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[30202] とある未来の運命石の扉(シュタインズゲート) 【とある魔術の禁書目録×Steins;Gate】
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/10/19 22:16

注意点

シュタゲのキャラは登場しない
魔術勢は登場しない



たぶんシュタゲ知らなくても読めると思うけど、禁書知らないとさすがにキツイかも。



[30202] 始まりと終わりのプロローグ
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/10/19 23:37


【0.568149】





午前3時。多くの人は寝静まり、街全体が沈黙に包まれる時間帯だ。
それは東京西部を切り拓いて作られた学園都市も同じで、むしろ人口の8割を学生で占めているだけあって、静けさはより増しているとも言える。

しかし、たとえ学生であったとしても、当然ながらみんながみんな日付が変わる前に眠るなどといった優等生というわけではない。
スリルを求めて夜の街に繰り出す者もいれば、遅くまで深夜アニメ、またはネットをみている者もいる。
ここ、とあるパン屋の二階でPCに張り付いている少年は明らかに後者の人間だが、青い髪にピアスと、その外見的には前者のような不良に見られてもおかしくはない。

「ふむん…………」

青髪の少年は時折そんな声を漏らしながら、真剣な顔で画面に向かっている。
そのPCに表示されているのは、いわゆる「都市伝説」関係のサイトだ。

(…………んん?)

そこで、画面をスクロールしていた指が止まった。その目は画面中央部に表示されている文字に釘付けになっている。
黒い背景に、赤い文字という禍々しさを全面に押し出したスタイルで書かれていたものは――――


「……D……メール…………?」



******************************



5月5日。今日はゴールデンウィーク最終日だ。
ツリーダイアグラムによると、今日一日は晴れる模様で、今も暖かな春の日差しが降り注いでいる。
そんな絶好のお出掛け日和、多くの学生達は最後の休日を存分に楽しもうと街へ繰り出していた。

しかしそんな中、学校指定の学ランに身を包み、トボトボと街を歩いている姿が一つ。
好き放題に跳び跳ねたツンツン頭に、見るからに幸薄そうな顔立ち。
その少年の名前は上条当麻。学園都市でも類を見ないほどの不幸少年だ。

「不幸だ……」

上条は私服姿で遊びに出掛ける学生達を見て、もはや口癖になってしまっている言葉を呟く。
今日は補習……いや、今日“も”補習だ。
普通はこんな時期から補習なんてものはないはずなのだが、上条の絶望的なまでの落ちこぼれっぷりに心配して、急遽担任の小萌先生が開講することにしたのだ。
そんな今時珍しい生徒思いの先生に、本来ならば感謝しなければいけないとは思っているのだが、所詮自分はまだ人間のできていない高校一年生だ。
みんなが遊びまくっている中、朝から夕方まで勉強というのは苦痛であることに違いないのだ。




「カミやーん……」

教室についた上条を待っていたのは、そんな地を這うような声だった。
声の主は青髪ピアス。二次元、三次元を問わず女の子なら何にでも興奮できるHENTAIだ。
しかしテンションが低い。確かに朝だし、祝日だし、常人だったら気持ちは分からなくもないが、このHENTAIに限ってはおかしいことだった。

そもそも、本来ならば青髪ピアスは補習を受けなくても良かったのだ。
この補習の対象者は主にこれからの学習に当たって、小萌先生が個人的に不安な生徒だ。
中には勉強熱心な真面目くんが自主的に参加していたりもするが、基本的には落ちこぼれか秀才、どちらかである。
しかし、この青髪ピアスはそのどちらにも属していない。というのも、コイツの目的はただ一つ、この学校の名物ロリ教師、月詠小萌だからだ。

「どうしたんだよ? これから大好きな小萌先生の授業だぞ?」

「あー、早くセンセーが来てくれれば癒されるんやけどなー」

「……? そういやお前、やたらやつれてねえか? 大丈夫かよ」

よく見ると、青髪ピアスの顔色は見るからに疲労がたまりまくっており、残業漬けのリーマンのようだ。
だが、本人はあまり気にしている様子もなく、ただ小さく溜息をつくだけだ。

「いや、ちょっと最近忙しゅうてなぁー」

「忙しい? だってお前はいつも昼には帰ってんじゃねえか」

元々この補習は落ちこぼれの為のものだ。
なので、午後からは秀才達にはお帰りいただいて、先生とみっちり夕方までお勉強、というわけだ。
先生的には、学ぶ意志を持って学校まで来てくれたのに、途中で返すというのは心苦しいものらしい。
だが勉強もいいが、精一杯青春を謳歌して欲しい。そんな願いもあるようだ。

「まぁボクにも色々とあるんやでー。あ、そや、カミやん今日の午後空いてる?」

「ん、あー、そういや今日は最終日って事で午前だけだったか。特に用事はないぜー」

「そんじゃ、その時話すさかい、とりあえずは小萌先生の授業で癒されようやー」

「あれを癒しだと思えるのもお前くらいだろ……」

「まったく、貴様らはまともに授業を受けようとは思わないわけ?」

その時、背後から突然妙に刺々しい声が聞こえてきたので、上条は体はそのままで首だけ捻って後ろを見てみる。
そこに立っていたのは、黒髪を分けて耳にかけ、おでこが大きく見えるようになっている巨乳少女。目は早朝とは思えないほどキリッとしている。
このクラスの仕切り屋、吹寄制理だ。

「おっす、吹寄。お前も偉いよなー」

「うっさい。とにかく、授業中騒いだりしたら引っ張り出すからね」

吹寄は上条の言葉を一言でぶった斬ると、明らかに不機嫌です、といった感じに肩を揺らしながら離れていった。
確か吹寄とは入学初日からこんな感じだった気がするが、勉強のことを聞くと文句を言いながらも丁寧に教えてくれるので、根は親切なやつだ。

「なぁなぁカミやん。ボクは吹寄は実はツンデレだと思うんやけど、どうだろ?」

「あるあ……ねーよ」

上条が青髪ピアスの言葉に溜息をついた時、ガラガラという扉を開ける軽快な音が聞こえてきた。噂の小萌先生の登場だ。
入学からもう一月だが、上条はまだこのどう見ても小学生にしか見えない子が先生だという事実に違和感を覚えてしまう。
ただし、その能力は優秀なものらしく、学会の教授達にも一目置かれる存在らしい。
まさに見た目は子供、頭脳は大人な名探偵的な感じだ。

「はいはーい! それでは張り切って授業始めますよー!」

祝日の早朝に、これ程満面の笑みを浮かべて授業を始める先生というのも珍しいのかもしれない。
この人は本当に授業が好きで、それと同じくらい生徒達の事も好きなんだろう。さすが先生の鑑といった所か。
上条はそんな感じに、密かに感心しながら教科書を広げ、これから来たる苦痛の時間に備えるのだった。




二時間半後、そこには真っ白に燃え尽きた上条当麻を筆頭とする落ちこぼれ組と、満足気に一息ついている秀才たち、そしてなぜかホクホク顔の青髪ピアスがいた。
補習最終日の内容は主に能力開発関連の授業だった。
日々、学生たちが超能力を発現させるために飲んでいる薬の効用、脳に刺激を与える電子機器の原理と機能……などなど。
しかし、能力開発というのはセンスに大分左右されるものであり、こんな知識を持っていても何の役にも立たないんじゃ? というのが上条の率直な感想だった。

授業終盤の、自分だけの現実の仕組みなどは能力に直結するような話だったが、それも聞いているだけではよく分からなかった。
全ての物理現象は「観測」されるまで確定せず、つまり大切なのは「観測者」の主観であり……とかなんとか言っていたが、正直上条は日本語でおk状態だ。

そんなこんなで、口から魂を垂れ流しているような状態の上条だったが、

「せんせーい! ここで何かご褒美とかはー?」

「ふぇ? えっと……うーん…………」

という青髪ピアスの下心丸出しの言葉に意識を取り戻す。
一方小萌はどうしたものかと悩んでいるようだったが、何かを思いついたのか、まさにピコン! と豆電球でも出てきそうな表情になった。

「それでは、みなさんには抜き打ちテストをプレゼントしちゃいますー」

次の瞬間、クラスの雰囲気が氷点下まで下がった気がした。

秀才達はその言葉を聞いた瞬間、一斉にノートを開き始め、復習を始める。
だが当然落ちこぼれ組からはブーイングの嵐だ。
ちなみに、「はぅぅ……!」などと言って、体をくねらせているHENTAIの事は当然スルー。

その一方、そんなクラスの反応に小萌は苦笑いを浮かべている。

「あはは、大丈夫ですよー。別に成績には関係ありません。お遊戯のクイズゲームだと思ってください。その代わりちょこーっと難しいですけどねー」

まるで駄々をこねる子供をあやすように小萌が告げると、とたんにクラスは安堵に包まれた。
考えてもみれば、この生徒想いの先生がそんな事するはずがない、などと笑い合っている。
しかしそんな危機的状況から脱せられたにも関わらず、なぜか訝しげな表情のまま固まっている者が一名。

それはクラスの秀才、吹寄制理…………ではなく、意外にも落ちこぼれ筆頭の上条当麻であった。



(――あれ?)



元の穏やかな雰囲気に戻ったクラスの中で、上条は妙な感覚を覚えていた。
そう、それはまるで――――


この状況と全く同じものを、以前に体験したような。


「デジャヴュ」という言葉が脳裏に浮かぶ。日本語に直すと「既視感」
しかし、「既視感」というのはとりわけ珍しい体験でもない。大学生になるまでに70%以上の人間が体験している、といった統計もあるほどだ。
そんな事を考えながら、上条は一度頭を振って意識を覚醒させる。
これからテストだ。罰がないからといって、酷過ぎる点を取って小萌先生を悲しませる事は避けたい。

「ん、どうしたん、カミやん? せっかくセンセーが罰なしって言ってくれたのに、なんや深刻そうな顔して…………はっ、分かったで!
 もしかしてアレやろ、罰アリで小萌先生にいじめられるのも捨てがたいっちゅーことやね! カミやんも分かってきたやないか!」

「……いや…………」

「カミやん?」

初めはいつもの悪ノリで話していた青髪ピアスだったが、上条の様子を見て心配そうに顔を覗き込む。
上条は大丈夫、と軽く流して教壇の小萌先生に集中するように言った。
あまり好き放題やると、あの先生は泣き出してしまい、そんな事をした日には吹寄の強烈な頭突きが飛んでくるからだ。

「ではでは、みなさん授業でお疲れのようですし、休み時間にするのです。先生はこれからテストを作ってきますねー」

小萌はニコニコと上機嫌にそう言うと、テスト用紙でも取りに行くのか、教室から出ていった。
教室に残された生徒達は、それぞれ近場の奴と話し始めるか、黙々とノートを開き始めるかのどちらかだ。
上条も近くの青髪ピアスに話しかけられたが、ここはテスト前の確認をすることに決めた。
クラスの落ちこぼれ筆頭として、少しでも先生を喜ばせたいというのもあったが、一番の理由はどこからか飛んでくる強烈な視線だった。
視線の主は十中八九、吹寄制理でありその意味は「もし酷い点をとって月詠先生を泣かせたらどうなるか分かってんでしょうね」だろう。

と、そんな威圧感を受けながらノートを開いた上条だったが、そこでケータイのバイブが唸りをあげた。

(メール……もしかして特売情報か?)

上条は己の不幸体質のせいもあってか、常に金欠状態である。
その為に、日々の食費も最低限に抑える必要があり、こういったスーパーの特売情報は欠かさずチェックしていた。
まぁそうやって事前に情報を手に入れ、早めにスーパーへダッシュしても、途中で様々な不幸に見舞われて結局間に合わなかったというケースも少なくないのだが。

それでもやはり特売の情報は気になる上条はケータイを開くと、今着信したメールをチェックする。
卵などはお一人様いくつまでと決まっている場合も多いので、その時は帰りに青髪ピアスにも手伝ってもらおう、そんな事を考えながらメールを読み始めた上条だったが……。

「……んん?」

送り主は今そこに居る青髪ピアスだった。
用があるのなら、何故直接言ってこないのかという疑問もあったが、それ以上に奇妙なのはその内容だった。


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
テストの解答






―――――――――――――――――――――


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
四択暗記よろ






―――――――――――――――――――――


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
31242






―――――――――――――――――――――


******************************


なぜか短い文章で三つのメールに分けて送信してきている。パッと見るとスパムかとも思う。
だが表示されているアドレスは間違いなく青髪ピアスのものだ。ここに書いてあるテストとはこれから行うものだろうか?
というか、そもそも小萌先生は四択とは一言も言っていないはずだ。

そんな事を考えながら、青髪ピアスにこのイタズラメールについて聞いてやろうとしたが、

「はい、それではみなさん席についてくださいねー」

と小萌先生がテストと思わしき紙の束を抱えて教室に入ってきたので後にすることにした。
周りの生徒達も、一応テストということでいつもよりも休み時間との切り替えが早く、私語はほとんど収まっていた。

「んー、意外と難しくなっちゃいましたー。これはみなさんの点数次第では他のご褒美も考えたほうがいいかもしれませんねー」

「えー、難しいんですかー?」

「あはは、大丈夫ですよー。四択ですから適当に書いても一つくらいは当たるのです」



「えっ、四択……?」



「はい。あっ、二択にしてくれっていう要求は却下ですよー」

そんな小萌の言葉に青髪ピアスは「残念やったなー」とニヤニヤし、吹寄制理は頭を抱えて溜息をついている。
だが、上条はそんな周りの様子は見えていなかった。頭の中にあるのはさっき青髪ピアスから送られてきたメールだ。

あのメールには確かに小萌先生のテストが四択である事を示唆する文章が含まれていた。つまり、青髪ピアスは事前にテストの内容を知っていたと考えることもできる。

だがそれはありえなえないと、即座に否定する。
あのテストはついさっき作られたものだ。そして青髪ピアスは休み時間に席を立つことはなかった。何かの能力の可能性もあるが、そんな都合のいいものは持っていないはずだ。
そもそも…………あのメールは本当に青髪ピアスが送ったものなのだろうか…………?

そこまで考えた瞬間、上条を襲ったのは何か冷たいものが背筋を伝っていくような感覚。
すぐに青髪ピアスに事情を聞こうと手を伸ばすが、途中で思いとどまる。
おそらく、先程のメールは当てずっぽうで書いたのがたまたま当たっただけで、下手に騒ぐと青髪ピアスの思惑通り。そう思ったからだ。

そんな事を考えてる内に、いつの間にか上条の机の上にテストが回ってきた。
内容は先程やったばかりの能力開発についての問題だ。しかし、上条の頭の中は先程のメールで一杯になっており、授業の内容は出てきそうにもない。
……まぁ、あのメールの事がなくても、出来はあまり良くなかっただろうが。


しかし本当に青髪ピアスは当てずっぽうで四択だと送り、それがたまたま当たったのだろうか? やはり上条の頭にはまだその事が引っかかっていた。
だが、テスト全体をざっと読んだ時――――


「ッ!!!」


上条は慌てて息を飲む音を咳で誤魔化した。小萌先生が少し心配そうにこちらを見るが、それを気にかけている余裕はない。
テストは全五問だった。そしてあのメールの最後に書かれていた数字は――――



31242



(ま、さか…………)

思わずゴクリと喉を鳴らす。それはさながら、どこかのホラー映画の主人公のように。
数字は間違っていないはずだ。あのメールは知らず知らずのうちに、上条にそこまでの印象を与えていた。
31242、これが四択問題の答えだとしたら、普通に考えると一問目から順にその数字を書きこめばいいという事になる。

だが上条はそこで躊躇する。


――本当にあのメールを信じてもいいのか?


確かに四択五問という予言じみたものは当たったのかもしれない。
しかしそれだけで、全てをあの怪しいメールに託してもいいのだろうか?
……まぁ問題を見るかぎりは、結局は運任せにエンピツを転がすしかないようだが。


それに……これは科学の進んだ学園都市の生徒としてはあまり相応しくない言い方かもしれないが……………。

何か、嫌な予感がした。それは第六感的な直感、とでも言えばいいのだろうか。

だが……それでも…………。

上条は――――好奇心に勝てなかった。




――テストが終わった。
今は教壇で小萌先生が採点をしている。補習を受けている人間は多くないので、この場ですぐに終わるそうだ。
ちなみに、ご褒美の条件は生徒全体の平均三問以上正解。このテストのレベルから見ると中々難しいのではないかと思う。

他の生徒達は、どうやらこれからどこへ遊びに行こうか話しているようだ。
今日は祝日だ。本来ならば学生という身分を生かして思いっきり遊ぶものだろうし、それが普通なのだろう。
隣の青髪ピアスも、この後は自分の下宿先のパン屋に来てほしいと言っている。何やら見てほしいものがあるんだとか。

しかし、本当のことを言うと、上条はそんな青髪ピアスの話の半分も聞いていなかった。
それ程に先程のテスト……そしてメールが気になった。
もちろんテストが終わった後、青髪ピアスにはテスト前にメールしてこなかったか尋ねてみた。
だが返答はやはりと言うべきか、「そんなものは知らない」というものだった。

それを聞いた上条は、ここであまり追求しても仕方ないと思い、とりあえずテストの結果を待つことにしたのだ。


「採点終わりましたー!」


そんな小萌の言葉に、教室にいた生徒達は一斉に教壇に注目する。
例えどんなものでも、やはりテストの結果というのは何だかんだ気になるものなのだろう。

「いやー、先生ビックリしちゃいましたよ、上条ちゃん!」

まず初めに小萌の口から出てきたのはこんな言葉だった。
その瞬間、クラス全員の目が上条に集まる。その目は皆、純粋な好奇心に満ちていた。
おそらく、四択の問題で今度はどんな事をやらかしたのか、といった興味からだろう。

だが、当の上条はというと、小萌に名前を呼ばれた瞬間、まるでイタズラのバレた子供のように全身をビクッと震わせてしまった。
どうしても頭にはあのメールがちらつく。いや、まさか……でも…………といった思考が無限ループ状態に展開される。

そして次の小萌の言葉。



「見事満点です!! 先生はとっても、とっても感激なのです!!」



それを聞いた瞬間、クラスメイト達の反応は凄かった。
「あの上条が!?」「運で書いても一つ残らず外すような奴が!?」などと言っているようだが、不思議と気にならない。

上条はまるで世界から切り離されたような感覚を覚えていた。
周りの音は雑音のような形で、断片的にしか届かない。
疑問が次から次へと湧いてくる。だがそれを聞ける相手もいない。

気味が悪かった。
テスト開始前に送られた、まるで未来を予知しているかのようなメール。
送り主は青髪ピアスだったが、本人は身に覚えのなく、そして論理的に考えてもあのメールを送ることは不可能だという事実。

そんな考えが頭の中をぐるぐるぐると巡って…………メールの文面が何度もフラッシュバックされた。


(何だよ…………なんなんだよ…………ッ!!!)


上条はたまらず、といった感じで隣の青髪ピアスの方を見る。
しかし、その友人は周りと似たりよったりの表情で驚きながら、「まさかカミやんが……」などと言っていた。
そんな状況に、上条は今すぐ青髪ピアスに掴みかかって、大声で事情を聞きたい衝動に駆られるが、何とか堪える。
今はもうこれ以上この「日常」を壊したくない。そんな防衛本能に似たようなものが働いたのかもしれない。

「でもみなさんも頑張ったのですよー! 見事平均三問達成です!」

「ほ、ほんまですかぁ!? そそそそそれでご褒美というのは!?」

何を期待しているのか、鼻息を荒くして尋ねる青髪ピアス。それに苦笑いをする小萌先生。
吹寄制理は腕を組んでそんな青髪ピアスを睨みつけ、他の者達は笑い合っている。

そんな雰囲気に合わせて、上条も笑顔を作ろうとするが、どうも上手くいかない。
今までどんな感じに笑っていたんだっけ、とふと疑問に感じてしまう。

「ふふふ~、ご褒美はとっておきのものを思いついちゃったんですよー。それはですねー」

小萌はそこまで言うと、一旦止めてクラスの反応を伺う。おそらくテレビ番組などではここでドラムロールが流れていることだろう。
実にありきたりな芝居だが、思いの外クラスの者達はみんな小萌に注目している。青髪ピアスの鼻息がやけに耳に障る。



「明日の先生が出席する学会に、みなさんも連れていってあげますー!!」



「…………えぇ」

そんな感じにテンションマックスで高らかに宣言した小萌だったが、生徒達の反応は今ひとつだった。
確かに教師の学会に生徒を参加させるというのは珍しいのかもしれない。
しかし、落ちこぼれ組の意見としては、貴重な勉学の場よりも、焼肉の驕りやテストの簡易化などの方がずっと嬉しかったりもする。
まぁ、吹寄制理を始めとする秀才組は、小萌の提案を素直に嬉しがっているようだが。

「せんせぇ……もっと青春的なご褒美が欲しいです…………」

そんな青髪ピアスの意見に賛同するのはもっぱら落ちこぼれ組だ。
こんな様子では、おそらく夏休みの補習もこのメンバーで固定される気がする。

だが、次に放った小萌の一言。それでクラスは団結することになる。


「もー、みなさんにはもうちょっと知識欲というものを持ってほしいのですよー。
 でも、確か霧ヶ丘女学院や、常盤台中学といった学校の生徒も参加するようですし、青春的な展開も無きにしもあらずですかねー」

「ッ!!!!!」


途端にガタガタッという音が教室中に響き、落ちこぼれ組が一斉に立ち上がる。吹寄の「貴様ら座れ!!」という言葉は虚しく宙を漂うだけだ。
霧ケ丘女学院、常盤台中学、それはどちらとも能力開発の名門であり、重要なのはどちらも女子校だということだ。
こんな平均以下の高校生とは縁のない、高陵の花的な存在だ。

「うおおおおおおおお!!! すぐ行く!! 走っていくで!!!」

「いやっほぉぉぉぉぉぉう!!! 先生マジ天使!!!」

「おい、今日の予定大幅変更だ!!! 放課後は明日のための作戦会議にあてる!!!」

「罵ってくださいって言えばやってくれんのかな!?」

「ちょ、ちょっとみなさん、言っておきますけど、あくまで勉強に行くのですからねー!?」

そんな小萌の言葉はおそらく落ちこぼれ組の耳には入っていないだろう。
もはや頭の中はどうやってお嬢様とお知り合いになろうか、そんな事で一杯である。

結局、その浮かれまくった雰囲気は、怒涛の吹寄頭突きラッシュが発動するまで続いた。





それから三十分後、学校から帰ってきた上条と青髪ピアスは、とあるパン屋の二階にいた。
ここは青髪ピアスの下宿先であり、部屋は想像以上に凄まじい事になっていた。
壁一面に貼られたアニメのポスター。棚いっぱいに綺麗に陳列されたフィギュア。無造作に積まれたエロゲーの数々。
部屋の真ん中には四角いテーブルがあるが、その上もエロゲやらで占拠されていたので、昼食をとるために全部どける必要があった。

よくもまぁ、ここの家主が許してくれるものだと思ったが、どうやら心よく受け入れられているらしい。

そんなジャパニメーション文化に染まりまくった部屋で、昼食にと下のパン屋の店主から恵んでもらった焼きそばパンを口に運ぶ上条だったが、ふと部屋に妙なものを見つけて食べるのを中断する。
というか、この部屋には変じゃないものの方が少ないのだが、こんな部屋だからこそ余計に変に見える、という事だろうか。

「なぁ、それってブラウン管テレビだよな? お前ってそういう趣味もあるのか?」

「……あー、これね」

上条は単なる好奇心で尋ねたのだが、青髪ピアス的にはあまり触れてほしくない所なのか、歯切れが悪い。
しかしアニメグッズで埋め尽くされた部屋にブラウン管テレビというのは、やはり気になるところである。
そもそもこの学園都市では、こんなものは普通は手に入らないはずだ。

「んー、実はこれからする話っていうのと関係あるんやけど…………」

「あぁ、学校で言ってたやつか?」

「そうや。まぁでもその前にカミやんも話があるんじゃなかったっけ? ボクの話はほとんど愚痴みたいなもんやから、カミやんの先に聞くで?」

上条の話。それはもちろん、今日のあの気味の悪いメールの件だ。
さすがに一人で悩んでいても仕方ないので、ここに来る途中に自分も話があるから聞いてほしいと頼んでいたのだ。

だが、いざ話すとなると、躊躇してしまう。
なぜなら、これから話そうとすることは、学園都市では全く縁のない……ある種オカルトのような話題だからだ。

「そうだな……。あのな、驚かないで聞いてくれねえか?」

「なんや、そないなビックリ話なん? あ、もし彼女ができたとかっちゅーリア充自慢やったら、即刻ここから退去させるんでよろしゅうな」

「はは、それだったらどんなに良かっただろうな」

「…………?」

上条の乾いた笑いを聞いて、青髪ピアスは眉をひそめる。どうやら予想していた反応とは大分違ったようだ。
一方上条は、ここまできたら一気に話してしまおうと、ケータイを取り出すと例のメール画面を呼び出し、青髪ピアスに見るように促す。

「……なんやこれ、妙なメールやな」

「送り主の所、良く見てみろよ」

「へ……あれ、ボク…………?」

青髪ピアスはそれを見て困惑した声を出す。
こうして見ていると、本当に何も知らないように見えるが、これを演技でやっているとしたら大したものだ。

「だから今日のテスト前に、ボクにメールしてないか聞いたんか……」

「でも、お前は送ってない、そうだろ?」

「その通りや。というか、この内容って…………」

「あぁ、今日のテストの事だな。この通りに答えを書いたら満点だった」

上条はそこまで話すと一旦黙りこむ。実を言うと上条自身も混乱していて、まだこの事についてまとめきれていない部分があるのだ。
そして青髪ピアスも、これを受け取った時の上条同様、気味の悪さを感じているのか、黙りこんでしまっている。

「……このメールはあのテスト前に送られてきた。そして四択で五問っていうテストの形式も文面から読み取れる」

「確かあのテストは、小萌先生が即興で作ったもんやったよね? ボクがご褒美をお願いして……」

「あぁ、だからテストの内容を知ることができるとすれば、あの後の休み時間の間って事になる」

「でもボクは席は離れなかったで? それはカミやんも知ってるやろ?」

「あぁ。何かの能力って可能性もあるけど、お前はそんなモン持ってねえし…………」

二人して当時の事を思い浮かべながら、何が起きているのかをまとめていくが、それにより一層不気味な感覚が増してくる。
本当にこのメールは何なのか? 誰が、どんな目的で送ったのか。そして……何故知るはずもない情報を知っていたのか。

「気味わりぃな……これじゃまるで…………」

上条はそこまで言って言葉を切る。
ふと上条の頭の中に浮かんできた可能性、それはこの科学の発達した街においては一際滑稽に感じるような言葉だった。
だが、その言葉を飲み込むことはできない。まるで体の中を駆け巡る毒のように、口から外へ出せばいくらか気持ちが落ち着く、そう感じたからだ。


「――――未来のお前が、メールでもしてきたみたいじゃねえか」


口に出して改めて分かったことだが、それは想像以上に恥ずかしい言葉だったのかもしれない。
未来からのメール、どこかのSF小説などでは良くあるのかもしれないが、それが現実に起こりえると思っている人間はそういない。
許されるのは、夢を持った子供くらいだろうか。それ以外は頭の中がお花畑、もしくは厨二病真っ盛りで、絶賛黒歴史製造中だと思われてもおかしくない。


しかし、慌てて弁明しようと顔を上げた上条の目に飛び込んできたもの。


それは、入学してから一度も見たことがない、青髪ピアスが大きく目を見開いて驚愕している顔だった。



「……あ、青ピ?」

突然の展開に上条は遠慮がちに話しかけるが、どうやら青髪ピアスの耳には届いていないようだ。
そして青髪ピアスは、しばらく硬直していたと思ったら、顔をゆっくりと動かし、なおも目を見開いたままある一点を凝視する。
そこにあったのは、先程も上条が気になっていたブラウン管テレビだった。

「えっと……そのテレビがどうかしたのか…………?」

「……ぁ…………う、うそやろ…………?」

どうやらまだ上条の声は届いていないようだ。
青髪ピアスの視線はまた動き始め、今度は違うものを捉える。
次に青髪ピアスが凝視したもの、それは部屋の片隅に無造作に置かれていた電子レンジだった。

だが、よく見てみれば、普通の電子レンジとはどこか違うようだ。
まず、電子レンジとしては致命的とも言えるが、扉が付いていない。
そして、何かを装着できそうなホルダーが取り付けられているのも確認できる。

「おい青ピ、どうしたんだよ! ちゃんと説明しろって!!」

「………………」

なおも青髪ピアスは上条の言葉には答えずに、しかしここでゆっくりと動き始めた。
行き先は……どうやら自分の机のようだ。
そしてそのまま椅子に座ると、震える指を動かしてPCを起動する。

上条はもはや青髪ピアスの事が心配になっていた。
もしかしたら、精神系統の能力者の仕業じゃないかとも疑うが、わざわざ青髪ピアスを狙う理由もないだろう。

「カミやん、これ見てくれへんか?」

ここでようやく青髪ピアスは口を開く。
上条は素直にその後ろまで歩いて行くと、PCの画面を覗き込んだ。

どうやらそこはありきたりな都市伝説のサイトみたいだった。
上条は、青髪ピアスが指し示す部分を黙々と読んでいく…………が、だんだんとその顔に青髪ピアスと同じく、焦りの色が浮かび上がってくる。


「Dメール……42型ブラウン管テレビ…………電話レンジ…………過去へ送れるメール…………!!! お、おい、まさかお前…………」

「自分でもアホやと思ったわ。でもゴールデンウィークの間暇でなぁ。カミやんは夕方まで小萌先生とお勉強だったかもしれへんけど、ボクはいつも昼には帰されてたし…………」

「だから……作ったのか…………? こんな胡散臭いものを信じて…………?」

「そうや。なんや目に止まってなぁ。都市伝説検証ってやつや。でも……途中で熱が下がってな、ボク、何やってるんやろって感じに」

「いや、やる前に気づけよ」

気がつけば、どうやら冷静にツッコミを入れられる程には落ち着いてきたみたいだ。
だが同時に、自分の中で何か別の生き物がドクンドクンと脈打っているような感覚を覚える。

――自分たちは、もしかしたら何かとんでもない事に足を突っ込んでしまったのではないか?


「まぁでも何とか完成させてな。大変やったんやで、42型ブラウン管テレビなんか、学園都市中、ネット中を探しまくったわ。けどどこにでもマニアってのはおるんやねー」

「そ、それで……使ったのか…………?」

「そりゃ一応動かしてみたけどなぁ……」

そこで青髪ピアスは溜息をつきながら首を振る。

「ダメや。ここに書いてある放電現象なんて起きへんし、ましてや過去にメールなんて……」

「失敗……したのかよ?」

「そうや。そのはずやったんけど…………」

そこで青髪ピアスは言葉を切ると、上条の手にあるケータイを真っ直ぐ指差す。

「このタイミングでそのメール。これほんまに偶然やろか?」

「………………」

「もしくはカミやんがボクがこれを作ってるのを知ってて、ボクをからかってるっちゅー考え方もあるんやけど……」

「それはねえよ。俺は今ここでお前がこんなモンを作ってる事を知ったんだ。つかわざわざそんな事する理由もねえだろ」

「それもそうや。というかカミやんの慌てっぷりもガチっぽかったし。それにカミやんの実力じゃあのテストで満点はやっぱ不自然やしね~」

最後はニヤニヤしながらそんな事を言ってきたが、言い返せないのが悲しいところだ。
とにかく、ここまでで分かってきたことは、おそらく青髪ピアスの作った電話レンジというものが関係しているという事だ。
しかしそれでも過去へ送れるメールが本当に存在するかどうかについては、未だに半信半疑なところもある。

「えっと……このサイトによると、その放電現象が起きてる時にセットしたケータイにメールを送るとDメールってのが送れるんだよな?」

「そや。でもさっき言った通り、放電現象なんちゅーもんは……」

「いや、このサイトの情報が間違っている可能性もある。もしかしたら、お前はDメールを送れてたんじゃねえか?」

「そうだとしても、テストの答えなんか送れるはずないやろ? というかそれだと過去じゃなくて未来に送ってるっちゅーことになる」

「……そうだよな」

ここでまた上条達はウーンと唸りながら考え始める。
そもそも情報がこんな胡散臭い都市伝説のサイトだけなので、いい考えも出てこない。

「……なぁ、これの元ネタとか分かんねえのか?」

「元ネタ……? んー、どうやら昔のゲームらしいけどねー」

「ゲーム?」

「詳しくは分からへん。でもそのゲームにこの電話レンジっちゅーのが出てくるらしいんや。名前は……そうそう『Steins;Gate』」

「シュタインズゲート……」

しかし、結局ゲームについては名前とわずかなあらすじくらいしか情報がなかった。
青髪ピアスの話によると、どうやらこのゲームはすぐに発売禁止になったものらしく、今ではまず手に入らない激レアゲームとのことだ。

「主人公が偶然タイムマシンを作って、それを使ってCERNと戦う話みたいやで」

青髪ピアスは前もって調べていたらしく、履歴からそのゲームに関するページを開いて読み上げる。

「CERNって確か……」

「欧州原子核研究機構。世界最大規模の素粒子研究機関や。ほら、世界で二番目にデカイ加速器持っとるやろ」

「あー、LHC……だっけ」

学園都市の超能力の原理は量子力学だ。
なので、この様な高校生でも、そういった事の知識は多少持ち合わせている。

「だから、タイムマシンの原理っちゅーのも、このLHCと関係あるのかねー」

「……だとしても、たぶん俺らには理解出来ないだろ」

「はは、それもそうや」

上条が興味なさげに答えると、青髪ピアスは笑いながら肯定する。

「それよりも、何とかこの訳分かんねえメールについて調べようぜ」

「それもそうやね。じゃあとりあえず、今日からここは未来ガジェット研究所って事でおk?」

「未来ガジェット……はい?」

突然の青髪ピアスの意味不明な言葉に、思わず間抜けな声で聞き返してしまう。
しかし、青髪ピアスの方はすぐには答えずに、PCでとあるサイトを表示させた。

「シュタインズゲートに出てくる主人公が創立した研究所らしいで。なんやゲームの世界に入れた気になってワクワクせーへん?」

「…………別に何でもいいけどさ」

上条としてはここが未来ガジェット研究所だろうがなんだろうかは関係ない。
とにかく、あの奇妙なメールについて調べられればどうでも良かった。

だが、どうやら青髪ピアスには火がついてしまったようで、なおも興奮した様子でまくし立てる。

「よっし、じゃあラボメンNo.001はカミやんや!!!」

そんな事を言ってビシッとこちらを指さす青髪ピアス。
上条は何がなんだか分からなかったが、どうやら未来ガジェット研究所のメンバーはラボメンといって、それぞれナンバーが与えられるらしい。

「ちょっと待て。そのポジションはお前じゃねえのか?」

「ちっちっち。甘いでカミやん。ラボメンNo.001はラボの象徴で、もし何かをやらかした時に真っ先に犠牲に…………」

そこまで言った青髪ピアスを、上条はとりあえずぶっ飛ばす。
だが結局は上条がNo.001で青髪ピアスがNo.002に決まったようだ。
そして003以降は全員女の子希望らしいが、そこらへんは完全に無視する。そもそもこれ以上増えることもないだろう。

しかし、ゲームについての情報はそんなものだった。
仕方ないので、そのゲームの事は一旦置いておいて、今は他の観点から考えて見ることにする。

「でもカミやんに届いたメールが本当にDメールだとしたら、ボクはこれからそれと同じメールを送ることになるんかね?」

「……そう、いう事になるのか? じゃあ意地でも送らないようにしたらどうなるんだ?」

「……そのメールが消える? いや、そもそもカミやんにはそれが届かない事になって…………」

「………………」

「………………」

頭がこんがらがってきた。
上条はとりあえず頭を冷やそうと、青髪ピアスに断って冷蔵庫からドクペを一本貰い、額に当てる。
ひんやりとした感覚が広がり、心地いい。もちろん中身もきちんと飲む。

「とりあえずさ、なんか実験でもしてみねえか?」

「もご?」

上条が、一口飲んだドクペを近くにあったテーブルに置きながらそう切りだすと、青髪ピアスは口にパンを詰めた状態で何とも間抜けな声をあげる。
そんな青髪ピアスに溜息をつくと、上条は電話レンジに近づく。
使い方などは青髪ピアスの話や、例の都市伝説のサイトで大体は理解できたが、それがどうしてDメールなどという不可思議な現象を起こせるかは分からない。
だが、そうやって考えてばかりでも先に進めないと思った上条は、とりあえず適当に動かしてみようと思ったのである。

「この電話レンジ、もう扉は付けられねえのか? 俺、このソーセージパン温めてえんだけどさ」

「……それ、ただカミやんがアツアツのパン食べたいからとちゃう?」

「ん、それが八割だな」

「はは、ちょっとまってーな。確かこの辺に……」

青髪ピアスはそう言うと、ゴミの山……もといアニメグッズをかき分け、電話レンジの扉を探し始める。どうやらまた付けることもできるようだ。
ちなみに、本当は電話レンジではなく、電話レンジ(仮)という名前らしいが、面倒なので上条も青髪ピアスも電話レンジと呼んでいる。

「おっ、あったあった! そんじゃここをこうして……」

青髪ピアスはそう言って、ものの十秒で扉をつける。これで本来のレンジとしての機能が復活した。

「これでパンが過去に飛ばされるなんて事はねえよな?」

「もしそうやったら、行き先はカミやんの頭の上やろな」

「否定できねえのが悲しいな」

そんな事を言い合いながら、上条はケータイを開く。一応実験ということなので、ブラウン管テレビも点けた。
この電話レンジには専用ケータイというものがあり、使用する時はそれをホルダーにはめる。
そして、次にその専用ケータイへ電話をかけると、青髪ピアスの野太い声のガイダンスが始まる。嫌なのはスキップ機能がない事だ。

「なぁ……これ使う時は毎回このガイダンス聞かなきゃいけねーのか?」

「んー、まぁスキップ機能を付けるのは簡単やけど……ボクの生声ガイダンスって需要ないかね?」

「ねーよ」

少しするとガイダンスが終わり、ケータイ画面に温め秒数を入力する。

「90秒でいいよな。温め開始っと」

「……あれ、カミやんやり方まちごうとるで? 90秒温めの時は『#90』や。カミやん『90#』って押したやろ?」

「あ、ホントだ。でもちゃんと動いてんじゃん」

「ほんまや。結構適当なんやねー」

「お前が作ったんだろ……」

と、上条は溜息をつきながら、きちんとレンジが動いているのを確認しながら専用ケータイへメールを送る。
専用ケータイにはメール転送機能が付けられており、今は自動的に青ピのケータイへメールが送られる事になっている。
まぁ、例のDメールを送るには放電現象というものが発生しなければいけないため、まず失敗するだろう。そもそも扉を付けてる時点で条件を無視している。

少しすると、チン!という小気味良い音が響き、温めが終了したことを知らせる。
上条はさっそく扉を開けて、アツアツのソーセージパンにあやかることにする。
しかし――――


「カミやん? もしかして焦がしたってオチかいな」

上条は扉を開けた状態で完全に動きを止めてしまった。
青髪ピアスはそんな上条を笑いながら、後ろからその中を覗き込む。

「…………え?」



そこにはソーセージパンはなかった。

いや、正確には、“ソーセージパンだったもの”があった。




「おい……最近の電子レンジってのはこんな機能もあんのか……?」

「……なんやこれ…………ゼリー、いや、ゲルっちゅーんか…………?」

そこにあったのは緑色の、ドロドロとした物体だった。
しかしその形を見るに、温めようとしたソーセージパンであることには間違いない。

途端に二人の頭には次々と疑問が沸き起こる。
この現象なんだ? 原因は? 一体何に変化したのか?

とにかく、いつまでも放置しているわけにもいかなかったので、上条は恐る恐るといった感じに変わり果てたパンを取り出す。
それは案の定まったく温まってはいなかったが、ゼリーのようにひんやりとしているわけでもなかった。
初めは途中で崩れてしまうのではとも思ったが、そこまで脆くはないようだ。

「それまさか食うん?」

「んなわけあるか」

いつもの金欠生活で多少食べ物の賞味期限が切れても、明らかにヤバイ臭いがしない限りは普通に食べてしまう上条。
それでもさすがにこんな、そもそも食べ物かどうかも分からないものを口に入れようとは思えなかった。

しかし、食べないにしても、これがどんな状態なのかは調べる必要がある。
そう思った上条はおもむろに近くにあった美少女フィギュアに手を伸ばした。

「青ピ、ちょっとこれ借りるぞ」

「いいけど、舐めるのはなしやで。まぁ撫でるくらいなら――――」


――グチャと、そんな音がした。


音源は先程電話レンジから取り出したゲル状に変質したパン。
そこに美少女フィギュアが頭から突っ込まれていた。


「ほむほむぅぅぅぅううううううううううううううう!!!!!」


次の瞬間、おそらくフィギュアの美少女の名前であろうものを叫びながら、身長180もの巨体が突っ込んできた。





数分後、そこには泣きながらフィギュアにこびりついた謎のゲル状物質Xを拭きとる青髪ピアスと、エロゲの山に頭から突っ込んだ上条が居た。
上条の名誉のために弁明しておくと、今の状態は青髪ピアスのタックルを受けて吹っ飛ばされた結果で、決してエロゲ好きゆえの奇行というわけではない。

上条はとにかくこのカオスな状態をなんとかしようと、エロゲの山から這い出る。

「なぁ、悪かったって……。そんな大事なものだとは知らなくてさ…………」

「許さない。絶対にや」

青髪ピアスは完全に拗ねてしまったようなので、とりあえず今はそっとしておくことにした。
上条はエロゲを積み直すと、電話レンジが引き起こした奇妙な現象について考えてみる。

青髪ピアスの反応を見ても、こんな現象は初めてだったはずだ。
それが何故今起きたのか。いつもとは違う条件でもあったのか。

「えっと、青ピ。もうちょい電話レンジ動かしてもいいか?」

「……いいで」

上条は、まだムスッとしている青髪ピアスの了承を得ると、今度は違うパンに変えて実験をしてみる。
食べ物を粗末にするのは正直気が引けるが、今はとにかく先程の現象について知りたいため、できるだけ条件は合わせる。

そして今度はブラウン管テレビを消して、先程と同じように温めてみる。
すると――――

「……ダメ、か」

やはりブラウン管テレビはあの現象と関係があるらしい。電話レンジはレンジとしての機能をまっとうし、パンはきちんと温められた。
という事は、同じくブラウン管テレビが必要なDメールも、あの奇妙な現象と関係がある可能性が高い。つまり、この現象を解明すればDメールも送れるようになるかもしれない。
と、上条がそう考えた時、

「ブラウン管テレビを点けた状態で温めは、ボクが一度やってみたで?」

いつの間にかレンジの前まで来ていた青ピがそんな事を言ってきた。どうやら「ほむほむ」は助かったらしい。
そしてちゃっかり割と重要な事を言ってきた。

「なっ、本当か!?」

「せや。Dメールを送ろうとしてた時にね。何も起こらへんかったけど」

「じゃあその時お前がやらなくて、さっき俺がやった事を見つければ…………」

「んー、カミやんだけがやった事ねー…………あ」

青髪ピアスは顎に手をそえて少し考えると、何か思いついたらしい。
そしてそれは一緒に考えていた上条も同じだった。

「「入力ミス!!!」」

お互いに指差し合いながら声を揃える二人。
やはり二人共真っ先に思い浮かんだのはそれで、『#90』と入力する所を『90#』と入力した事だった。

さっそく、初めのゲル化条件を揃えた後、入力方法の所だけを正しく入力してみると、通常通り温められた。
そして、次はわざと入力ミスをしてみると――――

「ゲル化……したな…………」

「せやな…………」

思わずゴクリと喉を鳴らす二人。
この現象については相変わらず全く理解できないが、発生条件は徐々に分かってきた。

ゲル化に必要なのは電話レンジにブラウン管テレビ、そして入力ミス。
入力ミスについては、回転中のレンジの中を凝視した結果、どうやら中の逆回転を引き起こしているらしい事も分かった。

「けど、何であんな状態になるんだろうな。明日辺り小萌先生にでも聞いてみっか?」

「せやな。さすがに電話レンジ持ってくわけにもいかへんから、そのゲルパン持ってこうや」

「何だよゲルパンって……」

そう言いながらも、上条はゲル化したパン……もといゲルパンを指でつつく。
おそらく小萌先生なら、何かしらの答えは出してくれるはずだ。そこから他にも色々と分かるかもしれない。

「まぁ都市伝説関連の事は黙ってたほうがいいよな。からかってると思われちゃまずいしさ」

「はは、確かにそうやな。ネットに書かれているような事を何でも信じちゃいけませんって説教食らうのがオチや。ボクとしては大歓迎やけど」

「…………ネットの情報はアテにならない」

「ん? どうしたん?」

突然上条の声の調子が変わったので、青髪ピアスは首をかしげて尋ねる。
しかし上条は青髪ピアスの方は向かず、机の上に置いてあるPCをじっと見つめている。

「どうしてここの情報が正しいって分かるんだ? 本当に俺のやった入力方法はミスなのか?」

「カミやん、いったい何を言って…………」

そこまで言いかけて、青髪ピアスも何か気付いたようだ。
そして上条と同様、PCの方へ視線を向けると、微かに震える声で言葉を紡ぎ始める。

「つまり……間違ってるのは、こっちの入力方法って言いたいんか…………?」

「あぁ。これからそのサイトに書いてある条件の、入力方法のところだけ変えてやってみる」

「やってみる価値はあるわ……」

そう言いながら、青髪ピアスは電話レンジの扉を取り去る。その手は興奮のためか、僅かに震えている。

「オッケーや。カミやん、メール頼むで」

「俺が送るのか? 文面はどうする?」

「任せるわ」

「じゃあ『青ピはHENTAI』で」

「ちょ、ボクは変態やなくて、変態という名の紳士なんやで!」

「じゃあ『青ピはHENTAI紳士』で」

「ん、それならいいで」

青髪ピアスは納得したようで、さっそく自分のケータイから電話レンジの専用ケータイへ電話をかける。
通常通り音声ガイダンスが始まり、温め秒数の入力画面に変わった。
そこで、青髪ピアスはわざと入力方法を変えて操作する。そして、後は#ボタンを押すだけ、という所まで入力し、一度上条の方を振り返った。

上条は自分のケータイを握りしめ、電話レンジをじっと見ながら一度だけ確かに頷いた。

「いくで…………!」

青髪ピアスは自分を後押しするように呟くと、最後のボタンを力強く押し込んだ。
それを合図に、レンジが動き始める。そして少しすると――――


「ッ!!! ほ、放電現象……!?」


バチバチと、電撃使い(エレクトロマスター)が使用するような青白い光が部屋を照した。
さらにレンジからはミシミシと不吉な音が響き、部屋全体が大きく振動している。これはかなりマズイのではないか、とさすがに二人も心配になる。

しかし、ここで止めるわけにはいかない。
上条は一瞬怯んでいたが、すぐに電話レンジへと視線を戻し、そして――――


――――力強く、送信ボタンを押し込んだ。



「う、うおおおおおおおおおおおお!?」

次の瞬間、視界は煙によって完全に覆われ、青髪ピアスの悲鳴に近い叫び声が響き渡る。
部屋全体を襲う振動により、棚に並べられたフィギュアや無造作に積まれているエロゲが次々と崩れていく。

そんな、自然災害クラスの状況の中、上条は近くの机に手をついてバランスを取りながら、自分のケータイ画面だけを見ていた。
送信中という文字に紙ヒコーキを飛ばすアニメーションが流れていたが、少しすると送信完了という文字に変わった。
上条はそれを見て、「よし」と小さく呟く。

しかし、気を緩めたその一瞬、近くにあった高い棚の上から恐ろしい数のフィギュアが降り注いできた。




「……収まったかいな?」

「そう、だな…………」

数十秒後、部屋の振動は収まり、煙の方も窓を開けることによって何とか部屋の外へ追い出していた。
上条はゴホゴホと咳き込みながらも、何とかフィギュアの山から這い出る。

「ごめん、カミやん。ボクちょっと下行って、店主さんに謝ってくるわ」

「そうだな……それがいい…………」

おそらく、というかほぼ確実に今の被害は下のパン屋にも出ているだろう。
そもそも青髪ピアスは下宿させてもらっている身であって、下手をすると追い出されてしまう可能性もある。

上条は慌てて出ていく青髪ピアスを見送ると、元凶である電話レンジへ目を向ける。
これだけの事があったので、もしかしたら壊れてしまっているかもと少し心配していたが、どうやら大丈夫そうだ。
だが、そこで妙なものを発見する。

「……なんだ、これ」

電話レンジが床を破壊してめり込んでいた。
これは青髪ピアス死亡のお知らせか? などとぼんやりと考えつつも、恐る恐るといった感じでレンジを少しだけ持ち上げてみる。
さすがに重いが、どう考えても床を破壊する程ではない。

と、その時、下へ謝りに行った青髪ピアスが部屋に戻ってきた。

「いやー、メッチャ怒られてもうたわー。こりゃ、もうここじゃできへん…………ってああああああ!!!」

すっかりテンションが下がった状態で戻ってきた青髪ピアスだったが、床の惨状を目撃して、叫び声をあげる。

「あー、これな。たぶん放電現象の時に何か起こったんだと思う。今は床を壊すほど重くねえし……」

「それより床や!!! どうすんのやこれえええええ!!!」

青髪ピアスはもはや軽く半泣き状態だ。
だが、青髪ピアスには悪いが、上条にはそれよりも重要な事があった。

「それより青ピ、Dメールは?」

「それよりって…………まぁでもそういえば確かめてなかったわ」

青髪ピアスはまだ涙目だったが、やはりDメールの事は気になるのか、ケータイを開いてメール受信画面を呼び出す。上条もそれを後ろから覗き込む。
その画面を見るかぎり、新着メールは届いていない。

しかし、今回送ったのはDメール……過去へ送るメールだ。
つまり、当然新着メールというわけではなく、日付を遡って過去のメールをチェックしなければいけない。

「確か1秒で1時間前へ送れるんやから、90秒だと……」

「3日と18時間前」

「んーと、5月1日の夜中くらいかね」

Dメールが届くであろう、おおよその時間を求めると、青髪ピアスは画面をスクロールし始める。
そして、それはあった。


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/1 20:23
―――――――――――――――――――――
From:カミやん
―――――――――――――――――――――
Sub:
―――――――――――――――――――――
青ピはHENTAI






―――――――――――――――――――――


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/1 20:23
―――――――――――――――――――――
from:カミやん
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
紳士






―――――――――――――――――――――


******************************


そのメールを見て、二人は思わず黙りこんでしまう。
上条は思わず拳を握りしめる。じわりと、微かに汗ばんだ感触が伝わる。

本当に届いた。
タイムスタンプを何度も見て確認する。どう見ても5月1日……つまり四日前に届いている。
つまりこれが過去へ送れるメール……Dメールだ。

しかし、ここで新たな疑問が浮かび上がった。


「なぁ、お前このメールを受け取った記憶は?」

「そんなのないで……。あったらカミやんに教えてる」

青髪ピアスにはこのメールを受け取った記憶がない。これは今日の上条の場合とは違う。
上条にはきちんとDメールを受け取った記憶があり、それによりテストで満点を取ることができた。

これに二人は困惑した表情で顔を見合わせる。

「どういう事なんやろ……」

「文面の問題か……それとも受け取った人間の問題か…………」

二人とも腕を組んで考えこむが、何も思いつかない。

「まっ、とにかく色々試してみようぜ」

「いやいや、それ無理やっちゅーの」

上条のそんな言葉に、すかさず青髪ピアスのストップがかかる。
さすがにこれ以上やると本当に追い出されるらしい。

そして、さらに運の悪いことにこれから青髪ピアスは下で手伝いがあるとのこと。

上条は、電話レンジとブラウン管テレビをどこかへ運んで、別の場所で実験をすることも考えたが、さすがにそれ二つを運ぶのは重労働だ。
仕方ないので、どうも不完全燃焼感はあったが、今日の所はここでお開きになった。






すっかり日の落ちた夜の街を、上条当麻は一人で歩いていた。最近ではもう随分と暖かくなってきているが、さすがにこの時間は肌寒く、まだまだ学ランは手放せない。
周りはと言うと、やはり平日よりは人が多い気がする。一応は完全下校時刻というのが決められているのだが、今日は祝日。多少は無視してしまう者も少なくないのだろう。

青髪ピアスの下宿先を出たのが、午後三時くらいだった。
その後、上条はそのまま自分の寮へ戻ることはしなかった。理由はもちろん電話レンジについて調べるためだ。
しかし街の図書館へ行き、色々と調べてみたのだが、大したことは分からなかった。

とりあえず分かったのは、どうやらタイムトラベルというのは、想像してた以上に夢物語であるという事だった。
必要なものは地球全体のエネルギーを集めても到底届かないほどの莫大なエネルギーや、宇宙ひも、エキゾチック物質など、さすがの上条も途中で読むのを止めてしまった。

まだ進展があったのは、ゲルパンの方だ。
どうやらゲル化やゼリー化というのは分子の結合が緩くなった結果、という事らしい。
まぁ、それが分かったところで、なぜレンジに入れただけでそんな状態になってしまうかまでは分からなかったのだが。
やはりこちらも明日辺り、小萌先生に調べてもらうのが一番だろう。


と、そんな事を考えながらぼーっと歩いていた上条だったが――――


「…………へ?」


突如鳴り響いたのは、第一級警報(コードレッド)を知らせるサイレン。
その瞬間、周りの楽しげな雰囲気は一変し、大混乱に陥る。
楽しげな会話は悲鳴に変わり、みんながみんな、我先にとここから離れようとしている。

学園都市は決して治安が良いわけではない。能力者による犯罪は絶えないし、スキルアウトなんていう不良集団も存在する。
しかしさすがに第一級警戒なんてものが発令されることは稀だ。それも、第三級(イエロー)や第二級(オレンジ)を飛び越して、いきなり第一級(レッド)ときた。

もちろん上条もこの状況で冷静でいることはできない。
それでも、とにかく風紀委員(ジャッジメント)の指示に従うという最低限の判断はできたので、その誘導に従って速やかに避難しようとする。
しかしみんながみんな、そういった行動をとれるとは限らない。
風紀委員の指示に従っている者と同じか、もしくはそれ以上の人数が完全にパニックに陥ってしまい、好き勝手な方向へ逃げようとする。
その結果、さすがに身動きがとれない程とはいかないものの、まるでスクランブル交差点の中央のように人が入り乱れて進んでいる状態になっている。

そんな様子を見ながら、この調子だとどこかで将棋倒しが起きてしまうのではないかと、心配する上条だったが、ドンッという音と共に誰かとぶつかってしまった。

「す、すみません」

上条からしてみれば、半ばタックルのようにぶつかられたので、思わず呻くような声が出てしまう。
だが相手はそんな事は気にしていなかった。

その相手はなんと、いきなり上条の両腕を掴むと、明らかに切羽詰まったような声で、

「何で……何でアンタがここにいるのよ!!!」

と叫んできたのだ。
思わずその相手の姿をきちんと確かめると、どうやら中学生くらいの女の子で、ベージュのブレザーに、紺系チェック柄のプリーツスカートは確か名門、常盤台中学の制服だ。
肩まである茶髪はサラサラとしており、顔は化粧の必要もないくらい綺麗に整っている。
さすがお嬢様学校の生徒、今日の補習でクラスメイト達があれほど騒ぐのも分かる気がする。

だが、その端正な顔立ちには今は焦りが広がっている。
確かに一刻も早くウチへ逃げたいであろうこの状況で、ぼーっとしてた男とぶつかって時間をとられてしまったのだから、仕方ないのかもしれない。

「えっと、悪かったって。でもさ、こういう時はちゃんと風紀委員の指示に従ったほうがいいと思うぜ?」

「はぁ!? アンタ何言ってんのよ!! だいたいこれじゃ、わざわざ二手に別れた意味がないじゃない!!」

「…………はい?」

思わず上条は何とも間抜けな声を上げてしまう。
二手に別れた? いや、上条は青ピと別れた後はずっと一人だったし、この少女とも初対面だ。

「……もしかして誰かと間違ってない?」

「そんなわけ…………ッ!!!」

完全に困り切った上条の言葉に、すかさず噛み付こうとする少女だったが、突然目を見開いた表情のまま、止まってしまう。
しかしその目は相変わらず近い距離から上条に向けられており、上条は気恥ずかしさから思わずゴクリと喉を鳴らす。

すると、少女はやっと上条の両腕を離した。

「――ごめん。確かに人違いだった」

「……? いや、別にいいけどさ」

上条はツンツン頭をグシャグシャとかきながら、まだ少し困惑した調子で答える。
そんな上条の様子を見た少女は、何か誤魔化すように小さく苦笑すると、クルリと背を向けて走り去ってしまった。

「…………何だったんだ?」

相変わらずパニック状態の周りの雑音の中、上条のそんな一言は本人以外誰にも届かずに消えていってしまった。






5月6日金曜日。連休明けの学校を何とか乗り切った上条は、第十七学区にあるとある会議室にいた。
会議室といっても、パイプ椅子が並べられているような所ではなく、普段は警備員(アンチスキル)が使用するような巨大な部屋である。
それはまるでコンサートホールのようで、一番前の舞台から、段々に席が設置されており、両端へ行くに従ってカーブを描き、どの席からもきちんと舞台が見えるようになっている。

舞台から見て正面、その中段辺りの位置に上条は座っている。
周りには青髪ピアスや吹寄制理を始め、昨日の補習組がいる。

そう、つまり今まさに小萌先生からのご褒美……学会へ出席しているところなのである。

「つまり、このAIM拡散力場は条件を揃えることで――――」

舞台では偉そうな教授らしき人物が、巨大モニターを表示させながら何かを説明している。
だが案の定上条達にはさっぱりで、吹寄ら秀才達も良く分からないような顔をしている。

小萌先生が言うには、能力開発にとても役立つ内容らしいが、そもそも内容を理解できなければ意味もない。

というか青髪ピアスを始め、落ちこぼれ組は初めからこの会議に出席しているお嬢様が目当てであり、無駄にプライドの高そうな教授の話など理解するつもりもないらしい。

「…………ふぁ」

やはり環境が変わっても、こういう話には催眠作用があるらしい。
上条は目を擦りながらそんな事を考えるが、さすがに寝るのは小萌先生に悪いので何とか堪える。

昨日は帰り際に第一級警報発令などという不幸な事があり、帰るのが遅れてしまった。
それに結局昨日のあの警報の真相も良く分からない。いつの間にか解決した事になっていたが、詳しい説明はなかった。

だがそれよりも、今の上条の関心は例のDメールに向いていた。
昨日も帰ってからそれなりに考えてみたが、やはり自分と青髪ピアスの違いが良く分からない。
どちらも同じくDメールを受け取ったはずなのに、なぜ青髪ピアスにはDメールを受け取ったという記憶がないのか。

とにかく、これについて調べるにはもっと実験をする必要があるだろうが、これにも問題がある。
それはもちろんあの自然災害クラスの振動と衝撃だ。
電話レンジが床にめり込む問題はクッションを挟めば何とかなるかもしれないが、さすがに振動はどうしようもない。
つまり、青髪ピアスの下宿先での実験は不可能、という事だ。

(つっても、俺の部屋でやるわけにもいかねえし……)

上条の部屋はとある学生寮の七階にある。
そこであんな振動を起こそうものなら、途端に苦情殺到、強制退去もありえる。
つまり、さしあたっての問題はこの実験場の確保だった。

ちなみに、例のゲルパンの解析は小萌先生に依頼済みだ。
初めこそあの奇妙な物体に驚いていたが、頼み込んだら知り合いの教授さんに調べてもらえることになった。
やはりあの先生は、基本的に生徒の頼みは断れない人みたいだ。

と、舞台の偉そうな教授の話は完全に耳を素通りしていた上条だったが、急に周りがざわざわとし始めたので、ふと近くのクラスメイト達を見渡す。
どうやら、次からは男達が心待ちにしていたお嬢様達の出番らしく、みんな一気に覚醒したようだった。
特に青髪ピアスなんかはカメラを取り出したが、あえなく小萌先生に没収されてしまった。吹寄に破壊されなかっただけまだマシだったのか。


そんな事をぼんやり考えていた上条だったが、突然何かの寒気に襲われる。


「おい上条、頼むから今回だけはそのカミジョー属性発動はやめろよ」

「いや、ダメだ……。おそらくコイツはまた性懲りもなく…………」

「それはそうや、カミやんだからね」

「お前らは一体何を言ってるんだよ」

なぜかいわれの無い憎しみの視線をぶつけられる上条。
だが入学一ヶ月目にして、クラスの女子半数にフラグを立てたという逸話を知っていたら、これも当然の反応だと思われる。

しかしそれらのフラグに全く気が付かないのが上条当麻だ。
上条はとりあえず男共からの嫉妬に満ちあふれた視線を無視して、前の舞台へ意識を集中させることにした。

どうやら今ちょうど舞台へ上がったのは、一人の少女のようだ。
その少女は――――


「――――あれ?」


ベージュのブレザーに、紺系チェック柄のプリーツスカート。肩まである茶髪に、整った顔立ち…………。
それは昨日上条にぶつかって、訳のわからない事を言っておきながらどこかへ行ってしまった常盤台の少女だった。

そしてどうやら、少女の方も上条に気付いたようで、舞台の上から真っ直ぐ上条を見つめてきた。
しかし――――


『う、うそ……なんで…………!!!』


マイクを通して会場に響き渡る声。それははっきりと分かるほど震えていて。
その表情は上条の席からでも分かるほど、青ざめ、驚愕の色に染まっていた。


――――そう、まるで小さな子供が幽霊でも見たかのように。



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