょう。

それでも、下訳や共訳よりはひとりでやったほうがいいものになる。そう、私も講談社さんも思ったので、こういう形で進めました。それが成功したのか失敗したのかは、できあがった本を読んだ方々に判断していただくことになります。私は成功したと思っていますし、講談社さんもそう思われているはずだと思いますが。

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