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[30199] 【習作】東方赤裸々神社
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/19 13:29

彼が、ソレこそが、人間のあるべき姿なのだと気づいたのは、若干二十二歳の時のことだった。
それは、あまりにも若すぎる悟りへの到達。


初めてその地に降り立った頃、彼は金の蝶があしらわれた黒い着物を私服のように当たり前のように着こなしていた。着物がマイブームだったのだ。
しかしそのころ、人類は裸こそがあたりまえで、彼以外の人類にとって彼は、自分達以外のなにものかだった。

だから、彼は衣を脱ぎ去った。唯一手元に残ったマイブームを捨て去った。
そうして荒野で一人全裸になったとき、自分のこれから歩む道を幻視した彼は、熱に浮かれたかのように恍惚とつぶやいた。
『分かりあうために、変わるんだ』
それは、最古の人類と名高い、言葉通じぬ彼等と語り合うために、彼等と同じ土俵に立とうという青年の決意の表れだった。

言葉も通じず、肌の色も肉付きも毛深さも、顔の造形さえ違う。なにもかも違う彼等との最初の出会いは、どれだけ時が過ぎようと鮮明に思い出せるだろう。

そうして男の戦いは、一人で始まった。
それはたぶん、寄り添う者のいない孤高の旅路の始まりだった。

※実験作的な作品
 短いと思うでしょうが、とりあえずプロローグのインパクトは、所見で人を引き付ける魅力があったかどうか、感想がほしいです。
 レギオスのほうも書いてますけど、原作がめまぐるしくて今は止めてます。



[30199] 一話
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/20 09:21

時は戦国――じゃなくて何時ともわからない超古代的ないつか。男――――東郷 千次がこの古代に飛ばされて、すでに一ヵ月が経とうとしていた。
苦難の末手に入れた不老不死の業は、本来ならば飛ばされた時に死んで人生を終えていたはずの彼に、何時終わるともしれない孤独をもたらした。

だが、男――――東郷には希望があった。
ここが古代であり、人類はすでに生まれていることを、一ヵ月の放浪で知ったのだ。
相手はアウストラロピテクスっぽい人類のような二足歩行猿。
初めは、自分が猿の惑星にトラベルしたのかと動転したが、初めての邂逅のおり、石槍を持って追いかけられた時、人類モドキはまだ言葉すら持たない原始的な生き物だと知った。

だが、東郷にとってはもはや、相手が自分と同じ姿形であることにこだわりはなかった。ただ、一人で過ごす夜が虚しくて、耐えられない程のさみしさに心が砕けそうだったのだ。


東郷の一日の始まりは日の出とともにある。
餓えることも、乾くことも、もはや訪れない男にとって食べるという行為はすでにただの習慣でしかない。
だが、男は今日もまた狩りに出かける。卓越した身体能力を持って、サーベルタイガーよりも早く走りぬき獲物を奪うことが彼の最近の日課だった。
「はあぁぁあぁぁぁんッ!」
石槍が、追いついた獲物の首を一撃で貫いた。
時速百キロを超えて走りぬく人間など、はためから見れば、ただの化け物だろう。だが、東郷はそんなこと気づかない。
「しッ! 準備はできた」
仕留めた獲物の息の根を完全にとめて、楽にしてやる。今日の獲物はよくわからない角の生えたウマモドキだ。
そうして、黒い着物をはためかせ、東郷は獲物を持ち上げ歩きだした。
むかうは奴等が住む穴倉のある山肌だ。

「我に勝算あり……!」
足をとめ、誰にともなく一人つぶやく東郷は、目を閉じこれまでの出来事を振り返った。
獲物を持って近付けば、何故か石槍を持って追いかけられ理不尽に奪われる始末。しかし、ただ孤独だけが増すばかりの日々も、今日で終わりだ。
東郷は考え抜いた末、なにが間違っているのか気づいたのだ。

――――この黒い着物がいけないのだ。

闇がそこに佇んでいるかのような、光を照り返さない黒い着物は、東郷がこの時代に唯一持ち込めた服。
全裸の彼らには、自分が闇の住人に見えたのかもしれない。だが、それもしかたのないことだ。この服には魔性の魅力がある。
そして、それさえ捨て去れば、彼らとのわだかまりも消える。東郷はそう信じていた。
裸のつきあいこそが、凍った心を溶かす手段だと、遠い昔、一緒に風呂に入った爺さんに教えられたのだ。

するりと帯をほどくと、東郷の着物は機能を半分失う。正面を服の重ね合わせで隠す着物は、帯で留めなければ前が丸見えになるのだ。
東郷は帯をそっと地面にたたんでおくと、風の寒さに股間が縮みあがった。
「――――心頭滅却だ!」
下着はこの地に降りた日に、火種にして燃やしてしまった。
着物をするりと脱ぎ取れば、東郷は裸一貫で荒野に立つ一匹の獅子になる。
「いざッ、まいらん!!」
別に東郷は古い言葉遣いの人ではない。ただ、なんとなくそう言ってしまうのだ。


そうして、仕留めた獲物を片手に東郷は全裸で歩きだす。
彼の眼には、栄光の道が確かに見えていた。


男 東郷、十一度目の人類との邂逅が目前に迫っていた。



[30199] 閑話1
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/20 10:50
全裸生活百日目

着物がどこぞへと消えてからもう百日だ。
相変わらず彼らとの対話はうまくいかない。何度言っても槍で追いまわされる日々だ。

だけど、やめるわけにはいかない。俺にとってすでに、彼らとの一瞬の邂逅は欠かせない日課になっていた。

夜の闇の中、あおむけに星空を眺めると、幾万の星の瞬きに、この世界の雄大さをひしひしと感じとる。
元いた場所ではこんな光景、一生お目にかかれ無かっただろう。
だが、そんな中だからこそ、自分のちっぽけさが、孤独が、この身に波のように押し寄せる。

俺は、彼等とわかり合いたい。だけど、もはや望みはないのかもしれない。
何もかも違う彼等にとって、俺は存在しなくてもいい存在で、理解し合う必要はないのだから。


俺が孤独でないことを、人との触れ合いを確かに感じられるのは、彼等との邂逅だけだ。

決して忘れられないあの感覚。
さぐるような、なめまわすような視線が、槍間からこの体へ注がれる。
最古の人類に石槍を突きつけられ囲い込まれている間だけが、孤独を埋めてくれる。

視線と言われるものが、ある種の錯覚を起こさせることを知ったのはその時だ。
視線を感じとるなどという出来事は、これまでずっと空想の中の人物だけの話だけだと思っていた。
少なくとも、視線が体の表面を乾いた舌でなめまわすような錯覚を起こさせるなど、その日まで知らなかった。
ざらざらと、脇の下を、乳首を、なぞるように腹筋から股間へと、ざらついた不可視の何かがなぞるように、汗が重力に引かれるように、表面を視線の愛撫が流れ落ちてゆく。
視線の愛撫がそこに至った瞬間、頭がはじけるように白濁とする。
このえもいえぬ感覚だけが、唯一自分と彼らとをつなげる線なのだ。


だから俺は今日も獲物を狩り、彼らとの対話のために歩き出す。
もちろん全裸で。

全裸こそが人の本来あるべき姿なのだ。
さあ行こう。俺のように、彼等もきっと俺との邂逅を心待ちにしている。


――――追伸
    父さん、爺さん。全裸もなかなかいいものです。
    まるで世界の束縛から解放されたかのような気持ち良さがたまらなくいいです。



[30199] 二話
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/20 18:07
東郷が、己の穢れに気づいたのは僥倖だった。
気づいてしまったのだ。人に全裸を見られ興奮する性癖が人として間違っていると。
東郷はそれを、交尾中のアウストラロピテクスのつがいから学んだ。
このまま行けば、彼は二度と帰れない未知の世界へと旅立ってしまうところだった。

己の過ちに気付いた東郷がその醜態を償い新たに生まれ変わり、天国の両親へと報いるために編み出した手段は瞑想だった。
それは、心の闇に潜む快楽へと貪る野獣を沈める孤高の修業だった。

心の中に潜む野獣を妄想で満足させ、内へと回帰させる。
肉体と精神の制御を別々に行うその荒行を編みだせたのは、東郷という男に備わった天賦の才によるものが大きいだろう。
東郷は妄想の中でしか大きな態度がとれない小心者だった。知性が低く、相手がそれを恥だと認識できないから、東郷は現行人類の前で全裸になれたのだ。


妄想循環――――己の精神の中でのみ快楽を循環させ肉体に影響を与えない瞑想の極致。その業を習得するのに東郷は一ヵ月の時を石の上で座禅を組みすごした。


更に己の業に磨きをかけるため、東郷はさらにしばらくの時を瞑想のまま過ごした。眠ることは、いつの間にか忘れていた。

いつしか東郷の周囲の草木は祝福されたかのように目覚ましい成長を遂げ、更に一月の瞑想から東郷が目覚めたとき、彼の周囲は樹海へと変貌していた。
周囲はまるで意志を持ったかのような小さな炎の鳥が飛びまわり、飛び火することもなく踊りまわっていた。
それが自分の無意識から生まれた精霊だということを、漠然と理解した。男はいつの間にか、超自然の存在へと昇華していた。
「踊れ踊れ、舞散れ」
言葉にこたえるように、炎の精は恵みの炎を散らし空を踊りまわった。
それは、東郷 千次、異能開眼の瞬間だった。


それからどれだけの時を経ただろうか。東郷は、己が心の深層で異能を練磨させ続け、ついには完全にその能力を掌握するにいたった。
気づいたとき彼は全裸だった。着ていた草で編んだ服は風雨による風化で大地へと回帰してしまっていたのだ。
だが不思議と、羞恥心が湧き上がることも、恥ずかしさへの快楽が沸くことはなかった。

東郷は何故か心が満ち足りているのに気づいた。擦れる木々のざわめきが、鳥獣のさえずりが、彼の目覚めを祝福するかのように空間を満たしていた。
東郷は、まるで自分が自然の全てに愛されているかのような錯覚を覚えたのだ。

満たされた東郷は、思い残すことは無いと永遠の眠りにつく幸せな老人のように、満ち足りた笑顔で長い長い眠りについた。




どれだけの時が流れたのだろうか――――
目が覚めたとき、彼の周囲は木々や獣のざわめきとは違う別の騒音に満たされていた。

目を開けると、久し振りに直視した光に思わずまぶたを強くつむりなおした。そうしてすぐに、目の前に生き物の気配があるのに気がついた。
ゆっくりと薄くまぶたを開くと、目の前に立っている人と目が合った。

銀色の髪を肩で切りそろえた、年の頃十二歳程の少女。
お嬢様といった感じに青いスカートと一体になった衣装に身を包んだ少女は、大きくつぶらな目を限界まで見開き、唖然とした表情に口をぽかんとだらしなく開けている。
そして、少女は突然、一歩下がり大きく息を吸い込んだ。
優しげな鈴のような声が、大きく辺りに響いた。「裸神様が動いたぁ!!」

――――それは、彼がこの地で初めて見た、記念すべき言葉かわせる人類だった。
そしてそれは、東郷 千次、初恋の瞬間だった。東郷は、ロリコンではない。元いた時代から、彼は、女性の優美な曲線に興奮を覚える極普通の男だ。

男は、出会った少女の鎖骨の描く肌の陰影に恋をした。運命の出会いだと思った。



だから彼はすっかり忘れていた。

――――東郷の最古の人類との対話は、いつの間にか、何も成さないままに終わっていたことに。




[30199] 三話
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/21 13:51
「とりあえず、なにか着る服を持ってきてくれないだろうか」
東郷 千次が少女とかわした初めの言葉はそれだった。東郷のその声はおごそかで、神のように揺るがぬ声であったという。

彼は、少女の目の前で粗末な肉体を見せ続けることに羞恥していた。修行で得た業など、すでに頭から吹き飛んでいた。
男は、初めて出会うまともな人類を前に、元いた時代の自分らしさを取り戻してしまっていた。
だが幸いなことに、修行の成果だろうか肉体にその影響が出ることはなかった。

少女は恥じらうように頬を赤く染め、片手をぎゅっと握りながら口元に寄せて呟いた。
「その……裸神様も服を着るんですね」
目を合わせようとせず、しきりに周囲をきょろきょろと見つめている。
東郷は、なにかいけないことをしている気分になった。鎖骨がチラチラと、スカートから覗く下着のようなチラリズムを見せつけてくるのだ。
だが、東郷の表面上の態度は揺るぎもしなかった。東郷の瞳は何の色も浮かばせず少女を見据えたままだ。
自分の修行が間違っていたのではないかと、東郷は鉄面皮の奥で苦悩した。
「ああ。人前で全裸はよくない」
絞り出せた言葉は、たったそれだけだった。
「そっ、そうですよねっ!」
顔を真っ赤にして背を向けた少女がなにを思ったかは東郷の知るところではない。
だが東郷の嗅覚は、背徳の匂いをその背にかぎとっていた。腰から背中にかけての緩やかで幼さの残る曲線が絶妙だった。
「……パネェ」
服をとりに走り去った少女に、東郷のその言葉は届かなかった。



少女が去ると、東郷は周囲に注意を向けた。
そして愕然とした。
「――――未来都市?」
東郷の眼には、自然と機械が共存したハイテク都市が映っていた。
天まで伸びているのではないかと思う程の超高層ビル。ビルの上の方は霞んで青白く、周囲の空に同化するかのように希薄だ。
そしてそれらは蜘蛛の巣のように渡り廊下でつながっている。おそらく一つ一つの渡り廊下でさえ数百メートルはあるだろう。
それらビルの壁面には、ところどころに巨大な木々が生え、天へと枝葉を伸ばしていた。それは、ビルと言う巨木の幹から、小さな樹が枝のように伸びているようにも見えた。
東郷がいた時代よりもさらに数百年、あるいは千年以上科学が発展していることは明白だった。
胸の奥に沸き立つ興奮を東郷は自覚していた。孤独はもはや感じなかった。




[30199] 四話
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/21 17:37
天まで届く巨大なビルは八つあり、それらが東郷のいるあたりを中心に均等に八角形をえがくように並んでいる。
ビルの足元がどうなっているかは東郷の位置からはわからなかった。東郷の座る石を中心に六十メートル程は雑草が生い茂る林だったが、その境界線をこえると
途端に樹齢千年を超えていそうな巨木の密林になっていたからだ。見上げれば嫌でも見える巨大なビル以外に、東郷の眼に映るものはなかった。

まるで、東郷のいる場所が世界の中心であるかのようだった。少なくとも、その人工物は東郷を中心に建っていた。
「世界の中心で全裸で座禅を組んでいたとは……この世は恐ろしい」


一時間程してようやく帰ってきた少女は、肩で息をしながら袋に入ったそれを差し出してきた。
「これで、どうでしょう」
少女が持ってきた袋から取り出した服は、覚えのあるものだった。金の蝶が乱舞する、黒い黒い服。
「――――それは」
「やっぱり知ってましたか。もしかしたらそうではないかと思ってたんです」
満足げに、どこか誇らしく少女はうんうんと頷いた。
その手には、懐かしい記憶を呼び覚ます、黒い魔性を宿した着物がそこにあった。古代の人類の狂気を駆り立てたと思われる漆黒だ。
少女が名残惜しそうに服を撫でながら、そっと差し出した。
少女はその間一度も東郷の顔から下へと視線を下げなかった。
「確かに俺が着ていたものだ。だが、あまり見入るな。狂気に駆られるぞ」
「え?」
「いや、気にするな。昔、それを着ていたころ、猿人どもが狂気に駆られて襲ってきたことがあってな」
目を閉じると思いだす、彼らとの初めての邂逅は、出会いがしらの槍投げだった。
東郷の戦いはその時から始まったのだ。
「そうなんですか、裸神様も苦労なさるんですね」
「まあな」
東郷が着替える間、少女は東郷に着物について熱く語っていた。決して顔から下は見ようとはしなかった。
「ずっと古い時代からありながら、劣化することなく今日まで保管されてたんです。この近くで見つかったので、なんとなく裸神様のじゃないかって保管庫に厳重に保管してあったんですよ
 なんて材質でできてるんでしょう? 調べても普通の材質で、なのに傷がついても数日で元に戻る。かといって妖力や霊力に神力、そういった力は何もない、見た目通りのただの服のはずなんですが」
ふと、今まで聞き忘れていたことを思い出した東郷は、帯をきつく締めると少女の顔を見た。
整った顔立ちだ。少しだけ上気した頬に、意志の強さを感じさせる大きくて、だが強い光を放つ瞳。
「まだ名前を聞いていなかったな。俺は東郷 千次…………自由人だ」
「この聖域の管理もしています、研究者の八意 永琳です」
接待先の重役がホモに連れて行かれるのを笑顔で見送り、上司からの重圧に耐えられず会社を辞めた東郷の残った最後の肩書に対し
永琳と名乗る少女のそれは眩しくて後光がさしているかのようだった。


東郷 千次――――職業ダメ人間。


「では、行きましょう」
「行きましょう、とは?」
目をぱちぱちさせた永琳が、言い忘れていたのか恥ずかしそうにはにかみながら、言葉をつなげた。
「裸神様は色々とわからないこともあるでしょう。目覚めたときは、その時の管理人が色々と世話をすると、この地にわたしたちが移り住んだ時に決まったんです。
 しばらくの間でしょうが、よろしくお願いします」
「右も左もわからないから願ってもない話だ。今日からよろしく頼む」


「ところで裸神様、自由人ってなんですか?」
「あるがままに生きること――――人が最後に行き付く極地だ」
「すごいんですね。さすが裸神様っ!」
少女からそっと顔をそむけた。東郷は嘘は言っていない。
東郷が最後に行き付いたのは間違いなく最後に行き付いた極地だったからだ。




[30199] 五話
Name: YSL◆2b50b3a7 ID:11ab0288
Date: 2011/10/21 21:20
巨大すぎて遠近感が狂いそうなそのビルは、どうやらそこそこ遠くにあるらしい。
歩き始めて数分、未だにビルの入口は見えない。道なき道を突き進む永琳は、慣れてるかのようにとんとんと軽快に障害を飛び越えていく。気のせいか時には一メートルくらい飛んでいる気がした。
「わたしたちは基本的にあの塔の中だけで生活しています。必要なものはすべて、あの塔の中で生み出せるので」
お互いに上下に動きながら、会話は途切れない。不老不死の東郷もまた、すでに人外の領域にいる。
「完全環境都市か」
「詳しいですね……疑問なのですが、裸神様は何故わたしたちの言葉がわかるんですか? この世界において、わたしたちの言葉はコミュニティの中で完結して外で使われることはないんですが」
「すごい存在だからな」
「……そうですか。裸神様は謎だらけですね」
「東郷でいい」
「裸神様は裸神様です。気安く名を呼ぶなど、恐れ多くて」
「永琳、君は聡い子だ。だからわかるだろう、人に指を差され裸の神様だなどと言われることがどういうことか」
「……すみません。生まれた時からずっと、裸っ……神様だと言われ続けていたので、そういうものなのだと、自分勝手に解釈していました」
「ですが、流石に名を呼ぶのはなんというか、気安すぎるような……」
お堅い少女だった。だが、東郷としても譲れない。これから先裸の神様など名乗りたくはないからだ。
「呼びにくいなら先生でどうだ」
唸りながら飛びあがる永琳が、どこかで妥協したらしく笑顔で顔だけを東郷に向けた。
「じゃあ先生で、お願いします」
「うん、それでいい」
「先生、今笑いました」
「ああ……悪い、少し嬉しくてな。先生というのは昔の夢だったんだ。挫折して諦めたけどな」
子供に先生と笑顔を向けられるのは、昔は教師を目指していた東郷のかつての儚い夢だ。



「古くから人の根源的な恐怖は死にありました。知性があろうと人も元は動物、理性の澱に沈もうと本能は決して消えません。人が欲望から解放されないように、死の恐怖から逃れられないのは
 生きる人の定めだった。しかし、この世の穢れという存在を知り、それを解明した祖は、死とは――――老いとは、穢れを取り除くことで克服できる"病"なのだと知ったのです」
超高層建造物へと向かう歩みの途中も永琳の弁舌は止まらず、誇るように先祖の偉業を語る。
子供の自慢を聞くように耳を傾けていた東郷は、老いを病だという永琳の瞳を通して、その都市に住まう者達の、人の業を超えた狂気を垣間見た気がした。
「この地に移住したのはそのためです。この地はどこよりも穢れ薄い。理由は明白、今は聖地と崇めるその土地の中心にいた、神様でも人間でも、妖怪でさえない、"なにか"でした」
錯覚だろうか、ちらりと視線を東郷に向けた、永琳の瞳には一瞬だけ暗い何かが浮かび上がった気がした。
「裸……先生のことです」
「なるほど。神様って言われる由来はわかった」

「だけど――――死ぬことが、老いることが病だと言うのなら、死なぬということは救いなのか」
病が治ることは救いに等しい。だが東郷には、"死なないこと"こそ救いようのない病のように思えた。
一人ごとのような東郷の言葉に、永琳は小首をかしげ言った。
「違うんですか?」
「……どうなんだろうな」
このまだ世界の汚さも過酷さも知らない少女には、早い話だったかと苦笑した。


東郷が不老不死になったのは、二十の時だった。
富士の山の頂に救う不死鳥の心臓を、治らぬ病に侵され死を目前にした東郷が、生きたいがために喰ったのだ。
自らその身をささげた不死鳥に涙し感謝しながら、いやしくも東郷はその心臓を喰った。
思い返せばわかる。たぶんそれは、生きたいという人の欲に溺れた東郷への、不死鳥があたえた罰なのだ。
不死鳥は言った。死にたくば、次の業を背負った物に自ら抉り出した心の臓腑を食わせるのだと。

人は変化し続ける。そして、狂うことはまさしく変化することの一つだ。人はいつか必ず狂う。そして、一度狂うと二度と元には戻らない。
人は変化し続けるから、狂えば、それさえも基盤にしてさらに変化する。

だからこそ、東郷にとって生きることは願いであり続け、絶望でもあり続ける。狂うのが、怖いからだ。そして自分がかわいい男にとって、死ぬこともまた、絶望することだ。
東郷は死にたくない。だが、死ぬことこそが、恐怖に怯える東郷の救い。
自分が何をしてしまったのか、心に呪いのように響く不死鳥の声を聞いたその日から、東郷はいつか来る孤独と狂気に恐怖し続けている。


だからそれは、死にたくないがために求め聖なるものを喰った東郷が、死と向き合い全てを暴き苦しむ、なによりも過酷な罰なのだ。


東郷は祈る、この美しく楽しい世界が地獄のような世界に変わらないことを。少しでもその日が遠のいてくれることを。


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