辺り一面が白に染っている。
それはまるでどこまでも続くようなそんな光景。
それが自分の目の前に広がっている。
(なんや……ここは……?)
そんな光景の中に一人の少女がいる。
それは八神はやて。
はやては誰もいない世界に一人佇んでいる。自分が何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか、様々な疑問を持ちながらもはやてはまるで何かに魅入られるような、吸い込まれるような眠気に襲われる。それはまるで全てを包み込むような、そんな優しさがあった。その温かさのままはやてがその身を任せようとしたその時、はやては気づく。
それは人影。自分の視線の先に一つの人影がある。はやては自分を襲ってくる眠気を何とか抑えながらその人影に目を凝らす。それは女性。長い銀髪に深紅の様な眼。でもどこか寂しそうな、悲しそうな表情をしている女性が自分の目の前にいる。瞬間、はやては激しい既視感に襲われる。知っている。自分は目の前の女性を知っている。なのに思いだせない。目の前の女性が誰なのか、どこで会ったことがあるのか。まるで自分の記憶に霧がかかってしまっているかのよう。それでもはやてはその口を開く。
「ここは……どこなん……?」
それははやての疑問。この真っ白な世界。ここは一体どこなのか。何故自分はこんなところにいるのか。だがそれだけではない。
目の前の女性。あなたは誰なのか。それがはやてが一番聞きたいこと。だがそれは口に出すことができない。いや出したくなかった。
それは聞いてはいけない。それは誰でもない、自分自身が思い出さなければ、気づいてあげなければいけないこと。そうはやては直感したからだった。
「ここはあなたの夢の中です………誰にも妨げられることのない安息の世界……」
女性はそう静かにはやての問いに応える。その姿にははやてに対する想い、慈愛が感じられる。はやてはそんな女性の言葉の意味を理解する。
夢。そうここは夢の中。この感覚を私は知っている。この心地よさ、安らぎは間違いなく夢の中だ。そしてはやては思い出す。何か怖いことが、悲しいことがあったのを。
それが嫌で、認めたくなくて私はこんな夢の中に逃げ込んでしまったことに。そんなはやての様子に気づきながらも女性は微笑みながらはやてに告げる。
「ここにはあなたを傷つけるものも……悲しませるものもありません。ここはあなたが望む世界……どうか、安らかな眠りを………」
女性はそう言いながらはやてを見つめ続けている。だがその姿には微笑みとは裏腹にどこか悲しさが、寂しさが溢れている。そんな女性の姿にはやては自分の心を取り戻す。
ここは夢。私が望んだ世界。辛いことも、悲しいこともない安息の世界。きっとずっとこんな世界で生きていけたら、それはどんなに素晴らしいことだろう。
でも………違う。きっと違う。それは夢だ。現実じゃない。望み。私の本当の望み。それは………
瞬間、はやての脳裏に、心に記憶が蘇る。それは家族の記憶。
シグナムがいて
ヴィータがいて
シャマルがいて
ザフィーラがいる。
そんな騒がしくも楽しい日々。
それが自分にはあった。
そう。
それこそが自分が望む世界。望んだ幸せ。それは夢ではない。それは確かに自分の前にあった。だから
はやての手が女性の頬に当てられる。その温もりに、温かさに女性は驚きながらもその場を動くことができない。その表情は驚愕に満ちていた。
何故。何故そんな表情を自分に向けるのか。主は自分のことは何も知らないはず。そしてその心は騎士たちの死によって絶望し、壊れてしまっていたはず。自分にできるのはそんな主を、安らかな夢の中で過ごしてもらえるようにすることだけだった。それは道具の、プログラムである自分の限界。そう悟り、あきらめるしかなかった。なのに、なのにどうして
「ごめんな………ずっと気づいてあげられんで……ずっと一人ぼっちにさせて……ごめんな………。」
なのにどうして自分は涙を流しているのか。
はやては全てを思い出した。何故自分がここにいるのか。今、現実の世界がどうなってしまっているのか。そして、自分の目の前の子が一体誰なのか。
何度も、何度も私は目の前の子と夢の中で会っていた。でも私はそれを覚えていなかった。いや、覚えることができなかった。
でも分かる。目の前の子が私の、私達家族の一人であることを。
その悲しみが、寂しさが私には分かる。
それは『孤独』
それがどれほど辛く、寂しいものかはやては誰よりも分かっている。はやては足が悪く歩くことができない。周りの人々はそれがはやての一番の辛さだと思っていた。
でも違う。はやてが本当につらかったのは孤独。一人でご飯を食べて、一人で過ごして、一人で眠る。その寂しさが、悲しさが、はやてが最も辛かったこと。でもそれは終わりを告げた。騎士たちが、新しい家族が自分の元にやってきてくれたから。
でも私は気づいてあげられなかった。もう一人。大切な家族が一人、孤独に耐えていたことに。だから
「帰ろう………もう、あなただけを一人ぼっちにはさせへん。」
一緒に私と夢ではない、現実へ。
その言葉に、心に女性の目から涙が溢れだす。それは道具でもプログラムでもない、心の涙だった。だがそれでも女性は顔を俯かせたままその場を動こうとはしない。それはどうしようもない状況がそうさせていた。
「ですが……防御プログラムの暴走が止まりません……外で管理局の魔導師たちが闘っていますが……それでも……」
絞り出すような声で女性はそう告げる。防御プログラムの暴走。それが闇の書の暴走の原因。だがそれを止めること、抑えることができない。このままでははやてを、主を喰い殺し、世界を崩壊させてしまう。どうしようもない絶望が女性を襲う。だが
「大丈夫や……私はあなたのマスターや。それにきっと、みんな力を貸してくれる。あきらめたらあかん。」
そんな女性を優しく撫でながら、包み込みながらはやてはそう力強く告げる。そこには確かな決意と意志を持った八神はやての姿があった。そしてはやてはまっすぐに女性を見つめながら
「名前をあげる。」
そう優しく、微笑みながら語りかける。
『名前』それは自分が自分である証。意味。闇の書なんて名前ではない、本当の、私たちの家族の名前。それは
「強く支える者……幸運の追い風……祝福のエール……」
『リインフォース』
それが新たに送られた夜天の書の名前。
その瞬間、二人の間に魔法陣が浮かび、世界が光に満ちていく。それは夢の終わり。そして新たな始まりの証だった。
夜の海鳴市の海上がまばゆい光に包まれる。それはなのはのスターライトブレイカーによるもの。その星の輝きが辺りを桜色の光に染めていく。そしてそんな中、二つの人影が姿を現す。それは闘牙とフェイトの姿だった。
「フェイトちゃんっ!!」
「闘牙!!」
二人に姿になのはとユーノが喜びの声を上げる。どうやら二人とも無事のようだ。心配していた内の一つがなくなり、二人は安堵する。
フェイトはそんな二人の姿を見た後に自分の隣にいる闘牙へと眼を向ける。自分の隣にいるのは闘牙だ。記憶の中で見たと闘牙でもなく、間違いなく自分が知っている闘牙だ。一緒に帰ってくることができた。そのことを実感したフェイトは安堵する。
もしかしたら闘牙はあのままあの世界に留まってしまうではないか。そうなってもおかしくないとフェイトは思っていた。もし、もし自分が母さんと一緒に幸せに生きられる世界に囚われてしまえば自分は現実に帰ってこれないかも知れない。それと同じぐらい、いやそれ以上に闘牙にとってあの世界は幸せなものだったはず。でも闘牙は帰ってきてくれた。そんなことを考えている中、フェイトはあることに気づく。
なのはとユーノ。二人がどこか不思議そうな顔で自分を見ている。いや、正確には自分たちを見ている。そして気づく。自分が闘牙と手を握ったままだったことに。
そのことに気づいたフェイトは顔を赤くし、慌てながらその手を離す。そんな光景をなのはとユーノはどこか楽しそうに、闘牙は優しく見守っている。フェイトはただそのまま恥ずかしさのあまり、立ちつくすことしかできない。
そして闇の書を覆っていた光が徐々にその力を失くしていく。そのことに気づいたなのはたちは身構える。先程の攻撃は間違いなく直撃したはず。加えてあの威力の砲撃。だがそれでも相手はあの闇の書。なにがあるか分からない。そう考えながら臨戦態勢をとる。そして次の瞬間、光に中から人影が姿を現す。
その光景になのはたちは目を奪われる。
その数は五つ。
剣の騎士シグナム。
鉄槌の騎士ヴィータ。
盾の守護獣ザフィーラ。
泉の騎士シャマル。
命を散らしたはずの四人の守護騎士たちがその姿を現す。
そしてその中心に一人の少女の姿がある。
その姿は騎士たちと同じように騎士甲冑を纏い、剣十字の杖を持っている。
そしてその瞳と髪の色はいつもと異なっている。
それはリインフォースと融合したためのもの。
それが夜天の主、八神はやての姿。
この瞬間、夜天の書と守護騎士は本来の姿を取り戻したのだった。
騎士たちが同時にはやてに視線を向ける。その顔は驚きと後悔が入り混じったもの。既に騎士たちはリンフォースと意識を共有することによって事態を把握していた。騎士たちは自分たちが犯した罪、そしてはやてを心配させ危険に巻き込んでしまったことに顔を俯かせる。だが
「おかえり、みんな。」
はやての笑顔が、言葉がそんな騎士たちの心を癒し、救う。騎士たちはそれにより涙を流しながら再会を喜び合う。
「はやてっ!!はやてっ!!」
ヴィータは泣きじゃくりながらはやての胸の中で泣き続ける。そしてはやてはそんなヴィータを優しくあやしている。本当の姉妹の様な光景がそこにはあった。
そんな騎士たちの元に闘牙達も集まって行く。その顔には笑顔が満ちている。
どうしようもない絶望。それが闘牙の中にはあった。だがそれは振り払われた。あの時とは違う。はやては自らの力を持ってその絶望から立ち上がり、それを覆して見せた。闘牙はあの時の自分の決断が間違っていなかったことに気づく。
「闘牙君、みんなごめんな………いろいろ迷惑掛けてしもうて……」
はやてはそう申し訳なさそうに闘牙達に謝罪する。自分は知らなかったとはいえ、騎士たちは多くの人に迷惑ををかけてしまった。それは簡単には許される物ではない。でもそれを受け入れた上で先に進む覚悟。それが今のはやてにはあった。
そんなはやての姿を見ながら闘牙達はその言葉を受け入れる。和やかな雰囲気がはやてたちを包み込みかけるがそんな空気を壊すかのように強力な魔力の波動が皆を襲う。その視線の先には海上に現れた暗い闇の様な存在があった。
それは闇の書の防御プログラム。それこそが闇の書の闇と言ってもおかしくないものだった。そんな存在を前に闘牙達が緊張に包まれかけたその時、
「フェイト!!」
喜びの声を上げながらアルフがフェイトに飛びついてくる。そしてその後からクロノが現れる。どうやら二次災害の対策は完了したらしい。
「遅くなってすまない。どうやら事態は大きく変わってしまったみたいだな。」
クロノはそう言いながら皆からこれまでのいきさつと現在の状況を把握する。そして防御プログラムに対する対応策を二つ提示する。
一つはグレアムから託された氷結の杖、デュランダルによる凍結。だが闇の書の防衛プログラムは純粋な魔力の塊であるため凍結では再生機能を完全に止めることができないことが騎士たちから告げられてしまう。
二つ目がアースラの武装であるアルカンシェルを使う方法。これならば間違いなく防御プログラムを消滅させることができる。実際以前もこの方法で闇の書を消滅させたことがある。だがその威力が強力すぎる。使用すれば周辺に甚大な被害を与えてしまうためできれば使いたくない策だ。だがこのまま闇の書の防御プログラムを止めることができなければそれ以上の被害が出てしまう。
そんな八方ふさがりの状況にクロノ達は顔を俯かせることしかできない。だがもう残された時間はわずか。クロノが心を鬼にしながらもその決断をしようとしたその時
「………いや、手ならあるぜ。」
そんな声がクロノ達へ告げられる。クロノ達が驚きながら向けた視線の先には、鉄砕牙を握りしめた闘牙の姿があった。クロノはそんな闘牙の姿に驚きを隠せない。それは闘牙の言葉を疑っているためではない。闘牙がこんな冗談を言わないことは分かっている。それはつまり、闘牙には本当にこの状況をどうにかできる方法があることを意味していた。
だがそんな中、騎士たちは気づく。フェイト、なのは、ユーノ、アルフ。四人の様子がおかしいことに。
「トーガッ!!」
「闘牙、それは……っ!!」
闘牙が何を言おうとしようとしているのかを察したフェイトとユーノがそう声を上げる。なのはとアルフもその心は同じだった。四人の脳裏には同じ光景が蘇っていた。それはジュエルシードの暴走。その時と同じことを闘牙は行おうとしている。そう悟ったからだった。だがそんな四人の心配を感じ取りながらも
「大丈夫だ………もう前みたいなことにはならねえ。」
闘牙はそう言いながら鉄砕牙を握りしめる。そこには一切の迷いも恐れもない。自信に満ちた闘牙の姿があった。そんな闘牙の姿に四人はそれ以上何もいうことができなくなってしまう。
「クロノ、鉄砕牙にはもうひとつ能力がある。それを使えばあれをどうにかできるはずだ。」
闘牙はそう確信を持って告げる。例え相手がどんな強力な存在であったとしても、どんな再生力をもっていても、転生する力を持っていたとしても、この力の前では通用しない。
「能力……?」
クロノはそんな闘牙の言葉に疑問の声を上げる。鉄砕牙の能力。クロノはそれを風の傷だけだと思っていた。いや、それだけでも十分すぎるほどの力であることは知っている。だがそれでも闇の書を倒しきるのは難しいはず。ならいったいどんな能力なのか。そんなクロノの疑問を見ながら
「ああ………斬ったものをあの世に送る力だ。」
闘牙はそう説明する。その瞬間、クロノとはやて、騎士たちの時間が止まる。それは闘牙の言葉の意味が、真意が理解できなかったから。
「あの世に……送る……?」
クロノはまるで意味が分からないと言った表情でそう呟く。あの世。それは死後の世界。それが本当にあるのかさえもクロノ達には分からない。だが闘牙はそこへ闇の書の闇を送ると言っている。とても本気とは思えない言葉だった。だが闘牙の姿が、そしてどうやらそれを知っているらしい四人の様子からそれが冗談ではないことを悟る。
「ああ……お前達に分かりやすく言うと虚数空間の先に相手を送る技だ。」
どうやらクロノ達には上手く伝わっていなことを悟った闘牙はそう言いなおす。虚数空間はあの世とこの世のはざま。ならそう言った方がクロノ達には分かりやすいと闘牙は考えたからだ。そして闘牙はさらに続ける。その技は確かに強力だが流石にあの大きさの物体を一撃で葬ることはできない。できる限りその大きさを削り取る必要がある。そしてそのコアを露出させることがどうしても必要だった。そんな闘牙の話を聞きながらクロノは大きな溜息を吐き、
「全く……君の非常識さにはもう慣れたつもりだったが……まだまだ甘かったらしい……」
そうぼやきながら顔を上げる、だがその言葉とは裏腹にその目には力が宿り、デバイスを握る手にも力が戻っている。元々他に方法はない。何よりも闘牙ができると言っているのだ。ならそれを信じてやるしかない。そこにはクロノの闘牙への絶対の信頼があった。
そしてその瞬間、防御プログラムがその力を解放し始める。同時にその姿が現れていく。それはまさに怪物。様々な魔法生物が融合した巨大な怪物がうごめいている。その魔力も桁外れ。どうやら闇の書の魔力のほとんどをあちらに持って行かれてしまったらしい。その力は間違いなくこの世界を崩壊させることができる程の物。だが
その前に立ちはだかる者たちがいる。
これまで互いに譲れぬもの、信念のために闘い続けてきた魔導師と騎士がその手を取り合い、力を合わす。
今、闇の書から始まったこの物語の最後の闘いの火蓋が切って落とされた。
防御プログラムはその魔力使い自らの体を増殖させ、その触手を闘牙達へ向ける。同時にその先に次々に魔力が集まっていく。その数はまさに数えきれない程の物。そしてその光が、魔力弾が一斉に放たれる。それはまさに誘導弾の豪雨。とても避けきれるようなものではない。その光の雨が容赦なく闘牙達へと降り注ごうとしたその瞬間、
それらは一つ残らず見えない壁によって阻まれてしまう。そこにはユーノ、アルフ、ザフィーラの姿がある。そしてその前には魔法陣が展開されている。
それは三人による防御魔法。三人には共通した願いが、力がある。それは『守る力』。
ユーノは自分の好きな人を、アルフとザフィーラは自らの主を守るための力を求め、手にしている。そして今、守りたい人を、仲間を守るためその力を発揮する時が来た。
三人による鉄壁の防御が防御プログラムの無数の魔力弾を防いでいく。それはまさに三人の想いと力が合わさっていることを現していた。
そんな中、二つの人影が動き出す。それは高町なのはとヴィータだった。その手には自らからのパートナーであるレイジングハートと相棒であるグラーフアイゼンが握られている。防御プログラムは魔法と物理の四重の障壁によって守られている。それを破壊することが狙いだった。
「ちゃんと合わせろよ、高町な……なのはっ!!」
どこか恥ずかしそうにしながらもヴィータはそう初めてなのはの名前を呼びながらグラーフアイゼンを振りかぶる。それはなのはを仲間として認めたことを意味していた。
「ヴィータちゃんこそ!!」
それを感じ取りながらなのはも嬉しそうに答える。同時になのはの心に力がみなぎってくる。ヴィータが、騎士たちのみんなが今、力を合わせて私たちと闘ってくれている。そのことが嬉しい。そうだ。私はこの時のために闘って来たんだ。魔法。この力があればきっとみんな分かりあえるはず。
「行くよ、レイジングハート!!」
『Yes, my master.』
その瞬間、カートリッジが装填され、その杖から光の翼が生まれる。同時になのはの魔力が高まって行く。それを見た触手からなのはに向かって魔力弾が襲いかかる。だが
「エクセリオンバスター・フォースバースト!!」
それよりも早くその魔力球から四連の魔力砲が放たれ、触手からの誘導弾を次々に消し飛ばしていく。そして
「ブレイク……シュ――――トッ!!」
その間を駆け抜けるかのようにさらに強力な砲撃が放たれる。その光が次々に触手を薙ぎ払って行く。そしてそこに一筋の道ができた。
「行くよ、アイゼンっ!!」
『Gigantform.』
そしてそれを待っていたかのようにグラーフアイゼンのカートリッジが装填され、その形態が大きく変わる。それはまさしく破壊の鉄槌。ヴィータの身の丈の何倍もある巨大な鉄槌がその姿を現す。それは主を、はやてを守るための物。その力を今、ヴィータは本当の形で使うことができる。そのことに体が、心が震える。
「轟天爆砕………」
今、自分の目の前には道ができている。それはなのはが作ってくれた道。かつて何度も自分たちと話をしようとしてくれた存在。今、その想いに応える時がきた。
「ギガント……シュラ――――クッ!!!」
鉄槌の騎士ヴィータの最強の一撃が振り下ろされる。その威力によって絶対的防御を誇るはずの四重の障壁の一つが粉々に砕け散る。そのことに気づきながらもプログラムはその圧倒的速度によって触手を再生させ再び攻撃を開始しようとする。
だがその前に新たな二つの影が立ちふさがる。
それはフェイトとシグナム。二人は隣に並んで立ちながら同じ方向を向いている。それは互いに願いながらもできなかった光景。
「行くぞ、テスタロッサ。」
「はい、シグナム。」
それは本当に短いやり取り。だが二人の間にはそれだけで十分だった。
「フェイト・テスタロッサ。バルディッシュ・ザンバー……行きます!!」
掛け声とともにカートリッジが装填され、バルディッシュはその姿を大きく変える。それは大剣。それはフェイトの身の丈を超えるほどの物。それがフェイトの全力の姿。フェイトはそれを大きく振りかぶる。その心はこれまでにないほど高まっていた。騎士たちと共に闘う。それは少し前までは考えられないようなこと。でもそれが今、現実になっている。そして闘牙と共に闘うこと。その夢が今、叶っている。今の自分はきっとだれにも負けない。
「撃ち抜け、雷神!!」
掛け声と共にその巨大な刀身が振り下ろされる。同時に凄まじい衝撃波と魔力刃が触手たちを切り裂き、薙ぎ払って行く。
それを見ながらもシグナムは静かにレヴァンティンとその鞘を連結させる。その瞬間、レヴァンティンは光と共にその姿を大きく変える。それは弓。レヴァンティンの第三の形態。それを手にしながらシグナムはその弓を引き、狙いを定める。
シグナムは今、自分の体にみなぎる力に戸惑いすら感じていた。自分の隣にいるテスタロッサ。まさか彼女と共に闘える日がこんなにも早く来るなど思ってもいなかった。加えて主、はやてと共に闘うことができる。それはまさに守護騎士にとっての至高の喜び。ならばそれに応えることこそが自分の役目。
「駆けよ、隼っ!!!」
『Sturmfalken.』
叫びと共にシグナムの最速、最強の攻撃が放たれる。フェイトの攻撃によって隙をさらしてしまっている防御プログラムはその矢を迎撃することもできない。そしてその矢の威力によって二枚目の障壁も粉々に砕け散って行く。
これで残りは二枚。それを破ればもう防御プログラムを守るものは存在しない。なのはたちの心に希望が見え始める。だがそれを嘲笑うかのように防御プログラムは急激にその姿を変えていく。
それはまるで巨大な砲台。その巨大な口に凄まじい魔力が集中していく。その魔力量はこの世の物とは思えない程の物。スターライトブレイカーを遥かに超える砲撃がまさに放たれんとしていた。それはいかにユーノ達と言えども防げるレベルを超えている物。そのことを瞬時に悟り、なのはたちはその場から一気に距離を取り、回避をしようと試みる。だがそんな中
闘牙は一人、そんな防御プログラムの前から動こうとはしなかった。
「トーガ!?」
「闘牙君っ!?」
そんな闘牙の姿にフェイトとなのはが悲鳴を上げる。何故闘牙は動こうとはしないのか。あの砲撃はまさに一撃必殺。とても個人で対抗できるものではない。なのに何故。
だがそんななのはたちの心配をよそに闘牙は静かに鉄砕牙を振りかぶる。その目にはゆるぎない力がある。そこには恐れも何もない。
「待たせたな、鉄砕牙。」
闘牙の言葉に反応するように鉄砕牙の刀身から凄まじい風が巻き起こる。それはまさに台風。これまで感じたことのない力になのはたちは戦慄する。闘牙の体は既に妖怪化している。その妖気と風の傷の前兆が海上に無数の竜巻を巻き起こす。
鉄砕牙は五百年の時を超え、再び闘牙の元へ戻ってからただ一度も真の力を解放していなかった。だが目の前の相手は一切の手加減も容赦も必要ない相手。そしてここは結界内の海上。ならば問題ない。
全力全開。闘牙と鉄砕牙の真の力が今、解放されようとしていた。
そんな闘牙にむかって防御プログラムから極大の砲撃が放たれる。それはまさに一撃必殺。いや、辺りを消し飛ばしてしまうほどの魔力が込められていた。その強力無比な咆哮が闘牙に向かって迫る。だが闘牙は一切の迷いなくその砲撃に向かって飛び込んでいく。
その光景になのはたちは驚愕し、声にならない悲鳴を上げる。目の前の砲撃。それはいかに闘牙といえど直撃を受ければ一撃でやられてしまうのは明白だった。だが闘牙はそんな刹那、感覚を研ぎ澄ます。そして感じ取る。その目で鼻で。その魔力の流れと匂いを。
鉄砕牙。その力である風の傷。それは一振りで百の妖怪を薙ぎ払う。だがそれはその力の一部にすぎない。鉄砕牙にはさらに上の力がある。
闘牙は眼を見開き、その魔力の流れの歪を捉える。そして
「爆流破―――――――っ!!!」
そこを全力で振り切った。その瞬間、風の傷が一気に砲撃を飲み込み、その流れを逆流させていく。
相手の力の流れを見抜き、それを風の傷で巻き込み相手に返す。
それが鉄砕牙の真の力。奥義『爆流破』
真の風の傷と砲撃の二つを合わせた力が防御プログラムへと跳ね返される。その威力によって二枚の障壁は一瞬で砕け散り、本体も吹き飛ばされていく。その衝撃と威力によって海が切り裂かれていく。後には竜巻の様な爆流破の力によってまるで滝ができてしまったかのような海の無残な姿が残っているだけだった。
そのあり得ない光景になのはたちは呆然とすることしかできない。自分達は闘牙の強さを知ったつもりになっていた。だがそれは間違いだった。まさしく桁違いの力が闘牙にはある。その力にヴィータは苦笑いするしかない。自分達はあんな相手を本気で倒そうとしていた。よくあれだけの怪我で済んだものだと。
「や……やったのかい?」
アルフがそんな光景を見ながらそう声を漏らす。目の前の光景。もしかしたら今の一撃でプログラムは消滅してしまったのではないか。そう思ってもおかしくない程の一撃だった。だが
「いや、まだだ!」
そんな空気をかき消すかのようにクロノの声が辺りに響く。同時になのはたちの視線がその先へ向く。そこにすでに再生を開始している防御プログラムの姿があった。。あれだけの攻撃を受けてまだこれだけの再生力。単純な力では闇の書の闇は葬ることができない。そのことを全員が悟る。そして
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け……」
呪文と共にはやての足元に魔法陣が展開される。単純な魔力攻撃では通じない。ならばその動きを止める魔法。それをはやては選択し、詠唱する。リインフォースと融合しているはやてにはその知識が魔法が使える。同時にリインフォースの意識が想いが伝わってくる。
それは『喜び』
プログラムとしてではなく、騎士として家族としてはやてと共に闘うことができる。それは長い間夢見てきた儚い夢だった。そしてついにそれが叶う時が来た。
「石化の槍、ミストルテインッ!!」
叫びと共にはやてがその杖を振り下ろしたその瞬間、光が次々に防御プログラムを貫いていく。同時にその体が一気に石化していく。何とかそれに抗おうとするも防御プログラムはそのまま完全に石化してしまう。その光景になのはたちは目を奪われるもののすぐに我に帰る。石化を防げないと判断した防御プログラムはその体を切り離し、新たな体を生成しようと試みる。しかし
「行くぞ、デュランダル。」
『OK, Boss.』
その隙をクロノは見逃さなかった。その手にはグレアムから託された氷結の杖、デュランダルがある。目の前の闇の書の闇。それによって自分の、多くの人の運命が狂わされてきた。そしてその長い悲劇が今、終わりを告げようとしている。
この一撃に、自らの憎しみと悲しみを置いていく。過去の因縁を振り切り、未来を生きるために。クロノは一度深く眼を閉じた後、その杖を振り下ろす。
「凍てつけっ!!!」
『Eternal Coffin.』
その瞬間、強力な凍結魔法が防御プログラムを襲う。その威力によってその海上まで凍りついていく。そしてついにその全てが凍てつき、その動きを止める。まるで時間が止まってしまったかのような静けさが後には残っただけだった。だがまだ終わっていない。今は抑えられているがすぐにまた暴走が始まる。
そして後は全て闘牙へと託された。
闘牙は防御プログラムを見つめながらも鉄砕牙を自分の前にかざす。それ姿はまるで何かに祈りを捧げているかのよう。瞬間、鉄砕牙の刀身が黒く染まって行く。その光景をフェイトは息を飲んで見守っている。
その剣が、行為が闘牙にとってどれだけの意味を持つことかそれを知っているから。だが闘牙はその鉄砕牙を手にしても全く動じない。闘牙の心は今、静かに落ち着いていた。以前ならこの力を手にしただけで手が震え、汗が流れ、倒れそうになった。だが今は違う。
かごめの命を奪ったこと。その罪は消えない。いや、消すことなど許されない。それは絶対に変わらない。
でも――――――
それでも――――――
闘牙の脳裏に二人の姿が浮かぶ。
自分を笑顔で送り出してくれたかごめと
自分のために涙を流しながらも微笑んでくれるフェイトの姿。
だから―――――――
そんな闘牙に合わせるように、なのは、フェイト、はやての三人は砲撃の体勢に入る。それは最大の攻撃で防御プログラムのコアを露出させるため。
「響け終焉の笛、ラグナロク―――」
「雷光一閃、プラズマザンバ―――」
「全力全開、スターライト―――」
三人の最大攻撃魔法の前兆が辺りを覆い尽くす。その魔力が、力が高まりそして
「「「ブレイカ――――――――――!!!」」」
その全てが解き放たれる。三人の願いと思いが込められた三つの光が防御プログラムを包み込んでいく。その威力によって凄まじい水柱が巻き起こる。そしてその攻撃によってついに防御プログラムのコアがむき出しになる。
「捕まえたっ!!」
それを決して逃がさないかのようにシャマルがクラールヴィントの力をもってそのコアを捕える。この瞬間、全ての準備が整った。
「闘牙、今だっ!!」
瞬間、ユーノが闘牙へ叫ぶ。そこには闘牙への想いが込められていた。あの日。自分がした約束、誓い。それがあったから今の自分はここにある。そして闘牙はその誓いを破る男ではない。そのことをユーノは誰よりも知っている。今の闘牙にはきっとその力がある。そう信じている。
そんなユーノの言葉に応えるように闘牙は鉄砕牙を振りかぶる。
『冥道残月破』
これは殺生丸の母の力。それを犬夜叉と殺生丸の父が鉄砕牙に与えたもの。
それは命の重さを知り、慈しむ心がなければ扱えない力。
そして師匠が、殺生丸が自分を認めてくれた証。
だから――――――
「冥道残月破――――――!!!」
俺は今を、現実を生きていく―――――――
その瞬間、無数の冥道の刃がコアを切り裂いていく。その力の前にコアは為すすべなく冥界へと葬られていく。
そして塵一つ残さず、闇の書の闇はその姿を消した―――――
その光景になのはたちは目を奪われたまま動くことができない。だがそれとは裏腹に消え去った闇の書の闇はその姿を再び現すことはなかった。それを感じ取った闘牙は鉄砕牙の変化を解き、それを鞘に納める。
それが永きに渡る闇の書の悲劇の終焉だった。
「「「やったあああああっ!!」」」
その瞬間、なのはたちは歓声を上げ、喜びを分かち合う。
ユーノはなのはに抱きつかれ顔を真っ赤にし、アルフにからかわれている。
フェイトは闘牙の元へ行き、互いに喜びを分かち合う。
騎士たちははやての元へ集まり、涙を流しながら闇の書の終焉を悼む。
そんな中、クロノは別のことを考えていた。
それは仮面の男たちのこと。
そのタイミングからそれがリーゼ達であることはあり得ない。ならいったい何者なのか。
その強さ。そして魔法が阻害される状況で動ける能力。
この戦いにも介入してくる可能性を考えていたのだがその気配もない。一体何のために闇の書を完成させる必要があったのか。その狙いも分からない。
得も知れない不気味な気配に囚われながらもクロノは闘牙達の元に足を運ぶ。
今、この時は喜ぼう。仲間たちが起こしたこの奇跡を―――――――――