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東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城両県で生じたがれきを他の地域で処分する広域処理が本格的に動き出す。東京都は、岩手県宮古市のがれきを受け入れる。JR貨物のコンテナで[記事全文]
タイで洪水の被害が広がる一方だ。中部にある工業団地が軒並み浸水し、400を超す日系の工場が水浸しになった。首都バンコクも広範囲に浸水するおそれが強くなっている。浸水した[記事全文]
東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城両県で生じたがれきを他の地域で処分する広域処理が本格的に動き出す。
東京都は、岩手県宮古市のがれきを受け入れる。JR貨物のコンテナで運び、複数の産廃処理業者が砕いたり燃やしたりする。焼却灰は都が管理する最終処分場に埋め立てる。
がれきは本来、家庭ゴミと同様、地元の市町村が処理する。だが、宮古市では約71万5千トンのがれきが生じた。同市の年間処理量の34年分にあたる。
宮古市以外にも、106年分のがれきに直面する宮城県石巻市など、状況が深刻な市町村は少なくない。処理が遅れると復興が滞る。広域処理の輪を広げて、被災地を支えたい。
都が広域処理計画を公表した9月末以降、都庁には「放射性物質に汚染されたがれきを受け入れるのか」といった抗議や不安の声が相次いだ。
福島第一原発事故で、放射性物質が東日本の広い地域にまき散らされた。首都圏の焼却施設で生じた焼却灰からも、放射性物質が検出されている。不安が募るのも無理はない。
ただ、宮古市内のがれきまじりのゴミを燃やし、その焼却灰を岩手県が測ったところ、放射性セシウムは1キロあたり133ベクレルだった。そのまま埋め立て可能な国の基準(8千ベクレル)や、東京都内の焼却施設で地元のゴミを燃やした際の焼却灰と比べても、十分に低い水準だ。
東京都は安全を確保するためのマニュアルを作った。岩手県から搬出する時と、都内の施設での作業時の両方で放射線量などを測ることが柱だ。不十分な点がないか、都は常に目を配ってほしい。
震災後の4月、環境省が被災県などを除く全国の自治体にがれき受け入れの可能性をたずねたところ、572の市町村などから「受け入れ可能」との回答が寄せられた。
ところが、放射能汚染が広域に及ぶとわかるにつれ、住民からの抗議で受け入れ方針を撤回する自治体が相次いでいる。
東京都の方法を参考に、安全を徹底する手だてを整えつつ、反対する住民を説得できないだろうか。環境省も、自治体に専門家を派遣して説明を尽くすなど、支援してほしい。
京都五山送り火でのごたごたや、愛知県日進市の花火騒動、大阪府河内長野市の橋桁騒ぎ……。被災地の産物の受け入れをめぐって、復興の足を引っ張るできごとが続いた。教訓をいかし、がれきの受け入れで被災地を支援したい。
タイで洪水の被害が広がる一方だ。中部にある工業団地が軒並み浸水し、400を超す日系の工場が水浸しになった。首都バンコクも広範囲に浸水するおそれが強くなっている。
浸水した工場だけではなく、そこから部品を調達する世界中の企業が影響を受けるという。
どこかで供給網に穴があくと全体がまひする。東日本大震災でもみられたサプライチェーンの寸断は、グローバル化する経済の落とし穴といえる。
洪水とは縁の切れない土地柄だが、今回これだけ注目を集めるのは、タイが東南アジアの製造業の中心となったからだ。
1980年代以降、外資が流れこみ、政府も税の優遇などで受け皿を整えた結果である。
特に自動車産業の集積は進んだ。日系メーカーは東日本大震災に続く大きな痛手となる。
タイでは06年にクーデターがあり、当時のタクシン首相が追放されて以来、政局の混乱が続く。昨年は、バンコク随一の繁華街を占拠した反政府団体に軍が発砲し多くの死者が出た。
それでも日系企業に大きな影響はなく、投資もさほど落ち込まなかったのは、生産拠点が政争の地から離れていたからだ。
しかし自然の猛威は想定を超え、影響は長期化しそうだ。
被害がここまで大きくなった背景には、並外れた雨量に加え、ダム放流の遅れ、開発にともなう森林や遊水地の減少などが指摘されている。
90年代以降、地盤の低いバンコクの排水路などはずいぶん整備されたが、上流に分水路が要ると説く専門家もいた。政争続きで大規模事業が進まなかった面もある。
タクシン氏の妹で政治経験の乏しいインラック首相には大きな試練だ。洪水対応で軍や自治体との不協和音も聞かれる。成長率の鈍化は必至で、選挙公約に掲げた最低賃金の引き上げなども難航するだろう。
タイは日本にとって重要な生産拠点であるとともに、大切な親日国だ。東日本大震災の際も政府が異例の額の援助に踏み切ったほか、多くの国民が街角で募金に応じてくれた。
できうる限りの支援でこたえる番だ。国際協力機構が援助物資を供与し、専門家チームを派遣した。一段落すれば、タイ政府に中長期の治水対策を促し、日本の経験を生かした協力の道をさぐろう。
カンボジア、ラオス、ベトナムなどタイの近隣国もやはり洪水で大きな被害を受けている。そこに住む人たちにも思いをはせ、手を差し伸べたい。