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欧州危機:弱者にツケ、末期がん夫が強制退院…ギリシャ

 1年ぶりに会った農家の主婦、アナスタシア・ガリスさん(58)は憔悴(しょうすい)していた。「ほんとうに優しくていい弟だったのに」。アテネから西へ車で3時間ほどの塩田の町ネオ・ホリオン。弟は作物が流通不況で農機具を貸す事業が沈み、肺病の発覚でうつ状態となり、8月、猟銃自殺した。夫の年金暮らしを長く支えた弟だった。

 ◇緊縮策で医療費カット

 保健・社会福祉省などによると、ギリシャの自殺率は09年の財政危機前の2倍に増え、10万人当たり6人に。日本(24人)ほどではないが、「急激な景気後退が社会を沈滞させ、弱者にしわ寄せが来ている。自殺もそうだが、通りでの無意味な怒鳴り合い、暴力が増えた」。ロイス・ラブリアニディス・マケドニア大教授は言う。

 アナスタシアさんを襲ったのは弟の死だけではない。末期の口腔(こうくう)がんを患う夫マキスさん(68)は4月、医師に「家で死なせてあげた方がいい」と言われ、入院先の病院から帰宅。いまは治療も投薬もない。

 ギリシャの基本医療は無料だが、09年時点で国の医療費は国内総生産(GDP)の10%。公立病院は医療費の国への水増し請求などの問題を指摘され、医療は危機後、公務員、年金と並び、改革の3大柱となり、スリム化が進む。マキスさんの半ば強制的な退院は、「病院の効率化の結果だ」と義兄(70)は言う。

 世界中から観光客が集まるアテネ。パルテノン神殿を望むプラカ地区は外国人であふれ返るが、庶民が買い物をする商店街は閉店が目立つ。通学かばんなどを製造販売するアンドレアス・アバツォグルウさん(32)は言う。「消費が減る一方、夏からは税務官が経費を一切認めず、向こうの言い値を納めろと迫ってくる。こんなことはなかった」。行政に大なたが振るわれ、政府による重税などの圧力に、市民は「怒り」をたぎらせている。

 ◇税金吸う「ブラックホール」

 「いまこそ反抗を」。19、20の両日、ギリシャ全土での48時間官民ゼネストは、官庁、交通機関、商業機能をほぼ完全に止めた。公務員3万人の削減や平均20%の年金カットなどの緊縮策が20日の議会で成立。2年間の新不動産税を導入する法律もすでに成立している。大規模だが、平和的なデモを乗っ取る、通称「黒覆面団」の若者たちの暴動映像が流れ、「混迷を極めるギリシャ」のイメージが世界に広がった。

 「昨年まで大衆運動は何ももたらさないとみていたが、国会を取り囲む数が数十万に膨らめば、どうなるかわからない」。アテネの国立国際経済研のツァルダニディス所長はギリシャの行く末に悲観的な見方を示した。

 ギリシャは欧州連合(EU)の欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の3者からなる「トロイカ」の管理下にある。トロイカが3カ月ごとに投入する総額1100億ユーロ(約11兆5500億円)の融資が途絶えれば、デフォルト(債務不履行)に陥る。市場はこの状態が少なくとも21年まで続くとみている。

 政府は、労働力人口の4人に1人を占める公務員の給与・人員削減、国際空港や国鉄からガスや水道に至る公営企業の売却などで焼け太りした行政を改革し、財政再建のための増税を実施してきたが、成果は見えない。

 緊縮財政が景気後退を加速させ、税収減を招く「負の連鎖」にはまり込んでいる。政府は2日、11年の財政赤字がGDP比で8・5%になる見通しで、目標の7.6%を達成できないと発表した。

 「ギリシャ財政には我々が『ブラックホール』と呼ぶ見えない穴があり、金が消えてしまうことがある」とツァルダニディス所長は言う。「IMFは6月、あるべき税収約30億ユーロがないことを問題にしたが、真相がわからず、新たな増税策で穴埋めした」。トロイカですら財政の全体像をつかみ切れないのが実情だ。

 ギリシャでは増えるはずの税収が8月末時点で前年比で5%減り、社会保障の出費が26%も増えた。年金改革前の好条件を選び早期退職した約8万人を含め、失業率が16%に達し、失業手当に回った形だ。

 一方、トロイカ側には「公務員の大幅削減や税収アップが本当にできるのか」との疑念が根強くある。一例が、統括した徴税の仕組みがないことだ。付加価値税(23%)は商店の自己申告。2年前の政権交代以降の固定資産税も徴収されておらず、「申告・徴収漏れ」の温床になっている。政府は新不動産税を電気代請求の手続きに乗せることで強制徴収する新手法を用いるが、「どうしたって税金は払わない」と開き直るアテネ商人もいる。

 「国民全体から広く徴税する手法では不況は深まり、最も貧しい者が一番被害を受ける」とツァルダニディス所長は語る。だが、国民が痛みを分かち合わない限り、ギリシャの未来はない。そのジレンマにあえぐ。【アテネで藤原章生】

毎日新聞 2011年10月23日 10時13分

 

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