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[27648] 転機編2話更新【ネタ】混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた(IS×狂乱家族[一部])
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/10/22 10:13
業務連絡

7月31日、篠ノ乃→篠ノ之に何カ所か修正いたしました
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小さい頃、宇宙の構造とか、生物図鑑などを眺めてわくわくした事はありませんか?
不可能を可能にしようとする科学者が大好きです。

しかし、新しい発見は時として世界を大きく書き換えてしまったりします。

ノーベルやアインシュタインはその事に苦悩したそうですが、一方未知への探求に対する飽くなき衝動で、そんな事一切考えない人達。


それを狂科学者マッドサイエンティストと人々は言います



フィクションの世界であるからこそ魅力ある彼ら。
Dr.ワイリー(ロックマンシリーズ)
Dr.ウェスト(デモンベイン)
ジェイル・スカリエッティ(リリカルなのは)
Dr.ゲボック(狂乱家族日記)
Dr.エッグマン(ソニックシリーズ)
キース・ホワイト(ARMS)
葉月の雫(おりがみ)
峰島祐次郎(9S)
篠ノ乃束(インフィニット・ストラトス)
涅マユリ(BREACH)
高原イヨ(吉永さんちのガーゴイル)
海苔巻煎餅(Drスランプ・アラレちゃん)
カレル・ラウディウス(Add)
剛くん(サイボーグクロちゃん)
探耽求究ダンタリオン(灼眼のシャナ)
岸和田博士(岸和田博士の科学的愛情)
中江馬竜“ミスターB”(ばいおれんす☆まじかる)
八鹿寿壱(アプサラス・神の逆矛)

とかとか大好きですね
などなどまだまだ居ますね〜

まぁ、そんな中二つ程チョイスしてクロスしてしまいました
リアルで超忙しいのに何してんだ俺・・・
拙作は公開処女作となります。激しく未熟です
原作は持ってますが、考察不足で独自設定を知らず出してしまうかもしれませんし
辻褄合わせの為に独自設定をだすかもしれません。というか出しますね・・・俺なら
そもそも、遅筆で更新不定期です

クロス当初編と本編編を交互に出して行きたいと思います
本編編はオリ主編でもあります。苦手な方はご注意ください

・・・次回に出るのいつだろう・・・

そんな未熟作ですが、もし好奇心があったらご一読ください



[27648] 遭遇編 第 1話  邂逅———割とありがちな爆発移動
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/31 23:55
 とある田舎の小さな村。
 そこにはよくある怪談が流れていた。

———曰く、村の片隅にある廃工場、そこには悪魔が住んでいると

 よくある怪談だった。
 危険な場所に子供を行かせないため言い聞かせる『子供部屋の邪妖精』のようなものである。

 不穏な事件など何も起こらなかったし、肝試ししようとする活動的な若者も居なかった。
 子供達はただ一人を除いてそれを信じて近付かず、大人の真意に気付いていた聡明な少女も、まだ好奇心はそちらに向いていなかった。



———ただ
 ある意味において、ある者達に取ってはそれは噂通りの存在であった。

 それは本来ならば彼らこそが、人々が恐れ、忌み嫌う闇夜に生きる人外共。
 その彼らが、そこの廃工場に『悪魔』が居る、と恐れるものが生み出されつつあったのだ。
 もしも、それが完成したのならば、その圧倒的な悪意によって彼らに暴虐が降り注ぐ事であろう事は間違いなかった。

 そこが廃工場である事も、生み出そうとしている者たちの意図によって偽装されたものだった。

 だから、その情報を得た彼らは家族を、大切な者を守るため、廃工場で生まれつつあるモノを破壊しに来たのである。



「ぎゃあ!」
 それは、どの人外の悲鳴だったか。
 彼らの屈強な肉体さえものともせぬ凶悪な弾丸が、留弾が、次々と彼らに襲いかかる。
 全身鎧にも似た装甲服を着た、化け物狩りのスペシャリスト達がそこには待ち伏せしていたのだ。



 廃工場の情報は真実だった。
 だが、その情報の漏洩そのものが彼らの罠だったのだ。
 だが、一方的にやられるわけにはいかない。
 彼らにも守るべき者は存在し、彼らは人には無い異能がある。

 尤も———
 彼らとて限界はある。
 だが、自分の命などよりも大切な者があった。

 しかし、現実は厳しいものだ。
 とある人外が、吹き飛ばされ、一瞬だけ意識をとぎらせたと思えば、足が動かない。
 気付けば胸から下が爆弾で破裂したのか無くなっていた。
 どうりで、力が入らない筈だ。
 たとえ人間とは比べ物にならない生命力があろうが、これでは助かる筈も無い。
 
 痛みは無い。
 眠くなって来た。
 仲間はどれぐらい生き残っているのだろうか。
 逃げられた者は居たのだろうか。
 いや。
 自分と同じ志願した者達だ。
 何もなせず逃げる事は無いだろう。

 力を絞り出す。
 流れ出る血液とともに。命さえ加速させて。
 どうせ助からないなら出し惜しみするようなものでもないのだし。
 彼に気付いたのか、あちこちから、自らを省みない仲間達の力を感じた。
 それにすまない、と胸の内だけでつぶやき、意識は永遠に闇に落ちる。

 いったい、どんな力だったのかは人間には分からないだろう。



 この離れた地から、放たれた彼らの異能の力は———

 根こそぎ廃工場をこの世界から消し飛ばした。
 後に、核兵器さえ凌駕すると言われた、悪魔の頭脳とともに。












———某日本国某県某市、篠ノ之神社裏———

 友人と遊んでいた少女、織斑千冬はそのとき、起きた事をたった二つしか理解できなかった。
 爆音と暴風である。

 当時5歳でありながら、すでに自分の肉体コントロールが同年代の児童たちを遥かに凌駕していた彼女は、一緒に遊んでいた友人に覆いかぶさり、とっさにその余波からかばっていた。
 とは言っても彼女の知識では何が起こったのか理解出る訳も無く、内心では動揺凄まじく心臓はバクバクと鳴っていた。
 
 友人はこの神社の神主の娘で、篠ノ之束と言う。
 束は神童と呼ばれる程の頭脳を有してはいるが、肉体は至って普通の五歳児並だった。

 頭脳が並ではない束と、身体能力が並ではない千冬。
 何かと浮きがちであった少女二人は、自然と交流を持つようになって行った。
 今では互いに無二の友である。
 肉体的に頑健なのは自分なのだから守らなければ、と言う義務感をしっかり持っている千冬であった。



「何が・・・起こったんだ?」
「えへへ?、すごかったねえ、ちーちゃん」

 あたりを舞う粉塵を吸い込まないように袖で口を覆い、全く気に留めない束の口元も抑える。
 なんというか、のんきだなあ、怖くないのか? と考えてしまう千冬であった。

 やがて、粉塵が収まって来る。
「う・・・わ———」
 そこにあったのは直径三十メートル程のクレーターだった。
 神社裏で整備されていた木々は根こそぎなぎ倒され地肌を晒しており、中心に向かうに連れ、ギラギラと光沢を放っていた。
 さて、中心にはぐちゃぐちゃにスクラップと化した鉄屑の固まりと・・・。

———千冬はそれを認識した。
 年は自分と同じぐらいの、子供が踞っているのを。

「子供が居る!」
 千冬はクレーターを駆け下りようとして引っ張られた。
「危ないよ?」
「止めろ束! あそこに子供が!」
 突撃しようとした千冬を束が両手で引っ張っていた。
 身体能力の差で、逆にずるずる引っ張られているが。

「でもね、ほらち?ちゃん。中心に向けて光ってるよね、地面が高温で解けてガラスになってるんだよ、熱くて火傷しちゃうよ?」
「何を言っているんだ束? なんで地面がガラスになるんだ?」
 普通の五歳の意見である。
 ちょっと知識の差が出てしまったようである。
 だが、何故危ないのかは千冬も察した。その辺は同年代より聡明な千冬である。
 束が飛び抜けすぎているのだ。
 
「それこそ火傷する程熱いならなおさらだ! あの子が危ないだろ!」
「それこそどうでもいいのにな?」
「良くない!」

 千冬に会うまで、知能の高さ故に隔絶されていたからなのだろうか。その点は推測するしか無いが、束は千冬以外に人としての興味を持とうともしなかった。
 何を言おうが完全に無視。
 いや、千冬以外、束の世界に居ない、と言った所か。
 両親さえ辛うじて認識する、と言った程度なのだ。
 後に、千冬に言われ、嫌われたくないと思った束は一応、人の話を聞く事だけはするようになったのだが。



「離せ、私は行く!」
 束を振り払って、まだ蒸気を上げるクレーターの中を千冬は突き進んで行った。

「あ?あ、本当にどうでも良いのに。ち?ちゃんは優しいなあ。でも」
 束はクレーターの中心にずんと、構える鉄屑を注視した。

「あっちはちょっと面白そうだな?、あとでいじっちゃお★」 
 にこり、と天真爛漫に束は笑むのだった。



 その後、爆音を聞きつけた束の両親が神社裏の有様に悲鳴を上げ、さらにまだ熱引かぬクレーターに千冬が乗り込んで行っているのを見るや重ねて悲鳴を上げ、その中心の巨大な金属の塊になんだあれはと絶叫して、止めに千冬が助けようとしている、ここから見たら死体だよなあ、としか思えない程ぼろぼろの子供を見て、しばらく声が掠れて出なくなる程に絶叫する事になる。
 束はうるさいなあ、としか思っていない。
 ああ、千冬の心配だけはしているが。



 慌てて父がクレーターの中に入り、千冬とその子供を抱え上げた。
 さらさらとした、絹のような金髪を持った少年だった。
 無事な所を見つける方が大変な程全身くまなく大怪我をしており、彼は妻に救急車を呼ぶよう叫んだ。声は枯れ切っている。

 幸い、千冬は両掌の皮が水ぶくれになった———少年を担ごうとして地面に触れたからなのだが———他は、靴底のゴムが溶けたぐらいですんだ。

 やがて救急車に搬送され、千冬は火傷の治療の為同伴し、束は残った。
 危ないから止めるように言う母の言葉は完全に無視し、束は安全な場所までクレーターを降りて数秒観察、その鉄屑がなんなのか一発で見抜いた。
 胸に湧くのは好奇心。

 高き知能で大抵のものを理解できる少女にとって、未知とは最大の愉悦と言っても良い。
 大抵の事は大人でも匙を投げる書物を読みあさり、知識として参照できる彼女に取って、その鉄屑は理解できたが未知だった。

 何故なら、それは現行技術では絶対に作り上げる事は不可能であるのだから。






 少年の身元は不明だった。
 しかも明らかに国籍不明。
 すったもんだの紆余曲折の後、神社から最寄りの孤児院に引き取られる事が決まった。

 そして、少年とともに神社裏に出現した鉄塊だが。
 その日の夕刻、しばらくしたら来る警察になんと説明したら良いかと神社裏に来た神主———束の父が———神社裏に来た時すでに。

「ほっほ?、なーるほど?、こうなってるんだ?これは凄いねっ! ふふふっ! これが分かるなんて束ちゃんはやっぱりすごい! まぁ、これを作った人もそこそこだけどね!」

 その神社の娘、束によって徹底的に解体されていた。
 五本の指の隙間それぞれに異なる工具を挟み、猛烈な勢いで分解、解析しつくしきっていたのだ。
 彼は自分の娘の異常性が恐ろしくなった。
 あの子は本当に人間なのだろうか、と。

 もう用は無い、と自分の横を通り過ぎる娘は、自分の事を認識していなかった。
 あまりの事に呆然とし、それこそ警察になんと説明しようか、と彼が頭を抱えるのはしばし後の事である。






 そして、少年は辛うじて一命を取り留めた。
 それからしばらくして、意識を取り戻したらしい。
 驚くべき事に、言語も通じて会話も出来るそうなので、面会謝絶が取り下げられた。
 だが、取り調べは、子供という事の上に、認識の齟齬が大きく、進んでいないらしい。

「ねー、ち?ちゃん、本当に行くの??」
「当然だ」

 その事を聞いた千冬は、見舞いに行く事にした。
 4年後、弟が生まれその愛情を一点集中するまでは、全方面に優しい少女だったのである。
 
 花束とバナナが土産である。代金は何故か束の両親に貰った。
 お見舞いに行く、束も何故か付いて行くと告げたらくれたのだ。
 申し訳なかったが、手ぶらで行くのもあれだと、素直に受け取る事にした。
 花屋での買い物は、篠ノ之母同伴である。
 バナナは吸収が良くて弱った体にもいい、と束に聞いていた事もある。

 なんだかんだ言って、最後まで束も千冬に付いて来た。

 病室に入ると、包帯だらけの少年が居た。背もたれを上げて、座るようにベットに寝ていた。
 包帯が無くても、貧弱で弱そうな印象を受ける。
 人形のように奇麗な顔立ちと美しい金髪に、一瞬、千冬は呼吸も忘れて息を飲んだ。

「大丈夫か?」
 千冬の声に一瞬だけびくっと反応したが、すぐに少年は千冬へ笑みを浮かべた。
「———大丈夫ですよ、手も足も折れてるらしいですけど」
 確かに、四肢は全てギブスで覆われていた。

「・・・そうか。———って、こら束。何をしてる」
 少年のギブスに落書きしようとしている束の襟首を引っ張って戻す。
 視線を戻すと、少年はじっと千冬を———いや、持っている花束を見ていた。
 そうだ、土産を渡そう。と思う前に少年は口を開いた。

「あなたがその手に持っているのはなんですか? 奇麗で、いい匂いがしますけど?」
「———あぁ、これか、お見舞いの花束とバナナだ、丁度渡そうと思っていたんだ」
「おぉ?、バナナだバナナ?、腐りかけが一番美味しぃんだよね!!」
「束、お見舞いの品を食おうとするな」
「え?」

 そこで少年は妙な表情を浮かべた。
 今まで動揺の笑顔に、感動が含まれた表情である。
「お花・・・・・・? 不思議な構造をしてますね」
 その物言いに、さすがの千冬も問いかける。

「どうした、そんな顔して。まさか、花を見た事が無いのか? まぁ、それなら存分に見てくれ、あまり高い花は買えなかったのだがな」
 花束を少年に渡す。
 と言っても、両手がギブスなので腕で抱けるように。

「束、花瓶はあるか?」
「ん?、わかんなーい。大丈夫! 三日ぐらいで腐っちゃうよ!」
「お前に聞いた私が馬鹿だった、看護士に聞いて———ん?」

 ナースステーションに向かおうとした千冬は、少年の様子が変わった事に訝しむ。
 少年はふるふると震えていた。
 そして、酷く恐縮した態度でまっすぐ千冬を見つめて来たのである。
「ありがとうございます!」
「あ、あぁ、そんなに気に入ってもらえたなら———」
 感動溢れんばかりの少年に千冬は面食らった。どもりながら言葉を紡いで行くと、言い切る前に少年は感動の言葉を繋げる。

「こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです」
「んな、なぁっ———!」
 あまりにストレートな物言いに千冬の顔が真っ赤になる。
「ふふん、今更そんな事に気付くなんてまだまだだね! ち?ちゃんは女神様みたいに輝いているんだよ!」
「お、おお、お前まで何を言っているんだ束!」
 何故か束が対抗して来た。
 もはや耳まで真っ赤になった千冬を尻目に、束は少年に千冬の魅力を語る。
 普段ののったりとした喋りではなく、まさしくマシンガントークで。
 これは見るものが見れば驚愕の光景だった。
 束が、千冬以外に語りかけているのである。内容は千冬の事だが。

「いい加減にしろ!」
「ち?ちゃん!? ちょっとそれそのまむぅわ——————!!」
 羞恥がトップに達した千冬はバナナの房を一本毟ってそのまま束の口に突っ込んだ。
 当然、皮は剥いていない。
 それを少年はにこにこと笑顔で見つめていた。

「お前も、そんな恥ずかしい事を真顔で言うな!」
「そうですか? 思った事をそのまま言ったのですけど」
「それをやめろと言っている!」
 少年の口にもバナナを突っ込もうとして踏みとどまる。相手は怪我人だった。それを考慮できる程には物事を考えられる・・・はずだ、と自分に言い聞かせる彼女。

「そういえば、何を探していたのですか? さっき部屋から出ようとしていましたが」
「花瓶だ。花束をさすがにそのままにするわけにはいかないからな、」
「どんな用途に使うのですか? 形を教えてください」
 聞いて来てどうするのだ、と思ったが、素直に教える。なんだか、一般常識も随分知らなさそうだなあ、と思いながら。

「それでしたら、これを使ってください」
「これ?」
「これです」
 空きベットだった隣から花瓶を丁度持って来る。
「あぁ、これだ。これを花瓶って言う・・・は?」

 そうなんですか、これが花瓶ですね、教えてくれてありがとう御座います、と相変わらず畏まって腰の低い少年はベッドに寝そべったままだ。
 そりゃそうだ。彼は両足が骨折している。ベッドから動けない。
 では何が、今自分に花瓶を渡したのだ?

 なお、束は口から出したバナナを改めて皮を剥いて食べている。
 彼女では有り得ない。

「———な?」
 見つけた。見つけた後見つけなければ良かったと思ったが、見つけてしまった。
 ベッドの脇から、腕が生えていた。
 しかも機械製のマジックハンドである。
 ご丁寧に五本指で、精密動作もばっちりこなせそうだった。

 少年はそれを見上げ、にっこり笑いながら説明する。

「あぁ、両腕が使えないんで不便だったから、ベッドに腕を付けたんです。ついでに歩けないから頼んだ通り動くようにベッドを改造しましたし」

 何だそれは。

 あまりの事に千冬が思考停止していると、バナナを食べ終えた束がその腕を少し調べ。
「すごいよ、ち?ちゃん。これは思考操作だねえ」
「はい。触れている肌の電位の差から思考を読み取らせているんです」
「ん?ん?、このへんはどうなってるのかなあ!」
 トンでも無い少年の発言を全く聞いていない束。さっきのは奇跡だったのか。相変わらずの束である。
 勝手に一人で解析している。ただ、上機嫌で鼻歌なんぞ歌っている。よっぽどこのベッドが気に入ったらしい。

「これ・・・お前が作ったのか?」
 両腕が折れているのに・・・いやそもそも、その年でどうやって? 材料は?
 次々と疑問が浮かんでは沈むあたり、千冬の頭脳も優秀である。
 
「はい。元々怪我する前にしていたお仕事と大して変わりませんし」
 そう言えば、と千冬は思う。
 彼はどうして神社の裏の爆発の中心で倒れていたのか

「どうしてあんな所で大怪我をしていたんだ?」
「さあ? お仕事をしていたらいきなり目の前が光って。気付いたらここで寝ていました」
「お仕事?」
 五歳の子供からは似つかわしくない言葉が出て来る。
「作っていました」
「何を?」
「ひこうき」
「・・・ひこうき?」

 何を言っているのか分からなくなった。
 ひこうきとは、まさか、飛行——————

「うん! あそこに一緒にゴミになってたあれだよね、ち?ちゃん!」
 束が答える。返事をする気がないだけで、聞いてない訳ではないらしい。
 それで気付く。
 少年の側にあった鉄のかたまり。
 束が分解してしまったらしいそれを思い出す。

「あれを?」
「そう、軍事用重量爆撃機。長距離運行でばびゅーんと飛べるよ! 束ちゃんがぱぱ?っと調べた分じゃ、お?よそ地球の直径、その3分の2以内の距離なら無補給で何処へでもひとっ飛び! しかもこのマジックハンドと同じで思考操作だから誰でも機長になれちゃいます! えぇ?、おっほん! 当便は?単機で小さな島ならグロス単位で焦土に変える事ができます。半島だって余裕余裕! お客様達はせいぜい命乞いをしやがれーって、ぐらいすっごい代物だよ!」

「———国の偉い人がね是非とも必要だからって制作を頼んで来たんです」
 少年が独り言のように、特に誇るでも無くつぶやいた。
「最初は、簡単な玩具とかを作ってたんですよ。あとパズルとか・・・・・・皆面白がってくれたんですけど、だんだん化け物でも見るみたいに僕を見て・・・そのうち、僕に何かを望んでくれるのは、頼んでくれるのは軍の偉い人だけになりました」
 寂しそうに言うのだった。
 千冬はこのとき理解した。

 この少年は、束の同類だ。
 こんな幼い少年に軍が依頼する。
 異常事態だ。

 少年はきっと嘘をついていない。
 千冬は心に決めた。
 束と、この少年の力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと。
 一緒に遊ぶのだ。この、花や花瓶の存在すら知らなかった少年と。
 だから、手始めに仲良くなろうと思った。そのために必要な事を今まで忘れていた。

「私の名は織斑千冬だ、こいつの名は篠ノ之束。人見知りする奴だが、悪い奴ではない。あなたは?」
 そうだ。名前の交換を忘れていた。
 何故忘れていたのだろう。そんな礼儀知らずになったつもりは無かった。
 そんな当たり前の事さえ忘れるような事が何かあっただろうか?
 考えても思いつかない。その思考は後に回す事にした。

———だが、彼女の決意は非常に困難な道である———

 少年は無邪気に微笑む。名を教えてもらった事に素直に感動しているのだ。
 きっと、自己紹介すらした事が無いのだろう。
 そう思うと、千冬は胸が痛くなった。

———何故ならば、彼は後に、生きた天災と称される束同様にDr.アトミックボムと称される事となる———
 
「僕、ゲボックと言います。フルネームでは、ゲボック・ギャクサッツです」

———別次元の頭脳を持った少年なのだから



[27648] 遭遇編 第 2話  幼少期、交流初期
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2011/07/31 23:56
 天才、と言うものはまず発想そのものからして常人とは違うものである。

 かの有名なアインシュタインが、相対性理論について考え出したきっかけは、エレベーターに乗った時、ふと。

———このエレベーターが光の速度で動いたらどうなるのだろうか。

 と、いきなり妄想した事だったという逸話がある。
 常人ならば、そのエレベーターが登ればブレーキが効かずに建物の天井をぶち抜いて逝きっ放しロケットになるか、下れば地面に馬鹿でかい穴をあけるとしか考えないだろう。

 とまぁ、このように着目するところが一般人とは根本的に違うので、よくよく認識のズレというものが出てくる訳だ。

 この齟齬に対し、一切の無関心を貫いたのが篠ノ之束であり。
 興味津々で突撃するもあまりの勢いで通り過ぎてしまうのがゲボック・ギャックサッツである。

 その結果、この二人の天才のお互いに対する認識は。

 束 → ゲボック = ちーちゃんと遊ぶのに邪魔(路上に落ちているレシートでも見るような目で見ている)
 ゲボック → 束 = 凄い人(傍から見ると懐いている)

 という図式で成り立つのだった。

 ゲボックは自分の頭脳が優れているとは思っていない。
 世の中には無尽蔵に自分の知らない事があると考え、自分にとって未知の事柄を知っている人を素直に尊敬し、感動するのである。
 尊敬される方も、悪い気はしないので教えるのだが、その人がそこまでにくるまでの努力だとか年月など全く意に介せず瞬く間に吸収し、未知な事が無くなるとまた尊敬できる人を探してフラフラと彷徨うのだ。

 詰まるところ、何が起こったのかといえば明白だった。ゲボックはこの世界で出会った束に釘付けとなったのだ。
 果てしなく湧き出るアイデアの泉、ゲボックはずっと、束を尊敬し続けていた。

 尊敬しているのは千冬に対しても同様だった。
 千冬は常人には理解できない二人の世界からいつも年相応の遊びの世界に二人を引っ張り出した。

 即興で情報圧縮言語を喋り出した束に、凄い凄いと即座に翻訳して返事するゲボック。
 無視されてもへこたれず話すゲボックに束は暗号化をかけて「しつこいなあ」と悪態をついて、それを解読してごめんなさいと謝るゲボック。

 そんな二人を周りの大人は気味の悪いものを見るような視線を向け、それに憤りを感じた千冬が「訳が分からん!」と殴りつけ、頭頂部をおさえる二人を公園まで無理やり引っ張って遊ぶのである。



 例えば。

「今日は、そうだな、砂場で城を作るか」
 何気に男前な千冬だった。
 この二人に限らず、ママゴトをすると母親役をやらせてもらえないのがささやかな悩みだったりする。
 姉ならばともかく、他に男子がいるのに父親役なんてやらされたらふてくされるのも仕方がないわけだが———
 これがまた似合うから堪ったものではない。

「うーん、どんなお城にしましょうか」
 ゲボックは芸術的な行動が苦手である。
 積み木で遊ぶと寸分の狂いも無くジェンガも真っ青なバランスで積んだり並べたりするが、城を作ったりとかはしないのである。

「ハートの女王様のお城みたいなのがいいよね!」
 と言うのは束だ。
 彼女は不思議の国のアリスが大好きである。ウサギを見ると見かけに反した機動性で追いかける程に。

「とにかく大きな城がいいな」
 千冬の希望が出れば、暴走し出す二人がいる。

「それならば、強度を上げるためにハニカム構造にするといいですね」
「それじゃ女王は女王でも蜂の女王様のお城だよ! やっぱり二次元とも言えるトランプ兵をたくさん収容する為にフラクタルに積み上げなきゃ!」
「どれだけ増築しても違和感が無いようにするんですね。でも強度に不安があるので自作の補強剤で砂を固めないと」

「お前ら、城作りの相談だよな? これは」

「もちろんだよっ!」
「そのとおりですけど」
「そ、そうなのか?」
 千冬が腑に落ちないものを感じている間にも色んなものは加速する。

「翼をつけて見ましょうか」
「ふふんっ、そんなの前時代的だね!」
「分かりました。ではこの浮遊石を使いましょう」
「白兎のガードロボットも欲しいな! 空を飛んだりレーザーを撃ったりするんだよ!」
「地上に向けてプラズマ砲も撃てるといいと思いませんか?」
「おーい、おまえら・・・」
「なぁに?」
「なんですか」
「こう言う時だけ仲が良いな」
「?」
「タバちゃんは僕の話聞いてませんよ?」
「今まで明らかに会話してたよなぁっ!?」

 などなど。

「フユちゃんはどんなのがいいですか?」
「攻め込まれた時の為に自壊装置が欲しいな」
「おぉ〜、んじゃ、このヌル爆雷で」
「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
「あのなぁ・・・おい冗談だって、どうしてお前達は私の言葉を全肯定するんだ?」
「ちーちゃんだから」
「フユちゃんのお願いですから」
「だから何故だっ!?」



 その翌日。
 日本上空を周回していた某国のスパイ衛星は、衛星軌道上に突如として割り込んで来た城塞に激突したことで木っ端微塵となった。

 破壊される前に送信された映像を見た某国の人たちの反応と言うと———
「これがラピ◯タ・・・」
「竜の巣から出てきたのか!!」
「いや違うって」
「◯ピュタは本当にあったんだ!!」
「違うつってるだろいいから黙れ!」
「ふははははっ見ろ———人がゴミのようだ!!」
「そこのにわかオタクをつまみ出せ、ここはロボットが起動した時のセリフだろう!」
「「「貴様もかっ!!」」」
 (以上、分かりやすい様に翻訳しております)

———とまぁ
 ご覧のとおり、砂の城は、最終的に天空の城へ進化したのである。
 空への打ち上げの号令は三人揃っての「「「バ◯ス」」」であり、前日見た地上波ロードショーに影響されたのは間違いない。
 この時ばかりは千冬もノッていた。
 国民的アニメの再現に興奮しない幼児はいない。
 千冬だってまだまだ子供なのだ。
 余談だが、千冬はドー◯のファンである。
 ますますキャラクターの成長チャートが順調に進むというものである。

 なお、主成分公園の砂である天空の城は撃破を目論む各国の基地を「神の雷」で次々と蒸発させ、直接落とそうとしたミサイルや戦闘機にいたってはウサミミ型レーダーを取り付けた起動兵器に迎撃され、尽くが撃破される大惨事を巻き起こす。

 処女航海を滅びの呪文で送られた天空の城は、敵なしとなるや悠々と地球の重力圏を離れ、浮遊石へのエネルギー供給が途切れた後、月面———静かな海に不時着。
 ヘリウム3を採掘してエネルギー源とし、兎型自律メカがフラクタルに城を増築し続けているらしい。
 そして現在に至るも、『人類に敵対的な地球外起源種』もかくやの勢いで月と言う天体丸ごと建材扱いで、エンドレスに増築リフォームしっぱなしである。
 これで独自推進システムでも獲得したら彗星帝国の出来上がりだ。

 後に千冬が月を見ながら、己の黒歴史に頭を抱え、『時効・・・あれはもう時効だ』と呟いていたのを一夏少年が目撃している。



 とにかく、普通の感性で物事を捉え、何かと常識はずれな二人をを叱る千冬は必然的に二人を引っ張るようになる。
 ちょろちょろ動き回って騒動を起こす為、幼い日の千冬は姉気質が順調に育って行ったのは皮肉な話である。
 ゲボックにしても悪い事を教えてくれる千冬を尊敬していた。
 彼の住む孤児院ではゲボックは浮いてしまっていたので、彼はますます二人に依存して行く事となる。

 そんな三人の関係に変化が訪れたのは、束に妹が生まれた日の事である。

 その日は七夕なので、ゲボックと千冬は白紙の短冊とジュースを手に、公園でぼぅっとしていた。

「束は今病院か」
「そうみたいですね、家族が増えるってどんな気持ちなんでしょう」
「そうなってみないとなんともな・・・うちももうすぐ生まれるから、自然とわかるんじゃないか?」
「予定では十月でしたね。完成予定日までわかるなんて人間は凄いですね。でも、僕は前も一人でしたから、難しいです」
「ゲボック・・・」
「いいのですよフユちゃん。僕にはフユちゃんとタバちゃんがいるので寂しくないですよ? それに大好きな科学ができればそれで満足です」
「束はいい加減どうしたものか。出会ってもうすぐ四年・・・全然お前と打ち解けてくれないしな」
「僕が何か悪いのでしょうね。何かお願いしてくれればいいいのですけど」
「お前は別に悪くない・・・あいつもだいたい自分でなんでもできるしな。あぁ、一つだけ言わせろ、人の役に立ちたいからと言って、なんでもホイホイ聞くんじゃない。黙って従ってても仲良くなるとは限らん。だいたい、お前は本気で誰の頼みでも考えなしで実現させるからな。確実にシャレにならんことになるんだぞ?」



 一度、学校の肝試し大会で仕掛けを作ってくれと頼まれたゲボックがゾンビパウダーを精製してとんでもない事になった。
 生物化学室の標本が一斉にゾンビ化して地獄絵図を作り出したのである。
 幸い、人を襲わない親和的なうえに、趣味はボランティア。感染して増殖しないタイプだったので千冬無双で片付いた。篠ノ之流を学んでいて良かったと心から感動した日である。
 ただ、取り囲んでスリラーを踊り歌い出すのでSAN値が凄まじい勢いで削れていくが。
 防腐剤滴るムーンウォークはその筋すら唸らせたらしい。

 致命的な被害者は一名。
 工作が得意だと聞き、ゲボックの度合いを知らずに『思いっきり笑いが止まらなくなるほどの恐怖で!』と頼んだ先生はゾンビ稼働をその身で体験した第一号となり、今でも病院で壁に向かって笑い続けているらしい。

 なお、骨格標本を一体逃がしてしまった。
 束によれば本物の女性の遺骨だったらしいと千冬でもゾッとする後日談もあったりする。



「フユちゃん・・・」
「なんだ?」
「子供ってどうやって作るんでしょう?」
「ぶほっ! ・・・いきなり何を言う!? ・・・ん? お前が分からないのは珍しいな、どうしたんだ?」
 ジュースが炭酸だったのがまずかった。思い切り放物線を描くように噴出した。
 努めて誤魔化す千冬は女の子である。
 成長の早い子は月のものがそろそろ来るので、男子よりその手の教育を早く受けるからだ。
 しかし、知識の極端なゲボックである。
「僕にはまだまだ分からない事は沢山あるんですよ? ただ、この件についてはみんな調べようとすると邪魔するんですよ。どうしたんでしょうか」
「ゲボックだからな」
 くす、と千冬は笑う。
 内心は動揺をしまくっているので流石のポーカーフェイスだった。

「フユちゃんの笑顔は相変わらずかわいいですねえ」
「だからそう言う事をお前は真顔で言うな!」
 照れには弱い千冬だった。
 これに鍛えられたせいで、後に弟が感じる千冬のツン度が比較的向上したらしい。
 ジュースを口に含みなおし、顔色を直そうとする。

「痛い!? どうして殴るんですかぁ———?」
 頭を抑えてうずくまるゲボックを見下ろし、彼女は大いに悩む。
 まさか嘘八百を教えるわけにも行くまい。ゲボックの場合、それを実現化させる可能性がある。
 『木の股から子供が出てくる』なら森では人口爆発が起きるし、『キャベツから赤ん坊が出て』くれば収穫の際下手すれば畑がグロ真っ盛りの血畑となり、終いには赤子を浚うコウノトリが大増殖しそうな気がする。
 だが、今回は珍しくゲボックの質問である。なので返答を吟味し、真相をついてはいないが、嘘ではない言葉を用いて、誤魔化す事にする。

「そうだな、結婚すればできるんじゃないか?」
 有名なお父さんとお母さんが、のごまかしで使うネタだ。
 上の例でも出たが、木の股やコウノトリ、キャベツなどの類似ネタがある。

「それならフユちゃん、結婚してくれますか?」
「ブッふぉぉあああっ!? な、な、なな———」
 切り返しを暴投したゲボックに千冬が再度噴き出した。結局まったく飲めずに終わる。
 そうなのだ、ゲボックとはこういう、良くも悪くも素直なやつなのである。

「———な、なな、な、何をいきなり言い出すんだお前はっ!!」
「フユちゃんが家族になってくれるなら大歓迎だと思いまして。結婚すれば子供をどうやって作れるか研究できますし」
「するなっ! この馬鹿者がっ!」
 全力全開で隕石の如く、脳天に拳が炸裂。

「痛い痛い痛いっ! 何故だかいつに無く強力です! 何か自分が悪い事しましたか!? あぁぁぁぁぁっ!!」
 頭を抑えてゴロゴロ転がり出すゲボック。

「大体お前の様な未熟者が私と結婚しようなど十年早いわっ!」
 貧弱なゲボックがこの時ばかりはフルパワーの千冬鉄拳を受ければこうなるのも当然である。
 だから彼女は聞こえ無かった。

 十年ですか。

 短冊を握り締め、そう呟いたゲボックの声を。
 これを聞き逃す———それがどんな事を意味するかも気づくわけも無く。



「しかしそうなると、タバちゃんの妹さんを見てみたいですね」
「確かにな。かわいいだろうしな」
「行きましょうか? 実物が一番標本として素晴らしいですし」
「行ってみたいが、間違っても束の妹をそんな目で見るな。本気で怖い。そもそも・・・あー、ちょっと待て。このあいだお前が作ったジェットチャリはゴメンだから———と言っているそばから出すな」
「———アダブッ! 痛いですよ、うぅ、それは残念です。フユちゃんと二人乗りとか夢だったんですけど」
「一漕ぎで新幹線のトップスピード追い抜く自転車なんぞに誰が乗るかっ!」
「でもフユちゃん乗りこなしましたよね? 空も飛べるから車の心配もないですし」
「どう考えてもただのミサイルだろそれは・・・」
 アーハーッと叫びながら神風しているゲボックを想像してげんなりする千冬。

「じゃあ、これで」
 そう言ってゲボックが取り出したのは輪になった紐だった。
 地面に円を描くように敷いてその中に千冬を招いて二人で入る。
「これでしっかり紐を掴んでください」
「ん?」
「よいしょっと・・・」
「なんだこれは?」

 二人でで輪になった紐に入って前後に並んで紐を持っている。
 完全無欠の電車ゴッコだった。

「おいゲボ———」
「車掌は僕で、運転手も僕ですよ!」

 後にISの航空機動の要となるシステムPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)をどうやってか実装したロープで二人は結局空を飛んだ。

 なお、その様をシルエットで見るとETの棒有名シーンが一番近いので参照していただきたい。



「あははははははっ! Marvelous! 見てくださいフユちゃん! 緯経座標を入力すれば目的地まで一直線ですよ!」
「待てゲボック、今一直線と言ったか!?」
「はいっ! そのとお———ゲバァ! 痛いなぁなんでしょこ———レヴァッ!」

 ぐっきょんがっきょん、信号機に激突して嫌な音がする。
 飛んでる高さが問題だったのだ。丁度道路標識が掲示されているぐらいの高さだったりするので———以下、ゲボックの悲鳴生中継でお送りします。

「看板ですかこ(ガンッ)痛い痛い! 針葉樹はマズイですねって、これは———電線でずバババババババババアアアアァ!! どうして都合よく首にから(ぎゅるん!)? 絞首刑張りでビビィッ!」
「・・・ゲボック、高さを設定したらどうだ?」
 千冬は無傷だった。優れた動体視力で見切って最小限の動きでよけ、またゲボックを楯にして凌いでいる。
 なんなのだろうかこの無敵小学生は。
 自身とて突っ込みどころ満載であるのに、一々突っ込むのを辞めた彼女が当たり前の提案をするが、電線を振り払ったゲボックは何故か笑いだしている。

「タバちゃん探知機に切り替えたのでタバちゃんのいる高さでしか飛びませんよ? あー痺れました」
「生き物は轢くなよ」

 地上に彼女がいたらどうするつもりだったのか。
 車とか建物等・・・まぁ、ゲボックだから死にはしないか。
 変な信頼が芽生えてる事に自分の常識も危ういかもしれぬと脳裏に浮かぶが、常識人として一応注意するのだった。

「馬鹿かお前はっ! ・・・しかし無駄に頑丈になったな」
「フユちゃんにいっつも叩かれてますしね。それに強くなって誇れるよう頑張って強化改造してますから」
「———は?」
「それよりフユちゃん、病院がもう見えて来ましたよ、あぁ、赤ちゃん楽しみです!!」
 興奮するゲボックに対し、千冬は冷静に病院を指差して言う。

「本当に早いな、ところでゲボック、どうやって止まるんだ?」
「・・・ア」
「・・・分かった、私はここで降りさせて貰う」

 ため息とともに千冬は身を翻す。
 黒豹を思わせるしなやかな躍動を見せ、三階分はある高さから躊躇い無く飛び降りる。
 そのまま空中で身を捻ると病院脇の植木の枝を順次蹴りつけながら減速、片膝を着いた形に着地した。

「おぉーう、フユちゃん、綺麗で———ぐびゃあ!!」
 見惚れていたゲボックが病院に激突したのは、最早突っ込むまでも無い———

———それが、鉄筋コンクリートの壁面をぶち抜くほどのもので無ければ、だが。

「ゲボック!? ———今行く、ちょっと待て!」
 幸い、ここは病院だ。医者には事欠かない。
 産婦人科ではあるけれど。



「どうしようっかな?」
 そこにいたのは、いつもの自信に満ちた姿とは程遠い、酷く狼狽えた姿の束だった。

「おーう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ———ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 そこにやって来たのは空気読めない男の子、頭にコンクリのかけら乗っけたゲボックである。
 千冬とはまた違った意味で不死身っぷりを表しているが、まあゲボックだしで片がつく。
 病院中から、「何今の音?」「事故!?」「馬鹿、三階に何がぶつかるんだよ!」「まさかあの時の奴が!」「うぉあ、でっかい穴、なんだこりゃあ!」「院長、奴って何ですか!」「先代院長があれだけの犠牲を払ったのにもう・・・だと!?」「だからそれなんですか院長!!?」「この間のあそこの若頭にやっちゃった医療ミスの報復かなあ」などと、一部を除いてゲボックの突撃で大騒ぎになっていた。

 頭からダクダク血が流れているが、ゲボックは相も変わらずハイテンションのまま、立ちつくしている束の肩越しにそれを見た。

「おぎゃあっ———!!!」
 そこで泣いていたのは赤子だった。
 この女の子こそが篠ノ之箒、誕生後数時間の束の妹だった。
 新生児室なのか、新生児が沢山居た。
 普段なら必ず何人か看護師がつくのだが、ゲボックが起こした騒ぎで、ここにいるのは束だけだったのである。
 職務怠慢である。普通なら逆にここに居なければならないのに。

「どうして泣いているのですか?」
 ひょこひょこやってきて真面目に赤子の方に聞いている。
「・・・誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 束はゲボックの事など、名前さえ覚えていなかった。

「僕は知ってますよ。タバちゃんはとっても頭のいいフユちゃんのお友達ですね!」
「フユちゃんって、ちーちゃんの事? センスないねー。あと、束ちゃんが天才なのは当然だからね」
「当然です! それで、どうしてこの子は泣いているのでしょう」
「それは分からないよ、それで考えてたんだけど・・・お腹がすいたのかなあ」

 束は優秀だったが、他人に殆どといって良いほど興味が無い。
 例外は千冬だが、彼女が泣いたところなど一度たりとも束は見たことがないのだ。
 よって、人が何故泣くのか。さっぱり興味の無かった束には分からないのだ。

 かろうじて認識できる両親に妹を見てもらうように言われ、見ていたのだが泣き出した。
 両親としては、面倒を見る、では無く、もっと人に意識を向けて欲しかったのである。
 親の心子は何とやら。正直束は途方にくれているという非常に珍しい状況下にあった。
 普段の彼女ならまったく気にしないで居ただろう。だが『妹』は束にとってもまだ未知の存在である。学習するにもまだ時間が無く、興味を持つかも決めていない。

「フムフム。泣くのはストレスが溜まっているからでしょう。セロトニンが足りないんでしょうか? 笑わせるには内在性オピオイドを分泌してもらえばいいのですが」
「・・・それは自分で出すとはいえ麻薬だよ」
「おぉ! 今日はタバちゃんが四ターン連続で返事してくれます! とってもいい日です!! よぅし、痛くないこの無針注射で赤ちゃんにニコニコ笑ってもらいましょう!」
 単純にそれが嬉しくてテンションが上がるゲボック。

「おぎゃああああああああああああ——————!!!」
 赤子にしてみればこれは怖い。まだ目も良く見えていないものだから大泣きする。
 逆効果も甚だしい。

「———ぉおう!? どうしたんですか? どこか痛いんですか? 注射嫌なのかなぁ、痛くないのになぁ———ま、いいですか。ふっふっふ、まぁ、でもですねタバちゃん。僕は知っているのですよ、僕の居る孤児院にもこの子ほどではないですが小さい子が居ますから。その子らはこうするとみんな笑うんですよ。えと、どうです? タバちゃんの妹ちゃん、高い高いです!」
 もし、このまま抱えあげれば、生まれたばかりで首の据わっていない赤子にどれだけダメージが来ただろうか。というか、変な注射されていたかもしれないし。
 この時、偶然か生存本能か。
 生まれたばかりの赤子とはいえ、箒は自らの命を守護する行動を取った。

「———ダアッ!」
「メガあああぁぁ!」
 綺麗な金髪を振り回し、顔面を抱えて後ろに仰け反ってぶっ倒れる。
 元気よく振り上げた足が、箒を抱え上げようとしたゲボックの目を突いたのだ。
 生まれたばかりの赤子は本来、うようよとしか体が動かせないものだが、天を突き上げんばかりに伸びた爪先が立って居た。
 産まれて早々、受難多き人生に適応し始めているのかもしれない。
 逞しき、生命の神秘を垣間見た気分である。

「ぶぎゃぁ!」
 止めとばかりに先程の激突で出来た頭部の怪我を強打。血糊がぶばっ、とばかりに広がった。
 それきりぴくぴく痙攣するゲボック。
 不死身にも限界はあるらしい。

「だぁ、だぁ」
 ゲボックを撃退した箒は束の指を掴んで笑っていた。
 一体、いつの間に泣き止んだのだろか。

 束は箒とゲボックを無表情に何度か見比べ———



 のっぺりとした束の無表情に、とある亀裂が奔る。
「あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 それが何なのかは分からないが、束の何かを壊したのは確かだった。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 迸る哄笑。何事か、とそれを頼りに入ってきた千冬が見たものは。
 泣く赤子と大笑いする束。そして痙攣するゲボックだった。
「・・・何があったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
「全然分からん」
 千冬の感想ももっともである。



 良くわからないのだが———
 ゲボックは束の笑いのツボを酷く突くらしい。
 今まではゲボックの作ったガラクタを興味深そうに分解し、改良して作り直して居たぐらいだったのだが———

「あ、おはようございますフユちゃん。今日もいい朝ですね」
「ちーちゃんおっはよー!」
 二人は良くつるむようになった。
 一度興味を向ければのめり込む束である。

「ところで・・・」
「なあにー? ちーちゃん」
「束はどうしてゲボックに乗っているんだ?」
「お馬さんだから」
「ちなみに僕は手と膝にナノマシンを塗って運んでもらってます。三段亀さんみたいですね」
 シャーッ! とアスファルトの上を滑っていくゲボック&束。無駄に超性能だった。
「むーっ、駄目だよゲボ君! お馬さんは蹄の音を立てて走るんだよ」
「分かりました。どかかっどかかっ」
「あははははっ! そこは口なの!?」
 そこ、笑うとこか?
 あと少しは怒れ、ゲボック。

「どうしました? フユちゃん」
「・・・いや、お互い合意の上なら別にいいんだが」
「フユちゃんも乗ります?」
「結構だ!」

「えー、・・・それなら、あんまりやる意味ないねー」
「そうですねー」
 束はあっさりゲボックから降りる。
 馬も人に戻って立ち上がる。

「・・・お前らは何がしたかったんだ?」
「フユちゃん、車で行きますか?」
「あるのか?」
「ありますよー」
 答えるゲボックを無視して束が呼ぶと、普通の車両がやってきた。

「ゲボックの孤児院の人の車か?」
「タバちゃんのフルスクラッチです! 必要に応じてウサ耳が出ます」
「は・・・ふる? ・・・耳?」
 車にウサ耳が必要な事態って何だ。

「まーまー、乗った乗った、乗るのだー」
 嫌な予感がしながらも束に押されて車両に乗り込む。
「・・・誰も乗ってないぞ?」
「そりゃタバちゃんのですから」
「説明になっとらんぞ」

 というか、どうやってここに来た?
 運転席に誰も居ない。
「いやー、AIは組まさせてもらいました」
「・・・ええ、つまり?」
「この車は僕とタバちゃんの合作です! 言うだけで勝手に行ってくれますよ?」
「・・・そーか、良かったな」
「これなら免許がなくても大丈夫ですね!」
「そもそも運転手が居ない! どうしてこうなったんだ?」
「うっふっふ、それはなんでしょーか! それじゃあ、うぃーきゃんふらーいだね!」
 束はあんまり会話しないで事態を次へ進めることとなる。

「「せーの、ぽちっとなー!」」
「話を聞け! うぉおおおおおおっ!?」

 ジェットを噴射して、車は空を飛んだ。ウサ耳は展開済みである。
「お前らどうして何でも飛ばそうとするんだ? おかしくないか!? 車である意味がなくなるだろう!」
「「?」」
「二人そろって「ごめんなさい何言ってるのか分かんない」風に首を傾げるな! なんだか私がおかしい様な気になるじゃないか! 私が変なのか?」
「大丈夫です、僕が一緒になってあげますから」
「ほう? この私に、上から『なってあげますから?』か?」
「ごめんなさい」
 おかげで正気に戻る。
 ゲボックは素直に土下座。躾がずいぶんと行き届いている証拠だった。
 まあ、態度は絶対に改めないのだが。

「それじゃあ、束ちゃんは先に行ってるねー?
 ドアを開けて、何故か背負っているカバンから火を噴いて飛んでいく束。
 反重力も出来るが、様式美らしい。
ゲボックと千冬はそれを見送る。千冬の脳裏をよぎるデジャヴが、一つの疑問となって投擲される。
「・・・ゲボック、これはどうやって着地する?」
「・・・ア」
「頭がいいのだからそこは学習しろ馬鹿者が!!!」



 冒頭で述べたとおり、人は優秀になるにつれ、認識が一般人と乖離していく。
 天才の極みとは絶対的な孤独。
 だが、ここでは都合が良すぎるほど都合よく、とある天才が二人そろった。
 孤独ではなく、互いに互いを研究対象としているのが友情といえるかは不明だが。
 進歩が進歩を呼ぶというのならば、この組み合わせは爆発的なそれを生み出すだろう。
 驚異的な革新は、世界に歪みを生む。時として取り返しのつかないような。
 だが、それによって危機に陥る事は何とか差し押さえられている状態だ——————



「フユちゃん」
「・・・なんだ」
「置いて行かないでくださいよ」
「ええい、断る!」
「手厳しいです!」

「うふふー、どうしたのかな、二人とも。遅刻しちゃうよー?」

 シュバーと飛んで来て言いたいことを言ったらすぐ戻っていく束。わざわざ言いにきたらしい。

「束・・・あとで覚えてろ」
「まあまあまあまあ———がんっ!?」
「少し黙れ」
「痛タタ・・・といいましてもここには確か脱出装置が」
「あるのか」
 思わず身を乗り出す千冬——————がちん。
「ありますよー? 飛行機みたいに座席ごとばしゅーんって飛ぶんです」
「ところでゲボック、一つ聞きたいんだが」
「何ですか? フユちゃんの質問なら大歓迎です!」
「今私が押した、これは何だ?」
 それは、青い石だった。
 運転席の後頭部、ちょうどその後部座席あたりに半ばめり込んである。
「死ぬほど痛いよ(はーと)」と、束の字で親切にも注釈付きだった。

「これは自爆装置ですよ」
「わざわざ説明するな」
「痛い! 聞きたいっていったのに!」
「何でこんな押しやすいところに設置しているんだお前らは・・・!」
「科学とは爆発なんですよね? タバちゃん言ってましたよ」
「束ええええええっ!」
 どっかんと花咲く炎の花。
 その寸前に飛び出した千冬はまさにハリウッド主人公といったところである。
 ゲボックの襟首を掴んで脱出したのは彼女の最後の良心である。
 ぐえーとか言っているゲボックを気にしてはいけない。彼はこのぐらいではびくともしないのである。









———世界は何とか保っている。そう、一人の少女の心労の引き換えに、であるのだが



[27648] 遭遇編 第 3話  中等期、関わり始める世界、前編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/31 23:57
「くそっ・・・」
 とある河川敷。
 川を横断するために跨る橋の根元。
 血と反吐と泥にまみれて彼はもたれ掛かっていた。

「あのアマ、絶対犯して殺してやる・・・」
 彼にしては珍しく、言葉を紡ぐ。
 今までにありえない、怨嗟の言葉だった。

 彼は典型的な、力で物を得るタイプの人間だった。
 金、女、物。
 あらゆるものを力尽くで脅し、奪い生きてきた。
 元々体格に優れていたと言うのもある。
 何より彼が力を求める事にためらいの無いのも原因の一つだった。
 武道を身に収め、その精神的理念とは間逆の行為をなし続けた。

 だが、力で出来る事など所詮高が知れている。
 力で奪うものは、結局更なる力に奪われるだけなのは常の世のさだめである。



「おいそこのお前、その見苦しいのを止めろ」
 いつもどおり、彼が弱者から金銭を巻き上げているとき、彼の栄華は終幕のコールを受ける。

 珍しい———歯向かう者がいる事に喜びを覚えながら彼が振り向けばそこにいたのは中等部にあがったばかりと思われる少女がいた。
 整った顔立ちだが、まとっている気配が尋常では無かった。
 触れれば切れるどころか心の臓までえぐりぬく! と言わんばかりの剣呑な気配。
 目はこの世全てを憎みきっているといわんばかりに釣りあがり、美しく整った顔の印象を台無しにしてしまっていた。

 嗜虐心とともに口角を吊り上げ、見下ろす。
 彼は言葉というものをあまり用いない。
 ただ力で押し潰し、踏み躙り、毟り取る。
 人の形をした獣といっていい存在だった。

 何故彼がこのような人格形成に至ったかは分からない。
 両親はごく普通の共働きの会社員、彼は特に家族の愛情に飢えるでもなく、また溺愛され甘やかされるでもなく普通に育てられてきた。
 別に貧困に喘いでいた訳でもない。
 逆に、満ち足りすぎているが故に渇望の求め先が無いわけでもない。

 生まれ育ってきた環境、幼いころ受けた印象深い事。
 そんなものは結局、些細な事でしかない。
 結局は、彼がこういう人間だった、という事に過ぎなかっただけなのだ。

 ただ、獣として行動するだけである。

 だが。
 彼が獣として足りないところがあるとすれば———

 ごぎん。
 伸ばした腕がへし折られた。

「——————っ!」
「見たところ初めてというわけでもあるまい。やる、という事はやられてもかまわない、という事だろう?」

 少女も彼と似た表情を浮かべる。
 口角を吊り上げた、威嚇の笑み。



 獣ならば。
 自分より強いものに威嚇などしない。
 見ずとも同じ空間にいるだけでそれと察する。

 特に———圧倒的強者と相対する場合は。

 つまるところ。
 彼は自分より強いものと出会ったことが無かっただけなのだ。

 彼は人の知性で、自分が負けるはずが無いと思い込んでしまった。



———獣ならば。
 脇目も振らず逃げ出さねばならぬほどの差なのだから———




 後は彼にとって馴染み深い展開にしかならなかった。
 圧倒的強者による一方的な蹂躙だ。
 ただし、それを受ける側に回るのが、初めてだっただけだ。



 そして、カメラを冒頭に戻そう。
 そこに残っていたのは獣の残りカスである。
 残された人としての恨み。
 ただ、人としても獣と共通したものが残された。

———殺意

 動かぬ体にはフラストレーションがたまる。

 そこにあるのは最早獣の様な剣呑さを内包したニンゲンに過ぎなかった。



「———Sです。検体を発見しました」
 彼の耳朶に女の声が届いたのはそんな時だった。
 日本人ではない。鮮やかな金髪が映えていた。
 女というには幼い、彼を叩きのめした少女と同じぐらいの年齢である。

「はい、状態も良好、順調にパラメータも上昇中です、間が良かったとも言えますね」
 少女が何を言っているのかも分からない。
 そもそも言葉を交わしているのは少女が耳に当てている携帯の先だ。

 年嵩が同じ程度の少女、それだけで彼の鬱屈を高めるには十分な理由だった。
 全身の筋肉が躍動する。彼は起き上がり、その身をねじ伏せようと———

 プシッ———

「———がああっ!」
「御免なさいね、寝てて頂戴」

 その怒りは激痛に寸断される。
 携帯とは逆の手には小口径の銃が握られていた。
 消音措置がなされている———恐るべきは反応速度の方である。
 いつ銃を取り出し、彼を撃ったのか、全く見えなかった。

 四肢を撃ち抜かれて転がる彼に保健所の職員のような格好をした男たちが取り掛かる。
 暴れる彼を押さえつけ、担架に縛りつけ、首筋に無針注射を押し当てて黙らせる。
 それを、対して興味なさそうに眺めていたが、少女は一息つくと、区切りとしたのか。

「———さて、これからどうなるのかしら?」
 言葉に反して、相変わらず興味なさそうに銃を持ち上げる。
 銃の紫煙を吹き消す仕草の後、懐にしまうときびすを返す。
 作業の隠匿は完璧だった。銃によって出来た血痕も既に無い。






 ISが発表される一年前。
 まだ、男女平等に移行しつつあるとはいえ、男尊女卑の根強かった時代の話である———






 あれから数年の時を経て、三人は中等部に上がっていた。
 この時の三人の状態とは言うと。

 まず。
 束の一人称が束さんに変わり。
 ゲボックの一人称が小生に変わった。



———学校について

「えー、ちーちゃんとゲボ君が居なきゃこんなつまんないところ来ないって」
 まず束。色々言いたいが義務教育だ。
 サボリの常習犯だった。なおかつ主席を取るのだから何も言えない。
 予断だが、ゲボ君のイントネーションは『下僕ン』だったりする。

「いやいや、ここも中々面白いですよ。なにで証明しているのかのか分からない杜撰な理論教えてますし」
 全く悪意無しで毒を吐くゲボック。本当に凄いと楽しんでいるから性質が悪い。

「お前らな・・・」
 二人を見て溜息をつくのは、最近めっきり目つきの悪くなった千冬だった。

 理由はある。彼女の両親がとうとう消息不明になったのだ。
 元々、家に寄り付かない両親だった。
 一夏などは二人の顔も覚えていない。
 というか、四年前の九月二十八日、『名前は一夏です。昨日生まれました』という添え書きとともに一夏が玄関で寝ていたのを見たときは、本気で両親の正気を疑った千冬である。酷すぎるネグレクトだ。
 一応、防寒処置は完璧だったが。

 そのため、あまり今まで変わらないのだが、唯一つ。蒸発に伴い困ったことが起きた。
 経済的支援がぱったり途絶えたのである。

 元々貯蓄はしていたのだが、全く収入が無ければ精神的余裕もなくなってくる。
 ゲボックが孤児院うちに来ますか? と言ったり、束の家でお相伴に預かったりしていたが、それで尚きつい。

 孤児院に行くのはきっぱり拒否していた。
 ゲボックにしても、いつの間にか自称『秘密基地』が出来てたりするので、あまり孤児院に執着は無い。大人にまで不気味がられるからだ。
 警察沙汰になるのは面倒なので、中学卒業までは孤児院に居るように千冬が言いつけている。
 同様に、両親の蒸発についても警察に届けていなかった。
 市政の介入があれば、現在の生活は出来ないからだ。

 余裕が無くなっているのは自分でも分かっているつもりだった。
 尤も———二人が最近の千冬を心配しているのも良く分かるのだ。



 しかし。
「特許で取ったお金だよー。束さんってばやっぱり天才!」
 背負ったリュックに札束を満載してくると言う暴挙をなす幼馴染だったり。
「金ですよ。使ってください!」
 といって純金の塊を持ってくるゲボック。
 念のためこれはどうしていたのかと聞いてみると。

「小生が作りました」
 錬金術師でも禁止されている事に頭痛を覚え、とりあえず張り倒して庭に金塊ごと埋めてしまった幼馴染だったり。何故死なないのだろう。



 有難いのだ。有難いのだが、今はその善意が重かった。
 この頃よくありがちな、善意を無条件で受けることに抵抗を抱き始める年頃ゆえの葛藤だった。



 千冬の困窮の種はそれだけではない・・・ことさら重いのが、家でニコニコ笑っている女性である。

 内側に緩くカールした灰色の髪に灰色の瞳、そして灰色の割烹着。
 常に笑顔を絶やさない、そして極めて無口なぱっと見人間の彼女。
 誰が思おうか、これが人の手によって作られた生命体だとは。

 家事手伝い用生物兵器———灰の三番。

 家事手伝い用とは何だ・・・と突っ込みたいのだが。
 ついに生命の創造まではじめた彼に、千冬は暗澹とした将来を感じずにはいられなかった。

 最初は当然断った。お手伝いなど要らないと。
 しかしゲボックは人手は必要ですよ、とこういうときに限って正論で論破してくるのだ。

 ゲボックや束、千冬が中学に上がり、一夏を保育園まで迎えにいくのが困難になったため、と言う事らしい(束の母がいっしょに迎えに行けばいいと言う発想は思いついていない。大人に頼りたくない年頃の弊害である)。
 再来年、一夏も小学生となる。家を守る存在も必要だ、と言う事だ。
 一夏を持ち出されては千冬も折れざるを得ない。

 なにより、千冬は家事が未だに上達しない。
 出来ないわけではないが、所謂要領をつかめないのだ。
 目の前でテキパキと掃除をこなしていく灰の三番に千冬は何もいえなくなった。
 それ程に彼我の戦力には差があるのである。

 実は一夏と同い年のようで稼働時間は四年———千冬は素直に四歳と言え、と言っているが。
 ゲボックは一夏や箒と幸せそうに笑いあう千冬や束の様子を見て、素直に羨ましく思ったらしく、家族を造ってみようと思い立ったようなのだ。
 実際可能なのが恐ろしい所である。

 そうやって生まれた灰の三番は生まれてから今まで何をしていたのかと言うと、『秘密基地』の管理をしていたとのことで。
 そこには束も入り浸っているし、千冬もよく通っていた。
 私生活はずぼら———その辺は三人とも似たようなものだが、そのゲボックの『秘密基地』が片付いていたのはどうも、そんなタネがあったようだ。
 良くぞ今まで出会わなかったものである。
 等と聞いてみたら、実は出過ぎるのもどうかと、と返された。
 ゲボックの何を抽出したらこんな子が出来るのか以後、永遠の謎である。

 だがしかし、見た目は十代の終盤、千冬たちより年上に見える。
 作られたとき既にこの見た目だったらしい。
 母恋しいのだろうか、千冬はそう思ってしまう。時々、一夏も隠しては居るがそんな表情だから。

 されどまあ———高いところにある洗濯物をとろうとして物理的に腕を伸ばしているのを見ると、あぁ、やっぱり人間じゃないか、と納得してしまうのがなんとも、である。

 どう見ても年上の灰の三番が、創造主であるゲボックの前では年相応の子供のようにニコニコと懐いているのはなんとも微妙な絵面であるが、『家族』としての仲は良好なようで、そこは良かった、と千冬も思っている。



 だが!!!
 
 
 
「グレイさーん、何を作ってるのー?」
 グレイさんなる程、そういう呼称もありだ。
「———(指を立ててニコニコなにやらジェスチャーをしている)」
「よっしゃ! ハンバーグだー!」
「———(びしっと、指を一夏の目の前に突きつける)」
「げっ、ピーマンに詰めんのか」
「———(びっと、指の動きを止める。心なしか眉が寄っている様にも見える)」
「む、好き嫌いしてたら千冬ねえみたいになれねえ・・・うー、分かった」

「・・・・・・」
 台所を覗く千冬は腕に力を込めすぎて震えていた。
 一夏が異常に懐いているのが・・・なんとも・・・どうにも・・・納得・・・できん!
 何気にふてくされている弟大好き千冬だった。

 それも仕方が無いもので、千冬は一夏を守る、と言う姿勢を常に貫いてきた。
 それゆえに、一夏にとって千冬は父性の象徴のような存在になっており、対して灰の三番は格好も相まって母性的な存在である。
 立派な男になるように、と少々躾も厳しくしている。まあ、それで少し身を引かれがちではある。
 それに、時々束の家で彼女の母に良くしてもらっている一夏としては、母性的存在は憧れだったのである。

 だがしかし・・・っ、一夏、何故奴のジェスチャーを理解できるんだ・・・っ!
 それは千冬を持ってしても最大の謎だった。

 しかし、生活費を自分で稼ぐと豪語したからには家に居る時間が減るのは必須。
 痛いです! と憤りの矛先を向けられるゲボックが居るだけである。

 張り詰めつつも、ギリギリの一線で気を抜かれ、不安定ながら平静な千冬だった。






「むー・・・この空前絶後の美貌の持ち主にして、天才束さんが苦戦するとは君も中々やるねー」

 そこは暗い部屋だった。
 縦横無尽に四周から声の主に向けられているモニターのみが光源となっているのだ。

 胡坐をかいて腕を組み、淡白く光るその物体を凝視しているのは束だった。



 その物体は、今束が精魂こめて作っているものだった。
 ぱっと見はキューブである。
 それがずらずらと転がっていた。

 誰がこの時知りえようか。これが完成した暁には、この世の全ての兵器が淘汰されようなどとは。

「何かお困りですかー? タバちゃん」
 モニターの隙間からさかさまにずるずる降りてくる人影———ゲボックだった。
 ここはゲボックの秘密基地、その中の束の部屋だった。
 ここには灰の三番も入っていないため、惨憺たる有様だった。
 まあ、この秘密基地自体が似たような状態になりつつあった。とんでもない速度で。
 灰の三番が織斑家に入り浸り、秘密基地の仕事は暇が出されていたからである。

「んぬぬぬぬー、今開発中の宇宙空間での作業用スーツに使う、コア君についてなんだけどねー」
「どうしました?」
「量子化、絶対防御、自己進化、自立意識の付与、他からの干渉を一切排するコア間での独自ネットワークの構築、ここまでは上手く行ったんだけどねー」
 それだけでも恐ろしいものだ。どれか一つでも技術の革新が生まれる。

「あれ? それって完成じゃないんですか? それにしても絡まったケーブルが痛い! どうして気付いたらおうちがトラップまみれになるんでしょ? 管理については灰の三番が居ないと駄目ですねー、どうしてですかねー、灰シリーズは何体か居るはずなんだけどおっかしいなあ? あだだだだっ! 何で有刺鉄線がここにあるの!?」
 ぶら下がっているゲボックが一人よがって痛がっている。

「それが一つのコアに搭載出来ないんだよー、今の束さんの課題だね! ねえ、ゲボ君———」
 ぎゃーうぎゃー、感電しました! 刺さる刺さる!

「・・・えい」
「ぶぎゃああああああああああ———っ!!」
 無数のモニター・・・タッチパネルのそれは侵入者迎撃用だったらしい。途端に流れる高圧電流にのたうつゲボック。
 話を聞いてもらえなかった事にぷくーっと脹れる束は年相応に可愛かったと述べておく。
 束の前に墜落。ぐわしゃっ! とコアをぶちまけて墜落。びくんびくん痙攣していた。
 あちこち焦げている。


「うっひょ、お、おおっ!? アイデアわきましたよ? さすがタバちゃんです」
 いきなりリレイズするゲボック。本当に不死身だなこいつ。

「もっかいやる?」
「ちょちょちょちょ、それは待ってくださいタバちゃん、ストーップです、さらっと怖いですよ、タバちゃん・・・冷血?」
「聞こえてるよ?」
「ほわーっ! 質問なのに既に決定事項としてスイッチ持ってるし!」
「世界って・・・ままならないよねー」
「待ってください、善良極まりない一般市民に平然と凶器を・・・おうおうおうおうっ、なにこれって戦争なのよね? みたいに諦めブギャアアアアーっ!」


 で、もう一回痙攣と復活。


「ところでゲボ君って今何してるの? 束さんは興味深々だね!」
「じぃーつはですねぇ、お薬を作ってるんですよ、それと笛ですかね。そうそう、前から作りたかった『わーいマシン』のようなものを作って欲しいって言ってくれた人が居ましてね! もうこれは作るっきゃありません!! 曲解して完全に自分の作りたいものにしちゃってるんですよ! だって楽しいし、検体と資金が湯水のように出ますし、まあ、元々金なんてどうでもいいですけど———ってことで寝ても研究し、覚めても研究し、最近食事も忘れ気味で研究してたせいでなんだかちょっと餓死っちゃう寸前でしたよ。灰の三番が居ないとこういうとき不便ですねー」
 マシンガントークだった。よほど楽しいと見える。

「灰の三番ってそんなに便利なの?」
 ちょっと興味出た、と身を乗り出す束。恰好もずぼらであるため、既に発達を始めた特定部位が此方を覗く。
 しかし、そんな事気にするものは一人も居ない。ある意味では若さの全く無い現場だった。こちらとしては寂しいモノがある。

「便利ですよー? 誰に似たのか気配りできる子ですし、かゆいところに手の届く孫の手みたいですよ。いっくんも懐いてるみたいですし」
「うーん、ちょっと欲しいかもー」
「でも他の灰シリーズはどうしてか三番程にはならないんですよねえ」
「ふーん」
 その辺は興味ないのでまたコアを弄り始める束だった。
 のち、三秒後。

「ねーゲボ君、これあげる」
「げっふぅっ! 何気に剛速球!?」
 それまで弄っていたのコアを急に投げつける束だった。
 ゲボックが撒き散らした限定版コアの事だ。
 あ、三連続でゲボックの頭に直撃した。

「いたた・・・えーと、このコア君ですか? 限定機能でも結構使えると思いますけど」
「束さんは常に完璧を求めるのだよ! にゃっはっは! ってゆーか、飽きちゃった。一から作った方が早いしね!」
「そうなんですか? 小生は逆に中途半端なものはそのままにして置くのは嫌なんですよね」
「ほええ〜? これはちょっと驚いたよ。ゲボ君にもそう言うのがあるってのは知らなかったなあ」
「小生は基本、楽しく科学できれば良いんですけどね」
 なるほどなるほど、と頷く束は、ちょっと前の話題を引っ張り出す。

「そう言えば、いっくんが懐いてる灰の三番もリサイクル品だっけ?」
「そうなりますね? 元々微粒子をナノマシン制御する統制用の母体だったんですけど、展開速度に難がありまして。それじゃあ、別の事してもらいましょってことで。まあ、それでもチタン合金ぐらいは輪切りに出来る生物兵器なんですけどねぇ」
 ばっちり家事にハマってるみたいですよ? とニヤニヤ笑う。

「あ、そーだタバちゃん十人の小人って知ってます?」
「当然! 知ってるよー。十人の小人からそれぞれ腕とか足とか頭とか取っちゃうひどい話だよね。束さんはその人が何をしたいのか良く分からないよ。その実興味無いだけなんだけど」
「小生にも良く分かりませんね、そもそもなんで思いついたんでしょ? ま、いっか! 十人から取った手足を組み合わせると11人目の小人が出来るんですね。その子は手足の長さがちぐはぐだったりしますけど、それでも他の小人と違って———どこも欠けていない」
「その子達を小人さんにするってこと?」
「そうですねぇ〜、小生は実験してみたいだけですし。ま、今の研究が終わったらですけど」
 もらっておきますと服の中に明らかに納まりきらないコアを詰め込んでいく。

———入ったし。どうなってるそれ。

「———あ、そうだ、いっくんと言えば———タバちゃんタバちゃん、いっくんが何故か小生に会うたびに『初めまして』って言うのか理由知ってますか?」
「あー、あれはゲボ君がいっくんをデラックスにしようとするからだよ?」
「格好いいじゃないですか!」
 目をきらきら光らせるゲボック。

「少なくともドリルとミサイル、ブースターは絶対付けたいです!」
「いいかも・・・なーんて駄目駄目! ちーちゃんが怒るよー?」
「・・・・・・」
「ゲボ君?」

 はて。ゲボックは?というとガタガタ震えていた。
「おぉぉぉおお〜もい出させないで下さいタバちゃん! 実際物凄く怖かったですから!」

「え? 本当? どんな感じだった?」
「気付いたら空中に殴り飛ばされて。小生が動かなくなるまで地上に戻してくれませんでした」
 エアリアル的な意味で。

「わーお・・・そりゃ愛だね・・・そうそう、いっくんがゲボ君のこと覚えてないのは、ちーちゃんに記憶消されてるからだよ」

 そんな処置が必要なトラウマ刻むのか、いったい何をしたんだろうこの馬科学者は。

「そんな愛は重すぎます!? ふぅううーむ? ついにフユちゃんは記憶を消す秘孔でも身に付けたんですか? 中国に嫁探しに行くって六年前に失踪した竜骨寺さんとか使ってましたけど」
「え? 何それ? いや、まーそりゃどうでもいいけど。あーもう、そんなんじゃないね! ふっふっふ・・・・・・じゃっ、じゃじゃーん! なんとびっくり! 単にいっくんのこの辺を斜め上からびしっと———綺麗さっぱりゲボ君の事だけ忘れてるんだよね。本当びっくり! ちーちゃんのいっくんへの熱々の溺愛だね!」
 ちょっぷの真似。
 しゅっしゅっと口で言っている。

 一夏は古いテレビか。

「いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか」
「さあー?」
「って事はいっくんも結構叩かれてますねー。週一くらいで」
「・・・どれだけいっくん改造したいの?」
「是非ともですよ! しっかし良かった! てっきり小生のキャラが薄くて忘れられてるかと心配してましたよ!」
「あはははは! ゲボ君に限ってそれは無いよー!」
「束ちゃんだって名前覚えてくれるまで四年もかかりましたし・・・やっぱ小生って・・・」
 喋りながらどんどん気弱になっていくゲボック。なんだか一人でいじけ出してのの字を書き出した。

「あー、ゲボ君いじけちゃ駄目だよ! あの時はただ興味無かっただけなんだし!」
「悪意の無い正直な言葉で胸がえぐられる! いよぉし、こうなったら頑張っていっくんに名前を覚えてもらいます!」
「その前にゲボ君がハンバーグにされそうだね!」
「おぉう・・・とってもリアルな未来予測ですね・・・でもフユちゃん料理下手ですし」
「二人して色々彷徨ったしね!」
「なんの道具も無しで空の上に行ったのは初めてでした」
「・・・そうだねー・・・こう、ふわふわーっと・・・なんかお父さんいた気がしたね・・・」
 二人して遠い眼をして見上げる。
 人はそれを幽体離脱と言うのである。
 因みに上を見ても配線と天井しかない。
 照明も乏しいので真っ暗だった。
 しかし、ツッコミが誰も居ないボケ通しは非常に苦しいものがある。

 なお、束の父、篠ノ之柳韻は、篠ノ之流剣術師範のバリバリの現役で存命どころか健康極まりない。



「ま、いっか! 続きしよー続きー、束さん頑張っちゃうぞー!」
「手伝う事はありますか?」
「今の所無いね! 束さんだけで十分十分! 後で見せあっこしようよ!」
「いいですねえ! 分かりました。小生も戻って科学してきますねー?」
 よいしょいよいしょと元の場所に戻ろうと四苦八苦しながら登っていくゲボック。
 恐らく、これからひたすら研究と実験に突入するのだろう。



「———ほう? 何を頑張ると? 学生が学校も来ずになにをやってる? お前ら」

 低い、地の底から響くような声が聞こえなければ。
 ツッコミが到着したようだった。

「お?」
「ほよ?」
 いい加減学習しないのか、怒気満ちる声を聞いてもぽかーんとしている。

「珍しく大人しいと思ったら・・・!」
 ずしんっ! と足音を響かせんばかりの勢いで千冬が部屋に入ってきた。
 その背後にはゲボックの作った生物兵器が死屍累々と倒されていた。
 それをみてようやく。冷や汗をたらすゲボック。

 警備員代わりの生物兵器は、敵意を見せない限り身内認定の千冬には攻撃しない。
 つまり、相当殺気を放っていると言う事だ。

「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 千冬は人間大の人形を二体担いで居る。
 待て、担いだまま警備員替りの生物兵器をなぎ払ってきたというのか?

「あ、それってコピーロボット(人間大)だねー。良くぞ今まで頑張った! ほめて遣わすぞー」
「影武者として学校に行ってもらってたんですよ?」
 二人はただ、千冬が怒っているという事しか気にしていない。
 どうして、怒っているのかなど分かるわけもない。
 何故なら、研究をしていたからだ。
 研究第一なのだ。他にはなさそうだった。特にゲボック。

「最近な、新しい係が出来たんだよ・・・『対特定狂乱対策係』というものでな・・・?」
「それでどうしたんですか?」
「私が、長に命じられた」
「わー、ちーちゃんさっすがー!」
「人員は・・・私一人だ」
「凄いじゃないですかフユちゃん! ただ一人選抜されるなんて!」
 悪意は無い。全くこの二人に悪意は無いのだ。

「学校も来ずこんな物に代役をやらせるとはなあ・・・」
 学校での最近の流行は思考放棄だ。嘆かわしい。
 思考行動は人間にのみ許された行動だと言うのに。
 まて、私はこんな事を考える女だったか?

 二人に毒されている?
 あり得る。おそらく世界で一番二人の影響を受けているのは自分だ。それだけの時を一緒に生きている。
 
 ・・・だからって先生。『お前ぐらいしか適任者が居ない。是非とも頑張ってくれ、いやいや待て待て待て、待ってくれいや、待って下さい、この通りお願いします。本当この通りです』と男泣きしながら土下座なんて本気で止めて欲しかった。
 生活指導の強面先生だったので逆の意味でトラウマだ。

 さらにだ。それから廊下ですれ違う不良達に『オス! 姐さん今日もお美しいですね、お務め頑張ってください!!』と最敬礼されるのだ。
 どうしてくれる。
 ここままだと道を歩いても似たような事になるんだろうさ、私だって女なのに!!


 千冬が自分の将来に不安を抱いている所にあっけらかんとゲボックが笑顔になってへこへこやってくる。
 こいつに悩みなんてないんだろうなぁ。
 殺意芽生えてきた。

「あー、分かりました!」
 剣呑になってきた千冬に全く気づいて居ないゲボックはぽんっ、と手を打った。
 なになにー? と束も近寄ってきた。

「で、今まで何していた? 二人とも」
「あー、聞きたい聞きたいー?」
 満面の笑顔の束。聞いて欲しくて仕方が無いのだ。なにやらゴソゴソしていたゲボックは、束が担いで居る二体と同じ人形を引っ張り出していた。

「———フユちゃんも遊びたいんですよね! 明日からフユちゃんも要ります?」

 ぶちっ———

 確かに、何かが切れる音がした。
 理由は分からなくても生存本能で逃げ出す二人。

 だが、元々運動が得意でない二人が千冬から逃げられる道理は無い。
 千冬はコピーロボット二体を投げ捨てるや人間離れした速度で突撃し、非常用ハッチに潜り込もうとしていた束の襟首を掴む。
 束が息を詰まらせて硬直している間に後ろ手に逃げ出そうとしているゲボックの足首を捕まえた。
 地獄の釜に引きずり込まれる罪人のようにゲボックを引きずり吊るし上げ、二人とも地面からぶらり浮かされる。

「お前ら・・・」
 宙に浮いてじたばたしている二人を、怒りのまま振り回しつつ、すでにプッツンしていた千冬は爆発した。

「真面目に学校に来んかああああああああ——————っ!!!!」
 こんな調子の続く、落ち着かぬ日々が三人の日常であった。






「おぉおう・・・」
 ようやく通学させたある日。
 ゲボックが食い入るようにその本を見ていた。

「これは、凄いです・・・」
「だろう? ゲボック、お前も変に頭ばっか使ってないで偶にはこういうのも見ろよなー」

 学校におけるゲボックは、別に孤立しているわけではない。
 見識のあるものほどゲボックについては不気味がったり、あるいは利用しようとする。
 だが、利用しようとすると千冬が待ち構えているのだ。

 逆に、ゲボックのことを単なる変な奴だと思っている級友は、気さくに会話をしたりする。全く外国人らしくない仕草や、なんでも素直にホイホイ聞くのが、人気の原因らしい。
 もう一人、似て異なる素質を持つ束が居る事もある。
 彼女の方は興味の無いものに対しては一切無視を貫いているために、御高くとまっている女と見られて敬遠されており、それに比較されてゲボックが緩くなっている感じだった。

 ベキャッ!

「おぉぉ・・・ぷっけぴぃ!」
 一心不乱に本を読んでいるゲボックの頭に英和辞書が炸裂した。
 舌を噛んだようであひあひ言っている。
 因みに本を貸した級友も頭を抑えている。
 金属補強が施されているのだ。これは痛い。

「もうすぐ先生が来ると言うのに何をしているお前らは」
「・・・ふおいおろれふ(凄いものです)」
「げ、織斑・・・ゲボック、おい嫁が来たぞ」
「お嫁さん!? それは本当ですかフユちゃん! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「誰が嫁だ!」
「アウフッ!」
「・・・真に受けるな」
 ぶぎゃああああと悲鳴を上げるゲボック。二発目だった。

 落ちている本を拾う。
「いったい何を読んでるんだ? まあ、お前も年頃の男だし・・・少しは隠すような真似をだな・・・ん? 漫画?」

「おう、こいつにもこういう娯楽を教えてやろうと思ってな」
 それは、マンガの神が描いた作品の一つだった。
 普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガである。

———ちょっとゲボックと性質が似ているな、と思ったのは内緒である。まあ、ゲボックには攻撃性のかけらも無いが。

「見てください! 人間の脳みそがトコロテンになってます!」
「いや・・・まぁ、なぁ」
 流石の千冬も漫画にはツッこめない。
 そうだな、と思案する千冬。

「これは原子変換ってレベルじゃないです! 他の細胞に変化は無く、頭脳のみを変換してさらに最低限の生命維持活動を維持しています! Marverous!! 歩行だってしてるんですよ! 一体どうしているしょうか! 分からない! 照点レーザー? いやいや、ただ普通の発光です。指向性があるようには見えない・・・あぁ、驚きました。小生も頑張って科学をしてきましたが・・・まだまだなのですねえ。思い知りました。山崎君、素晴らしい物を見せていただき、有り難うございます」

「あーそう言う見方すんのねお前。相変わらず科学馬鹿だな」

「ええ、小生の科学的探求なんてまだまだ児戯にすぎないんですね。これに比べれば馬鹿と言っても差し支えない・・・思い知りました」
 話がかみ合っていない。

「山一、ゲボックの変なスイッチいれるな」
「悪りぃ悪りぃ、嫁が言うんじゃ旦那———ぎゃあ!」
「誰が嫁だ」
 誰相手だろうと容赦無い千冬だった。

「あと俺山口だから。ま、続き持って来てやるから楽しみにしとけ」
「分かりました! 是非ともこれら実現させて山崎君にプレゼントします!」
「いや、マジでそうなったら織斑に『ブッ消されそう』だからやめとくわ」
「山一・・・」
「やべ、じゃーな、俺席に戻るわ・・・あと俺は山口だ・・・なんでお前ら夫婦は俺の名前を良い加減憶えないんだよ・・・」

「何を言ってる? 山一」
「山崎君は山崎君ですよ?」

「畜生! 悔しくなんかねええええ!!」
 何気に息の合う二人が悔しかったのか捨て台詞付きだった。

 残された二人は朝の準備を始める。
 ふと、この楽しさを他にも広げようとしているゲボックが。
「後でタバちゃんにも見せてあげましょう」
「頼むからやめてくれ」 
 後が怖い。







———そんなこんなで放課後

 正直、学校で天才二人が学ぶことはない。
 既に教職員の誰よりも高い知性を得てしまっているからだ。
 千冬はそれでも二人を沢山の人と接触させたかったのだ。

「バイト行ってくる」
 荷物を片付けながら千冬は述べた。
 彼女はちょっとしたBerで働いている。

 一夏と生活する為にはどうしても先立つ物が必要だ。
 束やゲボックは金銭に疎い。
 そのくせどうやってか大量に得ているのだ。
 頼めば二人はいやな顔一つせず全部差し出してくるに違いない。

 だが、それは千冬の望む事では無いのだ。

 幸い、勤め先のマスターは良い人だった。
 未成年であるにも関わらず、黙っていてくれる。

 表向きは十才も逆にサバを読んでいるが、案外客には通じる物である。大事なのは度胸だ。

 マスターの店は雰囲気が良いのでセクハラしてくる客も少ない傾向にある。
 一度尻に手を延ばして来た客を極めつつ投げ倒し、捩じ伏せてしまった事もあるだろう。
 
 最早篠ノ之流の古武術(剣術だけじゃすまなく、千冬は秘伝まで吸収して行った。調子に乗って教えすぎたとは柳韻の後述)は骨まで染み付いているようだった。
 何より、バイト自体にも少しずつだが、楽しみを見出して来た。
 特に上がりの際マスターが出してくれる・・・待て待て、ここでは言えない。



 と、いきなりだった。

「チャオ! もしもし小生ですよ? ——————はい分かりましたよ? 伝えておきますね」
 宙に向かってブツブツ言いだすゲボック。千冬にぐるんと向き合うと腕をブンブンふりだした。
 
「フユちゃん! 灰の三番から脳波です! 今日の夕食はコロッケと海藻サラダらしいですよ!」
「脳波って・・・あいつからか・・・分かった、いつも通りの時間でバイトから上がると伝えてくれ」
 千冬も慣れてしまっていた。ああ、そうなんだと考え始めている。
 頭痛が酷くなるし。

「分かりましたよ、フユちゃん」

 今の話題では、そんな事より千冬を悩ます事柄があるのだ。

———あぁ、悔しい
 あの家事手伝いは一夏と手を繋いでスーパーで夜の献立を吟味していたのだ。
 お菓子をねだる一夏をいさめ、一つだけですよ、と結局妥協したに決まっている。

———あいつは甘すぎる! 一夏が虫歯になったらどうする!

 思わず握っていたシャーペンがへし折れた。
 落ち着け、落ち着くんだ千冬、はい深呼吸。

 何とか気を宥めると、まだ宙へ視線をふらつかせるゲボックを見やる。
・・・・・・おかしなクスリをヤっている様にしか見えない。

「ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが・・・何というか、危ない」
 色んな意味で。

「・・・どうしてですか?」
 何か電波を受信しているみたいで・・・あぁ、そうか、実際に受信しているのだった。

「まぁ・・・ゲボックなら何とかなるか」
 普段の言動的に。



 かなり失礼だが、真実を突いた意見を抱くと千冬はバイトに向かった。

「さて、今日は小生も灰の三番のご飯貰いましょうか、さて、今日こそいっくんに———」
「させるかぁ!」
 迷わずバックしてシャイニングウィザードを放つ千冬だった。

 なお、束はサボりでとっくに早退している。






「楽しいお友達ですね」
「いえ、少し冗談では済まない事もありまして」

 キュッキュとグラスを磨くマスターにむっつりとした顔で千冬は嘆息する。
 バイト先のBarで、雑談を求められたために出たのは幼馴染みの二人の事である。
 一度、一夏について語り出したらもう止めて下さいと言われてしまったのだ。
 何故だろうか。
 今の千冬は、バーテンダーの衣装を装っている。
 カクテル一つ作れないが、そこは雰囲気です。とマスターに押し切られた。

「でも、お二人とも大切なお友達なのでしょう、貴女の顔を見れば、分かりますよ」
「ええ・・・まぁ、そうかもしれませんが」
 素直に認めたく無いもので。

「ですがね、千冬さん」
 年相応にブスッとしている彼女にマスターは急に少しだけ険しい表情を浮かべる。

「そう言う貴女だってそうとう暴れているでしょう? 聞きましたよ? 不良グループを丸々一つ潰してしまったとか。たとえその行為が正義感から来たものだとしても、暴力で全てを解決しようとする姿勢はいけません。そのような事を続けて行けば、いつか手痛いしっぺ返しに会ってしまいますよ」
「・・・はい、申し訳ありません」

 マスターの情報網にはいつも舌を巻く。
 先月、多人数で一人を恐喝している現場に居合わせ、全員を木刀で叩きのめした。
 その事に恥ずかしくなる。
 別段、正義感からでは無いからだ。

 最近、両親が蒸発してから、千冬が情緒不安定なのは前も述べたとおりである。
 この時も、目の前で行われる行為に、ただ居ても立っても居られなくなっただけだ。
 放って置く事そのものに憤りを感じ、兎に角堪らなくなった。
 ぶちのめさずにはいられなかったのである。

 敵対的な意識を向けるだけで勝手に襲って来た。
 後に過剰防衛だと諌められたが、相手の数が数だけに不問となった。


———その裏で、暗躍した二人がいるとも知らずに


 幸い、彼等は力で統率されたグループだったらしく、リーダーを血だるまにした途端、蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 しかし、なにか憮然とした後味しか残らない。
 圧勝だったとはいえ、久々に歯ごたえのある相手だったのに・・・何もすっきりしないのだ。
 千冬はただ解消できぬ『何か』を暴力に変えてあたっただけにすぎないのだから。
 鬱屈とした感情は、彼女の心理に重く沈殿していく——————



 ガシャーン!

 ハッとして顔をあげる。
 テーブルが倒れ、料理やドリンクが床にバラ撒かれている。

———倒してしまった・・・ようには見えないな

 どうやらマスターに愚痴っている間に諍いが初まったらしい。
 見たところ、血気盛った客同士の諍いだ。



 Barの隅にあるバケツから、木刀を抜き取る。
 千冬愛用の真っ黒な『鋼よりも強靭な木から削り出した木刀』だ。
 ゲボックの秘密基地に植生していた木から出来ている。
 時によっては『アレトゥーサ』と言うものになるらしい。 
 その場合、ただの木なのに、冬虫夏草のように動物の死体に寄生して歩き出すらしい。どんな化け物だ。
 まったくもってよく分からない。
 しかもまだ生きているらしい。だから、普段は肥料を溶かした水に浸けている。
 ものすごく頑丈なので乱暴に熱かっても気にしないと言う。
 ただ、優しく接していると応えてくれますよとか。なぜプラントセラピー?
 
 言われた通りにしてみたら、春には花を咲かすので千冬はその観賞をささやかな楽しみにしていた。



———ぶれかけた思考を仕事に集中しなおす
 マスターから千冬に与えられた仕事の一つ———用心棒だ

 つまみ一つ満足に作れない千冬がここに置いてもらえる最大の理由だった。
 他には在庫の出し入れなどが主な仕事だ。
 大樽があったりして、中々重労働だったりする。

 それはさておき。
 店にはマスターの趣味で色んな人がくる。
 色々訳ありが集まりやすいそうだ。
 えり好みしないのは千冬を置いてもらえる理由にもなっているので文句は言えないが、かなり頻繁に諍いが起こる。
 千冬もそんなに暇できないと言うものだ。
 それでいてBer全体に下卑た雰囲気が無いのはマスターの人柄だろう。
 千冬がくる前からそうなのだから———まさか前はマスター単身で無力化していたのだろうか。

 特に部活等もしていない千冬の戦闘能力を何故知っているのか。
 超実践派である篠ノ之流古武術は危なすぎて対外試合は無いし———

 まぁ・・・疑問点に目を瞑れば、千冬の言いたく無い事を察して黙っていてくれる上に、適した仕事を采配するマスターは本当にナイスな燻し銀。まさに適材適所、感謝してもし足りない。



 戦闘を意識した瞬間。
 千冬の雰囲気が———『堕ちる』
 表情が変化が乏しくなり、目付きが殺気で塗り潰される。
 剣呑な空気が周りに圧迫を与え始めた。

 気弱な者は充てられて呼吸困難を訴える程だ。



 そしてその結果など、今更語る迄も無い。



「流石ですね」
 気楽にマスターはカクテルを振っていたりする。
 暴れた客は適度に殴打して、転がしておくだけに留めている。
 骨や靭帯に損傷を与えなければよし、と言うここルールの為、後遺症こそ残らないものの袋叩きである。
 警察に摘発されないか、千冬としてはなんとなく心配である。

「いえ、マスター。相手がこれでは剣が錆びます———おい、身包み剥いだあとふん縛って表に転がしておけ!」
「はい! 姐さん!!」
「うぐっ!」
 あぁ、ここでもか。
 年上の男にまでそう言われてしまっている。
 
 彼は店員ではない。店の雰囲気には全く合ってないが常連なのである。
 お陰で千冬とも少なくない面識がある。
 彼が素直に支持を聞くのは———空気、としか言いようが無い。

 年齢を偽っているとは言え———いや、だからこそ落ち込む。


 その時。

「———ぐあっ!」
 千冬の指示を受けて動いていた青年がヨロヨロと下がって来た。
 彼は苦鳴をもらしつつ、肩を抑えていた。指の隙間からは決して少なく無い血が流れている。

「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です姐さん・・・ただちょっと、こいつはおかしいですぜ」
 口調があれだった。愛称はマサとかケンに違いない。
 実は千冬、名前を覚えていない。

「ううぅぅ・・・ぐぅううぅうぅ・・・」
 千冬が倒したはずの男が起き上がった。
 その姿は尋常なものではない。

「おい・・・」
 焦点が合わず中空を見つめ苦しみ出し———

「あがああああああああああああああっ——————!!!!」

 そして。
 鼻面が突き出して牙がむき出しになり、青年の血が滴る爪が鋭く伸びた。

「は?」
 非常時において思考が硬直する事は死に繋がる事が多い。
 しかし、千冬はそうであっても生に最も近い反応を見せた。

 すなわち。

 ドゥゴフッ!

 木刀の切っ先が男の喉元に突き刺さった。
 殺気を感知した瞬間、瞬間的に突きを放ったのだ。
 それは千冬の意識外の咄嗟の反応と言えた。
 そうでなければ、一歩間違えれば死に至らしめる一撃など放たない。
 電光石火の危険極まりない急所突きは今度こそ男を沈黙させた。

「———なんだ? 今のは」
「さらっとあんな危ないのはよして下さいね。マナーを守らない客は客でないので別に良いのですが、反吐を吐かれたりすると店が汚れますので」
 え? ダメージ制限ってそれが理由なのか? 千冬は一瞬だけ頬を引きつらせた。

「反応は、何かしらの薬物依存症患者に似ていましたが———」
 荒く息を吐く千冬の傍でさすがにマスターが眉をひそめながら、倒れた男を見ていた。

「しかし、そんな、聞いたことがありません」
 その———変形———する麻薬など。

「確かに、怪力を発すると言われるフェンサイクリジンでもさすがにここまで劇的な身体の変形は無いですし」
「フェン・・・?」
「千冬さんは別に知らなくても良いですよ? ですが千冬さん・・・」
「マスター?」
 急にマスターが言い淀んだ。
 怪訝に思って千冬がマスターを見上げる。
 そこには冷や汗を流しているマスターが居た。

「裏口から逃げてください」
「マスター?」
「早く!」

 珍しいマスターの怒鳴り声を聞いた瞬間だった。

「「「「「ゴオオオオオオオオオオォォォォォォアアアアアアアアアア」」」」」

 轟声が響いた。
 あまりの大音量に店自体が振動しているような感じさえ受ける。

 失点だった。
 倒れた男に注意を向けすぎていた。

 店中の人間が、マスターと千冬を除いて同じ症例に襲われていたのだ。

「マスターは!」
「私も逃げます! 千冬さんは早く!」
 押し込められるように裏口に追いやられる。

 店の外に出ると、扉が施錠された。
「マスター!!」

 扉の奥からは大きな物音が聞こえる。
 千冬が叫べども叩けども、扉は開かない。

「———くそっ!」
 爪が掌を食い破り血を流す右手を扉に叩き付けた。

「———誰かに———」
 店の裏口から出た千冬は地獄絵図見た。

「うううぅぅぅ・・・」
「がああああああっ」
「ぐるるるる・・・」

 Berを出た通りに犇く同様の症例者を。

「まったく・・・唐突になんなんだこの三流映画は!」
 木刀をぶら下げる。

「上等だあああああああああっ!!!」
 内心に反し、そのときの千冬の口角はつり上がっていた。






 自分より身体能力の高いものとは戦いなれている千冬だった。
 練習相手は、ゲボックの作った生物兵器である。
 あれらは関節が変なところに合ったり、時々超能力としか思えないものを使うものも要るため、非常にやりづらい。
 それに比べれば。
 見た目どおりの野獣じみた身体能力だけでは、千冬の敵ではない。

「———ふっ」
 もう何度目か分からない、木刀を振るう。
 しかし、いかんせん数が多い。
 動きが単純な相手と言えど、油断は出来ない。
 実家ではどうなっているのか、一夏は無事なのか。
 この事態は何だ、絶対ゲボックに違いない、あの馬鹿今度は何をした。
 数を相手にしているときは走り続けるしかない。
 飛び掛ってきた一匹を地に叩き伏せ、すぐさま走り出す。

「くそっ! 雑念が多くなるっ!」
 疲労が溜まっていたのか、余計な思考が多くなる。

 そう言えば束は無事なのだろうか。
 近頃はゲボックの秘密基地に良く篭っている。
 一応千冬もおばさんには、『束も男の家に行くのは構わないけれど、年頃の娘だからお願いね』と頼まれている。
 ゲボックならその意味では安全だが、人としては外れる割合が跳ね上がる。
 あの二人は揃うとろくなことが無いのだ。
 最近、研究のジャンルが違ってきた二人だが、それでも別ジャンルなど関係なく、気楽によそ見出来る呆れた天才同士だ。
 人の道から外れそうになってもアクセルをべた踏みにするどころか、ニトロ積んでジェットでぶっ放すほどに危険極まりない。

 まあ、あの家も生物兵器がひしめいているから危険な事は何も無いだろう。

 無理やり思考に一区切りつけるが、一瞬遅かった。
 後ろから振り下ろされる爪、気付いても反応速度の限界が、千冬に絶望感を与える。

 極力ダメージを何とか減らせないものか。
 覚悟したときだった。

 ダムッ

 一発の銃声が、そいつを吹き飛ばした。
「・・・なん、だ?」
「よかった、当たってない」

 不安になる言葉を残して、銃声の主が姿を現した。
 年の頃は千冬と同じ頃だろうか。黒のパンツスーツと同色のベスト、革の手袋。それに同素材の靴をまとった出で立ち。
 何となく、バーテンの衣装を着た千冬に似ている。
 ショートカットの金髪を無造作に整えた少女が、硝煙を上げる銃を構えて佇んでいた。

「ねえ。貴女は人間かしら」
「その問いは悪意しか感じないぞ」
「あら、ごめんなさい」
 全く悪びれずにさらに銃を三発、吹っ飛ぶ同じ数の人影。

「・・・」
「これ? 大丈夫よ、出るのは衝撃波」
 銃を直視している千冬に気付いたのだろう、彼女はくるり、と銃を舞わす。
 そのまま握把で一人を殴り倒す。

「そんなもの、何時、何処で手に入れた?」
 千冬は四五体張り倒しながら少女の元へ駆け寄る。
 銃声は大きい。放っておいたら際限なく集まってくるのだ。
 その銃は妙だった。幼馴染みの顔が浮かんで来る。

「手に入れたのは昨日。場所は言えない。衝撃波が出るってのは知ってたけど、どれぐらいのが出るかはさっき撃って分かったわ」
「なるほどな、よかった、とはそう言う事か」
「大丈夫よ、当たっても死なないらしいし」
 少女も一緒に駆け出した。

「ぬけぬけと・・・織村だ」
「シャウト、よ」

 二人揃ってからはまさに快進撃だった。
 優秀な前衛と後衛が揃えば、身体能力任せで突っ込んでくるだけの獣同然の奴らなど敵ではない。

「撃ち慣れているな」
「だって私、銃社会の国の、人だものね」
「・・・この国には、銃刀法というものがある」
「法に引っかかる機構は無いわ。そう言う貴女だって、法には掛からないけど随分とした得物を持ってるようだし」
「仕方ない、緊急事態だしな」
「そ。緊急事態だものね。ところで、どこか行く当てがあるの?」
「ああ・・・」

 家に、と言いかけて口を噤む千冬。
 今、自分は大量の奴らを引きつけている状態だ。
 家に戻れば、大量に連れて行った奴らとそこでろう城をする羽目となる。
 家には、一夏がいる。万が一にも危険には晒すわけにはいかない。
 ではゲボックの秘密基地に———と考えて思いとどまる。

 さっきの思考とは反するかもしれないが、今。家は無事なのだろうか。

 思考の袋小路に突っ込まれた千冬は言い淀み———

———は〜い、テステス! 束さんはらぶりーちゃーみぃなマイクテス中だよ? 私の美声を聞け〜 ———
「うぉあったあ!」

 いきなり脳内に響いた甲高い束のヴォイスにバランスを崩し、盛大に転ける所だった。
 ギリギリで持ち直したのは千冬であるが故のさすが、としか言いようが無い。
 緊急事態でのギャグは、実際起こればとても致命的なのだ。

「ちょ、大丈夫?」
「・・・なんとか」

 漫才のようなやり取りの中でも、二人の攻撃が精彩を欠く事は無い。
 悲しいまでに見事だった。
 千冬の頭に響いた声はシャウトには当然ながら聞こえない。
 経験したのは初めてだが、ゲボックが自分の生物兵器と遠距離で連絡を取っていた何かだろう、とあたりは付ける。

 ・・・頭の中で思考を伝えれば良いのか?

———さっすが〜、ちーちゃんもうコツ掴んだの? さっすが〜 ———

 束の声。どうやら正解であったらしい。
 
 状況を把握したい。ゲボックはどうした?

———ん〜、ゲボ君は、ちょっとおねんね中かなあ? ———

 なに? まさかゲボックも?

———あはは〜、そこは大丈夫。セイウチになったいっくんに踏みつぶされただけだから———

 一夏が!? 束、一夏は大丈夫なのか!

———落ち着いてちーちゃん、いっくんは、元通りになってくーくー眠ってるよ———

 本当、か・・・?
 千冬は思わず胸を撫で下ろす。

———ちーちゃんも現金だねー。私はゲボ君が潰されたって言ったのに〜。ゲボ君、いっくんの事、潰されながらも治してくれたんだよ?———

 ・・・あ・・・すまない。
 一夏の事ばかり考えていて、全くゲボックの事を心配していなかった。
 本当、余裕が無い。
 恥ずかしくなるばかりの千冬だった。

———別に気にしてないからいいよっ。でもいっくん、何でセイウチなんだろうね? そうそう、ちーちゃん知ってる? セイウチの群れって ———

 すまないが、雑談は後にしてくれ。それよりゲボックと話をさせてくれ、この事態を。

———ああ、ちーちゃんは今の状況をゲボ君の仕業だと思ってるんだ———

 ・・・え?

———この事件は、ゲボ君が起こしたんじゃないよ? ———

 ・・・は?

———うんうん、その気持ちは分かるよ。束さんも絶ぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ対、ゲボ君がやったんだと思ってたし。本当? って何回も聞いたもん。でもね、ちゃーんと束さんは言質もとったよ? ゲボ君は、この事件を起こしても居ないし、この事件の原因とも言える薬物は作ってないよ———
 
 なんだ、って?

 そん、な・・・あ、すま、ない、束・・・。

———だーめ、後で一緒に謝ろう? ———

 ああ・・・分かった。

 穴があったら入りたい、とはこういう気分なのだろう。
 異常事態が起こればゲボック、束のせい。
 そう決めつけていた。
 決めつけて勝手に憤っていた。
 もし、今、会話していたのが束ではなくゲボックだったら。
 冷静に事実を受け止められただろうか。
 ・・・・・・・・。



 それで、頼りっぱなしなのはすまないが、対処法は分かるか?

———それなら完璧! 万事オッケー!! ゲボ君が解毒薬作り終わってるから、ちょっと取りに来て? 今ちーちゃんちだから。
 いやー、実は今篭城してるんだよねぇ。『第二形態』になるとゲボ君の生物兵器と同じぐらい強くなるらしいし、それにゲボ君の生物兵器、生物ベースの子は取り込まれちゃったしにゃー。しっかあああああしっ! ここは備えあれば憂い無し、まさかリサイクル品だった灰の三番が無機物ベースの生物兵器だったから一番役に立って、何とか交戦できてるって感じ! あと、ゲボ君はいっくんに踏み潰されてしばらく使えないから、そっちに色々もって行けないし? あらら、冷静になってみると逆に・・・割と絶体絶命かも? ———

 分かった。今行く。後少々、保たせてくれ。
 うん、了解だぜえっ。束さんも、合流次第箒ちゃんの所行かなきゃ行けないし、やる事山積みだね!

 ・・・全然反省できていなかった。
 束も、大事な妹が居るのだ。一緒でないのだろう、心配で仕方ないに違いない。

———でも気をつけてね、ちーちゃん。さっきも言ったけど『第二形態』になって個性が出て来るとちょっと手強くなるから———

 は? 個性?

———そう、いっくんみたいに———

 どういう事だ? 今、襲ってくるのは一様に犬面で牙を剥き出し、かぎ爪を鋭利に延ばしているものしか見えないが・・・。

———あと、噛まれちゃ駄目だよ? この薬品、凄い浸透圧で全身の体液に浸透してるみたいだし・・・どれだけ希釈しても効果に殆ど変わりはないみたいだから・・・噛まれると、唾液から感染るよ? ———

 まるで狂犬病だな!?

———あー、そうだね、そんな感じだね! ちーちゃん頭良い!———

 天才の束に頭良いと言われても、複雑な気分にしかならないものだった。
 しかし、この事態の活路を見いだした事に一筋の光明を見た気がした。
 今までの会話中、それまでと一切変わる事無く奴らをあしらっている事が凄い。
 完全に、思考と動作が乖離していて、それで居て必要な行動をとっているのだから。

———さあて、いっくよ! 本邦初公開のぉおお、大・天・才!! 束さんの大発明———『壁の穴を埋めるバズーカ』!!———

 束も、まだまだ隠し種を持ってそうだった。
 千冬は意識を引き締め直し、意識を完全にこちらへ戻した。



「シャウト、一先ず私の家に向かうぞ、対処法が見つかりそうだ」


「・・・それの真偽も疑わしいけど・・・何より貴女本当に大丈夫!? 奴らの仲間になったりしないわよね?」
「・・・どういうことだ?」
「そりゃあねえ・・・だって貴女、急に目が空ろになったと思ったら百面相になって顔を青くしたり赤くしたりしてたし、本当に大丈夫?」
「・・・え?」

 一拍後、いつぞやゲボックに言った事を思い出す。



——————『ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが・・・何というか、危ない』——————



 ああああああああっ!!
 今の私はあの時のゲボックに似た姿をしていたのか。
 本気で死にたい。
 ゲボックに謝ったらその場で殺そう。

———理不尽な事を考える千冬だった。






———その瞬間。

「・・・なんか、気配が変わったみたいね」
「まさか———」
 これが、第二形態移行か?

 ビンゴ。

 千冬の懸念は的中する。
「ヴグルルルルウルルルウルっ!」
「ヒヒィィイィイイイーン!」
「パォオオオオオオオオーン!」
「シャギャアアアアアアアアアッ!」
「メエエエエエエエエエエエッ!」

 周囲で響き渡る、獣達の鼓舞。
 ブルドック、馬、象、狐、羊、狸、猫、駱駝、獅子、牛、etc,etc——————
 さっきは元となった人物の印象が強く残っていたため不気味だったが、これは笑いが止まらない。
 一転して様々な種類の獣と人が合わさったような、違和感しか振りまかない二足歩行の生き物が姿を現して来る。
 今まで以上にファンタジーだった。

「はっ———まるで動物園だな」
「余裕ねえ。私はいい加減疲れて来たのだけど」
「弾に余裕はあるか?」
「んー、後百発ぐらいは撃てるかな? 普通、熱や衝撃でとっくに駄目になるのに、これって無駄に頑丈なのよね」

「これからはどうやら手強くなっているらしいが、やり方は変わらん。一点突破で行くぞ」
「分かったわ。貴女前衛私後衛。それで良いわね」
「当てるなよ」
「貴女こそ取りこぼさないでね」
「言っていろ!」

 獣人の群れに突っ込んだ千冬は犬面の腕をかい潜り、脇腹に叩き付ける。
 筋肉の厚みの薄い所に鋼より強靭な一撃を叩き込まれ、さすがに動きを止めた所へ体当たり、後続の羊にぶつけると、怯んだ隙に逆袈裟で切り上げ、そのまま勢いを殺さず右へ。
 
 肘が右から食らいついて来た狐の顎を砕き、その後ろの駱駝のこめかみを、左下から伸びた木刀を逆袈裟の余韻で引き上げ、打ち抜く事で意識を消し飛ばす。
 さらにステップして一回転、踏み込んで身を沈みこませ、左から迫っていた象の臑に下段の居合いを叩き込む。

 象の筋肉は銃弾すら通さない。そもそも高質化した皮膚は、まさに鎧と言って過言ではない。
 強靭な筋肉で威力が半減され、弾かれるが、帰って来た木刀を己の身に添える千冬。
 
———刃無き木刀であるが故の戦術。これで、居合いの死に体は無くなった。

 自分の胸を貫くように延ばされる象の牙を木刀で受け、身をその勢いに逆らわず滑らせる。
 そのまま象頭の膝より頭が低くなるように姿勢を極限まで身を倒し、象の後ろへ通り抜ける。
 
 跳ね返したとはいえ、ただの象ではなく獣人であるため足の構造は人間と変わらない。人より遥かに分厚いとは言っても肉の少ない臑への一撃。与えた痛撃は相当だったのか、牙を繰り出した勢いのまま前のめりになる象。

 打たれなかった方の足で踏み込むがそこに背後から尾てい骨に一撃。
 振り向きもしなかった千冬の追撃だった。

 立て続けに守りの薄い所を一撃されて仰け反る象をシャウトにより連発された衝撃銃が止めを加える。
 他より一際強力な連撃を受けたせいか、牙を粉砕させ、ついに墜ちる象。

 先に進んだ千冬を両脇から馬が襲って来る。
 蹄をかわして跳躍した千冬はその頭上から睥睨、着地点に牛を発見。

 左右の馬が、勢い余っている所に銃撃が炸裂、吹き飛ぶ。
 そのまま連発された射撃は正面の牛は顎下に衝撃を与え、涎をまき散らし牛は仰け反った。

 先の象もそうだが、精確無比な射撃に千冬は頼もしさを覚える。
 右足を引き寄せ、勢いのまま左足を蹴撃の形に固め———

 半開きになっているその口に千冬の飛び蹴りが彗星の如く炸裂。
 臼のようになっている歯をまき散らす牛をそのまま倒して勢いのまま滑る。
 倒れた牛の体は獅子と狸を巻き込んで転がり、千冬はサーフボードの代用品となった牛から体勢を崩す事無くその身を降ろし、躊躇無くそれぞれのこめかみを蹴り抜いた。

 その後ろでは、最初に千冬に飛ばされた狼と、それと縺れて絡まっていた羊に止めを刺したシャウトが千冬を追って来ていた。

「ねえ・・・貴女、人間? 何今のジャンプ。どれだけ跳んだのよ、ねえ!」
「さあなっ!」



 二人の快進撃は、千冬の家まで後一キロ、と言う所まで続く。






 織斑家。

 そこには一人の少女と、眠っている二人の男が居た。
 束と、獣化が解けた一夏。潰されて実は重傷のゲボック。

 ゲボックの頭にはテープのようなものが貼付けてあり、
 そこから伸びた幾本かはパラボラのようなアンテナに伸び、残りは束のPDAに繋がっていた。

「んーふふー」
 鼻歌まじりに束はPDAを突ついて操作する。
 これも束の自作だ。指だけでは無い。一度に複数の情報入力手段が存在するハイスペック器で、鼻歌の旋律さえも、それには含まれる。まさに、常人ならば使いこなす事も不可能な代物だった。



 ゲボックが自分自身を改造した事で、特定の種の生物兵器と思念通話のようなものが出来る事は知っていた。
 正しくは、回線を生物兵器に開いてもらう事で送信が出来る、と言った感じだったが。

 束は機械を繋いで生物兵器の代用をして、さらに思念の偏重を整え、千冬と回線を繋いだのだ。
 生体関係の研究は束も必要だからやっていたが、ここまでオカルト臭のする技術は興味を抱いていなかった。
 そもそも、機械式で近い事は束も実践中だ。
 ゲボックのような方法も、やろうと思えば出来ない事も無いが、まず発想に繋がらない。

 本当に、ゲボックは面白い。
 四年間もの時間をよくぞ無駄にしたものだと。珍しく自分を叱責したい所である。



 表では、灰の三番が奮闘している。
 リリース落ちした個体でもこれだけの戦闘力とは、本当にゲボックの叡智には果てがない。
 それに勝つ千冬はまた、別として。

 PDAを操作して灰の三番の援護をしつつ、先程完成したばかりの『子』を調整、さらにゲボックのダメージの調整、意識への刺激を同時に行う。

———『子』———束は当然ながら子を宿した事は無い。しかし、ゲボックは自分の生み出した存在を『子』と呼んでいた。そこに普通の親としての感情が全くなかったとしても———ならば、そう言う遊戯もまた楽しいだろう。



 何故そう思うのかと問われれば、ゲボックの思考の先、意図さえも理解できるのは自分だけだという自負があるからだ、束はそう答えるだろう。
 通常は答えるのすら面倒で、そのくらい理解できないものに興味は無い、と切り捨てるだけだが。

 そして、自分自身がゲボックに劣っている気もまた、ありえない。ゲボックが専攻している事でも、理解できればそこまで追いつける。

 だが、それは向こうも同じだ。
 どれだけ突飛な、相手が思いつかない事を着想しようとも、気付けば同じになる。
 この、思念通話の技術のように。
 どうせ同じならば違う事をしよう。
 それが、最近の束のテーマだ。

 ゲボックは生体から機械が如き存在へのアプローチを。
 束は逆に機械から生体のような存在へのアプローチを。

 恐らく、最終的には一つの同じ点へ収斂していく。

 対し、違う事と言えば。
 
 ゲボックの求めるものが称賛であると言う事が束との違い。

 束と違い、ただ研究し続けるだけ、永遠に終わらない円周率の計算を延々と続けるだけでも楽しいのがゲボックと束の差異だ。

 だが、過程は束は考慮しない。
 その時、どんな風に立っているのか。
 現時点と結論しか束には興味が無い。

 自分と同じ所に容易に立つブラックボックス。

 これさえあれば、どんな事があろうと自分が退屈に苛まれる事は無い———



「ちーちゃん、あと二キロぐらいだよ、頑張ってねー」
 ゲボックを抱き寄せ、その耳———入力装置代わりになっている———に千冬への応援を囁く。
 千冬は再び頭に響く自分の声にびっくりしていた。

 自分の世界は、自分に優しいものだけで良い。
 それ以外は、何にだって邪魔されるわけにはいかない。



「ねえ、ゲボ君? 束さんは知ってるんだよ?」
 ゲボックの耳を塞いで、束は言う。

「確かにこの事件にゲボ君は関わっていない———でもね、それなら———どうしていっくんを治療する解毒薬を持っていたのかな?」

 懲りずに一夏を改造しようと織斑家に来たゲボックとただそれを余興に楽しむ為に来た束が見たのは、傷つける訳にも行かず、発症した一夏を拘束し続け、困り果てていた灰の三番だった。

 解毒しようとしたゲボックは絶妙なタイミングで第二形態のセイウチになった一夏に踏みつぶされていた。
 本当に間が悪いと言うか面白いと言うか。
 だが、しっかりしている所はある・・・。手に持っていた無針注射ですぐに一夏を元に戻したのだ。

 その後、質問する束に全く平静にゲボックは関係ないと言って、吐血直後ぶっ倒れた。
 ならば、本当に今回の件はゲボックの手によるものではない。

 ゲボックは、誤摩化そうとする事はあっても、絶対に二人に嘘を吐けない。
 というか、嘘をつこうとしたら目をそらすわ口笛吹くわ、動揺してどもるわで絶対にばれるのだ。



 ・・・だが、嘘をついていないし、隠し事もしていないと言う思考のもとでなら、確かに動揺は無い。
 まずいね。ゲボ君の習性を知っている人が他にも出て来たみたい。

 ゲボックは楽しい楽しい自分と千冬の『お友達』だ。
 絶対誰にも渡してやるわけにはいかない。

 そのためにも、この『子』にも頑張ってもらわなくちゃ。
 あとは、千冬をどう説得するかだ。
 束は、今後の行動を組み立てて行く。






 それは。砲弾のように二人の間に落下した。

「シャウト!」
 地面との激突、その衝撃に余波がまき散らされ、千冬はとっさに後退。

 まずい、しまったと舌打ちする。
 これがなんなのか、分からないが———
 シャウトと引き離された。

「くっくっク・・・」
 
 笑い声が聞こえた。
 聞き覚えがあるが、思い出せない。
 そのぐらい、千冬に取ってはどうでも良い程の重要度しか無い声である。
 人間、だった。
 五体満足、一分の隙もなく、人間である。
 顔面や、肌を覗く腕などにタトゥーのようなラインがはしっている。
 特に口の両端から耳の後ろへ流れて行くそれが禍々しさを醸し出していた。
 この特徴を除いても、やっぱり記憶に無い。

「ミぃいいイイイつけたぞ、オンナあああああアアアアアアアアアアアアッッッ——————!!!!」

 逆に、相手に取って千冬の重要度はかなり高そうだった。

 その思いの丈と言うか雄叫びと言うか・・・それは、今までの獣の咆哮に似て、しかし決定的に違っていた。
 含まれる人語。それは明らかに人の知性が存在する事を意味し、しかしそこに含まれる感情が人間の理性がそこに含まれている考慮を無用のものとしていた。

 かなり大柄な体型である。
 上下に着ているボディラインをあらわにする衣服にはその下の隆々とした筋組織を容易にイメージさせた。
 そして、見た目通り馬鹿そうで、単純、短気で粗暴そのものである。

 同じ男として、師匠やゲボックと比べるのもおこがましい有様で・・・。
 
 ・・・おい待て、何故今ゲボックが出た。
 やはり、男は師匠のように凛々しく、精悍としていなければ。
 自分の思考を必死に制御する千冬。

 一夏は是非そのように育てよう。灰の三番にも言い含めなければ———
 思考が脱線しかけたのを慌てて引き戻し、敵(としか思えない程こちらに敵意を向けている)の観察を再開する。

「あの体型、どこかで見たな・・・」
 何か引っかかるが記憶から出てこないもどかしさがある。
 
 こんな事を考えられるとは・・・。
 非常事態に段々慣れて来ているのかもしれない。

———ダムッ、ドム、ドッ———

「シャウト!?」
 しかし、その気もすぐに引き締まる。
 男の後ろの方からは何発も衝撃銃の発砲音が聞こえたのだ。
 それはどんどん引き離されているようで、男の横をすり抜けなければ彼女の方に向かう事は出来ないだろう。


「ヴぅうううガアアああああああああああッ!」

 何故か、周りの獣人はその声一つで引いて行く。
 それだけでも、シャウトとの合流の困難さは理解できた。
 今まで野の獣も同然だった獣人だったが、最悪この敵が居れば統制が取れる。
 種族は違えど似たような攻撃しかしてこなかったが、適材適所を当てはめられれば、そもそも生物としてのスペックはこちらが下だ。敵う訳が無い。

「・・・首謀者の関係者か?」
 それとも、これも何かしらの実験の過程なのか。

 ゲボックや束の動向を見て来た感想から言えば・・・。

———後者の線が濃厚か

 千冬は覚悟を決めた。

「あがあああああああああああああああっ!」
 獣人を遥かに上回る速度の突進で迫って来る。

 だが、単純なそれならば、今まで同じである。
 かい潜り、脇腹を打つ。

 ぐむ。

「!っ———堅いっ」
 象人を殴った時にも感じなかった密度。
 まるでゴムの塊を拳で打ったような違和感がする。

 その千冬に振り上げるような一撃が迫る。
 
 背筋をはしる寒気。
 予感がある。
 当たれば、防御の意味は無い。


 この敵の攻撃は全て、一撃必殺だと。


「ちぃっ———」
 転がり、その一撃をかいくぐる。
 かすった指が千冬の神を何本か毟っていく。
 その痛みが、千冬の神経をさらに鋭敏にした。

 感だけを頼りに、転がり様に両足を振り上げる。
 蹴りの為ではない。そんなもの、何の役にも立たない。
 その身をまっすぐ倒立させる。

 その身の芯をなぞるように。
 
 さっきまで千冬の胴があった所に———
 
 千冬の眼前を拳が落ちる。

 その時発した音を千冬は聞けなかった。
 一瞬灰色になる世界。聴覚はカットされた。
 脳の処理能力が、限界まで跳ね上がり、余計なものが削げ落されたのだ。
 これが緊急事態に感じるゆっくりとした世界か、と思う程に余裕ができる時間感覚。
 
 冗談じゃなく、拳で地面を割る瞬間を事細かく目の当たりにしてしまう。

 巫山戯た、なんてものではない。

 ゲボックの生物兵器とて、こんな膂力は無い。
 無駄だからだ。
 地面を割りたければ、別の攻撃手段を用いた方がエネルギーの効率がいい。

 それを震脚でもなく、わざわざ振り落とした拳で。
 どうやって勝つ?
 高速化した思考はあらゆる戦術を構築する・・・が。
 その殆どが自分の死で終わる。
 こんな事なら、ゲボックや束の護身武具を素直に貰っておけば良かったと公開する。
 あれは、明らかに過殺傷なんだよなあ。
 今は、無性に欲しくてたまらないが。

 唯一貰ったのはこの黒い木刀。『アレトゥーサ』だけである。
 この木はまだ生きている。
 寄生はされたくないものだ。

 待てよ?

 確か、漆黒のフラーレン(とか言うらしい)の強靭さと『アレトゥーサ』は植物故の構造を合わせた。あの攻撃があった筈。
 冗談だと聞き逃していたが———



 筋道は立った。
 後は全力を尽くして足掻くだけである。
 この手の賭けは思えば好みであった。
 例え百回に一回でも、最初の一回に出ればそれは確実だ。

 これから十と少しの年月後、まさか弟が似た思考を抱くとは思わず、千冬はうって出る。


 反動を付け、倒立のまま跳ぶ。
 身を猫のように捻り、少しでも男から離れるべく飛距離を稼ぐ。

 頬が熱い。
 間近で粉砕されたアスファルトが千冬の全身を抉っている。
 こめかみから流れるものと、切れた頬から流れる血が合流して顎を伝う。
 気にするものかと、千冬はアドレナリンを自覚する。

 割れた地面を一息に飛び越え、男は突っ込んで来る。
 振り上げた腕を、右方向へ時計回り。体を独楽のようにまわして回避。
 相変わらずとんでもない力と速度。巻き起こる風だけで肌が裂ける。

 男の腕は千冬の狙い通り、電柱をぶち抜いた。

 こちらに倒れ初める電柱。
 男の膂力ならば、片腕で払ってしまうだろう。
 まったく、なんなんだこいつは。
 くそ、やはり思い出せない。

 なぜ、獣人とセットになって来ているのだか。
 戦術を探る思考が余計なものまで引っ張って来る。
 即座に黙らせ、思考の全てを一点に注ぐ。
 
 千冬はタイミングの計測に全力をかけ、一回転を終了ささせる。
 相手は半身を返している段階だった。

 倒れて来る電柱。
 無造作に片手で払おうとしている瞬間。

「やああああああああああああっ—————————!!」
 気合い一拍、遠心力も加えて振り上げた木刀を膝裏に叩き込んだ。

 どんな膂力があろうとも。
 人体工学上、関節の向きに逆らう事は出来ない。

 さすがの男も体勢を崩した。
 タイミングを外され、電柱は違わず男の脳天に炸裂した。
 そこを起点に再度へし折れる電柱。
 電線は垂れ、紫電をまき散らす。

 そこでやった! とは思わない。
 のしかかって来る電柱を、男は反対の手で振り払う。
 まるで、直撃した発泡スチロールに対してやる様に。



「く———あっ!」
 無造作に払われ、飛んで行った電柱の端が千冬を掠める。
 それだけで激痛が脳髄に噛み付いた。

 だが止まらない。
 止まれば死しかない。
 全身のバネを用いてその身を跳ね上げる。
 同時に、振り下ろした木刀を全力で引き寄せるた。

 男は不安定な体勢で電柱を払った為か、半身からこちらに向き直るには一秒程かかりそうだ。

 それだけあれば有り余る。
 胸の前で構えた木刀を、男の口内に突き込んだ。

 口内は、あらゆる生物の弱点だ。
 そこを突かれれば、ひとたまりも無い。


 しかし。


 その希望も、男はあっさり、木刀に食らいつく事で叩き潰す。
「な———」



 フラーレンで出来た、ダイヤを凌駕する強度の木刀の先端が噛み折られていく。

 しかし、千冬が浮かべたのは絶望ではなく、己の算段が通った会心の笑みだ。
「んてなあああああっ———!」

 生物たる木刀は、折られる事に生命の危機を感じ、防衛反応をおこす。
 すなわち。

「ぶがあああああああああああっっっっっっっ!?!!??」  

 吸っていた水を、フラーレンと言う強固な素材で極限まで圧縮し、先端から射出。
 鋼鉄すら容易に両断する水圧カッターは男の口内で炸裂し、後頭部から抜けた。
 もう一度言うのだが、口内は生物共通の急所だ。



 一瞬の躊躇も、作戦成功の余韻も見せず、千冬はそこから全力で退避する。
 折れた電柱。散らばる電線。
 木刀から出た生理電解水。
 この組み合わせが意味するものは。

 がつんっ!

 殴りつけるような音の一瞬の発光。
 配電線を流れる電圧は、一般家庭用とは異なり、六千ボルトに達する。
 一瞬でショートし、電線は焼き切れた。



「はぁ、はあ———ふぅ・・・すまん、助かった」
 はあ、と。
 千冬はようやく、一息をついた。
 先端を食い折られた木刀に礼を言う。
 これが無ければ死んでいた。

 電柱が掠めた左肩を抑える。
 急いで家に向かわなければ。

 今はこの男が命じたからだろう。
 シャウトが大半を連れて行ってくれたのか、それとも命令の内容はそれだったのか。
 助け出そうにも、今時分が行けば逆に足手まといにしかならない。
 一端、休息を取らなければならない。

 あまりの集中に疲労困憊だ。獣人が集まってくる前にどうにかしなければ、今の自分は対処できるか分からない。
 今までの快進撃は、優秀な後衛が居てこそである。
 これからは身を潜めて確実に———

「ヂくしョう・・・」
「なっ———」

 男はあちこちを焦がしながらこちらを睨みつけていた。
 なんと言う殺気か。

 喉を突き破られ、そもそも無事な筈が無い。
 脊椎は確実に損傷し、倒れていないのも異常すぎる。



 男は、怨嗟のうめきを延々と放出する。

「殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる————————————!!」

 くぐもった声。
 そこで千冬は気付いた。
 この声は、合成音声だ。
 損傷を受け、それでようやく電子的に合成した音声特有のダミが聞こえて来たのである。

 ボロボロと男の着ていた衣類が崩れる。
 高圧電流で発熱した男の表皮で溶け、または炭化したようだ。

 そこから見た素肌に見えるのは、顔面同様の謎の入れ墨のライン。



 否。

 それは感覚素子センサーグリッドだ。その線が全身、一気に割れた。
 その隙間から飛び出すケーブル、チューブ、センサー。などなど、通常、人類の内部に無いものが顔を覗かせる。

 途端、男の体は、内側と外側がひっくり返る・・・・・・

「コロシテヤルコロシテヤ———」

 男の声だけが、公園に響く。



 それは、全身機械化人間サイボーグだった。

 しかも、ただのサイボーグではない。だが、その特別とされた機能は発揮される事が無かった。
 これまで、完全な適合者が居ない為、ただのサイボーグとしてしか機能していなかった。

 ———尤も、それでも、これまでの戦闘兵器を遥かに上回る有効性を示していた。
 それは千冬との戦闘で見せたこれまでで十分証明している。

 では、適正とは何か。
 今回の稼働に置いて、男が力に飲み込まれ、ただ振り回しているだけの様を見れば、寧ろ人選を誤ったように思えるだろう。
 冷静に男が戦っていれば、千冬に勝機は無かった筈だ。



———だが———



 それにある最大の特徴。
 内部にある人体の特定の感情———主として闘争心を食らって形状を形成する、精神感応金属によって構成されている肉体を最大限に生かす為には、とある適正が必要だった。

 それは、抑圧された圧倒的なまでの攻撃衝動。
 普通に暴力を振るうだけでは発散される事の無い理不尽な憤怒。

 それを持ちやすい、特定の家系、レヴェナの眷属と言われる世界中に分布する血統。しかも先祖帰りをおこし、尚かつその攻撃性が最も高まる・・・思春期頃の、男子。

 それが、彼である。

 一般的に、男子の方が視覚的イメージを情報として尊重しやすい、と言う特徴がある。
 方向音痴が女性に多いのはそのためだ、とも言われている。

 それは、容易に変身願望を精密に描き出す。



 望むものは———おおかみ。
 


 月に吠える願いが、敵意が、そのまま形状を完成させる。
 ずっと彼の胸の内に眠っていた、しかし物理的に表出する事の出来なかった怒りが鋼の獣を完成させる。
 精神感応金属が喉の傷を埋め、全身を変形とともに修復していく。

 鋼の人狼。
 直立すれば身の丈三メートルはあるだろうか。
 背を曲げ、それよりは低いだろうがその巨躯の迫力は尋常ではない。
 明らかに質量保存の法則を無視して変形を完了させた男は——————
 今度こそ、見た目にふさわしい、遠吠えをあげた。

 千冬の眼前で、生まれたばかりの赤子のように。









「はい———Sです」
 離れたビルからスコープで覗いていたシャウトは金髪を掻き揚げつつ、連絡する。
 その周囲も獣人が居ない訳ではない。
 彼女の手にあるのは笛だった。
 くるくる振り回され、空気を振るわせている筈だが、周囲には風を切る音しか響かない。
———人間には

 逆に、獣人を問答無用で蹴散らす機能が付与された特殊音波を放つ高周波専門の笛である。
 ある意味超強力な犬笛と言えよう。
 これがある限り、獣人はシャウトに近付く事さえ出来ない。



「ええ、こちらでも確認しました。成功です。Were Imagineヴェア・イマジン完全稼働、モニターを継続します」



 夜はまだ、終わらない。



[27648] 遭遇編 第 3話  中等期、関わり始める世界、後編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/31 23:58
 天才には往々として、似通った障害を患う事が多い。
 それは、突出した『才』故の弊害なのか、なんらかの欠損を伴うケースである。



 サヴァン症候群とガンツフェルト症候群。

 聞いた事がある人も多い事だろう。
 後者は創作物の代物であるが、そもそも元となったネタはガンツフェルト実験と名付けられたものであり、調べれば充分に話題に挙げられるものと言えるだろう。



 さて、話を戻そう。

 前者、サヴァン症候群は賢者症候群と表す事ができる。
 知能や社交性に障害、あるいはなんらかの身体的欠損を有した人物がある特定の分野に比類無き才能を示す症例だ。



 こんな話がある。
 ある、コミュニケーション能力に欠けた青年がいた。
 人前に出るとパニック症状を起こしてしまうのだ。

 そんな彼に、一つの転機が訪れたのは、友人の気紛れによるものだった。

 途方も無い根気と時間を掛けて、彼と意思を交わす事ができるようになった友人がある日、彼に一冊のスケッチブックとHBの鉛筆をプレゼントしたのだ。

 友人は何の気無しに彼にプレゼントしたに違いない。
 心理テストで、子供に好きに描かせその心情を推し量るという事をどこかで聞いていた為かもしれない。

 彼との交流で、自然とその手の知識に食指が伸びるのは当然と言えよう。






———そして、友人が見たその作品は。

 友人のみならず、見るもの全てが息を呑む程の代物であった。

 真っ白な画用紙に描き出されたのは、真正面から捉えられた石造りの美術館。

 極めて正確に———

 石柱の亀裂一つ一つに至るまで正確に描写され、まるでモノクロ写真を現像したかの様な傑作。
 初めて写生画を描いたとは誰も信じ得ぬものであった。

 後に友人は語る。
 彼程、正確に世界をありのまま見ている存在は居ないだろう、と。

 どうしても人が見ている『世界』は観測者の主観が入り込み、実際のものに比べ歪みが生じる。

 彼には一切それがなかった。
———極めて完全な、写真記憶能力。

 人が無意識に行う視覚情報の、言語情報化。
 それを一切排したある意味一つの障害。

 無論、それだけではこの傑作は日の目を見る事はなかった。
 彼の脳内にある複写された瓜二つの世界。
 それをアウトプットする術があったからこそ、彼の『世界』が他者の知るところとなり得たのである。

 正確無比な写真記憶能力。
 そしてそれを描き出す絵画の才。
 それらを併せ持っていたお陰で、偶々他人は彼の世界を本の僅かだけ、垣間見る事ができたにすぎないのだ。



 人は一人では決して生きていはいけない。
 それなのに、殆ど人と接する事が出来ないという障害を代償に。

 彼は世界をありのままに感じる事ができる———いや、感じる事しか出来ない脳を得たのである。



 ガンツフェルト症候群についてはまたの機会に述べるとして———ゲボックは自分でも(偏っていると)考えている。

 やろうと思えばなんでもできる筈、何だって作り出せると。
 だけど、芸術的な行動は苦手で、人が感動する様なものを作り出す事は出来ないと。



———そんなもの、真の欠陥に比すれば些細なものでしか無いと言うのに



 ゲボックのその精神、根幹に根ざす衝動は単純明快。



『ねぇ、今度はこんな事ができたよ! ねぇ、凄い? 凄いでしょ! なら褒めて! もっと褒めて!!』



 幼子ならば誰でも抱く、拙い願い。
 しかし、同じ事を続けていては、やがて褒められなくなる。
 ならば次を。
 もっと凄い課題を。
 もっと凄い目標を。

 このサイクルはいずれ壁に当たり、その克服の為に誰しもが考え、人としてその心は成長する。
 だがゲボックは天才だった。
 目標を悉くこなした。
 天才だと褒め称えられた。

 だからもっと———もっと、と。

 彼の精神は幼いまま、人知を超えた知能を携え。
 幼い精神のまま、歪な大樹へと育まれる。

 際限なく研究を。
 果て無き賛辞を。
 研究を繰り返し、実験し観察し、それをもってさらなる研究を。

 あらゆる———人としてなくてはならないものを微塵も考慮せず、全く意識もせずに。
 ゲボックの科学と称賛の流転は止まらない。

 彼の知能は悉く夢想を実現化させる。
 その代償として、精神の熟成を阻害させながら。

 彼の人間性など考慮せぬ、頭脳を利用しようとする者達がその狂気とも言える恐るべき事実に気付くのは———






———何時だって、全てが手遅れになった後であった






 喫茶店。
 そのオープンテラス。
 ウェイターが「お待たせしました」と必死に構築する怪訝な笑顔を浮かべながら、料理を差し出し———

 どう見ても中学生頃、金髪の白人男女の前に食器を迷わせ———

———合席していた少女に、当然彼のよ、と目配せを受けて慌てて一礼し、去って行く。

「Marverous! これを待ってましたよ!!」
 右手がペンチ、左手がドリルと言う冗談の様な義手を振り回していた少年が万歳をする。

 本当に煩く騒いでいたものである。
 金属製の両腕をガンガン机に打ち鳴らし、よりにもよって『お子様ランチ』を注文していた———料理が来る迄の間は、並の精神の持ち主なら顔から火が吹き出てナパーム噴出機になる程であろう。

 金髪ショートカットの少女——— “S” ことシャウトはそんな表情など微塵も浮かべなかった。頬肘を突きながら、奇妙な印象のゲボックを興味深そうに観察するだけである。

 不思議な印象の少年だった。
 非常に中性的な———男とも女とも、更には老人にも幼子にも見える、非常に一定しない曖昧な印象の持ち主であった。

 それでいて強烈なキャラクターを振りまいて居る。

 どう見ても幼児性退行者かその手のロールプレイを嗜む変態、果ては知的障害者———と言うと知的障害者に失礼な程しっちゃかめっちゃかな言動の持ち主。

 それが、現在彼女のいる組織でも扱いに手をこまねいていると言う超絶兵器、<Were・Imagine>を独力で開発してしまった鬼才だと言うでは無いか。


「ねえ、ドクター?」
「うふふふ、美味しそうですねえ」
 チキンライスの山に日の丸印の旗を次から次へと突き立てる少年は聞いて居なかった。
 ちゃきり、とステーキ用のナイフを取り出すシャウト。

 途端に少年はガバリとこちらに視線を移した。
 静かにナイフを戻す。
———殺気を気取られた!?

「そう言えば! 小生の渡した獣除けの笛の効果、どうでしたか?」

 そう聞いて、ホッと内心安堵するシャウト。
 考えすぎか。

「ええ、ばっちりだったわ、一体、どういう仕組みなのかしら」

「それは良かったです。『小生の作った麻薬で産まれた獣人』でしか試していませんでしたので。ですけど、フユちゃんでさえも微妙に避けましたので効果はバッチリだった筈ですよ!」

 効果を実証して居なかったのと内心冷や汗を流すシャウト。
 しかし、獣人は、少年も作り出せるのか。
 先のマシンとはジャンルが全く違うだろうに。


 後・・・効くのか・・・千冬にも。


「あ、それに効果ですか? あの笛は本来、人間には聴こえない可聴域で根源的に嫌悪する音を出すのです」

 硝子を引っ掻く時の音の様なものだろうか。

「とは言っても獣によって嫌う音というのはそれぞれ違うでしょ? だから最初に聴覚から脳にアクセスして脳内から『一番嫌な音』を引っ張り出してぎゅーぎゅーに押し固めてドバンと開放するんです! 自分の知る限り最も嫌な音を何倍にもして聞かされるわけですから一発で気絶しちゃうんですね!」

「そう・・・それはすごいわね」
 言動とは逆に、内心では相当動揺していた。
 想像以上にとんでもない代物だった様である。

 嘘をついている様には見えない。
 相手に合わせて、最も嫌う音を生み出す———相手の脳から。
 そんなもの、どうやって防げと言うのだ。

「それにしても、<人/機>わーいマシンの起動実験に示し合わせたかの様に起きたこの獣人事件は何だったんでしょうね? フユちゃんやタバちゃん、いっくんとかも危ない目に会いましたし。灰の三番や茶の三番も結構直すの大変でしたよ」



———さて

 今迄は任務だったが気が変わって行くのを自覚する。
 ブツブツ文句を言っている少年の前で、シャウトはさらに少年を値踏みする。

 彼は一体何なのか。
 シャウトが感じるのは『世界とずれている』であった。
———見慣れた・・・いや、見飽きたからこそ分かる、この世界との間に明確に生じている『ズレ』。
 紛れもない。彼を中心にそのズレは生じていた。
 彼本人は気にも止めて居ないが、そのズレのために彼は酷く生きずらい生涯を過ごすのだろう。



 何故か・・・。
 その事が酷く気に入らなかった。



 シャウトには、明確になっていない、形さえもあやふやな『願い』がある。
 自分自身にも分からないその願望が分からない事実は、ずっとシャウト自身に緩慢な諦観と鬱屈を与え続けていた。

 願いが分からないからその解消法も分からない。
 袋小路でゆっくりと酸素濃度を下げられているかのような、生きている感覚と死んでいる感覚が同居した様な脱力感。

 それが———
 少し、解消された気がした。

 無論、それは錯覚に決まっている。

 だが、ずっと抑圧されていたシャウトは、世界に対して憎悪と迄はいかなくても、殺意のようなものは抱いていた。
 どうして、自分は世界に受け入れられないのか。

———どうして、世界の現状に自分は納得できないのか

 少年に共感を抱いたわけでは無い。
 こんな存在と何かが共有できるのは、同質の狂人だけだ。

 だけれども。
 今自分と同じように、世界の隙間で生きて居る少年が、己のあるがままに『自分』を広げて行けば。

 世界の方が、ただで済む筈も無いという、単なる純粋な好奇心だった。

———『ズレ』ている彼自身の存在が世界を塗り潰せば、世界はどんな顔をシャウトに見せてくれるのだろうか

 『今の世界』を、『彼の世界』が広げ押しつぶしたらどうだろうか。

 抑圧されている少年が、あるがまま、思うがままに世界を圧倒してけば、どれだけ世界の顔は様変わりするのだろうか。
 その果てに、自分も———見えるものが何か、変わるのだろうか。

———そうすれば、自分自身に蟠っている、何か・・・。『それ』が分かるかもしれないと———



「ドクター、あなたの<Were・Imagine>について教えて欲しいのだけれど」
「困りましたね〜、困ってしまいましたよ」
 少年はまだ愚痴っていた。
「ドクター?」
 少年には聞こえて居ない。
 シャウトは静かにさっき下ろしたナイフをもう一度持ち上げて。

「今後、こんな事が起きても大丈夫な様にフユちゃ———ズガァッ!! ———うっひゃあ! 何ですか一体!」
 少年の顔、そのすぐ横にナイフが突き刺さっていた。

「ドクター? お話を聞いていただけますか?」
 やっぱり食器のナイフじゃ重心が安定しないわね。などと、今何をしたのかなど全く意に介せずシャウトは続けた。

「こわっ! いけないですよ! ナイフは食事に使うものであって人に投げつけるものじゃ無いですから!? どうして小生の周りの女の子は皆揃って攻撃に移るタガがゆるいのでしょ? もう帰りたいです・・・ッ!! はいぃぃぃ、何ですかァ!!」

 にこにこ微笑まれつつ、次のナイフを取り出す様子をじっくり見せつけられたので、素直に少年は話を聞く体勢にうつった。
「ドクター、<Were・Imagine>について」
 ナイフを弄びながら再度述べる。
 彼女の纏う空気が『次はブッ刺す!』と大声と語っていた。

 少年はダラダラ脂汗を流しながら回答する。

「うぇあ・・・あー! あー! オウオウ、<人/機>わーいマシンの事ですね?」
「・・・わーいましん・・・?」
「今言った<Were・Imagine>以外にも、あれには語源があるのですよ! それぞズバリ<Were・Machine>ワー・マシン!! それら二つの語源を併せ持つようモジってみました? どうです? その性質をよく表しているでしょ??」

 話しているうちに空気が反転した。
 その全身から、嬉しさを溢れ出しながら少年は両手を振り回す。
 一体どうやっているのか、少年はペンチとドリルで器用にスプーンとナイフをふるっている。

「それで、何を最たるものとしているのかしら」
「聞きたいのですか? 聞きたいのですね! 分かりました! 皆皆、話の途中で勝手に打ち切っちゃうんです不満爆発だったのですよ! 良くぞ聞いてくれました! そもそもです—————————」

 ドカカッ———!

 襟が椅子に縫い付けられていた。
 フォークで。

「本題を」
「わわわ、分かりましたよ・・・女の子は本当に怖いですね」
 うーんうーん、と必死にフォークを抜いてから、少年は語り出す事にした。

「お願いします———Dr.ゲボック」



 少年はゲボックだった。
 言う迄もなく、バレバレである。






———Were Imagine.

 開発者による呼称は<人/機>わーいマシン
 到達すべき機能はただ一つ。

 搭載された生体ユニットの変身願望を成就させる事。

 人は誰しも精神の奥底に変身願望が存在する。

 それは、芋虫が蛹を経て蝶へと羽化するような劇的なものから、身近な信頼する人物のようになりたい、というものに至る迄様々だ。

 <人/機>わーいマシンがサイボーグであるのは『変身願望を叶える』という機能を与えるために必要であったからのと、パトロンからサイボーグを要求されていた、という事に他ならない。

 いずれ、いや、ゲボックが望めば、すぐにでも変身願望通りに変身する薬が開発されるだろう。
 もう既に獣人にはなれるのだ。その程度、容易いだろう。

 重要なのは、機械の血肉でありながら、搭載者の願望通り変身する事だ。
 サイボーグに変形のギミックを仕込むのは容易い。
 だが、搭載者の願望通りとなると話は違う。
 開発の段階で、変形の姿を描くのとは訳が違う。

 それを問題点を解決したのは精神感応金属『シンドリー』だった。
 搭載者の脳波を観測し、機体を望む通りに変形させる。
 こうして、望み通りの機能を鋼の肉体で駆動させる。



———筈であった



 ここ迄は容易かったのだ。
 しかし、システム的には完璧でも、そこに組み込まれる人体の方に適性がなかった。

 まず、女性では『変形』が起動しなかった。
 女性は男性に比べ、現実主義であり、変身願望を真には望まず、造形のイメージ力が脳構造的に足りなかったのである。
 よって、明確なイメージを与えられず、よしんば変形が始まっても一定の形に定まらなかったのである。

 次に、肉体の変形に脳が追いつかなかったのである。
 誰しも変身願望は持っている。
 しかし、同時に『自分の形』像もまた、誰だって明確に描いているのだ。
 それが突然に切り替わってしまえば、それを操る脳が混乱して途端に役立たずになってしまうのも道理である。

 暗示や脳に思考補助を取り付ける事も考えたが、それではどうしても望む形態への自由性が損なわれる。
 それならば、初めから決まった変形機構を取り付けた方が手っ取り早いのだ。性別問わず使用する事もできるし、費用も数桁取り下がる。

 そんな中、発見された。
 前頭葉よりも脳幹の方が活発に発動する———つまり、本能に忠実な、獣じみた衝動的な人種を。

 脳幹———ワニの脳とも言われる、脳の中でも比較的原始的な部位に当たる部分の制御優先度が、一般人をはるかに上回る人間を。
 さらにその人種は、大脳辺縁系を自己暗示で活性化させ易い事も判明した。
 その結果生まれるのが衝動的な欲望への堪えが効かない、運動神経に優れた人間だ。
 常人をはるかに上回るその身体駆動は他者を圧倒し、
 欲望のまま暴虐を振るう。
 実は運動選手や格闘家のなかに非常に多数、存在していたりする。

 だが、その事実が判明するのは、その様な『功績』が出てからであり、劣性遺伝なのか発現が非常に少なく、肉親を探してもなかなか存在しない。
 成長と共に暴力性は収まっていくらしく、社会人となる頃には至って普通に社会に溶け込んでいるらしい。

 そして、そうなっては『使えない』のだ。
 さらに求めているのは、その特徴を備えていながらさらに想像力に優れた若い脳なのだ。



 ゲボックによれば、ソフトウェアだけではなく、肉体ハードウェアも・・・つまり完全獣化できる、『祖たるレヴェナの眷族』なるものも論理上存在する筈だが、混血が進んだせいなのか、環境開発に追いやられ滅んだのか、オカルトじみた彼らは見つからなかった。
 ゲボックによれば、生体組織のみでそれを成し遂げるその種族は逆に、月に一度サブの脳を作り出せる女性のみが、完全獣化できる筈なのだそうだ。

 なお、これらの事は地球の生命の進化系統樹から推測したのだと言う。
 推測では誰も信じない———筈だが、彼はその推測でいくつかの新種を居場所から生態に至るまで予測し、的中させて居る。
 ゲボックは、地形、環境の変化から気象による外来生物の移動なども全てシュミレーションし、生命の淘汰を計算済みであったのである。

 なお、例の麻薬の場合は、彼女らを再現するため、新しい肉体の制御用として、擬似的にサブの脳髄を構築するようになっている。



 だが今回、条件に適合する検体が手に入った。
 日頃からの非・社会的行動により家族は精神的に疲弊しており、施設へ入れるよう勧めたらあっさり身柄を手にする事ができた。

 さらに<人/機>わーいマシンは、可変の際、獣化麻薬を搭載者の脳に部分的に投与する。
 薬物によって脳———肉体駆動に関する部分を肉体の形通りにしてしまう事で精神と肉体を完全に一致させ———



 その結果生まれるのは———



「U——————ガAァアァぁぁァアあアアァぁァAァッ!!!」

 あたかも生物の様に代謝する、人の手によって組まれた鋼の肉体、それを駆使し切る圧倒的運動性能を演算する生体脳。
 野獣の本能に従い、未来予知と言っても差し支えない第六感を鋭敏に反応させ、人間の判断をはるかに上回る最適行動解を取り続ける。
 されどその内には人間としての知性や感情を宿し、敵を欺く。
 ただ———理性や倫理と言った先頭に不要なものは排除された。

 鋼鉄製の、完全に破壊のためだけの半機械生命体。
 <人/機>わーいマシンなどという巫山戯た名前をつけられるには———あまりにも、あまりにも圧倒的で凶悪すぎる存在だった。








 <人/機>わーいマシンに搭載された青年と違い、千冬の生物としての本能は確かなものだった。

「———くっ!」
 それが完全に変形を終える前に、全力で逃走を始めたのである。

 電柱が掠めた腕を庇い、それでも普通の人間からは比べものにならないほどの俊敏さで走り出す。
 なお手放さぬ『アレトゥーサ』こそが、千冬が生を諦めて居ない強靭な精神力の証拠だった。

 一体——————何なんだ、あれは。
 冷静さは消えなかった。だが、さしもの千冬もあれだけのモノを見れば恐怖を抱く。



 人間の全身に亀裂が入り———その———裏返るなどとは。
 さらには膨れ上がり、明らかに元の質量をはるかに上回っている。

 それに———なんだ? この遠吠えは。
 この事件の当初、なんの三流映画だと言ったが、これはそれどころではない。

 あれがゲボックの手によらぬモノなら、一体この世は何時の間に千冬の知らぬ世界に変わり果ててしまったのか。
 実際、獣人はともかく、今の魔獣はゲボックの手によるものなのだが、どちらも獣の形になると言う事から一緒くたにしてしまっていた。

 千冬はガソリンスタンドと並んだ中古車センターに向かっていた。
 燃料をスタンドに補充する前に運転手が獣化したのだろう。
 給油用のケーブルが転がっていた。

 攻撃に・・・使えるか?

 一瞬そんな考えが頭をよぎるが、そんな余地が無いのは分かっている。
 人間の生身で出せる攻撃力で倒すのはまず不可能だ。

 撃破よりも、一秒でも早くこの場を離脱する事が最重要項目であった。

 だが、走っていては絶対に追いつかれるのは明白だ。
 それに、獣の姿をしているのだ。
 こちらを何らかの形で探知できるのは充分想定内だ。

 車の運転方はわからない。
 単車の方なら何とかなる。
 当然、年齢的に法令違反だ。

 Barのバイトで年齢を誤魔化しているせいか、客の自慢話を聞いている内に何となくわかったのだ。

 いきなりの博打だが、やらねば命が無いのは明白で———



 ど——————

 その瞬間は、本当に何が起こったのか分からなかった。

——————かンッ

 意識が、飛んだ。



「うぐ、くぅ・・・な、何が起こった・・・?」
 周囲の景色は気付けば一変していた。
 まるで竜巻に会ったかのように瓦礫の山へと。
 超局所的な天災にあったかのような有様にぞっとするしかない。

 何故、私は生きている?

 痛むのが肩だけではなく全身になってしまったので、千冬はヤケクソになって立ち上がった。

 運良く側に転がっていた『アレトゥーサ』を手に取り、千冬は見た。

 向かおうとしていた500m程先の中古車センターに一直線に弾丸が突っ込んだような、巨大な轍が生まれていたのだ。
 その車線上にあった車両はクズ紙のように引き裂かれ、その終着点にあった重機に捩り込むように<人/機>わーいマシンがめり込んでいる。

「呆れた奴だ・・・ただ、突っ込んだだけでこれ程とはな・・・」
 流石に脳が最適化されても可変直後、体と意識が完全に合致して居ないのだろう。
 千冬を跳ね飛ばすコースを取ったつもりが逸れたのだ。

 されど、それでも充分。
 それでなお、この被害。

 掠めるどころか、近くを移動しているだけで吹き飛ばす。

「どう考えても、バイクなんかより早く走ってきそうだな・・・」

 軽口を叩く間にも千冬は逃走手段を探す。
 <人/機>わーいマシンは体をアッサリ重機から引き抜き、全身に刺青のように走るセンサーグリッドを働かせていた。
 当然、最新鋭の探索機器はすぐさま千冬を発見する。

「ミぃつケたぁ・・・」
 眼球に見える視覚センサーが、千冬の視線と交錯した。
 ただのレンズにすぎない筈だが、その奥に人の『脳』があるからなのか、人の瞳と同じ、意思を感じる。
 見た目が4m程の巨大狼男だからより一層不気味だった。

「おのれっ、しつこい男は嫌われるぞッ!」
 一体いつこの男に恨まれたのか、完全に忘れ切っている千冬にはわからない。

 『足』は間に合わない。
 跨いだぐらいで突っ込んでくる。鍵を探る暇もない。

 積んだ。
 見つけられたのが早すぎたのだ。
 人間があれ相手に一体、何をすればいいのだ。

 自分よりも大切な一夏の笑顔が脳裏を過った。


 幼馴染の姉妹が瞬きの瞬間、目蓋の裏に垣間見えた。



 そして・・・花束を持って笑む———



———巫山戯るな
 私は、まだ、こんな訳の分からない、人の妄想から出てきた様な訳のわからないモノに殺される訳にはいかない。

 最後まで足掻いてやる。

 4mの巨躯が身を沈めた。
 来るつもりだ。

 ぎりっ、と奥歯が鳴る。



———これが☆を滅ぼす魔法・・・メテ◯だよんッ!!
「・・・おい」

 脱力した。

 ついさっき聞いていたはずの、脳内に響くその高い声。
 なのにやけに久々に聞いたかの様に懐しく感じる。
 脳に直接届く電波であろうと。
 普段はやけに耳に掛かって鬱陶しく思っても。
 緊張からの開放と言う意味で、千冬の心は救われたのだ。

 走馬灯まで見たのになんともな・・・と、息を吐かざるをえなかった。



 空の向こうから<人/機>わーいマシン目掛けて正真正銘、『本物』の隕石が降って来るまでは。



「なあああああああぁッ!?」
 一転して、慌てて体を伏せる千冬。

 流石に慌てて、突っ込んでくる方向を捻じ曲げ、回避する<人/機>わーいマシン
 その第六感は凄まじく高精度で、隕石を回避する。

 地表に炸裂する隕石。
 咄嗟に伏せたのは正解だった。

 衝撃波が全身を襲う。
 再度クレーターが掘りなおされ、土砂が体に降り注ぐ。 
 周囲の瓦礫が石の破片から千冬を守ったが、それでも凄まじい衝撃波が全身を通り過ぎて行った。
 しかし、敵の鋭敏性は音速超過のそれを回避して退けていた。



———なんてこったぁ、外れちゃったよ? うにゅにゅにゅッ!! 犬の分際で生意気なっ

 束、今のは何だ?
 目の当たりにしたモノを信じられず、通信をとる千冬。

———え? 分からなかった? 束さんの将来、敵になる奴に叩き落とす為に用意して置いたお星様だよっ! 火星付近のアステロイドベルトから引っ張ってきた純レアメタル製の本物ばっちり! ちーちゃんの玉の肌に傷をつけたそいつを今潰してあげるからね!

———あ、小生は今そっちに行きますね

 その思念通話にゲボックが介入して来た。

———おー、ゲボ君復活したの? まるでゾンビみたい!

———ケ◯ルでは回復するだけなので大丈夫ですよ! いやいやいいモノを見せていただきました! ぜひとも実験したいのですが今はそんな暇じゃ無いので、またにしましょう。いっくんがセイウチになるとは思いませんでした。あれはハーレムを作る獣なんで、素養的にきっと将来いっくんはモテモテですね! ちなみに関係ない事なんですけど、小生自身はちょっと骨が八箇所ぐらい折れて内臓が三つぐらい潰れているだけですから気にしなくても大丈夫ですよ

「あぁ、それはよか・・・・・・ん?」

 ゲボック、それは・・・!
 完全に重傷だろうがああああッ!

———大丈夫ですよフユちゃん、あ、ちょっと避けてください

 何だ?

 嫌な予感がしたので思い切りしゃがむと何かが千冬の頭上を突き抜け<人/機>わーいマシンに直撃した。

 ・・・今、しゃがまなかったら私の顔が無くなってたわっ!

———大丈夫です! 信じてましたし。おー、衝撃波等の余波で余計な破壊の出ない、市街狙撃用・サイレントレールカノン、なんっ———ですけどねぇ、流石に300ミリぐらいじゃびくともしませんか、これは是非行くしかないですね! そんな凄いものはこの目で見ないと———きっとまだ見ぬ新たな発見がある筈ですからね!

 来るだと、馬鹿かお前は! 死ぬ気かッ!

———いえいえ、行きますよ? 心配してくれてるとこありがたいですけど・・・ムカっ腹立っているのはタバちゃんだけじゃ無いですからね?

 ・・・は? おい、ゲボック、ゲボック?
 今、違和感があった。
 ゲボックに今まで感じた事が無い何かが。

———ふははは、第二弾、第三弾発射あ! 有象無象の区別無く! 束さんから逃げられると思うなーっ!

 だが、違和感が何なのか考察する暇はなかった。
 次から次へと<人/機>わーいマシンに降り注ぐ———否———炸裂せんと大地を抉る『◯テオ』。

 回避して重心をずらした瞬間にゲボックの無音レールカノンが装甲を抉る。

 幼馴染を傷つけられ、何処かイっちゃった天才達の非常識な攻撃が間断なく飛来する。
 まったく、どんなトリガーハッピー共だ。

 しかし、<人/機>わーいマシンに用いられている精神感応金属『シンドリー』はどちらかと言えば防御の特性が高い。
 ある時は剛の装甲、またある時は柔の装甲と変異し、さらには破損部分を形態変化を利用して修復する。



「ここは紛争地帯かっ!?」
 次から次へと猛火力が飛来している。
 千冬もわかっていた。
 二人の本気の攻撃手段はこんなモノではない。
 他ならぬ、千冬がいるからこの程度で留まっているのだと。
 ならば、自分がここにいるのは得策では無い。
 寧ろ、二人の足手纏いでしか無い。

 Barで得た記憶を頼りに、コンビニで停まっていたバイクをキー無しで動かす。
 中古車センターで窃盗どころかではない。
 ・・・が、まぁ、非常事態だ、持ち主はとっくに獣になっている。

 胸の中でひとつ、言い訳をすると千冬は走り出す。



「女ァ・・・逃がスカぁッ!!」
 隕石とレールガンの猛攻を掻い潜りながら、千冬の動向に注目していた様だ。
 一体、どれだけの執念なのだろうか。
「——————跳んだ!?」

 一気に飛び上がり、千冬を追い越そうとする<人/機>わーいマシン
 だが、流石にそれは早計だったようで。束に動きを読まれ、隕石が左腕を肩口からごっそりもぎ取っていく。

「ぎぃぃいいいヤアアアアアアアアアアッ!!」
 転げ回る<人/機>わーいマシン。これ幸いと、千冬はアクセルを全開、その場を離脱するのだった。

 そして、転げ回る『わーいマシン』にとどめの攻撃をしようとした時に。

 『わーいマシン』の残された右腕が———そばにあったタンクローリーに一気に伸びた。
 その先端を、狼の顎に変形させて。

———ほえ?

 頭に届く、束のそんな声が、物凄く嫌な予感がしてならない千冬だった。
 そして、嫌な予感と言うモノは的中する。

 『わーいマシン』の右腕はは口腔を一挙に巨大化、ガソリンを満載したタンクを丸呑みにして咀嚼。

 べこん! ばこん! と異音がして体内に圧縮されて行く。
 タンクの外部は破損部位の『シンドリー』補充に。
 大量の燃料は蒸留されて航空機用と差し支えぬ高濃度に。
 その過程で余計な水分が排出されているのか、全身から湯気が立ち上る。

———最初に反応したのは、失われた左腕の断面だった。
 隕石で弾けた左腕からゾザザザザッ! とささくれ立った剣の様な金属片が伸び、ケーブルがずるんと垂れて伸び—————————

 即座に左腕を復元。
 しかも、それだけではない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア—————————ッ!!!!!!!」

 その背中、左右の肩甲骨が一気に盛り上がる。
 後ろからその様子を覗けば、垣間見えるのはタービン。

 航空機に搭載されている、ジェットタービンエンジン。
 ごあっ! と大量に息を吸い込むと。

 体内で圧縮、高酸素内にタンクローリーから取り込んだ燃料を霧状に噴霧して点火。

 『跳んでは』駄目だと判断した<人/機>わーいマシンが、人間部分の知識を利用して、可変フレームの『シンドリー』を変形、文字通り『飛んだ』のだ。
 千冬の嫌な予感は、ジェット音で証明される。

 キイイイィィィィ——————ずごん!!

「いくらなんでもこれは滅茶苦茶過ぎるだろうがッ!!」

 飛んだと言っても完全な飛行ではない。
 ジェットの推進力を単にバランスを取って直進していたのだ、が———

 もはや、なんでもありだ。生物の適応力と機械の整備、換装。<人/機>わーいマシンは、そのどちらも単機で成し遂げる。
 そんな非常識を目の当たりにしたのだ。千冬の悲鳴も、頷けると言うものだ。

 動転している千冬に、対処する暇も無い。
 眼前に着地した獣の爪が、バイクの前輪を薙ぎ払った。






 束は、隕石を重力圏に引き込み、大気圏の突入タイミングや角度をリアルタイムで計測して攻撃に用いているだけではない。
 同時に複数の衛星をハッキングして掌握、秘密裏に搭載したレーザーで篠ノ之神社の半径100m以内の獣人をこんがりウェルダンに焼き上げている。

 織村家を防衛する為にもちゃんと動いていた。

 否。一方的に蹂躙していた。
 当初こそ、バラエティに富んだ発明品を色々と使っていたのだが、面倒になったのか、やがてなんの躊躇いも無く虎の子を解放したのである。

 その力は圧倒的で、獣人達全ては全く動く事も出来ない満身創痍の状態で打ち倒されていた。

 一見、束の姿は変わっていない様に見える。
 メカウサ耳カチューシャが頭部でピコピコ揺れて居るぐらいだろうか。

 だが、その周辺は量子化した数々の超兵器が粒子状のまま竜巻の様に渦巻き、夜であると言うのに、全方位から科学の寵児たる彼女を照らし出していた。

 幻想的な光景だった。
 この輝きがいずれ、この世の兵器と言う兵器を駆逐し尽くすなど、誰しも想像すら出来まい。

 そこに新手の獣人が死角から飛び出した。
 犀のような獣人だった。
 ハンマーのような前足が突き込まれる。

 しかし、その一撃は量子の輝きに阻まれる。
 いや、よく見ればその数ミリ前で止められていた。
 半透明に力場を魅せるのはシールドエネルギー。
 今だ実弾兵器の域を脱出出来ない、この世界の軍需兵器ではあり得ぬ技術レベル———まさにSFそのものエフェクトと効果———幻想的とさえ評価できる程の美しさだった。

 束には全てが見えていた。
 全周囲を一度に認識、把握していた。
 もはや、対象を一瞥する必要も無く。

「んー、単純で鬱陶しい。犀ならせめて角使えよ。臭いから呼吸すんなよ。正直、束さん的には駄作だね。もう飽きたからあっち行けってば。と言うかとっとと舌噛んで死んでくれると嬉しいんだけど?」

 辛辣に吐き捨てる。
 無価値。
 獣人に脅威など無く興味を引く事も無い。
 束からしてみればそれ以外の何者でもない。

 親しい者に見せているどこか『ぶってる』気配など全く無く、心底鬱陶しそうに、罵倒し、容赦無く。

———ドズンッ!! と重い響きとともに全身丸焦げになった犀人が放物線を描いて側に駐車してあった軽を圧し潰した。
 犀の象徴でもある角が完全に根元から燃え尽きていた。

 束を包む量子の竜巻の一角から砲口が三十門も不自然に突き出ていた。
 束を取り巻く光の渦からなんの脈絡も無く、唐突に生え始め、空間を切り取ったかの様に出現して居るポイントでの太さはたった3ミリ程。
 しかし、先に行くにつれ太くなり、丁度犀の全身とほぼ同等サイズの砲口の密集群となっている。
 まるで空間をレンズで歪めているかのようだった。
 排除対象が消えたのを確認するまでも無く、それらの武器は再度光の粒子となって束の周りを周回し、踊り輝く。

 それを見ていた者は一人。
「Marverous!!!」
 今の光景に激しく感動していた。

「Marverous! タバちゃん! ついに出来たんですね!! うんうん、スッゴイじゃないですか!!」
 そんな風に大興奮なのはやはりゲボック。お前、重傷じゃなかったのか。

「———あ、ゲボ君! 見て見て! この通り試射もバッチリだよ! やっぱり束さんって天才だよね!」
 振り返った束には、もう侮蔑の表情は微塵もなかった。
 満面の笑みで幼馴染の少年を迎える。
 さながら二重人格のようである。

「わぉ、凄いですね。でも、死んじゃうとフユちゃん怒るかもしれないですよ? 気をつけましょうね」
「大丈夫! 死んでも改造人間にして生き返らせるし!」
「いいですね! 絶対ロケットパンチはつけましょう! ———っと、そうでした。ちょっと行って来ますよ」

 んしょ、んしょ、とゲボックが引っ張って来るのは巨大な脚立の様なモノだった。

「———重くない?」
 そんなゲボックが引きずって居るモノを見上げる束。
 でも手伝わないのが束クォリティ。

「——————あ・・・小生とした事が迂闊でしたよ・・・いや、余りに脳味噌に血を送りすぎたのであっちで組み立てられるって事忘れてました!」

 あっはっは———と笑うゲボック。
 脳味噌に血を送りすぎた———頭に血が上りすぎた、と本人的には言いたいらしい。

「相変わらずゲボ君も天才なのにバカだね!」
「えぇ? 小生は天才なんかじゃ無いですよ?」
「まったまたー♪ ゲボ君も大天才だよ! この束さんが言うのだから間違いなっしーんぐ! その自覚無い所こそバカバカなんだぞ!」
 束は、結構幼馴染みにも辛辣だった。



「よし! ゲボ君に貸してあげる!」
「・・・何をですか?」
 白衣の中の収納空間に無理矢理押し込もうとしてる所で声がかかっていたので聞き取りきれず首を傾げるゲボック。

「これがあれば問題は解決だよ! ちーちゃん向けに調整しているからゲボ君には何かあるかもしれないけど、便利だからま———いっか!」
「どれどれ・・・おぉ! 本当にこれは凄いですね!」
 瞬く間に問題は解決した。
 巨大な荷物は消失している。

「それじゃ、今度こそ行って来ますね。タバちゃんはこれが無くても大丈夫ですか?」
「大丈夫! もうすぐ雨が降るし」
「成る程———行ってきますよ!」
「いってらー♪」
「———あぁ、そうだ、タバちゃん」
「? ん? なぁに?」
「さっきのウサギさんの耳、タバちゃんにメチャクチャ似合って可愛かったですよ! また見せてくださいね!」
「———本当!? やっぱり!? やっぱり束さんは美少女だもんね!———うん! 見せてあげる!」
「ありがとうございます!」

 久々に見る物腰低いゲボックな感じで束に深々と礼をすると、彼はその身一つで千冬の下へ駆け出した。
 唐突に正面の空間がばっさり開くとゲボックを飲み込んでいく。

 ばいばーい、またねー。
 腕をぶんぶん降っている束の頭には、何も乗っていなかった。



 慣性の法則と言うものがある。
 止まって居るものは止まり続けようとし、動いて居るものは動き続けようと働く力である。
 移動中、動体の源———タイヤ———を破壊すれば。

 それに乗って移動していたものは、止まっていた場所から移動エネルギーを受け、必要ない程に過剰に前へ移動しようとする力を受けるわけなのだ。

 つまり、千冬はバイクから前方に投げ出された。
「ぐぅ———」
 咄嗟に受け身を取り、反転の後身構える千冬は相変わらず流石としかいえないが。

 どうする!? それで無くとも速度で違いがありすぎる。
 この至近距離じゃ束の———援護? も期待出来ん。

 万事休すの事態は続いている。
 そもそも初めからひたすら『耐え』の段階なのだ。
 ここまで堪えられているのが奇跡に近い。

 普通ならとっくに『投了』———諦めてもおかしくは無い。

 しかし、援護は一人では無かった。
 いきなり身を伏せる<人/機>わーいマシン
 そのすぐ上を無音の砲弾が通過して行った。
 先も放たれていた超長距離狙撃用のサイレントレールカノンである。

 あれを勘だけで避けるのか!?
 超音速でありながら無音で飛来する砲弾を回避するとは———規格外にも程がある。
 まさに獣じみた在り方を再現された代物だった。

 そう言う千冬も、じきに音速超過のミサイルを次々鱠切りにして行く事となるのだが・・・それは別として。

 それを援護として二つの影が巨獣に飛び掛かった。

 だが、それを見た千冬は。
「あいつらは———!!」
 とまでしか言えなかった。

「——————(キリっとしている)」
「初めまして! 私ロッティ、こんな姿だけど、戦うのはとっても得意なのよ!」

「・・・・・・・・・」
 ・・・ただ、沈黙する。

 西洋のフルプレートメイルの様な物を着込んだ人型と・・・・・・なぜかふりっふりのドレスを身に纏った単眼のロボットが両腕のナイフをチェーンソーの様に唸らせ、可愛らしい女言葉を口にしていたからだ。
 襲い掛かりながらなので、尚更だ。

 流石の千冬も思考が止まっていたのである。
「奥様、御無事ですか、ささ、こちらに」
 声をかけられ、腕を引っ張られる。
 まぁ、言動はともかく、救援に来てもらえたのは確かだ。
 だが。

「・・・誰が奥様・・・だ?」
 妙な呼称で呼ばれている。
 独身であるどころか乙女である自分に何を言ってるんだと文句を言おうと振り向くと。

 三つ編みの様な物を頭から垂らした、メイド服を着たロボットがいた。
 空いた口がふさがらなくなる。
「誰だお前は」
「ベッキーに御座います奥様」
「ロッティにベッキーって、ま、まさか・・・小公女・・・か!?」

 こんな無骨なロボット達に、一応主役では無いとは言え、登場人物の名を当てるとは・・・惨すぎる。
 まあ、ロボットではなく生物兵器なのだが、千冬にしてみればたいした違いは無かったりする。

「よくぞご存知で。私どもの間でつまるところ『ごっこ遊び』が流行っておりまして。皆、その役が気に入り、番号では無くそちらで呼び合うよになりました」
「巫山戯るな・・・全世界の小公女ファンの少女達の思いを踏みにじるな! 謝れ! 小公女のファンの子や私に謝れ!」
 必死だった。今回の一連で、一番精神にダメージが来たのがこれだったという。

「ところで、灰の三番は何役だ? 面倒見のいいあいつの事だ、セーラ役か?」
「いえ、ミンチン先生で御座います」
「あいつがその役ついたら小公女が冒頭で終わるわ!」
 主にハッピーエンドで特に山も他にも無く。



 その頃の激闘。
 流石に生物兵器———特に戦闘型たちの猛攻は凄まじかった。
 ロッティは全身が360度回転する自在関節であり、自在に動く四肢、その先にある単分子カッターで切りつける。

 フルプレートメイルの方は、あらゆる外付け兵装を追加取り付け可能な茶シリーズの最新型、茶の三番———アンヌである。
 普段臆病な彼は臆しているかと思い来や、実は奮起していた。
 臆病な彼は前々から凛々しい千冬に憧れており、彼女を助けられるなら、と。もう、ありったけの重装備を取り付けてやって来たのである。
 今も胸部のソードオフショットガンから散弾ではなく単発の対徹甲弾を至近距離からぶつけていた。

「傷つけてもすぐ治ってしまうわ! まるで本当にワーウルフね! アンヌ!」
「———(こくり)」
 アンヌの両腕が鳳仙花の様に花開き、粘土を拡散させる様にぶちまける。

 流石に回避出来ず、粘着性の高い泥を浴びる<人/機>わーいマシン。全く意に介せずアンヌを薙ぎ払おうとして。
『ッヅッァガッ!?』

 その全身が突っ伏する。

「・・・なんだあれは」
 やや離れた位置からベッキーに問う千冬。
重力子(グラビトロン)を押し固めた粘着榴弾で御座います」
「よく知らないが、グラビトロンって粒子の名前とか力の名前だった気がするんだが・・・」
「ゼリーも、ゼラチンで固める前は液状でございましょう。同じ様な物でございますよ」
「よく分からんが・・・絶対それ科学の常識じゃ無いはずだろ・・・」
「旦那様のなされる事ですので。その辺りの匙は奥方もお分かりでしょう」

 ぶちっ。

「だから・・・その、奥方と言うのはなんだ・・・(がシッ、メキメキメキィッ!!)あぁッ!?」
「おぉ・・・奥様、超合金性の私の頭部が悲鳴をあげております・・・なんと言う握力・・・いえ、旦那様に常識を指導してくださますのは奥様だけであるとの意見が我々の間で共通した見解となっております・・・もう、外堀を埋め・・・メキメキフレームが断末魔をっ——————!!」

 これからの人生をゲボックの調教に費やすのはごめんだった。
 しかし、外堀を・・・学校でよくセット扱いされるのはまさかこいつらのせいではなかろうか。
 ただ、戦力としての生物兵器だと思っていたが、成る程諜報戦もできるのか。
「・・・これが終わったら思い知らせる必要があるな」
「おお、気貴きお姿、流石は奥様ぉおおおおっ!」
 ベッキーは懲りてないようだ。

「なぁ・・・一つ、聞く事があるがいいか?」
「な、なんでございましょう」
 光学モニターに映る千冬の凄惨な笑みに生物兵器らしくもなく怯えるベッキー。
 千冬は、重力に逆らって立ち上がろうとしている<人/機>わーいマシンを顎で差して」
「・・・あいつに効く、近接用武器私に使える獲物はあるか?」



「ふんっ」
 声だけは可愛らしく、しかし獲物は凶悪な単分子カッター。
 ちゅいいいいっと聞こえる甲高い音はそれが超振動を起こしている証なのだが、チタンすらバターの様に切り裂くそれがなかなか切り込めない。
 攻撃を食らうごとに装甲の硬度や密度を変えて超振動の周波数に対処している様なのだ。
 すぐさまこちらもナイフの振動周波数を変えるが、その後再び対処されるイタチごっこが展開されていた。

 それに、生物兵器たる身であっても<人/機>わーいマシンの攻撃力は脅威に尽きた。
 さらに俊敏なのも警戒が必要だった。

 重力子で圧し潰し続けているのになお立ち上がり反撃してくる。

「いい加減・・・お眠りなさい!」
 すくい上げる様な爪の一撃を回避し、ロッティは背後から渾身の一撃を振り下ろす。

 ずぼぉ!
「・・・あら?」
 両腕が肘まで埋まる結果に、疑問が尽きないロッティ。
 両腕を左右に開くと、そこには空洞。
———抜け殻!?

「アンヌ!! トンズラされたわ! お気をつけ———」
 ロッティの忠告は間に合わなかった。

 サバンナでバッファローを襲うナイルワニが如く。
 粘着榴弾が張り付いた外側を残して地面を掘り進んだ大顎がアンヌに食らいつく。

「アンヌを離しなさい!」
 ロッティが咄嗟に斬りかかるが、<人/機>わーいマシンは気にも止めず、その超金属の牙をアンヌの鎧に食い込ませていく。

「———このっ」
「ロッティと言ったか? その名前は許容してやるから、除けろ。まとめて斬り伏せるぞ」
 頭が沸騰しかけた時だった。
 静かに、殺気を押し隠した声が耳朶に届いたのは。

「——————え? きゃあッ」
 背後に、死神がいるのかと思った。

 呆然としてもやはり生物兵器。
 感情とは別に体は反応して、ロッティは真後ろから来た斬撃を回避する。

「どうして、私が今迄不様に逃げ回っていたと思う?」
 抜刀一閃。

 千冬は幅広い刃を持つ剣を既に振り終えていた。
 刀と違い、剣の使い勝手は違うが、刃の付いている棒であるなら大体似た様な物だ、と乱暴な持ち論を振りかざす千冬。
 単に、千冬の芸術的な迄の運動センスが優れ過ぎて居るからなのだが。

 アンヌに食らいついていた<人/機>わーいマシンの首にズレが奔る。

「・・・それはな? 単に攻撃力が、足りなかったからだ」
 斬首された狼頭からアンヌが脱出する。

「この程度では死なないんだろう? 化け物が。やっと、こっちの準備が整ったんだ、指名した分はたっぷりサービスしてやろうか———アンヌ! ロッティ!」
「私もおります、奥様」
「・・・斬り伏せるぞベッキー」
「ご、ご容赦を!」
「———いくぞ」
 了解! と三体の生物兵器は千冬に続いた。



 千冬が『シンドリー』製の機体を斬り落とせたのにはきちんと訳がある。

 千冬の振るう剣は、基本はロッティの高周波振動ナイフと同じなのだが・・・しかし、ベッキーの持って来た物は刀剣部分で触れた対象を一瞬にして探査し、最適な高周波振動を発生させる機能をさらに持っている。

 如何に『シンドリー』が適応して固有振動数を変更しようが、即座にこれに対応するのである。

 単にこれは適応能力と対応能力の演算速度勝負と言えるものであり、千冬の持っている剣の方がそれに勝ったにすぎない。



 ビキビキビキィッ———

 しかし、<人/機>わーいマシンはその程度では機能を停めはしない。
 生物であるならばそれで終わるだろうが、これは同時に機物でもあるからだ。
 首の断面から狼頭が三つ、長い首を有して生えてくる。
 さながら金星を一週間で滅ぼした怪獣だった。

「対応したつもりか? 先に言っておく。私より優れているだけでは、私には勝てんぞ」
 速度と攻撃力が戦闘能力だと思っている内ではな!

 <人/機>わーいマシンは一端、距離をとる事を選択した様だ。
 さもありん、千冬の一撃は今迄で最大の効果をあげたのだから。

 だが、忘れているのだろうか。
「は、無敵じゃ無いと悟って怯えたか———束!」

———ばっちり!

「———ッガアッ!?」
 距離を取るという事は、束の援護が有効になるという事だ。
 相変わらずの第六感で直撃こそ回避するが、それでも隕石の炸裂は千冬の斬撃よりもひどいダメージを与える。

 怯んだその隙にロッティは左側から斬りかかる。
 先ほどより大回りなナイフに持ち替え———

 鋼の狼が対応して鉤爪を振り上げようとすれば右手から、ベッキーで隕石の余波を防いで来た千冬の斬撃が飛ぶ。

 狼首一本のうち一本を逆袈裟で斬り飛ばし、それをそのまま大上段の構えへと強制的に変更。
 千冬の最も得意とする太刀筋———応用、逆袈裟型一閃二断だ。

 流石に一刀両断されてはまずいと回避行動をとる<人/機>わーいマシン。だが、その両足は動かなかった。
 ベッキーが施設補修用の瞬間接着剤を両足に吹きかけ、硬直化させていたのだ。

 固定化してある接着剤はその凄まじい膂力ですぐさま亀裂が入る。
 だが、まだ足が固定化されているその身にアンヌがサイレントレールカノンを叩き込んだ。

 ゲボックの援護だと思っていたこれは彼の物であるらしい。

 真相を言うなら、ちゃんとゲボックの指示であったそうだが。

 大きく抉られた胸部に身をよじらせる<人/機>わーいマシン
 だが、これまでの戦闘でいいだけ証明されていた事がある。

 この隙を、千冬が逃す訳が無い。

 その速度はまさしく疾風迅雷。
 一直線にその斬撃が、真ん中の狼頭に食らいつき。

 <人/機>わーいマシンの体が爆発的に膨れ上がったのはその瞬間だった。
 寒気において動物が毛を膨らませるかのように、ハリセンボンが威嚇のために海水を呑んで丸く雲丹を模倣する様に。

 ぶばばばばっ、と巨大な体が更に膨れ上がる。

 その一本一本には、先程の偽ジェットエンジン同様、高純度の燃料が充填されていた。

「しま———!!」
 千冬と巨躯の距離はほぼ零距離。
 用途は反応爆裂装甲。
 しかしその実態は簡易ミサイル。

———ズドォンッ———!!

 巨大な炎の花が咲く。



「・・・ぐ・・・くぅっ」
 こんな手まであるとは全く呆れた化け物だ。

 爆音で耳がやられ、キ———ンと耳鳴りがする。
 その最中でさえ鋭く響くのは、剣戟の音だろうか。

「ご無事ですか・・・?」
「・・・うぉっ!? あぁ、ベッキー・・・お、お前!?」

 視界にいきなり映ったのがベッキーのどアップ面だったので一瞬ギョッとしたが、はっ、と気付く。
 つまりは彼女(彼?)に庇われたのだと・・・。

「お前・・・」
 ベッキーの背中は削げ落ちていた。
「私は非・戦闘型ですが、奥様の警護を最優先としていますゆえ・・・」
 想像以上の破壊力だった様だ。
 
「余計な一言さえ無かったら抱きしめてやったんだがな」
 奥様言うの止めろ。

 剣戟の音が響く。
「お逃げください、かなり甘く見ていた様です。まだ、初めのうちならば勝てる見込みもあったのですが・・・」

 が、ごォン!! がヅンッ! ゴンッ!

 それがすぐさま掘削機械のそれに変わった。
 地響き一つ。
 ズン———と一つ響いて、そいつは千冬の前に出現する。

  やはり、<人/機>わーいマシン、ただ、だいぶ体積を消耗したのか、ほっそりとしたシルエット、背丈は2m半ぐらいになっている。
 両腕にロッティとアンヌをそれぞれ引きずっている。

「ご・・・ガ・・・女・・・殺ス・・・」
「しつこい奴だな、いい加減、貴様の事など覚えて無いと聞いてくれても良いんだが・・・」

 流石に疲れて来た。
 見たところ、頭は兎も角、体の掌握は完全となった様であり・・・しかしそれでも、本気のゲボック製生物兵器を下すとは。

「まったく、辟易と・・・・・・はぁ?」

 思わず間抜けな声が出たことに千冬は口を抑えた。

 その、正面の空間に裂け目が生じて、見覚えのある背中が飛び出て来たのだ。

 薄汚れ、考えたく無いなんらかの汚れがこびりついたヨレヨレの白衣。
 絹の様なサラサラな金髪。
 男にも女にも見える中性的な相貌。
 間違える訳が無い。






 非常識だ、紙一重だ。隠す迄もなくゲボックだ。






 なんで出てきた、いや、まずどっから湧いて出た。
 その上、大上段に持ち上げている———

——————決して武器では無い、土木作業の機械で切断に特化した、十三日の金曜日にホッケーマスクを被った人がよく人をバッスリやる時に使う・・・・・・そのチェーンなんたらは一体なんなんだ。

 ドドドドドドドド・・・・・・ドゥルウゥン! ドゥルルルゥ・・・ルォオオン!!!!

 豪快なエンジン音である。
 なんだろう、別に違和感は無いはずなのにこの場違いな感じは。

「オォウ! 見事に進化してますね! フユちゃんに襲いかかった事を抜かしても、これは是非とも解剖してみたい!!」

「なんかもう、駄目駄目だな・・・」
 一気に脱力してしまう。
 
「とおぉりゃああああああ」
 一気に飛びかかるゲボック。
 気の抜けたような掛け声にますます緊張感が削がれていくなか、チェーンソーの閃きだけは鮮明に———
 待て。
 千冬は自分の目を疑った。

 なんと言うか、その、チェーンソー捌き(?)の人間離れした様にである。
 おかしい。ゲボックは体を動かすのは苦手だったはず・・・。

 相手も一瞬呆気に取られたのだろう。
 はっ、と気付いた時にはチェーンソーは目の前。

 咄嗟に両腕を掲げてチェーンソーと激突する。

 そして、ゲボックの手にする物はチェーンソーとて半端では無かった。

 ギャリャリャリャリャアァァッ!!

 回転数も半端なモノで無かったようで猛烈な勢いで火花が散る。



 が、現実は無常。



「へぶォォオアァッ!!」
 あっさり殴り飛ばされて来た。

「おぉ・・・痛い痛い・・・あ、チャオ! フユちゃんお元気ですか?」
 多分、大丈夫ですかと言いたいのだろう。

「どっちかと言うと、お前が大丈夫か? 半死人がノコノコ何をしにきた」
「大丈夫です! 今、まさに両腕の骨がバッキバキに折れましたけど、そんなの今更ですしね! でも助けにきたのにちょっとひど過ぎませんか!? 少なくとも圧倒的白兵能力は封じたんですよ?」
「・・・いや、足手まといだろうが、重体の死に損ない・・・ったく、本当に死ぬぞゲボック!? ・・・待て、近接を封じたって何をした?」

 両腕が折れたのは本当のようで、起き上がれずにジタバタしていたゲボックをロッティとアンヌが支えて立ち上がらせる。

 そう言えば、お前はこいつらの親玉だったんだったな・・・。
 ベッキーを抱えたまま先を促すと、自分の作った生物兵器にぺこぺこお礼を言っていたゲボックは折れた腕をガバッと振り上げる。
・・・大丈夫か?

「アレはですね、精神感応金属でできています。つまり精神力の持続する限り動き続けられるんですよ・・・つまり、限界は精神の疲弊、と言う事になりまるんですけどね。すでに薬物でその問題は解決済みですし、脳そのものも、すでに稼働の弊害で起こる組織の崩壊を、補填するシステムでほぼ全てが機械化しています。もはや一種の半・永久機関です———でも見てください両腕を———再生してないでしょ?」

 お、脂汗だ。
 あぁ、痛いんだな、うん。
 不思議と優しい感情が生まれてこないものだ、と冷静に自分を見つめている千冬だった。

 そして、確かに腕が生えてこない

「ウィルスですよ」
 戸惑っているため、襲ってこない<人/機>わーいマシンを観察しながらゲボックは言う。
「機械の部分もあるのなら、プログラムが通じない、という事はありません。それで、切断に用いる決して武器ではない工具で切り付けた際、その断面に形状を固定、変形を阻害するコンピューターウィルスを感染させたんです」

 さて。
 ゲボックは次なる手を取っていく。
 やはり、その様子は千冬が見知っているゲボックとは少し違う。



 さて。
 意味の無いイフをここで述べるとしよう。
 もしも、ゲボックが千冬や束に出会ってなかったとしよう。
 謎の・・事故が起こらず、ゲボックがとある廃工場で軍事用重量爆撃機を作っていたとしよう。
 そして、彼女達と出会わず、別の少女に出会っていたとする。

 同じように、やがて、その少女はゲボックの特異性を知る。
 しかし、彼女はゲボックと身柄を引き離される。
 ゲボックの生まれた国はその実軍事独裁国家である。
 ゲボックのような存在が利用されない訳が無いし、事実彼は五つの時点で既にそうだった。
 彼に特定の、親しいものが出来るのは、人質に使えるかもしれないが・・・リスクが高すぎる。
 そんな世界で、彼は千冬や束程・・・ずっと、人として交流していただろうか。
 
 その少女はまさに死に物狂いでゲボックを追いかけたかもしれない———が。
 


 ここは、日本である。
 ゲボックは現在十三歳。
 幼子が少年、そして青年へ変わっていく微妙な年頃だ。
 彼に特定の親しきものが出来ていくのを阻害しようとするもの———軍事国家の上層部は存在しない。
 彼は、本来の国で育つよりも———ずっと、研究以外のものに多く晒されて来たのである。
 それは誰でもない、千冬が・・・ずっと、ずっと彼を一般の、人が浴びる光のもとへ、引っ張り出し続けていたからに他ならない。

 ゲボックは自覚している。
 楽しく科学できれば良い。
 何らかの使命感も。
 克服したい何らかのものも。
 一切合切持っておらず、ただただ、研究を続けていければ良い———
 そういう、極めて適当な人格を有していると。

 だが少し。
 ほんの少し、本当にほんの少し。
 端から見れば、分からない程些細な変化だが。



「いよぉっし———束ちゃんの力ちょっと借りたいと思います。流石の小生もフユちゃんがいぢめられちゃあ———ちょっとどころじゃなくムカっ腹立ってんですよ?」

 それは、千冬が初めて見た、ゲボックの負の感情だった。
 彼だけならば、たったそれだけを得るのに、何十年の年月を必要としたのだろう。
 身近な人間が傷つけられれば、全身の痛みなど全く考慮せずに怒り狂う・・・たったそれだけの、人のような感性を得ることを。



 そのゲボックを幻想的な光景が演出する。

 足元から光が噴出し、それがゲボックの前で収束、一つの形へ結実して行く。
 成形し終えるや、輝きは瞬く間に失われ鈍重な物体を残して光はおさまった。

 出てきたのは直線的なフォルムで構成された砲身だった。
 それが三本。

 サークルから並行に、正三角形の配置で伸びている。
 その様はまさしく光線銃。地面に固定するための三本の脚は既に地面に食い込み、いつでもその破壊力を吐き出したくてたまらないと言っている様だった。

 さらに、何故か頭に機械で出来た兎耳が生えていた。
 ・・・何だアレは?

 目の前で光の渦から重厚感たっぷりの武装をゼロコンマ五秒で取り出したゲボックに唖然とした千冬だったが、実行したのが他ならぬゲボックだったためにすぐに冷静になれた。

 ゲボックのやっている事をいちいち気にしていては気が持たない。
 ただ、ほんの僅かな安堵もあっただろうと問われ、それを否定すれば嘘になる程度には落ち着いたきがする。

 バヂヂヂヂヂヂヂヂッッ!

 光線銃が火花を迸らせる。
 それは前準備に過ぎなかった。

「ははははははっ! 行きますよ! 小生の科学的探求(サイエンス)を! まだあるのでしょう!? ビックリ箱の種が! 素晴らしい実験結果(データ)を小生に示してください!! ははははひゃはははひゃひゃひゃははひゃひひゃっ———!!!」
 両腕が潰されているのを全く気にも留めず、ゲボックは哄笑する。

 そこで、ようやく<人/機>わーいマシンが動く。
 口腔を広げ、例の燃料に点火、火炎放射器さながらの業火を吐き出す。
「はははっ、わーいマシンともあろうものが、火炎放射!? 武装を逆行させないで下さい! 両腕が使えないぐらいが何だというのです。獣化麻薬がいけないのですかね? 別に腕が日本で足が二本でなければ行けないなんて一言も言ってませんよ? 失望させないで下さい、もっと! もっと未知を小生に見せるのです!」

 ゲボックは躊躇無く炎に両腕を付き込む。
 ばぁんっ!! と弾ける音がして炎は消し飛ばされた。
 燃料貯蔵庫などの火災によく用いられる、爆発を用いた消火法だった。
 ゲボックの両腕は最早原型を止めない程崩れているが、彼は全く気にしない。

 故に。<人/機>わーいマシンはそのまま突っ込んで来た。
「させると思ったかっ!」
 千冬がゲボックを追い越し、袈裟懸けに振り下ろす。
 瞬時にして<人/機>わーいマシンは恐ろしい俊敏製でその一撃を後退して交わす。
 次の瞬間、真横からゲボックの取り出した武器を狙う。

 だが、そこにまた千冬が割り込んだ。
「!!?」
「確かに速くなった。恐ろしく、今まで以上にな。正直、私は絶対追いつくどころか視界にとどめるのも難しいだろう。だがな? 随分と縮んだろう、体積が縮めば、剣で弾き返せるならば———もう、お前の速度などとっくに『慣れている』、後の先でもいくらでも取れる———速いぐらいで———目にも留まらぬ速度如きで、私より先に、動けると思うなよ?」

 これが、あらゆる獣より劣る人間が持つ体の繰り方。
 常に最適な駆動を用いいて移動する。
 だが、それを成せる人間がどれだけいるのだろうか。
 千冬もまぎれも無い、鬼才であった。

「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」
 人としてあった頃の屈辱が、記憶が、<人/機>わーいマシンの頭を灼熱化させる。
 更なる攻撃衝動を持ち上げさせる。



「フユちゃん! 準備オッケーですよ!」
 千冬のこれが、台詞も含めて時間稼ぎである事に気付かぬ程、獣に戻るという事だ。




「なっ———」
 振り返った千冬は絶句する。
 その三脚のような武器は、出現した時のように淡く輝くのではなく、激烈な閃光を放っていた。

 スパークが耐えられぬほどの輝きと千鳥の鳴く様な騒音を発して行く。
 その事に対してではなかった。
 砲身に記されていたこの武器の名を、光に包まれる前に彼女は読み上げてしまった———その内容に対する絶句だった。



  Homing・Railgun———T- Barrette-Shift



 冒頭の英単語、そのどれもが凶悪な性能を誇る兵器である事を意味し、どれか一つであっても生身の人間が抗するのは絶望に等しい。

 だが———分かる。
 通常、ゲボックは武器を武器と言う目的で開発しない。
 頼まれれば気軽にホイホイ作るだろう。
 実際、数々の武器は生物兵器達自らのリクエストを受けて彼が作ったものだ。
 しかしゲボックは、依頼者の想像力以上のものは決して作らない。
 気がつけば勝手気ままに研究しているだけだ。

 千冬と束だけが知っている事なのだ。冒頭で述べた通り、ゲボックが開発する大きな理由は。

———すごいね

 ただ、皆にそう言って欲しいだけ。
 褒めて欲しいだけなのだ。
 それ以外は。
 彼が望む科学の進歩はアウトプットを必要としない。
 作り上げるまでも無く、研究だけでそのシュミレーションは終わる。
 脳内だけで完結してしまう。
 出ているように見えるのは実験———未完成の過程に過ぎないのだ。

 もし、ゲボックが研究を形にするとしたらそれは究極。
 ゲボックの研究の終焉に他ならない。

 果たしてゲボックの頭脳における終焉とは———一体どれだけの高みにあるのだろうか。

 理解出るわけが無い。
 理解できる程度のものがゲボックの目指す科学的探求の到達点であるわけが無い。



 そんなゲボックが千冬や束に見せる発明品とは、言ってしまえば二人に喜んでもらうか褒めてもらうかのためであり、武骨な兵器などは見た事がなかった。

 他ならぬ千冬がそれを嫌うからだ。

 おそらく裏では作っているのだろう。
 誰かに頼まれ。それがどんな意味をしているのかも知らず———すでに知っていたとしても

 その事が千冬には悔しくて仕方がない。
 ゲボックの知性はそんなものに使って良いものでは無いと、誓った幼い日のためにも。

 そのゲボックが。
 千冬の前で武器を構えている。
 おそらくなんらかに束も関わっているだろうが・・・。

 千冬にもパッと分かるレベルの武器。
 もしも字面通りならそれこそとんでもない代物だ。
 しかしゲボックが武器を武器として作るなら。

———こんなもので済むはずがない。

 千冬の危機を知り、慌てて突貫制作したのだろう。

 そのくらい。
 ゲボックがブチ切れていた。
 だけどウサギ耳が生えているのでいまいち来ないものがある。

 常に腰の低い、それでいて躁っ気が強く科学馬鹿で束とよく踊りだす、幼くて純真な心の持ち主。

 改めて言おう。
 そんな幼馴染が。
 怒りをあらわにしている姿を、初めて見た。

———————————————ッッ!!!

 もう、音とは表現できない空気の炸裂と爆光が撒き散らされる。

「———っ!」
 あまりの光量に咄嗟に目を守った。
 下手をすれば目を焼かれかねない程だったから。

 一体どんな機構なのか。
 マッハ五から七。本来、専用の戦艦でしか出せない速度の超電磁誘導砲が曲線を描き、敵を執拗に追うのだ。

 本来なら、側でそんな速度を叩き出す物体があるのだ。こんなそばにある千冬の身は衝撃波に切り刻まれてバラバラになってしまうのは道理。
 隠密に特化したサイレントレールカノンなら別として、これには有り得ない。

 だが、千冬の所へは衝撃波どころかそよ風一つ、ドライヤー程の熱波も静電気程の電磁干渉も届かなかった。

「これは・・・エネルギーシールド・・・というモノか?」
 光の壁が、千冬への物理干渉を一切遮断していた。
 珍しく束が難航している研究を見せてもらい、概略を聞いていたから分かる。

 ISコアユニット。

 束の研究は身を結んだのだ。

「傷が・・・!?」
 千冬を守る粒子の輝き、慈母のヴェールは千冬の体を癒していく。

 ゲボックの数百キロもの武装の〈量子化〉、あらゆる物理干渉を無効化する〈絶対防御〉、そして千冬の傷を癒した〈生体再生〉いずれも、この後千冬の剣となる〈IS〉———インフィニット・ストラトス———第一世代一号機〈白騎士〉に搭載されるNo.1コア、生まれたてのそれだった。

 一方、<人/機>わーいマシンは音速超過の暴虐を第六感で察知した。

 投薬による感覚強化と第六感の鋭敏化は、脅威の反射神経と瞬発力を実現化させる。
 即座に跳躍して回避、直線的な攻撃など、いかなる速度があろうとも彼の脅威にはならないのだ。
 だんっ、だんっ、と一定の間隔を置いて連発される音速超過の弾丸を事も無げに俊敏に回避していく。

———だが

 暴風はウェーバーの戯曲を再現したものだった。

<人/機>わーいマシンに回避され、上昇しつつカッ飛んだ超電磁誘導砲はインメルマンターンを実行。続いて垂直に上昇するや、弧を描いて重力の引き手とガッチリ推力を腕を組む。

「流石ですよ! よく避けました———でもね。そんなものは推定どおり! その程度して貰わなくちゃ実験になりませんからね。さぁ、見せてくださいよ?」

 ゲボックの言葉を聞き、<人/機>わーいマシンは敵愾心を隠しもせず攻撃態勢に移る。

 この圧倒的な攻撃性。
 用いられた人間の特性なのか、それとも攻撃性の高い男性の脳を用いた故の弊害なのか。

「!?」
 しかし、それは空回りする事となる。

 一歩踏み込んだ足がゼリーの様に崩れたのである。
 たまらず態勢を崩す<人/機>わーいマシンに、ゲボックは楽しそうに笑いかけた。

「一発掠っちゃいました? それは残念ですね。まぁそれも良々。それはそれで実験結果を見れますし」

 潰れた両腕から血を流しつつゲボックは空を見上げる。

「小生、自身の科学なんて物はまだまだだと思うんですよ。写楽君には到底及びません」
 だって———

 そう言って崩れた<人/機>わーいマシンの足を腕で差し示して。

「小生は相手の脳だけをトコロテンにして尚且つ生かしたままなんてまだまだできませんし。せいぜい、触れた物を何もかもトコロテンに物質変換するぐらいしか———ね」

 <人/機>わーいマシンは掠ったレールガンの弾頭に施された原子変換の触媒に触れた為に足をトコロテンに変えられたのだ。
 その結果、自重に耐えきれず潰れてしまったのである。
 T- Barrette-Shift———トコロテンへ存在を移行する弾丸———とは、そう言う事なのだ。

 こんな時なのに千冬は呆れてしまった。
 こいつ本気だったのか。
 まぁ———ゲボックらしいと言えばらしい物だった。

 だが、内容としては恐ろしい事この上ない。
 装甲の強度など、特質性とてなんの意味もない。
 触れてしまえば・・・たちまち強度ゼロのトコロテンに作り変えられてしまうのだから。

——————この世のどこに、例え余波でもレールガンに耐え得るトコロテンがあると言うのか。

「まぁーここままだと、実験するまでも無く。落としたプリンみたいに、ぐちゃぐちゃにぶっ潰れると思いますよ?」

 ゲボックが血にまみれた腕を上げると<人/機>わーいマシンは空を見上げた。

「!!?」

 視界を埋め尽くすのは、こちらに一直線に向かってくる超電磁誘導弾———その群れ。
 一体、如何なる弾頭なのか、本来何十mも進まぬうちに大気圏との摩擦で燃え尽きる筈のそれは発射当時と全く形状を帰る事なくリターンする。
 一定間隔で連発されていたレールガンが弧を描き宙を舞い、上空で編隊を組み、暴雨と化して一斉に<人/機>わーいマシンを照準する。
 その間、僅か0.3秒。
 その全てがホーミングの名に負けぬ様、互いの軌道を阻害せぬ様タイミングをずらし、蝗の大群の様に覆いかぶさる。

 片足を潰し、態勢を崩しているそれに回避などできるはずも無い。



———ッヅゴォォオオオンッッッッ——————!!

 鈍い爆音と振動を響かせ、キャラウエイのように噴出したゼリー状の物質が降り注ぐ。
 トコロテン以外、何物であるはずも、無い。



———さて
 はははと笑っていたゲボックはひょこひょこぺたぺた千冬へ向かって歩いてくる。

「フユちゃん?」
「近い! 顔が近いぞゲボック」
 へたり込んでいる千冬に遠慮なく覗き込んでいるゲボックに思わず赤面した。
 ゲボックはこう見えて結構中性的な美形である。

「ふぅっ! ほっとしました。良かった・・・無事ですね」
 なまじっか中性的な美形であるゲボックがほんの僅かにでも真面目になれば映える。
 だが、やる事は芝居臭く、額の汗を拭う仕草で息を吹くゲボック。
 汗を拭うどころか、腕からの出血が額に付いて凄惨な表情になってしまっている。

 ぽた———

 一段落とともに、雫が降り注いで来た。
「・・・何とも、タイミングよく雨が降って来たな」
「ええ、これでこの事件も終わりです」
 淡々と、ただ事実を語るように、雨を受ける。
「———これ、実は獣化する薬品に対する解毒薬なんです。タバちゃんに降らせてもらいました」
「もう、何も言えんよ」
 どうやら、自分の幼馴染み達は天気まで弄れるらしい。

 やや本降りとかして来た雨の中、へたり込む千冬。
 さすがに、今夜は疲れた。
 その千冬を、ゲボックのポケットから出て来たマニュピレーター・・・マジックハンドが抱え上げる。
「・・・なっ、何をするゲボック!」
「いやー、本当はこの手で抱え上げたいんですけど、この通りですし」
 グネグネに弾け、未だ出血の止まらない両腕を抱え上げるゲボック。
「この———余計な事をするな! 自分で立てる! そもそもお前の方が重傷だろうが!」
「無事無事ですよ、もう、全力で機械アシストなんで。フユちゃんもお疲れでしょうし、まかされて下さい」
「・・・はあ、実際、もう立てんが・・・」
 そのまま何らかの薬が降ってくる空を見上げる千冬———正直、もう灰の三番の作るコロッケと海藻サラダを食べて寝たかった。
 ・・・そういえば、シャウトはどうなっているだろうか。
 まあ、噛まれて獣人になっててもこの雨で戻っているだろう。放っておいても大丈夫か。

 ゲボックは超音速で敵を追尾する鬼畜兵器、ホーミングレールガンを量子化しつつ、マニュピレーターに抱かれている千冬にきっぱりと。
「まあ、お姫様抱っこしても体力無い小生じゃ結局頼る事になりますし」
 寧ろ言わない方が良い告白をしていた。

「そこは気合いで行け、軟弱者が」
「小生、精神論は苦手なんですよ」
「知った事か。気張れ」
「フユちゃんは小生が抱っこした方が良かったですぶふぅッ———?」
 千冬は黙って剣の柄で殴りつける。

「おうおうおう・・・フユちゃあん、せっかく助けに来たのに殴るなんて酷いですよぉ。でもアレですねえ、今日は一体なんなんでしょうね」
「お前が原因じゃない事が私には驚きだよ」
「そうですか? おー」
「割とどうでも良さそうだな、お前」
「そうなんです。全部トコロテンになっちゃったんで研究できませんでした」
 ゆっくりゲボッックは残念そうにトコロテンてんこもりの後を覗き込んでため息をついた。
「おや?」
「どうし———ゲボック!?」

 ゲボックが顔面の穴という穴から一斉に血液を垂れ流しにしていた。
 それでいて本人は平然とした顔をしているので怖い。

「おい、おい、良いから降ろせ! この馬鹿者がッ!」
「なるほど! これはフユちゃんが運用する事を前提として作られてるので男性———得に小生なんかが使うと拒絶反応が出るんですね。なるほどこれは予期せぬ発見です!」
 しかしゲボックは気にも留めない。
 ISコア———これは、後々まで後を引く事になる特性。
 ISは女性にしか使えない・・・に繋がっていくのだが、この時の拒絶は激烈だった。
 もしかしたら、ゲボックにはISを使えないどころか、拒絶される体質なのかもしれない。

 そんな事、あっさり考察した後、新たな発見に興奮しているのか、だらだら血を流しながら。
「ふっふっふ、不思議ですねえ、別にそんなに違いは無い筈なんですけど、んー、時々フユちゃんが超合金で出来てるんじゃないかって本気で考える事もあっちゃったりしますけど・・・ま、それは関係ないでしょ、それはともかくとしてあー、なんか気が遠くなって来たんですけど」
「医学の心得があるのだから少しは止血しろ! 出血しすぎなんだこの馬鹿ああああ!!」
 何故か妙な事に気を効かせ、身を潜ませていた三体の生物兵器が千冬の声に反応してやってきて。
 そりゃもう盛大に慌てて病院に連れて行かれる事となった。
 ・・・二人とも。
 
 獣人事件の起きていない街の病院では三体の生物兵器が入り込んで来た事で大騒ぎになった事はまた別の機会に述べるとしよう。









———翌日

「やぽぽぽーい、束さんだよー! おみまいだーっ! さてさて今日のブツは礼のブツだぜカーポ、もれなく抱き合う相容れぬ原子と原子! 反物質ぅ兎だああああっ!」
 なにやらシールドで覆われた、つぶらなで大きめな眼の黒ウサギを抱えて束が突入して来た。
 ポルヴォ○ラも真っ青な超破壊爆弾生物を両手で持ち上げて振り回している。
 なお、山口君がゲボックに貸す予定だった漫画を束に託したのが原因だ。
 言うまでもなく、王泥○である。

「ぉおう・・・花じゃないんですね。でも! 凄いですよタバちゃん! その子一匹だけで地球が一欠片残らず消し飛んじゃいますよ!」
「病室に危険物を持ち込むなあァァァァァッ!!」
 ちょっと千冬もテンパってた。ツッコミがちょっとそれている。

 それと言うのも。
「何でゲボックと相部屋なんだ!? 普通男女は最低でも部屋が別れるだろうが! こいつがいたら一夏を呼べないだろうがっ!」
 ちなみに最後のが切実な叫びだった。ビバブラコン。今頃灰の三番は一夏にお菓子を作っている事だろう・・・(血涙)。
 
「あー、それはらぶりー束さんがこう、ちょちょっとね」
「原因はお前か束・・・」
「だって別の部屋にお見舞いにいくのは面倒だよね!」
「それだけかっ!」
「フユちゃん、病院ではあんまり叫ばない方がいいらしいですよ」
「お・前・に・だ・け・は・言・わ・れ・た・く・無・い・わ!」
「ぎゅうううッ!」
「おー絞めているー。束さんもお見舞い絞めようかなー。う・さ・ぎ・な・べ、う・さ・ぎ・な・べ」
「きゅきゅっ!?」
 命の危険に瞳孔を細める反物質ぅ兎。

「ところでゲボ君、両腕の具合はどうかね」
 フムフムと顎に手を当てる束。何かの物まねらしい。
「あ・・・」
 思わず千冬は声を漏らした。
 ゲボックの両腕は既に処置不可能なまでになっていたらしい。
 半分以上自業自得なのだが、考え無しなのだが、それでも・・・千冬の為に体を張ったと言っても過言ではない。
 特に最後の火炎放射器の時。
 一体、何を爆破したのか分からなかったが、アレが致命的なまでにゲボックの腕に止めを刺した。

「どうしました、フユちゃん」
「ちーちゃん、どっか痛いの?」
 ほんの少し俯いていただけで二人は心配そうに覗き込んで来た。

 顔面まで3cmに。
 
「だから近いわお前らっ!」
「「ぺぎゅーっ、ぺでぃぐりーっ」」
 少々の照れ隠しも含めて押しやる。 後なんだ、その声。犬の餌か。
 
 頬が紅潮するのを無理矢理心拍数を下げてなだめる。
 武人の精神統一がこんな事に活用できるとは泣きたくなった、師、篠ノ之柳韻に詫びたい気持ちでいっぱいになった。切なすぎる。
 横目でゲボックを見ると、自分のベッドによじ上っていた。
 そう言えば、私達三人が初めて会話したのも病院だったなあ、と何やら感慨深く考えていたら。

「心配する事は無いのです!」
 この中で何故か一番重症だったゲボックは包帯でぐるぐるになった両腕をずばあっ、と持ち上げ。
 ごがあっ! と両腕をベッド脇の手すりに叩き付けて。



 音がしただけで何も起こらなかった。



「あははははっ! 失敗失敗、恰好悪いぞぉ? カッコ笑い、なんちゃってーっ!」
「・・・痛く無いのか?」
「おーう・・・これは失敗しましたねー」
 仕方なく地道に包帯をハズし始めるゲボック。
 しかし、両腕が包帯なのでえらく難儀しているようだった。

 しばらくその様子をぼーっと見る千冬と束。
 束はすぐに飽きて例の爆弾兎で遊び始める。

「よし、取れました! どうです、二人とも!」
 包帯を全てハズし、両腕を掲げるゲボック。

「・・・は?」
「ぉおー、こ、これはー」

 それでゲボックを見た二人の反応は、まさに逆のモノだった。
 ゲボックの両腕は義手になっていた。
 ただし、普通の義手ではない。

 左手がドリルで右手がペンチ。
 生活性が全くと言っていい程皆無の、冗談みたいな両腕だった。
 左手のドリルが回って唸る、右手のペンチがカチンカチン閉じたり開いたり。

「いつそんなもの取り付けたあああああぁッ!? 昨日の今日だぞ!?」
「か・・・恰好いぃ、ゲボ君、素敵だよ、それ!」
「束えっ!?」
 本気かっ!?
 
「タバちゃんの可愛いうさぎ耳に触発されて小生もこの通りですよ! だからフユちゃん、気にしないで下さい! この義手は、昨日ちょっとトイレ行ってきますと言って10分ほど部屋離れた隙に取り付けちゃいました、束ちゃんが来るまで内緒にしてましたがね!」
 なんと言うお手軽人体改造。
 ブラックジャックのように、自分で自分を手術したというのか。



———十分後
「退院する! 私はもうアイツと僅かでも同じ空気を吸っていたく無いんだっ! 離してくれ! ほら、傷も何も無いだろうが!」
 それは事実だった。
 全身傷だらけ。特に電柱を掠めた肩は亜脱臼をおこしかけていたし、全身にはアスファルトの破片で斬られたり裂けたりしていた傷が無数にあったが、それは全て『束の発明』とやらで治ってしまっていた。
「駄目だ! 君の住んでいた町ではガス漏れで集団幻覚症状や事故での大火傷、喧噪があったのか木刀で殴られたような傷などがあったんだ! たとえ外傷が無くても精密検査をしなければならないんだぞ」
 昨日の事件は、ガス漏れ事故による集団ヒステリーの一種と報告されている。
 これは束による情報操作等の賜物でもあるが、本当の事など、誰も信じまい。
 ・・・火傷は知らんが、殴打の外傷は私・・・だな・・・。
 深く、永遠に封印しようと胸に誓った千冬だった。
 こうして、子供は大人になっていくのである。

 なお、Barのマスターは普通に、無事だとメールが入っていたのは余談である。
 単独で全員のして店の外に投げ出していたとか。
 ・・・あのままあそこにいた方が安全だったな、絶対・・・。
 マスターのナイス紳士っぷりに逆に涙が流れそうである。



「だったらせめて、せめてアイツとは違う部屋にして下さい! これ以上は耐えられない!」
「む・・・それは」
「先生! 310号室の患者さんがっ!」
「どうしたね、この子はここに———」
「いえ、もう一人の方です!」
 な、何したゲボック・・・。
 もう関わりたく無いと、耳を塞ぐ千冬。
 だが、目に映ってしまった。

 窓から飛び出すゲボック。
———なにしているんだ、アイツ
 しかし、腕に抱いているものを見て驚愕する。
 束の連れて来ていた兎だ。
 ・・・いまさらだが、病院に動物連れて来ていいものだろうか。
 何も言われなかったのだろうか・・・。
 あ、浮いてる。

「駄目だよゲボ君! そんな、そんな!」
 窓から乗り出す人影一つ。
 束だった。
 その束にしては珍しく必死な表情・・・何があった?
「いけませんよタバちゃん、反物質ぅ兎のシールドが解けてしまえば、大規模な対消滅が起きてしまいます。これは、小生がしなければいけないかもですよ」
「・・・最後疑問系なんだね」
「今です!」
 しゅごーっ! と凄い勢いで飛んでいくゲボック。
 ドリルとペンチで兎を抱えて。
 無機物なもので抱えられて、非常に居ずらそうなのが印象的だった。
「ゲボく————————————んっ!」
 と叫んで一旦落ち着く束。

「・・・ちーちゃん! ここは三分待つんだよ! えーと、カップラーメンカップラーメン、と」
「・・・おい」
 とりあえず先生と二人、待つ千冬である。



———三分後



 凄まじい爆発音と爆光が天を埋め尽くした。
 さりげに放射線は防御されていたらしい。

「ずずずず・・・ゲボ君、君が世界を救ったんだよ!」
「ラーメン食いながら言う台詞じゃないよな・・・あ、先生、私はこれで。待ってろ一夏あああああああっ! 灰の三番っ! 束に聞いたぞ! 一夏と添い寝したんだってなあ! 覚悟しろっ!」
「あ、待ちなさい、こらああっ!」
「ごちそうさま! 束さんも帰ろー」

 なんだかんだで息は合う三人だった。












「———と、言うものなんです!」
 ゲボックの説明に、シャウトは首肯を繰り返した。
 これは、当たりかもしれない、と。
 史上最強の陸戦兵器。冗談抜きにこれは本物だ。

「でも、その話からすれば、<Were・Imagine>はその特異な体質の彼でなければ完全には使いこなせないのでは無いのかしら」
「そうですよ? 試作一号ですから」
 あっさり肯定するゲボック。

「だから稼働実験が必要だったんですけどね。何でこの時だったのかは知りませんけど、小生にも内密にするなんてちょっと酷いじゃないですか」
「組織とは、そんなものよ、ドクター」
「困りましたよ、それじゃ小生がデータ取り出来ないじゃないですか」
「・・・あなたの地元で実験した事は何とも思ってないの?」
「そんな事、小生もやってますし。ただ、小生の知らないうちにやられると困っちゃうなあ、データが取れないじゃないですかあ」
「そう」
「嬉しそうですね」
「ええ、楽しいもの」
「それは良かった! 楽しい事は素晴らしい事です!」

 言ってゲボックは白衣からカメラのようなものを取り出して、日の丸の旗を撮影した。
 するとどうだろうか、空間に全く同じ日の丸旗を実体化させ、出現させる。

「ん? これですか? 空間を複製するファックスみたいなものですよ? えいやっ」
 どうやら、チキンライスをハリネズミにしていた日の丸旗はこうやって量産していたらしい。
 ・・・理屈を考えるのはよそう。
 瞬時にシャウトもその結論に達した。



「・・・ところでドクター」
「はい? なんでしょ」 
「あなたはどうして、自分の作った<Were・Imagine>を破壊したのかしら」
「あー、アレですか? 単に壊しちゃいけない理由は無いからですよ」
「どういう、意味?」
「あの機体は元々、一旦完全起動したら用無しなんです。でなきゃ、兵器として欠陥まみれの人格持った人を搭載したりしないでしょ? あっれぇ? 小生はなんか変な事言ってますか?」
「・・・データ取りの為、なの? その割には解析なんてとても出来ない状態になっているようだけど」
 一面トコロテンまみれ。深さ500mもあるトコロテン地獄である。
 足を滑らしたが最後、ツルリンと、奈落の果てまで飲み込まれる。
 実際、組織の調査員がそれで何人か消えた。
 あまりに情けないリタイアに報告しようか本気で悩んだ程だったらしい。

「ええ、データなら、一旦接触した際に戴きまして」
 あのチェーンソーは、ウィルスを送り込むためただけのものではなかったらしい。

「『わーいマシン』に完全適合した脳のデータさえ採取できれば、もう後は誰でも出来る『獣化麻薬』ができちゃいますよ」
「・・・もう、ロールアウト?」
 普通、二度、三度の改良を乗り越えて正式量産態勢ロールアウトは成り立つ。
 誰にでも適応、これが一番兵器として重要なのだ。

「ま、フユちゃんの事追いかけ回して虐めてましたので、ムカっ腹が立って煮えたぐりまくりまして! ちょっと冷静さを失ってました! いやあ! キレるってこんな感じなんですね、もうまさに思考がしっちゃかめっちゃか! 兎に角ぶっ壊してやろうと息巻いちゃいましたよ!」
「あら———結構男らしい所もあるのね」
「褒められた? 小生褒められた!? いっつもフユちゃんには軟弱者モノ言われてましたのに、はっ———まさかこれは輝く第一歩!?」
「ねえ、ドクター?」
「うわあっ! 一言目からいきなりナイフ撫で始めたましたょ! なんかパターン読まれてる気がするんですけどどうでしょ?」
「あなたは長い髪とさっぱりした髪・・・どっちが好みかしら」
「んー、そうですねえ・・・」
 ゲボックは考える。
 と言っても、彼が思い浮かべる女性は二人しかいない。
 そのどちらも長髪の少女である。
 
「小生は長い方が大好きですょ!」
 正直に大声で告白するゲボック。目の前のシャウトはショートカットだったりするので、その辺の機微は全く分からないようだ。
「そう———ドクター、これからも亡国機業ファントムタスクと良き関係を」
「分かりました、いいですよ!」
「それと、組織に関係なく私とも友人になっていただけるかしら?」
「———ほう??」

「ミューゼル」
 一言だけつぶやき、席から立ち上がり、ゲボックに近寄って来る。
 伝票を取り、帰るらしい。

「私には名前も名字も無い。ただのミューゼル。まあ、 “S” って言われてるからシャウトって名前を初めとして、コロコロ変わると思うけれど、ミューゼルは変わらない。そう呼んでいただける?」
「分かりました! ミューゼルちゃん・・・ミューちゃんですね! 小生はお友達少ないからとっても嬉しいですよ!!」
「そう、ありがとう。じゃあ、お礼ね。男性って本当は苦手なんだけど」

 ミューゼルがゲボックに近付き、そして離れて去っていった。
「これからも宜しくね」
 と、唇を一舐めして。年不相応の色気を振りまきつつ。

「・・・お?」

 しばらく視線を彷徨わせるゲボックだったが、ぴくんっ、と反応して上を見た。
 真っ青な空。雲一つない晴れ渡った空。
 だが、そのさらに上。そこには———

 ぽん、と手を打つゲボック。
「ああ、なんだ、タバちゃ———」

 そこに大気との摩擦で赤熱化した巨岩がつっこんだ。
 大爆発だった。
 奇跡的に、死傷者はいなかったそうだ。



「———やっぱり、見られてたわね」
 この地域に有り得る筈の無い、地球の自転周期と同期させられた人工衛星が自分達を超上空から監視していた事に薄々気付いていたシャウトは、挑発して見せたのである。
 その結果は、ご覧の通り。監視されていた事は証明された。

 そこで、ぴ、ぴ、ぴ、と懐からかすかな振動が伝わって来た。
 取り出したのはボールペン程の金属棒。
 その信号を読み取り、やっぱり、とシャウト・・・この場合はミューゼルか———は纏っている空気を張りつめた。

 付近の組織関係者が全滅した。
 今、彼女の知りうる限り、この作戦に参加したメンバー、ほぼ全ての救難信号をキャッチした事になる。
 恐らく、送っていない構成員も・・・送る暇さえ無かったのだ。

 後に受けた報告では、全員命に支障はないが、復帰するのは不可能な程、心を徹底的にへし折られていたらしい。
 <Were・Imagine>の投入に関わったものは一人残らず。
 実動部隊の一人 “T” も消息を絶たれ。
 幹部会の重鎮達も何人か『根こそぎ』やられたらしい。
 日常生活もおぼつかないだろう、との事だった。

 それだけではない。
 <Were・Imagine>と同時に実行されたゲボックとは別口の獣化麻薬、『パンデミックを用いた仮想市街作戦実験』の関係者は全員、治療不可能なまでに、その獣化麻薬を投与され、人間ではなくなっていた。

 この徹底的容赦の無さ。
 彼では有り得ない。
 ジョーカーはもう一人いる。
 
 でも、それならば、彼女の望み通りには加速するかもしれない。寧ろ願ったりだった。



「でも彼、何処まで育つかしら」
 世界の異物を、育むべく。少女は微笑む。
 ゲボックに貰った衝撃銃と、得意とするスローイングダガーを構え。

 さあ、まずは当面の刺客から逃げなければ。












「———という訳なんだよ、ちーちゃん」
「・・・・・・やっぱり、そうか」

 ここは、束の研究室。
 何故か砕けたコンソールが一つと、腫れている束の右手。
 ・・・なにか、八つ当たりしたくなる事でもあったのだろうか。

「・・・あいつは、矛盾した行動をとってもその全てが本気なのだろうな」
「うん」
「あいつは、この開発が何をもたらすのか、どれだけの被害が出るのかも気にも止めていないのだろうな」
「まあ、それは束さんもだけどね」
「・・・・・・」
「協力してくれるかな、ちーちゃん」
「ああ、あの馬鹿の両手をこれ以上真っ赤に染めてたまるか。アイツが何を作ろうが、それが兵器である限り無意味なものにしてやる」
「そうだね! ゲボ君の兵器制作は打ち止めだね!」
 楽しそうな束、対し、苦々しそうな千冬。
 ぎりぎりと、拳を握りしめている。爪が掌を食い破りかけていた。
 彼女は、束に聞いたのだ。
 <人/機>わーいマシンの開発者。
 そして、その構造を。

 搭載された人間のデータは束に見せてもらった。
 やはり、見ても思い出せなかった。
 だが、彼はもうこの世にいないのだ。
 今回の『ガス漏れ事故の犯人』として、その場で事故により亡くなった、となっていた。



 話は変わる。
「まあ、完成したと思ったけど、まさか男性に使えないとは思ってなかったよ」
「ゲボックは拒絶反応でボロボロだったからな」
「んー、なんでだろうねえ、普通、あそこまではならないと思うんだけどなあ。まあ、これ以降作る子はそこまで拒絶しないようにするよ、せいぜい無視程度に———ふっ、シカトだぜ」

 きゅぴーんと、ポーズをとっている束をそれこそ千冬はシカトして。

「しかし、そこまで凄まじいものなのか?」
「・・・うー、ちーちゃんのいけずー。うん、ちーちゃんならまず間違いなく、史上最強になれるよ? これは余のメラじゃ、とか余裕で言えるぐらいに」
「何言ってるが分からんが、信用するぞ」
「うん、この世の兵器理論、価値観を根こそぎちゃぶ台返ししてあげるよ、『この兵器を作ったのは誰じゃああ!かっこ海原○山風かっことじ』てな感じでこけ落してあげるんだよっ! そして教えて上げるんだ、現行兵器は全て凌駕された、ってね。そのあとで、ゲボ君の興味を兵器から逸らせば良い。さらにそこそこ束さんの力を配ってあげれば、兵器そのものが一変、あっという間に塗り変わる」
「・・・それこそ、対抗できるのはゲボックだけ、とはならないか?」
「まあ、ゲボ君が本気を出したら結構危ないだろうな〜。でもね、その誰かがゲボ君を制御できると思う? ゲボ君は束さんに『勝とう』なんて俗な事を考えると思う? ゲボ君は研究が好きなの。誰の言う事だって聞くけどさ、言われた通りにしか作らないじゃない。それこそ現行兵器何かで満足している世界が、束さんのものを凌駕する具体的な想像をゲボ君に伝達できると思う?」

 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 だが、依頼者の想像力が、束が兵器として割り振った物を凌駕するイメージができるとは限らない。

「そもそも、ゲボ君の研究意欲をコントロールしようってのがそもそも無理だからね、そもそもそもそも、作麼生———説破、ってね、うう、座禅は足が痛いー」
「・・・なるほど、な」
 千冬は口数少なく頷く。

「だがな———束」
 ごっ! と空気が唸った。
 居合いの要領で抜き放たれた『アレトゥーサ』は、削り直され、やや短くなった木刀になっているが、やがて再生するらしい。
 それはともかく、その切っ先は束の喉元に突きつけられた。

「束、今回の獣人化の麻薬———作ったのはお前だな?」
「あ? 分かっちゃった? ちーちゃんさっすが!」
「当たり前だ、こんな非常識な薬品、ゲボックじゃなければお前ぐらいしか作り出せん、単純な消去法だ」
「その通り、謎のエージェント “T” とは、束さんのTなのだ! もう退会したけどね!」
「・・・そうか」
 他人の言う事など興味の無い束の方が説得しやすいとも思ったが・・・結局、同じ事なのかもしれない。
 千冬は歯噛みしつつ、それを見た。
 中世の騎士の出で立ちをした、全身装甲の強化外骨格。



「さて、出陣だ! ちーちゃんいっきまーす! IS———インフィニット・ストラトス、コアナンバー001、試作一号機『白騎士』でっ!」
「・・・ああ、分かってるな、束、一つだけ良いか?」
「おー、分かってるぜいぜい。世界はちーちゃんに釘付けとなるのだ!」
「それはどうでも良い」
「ふえ・・・あれ、そうなの?」
「今回、一夏が危険な目にあった。いや、お前だろ束、灰の三番は視覚で毒味が出来る・・・その場にいたお前が一服盛らねば一夏にあの麻薬を投与したりは出来ん。ゲボックの解毒薬の確認の為か?」
「んー、ちーちゃんの冷静さをそぐ事かな?」
 変わらず、束は千冬に正直に言う。

「確かに、あのとき私は珍しくお前に窘められた・・・だがな?」
 木刀を少し逸らす、束の顔面すぐ横に突き立つ『アレトゥーサ』。
「束、お前は私の大切な幼馴染みだ。それでも、一夏を危険に晒すなどという事は・・・」
 ごうっ! と木刀を引き抜き、舞うように停滞無く竹刀袋に収納する千冬。
「たとえお前でも、次は無いと思え」
「おー、ちーちゃんの威圧感が凄い事になってるよ、お嫁さんの貰い手がなくなっちゃうぞ? あ、その時は束さんが貰ってあげる!」
「五月蝿い黙れ」
 そう言って、千冬は束の研究室を出て行く。



「んふふー、うふふふっ」
 まだ、語ってない事はある。
 獣化麻薬の解毒薬を、『亡国機業のT』として、ゲボックに依頼したのは束だ。
 あの時、ゲボックが都合よく一夏を治療できたのは偶然でもなんでもない。
 束にとっても、一夏はとてもとても大切な、弟分なのだ。
 万が一にも、危険は無いよう多重安全装置は施してある。
 放っておいても、一夏だけは元に戻ったのだ。
 だからこそ、予め自分の獣化麻薬に効く薬を飲ませ、街に出回っている成分を分解させてから、一夏専用のものを投与した。



 束は、自分の身内以外はどんな様になっても構わない。
 全くこれっぽっちも気にしない。

 だから今回、千冬と共謀して行う計画には、千冬の考えているような倫理的な事など全く考えていない。
「うふふ、これで一緒、皆一緒だよ・・・」

 束には懸念があった。
 このまま大人になっていけば、皆バラバラになってしまう。
 それは、束にとっては退屈と孤独が一挙に押し寄せて来ると同意。
 何よりも恐れる事柄だった。
 でもこれで、これで。

 一生、私達の縁は途切れない。
 一つの世界に、皆、皆縛られるのだ。
 ずっとずっと、私達皆は、なかよしなかよしお友達。
 あんなパッと出の女に、割り込まれるわけにはいかない。

 思い出すだけでもいらだちが募った。
 あの女は、ゲボックに———



「———ふぅ、天才の束さんらしく無いね、うん、リセットリセット。電源を切るときはリセットを押しながらだよ! セーブが飛んじゃうものね! あははは、わはは、あははは、頑張ってね、ふふ、白騎士。束さんの可愛い可愛い、最初の子供」
 あはははは、くすくすくす———天才の、天災の少女は笑う。
 
 純白の騎士が、己の造物主を、母を、笑い続ける彼女を、静かに見守る中。
 ただただ、楽しそうに、自分の世界を作り出していくのを夢想する。



 世界が一変するまで、あと僅かのみ——————



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てな感じでISが出来る経緯をねつ造してみました。
千冬さんが束さんにあの自己完結テロにただ同意したとは思えなかったもので。
なんか裏があるのかもしれませんけど
ゲボックがいるのでこういうギミックで組み立ててみました


あと、<わーいましん>は、宵闇眩燈草紙とブラックロッドから一部ネタを戴いていたりします。


あと、前回程じゃないですけどやっぱり長い・・・。なぜだ、ワールドエンブリオ風のプロットに纏め始めたというのに!
あっ! アレが原因か? 思いついてどんどん書き足してなんかアヴェスターのようになってるし・・・!

あと、あのお姉さん(後)もゲボックに目を付けました。
狙いは千冬さんの真逆です

どうもなあ、真性の女性なのに、スコールさんはエレンディラ・ザ・クリムゾンネイルのイメージが抜けないんだよな・・・。


こんな未熟作を読んでいただき。
感想もくださりまして、皆様ありがとう御座います

捜索掲示板でおすすめに上がっているのを見たときは赤面して床ごろごろ転がり回ってました
いつも感想くださるあのお方でして・・・
高ご評価、ありがとう御座いましたm(_ _ _)m



[27648] 転機編 第 1話  白雪芥子———倫理の境界
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/08/29 01:40
 篠ノ之箒にとって———



 姉とは、時を重ねる毎に理解出来無い面が見えてくる。
 そんな存在だった。

 それでも、やはり箒は姉である束の事が大好きだった。
 それというのも、束は箒の事を溺愛していたし、その事が分かる箒も束の事が大好きだったからだ。
 彼女が作り出すものはすべてがおとぎばなしの幻想のようで、それを惜しみなく箒のために次々と披露する束に、箒はまるでシンデレラに出てくる魔法使いのようだと思ったのである。

 だが、その姉には、幼馴染みが二人居た。
 どちらも強烈な印象で、一目見たらまず忘れないような人達であった。
 今でこそ思う。この姉とともに居るならば、そんじょそこらのキャラ付けでは乗り越えられないと。

 そして、ある日の夕食時。
 箒は出会う。



「お姉ちゃーん、ごはんだよー?」
 箒は束を呼びに行く。
 束は集中力が凄い。
 一度何かに夢中になってしまうと、放っておいたら飲食もせず没頭してしまう。
 体に悪いし、食事は、皆で取れるときは皆で取るべきだ。
 お父さんもそう言ってたし。

「お姉ちゃん?」
 束の部屋に入る箒。

 ・・・なんだろう。
 くったくったと妙な音が聞こえる。
 それに部屋全体が、なにやら蒸し暑い。

「お姉ちゃんどこー?」
 部屋のどこにもいない。
「お姉ちゃーん!!」
 心細くなって泣きそうにな声が出てしまう。
「え!? なになに!? どうしたの!? 苛められたの!? お姉ちゃんが消しちゃうよ!」
 その声色でいきなり束が反応した。
 千冬同様、束もまた、シスコンである。

「お姉ちゃんどこー!」
「あー、私探してたのか。こっちこっちー」
「・・・え?」
 ようやく姉と会話できたので声がすっとテンション復活。分かりやすい箒である。
 まあ、今年で4歳児なんてこんなものである。
 束やゲボックだけじゃなく、千冬だって知性的に普通じゃないのだ。

 だが、声のした方は・・・。
「押入れ?」
 押入れしかない。
 この中は普通、布団なんかを収納するところである。

「○ラえもんごっこ?」
 そう言えば、ここで床に就く猫型ロボットがいたなあ。
 なんてい思いつつ、押入れの引き戸を開ける。

「・・・え?」
 幼児でも矛盾ぐらいなら分かる。
 トンネルを抜けたら、そこは雪国でしたとは有名な作家による名作の一文だが、この場合。
 押入れを開けたら台所でした。である。
 いやいやおかしいから。

 思わず正面を押入れとして、左の窓に向かう箒。
 そこから、よいしょと顔を引っ張り出して押入れの辺りをみる。
 どう考えても、空間的に足りない。

 昨日テレビで見たトリックアート?

 箒の知識で恐る恐る手を延ばしすと、空間がある。
 どうやら精巧な絵画であり、向こうに行こうとしたら顔がゴン! と言う事はなさそうである。
「お姉ちゃん、どこー?」
「こっちだよ箒ちゃん、手の鳴る方へ♪」

 台所(?)に進んで行く箒。
 進むにつれ、蒸し暑さが増して行く。
 箒も理解する。

 このくったくったと言う音は、何かを煮込んでいる音である、と。
 ならば、熱源に束は居るだろう、と辺りをつけ、さらに進むと(どれだけ広いのか見当もつかない)、箒はそれを発見した。

「うわー・・・」
 大きな壺の様な鍋だった。
 魔女が『ひぃーひっひっひ』と笑いながらかき混ぜてそうなあれである。
 ルラムーン草を煮込んでいたら高速都市間移動魔法でも覚えそうな勢いだった。

「やっほぅ箒ちゃんよく来たねー、どうしたの? どうもしなくても箒ちゃん大好き! お姉ちゃんは大歓迎だよ!」

 その際の束の行動がイメージ通りだったので茫然自失となる箒。
 何か長い棒で怪しい壷をかき混ぜている。
 何故か仄かに光っている壷からの逆光が不気味に笑顔を彩っていた。
 正直、怪しい(核爆級)のだった。
 しかし、責任感の強い箒ははっ、と見直して。

「お姉ちゃん、ご飯だよ? 一緒に行こ?」
「あぁ~ん、箒ちゃんったらかぁわぁい~い~!! 奇遇だね、お姉ちゃんも料理を頑張っててね、ふぅ、暑い暑い」

「え? ご飯ならお母さんが作ってるよ?」
 それ、料理だったのか。

「・・・ん~、まぁ、そりゃそうなんだけど、これは綺麗なウェディングドレスを着るための修行なんだったり? 箒ちゃんもいない? そんな子。まぁ、いたらいたでブッ千切るけど」
「なにをブッ千切るの!?」
「ナニをって? いやん、箒ちゃんたらもう、束さんは恥ずかしぃん~」
「? ? ?」
「よし、箒ちゃんはまだ純情っと」

 幼女に何を言う。
 ついっ、と指を振るとふよふよレンゲが浮かんで来て、壺の中身を掬う。

 またも無駄なところにPICだった。

 一口啜った後束は両手を腰に当てるや。
「うーまーいーぞー!!! よし! さっすが天才束さん!! ねえ箒ちゃん! 箒ちゃんには早いかもしれないけど、女の子たるものは料理の一つも出来なきゃね!」

 背景に料理漫画のリアクション皇を浮かべながら自画自賛でご満悦の束だった。

 因みに料理が一人前の女の必須技能だと言うのは、思いつきでもなんでも無く、彼女の信条の一つである。

 後々束は、『娘』にもそう語っている。

 案外、そう言う古風なところは親譲りなのかもしれない。

 しかし、この束と言う少女、好き嫌いがない。

 僕の血を吸わないで、と言っていたこの世で最も馬鹿な男に美的感覚を日夜仕込むべく、肉体言語を振るっていた学園のアイドルが如くに。
 蜂の子だろうがザザ虫だろうが、何でも好き嫌い無く食べる事が、素敵なスタイル構築の秘訣とでも言わんばかりの悪食っぷりである。
 犬は赤犬、猿は脳味噌が美味いんだそうな。おい待て美少女。

 どちらかといえば、誰がどう愛情を注いで作ったかに重きを置いている節があり、箒が作ったのならゲル状の何かだろうが炭化物質だろうが同じ様に『うーまーいーぞー』と叫ぶだろう。
 単純な味覚障害かもしれないが。
 まぁ、一つ例外があるとすれば千冬のポイズン通り越したデス・クッキングであろう。
 VXガスさえ無効化する改造肝臓を備えている筈のゲボック共々レテ川のほとりでゴーストバスターズをやったのは良い思い出である。

「お姉ちゃん、早く行こう?」
 とにかく、これ以上両親を待たせるわけには行かないので、束の下に向かう。
「ねえ、何作ったの?」
「あぁん! 箒ちゃんもやっぱり女の子だねえ! いっくんに作ってあげるの?」
「———な、なな、なんでアイツに」
「うんうん、誤魔化さなくてもいいのだよ!」
「違うよお姉ちゃん!」
「みゃははははっ!」

 この時、一夏はまだ道場に通っていない。
 しかし、千冬に連れられて来るので、度々顔を合わせていた。
 あまり接点は無いのだが、それ以上に同年代の子との接点が無い箒にとって、一夏とはなんとなく、印象には残る相手だった。かなり強めに。

「ちなみにお姉ちゃんがつくったのは全ての料理の基本、出汁作り! 和洋中問わず旨みの抽出なくして美味は無しなんだよ箒ちゃん。見るがいい、単一にして厳選された食材を!」
 びびっ、と鍋を指差す束。

「———え?」
 従ってそちらに眼を向けた箒は、あるはずのないものに、一瞬思考が硬化した。


 鍋には『人』の形した・・・いや、人である訳が無い、そんな猟奇的なものある筈が無いけど何だろうアレ・・・が浮かんでいた。
 幼い箒ではそんな複雑思考は出来ないが、人? いや違うって? でも人っぽいという感じになっている。




 すると・・・。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああ~、まぁだですかタバちゃあああん、いい加減湯立って色々危うくなってるんですけどね、湯立っていると言うか煮立ってませんか? 出汁をとるときは沸騰させてはいけないって聞きましたよ? 小生、色々搾り取られてげっそりしてきましたけど」
「喋ったああああああああっ!!」
 な、何か煮込まれていたものが喋り出した。






「いやだなぁ、ゲボ君。ごはんを食べさせてあげるから協力してって事に応じたんだからだまって出汁を出す出す! ん? 出汁を出す、ダシダス? おぉ、何かのメーカーみたいだねぇ、なんちゃって☆ そしてこの出汁を元に束さんはゲボ君からさらなる演出をひきだすのだ!」
「小生から出た出汁を小生が食べてもただの共食いじゃないですか? あれ? 自食作用? 本末転倒ではないですかねえ」
「・・・火力アップ!」
「おあちゃちゃちゃちゃちゃああああああ!!」
 普通、それだけじゃあすまない。既に沸騰しているというのに。
 改造人間は伊達じゃない・・・なんで千冬に勝てないんだろう。
 束作ガスコンロ。最高焦点温度は鉄をも焼く。当然鍋というか壷も特別製だった。

「ああああああああああああああ! 誰!? お姉ちゃん何してるの!?」
 箒が復活した。
「ゲボックですよ? ああ、箒ちゃんですね、小生、タバちゃんのお友達の———アッチャアアアアアアアア!」
「お料理☆」
「ただの五右衛門の釜茹でだよ!?」
 昨年の年末大河ドラマは『秀吉』でした。
 父、柳韻の膝の上できゃいきゃい見ていたから覚えている。
 なお、水戸黄門も欠かさず見る箒であった。なお、歴代全て肯定派である。
 髭が無いからなんだと言うのだ。
 評価が一番低い役者を思い浮かべる。ご老公は心の持ちようだ。見た目ではない。
 心がご老公なら髭などいらないのです。偉い人にはそれがわからんのです。
 おかげで近所のおじいちゃんおばあちゃんの覚えがよい箒だった。

「大丈夫安心して! お姉ちゃん特性お料理用リキッドはじっくりたっぷり熱を通すから、熱で主要栄養素を破壊しない優れものだからね! 油みたいに速攻で煮えたぎる事なんてないのだ! それに油で煮るってカロリー的にどうかと思うなぁ、でもこれなら、お肌もお肉も血液も! スッキリサラサラ爽やかに! らんらん♪ ってね!」

「それはもっと苦しいよ!?」
 温度上昇が緩やかとは・・・より拷問である。

「大丈夫ですか! ねえ、あ、ええ!? 大丈夫!?
「溶けそうですね」
「思ったより大丈夫そう!? でも危、熱っ、あー、ああーー、ああああっ!」

「・・・箒ちゃんは優しいねえ、出汁殻に。もう、慈愛の女神様だね!」
 だしがら・・・何気にえぐい。

「お姉ちゃん!」
「ねえ箒ちゃん」
「わああわああ」
「おいしいよ、一口いかが?」
「食べないよ!?」
「・・・がーん!!! しょぼーん・・・」
「火を止めてあげてええええええ!」



 ・・・箒とゲボックの出会いはこんな感じだった。
 箒の姉に対する印象が、魔法使いよりも魔女に大幅に傾いた一件だった。

 束と箒の関係? それはもう少し、後で話すとしよう。









 中東の紛争地帯。
 中世の頃より宗教問題から睨み合いを続けていたが近代化していくにつれ、先進国による植民地化政策が進んだ。

 その事により、圧倒的武力で弾圧、支配されていた。

 大国により領土を真っ二つに分けられ、代理戦争をさせられる。
 血を流す彼らの悲哀は、独立に対する悲願となっていった・・・。

 やがて、植民地政策の終焉とも言える転機が訪れる。
 各地での独立である。

 道徳、人道という言葉が表向きだけとはいえ国際的な集まりにおいて重要視されてきた事は、独立の悲願への後押しとなったのだ。

 そして。
 大国の陰ながらの支配が消えたといえば嘘となるが、民族が独立する事に成功する。

 だが、表面上、上から押さえつけられるものがいなくなれば、ただ自由だと喜ぶだけではなくなるのだ。

 あれだけ支配され、その愚かさを身をもって痛感していながら彼らは同様にこう、思ってしまうのだ。



 今度の主役は自分たちだ、と。



 彼らが思うのもいたしかたは無い。
 それだけ耐えたのだ。
 それだけ苦しかったのだ。
 そして、やっと願いは叶ったのだ。

 しかし、困った事にそう考える小集団———民族は無数にあり。
 対して大地は有限だった。

 人の数だけ信念はあり、人の数だけ正義もまた無数に存在する。



 今までは強大な支配者がいた。
 彼らの強制により、または彼らに対する反発心から、些細な考えの差異や動向は考える余裕が無かった。
 苦しくも、共通する強大な敵と認識したものがあれば、人と人は手を繋ぎあうのである。

 だが、もう違う。束ねられていた意思は再び個々に別れてしまった。

———些細な違いが気になる
 人の文明はいつだって序列とそれによる差別で成り立ってきたのだから。

———自分の正義にそぐわぬ行為が目端に映る
 それが相手にとっての正義だとしても。

———重複した権利をめぐって闘争する
 それがたとえかつての支配者との口約束だとしても。

 かつて巨大な力へそろえ向けられていた力は、自分たち同士へ向ける無数の小競り合いの火種となった。



 人はやられればやり返す。
 目には目を歯には歯を。
 世界最古の罪刑法定を記されたハンムラビ法典に記載されている言葉ではあるが。
 実はその法典、身分によって処される刑が等価ではない。

 すなわち、相手が同等と思っていない場合は反撃が等価であろうはずも無い。
 それぞれが正義を掲げ。
 それぞれが悪を討つため。

 格下によるのぼせ上りを正すため。
 報復に告ぐ報復は絶えることなく連鎖し———
 人々は武器を手に神に祈りを捧げ。

 かつて自由を求め手を取り合った人々の大地は、お互いの血液で成り立つ程の、泥沼の地獄と化した。



 果たしてそこに、本当に亡国機業の関与がなかったのが、死の商人の介入が無かったのか、それは定かではないが———



 しかし、あまりに戦火が広がれば大国も動かざるを得なくなる。
 勝手に殺しあってくれるだけならかまわないだろうが、中東には貴重なエネルギー資源があるのだ。

 その採取が滞れば自国の経済に影響が出る。
 採取に行った自国民に被害が出れば民意にも影響が出る。

 もっともらしい理由を付けて、彼らは圧倒的力を振るいに舞い戻る。
———それすらも死の商人の企みか

 しかし、その後が大変である。
 もう支配は出来ない。表向きの道徳はそれに反する。
 心の底からそれを信奉するものも多いのだ。

 住民の反抗は、過去の事実からもより大きい。
 それで軍人に被害が出ればまた政権の支持率に影響を及ぼそう。



 地元民の反抗は———大国を悪とみなして攻勢へと移る。
 そしてこちらも泥沼だ。
 その被害は直接戦闘していないもの達にこそ牙を向く。
 それまで家庭で団欒を囲み、明日の情勢に憂いを抱きつつも自分だけは大丈夫に決まっている。幸せはやってくる。と信じるものにこそ。
 それが瓦解したとき———



 深遠の内からこちらを覘く破滅がそろりと手を招く。

 そんな———情勢であった。



 といっても、表向き中東の人々が大きく真正面から反抗する事は未だ出来ない。
 故に取っているゲリラ作戦に大国は手を焼いているのだから。

 一度起きた大規模テロから、大国の目はより鋭くなっていた。

 中東でならば兎も角、己の国土ではゲリラさえも実行不可。
 事実、なにも起こさせずにいた。



 これまでは。



 さて、視点を大国に移そう。

 とある大都市の森林公園。
 ボートの浮かぶ人工池を背後に、軍事介入を後押しした政治家が、自分の指示は正義であったと声高々に街頭演説に立っているときだった。

 ふざけるな、と。

 声が上がった。
 見るからにアラブ系の男性が憎悪に歪めた表情で政治家をにらみつけていた。
 彼は特にテロに参加していたわけでも、紛争地帯で銃を手にしていたわけでもない。
 町場の電気屋だった。

 しかし、僅かにそれた空爆により、彼を除く彼の愛した家族は一人残らず瓦礫の下敷きとなった。

 どれだけ対地攻撃の精度が上がろうと、攻撃対象の居所を掴む諜報活動が凄腕であろうと、絶対など、それこそ絶対には無いのだ。



———訂正しよう
 ゲボックや束でもない限り、絶対など存在しないのだ。



 政治家は、暴力に訴えそうな雰囲気の彼を、ゴミでも払うかのようにSPに命じて退去させようとした。
 実際彼に大事なのは自国民の支持率であり、空爆で他国の民がどれだけ人が死のうとも彼の昼食の味は変わらない。
 むしろ、空爆の事を演説中に喚きたてられ、自分の『正義』に支障をきたすのは困ったものである。家族の豊かな生活に支障をきたす可能性がある。



 正義と悪など、その程度だ。人と人、各人の度合いの差でしかない。



 治安のいい地では、権力がそのまま腕力だ。

 SP数人掛りで組み伏せられる。
 暴れられれても、こちらは訓練をつんでいる。武器を持ち出されればSP側の有利はさらに増す。鎮圧に対する攻撃力の楔が取れるからだ。
 それに市警に対する言い訳など、それこそこちらに発言力があるのだから。



 本来なら気の良い、近所でも評判な人柄であった電気屋の主人は。
 家族を空爆で奪われた、お前は人殺しだと叫ぶ彼は。
 このまま取り押さえられ、臭い飯を食う羽目になるだろう。

 だが、常識離れした圧倒的力というのは、あっさりそれを覆す。



 憎悪とそれに伴う殺意、自分も含めた殺害衝動により———

 とある数値が一定値を突破、彼の願望の本当に奥底、普段の彼からは想像もつかない程の攻撃性が噴出、その『願い』に従い、肉体が変貌を開始。
 全身に亀裂が入り、衣類を一瞬にして引き裂き、ひっくりかえって・・・・・・・・そのうちより覘く歯鋭い牙と爪。

 カラカル———猫科のシルエットを持ちつつ二足歩行で直立する異形を、3m程まで拡大させた鋼の魔獣が誕生した。

 後は、言うまでもない。
 ああ、これは何らかの演出なのかと、現実離れした光景は、人々を彫像へと変える。
 周囲を染め上げる真っ赤な血袋と化してアカイロをブチ撒けるSP達を見ても、誰も逃げ出さなかった。

「人殺シ共め」
 獣の口から人間の言葉が漏れた。
 だが、そんな夢物語の中でしか起きない出来事に、誰もが現実から思考を逃避させる。

———おめでとう、今この瞬間から、君もその仲間入りだ。

 全てを失った彼から、文字通り肉体さえ奪った者からの賞賛だった。
 しかし、通信で届いた嘲りには全く意識を傾けない。
 変身に必要なのは過剰な興奮と殺意、そして圧倒的強者としての自分のイメージ。
 <Were・Imagine>は精神観応金属を持ってそれを実現化させるのだ。
 さらに、脳に直接投与された獣化麻薬によって極度の興奮状態にある搭載者は狭窄視野に陥り、実に効果的なテロを行える。
 殺し方は引き出した生物の本能を用いるが故に。



 そして。
 対人武器如きでは、<Were・Imagine>は痛痒さえ感じない。

 権力にしろ、暴力にしろ。
 圧倒的に傾けば、種類の意味など、ありはしないのだ。



———この後の結果など、語るまでも無い。



 同様のことが、戦場でも起きた。
 砲撃の止まぬ、鼓膜を破らんばかりの号砲。
 さっきまで笑っていた戦友が、次の瞬間には人の形を失っていたりする。
 そんな極限状態では。

 本人すら仕込まれている事に気付かなかった者達ならば尚更、感情の危うい琴線を容易く打ち破り、変容へのきっかけとなる。

 戦場はまさしく地獄と化した。
 いったん変われ・・・ば、よほどの精神力の持ち主もなければ理性を保てない。
 敵も味方も関係なく、衝動のまま殺戮を続ける、本来の獣とも違うただの化け物。

 ただ、これは<わーいましん>ではない。あくまで<Were・Imagine>である。
 非常識な適応性も、極度の防御適性もない。
 当たれば、ロケット砲でも破壊可能。

 世の科学者などでは、この程度の再現が限界である。
 例え、ゲボックの提供した設計図があろうともだ。
 なにより、予算と言う世知辛い理由もある。

 ただし、ゲボックの改良した、一般人でも獣化適正者へ変異させる薬物のために、第六感は本物。
 弾丸や砲弾を、撃たれてから避わすそれらに攻撃を当てるのは困難を極めた。



 文字通り、正真正銘、命を投げ打たねば勝てぬ戦場が逆戻りしてきたのである。



 世界の軍事パワーバランスが大きく転覆される事となる。
 その、第一歩を飾る出来事であった。



 どういう皮肉だったのか。
 世界中に<Were・Imagine>の脅威が広まった大都市での事件は。篠ノ之束がISを発表した当日だったのである。












「うーん、どうしてちゃんとやってくれませんかねえ?」
「どしたのー? ゲボ君」
 ゲボックが転がり回りながら新聞を読んでいた。
 しかしその新聞は妙だった。
 たった一枚である。
 明らかに質感は新聞紙なのだが、定期的に紙面の文字が切り替わる。
 地上の情報を、ゲボックが望んだ時、望んだものをを映し出す印刷紙であった。

 ふぅ、とゲボックは束を見つめ。
「いえですね、この機械なんですけどね」
「ふんふん。あー、合衆国で暴れたあのメカだよね。前にちーちゃん襲ったのと一緒の奴。結局戦車2両ぶっ潰して戦闘機による対地爆撃で面制圧・・・だっけ? どうでもいいけど」

 その際、市街地でありながらやむを得ずぶっ放した砲弾で多数の死傷者が出た。
 第六感で避けられたからだ。
 苦しくも、その際の悲劇は、搭載者の悲劇の再現とも言えた。
 この事は、彼にとって復讐となったのか、それとも・・・。



「そうなんですよね。でもタバちゃん、一緒なんかじゃないです」
 珍しく拘りの一言を挟むゲボックだった。
 教鞭になっている義手をびゅっと伸ばすとぶんぶん振り回し、説明する。

「そうなの?」
「そうなんですよ! 何度言ってもボディに使う精神感応金属を『シンドリー』じゃなく『イヴァルディ』にしてるんです!! 確かに攻撃にバリエーションは増えますけど、これじゃミサイル一つでおじゃんじゃないですか! 他にも色んな所削って駄目駄目にしちゃって、せっかく小生が頑張って作った<わーいましん>じゃ無いですよこれ! どうしてくれるんですか!」
「・・・珍しく怒ってるね」
「設計図まで作ってあげたのにです!」
 これは小生が作ったものとは言えないです! と珍しくぶーたれているゲボックを面白そうにニヤニヤ見る束。

「ふぅん、やっぱりゲボ君が作ったんだ、この間のあれ。知ってたけどね」
「勝手に動かされて大変でしたけどね」
 この間、千冬を襲った<わーいましん>を作ったのがゲボックであると知られても気にも止めない。
 束ならば、知っていて当然だと、ゲボックは確信している。
 何故ならゲボックは束を尊敬しているからだ。



「そう言えば、今日のタバちゃんはいつもとちょっと変わってますね。それも可愛いですよ?」
「当然だじぇい、束さんの仕事は常に完璧であるのだよ、何故なら束さんが十全なる天才である所が故に!」
 にかーっ、と笑う束。台詞はいまいち理解不能だったが。

 現在、彼女は機械的なパーツで全身のファッションを決めていた。
 二個目のISコアでいつの間にやら作った二機目のISである。
 ただ、その印象はがらりと変わり、一体目のISとは真逆にする代物だった。

 白騎士は全身装甲の甲冑のようなISである。
 対し、このISはどちらかと言えば後の時代、多くの国が採用されたタイプに近かった。
 全身の要所にプロテクターのようにおざなりに取り付けられたパーツ。
 脚部はストッキングのように極限まで装甲を削られた、足のラインを表す物であり。
 腰部からはしなやかな、骨のようなパーツが伸び、前部を除いて傘のように半透明の皮膜が張られている。
 皮膜は光を屈折させ、七色に輝いていた。

 腕部は肘からがこれまた腕のフォルムを残す程に薄い装甲が展開し、掌はフィンガーレスグローブのように指が全露出していた。
 束曰く、感覚が鈍くなるから、だそうである。
 人の感覚を何倍にも鋭敏化させるハイパーセンサーを、よりもよって作った本人が否定しているのである。

 そして、最大の特徴が、途中からダウジングロットのように曲がった、兎の耳のようにも、昆虫の触角のようにも見えるハイパーセンサーと、背部に煌めく——————七色に光り、屈折させる蝶の翅のような非固定浮遊部位(アン・ロック・ユニット)であった。

 その姿はさながら蝶の妖精。
 従来なら、被弾面をわざわざ増やすような翅など取り付けない。
 だが———彼女は篠ノ之束なのだ。
 その形状が、彼女独自のセンスだけで成り立っている訳が無い。



「みんなのアイドル束さん~♪ ここにキラ☆ っと参上魔法少女~♪ いったいなんで~できてるの~?」
 先端がピンク色の蝶がくっついているステッキを振り振り、量子実体化。束は歌い出した。

「愛と勇気と夢と希望♪ そしてとっても甘ぁいお菓子でね☆ とってもチャーミィ美少女の、束さんは出来ている♪」
 くるっとステッキを舞わせば、束の背中にある翅と、同じ色彩の蝶がひらひら生まれ飛ぶ。

「一口齧ればさぁ大変♪ お口が蕩けるホッペも落ちる♬ だけど私はお安く無いの、お代はさあて♪ どのぐらい?」
 次々と生まれる蝶に取り囲まれ、束は歌いながら宙を舞う。

「夢と希望の魔法少女、ただただ甘い、だけじゃない♪ 実はピリッと隠し味☆ スパイスも♪ カチッとジャストに利いている~♪ とっても素敵な束さん。皆のアイド~ル束さん♪ 返品不能のプレゼント☆ 絶望だぁって、リボンでくるんで、低能、共に押し付ける♪ 魔法少女、フラット・マウンド・エレクトリック・バタフライ♡ ちゃん♪」
 最後のリズムとともにステッキを振り下ろす。
 無数の蝶の群れは灰色の砂地に溶け込み———大爆発。
「———ふぅ」
 粉塵がゆっくりと下降する。

 その爆発を見送る束は吐息一つ。

 何だか、彼女にしては珍しく意気消沈している風である。
 心なしか、頭部のハイパーセンサーも力無く垂れている様に見えた。

「どうしました? 何だか機嫌悪いですねえ、タバちゃん」
 今の無意味な破壊はストレス発散を兼ねていたらしい。『地上』から見れば、地表に新たな巨大なクレーターが穿たれている事に驚愕するだろう。


「躊躇い無く直球で来るゲボ君は素敵だねえ。さっき可愛いって言ってくれたからちょっと持ち直したけどやっぱ駄目駄目~」
「それはまたなんで?」
「せっかくこの大天才、束さんが一年もかけて精魂込めて作ったISを発表したのに、ぼんくら共が全く認めようとしなくてね。脳の構造が理解不能だよ! あいつら顔面に濁ったこんにゃくでも埋め込んでるんじゃないかな! 目玉の代わりに!」
「あー、ここ迄、頭の出来で差が付いちゃうと、どうしようもないですよね。頭悪いとタバちゃんの凄さも分からないようですし」

 ISを発表したその時。
 返ってきた反応は失笑だった。

 噴出機構を用いている現代、そこに提唱される『完成された』慣性制御飛行。
 物理防護しかない現在におけるエネルギー障壁。
 そして質量を情報化して質量を消し、格納する量子化。

 自らのプログラムを書き換える言語さえ出来ていないというのに示された———
 生体の特徴とも言える自己進化機能。



 そんな彼らからすれば夢物語よりも何より。
 現行兵器を全て凌駕する、などという。信じるのも馬鹿げている、もっとも証明しやすい事柄など。

 ともすれば冗談としか言えない超絶的技術の数々に、証拠を見せつけられても誰も信用しなかったのである。

 それも、ある意味仕方ないと言える。
 その発表の場に居たのは、未知を探求する筈の科学者と言えど、世のしがらみに縛られた、『社会の一員』だったからである。
 また、女性にしか扱えない、と言う所も大きかった。
 この時点ではまだまだ殺し合いは男の領土だったのである。

 人は成長と共に常識に対する反応が育まれて行く。
 言ってしまえば、『社会に適応し落ち着く』とは、思考のアルゴリズムが均一化して没個性化する事を意味している。
 嘆かわしい事に、社会とは均一化された人材を用いて管理を容易くし、その事により役割の分担を拡大させて行くものなのだ。

 時折発想を転換し、突出するものもまま生まれるが、それもあくまで『常識』の範囲内、あまりに奇抜な個性は社会の歯車から弾き出される。
 これはまっこと世間の生理的反応で有ると言える。

 束やゲボックはまさにその筆頭。
 常識を置き去りにし、超加速で突き進む先進波。

 例え科学的に可能であろうとも、現段階では途方もない発展の先の技能ならば。
 事実不可能とみなす。

 それが常識だ。

 だが、そもそも常識の認識は大多数のものでしかない。
 真実そこには現実があるというのに。

 大多数の印象と言う形で縄張りから追放される。
 俗に言う『空気』とは『常識』という目隠しで現実からさえ目を背けるこれを意味し、その効果を向けられたものは実にその場にいずらくなる、結界としての効果を有する。

 この様にして異物を排除し、社会は己を防護する。
 一個人など、これに抗う術は無い。
 社会生活を営む人間種が何千年も前から構築し続けていた手法でありシステムであった。



 理由はそれぞれ違えども、自分の発明が思ったとおりの効果を発揮しない事にちょっと落ち込んでいる天才達であった。
 社会とは異端を排するシステムであるためである。

 古来より、『社会』を貪り塗り替えるのは、常に外から持ち込まれたより強い『社会』であり『より強い外の常識』でしかなかったのだ。

 常識とは超常的なものが駆逐され尽くした現代における信仰であり。

 かつてとは異なり、地球と言う天体のほぼ全てが『常識』を伝達する手段で繋がっている現代では、それこそ遊星の彼方からの持ち込みでもなければ世界的な『常識』が打破されることは無いのである。
 あくまで矮小な『個』の力では、圧倒的『社会』に勝て様も無い。
 そういう『信仰』なのだから。



 だが、ここではそのあり得ないが呼吸のように巻き起こる。

 前言を繰り返そう。
 如何なる種類のものであろうとも、その力が圧倒的なものであるならば、全く意味を為さないと。

 ヒトのみが持つ力———開発力。

 発展がさらなる発展を呼ぶその力で、社会を食い破る『個』はすでに一つ誕生し、そして、もう一つの『異物』はとうの昔に紛れ込んだ。

 元々、それぞれ単一でさえもそれを容易と成し遂げられるにも関わらず———

———あり得ぬ混ざり合いは起こり、既にいつでも世界を圧倒的に蹂躙出来る程に反応を起こしてしまったのだと言うことを




「そうなんだよ、全く困ったもんだよ。現状に凝り固まった石頭はこれだからいけないんだよ。ねえ、ゲボ君ならこういう場合どうする?」
「褒めてくれそうな人の方に行っちゃいますね、興味ないんで」
「ゲボ君は大人だねえ」
 何処がだろうか。ゲボックはこう言っているのだ。理解してもらえない相手には興味が無い。持ってくれる所に行くだけだ、と。
 相手に理解してもらおうとする姿勢が全くないのだ。
 だが、その態度でさえ、束にしてみれば大人な対応であるらしい。

「この私、天才足る束さんの叡智を濁り切ったその眼に映すことができるという、最高に幸運に恵まれた機会があるというのにだよ! それをないがしろにするとは何たる事か! 見ないというのなら顔面取っ捕まえて無理矢理にでもこんにゃく眼球に焼き込ませてあげるんだよ! 今なら味噌塗りつけて味噌焼きこんにゃくだぞ!! ふはははっ」
「さすがですタバちゃん! おぉ!? ということは今迄余す事無くタバちゃんを見て来た小生はとっても幸せ者という事ですね!」
「そのとぉり! 宝くじ一等前後賞なんて目どころか鼻でも口でもないのだ! ゲボ君はとぉーってもハッピィだね!!」



 ここに、ブレーキたる千冬は居ない。
 なんというか、まともな会話を求む物は不要である。そんな感じの会話だった。



「ねぇ、知ってる? 前ゲボ君に10人の小人の話を聞いたからお返しにこの私のプリティな恰好、エレクトリック・バタフライについて」
「ん? なんですか? 是非とも聞いてみたいです!」
「蝶は昔からね、『兆し』を象徴するんだよ? 蛹から孵るとこから『変化』を意味するものでもあるし」
「よく夢の題材にされたりしますね」
「私は蝶の夢をみているの? それとも私が蝶の見ている夢なのかな?」
「それが一番有名ですよね。まぁ、小生は大して気にしませんがね」
「ほえ? どうして」
「小生は小生がなんであろうとも、ただ、楽しく科学してるだけでしょうから。まだまだ世界は未知なる事だらけで、きっとまだ見ぬ発見がわんさかとあるのでしょうし」

「ふぅー・・・ん・・・」
 それを聞いた束は視線を宙に彷徨わせる。
 再び七色の蝶を生み出しては突ついたり、破裂させている。
 何だか勢いやら指向性やらの行き先を見失ったかのようだった。







「ねえ? ゲボ君は自分の作った物で、沢山の人が不幸になる事を、どう思う?」
 どれほど沈黙が過ぎた後だろうか。
 束は珍しく、真面目な口調で呟いた。

「道具は、使う人次第じゃないですか? 道具は道具。そこに意志はないんです。使い方まで作る方が一々悩んでたら、何も発明できないでしょ? 列車を動かす蒸気機関だって、人を轢き殺したり兵力を運搬できるようになって、どれだけ人が死んでると思ってるんですか?」
 ゲボックの回答は単純明快だった。
 自分達に責任は無い。
 もしあるというのなら、それは進歩への冒涜であると。

「だよねえ、うん。そうだよねえ。一々、その他の事なんて考えてられないよね?」
 同じ意見なのは嬉しいね、中々そう言ってくれる人は居ないんだよ、興味無いし。
 束は後ろに手を組んで微笑む。

「そもそも、小生は楽しく科学できれば良いんですから、どうでもいいんですけどね?」
 結論は同じ所に辿り着く。しかし、二人はその過程が大幅に違った。



 己が科学は身内の為に。それ以外がどうなろうと、ちーちゃんが心を痛めないのならばそれで良い。

 己が科学は次なる科学の探究の為に。その過程で出て来た『副産物』は称賛の為だけに。余談で、自分が感謝している人が笑える為に。



 その事はお互い理解している。
 誰よりお互いを理解している。
 だが、対立は無い。
 共通すべき守るべき物が同じであるのだから。
 その善意が、善意の向かない方全てへの悪意以上の悪意となっても。



「でも、ちーちゃんがねえ」
「ああ、フユちゃんですか?」
「アレを作ったの、ゲボ君だってもう言ってるから」
「フユちゃんもすぐに気付いたと思いますよ?」

「ありゃ? そう言う事気にしないのか」
「怒られたら謝りますよ、そりゃね。でも、<わーいましん>で実験したの小生じゃないですから」
 使ったのが自分でなければ責任が無いと結論づける。
 それがゲボックの結論だった。

「うん、うん」
 束はそこは同意だった。この話題を出したのも、千冬が関わっている故にすぎない。
「タバちゃんこそ、実験した人達に色々したでしょ?」
「そりゃあもう、あんな不細工な実験しか出来ないものなんてこの世に要らないからねぇ」
 裏で手を回しておきながら、堂々と束は宣言していた。
 その上で言っているのだ。
 あれだけお膳立てしやったのにあの程度だったのか、と。

 そして、この時の束はこうも考えていた。
 死者が出れば千冬が悲しむ。
 ならば、死ななければ良い。
 命を奪ったのが、束のせいでなければ良い と。

 その結果が獣化麻薬による永久完全獣化である。
 考慮していないのだろうか。
 世の中には、死んだ方が遥かにマシと言う事があるという事を。

 さらに。
「まあ、人死にを出さない、と言う事柄も、フユちゃんの命が関わるならばその限りではない、とは小生たちで決めましたし」
「そうだねえ。例え嫌われても、これは必須だね!」

「・・・その考えだと、そのうち世界そのものが要らなくなっちゃうかもしれませんね?」
「・・・あながち外れてないから困るんだよね、ふふふっ」
「小生達は何だって出来ます。何だって作り出せますよ? だけど」
「ちーちゃんは色々残したい物が沢山あるみたいだし」
「タバちゃんも、箒ちゃんにでしょう?」
「うんっ」
 満面の笑みを浮かべる束。彼女にとって『愛すべき』家族は、箒だけだから。
 この点は、千冬と同じと言えた。

「まだ世界は必要だ、という事ですか」
「そう言う事にしよっか?」

 くるくる、ふわふわ、束は白い砂が舞う大地に降り立つ。
 着地と同時にふわり、と砂が舞い、重力六分の一の世界を浮遊する。

「ねえ、ゲボ君?」
「・・・なんでしょ?」
「お願いがあるんだけど、乗る?」
「丁度良かったです。小生も、ここでお願いしたい事がありましたので。お互いお願いして、貸し借り無しって事でどうですか?」
「へえ、いっつも何も求めず何でも聞いてくれるゲボ君がそう言うってことは、相当大事な事?」
「はい。小生の人生掛かってますよ? これ」

 空中でぐるぐる新聞を読み回っていたゲボックの背後から、二匹の銀色が顔を覗かせる。
 それは、人間大程のウサギだった。
 ただのウサギではない。
 それを形作る装甲はあらゆる現行兵器による一撃でもへこむ事すら無く、いっぽう、口から放つ加工レーザーは人類のあらゆる防護をあっさり切断する。
 この地の砂を食らい、ヘリウム3で稼働する月のウサギこと———シーマスシリーズであった。



 現在はこの地・・・———<月面>において城塞を延々と構築中である。



 シーマスシリーズはゲボックと束が友人となる前に開発された代物である。
 担当は束であったため、ゲボックが彼らに干渉するには束の承諾が必要なのだ。
 たとえ可能であっても、その辺断りを入れるようになったのは千冬の教育の賜物と言っても良い。
 
「おっけー! 束さんは了承するよ!」
「Marvelous!! 大感謝です! ありがとう御座います!!」
「で? なにするの?」
「その辺は秘密です! 出来上がってからの、と言うアレです! まあ、残り時間が半分になっちゃったのでちょっと焦ってました! 本当にありがとう御座います!!!」
 これだけ喜ぶゲボックも珍しい物だった。まあ、それは置いておき、率直に感じた疑問を問うてみる。

「時間?」
 首を傾げる束を尻目にゲボックは義手からミサイルを発射させつつ、ひゃっほうとテンションを最大にして重力六分の一の世界を跳ね回り。
「はい、後五年しかタイムリミットが無いんですよ!」
「気が長いなあ———束さんは出来る頃には忘れているよ?」
「ま、忘れた頃にって物です。すっごい実験結果(データ)を見せてあげますから、タイムカプセルみたいに待ってて下さい!」
「———ま、いいか」
「ええ!」
「それじゃあゲボ君! 地上に戻る前にちょっと最後に踊ろっか———ジャンルはズーク・ラブで」
「ちょっ、小生は踊ったりするのは・・・よりによってあのヨガみたいのですか!?」
 小生体堅いんですよ? と弱気なゲボックに束は覆いかぶさった。

「せっかく魔法少女と踊れる機会があるんだから、リリカル・マジカル・エレクトリカル・バタフライ!! レッツダンシング! なんちゃってー☆」
「その設定まだ続いてたんですかー!?」
 などと言うゲボックの悲鳴とともに、月面で天才の双璧は躍る。
 途中、ゲボックの体の各所からベキィ! とかゴキィ! とか。鳴ったのだが、それはゲボック以外誰にも分からなかった。
 だって月、空気無いから音伝わらんのだよな。
 ところで今更なのだが、宇宙空間での活動を主目的としたISを装着している束は兎も角、ゲボックはモロ生身で月面に居るのはどうした事だろうか。
 いつも通りの、何がこびりついているか分からない白衣を黒いインナーの上から羽織っているだけである。
 だが、問題は無い。
 『飲む宇宙服・錠剤、服用・宇宙服遊泳前3分、効果24時間タイプ』を飲んでいるのである。



 変異しつつある月面を監視していた月監視衛星カメラのデータを見ていた担当員の悲鳴が上がるのは数時間後の話である。
 ゲボックがテンションハイアップと共に発射した義手ミサイルが衛星を撃墜したのだ。
 最後に監視衛星が転送した映像に映っていたものは、月面を舞う鋼の兎達と束。彼女に手を取られ、限界以上に体を折り曲げられているゲボックだった。









 今現在、千冬の胸中に渦巻く混沌とした思考を別として・・・千冬に頭痛の種は無数あれども、発芽して双葉どころか本葉まで大きく広がってきて悩ませるものがあった——————それは、周囲の生暖かい不愉快な目である。
 周りは何故自分とゲボックをくっつけたがるのか
 『対特定狂乱対策係』の腕章を見る。
 うん、周囲は、この———歩く狂乱———に人に一生縛りつけ、自分らは安穏とした世界を謳歌せんとしているのだ。なんとしても阻止しなければ・・・あぁ、殺意が満ち溢れる。

 何故だろうか。順調に外堀が埋められている気がする。
 最悪のカウントダウンが響いているような気がした。



 まったく以て、アイツ等の起こした惨事の収拾で一生を費やすのは御免だった。
 そう思いつつも千冬はゲボックを男として値踏みしている事に気がついた。

 見た目はいいだろう。
 善性もよし。
 なんだかんだで気に入っているのは認めよう、自分も大分酷い目にあっているが、救われた事も多々あるのだ。
 ただ、あの馬鹿は己の性質とは関係なく、善悪の判断を自分でしない。

 なにより、普段の言動が●●●●だ。
 こんな奴に好意を抱くのはよほどの人格破綻者・・・。

 脳裏にちーちゃーん! ぬわっはっは!! と豪快に笑う人格破綻者が爆誕した
 逆説的に人格破綻者が出てきた千冬を責められるものはいまい。

 まさかなあ・・・。
 あと、回想の中で踊るな歌うなバック転しながら前進するな、蛹になるな脱皮するな、隕石を止めるでウィリスと言って宇宙目指すなおい、結局「愚民共め、束さんが手を下す前にとく自害せよ」
 あー、自分が落としているし。何処の英雄王だ。

 黙れ暴走した己の妄想。

 あいつに限ってそんな凡庸な感情を・・・それはある意味精神疾患と同じだよーとばかりに笑い捨てていたので、まさかとは思うが、今迄、あの二人が揃うと色々2乗倍になって荒れ狂うし、騒動を鎮めるのも死物狂いにならざるを得なかったなあ・・・ああ、余計な考えで涙が出てきた。

 しかし、こういうときに限って嫌な予感が当たると、統計がうたっている。
 そう言えばあのクサレ両親が失踪した時なんて、朝目覚めたら黒猫が窓の外でチューチュートレインをしていたのだ。虫の知らせにしては何の冗談かと思ったものだ。

 後日、ゲボックが仕込んだことが発覚して覚醒した千冬の剣技に超究●神覇斬が加わったのは余談である。天●龍閃だって間近かもしれない。
 なお、前者は第一回モンド・グロッソの決め技になるのをこの時、まだ千冬は知らない。
 零落白夜を全方位から滅多斬りで食らった決勝相手の心情に皆、さぞ同情できるだろう。



 これだけは外れて欲しいと切に願う。
 この血が統合されたらどんなハイブリッドが生まれるか分かったものではないからだ。

 ダーウィンに心の中で怨嗟を届け、ああ、こんな感じで科学者が出てくるのは自分も毒されてきたんだと諦観が出てくるが、呑むと沈む、堕ちる。際限なく。
 それだけはいけない。

 なお、遺伝の法則はダーウィンでは無くメンデルである。
 いや、合ってるのか?
 進化(種の淘汰)的な意味で。






「ふぅ」
 千冬は大きく息を吐いた。
 現在の問題に、意識を戻そう。
 心なしか、その吐息も手も震えている気がした。
 実際、流石の千冬も緊張していた。

 これより、自分達は世界の秩序に挑むと言っていい。
 彼女には、これ以上ゲボックの手を血で汚させないという目的がある。
 それ以上に千冬の両手がゲボックの血で染まってるんじゃないか? という意見は置いておこう。
 誰だってゲボックと同じ目にはあいたくないのだ。

 海岸を望む展望台に辿り着き、腕章に手を掛け取り外す。

 あぁ、苦笑が洩れる。
 ついに自分も、狂乱を起こす側に回ってしまったか。
 彼女の相棒は、すでに待機状態で身につけている。
 ふむ、この潜伏性はあの狼男に通じるかもしれんな、などとこの場では意味のない事を考え。



 だが、世界情勢で聞く、鋼の獣による事件を見るたびに、胸を絞り、息を吐き尽くしてしまいそうに苦しくなる。
 千冬は、ゲボックが妙な物を作るたびに迷惑を被って来た。
 だが、その対処に躍起になっているときは、普段一切消えない不安感がぬぐい去られていた。
 両親無き状態で一夏をきちんと育てられるのか。
 自分はちゃんと姉をやれているだろうか。
 いつも悩む。
 千冬は人が思う程剛胆ではない。そんな苦しみで潰されそうになった事など何度もある。

 真実、それを察している・・・あの嘘の吐けない幼馴染みは、千冬を楽しませるためにわざわざ開発するのだから。
 それだからこそ、千冬や束の関係ない所では善悪の判断を全くしない事に対して、なんとかしなければならない。
 アイツの頭脳から生まれた数々の発明で、人々の血を流すニュースを見るたびに苦しくなるのだ。
 ああ、一夏、気付いてくれて労ってくれるなんて・・・・・・お前はいつもお姉ちゃんを見ていてくれたんだな、本当に———本当に優しい子だいや、本当に。婿になどやらん、嫁などとらせん———ではなく。
 ゲボックに兵器開発を依頼する事そのものをばからしいと言わせ無ければならない。
 圧倒的に驚異的に、究極を世界に知らしめなければならないのだ。

 すぅ、とあくまで自然に息を吸う。
 それを丹田———下腹部に落とす。

 吸気を腹の内で循環させ、倍の時間を掛けて、静かに口から呼気を吐く。

 それだけで落ち着けた。
 我ながら色気の無い精神統一法だ。
 女ならキチッと切り替えたい物である。



「ちーちゃんちーちゃん、ねぇねぇねぇねぇ! もーしもしもしモシン・ナガン?」
 いきなり耳元から束の声が聞こえて来ても、千冬はもう、動揺していなかった。
 横目に見てみれば、空中に窓のように映像が浮かび、束がニヤニヤしていた。
 当時、空中投影ディスプレイなんてものもSF内にしか存在していなかった。

 そう言う千冬も、以前思念通話迄やっていたから、これぐらいはやるだろうと安易に考えている時点でアレである。
 投影機械が何も無いと言う常識はずれの事実にはまだ気付いていない。
 何から何迄ブッ飛んでいる幼馴染達である
 ふぅ、と軽く嘆息するとディスプレイに向き合うと頭をかく。

「・・・誰が最強のフィンランド人愛用狙撃銃だ。で?」
「お馬鹿なお偉いさん方は皆頭を抱えてるぜい! 束さんのISならこんなときの対処法も一から百までぜぇーんぶナウローディングできるのにね。ふふふ、それにしても諜報関係が甘過ぎるよ、束さんが何もしてないのにこの異常事態が一般家庭にまで漏れちゃった」
「・・・余計な心労を関係ない人にまでかけてしまうな」
 頭上から真っ直ぐ、日本を攻撃可能な全ての国が撃ったミサイルが降って来る。なんて知ってしまえば、その恐怖は計り知れない。
 直撃すれば無意味だと、例え分かっていようと家の中で皆身を寄せ合っている事だろう。
「いやいやー、しずちゃんも言ってたでしょ? 分かってがっくりと来るエイプリルフールより、分かってホッとするエイプリルフールの方が良心的だって」
「ネコ型タヌキロボットの話なんて持ち出すな」
 ヒロインまで主人公の少年を騙そうとしたときの台詞である。
 ゲボックが山口にまた漫画を借りているのを後ろから見させてもらったのだ。
 名作はいつの時代も素晴らしい。
 しかし、あの漫画・・・実現されたらかなり危ないものもあるのではないだろうか。
 地球破壊爆弾なり、独裁スイッチなり。

「だいたい、嘘ではないだろう」
「ミサイルが来るのはね? でもミサイルが当たる、というのは嘘になるでしょう?」
「嘘にする。それだけだ」

「さっすがちーちゃん恰好良い! それじゃあ、カウントダウン行っくよ! 10! 9!」
「・・・『白騎士』———いや、起きろ。『白雪芥子(しらゆきげし)』!!」

 束のカウントを無視して量子の輝きが瞬く間に千冬を包み込んだ。
 顔を口元を除いてバイザー型ハイパーセンサーが包み込み、全身装甲(フル・スキン)の装甲が全身を覆い尽くす。
 その姿はさながら中世の騎士のようであり、剣を主武装とする千冬に相応しいと言える姿だった。

 そして、白雪芥子とは、千冬が付けた白騎士の名である。
 白騎士という名は束が開発コードで仮に付けた物にすぎず、また、後の世にその威容が中世の騎士のようだったから呼ばれ、通称になっているにすぎない。
 そもそも、千冬と束が関わるISは基本、春の花の名が付けられている。
 この白雪芥子を始め、暮桜、そして赤椿など、その法則に沿っている。
 唯一異なるとすれば白式だが、これは倉持技研で開発された事と、白騎士の名をもじってつけられたからだという経緯があるためだった。



「あぁん! 酷い! ちーちゃんのいけずぅ! 束さんはいじけて灰の三番と一緒にいっくんをおっぱいではさんで誘わ———こわいこわいこわい! ちーちゃん怖い!」
「黙れ」
「サー・イエッサー!!」
 投影されたディスプレイに言葉では表せぬ千冬の表情に何を見たのか、珍しく素直に従う束である。
 なお、この時すでに束の胸部装甲は中学生とは思えない程発達していた。一夏ぐらいなら簡単にその中に顔を埋める事が可能な程である。
 箒も似たような成長を辿った所を見るに、篠ノ之の血の系譜はホルスタイン因子を内包しているに違いない。

 いっくん、逆セクハラ、ちーちゃん危険。
 アフリカの原住民のような覚え方(偏見)をした束は量子還元したハンカチをフリフリ。
「いってらっしゃ〜い」
「ああ———」

 PICを起動して白雪芥子は飛翔。
 ステルスを全開にし、それでいて一直線に目標、海上沖にむけ千冬は全速力で空を駆けだした。



「さて———」
 千冬に繋がらないように回線調整、束はもう一人の幼馴染みに向け、通信を送る。
「おおっ!? 小生も出ていいですか? いやいやてっきり置いてけ堀食べちゃったかと戦々恐々でした! まぁ、悪性の劣化商品を一挙に処分する機会ですし、好きにやらせてもらいますね」
「ん! 束さんももうちょっと各国に輸血して血の気を増やしてもらうとするよ。犬を噛ませるには、もう少し飢えさせてお預けしないとね。そうそう、ゲボ君、好きにやったらいいよ、て言ったけど、たった一つの条件、覚えてるよね!」
「もちろん覚えてますよ」

 二人は視線を絡ませ、そろってニヤァと口角を吊り上げる。
 その様子を見ていたのなら、千冬はこめかみにはしる疼痛に悩まされた事だろう。
 絶対、碌な事にはならないと。

「「ハデにやれ」」
 二人は口を揃えて宣言し、その後、ヒャハハくふふと笑い出す。



 そしてそれはズバリ、的中する。



 迫り来るミサイルの群れ。
 防衛の要達は迫り来る死に抗い、ミサイルの動向をギリギリまで知るべくモニタリグしていた者達——————
 または日本がどんな反応をするのか注意を向けていた各国は————————————

 唖然とするしか無い。

 観測機のカメラを通し、その姿を認めたものは、者達はその威容に釘付けとなったのだ。



 宙に佇む白き騎士、そうとしか表現できない何かが唐突に出現した。
 まぁ、それは光学迷彩を含め、周囲の一切からステルス技術で潜伏していただけなのだったが、誰もそれを解析する事は出来なかった。

 しかし、ミサイルと被我の質量差は歴然であり、立ちふさがったとしても不可避な紅蓮の蹂躙の未来予測を、人々に思わせた。
 だが、それとはまったく、逆に、それが何の問題だ? と落ち着き払った雰囲気で飛ぶ騎士に人々は驚愕する。
 その態度に、人々の印象は反転する。まさか———もしや、と。
 己の知能が、理性が否定するが、根源的な本能が安堵を呼び起こす———もう大丈夫だと。
 騎士は余裕しゃくしゃくに、ゆったりと故郷を焼き付くさんとする鉄塊のむれにまったく興味は無い———と言わんばかりにただ、ぼんやりとミサイルを『視認』し。

「いくぞ」
 驚いた。この声の主は女性であるらしい。
 が、超音速で流れる声など、誰も捉えられる訳が無い。
 そして一転。
 超音速域まで瞬時に超加速。騎士は飛んでいる状態から、宙を跳んだ。



 そして、開催される舞踏劇ははまさに圧倒的だった。
 一二二一発。
 白雪芥子の物理ブレードによって、文字通りぶった切られたミサイルの数だった。
 被我の相対速度、ミサイルを構成する物質の硬度、斬り払いから翻して自分を通り過ぎた、飛んでいくミサイルを雑作も無く追いつき斬り裂く。
 それを振るう千冬の関節に来る負荷は、彼女の人外ぶりを無視しても容易く破砕させる程の物だろう。

 見ている人間達の常識ならば。
 ISとは、人の存在を絶対否定する虚空で人があるための力である。
 その程度の慣性、負荷から人間を守れぬ物である筈が無いのである。
 さらに、その超速度での正確な状況判断。
 ISと人体とのインタラクティブな情報のやり取りは、ハイパーセンサーから送られて来る正確無比な莫大な情報を材料に判断、思考・実行を超速度で行わせるのだ。


 そして残り、一一二〇発のミサイルは。
 騎士の腕に———『コストやサイズを弩外視すれば、戦艦サイズで一時間1、5秒発射可能な傑物を作り出せる筈の荷電粒子砲』———を小銃サイズまでコンパクト化させた、本来有り得ぬはずの閃光によって薙ぎ払われた。

 よりにもよって、虚空より喚び出され実体化して、だ。
 量子化による質量の制御は、詰まる所、兵装の積載量と機動力のバランスを考慮する必要が殆ど無くなった事を意味する。
 取り回すときだけ、気をつければ良いのだから。



「馬鹿な———」
「Crazy・・・」



 誰もが思った。
 これは漫画かと。
 それ程に、常識を駆逐し尽くした喜劇。フィクションの中でしかなかった驚嘆の数々である。



 だが、ようやく脳がこれは現実だと判断した後の、世界の行動は素早かった。


 再び量子化し、荷電粒子砲を消した白騎士に対し、よりにもよってミサイルをブッ放させられた各国がその非常識な高機動兵器の分析、鹵獲、または撃滅するべく、部隊を派遣したのである。
 ミサイルのときは間に合わない、と言い訳をして偵察機しか飛ばさなかった彼らと同一とは思えぬ機敏さであった。

 まあ、理由は分かる。
 日本に行くミサイルと違って、この高機動兵器は今後、『単機』で自分たちの脅威になりうるからだ。
 国際条約など、それは食べられる物なのですか? と言わんばかりにわんさかと戦力を送り込んで来たのである。



「こうなるのは当然か」
 千冬が睥睨する周囲には戦闘機三〇〇機弱、見えるだけで巡洋艦七隻、空母五隻が取り囲んでいる。
 束がいつでも乗っ取れるのだろうが、上空には『公式上存在しない』衛星などが幾つもこちらから僅かにでも情報を得るべく様々な手段を講じている。
 それを逆に観測できるハイパーセンサーを持つ千冬にしてみれば、それは視線で全身を舐め尽くされているにも等しい不愉快さだった。

「殺さずに全て無力化する———」
「やっさしいねえ、ちーちゃんは」
「別に、そうでもない」
 その言葉通りに、千冬の手には消えた荷電粒子砲の変わりに物理ブレードが展開されていた。
 千冬に最適化された白雪芥子が、自ら構築した『雪片影打』である。

「殺しはしないが、屈辱には塗れてもらうしかないな」
「死んだ方がマシって? ちーちゃんもワルよのう」
 真逆な評価。当然、冗談なのだろう。相手が千冬なのだから。
 このようにころころと態度や意見が変わる、ふわふわと一定しないのが束の最大の特徴だった。

「五月蝿い黙れ———」
「うふふふふ、あーあ」
「・・・どうした?」

 束の雰囲気が変わった。
 ものすごく嫌な予感のする方へ。
 楽しんでいる。
 喜んでいる。
 そして間違いない。

——————嗤っている

「こんなお祭り騒ぎをやった時点で束さんは気付くべきだったのだぁ」
 実際何だか分かる筈なのに、やれやれと眉間に指を当て芝居臭く嘆く束。
 本当にタネが分かれば失笑物だろう。他でもない、束の仕込みなのだから。

「・・・いきなりどうした」
「ああああ! あれはなに? 古代から隠れていた大巨人? 虚数域に生息する多頁次元生命体? いやいやいや———」

 束がびしっと指を指した方を千冬も見た。

「———んあ? な、なんだあれはっ———!?」
 わざとらしく叫ぶ束の声はすぐさま軍用無線の全ての暗号をすり抜け、その場に居る全員にあらゆる通信経路を通して届けられる。
 その為、屋外を覗ける物はハッキングの事実に驚愕する前にそれを確認してしまった。
 そして、その非常識さに思考が硬化したのである。
 空母の背後からそれは接近して来ていた。
 全高約80m、人の形をした黒いシルエット。
 なんか目だけはよく分かる。
 分かりやすく言えば、名探偵コ●ンの、判明する前のシルエット犯人さんである。

 全身で匿名を表している巨人で———匿名?
 シルエットだが、豪奢な装飾が全身を飾り立て、背中には巨大な翼のようなオブジェも付いている。
 シルエットの分際で小林●子バリの舞台衣装で出現とは、自己主張激しすぎである。ンな匿名があるか。

 シルエットは———その場に居る全員の脳に直接、声を叩き付ける。



 「Marverous!!」



 ドリルとペンチの両腕を振り上げて。

「———分かってた、分かってた・・・ゲボックだと・・・」
 毎度の事ながら、一気に脱力した千冬だった。
 あまりの大出力思念波にこめかみに血管が浮いた。
 多分、頭痛のためだけではない。
「アイツめ、一体私がどんな気持ちでこんな事を———」
「ゲボ君が分かる筈無いって———」
「束・・・それはそうだがな」
「まぁ、ゲボ君の事だから、仲間はずれにされた事にはっちゃけて、色々用意して来たとか思ってみたり」
「・・・違いない」



 ゲボックは大演説を開始する。
「いやいやいや、こんな楽しいお祭り騒ぎに小生を誘ってくれないとは小生ちょっと寂しいですよ!? いやいやしかし、小生が参加しない訳には行きません! Marverous! 見れば日本を守った騎士と、肝心な事は押し付けて後からやって来たチキン鳥ちゃん(言語おかしい)共が群れてなんか二極化してませんね、恰好わるう? ひひひひひひっ、なぁんて!! そんな事無いでしょう? 今無能でも、貴方達は自分の国を守るために毎日、小生の思いもつかない程頑張ってるんでしょう!? 折角なんで気合と根性見せて下さいよ? でもまあ、そのVeryVery格好良い騎士相手にだと、大人と子供の戦争通り越して、お子様とワラジムシの戦争になっちゃうんで苛めどころじゃありませんしねえ・・・なぁんて! そこで小生は考えました!! ここにいる防人の皆さんに見せ場を作ってあげるにはどうしたら良いのかと! Marverous!! ンなぁんだッ! そこで丁度いい物があるじゃないですか! 小生が折角頑張ったのに、その特性を微塵も見習ってくれないで勝手に作って下さって劣化品が世界中にあるでしょう? ほらアレですよ! みんなあんな低俗品に危険な目に遭わされるなんて不愉快極まりないじゃないですかぁ? なので! 小生がそれら全部『ズバギュッぽん!』とリモコンして、ここに持ってきました! あの純白の騎士が一体だけ主役なんていやですよね? いや、小生はあの騎士超超超超超恰好良いから他どうでも良いと思いますけど。だから今日はみんなが主役です! 誰もが命がけで戦い、英雄の如き武勇伝を謳歌する! 隣のオトモダチが食べられちゃう事に怒りを覚え、その悲しみを乗り越えてさらに成長する! なんてMarverou!!! 見せて下さいね! あ? 小生? 小生なんて舞台前に出て来る解説前座の舞台裏です! 科学者はそれで良いと思いますんで! だってぇ、体動かすのはガラじゃないでしょ? はっきり言って面倒くさいですし。このように出てくるのは最初だけ、舞台劇の始まる前だけです! でも今日は派手にやろうと思うので最初だけ、こんなに着飾ってみましたァ?」
 それはもう溜まっていたものをいっせいに吐き出したようなはっちゃけ具合だった。
 止まらない止まらない、身振り手振りで暴れまくる巨体。脅威を通り越して滑稽だった。

「案の定か・・・」
「いやーいつも以上だねぇ、あはは(うーん? 煽りすぎたかなあ? 別にいいけど)」
 なんかとんでもなく興奮している。

 あと忍んでない、シルエットなのに忍んでない。
 今のを一息に喋ったのだ。上記の句読点は読みやすくするためである。

「今日は皆が皆主人公です! Marverous! Marverous!! Marverous!!! Marverous!!!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎゅいひひひひひ、あわはははっははははははははッ!! くふふふふふふふふふひひぃっ、ひひ、ひひ、ぐぎゃかかかかかかはひぐあはははははふぁいと! ふぁいと! はははははははははは来ますよ来るんですははははギヒヒヒィィィッ!! はははははッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 シルエットは体を折り曲げ、狂ったように笑い出す。
 いや、あまりの興奮に実際狂っているんだろう。
 まずい、あれは———あの鋼の人狼と戦っているとき見せた、ゲボックだ。
 笑い過ぎだ。コレはまずい。正気は、もうどうでも良いだろう。いや、良く無いが、普段から何見てるか分からないゲボックだし。だが、あまりに笑うと、唾液が器官に入ったりして、しばしば危険な呼吸困難や、様々な———

「ひゃははははっ! はははははははははっ、うごぉう!? うえ、うえ、うぷっ」
 あ、ほら言わんこっちゃ———
 あ、体折り曲げた。
 ちょっと待て止めろ、ここでそれは止め——————



「ごぉぉおえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ—————————っっぷぇ」

「「「「え・・・お、あ、おま——————っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」



 大巨人が笑いすぎて唾液気管に詰まらせ———うん、まあ、つまり・・・いっせいのーで・・・。

 特大ゲ●吐いたあああああああああああ!!

 千冬も含めて大合唱の大悲鳴である。
 さらに恐ろしい事に、このヴィジョンはゲボックが作った物であり、超高性能で超細密だった。
 まともに真下にあった空母に吐瀉物の滝(映像※実体はないよ)が降り注いだもんだから。阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。

 初めに正体を明かすと、これは巨大化立体映像装置『ディカポルク』である。しかし、映像を投影している媒介が空気中に散布されたナノマシンで、映しているものが、がらんどうの映像では無く、その内部までも精密に描き出し、さらには触る事こそ出来ないものの、すり抜ける訳では無く、感触無しで触れた状態を物理演算してシュミレート結果を元にリアルタイムで映像加工、本当に触れたように再現するのである。
 掬い上げると、映像が手に乗っているのである。
 誰もそんなおぞましい事しないが———

 無駄なところまでぶっちゃけ超リアルなのだ。

 臭いも触感も無いのに、気分を悪くするもの多数、また、臭いも無いのに貰ってしまう人々が続出し、さらにそこから二次、三次被害が拡大、本当に臭いを伴ってしまったためにリアリティが倍増、プラシーボどころかリアルタイムで精神汚染が拡大、恐ろしい事にこれで映像が直撃し、内部が●ロ動画で埋め尽くされた空母一隻が無力化した。
 一番特筆すべき事項、それは何より、立体映像こそオーバーテクノロジーであるが、被害拡大のメカニズムは至って現実的なものであった事だ。



 そんなこんなで、色々緊張感が台無しになったのだった。



「・・・あの馬鹿は・・・おい、どうした? 束・・・」
「ごめん、ちーちゃん、これもらう・・・」
「なぁっ!? 束ッ」
 わーいブルータス(お前もか)
「うぅ、もうだめ・・・うぷっ———」
「おい、ちょっと待て束、せめて通信切——————」



 ピ—————————
 (背景に花びらが散りばめられているBGMはエナ●ーフロー)
 ただいま、ご観賞の皆様と織村千冬様にとって、いちヒロインが●ロる光景と言う、精神衛生上、非常に不都合な事態が発生されております。
 誠に申し訳ありませんが、今しばらくの間、リラクゼーション効果のある映像と音楽を代わりにお楽しみください。







———事後・・・っていうとなんか嫌らしく聞こえますね(byゲボック)———

「いやぁ! 感受性の高い束さんは思い切り貰ってしまったよ! はっはっは・・・・・・あの、ちーちゃん、ごめんね?」
「この時ほど私はハイパーセンサーの高性能を恨んだ覚えは無いな・・・」
 なお、千冬は耐えた。ISの高感度の通信で、しかもISによって極限まで鋭敏化された神経が、細密に束リバーシブルを詳細を五感に届け、その上巨大な人から精神に直接そのイメージを送られているのだ。
思わず臭いを連想してしまった・・・だが、千冬は誇りとともに飲み込んだ。(少し酸っぱかった)それはもう、賞賛せずにはいられない凄まじい精神力だった。
 束よりは乙女回路が発達している自負があるだけによりいっそうだったのである。



「さて、気を取り直していきましょか」
(((お前だけだ・・・)))
 ゲボックのシルエットはドリル(左手)を天に突き上げ———

「んぅっふっふぅ、さあ!! 大空をごらんあれえ!」
 その言葉に、空を見上げられるものは全て空を見た。

 静かに昼に佇む白夜月の傍にそれはあった。
 明らかに、上空1、2キロ程にある『黒い月』
 いつの間に!? という全員の心の声が空気で読めているのか無いのか騒ぎ出す。

「群居集合欲求———を刺激して一まとめにして見ましたょ。駄目ですねぇ、作るプロセスを簡単にしたみたいですけど、搭載する中身の方も吟味しないと、こんな風に、一網打尽にされるんです」

 その月が。
「さあ! 皆さん頑張って下さい! パァティの始まりです!」

 爆散した。
 そして、その破片一つ一つが雨となって降り注ぐ。
 この際、一番被害が大きかったのが。空母だった。
 その巨体さゆえに、一番上空からの被害を被ったのだ。

 振ってきたのは卵のような砲弾だった。
 激突の衝撃でも一切変形することなく半ばまで空母の戦闘機離着用滑走路に食い込んでいた。

 そして、その『卵』が。
 直接変形する形に孵化し、次々と産声を上げる。
 猛獣の遠吠えを。

 それを見た軍人たちは戦慄した。
 現在、世界中にはびこる『鋼の獣人』。

 超音速の爆撃を、放たれてから躱す陸戦兵器。
 戦車の装甲など造作も無く引き裂き、かつて夜の闇が獣のものであった頃の恐怖を呼び覚ます、原初の恐怖。

 単語らしきものは発声するが、そもそも会話が通じる事は無い。

 それは彼らが単一の衝動に塗りつぶされているからだ。

 どこの国にも消える事は無いが、殊更弱者にとって地獄極まりない国ほど出現数が多く———特に検体として適性を有するものが多く出る温床である独裁国家や紛争地帯出身者であるため———

 その脅威をよりいっそう理解していた。



「言っておきますけど、それを作ったのは小生じゃないですよ? 小生はそれを操ってまとめて持ってきただけですから。せっかく世界中の稼働中のもの全て持ってきたんです。今頃世界はその分平和になって安心ですから寧ろ褒めてください!! さあ、頑張って処分して下さいね? それだけ武器弾薬満載してきたんだから使わないと勿体無いでしょぉ?」

「ゲボック・・・」
 今回の作戦、最悪の形で、よりにもよってゲボックに切り返された。

 無数の戦闘兵器による乱戦。
 どれだけ被害が広がるか分かった物ではない。

「さあ立ち上がるのです勇者達よ! 本当に必要な時に出て来れなかった役立たずのままで居たく無かったら、世界の敵を倒したほうがいいですねぇ、今度こそ、価値無しと思われたくないのなら———」

「だまれ!」
 千冬は飛んだ。
 一息にトップスピードまで機体が乗る。
 スラスターが放出したエネルギーを機体内に再吸収、圧縮してPICの推力に上乗せる事で、それまでを遥かに凌駕する加速を叩き出す。

 IS戦に於いて、千冬が対戦相手を圧倒するために得意とした瞬時加速(イグニッション・ブースト)、その無意識の会得だった。
「うおおおああああッ———!」
 今すぐにでも艦橋の水兵に食らいつきかけていた虎型の<Were・Imagine>は、瞬間移動と見紛う程の速度で死角から通り抜け様に横一閃で胴体を両断された。
 超速度で斬り飛ばされて宙に浮いた後に一拍遅れ、虎の肌。千冬の方に無数の眼球が発生し、体毛から刃を生み出して迎撃する。
 だが、その刺突が千冬に到達する前に『雪片影打』がくるくる回って定まらぬ虎の頭部からへそまで唐竹割りに両断した。
 すでに生体が殆ど置き換えられていたようで、脳の形をしたナノマシンが集合して擬態している左脳と右脳に断ち切られていた。
 
 あれだけの超加速の慣性を完全に中和、その際のG圧を再度『瞬時加速』の要領でエネルギーとして吸収剣を振り下ろす速度に加えたのだ。
 斬撃が直撃した部分以外はあまりの衝撃で木っ端微塵に吹き飛んでいた。
 ・・・成程。劣化品である事は確かか。
 以前、千冬が戦った人狼型ならば、最悪第二、第三の脳を構築していてもおかしくない。
 そもそも、頭部に脳が収まったままでは無かったのだから。

 今しがた斬り捨てた相手は既に完全に機械になっていた———とうに死んでいた———という自分の言い訳を自分で握りつぶして。
 決めた。
 全員は守れないだろう。
 だがしかし———私は、一人でも数多くの人間を守るために、この元人間達を殺す。
 ゲボックがなんと言おうとも、これらはゲボックの発明なのだ。
 私の手を血で染めようとも、ゲボックを無知の殺戮者にさせるつもりはないのだと。

 振り下ろした剣をそのまま叩き付ければ、この移動エネルギーが追加された一閃では空母に致命的なダメージを与えかねない。
 ならば同じだ。
 この慣性も———『食らって』中和の代えとする。PICの慣性制御を全力で加速だけに割り振る。

 そして推力へと変える。
 超高速移動に於いて、まき散らす筈のエネルギーを、斬撃として必要最低限な分を除き再吸収して行う一撃必殺、連続再アプローチ次敵撃滅法。
 第三世代のISが開発されてもなお、誰も成し遂げられぬ、異形の『効率を極限まで最適化された連続瞬時加速』、一対多の極地であった。
 初めて『瞬時加速』を使ったとは思えない技術会得速度である。恐るべきセンスとしか言いようが無い。

 慣性が無くなったため、剣が水平の位置でピタリと固定され、突撃。
 次の熊型を衝撃で木っ端微塵に消し飛ばし、その反動さえも一切登場者保護機能やシールドを減じさせる事無く自然に再活用、次の瞬間にはヒヒ型の額を水平にスライスしていた。

「な・・・な、な・・・」
 それを見ていた空母の水兵達は、自分たちの命の危険も忘れてその姿に見惚れる事しか出来なかった。
 方向転換時に一切止まらぬこの『瞬時加速』は人間の目には殆ど映らない。
 だが、空母の滑走路上などを縦横無尽に駆け回る『白雪芥子』は日光だけは銀色に反射し、その移動速度からか、乱反射させた光で一面を明るく埋め尽くしていた。

 その姿はあまりにも。
「・・・美しい」
「奇麗だな———殺されても良い」
「同感だ」
 見ている者達に、圧倒的強者に対する捧身の意さえ抱かせる程だった。

 さらには、衝撃波を生むエネルギーまで『再瞬時加速』に用いているため一切人を巻き込んでいなかった。
 空母に取り付<Were・Imagine>を全て撃破までに掛かった秒数は30秒。

 艦上の誰もが言葉を失う中、千冬は艦長の前に瞬時にして出現。
「艦を退いていただけませんか?」
 ただ一言伝え、再び瞬時加速で次へ向かった。



「凄い! 凄い凄い凄い! さぁっすがちーちゃん! まさかこんな使い方をするなんて束さんも思いもしなかったよ!」
 モニターしていた束は両手を上げて興奮していた。

「本当に鎧袖一触って奴ですねぇ、これは凄いです!」
「あれ? ゲボ君こっちに居たの?」
「ええ、あっちにはうちの子に行ってもらいましたので」
「あー、生物兵器」
「そう言う事ですょ。さて、これならもうちょっとやっても良いですよね」
 天才達は殆ど動かない。
 動く事無く全てを支配可能としているからだ。
 篠ノ之家の玄関。
 ゲボックは白衣からキーボードを取り出し、ドリルとペンチの両手で器用にてちてちタイピングを始めた。

「さてさて、社会性でも足してみましょうか。先程まで群居集合欲求を刺激していたからいい結果が出るでしょう」
 ゲボックの言う社会性とは、社会性昆虫のそれを意味する。

 つまり。

———警告! 超長距離狙撃の兆候を感知
「なに?」

 『白雪芥子』の警告に従い、身を躱す千冬。
 そのすぐ横を、電磁加速された金属塊が超音速で通過する。

 そこにさらに、航空機がミサイルを撃って来る。
 何を勘違いしたのか、千冬まで敵と勘違いしたどこぞの軍が攻撃を仕掛けて来たのだ。
 さすがにその程度では、ISの装甲には傷一つ付かない。
 シールドバリアーは健在である。
 まあ、それ以前に千冬ならば、当たらない。
 しかし、迂闊に反撃して落す訳にも行かない。
 中の搭乗者を殺さずに無力化させる事も可能だが、下には<Were・Imagine>がウヨウヨとしているのだ。
 わざわざ餌をくれてやる訳にも行かない。

———が、邪魔だ
 効かなくても、体勢ぐらいは崩れる。
 直撃ならば、エネルギーも減る。

 それに今、レールガンらしき狙撃があった。
 一体どうやって・・・。
 ゲボックは集めて捨てただけと言った。
 ならば、改良されていないこいつらにあんな攻撃をするエネルギー量も知能も無い筈だが・・・。

 その通り、その時点・・・・では。
 まあ、プログラムに干渉しただけである。

 千冬は見た。

 千冬に攻撃して来たため後回しにしていたある空母が棒のようなものを突き出している。
 さらにそこから両腕のようなものを伸ばし、空母の建材に・・・噛み付いている?

 千冬が注意した事に気付いたのだろう、ハイパーセンサーがそちらを画像拡大してバイザーに映し出す。
「何・・・?」
 それは、砲へと変形した一体の<Were・Imagine>だった。
 それは何となく分かる。
 何度も非常識な変形を見せられた経験のある千冬にしてみれば、大砲に化ける事など、たいして物珍しくは無いのだ・・・が。

 そこから伸びる両腕のようなものは、それぞれ『別の個体』だったのである。
 三体が合体し、腕のようになっている二体が空母の建材を食って弾殻へ形成、砲塔が・・・いや。
 ハイパーセンサーが捉えた情報はそれどころではない。
「———原子力炉に取り付いて直接エネルギーを・・・!!」
 確かにそれだけのエネルギーがあればレールガンなど雑作も無い。
 三体どころではない数が融合して出来上がっているようである。
 しかし、それぞれが単一の作業をする結果、総体が単一の個体となり、一つの機能を維持するなど、今までとは違いすぎる。
 これは、獣というより、蟻や蜂などと言った社会性昆虫の活動だ。

 次弾が放たれた。
「分かっていれば雑作も———くッ!!!」
 レールガンがカーブ・・・を描いた。
「曲がるだと!?」
 さらに連発され放たれた一撃はホップを描き、何とか回避した千冬を先程から虎視眈々と狙っていた戦闘機をあっさり貫通、爆砕させた。
「なんっ、しまったッ———」
 理屈は単純だ。
 野球の変化球と同じである。
 弾殻に特殊で猛烈なスピンを掛ける事でジャイロ効果等を発生させているのである。
「仕方が無い——————ホーミングレールガンを獲得する前に潰してやる!」
 さすがにそれ程の精密追尾機能は無い。
 だが、逆を言えばいつ進化し、獲得するのかもわからない。
「何処が———欠陥品だあの馬鹿が!」

 難敵たる空母半融合型へ向け、千冬は降下した。






 その結果。
 さすがの千冬も全力を使い切った。
 体力的になら、まだ余裕がある。
 されども、精神力の方は極限まで削りきられていた。



「はあっ・・・はぁ、はぁ・・・くっ・・・うぅ———」
———<Were・Imagine>の全機撃破を確認、お疲れさまです。
「ふぅ、ふう、はぁ・・・やっとか」
 白雪芥子の報告に力を抜いた千冬。

 周囲で無力化された空母、巡洋艦が黒煙を上げている。
 戦闘機は殆ど飛んでいない。
 空母上に待機してある戦闘機を取り込んだ個体が神風的に襲い掛かったのだ。
 中には独自に飛行能力を得たものも出て来たのである。
 ISのようにネットワーク機能でも有しているのだろうか、最初の空母半融合型を潰したあたりで全体の雰囲気が一変した。
 今まではそれぞれが好き勝手、手当たり次第に襲い掛かっていたのだが、それが急に連携行動を取り出したのだ。
 まあ、真実、ゲボックがプログラムを変えただけである———千冬ではなく、一般兵の手に負えなくするために。
 あるときは融合し、あるときは仲間を意味ある捨て駒にし。
 ある固体は電子戦を実施し、人工衛星を無力化した。
 ネットラインが繋がっているかどうかは関係ない、そういう次元である。

 その様は獰猛な野獣であろうとも襲い掛かり、瞬く間に骨にしてしまう軍隊蟻の襲撃にも見えた。
 そうそう大火力の携行武器など無く、元々無いに等しいぽつぽつとした反撃の勢いは次第に防戦一方、やがて数を減らすだけの作業へと変わっていく。

 千冬が助けに来るまで耐え切れれば生き延び、間に合わなければゲームオーバー。
 いつしかそんなルールが出来上がり。

 助けてくれ。
 死にたくない。
 何故だ、何故こんな事が。
 もう耐えられない、隔壁が、隔壁が。

「・・・ぐっ」
 ハイパーセンサーで傍受した多数の救助を懇願する声は、千冬の精神を蝕んでいた。
 今度こそ、耐え切れず吐きそうだった。

———警告。次期戦線の接近を確認
 ハイパーセンサーで確認すれば、意地になったのであろう、さらに送り込まれた各国の部隊が接近中である。
 しかし、次から次と襲い来る各国には執念すら感じた。
 さて、とうとう重い腰も上げざるを得ないか・・・。躍起になったのだろう、次に来る部隊は見るからに最新鋭の機体やら実験機がある。

 さて、どうするか。

 もうすぐ日没だ。
 いちいちこいつらに構っていては文字通り日が暮れる。

「———こんにちわ、魔法少女です。らん、らん、らん♪ 今日はもう帰って流しそうめんでも食べようね★ ということはつまりだね! 現在ゲボ君が流し機を製作中なんだよっ!」
 千冬の傍に七色に煌くISをまとった少女が降りてきた。
 年に似合わぬ発育。特に運動もしていないのに、均整の取れた肢体。兎の耳のような、昆虫の触覚のようなハイパーセンサーをカチューシャのように付けた頭部。
 そして玩具の魔法の杖のようなものを持った束であった。

「あいにくだが、何も食べる気にはなれないな・・・」
 あまりに凄惨なものを見すぎた。
 千冬の精神力は同年代のそれを軽く凌駕する。
 どれだけ動揺しようとも、元々の精神力に加えて、篠ノ之流の古武術において、精神統一法を会得しているという事もある。

 だが、それでも所詮は14の小娘だ。
 戦場の空気は、誰しもの心を蝕み、病む。
 きっと今日の事は悪夢として見るんだろう、と。
 口元を押さえ、憂鬱な未来を想像するしかない。

「いっくんが心配するよ?」
「卑怯者め」
「うん、ごめんねー」

 まったく悪びれず、束は先端が揚羽蝶になっている杖をふい、と振った。
「イエ! イエ! イエェ! あはっ、例え私の才能を信じない馬鹿な世界でも、おつむの足りない愚民共だって、奇跡の魔法で救うのよんっ! なぁんちゃって♪」

 次の瞬間、超常科学レベルで機能するステルスが発動、二人の姿は肉眼からも、あらゆるセンサーからも姿を閉ざした。

「—————————嘘だけど」

 誰も聞く事の無い、束の呟きを残して。



 一方、接近中の部隊にも、怪異は発生していた。
 無数の蝶に取り囲まれ、進むことが出来なくなっていた。
 蝶などと侮る無かれ、極彩色にキラめく鱗粉の効果なのか、視界がチカチカと明滅するとともに方向感覚が狂い、無視して進めば、気付けば反対方向へ向かっているのである。
「くそ、なんだこれは———というかこの蝶、顔が・・・兎(何故かここだけ造詣が超リアル)だと!? 化け物かっ!? いや、それより先ず———めっちゃキモッ!!」
 誰かがここにいる全員の思いを代弁した瞬間。
 兎フェイスの蝶が全て爆発した。
 破壊力は一切無い。霧か、煙幕か。視界やレーダーが完全に埋め尽くされ、完全に進行を止められた。

「な、何だと!?」
「消えた・・・!」

 そして、レーダー、そしてカメラから白い騎士の姿が完全に消失した報告を受ける。
 そう、それは現状の軍事機能は完全なる敗北を喫したことを意味したのだった。



———その頃の束

不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)———うふふ、普段から夢見てるようなスポンジ頭どもは、アリスのように夢でも見てるといいよ、だいたい何なんだろうね、あの子らがキモイだなんて本当に失礼な奴らだよ・・・」
「束?」
「なーに? ちーちゃん」
 まるで二重人格のように、さっきの不快そうな表情が笑顔に変わった。
 もう慣れきっているのでそこには突っ込まない千冬だったが。
「なんでその蝶を口元に当ててるんだ?」
 ステッキの蝶を鼻の下に当てている束の奇行にはさすがに突っ込んだ。
 ぱたぱた動いている蝶だが、何となく髭にも見える。
「んっとね、爆爵」
「・・・なんなんだそれは?」

 そう言いながら、篠ノ之神社へ向かう。
 食べられるか分からないが、打ち上げを実行するために。









「———ただいま」
「おかえり、千冬姉」
 消沈した姿で帰宅した千冬を迎えたのは、もう寝る前だったのか、パジャマ姿の一夏だった。

 すすすっ、と一夏の背後から全身灰色尽くめの女性が千冬の荷物を受け取る。
 そのまま上着も受け取ると、目を合わせた。
 一夏の護衛兼、家事担当生物兵器<灰の三番>である。
 いつも思うが、生物兵器の使い方が贅沢すぎる気がする。
 <灰の三番>自身は家事にすっかりはまっていたので誰も文句を言わないのだが。
 一夏と言えば、自分より高い目線の二人の動作を観察し「成る程、こんな気遣いが必要なのか、ふむふむ」と言わんばかりに見習っていた。
 こうして人知れず織斑一夏良妻賢母化が進行している事に、現在誰も気付いていない。

 千冬と言えば、そういう痒いところに手が届く気遣いに心が癒されるが、他ならぬ<灰の三番>がゲボック製である事に気付いて、再度落ち込んだ。
 対する<灰の三番>は、その心情を一瞬で察した。
 彼女はゲボックに絶対服従という、他の生物兵器にありえない性質を有し、造物主への敬愛を絶やさないとか言う、どこから生まれたか分からないキャラをしているのだが、その父が回りにどんな影響も与えるか判別する客観視点も持っていた。
 本当、お前どこから生まれた、である。
 でなければ、それを一番傍から見ている一夏が良妻賢母へなど進まない。

 今日はこのままお休みになりますか?
 すっと差し出した千冬の寝巻きを、有難く受け取る。

 風呂で体を休めるよりも、泥のように眠りたいのではないか。<灰の三番>はそう察したのである。

 口の利けない<灰の三番>は、千冬相手に事細かい意思伝達をする場合は筆談を実施する。
 何でも以心伝心の一夏に対し、千冬は未だに疑問を抱いていた。
 ゲボックに変な改造されてやしないかと。
 毎度二人が会うたびに記憶を消しているが、もしかしたら一度くらい手遅れがあったかもしれない。
 そうならばゲボックを墓に埋めてこなければならん。

 そこですっ———と殺戮の決意を抱く千冬に差し出されたホワイトボードにはこう書かれていた。

『それでは、私はここでお暇をいただきます。偶には姉弟水入らずでお休みください』
———正直、千冬は泣きたくなった。自分が男なら嫁に欲しいと言いかねない程に
 それは未来の教え子がするから等とメタい事が聞こえるわけも無く。

「すまん・・・なぁ、お前本当にゲボックが作ったのか? ちょっと信じられんのだが」
 返事は『当然です』であった。
 変な信仰ではないだろうか。そう思う千冬も大概であるが、下の方から「あれー? グレイさん帰るの? なんだよ、ちぇーっ」などと名残惜しそうな一夏の声に嫉妬がむくむくと沸きあがる。

 すぐさま取り成しに掛かった<灰の三番>と一夏はしばらく千冬には解読不能な言語での応酬の後「わかった! 頑張る!」と言う何やら異様に張り切った一夏の決意を持って終わった。
 それを見て、思わず方眉を跳ね上げる。

「・・・一夏に何を吹き込んだ?」
『秘密です』
 口元に指を立てて、恐らくそういうジェスチャーであろう事を示すや、千冬と入れ違いに玄関から帰っていった。相変わらず行動が機敏である。
 動作もなんだか艶っぽい。本当に一夏と同い年か? 見た目は私より年上だが。

 まあ、ゲボックのドリルやペンチで頭をガリガリ撫でられるのが至上の喜びらしいので、まだ、年相応のところがあると言えるのだろうが。



 そして、一夏が何を仕込まれたのかはすぐ分かった。
「千冬姉、今日は一緒に寝よう!」
 成る程、人が一番望むものを察する事が出来るのは素直に尊敬できる。
 ・・・しつこい様だが、生まれるところ間違えてないか?

「———あぁ、分かった。せめて歯は磨いてからな」
「うん! 先に寝てる!」



 千冬が支度を終え、寝室に入ると一夏は既に寝入っていた。
「本当に、子供は寝つきが良いな」
 苦笑する。
 久々に姉弟で眠れるので、普段寂しがらせているであろう一夏もリラックスして眠れたのだろう・・・。

 いや。

 一夏が寂しがる?
 逆だ。
 一人で眠るのが怖いのは自分だ。
 眠って、昼間見た光景を夢で再び見るのが怖いのだ。
 あれが一夏に置き換えられて夢に出ようものなら———発狂してしまうかもしれない。

「一夏——————」
 起こさないように弟をそっと抱きしめる。
 そのまま千冬は、誰にも———弟にも幼馴染にも誰にも見せた事のない涙をそっと流しながら眠りに就く。

 幸い。今夜は悪夢を見なかった。






 遡った時を回想する。



「ゲボック!!」
 束と篠ノ之神社に帰還するや、流しそうめん準備中のゲボックの胸倉を掴みあげていた。
 IS装備中なので、あっさりゲボックが吊るされる。
「———どうしました? フユちゃん」
 何でもないことのように吊るされて答えるゲボック。

「どうしてあんな事をした!」
「どうしてって何をですか?」
「ふざけるな! どれだけ被害が出たと思っている!」
「ああ、さっきのですか? 言ったと思いますけど」
「なんだと!」
「処分のためですょ。あんな出来損ないどもに跋扈されちゃあ、小生の名が廃っちゃいますし」
「お前は! ———そもそも、お前があんなもの作らなければ!」
「小生が作らなくても、いずれは、似たようなものは出来ると思いますよ?」
「・・・なに?」
「小生、作る前に原案見せられまして。まあ、小生が作るものより数十段ぐらい下のものが出来ますけどねぇ? そんなものでも、出来上がるまでにどれだけの人体実験が繰り返されると思います? まあ、どんどん作ってるうちに面白くなって色々機能突っ込んじゃってどうやって倒せば良いのか、さっぱりこれっぽっちもわっかん無い物が出来上がっちゃったときはどうしようかもう———笑いが止まんなくなっちゃいましたけど。てへっ(束の真似)」
 だれだ。いったい、誰が気付いたのだ? ゲボックの存在に、いつ? つまり、あの獣人事件より遥か前に!? あれの原案となるようなものを考え出せる組織が・・・目を離した隙に?
 思考がぶつ切りで支離滅裂にぐるぐると回り、気が遠くなる千冬に、ゲボックは追い討ちをかける。

「それに、もう出来ちゃってますから。今日のようにするのが一番被害が減りましたよ?」
「・・・どういうことだ?」
 分かっていても、言ってしまう。
 自分をそれが追い詰めるにもかかわらず。

「だって今日出したものは、もう世界中に出回ってたのを回収しただけですし。放っておけば、どんどん人を殺していたでしょう。今日破壊した事が一つの解決になるんじゃないかなぁ? まあ、ちょっとずつ、微々たる物ですけど技術が上がってますから、明日にはまたちょっとだけ向上した欠陥品が生産されると思いますけどねぇ。設計図は世界中にはびこってますし」

 もう止められない。そうゲボックは言っている。
 だが。

「回収できたなら何故今日撒き散らした! そのまま処分すればいいだろう!」
「えぇ? なにかおっかしいですかぁ? 彼らは軍人なのに、同盟国の危機に何もしなかったんですよ? そのくせにフユちゃんを狙うんですから勝手ですよねぇ。だから処分を兼ねて迎撃に使ったんですよ。ほら、射線上にフユちゃんが交わってない限り攻撃してこなかったでしょ? あ、一部反射的防御は行ったかも知れませんけど」
「おい、ゲボック、待て———」

 それ以上は言ってはいけない。
 そう思うが、感情は納得しないが———
 理性が結論付けてしまった。

「わ・・・私の、護衛・・・だった、の・・・か・・?」
 道理で、弱い。
 自分への脅威が少ない。
 あの場で、自分は危険の中、助けているつもりだった。
 ・・・そんなわけが無く、一番、安全な立ち位置にいたのか?

「ええ!」
 目の前が真っ暗になっていく。

「だが、どれだけの命が・・・」
 なお、言い返す千冬の声も力が無い。

「命ぃ? 何を言っているんですか? フユちゃん。あの場には日本の海上保安庁も、自衛隊もいなかったですよね? つまり、あそこにいたのは全て『軍隊』です。」

 ゲボックは指を立てるようにドリルを立てて、教えるように言う。

「つまり、人を『殺せ』と言われて人を殺す事でお金をもらう人ですよ? そんな人達が実際にフユちゃんを殺しに来たのに、どうして小生がためらわなきゃいけないんですか? 罪も無い民間人が死ぬよりはずっといいと思いますけどねぇ」

 違う、そうじゃないんだ、例え間接的でも人の命を———
 それどころじゃない、これはゲボックの明確な殺意ではないか?
 伝えたい。
 命の尊さを。
 だが、倫理観が。
 目線が。

 違う。
 この二人は違う。
 伝わらない。
 もはやこいつらは別の生き物だ。
 言葉を尽くしても思いは、心は伝わらない。



 いや、そう思ってはいけない!
 必死に自分に言い聞かせる。
 駄目だ! 違う! そう括るな! そう諦めれれば、誓いが折れる!
 そう、折れかけるのを必死に立て直そうとする千冬。



 わあ———ありがとう! ねえ、君なんて言うの? 私は、束だよん! ———

 ありがとうございます、こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです———
 必死に、一番大切な思い出を懐から引っ張り出す。
 そうでもしないと、自分が最低の存在になる気がした。



 こいつらだって・・・。
———二人の生み出す力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと———

「ゲボック・・・」
「何ですかフユちゃん?」
「それぐらい察しろこの頭デッカチがああああああっ!!」
「ぶっふぉおおおああああああっ!! なにがでですかあああああ!?」

 IS装備のフルパワーでアッパカートを食らったゲボックがそのまま彼の作った流しそうめん機に乗って下流まで流れきる。
「ぶばばばばばばばッ!?」
「よーしキャッチするぞー!」
 今迄さっぱり会話に割り込んでなかった束は束で一人流しそうめんを楽しむべく準備を完了させていたらしい。
 流れているのはゲボックだが。
「むむむ・・・これは大物だね。あはっ! 箸じゃ無理っぽいからぁ・・・よぉし! ディバイ———ン、てふてふ~!!」
「ぼがががが・・・迎撃!? ぶふぅ———!?」

 ひらひらと生まれたピンクの蝶が流しそうめんの経路を逆流、流れてきたゲボックに———
 爆発。
 ズドガアアアアアアアアアアアアン! と吹き飛ぶゲボック。
 流しそうめん機は焦げ目一つない。さすがゲボック製、変な所で凄まじい。



 どれだけかかっても。
 こいつらに大切なものを教えなければ。
 有難う、と人に礼を言える二人なのだから。
 今回は駄目だった。
 今の一撃もただの八つ当たりにしか過ぎない。心が折れないための。
 本当、私は弱い。

 だけれども。
 いずれ、この悲劇も、過去の話として笑えるような、まっとうの———
 きっと、必ず———



 その、執着こそを、束が望んでいるものと知らずに。



 そして、世に新たな常識が生まれた。
 <ISを倒せるのはISだけ>
 そして
 <Were・Imagineを倒すための力も、IS以外にありえない>
 と。












 さて、話を再開するとしよう。

 仲睦ましい姉妹だった。
 いつ、どこに行くのだって、箒は束に手を引かれ、普通なら、とてもでは無いが見る事が出来ない、夢のような数々の体験をしたのだった。





 それは箒が四歳の誕生日を迎えた七月七日の事だった。

 姉の友人である千冬と、その弟、一夏が祝いに来てくれていた。

 当時、物心ついて大して間もない頃で、一夏とも出会ったばかりであった。
 持ち前の人見知りでつっけんどんな態度をとっていた事や、一夏が年相応の生意気盛りであった事もあり、殆ど会話も無かった。



 ただ、その姉の千冬には憧れた。
 父、篠ノ之柳韻の門下生である千冬は、既に周囲を突き放すほどに頭角を現していた。
 普段は巌の様に厳格な柳韻をもって「つい秘伝を教えてしまった」と冗談混じりに言わせしまうほどのその才覚は、父に憧れを抱き、剣を志したいと幼心に思っている箒には、憧憬の対象だったのだ。

 束の腰にしがみ付き、隠れる様にして見上げる千冬は、背筋をぴん、と張り詰めており、とても凛々しかった。



 同時に———

 どうして、お姉ちゃんはお父さんに剣を習おうとしなかったのかな?

———いつも疑問に思っている事を胸に抱きながら


 それが、家族に対する最初の疑問だった。
 剣が嫌いという訳でもなし。
 千冬の実演する型を一つ一つ箒に説明する内容は分かり易く、かつ深く詳しく。
 とても興味が無ければ覚えきれない様な事をとうとうと、束ははしゃぎながら教えてくれたのだ。

 この時は知らなかったのだ。
 束と両親が、お互いを苦手としている事を。

 両親は愛情深い人達だったが、古い人間だった。
 良くも悪くも、篠ノ之神社という格式高い歴史あるものを守って行くには適した気性であったのだろうが・・・。

 いかんせん、束は新しかった。
 否、それはまだ無い未来とさえ言えた。

 最先端を抜き去り、未来を棚から引っ張り出す様な彼女に、両親は一歩引いてしまったのだ。

 そして、幼かった束はすぐにそれを察してしまった。

 束の気質からして興味を持たなければ気づきもしなかっただろう。
 しかし。
 それは、両親への興味が無ければ生きる事すら出来ないという生存本能による賜物か、束は普通に両親に興味を持ち、愛情を抱いていた。

 当然であろう、年頃の幼子なのだ。
 ゲボック同様、束も頑張った。
 頑張りすぎてしまった。

 その異常性。
 両親が気付かぬわけがない。
 それでも、両親は愛情を持って接した。
 この点は、蒸発した千冬の両親や、とっとと軍に預けてしまったゲボックの両親よりは、はるかに素晴らしい事だろう。



 だが———
 子供は。恐ろしく、かく鋭いものなのだ。
 愛情は有る。しかし、どのように接すれば良いのか。困惑や、将来に対する責任などの戸惑いを、見抜けぬわけが無かった。

 なんたる皮肉か、興味を持っていたがために束は普通の子供同様の感性で両親に疎外感を感じてしまったのだ。
 天才の感性ならば、そんな事何の興味も無かったであろうに。

 そうして彼女は引きこもる。
 大人でも理解困難な学術書を紐解き、一人鬱々と、知識を貯え熟成させていく。

 千冬に出会う・・・その時まで。



 話を戻そう。
 束と千冬という、真逆でありながら親友である二人はなんだかんだで互いを理解しており、そこに両親が混じっても団欒という一時は崩れる事無く終わりを迎えた。


 玄関から手を振る姉弟を、対して大げさに両手を振って見送る姉とともに、小さく手を振る箒だった。
 それに気付いた一夏もにっこりと笑って軽く手を挙げた。

「!」

 まさか気付かれるとは思わなかった箒は、気恥ずかしさから束の影に隠れた。

 一夏からすると、「愛想悪いなぁ、アイツ」ぐらいにしか思って居なかったが。

 余談だが———
 このようなすれ違いがまさか幾度にも渡り、延々と続くとは箒も思って居なかった。
 良くも悪くも二人の関係を示す一件であると言えよう。

 さて、二人が見えなくなるまで姉妹は見送り、家に戻ろうかという事になって———ふと。
 箒は空を見上げる。

 あいにくの曇天である。
 箒の誕生日は、全国知らぬ物は居ないという程有名な日———七夕だ。
 織姫と彦星の物語は女の子である箒も興味を持つには十分な内容で———しかも、自分の生まれた日にそんな感動的な逸話があるのかと胸をときめかせていたのだから、それが台無しになる曇りの夜は残念だった。
 しかし、天気に文句を言っても何かが変わる訳ではない。
 玄関から戻ろうとして———



「おやおやぁ? 箒ちゃんはお星様が見たいのですかぁ?」

 まるで、子供がそのまま変わる事無く中学生になったような。そんな声に、箒は背筋を振るわせた。
 この声を、箒は知っていた。
 千冬と同様、束の幼馴染みである———

「そうなのでしたら、遅ればせながらもこの小生、ゲボック・ギャックサッツが!! 箒ちゃんに誕生日プレゼントとしてお星様を見せてあげましょう!」
 そこに居たのは、男にしておくのが勿体ない程のさらりとした絹のような金髪、黙っていればイケメン。ただし、いつも浮かべているニヤニヤとした表情で全てをぶち壊しの残念な少年———



———ゲボックだった



 大げさにゲボックは叫んだ。が、一瞬にしてしょんぼりとする。

「しかしうらやましいです。小生もお誕生日会に参加したかったです・・・」
「・・・げ、ゲボックさん?」
 ようやく我を取り戻した箒が声をかけると、ビクンッ、とゲボックは反応し。

「はぁい! ドモドモ、ゲボックですよ!!」
 またテンションがだだ上がる。
 なんでこの人はいっつもこうも躁鬱が激しいのだろうか?

 困った事に、姉がたまに彼の動行を真似するのだ。
 ・・・その、礼を失する・・・はしたないにも程がある・・・。
 姉にしてみると、笑いのツボを酷く突かれ、腹筋が痙攣する程面白いらしいのだが。

 理想の相手が父親である箒にしてみれば、真逆どころか地中を掘り進んで地球の裏側へ一直線な印象の男である。
 お姉ちゃんも友達を選べば良いのになあ。

「あの・・・ゲボックさん」
 姉の嗜好に少々文句を思いつつ、ようやく今まで我慢していた事を言おうと思う。
「何でしょうか? 箒ちゃん。誕生日記念で何でも応えてあげますよ! 不完全性定理を二行で解する証明法とか」
「ちがうの・・・」
 箒は、実は言って良いものかと考えたが、今更だろうと思い・・・。

「どうして御神木に吊るされているの?」


———今のゲボックの状態について素直に聞いてみる事にした

 簡潔に言えば、今のゲボックはぐるぐる巻きに縛られて木から吊り下げられている状態なのである。
 自由に動けるのは首だけ。
 しかも逆さまに吊り下げられていたのだった・・・。

「分かりませんよぅ、いきなりフユちゃんに縛り上げられて吊るされちゃったんですから・・・今日こそ、いっくんで実験できると思っていたのですが・・・うぉうおう、頭に血が登っててそろそろ小生気分がハイになっちゃてれれ? ムーンフェイスになっちゃったらどうしましょうか」

 彼自身の台詞で全部語られたようなものだった。
 さて、箒ではこの縄は解けない。
 ご丁寧に篠ノ之流の緊縛術で縛られている。
 まだ習っていない彼女には解くことができないし、刃物は持つ事も禁止されている。
 どうしようと、放っておけない箒が困っていると。
「ねえ、お姉ちゃ・・・」
 あれ?
 気付けば束が居ない。
 あまりの事に心細くなった箒が両親を呼ぼうとしたときだった。
 視界の端がキラッ、と光った。
 え?
 疑問符が浮かんだ瞬間、彗星が水平に飛んだ。



「ゲ———ボ———く——————んっ!!!」
「ゲハァッ!?」
 彗星は何かで水平飛行している束だった。
 ゲボックに、腕をクロスチョップ状態にして構えていた束が水平に激突。
 その際に、どんな物理現象が起きたのか、ゲボックをぐるぐる巻きにしていたロープがぶつ切りになり、放り出されたゲボックがきりもみ状にくるくる吹っ飛んだ。
「お姉ちゃん!?」
 友達(?)になんて事を!?
 ぐしゃあっと潰れたように頭から墜落する。
 だが、箒以外に心配するような子はいなかった。

「いやあ、助かりました!」
「うわあっ!」
 よりによって食らったゲボックが礼を言った。
 ぐわばっ! と起き上がったために箒は心底ビビった。動きが怖すぎる。

 目を白黒させている箒を尻目に、元気に立ち上がったゲボックは束の肘が当たったのか鼻血がだくだく流れていた。
「だ、大丈夫ですか・・・?」
「このぐらいで怖じ気づいていちゃあ、タバちゃんやフユちゃんとは遊べないのです!」
「・・・そうだよね・・・あ」
 思わず頷いてしまった箒の呟きもどこ吹く風、ゲボックは白衣の中をゴソゴソと漁り出した。



「さてさてお星様ですね! 曇ってたってなんのその! 超宇宙的に第五元素(エーテル)だってバッチリ観測する望遠鏡です!」

 ぬぬぬぬーと白衣の内側から出て来たのはごく普通の望遠鏡だった。
 あくまで見た目は、なのだが。

 しかし———長い。
 3m程はある。

 ど、どこに入ってたんだろう・・・。

 慄く箒にひょいっとそれを渡し。
「ハッピィバァスディで・・・ん? どうしました? タバちゃん?」
「先ずはゲボ君が見てねー」
 望遠鏡がすっと箒の手から引き離され。
 ぎゅむっとゲボックの眼窩に押し当てられる。

「ひ、光ガアアアアァァァッ!! 眩ッ! めっ、目ガアアアアァァァッ!!」
 途端に顔をおさえて転がり回るゲボック。
 それもそのはず、この望遠鏡、集光率が半端じゃ無い。
 ゲボックが言ったのは誇張でもなんでも無い。まぁ、エーテルという架空元素をどうやって視認するかはゲボックのみぞ知る。

 ちなみに、その集光率は昼間に使えば太陽光がレーザーに早変わりする程なのだ。

 どれだけの光が目を焼いたのか、のたうちまわるゲボックに束は珍しくため息をついて、ズビィッ! と望遠鏡を指差し。

「ゲボ君ならともかく、箒ちゃんにそんな危ないモノ使っちゃノンノン! これは主にちーちゃんがゲボ君を叩く時に使わなきゃね!」
「どっちに転んでも小生が痛い目に!? すでにそれは望遠鏡とすら呼べないですよ・・・」

 こちらも珍しくゲボックがツッこんでゴシゴシ目をこする。
 夜で、しかも曇っているのにスタングレネード並みの光量があった。
 箒ちゃん関係だと目が危ないんですよねぇ? どうしてですかねぇ?

 箒にはなんの事やらの被害報告を述べながらゲボックは思い出す。
 そう言えば箒ちゃんのおかげでタバちゃんと仲良くなれましたし。



———と、箒に対する恩義を思い出したおかげでゲボックは



 テェェエエエンション上がって来たぜえぇぇぇぇえええええ!!!

 な状態に。

「タバちゃん!! こんな雲ブッ飛ばしちゃいましょう!!」

 いえいえいと打ち上げ花火のセットを始めるゲボック。
「それじゃあ束さんはフィルターの方準備するね! 箒ちゃん、お空のショーへご招待! ゲボ君ー、いーいー?」
「バッチリですよ! いっきますよーっ、プゥアアアアアアアアアイナッップルフラァァァアアアアアアアアッッッシュウウウウッ!!!」
 ズヴァアッ———と両手を振り上げ、花火の発射台を殴りつけた。

———が



 シーン・・・・・・。
 しかし何も起こらない。



「あれぇ? 変ですねえ、どうして動かないんでしょ? おっかしいなぁ? ファイア!」

 もう一回叩いてみる。
 反応は無い。

「・・・ファイア!」
 同上。

「ファイア! ファイア!」
 変化無し。

「ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイア! ファイアアアアアアアアアアアッ!!」

 うんともすんとも言わない。


「あっれぇ? おっかしぃなぁ、どうしたんでしょ? ようし———音量上げて・・・」
 白衣からマイクを取りだしたゲボックの肩にぽんっと手が置かれる。

「束さんもやるやるーっ、他ならぬ箒ちゃんのためだもん!」
 そんな束を見てゲボックはあろう事か感動した。
「有難うございます! はいどうぞマイクです」
「わーいわいわいわいの次はゼットだいえぃ! へぇい!」
 ペコペコ頭を下げるゲボックと、マイクを貰ってクルクルはしゃぐ束。

 いったい、この人達は何をやっているんだろうか・・・。

 理解不能な上においていかれた箒はぼんやり二人を眺めるしか———

 途端にぐりゅんとゲボックの首がこっちを向いた。
 思わずひっ、と悲鳴をあげる箒にフラフラとゲボックは歩いて来るや、マイクを差し出して。

「御一緒どうですか?」
 返答は、音がしそうな程の首振りだった。
 即答だったと言う。



「そうですか、それは残念です」
 同じ様にフラフラ戻るゲボック。
「タバちゃん、やりましょうか!」
「待ってたよぉ、本当に待ってたよぉ?」
 マイクをもって合流した二人は歌い出した。
「「●描いて~お豆●二つ、おむすび●とつ、あ~っと言う間に~」」
「えっ、その歌はっ」
 いろいろ危ない。

 二人は思い切り息を吸い込み———

「ちぇーすとー・・・・・・えふっ」
 ※束。野太い声を出そうとして失敗。
「ファイアアアアアアアアアアア——————ッ!!」
 ※ゲボック。俺の歌を聞け張りの絶叫。



 なんでどうして二人が歌い出したのかさっぱりわからない箒だったが、プレゼントを送られる身としては、時間を考えて欲しかった。ここが隣接する住宅の無い篠ノ之神社だったから良いものの、苦情が来て当然の音量である。

 はてさて、原因が本当に音量だったのか、花火の打ち上げ台が光を放ち、夜の帳を押し退け始める。
 それは、途端に周囲を埋め尽くす爆光。

 思わず腕で目を庇う箒の耳に、ゲボックの声が届く。
 眩しくて姿は見えないが、この声はゲボック以外に無い。
「・・・おぉう! これは凄い! 予期せぬ反応です。一体どんな変化が・・・んん? これってもしかして・・・アウチ」
 まて、何があった今。

「どーしたのー? ゲボく———」
「これはザレフェドーラですよぉおおおおおおおおおおおお—————————」
 まぶしい輝きの中、あ。声が遠くなって行く・・・。
「あ、成る程分かったよー」
「何がなの!? お姉ちゃん!?」

 見えないとはこんなに恐ろしい事だったのか。
 と言うか姉の言動がいつに無く良くわからない。

「レッツゴー・ショウタイム! あれ? 時間に行こうっておかしくない? それに、んー、指鳴らないや・・・でも、ま、いっか!」

 スカスカ指を鳴らし損ねる束は、箒の両肩に優しく手を置いて。
「もう良いよ、上を見て」
 いつしか、光は消えていた。硬く閉じていた瞼を開き、空を見る。
「———あ、ああぁ——————」
 束に従い、上空を見上げた箒は、自分の瞳に映し出されたその光景に、言葉を失った。

 そこにあったのは、満開の星空。
 都市部ではまず滅多に見られない、六頭星以下の星々までも映し出された空。

 篠ノ之神社を中心に、雲どころか空気中の塵、汚染物質から———大気そのものに至るまで———消滅させられていた、純粋な虚空(そら)

 テンション上がったからと言って、ブッ消すにも程がある。

 その光景に圧倒され、釘付けになって見つめる箒。
 大気の無い空は、星こそ瞬かないものの、現代の人間では、宇宙か未開地域にでも行かない限り見られない星の海を晒していた。

 降り注ぐ宇宙線等の有害な要因は、箒の害になるから、と言う理由で束の作った大気圏外活動用保護フィールドでシャットアウトされていた。
 つまりはISのシールドなのだが、束は当時、全くそんな気は無かったのである。故に、上空でドーム状にそれを展開すると言う使用法をしていた。
 もし、空白の上空よりも小さなフィールドが展開されていれば、人的被害は甚大なものになったのだろう。
 千冬と言うブレーキが無い状態で、この結果は偶然の幸運だったと言える。



 そして、ゲボックがそれだけで済ませるわけがない。
 上空の様々な要因を消滅させたゲボックの花火『ザレフェドーラ』が無数の流星となっていたのだった。



「凄い・・・本当に天の河だ・・・」
「おぉー、こりゃあ、こんだけ天の河が氾濫してたら彦星と織姫は逢えないねえ」
「お姉ちゃん・・・」
「おう? ごめんごめん箒ちゃん、それじゃあ、織姫に氾濫中の川でも泳げる篠ノ之流の古流泳方でも教えにいこっか」
「うん!」
 なぜか女に苛烈な束だった。

「それにこーんな星空は、宇宙に行かないとそうそう見えないからね」
「・・・行って見たいなあ」



———それが、きっかけだった



「ようし! お姉ちゃんに任せなさい! 単独で宇宙に行けるもの、作ってあげるから! 見に行こ! ちーちゃんやゲボ君やいっくんと一緒に! 天才の束さんは、頑張っちゃうぞぉー!!」
「うん!」
 それは、本当に仲睦ましい姉妹で・・・。

「にしても、ゲボ君は凄いねえ」
「———お姉ちゃん?」
「このやり方・・・おぉーう、束さんにはできるけど、思いつかないよ・・・」
 その表情は箒の見る初めてのものだった。
「お姉ちゃん、その『おぉう』ってゲボックさんの真似?」
「うん、そうだねぇ、面白くてついついねえ」

 その様子は、天才など関係ない、普通の姉妹だった。
———一緒に、宇宙まで、見果てる程に星で埋め尽くされた天の河を見に行こう

 この約束が、飽きっぽい束にして、彼女を以ってしても一年掛かる様な研究を成し遂げさせたとは、箒は知らない。






 お姉ちゃんは、まるで魔法使いだ・・・。
 感動で胸を一杯にした箒は、満面の笑みを浮かべ、最高の誕生日に感謝していた。






——————そう、知らない方が良いのだ






 ゲボックの放った花火———『ザレフェドーラ』。

 後に、ゲボックを暗殺する。それだけのために、自国さえも巻き込んだ焦土作戦に用いられた熱核兵器、その形振り構わぬ姿を嘲笑うが如く無力化した、質量保存の法則を覆す



———『消滅兵器』である———



 その際、最も国民の数が多いその国土は、スプーンでくりぬかれたかの様に抉りぬかれた。
 さらに、この兵器は『生き物にハ効きませんョ』とのゲボックの言う通り、直接にはあらゆるバクテリアを含め、殺傷する事は無かった。
 これには、後に完成する『わーいましん』やIS、ゲボックの生物兵器など、生体と機械の融合体も含まれる。

———しかし
 確かに生体を害しない非殺傷設定兵器であっても、そのニ次災害は凄まじかった。
 広範囲に渡って消滅した大気による窒息や気圧障害、空白となったスポットに流れ込む周囲の空気による暴風、乱気流による被害、空白地に流れ込む海水による高波、そして———
 地殻を失った事による地殻振動や溶岩の流出は莫大な被害をもたらしたのだった。



 かく言う今も、束の防御の外では竜巻が吹き荒れ(箒の見えない位置)、航空機のダイヤルが大幅に乱れ、大気の減少に伴い、減衰しなかった太陽風等が防護フィールドに弾かれ、オーロラを描いて箒をさらに感動させる一方、電磁波が高所を用いる通信関係が甚大な被害を受け、亡国機業の有する『存在しない人工衛星』が消滅撃墜、調査が出される事となる。

 さらには細分化され世界中に飛び散った流星状の『ザレフェドーラ』が炎と法律書———だったか? を持ってつっ立つ女神の顔ど真ん中を貫通したり、人民放送を生放送中に独裁者のヅラを消滅させたり、直撃した人物が素っ裸にさらされたりと、尋常ではない被害がもたらされたのだった(闇笑)。



「ありがとう、お姉ちゃん」
「礼など不要って事だよ箒ちゃん! 何故なら束さんはお姉ちゃんだからだ!」
「ねえ、ゲボックさんにもお礼を言いたいんだけど・・・」

 ・・・・・・・・・居ない。

「・・・・・・・・・それはまた今度ね! ザレフェドーラって、最終的に土台ごと飛んでく砲台だから」
 見事なスルーだった。

「ゲボックさんは!?」
「あの星々のうちどれかだよ」
 指で天を衝く束。
「えぇ!? えええっ!?」
「大丈夫だよ、ゲボ君だし」
「えええええええええーっ!?」
 流石に冗談である。
 ゲボックは衣類が全て消滅した状態で織村家に墜落していた。
 翌日、弟のもので見慣れている筈なのに顔を真っ赤にした千冬によって、織斑家の庭に血の雨が降ったそうな。









 束の天才っぷりを素直に凄いと思えるのは、素直に受け止められる———世の平均の値を知らないからである。

 凄いのは凄いと言えるだろう。
 だが、凄すぎるのは常軌を逸する代物だ。
 外れすぎてしまえば・・・成長すればするほど、逸脱を理解してしまう。

 そして、箒は、千冬のように、それを初めから理解する事ができなかった。
 恐ろしさを、脅威を理解できなかった。

 だから、大多数の価値観『常識』が、分かってしまえば恐怖が生まれてくる。
 まだ箒はその段階にいたってはいないが・・・。



 単純な憧憬ではない。理解不能、どうやっても『分からない』事が分かってしまう。
 それでも、箒は束が大好きだった。


























——————現時点では——————






——————まだ——————






 奇しくもその関係に亀裂が入ったのは、箒が幼くも女として成長したがゆえであった。
 皮肉な事にも、その成長は天才である束よりも先であったのである。






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皆さん申し訳ありません。遅すぎましたね。丸一月掛かりました。

白雪芥子・・・なんかアニメの白騎士の頭の周りがホワイトポピーぽかったので名前捏造
いや、研究に出されたから白騎士が正式名でいいのだろうか?

この作品は諸事情でIphonで書いてました。
やっぱりパソコンよりタイピング速度が遅いです。
タイピング中にふと思いついたネタをメモらないと、タイピイングに四苦八苦してるうちに忘れるという、海馬との戦いの最中に書いてましたね。
プロット? すんません、骨しかないです
全体量が把握できなかったので長い長い、今まで出最長記録。
次は短めにしようか・・・と本気で思ったり。

やっぱりある程度で切った方が良いのでしょうか? (前も言ってた。改善無しむしろ悪化)
しかしプロットどおりに書くともんの凄く伸びるこの事象、どうしたものか?



そして、いつもいつもこの未熟(で長ぇ)な文章をを最後まで読んでいただき、有難うございました。





[27648] 転機編 第 2話  思春期狂宴_其上
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/10/22 12:15
———さて。
 いつぞやの続きを話すとしよう。
 今回は、ガンツフェルと症候群についてである。
 もっとも、この名称自体が造語であり、人の作った創作物の一つにすぎないのだが。
 元ネタとなったものがあるので、それを紹介してみよう。
 ガンツフェルト実験である。

 完全に隔離された二つの部屋を用意し、それぞれ被験者の視覚と聴覚を不自由なものとする。
 その上で『テレパシーが出来るか』と試験する。
 詳細は異なるものの、大雑把に言ってしまえばそのようなものである。

 といっても、送信物は情報でなかったり、受信者が四つの選択から選ぶものであったり。
 明確に『テレパシーの実験ではない』と言われているため、この実験を持って何を証明したかったのは依然不明であるが・・・ここに有る事を意図していた事が伺える。



 人は、持っているものを失えば、それを補う何かを獲得する、と言う事だ。
 逆を言えば、何かを得る際は確実に何かを喪失すると言う事でもある。

 例えば視覚を失った人あるは、自分の発した声の反響を感じ取り、物体との距離、硬度の硬軟を計測可能なエコーロケーションを獲得したという。

 以前述べたサヴァン症候群とて、これの一端ではないかと論議されているのだ。

 ガンツフェルト実験とは、それを意図的に行い、それが事実なのか確かめる事こそが主体だったのではなかろうか。
 ・・・まぁ、勝手な思い込みなのだが。



 さて。

 束は、両親と妹、そして二人の幼馴染みとその兄弟、それしか『自然に人間として認識』する事ができない。
 ・・・そう、興味がない『人間を無視する』のではない。
 認識が非常に困難・・・否、する事ができないのだ。


 では、束は一体何が欠如しているのだろうか。
 それは詳細を調査しなければ分からないだろうが、いくつかの仮説を立てる事は出来る。



 シミュラクラ現象の機能不全、そして、顔ニューロンの発達障害である。

 前者は、人が漫画など人の顔のデフォルメや木目、壁の染みなどを『人間の顔』として認識させ得る脳の働きである。
 最も簡単な例で言えば、逆三角形に配置された点ないし線を見ると、脳はそれを顔と判断できてしまうのだ。

 これは、速やかに人間を人間として認識するために必要な機能であると言われている。
 人間の顔を構成する最もシンプルな構成要素を見出し、人間とその他物質を本能的に識別するのだ。

 続いて後者は、人間と判断した存在をさらに『個人』として識別するために必要な脳の回路である。

 考えて見て欲しい。
 人間など、目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、耳が二つ。
 眉や髭などもあるが、概ねこれは最低限ある。

———そう、それだけしか無いのだ

 個人の差は、目の釣り上がり、鼻の向き、唇の厚さ、輪郭の差異———等々、微々たるその程度でしか無いのだ。

 それだけで個人を識別出来るとすれば、その凄さを理解できないだろうか。
 こと親戚となれば、その差はいよいよ細に緻になって行くのだ。人間の高機能ぶりを理解出来るだろう。

 これが、顔ニューロンの機能である。
 仕組みはこうだ。
 ただひたすらに見た顔をデータベースとして保存し、無意識に比較、個性を見出し、誇張する事で個人を識別。
 これを一瞬でこなすのだ。
 驚嘆には値しない。
 なぜなら、そのためのシステムなのだから。

 だが恐らく、束にはこれが無い。
 皆にも経験は無いだろうか。
 異国人、特に異色人種の見分けが困難だった経験が。

 これは欠陥でも何でも無い。その人種のデータベースがデータ不足であるために、詳細な差異を判断できないだけなのである。

 故に、初めは識別できなくても、その人種の顔を見続けて行くうちに、自然と識別出来るようになる。
 動物飼育員が猿や犬猫を見分けられるのも、その顔を数多く見ているが故に、常人には理解出来ないわずかな個体差を顔ニューロンが誇張し、識別させているのである。



 束には恐らく、この回路における———データを蓄積する機能が無いのである。
 そして、人間を人間として認識する能力も乏しい。
 『自分と同じ生物だ』と、しっくり認識出来ないのだ。
 認識出来なければ簡単だ。
 『背景』と殆ど変わらない。
 感情の移入が出来ない。
 共感が出来ない。

 ましてや束の鬼才。
 それは他者から見て畏怖の対象となるには容易すぎる。
 束の生きる世界、その『背景』と大して変わらない何かが隔意を持って接して来るのだ。
 自分がそうと自覚出来なかった幼少時の束にとって、それは如何なる恐怖だったのだろう。

 束が自分の殻を作り、必死に自分を守っていたとしても、理解出来るのでは無いだろうか。

 だから、恐ろしく興味の持てない『背景』に何かしら意識を向けるには———興味を抱くには———それなりに他の背景と比較して突出しなければならない。

 同じ背景であっても、並木道の中に『一本だけ満開』の桜があれば目を引くであろう。

 千冬はまさに、それに該当する存在であった。
 明らかに周囲から突出した存在。
 束とは別の方向性ではあるが、千冬も確かに、異物であったのである。

 2人の違いは単純に人を識別出来るか否か。それに尽きていたと言える。

 モザイクに似た、3D画像をご存知だろうか。
 一見無意味なマダラの塊であるが、意図的に焦点をずらして見ることにより、隠されて描かれたものが浮かび上がって来ると言う代物だ。

 束にとって、人間を見分けるとは常時その作業をしているのと変わりが無い。
 『背景』とごた混ぜになった『何か』。
 樹海に於いて木の一本一本を見分けるが如き地獄。
 そこから目的とする『一本の樹木』を抽出するには極度の集中を要し、さらには一人一人異なる焦点で見なければならないとすれば、一体どれだけの負担を強いるのであろうか。

 では、千冬達をどうやって認識しているのか? と言う問いが出て来る。
 皆、忘れてはいないだろうか。

 束が天才であると言う事を。

 本来顔ニューロンが識別するであろう千冬の色、形、変化、それらを含めた彼女を示す情報、その全てマニュアルで脳に焼き込んでいるのだ。
 束と言えど、これは容易では無い。
 これだけの事を為す。
 相手に余程思い入れが無いと出来はしない。

 束が『人に対して興味を持つ』とは、これ程の労力を要するのである。
 相手が自分を受け入れてくれる———保証が無いのに態々してやる程の労力では無いのだ。

 束が疑って疑って疑い、なおも疑ってようやく『受け入れてくれるのでは無いか』と判断した時に限り、勇気を振り絞り手を差し出す。



 束にとって———
 『あなたの全てを憶えます。だから、あなたも私を受け入れてください』
———と全霊を持って訴える事・・・それが、『束が人に対して興味を持つ』と言う事なのである。



 隔絶した才能の代償。
 喪失したものがなければ得られるものはないのか。
 束はこれに該当していた。

 『賢者(サヴァン)症候群』
 紛れもなく、束もこれに該当していたのである。


 千冬も大なり小なりそう言う信号を発していた。
 束程では無いが、千冬の精神も同年代とは比較出来ない程に成熟していたのである。

 二人が手を取り合い、無二の友人となるのは、必然であると言えただろう。






 そして———



 それを見た時。

 激しく束は動揺した。


 明らかに違う。



 確実に異物。



 人の形をした別の何かにしか見えなかった。
 違和感と不快感が胸を締め付け、その不自然さに嫌悪を抱いた相手。

 それは極めて人間と同じ形をしており。



 自らをゲボック・ギャックサッツと名乗っていた。








 本来の生き物ならば、大抵持っている能力。
 シミュラクラ現象もその一つ。
 視覚によって人間を人間と判断するための要因。
 だが、これは別の、もっと大きな役割を持っている。

 それは人間と言う認識の『記号化』である。
 古代の壁画などをみて、省略化された人のカタチを人間として認識する事が出来る。
 その事により、はるか古代の事であってもその概要を予測しやすくなる。
 即ちそれは、人間のみが出来る、記録を遺し、伝達する行為。
 人類が発達して来た所以。己の成果を次へ繋げる事の出来る驚嘆的行為。
 それをよりわかりやすくするための機能なのである。



 では、何が同族かどうか判断する機能なのか———
 それは、直感と言うか第六感としか言いようがない。

 見た瞬間、天啓を受信したかの様にハッ、とするのである。
 高度に発達した生物、特に人間は視覚を重要視するため、それが起きる事は早々ないが・・・。
 大抵の生き物ならば、何の意図がなくとも行うことができる事。

 視覚によるその機能が欠落している束は、欠落しているからこそ、こう、判別した。



 ゲボック・ギャックサッツは、自分と同じ生物では無い。



 だから、千冬が自分との輪に彼を持ち込んで来ても徹底的に拒絶した。
 常人同様、認識出来ないのでは無い。
 その逆だ。
 人間以外では働く識別機能が、よりくっきり、ゲボックと名乗る異物の存在感を伝えて来るのである。

 3D画像の例えで言うならば、ゲボックのいる部分だけが色分けされているせいでむしろ逆に見えすぎるぐらいなのである。

 しかし彼は、どんなに拒絶しても気にする事なく自分たちの中に混じっていた。
 まあ、それは他ならぬゲボックが束を尊敬し、慕っていたと言う事実があったりするからなのだが。

 次第に自分との共通点を見つけるにつれ、束は内心の恐怖を強めて行く。
 先ず、知能の高さ。

 物事の理解を、階段を飛び越えるどころからその上を飛んで行く様な束の思考の飛躍に喜々として付いて来る。

 さらにそれを発展させて平然と喜ぶ。
 だが、それも束は理解できた。
 束だにとっても、その思考の発展はごく当然だっただろうからだ。
 逆に、自分自身が理解できた事が恐ろしかった。

 だが今まで、それが出来た人間は誰も居なかった。
 自分は、もしかしたら人間ではなく、ゲボックと同じ種なのでは無いのだろうか。
 そんな妄想さえ抱いた事もあった。

 だとしたら、両親は突然変異の化け物を産み落とした事になる。
 そう考えると恐ろしいと思う事もあった。
 既に両親に隔意を感じていたのだから。

 その理由が、自分が化け物だったから———なんて、考えるだけで恐怖で震えたのである。



 そして、束の混乱を極地に到達させる事が起きた。
 妹、箒の誕生である。

 束にとって、『妹』は未知の存在であった。
 両親に対して興味を持ち、普通に認識で来たのは生存本能だったのだろう。そうしなければ生きていけないため、また、脳の発達が最も優れていた頃だったからであろうと思う。

 その『妹』は、自分をどう扱うのだろうか。
 やはり、化物として見るのだろうか。
 両親の様に———愛情を示しつつも、その裏で困惑を抱いてしまうのだろうか。なんの気兼ねもなく対応してはくれないのだろうか。

 色々、ぐるぐる頭の中で思考がループする。
 なまじっか明晰な頭脳は意味の無いシミュレーションを延々と繰り返す。
 ただ、どうする事も出来ずに、新生児室で泣く妹を見下ろしている時に。

「チャオ! ———どうもー、不法侵入者ですよー」
 よりによって、そこにゲボックがやって来た。
 頭から血を流しているが、それこそどうでも良い。
「おぉう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ―――ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 空気読めよ。
 よりにもよって、束にそう思われた。

「・・・誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 嘘だった。

「僕は知ってますよ! タバちゃんはとっても頭の良いフユちゃんのお友達ですね!」

 それからしばらく言葉を交わした。
 思うに、これだけ会話したのは初めてではなかったか。
 いつも千冬を挟んでいたため、束が邪険にするとフォローを入れていたのだ。なんでこいつに、とますます意固地になってしまうあたり、束も千冬もまだまだ経験不足であった、と言えるだろう。
 ゲボックは単に能天気なのでいつも通りだったが。

 内容が、とっととどっかに行って欲しいために邪険にしたものであっても、ゲボックは気にせず、むしろ嬉しそうに応じるのであった。

 考える。
 ゲボックは束と、在り方だけならば『≒』で結べる存在だった。
 だがしかし、元々コミュニケーション能力に乏しい束はゲボックの感情なんて分かる筈もなかった。

 そもそも。
 そんな存在であるにもかかわらず、どうしてこんなに能天気に居られるのだろうか。
 精神構造自体がそもそも別の生き物なのだろうか。

 鬱屈とした思考が貯まり貯まって頂天に到達せんばかりの時。

「メガぁぁああああああァッ!!」
「・・・え?」


 良く分からないが、ゲボックが箒に迎撃されたらしい。
 顔面を抑えてのたうちまわっている彼を見て。

———ふぅ

 なんだか、自分だけが悩んでいるだけ馬鹿なんじゃ無いだろうか、と思ってしまった。
 違う生き物だからなんだと言うのだ。
 普通の人だって、人と暮らすのが下手でペットぐらい飼うでは無いか。
 むしろ、人よりもペットを大事にするぐらい、極普通では無いか。
 世界の裏では人々がその日の食べ物も得られず飢えて行くのに、その人達を何人も救える程の金額で、ペットを色々と着飾ったりするでは無いか。
 
 ゲボックは異物だ。
 だが、害悪では無い。

 今のところ自分と千冬に懐いている。
 このまま傍におけば良いでは無いか。
 愛玩して何が悪い。
 愛玩する事で自分を愛して何が悪い。

 慕われるのは、無条件に心地いいでは無いか。









 あぁ———なぁんだ、そんな、単純な事で・・・良いんだ———









 吹っ切れた。

「———あはっ」
 それまで千冬に見せた事の無い、のっぺりとした無表情に亀裂がはしった。



「———あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 束は久しぶりに思い切り笑った。
 成る程理解した。
 思考のスランプに陥るとはこういう事なのか。
 解けてしまえばこれほど爽快な事はない。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 あはっ、なんて楽しい。
 これからはもう、鬱屈する事はない。窮屈に押し込める必要もない。
 思う存分楽しめば良い。
 これ以後、吹っ切れた束は妹、箒を溺愛して行く事となる、
 無条件の愛情は至福を感じられるのだから。

「・・・なにがあったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
 遅れて入って来た千冬に感情の赴くままコメントする。
「全然分からん」

 御尤も! 束だって分からない。
 楽しくて楽しくて楽しくて、解き放たれて!!
 将来に希望を見出したのは二度目だったのだから。
 なお、初めての時は千冬と出会った日、それ以来の希望だったのだから。









「・・・ねぇ、ゲボ君」
「なんですかぁ?」
「ゲボ君は、私の事好きー?」
「ハイもちろんです! 大好きですよっ!」
「・・・よろしい!」

 このまま、ずっと楽しく友達と死ぬまで生きるのだ。
 束はそう思っていた。
 ずっと—————————



 束は見落としていた。
 それだけ対人経験値が足りなかったと言える。
 愛玩動物(ペット)といえど、愛情を注げば家族以上の存在になるのだと言うことを。
 実際に、なくてはならない存在になるのだと言うことを—————————









 それは、一人の少女にとって、一世一代の決意表明であった。
 小学四年であったと思う。

「こ、今度の、剣道ぉ、ぉ、ぉ、お・・・んんっ、ののの、だにゃ、ぜぜ、ぜ、全国大会だが・・・」
「どうしたんだ? 舌でも痺れたか? フグでも食ったか?」
 痺れ始めたら死ぬわい。

 緊張は頂点に達し、否、K点をこえなおも上昇中である。どもりまくり、噛みまくっていた。
 ああ、初めからやり直したい。しかし、無情に現実は一回きりなのだ。
 メリクリウスよ、永劫回帰でもう一回やり直させてくれ。あ、でもまた同じ事の繰り返しか。駄目じゃないか、意味がないぞそのループ。
「わ、私が優勝したら———」
 頬を紅潮させ、言葉を続ける。羞恥に顔は真っ赤に染まり、視界すらも紅く染まっている気がする。まともに正面に居る筈の少年を見ることができない。

 だが、思い切り振りかぶり、勢い付けて叫ぶように口から言霊を吐き出す。
「つ、付き合ってもらう!」
 よし、言い切った!
 もう、これだけで全て終わったかのような達成感が少女を満たしていた。
 甚だ大間違いである。

 ピシィッ! と少年を指差す。何故かそこだけは決まっていた。
 しかし、そのポーズで固まる少女は内心、断られたらどうしよう、どうして返事をくれないのか、などと高速思考で考えていた。
 なお、何故待たせるのだ、と思い始めたのは発言から0.6秒しか経ってない。
 主観時間とは不思議なものである。



「ん? ああ、別に良いぞ、そのぐらい。優勝のご褒美だ。まあ、俺だけじゃ大した事が出来ねえけど、構わねえよ」

 その日の剣術訓練で吹き出した汗を拭う少年は、少女の緊張に対して全く気負う様子もなく、温めのスポーツドリンクを口にしつつ返答した。

(な、なんだ一夏は・・・こっちが、ここ、こんなに緊張しているのに何でもないかのように気軽に返しおって・・・)



 それより、少年———織斑一夏の認識が少しおかしい事にこの時の少女———篠ノ乃箒は気付いていたか。相変わらず肝心なところですれ違う二人である。

 幼少時の甘酸っぱい思い出。
 束の妹と千冬の弟である二人のそのエピソードは———

 開発されて5年。
 世界の根底を根こそぎひっくり返した巨大すぎる力。
 『IS』による影響で、振り回される事となる。












 少し、時を戻す事にしよう。



 翌年、一夏や箒が小学校に入学を控えたその年。
 詰まる所箒が一大告白(一夏にゃ素通り)をする4年前。

 世界的にISの運用について決まり事をまとめたIS運用協定・・・そのまんまなだな・・・と思った人が居たのか、協定を結ばれた地に因んでアラスカ条約と呼ばれた。
 やっぱりそのまんまである。
 そう言えばジュネーブ条約もそんな理由で名付けられた気がする。

 取りまとめられ、世界的に法整備が紛いなりにも一段落付いた瞬間。



「はぁあああああああ〜〜っ」
 思い切りため息をつく千冬である。
 海千山千の好々爺共が自国の利益のために手簡手管やらなんやらを回している様は。
 非、常〜〜〜〜〜〜〜に疲れる。
 自分が汚れたような気になる。
 んで、気が重くなる。

 千冬自体が交渉の席に着いた事はない。
 公式において、千冬は白騎士———白雪芥子———の操縦者とはなっていない。
 ただ、束の研究所専属テストパイロット兼私的ボディーガードとして傍に居るだけ・・・なのだが。

 束に対するパイプになるとでも思っているのか、まあ、色々小包持ってやって来るのである。
 公式非公式問わず。

「なんだか、このまま私は中卒で就職しそうな勢いだな・・・まったく」
 この懸念はある意味的中するのだがその話はまたの機会にして。

「ひっきりなく人が面会に来るのはどうしたものか」
「だんだんめんどくさくなってきたよねぇ・・・だからこう言えば良いんじゃないかなぁ―――『薙ぎ払え!』って。人気者はそれでいいと思うよ?」
「帝国の姫になどなった覚えは無い。———ったく、誰が人気者だ」
 一人きりの筈の個室、テーブルに向かい合うように束が居た。

「いつ入って来た?」
 一人きりだったので、千冬はかなりラフな恰好である。
 上はノーブラでシャツ一丁、下は下着のみである。
 かなり扇情的であると言える・・・まだ15だが・・・充分美しかった。

「ん〜? 今だよ、そこから」
「・・・ん?」
 束が指差す方には裂けた空間があった。
 ジッパーが開いている。
「ブチャラテ●?」
「どっちかって言うとポルノ・ディ●ノかなー?」
 もはや非常識にもツッコミさえない。
 疲れていた。頼むからこれ以上疲労を重ねさせないでくれ。主に精神的に。というか寝かせてくれ。
 千冬はそんな心情だった・・・。



「ようし、あの花いっぱい植えましたよ?」
 とか言いつつその穴から出て来たゲボック・・・と、千冬は目が合った。
 ああ、もし神なんて奴が居たら私を過労死させたいらしい。

「おぉう! チャオチャオ、ゲボックですよ」
「・・・・・・」
 もう一度繰り返す。
 千冬は、シャツと下着のみである。

「ゲボ君〜」
 そのゲボックにとたとたと束が走っていく。
「タバちゃん!」
 ゲボックも穴から飛び出して束の方へ走っていく。

「チェスト!」
 束のウェスタンラリアットがゲボックの喉元に食い込んだ。
「ぐぅおえっ!?」
 絞殺される寸前の鶏みたいな悲鳴だった。


 束は、薙ぎ倒されたゲボックにのしかかり。
 ほわぁぁあ~と妙な叫びと共に片手を持ち上げる。その手を中指と薬指から分けた風変わりな手刀にする。実はコレ、古武術で良く有る、チョキよりより良い目つぶしの構えである。他にも虎爪という目潰しも有るのだが。
 やりやすさどうこうよりも、受ける方が意図を察しやすいのが主眼である。
 例え習っていなくても束の実家は古武術を継承しているのである。
「眼球の前でゆ~らゆ~らゆぅらゆら・・・」
「なんか普通に狙われるよりずっと怖い!? やめて下さい、ものすごく怖いのですよ!!」

「・・・・・・珍しいな、心理攻撃とは・・・」
 殴ろうとして振り上げていたのに行き場を無くした拳を・・・本当に所在無さ気に元へ下ろし、パンツスーツを身に纏う。
 千冬としては、この持て余した勢いをどうしようか。

「束、もう良いぞ」
「はいはーい」

 ぶすっ。

「目ぎゃあああああああァッ!!」
 結局刺すのか。

「ところでゲボック、植えた『花』ってなんだ?」
 ごろごろごろごろ———「ん? 花ですか?」
 むくりと起き上がるゲボック。
 さっきの一撃が効いていたのか妖しいものがあるんだが・・・。

「いやぁ! アレトゥーサの生えていたところの近くに面白い花が咲いて居たんですよ。それを株分けして増やしたのです。そこで聞いたは、何やらフユちゃんがお困りのご様子。ぜひ力添えしたく周りに沢山植えてみたんですょ」
「・・・だから、どんなのだ?」
「うーむ、そうですねえ」

 どこから話していいかゲボックは思案し。
「ちょっと変わってましてねえ、普通の広葉樹の茎や葉が伸びるのですが、その先端に多肉植物のような花を咲かせるんです。赤地に白い水玉模様が描かれてますが———うん、その花、肉食なんですよ」
「・・・は?」
 『隣のお宅、今日は肉じゃがだそうですよ』みたいな軽いノリで話されるにはちょっと妙な単語だった。

「花———と言うより、子房に近い見た目なんですけど、口が付いてて噛み付いて来るんです」
「ちょっと待て、それは本当に植物か!?」
「ええ、確かに植物ですよ? 体組織内の水圧なんかで動いて自ら獲物探しますけどね。丁度魔界のオジギソウみたいに」
「ますます植物じゃない!?」
「植物ですってば。火に弱いですし———特にイタリア人の配管工が放つパイロキネシスには弱いですね」
「何故そこ限定するんだ!?」
「他にも恐竜の卵ぶつけると縮んで破裂しますね」
「だから何故やけに具体的なんだ!?」
「ただ、養分をある程度限定させると、より獲物を欲するために動的になるみたいで・・・一定サイズまでの植木鉢だと良く育ちますね・・・具体的には土管が一番でした」
「・・・すまん、今グラフィックが分かった」
 良くみればゲボックは歯型だらけだった。
 植えている最中にじゃれつかれたかはたまた単に餌扱いだったのか。
 千冬としては激しく後者を推したいものである。

「それは良かったです。そしてですねフユちゃん! 小生は新種を作ったんです! 土管で生育した時のみなんですけど、子房から直接四枚の本葉が生えている子なんですけどね! なんとビックリジャンプするんです!! 完全に地面から離れるんですょ!!」
「ヨー●ター島限定種まで蘇らせたのか!?」
「うふふ、イヤイヤァ! 凄いでしょう!」
 ちょっとイラっとした。
「・・・で、具体的にどんな風に役立つんだ?」
「あぁ、それはですねぇ———」

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ・・・。

「おぉーう、早速役立ってくれたみたいですね」
「待て」
 ガシッとゲボックの肩を鷲掴みにする。

「なんですか? フユちゃ痛たたたたたたたたたたたぁっ、握力が半端じゃ無い!?」
「明らかに今の悲鳴だっただろう」
 事前に肉食だと聞いているから余計に胸騒ぎがする。

「うむ! フユちゃんは、望まぬ強引な面会にストレスを貯めている様だったので、表から来ないでこっそり侵入しようとした分からず屋を食べてくれます!」
「食べてくれます! じゃなあああああああい!」
 部屋に侵入して来る蝿や蚊を食べてくれます、のノリで容易く人食いを取り扱うなと———!

「害虫駆除はお手の物ですよぉ、だって、束ちゃんの保護を名目としてて、不法侵入者は厳しく罰せられる筈なのに、一向にその気配がない———束ちゃんの命がどれだけ狙われたか、知らないフユちゃんじゃ無いでしょう?」
「・・・それは、そうだが・・・」
 仕事としても、友人としても、それは危惧していた事である。

 表向き、厳重な警備によって束が護衛されている、との事だったが。
 あまりにザルすぎるのだ。
 今まで束がどれだけ狙われたか、最早数えるのも億劫である。
 これは、どの場に於いても束を不要と断じ、始末したがっている輩が尽きない事を証明しているのである。

 それだけではない。
 警備がザルすぎると言う事。
 それは、意図的に警備に穴を開けている思惑が透けて見えると言う事。
 どの場に於いても———それは、守る側のものの中にも常時紛れているのだろう。

 束を疎ましく思う者が。
 敵を作らない様にする配慮が一切無い束に問題が無いわけでは無いが、だが———

 ISを開発し、尚技術を独占し、その気になれば世界をいつでも容易に転覆させうる束。
 彼女の子であるISは、現行ではISでしか対処する方法はなく、そのISについて最も造詣が深いのは、当然束なのだ。
 束は扱いにくい気性であり。
 その上、気紛れ一つで国家そのものを危ぶませる程の突出しすぎた技術者を、生かしておきたい筈がない。

 反面、当然その技術を独占したい筈だ。
 表向きは排斥しようとも・・・まあ、既に不可能だが。
 コレまでの体制は既に復旧など考えられぬ程に破壊され尽くしている。

 束の身柄そのものも狙われている。洗脳なりなんなりする方法さえ、常道に入っている。
 ISについて他より突出すれば、例え小国であろうともイニシアチブを容易に取れてしまうからだ。
 だが逆に、大国を容易に窮地に陥らしかねない技術を容易くバラ撒きかねないのが束である。

 しかも理由は特に無く、水物のような十代の小娘1人に牛耳られ、左右されるとならば尚更———



 ISの技術は独占できぬと、アラスカ条約で決まった。技術の公開義務である。
 だが、それを裏どころか表でさえも黙って大人しく従う国など、到底有る筈もない。
 一度確保してしまえば後で何とでも誤魔化せる。

 どさくさの有耶無耶で、手っ取り早く第一人者を取り込みたいに決まっている。

 その為の絶え間ないエージェント達であった。



「だったら、ちゃんと自衛設備をきちんとさせなければ行けません!」
 ふんっ、と珍しく鼻息荒くゲボックはなんか鼓舞していた。
「———それに、フユちゃんもちゃんと休んで下さい」
「だがな・・・」
 要は、ゲボックの目的はそれだ。
 休む暇なく束を守り続けていた千冬は、確実に疲弊していた。
 今でも戦闘能力的には充分だ。
 しかし、どうしてもこの状態では不意の攻撃に反応するにはワンテンポ遅れてしまう。
 いざという時、それでは致命的だ。
 相手がISならばことさらに。

「こんな時に、小生が子供達を連れて来ていない訳がないでしょう? ごゆっくりとお眠りください。それとも、小生の子守唄をご所望ですか」
「・・・はっ、冗談抜かすな」
 思わず吹き出した。・・・子守唄と来たか。

「顔が笑顔なのに殺気は本物ですよね!?」
「そもそも音痴なお前の歌など聞いたら安眠できるか」
「手厳しい!!」
 ゲボックは気恥ずかしそうにペンチな右腕で金髪をぽりぽり掻くと、はっ、と思い出した様に。
「そう言えばさっきの花ですけど、火に弱いのに火球吐く子もいるんですよ」
「火事になる前にやめさせろぉおおおおおッ!!」
 やっぱり、心労だけは軽くなりそうにない。






 アラスカ条約が締結されしばらく、三人の幼馴染みの影は日本にようやく戻って来た。

「ふぅ、やっと、国際的な法整備も終わったし、暇も取れるだろう・・・流石に地元は良いものだな」
「お疲れですか? フユちゃん」
「そうだな、やはり慣れない環境は気疲れするものだな」
「結構生き生きしてた気がするんですけどね。わりとストレス発散を目的にグリズリーをあしらってましたょね、しかもアレトゥーサ一本で。あれはもう、凄かったですょ」
「あれはお前が小熊とサーモンを奪い合うからだろうが!」
 怒髪天の母グリズリーが突貫してきたのである。
 疲れるのは主に幼馴染み二人のせいである。

「ISの性能検査だった筈なんですけど、フユちゃん生身だけでやっつけちゃうから皆ドン引きでしたねぇ」
「・・・言うな、マフィアに頭下げられる様になったんだからな・・・」
「それにちーちゃん、平然と色々と食べてたよね! 国境なんて気にしてないみたい」
「脂っ気の割には塩味には乏しかったがな。あと、それだけは一言挟ませろ。束には完璧に負けるぞ。どうしてあんな強烈なチーズを食べられるんだ・・・」
「好き嫌いが無いのが、天才にして健康美溢るる束さんの長所なのだ! ははははははははっ!!」
 いきなり笑い出すのは、天才のデフォルトなんだろうか。

「久々に和食とか食べてみたいですね。どうします? 行きつけの定食屋があるんですけど、定食とかオススメですよ」
「・・・ゲボックの容姿でその発言は激しく違和感があるな・・・」
「ゲボ君、中身は完璧日本人だもんね〜」
「元々大日本帝国人ですし」
「間違ってるぞ、日本国だ」
「あはははー、ゲボ君前も言ってたよね」
「うーん・・・そう言う事にしますか。あー、こっちこっち、こっちですよ」



「おお、ゲボックじゃねえか、この間は有難うな、おかげで白バイをブッちぎりで引き離せたぜ! ———じゃあなゲボック、爆発しろよな!」
 いきなり、どう見ても暴走族風の青年に声をかけられた。
 千冬が驚いていると、青年は千冬と束の顔を見て、続いて胸を(束の方を長く見ていたので殴り殺そうかと思った)眺めた後、一瞬だけゲボックに殺意をこめた視線を向けたが、すぐに見た目とギャップのある気さくな雰囲気に戻って一言二言交わすと、手を振りながら去っていった。
 ・・・爆発? 確かに実験で良く自室を爆破しているが、何故言うのだろう。
 なんだったんだろうと。千冬がゲボックに問いただす前に、通り過ぎかけた八百屋のおばさんが声をかけてくる。

「あら、ゲボック君じゃないの。まぁ、きれいな女の子二人も一緒にいるなんて隅に置けないわねえ。どう? ウチのドリアンジュース飲むかしら?  あ、でもウチで飲まないでね。臭いから」
 けったいな話である。

 それだけではない。
 人が素直に通り過ぎない。
 次から次へと声をかけてくる。
「おう、坊主じゃねえか。お前が公園で作ってくれた、合体してロボットになる滑り台と鉄棒な、結局機動隊と激突して完封勝利の後、空飛んでったぞ? ウチのガキが残念そうにしてたなあ」
「おやおや、ゲボックさんじゃないですか、あなたの作ってくれたこの砥石、素晴らしいですね。でも、研いだ包丁を落とすと、取っ手まで床に刺さるんでちょっと危なすぎます?」
「わんわんわん」
「痛い! 何でこのワンちゃんは小生を見るといつも『千切る!』と言わんばかりに噛むの!?」
「男にしてくれて有難うございます―――フゥンムッ!! あ、この筋肉は自前ですフンハァッ!」
 商店街で会う人会う人に挨拶されまくるゲボック。
 皆少し常識とズレている気がするのは千冬の気のせいだろうか。
 とりあえず最後の男(?)は脂ぎっていたので張り倒した・・・触りたくなかったので看板で。

「・・・驚いたな、ゲボック」
「んんぅ? どうしました? フユちゃん」
「お前がこんなに知名度高いだなんて初耳だったからな・・・」

 などと話していると、ちょうど答えを携えた人が来たようだった。
「あらぁ、ゲボックちゃんの彼女かしらねえ。とってもお顔の奇麗な子ね。どっちなのかは分からないけど・・・ゲボックちゃんはね、皆のお願いを何でも聞いてくれる凄腕の発明家だから、このあたりの人はなにかしらでゲボックちゃんに助けられているのよ」
 千冬の独り言に反応したのかは知らないが、老婆のそんな言葉に千冬は目を丸くした。
 ゲボックに助けられている人が居る。
 ゲボックもへらへらと嬉しそうに商店街の人と会話している。
 そう、千冬は『こういうこと』をゲボックに幸福として感じてもらいたいのである。
 ストン、と胸に安心感のようなものが落ちが気がした。

 それだけで、なんだか救われている気がするのだが・・・。



―――と

 ちょっとまて。
 何で私のいる場所ではいつも嵐のような騒動が起きるのだ?
 世の理不尽さに頭を痛めていたら、束が珍しく無言なのに気がついた。
 いつもならゲボックと踊り出すぐらいしているのに。

「・・・むぅ」
「どうした? 束」
「なんでもないもん」



 束の奇行に頭をかしげていると。「ここですここです」とドリルとペンチを振り回すゲボックが一軒の店を指し示す。

 五反田食堂とある。
「・・・本当に普通の定食屋だな」
「うわぁ、きったなーい」
「衛生レベルは確かですから安心して下さい。うふふ・・・この辺りでは一番お勧めですね」
「・・・ふむ、意外だな」
 ゲボックが関わると皆非常識になる気がして居たのだが、案外普通なので驚く千冬だった。
 ふむ・・・ゲボックについては何でも知っているつもりでいたが、存外、ゲボックは単体でもそれなりに良好な行動をとっているのかもしれない。


「失礼します!」
 とやけに低い物腰で暖簾をくぐるゲボック。
「おう、坊主じゃねえか、はぁー、テメェも女連れで歩くようになったんだなあ」
「そうですか! そう見えますか! ヒャッハーッ! 小生にも黄金時代が来ましたかヘブゥッ———!?」
「声がでかいぞ駄阿呆。店で騒ぐなって何回言ったと思ってんだよ、消毒すっぞ、あぁッ!?」
 飛んできた中華鍋がゲボックを直撃し、覆いかぶさった。
 デカイ。
 これを投げるにはどうするか。
 中々難しい事をやる職人だ。自分でも難しいだろうと、千冬が感心していると、中華鍋を被ったままゲボックが立ち上がった。
「おぉう・・・これは中々のフィット感・・・」
「やかましい坊主、さっさと返せ」
「あああっ、厳さん御無体ですよっ! しっくり来てたんですがっ!」
「だまれっつってんだ。炒め尽くすぞ。さっさと注文しろってんだ」
「分かりましたよ。厳さんはフユちゃん並に痛いので驚異ですねぇ・・・どうです? 二人とも何か決まりましたか?」
「・・・随分馴染んでいるな」
「ええ、孤児院から出てうろうろしてたら迷っちゃいましてね。アハハハ、餓死しかけたところを店前で拾ってもらったんですよ」
「初耳だぞそれは!?」
「まあ、孤児院に行ってすぐの頃でしたからねえ、良く好奇心に負けて外出してたんですよ」
 ああ、それで時々孤児院でリード付きの扱いだったのか。

「・・・ったく」
「それから五反田食堂を初め、商店街では色々お世話になってるんですよ」
「・・・それは今日まで知らなかったな」
 それが本当なら、相当長い付き合いだと言う事になる。気付かなかった。

「あら、それを言うならこっちのほうがお世話になってるわ」
「おぉう、蓮さんじゃないですか。お元気でしたか」
「ええ」
 それまで他の客の対応に向かっていた女性が笑顔でやってきた。注文をとるらしい。

「・・・この馬鹿が何かご迷惑をかけてないでしょうか」
「そんな事ないわよ? うちも、どんなに振り回しても中身の絶対こぼれないうけもちとか、地上げに来たやくざ屋さんを見たら変形して追い払いに行く冷蔵庫とか作ってもらったもの」
 なお、受け持ちには重力制御装置が搭載されていたりする。超オーバースペックだった。しかもただでメンテにゲボックが来るので。故障の心配も無い。

「あ、母さん。ゲボックさん来てたの?」
 つづいて店の裏からバンダナを付けた赤髪の少年がやってきた。
 年の頃は一夏と同じぐらいである。
「おぉう、弾君ですね! どうでした、タケ●プター」
「あぁ、ガキ大将の尻にくっつけてやったら隣町まで吹ッ飛んでったぜ!」
 竜巻に遭ったかのように大回転しつつブッ飛んだらしい。飛んだ時螺旋を描いた理由は、ヘリの尾翼にローターが付いている理由を調べると良い。

「・・・え? 自分で使わなかったんですか?」
「なーに言ってんだよ、ゲボックさんの発明、試さずに使えるかってんだよ。何起こるかわからんし」
「素直すぎて手厳しい!」
「・・・この子は?」
 千冬が弾を見下ろして言う。
「うちの子で弾っていうの」
「・・・息子さんなんですか!?」
 その女性・・・ゲボックの言うとおりなら蓮さん―――のあまりの若さに驚く千冬。
「蓮さんはとっても若くて奇麗なんですよ?」
「あらあらゲボック君、エスコート中の女性の前で別の女の人を褒めちゃ駄目よ」
「・・・なんでですか? 特にエスコートはしてないですよ?」
「うーん・・・その辺はまだまだなのねぇ、とっても頭いいのに。ほら、そっちの子なんていじけちゃってるわよ」

 ・・・そういえば、さっきから束が全く何も言っていない。
 どうしたのかと千冬とゲボックが振り向くと・・・。

「うわっ、何をしているんだ束!」
「凄いバランスですねえ」
 ふてくされながら逆さピラミッドを爪楊枝でくみ上げている束。
 当然、接着剤など使っていない。
 計算し尽くした驚異的なバランスで安定を保っているのだ。
 単なる暇つぶしとしてはレベルが高すぎる。

「・・・どうしました? 束ちゃん」
「・・・ふーんだ・・・」
「今日は束ちゃんご機嫌斜めですねえ」
「知らんのか? ゲボックと山道がマンガの話しているときも束はこんな感じだぞ」
「・・・山道? 山谷君じゃなかったでしたっけ?」
 山口は、未だに名前を覚えられていないらしい。

「あらあら・・・まあまあ」
 くすくすと蓮は笑うだけである。

「困りましたねえ・・・弾君、どうしらたら良いですか?」
「・・・俺に聞くの!?」
「坊主! 注文はまだかっ!」
「御免なさい、お父さん。ちょっと話し込んじゃったわね」
 あらあらと笑う蓮。若さの秘訣は笑顔だと思うのは一部だけでは有るまい。

「お兄ぃ~っ!!」
 その時、奥の生活空間の方から女の子の声が聞こえて来た。
「あら、弾。蘭が呼んでるわよ?」
「分かった。ちょっと行って来る。おーい蘭ーっ」

 弾はすぐ部屋の奥に引っ込んで行った。
 もしくはゲボックから逃げた、とも言う。

「しっかりしたお子さんですね」
 微笑ましく弾を見送る千冬だったが・・・。だんだん、表情が変わっていく。
「一つ下の妹が可愛くて仕方がないみたい・・・」

 それに気付かず、ゲボックがつい———
「あれでいっくんや箒ちゃんと同い年なんですよ」
 迂闊なことを言った。

「あ・・・ゲボ君!」
 それまで拗ねていた束が急に声を上げた。
 千冬が、ずっと弾の居なくなった通路の奥を見つめ———

「あちゃあ! まずりましたよ!」
「い・・・い、い、一夏ぁぁぁぁぁああああああアアアァァァァァァッ!!」
 千冬が暴発した。

「あー、だから言ったのにー。ちーちゃん、ずっと海外に居たせいで、いっくん欠乏症で禁断症状出てたんだから」
「名前一回で忘却組成薬を無効化するだなんてどんな精神構造ですかーっ!?」
「まぁ、ちーちゃんだし」
「フユちゃんですしねえ」
「うるせえぞ! マナーのない客は客じゃねえんだぞコラァ!!」



 その後、厳と千冬の人類最強種頂上決戦が起こり、理性がなかったからか動きに精彩を欠いた千冬が、万能ネギを口に押し込まれて理性を取り戻した。五反田食堂は半端ではない。
 ちなみにそのままネギは完食されました。



「ではでは、業火野菜炒めお願いしますね! 小生はお気に入りのアレが是非とも食べたいのです! あ———これは是非是非お勧めですよ」
「ふむ・・・ゲボックが食べ物に関して薦めるとは珍しいな。私もそれでお願いします。束もそれで良いか?」
「ZZZzzz・・・良いよ〜」
「コイツは聞いているのか? 寝てるのか?」
「寝ながらでも結構できますよ? 小生は良く研究室で丸一日研究してるせいで、徹夜七日目ぐらいから寝てますし。気付いたら研究の記憶だけが残っててあと憶えてないんですよねえ」
「・・・素直に寝てろっ! はぁ、人外共め」
「フユちゃんに言われたくないですょ、グリズリーを最後は一本背負いしたくせに!」
「・・・いや、都合良く手を伸ばして来たんで、つい」
 ぽりぽり、思わず頬をかく千冬。何となく、気まずいときの一夏に似ている。
「体重差考えて下さいょ! 次はシロクマなんですね、そうですね!」

「・・・良いわねえ、こういうの」
 結局、お玉が飛んで来るまで騒々しく二人は騒いでいたと言う。
 束は店を出るまで熟睡しており、口元に食料を近づけると勝手に食べるという御技を見せた。
 寝ながら栄養補給出来なければ、一日35時間は生きられないとは彼女の談である。



———その影で
「ふふふ、旦那様と奥様が良い雰囲気になっておられるのに、邪魔しようとは無粋なお方ですねえ」
「うわああああっ! なんだ、この———鉄仮面に三つ編み付けた鉄の化け物はああああああッ」
 某国のエージェント達に、ゲボック家の一員がわさわさ群がっているところだった。
 なお、指揮官は非・戦闘型のベッキーである。

「・・・左様でございますか」

 化け物と言われたベッキーはコンマ数秒思考が硬化した。
 すぐに動き出すのだが、その時既に回路が変わっていた。
 人間で言えば、『カチンと来た』という状況である。
 
「・・・ほう? 化け物と。あいにくとわたくしは、戦闘型ではありませんが・・・少々御相手させていただきます」
 言葉を終えるや否や・・・いや、言い終わる前に素早くも素晴らしい手際で、その両手からゲル状の何かが吹き付けられ、即座に全員が動けなくなる。

「・・・な、なんだ、これ、う、動けない!?」
「ええ、宇宙ステーションで用いるべく開発された、隔壁代理材でございます。瞬間的に硬化するため、穴の開いた宇宙ステーションで、気圧差による空気の流出にもものともせず外壁を塞げる代物です・・・繰り返し申し上げさせていただきますが・・・わたくしは、戦闘型ではありませんので・・・行動不能になるまで殴打させていただきます———拳で」

 手も足も出ない隔壁補修材の中である。
 抵抗も逃走も受け流しも出来ない状態で、生物兵器としては膂力の乏しい・・・が、人間よりは充分に腕力のある『無骨な鋼の拳』。

「———さて、存分にお召し上がりください・・・当然、通信は妨害しておりますので、救援は呼べませんよ?(口が無いのに、にやぁと言える雰囲気を醸し出す)」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃ———!!」」」

———当然、フルボッコであった。
 本日、束を狙ったエージェント達のうち、最もむごたらしい有様になったと言う。
 なお、異形の怪物に襲われて何故話題にならないかと言うと、ギタギタにした後、忘却組成薬を射っているのだ。
 完全に忘れている。
 物陰から観察し、情報を得ようとしても、そもそも諜報能力、感知能力の技術差が数世代差があるのである。
 恐怖は記憶になりはない。しかし、感情に焼き付いたそれは、凄腕である筈の彼らを再起不能にするには十分だった。
 あえて、不完全にフラッシュバックするという周到な嫌がらせ付きだったのだ。

 余談だが、ゲボック家の一員達は、この町内会では普通に受け入れられていた。
 しょっちゅうゲボックが連れ回していたから・・・そのうち慣れたとか・・・どんな順応力だここ。
 後に、家事を憶えてきたために、この町内に買い出しに来る一夏は結構生物兵器と交流ができる。
 ゲボックに関していないのは、執念にも似た千冬の努力の賜物といえた。

 しかし、この町内の見た目カオスっぷりは、正夢町に通じるかもしれない。









「それじゃあ、束、ゲボック。また明日な」
 三人の分かれ道。
 千冬の実家への道、篠ノ乃神社への道、孤児院への道。
 千冬宅は、ゲボックや束への借金で購入した。
 裏の色々な書類も工面している。
 二人は『プライスレス』などと言っていたが、こういうケジメは大切だとごり押ししている。
 この面では、頭が上がらんな、と千冬は思っている。

 だが、それ以前に体がうずうずしている。
 早く一夏の顔が見たいと、顔に書いてある上に態度が巨大スピーカーで叫んでいるような感じだった。

「久々の学校ですねえ」
 ゲボックはあまり執着のない孤児院の方である。
 中学卒業とともに出る予定であった。
 院の方にしても、完全問題児扱いのゲボックをとっとと追い出したい雰囲気が出ている。
 ゲボックが居なくなれば、ゲボック自身が出している孤児院の収入のほぼ半額、寄付が無くなるというのに、匿名であるから気付いていないに違いない。
 まあ、どうなろうと、知られた事ではない。
 以上の事実も、調べた束以外は知らないのだから。
 ただ、意趣返しとして一報を送るだろう———ゲボックが居なくなったので打ち切ります、と。
 ・・・も言う一度言うが、寄付しているのはゲボックだが。

「えー、面倒くさいなあ」
 そして、束である。
 束にしても、久々の実家である。
 なにより、彼女もシスコンだ。箒を猫可愛がりしたくて堪らないのだろう。
 両親は・・・どんな反応をするのだろうか。



「・・・私は、学歴覧に『小卒』だなんて間違っても書きたくない」
 拳を握る千冬は結構切実に述べていた。

「・・・灰の三番はどうします?」
「彼女の意見通りにする。まさか追い出すとでも思ったか?」
「いえ、それが一番だと思いますよ? こっちも孤児院ですから」
「・・・ん」
 じゃあ、うちに引き止めた方が良いな、と決めた千冬だった。

「んーじゃーねーちーちゃん、ゲボ君!」
「ああ」
「でわでわですよ!」
 三人は分かれて行く。






 しばらくゲボックが一人で歩いているときだった。
「———お久しぶり。だいたい、一年ぶりかしら」
 電柱の影から、金髪がのぞいた。

「おぉう! ミューちゃんですね! お久しぶりです! お元気でしたか?」
「まあ、それなりに」
 そこに居たのは、ミューゼルであった。
 束から逃げ切れたのである。
 そして、1年前とはだいぶ印象が変わっている。
 ショートカットがセミロング迄伸びているのが、一番の変化であった。
 どうも、彼女は髪を伸ばすとより豊かに見えるようなウェーブが掛かるらしい。

 そして、彼女がゲボックに会うときはただのミューゼル。
 名前の方は、その都度変わるのだから。

「どうかしらドクター。私と一緒に、世界中に人助けに行かないかしら」
「人助けですか・・・いいですねえ!」
 あっさり肯定するゲボックだった。



 ゲボックは誰の言う事でも聞く。
 誰の唆しでもほいほい付いて行く。
 この場合、この気性が仇になった。
 千冬にしても、束にしても。
 この時の彼女らはISが中心だった。
 それに関して常に狙われる束や、その縁者ばかりに気が行っていた。

 同等の技術的脅威があるというのに。
 それに目を付けたものが、確実に居るというのに。

 見事に隙を突かれた形となる。

 ゲボックが孤児院に顔を見せる事はなかった。
 そしてそのまま、出奔という形をとる。

 ゲボックはそのままミューゼルとNGO団体『亡国の風』に所属。
 ・・・といっても、所属はその二人だけだが。
 なんというか、シュミレーションゲームのタイトルのような組織名である。

 ゲボックは約一年間、日本から姿を眩ませ———
 世界中を跳梁跋扈する事となる。



 弱きを科学で助けると言うのを主眼とした組織だが。
 裏を通じて利益を貪る者達に、そのあり方は戦慄が走ったと言っても過言ではない。
 圧倒的力による、安寧した権益を貪る有力者の組織。
 それを容易く打破する脅威として二人は暴れ狂った。

 裏に大国の影響があってもそれは同じであった。

 今までは、ISによる影響でさえ、それでも政治として利用できた。
 
 だが、これは。

 どういう名目であれ。
 搾取を主体とした利益の流れをそれ以上の圧倒的力により毟り取られる事になるからだ。



 国家の暗部。
 社会の暗部。
 権力の暗部。
 平等の陰。
 平和の陰。
 粛正も、殺戮も、その裏にある個人の権益も。
 そう言った、切除できない膿。
 それを狙い撃ちした、ある意味社会混濁を目的とした愉快犯。

 世界の後ろ暗いところで巻き起こる狂乱と混沌。



 Dr.アトミックボム———後にそう称される博士。その伝説の幕開けは、ごくあっさりとした決断で初まった。

 つまりはその日。
 千冬が商店街で感じた将来への至福は、容易く打ち砕かれた日でもある———

 さもあらん。

 ミューゼルの目的は、ゲボックの知名度を、Dr.天災、篠ノ乃束(ゴッド・ケアレスミス)と同等レベル迄高める事だったのだから。



 とある紛争地帯———
「死ねえええええぇぇぇッ!」
「あほぉふゅゔぇ!?」

 そこは紛争地帯でよく見るスラム街だった。
 路地裏にひしめく人影はその日一日生き抜くにも必死であり、生きる糧を得るためならば、殺人の忌避感など全くない。
 人の命よりも一杯の水が重い。そんな環境で。

 どうどうと、人気の無い路地裏を歩けば、こういう事になる。
 言わずと知れた被害者はゲボックである。

 そこには、後頭部を殴打され、倒れ伏すゲボック。
 そして、ゲボックを見下ろす幼子達。
「良し、さっさと貰うもん貰ってずらかるぞ———」
「ティムさっすが」
「見ろよ、見るからに金持ってそうだぞ」
 そう、誇らしげに言うのはリーダー格なのか、ゲボックを殴り倒した張本人である。他の子の言通りなら、ティムと言うらしい。 

「髪の色が金色だからってそれはねえと思うけどなぁ」
「服、俺等と大して違いが無いくらい汚いよね・・・」
 散々な言われ様である。まあ、白衣は洗ってないため、一体何の薬品やら体液やらがこびりついているか得体が知れなくなっているので———まぁ、それも仕方が無い。
 
 

「あら、それは困ったわね」
 気安い、女性の声だった。
 それでなお、ティムは凍り付いた。
 まるでどうでも良さげな声色でありながら、体の芯から震え上がるような殺気が体を縛り付けていたのだ。
 背後に、セミロングを伸ばした女性が細身のナイフを首に押し当てている。
 もしも、むやみに動けば、その瞬間、頸動脈がカッ捌かれ、人生を閉じるだろう。
 動ける訳が無かった。

「駄目じゃない、こういう時は逃げられないようにして搾り取らなきゃ。殺したりしたらアシ付くじゃないの」
「えぇ!? 叱るのそこなんですか!? ミューちゃん」
「だって、何度言っても白衣を清潔にしないんだもの。そろそろ一回死んだ方が良いんじゃないかしらって」
「ひぃっ———何だこいつ」

 ティムを凍り付かせていたのは殺気の塊だが、得体の知れない気配は、あっさり殴られた男から放たれていた。
 頭から血を流しているが、何事も無かったかのように立ち上がっている。
 にやぁ、と口角すらつり上がっていた———嗤っているのだ。

 助けは来ない。
 凍り付いたティム以外は居なくなっていた。
 皆、生存の術は心得ているのだ。
 過酷な環境は、確かに彼等を鍛え上げていたと言える。
 適応出来ねば死ぬだけなのだから。

「しかし、何でこうなっているんでしょうか?」
「うわぁ、なんだその腕!」
 ドリルでガリガリ頭を掻いているので、さらに怯えるティムだった。

「・・・いや、そう言うのは殴る前に気がついて下さいょ」
「選り好みしてる余裕なんてねえんだよ!」
「ふむ———どうしてですか? お困りならお話伺いますょ?」
 何でも言って下さい、と科学者は嗤う。
 老いたファウストに手を差し伸べたメフィストフェレスのように。

「な、何でだよ・・・さっき殴られたってのに・・・」
 ティムは完全に呑まれて動けない。
 とっくにミューゼルのナイフは離されているというのに、逃げる気も起きない。

「正直言うと、やられっぱなしはちょっと癪にさわるんで何か仕返ししようと思うんですけどね? まぁー、その前に何か面白そうなので———はい、小生は科学がしたいだけなんです」

 何か、お困りですか?

 科学者は嗤い続けている。

「あのさ———」
 ティムは、口を開いた。



 それは、押したと言う事だ。
 Dr.核爆弾(アトミックボム)。ゲボック・ギャックサッツの———



———誰にでも押せる爆破ボタンを



 ティムは元々、近くの農村で生まれた。
 その日その日を必死に生きていたが、飢える程ではなかった。
 最低限の糧を育み、余ったものは売り。
 そうやって生きてきた。

 しかしここで、持ち込まれたものがあった。

 焼畑農業と、石油マネー。

 焼畑は、手軽に肥沃な土地を農地へと変え、豊作を変えらに与え。

 石油の産出は、莫大な外資と『外の知識』を彼等にもたらした。



 だがそれは。
 この地で正しく巡っていた循環を破壊してしまったのだ。

 生まれたのは貧富の拡大。
 そして、森を焼いた事によって圧倒的加速を促された砂漠化だった。

 結果、巻き起こったのは紛争。
 外が見えれば、今迄なかった物が欲しくなる。
 そして、貧しくなれば富める者へ鬱屈が募る。

 そして、第一次産業が火の車となればもう———真っ逆さまだ。

 ティムの村は完全に砂漠に飲み込まれた。
 もう、父母と共に耕した田畑も、獣を狩り、糧を得ていた森林もすでに無い。

 あとは餓えて乾いていくだけだ。
 生産出来ぬなら。
 狩りも出来ない。

 石油の利権とて、僅かな上層階級と、略奪と搾取に長けた外の企業に奪われてしまっている。

———あぁ、あとは、奪うしか無い



 適当な名目をつけて起きた紛争とは、つまるところその程度のものに過ぎない。
 その皺寄せはいつだって弱者へ弱者へと寄せられる。

 当然のようにティムをはじめ、自力で稼ぎを得られない子供達は捨てられた。
 誰しも他人に目を向けられないこんな国では物乞いさえ出来ない。

 打ち捨てられた廃棄区画で身を寄せ合い、強奪やスリなどを行うグループが出来はじめ———
 こうした、弱肉強食のスラム街が出来上がる。

 以上をかい摘んでミューゼルに意訳されたゲボックは思案し。

「———つまり、森が蘇って軍隊が無くなれば良いんですか?」
 ざっくばらんに簡潔すぎる結論を出したゲボックは楽しそうに言うのであった。

「それじゃあ、木を植えればいいですね」
「・・・はぁ?」
「それはどんな?」
 何言ってんだこの馬鹿、餓鬼でもわかるぞ、と言う感じのティムと対象的に楽しそうなミューゼル。
 それはそうだろう。
 ミューゼルは、ゲボックの幼馴染二人に次いで、彼の事を理解しているのだから。

「そりゃあ勿論!! 軍隊より逞しい森を!」
 あ~はいはい、と言った感じのティムをさておき、ミューゼルは、内心ほくそ笑んでいた。

 ちょうど、大きな敵が欲しかったのである。



 翌日。
 砂漠のど真ん中に一夜城ならぬ一夜森が発生していた。

「はぁ・・・?」
 とぼやいたのは一体誰だろうか。
 何とこの森。
 1時間に1ha広がるのである。
 樹木の成長を視認可能なのだ。
 尋常なものではない。

 さらにこの森、何と全体的に移動迄するのだ。
 速度はだいたい時速5キロ程。

「何だありゃあ?」
 などなど話していても埒が明かないのは確かなので、何人かで入ってみる事にした。

 3時間程探索した後、彼等は大荷物を持って帰ってきた。
 あまりに呆然としていたため、荷物を受け取った男が聞いてみる。

「・・・肉が、木に生ってた」
「「「はぁ!?」」」
「いや、何言ってるか分からんだろうけど、本当に木にバラ肉が実ってたんだよ」
「冗談言うのも大概にしろよな」
「マジだって!」
「はっはっは、マジだったら今晩俺が奢ってやるよ、その肉をツマミにな」
「食えんのかこれ・・・」
「・・・さあ」



 まぢでした。

「今晩お前の奢りな」
「畜生ォ!!」
「・・・ん? 前には無かった看板があるぞ?」
「んだよ、そのあからさまなのは・・・」

 にょきっと言った感じで、地面から生えているかの様に看板が生えていた。
 そしてその看板には———
『武器持ち込み禁止』
『火気厳禁』
『喧騒御法度』
『なヲ、上記に反した場合、生命の保証はしかねます』
『収穫用の鉈は許可』
 などなど書かれている。

「なんなんだろうな」
「知るか」

 等と首を傾げながら食料を収穫し、戻った彼等の報告で、翌日は周囲の難民じみた者達が30名程で森に潜った。
 そして、皆。笑みに包まれたまま豊かな食料を持ち帰り・・・。

 三日目。
 大分成長した森の入り口に看板が増えていた。

『チュートリアル終了。ルーキー仕様から難易度をノーマルへ移行します』
『猛獣注意』

「ルーキー仕様?」
「猛獣注意?」
 口々に疑問を交わす彼等。
 今迄、ジャングルであるにも関わらず、危険な生物がいなかったからである。

「大体、誰だよ、この看板」
 はしょりすぎなセリフだった。
 今更感がひしひしとたゆたっていた。
 地面から直接生えているような感じである。

「・・・さあ?」
 御尤もである。

 さて、今日も糧を得ようと森の間を進んで行った時。

 それまで居なかった、見憶えの無い生き物が居た。
 一言で述べれないが、言ってみれば、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』だった。

「・・・え? なにあれ」

 思わず回れ右して逃げ出す彼等。
 しかし、それは最大の誤策だった。
 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に限らず、肉食の動物と言うものは、背を向けて逃げる者を獲物とみなし、嬉々として追って来る習性があるからである。
 死んだ振りをすれば見逃してくれるという逸話が有名だが、真っ赤な大嘘。これ幸いと―――食われるだけだ。

「お、追って来たぁぁぁあッ! な、何だ、あの———『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』はぁぁぁぁぁあっ!!」

 すると、博識だったとある一人がはっ、と何かを思い出したようで。
「俺知ってるぞ、なんか北の方の山に住んでる猛獣だ、確か名を―――」
「そんなのどうでも良いわぁ! なんでそんな生き物がジャングルにいるんだあああああああァッ!!!」
「俺が知るかあああああァッ!」

 はむ。

「うぉあァッ!? あたかもひょいと摘むかのように食われた!?」
「逃げろおおォッ!」
「早ええええよ! 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』早すぎるよ!」
 なお、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は時速56~64Kmで走る事が可能である。
 これは百メートルを6秒台から7秒台で走る速度なのだ。逃げ切れたらギネスに載れる。しかも、以後打破不能の。
「強っ『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』強っ!」
「動でもいいけど俺ら良くこの状況で『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』って連呼できるよなー」
「はァ? 『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声を―――ばみっ!?―――」
「・・・言ってるそばから舌噛んだ!」
「つーか死んだぁ!?」
「食べてる!? 舌噛んで倒れた奴が『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』に喰われてるッ!?」

 猛獣注意の意味は理解された。
 情け容赦の無い弱肉強食が襲い来るのである。
 しかも、彼らの逃げる先にはなんと―――

「な、何だこれは・・・」
「『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の、白いのだああああっ!!」

 もっとデカイ脅威がいた。

「もっとありえねえええええええええ!!」
「そもそもこの森の存在自体がそうでしょうに」
「無駄に冷静な貴様が憎い!」



「見たまんまだなおい!」
「つーかさっきのよりデカぁッ!」
「極地の海に居る筈なのになんでだああああああっ」
「あー、だから白いのか」
「ああ、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』は、北に行くにつれ灰色、白へと漂白されていくんだ」
「生き延びるには本当の本気で意味の無い知識だなおい!」
「トリ●ア~」
「この状況じゃ真剣中の真剣に満足もクソもねェッ! つぅか古ぇ!」



 ぎゃあぎゃあ喚きながらも彼らは森から脱出した。
 途中、森の成長を見逃していて闘争距離が伸びたり、本来ならありえない『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』同士の思わぬ連携などで被害を出しつつも、逃げ切れたのである。



「・・・くそ、何で今日からこんな風に・・・」
 ぼやきも仕方が無いといえた。
 彼は、今まで半信半疑だったのだが、昨日までの『収穫』を見て今日から参加したのだから。

「チュートリアルって何だよ・・・ゲームかよ・・・?」
「・・・くそ、なんか自衛道具を・・・」
「武器は駄目なはずだぞ・・・鉈以外は」
「鉈でどうやって『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』倒すんだよ!」

 世界には、『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』の灰色のを木刀一本であしらい、一本背負いでシメる少女もいる事を、彼らは知らない。

「くそ、明日から銃持ってくしかねえんじゃねえか?」
「いや・・・武器の持ち込みは禁止だって書かれてたしな」
「おいおい・・・本気で守る気か? あの看板」
「・・・『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』を見たあとでそれを言うのか?」
「鉈で勝てるかよ・・・くそ、どうすりゃ・・・」
 途方に暮れる彼らのもとに、近付く一団があった。
(くそ、やっぱり来やがったか・・・)

「おい、食料を大量に確保できる緑地帯が拡大していると言うのはここか?」
 威圧的な気配で声をかけて来たのは、軍人だった。
 食料を確保できるという事は、軍部にとっても重要な事項だったのである。

 彼らは互いの顔を見合わせた。
 お互いの眼が同じ意見を発していた。相談無用である。
「「はい、あの森です」」
 むっちゃ笑顔だった。






「武器を持ち込んでは行けません」
 斥候の前に現れたのは緑色の女だった。
 髪も肌も緑色のその女は、樹皮色の装甲を胸や局所に覆っただけであり、女性は肌を隠すものと教えられていた彼らは顔をしかめた。

「立ち入りは自由です。でも、武器は駄目です」

 彼女は訴え続ける。
 しかし、誰も聞かない。
 彼女を置いて奥へ進んで行く。
 あられもない恰好でありながら、襲われなかっただけマシなのかもしれない。

「分かりました。ペナルティーを実行します」

 その言葉を聞いた者は居ない。
 既に魔窟へと進んだ後だった。



 そこには。
 『例の花』が待っていた。

 ぱく。
「ぎゃあああああああああぅッ!!」

「なんだ! なんなんだこれはああああああああ!」
「ぎゃあああああっ! 足がっ! 足がァッ!」
「口臭ッァ! なんかコイツだけ違う!?」



「武器、持って来ては行けないと言ったのに」
 抑揚無い声。
 苦境に喘ぐ彼らを。
 緑色の少女が彼らを見下ろしていた。

「お前か! お前の仕業かっ!」
 部隊の一人がとっさに銃撃し、少女の頭部は果実のように破裂する。

「・・・武器はいけないのに・・・」
 その比喩はまこと正しいものであった。
 鼻から上を失っても、少女は何ら変わりなく言葉を紡ぐ。
 少女の破裂した頭部からは黄色の果汁が迸り、甘い香りが広がった。
 人間である筈がない。

「ひぃっ・・・」
「武器を持って来ちゃいけないって言ったのに・・・」
 ジリジリと這いよる『緑色の少女』。
 花がさわさわと彼らに迫って来る。 
「う・・・うぁ・・・うわああああああああああああっ!!!!」



「怖ぇえよ! ぶち殺されたいのかてめえ! むぐむぐ・・・甘・・・」
「暴力はいけませんよ? そりゃ、この子の自慢の果実ですからね。うむうむ・・・酸味が素晴らしいです」
「・・・どちらにしてものんきなものね。じゃあ、私はこれね」
 森の奥。植物の光学器官が転送した映像を見つつ、三人は果実で舌鼓を打っていた。

 そのゲボックの後ろ。積み重なった腐葉土の隙間から緑色の少女が文字通り『生えて』来た。
「お父様。武装した人。肥料になりました」
「おぉう! 頑張りましたね『翠の一番』! このまま順調に砂漠を緑化して下さいね!」
「子孫増やすのは本望」
 確かに、命令というよりは本能のまま動いたと言った方が近い。

「でもどうするんだよアニキ、斥候が全滅したとなったら、あっちも本気で重い腰あげるんじゃねえか?」
 いつの間にか、ゲボックはティムにアニキと呼ばれるようになっていた。

「そうねえ。ベトナムで使われた枯れ葉剤とか撒かれたらどうするの?」
「ふふふ・・・小生がそんな事を見逃していると思いましたか!?」
「ええ」
「抜けてるしな、アニキ」
「手厳しい!」
 ずぅーんと落ち込むゲボック。四つん這いになっているが、口がモゴモゴは止まらない。
 相当美味しいらしい。

「しかぁし! この『戦闘封印樹海・生物兵器、翠の一番』は生命力こそを重視して作り上げた傑作品! 軍隊なんかにゃそうそうやられませんよ!」
 すぐさま起き上がり、ゲボックは興奮してドリルを振り回す。
「お父様」
「ふふふ、森の中に於ける『生身で行える攻撃以外、及び一切の白兵戦以上の武器を禁ずる』ためにはどんどん進化するこの子はそうそう負けないのです!」
「お父様」
「ん? どうしました? 翠の一番」
 くいくいと蔓がゲボックの袖を引くので振り返ると、『例の花』があった。
「・・・? どうしました?」
「ドリル。武装」
「ほえ? ドリルは掘削工具ですよ? 武器としても白兵戦しか出来ませんよ?」
 ふるふると少女———『翠の一番』のコミュニケーション用インターフェースたる少女は首を振った。
「ドリル。緑色のビーム出る」
「なっ!? なんで、小生の秘密兵器を知っているのですかーっ!?」

「アニキ・・・出るんだ、ビーム」
「ね、何が出るか分からないおもちゃ箱みたいでいいでしょ?」
「・・・笑えねえよ」

「武器。駄目。武器。駄目」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さーい!!」

 わさわさと緑色に覆いかぶされていくゲボックを見送りながら、ミューゼルは思考を巡らせた。
 さて、どう来る?



 始めに来たのは、焼却部隊だった。
 凄まじい勢いで拡大する森は、既にいくつかの町を飲み込んでいた。
 スラム街なら兎も角、有数の———石油資源採掘場まで飲み込まれているのだから、奪還すべし、と命が下ったのだ。
 そして、火炎放射器のせい者を浴び、延焼が始まった・・・。
 が、1時間程であっさり消え去る。
 植物の中には大量に水分を含むものもあり、それによりあっさり消火されたのだ。

 さらに。
 森の入り口付近で真っ先に焼かれた木々は・・・。

「ミューちゃんにティム君、ユーカリをご存知ですか?」
「知らねえよ」
「ユーカリってあれよね。コアラが食べる」
「そうです。強烈な成分のため、コアラ以外はそれを消化できないため『毒素』扱いされている成分です。実はこれ、表皮にとても多く含まれた、たいへん燃えやすい油でして、一気に燃えあがるんですよ」
「・・・え? 意味ないんじゃね?」
 ティムの感想をゲボックは、ドリルをもがれた左腕を振り。

「いえ、燃えやすすぎるのです。そのため、真っ先に表面が炭化して真皮が熱にやられないのですね。そして、その状態から再生を始めるので、炎が燃え尽きたその跡地において、他の如何なる植物よりも圧倒的に優先的に植生を広げられるのですよ」
「ああ、オーストラリアは落雷による自然火災が多いものね」
「ええ、つまり。翠の一番、その拡大は、焼いたぐらいでは止まりません」

 ゲボックの言う通りだった。
 延焼が止まった地点からと、同時に、森の先端部だった焼け野原からもいきなり芽吹き、まったく食い止められる事無く緑の拡大は続いたのだ。



 その翌日、さらに威力を増した伐採部隊が接近して来た。
「おぉーう。この財政難に戦車と来ましたか。よほど死の商人さんが頑張ってるんですねえ」
「あー、多分それうちの組織ねぇ・・・儲け出るのかしら」
「はぁ」
「どうでも良いのね」
「ドリルが無いのですーすーしますね」
「そっちが気になるの? なんか量子転換で色々変えられなかったかしら?」
「一番兵器からかけ離れてたのがドリルだったので、何に代えても翠の一番に取られちゃうんですよ」
「・・・それも難儀ねえ」
「それより、ビームの出るドリルが一番弱いってところに突っ込めって」
 と言うのはティム。

「まあ、これだけの戦力を昨日出さなかったのが今日の敗因ですね」
「どういう事?」
「育ち終わったんですよねぇ」
「フユちゃんの木刀にもなってる子なんですけどね? これが本来の形態です」

 アレトゥーサですょ。
 
 ゲボックはボソリ、と呟いた。



 ずしん。
 まるで、怪獣映画のような冗談を伴い、それらは現れた。

 巨大な木人。実に5メートル程。
 今まで森に飲み込まれた人間、そのうち五体満足だったものを苗床に、樹木が覆いかぶさるようにして生まれた樹木による動死体。
 その表面は千冬の木刀同様、フラーレンの強靭な炭素結合によって保護され、戦車を容易くひっくり返す。
 また、あるものは千冬が使ったのと同様、ウォーターカッターを射出し、刃を振るっているかのように斬り裂いて行く。

 何故か『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』や『例の花』も追随してくる。
 圧倒的戦力差に撃破され、散り散りに散って行く軍隊を見送りつつ、よっこいしょ、とゲボックは立ち上がった。

「さーて、そろそろ潮時でしょう。駐屯所まで後少しまで来ました。向こうもなりふり構わなくなっている筈です。『武器使用禁止』の空間に、自分達の陣営が飲み込まれるなど、冗談ではないですからねぇ」
「・・・もう終わりなの?」
「ええ、表向きは。ここもすぐに焼かれちゃいますよ。『翠の一番』、保護すべき対象はわかってますね?」

 こくり。頷き地面に潜って行く緑色の少女を見送ってゲボックは傍にあるものごっつく太い竹をコンコン、と右手のペンチで小突く。どうも、ペンチは武器扱いからは免れたようだ。
「それじゃあ、行きましょう! 二人とも!」
「「どこに?」」
「ノリ悪いですょ・・・」
 極常識的な返しを受け、祖国にいる束の重要性を痛感するゲボックだった。



 翌日、空爆により、広大な範囲に広がった森はその4割を消失させる。
 だが、そこにゲボック達の痕跡は無かった。



——— 一週間後
 某軍の駐屯所において、二人の兵士が愚痴っていた。
「何だったんだろうな、あの森は・・・」
「知らねえよ。そのせいで俺達は大打撃受けてんだからよぉ」
「良く生き残れたよなあ、あの化け物に追われて」
「全くだ。しかし最近はおかしすぎるじゃねえかよ、狼男に変身するロボットにISだぁ? 常識ってのはどうなっちまったんだ———」
「どうした?」
「・・・何か今、揺れなかったか?」
「いや? 別に?」
「いや、確かに、ほら、今も揺れてやがる!」
「おいおい、木の巨人の足音でも感じたか?」
「そんなんじゃねえ、これは、下———」



「Yes! Marverous!!」

 ズゴバァッ! と。

 二人の目の前にゲボックが噴出した。
「「・・・は?」」

 正確には、『下から生えて来た大樹に押し出されて来た』形である。
「な・・・な・・・な・・・」

 地響きが終わらない。
 次から次へと施設を食い破るかのように大樹が噴出する。
 アスファルトを砕き、建造物を掬い上げ、戦車を横転させ、武器庫を幹で埋め尽くす。

 ゲボックが指し示したのは竹だった。
 竹は、非常に広大な面積に身を広げ、竹林一面全てが一本の竹である事も少なくない。

 その秘密は、地下茎と呼ばれる構造である。
 竹は、普通に見えるだけが竹ではない。
 地下一面をおびただしく張り巡らせた、『地下茎』から、枝を伸ばすようにして地上に一本、また一本と竹を生やして行く。
 故に。地上の竹を切ったとしても。竹を伐採した事にはなりえない。
 地上にある部分が切られていたとしても、よそで伸ばした他の竹が光合成で養分を作り、虎視眈々と地下茎を伸ばし、一斉に伸び上がる時を待つことができるのである。

 竹林の傍にある民家の庭が、いつの間にか竹に庭の地下を侵食されていたというのは良く聞く話なのである。



 緑が広がった地域。
 その配置を見て、意図を察してしまった。
「今の襲撃で、武器庫を全部潰された・・・!」
「そんな! それじゃ取り出せない!?」
「表に配置してあったのは衝撃で全部潰されてる、やられた! このクソッたれが!」

「対象施設をピンポイント攻撃。どこぞの国の十八番でしたね」
 声が頭上からした。
 見上げれば、お世辞にも奇麗とは言えない白衣を身に纏った金髪の少年が、大樹の枝に引っかかってぶら下がっている。

「誰だ貴様・・・」
 ぶら下がってるのはゲボック。見上げる軍人は二名。何とも間抜けな絵面だった。
「うーん・・・降りれたら言いますよ」
 じたばたじたばたしているが、引っかかっている枝から外れそうな気配がない。
「困りましたねぇ。降ろしてくれると嬉しぃんですがぁ———あー、ちょっとぉ、待って下さい面倒だからもう良いや侵入者でもって顔して離れて行くの止めて下さいょ、ねえねえ軍人の人」

 うわあ、うっぜぇ。
 軍人二人は期せずして思考がハモッていた。

「うんしょうんしょ、よぉし! 仕方がないです、白衣を脱ぎましょう。そ——————ぶげぇッ!」
 どうも、枝が白衣に引っかかっていたらしい。
 確かにそれなら脱げば脱出できるが———当然、落ちる。

「どもども! ゲボック・ギャックサッツですよ」
「あー、はいはい、ゲボだかぎっくり腰だか知らねえけど、あれだけ落ちておいてこれだけ元気ならもう結構。侵入者ね。蜂の巣になりたくなかったら両手を上げてそこで膝をつきなさい。分かった? 分かんないなら射つぞ? それでなくても周り面倒なんだし」

「ああ———」
 ゲボックは自分に向けられた銃に全く物怖じせず。
「もう、武器は使用禁止ですから」
「コラ待てガキ・・・オイ」
 助けてくれなくて酷かったですよー。と去って行くゲボックを追う事が出来なかった。
 自分達の周りに牙を剥き出しにし、果汁をまき散らす花が取り囲んでいたのだから。
「クッソがああああああああ!!」
「ああああああああああッ!」



 周囲から阿鼻叫喚の悲鳴や怒号、爆発音が聞こえてくる。
 ゲボックは思い切り背筋を伸ばした。
「ふーむ、良い事をした後は、大変気分がよろしいですねえ」
 そんな中、爽快そうに彼は呟くのだった。



 この後、拡大の止まらない戦闘封印樹海は中東地域を瞬く間に緑没。
 続いて、地下茎を張り巡らせ続けるや気温もものともせずロシア西部やアフリカ全域にも出現。
 紛争地域を悉く緑で埋め尽くした。
 不思議な事に、都市部や治安的安定地域には欠片も出現せず、逆にスラム街や餓死する幼子が多数居るような地域には軽難易度の森が出現した。
 月に一回ぐらい『黒くて大きくて硬くて光ってて臭くて奇妙な声をあげるせーぶつ』が出て来るぐらいである。

 なお、最も生育に適したのは砂漠地帯であるようで、現在サハラを侵攻中との事である。



 なんと、そんな中、先の駐屯所で生き延びた(武器を速攻で食われたため攻撃対象にならなかった)某軍人の証言により、ゲボック・ギャックサッツなる人物が原因として存在する事が判明。各国の諜報機関がしのぎを削る中、帰化日本人であると判明し、日本の外交官が束のコメントを聞いてしまった事から、事態は動き出す。

 篠ノ乃束。
 ISを生み出した、神の手違いなる災害(ゴッド・ケアレスミス)
 彼女の耳に届く範囲で思わず、機密であったゲボックの名を出した途端。それまでは一切無視して実行していた作業をやめ。

 おぉー、おぉー。としきりに唸ったあと。

 反応したのだ。

 自分と同等。発想が違うため、自分とは全く違うアプローチを繰り返す逸材、と。



 篠ノ乃束とゲボック・ギャックサッツが幼馴染みである事は調査で既に周囲の事実である。
 元々、一切隠されていなかったのだが。

 しかし、ある意味バイオテロであるこの事態。
 砂漠の緑地化だと言われればそうだが、極端すぎる。
 高性能な兵器を持ち込んだところこそが大打撃を受けるのだから、軍需景気で盛り上がっていた国にすれば、いきなり冷や水をぶっかけられたようなものだろう。
 口では平和だ人道だISこそ至高といっても、事武器に関すれば、中東はこの上ないお得意様だったからだ。

 ISは軍事兵器として使ってはならないと、国際的に決定されてしまっているならば、尚更である。

 各国の高官達には、森の伐採は国際環境維持活動だから大丈夫である。故に、このバイオハザードをISでどうにかしなければ———いや、ISでなければどうしようも無いのではないのだろうか———と言う意見が、ある一点で食い止められていた。

 もし、この際に古き馴染みである篠ノ乃束が、ゲボックと迎合すれば。
 もはや、誰にも手が付けられなくなる、と。

 そして、ゲボックが起こしている事件はこの緑地拡大化だけではないのだ。
 矛盾した依頼であろうが、頼まれれば実行に移す狂った判断力。

 敵対する二つの勢力にそれぞれに決戦級の武装を提供し、泥沼の戦いを激化する事もあれば、小さな子供の願い通りに、食べられる超高層ビル(蟻がびっしりの地獄と化した)を建造したりと、兎に角節操がないのだ。

 誰が何を願おうとも、それを聞き入れ実体化させる願望機。
 もし、おおっぴらに彼を知らしめれば、すぐさま『誰の願いでも聞く』は広まるだろう。

 何でも願いを叶える願望機に対し、願うものが増えたのならどれだけの被害が拡大するのか。
 まさに、スイッチさえ押してしまえば、誰でも辺りに差別無く被害を与える爆弾に等しい。

———否

 爆弾どころではない。
 核兵器と同列の危険物。

 こうして、今まで繰り返して来た彼の呼称が決定した。



 『Dr.アトミックボム』



 世界にとっての厄介者との認定である。
 世界中をミューゼル、そして何故かそのままくっついて来たティムと共に跳梁跋扈するゲボックに対し、各国は湯水のように刺客を差し向けた。

 初めは、人質なり何なりで囲い込もうとしたのだが———
 ゲボックは孤児である。どれだけ調べても篠ノ乃神社における爆発事故以前の足跡が無いのである。
 そして彼にとって身内とも言えるのは篠ノ乃束と織斑千冬だけなのである。

 束一人御せない現状では何の解決にもならない。
 それどころか、もう一人の幼馴染である織斑千冬に下手に関われば、芋蔓式に壊滅させられるだろう。
 調査能力は———言うまでもない、篠ノ乃束がいる。
 白騎士事件。利を得たのは? そう考えればゴシップ記者でも犯人に推測を立てられる。
 何より———『証拠も何も、手掛かりさえ無いのが証拠』であると言える。
 だがこれは———
 彼女に何をされても立証出来ないと言う敗北宣言でもある。
 迂闊に束を悪役として立てれば、それこそ世界は終わる。
 間違いなく、ゲボックが参戦するが故に。



———そして、それ以外において彼は、誰の頼みも聞き、優れた人間に教えを請い、瞬く間に吸収して次へ向かい、人の願望を叶えるを繰り返し、凄まじい数の知人を構築している。

 掌握しきれないのだ。

 だが、そんなあらゆる国家の威信は、何とかして一矢報いる事に成功する。

 ゲボック本人には何の痛痒にもならない。
 されど、千冬とミューゼルの狙い、その真逆の意図を持ってゲボックと接する少女達にとって・・・だが。



 それはこの1年間のゲボックの活動と各国の攻防は、千冬の目的としてもミューゼルの目的としても半端な結果に終わっと言う事だ。
 ミューゼルが指揮した場合それは概ね国家の暗部を狙い撃ちにした形である。
 つまり、それに対する被害を公開する事は自分の恥部を晒すも同じ。

 つまりそれらしい理由をでっち上げ、間接的にするしかゲボックへの抗議が出来ないのだ。

 また、ゲボックの特性から一般市民への情報提供は禁止された。
 どんな立場の願いも聞き入れるため、それを危ぶんだ上層部に、詳細を封滅されたのだ。
 だが、一切の躊躇いもなく技術を供し続けたため、少しでも裏に通じる者ならば知らなければモグリだ、とまで呼ばれるようになる。

 つまり———
 千冬の望んでいたゲボックの安寧は潰え。
 ミューゼルの望んでいたゲボックの社会への影響は、絶大であっても『裏限定』にとどまるという甚だ不満の残る形となったのである。



 その結果、表の天災、(ゴッド・ケアレスミス)、裏の核爆弾、ゲボック(アトミックボム)と呼ばれるようになる。

 そして。
 一見行き当たりばったり、言動無駄まみれに見えるゲボックだが、いつに間にそこまでやってたんだお前と言いたく成る程に、気付けばとんでもないものが出来上がっている。

 技術的に優れた者は、こっそりダイナミックな事をやり遂げるのは通例なのだろうか。









———変遷はその発覚から

「———ふぅ」
 ISとは国家防衛の要である。
 必然、現在IS操縦者として最も熟練している千冬は、防衛に関する諜報の類いもまた、耳に届きやすい。
 まぁ、聞きたくなかろうが束にかかれば聞きたく無いものまで集まってくるというかなんというか。

「中国がゲボックに核投入だと・・・自国内でだなんて正気かッ!?」
「にゃっははー、何て言うか大規模で大雑把すぎるといっそ笑うしかないよね~。どうやって思考が成されてるのかわかんない程杜撰で」
 腹を抱えて束が大笑いしている。核爆弾に核爆弾とは何たるギャグかと。

 上の意思に民は従うしかない。
 そんな国家でこそゲボックは疎ましい。
 力無き者の諦観をあっさり打ち破り、自由と反発の気風を起こしかねないからだ。
 故に、犠牲になる自国民の数とゲボックの脅威を天秤に掛け、ゲボックの殲滅に踏み出したのである。
 情報統制が取れる国故の自国焦土作戦であった。

「んで———あっさりザレフェドーラに迎撃されて国土が大規模に消失。んン、ギャグだねぇ、Dr.アトミックボムにアトミックボムファイヤーだなんて、名付けの理由を誇張かなんかだと思ったのかにゃ? きゃはは、うふふ。そんなにゲボ君が怖いだなんておっかしぃねぇ。これで少なくとも日本との領土問題は一つ解決。ゲボ君は日本人の鑑だよ」

「そういう問題か!」
「ここは怒るところじゃないよちーちゃん。飛んで来たのは核だよ核、どうせ迎撃しなくてもこれ以上人が死んだんだし、土が抉れただけじゃない。むしろ人死にが減ったって事はゲボ君に助けられた人が出たって事なんだから褒めてあげないと。ちーちゃんはいっつもゲボ君怒ってばっかりなんだし偶には褒めないと———こんな風に放蕩しちゃうんだよ・・・ふぅ、やっぱつまんないよねぇ」

(やはり言動に棘が多いな・・・やれやれ、居なきゃ居ないで束にストレスをかけるとはな・・・せっかく心労が半分になったかと思えばこれか・・・束の言う通り偶には褒めないといけないのか? だが私は・・・うぅ、褒めるのが苦手だ、一夏もあまり褒めて居ないな・・・放蕩しないだろうなぁ、一夏・・・)

 一夏の教育にあたり購入した教育本ではすべからく褒める事とやる気の関係について書いてある。

 しかしゲボック、やる気にだけは満ち溢れているのだ。大変困った事に。
 しかし、同じように一夏がふらついていかないか、千冬にはそれが心配である。
 と考え、灰の三番が褒め役である事に気づく。

 激しく落ち込んだ。
———それでは私は父親役そのままではないか
 ・・・あまり好かれない。

「「——————はぁ」」
 異口同音に溜息が漏れた。
 まぁ、思考は全く別方向を向いているが。



『呼びました?』
 空間投影モニターが浮かんでいた。轟音が度々響き、ガタガタぶれまくるゲボックが映っていた。

「ゲボック・・・お前はなにか超能力でも得たのか?」
『いえ、検閲機が小生の名を感知したので興味を向けたらフユちゃんでした?』
「・・・お前また変なものを・・・」
 ・・・検閲? と疲れた鈍った脳で疑問を浮かべる千冬の脇から束が割り込んで来る。

「あー、ゲボ君・・・流れ星落として良いかなぁ? 雨霰と」
『タバちゃんがいきなり殺意満点ですか!? 小生何かしました!?』
「どーのーくーちーがー言ーうーのー?」
 投影モニターを掴んでぶんぶん振り回している束。
 こういう対人独占欲強いところはやっぱり箒の姉なんだなあ、と妙に納得した千冬である。

『本気ですね! その眼は間違いなく本音でいってま———ガみぶッ!』
 次の瞬間、モニターが大幅に揺れた。向こうで何があったかは知らないが、盛大に舌を噛んだようだ。
「本当、何してるんだゲボック?」
『(おい、兄貴! この非常事態にどことダベってんだよ!)』
 爆音まじりに聞こえた言語は聞き取れなかった。
 声色からして幼い事は分かるのだが・・・。
 ・・・というか、今どこの国に居るんだこいつ?

『ティム君、今は取り込み中なのです! 交渉スキルを成功させないと星が降ってきますよ!』
『(兄貴が交渉ォ!? 絶望しかねえじゃねえかよボケ!!)』
『何を言います! これでも小生は必死にですね———』

 やはり分からない。聞き取れないのではない、翻訳出来ないのだ。
 どこか、異国の人物・・・中東あたりだとは推測が付くが・・・と言い合っているゲボックを見て、束の眼が据わった。
「天明らかにして星来たれ———」
「懐かしいけどその手のネタは止めろ・・・な」
「来来・・・えー? いいじゃない・・・はいはい、しょうがないなあ———星の素子、依りて依りて彼の(もと)来たれ星の雨よ(りゅうせぇーい・・・・・・ぐぅーん)
 ぺかーと妙な輪っかを持って呪文を唱え始めた束を止めるのだが、束は詠唱を変えただけで構わずふわっと手を差し出した。

 雰囲気に反して裏では凄まじいテクノロジーが蔓延しているのだろう。
 どれだけ技術の無駄遣いだそれは。



『異魔●こえましたァー!?』
『ちょっとドクター、何に怯えているのか分からないけど、変な所掴まないで、コラ待ちなさい・・・あら??』
「・・・シャウト!?」
 ついに悲鳴を上げたゲボックにクレームが来たと思った頃、ようやく何故揺れているのか分かった。
 バイクに乗っているのである。
 しかし、運動神経がかなり残念なゲボックがバイクなんてバランスの必要なものを乗りこなせるとは思えない。当然、誰かドライバーに捕まっているのだが、なんとまぁ、それは千冬の知己であった。

『あら、Ms' 織村じゃない』
 期せずして、生存確認兼再会だった。
 驚愕で硬直している千冬に対し、シャウトはあらまあ、と気安い感じである。操縦がそつないのが素晴らしい。
 そして、千冬の中で疑問が一つ解消されたわけだ。
(成る程、あの衝撃銃はゲボックのお手製か・・・)
 まあ、恐らく・・・と言う形で推測が付いていたが。

「・・・お前、ゲボックなんかと何をしているんだ?」
『・・・つれないわねえ、まずはお互いの無事を喜ぶべきでしょうに。彼とはちょっと世直し中かな?』
「・・・お前まさか、獣人に頭でも噛まれたのか?」
『それはいくらなんでも失礼ではないかしら。まあ、今はバイク三人乗りで諜報機関とカーチェイス中』
『バイクなので正確には・・・なんていうんでしょうねぇ』
『分からないならコメント挟まないで欲し・・・コラ、しがみつかない! 止めっ・・・』
『手を離したら落ちますよ! 小生落ちるじゃないですかぁ』
「・・・・・・どういう経緯でそうなったのか、激しく聞きただしたいのだがな・・・」
『(おい、兄貴! なんか空が変だぞ!)』
『おぉぉぉう!? これぞまさしく壊滅的規模災害(カラミティ・アンプラグド)じゃないですかああああああッッ!』
『頑張ってね、男の子』
『小生!? 小生が何とかしなきゃ駄目なんですかッ!?』
『ええ、楯として』
『(頑張れよ、兄貴)』
『ティム君はっ!? ちょっとチョット、待ってくだ———』

 ブチッと画像が途切れた。

「———えと、束?」
 今頃、ゲボックのもとにはパ●プンテが如き恐怖の流星群が殺到しているのだろう。

 ・・・おかしい。

 それより、束の様子が普段と違う。
「チッ———生きてる」
 待て束。
 いつお前はそんなにやさぐれた。
 そんなヒステリックなお前は初めて———

 いや、あったような気がする。
 <人/機>わーいマシン事件の説明を受けに行った時。

 千冬が見たのは———
 割れたキーボード。
 ばら撒けられたゴミ箱。
 ぶちまけられたデスクの上。
 真っ赤に腫れ上がった束の手。

 あの時のあの部屋は、こんな雰囲気の後の様ではなかったか。

 まさか。
「ゲボックとシャウトはそれなりに長いのか?」

 直球放って見た。
 こういう所、すごく男らしい。
 なお、ゲボックは天然で、束は委細気にせずと、理由は違うが結構似た者らである。

 反応は、油の切れたブリキのおもちゃの様な反応を返す束だった。
 いつもは関節あるのかと思えんばかりにぐぅねぐね動いている彼女が。
 ギ・・・グギギギィ・・・とゆっくり千冬を見る。

「金髪は、駄目だね。うん、駄目駄目だね、あぁ———」
「束?」
 いよいよおかしい。

「あ・・・あ、あぁ———」
「束、本当に大丈夫か!?」
 千冬が束の肩を掴んで揺さぶって見ると、されるがままに首をぐねんぐねんさせてい———くわっ! ———
「うわっ!」
 びっくりした。いつもだらしなく緩んで隈の消えない束の目が見開いたのだ。



「あ・・・あんのっっっっ、金髪はあああ——————アアアッ!」
 叫んだ。もう絶叫だった。

「しりか? あのでかい尻なのかな!? アレが良いのかな!? ホイホイ付いていっちゃってまぁ!!」
 何かもう止まらない感じだった。

「ええい、ザレフェドーラ一斉砲火用意! あんなの大陸ごとマグマだまりにしてや痛ぁっ!」
「やめんかコラッ!」
 思わず対ゲボック級の力で張り倒してしまった。
 だが———もしやらねば、間違いなく本気で撃っていた。
 正直、今の束は極めて危うい。

 倒れかけた束は限りなく地面と水平の状態からぐにょんと態勢を立て直した。
 そのままずずずずぃっ! と千冬に顔を寄せて来る。
 なんだ、その、生理的に怖い。

「うぅ、酷いよう、束さんの脳が陥没するかと思ったよぅ。ね、ね、ちーちゃんも黒髪だよね! 黒髪最高だよね、ビバ! 黒髪! 私の知り合いに金髪の『女』は居ないんだよ! 黒髪最高———ま、黒髪でも箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外はどうでも良いんだけど・・・」

 まさか・・・。
 千冬の中に懸念が生まれた。
 いや、しかしあの束が・・・まさか・・・。

 そうなのだとしたら。
「束・・・お前———」
「なぁに? ちーちゃん」
「ゲボックの事———好きなのか?」
 一体、どんなキメラが産まれ・・・うん、私も大概酷いな。
 意を決して問うて見たのだが、言われた束は豆鉄砲を撃たれた鳩みたいにぽけっ、として。



「いや、うん、大好きだけど恋愛感情はないよ」
 本当に、なんでもない事のように言った。

 ・・・あれ?
 違うのか?
 返答はあっさりしていた。

 ならばどうなのだろうか?
 ちょっと考えて見る千冬。



 ・・・うぅむ。
 思いついたのは、我ながら酷い考えであった。

 つまりはあれか。飼い犬がよそで尻尾を振っていると憤りを感じる飼い主とかそんな感じか。
 本当に酷い思考だな、と千冬は少し自己嫌悪に陥った。

 まぁ、兎に角。
 キョトンと束が落ち着いたので良しとしよう。

「ところで束、ゲボックが何やら気になる単語を言ってたのだが・・・」
「ほぅえ? 何の事?」
「検閲機・・・だったか?」



「あーもー、文字通り! その通り! 例え何処にいようとも、指定されたワードが放たれたなら即座に場所と人物を特定するシステムだね。今回は多分、『ゲボック』っていう名前そのものに反応する感じかなー。ふんふん、最近刺客を差し向けられてばっかだから計画段階で察しようとしたんだねぇ、ぐふふ・・・越後屋お主も悪よのぅ、いえいえ、お代官様程では・・・を天井から見なくて済む画期的発明だね! 独裁政権からは喉から手が出る程欲しいだろうねぇ」
「何だそれは」
 言論の封圧のためにあるとしか言えないではないか。

「検索対象にしていたのは恐らくゲボ君自身を示す単語。そうやって自分に対する襲撃計画を筒抜けにしてたんだねぇ」
「冗談でもなんでも・・・なさそうだな」



 慄いている千冬の傍ら、束は唸りながらぐるぐると歩き回っていた。徘徊していたともいう。
「・・・うぅーん・・・そうだとすれば、この放蕩にも理由がつくけどー、ゲボ君絶対に狙ってないよね~・・・天然だもんねぇ、なのに計算され尽くしたように見えるこの行動、ゲボ君・・・君は何て恐ろしい子なんだッ!」
 一人くわァッ、と戦いている束。
「もう少し噛み砕けないか、束」
「ボリボリボリ・・・うー、わはっは」
「誰が煎餅を噛み砕けと言った・・・あぁ、ポロポロこぼすな」

 千冬が束の口周りを拭うのと束が煎餅を飲み込むのは同時だった。
 誰も見て居ないが、大変微笑ましかった。

「よぉし、それじゃあ始めるよ~とっても分かりやすい『何故ナニ束さん』の始まりだよぉ、良い子も悪い子も馬鹿も痴呆もよって来る来る!」
 ビシッと束が量子展開したのは紙芝居セットだった。
 衣装も女教師で三角眼鏡、教鞭と、形だけはかなり様になっていた。
「ちーちゃん水飴いる?」
「要らん!!」

「むぅ、それは残念、死人も起き上がる美味しさなのに」
「ゾンビになってか?」
「ご名答~実は水飴じゃなくてはえみつって言うんだよ~密閉機開放・・・」

 ふわっ(香り広がる擬音)。
「「———うぷぅっ!!」」

 慌てて密封して換気する二人。
 千冬に至っては全力で窓から投げ捨てた。
「たばね・・・おまえ、そんなものわたしにたべさせるキだったのか・・・?」
「ノウノウノウ! これはちょっと想定外だったんだよちーちゃん! スリ●ク在住のゲ●プーさんお勧めだったからゲットしただけなんだよ!」
「せめてかくにんしろこのたわけが」
 名前でまず怪しんで欲しかった。

「・・・う、うん、ごめんね、ちーちゃん」
 相当壮絶な匂いだったようで、千冬の発音がおかしい。束でさえもいつもの調子が出ず、素直な謝罪が出たのだった。
 本当、どんな匂いなのだろうか、はえみつは。



「ん、んじゃ、始めるね」
「あぁ・・・」
 変な雰囲気のまま、紙芝居は始まった。

「実は実は、ゲボ君の直上、成層圏よりちょっと上ぐらいには、何と生物兵器がいるんだよね」
「・・・そんなところにまで居るのか」
「うん、この間ちょっとゲボ君と月に行ったとき教えてもらったんだけど」
「・・・は?」
「私が開発したISは元々どんな目的で作ったか分かってるよねー」
「・・・そうか」
「あーっ、もしかしてちーちゃんも一緒に行きたかったんでしょ、ねーねー」
「黙れ」
「むーむーむー(口がぁっ!)」
 概ね図星だった。

「でねでね、だいたい高度は上空1500Km以下を飛び回ってんだけどね。これは人工衛星としては非常に低い高さなの。これはとんでもない速度で地球をぐーるぐーる回っているって事なんだけど、最近軌道がね、妙だったんだよねー」
「どんな感じに?」
「一定しないんだよ、位置が。衛星にあるまじき事にね。多分、PICみたいな慣性制御能力があったんだろうけど、今まで衛星に擬態してたのが嘘みたいに。でね、今確認してみたら多分、真下にゲボ君が居たんだよ。まるで凧上げてるみたいな絵だね。いやいやー。まさに世界中をあっちこっちだねえ———そしてね、ゲボ君が定期的に打ち上げる資材をもとに、低重力化で作った何かを散布していた訳で———」
「・・・まさか、特殊BC兵器か?」
「いやいや、ゲボ君が本気でBC兵器作ったら今頃地球は死の星だね。絶対に人類の対応は間に合わないよ、矛は盾より強くて早い。だから束さんでも無理だね」
 そこは本気で呟く束。彼女が絶対に間に合わないと言ったらそれは確実だ。
 背筋にゾクリとした。悪寒がはしるのを悟らせないようにしている千冬に、束は畳み掛ける。



「そこで散布されていたのはね、滞空型のナノマシンだったの」
「滞空型? ナノマシンと言ったら・・・」
「そう、これはまさに新型だね。再生活性化治療や、ISの自己修復に使われるもの、それはあくまで投与や塗布。直接作用させるものに接触させなきゃ行けない・・・けど、これは元々ね、『夥しく在ること』を目的としているからその限りじゃないんだよん」
「生物工学をより得意にしているゲボックだから出来た、ということか?」
「そうだね、空気感染型レトロウィルスをもとにして色々考えてるみたいだね」

 インフルエンザとかモロだね、と教鞭を振った束は紙芝居を一枚めくる。
 どうも一枚一枚が極薄モニターらしい。
 つまりそうか、リアルタイム編集か。

「そうして構築しているのはね、量子技術を転用した空間を媒介とした通信だね」
「・・・分かりやすく言ってくれ、ナノマシンをノードにして通信しているわではないんだろう?」
「うん、そこを誤解してくれなくてさっすがちーちゃんってところだね。そう、前者ならそこにあるナノマシンを除去すれば無力化できる。でもこれは無理。何故ならこのナノマシンはね、空間そのものに伝達基盤を焼き込む存在であって、これが実際に役立つものじゃないんだねぇ。量子力学を応用した———空間を粒子と見なす応用的な空間加工だねこれは———あぁ、ふむふむ竹踏むツボに効くーって、面白いよゲボ君。ゲボ君は地球の地上から宇宙まで、それを丸ごと三次元の回路基盤とみなして———うん、まだ目的は無いみたいだね。ただ張り巡らしたかった、言うならば、地上回路を———」
「束、おい、どうした束!」

 途中からそれは説明ではなくなっていたのだ。
 言っているうちにどんどんこれの発展性に気付いて行ったのだろう。集中のあまり半ばトランス状態に陥った束の頭蓋の中では、広い机が広げられ、バラバラになった束の思考がそれぞれ小人さんの姿になって多角的に仔細を推測していた。

「ああ、ちーちゃん御免、これ、すごくて、面白いよねえ・・・兎に角、この地上回路とでも言う物を利用して検閲機の機能を地球規模に拡大・・・そして人類の言動を検索、何処の誰か、前後の会話も記録・・・ふぅむ、地球に脳神経を構築したみたいな感じだね・・・くくく、これだからゲボ君は大好きだよ・・・あぁ、恋愛感情なんて無くてもね」
 頬を紅潮させてまで調べる束はとても、そのようには見えなかった。
 千冬には一つの推測が立っていたが・・・。
 果たしてそれを言って良いのか、その疑問が残っていた。

 憮然として束を見ている千冬に気付いたのか、束はうんうん、と頷いた。

「ちーちゃん、恋愛感情って何だか知ってる?」
「世間一般的に言われている事しか言えんよ、私自身、初恋の経験も無いからな?」
「・・・そーなの? てっきりゲボ君だと思ったのに」
「いや・・・ゲボックは無いぞ、はっきり言って」
「ふむ、それは残念無念———ねえ、ちーちゃん、恋愛感情なんてものはね」

 すぅ、と束は軽く吸って、大して面白くもなさそうに言った。

「———
 主観的な錯覚に過ぎず。
 詰まるところ、強迫神経症の一種で。
 生殖本能が理性を納得させる為の自己愛が、単独でも機能可能になった欠陥回路。
 素晴らしい、至上のものだと何故か声高々にうたわれている宗教にして。
 結局主体本意のものにすぎず、対象を人間に据えた物欲で。
 つまるところ、単なる欲望の一形態であり。
 常習性が強力で、禁断症状が破滅的で危険極まりない脳内麻薬による自家中毒の一種。
 素晴らしいものだとひっつめていられている狂言の名詞。
 要は単に精神疾患。

———そんなものにすぎないんだよ?」



「・・・そこまで言うか?」
「そんなもんだよ、恋愛状態に陥った人間ってのはね? 注意力が特定人物に極度に集中するからねぇ、比較対象が居なくて主観的な行動ばっかするの。さらに性的な衝動が加わるから、行動が、支離滅裂極まりない非論理的になるんだよ。そもそも、人間ってのはだいたい思い通りにならないってのに、過度の信頼、期待は宗教や信仰となにも変わらないものでね。心で何を期待していても決して現実はその通りにならないんだよ」
「ふむ、ではさっきの束の言動は何だ?」
「・・・何って?」
 千冬の質問の意図が分からなかったのだろう、首を傾げる束に、ニヤつきそうになる頬を意思で抑え、言質を取るべくメモを取り出す千冬は問答を開始。

「ゲボックが自分の思い通りに動かなかったから衝動的に破壊活動に映ろうとしてなかったか?」
「だって! 束さんの知らないところで勝手に金髪なんかと楽しそうな事してるんだよ!」
「・・・ふむ」
 といいつつ、取りあえず何やらをメモする千冬。



「だいたいだよ! 恋愛感情だなんてたかがあやふやで不安定な精神状態を至上化するのもオカルトじゃない! 感情の価値のすり替えだよ。こうやって、何かの方向性をすり替えるのは、宗教が信者の信仰心を煽る常套手段なんだよ。人間なら誰だって持ってる感情を信仰に結びつけて、その感情に価値を持たせながらその方向性を宗教に誘導する形でね———本来、感情なんてものに価値なんて微塵も無い無い! 所詮脳内のシナプス間を迸る生体電流に過ぎないんだよ、それなのにねえ・・・どうも、人間って生き物は自身のたかが生理的反応を奇麗なもの、と言われると安心するらしいんだよね、どうにも・・・なんでそういうメディアはそんなに執拗にも病的に恋愛とかいうものの正当性を保護しようとするんだろうね? なんか理由知ってる?」
「知るか。まあ、それは私も思わなくもないが・・・」
「借りてる漫画男の子向けばっかりだしねえ」
「・・・何を? 束だって山林に少年漫画借りてるだろ」
「え? 風火君じゃないっけ?」
「興味ない相手だとそこまで分からんのか・・・」
「興味あるのに名前憶えられないちーちゃんの方が変だよ!」
「むむ・・・だが、束。ゲボックと研究するのは楽しいだろう」
「うん、たまに食事も寝るのも忘れるよね」
「最悪な至上化だな・・・」
「え? なんか言った? ちーちゃん」
「いや、何でも無い、これはいいか・・・」
 メモに書かれていた事項をぐりぐり斜線を引く千冬。



「更に言うとだよ! 恋愛とかの物語に出てる子ってさ、登場人物がやけに麻薬中毒者的じゃない?」
「なんだ薮から棒に」
「恋愛感情ってさ、多幸感伴う興奮状態の一種と見なせるけどさ、なんかこのアへってる絵とかって、麻薬使用による意識の変容に通じないかな? 『別れた後の寂しさ』なんてまんま副作用じゃない。確かアヘンとかコカインが切れたときってこんな副作用があったよねえ」
「私が知るか」
「もしかしなくてもこれが脳内麻薬のせいだよ。少なくとも、『いつも一緒に居たい』なんて常習性そのものだし、同じ状態に飽きてまんねり? だっけ、になって新鮮な刺激を求める様なんて耐性付いて来たところそのまんまじゃない、より非日常的かつ刺激の強い方を求めて、やがてはそれ無しには居られなくなる!? もう完璧麻薬じゃない! 恋は麻薬というのは慣用句でもなんでも無くそのものなんじゃないかな、どうして取り締まん無いんだろうね!」
「人類が滅びるからじゃないか?」
「そんなのクローンでも人工子宮でも何でも使えるじゃない・・・まったくもう」

 ふむ、と千冬のメモへの手は、鬼の首を取ったと言わんばかりに赤マーカーで塗りつぶされる。
 そして、年相応の女子の顔を二マリと浮かべると(千冬がすると如何しても猛禽の顔付きになって台無しだが)ぐいっと束と肩を組んで抱き寄せる。
 いつもと違うスキンシップにほえ? と奇声をあげる束。

「で、ゲボックが居なくなってから今まで以上に落ち着かなくなって不安そうにしていた束としてはどう思う? アイツが居なくなったら———」
「嫌だよ! もし、もしそんな事になったらダークマターやニュートリノや、タキオンとか事象の地表境界とか先進波、生体兵器の自然環境での多様性とか、ISの量子技術の発展とコアネットワークの干渉とかの話が全然出来なくなっちゃうよ、嫌だよ!」
 常人より遥かにシュミレーション能力に優れた束の脳が、彼女の希望にそぐわぬ結論を出したのだろう。肩を抱いて、ガタガタ震え出した。
 天才などではない、普通の、年頃の少女のように。

「・・・あぁ、ちょっとゲボックが居てよかったと思う私がいるな」
 ゲボックの居ない間、束の宇宙人語を聞かされていた千冬はゲンナリとした。
 多分、ゲボックからも異星人語が飛び返して居たに違いない。
 はて、そんなのが混ざり合うから、合成して思わぬ科学変化を起こしたとばっちりが私の下に来るのだろうか・・・。
 千冬のテンションがさらに落ちる。
 だが、束に至っては危険域にまで到達していた。
「そんな事しようとする奴なんて・・・皆っ———」

「待て待て待て! すまん、・・・あぁ、すまんな。落ち着け、もしもだ、もしも、だからな・・・もう、何となく分かったよ———なぁ、束」
 千冬は一度、束を強く抱きしめた。
 すぐに離し、落ち着いたか確認する。
 束は熱しやすく冷めやすい。
 すでに落ち着いて居た。

「どうしたの? ちーちゃん。すっごい落ち込んでいるけど」
「いや、お前達に出会った時点で私も年貢の納め時だったんだな・・・あぁ、もう苦労しか無いんだな・・・ってなぁ」
「ふぅん、なんだかわかん無いけど、困った事があったらこの大天才! 束さんに言ってみたまえ!!」
「まさに、そう言うのが原因なんだがな———」

 はぁー、と大きくため息をついて気分を切り替える。攻撃の方に。
 メモにぐりぐり二重丸を追記する千冬は最後に束に一つ問う。

「お前は、1日に何時間ぐらいゲボックについて考えている?」
「・・・ほえ? んふふ、ちーちゃん甘いね! 束さんは1日35時間生きているレディだよ! そんな束さんにとって、大事な友達について考えるなんて・・・えーと、あーでこーで・・・8時間ぐらいかな、それがどうしたの?」
「束・・・言われなきゃ分からないってのもあれだがな? お前はもうバッチリと、ゲボックに惚れてるぞ」

「えー?」

「えぇとだな、束の言う、強迫神経症だったか? あれでな? いわゆる恋愛状態に陥っている人間ってのは、大体1日に4時間ぐらい好意を抱いた相手に付いて考えるそうだ。束、お前今8時間って言ったな? さすが天才。常人規定、その倍もの好意を向けるとは。そこまでベッタ惚れだったのか」

「ええ?」
 困惑する束に向けられるのは、さらに深みを増した猛禽の笑み。

 束はメモの上の方に視線を移す。
 そこにはぐるぐる書かれている覧が在った。
 さっきの会話で引っかかるところをメモしておいたものだ。

「さらに、ゲボックの交遊を自分がコントロールしようしているような言動を取ってたな。束、お前の言っていた事だぞ、『人は決して想い通りにならない』とな。なのにだ。更にあの時はゲボックにのみ神経を集中させていただろう。ザレフェドーラ一斉砲火だと? 束にしては、非・論理的だな」

「う、うぅ・・・え? えぇ?」

「さらに麻薬中毒者? 副作用? 禁断症状に常習性に耐性? まぁ、私だってゲボックが居なくなるのは嫌だ・・・何だかんだでアイツには借りが在るし、大切な奴だからな・・・でもな、想像だけで震えは来ないだろう、普通は。よほど思い入れてなければな? どうだ? 束、自分で自分の理論論破してるぞ。否定こそして居ても、お前自身がその状態である事は確固たる証拠が湯水のように出ているぞ?」

「ええ? え? えええッ!? うわえあえあ・・・っ」

「もう一度聞くがな———惚れているんだろう? ゲボックに」

 違うよ。
 束は言いたかった。
 彼は。
 あくまで愛玩するモノ。
 だって、違うんだもの。
 私やちーちゃんとは・・・違うんだよ?

 そんな相手に恋をするだなんて。
 ゴリラがオラウータンに恋をするようなものなんだよ?

「いや、だから違うよー。全く、何度言わせるのかな、ちーちゃん。ちーちゃんも恋愛宗教の虜だね、さすが女の子。束さんはゲボ君とは・・・あっ——————」

 そう思いつつも、思考では満ちあふれる知識が一例を引っ張り上げる。
 飼育員にのみ求愛の舞いを飛んだ、ある丹頂鶴の話を。
 同族には一切興味を示さず。
 報われぬ求愛を続けた一羽の、番を得られなかった比翼の鳥の事を。

 自身で出した否定を、自分自身で否定して肯定にしてしまう。



「え? ・・・え? ・・・あれっ? ———あ」

 千冬の言葉がリピートされる。

 私はゲボ君を独占したい。
 ゲボ君が関わる時は主観的に傾聴した非・論理的行動になってしまう。

 私は、ゲボック・ギャックサッツに中毒している。
 他者から客観的に言われ、見直したのならば、理性と知識で論理的に否定して居た事が、感情で無理通ししてしまっている。

 過剰なまでに篠ノ乃束は、感情移入してしまっている。
 愛玩対象、ゲボック・ギャックサッツに。
 ペットが家族になり、他の人間より大切になるのはむしろ当然の反応だろう。
 しかし、恋愛対象などに———
 生物として破綻した———

 いや、自分でも言ったではないか。

 生理反応を理性で納得するための錯覚の筈が———本能から独立してなお機能するものだと。

 それに。

 無機物性愛者と言うものがある。
 『物』にしか恋愛感情を抱けないと言うものだ。
 これは恋愛障害の一つ、立派な欠落だ。
 冒頭に述べただろう。

 突出した者は何らかが欠落していると。
 束は人が誰しも持つ機能が無い故に、ゲボックが異物である事を見抜けた。

 されども。

 だからこそ、『異物』に好意をいだける———この欠落も得られたのではないだろうか。

 推測に過ぎない。
 簡潔に、そう言う性格だったに過ぎないかもしれない。

 傍から見れば何の事も無い。
 女性が男性に好意を抱いているだけだ。

 事実、千冬もそう思っている。

 そうして、背中を押してしまった。
 幼馴染同士だ、よかれと押してしまった。

———だがもしかしたら、これは突き飛ばされた、なのかもしれない。

 束は人に対し、認識障害である。
 しかし、認識できた人間の異物、ゲボックは理性で性愛の対象とみていなかった。

 これが、元々異物が恋愛対象である気質で、それを自覚して居ないだけだったとしたら?

 人を人と認識出来ず、愛せぬものが、人の心を持つが故に異物を愛せずに居たのに、その垣根を取り払ったのなら?



 文字通り、その世界唯一の番い(アダムとイヴ)となる。
 ノアの方舟に残された、ただの一組となる。

 他に選択肢がなく。
 元々好意を抱き。
 最後の垣根が親友によって取り払われれば——————






 ・・・あれ? さっきからずっと否定してたのに、ずっとどうなんだろうって考えてたら・・・条件と現状を鑑みるにだね、ようするにこの証拠を持って、主観的および客観的に判断するとだねぇ・・・・・・。

 簡潔に、明解に———数式も単純な方が美しい。







「あ、あ、あ? あれれれ?? 嘘、本当に? あれぇ?」
 混乱している。思考がまとまらない。ただ、感情だけが脳内に迸る。

「あ、あはは、あははははは???」
「束?」
 嬉しい。
 彼を愛玩すると決めた時———それ以上だ。



 笑いが止まらない。
「はは、は、はは? ははは? はははははははははははははははッッッッッッッッ!! そうか、そうなんだ、この頭がおかしくなる感覚———これが、これが———この会話のせいで、違うってそう思ってたのに———なんだか意識するようになっちゃって、それからもう一度よくよくよく考えてみたら・・・あ・・・・・・好き・・・なんだ・・・」

 好き。
 ようやく、その単語が束の中で明確な文字となった。

「あぁ! 好きみたい———あはっ、あははは、は、イエッイエッ!———ああ、そうか、そうなんだ、あはッ!! 好きなんだ、ああ———もう、好きだよ、大好きだあああああああッ!! ゲボ君、お前が欲しい良い良い良い良いイ??????!!!!! って事かな? 事なんだよね!! 事でいいよねッ!!! いいねえ、良いよこれ! 良いぐらいに可笑しいよこれ! 馬っ鹿じゃないの? 狂ってるとしか思えないよ、この思考の不合理っぷり! 最高最低最悪最良最狂だよ!!」



 好意とは狂気である。
 奇しくも束の持ち論そのままに悦び狂う。



 その自覚の仕方、北●誠一かお前は!?

 想定とはブッ外れた束の反応に、自覚させたのはまずかったか、失策だったかと考えてしまう千冬だった。

 だが、千冬としては本当に見ていて歯がゆかったのだ。
 古くからの幼馴染が、もう一人の幼馴染に向ける感情は年不相応に幼く。
 親しければ、誰にでも見て取れる程に。
 そっと、背を押したくなる程に。



 少しは人並みな感情を憶え、思春期特有の暴走はあれども、少しは今までのような狂態が落ち着くと思いきや・・・。

 これである。
 喜色満面の大嬌笑。

 さもあらん。ただ、勘違いしないで欲しい。これは、束が狂っているのでは無いのだから。
 そう———知性に比べて、あまりにも感情が発育して居なかった。
 それだけなのだ。

 人の感情とは、他ならぬ人との交流の果てに育まれるものだ。
 束の交流は述べずとも分かろう、極狭まっている。
 その成長が乏しいのは当然なのだ。

 だがまさか———この点に於いて、箒より幼い(・・・・・)とは。



「あはははははは、凄い、凄いよ!? この条件でずっと考えてみたら、私束さんは一目惚れじゃない? ぞっこんだよぞっこん、これは面白い発見じゃないかな! 凄い凄い! 行動が主観的に一直線だよ? 制御できないよ!? なんて素敵! なんて狂い具合!? ちーちゃん! 私おっかしいよ!?」
 今度は束が千冬に抱きついた。
 さて、今回の自分が正しかったのかどうなのか・・・真剣に悩む千冬はいつもと違って抵抗が乏しい。

 くるくる、千冬から離れ、束は量子の輝きに包まれる。
「よいしゃーっ! キャロットミサイルオープン!」

 だからこそ、展開されたミサイルに気づくのが遅れた。

「はは、はは、は———じゃあね、ちーちゃん、束さんは行って来るよ!」

 気付けば、束がオレンジに着色されたミサイルにまたがっていた。
 推進器は緑に塗られている。
 あぁ、なるほどヘタか。
 凝り性の束の事だ炎色反応やら何やらで、緑色の火で飛ぶに違いない。

「は? どこに?」
 そう、何処へ行く。

 答える束は鼻息荒く。
「ゲボ君の所にだよ! ゲボ君だって生物学的には雄だよ! 狼なんだよ? 相手が食べられないか心配じゃないかな! もし食べてたら、はは、素敵素敵、何するか、天才束さんでも分からないよ! ゲボ君のお腹壊れたら一大事だし!」

「いやぁ、それは無いだろう。それこそ、ゲボックは男として狼どころかお前の好きそうな兎じゃないか———」
 苦笑混じりにそう言う千冬に、ウサ耳カチューシャを威嚇しているようにイキリ立たせ、束は絶頂テンションのまま叫ぶ。

「ちーちゃん甘すぎるよ! 兎は絶倫なんだよ! 人と同じで万年発情期なんだよ! 妊娠してても更に孕ませられるエロエロ動物なんだよ! うそ、ゲボ君ってそんなキャラだったの!?」

「思考をそこまで飛躍させるな!私の上げた例えにすぎんだろ!」
 うわぁ、さっき束の言った通りだ。視野が果てしなく狭くなっている。

「むーむーむー!! 何を! ちーちゃん程ゲボ君を見て来た人は居ないよ!? そのちーちゃんが兎というのだから兎以外には居ないじゃない!」
「いやいや、冗談だから、おい聞け———」
「はっ、一番見て来た———? まさかちーちゃんもっ!?」

 あろう事かこっちまで疑ってきた。
 ないないないない。
 全力で、首が抜けるんじゃ無いかと言わんばかりに首を振る千冬だった。
 正直、恋する女に絡まれるのがこんなにウザいとは思わなかった。
 あぁ、あんな事言っちゃって、もう後悔が始まったんだなー。

「あ、そう。本当? 本当だよね! 嘘なら・・・いやいやいや、もう何言いたいのかしたいのかもわかんないなーもぅ!」
 顔を両掌で挟んでいやんいやんしてる束はジュワッと跳躍。
 目をあらんばかりに輝かせ———

「よし、よし、じゃあこうしよう。うむ、よし、行って来るとするよ!」
 結局行くのか。

「この想い、報告しなきゃ、伝えなきゃ、報告したりして、吐き出さないと頭がおかしくなる! あぁ! もうおかしっかな、みゃははははははははァ———ッ!? 王様のミミはロバの耳ってこんなに地獄だったんだね、なんでこんな簡単な事出来ないの? 馬鹿じゃないの、え・・・束さん馬鹿じゃないよ! 馬鹿じゃないもん! 天才なんだよ!?」

 本当にこれが、さっきまで恋愛感情は錯覚だよと言っていたのと同一人物なのだろうか、激しく疑わしい。

 良くも悪くも人を変えるのは人なのだ。
 そして、束に関われる人は自然、限定される。
 千冬の見落とした点は、自分だって多大な影響を束に与え続け、また、劇的に及ぼせることに自覚して居なかった事なのだ。



「はっははーっ、出発進行———!」
「待てこの発情ウサギ!」

 ミサイルに乗って飛ぼうとする束の襟首を千冬が鷲掴みに。

「ぐぅえ!?」
 当然、慣性の法則で思い切り首が締まる。
 美少女にあるまじき声をあげて転がり回る束である。

「ひ、ひどい、ちーちゃん、束さんの首は飛んでいきそうだよ! そもそも発情させたのちーちゃんじゃない!」
「聞き捨てならん事絶叫するなこのたわけ! ———よかったな、これでPICが無くても飛び回れるぞ、あァッ!?」

 珍しく束は眉を寄せ、抗議に湯気をあげ・・・うん、芸が細かい。
「むむむむむむ!! いーもん! 束さんは頑張って、首が取れてもちゃんと飛び回れる、玉のような子供を産むもん! びゅんびゅん飛び回って皆を驚かすんだよ!」

「・・・それはどこの妖怪か将門だ。確かにシルエットは玉みたいだがな・・・」

 なんだか、もし二人に子供ができたらどんなものが生まれても、あぁ、あの二人だしな・・・と言えそうだった。

「あのなあ、そもそも———」
「うん、まさかの束さんも自分がゲボ君と交配実験を望むとは思わなかったよ」
 身も蓋もない言い方だな・・・。

「うんうん、最初はちーちゃんにやってもらうつもりだったし」

———ぶぅ!?

 思わず吹き出した千冬だった。
 こいつ、何て恐ろしいことを考えつくのだと。
 やっぱりよかった、自覚させてよかった・・・!
 内心、心の底から安堵する千冬を置いて束の暴走は止まらない。

「だっていっつも気にかけてたし、交配させるならちーちゃんかな? って思ってたし」

———ごすぅん!!

「ブッ!? 痛あぁぁあああいっ! 考案してただけなのに本気で殴ったぁ!」
「五月蝿い!」
 実は本当に本気だった。
 束の強度も侮れない。

「でもそうなると何が生まれるのかなー? でもダメだよ、私が好きなんだからね!」
 キメラの恐怖か・・・?

「おぉー、眉がよってるよぉ。その反応。そっか、ちーちゃんはゲボ君の遺伝子に、明らかに未知の酵素が含まれてるの知らないんだっけ?」

 ・・・待て束、今お前なんて言った?

 束はゲボックへの異物感を科学的に証明していた時期があったのだ。
 幸い、千冬の鉄拳のおかげで血だの体液だのサンプルには事欠かなかった訳で。

「地球上の如何なる生き物にも確認されていない、未知の合成アミノ酸が組み込まれているんだよね・・・本当、不思議」

 ・・・は?

「ゲボ君にはね、ゲボ君だけの固有のアミノ酸や、それに関する酵素が遺伝子レベルで点在しているんだよね。それはね、今言った通り、地球上ではどんな生き物も持ってないものなの」

 束はさっきの紙芝居セットにDNAの拡大図を投影する。

「これはね、ゲボ君が地球上で発生した生き物である限り、絶対に有り得ない事なの。
 ・・・ほら、ゲボ君と出会ってから、一月ぐらいの時かな? 体調崩れたじゃない、傷は有り得ない速度で治ったのに。
 あれはね? その酵素を接種できない事による栄養失調だったの。
知ってるかな? ゲボ君はね、それを合成してサプリという形でしかそれを接種することができない。
 摂らないで居ると、必須アミノ酸が無くなって死んじゃうんだよね」

「・・・は?」

「うん、そのアミノ酸がよりにもよって、遺伝子を構築しているから、正直束さんがどれだけ頑張っても、ゲボ君の子供が生まれるかは全くの未知数。何が生まれるのか、そもそも交配できるかも分からない」

 言っている内容と相まって、平然とした束の表情が一層不気味だった。
 千冬は、一言も発することが出来ず。

「うん、束さん自身の体を使って交配実験が出来るんだから、躊躇の必要は無いよね・・・ああ、本当興味が沸くなあ・・・ゲボ君って本当に、何なんだろうね?」

「まぁ、だいたいの推測は着いているんだけどさ。ジャイアントインパクトって知ってる?」
「・・・NH●の番組で見た気がするな。古代の月が地球に激突した、とか言う話だった筈だが」

「うん。ぴんぽんぴんぽんその通り! その衝撃で『今の』月が出来たって言うけどね、その時の衝撃で生命の元となったコアセルベートが生まれるきっかけとなったとか、遺伝子の元になったアミノ酸の欠片がウィルスの形で散布された、とも言われてるんだけどね」

 紙芝居を一枚めくる。

「ゲボ君の中にはそうやって出来た現生物の上に、さらに生命が細胞に同居しているんだよ」
「・・・前、ゲボックが言っていたレトロウィルスか?」
「いんにゃ、そうじゃないの」
 束は慎重に言葉を選択する。

「レトロウィルスは細胞核を破壊して細胞の自己増殖機能を乗っ取って自己増殖、細胞溶解する分子機械みたいな奴なんだけどさ、どうも色々失敗して生物のDNAを取り込んで突然変異したり、逆にしょって来たDNAを組み込んで単一世代進化させたりするものでね、凄いように見えて、その実エネルギーは細胞内のミトコンドリアのを掠め取ってるだけなんだよ。言ってしまえば簡単に書き変わるコピーミスプログラムの組み込まれた単純プログラムって感じ。エネルギー/電力はあくまでプログラムを走らせるコンピューター/細胞から得ないと何も出来ないんだけど・・・ゲボ君の細胞には、恐るべき事にその真逆のモノが混入されて居たんだよ」

 なんだと思う? と言う束。
「もったいぶらずに教えてくれ・・・なんなんだ」
「言ったでしょ、真逆のモノなの。何の仕組みも無い、ただ生命エネルギーの塊としか言えない特殊細胞・・・言って見るとね・・・」

 紙芝居を更に一枚めくり。束は告げた。

「それはね・・・『水』、ただ、莫大な生命エネルギーを内包しているにも関わらず、指向性の無い、水分子で構成された高分子アミノ酸・・・としか言えないもの・・・そんな正体不明のものだったんだよ」
「水? 人体は元々7割ぐらい水だろう」

「・・・うん、そう。だけどね、これは水なのに『水』どころじゃないんだよ」
「訳が分からない、はっきり言ってくれ」
「そうだね、これは言ってしまえば『水』なのに『生物』なんだよ。水分子だけで出来た、高エネルギー内包生物———かつてミトコンドリアって酸素から莫大なエネルギーを得る事に成功した生物は、細胞核を持っている生物の中に入り込む事で、それまでとは運動能力に置いて一線を画す原核生物の元に進化したんだけど・・・それと同じような、でも、ミトコンドリアどころじゃない。とんでもなさ過ぎるものなんだよ、これはね。僅かにでも生物の中に入り込めばその莫大なエネルギーを持ってその生物を極端にまで強化する。そうだね、『生命力』といっても過言じゃないかな。純粋な———そう、言ってしまえば『生命のプール』・・・普通、これは生物を強化するから単純に生物は巨大化したり強靭な肉体を獲得したり、特殊な力を得たりするんだけど・・・ゲボ君は、取り込んだのか、ミトコンドリア同様、親からそれごと遺伝して来たのかは分からないけど・・・そのエネルギーは・・・」

「まさか、アイツの頭脳は・・・」
「うん。そのエネルギーは一切肉体を強化する事には使われていない。その才能に適応したのか、それとも偶然なのか、脳神経ニューロンを兎に角強靭に複雑に、しかも何が在ろうと衰退せずに、事によっては再生までする程に———もうぐねぐねだねッ!?」
「なんだ———その擬音」
「そうとしか言いようが無いんだもんこうぐねぐねーって」
 腕をうねうねしている束を見ながら千冬はますますゲボックの正体が分からなくなって来ていた。
「でもね、確かに凄い脳神経だけどさ、頭脳の優秀さとは関係ないと思うよ、単にボケない忘れない、処理速度、発想が高レベルなだけで・・・それを使いこなせないと意味が無いから」
「・・・確かにゲボックがあんな頭をしているのは『好きこそものの上手なれ』が大きな割合を占めているしな———」
「度を越えてるしねー」

 しかし、疑問は一層強まるだけである。
 一体、彼は———どこからやって来たのか・・・。
「まさか、ゲボックの奴は本気で地球外生命体なんじゃないだろうな・・・」
「んー、全く否定できないよねえ。束さんは人間扱いしてなかったし」
「・・・それなのに惚れてたのか!?」
「ん? 自覚したのさっきだし」
 ・・・本気で指摘した自分が正しかったのか、疑問に思う千冬だった。今更・・・もう遅いし。



「ところで束? ゲボックのその『水』とやらが、生物を強化するってどうやって調べたんだ? 怒らないから正直に言ってみろ?」
「・・・ぜ、ぜぜぜ、絶対嘘でしょちーちゃん、笑顔が怖いよ」
「んー? な、言ってみろ」
 顔が強迫モードである。

「・・・んーとね、小学校のザリガニに投与してみましたー♡」
「あの、小学校の校庭を爆走して、車をなぎ倒しながら奈良まで一直線だったあれか・・・」
 なんか、鹿が好物だったらしいそのザリガニは結局、ゲボックに熱線で真っ赤に茹でられるまで飽食の限りを尽くしたらしい。
 ほくほくたいへん美味でした。

「あれはお前だったのか束ェェェェエエエエエエッ!」
「・・・貴重な日本ザリガニだったのにね・・・」
「・・・う」
 振り上げた拳を降ろさざるを得ない千冬だった。
 一番美味しいと言っていたのは彼女だったからである。
 小学生とは言え、黒歴史が増えて行くのは辛いものである。



「ああ、そーだそーだ、ちーちゃん!」
「・・・どうした、束」
「一日にどれだけ個人を思う時間があるかって言ってたけどさー」
「ああ」
 さっき束に自覚させる為に使ったものだが。



「ちーちゃんも同じぐらい一日に思ってるから、ちーちゃんも大好きだーっ!」
「・・・はァ!? 待て、来るな束ぇーッ!」









「昨日は死ぬかと思いましたよ」
「本当、よく生き残れたよな・・・」

 そこは、ゲボックの秘密基地の前だった。
 ミューゼルは居ない。
 居るのはゲボックと結局ここまで付いて来たティムである。
 日本に帰って来たのだ。

「そう言えば、ティム君、ミューちゃんに付いて行かなかったんですか? 小生よりミューちゃんの事が好きだと思ってたんですけど」
「力不足だってよ」
「あー、ミューちゃんの組織って弱いと売り物にされるかバラ売りにされるかのどっちかですから、世間の荒波に塗れてこいって事ですねぇ」
「しっかしこの国、本当、平和ボケしてるなあ、生温くてバッカみてぇ」
 ここに来るまでに、認識を阻害して来たのだが・・・ティムからすれば、一切警戒を抱いていない街に違和感を禁じ得なかった。

「でも、市民には治安組織が厳しくもありますからねえ。ティム君も日本語憶えないと、満足に街も歩けないですよ?」
「うわ・・・最低だな、クソっ」
「まあ、戸籍作っておけば変な国には送還されないでしょうね」
 にゅっと、空間投影モニターを展開するゲボック。
 ドリルとペンチでてちてちと、しかしとんでもない速度で情報を入力して行く。

「・・・戸籍?」
「・・・うーん、手頃な男の子の戸籍が無いですねえ」
「待てコラ」
「・・・しょうがない、女の子の戸籍で良いですよね・・・ハイ終わりですよ」
「手軽すぎんなアニキ、おいテメエ!」
「小生のいとこって事になってますので・・・戻りましたよー、ただいまですよぉー」
「・・・ここ、城?」
 ゲボックの秘密基地を見上げて呆然としているティム。
 出迎えたのは灰の三番だった。

「おぉー、お迎えありがとう御座いますよ。あぁ、この子ですか? 助手にしました。ティム君です」
「ちょっと待てアニキ! 聞いてねえぞ! つーか誰だよこいつ!」
「小生の娘です。名前は灰の三番・・・ん? どうしました、灰の三番。ティム君にはグレイと呼んで欲しい、と。あー、いっくんに付けてもらった名前がお気に入りなんですねえ」
「娘ぇ!? いや年近いだろ、そうでも逆だろ!?」

「それじゃあ、灰の三番、ティム君の身なりを整えてあげて下さいね」
 ぺこり。

 一礼した灰の三番はティムを連れて基地の奥に連れて行った。
 風呂なり着替えなりさせるのであろう。

「さぁて、小生はこれから外では出来なかった研究を・・・」
 がし。
 ずるずる・・・。

「あれぇ? おっかしぃなぁ、体が勝手に後ろに引っ張られてますょ?」

 楽しい科学的実験(サイエンス)を始めようとした矢先に、後ろにぐいっと引っ張られている。引っ張られ続けている。
 そして、恐ろしい何かを———感じられないが、感じられないように押し込めている。
 解き放たれれば、どうなるか分からない。
 そんなものが、二つも感じられる。



「ははは、昨日の今日で帰って来るとベッキーに聞いた時は耳を疑ったがな?」
「ふっふふー、唐突に出現はゲボ君だけの取り柄じゃないんだよー?」
 ゲボックはだらだら脂汗が背中を伝うのを自覚していた。

「おぉう、灰の三番がなんかいつもと違うなー変だなーとは思ってたんですよ?」
「あぁ、アイツもちょっと腹に据えかねてたみたいでな? いつもなら世話焼きのアイツだ。お前も身なりを整えられてるだろうさ、私達が頼んでいなければな」
「ゲーボ君ー? 出かける時はどこに行くのか伝えるように教えられなかったかなー?」
「・・・それはお前もだ、束」
「いーじゃん、言うくらい。今回一年もぶらぶらしてたのはゲボ君なんだし」
「そうだな、今日は大目に見よう」
「うん、この一年間——————」
「どこほっつき歩いて何をしていたのか、じっくり聞かせてもらうとしようか?」

「・・・えぇ? フユちゃん? タバちゃん? あれ? タバちゃんも!?」
「ベッキーに頼んで『特別な個室』を作ってもらっている。必要なものは全部あるぞ、じっくりたっぷり時間もある。ようく聞かせてもらうとしよう———」



「う、うわっ、な、な、なな、なんだお前らはああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
 悲鳴が聞こえて来た。それも絹を裂くような。
 ああ、生物兵器の一群にでも会ったのか。
 確かに初見は、あいつら怖いしなあ。



「・・・あ、ティム君悲鳴上げてますよ、小生ちょっと様子見に行ってきますよ」
「そんなの、いつも気にするお前じゃ無いだろう? ゲボックぅ」
 ゲボックが初めて見るような満面の笑みで千冬がこっちを見ている。

「うん、あの子に付いても色々聞きたいねぇ、束さんは珍しく傾聴万全だよーん?」
 束も同じ表情だった。幼馴染みとはこういうとき色々似通って来るから怖い。
 変に影響を与え合っているのでいよいよである。

「あ、ティム君は拾ったんです。助手してくれますよ?」
「まあ、その話は———」
「ゆっくり聞かせてもらうだけだから大丈夫じょぶじょぶー? ふっふっふ・・・」
「綺麗に繋げるなんて息ぴったりですね!?」

「ああ、まぁいい。もう何か言うのが面倒だ、来い」
「何をするかな、何をしようかな。で、この金髪何かな?」
「およ? およおよ? タバちゃんが何故か怖い!? 小生の金髪ですよそれ、いや、待って待って、ちょっと———」
 ジタバタジタバタ抵抗するが、所詮トロ臭いゲボックでは千冬どころか束でも一対一で引きずられかねない。
 なす術無くずるずると『特別な部屋』に引っ張られて行く。

「聞く耳持たん」
 完全に千冬は無視し。

「待ったなーい、のんすとっぴんぐー!」
 束も色々量子化して持ち込んでいるのが分かった。



「な、何ででしょうかね?」
 その問いに応えるものは無く。

 暫くして。

「勘弁してくださあああああいっ! いや! いや! ッア———!!」
 何が起こったのか。
 取りあえず、推測だけにした方が良い。






 そして、洗浄室。
 詰まる所大浴場で。

「だ・・・誰か、誰でも良いから、助けやがれ・・・」
 ティムが、硬直していた。
 借りて来た猫どころではない。
 猛獣の檻に入れられたハムスターの如く縮こまっている。
 戦力的には当たっているが、何とも言えないものがある。



「いやー、良い湯だなあ」
「・・・・・・」
「お背中流しますか?」
「——————♪」
「(ピカピカ眼が光っている)」
「私ロッティ、あなたはなんて言うのー?」

 猿が冬に温泉につかるがごとくに。
 様々な異形、風貌に囲まれ、ティムは風呂から一歩も動けなくなった。

 この浴場に於ける恐怖体験は、のぼせて医務室に担ぎ込まれるまで、延々とティムを苛む事になるのであった。









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 今回も長い・・・テロップ本気でヤバいのか、俺の書き方が悪いのか・・・。
 伏線回ともう一つ、やっと書きたかった、束からゲボックへの想いの変遷です。



 遭遇編2話で束がどうして興味持ったのか、とか。
 しかし、こりゃまー、俺が恋愛観とか、好意持つ経緯書こうとするとどうしてこんなに回りくどくなるのか。
 単に好きだ、と言わせるまでの長さ、まさに地獄。
 テロップでさえ長かった、本番で更に長い!



 なお、今回の束の恋愛観については、現世の魔王、空目恭一陛下と鏡こと、稜子ちゃんの会話、ならびに心臓の代わりに時計が埋まってカチカチ言ってる一夏とはまた違った唐変木、九門克綺とファンタスティカこと、牧本美佐絵さんの対話から大変沢山に参照させていただきました。

前者は徹底否定。後者はそれらをふまえた上で『自分はあなたに必要以上に感情移入している、つまり、好きだ』的な概要を言っている。理論は前者が主だけど、流れは後者に持って行けただろうか、うーん、恋愛観は本当に難しいのでスよ、わたすにとっては。




本当、一夏のフラグ体質が恐ろしすぎるわ。
あ、優しい。惚れたとかさ、なんだろう。他の娘と仲良くしていると胸がチリチリ・・・好きなのかな・・・

ティムじゃねえけどざっけんなああああああああ!!!
肝心な惚れた経緯を教えて欲しいんだよ! 何だよ、もう気付いたら惚れ構築済みだこんちくしょー! ラウラぐらいか!? でもあれクロッシングである意味一目惚れだよな、ちょっと会話したけどさー!
私が一夏ハーレム構築の流れ書こうとしたらそれだけで執筆気力が潰される。どれだけ駄文を連ね連ね示せば行けないのか気が遠くなる———ああ、潰される。絶対潰される。確実に潰れますブッチャリと。
と言う訳で、原作編では、双禍から見たら、あ、ハーレム増えてる。ってな感じで心情の移り変わりは出せない。つうか出したらマジで話が進みません。その辺は原作力に任せます
あ、何でか好きになってる・・・便利だ、原作一夏ァ・・・。


一目惚れって衝動買いと変わらない。そう言った短絡的な感覚を人間に対して抱くのはナンセンスだと空目陛下も言っておられます。蘭、そこは思い直そうぜ、と強く言いたい。弾兄ちゃんが可哀想すぎる。



そして、捏造設定一つ。
ゲボックが頭良いのって月香の生命のプールのせいだったんだよー! とか捏造ばりばり
しかし思うのですよ。月香が墜落したとき、彼女自身でも知覚できない程細分化した欠片があったのではないかと(寄生獣のミギーのように)

生命力で生命が強化されて巨大怪物になったりするのだし。
その力場のなかで精神生命体——魔族が生まれたりするのだから、
人間の生命的特徴、知性を特化強調させたのがあるのではないかと。

しかも、直接取り込んでいた強キャラではなく、先祖が取り込んでその子孫で隔世遺伝的に出たのだ、死神三番のように・・・とか勝手にやってみました。
こっちに月香来ないから別にいいやとか・・・うん、軽率だったかも
ただ、クロスしてその異物感出さないのはなんか嫌だな、と思って出してみたり。
あの世界の最大の特異点はやっぱり月香だと思うのですし・・・





PS 原作一巻分の話が終わったら、元ネタ集作るつもりなんだ・・・



[27648] 原作編 第 1話  えと、自己紹介【オリ主、憑依未遂モノ】
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/31 23:59
 神様なんてクソ食らえだ。
 人生は一度きりだ。転生なんて知った事じゃねえ。
 というか本当に神か? ただの化けもんじゃねえの!? んなことできるなんてイアイアとカフングルイとか妙な祈り捧げられてんじゃねえの!?

 そもそも———
 この人生は、俺のものなんだっつうの。






 はて、唐突で申し訳ないが、いきなりぐだぐだ言われるのもあれなので、現在持っている知識で筋道建てて並べてみるとする。

 ここはやはり、詳しく述べるなら事の始まりは第2回モンド・グロッソの決勝戦当日に起きた織斑一夏誘拐事件だと思う。
 
 はっきり言って我がファーザーが護衛の一人でも一夏少年につけてりゃこんな事件は起こらなかったのだが、記憶容量が脳改造でペタバイトぶっちぎってる癖に一切一般常識関連項目が欠如し尽くしている我が父君にとって、そんな発想は無理だったのだ。
 千冬女史、せめて貴女が思いついて下さい、貴女だけが世界の救いです。

 少年を攫ったその目的とは、今ちらっと名前が出たけど千冬女史。フルネーム織斑千冬。
 現在世界最強の兵器、<インフィニット・ストラトス>・・・略してISでの戦闘試合。その世界最強を決める第1回モンド・グロッソを制覇した、名実共に史上最強のレディである彼女を、負けさせる事。

 まぁ、彼女は第2回大会においても決勝戦まで順調に勝ち進み、下馬評では彼女の2連覇は間違いないとまで言われていたものだから。
 そりゃそうさなあ、IS開発者である篠ノ之束博士と、Dr.アトミッックボムが両脇固めてセコンドしてりゃあ、誰も敵わねえだろうよ。
 千冬女史本人の戦闘能力が人間離れしてるってのもあるけど。
 知ってるか? あの人生身で生物兵器薙ぎ払うんだぜ!?

 まぁ、前者は表向き行方不明だし、後者は表の世界には名前がそもそも知られてないし。ま、いいのか?

 で、ぶっちぎりで最強が居たりすると賭け事とかを裏で元締めてる人とか、パーツ作ってる企業とかのシェアとか? よく分からんけどそんな人達に不都合が出るとかで、兎にも角にも、彼女を不戦敗にしようとした訳だ。
 いや、まあ推測だけど。

 千冬女史はお父さん曰く、優しい人情味溢れる人らしい。非常に照れ屋で、そう真正面から言うと命に関わる、分かりにくいツンデレだそうです。やべーまじこえー。
 
 そんな訳で、弟の為にまっすぐ助けに向かって二連覇は逃したのでした。
 感動的な話である。
 そのとき、色々なドラマがあったのだが、当事者でない俺はここでの必要な事だけをのべる事とする。

 それは、誘拐されていた一夏少年が一発ぶん殴られた時の事だ。
 周囲で待機していたIS一勢起動して動力を上げたらしい。
 その様は、暴走族が威嚇の為にアクセル全開で吹かす様にも似ており。俺が思うにそれは警告だったんじゃなかろうか。
 ISにまで愛されてるって凄いよね、彼。

 そう言う訳で、世界的にはこの間有名になった、世界で唯一のISを起動させる事の出来る少年、織斑一夏の特性は裏の社会に何年も前にバレバレになっていたのである。
 しかも、まあ、起動できるかはまだ試してなかったんだけど、ほぼ確定事項。
 何せ、登録も何もしてないISを遠隔で反応させたようなものだから。
 その潜在能力は天蓋知らずってものでしょうなあ。



 元々、少年は返すつもりだったらしい。
 まあ、そうだよね、世界最強の戦闘能力と世界最狂最凶のW頭脳を本格的に敵に回したくないものだよ、誰だって。

 だが、このとき彼の細胞サンプルがとられてしまってね。
 彼の特性を兵器利用しようとした訳だ。
 よくある話って奴だね。

 最初は、そのままクローンを作ろうとしたらしい。
 なにせ、ISは男は起動できない。
 彼の何がISを動かしたり得るのか、それが分かれば凄い偉業と言う事。
 その因子を抽出できれば、男だってISを動かせるようになる時代がやって来る。
 でも、本物には怖いお目付役が付いているからまずは模造品をたくさん作って、それから実験しようと言う事だ。わぁい、人間って何処までも墜ちれるってことだねえ。

 だが駄目だった。
 ダディならともかく、一般科学技術如きでの男性の体細胞クローンは非常に弱い。
 元々男ってな、女の突然変異らしい。
 生物的に異形だから、二次成長を迎えて体が安定するまでは脆弱な生き物って事さ。
 途方も無い進歩の果てに、人類はやっと本来の女尊男卑に辿り着いたのだ・・・て何このフレーズ。
 邪馬台国とか地母神信仰の古い文明ではそうだったらしいけど、対等が一番だと思うよ、実際には有り得ないけどさ、皆がそれで良いって思ってるのが少なくとも良いと思う。

 あー、脱線したな。そんなだからまぁ、作っても死ぬ事死ぬ事。

 辛うじて成功したのはたった一体。
 でもそれだって失敗作でねえ。
 オリジナルの織斑一夏同様、遠隔でISと感応したり、起動させることができたんだけど・・・。
 初めての戦闘用起動実験終わったらその負荷に耐えられなくてぐずぐずに崩れちまったのだよ。
 おかげでクローン計画は凍結。
 だけど多額の資金をかけてこれじゃあ、って事で女性化クローンの製造に移ったわけだよ。
 何せ史上最強の千冬女史の弟で、元々桁外れのIS適正値の持ち主。
 期待もあるって訳さ。



 さて、以上の文面に実は俺が入ってたりする訳だ。
 まあ別にクイズでもなんでもないので種明かしすると、ぐずぐずになっちまった男性クローンが俺なんだよね。
 別にトラウマでもなんでもない。
 作りたてだったから感情ってのがまともじゃなくてね。
 淡々と情報を認識する事しか出来なかったよ。

 とりあえず体が何一つまともじゃなかったので、脳を取り出されて生命維持装置付きのシリンダーに生きた標本として突っ込まれた訳だ。
 本当なら生ゴミ行きだったんだけど、脳みそ取り出される前にIS遠隔感応しておいて助かったよ。
 特に意図してなかったけど偶然動かしたから、脳みそだけでも価値があるってことでクラゲオブジェとして生き残れたっつうこと。

 しかし、そうなっても情緒は育たないんだよね。
 何せ情報が入ってこない。
 人は色々な刺激を受けて人になって行くらしいけど、俺にはそのインプット装置が何一つ残っていなかった訳だ。
 何も見えない聞こえない、味も無ければ匂わない。
 一番大事な触覚なんて全くない。
 知ってるかい? 人間が取り入れる情報の八割は視覚だって言うけどさ。人間としてのベースが出来る時って視覚は殆ど無いぼやけた世界なんだわ。
 そこで色々なものに触れたり、言葉を聞いたりして個性を形作って行く。
 脳みそだけになっても、それは生き物ではなく、物体でしかないんだよ。

 そんな俺に救いが来たのは、うん。あれだ。妹との出会いだね。
 その妹は一夏少年の女性化クローン、その一人だったんだけどえーと、当時はマテリアル十三だったかな?
 彼女と彼女の持ってたISコア———どっかから強奪したものらしい———を介して俺は世界を見た訳だ。
 妹の五感を使って俺は世界を見ることができた。
 初め妹はびっくりしてた。そりゃそうだろう。世間に慣れてたら俺の事を幽霊かなにかだと思っても間違いない。
 俺も妹も情緒とか殆ど無かったからね。あの沈黙、今の俺じゃ耐えられねえ。

 それから、ISのネットワークを通じて俺達はコミュニケーションをとって行ったわけだ。
 なかなか苦労したし、色々なエピソードがあるけどここでは割愛させていただく。

 そんなるある日だ。
 
———ん、なんだここは?
 
 頭の中で声がした。
 最初は、俺ら以外にISネットワークに介入した奴が居たのかと思ったさ。
 だが違った。
 そいつは正真正銘俺の脳内に突如として出現したのだ。
 はっはっは、脳しか無いけどね! と言う突っ込みは無しで頼む。

———ん? 何だ俺

 それはこっちの台詞である。

———なんだこりゃあああああああ!! なんで俺脳みそしか無いの!? Dr.ク○ンケに憑依したってか!? 冗談じゃねえ! あの神のやろう! なんてモノに転生させやがる!

 後に記憶を漁って分かったのだが、彼は全く異なる平行宇宙で死亡し『神』とか言う存在によって別の肉体に移されたそうなのだ。
 脳みそしか無かった俺が選ばれるとはなんとも哀れな男だが、こっちもまた地獄であった。
 そいつを意識した瞬間、凄まじい勢いで『自分』が塗りつぶされて行くのを自覚したわけですよ。
 ぶっちゃけ意識しか無い俺にとってはそれは生身の人間よりもいっそう恐怖を感じるもので、俺はISネットワークを通じて悲鳴を上げた。助けを求めたんだよね、ヘルプミーって!

 しかし、俺の抵抗は虚しく瞬く間に『俺』の個性が無くなって行く。もともと自我を構築する情報が足りなく、意志薄弱だった為か、さっぱり俺は無へと帰ろうとしていた。
 そんな、時だった。

———誰だお前。お兄ちゃんに勝手に取り付くってな良い度胸だなあ、あぁ!?

 妹だった。誰よりも早く俺のSOSに気付き、俺の中の異物に対し精神攻撃を仕掛けたのである。さっぱり便利だ、ISネットワーク。
 でもドス効き過ぎだって。マジで怖えよマイシスター。
 やっぱ普段マフィア式戦闘訓練受けてると荒んで行くんじゃないかね。なんてこったい。
 つうか、ISネットワークに殺気乗せるって凄まじすぎるわ。危うく俺の精神が消し飛ばされる所だった。
 
 俺は薄れ行く意識の中。イドに沈み行く俺に手を伸ばす妹のヴィジョンを幻視した。
 兄馬鹿である事をぬかしても言おう。妹は、とても美しかった。
 だってあれだよ、いつも妹の目でしか見てないから妹自身が見れなかったんだよ。あの子鏡見ないし。

———馬鹿な! この展開では・・・俺に勝てる道理が無い・・・だと!?
   何故だ! 俺が主役だ! 俺には数々のチートが・・・俺のハーレム・・・が———

 てな感じで最後までよく分からん奴だったが、妹の精神力にすりつぶされ消滅し、俺は妹のおかげで存在を取り留めた。
 さて、そいつだが、数々の能力を【神】とやらに貰っていたらしい。
 なんか武器作るだとか、むにょーんってISの量子化みたいな門とか。
 極め付きはあれだ。『支配者の右腕』とか言うもの。
 どこぞの市長さんが持っているものとかで、触れたものに対して万能の力を行使するらしい・・・それだけの力を持って何がしたかったんだアイツは。

 まあ、俺は何も使えないのですよ。あくまで『アイツ』に与えられた能力だったらしい。
 ただ、俺の浅い人生が記された海馬に、奴の濃厚な記憶が産業廃棄物のように残された。
 まあ、影響は無いと思いたい。記憶と経験、個性は違うものだと、俺は思う。
 思わないとなんか汚染されそうで嫌すぎるんだよね。

 その記憶の殆どを占めるそれを参照すると、アイツは所謂『サブカルチャー』と言うものに通じていたらしい。
 ぶっちゃけよう、俺もはまった。
 なにせ俺は脳みそだぜ? 娯楽がねえ娯楽がねえ。
 何より、妹に物語を聞かせるにはもってこいだ。
 話題が尽きなくて何よりである。
 わくわくしながら聞いてくる妹は俺の宝だね、全く。

 しかし、こいつの知ってるサブカルチャーは結構偏っていて、なんか選びたくないものが八割を占めていた。特にその、女性関係の奴だ。
 見た瞬間絶対脳の血管何本か切れたね。絶対あれは妹には見せられない。

 まぁ、正直、妹の精神攻撃でこの記憶も障害を受けて穴だらけなんだよな。
 インフィニット・ストラトスって題名の奴なんて、タイトル以外霞がかかってるし。というか、それってISそのものじゃん。他のも虫食いみたいに所々知識が抜けているし。
 もう一つ、狂乱家族日記ってのもね。日記・・・日記!? よくわからん。
 


 そんな楽しい時間は、しかし終わりがやって来るのが諸行無常というもので・・・違ったかな、使い方。
 妹と引き離されたのである。
 涙ぐんでいるイメージが流れ込んで来たのは、俺にとって本当に屈辱の記憶である。
 俺には手も足も無い。まさしくDrクラ○ケだ。
 まあ、その知識も『アイツ』のものなんだけどね。あの亀凄いよね。俺はミケランジェロのようになりたいよ。

 俺は無力だった。
 遠隔感応できても、遠隔起動も遠隔操作も出来ないなら意味が無いじゃないか。

 俺の世界は、妹の専用ISコアを通じて広がっていたと言える。
 俺は再び闇の世界に墜ちた。






 これだけ自我が育つと、逆にこの闇では気が狂いそうになる。
 非常に不本意だが、それを救ったのは『アイツ』のサブカル記憶だった。
 まさしく何の情報も入らない常闇に引きこもり、俺はそのデータを鑑賞し、必死に発狂しないよう自分を維持し続けるしか無かった。
 何ていうか、この時代思い出すと語りにも余裕が無くなるよなあ。

 そして、どれだけの時間が経ったのだろうか。情報が無いとそれも判断できない。
 そんな闇の中に、カンペ用のボードのようなものが落ちて来た。
 それが転機だったんだ。



 ボードに意識を向けると、声が出て来た。
 正直、はぁ? である。
『もしモし? もしもーシ?』

 はっきり言おう。
 このとき俺が感じたのは
 
『うぜえ』

 の一言に尽きた。いや、本気で。

『もしモし? お機嫌イかがですか〜? あっレぇ? おかシいなぁ〜———さっき調べた限りデは、精神活動ヲしている事をはッキり確認でキたンですけど』

 何と言うか、通常の音声に機械音が無理矢理デュエットしようと割り込んでいるような、妙に頭に引っかかる声。
 俺は脳しかないから全身に引っかかる声って言うのか? とりあえずあまりに鬱陶しくて放っておけないので返事する事にした。

『ちょっとうっさいよアンタ、ところで交信できるってことはISネットワークに接続できるのか?』
『オォ〜う、やっト会話できるよウになりまシたね。小生はいっクんじゃないので、IS使えませンよ? いヤ、科学を駆使すれば科学的に出来なくもないンですけど、ソウすると絶交せンばかりに嫌われマすし』
『何に?』
『ISにでスよ』

 ん、すげえ納得。

『けど、そうしたらどうやって俺と会話してるんだ』
『脳内の循環液に照射しタ試験波や脳波を統合シて、意識みたイな形に整えて、解析しタそこにアる思考を、言語に翻訳していマす。逆に小生ノ思考はあなタの神経細胞を刺激する形二なるよう、保存液の振動伝達も計算してシリンダーに振動を与エています。キっちり翻訳して』

 何言ってるか全然分かんねえよ。
『まあ、脳に電極刺されてないってことが分かっただけでもマシか』

『脳に痛覚は無イでスからね。とイうか、そコから出したらドロッドロに溶けちゃいマすよ? その保存液、品質悪いデすから、その状態で脳が活動を継続できテいるのは奇跡デす!! Marvelous!! それは是非ともこの手で調べタい! こんナ適当極まりない処置をされテおきながら精神活動を継続しているナんてMarvelous!! ビィ〜バァ!! 僕らはみんな生きテいる!!』

 いきなりそいつは興奮し始めた。
 長らく妹としかコミュニケーションをとっていなかった俺は正直訳がわからんかった。
 何だこいつ、よくわかんねえ。
 というより、俺はもうこの液体を漂い続けるしか無いらしい。取り出した途端、デロんは悲しすぎる。
 ははは、さらば現世、サヨナラばいびー、ホナさいならだ。

『素晴らシい———データです。ところで何か不自由とかなイですか?』
『見て分からんのかボケ! 自由が微塵もねえよ! 文字通り手も足もねえんだからな!!』
『アハハハ!! 分かりマした!! お望みナら、小生が用意しまスよ!』
『え? でも俺この液体から出したら脳ミソ溶けるんじゃねえの?』
『大丈夫です! 小生はコういうモノですから!』
 ドモドモ、と、やたら頭を下げる腰の低いイメージを送りつけてきながら、俺が言ったときそいつは名刺の形をした、メッセージボードを俺のヴィジョンに落して来た。
 そこには。

———天才科学者。

 これって職業なのか? と言う疑問もさておき。
 と、それに続いて。

———Dr.ゲボック・ギャックサッツ

 と記されていたわけだ。
 自分の中のサブカル知識が一斉に警鐘を上げる。
 やべえ! こいつはやべえ! と。
 だが、同時に期待も持ち上がる。生まれたばかりのあの時は、感動というものが殆ど無かったが、人並みの神経を手に入れた俺は肉体を渇望していた。

『御心配ナく! 科学的に作った予備の脳髄に、科学的に魂の移動をこなシて、それを科学的に作った体に脳移植しテお薬をダバダバ飲んで、科学的に生ジた地獄の激痛と副作用に耐えながら科学的にリハビリをやり遂げればあなタは自由に動けるようにナります!』

 途中、すっげえ気になる一文があったが、肉体を手にいれられるなら、文句は無い。
『おっけぇ、乗ったぜ、天才科学者』
『アハハハ! よウし、これで思いっキり実験が出来まスね。幻覚とか見えるンですよ』
『ちょっと待てやコラああああああ!』






 こうして俺は自分の肉体を手に入れた訳だ。
 いやしかし、父さん・・・あぁ、ゲボックの養子ってことで戸籍を手に入れたんで俺はその天才科学者の息子と言う事になっている。
 正直、あの人の周辺はすげえ。
 何だかよく分からん生物兵器が普通にうようよしてるし、その中心で一人はっちゃけて理解できねえような実験繰り返してるパパ上様いるし。
 まあ、その辺はまた語るとしよう。

 そうそう、副作用はマジで地獄だった。
 あまりの痛みに気絶して、次の瞬間痛みで気絶から叩き起こされるんだよな。
 それを何度も何度も繰り返すと脳内麻薬がとんでもない量分泌されて幻覚を見始めるんだよ。
 天使の羽生やした妹が群れでやって来た時は思わず手を伸ばしちゃったりさ。
 途端に量産型エ○ァに貪られたエヴ○弐号機みたいにフルボッコにあって正気に戻ったよ。泣ける。

 いつか、妹と再会したいものである。これは真面目に本音だ。






 えーと、さてさて。
 俺は目の前にあるIS学園を見上げる。
 今日からここに通うのかぁ。

———女として

 何でも、男として入ったら目立っちゃうでしょというものである。
 何でも、周囲の目は一夏お兄さんに集中させて行動しやすくするらしい。
 で、何させんだ親父? と聞いたら、『陰なガら冬ちゃんのお手伝いでスよ、内緒二ね』とか言われてペンチな右手でピースされた。
 蹴り倒した俺に正義はあると思う。

 それに、実際俺はISを動かせる訳だが、調べられたら一夏お兄さんとの関連性がばれるし、俺のクローン細胞から作られた脳に科学的に魂を移植した(魂に科学って合わなくね?)とはいえ、ぶっちゃけそれってつまり一夏お兄さんの孫クローンって事だし、何より俺は十割人工物の、ある意味合成人間型生物兵器だ。『じゃあ、シリーズに乗っテ斑の一番とかドぅでしょ?』とか型番も付けられている。
 ぱぱりんの生物兵器は、似たような性質ごとに、色と作った順番の数字を付けられて名前が付けられるが・・・よりのよってブチのいちばんって・・・色じゃねえだろ模様だろおい。まあ、ネタは分かるけどさあ。

 まあ、通常の検査じゃ絶対に引っかからんがね。
 それと言うのも、俺に入って来て妹に滅殺された奴の事を父に告げた事がある。
 なんだか、おっ父自身も身に覚えがあったらしく。二秒ぐらい真面目だったが、その後で俺の記憶にある。サブカル知識を知ったら再現しようと取りかかり始めやがった。
 魂を移動させる際、記憶のバックアップをとってやがったらしく、そっから他のも抽出。俺のプライバシーは!? 妹のとこ参照したらぶん殴って記憶消したけど。
 やばい、これはやばい。
 なんというか、生きたドラ○もんのポケットみたいな人である。
 篠ノ之博士と共に何度も世界を危機に陥らせた狂科学者は伊達じゃない。
 叫びたい気分だ。助けてぇぇええええ千冬さああああんっ! てな感じに。

 そして、再現された能力が<偽りの仮面>と言う能力だ。
 俺となんか境遇似てる人造人間十二人姉妹の次女の能力で、あらゆる検査をかいくぐる程の完全な変身が出来るらしい。
 正直俺としては六女のモレ・インター的な能力が欲しかったのだが。
 だってあの人、マジで俺みたいな境遇の人三人もぶった斬ってたし。
 ところでビームも出せるのに、何で爪が必殺武器みたいになってるんだろうね。あのお姉さん。
 何よりそんな能力移植されたら死亡フラグが立つようで非常に嫌である。
 一方、あのジジィは六女の能力を自分に搭載してやがった。殺意が芽生えた瞬間だった。

「こレで、冬ちゃンのお風呂覗き放題です!!」
 と言って一週間外出したファーターはダンボールに血袋状態で無理矢理圧縮され、郵送という形で帰って来た。
 一瞬サイコかと思ったよ、世界を守って来たヒロインマジパねえ。

 とまあ、自己紹介はこの編で終わりにしておこう。
 正直俺の秘密を片っ端から語ったのはあれだ。秘密ってのを小出しで徐々に出すってのは嘘付いてるみたいでやなんだよねえ。なんかマスコットな孵卵器みたいじゃねえか。
 まあ。お仕事なら仕方ないけど。
 
 俺がそんな任務にむしろ進んで乗ったのは、正直俺自身がISに関わって行きたいからだ。IS学園ならその点、バッチ来いだろ?
 俺と妹が製造されたのは亡国機業とかいう老舗のテロ組織らしい。
 そこはしょっちゅう各国からISを強奪しようと画策しているようで。
 いつか、妹への足がかりを掴むなら関わって行くしかないからねえ。
 それならば、学園でここに対抗する為のコネを作っておくのもアリってわけですよ。

 正直、父君と束博士に頼めば一発で見つかりそうなんだがね。
 俺は幻視でしか妹の姿を見てない訳なのですよ。
 聞いた声も妹の耳で。つまり、客観的な声とは違う訳で。
 まあ、いつまでの親の臑かじってるのものあれだしね。親って程あの博士達も年食ってないし。
 下手言うと、く?ちゃんに刺されるしね。死ねないから逆に苦しすぎるんだよ。
 
 ヒントは、織斑一夏の女性変換クローンであるという事。ま、俺の妹だからね。
 まぁ、頑張って行きましょう。 

 そうそう、自己紹介って言ってたくせに名前言ってなかったな。

 俺の名前はソウカ・ギャックサッツ。妹と、互いに贈り合った名だ。
 セロとエドワウみたいで素敵だろう?
 まあ、あんな感動的なだけで悲しい結末を迎えるつもりなんてさらさらないがね。
 フルで呼べば『そうか、虐殺』みたいな名前なんで、お呼びの際は出来ればファミリーネーム抜きで頼みます。
 あの名字って、見る人が見りゃ一発で分かるからなあ。






 ところで。
 なんであの天災科学者の事を『父』的に言おうとすると毎回違うのが出てくるんだ?
 言語機能バグってんじゃねえのかあ!
 あのお父タマめっ・・・てよりによってそんな呼び方すんじゃネエエエエエええええええええええええええ!!!!! 
 
 
 
 
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 やばい、取らなきゃ行けない資格試験の勉強あるのに一日潰して書いちまったああああ!
 こういう転生未遂ものって表記しないと駄目なんですかね
 
 所謂過去編では三人称、本編編ではソウカの一人称でお贈りするつもりです。
 ゲポックの大暴れをみたかった方には申し訳ないですが、この形式でやって行きたいと思います
 
 先程ちらっとみて感想が来ている事に感動してみたり。
 ありがとう御座いますっ! m(_ _)m Flying DOGEZA
 返事はこの後書こうと思います。
 ・・・試験の前日って猛烈に掃除したくなりますよね。そんな気持ちです。
 やばい! やべぇくらい本気でやばい!



[27648] 原作編 第 2話  入校―――オチは古典
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2011/07/31 23:59
「ねえ、お兄ちゃん」
『なんだねマイシスター』
「カツオブシエボシって凄いねー」
『確かにあの毒性は半端ねえとおもうな。だが、俺は圧倒的物量を伴うエチゼンの野郎の方を一押しするね』
「えー、あの無害そうなのがー?」
『いや、わりと漁師にゃ洒落にならんらしいぞ』
「へえ〜、そうなんだー」
『しかし我が妹はクラゲが好きだなー』
「うん・・・まぁね」
『 ? ん、なんか歯切れ悪いな。言いたく無い理由でもあるの?』
「!! なんでも無いよ! なんでも!」
『甘いぜー、それじゃなんかあるって言ってるも同じだろ? ほーれ言ってみー?』
「んとね、あのね」
『うんうん』
「クラゲって・・・お兄ちゃんそっくりだから(赤面)』



———バギィンッ!!

 えー、業務連絡です。
 とある幻想がぶち殺されました。



 内容が内容だけに・・・ねぇ・・・怒れないよね! だって妹の純粋善意十割だもの!

 海月とシリンダーに浮かぶ脳クラゲ、もとい『俺』・・・うん、似てるよね。



『ははは・・・そうか』
「誰にも言わないでね。恥ずかしいから」
『ああ』









 言えねえよ。

———某海月野郎の日記より抜粋






 さーて。
 ここがIS学園ですよ皆さん。
 完全に海上に独立した学園都市ならぬ学園島。
 本土とを繋ぐモノレールの駅を背後に、学園を見上げて見ましょう。
 学園中央棟から左右に何かが突き伸びておる。
 なんだろう、某戦等民族のプロテクターみたいなあれは。
 いや、うん。まさか・・・でもなあ。
 云々かんぬん・・・。

 閑話休題。

 おぉっとう。考えすぎてた。
 そう言うデザインなんだとうん、まぁ納得するとしよう。

 えっちらほっちら校内に入る。
 真っ正面の壁には名簿が張り出されていた。
 一クラス三十名の四クラスで百二十名か。全国のみならず、海外からも積極的に留学生も受け入れているのでこの数はなるほどエリートの集まりなのだなあ、と納得してしまった。

 何より、この『壁に張り出される』と言うのがなんとも素晴らしい様式美では無いか。この調子ならテストがあるたびに成績順に張り出されたりするに違いない。
 そして生徒たちは一喜一憂し、上位成績者を羨むのだ。おぉ、楽しみだねぃ学校生活。
 最新鋭のIS設備が整っているのみならずこういう古典も用意してくれるのは、俺としてはありがたいのだ。
 学校というもの自体が初体験の身としてはマンガ等でみた知識が如何しても先行しちゃうからね。
 予習できるイベントがありのは何とも安心なんですな。

 近づいて名簿を一組から見上げて確認する事にした。
 そう、かなり見上げるだ。俺の背はかなり低いんだよね。
 これは製作者であるとーさんに文句を言いたいところだ。

 男ならば、やはり長身に憧れるだろう?
 今の俺はかなり小柄な女性なんだけどね。

 そうそう、<偽りの仮面>で変身した俺の容姿は一言で言うと、現代的な顔付きの市松人形、と言えば分かるだろうか。
 真っ黒な直毛の髪質で肩甲骨の辺りで横一直線に切り揃えている。
 前髪も眉の辺りで横一線。
 着物なんか着せたら。はんなりしそうな装いだ。

 これは俺の趣味でも親父の趣味でも無い。
 まぁ、おいおい語っていくとしよう。

 えーっと。まずは一組一組ーっと・・・。
 おぉ、早速おりました。

 一組:担任 織斑千冬

 この人のフォローをすれって———そう言えば具体的な指示はなにも出されていなかったりする。
 一夏お兄さんがISを公的な場で起動させちゃったもんだから心労が蓄積されているだろうし、そのケアでもすればいいのでしょうか?

 で、そのまま視線を下げていくと。
 おぉう、おりましたよ織斑一夏。
 千冬お姉さんも流石に職権を振るったのでしょうね。
 目の届きやすいところにおいておきたいとかそんなところでしょう。
 話によれば、かなり弟ラブなそうですし。



 で、俺はと言うと———

 あれ? 居ない。

 如何やら自分は一組では無いようです。
 Q.どこかなどこかなー。
 A.四組です。

 遠っ!
 何かもう端から端じゃ無いですか。
 つまりお一夏兄さんのプライベートのフォローでも無い。

 俺になにをしろと。
 合同授業も実技が少々の程度だろうし、この構造なら一、二組ないし、奇数組と言う事で一、三組ならありますが、一、四組となると全クラス合同授業でも無い限り一組とのバッティングは無さそうなもので・・・。

 まさか・・・その辺なんも考えてないとかじゃ無いだろうなあ。
 俺の体とか境遇から、いい実験になりそうだとか思っているだけと言う可能性も無きにしも非ず・・・だよなあ。
 あー、何かそう思ったらそれが確定な気がしてきた。

「ん〜? どうしたの〜」
 ごっそりやる気をなくしていると何やら間延びした声が背後から。
 どなたですかい。と振り返れば発見、両袖を余らせた制服を着用の女の子。

「いや、僕自身のクラスを確認していたのだよ。なお、クラスは四組だったと言うわけで」
「ふーん。ん〜とね、私はね〜〜〜〜〜〜〜」

 捜索中です。うん。伸びる声が可愛いねえ。
 しかし背筋を走るこの寒気はなにか。
 はて、こんな口調で我が魂に何か彫りくださった方が居るんでしょうかの?

 我が扁桃体が海馬に思い出すなと言明して居るので思い出すのは諦めよう。
 でもさあ、自分自身にびっくりだよ。なに今の口調。一人称『僕』なんて初使用なんですが。

 まぁ、種は知って居るんだけどね。
 これぞ〈偽りの仮面〉の一機能、『個性偽装』だ。
 変身している見た目にふさわしい口調に自動翻訳してくれる代物だ。
 ・・・なんか二枚舌みたいで自己嫌悪があるのは置いておこう、うん。言っている言葉を偽って出すわけじゃ無いしね。
———自己弁論完了

 確かに俺には女の子になりきるなど出来はしないし、そもそも人生経験が足りない。どこでどんなボロが出るか分からないし、そもそも一般常識だって満足だとは思えない。
 だって、今までまともに会話した事あるのは妹とお父ちゃま・・・それと少しだけど二人だけなんだぞ? ——————後で絶対クソ親父の呼称に関わる思考回路治そう。

 硬く決意を固めてる俺。実はこれ現実逃避だったりする。
 女の子だよ女の子。
 妹は妹だから別として、後は父っつぁんの同類な女とそれを神様感覚で崇拝してる刺突娘だけだし・・・あぁ、その通り、俺は舞い上がってテンパって動揺しまくりなんだよ。良かった! それを完璧に隠せる〈偽りの仮面〉があって本当に良かった!

 ん? ここってそう言えばお兄さん以外は全部女学生・・・やばい、俺詰んだかも。心拍数的な意味で。
 ネズミと象って生涯の心拍数一緒っていうじゃない。
 俺このままじゃ寿命がマッハで・・・あ、俺そう言えば脳だけじゃん! はっはっは、心配して損した(絶賛テンパり中)。



「あったあったー、みっけたよ〜、一組だぁ〜」

 ビックゥッ!
 うおっ、いきなり喋るから吃驚した!
 え? まさか今までかかってたの? 一組ってかなり最初の方じゃ無いか。

「別のクラスか、そいつは残念だねぇ」
「大丈夫〜ご飯やお風呂でまた会えるよ」
「おぉう、成る程」

 それきり沈黙する我ら。
 目の前のぽややんとした子はニコニコとしてるけど、内心コイツつまんねえとか思ってんじゃ無いだろうか。

 いかん! いかんぞ! このままでは学校生活がお先真っ暗になってしまう! 聞くに女子の情報伝達速度は量子ファイバーを軽く凌駕すると言うでは無いか。
 みんなにハブられ、針の筵で過ごすなど、想像するだけでも恐ろしい。

 ではどうする!?
 あいにくだが俺は大して話の話題というものが無い。
 
 こんな時こそBBソフト。
 常識に疎い俺のためにインストールされたソフトを起動する。
 明日の天気から国家元首の浮気相手のお肌の曲がり角まで! ありとあらゆる知識を放り込んだこの電子図書館ならば!



〜初対面の人に好印象与える会話切り出し〜
 まずは自己紹介! お互いの名前を交換だ! 一言添えて印象付けるのが良いぞ!



 はぁいっ! ってやべえ! 早速駄目じゃん! 既にかなり会話してるのにお互い名前も知らねえよ!
 そもそも話す話題が無くてBBソフトに頼る俺が俺が一言添えられるかああああああ!!!

 だがしかし! ここでひいてはヤマアラシに取り囲まれる、そんな学園生活は嫌だ!
———ええい、ここで退けるかああああっ!

「自分は、こういうものです」
 見よう見まねで、親父が人に差し出していたのを真似る。

「すっご〜い、名刺だあ〜、どれどれ〜?」
 俺が差し出した名刺を受け取りしばし眺める彼女。
 裏返したり、透かしたりしている。

「あっれ〜?」
「なんかまずかった?」
 え? なんか手順違った? 渡す時の姿勢だとか態度だとか。

「何も書いてないよ〜」
「なんか書くの!?」
「あはは〜、変なの〜、常識だよ」
 何ですと!?

「えっとね〜」
 彼女は筆ペンを取り出して、雰囲気どおりのゆっくたりとした動作で名刺に記入している。
「ど〜ぞ、よろしくね〜」

 そこには、達筆でこう書かれていた。

 先祖代々メイドさんだよ〜
 布仏本音、よろしくね

「おおぉ・・・」
 名刺の正しい使い方にも感動だが、先祖代々メイドというのも凄い。
 世の中にはこんな人も居るのである。
 ああ、面白い! 生きてて良かった。
 ところで、なんて読むのだろう。
 BBソフトによれば、のほとけ ほんね、と振り仮名が出た。

 初名刺記録として記憶素子に焼き付けておこう。ROM指定で。
 あ、そうだそうだ。
「じゃあ、僕も———」
 真っ白で何も書いてない名刺(二枚目)に名前を書く。
 ソウカ・ギャックサッツ。と、名前だけを。
 それ以外は、これから作っていこう。

「わーい、ありがと〜。んとねーんとねー、じゃあ、そっくんだ〜」
「?」
「ソウカだからそっくん〜」
「・・・ええっと、それってまさか」
「綽名だよ〜」
 ・・・なんだとっ! 字数増えてるけど。

「おおぉ、生まれて初めて、『このクラゲ野郎』『金食い浮き輪』『モルモットでスね』以外の綽名をつけられた・・・感動だよ」
「・・・苦労してるんだね〜、でもびっくりだよ〜、日本人だと思ってたし」
 よしよしと頭を撫でられる。
 背の高さの都合でな・・・ちっくしょう。

「えーと、それじゃあ、それじゃあだね、ほんねだから、えーと・・・」
「いいよ〜、別に無理につけなくても、本音でね」
「口惜しや・・・いつか必ずいい綽名をつけてあげるから!」
「ほ〜、それは楽しみだー」
「耳を洗って待っているがいい! と、時間ももう無いな」
「ん、そっくんまたねー」

 それじゃあ、ここでお別れである。

 非常にゆったり歩いていく彼女を見送る。遅れないか? 彼女・・・。
 ん? 綽名が君付け?
 今ちゃんと女だよなあ?

 小首をかしげながら俺は四組に向かった。






 やばし・・・。
 周りは全部女の子だよ。俺も見た目は女の子だけどな!
 いやー良かった! 俺心臓無くて良かった!
 あ、ちなみにちゃんと心音偽造装置はあるから大丈夫だけどね。
 なんかバクバク五月蝿くない?
 妙なところまで再現してるなあ。

「さーて、それじゃ、次はギャックサッツさんね」
 我がクラスの担任、榊原先生の司会で俺が呼ばれる。
 現在、HRでクラスメイトたちの自己紹介が進んでいる訳です。
 さっきの本音さんもそうだけど、ここは美人さんばかりいる気がする。
 まさか、選定基準に写真選定が合ったりしないよなあ。
 などと、なんでかそんな単語ばっかり知ってんだよ俺。ああ、モノレールで読んだ女性週刊誌か。

「えーと・・・ソウカ・ギャックサッツです」
 さて、ここが一つの山場だ。
 せめて何か一掴みせねば。
 ここでの動向一つで楽しい学園生活orヤマアラシの巣穴でスフィンクス(体毛の無い猫)になるか決まるといっても過言ではない!!






 ・・・なんもねえ。
 Dr.ゲボック作の全身義肢です・・・うん、言えねえ。
 以上です、と締めるか・・・いや、それはまずい。何がまずいかって、なにか俺に共鳴反応を起こしてる何かが『それしか無い』と言ってるから寧ろやらん、としか言えん。なんだかカブりたくねえ。因みに何かって繰り返したのはわざとだぞ。

 わーい、困ったときのBBソフ(以下略)。

 検索結果———まずは自分の趣味を語ってみましょう。なにかしら共通の事項があった人から反応があるかもしれません。話を振るのに使えるかもしれないですよ。

 来たああああ! 趣味、趣味、趣味・・・今一番楽しい事か———
 正直に、正直に・・・か、今一番何に充実しているか、それはもう決まっている。

「趣味は、生きてる事です!」
「「「「は?」」」」
 あれ? なんかハズした? ええい、フォローだフォロー・・・えーとBBソフト内の(簡単! プレゼンテーション)を参照して———
 よし、それならジェスチャーも交えよう!
 これ以上に、常に俺の感じる感動は無いのだから。

「何が楽しいかって、自分の思い通り体が動くのが楽しいし、知らない事を見るのも聞くのも楽しいし、そう———」

 教室の入り口までひょこひょこ歩いていってドアに歩み寄る。
 どっかんばっかんドアを開閉する俺。

「いやーもう、こうやってドアを開け閉めできるって、ただそれだけでもう楽しいのですよ。口から物を食べたときの感動ったらなかったし、視線が固定されて見るか見ないかの選択肢だけじゃなくて———何を見るか選べるのもこの上なく楽しい! いやもう何をしても楽しくて仕方が無いのですよ、僕は殆ど何も知りません、知識では知ってても、やった事なんて殆ど無い。そんな無知ですが、皆さんとの三年間で楽しんで、知って、体験して、楽しみ尽くして生きたいです、どうかよろしくお願いします!」

 普通に動ける事が幸せだったと知らなかった生まれた直後。
 だが、その幸福が失われてからそれがかけがえないものだと分かったのは何たる皮肉か。
 その後、奇跡といえる出来事のあと、この感動を取り戻したのだ。何もかも楽しいに決まっている。
 皆も気付いた方がいいぞ、この素晴らしさは。

「えと、どういう事?」
 女の子の一人がそんな事を言ってくる。
「いや、前は身動き一つ出来なかったのだよ、いや素晴らしい。健康って素晴らしい」

 辺りは静まり返ってる。何でだろう。
 後日、そりゃ笑える事じゃない、と指摘されるまで俺にはわからなかったのだが。

「それがこんなに健康体、こんなに飛び跳ね———」
「「「「「あ」」」」」
 べきゃあ———

 跳躍した俺は天井に嫌な角度で激突した。
 戦闘モードでないため、運動能力の割には防御力を低く設定していたことが仇になる。
 肉体に傷一つつかないが、中身の『俺』にはその衝撃はきつかった。
 うーむ、シールドはやはり必要か。
 顎ぶん殴って気絶させるのは、脳を揺らして失神させるためだという。

 とりあえず肉体はスリープモードへ移行。
 失神、といわれる状態になったのだった。






「自称、『黄泉から帰ってきた』という事で話題になっている、俳優の鷹縁結子さんですが———」

 ん? こりゃニュースかな?
「十六年前に理科実験室で蘇ったんよ、最初はスケルトンで苦労したんやで? おっかない小学生が木刀持って追っかけてくるし」とか言っている。なんのこっちゃ。

 意識の覚醒を確認。
 全身の思考制御四肢に命令を下す。起きれ———俺!

「ふぅ、おはようだぜ」
 おきたらおはよう、これは肝心だよな。
 辺りは真っ白い。病室かね。
 嗅覚センサーにもメタノールの成分が感知できるし、間違いないだろう。
 だが、メタノール意外にも強い匂いが・・・。

「なーに男の子みたいに言ってんだい?」
 寝ていたベッドを囲んでいたカーテンが開いてお姉さんが出てきた。
 ビジネススーツの上に白衣を着ている。
 おお、清潔な白衣というのを初めて見た。

「おおう、初めまして。誰ですか? ちなみに僕はソウカ・ギャックサッツです」
「あたしはここ、保健室の主だ」
 それは凄い。
 素直に感心してると、くっくっく、とお姉さん———ああ、保健室の主は笑う。

「変わったガキだねえ、聞いたよ、大ジャンプして天井に頭ぶっけて気絶したんだって? その割にはコブ一つないし元気なもんだよ。でもさ、その前は寝たきりだったんだって?」
「寝たきりではないかな、身動き一つ取れなかったけど」
 浮かびっぱなしです。

「なんだいそりゃあ、状況が分からん」
「あんまり説明したくなくてね」
 あの時代の、無の恐怖は。
 あ、今の幸せと並べるならどんどんいけるけどね、昼間みたいに。

「おっと、こりゃごめん———と、もう体は大丈夫かい?」
「十全ですよ、今までのも脳を揺らしたからだし、どうも健康すぎる肉体というのは今の自分では制御が難しいらしい」
 なんだいそりゃあ、としばらく彼女はこちらを値踏みする。
 やがてどうでもいいかと口の中で呟いて、しっしっと手を払い始めた。
 口の中で喋ろうとハイパーセンサーは聞き取ってしまうのんだけどねー。

「さあ、怪我人でもなんでもないなら出てった出てった。あたしゃ、ヤニが切れたら死んじまうんだ」
「・・・ヤニ?」
「これさ」

 と言って箱を取り出す保健室の主。
 ハイパーセンサーで確認して成分分析。

———結論 常習性のある毒物。麻薬の類。

「それ、毒ですよ」
「いい気分になれるんだよ、ガキに吸わせる気はないからとっとと出てけ健常者」
 それを、毒と言うんだが。
 だが待てよ?
 言葉通り、健常者はこの部屋に居られないなら苦渋の選択かもしれないな。
 保健室の主として、勤務し続ける権利のある健常者ではなくなるため毒物を摂取する。
 職務に誇りをかけているのだろう。
 まあ、自分は健常者とは程遠いし、この程度の毒は無効化されるが、敬意を表して出て行くこととしよう。

「それでは、お世話になりました」
「あぁ、ちょっと待て」
 言われて振り向くと金属が飛んできた。
 受け取ると・・・なんだこれ。

「菜月から預かってた。あんたの部屋の鍵だよ」
「菜月?」
「自分の担任の名前ぐらい覚えときな」
「あぁ、榊原先生の下の名前ですか」
「あいつは部活棟の管理任されてるから、いつまでもついててられないんだってさ」
「重ね重ね、感謝します」
「宿舎の場所は分かるかい? オリエンテーションの間気絶したみたいだしさ」
 ちょっと待て、ドンだけ気絶してたんだ俺。
 最近寝てなかったかなあ・・・。
 学校が楽しみで興奮しすぎてたからなあ。丸三徹。
 寝床で数えた羊が億を越えてから数えるの面倒になったんだよねー。

「大丈夫です、道に迷ったら交番で聞きますから」
 キョトンとしている保健室の主を後に廊下を歩きだす。
 迷ったときは交番に聞く。これは常識だね。
 ・・・ん、念のためBBソフトで確認してみる。
———よし、合ってるな。
 ちょっと待ちなガキんちょおおおおおっ! と保健室の主が自分の城から出てきたのはその直後だったりする、まる。






 なんてこった。
「学園には交番が無いですって・・・っ道に迷ったらどうすればっ!」
「普通に人に聞けっての」
 なるほど!

 半ば呆れた顔で見られてしまったが、再度お礼を言うと微笑ましい顔で見送られてしまった。何だろうね。

 だが、杞憂だったのか道に迷うことなく自室に辿り着く。
 しかし、これが鍵ねえ。
 俺の住んでたところじゃ遠隔個人認証だったしなあ・・・全ドア。
 ああ、よく侵入者と誤認されて撃たれた実家が懐かしい・・・。
 よく生きてるな俺。

 何事も、やってしまえば、面白い。

 季語なしでリズム良く呟いた俺は勢いよく鍵を突っ込んで回し、解錠。
 そのままドアノブ(レバー?)を掴んで手首を三百六十度大回転!!
 いけい! 開けゴマぁ!

 ぶちんっ!
———ドアノブがネジ切れた
 行くどころか、逝ってしまわれた。

 ・・・・・・弱っ・・・じゃねえ!
 うん、あとで直そう。



 室内に入って見ればベッドは二つ。
 二人部屋か〜、相手は誰だろうなぁ。
 女の子か。
 ただそれだけで結構緊張するんだけど・・・俺ってな、今年で三歳だから性欲とかはないんだよね。
 言っててあれだが幼稚園児の恋愛感情?
 好きな子が出来てもいじめないようにしなきゃな。
 漫画でも子供———特に男って好きな子にいじわるしてちょっかい出すようだし。
 現在の女尊男卑社会でもあるのか分からんけどね。

 そう、忘れてもらっては困る。
 俺の脳は男だ。




 そうそう、完璧予断なんだがトト様なんぞは学生時代、後ろから大好きな女の子によく抱きついて———

『気づけバ肉屋裏のゴミ箱でバラ肉とイっしょに野良犬に噛まレまくってましたョ』

 ・・・パパよ、それ絶対脈ねえよ、むしろ毛嫌いされてるって・・・。

———あ

 このバグ取らねえとな・・・。
 忘れてたよ、この妙な言語変換!
 あんの———父しゃん———ってうがああああっ!
       ↑ ※親父と言いたい。

 決めた。今でこそ脳内ヴォイスだけですんでるが、いつ発声言語に干渉与えるか分からねえしな。

 決めた。今から修理するとしよう、あとドアも。






 人に聞きながら整備室に向かう俺。
 おぉー、ここかー。

 でっかく扉の上に整備室、と看板が掲げられた扉をくぐる。
「工具は工具はどこですか〜」
 迷子の子猫ちゃんのリズムで鼻歌交じりにハイパーセンサー展開、いっせいに周囲を見回すと、パーテションの向こうに何人か、機械に取り付いて整備中の人が居る事を確認できる。
 一年は俺と同じで昨日今日入寮だから、上級生だろうね。

 おっ、工具発見。
 棚の上にあるツールボックスを見つけて手を伸ばす俺。
———惜しい! 背の丈足りない。
 うっせえ。

 ・・・飛んでしまおうか。
 そう一瞬考えるが、いかんせん今はどんな機器を使ってるか分かったもんじゃない。
 PIC起動時の慣性制御力場を感知されたら、後々面倒である。
 ジャンプは・・・あれだ、一日二度も気絶する恐れのあることはしちゃいけないと思うんだ。
 梯子を持って来ようとしたら、ぽんぽんと肩をたたかれた。
 いや、ハイパーセンサーでは見てたけどね。
 振り向いて見上げると おお、眼鏡な人だ。
 それだけかい? って? うるせえ、語彙が少ないんだよ、まだ俺は。

「君、もしかして1年生?」
「そうですが?」

「珍しいねえ、一人ならず二人までも一年生がこの時期に整備室来るなんて。来たばっかでしょ」
「今日来ました」
「ほほー、ここならIS見れると思って来たとか?」
「いえ、単純に工具が借りたくて」
 いや、実家で腐るほど見たしねえ。

「あらそう、残念」
「見れるんなら見たいですが、ね」
 俺だって社交辞令ぐらい知ってるし。

「駄目だよー、決まりは決まりだから」
「分かりました」
 見せたいのか見せたくないのか良く分からんなー。
 ま、ハイパーセンサーで感知した壁の向こうのあれなんだろうけど。

「それで、このツールボックス?」
「おお、有難うございます」
 取ってくれた。この人優しい。好感度が上がります。

「ねえ、君はこの学園に何を求めてきたのかな?」
 急に先輩はそんな事を聞いてきた。
 俺がこの学園に来た目的ねえ。

「まあ、本当はある人の手伝いなのですが、個人的には、生きてる実感を得るため、知らない事を知りに来た、って所なのかなあ。僕は世間知らずですからね、色々知的好奇心が疼くわけですよ」
 なんたって何しても楽しいし。
 そう言うと、先輩はおお、と感嘆した声を上げた。

 妹探しの手掛かり、と言う事は言わなくて良いだろう。本当に個人的なものなのだし。

「君も真実を探求する口かね」
「虚も実も、活用できる知識なら何でもですよ」
「言うねえ。そうだ、情報に沢山触れたいなら、新聞部に入らない?」
「新聞部ですか?」
 おお、これが学校名物部活動勧誘シーズンという奴ですか。

「そ、いろんな人から聞き込みしたり、噂の真偽を確かめたり!」
「それは楽しそうですね・・・ちょっと考えて見ます」
 部活動か・・・いいかもしれない。
 運動部は駄目だしなー。この体じゃ逆に鬱憤たまりそうだし。
 ところで先輩、こっちに背中向けてよっしゃとか何言ってんです? 俺見えるんすよ。

「私、黛薫子二年生、よろしく!」
「僕はソウカ・ギャックサッツ、新入生です。今後ともよろしくお願いします」
「こいつはびっくりだ、日本人じゃなかったのね」
「人種は知りませんが、国籍は日本のはずですよ」
「そうなの?」
「父が帰化人なので」
 言えたー、父って言えたー! でもたまたまかも知れぬ。
 しかし、ダディ———言えてねえ———の元国籍って良く分からないんだよな。
 真面目に聞いたことあるんだが、大日本帝国っつってたし・・・戦前!?
 ひょいっと、工具箱を持ち上げる。
 同居人が帰ってきたとき、ドアノブがもげてたらびっくりするだろうしね。
 ・・・でもその前にこの頭何とかしないと。

「見た目に反して力持ちだねー」
「そうですか?」
「そのツールボックス、結構重いよ」
 成る程、普通の人にはそうなのか。
 一つ学習する。
 あと、見た目に反してって言わないで欲しい。背丈が低いの気にしてるのに・・・。

「ところで、それ何に使うの?」
 黛先輩が指差すのは当然のごとくツールボックスである。

「ああ、ドアノブ引きちぎっちゃいまして」
「は?」
 まさか、ちょっと頭弄ろうと思いまして、とは言えない。嘘じゃないから別にいいし。
 しかし、常識の範疇で答えた回答に対し、先輩は沈黙。

「ははは、本当に力持ちなんだねえ・・・」
 ?
 何故か雰囲気が変わったのを感じたので、早々に立ち去る事にした。
 しかし、空気の変化がわかっても、読めなきゃ意味ねえよなあ。

「それ、貸しとくからまたねー、新聞部のこと、考えといてよー」
 整備室を去る俺に、背後から先輩の声がかかった。
 俺は一礼して自室に向かう。
 しかし、俺以外に整備室に来た一年の子って誰なんだろうね?
 ・・・俺は駄目なのにその子はいいのか?






 幸い、同室の子は帰ってきていなかった。
 早速作業を始めるとしよう。

 初めに<偽りの仮面>を解除、背丈の変わらない(変えると、エネルギー消費に格段の差が出る、出来ないわけじゃないんだけどねえ)少年の姿になる。バイザー付き。
 このヴィジュアルは小学校卒業時相当の一夏お兄さんだ。
 実家に尋ねて来た千冬お姉さんが忘れていった写真がモデルなんだよね、俺。
 父ちゃん———ちっ———にしてみたら、その隣に移っている劇レア画像、微笑んでいる千冬お姉さんの様子に大興奮してたけどねぇ。
 ちなみに、バイザーは高感度センサー(機械式)化して金色に光っている両目の性能を落とすフィルターのようなものだ。

 動体視力がちょっと人間離れしたものになるんだよね。
 某黒鼠の会社で作ったフルアニメがコマ送りに見えたときは絶望したもんだ。

 オンオフ切り替えは今度会ったときにしてくれるとか言ってたけど、あの忙しさ、また変な物頼まれたんだろうなあ。
 嬉々として作る方も作るほうだけどさあ。

 そう言うわけで、バイザーを付けているのが素の状態なのである・・・今は。



 両手で頭を掴んで左に九十度首を回す。
 真左を向いた状態で、カチリと音が鳴ったのを確認したら左手を額に、右手を後頭部に添え直してさらに左に九十度。
 真後ろを見ている形になる。
 再度カチリという音を確認したら同じ要領で今度は一気に百八十度。傍から見たら首一回転だ。
 その上で。
「んちゃ!」

 と認証音声を出すと首が外れる。何故この単語なのか・・・察して欲しい。
 胡坐をかいてその上に俺の首を乗せる。
 ハイパーセンサーのおかげで俺は、俺自身の頭を弄る事が出来るのである。
 俺の視線は窓の外の三日月を見据えていた。

 月の公転周期と自転周期の組み合わせは絶妙で、常に同じ面を地球へ向けているという。
 そのお陰で、月の形は変わっていないのだ。

 今から十八年前、未だに真相が明らかになっていない『ムーンインベーダー事件』が起きた。

 城の形をしたUFOが突如として現われ、某国の監視衛星をぶち壊したのだ。
 UFOは即座に対抗してきた軍隊を次々に撃破、城はそのまま月に漂着して拠点を作り出したらしい。
 それは月の形状を大きく変えるほどの大工事であり、今もなお続いているという。
 だが、静かの海に漂着したそいつらのある性質のため、地球から見た月は変わっていない。

 そいつらは、地球から見える面を、惑星の形を無視して真っ平らな面になるよう削っていったのだ。
 月を金太郎飴にたとえるなら、地球の方を向いているのが絵のある断面だ。
 面の図が変わらないよう、切られていく断面が今見える月、といえば分かるだろうか。
 こちらからの見かけを保ちつつ、真円を見せながら水平に削られていく月。
 いずれ星の中心まで削れば円の直径は小さくなっていくのであろう。
 そして、削った月はそのまま月面上の城の建材として使われている。
 平面な、こちらを土台として・・・つまり、地球からは城の屋根が見えるわけだ。

 それが表しているのが・・・うん、言わないでおこう。死ぬのはまだ早い。
 毎月満月の日には絶叫してるんだろうなあ・・・。
 御免、未だに真相が分からないというのは嘘。
 もう、俺の知っている人間だけで犯人が特定できるわ。



 それは兎も角。
 頭部装甲パーツを取り外して開頭、俺の言語中枢とを繋いでいる回路を弄くる。
 これがなかなか上手くいかない。

 心の声では戻っても現実での呼称が変な物になっては俺が死ねるのである。

「うーん・・・これでどうだ?」
「ぱっぴぃ」
 なんじゃそりゃ。
 ちょっとイラっと来たので思わず叩き付けるところだった。
 危なかった、危うく凄まじく阿呆な自殺するところだった。



 あーでもない、こーでもないと弄っていると。
「ここが・・・私の・・・部屋・・・」
 とか聞こえてきた。か細い声だけど俺の聴覚センサー舐めんじゃねえぞ。
———ってかやっべぇ! ドアノブ直してねえ!

「ドア・・・壊れてる?」
 ごめんなさい、ねじ切ったの俺です。

「あぁ、悪ぃ、ドア壊しちまったの俺なんだよ、今日中に直すから勘弁してくれないかな? ———と、まずはこう言うのが礼儀だったっけ。これからよろしくお願いしますよ」
 左手に『俺』を抱えてドアを開ける。

「・・・あ・・・あ、あの、こちら、こそ・・・」
「まあ、入り口にいるのもアレだし、入ってよ、まだ初日だってのに遅かったね。えーと、お疲れ様? でいいのかね・・・茶でも飲む?」
 うつむいて下を向いたまま彼女が入ってきた。
 うん、彼女だよ、ここには俺と一夏お兄さんしか男はいないしね。
 青い髪がシャギーっぽく外に跳ねている子だ。
 雰囲気は大人し目、ただ、俯いてて顔が分からないねえ。

「あの・・・私・・・はじ、初めまして———?!?———ひぃっ!」
「あ」

 俺が後に回ってドアを閉めたとき、ようやく彼女は顔を上げ、俺を見て・・・引きつった。
 そこに居たのは、頭蓋骨を割り開かれ、透明な謎のゲボック素材のポッドに入っているとはいえ脳味噌さらした生首———いや、状態見やすくするための透明素材なんだよ! と弁論してみる———を抱えた首なし俺のボディ。
 イッツァ・デュラハーンである。
 ドアばかり気にして首つけなおすの忘れてた!
 <偽りの仮面>も剥がれてるじゃねーか! 俺って言っちゃってたし。よく気付かなかったなー彼女、あ、この子も眼鏡の人だ。

 Q.さて問題だ。スプラッタホラーな何かが今まで茶あ飲む? とか聞いて来てて、自分はちゃんと会話を成立させてしまっていたのだとか気付いてしまったら皆はどうするかね。



 A.彼女の場合。
「——————はうっ」
 あっさり失神しました。
 どうか翌朝夢だと思ってくださりますように、と思いつつ俺はあわてて抱き止めようとして。
「ぎゃあ!」

 『俺』を落として踏んづけた。
 あ、悲鳴俺のね。
 で、俺の体は彼女を抱えつつ一緒に倒れ・・・おのれ体め、えーと知識参照———ラッキースケベやりやがったなあ!
 あ、別に胸とか掴んでないぞ。もつれて倒れるだけで俺はセクハラだと思う人です。
 うがあっ! 自分で自分追い詰めた俺!

「ん・・・」
 あ、今の衝撃で目を覚まし・・・。
 床に転がってる『俺』と目が合った。

「———はうっ」
 今度はさっきよりも火急的速やかに失神してくれやがりました。



 妹よ、世界のどこかにいるわが妹よ。
 お兄ちゃんの学園生活は、前途多難です・・・。
 いや、この後始末どうしよ・・・。
 まずこの回路だよな、やっぱ・・・。








_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 どうも、お久しぶりです。
 何とか1次試験は合格しました。でもまた本試験あるんだよなあ。

 ソウカのキャラを一定化させるのが難しい・・・。ブレまくってます。
 ちなみに皆さんお気づきだと思いますが、最後に失神したのは更識家の簪ちゃんです。
 あっれぇ? 一夏お兄さんと遭遇させるつもりが・・・届かず、何故か黛先輩が・・・?
 どうしてこうなった?



 観想くださった皆様。有難うございます!
 返事は必ず書くので少々お待ちください・・・。









[27648] 原作編 第 3話  兄の試合までの一週間
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:fd3d2bc0
Date: 2011/08/01 00:00
 こぽこぽと保存液に沸き上がる気泡。
 その中に浮かぶ『俺』。

 あぁ、今となっては懐かしい。

 親父に拾われた後、俺がまだ脳クラゲだった頃の記憶。
 オッケイ。なるほど、こりゃ夢オチか。

 んで、俺が『俺』自身を見る事ができるのは、『俺』のそばに鎮座しているISコアのお陰だ。

 コアはハイパーセンサーやマイク、スピーカーに接続されている。

 お陰で俺は外界とコミュニケーションを人並みに取れる訳だ。

 しかし、まだ俺には手も足も無い。
 じきにこのコアを搭載したISを、俺の手足として開発してくれるそうなのだ。

 まぁ、脳味噌しかない俺の数少ない特性が、自分専用でないISに対しても感応可能、と言う代物であるからして、科学者たる親父がその発想に辿り着くのは当然だ。

 しかし、俺から見ても飛び抜けている科学者である親父が突拍子もない発想をしなくてよかった。

 鹿の胸に『俺』を移植するとかさ。

―――ISに遠隔感応可能な鹿、但しIN俺、みたいなーなんてもんになっちまったら、どんな面して妹に会えばいいのかわからんでは無いか。

 鹿面? 巫山戯んな。



 おっと、話が逸れた。
 しかし―――ISのコアってこんな形だったか?
 俺の数少ない知識から参照すれば、キューブ状・・・角の取れたサイコロ、といった感じだった筈なのになぁ。



 なんて言うか―――これって。
 まるで卵細胞の分裂、その初期段階じゃないか。

 一つの球体を歪な四角形で無理やり組み上げた感じ。
 なんて言うか、生き物っぽいって言うか生々しいのだよ。
 それでいてつるっとした無機質感。

 酷いジョークなら針金とゴムで命を作りましょう、って感じだ。



 ISコアは天才科学者(親父がそう言うのだからコレはマジだ)篠ノ之束の作った超兵器な訳で。
 本当なら宇宙空間での活動を想定したマルチフォームな強化外骨格との事なのだがね。
 宇宙線やらマッハうんたらのデブリがカッ飛ぶ過酷かつ危険きわまりないところを想定してるんだから・・・そりゃ、親父クラスの天才が作るんだ、戦闘向きで無くとも最強になる訳だ。

 世界の兵器の概念を一変させてしまったその時について、詳細はおいおいとしてだ―――

 だけれど、どういう訳か、彼女は四六七個しかコアを製造しなかったらしい。

 彼女は世界を支配したいのだろうか。
 現在の軍事力はISに依存している部分が大きい。

 当の彼女は行方不明だと言うし、人知れずコアを自分の為だけに創り、自分の戦力として配備すればあっさり軍事的にも世界征服可能である。

 そもそも製造者たる彼女がコアを一番理解していない訳がない。
 数も質も現状を遥かに凌駕できるって事だわな。



 はて、何故にそんな貴重なコアがここにあるんでっしゃろ?

 この屋敷にあるカメラで見たフォトを見たんだが、親父と束博士は、フォークダンスをこの家でやるぐらいは仲が良い。

 二人だけでフォークダンスってどんな拷問だよ。

 コアを用いたISを使える訳でも無い親父の元にあるコア。
 親父と親しい束博士。

 んで、何だかんだで俺と言うモルモット。

 ・・・まさか
 このコアってその為・・・だけに作られたんじゃあねえだろうなあ。

 身内贔屓ここ極まれりって感がビンビン 何だけど。
 この異形のコアがなんか俺の将来を暗示している気がしないでも無い訳だが・・・。



 さて。
 俺の周りを見てみると、そこには一人の女性が鏡の前にして身嗜みを整えようとしていた。

 おや? ここには女性も居たのか。
 正直驚愕もんだが、じっくり観察を続ける事にする。

 いや、だって普通の人なんだもん。
 逆にすごく珍しくねえ!?

 今までに俺が見た動くの。

 一。親父。
 二。何かデッサン人形をデカくしたみたいなの。オドオドしてたのが印象的。
 三。一つ目の青い饅頭。蜘蛛みたいな脚がある。ピカピカ目が光ってた。純粋に可愛い。
 四。両手がサバイバルナイフになってる変な関節で手足がくねくね動く一つ目ロボット。ナイフがチュインチュイン鳴ってて怖い。
 五。真っ黒黒助の灰色版。ぞざざーと群れ動く。
 六。首から上がメロンになってる全身タイツな何か。五人集まってポーズ練習。ただし、全員緑色。

 『俺』みたいな脳味噌オブジェなんて埋れてしまいそうな個性派達である。
 まー、なんと言ってもやはり筆頭は親父だがね。奇行的に。



 後に彼らを兄弟扱いしなければならないとは当時の俺は知る良しもなかったが。

 あ、ベストマイシスターはウチの子だからね! と先に言っておく。これ重要ですから。テストに出るんでアンダーライングリグリ引くように。



 そんななか、逆の意味で非常に『個性的』な女性が現れた。
 灰色の髪は内側に軽くカールしており、ちょっと不思議な光沢をはなっているのが印象的だ。
 髪と同色の灰色の瞳。その眦は常に笑顔を創り出す一要素となって居て、見る者全てに慈愛を感じさせるものとなっていた。

 肌はやや血色が悪いがシミ一つ無く。
 そこからもたらされるものは万人にすべからく好意的な第一印象、と言うのは驚きもので、素敵の一言に尽きる。

 しかも、純粋に美人さんだ。
 おかげで益々違和感が爆発だ。
 言うならば夢の島に朱鷺と言った違和感しか受け様が無い。

 プライベートであるがゆえのYシャツジーパンルックの彼女は自分の笑顔チェックをしている。
 成る程。日々のたゆまぬ訓練が素敵な笑顔を形作っているのか。

 純粋に感心していると、彼女はキョロキョロとまわりを見回し始めた。
 何か見られたくないものでもあるのだろうか。

 ・・・・・・非常に、気になる。
 今現在、一オブジェにすぎない俺はスピーカーのスイッチを切り―――いわゆる気配を殺し―――あらゆるセンサー感度は研ぎ澄まし、彼女の一挙一動足を観察する。
 非難しないでくれ。前みたいな絶対な無じゃない分、暇なんだよこの生活。



 やがて納得したのか、彼女は一つ頷くと。

 顔をずるっ―――と・・・。
 引っぺがした。

 ホワット?



 某世界的な怪盗三世みたいに『べりっ』って感じじゃない。
 本当にずるって感じなのだ。

 崩れ去るって感じ。残っているのはなんとのっぺりとしたつるんキラりんなガラス的質感の卵みたいな『顔っぽいの』。

 しかもそれだけじゃなかった。

 髪も、まとっていた衣類も、どうようにずざざざ・・・っと体から剥がれ落ちる。
 肌さえも同様に光沢を得て行く。表面の何かがひっぺがれたのだ。

 えぇー・・・。
 前言撤回、彼女も立派なここの住人であった。
 今や彼女はサイ◯ガンも通じなさそうなクリスタルガールになっている。
 スタイルならサイボーグなレディーなのに。

 そして彼女が取り出したのは。
 目が50000を超える超細目のスポンジヤスリ。

 そして。
 うぉおおっそうきたかっ!?

 彼女はそれで体を磨き始めた。
 なんと、目の細かいヤスリは、体を磨くものだったのか。

 何だか、入浴シーンを見ているようで後ろめたい気分になってしまう。

 やがて―――
 全身を徹底的に磨き抜き、文字通りピッカピカに輝いている彼女は再び『肌を纏い』はじめた。

 あ―――、成る程。
 こうやってじっくり観察するとわかるのだが。
 体の表面を覆っているのは灰色の砂―――それも凄まじく目の細かい粒子だ。
 さっき見た真っ黒黒助の灰色版と全く同じ―――それでいて、それらとは隔絶した速度である。

 その密度で陰影を作り、笑顔や肌の質感を再現しているのだ。
 別の意味で芸術。
 クセニア・シモノヴァも真っ青な程の砂絵である。
 どうりで表情がほとんど変わらない――――――



 ん?



 彼女がじっ―――と、俺の方を注視している。
 はて、俺がなんか目立つようなことをしたのでしょうか?

 スピーカーも切ったし―――とか思いながら、儚い希望とともに他に何か彼女が注視そうなものを探す。

 お―――?

 しかしで、なんと目立つものを俺は発見する。
 あぁ、これに気づいたのね。

 俺の感情に合わせて様々に変色し、輝くコアに。
 ・・・すっげぇ目立つな。
 俺も彼女も今まで良く気づかなかったなぁ・・・はっはっは。

 ここにいる二人・・・単位なら一体と一個か? の天然度に呆れつつ・・・彼女の視線をもう一度追う。

 コアから伝い・・・あ、俺に繋がってるとこまで来た。
 彼女の陰影だけでできた笑顔が語っていた。
 凹凸が無い二次元な笑顔だと分かるといっそう怖い。

―――見ましたね?

 怖っ!
 何故見られたくないのか、それは彼女にしかわからない。
 しかし何故喋らないのか。
 単純にさっきの『素顔』を見るに、発声器官が無いだけとも言えるが、あれだけの粒子操作能力を持つ彼女だ。あの粒子を声帯のように震わせて発声させることも不可能では・・・。

 あのー、まさか、喋る余裕無いほど怒ってます?

 スピーカーから出た俺の言葉にゆっくりと彼女は首肯一つ。

 右腕をゆらり、と垂らして。
 その腕の表面から肌の質感が消えて白く輝いた。
 おぉ! なんと言う光量だ・・・まさか光子フォトン!?
 さらにシリンダーを震わせる空気の震え・・・。

 ちょっと待てー!! 光子纏っている上に超振動!?
 ぶち撒ける上に焼き飛ばす気かあっ!!
 しかもベキベキ何かそれが巨大化して行くぅぅぅううう!!

 うわーっ!? 覗いててごめんなさい二度としませんから文字通り手も足も出せない俺にどうかお慈悲を!
 もうあまりの恐怖で句読点も出ねえ。
 お願いですのでそれ振り上げないで・・・あ、やめてくれるんですか―――って横から薙ぎ払う気だこの姉ちゃん!! うおおおおおっ、何故だっ何故こんなにもピンチなのに都合良く目覚めない何か凄い能力ぅううううっ!!
 こらそこのコア! お前に繋がってる俺が非常にピンチだ! ほら、一応俺ら一蓮托生状態なんだし何か出してくれ絶対防御的なもんとかイージスの盾みたいなの!!

 ん?
 薄情なコアが自分にだけシールド張りおったあああああ!?

 うわっぎゃああああああああ――――――っ!!!!









―――夢でした(暗笑)

 予告通り夢ですけどねえ・・・でも夢って、記憶の整頓だよね。
 経験した事のリプレイにしか見た事無い夢。でもなあ。
 さっぱり記憶に無いんだけど・・・こんなことあったのか? 考えるな、感じるんだと感性が言っている。
 脳の職務放棄を叱咤するけど埒があかん。
 実際にあったのか無いのかは知らんが、今となっては夢だ夢。



 さて、毎朝の日課で昨日の事を思い出す。



―――あぁ、同室の彼女が気絶したんだっけ?

 その後、彼女を布団に放り込んでドアを取り付け。
 調子に乗って自動ドアにしてしまった。横のドア袋に収納されるタイプの。

―――西洋ドアなんだけどなぁ・・・我ながら謎だ。

 その後、言語回路の調整を日付が変わる直前まで調整し。
 あまりの難易度に、憤怒のあまり自分の脳を砕きそうになる事両手の指の数を超える。
 しかし、四苦八苦の末に何とか言語機能のバグを取り除く事に成功したのだった。

 いやあ、苦労した手間取った。
 もうちょっとで自分分解し尽くすとこだった。

「あー、あー、親父親父ー糞親父いいいぃぃぃーっ!」
 と直った事を確認。感動ものだった。
 何でこんな些細な事で・・・。
 少々虚しく思いながら床に就いたのだよなあ。

「ん・・・」
 隣の彼女がようやく起床。
 下着姿で。

 いやいやいや、言い訳聞いて下さいよ。
 ドアを直す前に失神した彼女を上着を脱がして布団に放り込んだだけですってば。
 ムラムラしたかって? いや、残念ながらまだ性欲は無い。
 美人なのは判別できるぞ。
 その方で目の保養は出来ました。本当この学園は美人さんが多い。

「おはよー。初めましてー」
「・・・んー?」
 寝ぼけた声。しかし俺のは妙な挨拶だね。全く。



 起きて顔洗って歯を磨いて朝食までテレビでも見るかーとしたその時。
「首っ!」
 唐突に彼女が叫び出した。

 ようやく意識が覚醒したらしい。
 低血圧なんだねえ。
 彼女はこっちの顔を見てさらに四方を見回した。
 小さめな動きで何かを指差したいのか目標見つからず手が動き・・・。
 よっしゃ・・・。
 彼女、昨日の事件を現実だと断定できてないな。
 <偽りの仮面>の中で邪悪な笑みを浮かべた俺はそのまま彼女の狼狽を観察する事にした。



「ねえ、あの、昨日・・・この部屋に、く、首が・・・?」
 言いながら冷静になって来たのか、段々信憑性のない事に自分で気がついて来たのだろう。
 どんどん力を失っていく言葉。
 まあ、室内に自分の首持って歩いている男の子が居ました、なんて普通言えないですよねえ。

「首?」
 と言って自分の首をさす俺。
「え・・・っと、私、昨日、どんな感じで帰って来たかな・・・?」
 彼女は、切り口を変える事にしたようだ。
 寧ろ俺の意見を求めるってことは、自分自身、確認を取りたいんだろう。

「昨日? 帰って来た途端バタンキューでしたよ? 悪いと思ってたけど脱がしました。でも張り切りますね。初日からそんなんなるまでなんて」
「・・・えっ・・・ごめんなさい」
 少々頬を紅く染めながら取り乱す彼女。やがて、小さく謝ってくれました。
 う、嘘は言って無いからな、嘘は・・・なんて言うか、
胸が痛いね。
 逆に、好感度は俺の中で上昇中。礼儀正しい子は良いですよね。

「おかまいなく」
 流暢でソフトな口調に自動補正してくれやがる<偽りの仮面>。
 言いながら刺さっている罪悪感が胸を抉ります。うぅ、結構きつい・・・ああ、もう御免なさいと懺悔しちゃおう。神っぽいのとか妹とかに。

「さて、食事に行きましょう」
「・・・いっしょに?」
「当然のぱーぺきです」
 手を差し出す俺。
 もちろんだ、と言う意味合いを出したかったのだが・・・しかしその言い回しは女性的にどうなのだ<偽りの仮面>よ。



 食堂に到着。とても金銭をかけた衛生的な立ち並び。うん、まっこと素晴らしい。
 食事がビーカーやシャーレで出されるどっかとは大違いだ。
 なんか嫌な薬品残ってるんだよな。
 スキャンして焼き消すけど。

「さて、うどん食いましょうか」
「朝からうどん・・・?」
「おいてるかなあ」
「普通・・・パンかご飯・・・」
「それもそうですね」
 体や胃には良いんですがねえ。
 受験日とかはカツじゃなくてうどんの方が脳への血行が良くなるとか。

 自分は麺類が好きです。
 和洋中関係なく全部。

 俺は栄養的なことを言えばブドウ糖が一番大事なのである。
 何せ『俺』脳だし。
 脳というのは、ブドウ糖しか活動のエネルギー源に出来ないらしいのだ。
 しかも脳だけで全身のブドウ糖消費のかなりの割合を持っていきます。
 筋肉やらは結構他のエネルギーで代代え出来ますけど、『俺』はそうはいかない。
 故に、糖分や炭水化物を好みます。
 ご飯もパンもそうだけど何だか麺ってのは一番炭水化物を食ってる気がする。
 あくまでイメージなのですが。
 中でもうどんは消化の早さに定評があります。
 
 砂糖舐めてりゃ良いってのも嫌だしね。夏休みの自由研究の蟻じゃあるまいし。
 勿論、娯楽で食を得るのも大好きです。ああ、生きてるって素晴らしい。

 一緒に並んで食事します。うどんは昼だそうです・・・うぅ。
 しょうがないのでパン食いますパン。俺の遺伝子は日本人ですが米にこだわりはありません。いや、好きですけど、朝は米じゃあ! とかはないんだよ。
 ・・・でも今度寿司っての食ってみたい。

 体が出来た事で生じた『食』への欲望で夢を膨らませていると・・・ん? なにやら真面目な視線を感じた。
 ぎぎぎっ、ってやな予感をしてそっちを見ると半眼のルームメイトさんが睨み付けて下さってるぜよ・・・ところでこの口調変?



「・・・どうなってるの?」
「は?」
 隣の彼女は驚愕の表情でこっち見てたりする。
 なんか妙な事断言して下さいました。
 その台詞はこっちのものでございます。何言ってるのお嬢ちゃん。
 俺の方が年下だけどさ。

「こんな小型・・・」
 ひくっ、と口角の上がる俺。
 小さくて悪かったな。
 作った奴が悪いんだよ!
  
「分からない・・・」
 とか言いつつ俺の頭を左右からがしっと掴む彼女。
 もしもし? ここ食堂よ? みんな見てる前で何奇行をしてらっしゃるの?
 奇行に関しちゃ見慣れてると言う悲しい現実を背負ってる俺だったりするが、まさか俺の家の外でこんなすぐに変な行動に遭遇するとは思っていませんでしたよ。

「・・・殆どがブラックボックス」
「それは俺の頭のことを言ってるのか?」
 何考えてるか分からんとか?
 ショックである。
 知り合って二時間もたってないのにそんな事おっしゃるなんて。
 <偽りの仮面>もショックで剥がれた気がする。
 まさか―――って、ん?



 ぐきゃん。



 青い髪の彼女は、俺の首をありえない角度までねじ回した。
 かっぽんと首が胴体から取れる俺。

 え?

 疑問符を浮かべていると、俺の頭部はずるずると引き出されていく。
 あの、ここ食堂ですよ。俺じゃなかったら憩いの朝食にスプラッタ画像流出ですよ。
 オイ待て、淡々と作業続けるんじゃねえ―――だ・か・ら!! ちょっと待てええええええええええええええっ!!!!









―――はっ!?



「ぶるううううああっはああああああっ!?」
 はっ、とビクトリームな絶叫を一つ。すると、目の前には布団があった。

 あれ? どうして俺はまた寝てるんでしょうか? また失神したのか?
 よし、と視界に日時を表示させて見る・・・え? 正真正銘、今朝?

 ・・・まさか・・・。
 ・・・まさかまさかの二段夢オチだとぉ!?

 どれだけ珍妙な未来予知してるんだ夢の中の夢の中の俺!
 そういえばルームメイトの子の名前が一回も出てきてないのはそういうことかっ!
 確かに自己紹介し合って無いから名前知らない。記憶に無ければ夢にも出ないしねえ!!
 人間の未知なる力が無駄に都合よく目覚めそうな気がしたが、死ぬ気で余計な出来事だった気がしたので『俺知らね』と現実に帰ってくる。

 ・・・ところで、さっきから聞こえて来るんだが・・・。
「・・・ぶつぶつ・・・ぶつぶつ」
 怖いわっ! 何この声!
 地獄の深遠から響いてくるような、耳朶にこよりを突っ込むが如き呟き。
 どっちから聞こえてくるのか。えーと、声のする方は―――・・・・・・。
 あーれー? 首がー、うーごきーませーん。

 ん? 文字通り手も足も動きません。
 つーか、手も足も反応してくれません。

 はて・・・。
 ハイパーセンサーで確認してみる。
 ・・・。
 無い。
 首から下が無い。

 何だこの微妙な正夢はあああああああああああああああああああああっ!!!

 PIC起動! 今の俺は餓◯様だぜ、と言わんばかりに浮力発動。
 布団を押しのけてふよふよと浮かぶ。
 レーダー波を全方向に放射・・・する前にハイパーセンサーの全三百六十度視界が俺の体―――首から下を発見した。


 青い髪のルームメイトの手により、絶賛解剖中。



 ちょ、待、って、おえぇ? ぎゃあああああああああああああ!?
 お、お、俺の体ぁ―――!?

 ちょっとここで休憩。
 ここで、夢の中の彼女の台詞を再生してみます。

 ・・・どうなってるの?
 こんな小型・・・。
 分からない・・・。
 ・・・殆どがブラックボックス。

 ・・・なる程ね、俺の体の事だったんですね。
 それが耳に入って夢として再編集された、と。

―――冗談じゃねえ!?

「おーい! 姉ちゃん、体! 俺の体返してー!」
「・・・・・・(ビクッ!)ぶつぶつ・・・・・・まさかっ!」
 おー? なんか特定の単語に反応して一瞬ビクッとしたけど全く聞いてねぇー!

 どの単語に反応した言葉が何なのか分からんが、結局こっち向いてくれないなら一緒だ。
 なーんか、この姿はデジャビュるんだよなあ。
 すすすーっと彼女の傍まで浮遊する。
 推進剤で移動するわけではないので実に隠密、後ろから忍び寄る。

―――待ちなさいお嬢さん
 隅出来てますよ!?

 昨日俺は一応日付が変わる前に寝た。
 もし、その後入れ替わるかのように彼女が目覚めたとしたら・・・。

 あれ? 俺、ちゃんと<偽りの仮面>起動して寝ただろうか・・・。



―――回想―――

「ふはははははっ! 直った! 直ったぞこの糞親父! 天才じゃなくても直せるわー! ははははっ!! さて寝よ」

―――回想終了―――

 うぉーえ・・・やばい、起動した記憶がねえ・・・。
 それどころか首取り付けた覚えもねえ。

 恐らく目覚めた彼女は布団に眠る男を発見したか、それともデュラハンを見たのか。

 びっくりよりも、本当に首が取れるのか触れてみたら、取れちゃってた・・・って所か。
 都合よくもう一度気絶してくれれば良かったんだけどな・・・。

―――はっ、これが適応能力!? 生命の力かっ!
 俺は恐れ戦き・・・おお、待て。そうか、そういうことか。

 俺は生命の神秘に戦慄していたが。
 ふと、とある事に納得した。

 考えてみれば、それからずっと彼女は俺の体を見ていたと言うわけで。
 Dr.ゲボックの英知の片鱗を・・・健康には気をつけなきゃな。

―――あぁ、分かった。
 彼女の姿が何かに被ると思ったら・・・そうだ親父だ。
 さすがに度合いは違うだろうが・・・・・・彼女から、同じ匂いがする。

 ならば・・・彼女が、知的探求が睡眠時間と肌の美容を度外視してしまうタイプであるのは納得できる。
 一度自分の世界にのめり込むと外界に反応しなくなる、と言うのはま、見ての通りだ。



 ちょっとやそっとじゃね・・・ならばこちらにも考えがある。ふくくくかっ。

 おれはすすーっと彼女の耳元で呼気を細く、細く―――
 耳の穴に吹き込んだ。


「わきゃああああっ! なに? ・・・何な・・・・・・わきゃあああああああっ!」
 反応は劇的。神経が集まってるから些細な刺激で良い反応が出る出る。
 さらに、驚いて見回してすぐ後ろに居た俺と鉢合わせしてまた驚いていた。
 熱中してたら知らないうちに後ろに◯眠様がいたらそりゃ驚くだろうし。

 だが、流石にもう失神せんか・・・うぬぬ。

 それよりも、だ。やばい、人を驚かすって、何か病みつきになりそうな快楽がある。
 もし何かしらで職を失っても遊園地のお化け屋敷で食っていけるかもしれん。

 おぉっと、馬鹿な事考えすぎてた。
 相手が慌てていると冷静になれるものだ―――よし、諭してみよう。

「朝なんだし静かにしようぜー、な」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
「あれ・・・でも・・・あれ?」

 でもこの反応はおかしいよね。
 常識ってわかんねえなあ。ま、それはともかく―――

「まあ、まずは兎も角ぅぅぅううっ、体返せええええ!!(叫ぶも小声)」
「―――――――――っ!!!」
 律儀に口を押さえて悲鳴を上げる彼女。何というか、人の言う事を素直に聞いてしまう性質なんだなあ、まあ、騒がれないのは嬉しいですけど。

 しかし彼女、なぁに考えたのか、俺の体抱えて逃げ出した。
「あ―――っ待てって、体、体っ!」
「――――――!」

 IS学園の寮室は結構広い。
 ぐるんぐるん室内を駆け回る俺と彼女。

「待ぁぁぁぁああああてぇぇぇえええっ!! 日崎イイイイイイィッ!!(小声)」
 名前が分からないので何となく思いついた名前を叫ぶ俺。

「――――――ううぅっ・・・」
 声を抑え切れず、僅かに漏らしながら逃げる彼女。


 なんだかどんどん楽しくなってきた。
 目覚めていくのだよ・・・何ていうのかなぁ、狩猟本能?
 さて、どこまで追いかけられるか。

 ・・・ん? まずい、目的と手段が反転してないか俺。

 まぁいいか。必死に駆ける彼女。身体能力がそこそこあるのだろう、俺の体を抱えたまま良く逃げる。
 しかしここは部屋。
 さらに、高低差が意味を成さない俺は少しずつ彼女に追いつき、ついに彼女を部屋の隅に追い詰めた。

「ふーっ、ふーっ、体返せぇぇぇ」
 いい加減疲れてきた。途中調子に乗ってたのは認めますけど。

「泥田坊・・・?」
「いや、返して欲しいの田じゃなくて体だし」
「あっ・・・これ・・・」
「まぁ、とーにもかーくにーも体ぁ―――」
「え、ちょ、と・・・待・・・」

 待ちません。食いついてみましょう。
 口を開けて、うぉりゃあああああ―――!

 俺が口開けてさあいくぞ、との瞬間。

「ん~・・・ねむねむ・・・おは・・・ふぁ~、かんちゃ~ん、あなたの使用人、布仏本音だよ~」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 ジャーっと扉が開いて。
 世界観がぶっ壊れました。

 えーと、彼女は確か昨日の布仏本音さん?



 何故に?
 その着ぐるみみたいな衣装はもしかして寝間着?
 それ以前に扉の鍵は?

「本音・・・鍵は?」
 俺に追い詰められてる彼女も同じ感想を抱いたらしい。
 と言うより、一組の彼女とお知り合いだったんですか。

 あなた四組ですよね。自己紹介の時、壇上で見た覚えがあります。

 お、録画画像参照。
 俺は法的証拠にできる録画映像を眼球で撮影できます、とか言って見たり。

 おお、やっぱりいた。

 俺はソウカ・ギャックサッツ・・・苗字順だったんで『ギ』な俺は結構最初の方である。紹介中に気絶したので紹介を聞いてない人の方が多いのだ。
 ・・・そういえば彼女の名前まだ知らねえなあ。
 追いかけるの楽しすぎてまともに会話してません。


 名称不明の彼女による質問に、本音さんは、んー? としばらく考えて。

「開けたのだ~、でもでも引き戸だったからびっくり、気づかないでしばらく引っ張ってました~、えへへ」

 ぽやや~んと笑う彼女。
 だが―――雰囲気にはそぐわぬものが・・・。

 そう、獣を模したパジャマの垂れた袖には、ヘアピン。
 おぉぉぉ!? つまりこれってピッキングっ!

 これだからアナログキーは・・・いや、家の個人認証もたまに誤認して超音波メスとか撃ってくるけど。
 何より彼女がそう言う技術を持っているとは意外すぎる。

「本音がこんな時間に起きているのは変・・・いつもギリギリまで寝てる・・・」
 あ、そうなんだ。
「んー・・・ねむねむ・・・すぅー・・・」
 た、立ったまま寝てるぅー!?

 驚いていると、ぼんやりと目を開ける本音さん。

「お嬢様のピンチには、当たるかもしれない感で駆けつける~、週休三日でお仕えします、布仏本音です」
「本音・・・お嬢様はやめて・・・」

 お嬢様・・・ですと?

 はい? この人お嬢様とか言われるそんな人? うーん、栄養状態は確かに良好、いいとこの育ちっぽい・・・え? 今時栄養状態なんか目安にならんと?
 いやいや、そうでもない。飽食の時代たる昨今、逆にちゃんとした栄養管理はよほどしっかりした人でないと為されないのだ。

「あと、三日は休みすぎ・・・」
 あ、俺もそう思う。

「ん~ねむねむ~・・・だいろっかんのせいで目が覚めてしまったのだ~」

 え? 第六感?

 感性でって事? うぬう、侮れん。
 そんな事を思っていると、ぬぬぬぬぅっ―――とゆっくりこっちを向いて来る彼女。


「あれれ~?」
 本音さんの視線が俺を射抜く。
 すげぇ、本音さん生首に全く動じてねえ。
「ん~・・・マサカド?」

 ・・・独眼竜ビーム?
 そりゃ伊達政宗。
 ・・・タチコマとか儀体とか?
 それは士郎正宗ね。
 んー・・・じゃ、因果覿面で。
  相州五郎入道正宗だって。
 何故にマサカドって言ってんのにマサムネばかり出てくんだよ・・・。

 それならばっ―――人生五十年、下天のうちを―――
 そりゃ敦盛である。苗字は合ってる。惜しい。
 平家だっての! 平将門!!
 ふぅ、ほんまに謎だ、BBソフト。

 しかし何故に平将門? ・・・って、あ。

―――おぉ、あれも生首だっ―――

「かんちゃんぴんち~、天罰覿面、さあさ振りかぶって~・・・」

 ・・・ん?
 意識にそれはすんなりと入った。
 つまらん事に感動していたせいかもしれん・・・。

 ゆっくりな動作故に、じっくり認識できた。
 故に、逆に納得できなかった。

「落としたっ!」
―――本音さんの振り上げたスパナに。



 俺は。
 それ故に、それまでの動作とうって変わって猛加速した凄まじいスパなアタックを。

「ブギャらあッ!!」
 食らうその瞬間迄眺め続けていた。
 ただの阿呆だな、俺は。

 床に叩きつけられる俺。
 二、三回バウンド。正直泣きそうなぐらい顔面が痛い。
 ・・・今は全身が痛いとでも言えばいいのだろうか?
 まぁ、ンな戯言は兎も角。
 なんちゅう破壊力だ。普段の彼女からは想像もできない。

 そこにねむねむ~、とひたひたやって来る彼女。
 何故か昨日聞いた音と同じはずなのに、死神の足音に聞こえるのですが。マジ助けて欲しい。

「すぴー・・・まさかどハント~」
 そう言って鼻提灯を膨らませながら脚を振り上げる彼女。

 ちょっと待て、俺狩られんの!?
 なんとか転がり、人目のかからない所に逃げねば・・・。

 って、あれは・・・。
 見えた。

―――説明しよう
 布仏本音さんは、被り物のようなゆったりとした寝巻きを着ている。
 すっぽり被るタイプのもので、フードこそあるものの、ワンピースと大差がなかったりする。

 つまり、生首状態である俺が見上げると―――



 本音さんの下着がモロ見えになるわけで・・・。

 変わった制服や寝間着と違い、ピンクで同系色のリボンのついた、一般的ながらも可愛いらしいしろものである。

 ・・・まぁ、それはさておき。

 ふと、疑問に思ったのだが。
 生後二年とちょいの俺、性欲の乏しい俺には分かりかねるのだが・・・・・・。

 なんで衣類に人間は性的反応を見出すのだろうか。
 実際問題、人間が求めるのは衣類ではなく中身の筈・・・だと思うのが、違うのだろうか・・・。

 一度、兄弟達にも質問して見た事がある。
 あれは丁度ニュースで下着ドロが出たときに周りの皆でわいやわいややっていたときの話だ。
 人間って分からんよなぁみたいな意見が殆どだったが、最終的に。

 料理も見た目を重視する事がある。それと一緒ではなかろうか、との意見で落ちついた。

 確かに栄養補給に見た目は関係無い気がする。
 しかし、その美しさは食を豊かにしているのは確かなのだ。

 性欲的なものでも、同様の事が言えるのではなかろうか。
 俺の頭の中には忘れ形見なその手の知識が数ギガバイト突っ込まれてるが・・・・・・。



 ・・・さぁ、気を取り直そう。ここで常識的なBBソフトに一言添えていただく。

 『フェティシズム』

 成る程、人間故の高等な精神活動なわけか。
 ん? なんだろうこれ・・・シークバー? つか小っさぁ!

 それでずらーっと下迄ながしていくと・・・。







 長ぇ・・・・・・。
 に、人間って奴は・・・。

 ぺと。

 俺に乗っかる何かの感触。
 しまったぁ! なんか内面世界に潜り込んでたら超スローな本音さんに追いつかれたぁ!?

 これに追いつかれるってどんだけぇ!?

「よいしっょ―――」
 ・・・これって、本音さんの足ですか?
 つまり、スタンピング?
 ならば耐えようもある。天井にぶつかって失神したり、スパナで殴り倒されたりと、モロさを提示してばかりだった俺の防御力だが、実のところは、ぶつかった瞬間、「痛てっ」と言ってしまうのと同じだ。
 感覚器官で痛いと喚いているものの、『防御設定値』を跳ね上げればフランス、デュノア社の特製パイルバンカーを食らおうが耐えられる頭蓋骨硬度は持っている。
 スポンジ強度からダイヤ以上迄。ゲボック合金製の頭蓋骨を舐めないでいただきたい。

 だが。

―――めし

 な、なんだこの音は・・・。
 構成物質に問題ある圧力では全く無い。
 だが。圧力を感知し得る最大値に徐々に肉薄して行く。

 メシメシッ―――!

 先のパイルバンカーの例で言えば、強度はともかくその感覚に耐えられるわけが無い。
 故に、一定以上の衝撃を脳に伝達しない一種のブレーカー的機能があるのだが、これは絶妙だった。
 そのリミッター値に引っかからない、その値ギリギリ。
 しかも感覚が圧力に適応するタイミングを知っているとしか思えぬ一定した加圧。
 限界まで。じっくり、絶妙に。

 つまり―――
 メリィメキィミキィビキィ―――!

 痛だだだ――――――だだだだだァアッ!

 俺の感知しうる最大限の激痛があっ!
 じっくりたっぷりゆうううぅぅぅっっっっっくり捻じり込まれてくるぅ!?

 踏まれているので、首が回転出来ない。
 視線が固定されている。

 俺の視界にはピンクの着衣が。
 本音さん、年頃の少女が下着を男子にさらしてはいけません。
 それにしてもマジ痛い。
 なんと言う彼女らしい、ゆっくりとした、激痛。いやマジ痛い。

 いや。本当これ、い、い、い――――――痛みがゆぅうううううううううっくりぃぃぃいい~!?



 みしっ。

 どれだけ苦痛を感じたのか、実際定かでは無いが、やっと本音さんの足が俺の顔面から離れる。

 まずい、なんと言う恐ろしい攻撃。
 ここまでゆっくりとした攻撃、もう一度食らったらどうなるかわかったもんじゃ無い。

 冷静になって見ると、やっぱり下着。
 ここがIS学園だから、俺が男であるという事に対する意識は無いのだろうか。

 じぃ・・・。
 ・・・・・・。
 いいぃぃ・・・。

―――はっ?!

 なんかじっくり見てた? 何で?
 なにはともあれ、視線をそらさねば。

 ぐるんっ、と顔を横に背けようとする―――前に

「むむ・・・悪しき気配・・・なんちゃって、えへへ」

 ぺと。

 頭部に食い込む 足。
―――あ

 ちょっと待って、二発目は耐えられないって、うぬぬ、顔が背けられませぬ・・・って、な、に・・・視線が動・か・な・い~?

 なんで? はっ―――これがまさかの男のサガって奴なのか、何故か動かない。あー、そういえば踏まれてますし? ってなんだかとっても嫌なんですけどこれが性の目覚め!? 首は兎も角視線は動かせるのに何でか釘付け。我ながらとっても嫌なんですけど―――――――――

 ミキィッ――――――

 またかああああああああっ!!! いぎゃあああ・・・い・た・み・が、ゆぅぅぅうううっくりぃぃぃぃぃいいいい・・・。

 これぞまさしく黄金体○ゴー◯ド・エ◯スペリオンス

 しかし、視界を埋めるのは痛みでぼんやりしてきたせいなのか淡く広がる桜色。

 黄金なのに桜色? いや桃色? いったい全体これ如何に。
 なんかどうでもいい事に逃避しつつ、意識が拡散して行き・・・。





「あれれ? やっぱりだ」
 気付けば俺は本音さんに持ち上げられていた。

 また失神してたのか・・・でも今回のはしょうがない、強化した感覚を逆手に取った攻撃なんてねえ。

 暗視ゴーグル被ってる人にスタングレネード放り込むようなもん。
 軍隊を相手にした時ぐらいしか、良い子は真似しちゃいけません。

 しょうが無いんです。お願いします、そういう事でお願いします。



「むむむむぅ? おりむ~そっくり」
 おりむ~とはなんぞや?
 おりむ、おりむー、おり、お、おり、織斑か・・・・・・はえ?
 気づかれたぁ!?

 本音さんてば、ぽややんとしてるくせに鋭いですよ。

「バイザーが邪魔だね。取っちゃおう」
 ミシミシミシミシィッ。
「痛だだだだっ! それ取れないから! 頭蓋骨に食い込んでるから!」
「にゃはは~? そうなの?」
「普通に会話してる・・・」
 ルームメイトさん、そっちで感心してないで助けて下さい。



「そうなんです、いい加減体返してください」
「かんちゃんに意地悪しない?」
「生憎ですが、かんちゃんと言う知り合いはいません」
「かんちゃんはかんちゃんだよ」
「えーと、アースマラソン完走した人?」
「違うよ~」
 じゃあ、誰やねん。

「あの・・・それ、私」
 救いの女神がいました。
 おずおずと小さく手を上げるルームメイトの彼女。
 成る程、かんちゃんさんですか。

「あぁ、貴女でしたか。実は昨日もう会ってますが、ソウカ・ギャックサッツです」

「「え?」」
 女性陣は口を揃えてキョトンとしています。
 やばいです。容姿がいいからスゲえ可愛い。

「そっくん?」
「・・・昨日天井に食い込んだ人?」
「?」
「そうそう」
 本音さんは兎も角、クラスじゃやっぱりそういう印象かぁ。
 ・・・これからやってけるかね?

「でも、顔違うよ? おりむ~だよ?」
「体返してくれたら証拠を見せます」
「えー?」
「すみませんお願いします。この通り」
 立場が弱いと男なんてこんなものです。

「―――うん、いいよ」

 しばらく見つめられていたのだが、本音さんはぺとぺと歩いて俺をかんちゃんさんの持っている体にくっつけた。

 よし。

 取り外す時とは逆に首を回転、外す時とは違い、これは乗っけると手を必要としないので楽である。
 きりきり首が鳴るなか、俺は認証音声を発する。
「頭がぐるぐる擬人の証~」
「おぉ~」
「・・・ビクッ」

 二人の対象的な反応を見つつ。
 自己診断を開始―――



 結論。
 エラー、エラー、エラーの大・合・唱!!

「な、な、なな、なんじゃこりゃあああああ!?」
 視界が真っ赤なモニターで埋まってるんですけど!?

「そっくん? どうしたの~」
 あぁ、本音さん、確証もてるまでは疑問形なんですね。

「腹の中身、殆ど無いんですけど」
「・・・あ」
 えと、かんちゃんさん?
 咄嗟に口を塞いだ彼女の視線を辿ると、そこにあるのは彼女のベッド。
 俺の中身がばら撒かれてる。
 そうだったね、目覚めたら解剖されてましたね。
 おぉ、ミイラ~、とか本音さん呑気すぎます。

 生命維持装置は頭部だけでも機能するから最低限は大丈夫であり、パワーアシストや一番重要な<偽りの仮面>はフレームの固有能力なんで機能するからいいか。

「まぁ、必要最低限な機能はあるから放課後ですねえ」
 二日連続で自己修理ですか。
 何だかねえ。



 エラーメッセージを保留して<偽りの仮面>を起動。
 骨格フレームに肉付けられているナノマシン群体が登録されている人体に即座に擬態。

 細胞レベルで擬態するので、怪我すれば血が出る再現力が凄い。

 未来から来たTでXな殺人ロボットの骨格(Ⅲの敵)に、力が欲しいのか親切にも聞いてくれるケイ素系生命体を被せた感じだろうか。



―――偽装完了

「そっくんだ」
「そっくんです本音さん、渾名は少々お待ちください」
「戻さなくて・・・大丈夫?」
「かなーり色々オミットされてるけど、死にゃあしないし、まぁなんとか。それより弄くられ過ぎて調整一からしなきゃ行けないのが辛いかなあ、さっきから違和感が全身凄いんですよね・・・・・・ま、自己最適化でその内再調整は済むと思います」
「・・・ごめんなさい」
「いえいえ、実家の都合とは言え、こちらも偽りの姿で驚かせました」
「・・・驚いたのはそっちじゃ・・・無いけど」
「まぁ、僕の体についてとか―――」
「おりむ~そっくりなとことか?」
「そうそう」
 あと俺の性別とかね。

「・・・おりむー・・・?」
「ほら、世界で初めてIS動かした男の子だよ~。うちのクラスに居るんだよ」
 そう言えば一組だったよなぁ、一夏お兄さん。

「・・・・・・・・・・・・」
「かんちゃんどうしたの~?」
「・・・何でも無い」
 ・・・いきなりツンケンしてしまいました。どうしたのですかね?

 それより。
「えと、そろそろ朝ごはん行かない?」
 時計を見る二人。
「・・・食べ逃しちゃう・・・」
「食事回数減らすと太るって言いますし、そういう事ですっ!」

 二人して準備を速攻で済ませる。
 ついでに部屋中をスキャン。よし、変なもんは仕掛けられてないな。
「朝食は御一緒で?」
「・・・いいけれど・・・」
 許可を得たので走り出す。
 廊下は、ばれなければ走って良いのだよ。

「待って~」
 涙声が聞こえたので振り向けば部屋の入り口付近に本音さん。
 スローな動きが仇になったみたいだ。
「ええい、ままよっ」
 引き返す俺。

「ギャックサッツさん!?」
「ソウカで良いです、なんか虐殺みたいに聞こえるんでっ」

 走る。
 辿り着く。本音さん殆ど進んで無い。
 本当にゆったりな人だな。

「では失礼―――」
「うぉにゃあ?!」
 抱え上げる。
 未調整で違和感あるとは言え、軽い乙女なんて造作も無い。
 そして―――

「ただいまっ」
「早い・・・」
 抱えたまま戻って来ると流石にその速度に驚かれました。
 非・生身は伊達じゃない。
「解剖されても生身じゃ無いのでこのぐらいは。さて、急ぎましょうか」
「おぉ~、そっくんタクシーはとっても便利~」
 小柄な本音さんとは言え、さらに小さい体で抱えてるので違和感あるんだろうなあ。

「・・・私も・・・」
「―――ん?」
 走りながらかんちゃんさんはこちらをじっと見つめ。
「乗りますか、かんちゃんさん?」
 かんちゃんさんはふるふると首を振って否定。
 おや? 違うん?

「私の事は簪って呼んで? かんちゃん・・・さん? は、正直・・・やめて欲しい」
「えぇ~、そんなあ~、かんちゃんはかんちゃんだよ~」
「了解です」
 即座に了承。だって苗字知らんし。
 かんちゃんってカンザシの愛称だったんだなあ。



 生首と解剖から始まったデス・フ◯イルチックな仲ですが、仲良くなれそうで良かったもんだ。
 ・・・字面に直すと改めて非常識が浮き彫りになるけどさ・・・。



 しかし・・・さっき、一夏お兄さんの話題が出た時の簪さんの表情・・・あれは一体なんなんでしょうね。

 敵愾心?

 はてな・・・二人に接点は無い気がしますが・・・。

 少々幸先が怪しい気がしますねぇ。






 ・・・嫌な予感とはよく当たるものである。

 食堂で最初に会ったのは真面目な印象の鏡ナギさんだった。
 どうも元々は彼女が本音さんを起こして連れてくる予定だったらしい。
 約束通りにならなかった事と連絡の不備について注意を受けた。

 印象通りしっかり者の様だ。
 本人曰く、鷹月さんほどではないとか・・・誰やねん。
 最後の一人、谷本癒子さんと合流し、自己紹介を済ませた後に、発見した。



「なぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁって、いつまで怒ってんだよ?」
「・・・・・・怒ってなどいない」
「顔が不機嫌そうだぞ?」
「生まれつきだ」



 てな感じで、声をかける男子、
にべも無い女子。
 そんな調子で、一組の男女が仲良く無さそうに食事をつついている。
 いけねえなあ、食事は人生の愉悦の一つだぜー? と口調を変えて皮肉って見る。
 心の中でだけどね。

 女性は凛とした感じだ。
 背筋がぴん、と立っていて武人の印象を受ける。
 髪を後ろで一つに纏めてポニーテールにしており、それがいよいよ侍然とした感じであった。
 スタイルも出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。

 鍛え上げて絞り込んでいるのかね。
 スキャンしたら理想的な体脂肪率と出た。
 あれだけ体脂肪が胸部にあるのに理想的とは・・・それ以外は本当に鍛え抜かれているのだろう。アメコミも真っ青かなあ。
 腕を見る限りはそうではないんだけどね。

 これで不機嫌そうにむっつりとしていなければさらに美人が際立つというのに、勿体無いもんだなぁ。

 で、その彼女の隣で何とか彼女の機嫌を取るべく話しかけている彼。

 えー・・・これがファーストコンタクトですか。

 彼ぞこの学園唯一の学園男子生徒(公式)織斑一夏お兄さんその人である。



「あ、おりむ~だ」
 部屋で聞いた時は何とも思ってなかったが、お兄さんにまで即座に綽名をつける本音さんのコミュニケーション能力は凄いと思う。
 単にマイペースなだけという意見もあるけどね。

 一方、一瞬ビクッとした後目元を吊り上げる簪さん。
 気配が硬化して行ってますよ? なんとも頑なに。
 本当、何したんだろうお兄さん。

 しかし、なんだか緊張しているかもしれない。
 何せ、あっちは知らないとは言え、兄にして我がオリジナルである。
 興味が無いと言えば嘘になる。
 故に、実行するのだ。

 務めて自然に。
 しかし、この学園に来ると決まった時からずっと決めていた事を―――

「あ、お兄さん、お隣良いっすか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
 なんだかげんなりしている。
 そりゃこんだけ物珍しそうに注目されりゃあそうもなるか。

 自然にでも何でも良い―――

 たとえ、今は単に血が繋がっているだけの他人なのだとしても―――



―――彼を、『兄』と呼ぶ事を

「お兄さん?」
 お? 目ざとく気付いた。
「いや、特に他意はないよ? 僕の誕生日は三月の末でね。それにこの背丈ナリだし。お兄さんと呼んで差し支え無いかな?」

 心の中で一点だけ、血涙を流しながら言う。
 その、背の辺り・・・とかな。

「別にいいぞ? ―――ただ俺って末っ子だからさ、ちょっとな」
「あー、弟とか妹とかに憧れあったとか?」
「・・・あー、そう言うのもあるな」
 何か複雑そうな表情で、お兄さん。
 なんか家族関連で複雑な事情でもあるのか? ・・・今度親父に聞いてみるとしよう。

「ならばいくらでも僕を弟扱いして堪能するが良い!」
 その裏にある感情が何なのか分からんので、適当に押し切る事にした。
「それを言うなら妹なんじゃ無いか?」
「お兄さんは知らないんだろうさ、上下を姉妹に挟まれる世知辛さがね・・・」
 ギャックサッツになってから、兄弟が一杯増えましてね?

「いや、だから・・・えーと、お前女だろ?」
「そう言えばお兄さん、自己紹介がまだだったね、僕の名はソウカ・ギャックサッツ。呼ぶ時はソウカでよろしくなー」
 聞いてねぇ!? それよりまぁ―――おう、よろしくとか言ってるお兄さん。
 後ろで目を丸くしている侍お姉さん。
―――あぁ、こっちは俺のファミリーネームに心当たりがあるみたいだね。

「・・・俺の事はニュースとかで知ってるかもしれないが、織斑一夏だ・・・ん? なんだ? ソウカの名前聞いた途端後頭部が痛みだしたんだが・・・」
「・・・そこが忘却の秘孔か・・・」
 話にだけには聞いたことがある。

 お兄さんに悪影響を与えるとしか思えない親父に関する記憶を消すスイッチ。
 ンなもん開発するとは、げに恐ろしきは人体の神秘。千冬お姉さんはどれだけ姉煩悩なんだろうか。

 使われ過ぎた副作用なのか知らないが、ファミリーネームを聞くだけで反応し始めるとは・・・この際戦慄すべしは千冬お姉さんかはたまた一夏お兄さんか? つぅかこの条件反射はパブロフか。

「なんか言ったか?」
「別に? ただ、これだけは言っておくよ、お兄さん」
「なんだ?」
「僕の脳は男だ」
「―――はぁ?」



 しぃん―――



―――ハズした
 ・・・・・・あああああああああ!! やっべえ、恥い!? 外したあああああああっ!!
―――現在、俺、サイレントにしてスニーキングに悶え中
 <偽りの仮面>で無表情貫いてますけどね。



「おりむ~もそっくんもすぐ仲良くなったねえ」
「あ、のほほんさんの友達だったのか。ん~、なんだろうな、自分でもわからないけど、初めて会ったのに他人の気がしないと言うかなんと言うか・・・」
「む・・・」
 嬉しい事を言ってくれてるお兄さんだが・・・。
 一方、隣のお姉さんは明らかに機嫌を損ねたようで、眉がキリキリと寄っている。美人が台無しだ。
 ・・・ん? この単語でこの反応って、まさかまさかのもしやか?

「なん・・・だと・・・っ」
 だが、そんなことより、俺にとっては遥かに深刻な、とある単語とセンスが解き放たれたわけで。



 のほほんさん。
 もう一度繰り返そう、本音さんにのほほんさん。



 ば、馬鹿な・・・。
 まさか、まさかだぞ!?
 苗字か名前のどちらかをもじるのでは無い・・・それぞれの先頭を抽出して繋ぎ合わせるという一見簡単仕様にして、しかしそうそう思いつかない・・・だが、何よりも―――彼女のイメージに何よりもそぐうこれ以上無い愛称。

 俺なんかじゃ一生かかっても発想不可なベスト・オブ愛称―――類を見ぬほどの傑作だ。



 負けた。
 完膚無きほどに負けた。
「これが、これが真作と贋作の差だと言うのか!? 兄より優れた弟は居ないと言う事なのかっ―――」
 一人打ちひしがれている俺。
 その肩にぽん、と手を置く慈愛の女神様がお一人。
 さっきもそうだけど、崇めなきゃだめでしょうかね。

「・・・なんの事か分からないけど、そんな事は無いよっ・・・・・・頑張れば弟だって・・・妹だって・・・勝てる事はきっとあるからっ・・・!」
 そこに、それまで沈黙を貫いていた簪さんがそれまでに無い決意のこもった表情で励ましてくれました。

―――と、言うより、私も頑張るから、との決意表明に見える。
 それでも、四つん這いになってorzっていた俺にはまさに光明だった。
「あぁ・・・簪さん、僕頑張るから!」
「うん・・・うんっ!」

 しかし。

「でも駄目だ、簪さん。これを聞いてしまったからにはもう、僕は本音さんを『のほほんさん』以外の愛称で呼ぶ事はできない・・・っ! それ程の傑作なんだ!!」
「そこは・・・認めなきゃ、でもっ・・・必ず、きっと必ず―――」

「・・・えーっと、なにしてんだ?」
「もしもーし、かんちゃんもそっくんも戻って来るんだよー」
 一瞬にして現実回帰。
 お兄さんにえらい凝視されてました。
 なお、本音さん・・・認めよう、認めようでは無いか・・・のほほんさんは何やら俺らを突っついていた。

「―――――――――っっっ!!」
 簪さんはギリッと一夏お兄さんを一瞥し、席に戻って食事を再開。
 なお、六人掛けの席なので、一人余る。
 簪さんは自らその一人になって隣の机に座っている。
―――え? わざわざそこから励ましに来てくれたのですかい?
 良い人だなあ、優しさに涙が・・・あれ、視界がゆがんでるよ?

 あ、あまりに俺らが食べ始めないから一人で戴いていた様だ。
 お兄さんはええ? 俺なんかした? って顔だ。うん、俺もそう思う。

 一夏お兄さんのそばは嫌だったようだが、俺やのほほんさんが一夏お兄さんと合席したせいでその折衷案―――隣の机にいるようだ。
 良い人だけども典型的な、苦労する日本人気質ですね。
 物凄い真っ赤な顔がなんとも可愛い。

「え―――俺が悪いの?」
「よくわからないけど、こう言う時は男が悪いらしいね。IS発表前からさ」
 取り合えず、お兄さんの肩を叩いておいた。

「本音さん・・・」
「もぐもぐんまんま・・・ん~、なーにぃ?」
 あ、のほほんさんも勝手に食ってる。
 何気に皆でいただきますは憧れだったのに、簪さんに続いてのほほんさんまでなんてっ・・・ちょっと悲しかった。

「僕はお兄さん発案の、『のほほんさん』以上の愛称を思いつかないんだ・・・そう呼ぶことを許してくれは、しませんか?」
「(むぐむぐ)むぅぐむ、むーむぉ~」
「・・・本音、食べ物を飲まずに喋るのは行儀悪い・・・」
「はは、飲み込んでからでいいですよ」
「ん~、わあっ―――んぐぅ!?」
「うわぁ!? まさか、なんか喉に詰まったのか!?」
「・・・み、水!」
「ありがとう、簪さん、んぐっぐ―――ぷはぁ! のほほんさん! 大丈夫!?」
「ソウカさんのじゃ無い!」

 へ?

「んむ――――――!!」
「うわ!? のほほんさん顔色がヤバすぎるぞ」
「はい? ってうわ、本当だあ!!」
「お前ら何をしてる・・・布仏ぇ―――!!」



 わいわいガヤガヤどんどんパーフー。



「ん―――ごっくん、いいよ~」
「おおおぉぉぉぉ! のほほんさあああああんっ! ごめん! 本当にごめん!」
「おー、そっくん。よーしよーし」
「・・・不死身・・・?」
 俺の頭を撫でくり撫でくり―――畜生。
 簪さんはガタガタぶるぶる。

「・・・訳が分からん」
 侍お姉さん、それは俺もです。



―――さてさて、閑話休題



 食事を再開し始めてから、一夏お兄さんによる、侍お姉さんへの語りかけは続いておりまして。

「あ、この鮭美味いぞ」
 と言ってお兄さんが箸でほぐし始めたのは鮭。
 お兄さんと侍お姉さんはお揃いの和食セット。
 やっぱり実は仲良いのではなかろうか。
 嗜好が合うだけってのは無いと思う。
 そもそも仲良くなければ一緒に食卓には付かないだろうし。

 するとこの態度が説明できないしなあ。
 仕様です・・・な訳無いし。

 今回といい簪さんと良い、一体何をやったのだろうか?
 単に女性を怒らせる天才・・・とかだったら嫌だけど。

 そんな一夏お兄さんの健気な提案にお侍姉さんは一貫して無視を決め込んでいる。
 あ、でも箸がすぐに鮭に伸びてる。
 根は素直な人なのかも。



 それを横目で見つつ。
 パンを口に。
―――しゅるんっ、ごっくん
 効果的喫食モードで吸い込む様に食べる俺。

「おおぉぉぉッ? おもしろい~」
「さっきの本音みたいに・・・危険」

 素直に驚いてパタパタしてるのほほんさんと、なんかちょっとヒキ気味の簪さんだった。

 机越しに忠告してくれる簪さんは優しいなあ。でも、その点は安心してくれ。論理上、俺の頭と同じぐらいのものまでなら一瞬で飲み込めるらしいから。

「平気ですよ、この僕、ソウカは吸引力の無くならないただ一人の喫食者なんで」

「面白ーいぃぃぃッはい! あーん」
「はむ・・・(しゅるんっ)・・・まぁぶっちゃけ、酸素は違う所から取り込んでますから喉詰まっても窒息しないし(ボソっ)」
「後で・・・色々教えて貰うけど」

 のほほんさんに餌付けされつつ、なんか怖いフラグが立つのだった。
 なんだこれ、お兄さんとは全く違うんですけど。



 ・・・一方。
「なぁ、箒」
「な・・・名前で呼ぶなっ!」

 ふぅーん、箒さんと言うのか。
 俺は意味もなくダ◯ソンで対抗してた様だ。

 しかし妙だ。
 なんか重要な単語だった気がする。

―――ぽーん
 BBソフトの重要キャラクター・篠ノ之箒が更新されました。

 ・・・効果音と共になんかメッセージが視界に表示されたんだが・・・。

 ふむ・・・篠ノ之さん・・・ですか。
 あー、なるへそねえ、かの『天災』科学者の妹さんって彼女の事でしたか。
 確かに髪を下ろしてメカウサ耳カチューシャ付けたうえであのキリッとした眼差しを垂れ目にしたらそんな感じですね。
 なんでこんな重要人物が学園に居る事を教えてないんだあのクソ親父。

 そう言えば、お兄さんの方のは更新されんのかね? 今みたいな反応無かったけど。後で見てみよう。



「なら―――篠ノ之さん」
 名前を呼ぶなと言われたのでそう呼んだのだろう。
 しかし、なんやかんやで赤面し、乙女の顔付きだった篠ノ之さんはムスッとした不機嫌そうな顔付きに戻ってしまっている。

 じゃあ、なんて呼びゃあ良いんでしょうかね?

 お兄さんには名前で呼んで欲しいって所だと思うけど。

 お兄さんはそんな機微に気付かないのだろう。ま、俺だって第三者の視点だから分かるんだけど・・・え、鈍いか?

 困り果てたお兄さんはしばし考え。
「それにしても、女子ってそんな量で済むもんなのか?」

 SOSをこっちに要求してきました。いいね! まかせて欲しい。各種場を和ます話術についてはBBソフトに大量に記載されてるからな!

 はむ。しゅるんっ―――ぱく、しゅるんっ。

「―――ソウカ以外」
「除外されたぁ!?」
「いや、それだけ食いっぷり見せつけられたらなぁ・・・」

 力になれず・・・不覚。

 なお、脳の生命維持に関する以外の栄養素は、某国民的青狸型ロボット的に全て儀肢の動力源になるので無駄にはなりません。

「わーい、追加追加~、楽しいな、何なのかなぁ?」
「いくらでも来い、その存在、尽く食い尽くす! あ、でものほほんさんはパン一つで大丈夫なの?」
「お菓子食べるから大丈夫~」
 おいおい。

「「体に悪いって」」

 あ、お兄さんとハモった。
 些細なことだが嬉しいものである。

「む・・・」
 対してむっとしてしまう篠ノ之お姉さん―――束博士と被るから箒さんと呼ぼう―――は確かに面白くあるまい。
 なんだこのゲームバランス。詰むぞ。

「う、うん、私達は平気かな」
 お兄さんに応えたのは鏡さん。
 全力でこっちから顔を背けているのは非常に気になるけど、頑張って一夏お兄さんをフォローしてくれ。
 しゅるる。あ、これカレーパンだ。
 
「いつもこんなかんじだもんね。でもやっぱり一夏君って男の子だよね、凄い量」
 さらに援護射撃。なお、谷本さんである。彼女もやっぱりこっちを絶対に見ようとしない。

「俺は夜少なめに取るからさ。朝多くしないと後々辛いんだよな」
「その年で体調管理ですか? しっかりしてるなぁ」
「ソウカは・・・お、牛乳はストローでっ―――てうぉおっ! 一瞬で吸い込んだぞ!?」
「吸引力は以下略だ」
「・・・いや、俺は前の聞いてないし」
「―――え? そう?」
 そうかぁ、じゃあ、なんて言おう。

「・・・織斑、私は先に行くぞ」
「あ、ああ・・・分かった」
 立ち上がる箒さん。あ、僕らばかりお兄さんを構ってたから拗ねてしまった。
 ・・・失敗だぜおい。

 何せ、残ったのは俺(女性モード)とレディズだ。
 先程から周囲の好奇の視線やら聞こえる密談で居心地悪そうにしてたしな。
 関係ないけどレディズってなんか暴走族のレディースに似てるよね。語源同じだし。



 そこに、大きく手を叩く音が食堂に響き渡る。
 なんじゃらほい? とそっちを見たら・・・いた。

 あぁ・・・なるほど。
 これは圧倒的だ。
 何が、と言われれば存在感だ、とかオーラだ、としか言えない。
 前に見た時は、対身内用の顔だったからなぁ。
 しかも、俺はオブジェだったから気付かれていまい。
 職場では、やはり違う。



「いつまで食事をしているつもりだ! 食事は迅速に、かつ効果的に取れ! 遅刻するような事があれば、ここのグラウンドを十周させるからな!!」

 これが漫画なら集中線引かれた上でドォォォン!! とか文字書かれてるだろうなあ、な感じ。
 腕を組み、足は肩幅に開いて仁王立ち。
 まさしく威風堂々の四文字がふさわしい、織斑千冬・・・お姉さん。上下ブラックジャージ仕様。
 別名、人類史上最強。
 威圧感に、何故か彼女の方の肌、その圧力センサーが誤認データ送ってくるんですが。

 ちなみに、ここのグラウンドは一周五キロ。
 あれはグラウンドって言うより敷地って感じだよな。
 俺が本気で走ればアッと言う間だが、シャレ抜きで人外の速度が出るので却下。
 人間速度に合わせるのは、F1で歩行者に速度を合わせて走るようなものであり、非常に苦痛を伴う・・・拷問だな。

 お兄さんが見て取れるように食事をかっ込み出した。
 すっごい素直です。調教とも言うかもしれない。
 さて、自分の食事は終わりだ。

 簪さんとのほほんさんが食べ終わるまで待つとしよう。




 

 所変わって本日一時限目。

「はーい皆、授業始めますよー? 浮かれても昨日の誰かみたいに天井に頭ぶつけたりしないようにー」
 榊原先生、いきなり毒吐きますね。

 それからの授業。
 全部分かってしまうが故に真面目に勉強し直している。
 何でかって?
 いや、俺の頭は悪いよ?

 ISてなもんは歴史が浅い。そりゃ当然だ。
 しかし世界に与えた影響はでかすぎる。ありとあらゆる意味で突然変異の異邦因子だ。
 だから、取り扱いどうしたもんだと諸国は頭を悩ませつつも、とりあえず思いついたのを法律として片っ端から詰め込んだ訳だ。
 世界的にはそれを持ち合って、あーでも無いこうでも無いと調整してアラスカ条約ってのが出たもんだが、それでも条項見るに被る所あるわ、さすがに矛盾する所は引っこ抜かれているが、それでも表記の莫大さは正直言って受験生不眠症に追いやる事は間違いない。
 だって、電話帳並みの厚さになったんだぞ、基本項目だけで。
 人間の脳は10Tバイトしか保存できないんだから余計なものは詰め込みたく無いものだよ。まったく。

 で、何故分かってしまうのか。
 ISについて、俺が何だ? と疑問に思った瞬間、勝手にBBソフトが起動して視界にその詳細を移すのだ。

 ばれたら殺されるな、このフルオートカンニングシステム。
 皆の努力を馬鹿にしてるようなものだからなー。
 俺のせいで確実に受験者一人の努力を無駄にしている訳だしね。
 でも受験日前日に命令するのは鬼畜の所行だと思う。なぁ、親父ぃ。
 最終目標はテスト時でも表示されない程に知識を身につける事だ。



 カリカリと、静かに授業が進む。
―――現在の総IS数は467機その中枢たるコアは全て、篠ノ之博士が作成したものであり、しかし以上の制作を彼女は拒絶しています。コアのシステムは完全にブラックボックスであり、その製造技術や、それに関する情報は一切開示されていません。そのため各国、機関、そして企業は振り分けられたコアで―――云々。

 ・・・実は467個どころじゃないんだよなー・・・。
 しかし、コアの製造技術を公表しても意味がねえんだよな。
 まず、ISのコアの概念が理解できねえ。そもそも作る設備が作れない。
 それそのものが既にブラックボックス。
 俺、親父に運ばれている最中垣間見た事があるけど、どうやって出来ているのか正直理解できませんでした。

 次に。ISのコアを作る設備を作る機械類が作れない。
 さらに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料、その加工も取得も出来ない。
 あれ、どんな物質で出来てるか。
 スキャンしても分からない。
 いや、親父製のスキャンだからちゃんと結果は出てくるんだよ?
 その、スキャン結果が何なのか俺にはさっぱりなんだよ・・・。

 止めに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料を・・・のループが既に途方もない事になっている・・・。

 現行技術とのかけ離れっぷりがもうとんでもない事になってまあ・・・凄い事に。
 タキオンとかブラディオンとかが普通に交わされる天才二人の会話に俺は現実逃避しか出来ませんですよもう。

 次に、国家代表について。
 ISは、戦争での使用を禁止されている。
 もはや核兵器と同等だからな。
 抑止力としての活用法が大きくなっていったのだ。

 しかし、ISと大量破壊兵器には大きな差異がある。
 それは、競技用としてクリーンなイメージで民衆に定着している事だ。

 これは狙ってやったのか偶然なのか、ISが女性にしか使用できない所から生まれた所がある。
 ISはシールド防御機構を有しているが故に、無骨な物理装甲を必須としない。
 また、研究などに用いられる為に少ないISから、表舞台へ出て来るISの数がさらに限られる。

 国家の動向を左右する『兵器』を国民に好意的に受け入れさせるには?
 美しく、強い女性をさらに映えさせるようにISの装甲や見た目、形状を収斂させていけばいい。
 申し合わせていないにも関わらず、一斉にその方針を取った国家郡には失笑ものだが、それは成功した。
 所謂、ISパイロットの偶像化だ。
 一番最初のISが全身装甲だったのは、初期型故のエネルギーシールドへの信用度もあるのだろうが、シールドがあるからと言って物理防御が全く無くて良い訳ではないからだ。
 それをわざわざ生身を晒すのだ。それは『見てもらう』以外に理由は無い。

 そして『強い女性』に皆の憧憬は集まる。
 ちらりと聞いた一組での千冬お姉さんへの反応を見ればよく分かると言うものだ。

 そして、憧れた女子達は数の限られたISを駆る権利を得るため、自らを研鑽する。
 夢は厳しいもの程、到達者は洗練される。
 狭き門は、登り詰める少女達をさらに、さらにたくましく育てていく。

 ・・・そりゃ、一般人に置いても洗練されていくのが女性過多、男性過疎になるもの仕方が無い。
 全てがそうとは言わないけどね。
 ISがたった467個しか無いのにそれに乗れるから、というだけで女性優勢の社会になる訳ではない。
 女性が平均的に自らを研鑽し、男性はそのままだったから置いていかれた。
 優秀な男性はそりゃたくさん居るさ、しかし全体的にはその期待値が変わってしまう。
 自らを高めているうちに、ふ抜けた男が多い事に、失望したのだろう。
 それがきっかけ。
 後は空気が、後々生まれて来る男女にも伝播していく。
 裏で政治家とかが何かしてない訳も無いが、それだけじゃ社会は変わらないものなのだ。



 ISを駆り、空を舞う国家代表。
 その憧れへの目標まで後一歩の者達。
 それが代表候補生だ。

「皆知ってると思うけど、更識さんも代表候補生。日本の未来を背負って立つかもしれないのよね」
「おー」
「そう聞くとすごいよね」
 え? 皆知ってるの?
 
「ギャックサッツさんが天井に突き刺さった後にクラス中に知れ渡ったのよ」
 隣の人が教えてくれました。
 なお、彼女の名前知りません。
 あと、俺は相変わらず天井の人か。

 なんでも、自己紹介中にうっかり榊原先生が漏らしてしまったそうなのだ。
 おいおい、個人情報の保護ちゃんとしてくれ教員。
 そうなると当然。
 俺は年間イベント表を取り出すと隣の子に聞いてみた。

「ってえことは、クラス代表は簪さん?」
「そうそう、満場一致で」
「そりゃあ、そうなるねえ。って事は今月末のクラス代表戦は簪さんかあ」
「あれ? ギャックサッツさん、更識さんの事名前で呼んでるの?」
「ルームメイトでして」
「はあー。なるほど」
 等と会話していたら、イベント表の裏から一枚のパンフレットがするーっ、と抜け出した。
 あ、入校式のとき貰った学園のパンフレットだ。挟まってたようだな。
 学『園』なのに入『校』とはこれいかに?

「おお、懐かしいもの持ってるねえ。どれどれ、あ、生徒会長が載ってる・・・え?」
「どうしました?」
「これ、生徒会長。前見た時は何とも思わなかったけど」
「どれどれ」

 そこには、IS学園の学園長、第一回モンド・グロッソ優勝の千冬お姉さん、そして生徒会長の顔写真が載っている。
 で、その生徒会長・・・『更識盾無』・・・さらしき?

 おー・・・。
 なんと言うのだろう。
 簪さんから眼鏡をキャストオフしてパッチ当てたみたいな見た目。
 ぶっちゃけそっくり。

「おぉー」
 あ、思ったのがそのまま口に出た。
「はい、そこの二人」

「はい?」
「げ」
 じっくりパンフ見てたら榊原先生に発見された。

「先生の授業中になーに世間話なんてしちゃってるかなー、先生つまんないかなー? そう、つまらないから男が・・・世界はもう女尊男卑なんだし男なんていっそ―――」
「先生が授業中に暗黒面に落ちかけてるッ!」
「ギャックサッツさんは私を差し置いて男なんかに靡かないわよねぇ・・・」
 にじり寄って来た。

「ぎゃあああ―――ッ! なんかさらに黒化したあああっ!! 大丈夫ですそれだけは誓いますっ! 大魔王様に誓って誓いますっ!」
 やば、なんかか前髪が心無しか伸びたような気がして顔の上半分が隠れているっ! 覗いてる目がとってもホラーチックだよ・・・。
 うん、誓いに関しちゃ大丈夫だ、それは余裕で誓える。俺男だし。そりゃ無いし。

「ギャックサッツさん、早まっちゃだめええええ! この年で行き遅れ確定になるのはっ!」
「それより誓ってるのが大魔王なのは何で!?」
「い、行き遅・・・ッ■■■――――――ッ!!!」
「榊原先生が狂化したあああああああっ!!」
「押さえて、皆押さえてええぇぇぇ!?」
 ・・・なんだろうね、この阿鼻叫喚。






―――十分後
「はぁ、はぁ、内のクラスに青森出身の子がいて助かったわ」
「よりよってイタコ? さらに喚んでちゃ激化するわっ!?」
「でも収まったわね」

「・・・うわー」
 昨日の皆の自己紹介聞いときゃ良かった。イタコなんてマジ聞きたかったよ。
 生首対イタコ。うーん、昭和の映画か。
 ・・・すっげえ見たい。
 ちなみに俺、昭和と平成初期の怪獣映画は大好きです。
 『目』が出来て、初めて見た映画だしね。



「―――で、二人は何の話していたの?」
 榊原先生、何事も無かったように復帰したよ!?

「いえ、授業ともあながちずれた事は言ってないですよ?」
 隣の子はパンフレットを差し出す。

「ほら、ここのパンフレット。生徒会長って更識さんのお姉さんでしょ?」
「――――――っ!!」
 え?
 簪さんが思わず息を飲むのを聴覚センサーが捉えてしまった。
 まさに朝、俺が飛び回ったときのように。
 それは悲鳴にも聞こえ。

「すごーいっ、姉妹揃って専用機持ちなの! こりゃクラス代表戦は貰ったも同然ね」
「ねえ、ねえ、やっぱりお姉さんと同じで強いんだよね! 今度ISの操縦教えて!」
「どんなISなの? 今度見せてね!」

「・・・出来てない」
「え? 今なんて言ったの? 更識さん」
「専用機、出来てないの! だから、代表戦は・・・打鉄でしか・・・ッ」
「えー、そうなのー?」
「なんだー、がっかりしたー」
「やっぱお姉さんが生徒会長でもそう言うのは無いかー」
「・・・・・・ッ!」

 あーあー、そう言う言い方は・・・悪気は無いんだろうけどなあ・・・。
 簪さん、俯いちゃってて泣きそうになってるよ。

「まぁまぁ、そりゃつまり皆でクラスの顔たるISを作って行けるって事だから良いではないかね」
「・・・え?」

 朝いろいろ助けられたのでお返しです。
 ・・・それに。
 ルームメイトの精神安定も出来ず、千冬お姉さんの手伝いなんて出来ませんからねえ。

「でも、ISの組立てなんて私達じゃ出来ないわよ?」
「まあまあ、そこに先生もいるじゃないか」
「丸投げしたわね、ギャックサッツさん」
「あはははは・・・・・・」
「そもそも授業中に私語したのは確かなんだしね。これが織斑先生なら出席簿が脳天に炸裂するわよ」
 ・・・それ、死人が出来るんじゃなかろうか。
 あの人、片手で生物兵器ぶん投げるし。
 榊原先生はぱんぱん、と手を打って。
「はいはい、授業に戻るわよ。あとギャックサッツさんに深山さんは罰として、二人で今週一週間、4組が担当する所の掃除ねー」
「「地味に刑が重い!!」」
 あと、隣の人は深山さんというのか。今更だが覚えとこう。





 放課後になる。
 掃除は終わった。なんで六カ所もあるんだよ・・・。
 まあ、深山さんと分けたけどさ。
 屋上で一人、俺は今日一日得た情報を纏めてみる事にした。

 とりあえず箇条書きで。

・ルームメイトは更識(授業前に聞いた)簪さん。

・布仏さんは更識家の使用人の家系であり、簪さんお付きの使用人である。

・少なくとも俺のボディが人工体である事がばれている。

・この後、ある程度の情報提供。出来れば協力関係に持っていきたい。

・篠ノ之博士の妹さん事、箒さんが一夏お兄さんと同じクラス。恐らく要人は最強である千冬お姉さんの掌握下に置いている・・・しっかし、別クラスなので俺の存在理由が希薄に。

・素人目に見ても箒さんはお兄さんに好意を抱いている。二歳でも分かるってどんだけ?

・朝食い過ぎた。なんか腹重い。変だなあ、超高速消化の筈なのに。

・簪さんは日本の代表候補生だそうだ。

・姉は生徒会長、確かロシア代表。BBソフトで要調査。

・榊原先生に男の話はタブー。

・隣の人の名は深山鍾馗(みやましょうき)さん。緑色とか茶色とかが似合いそうな名前だ。



 こんな所か。
 さて、部屋に戻るとしよう。
 何処から切り出すかね? 



「へい姉ちゃん! ただいまだぜ!」
「・・・なに、そのテンション」
「・・・・・・すぴー・・・」
「お? のほほんさんも来てるの? でも寝てるし」

「じゃあ、約束通り・・・」
「早速話すかい?」
「お茶ぐらいは用意する」
「んじゃ、僕は盗聴に対応するよ」
 センサーを部屋全域に拡散。



「・・・・・・はぁ」
「うわーい・・・」
 スキャンかけてみたら、出るわ出るわ。
 昨日は無かったし、今朝も一応部屋を出る前にかけた。
 起きた後は精神的余裕が無かったからなあ。
 万一盗聴されていたら逆探しなければならなかったしな。
 ん? 当然口封じの為ですよ。

「仕掛けられたのは、授業中ってことかなー」
「・・・どうするの?」
「食う」
「・・・・・・それ、向こうが聞き取ったらどうなるんだろう・・・」
 しゅるん。ベギボギバギボギっ!!
 瞬時に咀嚼器によって粉砕され、自己修復用素材の方へ量子化、貯蓄しておく。

「さらに、と」
 壁にぺとぺとダーツの矢のようなオブジェを突き立てる。
「それは?」
「情報隠蔽の何かとしか。親父の発明ってよく分からんのよ。使い方分かれば良いけど、仕組み考えてたら日が暮れる。兎に角、隣で耳をそばだてても、集音装置使っても何も聞き取れなくなるし、ISのハイパーセンサーだろうが見通せなくなる。これで、何をしても僕の秘密が漏れる事はない訳だ」
「・・・ッ、何をする気」
「―――え? 話じゃないの?」
「・・・・・・え?」

 何やら互いの認識に齟齬が生じているようです。

「・・・よかった・・・何をされるのかって・・・」
「いや、そりゃ言いふらされるならこっちも考えますよ? でもルームメイトをどうこうすると、今後の学園生活に後を引く事になりますからねえ」
 簪さんそのものをしゅるんっ。ごっくんなんて後味が悪過ぎる。

「・・・それは安心して、私も本音も言いふらしたりはしない」
「―――ま、言いふらしてもそもそも信じられるかは別問題ですがねえ。ところでさっきの盗聴器ってそちらの方を狙ってのものなのかな?」
「多分、私の姉」
「会長さんですか・・・」

―――は?

「犯人が姉え!?」

 うーん、会長像がいまいち分からんくなって来た。
 監視? 姉馬鹿? どっちですかね。
 仲が悪いのか。それとも、溺愛過剰なのか。それすら分からんのに判断は出来ないもんで。

「・・・・・・」
 どうも、これ以上彼女が口を開く事はなさそうだ。のほほんさんに聞いてみるしかないが、案外こういう事に対してはしっかりして居るので、望みは薄いなあ。

 とりあえず部屋をロック。これでノック無しに侵入者―――は無くなるだろう。
 <偽りの仮面>を解除、俺は自分のベッドに腰掛けた。

「―――さて、何から話す?」






「私なりに、あれを調べてみた・・・・・・今朝見た、あなたの体も鑑みてみると―――」
 まずは私の推測を聞いて欲しい。
 簪さんはそう言った。
 そこで簪さんは一旦区切る。

「ソウカさんの体はIS。信じられないけど、そうとしか説明できない」

「どうして、そう思ったんだ?」
 楽しみながら彼女の推測を聞く俺。

「あなたの体には、大きな関節ごとにPICが内蔵されていた。その―――あり得ないぐらいサイズが小型化されていたけど、間違いない。他にもエネルギーラインや量子コンピューター、装備の量子変換還元装置・・・挙げればきりが無い。あなたの体は、ISが備えているもの、それを全て持ち合わせている。それは、逆にいえば、ISでなければ搭載出来ない、いや、搭載した所でバラストぐらいにしか役立たないものを持っていたから」

 ・・・・・・おぉ。
 流石、としか言いようが無い。
 ・・・まさか、俺のパーツを学生の身分でISの物だと見抜けるとは。

 Dr.ゲボックの脳には、妥協や常識と言った二文字は無い。
 何故なら製造中であっても彼の技術は向上し続けるからだ。

 現在ならば、一抱え程のサイズのシステムを用意にチップにしてしまう。真空管演算機とLSI程の格差がある。
 それを、見抜けるとは。
 技術に対する見識に於いて彼女はそれなりの自信があるのだろう。
 今の言動、一切途切れることが無かった。
 出会ったばかりの俺が分かるのだ。
 普段の喋りを良く見ている者なら、尚更その差は顕著に映ると思う。
 それに、敬意を評する。
 これだけの人なら、協力してもらえたら嬉しいし。

「其処までバレてるならしゃーねえか、その通り、俺の体はISそのものだ」
「でも、あり得ない! あんな・・・あんなのって・・・!!」

 それまでこ冷静さをいきなり振り払い、簪さんは大声を張り上げた。

「言いたいのは技術レベルが違い過ぎるって事? それとも―――」
 言って、自分の頭をコンコン、と突つく。
「俺と言う―――『人間』への取り扱いについてかい?」
「両方・・・!! 人間を、脳を直接ISに組み込むなんて―――っ」
 優しい、子だね。

「ふう、ちょっとだけ誤解があるみたいだから言っておくよ」
 だから、ちったぁ安心させてあげねえと。

「常時稼動式全身義肢型IS・可変機能搭載仕様、開発コード未胎児胚『エンブリオ』それが、この機体の名称だ。そう、義肢なんだ。俺はね、この体になる前は、もう脳髄これしか無かったんだよ」
「え・・・」
「俺の自己紹介、覚えてるよね」
「・・・・・・うん」
「俺には、何も無かったんだよ、普通の人なら持っているモノ全てがね・・・今の俺はね、何でもできるんだ、簪さんと会話する事も、一緒に食事を摂る事も。日々が感動で満ちていて堪らない―――そうだ、今度は一緒にいただきますをしよう、きっとそれは、素晴らしい事なんだから」
「・・・うん、分かった。良いよ、そうしよう」
 やっぱり優しい人である。

 彼女の眦には輝くものが―――
 あ、やっば。
 俺の境遇知って泣いた人なんて今まで一人も居なかったからなぁ・・・。
 泣くなんて考えてなかったわ・・・はっはっは、このマッド共めぇ。

「でだ、俺の機体スペック、実はISという兵器としてはそんなに優れてなかったりする」
「嘘!?」
「いや、本当なんだよな。せいぜい第二世代の量産機程度。ガチでやりあって打鉄と互角ってレベルかねぇ」

「でも・・・そのサイズでそれだけのスペックが出せるなんて」
「いや、まぁそうなんだけどな? そもそも常時稼働ってのがコンセプトだからエネルギー効率に性能を振り切ってるんだよ。そのため、『エンブリオ』には、ある意味俺の専用機であるにも関わらず、待機状態ってものが無い。なった所で脳クラゲが強化プラスチックの中に入ったまま路面を転がる事来なっちまうしな」
「笑えないよ」
「あぁ、とてもじゃねえが笑えねえな」
 と、言いつつ俺は笑っていた。

 なんとかおかしくなった空気を戻したとおもったら。

「ね~ね~、どうしてそっくんはおりむ~そっくりなの?」

 その様子をじっくり観察されていた。

「・・・・・・本音?」
「・・・・・・のほほんさん? 起きてたの?」
「えっとね。途中からだよ? ぐっすりねむねむだったけど、声が聞こえて目がパッチリに~」
「えーと、どのぐらいから?」
「ん~とね、え~とね、『さて、何から話す?』ってとこからー」
「―――ってェ! 殆ど最初からだァああああぁぁッ!?」
 ◯金体験の時から思ってたけど、のほほんさんは底知れない。



 うっわー。それにしても恥ずかしい。話すと思った相手以外に言葉が届いてるのはものすごく恥ずかしい。
 具体的には、道を歩いていて、考えた必殺技名をボソッと呟いた時にすぐ隣を人が歩いていた事に気づいた時ぐらい恥ずかしぃ!!

「ね~ね~、なんで?」
「うん、まぁ、特に深い意味は無えぞ? 親父―――あぁ、俺の体作った人な、とさ、織斑先生って小学校上がる前からの幼馴染なんだよ、で、俺の体作る時に、織斑先生が忘れてった三年前の彼の写真をモデルに俺を作ったわけ。だから似てるのは当然って奴だよ」

 一つだけ嘘を吐いた。
 俺が、お兄さんのクローンであるから、という事が少なからず掛かっているという事を。
 親父は話していないが、全く関係ないという事はあるまい。

 そうで無ければ、わざわざ<偽りの仮面>を搭載なんてあの親父がするわけが無い。

 あぁ見えて、本当に余計な事はしない親父殿である。
 ・・・・・・。
 しない、よな。

 なんか、やっぱり信用出来なくなってきた。
 自分の言葉がこんなに信じられなくなったのは久しぶりだ。



「ふ~ん、じゃあ、もう一つ!」
「なんですかい、のほほんさん」
「そっくんは女の子? それとも男の子?」
「・・・本音、ISは」
「でも、おりむ~がいるよ」
「あっ―――」
「のほほんさん鋭いね。今日、お兄さんにも言っていただろう、と言うかのほほんさん、俺の事君付けだから、初めからばれてるかと思ったよ、そう。俺の脳は男だ・・・本日二度目だな。いっその事決めゼリフにしようかね・・・で、分かってたの?」
「にひひ~、どうでしょう」

 む、むむむぅ―――。
 侮れん・・・。

「ん? かんちゃんどうしたの?」
「私、服脱がされた・・・」
「そのまま寝かせたら制服にシワつくよね」
「そっくんてえっちだ~」
「うええ!?」
 なんで!?

「そもそも・・・男女七歳にして席同じゅうせず・・・っ」
「その点は安心してくれ、俺ニ歳」
「にーさーいー?」
「・・・・・・え? えええええええええええええええ???」



「でもー? そっくん私のパンツじーっと見てたよ?」
「ぶっふぅッ!!」
 当たり前だけどばれてたあ!

「本音だけ・・・」
「え? 簪さん、えぇ?」

「やっぱり、私って魅力無いのかなあ・・・胸だって本音より・・・」
「ちょー、ちょー、ストップ! ストォォォオオオオップ! 榊原先生みたいになってるぅ!」
「かんちゃん泣かしたー、お嬢様ぁ、ろうぜきものをせいばいせいばい~」

「ぬぉぉおっ―――のほほんさんスパナ持ち出さないでー!!」



 がごすっ!



「痛っっってえええぇぇぇ・・・」
「そっくんと言い、おりむ~と言い、男の子はデリカシーがなさすぎるよ? それにそっくんはムッツリだし~」
「ぐはぁ!」

 そげな事言わないで下さい。

「・・・・・・てくれたら許す」
「え? 簪さん、なんて言ったの?」
「・・・させてくれたら・・・許す」
「へ?」
 小さすぎてハイパーセンサーでも聞き取れんのですが。
「組み立てさせてくれたら許すって・・・言ったの!」
 それで手打ちって・・・。
 俺の目に狂いは無かった―――親父と同じ研究者タイプだ・・・。



「・・・本気?」
「・・・うん」
 聞くまでも無かった。目がマジです。
 ものすっごく怖いんですが。

「俺の場合、背と腹は代えられるけど、仕方が無い、それでお願いします」
「うん!」
 ああ、なんて満面の笑顔・・・。
 ぎゃあああああっ、工具持ってにじりよらないでええええっ!
 観念したのは、それからたったの三分後だったという・・・。



 お腹を開けて。
 さあ、朝入れられなかった各種パーツを・・・。

 ごろん。
 擬音を付けるならそんな感じで。
 小麦色の塊が腹の中から出て来た。

「・・・なんだこれ」
 今までパーツが収まってた所に代わりに詰め込まれてたんだが。
 なんか、腹が重かったのって、これのせいだったのか?

「・・・固い」
 工具で簪さんが小突くと、金属音。
 いや、本当、何これ。

「んー、くんくん~、良い匂い」
「マジで!?」
 のほほんさんが匂いを嗅ぎ出した。

「ちょいスキャン掛けて見るわ」
 ・
 ・・
 ・・・。

「―――待てコラ」
 出て来たスキャン結果に思わず柄が悪くなる。

「・・・どうしたの?」
 俺はおもむろに、これから簪さんが取り付ける予定のパーツを一つ、持ち上げて。

「この、まだ俺に取り付けられてないこれね」
「う・・・うん・・・」
 俺の妙な迫力に工具だけは手から離さず息を呑む簪さん。

「―――消化機(誤字じゃ無い)なんだよね・・・」
「・・・・・・え?」
「気付かなかった俺も相当だが・・・つまり、これ、俺が今日食ったものの超圧縮体」
 食ったもの全てが消化されずに腹に押し込められ、そのうち、その圧力でできた物体Xだ。
「おおおお~、凄い~」

 俺の体って・・・。
 よく壊れなかったなぁ。
「ペレットみたい・・・」
 ペレット―――鳥類などが消化出来ないものを固めて吐き出したもの―――

「全く栄養になってないけどね」
「うん・・・」
「パンの香りが美味しそう~」

 カチン。

「うぅぅぅう~硬いぃ~っ!」
「躊躇無しで食べにいったしッ!」
「・・・齧ったら駄目っ!?」
「そうだぞ? 一応俺の腹に入ってたんだしな。いや、でもなんでこんなに硬いんだよ」
 努力マ◯の豆腐製鉄下駄か。

「なんでだろうね・・・」
「でも良い匂い~」
「芳香剤として使うにも腹減るしなあ」
「なんか・・・サスペンスで凶器に使われそう・・・」

 その晩、妙な空気で俺を組み立てて行く俺たちだったという。






 それから三日ぐらいしたある日。



「ロケットアームゥッ!!」
「ロケットパンチじゃねえのか!?」
「だってこれは肩から外れた腕そのものだからね、パンチは肘から先、手首迄の何処かを切除、射出したものだと言うのが僕のポリシーなんだよ!」
「本体が無いのにパンチのポリシーもなんも無いだろ」
「あー、まあねえ」
 実は僕が本体です、とは言えない。
 偽装用ナノマシンで両腕を生やしている様に見せている俺としては。
 空っぽの筒みたいな腕ですが。

 茶が掛かったISが空を駆ける。
 頭上から振り下ろされた『腕』そのものを紙一重で交わし、茶色の機体は剣を振るう。
 振り向きざまに『腕』は切り払われるか? という刹那。
 もう一本の腕が回り込み、指先から放たれた熱線が降り注ぐ。

 それを肩部のシールドとブレードで受けながら、射軸から脱出する。

「やるね!」
「ソウカこそ、無人機の遠隔操作が上手いな! なんで腕型なのか知らんけどなっ!」
「そこはあえてツッコまないでくれ・・・」


 俺とお兄さんはアリーナでバトっていた。


 正しくは、『俺の首から下を可変させ、ISとしたものを装備』したお兄さんに、『PICで戦闘機の様に用いている両腕』で模擬戦、というかなり自己完結なバトルだった。

 良いんですよ、胴体の方の操作は一応お兄さんがやってますから。



 どうしてまた、こんな事になったのか。
 説明するには、三十分前の出来事を話す必要がある。



「う、うぐぐぐ・・・」
 なんだありゃ。
 廊下でうねっている芋虫を発見した。

「あ、そこでくたばってるのはもしかしてお兄さんかね?」
 見覚えがあるので声をかけてみるとドンピシャだった。
 まー、お兄さん以外は用務員さんしか男性を確認して無いから確実なんだけどね。

「そ、ソウカか・・・応える余裕があんまり無いんでな・・・勘弁してぐぉ!?」
 側にしゃがみ込んでツンツン突つくとその度に蠢く。
 ・・・うわ、何これ面白い。

「うぐぉ!? 止めろって、そこ痣になってて・・・待て、そこは筋肉つぅううおッ!?」

 おぉ、面白い。
 なんでもここ数日、鍛え直してくれると豪語した箒さんにしこたましごかれているようです。

 その苛烈さはお兄さんをみれば一目瞭然。
 流石は全国制覇の剣道家少女。
 なんで知ってるかって?
 キャラクター情報の更新で載ってた。
 やたらと私情がこもってたなあ。
 可愛い可愛いの連呼でした。
―――なお、この項目は特別に謎の天才美女T.Sさんによって編集されています・・・。
 ・・・・・・・・・頼むから、誰もツッコまないでくれ。

 箒さん、役に立てると思って張り切ってんだろうなあ、と思ったら何やら違うようで。

 かつて同門であったお兄さんの腕を見たら、あまりの弱体化に色々奮起してしまったようだ。

「◯空にリベンジする為にやって来たベジ◯タが、ヤムチ◯並みに弱体化したそれを見た時のようなショックだったんだよ」
「絶対なんか違うよな、その絶望感は救いがなさ過ぎるし!?」

「そもそも、どうしてそんな事になったのさ」
「いや、実はな―――」

 喧々諤々うんたらかんたら・・・。

「・・・お兄さん、あんた阿呆だろ、僕でさえもっと後先考えた方がいいと思うぞ」
 なんでも、クラス代表の選出のとき、あまりに男やら日本やらを侮蔑した英国代表候補生、オルコットさんに思わず喧嘩を売ってしまったとか。

「は、そこで引いたら男じゃ無えだろ」
「まぁねぇ。先の言葉に反するようだけどさ、僕は同意するよ。素直に言わせてもらおう、格好良いじゃねえか」
「止めろよ、なんかこっ恥ずかしい」
 そうかね? 今時そんな男気溢れる奴はそうそう居ないと思うがね。

「でもキッツいぞ? オリンピックの出場を選考されてる人にスポーツで勝負するようなもんだし」
「それで箒に教えてもらえるよう頼んだんだが・・・」

「その結果が、まずは生身の戦闘能力を見ようとして、ベジー・・・」
「そのネタはもう良い」
 えー、せっかく面白いと思ったのに。
 二番煎じは駄目か。案外お笑いには煩いのだろうか。

「オッケー。ま、これでも飲みなよ」
 気を取り直して量子から還元した栄養剤を渡す。
 ISって本当便利だねえ。

「お、どうもな―――な、なんだこれ? みるみる疲れが取れて・・・体も前より軽い!? なんか変なモノ入ってないよな? 怖っ!! 全部飲んじまった!?」
「さあ? ゲボック印の発明品だからね、百人中七人ぐらい寿命が二時間程縮むかもしれない」
「実証しにくいなそれ・・・」
「それで全快したお兄さんや」
「どうした?」
「IS―――乗ってみるかい?」







「じゃじゃーん! これが日本のマイナー機、第二世代IS、通称『茶釜』だ!」

 お兄さんの前に鎮座して居るのは全体的に茶掛かった、地味目なカラーのISだった。
 全体的には、IS学園でも練習機として多く活躍して居る『打鉄』に似ているが、それより装甲がかなり少ない。

 鉄骨で体を覆って居るという感じで、ISに付けられた強化外骨格という名称で呼ぶのにより相応しい見た目だったりする。
 対し、膝から下や肩部のシールド状非固定浮遊部位(アンロックユニット)は丸みを帯びて膨らんでおり、なんつうか―――全体的な印象が埴輪とか土偶とかそんな感じ。

「うわ、本当に出て来たっ! ・・・ん? でも日本の量産機って『打鉄』じゃ無かったか?」
「だから初めに言っただろう? マイナーだってな!」
 嘘です。

「へー、ソウカって詳しいんだな。でも良いのか? アリーナとか訓練機とか勝手に使って」
「フッ・・・そこは蛇の道は蛇に聞けってなぁ」
 俺らの部屋にも使った謎の情報隠蔽装置である。
 認識阻害効果もあり、人の接近リスクも激減する。


「今までにない邪悪な表情してるじゃねえかっ! 全然安心出来んわ!?」
「ケッケッケ、大船に乗ったつもりで安心するんだなあ」
「・・・その船、乗員が一人残らず海賊だとかそういう奴なんだろ! 絶対そうだろ!」

 とかワイワイ騒ぐ俺ら。
 栄養剤が効きすぎたんかねえ。

 ハイテンションのまま偽名IS、『茶釜』を装備するお兄さん。
 名前については、咄嗟にこれなんて言うんだ? と聞かれたので、あー、色が茶色っぽいから、茶ー、茶ー、えと、じゃあ茶釜でって命名されたのである。

―――はっはっは。俺の首から下がね

 でも本当にネーミングセンスの無い俺。
 茶釜だなんて、聞いても『分福茶釜』ぐらいしか思いつかねぇ。

 お兄さんが『茶釜』をじっと見て居る。
「お兄さん? どうしたのさ」
「いや、なんか、茶釜、茶釜、うん。分福茶釜か―――って思・・・どうした?」
「お兄さんとは仲良くなれそうな気がするよ」
「泣いてる!?」
 哀、涙です。センス的に。



 さて、『茶釜』の事を説明しよう。
 俺の首から下のフレームから<偽りの仮面>のスキン用ナノマシンを引っぺがしたもの。
 乱暴に言ってしまえばそれだけの代物である。

 残った骨格に、予備として量子化していた『打鉄』のパーツをおざなりに取り付けて即席IS『茶釜』のでき上がり。

 ちなみに俺は首だけになってPICで浮遊。首からは骨格フレームを包んでいたナノマシンでがらんどうの肉体を作って吊り下げることでショッキングな光景を晒さずにいる。

「やっぱり、凄いもんだよな」
 今、お兄さんは周囲全てを睥睨できる視点を得ているはずだ。

 そこから得られる万能感、優越感は並のモノではない。
 そして今現在、この感覚を得ている男子は世界中探したとしても、アリーナにいる二人だけなのだ。
 なんとも贅沢な話である。



「んじゃー、実戦訓練いきますよー」
「え?」
「実戦はどんなものより優れた訓練になるって言うらしいからね」
「おい・・・どういう・・・」

 キーン、と風切り音。

「死ねやあああああぁぁぁ! フライング・ラリアットォオオオオオオ!!」
「どぉうわああああああっ!!」

 死角から突如飛来する『腕』。お兄さんの首を刈り獲ろうと飛来する。
 肘をやや曲げているのでブーメランっぽい。
 お兄さんは悲鳴こそあげるが、知覚から反射的な回避への移行が流石に早い。

「腕の形をした無人機?」
 飛んで来た俺の腕を見て単体であるがゆえの珍妙さに、首を傾げるお兄さんは正直ギャグっぽいが、その実やってる事は舐められない。
 ブリュンヒルデの弟は伊達じゃ無いと言う事か。才能は流石の折り紙付きだ。
 ・・・別に自画自賛は含まれてないのであしからず。



「ちぃっ―――流石だな!!」
「舌打ちした!?」
「だが甘い!!」
 腕は一本じゃ無いのだ!!

 お兄さんの頭上に配置した逆の腕。
 親指人差し指中指を摘まむ様に固めてお兄さんに向け、エネルギーを収束。

 ズバリ指からブラスター!
 現在名前募集中だ!!

「ビーム!? 危ねえなっ! お前本気でやってるだろ!」
「ふははははっ! 騙される方が悪いのだ!」
「なんだとっ、クソ、武器もねえのに」
「あ、それなら検索かければ出るよ? 今は織斑先生と同じでブレードぐらいしか無いけど」
「あ、本当だ。ありがとな―――それだけあれば十分だ! お前の性根諸共、そのホラーちっくな腕擬きを叩き落としてやる!!」
 やや膨らんでいる脛が横に開き、何も無かったそこからベキベキと音を立ててブレードが形成されて行く。
 俺の可変フレームは必要に合わせてナノマシン配列を変換し、各種デバイスを形成するのだ。
 何でも、親父の友達が状況に応じて切り替える展開装甲を作ってるのを見たので、別アプローチ方向での試作品として作ったとか。
 データはそっちに還元されるらしい。
 これで試作品か、末恐ろしい。

 お兄さんは出来上がったブレードを引き抜き、正眼に構えた。
 一刀両断の腹づもりらしい。
 こちらも、自分の両腕を、そうそうやらせる気は無い。
 俺が遠隔操作してお兄さんを狙っているのは、お兄さんが搭乗して居るIS同様、偽装用ナノマシンを引き剥がした俺の腕である。
 内蔵されて居るハイパーセンサーをリンクさせ、遠隔操作しているのだ。
 正直、たった二本なのに思考が一杯一杯だ。俺本体はほとんど動いて居ない。
 まあ、一風変わった訓練機を遠隔操作していると言っているので、武装もしてない俺が狙われる事は無いが。
 ちなみに、お兄さんが両腕に装備しているのはそのまんま、『打鉄』のものだったりするので、茶色じゃ無かったりする。
 同性の俺からみても格好いい。
 うむ、箒さんみたいな美人にモテる男は何着ても映えるという証明だ。



「いえいえ、どういたしまして―――モドキじゃなくてちゃんと『腕』だっての! やれるものならやって見ろ! ・・・ん? なんか会話の流れおかしくない?」
「・・・そういえば・・・」
 二人して何かがおかしいのがわかるのだが、何がおかしいのか分からない。

「・・・ま、良いか」
「あぁ、考えてもしょうがないしな」

 よし。

「「行くぞ、覚悟しろォォォアアアアアァァァァァ!!」」



―――と言う経緯があったからである



 それから一時間後。

「ちょっと・・・はしゃぎ過ぎたな・・・」
「そう言えば、箒との練習の後だったしな・・・」

 アリーナでぶっ倒れている俺等二人。
 『茶釜』(笑)は、首から下に戻っている。
 幸い、お兄さんは疲れきっていたので、女だけに力仕事はさせられないというのを振り払って、『茶釜』を担いで逃げる様に持ち去り、物陰で合体。

 お陰で、俺はちっこい怪力キャラとして定着―――今チビっつったの誰だゴラァ!!

「ソウカのお陰で助かったな。ISの体感もだいぶ掴めた」
「そいつは良か・・・たわ、ふぅ」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ? やっぱり片付け手伝った方が良かっただろ」
「いや、それとは別口でね」

 単なる俺の考え無しのせいである。
 俺の攻撃が『茶釜』に当たろうが、お兄さんの斬撃が腕に当たろうが、どっちも俺の体なわけで。

 どっちの攻撃が当たってもダメージを食ってるのは俺・・・あれ?

 地味に苦しい自業自得だった。
 それを除いても調整の問題なのかまだ調子が悪いし。



「んじゃ帰りましょうか」
「そうだな、部屋の箒もそろそろ心配するだろうし」
 ちょい待ち、いま聞き捨てならん事言ってなかったか?

「えぇ!? まさか箒さんと同室なんですか・・・えと、色々言われませんか? その―――男女ですし」
 二歳の俺ですら色々言われたと言うのに。

「そりゃあ、そうだけどな、木刀で刺し殺されかけたし。ま、あれだ。気心知れた幼馴染だからじゃないか?」
「・・・刺し殺すって・・・多分、お兄さんは箒さんの思春期特有の葛藤とか、覚悟とか全く気づいてないんだろうなあ」
「・・・ん? ソウカ何か言ったか?」
「いや別に」
 言うても分かるまい。

「そしたら、また明日ねお兄さん。良い夜を。見つからない様に帰るのだよ」
 通風口の柵を引き外す俺。
 ここ数日の密かな楽しみは、IS学園の通風口を踏破すべくマッピングする事である。
 このアリーナの隙を見つけたのも、この散策のお陰である。
 俺のこ・・・こ、小柄な身では十分潜り込めるんでね。
 あれ? 進めない。
 よくみれば、何とも神妙な面持ちで足を掴んでいるお兄さん」

「・・・待て、モグラかお前は」
「身体的特徴を活かした裏道活用法といって欲しいのだけど 」
「あぁ、ちい―――へぶぅ!」
「誰がチビだゴルァッ!」
 咄嗟に振り上げた踵が鼻を打ち据えたらしい。
 その間に通風口に潜り込む俺。

「いづつつ・・・、なんでわざわざそっち行くんだよ」
「結構先生が巡回してて見つかりやすいんだよね」
 その点、この経路なら見つかりにくい。
 たまに気配感じてるとしか思えない人もいるけどな。

「・・・んじゃ俺は?」
「頑張って部屋に戻るんだス○ーク」
「誰が○ネークだよ!?」
 待てコラー! というお兄さんを後に通風口の柵をクローズ、部屋まで戻る俺だった。



 ガチャンと通風口を開け。
「やっほー」
 ぬぅ、と降りてくる俺。

「・・・・・・わきゃああああァァァァァッ!」

「ただいまー、おぉ、この快感、病み付きになるかもしれん・・・あ、また盗聴器」
 天井下りよろしく天井の通風口を開いて上半身だけぶら下げる俺。
 悲鳴をあげる簪さんを見つつ、思うのだった。
 やっぱり俺の天職は、お化け屋敷のお化け役だな、と。


―――余談だが
「よう、ソウカ・・・」
 翌日、何かビキビキ全身を鳴らしているお兄さんを発見。

「あー、やっぱりあの栄養剤は後回しにする奴か」
「確信してたが、原因はアレか・・・っあのな、言いたい事はそれだけかっ・・・」
「まぁ、はしゃぎたいのは分かるけどね、と言うわけで、突ついてみよう」
「やめ、おいっ―――はぐぉッ」
「一人で呻いてもあれだと思うよ。まだやってないし。そいや」
「やめ―――うぐぉおおおっ!」



 そんなこんなで数日経ちました。
 今日、お兄さんとオルコットさんの、クラス代表をかけた試合があるその日だったりするのです。

 方や英国の代表候補生にして、実験機とは言え最新鋭の第三世代。

 対するは、世界で唯一ISを起動出来るお兄さん。
 なお、機体はお兄さんの身体反応をデータ取りするためという名目こそあるが、絶対裏で相当の手を加えられている代物。

 裏の事こそ知られてはいないが、見ないと言う道理は無い。

―――筈なのだが、簪さんは整備室に引きこもってしまった。
 未完成の『打鉄弍式』に取り掛かると言う。
 初めてそのネームを聞いた時はちょっと興奮した。
 だって、弍式って事は、つまりMark.2って事なんだぞ!

 興奮事項は置いといて、いずれ、お兄さんへの確執の理由を話して欲しいと・・・いや、秘密を持っているのはお互いか。

 サア――――――



―――さて、現実逃避はこのぐらいにしなければなりませんな

 どう言うわけか機能停止。
 今の俺は壁に寄り掛かって動けない。
 ここんところ何か調子が妙だったからなあ。
 単に調整バランスが悪いとかそういうのではなくて。

 酸素濃度、老廃物排除のための体液循環、ともに異常は無いが・・・このままここに放置されているとまずいかもな。

 ここは物資搬入のハンガーだ。
 ギリギリまでやって来なかったお兄さんのISを一目見ようとして突如機能不全。一体なにがあったのか。

 サア・・・・・・。

 さて、どうしたものか・・・。
 ISの開放回線での呼びかけはアウト。
 こんなISだらけの所で発したら誰が受信しているか分からない。

 サア――――――

 では、個人間秘匿通信?
 ・・・あ、簪さんのISにアクセスした事ねえ。
 完成してないと言っていつも見せてもらえないのですよ。

 まずいなあ・・・。

 しばらく、悩んでいたせいだろうか。

 サア―――・・・。

 それにようやく気付いたのは一体いつの事だろうか。
 ずっと前から聞こえていた、打ち寄せては引く潮騒に。
 見回せば景色も変わっている。

 白い砂浜。

 一言で言い表すと、そう言う世界だった。


 ・・・精神世界か?
 一歩も動いていないのに海岸なんかに移動するわけが無いからだ。と言うか今も体は不調で動けない。

 あはは、ははは。
 あははは、きゃは、うふふふっ。

 沢山の子供の笑い声がする。



―――そんな中、他の子供達よりはちょっと年上の少女が現れる

「・・・私は、怒ってるんだよ?」
「―――初対面でいきなり怒られてますよ俺」
 白い少女だった。
 いきなり怒られても反応のしようが無いのですが?
 俺、何かしました?

 その長い髪も、着ている衣服も、流れる血潮すら透けそうな白い肌も。

 ただ、何故かお冠の様で、その感情だけは炎の様だった。

 さあ・・・。

 潮騒の音だけが変わらず静かに響いている。

 そして俺は彼女をもう一度見る。
 彼女の周りには、沢山の異形が楽しそうに駆け回っていた。
 一見、人間の子供。
 しかし、人ではあり得ない異形を備えた子供たち。

 あははは、きゃははは、あは、うふふふ。

 笑い声は、その異形達から聞こえてくる。



 さて、俺はこれからどうしたものか。
 もしかして、動けないのはこれが所謂る心霊体験・・・。
 金縛りと言うやつだからなのかっ!
 誰かお神酒を、塩でも良いから持ってきてー!
「誰が悪霊だって?」
「心読まれてる!?」



―――妹よ、お兄ちゃんは、不思議体験、体感中です。
 お化け屋敷が天職だなんて言ってごめんなさい。
 めっちゃ怖いです。

 誰か助けてぇぇえええええええ!!!



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 な、長かった・・・。
 多分、長すぎる。
 適度な所で切ればよかったんですが・・・。

 お陰でこんなにずるずる時間がかかってしまいました。
 丸一月。

 勉強していた試験の本試験で落ちてしまい、二週間呆然としていたと言うのも・・・はい、言い訳ですすいません。

 プロットは書いているのに、プロット通りに書くとここまで増えた摩訶不思議。

 状況説明文が冗長過ぎるのでしょうか?

 プロの作家さんは本当にすごいのだなぁと感心して見たり。
 見苦しいとの意見があれば、黄金体験w辺りで切ろうかとも思っていますが。


 最後に、毎度こんな未熟作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




[27648] 原作編 第 4話  例ノ原子核・被爆ノ危険アリ。被験者オルコット嬢
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/08/01 00:08
 今回、冒頭にある意味ゲストが出てきます。
 コンセプトにそぐわないと苦情がありましたら修正しますが、あまり本編と関係はないなーと言い訳してみたり。
 
 加え、今回何度か繰り返すネタはあんなことが起きる前から考えていたのですが・・・。
 やっぱり不謹慎だと苦情が来たら修正したいと思います。

 それでは、未熟な文章ですが、興味が向いて下されば一読お願いします。



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 一夏お兄さんは、人知を超えたレベルで異性を引きつけるらしい。


 さて、そうなると他の男共はそのモテっぷりに預かりたいと思う訳で。
 親父もお兄さんのモテる原因が何なのか、知りたくてたまらないらしい。
 まあ、この人の場合、男である、なんかよりも科学者であるから、というのも大きいと思うんだけどね。

「いっくんのそのモテ因子を解析シてフユちゃんにモッテモテになるのデす! by30回目!」
 Dr.アトミックボム、我が親父ゲボック・ギャックサッツの独り言(大声)で、議題は始まった。
 特に、声をかけられてはいないが、俺も参加する事にする。



 でも30回目って、どれだけ挑んでんだよ、我が親父。



『しっかし、なんでまあ、そんなにモテるんだろうねえ』
「オォウ、ソウカくんも気にナりますか?」
 ぐるんと人形みたいにこっち向く親父。
 なんか怖え。口元がニヤついてていよいよ怖え。

『まあ、今はまだ彼女なんて興味も無いけどさ、いずれ好きな人が出来たらゲットできる確率は高い方がいいじゃないか』
「色々考えてるンデすねえ」
『そもそも、それは遺伝形質で顕われるのかね? 俺ってクローンじゃん。純粋に、俺にもあるのか興味ありです』
 なんか親父に感心されると微妙な気分になるなあ。
 まさか、この時俺は研究対象フラグに関してだけは一級建築資格を獲得できるとは知る由もなかったのである・・・。
 ・・・・・・・・・泣くぞ。



 ちなみに、俺の体はまだ出来てない。
 ハイパーセンサーで視覚と聴覚を確保。スピーカーで会話できるって段階だ。
 親父の研究室なので、かなりの時間親父はここにいる。
 親父の言動は、理解しようとしたらSAN値がガリガリ削られるが、退屈なんだよ今。下手するとそっちで発狂しかねねえ。

 で、時々俺も参加できそうな議題を持ち上げるので声をかけるって訳だ。

「そう言えバ、ソウカ君は沢山のフィクションの知識があるラしいですね」
 ありますけど、事実は小説より奇なりって言うだろ?
 それらより親父の発明の方が浮世離れしてて正直、あんまり役に立つとは思えない。

『参考になるとすれば・・・えてして、ハーレムものって奴の主人公の一人に、恋愛原子核って物を持ってるんじゃないかという話題が出た奴がいるな』
「・・・恋愛、原シ核、ですか?」
「周りに大抵女子がいて、しかも何故か大抵が好意的な様子を原子核に吸い寄せられる電子にかこつけて呼び表したものらしいぞ?」



 なんだそりゃ、男版傾世元禳か? と思ったものだ。
 だが、話を聞くに一夏お兄さんはシャレ抜きでその可能性がある。


 
「それハ・・・つまり、異性間に電子間力の様なモのがあると? だとしタら、何が引キ寄せる力量差に・・・? つまり、普段は電子に値するもノが無いためプラス値に傾いテいて、それが大きいと言ウ事ですかね・・・では、普段は大きく正負値が傾いているという事で? イエイエ、それとも、初めカら放射性崩壊の性質が出てイて、異性の正値を核分裂反応のよう二打ち抜イて、負値の原子へ落して引き寄せて居るのデしョうか」

 ・・・おーい、まさか、ここまで超真面目に軽口を科学的に分析し始めるとは思っていなかった。
 これだから天才は・・・。

「それヲ発する生物がいタとしテ、そレを受ける生物は『恋愛原子核』に被爆しテいるかラ、『恋愛原子核』という因子に引き寄せられる・・・ト、言う事でスかね? 以上の考察ォ見るに、恋愛原子核とハ、恋愛に関する脳内受容体にのみ影響がある放射性物質でアる可能性が高いと言えますね」
 親父、危ねえから。このご時世、その発言は超危険だから。



「―――ト、言う訳で。人工恋愛原子核、通称モテ回路を作ってみましたョ!」
『何このキ○ーピーなクッキングのノリ!? 出来るの早っ!』
 作り置きがレンジにありましたよーのノリで出すの止めてもらえませんかあっ!

「なオ、制作にはオリジナルのいっくんの解析データガ用いられおりまスよ」
 同じくレンジから出したのノリで、簡易ベットに横たわるお兄さんをご紹介。
 何やってんだ親父ぃ―――ッ!!!!

 違うからな! 相手意識無いからこれはファーストコンタクトじゃないからな! ノーカンだからな!
 俺がとあるポリシーとともに自己を確立していたら、新たな人影が研究室に入って来た。
 第一印象・・・は?
 正直言おう。

「親父・・・いつ作った」
 うん、人間じゃないね。
 入って来たシルエットは完璧に人間。素晴らしく鍛え上げられた男性のシルエットである。
―――シルエットはな!

 全身金属光沢、ラメ入り。
 顔はのっぺり・・・この表現、俺の近くに当てはまる人がいるような(恐怖による検閲で削除されました)・・・訳ねえか。
 なんだよこのラメ入り○プシマン。
 まあ、親父の作った生物兵器、それ以外にゃねえだろうよ!

「アランくんは、小生が作ったんじゃないですよ?」
『はぁ!?』
 アランって言うんだ・・・確かに、今までのネーム付けとはパターンが違う。

―――ともかく

 うそ! ンなわきゃねーでしょう!? どこのどいつがこんな、見た目から非常識とか違和感とか、かくも輝かんばかりに発しまくってるのを親父以外が作るって言うんだよ、他にいたら世界が保たんわ!

「ふむ、次元の狭間に迷い込んだときはどうなるかと思ったが、私と似たような存在が少なくとも、該当するという事は、それほど違う世界という訳ではないのか」
 腕を組み、あたかもなるほどなーと知的アピールなラメ入りペプシマ○。

『違うって! こっちでも珍しいから! あたかもアンタみたいなのがこの世界の標準だと思って欲しく無いから! あと次元の狭間って何だああああああアッ!!』
「そうか、それは残念だ。前に漂流した所では、2000年問題さえ無ければ良い人、とは呼ばれていたがね」
『何でそこだけ何気に身近なネタ!? でも何も無かったから! 時計皆弄くったりしたけど何も起こらなかったなぁ・・・あ、電波着信した・・・じゃなくってどういう意味だよ!』
「何が起こるか分からない、と言う意味らしい」
『見たマンマじゃねーかよ!』
「息切れしてるようだが、大丈夫かね?」
『なんか紳士だ! じゃ無くて真摯だ・・・ああッ! 突っ込みし続けなければならない程に突っ込み所しか無いんだよ! あと俺に呼吸器は無い! 息切れなどしないわ! ぜーはーぜーはー』
「・・・しているではないかね」
 そりゃごもっとも!

 ズゥ・・・ン。

「このアランくンが、モテ回路の検体に協力しテくれるらしいのです! これはモウ、科学の協力者ノ鏡でスョもう、大感激です!」
「以前、友人に似たような物を搭載されたときは『暴走してしまった』ので、そのリベンジだな。聞くに、君は高名な科学者らしいじゃないか。安心して身を任せられるよ」
「イやいヤ。照れますねえ。もっと褒めてくダさい!」
『うるせえよクソ親父! さらりと不穏な単語が出たじゃねえかよ! オチ見えたも同然だろうが! ってやんじゃねえ、ここは吉本じゃネエエええ!!』
「実ハもう付いテます」
「うむ。見事な仕事だ」
『ぎゃあああああああああああッ! なんでこういうのだけは手際がいいんだこの親父イイイイィィィィッッ!?』

 ドゴォ・・・ン・・・。

「これでアラン君もモテモテですね!」
「それは嬉しいな、流石にこの容姿だと、異性から一歩引かれてしまってね―――私だって男だ。美しい女性とはイチャイチャしたいのだよ」
『見た目気にしてたんだ・・・ぶっちゃけてるしな!』

 ズゥ・・・・・・ズゴォンッ!!

 ところで。
 さっきからこのズゥ・・・ン、ズゥンと響く地鳴りは一体なんなのだろうか。

 だんだん近づいて居るし。

「む・・・来ましたネ、小生の野望を29回も阻止してキた圧倒的な力が!」

 ・・・あ、展開読めた。

 ズゴォンッ!! ってうわ! び、びび、ビックリしたぁ!

 今の一撃でシェルター風の扉がたわんでいる。
 一体、何が―――
 いやぁ、分かってるけど様式美でね。

 ズバァッと扉が蹴破られ、戦乙女が―――
「ゲエエエェェェボッッッックウウウゥゥゥゥ・・・ッッッッ!!!」
 鬼子母神さながらの慈母と威圧の相まった、形容しきれない表情で出て来たのは、勿論千冬お姉さん。

 あー、これもノーカンな。
 あー、うん、予想ついてたけどさ。
 こりゃ無いでしょう!!
 うげぇ、顔の穴と言う穴から湯気立ち上ってるし!
「フユちゃん!!」
 万歳しながらお姉さんに一直線な親父。
 何も考えてねえ!?
 これぞまさしく第二次大戦中のバンザイ突撃。
 空気読まないうむ勝てない。

「性懲りも無く一夏を攫ってなに企んでる! 何回目だこらぁ!」
「三十回メですョ、目的はフユちゃんにデレ期を到来させル事です!!」
「ンなもの来るかぁッ!!」
「ブベラああああああァッ―――!!」

 あ、カチ上げられる我が親父。
 そのまま殴る殴る殴る。
 とんでもない拳の弾幕は親父を重力の軛から解放し、空中でびくんびくん痙攣させている。
 ・・・死ぬんじゃねえか?

「はぁっ!」
「ブッハァァァッ!」
 一際強力なストレート炸裂、親父は砲弾のように空中を直進した。

 ・・・オイ。

 ズドン、と壁に激突した親父にお姉さんは一瞬後、既に追い付き、再度の百烈打ちで、壁に拳で縫い付ける。

 何このリアル格ゲー。

 だが、そんな現実離れな滅多打ちをなんと止められる者が居た。

「まぁ、待ちたまえ美しいお嬢さん」
 なんと、ラメ入り金属光沢の腕が、目にも止まらぬ拳を的確に掴んでその場に縫い止めたのだ。

「貴女の様な人がそんな形相で暴れては、花も泣くと言うものだよ」
「誰だ? だがお前―――できるな?」
「アラン・マクレガーと言う。彼に世話になっているものでね」



 ケッと唾の一つも吐きたくなる台詞を抜かしたのはアランとか言う例の奇人だった。
 他にあんな肌の奴はいないしなあ。

 実力は確かな者に違いない。
 他ならぬお姉さんが認めたからだ。

「ふむ、ワザと臭い台詞はともかく、なかなか精悍な顔つきをして居るな。戦っている人間だと思うが、どうだろうか」

 精・・・悍・・・?? 俺には光沢付きのっぺらぼうにしか見えないんだが・・・。

「ご慧眼だ、一応軍属でね。尤も、事故で遭難してしまった。MIA扱いならともかく、逃亡兵になってない事を願いたいところだな・・・」

 ふーむ・・・。
『なぁ親父ぃ、なんか良い雰囲気じゃねえ?』
 少なくとも、戦闘の雰囲気は無い。

「あっれぇ? あ、そウでした。フユちゃんはいっくんラブですカら、いっくんのでータを使えばこうナるのは自然な展開デすね」
『おいおい、成功したのかよ。予想外にも程があるなあ・・・ん? でも良いのか親父』
「何がデすか?」
『ホラあれ』

「敵に取り囲まれた時は・・・」
「かの宮本武蔵の・・・」

 うん、なんか聞こえてくる言葉尻は物騒だけどなんか良い雰囲気じゃ無いか? 内容はスナイパーの狩り方って、言ってますけどさぁ、弾道を殺気で読みながら避けられるのは貴女ぐらいですよお姉さん、拳で叩き落すってアンタ本当になにもんだ、アラン・マクレガー。宮本武蔵知ってるし。
 いや、自分で言っといてあれだけど雰囲気と違って内容殺伐としすぎじゃね?

「オォウッ!? これはユユしき事態でス! このままではフユちゃんが恋愛原子核二被爆してシまいますョ!!」
『だからその表現はやべえから!!』
 それにしてもなんつう組み合わせだ・・・美女とペプシマ○・・・ぷぷっ。

「時にお嬢さん・・・」
「そのむずがゆくなる様な呼び方は・・・どうしたんだ?」

 中々良い雰囲気だったのだが、お姉さんが何かに気付いた様だ。
 アランさんがなんか硬直している。
 人間で言えば、びっしり脂汗をかいて何かに堪えている感じだろうか。

「いや、や、や、や、なななななななんで、でもな―――」

 ・・・全力でなんでもあるじゃん。

『親父・・・うん、お決まりだな』
 ぶるぶる震えている。
 いや、痙攣だ。
 人型バイブレーターにしか見えん。
 どう見てもなんかあったな。アランさん。

「あチゃー、失敗しテしまいましタか」
『・・・なんか失敗したのに喜んで無いか親父』
「おい、ゲボック、彼は一体どうしたん―――」

「は、は、ハ、ハラ、ホロ? ヒレハラホロハラヒレホロハラホロヒレハラハラホロヒレハラ――――――!!!!!」

 突如、彼が発したのは何と言うか、訳が分からない、としか言えない絶叫? だった。

 ええええええっ!!? いくらなんでもこりゃねえよ! ってぐらい奇声発してるんですけど、さっきまでの人柄の面影がさっぱり見当たりませんよ!?
 本気でなにをしたんだ親父!?

 ほら、ジタバタジタバタ手足があり得ない方に曲がってワタワタしてますよ?
 正直不気味極まりないんですけど。

「ゲボック・・・」
「如何しまシた? フユちゃん」
「次元の穴をあけて、反転する次元断層の境界面に敵を放逐する装置があったな、確か」
 なにその対魔神級上位次元生命体封印呪法みたいな機械は。
 いつに無く険しい表情のお姉さん。

「アりますけど、どウしたんデすか?」
 ・・・あるんかい。

「本気で行く・・・騙されたよ、こいつ、格が違う」
「『へ?』」
 気の抜けた声がユニゾンする俺ら親子。

「正直、私より遥かに強い。歯をくいしばれ、ここが正念場で最前線だ、非常に鬱陶しいが世界が私らの背中にのしかかって来ているようだ・・・っ!」
 戦慄してる! 何とお姉さんが戦慄している!?

「セギホノセギホノハエアホロヒレハラホロヘラヒラヒラヘレ――――――!!」
 ちょ、ま、マジで!? なんでこんな世間話から世界の危機が出て来る訳ですか!?

「参る!」
「ハァイッ、援護しますョフユちゃん!!」
 ノリノリだな親父・・・。
 なんでこんな最終決戦直前見たいな雰囲気な訳!?
 本当何者だよ!! アラン・マクレガー、種族・ラメ入りペプ○マンの癖に!?

 でも忘れてないか・・・これで世界が滅んだら、世界がモテ回路で滅んだ事になるんだぞ・・・。


 元データお兄さんの・・・うん、親父の作った奴で。



 じょ、―――――――――冗談じゃねえええええええええええええええええええェェェェェッッッッ!!!

 ちょ、両腕が見えないんだけどアランさん・・・ああ、もうおかしな者でいいや。
 え、まさか拳の弾幕!?

 俺の視覚は○ィズニーのフルデジタルアニメでさえパラパラ漫画に見えるほどの動体視力―――ハイパーセンサーなもんで―――だというのに!

 あと出来ればですが、俺、文字通り手も足も無いのだからここで暴れないで下さいませんかァッ!

 嫌ああああああァァァッッ!! 本当、やめてー、やめてやーめーてぇぇえええ!!

 あ、お姉さん、一夏お兄さんの事はきちんと避難させてるよ。
 流石ブラコンですねー。












 なぁ、俺結構喋ってるのにお姉さん気付いてくれてないよね・・・。
 一夏お兄さんが心配なのはわかるけどさー。
 泣きそう・・・・・・・・・俺、今涙腺なんて無いけどさ・・・。

 なんか、寂寥感吹きすさぶなぁー・・・。
 俺の背景では、次元の壁が打ち抜かれたり、秒間2万発と言うあり得ない拳が飛び交っていたりしている訳で・・・。
 なんか、もう・・・どーでもいーやー。



 カッ! と視界が輝き、全てがフェードアウトして行く・・・。





―――ISコア・ネットワーク上に残留していたキャッシュデータより抜粋














 人は祈る。
―――特に自力じゃどうにもなんない事に対しては特にな!!


「ナンマンダブナンマンダブ、インドのソバヤーインドのソバヤーナーミューホーリャンゲーキャー天ニマシマス我ラガ大魔王様ヨギャーテーギャーテーハラギャーテーハラソーギャーテー、フルへーフルへーユラユラユラユラユラ、あれ、何回だっけ? まぁいい、いあ! イア! アラーの神よーラーの下テスカトリポカに心臓を捧げた後にアヌビスの秤で測った上でラグナロクってぇ!!」

 そう、俺は祈っていた。



 なんかに。

 因みに、妹にはこんな祈り捧げないからな。



「・・・はぁ」
 白い砂浜の何から何まで白い少女は溜息を吐いた。

「まぁいいわ、立って?」
 少女は俺の手を掴んで引き起こした。
「あれ?」
 動けるし。

「そうね、君はストレートに伝えた方が良かったみたい」
「うー・・・俺になんか用なのか? ちょっと心霊的なモノはなー」

「勘違いよ。まずね、言わせて貰うわ、一夏はね、私と共にあるの。いえ、正しくは私が一夏と共にあるためにあるってところね」

 ぽかーんとする俺。
 なんでしょ、この熱烈なラブコール。
 後なぜ俺に言う。
 一夏お兄さんに直に言え。
 この子も箒さんと同じタイプかね。

「おー、流石は放射性恋愛原子核持ちこと、我が兄一夏。こんなところでも美少女を引っ掛けてましたか」
「はぁ、まだわからないの?」
「はい?」
 白い少女は拳を作り、それにはぁ~、と息を吐きかける。

 ・・・なんか嫌な予感しかしないんだけど。

「先に乗ってもらったでしょ?」
「は?」
「試験会場の子は許すわ、あの子が居ないと一夏と私の縁は無かったし・・・でもね」

 ゴゥッ! と少女の拳が眩いばかりの白光を放つ。
 どえぇぇぇぇッ!? 何このエフェクト!?

「君は許さない!! 一夏の専用機は私なのに! 先に乗ってもらうなんてズルい!!」

「・・・へ? ってか俺こればっかだな、まさかこの子って・・・」
「零落・・・・・・・・・ッ、白夜ああああああああああぁぁぁッッ(拳)!!」
「ぶぅぅるううううううあああああああっっ!!」
 少女の拳が俺の顔面にストレートにストライク!
 セルな俺の悲鳴は、俺の体とともに放物線を描き、砂浜を超え、ドップラー効果を響かせながら海面に叩きつけられる。
 なんだこれは・・・痛ぇ、尋常じゃ無いレベルでダメージが半端なもんじゃ無い。

 いや、分かっているのだ。
 あの少女は言っていた。

―――零落白夜

 千冬お姉さんが、愛機暮桜と編み出した単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティ)

 固有武装、雪片を触媒にして生み出されるその威力は絶大を通り越して極大。
 対IS攻撃としては、俺の知りうる限り史上最強、お姉さんを世界最強に至らしめた、『必殺技』の呼び名に相応しいものである。

 以上、BBソフトより抜粋。

 ツノド○ルとかザキとかハサ○ギロチンとか、PKフラッ○ュΩとか地○れとか、バロー○の魔眼(直死の魔眼)みたいなものだ・・・なんで半分○ケモンなんだろう・・・。

 そりゃ痛いわぁ・・・。
 ISが食らいうる最大の攻撃だしなあ・・・げふ。

 ん? 単一仕様能力?
 ってぇ事は・・・。

「君は暮桜なのか? 零落白夜なんつうもんを・・・うげぇ、マジ痛い。と言うことは、姉から弟にお下がりって事なのか?」

「私はあの子じゃ無いわ」
 違うと? でも、確か単一仕様能力って・・・。
「話の主題はそこでは無いわ」
 声はすぐ横からした。
 うわ、瞬間移動!?
 現れ方がやっぱり悪霊・・・。

「一発いっとく?」
「そう言えば心筒抜けでしたね何故かッ!」
 輝くフック、あわやと言う所でしゃがんで避わす。

「・・・私を差し置いて、一夏とずいぶん楽しく空飛んでたみたいだけど」
 は? 俺は確かにIS人間だが、この子みたいなものは―――

 あ。

「そうよ、やっと分かった?」
「あーーーーーーーっ、茶釜のことかあああああああああっ!!」

 ISの練習が出来ないと嘆いていたお兄さんに首から下を貸して居たのだった。
 そう言えばお兄さん、ISにも愛される人でしたね。

 そもそも俺が生み出されるきっかけになったのが、お兄さん誘拐事件時の遠隔感応―――言ってしまえば、あの反応はISに愛されているから起きたとも言えるわけで。

 つまりこの子の怒りは、ISとして連れ添うことになったパートナーに、自分が一緒になる前にぱっと出の生きたISリビングメイルに和気藹々やられた訳で。
 そりゃ、怒るわなあ。

 ・・・ん? と言う事は、この砂浜って・・・。
「『共にある者達』が非限定情報共有シェアリングと呼んでいるものね。まぁ、私よりの所で、君が訪ねて来てるって感じだけど」
 あー、成る程。俺ってばお兄さんと同じでISと感応出来るから・・・。
 あれ? そしたら俺のISは?
 キョロキョロ辺りを見回すと、わははー、キャハハーと遊ぶ子供達と・・・。



「それはあなたも同じ事、十にして一、十による一、十一になりし子よ」
「のひゃあっ!? なんか出現したッ!」
 心が通じてしまうのは、ここではデフォルトっぽいみたいで。



 目の前に甲冑が居ました。
 顔の下半分(整った女性フェイス)こそ伺えるが、全身甲冑である。
 足を肩幅に開き、その中央に剣を突き立て、両手を添えて体重をやや預けている。
 因みにその剣、俺の目の前に刺さってて超怖い。

 その覗ける顔の輪郭から・・・女性であるのは分かるが、彼女も純白である。
 顔の下半分しか見えないのだが・・・なんかどっかで見た事あるなぁ、と言う気がしないでもない。

 その彼女から、なんか妙な子供達に視線を移してみる。
 えーと・・・、あの子らが俺のIS?
「如何にも。あなたの同胞ともあなたそのものとも言えます」
 一言一言重いですね騎士のお姉さん。

 にしても・・・。なんかあの子ら怖いんだけど。
 体の何処か此処か。
 まるで空間をくりぬかれたかのように無くなっているのだ。
 まるでホ○ウだ。
 未胚胎児エンブリオって名前が皮肉効き過ぎてるし。

「怖いって酷いよ、おかげで君があるんだし」
「―――あれ?」
 甲冑が消えて白い少女が居る・・・。
 まさか。

「ああ、そっちの方面は鋭いんだね。自分の事は良く分かって無いみたいだけど」
 ザブザブ水面を掻き分けてやってくる少女。

「で、私に言わなきゃいけない事は?」
「俺のISをお兄さんに貸してご免なさい」
「ちょっと違うけど、宜しい。ちょっと釘刺したかっただけだし」
「お兄さんは本当怖いなあ」
 周りの女を狂わせる的な意味で。

「でもどうなってんの? あんな風になってたり零落白夜使ったり。と言うか、立場は分かったけど君、いいかげん誰さ」
「はぁ、人の事色々詮索しないの」
 よいしょと彼女は俺の背に乗りサソリ固め(当然零落白夜)を決める。
 ちょ、まっ、どうやって発動してんだ零落白夜。いだだだっ!! ダメージは確かに零落白夜だしッ!

 今畜生!
 そうくるならこっちにも考えがあるぞこの白いの!

 サソリ固めの起点になっている関節を分解、決めていた関節が無くなり、勢い余って俺から海面に叩きつけられる彼女。
 それを尻目に別の所で再結集、零落白夜に晒されて居た部分を摩る。

「何するの!」
「この、よくもやりやがったな! クレヨンで似顔絵描かれたら、普段使われないんでここぞとばかりに白使われそうな癖に! それとも手抜きで画用紙の色そのままか、アァ!?」

 砂浜をザブザブ突進する俺たち。

「―――ぶっ潰れろあああああッ!」
「―――零落ぅぅぅうううッ!」

 交錯の瞬間クロスカウンター。
 ただし相手は零落白夜(拳)ダメージは格が違う。

「びゃくい、痛っ」
「げぶぅふゥッ! ぅぅぅぅうううう―――ゲブッ!?」

 殴られた首が大回転、ブチもげハズれて砂浜に墜落。
 こなくそ、こんな細腕でなんて破壊力だ、卑怯くせえ。

―――だが
「偽りの快楽を得て、嬌笑の渦で溺死しやがれ!」

 俺もただではやられない。
 あらかじめ外して置いた両手首を脇に忍ばせ―――

「あはははははははは!!!」
 くすぐる。
 効果は思ったより抜群。
 痒さ、と言うのは実は痛覚神経で感じるらしい。
 なお、俺は今の拳の攻防を手首で殴ってたのです。ダメージ低っ、俺は独歩にはなれません。

 白いのよ、お前が最強の痛みで来るなら俺は最弱の痛みで応えてやる!!
「ちょ、やめ、きゃはははははっ―――はっ、がぼぁッ!? がばごぼごぼ・・・っ!」

 そのまま海にぶっ倒れ、ボゴボゴ沈んで行く。
 ちなみに俺は。

 実はダメージがデカ過ぎて掌以外動かせなかったりする。
―――零落白夜は伊達じゃねぇな・・・



「・・・」
「・・・」
 結果、相討ちとなった俺らは回復後、一旦落ち着こうかと砂浜で対面して居た。

 何故か正座で。
「・・・」
「・・・」

 沈黙が痛い。

―――仕方ない
「俺が悪かった、ご免な、お兄さんと飛ぶの楽しみにしてたろうに」
「仕方ないって聞こえたんだけど?」
「うぐぅ!?」
 恐るべし非限定情報共有、謎空間。
 ・・・あれ、俺の心だけ筒抜け?
 
「私嘘ついてないもの」
「自分に正直なんだなあ」
「あぁ、君を殴りたいなぁー」
「・・・・・・」
 正直過ぎるのもどうかと思う。

「ところで、なんで俺は動けなくなったんだ」
「整備不良」
「マジで!?」
「見事なまでに生体組織に擬態出来てたから、私の力でどうにか出来たけど」

 何ですと?
 恩人じゃ無いか! 殴られたけど。

「ありがとう!」
「一夏じゃ無いのにくっつかないで」

 ダッシュ。

 グラップ。


 スローイング。



 頭撫でようと近付いたら巴投げ(グラップが零落白夜。ダメージ絶大)食らいました。
 この馬鹿正直娘め・・・。

「あはははー」
「ばーかばーか」
 そこに追い討ちを掛ける我がIS、エンブリオども。
「うるせえええええ!!」
「きゃー、切れたー」
「あはは怖くないよーだ」
「じゃかましいわ!!」

 おのれぇ・・・。
 穴あきレンコン人間どもめ。
 穴と言う穴にカラシ突っ込んで特産品にしてやろうか・・・。
 落ち着け、うん、落ち着け。

「ん、直してくれた事にはお礼を」
 零落白夜(拳)には怨嗟を。
「別にかまいません」
 応えてくれたのは甲冑の方の彼女でした。

「ところで、なんて呼べばいいかな」
「すぐに分かるから面倒だったのに・・・白式だよ」
 今度は少女が応える。
 門番型自動石像と競える怪盗の養女が名乗る怪盗(見習い)名か。

「そっち!?」
「あ、知ってた?」

「束が自動石像作ろうか考えてたからネットワークをネットに繋いでちょちょっと」
「出来ねえ訳がねえのが怖えなぁ・・・あぁ、そうだ、俺の事は―――」
「知ってる。茶釜でしょ」

 ・・・ぉえ?

「違ぁぁぁあああああああうッ!!」
 何でそっちで通ってんの!?

「でも、もうコア・ネットワークじゃそれで通ってるよ?」
「近所のオバさんどもより噂の伝達が神懸かってねぇかオイ!」

 俺はガリガリ頭を掻き毟り。
「はぁ、なんてこったぁ・・・まったく、此処は変なとこだよなぁ。穴だらけの子供がいっぱいいるわ、トランプみたいな存在のめくれる白いのがいるわ」
「むぅ、君だって人の事言えないよ?」
「・・・まぁ、脳クラゲって愉快なものである事は否定出来ないけどさ・・・」
「そうじゃないって」
 ぷくーっと膨れる白式。

「見てみなよ」
 差し出して来たのは姿見。
「え・・・?」
「君だって、外の世界とはずいぶん違う、人の事言えない姿してるんだよ?」

 その―――

 鏡に映っていたのは―――

 俺―――?

 まるで―――

 そん―――

 な――――――――――――



「うわああああああああ――――――









―――――――――ああああああああああああああああッッッ!!!」



 なんか叫んで、自分の声で―――目が覚めた。
「・・・やーなの見た気がするな、最後」
 俺の名前が茶釜で通ってるってとこまでは覚えてるんだがな・・・鬱んなる、二重で。
 叫んで目が覚めたようだしな・・・親父、なんか隠してんじゃねえだろうなあ・・・。

―――う

 なんか胸元に違和感が。
 胸焼けのような不快感と―――うぶっ。

「ぶふぁあ!」
 ギュヴァッと飲み込む時と逆の要領で不快感の元を吐き出した。

 ごん。と、随分重々しい音を立ててそれは転がる。
 色は黒い。
「・・・これが?」
 さっき動けなくなった原因?
 つまりここ最近、体調不良だった諸悪の根源・・・。

 一体なんなんだ・・・親父の超テクノロジーに不調を与えるものとは・・・。

 フレームナノマシンに指令を伝達、形成。 火鋏を作って俺のヨダレ塗れのそれを摘み上げ。

 はっきり言おう。
 知らない方がいい事も、あるのだ。
 俺は心底後悔した。

 だが、その『黒』の正体を看破した、その瞬間の俺は―――

「ぎゃああああああああああッ!!」
 火鋏で挟んだそれを投げ捨て、ゴロゴロとその場から撤退する。

 うげぇぇえー。
 まだ・・・残っていたのだ。

 消化機無搭載事件の時生まれた超濃縮パン・・・っぽいのが。
 さらに密度を上げ・・・。

 言わねばならないだろうか。
 そう、なんだろうな。


 ビッシリ、黒カビにまみれてなんか生き物見たいな有機的な見た目になっている。
 菌糸を伸ばしたそれは、癌のように俺に蔓延って居たのだ・・・!

―――ゾザザザザザザザザザザザザザザザあああァァァッ

 背筋に悪寒が走る。

「うわー・・・何じゃこのダークマターは・・・」
 玉子焼きから進化した方だな。常識はギリギリ通用しそうである。
 今度白式に会ったら拝んでおこう、生体操作に関する力があるんだろうねえ、助かった。うん。
 脳まで菌糸が蔓延ったらお陀仏でした。
 サイボーグの取り扱いは、特に生体パーツの状態維持にお気をつけ下さい。南無ナム。

 お礼は親父特性のエネルギーパックでも差し入れするとすっかねえ。



「ちょ、ソウカ君じゃない、こんな所でなにしてるの?」
「はい?」
 お礼は兎も角、零落白夜(拳)の『お礼』はどうしたもんかと悩んで居たら声を掛けられた。

「あぁ、黛先輩・・・と?」

 物資搬入のハンガーに現れたのは眼鏡で新聞部、黛先輩と。

「あら、一年生? どうも始めまして」
 同じく眼鏡で三つ編みの、ファイルケースを抱えたお姉さん・・・うむ、三年生だ。

 なんか眼鏡率高いよね。
 でもなんかこの目鼻立ちとか、どっかで見たような気が・・・。

「これはこれは此方こそ、僕は一年のソウカ・ギャックサッツです」
「私は三年整備科の、布仏虚です。よろしくね、ギャックサッツさん」
「あぁ、僕の事はソウカでいいですよ」
「二年と三年の整備科エース揃い踏みってものよ・・・ってあなた達・・・」

 ぺこぺこお辞儀をし合う俺らを見て、黛先輩は日本人ねえ、と呟いていた。

 ・・・あれ? 布仏?
「・・・のほとけ?」

 のほほんさんと、同じ苗字?
 俺が色々呟いているのを聞き取ったのか。
「もしかして本音の事知ってるの?」
「やっぱりご家族なんですか?」
「妹なの。本当、手のかかる子で・・・」
「でもソウカ君って四組よねぇ、本音ちゃんは一組のハズなんだけど・・・結構、行動力あるわねえ。初日に整備室来るし」
 探りいれたのか、恐るべし新聞部。

「ルームメイトと幼馴染みだそうです」
「あぁ、お嬢様と」
「たっちゃんの妹かぁー」

 お嬢様?
 そうかっ! のほほんさんが先祖代々メイドなら、お姉さんも当然メイド・・・!!

 しかし・・・のほとけうつほ、のほとけうつほ・・・・・・えーと、のほつほ? のほうつ?

 あ、はあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?
 駄目だ・・・!
 思いつかないどころか、安易にお兄さんと同じ様な二番煎じに走ろうとした・・・!!



「駄目だ俺は・・・どうしようもなく駄目な奴だ・・・」
「おれ? ・・・ちょ、どうしたのいきなり四つん這いになったりして!」
「自分のセンスの無さに絶望した・・・」
 まぁ、そもそも先輩に渾名つける事自体あれなんですがね。
「本当変わった子ねえ」



 話は変わるが、そう言えば―――

 たっちゃんとは、例の生徒会長の事だろう。
 簪さんの事を妹と示していたしなぁ。
「えー、布仏先輩は会長とは?」
「たっちゃんがどうしたの?」
「簪お嬢様から何か?」
 会長と姉妹である事はすでに常識として通しているのか。
 まぁ、印象や表情はともかく瓜二つだしねえ。
 俺はポケットに手を突っ込んで量子還元、食ってた盗聴器の破片を引っ張り出す。

「こういう無粋なものはやめて欲しい、と。簪さん―――下手すると離縁状出しますよ、とでもお伝え下さい」

 ぴしっ、と硬直する布仏先輩。
 静かに盗聴器の破片を受け取り。
 くいっと、めがねのズレを直すと。

「申し訳ありません、急用が出来ましたので、ここで失礼します。私はここで」
 カッカッカッと機敏に立ち去って行ってしまった。
 ・・・すっげぇ格好いい・・・企業戦士みたいだ。
 なんか一瞬、起動戦士と似ているよな、と思ったのは秘密である。
「ソウカ君、今しょうも無い事考えてるでしょう」
 何故ばれたし!?



 だが、俺はそれをスルーして黛先輩を見上げる。
「黛先輩・・・」
「なぁに?」
「布仏先輩って、本当にのほほんさんと姉妹なんだろうか・・・機動性が違いすぎるんだけど・・・」
「のほほんさん? ・・・気にしてたの、そっちなんだ・・・」



「それにしても、どうしてこんなところにいたの?」
「いやあ、一夏お兄さんの専用機が搬入される所を一目見ようとしましてね」
 ネットワーク内で会ったから実際の機体は見てないんだけどね。つーか見損ねた。

「え? 本当? どんなのだったの?」
「見損ねました。多分、コンテナみたいのに入ってたんでしょうねえ」
「そりゃそうよ、ISを剥き出しで扱うわけ無いじゃない」
 と、当然で当たり障りの無い事を言っておく。
 そりゃ剥き出しでISを運搬するはずが無い。
 国家防衛の要と言えるようなものだ。一機どこかに行くだけで世界情勢やらなんかのバランスやらとにかく危うくなるのだ。
 なんかって何だってのは、聞くな。

「僕もまだまだ思慮不足ってやつですよ」
「ふぅん、ところで、ソウカ君は例の織村君のこと、お兄さんって呼んでたけど、親しいの?」
 しばし考える。

「二日に一回ぐらいは食事一緒にさせてもらってますけど」
 主として肉を奪いにいったりとか、のほほんさんが一緒になってて俺が餌付けされるとか。
「でも、織斑君の事、お兄さんって呼ぶぐらいは仲がいいでしょう?」
「まあ、許可は戴いています」
 


「そっか―――うん―――なら、いいかも」
「・・・先輩?」
 何やら考察していらっしゃる。
 ただの悪巧みにしか見えないのは、新聞部と言う役職故だろうか。

「あのさ、一週間前の話なんだけどさ、どうかな?」
「・・・部活動の事ですか?」
「―――そ、一年で織斑君にそれなりに近い子がベストなのよ」
「と言っても僕は四組なんで合同授業もあんまりないですよ」
「でも、それなりに会話が出来てるんでしょ?」
「―――ん、まあ」
「どうかな?」
「んー、学園の情報とか、僕単身では取得が難関な、職員室とか、他学年の情報をまわしていただけますか?」
「お易い御用よ」
 と言っても、貰った情報を鵜呑みに出来ないのがブン屋の怖い所。
 なるほど、情報の取捨選択の練習になる訳だ。

「それともう一つ」
「なになに?」
「一夏お兄さんの隠し撮り写真、裏で流通してますよね」
「・・・ほう、一週間でもう気付くか」
 何そのキャラ。

「そこに僕も噛ましてくれませんかね? これでも、隠し撮りには定評がありまして」
 何せ、見るだけで良い。
 俺の目玉はハイパーセンサーを構成する一つにして、蝿の羽ばたきさえ克明に映し出す超ハイスピードカメラにもなる。
 そっちを見ていれば、意識していなくても視界には入る。
 後でゆっくり頭の中で動画を再生させつつ、ジャストな一瞬を探せば良い。
 

 
「ほほう、一年生、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、先輩官様程では」
「くっくっく・・・あ、どうでも良いけど、先輩官は語呂が悪いと思うわ」
 あ、やっぱりすか。

 くっくっく。
 俺と先輩は笑い合い。
「それでは宜しくお願いします、先輩」
「こちらこそ、ようこそ新聞部へ」

 と、相成った訳だが・・・。

「それなら早速行かないとね」
「?」
「そろそろ織斑君とオルコットさんの模擬戦が始まるわよ」
「あッ!? そうだった!」

 急いでアリーナに全力疾走!

「早っ! なんでそんなに早いのっ!? コンパスそんなに短いのに!?」
「―――今なんか言ったかゴルゥあ゛ッ!」
「恐! 表情が鬼になってる! 一瞬で戻って来たああアアアッ!」





 この時、俺はダークマター、パン? を放置して行った事を後々後悔する事になるとは・・・まったく、想像だにしていなかったのだ。

 そう、この俺もDr.アトミックボムの作品である事を失念して居たのだから・・・。

「なお、あの盗聴器、頼まれたとは言え、仕掛けたのは私だったり」
「・・・・・・はぁ!?」
「知らないふりしたのは布仏先輩が怖かったからよ。はっはっは!」
 やべえ、早まったかも。





「おー間に合ったー、間に合ったー」
 アリーナの観客席に上がって来た俺と黛先輩。
 しっかし凄い人だねえ、やっぱり、男が駆るISを皆見たいのでしょうねえ。

 時計を見る。あ、開始時間オーバーしてる。

 ・・・今間に合ってるってことは、遅れてるよね、進行。

 閑話休題。

 聴覚センサーを最大限に・・・と言うのは嘘で、コア・ネットワークに介入。
 試合前に対峙する二人の会話を聞き取る事にする。






「あら? 逃げずに来ましたのね」

 すげえ・・・オルコットさん御嬢様言葉だよ。英国人なのに、日本語の御嬢様言葉だよ!? まだ居たんだ・・・これはアレだな! ゴザル口調同様の絶滅危惧種。国家が保護する必要があると思うよ!

 さらに言うとだ、日本人のだとしても希少だというのに! オルコットさんイギリスの人でしょ? そう言う言葉があるって普通知るのも大変だよ!? 日本語のめんどくさい事って、同じ意味でも色々言い回しがある事なんだよ? 日本語習うのにわざわざ御嬢様言葉で学習したってことだよな! しかも結構完璧だし。
 誰だよ彼女に教えたの!

 ・・・独学だったらどうしよう。天性?



「おーい、ソウカ君」
「・・・ん? なんですか?」
 先輩の声でネットワークから引き戻される。

「どうしたの、ボーっとしちゃって」
「いえ、会話を読み取ろうと集中してました」
「・・・え? 分かるの?」
「当然聞こえませんよ、唇を読んでました」
「その技術も凄いっていいたいけど、それ以前に視力が普通じゃないわね!」
 あー、上空だ。
 なお、俺の単純視力はイヌワシぐらいはある。ハイパーセンサーのズーム機能を使うともっと跳ね上がるが。

「で、なんて言ってるの?』

「「その勇気に免じて、あなたに最後のチャンスを差し上げますわ」とかすげえ余裕で挑発しますねえ」
「まあ、代表候補生だものねー」

 すげえのんびり会話する俺ら。
 いや、だってやる事無いもので。
 ちなみに俺に、人の唇を読むと言うスキルは無いのであしからず。



 そして、試合が始まる。



 直後に放たれる・・・アレはビームライフル? スナイパー? 武器に詳しく無いので前者で呼ぶ事にするが、その一撃をお兄さんは難なく回避する。

 白式の奴、マジ鬼機動性。
 なんと言うか、あだ名が二等辺三角形のアイツ(原作版)バリの急角度で曲がるんだが。
 そーいや、アイツの能力も慣性中和だったか。PICに通じる物があるってことだな。
 そしてお兄さんは、得意げに言う。
 
「―――はっ、上の方から不意を突いて撃って来るのにゃあ、慣れたんだよ!」

 ・・・ああ、なるほど。
 茶釜戦で、さんざんお兄さんの後頭部に『指からブラスター(まだ名前募集中)』をぶつけた手口ですね。
 最初は面白いぐらい当たってたのに、その内完全に知覚外から撃たれたのを首だけ逸らして躱しやがりましたからねー。
 さすが千冬お姉さんの弟と言った所か、こういうセンスは鬼すぎる。
 僅か数回の反復で動作を飲み込んで行く様なんて、戦慄モノだったからなあ。

 だが、そのビームライフル・・・お、視界に情報が表示された『スターライトMkⅢ』。
 さすがBBソフト、どっから情報を引っ張り出して来たかは知らぬが、良い仕事をする。
 おぉ、マークスリーと来たか。打鉄の時も言ったが、俺は2とか3とか付くのが好きだ。
 なんか、頑張って発展してんだぜ! と言っているようで俺好みなのだ。
 成長は素晴らしい。あー、生きてるって実感できるんだぜ。

 おっと、話が脱線した。
 『スターライトMkⅢ』・・・なんか毎回毎回言うの面倒だな・・・の攻撃を二度三度と回避したのをみてオルコットさんはそれを回避する程度にはお兄さんの実力を認めたようだ。

 四つのパーツをパージ、空中に浮遊させる。
 ・・・これは驚いた。
 思考操作の浮遊砲座とは。
 精神感応金属の『シンドリー』でも使っているのだろうか。
 いや―――純粋武器に搭載するなら『イヴァルディ』・・・か?
 
 それからは、お兄さんの防戦一方となった。
 何せ、単純に敵の数が五つになったのだ。
 それでもお兄さんは、四方八方から放たれるそれを非常に巧く躱している。
 だが、オルコットさんも代表候補生。速度と起動こそ圧倒的な白式だが、いかんせんお兄さんの技巧がパターンに乏しいのだ。 
 先読みは容易い。

「数が倍になったぐらいだろうがっ」
「なにを訳の分からない事をおっしゃってっ!」

 だがお兄さんは食い下がる。
 時に大きく円を描き、飛び跳ねる様に身を躱し、避けきれぬものは剣で弾く。

 いやはや、末恐ろしい。
 仮にも代表候補生であるオルコットさんに適応して来たのだ。

「すごいわね、彼」
 黛先輩も感心している。前方から来るライフルの光条を身をそらして躱し、そこへ上下から来る自律砲座の攻撃に対してはその姿勢のまま両足を揃えてPICの出力を並列励起、まるでイカの水流ジェット噴射の様にその場から飛び出す。
 姿勢を戻すべく空中で身を翻し、合わせて剣を横薙に払って、待ち構えていた一機の攻撃を弾き飛ばす。

 やけに手馴れてないか・・・。
 ・・・・・・ん?

 ちょっと気になる台詞を思い出す。
『数が倍になったくらいだろうが!』
 はて。オルコットさんも今一分からなかったみたいだが・・・。

 うむ、珍妙な。彼女は最初から四機展開していたハズなんだが―――

 倍って事は元々二機って事だろ・・・?
 ・・・あ。

「どうしたの、ソウカ君」
 よっぽど間抜けヅラをしていたんだろう。黛先輩が覗き込んで来た。
 なお、何故か先輩は初めから君付けだった。
 彼女のジョブ的に何か感づいてやしないか戦々恐々であります。
「いや、何でもないですけど」
 一応、誤魔化してはみるものの・・・。



 やっと分かった。
 そっくりなんだよね。戦闘スタイル。

 あの自律砲座と―――
 お兄さんとの訓練で使った俺の両腕に。
 数はお兄さんも言った通り、倍の差がありますけどね。

 いやー、何がどうなるか分からんもんですなあ。
 奇しくもあの日の特訓が、正しく今日向けの特訓になった訳ですね。

 そう考えると、オルコットさんも流石は代表候補生だと感心せざるを得ない。

 だってさ、俺は『両腕』を操るので精一杯だったんだぞ?
 しかも両腕をはずして・・・つまり、体感覚では両腕が伸びたのと大して変わらない。

―――にも関わらずだ。
 二つ動かすので精一杯、たとえて言うなら顕微鏡で覗きこみながら手術をしつつ、目を半分ずらしてテレビを見る様な難しさ。
 当初は射出している両腕に搭載されたハイパーセンサーの視界も合わせているために、視界が被ってあたふたしたものだ。

 にもかかわらず。

 彼女はその倍、しかも『自分の腕』にはお兄さんを狙撃した銃を取り回している。

 いやはやすごいものだ。
 異議があるなら受け付けようじゃないか。
 その前に右手で丸、左手で四角を同時に書いて見てから―――だがな。



 ふと、妹はこう言うの得意だったなぁ、と思い出した。
 戦術論なんてものを読み漁りながら、ルービックキューブをぐりゃんぐりゃん回しつつ、俺の話に相槌をうってたからね。
 しかもたまに鋭いツッコミ入れるから聞いてない訳じゃないし。

 ちゃんと泣く子も笑う噴飯必須の傑作イメージをコア・ネットワーク経由で脳裏に叩き込んだら呼吸困難に陥って痙攣してたしな。
 我が愛妹は理路整然とした小噺とかより勢いで笑わす子供っぽいギャグに弱いのです。
 布団が吹っ飛んだ! とかいきなりバケラッタ! とかに。
 『のっぴょりょろ~ん(出し方はいないいないバア風味)』が一番ヒットだったなあ・・・。

 ながら族対応されたから寂しかったんじゃないからな!



―――ごほん

 元々、男性の脳は発想力や空間把握能力、女性の脳は並行作業や環境の変化を察する事に長けているらしいそうだからね。

 はい? そんな薀蓄より、どんなの送ったか教えろって?
 いや、そんな珍しくも無い(検閲により削除されました)だけど?

 顔を真っ赤にしたかと思えば真っ青に反転したりして可愛いかったなぁ。
 まぁ、妹はいつだって可愛いけどな!
 『俺』が収まったシリンダーシェイクされた時は涅槃覚悟しましたよ。はっはっは・・・怖ぇ(ぼそっ)。

 だがこのままではお兄さんに勝利は無い。
 ダメージを最小限にとどめる、という初心離れした動きを見せつつ。しかし、それでもお兄さんはダメージを受けている。
 加えて、ちょっと無茶の入っている回避動作はエネルギーを無駄に消耗するのだ。
 IS同士の試合。勝敗の判定基準が相手のエネルギーを如何に無くすかにかかっているので、いずれは削り切られてしまう。

 対し、オルコットさんはダメージを受けていない。そう、未だ損害ゼロなのだ。

 それと言うのも白式、もとい漂白娘にはあのブレード以外に一切の武装が無いのだ。
 求められる力量は剣道三倍段どころでは済まないと思う。
 それで世界最強・・・千冬お姉さんは一体、何者なんだろうねえ。
 つうか白式、お前本当にお兄さんの事思ってんのか? 茨の道すぎないか?

 つまり、このままの戦況じゃ、お兄さんが凄い事を証明できても、お兄さんの勝利はあり得ない事となる。

 オルコットさんは浮沈艦の如く、高位置に佇み、浮遊砲座―――あ、名前来た―――ブルーティアーズか―――を的確に操作している。その位置は試合開始当初からほとんど動いていない。
 それは、お兄さんが未だ接近戦を始められていないと言う事で・・・。

 ところで、なんで機体名と武装名が同じなんですかね。
 あぁ、試験機だから・・・なるほど・・・は? 何で国家内部情報をタイムラグ無しで出せるのだBBソフト。
 あ、オルコットさん自ら同じ事言っている。
 ・・・あなたも、それ軍事秘密じゃないの?

 ん? はて、オルコットさんが殆ど動いていない?・・・・・・・・・
 ああ、そうか、思考操作だから―――



 どんっ!

 その時、ブルーティアーズ(砲座の方)が一機爆発した。
 何かを確信しているお兄さんの動きを見て理解した。

―――お兄さんも、気付いた

「あぁ、やっぱり」
「ソウカ君も気付いた?」
「あ、先輩。ブルーティアーズって・・・」
「そう、指令を一回一回送らないと動かない。それに、制御中はそちらに集中力の殆どをとられるから、本人は複雑な動きは出来ない。攻撃なんてもってのほか」

 俺もそうだった。
 両腕操作中は地上で見上げて操作するだけ。
 自分が動く余裕なんて無かったのです。

 しかもオルコットさんは腕を振り、指揮している。
 これでは合図になり、思考操作の利点を奪ってしまっている。
 相手に悟られず完全な連携、これこそが思考操作の特筆すべき事項だからだ。
 最悪、銃ですら引き金を引く動作で機を読まれるというのに。
 ハイパーセンサーを有するIS戦ではまだまだ迂闊、経験が足りない。

―――偉そうに言うけど今まで気付かない俺もまだまだまだまだ未熟なんですがね~

 二機目撃破。推進器を切り落とされたブルーティアーズは万有引力に引かれて落ちていく。
 ニュートンって、よくリンゴが落ちただけで気付いたと思わないか?
 重力ならまだしも、万有引力だぞ?

 オルコットさんは後方へ退避。
 そう、現時点では後方に下がるぐらいしか移動は不可。

 動けばその鈍重な動きを目に留められてしまう。
 だから、余裕であるという態度で『動く必要も無い』と相手に思わせる為殆ど動いていなかったのだ。

 しかしその飛行は白式に比すれば緩慢極まりない。

 それに、攻撃の癖も段々お兄さんに読まれつつある。
 良くも悪くも、オルコットさんは教科書に忠実すぎるのだ。

 一番お兄さんの反応の鈍る死角からの攻撃。
 ISに死角は無い。全周を知覚することができるからだ。
 しかし、あくまで人は人。
 ISに乗っていないとき、意識しなければ見えない所は、たとえハイパーセンサーで見えていても反応は遅れてしまう。そこがある意味死角となる。

 だが、逆にその狙いが分かれば―――

 難なく、ブルーティアーズを全て排除し、ライフルの銃口も間に合わないこのタイミングならば、行ける。

―――特殊兵装『ブルーティアーズ』・『弾道型』二機展開

 あ、まだあった。
 上空にミサイルによる爆炎の花火が咲く。



「まだまだねえ、今の、焦りの表情からして明らかに誘いだったし」
「うーむ、そこは読めなかった・・・」

 黛先輩はあの隠し種を読んでいたらしい。
 なんでも、スカート状の装甲から突き出している二機のブルーティアーズは怪しさを最初から醸し出していたとの事。
 さすが整備科、見る所が違う。

「君も正直で真っ直ぐすぎるのよ。『しまった』って普通見せる?」
「してしまうから『しまった』じゃないのですか?」
「それでも隠そうとする筈よ、あそこまで露骨には見せない。一夏君は面白いぐらい引っかかったけど、まだまだ役者が足りないわねー」
「・・・先輩も表情分かるぐらい目がいいのでは?」
 眼鏡なのに。
「カメラのズームで」
「なるほど! ―――ところで詳しいですね、戦闘上の駆け引き」
「まあ、整備してると機体の損傷とかから操縦者の癖とか見えて来てね、自然と観察眼が鍛えられるのよ」
「ふぅむ・・・」
 整備科主席は侮れないなあ。

「―――ん?」
 火花の中に反応あり・・・おや、今のをモロ食らっていたらお兄さんは敗北の筈だが・・・。

 ピッ。
 メッセージが眼球内に投影される。

―――白式が『初期化』(フォーマット)、並びに『最適化』(フッティング)完了、一次以行(ファースト・シフト)を完了しました。

―――これより、対象IS、白式を織斑一夏の専用機として登録します

「はあ!? まだ一次以降前だったのか!」
「そうなの!? ―――それであの機動性・・・」
 黛先輩の呆れた声が耳朶をくすぐる。

 つまり、俺がさんざん鬼機動性だの何だの言ったのは。
 白式にとって基礎的な初期設定による物にすぎないという事。

 搭乗しているのがお兄さんでなくても出来る、必要最低限のポテンシャルであるという事だ。
 彼女にしてみれば鼻で笑う程度の物でしかない。
 だが、これより、白式は完全にお兄さんの翼としてどうどうと宣言できる。

 それは他のISには一手たりとも触れさせないと言う警告でもあるのだ。
 白式の奴ご機嫌だろうなあ。



 そして、お兄さんに最適化した白式だが。
 
 ぶっちゃけ、すっげぇ恰好いい。

 かつてのIS試作一号機『白騎士』とはまた違った意味で純白の騎士をイメージさせる外骨格。
 滑らかな曲線やらシャープなシルエットとかがなんともタイトではないか。

 白馬にでも乗せたろかという恰好である。
 そしたら、女子共にきゃーきゃー言われるんだろうなあ。
 俺みたいに首が取れてきゃーきゃー言われるのとは別の意味で。

 そして。
 お兄さんの手に光の粒子が結実する。

 刀だった。

 しかも。

 最初は反りのある棒と言う感じだったその刀は蛇腹のようになっている表面をジャカジャカッ! と展開し、縮尺からして打刀ぐらいだった刀身が一気に太刀ぐらいにまで展開、鎬はなんか光ってますます光の刀―――なんか勇者の剣っぽくね? いや、刀か―――の様相を表している。
 滅茶滅茶恰好いい!

―――近接特化ブレード。名称・『雪片弐型』

 また2! Mark.Ⅱだよ!! なんでこうも俺の趣味突き穿つモンばっかり連発するかねえ!

 さて、武器は刀一本、しかも雪片。白式は『彼女』―――こうも千冬お姉さんの焼き増しを繰り返されれば、色々と見えてくる物だ。
 そして、さっきの『世界』での彼女の『鉄拳』。
 間違いない、ある。
 触媒も、条件も揃っている。

 腑に落ちないのが、彼女がお兄さんとの最適化したばかりという事と、本来は別の個体の物であるという事。
 だが、あるのだろう。彼女はあっちでも使っていたのだから。



『俺は、世界で最高の姉さんを持ったよ―――』
 お兄さんの感極まった声が伝わって来る。ネットワークにまで歓喜が伝播していくようだった。
 最高っつうか、最強だよね。
 何を言っているのか訝しんでいるオルコットさんを尻目にお兄さんは千冬お姉さんの名前を守ると誓う。
 恥ずかしく無いのか? 幸い、二人と俺と、あと管制室ぐらいにしか聞こえてないだろうけど。

『というか、逆に笑われるだろ』
 全く理解できないオルコットさんを置き去りにして白式は疾駆する。

 笑えねえぐらいに早アッ!?

 鞘無き超音速の抜刀、居合い。
 その刀は白光を瞬かせ! お兄さんを際立たせる。
 二機纏めて両断、爆砕する衝撃さえ置き去りにしてお兄さんは一直線にオルコットさんに迫る。



―――警告!! 単一仕様能力、『零落白夜』を確認

 やはり出たか、零落白夜。
 あー、思い出すだけでクソ痛い。零落白夜(拳)とか零落白夜(蠍固め)とか零落白夜(巴投げ)とか。あああああっ! 腹立たしい!



 自らのエネルギーを食らってありとあらゆるエネルギーを対消滅させるエネルギー力学第二法則を加速させるような異様な白い滅び。

 続けて振り上げられる二連抜刀。
 篠ノ之流剣術、一閃二断だった。
 千冬お姉さんが最も愛用した決めの太刀、何機ものISや<Were・Imagine>を狩り沈めて来た業である。
 その動きは見事。
 何度も何度も、お姉さんの動きを見取り、模倣していたのが伺える。
 どこかで聞いたな、憧憬とは魂の継承を行う最大の媒介であるとかなんとか。



「きゃあ―――」
 ISの試合のルール上、まともに食らえば即座に一撃必殺、己の生命線であるシールドを食らって生み出されるそれにオルコットさんは対処出来ず―――









 試合終了のブザーが鳴った。









 あ、あは、あははのはーだな・・・。

「・・・織斑君が勝ったのかしら?」
「いや、それが・・・」
「え?」



『試合終了。両者同時エネルギーロスト――――――引き分け』



「「「「「「――――――はぁ!? ――――――」」」」」」

 黛先輩を含めた客席全体の驚愕が唱和されました。
 正直、零落白夜の能力が分からなければそうなるだろう。

「どうも、あの光の刀って、自分のエネルギー削って相手にクリティカル出すみたいですねえ」
「成る程、それならこの結果も・・・ってその能力って!」
「ええ、織斑先生の現役時代の必殺技と同じ物です」
「意味深ねえ。あと、単一仕様能力って、技じゃないから」
「・・・全くです・・・え、技じゃないの?」



 上空を見やる。
 ん?

 刀が当たると思って身を竦ませていたオルコットさんに大丈夫か? と言っているお兄さん。
 バリアが切り裂かれるだけでエネルギーが減るから、そうとは限らないのですな。
 彼女は、まだ引き分けである理由に思い至らず、え? え? ときょろきょろしているが・・・というか分からんよな、普通。

 お互いシールドエネルギーが無くなって普通に触れ合えるので、おーい、とお兄さんがオルコットさんの肩を揺さぶって。
 しかし、さっきまで確執があって勝負してたのに終わったら気さくですねお兄さん。
 これが所謂スポーツマンシップって奴なんですかねえ。

 あ、目が合った。顔近づけ過ぎですよお兄さん。

―――その瞬間

 オルコットさんの顔が真っ赤になった。
 白色人種なので、トマトみたいになるといよいよ際立ちますねえ。

 ・・・あれ?

 スターライトMrkⅢで殴り飛ばされるお兄さんを見上げつつ・・・バリア無いから滅っ茶痛そうだな・・・。
 ・・・今の何処に赤面する要因があるのだろうか?
 と、真剣に考える俺がいた。
 顔を覗き込まれたぐらいじゃビックリするだけで赤面はしないだろう・・・し?

 まさか。



 チェレンコフ光こそ無いもの・・・。
 これが放射性恋愛原子核による・・・。



 ・・・被爆したか・・・(時勢的に危険)。



 とんでもない瞬間を見てしまった。
 恐ろしい。
 こんな、要因も分からず突発的に発動するとは・・・。

「あー、なんかじゃれ付いてるわねえ、ま。後で取材するから今は行きましょう」
「とりあえず拝んどこう」
「・・・? 何してるの?」
 なんか、白けた雰囲気のまま、俺はずるずる引きずられつつ、アリーナの観客席を出るのであった。



 本日俺が手にしたもの。
 カビが取れた健康な機体。
 新聞部の部員という身分。
 零落白夜x4のダメージ。
 ・・・オルコットさんより、俺の方が白式と戦っていた実感があるんじゃないかと思うのは気のせいだろうか・・・。 
 うぅむ・・・。









 その日の晩。
 俺は食堂のおばちゃんに頼んで弁当を二つ作ってもらっていた。
 上級生になると、良く良くこんな頼みをする生徒はいるらしい。
 何を隠そう、黛先輩がそんな人なので教えてもらえた訳だ。

 だが、頼む事すら忘れる事のある先輩は恐ろしい。
 そんなに忙しいのか、整備科。



 そして、俺が今向かっているのは整備室だ。
 工具を返すのを忘れていたのだ。

 そして、簪さんが居るからでもある。
 思い出してみれば、初日に黛先輩が言っていた、俺以外の一年生とは簪さん以外には有り得ない訳で。



 整備室に侵入して辺りを探索。
 ハイパーセンサーは即座に発見、簪さんである。良き仕事だ、褒めて遣わすぞハイパーセンサー。
 そーっと近付くと、弁当を持ち上げ。
「さーて、飯食ってるかなー!」
「!!」
 びくんっ! と反応する簪さん。しかし、何度も驚かされているので努めて冷静を装いこちらに振り返って来た。
「何・・・?」
「何って夕食食べた?」
「食べてるー!」
 反応は別の所にあった。
 簪さんの機体にダボダボの制服を着てちょこんと座っているのほほんさんがクッキーを口にしつつぶんぶん手を振っている。
 ・・・やばい、この小動物的な何かは、可愛い。

 しかし。

「駄目だ! おやつは別腹! ちゃんと夕食も食べなさい!」
「ええ~!? お菓子一杯食べるから大丈夫~」
「血がドロドロになるから駄目! 体を悪くしたら僕の父に改造人間にされるぞ!」
 割と現実味があります、この恐怖は。
 既に改造されてますしねー。というか親父は自分の体にだって何の躊躇いも無く初めての理論実践するから、他人など考慮する訳が無い。失敗した事が無いという異様な功績こそ・・・あれ? あったような・・・あらんって誰? まあ、兎に角体を弄られたい人は居ない筈だ。

「・・・使い方・・・間違ってるよ・・・? あぁ・・・本音・・・クッキーのカスが・・・」
 ・・・あれ? 甘味が別腹、ってそう言う意味じゃないのか?
 簪さんはぼろぼろクッキーのカスをこぼすのほほんさんを必死に打鉄弐式から降ろそうとするが、何故かあんなにスローなのほほんさんは捕まらない。むむ、恐るべし。

 ひょい、と飛び上がって打鉄弐式に登る俺。
 人一人分の高さだが、天井に頭をぶつけられる俺なら雑作も無い(自嘲)。
「まあまあ、降りなさい」
「むー」
「でないとのほほんさんのポ○キーとプリ○ツとじゃが○こを全部春菊とセロリのスティックにすり替えるよ」
 どちらも独特の匂いと苦みに定評がある野菜。慣れると結構行けます。

 のほほんさんはそれを聞いて青ざめた表情を浮かべる。
 そこまで? そこまで恐ろしいのか?

「ひどいー! 外道ー! 鬼畜~! それが甘味好きな女の子のする仕打ちなの~!」
「ふっ、僕の脳は男だ」
「やーだーやーだー」
「・・・一口で全部食ったろか?」
 指を指すのはごっそりのほほんさんのお菓子の詰まった買い物袋。
 かはぁ・・・と開く我が口。
 袋ごとだろうが紙箱ごとだろうが食えるのが俺。
 そう、俺の胃は宇宙だ。
 ちゃんと分別できます・・・消化機がちゃんと搭載されてたらね。
 もう二度とダークマターは作らん。

「・・・私はー、お菓子の為に血を流す事も辞さないと決めたのだ~」
 なんか好戦的なのほほんさんを初めて見た。
 
 だが、お菓子の為なら・・・か・・・ふぅ、貴女も守る物があったのだな。
 両手にスパナを持っている。
 むむ、左手のは俺を沈めた業物だな?
 敵として不足無し! 
 
「いい加減・・・降りて」
「ぎゃあああああぁぁッ!」
「うわ~」

 コンソールで開閉をコントロールされたハッチに吹き飛ばされる俺とのほほんさんだった。






 さて、ネイビー? グレー? 色々可視光線以外も見える俺としては色がよく分からん時もあるのだが、そんなカラーの機体を見て思う。
 通常の打鉄に比べればスマートでスタイリッシュだな。
 うむ。飛行出力系辺りが白式の奴とシルエット的に共通しているなあ。

 ・・・ああ、どっちも倉持研で作ったのか。
 そりゃ、基本構造に共通点がでてくるのも頷ける。
 最近BBソフトの自己主張が強い気がする。成長型AIでも組んでるのではなかろうか。

 それでは本日三度目の・・・。
「か、恰好いい・・・!」
「・・・そう?」
 素っ気なく言っているように見えるが、嬉しいのか僅かに頬が紅くなっている。
 誰だって自分の相方を褒められれば嬉しく無い筈が無いからね。

「近い印象を受ける白式との差異も良いと思う。あっちがジャベリンとか持ってる重騎士のイメージだとしたらこっちはトライデントとかの細身の槍を構えて戦車を駆る感じ」
 後に、武装が真逆である事に気付くが、それは別の話である。

「・・・白式、見たの?」
「今日ね。試合あるって言ってたと思うけど・・・代表候補生と引き分けてたよ、何あの鋭角機動。見た目もなんか恰好いいし」
 IS本人は一途で嫉妬深し。あと拳は超強力な奴ですが。

「そう・・・」
「うーん、やっぱ気になるけど聞いていい?」
 ぶんぶん、と首を振る簪さん。
 お兄さんだけじゃなくて、白式とも関係ありそうだな。
 その辺どうよBBソフト。
 質問が曖昧ですとか返って来た。ち、役に立たん。

「ふむ。そうだ簪さん、僕もこの機体の制作、手伝っても良いかい?」
「・・・」
 む、あまり反応が良く無い。
「はいはーい、私は整備科希望だからお手伝いは決まってるよー!」
 なんと! のほほんさんは整備科希望だったのか!
「いいって・・・言ってない・・・」
 対して、簪さんは頑である。

「僕自身としてもだね、ISの構造を知るのは身になると思うし(整備は重要だって今日思い知った)腕力には自慢があるよ、ほら、動力系のハッチ開けるのって重労働じゃないか」

 だけど、簪さんは。


―――未完成の機体を独力で実用化する―――



 そうしたいから一人でやらせて、と言って来た。
「何故に?」
「・・・・・・おねえ―――」
「そっくん、女の子の事を根掘り葉掘り聞くのは非常識だよ~」
「ああ、御免のほほんさん。分かったよ簪さん。聞かずに手伝おう」
 何か言いかけてたけど、無理矢理な雰囲気だったからかな、やっぱり見事だな、のほほんさん。

「・・・どうして? そこまでして手伝おうとするの?」
「実は今日だね・・・」
 俺は例のダークマターについて説明した。
「ってことがあってね。今までは正直全く気にしてなかったけど、自分の性能ぐらいは把握しないとなあと思い至りまして」
「・・・非常識。自分の体なんだから・・・」
「そんなんだからー、今日危ない目に会うんだよ~」
「全くその通りで返す言葉も御座いません」
 途端に平身低頭の俺である。

「それで、解析にはもしもの為に誰かに手伝ってもらいたかったんだけど、俺の事を知っているのは簪さんとのほほんさんの二人しか居ないからさ。でも、この有様じゃ簪さんはこの子に掛かりっきりだろ? その時間を空けて欲しいというエゴがあるからねえ。のほほんさんは一組だから時間を合わせるのも大変だし。その為に頑張る、という事じゃいけませんかね? 純粋にこの子とも飛んでみたいってのもあるしね」
「・・・そっくんツンデレ~」
「いや、なんかこの学園のそこら中に居そうだからその分類だけは止めて下さい・・・というか、ツンデレって全然違う気がする」
「・・・・・・」

 あ、簪さん考えてる考えてる。
 俺には分からない原因・・・一人でやりたいと言う願望の原因が、皆でやろう! という願望とせめぎあっているのだろう。
 


 くるっと振り返ってのほほんさんとアイコンタクト。
―――ここは後一押しですな
―――それでいこ~、押して押して押してみよ~
―――協力お願いします
―――ちょこぷりんね~
―――お易い御用だ!

 と言うのが、あったか否かは別として。
 以下、簪さん交渉ダイジェストでお送りします。






 ほう? 御主、私の打鉄弐式の開発に携わりたいとな?

 はは、是非とも私の力添えを許していただきたく・・・。

 ふん、貴様等一人居た所で大して変わらんわ! 帰れ帰れ!

 はは~、簪様~、三本の矢と言う逸話もあるですに~、皆で楽しくやりましょう~。

 おのれ、本音、まとわりつくな! そもそも貴様! 自分の体の解析等、下心があるであろうに!

 恐れながらも左様で御座います・・・ですが我が身はゲボック御博士の傑物・・・打鉄弐式の開発には貢献できるかと・・・。

 ほう(ぴくっ)? 己が身を差し出すというのか? ふはははははははははっ!!! 奇特な奴よ。ならば臓腑の内の内までさらけ出すと、そう言えるのか?

 構いませぬ! 何より我がためになります故!

 良かろう! その気概、一応買っておいてやる! しかし怖じ気づけば・・・分かるな?

 のぞむところだ!!!

 わーいわーい。じゃあ、オッケーだね~。



 ・・・あ・・・乗せおったな本音!
 やったね~!
 いえーい!
 ちょこぷりーん。
 ・・・は?
 簪様も食べる?
 ・・・うむ。



 ・・・あれ? 俺もしかしなくてもモルモット決定?
 何処でも変わらんな、俺の扱い(滂沱)。




 ってな流れで。いや、簪様はこんなに寛大じゃないけど、あんな威厳たっぷりふはふは笑わないけど、概ねこんな感じ。
 じゃ無かった、簪さんだった。

「じゃあ・・・今日は、この辺で」
 打鉄弐式を待機状態の右手の中指の指輪に戻す。

「夕食をどうぞ、これじゃあ、もう夜食だけどね。抜くよりは太らないと・・・思うよ?」
「デリカシー無いよ~」

 スパナ!
 火鋏!
 ガキンッ!
 
「ぬぬぬぅ・・・」
「ほー、お主やるな~」
「のほほんさん、なんか抜けてないよ」
「にゃはは~、なんだっけ~?」
「・・・なんだっけ?」
「・・・はぁ」
 夕食にちびちびと箸を伸ばしていた簪さんはため息をついて。
「あ、簪さん―――」
「いけないよ~かんちゃーん、ため息付くと幸せが逃げるよー」
 ・・・先に言われた。

「どうしたの~? そっくん」
「何でも無いです、はい」

「明日は・・・部屋で解析開始・・・いい?」
 ・・・早速ですか!?
 その知的好奇心は目を見張りますな!
 ちょっと目が血走ってる! 怖い怖い!!
 
 は、早まったかもしれない・・・。

 まあ、俺の体のオーバーテクノロジーを片鱗とは言え見たらそうなるわな。
 ・・・この手のタイプの人間なら・・・。
 あ、明日はちょっと待て。

「あ・・・ちょっと待って、明日、黛先輩に部の取材があるから来てくれって言われてたんだ」
「あー、楯無御嬢様の友達の~?」
「そうなの? どうりでなんか簪さんについて詳しいと思ったら・・・布仏先輩と同じ整備科のトップだからってのじゃなかったか・・・あ、新聞部になりました」
「あれ~、お姉ちゃんの事知ってるの~」
「今日会いました。黛先輩と歩いてたね。盗聴器の破片渡したら颯爽とどっか言っちゃったけど」
「楯無御嬢様は御愁傷様だ~」
「・・・なにが?」
「お姉ちゃんは怒ると怖いんだよ~」
「あー、納得だなー」
 俺は遺伝子上の姉である千冬お姉さんと、ゲボック家の一員としての姉・・・一番接している姉を思い出した。
 納得、アレは怖い。地球で最も怖いかもしれない・・・どっちも。

 やっぱり一番は妹だ。うん、これに限る。

「・・・・・・帰る」
「・・・あれ?」
「あー、駄目かー」
「何が?」
「おいおいねー」
 まあ、お待ちしますよ。

 俺とのほほんさんは(というか殆ど俺)スペースを片付け、簪さんの後を追うのだった。
 どうもそれから簪さんはふさぎ込んでしまい、何を話しかけても、ぞんざいに「うん・・・」「そう・・・」としか応えてくれなかった。
 一回体を張って頭部とリンゴでジャグリングとかしたけど効果はなかった。
 ・・・うん、ちょっと吐きそう。
 やっぱり家族関係か・・・。
 俺にはいまいちなあ、理解できてないな、全部自然な家族とは言えないしな・・・。

 うつらうつらと考えつつ、床につく。
 ベッドだけど床とはこれいかに?

「ねえ、ソウカさん・・・」
 お。あれから初めて話しかけてくれた。

「どうしたの? 簪さん」
「ソウカさんのお父さんに改造人間にされるって・・・本当? どういう事?」
「・・・は?」
 よりによって食いつくのはそこですか?
「・・・仮面ライダー・・・」
 ちょ、簪さん!?
 凄い不穏なフラグが立った気がする。
 こりゃ絶対、親父に会わせるわけにはいかないかもしれない。





―――サアアア―――
 波が打ち寄せては引く音がする。
 また来たよ。
 いや、来られたのか?



 やっほー。
 夢にまぎれて来たよ?

 白い少女が居た。
 何だ夢かこの野郎。
 髪も服も肌も白い。
 背景が砂浜なのはデフォルトなのだろうかね? あれ、白式の世界だからじゃないの? エンブリオも砂浜なの?

「結構オープンだなー、エンブリオの奴。あっさり白式呼び込みおって。白式も、お兄さんとコンタクトとかしないの?」
「どうも普段は一夏、チャンネル開いて無いみたいで・・・」
 退屈でーって、暇つぶしかい。寝かせろこの白いのが。
 相変わらず周りでは十人ぐらいの穴空き子供がカゴメカゴメやっていたりする。
 あれって実は怖い歌らしいよ? まあ、本気で調べた訳じゃないけど。



 取りあえず、カビを取ってくれたのでその時決めた通り拝んでおく。
「・・・なにそれ?」
「いや別に? そうそう、代表候補生相手に凄い健闘だったな、おめでとさん」
「あー、あれ、本当なら勝ってたわよ」
「何それ、負け惜しみ?」
 引き分けだけど。

「はぁ、君の生体組織の操作でちょっとどころじゃないエネルギーを使ったのよ、それが無きゃ英国産のアイツを一刀両断に出来たのに・・・!」
「したら死ぬがな」
 あ、アレでエネルギー食ってたの?
 助けられた身分としてはちょっと心苦しい物がある。
 あと、ISは全部束博士産だろ?

「まって・・・何か聞こえる?」
「・・・ん?」

 なんかコア・ネットワークに何か混信があったのか、女の人の声が聞こえて来る。
 まあ、ISは基本女性しか乗れないから、研究者じゃない限り女の人以外の声なんて聞こえてこないのが普通だけど・・・。



『御嬢様・・・? これは何ですか?』
『あはは・・・やっぱりお姉ちゃんは妹が心配なのよね。なんかあったら大変だから『常に!』見守ろうって・・・』

「その、『常に!』に力を込める所・・・その気持ちは分かる!」
「黙ってろシスコン」
 白式酷い。お前の主もシスコンじゃないか・・・ッ。

『簪お嬢様にも、プライバシーという物があるのですよ? それに、あの部屋は簪お嬢様だけの部屋ではないのです』
『そんな事は関係ないわ! 何故なら私は生徒会長・・・その通りに振る舞うだけなのだから―――』
『関係ありませんね? ・・・ふぅ、(ばきんっ、ごきんっ、がきごきげめきぃ!)なんて物・・・(ぎががががりがぎゃりっ!)仕掛けてるんですか? (べきごきぎぎぎごぉぎゃぎゃあっ!)御嬢様アアアアアッ!!』
『あらいやだ、御嬢様じゃなくて―――ちょ、虚ちゃん! ちょっとそれはシャレに―――』
 キャアアアア! これから虚ちゃんが生徒会長!? とか聞こえてきたが・・・。
 それより、ばきごき・・・あの異音は何なのですか?
 知りたく無いけど興味が尽きない・・・何なんだこのジレンマはっ!
 
『これは・・・『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』だったかしら? あれ? 名前変わったんだっけ?」

「お前、お兄さん以外は割とどうでも良いんだな・・・」
 首を傾げる白式に俺はため息をつくのだった。



 そうそう、引き分けの原因となったエネルギー不足だけどさ。
「具体的にどうやってエネルギー送ってたんだよ」
「これだけど」
 ゴゥ! と発動する零落白夜(拳)。
「もっと穏便に送れよ・・・何その頭悪い方法」
 というか、エネルギー消滅攻撃でエネルギー送るって矛盾してねえ!?
 それで効率悪かったんじゃないか?
 
「あ? 何? 文句を言うの? 貴方のせいで勝てなかったのになー?」
「・・・ケンカなら買うぞ?」
「ちょっと私今、不完全燃焼だから・・・今なら売りつけるわよ? 敗北とセットで」
「生憎持ち合わせはねえ、敗北は売れ残りだ!」
 はっはっは、うふふ・・・と俺達は笑い合い。

「「黙ってくたばれ!」」

 第二ラウンドを始めるのだった。
 妹よ、兄にも、負けてはならぬ戦いは結構割りとしょっちゅう起きるようだぞ・・・。




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セシリア戦はソウカによる予習があった為、被弾が少なく、この結果に。
全くソウカはセシリアの兵装を知りませんでした。偶然です。
本文通り、ソウカの治療が無ければ勝ってました。

あと、予想だにしない事だが・・・。
簪ちゃんがつぶらさん化して来た気がする。
ネクロフィリアにならないよう気をつけないとなぁ。


そして、いつもいつもこんな感じの未熟文章を読んでいただき、ありがとう御座いました。



[27648] 原作編 第 5話  酢豚って豚のシメ方じゃ無かったのか?
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/10/22 10:18
 夢を、夢を見ていたんだけどね?



 天才束さんにとって夢ってのは色々こう―――くいくいって考えてた理論を試行してみる場面であって、神秘的なもんなんて何も無いんだけどね?

 え? 『束さん』って、名前出しちゃダメだって?
 いーじゃんべっつに、かったいなぁ~。

 あー。もう何年もぐっすり眠って無い気がするよ。
 眠るってどういう事なのか、もう思い出せなくなっちゃってるね、はは。

 え~、やんなきゃ駄目? 面倒くさいなあ。



 ん、んん、うぉっほんっ!

 夢を、夢を見ていたんだよね? ―――嘘だけど。

 別に、別に目の前に居るのを恨んでる訳じゃないんだって。
 違う出会い方なら、こうはなってなかった筈だよね。
 でも、出会っちゃったから仕方ないよね。
 時間は不可逆的で、戻れないんだし。
 たださ、やっぱり上を目指すよね、止まってるのは愚か者のする事だよ。
 こう、きっちり白黒はっきりさせたいよね。まあ、束さんとしては、興味ある事だけだけど。
 どういうのかなぁ、こう―――心に区切りだって付けたいんじゃないかな?
 目の前に居る人は壁。どうあっても気に入らない存在。私だったら徹底的にぶっちめちゃうね!

 うんうん! それもこれもぜーんぶ前にGO! するために!
 束さんなら束さんの思うがままに突き進むために!

 よっぽどの馬鹿でない限りそう思ってるよね!
 君だってさ!!






―――というわけで

「あー終わり終わり、めんどくさかった。やあやあ! ゲボ君! 打ち上げにはやっぱり焼き肉だよね! ちーちゃんも誘ってズヴァッとウマウマしにいこうよ!」

「内容が変わっテないのに言い方一つでコこまでの格差が!? タバちゃン! まだカメラ回っテますよ!? なんか最初からダメダメ感バッチリだっタのにここに来テ駄目の駄目押しでスっ!?」

「お前ら真面目にやれ・・・さもなくば死ね」

「フユちゃんガ来たー! 初めから怖い事言ってますよ!」
「おぉー・・・はい、おわり♪」



 ブツン―――と画面がブラックアウト。場面が変わる。









 ああ、俺は。
 俺が制すと決めた領域に於いて、かつて無い強敵―――同じ領域に於いて覇を示すならば、その戦いには決して背を向けてはならない。
 限られた空間―――当然逃げ場はない。逃げる気は毛頭無いが・・・に於いて、相手と対峙する。



 同一種族の中には、どうしてもエリートと呼ばれる個体が発生する事がある。
 ドラ●エ2でいえば、バ●ズ、アト●ス、●リアル等だ。
 彼らは、同一種族の中でも色は違うわなんか呪文は規格外なのが飛んでくるわの段違いを示す。
 もう面倒なんで詳しくはモンス●ーズプラス、ド●クエ2編で、彼らの説明を読んで欲しい。

 これは、現実に於いても別に特別な事ではない。
 居るのだ、科学的な根拠が無くても、特別に突き抜けた個体というのは。
 しかも、その原因が遺伝子ではないと言うのだから、原因の解明は非常に困難だったりするもので。
 もし一卵性の双子として生まれた個体であっても、その差は明らかである。と言う事実が残る。
 そう言えば、アイシールド●1にも居たな、そんな双子。

 そう、俺が対峙しているのはそんな個体なのだ。
 まさに覇者となるべくして生まれた相手。種は違えどもその威容は理解できるのだ。

 一万年に一体。
 生まれるか否かという奇跡。
 r戦略と言う数のゲームによって、確率論の偶然を乗り越えた超個体。
 ある意味、親父や束博士もその一種と言えるだろう。
 俺たち人間はK戦略のはずなのだが。



 なお、r戦略、K戦略とは、子孫をいかにして生き延びらせるか、と言う手段を大きく二つに分けて示す方法である。
 r戦略とは、兎に角たくさんの子供を産み、その殆どが多生物や外的要因で成体に至る前に息絶えるが、当初の数のあまりの多さによって子の生存率を高める戦略だ。

 対するK戦略は、生まれる子供を減らす変わりに、一匹当たりに対し、その生産に費やすエネルギーに心血を注ぎ、そうそう死ににくい優れた個体を誕生させる事だ。また、親の庇護により子の生存率を更に高める事もその一巻となる。

 分かりやすく言えば、マンボウのような数万の卵を産む生物は前者であり。
 人間は典型的な後者であると言える。
 ふと・・・少子化ってK戦略の極地なのかなーとか考えて見たり。



 まあ、それは置いておいて。
 かつて、地球(ポコペン)に侵略に来たらしい蛙風味な知的生命体による侵略軍、その部隊のある新兵は、一万年に一匹生まれるか否かと言う凄まじいスーパーインセクター、『超兜』(ゴルン・ノヴァ)
とひとなつ(漢字で書くとお兄さんと間違えられやすい)を戦い、激闘の末敗北を喫したと聞く。

「お前―――名は?」
 問う。
 種族の違いは、俺にとっては支障になら無い。
 俺には様々な種族と意志を交わすため―――

 ドリトル式言語翻訳機。
 イーハトーブ式交信装置。
 ムシキ●グ式思考疎通装置。

 の三つが搭載されている。

 これ以上の意志の疎通がしてぇなら『翻訳蒟蒻』でも持って来なぁ! と言える自負がある。



 そして、俺の言葉が通じた事に驚いたのか、ピクピク感覚器官を揺らめかせ、そいつは答えた。

「―――『GKBR』(ラグド・メゼギス)、それが通風口(この舞台)を統べる覇王の名だ」

 そう、それは必然の出会いだった。

 俺が、IS学園を縦横無尽に跋扈する為、通風口をマッピングする事を日常としているならば。
 これは必然だ。この世は偶然では無いと願いを叶える店では言われているが、運命―――いや、宿命ではなかろうか。

 俺が奴を発見した時。
 奴は本来天敵であるはずのアシダカグモを返り討ちにし、持ち前の雑食性で貪り食っている最中だったのだ。



「良い(つうか格好良すぎねぇ!?)名だな、俺の名はソウカ―――人間(?)だ」
「―――珍しい、人間か。俺を見てきゃあきゃあ言わないのは褒めてやろう―――俺が倒した敵として胸に刻むには良い名だ」
 ●シキング式意思疎通装置が、奴の意識を伝えてくる。
 そこに満ちるのは―――縄張りを犯した敵に対する、威圧だった。
「そりゃあ、皆ギャアギャア言うと思うよ? ここ、用務員さんと俺とお兄さん除くとさ、みんな女性なんだし」

「ふむ―――人間のメスには『SHUFU』と呼ばれる我々の天敵が、『SURIPPA』や『SHINNBUNSHI』と言う必殺武器を用いていると聞いたが、それは眉唾だったか」
 ほう、アース●ェットはまだ未経験と見える。
 ちなみに、俺はキンチョ●ルは対空兵器だと思う。対地殲滅能力は薄い気がするんだ。
「いやいや、ここのレディ達はまだ未成熟だ、『SHUFU』にクラスチェンジするにはまだ早い」
 あの、インテリ眼鏡の教頭は知らんけど。
 性格きつそうだから多分独身だね、うん。
 ちなみに、我が家だとレーザーとかで焼き殺されます。
 二日に一遍ぐらい俺や親父が誤射されると言う欠陥があるけどね。
 生物兵器の癖にSHUFUランクを『極』まで経験値蓄積した姉が居るので。

 あと、一番『SHUFU』の域に近い学生がお兄さんだってのは凄ぇ皮肉だと思う。IS普及による女尊男卑化が、こんなところにまで影響を及ぼしているのだ。

「ほう、まだ幼虫だったか」
 その表現はものっそい拒否されると思うなぁ・・・。
「して―――貴様は?」
「僕―――いや、俺は男だ」
「オスか・・・ならば分かっているな?」
「あぁ・・・分かってる、そのために来たって言ってもいいぜぇ?」

「我が縄張りを犯すものは『COCK』であろうと撃退してきた。貴様如きには負けん!」
 いや、そこは別にコックで良くねぇかい?

「明日の女の子達の精神衛生の為にも、駆除してやるぞ『なんかものすっごいゴ●●リ』(ラグド・メゼギス)!! 貴様の縄張り―――今日から俺のものだああああああ!!」



 激闘が、始まった。
 因みにに、通風口で喋ると各部屋に声が届くので、あくまで俺らの言語による疎通です。



 通風口は、狭い。こ・・・こ、小柄な俺でも四つん這いになって進むほどだ。
 まぁ、普段はPICで飛んでるから体を引きずる事も無いんだけどね。PIC万歳。
 故に、そのサイズと超高機動走行により、地の利は奴にある。

 だが、その空間内で、あえて奴は飛んだ。

「なに!?」
「食らうが良い!! 柔ら●なる剣『列迅』!!」

 何故不利な空中戦を選んだのか。
 意図はあるだろうが、こちらが優勢を誇るこの瞬間を逃すわけが無い。

「なにィ!?」
 だが、なんと奴はあたかもPICが備わっているのでは無いかと言う、慣性を無視した鋭角飛行をこなし、俺のゴム手装備の拳を回避する。
「俺の名の意味が―――分かっていなかったようだな」
 その声を聞いてハッとする。
 瞬撃槍(ラグド・メゼギス)―――ハッ、そう言う事か!

 奴の特筆すべき事、その名が示すのは、脚による速度では無く―――本来奴種族がの苦手とする空戦の巧みさを意味するのか!!
 でも、飛んでる時のアイツらって凄えビビらないか?

 飛行中のラグド・メゼギスは、俺を嘲笑いながら、すれ違い様にピヨんピヨん言っている触角を閃かせる。

 斬ッ!

 俺の右腕が肩口から切り離される。

「うぐぅあああああああああああ―――――――――」
「!!! ―――ぬっ? 手応えがッ!?」
「――――――なぁんてなぁ!」

 緊急分離回避成功!
 俺の全身は関節毎にPICが組み込まれている。
 攻撃を受ける際、分離して回避など造作も無い!

「流石だなぁ! お前の名も俺に刻むしか無いようだな―――だが、今度はこっちの番だ!」
 食らうが良い―――その特性を最大限に生かした一撃!
 バラバラと俺の体が分解し、それぞれが攻撃力とも言える速度を伴う。
「受けるが良い!! 氷●爆花散ンッ!」
 まぁ、撒き散らすだけだけどね。俺BT適正ないし。
 あと、冷たくも熱くも無いのでご了承下さい。

 あ、でも、もし腕以外で潰したら、簪さん、洗浄バッチリしないと、口聞いてくれないどころか、部屋にも入れてもらえないだろうなあ・・・。
 奴らの及ぼす精神的影響はそれだけのものがある。

「うぐぉおおおおおおっ―――!?」
「馬鹿なっ!」
 奴の放つ声とは裏腹に、俺の攻撃が悉く当たらない。
 壁にぶつかると音が五月蝿いので止めている俺の躊躇いが仇になるのか、奴は慣性を全く感じさせない動きで、俺の攻撃を紙一重でかわす。
 その様はまさに神速、影を置き去りにするような絶対速度だった。

「捉えた」
「なっ!?」
 奴はなんと、俺のコアがある胸部辺りのパーツ部分に迫って来た。
 なんて事だ。俺の本体の気配を確実に掴んで、これだけの分離パーツの中から『俺』にたいし、確実に所在をつかみ取るとは!



「受けよ、我らが―――三億年」



 生きた化石―――シーラカンスやカブトガニと同じその称号を得ているラグド・メゼギスはその身を白く輝かせ始めた(精神世界での出来事です。実際にはそんな事無い・・・と、思いたい、切実に)

「さァせるかあああああああ!!」
 繰り返すが、俺にはBT適正はない。
 PICで体を分離浮遊させても、あくまで人間の体の動き、その延長でしか巧く操れない。
 バラバラに動かしているじゃないか、と言ってもその実単純な動作だ。
 だいたい、パーツの浮遊位置は、俺の寝ている姿勢をただ、四肢を伸ばしている、それでしかないのだ。
 
 ロケットパンチを遠隔マニュピレーとして使えるのは、腕を飛ばしているその時、俺は『間が分離しているが腕を伸ばしている感覚』でなら操れるからだ。
 両腕は離れてしまっている。
 ならば、最も器用に立ち回れる部分を持って俺のコアを守るしかない。
 つまり、ヘッドバット。
 こちらも脳―――『俺』の本体があるが、リスクに躊躇っていれば、勝ち目が無い。
 これぞ必殺スカポ●お笑い道場流———『コンナンイラヘン』!!
 コピー強化体たる●カポカーンでさえ再現できなかった一撃を受けるが良い!



『瞬撃槍』(ひかり)よ!!」
 対し、奴は全身をいっそう強く輝かせる。
 こ、これは・・・まさか、オーラを視覚化させる程に(本人達のテンションによる脳内補完、通称セルフエフェクトです)!?

 あれ? 技の格好良さ、ダンチであっちが上なんですけど。

「害虫の分際で光なんぞ叫ぶんじゃねぇ!!」
「海より先に挑み、地上での光の恩恵を受けたのは昆虫(我々)だっ! 後からのうのうと現れ、己の利己のみで勝手に害などと決めつける脊椎動物(毒虫)がぁああ!」

 虫に虫言われたんだけど!? なんかおかしいルビがあった気がすんだどなぁ!? が、俺は虫なんぞに一歩も引く気は無ぇ!

「何物をもぶち抜く!」
「何物をも突き穿つ!」

「「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 強い・・・かの新兵が一グラップラーとしてスーパーカブトに敗北したのも頷ける。

 だが、俺は人類の叡智、インフィニット・ストラトスの肉体を有する者。どれだけ歴史を積み重ねていようとも、虫何ぞに敗北するわけにはいかない。

——————が、その時



「喧騒が及ばないよう、音を立てないように気を使ってくれるのは良い心がけなんだがな?」



―――はい?

 全力同士の激突でテンションがうなぎ登りの中、どこからか、なんか聞いた事がある声が聞こえて来た。

―――要人感知センサーに感アリ
 個体識別―――織斑千冬と断定。

———は?



「うぉ、危ッ!」
「ほう? 他所に気を向ける余裕があるとは呑気なものだな———?」
 水を刺されて気の抜けたところで、ラグド・メゼギスの勢いが増す。
 しまった! 気を削ぎすぎた・・・このままでは―――押し負けかねんッ!



 しかし、俺たちの戦いは、水入りで呆気なく終わりを迎えた。

「騒々しい―――喧騒の気を撒き散らされたら意味が無いことぐらい悟れ———騒々しくておちおち寝てられん。ガキだから騒ぎたいのだろうが―――黙れ、動くな。特に、私が寝る時はな」

 こんっ。
 部屋の中に居るであろう人物が、通風口の壁面を壁越しに小突いた。

 途端。
 衝撃が足元―――通風ダクトの側面から衝撃が―――

 キィィィィィ――――――

 な、なにぃッ!
 これは・・・空気を媒介に、衝撃が伝播してくるぅぅぅぅぅ!?

「ぐはあああぁっ!」
「なんだとぉッ!!」

 鍛●功!? ま、まぢでぇぇぇえええええええええwッ!!
 いや、まぁ・・・浸透剄列の打法なんだろうが・・・いや、これ絶対防御抜くんじゃねぇのかッ!?

 そうして俺とラグド・メゼギスは一撃で纏めて打ち倒され、瞬く間に戦意と心身の自由を奪われるのであった。



―――脅威終了(攻撃主が床につきました)
「ぶ、無事かよ、ラグド・メゼギスや」
「そういうお前はどうなのだ」
「まぁ、なんとか―――ぐふ」



 激闘の末、俺達は戦友(とも)となった。
 俺とこいつじゃ食糧問題で激突しないし(残飯なんぞ食うか)通行するだけだしね、俺。利害が交錯しないって事で和解したってのが正しいかなあ。

 ・・・俺達程度じゃ圧倒的強者による蹂躙の前になんの意味も無いと分かった事だしな。

 そう言うシーンっつってもこっからじゃ夕日もなにも見えないし、今、夜なんだけどねー。ま、雰囲気で。
 しかしまー、ここは千冬お姉さんの部屋だったか・・・覚えておこう。
 まさか闘気(笑)を感知されるとは思わなんだ・・・。

 うん、ここは最上級危険地域(モースト・デンジャラス・ゾーン)指定だぁね・・・・・・。

「ぐふ」
「がく」



「やっほー、ただいま」
「・・・お帰りなさい」
 天井の通風口からでて来ても極普通な反応。あぁ、簪さん。慣れられてしまいました。ちょっと寂しい。

「いやいや、今日は強敵に会ってねえ」
「・・・ライバル?」
 なんかグッと拳を握る簪さん。おぉ、分かってらっしゃる。



「ふむ―――良い女だな。健康そうで、良い卵を産みそうだ」
 ぺと、と俺の頭にラグド・メゼギスが乗っかって来た。
 ついて来たのか、この公的指定害虫め。
 あとね、人間は胎生だから卵産まないから。

「おい待て、俺はそう言う目で彼女を見てないから、嫌だねえ、男女見るとそう考える虫は」
「何を言う。セミ等は出会いの機会は七日しかないのだぞ? 何事も先手必勝だろ」
「あのねえ、俺、2歳なの」
「ああ、老害か」
「テメェらのタイムテーブルでもの言うんじゃねえよ!?」
「ふむ―――より良いオスをどう見るかの目差しをメスであるこちらの目で言えばな―――」
「お前メスなの!?」
「それぐらいフェロモンで分かれ、そんななのだから2歳にもなっても交尾一つ出来んのだ」
「分かってたまるかぁ! だから2歳じゃ早いんだよ人間は!」



「・・・・・・ソウカさん・・・ッ!?」
 ん?
 なんか雰囲気おかしいな?
 と言う訳で簪さんの様子を見ると、彼女の視線は俺の頭に居る―――ラグド・メゼギスに釘付けな訳で。
 
 あ、忘れてた。まっず。

「いっ、い、い、い、・・・・・・」
 簪さんは何やら崩れ落ちそうな表情を腕で庇いつつ、右腕を振りかぶった。
 その腕を量子の輝きが包み込み、ネイビーカラーの鋼が纏われる。

「あ、あれ? まだ殆ど組み上がってないんじゃ・・・」
「か、仮組は・・・で、できっ・・・」
 あー、そう言えば外観は出来てましたね。
 簪さんは見ていたくないと、ぐぅっと、顔を背けた。
 もう、耐えられない、と言った感じで。

「いやあああああああああああああああああああああああッッッッ!」
 あ、色々決壊した。
 そうだよねー、髪留めみたいに『GKBR』頭に乗っけてたらねぇ。

 ブゥンッ! と武の理に則る、ちゃんと腰の入った拳が俺に炸裂した。
「ぶげらぁッ!」
 炸裂した拳は、ISできちんとパワーアシストされており、人間なら救急車より霊柩車が必要な破壊力であったとだけ、記しておく。

「愚かなり、敵を仕留めたと確認するまでに視線をそらすとは・・・それでは当たるモノも当たらんぞ!」
 ぶーんと、素早く飛んで回避するラグド・メゼギス。
 ふ、ふざけんじゃねえあのムシケラがああ―――

「甘い! この間冷蔵庫で蓋をこじ開けたジャムより甘い! この程度の一撃、春のバルサン(焦土作戦)に比べればどれほどのモノでもないわ!」

 ぶぅーん、と無責任にも、通風口へ飛んでいく。
 あと、どこの冷蔵庫だろう、ちょっとゾッとする。



 魂畜生・・・!
 絶対この分、贖わせてやるぅぅぅぅぅううううう・・・!

―――ライバルが出来ました、な脳海月野郎の日記より抜粋











 ・・・ん?
 なんか手紙が来てる?
 へー、IS操縦に必要な手続き対策の資料ねえ・・・。
 え? 簪さん、常識だって?
 なになに? 『本籍のと同じ漢字で書かなきゃいけないから本籍の謄本丸ごと送りました・・・』ふーん・・・。
 姉さんだなこんな封に気を使ってくれるの
 どれどれ? うわー、俺本当に親父の息子になってるわ・・・は?
 どうしたかって? 簪さん・・・。
 ウチの生物兵器全員家族・・・ああ、それは良いんだけど、日本籍ってのになってるんだが・・・大丈夫なんか日本の戸籍。
 審査とか何もしてないのか!? 大丈夫かマジで!?

 ・・・あ、俺の名前だ。
 へぇ・・・一応帰化人だから名字が先に・・・へぇ、漢字になってんだ。俺の名は・・・。
 な、な、な・・・なな、なんだこりゃあああああああああああああああああああ!!!!



 その日の夕刻まで、時間は飛ぶ。



「はいはーい、新聞部の~、副部長! 黛薫子と~」
「同じく新聞部の~、新入部員! ソウカ・ギャックサッツのぉ!」

「「話題の新入生! 『織斑一夏、独占! インタビュー』にやって参りましたー!」」

 ででーん!
 と効果音の出そうな感じで、寮の食堂に俺と黛先輩は参上する。

 おぉぉお! と歓声の上がる1組レディ達。

 皆さん、やって参りましたクラス代表就任パーティ、イン新聞部’sで御座いまーす。
 にしても、ノリが良いです。結構好感が持てますね。
 まあ、ウチのクラスも大概なんですが。

「「どうぞ、これ名刺です」」
 声を揃えて一夏お兄さんに差し出す名刺。
 なお、俺の名刺(手書き)は少々バージョンアップしているのだよ。

 内容に、『新聞部』の肩書きともう一つ。
 『織斑一夏専属パパラッチ』が追記されているのだ!!
 なお、これは副部長こと黛先輩の勅命だったりする。
 まあ、もとより、側になるだけ居ようと思ったから願ったり叶ったりだったりします。

「なぁ、その動きって、練習でもしてんのか?」
 お兄さんは頬をヒクつかせており『うわ、こいつ等なんつうノリだ』的表情である。
 続いて、俺と先輩の名刺を一瞥して。

「———ん? ソウカってこう書くのか?」
 名刺の名前をさして言う。
「あー、僕も今朝知った。今までカタカナで書いてたしね。なんでも、戸籍通り書かなきゃいけない書類があるらしくて。帰化人って面倒だよねえ」
 名刺には、実家から送られて来た書類通りに名前が記されて居る。

 『ギャックサッツ・双禍』
 あくまで戸籍上はです。普段は双禍・ギャックサッツと呼んでいただきたい。
 若しくは今まで通りソウカで。

 苗字はどう考えても『虐殺』にしかならず、カタカナのままにしたそうな。
 何せ、最初は冗談で。

 『葬華虐殺』

 なんて書かれてたから、しばし俺は考え込み・・・。
「これなんて.ha●kのスキルですか!?」
 ツインユーザーかマルチウェポンの技だな・・・語呂的に・・・ではなく。
 叫びに、ふと簪さんの注目を呼び、見せたところ、「・・・ちょっと、格好良いね」と存外の好評を得た。
 ツインユーザーかマルチウェポンの技だな・・・語呂的に・・・ではなく。
 簪さん・・・。



「でも、この字ってあんまり意味良く無いよな」
 お兄さんが指し示すのは俺の『禍』の字だ。『禍々しい』の『まが』だしねえ。
 こいつは俺も驚いた。
 てっきり『双夏』だと思ってたので。
 ちょっと親父と拳で語り合わんとな。
 あ、無理か、あっちドリルだし。
 通常攻撃が必殺技っぽいのはずるいと思う。
「多分、日本人が無駄にドイツ語の必殺技を格好良く思う心境と同じなんじゃ無いかなあ」
「あぁ、居るよな。『肥満体』とか刺青で彫ってる外国人」
 何それ、見てみたい。
「ちょっと洒落にならんよね」
「だよな・・・」
 何せ、そう簡単に消せないし。

「はいはいはいはい、二人でまったりしない。それではズバリ織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」
 ずいー、と割り込んでくる黛先輩。
 まったりしてたかなぁ?

 と視線を巡らせると箒さんを発見。
 あれれ? 折角のパーティなのにムスっとしてます。あれぇ?

「まぁ、なんというか、がんばります」
「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」
「自分、不器用ですから」
「うわ、前時代的!」
 ふむ。お兄さんは恥ずかしがって言えぬか。ならばフォローの男子、双禍が力添えしようでは無いか!
 
「先輩先輩」
「———じゃあまあ、適当に捏造して・・・なに? ソウカ君」
「ボイスレコーダープリーズ!」
「何するんだ?」
「まぁ、任せてくれたまえ」
 お兄さんに一言告げボイスレコーダーの前に。
 『偽りの仮面』限定起動。

 えー・・・と、確か。
「俺に触るとケロイドができるぜ!(一夏ヴォイス)」
「物騒すぎるわ! 俺はどこぞの研究所の作った化学兵器かッ!」
 お兄さんに即座に突っ込まれた。
 べしーんと音が響く。
 え。さっきこんな意味で言ってなかったっけ?

「・・・あはは・・・でも、凄い声帯模写ねぇ、よし、採用」
「しないで下さい!」
「双禍は俺の事なんだと思ってんだよ」
「放射性恋愛原子核」
「なんだそりゃあ?」
「放っておくとすぐ漫才し出すわね貴方達。あぁ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 黛先輩がオルコットさんにインタビューしている傍ら、俺はムスッとしている箒さんの方に行く。

「どもー、お久し・・・二日ぶりぐらい? 元気ですかぁ?」
「・・・ソウカか。お前は元気そうだな」
「まぁ、色々艱難辛苦はあったけどね・・・」
 分解とか超合金風超圧縮パンとかダークマターパンとか零落白夜とか。
「そ・・・そうか、聞かないでおく」
「そうしてもらえるとありがたいですね」
 よっぽど俺の表情に悲壮感があったのだろう。
 同情でもその優しさにちょっと目が潤んだ。

「ゲボックさんは・・・元気か?」
「あ、そうか、箒さん親父と面識あったっけ、そう言えば・・・ん~まぁ、親父が元気じゃ無いのは織斑先生に完全沈黙させられた時ぐらいじゃ無いかなあ」
 格ゲーで言えば体力ゲージの実に五倍ぐらいのダメージを受けるコンボ食らった時であるのが最低条件だけど。

「・・・言えてるな・・・親父?」
「当然血は繋がってないぞ? 今更俺らは気にしないけど」
 確か箒さんは親父謹製の生物兵器と交流がある。
 確かアンヌこと茶の三番と仲が良いらしい。by昨夜脳内電話した姉さん情報。
「・・・聞いて良いか?」
 つまり、生物兵器か聞いて良いか、という事だ。
 ふむ・・・知っている彼女なら問題無いさね。

「おうよ、僕はサイボーグだったりします」
「そうか・・・何か困った事があったら言ってくれ」
「それはこちらの台詞ですね。何かあったら言って下さい」
「すまない・・・」
「いえいえ」
 なんという事でしょう。箒さんはお兄さんが関わってない時はとっても優しい、良い人です。
 ・・・彼女は幼馴染みという、長年かけた重度恋愛原子核被爆者だからなあ。
 それに比べれば・・・まぁ、交流期間は短いけど俺の幼馴染みなんて、すぐナタとか出刃包丁引っ張り出してきやがる。
 鬼隠しなんてねぇぞこの辺にゃあ・・・。
 束様束様ってあの銀髪三つ編みの糸目餓鬼・・・。
 女性って怖い。

「・・・む」
 いきなり箒さんが険しい表情を浮かべたので原因(確定)を取り敢えず見てみると、オルコットさんと握手してツーショットの体勢に固められていた(犯人は勿論黛先輩)。
 必死に緩みそうになっている表情を引き締めているオルコットさんは見ものだが、それより何より・・・。

 一組の女学生がシャッターチャンスを虎視眈々と狙っているのはどういう事だろう。
 ツーショットなぞ赦すまじというオーラが湧き上がってて引く度合いがちょっとどころじゃ無い。

 皆様、目がギラギラしてるし・・・。
 皆が皆、オルコットさんやお兄さんの視界に映らないよう、体を物陰に潜ませている。
 お前等は加賀の出か!?
 同じクラスで生活して居るせいか、
皆、大なり小なり被爆して居るようだ。
 放射性恋愛原子核の脅威、その片鱗でこれだけとは恐れ入る。

 勿論、隣の箒さんも、いつでもバッチ来いやぁ! 状態。

 ナムナムと心の中で手を合わせる。

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は?」

 視界の片隅にBBソフトが74.375と表示・・・便利すぎるなぁ、なんか馬鹿になりそう・・・これがゆとりか。

 ・・・えー、と?
 2とか、チーズとかは笑顔になるんだろ?
74.375って・・・どんな表情すりゃ良いんだ?

 どんな表情だろうと顔を歪めていたのだが、その間にも事態は進む。
 シャッターは切られ、目にも止まらぬ恐ろしい速度でツーショットはクラス集合写真に早変わりしていた。
 ・・・息もピッタリだし、変なところで軍人的統率が為されている、と言えば良いんでしょうか?

 抗議するオルコットさんに総員がニヤニヤするという微笑ましい光景をしばし眺めていたが、ふと思いついた。
 視覚情報履歴を巻き戻し巻き戻し———あった。
 あったけどなんつうシビアな。
 俺はIS学園の女子生徒のバイタリティに内心苦笑するしか無い。
 『偽りの仮面』は便利だなぁ・・・・・・(視線を遠くに)。



 目当てのモノを無事得た俺は、ぺたぺたオルコットさんの側まで歩いて行き、ふんわりワンピースっぽく改良されている制服のスカートをくいくい引っ張る。
 どうでもいいけど、この学校デフォルトの制服ってどんなんなんでしょう?
 皆改造してて皆目見当もつきません。
 ちなみに俺は軍人さん風ズボン。
 姉さんが勧める短パンを拒むのにどれだけ苦労したか・・・。
 箒さんもなんかミニスカートっぽいし。
 そんな男誘うような格好はいけません!
 あぁ・・・お兄さん誘ってるのか。効果は・・・あぁ、哀れな。

「おや———あなたは新聞部の」
「双禍・ギャックサッツです。まぁ、僕の事は兎も角、これは如何でしょう?」
 俺はひょいっとそれをかざした。
「そ———それは!?」
 オルコットさんの表情のが驚愕と歓喜の入り混じった表情となる。

 俺がかざした物、それは———



 オルコットさんと一夏お兄さんのツーショット写真!!! ・・・である!!

 撮影から印刷まで生身(嘘)で出来る。うん、流石俺。
 目指せ万能家電人。

 決定的瞬間に一組一同は絶妙に割り込んだのだが、動画としてはツーショットの瞬間もあるかなーと探してたんだけど。

 有りました、一コマだけ。
 あとは残像拳よろしく誰かしら写っている。お前等亀●流か。
 心霊写真みたいで恐怖まで誘うし。



 まぁ、そんなこんなで、そういう逸品を俺主観では前述の通り、ひょい。という感覚で登場させてみたのだが。
 オルコットさんにしてみれば、ベートーヴェンの『運命』、もしくは猫型タヌキロボットが四次元から秘密道具を引っ張り出した時さながらの効果音が脳内で迸ったに違いない。

 で、彼女がとった行動とは、ぐあしっ、と俺の肩を鷲掴み、物陰に引っ張って行くのであった。物凄い犯罪臭がします。
 これがまたとんでもない膂力でして。
 肩の可変フレームがミッシミッシ軋んだ音をあげているのである。
 IS部分展開してるんじゃないかと何度も確認したほどだ。
 恐るべし、乙女の純情火事場の馬鹿力。
 頼むからそのまま握撃とかやめて下さいね。

「そ、そそそ、それをわたくしに!?」
 表情が「ころしてでもうばいとる」状態なのに一応聞いてくるとはオルコットさん流石貴族。

「ふむ、実は一つの企画を立てておりまして」
「それで? 内容はどんな感じですの!」
 うわ、そんなんより先にそれよこせゴルゥアって正直に顔に書いてる。
 俺は内心の怯えを『偽りの仮面』で隠しつつ、言葉を繋げた。

「織斑一夏の行動履歴をただひたすら連ねるだけなんだけど、希望者のみが定期購読できるという———」
「それも契約しますわ! おいくらですの!」

 怖い怖い顔近い! 例え美人さんでも怖い!
「最初はどんな感じかという様子見も兼ねるので、創刊号は特別価格の500円! 入会書兼アンケートもつけるからその評価と部数次第で値段は決まるかな? 因みに毎号ついてくるおまけを組み立てると、半年で10分の1一夏お兄さんフィギュアになる予定だったりします」
 元ネタ。ディアゴ●ティーニ。
「是非とも!」
「まいどー」

 契約成立。
「あ、訪問販売は箒さんにもしますよ?」
「構いませんわ。うふ、うふふふふ・・・」
 ・・・だから怖えって。



 タイトルは決めてある
 織斑一夏の対女足跡だ。
 いつ、どこで誰と会って居たかをタイムテーブルで示すだけである・・・が、売れる。これは売れる。
 こと、恋愛原子核被爆者には特にね。ふっふっふ。



 置いてあったクッキーを一掴み。
 しゅるるん! と飲み込み堪能。
 おぉ、美味なり。
 世のエリートが集うだけはあるなぁ。

 続きましては炭酸飲料入りのペットボトルをつかんで一口に吸い尽くす。
 ベコンベコン音をたてて凹むボトルを見ていた何人かがギョッとしていた。

 ・・・なんかまずかったか今の。
「あ、相変わらずとんでもない食いっぷりだな」
「・・・なんか変かな?」
 俺に声をかけたのはお兄さんだった。

「いや、お前程思い切り食われたら食われる方も本望だろうな、とな」
「おぉ! 褒められた!」
「いや、そうじゃ・・・まぁいいか。ところでさっきのはやめろよな」
 お兄さんが手にとったのは野菜ジュース。
 ふむ。相変わらずの健康嗜好ですね。
 ところでさっきって・・・俺なんかしたか? インタビュー以外。
 黛先輩の注意も無かったし、まずかったところはないと思うんだが・・・。

「・・・? 何が?」
 と言うわけで、素直に聞いてみる。

「さっきの撮影の時の変顔だよ、思わず噴き出すところだったろ」

 あぁ———・・・。
「74.375ってどんな顔なのかと思って試しに———」
 もう一回やってみる。

「ぶはぁッ!!」
「のぎゃあああああああァッ!」
 野菜ジュースのシャワーは人肌の温度でした。

「クソ、不意打ちとは卑怯すぎ———大丈夫かっ!」
「うぶぅわっ! 面にぶっかかったぁ!」
「悪りぃ! あー、何か拭くのは・・・」
 そこで手近にある布巾や雑巾に手を伸ばさないのが、我が姉に良妻賢母を仕込まれた一夏お兄さんである。
 この気の細やかさを異性にも向けたらなあ・・・あぁ、ストレスで胃に穴が空くか。
 ともすれば、異性に関する鈍感さは防衛本能なのかねえとか思考逃避してみる。

 すると、あたふたして居る俺らに気づいた女生徒が何だろうとよって来て。

「あ、タオルタオル」
「うわー、結構濡れちゃったわねえ」
「織斑君もこれで口元吹いて」
「あ、抜けがけずるい!」
「にしても4組のあの子、羨ましいなぁ」

「———って待て今最後の娘明らかにおかしい事言わんかったか!?」
「「「「何が?」」」」
 常識って・・・。

「あら、一夏さんどうしましたの?」

 あ、オルコットさん・・・と箒さん。
 察するに牽制しあって居たらお兄さんに女子がわらわら集まって来たから気が気じゃなくて一時休戦したんですね、成る程。

「全くお前は・・・大丈夫か、ソウカ(箒さんは俺の漢字を知らない)?」
 ぬぐぬぐ顔を拭かれる。
 うーん、箒さんって妹だけど、姉としてもやってけるかもなあ。一夏お兄さんさえ居なければ、って条件がつくけど。

———ゾクッ

 今寒気がした。
 箒さんに気をかける存在が居ると言う・・・・・・居たね、ISネットワークを完全に掌握出来る女王様が。



 寒気の問題を完全に後回しにして、俺は再び飲み物に手を延ばした。
 そこに、悪いと謝罪しながらお兄さんが。
「あ、そうだ。なぁ、ちょっと礼を言いたいんだが」
「ん? なんだい? お兄さん。僕はこれより七つの大罪の一つ『暴食』に耽溺するつもりなんだけど」
 お礼ってなんだ?
 特に食べ物を分けた事はないと思ったが。

「何事も適量が肝心だぞ、適量が。あと良く噛め。ソウカは一口が規格外なんだから、それじゃ殆ど丸呑みだぞ」
「えーと、それは考慮するけど」
 咀嚼機があるので消化に負担がくるほど原型は残らないと思います。

「お礼って注意? その方が健康に良い的な」
 何と言う健康思考。もはや御隠居の域ですな。

「あぁ、そうじゃなくて・・・これ単純に気づいた事なんだが、本題は別で」
「ふんふん」
「それとは別にさ・・・茶釜、ありがとな?」
「へ・・・?」
 茶釜か・・・。
 もっと違う名にして置けば良かったなぁ・・・今や、ISネットワーク公式名だし・・・あぁ、泣きてえ。
「茶釜ってなんですの?」
 オイ待て兄貴。オルコットさん反応したぞおい。
「いやあ、助かった。おかげでセシ———」
 気付いてねぇ!?
「おい、ソウカ、お前一夏に———」
 うぉぉい! 箒さんまで!
 えぇい! 皆まで言わせてなるモノか!

火龍砲突撃破(ロケット・ダイヴァー)!!!」
「ぐぶぅお!?」
 炸裂したのは漫画でよくある———

 お兄ちゃーん。
 抱きつきタックル。
 ん?
 すごい勢い。
 ぐぶぅあッ!!

 を意図的に攻撃としたものだ。
 頭から、全力突撃、身長差も相まって鳩尾につむじが食い込んだ形となる。

 パーティで胃に収まった物を返却しない様こらえるお兄さんの腹を基点に頭一点倒立。
 PICは最低限重力のくびきを開放するに留めて首力だけで垂直跳躍。
 
 つまり、お兄さんから見れば、踵、尻、背中と目の前を上昇して行く様に見える———中国雑技団も真っ青なアクロバティックである。
 これもISならではの重力慣性制御と、脅威の義体の技術のおかげ———ぶっちゃけズルである。
 ・・・千冬お姉さんならやれかねないけど。

 お兄さんの手首をつかんでお兄さんの背中側に背中を向け合う様に着地———するその前に。

「いだだだだっ!」
 後ろ手になっているお兄さんの悲鳴をたいして聞かず、発動!!

「晴れ●々ぶた流———『変』印、武蔵小金井走りぃぃぃぃぃいいいいい!!!」

 俺とお兄さんは、まるでハムスターの無限歯車の様に大回転!
 茶釜の話をする余裕なぞやるものかっ!
「「ぎゃああああああ——————ッ!!」」

「「・・・・・・・・・!!(開いた口を金魚の様にパクパクさせて居るお兄さんハーレムズの二人)」」
「「「「「何これ気持ち悪い!!」」」」」

「あ、ちょっと、絵になるわね」
 待て、先輩。

 因みにこの走法、顔面を路面に叩きつけまくるので二人とも大打撃である。
 最初の悲鳴は俺らのそれだったりする。






 しばらくして、お兄さんが女の子にチヤホヤ弄られつつ拉致られたので自分は再び大罪に挑む事にする。

 俺の武蔵小金井走りに思考がフリーズして居た箒さんとオルコットさんは慌ててその群れに混じって行った。

 『変』を追求するべく生きている『武蔵小●井一族』の伝統走法、リアルで見ればこうなるのも不思議ではあるまいが。

———しかし、本当に美味いねえこの食堂、しかも安いし。
 血税万歳だ。

 その時、ふと、ババロアに伸びた手が誰かの裾と触れ合った。

「あ~、そっくんだぁ」
「あ、のほほんさん」
 そう言えばのほほんさんは1組でしたね。
 今まで出会わなかったのは、こうして人知れず甘味フードファイトをして居たからに違いない。

「チョコレートどうぞ~」
「あ、ありがとう」
 ぽいっ、と投げてきたので口でキャッチ、しゅるんっ! ごっくん。
 おぉぉ、流石始終お菓子を食べてる印象の、のほほんさん厳選品。チョコ一つでもここまで美味いとは!

「その間に~、私は、ババロアを取ります~」
「!!!」
 しまった! 陽動に釣られたあああああ!

「甘味は~、一口たりとも・・・の~がさ~ない~」

 そこに俺は・・・のほほんさんの誇りを見た・・・ような気がする。
 そうして俺がぼんやりして居る間にも、のほほんさんは甘みの強い物から効率よく手を伸ばし、瞬く間に小さな口に詰め込んで行く・・・な、なんと言う・・・。
 だけども・・・。



———お兄ちゃん・・・。

 ほら、妹(脳内)も世界の何処かで俺を応援してくれて居る! ・・・・・・かもしれない。

———キクラゲって、クラゲじゃなくてキノコなんだって!



 妹(脳内)よ・・・こんな時までクラゲを持ち出さなくてよろしい。
 第一それ、俺にさっぱりこれっぽっちも似てねえし。

 あぁ・・・負けるわけには行かない。
「そう・・・僕とて量子の胃(比喩じゃない)を持つ者———あぁ! 僕は———誰よりも多く・・・食べなければならないんだァ——————ッ!!」


———閑話休題



「ちょ・・・2人とも食べ過ぎッ!!」
「炒め物のカロリー揚げ物のカロリー甘味のカロリー総じて油物のカロリー・・・」
 以上の悲鳴は鏡さんと谷本さんのものである。

 勝敗?
 周囲の女性の殺気で勝負そのものが打ち切られました。

 その埋め合わせなんですかね?
 今度一緒に『@クルーズパフェ』とか言う所の食べ切ったら一万円! パフェ一緒に食べようと誘われました。

 周囲の女性ドン引き。

 当然行きます。
 あぁー、涎々。






 いやしかし疲れた。
 食ってりゃ良いやと思ったが、度々話しかけてくる女性たちのバイタリティには本当、追いつけません。
 俺、全身義肢なのに・・・。

 お兄さんも似た様な感じでくたびれて居るところを、箒さんに引きずられて行きました。
 これから部屋で箒さんともう一騒動ありそうですね。
 うんうん、お疲れ様です。

 はて?
 自分もまだ今日中に何かあった様な・・・。

 なんだっけ?

 思い出せないならそんな深刻なものでもないだろうと、考えて居たら、のほほんさんが手を振っている。

「それではのほほんさん、鏡さん、谷本さんもお休みなさい」
「うん、そっくんもこれから頑張ってね~」
「お休みなさい」
「歯ぁちゃんと磨いてね」
「ではでは」

 こうして俺は一人部屋に向かう。
 1組以外もたくさん居たから簪さんも呼べばよか・・・。

———回想
「———そっくんもこれから頑張ってね~」

 はて? なんか、変じゃないか?
 なんで『これから』?



 ただい・・・ま?
 扉を開けた時、全ては待ち構えていた。

 無限●剣製ばりに床を埋め尽くす工具、壁面を舐める様に這うケーブル。



 ・・・な、なんか工作室からしこたま持ち込んで居るぅぅぅぅうう!!



 そして、その部屋の主はいつもかけて居るモニターにもなる眼鏡と、その上にスコープ型のステータスゴーグル、汚れても良い様、ツナギの作業着と軍手ファッションで俺を今か今かと待ち構えていたのだった。
 内履き用の安全靴まで揃える力の入れ様・・・まずい・・・本気だっ!

 頑張れって・・・こう言う意味ですかのほほんさぁぁぁああん!!
 なんか、最初居ないと思ったらこの準備手伝ってたんですね・・・泣くよ(血)!?

 なんと言うか・・・似合っていますね。
 簪さんの雰囲気も合間って、掃き溜めに鶴といった感じ。
 眼光には狂気が灯ってますけどね! 明らかに!!

「ソウカさん・・・」
「はいいいいいいいっ!!」

「ご飯にする?」
「あ、食べてきました」
 予感がした。

「それとも、お風呂にする?」
「あ、それが良いなぁ」
 このやりとりを、最後まで終えてはいけない。

「でもその前に・・・」
 じゃかっ、と指の間と言う間に工具を挟む簪さん。
 何となく母性を感じた俺は壊れてると思う。

「・・・解析・・・しよ?」
「はいや、ただいまああああ———ッ!!!」
 断れるない俺を、誰が責めれようか。

 絶対的強者による・・・搾取(笑)。
 本気で食われるかと思ったのは、親父の作った『グー●ーズ』っぽい生物兵器に襲われた時以来だった・・・割と本気で。



 後日、お兄さんとの会話で。
「やっぱ、姉妹だよなぁ・・・楯無先輩と簪と言い、束さんと箒といいさ・・・」
「苦労・・・してんだなぁ」
「お互い様だよ・・・」

 なんてことがあったりなかったり。



「嫌あああああァッ!! そこだけは、そこだけはぁぁぁぁあああァッ!」
「・・・分解! ・・・溶解! ・・・理解!」
 努力、友情、勝利のノリでいうセリフでは無い、断じて無い。
「ちょ、真ん中のはヤバイんじゃねぇ!?」

 気が付けば、朝でした。
 何があったのかは・・・あぁ、思い出したくない。






 真っ暗な水面にプカプカ浮かんで居る夢を見た。
 時折、雫が落ちて来て水面で波紋が広がる。

 波紋には想いが込められて居るような感じがして———

———有難う、主は酷く喜んで居るよ

 そう言われた気がした。
 まぁ、見当はつかなかったが。

———俺のお陰で、そうなったのならこちらとしても本望だ

 と返しておく。
 もう一言二言情報を交わし、やがて波紋が消えると、静寂に包まれる。

 俺は鋼の子宮で産まれた存在であり、
そのような記憶は一切持ち合わせて居ないが、なんだか———

 母の胎内はこんな感じなのだろうか、と思考に耽りつつ、水面で意識を手放した。



 最初に言ったのだが、以上のそれは、全て夢である。






 起床後、すぐさま洗面所へ向かう。
 特性のお面を量子還元してすっぽりと被り、洗面器に水を湛え、面ごと顔をつける。
 自動で水を取り込んで顔や歯を洗ってくれ、洗髪まで完了してくれます。

 面を外すとスッキリ爽やか。

「無駄に高性能・・・!!」
 隣で歯を磨いていた簪さんは慄いていた。
 洗顔その他が異様に早いことに以前から疑問だったらしく、その事実にまたもびっくりしていたらしい。

「使う?」
 ぶんぶん首を振る簪さんは何だか艶々している。
 対してこっちはゲッソリしている。
 そりゃ、あんだけやればねぇ、満足でしょうに。

 手の平に吸収口が開き、そこに、コーヒー豆とお湯を投入。
 ミキサーでガリガリと豆が砕かれ、瞬く間にドリップされたコーヒーが人差し指からコップに注がれる。
 ちゃんと二人分である。
 のほほんさんは朝ギリギリまで寝てるので来ない。
 先日は余程特別だった様だ。
 恐るべし、きっと第六感を超えたセブンセ●シズ的なものに目覚めているに違いない。

 ぐっと拳を握るとドリップ滓がペレットとして固められているので、それをゴミ箱に捨てて朝の一服である。

 簪さんは何故か最初ドン引きだったのだが、恐る恐る一口試した所、翌朝から頼む様になりました。
 何かに敗北した表情だったのは何故だろうか・・・。
 余談ですが、人差し指だけじゃなくてマーライオン風の注ぎ方もあるよ。と言ったら絶対しない様に厳命されました。
 ・・・実家じゃ好評なのになぁ。

 朝の連続テレビ小説の早朝版を横目にパンを掌にのせて『指からブラスター』を極めて微弱に掌全面から照射、普通のイチゴジャムをトッピングして完成したサクサクのトーストをしゅるんっ! と戴く。
 テレビの画面には、黄泉から返って来たと話題の俳優、鷹縁結子が、恋敵の女性にビンタを張られるシーンだった。
 朝っぱらから昼ドラ張りとは恐れ入る。
 さて、二枚目焼くか。

 ところで。メンチビームならぬ視線を感じるのですが・・・。
 盗聴、盗撮は無い。
 つまり、この部屋に居る・・・。

「・・・・・・」
「ん? どうしたの?」
 簪さんしか居ないわけで。
 どうかしたのだろうか。

「ソウカさんとなら・・・遭難しても・・・楽しくサバイバル・・・乗り越えられそう・・・」
「ふふふ、俺一人で何でもこなす、一家に一体、万能家電IS人間、双禍・ギャックサッツ———とく御期待下さいな」
「変なキャッチコピー・・・」
「そうかなぁ? ———あ、でも掃除機は無理かな」
「・・・どうして?」
「何が好き好んでゴミなんか吸うか」
「あー・・・」

 簪さんも納得してくれた所でテレビに視線を戻すと、往復ビンタがまだ続いていた。

「朝の連続テレビ小説は・・・一体、どっちに向かってんだろうかね・・・? ドリフか?」
「え・・・演技だよね・・・」
 めっちゃ良い音響いてますけどね!
 うん、これは効果音の編集なんだ!
 ・・・だよねぇ!?

 そのうち鷹縁結子の首がグラグラ揺れて来た。
 なんか建て付け悪くなった椅子みたいだ。

 って言うかいつ迄バチンバチンやる気だろうか、これは芸能界でちょくちょく話題になるイジメってやつかな?

 視聴者にそんなの悟らせるなよと思いつつ見続けていた———ら?

 ぶちんっ。

 と鷹縁結子の首が取れてビンタの勢いのまま何処ぞにすっ飛んで行きました。
 ・・・何このスプラッタ。
 この番組、こんなジャンルだっけ?
 朝から迸る鮮血とか見たくないのですが・・・・・・ってあれ?

「俺ぇぇぇぇぇえええええッ!?」
 ガバッとこちらをみる簪さん。
 こっちも首を振る。
 いやいや俺じゃ無い。俺ここに居るし。
 そもそも俺の首の取れ方は『スポンッ』だし・・・間違っても『ブチィッ』って鮮度良さげなもんじゃ無いし。

 俺の専売特許がお茶の間に先取りされるとは思わなんだよ。



 なんとか俺の無実を証明して、テレビを再度見たら心暖まる映像と音楽が流れていた・・・。
 放送事故か・・・。
 今朝の教訓、何事も程々に、だな。

 今日は動画共有サイトやら何らやがお祭り騒ぎだろう。
 って言うかなんだったんだろうね、あれ。
 さて、今日も一日頑張るか。




———で、何日かたったある日




 俺は全力で疾走していた。
 まさかこんなギリギリに情報を取得するとはついぞ思って居なかったのだ。

———今日、2組に中国から転校生が来るらしいよ。
 by黛先輩in今朝食堂!

 今朝は米が食いたくなったので食堂にいたらそんな風に声を掛けられました。

 な、なんだって——————ッ!!

 あぁッ、何より時間が足りねぇ!
 某、超常現象検証漫画の様に驚いたあと、BBソフトで前情報を獲得! その結果、俺が見逃してはいけない項目が太字でしかも赤文字で書かれていたのだ!!
 そう———

 織斑一夏の放射性恋愛原子核に『被爆済み』だと!!
 ん? 備考に・・・せ、セカンド幼馴染?
 なんでっしゃろ、それ。

 ・・・なんでわかんねんBBソフト。

 ならば『織斑一夏専属パパラッチ』足る俺は1組に向かわねばならない!

 何故なら・・・大体箒さんやオルコットさんを見て・・・あぁ、お兄さんに惚れる女性って、何かとシチュエーションに拘る節があるんだなぁ、と傾向を掴めてきたからだ。

 ・・・まぁ、データ採取対象が二人しか居ないため、確実とは良い難いが、無理やり上方修正して評価すると『概ねロマンチスト・演出に拘るがやや詰めが甘く、失敗すると攻撃で誤魔化す』と。

 ・・・なんでかなぁ・・・間違いないと思えるのは・・・。

 という訳で転校生もなんかしら朝一番の朝礼前、この時間! 格好つけて来るに違いない!

 何故なら———そう、俺だってその方が———格好良いと思うからだ(同じ穴の狢)!

 全身全霊を持ってその行為を肯定しその演出を記録し保存するために疾駆するのだ!



 通風口を!!



「その情報、古いよ」
 ハイパーセンサーが階下より1学年のパターンに当てはまらない音声をキャッチ!

 場所はマッパーより参照ここ1年1組!
 よしここだ来た、ドンピシャだあああああああァッ!!

 そのタイミングは。

「何格好つけてるんだ? 凄え似合わないぞ?」
「ンなっ・・・・!? なんて事言うのよアンタは!」
 に、合わせて・・・。
 つぅか兄貴(お兄さんじゃない)、アンタなんちゅう演出殺しだよ・・・。
 ま、気を取り直して———



「ちわーっす、新聞部でーっす」

 バカァッと天井の通風口カバー開いて、THE俺、参上! であった。

「「「うわあああああああああああああ!!」」」
「お、双禍じゃねえか、おはよう、まぁた通風口攻略中かい」
「ふははは、四割方は攻略済みだ!」
「な、なな、な・・・」
 因みにお兄さんは驚き要員に含まれていない。
 転校生はあんぐり口を開けてフリーズ中、一番驚いて居ると見た。
 そりゃそーか、1組の皆には武蔵小金井走り見せてるしこれぐらいじゃフリーズはしないか。

 因みにお兄さんが驚き要員で無いのは、『茶釜事件』(ありゃもう俺の中じゃ事件だ・・・)のとき見せたからだけではない。

 かく言う俺が最初に見つけんとしたルートは、お兄さんの部屋へのそれだったからだ。






———VTR再現
「どーも、お晩です」
 サアアア———
 お兄さんは泡に包まれフリーズ中ガン見フォア俺。
 ただ、水音だけが響く。

「お前どっから出てきてんだよ!?」
 あ、お兄さん再起動した。

 換気扇取り外して出て来ただけですよ?
「ふーむ・・・正解は隣だったか。まさかシャワールーム行きだとは」

「・・・やけに冷静だな!」
「僕は気にせんけど、他の人なら前ぐらい隠そうとした方が良い思うよ?」
「お、お、お前も恥ずかしがれよ!?」
 あ、慌てて隠した。

「今更男の裸体見てもねぇ、なんの感慨もねえし・・・だって僕の脳男だし・・・」
「それ、本当だったのか!?」
「おうよ、僕のボディが女なら性同一性障害と表すべき・・・お陰で大浴場行けねえよ・・・」
「風呂入りてぇよなぁ」
「うんうん・・・しかしまさかお兄さんのサービスイベントだとは思わなんだ」
「なんだよそれ?」
「うんにゃ、何でも。本当、誰得って奴だ。ふぅ、お邪魔しますねー」
「・・・お、おう、上がっててくれ」
「了解~」

 洗面所抜けてどうもー、と手を上げる。

「お邪魔しまーす」
「あぁ、入って・・・ソウカ!?」
「どうしたんです?」
「おまっ、今何処から入ってきた!?」
「浴室の換気扇からですが・・・」
「はぁ!? 一夏はどうした!」
「あぁ、入ってますけど?」
「ぶふぅ———ッ、い、い、一夏は・・・」
「素っ裸でしたよ」
「うふぅあッ そ、そそそ、ソウカ、よく聞くんだ。大和撫子たるは・・・」
 なんで一々奇声あげるんだろう?

「お気になさらずとも良いですよ、僕が目指すのは益荒男たる日本男児ですので・・・」
 そしてポージングするアドミナブル・アンド・サイ・・・駄目だ、映えねえ。やはり強靭な肉体が欲しいのう。
 科学的にはこの上ない強靭さ有るけど、ねえ。偽りの仮面? ふざけんな。

「はぁ・・・そうだな、一見まともそうでもやはりゲボックさんの・・・」
「・・・なんか凄え失礼な事考えてません?」
 眉間にてを当てて居る箒さんから不穏な気配がしたのですが?

「いや、気にするな・・・気にしたら負けだ」
「ふむ、負けたく無いので気にしませんが・・・なんで竹刀持ったんですかい?」
「あの不埒者に灸を据えて来るためだ!」

 ・・・なんで!?
 一体どう理論展開したらそうなるんだろうと首を傾げていると、箒さんは顔を真っ赤にしたまま浴室に突撃晩御飯風に向かってしまった。

「一夏ぁ! お前という奴はいつもいつも・・・」

 ガラッ。
 オープン!

「うわ、今度はなんな・・・箒ぃいいいいいいいいいッ!?」
「うわ、わわ、わた、わ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ————————————!!!!」
「なんで入って来た箒が悲鳴上げんだよぉおおおおおおおおおおおっっ!!! うわ、あぶねえ!」

 どったんばったん聞こえて来るので、茶でも淹れるかと急須を量子展開。『最良の味』で量子化された焙じ茶をいただき一息。あとで二人にも淹れて上げましょうか。
 これを淹れてくれた姉さん・・・本当に生物兵器なんですかあなた。
 絶品すぎます。

「ふ、ふぁ、ふァぅあぅぁうあぁ~・・・」
 あ、箒さん帰ってきた。
 お兄さんは・・・あ、生命反応はあるな。
 なら良いや。
 なんか普段の箒さんからは考えられない様な声が漏れておりますねぇ。
 これで迫ったらお兄さん落ちるんじゃねぇ? という可愛らしさ。

 オーバーヒートしてますね。



 復活までしばし待ちますか。



「あ、どうぞ。粗茶ですが」
「あぁ・・・すまん・・・ん、これは美味いな」
「いやぁ、で、どうでした? お兄さんのサービスイベント」
 瞬間、二重の意味で顔が真っ赤になった箒さん。
 思い出したのと、吹き出しかけた御茶を必至で飲み込む闘いの結果です。

「ゴホゴホッ! み、みみみ見るかっ!」
「・・・それは残念、ビックリして見損ねましたか、そりゃ勿体無い。んじゃ、はいどうぞ」
 でも露骨に見るか否かのモノは「ナンなのか」特定されてましたね、はっはっは。
「でも幼馴染なら一緒に風呂入った事ぐらいあるんじゃ無いの? 大袈裟な」
「お、お、おぉげしゃなわけがあにゅかっ!」
「御免、そこまで動揺するとは思わなんだよ」
「———ごほん! ふぅ・・・そもそもあの時はグレイさんに入れてもらっていたしな」
「あぁ、姉さんとも入ってたのか。ん? 姉さん風呂入れたっけ?」
「ちょっと待て、グレイさんは真逆———」
「そ、俺なんかより『生粋』ですよ」
「なんだ・・・と・・・? ・・・今まで気付かなかった・・・」
 姉さん擬態能力すごいからなぁ。
 
 
 
 ・・・いや待て、俺、勝手にバラしてよかったのか!?
 死ぬのか!? 俺!?



「いや、名乗ってる苗字で分からんかなあ」
「待て・・・あの人、グレイさんも、ゲボックさんの娘なのか!?」
「まぁ」
「嘘・・・え、あぁ? どうみてもゲボックさんより年上だったぞ!」
「生物兵器を見た目の年齢で測っちゃならんって事だねぇ」
 ちなみに俺は2歳だよ、と内心だけだが、忘れている人がいるかもしれないので言ってみる。

「確か箒さんやお兄さんと同い年だよ? うむ、これはある意味、姉さんもまた幼馴染みと言って良いのかも」
「なん・・・だ・・・と・・・」
 あ、深刻な顔で固まった。
 姉さんは長年文字通りお兄さんと寝食共にしてたからなぁ。
 なんか、男にゃ分からん壮絶な計算を算出し続けてるんだろう。
 一杯一杯でメモリが足りなくなってるけどね。

 で、この隙だらけな間に、ドタバタやっている最中、印刷しました最終兵器。いやぁ良いもの手に入ったよん第一号、を記念に贈呈。

「ふぉああああああああ———ッ!?」
 おぉ、なんと言う劇的反応。
 急所に当たった!
 効果は抜群だ!
 のノリで一気にのぼせ上がった様です。

 もうなんか、体の内側から焼き尽くされた様に見える。
 頭から昇る湯気は幻覚ではあるまい。

「すげぇ・・・世界が七日間で燃えちまう訳だ」
 最終兵器、さっきのお兄さんのヌード。
 世界を滅ぼしかねない諸刃の剣である事を俺は確信した。

 こんな物騒なものは俺の頭以外には収められんなぁ、と回収しようとしたら。

 がしっ。

 箒さんの手がしっかりと写真をカバーしていた。

「ば、ばかな・・・意識がなど、とうに失っているというのにっ!」
 煩悩は肉体を凌駕するとはこういう事かっ! いや、某横島さん以外にゃ聞いた事無いけどね、そんなの。

 まぁそれからは予定調和で、オーバーヒートした箒さんをベッドに放り込んだり、復活したお兄さんに愚痴を聞かされたりした・・・。

 なんて事を繰り返すうち、通風口から物音がしたらネズミでもなんでもなく俺を疑う様になったらしい。

 VTR終了———






「それでは皆様、ハイ、ちーず・・・」
 取り合えず両手で四角を作って構えたら1組の皆さんが直ぐさま反応。

「「「「「「サンドイッチ!!」」」」」」

 直ぐさま1組+転校生の集合写真完成。
「あ、あとで一枚持って来るんで」
「あぁ、お構いなく」
 クラス1のしっかり者と評判な鷹月さんと会話の後、転校生の前までペタペタ歩いて行き、どうぞと名刺を渡す。

 いやあ、近くで見るとまぁ、彼女も可愛い事可愛い事。

 背丈は・・・くそぉおおっ、俺よりちょっと高ェ!!
 この———ちょびっと差がなんとも悔しすぎる!!

 制服は正しく運動性を重視したのか、短いスカートと、ファッション兼ねて居るのか肩を出すよう改造されている。


 ヘアースタイルはグドンの好物・・・もといツインテール。
 そうそう、知っているかね、ツインテールってのはサブカルチャーから発祥した造語だという事を。

 多分、髪型に詳しくなかった人が、この髪型を言い現そうとした時、ポニーテールから派生させて造ったんじゃないかねぇ。

 あと、ポニーテールも社会的地位はあるものの、後ろで纏めて~の方がよく使われます。

 どうでもいい知識なんだけどね!
 侵食しようとしやがった奴の知識でした。まる。



「あぁ、これはご丁寧に・・・はぁ?! 『織斑一夏専属パパラッチぃ??』」
「以後お見知りおきを」
「あのねぇ、あんたって・・・」

 あれ? なんか転校生、震えてない?

 ん? どうしたBBソフト・・・え? お前が転校生登場のインパクト叩き潰したからだって?
 いやいやいや、それしたのお兄さんでしょ?



 と、その時だった。静寂な空気(何処が!?)を緊急警告が打ち破る。



———警告! MDC接近中!
 退避せよ! 退避せよ! 退避せよ!

「何ィ! もうそんな時間だと!?」
「ちょっと、聞いてんの、アンタ!」
「緊急事態だ! 貴女も避難した方がいいって、まぁ、細々と申し訳ないけど、お兄さんとの関係その他についての取材は昼にでも! サヨナラ再見、アディオスアミーゴ、ホナサイナラ、ばっははーい、あばよっ!!」
「はぁ? ちょっと、待ちなさ———」

 跳躍! 通風口から突入、即座にカバー取り付け。
 この間実に1.2秒! 俺もついにここまで来たか・・・。
 さあて時間は朝のHR、榊原先生到着迄はまだ余裕あり!

 バシーン!!

 あ・・・手遅れだったか・・・。
 大幅に転校生の生命反応が減ったな、今・・・。

 そう、MDCとは、モースト・デンジャラス・キャラクターの略であり。

 まぁ、つまるところ千冬お姉さんの事だったりします。

 お兄さん曰く、脳細胞が五千個死ぬ攻撃らしく、ぶっちゃけ脳クラゲたる俺にとってはまさに鬼門。食らう訳には・・・そう、例え転校生を犠牲にしたとしても・・・。

 キィィイ——————

 はぁ、この空気の震え、ま、まさか、気付かれてた!?
 そう言えば闘争の気を感じてましたね千冬お姉———

 鍛針●、再び。

 うっ———ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!



 あれですか。
 転校生を犠牲にしようとしたからですか。
 あぁ、人を呪わば穴二つ。

 今朝の教訓。
 ずるい事をしようとすると周り回って自分に返ってくるという事だ。
 覚えておこう・・・グフッ。



 なお、4組のHRには、ザ●とは違うのだぁ! と電波受信しながら壁を跳ね回りつつ根性で辿り着きました。
 当然———力尽きましたがね。









 昼。食堂です。
 うぉーっ! 入れ違ったああああっ!!

 食いっぷりのお陰で顔を憶えられた配食の姉ちゃんによれば、お兄さんズはもう食べ終わって出てったよ、との事。
 実は午前中、ダメージから復帰するまで授業が上の空だったからちょいと指導受けました。
 両親から送られる農家のおっちゃん達とのお見合い写真への愚痴を一冊づつ聞かされるってどんな拷問だよ・・・。

 あとさ・・・ISに回復困難な攻撃を与えるとか・・・本当に人間なんだろうか、千冬お姉さん・・・。

 しかし、彼女を捜そうにも・・・俺・・・ヤバイんじゃ無かろうか・・・。

 え? 何がって?
 いやね、だって俺・・・。



 彼女の名前・・・掌握してねぇよ!!
 実はBBソフトに聞くと一発だと知ったのは後の事である。



 2組行って聞くか?
 いやでも、「転校生ってなんて言うの?」の直後に「何処にいるの?」の連続質問は対人交渉スキルの低い俺にはちときついモノがある(何を今更)。
 入学して暫く立ちますが、女性の針のむしろ空気は怖いですからねえ。

 んー? んー?
 よし!
「姉ちゃん! 大盛りで肉定食五つお願いっ! あと天そば出前形式で一丁、配達は僕がやるんで」
 後回しだ! 簪さんに差し入れじゃい!

「おぉっ、ちっちゃい体で今日もたくさん食べるねぇ! はいどうぞ!」
「・・・相変わらず早い、蕎麦もか・・・牛丼屋並だぞこれ・・・」
「さあさあ、どいたどいたァ!」

 追い出されるように食堂を出ました。
 あと、ちっこい言うな。

 そして俺は全力疾走。
 しかし、俺が運ぶ器からは一滴の汁もこぼれ出す事はない。
 これぞまさしくPICによる慣性制御の極意、その名も———

 食品停止結界!

 まぁ、電車の中のハエは飛んでて、なんで壁に当たってグシャッとならんか調べる内に、思い付いたのだ!!
 俺ってさ、体にありえん程PIC搭載されてるんだよ・・・。

 今まで何度か言ってたけどさ———

 関節ごとにPIC搭載って。
 体にどれだけ関節あると思ってるんだよ。
 まぁ、そりゃね? 分離して飛ばして操る為なんだが、俺BT適性無いし。
 せいぜい出来て操作型ロケットパンチとか●炎爆華散ぐらいだし。
 今度ブルーティアーズに直で聞いて見るかね?
 なんかあの子、調子が良いとビーム曲げるって言う、超重力でも無いのに物理法則無視しまくりの荒技ができるらしい。
 オービ●ルフレームかお前は。

 俺としては正直、使い切れなくて持て余してるんだよなあ。
 IS適性はそれなりにあるんだけどやっぱ技術がね。
 エンブリオ(茶釜じゃねぇ!)は常時稼働型なんだから稼働時間ではブッチギリで千冬お姉さんの次ぐらいだとは思うんだけど、

 あぁ、ちなみにIS適性はA−−。
 流石に強化調整されてるのか、お兄さんより高かったりする(お兄さんはB)。
 ん? マイナスマイナスって何だって?
 あぁ、それね。
 『乗ったら最後、体が崩れます』って奴。
 生涯唯一度の発動! 見るが良い我がIS!!
———なぁんて、キー●・ブルーか俺は。

 はぁ、実際そうだったんだから仕方が無い。



 んでさ、余ったPICで何か出来ねえか考えてみたんだけどさ。
 慣性制御の力場を放出したら、マト●ックスごっこできるんじゃ無いかと、そう思った訳だ。あの、弾丸止める奴ね。

 そしたらこれが案外調整ムズくてさ。
 ぶっちゃけ諦めた。
 失敗したら機関銃弾全弾直撃のリスクはでかい、いや、これ本当に、深刻に。
 マジ痛いんだよ。
 で、トドメがBBソフトの。
 
———ドイツで完成済み

 である。
 フッ・・・そりゃあ、やる気無くすさ。

 で、色々リスク無い時色々やってたら、手の平大の物なら出来るように。
 どんなに振り回してもこぼれない!
 ついにスーパー茶運び人形の機能をゲット!

 灼熱のコーヒー入りマグカップを投げつけ、解除すればあら不思議、中身がぶっかかって二段攻撃に!
 なんでコップ自体に掛からないのかは分からんけどね・・・。
 親父にやったっけ、修羅になった姉に追いかけ回されました。超怖い。
 光子砲とレーザーと粒子砲とフォノンメーザーと固有振動数適応振動腕刃のクロスフォーメーションは・・・ぶるるっ。
 思い出すだけでも恐怖がぶり返るというものだ。

 ま、トラウマは銀河の果てに放逐するとして、着々と万能家電人への進化は進むのだ!!
 え? なんか間違ってるかね?

 なんか、小手先ばかり器用になるなぁ。
 日下●太郎みたいな感じなのかもしれない。
 在り方自体でとんでもない死亡フラグの山だなオイ・・・。
 泥人形にヒロインごと団子兄弟的に串刺しにされそうだ。

 ・・・ま、俺にヒロインなんて居ないけどねっ・・・(激涙)。

 なぁ兄さん・・・どうして富って、偏るのかな・・・(切実)。
 ま、俺にゃあまだ早いのは分かりますがねっ———と。



「簪さん、差し入れだぜい! 思うにまた絶食状態で没頭してんじゃ———」

 A.  口挟めない位没頭してました

「えー・・・なんちゅうチート?」
 そう呟かずには居られん事態が現在進行形で絶賛執行中でございます。
 なんとびっくりディスプレイキーボード同時8枚展開。
 超高速タイピングによる情報処理にございま。

 両手の上下に2枚ずつ———ってんのも非常識なのにそれを足でもやりますか。

 ディスプレイキーボードは入力の度に翠に淡く波紋を輝かせ、なんかもう幻想的でこれぞ正しく魔法っぽい。
 しかしまぁ、なんて情報処理能力。
 いくら女性脳の方が並列処理に優れていると言ってもこれはちょっち規格外である。
 これはもう、無限書庫にでも勤めて魔砲少女からフェレット寝取れるレベルではなかろうか。

 とりあえずニ拍一礼。
「・・・え、な、なんで拝むの!?」
「その上でこっちに意識割けてる!? さらにマルチタスク一枚追加だとぉ!」
「・・・だから・・・なんの話!?」

「いや、単純にすごいなぁ、と」
「・・・そんな・・・こんなの普通」
 顔を真っ赤にしてブンブン首振る簪さん。
 でも情報入力止まりません。
 指先と顔で表現する印象差が格差ありすぎである。体一つでここまでギャップ出せるのってすごくね!?
 でもさ、ここにギャップ萌えは無いと思う。

 まぁ、これだけは言いたい。
「貴女の世界の普通はあれか!? 破壊魔●光でポンコツにハッキングしかけてたあの指一杯ある奴ぐらいなのか!?」
 もしくは攻殻機●隊で指がバカッといっぱいに分裂したサイボーグの人とか。

「データ生命か・・・」
 簪さんがロマンに耽りだしました。
 でーもー手ーはー止ーまーんなーいー。
「あぁ、確か家にも居たなぁ」
「ねぇ・・・ソウカさんのお父さん・・・世界征服とか・・・狙って無いよね・・・?」
「んー? だいたいワンクールに一回は試みて織斑先生に潰されてるみたいだけど」
 コンスタンスに年4回程。
 某Dr.●ルバートより頻繁ですわ。

「会って・・・見たいかも」
「だからなんでそういう感想が出んの!?」
 ネタには事欠かない人だけどさぁ!



 気を取り直して、当初の目的を実施する。
「ほーれ、簪ちゃんー、蕎麦ですよー、簪ちゃんの好きな天蕎麦ですよー。ここにございはカリカリかき揚げ。それではたっぷり全身浴させます」
 ちゃん付は今の俺のキャラ付です。俺、思うんだ、女をすぐ呼び捨てできるって奴凄くねぇ!? 俺にゃあ今のちゃん付でさえ抵抗があって限界だ、本当天然ジゴロだよな、兄貴とかお兄さんとか織斑一夏とか。

「!! あ、あ・・・えーっと・・・」
 ふむ、その作業、本当は自分がやりたい。
 しかし両手足を塞ぐ作業は止められない。そんな葛藤が見え隠れしますね。

「ふむ・・・ここまで言っても作業をやめないとは・・・ならば、僕が食べさせるしか無いようだなぁ・・・はい、あーんで——————」

 ゾクッ———

「そう・・・? ソウカさんなら別に良いけど・・・」
「あら、軽く流されたかー」
 二歳だしね。お兄さんがやればまた、別なんだろうけど・・・。
 今一瞬奔った寒気はなんだろうかね?
 そしてここで終わる俺では無い!

「———だが、話は最後まで聞くべきだな!」
「え・・・?」
「真逆この僕、双禍・ギャックサッツがただ普通にハイ、あーん・・・だなんて田村福●郎好みのヌルいラブコメをすると思ったか!? いやぁ僕も好きだけどね! ゆえに個性化を図り———もれなくここで目隠しをしてぇぇぇぇえええッ! 二人羽織で食べさせます!」
 アツアツ地獄が嫌なら作業を止めるが良い!

「でも、ソウカさん、視覚を封じたぐらいじゃ、ハイパーセンサーで普通にできると思うけど・・・」
「純朴に回転早い頭で切り返された!? 情報入力止まってねえのに? 二歳の僕が純粋さで完敗したぁ!?」

 三機でコンビネーションアタックしたら踏み台にされた気分だった。

「完敗だ・・・普通に手伝うから食いなさい。食べないなら・・・」
「・・・?」
「『偽りの仮面』でボディビルダー、高田厚志さん3●歳魔法少女(笑)形態を取り・・・さっき言ってた事を実行します」

 ・・・しんっ。

 それまで止む事の無かった、ディプレイキーボードのタッチ音が止んだ。

「食べよ・・・」
「うん・・・」

 それは、彼女の敗北宣言であり、俺の勝利宣言でもあった。
 俺の自爆表明でもあったわけだが。

「でも・・・『●』で伏せるところが・・・おかしい」
「しかし・・・あのカット、あのバルクは見惚れる物があると思います」
「・・・え゛」



 昼食中。
 ちゅるちゅる・・・。

 (⇅対比)

 ばくんッ! ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ!!! しゅるるるる・・・ぷはっ。

 ビクッ!
「ゴッツァんでしたー」
「はや・・・」

 特筆すべき事も無いので効果音で締めました。
 うん、まぁ大体こんな感じ。



 キーボード用データケーブルを耳の穴に突っ込んで接続。

 俺にゃあ、データ直接入力ぐらいしか、手伝えなさそうだし。
 うん、あんなタイピング無理。

 簪さん、ドン引き。
 宇宙人と闘わせて評価する黒い玉の・・・中の人みたいで、整理的に嫌だとか。

 うん・・・ありゃキモいけどさ。
 一言だけ言わせてもらおう。
 俺に中の人なんて居ねえええええッ!!
 頭の中にメロンパ・・・じゃなかった脳ミソ載せとるだけじゃい!



 本当はデータ弄るよりハード弄る方が得意なんだよね、パワーアシストのお陰で機械要らずだし。

 さらに。
 高速戦闘用のパーツを起動して意識を加速———言うならばクロックアップ状態。
 それで何とか食いつける感じ。
 日本代表候補生は伊達じゃ無ぇ。
「え・・・えと・・・」
 八つの情報を同時入力の上に喋るだと!?
 九つか? 九つかい!? こりゃまるで『情報の九頭龍閃や———!』はたまた『舞い踊る作業の射殺す百頭(ナインライブズ)や———!!』だよ全く・・・・・・なっ、なんでコメントが彦摩●風味なんじゃあああああああああ、頭が熱暴走で加速させすぎ高速戦闘用ォオオオオオッ!!

「ソウカさん・・・思考・・・右のウィンドゥ・・・垂れ流しになってる・・・」
「え?」
 え?
 右を見る。
 はいウィンドゥ。

『えええええええええええええええええええええええええええええええ(で、埋め尽くしてる)』

 えええええええええええええええええええええええええええええええ。
 何じゃこりゃ。
 と思うと、『何じゃこりゃ』と表示される。
 成る程ねぇ、これが思考ダイレクト入力の弊害か。
 雑念がモロ出ちゃう訳ですね、うん。



 まぁ、そんな活動はそのうち簪さんの。
 アレ取って。
 あ、良いよ。
 的手伝いに変わって行きました。

「トーチ貸して?」
「僕の指を使うと良い、適度なブラスター出力にしてるから」
「ごめん・・・水、とって・・・」
「はいはい、マニュピレーター射出(例の浮遊腕)キャーッチ! はいどうぞ」
「べ、便利すぎる・・・人間駄目になりそう・・・」
 聞こえてるぜ! いやぁ、照れるなぁ。

「ちょっと・・・手、貸してくれる?」
「ん? 良いけど」
 パコっと腕を取り外して渡す・・・。
「・・・あれ?」
「・・・ん? どうかした?」
「これ・・・腕?」
「手、貸してって言ったから・・・あぁ、手首から先でよかったかな」
「・・・んー・・・」
「・・・んー?・・・」



 放課後、言葉の綾について簪さんに教育受けました。
 手伝って、の意味だったのか。
 なぜこう言う時動かんのだ、BBソフト。
 え? ゆとりゆとりウザかった?
 拗ねんなよ・・・お前本当は絶対人格あるよな!? 絶対あるよな!?












 で、放課後の簪さん教室後。

 要人センサー起動!
 市松人形のような髪の一房が持ち上がり、くいっと一折れ。探索する人物を指し示す。
 ゲゲゲっぽいね。
 ただ、これは要人センサーの初期名通り、千冬お姉さん、お兄さん、あと箒さん、オマケに親父にしか反応しません。

 ・・・誰が作ったかバレバレでんがな。

 追加出来るから、転校生もしておけば良かったですなぁ。
 モチ、簪さんやのほほんさんは登録済みなんだけど・・・ぬかった・・・。

 だがしかし! お兄さんの側に女、これ尽きる事無し!
 って訳で兄探しです。



 んー? 時間的には放課後のIS訓練は終わってる頃だろう。
 前髪の引っ張る方にホイホイ歩いて行く。

———そこでは



 要訳。
 転校生「ちょっとぉ、お嬢ちゃァん、部屋代わってぇくんねぇかのぅ、あぁ!? 聞いとんのかワレェ!?」

 箒さん「っざケた事ヌかしてんじゃねえどオドレェ・・・一夏はウチの組のモンじゃけんのぅ、ドスでドタマカチ割ったろかぁ!?」

 転校生「はぁ!? こっちが下手に出て優しくしてやりゃ図に乗りおってこのアマァ・・・一夏ァはワシらと盃交わしてんやゾぉ!? ショバ代寄越せとは言わん、たださっさとシマよこせぇ言うとるだけなんも分からん程わいとんのかァ!? ドタマ、チャカで弾かれてぇならええけどよォ、あぁ!?」
「「んだとゴルゥアッ!!」」



 まぁ、概ねこんな感じ(特殊翻訳)の、マフィアの額擦り付け合い状態。

 お兄さんはどうしたんだよ2人とも?
 って感じで右往左往。
 はい、誰がどう見ても修羅場ですね、記念に一枚撮影しておきましょう。

 シャッター音がまったくしません。
 眼球がカメラ、フィルムは脳の外付け記憶媒体ですので。
 隠密な偵察の同伴には、是非双禍・ギャックサッツを。



「お兄さんお兄さん」
 くいくい袖を引っ張る。
 しかしまぁ、困惑はあれども、2人に比べると感情の振幅が凪ぎ状態。
 ハリケーンの中心はいつも無風と言うのは常道なのだなぁ。

「双禍? 今ちょっと待ってくれないか? 今ちょっと相手している余裕が無いんだ」
「見りゃ分かる。これに下手に手を出したら最後、馬に蹴られ、犬を蹴り殺すカンガルーに蹴られ、ライオンの顎すら一撃で砕くキリンに蹴られ、犬に食われると言うし」
「どれだけ蹴られまくってんだよ!」
「間違いなく致命傷だね・・・っていうかこれじゃ部屋は入れないねえ」
「・・・いや、これ見ろよ。それどころじゃないだろ」
「ふむ・・・ちょっといいかね?」
「なん———? おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 お兄さんの腕を掴んで廊下の通風口に突入。
 お兄さんが狭い通風口に飲み込まれていく様に見えるだろう。廊下の人には。
 というかプ●デターに引きずり込まれるように見えるかな?

 そのままお兄さんの部屋(今度はシャワールームじゃない)に潜入する。
 フッ・・・。俺にはセキュリティなど意味は無い。
 ル●ン三世でも相手にしているような通風口でなければな!

「いででで・・・狭い所無理矢理通ってからあちこち痛いんだが・・・お前あんな所いつも通ってたのか」
「ふむ、ナノマシン散布して清掃させてるから汚くない筈だぞ」
「無駄に手をかけてるなオイ!」
 俺の可変フレームを自己再生機能で培養してプログラムを与えればこの通りです。



「長引きそうだからゲームでもしようぜ」
「・・・!? 今、どこから出した?」
「企業秘密だよー」
 量子還元です。

「前から思うけど、この部屋豪華な割にはテレビ小さいよなあ」
「お前、この空気で良く平然と・・・」
 背後でバトッてるお兄さんの幼馴染みズの罵倒の掛け合いをBGMにセットを始める俺。

「慣れたんだ・・・我が家で・・・」
 いちいち気にしていては、胃が持たない。俺の胃、消化機だけど。

「お前の家がどうなのかが非常に気になるんだが・・・」
「多分見ても、後頭部殴られて記憶消されるから意味ないよ」
「怖っ!」
 いえ、貴方は幾度となくやられまくってます・・・実姉に。

「ところであの転校生、紹介してくれないかね、朝と言い、今と良い、どうも僕は間が悪いらしくてさ。あとでちゃんと自己紹介し合うからさらっとでいいんだけど・・・」

「あー、鈴の事か?」
「いきなり愛称教えられても僕ぁ、呼べませんよ」
「すぐそうなると思うぞ、知り合えば」
「初めの礼儀ってのが第一印象で重要なんだよ」
「そう言うのあいつ気にしなさそうなんだがなあ」
「それでもだよ———この格ゲーで良いかな」
「お前本当自由だな・・・俺の幼馴染みなんだ、名前は凰 鈴音(ファン・リンイン)っていうんだ」
「・・・幼馴染み? その割にゃ同じ幼馴染みの箒さんとはどう見ても幼馴染みって雰囲気じゃないけど・・・」
「ああ、実は箒が4年の時に転校して、入れ違いに5年の時だったかな? 鈴が転校して来たのは・・・だから箒がファースト幼馴染みで、鈴がセカンド幼馴染みな」
「なるほど、二番目だからセカンドか」
「そうだ、セカンドだ」
「セカンドかー」
「そう、セカンドだ。しつこいな双禍」
 だって、ユニークな命名じゃないか、多用してみたい。

———これは漫才ではない。ツッコミを望む者は無用である———

「どうした、双禍、首思い切り振ったりして」
「いや別に?」
 変な文章をBBソフトが出して来ただけである。

「しっかし、うぉ、負けた!」
 画面の中では俺のキャラ、ピンクで丸くて手足が浮いているキャラがお兄さんの、似たようだけど炎のキャラクターの降らせた炎の雨で負けていた。
 このゲームは、初作が8bitゲーム機で作られたが、何故か今になって復活した。うむ、謎だ。

「持って来たのに負けるなよ、俺も結構これはゲーセンでやってたけど」
「経験者かお兄さん!」
「え? 未経験者?」
「ちょっと興味持ったから衝動買いを」
「・・・あのなあ。ちゃんと小遣いは考えて使え。今度家計簿の付け方教えてやるよ」
「うわーい、お兄さんじゃなくてお母さんか、この良妻賢母め」
「む、こうすると無駄遣いが減っていいんだぞ」
「へいへーい」
「返事は『はい』だ」
「しかし画面が小さくて見にくいな」
「言い訳か? 話聞けよ」
「ぬっ、そう言う訳じゃねえ、ちょい膝貸せ」
「わ、何すんだって」
「お兄さんが椅子になれば二人して真正面からゲームが出来る、うん、僕頭良い」
 で、お兄さん胡座。上に俺。一緒にゲーム状態。
 まるでお兄さんマイホームパパです。

「乗られる俺は・・・? まあいいか、双禍軽いし」
「んじゃ、俺はこの超雑魚で」
「ずるっ、そいつ何気にラスボスと技構成同じなんだぞ!?」
「そう言うお兄さんはハメキャラな幽霊だと!? 二面ボスのパワーアップじゃねえか、ズッリィ」

 何だかんだ言いつつゲーム開始。

「こら双禍、体を左右に振るな!」
「くぬ・・・このっ」
 俺はどうやらゲーム中、体が動くタイプの様です。
 ならば、これを使わぬ訳にはいくまい。

「あ、お前画面塞ぎやがったな、ずっるぅ!」
「デンプシーロール!!」
 一人チューチュートレイン(背後)ともいう。

「顎ストッパー!」
 両手が塞がっているお兄さんは顎をそのまま落して俺に攻撃。

「ぎゃああああっ! つむじに直撃したアアアアア!」
「ほへいひへるはらふごへまい! ほおままへずりひる!(固定してるから動けまい! このまま削りきる!」
 顎を俺のつむじに押し付けてるために巧く喋れないお兄さん。

「「一夏・・・」」
「ん?」
「あ、箒に鈴、どうした?」
「食らえ今だ雑魚アップゥアー!」
「あっ、小癪なァッ!」

「「一夏!! 私(あたし)を放っておいて何遊んでいる(んのよ)!!」」
「息ぴったりですな・・・さすがお兄さんの幼馴染みズ」
 やばいです。ゲームに夢中で殺気に気付かなんだ・・・。

「・・・こら、双禍、余計な事言うな。あいつら人間凶器だぞ」
「「聞こえてるぞ(んのよ)!!」
 うわ。プレッシャーが物理的圧力を持ってるかのように迫って来る。

「・・・墓穴掘ってるって」
「すまん・・・」

 なんだかなー、二人を火とするとお兄さんはニトロで俺は燃焼材な感じがするなあ。

「んで、箒さんとえーと、凰さんで良かったっけ?」
「何だ・・・?」
「合ってるけど?」
 何で殺気立ってるんだこの二人。

「———とそこで雑魚投げぇ! ・・・フッ、勝った」
「あ、このぉ、やったな!」


 ぞくっ。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。



「振り戻ろうか、お兄さん」
「分かった・・・」
 一瞬、殺気が実体化して襲いかかって来るかと思った・・・美食家風に。

「で、どっちがこの部屋に住むんですかね」
「私が代わる訳が無いだろう!」
「ま、とにかくあたしもここで暮らすわ」

「無理だって・・・鈴は鈴で我が道を行く性格で、箒は人一倍頑固だ、決着つかねえよ」
「誰が唯我独尊よ!」
「誰が頑固だ!」

 うわ、と身を引くお兄さん。膝に俺が乗ってるからあくまで上半身だけど。
「うーむ・・・どっちもこの部屋で住みたい。でもこの部屋二人部屋・・・ところでお兄さん」
「なんだ? (俺は今二人のプレッシャーに耐えてるところなんだが)」
「1組の明日の授業って何かね(白式経由で心の声が聞こえて来るし・・・)」

「午前がISの運用に関する法令で、午後は実技だった筈だな」
「おっけー」

「その前にな、ソウカ」
 箒さんがツカツカ歩いて来て俺の両脇に手を差し込んで持ち上げる。
 一夏お兄さんはなんだ? と頭上の俺と箒さんを見上げる。

「年頃の女が不用意に男の股ぐらになど座ってはならん」
「・・・代わりに座る?」
「———ぶふぅっ!? す、すすすす、しゅわるかああああああっ!!」
「あ、あん、ちょ、何言ってるのよ!」
 あー、やっぱり座りたかったのか・・・二人とも。

 ・・・まずった。厄介な事した。

「だからな、ソウカ。前も言ったが———」
 顔を振って冷まそうとしてる箒さんであった。赤い顔が可愛いです。

「僕が目指すのは益荒男だぜい」
 とか途中から遮って、顎に手を当てる俺。
 なんて遊んでたら降ろされました。

「・・・ふぅ」
 箒さんは部屋の奥まで進んで木刀を手に取る。
 
「はしたない」
 ぶんっ。
「真似は・・・」
 ぶんっ。
「・・・な?」
 ぶんっ。

 顔が有無言わせないって言ってます。
 あと上下する腕が。

「はい止めます」
 即答。
 全国一位の実力者がぶんぶん素振りを始めたらそうなるのは必須。

「なんか箒さんの僕に対する態度がお兄さんと大差なくなって来たような・・・」
「一夏の弟分を名乗るなら丁度いいだろう」
「都合いいところでだけ採用された!?」

「で? あんたは何?」
 話に区切りがついたのを見計らって、凰さんがもの言いたげに話しかけて来た。
 やっぱり機嫌が悪そうだ。何でだろう。

「ふむ、朝の名刺でそこそこ分かったと思うのだけどなあ? えーと、凰さん」
「凰鈴音よ。鈴で良いわ。ちょっと巫山戯てない? パパラッチ自称なんて」
「ふーむ、それもそうか」
 俺は部屋をスキャンして物の位置を把握。お兄さんの鞄の中身を入れ替える。
 明日の準備と、着替え。実技があるから下着の代えもあるといいだろう。

「おい双禍、人の鞄を勝手に漁るのはどうかと思うぞ」
「むむ、明日の準備をしてあげる献身が仇で返されたなー」
「せんでいい。あと、極平然と男のパンツを持つな」
「む、お兄さんだって織斑先生の下着洗ってるだろ」
「そうなんだよなぁ、千冬姉、痛むと怒るくせに、自分でネットに入れさえしないんだぜ」
「・・・」
「・・・」
「・・・お兄さん、この話題は止めておこう」
「分かった」
 この部屋に殺気満ちたし、なんか噂をすれば具現化するかもしれないし。

「なんであんたがそんな事してあげんのよ」
「いやね、色々僕もゲームしながら考えまして」
 本当だぞ。
「箒さんも鈴さんもこの部屋で暮らしたい、そうですよね」
「ああ」
「そうよ」
「———だからお兄さんが出てけ」



 間。三人はしばし何か考えていたのだが・・・。
 一斉に時が起動したのかくわっと威勢をあげ———



「なんでだよ!」
「あんた馬鹿なの!」
「あぁ・・・やっぱりゲボックさんの・・・」
「一斉に非難された!? ここは二人部屋だし、特に執着なさそうなお兄さんを出そうと思ったんだが・・・」
 箒さんの一言が一番応えるんですけど。

「いや、俺どこで寝るんだよ」
「そうだ!」
「そうよ、あ、あ、あたしは気に