暴力団排除条例が全国の都道府県で施行され、暴力団の資金源遮断が進むなか、一部の団体幹部が「人権団体」などへの転換を模索していることが、分かった。政府・民主党は来年の通常国会に「人権侵害救済法案」の提出を目指している。同法案が成立した場合、暴力団から形態を変えた“人権団体”が錦の御旗として掲げる可能性があるという。
「山口組2次団体の幹部から直接聞いている。『(暴排条例で)仕事がどんどん奪われている。若い者たちは生きる道がなくなってきた。このままでは人権運動でもやっていくしかない』と。これに人権侵害救済法案が利用される危険がある」
こう語るのは、元公安調査庁第2部長の菅沼光弘氏。北朝鮮情報などを収集するために、現職当時から在日朝鮮人が含まれる暴力団にもアンテナを広げてきた。現在も、暴力団の動向には関心を寄せている。
暴排条例は、資金源の遮断が暴力団関係者の排除には最も有効だとの考え方に基づき、警察庁の指導で2009年から制定が始まった。今月1日、東京都と沖縄県で施行されて、全都道府県で足並みがそろった。
その影響は甚大で、元タレントの島田紳助さん(55)が引退するなど、芸能界やスポーツ界の勢力図が書き換えられつつあるうえ、企業も暴排条例に合わせて対応を強化。全国で露天商を展開していた山口組2次団体が除籍、解散に追い込まれたとされる。
こうしたなか、一部の暴力団が人権侵害救済法案に着目しているというのだ。菅沼氏はいう。
「暴排条例で暴力団を形式的に社会から孤立させようとすると、一部の暴力団は看板を下ろし、人権団体などに形態を変えていく可能性は十分ある」
実際、山口組の篠田建市(通称・司忍)組長(69)は、産経新聞のウェブサイトに今月1日に掲載された独占取材で、暴排条例について『このままでは将来的に第2の同和問題になると思っている』『厳しい取り締まりになればなるほど、裏に潜っていき、進化していく方法を知っている』などと答えている。
人権侵害救済法案は、不当な差別や虐待からの救済を目的としたもの。民主党の「人権侵害救済機関検討プロジェクトチーム(PT)」が了承した基本方針では、独立性の高い「人権委員会」が法務省の外局として設置され、人権侵害の有無を調査し、勧告などを出す権限を付与される。
一方で、(1)人権侵害の定義が不明確。拡大解釈されかねない(2)人権擁護委員の選定基準が曖昧。外国人もなれる(3)自由な言論が抑圧されかねない−といった問題点が指摘されている。同法案が成立すれば、暴力団から形態を変えた人権団体はどうなるのか。
「法的な武器を持つことになる。法律がなくても『差別だ』『人権侵害だ』などと騒ぐだろうが、成立すれば運動をバックアップすることになる。警察も簡単には手を出せなくなるのではないか」(菅沼氏)
排除する一方で“武器”を与える。なんとも、ちぐはぐな話になりかねないのだ。