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2010.06/21 [Mon]
「あさい」なのか「あざい」なのか
長浜市浅井町の役場の前を通りかかったところ、浅井長政一家の銅像がありました。
長政お市夫婦の他、五人の子供たちの仲むつまじい様子が再現されており、後年の悲劇を思うとなんだか切なくなります。

この「浅井町」ですが、それまでは滋賀県東浅井郡浅井町といっていたのが、数年前に長浜市と市町村合併したということです。
「浅井町」の読みですが、「あざい」という風に濁音で読みます。パソコンで入力しても、「あざい」→「浅井」と変換します。
この地名の読みに由来して、浅井長政の苗字は「あざい」と濁って読むのだと近年言われてきましたし、テレビ番組などでも「あざいながまさ」という風に濁音で読ませています。
どなたがそれを最初に指摘したのかはっきりしませんが、かつて浅井氏を研究していらした小和田哲男先生(静岡大学名誉教授)あたりが提唱されたのではないか、と思われます。小和田さんは以前、浅井町の周辺をフィールドワークされていたことがあり、そこからヒントを得たような事をご著書の中で触れていたと記憶しています。
しかし、最近になって宮島敬一さんという佐賀大学の先生が「浅井長政」の苗字は、元々「あさい」と清音で読んだのではないか?という新説を提起されています。
宮島氏が吉川弘文館から出された「浅井氏三代」という本の中でそのように提起されたのでくわしくは同書を参照していただきたいのですが、手元に本がないのでうろ覚えですが、もともと浅井の「浅」の字は濁音で読むはずはなく、元々「あさい」と清音で読んでいたものが、なぜか江戸時代頃に「あざい」と濁音で読むように変化したのではないか?という事でした。
私は専門家でないので素人考えになりますが、私もやはり「あさいながまさ」と清音で読んで良いのではないか、と思います。なぜなら・・・
人名として読むとき、「あざい」のように濁音で読むのはちょっと音の響き的にも良くないんじゃないかと思うんですね。
現代でも「浅井」さんという姓の方はいらっしゃいますが、大体が「あさい」と清音で読ませているものしか聞いたことがありません。
一方、浅井長政を滅ぼした織田信長ですが、あれも織田家の発祥の地である「越前織田庄」は、「おたのしょう」と清音で読むのに、なぜか人名になると「おだ」と濁音になるんですよね。
言葉って、長い歳月の中で言いやすいように変化していくし、言語的な面からアプローチしても面白い問題提起ではないか、と思います。(まあ、どっちでもいいっちゃいいんですけどねw)

上の写真は「浅井歴史民俗資料館・お市の里」(長浜市大依町)という施設に隣接する図書館の中にあった浅井長政一家の人形です。
浅井長政・お市夫婦と四人のお子さんたちがいます。
お市が生んだ長政の子、茶々、お初、お江の三人は確実にお市の子のようですが、長男の万福丸はお市が生んだのではなく、長政の前妻かあるいは侍妾が生んだのではないかとの指摘もあります。
小谷落城後、城を逃れた万福丸は追手につかまり、処刑されてしまうんですね。そのことからも、お市の腹ではない可能性も考えられます。
次男に万寿丸という子がいますが、この人は落城時赤ちゃんだったので出家することを条件に助命されるんですが、この子もお市が生んだのかはっきりしないようです。
さらに、最近ではお市の方自体が浅井長政の前に一度別の人に嫁いで離縁になり、長政とは再婚だったという説もあるようです。

地元の自治体が作ったこんなポスターもあちらこちらで見ましたが、浅井長政がホンモノより男前すぎます。。。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
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長政お市夫婦の他、五人の子供たちの仲むつまじい様子が再現されており、後年の悲劇を思うとなんだか切なくなります。
この「浅井町」ですが、それまでは滋賀県東浅井郡浅井町といっていたのが、数年前に長浜市と市町村合併したということです。
「浅井町」の読みですが、「あざい」という風に濁音で読みます。パソコンで入力しても、「あざい」→「浅井」と変換します。
この地名の読みに由来して、浅井長政の苗字は「あざい」と濁って読むのだと近年言われてきましたし、テレビ番組などでも「あざいながまさ」という風に濁音で読ませています。
どなたがそれを最初に指摘したのかはっきりしませんが、かつて浅井氏を研究していらした小和田哲男先生(静岡大学名誉教授)あたりが提唱されたのではないか、と思われます。小和田さんは以前、浅井町の周辺をフィールドワークされていたことがあり、そこからヒントを得たような事をご著書の中で触れていたと記憶しています。
しかし、最近になって宮島敬一さんという佐賀大学の先生が「浅井長政」の苗字は、元々「あさい」と清音で読んだのではないか?という新説を提起されています。
宮島氏が吉川弘文館から出された「浅井氏三代」という本の中でそのように提起されたのでくわしくは同書を参照していただきたいのですが、手元に本がないのでうろ覚えですが、もともと浅井の「浅」の字は濁音で読むはずはなく、元々「あさい」と清音で読んでいたものが、なぜか江戸時代頃に「あざい」と濁音で読むように変化したのではないか?という事でした。
私は専門家でないので素人考えになりますが、私もやはり「あさいながまさ」と清音で読んで良いのではないか、と思います。なぜなら・・・
人名として読むとき、「あざい」のように濁音で読むのはちょっと音の響き的にも良くないんじゃないかと思うんですね。
現代でも「浅井」さんという姓の方はいらっしゃいますが、大体が「あさい」と清音で読ませているものしか聞いたことがありません。
一方、浅井長政を滅ぼした織田信長ですが、あれも織田家の発祥の地である「越前織田庄」は、「おたのしょう」と清音で読むのに、なぜか人名になると「おだ」と濁音になるんですよね。
言葉って、長い歳月の中で言いやすいように変化していくし、言語的な面からアプローチしても面白い問題提起ではないか、と思います。(まあ、どっちでもいいっちゃいいんですけどねw)
上の写真は「浅井歴史民俗資料館・お市の里」(長浜市大依町)という施設に隣接する図書館の中にあった浅井長政一家の人形です。
浅井長政・お市夫婦と四人のお子さんたちがいます。
お市が生んだ長政の子、茶々、お初、お江の三人は確実にお市の子のようですが、長男の万福丸はお市が生んだのではなく、長政の前妻かあるいは侍妾が生んだのではないかとの指摘もあります。
小谷落城後、城を逃れた万福丸は追手につかまり、処刑されてしまうんですね。そのことからも、お市の腹ではない可能性も考えられます。
次男に万寿丸という子がいますが、この人は落城時赤ちゃんだったので出家することを条件に助命されるんですが、この子もお市が生んだのかはっきりしないようです。
さらに、最近ではお市の方自体が浅井長政の前に一度別の人に嫁いで離縁になり、長政とは再婚だったという説もあるようです。
地元の自治体が作ったこんなポスターもあちらこちらで見ましたが、浅井長政がホンモノより男前すぎます。。。
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- at 22:56
- [大河ドラマ「江〜姫たちの戦国」関連]
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なかなか興味深い話を有難うございました。新選組でも「山南」を「やまなみ」と読んだり「さんなん」と読んだりしていますが、(どうやら後者が正しいようです)浅井姓もそのような話があるのですね!
全然、知らなかったのでとても興味深かったです。
今後もちょくちょく遊びに来たいと思います。