ちょっと思いついたネタです。駄文ですが、お許し下さい。
Muv-Luv板の方で連載しているものとは、無関係……なのかも知れません。
◇はじまり◇
それは見慣れた光景であった。
やや色褪せた白い天井、あざやかな白いカーテン。少々古めの大型エアコン。
少なくとも、横浜基地の自室には当たらないものばかりであった。
「帰って来たんだな……」
男はそう呟きながら身を起こす。
体にだるさはなく、気分のよい目覚めである。目の前には、茶色の洋服ダンスと取っ手にかけられた白生地に青いラインの入った独特の意匠をもった国連軍訓練兵の制服。もとい、白陵柊学園の制服が目に入った。
「はは、訓練兵って……、だいぶ未練があるんだな。あの世界に」
そう言いながらも、目に入るものすべてが懐かしさを感じる物であると同時に自分の物ではないかのように感じることもまた事実であった。
未練はたしかにある。人類の未来のため、短い生涯閉じたかけがえのない者達に託された未来を、自分は半ば投げ出したかのような形で去ってきたのだ。
(夕呼先生、霞、宗像中尉、風間少尉、涼宮、月詠中尉、三馬鹿、そして、殿下……。それだけじゃない。司令、ピアティフ中尉、鎧衣課長、タマの親父さん……、その他の多くに人たちが未だに手に入るか分からない未来のために戦わなくちゃならない。それなのに、俺は……)
そこまで考えた男は、唐突に自身の思考を立ちきる。
「今になってこんなことを考えるなんてな……。先生、俺はやっぱりガキのままのようです」
あの戦いの世界に自分の居場所はすでにない。いや、奇跡とも言える何かがなければはじめから自分があの世界にいることなど出来なかったのだ。
「ん…………?」
ふと、男は自分が身を起こしたベッドに、人の暖かみがあることにようやく気付く。不思議に思い、目を向けた先にあったのは、はっとするほど美しい少女が、静かに眠っていた。
「あ………」
男は思わず声を漏らす。
「ん、んん……」
男の声に反応した少女は、眠そうな目を擦りながらゆっくりと体を起こす。若干、寝ぼけているのか、男の存在には気付かぬようである。
「おはよう……冥夜」
男は目頭が熱くなることを自覚しながらも、それを両の瞼から零すことを自身に許さず、極めて冷静に目の前の少女の、自身がよく知るかけがえのない相手の名前を口にした。
男の声に冥夜と呼ばれた少女は、一気に眠気が吹き飛んだようすで、目を見開きながら男に目を向けた。
(あれっ?なんだか違和感が……って、ちょっと待て。何で冥夜が俺のベッドで寝ているんだ?)
今更のことであるが、男が同年代の、それも絶世の美少女と呼んで差し支えのない少女が傍らに寝ていたという事実に気がつく。その道の百戦錬磨の男ならば、同年代でも動じないかもしれないが、生憎と男は戦場にあり、手の届く範囲に上物の女が溢れていたにも関わらず手を出すことすら考えつかなかった青二才である。
困惑が先だって、実際の戦場では見せないような慌て振りを晒してしまった。
「い、いや。冥夜。これは……、その、いや、なんというか……。そう、間違いだ間違い」
言ってから自分の無様な姿に後悔する男であるが、すでに後の祭りである。目の前の冥夜と呼ばれた少女は、現に固まったままだ。
「タケルっ!!」
僅かな沈黙に包まれた室内に、喜びを押し殺したかのような声が響き渡ると、タケルと呼ばれた男の胸に冥夜と呼ばれた少女が飛び込んできた。
突然の事態に困惑する武であったが、麗しき少女にその胸で泣かれたりしたら、何も言わずに落ち着くまで抱きしめる以外に選択肢は無い。いや、あるかもしれないが、とりあえずそれ以外の手を考えつくほど、武は女の扱いには慣れていなかった。
ついでに言うと冥夜の薄い寝衣越しにその鍛え抜かれた身体を押し付けられ、思いっきり混乱していたのである。
「タケル……ぅっ、あぅ……っ、タっ…ケルぅっ」
どれほどの時間がったのであろうか?未だに冥夜の嗚咽が室内に響き渡る。
「タケル───」
何度も何度も鼻声で武の名を呼んで、泣けるだけ泣いて、ようやく冥夜が胸に埋めていた顔を上げた。
まだ抱き合ったまま、呟くように言葉をつむぐ。
「そなたは……生きていたのだな。あのオリジナルハイヴでの別れが、今生の別れと思っていたが……」
そう言うと、いまさらのようにはしたない真似をしていると気付いたらしい。ようやく落ち着いた顔をまた赤らめて、「す、すまぬ……」と一言し、冥夜は体をはなした。
真っ赤になった目と、涙をこぼしにこぼした顔を袖で拭ったのち、冥夜は武の記憶の中にある、凛とした如何にも武人然とした表情を浮かべる。
「武。久しぶりだな……。そう言ってよいのかどうか分からぬが……」
「いや、久しぶり……でいいんじゃないかな?少なくとも俺にとってはそう思える」
今の武の目の前にあるのは、たしかに御剣冥夜という少女そのものである。だが、武は少々困惑していた。窓の外には幼なじみの家。そして、その周囲には平和な街並みが広がっているように見える。だとすれば、目の前の少女の口から、『オリジナルハイヴ』等という言葉が出てくること自体があり得ないのであった。
しかし、そんな武の困惑に僅かに気付きながらも、再会の喜びを隠すことに専心する冥夜のその口元は、どことなく喜びをかみしめているように武の目には映った。
今の二人の姿は、見るものが見れば命がけの戦場より帰還した戦友のそれであるが、世間一般はのんきな平和な御代である。互いに見つめ合う年頃の男女の姿が他人にどう映るか?考えるまでもなかった。
だが、そんな逢瀬とも言える時間も、間延びした女性の声によって終わりを告げる。
「純夏ちゃ~ん。馬鹿息子起きたー?」
ふと、懐かしさを感じる声に、顔を上げた武の目に、目を丸くしながら震える一人の少女の姿が映り込む。
「あわ……あわわ……あわわわわわわ……」
「す、……純夏っ」
「か、鑑っ!?そなたも……」
突然の少女の乱入?(気付かなかっただけ)に武も冥夜も思わず、ガタガタ震える少女に対し声を上げた。しかし、二人の声に少女は反応することなく、盛大に震えたままであった。
「…………………???」
そんな純夏の様子に、武と冥夜も困惑するしかなかった。
たしかに、先ほどまで再会の涙を盛大に流していた側とそれを慰める側に立っていたのである。そこから、この何ともコミカルな状況に放り込まれれば、困惑するのも致し方がない。
だが、この時、両名が硬く握りあった手に気付いていれば、この後の悲劇(というには少々馬鹿馬鹿しい結末であるが……)は、避けられたのかもしれない。
そして、鈍感な男女には、一つの制裁が下されることとなった。純夏の震えが、困惑から火山の噴火の前兆に近いものに変わっていくことに二人は本能的に気付いた。
「おおおおおおおおおお…………」
力強い咆哮とともに純夏がベッドへと歩み寄る。
「ま、待て、落ち着いて話し合おうじゃないか、ぼ、暴力解決するなんて野蛮だぞ!!」
「た、タケルの言うとおりだ鑑。そ、それよりそなたも生きていたのか?」
記憶の奥底にある恐怖に恐れおののく武と少女の怒りに困惑が頂点に達しながらもどこか違和感の残る状況に冷静さを保っていた冥夜。
それぞれの反応を楽しむほどの冷静さを怒りに震える少女が持ち合わせていれば、この感動の再会という場が、一転することなど無かったのかもしれない。
だが、世に女性の嫉妬ほど恐ろしいものはないという証明なのか、無慈悲な女神はどうやらご機嫌が悪かったようである。
「おおばかものぉぉっぉ~~っっっっっ!!!!!!!!!」
「おわぁーーーーー!!!???」
少女の繰り出した拳が、武の腹部にめり込むと、武は自身の身体が虚空へと投げ出されていく様を実感した。
薄れゆく意識の彼方で、武は、「か、鑑っ!!そ、そなた何と言うことを!?」と叫ぶ冥夜の声と「へっ!?な、なんで私の名前を?」と、盛大に慌て始める純夏の声が聞こえたような気がしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『最後……くらい、息を合わせて………白銀達を、驚かせてやりましょうよ……』
闇の中から声が聞こえる。それも、とても聞き覚えのある声だった。
「う……ん。そ……だね」
無意識のうちに自分が声を発している。
そうして浮かんでくる魑魅魍魎の生命体達。それを眼前に捉えた時、不意に身体が熱くなり始めた。
ふと、再び声が聞こえた。しかし、今度は自分の耳には届かず、数瞬の後に閃光が目の前を走るだけであった。
「はっ………、はぁ、はぁ………ここは?」
全身が汗にまみれている。しかし、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「どうして……生きている?それに、ここは……」
周囲を見回すと、どことなく懐かしさを感じるが、見覚えのない部屋である。
しかし、身を起こして室内の物品を確かめてみると、本などは自分好みのものであるし、服なども徴兵させる前に好んで着こなしていた型の物とそれほど大きな差はない。
「……私の……部屋?それに、これは訓練兵の制服……じゃない」
ほんの一月ほど前まで身につけていた制服。それとよく似てはいるものの、布の質は落ちるし、エンブレムなども国連軍のものではなく、どこかの学校のものであろうと予想がついた。
「とりあえず………、これに着替えるしかないかな」
BDUのままでも構わないかもしれないが、なんとなく着替えた方がいいと自分なりに結論づけた。そして、先ほどから感じている人の気配も探る必要がある。
気配は二つ。一人は民間人のそれであるが、もう一人は、訓練を受けた軍人のものであり、油断は出来なかった。
(武器は……、まあいい。隙を突けば、体術でどうにでもなる……)
そう思いながら部屋を出ると、狭い廊下の先からテレビニュースの声が耳に届いた。
(………いい匂い)
食事の準備でもしているのであろうか?それにしても、自分が近づいているというのに警戒すらしないというのはどういうことか?
そう思いながら、リビングと思われる広間の方へとゆっくりと近づいていった。
(一人……、もう一人は?)
室内には一人の男。年齢は少壮と言ったところであろうか?
鍛え上げられてた骨格が、背後から見てもよく分かる。それは軍人のそれであった。
一瞬緊張が走るが、それを察したのか、男が振り向く。
咄嗟に身構えるが、それも長くは続かなかった。男の顔に見覚えがあったからである。それも、だいぶ前の話ではあったが。
「へっ………」
「おお、慧か。おはよう。そして、ただいま」
そう言って、微笑む男は、彩峰萩閣その人であった。
「あ………」
思わず、目頭が熱くなる。なぜ、目の前にこの人が居るのか?それは分からなかった。ただただ、頭が困惑しているだけである。
「? どうしたんだ?おっと………」
「うぅ……父さん………、父さん……」
長年の思いが決壊したのであろうか?今は、優しく抱きしめてくれる父親の胸でむせび泣く以外にはどうしようもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、行ってくるよ」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。千鶴、駅までの間だけど、しっかりとお父さんに甘えておきなさい」
「お、お母さんっ!!」
ちょっぴりからかいを含んだ母親の笑みに、思わず顔が熱くなる。
今朝、目覚めた時は何が起きたのか、理解できなかったが、どうやら自分は訓練校ではなく、普通の高校生として過ごしているようである。
そして、今、自分の横を歩く自身の記憶にあるより、ほんの少し物腰が柔らかい父とともに通学路を練り歩いていた。
(街は横浜だと思うけど、随分賑わっているわ……。これって、どういうことなの?)
学校の様子などを聞いていくる父親に、適当に相づちを打ちながら、周囲の様子を見回す。駅へと続く道であるが、BETAの侵攻による疎開の前と比べても、驚くほどの発展を見せている。
それに、通りを練り歩く人々の表情は、どことなく緊張感に欠き、思わずしっかりしろと苦言を呈したくなるほど緩みきっていた。
「あっ……」
そんなことを思いながら、駅前まで来ると、あまりの人の多さに愕然とする。だが、それ以上に驚いたのは、自分がよく知る人物がその場にいたからである。
「おお、彩峰さん。お久しぶりです。今日は休暇ですか?」
「おはようございます。榊さん。お恥ずかしい話ですが、例の不祥事に巻き込まれまして」
「ほう、例の論文ですか?まさか、彩峰さんも?」
「ええっ。省内にもいくつか話がありまして、まさかこんな大事になるとは思ってもおりませんでした。お恥ずかしい話です」
「いやあ、それは災難でしたね。それでは、今日はどうしてこんなに早く?」
「自宅謹慎は建前でして、提出する書類がいくつかありますので」
「なるほど。では、久々に御一緒させて頂くとしましょう」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「それじゃあな。千鶴。勉強がんばれよ」
「えっ、ええ……」
「慧もな。あまり、千鶴さんに迷惑をかけるなよ」
「う、うん……」
父親同士の会話に多少困惑したものの、その姿にどことなく安心する。
平時であれば、このようなやり取りが見られたのかもしれない。そう思うと、どことなく目頭が熱くもなった。
「千鶴。悩みがあったら、ちゃんと相談するんだぞ?朝みたいに泣いているだけでは、お父さんも分からないからな」
「あ、うん……」
駅へと向かう父が小声でそう声をかけてくると、ただ、そう応えることしかできなかった。それでも、遠ざかっていく父の背中を見て、なぜかもう二度と会えないような、そんな気がしていた。
「榊…………」
「何?」
「ううん………、何でもない」
「そう……」
その場に残された彩峰とともに二人の姿が人波の中に消えるまで、それを見送るしかできなかった。
「行きましょうか………」
「うん。そだね……」
考えることが多すぎる。そのため、ほとんど口を開くことなく、横浜基地へと向かって歩き出す。今は、自身がよく知る所へ向かうしかない。
なぜか、そう思った。
◇あとがき◇
何となく浮かんだネタです。続くかどうかは分かりません。それでは。