スイートプリキュア♪ -ArrangeScore-
ep1.「ギャギャーン! 黒いプリキュア現るニャ!」
「優勝は……南野奏さんです!」
スイーツ会のスター、山口ヨウコに腕を掲げられ、人々の拍手と歓声の渦に包まれても、ケーキコンテストの優勝者、南野奏は自分の置かれた状況を理解出来なかった。
「え、あれ……私……」
「やったじゃ〜ん! 奏〜!」
ケーキショップ内で行われていた「ケーキコンテスト」を遠巻きから見ていた観客を掻き分け、奏の“親友”である北条響が奏の元へと駆け寄って来た。
「凄いよ奏! 優勝だよ、ゆ・う・しょ・う!」
「優勝って……私が?」
親友に抱き付かれて優勝の事実を聞かされても、相も変わらず呆然とした様子の奏だったが、隣に立つ山口ヨウコが「そうよ」と言わんばかりにゆっくりと頷いたのを見て、奏の中にようやく「ケーキコンテストに優勝した」という実感が湧いてくる。
「そっか、私が優勝……でも、信じられない」
「奏! おめでとう!」
「いよっ! スイーツ部の星!」
響に続いて、観戦しに来ていたスイーツ部の部員達が観客を掻き分けわらわらと集まって来た。
「アタシ驚いちゃった! まさか聖歌先輩を抑えて優勝しちゃうなんて!」
「あ、ありがとう…………あっ」
優勝という事実が頭に染み渡ってきた事で浮かれ始めていた奏だったが、部員の一人の言葉を聞いてはっとした。
決勝戦で自分と票を争った『スイーツ姫』こと、スイーツ部部長の東山聖歌は、奏の周囲に集まる人々からは少し離れた場所でその様子を見つめている。
決勝戦で敗退した事によるショックからなのか、それとももっと別の理由によるものなのか、聖歌は奏達の姿を、ただぼうっと見つめているだけだった。
つい先ほどまで、自分も同じような顔をしていたに違いないと奏は思う。
周りの人々が起こす騒ぎをずっと遠くの出来事のように感じながら、奏と聖歌は無言で見つめ合い、そのうちにふと聖歌が笑みをこぼすと、彼女はゆっくりと奏の元に歩み寄って来た。
奏の周囲に集まっていた部員達はそれに気づき、聖歌に対して道を開けていく。
「南野さん、おめでとう」
「あ、ありがとうございます、スイーツ姫……」
聖歌の差し出す手に握手で応えながら、奏はどういう訳か普段はあまり使わない「スイーツ姫」という聖歌の通り名を口にしていた。
何故この場面でその呼び名を使ってしまったのかと、奏は自分で自分に驚いていたが、もしかしたらそれは、皆から『スイーツ姫』と呼ばれるほどの実力者、聖歌に認められたという喜びから来るものだったのかもしれない。
その呼び名を聞いた聖歌は、ぷっ、と一瞬吹き出しそうになり、笑みを崩さぬまま話を続けた。
「もう、南野さん、ここでその呼び方は無いんじゃない?」
「あ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
結果的に、このケーキコンテストで聖歌を破る形となった奏が、この場で聖歌に対し「スイーツ姫」などという大層な呼び名を使っては皮肉と取られても仕方ない。
奏は自分の非礼に気づき、慌てて頭を下げる。
「……いいのよ。私も、みんなからスイーツ姫なんて言われて、調子に乗ってたのかもしれない。さっき、南野さんの優勝って山口さんが言った時、私、その事実をすぐ受け入れられなかったんですもの」
「い、いえ! 私だって、まさか聖歌先輩を差し置いて優勝出来るだなんて思ってなくて……!」
聖歌は室内の中央に配置されている奏のケーキに視線を向けた。
「南野さんのケーキ……題名は『Friend』だったわね。生クリームとチョコクリームのシンプルながら見事に調和の取れたデザイン……題名に相応しいものだと思うわ」
「ちょっとちょっと。審査員を差し置いて品評を始めてもらっちゃ困るわね」
苦笑いを浮かべながら二人の間に入って来たのは、先ほど優勝宣言をした審査員の山口ヨウコだ。
「でも、東山さんの言う通り、題名に相応しいケーキだと思うわ。味はもちろん、食べる“相手”の事をよく考えて作られている事が良くわかるもの。切り分けた時に、フォークで無理なく自然に取れるよう、デザインを工夫しているんでしょう?」
「そ、そんな事も分かっちゃうんですか!? …………はい、あたしの『親友』……って、ケーキを食べるとすぐ口の周りがクリームだらけになっちゃうから……そんな親友でも食べやすいように、って考えて作ったんです」
照れながら話す奏。
友達への真心が伝わってくる言葉に、山口ヨウコも東山聖歌も心に温かいものが広がるのを感じた。
その時ふと、話題となっている奏の“親友”、響の姿がいつの間にか周囲から消えている事に奏は気がついた。
奏が周囲を見渡すと、皆の輪から少し離れた所に、こちらに背を向け、腰を低くして立っている響の姿が目に入り、奏は不思議に思って声をかけた。
「響? 何してるの、そんな所で」
ビクッという音が聞こえてきそうなほど大げさに肩を跳ね上げ、響は体は背を向けたまま、顔だけをくるりと回して奏の方を向いた。
どこか引きつったような笑みを浮かべている響の顔には冷や汗が垂れている。
「あ、あはは……奏、何か用?」
「…………………」
響の幼馴染である奏は、その長年の付き合いから来る勘で響の表情の意味に気づき、じろりとその目を細めてつかつかと響に歩み寄る。
響の方は迫り来る奏に対して逃げるように身をよじらせているが、体と顔の向きが逆というちぐはぐな体勢のせいでその場からほとんど動いていない。
響の目の前まで近寄った奏は、響が何かを隠すように腹部を手で覆っているのを見て、自分の勘が正しい事を確信し、バッと素早い動きで響の前方へと立ちふさがった。
響が手で覆うようにして隠していたのは、切り分けて皿に盛られた奏のケーキ。
「い、いやぁ……美味しそうだったからつい……」
「つい、じゃないわよ! コンテストに出してるケーキなのに、何勝手に食べようとしてるの! ひ〜び〜きぃ〜〜〜〜!」
コンテスト会場に集まる人々の間を掻き分け、響と奏の追いかけっこが始まった。
どちらも周りの事などまるで見えていない。
「んも〜〜〜、いいじゃん、親友のために作ったケーキなんでしょ〜〜〜!?」
「こんなはしたない事する人、親友じゃありませんっ!」
ケーキの盛られた皿を持って走る響に、それを捕まえんと手を伸ばしながら迫る奏。
聖歌も山口ヨウコも、その場にいる全ての人が、その様にあっけに取られている。
「あっ、美味しい!」
「えっ?」
響がケーキを口に運んでその言葉を発するのと、食べた拍子に動きの止まった響に奏が激突するのはほぼ同時だった。
「(響……上がりすぎだよ〜!)」
グラウンドの左サイドを敵陣地に向け駆け上がりながら、なかなか距離の縮まらない響の背に、西鳥和音は焦りを感じていた。
味方のディフェンスがボールを奪って響に渡した所までは良かったのだが、その後響はボールを持ったまま敵陣地へと独走してしまったのだ。
「(響がピンチの時は、わたしが助けないと……でも、これじゃ……)」
響とは逆サイドを上がっている和音だったが、独走中の響に追いつく事が出来ず、距離はかなり離れている。
これでは、響はこちらにパスを回す事も出来ない。
「響が来たぞ! 皆気をつけろ!」
敵キーパーが仲間に激を飛ばす。
運動神経抜群で、色んな部活に助っ人として呼ばれる事で有名な響は、敵からの警戒も強い。
ゴール前の守備に回っていた敵選手のうち二人が響に向かってプレスをかけていき、ゴールへ向けて突き進んでいた響の動きが少しづつ外側へと反れていく。
響のプレイを何度となく見ている敵味方の選手、そして和音は、響だったら、敵二人に追い詰められたこの状況でも、強引に突破してゴールを狙うに違いないと考えた。
「ここで決めなきゃ女がすたる!」
……だからこそ、プレスをかけている選手や、キーパーも、響が“どう突破しようとするか?”という事に気を取られていたのだ。
「……なんてね」
響に対して注力していた敵選手は、その響のアクションに度肝を抜かれた。
響はキープしていたボールをまたぎ、ヒールを使って後方に蹴り飛ばしたのだ。
逆サイドを駆け上がっていた和音にはよく見えた。
自分を追い越し気味でフィールド中央に駆け込んでいたサッカー部員の目の前に、そのボールが転がり込んで行ったのが。
「……えっ!?」
突然転がり込んだボールにはそのサッカー部員の彼女自身も不意を付かれ驚いたが、彼女が次に起こすべき行動に迷う事は無かった。
響を警戒したために大きく開いた敵のディフェンス、絶妙の位置にあるボール、そして今まで走り込んできた勢い。
……後は足を振りぬくだけ。
ボールを蹴り飛ばす軽快な音と、一直線に飛んだボールがネットの突き刺さる音。
続いて笛の音が鳴り響き、敵チームの全員があっけに取られている中、アリア学園女子サッカー部員達とその助っ人2名は歓声を上げた。
「ねぇ響。あたしがあの位置に居たのを知ってたの?」
試合終了後、響が助っ人参加した試合の時はいつもそうなのだが……響はサッカー部員達にもみくちゃにされていた。
そんな中、響のアシストによって逆転ゴールを決めた部員が響に疑問をぶつける。
「……え? う〜ん、知ってたって訳じゃないけど、私がボールもらった時にはもう走り始めてたのは見えてたし……それに、カナはカウンターに入る時、いつも全速力て敵陣地に走りこんでるって知ってたから、絶対あの位置にいると思ってさ」
事も無げに言う響に、おお〜、と感嘆の声を漏らすサッカー部員達。
そんな響を囲う輪を少し離れた所から見ていたのは和音だ。
「(最近の響……なんか違うなぁ)」
和音は、親友の響が皆から賞賛を受けている事を嬉しく思いながらも、今回の……いや、正確には最近の響のスポーツのプレイの仕方には戸惑いを覚える事があった。
和音自身、その戸惑いがどこから生まれるのかはっきりしない所があるのだが、今回響が見せたスーパープレイ、ヒールキックによるパスの場面など……確かに響ならば可能なプレイであるとは思えたものの、自分が知る“いつもの”響があのような行動に出るだろうか? 多少無理があっても、自分の力で強引に突破しようとするのではないだろうか? そこが和音にとって疑問だったのだ。
そんな和音の疑問に答えをもたらしたのは、サッカー部部長の言葉だった。
「響って、なんか変わったよね」
「ふぇっ? 変わった?」
「今まではさ、強引に突き進もうとする響を和音がフォローする、って感じだったけど、最近は強引なようでいて、チーム全体の動きを考えながらプレイしているのが良く分かるよ」
「(あっ………………)」
自分の事も合わせて語られたその言葉に和音はハッとさせられた。
自分が今まで響に対して感じていた違和感のようなものは『響の成長』から来るものだったのだ。
そして、今の状況に戸惑いを覚えていたのは、『自分が響のフォローをしなければいけない』という身勝手な欲求を満たす事が出来なくなっている不満から生まれているのだという事にも、和音は気づいた。
「響が全体を考えるプレイをしてくれるおかげで、部の皆もよりチームプレイを意識するようになって来たよ。ありがとう、響」
「いやいやそれほどでも……ま、私も日々成長してるからね〜」
部長の言葉に照れたように頭を掻く響。
そんな姿を見て、自分勝手な不満を感じていた自分を和音は恥じ、同時に自分の親友は本当に凄いんだと、和音は胸を張りたくなるような気持ちになった。
「(なんかちょっと寂しい気もするけど……でも、やっぱり響は凄いや!)」
「スイーツコンテスト……ですか?」
「ええ、団体で参加する事が出来るコンテストなの。スイーツ部の皆で参加したいと思って」
突然の部長……東山聖歌の言葉に、スイーツ部員の皆は多少なりとも戸惑いを覚えている様子だった。
「コンテストって……私たちでも参加出来るんですか?」
「ええ、応募だけなら誰にでも出来るわ。でも、中学生からスイーツ作りを本格的にやっている人もそんなに多くないと思うから、参加するのは私達よりもっと上の年代の人が大半でしょうね」
聖歌の言葉に部員達は不安そうな表情になり、ざわつき始める。
聖歌以外では、唯一、奏だけが落ち着いた様子で聖歌の言葉に聞き入っている。
「うわ……なんか不安だな……応募段階で落とされちゃうんじゃないかな」
「何言ってんの! 聖歌先輩の腕前はプロ顔負けなんだから、先輩がいれば何とかなるって!」
口々に不安や勝手な事を話し出す部員達を落ち着かせるように、聖歌はいつものようにおっとりとした口調で話し始める。
「みんな。私は自分一人の力でこのコンテストに参加したいんじゃないの。このスイーツ部皆の力で、何か結果を残したいのよ。……これは、今年で卒業になる私のわがままでしかないんだけど、でも、“今の”この私達だからこそ、出来る事があるんじゃないかって」
そう言いながら、聖歌は奏に顔を向け微笑みかけた。
奏は、今の言葉とその表情が、聖歌から自分に対する信頼によるものだという事に気づき、頬を赤する。
「そっか、聖歌先輩だけじゃなくて、奏もいるもんね!」
「奏と先輩が力を合わせれば鬼に金棒じゃん!」
「ちょ、ちょっと皆! 私は……」
勝手に自分への期待で盛り上がり始めるスイーツ部員達を見て慌て、その騒ぎを抑えようとする奏だったが、そんな奏の肩にポン、と聖歌の手が乗せられた。
振り向いた奏の目に映ったのは、先ほどと同じように、自分に対する期待と信頼の気持ちを込めた聖歌の笑顔。
「南野さん、あなたと……そしてスイーツ部のみんなで力を合わせれば、きっと素晴らしい結果を残せると思うの。一緒に……やって下さらない?」
「聖歌先輩……はい! 喜んで!」
「いやぁ、プリキュアの活動も楽じゃないわ〜」
右手に海岸線が続く帰宅路を奏やハミィと並んで歩きながら、響は両手で大きく伸びをした。
「響、なんだかおじさんみたい」
「おじさんにもなりますって! サッカーの試合フル出場した後にネガトーンと戦う羽目になればさぁ!」
世界中を不幸にするべく、不幸のメロディを完成させようと暗躍するマイナーランドの住人達が存在する。
そしてそれを阻止し、世界の幸せを約束する幸福のメロディを完成させようとするのが、メイジャーランドからやって来た、猫のような姿をした歌の妖精ハミィと、そのハミィに選ばれた響と奏だ。
不幸・幸福のメロディの楽譜を埋めるために必要な音符をマイナーランドの手先はネガトーンという魔物に変える。
それを浄化し、ネガトーンの放つ不幸の音から人々を守るべく、響と奏はフェアリートーンという音符の精の力を借り、伝説の戦士プリキュアへと変身するのだ。
「あ〜、もう少し休みが欲しい所ですわホント、ゴホッ、ゴホッ」
響は今度は左手を腰に当て、右手を口元に添えて咳払いの真似をした。
その露骨過ぎる演技に、奏は半ば呆れ顔だ。
「今度はおじいちゃんになってるし……」
「でも、最近の二人は本当に良く頑張ってるニャ」
二人の間を歩いていたハミィが、二人を見上げながら言う。
「今日もネガトーン相手にすっごいコンビネーションを見せて圧倒していたニャ! 二人のハーモニーパワーが高まっている証拠だニャ!」
それを聞いて、老人のモノマネしていた響と、それを呆れ顔で見ていた奏は、お互いの顔をちらりと見やり、その後フッと笑い合った。
「何だか最近、私達いい感じね」
「うんうん、プリキュアだけじゃなくて、部活の助っ人も絶好調だし! そういえば、奏のスイーツ部、スイーツコンテストに参加するんだっって?」
響に問われ、奏は照れたような表情を浮かべ、視線を逸らしながら答える。
「も、もう噂になってるの!?……うん、聖歌先輩の発案でね、みんなで参加する事になったんだけど……正直ちょっと不安もあって……」
「またまたそんな事言ってぇ! ケーキコンテストに優勝した奏の実力に、聖歌先輩もみんなも期待してるって言ってたよ?」
響の言葉に、奏はさらに顔を赤くする。
「ち、違うのよ! 今度のコンテストはあくまでスイーツ部みんなの力を合わせてやる事なの! そりゃ、私は私なりに出来る事を全部出しきるつもりだけど……でも、コンテストで結果を残すには、まずみんなでアイディアを出し合って、何度も試作品を作って完成度を高めて、それから……」
「んもう、奏ってば、先の事まで考えすぎ。…………でも、そういう所が奏の良い所でもあるんだよね」
「えっ?」
顔を赤くして視線を逸らしていた奏が驚いて響の方を向くと、響は遠くを見るような表情を浮かべていた。
「わたしさ、最近、昔よりももっと奏のいい所に気付いてるような気がする。ちょっと頑固なくらい責任感が強くて、どんな事でも絶対に投げ出さない所とか、先の先まで計画して、周囲のみんなの事もよく考えて行動する所とか……わたし、そういう奏の姿から色々学んでるんだよ」
「うわっ、響から『学んでる』なんて言葉が出るなんて意外!」
「ちょっと! 何よそれー! 人がせっかく真面目な話してるのに!」
響はむっとした顔を奏に向け、それを見た奏はクスクスと笑い出す。
「ごめんごめん。響の言ってる事、よく分かるよ。私だって、響から色々学んでるもん」
「えっ、ホント!? どこどこ、どんな所!?」
コロッと表情を変え、今度は期待に目を輝かせる響。
奏は右手の人差し指を下唇に添え、「え〜っと」と考え始める。
「う〜ん……どういう所だろうね?」
「え〜っ!? 何よそれ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
『いつものように』、激しくも楽しそうな口論を始める響と奏。
そんな二人を見上げながら、ハミィは「仲良きことは、いい事だニャ」としみじみとつぶやいた。
「ミラクルベルティエにー、ファンタスティックベルティエ、セパレーションも使えるようになってぇ……これから先、更に新たなプリキュアが仲間に加われば完璧だニャ!」
あーだこうだと口論を続けていた響と奏だったが、ハミィが何気なく言ったその一言に、「えっ!?」と驚いて二人一緒にハミィに顔を寄せる。
「ちょ、ちょっとハミィ!? プリキュアって、わたしと奏以外にも居たの!?」
「そうだニャ。残りのフェアリートーンはそのプリキュア達に力を与えるために居るんだニャ」
「そ、そんな話、今まで聞いてないよ!」
「そうだったかニャ?」
小首を傾げるハミィの天然っぷりを見て頭を抱える響と奏。
「もうハミィってば……でも、新しいプリキュアか。どんな子なんだろう?」
「ハミィ、他のプリキュアがどこに居るのか、分からないの?」
「う〜ん、分からないニャ。プリキュアになる資格のある人なら、ハートマークのト音記号を持っているから、近くにいれば分かるはずニャんだけど、まだ見つからないのニャ」
ハミィのその言葉に、すぐに仲間が増える訳ではないと知りガッカリしつつも、まだ見ぬ仲間の存在に響と奏は思いを馳せるのだった。
「プリキュア! ミラクルハート・アルペジオ!」
「プリキュア! ファンタスティック・ピアチェーレ!」
二つに分離させた武器・ベルティエにふたりのフェアリートーンを合体させ、ベルティエによって宙に描いたハート型のエネルギーを敵に向けて放つプリキュアの二つの必殺技。
二人分の強力必殺技を連続で食らい、ネガトーンは浄化される。
……そんな映像を冷や汗を流しながら見つめるセイレーンとトリオ・ザ・マイナーらマイナーランド住人の姿が、かのん町時計台アジト内にはあった。
「……これは一体どういう事だ?」
「どういう事って、い、一体どういう事でしょうか、メフィスト様」
「とぼけるな!」
「ひいぃぃっ!」
ネガトーンを倒し喜びの声を上げるキュアメロディ・リズムの姿が映し出された映像を押し退け、怒り心頭のメフィストの顔が鏡の中に現れた。
「プリキュアに負け続け、音符は未だに集まらず、楽譜は真っ白! 奴らを倒すためにハーモニーパワーを失わせろという俺様の指示はどうなったのだ!?」
「い、いや、そう言われましても……あの二人、どういう訳か最近じゃ、私の作戦にも全然騙されませんし、喧嘩もしないんですよ……この前なんてホラ、さっきの新・必殺技まで使えるようになっちゃって、もう絶好調って感じで………」
「言い訳なんて聞きとうな〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
その言葉にビクッと体が跳ね上がるマイナーランド一同。
セイレーンの顔からは冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「一体いつ、いつになったらプリキュアを倒して不幸の楽譜の音符を集め終わるのだ、ええ?」
「う……ぐぐ…………」
メフィストの責め立てる言葉を顔をうつむかせながら耐えるセイレーン。
その足下では、ガリガリと自分の前足で床を引っかいている。
「このまま失敗が続くようなら、マイナーランドの歌姫の地位も考え直さなければならんなぁ?」
「……………………っ!」
ついに我慢も限界に来たのか、セイレーンは今まで貯め込んできた不満を爆発させ、早口でメフィストにまくし立て始めた。
「しょ、しょーがないじゃないですか! プリキュアってすっごく強いし! ネガトーンじゃ全然敵わないんですよ! あたしの部下なんてこの役に立たないバックコーラスの三人だけですし!? あぁ〜、何でハミィにはプリキュアなんて強い味方がいてあたしにはいないの!? そうよ! あたしにもプリキュアが居たら、す〜ぐにでもあいつらを倒して音符を集めるのに!」
最後の方はもはや誰に向かって話しているのか分からないただの愚痴と化していた。
上司の目の前で公然と役立たず呼ばわりされたトリオ・ザ・マイナーの三人は、歯ぎしりしながらも黙って我慢している。
そしてまた……メフィストも、そんな愚痴をまき散らすセイレーンの言葉を押し黙ったまま聞いていた。
「ほう……プリキュアが居れば勝てる、と?」
「はい! そりゃ勿論………………って、え?」
メフィストの思いもかけない言葉に、セイレーンは愚痴をぴたりと止め、メフィストの……正確にはメフィストの姿が映し出された鏡の方を向く。
鏡に映し出されるメフィストの表情には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「確かに……もういい頃合いかもしれんな。…………いいだろう、これを受け取れ!」
「メフィスト様、一体何を……うっ!?」
いきなりのメフィストの言葉に困惑していたセイレーンは、突如として視界を覆う光に目を背ける。
光が収まり、セイレーンがゆっくりと視線を戻すと、そこにはセイレーンもよく知る、“あるモノ”があった。
「こ、これはっ…………!?」
「「「フェアリ〜ト〜〜〜〜〜ン!?」」」
セイレーンは“それ”に驚愕し、トリオ・ザ・マイナーも驚きのコーラスを上げる。
プリキュアが変身する時、武器を使う時現れ、プリキュアに力を貸す音符の精、『フェアリートーン』の姿がそこにあった。
セイレーン達には見覚えのない紫の色をしているが、それ以外の見た目はプリキュアと一緒に居るものと全く同じだ。
「メフィスト様、これは一体……?」
「見ての通りだ。フェアリートーンだよ。ただし……マイナーランドの不幸の音を体に宿した、な」
セイレーンが再び紫のフェアリートーンに視線を落とすと、その体の中から滲み出して来るかのように、不幸の音を宿した黒い影のようなものが浮かび上がっているのが見えた。
フェアリートーンの体内に充満している不幸の音の大きさをセイレーンは直感的に感じ取り、ごくりと喉を鳴らす。
「し、しかし、何故これをメフィスト様が……」
「そんな事はどうでもいい! いいか、こいつを使って、マイナーランドのプリキュアを生み出すのだ!」
質問をはぐらかされ、メフィストに対して若干苛立ちを覚えたセイレーンだったが、目の前にいるフェアリートーンの存在と、メフィストの言う『マイナーランドのプリキュア』という言葉のおかげでそんな気持ちは吹っ飛んだ。
セイレーンは確信する。
これさえあれば……プリキュアに勝てる!
「ひ〜びき〜! 今日はバレー部が助っ人欲しいってさ! 一緒に行こうよ!」
放課後、教室から出てきた響は、廊下に響きわたるほど大きな和音の声に振り向いた。
手を振りながら駈けてくる和音の姿を見て、響も手を振り返す。
「こらこら和音、廊下をそんなに走っちゃ危ないぞ〜」
おじさんのような口調でたしなめるように言う響。
しかし、無論本気で注意している訳ではなく、冗談めかした言い方で笑いかけている。
「だって、早く響と一緒に部活行きたかったからさ!」
よほど楽しみだったのか、全速力で走って来たらしい和音は、響の前で急ブレーキをかけて止まり、その場で駆け足の勢いの足踏みを続けている。
「わわわ、ちょっとちょっと和音、いくらなんでも張り切りすぎじゃない!?」
「だって最近、響の活躍本当に凄いからさ! わたしも置いて行かれないようにしないとね!」
「そ、そう? ……まあわたしも日々成長してるからね!……じゃあ、わたし達の助けを必要としてる部活の元へレッツゴー!」
「大変ドドー!」
響が拳を高々と突き上げたその瞬間、響の視線の先……つまり和音の背後から、フェアリートーンの中の、ピンク色のドリーとオレンジ色のミリーが飛んで来た。
「……………………ん?」
「あっ、わわわわーーーーーーーっ!!!」
フェアリートーンの声に振り返ろうとした和音の動きより速く、響は和音の後ろに回り込み、フェアリートーンを両手で掴んで後ろ手に回し隠した。
周囲の人間にフェアリートーンの姿が見られていやしないかと、冷や汗を浮かべながら周囲をキョロキョロと見渡す響の姿を、和音は不思議そうに見つめている。
「どしたの、響?」
「大変ミミ、ネガトーンが現れ……ムググ」
「あ、あはは、何でもない! 何でもないんだけど……わたし、今日大事な用事があったの思い出しちゃった! 和音、ゴメンッ!」
両手を背中に回したまま後ずさっていく響。
和音は響の言葉に少し残念そうな表情をする。
「そっかぁ……残念だけど、今日の助っ人はわたしだけで行ってくるね」
「う、うん、ホントにごめん! 和音!」
手に抱えたフェアリートーンを、今度は胸元に回して、全速力でその場から去っていく響。
「あれ……そういえば、こんな事、前にもなかったっけ?」
遠ざかる響の後ろ姿を見て、和音はデジャブのような感覚を覚える。
響がプリキュアの活動をするようになってから、響が部活の助っ人に出られなくなる場面は確実に増えていた。
響ももちろん、いついかなる場合でも部活の助っ人に行けるわけではないので、プリキュアの活動を始める前からこういう状況になる事は何度かあった。
そのため、和音も響の欠席を気にしてはいなかったのだが、少しづつ増える「響のいない部活動の時間」に、和音はどこか言いようのない不安を感じ始めているのだった。
「じゃあ、今日はみんなで出し合ったアイディアを纏めて、具体的な作品内容を考えていきましょう」
「せっ、聖歌先輩!」
今まさに部長が話を始めたばかりだというのに、いきなり席を立って素っ頓狂な声を上げた奏の事を、部員全員が不思議そうに見つめた。
……誰も気づいてはいない。奏本人以外は。
その後ろに回した手の中に、フェアリートーンの白のレリーと黄色のファリーが収まっていたという事に。
「そ、その、メールで急に連絡が入って……お店が大変らしくて、手伝いに帰らなくちゃいけなくなりました」
とっさに部活から抜け出すための言い訳を考え口にした奏だったが、自分でも下手な事を言ったと後悔した。
しかし言ったものはもう仕方ない。この嘘を通すしかないと考える奏だったが、聖歌達に嘘を付いている後ろめたさから、響がそうであったように、その顔には冷や汗が浮かんでいる。
その様子を見た部員達は奏が嘘を付いているなどとは少しも思わず、よほどお店の状態が大変で焦っているのだろうと同情の表情すら浮かべていた。
「そう……家の用事じゃあ、仕方ないわ。早く行ってあげて、南野さん」
「は、はい、すみません聖歌先輩!」
『すみません』という一言に、嘘を付いてしまった事に対する謝罪の意味も込めて退室する奏。
残された聖歌の方は気を取り直して部員達への説明を続けている。
突然の出来事に動じる事もなく、皆から慕われる部長らしい、冷静な姿を見せている聖歌だったが、その心中は穏やかではなかった。
「(…………南野さん、あなたが居なかったら……いえ、こんな事を考えては、いけないわ……)」
部活の中での部員の動向をよく把握している聖歌は、ここ最近奏の早退や欠席が目に見えて増えている事に気づいていた。
ケーキコンテストが終わるまでの間は、コンテストに向けて家で特訓を続けているのだろうと、そんな風に聖歌は考えていて、そこまで気にしてはいなかった。
しかし、部活全体で参加するスイーツコンテストへ向けての活動初日から奏が欠席する事に、聖歌は何か不吉なものを感じ取っていた。
これから先どんな結果が残せるかは、部活のメンバーがいかに団結していけるかにかかっていると、聖歌は思っている。
そして、聖歌がこれからの部活の中で中心的人物になるであろうと考える人物が、他でもない南野奏なのだ。
これから先も、奏の欠席が頻繁に起こるようなら……聖歌は自分の心の中にある考えを振り払うように、部員への説明に意識を集中する。
だが、聖歌は今後の部活動に対する一抹の不安を捨て去る事は出来なかった。
「「絶対に許さない!」」
その叫びと共に、キュアメロディとキュアリズムの同時急降下キックがスタンドマイクの姿をしたネガトーンに決まった。
「あれぇ!? いつもの台詞言う前にもう変身してますよぉ!?」
「ちょっとこの流れは速すぎやしませんかね……」
「おい、それに、セイレーン様はどこに言ったのだ?」
マイナーランドのバックコーラス隊、トリオ・ザ・マイナーのメンバー、ファルセット、バリトン、バスドラが順番に言った。
最後のバスドラが言った言葉を受けて、三人は周囲を見渡すが、彼らのリーダー、セイレーンの姿はその周辺にない。
「ああそういえば、セイレーン様は『あたしは捜し物があるから後は勝手にネガトーンでも暴れさせてなさい』って言ってましたよ!」
「そういえばそんな事を言ってました……」
「ええい! 職務放棄だ! あんな奴にリーダーを任せておいていいのか!」
セイレーンがその場に居ず、自分達が雑用を任されているような状態になっている事に気づいたトリオ・ザ・マイナーは、途端に上司への愚痴を言い始める。
「そーーーですよ! もっと私の高い声のパートを大事にしてくれてもいいんじゃないですか!?」
「高い声はどうでもいいのですが、バックコーラスは大切ですよ。もうちょっと私たちの事を重要視してくれてもいいと思います」
「そうだそうだ、だいたいセイレーン様は……ん? なんか暗くないか?」
三人輪になって口々にセイレーンへの文句を言っていたトリオ・ザ・マイナーだったが、突如として周囲が暗くなった事に気づき、雲でも出て来たのかと空を見上げた。
しかし、そこにあったのは雲ではなく……
「「「ネ〜〜〜ガ〜〜〜〜ト〜〜〜〜〜〜ン!?」」」
三重コーラスの悲鳴を上げながら、トリオ・ザ・マイナーはネガトーンの下敷きとなった。
空中では、見事な連携を決めてネガトーンを叩き落としながらも、不機嫌そうな表情を浮かべる二人のプリキュアの姿があった。
「まったくもう! 和音と一緒に部活の助っ人に行くはずだったのにさ! もうちょっと出るタイミングを考えてよね!」
「ホントよ! 私達だって暇じゃないんだからね!」
「よ〜し、行くよ、リズム!」
「オッケー、メロディ!」
ネガトーンが起き上がるのも待つ事なく、メロディとリズムは両手に出現した光の音符を一つに合わせ、そこから必殺アイテム「ミラクルベルティエ」「ファンタスティックベルティエ」を出現させた。
「奏でましょう、奇跡のメロディ……ミラクルベルティエ!」
「刻みましょう、大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ!」
「「駈け巡れ! トーンのリング! プリキュア・ミュージックロンド!」」
ハモった二人の声と共に、光で宙に描かれた二つの光のリングがネガトーンへと飛んでいく。
光のリングは、ネガトーンに命中すると、輪投げの輪のようにネガトーンを囲う形で空中に停止した。
「「三拍子! いち、に、さん!…………フィナーレ!」」
ベルティエによって三拍子のリズムを刻み、飛び上がってベルティエを掲げる事によって示された終演と共に、ネガトーンの体が閃光に包まれる。
「ネガネガ…………ネムイネムイ…………」
その瞳を閉じ、安らかな表情のまま浄化されたネガトーンは、その姿を本来のスタンドマイクの形へと変え、引き潰されたカエルのような姿になっていたトリオ・ザ・マイナーらの上に落下した。
「ニャップニャプー!」
一連の流れを見守っていたハミィがその両足の肉球を合わせると、スタンドマイクに宿っていた音符が飛び出し、音符はそのままフェアリートーンの一体、ドリーの頭に吸収される。
「ドリッ!……ドリー!」
喜びの声を上げるフェアリートーン。
音符の回収を見届けたメロディとリズムは、「やったね」と言い合いながらハイタッチする。
「ぐぐっ、おのれ〜〜〜……」
「さ、どうすんのあんた達? まだやるつもり?」
潰れた状態で手足をジタバタさせ、芋虫のような動きをしていたトリオ・ザ・マイナーが立ち上がり、そんな彼らにメロディが意地悪そうな笑みを浮かべながら挑発的な言葉を放つ。
「な、なにを……俺様達をあまりナメるなよ!」
「とはいえ、私達の役目は音符集めですし」
「雑用ですし」
トリオ・ザ・マイナーはメロディ達に睨みをきかせながらじりじりと後退し、そのうちバッと三人一緒に飛び上がった。
「「「覚えてろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」」」
合唱を響かせながら飛び去る三人は小さくなっていき、そのうち見えなくなった。
「何よあれ、ネガトーンも全然大した事なかったし、なんか拍子抜け」
「んもう、こんな事で部活動を邪魔されたんじゃたまらないわ」
肩をすくめてやれやれというジェスチェーを見せるメロディと、腕を組んでため息を漏らすリズム。
二人が視線を下に移すと、ハミィが周囲をキョロキョロと見回しているのが目に映った。
「ハミィ、どうかしたの?」
「ンニャー、今日は何でかセイレーンが来てなかったみたいニャ」
「ま、そーいう日もあるんじゃない? でもしまったなー、これからどうしよう。もう部活も終わってる頃だろうし」
う〜ん、と伸びのポーズをしながら、メロディが言う。
ネガトーンに苦戦する事はなかったものの、二人は町中を動き回るネガトーンの発見にかなり苦労し、戦いが終わる頃にはかなりの時間が経過してしまっていた。
「私も。今更部室に戻っても、もう誰もいないだろうな……」
「ん〜、じゃあさ、今日、一緒に行かない? しらべの館!」
えっ、と驚くリズムに、にこやかな笑顔を見せるメロディ。
「ピアノの練習に行くの? 最初はあんなに嫌がってたのに……なんか最近じゃ響の方が積極的だね」
「でも、ピアノを演奏する事も、仲良しになってハーモニーパワーを高める事も良い事だニャ!」
「えへへ……だってさ、最近、奏と演奏するの、本当に楽しいんだもん!」
奏の中で、満面の笑みを浮かべる親友の姿が何かと重なった。
響と奏がいつも一緒で、仲良しで居たあの頃。
響が、まだ心の底から音楽を楽しんでいたあの頃……
今見せているメロディの……いや響の笑顔は、あの頃と同じものだとリズムは思った。
もしかしたら……二人の関係だけでなく、響の音楽に対する気持ちも、昔のように戻って来ているのかもしれない。
「ねぇ、どうするの?」
いつの間にか心が思い出の中へと溶けこんでいたリズムは、自分の顔を覗き込むメロディの声でハッと我に返った。
メロディの顔には……相も変わらずのあの笑顔。
「(……断れないよね)」
リズムはうん、分かった、と相槌を打ち、喜びを全身で表現するかのように「やった!」と両手を広げてジャンプするメロディの姿に、自分も釣られて笑い出すのだった。
……聖歌や他のスイーツ部員達には、家の手伝いで帰ったと言ってあるので、彼女としては家に帰るのが望ましい事ではあったのだが、帰った所で、実際にはお店が別段忙しい訳でもない。
無理に帰る必要もないだろう……とリズムは自分に言い聞かせた。何より、あの親友の笑顔を裏切るような事が、今の自分に出来る訳がないのだ。
「ふあ〜あ、疲れたな……やっぱり響と同じ様にはいかないや」
体が疲労にきしむのを感じながら、和音は一人道を歩いていた。
結局一人で部活の助っ人に行く事になった和音。
今日の彼女は、響がいない分、自分が二人分の活躍をしなくては、と無理をしていた。
先日見せられた響の華麗なプレイを見て、置いて行かれないようにと焦っていた所があったのかもしれない。
しかし結局、一人で無理をしすぎた和音は上手くチーム内での連携を取る事が出来ず、助っ人のはずなのにその役割を果たすどころか逆に足を引っ張る形になってしまったのだ。
「何やってるんだろう、わたし……やっぱり、響がいないと、駄目なのかな」
顔を伏せしょげ込んでいた和音だったが、ふと耳に入って来た旋律に顔を上げた。
その視界に入ったのは、一見すると廃墟のようにしか見えない洋風の建物、『しらべの館』。
「この館って………誰か使ってるの? それに、このピアノの演奏……」
彼女がもう少し怖いものを知る人間だったならば、廃墟から聞こえるピアノの音色に恐れをなして逃げ出していたかもしれないが、生憎と彼女は幽霊という存在にまで発想が行かなかったし、仮に幽霊といった存在を想像したとしても、それに怯えて好奇心を引っ込めるような人間ではなかった。
彼女は、まるで誘われるかのようにその館の中に入っていった……
「へぇ〜、外はあんなにボロボロなのに、中は意外と綺麗なんだ…………あ、誰かピアノの演奏してる。あれは……えっ!?」
館の中にある巨大なホールを、柱の間から覗き込んだ和音は、飛び込んできた光景に目を見開かせた。
そこに居て、ピアノを演奏していたのは……響と、響と同じクラスの生徒、奏だ。
それを見た瞬間、和音は自分が見てはいけないものを見てしまったのだという感覚、そして自分がこの場に居てはいけない存在であるかのような感覚に囚われ、とっさに柱の影に体を隠す。
当然ながら、その身を隠しても、響達から背を向ける形になっても、二人が奏でる楽しげな音色は変わらず耳に届く。
そしてその音色が耳の中で響けば響くほど、先ほどの光景が目に浮かび上がって来るのだ。
……とても楽しそうに、奏との演奏を楽しむ響の姿が。
「用事って、この事だったんだ……」
耳に入り続け、頭の中で反響を繰り返すピアノの音色から逃げ出すかのように、和音はその場を後にした。
「はぁ…………」
しらべの館を後にし、ピアノの音色が届かなくなる距離まで離れても、和音の表情が晴れる事はなかった。
「響、部活でスポーツやるなんてもうどうでも良くなっちゃったのかな、それに、あの奏って人……」
響と一緒に楽しそうに演奏していた奏という人物の事を、和音はさほど詳しくは知らない。
しかし、響と浅からず付き合いのある者ならば、その姿を見る事は何度となくあっただろう。
それくらい、響と奏の大喧嘩は頻繁で、有名なものだったのだ。
和音はその光景を見た多くの響の友人と同じように、「二人は本当は仲がいいのでは?」と考えたのだが、多くの友人に返したのと同じように、響は和音のその疑問に「仲がいいなんて、そんな訳ないじゃん」と答えていたのだった。
そして新学期開始からのここ数ヶ月、その喧嘩ばかりだった響と奏の二人が、不思議と一緒に行動する事が多くなり、その仲も、以前までの険悪なものとは少し違った様相を見せている事に、周囲の人間は気づき始めていた。
和音も風の噂で耳にしていた。
あの二人が幼なじみであり、小さい頃は喧嘩一つ無い最高の親友だったという話を。
二人の大喧嘩を日常的に目にしている人間にはその噂は信じ難いものであり、実際和音は信じていなかったし、その噂を教えてくれた相手も冗談半分で話していた事を和音は覚えている。
それが今はどうだろう。
しらべの館で楽しそうにピアノの演奏をしている二人の姿があり、「仲良しの幼なじみ」という噂もいつの間にか学園内で周知の事実となっている。
「本当に、仲がいいんだ、あの二人……あんな風に楽しそうに演奏してて…………あれ? でも響って……」
とても楽しげにしていた二人の姿に気を取られていた和音だったが、それ以上に驚くべき光景が目の前で展開されていたという事実に、和音は今更ながらに気がついた。
『音楽が大嫌い』のはずの響が、ピアノの演奏を楽しそうにしていたのだ。
響は音楽を愛する人ばかりが集まるかのん町に居て、非常に希な『音楽嫌い』を公言している人物だ。
部活で響と一緒に居る時も、よく音楽に対する愚痴を聞かされていた事を和音は思い出す。
そんな響が楽しそうに音楽を演奏する姿など、本来なら和音には想像も付かない事のはずなのだが……どういう訳か先ほどの響の姿は、和音にはとても「自然な姿」に思えた。
まるで、本来あるべき姿を取り戻したかのような…………
両親共に天才的な音楽家という環境では、逆に音楽に対して色々な重圧を感じてしまう所があるのだろうな、と響の音楽嫌いについて何となく思っていたのだが、もしかしたらあれが響の本当の姿なのかもしれないと、和音は不思議とあっさり納得できた。
納得するのと同時にため息も出てくる。
「わたし、響の事な〜んにも知らないんだな………………うわっ!?」
「きゃっ!」
思いに耽り、前もロクに見ずに歩いていた和音は、気づかないうちに目の前に来ていた誰かと正面衝突し、その場に尻餅を付いた。
「ご、ごめんなさい、物思いに耽っていたものだから、前をちゃんと見ていなくて……」
「い、いやこちらこそ……って、アレ? スイーツ姫?」
地面に尻餅を付いて痛がっていた両者が目の前の人物の顔を確認すると、そこには互いに見知った顔があった。
「あなたは……北条さんと一緒に色んな部活で助っ人をやっている……西島和音さんね」
「あっ、わたしってちょっと有名?……でもそっちこそ、スイーツ作りではプロに匹敵する、いやそれ以上の腕前があるって評判の、東山聖歌先輩じゃないですか! 何度か部活の差し入れにクッキーを持って来たりしてくれて! すんごく美味しかったです! さっすがスイーツ姫!」
無邪気に聖歌への賛辞の言葉を並べる和音だったが、その言葉に聖歌の表情は少し曇る。
「スイーツ姫なんて……私には勿体無い呼び名だわ…………私一人だけでは、今じゃ何も出来なくて……」
「………………?」
和音には聖歌の漏らした言葉の意味はよく分からなかった。
清楚でおしとやかな性格の聖歌が、スイーツ姫などという派手な呼び名をあまり好んでいないという事は和音も知っていたが、今の落ち込み方はそういったものとはまた違うもののように和音には見えた。
「……あらごめんなさい。おかしな事を言ってしまって。…………私、どうしてこんな所を歩いているのかしら。いつもとは逆方向だわ」
それじゃ、と言って反対方向に歩いていく聖歌の後に続く形で、和音も歩き始めた。
帰り道が同じ方向だったというのもあるが、和音は「スイーツ部の部長」である聖歌が目の前に現れた事をいい機会と考え、心にある疑問をぶつけてみようと考えていたのだ。
「あの……聖歌先輩、南野奏さんって、スイーツ部の人でしたよね?」
「えっ、南野さん!?……え、ええ、そうよ」
『南野奏』という名前を聞いて妙に驚いて見せる聖歌だったが、すぐに平静を取り戻し、和音の問いに答える。
「あの……さっき聖歌先輩が言ったように、私、響と一緒に部活の助っ人やってるんです。その響と南野さんなんですけど……あの二人って、いつからあんなに仲が良くなったのか、分かります?」
「えっ、北条さんと南野さん? あの二人は……前々から仲が良かったと私は思うわよ。ただ……確かに最近は雰囲気が変わってきたみたいね。北条さんもつまみ食いをする事が少なくなったし」
スイーツ部でつまみ食いをしている姿が、あまりにも響のキャラにピタリと一致するので、想像した和音は思わず吹き出してしまった。
聖歌の方もふふ、と微笑を漏らし、そのまま続ける。
「何がきっかけなのかは私には分からないけれど……そういうものじゃないかしら? 友達との関係って。いつの間にか、移り変わって行くものよ」
「そっか、そう、ですよね…………」
聖歌の答えを聞いても、和音は自分の中にある疑問に対して答えを出す事は出来なかったが、最後の聖歌の言葉には妙な説得力があった。
そういうものかもしれない。
仲良しの幼なじみだった響と奏が喧嘩ばかりの仲へと移り変わって行き、その関係が再び仲良しなものへと移り変わっていく。
だとしたら、自分と響の関係はどう移り変わっていくのだろう? 和音は考えた。
先ほどのピアノ演奏をする二人の姿が再び目に浮かぶ。
凄く楽しそうにしていた。
響にとって、あの奏とのピアノ演奏は、部活の助っ人よりも大切な事なのだろうか。
確かに、助っ人はあくまでも助っ人で、部員という訳ではないのだから、それに響が縛られる言われはない。
これから先も、こういった機会は増えていくのだろうか。
響は部活に出る事が無くなり、響と自分が一緒にスポーツをする機会も減って…………
しかし、あんなにスポーツが大好きだった響が、それよりも優先するものとは何なのだろうか。
ピアノ? ……それとも、南野奏?
和音には分からなかった。
「あの二人、ピアノのコンクールにでも出るつもりなのかな」
「えっ……あの二人って…………」
いつの間にか、お互いに物思いに耽ったまま、横並びになって歩いていた和音と聖歌だったが、和音が何気なくこぼした一言に、聖歌は現実に引っ張り戻された様子だった。
今までの和音の話の流れから、『あの二人』が誰と誰の事を示しているのか直感的に理解したからだ。
「はい、響と南野さん……あそこの、しらべの館って言うんでしたっけ? あそこで二人でピアノの演奏をしていたから、何かの練習なのかなって」
「南野さん、が…………?」
正確には響と奏の二人が、なのだが、聖歌にとってはこの話の中での奏の存在が重要な意味を持っていた。
お店の手伝いという名目で早々に家に帰った奏。
それが何故こんな所でピアノのレッスンなどしているのだろうか?
……奏が嘘をついた?
南野奏という人物を良く知っている聖歌には、真っ先に浮かんだその考えが実に馬鹿げたものに思え、それをすぐに頭から追い出した。
ちょっと頑固すぎるくらい真面目で、どんな事にも責任感を持って望む南野奏という人物。
そんな彼女が嘘をついてピアノのレッスンをしているなどと、聖歌にはとても信じられる事ではない。
ピアノのレッスンがどうしても外せない用事だというのなら尚更に、理由をしっかりと説明してくるはずだ。
南野奏というのはそういう人物なのだ。
おそらく、お店の手伝いも今の時間で終わったのだろう。
もう部活は解散する時間だし、この時間に戻るというのも無理のある話だ。
しかし、だとしても彼女だったなら………
「音楽、か……そんなにいいものなのかな? そりゃ、わたしも聞くのは好きだし、歌うのも嫌いって訳じゃないけど、かのん町の他のみんなみたいに、そんなにのめり込んだ事、無いんですよね」
「あら、私もそうよ。子供の頃からスイーツ作りばかりしていたから。人の演奏を聞くのは好きだけれど、自分でと言うと、ね」
何の気なしに話を続けていた二人は、そのうちにまた自分の思考の中に潜り、黙りこくってしまった。
両者共に別の事を考えているようでいて、その内容は非常に近いものでもだった。
「(響にとっての音楽って、どういうものなんだろう。そんなに大切なものなのかな?)」
「(南野さんにとっての音楽って、どういうものなのかしら。そんなに…………大切なものなの?)」
二人のその思考は、今度は思わぬ所から響く声によって破られた。
「ウフフ……やぁっと見つけたわ。未覚醒の音記号…………どうりで今までなかなか臭いを嗅ぎつけられなかった訳だわ」
突然聞こえた不可思議な内容の言葉に驚き、和音と聖歌は周囲をきょろきょろと見渡し、そのうちに聞こえた声が自分達の頭上……横手に続く塀の上から聞こえているものだと気づき、視線を向ける。
そこには、深い紺色のストレートヘアーの少女の姿があった。
自分達と同年代に見えるその少女は、塀の上に腰を下ろし、不適な笑みを浮かべながら二人の事を見下ろしている。
「今まで隠れ潜んでいた印が、音楽と仲間への不信感から表に出て来ている。好都合だわ」
「…………何を言っているの?」
「っていうか、君、誰?」
和音にぶつけられた疑問を聞いて、その少女は「待ってました」と言わんばかりに口角を釣り上げて笑みを浮かべ、答える。
「私はマイナーランドの歌姫、セイレーン!…………あんた達、友達なんて下らない、仲間なんて必要ない……そう思わない?」
「えー、何言ってんの。友達は大切だよ」
「仲間が必要無いだなんて、私は思わないわ」
「……そうかしら? 私にはね、人の心が見えるのよ」
人間の姿に化け二人の前に姿を見せているマイナーランドの歌姫セイレーンは、両手の人差し指と親指を直角に立てて四角い枠を作り、二人の姿を覗き込んだ。
二人の体が透けるようにして中から浮かび上がって見えて来たのは、紛れもないプリキュアの資格者の印、『ハートマークのト音記号』。
しかしその記号は、本来の荘厳な印象の金色に影を指すかのように、黒い色を浮かび上がらせていた。
「やっぱりね……見える見える、友達の、仲間への不信感、不満、苛立ち……ねぇ青いツンツンヘアーのアンタ、アンタの言う“友達”って、北条響の事でしょ?」
「えっ、それは……」
「そっちのアンタが言う“仲間”ってのは、スイーツ部の部員や、あの南野奏の事じゃないの?」
「………………」
あまりにもぶしつけな態度で、意味の分からない事ばかり言う少女に、普段温厚な聖歌もさすがに不快感を表し始め、無言でセイレーンを睨み付けている。
「教えてくれない? ア〜ンタ達の言う友達だとか仲間だとかってさ、平気でアンタ達に嘘を付いたり、騙したりするような、そんな奴なワケ?」
「響は嘘なんか付かないよ!」
「あら? でも騙されてたでしょう? 大切な用事だとか言って、あのコ、ホントは別の友達と遊んでいるだけだったじゃない」
「それは……だって…………」
セイレーンの不安を煽る言葉に反論しようとする和音だったが、どうしても強く言葉を返す事が出来ない。
自分の誘いを「用事がある」と断って、奏と仲良くピアノの演奏をしていた響。
何故、ピアノの演奏をしているのだろう?
せめてそれさえ分かれば、教えてくれれば、こんな気持ちにならずに済んだのに。
奏との関係も、音楽嫌いと言いつつ音楽を楽しんでいる事も、何故自分に何も教えてくれないのだろう、何故自分は響の事を何も分からないままなんだろう……
和音の心に不信の渦が巻く。
「あんたも災難だったわねぇ、これからコンテストに向けて大変だって言うのに、信頼するお仲間に逃げられちゃうなんてね。友達と遊ぶための口実を作るための嘘までつかれて」
「……あなたに南野さんの何が分かるの。彼女は嘘をつくような人じゃないわ。仮に嘘をついたのだとしても、南野さんには南野さんなりの事情があるはずよ」
「聖歌先輩…………」
聖歌のその毅然とした態度に、心に響に対する不信感が生まれつつあった和音は救われるような気持ちだった。
そうだ、響には響なりの事情がある。
何も知らないままで、響の事を悪く考えるなんて馬鹿げている。
聖歌の言葉に勇気づけられ、和音は響への不信的な感情を打ち消そうとした。
「それなりの事情? あんたにはそれが許せないんでしょう? 今度のコンテストへ向けての活動に、用事があるくらいで不参加なのが」
「…………!」
「聖歌先輩……?」
セイレーンの言葉を聞いて、聖歌の顔に少しの動揺が浮かぶ。
「あんたはいつだってスイーツ作りに本気。でも、あの子はどうかしらね? 今度のコンテストに、本気で参加する気あるのかしら?」
「南野さんは……彼女はいつだって、本気よ」
「嘘をついて友達と遊んでるのに?」
「……本気よ!」
突き放すような聖歌の言葉に、隣にいた和音が驚く。
はっきりと言い切ってはいるが、先ほど冷静にエレンの言葉を跳ね除けた時とは違い、エレンから目を逸らし、声にも震えが出ている。
その姿は、和音には聖歌が怯えているようにしか見えなかった。
しかし、怯えると言っても……一体何に?
「南野奏も本気でやってる。……そう思いたいわよねぇ? だって、遊び半分でスイーツ作りしている相手に負けたなんて思いたくないんだもの」
「っ………………!!!」
聖歌の表情がひきつって固まる。
今セイレーンの言った事は、聖歌の心の急所だったのだ。
先日のケーキコンテストで、聖歌は初めて同年代の相手にスイーツ作りで敗北し、それは少なからず聖歌の心に衝撃を与えていた。
敗北感に苛まれながらも、同時に、聖歌はこれはチャンスなのかもしれないと思ったのだ。
同年代の、同じか、それ以上の実力を持った相手と力を合わせれば、自分の実力だけでは届かない高みを目指す事が出来るのではないかと。
しかし、奏は自分と同じようにコンテストに本気になってくれるのだろうか?
自分がどれだけ情熱を傾けても、奏にその気持ちが無かったのなら、ただ自分の気持ちだけが空回りしてしまうだけなのではないだろうか……
聖歌にはそこが気がかりだった。
そんなものはただの自分のわがままでしかないと、聖歌は自分で良く分かっていた。
でも……奏が自分と同じ気持ちであって欲しいというのは聖歌の紛れもない本心であり、その気持ちが裏切られるというのは、彼女にとってとても辛いことでもあった。
「結局親友だ仲間だなんてのは口だけよ。ちょっとした事で相手を疑い、裏切られたと思う」
「わ、私が……南野さんに勝手な期待をしているだけよ。裏切られただなんて、私の思いこみだわ」
「疑ってなんかいない……響には、響の事情があって……」
二人ともセイレーンの言葉を否定してはいるものの、最初のような迷い無い表情ではなく、顔を垂れて思い悩み、苦しんでいる様子だ。
その姿に、セイレーンは「友情」の崩れていく様を肌で感じ取り、強い喜びを感じた。
「いいのよ? アンタ達があんな奴らを庇わなくても。このあたしが、あいつらの本心を“聞かせて”あげるわ」
「えっ……?」
「…………?」
セイレーンは一呼吸を置いた後、歌い始めた。
低く、心の底から滲み渡るかのような、悲しみのメロディを。
「ああっ……!?」
「な、何これ……?」
胸を押し上げてくるような暗く低い音。
その音によって沸き上がってくる悲しみ、怒り、嘆き……様々な負の感情。
胸がはちきれんばかりの苦しみに、和音と聖歌は両手で耳を塞いでその場にうずくまる。
『耳を塞いだ所で無駄。その怒りも悲しみも、憎しみも、ぜ〜んぶアンタ達の心の中から染み出して来るものなんだから』
セイレーンは変わらずに歌い続けているのに、聖歌と和音の耳に……いや、頭にセイレーンの言葉が響いてくる。
苦しみの渦の中、やがて和音と聖歌の見る世界が歪んでいき、テレビの電源が切れたかのようにプツッと視界が暗闇に包まれた。
二人は、地面に倒れてこのまま意識を失ってしまうのだろうと思った。
しかし、気が付いた時には、聖歌と和音はそれぞれ暗闇の中で一人立っている事に気がつく。
ただ暗闇が続くだけで、他には何も見えず、聞こえない。
そんな何も無い世界で、ボウッと浮かび上がってくる姿があった。
和音の目に映ったのは響だった。
暗闇の中に立つ響が、和音に笑いかける。
「やっほー、和音!」
「あ……れ……響? わたし何をして…………」
「和音、どうしたの? 部活の助っ人に行くんじゃないの?」
響の言葉を聞いて、困惑している様子だった和音の顔がパッと明るくなる。
「あ……そうか、そうだよね! よ〜し、響、今日も一緒にがんばろう!」
「私は行かないよ」
その言葉はあまりにもあっさりと、当然の事のように響の口から放たれた。
「え…………」
「今日、奏と一緒にピアノの演奏するんだ。だから和音と一緒に部活の助っ人には行けないよ」
「な、何で……そ、そんなに大事な事なの? 南野さんとピアノの演奏するのって……」
焦りを含んだ和音の言葉に、響はきょとんとしたような表情になる。
そしてまた、さも当然であるかのように言葉を続けた。
「……別に? ただ、和音と一緒にいるより奏といる方が楽しいから」
「ひ、響……」
「ああ大丈夫、奏と遊べない時は私も和音と一緒に部活の助っ人に行ってあげるよ? だって、和音もわたしの大切な親友だし」
最後まで、響は笑顔を崩す事なく……しかしその笑顔は、和音にとってはとても遠く感じて……
響はそのまま和音に背を向け、手を振りながら闇の中へと消えていく。
「待ってよ…………待ってよ響! 響ーーーーっ!」
聖歌の目の前には、奏の姿があった。
「南野さん、今度のコンテストなんだけど、こんなのはどうかししら? 南野さんの作ったカップケーキのアイディアを応用して………」
「ああ、ごめんなさい聖歌先輩。コンテストに出すスイーツのアイディアは、他のみんなと考えてください。ちゃんとコンテストに出すスイーツを作る時は参加しますから」
奏が申し訳なさそうに聖歌に頭下げる。
「え、南野さん、どうして………」
「本当にごめんなさい。どうしても外せない用事があるんです」
「………北条さんと、ピアノ演奏をする事………?」
「あれ、先輩知ってたんですか?」
聖歌の言葉に意外そうな表情を見せる奏ではあったが、悪びれた様子は全く無い。
「どうして、嘘をついたの、南野さん………」
「私、聖歌先輩の熱意は凄いと思いますけど……中学生の部活でいきなりコンテスト参加なんて、ちょっとついて行けないかな〜‥…って。逃げ出したくもなります」
奏が頬を指で軽く掻きながら、困ったような表情で言う。
「南野さん! あなたも……あなただってスイーツ作りに、誰にも負けないような情熱を注いでいたんじゃないの?」
「そんなぁ! 私のスイーツ作りなんて聖歌先輩と比べたら遊びです。今からそんなに必死にならなくても、家の家業を継げばいいだけですし」
自分が聖歌と比べられるなんて恐れ多い、とでも言わんばかりに、奏は大慌てで聖歌の言葉を否定し、その後、とても気楽そうに「家業を継げばいい」のだと言うのだった。
「そんな………」
「ケーキコンテストで聖歌先輩に勝っちゃったのは驚きでしたけど、まぁそういう偶然もあるかなって」
「ぐう、ぜん………?」
奏のスイーツ作りにかける情熱に、友への想いを込めたあのケーキに、聖歌は深い感銘を受けたというのに、奏にとってそれは単なるお遊びでしかなかったのか。
奏の言葉に、聖歌は呆然とする他なかった。
「それじゃ聖歌先輩。私なんかで出来る事があれば協力しますから」
気楽そうに手を振り、後ろを向いて去っていく奏。
手を伸ばせばすぐ届きそうな距離にいるのに、聖歌にはその姿はあまりにも遠くに見えた……
「南野さん! 待って! 私は………!」
セイレーンは目の前の光景に満足していた。
生気のない瞳で虚空を見つめながら立っている聖歌と和音の二人。
その両の手のひらの上には、ハートマークのト音記号が具現化したものである変身アイテム、『キュアモジューレ』が置かれていた。
しかしそれは響と奏の持っているものとは違い、邪悪な黒い色を湛えたもの。
「後は……アンタの出番よ!」
エレンは懐から、メフィストから受け取った紫のフェアリートーン、『ドドリー』を取り出し、頭上に掲げた。
「ドド…………ドド〜〜〜〜〜!」
ドドリーの瞳が開き、その声を周囲へ響かせる。
二人での演奏を続けている響と奏、そして二人の演奏を聞いているハミィは気づかなかった。
ドドリーの響かせたその音が、微かにしらべの館内にも届いており、7体居るフェアリートーンのうち、3体がその場から姿を消していたという事に………
「さぁ〜ってと! そろそろ一っ風呂浴びて来ますかねぇ!」
「大変だニャーーーーーっ!」
延びをしながら自室をで出ようとした響は、突如として勢いよく開放された扉に顔面を殴打され、そのまま床に倒れ込んだ。
ドアを開け放った張本人、ハミィがドアを開けた時の勢いそのままで部屋に飛び込み、響の上に着地する。
「ハニャ? 響はどこニャ?」
「あんたの下よ…………」
あっ、と気づいて響の上から降り、ごめんニャ、と謝るハミィ。
響はドアにぶつけた額と床にぶつけた後頭部をさすりながら上体を起こす。
「あたたたた……もー、一体何だってのよハミィ!」
「そうだニャ、大変なんだニャ! ネガトーンが現れたみたいなんだニャ」
「えー!? またぁ!? 一日に何回出てくるつもりなのよ、もう!」
「奏はもう先に行ってるはずニャ。早く準備するニャ響!」
「分かってるって! たくもー、今度という今度は絶対に許さないんだからね!」
文句を言いつつも、キュアモジューレを持ち運ぶためのポーチ、キュアモジューレキャリーを掴んで響は部屋を飛び出した。
「おーい、奏ー!」
「あっ、響!」
自分に先行して走っていた奏を響が呼び止め、響が追い付いてから二人は一緒になって走り出す。
「響〜、奏〜! こっちだニャ!」
猫の身軽さを活かして先回りしていたのか、進む先で待ちかまえていたハミィが二人を手招きする。
ハミィが示す道の先にあるのは二人がいつも通っている「しらべの館」だ。
「ネガトーンはしらべの館に居るみたいだニャ! 二人とも急ぐニャ!」
「分かったわハミィ! ……あれ?」
「どうしたの、奏?」
ハミィを追い越す所で突然立ち止まり、ハミィの姿をまじまじと見つめている奏に釣られる形で、響も振り返って立ち止まる。
「ハニャ? ハミィの顔に何か付いてるかニャ?」
奏は目の前の光景に違和感を覚えていた。
ネガトーン出現だというのにいつも通りののほほんとした様子のハミィと、その周りで慌てたような様子で浮かんで何か話している様子のフェアリートーン達。
…………何かが足りない?
「奏! どうしたの、早く!」
「あ、うん…………」
釈然としない気持ちに小首を傾げながら、奏は響の後を次いでしらべの館へと走り出した。
「「絶対に許さない!」」
その叫びと共に、キュアメロディとキュアリズムの同時急降下キックがヘッドフォンの姿をしたネガトーンに決まった。
「あれぇ!? いつもの台詞言う前にもう変身してますよぉ!?」
「ちょっとこの流れは速すぎやしませんかね……」
「というか、またセイレーン様はいないのか!?」
マイナーランドのバックコーラス隊、トリオ・ザ・マイナーのメンバー、ファルセット、バリトン、バスドラが順番に言った。
最後のバスドラが言った言葉を受けて、三人は周囲を見渡すが、彼らのリーダー、セイレーンの姿はその周辺にない。
「そういえば、セイレーン様は『あたしは準備があるから後は勝手にネガトーンでも暴れさせてなさい』って言ってましたよ!…………ってアレ、この流れ、つい最近見たような………」
「ああ、デジャブって言う奴ですね。既視感とも言うんですよ」
「ほー、豆知識だな。………ん? なにか暗くないか?」
どこかで見たような流れに疑問を感じながら話していたトリオ・ザ・マイナーだったが、突如として周囲が暗くなった事に気づき、雲でも出て来たのかと空を見上げた。
しかし、そこにあったのは雲ではなく……
「「「ネ〜〜〜ガ〜〜〜〜ト〜〜〜〜〜〜ン!?」」」
三重コーラスの悲鳴を上げながら、昼間と全く同じ様にトリオ・ザ・マイナーはネガトーンの下敷きとなった。
空中では、こちらも昼間と同じように、見事な連携を決めてネガトーンを叩き落としながらも、不機嫌そうな表情を浮かべる二人のプリキュアの姿があった。
「まったくもう! ひとっ風呂浴びようとしていた所だったのにさ! せめて出て来るのは一日一回にしてよね!」
「ホントよ! 私達だって暇じゃないんだからね!」
「よ〜し、行くよ、リズム!」
「オッケー、メロディ!」
二人はタイミングのピッタリ合った手拍子、足のステップの後、お互いの手を繋いで前方へと突き出し、溢れる音の力が握り合う拳の先から光の奔流となって放たれる。
「「プリキュア! パッショナート・ハーモニー!」」
光の奔流に体を貫かれ、プリキュアの象徴、「ハートマークのト音記号」を体に刻み込まれたネガトーンは、体内に宿る邪悪な音の力を外へと放出していく。
「ネガネガ…………ネムイネムイ…………」
その瞳を閉じ、安らかな表情のまま浄化されたネガトーンは、その姿を本来のヘッドフォンの形へと変え、引き潰されたカエルのような姿になっていたトリオ・ザ・マイナーらの上に落下した。
「ふぅ〜……今回も楽勝って感じだね!」
「ハミィ、それじゃ後はお願い!」
「分かったニャ! ニャップニャプー!」
一連の流れを見守っていたハミィが、リズムの言葉に応え、歌の妖精の力によって音符を回収しようとした、その時だった。
「その音符は………渡さないよ」
「えっ?」
突如として頭上から聞こえた声に、メロディ達は驚いて顔を上げる。
その声は女の声だった。しかしセイレーンのものとは違う。
見上げたメロディ達の目に映ったのは、しらべの館の屋根の上に佇む猫の姿のセイレーンと、セイレーンを挟むように並び立ったふたつの影。
「あれはセイレーンと………誰?」
「ハミィ、前座のネガトーンを倒してさぞかし喜んでいる事でしょうけど、アンタ達の会進撃もこれでおしまいよ。今日はアンタ達に私からお披露目させてもらうものがあるの」
「ハニャー、セイレーンからのお披露目って何だろニャ? 楽しみだニャ〜」
「何で嬉しそうなのよ! アホかお前は!」
ハミィの天然ボケに苛烈な突っ込みを入れた後、コホン、と咳払いをして平静を取り戻したセイレーンは、高らかに叫んだ。
「さあアンタ達、自己紹介しておやり! マイナーランドのプリキュア達よ!」
そのかけ声と共に、セイレーンの側で佇んでいた二つの影が宙へと舞い上がった。
月光に浮かび上がるシルエットを見せながら、音符の潜むヘッドフォンの前に立ち塞がる形で地面に着地する、二人の人間の姿。
「嘘っ!? あれって……」
「……プリキュア!?」
そこに居たのは、キュアメロディ、キュアリズム、二人に良く似ながらも、黒を基調とした衣装と、それぞれ青と紫の色の髪を持った二人の少女の姿。
その胸には、メロディ、リズムが変身する時に使うアイテムと色違いの、“黒いキュアモジューレ”が取り付けられていた。
「爪弾くは怒りの調べ、ネガビート!」
「爪弾くは嘆きの調べ、ネガシンフォニー!」
「「ネガトーンプリキュア!」」
ネガビートにネガシンフォニー……そう名乗った二人の『プリキュア』は、自分達の存在を示すように高らかに宣言する。
『スイートプリキュア』に『ネガトーンプリキュア』。
二つのプリキュアチームの間に、言いしれない緊張感が漂う。
「ハニャニャ、どうなってるニャ〜、マイナーランドのプリキュアって……」
「あはは、驚いたハミィ? プリキュアを使えるのはね、もうアンタだけじゃないんだよ!」
二人の黒いプリキュアに続いて地面に飛び降りるセイレーン。
そのセイレーンの周囲に、緑色の「ソリー」、水色の「ラリー」、青色の「シリー」、紫色の「ドドリー」、4色のフェアリートーンが浮かんでいた。
ドドリー以外の三体は、普段ハミィ達と一緒に居たフェアリートーンの一部だったが、その体は黒い影の膜のようなものに覆われており、瞳には普段のような輝きはない。
「あーっ! あんな所に居たドド!」
「えっ……どういう事ドリー!?」
「今日、おかしな音の響きが聞こえる事があって、それからシリー達がいなくなってたんドド!」
「ずっと探してたのに、今まで見つからなかったんだレレ! まさかこんな事になってるなんて……」
大慌てで状況を説明するフェアリートーンのドリーとレリー。
先ほどフェアリートーン達が慌てた様子を見せていたのは、ネガトーンの出現に対してのものではなく、仲間がなかなか見つからない事に対してのものだったのだと、キュアリズムは気がついた。
「フェアリートーンの力を借りて、キュアモジューレも持ってる。じゃああなた達は……本当にプリキュアなの!?」
「ええ、そうよ……キュアリズム。私たちはプリキュア。そしてあなた達の……敵よ」
リズムの問いに答えたのはネガシンフォニー。
彼女はリズムに対し微笑みかける。
それは穏やかで優雅さすら感じる笑みだったが、リズムはその笑顔に悪寒のようなものを覚えた。
笑顔の裏に、何か深い感情がある。
そう、それは…………怒り?
自分に対する怒りの感情が笑顔の裏に潜んでいるように、リズムには感じられた。
「じゃあ、この音符は私たちが頂いていくわね」
ネガシンフォニーがその手のひらをヘッドフォンにかざすと、ヘッドフォンから音符が浮き上がっていき、ネガシンフォニーの手のひらに収まった。
「あっ…………! 待って!」
「メロディ!」
目の前の状況に気を取られていたメロディは、ネガシンフォニーの行動で我に返り、音符を奪われまいと二人に向かって走り出す。
だが、音符を持つシンフォニーに向かうメロディの前に、もう一人の黒きプリキュア……ネガビートが立ち塞がった。
「……どこ見てんのさ? メロディの相手は……わたしだよ!」
「!…………ネガ……ビート!?」
不意を突かれたメロディは突然目の前に飛び込んで来たネガビートに対応する事が出来ず、ネガビートの放った鋭い蹴りをまともに食らって後ろに弾き飛ばされた。
「危ない!」
地面に叩きつけられそうになったメロディをリズムが両手で受け止めるが、蹴り飛ばされた勢いをそのまま受けて、二人一緒に地面に叩きつけられる形となった。
「痛ぅ……ありがとう、リズム。大丈夫だった?」
「ええ、何とか…………あなた達、どうしてこんな事をするの!? 二人とも、私達と同じ人間なんでしょう!?」
先に起き上がったメロディに手を貸りて立ち上がったリズムは、“敵の”プリキュア達に向き直り、怒りと共に最大の疑問をぶつける。
その言葉にはメロディもハッとさせられた。
プリキュアになる事が出来るのは、この世界にいる音楽を愛する印を持つ者。
見たところ相手のプリキュアも自分達と同い年くらいの女の子に見える。
場合によっては自分達と同じ学校に通っている生徒である可能性もあるのだと、今更ながらにメロディは気づいた。
だからこそ尚の事この二人の存在が分からない。
マイナーランドの住人達は不幸のメロディを完成させて世界中を不幸にしようとしている。
そんなセイレーン達に協力するような事を、この二人はどうしてするのだろうか?
「そうだよ! そのセイレーンの目的を知ってるの!? 不幸のメロディを完成させて、世界中を不幸と悲しみに包もうとしている! あなた達はそうなってもいいっていうの!?」
メロディの言葉に、ネガビートがつまらなそうに答える。
「そんな事、どうだっていいよ。わたし達には」
「どうだっていいって……!」
「そう……私達の狙いはただ一つ……」
ネガビートとネガシンフォニーが同時に、別々の相手を指さしながら、同時に別々の名を口にする。
「あなただよ、キュアメロディ」「あなたよ、キュアリズム」
二人の言葉に、メロディとリズムは混乱する一方だった。
「私達って……どういう事!?」
「わ、わたし達に何か恨みでもあるっての!? そんな事で……」
「……メロディにとっては、“そんな事”だろうね」
メロディとリズムに対し、敵意を剥き出しにしながらも、笑顔を崩さなかった二人の表情に陰りが差す。
「あなたにとっても、“その程度の事”なんでしょう? リズム」
「い、一体、何を言って……」
「二人には分からないよ。…………とにかくわたし達は、メロディ達の邪魔をするのが目的」
「これからずっと、あなた達の妨害を続けさせてもらうわ」
ネガビートは再びニヤリと邪悪な笑みを見せ、ネガシンフォニーも不気味な薄笑いを浮かべた。
ネガシンフォニーは手のひらに包んでいた音符を放し、それをセイレーンが掴み取る。
「アハハ、楽勝♪ こんな簡単に音符が手に入るなんてねぇ」
「メロディ、リズム! あの二人と戦うニャ! このままでは音符が奪われてしまうニャ!」
「た、戦うって……あの二人はわたし達と同じ人間なんだよ!? 一体どうすれば……」
音符を奪われてはいけないという事は分かっている。
しかし、攻撃してみろと言わんばかりに余裕の表情を浮かべて立つ二人の悪のプリキュアを前に、メロディとリズムは躊躇する他なかった。
「あの二人の体からネガトーンと似た邪悪な音の力を感じるニャ! プリキュアの技なら、二人の体を傷つけず、邪悪の音だけを浄化する事が出来るはずニャ!」
「……そういう事! よし、やってみる!」
メロディが両手の指をパチンと鳴らすと、それぞれの手のひらに光の音符が現れる。
それをメロディが胸の前で一つに合わせると、ロッド状の武器が光に包まれ現れた。
「奏でましょう、奇跡のメロディ!ミラクルベルティエ!……おいで、ミリー!」
メロディが出現した武器、ミラクルベルティエを頭上にかざし声をかけると、飛んで来たフェアリートーンの『ミリー』が先端部に合体する。
「駆け巡れ、トーンのリング! プリキュア、ミュージックロンド!」
ベルティエを頭上から足下、そしてまた頭上へと時計回りに大きく回し、その軌跡が光の輪となる。
それにより完成した光り輝くトーンのリングを敵に向けて放つ、これがメロディの必殺技、ミュージックロンドだ。
一連のメロディの動きを見ても、そして飛んできたトーンのリングが自分達を囲う形で静止しても、ネガビートとネガシンフォニーの二人は一切動じる様子無く棒立ちのままだった。
「三拍子! いち、にい……」
「…………ラスギターロッド!」
メロディが技の最終段階に入ろうとしたその瞬間、ネガビートはメロディと同じように、こちらは深く黒い闇によって形成された音符から、それと同じく暗い闇のような黒色をした“ギター”を出現させた。
そのギターの先端部にフェアリートーンの『ラリー』が合体し、ネガビートがギターの弦を一弾きすると、周囲にギターから発せられる凄まじい爆音が響き渡る。
その音色は……いや、音色と呼べるものではない。その音は大小様々な音が不安定に混じり合い、胸元を掻き毟るかのような不快な不協和音を作り上げている。
「さ……?……な、何、この音…………!?」
その不快で破壊的な音に、三拍子のテンポを取り、最後のさん、を言おうとしたメロディの腕が途中で止まる。
ネガビートは尚もギターを掻き鳴らし続けている。
メロディもリズムも、その音を聞いているだけで頭が割れそうになるほどの苦しみを受けているというのに、その音の発生源に居るネガビートとネガシンフォニーは涼やかな顔をしている。
「う、うう……頭が割れそう……!」
「いち、にぃ、さ…………いち、に……だ、ダメ! 三拍子のリズムが……崩される!」
トーンのリングを維持すべくベルティエの先端に意識を集中し、技を完成させようとするメロディだったが、不協和音の渦の中で正しいテンポを刻む事が出来ず、ついにはネガビートとネガシンフォニーを囲っていたトーンのリングが弾け飛び、跳ね返って来た技の威力を受けたメロディは後ろに吹き飛ばされる。
「メロディ! ……そんな、ミュージックロンドが……通用しないなんて……!」
ネガビートはギターを構えたまま、ニヤリと笑みを浮かべている。
リズムは仰向けに倒れるメロディの元に駆け寄ると、その体を抱き起こした。
「しっかりしてメロディ! こうなったら……次は二人でやるしかないわ!」
「うぅ痛たた…………分かったよリズム。……ミラクルベルティエ、セパレーション! ……おいで、ドリー!」
抱き起こされたメロディは、手に持つベルティエを二つに分離させ、ミリーが合体したのとは逆の方に今度はフェアリートーンの『ドリー』を合体させる。
「奏でましょう。大いなるリズム……ファンタスティックベルティエ、セパレーション! ……おいで、ファリー! レリー!」
今度はリズムが自らの必殺武器、ファンタスティックベルティエを出現・分離させ、それぞれにフェアリートーンの『ファリー』と『レリー』を合体させる。
「溢れるメロディのミラクルセッション!」
「弾けるリズムのファンタスティックセッション!」
メロディの持つ最大の技、ミラクルハート・アルペジオと、リズムの持つ最大の技、ファンタスティック・ピアチェーレ。
二つの最強技を同時に繰り出すべく、二人はベルティエをベルのように鳴らして音の力を高めていく。
その二人を見ていたネガビートは、ネガシンフォニーと目配せした。
ネガビートは一歩下がり、代わりにネガシンフォニーが前に歩み出て、ネガビートと同じように、深く黒い闇によって形成された音符から、トランペットのような形をした武器を出現させた。
「ドゥームトランパー!」
ネガシンフォニーがそれを構えて吹き鳴らすと、ネガビートが出したのと同様の不快な音が周囲を包み込み、吹き荒ぶ破壊の音波を受けてメロディとリズムのベルティエを振る腕の動きが止まる。
「ま、またこの音……!」
「お、音の力が…………! このままじゃ、技を出せな…………きゃあっ!」
二人はベルティエに集中していた音の力が拡散していくのを感じ、ネガシンフォニーの武器から放出される音が一層強くなったかと思ったその瞬間、二人は必殺技を放つ間もなく、破壊の音より生まれる衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。
「ハニャニャ〜!? 何なのニャ!? こんな音滅茶苦茶だニャー!」
破壊の音は二人の戦いを見守っていたハミィをも苦しめていた。
周囲に広がる凄まじい音の力に吹き飛ばされないよう、ハミィは地べたに這いつくばる形でようやくその場に堪えている。
しかし、ネガビート、ネガシンフォニーの放つ不協和音によって苦しめられているのはハミィ達だけではなかった。
ネガビート達の後ろで控えるセイレーン、それにいつの間にか起き上がっていたトリオ・ザ・マイナーの三人も、その不協和音に苦しみ、耳を塞いで耐えていたのだ。
この場に居る者の中で、二人が放つ不協和音を聞いて平静でいるのは、その音を鳴らしている張本人であるネガビートとシンフォニーの二人だけ。
「せ、セイレーン様! 何なんですかこの滅茶苦茶な音は〜!?」
「き、聞くに耐えません……」
「セイレーン様があいつらを呼んだんでしょう! ど、どうにかして下さいよ!」
「う、うるさいわね! あたしは知らないわよ!」
メロディ達を圧倒するネガトーンプリキュアの二人の力に、最初こそ手放しで喜んでいたセイレーンだったが、自分達をも苦しめる予想外な音の力の存在にだんだん焦りを感じ始めていた。
「(マイナーランドのプリキュアって言うから、深〜い悲しみの音を操る戦士が生まれると思ってたのに、これじゃ話が違うじゃない!)」
「セイレーン様、何とかして下さい〜!」
「もうこれ以上は……」
「耐えられません……」
「あ〜もう、只でさえうるさいっていうのに、アンタ達のせいでよけいにうるさい! アンタ達の面倒なんて見てられないわよ! そんなに嫌なら帰ったら!?」
セイレーンの言葉を聞いて、トリオ・ザ・マイナーは顔を見合わせた。
「「「それじゃ、お言葉に甘えて〜〜〜」」」
「……って、ホントに帰るんかい!」
セイレーンの鋭い突っ込みを背に受けながら去っていくトリオ・ザ・マイナー。
しかし、トリオ・ザ・マイナーが去ったのと同時に、周囲に響きわたっていた不協和音が止まった。
「……あら、この程度で終わりなのかしら?」
「これじゃつまんないなぁ。……がっかりだよ、メロディ?」
ネガトーンプリキュアの二人が放つ破壊的な音によって、メロディとリズムは体も精神もボロボロにされていた。
二人の頭の中では、激しく騒々しく、そして不快な音が反響を続けており、ネガビートとネガシンフォニーの声もまともに聞こえていない。
周囲の音は遠く、平衡感覚もはっきりしない状態で、何とかメロディとリズムの二人はその場に立ち上がった。
「こ、こんな所で……」
「負ける……訳には…………」
ふらつく体を落ち着かせ、何とか前を見据えて敵に立ち向かおうとした二人だったが、顔を上げたその時には既に、キュアメロディの前にはネガビート、キュアリズムの前にはネガシンフォニーの姿が迫っていた。
破壊の音のせいで意識がはっきりとしていない二人に、相手の動きに対応出来るだけの判断能力は無く、メロディはビートのキックに、リズムはシンフォニーの鋭い肘鉄により吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
そこで途切れたのが最後の一線だったのか、倒れ込んだ二人はそのまま身動き取る事も無くなった。
「プリキュアー! 立ってニャー! メロディ! リズム! 二人が、二人が負ける訳がないニャ! お願いニャ、二人とも立ち上がってニャー!」
自らも破壊の音によってかなりの疲労をしているにも関わらず、声を張り上げて二人を励まそうとするハミィ。
しかし、そんなハミィの悲痛な叫びにも、メロディとリズムは答える事は無かった……
「やったわ! プリキュアに完全勝利! さぁ二人とも、こいつらに止めを刺しちゃいなさい!」
自らも破壊の音の影響で疲労しながらも、勝利を確信したセイレーンはネガトーンプリキュアに対して指示を飛ばす。
しかし、ネガビートから返された返事はあまりにも意外なものだった。
「………………やだ」
「…………は?」
思いがけない言葉に、セイレーンは一瞬、破壊の音で耳がおかしくなっているせいで、返事を聞き間違えたのかと思った。
しかし、ネガビートもネガシンフォニーも一向にメロディ、リズムらに止めを刺しに行く様子がない。
「え、えっと、あたしの聞き間違いかしら? 嫌だ、って言ったように聞こえたんだけど?」
「うん、そうだよ。……やだ」
「何言っちゃってんのよアンタ! あたしの言う事が聞けないっての!?」
「あら、あなたの言う事を聞くなんて言った覚えはないわよ?」
毛を逆立てて怒り狂うセイレーンに、ネガビートとネガシンフォニーは平然と言う。
「え……あ、アンタら! 誰のおかげでプリキュアになれたか分かってんの!?」
「フェアリートーンのおかげでしょ? 知ってるよ」
二人の側で漂うフェアリトーンを指さしながら、ビートが当たり前のように言う。
尚もセイレーンは何か言おうとしていたが、二人はそれを無視し、倒れたまま動かないメロディとリズムに向き直る。
「今日はこのくらいにしておくよ。またね、メロディ」
「これから先、もっと苦しめてあげるわ。それじゃあね、リズム」
二人はその場で飛び上がり、何事かわめいているセイレーンを一人残し去っていく。
「あ、アレ? …………フン、命拾いしたわねアンタ達。今日は音符をもらうだけで勘弁してあげるわ。次に会った時こそアンタ達の最後よ!」
取り残されたセイレーンは、慌てて体面を取り繕い、二人と同じように宙へ飛び上がり去っていく。
しかしそんな捨て台詞も、メロディ・リズムが意識を失い、そんな二人をハミィとフェアリートーンが必死で起こそうとしている……という状況では聞く者がいなかった。
ハミィがメロディ・リズムの二人の名を呼びながら揺り動かし、フェアリートーンも二人の顔をつねったり叩いたりしていたが、二人は一向に意識を取り戻す気配がなかった……
「う、ううん……?」
体に何かちくちくと刺さる感覚を覚えながら、和音は目を覚ました。
最初に目に飛び込んできたのは、木々の枝葉から覗く満月の光。
和音は自分が森のしげみの中で寝そべっている事、今がもう夜も更けてきた頃だという事を知る。
「……わたし、こんな所で何やってるんだろう……?」
「う、うう……私は一体…………」
和音が上体を起こすと、すぐ近くで同じように体を起こしている聖歌の姿が目に入った。
どうやら自分と同じように、この場所で倒れ込んでいたようだ。
「あ、聖歌先輩。……わたし達、何でこんな所で寝てるんでしょうね」
「う、ん……分からない…………下校途中にあなたと会った事は覚えているけど、それから……それからは……」
二人は自分達の身に何が起こったのか思いだそうと記憶を探る。
しかし、聖歌と和音が出会ってから後の事……いや、正確には会う前後の事を思い出そうとしても、記憶の中の映像と音にノイズが走ったようになり、思い出す事が出来ない。
そのノイズの入った映像は、頭の中にガラスを引っかいたような不快な異音を鳴り響かせ、思いだそうとすればするほど二人の頭に激痛が走る。
痛む頭を抑え、二人の意識がノイズの走る記憶から遠ざかると、痛みをも同時に和らぎ、二人は不思議と思い出せない記憶の事もどうでもいい事のように感じるのだった。
「とにかく……今日はもう遅いから、お互い家に帰る事にしましょう」
「そ、そうですね……あれ? でも道はどっちかな?」
かすかに見える町の明かりを頼りに、しげみをかき分け歩き出す二人。
そんな二人の姿を、木の枝の上から見つけていた影があった。
「……あたしの歌だけじゃ、完全に操る事は出来なかったみたいね」
闇に光る黄色の両目、浮かび上がる猫の体のシルエット……それはセイレーンの姿だった。
「あそこでプリキュアに止めを刺す事が出来たら良かったのに!…………あの二人、まさか……?」
プリキュアを完全に倒す事が出来なかった事を歯がゆく思うセイレーン。
セイレーンは、不幸の音によって友達・仲間への不信感を増幅させ、負の感情に包まれた人間は自分の力で容易に操れるものと思っていた。
だが、実際にはあの二人はまるで言う事を聞かないじゃじゃ馬。
しかし、それだけならばまだいい。
セイレーンが今気にかけているのは、最後、メロディとリズムを放置して去ったネガビート・シンフォニーの行動だ。
まさか、わずかに残った相手への情が、トドメを刺さないという行動になって現れたのでは……セイレーンは一瞬そんな風に考えたのだが、すぐにその考えを頭から追い出した。
あの二人は完全に負の感情に囚われていた。
そんな情が表に出る事などあり得ない……
自分にはもっと危惧すべき事がある。セイレーンは考えた。
「しかし、あの二人が使ったあの音……一体何なの?」
先ほどプリキュアを苦しめ、セイレーン自らをも苦しめた破壊の音。
聖歌と和音の二人を自分の手足として動く戦士として使おうと企んでいたセイレーンには、あの二人が言う事を全く聞かない上、自分にとっても危険な音の力を使うとは予想外の出来事であった。
「あの音はプリキュアの使う幸せの音色を打ち崩した……でもおそらく、あの力は私が操る悲しみの音をも破壊してしまう可能性がある…………そう、あれはまるで、『音を破壊する音』……!」
マイナーランドの味方になるプリキュアを生み出すはずが、本当は誰の敵でも味方でもない、とんでもない化け物を自分は生み出してしまったのではないか……セイレーンは薄ら寒い思いに囚われた。
「フン……上等じゃない」
体に震えを走らせる悪寒を感じながらも、セイレーンはその悪寒をそのまま受け入れる事に決めた。
たとえ破滅が待っていようと……今の自分が求めるのは『勝利』のみ。
「私の声を聞かせればあの二人はまたあの姿へと変身する……正義のプリキュア二人を憎む悪のプリキュアに! あの二人が居る限り、あたしは必ず勝利する事が出来る!」
一人後戻りの道を捨て去る決意を固めるセイレーン。
彼女の心を誰も知らない。
メフィストも、トリオ・ザ・マイナーも、ネガトーンプリキュアの二人も、スイートプリキュアの二人も、そして……ハミィも。
「私はもうゴメンなのよ……“負ける”なんて」
ただ夜空に浮かぶ月だけが、決意の表情で空を見上げるセイレーンの姿を照らし出していた。
「あ〜しんどかった〜……」
一日の授業を終え、苦痛の時間が終わった事に安堵しつつも、全身に残る疲労感のおかげで開放的な気持ちにはなれず、響はようやくの事で机から立ち上がり、教室を後にした。
あの戦いが終わった後、メロディとリズムは……いや、音の力を失って元の姿に戻った響と奏は、数十分後にようやく目を覚ました。
ハミィ達に励まされながら、ほうほうの体でようやく家に帰った二人は、家族との会話すらも辛く思うほどの疲労感を抱え、そのままベッドで横になったのだが、耳に残る破壊の音が頭の中で反響を続け、ロクに眠る事も出来なかったのだ。
響同様、奏も今日の授業はようやくの形で終えたようで、響と無言の目配せをしただけでそのまま分かれた。
今にも倒れそうになる体を何とか支えながら前のめりに歩く響は、前方に良く見知った、特徴的な青髪の女の子の姿を確認した。
声を出すのも億劫な状態ではあったが、和音には言っておかなければならない事がある、そう響は思い、全身に力を入れて和音に声をかけた。
「お〜い、和音!」
昨日、記憶を喪失した上に茂みの中で目を覚ますという珍事が起き、日を跨いでも妙な疲労感や不安感に囚われて、一日まともに授業を受ける状態になかった和音だったが、後ろから聞こえた声に、意識が一気に覚醒するのを感じた。
その声が誰のものであるかに和音はすぐに気づいていた……自分にとって最高の“親友”、北条響のものだ。
放課後に声をかけてくれたと言う事は、また一緒に部活の助っ人に行こうと誘いに来てくれたに違いない、和音はそう思った。
……昨日は一緒に部活には出れなかったけど、今日はきっとまた一緒に響とスポーツが出来る。
昨日は……今日は……
和音の心に、“ノイズ”が走った。
「……何か用? 響」
振り向きもせずに和音が言う。
響を突き放すかのような冷たいその声色と態度に驚いたのは、その言葉を受けた響ではなく、和音本人だった。
振り返って笑顔で響に言葉を返そうと思ったのに……何故自分はこんな態度を取っているのだろう?
背後から、響の戸惑った様子が和音には感じられるようだった。
響は和音のその態度に若干の違和感を覚えたものの、前日からの疲労感のために和音の声が妙な聞こえ方をしただけなのだろうと考え、話を続けた。
「用って……昨日、部活の助っ人、一緒に行くって言ったのに、結局キャンセルしちゃったからさ、謝ろうと思って」
響のその言葉を聞いて、和音は、ああ、やっぱり……と思った。
一回付き合いを断っただけの事に対してわざわざ謝りに来てくれた。
響は、友達を大切にする本当にいい人だと。
やっぱり、響は…………
「やっぱり、響は、わたしには本当の事、話してくれないんだね」
「……え? 和音…………?」
和音の言葉の声色が、和音本人にも気づかない内に、どんどん攻撃的な色へと変わっていく。
和音は、自分自身の心と言葉に戸惑いを覚えていた。
自分は……何を言っているのだろう?
何を……言おうとしているのだろう?
自分の、最高の<和音の心に、ノイズが走った。>である響に対して。
「大事な用事だって言ったくせにさ、南野さんと一緒にピアノやってるだけだったよね、響」
「あっ!? それは……和音、知ってたの…………」
もはや怒りの感情を隠す事なく吐露する和音の言葉によって、自分を無視して奏と一緒に居た事を怒っているのだという事に、響と……そして和音自信もようやく気がついた。
和音の頭の中に浮かぶのは、楽しそうに奏と一緒にピアノ演奏をする響の姿。
昨日から何度も思いだそうとしたのに、どうしても思い出す事が出来なかった記憶が、何故か今は鮮明に頭の中に映し出されていた。
「わ、和音、昨日の事はさ、その、何て言ったらいいか……」
響が珍しくしどろもどろな口調になる。
プリキュアとして活動している事を話す訳にもいかず、かといってプリキュアの活動の事を隠せる上手い言い訳も思いつかず焦る響。
そもそも響は、言いたい事はなんでも正直に言うし、逆に言わないと落ち着かない突き抜けた正直者であり、嘘をつこうとすればするほどドツボにはまってしまうタイプの人間であった。
響のそんなはっきりしない態度に、和音は苛立ちをを感じ始め、振り返って響を睨みつける。
もうその頃になると、和音自信、このどこからともなく浮かんでくる怒りの感情と、それに戸惑いを覚えている心、どちらが自分の本心なのか、良く分からなくなっていた。
「いいよ、分かってるから。わたしなんかより、南野さんと一緒に居る方が、響は楽しいんでしょ」
「ち、違うよ和音! そういう訳じゃ……」
それを聞いて、挑戦するような表情で和音は響を見下し、響に問いかける。
自らの中から溢れる怒りの感情に戸惑う和音の心は、響がその問いに、肯定の返事をすぐに出してくれる事を期待していたが、もう一方の怒りに包まれた和音の心は、響がその問いに良い返事を出す事は無いと最初から分かっているようだった。
「じゃあ、今日は一緒に部活の助っ人に行ってくれるの?」
「えっ……それは…………」
響は迷う。
当然だ。彼女の全身を蝕む疲労感とまともに動かない体。
こんな状態で部活の助っ人になんて出ても、部活の助けになるどころか邪魔になってしまうだけだ。
だから響はすぐには答えられなかった。
それでも……響が“迷った”のは、和音という親友の気持ちを裏切りたくないという気持ちがあったからだ。
しかし、そんな響の想いが届く事も無く、響の一瞬の迷いを見て、それで十分とでも言わんばかりに和音は口を開いた。
「もういいよ……響の気持ちは良く分かったから」
「あ、待って、和お…………っ!」
背を向けてつかつかと歩き出す和音を追いかけようとする響だったが、前日から続く疲労と、和音に拒絶された事による悲しみや怒りがない交ぜになった感情から来る不快感もあって、意識が朦朧としていた響は足をもつれさせ、そのまま壁に寄りかかるようにして床に腰を落とす。
そんな響の様子に気づいているのかいないのか、和音は歩みを止める事無くどんどん距離を離していく。
「響なんて、親友じゃない……響の事なんて、もう、どうでもいい……」
何故、あんな事を言ってしまったのか、何故、響とこんな風に仲違いしなければならないのか。
そんな自分の気持ちに対する疑問も、だんだん失われていき……それから、和音の心は途切れる事のないノイズに包まれていった。
調理実習室のドアを開け、自分に挨拶してくるスイーツ部のみんなに対し、疲労している心と体を何とか押し隠しながら、奏は挨拶を返した。
室内の部員の中で、唯一背を向けていたのが部長である聖歌だったのだが、奏は逆に自ら聖歌に近づき、自分から挨拶をした。
「こんにちは、聖歌先輩」
その声が聞こえる前から、奏が部室に入って来ていた事に聖歌は気づいていた。
……いや、ボウルに入れるお菓子の材料の分量に集中していたがために、奏の声が、耳には入っていたが頭で理解出来ていない状態だったのかもしれない。
奏の挨拶に聖歌は応えようとしたが、その対応は普段奏に対して行うものとは全く様相が異なっていた。
「あら、こんにちは、南野さん」
奏の姿をちらりと一瞥しただけで、手元の作業を止める事もなくあっさりと言う聖歌。
普段からおおらかな性格をしていて、いつも部員同士の調和を重んじる聖歌が、こんな態度をとる所を、奏も、他のスイーツ部員達も見た事がない。
奏はその聖歌の様子に困惑していた。
「あの……聖歌先輩……何か…………」
「何をしに来たのかしら? 南野さん?」
相変わらず、作業は続けたまま、奏を突き放すような口調で言う聖歌。
周りにいる部員達も、聖歌のただならぬ様子に気づき、その動向を心配しながら見守っている。
「何を、って……部活動ですけど……昨日は途中で出ちゃったから、今日で何とか挽回したいって……スイーツコンテストに向けて、頑張らないと」
「今度のコンテストで結果を残すには、生半可な気持ちで挑んでいては無理よ。やる気が無いのなら、帰って頂いても結構よ、南野さん」
聖歌の容赦のないその口振りに、さすがに奏も怒りを感じ始める。
「ど、どうしてそんな言い方するんですか聖歌先輩! 私だって今度のコンテストに向けて本気で……」
「……嘘をついて、北条さんと遊んでいたのに?」
その聖歌の言葉に、奏は言い返す事も出来なかった。
周囲の部員達は、聖歌と同じか、それ以上にスイーツ部の活動に情熱を燃やしている奏が、そんな事で早退したのだとは信じられなかったが、言い返せずにいる奏の様子を見て、どうやら本当らしい……と信じられない面持でお互いの目を見合わせていた。
「あ、あれは……違うんです! あの、その……」
「何が違うのかしら南野さん。言ったでしょう。やる気がないのなら帰って下さっても結構だって」
ばっさりと言い切られる奏。
奏には元々、先日の事で嘘をついてしまったという負い目がある。
どんな理由があったにせよ……嘘をついたのは事実だ。
その事について、奏は強く反論する事が出来なかった。
「あなたの行動は、部の調和を乱しているの、南野さん」
「私が……部の調和を…………」
その言葉は穏やかで、諭すような口調ではあったが、はっきりとした拒絶の意味合いも込められた言葉だった。
「すみません、聖歌先輩。今日は……もう帰ります」
いたたまれない気持ちになり、重い体を引きずって奏は部室を後にする。
奏は、目の前にある問題や困難から逃げ出すような事を許せない気質の持ち主で、聖歌にあんな事を言われたからといって嫌になって帰ろうとは思わなかったが、「自分のせいで皆が迷惑しているのかもしれない」と少しでも思った今、このまま部室に居る事は出来ないと思ったのだ。
奏が退室してドアを閉められた後、部室内は静けさの中、微妙な空気が広がっていた。
「あ……あの、聖歌先輩……あそこまで言う事無いんじゃあ……奏も、何か事情があったのかもしれないし…………」
奏と同学年で、仲のいい部員の一人が、遠慮がちに聖歌に言った。
それを聞いた聖歌は、先ほどとは打って変わったにこやかな表情を見せる。
「あなたは、昨日コンテストに出すスイーツについて、とてもいいアイディアを出してくれたわね。他のみんなも、とても熱心にコンテストへ向けての考えを述べてくれたわ。なのに……」
聖歌の表情がスッと冷ややかなものに変わる。
その瞳には、怪しい輝きが宿っていた。
「奏さんはそんな時、一人遊んでいたのよ。それも、私たちに嘘までついて。……いくらスイーツ作りの腕が良くても、みんなの足並みを崩す人とは一緒にコンテスト参加なんて出来ないでしょう?」
聖歌が部員一同を見渡す。
その瞳に宿る不気味な輝きに、目を合わせた相手は背筋が寒くなるのを感じ、同時に、頭の中に一瞬ノイズが走ったような感覚があった。
そして、その後は、奏に対する怒りと、聖歌の言うことが正しいのだという確信が頭の中に生まれて来る。
「そうよ……聖歌先輩の言う通りだわ!」
「私たちに嘘つくなんて!」
「ケーキコンテストで優勝して、自分は聖歌先輩より上だって、調子に乗ってるのよ」
奏に対する非難の言葉を口々に言い始める部員達。
奏を非難するその部活内の空気に、唯一疑問を感じている人間が居た。
それは他でもない、この空気を生み出した聖歌自身だった。
「(あの子の言う通りだわ……何故、南野さんにあんな事を言ったの? 南野さんの言い分も聞かないで……)」
聖歌の良心が、自分の言動に対する非難の感情と、奏に対する同情心を心の中に生み出す。
しかし同時に、聖歌の主張の肯定と、奏に対する非難の声も聞こえるのだ。
周囲の部員達と、自分自身の心の底から。
「(……やめて! どうしてみんなも私の言う事をあんなにあっさり聞いてしまうの? おかしいのは、私の方……なの、に…………)」
周囲に響き渡る声、部員達の声は聖歌の頭の中で混じり合い、もはやそれは人間の言葉なのかどうかすら分からない不協和音へと変じていた。
ただの雑音。ノイズ。
それが、聖歌の心を覆い尽くそうとしていた…………
ふらつく足取りで、響と奏はそれぞれの帰宅路を歩いていた。
胸がむかむかするような不快感。
それは、昨日の破壊の音のダメージによるものなのか、それとも、先ほどの……和音と聖歌、それぞれとの会話のためなのかは分からなかった。
自分の苦しみの理由を考える事が出来ないほど二人は疲労しきっていたのだ。心身共に。
「あ……奏…………」
「響…………」
帰りが同じ方向である二人は、必然的に合流する事となった。
体を覆う疲労感のせいで、話す気力もなく並んでただ歩き続けるだけの二人。
心身の疲労のためなのか、二人にはただの帰宅路が果てしなく続く道に思えていた。
先の見えない道。
突如として現れた二人の黒いプリキュアと、和音と聖歌、心すれ違った親友・仲間。
今二人に見えている“先の見えない道”は、そんな二人の前途を象徴としていたのかもしれない……
つづく
〜あとがき〜
やっちまったぜな感じのスイートプリキュアSS第一弾。
私は、「二次創作」というものには、意図するしないに限らず、「一時創作の否定」という要素が混じってしまうものだと思ってます。
それでも、普段二次創作を作る場合は、あくまで一時創作の内容ありきで内容を考えていて、「悪に堕ちるヒロイン」というネタであっても、作品内容に合わせてネタを考えています。
というか、そうでないと、作っても自分の中で納得出来ないんですよね。
元の世界観だとか、作風だとかを無視して話を作ったって、「それ、二次創作である意味すらないじゃん」って思ってしまって。
そんな私ではありますが、今回のSSについては、一時創作という“前提”を明確に否定するつもりで書いています。
ホントはこんな気持ちで二次創作を描くのはどうかと思うんだけど、「スイートプリキュア♪」に関しては本編内容そのものに「納得出来ない」って気持ちが強く生まれてしまったので……
まぁプリキュアシリーズでは割といつも思ってる事ではあるんだけど、今回はやっぱりちょっと“特別”……かな。
そんな制作の経緯もあって、今回の話のコンセプトは「普通の話」を描くというものになりました。
実際にアニメ本編としてこういう展開になったとしたらどうなるか? って感じで。
まぁ実際にアニメ本編で聖歌先輩と和音がプリキュアになっていたとしても、こんな形で登場する事は無かっただろうと思いますが。
(※「プリキュアシリーズでは悪堕ち展開はご法度」なんて話を信じてるからって訳ではないです。眉唾もんだし)
あくまで「普通」の話として書いたので、最初からそうなるだろうと思ってた事ではあるんですが、今ひとつパンチのきかない内容になってしまっているかな、って部分はあります。
でも自分の考える、自分の中での「悪に堕ちるヒロイン」ってこういうものであって、自分が見たいと思うのもこういう内容なんですよね。
あと……自分で書いてみて改めて思ったんですが、響と奏って……キャラの書き分けが出来ねぇ……
やっぱどうにも似たもの同士な上に口調に特徴も無いので、同じ場所で喋らせるとどっちがどっちなんだか……
そのあたりを上手く書き分け出来るのが文章書きのテクニックってものなんでしょうが、今回は割と投げてる所があります。
スンマセン。自分の力不足です。
見ている人がこの内容をどう感じたかは分かりませんが、とりあえず話は次に続きます。
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