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岩澤里美
岩澤里美

「牛にもホメオパシー」〜本場スイスのホメオパシー療法の現在

2010年12月13日

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 代替療法のホメオパシー療法を受けた患者から死亡者が出て、日本ではこの夏「ホメオパシー療法はあぶない」と大きな話題になった。医療関係者は批判を繰り返したり、使用を禁じたりしていると聞く。

 レメディと呼ばれるホメオパシー薬は、植物、動物、鉱物と自然界に存在するあらゆるものから作られる。その数は数千種ほどもある。

 材料の抽出物を希釈・振とうした液体と、砂糖とを混ぜ合わせた直径数ミリの球状「グローブリ」がよく知られているが、砂糖なしで液体のまま小さなビンに詰めた液状タイプもスイスでは広く使われている。希釈度が高いため材料の味や色は残らない。1000倍や100万倍に薄めたレメディでさえ希釈度が低い部類だ。希釈度が高くなり、成分的に水に近い状態のレメディほど効き目が強いとされる。微量ずつ服用する。「希釈した水のような材料が、体の治癒力を高めて病気が治る」という考えだ。

拡大球状のホメオパシー薬「グローブリ」=写真はいずれも筆者撮影

 本場のヨーロッパでも「何の効果もないただの水」「心理的作用(自己暗示)で効いているだけ」と批判するアンチ・ホメオパシーの人々はいる。今年8月にはイギリスでホメオパシー療法反対者が集まり、パフォーマンスを見せた。各自が薬局で買ったレメディ一1瓶を一気に飲み干したのだ。この話題を、スイスで広く読まれている一般紙ターゲス・アンツァイガーも報道し、同紙サイトにはホメオパシーについての賛否両論のコメントが100件以上も寄せられた。

 議論は続きそうだが、全体的な印象としてはホメオパシー療法はかなり根付いている。ここスイスを例に挙げれば、3人に2人がホメオパシー薬を試したことがあるという。マッサージや針など200以上に及ぶ代替療法の中で、スイスで最も人気が高いのがホメオパシーだ。

 スイスには現在、約1000人のホメオパス(ホメオパシー療法士)がいる。これに加えて、ホメオパシー薬を取り入れている医師が約400人いる。

 ホメオパシー薬の効能の実験も進められている。たとえば、子どもの患者の8割をホメオパシー薬で治しているという首都ベルン近郊のハイネール・フライ小児科医は、ホメオパシー薬の効能が偽薬(プラシーボ)ではないことを証明しようと研究を重ねている。2001〜2005年には、治療が難しいといわれる発達障害の1つのADHD(注意欠陥・多動性障害)の子ども(6〜16歳)62人を対象に仲間たちと実験を行った。時期をずらしてホメオパシー薬と偽薬の両方を与えた結果、ホメオパシー薬が症状のいくつかを顕著に改善させたという。実験は二重盲検試験で、子どもたちも、親も、薬を投与した医師たちも薬の中身は知らされていなかった。

 ホメオパシー療法は日本ではまだ歴史が浅く、一部の人たちの間で広まっていた。今回の事故で初めてホメオパシーを知ったという日本の人たちも多いだろう。筆者自身もホメオパシー療法に出会ったのはかなり遅く、この国に住むようになってからだ。

 3人に2人が試したことがあるというと、誰もがこぞってホメオパスのところに行き、レメディを処方してもらっているように思えるが、実際はそうではないはずだ。スイスでは、ホメオパスの診察・処方せん不要で薬局でホメオパシー薬が気軽に買える。鼻水に効くグローブリ、傷用ホメオパシークリーム、目の痛み・疲れ用のホメオパシー目薬などを積極的に購入していると解釈すべきだろう。スイスでは、ホメオパシー薬の年間消費額は50〜58億円だという。

拡大各種ホメオパシー薬。スイスでも製造されている

 処方せんなしで手軽に買えるレメディには健康保険は利かない。一方、ホメオパスによる診察・薬には保険が適用される場合がある。スイス滞在者・在住者全員が加入する「基本保険」(国民健康保険制度はなく、民間会社から自分で選んで加入する)に加えて、自由に加入する「補助保険」をかけていれば負担料はゼロだ。以前は「基本保険」だけでも適用されていたが、政府は2006年以降から適用外にした。その後、昨年5月の国民投票の「代替療法に関しても法律に明記すべき」という結果を受けて、政府はホメオパシー療法に再び基本保険の適用を認めるべきかどうかを、年末を目処に検討中だ。

 それでも周囲を見まわしてみれば、ホメオパスに診察を仰ぐ人はスイスでは多い。子どもの病気に大きな効果があったという母親には何人にも会った。

 「吸引を繰り返してきたひどい喘息だったのに、たった1回、数粒のレメディを飲んだだけで咳がおさまってしまった」「医者からもらった薬を塗り続けても何ヶ月も消えなかった太ももの赤い発疹が、レメディを飲んだら数日で明らかに薄くなってきた」「離婚が原因でうつ病のようになった子どもがすっかり元気を取り戻した」。皆、病んでいる目の前の子どもを前にどうしたらいいかと途方にくれて、ホメオパシー療法には懐疑的だったが試してみたという人たちばかりだ。

 筆者自身も、ホメオパシーの効果は実感として分かる。数年前、私は女性に特有の月経前症候群に悩んでいた。両脚全体がズキズキ痛み出し、常にイライラする状態が数日続く。この症状が毎月表れていた。何とかしなくてはと思ったが西洋薬を飲むのはためらわれた。そこで、まさか治ることはないとは思うがと疑ったまま、ホメオパスに診断してもらった。レメディを毎月1本計3本飲んだら、心身ともすっかり治ってしまったのだ。

拡大チューリヒ市郊外在住の人気ホメオパスの一人、ダリア・フォン‐プランタ(Daria von Planta)さん。10年以上の経験をもち、あかちゃんや子どもの患者が多い

 ところで、ホメオパシー薬を服用するのは人だけではない。スイスでは、動物の病気の治療にも有効だからと、ホメオパシー療法を実践する獣医がいる。しかも人気は高まっている。8年ほど前はホメオパシー薬を処方する獣医は全獣医の1割だったが、今では2倍になっているという。動物は家庭で飼う小動物に限らない。酪農家・畜産農家の下で育つ家畜も含まれる。

 「うちでは牛が風邪を引くといつもホメオパシー薬を与えています。普通の薬より安全だから」。スイスの中でもとりわけ農業が盛んな東部グラウビュンデン州で有機肉牛を飼育する、筆者の知人Gさん(40代)は言う。実はGさんの妻はホメオパスだ。奥さんの勧めがあったなら、ホメオパシーを抵抗なく受け入れられたのは理解できる。

 だがGさんは特別な例ではない。スイスでは、ホメオパシー療法についてのコースを受講する農業従事者が増えているのだ。診断は獣医に任せるものの、自分でも知識を深めようというのが受講目的だ。同州の農業専門校の1つLBBZプランタホフでは、今年10月までの過去8年間に800人以上がホメオパシー療法について学んでいる。隣のザンクトガレン州にある農業専門校でも、2005年の時点ですでに750人を超す農業従事者がコースを受講した。

 ホメオパシー療法は、とくに有機農家の間で支持が高い。有機家畜には西洋薬使用の規定があり、薬の効能によっては半年間待たないと出荷できない、3回以上抗生物質を投与したら有機動物とは認めないなど、規格に反してしまうからだ。

 こうして、スイスではホメオパシーは数年来トレンドになっている。農業界のホメオパシー人気については農業関係者を越えて報道されているし、一般家庭では、子どもから次は母親自身や父親がホメオパシー薬を試し、友人・知人・親戚へと不思議な薬の話が口コミで広がっている。

 ただし、こんな成功体験をもつ人たちも「ホメオパシーで治る場合もあるし、治らない場合もある」という認識をもっている。

 ホメオパスを絶対的に信用し「西洋薬が駄目で、その代わりにレメディを」というのではなく、可能な限り西洋薬は控えてレメディを使ってみようという姿勢だ。子どもに関していえば、予防注射を摂取推奨時期通りにではなく、なるべく遅らせて摂取するようにと言うホメオパスは多いが、計画通りに摂取させるのはもちろん親の自由だ。呼吸困難に陥りそうな喘息の子どもに薬を吸引するのも、ホメオパスは禁じているわけではない。

 西洋医学は完全ではない。代替医療も「針や漢方薬は私には効かない」など完璧でないことは経験として多くの人が知っているだろう。ホメオパシー療法が普及しているからこそ、この国ではマスコミでの報道も多いし、書籍などの情報も多い。「ホメオパシーは西洋薬と併用できる」ということを理解し、水のようなホメオパシー薬で治ればそれに越したことはない、という人がスイスには多いと思われる。

 ホメオパシー薬は偽薬かもしれない。しかし、もしもスイスでもホメオパシー療法による死亡事故があったとしても、自己責任で服用する人は急激には減らない気がする。



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プロフィール

岩澤里美(いわさわ・さとみ)

スイス・チューリヒ在住。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育雑誌の編集を経て英国の大学院で学ぶ。2001年にスイスに渡り、共同通信の通信員などに従事。JAL国際線ファーストクラス機内誌などにスイス事情を寄稿中。欧米企業を多数取材して世界のビジネスもカバーしており、日経BPや日本ビジネスプレスで発表している。