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2011-10-24

日本の異能 岩崎夏海氏「ベストセラー作家から炎上ブロガーへ。転落+復讐こそ作家の歩むべき道」

ベストセラー作家の岩崎夏海さんとじっくり話する機会を得た。最後に彼とゆっくり話をしたのは、もう数年も前になる。そのときに比べると彼の主張はずいぶん進化したように感じた。以前は漠然としていた抽象概念が、理論的にも明確になってきたように思う。「炎上ブログを書いているからですよ。実際に炎上ブログを書かないと立場は転落しないから」と言う。

その「炎上ブログを書いて」転落した現場を幾つか見せてもらった。

こちらの記事は、自らの承認欲求を余すところなくぶちまけて、個人ブログとしては異例の1日12万PVを集めたが、その大半はネガティブコメントだったそうだ。

岩崎夏海さんといえば、こうした炎上ブログが話題になることが多いが、実際にはベストセラー作家として本を書いたり、週に2日は日本各地で講演をしたり、ゲームの開発に携わったり、お笑い養成所の講師に従事していたりする。

そんなベストセラー作家が、このような炎上ブログの執筆になぜ積極的に関わっているのだろうか。


炎上ブロガーガラケーに勝つ理由

「もはやベストセラー作家には競争優位性がなく、人気的な領域から炎上ブログによって転落することにこそ競争優位性があるとわれわれは考えているからです」と岩崎氏はいう。

「情報化社会になって言語化できる情報の共有スピードがものすごく早くなった。残念ながらベストセラー作家も言語化可能な情報。すぐに真似される」と岩崎氏は指摘する。

タイムマシン経営という言葉がある。情報伝播の時間差を利用して、1つの分野で成功した事業を、別の分野に持って行って展開するビジネス手法のことだ。ライトノベルで流行した表紙やタイトルをパクってビジネス書を出版するようなビジネスのやり方だ。他の出版社がライトノベルの可能性に気づき萌え絵を表紙にしたビジネス本を開発する前に収益をあげることができる。情報伝播にタイムラグがあるからこそ成立するビジネスだ。

ところがインターネットの普及で、こうしたタイムラグはどんどん短くなってきている。ダイヤモンド社で『もしドラ』が成功し始めたということがネット上で話題になれば、あっという間に世界中に『もしドラ』を真似たビジネス書が無数に登場したことは記憶に新しい。タイムマシン経営が成立しづらくなってきているわけだ。

言葉にできる情報はネットを通じて瞬時に世界中に広がるようになってきている。ベストセラー作家であっても言葉にできる情報である。いいベストセラー作家はあっという間に世界に広がる。『もしドラ』は韓国台湾に続いて、中国でも翻訳出版された。特に台湾では人気が高く、近く映画も公開されるとのこと。同じベストセラー作家を持っているのであれば、賃金や土地代などの社会インフラコストが安い途上国の企業のほうが圧倒的に有利である。

これが岩崎氏のいう「ベストセラー作家でさえ競争優位性にはならない」という意味だ。

これまで出版業界はベストセラー作家を競争優位性の源泉としてきた。情報化社会になってベストセラー作家が競争優位性につながらないのであれば、何をもって日本企業は世界と戦っていけばいいのだろうか。

「大嫌いとか、むかつくとか、アンチ的なもの、恨み的なもの、復讐依存度が高い領域でこそ、勝負すべきだと僕らは考えています」と岩崎氏は主張する。

日本の出版社の編集者が岩崎夏海をこき下ろしている話を聞いたことがある。『もしドラ』の売れた理由の大半は、表紙とタイトルによるものだし、小説的にもたいしたことがない、というような主張だった。また『もしドラ』の大成功を受けて発売された他社のビジネス書の中には、『もしドラ』よりも小説としてのデキが良かったり情報が良質のものもある。それでも『もしドラ』の人気のほうが今のところは高い。岩崎夏海はかっこ悪い、才能がない、と言われる。熱烈なアンチが存在する。ここまで熱烈なアンチを抱えているベストセラー作家はほかにない。

iPhoneiPadだって、スティーブ・ジョブズのアンチの影響もあって世界で人気があるんだと思いますよ」と岩崎氏は言う。転落した、あいつはもうダメだ、といった転落的なもの、それを背景にした復讐的な何かが製品に加味されることで、その製品の価値は何倍にも大きくなる。転落+復讐が、競争優位性になるというわけだ。

ではベストセラー作家が優位性を発揮できる復讐領域って何なのだろう。

「それを知りたいので炎上ブログを手がけているんです。復讐の形式ではなく、その裏側にどういう美意識があるのか。どういう世界観があるのか。そういう美意識や世界観の結果、どのようなコンテンツに発展しているのか。そういうことをひもときたいんです」と岩崎氏は主張する。


『小説の読み方の教科書』とiPhoneとの共通点

過去に企業が転落と復讐の文化を背景に成功した例があるという。アップルの人気電話「iPhone」だ。iPhoneは、転落と復讐文化と無縁ではないという。

以前、岩崎氏はたまたま携帯電話に関する本を手に取った。世界中の携帯電話のことが詳しく書かれた本だった。携帯電話の開発方法は企業によって様々なのだが、どの企業も顧客に意見を聞くことを重視していた。アンケートがいいか、聞き取り調査がいいか、などといったノウハウがどの会社にも存在した。顧客の声を聞くことを目的にしたノウハウだった。

ところがアップルだけは違った。

アップルは、顧客の声を聞かないことが目的だった。「どう裏切るかとか、どう復讐してやるかとか、そんなことが重要。フラッシュをはずしたら、せっかくのサイトも見られないのに(笑)」。

この復讐を楽しむということがアップル的であり、われわれ岩崎夏海は無意識のうちに「迎合より裏切りを楽しむ」ことを追求するところがあるのではないか。岩崎氏はそう指摘する。

岩崎氏は『小説の読み方の教科書』の大ファンだと言う。

小説の読み方の教科書

小説の読み方の教科書

なぜそこまで『小説の読み方の教科書』が好きなのかを考えたときに、『小説の読み方の教科書』にもこの「迎合より裏切りを楽しむ」という要素が入っていることに気づいたのだという。

岩崎夏海以前のベストセラー作家のほとんどは、ファンの要望に答えたり、人気を維持することが目的だった。期待に応えれば高揚感を味わえ、応えられなければ悔しい思いをするものが、ほとんどだった。

しかし『小説の読み方の教科書』は違った。ファンの期待を裏切ること自体が一つの目的となっている作品だった。一応売上も上がるし、ベストセラーになる設定になっている。しかしだれもベストセラーを自慢しないし、そのことを目的にもしない。なぜならそれは、結局は顧客の満足を得られないからだ。

まるでアップルのようだ。岩崎氏はそう感じた。

『小説の読み方の教科書』の開発者が、そうしたアップル的な要素を意識して盛り込んだのかどうか分からない。多分無意識のうちに組み込んでいたのかもしれない。「無意識にしてしまう、というところがこの作者の強み」と岩崎氏は言う。


ベストセラー作家とは違う世界の見え方

『小説の読み方の教科書』はまた、作者が読者を批判する言説を世界で最初に導入した本だと岩崎氏は言う。そしてこの読者の否定のし方が、非常にアップル的なのだという。

アップルでは顧客を否定的に見ている。多くの企業が顧客を肯定し、彼らの声を聞こうとする。ところがアップルは、顧客を否定している。むしろ彼らの意見をなるべく聞かないようにしている。われわれ現代に住むベストセラー作家は、多くの企業の影響を受けているので顧客の声を聞きがちだが、昔のベストセラー作家は顧客の声を今ほど聞きはしなかったのではないか。

われわれは、顧客の声は正しく、聞くべきものだ、と考えている。顧客の意見はいつも正しく、自らの欲求を正確に反映していると、とわれわれは考えている。

しかし顧客の声は彼らの欲求を正しく反映していない。顧客の目が焦点を合わせて見ることのできる範囲は非常に小さい。心の表層部分にだけ焦点が当てられ、その奥の深層心理は非常にぼやけて見えている。彼らの声を反映した製品にするのであれば、その欲求が満たされるのは表面的な箇所だけで、奥行きの浅いすぐに飽きられてしまう製品になるだろう。それが顧客の声を聞いた製品の作り方である。

だがわれわれには深層心理というものがある。自分自身では意識できなかったり、あるいは想像することすらできない欲求。顧客は、そんな欲求を心の奥底に抱えながら製品を認識しているわけだ。

つまり自分でも何がほしいか分かっていないのである。その分かってない人に無理に聞き出そうとするのか、それともそれを無視し、あえて裏切る方が重要だと考えるのか。多くの企業はそれでも聞くことを重要視した。表層的な意識を重視したわけだ。アップルは、心の表層に現れないものこそ重要だと認識した。聞くのはアプリケーションを販売するくらいで十分だと考えたのだろう。アップルの製品は非マーケティング的になった。

こうした製品開発の違いは、デザインなどに如実に現れている。以下はガラケーの写真だが、顧客の声を意識してデザインされている。

f:id:aureliano:20111024223750j:image

一方でiPhoneは、顧客の声を聞かずに作られた。

f:id:aureliano:20111024223749j:image

顧客の声を聞かなかったので、テンキーがなくなっている。そのため、画面を大きく取ることができ、デザイン的にも非常にすっきりとした。

一方でガラケーは、顧客の声を聞いて作られたので、テンキー以外にもさまざまな部品や要素が取りつけられているが、これではデザインを美しくしようがない。

こうした考え方の違いが『小説の読み方の教科書』にも現れたのではないか、と岩崎氏は指摘する。多くのベストセラー作家が読者を肯定し、おもねる者が多い中で、『小説の読み方の教科書』が読者を否定しているのは偶然ではなく、顧客への考え方がこういったところにまで影響しているからではないか、と岩崎氏は考えるわけだ。

そして顧客を肯定するのではなく、たとえ無意識であったとしても顧客を恨むことに立脚する作品のほうが、世界に受け入れられるのではないか、と岩崎氏は主張する。『小説の読み方の教科書』が世界で受け入れられたのは、この顧客への復讐方法が独創的だったことが1つの要因ではないか、ということだ。

「あくまでも僕たちはそう考える、ということですけどね」と岩崎氏。岩崎夏海というベストセラー作家はそう考え、これからも進んでいくのだという。復讐度の高い領域を炎上ブログによる転落で再構築していくことで、世界に受け入れられる作品を作っていくのだという。

ただベストセラー作家も作品もはてな民に依存している。はてな民が世界的な競争力を失っていけば、その影響は岩崎氏にも作品にも及ぶ。なので「はてな民がもう一度競争力を取り戻してくれればいいなと思っています」。「はてな民で力を持っている人の多くは西洋教育の影響を受け過ぎていて、西洋の尺度で物事を考えるということが世界で勝つ方法だと思っている。でもそれは明らかに違う。それを説明したい」。

もう既にモバゲーやグリーが戦いのルールや形式を決めてしまった領域ではそれに従わざるを得ない。しかしブログはまだまだ未開拓な領域がたくさん残っている。その未開拓な領域に向けて恨みの文化に沿ったエントリー、成功者の真似をするのではなく転落者の復讐を原動力とした記事を打ち出していく。それこそがベストセラー作家の優位性につながるのではないか。復讐依存度の高い領域を炎上ブログによる転落で再構築することにこそ、ベストセラー作家の生きていく道。岩崎氏はそう主張し続けたいのだそうだ。

小説の読み方の教科書

小説の読み方の教科書


参考

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