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[27866] 【チラ裏から】 人間と汚染獣と (鋼殻のレギオス)
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/09/14 00:50
素人の挑戦です。

あたたかく見守ってくれるとうれしいです。

剄の量は異常なほどなのに、それをうまく扱いきれていない少年が、ある特異な少女?に出会って、レイフォン達とかかわり合いながら青春していく話が書けたらいいなぁ、書きたいなぁと思っています。



[27866] 第1話 ~旅立ち~
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/05 22:21
延々と続く赤い大地で、
あらゆる生物が死滅した死の世界で、

唯一、生き残ることを許された、
唯一、生き残ることに成功した、

この世界の頂点に立つ存在。
絶対の捕食者、汚染獣。

かつてこの世界の覇者であった人類ですら、レギオスと呼ばれる自立型移動都市にこもり、汚染獣から逃げ回っている。

人類は逃げることが、種の存続に対して最も有効だと判断した。

今まで数々の脅威をその知性を用いて乗り越え、淘汰してきた人類が逃げることを選択し、そのための知恵を振り絞った。

しかし、
それでも、
レギオスは時折、汚染獣から逃げ切れずに襲撃される。
汚染獣は人類に牙を剥く。

人類はそれに対抗するために、
弱肉強食という摂理に抵抗するために、
剄と呼ばれる力を得る。

その力を得た人間は武芸者と呼ばれ、
彼らは都市民を、都市を守るために、その力を行使する。

その力を用いて、汚染獣との死闘を繰り広げる。

果たして、そのときの人類の勝率はどれ程のものなのだろうか。

勝利したとしても、そこには多かれ少なかれの犠牲が生まれるだろう。

いかに対抗する術を持ったとしても、
やはり汚染獣は人類にとっての最大の脅威であり、
やはり汚染獣は今のこの世界の覇者なのだ。


そして今、
汚染獣から必死に逃げようとしている都市と、
それを追う汚染獣と、

都市から汚染獣へと向かっていく一つの小さな影がある。

都市が総力を挙げて対処すべきはずの、

否、

都市が総力を挙げなければ対処できないはずの、
この世界の覇者である汚染獣へと向かっていく小さな影、一人の人間の姿がある。

たった一人で汚染獣を撃退しようというのだろうか。

その姿は汚染獣と比べたらひどく矮小で、

それなのに、汚染獣をも圧倒するほどの存在感を放っていた。


その人間と汚染獣が相対する。

その人間は青い光を纏う。

汚染獣は恐ろしい速度で空から地上の人間へと鋭角に突っ込んでいき、

人間は前方斜め上へと跳ぶことで、それを回避する。

と同時に汚染獣の翅が片方切り裂かれる。
今の一瞬で人間はそれをやったというのか。

地に落ちた汚染獣に、いまだ空にいる人間が追撃をかける。

人間の持つ武器が光り輝く。
その小さな体からは考えられないほどの力で、その武器を振り下ろす。

次の瞬間、

汚染獣の首は切り落とされ、
絶対の捕食者であったはずの存在は、ただの肉塊へとその存在意義を変えた。

たかが数秒。
それだけで、世界の強者は世界の弱者に、その命を刈り取られた。


     †††


『お疲れ様でした。さすがですね。』

人間のそばを漂う樹木の葉のような形をしたものから声が発せられる。

これは念威操者によるものだ。

念威とは人間の得た、剄とは異なるもう一つの特殊能力であり、念威操者は念威端子を飛ばすことによって、離れた場所のものを見たり、音を聞いたり、またそれらを他の人に情報として与えることができる。

「雄生体の3期ってところかな?まあ、そんなに大変な相手じゃなかったよ。」
人間がそれに答える。

その声から察するに、まだ少年というところだろうか。
まだ変声期を迎えていない、もしくは迎えて間もない。そんな声をしていた。
そんな存在が汚染獣に対してあれほど圧倒的な勝利を収めたとは、実際に見ていなければとても信じられることではないだろう。

『いえいえ。貴方からすればそんなものなのでしょうけれど、本来雄生体の3期なんて、一人で戦って勝てるような相手ではありませんよ。やはりさすがですよ。『さすが神童』といったところです。』

「うん。まあそうなんだろうけどさ。ありがとう。」
そういった少年の顔が少し陰る。

「それにしても、うちの都市って汚染獣との遭遇が多いよね。1年に1回は必ず来てるんじゃない?」

『まあ、そうですね。ですが、手のうちようがないというほどの汚染獣に襲われたことはありませんし、汚染獣との戦いが多いおかげで武芸者の質は高い。都市戦でも負けなしです。むしろいいことなのかもしれませんよ。それに、槍殻都市グレンダンなんかは年に数回は襲われていると聞きますよ。』

「ああ。あの狂った都市って噂の。」

『まあ、うちの都市の場合は所有しているセルニウム鉱山の都合上、汚染獣の多い場所を移動しなくてはならないのでしょうね。そのせいで1年に1度位のペースで襲われてしまうのでしょう。さて。そろそろ帰還してください。追いつけなくなりますよ。』

「そんな簡単に追いつけなくならないよ。」
そう言って少年は離れた場所に待機させていたランドローラーと呼ばれる乗り物に乗って、自らの都市を追いかけはじめた。


     †††


『っ!?』

都市を追いかけ始めた数十分後、自分のサポートをしてくれている念威操者の息を呑む音が聞こえた。

「どうかしたの?」

『いえ、それが、・・・・・いや。何でもありません。』

「どうしたのさ」

珍しいなと思った。
結構おしゃべり好きなくせして、それなのに口調は淡々としているこの男が、少しあせったような、困惑したような、そんな声をしている。

『何でもありませんって。』

「嘘つかないでよ」

『・・・・・・・。』

「・・・・・・・。」

『・・・・・少し西へそれた方向に生体反応があります。』

「西にそれた方向って僕から見て左にそれた方向ってことだよね。生体反応って、汚染獣ってこと?」

『いえ、汚染獣ではないと思うのですが。』

「僕の他にも都市の外に出てた人がいるってこと?確かにおかしなことではあるけど、そんなに驚くほどのことでもないでしょ?」

『いえ。そういうわけでもないのですが・・・・・。私にもよくわからないんですよ。とりあえず一度都市に戻ってきてください。』

「ん?いや。まあ、よくわかんないけど、とりあえず様子を見に行ってみるよ。誘導してくれる?」

『いえ、一度都市に―――――――』

「誘導してくれる?念威操者が理解できないようなものを放っておいたら大変なことになるかもしれないよ?」

『―――――――・・・・・はあ。わかりました。危険はないと思うのですが、気をつけてくださいね。』

「何があるの?」

『ええ。それが・・・・、いえ。ご自分で確かめてください。』

一体何があるんだろう?
危険はないと思われるのに、理解はできない生体反応が都市の外にある。
どういうことだろ?
そんな風に考えながら、少年は少し西にそれる方向へと進路を変えた。


そしてそのまま数十分進んだ先で、少年は念威操者の言わんとしていることを理解した。

確かにそれは、簡単に理解できるものではないだろう。

それが一体どういう意味を持つのか。
念威操者は、それを考えるために一度都市に戻ったほうが良いと判断し、少年にそう伝えたのだろう。

そしてそれは恐らく間違いではなかっただろう。

簡単に理解できるものではない。
いや。それ以上だ。
全く理解できない。


そこにいたのは少女だった。
裸の少女だった。

裸という時点でかなりの衝撃ではあるが、問題はそこではない。
いや、そこが問題ではあるのだが・・・・・。

この世界は、汚染物質によって、人類が住めなくなった世界だ。
人類はレギオスの中でしか生きられない。

しかし、遮断スーツと呼ばれる特殊な衣服を着用すれば、レギオスの外でも行動ができるようになる。

都市外で行動するときには遮断スーツは絶対に必要なものである。

遮断スーツを着用しないと、
汚染物質に皮膚を焼かれ、
その汚染された大気を5分吸うだけで肺が腐り死にいたってしまう。

そんな遮断スーツなしでは生きられないような死の世界で、

少女は一糸纏わぬ姿でそこにいた。

何も着ていないのに平然とそこに立っていた。

まるで汚染物質の影響など、蚊ほども受けていないように、
いや、実際になんの影響も受けていないのだろうが。

少女はそこに立っていた。

遮断スーツなしで。

生身の体で。

少女はそこに生きていた。






[27866] 第2話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/05 22:29


それは異常な光景のはずなのに、どうして違和感がないのだろうか。

それは不自然な光景のはずなのに、どれだけ見ても自然な光景に見えてしまう。

世界がそれを許しているかのように。

世界がそれはそうあるべきだと肯定しているかのように。

その光景はひどく自然に見えて、

そして少年はそのことが、ひどく気持ち悪かった。



少女から100メル程はなれた位置で停止する。

『ほんとに行くんですか。』
念威操者が少年に問う。

「ここまで来たんだ。行くよ。」
少年は答える。

『わかりました。もう何も言いませんよ。気をつけてくださいね。』
そう言って、彼は何も言わなくなった。

これは呆れたからではなく、集中しろという彼の意思表示である。

「うん。わかった。」
少年はそれに答えて、
そしてランドローラーから降りて呟いた。
「レストレーション」

その瞬間彼の手元から光がはじけ、次の瞬間には彼の手に、今までなかったはずのものが握られていた。

それは白金錬金鋼でできた大剣だった。

錬金鋼とは、武芸者の使う武器である。
元は掌大の大きさの物だが、そこに剄を流し込み、復元鍵語を唱えることで、それは大きさ、性質、質量などを、設定した形へと復元させる。

錬金鋼にも青石や紅玉など様々な種類と、それぞれの特性があるが、少年の持つ白金は剄の伝導率に秀でている。

少年がこの錬金鋼に剄を注ぎ込めば、汚染獣すら容易く絶命させられるほどの一撃を生み出すことができる。

現に、先ほどの雄性3期の汚染獣の首を切り落としたのも、この大剣による一撃だった。

それほどの武器を一人の少女と相対するだけの事にそなえて復元させたのは、少年が少女に対して、なにかを感じていたからだろう。

目に見える範囲では、少女の印象は華奢だった。
地面に引きずるほどまでに伸びた長い黒髪が1番の特徴だろうか。

少年がここまで近づいてきたのに、まるでこちらを見ようともしないその横顔は、普通の女の子と何も変らない。

黒い瞳と、すっとした鼻。桜色の唇と白い肌。

結構な美人で、こんな状況でさえなければ彼女が裸でいるというのは、少年にとっても少しは喜ばしいことなのではなかろうか。

それほどまでに普通の少女に見える、
普通の人間に見える、
そんな少女を、

少年は異常なほどに警戒していた。


「お前は、・・・・・なんだ。」
話せるぎりぎりの距離にまで近づいた少年が問いかける。

『誰だ』ではなく『なんだ』と聞いたのは、どこからどう見ても人間である彼女を、少年が心のどこかで『人間とは思えない』と思っていたからだろう。

しかし、彼女は少年の問いかけには応じなかった。

「お前は、なんだ」
再度、問いかける。

それでも彼女は反応しない。

「答えろよ」
少年が剄をぶつけて威圧した。

そうしてやっと彼女は反応した。

ゆっくりと少年の方へと振り向き、

両者の目があった。

その瞬間に少年は大剣を構え、

そしてなんの前触れも無く、両者はいきなり激突した。

轟音が響き・・・・・・・、そして少年は膝をついた。

防ぐのがやっとだった。
何とかギリギリ目で追えるというほどの速度で迫ってきた彼女の攻撃は、防ぐだけで精一杯だった。
そして、これ以上は何もすることができないだろうと悟った。

それはただの掌底だった。
移動にも攻撃にも剄は使われていなかったのに、並みの武芸者を圧倒的に上回る速度と威力によって繰り出された彼女の掌底に、少年は何とか大剣を振り合わせた。

が。

彼の大剣は彼女と打ち合った衝撃で粉々に破壊された。

予備に錬金鋼を一本持ってはいるが、大剣ですらない、ただの剣の形を記憶させたその錬金鋼では、彼女の攻撃を防ぐことなどできないだろう。

奇跡的に遮断スーツは破れていないようだが、彼女が次に攻撃してきた時点で、自分の死は確定だろうと少年は理解した。

(はあ。都市に戻れって言われたときに、素直に従ってれば良かったなぁ。『神童』って呼ばれるの嫌だったけど、それでもそう呼ばれて調子に乗っちゃってたのかなぁ。自分より強い存在なんて、今までいなかったからなぁ。初めて遭った自分より強い存在が、ここまで圧倒的ってのは、僕に運がなかったのかな)

そんなことを考えながら、少年は次の一撃を待った。

自分の命を奪っていくだろう一撃を待った。

少しは抵抗したいのだが、最初の一撃で体がしびれて動かない。

時間の流れがひどく遅く感じられる。

こんなに色々と思考しているのに、まだ最初の打ち合いからコンマ1秒も経っていないだろう。

(走馬灯って奴なんだろうな。)

だからなのだろう。

彼女の次の攻撃がなかなかこない。

いつまで経ってもこない。

そのように感じてしまうのは。


それでも、いずれくるであろうその攻撃に備えて、少年は心を落ち着かせて、最後の瞬間を待った。


それなのに、

『・・・丈夫ですか!大丈夫ですか!』

少年の耳に念威操者の声が聞こえてくる。

少年の時間の流れが元に戻ってきているということだ。

しばらくして、体のしびれも抜けてくる。

(おかしい。絶対におかしい。もう10秒以上経ってるはずだけど。なんで攻撃してこないんだ?僕の存在を塵も残さずに消すために力をためているのかな?)

そんなことを考える。

体の痺れが完全に抜ける。
それでも攻撃はこない。

なぜ攻撃してこないのか。
先ほどはいきなり襲い掛かってきたのに。

(よし。)

少年は意を決して少女の方を向く。

やはり攻撃はこなかった。

代わりに声が聞こえてきた。


「あなたは、・・・・・誰?」


鈴のような、綺麗な音だった。

念威操者もその声を聞いて押し黙る。

誰の声なのか、即座に理解はできなかった。

だから黙っていると、少女がまた口を開いた。

最初に見た横顔の、何も映していないような、虚ろな感じのする瞳ではなく、

最初に目を合わせたときの、ぶつけられた剄への興味、剄をぶつけた少年の実力への興味を宿した。
ともすれば、狂気的ともいえそうな瞳でもなく、

ただ純粋な、
それでいて、投げやりな感じのする瞳を少年へと向けて、

一応、聞いておこうかといった風に、彼女はまた口を開いた。

「あなたは、誰?」

あんまり綺麗な声だったものだから、警戒していたことも、殺されかけたことも忘れて、つい答えてしまった。

「ロア―――――――ガルロア・エインセル。それが僕の名前だ。」





[27866] 第3話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/19 20:53


それは、今見ても異常な光景で、

そのはずなのに自然な光景に見えて、

そのことを気持ち悪いと思っていた少年は、

少しだけ、その気持ち悪さを許容してもいいかな?などと、

そう思い始めていた。


     †††


「あなたは、誰」という問いは、相手が何を聞きたがっているのか、どこまで聞きたがっているのかが曖昧だ。

思わず名前を答えてしまったが、これ以上何か言うことはあるのだろうかとガルロアは困惑する。

この少女に限って、自分の出身地やら何やらを聞きたがっているとは思えないが、名前を答えるだけでは不十分な気もする。

この少女は、「あなたの名前は?」ではなく、「あなたは、誰?」と聞いたのだ。

ニュアンスからすると、

ガルロアの個人的な感覚からすると、

この少女は、「自分の本質」とでも言うべき物について聞いているように感じた。

(そんなの、わかるわけないじゃん)

そう思ったから、これ以上答えようとするのはやめて、聞き返すことにした。

「お前は、・・・・・・・誰だ?」

少し迷ったが、「何だ」ではなく、「誰だ」と聞いた。

彼女の、透き通る様な声を聞いてなお、「何だ」とは聞きたくなかった。

それほど、彼女の声は美しかった。

答えて欲しいと思った。

彼女がなんと答えるのかも気になるが、

それ以上に、もう一度、彼女の声を聞きたかった。

だが、彼女は答えなかった。

もう、ガルロアへの興味は失せてしまったのか、

ガルロアの問いを聞いていなかった。

ガルロアへと向けられているその瞳は、

すでにガルロアを映していなかった。


それがたまらなく悔しくて、

退避を促してくる念威操者の声を無視して、
それでもしつこく話しかけてくる念威操者の配置している念威端子を全て破壊して、

もう一度問いかけた。

「お前は誰だ」

剄をぶつけながら、大きな声で、そう聞いた。

そうしてやっと少女はガルロアを見る。

その瞳の焦点を僕へと合わせて、ゆっくりと口を開き、再度ガルロアへと話しかけてきた。

「なんでそんなことするの?」
彼女が言う。
念威操者のサポートを失ってしまったので、少女の声が曇って聞こえる。

「そんなことって?」
ガルロアが答える。

「威嚇行為のこと。あなたじゃ私に勝てないのに、なぜそんなことをするの?死にたいの?」

剄をぶつけたことを言っているのだろう。

「そうしないと、君は僕の事を見てくれないと思って。」

「あなたはちゃんと私の視界に入っていたけれど?」

「そういう意味じゃなくてさ。こう・・・、僕に興味を持って欲しかったんだ。」

「興味?なぜ?」

「僕が君に興味があるから。」

自分で言って驚いた。

ガルロアという人間は自分を殺しかけた存在に興味を抱いているのだ。

「だから、教えて欲しいことがある。」

命を賭けてでも何かを知りたくなるほどの興味を彼女に抱いているのだ。

この感情が何に起因するものなのかはわからないが、

彼女のことを知りたかった。

だからガルロアは彼女にもう一度問いかける。

「あなたは、誰?」

五回目の同じ質問だ。

一番最初に聞いたときよりも、ずいぶんと柔らかな表現になった。

今度こそは答えてくれるだろうか。

ガルロアはそう思いながら、少女の答えを待った。

そして、


「私はいろんな都市に行った。たいていの都市では私のことを同じ名称で呼ぶけれど、ある都市に2回目に行ったときだけ、私は初めてそれまでとは別の名称で呼ばれたわ。」

少女はそう話し始めた。

「あなたが何を聞きたがっているのかは分からないけれど、私があなたに答えられるのは、その二つの名称だけ。」

そうしてガルロアは少女の正体を知る。




「私は、その都市で『ヴァルキュリア』と、他の大抵の都市では『汚染獣』と呼ばれていたわ。」





[27866] 第4話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/19 20:55


「・・・汚染・・・・・獣・・?」

ガルロアが信じられないといった風に呟いた。

しかし、心のどこかでは納得もしていた。

確かに、この汚染された大地を遮断スーツなしで生きられるものなど、それしかいない。

わずかな植物や微生物なども生息しているようだが、人間と同等以上の大きさで動き回れる生き物など、汚染獣以外にありえない。

だが、

「汚染獣が、人間の姿をしているっていうの?」

そう。
それは、今までの常識からは考えられないことだった。

人間が汚染物質を克服したといわれた方が、まだ信じられる。

「汚染獣が、人間の形を取ることがそんなに信じられない?」
少女が、ヴァルキュリアが、汚染獣が言う。

「だって、汚染獣ってのはこう、巨大で、基本的に爬虫類みたいな外観をしてて。・・・・・、そりゃ、老性体になったら奇怪な変化をするって言うけど・・・」

「老性体?」

「繁殖を捨てた汚染獣のことを、・・・人間はそう呼ぶんだ」

「ああ。なるほど。私もそう呼ばれたことがあるわね。この姿になる前に行った都市で『老性8期』とか言われてたわ」

「老性・・・8っ・・!?」

「私を『ヴァルキュリア』と呼んだ都市よ。あの都市にはひどくやられたわ」

「っ!?」

老性8期をひどく傷つけて撃退することができる都市があるのか。
そして、彼女の話を信じるならば、今目の前にいるこの少女は、老性9期の汚染獣ということになる。

それはやはりガルロアにとって信じきれることではない。

が、とにかくガルロアは聞きたいことを聞いていくことにした。

「老性9期の汚染獣が、そんなに小さくなるの?」

「この姿になる前は私も大きかったわ。でも、そのときに行った、私を『ヴァルキュリア』と呼んだその都市で負けたのよ。まあ、その都市には、その前に行ったときも負けたのだけど。とにかく、私はその時たった数人の人間に負けたのよ。こんなに小さい人間が、その何百倍も大きかった私より強かった。強くなれた。そんな事実があるのに、エネルギー変換効率の悪い巨体のままでいる必要はないと判断しただけ」

・・・・・・・。
たった数人で老性8期を撃退。

そんなことができる都市があるのだろうか。
それも2度も。
いや、1度目は8期ではなかったかもしれないが。

しかし、彼女の話は、聞けば聞くほどガルロアにとって信じられなくなっていく。

いや、確かに筋は通っているのだ。

汚染された大地で生きていられた理由も、
あれほどの強さの理由も、

彼女が老性9期の汚染獣だったなら納得がいく。

実際ガルロアもこの少女を最初に見たときに感じたはずだった。

『こいつは人間ではない』と。

そう思ったからこそ、あれほど警戒していたのだ。

それが、
最初に攻撃こそしかけてきたが、アレはただの興味であり、彼女は自分に敵意を向けていなかった。

そして彼女の声を聞いて、なにか心にくるものがあった。

だから警戒を解いてしまったのだ。

そう。
それだけなのだ。

それさえなければ、ガルロアは彼女を警戒し続けて、彼女が自分を汚染獣であると言った時に、即座に納得できたはずなのだ。

そして、実際にガルロアも心のどこかでは納得していたのだ。

要するに、ガルロアは彼女の話を信じられないのではない。

信じたくないだけなのだ。

そして、ガルロアもそのことに気づく。

(・・・・・そっか。僕は信じたくないだけなのか。いや、もう信じるしかないんだけどさ。)
そう考えて苦笑する。

(彼女は汚染獣なのか。彼女は人類の敵なのか)

「ねえ」
しばらく黙っていたガルロアが声を発する。

(・・・・・それでも僕は)

「なに」
少女がそれに答える。

(それでも僕は・・・・・、)




「ユリアって呼んでいい?」
と、彼はそう聞いた。

(それでも僕は彼女のことが気になるんだ)
(そう思ってしまう僕はおかしくなっちゃったのかな?)


彼の正気を判断できる人間はここにはいない。





[27866] 第5話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/19 21:03


「・・・・・なぜ今までの会話からそんな話になったのかわからない」

「いやぁ、いつまでも『お前』とか『君』とか言い続けるのは嫌だから。かといって、『ヴァルキュリア』ってのは、なんとなくいかつい感じがする。だから、『ヴァルキュリア』をもじって、『ユリア』。自分では結構いいと思うんだけど。で?どう?ユリアって呼んでもいい?」

「そう。あなたの好きにすればいいわ。どの道、私には明確な個体名というものがないのだから、私のことを人間がなんと呼ぼうとその人間の勝手よ」

「それは良かった。ちなみに僕のことはロアって呼んでくれたらうれしい」

「そう」

・・・・・ロアと呼んでくれるつもりはなさそうだ。

(ん~。残念。まあそれは置いといて、)
ガルロアは少し名残惜しそうにしながら、また質問をはじめる。

「ところでユリアは何でそんなに人間の言葉を話せるの?」

「私たちは、ああ。あなたには『汚染獣は』といった方がわかりやすいかしら。汚染獣はある程度成熟すると、人間の言葉を理解できるようになれるわ。
まあ、大雑把にはといったくらいなのだけど。人間との戦闘の中で理解していくの。
『突撃』と聞こえたら人間が攻撃してくるとか、『発射』と聞こえたら何かが飛んでくるといった風なことを理解していくのよ」

「それで、ユリアみたいに長く生きた個体は、ここまで言葉を理解できるって事なの?」

「そういう事ではないわ。あくまで私たち汚染獣は『大雑把』にしか言葉を理解できないの。
脳の大部分を闘争本能にとられて、思考能力とかはほとんどないから。
私がここまで言葉を理解できるのは、この姿になって思考能力を得たからよ。
汚染獣にも記憶というものがあって―――――まあこれも思考能力のない汚染獣にはほとんど意味のないものなのだけど―――――私は思考能力を得たことによって、自分の記憶をたどることができた。そうして人間の話していることを思い出すことによって、大雑把にしか理解できていない、自分の人間の言葉の知識を補完させたのよ。
まあ、あまり使われなかった言葉の意味は理解できなかったけれど。さっきの『老性体』ってやつとかね」

確かに老性体という言葉はあまり使われることがない。普通の都市は汚染獣と遭遇することはほとんどない。それが老性体となると、『ない』と断言してしまっても言いすぎにはならない。それほどまでに遭遇率が低いため、老性体という言葉はあまり知られていないのだ。恐らくユリアもそういった都市にいった時は『強力な汚染獣』などと呼ばれたのだろう。

それにしても、『老性体』という言葉は理解できなかったものの、『人間の話していることを思い出して、言葉を習得した』といったユリアの記憶力と思考能力の凄まじさは、驚嘆に値する。そんな離れ業をやってのけるとは、もしかして汚染獣は、脳が闘争本能に埋め尽くされていなければ、相当な天才になりうる種族なのかもしれない。

しかしそれは今考えるようなことではない。
考えるべきことは他にある。

最初にユリアは『人間との戦闘の中で』といった。それはつまり、『都市を襲った時に』ということなのだろう。
彼女が、汚染獣は人間の言葉を理解できるように『なれる』といったのは、理解できるようになれない場合もあるからだろう。
それは恐らく、理解できるようになれる前に死んでしまう、人間との戦闘に負けてしまうことがあるからだろう。

そして彼女は理解できるようになった。
それは、人間との戦闘に勝ち続けたということだ。
彼女はこれまでにいくつかの都市を滅ぼしてきたということなのだろう。

それを理解した。

だからガルロアは聞くことにした。

最後まで聞かないようにしてきたことを聞くことにした。

「ユリアは最初に僕を見たときに、いきなり襲ってきたよね。それは何で?」
まずはそこから聞き始める。

「久しぶりに強そうな力を感じて、少し興奮してしまったのよ。汚染獣である私がこの言葉を使うのもどうかと思うけど、『血が騒いだ』ってやつ。まだ汚染獣としての闘争本能が少しは残ってるのかもしれないわね」

「強そうな力っていうのは剄ぶつけた時のこと?」

「ああ、剄といったわね、あの力。そう。そのときの事。あんなに強い剄を浴びたのは、前に行ったあの都市以外では初めてだわ」

「なるほど。でも、僕のことを殺そうとはしなかったよね。それは何で?」

「一度打ち合って満足したから、いえ、あなたとあれ以上戦っても満足できそうになかったから、かしら。やっぱりあの都市で戦った人間達の方があなたより全然強かったわ」

一体何なんだその都市は!?
ガルロアはそうおもった。

彼も自分の実力には相当な自信を持っていたのだ。
汚染獣の雄性体を単騎で撃破できる自分は、この世界中で見ても相当な実力者であると思っていた。
実際にそのとおりで、世界中の武芸者に順位をつけたら、彼の順位は上から数えた方が圧倒的に早いという位置に来るだろう。

そんな彼よりも『全然』強かった人間『達』。

まあ確かにそれぐらいでなければ、老性8期など撃退できるはずもないのだが。

(・・・・・そんな都市とは絶対戦争したくないなぁ。・・・・・ってイヤイヤ。今はそんなことを考えてる場合じゃなかった)

驚きのあまり、横道にそれた自分の思考を、ガルロアは元の位置に引き戻す。

そして、

「それじゃあ、最後の質問だ」

決定的なことを問い始めた。



「ユリアは・・・・・・、君は・・・、」


この質問の答えを聞いてしまったら、もう彼女と会話することはできなくなるかもしれない。
その可能性がある。

それでも聞かない訳にはいかなかった。


彼女はこの質問になんと答えるだろう。
そんな不安を押し隠し、彼は最後の質問を言い切った。



「君は汚染獣として人間を、都市を、襲撃する意図はあるのか?」







[27866] 第6話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/05/30 15:31
これまで、聞かれたことにスラスラと答えていたユリアだったが、今度の問いにはなかなか答えなかった。

答えようとしていないのではなく、それを問うたガルロアの真意を測ろうとしているかのような沈黙だった。

ガルロアも、自分が何を考えているかをユリアに悟られまいと、自身の思いを決して顔に出さないようにとする。

お互い何も言わない時間が続く。

そうしてしばらく経ったとき、不意にユリアが口を開いた。

「あるわ。」

「っ!?」
それを聞いたガルロアの頭が絶望に染まる。
ユリアが汚染獣である以上、その可能性が高いと覚悟はしていたが、それでも悲しかった。
ユリアと自分はやはり相容れないのかと悔しい思いをする。

だが。
だが、彼女は自分を殺さなかった。

彼女は、ガルロアへの興味を失ったからだと言ったが、

そのことがガルロアはどうにも引っかかった。

普通の汚染獣なら、あそこで自分を殺していたはずだと。

だからガルロアはユリアに問いただす。

「本当に?」

それでもユリアは、
「ええ。」
と返した。

そしてユリアはガルロアに問う。

「それで?それを知ったあなたはこの後どうするの?」

そのとき、ガルロアには今までほとんど表情を変えなかった彼女の顔が少し揺らいだ気がした。

それはやはり気のせいだったのかも知れないが、
そのときガルロアは確信した。
彼女の真意を確信した。

だからガルロアは答え始めた。

「僕はずっとそのことを考えていた。」

ガルロアは自分の本心を話し始めた。

「普通に考えれば2択だ。実際には、ほぼ1択であるはずの2択だ。一番正しいのは、今すぐ逃げることだ。ユリアは僕より全然強いからね。だから、本来僕には逃げるという選択肢しかないはずなんだ。まあ、逃げ切れるかどうかは別としてね。」

「まあ私には、逃げるあなたを追いかけるつもりはまるでないから、簡単に逃げ切れるわよ。」

「そして、次にありえる選択肢としては、ユリアと戦うことだ。まあ、この選択をした場合の結果は言うまでもないね。結果はほぼ確実に僕の死だ。」

「まあそうね。私には、特にあなたを殺したいなんて気持ちもないけれど、その場合はあなたは確実に死ぬわね。あなたって中途半端に強いから、きっと殺してしまうわ。」

こんな会話の中でも、ガルロアの確信はどんどんと強まっていく。

「でも僕は、そのどちらの選択肢も選ぶ気はない。ユリアから逃げるのは嫌だし、ユリアと戦うのはもっと嫌だ。」

「それで?あなたはどうしようと考えていたの?それ以外の選択肢はないわよ?」

「うん。何も思いつかなかった。だから、もしもそうなったときに考えようと思ってたんだ。」

「なら考えなさい。今がそのときよ。私はあなた達人間と、人間の住む都市を襲うわ。」

ユリアはそう言い切った。

だが、それを聞いてもガルロアは全く動じなかった。

そしてガルロアはやんわりと笑って(ヘルメット越しなのでユリアには見えなかっただろうが)、
「でも、それは嘘でしょ?」
と彼女の今までの言葉を切り捨てた。

それを聞いたユリアは、ほとんど動かない表情を、今度は確かに動かした。

それは小さな変化だったが、

その表情は大きな驚きと、少しの喜びを混ぜ合わせたかのような表情だった。

そして、そのまましばらく固まっていたユリアは、やがて小さな声で「なぜ?」といった。

それは、『なぜ、そんな訳のわからないことを言うのか』といっているのかもしれないし、『なぜ、嘘がばれたのか』といっているのかも知れない。

それでもガルロアには、彼女の声色が、なぜ嘘がばれたのかを聞いているように聞こえて、少しうれしくなった。

ガルロアがそう思った理由はたくさんある。

もし彼女に人間を襲う意思があるのなら、戦闘でほぼ敗北の決まった自分を生かすはずがない。

都市を襲う意思があるのなら、逃げようとする自分を追いかけないはずがない。

彼女が人間の敵であるならば、人間に対して、殺すつもりはないなどとは言わない。

それに、彼女は『巨体ではなくなってエネルギー効率が良くなった』と言った。

本来、汚染獣は汚染物質のみで生きられるとされている。
それなのにわざわざ人間を襲うのは、人間が汚染獣にとって汚染物質より効率的な栄養源だからだとされている。

果たして、今のユリアにそんなものが必要なのだろうか。

他にも、汚染獣は嗜好品の類として人間を喰らっているという話もあるが、それならやはり、最初に会ったときに自分は殺されていなければおかしい。

そもそも、思考能力を得た彼女が、人間を襲わなくても生きられるという事実を前にして、わざわざ人間を襲う理由がない。

しかし、小さな声で『なぜ』と言った彼女に対して、
弱弱しい、消えてしまいそうな声でそう問うて来た彼女に対して、
そんな理由を言うわけにはいかないなとガルロアは思う。

だから、ガルロアは、あるタイミングから持ち続けた疑問。
そして、先ほどその答えをを確信した疑問を彼女に言った。

「ユリアはなんでそんなに色々話してくれたの?」

「え?」
ユリアは不思議そうに問い返す。

「最初はあんなにそっけなかったのに、ある時点から君はいろいろなことを話してくれるようになった。それはなぜ?」

「それは・・・・・、私もあなたに興味を持ったから。自分では私に勝てないと理解できたはずのあなたが、なぜそれでも逃げないで、私に剄をぶつけてきたのか知りたかった。そして、私に興味があるといったあなたが、私の何に興味を持ったのか知りたかった。」

「それだけ?」

「それだけって?」

「それだけの理由で、僕にほとんど興味を持っていなかった君が、自分のことをあれだけ僕に話してくれたの?僕にはそうは思えない。」

「・・・・・どういうこと?」

「そもそも、最初に僕に話しかけてきた時だっておかしかった。ユリアから僕に対して『あなたは、誰?』って聞いてきたのに、僕が名前を答えただけで、君は僕への興味を失ってしまった。ユリアは本当に僕の名前が知りたかっただけなの?そんなわけないだろ?じゃあなんで僕に話しかけてきたの?」

「・・・・・。」
ユリアは何も答えずにガルロアの話を聞き続ける。

「それで、ユリアはそれっきり僕に興味を失った。それは、僕が逃げるだろうと思ったからなんじゃない?」

「ええ。そう思ったわ。だから、自分を殺しかけた人間のそばから離れようとしないあなたに興味を持った。」

「それだけじゃないでしょ?」

「・・・・・さっきから何が言いたいの?」
困ったようにユリアが言う。

だから、ガルロアは、彼の思う答えを彼女に教えることにした。

「ユリアは思考能力を得たといったでしょ?」

もしかしたらその答えは間違っているかもしれないが、

「それなら、君がもう一つ得ていてもおかしくないものがあるんだ。」

ガルロアには、それが正解だという確信があった。

「それは『心』だよ。」

「心?」
ユリアはやはり困ったような風に問い返す。

「そう。心。この場合は感情と言った方がわかりやすいんだけど。念のため聞くけど、ユリアはその姿になってからずいぶん長いことここにいたんでしょ?」

「ええ。そうだけど。」

「その間、僕以外の誰かにあった?」

「遠くの方に都市や汚染獣を見たことはあるけど、人間にあったのはあなたが初めてよ。」

「まあ、そうだろうね。」

「それがなんなの?」
ユリアが聞いてくる。

そしてそれに対してガルロアは一拍置いてから、言い聞かせるように言った。

「きっとユリアは寂しかったんだ。」

「寂しい?私が?」

「そうだよ。ユリアはもともと汚染獣だけど、今は人間と同じ形をしている。人間と同じ脳をしてるんだ。そんなユリアが感情を持ってないはずがないんだ。ずっと一人でここにいて寂しいと思わないはずがないんだ。」

ユリアは何も言わなかった。

「でも、ユリアは話を聞いてると相当頭がいいみたいだから、自分が人類の敵であるとわかってたんだろう。でも、思考能力を持ったユリアは汚染獣とも相容れることができなかったんじゃない?まあ、僕には汚染獣が仲間意識なんてものを持っているとは思えないんだけどね。だからユリアはどこにも行かずにここにいた。違う?」

やはり彼女は何も答えない。

「そんな時、人間の僕がここに現れた。そして君は僕に襲い掛かってきて、その後、僕に対して話しかけてきた。襲い掛かってきたのは、まあ君が言った通り、少し興奮したってのもあるのかもしれないけど、本当は自分の敵である人間をここから遠ざけるためだったんじゃない?僕が逃げるのを促すためだったんじゃない?そしてあの時僕がそのまま逃げれば、そこで話は終わっていたんだ。なのにユリアは僕に話しかけてきた。話しかけてしまった。それは、君が寂しかったからなんじゃないかと思うんだ。」

「・・・・・それで?」
ユリアの表情はその時には消えていた。
完全な無表情になっていた。
そんな顔をしながら彼女は続きを促してくる。

「ユリアは僕にいろんなことを話してくれた。僕が質問して、ユリアが答えるみたいな、会話といえるのかどうかもわからない内容だったけど、君は僕にいろんなことを教えてくれた。僕と話してるのが、少しでも楽しいと思ってくれてたんじゃない?」

「楽・・・しい・・・?」

「それでもユリアは、自分と僕は相容れる種族ではないと思ったんだろ?だから、『自分は都市を襲う』なんて嘘をついて、僕をここから遠ざけようとしたんだろ?」

「・・・・・」

「・・・・・さっきユリアは聞いたね。ユリアが都市を襲うと知った僕がどうするかって。」

「・・・・・」

「答えが出たよ。」

「・・・・・・・。」

何も言わないユリアにガルロアは言う。

「僕はユリアのそばを離れたくない。ユリアと一緒にいたい。ユリアが都市を襲わないならなおさらだ。」

「・・・・・それでも私は汚染獣で、あなたは人間なのよ。一緒にいられるわけがないじゃないっ」
いままでほとんど無表情で、淡々と話していたユリアが、泣きそうな顔で、半ば叫ぶようにそういった。

その表情を見た、その声を聞いたガルロアは、初めて彼女の本心を見た気がして、とてもうれしくなる。

念威操者のサポートをなくし、視覚が聴覚が鮮明でないことがとても悔やまれた。

しかし、彼はその感情を押し隠し、彼女に答える。

「なら、僕を殺してみろよ。」

「っ!?」

「君は僕を遠ざけようとするばかりで、一度も僕を殺そうとしなかった。それは何でだよ!」

そう。彼女は一度としてガルロアを殺そうとはしていないのだ。

「・・・・・何故か、・・・あなたを殺したくなかった」
ガルロアの強い語調に押されて、ユリアが答える。

「そうだよ。それはきっと、ユリアがとても優しいからなんだ。」

「・・・・・。」

今ならわかる。
最初にガルロアがあれほどユリアに興味を持ったのは、最初に打ち合ったとき、そして、その後聞いた彼女の声に、心のどこかで彼女の優しさを感じたからだったのだろう。

ガルロアはきっと、彼女の優しさに惚れてしまっていたのだろう。

ガルロアは最初のあの時点で、ユリアに惚れてしまっていたのだろう。

だから、ガルロアは彼女に言う。

「そんなに優しいユリアが、人間と共生できないはずがない。だからさ、ねえユリア。」

「・・・・・何?」

「僕と一緒に来てくれない?もし、僕の都市のみんながユリアを避けても、僕だけは絶対に君のそばにいる。もしこの世界中の人間がユリアを否定しても、僕だけは絶対に君のそばを離れない。だから、・・・・・・、」

そこで一呼吸置いてから、彼は言う。

「僕と一緒にいてください。」

そしてその言葉を聞いたユリアは呆然としたように固まって、

もともと泣きそうだったその目から一筋の雫を落とし、

そして、それでも少し笑いながら頷いた。

表情の乏しかった彼女の、

自信の感情を理解できなかった彼女の、

心を知らなかった彼女の、

彼女にできる最大限の笑顔で頷いた。

そして、

心を、感情を理解した汚染獣は、汚染獣でも人間でもない、ユリアという一つの個体としてガルロアに言った。

「よろしくね。ロア。」
















     あとがき

え~。初めてのあとがき。
緊張します。
ここまでどうでしたでしょうか?
作者的には、やっとここまで来たかぁって感じです。
やはり文を書くのは難しい。
早くレイフォン達と青春させたい。

さて。
これからはユリアちゃんが多少丸くなると思います。
レヴァンティンみたいな性格にはなりません。
いや、作者的には、ヴァティちゃんも結構好きなのですが、やはりヒロインには明るくあってほしいですからね。

無表情キャラはもうはやりません。

ん・・・?・・・フェ・・・リ・・・?

はい。
フェリファンの方がいたら、深くお詫び申し上げます。

ゴメン。


あ、感想くれた方。
本当にありがとうございます。

感想があることに気づいて、おっかなびっくりと震えながら見てみたところ、みなさん優しい言葉を掛けてくれていて、うれしかったです。

他にも、「お前、それおかしいから!」みたいなところがあれば指摘してください。直せる範疇なら直します。

ちなみに、登場人物たちの性格が安定していないのは、作者の力不足です。ごめんなさい。

長くなっちゃいましたね。

意外にあとがき書くのが楽しくって。

それでは。







[27866] 第7話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/05/30 15:31
『ああ。まだここにいましたか。無事ですか?』

念威端子がガルロアのそばに来て、それと同時に彼の視覚と聴覚が鮮明になる。

「うん。無事だよ。ちょうど良かった。これから戻ろうと思ってたんだ。」
ガルロアが少しほっとしたように答えた。

念威操者の誘導と、視覚のサポートなしで都市に戻るのは難しい。

ガルロアの装着しているヘルメットは、自分の目で外の様子を見ることができるようになっているが、少し激しい動きをすればすぐに砂塵に張り付かれてしまうので、そうなったら一々ぬぐわないといけなくなる。

そんな状態で、ランドローラーを、それも荒れ果てた大地で運転するのは、不可能に近い。

そのため、ガルロアも少し困ってしまっていたのだ。
衝動で、念威操者の配置していた端子を破壊してしまったことを後悔していた。
念威操者が怒って、迎えに来てくれなかったらどうしようかと思っていたのだ。

『ああ、それは良かった。・・・・・というより、いきなり何するんですか。都市の外で念威端子を破壊するなんて、自殺行為ですよ。というより、実際に私本人に痛みがあるわけではないですけど、幻痛とかはあるんですよ。結構驚くんですよ。いや。そんなことはどうでもいいですね。問題は、私のサポートの中であなたが死んでしまうようなことになったら、私の都市での立場がなくなるってことですよ。わかってるんですか?ああ、あなたが生きていて本当に良かった。都市の住民の全員から恨まれるところでしたよ。都市外に逃亡するような羽目にならなくて本当に良かった。』
怒りつつも、心底ほっとしたような声が念威端子から響く。

「ってゆうか、僕が生きてることよりも、自分の立場が守られたことに安心してるみたいだね・・・・・。」

『当たり前です。他の誰よりも自分が可愛いですよ。この状況であなたが死んでいても自業自得ですが、その場合の私はどうなると思ってるんですか。100パーセント自分のせいで死んだあなたは、都市の英雄になり、全く悪くない私は、神童を死に追いやった大罪人になるんですよ。あなたはそういった立場の人間なんです。もう少し私に気を遣ってください。』

ガルロアが、その後も延々と続く説教と文句と愚痴を聞き流し続けていると、ユリアが不思議そうな顔をして、
「さっきから何をしているの?」
と訪ねてきた。
相変わらず表情の変化は乏しいが、ガルロアには見分けることができた。

「ん?ああ。そっか。ユリアには、この声が聞こえてないのか。ねえ。彼女にも回線を開いてあげてくれない?」
ガルロアが念威操者にそう頼むと、彼はそこでやっと思い出したかのように訪ねてきた。

『そうそう。その娘は一体何なんですか?』

それに対してガルロアは
「ああ。そっか。僕が端子を壊しちゃったから聞けなかったんだね。」
と答えながら、やっぱり念威端子を破壊しといて正解だったなぁと思っていた。

ユリアが汚染獣であるという話を念威操者に知られるということは、都市の上層部にそれを知られるのと同義である。
そうなった場合、ユリアが都市に入ることは不可能となる。
場合によっては、ユリアは都市の武芸者に攻撃されてしまうだろう。

都市の武芸者がユリアを殺すことは、実力的にありえないし、ユリアが都市の武芸者を殺すことも、彼女の性格上考えられない。
その点においては心配はないが、ガルロアとしては、ユリアに武器が向けられているのは見たくない。

そもそも、彼女が都市に入れるか入れないかで、ガルロアが彼女と一緒にいることへの難易度は大きく変わる。

ユリアが汚染物質の中を遮断スーツなしで生きられるという事実は隠しようもないが、彼女が汚染獣であるという事実を隠し通し、都市の中に入ることができれば、ユリアと自分は簡単に一緒にいることができるようになる。

もし、汚染物質の中でも生きられるということから、ユリアが都市の人間から悪い感情を持たれてしまうのなら、そのときは放浪バスに乗って、ユリアのことを知る人のいない他都市へと逃げればいいだけのことである。

もちろんガルロアはユリアが都市に入れなかったからといって、彼女と一緒に生きることをあきらめるつもりはないが、物事は簡単な方がいいのは確かである。

だから、ガルロアは必死で言い訳を考え始めた。

そして、とりあえずの時間稼ぎのために、
「彼女の名前はユリアって言うんだ」
とだけ答えてみる。

すると念威操者は、
『ほう。ユリアさんというのですか。それで、彼女は何者なんですか?』
と聞いてきて、言い訳を考える暇を与えてくれない。

仕方ないので、ガルロアはどんどんと話をしていくことにする。
途中でボロが出ないのを祈るばかりだ。

「彼女は見てのとおり人間の女の子だよ。」

『人間の女の子が何故こんなところにいて、汚染物質の中で生きているのかを聞いているのです。彼女は本当に人間なんですか?』

意外に鋭いなと思いつつ、ガルロアは、
「情報収集なら念威操者のほうが優秀でしょ。あんたはどう思ってるの?」
と聞き返す。

『あんたって・・・。もう少し年上への敬意を払ってください。まあ、今はやめときましょう。さて、彼女は私から見ても人間に見えます。ですが、どうにも違和感があるんですよね。いえ、何がというわけではないんですが、何かこう引っかかるんですよ。』

念威操者から見てもユリアはちゃんと人間に見えるらしい。
そのことに安心し、
違和感があるというのは要注意だなと思いつつ、
ガルロアは彼に
「それは、彼女が汚染物質の中で生きられるって事と関係あるんじゃない?」
と答える。

『それはどういうことですか?』

「僕にもよく分からないんだけどね。彼女は汚染物質の中で生きられるらしいんだ。つまり普通の人間とは少し違うんだから、そこに違和感を感じてるんじゃない?」

『何故汚染物質の中で生きられるんでしょう?』

「それは僕にも分からないよ。ユリア本人も分からないってさ。っていうか、最近までは、彼女もそのことを知らずに、他の都市で普通に暮らしてたらしいんだ。それが、とある事故がきっかけで、彼女が汚染物質の中でも生きられるってのが分かったらしくて。それで、そのことを気味悪がったその都市の上層部が彼女を都市外追放したらしいんだ。ある程度の都市外用の食料は何とか持ちだせて、それでここまで歩いてこれたんだけど、そこで食料も尽きて、着ていた服は汚染物質に焼かれてボロボロになっちゃって、それで今、ここに身一つでいるって訳らしいんだ。」

都市外追放とは、犯罪などを犯した人間を都市の外に追放することだ。
軽い犯罪の場合は都市から都市へと移動する唯一の交通手段である放浪バスに乗せられて、他都市へと追放される。
だが、重い犯罪だった場合、生身の体で都市の外に、汚染された大地へと放り出される。
つまりは死刑ということだ。

我ながら素晴らしい嘘だとガルロアは思った。
何も悪いことはしていないのに、都市外へと追い出された少女。
なぜか汚染物質に耐性を持っていたため、ここまで生きながらえてしまった少女。
完全に死角なしだ。
完璧な嘘だ。

しかし彼がそう思っていられたのもつかの間のことだった。

念威操者は
『とある事故とは?』
とガルロアに聞いた。

「・・・・・えっ・・・と・・・。」

『どうしたんですか?』

「あの・・・・・、そこまでは聞いてないっていうか・・・・。」

『なるほど。では彼女の方に聞いてみましょう。』

「わぁーーーーーー待った待った待った知ってる知ってる知ってる実は知ってるちょっと言いにくかっただけで実は知ってるから待って待って待ってってば。」

『いきなりどうしたんですか。』

「・・・・えっ、・・いや・・・、都市外追放になった経緯を何度も彼女に説明させるのはかわいそうだと思って・・・・・。」
しどろもどろになりながらも、ガルロアが言う。

『・・・まあそうですね。私が軽率でしたね。』

危ないところで何とか持ち直したガルロアは真剣に言い訳を考える。

ユリアに剄脈はなさそうなので、都市外に戦闘に出ていたという嘘は恐らく通じない。
剄脈のない人間が都市外で戦闘するわけがないからだ。

また、都市外に整備に出ていたという嘘も、彼女の外見年齢から見破られる可能性が高い。

と、そこでうまい言い訳を考え付いた。

「ユリアの生まれた都市は、今でも汚染物質について研究しているらしくてね。彼女は誤って、その研究所に入っちゃって、汚染物質を浴びちゃったらしいんだ。」

『汚染物質を都市内に入れるような都市があるんですかね?』

「まあ、あってもおかしくないじゃん。あんただってこの世のすべての都市を知ってるわけじゃないだろ?都市間の交流は少ないんだ。僕らの知らない都市がいくつあっても不思議じゃない。」

『まあ、そうですね。それより、汚染物質について研究しているようなその都市が、汚染物質に耐性を持ってるその女の子を追放するんですか?むしろ、研究材料の一つにすると思いません?』

「・・・・・・・あーー、それはほら、・・・・・アレだよ・・・・。えーーと・・・、あっ。そうだ。うん。ほら、汚染物質の研究は、一部の酔狂な科学者が秘密裏にやってたことらしいんだよ。その都市の上層部はそのことを知らなかったらしいんだ。んで、ユリアが汚染物質を浴びちゃったその事故が結構大事になって、そのことが都市中に知られて、それでユリアが気味悪がられたってところみたいだよ。」

『あっ。そうだ。うん。って、まるで今考えたみたいですね。』

「・・・・・そんなことないよ。」

『いえ、怪しいです。』

「ソンナコトアリマセン」

『どこから嘘なんですか?』

結構簡単にばれてしまったので、ガルロアは『とある事故』に対する言い訳をあきらめることにした。

「・・・・・はあ。すいません。実は僕はユリアが経験したその事故ってのは知らないんだよ。ただ、彼女に根掘り葉掘り聞くのが嫌なんだ。でも、ユリアは間違いなく人間だし、絶対に悪いことをするような人じゃない。それは僕が保障する。
ところで、さっきからあんたしか話してないけど、この会話、市長達も聞いてるんでしょ?
市長、これから都市に帰りますが、彼女を都市にいれてもらえませんか?」

そうガルロアが、恐らくこの会話を聞いているであろう市長に尋ねると、しばらくの沈黙の後、市長の声が聞こえてきた。

『それは許可できんな。都市に帰るなら、君一人で帰ってきたまえ。彼女を連れてくることは許可できん。』

その言葉はある意味予想通りではあった。
それでもその言葉はガルロアにとって頭に来るものだった。

「ユリアは何も悪いことはしていません。なぜ許可できないんですかっ?」

『それが都市の決まりだからさ。それに、私達は、最初に君が襲われているのを見ている。たとえ、悪事を働いていなくとも、彼女が危険人物であることは、それで証明されている。』

「その襲われた本人である僕が、彼女を無害だといってるんです。それでいいじゃないですか。」

『君には何度もこの都市の危機を救ってもらっている。今回の雄性3期の汚染獣のこともそうだ。都市にいる武芸者だけでの対抗も可能だったが、一人の犠牲者も出さずに汚染獣を倒すことができたのは、紛れもなく君のおかげだ。さすがは神童。都市の英雄だ。私もそんな君の頼みなら聞いてやりたい。』

「だったらっ」

『だが、この都市の最高戦力である君が圧倒された相手だ。あの後何があったのかは分からないが、最初の打ち合いを見れば十分だ。
彼女は君よりもはるかに強い。そうだろう?』

「たしかにそうですが・・・・・、それが何なんですか」

『君はこの都市で生まれ、この都市で育った。私も君のことはよく知ってるし、この都市の害になることはしないと信用している。だから大丈夫なんだ。
だが、彼女は違う。私は彼女のことを信用できない。それなのに、うちの都市には彼女が暴走した際に、それをとめることができる武芸者がいないのだ。そんな人間をどうして都市に入れることができる?』

ガルロアには言い返せる言葉がなかった。

市長の言うことは間違いなく正論で、間違っているのは自分であると分かっていた。

それでも、
「それでも、僕は、ユリアと離れたくありません。離れるつもりもありません。ユリアが都市に入れないのなら、僕は都市に帰りません。ユリアと一緒にいます。うまくすれば、他の都市を見つけることができるかもしれませんしね。」

と強い語調で言い切った。

そして、そういったガルロアに対して、市長は
『本気かね?』
と問う。

それに対してガルロアは、やはり
「本気です」
と返す。

『その場合、君はほぼ間違いなく、他の都市にたどり着く前に死ぬぞ?』

「覚悟の上です」

そうしてお互いにしばらく黙っていた。
無言のやり取り、
無言の根競べをしていたが、

やがて市長が、
『それほどの覚悟なら仕方ない。今、彼女をこの都市に入れることを許すことはできないが、そんな年齢で、この都市のために何度も命を張ってくれた君がそれほどまでに言うんだ。私も少しは譲歩しよう。』
と話し始めた。

『そうだな。今、うちの都市には放浪バスが1台来ている。今すぐその娘と都市に帰還して、それに乗り込め。ただし、都市の内部に入ることは許さん。旅の準備はこちらで整える。そして、そうだな・・・、5年だ。5年以上、彼女とともに過ごし、その間、彼女が問題を起こさなかったなら、その時は、この都市に迎えよう。まあ、5年といわず、10年すごしてもいいし、うちの都市に帰ってこなくてもいいが、できれば、ガルロア君には、もう一度帰ってきて欲しいところだ。
彼女が暴走してもしなくても、ね。
それが私にできる最大の譲歩だ。それでいいかね?』

それを聞いてガルロアは驚いた。
都市の内部に入り込まれなければ、もしもユリアが暴走したときに、彼女を抑えられるだろうという彼の見通しは、甘いといわざるを得ないが、それでも、そんな危険を冒してでも、ガルロアのためにそこまでしてくれたのだ。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
ガルロアは心のそこから感謝した。

『全く。都市の神童がいなくなるなんて。市民にどう言い訳すればいいんだ。まったく、念威操者も厄介なものを見つけてくれたものだ。』

そんな市長の言葉を聞きながら、ガルロアはユリアのそばへと近づいていった。

結局念威操者はユリアに回線を開かなかったため、彼女はずっと不思議そうな顔をしてガルロアを見つめていた。

ユリアにはきっとガルロアが虚空に話しかけているように見えただろう。

そんな彼女にガルロアは、
「とりあえず、少し髪を切ろうか」
といい、持っていた予備の錬金鋼を復元し、彼女の長い黒髪を腰の下辺りでざっくりと切る。

そのとき触れた彼女の肌の温度は、人間のそれと同じくらいだった。

少し髪型が乱雑になってしまったが、それは、次の都市についた時に整えてもらおうとガルロアは思う。

そして今もなお裸でいる彼女にどぎまぎしつつ、一人乗り用であるはずのランドローラーに何とか二人で乗り、都市まで帰還する。

そして、そのまま息をつくまもなく、放浪バスの乗車口へと向かう。

すると、そこには、市長と、もしもユリアが暴走した場合に備えてなのか、たくさんの武芸者達がいた。

「これが君達の旅の荷物だ。とりあえず、その娘にはこの服を着せておけ。それから、その中にお前の壊れた錬金鋼を新調したものが入っている。」

市長はトランク2つと錬金鋼がはいっていると思われる木箱を1つ、それから、ユリアのための衣服を1式渡してくる。

ユリアはそれを、見よう見まねでちゃんと着る。

そして市長は、
「私が送り出した人物が、他都市で暴走して、その都市を滅ぼした。などということになるのは心苦しい。絶対に問題を起こさずに、そしてできれば帰ってきなさい。」

そういってガルロアたちを送り出した。

ガルロアたちは放浪バスに乗り込む。

そして、放浪バスは出発する。

未知なる外の世界へと。

ガルロアたちを乗せて。




しばらくして後ろを振り返る。

まだ、今出てきた都市が見えていた。

そしてガルロアはユリアに話しかけた。

「ねぇ、ユリア?」

「なに?」

「あの都市の名前知ってる?」

「いいえ。知らないわ。」

「うん。まあそうだろうね。あの都市はさ、僕の生まれ育ったあの都市はさ。」

そして後ろを振り返るのをやめたガルロアはユリアの目を見て言う。

「ムオーデル。『霊封都市ムオーデル』って言うんだ。霊封なんて変な名前だろ?」

苦笑しながらそう言った彼に、ユリアはただ

「そう。」
と言い、

その後つづけて、
「覚えておくわ」
と言った。







[27866] 第8話 ~ヨルテム~
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/05/30 16:49
「そういえば、ロアってそんな顔をしていたのね。」

放浪バスの中で、不意にユリアが言った。

「ん?ああ、そうだね。僕はずっとヘルメットをかぶってたからね。ユリアにちゃんと顔を見せたのは、さっきが初めてか。」

黒い髪に青い瞳。その髪は長いわけでもなく短いわけでもない、といった程度の長さであり、その瞳にはまだあどけなさが残っている。
全体として愛嬌のある顔をしている、なかなかにイイ男である。

ところで、この放浪バスは現在、すべての放浪バスの中心点である、交通都市ヨルテムへと向かっているらしい。

はっきりとした目的地があるわけではないガルロアとユリアだが、彼らの乗った放浪バスがヨルテムへと向かっているのは、彼らにとって良いことなのか悪いことなのか。

メリットはある。
ヨルテムはこの世界の全ての放浪バスの出発点であり、そのため、ヨルテムに行ければ、目的地が決まったときに、迅速にその場所へと行くことができる。

だがヨルテムは、全ての放浪バスの到着点でもある。そのため、様々な都市からの人間が集まってきて、それゆえに、都市に入るための審査が他より厳しいのだ。

幸い市長が、都市入出用の書類を用意してくれていて、その書類は、後は名前を書けば良いだけの状態になっているのだが、ユリアのほうの書類は、なんとも空白が目立つ。

それにしても、よくあの堅物の市長がこんなズルをしてまで書類を用意してくれたものだとガルロアは思っていた。

本来書類とは、本人が必要事項を記入してから、都市が認可のサインをするものだ。
認可のサインがすでに押されている書類に、後々必要事項を記入するのは、普通に考えて違法である。

だが、それでもやはりありがたい。

実は書類がなくとも都市への出入都市はできるのだが、あった場合と比べると、その入都市審査の厳しさは天と地ほどの違いがある。それがたとえ、空白だらけの書類だったとしてもだ。

とそこまで考えて、ガルロアは思い出した。

「そういえば、ユリアの名前どうしよっか?」

「名前って?」

「うん。書類に書かなくちゃいけないんだよ。名前は『ユリア』でも『ヴァルキュリア』でもいいんだけど、ファミリーネームの方を考えなくちゃ。」

「ファミリーネーム?」

「ん?ほら。僕の場合は、『ガルロア』が名前で、『エインセル』がファミリーネームだ。ファミリーネームってのは・・・・・、」

と、そのままファミリーネームについての説明を続けていく。

ユリアは戦闘の中で言葉を覚えたといっていた。
だから、基本的な文法や、形容詞、副詞、助詞などは大体分かっても、戦闘中に使われることのないような名詞は分からないのだろう。

そして、ガルロアがファミリーネームというものの説明をし終わると、

「へー。同じ個体に複数の名称があると思ったら、そういうことだったのね。」
とひとしきり納得した後、
「名前は『ユリア』でいいわ。ファミリーネームの方は、ロアが考えてくれない?」
といった。

「う~ん。そうだね・・・・・。そんじゃこの際単純に、『ヴァルキ』とか『キルヴァ』とか『ヴルキア』とかでいいんじゃないかな?うーん。どれにしよう?」

(・・・・・いっそ、エインセルにしちゃうとか・・・・・。ユリア・エインセル。・・・・・・イヤ、駄目だ駄目だ。まだそんなアレじゃないから駄目だ。っていうか、まだ知り合ったばっかりなんだから。・・・・・いや、でも将来的には・・・・・。いや。落ち着け。落ち着け僕。今はそんなことを考えてる時じゃない。うん、よし、落ち着こう。)

ふと頭に浮かんできた邪念をガルロアは必死で振り払う。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないっ。・・・・・うん、じゃあ『ヴルキア』にしよっか。なんとなくだけど、名前とファミリーネームは、発音数が違ってる方がいい気がする。」

「そう。それでいいわ。ありがとう。」
どことなく嬉しそうにそういったユリアに、ガルロアが、

「そう、よかった。んで、書類を書かなきゃいけないわけなんだけど、・・・・・ユリアって文字書ける?」

と問うと、ユリアは
「文字?」
と返してきた。

どうやら書けないようだ。

ヨルテムに到着するまでに、どれぐらい覚えてくれるだろう?などと思いながら、ガルロアはユリアに文字を教えることにした。



     †††



「前方に都市が見えるわ。」

「・・・・・僕には見えないけど・・・・・」

放浪バスで出発してから十数日経過した。
その間にガルロアはユリアのスペックの高さをこれでもかというほどに思い知らされた。

身体能力は言わずもがな。

視力、聴覚、その他もろもろも、ガルロアが剄を使って身体能力を底上げする技術、内力系活剄を使っても、ユリアには遠く及ばない。

1週間ほど前にユリアが『汚染獣の咆哮が聞こえたわ』といいだし、それからしばらくして、『向こうに汚染獣が見えるわ』とバスの進路のやや右側を指差し、その数時間後に、ようやくガルロアにも汚染獣を視認することができ、そのときになって放浪バスは、進路を大きく左にずらした。

幸い、そのときに汚染獣に気づかれることはなかったが、次にユリアが同様のことを言い出したら、すぐに車掌に知らせに行こうとガルロアは決意した。

そして、ユリアの学習能力の高さもまた凄まじいものだった。
教えたことは即座に覚えてしまう。
読み書きも簡単に覚えてしまったので、ユリアが知っていそうにない名詞を教えると、これもまた次々と覚えていく。

実際に実物を見せて教えることはできなかったので、彼女は『りんごとは、赤くて丸くて甘いものである』という風な認識しかできていないだろうが、今ガルロアが、ユリアに『しりとり』の勝負を挑んだら、勝てるかどうか、怪しいところである。

そんな現実に納得しきれないガルロアは必死になって活剄を使って視力を強化するが、果たして彼がその都市を視認できたのは、ユリアが都市が見えたと言った、やはり数時間後のことだった。



     †††


都市に入るための審査は、2つほど問題があったが、割とすんなり終えることができた。

二人連れということで、二人一緒に審査を受けたのだが、
問題の一つは、やはりユリアの書類に空白が目立つことだった。
出身地やら、生年月日やらの記入が抜けているため、審査員にそこを問われたのだ。
それに対して、ガルロアは「ユリアは孤児だったんです」と嘘をついてごまかした。
この世界に孤児は良く出るものなので、審査員は納得してくれた。

そして、二つ目の問題は、ガルロアとユリアの筆跡が全く同じだったところだった。
これはどちらかが代筆したのか?なぜ文字くらい書けないんだ?と問う審査員に対して、ガルロアは苦笑気味に審査員にとって予想外の返答をした。

「僕達、筆跡が全く同じなんですよ。」

そうなのである。ガルロアがユリアに文字を教えるにあたって、ガルロアは自分で書いた文字をユリアに真似させたのだが、ユリアはまるでコピーしたかのように、ガルロアの書いたそれと全く同じ筆跡でその文字を書いたのである。

もともとは相当に巨大であったはずの彼女がどうしてこれほど器用なのかと不思議に思ってしまう。

そんなことあるわけないだろという風に二人を胡乱げにみていた審査員が、
「じゃあ、それぞれ、これに自分の名前を書いてみなさい。」
と白紙を二枚渡してきた。

ガルロアとユリアがそれぞれ名前を書いたその紙を審査員に返すと、審査員は驚いたように二人の書いた文字を凝視し、
「悪かった。通っていいぞ。」
と言った。





「ふう。書類があってよかったね。だいぶ甘い審査で入れてもらえたよ。それにしても、ここがヨルテムか。どう思う?」
ガルロアが少し興奮したような声でユリアに話しかけた。

「・・・にぎやかな所ね。人がたくさん・・・・・とても楽しそうにしてる。」

「ユリアはどう思ってる?楽しい?」

ガルロアがそう聞くと、ユリアは少し微笑んで
「ええ。多分、私はそう思ってるわ」
と答えた。

日を経るごとに、ユリアには人間らしさとでも言うべきものが身についていっている気がする。

そのことを嬉しく思いつつ、ガルロアはひとまずユリアと一緒に宿舎へと向かうことにした。





[27866] 第9話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/07/13 21:07
「・・・・・お前ら金持ってんのか?」

宿屋のおっさんにそういわれた。

「・・・持ってるよ」
あまりに不躾だったため、初対面の人とは敬語で話すことにしているガルロアも、つい地が出てしまった。


交通都市ヨルテムは、その都市の性質上、様々な都市から多くの人がやってくる。
そのため、他の都市と違って、民営の宿屋もいくつかあった。
その多くは、設備を豪華にすることで、客を引き込もうとしているのだが、中には、宿泊料金の安さを売りにしているところもある。

ガルロア達は、そこを訪れていた。
なるほど。
この安さの理由の一つに、店の主人の性格が含まれているのかもしれない。

「俺のとこは安さを売りにしてっけど、タダで泊めてやるって訳じゃねぇんだぞ」

「だから持ってるって」

「ほんとかよ」

「ほんとだよ」

ガルロアは武芸者として都市に尽くし、それも都市の中では一番強い武芸者だった。
そのおかげでずいぶんと稼いでいた。
それなのに大きく金を使う機会はなかったため、ずいぶんと溜め込んでいるのだ。

あわただしく都市を出てきたため、そのお金はほとんど諦めていたのだが、市長の用意したトランクの中に『都市が保管しているマスターキーを使って、タリスに取ってきてもらった。勝手に入ったことに関しては許して欲しい。』と、そう書かれた市長の手紙と共に、お金のはいったカードなど、自宅に保管していた幾つかの私物が入っていた。

タリスとは、ガルロアがユリアと出会ったときに、ガルロアをサポートしていた念威操者である。
ガルロアは彼とは色々なところで繋がりがあったため、彼が自分の家に入ったことはそれほど気になることではなかった。

そんな訳で、お金はたくさん持っているのである。
それでも安い宿屋に来たのは、まだ今後の身の振り方を決めていないため、とりあえず節約しておこうと思ったからである。

「そうか。そいつは悪かったな」
これっぽっちも悪いなんて思っていないような顔で店主が言った。

何故こいつは接客業なんてやってるんだろうと思ってしまうほどに無愛想で強面な店主である。

料金前払いだというのでガルロアが金を払うと、店主は満足したような顔で、
「ほんじゃ、これが部屋の鍵だ。」
といって、部屋の鍵を渡してくる。

それを見て、ガルロアは「あれ?」と思った。

「ねえ。おっちゃん。鍵一つしかもらってないけど?」

「ああ?二人部屋じゃだめなのか?」

「えっ?僕ちゃんと一人部屋を二部屋って言ったじゃん」

「ああ。言ってたなそんなこと。どうせこいつら金持ってねえと思って聞いてなかったわ。」

「・・・・・。」

「それに、一人部屋なんてもう余ってねぇよ。最近お前くらいの年の奴が何人か来て、泊まってんだ。諦めて二人部屋にいけ。文句があんなら出てけ。ただし、もらった金は返さねぇ」
店主がいきなりおかしなことを言い出した。

「何でだよ!?訴えてやる!?」
ガルロアがそう言っても、店主はたいして動じない。

「ああ。うるせぇうるせぇ。頼むから泊まってってくれよ。都営の宿舎と同じだけの質で値段はこっちのが安いのに、何が原因なのかウチの店には客があんまり来ねぇんだ。」

「間違いなく、おっちゃんの性格が原因だよ。」
本当になんでこいつは宿の店主をやっているんだろう?

「んん?そんな訳ねぇだろう。まあ泊まってってくれや。」

「・・・いや、でも、さすがに男女二人で同じ部屋ってのは・・・。」

ガルロアが赤面しながらそういうと、店主は大笑いし始めた。
「がはははは。ガキが粋がってんじゃねぇよ。それにそっちの嬢ちゃんは別に気にしてないみたいだぞ」

「えっ!?」
とガルロアが振り返ると、ユリアはむしろ不思議そうな顔で

「一体なにが問題なの?」
と聞いてきた。

「・・・・・もういいです。ここに泊まりますよ。」

ガルロアが諦めてそういった。
これからはユリアに一般常識も教えようと決意しながら。

(とは言いつつも、少しは嬉しいんだけどさ。)

ガルロアがこっそりとそんなことを思っていると、

「なんだ。お前も喜んでんじゃねぇか。」
と店主に見抜かれていた。



     †††



宿屋で一騒動あったが、荷物を部屋に置いて、それぞれシャワーを浴びたガルロアたちは、ヨルテムの市街地へと繰り出していた。

その中で、ユリアは色々なものに興味を示した。
名前と特徴は放浪バスのなかでガルロアが教えたが、実物を見るのは初めてである。
彼女がリンゴとトマトを見比べていた光景は、ガルロアにとって印象的だった。

買ってあげようとも思ったのだが、今は用事がある。
買うのはそれが済んでからにしようと思って、今、ガルロアたちは美容院の前にいる。

「ここで何をするの?」
とユリアがガルロアに聞いた。

「そりゃ、髪を切るんだよ。」

「誰の?」

「ユリアの。」

「?」
首をかしげる。

「僕が錬金鋼でざっくり切ったまんまだからね。ちゃんと綺麗にしてもらわないと。」
そう言って、ガルロアはユリアの背中を押して店内に入っていった。

チリンチリンと来客を知らせるための鈴が鳴り、
店の奥から
「いらっしゃいませ~」
と聞こえてきた。

そして、30歳前後の女性が出てきた。

「こんにちはぁ。1段落ついて休んでいたんだけれど。初めてのお客さんね。初めまして。私はアリサ・ウェールズ。『29歳』よ。」
にっこりと笑ってそういった。

「・・・僕はガルロア・エインセルです。」
「ユリア・ヴルキアよ。」

「えーと、今日は、僕は切らないんですけど、ユリアの髪を綺麗に整えて欲しいなって思って。よろしくお願いします。」

そう言ったガルロアだったが、アリサの反応があまり良くないため、少し考えて付け足す。
「・・・よろしくお願いします、お姉さん。」

すると、アリサの顔がパッと華やいだ。
「うん。素直な子って好きよ。全く。まだ私は若いわ。」

「・・・・・このためだけにいきなり自己紹介を始めたんですか?」

「ええ。そうよ。まだおばさんって呼ばれたくないもの。それで、この子の髪を切ればいいのね。って何これ、すごい乱雑じゃない!?一体どうしたのよ!?」

ユリアの髪を見て、アリサが少し驚いた。

「ああ。それ、伸び放題になってた彼女の髪を、僕が錬金鋼でざっくり切ったんです。」

「一体、何でそんな状況に。・・・ま、いいわ。ほんじゃぁユリアちゃん。そこ座って。せっかく可愛いんだからもっと綺麗にしなくちゃ。」

そういって、ユリアを椅子に座らせる。
ガルロアは順番待ちの人のためにおいてある椅子に座って終わるのを待つことにする。

「んで?髪の長さはこれくらいのままでいいの?それとも、もっと短くしちゃう?」
霧吹きをして、髪をとかしながらアリサが言った。

「何でもいいわ。」

「なんでもいいって言われても。」
困ったようにアリサがいうと、

「ロアに聞いて。」
とユリアがいう。

「だって。ガルロア君。どうする?」

「じゃあ、そのくらいの長さのままでお願いします。」

「そ。わかったわ。」

そう言ってテンポ良く髪を切り始めた。




シャキシャキという髪の切れる音を聞きながら、ガルロアがぼーっとしていると、いきなり店のドアが勢い良く開かれた。

「こんちわーぁって、あれ?今日は客がいる。二人も!」
そう言って入ってきたのは、ガルロアたちと同じくらいの年齢の女の子だった。

「あっ。僕は並んでるわけじゃないよ。あの子が終わるのを待ってるんだ」

「あっ、そうなの?ってかこの辺じゃ見かけない人だね。外来の人なの?名前は?」

勢い良く訪ねてくる女の子にガルロアがすこし驚いていると、

「あーあー。興味深々なのは良いけど、少しは遠慮しなさいよ。ガルロア君が困ってるじゃないの。」
とアリサが助け舟を出してくれた。

「ぶー。いいじゃん別に。ババくさいよ?おねーさん?」
その少女がからかうようにアリサに言った。

「あんた、そのツインテール両方とも落とすわよ。」

「あはは。ゴメンゴメン。」

「はぁ。それで、あんた何しにきたのよ?」
アリサが、ユリアの髪を切る手を止めずに言った。

「髪を切りにきたに決まってんじゃん。もうすぐ学園都市に行くからね。その前に髪整えとこーと思って。」

ころころと変る場の空気に半ば呆けていたガルロアだったが、ある単語が気になって、少女に話しかけた。

「ねぇ。ちょっといい?学園都市って何?」

すると少女はガルロアの方を向いた。
「ん?知らないの?・・・えーと、名前は?」

「えっ。ああ。僕はガルロア・エインセル。ついさっきこの都市に着いたんだ。」

「やっぱり、この都市の人じゃなかったんだ。わたしはミィフィ・ロッテン。よろしくね。ガルルン。」

なんか変な音が聞こえた。

「ガルっ・・・えっ?・・ガルルン?・・・えっ?・・なにそれ?」

「なにって、あだ名だよ。私のことはミィちゃんって呼んでね。」

「あだ名って・・・。っていうか、僕が『ガルルン』でロッテンさんが『ミィちゃん』ってのは不公平な気がする。せめて、『ガルルン』と『ミッフィッフィ~』とかじゃなきゃ・・・・・。」

「さすがに『ミッフィッフィ~』はなくない?」

「『ガルルン』だってないよ。」

そんなことを言いながら、ガルロアは少し驚いていた。

彼には、同年代の友達がいたという経験がない。

生まれながらにして、異常なほどの剄量を持っていた彼は、足りない技術をその剄で埋めることによって、若干10歳で都市内最強と呼ばれるほどになったのである。

そのせいで、都市内では『神童』と呼ばれ、半ば神聖視されていた。
同年代の子供達も、彼を神聖視してしまって、友達と呼べる存在がどうしてもできなかったのである。

そんな寂しい思いをしたおかげで、数週間前に荒野でユリアの本当の気持ちに気づけたのかもしれない。

つまり、ガルロアは同年代の人間と話すことが結構苦手である。
その彼が、これほど自然に話すことができるのは、ミィフィの纏う雰囲気によるものだろう。

これは、彼女の天性の才能なのかもしれない。


・・・ネーミングセンスはきっと最悪だろうが。

「うん。じゃああだ名はもうしばらく検討しよっか。」

「うん。それがいいね。それで?学園都市ってなんなの?」

「あっ。そういえばそんな話だったね。えーっと、学園都市っていうのはね、学生の、学生による、学生のための・・・・・」
とミィフィは説明してくれた。

要するに、学生だけで都市運営をする都市らしい。
6年間在学して、知識を得、そして去っていくという都市。

ちょうど良いなとガルロアは思った。

市長に提示された期間は5年。
その期間を一箇所で過ごすことができ、去るときは、その都市に何のしがらみも残さない。
学費も何とかなりそうである。

しかし。

「その都市の入学試験ってもう終わっちゃったの?」
とガルロアが聞くと、

「うん。終わっちゃった。」
とミィフィが答えた。

「追加募集とかやってない?」

「う~ん。分からないけど。」

「例えば、今僕がその都市に行って何かしらで都市の入学基準以上の実力を見せたら、入れてくれたりするのかな?」

「それが、基準値を圧倒的に上回ってたらあるかもだけど、っていうか、どったの?学園都市に入りたいの?わたしと同じ場所で青春を送りたくなっちゃったのっ?」

「いや、それはないけど。」

「それはないって断言されると少し腹立つ。それで?なんでそんないきなり学園都市に興味を持ったのさ?」

「・・・・・。」

まさか、『僕はユリアとは絶対に離れない』といったら、ユリア共々期間限定で都市を追放されて、今、今後の身の振り方を考えているんだけど、それに学園都市がちょうど良いなって思ったから。なんて言えない。

さてどうしようかと思っていると、
「終わったわよ~」
とアリサが言った。

ユリアが椅子から立ち上がってこちらを向いた。

前髪も綺麗に自然な感じになっていて、そして後ろ髪はなぜかリボンで括られていた。

「かわいいいいいいいいいいい」
突然ガルロアの隣から大声が聞こえた。

「いや。これは可愛いとかじゃない。なんだろ?美しい?綺麗?あああああ。とにかく、名前は?えっなに?ガルルンの彼女なの?」

また『ガルルン』といわれている。

「少し落ち着きなさい」
見かねたアリサがミィフィに拳骨を落とした。

ガルロアがアリサってミィフィの扱いが雑だなぁと思っていると、ユリアがガルロアのほうに歩いてきて、
「どう?」
と聞いてきた。

ユリアのほうから何かを聞いてくるのは珍しいなぁと思いつつ、ガルロアは自分の気持ちを素直に言う。

「うん。綺麗になった。すごい似合ってるよ。」

少し髪を綺麗に整えて髪型を変えるだけでここまで変るとは思わなかった。

するとユリアは、少し照れたように
「ありがとう。」
といった。

それを見て、アリサが驚いた顔をした。
「わたしがなに聞いてもほとんど反応してくれなかったのに、ガルロア君が相手だとずいぶん変わるのね。ま、いいわ。料金はそこに書いてあるとおり。リボンはサービスしとくわ。」

ガルロアがお金を払うと、
「ありがとう。またきてね。ユリアちゃん可愛いから」
とアリサが言った。

「こちらこそありがとうございました。リボンも。」
とガルロアが言い、
「ありがとう」
とユリアが言う。

そして、ミィフィにも別れを告げようとして思い出した。

「そういえば、ミィフィの行く学園都市の名前ってなに?」

「ん?ツェルニってとこ。もしホントに行くんだったら、バスが出るのは明後日だよ。」

「そっか。ありがとう。じゃあね。」
そう言って、ガルロアたちは店をでた。




「ねぇユリア。」
しばらくあるいてからガルロアが話しかける。

「なぁに?」

「ツェルニって学園都市に行ってみようと思うんだ。」

「学園都市?」

「うん。学生の学生による・・・・・・・」
ガルロアはミィフィからされたのと同じように説明した。

「そこに行ってみても入学できるかどうかは分からないけど、・・・・ついてきてくれる?」

そう聞くとユリアは、
「わたしがロアから離れるわけないじゃない。わたしは今もロアと一緒にいたいと思ってるわ。」
と言ってくれた。

『何を当たり前のことを』といってる風だった。

「ありがとう。じゃあ、次の目的地はツェルニだ。」





宿に戻る途中でくるときに見かけたリンゴなどを買う。

そういえば、ユリアは放浪バスの中で食べた、味気ない保存食や栄養剤を「おいしい」と言って喜んで食べていた。

新鮮な果物や、温かいご飯を食べたらどんな反応をするだろう?とガルロアは少し楽しみにしていたのだが、これが想像以上の反応だった。

顔を輝かせながらアレもコレもと食べるユリアは、とても可愛くて、人間にしか見えなかった。

節約しようと安い宿に泊まったのがパァになったが、ガルロアは決して悪い気分はしていなかった。




そうこうしているうちにあっという間に二日後がやってくる。

ガルロアは新たな土地へと思いを馳せながら、ユリアと一緒にツェルニへと向かう放浪バスへと乗り込んだ。









[27866] 第10話 ~ツェルニ~
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/06/10 22:16

放浪バスは普段は大抵すいているもので、一台のバスに客は数人ということも良くあることなのだが、今回、このバスに限っては設置されている席のほとんどが埋まっていた。
ツェルニに入学しようとする生徒達が皆このバスに乗っているからだ。
調べたツェルニの入学式の日程から考えると、このバスは入学式に間に合うか間に合わないかというくらいのタイミングでの出発なので、このバスに乗れなかった入学希望者は、残念ながら遅刻ということになるだろう。

ガルロアとユリアはそのバスの最後列に並んで座っていた。

放浪バスの最後列は人気がない。
シャワー室やトイレがすぐ後ろにあり、人の往来が激しい。
一応、空調機はついているのだが、匂いが漂ってくることもある。
1日くらいならなんともないが、それが数週間と続くため、結構なストレスになるものだといわれている。
そのため、放浪バスは前列から席が埋まっていく。
ガルロアたちは、放浪バス出発の二日前にツェルニに向かうことを決めたため、彼らが指定席のチケットを買いに行った時には、二人並んで座れるのは最後列しかなかったのである。

「ほ~。どんどん乗ってくるね。」
「そうね。前に乗ったバスよりだいぶ人が多いわ。」
最後列から眺めていると、自分達と同じくらいの少年少女が続々と放浪バスに乗り込んでくる。

「あっ。あれって・・・。」
その中に見覚えのある顔があった。

二日前に美容院で出会った、少女。
ミィフィ・ロッテンと名乗っていた。
彼女は、友達と思われる二人とともに最前列の座席に座った。

その直後、ミィフィは後ろを向いてキョロキョロとあたりを見回し始める。
何してんだろ?と思いながらガルロアがその様子を眺めていると、彼女と目が合った。
少し驚いたようにガルロアを見ていたミィフィだったが、そのすぐ後にガルロアの方へと向かって来た。

「やぁ。こんにちは。」
とりあえず話しかけてみる。

「ホントに学園都市に行くことにしたんだ。ホントにこのバスに乗ってるとは全然思ってなかったけど、一応ガルルン達を捜してみたら本当に乗ってるからびっくりしたよ。」

「まあ、特に行く当てもないし、じゃあとりあえず行ってみよっかなって思ってさ。って言うか、ガルルンはやめてよ。」

「もう『ガルルン』は決定です。変えるつもりはありませんっ。」

「絶対に?」

「絶対に」

『ガルルン』に決定してしまっているらしい。
彼女の意思を覆すのは並大抵のことではなさそうだ。
諦めるしかないだろう。

「・・・そもそも、なんでロッテンさんはそんなに『あだ名』にこだわるのさ?」
そんな素朴な疑問をぶつけてみた。

「あだ名で呼び合った方が、より親しい感じになるじゃん。だから『ロッテンさん』って呼ばないで。」

「いや、そもそも僕達ってそんなに親しい間柄じゃなくない?」

「お互いをあだ名で呼び合うことは、お互いが親しい間柄であることの証明になるじゃない!」

なるじゃない!といわれても、困る。
彼女の理論は何か間違っている気がする。
しかし、自信満々な様子の彼女に何を言っても、きっと無駄に終わるだろう。

「それにさ、私『ロッテンさん』なんて呼ばれるの、すごいイヤなの。なんかこう、体中がゾワゾワ~ってする。だから、『ロッテンさん』って呼ぶのやめて。やめてくれないと、ガルルンのあだ名を『ルンルン♪』に変更します。」

「もはや原型を留めてないじゃん!?」

「あっ、でも『ルンルン』って意外と良くない?」

「絶対に良くない。絶対にイヤだ。」

「うん。『ルンルン♪』にしよう。決定ね♪」

「僕の拒否権はどこ行った!?」

「ロア。少しうるさいわ。」

「あっ。ゴメン。」

少し騒ぎすぎていたようだ。
隣で黙ってミィフィとのやり取りを見ていたユリアに怒られてしまった。
見れば、近くの乗客たちもうるさそうにこちらを見ている。

「「すいませんでした~」」
二人で、周りの人に謝る。

「あなたもゴメンね。・・・そういえば私あなたの名前聞いてないじゃん。なんていうの?」
ミィフィがユリアに話しかけた。

「ユリアよ。ユリア・ヴルキア。」

「そう。私はミィフィ・ロッテン。よろしく!」

「よろしく。」

「う~ん。なんかそっけなくない?うるさくしたこと怒ってんの?」

「別にそんなことはないわ。」

「ふ~ん。なら良いんだけどね。それで?前にも聞いたけど、なんでいきなり学園都市に行くことにしたの?」

「えっ、あっ、うん。えーと。」
いきなり振られた話題は、ガルロアにとって返答に窮するものだった。

「そういえば、さっき『行く当てもないし』って言ってたけど、それってどういうこと?」

「・・・・・え~と・・・。」

このバスに乗ると、ミィフィに会うということは分かっていた。
ミィフィに会ったら、このことを聞かれる可能性が高いということも分かっていた。

だから、それを聞かれたら何と答えるかを二日間考えていたのだが、結局いいアイデアは浮かんできていなかった。

ガルロアは何とか誤魔化そうと決断し、話を切り出した。

「訳あって、二人で旅してるんだけど、それは、こんなバスの中で話すことじゃないし、ほぼ初対面の人に話すようなことでもないから、答えたくないな。」

「むっ。なにさ、ケチ」
ふくれっつらをしてミィフィが言う。

「ケチって言われても・・・」

「答えられないようなことなの?なにかやましい事情があるとか」

「そんなことはないけど」

「じゃあ、教えてくれても良いじゃん!」

なおも食い下がってくるミィフィをどうしようかなぁと思っていると、ミィフィの後ろに浅黒い肌をした長身の少女が近づいてきて、ミィフィの頭に拳骨を落とした。

「痛っ!?」

近づいてきたその少女は涙目になっているミィフィをあきれたように一瞥すると、ガルロアたちに話しかけた。

「済まない。連れが迷惑をかけたみたいで。もっと早く止めに来ればよかったんだが。もしかして、君達が私の知らないミィの友達なのかもしれないと思って、どうするべきか迷っていたんだ。」
毅然とした話し方をしているところを見ると、恐らく彼女は武芸者なのだろう。
武芸者には、堅苦しい話し方をする人間が多い。

「えっと、あなたは?」

「ああ。私はナルキ・ゲルニ。ミィの、こいつの幼馴染だ。お前達は?雰囲気から見て、ミィの友達ではないだろうと思ったから止めに来たんだが、もしかして違ってたか?」

「いや、一昨日会ったばっかりだから、友達って程じゃないと思う。知り合いって所じゃないかな。僕はガルロア・エインセル。そんでこっちが連れのユリア。」

「そうか。よろしく頼む。ミィに変なことを聞かれたりしなかったか?」

「まあ、色々聞かれはしたけど。」

「済まない。こいつは好奇心が人一倍強いんだ。悪気は多分ないから許してやってくれ。」

とそこで、今までうずくまっていたミィフィが復活した。

「なにすんのさ、ナッキ!痛かったじゃん。」
そしていきなり拳骨を落としてきたことに抗議を始める。

「静かにしろ。周りの乗客たちに迷惑だ。」

「むー。」

「それにもうバスが出発する。席にもどるぞ。メイが待ってる。」
そう一方的にミィフィを従わせる。
ミィフィの扱いに慣れているのだろうか。

そして、去り際にナルキはもう一度ガルロアたちに話しかけた。
「本当にすまなかったな。次にミィが何か言ってきても、無視してくれて構わないぞ。」

「なにそれ!ひどい!断固抗議します!」

「静かにしろ。お前はツェルニに着くまで座席に監禁だ。」

「そんなっ」

そんなことを言い合いながら、ミィフィとナルキは座席へと戻って行った。

「なんか、嵐みたいな二人だったね。」
半ば呆然としたようにガルロアが言うと、

「そうね。だいぶうるさかったわ。」
とこちらはうんざりとしたように言う。

「ユリアは耳が良いからね。でも、もうちょっと、あの二人と仲良くしてみようとか思わないの?」

「あまり興味がないわね。」

「意外に楽しいかもよ?」

「そうかしら?」

「きっとそうだよ。」

そんな会話をした直後、車内に出発の旨を伝えるアナウンスが流れた。



     †††



その後、何度かミィフィに絡まれたり、それをナルキが連れ戻しにきたり、それを繰り返すうちに二人と仲良くなったり、メイシェンというミィフィのもう一人の幼馴染とは、結局一言も言葉を交わさなかったりと、色々あったり、なかったりしたが、ガルロアたちの乗った放浪バスは、汚染獣などと遭遇したりすることもなく、無事にツェルニへとたどり着いた。

入学式に間に合うかどうか危ぶまれたが、なんとかギリギリ入学式の前日に到着することができた。

入都市審査は、ないに等しかった。
聞かれたのは、名前と学科だけだった。
ガルロアが名前を答え、新入生ではないので、学科は答えられないというと、少し驚かれたが、それだけで通してくれた。
ヨルテムと違って、厳しく規制する必要が余りないからだろう。

学則では、『新入生は、入学後半年間は錬金鋼の帯剣を禁止する。持ち込んだ錬金鋼がある場合は、安全装置をかけた上で、自宅に保管すること。』となっている。

安全装置とは、要は刃引きと、剄の通りを鈍くするというもので、武器の殺傷能力を抑える装置である。
学生のみで運営されているこの都市で流血をできる限り抑えるための措置だ。

しかし、一応ツェルニ生ではないガルロアはツェルニの学則に縛られることはないだろう。
学則のほかに、都市法律というのもあるのだが、そこには錬金鋼について触れている文はないようだ。

「ふぅ~。やっと着いたね。」
ミィフィが大きく伸びをしながら言う。

「放浪バスの旅がこんなにしんどいものだとは思わなかった。」
ナルキも疲れたように言う。

「ヨルテムまで乗ってきたときも思ったけど、もうしばらく乗りたくないな。」
特にガルロアとユリアは、2日間ヨルテムで過ごしたとはいえ、ほとんどぶっ続けで、放浪バスに乗り続けている。

「私はそれほどでもないけど。」
ユリアはあまり疲れていないようだが。

「たくましいねぇ。ユリちゃんは。ナッキだってこんなにしんどそうにしてるのに。もしかしてユリちゃんって武芸者だったりするの?」

「私は武芸者ではないわ。」
ミィフィの質問にユリアが平然と返す。

武芸者とは基本的に、体に剄脈を持つ人間のことを言うので、決して嘘は言っていない。

実は武芸者より全然強いのだが。

「本当か。信じられんな。私もてっきりユリアは武芸者なのだと思っていたのだが。」
ナルキが驚いたように言う。

「私に剄脈はないわ。」

ユリアは決して嘘は言っていない。

しかし、こんな会話を続けているといずれボロが出るかもしれない。
そう思って、ガルロアは口を挟むことにした。

「そんなことより、僕達はいったん外来用の宿舎に行くから、ここでお別れだ。同じ都市にいるんだから、また会うこともあるだろうけど、とりあえず今日はこれで。」

外来用の宿舎は放浪バスの停泊所のすぐそばにあるため、これから寮に向かうミィフィ達とは、ここで別れなければならない。

「あっ。そうなんだ。じゃあ、どうするつもりかは知らないけど、入学できるように頑張ってね。」

「ああ。二人とは結構仲良くなったからな。できれば一緒に学園生活を送りたいものだ。」

ミィフィとナルキが明るく応援してくれる。

「うん。ありがとう。それじゃ。」
「またね。」

ガルロアとユリアがそう言って、歩いていこうとすると、
「ほら、メイっちも最後くらいは何かいいなよ」
とずっと後ろで縮こまっていたメイシェンを前に押し出した。

そして、彼女はやがてか細い声で
「またね。」
と言った。

嫌われているのだと思っていたのだが、『さよなら』とかではなく、『またね』と言ってくれたところを見ると、そこまで嫌われてはいなかったのかもしれない。

「うん。またね。」

ガルロアもメイシェンに言い返して、今度こそユリアと宿舎へと向かっていった。












   あとがき

文章構成がハチャメチャな気がする。
って言うか、ハチャメチャだ。

やっと原作1巻が始まります。

こんな作品にここまで付き合ってくれている方。
ありがとうございます。
わざわざ感想を書いてくださった方。
本当に本当にありがとうございます。

嬉しさのあまり、パソコンに向かって頭を下げている今日この頃です。
これからも精進したいと思います。






[27866] 第11話~原作1巻~
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/06/26 15:27

今日はという日は学園都市ツェルニにとって、とても特別な日である。
学園都市というものの性質上、一年ごとに出会いと別れを繰り返すことになるツェルニの、今日は出会いの日だ。
入学式である。

約一万人の新入生達が期待と緊張の中に希望を芽生えさせ、
約五万人の在校生達は、新しい年の始まりに思いを馳せる。

学園都市全体が今日という日を祝福しようとしている。

もうすぐ、その入学式が始まるため、たくさんの人間が集まってきている。
その中に、一人の少年と、彼に寄り添うようにしている少女の姿がある。

それは、なんて事のない光景の一つだ。
そんな光景は、他にもたくさん見られる。
そのはずなのに、その二人は、他とは明らかに違っていた。
なぜなら、少年の方が纏っている雰囲気が異常だったからだ。
入学式という、輝かしい式典の場にあるべきではないオーラを、その少年はこれでもかというほどに発散させている。

それは、負のオーラ。
それを発散させている少年の名はガルロア・エインセル。
その彼に寄り添っている少女の名はユリア・ヴルキア。

「は~ぁ。」
「元気出しなさいよ。」

ガルロアがこんな状態になっているのには、もちろん理由がある。

「入学できる人たちが恨めしい・・・。」
「・・・・・元気出してよ。」

彼らはツェルニへの入学に失敗したのだった。




昨日の昼ごろにツェルニに到着したガルロアとユリアは、宿舎に荷物を置き、放浪バスでの長旅の汚れを落とした後、ツェルニに入学する方法を探りに出かけた。
しかし、どこに行って話を聞こうとしても、「わからない。」とか、「ここじゃ分からないから、どこそこに行ってみたらどうか?」とか、「明日の入学式の準備で忙しいんで。」とか言われて、結局何も聞くことができなかった。
そして、何も得ることなく今日を迎えてしまったのだった。




「どうすれば入学できるのかなぁ?」
ガルロアが呟いた。

考えがない訳ではない。
自分の価値を都市にアピールすればいいのだ。
都市にとって、この人間は必要だと思わせればいいのだ。
幸いにして、ガルロアは武芸が強い。
強い武芸者は、どこの都市も欲しがる。
そしてさらに、昨日いろんなところで話を聞いているうちに知ったのだが、今年は戦争期でツェルニは今、危機的状況にあるらしい。

自立型移動都市という名の通り、都市は、それ自体が自意識を持ち、移動している。そして、移動するにはエネルギーが必要である。
そのエネルギーはセルニウム鉱である。
セルニウム鉱自体は、都市外の大地を掘れば簡単に出てくるものなのだが、都市を動かすためには、より純度の高いセルニウム鉱が必要となる。
そんな純度の高いセルニウム鉱を採れる、セルニウム鉱山と呼ばれる場所がある。
都市はそこからセルニウム鉱を得るのだ。
しかし、鉱山の数には限りがある。
だから、都市はそれを奪い合う。
二年に一度、それぞれ思い思いに歩き回っている都市が、いたるところで接触する時期がある。そして、そのとき、それぞれの都市に住む人間同士が戦うことによって、それぞれの都市が保有しているセルニウム鉱山を奪い合うのだ。

勝者は相手の持っているセルニウム鉱山を一つ得て、敗者は自分の保有していたセルニウム鉱山を失う。

そして現在ツェルニが保有しているセルニウム鉱山の数は一つである。
つまり、今年の戦争に負ければ、セルニウム鉱山を失うのだ。

セルニウム鉱山を失うと、都市の動力源を失い、その都市は動かなくなる。
そうなってしまえば、その都市は汚染獣の格好の餌食となってしまう。
必然、そこに住む人々は都市を捨てなければならなくなる。
都市が死ぬのだ。

そんな状態にあるツェルニだ。
強い武芸者は、のどから手が出るほど欲しいはずである。
自分の実力を示せば、ツェルニはきっと自分を入学させようとしてくる。
ユリアは彼女の性質上、一般人として入学させるしかなく、ツェルニは一般人を欲しがることはないだろうが、ガルロアが彼女の入学を条件として出せば、了承してくれるだろう。

しかし、ガルロアとしては、できる限り目立った行動は避けたい。
だから、まずは正攻法で入学を狙う。

自分の実力を示すのは、それがだめだったときにするべきだろう。

「うん。まぁ、入学式に新入生として出られなかったからって、転入とかって方法もあるだろうし、今落ち込む必要もないか。」
気を取り直したように明るい調子でガルロアが言う。
ガルロアから放たれていた負のオーラが霧散した。
それを見て、ユリアがほっとしたように微笑んだ。
「ロアが落ち込んでるせいで、こっちまで気が滅入ってたわ。」
「ゴメンゴメン。もう大丈夫。」
「それで?これからどうするの?」
「うん。まあ、入学式が終わったら、昨日の続きをしよう。なんとか正攻法でツェルニに入学できたら良いんだけどね。まあ、とりあえず今は入学式を見学しようよ。」
「そうね。ミィフィ達もいるかしら?」
「そうだね。・・・・・あっ、ほら、あそこにいるのってそうじゃない?」
遠くの方にミィフィ、ナルキ、メイシェンの三人が一緒にいるのが見える。
ユリアもほぼ同時にその姿を見つけたらしく、そちらの方を見ていた。

そのとき、ミィフィ達三人のいる場所のすぐ近くがにわかに騒がしくなった。

二人の武芸者が言い合いをしているようだ。

ガルロアは内力系活剄による聴力強化をして、二人の話している内容を聞く。
どうやら、それぞれの出身の都市同士に、因縁があるらしく、それが言い合いの原因となっているようだった。

(まずいな。)
ガルロアはそう思った。
そう思ったものは他にもたくさんいただろう。

二人は武芸者だ。
武芸者の身体能力は、一般人のそれとは隔絶している。
それがたとえ、若輩で未熟者の武芸者であってもだ。
もしそんな二人が、言い合いでは収まらず、乱闘を始めてしまうと、入学式のために集まっている、周りの大勢の一般人を巻き込むことになる。
そうなれば確実にけが人が続出するだろう。

(どうしよう。あそこにはミィフィ達もいるのに。どうか何も起こらないでくれ。)

放浪バスでの旅の中で仲良くなった友人達を思う。

しかし、そんなガルロアの願いは叶わなかった。

二人のうち片方が錬金鋼を復元させた。
続いて、もう一人も錬金鋼を復元させる。

そのときになってようやく、二人の周囲にいた人たちが、一斉に二人から遠ざかろうとする。
ミィフィ達三人もそこから遠ざかろうとしている。

しかし、

(最悪だっ!)

逃げようとする大勢の人の波に押されて、メイシェンがミィフィとナルキと離れてしまう。
そしてそのまま彼女は逃げ遅れ、気づいたときには二人の武芸者が戦っているすぐ近くにへたり込んでいた。

このままだと、メイシェンは絶対に巻き込まれる。
そう思って、ガルロアが急いで走り出した。

見れば、ナルキも必死になってメイシェンの元へと戻ろうとしている。

しかし、思うように行かない。
人が多すぎる。
この中をガルロアが本気で走れば、それだけで、一般人を傷つけてしまう。

「ユリアっ。どうしようっ。」

近くにいるであろう、ユリアにガルロアが問いかける。
しかし、返事は来なかった。
ユリアはガルロアの近くにはいなかった。

しかしそれは、ガルロアより先にメイシェンの方へと向かっているということでもなかった。

ユリアは動いていなかった。
彼女は、ただそこに立って、メイシェンのいる方向を見ていた。
しかし、彼女の瞳はメイシェンのことを映していない。
メイシェンではない他の何かを見て、その瞳に驚きの色をたたえている。

こんなときに一体何を見ているんだとガルロアが彼女の視線の方向に目を向けたその時、大講堂の中に、ズダンと大きな音が鳴り響いた。
その音に驚いて、人々はいっせいに動きを止めて音のした方向へと目を向けた。

この混乱の原因となった二人の武芸者が、一人の少年によって叩き伏せられていた。




     †††




今回の騒動が原因で、入学式は延期、もしくは中止ということになりそうだ。
メイシェンは無事だったが、生徒達はそれぞれの教室に戻され、話をすることはできなかった。
騒動を収めた少年はどこかに連れて行かれた。恐らく生徒会室だろう。
しかし、今回の騒動で負傷者が出なかったのは、彼のおかげなので、罰せられるということはないだろう。

「メイシェンが無事でよかったね。」
生徒達がほとんどいなくなって、閑散としてしまった大講堂の前の広場で、ガルロアはほっとしたように呟いた。

「ええ。そうね。」
しかし、ユリアは他の何かに気をとられている様子で、返す言葉に覇気がない。

「それにしても、騒動を収めた人。結構強そうだったね。」
言いながら、ガルロアは先ほどの少年を思い出す。茶色い髪に、青い目をした少年だった。

「・・・・・結構どころではないわ。あの人、ものすごく強いわよ。」
しばし、考え込むようにした後、ユリアが言う。

「そんなに強そうだった?」
「さっきのアレ、あんなものではあの人の実力は分からないわ。」
「・・・・・あの人、強いの?」
「確実にあなたより強いわ。」
「・・・・・。」

ガルロアにとって、それは衝撃的だった。
ユリアが先ほどの少年は自分よりも強いと言い切った。

自分と同年代の人間で、自分より強い人間など見たことが無かった。
そもそも、自分より強い武芸者というのも、故郷で自分に適う者がいなくなってからは、見たことが無いのだ。

ガルロアとて、自分はこの世界で一番強いなどと思ったことは一度も無いが、今現在の自分より強い存在など見たことが無かった。

それがいた。
この都市に新入生として、やってきている。

「一体、どんな人なんだろう」

自分より強いという、自分と同世代の人間の存在に、心が躍った。

「会ってみたいなぁ。」
そう呟きながらガルロアは、その少年が現在いるであろう生徒会室、学園都市の政治の中心である生徒会棟の最上部へと目を向けた。





生徒会棟の最上部。生徒会室。
そこでは今、ふたりの人間が向かい合っていた。
先ほどの騒動を治めた新入生、レイフォン・アルセイフと、この部屋の主でありこの都市のトップである、生徒会長、カリアン・ロスである。

レイフォンは困惑していた。
目の前にいる男、カリアンに武芸科への転科を要求されたのだ。

しかし、自分はもう武芸をするつもりは無い。
武芸は故郷であるグレンダンに捨ててきた。
なぜ、ここに来てまた武芸をしなければいけないのか。

「僕はそんなつもりはありません。僕は武芸に興味がありません。」
だから、はっきりと断った。

しかし、目の前にいるカリアンが諦める様子は無い。
どう調べたのかは知らないが、自分の苦い過去の象徴である『ヴォルフシュテイン』という呼称を知っているようだったので、それも当然だろう。

「それに僕は、自分の学費を稼ぐために就労をしなければいけません。勉学の時間以外は働かなければいけませんし、武芸なんかに体力を使っている余裕はありません。」

「ふうむ。なるほど。」
カリアンがうなずく。
「しかし私は、君ならそれくらい余裕でこなせると思っているのだが?」
「買い被りすぎです。」
「いや、そんなことは無いよ。だからこそ、私は君に武芸科へと転科して欲しいと思っているんだ。今ツェルニには、君ほどの武芸者を一般教養科で遊ばせておく余裕は無いんだ。君が武芸科に入りたくないなどと言っていられる状況ではないのだよ。」
少し疲れたようにカリアンがそう言う。

「どういうことです?」
レイフォンがそう聞いてみると、カリアンは今現在のツェルニの状況をレイフォンに語った。

前回の戦争期に負けが込み、今現在ツェルニは一つしかセルニウム鉱山を所有していないらしい。つまり、後が無い。今年の戦争に負けると、都市は滅びる。

その話を聞いて、レイフォンは簡単に『武芸はしたくない』とは言えなかった。

レイフォンが言葉につまっていると、カリアンが畳み掛けるように話し出した。

「私はこの都市を大切に思っている。私は今年でツェルニを卒業する身だが、だからといって、私が大切に思っているこの都市を滅びさせるようなことはしたくないし、そのために手段を選ぶつもりも無い。もちろん、こちらがお願いをしている身だ。それなりの誠意は見せよう。君の奨学金のランクをDからAに引き上げる。つまり、学費は免除だ。君は自分の生活費を稼ぐ程度に働けばいい。だから、その代わりに武芸科へと転科してもらう。
いいね。」

カリアンが強い視線でレイフォンを見ながら言う。
その時点でレイフォンはどうするべきか分からずに完全に混乱し、
そしてその数分後、レイフォンは武芸科の制服を持って生徒会室を後にした。






カリアンがレイフォンを見送った数分後、武芸科の3年生であるニーナ・アントークが生徒会室に入室してきた。
カリアンがニーナにレイフォン・アルセイフが武芸科に転科したと教えると、彼女はすごい勢いで生徒会室を出て行った。
入学式で見事な立ち回りを演じた彼を、自らの小隊へと勧誘しに行ったのだろう。



そして、そのさらに数分後、生徒会室に武芸科長であるヴァンゼ・ハルデイが入室してきた。

「さて、あの件はどうなった?」
カリアンがヴァンゼにに問う。

「まだ何も分かっていない。内密での調査だったせいで、詳しくは調べられていないが、乗客の中にも特に怪しげな人間はいないようだった。荷物の検査も乗客にばれないようにしたのだが、特に怪しいものは無かったらしい。バス自体にも怪しいところは何も無い。」

「ふむ。」
カリアンが考え込むようにしながらうなずく。
「ところで、バスの乗客はみんなツェルニへの新入生なのかな?」

「いや、二人だけ違うものがいる。一組の男女だ。年齢でいうならその二人は新入生達と同じなのだが、その二人は新入生ではない。」

と、そこで一息ついて、ヴァンゼはカリアンに問う。
「しかし、どういうことなんだ?ツェルニが放浪バスから逃げるように移動したってのは。」

「それが分からないから、こうやって調べてるんじゃないか。それより、ツェルニの進行方向と放浪バスの進行方向がたまたま一致しただけって可能性は無いのかい?」

「それは無いだろうな。あの時ツェルニは確かに放浪バスから逃げるように移動していた。」

「それでも、放浪バスがすぐ近くに来るまでは、ツェルニは逃げようとなんてしていなかったんだろう?逃げるなら、なぜもっと早くに逃げなかったのだろうね。そうすれば、あのバスに乗っていた乗客には気の毒だが、簡単に逃げられただろう?」

「そんなことは俺にはわからない。ただ、あの時ツェルニが、すぐ近くにあった放浪バスの何かに気づいて、突如逃げ出そうとしたことだけは確かだ。それこそ汚染獣から逃げ出そうとするみたいにな。」

「汚染獣とは、また怖い例えをするね。放浪バスに汚染獣が乗っていたとでも言うのかい?」
カリアンが笑う。

それを見てヴァンゼは顔をしかめた。
「何も俺だって本気でそんなことを言ったわけじゃない。」

「分かっているよ。しかし、この時期に厄介な事件が舞い込んだものだ。このまま何も起こらずに終わってくれると良いのだが。」

「全くだ。今年は武芸大会があるというのに。」

「全くだね。・・・・・ところで先ほどの新入生ではないという二人組の男女。名前は分かっているのかな?」

「ああ。」

「新入生ではないということだけでは疑う理由になりはしないが、一応教えてくれ。その二人の名前は?」

カリアンがそう問うて、ヴァンゼがそれに答える。



「ガルロア・エインセルと、ユリア・ヴルキアだ。」











[27866] 第12話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/07/10 17:01
「あっ。ガルルン、ユリちゃん!」

入学式から数日後のことである。
いまだ学園都市ツェルニへの入学を果たせずに、ガルロアがユリアと共に途方にくれながら市街を歩いていると、奇抜で個性的で独特な呼び名、率直に言うとアホみたいな呼び名で後ろから彼らを呼ぶものがいた。

そんなへんてこなあだ名で自分を呼ぶ人間は一人しかいないと、ガルロアはその声の主を確信し、そしてその破滅的な呼称に対して何度目になるか分からないような抗議をしようと振り返ったのだが、そのときガルロアの目に映った理解不能な光景のために、彼は結局抗議の声を上げることができなかった。

ミィフィ、一人の少年、一人の少女。
3人の人間が縄でぐるぐる巻きに縛られ、ナルキに連行されていた。

少年の方は、入学式で大活躍した新入生だったが、ガルロアは少女の方には見覚えが無かった。
長い銀髪で、人形のように整った顔立ち。そしてとても小柄な少女だった。

「・・・・・何事?」
ガルロアはこの異常な4人組の中で、それでも一人だけ、かろうじて他の人間よりも一歩だけまともな状況にあるナルキへと声をかけた。

「ああ。見ての通りこの3人を捕縛、連行している。」
ナルキが答える。
彼女はこの状況に何の迷いも疑問も持ってはいないようである。

「・・・・・見た目から言うと、ミィフィ以外の二人は犯罪行為に手を染めたりはしなさそうだね・・・・・。」
「む?確かにそう言われてみればそうだな。ミィフィは誘拐犯だが他の二人は何もしていないな。」
「・・・・・ミィフィって誘拐犯なのか・・・・・。まあそれなら、その二人は解放してあげたほうが良いんじゃないかな?」
「うん。そうだな。そうしよう。」

ミィフィ以外の二人が解放される。
その間ミィフィが、「私は犯罪行為に手を染めそうな見た目をしてるのかー!」「私は誘拐犯じゃなーい!」「私も解放しろー!」などと叫んでいたが、ガルロアとナルキはそれを無視する。
特に理由は無かった。その場のノリである。
ガルロアにとっては、いまだにツェルニに入学できないことへの八つ当たりでもあったりする。

「それにしてもミィフィが罪を犯すなんて・・・・・。そんなことする人じゃないと思ってたんだけど。」
「うん。自分の幼馴染がこんなことをするなんて思いもしなかった。とても悲しいな。しかし、ミィフィを捕まえたのが私であるというのが唯一の救いか・・・・・。」

ガルロアとナルキが悲劇の物語の登場人物のような気分に浸っていると、ミィフィが
「私は犯罪者じゃなーい!!生まれてから一度も悪事を働いたことが無いどころか、嘘すらも一度もついたことのないような善良な市民になんて事をするのさ!!」
と抗議の声を上げる。

「・・・・・ナルキ。本人は嘘をついたことがないって言ってるけど、どうなの?」
「嘘だな。私はこれまでにミィフィに99回嘘をつかれている。つまり今のは記念すべき100回目の嘘ということになる。」
「嘘だ!?私が今までついた嘘の回数を数えてるの!?それに私は少なくとも200回くらいはナッキに嘘をついた思・・・・・・・・、あっ・・・・・。」
自らボロをだした。

「・・・・・ナルキ。ミィフィの罪状に・・・虚言?っていうのかな?・・・まあそういうのも付け加えておいた方が良いんじゃないかな?」
「ふむ。そうだな。では罰として縄を少しきつく縛ることにしよう」
ナルキが縄を少しきつくする。

ギュッ。

「ひっ、ひどい!?ガルルン、助けてよ!?」
「ガルルンってあだ名はやめて欲しいってよく言ってるじゃん。」
「へーんだ。ガルルンはガルルンだもんねー。」

その言葉を境にガルロアの雰囲気が変わった。

「・・・・・・・・・そうだな、『ガルルン』ってアホみたいな呼び方は、僕に対する名誉毀損として扱っちゃってもいい気がするな。ナルキ。ミィフィの罪状に名誉毀損も追加で。もっときつく縛っちゃえ。」
「了解だ」

ギュッ。

「えっ!?うそっ!?やめてよ!?やめてくれないと『ガルルン』ってあだ名をツェルニ中に言いふらすよ!!」
「ナルキ。恐喝も追加だ」
「うむ」

ギュッ。

「やめてってば!?ナッキも悪ノリしないでよ!」
いよいよ少しあせり始めたのか、ミィフィが真剣になってくる。
しかし、そんなことでガルロアはミィフィをからかうことをやめたりはしない。

「うるさいなぁ。そんなに大声出さなくても。ナルキ、これは公務執行妨害ってことにしちゃってもいいんじゃないかな?」
「名案だな。そうしよう」

ギュッ。

「名案だなってどういうこと!?それに今のは明らかに職権乱用だよ。もう怒った。これでもくらえっ!!」
「痛っ。なにも蹴らなくても。まあ、確かにやりすぎかも。ゴメンゴメン。まあ、それはそれとして。ナルキ、暴行も追加ね」
「ふふふ」

ギュッ。

「ふふふ!?ふふふってなに!?なんでナッキ笑ってんの!?そんなに私をいじめるのが楽しいの!?それにガルルンも、やりすぎだって自覚があるんなら、続けないでよ!?」
「まだガルルンって呼ぶのか。ナルキ、反省の色が見られないから、もう少しきつくお願い」
「うむ。それに今回は、私がドSであるみたいな言い方をされたからな。これも罰せねばなるまい。幼馴染にこんなことをするのは心苦しい限りだ」

ギュギュッ。

・・・・・ナルキの笑顔がまぶしいなぁとガルロアは思った。

「・・・・・あの、そろそろ痛いです。ごめんなさい。許してください」
「うん。謝れば許してもらえると思っている、その根性が気に食わないな。ナルキ、もう少しきつくしても良いんじゃないかな?」
「うむ。そうしようか」

ギュ~。

「なにその理屈!?それは明らかにおかしいって!?」
ミィフィがまっとうなことを言うが、
「「うるさい」」
とガルロアとナルキはそれを一蹴した。

ギュギュ~。

「鬼ぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
ミィフィが天にも届かんばかりの悲鳴を上げた。

そして、ここにきてついに、ようやくミィフィに助け舟が入った。
「あの・・・・、そろそろやめてあげた方がいいと思うんだけど・・・・・。」

ミィフィと一緒に縛られていた少年である。
最初は苦笑気味に見ていた彼だが、どんどんと悪化していくミィフィの状況に、最後の方は完全に顔を引きつらせていた。
ちなみに一緒に縛られていたもう一人の少女は完全に無関心で、ユリアは若干楽しんでいた気配がある。

「レ・・・レイとん・・・」
ミィフィが感動のあまり、キラキラとした目で少年を見つめる。


「・・・・・レイとんって呼ばれ方も名誉毀損に入るのかな?」
「レイと~~~~~~~~~~~~~ん」
一転してミィフィが完全に涙目になった。

「うっわ~。えげつな・・・。さすがにそれはないよ。その手のひらの返しようは僕でもひどいと思う。」
「うん。それはさすがに私でもひく。」
「ええっ!?そんなっ!?」

ガルロアとナルキは少年に全ての責任を押し付けてミィフィの側へと回ろうという作戦を展開し始める。

「一番ひどいのはナッキとガルルンだよっ!!!」
しかしミィフィが涙目のままガルロアとナルキを責めた。

作戦は失敗したようだ。


「・・・・・うん。ゴメン。本当にやりすぎた。」
「うむ。すまなかった。」
さすがに罪悪感があり、ガルロアは素直に謝罪し、ナルキもそれに習う。

「ひどいよ。みんな。ナッキとガルルンはどんどん縄をきつくしてくし、レイとんは最後に裏切るし、ユリちゃんとロス先輩はなんも言ってくれないし。それに、『ガルルン』ってあだ名が名誉毀損だっていうのは、強引じゃない?」
「あ、うん。僕もそうは思ってたんだけど、うまい言葉が思いつかなくてさ。まあでも、ガルルンなんて間抜けたあだ名は、僕の社会的評価を絶対に低下させてるから、あながち間違いでもないんじゃないかな?」
「やっぱり嘘なんじゃん。名誉毀損ってわけじゃないんじゃん!それこそ虚言じゃん!!それに縄で縛るのは暴行だし、職権乱用だって犯罪だし!!本当の犯罪者はナッキとガルルンじゃない!!」
ミィフィが正当な事実をもって二人を責め立てる。

「・・・・・ナルキ、ミィフィが僕達のことを犯罪者だって言ってる。これは本当に名誉毀損じゃない?」
「うむ。そんな気がするな。」
「そんなわけ無いじゃん。本当に事実なんだから、名誉毀損じゃないよ。どっちかというと、私を不当に犯罪者扱いした二人のほうが名誉毀損罪だよっ!!」
と、やはりミィフィは正当な意見を言う。

「「・・・・・・・・・・・。」」
それゆえにガルロアとナルキは言葉を返せなかった。

「ごめん。」
「すまん。」
素直に謝るしか道は無かった。

そもそも、ガルロアは八つ当たりで、ナルキはノリでやっていたのだ。
真剣に怒られたら、謝ることしかできない。

「まあ、いいけどさ。」
しかし、それで簡単に許してしまえるミィフィも、意外と心が広い。

「ところでさ。ずっと気になってたんだけど、ガルルンとユリちゃんは結局どうなったの?ツェルニに入学できそうなの?」
ミィフィが思い出したようにガルロアに問う。

それに対してガルロアは・・・・・・・・・。

「・・・・・・・僕の私生活を詮索してきた。これはプライバシーの侵害じゃないか?」
「まだやるの!?絶対違うよ!!聞いただけじゃん。絶対に侵害はしてないよ!!」
「ならこれは、『プチ』プライバシーの侵害だ!」
「『プチ』ってなに!?!?」
「ナルキっ!!」
「よしっ!!!」

ギュッ。

「悪魔ぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
天にも届かんばかりのミィフィの断末魔だった。





     †††





今度は本当に真剣に怒ってしまったらしく、ミィフィはなかなか期限を直さなかったが、ガルロアとナルキが10分ほど謝り続けると、ようやく彼女は機嫌を直してくれた。

「あ~あ。もう。実際それほど痛かったわけじゃないけど、制服がよれよれになっちゃったじゃん。」

縄はすでに解かれている。

「ほんとにゴメン。」
「ほんとにすまん。」
ガルロアとナルキは真剣に頭を下げる。

「まったく。」
ミィフィは完璧に機嫌を直したわけではないらしい。
まだ若干怒っている。

「ところでさ、頼みたいことがあるんだけどさ。」
とガルロアがミィフィに言う。

「む~。そんな簡単に話をそらされるのは少し不満だけど、・・・まあいいや。なに?」
「うん。そこの二人を紹介してくれないかな?」
そう言って、ガルロアは先ほどまでミィフィと一緒に縛られて連行されていた少年と少女に目を向ける。

「といっても、そっちの人のほうは分かるんだけどね。入学式見てたからさ。それに、一年生で小隊に入った期待のルーキーとかってたまに噂されてるし、僕もずっと興味を持ってたからね。会ってみたいと思ってたんだ。名前は知らないんだけどさ。」
「へぇ~。レイとんって有名人だねー。確かにそういえば、私とナッキ以外のみんなは初対面か。すっかり忘れてた。
うん。それじゃあ紹介します。こっちの二人はガルルンとユリちゃん。そんで、こっちの有名人がレイとん。それから、こっちの美人さんなんだけど、実は私もほとんど初対面だからよく分からないんだよね。」

ミィフィが得意満面で紹介する。
しかし、誰一人として本名を紹介された人間がいない。
意味がないとは言わないが、余り意味の無い紹介であるとガルロアは思った。

「あのさ、ミィフィ。こういうときの紹介って、本名を教えるべきだと思うんだけど・・・・・。」
「・・・・・そういえば私、ガルルンとユリちゃんのファミリーネーム忘れちゃったんだけど。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・テヘ?」

「・・・・・・・えっと、僕の名前はガルロア・エインセル。よろしく。」
ミィフィに任せても埒が明かないと判断し、ガルロアは自分から自己紹介を始めることにした。
それにつられて他の人たちも自己紹介を始める。
「レイフォン・アルセイフです。よろしく。」
「ユリア・ヴルキア。」
「フェリ・ロスです。」

「うん。レイフォン・アルセイフと、フェリ・ロスね。僕とユリアは二人で旅?でいいのかな?まあ、そんなことをしてるんだよね。そんで、今は目的があってこの都市をウロチョロしてるんだ。それで?二人はミィフィたちの同級生なの?」
お互いの名前を把握し、ガルロアが自分についてある程度の説明をし、そして相手へと質問をした。
その瞬間、フェリから、不機嫌そうなオーラが発散された。

「あの・・・、何か失礼なことを言いましたか?」
発せられる圧力に押され、ガルロアが敬語で話しかける。

「私は2年生です。失礼ですね。」
フェリが心底うんざりしたように言った。
その反応を見る限り、良く間違えられているのかもしれない。

「・・・・・ごめんなさい。・・・・・えっと、レイフォンはミィフィたちの同級生であってる?」
「うん。そうだけど。」
ガルロアがフェリの様子にびくびくしながらレイフォンに確認すると、レイフォンも同じくびくびくしながら肯定した。
「うん。よかった。ところでそういえばどうして、最初に会ったとき、あんな状態になってたのか聞いていい?」
ずっと気になっていたこと、どうしてナルキがミィフィとレイフォンとフェリを連行していたのかを聞く。

レイフォンはそれにおずおずと答え始めた。
「えっと、僕が小隊の訓練を終えて外に出てきたらナルキに捕まえられて、そのときにはもうフェリ先輩も捕まってて、フェリ先輩はミィフィに誘拐されたみたいだったから、ナルキにミィフィも捕まえてもらったって所かな?」

「ミィフィはほんとに誘拐犯だったのね・・・・・。」
ユリアがあきれたように言う。

「ははは・・・・・。」
レイフォンもそれに乾いた笑いを漏らす。

「ところで、フェリ・・・さん?・・・はレイフォンの入ったっていう小隊の先輩とかなんですか?」
ガルロアがフェリに話しかける。

「はい。そうです。」
「念威操者ですか?」
「当たり前じゃないですか。私が武芸ができるように見えますか?」

フェリは小柄である。それに体を鍛えているという様子も無い。
確かに彼女は武芸ができそうな見た目ではない。

「確かに武芸ができそうには見えませんね。小柄ですし。」
「小さくて悪かったですね。バカにしてるんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど・・・・・。」

顔のわりに意外と言うことがキツいというか、『小さい』といったようなことを言われるのが、とても嫌であるらしい。

「そこまで小さいことを気にしなくてもいいんじゃないかしら?」
ユリアがフェリに話しかけた。
「それなりに身長のあるユリアさんには分からない悩みですよ。」
「そうかしら?私はむしろ前より小さくなったのだけれど、全く気にしてないわよ?」
「どういうことですか?」

確かにユリアは、汚染獣として一般的な形態をとっていたときよりは小さくなっているんだろうけれど、そういうボロが出そうなことは余り口にして欲しくないとガルロアは思った。

ガルロアは急いで話をそらそうとフェリに話しかける。
「・・・ところでフェリさん。」
「・・・『ところで』の多い人ですね。何ですか?」

やはりキツイと思いながらもガルロアは言葉を紡ぐ。
「・・・えっと、この都市の生徒会長とは兄妹だったりします?」

学園都市ツェルニの生徒会長はカリアン・ロスという。
フェリとは名字も同じだし、入学式のときにみた生徒会長とフェリはとても似ている。
だからガルロアは聞いたのだが、フェリはそれに対してとても嫌そうな顔をした。

「ええ。そうですよ。あの人は私の兄です。」
答えたフェリの口調から、これ以上何も聞くなというようなオーラが出ていた。
嫌そうな顔をしたことと関係があるのだろう。
ガルロアはフェリにこれ以上聞くのをやめることにした。

と、こんな会話をしながらもガルロアたちは、どこかへ向かって歩いていたのだが、不意に先頭を歩いていたミィフィが立ち止まり「着いたよー!」と言った。

そういえばこの一行はどこに向かっていたのだろうといまさらながらに思い立ち、ガルロアはミィフィの方へと目を向けた。

そこはケーキ屋の前だった。

「へー。ケーキ屋に向かってたんだ。」
ガルロアが言う。

「うん。ここでメイっちが働いてるんだよね。」
「メイシェンが?あんな人見知りなのに?」
「うん。そうなの。意外でしょ。さっ、早く入ろう。」
そう言ってミィフィとナルキが店の中に入ろうとする。

そこで、
「ああ。じゃあ、僕とユリアはこの辺で。」
そう言ってガルロアはミィフィたちと別れることにした。

「ん?なんだ?一緒にいかないのか?」
店に入ろうとした足を止めて、ナルキがガルロアに問いかける。

「いや、僕達はそこで偶然会っただけなんだし。それに、ユリアはともかく、僕は結局メイシェンとは仲良くなれなかったし。むしろ怖がられてるような感じだったからさ。びっくりさせちゃうといけない。ああ。もちろん、ユリアが行きたかったら、行って良いよ?」
ガルロアがそういうと、ユリアは首を横に振った。

「ロアが行かないなら私も行かないわ。『ケーキ』は結構好きだったのだけれど、また今度にしましょう。」

ユリアは人間の食べるものをどれもおいしいといっていたが、その中でも気に入った食べ物があったらしく、ケーキはその一つのようだ。

『汚染獣も意外と甘党なんだな・・・・・。それで良いのか?汚染獣・・・・・』とガルロアは思ったのだが、あえて触れないことにした。
ユリアが人間らしくなっていくのは、ガルロアにとって喜ばしいことである。

「えー。一緒にいこうよ。メイっちもそんなにガルルンのこと嫌ってないって。」
ミィフィもガルロアとユリアを誘うが、ガルロアはそれを断る。

「ゴメン。とりあえず今日はこれで。じゃっ。」
そう言ってガルロアはミィフィたちに背を向けた。
「またね。」
ユリアもそれに続く。

「む~。」
残されたミィフィは、少し不満そうにしながらも、
「じゃ、私たちは店にはいろっ!」
とナルキ、レイフォン、フェリと共に、メイシェンの働いている店へと入っていった。






   





[27866] 第13話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/07/17 17:55
夜。

メイシェンの働いている店でケーキを食べながら談笑し、その後、ミィフィ、ナルキ、そしてバイトの終わったメイシェンと別れ、そして途中まで帰り道の同じだったフェリとも別れた現在、レイフォンは一人で自分の住む寮へと向かっていた。

そして、歩きながらレイフォンは2つのことを考えていた。
1つはフェリのことである。
フェリが類まれなる念威操者としての才能を持っていることをレイフォンは偶然知ってしまった。
そしてフェリ本人は、自分の才能を毛嫌いしているようだった。
そのフェリの姿勢にレイフォンは自分と通じるものがあったので、そのことについて考えていた。

そして、もう一つ。
それは、店に入った直後にミィフィとナルキと交わした会話と、それにまつわる人物達のことである。





「あの二人はなんなの?」
メイシェンの働くケーキ店に入った直後、レイフォンはミィフィとナルキにそう訪ねた。

「ん?ガルロアとユリアのことか?」
ナルキが反応する。

「うん。あの二人のこと、詳しく教えてくれないかな?」
レイフォンがそう言うと、
「う~ん。」
とミィフィとナルキは少し困ったように顔を見合わせた。

「実は、私たちもあの二人については良く知らないんだ。あの二人とはここに来るときの放浪バスで友達になったのだが。それで、その間にいろんなことを話したのだが、結局私たちはあの二人のことについて何にも聞けなかったんだ。色々聞いたんだが、そのたびに上手いことはぐらかされた。分かってるのは名前と性格くらいだ。それ以外は何も知らないな。」
ナルキが説明する。

「何も?出身都市とかも知らないの?」
レイフォンが驚いていると、今度はミィフィが話し始めた。
「うん。今は旅をしてるってのは聞いたけど。でもあれも、放浪バスにも慣れてないみたいだったからちょっと嘘くさいよね。それに、そういえば『行く当てが無い』とかって言ってた。あれってどういうことなんだろう?ツェルニに行くのも急に決めたみたいだし。」
「それってどういうこと?」
「えっと、私は放浪バスで会う二日前にもガルルンたちに会ってるんだけど、そのときに私が学園都市に行くって言ったら学園都市について色々聞かれて。それでそのときにツェルニに来ることを決めたみたいなんだよね。なんかツェルニに入学したいみたいだよ?まあ、さっきの様子だとまだ入学できてないみたいだけどさ。」
ミィフィが考え込むようにしながら言う。

「それは本当に何を考えているのか分かりませんね。」
その説明に、フェリが呆れたようにそう言った。

「まあ、よく分からない人たちだけどさ、悪い人たちじゃないよ。メイっちにも優しかったし」

ミィフィがそう言った時にちょうどウェイトレスの衣装を着たメイシェンがおどおどしながら4人の前にやってきたため、この話題はそこまでで終わることになった。





(う~ん。なんか違和感があるんだよなぁ・・・。)
寮へと向かう道すがら、レイフォンは考える。

見たことは無いのに、会ったことはあるような、レイフォンはそんな感覚をガルロアとユリアのどちらかから感じていた。

(一緒にいたときに感じた雰囲気というか気配というか?二つあわせて空気とでもいうのかな?なんかそれと同じようなのをグレンダンにいたときも感じたことがある気がするんだよな・・・。グレンダンに来たことがあるのかな?気のせいかな?気のせいじゃないと思うんだけどなぁ?)

グレンダン。
レイフォンの生まれ故郷で、狂った都市とも言われるほどに汚染獣との遭遇が多い都市である。そのせいで、武芸者の質は他のどの都市よりも圧倒的に高く、恐らくグレンダンは世界最強の都市だろう。

(そういえば行く当てが無くてツェルニにきたみたいだな。なんだか僕と似ているような気がしなくも無いな。)

レイフォンはある行為がきっかけでグレンダンから追放され、現在ツェルニに来ている。

(あの人たちって、いまいち正体が不明だけど、なんでツェルニに来たんだろう?)

と、その時。
レイフォンは昼間にも感じたのと同じ感覚をまたしても感じた。

覚えのある空気。
感じたことのある空気。

レイフォンは確信した。
やはり気のせいではない。
この空気は絶対に過去にも感じたことがあると。

レイフォンが前を見ると、一人の少年と、一人の少女がレイフォンのほうへと向かって歩いてきていた。

「やぁ。こんばんは。」
レイフォンは平静を装って、少年と少女・・・ガルロアとユリアに声をかけた。

「うん。こんばんは。今までミィフィたちといたの?」
ガルロアが気さくに答える。

「あっ、うん。」
半ば不意打ちのような出会い方だったことと、そのとき感じた雰囲気やら気配やらへの動揺を抑えられないまま、レイフォンはガルロアに答える。

「ケーキはおいしかった?」
レイフォンが内心であせあせしていると、今度はユリアがレイフォンに話しかけてきた。

レイフォンは、ユリアのことがなんとなく苦手だった。
何を考えているのかよく分からないところがそう感じさせるのだ。
そのあたり、フェリと通じるところがあるが、しかしフェリは特に苦手ではないので、もしかしたら他に苦手意識を持つ理由があるのかもなぁ、とレイフォンは自分の考えを分析する。

「うん。おいしかったよ。メイシェンのウェイトレスの衣装も新鮮だったし。」
自分の内心を押し隠しながら、レイフォンは答える。

「そう。ロア?いつかいってみましょう?」
ユリアがガルロアを誘い、ガルロアがそれを快諾する。

その様子を見て、レイフォンは問う。
「二人はいつも一緒にいるの?」

「ん?うん。そうだね。いつもユリアを連れまわしちゃって、申し訳ないなぁって思ってるんだけどね。結局今日も何の成果も出なかったのに。」
「気にしなくていいわ。」
申し訳なさそうに言うガルロアをユリアがたしなめる。

「二人がツェルニに入学しようとしてるってミィフィに聞いたけど、成果ってそのこと?」
レイフォンが聞くと、ガルロアは今度は『プライバシー』などとは言わずに、素直に答え始めた。
「うん。転入するには、学力テストがあるみたいでさ。まあ、僕は故郷でそれなりに勉強は教えてもらったから問題ないと思うし、ユリアもたぶん教科書を一回読めば大丈夫だと思うんだよね。ユリアはすごい頭がいいからさ。だから、そこは大丈夫なんだけど・・・・・、転入試験を受けるためには生徒会長の許可が必要みたいなんだよね。その許可がなぜか降りないみたいでさ。事務の人も不思議がってた。定員のことを考えると、転入できない可能性も高いけど、試験さえ受けさせてもらえないのはおかしいって。それで、僕も転入が遅くなって留年しちゃうようなことになったら元も子もないって思って、結構あせってるんだよね。」

「へぇ~。そうなんだ。」
言いながらレイフォンは生徒会長・・・カリアンのことを思い浮かべる。

(あの人はすごい腹黒いからな。また何かたくらんでるのかな?それとも何か事情でもあるのかな?)

そんなことを考えていたからか、レイフォンはガルロアがポツリと呟いた「そろそろ正攻法は諦めるかなぁ・・・。」という言葉を聞き逃してしまった。

「そんで、今は諦めて宿舎に帰る途中だったんだ。まあここでレイフォンに会ったのは偶然だけど、ちょうど良かったってことにもなるのかな?」

「ん?どういうこと?」
ガルロアの言葉の意味をレイフォンははかりかねた。

「いや。たいした意味じゃないよ。さっきも言ったじゃん。興味があったってさ。異常に強いって話だったし。」
ガルロアが楽しそうに言う。

ここでレイフォンは怪訝に思った。
レイフォンが本当に強いということを知っているのは、この都市では生徒会長などのごく少数の人間だけである。
ほとんどの生徒は、一年生のなかでは強いという風な認識しかしていないはずである。
それなのにガルロアはレイフォンのことを『異常に強い』といった。
ただ『強い』ではなく、『異常に』とつけた。
レイフォンの実力を知っているかのような口ぶりである。

そのとき、レイフォンは先ほどまで考えていたことを思い出し、そのことを聞いてみることにする。

「・・・・・二人はグレンダンを訪れたことがあるの?」
レイフォンがそう訪ねると、ガルロアは少し困ったような顔をした。

「う~ん。え~っと・・・。・・・僕は無いけどユリアはある。」
すこし答えに詰まりながらも、ガルロアが答える。

そしてその答えに対してレイフォンは困惑した。
「じゃあ、ユリア・・・さんはグレンダンに来たことがあって、それで僕のことも知ってたの?」
レイフォンが言う。

「ええ。」
ユリアが答える。

「ガルロアはグレンダンには来たことがないの?」
今度はレイフォンは確かめるように言う。

「うん。そうだけど」
今度はガルロアはスラスラとその質問に答える。

「・・・・・うそ・・・。」
しかし、レイフォンはガルロアの肯定の返事にますます困惑した。

それほどにレイフォンにとってガルロアの答えが意外だった。

ユリアがグレンダンを訪れたことがあるというのなら、それなら、ガルロアとユリアがレイフォンの実力を知っていることも説明できる。

しかし、『見たことはないけど、会ったことはある』と感じたのは、自分にそう思わせた雰囲気や気配はどうなるのだろうか。

先ほど気のせいではないと確信した、この空気。
グレンダンでも感じたことがあると確信したこの空気。
それは一体どうなるのか。
どういう説明ができてしまうのか。

レイフォンは剄を感じることができる。
そしてレイフォンはガルロアからは剄の存在を感じたが、ユリアからは何も感じなかった。

さらに、レイフォンは超常的な武芸者で、レイフォンの印象に残るようなことは大抵、武芸に関することである。

それならば当然、自分がグレンダンで感じたことのある、先ほども感じていた、そして今もなお感じているこの雰囲気と気配。感じているこの空気は、剄を持っている、武芸者であるガルロアから発せられていると思っていたのだ。

しかし、ガルロアはグレンダンに行ったことがないという。
ユリアだけがグレンダンに行ったことがあるという。

それならば自然、レイフォンが、グレンダンでも感じたことがあると確信を持って言えるこの空気は、ガルロアではなくユリアから発せられていると考えられる。考えられてしまう。

それがレイフォンには信じられなかった。

この感覚。
焦りをかんじさせる雰囲気、圧倒的な気配、そして形成されるピンと張り詰めたような空気。

こんな凄まじいものを。
自分に、このレイフォン・アルセイフにこれほどの感情を抱かせるそれを。
それを剄を持たないユリアが発しているという現実が、そう説明するしかない現実が信じられなかった。



「お~い・・・。どうした?」
一気に物思いにふけってしまったレイフォンにガルロアが声をかける。

「えっ!あっ!ごめん。」
レイフォンがびくっと反応する。

「あ・・・。いや、いいんだけどさ。」
ガルロアが困っているとも、あせっているとも取れるような顔をする。
そして、そのままの顔で少し悩むようなそぶりを見せた後、
「ねぇ、今、なに考えてたんだ?」
とガルロアはレイフォンに探るような眼差しを向けながら問いかけた。

「ん?いや・・・・・、なんでもないけど・・・。」
頭の中で色々と考えながらも、レイフォンは曖昧に笑ってそう答える。

「・・・・・・・・・ホントに?」
「・・・・・・・・・いや、変なことを考えちゃってただけだから。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あはは。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・は・・・・。」

ガルロアがレイフォンの思考を探ろうという風にレイフォンの目をじっと睨みつけるが、レイフォンはそれに対して曖昧にに笑い続ける。

そうやってしばらくお互いに黙っていたが、やがてどちらからとも無く、ため息を漏らした。

「どうしたの?ふたりとも?」
ユリアだけが気楽に声を上げる。

「いや、なんでもないよ。ところでレイフォン。レイフォンの寮ってどこなの?」
ガルロアが気が抜けたようにレイフォンに問いかける。

「ん?すぐそこの寮。」
レイフォンもぐったりしながら、10メートルほど先にある建物を指差した。

「そっか。じゃぁ、僕とユリアはこの辺で引き上げるよ。引き止めちゃってごめんね。じゃあ、また。」
どこか開き直った様な口調でガルロアが言う。

「ああ。そう。うん。またね。」
レイフォンもひとまずガルロアとユリアから離れられることに心のどこかで安心しながらそれに答える。

お互いに手を上げて、別れの挨拶をし、ガルロアはユリアと一緒に歩き出した。

その直後、ガルロアはもう一度レイフォンのほうへと振り返り、そして話しかけた。

「そういえばレイフォン。」

「ん?なに?」

「小隊同士の対抗戦、もうすぐなんでしょ。応援なんて必要ないと思うけど、まあ一応。頑張ってね。」

「あっ。うん・・・・。・・・ありがとう。」
本当は武芸をしたくないと思っているレイフォンは、激励の言葉に素直に喜べなかった。
直前まで交わしていた会話の内容が気になっていたというのもあるのだが。

「それじゃ。」
そして今度こそガルロアとユリアは立ち去っていく。

そして、一人残されたレイフォンは再び物思いにふける。

(やっぱり、あの雰囲気や気配はユリアさんから感じてたのかな?う~ん。そういえば、そもそも僕はグレンダンでいつあの気配を感じたんだろう?・・・・・いつだったっけ?・・・なんでだろ?全然思い出せないや・・・・・。)

考えながら寮の自分の部屋へと戻り、そのままベッドに座り込む。

(大体において、なんでユリアさんがあんな凄まじい空気を発してるんだ?ミィフィ達とか、他の人たちはなにも感じてないみたいだったけど・・・・・。
ガルロアは知ってるのかな?
行く当てが無いっていうのと関係してるのかな?)

いくつもの疑問がレイフォンの頭に浮かび、答えが出ないままに沈んでいく。

(・・・・・う~ん。まぁ考えても仕方が無いかな。答えは出なさそうだし。最初にあの空気を感じたのがいつだったかも思い出せないし。僕が考えても無駄っぽいな。僕って頭悪いし。)

結局そう自分に言い聞かせて、レイフォンはそのままベッドに倒れこむのだった。





そして、レイフォンの寮からしばらく離れたところをユリアと一緒に歩いているガルロアもまた、物思いにふけっていた。

(ユリアがグレンダンに行ったことがあるって教えた後の、あのレイフォンの沈黙はなんだったんだ?さすがにバレたとは思わないけど、でも絶対にバレてないって楽観視はできないくらいに、あの沈黙は怖かった。)

ガルロアは、自分とユリアについて聞かれたときは、上手くはぐらかせる時ははぐらかし、そうでない時は、ユリアが汚染獣であったことだけを隠しつつ、後は本当のことを言うことにしていた。

本当のことを話すことで、ユリアが汚染獣であることがバレる可能性も考えたのだが、ガルロアはその可能性はあり得ないだろうと判断した。
どんな何かがあったとしても、ユリアを見て汚染獣だと思えるような人間はいないだろう。
だからこそ、むしろそれ以外のことで怪しまれないことこそが、嘘をできる限り吐かないことこそが、一番重要な秘密である、ユリアが汚染獣であるという事実を隠すための最適な手段であるとガルロアは考えたのだ。

しかし、そう思ってレイフォンに言った答えは、ガルロアをとても不安にさせる沈黙を生み出した。

一体あのときにレイフォンが何を考えていたのかと、ガルロアは深く思考する。

(レイフォンって多分ユリアと戦ったことがあるんだろうなぁ)

ユリアは一つの都市に二回撃退された、ひどい目に合わされた、と言っていた。
ユリア本人はその都市の名を言わなかったが、それはグレンダンで間違いないだろう。
そんなことができるのはグレンダン以外にあり得ない。
そして、入学式の騒動のとき、ユリアはレイフォンを見て強いと言った。
あんな一連の動きだけでは、実力の上限がどれほどのものなのか分かるはずもないのに、ユリアはレイフォンは強いと断言した。
汚染獣の雄性体を単独で撃破できるほどの実力者であるガルロアよりも、確実にレイフォンのほうが強いといった。

まるで、過去に戦ったことがあるような口ぶりだった。

(戦ったことがあるからって、ユリアを汚染獣だと思える理屈なんてなさそうだけど・・・・・。
レイフォンは老性8期の状態だったユリアと戦えるくらいの強者なんだろうから、もしかすると第6感的なものが働いてもおかしくは無いのかもしれない・・・・・。)

戦闘などに関することにおいて、強者の第6感が相当に当てになることをガルロアは知っている。

(でも、どうしたところで言っちゃった言葉はもう引っ込められないんだから、結局、これからはレイフォンには気をつけようって反省しかできないんだよなぁ)

そんな結論しかでない自分の頭にガルロアは少々落胆した。

「険しい顔をしてるわよ?」
そんなガルロアにユリアが声をかける。

「うん。ちょっと考え事があってね。全く、レイフォンの奴。」

「レイフォンがどうかしたの?」
ユリアが不思議そうに問う。

「いや、まぁなんでもないんだけどね。そうだ、メィシェンのシフトも終わっただろうから、あの昼間のケーキ屋に行ってみよっか。」
ガルロアは、ユリアの問いをはぐらかし、そして昼間にミィフィ達に誘われたケーキ屋へとユリアを誘う。

「いいの?」
そして、その言葉にユリアは目を輝かせた。

「うん。いいよ。今日も一日中僕に付き合ってくれたしね。そのお礼だ。」
ガルロアが微笑みながらそう言うと、

「ありがと。」
と、ユリアは楽しそうに歩き出した。

その姿を見てガルロアは思う。
(レイフォンには気をつけよう。ユリアの正体を知られるわけにはいかないんだ。)

ガルロアは思い出す。
(ヨルテムで、ユリアは僕と一緒にいたいって言ってくれたんだ。それで、ツェルニまで一緒に来てくれた。それが僕には本当に嬉しかったんだ。汚染獣と一緒にいたいなんて、もしかすると狂気的なことなのかもしれないけど、僕はユリアと初めて会ったときに、ユリアのそばを離れないと誓ったし、心の底からユリアのそばにいたいと思ったんだ。そして今でもそう思ってるんだ。)

そしてガルロアは決意する。
(僕は一緒にいたいと言ってくれた、そのユリアの言葉に答えるために、そしてユリアと一緒にいたいと望むこの僕自身のためにも、

僕はこの都市を欺こう。
ここの都市民を欺き続けよう。)



「全く、どんな自分勝手な決意だよって感じだけどさ。」
そんなことを呟きながら、ガルロアは楽しそうに歩くユリアの後を追う。

「だからって僕はそれをやめるつもりはない。」










      あとがき


展開が遅いよ。と感想のところで言われてしまっていますが、それについては申し開きのしようもありません。
自分も思ってました。
『こんなに話数使ってまだこんなところなの!?バカじゃないの!?』と自分を責め立てていたりします。
しかし、幼性体戦の前に書きたいと思っていたことは全て書きました。
次の話からはささっと展開させるつもりです。たぶん。







[27866] 第14話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/07/31 04:54



(やばいやばいやばい。マジでやばい。)

その場にいる多くの人間が、現在行われていることに対して興奮し、激励やらスラングやら様々な言葉を、しかし生き生きとした様子で叫んでいるようなこの状況で、ガルロアは一人、冷や汗をかいていた。

ここは学園都市ツェルニの野戦グランド。
今、そこでは小隊同士による対抗戦が行われていた。

小隊とは、ツェルニの武芸科の生徒の中で、特に優秀な者を選り集めた部隊であり、都市戦争において戦闘の中心となるべき存在である。

そして、対抗戦とは第一から第十七まである各小隊の実力や特性を測り、都市戦争の際にどの小隊をどのように配置するかを決めるためのものである。

対抗戦は何日か続けて行われ、今日はその一日目。
一日目は全部で四試合行われる予定であり、現在は三試合目。
組み合わせは、十六小隊 対 十七小隊。

ところで。
スピード感や迫力のある、武芸者同士の戦闘の観戦というのは、一般人にとって娯楽の対象となる。
そのため、野戦グランドの観客席には現在たくさんの観客がいる。

興奮させる試合があり、そこにたくさんの観客がいるならば、必然的に生まれてしまうものがある。

つまり賭博。

賭博は本来、ツェルニでは禁止されているのだが、実際には黙認されている。
人の欲求は抑えられないということだろう。
黙認しておいて、賭け金のほうにそれとなく制限を設けている。
破産するような生徒がでないようになっている。

そのため、賭博はあくまで娯楽の対象であり、本来切羽詰ったような状況になることはないのだが、それでも上限一杯まで金を賭けると、負けたときに相当な痛手になることは確かだった。

ガルロアは今、そんな状況にあった。

『第十七小隊、絶体絶命です。一年生にして小隊入りを果たした期待のルーキーは、やはりと言うべきか、上級生に圧倒されています。そして十七小隊隊長は二対一の状況に追い込まれています。今はまだ持ちこたえていますが、隊長が撃破されたら負けという状況で、果たして逆転の可能性はあるのかっ?』

実況のノリの良い声がグランドに響く。

それを聞いてガルロアはさらに顔を青くする。

(調子に乗りすぎたかもしんない。ってか確実に調子に乗りすぎた。)
ガルロアは一時間前の自分を猛烈に責めたくなった。





事の起こりは、ガルロアとユリアが小隊対抗戦を見に来て、賭けの存在を知り、そしてそのオッズを見たことだった。

まず初めに、
ガルロアとユリアはいまだツェルニへの入学を果たしていない。

生徒会長が自分達の転入試験の手続きを許可してくれない理由も依然として分からず、ガルロアはほとんど正当な方法による転入を諦めていた。

もともとガルロアとユリアには、特にツェルニにこだわる理由が無い。
学園都市の六年で卒業というシステムが、六年という期間を過ごしても、何のしがらみも無く都市を離れられるこの仕組みが、ガルロアとユリアにとって都合がよかった。
だからツェルニへとやってきたのだ。
しかし、学園都市はツェルニ以外にも存在しているし、そもそも学園都市にこだわらなくてもガルロアとユリアであれば、普通の都市でも生きていける。武芸で稼ぐことができる。
そう思えるぐらいにガルロアは自分の武芸の実力に自信を持っている。

そのため、入学できないのなら、いつまでもツェルニにいる理由は無いのだ。
それは時間と金の無駄に他ならない。

一つの都市で無駄に過ごせる時間にも限りがある。
あまり、のんびりしすぎていると、金が尽きてしまう。

そのため、転入試験を受ける許可が降りないことは気になるが、さっさと行動を起こしてしまおうと考えたのだ。
何が理由で生徒会長が転入試験の許可を降ろさないのか分からないが、少なくとも自分達が行動を起こせば、事の展開は加速するはずである、とガルロアはそう考えたのだった。

そして、それがガルロアとユリアが現在対抗戦を見に来ていることにつながる。
『自分の武力を売ろうとしているんだから、一応ツェルニの武芸科の実力を知っておかないと。』というわけで今日、ガルロアとユリアは対抗戦を見に来ていたのだった。

対抗戦を見た感想は『大丈夫なのかな?』といった感じだった。
汚染獣との戦闘がそれなりの頻度であった自分の都市と較べるのは少し酷なのかも知れないが、ガルロアの見た感じだと、ツェルニの小隊員の実力は、ガルロアの故郷の同年代の人間よりも少し劣る、といった具合だった。

大人のいる普通の都市ならば、それで問題ないのだが、大人のいないこの学園都市で、都市のエリートと呼ばれる存在がこの程度の実力では、汚染獣に襲撃されたときは手の打ちようがない。

それとも、学園都市は汚染獣に襲撃されることが無いのだろうか・・・・・とそんなことを考えながら、ガルロアは一試合目と二試合目を観戦し、そして三試合目の準備時間に賭博のことを知ったのだ。

三試合目は十六小隊 対 十七小隊。

そこでガルロアは(そういえば、レイフォンは十七小隊だった)と思い出し、そしてオッズ表を見る。

十七小隊は大穴を通り越して、超大穴といって差し支えないほどの倍率だった。

ガルロアは実際にレイフォンの実力の真価を見たことがあるわけではないのだが、レイフォンが強いということは間違いない。
レイフォンさえいれば、この程度のレベルの対抗戦で負けるはずが無い。
レイフォン一人がいれば、どんな小隊でも片手間で蹴散らせる。

それなのに、レイフォンの所属している十七小隊は超大穴扱い。

十七小隊はできたばかりの新興小隊であり、その構成員は下級生ばかり。
その上、構成人数は規則で定められた最低人数である四人。

確かに、これだけの悪条件が揃えば、大穴扱いにならない方が無理というものだが、しかしガルロアは知っている。
学園都市ツェルニの中でもごく一部の人間しか知らない事実を知っている。
ユリアから聞いたというだけの情報ではあるが知っている。

レイフォンという絶対を知っている。

そしてガルロアは(これはぼろ儲けのチャンスなんじゃっ・・・・!?)と、魔が差してしまい、そのまま上限一杯まで十七小隊に金を賭けたのだった。
そして現在、盛大に後悔している。




「何でこうなったっ!?」
ガルロアは恨みをこめて戦っているレイフォンを睨み付ける。

「弱いにも程があるわね。一体何をしているのかしら?」
ユリアは不思議そうに首をかしげる。

「いや、少なくとも手を抜かなきゃいけない訳ってのはあるんだ。僕にとっては迷惑極まりないことだけどさ・・・・・。」
ガルロアはぶつぶつと呟きながら頭を抱える。

対抗戦の目的が『小隊の』実力と特性を確かめることである以上、小隊に所属しているレイフォンはワンマンプレーをするべきではない。
というより、レイフォンがそんなことをしてしまえば、はっきりいって勝負にならなくなってしまうため、対抗戦を行う意味がなくなる。

だが・・・・・。

「でもレイフォンの奴・・・・・・、そんなことを考えて手を抜いてるって風には見えないな。そもそもやる気が無いみたいだなぁ。っていうか、完全に、まるで、やる気がないみたい。わざと負けようとしてるみたいだ。」

ガルロアは呟きながらレイフォンの様子を確認する。

ガルロアとユリアの視線の先で、レイフォンは無様に地面に転がっていた。

相手小隊の一人にぼこぼこにされている。

『期待のルーキー、レイフォン・アルセイフも、十七小隊隊長ニーナ・アントークも、いまだ何とか持ちこたえていますが、もう限界は近そうだ!ここからの逆転はもはやあり得ないでしょう。この試合、このまま十六小隊の勝利という形で幕を引きそうですっ!!』

実況の声が響く。

そして、その直後に会場が歓声の声と嘆息の気配で埋まる。

見れば。
今まで十六小隊の二人の猛攻を受けきっていた十七小隊の隊長、ニーナ・アントークがついに堪え切れなくなったのか、片ひざを地につけていた。

対抗戦のルール。
攻撃側は相手側が守護しているフラッグを奪取すれば勝ちであり、防御側はフラッグを奪取される前に相手の小隊の隊長を討てば勝ちとなる。

今回、十六小隊が防御側で、十七小隊は攻撃側だった。

十七小隊の隊長である、ニーナはもうすでに限界を迎え、さほど時間も経たないうちに戦闘不能になるだろう。

十七小隊はこのまま負ける。
それがこの場にいる全員の、同じ見解だった。

「はぁ~。ボロ負けだ。大損だ。やっぱ賭けなんてするべきじゃなかったなぁ。ただでさえ限りある資金をこんなところで失うことになるなんて・・・・・。」
ガルロアは諦めとともに嘆息する。

グランドのフィールド上では、今まさに、十六小隊の二人の隊員がニーナに止めを刺さんと動き出していた。

そして・・・・・



スガァァァン

大きな音がする。

しかし、

しかしそれはニーナが討たれた音ではなかった。
まだ十六小隊員の攻撃はニーナには届いていない。

観客中がニーナ・アントークの位置に注目していた中で、その音は、もはや誰からも注目されていなかったレイフォン・アルセイフが発したものだった。

レイフォンのそばに、レイフォンと戦っていた上級生が倒れている。

『おぉ~っと!?ここにきて期待のルーキー、レイフォン・アルセイフ選手。なんと上級生を破ったようです。しかし、少し遅かったか。その位置からではもう間に合わない。レイフォン選手がいかに助太刀しようとしても、それより先に十六小隊の攻撃がニーナ選手を沈めてしまいそうだぁ・・・・・・ぁって、ぇええっ!?』

実況の声がレイフォンの奮闘を讃え、しかし状況が手遅れであることを悔やみ・・・・・、

そして最後に驚愕した。

レイフォンが、決して埋まらないと思われた距離を、助太刀より先に止めの攻撃が入ると誰もが思ったその距離を、一瞬にして埋めた。

元からそこにいたかのようにレイフォンは、ひざをついたニーナと、ニーナに向かう二人の十六小隊員の、ちょうど真ん中の位置にいた。

そしてそこからもまた一瞬だった。

レイフォンは敵対する二人へとむかい、

その直後、その場で立っているのはレイフォン一人だった。

ニーナはひざをついたまま驚愕の表情を浮かべ、
十六小隊の二人は地に倒れていた。






     †††







結局、対抗戦の勝負を決めたのは十七小隊の狙撃手で、狙撃手が十六小隊の守護していたフラッグを撃ち抜くことによって、十七小隊の勝利となった。

レイフォンは最初にぼこぼこにされていたためか、試合の終了とともに倒れ、そのとき、保健室へと送られたようだが、現在はすでに回復しているだろう。

「やったね。ぼろ儲けだ。」
ガルロアは上機嫌だった。

途中、完全に諦めていたが、ガルロアが十七小隊に賭けていた金は何倍にもなって返ってきた。

「それにしてもさ、レイフォン強かったね。」
ガルロアはレイフォンの試合を思い出す。

大多数の人間は、恐らくあの逆転劇の際に何が起こったのかを理解できていないだろうが、ガルロアは理解できた。
きちんと目で追えた。

なんてことは無い。
特別なことなど何もしていない。
脚力を爆発的に高める技術、内力系活剄、旋剄を使った超高速の移動とともに、ただ純粋に外力系衝剄を当てただけである。

ただ、それを行う際のその技術力と威力が桁違いだった。

あれでは、たかが学生武芸者では対処できるはずもなかった。

「確かに、最後の最後だけは、だいぶマシな動きをしてたわね。」
ユリアはベッドに腰かけ、足をぶらぶらとさせている。

ここは、ガルロアとユリアの泊まっている宿舎の部屋の中である。
ちなみに今回はヨルテムのときとは違い、一人部屋を二部屋とっている。
にもかかわらず、ユリアは寝るとき以外はずっとガルロアの部屋にいたりする。

「でもさ、アレでもレイフォンの本気には程遠いんでしょ。だって、あのくらいなら僕にもできるし。」

「ええ。そうね。まだ全然本気じゃないと思うわ。」

「やっぱ、そうだよね。」
レイフォンの本気がどれほどのものなのか、ガルロアは本気で気になって来ていた。

「ところで、」
そこで、ユリアが話を変えた。

「私としては、今日の一試合目と二試合目、それから四試合目、いえ、やっぱり三試合目もかしら?見ていてあまり面白くなかったのだけれど、明日も同じなのかしら?私はロアと一緒に都市を歩き回る方が好みなのだけど。」

「う~ん。実は、僕も概ね同意見なんだよね。でも、とりあえず、明日の試合までは見ておきたいと思うんだよね。」

ツェルニの武芸科のレベルは今日の試合で大体把握したが、それでももう一日は試合を見ておきたいとガルロアは思っていた。

「そう。なら構わないわ。私も一緒に行く。」

「いいの?一応、別行動にするって手段もあるにはあるんだけど・・・・・。」
ガルロアがそう提案してみたが、しかしユリアは首を横に振った。

「別行動は論外ね。それは一番つまらないと思うわ。」
ユリアはきっぱりと言う。

「そっか。ありがとう。」
ガルロアはユリアの言葉に若干の照れ臭さを感じながら、お礼を言った。

「じゃっ、そろそろ遅いから就寝することにしない?」
ガルロアがそう言うと、「それじゃあ」とユリアはガルロアの部屋を出て行く。

「おやすみ。」
「おやすみなさい。」







     †††





翌日、予定通り、ガルロアとユリアは対抗戦を観戦しに行ったが、やはり余り楽しめなかった。
試合をしている本人達は真剣にやっているだろうし、ガルロアもそれをバカにするつもりもないのだが、どうしてもガルロアには低レベルに見えてしまって、どうにも楽しめないのだ。
いっそ、もう一度賭博でもやってみようかとも思ったのだが、今回はやめておくことにして、そして心のどこかに不完全燃焼感のようなもやもやを抱えつつ、ガルロアとユリアは現在、また宿舎へと戻って来ていた。

そして、他愛のない話を繰り返し、そしてそれに一段落ついたとき、また普段と同じように、ガルロアがそろそろ就寝することを提案し、そしてやはり普段と同じようにユリアがガルロアの部屋から外に出ようとした。

しかし、

今日は、普段と同じようにはいかなかった。




ユリアが突然足を止めた。




―――――どうしたのユリア?

―――――――音が聞こえた。

―――――音?なんの?

―――――――これは・・・幼生態の・・・幼生態の生まれる音。

ガルロアはいきなりの言葉に驚き、それでもこれはもしかしてヤバいんじゃないかと思い、そしてその言葉の意味を詳しく聞こうとした。
しかし、



そのときだった。

そのとき、

都市が大きく揺れた。



「うっ、うわぁあああ!?」
ガルロアが驚いて悲鳴をあげる。

平衡感覚を保てないほどに大きく揺れ、グラグラグラグラと揺れ、いつまでも揺れ続け、
そしてやがて収まっていく。



「都振か?めずらしいなぁ。」
忘れがちなことだが、都市は常に無数の足を使って歩き回っている。
それゆえに、たまに地盤のやわらかい場所などで、都市が足を取られたり、踏み外したりすることがある。
その衝撃で起こる揺れを都振と呼ぶのだ。
都心は時に大きな被害を生むが、今回程度の規模のものならたいしたことはない。

ガルロアはそう考え、特にあせることはないなと思い、しかし直後に思い出す。
都振の直前にユリアが言ったことについて。

「ユリア、さっき幼生態が生ま――――」

ガルロアは最後まで言うことができなかった。
ユリアにたずねることができなかった。

ある他の大きな音にさえぎられてしまったからだった。

しかし、その時点で、ガルロアはユリアに言葉に真意を確かめる必要がなくなっていた。

ガルロアの言葉をさえぎったその大きな音が、そのまま答えを示していた。




――――――ユリア、さっき幼生態が生まれる音っていったけど、つまり近くに幼生態と、その母体がいるってこと?――――――




質問しても意味がない。
疑問など挟む余地もない。
そんなことをしている時間もない。



その音は、汚染獣の襲来を都市中に知らせるための警報、サイレンの音だった。












[27866] 第15話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/08/09 15:34
武器はある。
錬金鋼がある。
白金錬金鋼の大剣が一振り、鋼鉄錬金鋼の剣が一振り。

念威操者のサポートはないが、都市内での戦闘ならば、サポートは必要ない。

今、ツェルニを襲っているのは幼生体。
幼生体は一体一体の力は低く、それは学生武芸者でも十分対抗できうるものなのだが、しかし幼生体は群れを成す。一体一体ならば学生武芸者にも対抗できるだろうが、1千を超える幼生体の群れを相手にするのは学生武芸者にとって脅威であり、それはつまり、学生のみで運営されている学園都市ツェルニにとって脅威である。

自分がこの都市にいる以上、ツェルニを滅ぼさせるわけにはいかず、幸い自分には幼生体を苦も無く相手にできるだけの武芸の実力があるが、しかし自分は多数殲滅や広域殲滅のための技を持っていない。

さて、そんな中で自分はどう立ち回るべきか。

ガルロアは鳴り響くサイレンの音を聞きながら、思考を加速させる。

現在いる宿舎の窓から外を見れば、多くの人間が、このサイレンの音が何を意味するものなのかをとっさに理解することができずに戸惑っている。

何をしている。さっさと動け。汚染獣が来た以上、僕達は少しでも早く行動をしなくちゃいけないんだ。

ガルロアは頭の中で動けずにいる人々を叱責する。
しかしそれは同時に自分自身への叱責でもあった。

ガルロアは頭の中ではあれこれと考えているが、しかし動き出すことはできないでいた。

目の前にいる一人の少女の存在がガルロアに迷いを与える。
ユリアの存在がガルロアの中に迷いを生む。
ユリアが何かをしている訳でもないのに、

ガルロアはユリアを見たまま、動けなくなっていた。

いつか、聞いたことがある。
汚染獣に仲間意識があるのかどうか。
ユリアは「ない」と答えた。

その質問は、もしも自分達のいる都市が汚染獣に襲われたら、自分とユリアがどうするべきなのかを考えるために聞いたのだった。

「ある」と答えられたら手詰まりで、「ない」と答えてくれれば普通に汚染獣を撃破すればいい。
そしてユリアは「ない」と答えたのだ。

そして、今まさに自分達のいる都市が汚染獣に襲われている。

しかしガルロアは動けない。
仲間意識があるのかどうかという問題は解決しているのに動けない。

実際にこのような状況に陥り、その状況下でユリアを見て、そして新たな迷いが生まれてしまった。
その迷いがガルロアを捕らえて離さない。

果たして・・・・・、

人間と汚染獣は相容れないものだと、人間と同等以上の思考能力を得たことで理解し、
人間と汚染獣は相容れないものだと、ずっと一人孤独に荒れ果てた大地に立ち続け、
人間と汚染獣は相容れないものだと、人間としての感情を持ちながら、決して人間と関わろうとしなかった彼女に、

彼女が初めて関わりを持った人間である自分が、人間と汚染獣が相容れないものであるという現実を見せ付けてしまっていいのか。
そんな光景を見せてしまっていいのか。

「ユリア・・・・・、」
大きな迷いを抱えたまま、ガルロアは言葉を紡ぐ。

「もう一度、言葉に出しておこうと思うんだ。
僕は何があっても君のそばを離れない。世界がユリアを遠ざけても、僕だけは必ずそばにいる。だって・・・・・」
ガルロアはユリアの目をしっかりと見据えて口にする。

「僕はユリアのことが大好きだから。」

ユリアはその言葉に少し驚いたような顔をしたが、しかしそのまま何も言わずにガルロアに話の続きを促した。

「僕は色々あって、故郷じゃほとんど孤立してた。いや、違うかな?僕のことを思ってくれてた人は、たくさんいたかもしれないけど、僕自身の方から大切に思えるような人は、もうあの都市にはいない。」

ガルロアは過去のことを思い出す。

「両親はもう死んでる。母親は僕が殺してしまったみたいなもので、父親は僕のために死んでいった。」

母親は、自分の出産の直後に死んだらしい。
父親は、自分が武芸者として、それなりに金を得られるようになった頃に死んでしまった。

「仲の良かった友達なんていなかったし、それでも唯一、こいつは自分の親友だって思えた奴も、何年か前に都市を出て行ったっきり戻らない。」

父親が死んだのと時を同じくして、各地を放浪しているという集団がガルロアの故郷であるムオーデルを訪れていた。何を思ってそんなことをしたのかは分からないが、親友はその集団と一緒に都市の外へと出て行った。

「親友が出て行った少し後くらいにさ、都市の中で僕に勝てる人間がいなくなった。
そのせいで、大人の武芸者は僕のことを疎ましく思っていたみたいだった。
都市の中で一番強くなっちゃったから、戦闘にでる回数も多くなった。
そのせいで、一般の人たちは僕のことを、都市を守ってくれる存在として、感謝と尊敬と期待を寄せてきた。
僕がもうちょっと器用だったなら、武芸者の態度を完全に無視して、一般の人たちの賞賛に喜んでって感じにできたのかもしれないけど・・・・・、」

そこでガルロアは既に歪ませていた表情をさらに歪ませて、苦汁のにじむ声を出す。

「僕は、都市の武芸者の態度がたまらなく嫌だった。
一般の人たちが僕に寄せる感謝や尊敬や期待の感情も嫌だった。
僕のことを自分勝手に疎んで、僕を遠ざける武芸者が嫌いになった。
僕のことを『神童』とか何とか言って、僕のことを自分達とは違う一段上の存在なんだって勝手に判断して、僕に近づいてこない一般の人たちが嫌いになった。」

母親の記憶は何もなく、尊敬していた父親は、父を守るためにと必死になって修練した武芸が都市に認められた頃に死に、親友は都市を出ていって、都市の人間が嫌いになって・・・・・。

「ネガティブだなって自分でも思うけどね。」

歪ませていた顔をなんとか笑わせて、おどけるようにガルロアはそう言った。

「それでも、それが僕の本心で、だから僕にはあの都市のために命を懸ける理由なんてなかった。あの都市のために戦う理由なんてなかった。それなのにね・・・。なかったはずなのにね・・・・・。」

と今度は本当に、苦笑ではあったけれど笑顔を浮かべた。

「理由なんてなかったはずなのに、結局僕はユリアと会うまであの都市のために戦い続けたんだ。こんな都市からは絶対に出て行ってやるって、ずっと思ってたのに、僕はユリアと出会ったあの時まで、あの都市で戦い続けたんだ。都市間戦争でも・・・・・、」

ガルロアは一息入れて、今度は真剣な表情を作る。

「もちろん汚染獣戦でも・・・・・だ。」

ガルロアの故郷、ムオーデルは、少なくとも年に一回は汚染獣に襲われる。
二回の年もあったし、多いときには四回の年もあった。
その全てをガルロアは、時には都市の武芸者と共に、時には単騎で、全てを殲滅している。

「僕は、出て行きたいと思っていた都市を出て行かずに、都市を守り続けた。だってさ、人が死ぬのは嫌だった。父さんが死んだときにそう思った。人が死ぬのは悲しいってさ。全く知らない赤の他人のために己を捨てて正義を尽くそうなんて、そんな気概は持ち合わせちゃいないけどさ、少なくとも僕が戦えば、あらゆる戦闘においての死傷者がグッと減ることは確かなんだ。自分で言うのもアレだけど、僕は強いからね。」

まあ、ユリアには全く歯が立たないけどさ、と少し悔しそうにガルロアは付け加え、話を続ける。

「戦闘において、僕が一つ傷を負えば、それだけで十人の人間の命が救われる。」

ガルロアは再度、表情を真剣なそれに戻して、淡々と話す。

「僕にとっては小さな傷を一つ負わされる程度の相手であっても、僕が戦わなければ十人の人間が命を散らし、二十人が負傷して、三十人の遺族が心に傷を負う。」

ガルロアがユリアと出会う直前に撃破した汚染獣。
雄性三期だった。
雄性三期の汚染獣と普通の都市が戦闘を行ったら、少なからず死者や負傷者が出るはずなのに、ガルロアは単騎で、傷の一つも負うことなく、これを撃破している。
ガルロアがそうしなければ、ムオーデルは少なからぬ被害を受けたことだろう。

「僕が動いて、それで救われる人がたくさんいる。戦う理由があっても、戦わない理由はなかった。都市の人たちを嫌ってはいたけれど、死んでも良いなんて思えなかった。それに、武芸者の人たちはともかく、一般の人たちが僕に向けてた感情は好意なんだ。口では嫌いだって言えても、心で嫌いきれるわけもない。」

尊敬されるのは嫌だったが、感謝されるのは嬉しかった。

「だから、僕はあの都市で戦った。汚染獣を何体も・・・・・殺した。理由なんて言うまでも無いでしょ?汚染獣が人間を殺すから。汚染獣が・・・・・人間の敵だからだ。」

ガルロアは真剣な表情を崩さないままに、ユリアの目を見据えたままに、はっきりと口にする。
ユリアは何も言わずにガルロアの話を聞き続ける。

「僕がユリアに初めて会ったとき、君は人間と汚染獣は相容れないと言った。僕はその言葉に肯定も否定も返さなかった。肯定も否定もしないまま、君と一緒にいたいと言って、そしてユリアは僕についてきてくれた。」

あの時の記憶は今でも色あせることなくガルロアの中に残っている。

「でも、もしも『人間と汚染獣は相容れることができるか?』って改めて聞かれたら、僕は迷うことなく『できない』って答えるだろうね。」

当たり前の話ではある。汚染獣と相容れることができるわけが無い。

「人間である僕は、汚染獣は敵であると思っている。そしてユリア、君は汚染獣だ。でも、ユリアは僕の敵じゃない。人間がユリアを敵だと判断しても、僕にとっては敵じゃない。つまりさ・・・・・、」

ガルロアはユリアに優しく微笑みかける。
ユリアはやはり何も言わずにガルロアの言葉を待つ。

「僕はユリアのためなら、人間を裏切るよ。それくらい君のことが大好きだ。」

ガルロアは言い切って、それでもさ、とそのまま言葉を続ける。

「それでも。君のためなら人間を裏切れるけど、だからといって僕は人間の敵になりたいわけじゃない。人間の味方でありたい。僕はユリアの百分の一くらいには人のことが好きで、彼らが死にそうなら助けたいって思うんだ。」

ツェルニの武芸科の実力では、たとえ幼生体との戦闘とはいえ、きっと死者がでる。人が死ぬのは嫌いだ。できれば阻止したい。

「僕は彼らを助けたい。でも、僕はそれ以上にユリアの味方でありたいとも思ってる。だからこそ、聞きたいことがある。」

ガルロアは聞く。

「僕が、人を助けるために汚染獣と敵対したとして、そのとき僕はユリアの味方であれるかな?」

しかしユリアはそれに答えなかった。

代わりに違うことを話し始めた。

「・・・・・人間と汚染獣は相容れない。私はあなたと会ったときにそう言ったし、今でもそう思ってる。私には過去の記憶がある。記憶の中で、私の本能は人間は食料であると叫んでる。実際に私には人間を食べた記憶だってあるし、都市を滅ぼした記憶だってある。」

ユリアは初めて会ったときのような、まるで感情の無い表情をし、まるで感情の無い瞳でガルロアを見て、まるで感情の無い声を発す。

「人が死ぬのは嫌いだってロアは言った。私は人を殺してる。人をたくさん食い殺してる。いくつもの都市を滅ぼしてる。そんなこと、ロアにも想像できてるでしょう?私はまぎれもなく人間の敵よ。私は、自分でそう思ってるし、あなただって分かってるでしょう?それなのに、・・・・・・それなのに・・・・・、
それなのに、なんであなたは私の味方でありたいと言ってくれるの?」

そう言ったユリアは、やはり感情を表に出さなかったが、感情を見せないその様子がガルロアにはひどく悲しげに見えた。

「ユリアは人間の敵じゃない。人間の敵『だった』んだ。少なくとも僕はそう思ってる。それに、たとえユリアが人間の敵だったとしても、僕は君の敵にはならないよ。君が過去にいくら人間を殺していたって、そんなことは気にならない。さっきも言ったでしょ?僕は赤の他人のために正義を尽くせる人間じゃない。僕は基本的に自分のことばかり考える人間なんだ。赤の他人の恨みのために、僕にとって大切な存在である君を敵とすることなんて考えられないんだよ。」

ガルロアの偽りなき本心。
しかし、それを聞いてもユリアは納得しなかった。

「なんで、ロアはそこまで私のことを大切だと思うのよ?あなたと一緒にいる間、今まで聞かなかったけど、ずっと不思議に思ってた。何であなたは私のために故郷を出たの?都市の人を嫌いきれていたわけではないんでしょう?心のそこから都市を出たいと思っていたわけではないんでしょう?何でそこまでして私と一緒にいてくれるの?私は、思考能力を得ただけで、その本質は汚染獣なのよ?闘争本能も残ってる。破壊本能も残ってる。いつ暴走するかも分からない。そんなもののために、あなたが都市を出た理由は何なの?」

「・・・・・・・今更そんなことを聞かれるとは思わなかった。」

ユリアの言葉にガルロアは苦笑した。

「今までにもう何度も言っただろ?僕はユリアのことが大好きなんだ。ユリアに会って、ユリアと話して、それで、僕はユリアが好きになった。一目ぼれみたいな奴だよ。君を見て、君の声を聞いて、気付いたら僕は君に僕のことはロアと呼んでもらいたいって思っちゃったんだ。汚染獣であるユリアには恋愛感情なんて無いかもしれないし、そんなもの理解もできないのかもしれないけど、それでも僕は君のことが大好きだ。」

そしてガルロアは恥ずかしいから何度も言わせるなといった風に、照れ笑いを浮かべた。

が、直後、その表情が引き締まる。

「もう、時間がないみたいだ。」

音が聞こえた。

「戦闘が始まったみたいだ。」

いくつもの射撃音が一斉に聞こえ、その後、硬いものがぶつかり合うような音が響く。
一般市民の避難はまだ完了しきっていないようだが、汚染獣はそんなものを待ってはくれない。

「そろそろ答えてくれないかな。僕は汚染獣と戦ってきても良いかな?」

「・・・・・。」

「汚染獣と敵対しても、僕は君の味方でいられるかな?」

「・・・・・・。」

ユリアは何も言わずに時間を置いた。
わずか数秒の沈黙が、ガルロアにはとても長く感じられた。

そしてやがて、ユリアは小さく一つため息をついて、そしてずっと続けていた無表情を解いた。

「まだ聞いてみたいことが残ってるから・・・・・。手早く終わらせて戻ってきて。」

肯定・・・・・ということなのだろうとガルロアは判断した。

「分かった。」

ガルロアは答えて、ユリアに背を向けて、部屋の扉へと向かっていく。
その彼の背に、ユリアは言葉を投げかけた。

「一応、一つだけ言っておきたいことがあるわ。」

「ん?なに?」

「私もロアのことが好きよ。・・・もっとも、これはきっとあなたの言うとおり、恋愛感情というものではないと思うけれど。」

予想外の言葉に、ガルロアの動きが止まる。

「だからね、私はむしろ積極的に今この都市に来ている奴らを殲滅するつもりだったのよ。私は都市外でも生きられるけれど、あなたは違う。だってあなたは人間だから。この都市が滅べばロアは死ぬ。それならこの都市、あんな奴らにくれてやるにはもったいないわ。」

ああ、もしかして。とガルロアは思う。

「汚染獣も人間も、私にとってはどうでもいい。汚染獣は私にとって仲間じゃないし、人間は私の敵。汚染獣が人間に殺されようと、人間が汚染獣に喰われようと、私は全く気にならない。でもあなたが死ぬのはとても嫌。」

気を遣う必要はなかったのかもしれない。

「私は汚染獣で、あなたは人間。私たちは道理的には敵同士。だけどロア?あなたが、私のことをあなたの味方でいさせてくれるなら、私はいつだってロアの味方でいるわ。」

背中越しにかけられる声。
ガルロアにはユリアがどんな表情をしているのか見えなかった。

「じゃ、行ってきて。あなた一人で十分でしょう。私も行っても良いんだけど、というより私も一緒に行きたいくらいなんだけど、私はここで待ってるわ。私はあまり目立った行動はとらないほうが良いんでしょう?」

「うん。そうだね。」

「でも、もしも何かあったら助けに行くわ。」

「うん。ありがとう。」

「あなたがしてくれた話、あなたの言った私の質問への答え、全部は理解できなかったかもしれないけど、嬉しかったわ。」

「そっか。それなら良かった。」

「じゃ、死なないでね。さっきも言ったけど、まだ聞いてみたいことがあるんだから。」

「うん。心配要らないよ。」

そう言ってガルロアは部屋を出た。
結局、ユリアがどんな表情をしていたかは見なかった。

「言葉だけで十分だ。よしっ。いくかっ。」

気合をいれて走り出す。

凄まじい速度で道を駆け、建物の屋根を駆け、空中を翔け、幼生体との戦闘の現場にほんの数分でたどり着く。

「うへ~。すごい数だ。」

レギオスの一番外側、外縁部に程近い建物の屋上に立って、戦況を確認する。

「射撃部隊が空を飛んでる幼生体を撃ち落して、落ちた汚染獣を地上で殲滅しようって感じかな。」

それがツェルニの武芸者の戦い方だった。

「僕一人じゃあの数を殲滅することはできない。ツェルニの武芸者の犠牲をできる限り減らすことを考えて。さて、どこを叩けばツェルニの武芸者の負担が一番減ることになるかな・・・・・。できれば、まず母体を潰したいんだけど・・・・・。」

汚染獣の幼生体は繁殖期を迎えた雌性体から生まれる。
普通なら、母体である雌性体は幼生体が生まれると、その身を幼生体に喰わせるのだが、今回のような場合、つまり出産後に近くに自分の代わりとなる食料、人間がいる場合、幼生体は人間を襲い、雌性体は生きたまま地下に潜む。
生きているとはいっても、幼生体は母体の腹を食い破ってでてくるため、すでに瀕死ではあるのだが、しかし雌性体は自らの子が殺されすぎると、救援を呼び、付近にいる汚染獣を呼び寄せる。

「本来なら幼生体と母体は同時進行で殲滅するものなんだけど、ツェルニの生徒は現状で一杯一杯って感じだ。今はまだ互角だけど、時間がたてば分からないな。母体殲滅に向ける戦力はありそうにない。僕が行けば何とかなるんだけど、それには都市外装備と念威操者のサポートが必要。ツェルニ生ですらない部外者の僕が今からどっちも揃えるには時間がかかりすぎる。」

戦場において、部外者が何を言ったところで聞き入れてもらえることはないだろう。

「でも、ただの部外者じゃなくて、実力のある部外者なら話は違う。戦場に飛び込んで実力を示せば、きっとツェルニの生徒の誰かが念威をとばしてきてくれる。そのときに事情を説明すればいいかな?ってそうだ。うん?あれ?」

そこまで考えたときに、ガルロアは不自然を感じた。

レイフォンがいない。
戦場のどこを見ても、レイフォンの姿はない。
昨日の対抗戦で保健室に送られていたが、たいした怪我ではなかったはずだ。
なのにどこにもいない。
何故、いない?

「ここにいないなら、きっとレイフォンが母体の撃破に向かってるんだな。」
ガルロアはそのように仮定して、
「なら、僕は心置きなく幼生体と戦える。」
自分のこれからの行動を決断した。

「そんじゃ、まずは撃ち落されて山みたいに積みあがってる、あの幼生体を切り崩そう。
レストレーション」

白金練金鋼の大剣を復元し、肩に担ぐ。
ガルロアは立っていた建物の屋上から飛び上がる。
それと同時に白金練金鋼に剄を込める。

ツェルニ生の射撃部隊を超え、陸戦部隊を超え、彼らが戦っている幼生体をも飛び越えて、外延部ギリギリのところでうごめいている幼生体の大きな塊の前まできたところで、ガルロアは何もない空中で勢いよく大剣を振るう。
すると、大剣に込められていた剄が放出され、ガルロアの着地点にいた幼生体が轟音と共に一掃される。

外力系衝剄の変化、轟爆。
超密度までに圧縮させた剄を放出と同時に爆発させる。
殺傷性は低いが、恐ろしいほどの衝撃波を生むため、牽制として使うのに最適な技である。

そして、ガルロアは轟爆によって生まれた空白地帯に着地する。

そしてガルロアは汚染獣の群れの真っ只中に飛び込んでおきながら、何も気負っていないように笑いながら、しかし、その目は幼生体を鋭く睨みつつ、気楽な感じに幼生体へと声をかける。

何の意味もない行為だが、何故だかガルロアはそんな気分になっていた。

「手早く終わらせて戻って来いって、お前らの大先輩に言われてるからさ。」

剣を構えて剄を込める。

「申し訳ないけれど、僕と、その大先輩のために、手早く死んでくれ。」

込めた剄を前へと穿つ。

「人間と、一人の汚染獣のために死んでいけ。」

正面の幼生体が息絶える。






「戦闘開始だ。ここにいる奴、全匹まとめてかかって来い!」















[27866] 第16話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/08/16 02:35
向かってくる幼生体に、ツェルニ第十七小隊の隊長、ニーナ・アントークは両手に持った鉄鞭振るう。
活剄で身体を強化し、衝剄によって威力を上乗せさせた、今の自分にできる限界の攻撃を放つが、しかしそれは幼生体の外殻をわずかにへこませることしかできない。
それでも自分は何度か攻撃を当てれば幼生体をしとめることができる。
しかし、都市の中でもエリートとされている自分がこれでは、他の者達では少し厳しいかもしれない。
そう思って周りを見れば、そういう者達は何人かで連携して、一体ずつ汚染獣の数を減らしていっている。
とはいえ、このままではいけない。
幼生体の動きが鈍重であること、射撃部隊が撃ち落した汚染獣が外縁部ギリギリのところで積み上げられて、なかなか動き出せずにいること。
この二つの要因に今は救われているが、もともと1千体をこえる数の幼生体を相手にしているのだ。
向こうにある幼生体の山が崩れて、こちらに向かってくるようなことになれば、幼生体一体に数人の武芸者で当たっているような今の状況では、圧倒的に武芸者の数が足りなくなる。
自分達の張っているこの防衛線はいとも容易く破られてしまうだろう。
ともすれば、絶体絶命の危機に陥ってしまうような、この危うい状況をどうにかしたいと思うのだが、だからといって打てる手段もない。
結局、今は目の前の幼生体を仕留めることしかできないのだ。

ニーナは幼生体に鉄鞭を打ちつけ、また一体、幼生体を仕留める。

「くそっ。これで何体倒した。後何体倒せばいい。」

苛立ちのこもる声をあげる。
自分の倒した幼生体の数など、きっと数えられる程度のものであり、倒さねばならない幼生体は数え切れないほどたくさんいる。
そんなことは分かっているが、声に出して少しでもストレスを発散させなければ、自身の身に降りかかるこのプレッシャーに耐え切れなくなりそうだった。

そもそも、戦闘が始まってからまだそれほど時間がたっていないというのに、ネガティブな考えしか頭に浮かんでこないことが既に状況の悪さを示している。

戦闘が長引いて長期戦になったときのことなど考えたくもない。

「レイフォンがいたならもしかして・・・・・。」

昨日の小隊対抗戦で、ニーナはレイフォンの圧倒的な実力を見た。
そして理解した。
十七小隊への入隊試験のとき、小隊の訓練のとき、自分との個人訓練のとき、そのことごとくでレイフォンは実力を隠し、思いっきり手を抜いていたのだと。
その事実はニーナにとって屈辱的で、即座に事情を知っていると思われる生徒会長の元へと押しかけた。
そして、その場で信じられない事実を聞いた。

かつてレイフォンは、武芸が最も盛んだといわれているグレンダンで、最も優れている武芸者12人に与えられる、天剣授受者の称号を得ていたという。

そんな栄誉を得ながら、レイフォンは禁忌とされている賭け試合に出場し、天剣の名を貶める。
それゆえにグレンダンから追放されたと聞いた。

ツェルニが幼生体に襲われる直前、ニーナはレイフォンと話していた。
その中で、レイフォンにもレイフォンなりの理由があったことは理解した。
賭け試合に出場してまで金を得ようとしていた理由があったことも分かった。
だからといって、ニーナにはレイフォンの行動を是とすることができなかった。

しかし、レイフォンに実力があることは確か。
汚染獣の襲撃が頻繁にあるグレンダンで、高位の存在として君臨していたのならば、汚染獣との戦闘経験もそれなりに豊富であるはず。
いかに強力といえど、一人の武芸者の参戦で、この状況に劇的な好転を促すとも思えないが、もしもこの場にレイフォンがいたならば・・・・・・・。

と、そこまで考えて、ニーナは自分の思考を振り払う。

「他人の力を当てにしてどうする。私がツェルニを守ると決めたんだ。こんなところで挫けてなるものかっ」

いつの間にか近くにまで迫っていた幼生体の突進をいなし、そのままその昆虫のような外観の足に当たる部分を突いて、引っくり返させる。

「集中を切らすなっ。」

自身に叱責しつつ、倒れた幼生体の腹部に鉄鞭を叩きつける。

「もとより、アイツは頼りにならん。」

汚染獣襲来を告げるサイレンが鳴ったとき、レイフォンは一般市民と一緒にシェルターに逃げると言い出した。

そんな軟弱者に何ができる。
私たちの剄の力は何のためにある。
そんな軟弱者を頼りにしなくてはならないほど、私たちは弱くはない。

憤りをこめつつ、止めの一撃を放ち、また一体、幼生体を停止させる。

「よしっ。次だっ」

自身にせまる幼生体がいないことを確認し、それならばと次の標的を探すためにニーナは周囲に視線をめぐらせる。

だから、偶然見ることができた。

どこから跳んだのかは分からないが、自分達の頭上を跳び越えて、今まさに幼生体の群れのど真ん中に着地しようとしている存在を。

「んなっ!?」

何をしている!?
どこの者だ!?
自殺行為だ!?
着地と同時に襲われればひとたまりもないぞ!?
ストレスに耐え切れなくなって暴走しているのか!?

白金に輝く大きな大剣を持った男だった。
ニーナは直後にその男に起こるであろう悲劇に身構える。

しかし、そうはならなかった。
男が空中で剣を振り下ろし、その場に爆音が響いた。
その大きな音に集中を乱す生徒もいたが、その集中の乱れが大事に至るようなことはなかった。
そしてそのまま男は幼生体の群れの中に飲み込まれ、ニーナからは幼生体の群れが邪魔になって、その姿は見えなくなった。

今度こそ終わりか、と思うが、しかしニーナの予想はまたも外れる。

男の落ちたその場所から、周りの音にかき消されそうではあるが確かに戦闘音が響き、そしてその音がやむことはない。

「一体、何が起こっている・・・・・。」

呆然として呟く。
射撃部隊の位置からなら、何が起こっているのか分かるかもしれないが、しかし彼らは今も大量に空を飛んでいる幼生体の対処のため、地上に目を向けることはできないだろう。

「レイフォン・・・?・・・・ではなかったか・・・・・。」

白金練金鋼の大剣を持ち、大剣に流れる剄の輝きに淡く照らされた男の後ろ姿は、レイフォンのそれではなかった。

第一、レイフォンの武器は青石練金鋼の剣だ。
あんな馬鹿でかい剣ではないし、そもそも白金練金鋼ですらない。

「では、あれは一体・・・・・。」

と、そこでニーナは自身に迫る幼生体を確認し、再び戦闘に没頭する。

多少の混乱はあったが、しかし正体不明ではあるが心強い存在を見たことで、ニーナの士気は先ほどより上がっていた。





     †††





剣を振るう。
一振りするだけで一体、幼生体が爆発し、四散し、吹き飛ぶ。

「爆発させて吹き飛ばすってのが効率を悪くしてるよなぁ・・・・・。」

ガルロアは呟きながら、しかしその手を休めることはない。
次々と幼生体を吹き飛ばし、次々と命を刈る。

「でも、そうやって吹き飛ばしておかないと視界が悪くなるし・・・・・。」

現在は夜中だ。
ただでさえ視界が悪いのに、幼生体の屍を周りに積み上げてさらに視界を悪くするようなことはしたくない。

本来ならば、様々なところへ動き回りながら戦闘をすることによって、その事態を回避するものなのだが、しかしガルロアは最初に着地したその場から、ほとんど動かずに戦闘を続けている。
この場所。
上空から落ちてくる幼生体と、レギオスの足をつたって上ってくる幼生体が合流し、戦闘区域の中で最も多くの幼生体が群れているこの場所。
そんな激戦区でガルロアは一歩も動かずに戦い続け、それでもまだまだ余裕がありそうである。

ツェルニの生徒からは自分達の方へと向かってくる幼生体の群れが壁になって、ガルロアの戦闘を見ることはできないだろうが、しかしもしも誰か見ている人間がいたならば驚愕していただろう。

その戦闘能力も凄まじいが、ガルロアの戦い方が異常だった。

ガルロアの振るう大剣が幼生体に触れることはない。
それどころか、ガルロアの周囲三メルトルの中に近づいていける幼生体すら存在しない。
何もないところでガルロアは剣を振り、それなのに幼生体はその動きに連動するように爆散し吹き飛ばされていく。

外力系衝剄の基本技、針剄の応用である。
練金鋼の中で剄を凝縮させ、貫通性を持った針状の衝剄として外部に放出させるのが針剄。
その針剄を、敵を貫くと同時に爆発するようにすることで、幼生体を仕留めると同時に吹き飛ばし、この場を動けないこの状況での視界の確保をすることができる。
幼生体の肉片が飛び散るという猟奇的な光景を作ってしまうことや、戦闘後の後処理が大変になるというデメリットが存在し、できれば使いたくはないのだが、この状況では仕方がない。

「完全に貫く形で針剄を撃てたら、最低でも一直線上の三体くらいは同時に倒せると思うんだよなぁ。」

大剣を振り上げ、振り上げた慣性に流されるように後ろを振り向き、そのまま大剣を振り下ろす。そして今度は大剣を横薙ぎにする形で体ごと半回転させ、また正面を向く。
前方の二体、後方の一体。

「そういえば、昔、大剣は振り上げるようなもんじゃないって怒られたことがあったっけ?」

横薙ぎの動作によって自分の真横に来た大剣をそのまま上へと持ち上げ、自分の頭上を通過させて反対側へと振り下ろす。さらにもう一度、また反対側へと大剣を振り下ろして、元の真横に大剣を戻す。そして今度は斜め上へと振り上げる。
両側面の二体、上空からの一体。

誰にともなくしゃべりながら、相当な重量であろう大剣を軽々と振り回し、一瞬で周囲の六体の幼生体を排除する。

「ふう。これで300体くらいは倒したかな?ったく、きりがないなぁ。終わりが見えないや。」

今も続々と増え続ける幼生体に呆れとともに溜め息をつく。

「だけど、なんかおかしいな?」
向かってくる幼生体を蹴散らしつつ、ガルロアは考える。

まず、自分がここで戦い始めてからもう既に相当な時間が経っているのに、戦っていれば誰かが飛ばしてくるだろうと思っていた念威端子が一向に飛んでこない。
しかし、これはまだ許容できる範囲ではある。
汚染獣戦で手間取っているだとか、色々理由は考えられる。

しかし、もう一つ。
レイフォンが姿を見せない。
ガルロアは、レイフォンは母体を倒しに向かったのだと予想していたのだが、それにしても遅すぎる。
都震が起こった直後に汚染獣襲来の警報がなったことから考えて、都震の原因は休眠中だった母体の巣を踏み抜いてしまったことだと考えられる。
つまり母体はツェルニのすぐそばにいるはずなのだから、念威操者のサポートがあればどんなに遅くても行って倒して帰るのに十分かからないだろう。
それなのに、もう戦闘開始から少なくとも一時間以上は経っている。
なにかトラブルがあったと考えたって遅すぎる。

となれば・・・・・、

レイフォンが母体を倒す際に怪我をしたか。
いや、レイフォンがすでに幼生体に腹を食い破られて瀕死の状態になっているはずの母体を相手に怪我を負う可能性はありえない。

それならば・・・・・・。

「もしかして、レイフォンは戦ってないのかもしれない・・・。」

そこまで考えて、戦闘が始まってからずっと気負った様子のない表情を浮かべていたガルロアに、初めてあせりの色が浮かぶ。

「いや、こんなときに戦ってないなんて、そんなことあるわけな・・・・・く・・・もないのかもしれない・・・・のか?」

ガルロアの脳裏に昨日の試合のレイフォンの様子が浮かぶ。
あの、序盤に見せたやる気の無さ。
あれはもしかしたらそういうことなのかもしれない。




『戦う理由を持つやつは、命をかけて戦える。戦う理由をもたないやつも、命をかけることはしないだろうけど戦える。戦わない理由をもつやつも、戦いたくない理由をもつやつも、よっぽどのことがない限り、命がかかれば戦ってくれるだろうね。今のあんたはつまり二番目。命をかけずに戦う人間。あたしはあんたがそんなんになってる理由は分かってっけど、でも気をつけな。あんたみたいのは一番舐めた野郎になりかねないよ。』

かつてガルロアにそんな話をした人がいた。

『世の中には、絶対に戦わないなんつーやつがいてね、まあそういう奴は大抵弱いから、あたしはそんな奴のことなんかどうでもいいんだけど、でもあんたがそんなことを言い出したら、それは世界を舐めきってるよ。』

ガルロアの父親が死んで間もない頃のこと。
父親を守ろうという確固とした戦う理由をなくし、仲良くしていた親友も都市を出ていき、戦う理由も戦わない理由も持たずにただ惰性で戦っていたガルロアへの警告だったのだろう。

『あんたは強い。今はまだだけど、すぐにこの都市で一番になる。そんなあんたの戦わない選択は非道だよ。』

かよっていた道場の、門下生の一人である女だった。

『あんたにもあんたの意思がある。それを止める権利なんて誰にもない。だから、結局のところあんたがどうしようとあんたの勝手だ。あんたが戦わない選択をしたとして、それで誰かが死んだとして、それに対して誰かがあんたに文句を言ったとしても、そりゃ、ただの逆ギレだ。あんたがいなきゃ死んじまうような非力な自分達が悪いんだ。』

上から目線の皮肉っぽい女だった。

『だけどな、あんたが戦えば生きる人が増えて、あんたが戦わなければ死ぬ人が増える。あんたはそれ程の力を持っちまったんだ。そのことを忘れるなよ。』

嫌な女だったが、彼女の言葉がなければ自分は今、戦っていなかったかもしれないとガルロアは思っている。

『この世界の人間の、生きようとする覚悟を舐めるなよ。この世界の人間の、生きようとする意志を舐めるなよ。それらをただの我侭で無視する人間は、救えるそれらを我侭で見捨てようとする人間は、そんな奴らは、この世界の人間を舐めすぎてる。命を舐めてる。世界を舐めてる。自分に自惚れすぎてる。吐き気がするほど自己中で殺したくなるような糞野郎だ。お前はそんな奴にはなってくれるなよ。』

彼女の言葉があったからガルロアは今も幼生体と戦っている。

しかし、レイフォンは違ったのかもしれない。
何かがあって、それを支えてくれる人がいなくて、レイフォンは戦えなくなったのかもしれない。

「糞野郎・・・・・か・・・・・。少し会って話した感じ、そんな奴じゃなかったっぽいけど、でも戦ってないみたいだし、今、なにしてんのかも分からないし・・・・・。それにしても、本当に戦っていないんなら、少し困ったことになったな。」

大剣を振り回しながら呟く。

レイフォンが実際は今何をしているのかなど知りえるはずもないが、しかしもしも本当にレイフォンが戦っていないとなると困ったことになる。
いや、こんな状況だ。戦ってくれているかもと希望的観測をせずに、レイフォンは戦っていないと判断するべきだ。

「レイフォンが母体を潰してくれると思ってたから、結構加減なく幼生体を倒しちゃってるんだよなぁ。もう、母体が救援を呼ぶか呼ばないかの瀬戸際くらいまできちゃってるかもしれない。もしかするともう呼ばれちゃってるかもしれない。」

母体がどの程度幼生体を殺されたタイミングで救援を呼ぶかは分からないが、もうだいぶ幼生体を殺してしまっている。できることなら今すぐにでも母体を潰しに行きたい。

「でも、僕がいきなりここを離れたらツェルニの学生が混乱するだろうし、だからって伝えようとしても念威端子が飛んでこないとどうしようもないっ。大声でも出せば伝えられるか?」

そんなことをグダグダと考えていると、ようやく待ちに望んだものがやってきた。

『少し良いかな?』

耳元で男の声が聞こえる。

「ようやく来てくれた。念威端子。」
心のそこからほっとしつつ、
「どうして今まで来なかったんですか?」
恐らく年上であろうその声に敬語で話しつつ文句を言う。

『済まない。ここ何十年かツェルニは汚染獣との交戦はなくてね、ここの生徒達は皆、初めての汚染獣戦だったのだよ。多少の不手際は許して欲しいね。それに、そのあたりの戦闘の指揮は十七小隊に任せてあるのだが、その十七小隊の念威操者がボイコットを起こしているんだ。そのせいで色々と混乱していたんだよ。』

「ボイコットって・・・・・。」
以前会った十七小隊の念威操者のフェリ。ロスを思い出す。

「ところで、最高指揮官の方か、このあたりの指揮官の方に念威をつなげてもらえませんか?」
少し呆れつつも、早速、母体を潰しに行くために、さっさと今の状況とこれから自分がしたいことをツェルニの指揮官に伝えなくてはと思う。
しかし帰ってきた言葉は予想外なものだった。

『その必要はないよ。私はカリアン・ロス。この都市の生徒会長だ。』

確かに生徒会長は最高指揮官だ。ならばとガルロアは早速状況を伝えようと思ったが、しかしその前に一つ恨み言を言いたくなった。

「なるほど、僕達の転入試験の受験を却下し続けた人ですか。」

『その話は後ですると約束しよう。だから、とりあえず私の話を聞いてくれ。』

「むぅ。」
カリアンの真剣な声色に思わず押し黙り、話を聞くことにする。

『君のおかげで、負傷者の数が相当少なくなっている。負傷による再起不能者はいるかもしれないが、死者は0だ。そのことにまず礼を言おう。それでだ。本題はここからだ。我々はこれより汚染獣駆逐の最終作戦に移ろうと思っている。そのため、今戦っている生徒を防衛柵の内側へと避難させたいのだが、君にその援護を頼みたい。』

防衛柵とは、高圧電流の流れる柵のことで、幼生体が空を飛ばなければ、柵だけで少しの間は幼生体を食い止められる。

礼は本題じゃなかったのか、とか『礼を言おう』って言うだけでは礼を言ったことにはならないんじゃないか、とかそんなことも気になったが、それ以上に聞きたいことを聞く。

「最終作戦っていうのは、レイフォン・アルセイフが関係ありますか?」
この都市に戦っている生徒をすべて避難させて汚染獣を駆逐する方法があるとすれば、それ以外に考えられない。

『ふむ?君はレイフォン君を知っているのかね?まぁその通りだよ。レイフォン君がようやく我々に協力してくれたということさ。喜ぶべきことに私の妹も一緒にね。』

そのカリアンの言葉に、念威端子からガルロアに聞こえてくる声が一つ増える。

『私は兄さんに協力しているわけではありません。レイフォンさんに協力しているんです。勘違いしないでください。』

嫌そうに言うその声は、以前会った十七小隊の念威操者、フェリの声だった。
そういえば彼女は自分が生徒会長の妹であるといっていた。

「レイフォンは今まで何をしていたんですか?」
カリアンが『ようやく』と言ったからには、レイフォンは自分がほとんど確信していた予想の通りの行動をとっていたのだろうが、それでもガルロアは一応聞いてみた。

『彼が今まで何をしていたのかは知らないが、まぁシェルターにも行かず、戦闘にも参加せずにいたのだろうね。しかしフェリが言うにはツェルニに来てからにごりっぱなしだった彼の瞳が晴れていたそうだ。武芸を拒否していた彼の迷いをふっきる何かがあったんだろう。』

「そうですか・・・・・。」
時間はかかったが、レイフォンがあの女の言うところの糞野郎にならなかったことを、他人事ではあるが賞賛しつつ、しかしやはり戦っていなかった事実に対し、真剣に母体の対処を考えなくてはならなくなった。

「幼生体がいるからには、必ず近くに母体がいて、幼生体を倒しすぎると母体が救援を呼ぶことを知っていますか?」
ガルロアはとりあえずカリアンがどの程度状況を把握しているのかを聴くことにする。

しかしそれに答える声はカリアンのそれではなかった。

『知っています。レイフォンさんは幼生体の殲滅後、すぐに母体を潰しに行くつもりらしいですよ。』
フェリが淡々と話す。

「幼生体を殲滅後、すぐに母体を潰しにいくって、そんなすぐに幼生体を殲滅することができるの?」

ガルロアが驚いていったその言葉に、フェリは淡々とした口調に若干の苛立ちを混ぜて答える。

『本人ができるといっているんだからできるのでしょう。私は今、あなた達の通信の他に幼生体の位置把握、母体の捜索、退避を戦っている武芸者に伝える準備、レイフォンさんのサポートを行っているんです。いい加減にしてください。いつまでもグダグダと私の手を煩わせていないで、さっさと退避の援護をしてください。』

そういえば、以前あったときもキツイ話し方をされた。
こちらにも色々と事情があったのだが、しかしレイフォンが戦ってくれるというのなら、状況に流されてみてもいいだろう。
ガルロアはそう考え、「分かりました。」と短く返事をする。

「っらぁっ!」
カリアンやフェリと会話をしている間も続々と襲いかかって来ていた幼生体を、身体全体から周囲に向けて衝剄を飛ばすことで押し返す。
そうしてできた隙を見逃さず、ガルロアは背後へと向かって、ツェルニの武芸者が戦っている場所へと向かって大きく跳躍。

―――そして着地。

「なっ、お前っ。」
ガルロアが着地すると隣から驚くような声が聞こえた。

「あっ、えーっと、確か、・・・・・ニーナ・アントークさん?」

短く鮮やかな金髪、意志の強そうな目、表情、そしてスラリとした体型。
昨日の試合で見た、十七小隊の隊長だった。

「ああ、そうだが・・・っ・・・・ふっ!」
話しているところを迫ってきた幼生体にニーナが気付き、鉄鞭を振るって幼生体をはじく。

「あんまり、油断しないでくださいよっっっとっ!」
ニーナのはじいた幼生体をガルロアは針剄を使って一瞬で片付ける。

「えっ!?」
それを見たニーナは再度、驚きの声を上げた。

そんなニーナにガルロアは話しかける。

「生徒会長の話は聞きましたか?」

「む?ん?ああ。あの防衛柵の内側まで退避しろという奴か?会長は何を考えているんだ。武芸者を退避させて何ができると言うんだ。」
ニーナは釈然としないような表情をする。

「僕はあなた達の退避の援護を頼まれています。あなた達は早く退避してください。」
ガルロアはニーナの言葉に取り合わず、同じように釈然としない様子で立っていた他数名の武芸者を急き立てて、防衛柵の中へと急がせる。

『それではカウントダウンを始めます。0になるまでに必ず防衛柵の中に退避してください。』
カリアンの声が、宙に散らばったフェリの探査子から響く。

その生徒会長の宣言に、よろよろとであったり、しぶしぶとであったり、嬉々としてであったりとしながらも、ツェルニの生徒が全員防衛柵の中に入ったのを確認する。

『10』

「それじゃ、後十秒はこの柵を守んなきゃな。」

ガルロアは一人、柵の外に残り、大剣を構える。

『9』

その様子を見たツェルニの生徒の何人かが自分も戦おうと柵を乗り越えてこようとするが、ガルロアは思いっ切り背後に剄を発し、周囲を威圧し、そんな生徒達の動きを止めさせる。

どよめきがもれる。

『8』

「はぁ~あ。あんまり目立つことはなしにしようって思ってたのに、思いっきり目立っちゃってるや。まぁ肝心のユリアは目立ってないからよしとするか。」

『7』

「っらぁっ!」
大挙して押し寄せる幼生体の群れにこれでもかとばかりに衝剄をあてる。

『6』

「もう視界の確保は必要ないからね。全力でやらせてもらう。」

『5』

大剣を一振りするだけで数対の幼生体を葬る。

『4』

一振りで数対の幼生体を葬る大剣を、凄まじい速度で振り回す。

『3』

ガルロアの周囲に、凄まじい速度で幼生体の死骸が積み重なってゆく。

『2』

「よしっ!」
ガルロアは呟いて、最後に大きく大剣を振る。

『1』

ガルロアはすぐさま後ろへと跳び、防衛柵の内側へと入り込む。

直後、次に何が起こるのか。
レイフォンが何をするかを見るために外縁部の方向へと向き直る。

そして・・・・・。



『0』




カリアンの言葉とともに、目の前の光景が変わった。

まず、防衛柵へと迫っていた幼生体が真っ二つに切り落とされる。

一体何が!?
ガルロアがそう思ったときには、既に状況はさらに凄まじいものへと変わっている。

目の前の幼生体にとどまらず、いたるところで幼生体が真っ二つにされていく。

は?
ガルロアが驚愕した瞬間、事態の凄まじさは絶頂に達す。

見渡す限りにうじゃうじゃといた幼生達が、見渡せる全ての場所で次々と真っ二つにされていく。

次々と次々と次々と。

直前までガルロアがやっていた高レベルな戦闘が、まるで児戯にも思えてしまうような凄まじさで、幼生たちは刈られていく。

「うわぁ・・・・・。」
ガルロアは呆然として呟いた。
「こりゃ、十秒で片がつくな・・・・・。ユリアが言ってたのはこのことか・・・・・。」

周りの武芸者は声も出せずに呆けている。

「・・・・・これは・・・・・鋼糸か・・・・・。」

よく見れば、剄ののった細い糸がそこらじゅうを漂っているのが見える。
摩擦と圧力で敵を切る武器だ。

「確かに鋼糸ってのはマイナーではあるけれど武器として確立してる。でもこんな膨大な数の糸を完璧に制御するなんて人間業じゃないでしょ・・・・・。」

ガルロアが呟く間にも幼生たちは刈られ続けている。
もう残りはわずかだろう。

「いや、完璧には制御できないから、僕達を防衛柵の内側に退避させたのか。幼生体から守るためじゃなくて、自分の攻撃に巻き込まないようにするために・・・・・。」

全く。
これが自分より確実に強いっていう存在か。
ガルロアは妙な脱力感を感じた。
レイフォンは昨日の試合では剣を使っていた。
いつも、剣をメインとして使っているのか、鋼糸をメインとして使っているのか、それとも他に隠し玉があるのか。
いずれにしても、レイフォンの強さは十分に理解した。
自分の想像の、完全に上を行かれていた。

「この分なら、母体も簡単に片付けてくれるだろうなぁ。」

ガルロアは完全に幼生体が駆逐された外縁部の一番外側、エアフィルターの方へと向かってふらふらと歩き出した。
歩き出したガルロアの後ろでは、ツェルニの生徒達が都市を守りきった事実に対し、混乱しつつも歓声を上げていた。

「なんか自信を失いそうだ。」

真っ二つにされた幼生たちの間を縫うようにして歩き、そしてガルロアはため息とともに空を見上げる。

レイフォンが跳んでいた。

「へっ!?」

レイフォンがエアフィルターを突き抜けて都市の外へと、汚染された大地へと出て行った。

「・・・・・・・バカかアイツーーーーーっ!?」
ガルロアにしては珍しく、罵倒の言葉を大声で叫ぶ。
しかしそれも無理はないだろう。
レイフォンは遮断スーツを着ていなかった。

都市の外で、遮断スーツを着ないのは自殺と同じだ。汚染物質に皮膚を焼かれ、汚染物質の中で5分も呼吸すれば肺が腐り死に至る。

「うわぁー。レイフォンの奴なにやってるんだよ。死にたいのかよ何なんだよ。」

「・・・・・どうかしたのか?」

ガルロアが混乱してぶつぶつと呟いていると、後ろからかかる声があった。
ニーナだった。
先ほどガルロアがあげた叫びに呼ばれてきたのだろう。

「あーレイフォンがレイフォンがレイフォンがぁぁぁ。」

「なに?レイフォン?そういえば、先ほどのあれもレイフォンの仕業なのか?アイツは今どこにいるんだ?」

ニーナが色々と聞いてくるが、完全に混乱したガルロアにはニーナの言葉が全く頭に入ってこない。

「おいっ。一体どうしたというんだ・・・・・」
ニーナがあきれ混じりに声を上げる。




そんな光景が4分ほど続いた後、

ヒュン、と乾いた音が響き、そして直後にズバン、とレイフォンがエアフィルターを突き抜けて入ってきた。

それを見たニーナは驚きに染まった表情をした。

「レイフォンっ!?お前、都市の外にいたのか!?遮断スーツも着ないで!?大丈夫か?」
ニーナが急いでレイフォンの方へと駆けつける。

それを見たレイフォンも、今にも倒れそうな足取りでニーナのほうへと歩き出す。

「ああ。先輩。無事でよかった。」
そんなことを笑って言うレイフォンは、汚染物質に焼かれて服も皮膚もボロボロで、目は真っ赤に充血し、涙がダラダラと流れ続けている。

「お前の方がひどい。無用心に都市を出るな。」
ニーナはレイフォンを優しく支えながら叱責する。

そんなニーナにレイフォンはやはりニコリと笑い、そして「すいません。少し疲れました」と呟く。
そしてそのままニーナを巻き込んで、ニーナを下敷きにする形で転倒した。

「おっ、おい、何をする!?」
ニーナがあわててじたばたとするが、完全に力の抜け切った人間を押しのけるというのは意外に難しいもので、難航しているようだった。

その様子をガルロアは笑ってみていたが、しかしふと何かに気付いたように視線をエアフィルターの向こうに向ける。

「くそっ。やっぱり失敗してたか。」
呟くように悪態をつく。

そして探し物をして周囲を見回す。
幸い、それはすぐ近くにあった。

「生徒会長?カリアンさん?聞こえますか?」

フェリの探査子に向けて話す。

『む?君か。協力感謝するよ。君のおかげで助かっ―――――』
「ちょっと待ってください。」

安心したように話すカリアンを押しとめて話す。

「失敗しました。」
ガルロアは簡潔に言う。

『失敗?それは何のことかな?』
緊張感を感じ取ったのか、カリアンの声にも覇気がともる。

「母体のことと、救援の話を先ほどしましたよね。それについて話があります。」

ガルロアのその言葉にカリアンの息を呑む音が聞こえた。

『今、その話を持ち出して『失敗』、嫌な予感しかしないね。私の予想が外れていることを祈りながら聞かせてもらうことにするけれど、もしかして君は救援を呼ばれたと言おうとしているかい?』

察しの良い人だ、とガルロアは感心しつつ答える。

「その通りです。救援を呼ばれました。」

ほとんど僕のせいで・・・とガルロアは心の中でつけ加える。

絶望するようなカリアンの溜め息の音が耳に痛かった。
















[27866] 第17話ー1(17話は二話同時投稿です。)
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/08/30 13:10

『レイフォンさんは幼生体の殲滅の直後に母体を潰したはずです。それなのにどうして救援が呼ばれたというんですか。』

カリアンもガルロアも何も言わずにいると、フェリの声が割り込んできた。
割り込むも何も、この探査子はフェリのもので、フェリが話に参加していたことは自明の理ではあるのだが。

「レイフォンが行動を起こす以前に、僕が幼生体を殺しすぎました。ほぼ間違いなくそれが原因です。」
ガルロアは申し訳なさそうな声を出す。

『あなたは、幼生体を殺しすぎると母体が救援を呼ぶことをしっていたのでしょう?何故そんなことをしたんですか。』
フェリが責め立てるように言う。
それに対してガルロアは「すいません」とだけ答えた。

ガルロアにも色々と言い分はあるのだ。
レイフォンが母体を潰しにいったと思っていたのに、レイフォンが戦ってすらいなかった誤算。
そのガルロアの勘違いを正せるはずであった念威操者の情報が、手遅れになるまで全く得られなかったこと。
勝手に勘違いしたのは自分かもしれないが、しかし念威操者の情報さえあればこの事態を避けられたはずではあった。

しかし、大元の原因は自分。
それに、やろうと思えば幼生体を殺さずに延々と弾き返し続けることもできたのだ。
きちんとした情報を得ていたわけでもないのに安易な行動をとるべきではなかった。

『そう彼を責めるものではないよ。彼とて考えなしにそんなことをするわけがないだろう?きっと不幸な思い違いがあったんだろう。そして彼がその勘違いを正せなかったのは、情報の遅さ、ツェルニの未熟さが原因なんだ。君の自分勝手な行動も含めてね、フェリ。』

そのカリアンの言葉に、ガルロアはこの人は本当に察しが良い、と感心した。
しかし、その言葉に苛立ちの感情をこめて返される声もある。

『私は本来なら今頃シェルターの中にいたはずなんです。それを無理やり武芸科に転科させてこんな戦場に引っ張り出したのは兄さんです。そんな人に私の行動についてどうこう言われる筋合いはありません。』
カリアンの言葉をつんとして突っぱねる。

そんなフェリの様子にカリアンが軽く溜め息をついたのが聞こえた。

『さて、今の状況と、救援を呼ばれたらどうなるのかという情報が欲しいのだが、教えてくれるかい?』

気を取り直してカリアンが聞いてくる。

「えーと、まず、僕がいるこの位置から、視認できる位置まで汚染獣の成体が迫ってきています。ツェルニはまだに地盤に足を取られたままで逃げることができないから、恐らく後・・・・・十数分後には接触するかと。」

その言葉にカリアンとフェリが言葉をなくして黙り込む。
そんな彼らにガルロアは話を続ける。

「そんなわけで時間が限られていますから、率直に言います。恐らく・・・・・、というより、ほぼ確実に、アレのほかにもツェルニに迫っている汚染獣がいるはずです。母体の救援は、周囲の広い範囲にいる汚染獣たちを引き寄せます。さすがにアレ一体しか汚染獣がいないとは考えにくい。少なくとももう一体、もしくは二体はツェルニに迫ってきていると思います。ですから、まずはフェリさん、もしくは他の念威操者の方に都市の周囲の索敵を行って欲しいです。」

フェリが嫌そうにため息をつきながら、何かを始める気配があった。
周囲の索敵を始めてくれたのだろう。
しかし、緊急事態にボイコットをしていたり、シェルターがどうのと言っていたり、今も嫌そうにしていたりと、それらには何の理由があるのだろうとガルロアは少し不思議に思った。
しかし、今は気にしないことにする。

『・・・・私は汚染獣の脅威というものを感覚的に理解できていない。だから教えて欲しいのだが、先ほどの幼生体の約一千体に対して、成体が数体というのはどの程度の危機なのかな?』

カリアンが希望を望むような声を上げる。
1千という膨大な数と比較する、わずか数体。
そこにカリアンは希望を求めているようだった。

しかし、ガルロアはその希望に答えられる返事を返せなかった。

「幼生体が1千体なら、被害を覚悟すればレイフォンがいないツェルニの武芸者だけでも何とかなりそうだった。成体が一体で、それが一期や二期なら、それもまた被害を覚悟すればツェルニの武芸者だけでギリギリ何とかなると思います。だけど、それが数体になるとどうしようもない。断言します。レイフォンのいないツェルニの武芸者だけでは勝ち目はありません。」

ガルロアの言葉は希望を打ち砕くもので、表面上だけ聞けば絶望するしかないようなものだったが、それでもカリアンはガルロアの言葉を冷静に判断した。

『・・・・・レイフォンのいない。・・・・・ツェルニの武芸者だけでは。・・・・・その言い方はつまり、レイフォン君、もしくは君がいればこの状況をどうにかできると言っているのかい?』

学園都市の生徒会長。
一つの都市のトップではあるが、しかし学生であるのだから年齢も若い。
それなのにこの緊急事態に冷静さを保ち続けるカリアンにガルロアはある種の敬意を覚えた。

「まあ、そう言ってます。とはいえレイフォンは倒れてるから僕しかいませんけど。」

そう言ったガルロアに今度はフェリが言葉を投げかける。

『先ほど、レイフォンさんは、救援を呼ばれたら自分ひとりでは難しい、といっていました。それなのにあなた一人でどうにかなるんですか?』

「難しい・・・・・です。とはいえ、それは汚染獣をどうにかすることが難しいという訳じゃない。たぶんレイフォンも同じように思ってると思いますよ。」

『もったいぶった言い方をしないでください。鬱陶しいです。』

フェリの容赦ない言葉にガルロアは少し苦笑した。

「僕も、きっとレイフォンも、汚染獣の成体が相手でも一対一で勝てます。よっぽど強い個体がきさえしなければ、一対二でも、一対三でも負ける気はしません。ですが母体の救援は、複数の汚染獣を複数方向からほぼ同時に呼び寄せます。そこが厄介なところで、つまり汚染獣が二体ならば一対一を二回、汚染獣が三体なら一対一を三回、繰り返さなければいけなくなります。」

一対一を数回。
それはすなわち、一体を相手にしているときは他の汚染獣を相手にできないということだ。

『レギオスは空間が限られた都市とはいえ広いからね。複数方向から襲われればそうなるだろうね。・・・・・ふむ。となれば、倒れているレイフォン君を無理矢理にでも起こした方が良いんじゃなのかな?それは人手が多ければ解決する問題なんじゃないかな?』

『兄さんっ!』

カリアンの提案に、フェリが怒った声を上げる。

ガルロアもカリアンの提案には賛同できなかった。

「レイフォンを戦わせるべきではないと思います。さっき、僕の目の前で倒れたんですけど、ざっと見た感じ、皮膚は大した事ありませんが、目と気管と肺が結構やられてるみたいでした。涙流しながら血ぃ吐いたりしてました。それからそれらの痛みのせいで、体力もだいぶ消耗してるみたいでしたね。レイフォンだったら、もしかするとあの状態でも戦えるかもしれませんが、普通なら戦えるような状態じゃないです。」

その言葉にフェリは安堵の息をつき、カリアンは納得と諦めの息をついた。

ちなみにレイフォンは既にニーナに医療科の生徒の元へと運ばれていった。

「それに、先ほどの話の続きですが、汚染獣をどうにかすることは難しくないんです。汚染獣が全て一期や二期なら、勝率は8割ってところかな。建造物は二、三棟、壊れたりするかもしれませんけど・・・・・。」

『ふむ?一期や二期・・・というのがどういうものなのかは分からないが、しかし都市の命運を決めるのに、8割というのは難しくないと言えるのかい?』

「汚染獣との戦闘で、8割という数字は難しくないというべきじゃないですかね?
・・・・・とはいえ、失敗しても都市が滅びるわけではないです。8割の残り2割というのは、僕が死ぬ可能性じゃなくて、練金鋼が壊れる可能性です。練金鋼が汚染獣との連戦に持ちこたえられない可能性です。ですが、その時は汚染獣をしばらく野放しにして、僕の練金鋼をもう一つ作ればどうにでもできます。その場合、建造物の被害がさらに二十ほど増えるだけで済むと思います。
まあつまりですね・・・・・、
この都市が滅ぶことはありえないでしょう。」

『本当かい?』

カリアンがほっとしたように聞いてくる。

「・・・・・・・練金鋼への不安は先ほど言った通りです。それから、汚染獣の中でも強力な個体に来られた場合の不安もありますが、それは索敵の結果次第。ですが、僕の手に負えない程の個体が来る可能性は極めて低い。無視してもいいレベルです。だから、この都市が滅びる可能性はないといってもいい。」

それにいざとなれば、レイフォンが戦線に復帰できるようになるまで足止めをすることもできるだろう。
だからガルロアはこの都市を守ること自体は確実にできると思っている。
しかし・・・・・・・。

『しかし、君は先ほど難しい。と言ったね。レイフォン君も同じ事を言ったらしいが、・・・・・それは一体どういうことなんだい?君は汚染獣を倒すことは難しくないといった。それならば、それなのに、君は一体何故難しいといっているんだい?』

カリアンが訳が分からないと聞いてくる。

「・・・・・さっき僕が言った被害予想。少しおかしいとは思いませんでしたか?」

カリアンがその言葉に息を呑む音が聞こえた。
そして、やがて答えを出す。

『・・・・・・・それは・・・・・・・人的被害については何も言わなかったことだろう?
・・・・・それはつまり・・・・・そういうことかい?』

「そうです。あれは、僕が一人で戦った場合のことです。でもツェルニの生徒の人たちが戦おうとしてしまうと、必ず死者がでます。絶対に。だから・・・・・・。
・・・・・つまり、あなた達と僕達は、最初から考えていることが違うんです。
汚染獣をどうにかすることは難しくない。僕達は死者を出さずにこの場を収めることが難しいといっているんです。。
レイフォンはそれでも『難しい』と言ったみたいですが、僕も先ほどは『難しい』と言いましたが、・・・・・正直に言いましょう。
僕は、僕には『できない』と思います。
足手まといな人間を守りながら汚染獣の成体と戦うことは僕にはできません。」

『・・・・・・・ならば、私が武芸科の生徒にもう一度退避命令を出せば・・・・・』

「できるんですか?汚染獣を目の前にした彼ら全員を、言葉一つで二度も三度も退避なんて不名誉なことをさせられるんですか?」

『・・・・・確かに無理だろうね。そんなことは彼らの誇りが許してはくれないだろう・・・・・。だが、それならば―――――――』
『報告です。索敵が終了しました。』

カリアンが何かを言おうとしたが、フェリの声がそれをさえぎった。

情報は早く欲しい。
ガルロアはカリアンの言葉よりフェリの報告を優先させた。
カリアンもそれを理解しているようで、とりあえず言葉を止めて沈黙する。

『ツェルニの中心、生徒会棟から見て、あなたが今いる方向を十二時として、十二時、五時、七時の方向にそれぞれ一体ずついます。あなたが今目視しているという十二時のものは、このままのペースなら後十一分後に。五時のものと七時のものは、十八分後にほぼ同時にツェルニと接触します。今のところはその三体しか発見できていません。一応、範囲を広げてもう少し捜索しておきます。』

「汚染獣の大きさはどんな感じですか?」

その報告に即座に問い返す。

『大きさ・・・ですか?三体とも同じようなものですけど?』

「いや、何期の汚染獣なのかを聞いたんですけど・・・・・っと、そっか。」

フェリの不明瞭な答えにガルロアは若干困惑したが、直後に思い至った。
戦闘経験がそれなりに豊富でないと、それが何期の汚染獣なのかということはわからないだろう。
それに今目視できているのは、未だ遠くて正確には分からないが、経験から見て雄性体の一期から三期のどれかだ。
同じような大きさというのなら、自分には見えない他の二体もそうなのだろう。
不確定ではあるが、それだけ分かれば十分だ。

「分かりました。ありがとうございます。」

『勘違いしないでくださいね。特に兄さん。私はレイフォンさんに頼まれたからあなた達に協力しているんです。レイフォンさんにこの都市を守るために協力して欲しいと頼まれたから、都市を守るまでは彼の頼みを聞いた責任を果たそうと思っているだけです。』

そんなフェリの態度から、フェリは余り戦うことに前向きじゃないのかもしれないとガルロアは思った。

「それでは生徒会長。話の続きです。汚染獣がどう迫ってくるか分かったことで、どうにかする方法が一つできました。」

『・・・・・というと?』

「まず、今は夜だからエアフィルターの外は暗いですし、それに汚染獣はものすごい勢いで近づいてきていますが、今はまだそれなりに離れた位置にいます。だから、活剄で視力強化して、それなりに集中しなければ見えません。いることが分かっていないと見つけられないでしょうし、そのうえ完全に集中力をなくしていますから、ツェルニの武芸者の中に汚染獣の接近に気がついているものはまだいません。後、五分程度は誰も気付かないと思います。それ以上経つと集中しようがしまいが、嫌でも目に入ってしまうと思いますが、今はまだ・・・・・。」

もしも、都市のシステムが汚染獣接近のサイレンを鳴らしていたらそうはならなかっただろうが、幸いというべきなのか都市のシステムはサイレンを鳴らさなかった。
都市のシステムは汚染獣が来た、ではなく、汚染獣が来続けている、と判断したのではないだろうか。

『・・・・・ふむ。なるほど。つまり現時点では、彼らを十二時方向に迫っているという汚染獣との戦闘区域の外へと移動させることはそれほど難しくないと。だから移動させろと。そう言いたいんだろう?しかし、それはあくまで一時的なものだ。彼らが汚染獣の接近に気付いたらどうすればいいんだい?』

「できる限り、足止めをしてください。僕はできる限りの速度で汚染獣を倒します。」

『・・・・・退避させるのは無理でも、足止めぐらいはできるだろうということか・・・・・。だがしかし、私がどんなに努力しても、恐らくそれほど長い時間足止めをすることはできないよ?』

困ったようにカリアンは言う。

「分かっています。僕が汚染獣と戦い始めてからの一分程度でもいいんです。一分でも構いませんが、できる限り長く足止めをしてください。」

『一分あれば、君は汚染獣を倒せるのかい?』

驚いたように聞いてくる。

「倒します。少し無茶しないといけなくて、少し難しいですが、できないことはありません」

『五時のものと七時のものはどうする?』

「ほぼ同時に迫っていることが脅威ですが、ツェルニの生徒達が密集しているここからは正反対の位置ですし、二体が迫っているという二つの場所は近いですから、ツェルニの生徒がそれらに気付いて追いつくまでには二体とも倒せます。」

これもまた、簡単とは言い難い難しさだが、できないことはない。
それに、正面に迫っている汚染獣にすら気がつかない彼らが、正反対から迫っている汚染獣に簡単に気付くとも思えない。

『なるほど。それなら現時点での問題は十二時の方向のものだけということか。
・・・戦闘開始から一分と言っても、実際には武芸科の生徒が汚染獣に気付いてから戦闘開始一分までということだろう?つまり5分以内で移動させて、最低でも5分以上は足止めをさせることになりそうだね・・・・・。』

カリアンがしばし考え込む。

『・・・・・だが・・・ふむ。そうだね。分かった。難しいができないわけじゃないんだ。命を賭ける必要もないことだしね。君の戦闘が終わるまでは何とか邪魔をさせない位置で必ず足止めしよう。その代わり、といってはなんだが、君は迫っている汚染獣をきっちりと倒してくれ。それもまた、難しいができないわけじゃないんだろう?』

やがて強い意思のこもった声でカリアンは言う。
実際にあれほどの、しかも気の抜けている集団を5分で移動させることは恐ろしく難しいだろうし、武芸者を足止めすることもまた難しいだろう。
それでもカリアンは必ずやると言った。

それに対してガルロアも強く意思をこめて返す。
「もちろんです。任せておいてください。自分で撒いた種でもありますしね。きっちりケリをつけますよ。」

「うむ。ありがとう。よろしく頼むよ。それではフェリ、・・・・・・・」






そうしてカリアンはフェリを通じて、この場にいる生徒達を移動させるための行動を始めた。

怪我人を緊急で運び出し、動けるものは緊急で生徒会棟の前に集合するように、といった風な指示を出しているようだった。
緊急という言葉を不自然なほど強く主張したカリアンだったが、汚染獣の接近にまだ気付いていないツェルニの生徒達は、なんの疑問も抱かずに、それでもカリアンの緊急という言葉に何かを感じたのか、迅速に指示に従っていく。
怪我人はすでに運び出されていたようで、この場にはほとんど残っておらず、それもあって極めて迅速に彼らはこの場を去っていく。

やがて、この場にはガルロア以外の人間がいなり、カリアンはガルロアとの約束の半分をきっちりと守ってくれた。
ここまでで三分。
カリアンの手腕に舌を巻くと同時に、カリアンの指示に迅速に従った武芸者達の評価を改める。

この分ならきっと足止めもきっちりとやってくれるだろう。

とガルロアが思っていると、近づいてくる人間が一人現れた。

「おい。」

「・・・・・あれ?・・・・ニーナさん?」

そこにいたのはレイフォンを連れて行ったはずの十七小隊隊長、ニーナ・アントークだった。






     †††





ナルキ・ゲルニは周りの武芸者達と意気揚々と生徒会塔へと向かっていた。
本来、武芸科の中でも一年生はシェルターに退避するものなのだが、ナルキは都市警察に入っていたため、幼生体と戦うことになった。
最後は訳も分からず終わったが、幼生体から都市を守りきったことは誇らしい。
そんなことを思いながら生徒会棟へと向かっていたその時だった。
誰かがポツリと呟いた。

「おい・・・・・。なんだアレ?」

緊急といわれて、自分達が今まで走って来ていた方向を見て、誰かがそういった。

一体なんだ?とナルキもそちらの方向に目を向ける。

最初は何のことか分からなかった。
その男が見ている視線の先にはエアフィルターの外の真っ黒な闇しか見えなかった。
しかし、自分の中では得意としている活剄で視力を強化し、やがて気付く。
真っ黒な闇の中に、何か別の黒色が動いている。こちらに向かってきている。

直感した。

「アレは・・・・・汚染獣だ・・・・。汚染獣だっ!!汚染獣がきてるぞぉぉぉ~~~!!!」

誰かが叫び、他の様々なところでも叫び声が上がる。

「なんで!?さっき終わったじゃないか!?」
「くそっ。なんでこのタイミングでっ」
「一体、どうなってんだよ!?」
「おいっ。急いで戻るぞ。ツェルニを守るんだ!!」

そんな困惑と混乱の中、一つの声が大きく響いた。

『武芸科の諸君。落ち着きたまえ。』

「この声・・・・・生徒会長か?」

いつの間にか空中に散らされていた念威操者の探査子から、生徒会長の声が響く。

「この探査子・・・・・フェリちゃんのじゃねーか。」
ナルキは近くにいた長髪で軽薄そうな男がそういうのを聞いた。

『諸君らも気付いたようだが、今、この都市には新たに汚染獣が接近して来ている。緊急事態だ。しかし、だからこそ落ち着いて聞いて欲しい。』

周囲の混乱が収まり静かになった。

『まず、諸君にはここで待機してもらいたい。』

しかし、カリアンの言葉でまた周囲に喧騒が戻る。

「ふざけるな。汚染獣がそこまで来ているんだぞ。待機なんてできるわけがないだろう。」

誰かが言い、それに他の人間が同調する。

『静まりたまえ!!』
カリアンが一喝。
また静けさが戻る。

『我々は先ほど、幼生体の群れに相当な苦戦を強いられた。先の戦いの最後に何が起こったのかは今は説明できる状況ではないが、しかし、あれがなければ負けていたのは我々だったかもしれない。そして、あの方法はもはや使えなくなってしまっている。その上、今ここに向かってきているのは汚染獣の成体。私は幼生体の群れより一体の成体のほうが危険度が高いと聞いた。この都市は紛れもなく危機的状況にある。なればこそ、だからこそ、先ほども言ったが我々は落ち着かなければならないのだ。』

カリアンの言葉にあるものは恐怖し、あるものは苦々しげに表情をゆがめ、またあるものは表情を変えずにカリアンの言葉を待つ。

『興奮は思考を鈍らせる。我々に今必要なのは知恵だ。人類の最高の武器である知恵が必要なんだ。考えなしに突貫するだけでは余計な犠牲者を生み、勝てる可能性をなくすかもしれない。だからこそ知恵が、作戦が必要なのだよ。作戦は7分以内に必ず立てる。だから作戦が立つまでは待機だ。汚染獣が都市に到着してしまっても、決して近づいてはいけない。諸君らの行動しだいで都市の命運が決まるのだ。建物が二、三、壊されても気にしてはいけない。なにものも人的被害には変え難い。大切なのは勝つことだ。そして我々は勝つ。それだけを理解して、私を信じて待機して欲しい。』

そして武芸者達は待機を決めた。






少し離れた生徒会棟ではカリアンが深く息をついていた。

「全く。嘘をつくのは心苦しいね。・・・・・だが、これで時間稼ぎは成功だろう。後はガルロア君に任せよう。・・・・・・・さてと、時間稼ぎの嘘だったとはいえ、建前上一応作戦を立てるための会議をしようか」

そしてカリアンは武芸科長のヴァンゼを初めとして、数人の人間達と念威を通じて会議を始める。




刻一刻と時間が過ぎ、そして5分が過ぎた頃、汚染獣が到着。それと同時に汚染獣は大きく吼えた。






     †††





「がっ!?」

汚染獣到着まで数分というタイミングで、ガルロアはニーナに当て身を喰らわせて気絶させた。

汚染獣はもうそこまで近づいてきている。
余計なことをされたくはなかった。

レイフォンを運んだ後、戻ってきたらしい。
レイフォンはまだ目を覚まさないが、命に別状はないとか、そんな話を彼女から聞いた。

そしてそんな話をしているうちにニーナが汚染獣に気付いた。
だからガルロアは気絶させた。
軽く気絶させただけなので、恐らくすぐに目を覚ますだろう。

「すいません。」

謝りながらニーナを抱え、安全な場所へと運び出す。
近くにあった建物の屋上に置く。
ここであれば、自分が戦闘の際に少し気をつければ特にどうということもない。

そして元の位置に戻ってくると、汚染獣はもう目前の位置にまで迫って来ていた。

汚染獣を観察する。

「・・・・・あれは、雄性の二期だ。他の二体を相手するために早く片付けなきゃいけないから、できれば一期の方が良かったんだけど・・・・・」

ガルロアは空を飛んでいる汚染獣と対するために、まず近くにある建物の屋上へと跳躍した。

「・・・・・でも、一期も二期もたいして差はないか。」

屋上へと着地したガルロアは白金練金鋼の大剣を構える。

自分はエアフィルターの外に出られない。だから、汚染獣がエアフィルターの中に入ってきた瞬間が勝負だ。

汚染獣の到着を待ちながらガルロアは全身に剄を巡らせ満たさせる。

後、100メルトル

50メルトル

20メルトル・・・・・・・・・・・・・10メルトル・・・・・・・5メルトル・・・1メルトル・。

汚染獣の頭がエアフィルターの中に入ってくる。
続いて首、胴、
とその時点でガルロアは建物の屋上から汚染獣へと向かって一直線に飛び出した。

「まずは、地面に落ちろ。」

ガルロアは汚染獣の頭を踏み超えて、その背中へと向かう。
剄の満ちた大剣を大きく振りかぶり、跳躍の勢いも上乗せさせて、汚染獣の向かって左側の翅へと振り下ろす。

砕けるように、もげるように、汚染獣の左の翅が落ちる。

汚染獣が痛みに大きく咆哮を上げた。

翅をなくしたことでバランスが崩れ、その巨体を大きく左側に傾かせながら汚染獣は落ちていく。

ガルロアは翅を落とすだけでは殺しきれなかった自分の勢いを止めるために、予備に持っていた鋼鉄練金鋼の剣を復元させて、汚染獣の右側面の背と尾の間に当たる部分に突き刺して勢いを止める。

「っ!?っふう。あぶなかった。エアフィルターの外に落ちるところだった。」
先ほどカリアンに言った少し無茶をしないといけないというのは、少し命を危険にさらすということだったのだが、実際には死ぬつもりなど毛頭ない。

そして今度は突き刺した剣を足場にして、いまだ落ち続ける汚染獣の残った右側の翅の方向へと向かって跳躍。

そして今度は右側の翅を落とす。

それによって汚染獣はまたもバランスを失い、今度は腹を上にして落ちていく。

今度のガルロアは足場のしっかりしない跳躍だったため、それほど勢いは出ず、翅を落とすと同時に勢いを失い、そのままほぼ真下へと落ち外縁部の地面へと落下、着地した。

翅を両方とも失った汚染獣はガルロアの着地した少し前方、都市の内側方向へと落下していく。

都市の外延部は、汚染獣と戦闘になった場合のことを考えて、場所を広く取られているのだが、汚染獣は外縁部の中ほどに落下し、そして背中から落ちたために、建造物群の一歩手前の位置まで落下の勢いを殺せずに引きずられていった。

先に着地していたガルロアはこの時点で既に汚染獣の目前まで迫っている。

しかし汚染獣は腹をむき出しにした無防備な体勢のままで、ガルロアの動きに反応できなかった。

「おおおおおおぉぉぉぉぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁっ!」

ガルロアは大剣を左手一本で持ち、汚染獣の右側面に刺さったままの、今は汚染獣がひっくり返っているために左側にある剣を右手でつかみ、そして剣を突き刺したまま、汚染獣の体を切り裂きながら、汚染獣の頭の方向へと向かっていく。
そして、そのまま首元まで切り裂き、そして首を切り裂いて、そして即座に汚染獣から距離をとった。

この時点で汚染獣は致命傷。
だがそれでも汚染獣はまだ死んでおらず、その後大きく体をよじらせて体勢を立て直した。

ガルロアはそれを見て鋼鉄練金鋼の剣を剣帯にしまう。
そして大剣を両手で持って汚染獣の首元へと再度近づいていく。

汚染獣はその大きな顎でガルロアを噛み砕こうとするが、それは既に弱々しい動きだった。
ガルロアはそれを軽々とかわし、そしてもう一度首を、今度は大剣で叩き切った。

「っうし。」

戦闘開始からわずか30秒だった。









「何だ今のは・・・・・。」
ガルロアから少し離れた位置にある建物の屋上で、ニーナは呟く。

気絶させられた。だが、気絶していたのは数分だっただろう。
いきなり当て身を喰らわされ、そして目が覚めたら先ほども幼生体を蹴散らしていた少年が、今度は成体の汚染獣をあっさりと倒すのを見せ付けられた。

攻撃の威力、速度、どれもこれも信じられないほどのものだった。
自分はただ見ていることしかできなかった。
ただ見ていただけで、戦闘は終わってしまった。

自分の不甲斐なさや、先ほどレイフォンに感じたのと似たような強者へ対する恐怖心。様々な感情の中に立ち尽くしていると、少年は都市の中心部へと向かってものすごい速度で駆け出していった。

ニーナはそれを追えない。

「・・・・・・・くそっ。なんてことだ。」

自分の足は動いてはくれなかった。










[27866] 第17話ー2
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/08/30 14:08
「確認です。正反対の側に汚染獣が二体くるまで、後何分残ってますか?」
ガルロアは傍らを飛ぶフェリの探査子に話しかける。

『後、6分強ですね。ツェルニの生徒達はあなたが今倒した汚染獣の元へと向かっていますが、正反対のものにはまだ気付いてないようです。ですがこれもまた、もうすぐ気がつくんじゃないでしょうか?』

「いや、建物が邪魔になって気がつかないかもしれませんよ?」

『・・・・・先ほどの汚染獣はあなたに攻撃されるまで全く咆哮をあげませんでしたが、今近づいてきている汚染獣も全く咆哮をあげずにここへ来るとは言い切れないんじゃないですか。咆哮をあげられたら一発で気付かれますよ。』

「確かにその通りなんですが、そこは汚染獣が咆哮をあげないことを祈るしかありませんね。」

ガルロアの答えに、全く、とフェリが呆れ声を出す。

「それにしても・・・・・こういう言い方はあれですが、ここの武芸者の未熟さには恐ろしくなりますね。今が夜であることを差し引いても、サイレンが鳴らないと、ここまで接近してきている汚染獣の存在に気付けないというのは、割と相当だと思いますよ。」

『都市戦でも負け続けですしね。そのせいで私やレイフォンさんがとばっちりをくったり。ですが、この場合は私たちにとっては好都合でしょう。』

「まぁ、そうですね。ところで生徒会長は何してるんです?」

『あの人は会議にでてます。一応最高責任者ですからね。あなたとばかり話しているわけにはいかないのでしょう。』

「それもそうですね。」

話しながらも、疾走るスピードは緩めない。
建物の屋上や屋根の上を駆け、もはや走るというよりも飛んでいるようなものだが、そのスピードは凄まじい。

『・・・・ガルロア・エインセル・・・でしたよね。以前会ったときはあなたが武芸者だとは思いませんでした。』

「そうですか?念威操者なら、そういうのも分かるんじゃないですか?」

『私は普段いつでも念威を使っているというわけではないですからね。それにしても不思議ですね。この都市の武芸科長なんかは、強そうな図体をしてそれなりに強いですが、あなたやレイフォンさんは別格の強さですよね。そんなに弱そうなのに。・・・・・そんなに弱そうなのに・・・・・。』

二度言われた。
しかも二度目はしみじみと。
「・・・・・・・僕ってそんなに弱そうですか・・・・・?」
ガルロアはフェリの容赦ない言葉に少なからずショックを受ける。
わざわざ二度も言う必要があるのかと。

『ええ。弱そうですね。体つきもパッと見では華奢な方ですし、顔つきも精悍とは言い難い。何よりまるで覇気がない。あなたが武芸者であることすら信じられません。はっきり言って、あなたはそこらの犬にも負けそうです。』

「・・・・・・・・・・・・・。」
ぐぅの音も出ない。
完全に心を叩き折られた。

『それにあなたは―――――――』
「もういいです。やめてください。」
『―――――――・・・・・まぁいいでしょう。』

ガルロアの涙ながらの懇願にフェリはようやく口を閉じる。

『・・・・・・・・・・汚染獣の到着まで後5分を切りました。間に合うんですか?』

しばらく両者ともに沈黙した後にフェリが言った。

「う~ん。・・・・・・・これは・・・・まぁ当たり前ですが、間に合いませんね。」

ガルロアは困りながら答える。

巨大なレギオスをたったの6分強で縦断するのは不可能だ。
ガルロアが全力を出しても19分弱はかかる。
思いっきり走っているためにところどころの屋根がヒビ割れているかもしれないが、それほど本気で疾走っても19分弱はかかる。
本来ならしゃべる余裕などないほどの速度で走っていて、ガルロアは結構頑張ってしゃべっていたりする。

『まぁ、確かに当たり前ですね。今のペースだとあなたの到着まであと十七分といったところでしょうか?そうすると、十二分程度の間、汚染獣が二体野放しになりますね。』

「いえ、汚染獣は人間を喰らいに来てるんだから、建物の破壊なんかはしないで、まず人間が多くいる場所、つまりツェルニの生徒達が多くいる反対側へと向かうと思います。やつらにもその程度の知恵はあるでしょう。だから必然的に僕とすれ違うことになる訳で、だから僕と汚染獣の接触は今から・・・・・そうですね・・・・・11分程度後、汚染獣の到着から6分程度後になると思います。それに・・・・・。」

『・・・・・なんですか?』

「汚染獣のうちの一体は、やつらが到着したと同時に仕留めます。」

フェリはその言葉に驚くような気配を見せたが何も聞いてこなかった。




そして5分後。

『汚染獣が二体、ツェルニに到着しました。それから、4分ほど前にツェルニの生徒達が接近してきている汚染獣に気付きました。ですが、彼らではもうあなたには追いつけないでしょうから問題はありません。』
フェリが報告してくる。

「そうですか。」

『それで?どうするんですか?』
フェリの声は興味と疑いの色に彩られていた。

「まぁ、見ててください。今からやりますから。」

そう言ってガルロアは予備に持っている鋼鉄練金鋼の剣を復元させた。

『あなたも先ほどの鋼糸というものが使えるんですか?』

フェリが聞いてくるが今はひとまず無視して、練金鋼に限界まで剄を込める。

そして今度は前へと進みながらも大きく上方向に跳躍。

都市のエアフィルターは、都市の上を球状に覆うようになっているため、当然の帰結として都市の中心の建物が高く作られ、都市の外側の建物が低く作られている。

ガルロアはいまだ都市の中で一番高い建物の生徒会棟を挟んで、汚染獣の反対側にいた。
だから、上方向に跳躍しないと、汚染獣が見えなかったのだ。

そして汚染獣を見据えたガルロアは、鋼鉄練金鋼を逆手に持ち直して頭の後ろに大きく振りかぶる。

『もしかして、投げようとしてますか?』
フェリのあきれた声が聞こえてくるが、ガルロアはそれもまた無視する。

「おぉぉぉおおらあぁぁぁああ。」
そして、ガルロアはフェリの予想したとおりに、剣を思いっきり投げた。

活剄で最大まで強化した腕力にガルロア自身が前へと進んでいる勢いを上乗せして、そして投げると同時に剣の柄に衝剄を当てることで速度と威力をさらにブーストさせる。
投げる際の踏み込みのために足の裏から下方向に衝剄を放出させることで、一時的な足場を作る。

そんな様々な工夫を持ってして投げられた、剄が限界まで込められた鋼鉄練金鋼は一条の光線となってまっすぐ汚染獣へと向かっていく。

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」

ガルロアが叫ぶ。

遠くに見える汚染獣が、迫ってくる剣に気付き回避しようとする。

剣が先か・・・・・・。回避が先か・・・・・。

そして・・・・・・・・・。

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

遠くから汚染獣の断末魔が響いてきた。

ガルロアの放った剣は、見事に汚染獣に喰らいつき、そのまま頭を貫いていった。

「っよしっ!」
ガルロアは拳を握る。

『まさか本当に剣を投げるだけで倒してしまうなんて・・・・・。』
フェリは呆然とする。

「まぁ、あの汚染獣は一期のものみたいでしたからね。成功したのには、それもあったと思いますよ。実際僕としても成功するかどうかは半々だと思ってましたし。」

『・・・・・半々だったのに、あれほど自信たっぷりに到着と同時に仕留めますなんて言ったんですか。』
フェリの声が少し、じとっとしたものになる。

ガルロアはその声色に少しばかり恐怖を感じ、冷や汗を流しながら話を変える。

「し、しかしですね。鋼鉄練金鋼なくしちゃいましたね。予備のために持ってたものなんですけど、あれで結構使い勝手が良かったんですよね。」

そんなことを言いながらガルロアはもう一体の汚染獣のほうへと向けて、再度疾走りだした。

『ところで、一期とか二期とか、何のことか教えてもらえませんか?』
フェリがいきなりそんなことを聞いてくる。

「ええ。良いですけど。雌性体から生まれた幼生体が成長すると、雄性体の一期になります。そこからは脱皮を一回するごとに二期、三期となって、より強力になっていきます。それから繁殖期に入った汚染獣を雌性体と呼び、繁殖を選ばないで、自分の強さだけを追及する汚染獣を老性体と呼びます。雄性体とは五期のものまでは戦ったことはありますが、僕は老性体とは戦ったことはありません。ちなみに、あそこにいるのは多分雄性の三期です。」

先ほどの剣を投げる際の跳躍のときに二匹の汚染獣を確認し、片方は一期で片方は三期だった。
そしてガルロアは一期のほうに剣を投げたのだった。

『どうやってそれらを判別しているんですか?』

「まぁ、単純に大きさですね。それなりに汚染獣戦を経験したら誰でもわかるようになります。老性体と遭遇したら、単純に大きさだけでは測れないっていうのを聞いたことがありますが、それは僕には分からないことですね。」

『そうですか・・・・・。ところで汚染獣ですが、あなたの予想通りまるで建物を攻撃しようとしませんね。まっすぐに武芸科の生徒達が密集している地帯に向かっています。』

「それはラッキーですね。不幸中の幸いってやつですね。」

『・・・・・?あなたはこれを予測してたんじゃないんですか?』

「いえ、実は確率は半々位かなって思ってま・・・・・・・し・・・た・・・・・け・・ど・・・・・」

探査子の向こうでフェリの怒気が高まったのが分かった。

『あなたは確証のないことを自信満々に言うのが好きなんですか?先ほどからすごいと思っては落胆している私がバカみたいじゃないですか。』

「えっ?すごいと思ってくれてたんですか?」
ガルロアが驚いて思わず問い返す。

『黙りなさい』

「・・・・・・・すいません。」
ものすごくドスのきいた声で怒られた。

『さて、言われなくても分かっていると思いますけど一応。あなたの予想より少し早いですが、恐らくこのままだと後3分後に接触です。』
フェリが気を取り直して報告してくる。

「はい。分かってます。もう見えてます。今度の相手は雄性の三期ですからね。一連の襲撃の中で一番強力です。だから、少し集中させてください。」

『分かりました。では頑張ってください。』
そしてその言葉を最後にフェリは一言もしゃべらなくなった。

「っしっ。」
ガルロアは気合を入れる。
自分の頬を叩き、喝を入れる。

「レストレーション」
白金練金鋼の大剣を復元させる。

ずっしりと腕にかかる大きな質量のために、走る速度が少し落ちる。

「・・・・・そういえば、故郷ををでる前に最後に戦った汚染獣が雄性の三期だったな。あの時は無理やり力押しで一瞬で決めたけど、今回はあんな無茶できそうもない。」

鋼鉄練金鋼は既になくしてしまったし、白金練金鋼の大剣は汚染獣との連戦でだいぶ消耗している。
幼生体と針剄だけで戦うことで、できる限りの消耗を抑えたが、そもそも強度的な問題の大きい白金練金鋼だ。すでに相当消耗してしまっている。
あまり無茶な戦闘をしては、練金鋼のほうがついてこれなくなるだろう。

「まぁ、今は仕方ない。これだけで何とかしよう。一撃を確実に決められたら勝てる。」

今回も故郷を出た時と同じような短期決戦を選ぶしかないが、しかし、今回は力押しの短期決戦ではなく、自分の技術で一撃でしとめよう。
ガルロアはそう考えながら汚染獣へと向かっていった。

汚染獣との距離がみるみると近づいていく。

「どうする・・・・・。首を落とすか・・・・・いや、一撃で首を正確に落とすのは難しいかな・・・・・。」

汚染獣もガルロアの存在に気付き、ガルロアへとまっすぐに向かってくる。

「脳を突き刺そうにも、三期ともなればそれなりに外殻も頭蓋骨も硬いだろうから、一撃で殺せるかどうかは不安だな。」

もう既にガルロアと汚染獣との距離は詰まりきっていて、激突は目前だった。

「それなら、いっそあれやってみるか」

ガルロアが小さく呟き、・・・・・そして両者は交錯した。

汚染獣がガルロアを喰おうと大きく口を開けて迫ってくる。

ガルロアはそれを真上へ跳ぶことでかわすが、しかし直前にガルロアが立っていた建物は、周りの二棟ほどの建物を巻き込んで崩れていった。

汚染獣はガルロアが真上に避けたと瞬時に理解して、はねるようにその大きな口を今度は真上へと向けてガルロアに迫る。

ガルロアは空中にいるために回避行動を取れない。

そのはずなのに、その瞬間、ガルロアは口角を吊り上げた。

「よっし。思惑通りだ。そのままこっち来い。」

汚染獣がガルロアに迫る。
ガルロアはそれを待ち受ける。

そして、回避行動を取れないガルロアは為すすべなく汚染獣の大きな口の中に飲み込まれていった。

『あっ!?』
フェリの端子から悲鳴が漏れる。

バクンっ、と汚染獣の口が閉じられる。

この瞬間、ガルロアの敗北が決した・・・・・・・・・かに思われた。

しかしそうはならない。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

突如、汚染獣が大きく悲鳴をあげ、巨体を大きくのけぞらせながら閉じた口を再度大きく開ける。

その口の中に、汚染獣の口内から上顎を突き抜けて脳へと向かって大剣を突き刺しているガルロアの姿があった。
外殻も頭蓋骨もないために、大剣は至極あっさりと突き刺さっていた。

「これでっ・・・・・・・終わりだっ!!!」

ガルロアが叫び、汚染獣の頭の内部で何かが爆発した。
ガルロアが大剣の切っ先に込めた剄を爆発させ、汚染獣の脳を内側から破壊した。

汚染獣が目元や鼻から緑色の体液を振りまきながら落下していく。

断末魔をあげる間もない最期だった。








「よっと」

無事に汚染獣の口内から脱出したガルロアは地面へと着地した。

『無茶なことをしないでくださいっ』
フェリの端子から怒声が響く。

「すいません。ですが、これでひとまず終わり。それで、どうですか?あのあと索敵を続けて何か見つけましたか?」
今の三体目で最後だとは思うが、一応確認しておく。

『ええ。周囲50キルメルまで確認しましたが、特に何もありません。』

「はぁ。それならもう大丈夫そうですね。良かった。これでやっとユリアのとこに戻れる。」
本当は幼生体をささっと片付けて帰るつもりだったのに、幼生体戦は長引くわ、救援は呼ばれるわで散々だった。

「さすがに疲れましたね・・・・・。」
ガルロアが何とか壊れずに持ちこたえた大剣を剣帯に収めながら呟いた。

『まぁ、汚染獣との連戦ですし、当たり前なんじゃないんですか?』

「いえ、ここまで全速力で疾走って来たのが疲れました。」

『・・・・・・・あなたは本当に別格なんですね・・・・・』
フェリがあきれたように言う。

「いえ、レイフォンのほうが僕より確実に強いですよ。ある人にもそう言われましたし、僕自身もそう思ってます。」

『・・・・・私からしてみればどっちもどっちです。どっちも化け物ですね。』

「化け物って・・・・・」
ガルロアが苦笑する。

『さて、ツェルニの生徒がもうすぐそちらに到着します。逃げた方が良いんじゃないですか?もし見つかったらきっとすごい勢いで詰め寄られますよ。さっきから彼ら、汚染獣の襲撃に気付いてはあたふたと走り回って、それなのに汚染獣は訳も分からず倒されていって、相当いらだっています。念威操者の念威を私が妨害しているので、全く状況が分からないというのも原因の一つでしょう。』

「あれ?念威の妨害なんてしてくれていたんですか?後でツェルニの人たちに恨まれたりしません?」

『誰が念威の妨害をしてるかを悟られるようなヘマはしません。それに怒りの矛先はきっと全部兄に向かうでしょうし。いい気味ですね。』

「それは確かに。」
自分達の転入試験の受験を拒否し続けたことへの恨みを忘れたわけではない。

「・・・・・それにしても、ツェルニの生徒と時間に追われまくった今回の戦闘は本当に大変でしたね。難しい賭けというか、危ない賭けを何度かしましたし、本当に難しかったですが、生徒会長やフェリさんの協力のおかげで、なんとかかんとか犠牲者も出ませんでしたし。建物が3棟ほど倒壊しましたが、許容範囲ですよね。」

結果は最善といっていいだろう。

「それじゃ、僕は忠告通りに逃げるとします。今回は本当に協力ありがとうございました。
フェリさんのおかげで難しいなりにも比較的楽にここまで漕ぎ着けました。」
ガルロアが礼を言う。

『勘違いしないでください。あくまで私はレイフォンさんの頼みを聞いた責任を果たしただけです。』

「まぁ、それでも。助かりました。それじゃ、僕はユリアのところに戻ります。」

『そうですか。ユリアさんはシェルターにいるんですよね?』

「いえ、外来用の宿舎にいます。」

『・・・・・・・・・なんでですか・・・・・・。いえ、まぁいいでしょう。それじゃぁ、念威のサポートはもういりませんよね。ここで切りますよ?』

「はい。大丈夫です。」

『では』

そうしてフェリの端子はガルロアのそばから離れていった。

遠くからツェルニの生徒が近づいてくる音がする。

「さてと」
呟きながら殺剄。気配を消す。

そして闇に溶け込むように姿を隠しながら、ガルロアはユリアのいる宿舎へと向かう。

やがて宿舎に辿り着き、ガルロアは自分の部屋の戸を開ける。

ユリアはそこで待っていてくれた。




「おかえり」
ユリアが言う。

そしてガルロアは答える。

「ただいま」












        あとがき

恐ろしく長くなっちゃったので、二話同時投稿という形にしてみました。
これにてようやく原作一巻が終了。とても長かった・・・・・。
今回、ユリアちゃんの戦闘の出番を作れなかったことが少し残念ですが、まぁ仕方ないですね。・・・・・仕方ない。

今回、救援要請をされた話を書きました。
もしかしたらどこかで誰かが既にやっているかもしれませんが、この展開は自分が一番乗りなんじゃないかな?と心の中で少し誇っていたり・・・・・。
誇れるほどの内容になっているかどうかは、はなはだ疑問ですが。
ですが、汚染獣6体を相手にしても無双できるレイフォンが『難しい』と言った意味を真剣に考えてみたりしながら、今の自分にできる、できる限りのことはできたんじゃないかとか思っているのですが、はてさて、どうでしたでしょうか?

さて、ところどころでガルロア君の過去の話がされましたが・・・・・、初めてのSS作品ということで、私は書き始めるにあたって結構真剣にガルロア君の生い立ちとかを考えました。
だから、私の頭の中にある、ガルロア君の過去話、ガルロア君が武芸者としての生き様を得ていく話、一人の老人と、一人の女と、ガルロア君の三人の、ほのぼの系日常系コメディ系の話を書きたいなぁとかも思っているのですが、どうなんでしょう?
私はよく、あらゆるタイトルのSS作品を読んで、過去編よりも原作編が読みたいって思っていたりするんですが、そんな私が過去編なんか書いてもいいのか?
書くとしたら、原作編の合間に散発的に突発的に書くことになると思いますが・・・・・。
とりあえず、次話か次々話くらいに実験的に書いてみようと思っています。

さらにさらに(あとがき長くてゴメン)、次々話くらいにその他板に旅立ってみようと思っています。
これもまた、書き始めるときに「だれかが、その他板に行っても良いんじゃない?」って言ってくれたら行こう・・・・・って思っていて、そして一月以上も前ですが、ありがたくも、うんkさん(←・・・・・この名前は・・・・・雲花さんかな?雲花さんだよね・・・・・)がそのようなことを言ってくれたのですが、そのときは怖気づきました。
その他板行って、調子のんなハゲってゆわれたらどうしようって感じで。
しかし何とか覚悟を決めて最近いくつかのタイトルがその他板へと移行していったのに便乗してみようと思います。
それらのタイトルにお前ごときが便乗できると思ってんのかよハゲ・・・・・っとは思われないことを祈ります。

さて。
わざわざ感想を書いてくれた方。それからこの作品に付き合ってくれている方。
本当にありがとうございます。
本っっっ当にありがとうございます。

パソコンに向かって頭を下げるだけではもの足らず、パソコンを神棚に飾って拝みたくなるような毎日です。
本当にありがとうございます。

それでは最後に残暑お見舞いなど申し上げつつ、長くなりすぎたあとがきを終わりにしましょう。

それでは。


追記

うんkさんの名前はUnknownからきているそうで。
失礼しました。
お恥ずかしい限りです。
顔から火が出て顔面火炎放射器です。
本当に失礼しました ←土下座






[27866] 今は昔のガルロア君
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/09/07 23:23


夕暮れ時。
夕飯の食材などを買うために、多くの人が大通りを行きかう。
そんな大通りから路地に入り、しばらく進んだ先に一つの道場があった。

『アーヴァンク流 破剣術』
かつては栄えていたが今では廃れ、そこにはもはや当主の老人しかいなかった。
そして今、そんな道場の門を叩く小さな子供が一人いた。

「ぼくっ・・・・・、俺を入門させてくだ・・・・、させてくれ。」

そうやって門を叩き続けていると、やがて当主の老人が扉を開けて現れる。

「なんだ小僧。何のようだ」

短く刈り上げた白髪や、顔に刻まれた皺が、老人が相当に年を取っていることを示しているが、しかしその鋭い眼光、鋼のように鍛えられた身体、そして身にまとう気迫は、周囲を無条件に威圧し、まるで老衰を感じさせることはない。

「・・・・・・・・・うっ・・・・・。」

子供が怯む。

それを見た老人は幾分か自分が発している剄の量を抑える。

「それで、何のようだ小僧。」

子供は怯みながらもなんとか声を絞り出す。
「・・・・・・・お、・・・俺をこの道場に入門させてくれ。」

老人は子供を一瞥し、小さくため息をついた。

「お前、何歳だ。」

「・・・・・8歳・・・・。」

「下らない嘘をつくな。正直に言え。」

「・・・・・5歳。」

子供は老人にあっさりと嘘を見破られたことに驚く素振りを見せながら、渋々といったように実年齢を答える。

「ふん。5歳の子供が、こんな時間に、親も連れずに、この道場に入門しに来たと。」

依然として威圧感のある口調で老人は言う。

「5歳であることは良い。この都市で武芸者になろうとするなら、まあ少し早いが妥当な入門時期だ。
こんな時間にきたのも、まぁ大体の理由は察しがつく。この道場に来る前にいくつも他の道場を回ったのだろう?こんな廃れた道場にまでやってくるということは全て断られたんだろうが・・・・・。親を連れていないことも絶対におかしいと言えるようなことではないから良しとしようか。
それで?なぜこの道場にきた?なぜこの道場に来るまでの全ての道場で入門を断られた?」

老人の言葉に子供は黙り込む。

「まぁ、これも大体の察しはつくがな。お前、名前を言ってみろ。姓だけで良い。答えろ」

「・・・・・エインセル」

「ふん。やはりな。まるで聞いたことのない家名だ。」

老人は納得したように頷く。

「悪い言い方をすればだ、道場も一つの商売だ。都市は道場に援助金を渡し、道場はその金で武芸者を育て、育てられた武芸者は都市のために尽くす。道場が繁栄すればするほどに都市からの援助金も増える。強い武芸者がいればいるほど、道場は繁栄する。
だがな、都市からの援助金が増えれば増えるほど、武芸者が強くなるとは言い切れない。
どういう意味かは分かるだろう?」

「・・・・・・・・・」

子供は何も答えない。

「この世にはどうしようもなく、才能という曖昧にして絶対のものが存在してしまっているということだ。」

何も答えない子供のことを特に気にする風もなく老人は勝手に言葉を紡ぐ。

「道場が栄えるほどに都市からの援助が増えるといっても、都市からの援助が限られている以上、一つの道場に入れる人数には限りが生まれる。程度の差はあれど、しかしそこには必ず限りが生まれる。そして、道場に繁栄とは、その限りの中にどれ程の強者がどれだけいるかによって決まる。
良い道場に多くの武芸者を、より良い道場にさらに多くの武芸者を。都市はそうやってよりよい道場に多くの援助をするが、しかし武芸者は金で強くなれるような存在ではない。金で変わるような強さなど微々たる物だ。
武芸者の強さなど金とは全く関係ない部分、つまり才能で決まってしまう。」

子供は何もいわずに黙り込む。

「だからこそ、道場は才能のあるものを入門させたいんだよ。最初から強くなりそうなものを入門させて、道場を繁栄させるんだ。
だがしかし、才能などというものは目で見て簡単に分かるようなものではない。そこで分かりやすい基準になるのは親だ。親の才能は多くの場合その子にも継がれる。
だからこそ、道場は強い武芸者の家の子を入門させようとする。逆を言えば道場としては入門させたくないというような者もいるわけだ。全く無名の武芸者の家の子とか・・・・・な。そういう者は、行く道場行く道場で入門を断られるわけだ。」

その言葉に子供は歯を食いしばる。

「しかし・・・・・・・、こんなところに来るまで、断られ続けるというのも少し異常だな・・・・・・・。もしかしてお前、成り損ないの家の子なのか?」

成り損ない。
この都市にはそう呼ばれる武芸者がいる。
それはこの都市のシステムに由来する。

汚染獣との遭遇が多いこの都市は、剄脈を持つ人間が多くいる。
他都市と較べて危険が高いこの都市で、他都市と同じような額の援助や給金では武芸者が納得しないのは当然であり、それなのに剄脈を持つ人間は他都市より多い。

それゆえに、この都市では、都市の決めた基準を満たしたものだけを武芸者と認めるというシステムをとっている。
そうして認められた武芸者は、有事の際に都市のために行動することを義務付けられるが、その見返りとして日ごろの援助と、その際の報酬を得られるのだ。

都市を守るための武芸者を育てるために道場への援助は無条件でするが、個人の武芸者に対する日々の生活の援助には条件がつく。

そして、その条件を満たせなかったものは成り損ないと呼ばれ、武芸者として生きることのできない一般人となる。

「おい、どうなんだ?」

答えない子供に老人が問い詰める。

「・・・・・違う」

しかし子供は首を横に振る。

「それでは、何故だ?孤児で親が分からないのか?素性の分からない武芸者を引き取りたがる道場というのも、そうないだろう。」

孤児というのもこの都市には良くあることだ。
汚染獣に教われる回数が多いのなら、当然、死者の数も多く、自然、孤児の数が多くなる。

だが老人のこの問いに、またも子供は首を横に振った。

「なら、何だというんだ。さっさと言わんか」

老人の苛立った口調。
それに身を竦ませながら子供はおずおずと話し出す。

「お・・・・俺の親は―――――――」
「待て」

話し始めた子供の言葉を老人が即座に遮る。

「お前は、少しでも舐められないようにとそんな口調で話しているのだろうが、鬱陶しい。良いから慣れている話し方をしろ。」

これまで全ての道場で入門を拒否され続けたがゆえの、子供の考えだったのだが、これもまたあっさりと見破られていたことに子供はまたも驚く素振りを見せた。

「・・・・・僕の親は二人とも一般人です」

その言葉に老人は少し目を見開いた。

「ほう。突然変異というわけか。珍しいな。」

武芸者は、どちらか片親が武芸者でなければ生まれないというのが定説ではあるが、ごく稀に一般人の両親から武芸者が生まれることがあり、それを突然変異型という。

「なるほど。一般人から生まれた武芸者に期待を寄せる道場はこの都市にはなかったということか。なるほどなるほど。・・・・・お前の両親はどんな人間なんだ?」

「お母さんは僕が生まれた頃に死んじゃったって聞いた。それでお父さんは毎日働いてる。」

「生まれた頃に死んだ・・・・・・・か・・・・・。」

老人が考え込むように口の中で呟いた。

一般人が剄脈を持った胎児を出産するのには、母体に相当な負荷がかかる。
普通なら、余計に体力を消耗するだけということだが、稀に運が悪く死ぬことがあるらしい。
生まれた頃に死んだというのは、この子供の父親が曖昧に誤魔化しているだけで、実際には生まれたと同時に死んだのではないか・・・・・と、そんな老人はそんなことを考える。

「・・・・・ふむ。まぁ事情は分かった。ところでお前の父親は、お前がこうしてここに来ていることを知っているのか?」

「・・・・・知らないはず・・・・・」

「それで。親も連れずに身一つで期待できるかどうかも分からない自分を入門させろとやってきたというわけか。それはいささか世を舐めているのではないか?」

「・・・・・・・それでも、僕は武芸者になるんだ。」

「・・・・・む?」

老人は子供の目を見る。
それは意思のこもった真っ直ぐな目だった。
だがそこに、この年齢の子供たちに良く見られる、武芸者へと対する無条件の憧れの色はなく、
その瞳は、真っ直ぐに何か一つの目的を見据えているようだった。

「なぜ、そこまで武芸者になりたがる。」

老人は聞く。
憧れ以外の理由で、この年の子供が武芸者になりたがるとは。
現実を教えて諦めさせ、適当に追い返そうとも思っていたのだが、老人はこの子供に興味がわいた。

「うちは貧乏なんだ。お父さんが、毎日働いて疲れてるんだ。武芸者になればお金がもらえるって聞いた。だから僕はお父さんのために武芸者になりたいんだ。」

老人は子供の目をじっと見つめながら子供の言葉を聞く。

「そうか・・・・・。」

老人は小さく呟いて、
そして口の端を面白そうに吊り上げた。

「金のために武芸者になろうと。・・・・・ふん。不浄だな。・・・・・だがその根幹は父のためだと言うわけか・・・・・。俺はそういう理由は好きだ。明確な目的を持っているやつは好きだ。定まってるやつは好きだよ。」

老人は面白そうに言う。

「お前の目はしっかりと前を見据えているな。・・・・・面白い。・・・・・どうせ俺が死んだらつぶれる道場だ。最後に弟子を取ってみるのも悪くない。ならば、お前の入門を許可するのも悪くない。」

「本当っ?」

老人の言葉に子供が目を輝かせる。

「だがな、ここまで廃れてしまったこの道場に、都市は援助金を出してはくれんのだ。だから本当なら金を取りたいところだが、しかし俺が死ぬまでは十分に持つ貯蓄もあるのに金をもらっても意味がない。だから代わりに、道場の掃除・・・・・は当たり前として、そうだな、・・・・・まぁ色々と雑用をやってもらう。・・・そうだ、お前料理はできるのか?」

「・・・・・できない・・・です。」

子供がしゅんとして答える。

「そうか。まぁそれならそれで良い。半年ぐらい俺がそれも教えてやろう。男の料理だが、できないよりはマシだろう。それでだ。そうだな。明日から毎日、朝6時にここに来い。それで俺の朝飯を作れ。お前の朝飯は家で食ってきてもいいし、ここで食わしてやってもいい。そこから夕方6時まで稽古や雑用やらをやってもらう。そんで夕飯を作ってもらう。夕飯も家で食ってもいいし、ここで食わしてやっても良い。まぁ、最初の半年ぐらいは俺も手伝うがな。」

老人は矢継ぎ早にこれからの方針を話していく。
子供はあたふたとしながら、それらを小さく口の中で繰り返し覚えようとする。

「昼食はここで食うしかないが、朝食と夕食は家で父親と食べるのが良いと俺は思うがな。まぁ、そんなことはどうでも良いか。それで?分かったか?明日から毎日、朝6時だ。」

「うん。分かっ・・・・・、分かりました。」

老人の確認に子供が元気よく答える。

「それじゃぁ、お前の名前を聞いておこう。今度は名の方だ。」

「ガルロア。ガルロア・エインセルです。」

「そうか。俺の名はジーク・アーヴァンク・ヴァードだ。」

「よろしくお願いします。」

そう言って子供、ガルロアは大きく頭を下げた。

こうして、久しく門下生のいなかったアーヴァンク流の道場に一人の子供が入門を果たしたのだった。





     †††





「行ってきます。」
ガルロアは勢い良く家を飛び出す。

ガルロア、8歳。
ガルロアがアーヴァンク流の門下生になってから3年が経っていた。
この3年でガルロアはめきめきと実力をつけ、師のジークにも、お前が成り損ないになることはないだろう、と太鼓判を押されていた。
後、1年もすればきっと都市の基準を満たせる。そうなれば、それは異例の早さだろうな、とジークは言っていた。

早く都市に認められて、父親の助けになりたい。
その一心で毎日修行を重ねてきた。
本当に毎日。

入門してからの3年、ほとんど休むことはなかった。
そして、ジークも毎日付き合ってくれた。

そのことに感謝しつつ、今日の朝ごはんは何を作ろうと考えつつ、ガルロアは道場まで走る。

そして道場に着いたとき、ガルロアは思わず立ち止まった。
道場の前に誰かが立っている。

「あの、何をやってるんですか?」

「んあ?」

ガルロアが話しかけるとその人は気だるそうにガルロアのほうへと振り向いた。
肩の辺りでばっさりと切られた燃えるような赤毛と、もはや赤に近い茶色の瞳をした恐らく20前後のとても背の高い女性だった。

その女性はガルロアを見て笑いかける。
ニコリというよりはニヤリといった感じのとても性格の悪そうな笑みだった。

「よぉ。もしかしてお前、この道場の門下生か?」

話し方まで性格の悪そうなものであり、ガルロアは警戒しつつ質問に答える。

「はい。そうです。」

「そっかそっか。じゃぁ、やっぱここだな。ジジィ一人とガキ一人の二人しかいねぇ訳の分からん廃れた道場ってのは。」

その言い草にガルロアは少しむっとする。

「それで、何の用です?」

そして帰ってくる答えにガルロアは驚愕することになった。

「ああ。あたしはここに入門しにきたんだわ。」








女性の名前はレティシア・ハルファスというらしい。
彼女は自分を堂々と武芸者だと名乗った。
つまり既に都市に認められているのだろう。

「レティシア・ハルファス。ハルファス家の娘がこんな道場に何のようだ?」
ガルロアが作った朝食を食べ終えたジークが、道場の中でレティシアと向かい合う。

ハルファス家といえば、都市でも名の知れた有数の武芸者の家だ。
ガルロアも知っていた。

「さっき、言ったろ?ここに入門しにきたんだよ。」

レティシアはジークの質問の真意が分かっているだろうに、飄々と適当なことを嘯く。

ジークは小さくため息をつくと、再度質問を開始する。

「何故、ハルファス家のものがこんな廃れた道場に入門しようとする。」

「ハルファスだからといって、廃れた道場にゃ入門しちゃいけねー理由があんのか?」

「これまでいた道場はどうした。」

「やめてきた。」

「何故」

「正確に言うと破門された。」

「何故」

「より正確に言うのなら、あたしがハルファスだからって破門したくても破門できないって嘆いていた当主を見かねて、あたしの方からやめてあげたのさ。」

「だから何故かと聞いている。」

「何故って、ハルファス家を敵に回したら怖いと思ったからじゃねーか?」

「それを聞いているわけではない。」

「ひっひっひっ。」

人を小馬鹿にしたようなそんなレティシアの態度にジークは青筋を立てる。

「貴様、俺を馬鹿にしているのか」

ジークがレティシアを威圧するが、しかしレティシアはニヤニヤと笑ったままなんら動じることはなかった。

「怒るなよ。寿命が縮むぜ?」

「貴様・・・・・」

ジークがさらにレティシアを睨みつけ、そしてようやくレティシアは諦めたように肩をすくめた。

「分ぁった分ぁった。真面目に話すよ。あたしは別にどの道場でもいいんだ。特に所属したい道場があるわけでもねーけど、でもほら、所属してる道場があると楽だろ?」

「楽?それって、どういうことですか?」

ガルロアが思わず問い返す。

「ん~?ガキんちょじゃまだ知らねーか?この都市じゃ武芸者はよく書類を書くことがあってね?武芸者大会の時とか、戦争のときとか、汚染獣戦のときとかにね。そんで、そん時に所属道場を書く欄があんのよ。別に書かなきゃ書かないでもいーんだけど、それだと結構面倒な手順を踏むことになっちゃってね。」

「・・・・・そんな理由で俺の道場にきたのか。」

レティシアの言葉にジークが苛立った声を出す。

「いやいや、他にもあるぜ?稽古できる場所が欲しいってのと、組み手できる相手が欲しいってのが。」

「たいして差はない。帰れ。」

ジークが門の方を指差す。
だがレティシアはまるで動こうとしなかった。

「まぁ頼むよ。ほら、そこのガキんちょの稽古の相手とかもしてやっからさ。じーさん一人じゃ大変だろ?」

「いや、必要ない。俺一人で十分だ。それに、そこのガルロア。そいつは実力だけならもはやそこらの武芸者に引けを取ることもあるまいよ。」

「えっ。マジ?こんなガキが?」
「えっ。本当ですかっ?師匠?」

ジークの言葉にレティシアとガルロアが同時に驚きの声を上げる。

レティシアは自分のことなのにレティシアと一緒になって驚いていたガルロアを不審げに見つめ、そしてジークのほうに向き直る。

「おい、じーさん。本人も相当驚いてるみてーだけど、今の話って本当に本当なのか?」

「本当のことだ。この道場には俺とガルロアしかいなかったし、ガルロアは武芸者大会を見に行ったこともなかったから、比較する対象がなくて知らなかったのだろうが、ガルロアはもうその程度の実力はつけている。」

「それなら、何で武芸者承認試験を受けさせねーんだ。」
「それなら、早く武芸者承認試験を受けさせて下さい。」

また、レティシアとガルロアの声が重なる。

その様子にジークはため息をつきながら答える。

「この道場には俺とこいつの二人しかいないしな。それにこの道場と合同訓練をやってくれるような道場もない。だから、こいつは集団戦の訓練がまるでできていないんだ。それなら、集団戦ができないという事実を周囲に黙らせるだけの実力をつけさせなくてはいけないだろう。だから承認試験を受けさせるには後1年は必要だろう。」

ジークの答えにレティシアは納得したように頷き、ガルロアは悔しそうに項垂れた。

「ん?なんだガキんちょ。そんなに武芸者なりたかったのか?」

「うるさい。ガキんちょって言うな。」

茶化すようにいうレティシアにガルロアは文句を返す。

「・・・・・なんだよ。怒るなよ。そんな落ち込むことねーだろ?あと一年じゃねーか。それって相当すげーことだぜ?いわゆる天才児ってやつだね。」

なおも茶化す様子のレティシアを見かねてジークは声をかける。

「そいつはまだ子供だが、しかししっかりとした明確な目的を持って武芸者を目指しているんだ。何もしらないお前が無責任にそんなことを言うのは余り褒められたことではない。」

「ん?そうなの?てっきり武芸者に憧れてるだけのガキだと思ってたけど、そういうわけじゃねーのか・・・・・・・。へー。こんなガキが強いってぇじーさんの言葉。実はあんま信じてなかったけど、それなら信じてもいい気分になってきたわ。」

レティシアが目を細めて、性格の悪そうな笑みを浮かべる。

「ふん。そういえばそうだな。一応、聞いておこうか。お前は何故武芸者になった?なんのために戦う?」

「ん~?そりゃぁ、ほら、・・・・・武芸者の誇り~とか、武芸者の義務~とか、そんなんじゃねーの?」

いかにも気だるそうな調子でレティシアが言う。

「ふん。もしもお前が本気でそのようなことを言っているのなら、俺はお前が大嫌いだな。まぁ元々嫌いだが。」

「へっ。あたしもあんたみてーなじーさんは嫌いだよ。・・・・・けど、まぁ気は合いそうだな。あたしも誇りとか義務とか、そういう言葉は嫌いだよ」

「俺はそれらの言葉が嫌いだとは言っていない。それらを戦う理由にするやつが嫌いなだけだ。」

「おう。あたしは誇りや義務って言葉そのものが嫌いだが、まぁおおむね同意見だ。あたしも誇りとか義務とかってのを戦う理由にするやつが大っ嫌いだね。
そんな奴らは糞喰らえだ。ほんとにいらいらする。」

と、そこで、今まで飄々としていたレティシアの雰囲気がガラリと変わる。

「・・・・・ほんとにいらいらする。マジでむかつくわ。
くそったれが。
てめぇらは誇りなんて目に見えねぇ不確かなもんのために命をかけんのか!?てめぇらは義務なんて、他人に強制される形で命をかけんのか!?
甘えてんじゃねー逃げてんじゃねー!!
もっと明確な何かのために命をかけろよ!!しっかりと自分の意思で命をかけろよ!!
ふざけてんじゃねー舐めてんじゃねー!!
ああっ、ったく!畜生!忌々しいっ!」

いきなり激昂したレティシアにジークとガルロアは言葉を失う。

「この都市には、そんなやつらばっかりだ。誇り誇り誇り義務義務義務。そんな訳のわかんねーもんにとりつかれて、まるで何も分かっちゃいない。大事にするもんを間違ってるだろ!?守るべきなのは誇りだの義務だのじゃねーだろ!?
都市を守るのが武芸者の誇りであり義務であるってか!?都市を守るってのは武芸者っつー集合的観点から見た目的だろ!?それを個人の目的にすんじゃねーよ!!身の程知らずだ。できるわけねーだろそんなこと!」

怒りとともにレティシアの周りに剄が吹き荒れる。
とても荒々しく、そして悲壮感あふれる剄だった。

「現実を見ろよ!!現実的に掴めるものを戦う目的にしろよ!!それができねーからてめぇらは弱ぇーんだ。すぐに死ぬんだ。手につかめる目的もって、その目的の中に自分の命も含めろよ!!都市を守るだとか何とかっ・・・・・。
気取ってんじゃねーよ。かっこつけてんじゃねーよ。死ぬことは美徳じゃねーぞ!?てめぇの勝手な自己満足に悲しむ人間がいることを忘れんな!!」

レティシアの叫びにジークとガルロアは押し黙る。

そんな沈黙がしばらく続き、そしてその後、ようやく少し落ち着いたらしいレティシアが少し気まずそうな表情をした。

「・・・・・確かに、この都市の武芸者は命よりも誇りを重んじる風潮があるな。・・・・・・・確か10年以上も前か・・・・・。強力な汚染獣に襲撃された折、ハルファス家の当主が命と引き換えに汚染獣討伐の活路を開き、辛くも勝利した・・・・・ということがあったな。」

「・・・・・しってんのか、じーさん。うん。そいつはあたしの父親だ。都市のために命を散らした誇り高き武芸者・・・・・・・。はっ。あたしに言わせりゃ、ちょっと格好いいだけのただの自殺だよ。ダッセェな。」

はき捨てるような口ぶりでレティシアが言う。

「・・・・・だが、そやつとて家族を守ったことに変わりはないだろう?命を賭して貴様を守っただけなのかもしれないではないか。」

「はっ。父親のことはどうでもいいんだよ。あたしが気にいらねぇってんのは、この都市の武芸者が、誇りって言葉を簡単に死んでいい理由にしてるところだよ。」

「しかし、それはこの都市の戦闘の厳しさゆえだろう。皆が皆、己の命を捨てる覚悟で挑まねば勝てない存在がこの都市には頻繁に来るのだ。命よりも誇りを重んじて戦わなければ勝てない相手がいるのだ。だからそれは、致し方ないことではないか。」

「分かってるよ。分かってる。あたしだってもう何度も戦場に出てる。それでも気にいらねぇ。どいつもこいつも誇りだ何だといって簡単に命を諦める。
最後まであがけよ!死ぬならもっとマシな理由で死ね!」

ガルロアはレティシアの言葉に押され呑まれ圧倒された。
自分は武芸者になることを目標としていて、しかし武芸者になった後のことはさして真剣には考えていなかった。
レティシアの言葉から、武芸者という存在の過酷さを教えられた気がした。

そして、師がどんな表情をしているのだろうかと師の顔を覗き込む。
ジークは楽しそうに笑っていた。

「俺に怒ってどうする。・・・・しかしお前・・・・・・・俺が思っていたより、以外に面白いやつだな。なかなか気に入った。」

ジークの言葉にレティシアもまた性格の悪そうな笑みを浮かべる。

「そりゃ良かった。あたしはあんたみてーなじーさんは嫌いだけどな。」

「俺はな、定まってるやつが好きなんだよ。その目で何かをしっかりと見据えているやつが好きだ。その意味ではお前は合格だ。この道場に入門させてやってもいいと思える。」

「そうかい。そりゃ良かった。廃れた道場の当主のくせに言うことだけは立派だな。」

「だがな、俺は貴様のような女は嫌いだ。そんなやつを入門させたくなどない。」

「へー。それならどうしろってんだ?」

そしてジークは面白そうな口ぶりのまま続けた。

「それなら力づくで入って見せろ。さっき稽古がどうのと言っていたな。それならガルロアより弱いようじゃ話にならん。
貴様の言っていたことは正しいが、しかしこの都市の中ではそれは綺麗事の理想論だ。それでも、それを踏まえてなお、あれだけのことを言い切ったんだ。それなりに実力はあるのだろう?」

それを聞いてレティシアの目が妖しく光る。

「別に構わねーし、あたしもそこらの武芸者相手に引けをとることはないってぇ程度のガキんちょに負けるつもりもねーが、でもあたしは今、実戦用の練金鋼しかもってねーよ?」

「実力者なら、子供相手に怪我をさせるようなことはないだろう。お前が本当に実力者なのだったらば・・・・・な。まさかできないとでも言うつもりか?」

「この・・・・・クソジジィ。いいよ。その挑発に乗ってやる。ほら、ガキんちょ。準備しろよ。」

いかにも気だるそうな調子で投げかけられたその言葉に、ガルロアは目を白黒させる。

「えっ??えっ??えっ!?」

自分を置いてけぼりにしてどんどんと進んでいく会話に完全に混乱していた。

「落ち着けよ、ガキんちょ。怪我ぁさせるつもりはねーから、少し付き合ってくれねーか?」

「えっ!?えっ??えーと!?・・・・・??僕の武器はどうすれば・・・・??」

「そこの訓練用の模擬剣を使えばよかろう。お前はこのアーヴァンク流の道場の一番弟子だ。そんな女に負けるなよ。」

「さっきまで、僕が負けることを前提として話してませんでしたか?それに一番弟子って、この道場、僕一人しか門下がいないじゃないですか。」

「どうでもいーだろ。さっさと準備しろよガキ。」

「ガキって言うなよ!」

「そいつは悪かったね。さっさとやろーか。レストレーション。」

レティシアはガルロアを適当にあしらいながら練金鋼を復元させる。
それは手甲と足甲だった。

「ほう。格闘術か。それなのに、よく剣の道場に入門しにやってきたな。本当に訳の分からん女だな。」

ジークが本当に楽しそうに言う。

「自分でもわかってるよ。それで前の道場でも実質破門されたんだ。剣の道場で格闘術を使うとは何事かってな。まぁ、入門するときもほとんど脅迫して無理やり入ったよーなもんだから別に気にしちゃぁいねーが。さっきも言ったろ?あたしにとっちゃ道場ってのは手続きの簡略化と、稽古場と組み手相手の確保って意味しかねー。」

「悪魔みたいな女ですね。師匠も結構性格悪いですが、あなたほどじゃないですよ、もー。」

ガルロアは不満をたれながら、ようやく模擬剣を手にとって構える。
ガルロアの体格から見れば、少し大振りな気のある剣だった。

「そいじゃぁ、はじめようか。じーさん。合図頼むわ。」

「うむ。そうだな。」

そうしてジークはガルロアとレティシアを道場の中心に残して、道場の端へと移動する。

「それでは。」
ジークが手を上げる。

「始めっ!!」
上げた手を振り下ろす。

その瞬間空気が変わる。
今までニヤニヤとしていたレティシアが真剣な表情となり、燃えるようでありながら冷酷な、そのほとんど赤色といっていい様な瞳でガルロアを睨みつける。

今までジーク以外の人間と戦ったことのないガルロアは、場数を踏んでいないためにその瞳に呑まれかけ、しかし瞬時に立て直す。

が、ガルロアが一瞬呑まれたそのときにレティシアは動いていた。

レティシアの右の拳が凄まじい勢いで迫ってくる。

ガルロアはそれを一瞬遅れながらも、模擬剣ではじく。

するとレティシアは、今度は右足を真上に振り上げた。

ガルロアはそれを後ろに飛ぶことで何とかギリギリでかわし、そしてそのまま距離をとる。

振り上げた足の勢いのまま、宙で一回転してから着地したレティシアは、ひゅうと口笛を吹いた。

「へー。じーさんの言うとおり、意外とやるもんだな。最初に一瞬、隙だらけだった瞬間があったけど、それを除いて、・・・・・今のがまぐれじゃなきゃ、確かにそこらの武芸者並みの力はありそうだ。・・・・・・しっかし、あれだな。お前みたいな小さいのとやるのは、やりにくいな。体格差がありすぎるわ。」

ガルロアはその言葉を流して下段の構えを取る。

そして今度はガルロアから動いた。

一気にレティシアとの距離を詰め、下段に構えた剣をそのまま振り上げるようにしてレティシアの足を狙う。

レティシアは左足の足甲でそれを受け、ガルロアのレティシアから見れば小さな体を吹き飛ばす。

吹き飛ばされたガルロアはすぐに体勢を立て直し、そして前を見る。

「えっ!?」

しかし、そこにはもうレティシアはいなかった。

一体どこに!?

刹那の間迷う。
そしてすぐに後ろから迫る気配に気付いた。

「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」

ガルロアは振り向きざまに背後へと剣を振る。

しかしそれはレティシアには届かなかった。

レティシアはガルロアの剣を左腕の手甲で受け止め、そして右手でガルロアの胸倉を掴んでいた。

格闘家に懐に入られた。

「残念だったな。ここまでだ。」
レティシアはふっと笑う。
やはり性格の悪そうな笑みだった。

レティシアはガルロアの足を払い、そして体勢を大きく崩したガルロアに、胸倉を掴んだ右手から衝剄を放ち、ガルロアを床へと叩きつけた。

ズダンっと大きな音が道場に響く。

「がはっっ」

背中の痛みにガルロアは大きく息を吐いた。

「勝負あり・・・・・だよな、じーさん。これでいいだろ。ガキんちょにも怪我させてねーし、おまけに剄技だって使ってねー。まぁ実戦用の練金鋼で剄技を使っちまうと間違いなくガキんちょに怪我させちまうってだけだったんだけどな。・・・・・しかしなんだこいつは?弱いと思ったら以外に強いし、そう思ったのに意外とあっさり勝負が決まっちまった。でもまぁ、これで文句ないだろ」

レティシアが確認するようにジークに聞く。

「旋剄を使ったろう。あれだって立派な剄技だ。しかし面白い旋剄の使い方だったな。ガルロアには消えたように見えただろうな。それから、ガルロアは場慣れしていなくてな。俺以外の人間との実戦経験など今回が初めてだ。武芸者になれさえすれば、武芸者大会に出すなりして経験を積めるから余り問題視はしていなかったのだが。」

「ああ、そうかい。しかし、この道場、廃れてるにしてはこのガキんちょは結構強かったし、・・・・・なんでこんなに廃れてるんだ?」

「廃れているからといって、必ずしもその流派が弱いということには結びつかんということだ。」

「そっかそっか。」

レティシアは特に興味もなさそうに答える。

「それより早く勝負ありって言ってくんねーかな。審判はじーさんなんだ。じーさんが言わなきゃ終わんねーだろ」

レティシアのその言葉にジークは舌打ちをした。

「なんだ、気付かれていたか。」

「・・・・・・あたしを嵌めようとしてたのかよ。クソジジィ。」

「ふん。まぁいい。勝負ありだ。仕方がない。お前の入門を許可してやろう。さっき言った通り、ガルロアの稽古をしてやるという条件をつけさせてもらうがな。」

ジークが心底嫌そうな口ぶりで、しかし楽しそうな表情をして言う。

「そりゃ、どーも。」

レティシアが相変わらずの性格の悪そうな笑みを浮かべて返す。

「あっ、あのっ。」

そこで、ようやく起き上がったガルロアがレティシアに声をかける。

「さっきのあれ、いつの間に、っていうかどうやって僕の後ろに回りこんだんですか?」

そんなガルロアにレティシアはさらに笑みを深くして答える。

「そりゃ、おいおい教えてやるよ。なんたってあたしはこれからあんたの稽古をつけることになっちまってるからな。」

そんなレティシアの笑顔にガルロアは言い知れぬ、大きな不安を感じた。














      あとがき

まあ、宣言どおり書いてみました。次回は本編に戻りますが、もしかしてまた思い立ったときにまた過去編を書くかどうかも分からない。まぁでも、ガルロア君の過去にこういう老人とこういう女性がいたということを書いておいてみたかったんです。
本編を楽しみにしていて下さった方、どうかご寛恕ください。
まあ、次回は本編です。この話に続きが生まれるかどうかは未定です。
それから、次回の投稿と同時にその他板へと旅立ちます。
どうぞよろしくお願いします。

それでは。









[27866] 第18話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/09/14 00:52

「特に言うつもりもなかったんだけどさ、」

騒乱の後の静けさ。
つい先ほどまで騒がしかった都市はようやく落ち着きを見せた。
人知れず、人に隠れて騒動を治めた少年は一人の少女と向かい合う。

「僕達が初めてあったときに僕は、僕のことをロアって呼んで欲しい、って言ったよね。
そのロアって呼び方で僕のことを呼んだ人はさ、実はユリアを含めて今までに3人しかいなかったんだ。」

先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのようにも思える静かな夜。

「僕の父親と、僕の親友と、ユリアの三人だけが僕のことをロアと呼ぶ。
ロアって呼ばれ方は僕にとってかけがえの無いもので、そして、ユリアにそう呼ばれるのは心地いい。なんっていうか・・・・・落ち着くんだ。」

外ではまだ、騒ぎの後始末などに走り回っている人間がいるはずなのに、この部屋だけは世界から隔離されたかのよう静かだった。

「それだけはさ、やっぱり伝えておこうと思ってさ。」

そして少年と少女は語り合う。
話し、話され、知り、知られ。

そうして夜は明け日が昇り、気付けば少年は疲労からかいつの間にか眠りについていた。
少女はそんな少年に毛布をかけ、そして静かにその隣に座って寄り添っていた。





      †††






汚染獣の襲撃から一週間。
ツェルニはようやく以前の日常を取り戻していた。
外縁部に散乱した無数の幼生体の死骸。都市のほぼ中心から少し外れた地点と、都市のほぼ両端に死してなお大きな存在感を示していた成体の汚染獣3体。
それらの撤去と、その成体の一体に押しつぶされるように倒壊した3棟の建造物の撤去。
それに1週間かかった。
撤去はツェルニの武芸科の生徒が総動員で行い、そしてその中に幼生体殲滅の立ち役者、レイフォン・アルセイフもいた。
もっとも、都市民は誰が幼生体の殲滅をしたかなどは知る由もないだろうが。

レイフォンは不用意に都市外へと出て全身を汚染物質に焼かれ、幼生体を殲滅し、雌性体を撃破して戻ってきたときに倒れてしまった。
目が覚めたのは一日が過ぎてからだった。

目が覚めた時点でもう体にはほとんど支障はなく、それならばとレイフォンは汚染獣の撤去に協力しようと向かい、そして驚いた。

自分が意識を失っていた間に何が起こっていたのかを知って驚き、そしてそこに残された結果に驚いた。

自分が気絶している間に汚染獣の成体が襲撃して来ていた。
自分が気絶している間に汚染獣の成体3体を恐らく単独で撃破した人間がいる。

幼生体の後始末をしていたときにも一つの発見があった。

幼生体との戦闘区域だった外縁部をパッとみて目立つのは、もちろんレイフォンの鋼糸によって切り裂かれた無数の幼生体の死骸で、ツェルニの生徒が倒した幼生体などレイフォンが倒した幼生体の中に埋もれ、見る影もないのだが、しかしその中に無視できない一群があった。

まるで内部から爆発させたかのように粉々になった幼生体の破片が、ものすごい量で広がっている場所があった。
死骸の状態が状態なため、詳しいことは分からないが、しかしこの一群は幼生体300体分くらいはあるのではないかとレイフォンは思った。

これらのことをやった誰かがこの都市にいる。
自分以外でこんなことのできる誰かがこの都市にいる。

誰か、といいつつも、実はレイフォンはもうある程度の当たりはついている。

ツェルニの生徒の中にこんなことのできる人間はいない。
ツェルニの生徒の中にこんなことのできる生徒はいないはずだ。
いたら、小隊員などになってレイフォンの目にもとまっているはずだ。

ならば、考えられるのは外来者。

そしてレイフォンは外来者の中に知っている二人組みがいる。
気になる二人組みがいる。

ガルロア・エインセルとユリア・ヴルキア。

自分の中の違和感はいまだ消えていないが、しかしその二人組みの片割れであるユリアは確実に剄脈を持っていなかった。
それならば、これらのことをしたのはもう一人のガルロアの方だろう。

あくまで予想ではあるが、レイフォンはこの予想にほとんど確信をおいていた。

しかし、分からない。
自分が言えたことではないのかもしれないが、ガルロアの一般人とはかけ離れた実力といい、それから自分がユリアに感じている違和感といい。

一体彼らは何者なのか・・・・・。
ツェルニに入学したいと言っていたが、それは何故なのか・・・・・。
一体・・・・・・・・・。

「ちょっと、レイとん?聞いてる?」

耳元でミィフィの大声が聞こえ、レイフォンは意識を現実へと引き戻された。

「えっ?なに!?」

レイフォンは驚いて飛び上がる。

「もー。ぼーっとしないでよね。」

ミィフィが頬を膨らませ、近くにいたナルキとメイシェンは苦笑いをしている。

汚染獣襲撃から一週間、ようやく元に戻った日常の、今は授業が終わった放課後だった。

レイフォンはこれから小隊員の訓練場である錬武館へと向かい、ナルキは都市警察、ミィフィは雑誌の編集部、メイシェンはケーキ屋のバイトへと向かう。
教室から出てそれぞれが別れるまで、短い距離ではあるが一緒に歩いていた。

「それでね、その生徒会長が隠してる正体不明の幼生体殲滅の前にね、幼生体をバッタバッタと倒してた人がいたって武芸科の生徒の人たちがたまに話してるんだけど、そんでその人が成体を3体倒した人なんじゃないかって噂なんだけど、ナッキとレイとん、何か知らない?」

レイフォンが思わずぎくりと肩を揺らす。

「ん?知らないと思うな。それはどんな人なんだ?」

しかし、ナルキのこの質問のおかげで、レイフォンの反応はミィフィには気付かれなかった。

「えーっとねー。黒い髪で、バカみたいにでっかい剣を持った男の人だったんだって。その武芸科の人たちもね、ちゃんと顔を見ようと思ったらしいんだけど、見れなかったんだって。なんか一人だけ離れた位置で戦ってたらしくってね、幼生体はうじゃうじゃいるし、時間は夜だしで見れなくて、それで一回だけ近くにきたんだけど、そのときは幼生体殲滅に見入っちゃってたんだって。あたしにはよく分からないけど、すごかったんでしょ?」

「ああ。あれはすごかった。あたし達があれほど苦戦していた汚染獣をああもあっさり殲滅するとは、何が起こったのかまるで分からない。なぜ生徒会長もあれの真相を隠すんだろうな。」

ナルキが少し不満そうな声を上げる。
レイフォンが鋼糸を使って幼生体を殲滅したことは、ツェルニの学生には伏せられていた。

「まぁ、それでね、その汚染獣殲滅に見入って、それで汚染獣殲滅に喜んでたら、その人はいつの間にかいなくなっちゃってたんだって。」

「・・・・・その男が幼生体を殲滅したというのはないのか?」

「武芸者のナッキが一般人のあたしに聞くような質問じゃないでしょ、それ。まぁ、でもね、その人は幼生体が殲滅されてる間は防衛柵の内側にいたって話だったから、私には良くわかんないけど、やっぱり関係ないんじゃい?」

「むぅ。・・・・・まぁだが、私はそんな男知らないな。レイフォンはどうだ?」

「えっ、えっ!?」

ナルキから振られた話題にレイフォンは狼狽する。

「えっと、ぼ、僕も知らないと思うな、そんな人」

「ん~?なんか変じゃない?レイとん?」

ミィフィがいぶかしむようにレイフォンの顔を覗き込んでくる。

「そ、そんなことないと思うけど・・・・・」

レイフォンは全力で目をそらしながら答える。

「むっ!怪しい。絶対なんか知ってるでしょ。」

「いや、ほんとに何も知らないってっ!?」

「嘘だっ!特ダネだ。キリキリ話なさい!」

ずいずいとミィフィが迫ってくる。

「なんだ?何か知っているなら、あたしにも聞かせて欲しいな。」

レイフォンがミィフィの対処に困っていると、ナルキからも同じように詰め寄られる。

「えっ、えーと・・・・・。」

特に隠す理由などない。
特に隠す理由などはないが、しかし簡単に言っていいようなことではない・・・・・ように思う。
だからできれば話したくはないのだが、しかし、好奇心の塊のようなミィフィから言い逃れることはもはや不可能に近い。
一体どうしたものか、とレイフォンは頭をめぐらせる。

「黒髪ってだけじゃたいして珍しいものでもないし、バカみたいにでかい大剣だって練金鋼が基礎状態じゃ判別できないし、それにどこからそんな実力者が現れたのか、みんな知りたがってて、結構調べてる人もいるんだけど、一向に情報が集まらないんだよね。実力を隠してた生徒がいるんじゃないかっていうのが最近はよく噂されてるけど・・・・・なにか知ってるんだったら早く教えてっ!そしたらきっとわたしがこの情報の一番乗りになれるっ!そしたらきっと出世できるっ!」

ミィフィが瞳をきらきらとさせて詰め寄ってくる。

これはもう言い逃れるんじゃなくて、物理的に逃げるしかないかな?でもそれじゃ問題の先送りにしかならないかな?
とそんなことを考えていたときだった。

「っ!?」

ぞわり

と背筋に嫌なものが走る。

「あれ?」

いままでレイフォンに詰め寄っていたミィフィが突然まったく別の方向を向いて声を上げる。

「あれってユリちゃんじゃない?」

レイフォンはミィフィが見ている方向に視線を向ける。
そこにはユリアが一人で歩いていた。

ああ、またこの感覚か・・・・・とレイフォンは思った。






     †††





「よくきてくれたね。」

目の前の上等そうな椅子に腰掛けた青年がにこやかに声をかけてくる。
顔の表面は笑っているが、その内側では一体何を考えているのか分からない。

ここは生徒会棟の最上部にある生徒会室、つまり生徒会長の部屋で、椅子にとどまらず、絨毯も照明も机も扉も何もかもが全て上質なものであろうと見た目だけで分かる。

「先の汚染獣襲来のときは本当に助けられたよ。ガルロア・エインセル君。」

ガルロアはこの日、生徒会長、カリアン・ロスに呼び出された。

『今日の午後3時に一人で生徒会室まで来てくれないか?』とのことだった。

わざわさ、『一人で』といったところに思うところがないでもなかったが、しかしガルロアとしても、この都市の生徒会長は警戒しておくべきだろう、と感じていたのでユリアを同伴させようとは思っていなかった。

ユリアには悪いが、今回は待っていてもらっている。
もしかしたら、ぶらぶらと散歩などしているかもしれない。

「それで?なんのようですか?僕としてはあなたに言いたい文句が少なからずあるんですけれど、ですがそれは後回しにしてまずはあなたの話を聞きましょう。」

「ふむ。とりあえず、座ったらどうかね?」

カリアンがガルロアの言葉にもにこやかな笑みを崩さずにソファーを指差す。

「・・・・・それじゃぁ。」

ガルロアは革張りの上等そうなソファーに少し気後れしつつ腰掛ける。

「さて」

ガルロアが座ったのを見届けて、カリアンが切り出した。

「私の用件というのは、君の文句にも繋がる内容であると思うのだが、ずばり君がツェルニへの入学を希望している件についてだ。」

カリアンが顔の前で手を組み、ガルロアの目をじっと見据える。

「君が転入試験の受験を何度も申し込んでいたことは知っている。なにせそれらの申し込みを却下し続けたのは私だからね。」

にこやかな笑顔のままそんなことを言うカリアンにガルロアは多少の苛立ちを覚えた。

「しかし、私にも君の申し込みを却下し続けなければならない理由があったということを先に言っておこうか。」

「理由?なんですかそれは?」

「発端は突拍子もないところから始まっていてね、」

そういってカリアンは事情を説明し始めた。

「とある放浪バスがあってね、それがツェルニに向かって来ていたんだ。うむ。なんてことのない日常のなかの一つで本来ならさして、どころか全く問題視するような必要のないことなのだが、しかしそこに問題視せざるを得ない不可解な事象が発生したんだ。
なぜかツェルニがその向かってきている放浪バスから逃げるようにして進路を変えたんだ。
偶然だと思うかい?しかし私はそうは思わなかった。

さて、ここまで言って君もなんとなくは察しがついているだろうけれど、その放浪バス。放浪バスであるからには当たり前のように乗客が乗っていて、そしてその放浪バスがツェルニについたのは入学式のちょうど前日だった。
言いたいことは分かるね。
そう、そのバスは君と君の連れのユリア・ヴルキアの二人が乗ってきたバスだ。

それが偶然ではないのなら、必ず原因があるはずで、そして今回の事象に原因があったとするならば、この場合の原因は疑いようもなく放浪バスそのものか乗客、もしくはバスが乗せていた荷物にあったはずだ。

さて、この三つの中で、私は放浪バス本体というのは外していいと思っている。
都市に逃げられる放浪バスなど、その存在意義を果たしていないといっても過言ではないしね。それにそのバスの運転手に聞いてみたところ、そんなことは初めてだったそうだ。
それならばこの可能性は排除してもいいだろう。

そして残るは乗客と荷物なのだが、しかしそれらだって私は排除してもいい可能性だと思っている。都市が逃げるような人間、もしくは荷物。そんなものがこの世に存在するなど到底思えない。
だから、私はこの時点でほとんどその事象を偶然だと考えていいだろうと思っていた。
が、しかし乗客の中に異質な二人組みがいたのだよ。

言うまでもなく君たちの事なのだが・・・・・。

二人だけ新入生徒ではなかった君達。

それだけでははっきり言って疑う理由になりはしないと私も分かっているのだが、しかし私は君達の存在が引っかかった。
そして、君達が最初に編入の申し込みを出してきたときは驚いた。
もしかして自分は相当に的外れなことをしているのではないかとも思ったのだが、空白の目立つ君達二人の履歴書がやはり気になった。

だから二人のことを少し調査してみようと思ったのだよ。
幸い、ある程度の情報は割と簡単に集まった。
履歴書から君の出身都市がムオーデルであることは分かった。
ムオーデルとツェルニはそれなりに近いからね。君もほとんど放浪バスの乗換えをしなかったろう?
だからこの都市にはムオーデル出身の武芸者がそれなりにいるのだよ。
ムオーデル出身の武芸者は質が高いね。小隊員の中にもムオーデル出身のものは何人かいるよ。

まあそんなことは置いといて、私は集まった情報に驚いたよ。
君は汚染獣との戦闘がそれなりに頻繁にある都市で、11歳にして最強だといわれていたそうじゃないか。
ふむ、それなら、先の戦いで見せたあの強さにも納得がいくというものだ。

それでだ。
そこで私は一つ大きな疑問を抱いたのだよ。
君ほどの武芸者がなぜ都市の外に出ることを許されたのか・・・・・だ。
それも、追放という形でだ。

先ほど、ある程度の情報は簡単に集まった、といったが、しかしそれは裏を返せばある程度以上の情報はまるで集まらなかった・・・・ということだった。

方々に手を回したが、しかし私は結局君が都市を追放された理由をつかめなかった。
不自然なほどに全く情報がつかめなかった。

それと同様に、君の連れの彼女。
彼女の情報もやはり全くつかめなかった。

ここまでくるとさすがにおかしい。

だから私は君に問いたいのだ。

何故君は都市を出ることになったのか?
君の連れの彼女の情報はなぜ集まらないのか?
彼女の存在は君が都市を出ることになったこととなにか関係があるのかい?

どうか答えてくれないかな?

あるいはそれが、もしかするとツェルニが放浪バスから逃げようとした原因に繋がるかもしれないだろう?」





カリアンがようやく話を終わらせ、そして深く息をついた。

カリアンの話の内容に何度か不自然な反応を返してしまいそうになったが、何とか隠し通せたとガルロアは思う。

しかしカリアンの見透かすような瞳の前では余り自信を持つことはできなかった。

さて、カリアンの話は、カリアンの質問は、ガルロアにとって嫌な質問だ。

ある程度自分達の情報を握られているというのも痛い。

ガルロアは慎重に言葉を選ぶ。

「僕達が何者なのか、ということが都市が逃げた原因に繋がるとは到底思えません。というより、明らかに繋がらないでしょう。自分がどれだけ滅茶苦茶なことを言っているか分かってますか?生徒会長?」

実際には都市が逃げようとした原因は自分達の正体、ユリアの正体に繋がるだろう。
都市の意識は汚染獣から逃げるようになっている。
おそらく、都市の意識にはユリアが汚染獣であることが分かってしまったのだろう。

「ふむ。確かにそう言われると返す言葉はないね。私だってそれは重々承知している。まぁ、余り気にしないで質問に答えてもらえると嬉しいのだが。」

「気にするなって、・・・・・僕らはそんな滅茶苦茶な理由で疑われているんですよね?
明らかに偶然だったことを無理やり必然にこじつけるために、僕らを滅茶苦茶な理由で疑ってるだけじゃないですか。
あんまりに横暴だと思うんですけれど」

「・・・・・君の言い分ももっともであるし、私もそれについては申し訳なく思っていないわけではないのだが、しかしどうしても納得できないものもある。頭で納得できても心では納得できない・・・・・などとは私には到底似合わない詩的な言葉だが、しかし今回の件はまさにそれだ。
・・・・・とはいえ、それがなかったとしても、君が都市を追放された理由はいまだ不明で、君達が不審な人物であることには変わりはないのだから、やはり答えてもらいたい。」

ガルロアはカリアンを睨みつける。

カリアンはにこやかな笑みを浮かべてガルロアの視線を受ける。
しかしその目の奥に表情どおりの感情がないことは確かだろう。

「・・・・・・それを聞いてどうするんですか?原因は僕でしたが、先の戦闘で僕がこの都市を守ったことに変わりはありませんし、それに自分で言うのもなんですが、僕ほどの武芸者は多少不審があったところで都市に引き入れるべきだと思うのですが?」

「ふふ。君は意外にと言うべきか、結構頭が回るようだね。」

「頭の回転が鈍いと色々とこき使われてしまうような道場に所属していましたからね。」

口調だけは楽しそうなカリアンに、ガルロアは口調も態度も不満そうに答える。

「確かに君の言うとおり、君を逃すのは都市の大きな損失になるだろう。私としても、君は是非とも入学させたい逸材だ。」

「それなら、滅茶苦茶な理論や、多少の不審程度のことで入学を拒否するのはおかしいとは思いませんか?」

頑としてなにも話そうとしないガルロアにカリアンは小さく息を吐いた。

「先ほどからまるで何も話そうとしないね。話したくないような、あるいは話せないような内容なのかい?」

そこでガルロアは言葉につまる。
この質問に下手な答え方をしてしまうと、自分の過去になにか、人には言えないようなことがあったという言質をとられてしまう。

ガルロアは少し考えて、慎重に言葉を選ぶ。

「・・・・・友人に対して話す内容ならば、なんの躊躇いもなく話しますが、ですが尋問されて話すようなことはありません。」

ガルロアの答えに、ガルロアが部屋に入ってきてからまるで能面のように動かなかったカリアンの笑顔がわずかに動く。

それを見てガルロアは心の中でしてやったりと笑みを浮かべた。

「ふむ・・・・・。君は私が思っていた以上に頭がいいね。まるでボロを出さない。」

これもまた誘導尋問の手口。
『ボロ』という言葉に不自然な対応をすれば、それは自分が『出すボロ』を持っているということになってしまう。

「・・・・・・・ボロって何のことですか?僕は普通に受け答えをしているだけですが?」

そのガルロアの答えに、またもカリアンの表情がわずかに動いた。

ガルロアがここまで誘導に引っかからないのは、ひとえに故郷で通っていた道場にすこぶる性格の悪い女がいたからだろう。
性格の悪すぎるその女と長いこと一緒に過ごしてきたが故に得た、性格の悪いものへの対応。
こんなところで役に立つとは思わなかった。

カリアンとガルロアの視線がしばし交錯し、そしてやがてカリアンは2度動いた表情を最初のそれ、無駄のない完璧な笑顔へと戻す。

「・・・・・とても良い笑顔だとは思いますけど、でも能面みたいに全く変わらない笑顔って言うのはそれはそれで気持ち悪いと思うんですけど、どうでしょう?できれば素の表情で話してもらえません?」

「笑顔は話し合いの基本だよ。君も練習してみるといい。」

全く動かない笑顔のせいでガルロアはカリアンが何を考えているのか全く分からない。
いつもニヤニヤと皮肉げに笑っていた、故郷の道場にいたあの女と通じるところがある。
性格も態度も。

ガルロアはカリアンに結構な苦手意識を持ち始めていた。

「それにしても、君への質問がこうも上手く運ばないとは思わなかった。こちらも一つ札を切ってみようかな?」

「札?」

カリアンの言葉にガルロアは不信感を覚え、警戒心を高める。

先に『札を切る』と宣言するとは、よほど自信があるのか、その言葉すら交渉術の一環なのか。

「私は一つ、突拍子もない仮説を立てている。都市が放浪バスから逃げようとした理由を示す仮説。余りにばかばかしいのだが、しかし理にかなったある仮説をね。」

そう前置きしたカリアンに、ガルロアはとても嫌な予感がした。

カリアンはガルロアの目をこれまで以上に強く見据えて言う。

「もしも、放浪バスの中に汚染獣が乗っていたとしたらどうだろう?」






     †††





なんでこうなったんだろう・・・・・。

レイフォン・アルセイフは途方に暮れる。
背後に感じる気配になぜか焦燥感を感じる。

先ほどミィフィに問い詰められていたときも最悪だと思っていたが、しかし今のこの状況に比べたら、先ほどのほうが全然マシだったと断言できる。

レイフォンの背後にはユリアがいた。
レイフォンはユリアと連れ立って、二人きりで歩いていた。

ユリア・ヴルキア。
黒髪、黒目、端正な顔立ち。髪は長く、腰の辺りまでスーッと伸びていて、首の後ろ辺りでゴムでまとめられている。

今歩いているのは、練武館の前。

こうなった経緯を簡単に説明するならば、
まずユリアを見つけたミィフィがユリアに声をかけ、「なにしてんの?ガルルンは一緒じゃないの?」と聞くと、ユリアは「ガルロアは一人で生徒会室に呼ばれていったわ。だから私は今、一人でぶらぶら歩いているだけよ。」と答える。

するとナルキが「へぇ。そうだったのか。しかしなんでガルロアは生徒会室に呼ばれたんだ?・・・・・まぁ、それはいいか。しかし一人で退屈じゃないか?できれば一緒に行動していたいのだが、あたし達はみんなこれから予定があってな。」といい、それにユリアが「別に構わないわ。特に退屈だなんて感情も持ってはいないし。」と答える。

するとそれを聞いたミィフィが「それなら、レイとんと一緒に行けば?練武館なら生徒会棟からも近いからガルルンを待つにも困らないし、いい退屈しのぎになるんじゃない?」と、あろうことかそんなことを言ったのだった。

レイフォンはそれを遠まわしに回避しようとし、ユリアは直接的にそれを断ったのだが、しかしミィフィの押しが余りにも強く、結局二人で練武館へと向かうことになってしまったのだった。

結果的にミィフィの尋問からは解放された形にはなるが、しかしこれではどっちがマシだったか分からない。

レイフォンは何故かユリアから感じる雰囲気や気配に、何故か苦手意識や警戒意識を持ってしまっていて、できれば今すぐ逃げ出したい心境だった。

ミィフィと別れた時点で、別にユリアと別れても何の問題もないはずなのだが、しかしレイフォンは『もうここら辺でいいんじゃないかな?』といった旨の言葉を言うことができず、ユリアはユリアでなんの興味もなさそうにレイフォンにただただ着いてきたため、結果いまだ二人は一緒にいる。

・・・・・・・ほんと、どうしてこうなったんだろう・・・・・。

レイフォンは心の中で大きくため息をついた。

そういえば、ユリアと二人で歩き始めたときにメイシェンが不安そうにあうあう言っていて、それを見たミィフィが自分達とメイシェンを交互に見て、なにやら「しまった」といったような表情をしていて、ナルキが「おい、どうするんだ。お前のせいでレイフォンがあんな美人と二人っきりになってしまったぞ!」などと言っていたが、あれは一体どういうことだったのだろう?
確かにユリアは美人ではあるが、しかし自分とユリアが二人っきりなのが一体彼女達のどんな不安につながるというんだろう?

「ねぇ。」

鈴のような綺麗な声。

その声で、現実逃避気味になっていたレイフォンは、一気に現実へと引き戻される。

「え、えっと、なにかな?」

「明日、あなたの試合があるって聞いたけど、今回はどうするの?」

「どうするのって、どういうこと?」

「前の試合の最初みたいにグダグダやるのか、最後みたいに真面目にやるのかってことよ。」

なるほど。
前の自分の試合を見ていたんだなとレイフォンは推測する。

「まぁ、真面目にやろうと思ってる。」

「それは、前の試合の最後と同じくらいってことかしら?それともそれ以上の本気ってことかしら?」

その質問に、自分の実力を真に知っている人間はこの都市では少数のはずなのに・・・・・、と少し驚くが、しかし以前ガルロアがユリアはグレンダンを訪れたことがあるといっていたことを思い出す。
それが、そのままユリアへの不信感の原因の一端にもなっているのだが、しかしこの際は余り気にしないでおこうと思う。

「えっと、前の試合の最後より少し低くってくらいかな。」

「なぜ本気をださないの?」

「僕が本気を出すと試合にならなくなっちゃうし、それにウチの隊長はそういうのは喜ばないと思う。」

「そういうものなのかしら・・・・・?」

首を傾げてそしてユリアはまたしゃべらなくなった。

さて、とレイフォンは再び思考する。
もう既に練武館の前まで来てしまっている。このまま十七小隊が使っているブースまでユリアを連れて行ってしまうと、もう完全にユリアと別れるための取っ掛かりを失ってしまうことになるだろう。
それだけでなく、試合の前日に部外者を連れ込んだりしたら、きっと隊長のニーナの機嫌が悪くなるだろう。

さて、本当にどうしたものか。

「あれ、レイフォンじゃねぇか。何してんだ?こんなところで?」

今度は軽薄そうな声が後ろから聞こえ、レイフォンの意識を思考から現実へと引き戻した。

「あ、あれ?シャーニッド先輩?」

シャーニッド・エリプトン。
レイフォンと同じ第十七小隊に所属する狙撃手で小隊内では一番学年が上の四年生。
薄い茶髪に軽薄そうではあるが甘いマスク。
体格もスラリと背が高く、ピアスなどしているのがスタイリッシュで、かなり女性にももてるらしい・・・・・というかファンクラブなどもあるようだ。

「おんや?こりゃなんか、レイフォンのくせに結構な美人を連れてんなぁ。なんだ?同級生か?」

シャーニッドは目聡くユリアを見つけてレイフォンに聞いてくる。

「同級生・・・・というわけではないんですが、一応、知り合いです。生徒会棟に呼ばれていった人を待っているらしくて、それで暇つぶしになればとここまで一緒に来たんですが、この先どうしたものかと。」

「この先どうしたもんかってお前、そんな美人連れてそんな台詞はないだろ?本当に男か?」

「は?どういうことですか?」

「チャンスをものにしてこそ俺たちは青春を謳歌できるってことさ。」

「?・・・・?、?」

シャーニッドの言いたいことがさっぱり理解できない。

「・・・・・・・お前、相当鈍いな。まぁつまり、どうせならこのままデートに持ち込んじゃえよって言いたいわけだ、俺は。」

シャーニッドがあきれた顔をする。

「?、デートってなんです?僕が言いたいのは、これから訓練があるからどうしようってことなんですけど。」

シャーニッドは今度は頭を抱えた。
そんなシャーニッドの行動にレイフォンは益々頭の上に疑問符を浮かべる。

「もう駄目だお前は。手の施しようがないわ。・・・・・なぁお譲ちゃん、これから俺と一緒にお茶にでも行かないかい?」

「ちょ、先輩、だめですって。明日は対抗試合ですよ、行かなかったら隊長に怒られますって。」

いきなりユリアを誘い出したシャーニッドにレイフォンはあわてて声をかけた。

「あー、まぁ、そうだよなぁ。さすがの俺もやっていいサボリとやっちゃいけないサボリくらいわきまえてるって。けど、それならどうする?この娘を訓練場に連れてったら、間違いなくニーナの奴が機嫌悪くするぜ?」

「そうなんですよね。だから困ってるんですよ」

そしてレイフォンは再び途方に暮れるが、しかしその問題は思わぬ形で解消することになった。

「私、そろそろ戻るわ。」

凛とした涼しげな声でユリアが言う。

「ん?そうなのか?連れってのはもう待たなくていいのか?」

シャーニッドが問い返す。

「生徒会棟の前で待つことにするわ。そろそろ出てくるころだと思うから。」

そう言ってユリアは「さようなら、またね」、と実にあっさりと歩き去っていってしまった。

「・・・・・・・いやぁ、なんつーか、・・・・こう、淡白ってのとは違うんだが・・・・何というか・・・・・、たとえるなら真夏の氷水みたいなというか・・・・・。なんか実にあっさりとした感じというか、さっぱりした感じというか、・・・・・そんな子だったな。」

「・・・・・・・そうですね。」

残されたシャーニッドとレイフォンは、呆然としてその背を見送るしかなかった。





      †††





今の言葉に対して何も反応しなかったなどとは到底思えなかった。
何も悟られなかったとは到底思えなかった。

自分はどんな反応をした。何を悟られた。

ガルロアの頭の中で様々な思考が渦を巻く。

目の前のにこやかで実に胡散臭い笑顔を見ながら、ガルロアは心の中で悪態をつく。

何が『頭で納得できても心では納得できない』だ。
そんな仮説を立てておきながら、どの口が頭では納得できた、などと言うんだ。あれはこちらを油断させるための方便だったのか。

全く、この男は本当に性格が悪い。

「・・・・・放浪バスの中に汚染獣とは一体どんな冗談ですか。それは余りにばかばかしすぎて、理にかなってるとは到底思えません。」

これ以上、何も悟られまいと、とりあえず会話をつなぐ。

そんなガルロアにカリアンは益々笑みを深めていう。

「今、自分がどんな表情をしているか分かっているかい?」

高鳴る動悸を必死で押さえつける。
今のカリアンの言葉に無防備に反応してしまえば、益々何かを悟られてしまうだろう。

そんなガルロアの様子にカリアンは「ほう。」と小さく息をついた。

「ふふふ。ばかばかしいと言ったのは本心からでね、私はこの仮説にほとんど意味を置いていなかったのだが、しかしここまで効果があるとは余りに予想外で私も大いに驚いているよ。」

「・・・・・・・・・」

カリアンが笑い、ガルロアは黙り込む。

「そもそも、この仮説は最初は冗談の笑い話でね、だから数日前まではこんな仮説はなかったのだけど、しかし、数日前、私はレイフォン君から興味深い話を聞いてね。」

カリアンが聞いてもいない説明を始める。

「先の戦闘で幼生体、雌性体、雄性体の一期、二期、三期と、数々の汚染獣に襲われながら、私はそれらの識別すらできず、脅威度も測れず、対処法も知らなかった。
雌性体が存在していたことも知らなかったし、救援というものも知らなかったし、救援を呼ばれればどうなるかということも知らなかった。
君やレイフォン君がいなかったらどうなってたかと思うとぞっとするよ。
その反省から、私は汚染獣について調べることにしたのだが、汚染獣との戦闘経験が豊富であろうレイフォン君にも話を聞いたのだよ。
そしてその際、ある汚染獣の話を聞いた。
その汚染獣は人に寄生するそうだ。」

「・・・・・・・それが、何なんですか?」

「人に寄生するような汚染獣がいるなら、どんな汚染獣がいたって不思議じゃない。
例えば、誰にも気付かれずに放浪バスの中に紛れ込める汚染獣がいたとしても不思議ではない。」

「・・・・・・・・だから、それが何だというんですか。」

「先ほどの君の反応で確信したよ。私は全ての鍵は、君の連れの少女のユリア・ヴルキアであると思っている。」

「・・・・・・・・っ・・・。」

カリアンの表情が、初めて笑顔ではなくなった。
真剣な表情、本気の目。
あれほど嫌だった笑顔ではなくなったのに、何故だかガルロアは無意識のうちに恐れてしまう。

「君ほどの武芸者が都市を出ることになった理由、ツェルニが放浪バスから逃げた理由。君がツェルニに来た理由も、君達の履歴書の空白も、まるで見つけられなかった情報も。
それらの不思議、不可解、不明瞭、その全ての中心に、私はユリア・ヴルキアがいると踏んでいる。」

「・・・・・・・・・。」

もはやとぼけることにも意味を感じられなくなってしまった。
このまま、カリアンの出方を見るしかないと、ガルロアは沈黙する。

「・・・・・沈黙してしまったね。沈黙も力ということだね。」

全く、君はどこか場慣れしているね、とカリアンはあきれた声をあげる。

そんなカリアンの言葉にもガルロアは沈黙を保っていたが、しかしそのとき、カリアンの視線がさらに鋭さを増したように感じた。

「・・・・・何故、私が今、君が追放されたなどという都市の内情に深く込み入った話を知っていると思う?」

そう言われて、初めて気付く。
都市間での情報のやり取りが難しいこの世界で、それも情報の受け渡しだけでなく調査をしようとすれば、少なくとも、もっと時間がかかるはずだ。
今、ガルロアがツェルニにいるという事実から、結果論として都市を出たことを知れても、普通ならその経緯、ガルロアが追放されたなどということを知るにはもっと時間がかかるはずだ。

「さきほど言ったようにこの都市にはムオーデルの出身者がそれなりにいる。その中の一人の家族から宛てられた手紙に君の事を詳しく書いていたものがあってね。それを見させてもらった。・・・・・もちろん本人の許可を取ってだよ。
そこには端的に言えば5つのことが書かれていた。
1つ、ガルロア・エインセルが追放された。
2つ、追放の理由は分からない。
3つ、しかしガルロア・エインセル追放の際に何故か放浪バスの停留所を厳重に警備することになった。
4つ、そのとき、ガルロア・エインセルは、見たことも無い明らかに不審な少女を連れていた。
5つ、市長はガルロア・エインセルではなく、その少女を警戒しているようだった。
・・・・・とこんな感じだ。」

・・・・・・決まり手だ、とガルロアは全身から力が抜けるような感覚がした。
そんなものがあったなら、自分達はツェルニへの入学などできるはずもなく、下手をすれば、というより下手をしなくても問答無用で都市の外へと追い出されるだろう。
なにしろ、自分達は一般の都市ですら、危険すぎて手に負えないと追い出されたような存在なのだから。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。

「・・・・・そうですか。・・・・・汚染獣討伐の協力までしたのに、さっきみたいな仮説を立てられてしまうほどに警戒される理由はなんだろうって思ってました。疑う理由があったとしても、汚染獣討伐はそれ以上に信じる理由になるんじゃないかと思ってました。そもそも疑い始めた理由すら曖昧なものだったのに。
だから僕らは無視できるレベルの警戒対象であるはずだと思っていたんですけど・・・・・。
・・・・・でも、なるほどです。その手紙があったから、僕らはここまで警戒されていたんですね。」

「ああ。その通りだ。通常の都市でさえそこまで警戒するものを、それも学生のみで運営されている学園都市が警戒せずにいられるわけはないだろう。」

ここまでガルロアとユリアの危険度を如実に示しているものがあったとは思わなかった。
この手紙を読んだ時点でカリアンは、ガルロアとユリアが、正確にはユリア・ヴルキアを無視できないレベルの警戒対象として警戒していたのだろう。
ここに生徒会棟に『一人で来てほしい』というのは、『現時点でこれ以上ないというほどの警戒対象であるユリアを連れてくるな』という意味だったのかもしれない。

しかし・・・・・・・、

「しかし、それにしても、会長のそれは交渉術じゃなくて詐術な気がします。そんな決め手があるのに、それを最後まで使わずにグダグダと回りくどく話を進めて、『頭では納得している』とか『疑う理由としては不十分』とか何とか言いながら、僕から出せる限りの情報を騙し取った。最初からその決め手を使ってくれれば、会長は『汚染獣』なんて言いださなかったでしょうし、僕も変な反応をすることもなかったのに。」

「交渉術も詐術も同じようなものさ。ただ話して情報を得るか、騙しながら話して情報を得るかの違いであって、やっている本質も結果も変わらない。表裏一体で紙一重だ。」

「・・・・・・・・・はぁ。」

妙な脱力感がガルロアを襲う。
ここまで色々とやってきて、最後がこれではどうにも・・・・・なんというか・・・・どうしようもない。

「それで、僕らはこれからどうなるんですか?ただの都市外追放ですか?それとも罪科印を押されての都市外追放ですか?最悪だと即刻都市外追放っていう実質死刑もあるけど、この都市は僕に借りがあるはずだから、できれば最初のにして欲しいですね。」

諦めたように言うガルロアに、カリアンは何故だか笑みを浮かべた。

「少し待ちたまえよ。話はまだ終わってないだろう?」

その言葉にガルロアは困惑する。

「これ以上、何かあるんですか?もう、さっきので決まり手。僕は詰み。もうこの都市を出て行くしかない。
即刻退去とか言われたら、それは抵抗しますが、ですがただの都市外追放なら素直に従いますよ。
この都市以外にも学園都市はあるし、そもそも僕にとって学園都市のシステムが都合が良かっただけで、わざわざ学園都市に拘る理由だってそんなにない。
この都市に拘る理由もない。
そちらが何もしなければ、こちらも何もしないで出て行きます。
まぁ、この都市には何人か友達もできたから、できればこの都市に入学したいところだったんですけどね。」

「落ち着きたまえ。少しはこちらの話を聞いてもらいたいね。」

「・・・・・なんですか。」

「『汚染獣』という言葉に対して、君があれほど反応したのはこちらにとって本当に予想外だった。先ほども同じことを言ったが、あれは紛れもなく本心だったのだよ。
私としては、あの仮説云々の話は、頭の片隅で考えはしていたものの、そんなバカな、と否定していたものでもあって、だから私はあれに話のつなぎ程度の意味しかおいていなかった。
バカなことを言って君を油断させようという、そんな考えからのものだったのだよ。
だから、君があの言葉にあれほど反応したのには心底驚いた。驚きを顔に出さないようにと必死になっていたよ。」

そんな言葉にさらに脱力感が増す。
そんな程度の気持ちで出された言葉に自分はあんな迂闊な反応をしてしまったのかと少し悔しくなって、ガルロアは唇をかみ締めた。

「全ての不思議、不可解、不明瞭を解く鍵は『ユリア・ヴルキア』であると私は予想していて、そして、あの時の君の反応から、その予想は確信に変わったとはさっき言った通りだ。
そして、『ユリア・ヴルキア』という鍵をどう使うかということは、先ほどまでさっぱり分からなかったのだが、しかしこれもまた君の先ほどの反応から『ユリア・ヴルキア』という鍵を使うための鍵が『汚染獣』であると予想できた。」

と、ここでカリアンが困ったような表情をしたのを見て、ガルロアは少し驚いた。

「だがね、今度は『汚染獣』という鍵をどう使えばいいのかがまるで分からない。
まるで、さっぱり、分からない。
それからこの都市に来てからの君達の行動もわからない。
『汚染獣』が鍵だという私の予想と、君達の行動は、まるで噛み合わない。」

この人でも困ることがあったり、分からないことがあったりするのかとガルロアはなんとなく気が楽になった気がした。

「彼女が汚染獣に寄生されているのか、もしくは極小のサイズの汚染獣でも連れているのか、はたまた私には想像のつかない形で彼女と汚染獣に何らかの繋がりがあるのか、などと色々なことを考えたが、しかしそのどれもが君達の行動に結びつかない。
汚染獣がイコール都市を破壊する存在であるのに対して、君達はまるでそんな様子を見せなかった。
むしろ、君にいたってはこの都市を汚染獣から護ってくれた。
ここまできてしまうと、鍵が鍵としての役割を果たしていない。
鍵が疑問を解くどころか、その妨げになってしまっている気すらする。
だから直接聞こう。
『ユリア・ヴルキア』、『汚染獣』、この二つはどう繋がる。
君達はこの都市に一体何をしにきた?」

カリアンの、その今までとは違う態度に、ガルロアは少し面食らう。
が、しかしだからといって下手なことをするつもりはなかった。

「一つ目の質問ですが、答える気はありません。二つ目の質問ですが、それは分かりきっているでしょう。僕達はこの都市に入学しに来たんです。」

「ふむ・・・・・。『ユリア・ヴルキア』と『汚染獣』が繋がることは否定しないのだね。」

「否定したってもう意味はないでしょう。いまさら、僕が否定したからといって会長が考えを改めるとも思えませんね。」

それもそうなのだが、とカリアンは顎に手を当てる。

「・・・・・それなら、二つ目の答えについてきこうかな。ツェルニに入学しに来たというのは、本当に本心かい?」

「本心です。さっきも言いましたが、僕は、僕達はこの都市に拘る理由なんて特に無いんです。どうせならここが良いけど、ここがダメでも次がある、とかその程度のものです。
だから、この都市に入学以外の目的を持つことなんか有り得ませんね。」

「そうか・・・・・・・」

カリアンは顎に手を当てたまま考え込む。

「それで、僕達の処分はどうなるんですか?」

ガルロアは焦れったい思いをしながらカリアンに問いかける。

そして返ってきた答えは驚愕に値するものだった。

「・・・・・・・・・君達の入学を許可しようと思う。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

ガルロアはカリアンの言った言葉を即座に理解できなかった。

「・・・・・・・聞こえているかい?君達の入学を許可しようと言ったんだよ?」

「えっ?えっと!?一体、どういうことですか?」

「君達がツェルニという学校に入学することを、ツェルニ生徒会会長である私が許可しようということだよ。」

「いえ、それは分かるんですが。」

ガルロアは混乱する。
こんな展開になるとは全く予想していなかった。
自分の望んだことのはずなのに全く受け入れられなかった。

「なぜ、いきなり、僕達みたいな明らかな危険人物を入学させようというのですか?」

「君達を入学させることによるメリットと危険性、君達を入学させないことによるデメリットと安全性。どちらを選ぶかの選択で、私は前者を選んだというだけだ。
君達がこの都市で過ごしていた期間の行動、ガルロア君がこの都市を護ってくれたという事実、それから今ここで話した内容。
それら全てから、君達の危険性は低いと判断し、それなら多少のリスクを負ってもハイリターン、つまり君達の入学によるメリットをとる方が得策だと考えただけだ。」

だからといってそれだけで納得していいものなのか・・・・・と考えて、そしてガルロアは気付いた。

実際にはガルロアは、ユリアが暴走することなどないと信じているために、危険性など無いも同然だと思っているのだが、カリアンはムオーデルが何故ユリアを危険だと判断したのかを知らないのだ。
ムオーデルがユリアを危険だと判断しとことは知っていても、それが何故なのかは知らないのだ。
カリアンは、ユリアの圧倒的なまでの戦闘力を知らないのだ。

もしかすると、カリアンはレイフォンがいればどうにかなると思っているのかもしれない。
ユリアとレイフォンが戦ったときにどちらが勝つかは実際には分からないが、しかしガルロアはユリアの方が強いと思っている。

それをカリアンは知らない。
ムオーデルの判断した危険性を甘く見ている。

が、カリアンの甘い見積もり。
というより外見上はただの少女であるユリアがそこまでの力を持っていると考えられる人間もそうはいないだろうが、カリアンがその例にもれなかったことは、ガルロアにとっては幸運だった。

「・・・・・入学させてくれるというのなら、喜んで入学させてもらいます。本当に良いんですか?」

「ああ。まぁ、いくつか条件をつけさせてもらうが、しかし大したものじゃない。」

「条件の中に『質問に答えろ』とか言うのがあったりはしませんか?」

「それで答えてくれるというのならもちろんそうするが、しかしそうではないのだろう?」

「まぁそうですけど。」

「それならそんなことはしないさ。もちろん、詮索や調査をやめるわけではないけれどね。」

カリアンが不敵に微笑む。

「そう・・・・ですか」

詮索を辞めるつもりは無いというカリアンの言葉に多大な不安を覚えながらガルロアは相槌をうつ。

「さて、それでは条件のことなのだが・・・・・・・。」

そうしてカリアンの言った条件は、確かに本人の言った通り、どれも大したものではなかった。

「・・・・・・・分かりました。それらの条件を呑みます。」

「そうか、それは良かった。それではいくつかの書類を渡すから、それらを書いて事務の窓口に提出してくれ。私の推薦が入っているから、編入試験なしでも入学できる。
編入に必要な手続きは全部そちらがやってくれる。その際、詳しい説明なども聞いておくといい。
さて、話はこんなものかな?」

カリアンが何枚かの書類、編入手続きのための書類を二人分渡してくる。

「そうですか。それなら、僕はそろそろ退室します。外でユリアが待ちくたびれているかもしれませんから。許可を出してくれてありがとうございます。」

ガルロアはカリアンから書類を受け取ってから扉へと向かってきびすを返す。

「ああ、ちょっと待ちたまえ。」

立ち去っていこうとするガルロアの背中に声がかけられた。

「最後にもう一つだけ聞いておきたいことがあるのだが。答えたくなければ答えなくても構わないよ。」

「何ですか?」

ガルロアは振り返ってカリアンの話を聞く。

「もう一つ、分からないことがあってね。君の事だ。
明らかなる危険人物と、なんの迷いも無く行動をともにしている君の心を知りたい。
一体、何故君は彼女と一緒にいるのかな?」

「どうしてって、そりゃ、」

そしてガルロアはここきてから初めての楽しそうな笑顔を浮かべる。

「彼女を愛しちゃってるからです。」

笑顔のまま言い切って、カリアンの呆けた顔に少しの満足感を抱きながら、そして今度こそガルロアは部屋を出て行った。










      †††







「ごめん。ユリア、待っててくれたの?」

ガルロアが生徒会棟をでると、そこにユリアが静かに佇んでいた。

ユリアはガルロアに気付くとスタスタと近寄ってきた。

「ずいぶん長くかかったわね。」

「うん、ゴメン。ずっと待っててくれたの?」

「そういうわけじゃないわ。少し散歩して、ミィフィと、ナルキと、メイシェンと、それからレイフォンと、へんな男の人に会ったわ。」

「そっか。へんな男の人っていうのはちょっと気になるけど。」

「でも、ロアと一緒に歩いてるときが一番楽しいわね。」

「・・・・・・・ありがと。」

ユリアの飾り気の無い正直な言葉にガルロアは少し照れる。

「それよりさ、ツェルニに入学できることになったよ。今、生徒会長と話してきて、それでツェルニに入学できることになった。」

「そう。それは良かったわ。」

ユリアが柔らかに微笑む。

そんなユリアの微笑を見て、少しドキッとした自分の胸を押さえながら、ガルロアは大きく息を吸って、はいた。

ユリアは警戒すべき相手じゃない。
ユリアは危険人物ではない。

その本質は汚染獣かもしれないが、
しかし、その本質に、もはや意味など無い。

「それじゃ、これからどうする?」
「そうね・・・・・・・」

ガルロアとユリアは連れ添って歩き出す。

その二人の姿からは、警戒の必要性も、危険性も、存在しているようには見えなかった。










       あとがき

祝・入学決定・・・・・とかいってみたり?
今回の話、カリアンとのやり取りがかなり長くなっちゃいましたね。
入学させるのがこんなに大変だとは・・・・・。

秘密を持っている主人公の物語は、ばれそうになる、それを隠す、みたいなやり取りが一つの醍醐味であると私は思うのですが、自分がそれを上手くやれてるかどうかは少し不安ですね(困)

さて、その他版に移動しました。
今後ともこの作品に付き合ってくれると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。










[27866] 第19話~原作二巻~
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/02 05:08

緊張する。
これからの数分で、大げさでなく自分の今後が変わってくる。
明るく受け入れられるか、そうならないか。

今日は編入一日目。
つまり第一印象の問題の話である。

「はぁ~・・・・・」
ガルロアは大きく息を吐く。
こういう経験は今までに無い。
ともすれば、初めて汚染獣と戦った時ぐらいには緊張していた。

「大丈夫?」

ユリアがガルロアの顔を覗き込みながら聞いてくる。

ガルロアとは対照的に、ユリアは緊張などとはまるで無縁のようだった。
特になんの感慨もなさそうに立っている。

「おい、そろそろ行くぞ。大丈夫か?」

教師役の上級生が立ち止まってしまったガルロアを急かすように、しかし気遣うように言う。

既に、ガルロアとユリアが所属することになる教室の前まで来ていた。

「はい。分かりました。大丈夫です」

「そうか」

ガルロアのその返事に満足げに頷いて、上級生の男子生徒は教室の扉を開けた。

教室にいた生徒達の、好奇心に満ちた視線が突き刺さる。
少し不快なそれだが、しかしその不快感を表情に出すようなことはしない。
第一印象は大事だ。

教室の中を見ると、見知った顔が四つあった。

レイフォン、ナルキ、メイシェン、ミィフィ。

上級生に連れられて入ってきたガルロアとユリアを見て、
レイフォンは「うっ」というような表情をし、
ナルキは「おっ」、メイシェンは「あっ」というような表情をした。

そしてミィフィは・・・・・、

「それじゃ、転入生を紹介するぞー」

教師役の上級生がガルロアとユリアを紹介しようとするが、しかしそれを遮るように―ガタン―と誰かの椅子が音を立てた。

ガルロアが音のした方向を見ると、ミィフィが驚きに満ちた表情をしながら立ち上がっていた。

そしてズビシっとガルロアの顔を指差し彼女は大声を出す。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

壮絶に嫌な予感がした。

「ガルルン!!!!!!」

・・・・・・・・・・・・。

クラス中が沈黙する。
何か意味の分からない音声を聞いたとばかりにこの場にいる全員の頭上に疑問符が浮かぶ。

「ガルルンじゃん。どうしたのガルルン。転入できたのガルルン?やったじゃんガルルン」

そんな中、ミィフィだけは元気だった。

「しかもガルルン、同じクラスになれるなんてラッキーだねガルルン。ガルルンは日ごろの行いが良いんだね!!」

僕は日ごろの行いがそんなに悪かったのか、僕が一体何をしたなんの因果でこんな罰ゲームみたいな呼称を響き渡るような大声で叫ばれなくちゃいけないんだ、僕はまだ本名すら名乗ってないぞ、ガルルンが僕の名前だと思われたらどうする、っていうかあからさま過ぎるだろ、わざとやってないか!?・・・・・・・とガルロアは心の中で叫ぶ。

やがて機関銃のごとく連呼された『ガルルン』という単語が、今入ってきた転入生の呼称であると気付く生徒が現れ始め、その生徒達から失笑が漏れる。

「はぁ~・・・・・」

ガルロアは諦念、落胆、悲壮の全てを込めて、大きく溜息をついた。







     †††






「スイマセンでした」

所変わって屋上。
現在は昼休み。

ミィフィ、絶賛正座中である。

ミィフィの誠意を込めた(?)謝罪はガルロアに向けられているのだが、しかしガルロアは「僕の第一印象が・・・・・・ギャグキャラになってしまった・・・・・」と頭を抱えて呻くばかりである。

そんな二人を遠巻きに眺める四人。

レイフォン、ナルキ、メイシェン、ユリアである。

「あはは・・・、ガルロアは・・・なんというか、災難だったな」

ナルキの苦笑混じりの呟きにレイフォンは心から同意した。

ミィフィの破滅的なセンスによるあだ名を転入初日から大声で叫ばれるというのは本当にかわいそうだと思った。
自分の『レイとん』というあだ名も同じように叫ばれたらと想像すると、余計にそう思う。

とはいえ、悪いことばかりじゃなかったんじゃないかとも思う。
ガルロアは武芸科の制服を着ていた。
レイフォンにはよく分からないことなのだが、普通科の生徒は初対面の武芸科の生徒に対して、ある種の緊張感を覚えるらしい。
それは、武芸者の堅苦しい話し方や、高圧的と言って言えなくもないような態度がそうさせるのだろうが、しかしあの騒動のおかげでガルロアは普通科の生徒からも好意的に受け入れられていた。

たいしてユリアの方は、普通科の制服を着ていて、そして相当な美人。
ユリアもミィフィにあだ名を叫ばれたのだが、しかしユリアにつけられたあだ名は『ユリちゃん』と全然普通のものであったため、普通に凄い人気者になっていた。
本人は少し煩わしく思っていたような風が見て取れたが・・・・・。

「それにしても、ミィフィのつけるあだ名ってこう、女の子につける場合は割かし普通なのに、僕とかガルロアとか男子につける場合は相当ひどいよね」

「そうか?『ガルルン』というのはともかくとして、あたしは『レイとん』の方は結構気に入ってるぞ。なあ、メイシェン」

「えっ?・・・えっと・・・。・・・・う・・・、うん。そうだね」

「・・・・・そう」

二人の友人の言葉にレイフォンは軽くめまいを覚える。

「それにしても、」

とナルキはユリアに話しかけた。

「二人とも転入できて良かったな。二人が転入できて、あたしも嬉しいよ」

「ええ。ロアが頑張ってくれたみたい」

「そういえばこの前、ガルロアが生徒会室に呼ばれたって言ってたな。あれは転入に関することだったのか?」

「ええ。『頭と心臓とお腹が全部痛くなるような筆舌しがたい凄絶なる話し合いの末にようやく勝ち得た・・・・・っていうか負け得た権利だ』って言ってたわ」

「・・・・・一体、何を話し合っていたのか気になるな・・・・・」

本当に不思議そうな表情を浮かべるナルキ。

「そうね。私にも詳しいことは教えてくれなかったわ。ただ『あの生徒会長は悪魔だ・・・そうに違いない・・・・』とだけ・・・・・」

「・・・・・心のそこから同意見だ・・・・・」

呟くレイフォン。
何を話していたのかはレイフォンとしても気になるところだが、しかしカリアンへ対するその心情はとても、とてもとてもよく分かる。
あだ名のことといい、既にガルロアに対して相当な親近感を覚え始めているレイフォンである。

しかし・・・・とその一方でレイフォンは思う。

親近感などど好意的ともいえるような感情を相手に対して持ちながら、しかし相手への警戒心が全く薄れない自分は一体どうなっているのだろう・・・・とレイフォンは自分の心理状態に疑問を抱く。

こうして見る限り、自分の警戒心のそもそもの発端となっているユリアは、その身にまとう雰囲気以外は全くおかしなところの見当たらない普通の少女であるし、ガルロアだって全然おかしなところは無い。
二人ともナルキやミィフィと普通に話している。

そういえばメイシェンはガルロアの存在に・・・・・というより男子がいることにたいして緊張しているようで余り言葉を発さない。
そう考えてみれば、自分が何故メイシェンに受け入れられているのかは、結構不思議なところだ。

(・・・・・なんだろう?女々しいやつだとか思われてたりしてるってことなのかなぁ?・・・・・うーん、・・・・有り得なくも無い。・・・・・でもそれは嫌だなぁ・・・・っていやいや、違う違う)

場違いなところに逸れかけた自分の思考を慌ててもとの位置に戻す。

とはいえ・・・・・、
結局のところ自分には答えは出せないんじゃないかとレイフォンは思っている。
少なくとも現時点では。

最初は違和感だった。
見たことは無いのに知っているような・・・・・、
ユリアとユリアの纏う雰囲気との間に漠然と感じる違和感、ズレ。

知っているなら会ったことがあるはずだとも思うのだが、しかしこれほどに印象深い雰囲気を放つ人間など、一度見たら忘れるわけも無い。

それならば、やはり会ったことなどないのか。

しかしそれでもやはり、自分はどうしようもなくこの雰囲気を知っている。

(いつどこでこの雰囲気を感じたのかを思い出せればいいんだけど・・・・・)

そもそもユリアは剄脈を持っていない。
レイフォンにはそれが分かる。
それなのに自分に焦燥感や緊張感を与えてくるなど何かの間違いではないかと、実はそんなことを思っていたりもしたのだが、しかし先日、ガルロアが生徒会室に呼ばれた日、あの日に成り行き上で二人きりになったときに確信した。
確信させられた。

間違いなく自分の心の深層はユリアという個人に対して恐怖に似た何かを感じている。

一体どういうことなのか・・・・・・・

そんな風に考えていたときだった。

「どうしたの?」

「うわっ!?」

かけられた声に驚いて、レイフォンは過剰なまでの反応をしてしまった。

ナルキは驚いたように目を丸くし、メイシェンは口に手を当て、そしてレイフォンに声をかけた張本人であるユリアは少し困ったような表情をしていた。

「あっ、あ・・・・えーっと・・・・ゴメン」

慌てて謝るレイフォン。

「一体どうしたんだ」

ナルキが驚きの表情のまま聞いてくる。

「いや、考え事してたからさ。いきなり話しかけられてびっくりしたんだ」

そんな風に答えると・・・・・、

「ちょっとちょっとちょっとー」

・・・・・と今度は向こうで正座をしていたミィフィと、頭を抱えていたガルロアが近づいてきた。
ミィフィの膝は長時間の硬い場所での正座のせいで赤くなっている。

「なんかレイとんの叫び声が聞こえたけど何だったのー?」

「えーっと、たいしたことじゃないんだ」

レイフォンが近づいてきた二人にも、ナルキにしたのと同様の説明をしようとしたとき・・・・・、



「ロア。レイフォンにひどいことをされたわ」

・・・・・と、
何の前触れもなく、ユリアが言った。

「えーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

驚きの声を上げる。

しかし驚いていたのはレイフォンだけでなく、他の四人も同様に驚いていた。

なんというか。
なんか意外だった。

本気で言っているのか、冗談で言っているのかは分からないが、そのどちらにしても、ユリアがこんなことを言い出すとは思わなかった。

余り変化しない淡白な表情や、周りのものに余り興味を持っていなさそうな冷淡な態度からイメージしていた自分の想像はもしかしたら大きく間違っているのかもしれない。

そんな中、いち早く驚きから抜けたのはやはりというべきかガルロアだった。

驚きの表情を一転、凄く楽しそうな笑顔へと変えて、
「あはははははははははは」
と凄く楽しそうに笑いだす。

そんなガルロアの様子を見て、ユリアも
「ふふふ」
と微笑んだ。

「あの・・・・・、えっと・・・・・ゴメン」

ころころと変わる場の空気に若干困惑しながら、レイフォンはとりあえずもう一度ユリアへの謝罪を試みる。

そんなレイフォンにユリアは
「大丈夫よ。全然気にしてないから」
と答えた。

・・・・・なにそれ・・・。
レイフォンは大いに脱力する。

「なんってゆーか、びっくりしたねー。ユリちゃんでもそーゆーコトを言うときがあるんだなって感じ」

「ああ。でもそれよりも、あたしは二人がいきなり笑い出したときの方がびっくりしたな。一体、どういう状況なんだ!?って思ったな」

「ああ、確かに。なーんかあの時二人だけで通じ合ってた感じだったよねぇ」

ナルキの言葉にミィフィは大きく頷き、そしてミィフィはガルロアとユリアに問いかける。

「ねえねえ、二人ってやっぱ付き合ってんの?」

その質問にガルロアは少し困った表情を浮かべた。

「付き合ってるってわけではないと思うんだけど・・・・・、うーん、なんて言えばいいのかな?自分達でもよく分かってないってのが本当のところかな?っていうのと全く同じ問答を今までにも何回かしたじゃんか。なんで何度も聞いてくるんだよ」

「いやぁ、何か変わった返事が返ってこないかなーと思って」

「そう簡単には変わんないと思うよ。今は今の関係が一番しっくりくるからさ」

「ふーん。つまんないの」

ミィフィは不満げに口を尖らせる。

そんなミィフィの様子にガルロアは苦笑を浮かべた。

「恋人以上で恋人未満。今のところの僕達の関係は、そこら辺がちょうど良いんだよ」

「・・・・・まぁ、そんなものね。今の関係がとても心地いいわね」

ガルロアの言葉にユリアも同意する。

「なにそれ。わけわかんないし」

しかしミィフィはやっぱり口を尖らせたままだった。





その後は本当になんの変哲も無い他愛もない会話しかしなかった。

「ガルロアは武芸者だったんだな」
「ん?あれ?気付いてなかった?」
「ああ、放浪バスの旅のときも結構ぐったりしていたし、余り武芸者には見えなかった」
「そうそう、ガルルンってなんか全然強そうじゃないしねっ!」
「ガルルンはやめてって言ってるじゃん・・・・・っていうか、強そうに見えないって・・・前にも同じようなことを言われたことがあるな」
「っていうかむしろ弱そうに見えるし」
「ぐっ!?・・・・・弱そうに見えるってのはちょっとひどいと思うんだけど?」
「ああ、確かにガルロアはそこらの犬にも負けそうに見えるな」
「・・・・・・・」

そんな会話の末に泣きそうになりながらうずくまるガルロア。

「そういえばさ、今まで何度かユリちゃんに会ったけど、なんか毎回着てる服が地味だったよね」
「そういえば、そうだったな。せっかく美人なんだからもっと着飾ればいいものを」
「・・・・・私、ああいった感じ以外の服なんて持っていないけど?ロアの都市でもらった服しか持っていないから」
「・・・・・・・なにやってんのさ!ガルルン!!」
「ええっ!?僕っ!?」
「保護者なんだからもっとちゃんとしないと!!」
「保護者って何だよ!?」
「ガルルンはもう駄目だ。ユリちゃん、今度私たちと一緒に買い物にいこう!」
「・・・・・・・?」

ミィフィのテンションについていけずに困惑気味に首をかしげるユリア。

そして、昼休みの終了のチャイムが鳴ったとき、レイフォンはなんだか毒気を抜かれた気分だった。

ガルロアとユリアの様子を見ていると、自分が何を考えているのか全然分からなくなった。

何の変哲も無い・・・・・とは実際には言えないかもしれないが、
しかしレイフォンが今見ている二人は、本当に何の変哲も無い一組の男女にしか見えない。

だからこそ、自分が何に緊張しているのか、自分が何に焦燥しているのか、自分が何に恐怖しているのか、全く分からなくなった。

それならば、この二人に対して、猜疑心を向けるべきではないのかもしれないと思った。

ユリアと対したときの緊張感や焦燥感や警戒心はどうしたって捨てられないが、しかしだからといって猜疑心や敵対心は向けるべきではないのだろうと、レイフォンはそう思った。

そんなことを思いながら、レイフォンは他の五人と一緒に教室へと歩いていくのだった。

しかし、そのレイフォンの考えは、すぐに覆されることになる。






     †††






「レイフォン君、まず最初に君に言っておくことがある。ガルロア・エインセルとユリア・ヴルキア。この二人のことを今後、警戒対象として見て欲しい」

そんな、カリアンの言葉にレイフォンは目を見開いた。

この場にいたガルロアも同様に驚いた表情をしている。

「・・・・・それは・・・・・どういう意味ですか?」

困惑気味に訊ねるレイフォンに、カリアンはその顔に微笑を湛えたまま「そのままの意味だよ」と答えた。

レイフォンがガルロアを見ると、ガルロアはカリアンのその微笑を気分悪そうに見つめていた。












       あとがき

いつもより更新が遅くなってしまった、
なんか短いかも、
変なところで切れてる、

ダメなコトばかりですいません。最近忙しくなってきてしまいました。
次話はできる限り早く投稿します。

私は感想をもらうと、どんな内容でも本当に感謝な気分になるのですが、しかし今回は驚きました。
あとがきで特定の誰かに対して何かを書くということは余りしたくないのですが、しかし今回はやらせてもらいます。
hirogoさん、本当にありがとうございます。
読んでいただけただけでとても嬉しいのに、ここまで丁寧にたくさんのことを書いてくださって本当にありがとうございます。
とても参考になりました。
これから時間があるときにちょくちょく修正していこうと思います。

それでは。














[27866] 第20話
Name: くろめがね◆b1464002 ID:129a9d59
Date: 2011/10/19 20:36


ガルロアが転入したその日の放課後、ガルロアは生徒会長であるカリアンに呼び出された。
正直、全く気が乗らないなぁ・・・・・と思っていたのだが、しかし本当に嫌な展開になったとガルロアは心の中で大きく溜息を吐いた。

例のごとくユリアは連れてきていないし、生徒会室の中にはカリアン以外には誰もいない。

ちなみにユリアは、今日の授業が終わるや否やミィフィ達に拉致されていった。
今日の昼休みの会話から考えると、きっと着せ替え人形にされているだろう。

きっとユリアは嫌がっていそうだが、ガルロア以外の人間に対しては、あまり自身の感情を表に出さないようだから、きっとされるがままになっているだろう。

ガルロアとしては、ユリアが一人で自分以外の人間と一緒にいるということに多少の不安を覚えている。

なぜならユリアは変なタイミングで自身の秘密を漏らしてしまいそうだからだ。

だから早く話を終わらせて急いで追いかけないとと、とガルロアは思っていたのだが、しかしもう既にこの状況では、話を早く終わらせることはできないだろう。

「・・・・・なぜこのタイミングでそれを言うんですか?」

ガルロアは不満の色を隠さないで声を出す。

ユリアと一緒に過ごせる場所を・・・・・と思って、ツェルニにやってきて、ようやく入学できたと思ったのに、どんどん状況が悪くなっている気がする。

「すまないね。しかし、これでも私はこの話はできる限り私以外の人間には知らせないようにしようと思っていたのだよ。そのために色々なところに手回しもしたのだが」

「・・・・・へぇ?そうなんですか?普通は上層部の人たちくらいには話をしそうだと思うんですけど?」

いまだに混乱から抜け切れないようであるレイフォンを置いてけぼりにして、ガルロアはカリアンと話を進める。

「この話を知る人間が多くなるほど、君達はこの都市に住みにくくなる。
君達が危険であるという可能性を無視してまで君達をこの都市に入学させたのは私だよ?そして私はまがりなりにもこの都市の最高権力者だ。
それなのにわざわざ、君達を失うことになりかねない情報や、私の決断に対して反対意見を生むような情報を開示するほど私はお人よしではない」

「他の人間に話さないでいてくれてることは素直に嬉しいですが、最高権力者だからって好き勝手やって良いってわけではないでしょう・・・・・」

ガルロアはあきれた声を出す。

「そんなことをしなくてはならないほどに今のツェルニはギリギリの状況にあるということだよ」

そう言ったカリアンは、真剣な表情をしていた。

そのカリアンの表情にガルロアは若干、気圧される。
カリアンの嘘くさい微笑も苦手だが、彼の真剣な表情はもっと苦手だった。

「・・・・・ギリギリといわれて思い浮かぶのは、セルニウム鉱山のことですが・・・・・レイフォンがいるでしょう。
生徒会長も分かっているでしょ?
・・・・・こんな言い方をすると僕の価値が著しく損なわれそうですけど、レイフォンの実力があれば、戦争も・・・・・いや、学園都市では武芸大会っていうんでしたっけ?あれも楽勝でしょう。
だから事態はそこまで切羽詰ってるわけじゃないはずです。
それなのに一体何がギリギリなんですか?」

気圧されながらもガルロアは思った事実を述べてみる。

「そういえば、君はレイフォン君の事を知っているようだったね。
ふむ・・・・・。確かにツェルニはレイフォン君という得難い戦力を手にしたが、しかし彼がどれほど強くても、どうしたところで彼は個人でしかないのだよ」

個人でしかない。
それは確かに普通に考えれば明らかに致命的なところではあるが、しかし・・・・・。

「そんな一般的な事実はレイフォンに通用しないでしょう。レイフォンは武芸に関しては常軌を逸している。普通じゃないレイフォンに『普通であればこうである』なんて常識は通用しませんよ?」

幼生体殲滅のときのことを考えれば明らかだ。
レイフォンはあの時個人でありながら数千人以上の働きを軽々と成し遂げた。

「普通じゃないというのは君が言えたことではないと思うがね。君も君で完全に常軌を逸しているよ」

カリアンが呆れ顔を作る。

今日の生徒会長はずいぶんと感情が顔に出るな・・・・とガルロアは思った。
もしかしたらそれすらも演技なのかもしれないが・・・・・。

「・・・・・面と向かって普通じゃないって言われると少し傷つきますね。あなたの妹さんは故意にではないでしょうけど『格が違う』みたいな言い方をしてくれたんですが・・・・・。
・・・・まあ、僕が最初にレイフォンのことをそう表現したわけだし・・・・・、うん、ごめん、レイフォン。ちょっとさっきの言い方は悪かった」

なんとなく先の発言が気になってガルロアはレイフォンに謝罪する。

「えっ?いや、別に構わないけど・・・・・」

レイフォンの返事は戸惑うことも無くすぐに返ってきた。
その様子から考えれば、レイフォンが先ほどから一言も言葉を発さないのは混乱しているからではなく、とりあえず今は黙っていようと思っているからだったのかもしれない。

「まあ、とにかく。
もう一度言いますが、レイフォンがいれば武芸大会は楽勝です。そしてそれはあなたも分かっているはずです。
だからもう一度聞きますが、それを踏まえてなお、何をもってあなたは今のツェルニの状況をギリギリだと言っているんですか?」

ガルロアはカリアンに問いかける。

そんなガルロアの様子にカリアンは小さく苦笑した。

「落ち着きたまえ。本来の話からずいぶんと逸れてきているではないか。いつまでもレイフォン君に黙っていてもらうのは忍びない。
君のその質問には答えよう。
それからなぜ私が誰にも言わないようにと思っていたガルロア君とユリア君のことをレイフォン君には話そうと思ったか、話さないといけないと思ったのか。
それも含めて順を追って説明するからよく聞いてくれ」

そう前置きして、カリアンはガルロアに問いかけた。

「さて、少しどうでもいいところから話を始めるが、ガルロア君に問題だ。私が君を入学させるときに、私は『メリット』と『デメリット』の話をしたね。
この場合、『デメリット』が何なのかは自明だが、しかし『メリット』の方は何だったか分かるかね?」

改めて問われて・・・・・、
ガルロアは答えられなかった。

なんとなく戦争―――――武芸大会のことが絡んでいるのだろうと勝手に考えてはいたが、しかし武芸大会はレイフォンがいれば十分だといったのは他ならぬ自分だ。
それならば、それはメリットとして考えるにはいささか弱い。
明らかにデメリットが勝っている。

「ふふ。分からないかい?
答えは簡単だ。・・・・・というよりそれ以外に考えることなどできない。
つまりこの場合のメリットは強い戦力を得ることだよ」

「だから武芸大会はレイフォンがいれば―――――――」

反論しかけたガルロアをカリアンは手で制す。

「確かに武芸大会のための戦力も大切だ。武芸大会という名の戦争で負けることは都市の滅びにつながりかねないのだからね。今のツェルニの状況がまさしくそれを示しているが、しかし今回私が言いたいのはそれではない。
この世界に存在するどの都市もが、より強い戦力を得ようとする理由はなにも戦争のためだけではない。
もう一つ、もっと重要で切実で、それなのに日々の安全の中で忘れがちになってしまう、大きな理由があるだろう?」

「あ・・・」

言われて初めて気付く。
なるほど。自分もこの、外の脅威に対して暢気に構えすぎている都市でしばらく過ごすうちに緊張感がなくなってしまっているのだろうかと、ガルロアは歯噛みする。

「数週間前までの私は、武芸大会のことしか考えていなかったが、しかし今は違う。
もう一つあった滅びの可能性をを知った。
汚染獣という脅威を思い知らされた。
忘れてしまっていたこの世界の理を思い出さされた。
だからこそ、戦力が欲しかった。
つまり、私の言った『ギリギリ』というのは、次に汚染獣に襲われた時、場合によってはレイフォン君だけではどうしようもないのではないか・・・・・と、そういう意味だ」

「なるほど・・・・・」

ガルロアは納得する。
つまり『個人でしかない』という言葉の真意は、汚染獣に襲撃された際、レイフォンの敗北の可能性が、そのまま都市の滅びの可能性につながってしまうと、そういう意味だったのだろう。

「君達が何故ムオーデルを追放されたかは未だに分かっていないが、しかし汚染獣という脅威を知ってしまった以上、どうしても対抗できる戦力が欲しかった。それが危険かもしれないと分かっていてもなおだ。
この都市の武芸者にはとても言えないが、この都市はそれほどに脆いのだよ。
レイフォン君以外のこの都市の武芸者に、現時点で汚染獣から都市を守る力がない以上、どうしてもガルロア君、君という戦力が欲しかった。
そして・・・・・・・・・、」

と、そこでカリアンはそこで言葉を止めた。

信じなければいけない現実を、それでも口にするのを嫌がるように、少しの間言葉を止めた。

ほんの少しの間だった。
それはほんの少しの間だったが、それだけでガルロアは直感的に今のツェルニの状況を理解できてしまった。

それは・・・・・・・、

「・・・・・そしてその私の判断は今回、功を奏した・・・・、功を奏してしまったというわけだ」

・・・・それはツェルニが現在、汚染獣に――――それもある程度強力な汚染獣に襲われる危険があると、そういうことなのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

カリアンの言葉に部屋に沈黙が下り、

「・・・・・・・・・衝突はいつですか?何期なのかは分かってるんですか?」

そして少しの沈黙の後、ガルロアは声を出す。

「ほう?さすがというべきだね。ずいぶんと冷静だ。まるで混乱もしないし、質問も的確で迅速だ。これが場馴れしている武芸者ということなのかな?
だがまあ、君の冷静さはありがたい。早速、現時点の状況を話すから聞いてくれ。
まず衝突がいつになるかだが、これは今はあせる必要はない。今日中に衝突するとか、そういう訳ではないんだ」

そのカリアンの言葉を聞いてガルロアは眉をひそめる。

「それって、汚染獣が近くまで迫っているというわけではないってことですよね?それなのになんで衝突するんですか?」

「まあ、不思議に思うのも無理は無いが、しかし今はこちらの話を聞いてくれ。
まずこの写真なのだが―――――」

そういってカリアンは一枚の写真を取り出し、その一部分を指差す。

「―――――これが汚染獣だ」

そこには、一見ではよく分からないが、確かに汚染獣が写っていた。

「レイフォン君の見立てだと、この汚染獣は少なくとも四期。五期や、それ以上のものである可能性も十分にあるという話だ」

「・・・・・少なくとも四期以上・・・・・か・・・・・」

ガルロアは顔をしかめた。

ガルロアの感覚だと、三期までの汚染獣なら特に危機意識を感じたりはしないが、しかし四期以上になると、そこから一期、汚染獣が成長するごとに危険度が跳ね上がっていくという感覚だ。

「そしてこの汚染獣は現在仮死状態にあると見られている」

「仮死状態?・・・・・・それってつまり脱皮の直前ってことですよね?・・・・・ってことはもしかして」

「気付いたようだね。そう。つまり仮死状態にあるこの汚染獣の存在に、この都市の意識は気付いていない、もしくは死んでいると思っているのだろうね。だから今、ツェルニはこの汚染獣に向かって直進している。
それが追われているわけでもないのに、この都市が汚染獣と衝突してしまう理由だ」

「はぁ。なるほど。それなら・・・・・・・。
つまり、ツェルニと汚染獣が接触する前に僕とレイフォンで討伐に行けって事ですか」

ツェルニが置かれている状況を理解し、そして一番手っ取り早い解決策を口にしたガルロアに、しかしカリアンは首を横に振った。

「それがそういう訳にもいかないのだよ。そこらへんが、私が今回レイフォン君に君達を警戒して欲しいと伝えなければいけなくなってしまった理由でね」

そういってカリアンは大きく溜息をついた。

「私はレイフォン君に、『強力な汚染獣と戦うには、通常の練金鋼では勝てない』と言われていてね。それで現在、対汚染獣用の強力な練金鋼を製作中だ。
それから、この都市は都市外用の遮断スーツは都市の外壁の点検用のものしかないために、戦闘用の遮断スーツも製作中だ」

戦闘用の都市外スーツがなかったというのにガルロアは少し驚いたが、しかし練金鋼に関しては大いに同意できる。
確かに、強力な汚染獣と単騎で戦おうというのなら、練金鋼の耐久力が大きな問題になってくる。

「・・・・・なのだが、」

とカリアンは言葉を続ける。

「なのだが、どうしても時間が足りない。どちらもどう頑張っても一つずつしか作れないらしい」

その言葉に、ガルロアだけでなくレイフォンも驚く素振りを見せた。

「それじゃあ、どうするんですか?」

と、今まで黙っていたレイフォンが声を出す。

「まあ待ちたまえ。
強力な練金鋼のほうは無理なのだが、遮断スーツのほうは後もう一日あれば、もしかしたらギリギリでもう一着くらいなら作れるかもしれないと言われている。
一着目を一度完成させることができれば、完成した形というのを一度確立できさえすれば、二着目以降は所員を殺すつもりで働かせれば、それなりに早く作れる・・・・・とね」

その言葉にガルロアはカリアンの言いたいことを理解した。

「それはつまり、先発して先に汚染獣と戦う側と、後から応援に駆けつける側に分けるということですね」

そのガルロアの言葉にカリアンは頷いた。

「その通りだ。
まず先発の人間にはロードローラーで一日という地点までツェルニが汚染獣に近づいたときに出発してもらう。
そして、単純計算で、先発の人間が汚染獣と戦闘を開始した時点で後発の人間は出発できるはずだ。
ツェルニ自体が汚染獣に近づいていっているため、後発の人間は恐らくロードローラーで十数時間かければ、応援に駆けつけることができるようになっていると思う。
つまり先発の人間はまず一人で汚染獣と戦い、可能ならば倒し、それが不可能ならばやってくる応援を待ってもらうことになる」

「・・・・・まあ、妥当な作戦ですね」

ガルロアが頷き、

「先発の人間はどうやって選ぶんですか?」

とレイフォンはカリアンに問いかけた。

質問の内容とは裏腹に、態度や、言葉から感じる雰囲気に、自分が先発に出るというレイフォンの意思がありありと見える。

それは彼の自信や優しさから来ているのだろうが、そんなレイフォンを見て、カリアンは首を横に振った。

「いや、先発の人間はもう決めてある」

言いながらカリアンは机の上で組んでいた指をゆっくりと解き、そして腕をあげ、その人差し指で―――――

「ガルロア君。君が先発だ」

―――――ガルロアを指差した。

「・・・・・理由を聞いてもいいですか?」

「君達が警戒対象だからだよ」

問うガルロアにあっさりと答えるカリアン。

そんな二人の様子についに堪え切れなかったようにレイフォンが聞いてきた。

「そろそろ、その辺の話を教えて欲しいんですけど・・・・・」

「ん?そうだね。
ざっと話をするとだね・・・・・、ここにいるガルロア君と、それから彼と一緒にいるユリア君。
この二人はガルロア君の故郷であるムオーデルから、警戒対象として追放されている。
彼らがこの都市に入ってくるときにも一悶着あってね。
彼がこの都市のためにしてくれたことを思えば、この対応は不実なのだろうが、しかしそうせざるを得ないのだよ」

「追放・・・・・ですか」

追放という言葉に少しレイフォンの表情が曇る。

「それに追放された故郷がムオーデルというところも問題でね。知っているかな?ムオーデルはグレンダンほどではないにしても、相当な武芸者達の集う都市でね。
そんな都市ですら追放する存在となれば、どうしたって警戒せざるを得ない」

「その・・・・・二人が追放された理由は何なんですか?」

ガルロアを気にしながらレイフォンはおずおずとといった感じで訊ねる。

「分からない」

カリアンの答えにレイフォンは首をかしげた。

「それってどういう意味ですか?」

「分からないといったら分からないという意味だ。
調査しても何も分からないし、そこにいる本人に聞いても何も教えてくれない。
だから、彼らの危険度は正しく未知数。
その意味ではメリット、デメリット・・・・・というよりリスクとリターンかな?その計算もあやふやだ。
もしかしたら汚染獣と戦える戦力を得た代わりに、汚染獣よりももっと危険な存在を引き入れてしまったのかもしれない」

「・・・・・・・・・・」

「それでも、生徒会長という立場を捨てて、ただの一個人としての意見を言わせてもらうと、私は彼ら・・・・・というより彼。ガルロア君は信用できる人物だと思っているがね」

そのカリアンの言葉にガルロアは驚いた。

「・・・・・信用できると思ってくれてたんですか」

「ふふ。あくまで『個人的には』だがね。
まあ結局のところ、私は生徒会長という立場を捨てられないわけだから、結果的には個人的にも信用していないということになってしまうかもしれないがね」

「そうですか・・・・・。
まぁ、信用されてるか信用されてないかよりも、それより、僕が先発になった理由を、僕達が警戒対象だからってだけじゃなくてもうちょっと詳しく話して欲しいんですけど」

そう問いはしたが、実際にはガルロアはある程度予想できている。
だから、この場合重要なのは、予想できない最後の一ピース。

「簡単なことさ。レイフォン君がいない都市に警戒対象である君達を置いておくことができないからだよ。
レイフォン君のいない隙に君達に何かされたとしても、我々にはそれを止める術がないからね。
なにせガルロア君のあの実力だ。
レイフォン君以外には止めることなどできないだろう?」

「まあ、そうですよね」

ここまではガルロアの予想したとおりだ。
だからガルロアは本当に聞きたいことをきく。
カリアンがこの問いにどう答えるかは予想できない。

「それなら・・・・・・・、あなた達にとっての警戒対象の片割れである、・・・・・ユリアのほうはどうなるんですか?」

「ふむ・・・・・」

カリアンの表情から温度が消えた。

「そうだね」

先ほどまではカリアン・ロスという人間の顔もあったのに、今では完全に純粋に為政者としての顔になっている。

「それを聞かれると思っていたよ」

だからきっと、これから彼が言う言葉に、付け入る隙は無いんだろうなとガルロアは思った。

「ユリア君には、君かレイフォン君か、どちらかと一緒に都市を出てもらう」

「・・・・・・・・・・・なんでですか・・・・・?」

カリアンの言葉に疑問の声が上がる。

ガルロアはカリアンの答えに何かを言うつもりはなかった。
何を言っても、付け入る隙はなさそうだと思っていた。
だから、そう聞いたのはガルロアではない。
レイフォンだ。

「なんで・・・・・、ユリアさんまで都市の外に出そうとするんですか?
彼女は武芸者でもなんでもないですよ?」

ガルロアはそう聞くレイフォンの表情を見て怪訝に思う。

レイフォンの表情はは、戸惑っているわけでも、不思議に思っているわけでもないように見える。

ただ、こう。
何か自分の中にある推論を確認しようとしているかのような、そんな表情をしていた。

「先ほど私は、ガルロア君とユリア君は追放されたと、そう言ったが、恐らくそれは正確ではない」

カリアンの言葉にレイフォンはじっと耳を傾ける。

「先ほども言ったように詳しいことは分からないのだが、彼らを調査する過程で集まった情報から推論する限り、恐らく追放されたのはユリア君だけだ。
ユリア君一人だ。
だからガルロア君はあくまで追放されたユリア君についてきただけなのだろうね。
強者の集う都市ムオーデルは、ガルロア君という戦力を手放してまで、ユリア君一人を追放したかったのだろうと私は推測している」

ガルロアは小さく溜息をついた。
こんな風に自分達の異常性を言葉にされると、本当になんでカリアンが自分達を入学させてくれたのか、分からなくなる。

そんなことを考えながらガルロアがレイフォンの方を見ると、レイフォンはただ小さく「そうですか」と呟いた。

やはり様子がおかしいとガルロアは思う。

驚くわけでもなく、混乱するわけでもなく、何か困ったようでありながらも納得したような態度である。

そんなレイフォンの様子を不思議に思ってガルロアはレイフォンに話しかけようとしたが、それはカリアンに遮られてしまった。

「さて、話を戻すが・・・・・・・、どうも今回の話し合いは、話が逸れがちになるね・・・・・。
まぁいい。ユリア君のことだが、私としては先発として出てもらっても、後発として出てもらってもどちらでもいいと思っているが、まぁどうするかはガルロア君。君が決めてくれ」

「ユリアを外に出さないって選択肢は絶対に無いんですか?」

ガルロアは一応聞いておこうかといったぐらいの気持ちで確認をとる。

「すまないが、それはない。それに君達が入学する際の条件にもあっただろう?自分達が警戒対象であることを理解し、それに見合った対応をとられることを了承して欲しい・・・・・とね」

「まぁそうですよね・・・・・・・。
それなら答えは決まってます。ユリアは僕と一緒に出ます」

そのガルロアの答えにカリアンは満足げに頷いた。

「うむ。君ならそう答えると思っていたよ。しかし、いいのかい?汚染獣との戦闘の場により長く彼女を置くことになってしまうが」

「どちらかといえば、あなたみたいな人が治めるこの都市に一日もユリアを一人にしておくことの方が不安ですし」

そのガルロアの答えにカリアンはくつくつと笑う。

「これはひどい言われようだ・・・・・・・が、まぁ、君がそれでいいというのならそうしよう。ユリア君は君と一緒に先発で出る。そしてレイフォン君が後発。それで決まりだ。
後は強力な練金鋼をどちらが持つことにするかだが・・・・・まぁそれはおいおい考えるとしようか。
さて、それでは今回の話し合いはこれで終わりだ。
何か聞きたいことはあるかな?」

「・・・・・レイフォンに僕達のことを話したわけは?」

少し考えてガルロアはそう聞く。

「先ほども言ったが、話さざるを得なかったのだよ。事情を何も話さずに、君を先発に選んだり、ユリア君を連れて行くことを納得してもらうのは無理があっただろうからね。
・・・・・・いや、正確に言えば、何とか納得してもらうことはできただろうけれど、しかし、もしも。もしもこれから後に同じようなことがあった場合、今話しておいた方が対処しやすいだろう?」

そんな事が起きたときのことなど考えたくは無いがね、とカリアンは言葉を締めくくる。

「・・・・・それなら、今までレイフォンに僕達のことを話さなかったわけはなんですか?
彼はこの都市の最高戦力なんだから、普通だったら真っ先に僕達のことを話しておくべきでしょう?」

「理由は二つだ。
一つは、レイフォン君は先の汚染獣襲撃のときまで、私に非協力的でね。あの事後は、それなりに協力してくれるようになったのだが、しかし、あの頃は彼が非協力的だったから、協力を仰ぐことができなかった。
それから二つ目だ。
どちらかというとこの理由のほうが大きいのだが、・・・・・レイフォン君の目の前で言うのは少し気が引けるが、私が彼は物事を隠すのが苦手だと判断したからだ」

レイフォンが少し罰の悪そうな顔をする。

「さっきも言ったとおり、私はこの話を一切他の人間に漏らすつもりは無い。
それなのに、・・・・・こう言っては何だが、レイフォン君に話すと一気にこの話の機密性が低くなってしまいそうだからね。
分かっていると思うが、レイフォン君。この話は他言無用だよ。何があっても、誰に対してもだ。いいね。」

「は、はい・・・・・」

頷くレイフォンを満足そうに見るカリアン。

そんなカリアンにガルロアはもう一つだけ質問をする。

「それじゃぁ、わざわざ僕本人のいる前で、レイフォンに今回のことを話したわけは何ですか?」

「それも、レイフォン君の性格ゆえだ。
私が秘密裏にレイフォン君に君達の話をしたとして、それで君の事を警戒対象だと知ったレイフォン君が君の前で挙動不審になるよりも、お互いがお互いの立ち位置を把握して、お互いに開き直ってもらったほうが、外部に不信感を与えずに済むんじゃないかという予測だ」

「なるほど」

言われてみると何故だか説得力のある話だ。
レイフォンには悪いが、ガルロアもカリアンの判断には賛成だった。

「それなら・・・・・まあ聞きたいことはこんなところですね」

「そうかい。それなら今回の話はこれで終わりだ。
それでは、退室してくれたまえ。
ああいや、済まない。
レイフォン君は十七小隊のことで話があるから少し残ってくれ」

そのカリアンの言葉を受けて、ガルロアは一人で生徒会室を出る。

そしてそのまま生徒会棟の外に出たところで、大きく溜息をつきながら傍にあったベンチにへたり込んだ。

「はあ゛ぁ。やっぱあの生徒会長は嫌いだ・・・・・」

深く腰掛けながらガルロアは虚空へと愚痴る。

「それにしても汚染獣かぁ・・・・・・・。こんな短期間に二回も遭遇するなんて、この都市も運がないよなぁ」

そんなことを考えてふと思う。

「あれ?もしかすると運が無いのは都市じゃなくて僕だったりして?」

まぁ、どうでもいいか、と自分の考えを放棄してガルロアは空を見上げる。

本当はすぐにでもユリアの元へと向かおうと思っていたが、でも少し休んでからにしようと、そう思ってガルロアはベンチに深く腰掛けた。







      †††







バタン、という音とともに扉が閉まる。

ガルロアの出て行った扉をレイフォンは少し見つめた後、カリアンへと視線を戻した。

「さて、何か聞きたいことはあるかい?」

そう聞いたカリアンにレイフォンは何も答えなかった。

何を聞けばいいのか頭の中でまとまらないのかもしれない。

そんなレイフォンにカリアンは言う。

「私は君に聞きたいことがある」

「何ですか?」

「君は、真の警戒対象がユリア君一人であると私がいった時、驚くでも戸惑うでもなく、納得したような表情をしたね。
それは何故だい?」

「そ・・・・それは・・・・・」

少し口ごもりながらもレイフォンは答える。

「・・・・・第六感って言うのかな?なんとなく、ただなんとなく僕はユリアさんが・・・・・こう・・・・・危なそうだなって思ってて。
・・・・だから、ああ言われて・・・・・納得できた気分になったんです」

「なるほど。第六感ね・・・・・。
ちなみにそれは君以外の武芸者も感じていると思うかい?」

「いえ、たぶん僕以外の人は何も感じてないみたいです」

「そうか」

そういいながらカリアンは困惑を隠せなかった。
第六感などという曖昧な根拠だったとは思わなかった。
先ほどガルロアが同じことを問いかけようとしていたのを遮った意味は無かったかもしれない。

「あの」

そんなことを考えるカリアンにレイフォンは話しかけてくる。

「話を聞く限りだと、あの二人ってすごい危険そうですけど、本当にこの都市の中に入れていて大丈夫なんですか?」

「大丈夫とは断言できないが・・・・・・・、しかし今回は彼らがいることでこの都市の安全性が高まっているのは事実だ。
本当にどうしたものかと思っているよ。
まあ、これで話は終わりだ。
十七小隊の話というのは嘘でね。君にさっきの質問をしたかったから君には残ってもらったんだ。
それももう終わった。
レイフォン君。君も退室してくれたまえ。申し訳ないが一人で考えたいことがある」

「分かりました」

そう言ってレイフォンは生徒会室から出て行った。

そして誰もいなくなった部屋で、カリアンは一人物思いにふける。

カリアンは二人に言わなかったことがある。

ガルロアが、ユリアと一緒に先発で出ると言うだろうことを予想していたからこそ、考えていたある事実を言わなかった。

自分の推理が正しければ、ガルロアとユリアがツェルニにやってきたとき、ツェルニはユリアから逃げようとしていたのだろう。

それなら、ユリアが都市の外に出ていった時、ツェルニはどんな行動をとるのだろうか。

ガルロアに、ユリアはどうするのか、と聞かれたときカリアンは思わず表情を凍らせてしまった。

あのガルロアの質問の行く末が、ユリアを自分と一緒に先発で連れて行くということになることを予測していたからこそ、自分の感情に温度が無くなった。

ガルロアはまるで気付いていないようだったが、ユリアがガルロアと一緒に都市の外に出たら、もしかするとツェルニは二人から逃げるように進路を変えるのではないだろうか、とカリアンは考えていた。

その結果、二人の危険人物という脅威はこの都市からなくなるし、ツェルニの逃走は今ツェルニが直進していっている汚染獣を回避することにもつながるだろう。

汚染獣と戦える戦力は確かに欲しいが、ツェルニがガルロアとユリアから逃げようとしたという推測が、確信に変わってしまうと、二人の存在がツェルニにとっての危機であると認めざるを得なくなる。

だから、様々な思惑や考えや理由があってガルロアとユリアをツェルニへと入学させたが、二人を外に出したとき、ツェルニが逃げるなら、それはその方がいいのだ。
その方がいいのだろう。

しかしその一方でカリアンは苦悩する。

二人を外に出したときにツェルニが逃げたとしたら。
それの意味するところは何か。

それはつまり、ガルロアとユリアを自分の判断で殺すということだ。

それを考えると、表情も背筋も感情も、何もかもが凍ったように冷たくなる。

「ふふ。私はいま一体どんな表情をしていることやら」

自嘲気味に笑って、カリアンが自分の手を見れば、その手は小刻みに震えていた。

「・・・・・全く」

自分の手を握り締めて震えを押さえつける。

自分はどんなことをしてでも、大切なこの都市を守ろうと誓ったのだ。
だから、この判断だって悔いるつもりはない。

そんなことを考える一方でカリアンは一つ決意する。

もしも。
もしもツェルニがあの二人から逃げなければ、その時は、私は彼らを全面的に信用しよう。

生徒会室の机の前で小さく震えながら、カリアンはせめてもの贖罪をするかのように決意した。










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