帰って来てくれると信じていたのに--。焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件で、5人目の犠牲者となった富山県小矢部市の少年(14)の父親(49)は23日、毎日新聞の取材に対し、息子を失った苦しい胸の内を語った。楽しかった家族のだんらんから一転し、襲いかかった悪夢。父親は「彼の人生を奪っていったものと闘わなくちゃいけない。それが親の仕事じゃないか」と拳を握り締めた。
家族は4月22日、前日に14回目の誕生日を迎えた少年を祝うため、4人で同県砺波市の砺波店を訪れた。店を選んだのは少年だった。父親が「何が食べたい?」と聞くと、「焼き肉! えびす!」と元気よく答えた。3月に同店で食べたユッケのおいしさを思い出し、この日は3皿注文。兄と喜んで食べた。
腹痛を訴えたのは翌日。父親も兄も同様の症状だった。「津波のような痛みが押し寄せてくる。脂汗が出た」と父親は振り返る。少年の症状は更に重く、入院翌日の28日夕、「お父さん、右手に力が入らんがやけど」と訴えた。すぐに集中治療室へ運ばれた。脳症を心配した母親は病床で、「あなたは誰?」「あなたの好きなものは?」と語りかけた。少年は言葉を選びつつも的確に答えた。「もう疲れた」と言うまで続けた。最後に名前を呼びかけた時、少年はにっこりと笑った。しかし29日朝、意識不明となり人工呼吸器が着けられた。
少年は小学3年生の時からサッカーを始め、6年時にはキャプテンに。「小さい時から面倒見が良くてね」と父親は言う。中学でもサッカーを続け、周囲からはキャプテン候補と目されていた。だが少年は、3年生が抜けて同級生の2年生が主役になった今年の夏、病床で闘っていた。「何でこんな目に遭わんなんがや(=遭わないといけないんだ)」。父親は怒りが込み上げた。少年は入院から約半年後の今月22日午後9時52分、息を引き取った。
「あの社長はパフォーマンスだけだ」。父親は、チェーン店を経営していたフーズ・フォーラス社(金沢市)に憤った。幹部が5月に1度謝罪に来てからは、誰も来ていないという。「半年がたち、この事件が風化していくのが嫌なんです。だから僕は闘っていく」。父親は力を込めた。【大森治幸】
毎日新聞 2011年10月24日 15時00分(最終更新 10月24日 15時57分)