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[29593] 緑と十の育成法 (ファンタジー)【第二章 第十節投下】
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/20 22:54
◎あらすじ

強くもなく、賢くもなく、ついでに意気地なしで根性なし。
そんな『ただの人間』であるトウヤは、
ある日老人から貰った不思議なアイテムによって
幾多もの事件に介入させられることになる。

その中で多くの出会いと別れを経験し、トウヤは成長していく。

これは十人十色の個性豊かな仲間たちと贈る、
主人公の成長記録を描いた育成物語である。


◎前書き&注意事項

☆物語について
・この物語は「小説家になろう」でも投稿させていただいている作品です。
・この物語はファンタジーに分類されます。
・この物語はコメディも含みます。
・この物語はシリアスもあります。
・この物語は恋愛も少々混じっています。
・この物語には過激な発言が含まれています。
・この物語には少々残酷な描写も含まれています。
・主人公の直接的な戦闘能力は皆無です。
・主人公は逃げ腰です。
・主人公は弱虫です。
・主人公は意気地なしです。
・それでも主人公は少しずつ成長していきます。

☆作者について
・この作品が初作品となります。
・ゆえに文章・内容とも稚拙です。
・読む方によっては不快になる方もいらっしゃると思われます。
・それでも作者は主人公と一緒に成長していきたいと思います。
・そのためにも作者はご意見・ご感想をお待ちしております。
・簡単なコメントでもかまいません。

上記の内容でも構わないという方のみお読みください。

☆更新情報

(11/09/04)【第一章開幕】
(11/09/10)【第一章完結】
(11/09/10)【PV10000突破】
(11/09/11)【第二章開幕】




[29593] 第一章 プロローグ
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:00
それははるか昔の出来事。

世界は未だかつてない脅威にさらされていた。
その脅威は世界の滅亡を予感させるのに十分過ぎる程の力を持っていた。

世界に住む多くの者たちは混乱した。
このまま死に逝く運命を受け入れなければならないのか、と。

だが、そんな人々にも希望の光はあった。
絶望的状況の中でも、立ち上がる者たちがいたからだ。
それは勇者や覇者、賢者、学者、他にも多種多様な特別な力を持つ選ばれし者達。

絶望的な状況を打破できる、人々の最後の希望。
彼らが立ち上がり、それぞれの力を駆使してその脅威に戦いを挑んでいった。

多くの人々は思った。
これで再び世界に平和が戻る。また明日からいつもの日常を迎えることが出来るのだ、と。

……しかし、脅威が消えることはなかった。
脅威は闇ではなかった。圧倒的強者や難解な謎、未知の生命体でもなかったのだ。

それは『死』に近しいモノだった。
彼らの特別な力でも、どうしようもないモノ。

全ての人々が絶望した。
最後の希望が絶たれたのだ。
彼らの力をもってしてもどうしようもない死の運命。

一人、また一人と諦め、死の運命を受け入れ始めた時、奇跡は起きた。
ある人物の手によって、脅威が消え去ったのだ。
人々は歓喜し、同時に驚いた。

その人物は勇者ではなかった。
覇者でも、賢者でも、学者でも、他の何者でも無かったのだ。

その人物は『ただの人間』だった。
何も特別な力を持たない『ただの人間』だった。
しかし、そのただの人間の手によって脅威は去った。

誰もが持っている、誰にでも可能なその力をもってして世界を救ったのだ。

人々は思った。
私たちはいつの間にかこの力を、誰もが持っているこのごく当たり前な力を忘れていたのだ、と。

こうして『ただの人間』によって世界は救われた。そして人々も救われた。
私たちは忘れてはいけない。
あの人を。この力を。私たちは誰でもあの人に慣れるのだ、と。

そして人々は、世界を救った『ただの人間』を忘れぬ為、『ただの人間』に称号を与え、こう呼んだ。

その者の名は……



[29593] 第一章 第一節 巻き込まれる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:00
空が青から朱色に染まりつつある夕暮れ時。

 陽の光もあまり届かぬ暗い森の中を、肩に重い荷物を背負った少年がフラフラと歩いていた。
 その特徴的な緑色の髪は汗を滴らせており、元からボロい服はさらにボロボロとなっている。

 少年の名はトウヤ。
 特に何の取り柄もないごく普通の少年である。

 そんなトウヤは、肉体的というよりも精神的に限界を超えてしまったのか、その場に立ち止まり叫んだ。

「一体いつになったら着くんですか!?」

 色々な鬱憤の溜まった魂の叫びは、しかし深い森の中を木霊するだけで、疑問に答えてくれるはずは無かった。

「それもこれもあれもどれも全部! こんな無茶な事をボクにさせる村長が悪いんです!」

 トウヤはこのような状態に追い込んだ諸悪の根源を大いに呪った。

 思い出すのは今朝の出来事。

 『いい年した男子が今だ村の外に出ないのはおかしい』というのは村長の談。
 普段から野菜の栽培手伝いをする以外は、自宅で植物を育てているか、本を読んでいるか。
 あまりにも内向的な行動しか取らないトウヤに対し、村長は突然こんな事を言ってきたのだ。

 そして何故か、『ゼノ』という村長の友人に野菜を届ける、という仕事を請け負うことになるトウヤ。
 野菜を届けることに関してはさして問題がなく、『まぁそれくらいは』という気持ちで引き受けたのだが、場所に問題があった。
 村でも危険だから入ってはいけません、と言われている森の中に目的の人物の家があったのだ。

 これに対して、トウヤは抗議した。
『普段あれだけ入ってはいけないと言う森に入れとは、村長アホですか』とか。
『大体こんなところに、一般水準以下の体力しか持たないボクが行けるわけないでしょ!』とか。

 しかし、村長はそんなトウヤの言葉には耳を貸さずに、
 必要最低限の道具だけ持たせた後、なんと村の外に放り出したのである。
 ついでに目的を達成するまでは村にも入れない、というのだからたまったものではない。

 つまり、トウヤには村長からくだされた任務を請け負うしかなかったのだ。
 そんなこんなで仕方なくも目的地に向かっていたトウヤだが、当然といえば当然の事故が起こったわけで。

「道に迷うに決まってんでしょうが! ボクは初めて来るんですよ!」

 しかも村では危険指定されている森の中。迷わない方がおかしいのだ。
 迷いに迷って今に至る。つまりそういうことである。

「だいたい、なんで初めての遠出がこの森の中なんでしょうね。あの村長は本当にアホなんですか」

 ブツブツ文句を言いながらも、再び歩き始めるトウヤ。

 とにかくさっさと荷物を届けないと夜になってしまう。
 そうなるとこれから先、暗い夜道を突き進むことになる。
 松明も持っていないのにそんな中を歩けるはずがない。というか怖くて死んでしまう。

 そんな事を考えながらしばらく進んでいくと、前方に古びた小屋が。
 どうも人の住んでいる気配が感じられないが、しかしこんな所に小屋を作る人など他にはいないだろう。
 それに古びているのは外側だけで、中はしっかりとしているかもしれないし。

 とにもかくにもこういうわけだ。

「やった! ついに着きました!」

 下手をすれば野宿する事になっていたトウヤにとって、小屋があるということだけでも十分救いになった。
 とにかく荷物を届けて、そして一晩泊めてもらおう。そして朝一の明るい時間に帰ろう。
 今後の計画を脳内で考えながら、小屋に近づいていくトウヤだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ごめんください」

 小屋に着いたトウヤは、ドアを叩いて呼びかけた。
 返事はない。というよりも、人のいる気配がしない。

「まさかここまで来て留守でしたという落ちなのでは……」

 今までの自分の苦労は何なんだ、と思いながらももう一度呼びかけるトウヤ。
 だが、やはり返事は返ってこなかった。

「そんな馬鹿な!」

 なすすべもなくその場に崩れ落ちるトウヤ。
 ああ、なんてこった。ボクは一体何でこんな所に来たのだろう。
 ……まぁ、村長のせいですね。

「しかしどうしよう。このままでは野宿をする事に」

 目の前に小屋があるのに入れないという事態に、しかしふとトウヤは気づいた。

「……まさか、開いてるとかないですよね」

 口では否定しつつも、手を動かしてドアノブを回す。
 すると、何の抵抗もなく開くドアがそこに。

「やった! ありがとうございます!」

 誰に対しての感謝の言葉かは定かではないが、とにかく礼を言うトウヤ。

「それでは失礼しまーす」

 不法侵入やら何やらの常識をすっかり忘れて小屋に入る。
 しかし次の瞬間。

「臭!?」

 突然鼻に突き刺さる激痛。
 予想外の事態に開けたドアを即刻閉めて、小屋から飛び退くトウヤ。

「にゃ、にゃんにゃんでしゅは!? ひっはひ!(何なんですか!? 一体!)」

 鼻を摘みながら悪臭を放つ小屋の扉を凝視する。

 なんですかあれは?
この何かを焦がしたような、いや卵の腐った、というか人間が嗅いでいい匂いじゃないでしょ。

 しばしその場に佇んでいると、段々と辺りが暗くなってきた。

 どうしよう。
 あんな小屋に入るのは嫌ですけど、このままだと夜の森の中で野宿しなくてはならなくなります。
 でも、あんな中で一晩過ごすのも。どうしたもんか。う~ん。

 そうして悩んだ後、結局トウヤは外で怖い思いをするよりも、中で悪臭に塗れる方を選択し、小屋に入ることを決意する。
 鼻を摘んだまま、口呼吸でジリジリと小屋近づき、ドアを少し開けて中を見る。
 すると、そこには先ほど嗅いでいた臭いを忘れるほどの光景があった。

「な!?」

 驚きの声を上げるトウヤ。
 小屋の中は、まさに『惨状』という言葉が相応しい程に荒れ果てていた。
 机は真っ二つになり、椅子は粉砕され、食器なども粉々に割れている。

 いったいここに住んでいる人は何をやっているんでしょうか。

 そんな事を考えながらも小屋に入りドアを閉め、そこで気付く。
 この家に居るはずの『ゼノ』という人物は居ない。
 小屋の中は荒れ果てていて、この悪臭。

「……まさか」

 最悪の状況を思い浮かべてしまったトウヤ。
 この家にいる人物は、まさか、今、この小屋で……。

「ヒィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 小屋から逃げ出す事が出来ないほどに恐怖し、トウヤは部屋の端で縮こまる。

 なんてことですか! 普段読んでいた小説のような事態に陥るなんて。冗談じゃない!
 つまりあれですか。今、この小屋の中には『ゼノ』という方のご遺体が。

「そういうのは小説の中だけにしてくださいよぉ」

 震えながら文句を言うトウヤ。
 
 しかし、一体何があったというのか。
 この部屋の状態から見るに強盗にでもあって、そしてその強盗に……、って。

「何を僕は冷静に推理なんてしてるんですか。ボクのアホ!」

 探偵でも無いくせに、というか何でこんな事に!
 自身の不運に嘆くトウヤ。
 しかしふと、

「……こんな深い森の中に、強盗? 有り得ない、とも言えませんが……」

 疑問を感じるトウヤ。
 こんな薄汚い小屋に強盗が入るメリットとは。

「……少し、探ってみますか」
 
 自分は何か勘違いをしているのかもしれません、と小屋を調べる事に。
 最悪の状況が頭に残っているのか、震えながらも小屋の中をくまなく調べ尽くす。

「……死体なんてありませんね」

 幸い、小屋の中に第一発見者になる要素は無かった。

「考え過ぎでしたかね。いやぁ、良かった良かった」

 とにかく最悪の事態は無かっただろうと感じ、胸をなでおろすトウヤ。

「冷静に考えてみると、ただ単にこの家の住人が暴れん坊もので、物凄く臭い匂いを発するお方、とも考えられますよね」

 今だ会ったこともない人物に対し、大変酷い物言いのトウヤ。
 そんな事をしていると、そろそろ太陽が完全に沈みきる時間に。
 トウヤは小屋を調べた際に見つけた毛布を片手に取り、床の上で横になる。

 そして、

「一晩勝手に泊まる事を許しくださいね。では、おやすみなさい」

 姿なき家の住人に対し感謝しつつ、トウヤは床に就いたのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 毛布にくるまり眠っていたトウヤは、ふと目を覚ました。
 外は今だに真っ暗闇。こんな時間に起きてしまったのは床で寝ているせいかな。
 早く家に帰りたい、と思いつつ再び眠りに就こうとする。

 しかし、何かが這いずるような音に眠気は完全に吹き飛ぶ。
 
 ……何ですか? 今の音。
 
 もっと良く聞こうと耳を澄ます。
 すると、再び何かが這いずるような音。
 トウヤは恐怖で飛び起きた。

 な、なんですか? まだ僕を恐怖させようってんですか?
 ふ、ふん。甘いですね。どうせ小屋の外を蛇かなんかが……。

 自分を落ち着かせようと必死によくある可能性を考慮するトウヤ。
 だが、再び聞こえてきた音は、あきらかに大きい何かが地面を這いずる音であった。

「ヒィ」

 恐怖で小さい悲鳴を上げてしまうも、慌てて口を塞ぐ。

 冷静に、冷静に慣るんですよ、トウヤ。
 あれです、ワニが這ってるんです。
 いや待て、ここら辺に水辺は無いはず。では何が……。

 トウヤは、ふとこの小屋に来た時の事を思い出した。

 ……強盗? 
 こんな夜更けに強盗? 
 盗人と言った方がいいかもしれませんが。

 いえ、そういう事じゃないですね。
 強盗だろうと盗人だろうと、こんな夜更けに森の中の小屋に狙いを定めるんでしょうか? 
 そんなわけありません、とはいえませんが……。
 
 では一体何が外を這っているんでしょうか。
 幻聴? こんなハッキリとした幻聴があるはずがないです。
 あ、もしかして夢の中ですかここは?

 そう思って頬を抓るも、痛かった。

 ボクはアホですか。夢のわけないでしょうが。
 夢の中まで不幸だったらボクの人生不幸だらけです。
 では一体……。ハッ!? まさか……

 そこでトウヤは気付いた。

 確かにこの小屋には死体はありませんでした。
 ですが、死体を移動させたとしたらどうでしょう?
 そう考えると総ての辻褄が合います!

 最悪の可能性に、身を強ばらせるトウヤ。

 どうしてその可能性を考えつかなかったんですか、ボクのアホ!
 つまり、この外を這う何かは、この家の主で、ゾンビとしてこの家に戻ってきた、と。
 そうだそれです! それしか考えられません!

 そう結論づけた瞬間、トウヤは静かに、しかし素早く部屋の家財の裏に身を隠した。
 這いずる音は小屋のドア近くまで迫ってきた。
 ドアがゆっくりと、少しだけ開く。

 トウヤは壊れた家財の隙間からその姿を見、悲鳴を上げそうになるが何とか堪えた。
 ドアの隙間から何かが小屋の中を覗いていた。
 そして何かはそのままドアをさらに開いていき、地面を這いながら入ってきた。

 ゾゾゾゾゾッゾゾゾゾ、ゾン、ビィ~~~~~~~~~~。

 心の中で恐怖の悲鳴を上げるトウヤ。
 トウヤの精神は気絶する一歩手前の状態だ。
 そんなトウヤに更に近づいてくるゾンビ(仮)。

 ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくるそれに、ついにトウヤは限界を超えて。
 
「アンギャアァァぁぁァァァァァぁぁぁぁ」

 静かな夜の森の中、情けない悲鳴が響きわたる。
 その悲鳴の直後、ゾンビ(仮)は一瞬驚くも、しかしすぐさまトウヤに飛びつき、トウヤの口を抑える。

「ギャァッフガッフゴッ」

 上に覆い被さられ、身動きが取れなくなるトウヤ。
 しかし命だけは失いたくないトウヤは何とかしようと抵抗を試みる。

 嫌だ、死にたくない。死にたくない。ボクにはまだやるべきことが!

 文字通り必死のトウヤに、しかしゾンビ(仮)が話しかけてきた。

「静かにせぇ」

 この状況で静かにできるほど、こっちは肝っ玉が大きくありません!
 
 未だに生への執着を見せるトウヤは、しかし次のゾンビ(仮)の台詞で固まった。

「殺されるぞ」

 ……今まさに殺されそうな状況で『殺されるぞ』?

 意味不明なゾンビ(仮)の物言いに、逆に冷静さを取り戻すトウヤ。
 
 何ですか? 一体これはどういう状況? 
 ボクはこのゾンビに殺されるんですよね?

 混乱し静かになったトウヤを見て、ゾンビ(仮)は口を被っていた手を離す。
 さらに、トウヤの上から身を退かした。
 そしてゾンビ(仮)は、トウヤを起き上がらせて、静かにこう言った。

「お主は何者じゃ」

 トウヤは更に混乱した。

 それはコッチのセリフではないんでしょうか?
 
 だが誰かと聞かれて答えないのは失礼に値する、と思い自己紹介することに。

「えっと、ボクはトウヤと申します。あの、初めましてゾンビさん」

「誰がゾンビじゃ!」

 ゾンビ(仮)は静かに怒鳴った。

「えっ、ゾンビじゃないんですか?」

「ゾンビじゃないわい。ワシは『ゼノ』じゃ」

 『ゼノ』。確かこの小屋の主で、殺された人の名前のはず。

「やっぱりゾンビじゃないですか!」

「アホ! ワシはまだ生きとるわ!」

「え、生きてるんですか? 殺されたんじゃ……」

「殺されとらんわ! というか勝手に殺すんじゃないわい!」

 自身を勝手に殺された事にされ、怒りをあらわにするゼノ。
 トウヤは暗闇の中、自身を襲った人物を注意深く見つめた。

 確かにゾンビではなく、ただの老人ですね。

「……えっと、あれ?」

 トウヤはもう一度冷静に考えてみた。
 
 この目の前のご老体はゼノさん。
 そしてボクの野菜を届ける予定の人物。
 ここまでは合っていますよね?

 しかしゼノさんは既に死んでいる筈では……。
 いえ待ってくださいよ。
 何故死んでしまったんでしょうか?
 
 ……そうです、強盗に襲われたんでした。
 しかし、何故強盗に襲われ、いやそうじゃないですね。
 強盗に襲われたというのはボクの推測であり、事実ではないです。

 ということはゼノさんは強盗に襲われたわけでなく、つまり生きている。
 ……なるほどそういうことでしたか。

「すみません。勘違いをしてしまいました。発想が豊か過ぎた事が原因です」

「どう発想すればワシが殺されるんじゃ」

 まったく、といった感じでしかめっ面をするゼノ。

「いやぁ、申し訳ありません」
 
 そうですよね~。
 いくらなんでも小説のように殺人事件の現場に偶然遭遇するなんて。
 そんな事が現実にあるわけありませんよね。

 アハハ、と笑いながら現実を再認識するトウヤ。

「それで何の用じゃ、というか小屋の中で何をしてたんじゃ?」

 まるで不法侵入者を見る目で、実際不法侵入者であるトウヤに尋ねるゼノ。

「いや、あのスイマセン。勝手ながら小屋で一晩過ごさせてもらおうと。
 あの、野菜を届けに来たんですが留守でして。それに外が真っ暗で……」

 焦って弁明したため、トウヤは整理の付いていない内容を話してしまう。
 しかしゼノには話が通じたようで。

「『野菜』? おお何じゃ。お主『ベジル村』の者か!」

 不機嫌そうな顔から一転、笑顔で対応するゼノ。

「ん? しかしいつもは『レイナ』とかいう女の子が届けてくれている筈じゃが」

「あ、そうなんですか。でも今回は村長命令でボクが届けることになりまして」

 無理やりですが。

「なるほど。いや、こりゃ大変な時に来たもんじゃな。お主も運が悪い」

「え、大変な時」

 トウヤは嫌な予感がした。

「うむ。今ワシは山賊に追われて追っての~」

 軽い口調でそんな事を宣うゼノ。

「さ、さ、山賊ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「これ、声が大きい!」

 トウヤの大声に、大声で戒めるゼノ。
 すぐさま口を抑えたトウヤは、しかしふと思う。

 ……待てよ。ハッハ~ン。そういうことですか。

「なるほど、山賊ですか。それは大変ですね」

 とても優しい声でゼノに答えるトウヤ。
 トウヤは悟った。これは全て罠であると。

 大体可笑しいと思ったんです。
 何でこんなにも小説の中の主人公のように色々な出来事に遭うのか、と。
 フフフ、なるほどね。つまり全ては村長が仕組んだ物語だったんです。

 小屋に訪れたトウヤ。荒れた部屋を見て取り乱す。
 さらにこんな夜も更けた時間にゼノさんの参上し吃驚。
 さらに山賊に追われるという事実に恐怖ブルブル。
 
 ふっ、ボクを試すためにこんな手の込んだことを。
 浅はかですね村長。謎は全て解けましたよ。
 ボクを騙そうたってそうはいきませんよ。

 暗い笑を零しながらほくそ笑むトウヤ。
 その様子に若干引いているゼノ。

 実に。いや実にいい小芝居でした。
 なかなかに凝った作りで僕も初めは騙されましたが、村長は一つ大きなミスを犯しましたね。
 『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』という設定なんでしょうが。

 配役を誤りましたね。
 ゼノさんにこの作戦を一任したのは大きな間違いです!

 トウヤはゼノの方を向く。

 山賊に襲われているというのにこの落ち着きはありえません! 
 ボクを見てください。
 山賊とか聞いただけで大声を出して震え上がるんですよ。別に狙われてもいないのに。

 ですが、ゼノさんは追われていてこの態度。
 むしろ余裕を感じます。
 より困難な試練を仕立てあげてボクを追い込もうとしたんでしょうがその手には乗りませんよ。

 逆にこっちがこの状況を利用してやります! 
 作戦名は『ドッキリを仕掛けられたが逆に知ってて驚いて挙げたんですよ~だ』作戦です。
 これで村長が悔しがること間違いなしです。

「何故山賊に追われてるんですか?」

 作戦を実行に移すべく、村長自作物語に付き合うことを決めたトウヤ。
 全ては村長を悔しがらせるためである。

「フッ、それはワシの偉大なる研究のせいでの」

 トウヤの考えを全く知らずに、ゼノは語りだした。

「この研究は世界を揺るがすほどの大いなる力をもっとる。それを恐れたか、奪おうとしているのか。とにかく奴らはワシを連れ去ろうとこの小屋を襲ってきたのじゃ」

「はぁ。そういう設定ですか」

「設定?」

 トウヤの不思議な発言に目を丸くするゼノ。

「いえ、こちらの話です」

「……ごほん。ともかく、ワシはココで襲われた。その時は済んでの所で逃げおおせたがのぉ」

「はぁ」

 ゼノの話を聞き、ため息を吐く。
 
 偉大なる研究とか、自分で言いますかね。しかも世界を揺るがすとか。

 ゼノの誇張発言に呆れるトウヤ。

「…ん? というか小屋に戻ってきていいんですか。逃げてるのに襲われた場所に戻ってくるとか」

 アホなんですか? といった表情でゼノに尋ねると。

「フフフ。浅はか。実に浅はかじゃのトウヤ」

 不気味な笑い声でそんな事を宣うゼノ。
トウヤは少し苛立った。

「トウヤよ。お主は追手から逃げるとしたらどうするかの」

「……それはまぁ、追手の居る場所から遠くに逃げるんじゃない「それじゃ」……」

  ゼノは黒い笑みを浮かべた。

「そこがミソよ。だれもが追手から逃げるため、追手の居る場所から遠くへ行こうとする。しかしそれは何とも浅はかな考えよ」

ため息を吐きながら目をつむり、首を横に振るゼノ。
ホントむかつきます、とトウヤは思ったが我慢して話を進めた。

「それじゃ、えっと、ゼノさんはどのようなお考えをお持ちなんですか」

「ふふふ、遠くへ遠くへ逃げようと皆考えるのなら、その逆をやればいい!」

「逆……、つまり近くですか」

「その通り『近く』。つまりここじゃ」

そう言って地面を指さすゼノ。そして長く伸ばした口髭をさすりながら、

「名付けて『灯台下暗し』作戦じゃ」

ダサい作戦名を口にした。

 『じゃ』じゃないですよ『じゃ』じゃ。
 誰でも思いつくと思いますよ。『戻ってくるかも』ぐらい。

 というかなんで僕はこんなアホ村長の知り合いのアホ研究バカ老人の相手をしているんだろうか。
 ああ、村長を悔しがらせるためか。
 もうどうでもいいような気がしてきました。

 本当に何かどうでも良くなってきたトウヤ。
 自身の立案した作戦を放棄し、とにかく明日に備えて寝ようか、と考え始めたその時。

「爺さん、そこにいるんだろう」

小屋の外から、なんとも底冷えのする低くて野太い声が、トウヤの耳に聞こえてきた。



[29593] 第一章 第二節 唱える少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:02
突如、トウヤの耳に入ってきた、身の毛もよだつような悪役声。
その声に『なんだろう』と思い小屋の窓から外を覗き込もうとしたトウヤだったが。

「何をするつもりじゃ」

ゼノに止められ、無理やり床にうつ伏せにされる。

「え、いや、誰だろうと思いまして」

「アホ、殺されるぞ!」

  あっ、つまりこの声の人もこの小芝居の役者さんというわけですか。
 村長は一体何人の人間を巻き込んでいるんだろう?
 
 村長の手の混みように、『何やってんですか』と呆れるトウヤ。
 そんな彼を放っておいて話は進む。

「爺さん、いいかげん出てきてくんねぇかな。俺たちも暇じゃねぇんだ。
 アンタみたいな爺追いかけるより、美人の女追っかける方が性に合ってるんだよ」

 外の荒くれ者(役)が定着した悪者のセリフを吐いている。
 
 よく真面目にこんなセリフ吐けるもんだなぁ。
 
 そんな事をトウヤが思っている横で、アタフタと慌てふためく老人が一人。

「なぜじゃ、なぜばれた。この完璧な作戦がぁ」

 いい年した老人が、慌てふためく姿は余りにも見苦しいものだった。

「どうしてばれた、とか思ってるわけねぇよな。もう一度自分の小屋に戻ってくる可能性ぐらい誰でも考え付く。だから一人見張りを立てておいたんだ」

  狼狽しているのを見抜いてるのかいないのか、完璧な作戦に対する致命的な穴をものの見事についた解答が帰ってきた。
 その山賊(役)の言葉に、ゼノは相当ショックを受けたのか、茫然自失状態。
 口から何か白いものが浮き上がってきそうな状態である。

「おとなしくついてきてくれればいんだ。大事なものを持って。何、命までは奪わない。アンタは必要らしいからな」

 その言葉を聞いて茫然自失状態から復活したゼノは、無駄に凛々しい顔をして言葉を発した。

「貴様らわかっておるのか。ワシの研究の重要性、危険性、そして偉大さを」

「悪いがアンタが何をしているかは知らないね。俺らはアンタとアンタの大事そうにしているもの、それらすべてを持って来い、って言われてるだけでな」

「何も知らぬおぬし等についていく必要無し。さっさと去れ!」

「悪いがそれはできない。これの成功報酬は相当なもんだからな」

「ふん、金で動くか。低俗な山賊が!」

「どうも、最高の褒め言葉だよ」

 ……なんかとても重たい雰囲気になってきてるけど、これ芝居ですよね。
 なんか鬼気迫るものを感じます。
 ゼノさんも、外で話してる人も劇団に入ればいいのに。絶対稼げますよ。

 トウヤは、意外に完成度の高い名演技に、感嘆した。

「無駄な時間は嫌いなんでな。最後にもう一度だけ聞く。俺たちと来る。イエスかノーか」

「答える必要もない!」

そう言うと、老人は何かを窓の外に投げ出し、

「おぬしも来い!」

 トウヤの腕を掴んで小屋の裏手のドアへと向かった。と、同時に爆発音。
 先ほど何かを投げた方向からの、いきなりの爆音に驚くトウヤだったが、
どこからくるのか渾身の老人パワーに引っ張られて、そのままゼノと一緒に小屋を飛び出した。

「くっ、裏口にもいたか!」

 裏口はすでに山賊達に囲まれていた。
 暗闇の中、月明かりで浮かび上がるに数人の黒い影。
 その時、黒い影の一つから何かがトウヤに向かって飛んできた。

 何かはトウヤの顔の横を通り過ぎ、壁に当たる。
 トウヤがそちらに顔を向けると、トウヤの顔から数十センチの場所に弓矢が刺さっていた。

「えっと、あれ?」

  弓矢、本物? ドスッて刺さりましたよ? 芝居でここまでしますか?

  考えこんでいたトウヤを物陰に隠れさせるゼノ。
 トウヤはゼノに質問した。

「ゼノさん。弓矢本物でしたけど」

「何を言っとる。山賊なんじゃから本物を使うに決まっておろう」

「いや芝居じゃないんですか」

「何の事じゃ?」

 ……いや待て落ち着け。何ですかこの状況は。ボクは聞いてないですよ。
 何故ボクは山賊に襲われるんですか。ゼノさんはよくわからん研究の為に襲われる。
 これはいいです。しかし何故にボクまで山賊に襲われる嵌めに……、待てよ。

 ボクは数分前に何と言いましたっけ。この小芝居の設定を何と。
 ……そう、そうです。『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』。
 この場合は『老人』がゼノさんで『少年』がボク。

 なるほど、つまりあれですね。この状況は小説なんかで良く見かける展開。
 だからそんな事が現実的に起きえる訳がないとタカをくくり、お芝居とボクは断定したわけで。
 しかし空想の物語だと思われていた事が、現実に起きて今に至る、と。

 ……謎は解明されました。そして理解しました。

「殺される!」

「いまさら何を言っとるんじゃ」

 全く持ってその通りですよ、こんちくしょう! 
 よくも巻き込んだ本人がそんなこと言えますね!

 トウヤはこんなことに巻き込んだ元凶を涙目で睨みつけた。
 しかしそんな事をしても状況が変わらないと思い、必死にどう逃げ出すかを考える。

「……あっ、さっきの爆弾もう無いんですか! もう一度あれで……」

「もちろんじゃ、それもう一丁!」
 
 ゼノはいつの間に袋から出したのか、実のようなものを手に持ち山賊達に向かって投げつけた。
すると再び爆音。そして。

「臭!?」

  突如、トウヤの鼻に激痛が走った。
 小屋に来たときに嗅いだ匂いを超える臭さが、トウヤの鼻を襲ったのだ。

「ふはははは! どうじゃワシの発明品の威力は!」

  辺りを覆う刺激臭の中、何故か元気に自身の発明品を誇り、大威張りするゼノ。

  なるほど。あの小屋の匂いの原因はゼノさんだったと。
 何て傍迷惑な発明ですか。これが世界を揺るがす研究ですか。
 確かにこんなのが出回ったら世界は破滅しますね。

 トウヤは呆れた。

「それ、今のうちじゃ」

 ゼノは再びトウヤの腕を引っ張り、暗い森の中に向かって走り出した。
 その途中にトウヤは見た。
 自身以上に悲惨な目にあっている山賊たちを。

「またあの爺、この臭いを!」

「母ちゃん助けて!」

「死ぬ! 死んでしまう!」

 阿鼻叫喚。まさにこの一言に尽きる光景が目の前を横切っていった。
 吐いているもの、涙を流すものなどまだましで、中には痙攣しているもの、
自分の鼻を病的に掻き毟っている者、これ死んでるんじゃないのって者までいる。

トウヤは少しだけ山賊たちに同情し、ゼノと共に暗い森の中へ消えていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 山賊から逃げてきたトウヤ達は、森の奥深くにあった廃屋に身を隠していた。
 廃屋の中ではゼノが床に座り込み、何か考え事をしていた。
 しかしトウヤの姿は見当たらなかった。

 それもそのはず。トウヤは廃屋の中にあった樽の中に身を隠していたからだ。
 とにかく少しでも見つからないように、と考えた末に行き着いた結果である。
 樽の中でトウヤは何故こんなことに、と自身の不幸を嘆いていた。

「どうしよう、ああどうしよう、どうしよう」

「うろたえるな、男子がみっともない」

 トウヤの言葉が聞こえたのか、ゼノが叱咤する。
 トウヤが『樽を絶対に開けないでください』と言ったため、ゼノは樽に向かって話し始める。

「男はこのような危険を乗り越えて成長するもんじゃ。むしろ喜べ」

「喜べません! 命を狙われているのに喜んだらそれは変態です」

  極めて変態的な言い分に対し、至極真っ当な答えを返すトウヤ。

「大体誰のせいでこんな目にあってると思ってんですか!」

「むぅ。それについては、まぁ。ゴメンね」

「気持ち悪いわ」

 全然悪びれていないゼノの返答に憤りを感じるトウヤ。
 ため息をつき、樽の上蓋を眺める。

ああどうしよう。まさかこんな事になるとは。
山賊に追われるのは小説の中の主人公だけにしてくださいよ。
じゃなければ何かしらの特殊能力を僕に与えてください。

最低限の強さもない僕に今の状況は大変よろしくありませんよ。
肉体的にも。精神的にも。

再びため息をつくトウヤ。

……これからボクはどうなるんでしょう。
このまま此処で朝日が昇るのを待てば助かるんでしょうか。
というか何でボクがこんな目に。

……村長です。やっぱり村長のせいです。
こんな森の中にお使いに出した村長が悪いんです。帰ったらどんな目に合わせてやりましょうか。
……でも帰れるかどうか解らないんですよね。ああどうしよう。

 思考のループに陥るトウヤ。
 そんなトウヤの頭上から、樽の蓋を開けたゼノが突然話しかけてきた。

「何すんの」

  樽の蓋を開けるなと言うのに。

「話がある」

「別に話なら樽越しでもできるでしょうが」

  蓋を開けるな。危ないでしょう。

「渡すものもあるからの」

「渡すもの?」

 トウヤは樽の中から顔をだけ出して答えた。
 出会ってそんなに立つわけでもないが、初めて見る真面目な顔をのゼノ。

「すまんかったの、トウヤ」

  突然の謝罪。いきなりのことで驚いているトウヤをよそに、ゼノは続ける。

「偶然とはいえ、巻き込んだことは事実。謝罪したところでどうなるものでもないが、の」

「え、いや、その」

「そんなお主に、さらに迷惑をかけるのは心苦しいのじゃが……」

「嫌です。お断りします」

 樽の中に顔を引っ込めながら、拒絶の意を示すトウヤ。

「まだ何も言っとらんじゃろうが!」

「いいえ、厄介ごとの匂いがプンプンします」

  これ以上巻き込まれてたまるか、とさらに樽の蓋を内側から被せる。

「とにかく話だけでも聞いてくれんかの」

「……まぁ、話だけなら」

  蓋の隙間からのぞき込みながら応えるトウヤ。。

「うむ、すまんの」

  そういうとゼノは肩にかけていた荷袋から何かを取り出し、トウヤに見せてきた。

「これは?」

「うむ、これは腕輪じゃ」

「いえ、見ればわかります」

  それは何の変哲もない、シンプルな形の木で出来た腕輪だった。

「何ですかそれは」

  あまり装飾品に興味がないトウヤだったが、
 珍しい木の腕輪に興味が湧いて、樽の中から身を乗り出す。

「木で出来ている腕輪。大変珍しいですね」

「うむ。後は……」

 再び荷袋を漁り、今度は数個の種のようなものを出す。

「これがワシの研究の発端であり、究極のアイテムと言われるものじゃ」

「これが?」

  それは『実』だった。
 胡桃によく似た茶色の『実』。それが十個。

「……何が究極なんです」

  一見して只の木の実にしか見えないそれが、何故『究極のアイテム』と言われるのか。
疑問を抱くトウヤにゼノは答えた。

「これは『ジュニクの実』と言う」

「『ジュニク』?」

 獣肉? 実なのに?

「うむ。この『実』と『腕輪』で……」

「見つけたぜ!」

  ゼノが『実』と『腕輪』について説明しようとしたその時、
 外から先ほど聞いた山賊の声が、再び聞こえてきた。

「このくそ爺! ふざけたマネしやがって! これで最後だ!
 これで出てこないと依頼にかかわらずてめぇを殺す!」

「いかん、時間がない」

  山賊の態度に焦ったゼノは、『実』と『腕輪』をトウヤに投げ渡した。

「ちょっ……」

「トウヤ、よく聞け。『腕輪を付け、実を握りし者。大いなる力をこの世に甦らせん』」

「一体何を」

「聞けと言うとる。『その呪文をここに記す。その名を「レイズ」』」

「『レイズ』……」

「ワシが解読した古文書の一部じゃが、おぬしに渡したそれがいつか世に必要となる時が来る。
 その時、『大いなる力』を甦らせる者がこれを手にしなければならん。
 しかし、今これをやつらに奪われれば、それもかなわん。

 おそらく外の奴らを雇ったものは、この『大いなる力』を悪用、もしくは破壊しようとしているものじゃろう。
 ワシはそれを断固阻止せねばならん。詳しい話をしている暇はないが、頼む。
 これを一時、預かってくれ」

「いや、しかしですね」

 突然そんな事を言われ、困ってしまうトウヤ。
 そんなトウヤに、ゼノはさらに話を続けた。

「それと、今渡したものに関しては、決して口外するでないぞ。
 誰にも、親しい人間にもじゃ。
 今のわしらのように、命を狙われる可能性は大いにある」

「そうでした! これのせいで狙われてるんですよ! お返しします!」

 トウヤは、ゼノに『腕輪』と『実』を返そうとする。

「大丈夫じゃ! 誰にも話さなければ命を狙われることもないじゃろ!
 じゃから自宅でひっそりと持って置けばいいじゃろ、の?」

「……まぁ、それぐらいなら」

 預かって、家宝と一緒に保存しとけばいいですかね?
  
 そんな事を思うトウヤを見ながら、ゼノは覚悟の表情を浮かべて立ち上がった。

「ワシはこれから奴らについていく。
 これ以上逃げ出せそうもないし、逃げ出せたとしても追手がいなくなるわけではなかろう。
 それならば、ワシ自ら奴らの誘いに乗り、これを手に入れようとしている輩を見つけ、叩きのめしてくれるわ!」

  何やら興奮し鼻息を荒くする老人、ゼノ。

 ゼノさん。貴方なら生き延びられそうだ、と思うのは気のせいでしょうか。

「何、お主を巻き込んでしまった償い。気にするでないぞ」

「大丈夫です。気にしません」

 トウヤは、本心からそう応えた。

「おそらく、いや絶対お主の存在は露見しとらん。ワシが奴らと行った後、夜が明けてからここから出て村へ帰るがいい」

「そう、うまくいきますかね」

「うまくいく。ワシを信じろ」

信じられないから聞いてるんだけど、と思うもののそれ以外、道がないのも確かであった。

「……わかりました」

「うむ、それと作戦名じゃが」

「それはいいです」

切羽詰った状況なのにおちゃらける老人を黙らせるトウヤ。

「うむ。ではまた会おう」

そう言って、ゼノは廃屋から出て行った。
ボクは二度と会いたくありませんけど。でも預かりものもあるし、会わざるを得ないんだろうな。

「降伏する。お主等に着いていく」

「散々抵抗したくせに意外とあっさり出てきやがったな。何か企んでるのか」

「そ、そんな事、あるわけなかろう」

上擦った声で応えるゼノ。
そんなゼノにトウヤは頭を抱えた。
ああ、三文芝居も大概にしてくださいよゼノさん。

「……まぁいい、行くぞ」

山賊たちがゼノと共に廃屋から遠ざかる。
 山賊たちがその姿を完全に消したあと、トウヤは樽の中から少し外の様子を伺った。
 辺りに人の気配はなかった。

 助かった、とトウヤは安堵した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


こんなに夜は長いものだったか、とトウヤは感じた。
いつも暗くなると寝ていたトウヤにとって、闇夜の世界は未知の物だった。
こんなにも心細く、不安になる世界。もう金輪際外で寝泊りは止めようと心に誓った。

うつらうつらと船を漕ぎながらそんな事を考えていると、
外から何かが廃屋に近づく音がトウヤの耳に聞こえてきた。

今度は何、何が僕の身に起こるんだ。

今日一日いろんなことが起こりすぎた上、満足に眠れてもいない。
トウヤの体は限界に来ていた。
しかしそんなトウヤに構わう事なく、事態は最悪な方向に向かっていく。

「いるんだろ、中に」

 一気に眠気が覚めたトウヤ。代わりに金縛りにあったように体が動かない。

 ばれた。

 外にいるのは山賊だ。
 ゼノさんを連れて行ったのに再び戻ってきたんだ。

 話しているのは先ほどと違う人間だが、それでもトウヤは確信した。
 こんな夜更けに、こんな森の中の廃屋に来る人間など他にはいない。
 震える体に鞭打ちながら樽から出るトウヤ。そして近くの隙間から外を伺う。

「山賊だ」

  そこには予想通り山賊たちがいた。
 数は十数人程。松明の光がその数を克明に写し出していた。

 何でバレたんですか? どうしてここに?
 ボクはどうなってしまうんですか?
 考えがまとまらず、頭を抱える。

「お前がどこの誰だか知らねぇが運が悪かったな。お頭はお怒りだ。無意味な時間を過ごしたことが」

  意味が分からない。一体全体どういうことだ。

 混乱しているトウヤに盗賊は続けて言った

「あの爺さんが抵抗するもんで余計な時間を使っちまった。
 正直な話、あの爺さんを散々いたぶって殺したかっだろうよ、お頭は。
 だが契約には『無傷で』となってるからな。あの爺さんには傷をつけられねぇ」

 ああなるほど。もういいです。完全に理解しました。
 だからその先は言わないで。

「そこでもう一人のお前に白羽の矢が立ったってことだ。
 本当に運のねぇ奴だ。こんな時に小屋を訪ねてこなきゃ、こんなことにはならなかったのによ」

  本当にその通りです。その通り過ぎてしょうがない。なんでこんな事に。

「どっちがいい?」

そうかこれは夢なんだ。

「そのボロ小屋から出てきて、俺らに直接殺されるのと……」

  夢なら覚めてください!

「そのボロ小屋と一緒に燃え尽きるか!」

 そんなの選べるわけないでしょ! 第三の選択はないんですか!

 少しの間、火の燃える音だけが響きわたる。
 
 そして。

「なるほど。答えはこっちか」

 その言葉と同時に酒瓶を取り出した山賊たちが、酒瓶の口に押し込まれた布に火をつけ、それを小屋に投げつけた。
 
 小屋は炎に包まれた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ゲホッ、ゴホッ、アツッ」

  炎に包まれた小屋の中で、トウヤは身をかがめることしかできなかった。
 
 どうしよう!? どうすれば!?
 外に逃げようと思えば逃げられます!
 でも、外に出るとあの山賊たちに殺されて……。

 それは嫌だ! 死にたくない!
 でもこのままでは炎に焼かれて……。
 それも嫌だ。ではどうすれば!

 熱さと息苦しさと死の恐怖と、様々な要素が絡み付き思考がまとまらない。

 どうすればいいんですか! このままこの中にいるか、外に出るか。
 でも外に出たら殺される。あんな奴らから逃げることなんてできない。
 抵抗もできずに殺される。でもこの中にいても焼け死んでしまう。


どうする。どうする。どうすればいい。
 くそっ、なんでこんな事に。これというのも村長のせいだ。
 そうだ。そう結論付けたじゃないか、村長が悪い。帰ったらぶん殴ってやります!

 いやその前にこのままじゃ帰れない。その前に死んでしまう。
 本当にどうしてこんな事に!
 そうだ。ゼノさんのせいでもあるじゃないか。

 もとはと言えば厄介ごとを持ち込んだのはあの人だ。ボクは巻き込まれただけ。
 そう。ゼノさんも悪い。何がお主のことは露見していないですか! 
  しっかりあいつ等は把握していたじゃないですか。

  いや、そこに感づかなかったボクもボク。
  だって、小屋を誰かが見張ってたんですよ。
  小屋の中に誰が入ったことぐらいわかるじゃないですか。

  くそ、結局ゼノさんだけ助かったのか。
人に変な事押し付けて、自分だけおめおめと……

「……いや、待てよ。ゴホッ」

 思い出しました。そうだ。あの腕輪です。
 いや、あんなの着けても武器どころか防具にもならない。
 いえ、違います。思い出せ。落ち着いて思い出せ。

 ゼノさんはなんて言ってましたか。
『腕輪を着け』、そうだ。『腕輪』を着ける。
 そうだ『腕輪』を着ければいいんだ。
 
 気づいてあたりを見回す。
あたり一面火の海で何がなんだかわからない。
それでも必死に探す。命が懸かっているこの状況では文字通り必死にならざるを得ない。

トウヤは、自分がいた樽の中を必死に探す。
そして見つけた。あった。木で出来た腕輪。
すぐに右手に腕輪を着け、そしてまた思い出す。

次は『実』。そう『実』だ。たしか『実を握りし者』。
そう、『実』を握ればいい。そうすれば『大いなる力を蘇らせん』だ。
実を握って。実を……。

「この後どうすればいいんですか」

 名案だと思ったに! もうだめなんですか! どうすれば、いや待てよ!?

「呪文です!」

そう、呪文でした! なんだっけなんだっけ。
レ、レ、レイ……。そうだ、レイズだ。
よし、右手に腕輪をつけて、右手に実を持って、呪文を唱える。

呪文を唱えるときってどうすればいいんだろう。
目を閉じればいいのかな。
よし、行くぞぉ。

トウヤは、一度大きく深呼吸した。

「レイズ!」

 ……呪文を唱え、一泊待つも何かが起こった様子はない。
 恐る恐る目を見開いてあたりを見回すも状況に変化なし。
 つまりこれは、失敗。

「そんな馬鹿な!」

 希望を絶たれ、絶望するトウヤ。

 いや、待て。落ち着け。呪文は正しかったか。正しかったですよね。
なら何かやらなきゃいけないことに不備があるとか。……いや無いです。
問題は無かったはず。ならなんで。

 そこで根本的な問題点に気付くトウヤ。
一番重要で必要不可欠なこと。
それは、自身が何の力も持たない只の人間だということ。

「そんなぁ」

 もうどうしようもないじゃないですか。
 このまま死を受け入れろっていうんですか。
 こんなわけのわかわからない、不運の連続で死ぬ。
 
 そんなの、そんなの嫌だ!

「レイズ! レイズ! レイズ!」
 
 トウヤは、もう死に物狂いで呪文を唱えることしかできなかった。
外にも逃げられず、中でそのまま焼け死ぬことにも納得がいかない。
だから呪文を叫び続けることしたできなかった。

おそらく外の山賊たちには、トウヤが発狂しのだと考えるだろう。
しかし、もうトウヤにはそれしか出来なかった。
だがついにそんな叫び声も上げられなくなった。

熱さと息苦しさから、体力の限界を超えてしまったからだ。

誰か、誰か助けてください!
誰でもいい。まだボクにはやり残したことがあるんです。
村長を殴らなくちゃいけないし、ゼノさんにも一発入れないと気が済まない。
それに。

「ゴホッ、レイナ。レイラ」

幼馴染の名前を呟くトウヤ。

  ボクは、まだ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。
 だから、だから。
 誰か助けて!

そう心の中で叫んだ瞬間、右手が輝いた。
トウヤは驚き、右手を見る。
そこには緑色に光『腕輪』と、赤く光る『実』があった。

起こった。変化がありました!
でもこれが大いなる力なんですか? これのどこが……。
いや、ボクはまだ呪文を口にしていない。そうだ。

 最後の力を振り絞り、トウヤは叫んだ。

「レイズ!」

その直後、廃屋から眩しい赤い光が発せられた。
トウヤも、そして外にいる山賊たちも咄嗟に目を閉じる。
光が段々と収まってきたその直後に、今度は爆音が辺り一体に響きわたった。

一体何がどうなってるんですか!
『大いなる力』は爆発だったんですか!
しかし、爆発ならボクも無事では済まない筈、では一体?

トウヤは大いに混乱しつつも、何が起こったのか確かめるべく、おそるおそる目を開いていく。

そこには、先ほどまでの光景はなった。
あの赤くて熱い、トウヤを苦しめていた炎の渦はなかった。
ついでに廃屋も存在しなかった。

あるのは廃屋を構成していたと思われるものの残骸と、トウヤを見て腰を抜かしている山賊たち。
いや、トウヤというのは誤りだった。

どちらかというと、トウヤがうつ伏せに倒れ込んでいる位置よりも上。
つまりトウヤの上を見て山賊たちは固まっていた。

いったい何が。

そう思い、トウヤは上を見上げる。

そこには、一人の青年が佇んでいた。

歳は十代後半と言ったところ。
赤く燃えるような髪をたなびかせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けた青年。
赤髪の青年が、右手を天へと向けて、そこに佇んでいた。

……トウヤを跨ぎながら。



[29593] 第一章 第三節 帰りつく少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:03
「てめぇ何者だ!」

いち早く口を開いたのはトウヤに話しかけていたあの山賊。
まぁここでは山賊Aとでもしておこう。
山賊Aは、トウヤの上にいる赤髪の青年に問いかけた。

「ぁあ? 俺に言ってんのか?」

 まるで『どこの馬の骨が俺様にそんな口聞いてんだよ』的な答え方。
その様子を見て、トウヤは結論づけた。
このボクを跨いでいる赤髪さん(通称)は、天上天下唯我独尊の俺様至上主義な青年である、と。

 山賊Aは『私怒ってます』といった表情を浮かべ、赤髪の青年を睨みつける。
対して赤髪の青年は。

「おい『俺に言ってんのか』って聞いてんだ。しっかり答えろよ。このモブ野郎」

「モ……」

 盗賊Aは絶句した。それも当然である。
 盗賊Aにとっては、今まさにその存在を全否定されたような物言い。
 トウヤは命を狙われながらもその盗賊Aに少し同情してあげた。ほんの少し。

「もういい。てめぇが何者だろうが関係ねェ」

  怒りに震えながら声を絞り出す、山賊A。いやモブA。

「てめぇらあいつをぶっ殺すぞ!」

 そう言って、仲間とともに赤髪の青年に襲いかかるモブAとその他大勢。

 というかやばい、やばいですってば! 
 こんな数の山賊を相手にしたら赤髪さんが。

「逃げ……」
 トウヤは赤髪の青年に『逃げましょう』と声を掛けようとする。
しかし次の瞬間、トウヤは圧倒的という言葉の意味を理解した。

最初に突っ込んだのは、赤髪の青年に馬鹿にされた山賊Aであった。
しかし彼は、赤髪の青年の出した右ストレートを顔面に受け、直後、錐揉みしながら漆黒の空を飛ぶことになった。
そして数十メートル先の地面に落下。

人間ってあんなに飛ぶんですか、とトウヤは思った。

続いて三、四人の山賊達が赤髪の青年の四方から躍り掛る。
しかし赤髪の青年は拳で、肘で、膝で、足で。
四方から襲い来る攻撃を受け止め、そしてまたもや山賊達を空へと舞い上げていく。

トウヤには一連の攻防が全くと言っていいほど見えなかった。
一瞬の内に何かが起こって、山賊達が空を舞う。
トウヤは、まるで山賊たちが嵐に向かって攻撃を仕掛けているように感じた。

全ての攻撃が空を切り、逆に吹き飛ばされていく盗賊たち。
驚くべきことに、赤髪の青年は未だ立っていた場所から動いていないのだ。
あきらかな異常事態に、攻撃を仕掛けていなかった残りの山賊たちは焦った。

自分たちは何故こんな化け物と戦わなくてはならないのか。
そう考えた山賊たちは、自身の身の安全の為に、やられた仲間を置いて逃げ出そうとした。
しかし。

「何逃げ出そうとしてんだ。喧嘩売ってきたのはそっちだろうが」

 赤髪の青年はそれを許さなかった。
 彼は腰を少し落とし、右手を腰の横に据え置いて、左手を広げて山賊たちに向ける。
 まるで大砲が狙い定めているようだ、とトウヤは錯覚した。

 しかし、その錯覚は正しかった。

「覇ッ!」

 掛け声と共に右拳を前方に放つ赤髪の青年。
 次の瞬間、数分前に聞いた爆音が深夜の森に再び鳴り響いた。
 トウヤは爆音に驚き、目を瞑って顔を伏せ、頭を抱えた。

しばらくして、再び元の静けさを取り戻す深夜の森。
 一体どうなったのかが気になったトウヤは、恐る恐る顔を上げて状況を確認する。

「あんがッ」
 
トウヤは開いた口が塞がらなかった。
森には大きな空洞が出来ていた。

山賊たちが逃げていった方向。
そこにあったはずの木々が根元からへし折られてなくなっていたのだ。
まるでそこだけ嵐が通過したような状況。

それを行なったのは未だに自分の上に跨っている青年
そう理解したトウヤは、何だか怖くなってきた。

山賊たちは確かに居なくなった。
しかし新たな問題が浮上。
山賊たちを文字通り吹き飛ばした赤髪の青年。

ボクは一体どうなるんだろう、と震え上がるトウヤ。
しかし震え上がっているだけでは何も進展するはずがない。
トウヤは勇気を振り絞って頭上の青年に話しかけることにした。

「あ、あのう」

「ぁん」

地面に這い蹲るトウヤと、それを上から見下ろす赤髪の青年。

怖い。怖すぎる。

「あの、いい天気ですね」

 あまりの恐怖に意味不明な事を話し始めるトウヤ。

何を言ってるんでしか、ボクは!
今は夜中ですよ! いや、そうじゃなくて。
落ち着け、落ち着け。しっかりとした会話をしないと変人だと思われます!

「まぁ、雲がねぇからな」

会話が通じた! 奇跡だ!

トウヤは感激した。

「というかお前いつまでその体勢でいるつもりだ」

「あ、これは失礼」

 すぐさま起立するトウヤ。

話をしようというのにあの体制はあまりにも失礼でしたね。
相手は中々に話のわかる方のよう。もっとキッチリとしなければ。

予想以上に話しやすい赤髪の青年に対して、段々と余裕が出てくるトウヤ。

「大変お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。ゴホン。それであなたのお名前は何と」

「俺の名前か。『カズマ』だ」

先ほどの山賊たちに対する態度と違い、実に清々しい好青年っぷりを醸し出しているカズマ。
これはいける、とトウヤは確信した。

「よろしくお願いします、カズマさん。あっ、ボクの名前は……」

「いい」

「へっ?」

しかしその確信は早々に打ち砕かれた。

「でも、ボクも名前を言った方が……」

「いいって言ってんだろ。弱い奴の名前なんて憶えてもしょうがない」

「んな!?」

余りの物言いに、トウヤは唖然とする。

「言っとくが、今回のこれもお前を助けたわけじゃないからな」

「……じゃあ何故」

「弱い奴はどうでもいいが、弱いくせに自分より弱い奴にしか拳を振るえねぇ、くそ野郎共を懲らしめたくて出てきただけだ」

「……」

「だいたいお前も情けなさ過ぎだ。『誰か助けて』なんて、他力本願な野郎は見ててムカつくんだ。
 自分に降りかかってきた火の粉ぐらい自分でどうにかしろよ」

「……」

「ったく。しかも女の名前を叫ぶとはな。女々しいったらねぇぜ。この軟弱野郎」

「……しい」

カズマの話を黙って聞いていたトウヤは何かを呟いた。

「あ、何か言ったか」

「……かましい」

「聞こえねぇんだよ。ハッキリしゃべれ!」

 トウヤの態度に、段々怒りを募らせるカズマ。
しかしトウヤはそれ以上に怒り、爆発した。

「『やっかましい!』って言ってんですよ!」

「どわっ」

突然の怒声に驚くカズマ。

「お前、いきなり大声……」

「さっきから聞いてれば弱いだの情けないだの女々しいだの軟弱野郎だの!」

「本当の事だろうが!」

「言われなくてもわかってんですよ!」

「はぁ?」

突然の告白に、逆に唖然とするカズマ。
そんなことはお構いなしにトウヤは続けた。

「そんな事。ボクはしっかり理解してますよ。
 何ですか、レイラみたいな事言って。
 ハイハイ、悪かったですね。
 虚弱で、脆弱で、軟弱で、アホづらで!」

「いや、俺はそこまで言ってねぇ」

トウヤは何やら過去と現在を混同し、憤慨しているようだった。

「けど人には得手不得手があるんですよ。ケンカに強い奴が偉いとは限らないでしょうが!」

「なんだとぉ」

「あれ? 図星を刺されて言葉もないですか、カズマさん」

「おいくそガキ、あんまり調子に乗ってんとただじゃおかねぇぞ」

トウヤの逆切れに、唖然としていたカズマも段々と怒り出す。

「はいはい。強い人は口で勝てなくなるとすぐ暴力を振るうんですよね。わかります」

「もう一度言うぞ。あんま調子に乗ってんと……」

「調子に乗ってるのはどっちですか!」

トウヤはカズマを睨みつける。

今現在、トウヤは誰にケンカを吹っかけているのか、は百も承知だった。
自身の命を奪おうとした輩を、ポンポン弾き飛ばしていった猛者であり、同時に命の恩人でもある。
普通は感謝こそすれ、ケンカを吹っかけるなど言語道断なのだが、トウヤはカズマの言い分には腹が立って仕方がない。

「カズマさんは命の恩人です。だから普通は礼を言うのが筋ってもんですけどね」

「けど、なんだくそガキ」

「さっさと目の前から、消えてください!」

そう言い放った瞬間、カズマの体は赤く発光した。
トウヤは突然の事に目を瞑った。
しばらくして目を開けてみると、そこには誰もいなかった。

地面には『ジュニクの実』が粉々になって落ちているだけ。
カズマの姿はどこにも見当たらない。

少しの間呆然と佇んでいたトウヤだったが、朝日が出てきたことに気づくと、
山賊たちをそのままにして村へと帰ることにした。

帰る最中、トウヤは思った。

もうこんな厄介ごとにはかかわらりません。
金輪際! 絶対に! 二度とかかわってたまりますか!
……しかし多くの疑問が残っているのも事実ですよね。

一体、この『腕輪』と『実』はなんなのか。
カズマさんは『大いなる力』の正体なのか。
そしてカズマさんはどこに消えたのか。

……あ、後ゼノさんはどうなったのか。

まぁとにかく今は村に戻り、体を休めましょう。
もうクタクタです。家に帰ったらベッドに直行、これで決まりです。
いざいかん、安息の地へ。

トウヤは疑問を棚上げする事にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝。

 トウヤは起きて早々に目の前の光景に仰天した。

 昨日のお昼ごろに何とか村にまで帰還するができたトウヤは、
村長や色々な人たちの質問を押しのけて『とにかく寝かせてくれ』と懇願。
 そのままベッドに直行。深い眠りについた。

一日近くたっぶり寝てたことで、睡眠欲を大いに満足させたトウヤは、
さぁ今日もがんばろうと上半身を持ち上げ、そして現状に至る。

 目の前に謎の物体が浮いていた。
 その物体はトウヤに向かって言葉を発した。

「よう、くそガキ」

 目を擦りつけて、もう一度目の前を凝視するトウヤ。
 そこには昨日、赤い光に包まれて消え去ったはずのカズマ、のような小人(二頭身)の姿があった。

「えっと、間違っていたらごめんなさい。カズマさん、で合ってますよね?」

「そうだよ、くそガキ」

「何でそんなお姿に!」

「俺が知るか!」

 そんな愛くるしい姿で凄んでも、全く怖くありませんよ。

「というか消えたんじゃなかったんですか!?」

  ボクが消えろと言ったから、本当に消えたと心配したものですよ。ほんの少し。
 
 一応口は悪くとも命の恩人のため、姿が見れてホッとするトウヤ。

「ちっ、その様子じゃお前もどうしてこんなことになってるのか、知らねぇんだな」

  それにはトウヤも同意することしかできない。

 いったい何がどうなってるのだろうか。

「つーかお前。昨日はよくも無視し続けてくれたな」

「はぁ? 無視ですか?」

 はて、と考え込むトウヤ。

「テメエが村に帰って寝るまで、ずっと無視し続けてただろうが!」

「……ああ。何やら喚き散らしている人がいるなと思ったらカズマさんでしたか」

 昨日の帰宅時を思い返すトウヤ。
 
 確かあの時は、とにかく寝たい眠りたいとずっと思い続けていて、どうやって帰って来たかさえ覚えていません。
 帰ったら一発殴ろうと思っていた村長も殴らず、とにかく寝たかったぐらいですからね。
 そういえばおぼろげながら耳元で『おいこら』とか『無視すんじゃねぇ』とか。

 いろいろ聞こえた気もしますが、疲れからくる幻聴だと思って聞き流していました。
 いやむしろうるさいこのタコ、とも思っていたような。

「……まぁ、どんまいということで」

「何が『どんまい』、だ!」

「しょうがないでしょ。疲れ切ってたんですから。少しは労わっても罰は当たらないと思いますよ」

「誰がお前を労わるか!」

 そうですよね、とある意味納得するトウヤ。
 それよりも気になることがあった。

「あなた一体何者なんですか?」
 一番知りたかったこと。山賊から助けてくれたときは人間の姿だったのに、今はチンチクリンの愛らしい姿。
 トウヤは人間じゃないと断定し、質問した。

「知らねぇよ。つーか知っててもお前に言う必要があるか」

「……僕に知られたくないほど恥ずかしい過去なんですね。すみません。そんな人の過去を詮索しようなんて」

  カズマの言い分にカチンときたトウヤは、わざとらしく言い放った。

「何?」

「ああいいんです。いいんですよ。恥ずかしい過去は自分の心の奥底にしまっておくのが一番ですから」

「おい、ちょっと待て!」

 カズマの反応に口をニンマリと歪ませるトウヤ。

「なんでしょうか」

「誰が恥ずかしい過去なんて言った!」

「ハイハイわかってます。わかってますよ」

「違うってんだよ! 思い出せねぇんだよ!」

「なら、最初からそう言えばいいのに。全く、無駄な時間を過ごしてしまいました」

 期待した解答が得られずガッカリするトウヤ。

「おい、俺の所為かよ」

「いや、まぁ、どうなんでしょうね。
 とにかくあなたの過去から何かが分かるという可能性は潰えた、という事実はありますから。
 『あなたの所為』というのも考えられますが……」

「一発殴らせろ!」

  そう言ってトウヤに殴りかかるカズマ。
 ミニマムサイズでは痛くないだろうからほっとこう、と思ったトウヤだったが昨夜の事を思い出す。

 いや待てよ。昨日の山賊たちの惨状から推測するに、
このサイズでもある程度の攻撃力があるものと推測され……、やばい!

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「うっせぇ!」

 ああデッドエンド。飛んだお笑い草ですよ。
 山賊に殺されなかったけど小人に一発殴られて昇天とか。

 しかしながらいつまでたっても衝撃がくることはなく、トウヤは不審に思いカズマの方を見る。

「えっと、何してらっしゃるんですか」

「くそっ! くそっ!」

  そこには必死でトウヤを殴ろうとしつつも、攻撃がすり抜けてテンヤワンヤのカズマ。

「攻撃がすり抜ける。何故」

「知るかこの! この!」

 いまだ諦めず殴り続けるカズマ。
 トウヤは、そんなカズマの事を放っておくことにした。

「他に何か調べる必要があるものは……」

「トウヤ起きてる?」

 外から心配そうな声で語りかける女性の声が。
 この声は。

「はい、起きてますよ『レイナ』」

「そう。じゃあ入るわね」

……ってちょっと待ってください。カズマさんが!

「ちょっと待……」

「おはようトウヤ。もう元気になった?」

 トウヤの静止も虚しくその女性は入ってきた。
 
 その女性を一言で表すと『可憐』。
 穏やかな物腰に可愛らしく幼さの残る顔。
 髪は濃い緑色で腰までの長さがあるストレート。

 あまり色恋に関心のないトウヤでも可愛いと感じさせるものを、この女性『レイナ』は持っていた。
 だがトウヤにとって、今そんな事はどうでも良かった。
 それよりも問題が。

 カズマさんを隠すの忘れてました!
 こんな不思議生物なんて説明すればいいんですか!?

「ぁあ? なんだこの女」

「いや、えっと、その……」

「どうしたのトウヤ?」

「えっとですね……」

 二人に質問されて狼狽するトウヤ。

 ああ、どうすれば。
 森の中で拾ってきた妖精さんですとでも言えばいいのでしょうか。
 しかしこんな性格が悪くて口も悪いカズマを妖精だなんて。
 あ、でも妖精ってそんなもんですよね。

 いろいろ考えていたトウヤに、レイナは心配そうな顔をした。

「どうしたの、まだ具合悪いの?」

「……あれ?」
 
 レイナの態度にある種の可能性を感じ始めたトウヤは質問した。

「えっと、レイナ。ここに何があるかわかりますか?」

 そう言ってミニマムカズマを指す。

「おい、くそガキ。だからこいつはなんなんだ」

 カズマの事は完全に無視してレイナに答えを促す。

「えっと、ナゾナゾ?」

 う~ん、と必死に悩むレイナ。

「『空気』かな? あ、でも少し舞ってる『埃』かも」

「いえ『空気』扱いで結構です」

 概ね正しいと言えた。

「『空気』が正解なんだ。良かった」

「おい、誰が『空気』だ!」
 
 少し静かにしてください、といった目でカズマを睨むトウヤ。

「それでレイナ。何かご用ですか」

「あ、うん。村長が報告に来てって」

「……ああ、昨日の報告ですか」

「昨日、トウヤがもうすぐ死ぬ一歩手前の顔してたから、すごく心配だったんだけど。もう大丈夫なの?」

レイナは再び心配そうな顔でトウヤを見る。

「そんなに死にそうな顔でしたか」

「ええ、もう相当大変な目にあった上に寝てもいない、って顔だった」

 はい正解です、と心の中で呟くトウヤ。

「それじゃ、もう少ししたら行きます、と村長に言っとおいてくれますか」

「わかった、でも無理しないでね」

 そう言って家から出ていこうとするレイナ。しかし途中で立ち止まり、こちらに振り向く。

「後、『レイラ』も居るから……」

「なんですと!」

 トウヤにとって、それは由々しき事態だった。

「なんでレイラが!? 仕事はどうしたんですか!」

「私がトウヤの事を話したら帰ってきたの。昨日の夜」

「なんてこった」

 予想外の出来事に、慌てふためくトウヤ。
 そんなトウヤの姿に、レイナは苦笑した。

「……あいかわらずレイラが苦手なんだね」

「いえ、別に苦手とかそんなんじゃないんですよ。ただなんというか……」

 無茶苦茶な事をするからなぁ。

 トウヤは、心の中でため息を吐く。

「……頑張ってね」

 そう言って、そそくさと家から出ていくレイナ。
 おそらく過去の事を振り返り、トウヤを哀れんだものと思われる。

「はぁ、どうしたもんか」

「おい。だからあの女はなんなんだよ!」

 今まで無視されていたカズマがトウヤに詰め寄る。

「あ、そう言えばいたんでしたね。彼女は『レイナ』。幼馴染ですよ」

「ふ~ん」

 すぐにレイナから興味をなくすカズマ。
 そんなことよりも。

「何でカズマさんの姿がレイナには見えなかったんでしょうね」

「俺が知るか!」

「でしょうね」

 さらに謎が増えるも、一向に解決に向かわないことに、トウヤはため息を吐く。

「ま、とにかくその事は後回しです。今は村長の所にいき、殴らなければ」

 その際、村の人にカズマさんの姿が見えるかどうか検証するのも悪くない。

「ということでカズマさん。ちょっと一緒に……」

「断る」

 予想通りの反応を見せるカズマ。

「でも他の人に『見える』か『見えない』か。それを確認すれば何かわかってくるかもしれないですし」

「それだったらお前以外には見えてねぇんじゃねぇか。昨日お前と一緒に歩いてても誰も俺に突っ込まなかったしな」

「あ、そうなんですか」

 ということは少なくともこの村の中ではボク以外にカズマさんを見ることが出来る人はいない、と。
 そう結論付けて構わないのでしょうか。
 しかしそうなると新たな疑問が。
 一体全体なぜ僕には見えるのだろうか。

「まぁ、なんとなく想像は付きますが」

 昨夜の事を振り返りながら呟く。
 それが正解で間違いないだろう。
 とりあえず今は村長の所に報告に行こう、と立ち上がるトウヤ。

「それでは行ってきますので、その間留守番をよろしく」

「ふざけんな! なんで俺が留守番……」

 カズマが言い終わる前に、家から出るトウヤ。

 一々受け答えしているのも面倒です。
 どうせ何を言っても反発するんのですから。

 そんな事を思いながら、トウヤは村長の家を目指す。
 しかし、歩いて少し経つと、何故か後方からついさっきまで聞いていた声が、トウヤの耳に聴こえてきた。
 何事かと振り返ってみるトウヤ。

 するとトウヤの後方約十メートルあたりにカズマがいた。しかも何かに引っ張られている様子。

「何してんですか」

 トウヤは、少し大きい声で尋ねる。

「だから、俺が、知るか」

 精一杯反抗しています、という声で答えを返すカズマ。
 何とかトウヤのいる方とは逆に行こうとするも、それ以上進めない模様。

 ふむ、もしかして……

 無言で再び村長の家を目指すトウヤ。
 それを一定の間隔で引っ張れるカズマ。

 やはり、そういうことですか。
 トウヤは確信した。

「ボクからある一定以上、この場合約十メートルと仮定しますが、離れる事はできないようですね」

 立ち止まり、振り向きざまにそうカズマに教える。

「くっそ、なんだってんだよ、この!」

「無駄なことしてないで潔く着いてきてくださいよ。ずっと引っ張られてるつもりなんですか」

「うる、せぇ! こん、ぐらい!」

 本当に、無駄な努力が好きですね。
 どう考えたって、ボクとの間に何らかの縛りみたいのがあると考えられるのに。

 トウヤは、呆れた様子でカズマを眺めた。

 仕方がないです、あの手でいきますか。

「まぁそうですね。本当の所、あなたみたいな『お荷物』にはついてきて欲しくないというか」

「何!」

 トウヤの言葉に、すっ飛んでくるカズマ。

 予想通りの反応、ありがとうございます。

「いやだって、どう考えても『お荷物』にしかならないと、思うじゃないですか」

「俺が、いつ、『お荷物』に、なったって」

「ん? だって、ねぇ」

 トウヤの言い分に、カズマはプルプルと体を震わせる。

「それとも、一緒に来ても『お荷物』にならないとでも」

「当たり前だ! 俺は『お荷物』じゃねぇ! ほらいくぞ!」

 そう言ってトウヤの前を歩きはじめるカズマ。
 ホント扱いやすくて助かりますね、とトウヤはカズマの単純さに感謝した。
 
 トウヤは、前方を行くカズマの後を追い、歩き初める。
 しかし少ししてトウヤは疑問を感じ、カズマに尋ねる。

「あの~、カズマさん」

「なんだよ」

「村長の家、知ってるんですか?」

ふと疑問に思ったんですが。

「………………」

トウヤの質問に対し、無言で肯定するカズマ。
そんな様子のカズマに、『ですよね』と呆れて首を横に振るトウヤだった。



[29593] 第一章 第四節 村はずれの少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:04
 トウヤが住んでいる家は、村はずれに存在している。
 別に『人間嫌いである』とか『孤独が好き』とか。
 そういう理由で村はずれに住んでいるわけではない。

 ただ単に、昔からその家に住んでいた。
 だからこれからも、そこに住んでいく。
 ただそれだけである。

 トウヤに両親はいない。
 トウヤが物心着く前に、二人ともこの世を去っていた。
 ゆえにトウヤは、村はずれの家で祖母、アイナと二人きりで生活していた。

 その祖母も四年前に他界し、現在トウヤは天涯孤独の身。
 しかし別に寂しいとか、悲しいとか。そんな感情はもうトウヤには無かった。
 確かに祖母が死んだとき、一週間泣き続けたのは事実。

 しかし、一人っきりになったわけではなかった。
 一人では大変だろう、と優しく助けてくれる村の人たち。
 何かと世話を焼いてくれる、幼馴染のレイナとレイラ。

 そして、祖母亡き後にトウヤの後継人となってくれた村長。
 普段はおちゃらけて、ほとんど信頼できようもない御人ではあるが、
 本当の肉親のように自分を育ててくれた村長に、トウヤはほんの少し感謝はしていた。

 ……確かに感謝はしているのだが、今回の件に関してはトウヤは怒らざるを得ないわけで。

「なんて危険な事をさせてくれやがるんですか、このクソ村長!」

「やかましい! 悪かったと言うとるだろうが! このボケ小僧!」

「もう少しで死ぬとこだったんですよ! ホントにもう少しって所で!」

「だからすまんと言うとるだろう! 何度言わす気じゃ!」

「死ぬまで謝ってください!」

「出来るか!」

 村を出てから何が起こったのかを、トウヤは一部事実を捻じ曲げながらも報告した。
 特に『村長が悪い』ということを前面に押し出して、である。
しかしそれでも全く反省の色を見せない村長に対し、憤りを感じたトウヤが村長に包み掛かって今に至る、と。

 ちなみに、事実を捻じ曲げた一部とは、『実』や『腕輪』、そして『カズマ』の事についてである。
 ゼノとの約束もあるため、その部分については話しを伏せ、
 山賊たちからはギリギリの所で何とか逃げ延びてきた、という話にしたのである。

「なぜ村長になれたんですか!」

「何じゃ! ワシが村長に相応しくないとでもいうのか!」

「よく分かってるじゃないですか!」

「何ぃ!」

「何ですか!」

 睨み合う二人。一触即発の空気が漂う。

「あの、ゼノさんは大丈夫なんでしょうか」

 そんな二人を見るに見かねてレイナが話題を逸らす。

「大丈夫じゃろ」

 村長は軽く答えた。

「そんなんで良いんですか。一応知り合いなんでしょ」

トウヤは知り合いに対する対応がそんなんでいいのか、と呆れた顔をする。

「まぁそうなんだが何とかなるじゃろ。今までもそうじゃったし」

「何かこんな事が今までにも多々あったように聞こえるんですが」

「うむ、結構な頻度での」

「なるほど」

 トウヤは一息呼吸置いて。

「それを知っていてボクを送り込んだんですか!」

 再び村長に掴みかかろうとする。
 しかしそれはレイナによって抑えられた。

「トウヤ。冷静に」

「冷静でいられるはずないでしょ。離してくださいレイナ。あの村長は死ぬべきだ」

「トウヤじゃ返り討ちだよ」

「ぐはっ」

 レイナの最もな解答にショックを受けるトウヤ。
 彼女はこうやってたまに急所を抉ることを言うので、トウヤは少し苦手だった。
 しかも無自覚だから怒るに怒れないのである。

「まぁ、そこまで酷いことになるとは思わなかったがの!」

「胸を張って言うセリフじゃありません!」

 なんて人だ。なんでこんなのが村長なんだ。
 しかしあれだ。類は友を呼ぶっていうけどまさにその通り。
 ゼノさんにしろこの村長にしろ。どっかネジが一本どころか全部抜けてるんじゃないか。主に頭の。

「ボケるのも大概にしてくださいよ」

 悪態をつき再び席に戻るトウヤ。
 レイナの煎れてくれたお茶を一すすりし、若干冷静さを取り戻す。

「……あ。そういえば村長。ゼノさんって一体何を研究してたんですか」

「ム、ゼノの研究じゃと」

トウヤの質問に対し、途端に真面目な顔をする村長。
 キリッとした目で見ないで欲しい、とトウヤは思った。

「ええ、ちょっとそういう話を逃げている最中に聞いたもので」

 ちなみに、『実』と『腕輪』の事については一切村長達には言っていないトウヤ。
 ゼノとの約束もあるし、何より自身もよく理解できていないものに関して、説明できる筈もない。 

「ふむ、あやつの研究か……」

「ちょっと聞いたことがある事でもいいんです」

考えてみると実にいい質問だったのではないか、トウヤは感じた。
昨夜感じた疑問を解消するには、この人に聞くのは大当りのはず。
ゼノと一応知り合いの村長なら何かしらそういう話も聞いていて、知っているかもしれないからだ。

「……おお、そういえば!」

「何かあるんですね!」

 さすが腐っても村長。こういう時には役に立つ。
 さぁなんでも言ってください。

「つい最近……」

「ええ!」

 これはビンゴだ、とトウヤは思いっきり村長の方に身を乗り出す。

「とても臭い実を発明したとかなんとか」

 思いっきり机に頭を打ち付けるトウヤ。

 知ってます。それはすでに体験済みです。

「なんかもっと他にはないんですか」

「他にはなんもない」

ああ駄目だ。やっぱり所詮、村長は村長だったという事か。

「ボクが馬鹿でした。期待したボクが。ボクのアホ」

 わずかでも村長に期待してしまった自信を罵るトウヤ。

 というよりも、誰にも話さないように言った本人が、村長に話すはずないですよね。

 ドッと疲れた体に鞭打ち、そのまま村長の家から出ようとしたところ。

「トウヤ、何故ゼノの研究がそんなに気になる」

 いつになく真剣な口調で村長が問いかけた。

「いつも自分以外の事にそれほど関心を向けないお前が」

「そうですね。トウヤにしては珍しい」

 村長の疑問に対し、レイナも同意する。

 ボクはそんなに自己中心的ですかね。いやそうか。

「いや、まぁ少し思うところがありまして」

 だって自身の問題だもん。
 気になるのはあたり前じゃないですか。

「そんなお前が少し会っただけのゼノの研究に興味を持つとはの」

『今回のお使いは大成功じゃ、さすがワシ』という感じで何度も感慨深げに頷いている村長。
 その隣ではレイナが『あのトウヤが』と驚きながらも嬉しい表情を浮かべている。

 なんかいろんな事を勘違いしちゃっているようだけど、ほっとこう。今はそれどころじゃない。

 今だウムウム頷いて自分に酔っている村長と、うれしそうなレイナを置いて、とっとと外に出るトウヤであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


村長宅から出てさあ帰ろうとしたところで、トウヤはその人物に襲われた。

「トウヤ!」

「フギャ!」

 突如背後から来た衝撃により前方に吹っ飛ぶトウヤ。
 そのまま近くの藁に突っ込んでしまう。

「レイラ! いきなり何するんですか!」

 藁の中から這い出し、口に入った藁を吐き出しながら自信を吹き飛ばした人物に抗議する。

「何よ、何か文句あんの。ただ背中を叩いただけじゃない」

 吹き飛ばした女性『レイラ』は悪びれもせずそう告げた。
濃い緑色の髪を肩で切りそろえ、男らしいというより凛々しいという雰囲気を身に纏う女性。
トウヤはそんなレイラの発言に対して抗議した。

「あのね! レイラの馬鹿力で叩いたらボクみたいな紙切れは吹き飛ぶんですよ」

「馬鹿力ですって!」

トウヤはしまった、と思ったが後の祭り。
レイラはトウヤの襟を掴み、持ち上げる。

「私のどこに馬鹿力があるって!」

「今まさにボクを持ち上げてるでしょうが!」

これ以上刺激するのは不味いと知りながら、律儀に突っ込んでしまうトウヤ。

「へぇ、珍しく突っかかってくるのね」

 レイラは不敵な笑みを浮かべる。
 そしてトウヤを離し、手をバキバキと鳴らし始めた。

「まぁいいわ。アンタがそう来るんなら、私も久しぶりに本気で……」

「大変申し訳ありませんでした」

レイラが全てを言い切る前に土下座で謝るトウヤ。
その姿は大変情けく、見るものに哀れみを感じさせるに十分の威力を持っていた。
しかし。

「男が簡単に頭を下げるんじゃないわよ!」

 トウヤの頭を踏み付けるレイラ。
トウヤの顔は地面にめり込んだ。

「少しは男らしくなったと思ったら何。結局いつものまんま!」

そう言ってトウヤの頭から足をどけるレイラ。

「ボクに一体どうしろというんですか!」

土で汚れた顔を拭きながら、トウヤは立ち上がる。

「というかレイラ。何しに戻ってきたんですか?」

「何よ。私は村に帰ってくるなってこと」

「そうは言ってません。しかしお仕事の方はどうしたのかと」

「大丈夫。年休よ」

「……自衛団に年休ってありましたっけ」

サボったな、とトウヤは悟った。

「そんな事どうでもいいのよ。それより一体何があったの」

「ああ、ええとですね」

トウヤは村長に言ったのと同じようにレイラに説明した。
説明し終えたトウヤに対し、しかしレイラこう言い放った。

「嘘ね」

「何を!」

レイラの嘘つき発言に憤るトウヤ。

「何でボクが嘘をつかなきゃならないんですか!」

「アンタが山賊に襲われて、無事なはずないじゃない」

「ぐっ!」

痛いところを突かれるトウヤ。

「いや、まぁ確かにそうですが。まぁ何とか逃げ延びたというか」

「……アンタ何か隠してるわね」

「ギク」

 あまりにも鋭いレイラに対し、焦るトウヤ。

「全て吐きなさい」

 レイラはトウヤに対し『嘘は許さない』という雰囲気を醸し出しつつ、そう命令した。

う~。どうしたもんですか。
 全てを話してもいいんですが、『腕輪』のことや『実』の事をペラペラ喋るのもねぇ。
ゼノさんの言うように危険が降りかかるかもしれない事を、しゃべるわけにもいけませんし。

 まぁ、レイラにしろ、レイナにしろ。
 話したところで降りかかってくる火の粉を振り払う実力はあるわけですし。
 ボクと違って……、自分で言って悲しくなってしまいますが。

 トウヤは少ししょんぼりとした。

 でも、だからと言ってわざわざ彼女たちを危険に晒す事もないわけですよね。
 というよりも、ボクのせいでそんな事になったとレイラが知ったら、ボクが殺されます。レイラに。
 ならば嘘をつくしかないわけで、しかし……。

 未だに自身を睨みつけているレイラを恐る恐る見るトウヤ。

 トウヤは幼馴染ゆえに理解していた。
 この状態のレイラに一切嘘は通じない、と。
 ならばどうすればいいのか。

「実はある人物に助けられたんですよ」

 肝心な部分を覆い隠した真実を、トウヤは話すことにした。

「その人は『カズマ』という名で、突如ボクのピンチにさっそうと現れボクを助けてくれましてね」

「…………」

 無言で続きを促すレイラ。

「そのカズマさんのお力で山賊たちは倒され、そしてボクも命が助かった。その後カズマさんはボクの前から消えてしまいました」

 嘘は言っていなかった。
 確かにカズマに助けられ、山賊たちは倒された。
 そして確かに目の前から消えたのだ。そこに嘘偽りはなかった。

 ただ、さっそうと現れたのはゼノから預かったアイテムのおかげであるのだが、
そこは嘘を付いたのではなく言っていないだけである。何ら問題は無い。

「何、じゃあ本当に山賊に襲われたの?」

 段々とトウヤの話に真実の匂いを感じてきたレイラ。

「だから本当ですってば。その証拠にこうして焼かれそうになった後が」
 
 そう言って服の焦げた部分を見せるトウヤ。
 その瞬間、レイラは突如立ち上がった。

「ど、どうしたんですか? ボクは嘘なんてついてませんよ」

 少々真実を覆い隠しましたが。

「あの山猿共!」

 怒り狂った表情で、突如叫び出すレイラ。
 トウヤはその様子に怯え、腰を抜かしてしまう。
 ちょうど村長宅から出てきたレイナも、レイラの様子に驚いた。

「どうしたのレイラ。トウヤ、一体何があったの?」

「ボクも何が何やら」

地面を這いながら、近くの樽の後ろに隠れようとするトウヤ。
そんなトウヤに対して、レイラが叫んだ。

「トウヤ!」

「はい!」

 レイラの呼ぶ声に、直立不動で答えるトウヤ。

 何ですか。嘘は言ってませんよ!

「山猿どもの事は私に任せなさい。アンタにした悪逆非道の数々。私がきっちり返してやるわ!」

 男らしく言い切るレイラ。間違わないでもらいたいがレイラは女性である。

「レイナ、私町に戻るわ。後よろしく」

「あ、うん。気を付けてね」

「それじゃ」

 レイラはそのまま村から出ていった。
 後には、未だ直立姿勢を崩せないでいるトウヤと、何となく事態を察したレイナの二人。

「……一体全体何がどうなったんですか」

 トウヤはレイナに尋ねた。

「フフ。トウヤが襲われたって知って怒ったんだと思うな。レイラも女の子って事」

「……あの発言はどう見ても男のそれのような気もしますが」

 まるでヒロインの為に覚悟するヒーローのようなレイラ。

ん? つまりあれか、ボクはヒロインですか?

「……なんとも情けない」

「大丈夫。それはいつもの事でしょ」

「グフッ!」

 レイナの発言に再び心を抉られ、地面に崩れ落ちるトウヤ。

「でも気にしなくていいと思うよ」

「フフフ。飴と鞭ですか。いや無知なのか?」

 悪気がないからな。

「トウヤはそのままでいいと思う。私はね」

「私は?」

「レイラは違うみたい」

「……そうですね。今回のお使いに賛成したのは村長とレイラですし」

 唯一反対してくれたのはレイナでした。

「レイラも村長もトウヤに男らしくなって欲しいんだよ」

「無理に決まってんでしょ。ボクなんかに」

 男らしく成れるもんなら、とっくに成ってます。

「ボクは『無能力者』ですよ。何の力も持たない、ただの人間です。レイラやレイナみたいな力を、欠片も持ってません」

「そういう事じゃないと思うんだけど。それに何も無いってことはないんじゃないかな」

「強くもない。賢くもない。顔も良くないし意気地なしで根性なし。ついでにお金も運もない。ナイナイづくしですよ」

 自分で言って落ち込むトウヤ。
 そんなトウヤを見てレイナは呟く。

「……私ももう少し男らしくなって欲しいかな」

「なんか言いましたか?」

「ううん」

「……ボク帰ります。それでは」

「あ、うん。お疲れ様。また明日」

「はい」

 トウヤはレイナに手を振りつつ、自宅へと向かっていった。




[29593] 第一章 第五節 試す少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:05
「……」

 家に着いたトウヤはベッドに寝転び天井を眺めていた。
 まだ疲れが残っているだろう、ということで村長から今日の仕事は休み家でゆっくりしろと言われ、そうしているのだ。
 村長というよりレイナの提案なのだが。

「しかし、こうしていると暇ですね」

 家にある本は読んでしまったし何か他に暇つぶしはないものか、と周りを見回すとそこには忘れ去っていた存在がいた。

「カズマさん」

 プカプカ浮かびながら寝転がっているカズマがそこに居た。
 そういえば村長たちと話している間も視界の片隅にいたな、と思い出す。
 しかしこの男が終始黙っているとはなぁ、とトウヤは不思議に思い、カズマに聞くことに。

「あの、何でカズマさん静かにしてたんですか」

 カズマは顔を向け、鼻を鳴らす。

「フン。俺はお荷物じゃねぇからな!」

「……まだその事気にしてたんですか」

 なんとも律儀なカズマであった。

「……あっ! そうだ。いい暇つぶしがあったじゃないか」

 トウヤは勢い良くベッドから起き上がり、部屋の隅に置いていた袋を探る。
 袋の中からゼノにあずけられた『実』を取り出し右手に握る。そして目を瞑って深呼吸を一つ。

「……レイズ!」

 ………………何も起こらない。またですか。

「また『誰か助けて』って思わなきゃならねぇんじゃねぇの」

 トウヤの横でにやにや笑うカズマ。
 若干ムカツクも、しかしあながち間違ってはいないのでは、と思うトウヤ。
 しかし切羽詰った状況でもないのに誰かに助けを求めるなど、トウヤには出来なかった。

「……ボクに僅かに残っているプライドが許しませんね」

「お前にプライド何てあったのかよ」

「何ですって!」

 さすがのトウヤもこの発言にはムカッときてカズマに詰め寄る。

「あの女共、特にレイラとかいう女に頭も上がんねぇお前に、プライド何てもうねぇだろうが」

「くぅ~」

 ムカツクが間違っていない発言に、悔しい悲鳴を上げるトウヤ。
 トウヤはカズマを無視して考えた。
 
 少々考えてみよう。誰かに助けを求めたらこのカズマさんが現れた。
 そしてそのカズマさんはここに、なぜかミニマム型で、なおかつ自分にしか見えない存在となっています。
 なぜ自分にしか見えないのか。自分には見える必要があるとも取れますね。

 では何故見える必要があるのか。また呼び出すには見える必要があるから、とか?
 ……ものは試し。やってみますか!

「……来い、カズマ」

「何を、ってうお!」

 自身の握る実の中にカズマが入り、緑色に光『腕輪』と赤く光『実』がそこに。
 これが正解か。

「僕の頭も捨てたもんじゃないですね。まぁ当て感ですけど」

 結果往来。ではやりますか。

「レイズ」

 呪文と同時に『実』がさらに輝きだす。

 トウヤは一部始終見逃さないよう、薄く目を開けながら、なんとかカズマの出現を見ることができた。
 赤く発光した『実』が段々と大きくなり芽が飛び出す。
 その芽は実を包むように大きくなり、そして……。

「なんてこった」

 そこにはカズマがいた。
 あの夜、トウヤを助けた時の姿でそこに。

「すごい。一体どうなってるんでしょうね」

 こんな事が現実的に起きるなんて、なんて世の中になってしまったんだ。
 出現したカズマはというと、自分の両手を何度も握りしめ、見つめていた。
 どうやらカズマにとってもこの現象は摩訶不思議な事に変わりないようだった。

 記憶を失っているから、という事も考えられるが。
 そこでハタと気づき、トウヤは尋ねた。

「カズマさん。何か思い出しましたか」

 この姿になったことで記憶が蘇った、という結果になってもおかしくはない。
 かすかな希望に懸け、そう尋ねたトウヤに返ってきたのは、カズマの脳天チョップだった。

「いったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 悶絶。脳天に直撃を食らったトウヤは両手で頭を押さえうずくまる。

 一体全体何がどうしてこうなったんですか。

 その疑問を解消すべく、トウヤはカズマに詰め寄った。

「いきなり何すんでうすか!」

「ふざけんな! 今までの事、思い返してみろクソガキ!」

「逆切れですか!」

なんなんだ、といった感じで過去を思い返すトウヤ。

果てさて、今朝からの事を思い返してみよう。
確か、無駄な時間を過ごしたとカズマさんの所為にして。
レイナに見えないことをいいことに空気扱い。

さらには無理やり外に引っ張り出して、おまけのお荷物扱い。
ふむ、なるほど。

「申し訳ありませんでした」

 トウヤはいさぎよく土下座して謝る。

「当たり前だ!」

 逆に考えるとよく脳天チョップで済んだものだ。しかも相当加減してくれたはずである。
 なんせあの山賊たちの姿を見れば、本気を出した彼の攻撃の前に、
トウヤなど紙屑、いや塵に等しいと言っても過言ではない。

「本当に申し訳ありませんでした。つい少し調子に乗ってしまい」

「少しだと! 相当調子に乗ってただろうが!」

 ……そうですね。相当調子に乗っていましたね。

 未だ痛む頭を擦りながらカズマの言葉に同意する。
 何故あれほど調子に乗ってしまったのか。

「ボクのアホ!」

「本当にアホだな!」

 鼻息を荒くし、トウヤに同意するカズマ。
 今だ怒りが収まらない様子のカズマから逃れるため、トウヤはなんとか話を逸らそうとする。

「それで」

「あぁん!」

 早く話を逸らさなければ、第二撃がボクをを襲うことに!

「何か思い出しましたか」

「ん、そうだな……」

 腕を組み何かを必死で思い出そうとするカズマ。
 話を逸らすのには成功したようだ。

「なんでもいいんです」

「ん~~~~」

 必死に考え込むカズマ。
 しかし。

「駄目だ。何も思い出せん」

「やっぱり」

「何!」

「ごめんなさい」

 あのチョップはもう受けたくないので、すぐさまトウヤは謝罪する。
 どうやら完璧に、主従が決定してしまったようだ。

 カズマ=主、トウヤ=下僕

 ……なんか普通、逆なんじゃないですか、こういう状況の場合。
 ボクが召喚したようなものですし。

 何かとてつもなく理不尽なような気もするトウヤだったが、
どうしたって何かが変わるわけではないので諦めた。
 それよりも。

「結局何も分からずじまい、か」

「何だと」

 トウヤの物言いにカチンときて、睨みつけるカズマ。

「いえ、別にカズマさんの所為とか言ってないじゃないですか」
 
 なんでもかんでもカズマさんの所為にするわけないじゃないですか。

 そんな事をトウヤが考えていると、カズマは何を思ったかドアへと向かっていく。

 外にでも行くんですかね。
 まったく、少しは協力してくれてもいいのに。
 ……ちょっと待てください。

「どこ行く気ですか!」

「あ、決まってんだろ。外に行くんだよ」

「何で!」

「せっかく元の体に戻ったんだ。少し散歩するんだよ。何か文句あんのか」

「大有りです!」

 何も考えてないんですか。この筋肉バカ!

「誰かに姿を見られたらどうするつもりですか!」

「別にそんなの問題ねぇだろ」

「問題あり! 村の中に知らない人がいたら、あのバカ村長が飛んできますよ!」

 何故ここまでトウヤがあわてふためくのか、それには理由があった。

 それは今から少し昔のお話。
 村に不審な人物が侵入してきたことがあったのだ。
 その不審者は、村に勝手に入っただけではなく、なんとレイナを誘拐しようとしたのだ。
 
 幸い、その誘拐は未遂で済み、レイナには傷一つ付くことなく事なきを得たのだが。
 逆に誘拐しようとした方が、ただではすまなかった。
 レイラと村長、二人の手によりボコボコにされて、簀巻きのまま川に流されたのだから。
 
 とにかくその事件後からは、知らない人が村に入るときは村長の面会で合格したものでないと入れなくなった。
 そして無理矢理入った者には、村長の手で物理的に地獄へ送り込まれる。
 つまりそういうことである。

 なので、

「ここでジッとしててくださいよ。変な騒ぎになるのは御免です!」

「なんで俺が、お前の言う事を聞かなきゃいけねぇんだよ!」

「今後の事もあるので、どうすればいいか一緒に考える必要もあるでしょ」

「俺は嫌だね!」

そのまま外に出ようとするカズマ。

どうしよう。このままでは村が地獄絵図と化しますよ!
『村長』対『カズマ』。
どちらも強者、その戦いによって、先に村の方が壊滅することは間違いないです。

どうしようどうしようと慌てふためくトウヤの脳に、突如それは閃いた。
あの晩はどうしたのか、と。

 何をしたらカズマさんは消えましたか?
 そう、『消えろ』と言ったら消えた。これです!

 トウヤは、今まさにドアノブを捻ろうとするカズマに向かって叫んだ。

「カズマ消えろ!」

 一瞬の静寂。
 突如として閃いた奇策は、筋肉バカの所業を止める、という結果を出すことには成功した。
 しかし少しばかり方向性を変えてしまう。主にトウヤが痛い目を見る方向で。

「今、なんつった」

 ドアノブを握った体勢から微動だにせず、地の底のマグマが噴火する前兆のような声が、トウヤに向かって放たれた。

 何故消えない。なんでどうしてヘルプミー!

 トウヤは冷や汗を滝のように流した。
 村を壊滅から救おうとして、自分を生贄にしてしまっては意味がない。
 数秒間、トウヤもカズマも一切動かず時は進む。

 しかしゆっくりと、本当にゆっくりとトウヤに顔を向けてくるカズマ。
その顔は怒りに打ち震えていた。

「悪りぃな。最近少し耳が悪くなってるのかもしれねぇ。もう一度言ってくれるか」

「いや、えっと。あははは」

もう乾いた笑いしかでないトウヤ。
カズマはドアノブから手を放し、拳をパキポキ鳴らしながらトウヤに近づいていく。

「『消えろ』って聞こえたんだが。気のせいだよな。『消えろ』って」

「ええ、気のせいですよ。気のせい」

「確か前にも同じ言葉を聞いたような気がするんだが」

しっかり覚えていらっしゃる。

トウヤからさらに汗が溢れ出す。

「二度も俺に『消えろ』か。なかなか勇気があるじゃねぇか。少し見直したよ」

 そういうのを勇気とは言わず、無謀と言います。ついでに大馬鹿者とも。

「ただの腰抜けだと思ったが、どうやら勘違いだったようだな。心配すんな。
 さっきみたいな手加減はしない。お前の勇気に免じて、昨日のアホどもと同じように空を飛ばしてやるよ」

 いいね。空はいいよね。もし生まれ変われるなら、ボクは鳥になりたいです。
 ……そうじゃないでしょ!

「ごめんなさい!」

 すぐさまトウヤは謝罪するも、時すでに遅し。

「おせぇんだよクソガキ!」

怒りの鉄拳がトウヤの顔面に迫っていった。

ああ、ボクのアホ。
思いつきがで行動するからこんな目に会うんだ。
今後一切調子には乗らないぞ。

覚悟を決めて目を瞑り、衝撃に備える。
そんな事をしても意味がないと知りながら。
しかしながら、トウヤの覚悟とは裏腹に一向に衝撃は来なかった。

恐る恐る目を開けるトウヤ。
そこには誰もいなかった。
周りを見回しても誰もいない。人の気配も感じない。

トウヤは理解した。

これはあれだ。
つまり、九死に一生を得た、ということで間違いはないだろう。

「助かったぁ」

 安堵し、腰を抜かすトウヤ。

ボクの運も捨てたもんじゃないですね。
よくやったボクの運!

わけの分からない物に感謝するほど、混乱中のトウヤだったが、ふと疑問に思う事が一つ。

「カズマさんはどこにいったんでしょうか?」

姿なきカズマの行方である。
 
 あの時もそうだった。
 トウヤが『消えろ』と言って消えた後(それは間違いとたった今実証されたのだが)、周りを見回してもその姿はどこにもなかった。
どこかに隠れているのだろうか、いや隠れる必要はないはず。では何故姿が見えないのか。

少しの間、姿が消えた理由を考えるも明確な答えが出るはずもなく、ではどうしようかと一考した結果、ベッドで横になる事にしたトウヤ。
時間がたったとはいえ、カズマから頂いた脳天チョップにより未だに頭が痛い。
それに元の姿に戻ったカズマと話す事で想像以上に精神を削り落とされた。ついでに昨日の疲れも残っていた。

ほっといても、また前みたいにひょっこり現れるだろう、と思いトウヤ目を瞑った。

なんか変なものを渡されちゃったな。

いまさらながら後悔する。
ゼノから渡されたアイテムの所為で、頭が痛いどころか命の危険にまでさらされたのだ。
せめて早くこのアイテムを取りに来てくれないものか、とトウヤは右手の腕輪を見ながら思った。

しばしそのままでいると、突然腕輪が輝き始めた。

「なっ、なんで!」

 呪文を詠唱どころか『実』も持ってない。なのに何故!?

 混乱するトウヤ。
 しばらくすると光が収まり、目の前にどこかで見たことのある赤い物体が。

「カズマさん!」

 ミニマムカズマがそこにいた。

「どこに行ってたんですか?」

「俺が、知るかって、何回言わせんだ!」

 いきなり怒り度最高潮のカズマ。
 そんなカズマを放っておいてトウヤは腕輪を見る。

「どうやら少しずつだけどわかってきたようですね」

 頭の痛みは無駄じゃなかったようですね。

 第一に、どうやらカズマさんを召喚できる時間、これを仮に『召喚時間』としますが、それには限りがある、という事。
時間にするとおよそ数分、もしくは十数分っていったところですか。
 先ほどの召喚時間を大まかに計算すると。

 第二に、召喚後、これまた一定時間カズマさんは姿を消すことになる、という事。
 これを『消失時間』とすると、『召喚時間』と同じように数分から十数分ってところですかね。

「なるほど」

 少々だが、謎が解明されたことにより頭のモヤモヤが解消されたトウヤ。
 もう少し具体的に『召喚時間』や『消失時間』、その二つに統一性があることなどを検証してみたかったが、そうできない理由が。

「おい! 俺をもう一度元の姿に戻せ!」

 予想通り、カズマがトウヤに噛み付いた。

「一応何故かとお聞きします」

「お前をブッ飛ばすためだ!」

「あなたはアホですか」

誰がブッ飛ばされたくて元に戻しますか。
ついでに『ブッ飛ばす』じゃなくて『ブッ殺す』の間違いでしょう。

「嫌です。断固拒否します」

「ふざけんな! ブッ飛ばすぞ!」

「だから、ブッ飛ばすために元に戻せ、っていうのを拒否してるんですけど」

カズマのアホさ加減に呆れるトウヤ。

「いいから戻せ!」

「嫌です。僕、疲れてるんですよ。だからもう寝ます。お休みなさい」

「元に戻せ!」

ああ、うるさいうるさい。何て喧しい男なんでしょう。
どうにかしてこのうるさいのを黙らせないと。

トウヤは適当な理由をでっち上げ、黙らせる事にした。

「無理ですよ。戻したくてもどうやら力を使い果たしてしまったようで」

「何、本当か!?」

「はい」

 嘘です。

「というわけで、力を取り戻すためにも寝かしてもらえると、ありがたいんですがね」

「くっ、そうか。じゃあしょうがねえな」

 信じました。こんなのすぐ信じるなんて、カズマさん、すごいですよ本当。

「それではおやすみなさい」

「ああ、さっさと力を取り戻せよ」

 カズマはトウヤから離れ、窓の近くに移動し黙って外を眺め始めた。
そんなカズマの様子を見て、床に付くことにするトウヤ。

 明日からはまた平穏な生活が戻りますように。

 そんな事を願いながら、眠りにつくトウヤであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 満月が闇夜に輝く真夜中。

 カズマは窓の縁に腕を組んで胡座をかき、トウヤを眺めていた。

「……フン」

しかし、しばらくするとまた窓の外を眺め始める。
記憶がないカズマはトウヤを見て、腹ただしく感じると同時にどこか懐かしくもあった。
自分にはこのぐらいの年の家族がいたような気もする。こんな根性なしじゃなかったが。

カズマはそれを思い出そうと必死に考えた。しかし何も思い出せない。
ただ頭の片隅に、一つだけある映像が残っていた。

赤く染まった空。
砂ばかりの広大な荒野。
そして、その荒野を埋め尽くす黒い影。

それだけ。

しかし、それは確かに自信にとって重要な何かなのだと、カズマは本能的に悟った。

「……チッ」

 カズマはもう一度トウヤを見た。

「こいつと一緒に居れば何か思い出すのかね」

 その疑問に答えるものは、誰もいなかった。




[29593] 第一章 第六節 町に行く少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:05
 翌朝。

 前日までの疲れは完全に抜け、気持ちよく目を覚ましたトウヤは、早速仕事に取り掛かった。
 前日までの休暇分を消化するため、馬車馬のごとく働きまくり、すでに時刻はお昼過ぎ。
 現在トウヤは馬に餌を与えつつ自身もお昼を取っている真っ最中である。

「さぁ『テンマ』。しっかり食べてくださいね」

 馬の中でも一番自分に懐いている愛馬『テンマ』にそう話しかけるトウヤ。

「ふぅ。これです。これがボクが求めた日常!」

 なんと幸せな事でしょう!

 満面の笑みを浮かべて食事を頬張る姿は実に幸せそうであった。
しかしそんな幸福は長くは続かなかった。

「トウヤ、今大丈夫?」

 レイナが馬小屋に現れる。

「何ですか、レイナ」

「……何だかとても幸せそうだね」

 トウヤの顔を見て、そんな感想を漏らすレイナ。

「ええ、実に幸せです。あんなことがあったから倍に日常の幸せを感じます。
 ボクはもう決めました。今後一切、村から出ることは致しませんよ! ハッハッハ!」

「……そうなんだ」

 上機嫌に高笑いするトウヤに、微妙な顔をするレイナ。

「フッフフ~ン! で、ご用は何ですか?」

「……実はお願いがあるんだけど」

「ボクに任せてください。今のボクなら何でも受け入れますよ!」

「ホント?」

「もちろんです!」

「そう、良かった」

 レイナは安堵のため息を吐き、トウヤに告げた。

「これから私といっしょに町に行って欲しいんだけど……」

「お断りします」

 にべもなく断るトウヤ。

「え~!? さっき何でも受けるって!」

「すみません。それは幻聴です」

「しっかり聞こえたよ。幻聴じゃなかったよ」

「では空耳です。さぁて仕事に戻りますか」

 弁当箱を素早く片付け次の仕事に取り掛かろうとするトウヤ。
しかし、レイナがそれを阻止するようにトウヤの腕を掴む。

「お願い。一緒に行こうよ~」

「先程のボクの発言を聞いていましたよね。もう金輪際、村からは出ない、と」

「うん聞いてたよ。何でも受け入れますよ、って」

「重要なのはそこではありません。何でボクが町に『逝』かなきゃならないんですか!」

「何となく、意味が違うような気がするよ」

「いいえ。ボクにとっては同じ事です」

村の外に出る = 死 です!

『絶対に行きたくない』オーラを醸し出すトウヤ。

「あのね、レイラに荷物を届けなくちゃならなくて」

「尚更ボクが行く必要性が見当たりませんね」

 何故レイラの荷物を届けるのにボクが必要なんだか!

「そんなに大荷物なんですか?」

「ううん、そうじゃないの。私の護衛として一緒に来て欲しいんだけど……」

「無茶振りも大概にしてくださいよ。何故レイナより虚弱なボクが護衛など。出来るわけないじゃないですか!」

「駄目?」

「駄目とかそういう次元の問題じゃないんです。『レイラがお淑やかになる』って事ぐらい、不可能な話というだけです」

 レイラに聞かれた殺されそうな事を宣うトウヤ。

「……でも村長命令だよ」

「なんですと!?」

 立ち去ろうとしたトウヤは歩みを止めレイナに振り返る。

「『これを受けないと村から追い出す』って」

「そんな馬鹿な! 何故そんな命令が降されたんですか! というか脅迫だ!」

 意味不明な状況にトウヤは混乱した。

「ええとね。村長が『あれだけの事がありながらまだ男らしさが身につかんとは嘆かわしい』って言ってね。
 それで私が『じゃあ何かまた課題を出すのはどうですか?』って答えたら『それじゃ!』って事になって」

「んな!?」

「ええと作戦名は『レイナを無傷で村に送り返すまでが遠足じゃ』作戦、だっけ」

「……もうどこから突っ込んでいいのやら。というかレイナの性じゃないですか!」

「まぁそうと言えなくもない、かな?」

 可愛らしく首傾けるレイナ。
 しかしそんな仕草に誤魔化されるトウヤではない。

「言えます! 何て余計なことを~」

「で、でもそんなに無茶な事じゃないよ! 安全な道を通って行くわけだし」

「分かってない。分かってなさ過ぎですよ、レイナ!」

何て無知なんでしょうか!

「いいですか。普通の人なら確かに何事もなく、無事にその『試練』をこなすことが出来るでしょうとも」

「『試練』って……」

 大げさな物言いに苦笑いを浮かべるレイナ。
しかし当人にとっては大げさではなかった。

「『試練』になるんですってば。ボクの場合。ついこの前大変な事に巻き込まれたばかりでしょ。忘れたんですか!」

「でもあんな事そうそう……」

「巻き込まれます! 再び事件に巻き込まれると、ボクのなけなしの感がそう告げています!」

「それは被害妄想だと思うよ?」

「……せめて『考え過ぎ』と言ってくれませんかね」

 若干酷い物言いに突っ込まざるを得ないトウヤ。

「とにかく! また問題が起こって今度はレイナを巻き込むことになったらどうなります。
 それもレイナが傷つくような相手だったら。ボクにレイナが守れますか? 逆にボクが守られる自信があります!」

「自信満々で言う台詞ではないよね」

 微妙な顔で答えるレイナ。

「そういうわけでこの話は無かったということで」

「……でもそうなると、村から追い出されるよ?」

「……何でこんなことで、ボクは追い出されなければならないんでしょうね」

「う~ん」

 二人して一生懸命悩むものの、答えが出るはずもなかった。

「とにかく、一回だけで良いから行こう。大丈夫。何が来ても私は怪我しないから。それにトウヤは私が守ってみせるよ」

「グフッ!」

「……ホント、お前は情けねぇなクソガキ」

 今まで静観していたカズマもそう漏らす。

 やかましいですよカズマさん!

「……まぁどっちにしろ行かなければ行けないんですよね。結局の所」

 村を追い出されることは何とか避けなければ、と諦めてレイナに付き合うことを決めるトウヤ。

「良かった! じゃあ一時間したら出発するから準備してね」

 レイナは自宅に帰っていった。
 後に残るのは落ち込むトウヤとカズマのみ。

「ああ、何で続けざまでこんな目に」

「ホント、お前は駄目だな」

 心底呆れた様子で、トウヤにそう告げるカズマ。

「五月蝿いですね。ほっといてくださいよ」

「決まった事をグダグダ言ってんじゃねぇよ。しかも女に守って貰うとか。男の風上にもおけねぇ奴だな」

「ボクよりレイナの方が強いんです。自然にそうなってしまうんですよ」

情けないですがね。

「そういう問題じゃねぇだろ。プライドの問題だ」

「すいませんね。プライドがなくて」

「『ボクが守ってみせます』とか、言えねぇのかよ」

「どうやって守るんですか。何の力もないのに」

「その身を盾にするとか、方法はあんだろうが」

「冗談じゃないです。ボクが死んじゃいますよ」

「こりゃ駄目だ」

 あ~あ、といった表情で天を仰ぐカズマ。
その態度にムッとしたトウヤは、しかし名案を思いつく。

「ならいざという時、カズマさんがボクたちを守ってください」

 トウヤはカズマを利用することにした。

「はぁ? 何で俺が」

「カズマさんならどんな敵からでもボクとレイナを守れるでしょ。お願いしますよ」

「嫌だね。何で俺がそんな事!」

 トウヤの提案に拒絶の意を現すカズマ。

 はは~ん。そうきますか。

「出来ない、と」

「出来ねぇんじゃねぇ! やりたくねぇだけだ!」

「フム、なるほどそうですか。それならしょうがないですね」

「フン、たりめぇだ。なんで俺がそんな事……」

「口だけ、か」

 消え入りそうな程小声で出したその言葉は、しかしカズマにはしっかりと聞こえた様子。
ピクッ、と反応するカズマ。

「おい。今なんて言った」

 トウヤは、カズマから見えないようニンマリ笑った。

 予想通りの反応、またまたありがとうございます。

「いえなんとも。さぁそろそろ準備をしないと!」

「おい、いま『口だけ』っつったろ!」

 なんか、面白いぐらいに引っかかりますね。餌に。

「いえいえいいんですよ。関係ないカズマさんには荷が重いでしょうし」

「『荷が重い』!」

 さらに大きく反応するカズマ。

あなたは人に騙され易いタイプですね、はい。

「もういいですから行きましょう。準備する時間がなくなります」

 トウヤは自宅に向かって歩き出す。

「おいちょっと待てクソガキ!」

  ハイ、フィッシュ。

「何でしょう」

 トウヤはカズマの方に顔を向ける。

「やってやろうじゃねェか!」

「えっと何の事でしょうか」

「だから、お前と、あの女を。今日、町に行って、帰ってくるまで、守り通してやるってことだよ!」

「やってくれるんですか」

「応よ! 俺は口だけの男じゃねェからな。ついでにそんなの軽い軽い」

 ハッハッハッ、と高笑いを始める哀れなカズマ。
 そんなカズマの様子に、満面の笑みを浮かべるトウヤ。

「ではおまかせしてよろしいですか、カズマさん」

「おおよ。大船に乗ったつもりでいな」

 再び高笑いをするカズマ。

 なんかホントに、ホントに少し、その純粋さに哀れさを感じてしまうのはボクだけでしょうか。

自分で騙しておきながら、良心を若干痛ませるトウヤ。
しかしそれも一瞬のことだった。

 まぁこれでもしもの時に召喚して、ボクとレイナを助けてくれる助っ人を確保。
 ついでに昨日の約束の召喚も危ない時に達成できることだし、その時に『召喚時間』と『消失時間』も測定できます。
 一石二鳥どころか一石三鳥ですね。

 心の中で、そんな計算をするトウヤであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それで、一体何でまたレイラに荷物を届けることに?」

 町に向かっている最中、事の発端についてレイナに尋ねるトウヤ。

「ほら、トウヤが最近襲われた山賊がいたじゃない。覚えて、るよね」

「もし忘れられる人がいるのだとしたら、その人の神経は異常です。間違いなく」

 殺されかけたのを忘れられる人間がいるはずがない。
 もしいたとしても、ショックで記憶喪失になった人だ。

「その山賊達が何なんです?」

「その山賊ね、最近この辺り一体を暴れまわってるらしくて、今、町とかで問題になってるの」

「は~」

 未だ話が見えないトウヤ。

「それでこの前のトウヤの騒ぎがあったでしょ。
 レイラ、町に帰ったあと自衛団の団長に『山賊の一斉撤去』を提案して、それが近々行われるらしいの。
 それで当分町に泊まり込む事になりそうだから、着替えを持っていくことになって」

「……何か、事の発端がボクになっているような気がしなくもないんですが。気のせいですよね」

「……気のせいだよ」

「その間は何ですか」

 つまりこういうことだ。結局こうなったのも自業自得、と。

「ああなんてこった。レイラに事の顛末を詳しく話すんじゃなかった」

 山賊抹殺は別にいいんですけど間接的に迷惑を掛けないでもらえないだろうか。

しかし、それは無理なことだとトウヤは知っていた。
昔からレイラのする事総てが、直接的または間接的に被害を与えてくるのだ。トウヤに。

「レイラ本当に怒ってたからね。何人か血を見ることになるかも」

「というか死人が出るんじゃないですか?」

「う~ん。あのレイラの状態だと長く苦しませるために半殺しのような気がするな」

「……実にありえそうな話です」

 二人して大変酷い言い草だった。

「そんな事にならない為にもトウヤにあって欲しかったんだ」

「レイラにですか?」

「うん。後言って欲しかったんだ。『殺』り過ぎないでって」

「その言葉は大変正しいですね」

 身内から殺人者は出したくないですからね。

「……わかりました。微力ながらご協力させていただきます。
 でもボクの話を聴かない可能性もありますので、期待はしないでくださいね」

「うん。期待してないよ」

「ウグッ」

レイナのあんまりな物言いに、心が抉られるトウヤ。
もう少し柔らかい言い方は、ないのだろうか。

そんな事をしているとついに二人の目の前に目的の町が。

「何事もなくここまではたどり着きましたか」

 町の入口を見つめて呟くトウヤ。

「それはそうだよ。そうそう面倒ごとに巻き込まれるなんて無いよ」

「……かもしれませんね。しかし油断は出来ません」

「まぁ慎重な事は良いことだと思うけど、あまり思いつめないでね」

 そうトウヤに言って、レイナは町に入っていった。

 しばし呆然とそこに立ち尽くすトウヤ。

 自身にとって、初めての町。
 普通なら興奮するか、緊張するかのどちらかなのだろう。
しかし、トウヤはそのどちらでも無かった。

「はぁ~」

 大きくため息をつくトウヤ。
そんなトウヤの様子を見て、今まで黙っていたカズマはトウヤに言った。

「まだウジウジしてんのかよ。あの女も言ってたろうが。そうそう面倒事に巻き込まれるかってんだ」

「本当にそう思いますか?」

「思うに決まってんだろ。たかが町に来て何が起こるってんだ」

「わかんないですよ。大火災が起きるとか大地震が起きるとか、もしかしたら巨大隕石が落ちてくるかも」

「お前はアホか」

 心底呆れながら、カズマは言い放った。

「どこからそんな発想が出てくんだ。本の読み過ぎじゃねぇのか?」

「……確かに、沢山本は読んでますが」

「被害妄想激しすぎだっての。そんな小説みたいな事が現実に起きるか」

「でも実際起きたじゃないですか。山賊に襲われました」

「そりゃあるかもしんないが、さすがに隕石は落ちてこねぇって」

「それは言い過ぎだったと思います。しかしそういうことが起こる可能性はゼロでは無いと言いたいわけで」

「そんな事だからお前は引きこもるんだな」

「む~」

 カズマの最も意見に口を閉ざすトウヤ。

「お前はあれか。道を歩いてたら熊に襲われるのか。馬車にひき殺されるのか。
 大体大火災が起きようが大地震が起きようが、それこそ巨大隕石が落ちようが、
お前の村だってただじゃすまねぇだろうが。そんな事にビクついてんじゃねぇよ、アホらしい」

 それに、と話を続ける。

「何の為に俺がいると思ってんだ。そういうのから守られるために、お前はこの俺様に護衛を頼み込んだんだろうが」

 頼み『込ん』ではいないし、さすがに隕石をどうにか出来るとは思えなかったトウヤ。
 しかしもうこの男に頼る他なかった。

「カズマさん」

「何だよ」

 真剣な顔でカズマを見るトウヤ。

「ホントーーーーーーーに! 頼みましたよ」

「わかってるっての。俺に任せておけ。必ず守り通して見せる。俺は『口だけの男』じゃねぇからな!」

 そう言って、高笑いを始めるカズマ。

「……はぁ」

 そんな自信に満ち溢れるカズマを見ながらも、何故か不安に押し潰されそうなトウヤであった。




[29593] 第一章 第七節 見ていた少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:06
「……あ、いました」

 先に町に入ったレイナを見つけたトウヤ。
 彼女は大きな建物の前にいた。

「レイナ」

「あ、トウヤ。ちょうど良かった。ここがレイラのいる自衛団の本部よ」

「はぁそんなんですか」

 特に興味も無いので気の抜けた返事を返す。

「それじゃ入ろう」

 ドアを開けるレイナに続く。
 中には大きな机が部屋の真ん中に一つ。その周りを多くの椅子が取り囲んでいた。
会議室かな、とトウヤは思った。

「お、レイナちゃんじゃないか。レイラに用事かい」

 部屋の様子を伺っていると、制服を来た青年がレイナに話しかけてきた。

「どうもお久しぶりです。あのレイラは?」

「今パトロール出てるんだよ。もう少しで帰ってくると思うよ」

「そうですか」

「悪いね」

 そうレイラに謝罪した後、青年はトウヤに気がついた。

「……えっと、そこの坊やは?」

「ぼ!?」

 自信を子供扱いされ絶句するトウヤ。

 確かに十四にしては身長が足りませんが、子供扱いは止めていただきたいです。

 不満げに青年を睨みつける。
 それを見かねてレイナが答えた。

「あの、トウヤは『一応』十四歳です」

「『一応』を付けないでください!」

 なんでこう、一言多いんですかね。

「え!? レイラやレイナちゃんと同い年!?」

「貴方も驚かないでくださいよ!」

「ククク。確かに十四には見えねぇな」

 カズマも青年に同意する。

「……どうも初めまして、トウヤと申します。今年で『十四歳』になりました。
 以後よろしく『間違わないように!』お願い致します」

 彼らのそんな態度に若干イラつきながらも、自己紹介するトウヤ。

「あっ、御免御免。……そうか、君がレイラが好く話すトウヤ君か」

「え!? レイラがボクの事を?」

「ああ」

「……ちなみにどのような事を」

 何となく想像がついたトウヤ。

「ああ、確か『男らしくない』だの『情けない』だの『もっとしっかりして欲しい』だの。後は……」

「もう結構です」

 本人の預かり知らぬ所で散々な言われようであった。

おのれレイラめ。ならばこちらにも考えがありますよ。クックックッ。

 黒い笑みを零して善からぬことを企むトウヤ。

「おじさん!」

「俺は『おじさん』って年じゃない! まだ二十三だぞ!」

 さっきの仕返しです。

「そんな事よりも、レイラはしっかり仕事をしていますか?」

「えっ? そりゃまぁしっかりやってるが……」

「本当ですか? 嘘を付くように言われてるんですよね」

 あの女なら遣りかねない、と断言するトウヤ。

「いや、そんなことは」

「いいえわかってます。あの女はそういう奴なんですよ。」

「そうなのか? そんな感じじゃなかったと」

「それは猫を被っているんです」

 トウヤはレイナの悪口を青年に話し、この町に広めようと画作した。

「口を開けば悪態だらけ。少々反抗したらすぐに手をあげる暴れん坊。
 確かに外見は良い部類に入ると思いますが、中身はそれに反して悪い事この上なし! 
 騙されてはいけませんよ、寝首を何時掻かれるか」

「と、トウヤ。なんて事を……」

「い、言い過ぎだと思うぞ、トウヤ君」

 トウヤの物言いに顔を青くさせるレイナと青年。
 しかし構わずトウヤは続けた。

「言い過ぎ? そんな事は断じて有り得ません。むしろ言いなさ過ぎと言えます。
 双子なのにレイナとまるで正反対の性格。
 何故ああ育ってしまったのか、我が村の七不思議の一つです」

 やれやれ、とため息を吐く。

「……そんな事思ってたんだ」

「ええ、もう少し『優しさ』という言葉を覚えてくれると、ボクとしては大変嬉しく思うんですが。
 まっ、それは不可能というものですね。有り得ません」

「ふ~ん」

「おいトウヤ。後ろ後ろ」

 いい感じで話していたトウヤに、笑いを堪えながら後ろを見るよう促すカズマ。

「何ですか? 何か面白いものでもあるんですか?」

 意味不明なカズマの様子に、疑問を抱きつつトウヤが後ろを振り返る。
するとそこには鬼がいた。
いやさ、怒りにうち震えて、鬼の形相をしたレイラがそこにいた。

「……でも実は大変優しい心の持ち主で、慈愛に満ちているんですよ」

 すぐさま振り返り、青い顔をした青年にそう告げる。

「いまさら遅い!」

「ごめんなさーーーーーーーーー、ゴフッ!」

 レイラはトウヤの頭を鷲掴みし、持ち上げて床に思いっきり叩きつけた。
そして。

「アダダダダダダダダダ! 折れる折れます折れるかも!」

 さらに膝十字固めを極めるレイラ。

「アンタ本人のいないところで悪口言うとか、最悪ね!」

「自分だってボクのいないところで、イダーーーーーーー! 本当に折れちゃいますよーーーー」

「折れなさい! そして私の心の痛みを知りなさい!」

「だからお互い様です、ってアイターーーーーーーーイ!」

「私のは善意よ! アンタのには悪意があるわ! しかも極めて悪質な!」

「悪口に善意なんてあるはずないでしょ! というかもう止めてーーーー! レイナ助けてーーーー!」

「自業自得だからしょうがないよ」

「ごもっとも! アイターーーー!」

「ダァハッハッハッ!」

 トウヤの様子に、腹を抱えて大笑いするカズマ。
 しばらくの間、部屋にはトウヤの悲鳴が鳴り響いた。

そして数分後。

「誠に申し訳ありませんでした。
 この逆ピラミッドの頂点に落とされているボクごときが、レイラ様に対して暴言を吐くなど許されぬ所行。
 大いに反省し、今後二度と同じ過ちを繰り返さないと誓います」

 土下座して謝るいつものトウヤの姿がそこにあった。

「……まぁ良し。特別にこの世に存在することを許してあげるわ。
 でも再度同じ事を仕出かしたときには精神的拷問を三日三晩掛けて行なったあと、物理的に地獄に落としてあげる。
 二度とはい上がれない無間地獄までね」

「さすがレイラ様。実に慈愛に満ちたお答え」

「フフン! まぁ当たり前ね。私ほど優しさに満ち溢れた美少女は他に存在しないわ」

「……」

 自画自賛するレイラに対し、トウヤは冷たい視線を向ける。
 しかし、

「あ!?」

「いえ全くそのとおり」

 レイラに凄まれて、すぐさま肯定の意を現す、情けない男トウヤ。
 そんなトウヤの様子に、何とか怒りを沈めたレイラはやっとの事でトウヤを解放した。

やっと終わりましたか。

 やれやれ、と言った表情でトウヤが立ち上がると、何やら辺りが騒がしい事に。
どうやらトウヤ達の騒ぎを聞きつけて、いつの間にか自衛団の人達が大勢集まっていたようだ。

「ははは! 大丈夫かい、トウヤ君」

 自衛団と思わしき、ダンディな叔父さんがトウヤに話しかける。

「あ、どうも。えっと」

「ああ、この自衛団の団長を務めているシゲマツだ。よろしく」

 そう言いながら、トウヤに手を差し出すシゲマツ。

「あ、これはどうも。トウヤです」

 トウヤは差し出された手を握り、シゲマツと握手をする。

「団長。そいつを甘やかさないようにしてください。すぐ調子に乗る馬鹿ですから」

 レイラは未だ怒りが収まらないようだ。

「まぁまぁ。しかしあんなレイラの姿を、我々は今まで見たことがなかった。
 よっぽど仲がいいんだな、君と」

「団長! 何言ってるんですか!? そんな訳あるはずありません!」

 顔を赤くして否定するレイラ。

「全くもってその通りです。普段、猫を被っているだけで本性はあんなもんです」

「……拷問逝く?」

「申し訳ありませんでした」

 どうもレイラ相手だと、口を滑らし過ぎるトウヤ。

「フム。やっぱり仲が良い」

「だな」

「怪しいね」

「あの坊主、羨ましい!」

「妬ましい!」

「モゲロ!」

 段々ざわついていく周りに、恥ずかしさでついにレイラは限界を超えて。

「もう一回パトロール行ってきます! ほらいくわよトウヤ! レイナも」

 そう言いながら、トウヤの手を掴んで引っ張っていくレイナ。

「わ! 引っ張らないでくださいよ、後空中に浮いてる!」

 あまりにも勢い良く引っ張られたため、若干宙に浮いてしまうトウヤ。
 そして、

「あ、待ってよ二人とも! あ、これで失礼します!」

 律儀に自衛団の面々に頭を下げてから、レイナは二人の後を追っていくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここは町の、とあるカフェテリア。
 トウヤ達三人は、店の椅子に腰掛けて、一息付いている真っ最中であった。

「アンタのせいよ! どうしてくれんの、完全に誤解されてるわ!」

 先程の騒ぎの原因を押し付けるレイラ。

「ボクだけのせい。本当にそうでしょうかねぇ」

「全ての原因はアンタよ! この世に悪党がいるのもアンタのせい!」

「何という押しつけ。この世の悪の根源ですか、ボクは」

「まぁまぁ二人とも、落ち着いて」

 未だに火花を散らす二人を諭すレイナ。

「それよりもレイラは、僕たちに言うべき事があるんではないでしょうか」

「は? アンタに死ねって言う事? でもレイナにそんな事言うわけないし」

「ボクは死にません! 荷物持ってきた事ですよ!」

「あ、そうだった。レイナだけ、ありがとう」

「……もういいや」

 トウヤは全てを諦めた。

「ハハ。それはイイんだけど。それよりレイラ、あんまり無茶しないでね」

 レイナは山賊達に無茶を働くのでは、という方向でレイラを心配している模様。

「ああ、聞きましたよレイナ。山賊達を皆殺しにするとか」

「しないわよ! アンタ私を何だと思ってんのよ!」

「……本当にしない、と言い切れますか?」

「……否定は出来ないわね」

「絶対そんな事しないでよ! 半殺しはいいから!」

「いや、それも駄目だとボクは思うんですが。普通は」

「レイナは変なところで普通じゃないから言っても無駄よ」

「なるほど。すごく説得力のあるお言葉」

「……突然息が合ってる。仲直りしたみだいで良かったけど、何故か素直に喜べないよ」

 レイナの事に対して、途端に意見を合わせる二人に若干理不尽さを感じる。

「……まぁとにかく無茶をして『殺』り過ぎないよう気を付けてくださいね」

「わかってる。『殺』り過ぎないわよ。そこまで」

「……本当に大丈夫かな?」

 なるようになる、としか言えなかった。

「それより何か飲む? 奢るわよ」

 レイラが話題を変える。

「私は何でもいいよ」

「ボクは……」

トウヤは少し考えた後。

「……じゃあ、お水で」

「はぁ? 何で水なのよ。奢るって言ってんじゃない」

 トウヤの答えに、目を丸くするレイラ。

「……まさかと思うけどトウヤ。一応言っとくけど水はただよ?」

「知ってますよ! 馬鹿にするのも大概にしてください!」

 そこまでボクはバカではありません、と憤慨するトウヤ。

「じゃあ何で水を頼むのよ」

「タダだから頼むんです」

「……意味がわからないんだけど」

「レイラに奢って貰ったら、雨どころか隕石が降ってきます」

「……アンタの血の雨が降るかもしれないわね」

「いやぁ! レイラに奢って貰うなんて事、ボクごときがされる事ではないと思いまして!」

 すぐに媚び諂うトウヤ。この男にプライドは無かった。

「……まぁいいわ。すいません!」

 レイラはウェイトレスに注文する。

「ふぅ」

 トウヤは安堵の溜め息を吐く。
 実は水を頼んだのには理由があった。
 どうも先ほどから胃がキリキリして痛いのだ。

「ああ不安だ」

 今の所、想定内のことしか起こってはいない。
 レイラに殺されかけるなど日常茶飯事。
 もうそれはどうしようもないものだ、と半ば諦めているトウヤ。

 だがこれ以上の事は起こって欲しくなかった。
 
 ウェイトレスが水を運んでくる。

 これでも飲んで落ち着きましょう。

 トウヤはコップを取り、水を口に含む。

「キャアァァぁぁァァァァァァァ!」

「ブホッ!」

 トウヤは口に含んでいた水を吹き出した。

「一体何事ですか!?」

 悲鳴の原因を確かめるため、トウヤは辺りを見回そうとするが。

「何すんのよ!」

 突然レイラに顎を跳ね上げられ、トウヤは椅子から転げ落ちる。

「いきなり何すんですか! と逆に問い返します!」

「ぁあ!?」

「ごめんなさい!」

 レイラの顔を見たトウヤは、すぐ土下座した。
 トウヤが吹き出した水が、彼女の顔面に直撃していたのだ。
 だがそんな事をやっている状況ではない。

「レイラ悲鳴! 何の悲鳴ですか!?」

「そうだった!」

 レイラはトウヤの言葉に、辺りを見回す。
 すると、悲鳴の原因はすぐに分かった。
 地面に尻餅を付いている女性と、それを取り囲む男性多数。

 その様子を見て、トウヤは叫んだ。

「ハプニング、来たーーーーーーーー!」

「煩い黙れ!」

「へブッ」

 奇声を挙げたアホは、レイナに裏拳をお見舞いされた。

 何故だ! 何故ハプニングが起きたんですか! 
 あれだけ不幸な目にあったのに、まだ足りないというんですか! 
 それともあれか。レイラに殺されかけるのはカウントされない? 何ですかそれは!

 余りの理不尽さに、憤慨するトウヤ。

「……どうするの、レイラ?」

 レイナは不安そうな目をしつつ、レイラに質問する。

「どうやら私の出番のようね」

 レイラは拳を鳴らしながら彼らに近づいていく。

「ちょっとアンタ達! 何してんのよ!」

「ぁあ!? 何だテメェわ!」

「ヘヘ、結構良い女じゃねぇか」

 レイラの恐ろしさも知らず、そんな言葉を吐く愚か者達。

「ああ、死亡確定」

 トウヤは今後の結果を予測し、合掌した。

「自衛団よ。アンタたち、その人に何したの!」

「こりゃまた別嬪の自衛団様だ。何、ちょっと一緒に楽しもうと思ってな」

「私刑!」

 悪党面の返答を聞いた瞬間、判決はくだった。

「グハッ!」

 レイラは、右足で目の前の男の顎を蹴り上げる。
 そして続けざまに、鳩尾を足裏で攻撃し、そのまま後方に男を吹き飛ばした。
 男の飛ばされた方向には、積み上げられた大きな木箱が多数。

 激しく物が壊れる音が街中に響きわたり、積み上げられた木箱が崩れ落ちる。
 
 それを合図に戦闘が始まった。
 
 一気にレイラに襲いかかる悪党面達。
 それを最初に吹き飛ばした男と同様に、蹴り飛ばすレイラ。
辺りは一気に大混乱に陥った。

「ヒィ!」

 もちろん、そんな状況にビビるトウヤ。

「どこか! どこか隠れる場所は!」

 隠れる場所を探して逃げ惑う。 
 そんなトウヤの方に、レイラが吹き飛ばした男の一人が飛んでくる。

「ちょ!?」

 ぶつかる、と思った瞬間、その男は明後日の方向へと飛んでいく事に。

「大丈夫トウヤ?」

レイナが男の進行方向を逸らしたのだ。

「ナイス柔術! さすがレイナです!」

 トウヤはレイナに対し、親指をたてて褒め称えた。
 
 レイラは村長から柔術を学んでおり、その腕前は村長とタメを張るほどである。
 またレイラの方も、村長直伝の剛術を扱え、さらに村長以上の使い手でもある。
 ちなみにトウヤは両方やったが、どちらも全く出来ない運動音痴だったのは言うまでもない。

「トウヤ。今の内に隠れて」

「喜んで!」

 レイナの言葉に直ぐ様近くの建物の裏に隠れるトウヤ。

「なんてこった! 何でこんな事に巻き込まれるんだ! やっぱり村から出るんじゃなかった!」

 自身の悪い予感が的中し、トウヤは改めて村を出ることの危険性を再認識する。
 トウヤが隠れている間にも戦闘は続いていく。
 どうやら騒ぎを聞きつけて先ほど自衛団であった人たちも駆けつけてきた。

 これで終わる。トウヤはそう思い安堵した。
 しかし。

「動くな!」
 
 悪人面の一人が突然叫んだ。
 トウヤが叫んだ方を見ると悪人面Aの腕の中に、ナイフを押し付けられた女性が一人。
 人質である。

「卑怯な!」
 
 トウヤは余りの卑怯っぷりに、悪役面Aに聞こえない大きさの声で、そう毒づいた。

 潔く自衛団に捕まってくださいよ! そしてボクの身の安全を保証してください!
 
 しかし、トウヤのそんな思いとは裏腹に事態は緊迫した方向へと向かっていく。 
 それは、先程まで混乱していた現場が、一気に静まり返っていることからも容易に想像がついた。
 自衛団の人たちも、悪役面達も、下手に動けない状況。

 そんな状況の中、ゆっくり動きだすレイラ。

「……その人を放しなさい。さもなきゃ死んだ方がましな目に会わせて上げる」

 レイラの目のハイライトが、次第に消えていっている事に、トウヤは気付いた。

「怒っとる。本当に本気で、掛け値なしで怒ってますよ、レイラ」

 トウヤは知っていた。あの目をしたレイラは危険指定動物より凶悪であると。
 しかしそんな空気を読み取れない悪党面Aは、さらにこんな事を宣った。

「動くんじゃねぇ! そっちの女もどうなってもいいのか!」

 見るとレイナにも、悪役面Bがナイフを押し付けている。

「大丈夫レイラ。あの人が無事になったら……」

「わかってるわよ、レイナ」

 おそらくレイナの方は大丈夫だと判断したのだろう、レイラは。
 しかしトウヤにとってはそうではなかった。

「何てことですか! これでレイナに少しでも傷が付いてみなさい。
 ボクは村長の手で地獄に叩き落とされますよ! 
 ただでさえ『無傷で返せ』と言われているのに、こんな事になるなんて!」

 このままではあの悪役面とともに死んでしまう、と思ったトウヤは大いに混乱した。

 ああどうしようどうしよう。
あの悪役面さん達は、火に油を注いで、さらに爆薬まで投げ込むなんて! 
おかげでボクも生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ。どうする、どうすればいい。誰か教えてヘルプミー!

そんなトウヤに、天は生まれて初めて味方した。

「おい! 俺の出番じゃねェのか!」

 そこには『ついに俺の出番か!』と舞台裏で出待ちしていた救世主、いやさカズマ。

「そうでした!」

 カズマさん、いやカズマ様を呼び出せばいいんです。
 彼ならこの状況を一瞬で何とかして、ボクを死の運命から救い出してくれる。

 トウヤはすぐさま召喚の準備を始めた。
 ポケットから身を出して、右手で握る。
 そして。

「来い、カズマ! レイズ!」

 赤く実が光ると同時に呪文を唱える。
 実はみるみる大きくなり、元のカズマの姿になる。

 あ、そうだ。持ってきた懐中時計で時間の方も計っとかないと。

「良し! ではカズマさん、後はよろしく!」

「ったりめぇだ。見てろよ。傷一つ付けずに守ってみせる!」

 カズマは瞬間移動したような速さで、現場に飛び込んでいった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


悪役面Aは、いやその場にいる全ての者が、驚いた。
いきなり見知らぬ男が現れたかと思うと、性に向けられたナイフを掴み、手で砕いたからだ。
砕かれたナイフを呆然と見つめる悪役面A。しかしすぐさま突如現れた赤髪の男・カズマに叫んだ。

「なんだテメェは!」

「テメェに名乗る名前なんざねぇよ」

 お前など眼中にない、といった感じのカズマ。

「ふざけんな!」

 予想通りに切れた悪人面Aは、カズマの顔面に向かって折れたナイフで攻撃する。
 それを無抵抗のまま受けるカズマ。
 周りで見ていた人は『死んだ』と思った。

 しかし攻撃を受けたカズマは、そんな攻撃を屁でもないという風にただ立っている。
 見ると、折れたナイフは皮膚を切り裂いてもいない。

「なっ、なっ」

 呆然とする悪人面A。
 それも当然であった。
いくら折れてるからとはいえ、全く傷が付かないのは異常だ。

 しかしそんな事を当の本人は気にせず言い放った。

「気は済んだか?」

 軽くガッカリした顔をするカズマ。
 ため息をついて、右手を悪人面Aの額に向けた。

「お前程度ならこれで十分だな」

 中指を親指で押さえる、つまる所デコピンの態勢。
 そして。

「ほらお返しだ」

 言い放った瞬間、悪人面Aの頭に爆音が響き渡る。
 次の瞬間には、空を飛ぶ悪人面A。
 そしてそのまま、近くにあった噴水に落ち、大きな水しぶきが辺りに鳴り響く。

 全ての者が唖然とする中、一番先に動いたのは自身の身の危険を感じて、混乱した悪人面Bであった。
 持っていたナイフを掲げ、レイナに向かって振り下ろす。

「……!」

 反応の遅れたレイナは、それを防ぐことが出来ずに、そのままナイフが突き刺さる、かと思った。
 しかし。

「覇ッ!」

 カズマが宙に右拳を振るい、それが空圧となって悪人面Bの顔面に突き刺さる。
 顔面に衝撃を受けた悪人面Bは錐揉みしながら吹っ飛び、近くにあった樽置き場に突っ込んでいった。
 樽の倒れる音が鳴り響き、その後一瞬の静寂。

 しかし次の瞬間、街は歓声に包まれた。
 さっそうと現れ、またたく間に悪漢を叩きのめし、二人の女性を救い出す。
 町の人々にとって、その姿はまさにヒーローであった。

 ……ちなみに、トウヤはその光景を唖然とした面持ちで見ていた、という事をここに追記して置く。



[29593] 第一章 第八節 攫われる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:06
 歓声に包まれる町。
 大衆に囲まれるカズマ。
 そしてそれを、隠れて眺めているトウヤ。

 普通ならば何も出来なかった自分に対して憤慨、
 もしくはカズマに嫉妬するのだろうが、トウヤはそのどちらでも無かった。

「た、助かった~」

 心の奥底から安堵し、腰を抜かす。
 
 これでボクの命は何とか繋ぎ止める事が出来ました。
 さすがカズマさん、貴方が真のヒーローです!
 
 村長に殺されることが無くなったのだ、トウヤにとってこれ以上の事は無かった。
 ふぅ~、と汗を拭ってカズマの元へと向かうトウヤ。
 しかし大観衆に囲まれているこの状況では、カズマに近づく事も出来ず。
 
 どうしようか、とトウヤは辺りを見回す。
 すると、噴水の方に集まっている自衛団の人たちが、トウヤの目に入った。
 噴水から引き上げられた悪役面Aは、どうやら生きている様子。

 あれほどの爆音が鳴り響いていたのに、よく首の骨が折れなかったものだ、とトウヤは感心した。

 いやそれよりも。

「飛ぶんですなぁ」

 デコピンで、人が。
 ぶん殴って人が飛んだ時も驚きましたが、さらに驚いた現象。
 どれだけ力があればあんなことが出来るんですかね。

 実行した本人を、遠目で見つめるトウヤ。
 その実行した本人ことカズマはというと、人質にされた女性に感謝され、
ついでに周りからも賞賛の雨嵐を受けて目を白黒させていた。

 どうやら本人にとって、これは予想外の反応だった模様。
しばらくの間、そんなカズマの様子を伺っていたトウヤは、
しかし何か大切なことを忘れてやしないかと一考。

そして、

「そうだ、時間です!」

 時間を計るために使用していた懐中時計に目をやるトウヤ。
 すでに召喚から五分が経過していた。

 前回召喚した際は、少なくとも数分でカズマさんは消えてしまっていたはず。
 よく今まで大丈夫だったものです。
 しかし、このいつ戻ってもおかしくない状況は大変よろしくないのでは。

 段々と焦り始めるトウヤ。

 やばいよやばいよ大変だ。
 このままじゃ群衆の真っ只中で人が消える、という怪奇現象が起こってしまいます。
 ……まぁ怪奇現象なんですけど。いえ、そうではなくて! どうしようどうしよう!

 あわてふためきながら、なんとか思いついた作戦。
 それは。

「カズマさん! カズマさん!」

 そう言って群衆の中に突入するトウヤ。
 それに気づいたカズマは、トウヤに振り向いた。

「お、応、ちょうどいい所に来た。こいつらをどうにか……」

「さすがカズマさん! 悪人から女性を助けだし、あっという間に事態を解決に導くだなんて。
 さすがは正義の味方! やりますね」

「は? お前何言って……」

 いいから黙って話を合わせる! 時間がないんですよ!
 
 そう目でカズマに合図するトウヤ。

「でももう行かなければ! 約束の時間に間に合いませんよ!」

「は? 約束? 何の約束が……」

「さっ、行きましょうカズマさん。途中までお送りします」

「お、おい」

「それでは皆さん。
 申し訳ありませんが、カズマさんはこれから大事な用事がありますので、これにて失礼させていただきます。
 お礼の方は、ボクの方からしておきますのでお気になさらず」

 そう言って群衆を掻き分け、カズマを引っ張って行くトウヤ。
 カズマが行くのを惜しむ声もあるが、カズマの予定を妨げるのは悪人を倒してくれた人に対して失礼、
 と考えるのが普通であり、なんとかその場を逃れることに成功。

 カズマを引っ張り路地裏に行く。懐中時計を見ると九分をすでに経過済み。

「おい。俺は約束なんてねぇぞ?」

「アホですか! その体が消えるのを、群衆に見せる気ですか!」

「あ、そういうことか」

 今理解しないでくださいよ、全く。

 再びトウヤは懐中時計を見る。
 十分まで、四、三、二、一。

「零」

 そう言った瞬間、カズマの体が発光し、そして消えた。

 なるほど、十分ですか。

 そのまま消失時間の測定開始するトウヤ。
 だが、今回はなんとなくその時間は推測できた。

「おそらく十分でしょうね」

 前の時も、だいたい召喚時間と同じぐらいだったために、得られた考察。
 しかし。

「ふぅ~。何とかなりましたね」

 とにもかくにもこれで一安心、とトウヤは安堵の溜め息をはいた、が。

「ねぇ」

「ホアチャァ!」

 突然肩を叩かれ奇声を上げるトウヤ。

 だ、だ、だ、誰ですか。ボクごときに何か御用でしょうか!?

 声のした方にトウヤは振り返る。
 するとそこには、訝しげな表情をしたレイラと、トウヤの奇声に苦笑いを浮かべたレイナの姿が。

「なんて声出してんのよアンタ」

「あ、いや、いきなり声を掛けられたもので、つい吃驚」

「何よそれ」

 呆れるレイラ。

「それよりも、聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか、レイナ?」

「あの、さっきトウヤが連れていった人なんだけど……」

「そうよ、さっきの人! アンタ正直に答えなさい!」

「えっと彼が、何か?」

 カズマがどうかしましたか? 
 もしかして、余計なことして怒りましたか?
 それとも……、はっ! まさか見られた!?

 カズマ消失を見られたと思い、心臓の鼓動が早まるトウヤ。

 どうしましょう、なんて説明すれば。
 『ゼノさんにもらった腕輪と実で出した人物だよ、てへっ。』とでも言えばいいんですか?
 いけません、末期症状です。

 まぁ出すのを見せれば信じるでしょうけど、ゼノさんとの約束もあります。
 それに、何故黙っていたかという話になるはず。
 それは不味い、不味過ぎます。

 すでにレイラには、全てを話した事になっています。
 それなのに、嘘をついたと分かったら、何と言われるか、いやどんな拷問に晒されるか。
 ああ、どうするどうすればどうするときーーーーーー!

「えっとですね、カズマさんはですね」

「やっぱりね」

 何がやっぱり何でしょうか。

「あの人がカズマさんだったのね! アンタを助けた」

 何故か納得するレイラ。

 ……あ、何だ。そっちの事でしたか。
 焦って損しましたよ。縮まった寿命をどうしてくれるんです。

「はいそうです。前言った事件に巻き込まれたときに助けてくれたのがあのカズマさんでして」

「ふ~ん。それにしては仲良かったわね。確か助けて、すぐ消えたんじゃなかったの?」

 ギクッ!

 鋭いツッコミを入れてくるレイラに、焦るトウヤ。

「あ、え~と、あのですね」

 う~ん。あ、こうしましょう!

「先ほどお二人が悪党面さんと戦っていた時に、偶然建物裏で会いまして」

 ああ無理な言い訳、と心で思うものの嘘話を続けるトウヤ。

「その時に『どうか助けてください』と懇願し、まぁ結果ああなった訳で。そこまで親しいわけでは。ただの正義の味方と弱者代表といった関係です、はい」

「えっ!? アンタが助けを求めたってこと?」

 何故かトウヤの行動に驚くレイラ。
 レイナも思いは同じようだ。

「それは、まぁ。レイナが危なかったですし」

 レイナに傷が付いたらボクは死にます。一種の呪いから逃れるために、ね。

「ト、トウヤが私の為に!?」

「アンタがレイナの為に!?」

 二人して信じられない目でトウヤを見る。

 ム、何やら大変な誤解をしているご様子。レイナの為ではなくボクの為です。

 二人の間違いを正そうとするトウヤ。
 しかし。

「アンタ、見直したわ!」

「ゴホッ!」

 レイラに思いっきり背中を叩かれ、息が出来なくなる。
 呼吸困難に陥って釈明できずにいる間に。

「ありがとうトウヤ。私の為に」

「うんうん! アンタを村から出して良かったわ。すっごく成長したわね! まだまだだけど」

「い、いえ。ゴホッ! そうでは、ゴホッ!」

「あ、あのトウヤ。何かお礼をしないといけないね!」

「そうね。というか何か料理でも奢るわ! 今日は記念すべき日ね!」

 たかだか助けを呼んだだけで、この騒ぎ。

 ボクはどんだけ自分絶対主義の他人放任主義何ですか! 
 ……間違ってませんが。

 その後、あれよあれよという間に誤解は進んでしまい、トウヤは釈明の機会を完全に逃してしまったのであった。
 ちなみに、予想通りカズマは十分後に姿を現した事を、ここに追記しておく。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うっぷ! 食べ過ぎました」

「大丈夫トウヤ? ゴメンね調子に乗って。でも私もレイラも嬉しくて」

「え、いや。アハハハハ」

 誤解も解けず、しかも騙す形になってしまったため、好意を素直に受け入れることも出来ず。
 乾いた笑いをあげることしか出来ないトウヤ。

「それよりもすっかり遅くなってしまいました」

 すでに空は茜色。
 本当ならば、夕方になる前に帰る予定だったのだが。

「うん。そうだね。でもそれ程嬉しかったんだよ?」

「……いえ、もうそれはいいです」

 良心が! ボクのなけなしの良心が!

「本当に自分の事以外に、全くと言っていいほど関心を持たなかったトウヤが、こんなに立派になって」

「……褒めてるんですか? それとも貶しているんですか?」

 余りの低評価に、今度は落ち込むトウヤ。

「……本当にありがとう。トウヤ」

「……いいえ、どういたしまして」

 ああもうどうしたらいいんですか!

「それよりもさっさと帰りましょ。遅くなったら村長に怒られます!」

「うん。それもそうだね」

 何とか話を逸らすことに成功したトウヤ。
 しばし無言で歩く二人。

 ああどうしましょ。いまさら自分の為でしたと言ってみなさい。
 どれだけレイナが悲しむか。そしてどれほどレイラに地獄を見せられるか。
 ……このまま黙っておいた方がいいんでしょうかね? でもなぁ……。

 今後の方針を唸りながら考えていると、レイナが突然トウヤの肩を掴んで止めた。

「ち、違いますよ! ボクは助けるつもりだったのが確かです。しかしですね?」

 心を覗かれたかと勘違いし、トウヤは焦りながら言い訳を始める。
 そんなトウヤに対し、レイナは真剣な顔をして言った。

「トウヤ、静かにして。誰かがこっちを見てる」

「へっ?」

 トウヤは辺りを見回した。しかし誰もいないし、人の気配を感じない。

「……マジで誰かいるぞ」

 カズマも真剣な表情でそう告げた。

「……一体どこの何方が」

 ビビリながらレイナとカズマに尋ねるトウヤ。
 その直後、茂みの中から何かが飛び出してきた。しかも沢山。

「ヒィ!?」

 突然の事に、トウヤは怯えて動けなくなる。
 そんなトウヤの背後から、一つの影が現れ、トウヤを地面に押し倒し、口を塞ぐ。

「ガハッ!?」

「トウヤ!?」

「クソガキ!?」

 レイナの悲鳴と、カズマの驚きの声が、トウヤの耳に入る。
 その声に反応して拘束から逃げようとするも。

「動くな。殺すぞ」

 上から発せられた言葉により、恐怖で動けなくなるトウヤ。
 そんなトウヤをよそに、飛び出した影の一つがレイナに言った。

「お前ら、レイラの知り合いだな?」

「!? それが何!?」
 
 レイラという名が出て、レイナは一瞬動揺するも、すぐさま気を取り直して突然現れた不審者にそう告げる。

「あいつと自衛団には何度も世話になっててな」

「……貴方たち山賊ね?」

「ふぁっ!?(なっ!?)」

 トウヤは愕然とした。

 また山賊!? 
 この前会ったばかりなのにまた!? 
 どんだけボクは運が悪いんですか!

「レイラと、それから自衛団に伝えろ。こいつの命が欲しけりゃ、俺たちから手を引けってな」

「な!?」

「ふぇっ?(へ?)」

 驚愕するレイナと、訳の分からないトウヤ。

 こいつ? どいつ? 何を言ってるんですかこの山賊は。
 まるでボクの命が欲しければ、と言っているような……。

 ……待て待てちょっと待て。
 この前も山賊に命を奪われかけて、今度も命を奪われかける。
 ……はぁ?

「ふぉふふぁふぉんはへふんははふいんへふは!(ボクはどんだけ運が悪いんですか!)」

 余りの天文学的引きの悪さに、憤慨するトウヤ。

「いいか、必ず伝えろよ。いくぞお前ら」

 そう言って山賊たちは再び茂みの中へと消えていった。トウヤを連れて。

「トウヤ!」

 遠くからレイナの叫び声が聞こえる。
 その声には、悲鳴の色も混じっていた。

「くそっ! クソガキを離せ、卑怯もん!」

 カズマが山賊に怒鳴りつけるも、聞こえるはずがなく。
 どんどんレイナから離されていくトウヤ。

「ふぁふへへへいは!(助けてレイナ!)」

 トウヤがレイナに助けを求める。
 しかし。

「少し黙ってな」

 そう言われ、後頭部に一撃を貰う事になるトウヤ。
 その衝撃で意識が薄れゆく中、トウヤは思った。

 …… 何でボクがヒロイン役?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アイタ!?」

 突然襲った体の痛みでトウヤは目覚めた。

「いっつ~! 一体何事ですか!?」

 痛む体で起き上がりながら辺りを見回す。
 すると後ろから何かが閉まる音が。

「ん……? なっ!?」

 後ろを振り返ったトウヤは、絶句した。
 目の前には鉄格子。
 その奥には、いかにも悪そうな顔をした男が、ニヤついてこちらを見ていたのだ。

「さ、山賊、さん」

 何故か『さん』付けをしてしまうトウヤ。

「運が悪かったな坊主。山賊に狙われるなんてそうあることじゃねぇのによ」

 御免なさい二度目です、と軽口も叩けない程恐怖するトウヤ。

「こ、ここから出してください」

 震えた声でお願いするトウヤ。
 しかし当然のごとく。

「それは駄目だ。まぁ自衛団の対応に願うんだな。そうすりゃここから出られるぜ?」

 そう言って山賊は牢屋から離れていった。

「ううう、何でこんなことに……」

 再び山賊に狙われて、さらに捕まって牢屋に閉じ込められる。
 あまりの自身の運のなさと、山賊への恐怖から屈みこんで頭を抱えるトウヤ。

「くそっ! あの野郎共卑怯な事しやがって!」

 カズマが山賊に悪態を付く。

「お前も何黙って攫われってんだ! 少しは抵抗しろよ!」

「しましたよ! その結果がこれなんです!」

「ちっ、この軟弱野郎。だから弱い奴は嫌いなんだ」

「無茶言わないでください! どうしようもなかったんでし! 弱いのもしょうがないでしょ!」

 トウヤは涙を浮かべてカズマに叫ぶ。

「ピーピー泣くな鬱陶しい。この泣き虫野郎!」

「泣いて何が悪いんですか! 怖いんだからしょうがないでしょ! 殺されるかもしれないのに」

「俺がいるだろ! 俺を召喚しろよ、そんで奴らをブッ潰す!」

「やりません! どれだけ人数がいるかもわからないのに、そんな事出来ますか!」

 カズマの余りの無計画ぶりに、怒りを露にするトウヤ。

「何人いようが全部ブッ潰す!」

「だから無理ですってば!」

「無理じゃねぇ!」

「無理! 召喚時間は十分何ですよ! もし時間内に全員倒せなかったどうなりますか!」

「どうなるってんだよ!」

「ボクは殺されます! 絶対確実に!」

「わかんねぇだろそんな事! 大丈夫かもしんねぇだろ!」

「確かに大丈夫かもしれません!」

 カズマの言葉を肯定するトウヤ。

「じゃあ……」

「でも大丈夫じゃないかもしれないでしょ! そんな不確かな事が出来ますか!」

「こんの腰抜け! それでも男か!」

「またそれですか!」

 カズマの男理論に呆れるトウヤ。

「男でも弱い奴は弱いんです! ついでに脆弱で虚弱で根性なしで意気地なしなんです!」

「威張って言うな!」

「文句言うな!」

 二人は激しく睨み合い、さらに口喧嘩を続けようとしたその時。

「喧しい! 静かに出来んのか、この山猿共!」

「ヒィ!?」

 突如隣の部屋から叫ばれた声に、腰を抜かすトウヤ。

「寝ている時に騒ぐとは何事! お主らには常識というものがないのか!」

 山賊に常識を解くお隣さん。

 ん? お隣さん?

「お隣って事は、ボクと同じように捕まってるってことですかね?」

「……かもな」

 小声で話し合う二人。

「……カズマさん。見てきてくださいますか、お隣」

「……まぁいいだろう」

 カズマは壁を通り抜けて、お隣に向かう。
 そしてすぐさま戻ってきた。

「……どんな方でしたか?」

「ジジイだった。何かスゲェ偉そうな髭生やしてる」

「……ジジイ? 偉そうな髭?」

 ごく最近似たような人物を見かけた気がした。

「もしかしてゼノさん?」

「誰だゼノって?」

 カズマが首を傾げた。

「……ちょっと聞いてみましょう」

 トウヤは壁に近づいて、向こう側に話しかける。

「あの、少しよろしいでしょうか?」

「何じゃ!? 今、寝取るんじゃ、話しかけるな!」

「あの! あなたはもしかしてゼノさんでは!?」

「ムッ!? それがどうした!」

「やっぱりゼノさんだ!」

 ウヤは少し元気になった気がした。

「あのボクです。トウヤです」

「……トウヤ?」

「はい」

 しばし沈黙が流れる。

「……ん? おお、トウヤ。トウヤかお主!」

「はい、覚えて頂けてましたか!」

「うむ。息災で何より。……というか何故ここに?」

「山賊に捕まったんです」

「何じゃと!?」

 向こう側で壁にへばりつく音が。

「何故じゃ!? お主も捕まってしまったのか!?」

「あ、いやあの時は捕まらなかったんですけど、別件で」

「何と運の無い」

「……言わないでください」

 自然と涙が溢れるトウヤ。

「う~む。いやしかし、これは逆に好都合か?」

「捕まって何が好都合ですか!」

 そんなわけあるか!

「トウヤ。お主の捕まった件、助けが来る可能性は?」

 突然の発言に困惑するトウヤ。

「え? 何故そんな事を?」

「いいから答えぃ」

「えっと……」

 ……おそらくレイラとレイナが助けに来てくれるはず。

「はい。おそらく来るかと」

「おお! そうかそうか」

 喜びの声をあげるゼノ。

「それが何か……」

「トウヤよ、頼みがある!」

「また!?」

 もう勘弁してください、と言った感じのトウヤ。

「すまぬ。しかしワシはそろそろこの場から連れて行かれるであろう。
 そうなる前にワシの発明品をどうにかしてあの山賊共意外に託したかった所。
 助けのくるお主になら、託すことが出来る」

「あの、しかし助けが来ない可能性も!」

 もうこれ以上、トウヤは変な物を押し付けられたくなかった。

「いや来る! ワシはそう信じとる!」

「何故そんな事が言えるんですか!」

「感じゃ!」

 ゼノの言い分に対し、唖然とするトウヤ。

「お前もこれぐらい、能天気になれればいいのにな」

 隣でカズマが、ゼノに対して酷い評価をする。

 ボクにこれになれと!?

「あの、いやでも……」

「むっ? 誰か近づいてくる!」

「えっ!?」

 耳を澄ますも、トウヤにそんな音は聞こえない。
 しかし、ゼノの声には真実味があった。

「トウヤよ。助けが来て牢屋から出られたら、ワシのいた牢屋の中を探してくれ。
 腰袋が置いてあるはずじゃ。それをお主に預かってほしい」

「え、いや、ちょっ」

「さぁこれ以上話すのは危険じゃ。お主とワシが知り合いだとバレたら不味い!」

 あの、と言葉を発しようとした瞬間、扉の開く音がトウヤに聞こえた。
 すぐさま黙り込み、部屋の隅で小さくなる。
 足音が段々と近づいてきて、牢屋の目の前を三人の男が通った。

 一人は山賊の一味らしき人。
 しかし、残りの二人は服装から、山賊の一味ではないとトウヤは感じた。
 三人が牢屋を通り過ぎる瞬間、最後尾の一人がトウヤの牢屋に目をやった。

 のぞき込んできた目を見て、トウヤは悲鳴をあげそうになった。
 顔つきから男だと思われる。しかし、トウヤに印象を与えたのは瞳だった。
 爬虫類のような縦割れの瞳。そのような瞳を持つ人間を、トウヤは今まで見たことがなかった。

 まるで凶悪な、肉食動物に狙われたようなそんな瞳に、トウヤの体は恐怖で震えあがる。

「……そっちは関係ねぇ。こっちの件だ、アンタ等のはこっちだよ」

 牢屋を通り過ぎた山賊が、最後尾の男にそう言った。
 無言のまま、トウヤを見つめ続ける男。

「こいつは何故こんな所に?」

 男は山賊に質問した。

「ああ、ちょっと町の自衛団といざこざがあってな。その人質だ」

 また、無言でトウヤを見つめ続ける男。

「それよりこっちだ。そうだろアンタ」

「ええ、ええ。そうです。この老人です」

 もう一人の人物が山賊に答える。
 その声質から、年老いた男だとトウヤは推測した。

「それじゃ連れてってくれ。それと報酬は」

「ええ、ええ。それならすでに外に置いてありますよ」

「フフフ。あれがありゃ自衛団は全滅だな」

 山賊は暗い笑い声をあげてそう言った。

「……出ろ」

 今までトウヤを見つめ続けていた男が、ゼノにそう告げた。
 それに従うゼノ。

「それでは行きましょうか、ゼノ博士」

「ふん! どこへでも好きに連れていくがいい。しかし後悔するなよ!」

 威勢良く吠えるゼノ。

「フフフ、元気の良いご老人だ」

「貴様に言われたくはないわ」

「……行くぞ」

 ゼノ達はトウヤの牢屋を通り過ぎていく。
 その際、再びあの男がトウヤを見つめた。
 そして何かを呟き、そのまま目の前を通り過ぎていく。

「……一体何だったんでしょうか?」

 男の行動に疑問符を浮かべるトウヤ。

「おい、あのガキを見張ってろ」

 山賊のそんな声も耳に届かず、トウヤは考え込む。

「何だったと思いますか、カズマさん」

「俺が知るか!」

「……ですよね」

 そんな風にカズマと小声で話していると。

「何をブツクサ言ってるんだな?」

 どうやら見張りの山賊がトウヤを怪訝に思ったようだ。

「い、いえ何でも……」

 トウヤは、何でもありませんと言おうとして、出来なかった。
 目の前には巨大な男がいた。身長が二メートル程ある大男。
 しかし、トウヤが注目したのはそこではなかった。

「あ、あ、あ」

 その山賊の顔に、トウヤは絶句した。
 まるで、今日町で見た悪役面など、赤子に等しいような、
そんな事を思わせるほど凶悪な顔。

「ヒィェェェェェェェェェェェェェェェ!」

 トウヤは恐怖のあまり、悲鳴をあげた。
 そして、同時にこう悟った。
 喰い殺される、と。



[29593] 第一章 第九節 立ち上がる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:07
 トウヤは死を覚悟した。
 それも悲惨な死を。

 自分はこれから、この目の前の山賊に噛み砕かれ、おいしく頂かれてしまう。
 そう思ったトウヤは、震えながら山賊に命乞いをした。

「ボクはおいしくありませんよ、どうか食べないで!」

 恥も外聞も無く、涙と鼻水を垂れ流すトウヤ。

「ちっ! おいクソガキ、さっさと俺を召喚しろ。死にてえのか!」

 カズマは山賊に戦闘態勢を取り、トウヤに叫んだ。
 しかし、恐怖で動くことが出来ないトウヤ。
 そんな彼に山賊は口を開いた。

「泣かないで欲しいんだな。俺は見張りを頼まれただけ。君には一切手を出さない事を誓うんだな」

「どうか、どうか! ……へっ?」

 彼の口から飛び出した、予想外の発言に、トウヤは驚いて山賊の顔を見つめる。

 今、この人はなんと言いました? 
 ボクの幻聴なのでしょうか。それともここはもうあの世。

「あ、あの。その。一体……」

「心配ないんだな。自衛団が手を引いてくたら必ず親分は君を返してくれる。それまでの辛抱なんだな」

「は、はいぃ……」

 その恐ろしい外見とは裏腹に、慈愛に満ちた心遣いをみせる山賊。
 本当にこの人は山賊なのか、と疑問を抱くのも無理はない。

「……こいつ本当に山賊か?」

 カズマも同様の疑問を口にする。

 ボクは何か、大きな勘違いをしているのでは。
 
 そう思ったトウヤは、怖面の山賊に質問した。

「あの、貴方は一体何者なんですか?」


 山賊ではなく、天よりの使いですか? それにしては恐ろしい顔ですが。

「俺のことか? 俺はノリオ。山賊なんだな」

「や、やっぱり山賊! しかし何故そんなにも、心がお綺麗なんですか!」

 山賊が、全て汚い心の持ち主だと断定していたトウヤにとって、目の前の山賊『ノリオ』は未知の生命体だった。
 物珍しい顔で、ノリオを見つめるトウヤ。
 その視線に気まずい顔をして、ノリオは言った。

「あ、あんまり見ないで欲しいんだな」

「あ、これは申し訳ない」

 失礼なことをしたと思い、すぐに視線を逸らすトウヤ。

「……すまないんだな。こんな怖い顔をしてて」

「え? いえ別にそんな事は……」

 すみません、思ってました。しかも喰い殺されるかと思うほどに。

 トウヤは凄く気まずくなった。

「いいんだな。自分でもわかってる。今まで会った人も俺の事を怯えた目で見つめてた。
 それほどの物だと自覚してるし、納得もしてる。別に気を使う必要は無いんだな」

 ノリオは苦笑いを浮かべてそう言った。
 何とも悲しそうな彼の笑顔を見て、心を酷く痛めるトウヤ。

 ボ、ボクはこんなお優しいお方に何て酷い事を!
 ボクにはわかる、わかります。彼はボクと同じように己の不運に嘆く悲しき弱者。
 自分と同じような境遇の人にボクは!

「誠に申し訳ありませんでした!」

 トウヤはノリオに土下座した。
 トウヤの突然の行動に、驚くノリオ。

「い、いきなり何を! 頭をあげるんだな!?」

「いいえ、山賊さん。いえ敢えてノリオさんと言わせて頂きます。本当に、誠に、申し訳ありませんでした!」

 さらに深々と頭を下げるトウヤ。

「正直に言います。ボクは貴方を山賊だからと恐怖したのではなく、貴方の顔に恐怖してしまいました。
 貴方がその事に関して過去、どのようなつらい目に遭ったかも知らずに! 知らずとはいえ本当に申し訳ない!」

「い、いいんだな。気にしないで欲しいんだな。俺も納得してるんだな。だから……」

「納得はしているのでしょう。しかし悔しんでもいるはずです!」

 トウヤはそう断言した。
 図星を刺されたような顔をするノリオ。

「そ、そんな事はないんだな。そんな事は」

「いえ、そんな事はありません! ボクだってそうなんですから!」

「え? き、君も?」

 驚くノリオ。

「はい、ボクも貴方と同じです。生まれながらに貧弱で、さらに虚弱で脆弱で。
 過去何度も強くなろう、賢くなろう、そう努力してきました。しかしやる事成すこと全て駄目。
 幼馴染の二人は簡単に出来ることがボクには出来ない。これほど悔しい事はありません!」

 初めて、心の内を他人にさらけ出したトウヤ。
 その言葉に、ノリオは共感の意を示した。

「き、君も……」

「ボクも最初はどうにかしようと努力しました。しかしどれだけやっても結果は同じ。
 そんな事が何年も続いた後、ついにボクは悟りました。この世には天に愛された人と天に見放された人、その二種類が生まれてくるのだと」

 トウヤは涙を堪えた声で続ける。

「だからボクも無理矢理納得しました。ボクには何も出来ない、だから諦めようと。
 確かに納得はしています。でも悔しくもある。だからノリオさんの事が理解できます!」

「き、君も。君も辛かったんだなぁ」

 ノリオは涙を浮かべていた。
 そんな彼にトウヤは。

「ボク、トウヤと言います。ここで会ったのも何かの縁。どうぞよろしくお願いします!」

「……俺に名前を教えてくれるのか? こんな俺に?」

「もちろんです。確かに貴方は山賊で、ボクは人質です。ですがそんな関係を超えた絆が僕たちにはあります。そうでしょ?」

「そ、そうなんだな。そうなんだな! ありがとうトウヤ君。ボクの事をそこまで理解してくれる人は、今までいなかったんだな」

「こちらこそありがとうございます。ボクは初めて山賊に捕まって良かったと思いました!」

 初めての理解者に、互いに感謝する二人。
 そして彼らは親友となった。
 にこやかな顔でウンウン、と頷く二人を見ていたカズマは、呆れた顔でこう呟いた。

「……お前ら二人とも、ホント、アホだな」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 日が落ちたばかりの頃。
 自衛団達が基地としている建物から、その怒声は鳴り響いた。

「何で駄目なんですか!」

 レイラは、血が出るほど握り締められた拳を、机に向かって振り下ろした。
 その衝撃で、会議室の机は、大きな音をたてて叩き割られる。
 周りは、レイラの初めて見せる激昂ぶりに、どうすればいいかと慌てふためく。

 しかしそんなレイラに対し、自衛団団長、シゲマツは冷静に答えた。

「……たった一人の人質の為に、そのような危険な真似は出来ない」

「……んな」

 小さく呟くレイラ。
 まずいと思い、近くにいたレイナがレイラに近づく。

「ふざけんな!」

 シゲマツに向かって飛びかかろうとするレイラ。
 しかしレイナが羽交い締めし、それを止めた。

「落ち着いてレイラ! 八つ当たりなんて駄目!」

「煩いレイナ! 離せ!」

「駄目だよ! 皆さんも止めてください!」

 レイナは一人では止めきれないと思い、周りに助けを求める。
 そんな彼女の言葉に、呆然としていた自衛団の面々はすぐさま行動に移った。

「落ち着けレイラ。冷静に!」

「そうだとも。こんな所で暴れても意味がないぞ!」

「くそっ! 何て力だ!」

 数人がかりで止めにかかるも、抵抗する彼女を完全に止めることが出来ない。

「トウヤの命がかかってるんだ! なのに……」

「だからといって山賊から手を引いてどうなる。そんな事をすれば多くの人が犠牲となるのは目に見えている」

 冷静に答えるシゲマツ。

「でも、でも!」

「落ち着いてレイラ。そんな事をしてもトウヤは……」

 必死に止めようとするレイナ。しかしそんなレイラに彼女は言ってはならない事を。

「アンタがトウヤの事を言うな! アンタがしっかりしてないからトウヤが!」

「レイラ!」

 レイラの発言に今まで冷静だったシゲマツは声を荒らげて叫んだ。

「!?」

 シゲマツの怒号で冷静になるレイラ。

「ご、ごめんレイナ。私そんなつもりじゃ……」

「いいのレイラ」

 レイナは悲しそうな顔で答えた。

「レイラの言うとおり。私がしっかりしてればトウヤが連れ去られる事はなかった。それに自衛団に迷惑をかけることも……」

「そんな事は無い! 迷惑だなんて」

「そうだとも、気にするな。こんな時のための自衛団なんだ。迷惑だなんて思っていない。それにこうなったのも我々の警戒が甘かったからだ」

「くそっ! 昼間の騒ぎのせいで人員を割きすぎたからこんな事に」

「……それに山賊達が我々の動きを見抜いていたのもある。どこから嗅ぎつけたのやら」

「俺たちの中にスパイがいるんじゃないのか!?」

「おい! 滅多な事を言うんじゃない!」

「だがそれなら説明が付く。今回の件、どうもきな臭い」

「おい、お前まで……」

 様々な疑惑が上がり、混乱しだす自衛団。

「いい加減にせんか!」

 そんな自衛団の面々に向けてシゲマツは叫んだ。
 一気に静かになる面々。さらにシゲマツは続けた。

「内部情報漏えいの可能性。警戒を緩めてしまった落ち度。そして人質の件。
 確かに問題だらけの状況だ。しかしそんな時に冷静さを失ってどうする。
 しかも仲間を疑い出して内部分裂までお越しかけるとは」

 シゲマツの言葉に、落ち込む面々。

「ともかく、早々に対策を取ろう。時間を掛けてしまえばトウヤ君の命に関わる」

「……なら早く助けに!」

「落ち着けレイラ! 我々の情報が漏れている可能性がある中、下手に動けばトウヤ君の身に危険が迫ることになるぞ!」

「なら! ならどうすればいいんですか!」

 レイラは悲鳴に似た声でシゲマツに尋ねる。

「それをこれから考えるのだ」

 そう言うとシゲマツは自衛団の面々に顔を向けた。

「いいか! これから各自に作業を与える。まずは町の警備に付く者。我々が混乱したスキを奴らが付く可能性がある。そこで……」

 シゲマツは各自に命令を与えていく。
各々が与えられた任務に向かい部屋を出ていった後、彼は部屋に最後まで残っていたレイラとレイナに顔を向けて言った。

「レイナ君。君には悪いのだが今は一人でも多くの力が必要だ。協力してはくれまいか」

「もちろんです。私に出来ることなら!」

 レイナは真剣な面持ちで答えた。

「うむ。ならばレイナ君。それからレイラ。二人にはこれからやって貰いたいところがある」

「そんな! 私たちはトウヤを……」

 反論を口にするレイラを手で制すシゲマツ。
 そして彼は二人に小声で話を始めた。

「聞け。そのトウヤ君を助けに行くんだ」

「えっ!?」

 レイラは驚いた顔をする。それはレイナも同じだった。

「我々が山賊から手を引くことは出来ん。しかしそれではトウヤ君の身にいつ危険が迫るかわからない。
 かといって下手に動けば奴らに気付かれる。ならば信頼出来る二人にすぐさま救出に向かってもらうしかない。
 この命令は私と君達だけが知る極秘任務。いくらスパイがいようとも、私の独断で決めた任務をすぐさま嗅ぎとる事は出来んだろう」

「だ、団長!」

「ありがとうございます!」

 二人は、シゲマツに心から感謝した。
 そんな二人に対し、彼は地図を広げながら話を続けた。

「いいか。私は二人に部屋で待機するように命令を下した、と仲間達に伝える。
 レイラが冷静さを失っており、このままでは士気に影響を与えるので大事をとって任務から外す、とな。
 レイナ君はそんなレイラを監視する役。これで二人が姿を表さなくても誰も疑わん」

 さらに地図を指して続ける。

「君たちはその間に、この町から人目に点かないよう脱出、このルートを通ってここにに向かってくれ。
 この場所は自衛団の情報部が掴んだ情報の中でも、最も奴らの拠点と思わしき場所。
 無論、違う可能性もあるが何もわからんよりはマシだ」

 シゲマツは二人の顔を見た。
 真剣な表情で話を聞くレイラとレイナ。

「どうだ。やれるかこの任務」

「やります。やらせてください」

 レイラが言った。

「私もやれます。もしこの場所が違ったとしても私たちでトウヤの居場所は突き止めます」

「ありがとう。すまんなレイナ君。自衛団でも無い君にこのような事を。しかし頼れるのは二人しかいない。
 誘拐されたのがトウヤ君で、彼と仲の良い君たちだけが、現在最も信頼できる。頼んだぞ。彼の命を救ってくれ」

「「はい」」

 二人は同時に答えた。

「……それでは頼んだぞ」

 そう言ってシゲマツは建物の外に出ていった。
 直後、二人は動き出す。
 建物の裏口に向かい、誰にも気付かれないよう外に抜け出す。

 そして、人気の少ない暗い道を駆け抜けて、二人は町を脱出した。
 しばし無言で、大地を駆け抜ける二人。
 しかし暗い森の中に入った直後、レイラが呟いた。

「御免、レイナ」

「えっ?」

 突然の謝罪に驚くレイナ。

「さっき言った事。アンタのせいだって……」

「いいよ。本当の事だもん」

「……違う。アンタのせいじゃない。あの山猿達のせい」

 拳を握りしめるレイラ。

「もしトウヤに何かあったら、あいつら只じゃ済まさない」

「……殺すのは駄目だよ」

 レイラから出る殺気を見て、そんな事を言うレイナ。

「何でよ! トウヤがもし死んだら……」

「殺したら一瞬で終わりだよ。苦しいの」

「……レイナ?」

 どす黒いオーラがレイナから漏れだし、怯えるレイラ。

「全く、山賊に焼かれそうになったって聞いた時には必死で我慢して自分を抑えたのに。
 馬鹿な人たちだね。自分から苦しみたいだなんて。これが世に言うマゾって人の事なんだね」

 口を歪めて、クスクス笑うレイナ。

「トウヤが死んだら? そんな事絶対させないよレイラ。
 それにそんな事にならなくても山賊たちはもう終わり。
 苦しみ悶えてこの世に生まれてきた事を後悔するのは決定事項だもん」

「……そ、そう。お手柔らかにね」

「うん、もちろんだよ。じっくりゆっくり、こってりまったり、ね」

「……馬鹿な山猿達」

 レイラは憎んでいるはずの山賊達に、ほんの少し同情した。

「それよりもアイツ。怪我とかしてないかしら」

「う~ん。というより怯えて震えてるかも。早くいかなきゃ」

「確かに。あいつの事だから恐怖で心臓発作になるかも。飛ばすわよレイナ」

 そう言って、今まで以上に速度を上げて森を駆け抜けるレイナ。
 レイナもそれに続いていった。
 トウヤの無事を祈りながら。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方、山賊たちのアジトの中にある牢屋小屋では。

「つまりボクたち負け組は家の中でひっそりと暮らすしかないんですよ」

「う~ん、確かにそうなんだな。そうすれば惨めな思いをする事は無くなるかも。
 でもそれは人としてどうかな、と俺は思うんだな」

「確かに。僕たちはまだ人として終わっているわけではありません。
 勇気ある一歩を踏み出して外に出ていく必要はあります。でもその勇気を持つのが簡単ではないというか」

「そうなんだな。今まで駄目だったのに今度こそ、とはなかなかいかないんだな。希望のほとんど見えない状況の中なら尚更……」

「「う~ん」」

 トウヤとノリオ、二人して唸る。
 山賊と人質という垣根を超え、親友となった二人は、いつの間にか『負け組の生き方』について真剣に討論していた。
 希望もない自分達が、今後どのようにして生きていくべきなのか。

 自分たちに明日はあるのか。
 時間を忘れ、語り合う二人。
 そんな二人に呆れたカズマは、二人を放っておいて空中で寝転がっている。

「……あ、そういえばお聞きしたい事がありました」

 トウヤはふと疑問に思った。

「どうしてノリオさんのような優しい方が山賊に?」

「そ、それは……」

 トウヤの質問に対し、途端に暗い顔になるノリオ。

「あ、すみません。言いづらいことなら……」

「いや、別にトウヤ君なら構わねぇ。トウヤ君も想いの丈を話したんだな。俺だって話さなければ、卑怯なんだな」

 真剣な顔になるノリオ。

「別に対した理由じゃないんだな。どこにいっても怖がられる俺を唯一迎え入れてくれたのが親分なんだな。
 俺の風貌と怪力が山賊に向いているって言われたから、ただそれだけなんだな」

「……そうなんですか。でも、例え山賊だったとしても認められたんです。それは嬉しいことだったでしょうね」

 ノリオを励まそうとするトウヤ。

「……けど、結局駄目だった。どんなに顔が怖くても、どんなに力があっても、それを使えるだけの心が俺には無かったんだな。
 誰かの事を傷つけて物を奪うだなんて、俺には出来ないんだな」

 溜め息を吐き、話を続ける。

「だから山賊仲間からは『クズオ』って言われて、馬鹿にされてるんだな。今だってお前に出来るのは人質の監視だけとか言って。
 でもその御陰でトウヤ君に会えたんだな。最初は落ち込んでたけど、今は凄く嬉しいんだな」

「ノ、ノリオさん」

 トウヤはあまりにも気の毒な彼に同情した。

 酷い。あまりにも酷い仕打ち。それにノリオさんを『クズオ』だって! 
 ボクの親友になんて言い草ですか!

 激怒したトウヤはノリオに言った。

「ノリオさん! ノリオさんは『クズオ』ではありません。『ゴリオ』です!」

「ブフッ!」

 トウヤの発言を聞き、吹き出すカズマ。
 ノリオは驚いた表情で、トウヤを見た。

「……あっ! 御免なさい。そういう顔だとか言うんじゃなくで、ゴリラのように逞しくて、優しいという意味で」

 トウヤは、自身の発言がノリオを傷つけた、と思い釈明を始める。
 しかし。

「す、すごいんだなトウヤ君。何で俺の能力が分かったんだな!」

「へっ、能力?」

「あれ、わかってて言ったんじゃないのか? ほら」

 意味が良く理解できていないトウヤに、腕を見せるノリオ。
 何だろう、とトウヤとカズマが彼の腕を見ると、彼の腕が変化を始めた。
 黒い毛が段々と生え、さらに腕が今までも太かったのにそれ以上に大きく膨れ上がっていく。

 その腕はまさに、ゴリラの腕のようだった。

「なぁ!?」

「何だ!?」

 トウヤとカズマは揃って驚愕した。

「ノ、ノリオさん! あなた『獣人化』の能力者何ですか!?」

「ああ、トウヤ君の言うとおりゴリラだ。よくわかったんだな、トウヤ君」

「いえ、アハハハハ」

 冷や汗をかき、乾いた笑いをあげるトウヤ。
 顔から発言しました、とはとても言えなかった。

「で、でも凄いじゃないですか! 『獣人化』が出来るなんて!」

「あ、ありがとう何だな。トウヤ君」

「いいな。いいな。ボクも『獣人化』出来たらなぁ~」

 羨ましそうな声を出すトウヤ。
 しかし、ノリオは首を横に振った。

「言ったんだな。こんな力があっても使うのを躊躇って役立たず。それじゃ何の意味もないんだな」

「あ、そうかぁ。でも、何も無いボクよりはマシですよ。やっぱりいいなぁ」

「ん? でもトウヤ君だって何かしら能力はあるはずなんだな?」

「う! 痛いところを突きますね」

 ノリオの言葉に、しょぼくれるトウヤ。

「……ボク、何の能力も無いんです。普通の人でも体を変化させることは出来なくても、足が速かったり力があったり鼻がよかったり。
 獣の特性みたいなのが少なからずあるんですけど、ボクには全くと言っていいほど……」

 自分で言って、さらに暗い顔になるトウヤ。
 そんなトウヤを見て、ノリオも落ち込む。

「……御免なんだな。そうと気付かず余計な事を」

「いいんです。気にしないでください。言ったでしょ? もう慣れたんです」

 苦笑いでそう答える。

「でも……」

「う~ん。じゃああれです。これから貴方の事をゴリオさんと呼んでも構いませんか?」

「え? ゴリオ?」

「はい。だってクズオなんてあんまりです。ノリオさんはゴリラの力を持ってるすごい人なんです。
 ゴリオさんじゃなきゃダメです。親友としてそう呼ばせていただきます。
 拒否は出来ませんよ。これはゴリオさんのボクに対する謝罪の意味もあるんですから」

「……あ、ありがとう何だな。とっても嬉しいんだな」

 ノリオ、いやゴリオは本当に嬉しそうにお礼を言った。

「……あっ、そうだったんだな。何か飲み物を持ってくるんだな。いっぱい話して疲れてるだろうし」

「ありがとうございます。確かに喉がからからです」

「ま、待ってるんだな。今持ってくるんだな」

 そう言ってごリオは檻小屋から外に出ていった。
 その様子を見ながら、トウヤは朗らかな笑みを浮かべた。

「初めての親友。何と素晴らしい事でしょうか。外も実に良いもんですね」

「おいクソガキ。聞きたいことがあんだけどよ?」

 それまで黙っていたカズマがトウヤに質問した。

「何ですか? 今、人が気持ちよく友情の素晴らしさを噛み締めているというのに」

「『獣人化』って何だ?」

「さっきも言ったでしょ。肉体を獣のそれに変化させる能力です。
 普通の人はそんな事は出来ませんが、能力者として才能がある人はああいうことが出来るんですよ。
 まぁボクが知っているのは彼を含めて二人ですけど」

「二人?」

「ええ、村長も『獣人化』出来るんですよ。狼ですけどね」

「へぇ~。狼ねぇ」

「はい。だからとても強いんです。だからボクは、村長に最終的には逆らえません」

 食べられちゃうかもしれませんから。

「……一度、あのジジイと戦って見てえな」

 そんな事を宣うカズマに、トウヤは顔を引き攣らせた。

「やめてください! そんな事になったら村が壊滅します!」

「するか!」

「しますよ! 馬鹿力のカズマさんと、狼男の村長。あきらかに死闘の匂いがします!」

 ボクの平穏を壊すような真似はしないでください!
 
 ゴリオが戻ってくるまで、そんな言い合いをする二人であった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「な、何でそんな事を!?」

 手に持っていたコップを落とし、ゴリオは親分に尋ねた。

「よく考えてみろ、あの自衛団が大人しく言うこと聞くと思うか? そんな訳ねぇだろうが」

「でも、だからと言ってトウ、いやあの少年を殺さなくたって!」

「はぁ……」

 山賊の親分は大きく溜め息をつき、ゴリオを呆れた目で見つめた。

「お前は本当に腰抜けだな。あんな小僧が死んでも、一向に構わんだろうが。そんなんだからお前は『クズオ』って言われるんだぞ」

「し、しかし!」

 ゴリオは親友の為に、親分に食い下がる。
 しかし。

「うるせぇ。もう決定だ。元々時間稼ぎに攫った小僧。あの物が届いたからには、もう用がねぇ。
 まぁ、少しは自衛団どもの動きを遅らせる事が出来たんだから、あの小僧に少しは感謝しねぇとな」

 そう言って大声で笑う親分。

「ううぅ……」

「ほら、さっさと見張りに戻れ。その水は小僧にか? いいぞ渡してやれ。
 少々役に立ってくれた小僧に、俺からのプレゼントだと行ってやりな!」

 また大声で笑い出す親分を背に、ゴリオは肩を落として牢屋へと戻っていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いいですか。絶対に喧嘩はさせませんからね!」

「少しぐらいいいだろ!」

「少しじゃ済まない! それに、貴方の事を紹介するのも面倒です! ってゴリオさん、いつの間に」

 カズマとの言い合いに熱中している間に、戻ってきたゴリオ。
 そこでトウヤは気づいた。
 自身が独り言を大声で喋っていたことを。

 実際にはカズマがいるのだが、ゴリオには見えない。
 自身がとっても恥ずかしいことをしていた、とは思われたくないので大慌てするトウヤ。

「あの、今のはですね。ええと今度村で一人劇を行おうと……、ってゴリオさん?」

 言い訳していたトウヤは、そこでゴリオの顔が苦痛に歪んでいることに気付く。

「どうしたんですか? あ、もしかしてまた他の山賊に『クズオ』呼ばわりを! 
 そんな輩には言ってやればいいんですよ『俺はゴリオ』だと」

「……トウヤ君」

 自身の事を気遣うトウヤを、ゴリオは涙を浮かべて見つめた。
 
 自分はこの初めて出来た友達に何もしてやれないのか。殺されるのを黙って見ているというのか。
 ……いや、そんな事は出来ない!

 そう決意した瞬間、ゴリオは動いた。
 自身のポケットを探り、牢屋の鍵を出す。
 そして牢屋の鍵を開けつつトウヤに言った。

「トウヤ君。逃げるんだな!」

「えっ? 突然何を」

「いいから逃げるんだな。このままじゃ君は……」

「そこまでだ『クズオ』」

 声と同時に誰かに殴り飛ばされるゴリオ。

「ガハッ!」

 吹き飛ばされて壁にぶつかる。
 そんな彼に、突如現れて殴り飛ばした山賊は言った。

「やっぱりお前は『クズオ』だな。こんなガキを助けようなんて、本当にお前は屑野郎だ」

「なっ、なっ……」

 いきなりの事態にトウヤは混乱した。
 
 ゴリオさんは仲間の筈なのに、一体何が。

「おい、このクズを連れていけ!」

 その声に、ぞろぞろと現れる山賊たち。
 彼らは倒れたゴリオを掴むとそのまま牢屋の外へと向かっていった。

「な、何やってんですか! 仲間に向かって!」

 トウヤは、山賊相手だというのにそう怒鳴った。

「あっ? お前には関係ねぇ話だろ。いや、関係あるか」

 そう言いながら、牢屋ごしにトウヤを見る山賊。

「えっ?」

「あいつはな。お前を助けようとした。山賊のくせにな。だから制裁を加えるのさ」

「えっ、えっ、えっ!」

 意味がわからないトウヤ。

「あいつは、お前が殺されるのが嫌で逃がそうとしたんだ。理解したか?」

「……えっ、殺される?」

「そうだ」

 ニヤニヤした顔で話を続ける。

「お前はもう用無しだ。だから殺す、それだけだ」

「そ、そんな~」

 自身の緊急事態を把握し、涙声になるトウヤ。

「そういうこった。理解したか? じゃあな。ほれ」

 山賊は水の入ったコップを牢屋の中に置いた。

「そいつは親分からのプレゼントだ。少しだけ役に立ったお前へのな」

 そう言った後、笑いながら山賊は牢屋小屋を去っていった。
 置いて行かれたコップを呆然と見つめるトウヤ。

「……ボクが、殺される」

 だからゴリオさんはボクを助けようとしてくれたんだ。
 そんな事をすれば自分の身が危なくなるのはわかっていたはず。なのにボクを。

「どうすれば。どうすればいいんですか」

 トウヤは涙を零し、地面にうずくまる。

 自分はもうすぐ死ぬ。もういらないから殺される。それにゴリオさんも。
 制裁と言ってましたが、山賊の制裁が痛めつけて終わるとは到底思えません。
 おそらく、苦しまされて殺される。自分より悲惨に。

 トウヤは、自身の死もそうだが、初めて出来た友が殺される事にも絶望した。

「ボクのせいで。ボクのせいでゴリオさんが!」

 一体、どうすればいいんですか!
 このままじゃボクもゴリオさんも!
 
 どうしようもない状況に、頭を抱えるトウヤ。
 しかし。

「おいトウヤ! 泣いてる場合じゃねぇぞ!」

「はっ! そうだ、そうでした。ボクにはカズマさんがいました!」

 今まで忘れ去っていたカズマを思い出したトウヤ。

「カ、カズマさん!」

「どうして欲しいんだ?」

 カズマはトウヤを真剣な眼差しで見つめた。

「え、そんなの助けて……」

「お前は一度俺の協力を拒んだ。その俺に助けてくれだ? ふざけんな」

「う、うう……」

 カズマの言葉に何も言えなくなるトウヤ。

 そうでした。ボクは一度彼の意見を拒んでしまった。
 そんな彼に命が危なくなったから助けてなんて言えません。

 トウヤは、涙を零して震えた。

 ボクのわがままでボクも、そしてゴリオさんも死ぬ。
 それは嫌ですけど、でもカズマさんに頼む事も出来ない。
 ボクは、ボクは何て非力なんだ!
 
 でも、それでも。

「……カズマさん」

「ぁん?」

「お願いです。助けてください」

 トウヤは、涙を流しながら土下座した。

「お前は、本当に調子に乗ってんな。誰が……」

「それでも!」

 トウヤは顔をあげた。その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

「今のボクに出来ることは、助けを求める事だけです。何の力も持たないボクに出来るのは……」

「……こんの」

「それに!」

 巫山戯るな、と叫ぼうとしたカズマはトウヤの叫びに驚いた。

「それに、ゴリオさんが危ないんです。ボクを助けようとして、彼は山賊たちに連れて行かれました。
 絶対ただではすみません。そんな事、ボクは嫌だ! でも、でも力の無いボクには何も出来ない。
 だから、だから助けてください」

 再び頭を下げるトウヤに、カズマは聞いた。

「……あいつを助けてくれってか?」

「はい」

「……お前は?」

「……出来れば助けて欲しいです」

「はぁ~。ったく情けねぇ」

 カズマは頭を掻いて、トウヤの助けに対して答えた。

「……お前は俺の協力を断った。だからお前は助けてやんねぇ」

「ううぅ、はい」

「それとな。あのゴリラを助けるのも断る。何で俺があんなの助けなくちゃならないんだ」

「ぐすっ」

 トウヤは再び涙を流す。

 やっぱり駄目だった。そりゃそうですよね。あれだけ文句を言ったりしたんです、当然です。

 自分の命もゴリオの命もここで終わる。トウヤはそう理解した。

「……けどな」

「ぅえ?」

「……けどあいつを助ける手伝いはしてやってもいい」

「カ、カズマしゃん」

「お前のダチなんだろ? だったらお前が助けろよ」

「でも、でもボクには……」

「確かにあの山賊共を倒すのは無理だな。けど……」

 カズマはそう言って触れもしないのにトウヤの胸を叩いた。

「あいつを逃がす事は出来るだろうが。逃げるのはお前の得意分野なんだからな」

「……ぅう、はい」

「よし、そんじゃ行くぞトウヤ!」

「はい! カズマさん!」

 少年は、初めて誰かの為に立ち上がった。



[29593] 第一章 第十節 活躍する少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:07
「おらよ」

「ぐ、うぅ……」


 ノリオは山賊たちに引きづられてアジトの広場に放り出された。
 ノリオが苦痛に耐えながら前方を見ると、そこには一人の男が焚き火の炎に照らされて立っていた。
 男はノリオに顔を向けた。

「ノリオ。俺はもの凄く傷ついたぜ。まさか俺の命令を無視して人質を逃がそうとするなんてよ」

「お、親分……」

 山賊の親分、ヤマセがそこに居た。

「その悪党面と、無駄にでかい体のせいで一人寂しく生きていたお前を拾ってやったのは誰だ。俺だろう? なのに何でこんな事をした、ぅん?」

「すまねぇんだな親分。でも……」

「……大方、情が湧いちまったんじゃねぇのか。あの小僧はお前以上に哀れな面をしてやがった。心の優しいお前は同情して逃がそうとしたんだろう。けどな」

 ヤマセはゴリオを睨みつける。

「お前は山賊だ。山賊が情けをかけちゃいけねぇ。そんな事すりゃ俺たちの沽券に関わる。違うか?」

 ノリオに確かめるような声で話すヤマセ。

「ノリオ。もう一度チャンスをやろう」

「チャ、チャンス?」

「ああそうだ」

 ヤマセは倒れているノリオに近づき、顔を覗き込む。

「あの小僧を殺して来い」

「そんな事!」

 出来るわけない、と言おうしたノリオだったが。

「ならお前死ぬか?」

「う、うぅ……」

 ヤマセの発言に震え上がるノリオ。
 ヤマセはそんなノリオに諭すように言った。

「俺はお前を相当買ってる。お前が思っている以上に、な。だがお前のその優しさがせっかくの才能を台無しにしちまってる。俺は悲しいぜ。『獣人化』が出来る奴はこの中じゃ俺とお前だけだってのにな」

「お、親分……」

「だからノリオ。あいつを殺して来い。そうすればお前のその意味の無い優しさを捨てることができ、さらに組織のナンバー2に慣れる。そして他の奴らもお前を認める」

 ノリオはヤマセの言葉に下を向く。
 自分が認められる。皆に。それはとても嬉しいことだった。
 でもその為にトウヤの命を奪うなどと、ノリオには考えられなかった。
 
 そんなノリオにヤマセはさらに諭す。

「大体、お前があの小僧を助けた所で、感謝すると思うか? お前は山賊、小僧は人質。
 するわけないだろう。しかもお前みたいな顔の奴に感謝するなんて事、今まで誰かした奴がいたか?」

「!?」

 その言葉にノリオは気づいた。
 ヤマセが言ってる事は本当だ。今まで誰も自分に感謝してくれた人はいなかった。
 でも、トウヤだけは違った。

 自身に最初は恐怖したものの、それを正直に話して謝罪までしてくれた。
 それはノリオにとって初めての経験であり、そして何より嬉しかった。
 自身を対等な人間として扱ってくれた。それがどれだけ嬉しいかった事か。

 ノリオは覚悟を決めた。

「親分」

 真剣な面持ちでそう答えるノリオ。
 今まで怯えた顔しか見たことが無いヤマセは驚いた。

「やってくれるか。ノリオ」

 自身の想いが伝わったと思い、口を緩ませる。

「俺は、親分に感謝してる」


「……何?」

 しかし、すぐ怪訝な顔になるヤマセ。

「俺が今こうして生きてられるのも、親分のおかげなんだな。
 もし親分に拾われなかったら、俺は今頃野垂れ死んでいたんだな。その事には本当に感謝してる。けど……」

 ゴリオは、ゆっくりと立ち上がった。

「親分のその命令は聞けないんだな。いくら自分の為とはいえ、友達を見殺しには出来ないんだな」

「……意味がわかってるんだな。最後のチャンスを断るって事は」

「わかってるんだな。でも、もう決めたんだな」

 ゴリオの初めて見せた顔に、ヤマセは悟った。

「……もう、何を言っても無駄ってことだな」

「すまねぇんだな。恩を仇で返して」

 その事に関しては、心底済まなさそうにするゴリオ。
 ヤマセは顔を上に向け、右手で顔を覆う。

「ノリオ。非常に残念だ。非常にな」

 ヤマセが次にゴリオに見せたのは無表情の顔だった。

「なら此処で、お前も小僧も始末する」

「それだけはさせないんだな!」

 ヤマセの発言に、すぐに『獣人化』するゴリオ。
 上半身を黒い体毛で覆った、巨大なゴリラ男がヤマセに襲いかかる。

「ぐっ!」

「はぁ!」

 ゴリオはその圧倒的なパワーで、ヤマセを後方へと押し込む。
 壁の割れる音が辺に響いた。

「フッ、ノリオやるじゃねぇか。やっぱりお前を失うのは惜しいぜ」

「トウヤ君はやらせないんだな!」

 必死な形相でさらに拳で殴り付けようとするゴリオ。
 しかし。

「だがまだまだ甘い」

「!?」

 突如『獣人化』したヤマセに、驚き後方へと下がる。

「久しぶりだぜ。この姿になるのは」

 そこには、『熊』がいた。
 太い腕に鋭い爪、上半身を茶色い体毛で覆った熊男がそこにいた。

「さて、ゴリラは熊に勝てるかな」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ヤマセの言葉に、ゴリオは唸り声を上げて再び体ごと突っ込む。
 ゴリオの巨大な腕が、ヤマセに襲いかかる。
 しかし、その腕を熊の腕力で受け止めるヤマセ。

 そのまま鋭い爪をゴリオに向かわせる。
 ゴリオは、それを恐れずに腕を引き裂かれながらも押さえ込む。
 
 激しく続けられる攻防。
 しかし、体の大きさで段々とゴリオがヤマセを押していく。

「ぐはっ!」

 ついにゴリオに押し負けて、ヤマセは後方に吹き飛ばされる。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

 呼吸を乱しながらも、ゴリオは油断せず身構える。
 そんなゴリオに、ヤマセは笑った。

「ハッハッハッ! やっぱり惜しいぜ。ここまで俺を追い込める力、そうそうあるもんじゃねぇ。どうだノリオ。戻ってこないか?」

 追い込まれながらも余裕で軽口を叩く。

「……御免なんだな。もう決めたんだな」

「……そうか」

 ヤマセはゆっくりと起き上がる。

「もしかして、俺を追い込んた、とでも思ってるんじゃねぇか?」

「?」

 ゴリオは、何かが引っかかった。
 自分がこんな力を持っているとは思わなかった。あのヤマセとここまで戦えている。
 しかも、自分の方が優位な状況にいる。信じられない事だった。

 しかし、そんな事があるのだろうか。
 今まで恐れていた人物が、こんなに簡単に追い込めるのはおかしい。
 不可思議な状況に混乱するゴリオに、ヤマセは答えた。

「くっくっくっ。確かにお前の力は素晴らしい。さすが『獣人化』出来るだけの事はある。けどな、それじゃ勝てないんだぜ」

 ヤマセはゆっくりとゴリオに近づく。
 得体のしれない圧迫感に、ゴリオはジリジリと後退した。

「その答えを教えてやる」

 そう言って、大きく息を吸い込むヤマセ。
 そして。

「カッ!」

 鼓膜が破れるかと思うほどの叫び声をあげるヤマセ。
 その叫び声が挙がった直後。

「ガッ!」

 ゴリオは立っていた場所から、はるか後方に吹き飛び、壁に大きな穴を開けて地面に倒れる込む。

「ゴ、ゴフッ」

 口から血を吐くゴリオ。
 そんな彼にヤマセは言った。

「これが答えだノリオ。『音』。『獣人化』が出来て、初めて可能となる『音』による攻撃。
 『音』を自在に操れるようになって、初めて真の『獣人』と言えるんだ」

 ゴリオは顔を上げて、周りを見た。
 叫び声を聞いたのはまわりの山賊たちも同じはずなのに、吹き飛んでいるのは自分だけ。
 一体何が起こったのか。

「不思議そうだな。最後に教えてやろう。今俺がやったのは発した『音』に指向性を与え、目標だけに『音波』の攻撃が行くように仕向けたんだよ。
 これはかなりの技術が必要な技だ。いつかお前にも教えようと思ったんだが、残念だ」

 ヤマセは周りを見回した。

「お前らノリオを殺せ。その次はあの小僧だ」
 
 ヤマセはそう言って自身の部屋に戻ろうとする。

 ゴリオは後悔した。

 結局自分ではトウヤを助ける事が出来なかった。
 どんなに優れた力があっても使いこなせなければ意味がない。
 自分は今まで何をやっていたんだろう。

 涙が溢れる。

 暴力が嫌いだと思っていたからこんな事になった。
 友達を助ける事も出来ず、自分も命を落とす。
 こんなに悔しいことは無かった。

 誰か、誰でもいい。頼む。助けてくれ!
 自分の事はいい。力があるのに何もしなかった、これは自分の責任。
 でも彼だけは、トウヤ君だけは、救ってくれ!

 ゴリオは心の底から願った。
 叶わないと知りながらそう願った。
 しかし、その願いは叶った。

 突如響きわたる轟音。

 部屋に戻ろうとしたヤマセは何事かと振り返る。

 まさか自衛団!? こんなに早くここを嗅ぎつけたのか。
 ダミーのアジトまで用意したのに何て速さだ。

 しかし、ヤマセの予想は外れていた。
 
 激しく巻き起こる砂埃。その影からその男は現れた。
 赤く燃えたような髪を棚引かせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けた青年がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
 その男を見てヤマセの周りにいた、一人の山賊が悲鳴を挙げた。

「あ、悪魔だ。あの時の!」

 ヤマセは数日前に起こった出来事を思い出した。
 ゼノを攫ったとき、一緒にいた何者かを始末させようとしたあの晩。
 一人の手下を除き、全ての者が重傷を負って壊れた小屋の周りに倒れていた時の事を。

「そうか。お前が……。一体何のようだ!」

「お前らをぶっ潰しに来た。軽くな」

 赤髪の男、カズマはそうヤマセを侮辱した。
 戦闘が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 数分前の事。
 牢屋の隅で話す二人の姿がそこにあった。

「いいですかカズマさん。作戦は至極簡単です」

「おうよ!」

「一つ。カズマさんが山賊達相手に大暴れ。一つ。その間にボクはゴリオさんを救出して即逃亡。これだけです」

「おうよ!」

「それでは準備といきましょう」

 トウヤは立ち上がり、ポケットに手を突っ込む。
 中には残り七個となった実があった。
 その内の一つを取り出し、右手に握る。

「来い、カズマ!」

 赤く発光する『実』。そして緑色に発光する『腕輪』。

「レイズ!」

 呪文と同時にさらに実が光り出す。
 そして。

「よし!」

 そこには元の姿に戻ったカズマがいた。

「時間がありません。さっそく作戦開始です!」

「おう、いくぞ!」

 そう言って、構えを取るカズマ。
 その構えは、いつか見た嵐を巻き起こす大技の構え。

「ちょっ!?」

 こんな所でなんて技を!

 トウヤが止めようとするも、時すでに遅く。

「覇ッ!」

 掛け声と共に発生する嵐。

「ホギャア!」

 トウヤはカズマの後方にいたにも関わらず、吹き飛ばされる。
 続いて、辺りを覆い尽くすような爆音。

「いくぜ!」

 そう言って、破壊された小屋からカズマは歩いて出ていった。
 しかし、爆風に吹き飛ばされたトウヤが付いていけるはずもなく。

「何でこんな所で大技出すんですか! 牢屋の扉を壊すだけでいいでしょ! 何で小屋まで壊すんです、この破壊魔!」

 絶対に村長に会わせないようにしないと、と心で誓いつつ立ち上がる。
 そして、カズマの後を追おうとして、立ち止まる。

「あ! そういえばゼノさんの置土産」

 数時間前に遭ったゼノの言葉を思い出し、隣の牢屋に寄ることにしたトウヤ。
 中を覗くと、先ほどの爆発でこちらにも被害が出ており、荒れ果てた姿に。

「余計な手間を。さっさと探してゴリオさんと逃げなきゃいけないのに!」

 愚痴を言いながらすぐさま袋を探し出すトウヤ。
 しかし、袋はすぐに見つかった。

「あ、あった!」

 薄汚い腰袋がそこにあった。

「よし、逃げましょう!」

 袋を手に取りすぐさま小屋から出るトウヤだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ヒエェ……」

 トウヤが外に出ると、そこはすでに廃墟と化していた。
 小屋の壁は壊れ、屋根は吹き飛び、炎が小屋に飛び火して燃えている。

「何という惨状。これをカズマさん一人でやったんですか」

 改めて、カズマの凄さと怖さとアホさを理解したトウヤ。
 何故大人しく戦う事が出来ないのだろうか、とトウヤは大いに悩む。
 しかし。

「ハッ!? こんな事をしている場合では無かった! ゴリオさん!」

 トウヤはゴリオを探して廃墟の中を進む。
 その時、一際大きい声が辺りを包んだ。
 そして。

「ギャアァァァァァァァァァァ!」

 トウヤの目の前を、嵐が通り過ぎていった。
 そして、直後に落ちてくる山賊たち。
 若干痙攣しているところを見ると、何とか生きているようだ。

 というよりも。

「無闇に大技を打たないでください! 死んでましたよ、あと数センチで!」

「トウヤ君!?」

 そんなトウヤの言葉に、探していたゴリオが現れて答える。

「ゴ、ゴリオさん! 良かった、無事……とは言えませんね、その傷では」

 トウヤはボロボロになったゴリオを見て、顔を青くさせる。

「立てますか? 何とかここから逃げ出さなければ!」

「しかしまだ親分が。それにあの赤髪の男……」

「大丈夫。赤髪の人は味方です。それにその親分さんもカズマさんにやられてしまうでしょう」

 あの局地的大嵐男なら瞬殺するだろう。
 こんな事になるならあの時逃げるでんでした。
 余裕で山賊全員全滅です。

 トウヤがそんな事を思っていると。

「トウヤ君。彼の知り合いなんだな?」

「え、ええ。彼には何度も助けて頂きまして、今回もお願いをしまして……」

 情けなく、涙を零してまで。
 若干引きつった顔をするトウヤ。

「ま、まさか俺を助ける為に?」

「……まぁそうですね」

 自分もですが、とはいえない小心者のトウヤ。

「あ、ありがとうなんだな」

「お礼はいいから早く逃げましょう! 山賊達が全滅でもここにいたら命を失います!」

 そう言ってトウヤはゴリオを連れてアジトから遠ざかっていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヤマネは焦っていた。
 一体何が起こっているのか。自分たちは一体何と戦っているか、と。

「何なんだ。何なんだ、お前は!」

「さっき言ったろ。お前らを軽くブッ潰す者だってな!」

 ヤマネは大きく息を吸い込み、『音』の大砲をぶつけようとする。
 しかし。

「おせえよ!」

 ヤマネのスキを付いて、腹に一撃を入れるカズマ。

「グホッ!」

 悶絶するヤマネ。

「お前アホか? 相手のスキが無い状態で大技出す馬鹿がどこにいる。いいか、大技ってのは今みたいな状況で……」

 そう言って、ヤマネの腹に右手をかざし、左足を下げて腰を落とすカズマ。

「放つんだよ!」

 大きく右足を捻りながら踏みつけ、地面を砕く。
 そして右足から体、右腕へと捻りが伝わっていき。

「覇ッ!」

 右手から、一気に全ての回転エネルギーを放出するカズマ。
 ヤマネは、腹から爆音を鳴り響かせると同時に後方へと吹き飛ぶ。
 そして。

「ゴフッ!」

 後方にあった、巨大な扉のようなモノにその体を叩きつけ、口から大量の血を吐く。
 カズマはゆっくりと構えを解く。
 そしてヤマネに近づいていき、まだ気絶していないことを確認する。

「へぇ。防御力は中々のもんだな。かなり手加減した一撃だったとはいえ。けどな……」

 そう言って腕をヤマネに近づけていくカズマ。
 ヤマネはこれから来る衝撃に怯え、目を瞑る。

「…………?」

 しかし、いくら待っても衝撃が来なかった。

 恐る恐る目を開くヤマネ。
 カズマの姿はどこにもなかった。
 召喚時間を過ぎ、消失時間へと入ったのだ。

「ふざけるな」

 しかし、ヤマネはそんな事を知っているはずもなく。自分は見逃されたのだと勘違いをした。

「ふざけるな。ふざけるな!」

 訳の分からない。『獣人化』すら使わなかった奴に一味は全滅。しかも自分は情けをかけられ止めを刺されずじまい。

「こんな屈辱があるか!」

 ヤマネは激怒した。そして自分が寄りかかっている巨大な扉に顔を向ける。

「見てろよ……」

 その顔には狂気の表情が浮かんでいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……どうやら本当に終わったみたいですね」

 近くの建物に隠れて様子を伺っていたトウヤは、辺りが静まり返った状態から戦闘が終わったのだと判断した。

「……カズマが五分前に消失時間に入って戦闘が終わった可能性もありましたが、
 召喚時間十分経過前から静かになってましたし、それにこれだけ時間がたって騒ぎが起きないところを見ると、おそらく大丈夫なんでしょう」

 トウヤは安堵の溜め息を吐いた。
 そして後方へと顔を向ける。

「ゴリオさん。ボクたち助かったみたいです」

「そうか。それは良かったんだな」

 ゴリオは痛みに堪えながらも微笑んだ。
 何故トウヤ達がまだアジト内にいるのかというと答えは簡単。
 ゴリオのケガが思った以上に酷く。動くことができなくなったからだ。

 そんなゴリオを置いていくことも出来ず、トウヤは震えながらも近くの部屋で嵐が去るのを待っているはめに。

 でも、もうそれも終わりです。山賊たちは全滅。もうボクたちを襲う者は誰もいません。

「助かった~」

 安心感から腰の力が抜けるトウヤ。
 ゴリオはそんなトウヤに真面目な顔で言った。

「トウヤ君。本当にありがとう。君の御陰で助かったんだな」

「え! いえいえ、そんな。ボクがやったのはカズマさんに助けを乞うことと、ゴリオさんと共に逃げ出す事。そんな感謝される事ではありませんよ」

「それでもだな。君が助けを求めてくれなかったら俺は助からなかった。本当にありがとう」

 ゴリオは頭を下げて感謝した。

「え、いや~」

 そんなゴリオの態度に照れくさく頭を掻くトウヤ。
 しばらく無言で座り込む二人。
 
 とにかくゴリオさんが動けるようになるまでここに残っていよう。
 もう誰も襲ってこないんだからここにいても安全。
 むしろ森の中に入った方が危険かもしれませんし。

 その内自衛団が、というかレイラとレイナが助けに来てくれる。それまで大人しくしてよう。

 そうトウヤが今後の事を決めていた次の瞬間、その叫び声は聞こえてきた。

「赤髪! それとノリオ! ついでに小僧! まさか助かったとは思ってないだろうな!」

 ヤマネの怒声が響きわたる。

「な、な、な……」

「お、親分なんだな」

「そんな!」

 一番の危険人物がまだ動いている!?

「カズマさんは何やってんですか!」

「俺が何だって? あ、あと悪りぃ。最後の熊だけは止めをさせなかったは」

 消失時間を終え、再びミニマム状態で姿を現したカズマは、そうトウヤに答えた。

「今更遅い! それと熊?」

 トウヤはヤマネの熊化を見ていないので、意味がわからなかった。
 そんな事をしている間にも、ヤマネは叫び続ける。

「俺をコケにしやがって! 後悔しろ! 本当は自衛団に当てるはずだった秘密兵器。ここで使ってやる! ありがたく思って恐怖して死ね!」

 そう言ってヤマネは寄りかかっていたドアの扉を開けていった。
 隠れてその様子を伺っていたトウヤはゴリオに尋ねる。

「何ですかあのでかい扉は! 何が入っているんです!?」

「あ、あれは。まさか……」

 顔を青くするゴリオ。そして痛む体に鞭打ち立ち上がる。

「駄目だ親分! その扉を開けちゃ駄目なんだな!」

「ハッハッハッ! 後悔しろお前ら!」

 そして、扉は完全に開いた。
 トウヤは奥で何かが動くのを捉えた。
 それも巨大な何か。

「一体何が、ってギャアァァァァァァァァァァァァ!?」

 そこから出てきたのは犬だった。しかしただの犬ではなかった。

「何ですか、あの巨大さは! しかも首が二つ!?」

  その黒い体は全長十メートル程。尻尾は蛇で、さらに一つの体から二つの首が出ていた。

「オ、『オルトロス』って、あいつらは言ってたんだな」

「『オルトロス』ってあの神話の!? そんな馬鹿な! というかあいつらって」

 トウヤはゼノを連れていった者たちの事を思い出した。

「トウヤ君の隣にいた老人を、連れ去るよう言ってきたやつらなんだな。その報酬としてあの『オルトロス』を親分に渡したんだな」

「やっぱりあの人たちが。でもあんなのもらってどうするんですか!? あんな凶暴そうなの言う事聞く番犬とはわけが違いますよ!」

 ヤマネはアホなのか、とトウヤは思った。

「あの怪物は親分の言うことを聞くようにされてるらしいんだな。それで……」

「なんてこった」

 もうボク達は終わりだ。あんなのに加えてカズマさんが倒しきれなかった親分さんまでいて。

「もう駄目だ。終わった」

 トウヤは死を覚悟した。
 しかし突如、その異変は起きた。

「や、やめろ! 言うことを聞け!」

 ヤマネに襲いかかる『オルトロス』。
 そして。

「ギャぁ…………」

「ヒィ!」

 『オルトロス』に噛み砕かれるヤマネ。
 そのグロテスクな光景にトウヤは目を逸らす。

「ど、どこが言うこと聞くんですか! 食べられちゃいましたよ!」

「だ、だから俺は言ったんだな。あんな奴らを信用するなって」

 ヤマネの余りにも悲惨な最後に、顔を歪めるゴリオ。
 いくら殺されかけたとはいえ、一度は自信を助けてくれた人。
 ゴリオは涙を浮かべて震えた。

「ど、どうしましょう。このままではボクたちも!」

「……トウヤ君は逃げるんだな」

「えっ、ゴ、ゴリオさんは?」

「…………」

「だ、駄目ですよゴリオさん。そうだ。カズマさんなら何とかなるかも」

「おお、まかせろ! あんな犬とやりあえるなんて事滅多にねぇぜ」

「……何故この状況でそんな楽しそうな。とにかく、ってゴリオさん!?」

 いつのまにか外に向かって走り出したゴリオ。
 まだ痛くて動けないはずなのに、痛みを無理矢理耐えて『オルトロス』に向かっていく。

「ああもう! 何で命を粗末にする行動を! ここに最終兵器が残っていると言うのに!」

 頭を抱えるトウヤ。しかしそんな事をしている状況ではなかった。

「カズマさん。あのお犬様はお願いします。ボクはその間にゴリオさんを」

「おうよ!」

「それでは、来いカズマ! 『レイズ』!」

 いつの間にか出していた『実』を右手に握り、すぐさま呪文を唱える。

「頼みましたよ!」

「まかせろ!」

 『オルトロス』に飛び掛っていくカズマ。

「ゴリオさん!」

 トウヤはすぐさまゴリオの元へと駆け出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 トウヤが駆けつけると、そこには地面に倒れるゴリオが。

「ほら無茶をして! そんな体で何が出来るってんですか!」

「でも、このままじゃ……」

「いいから後はカズマさんにまかせましょ。ほらすでに決着が……」

 自身で指さした方向を見て唖然とするトウヤ。
 そこには『オルトロス』に苦戦するカズマの姿が。

「ちょっ!? カズマさん、貴方任せろって言いましたよね!」

「分かってるよ! だけどこいつすばしっこくて、おまけに硬いんだよ!」

「言い訳すんな! 有言実行しなさいよ! 自信満々に勝てると言っといて!」

 トウヤは憤慨した。
 自分の言葉に責任を持ちなさい!

「うっせぇ! 絶対勝つ! ただ時間が掛かるだけだ!」

「それはどれほどですか! 十分でケリは着くんですか!」

「つかねぇよ!」

「嘘つきぃーーーーーーーーーーーー!」

 トウヤは叫び、愕然とした。
 
 どうする、どうするトウヤ。どうすればいい。
 このままでは後八分でカズマさんは消える。
 そのあとの展開は言うに及ばず。

 満足に動けないゴリオさんと非力なボク。
 親分さん同様美味しく頂かれるに決まってる。
 どうするどうする。十分で倒すことは出来ない。そう倒すことは出来ない。

 しかし倒すこと以外であの巨大犬を止める方法は……、あっ!

 トウヤは『オルトロス』の出てきた巨大な扉を見上げた。

「これだ。カズマさん!」

「何だ!」

 『オルトロス』の噛み付きを避けつつ、トウヤに答えるカズマ。

「あの『オルトロス』の出てきた所までそいつを吹っ飛ばしてください! それで」

 ゴリオに振り返る。

「その傷にこんな事を言うのは忍びないのですが、でもボクの力ではあの扉を閉める事は出来ません。だから……」

「わかったんだな。まかせるんだな」

 ゴリオはよろよろ立ち上がる。

「でも!」

「それしか方法は無いんだな。さすがトウヤ君。すごい作戦を考えるんだな」

「……ありがとうございます。それではよろしくお願いします!」

 ゴリオはうなづき、扉に向かっていく。
 それを見届けてトウヤはカズマに叫んだ。

「カズマさん! 吹っ飛ばしちゃってください!」

「無理だ!」

「…………はぁ?」

 カズマの『無理です』発言に首をかしげるトウヤ。

「な、何を言ってんですか! あの全てを吹き飛ばす大技で決めちゃってくださいよ!」

「俺だってそうしたいがスキがねぇんだよ!」

「隙ぐらい作ってくださいよ! それでよく倒せると言えましたね!」

「うっせぇ黙れ!」

「逆切れすんな!」

 トウヤは再び時計を見た。
 後六分。

 ど、どうする。ボクの寿命はあと六分!
 それで人生終わり? そんな馬鹿な事認められますか!
 折角ボクにしては珍しく、冴え渡った案が浮かんだというのに、結局これですか!

 やっぱりこんな事なら逃げておくべきでした。それなら……、いや無理ですね。
 鼻で追いかけてくるし、第一ボクの足で逃げ切れるとも思えません。
 ああもう! だから外は嫌なんですよ! あの時だって……、ん?

 トウヤは、最初に山賊に襲われた時の事を思い出した。

 ……あの時、山賊達から何で逃げ切れたんでしょう? ボクの足じゃ絶対追いつかれるはずなのに廃屋までとはいえ逃げ切れた。何故? 
 ……そうです。あの時はゼノさんがいたから。でもだから逃げ切れた? いえ違います、そうだ!

 トウヤは、ゼノから牢屋の中で譲り受けた腰袋を取り出した。

 そうです。あの時、ゼノさんは何か実のようなものを投げて、それであの悪臭が出て逃げられたんです。
 ……そうか! この国の人は鼻がいいから、僕よりもあの臭いに参って、それで追ってこれなかった!
 これだ、これしかありません!

 トウヤは袋を開いて中を見た。

 えっと、いろんな実がありますね。でも結構大きめの実だったはず。あの大きさに類似するのは……。

 トウヤは『ジュニクの実』と同じ大きさの黒い実を取り出した。

 そしてカズマたちの方へと視線を向ける。

 『オルトロス』と言っても犬には違いないはず。山賊たちであれだけ効いたんです。
 少なくとも動きを一瞬止める事は出来るはず。でも失敗したら……。
 いや、いやいや。失敗しようが、これ以外に方法はありません!

 ボクはこの実をあの犬の方向に投げるだけ。身の危険は無い、はず?
 と、とにかく!

 トウヤは大きく振りかぶる。
 そして。

「カズマさん! 『オルトロス』の動きを止めます! 後はよろしく!」

 『オルトロス』に向かって、黒い実を投げつける。
 投げた実は山なりの曲線を描き、カズマたちのいる地面近くに落ちる。
 
 直後に破裂音。

 黒い煙が『オルトロス』を囲んでいく。

「グゥルゥゥ、ガッ、ハッ」

 苦しく悶え、動きを止める『オルトロス』。

「カズマさん!」

「お前にしては予想外に上出来だ! トウヤ!」

 構えながらトウヤを褒めるカズマ。

「伏せてろよ!」

「えっ? 何故?」

 ふと疑問に思うも、しかしすぐにトウヤは事態に気付く。
 自身が『オルトロス』と巨大な扉の直線上に立っている事に。

「しまった!」

 慌てて地面に伏せる、というかへばりつくトウヤ。
 その衝撃で懐中時計を落としてしまう。
 トウヤが地面にへばりついたのを確認したカズマは。

「覇ッ!」

 『オルトロス』の一瞬のスキを突き、拳から嵐を放つ。
 その直撃を受けて『オルトロス』の巨大な体が扉に向かって吹き飛んだ。

「ヒィ!」

 扉に向かう途中、頭部を何かが掠ったと感じたトウヤ。
 そして。

「今なんだな!」

 『オルトロス』の体が扉の奥に入るのを確認したゴリオはすぐさま扉を閉めにかかる。

「やったんですか?」

 体をお越しながら懐中時計を見るトウヤ。
 残り時間は三十秒。ギリギリだった。

「やっ……」

「ガゥ!」

 両手を天に上げようとした瞬間、聞こえてきた声で背後に振り向くトウヤ。
 そこには半分閉められた扉の隙間から片方の首を伸ばしてトウヤに襲いかかる『オルトロス』が。

「ああ……」

 恐怖に竦み、動けなくなるトウヤ。
 そんなトウヤに襲いかかる『オルトロス』。
 しかし。

「いいから引っ込んでろ……」

 トウヤに噛み付く寸前、『オルトロス』の眉間に右拳を捩じ込むカズマ。

「この駄犬が!」

 右腕を振り切った事で、再び扉の奥へと『オルトロス』の頭が消えていく。
 それを確認して再びゴリオが扉を締めにかかる。
 そして消失時間に移行するカズマ。

 もう少しで完全に締り切る、と思った瞬間またもや『オルトロス』は隙間から右手を出して抵抗する。
 
 こんの!

 トウヤはあまりにしつこい『オルトロス』に対して、ついにキレた。

「いいかげんに……」

 袋から黒い実を数個取り出し、両手で大きく振りかぶる。

「しなさいってんですよ!」

 扉の隙間に全ての実を投げつけるトウヤ。
 その直後、扉の奥から連続して破裂音が鳴り響く。

「グゥルゥゥ、ガッ、ハッ」

 先ほどより多く漂う悪臭に右手を引っ込める『オルトロス』。
 そして再びゴリオが扉を閉め始め、そして完全に扉がしまった。
 中から悪臭に悶え苦しんでいるのか暴れ続ける『オルトロス』。

 しかしついに、その音も聞こえなくなった。
 密閉空間に溜まった悪臭に、『オルトロス』は気絶してしまったのだ。
 静かになった扉の奥に、扉に耳を当てて中を確認するトウヤ。

 完全におとなしくなったと思い、地面に倒れ込む。
 そして心の底から安堵した。

「助かった~~~~~~~~~~~~」


 こうして、少年の初めての戦いは幕を閉じた。



[29593] 第一章 エピローグ
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 11:07
 まだ暗い夜空を見上げ、大の字になって地面に寝転ぶトウヤ。

 しばらくの間、そのままの状態で身動きせずに考える。
 
 何とか助かりました。一体ボクは何回死に掛けたんでしょうか。
 一度や二度では無いことは確かです。
 文字通り九死に一生を得た。そう言っても過言では無いでしょうね。

 トウヤはゴリオの方に顔だけ向けた。
 そこには自分と同じように疲れきった顔で、しかし無事だった事に安堵するゴリオの姿が。
 トウヤはふと思った。

 ゴリオさん、これからどうするんでしょうか。
 山賊達は全滅し、親分さんは既に亡くなってしまった。
 自分の居場所が無くなってしまったんです。きっとこれから大変でしょうね。

 ゴリオの未来を想像し、不安を募らせるトウヤ。
 だがトウヤは、すぐさま決意した。

 ボクの為に山賊達と命を懸けて戦ってくれたんです。
 ゴりオさんがどうするにしても、最大限協力してあげなくては。
 それがボクに出来る精一杯のお礼ですね。

 再び天を見上げ、さらにトウヤは思う。

 改めて考えてみると、ゴリオさんの事を加え、問題は山済みですね。
 自衛団の人達、というかレイラとレイナはいつ来るのか。
 山賊達の後始末をどうするべきか。

 あの化け犬の事をとかどう説明すればいいのか。
 というか、いつからここはファンタジーの世界になったのやら。
 ……まぁでも。

「何とかなるでしょう」

 トウヤは目を瞑り、小さく呟く。
 それを、いつの間にか消失時間を終えて姿を現していたカズマが聞いて、笑い声を挙げる。

「ハッハッハッ! だいぶ考え方が卑屈じゃなくなってきたな。ホント少~しだが成長したな」

 トウヤの顔の上で、何度も頷くカズマ。

「……カズマさん。ありがとうございます。今回の事もそうですが、今まで何度も危機から救ってくれて、本当に感謝してます」

「いいってことよ! 俺が好きでやったことだからな、気にすんじゃねぇよトウヤ」

「はい。……あれ? ボクの名前」

 初めて呼んでくれた? いや確か牢屋で助けを求めた時も。
 自身の呼び方が変わっていることに気付くトウヤ。
 驚いているトウヤにカズマは言った。

「まぁ今まで自分の事しか考えないで、しかも逃げ続けてきたお前が誰かの為に、まぁ逃げるだけとはいえ覚悟した」

 それに、と続けて。

「あの駄犬を一瞬でも足止めする事が出来た。お前にしては上出来を通り越して奇跡だぜ。
 あの戦いに関しては確実にお前のおかげで勝てた。まぁほんの少しだが認めてやんよ、まだまだだがな」

 そう言って顔を赤くし、そっぽを向くカズマ。

「……どうもありがとうございます」

 カズマのツンデレな態度に少し気持ち悪いものを感じたが、それでも誰かに認められて嬉しくなるトウヤ。

 ボクはほんの少しだが成長することが出来たんでしょうか。
 結局、ボクがやった事は実を投げただけ。大した事をしたとは思えません。
 でもあのカズマさんがそう言うんだったらそうなんでしょうね。

 確かに逃げる事しか出来なかった自分にしては上出来、とトウヤは改めて思った。
 そんな風に考えていると、はるか遠くの方から声が聞こえてきた。

「トウヤ!」

 聞き覚えのある声に、トウヤは起き上がりながらそちらの方に顔を向ける。
 見るとそこには二つの影。レイラとレイナの姿があった。

「あ、助けに来てくれたんですね。お~い!」

 胡座をかきながら、手を振るトウヤ。
 その姿を確認し駆け寄ってくる二人。

「これでやっと村に帰れます」

 帰ったらまずは寝よう。もうヘトヘトです。

 トウヤは疲れきった顔で、しかし笑みを浮かべながら、そんな事を思った。



[29593] 第二章 プロローグ
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:35
薄暗い森の中を、一人の男性が走っていた。
その男は恐怖に顔を歪めていた。
まるで何かから逃げている様子のその男は、苦痛に顔を歪めて目には涙を浮かべていた。

「くそっ、くそっ!」

男はある任務でこの森へと入ってきた。
謎の失踪事件を解決するため、仲間と共に調査にやってきたのだ。
しかし結果は……。

自身ともう一人の男以外の仲間達は、全て奴らに殺されてしまった。
無事だったもう一人の男も自身を逃がすため、その身を囮として奴らに一人戦いを挑んでいった。

「何でこんな事に!」

何故こんな事になってしまったのか。
何故仲間達は殺されなければならないのか。
そして、何故自分だけ無様に逃げ出しているのか。

男は、理屈ではわかっていた。
このままでは、調査隊の全員が殺されてしまう。
それでは今さっき遭遇した失踪事件の真相を伝える事が出来ず、さらに行方不明となった自分達を探しに来た者たちにまで悲劇が。

理屈ではわかっている、しかし感情がそれを許さなかった。
それでも今こうして逃げているのは、調査隊隊長の最後の命令を忠実に果たしているからだ。

「必ず、必ず伝えてみせる。そして皆の無念を必ず晴らしてみせる!」

男は涙を拭い、自身の限界を超えて森を駆け抜けていく。
そしてついに森を抜け出し、男は自分達が住んでいた町へと向かっていった。

その様子を遠くの方から何かが見つめていた。
怪しく光るその瞳で男が去っていくのを見つめていた。

それも一対ではない。
無数の瞳が森の木々の中に浮かび上がっていた。
それは黒い羽毛に覆われた鳥達だった。

その内の一羽が鳴き声を上げる。
すると一斉に鳥達は羽ばたき始め、森の奥へと飛び去る。
……森の奥深くから、何かの唸り声があがった。



[29593] 第二章 第一節 日常に戻った少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:35
ここは農作業を主として、生計を立てている村、『ベジル村』。
人々は額に汗水を垂らし、今日も一生懸命に働いている。
皆が笑顔で働いている中、一人だけ酷く疲れた様子の少年が馬の世話をしていた。

特徴的な緑色の髪の毛に、ごく平凡な顔つき。右腕には木で出来た腕輪をつけている。
少年の名は『トウヤ』。ベジル村の外れに住んでいる、何の取り柄も無いごく普通の村人である。
少年は疲れた顔をしながらも、仕事には手を抜かずに馬の世話をしている。

「ああ、体が痛いです。助けてくださいよ、テンマ」

トウヤは世話をしていた馬に話しかけるも、馬がそれに答えてくれるはずもなかった。
しかしそんなトウヤの様子に何か思うことがあるのか、テンマはトウヤに顔を擦り寄せてくる。

「うう。ありがとうございますテンマ。ボクの心配をしてくれて」

「馬なんかに同情されてどうすんだ、トウヤ」

 そうトウヤに言ったのは、空に浮かんでいる赤い髪の二頭身の小人。
彼の名は『カズマ』。今はこんな姿をしているが、本当の姿は身長百八十ぐらいのしっかりとした八頭身の男である。
 何故そんな彼がこんな姿になっているのか、それは彼にもトウヤにもわからない。

カズマは記憶喪失で、トウヤにとってはどうでも良かったからだ。

「馬『なんか』! 貴方は何て事をテンマに言うんですか。それは差別というものですよ!」

「うっせぇ! それよりももう一週間たったてのに、何でまだ体を痛めてんだよ。この軟弱モン!」

「やっかましい! 仕方ないでしょ。山賊に襲われて、その数日後に今度は山賊に誘拐されて、それで殺されそうになったと思ったら巨大二頭犬に襲われて。
 ボクにとっては肉体的にも精神的にも限界を突破してたんです!」

 カズマの発言に対し、憤慨して反論するトウヤ。

「カズマさんだって見てたでしょ! 村に帰って三日三晩寝込んでたの!」

「……まぁな。でも三日も寝込んでたんだから、もう大丈夫だろうが!」

「そう簡単に回復するほど、ボクの体は強くないんです! いい加減ボクが普通以下だと理解してくださいよ!」

まったく、といった表情で再びテンマの世話に戻るトウヤ。

「ああわかったわかった。それはもういいや。それよりも……」

カズマはトウヤの顔の前に出る。

「俺を早く大きくしろ! もう一週間もこのまんまだぞ!」

「またその話ですか! 一体何度説明すればわかってくれるんですか!」

 トウヤはカズマの理解力のなさに呆れた。

「? 何か言ったっけか?」

「おぅ。貴方の記憶力はどんだけ何ですか。一昨日も昨日も、そして今日の朝も言ったというのに」

「何だと! 俺のどこが馬鹿だってんだ!」

トウヤに詰め寄るカズマ。

「そんな事言ってません! でもあながち間違いでもありませんね」

 どこか納得するトウヤ。

「まぁそれはいいです。それよりももう一度だけ説明します。いいですか、今度はその無い頭にしっかりと刻み込んでくださいよ」

「おうよ!」

 トウヤの悪口に気付かず元気に答えるカズマ。
 やっぱりアホだ、とトウヤは思った。

「いいですか。ボクが今までカズマさんを召喚するのに使った実は五個。
 一個目は最初に山賊から助けてくれた時に使用。
 二個目はどのように召喚するのか確かめるのに使用。
 三個目はレイナ達を手助けするのと、『召喚時間』『消失時間』を測定する為に使用」

 ここまではいいですか、と視線でカズマに尋ねる。
 それに対し、頷いて答えるカズマ。

「そして四個目。これはゴリオさんを助けるため、後は山賊をボッコボコにする為に使用。
 最後に五個目。『オルトロス』を何とかするのに使用」

一度溜め息を吐き、トウヤは話しを続ける。

「最初にゼノさんから預かる事になった『ジュニクの実』は十個。つまり既に半分も使ってしまったんですよ」

 ほんの数日でこれだけ使うとは……。

 トウヤは、実を使わざるを得ない状況に、これだけ遭遇した己の不運を恨んだ。

「わかりましたか。その状況で意味も無く実を消費するなんて出来るわけないでしょ?」

「まだ五個『も』あんじゃねぇか! 一個ぐらい……」

「五個『しか』ないんです! それにその内一個は現在使用中でしょ! 実際は後、四個しかないんですよ!」

「あ、そっか……」

 トウヤの言葉に気付き、おとなしくなるカズマ。
 しかし。

「でも後四個『も』……」

「『しか』! もういい加減にしてくださいよぅ」

 何でこんなに無計画で行きあたりばったりなんだろう?
 トウヤはカズマの頭の中を少し覗いてみたくなってきた。
 どうせ何も入ってないんでしょうね~。

「とにかく! 今行なっている実験が成功するまで大人しくしててくださいよ!」

「くそっ! わかったよ!」

 そう言ってそっぽを向くカズマ。

「あ、後。もう今言った事は忘れないでくださいよ? また説明するなんて御免ですからね」

「わかってるってんだ! 誰が忘れるか!」

「貴方忘れてたでしょうが!」

 ついさっきまで忘れてたからもう一度説明したというのに、それも忘れたんですか!

 トウヤは、カズマが脳筋である事を理解した。
 あきれながらも仕事に戻ろうとすると、そこに一人の少女がやってきた。

「お疲れ様トウヤ。もう体は大丈夫?」

「あ、『レイナ』。おはようございます」

 幼馴染の一人、『レイナ』であった。
 彼女の質問に、トウヤは顔を顰める。

「それがまだ少々痛みまして。まぁ仕事には対して影響してないんですけど、ね」

「あまり無理しないでね。ただでさえ大変な目にあったんだから」

 レイナは心配そうな面持ちでそう言った。

「はい。後ありがとうございました。助けに来てくれて」

 トウヤは山賊に誘拐された後の事を思い出しながら言った。
 しかし、お礼を言われたレイナは暗い顔をする。

「当然だよ。私のせいでトウヤが攫われたんだから」

「あ、いえ。別にレイナのせいではないと思うんですが……」

「ううん。私がしっかり守ってれば、トウヤは連れて行かれなくて良かったんだもん。やっぱり私のせいだよ」

 さらに気を落とすレイナ。
 それに気まずくなったトウヤは話を逸らすことにした。

「あ~。そ、そういえば良く山賊のアジトの場所がわかりましたね! とても早く助けに来てくれたので驚きましたよ?」

 実際は山賊に殺されそうになった後でなのだが、それでも早く助けに来たなと思うトウヤ。

「あ、うん。団長のシゲマツさんが情報で得たアジトの場所を教えてくれて……」

「なるほど。それですぐに来れたと……」

 なるほどな~、と感心するトウヤ。
 しかし、レイナは首を横に振った。

「そのアジトの場所はダミーだったの。どうやら偽情報だったらしくて。私たちがたどり着いた所には山賊たちが待ち伏せしてて……」

「何と! 大丈夫だったんですか、怪我しなかったんですか!?」

「うん。数も少なかったし、すぐに決着は付いたよ。ただ本当のアジトの場所がわからなくて」

「はぁ。それで山賊達に話させて来た、と」

 なるほどなぁ……、うん?

「よく素直に話しましたね。場所を」

 そういうのはそうそう口を割るものではないのではないだろうか。
 トウヤは疑問に思い、しかしふと気付く。

「『レイラ』ですか。力による『オハナシ』で口を割ったんですね?」

 トウヤは疑問が解け、何度も頷く、が。

「違うの。『レイラ』じゃなくて『私』なの」

「へっ?」

 自身の考えが違った事にも驚いたが、それよりもレイナが『オハナシ』をした事に驚愕するトウヤ。

「……だってあの人達。トウヤが危険な所で怯えて泣いてるって時に、無駄な時間を過ごさせて……」

 段々と黒いオーラを纏わせつつ、レイナは続ける。

「それなのに全然トウヤの居場所を言わない。おかしいよね何考えてるんだろ。そんなに苦しみたいのかなだったら望み通りにしてあげる。
 どんなに悲鳴を上げてももう止めてあげない。何を怯えているのアナタタチがノゾンダコトでショ。
 ワタシノジャマヲシテルンダカラトウゼンデショ? 
 アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」

 目を見開き、口を歪めてケタケタ笑いだすレイナ。

「ヒィ!?」

トウヤは怯えてテンマの影に隠れる。
隠れられたテンマも、体を小刻みに震わせている。

「何だこの女?」

 今まで話しを聞いていたカズマも、レイナの様子に完全に引いている。
 トウヤはこのままではまた寝込むことになると思い、レイナを現実に引き戻すことに。

「レイナ、正気に戻ってください! ここにはもう貴方の邪魔をする愚か者はいませんよ!」

「ハハハハハハ……、ハッ! あ、ゴメンねトウヤ。悪い癖が出ちゃった」

 ゴメンね、と手を合わせて謝罪するレイナ。

「いえいえいえいえいえいえいえ。とんでもございません! 
 レイナの御陰でボクはこうして生きていられる、本当にありがとうございました! 
 さぁそろそろレイナは仕事に戻らないと。ボクなんかに構わずに!」

 未だテンマに隠れつつもレイナにそう促すトウヤ。

「あ、うん、そうだね。それじゃ私はこれで。無理はしないでねトウヤ」

 さわやかな笑みを浮かべてレイナは去っていった。
 完全にレイナの後ろ姿が消えた事を確認したトウヤは、やっとテンマの影から姿を現した。

「ひ、ひさしぶりの『黒レイナ』。山賊達め、全滅しながら何て置土産を置いてんですか!」

 ああ怖かった。

 額の冷や汗を拭い、安堵の溜め息を吐くトウヤ。
 テンマもほっとした様子をみせる。

「おい、何だあの女は?」

 カズマがトウヤに質問した。

「えっと、まぁ。人には何かしら欠点というものがありまして……」

 微妙そうな表情を浮かべるトウヤ。

「普段は大変お淑やかで、何事も完璧にこなして強くてかわいい。まぁ少々天然気味のところもありますが。実に世界に優しい女性なんですよ、本当は」

 しかし、と話を続ける。

「彼女の中にある触れてはいけない琴線に触れてしまうと、さっきの『黒レイナ』が出現するんですよ」

 あれは確か何年前の事だったろうか?
 トウヤは過去を振り返る。

 あれはそう、確かレイラとボクの二人だけで近くの川に行った時だったか。
 といってもボクは無理矢理レイラに連れて行かれたんですけどね。
 その日は確かレイナが少し風邪気味で、ベッドで大人するよう村長に言われてたんですよね。

 そんなレイナに何かしてあげようと、レイラが川で取った魚で料理を振る舞おうとしたんですよ、確かそうだったはず。
 んで、レイラの看病を村長に言い渡されたボクを強制的に連れていき、一緒に川で魚を取らされるはめに。ああ何回溺れそうになった事か。
 結局ボクは一匹も取れずに、レイナが四匹捕まえて村長宅へ引き上げたところで、そこに『黒レイナ』が現れたんですよね~。

 それは恐怖の光景だった。

 自宅に帰ったトウヤ達は、ベッドにいるはずのレイナがいないことに気付いて家中を探した。

 そして台所に、それはいた。

 明かりも付けずに床に座り込み、まな板の上に置かれたお肉に包丁を何度も突き刺すレイナ。
 背中を向けているため表情が見えなかったが、何かを呟いていて時たまクスクス笑いまで漏らすその姿に、唖然とする二人。
 具合でも悪くなったのかとレイラが彼女に呼びかけると、レイナはゆっくりとトウヤ達に顔を向けた。

 目を大きく見開き、それ以外は無表情で振り向くレイナ。
 それを見た瞬間、トウヤは恐怖のあまり気絶した。

 しばらくして目を覚ますと、そこにはいつも通りのレイナが心配そうな顔でトウヤをのぞき込んでいた。
 あれは夢だったのだろうか、と思い辺りを見回すトウヤ。
 しかし部屋の隅にはカタカタと震えるレイラの姿。

 トウヤは何があったのかレイラに尋ねるも『ゴメンナサイ』としか彼女は答えず。
 ならばともう一人の知ってそうな人物に聞くも、『なんでもないよ』としか言わないレイナ。

 真相は闇に葬られた。

 しかし、トウヤは何となく原因に心当たりがあった。

 川で魚を取っていた際、背中にはしった悪寒。
 誰かに見られているような気がして辺りを見回すが誰もおらず、ならばずぶ濡れになって体を冷やしたかなとその時は思ったのだが。
 おそらくレイナは自身を放って何をと思い自分たちの後を負ったのだ。

 そしてそこには川で遊んでいるように見える二人。
 風邪を引いた自分を放って置いて、二人で遊ぶだなんて!
 おそらくそういうことなのだろう。

 まぁ結局レイナも、それにレイラも元に戻ったのだ。それで良しとしよう。
トウヤはこの件に関して一切関与しないよう心がけた。
決して深いところまで知るのが怖いからではないし、またあれが出現してはこっちの身が持たない、と自分に言い聞かせて。
だがしかし。

「再び現れてしまいましたか。まぁ直接的被害は山賊達にいったので構いません。しかしこちらにまで影響を及ぼさないで欲しいものです」

 どっと疲れたトウヤ。
 折角日常を取り戻したというのに、面倒ごとをこれ以上増やさないで欲しかった。

「……忘れましょ。気にしてもしょうがありませんし」

 気を取り直して、トウヤは仕事を再開する事にした。

 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「村長。お仕事完了しましたよ」

「うむ。ご苦労だったのトウヤ」

 本日の仕事を終わらせ、村長に報告しにきたトウヤ。
 それでは、と言ってそのまま自宅に戻ろうとするトウヤに村長が言った。

「ああ、待て待てトウヤ。少し話がある」

「? 一体何ですか?」

 トウヤは不思議そうな顔で、村長に近づく。

「うむ。まぁ座れ」

「はぁ」

 席に付くよう促され、椅子に座るトウヤ。

「それで、一体ご要件は?」

「山賊達との一件じゃ。大変な目にあったの~」

 ホッホッホッ、と笑い声をあげる村長。
 しかしトウヤにとっては笑い事ではなかった。

「笑い事じゃありませんよ! 死ぬとこだったんですよ、もう少しで!」

「まぁの。しかしワシもお前ぐらいの年の頃に山賊と戦っての~。懐かしくて懐かしくて」

「懐かしまないでください! 一体どういう人生を送ってたんですか!」

 山賊と戦ってた? ボクより小さい時とか何してたんですか一体!
 村長の異常性に呆れるトウヤ。

「奪い、奪われる時代じゃったからな。今よりもかなり治安が悪かったしの。そんな中で生き残っていけば色々経験するはめにもなるわい」

「ボクは心底その時代に生まれなくてよかったと思います」

「まっ、確かにの。だがその経験から得られるものもあるんじゃぞ」

「得られるもの? 失うものならわかりますが……」

 命とか。

「……今ではワシも『獣人化』することが出来るがの、実は昔から出来たわけではない」

「えっ!? そうなんですか?」

「うむ。それどころか他の者たちよりも能力的劣っておった。それこそ、お主に近かったかもしれん」

「ホントですか!?」

 椅子から立ち上がり、村長に詰め寄るトウヤ。

「初耳ですよ、そんなの!」
「まぁ言ってないからの。お主に初めて話したんじゃないかの」
 村長はお茶を一すすりし、話を続けた。
「そんなワシが能力に目覚めたのは、幾多もの危機を乗り越えてきたからじゃ。山賊しかり、猛獣や海獣、戦争にも出たからの。何度命を失いかけたことか」

 昔を懐かしむ村長。

「困難を乗り越えてこそ得られるものもある。今回の件で、少なからずともお主も強くなったはずじゃ」

「……特に強くなったとは思えませんが」

 あいかわらず力もないし、体も弱いままです。
 微妙な顔を浮かべるトウヤに、村長は言った。

「何も強さとは力だけではないぞ。一番大事なのは心の強さ。力があろうと恐怖で竦んでしまえば何も出来んじゃろ?」

「はぁ……」

 トウヤはゴリオの事を思い出した。
 力があってもそれを振るう心に問題のあったゴリオ。しかし彼はトウヤのためにそれを振るう勇気を身に付けた。

「確かにお前には何の能力もないかもしれん。しかし心の弱さは克服できる。そうじゃろ?」

「……まぁ。少しは成長したかな、とは思いますが。心の方だけ」

 でも体の方は、と大きく溜め息を吐くトウヤ。

「心配するな。もしかしたらワシのように、極限状態で能力に目覚めるかもしれんしの」

「本当ですか~」

 疑いの眼差しで村長を見る、がそこでトウヤは気づいた。

「……ん? まさか前回のお使いとかは」

「ん? ああ、そのためじゃ。ついでに山賊に襲われたと聞いてこれは来たか! と思ったんじゃがな~」

 残念そうに溜め息を吐く村長。

「何が来たんですか! ボクの死期ですか!? 
 あのね村長。そんな命懸けで能力を目覚めさせるなんて危ないこと、二度とさせないでくださいよ!」

 あのお使いにそんなしょうもない理由があると知り、憤慨するトウヤ。

「ああわかっとるわい。レイナ達にも言われたわい。特にレイラには『ゼノさんが狙われてるなんて聞いてない!』と本気で怒っての~。
 まぁトウヤの為を思って賛成したお使いが、お主の命を失うかもしれんと知ってショックじゃったんだろう。
 だから町にレイナと一緒にいくように言ったんじゃが、まさか山賊に攫われるとは。お主の運のなさにはビックリじゃ!」

「『じゃ』じゃないですよ! というか町へのお使いもそんな理由があったんですか! 
 ならなんで『レイナを無傷で』なんて付け加えたんですか。意味が分かりません!」

「いや、ただ町に行くだけではいかんと思っての。プレッシャーを少しでもかけようと思って。だいたいレイナが誰に傷つけられるんじゃ」

「プレッシャーをかけるな! ボクはそんな事になったら、あなたに殺されるかと思ったんですよ!」

「おお! それはいい具合にプレッシャーがかかったの~」

「いい具合? ものすっごい具合ですよ! もう余計な事はしないでください。今のままでボクは大変満足してるんですから!」

 トウヤはこれ以上目の前のボケ村長には付き合いきれん、と席を立ちドアに向かう。

「……トウヤよ」

「何ですか!」

 イライラしながらドアノブに手をかけ振り返るトウヤ。

「いつまでもそのままでいい、と本当に思っておるのか?」

「うぐっ」

 村長の言葉に図星を刺されるトウヤ。
 確かにいいとは思っていません。けどそう簡単に変われるとは……。
 トウヤは顔を伏せる。

「……焦るなトウヤ。自ずとお主にも力は付いてくる。ただ、お主の場合それがゆっくりというだけじゃ。
 懸命に何かを成していけばゆっくりと、しかし確実にお主は強くなる」

 村長は真剣な眼差しでトウヤを見つめた。

「……失礼します」

 トウヤは村長に一礼してから外へと出ていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


無言のまま家へと向かうトウヤ。
そんなトウヤにカズマが言った。

「結構まともな事言うじゃねぇか、あのジジイ」

「……本当に、極稀に真っ当な事を言うんですよ。普段は、はっちゃけたことしかしないのに」

 本当に久しぶり見ましたよ、あんな真面目な村長。

「……ボクは、強くなれるんでしょうか?」

 先ほど村長に言われた事を、カズマに確認するトウヤ。

「あっ? 知るか」

「何て冷たい対応! そこは『成れるに決まってんだろ!』とか言う所でしょ!」

 あんまりな対応にそう突っかかる。

「あのな。何でお前が強くなるかどうか俺が知ってんだ。そんなのお前が感じる事だろうが」

「うっ! まぁ確かに」

 カズマからの最もな意見に納得するトウヤ。
 ……ボクが強く、ねぇ。

「ボクは変わっていけるでしょうか?」

「お前次第だろっての。さっきから弱気な発言ばっかしやがって。こういう時は『変わってみせます!』って言えってんだよ」

 トウヤの弱気な発言に若干イライラしながら答えるカズマ。

「そこまで断言は出来ません。が、少しずつ変わっていけるよう努力はしてみたい、と思います」

「かぁー! 相変わらずの逃げの発言かよ。まぁでも、変わりたいって思っただけでも少しはましか。前のお前から考えれば」

「うるっさいですよ!」

 そんな言い合いをしながら目の前の小屋に入っていくトウヤとカズマであった。



[29593] 第二章 第二節 調べる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:36
翌朝、体に何の違和感も感じることなく、ごく普通に起床することが出来たトウヤ。

「ああなんて清々しい朝なんだ!」

ベッドの上で大きく伸びをし、朝の新鮮な空気をたらふく肺に吸い込む。 

ここ一週間碌な目覚め方をしていなかったのでその反動の賜物なのだろう。
気分ランランのままベッドから起き上がり、家の外に出るトウヤ。
美しい朝日に照らされる中、体全体で大きく伸びをする。

さぁ、今日から正常運転だ。また平凡な生活を満喫するぞ!

「ヤッホー!」

ああ素晴らしきかな我が人生。
これ以上の解放感は生まれてこの方味わったことがない。

そんな清々しい気分を維持しつつ、トウヤは家の中へと戻った。
そんなトウヤをアホを見る目で眺めるカズマ。

そんな目で見ないでください。まるで僕がアホみたいじゃないか。

カズマの視線を気にしないようにしつつ、さてどうしようかと一考するトウヤ。

「あ、忘れてました」

 トウヤは机に置かれた植木鉢の存在を思い出した。
 植木鉢には、一本の茎から十の緑色の花が咲いていた。

「おお! ついに花が咲きましたか。成長速度からいって、そろそろだと思ってましたが……」

「へぇ~。本当に育ったな、あの『実』でよ!」

 二人揃って感動する。

「はい。というか痛みで動けない中、必死で世話したんですから、育って貰わなければ割に合いませんよ」

 実はこの花、山賊達のところから帰ってきたその日に育て始めた『ジュニクの実』の花であった。
 帰りの道中。残り五個となってしまった実を眺めてどうしようか、と悩んでいたトウヤに対して。

「『実』なんだから、育てりゃいいじゃねぇか」

 と、カズマから実にご最もな意見が飛び出した。
 ちなみにそんな事に気付かなかった上に、カズマなんかにその事を気づかされて二重にショックを受けるトウヤがいたとかどうとか。

「これだから脳筋さんの発想は侮れません。実に簡単に、物事を捉える様には驚愕を通り越して絶望しましたよ」

 若干落ち込んだ様子のトウヤ。
 しかしすぐさま気を取り直す。

「ま、このままいけば明日、明後日には種が出来るかもしれませんね」

「お~。ってことはあれだな。俺を元に戻せるってことだな! 『今』」

「『今』じゃないですよ! 『明日』『明後日』出来るって言ったばかりでしょうが!」

 耳に何か詰まってるんですか!?

「アホ、そんな事わかってんだよ。今ある実を使ってだな……」

「だから、必要な、時じゃ、ないのに、無駄遣いは、出来ない、と何度言えば解るんですか!」

 このアホ!

 トウヤは、カズマを無視する方向でいくことにした。
 イラつきながら『はてそういえば……』とある事を思い出すトウヤ。
 机から離れ、ベッドに置いてある腰袋を手に取る。

 牢屋に捕まった際にゼノから預かることになった腰袋である。

「そういえばコレの中身をまだちゃんと調べていませんでしたね」

 これがなければ今頃どうなっていたことやら……。

 自身を助けてくれた袋と、ついでにゼノに対して感謝しつつ袋を開けて中身を確認する。
 そこには多種多様の実が入っていた。
 あの時『オルトロス』を止めるのに使った黒い実もその中にある。

「えっと。色々あって何が何やら……」

 黒い実の効果は知っていたが他の実の扱いはどうすればいいのか悩むトウヤ。
 そんな時、トウヤは袋の中に折りたたまれた紙キレがあることに気付く。

「? なんでしょうねこの紙は……」

 袋から紙を取り出して、中を確認するトウヤ。
 そこには、何やら文字が大量に書き込まれていた。

「これはゼノさんが書いたんでしょうかね?」

 トウヤは中身を読んでいく事に。

『これを読んでいるという事は、ワシはもうすでにこの世からいなくなっていることだろう』

「はぁ?」

 いえ、おそらく元気いっぱい黒幕たちについて探りを入れていると思われますが。

 違和感丸出しの書き初めに、目を丸くするトウヤとカズマ。

「う~ん、あっ。そういえば……」

 トウヤは牢屋での出来事を思い出す。

 あの時、ゼノさんは確かボクが来てくれて好都合だとか言ってましたね。
 それは、この袋を渡すのに最適な人物が現れたからだ、という事は言うに及ばず。
 しかし、もしボクがあの場に現れなかったらゼノさんはどうするつもりだったんでしょうか?

 おそらく連れて行かれている最中のどこかで信頼出来る人物に手渡すか、もしくは人目に付く場所に置いていった可能性があります。
 その場合、この袋が何なのか伝える暇があるとは思えません。
 ゆえにこの紙は、その時のための対処法として書いていたものだと推測されますね。

 だがしかし、それでもトウヤには疑問が残った。

「でも、何でこんな書き出し方なんでしょうね? 本人、生き残る気満々だったはずなんですが……」

「さぁな。不安に駆られでもしたんじゃねぇか?」

「……それは有り得るやも。でもあのゼノさんが?」

 気になりつつも続きを読み始めるトウヤ。
 しかしそこには。

『こんな書き出し方しか思いつかなかった。ゴメンね。』

「ウザいわ!」

  読んでいた紙切れを床に叩きつける。

「ゼノさん! 貴方って人は山賊に捕まっているという非常事態に、何アホな事書いてんですか!」

 ゼノのアホっぷりに苛立ちながらも、しかし叩きつけた紙を拾って再び続きを読んでいくトウヤ。

『どこの誰が読んでいるかわからんが、ここに書いてあることは全て真実である。』

その後にはトウヤに話して聞かせた事と同じ内容を書き連ね、重要なアイテムをべジル村の少年に預けた事が書かれていた。
ここで『ジュニクの実』の『ジュニク』は『樹肉』と書くことを知ることになるわけだが。

「『樹肉』。ますます意味が分かりません」

樹の肉? なんじゃそりゃ。
 一つ謎が解ける同時にまた一つ謎が。
 トウヤは一体この『実』が何であるか悩むものの、しかしもっと重要な事に気付く。

「……というかそれよりも。ボクの事を書かないでくださいよ! 
 もしこれが危険人物の手に渡っていたらボクの命が危ないじゃないですか! 
 そんな事もわからん程アホなんですか、そうなんですね!」

自分が山賊に捕まっていなければ、新たな危険人物に直接狙われる可能性もあったと理解し憤慨するトウヤ。
良かった、本当に良かった。山賊に捕まって。
 ボクの犠牲は無駄ではありませんでした。

 トウヤは涙を流して喜んだ。
さらに続きを読んでいくと。

「……あ、ここらへんからボクの知らない事っぽいですね」

『この紙と同じ袋に入れている実はワシの研究成果の一部である。役立たせてもらえるなら幸いだ。』

「その事に関しては感謝してますよ」

 『オルトロス』の動きを封じることが出来たのは黒い実のおかげ。
 トウヤはゼノに感謝した。
 しかし、次の文章を読んで感謝の気持ちは吹き飛んだ。

『そしてこれを作ったワシを崇め、讃えても良し。さらに感謝し、崇拝してくれると尚嬉しい。』

「だからあのボケ老人は、何をしていやがりますか!」

 少しでも理性が残っていなかったら手に持っている無駄な文章だらけの紙を、ビリビリに破り捨て去るところだったトウヤ。
 再び息を整えて続きを読む。

『まずはワシの最高傑作から紹介するとしよう』

「ゼノさんの最高傑作……」

 なんとなく予想は付きますが。

『黒い実を見てもらいたい』

「やっぱりね」

 これがゼノさんの最高傑作ですか~。
 『樹肉の実』と同じ大きさの黒い実を手に取り、眺める。
 
『この黒い実は、「悪臭の実」と言い、その名の通りものすごく臭い匂いを周辺にまき散らす凄まじい実じゃ』

 すでに『オルトロス』戦で実証済みだったため、確かにと頷くトウヤ。

「すごい臭いでしたよね。まだ記憶に鮮明に残ってますよ」

「おの駄犬が苦しんでたからな~」

 カズマもあの時の事を思い出して同意した。

『そのままでも効力はすごいが、特に効果を発揮するのは相手がこの国の能力者であった場合だ。
 奴らは、獣などの特性を付与することが出来るのだが、逆にそれが致命的な欠点となる。鼻が利きすぎるのだ。』

「まぁそうでしょうね」

 納得しながら、しかしそこでふと気付く。

「これを使えば村長に勝てるやも!」

 村長は『獣人化』能力者。しかも狼! これはいける。
 村長に一子報いる事が出来るやも、と思い黒い笑みを浮かべるトウヤ。
 しかし致命的な欠点に気付く。

「……でもこの実を使うとボクまで臭い思いをするはめになりますね。う~ん、同士討ちはしたくないですし……」

 どうしたもんかと思いながらも続きを読んでいくトウヤ。

『次に、赤い実について話したいと思う。』

「おっ! 新たな実についてですか」

待ってました!

『赤い実は「激辛の実」と言う。その名の通り猛烈な辛さを宿した実じゃ。食べるでないぞ、三日三晩苦しむことになるやもしれん。』

「……これはすごいのか、すごくないのか」

 ビー玉ほどの大きさの赤い実を手に取り、微妙な表情を浮かべるトウヤ。
 只の辛子と同じじゃん。でも三日三晩苦しみますし……。
 う~む、と悩むトウヤはとにかく赤い実については置いておくことに。

『さて次に黄色い実についてじゃが、名を「蛍光の実」という。この実のすごいところは地面に蒔くとすぐに根付き、栄養を吸いっとって実が光るところじゃ。』

 書いてある通りに『樹肉の実』とは別の植木鉢に、ビー玉より少し小さめの『蛍光の実』を蒔く。
 すると実から根が伸びて地面に根付き、実の部分が淡く光り出した。
 明るすぎず、暗すぎず。実に快適な光を放つ『蛍光の実』。

「へぇ。すごいです」

「たまげたもんだ」

二人して感嘆の声をあげる。
なかなかにいいもの作るじゃないですか、少しだけ見直しましたよゼノさん。
 感心しつつ続きを読むと。

『夜、暗くて怖い時に使うと便利じゃぞ』

「そんな使い方するのは、貴方だけですよ」

なんでこう、落ちを忘れないんだろうな、この人は。

『サクランボのように茎で繋がっておる二つの青い実。次はそれについて説明しよう』

「青い、これの事ですか」

 そこには、茎で繋がれたビー玉程の大きさの実が二つ。確かにサクランボのようだった。

『その実の名は『応答の実』。この実は二つ同時に使用することで効果を発揮する。片方の実で拾った音、まぁ音声を想像してほしいが、その拾った音をもう一つの実に伝えることができる優れものじゃ』

「すごい! これはすごい!」

 今までで一番すごいんじゃないですか、と興奮し感動するトウヤ。
 だがやはり。

『気になるあの子の家に置いて、盗聴することも可能じゃ。バレルでないぞ。捕まってしまうからの』

「……貴方が捕まってしまいなさい」

 なんかもう犯罪の道具にしか見えなくなってしまいましたよ。ボクの感動を返してください。
 
 大きくを溜め息を付くトウヤ。

『最後に緑色の実について。この実は『生薬の実』という。潰して傷ついた場所に塗ることで殺菌消毒およびケガの回復速度を若干促進させることが出来る。』

「ふ~ん」
 
 もはやトウヤハ感動すらしなくなっテイタ。
 もう何だかな、といった感じである。

『それぞれの実は蒔くことでさらに大量に実を生み出すことが出来る。まぁやってみてちょ』

「何て軽い物言い。あと、お年を考えて発言出来ないんですかね」

 しかしまぁ、予想外と言うかなんというか。

「中々使えそうなものを発明しているではないですか」

「ああ、あの顔でこれだけのモンを作れるとはな」

 失礼な発言のカズマ。
 しかしあながち間違ってはないかな、とトウヤは思った。

「でも本人の前じゃ、絶対すごいとは言いませんよ」

絶対調子に乗りますからね。
もう文章もほとんど読み終わり、あとは軽く流してしまおうと思ったその時。
トウヤはその文章が目に入った。

最後の一行である。

『あ、忘れておったが『クロックレイズ』という呪文』

そこで文章は途切れていた。

……待て、待て待て待て。

「それを一番最初に説明してくださいよ!」

激辛の実とかいいから、と頭を抱え込むトウヤ。

「ああもう! 新たな呪文を最後に書くとか! しかも『あ、忘れておった』ってかく必要はあるんですか! アホなんですか!」

ゼノの頭の酷さ加減を再確認していると、カズマが目を爛々と輝かせて言った。

「おい、必要な時がきたんじゃないのか!?」

「あうち」

なんでこういう時に限って、こう閃きが鋭いのか。 
しかしカズマさんの考えもあながち的外れではないですね。
呪文の効果が分からないのなら試せばいい。

トウヤはそう考えて、机の引き出しにしまっていた『樹肉の実』を取り出す。

残りの実は四つ。明日か明後日には実も出来ることだし、まぁいっか。

 そう考えて残り四個の『実』の内の一つを取り出し、右手に握りしめる。
 ついでに懐中時計を取り出して時刻を確認。

「来い、カズマ!」

 カズマを吸い込んだ実が赤く輝きだし、腕輪も緑色に発光する。

「クロックレイズ!」

 呪文を唱えた瞬間、実はさらに激しく輝き段々と大きくなる。
 次に二枚の葉が実から飛び出して実を包んでいく。
そして。

「よし! 戻った!」

 赤い髪を棚引かせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手につけた、見た目十代後半程の青年。カズマがそこに立っていた。
 元に戻った事に喜びを隠せない様子のカズマ。
 そんなカズマに水を差すのも悪いのだが、トウヤには聞かなければならないことがあった。

「それで何か変わりましたか」

 新しい呪文の効力を確認するトウヤ。

「ああそうだな」

 カズマは自分の手を閉じたり開いたりする。

「なんかよ」

「はい」

「力がいつもより出ねェ感じがするんだが」

 …………………なんですと!

 予想外の事態に、驚きを隠せないトウヤ。

「え、ちょ、本当ですか!」

「ああ、それもかなり」

「そんなバカな!」

 ありえない。何ですかそれは! 弱くなるって呪いですか!
 
 弱くなる呪文。そんなものが存在するなどトウヤには考えられなかった。

 ゼノさん、何弱くなる呪文を教えやがりますかね!
 前言撤回! あの人は本当のアホです!
 弱くなる呪文。そんなもの欲しくもなんともない! 
 何故それがわからんのですか!

 どうしてこんな事に、と頭が痛くなるトウヤ。
 しかし、そんな彼に突如閃きが。

 待て、待て待て。よく考えるんですよ、トウヤ。
 今のカズマさんの状態を考えてみなさい!
 あの暴力脳筋男が、デコピンで人を飛ばすようなとんでも男が、力が出ない状態で今そこに立っている。

この状態を何と言いますか。そう、そうとも。

「千載一遇のチャンス!」

 小声で呟きながらトウヤは顔をニヤつかせる。
 
 あの事あるごとにボクの事を弱いとか駄目だなとか軟弱とか、言いたい放題言ってきたあのカズマさんが。
確かに命を何度も助けられたし感謝もしています。
 でもそれとこれとは話が別!
 
 この気を逃せばもうチャンスは訪れないだろう。
 今までの力関係を表すとこうだ。

カズマさん(通常)>>>>>>> 越えられない壁 >>>>>>>> ボク

しかし今この瞬間だけは。

 ボク > ホンのちょっとの壁 > カズマさん(弱まっている状態)

このようになっているのではないのか。そうさ、そうとも。

「いまこそ、あの時の、頭の、痛みを、返す、時!」

トウヤは、未だ自身の手を見つめるカズマの背後に回り込んで、機会を伺う。
そして。

「覚悟!」

言うが早いか、カズマの頭めがけて脳天チョップを叩き落とすトウヤ。

あの時の恨み、思い知るが良い!

積年の恨みを晴らすが如く落とした脳天チョップは、しかしカズマに届くことはなく。

「ぁん?」

 軽々とトウヤの腕をつかみ取るカズマ。
 掴んだ腕とは逆の手を、天に掲げ。

「何しやがんだ。このボケ」

 カウンターで逆にトウヤの脳天目掛けてチョップを叩き落とす。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 声も出せず、トウヤは頭を抱えてうずくまる。
 そして何故こんな結果になってしまったのかを考察した。

 なんでこんな結果に! 
ボクの導き出した完璧な結論に間違いはない筈!

 しかしそんなトウヤに対し、カズマは現実を教えてあげた。

「あのな。確かに力はかなり出ねぇが、それでもテメエよりはまだ全然強いんだよ」

「そんなバカな」

 なんですかそれは。つまりあれですか。
結局のところ、どんなにカズマさんが弱まったとしてもこうなると。

カズマさん(弱まっている状態)>>>>>>>越えられない壁 >>>>>>>>ボク

結局、ボクはどんな状況になってもカズマさんを超えられないと。
どこまでボクは非力なんですか!

あまりに高すぎる現実の壁に、絶望するトウヤ。

「この世はなんて、あまりにもボクには優しくない法則で構成されているんですか」

 頭の痛みと現実の厳しさに、数分の間地面に伏して涙を流していると。

「トウヤ! 起きてる!?」

 何故か、町にいっているはずの幼馴染の一人『レイラ』の声が聞こえてきた。
現実に絶望しているのに、今度は何ですか!

「起きてますよ!」

頭の痛みに耐えながらレイラにそう返事を返す。
全く何だってんですか。ボクが絶望しているのを感知して嘲笑いに来たんですか。

「そう。じゃあ入るわよ!」

そう言って、トウヤ宅に入ってこようとするレイラ。

……ん? 何か大事な事を忘れているような……、あっ!

「ちょっと待ってください!」

トウヤは開きかけたドアを無理やり閉じて、鍵を閉める。

「ちょ、何なのよ! アンタ一体何の真似!」

「いや、ちょ、ちょっと待ってください!」

カズマさんがいるんですよ、しかも見える状態で!

「何でよ! 理由を言いなさい!」

「いや、その」

 言えません! というか会ったとしてもすぐに消え……。

「って、あーーーーーーー!」

 さらに状況の悪さに気付くトウヤ。

「な、何!? どうしたのトウヤ。開けなさいトウヤ!」

 トウヤの悲鳴にただ事ではないと思い、ドアをガタガタ揺らし始めるレイラ。
 そんなレイラに焦りながらトウヤは懐中時計を確認する。
 残りはあと二分!

「な、何でもありません! お気になさらず!」

「気にするわ! というかとにかく開けなさい!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何で待つ必要があるのよ!」

「え~と、あっ! 部屋の片付け中でして……」

「それが何! アンタの部屋が汚かろうが、いえアンタが汚しくてアホ面だろうがいまさら気にしないわよ!」

「ひ、ひどい。酷すぎます!」

 ボクを何だと思ってんですか!

 レイラの物言いに涙を流すトウヤ。 
しかしそんな事はしていられない。

「とにかくあのほんのちょっとだけ!」

「ちょっと、ってどのぐらいよ!」

そう言われて懐中時計を再び確認する。
後、一分半で十分!

「ええと、後一分半!」

「一分半ですって!」

「そうです! そのぐらいなら待ってくれますよね!」

 そうレイラに確認するも。

「一分半も私に待てって言うの!? アンタが!」

予想通りの返答を返すレイラ。

「なんか隠してるわね! 無理矢理突入することに決定!」

「ちょい待ち! 住人の断りも無しに入るのは不法侵入ですよ! ルールはしっかり守りましょうよ!」

 トウヤは一般常識でレイラを止めに懸る。

「何言ってんのアンタに人権が無いように、アンタに類するものに関しては一般のルールは適用されないわ!」

「横暴だ! いつからボクの周りだけ無法地帯に!」

 世界はそこまでボクにやさしくないのか、とショックを受けるトウヤ。

「とにかくもうちょっと待ってください!」

「うるさい! 扉の前からどきなさい、強行突破!」

「なっ!?」

 ドアを壊す気だと気付き、しかしトウヤはドアに背をあずけて開かないように行動する。

こうなったら力ずくでも入れません! 
どんなに非力なボクでも一分ぐらいなら持ちこたえられる。そうさそうとも。

「今、この瞬間に全てを懸ける!」

 未だかつてない程の意気込みをみせるトウヤ。
 しかし当然ながら。

「フン!」

「のわーーーー、へぶっ!」

レイラの右腕だけによる押し込みで、ドアは簡単に吹き飛ばされる。
 トウヤはその衝撃で吹き飛ばされて反対側の壁にぶつかり、さらに背後から飛んできたドアと壁に挟み潰された。

すべてを懸けてこの程度なのかボクは!

自身の全力の少なさに涙するトウヤだったが、悲しんでいる場合ではなく。
壊れたドアを押しのけて体をお越したトウヤは目の前の光景に愕然とした。
そこには、カズマを見て固まっている真っ最中のレイラの姿が。

「おうなんてこった」

頭を抱え、天を仰ぐトウヤ。
残り時間は十五秒。

「貴方は確かカズマさん。なんで貴方がこんな肥溜めに?」

 町のいざこざで姿と名前を知っていたレイラはそうカズマに尋ねる。

「いや、俺は……」

 カズマはレイナの登場に混乱している模様。
 だが、トウヤにとってそんな事は重要ではなかった。

「……完全に諦めているボクに対してさらにそんなセリフを浴びせますか。それでこそレイラです」

もうどうでもいいですけどね。
トウヤは懐中時計を確認した。
残りは四秒、三、二、一、……。

「オワタ」

すべてが終わりました。
これから先にあるのはカズマさんがどこに消えたのか。何でそんな事が起こったのか。
いやそれよりも何故そんな事をレイラに黙ってたのかを怒られますね。嘘をついてはいませんが真実を覆い隠していたんですから。

この後自身の身に起こるであろう、最悪の光景を頭に思い浮かべるトウヤ。

「ふっ、そんなもんさ。ボクなんて」

 そうトウヤが悟るも、しかし事態は思わぬ展開を見せることに。

「ちょうど良かった。実は貴方にもお願いがあったんですよ」

何故だか続いている会話に、トウヤは疑問に思い前方を向く。
するとそこには、十分たったのに未だに元の姿を維持しているカズマの姿が。

「俺にお願いだ?」

「はい、詳しい話は村長宅で話しますので!」

「まぁ、話だけならな……」

「ありがとうございます。ほら、アンタも来る!」

唖然としているトウヤを睨みつけ、レイラは外へと出ていった。
 カズマもそんなレイラの後に続いて、村長宅へと向かう。

 しばし呆然とするトウヤ。
 しかし自身が置いてきぼりにされていることに気付き、正気を取り戻す。

「カズマさん! なんで!?」

 何これ一体どうなってるんですか?
 トウヤはもう一度時間を確認した。

「十分たってますよね?」

 …………ナンデ?

 さっぱり状況が飲み込めないトウヤだったが、ある事に気付く。

「呪文ですか!」

『クロックレイズ』! カズマさんが弱くなるだけのものだと思ってましたが……。

「召喚時間を延ばす事ができるんですか~」

なるほどウンウン、とトウヤは何度もうなずく。
しかし、安心はできなかった。
何とか十分以上消えずに済んでいるとはいえ、それがどこまで続くかわからない。

急いで追いかけねば!

 トウヤは勢い良く立ち上がり、壊れたドアから外に出る。
 そしてカズマ達を追う最中にトウヤは思った。

しかしあれですね。カズマさんの事がばれたとはいえ、それは既に説明済み。
知り合いのボクの家に来たといえばいいわけで、肝心の部分は覆い隠せているんですし。
ボクの運もまだまだ捨てたもんじゃないですね!

天が差し伸べてくれた救いの手を、甘んじて受け入れながら浮かれるトウヤ。

まさかこの後、再び大変な状況に巻き込まれるとも知らずに……。



[29593] 第二章 第三節 誤解される少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:36
「待ってくださいよレイラ!」

 駆け足で村長宅へと向かう最中、レイラを見つけて呼びかけるトウヤ。
 レイラは歩きながらトウヤに振り向く。

「何? さっさと家に行かねきゃならないんだけど」

 明らかに不機嫌な顔をするレイラ。
 トウヤはそれに怯えつつ、レイラに追いつき尋ねる。

「あ、あの。何の御用でボクの家に来ていただいたのかを聞いてなかったもので……」

 レイラの様子に若干ビビりながらも、自身の疑問を口にするトウヤ。

「ああその事。アンタに聞きたいことがあったんだけど、もう済んだから説明する必要ないわ」

「はぁ?」

 ボクごときに何を聞く必要が。それにもう済んだっていつですか。

 トウヤはレイラの言葉に頭を悩ませた。
 そんなトウヤから目を放しつつ、レイラは言った。

「それに『ゴリオ』さんも村に来てるの。アンタ会いたいでしょ?」

「えっ、ゴリオさんが!?」

 ゴリオの名が突然出てきたことに、トウヤは驚いた。

『ゴリオ』
トウヤが山賊に捕まった際に親しくなり、互いに命を助け合った親友である。
 『獣人化』能力の持ち主で、ゴリラに変化することが出来る心優しい元山賊。

 そう、『元』である。
 その理由は、

「でも良かったです。ちゃんと自衛団に入ることが出来たんですね!」

「まっ、誘拐された本人があんだけ必死になって頼むんだもん。団長だって無視できないわよ」

 実はトウヤ、あの後レイラの連絡で現れた団長に、どうかゴリオを見逃しててくれ、と頭を下げて頼み込んだのだ。

 最初は渋い顔をしたシゲマツ。
いくらトウヤの命を助けたとはいえ、山賊は山賊。
 やはり何らかの罰を与えるのは当然だ、とトウヤの考えを突っぱねる。

 しかしそこでトウヤの頭脳に突如閃きが。

『確かに彼は山賊でした。しかしそれは行き場を失ってやむ無く入っただけ。実際には悪事に手を付けてはいないのです。
 それに罰を与えるというならこういうのはどうでしょうか。ゴリオさんを自衛団に入れるというのは。
 今までの罪滅ぼしという意味で罰にもなりつつ、その上彼が再び悪事を働かないか監視も出来ます。
 これなら問題ないのでは?』

 シゲマツはトウヤの考えに一考した。
しかしすぐに『確かにそれは名案だ』と了承し、晴れてゴリオは自衛団の一員となったのだ。

「実にいい思いつきをしたものですね、ボクも」

 何度もうなづき、自画自賛するトウヤ。

「奇跡って、本当にあるのね」

「……ボクを何だと思ってるんですか」

 レイラの言葉にトウヤは落ち込んだ。

「……ん? ゴリオさんが何故この村に?」

「アンタにお礼を言いたいからだって。それに村長にお願いがあるとか」

「はぁ……」

 いまいち状況が掴めないトウヤ。
 だが久しぶりの親友との再会はとても嬉しく、それに。

「いや~、後の事を全て任せてしまいましたから、後ろめたい気持ちがあったので謝罪したかったところ。ちょうど良かったです」

「本当よ。アンタが帰ってそうそう倒れるから、全部ゴリオさんに聞くはめになったのよ。アンタ彼に感謝しなさいよ」

「全く持ってその通りではあります。それはそうと……」

 トウヤはレイラを懐疑的な目で見つめつつ、

「ゴリオさんに謝ったんですか?」

「うっ! それは、まだ……」

 トウヤの言葉に苦い顔をするレイラ。

「……記憶を失ってるからといって、謝らないのはどうかと思いますよ。あんだけ綺麗に顔面に蹴りを入れておいて」

「だって山賊だと思ったんだもん! あ、あの時は山賊か。でも!」

「でも、ボクの命の恩人でした。その恩人の記憶を吹き飛ばすとは……」

 大きく溜め息を吐くトウヤ。

 そう、レイラ達が駆けつけたあの後すぐに、その事件は起こった。
 まぁしょうがないと言えばしょうがないのだが、後ろからトウヤに近づいて来たゴリオを見たレイラは、
その顔から山賊と判断して必殺の一撃を顔面にめり込ませたのである。

 哀れゴリオは、大きく吹き飛んで壁に激突し気絶。
次に目が覚めた時にはその時の記憶が綺麗さっぱり吹き飛んでいたのだ。

ちなみに、ゴリオが気絶中にトウヤがシゲマツと交渉したため、ゴリオは起きた後にその事を知り、
トウヤを絞め殺さんばかりに熱い抱擁をしたのは言うまでもない。
おそらく三日三晩トウヤが寝込んだ原因もそこにあるのだろう。

「だって! あの顔を見てそんな人だと思う!」

「人を顔で判断する。それは正しいことなんでしょうかね~」

「くぅ~~~!」

 自身も顔で食べられると思っていたくせに、その事は棚に上げるトウヤ。

「さっさと行くわよ!」

 レイラはトウヤにいい任されて顔を真っ赤にし、早歩きで村長宅へと行ってしまった。
 それを後ろから眺めていたトウヤは、しかしどうするかと思い悩む。

「……さてどうしたもんですかね。『クロックレイズ』の効果時間がわからないのにこのまま行くのはあまりに危険です。
 カズマさんはどう思います?」

 今まで大人しくしていたカズマにそう尋ねるトウヤ。
 しかし帰ってきた答えは言うまでもなく、

「あっ? 知るか」

「言うと思いました。う~ん、でも何かカズマさんに用事があるっぽかったし、このまま帰るのも……。ってカズマさん!」

 トウヤが思い悩んでいる間にとっとと村長宅へと入っていくカズマ。

「ああもう! 本当に後先を考えないんだから!」

 頭を抱えるトウヤ。
しかしこのままこうしているわけにもいかないので。

「もうこうなったら、とっとと話を終わらせて帰りましょ!」

 カズマに続いてトウヤは村長宅へと入っていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「失礼しま~す」

 トウヤが挨拶してドアを開けると、そこは修羅場の一歩手前と貸していた。

「ちょ! 何やってんですかお二人とも!」

 トウヤの目の前には臨海体制を取る村長とカズマ。
 慌ててトウヤは二人の間に割って入った。
 そんなトウヤに村長が、

「そこを退けトウヤ! この不法侵入者を成敗する所じゃ!」

「おもしれぇ。やってみなジジイ!」

「しまった忘れてました!」

 村長とカズマの言葉に大事な事を忘れていたトウヤ。
 二人は初対面で、確かにカズマはこの村にとっては不法侵入者に違いない。
 さらにカズマにとっては、戦ってみたい相手候補の一人が村長である。

 会ってはならない二人が会ってしまった。
 トウヤは、村が壊滅するのは何としても避けたかったので、村長に事情を説明することに。

「村長! あのですね、この方は……」

「退けトウヤ! ワシの『獣人化』剛術で目にもの見せてくれるわ!」

「来な! 返り討ちにしてやんよ!」

 全く人の話を聞かない二人。

 このままでは真ん中にいるボクが最初の犠牲者に!

 そう思ったトウヤは大声で言った。

「あのですね! この方はボクの命の恩人なんですよ!」

「はぁああああああ、はぁ?」

 戦闘体制に入ろうとした村長は、トウヤの発言に目を丸くして構えを解いた。

「どういうことじゃ、トウヤ」

「だから、山賊から助けてくれた話をしたでしょ! その人がこのカズマさんなんですよ!」

「な、なんと! しかし何故この村の中に入っていたのじゃ?」

「えっと、それはちょうどこの村の近くにカズマさんがいるのを見かけたボクが、独自の判断で村に入れてしまい。
 あの、申し訳ありませんでした!」

 トウヤは何とか誤魔化すために、頭を深々と下げて、謝るふりをする。

「む、む~~~~。それなら、まぁ許さんでもない。しかし今後はワシに相談してから入れるように。よいな!」

 そう言って何とかカズマの件から引いてくれた村長。

 ふぅ~、何とかなりました。

 額の汗を拭いながら安堵するトウヤ。
 しかしそんなトウヤに不機嫌な顔をしてカズマが言った。

「おい! 余計な真似すんなよ、折角戦え……」

「駄目だっつったでしょ! もう忘れたんですか!」

 以前言った『戦ってはいけません』宣言を、すでに忘れて、そうのたまうカズマにトウヤは憤慨した。

「何でそう、すぐ忘れるんですか!」

「俺は戦わないとはいってないぞ!」

「確かに。でもどっちにしろ今は力が弱まってるんだからいい勝負なんて出来ないでしょ? だからここは引いてくださいよ」

「う、それもそうか」

 やっとの事でカズマを引かせることに成功する。

 全く。何で村長宅に来てそうそう、こんな苦労しなくちゃならないんですか。

「というかレイラ。それにレイナも止めてくださいよ。知ってるでしょカズマさんの事」

 トウヤがそばに立っていたレイラとレイナを睨みつけながら言うと、

「あ、いやついうっかり。戦うのを見てみたいかな~、と」とのたまうレイラ。

「私は一瞬誰だったか忘れてて。ごめんね」と謝罪するレイナ。

「……まっ、いいです。それより一体何の御用で?」

 トウヤは呼び出された内容を確認したく周りを見回すと、そこには知っている顔が二人と知らない顔が一人。

「あ、団長さん。それにゴリオさん!」

 知っている顔二人は、シゲマツとゴリオであった。

「久しぶりだなトウヤ君。元気そうでなによりだ」

「ひ、久しぶりなんだなトウヤ君」

 二人はトウヤの顔を見ながら挨拶した。

「はい! ……で、一体どのようなご要件で? 何やらボクに聞きたいことがあるとか……」

「ああ。それについては一つずつ説明していきたい。まぁまず席についてくれないかな。いいですかな『ムサシ』殿」

「うむ」

『ムサシ』こと村長はシゲマツの言葉に頷いて許可を与えた。

「……村長の本名。久しぶりに聞きましたよ」

「私もよ」

「私も」

 トウヤの呟いた言葉に、レイラとレイナも同意する。

 何でこんな村長が『ムサシ』なんて立派な名前を。この村の七不思議の一つですね。

 トウヤはそんな事を思いながら、席に着く。
 見ればカズマもレイラも席につき、レイナは皆にお茶を配っている。

「それでは、説明させていただこう」

 シゲマツは皆が席に着いた事を確認し、話を始める。

「まず一つ目。これは約一週間前の山賊の件の報告だ。当事者のトウヤ君にも報告をしなければと思ってね」

「なるほど」

 トウヤはシゲマツの言葉に納得し、うなづく。

「山賊達だが、王国の衛兵が近々、王国直轄の牢獄に奴らを投獄するために引き取りにくることになっている。
 そうなればもうこの近辺に現れることはなくなるだろう。安心してくれ」

 そのシゲマツの言葉に『ほっ』と溜め息を付くトウヤ。

 これでもう山賊に襲われることも誘拐されることもない。
いやよかったよかった。

仕返しもないだろうと思い、しかしトウヤには疑問が一つ。

「……あ、あの。そういえばあの巨大二頭犬は」

 閉じ込めた『オルトロス』の事が気になり、重松に尋ねると、

「うむ。あれについては我々にもどうしようもなくてな。山賊たちと一緒に王国が引き取っていくらしい。
 何故あんな化け物が存在するのか調査もかねて、ということだ」

「なるほど。後、あの犬を連れてきた謎の人物達は……」

「それもゴリオからすでに聞いて調べたのだが、そちらの方は……」

 シゲマツは暗い顔をして、トウヤの質問に答えた。

 なんだか悪いことを聞いてしまったな。

 トウヤは少し後悔し、話しの続きを聞くことに。

「それで、他にお話は?」

「あ、ああ。今までの話が一つ目。そして二つ目はゴリオの件だ」

 そう言ってゴリオに顔で合図を送るシゲマツ。

「ト、トウヤ君。実は今回俺が来たのは、改めて君にお礼を言いたかったからなんだな。
 今こうして自衛団で働けているのも、全てトウヤ君の御陰なんだな。本当にありがとう」

 ゴリオは頭を下げつつ、お礼を口にする。
 そんなゴリオの態度に、トウヤは慌てた。

「な、何をおっしゃいますかゴリオさん。貴方の御陰で、ボクもこうして生きていられるんです。お互い様ですよ」

「ト、トウヤ君!」

 トウヤの優しい心遣いに感動して涙ぐむゴリオ。
 しかしすぐに涙を拭い、ゴリオは村長の方に顔を向けた。

「そ、それと今回は『ムサシ』さんに話があってきたんだな!」

「む、ワシに?」

 ゴリオの言葉に怪訝な顔をする村長。
 それに構うことなくゴリオは真剣な面持ちで言った。

「お、俺を、弟子にしてくださいなんだな!」

「な、なんですと~~~~~~~~~~~!」

「うそ!?」

「正気なんですか!?」

 ゴリオの発言に、目を丸くして驚くトウヤとレイラとレイナ。

「お主ら。ワシをなんじゃと思っとるんだ! ゴホン! 理由は?」

 若干酷い物言いの三人に、村長は顔を顰めつつもゴリオに理由を尋ねる。

「俺は『獣人化』を極めたいんだな! 今回の件で自分の力の無さを実感した、それを何とかするためにも『伝説の傭兵・ムサシ』さんにご教授願いたいんだな!」

 ゴリオは席から立ち、床に土下座をして村長にお願いした。

「……うむ、よかろう。ただしワシは甘くないぞ。ビシビシ鍛えるから、そのつもりでの」

 村長は腕を組み、どこか偉そうにしてそうゴリオに告げる。

「ありがとうなんだな!」

 村長の言葉に感謝し、再び頭を下げるゴリオ。

 しかしそんな二人をよそに、コソコソ話しをする三人の姿が部屋の隅にあった。

「『伝説の傭兵』? 村長がですか? ありえません、断じて!」

「いえ、本当らしいわよ。団長にも聞いたんだけど、昔は王国にまで雇われてたらしいの」

「今じゃ考えられないよね。ただのボケたお爺さんなのに……」

「お主ら! 全部聞こえとるぞ! というかボケとらんわ!」

 トウヤとレイナとレイラ、三人の物言いに怒りをあらわにする村長。
 しかしそんな村長に、三人は懐疑的な目をして答えた。

「普段あれだけおちゃらけてるのに、信じろという方が無理な話です」

「村長、私にも負けるじゃないですか」

「それにボケてる人に限って『ボケてない』って言うんですよ?」

「やっかましいわい! ほれシゲマツ、さっさと話を勧めぃ!」

 三人のあまりの尊敬の念もない言葉に、村長は話をそらすためシゲマツに怒鳴った。

「あ、はぁ。それでは三つ目を。君たちも席に座ってくれるかね」

 未だ懐疑的な目を村長に向けつつも、仕方なく席に戻る三人。
 シゲマツは三人が席についた事を確認すると、大きく咳払いを一つ。
 そして、今までより一層真剣な表情でトウヤと、さらにカズマに顔を向けて言った。

「……実はこれから話す話しが一番重要でな。これのために今回ここを訪れたと言っても過言ではない。すみませんが、お話し願えますかな?」

 そう言って、シゲマツは今まで黙っていた、トウヤの知らない顔の人に話を促した。
 その人物は女性であった。メガネを懸けて理知的な感じをさせながらも、そのぴっしりとした性格が軍人のような雰囲気を醸し出していた。

「お初にお目にかかります。私は『トリナの町』からやってきました、『ハトナ』というものです。よろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げるハトナ。

「あ、どうも。こちらこそ初めまして」

 トウヤもしっかりとした挨拶に対して、きっちりと挨拶を返す。

「……実は、我々の町で現在、謎の失踪事件が発生しておりまして。その件でこちらにお願いがあり、やってきた次第です」

「失踪事件、ですか?」

レイナが暗い顔をしながらハトナに尋ねる。

「はい。約二週間前になりますが、町の近くにある森で事件は起こりました。
 山菜などを探しに森に入っていった者たちが、全く帰ってこなくなったのです。
 特に迷いやすい森でもなく、猛獣なども出たことがないので、我々自衛団は不思議に思いながらも経過を待つことにしたのです。
 しかし……」

 ハトナは表情をしかめつつ、話を続ける。

「しかしそれが間違いでした。
 事件から一週間経った後、森から奇妙な唸り声が聞こえると通報があり、森に何らかの異変が起きている事を我々は初めて察知しました。
 すぐに森に入って行方不明者を探しつつ、森の異変を調べるための調査隊が組まれたのですが……」

 両手を強く握りしめ、苦痛の表情を浮かべるハトナ。

「調査隊は一人を残し全滅。生き残った一人は何とか森から逃げ帰り、町に滞在していた我々に事態の深刻さを報告してくれました。
 森の中には『鳥人化』の能力者が、しかも多数の鳥を使役した人物がいて、その者の手により調査隊と、そして森で行方不明になっていたものが襲われ殺されたのだ、と」

「あ、あわ、あわ、あわわわわわわわわわわわ……」

 トウヤはハトナの話を聞き、恐怖で体を小刻みに震わせる。
 そんなトウヤを肘でつつきつつ、、カズマは小声で聞いた。

「おいトウヤ。『鳥人化』って何だ?」

「え、ええと。『獣人化』が哺乳類の変化能力者でしたよね。『鳥人化』はその名の通り鳥類に変化出来るんです、た、たしか」

 カタカタ震えながらもカズマの問いに答えるトウヤ。
 そんな二人をよそに話は続いていく。

「その情報を元に討伐隊を組み、森へと突入しようとしたんですが……」

 そこでハトナは黙り込み、シゲマツの方に目線を向ける。

「……言った通り調査隊がほぼ全滅。『トリナの町』の自衛団の数は大幅に減ってしまった。
 そこで我々に話が来たのだが、我々も山賊達の引渡しがあるので人員を裂けん。
 だが『鳥人化』能力者の件も放って置くわけにはいかん。そこで……」

 シゲマツがカズマの方に顔を向けた。

「本来なら君と知り合いだというトウヤ君にお願いして、話しを受けてもらおうかと思ったが。
 ここにいてくれたのなら好都合。直に君を見定め、依頼をする事が出来る」

「ま、まさか……」

 シゲマツの言葉に段々と顔を青くさせていくトウヤ。
 トウヤは察した。この後に起こるであろう話しの流れを。

 ま、不味い! これは非常に不味い!
 カズマさんに頼む理由はわかります。山賊たちをたった一人でお片付けした程の猛者。
 人手が足りない『トリナの町』の人々にとっては、まさに百人力と言っても過言ではない存在でしょう。
 確かにボクだってそれは正しいと思います。実に正しい判断です。

 トウヤはカズマの顔を見る。

 しかしそれは、カズマさんが普通の人間だった場合。
 実際は、ボクに召喚される事で十分間だけ実体化する吃驚人間です。
今は『クロックレイズ』で十分以上出現してますが、それでもいつ消えるか分かったもんじゃありません。

それに長時間出ていられたとしても、普段よりかなり力が出ない状態では意味がありません。
もしかしたらやられてしまうかもしれないんですから。

ゆえにカズマさんが行くとしたら、必然的に『レイズ』でなければいけないわけで。
つまりそれは、十分間で戦えるようにボクも現地に赴かなければならず……。

「そんな事は何としても避けなければ!」

 トウヤは小声で呟きながら決意した。

 とにかく、団長さんがお願いしたら即、お断りしよう。
 折角頼りにして来ていただいたのに心苦しいですが、ボクの命も大事です。
 本当に申し訳ありませんが、今回の話は無かったと言うことで……。

 トウヤはすぐに断れるよう、身構えてシゲマツの言葉を待つ。
 そしてシゲマツが口を開いた。

「カズマ君の姿を見て、相当な腕前だと確信した。それに山賊たちからトウヤ君達を助けてくれたその正義感。
 君なら問題無いと言える。カズマ君!」

「あ?」

 シゲマツの言葉に眉を潜めて失礼な返事を返すカズマ。
 いつもならそんなカズマに一言言うトウヤだったが、今はそんな時では無いので仕方なく無視した。

「単刀直入に言う。君の助けが必要だ。力を貸してもらえないだろうか?」

「おこと……」

「いいぞ」

 トウヤが即お断りしようとするのを遮り、即了承の意を伝えるカズマ。

「まっ!?」

 トウヤは驚き、カズマに勢い良く振り向く。

「な、何を言ってんですか!?」
 一目もはばからず、目に涙を浮かべながらカズマに掴みかかるトウヤ。
 そんなトウヤを睨みつけてカズマは言った。

「あ? なんだよ。ってか離れろ」

「『なんだよ?』じゃないですよ! 何を言ってんですか、アホなんですか、そうなんですね!」

 全く理解していないカズマの肩を、激しく揺さぶるトウヤ。

「誰がアホだ!」

「貴方ですよ! 何でそんな簡単に引き受けるんですか!? 少しは考えてからモノを言いなさい、この脳筋!」

「うっせぇ、お前には関係ねぇだろ。いい加減離せ!」

 カズマはトウヤを自信から引きはがし、襟首を掴んで空中にぶら下げた。
 そして、

「おう、ハトナって言ったな。俺はいいぜ、その鳥野郎をぶっ飛ばす!」

「あ、ありがとうございます!」

 カズマの言葉に頭を下げるハトナ。
 本人の了解を得て、話しは終わったと皆が思う中。
 しかし、トウヤだけはそれに納得しなかった。

「ちょっと放してくださいカズマさん!」

「ちょっとトウヤ! アンタには関係ないんだから黙ってなさい!」

「そうだよ。トウヤが行くわけじゃないんだから……」

「関係あるし、行くことになってしまうんですよ!」

 トウヤはレイナとレイラにそう叫ぶと、カズマの耳元で呟いた。

「カズマさん! 話がありますので隅の方へ!」

「あ? 何で……」

「いいから!」

 カズマは仕方なく席を立ち、トウヤをぶら下げながら部屋の隅に行き、トウヤを放した。
 他の面々は何事かと首を傾げる。
 そんな事は気にせずに、放されたトウヤはカズマを無言で睨みつけた。

「一体なんなんだよ」

「わかんないんですか。わかんないんですか!」

 トウヤはあまりのカズマのアホっぷりに、同じことを二度言って怒りをあらわにする。

「あのね、貴方はどういう存在か忘れたんですか! 
 ボクが召喚しないと実体化出来ない吃驚人間でしょ! 
 なのに何であんな安請け合いするんですか!」

「はぁ? それが何なんだよ?」

「本当にわからんのですか! 
 短時間しか実体化出来ない貴方が、どうやって『トリナの町』まで行って、敵を倒して、帰ってくるってんですか!
 無理に決まってんでしょうが!」

「お前はアホか。そんな事わかってるっての」

 トウヤの言い分に、カズマは呆れた目で彼を見る。

「アホにアホと言われたくありませんよ! ならどうすると言うんですか!」

 トウヤは答えを理解していたが、それが現実に起こらないよう祈りながらカズマに質問した。
 しかしやはり。

「んなもん、お前も来ればいいだろ」

「やっぱりか!」

 自身の考えた最悪の結果を、当然の事だと言い切るカズマに憎しみを抱き、睨みつけるトウヤ。

 何故ボクがそんな危ないことに首を突っ込まなきゃいけないんですか!

 そんな事を思っているトウヤに、カズマはあきれた顔で言った。

「……ったく。あの駄犬の時に少しは成長したと思ったら、また怖気付きやがって。この根性ナシが」

「あのね! あの時と今では状況が違うんですよ! あの時は頑張らなきゃ死んでしまうのであって、今回は別でしょ! 
 何で自分から死地に赴かなきゃいけないんですか!」

「死ぬかどうかわかんねぇだろうが! おい、ハトナ! トウヤも行くって言ってるから連れてってもいいよな?」

 カズマは顔だけ向けて、そうハトナに言った。

「ちょ、勝手に……」

「ト、トウヤが自分から!」

「嘘……」

 レイナとレイラは心底驚いた様子を見せ、トウヤの顔を凝視した。

「いえ、二人ともちが……」

「さ、さすがトウヤ君なんだな! 実に勇気があるんだな!」

 尊敬の眼差しでトウヤを見つめるゴリオ。
 さらに。

「何と! 自ら『トリナの町』の住人の為に立ち上がるとは……」

「あ、ありがとうございます。トウヤくん」

シゲマツとハトナもいい方向に勘違いする始末。
 そして。

「ト、トウヤよ……」

「へっ?」

 トウヤは自身を呼ぶ声に振り向く。
するとそこには、両腕を組んで、閉じた眼から大量の涙を零す村長の姿が。
世に言う男泣きである。

「トウヤよ。知らん内にそこまで成長していたのか。昨日までは自分に自身が無いような表情を浮かべておったのに。
 男子三日会わずば刮目してみよと言うが、お主の場合はたった一日で! これほど嬉しいことはない!」

 眉間を抑え、流れ出る涙を必死に止めようとする村長。
 しかし、トウヤにとってはとんでもない勘違いをしているに、ほかならなかった。

「ちょっと待ってください! 今のはカズマさんの勝手な言い分。
 だいたい考えればわかるでしょうが。ボクが行った所で何が出来るってんですか!」

 皆の目を覚まさせようと、自身の実力のなさを再認識させようとするも。

「け、謙遜なんだなトウヤ君。君はあの『オルトロス』の動きを止めた男なんだな!」

「おお! そういえば報告で聞いたぞ。それに問い込められていた『オルトロス』を気絶させたのもトウヤ君だったとか……」

 二人の凄い方向での勘違いに、慌てるトウヤ。

「ゴリオさん! ボクは動きを止めたと言っても一瞬で! 
 それと『オルトロス』が気絶したのは、まぁボクがやった行動で、結果的にああなった事は事実ですが……」

「そうなのトウヤ!」

「嘘だよね、嘘だと言って!」

 さらに驚くレイラと、何故か『そんなトウヤ信じたくない』とでも言いたげなレイナ。

「そこまで驚くとはボクを何だと、いえこの場合はそれでいいのか。それよりレイナ、大変失礼な態度ですよ! 
 というか、ああもうどうしたら……」

 自身ではもうこの流れを止められないと考え、トウヤはカズマに顔を向ける。

「カズマさん! 貴方の勝手な発言から、ここまで事態が大きくなってしまったんですよ! 責任をとって……」

「おいトウヤ、いい加減にしろよ。お前言ったじゃねぇか!」

 カズマに怒ろうとして、逆に怒られたトウヤは目を丸くした。

「……一体何を?」

 ボクは何かカズマさんに言いましたっけ?

 トウヤは思い出そうと、過去を振り返る。
 その一瞬のスキをついて、最後の誤解という名の爆弾を、カズマは爆発させた。

「お前『ボクは絶対変わってみせます!』って言ってたじゃねぇか!」

「言ってねぇですよ! ボクがそんな事言うわけないでしょうが!」

『少しずつ変わっていけるよう努力はしてみたい』と思っただけです! 
捏造とかそういうレベルの話しじゃないですよ、これは!

異次元を通り抜けて大きく捻じ曲がってしまった自身の発言に、カズマを睨みつけて殺す勢いのトウヤ。
すぐに皆に誤解だと告げようとしたが、

「良くぞ言ったトウヤよ!」

 村長のせいで、トウヤは発言の機会を逃した。

「お主の心意気には天晴! 強大な的に立ち向かう勇気、そして敵を倒してもそれを誇らずに黙っている男らしさ。
 さらには自分を変えようと立ち上がったその心に強さ。実に素晴らしい……」

 涙を流しながらそんな事をのたまう村長に、トウヤは唖然として何も言えなくなる。

 一体、どこのご立派な方のお話をしているんですか?

 誰の話をしているのか、トウヤはわからなくなった。
 そんなトウヤに指を向けて、村長は言った。

「ゆけ、トウヤよ! お主はもう、ワシの手から羽ばたいた!」

 その言葉を発端に、周りはさらに加熱していく。トウヤを除いて。

「が、頑張ってくれなんだなトウヤ君。君なら必ず出来る!」

「うむ。トウヤ君の生き様、ワシも見たくなってきた」

「お願いしますトウヤくん。私たちの町を救ってください!」

「ぐすっ。アンタがこんなに立派になるなんて、ちょっと感動しちゃった」

「お、お赤飯炊かなきゃ。今夜はお祝いだね! あとカズマさん。トウヤの事よろしくお願いします」

「ったりめぇだ。トウヤは俺が必ず男の中の男にしてやる!」

 そんあ大盛り上がりの周りに距離を感じながら、地面へとヘタリ込むトウヤ。
 もう自分にこの流れを止めることは出来ない、とトウヤは悟り、諦めた。

「……やっぱりボクは天に見放されてる。フフ、そんなもんさボクなんて」

 ……こうして、トウヤの新たな冒険の幕は切って落とされたのである。 



[29593] 第二章 第四節 出発する少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:36
すでに村長宅での話し合いから九時間が経過しており、今は四時を少し過ぎた頃。

トウヤは仕事を終えて、カズマと共に自宅へと帰っていた。
いつもなら仕事が終わった後は、読みたい本を読んでくつろいでいるトウヤ。
しかし今回は、つい数時間前に話された内容が気に掛かり、茫然自失となってベッドに横たわっている事しか出来なかった。

トウヤはその話しを思い出し、自身の終わりが刻々と近づいていることを改めて理解した。

「……なんて事をしてくれたんですか、カズマさん。貴方の勝手な行動のせいで、ボクは死んでお亡くなりに。ああ、なんてこった」

トウヤは死んだ魚のような目をして、ベッドに横たわりながらカズマを見る。
そんなトウヤに対してイライラしながら、未だ元の姿を維持しているカズマは言った。

「死なねぇよ! なんでお前はそう悲観的にモノを考えんだよ!」

「死にますよ! 聞いてたでしょ、ハトナさんの話。調査隊が一人を除いて全滅ですよ。ボクごときなら全滅どころか塵も残りません!」

上半身をベッドから跳ね起こしながら、トウヤはカズマを睨みつける。

「だいたい何でハトナさんの話を、何にも考えずに引き受けたりしたんですか!」

「しっかり考えて答えたよ!」

「……何を考えてですか?」

疑いの目でカズマを見るトウヤ。
 しかしそんなトウヤの視線に構うことなく、カズマはあっけらかんとした表情で言った。

「面白そうだな、と」

「アホーーーー!」

あまりのアホ発言に、叫び声を上げてしまうトウヤ。

「うう、ボクの命日まで後二日……」

「だから死なねぇっての。つうかだいたい何で二日も待たなきゃいけねえんだよ。あの女~」

カズマは、一旦町へと帰っていったハトナの事を思い出した。

「もう忘れたんですか? 万全の準備を整えるために猶予をくれって言ったの」

数時間前に言われた事を、もう忘れているカズマに呆れるトウヤ。

「ちっ! そんな事しなくても俺たちでパッと終わらせるのによ!」

「『たち』を付けないでください。というか本当に大丈夫なんですか?」

「何が?」

トウヤの質問に、疑問符を浮かべるカズマ。

「今回の討伐対象、『鳥人化』能力者についてですが、まぁカズマさんなら倒せるとは思っています。山賊たちもコテンパンにしましたしね」

「……へっ! ようやく俺の実力を認めるようになったか」

カズマはトウヤの言葉に胸を張った。

「確かにカズマさんはお強い。
しかしですね、その強さには時間制限があることをお忘れではないですよね? 
カズマさんは十分しか実体化する事が出来ません」

「まぁそうだな。でも十分もあんだろ? 軽い軽い」

「……まぁその言葉をギリギリ信じましょう。しかし問題がもう一つ」

トウヤは腰袋を取り出して言った。

「『樹肉の実』の残りは三個。この内一個は町に行く際、カズマさんの姿を見せるため『クロックレイズ』に使う必要があります。そう考えると残り二個の実で本当に大丈夫なのかどうか……」

合計二十分。
しかも二回の召喚の間に、『消失時間』の十分を入れて考えなければいけない。
つまり十分たった後、必然的にトウヤは無防備状態となってしまうのだ。

そう悩むトウヤに、しかしカズマはこう言った。

「何言ってんだトウヤ。『実』ならもっとあるだろうが」

「……はぁ?」

カズマの訳の分からない言い分に、目を点にしてしまうトウヤ。

「……何を言ってんですか?」

トウヤは『まさか……』と思う。

「二日後に討伐に行くんだろ。それなら育てた『実』から大量の『実』がなって、充分持つだろうが……」

「なっ!?」

カズマの言葉に驚愕の表情を浮かべるトウヤ。
そして、

「アッホーーーーーーーーーーーーーー!」

トウヤは小屋が揺れるかと思う程の大声をあげる事に。
それにカズマは驚き、目を丸くする。

「お、おい。どう……」

「ほんっとーーーーーーーーの、アホなんですか! 
まさかと思っていましたが、本当に、こんなに、アホだったとは!」

目を血走らせ、カズマに噛み付きそうな勢いで怒鳴り散らすトウヤ。

「なっ! 誰が……」

「貴方ですよ! いいですかカズマさん! ボクは確かに明日、明後日には実がなるだろうとは言いました。
 確かに明日なら問題はありません。けどね、もし明日ではなかったら……」

「? 明後日だろ?」

「ええ! でもね、明後日ってのは二十四時間あるんですよ! 
つまり二日後の討伐開始時刻に間に合わない可能性も!」

「な、何!?」

ようやく事態の深刻さに気付くカズマ。

「だからね! 本当に最悪の場合はこの二つの実だけでやり過ごさなくちゃいけないんですよ! それなのに、それなのに!」

トウヤは泣きそうな目でカズマを睨む。

「くっ! で、でもよ。最初に『クロックレイズ』で行くんだろ? だったらその状態で戦えばいいじゃねぇか!」

「……本当に勝てるんですか? 力が弱まってるんですよ?」

疑いの眼差しでカズマを見つめるトウヤ。

「大丈夫だっての。少なくともお前よりは強いしな」

「ぐっ! で、でもボクもいるんですよ? この足手纏いのボクが」

その状態で本当に勝てるんですか?

「大丈夫だっての。お前がいるぐらいが丁度いいハンデになるんだよ!」

高笑いを上げて、そう告げるカズマ。
その姿を見て、本当に大丈夫か、とトウヤは逆に不安がるも、
『まぁ、確かに最悪の場合はそれしか手はないか……』と無理矢理納得する事に。

「……わかりました。つまり『クロックレイズ』の状態でまずは様子見。それで大丈夫なら問題なし。
 問題があるようなら『レイズ』で一気に止めを刺す。そう考えていいんですね?」

「おう!」

「……本当に頼みましたよ?」

いまいち信用しきれないんですよね。

カズマを見ながらそんな事を思っていると。

「あっ」

カズマの体が突然光だし、直後に姿が消えてなくなる。
トウヤは懐中時計を確認した。

「……十時間、ですか。随分長い『召喚時間』でしたね」

そう呟いたトウヤだったが、ふと最悪な考えが頭を過ぎる。

……まさか『消失時間』も十時間? だとしたら不味い!

「なんてこった!」

先ほど立てた『クロックレイズ』が駄目だったら『レイズ』で即決着、という心配だらけの計画ですら危ういと気付くトウヤ。
どうしようどうしよう、と慌てふためいていると、しかし突如腕輪が緑色に光り出した。

「え! まだ十秒しか経ってないですよ!」

懐中時計を確認し、驚くトウヤ。
しかし光が収まり、辺りを見回すと、

「ちっ、もう元に戻ったのか」

ミニマムカズマの姿がそこにはあった。

「おお、天よ!」

貴方は本当に罪な御方。ボクにどれだけ心配させれば気が済むんですか!

穴だらけの作戦でもないよりはマシだったので、普段は感謝をしない天に手を合わせるトウヤ。
そんな事をしていると、外からレイナの声が聞こえてきた。

「トウヤ。お祝いの準備が出来たから呼びに来たよ!」

「……それがありましたね。忘れてました」

勘違いで行われる祝い事のため、あまり乗り気がしないトウヤだが、いかないわけにもいかなかった。

「すぐに行きますので、先に行っててください」

「うん。今日は腕によりを懸けて作ったからね。何たって記念すべき日だもん」

レイナはウキウキしながらそう言って、さきに村長宅へと向かっていった。
そんなレイナの様子に、良心が傷んで仕方がないトウヤだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


二日後。
雲ひとつない青空の下。

そんな空とは対照的にどんよりとした少年が一人、村の入口に立っていた。
その背中には大きな荷袋を背負っている。

「……くっ! 嵐でも来てくれればいいのに」

そうなれば、少なくとも一日は寿命が伸びるってもんです。

テンションが最悪なまでに低いトウヤは、空を睨みつけながらそんな事を思った。

結局あの後、新たな実を手に入れる事は出来ずじまい。
そのため、当初考えていた穴だらけの作戦を決行する事になってしまい、
不安で中々寝付けなかったトウヤは、目の下に大きな隈を作る始末。

寝不足の上、これから死地に向かうともなれば、気分も急降下するのは致し方ない事である。

「うっし、行くか! トウヤ!」

トウヤとはまるで正反対に元気いっぱい、すでに朝から召喚済みのカズマはトウヤに向けてそう言った。

「やかましいですよ。耳元で怒鳴らないでください!」

「何イライラしてんだよ。良い討伐日よりだってのに」

「何ですか討伐日よりって! いい加減な日を作らないで頂きたい!」

そんな言い合いをしている二人に、レイナが近づいてきた。

「トウヤ。はいこれ」

そう言って包みを渡してくるレイナ。

「……何ですかこれ?」

トウヤは包みを持ち上げながら、レイナに聞いた。

「お弁当だけど?」

「へっ?」

レイナの言葉に目を丸くするトウヤ。

な、何故にお弁当を? ボクは討伐に行くんですよね?

トウヤがお弁当という存在に悩んでいると、それにレイナが答えた。

「討伐中、お腹が減ったら食べてね!」

「食べれるわけないでしょ! 討伐中ですよ! そんな暇あるわけないでしょ!」

レイナの天然発言に、声を荒らげるトウヤ。
しかし、そんなトウヤにお構いなしにレイナは話しを続けた。

「後、危険な場所には近づかないこと。それと怪我をしないように注意すること」

「レイナ、遠足じゃないんですよ。
後、その二つを達成するのは極めて困難であると、わかってて言ってるんですか」

特に危険な場所には近づかないって、討伐に行くなって事ですか? なら何故見送るんですか。

トウヤはレイナが何を考えているのかわからなくなった。

「あ、あとこれ地図だって。はい」

そう言ってレイナは地図をトウヤに差し出した。
そこには『トリナの町』と件の森の位置が書き込まれていた。

「ハトナさんが置いてってくれたの。
こちらに案内する事が出来ないだろうから、せめてこれだけはって」

「はぁ、ありがたいのやら、ありがたくないのやら」

道に迷って遅刻した、なんて言い訳もできませんね。

「それと、トウヤとカズマさんに馬を用意したの」

そう言ってレイナが後ろを向くと、村長とレイラが馬を連れてトウヤ達に向かってきた。

「おお! テンマ!」

トウヤはレイラが連れている馬がテンマであると知って駆け寄る。

「はいトウヤ。アンタのお気に入りの馬よ。というかこの馬以外、アンタ乗れないもんね」

レイラはテンマの轡を渡しつつ、トウヤにそう言った。

「まぁそうですね。何故かテンマだけには乗れるんですよね」

「不思議よね。運動神経皆無のアンタが、何でテンマには乗れるの?」

「さぁ? 気が合うからかもしれません」

トウヤはテンマに跨りながら答えた。

「ああ、何となくわかるかも。アンタたち似たもん同士だしね」

テンマはトウヤに似て、臆病な馬だった。
そこがトウヤとテンマを仲良くさせる一因となっているのかもしれない、とレイラは考えた。

「まっ、とにかくしっかりやんなさいよ。死なないようにね」

「……そこが一番の問題点何ですよね~」

果たして、生きて戻ってこれるのか。

「……とにかく全力で生き延びるよう努力します」

「そこは全力で敵を倒すって言いなさいよ」

トウヤのいつもどおりな発言に呆れるレイラ。
そんな事をしていると、カズマがすでに馬に跨った状態でトウヤに近づいてきた。

「ほら。ボーっとしてないで行くぞ」

「あ、カズマさん」

トウヤに話しかけるカズマに、レイラが言った。

「あ、何だ?」

「あ、あの。トウヤの事、よろしくお願いします」

 カズマに頭を下げるレイラ。

「レ、レイラ……」

 自身の事をそこまで思っていてくれたのか、とトウヤは感動した。
 しかし。

「もしこいつが足を引っ張るような事をしたら、遠慮なく本気でぶん殴ってください」

「そっちですか! というかカズマさんに本気でぶん殴られた、ボクは即御陀仏ですよ!」

「おう! まかせろ!」

「了承するな! カズマさんも!」

 さらに自身に死亡フラグが立ち、慌てるトウヤ。

「アホな事を了承しなくていいですから、カズマさん行きましょう!」

「良し! 行くか!」

「しっかりね。トウヤ!」

「生きて帰ってきなさいよ!」

「カズマ君。トウヤを頼んだぞ!」

三人の声援を受けながら、トウヤとカズマは馬を走らせ、村を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


目的地は村を出て約五時間の場所にあった。
地図もあり、特に迷うことなくたどり着くことが出来たトウヤとカズマだったが。

「ああ、お尻がとっても痛いです」

馬から降りた直後に、お尻を抑えるトウヤ。
そんなトウヤにカズマは呆れた表情で言った。

「何やってんだ、お前は」

「仕方ないんですよ。馬に乗り慣れてないんですから」

未だ痛むお尻をさすりながら、トウヤはカズマに文句を言う。

「……そういえば、カズマさんはしっかり馬に乗れてましたね。経験あるんですか?」

「……さぁな」

あ、そうか。記憶喪失だった。

トウヤはカズマが記憶喪失である事を思い出し、失礼な事を聞いたな、と顔を顰めた。
そんなトウヤを気にも止めず、カズマは辺りを見回す。

「しかし、ハトナの奴はどこにいんだ?」

「あ、そういえば。この森の前が待ち合わせ場所のはずなんですが……」

目の前の森を眺め、場所は間違っていないよな、と再度地図を調べようとすると、

「トウヤくん! カズマさん!」

聞き覚えのある声が耳に入り、そちらに振り向くトウヤとカズマ。
そこには、二日前にあったハトナの姿があった。
さらにその後ろには、ハトナの言っていた討伐隊の面々の姿も。

「ハトナさん! 良かった、間違ってなかったんですね、場所は」

「すみません。こちらの方が先に来て、出迎えねばならないのに……」

協力者であるトウヤ達を待たせてしまい、表情を雲わせるハトナ。
そんなハトナの様子を見て、トウヤは慌てて言った。

「気にしないで下さい! ボクたちは全然気にしてませんから。
それより、この後ボク達はどうすればいいんですか?」

その言葉にハトナはハッとして、説明を始めようとするが、

「作戦なんてどうでもいい」

カズマがトウヤを小脇に抱えながら、ハトナにそう言って話を中断させた。

「えっ?」

「へっ?」

その言葉に唖然とするハトナと、目を点にするトウヤ。
しかし、すぐさまトウヤはカズマに噛み付いた。

「何を言ってんですか! 作戦無しでどうするってんですか!」

「決まってんだろ。森に突入するんだよ」

「話が通じないんですか! どう突入するかの作戦を……」

「んなもん正面突破だろ?」

「なっ!?」

脳筋猪男の特攻精神に、茫然自失となるトウヤ。

「し、しかしそれはあまりにも……」

さすがにハトナも無謀と感じ、カズマを止めようとするも。

「大体、互いに実力を理解してないもの同士が協力なんて出来ねぇだろうが。だったら別に行動した方がいいだろ? 
 それに俺たちが突入すりゃ、陽動にもなるし。そっちの方がお前たちも動きやすくなるだろ?」

「そ、それは確かに……」

例え強力な助っ人だろうと、足並みが揃わなければ意味がない。
カズマの言い分を聞き、納得するハトナ。

「……わかりました。協力者の貴方達を囮にするのは大変心苦しいのですが……」

「気にすんなっての。こっちも好きで協力してるんだからよ」

「あ、ありがとうございます」

ハトナは頭を下げて、カズマに感謝した。

「それではご武運を」

ハトナは討伐隊のいる方へと戻っていった。

「よし、それじゃ行くぜ!」

「……ハッ!?」

カズマの出発発言に、今まで呆然としていたトウヤは正気に戻る。
そして、

「アンタはアホですか! そんな危険な事、ボクはしませんからね! 
 ハトナさん、今のはこの脳筋の……。って、ハトナさん?」

その場にいたはずのハトナの姿が見えず、辺りを見回して探すトウヤ。

「もう行っちまったよ。それより俺たちは先に突入して陽動だ。行くぜ!」

「行きません! ってか陽動!? なんでですか!?」

さっぱり意味がわかりません、といった様子のトウヤ。
そんなトウヤにカズマは言った。

「俺たちの陽動で討伐隊の奴らも動きやすくなるだろ? だから俺たちだけで……」

「そこですよそこ! その点が問題なんです! 陽動、大いに結構。
 しかし何故ボクも陽動の側に入ってるんですか!」

何故そんな危険な事を、ボクまでしなければならないんですか!

トウヤはカズマを睨みつけた。

「いいじゃねぇかよ。お前を助けつつ奴らより先に鳥野郎をぶっ飛ばす事が出来る。良いことだらけじゃねぇか」

「良くないです! というか本音が漏れましたね! 
 陽動と言いながら、その本質は先に『鳥人化』能力者と一対一で戦いたいだけなんでしょ!」

「? 当たり前だろ?」

「『何言ってんだこいつ』って顔で見ないでください! それはこっちがしたい顔なんですよ!」

あまりにも本能に忠実なカズマに、体を抱えられながら頭を抱えるトウヤ。

「大体一対一で戦いたいなら、なおのことボクを置いていってくださいよ。絶対足手纏いになりますから」

目を潤ませて『危ないところに連れていかないで』と視線でお願いするトウヤ。
しかし、そんなトウヤの考えを、カズマが理解できるはずもなく。

「前に言ったろ? ちょうどいいハンデだって」

「人をハンデの材料にするな! ボクの命が懸ってるんですよ!」

「だぁ! もうゴチャゴチャうるせぇな! 行くぞ!」

そう言って森の中へと、トウヤを脇に抱えたまま歩き出すカズマ。

「ま、待って! 待って! 誰か助けてーーーー!」

目に涙を浮かべて助けを乞うトウヤ。
そんなトウヤにある一頭の馬の姿が目に入った。

「あ、テンマ! 見てないで助けてくださいよ!」

トウヤに懐いている愛馬、テンマである。
しかしそのテンマはというと、トウヤの必死な姿に森に近づく事の危険性を感じたのか、トウヤから逃げ出して遠くへと行ってしまう。
 そんなテンマの後ろ姿を、唖然として眺めるトウヤ。

「テンマ! この薄情者! 危険を感じたら逃げるなんて、誰に似たんですか!」

世話主である自分に似たとは、まったく思っていないトウヤ。
しかし、トウヤがそう憤慨するもテンマは帰ってこず、さらにカズマも足を止めず。
結局、トウヤとカズマの二人は、その姿を薄暗い森の奥へと消していったのである。



[29593] 第二章 第五節 置き去りの少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:37
「あわわわわわわわわわわわわわわわわあわわわ……」

「うっせぇな、いい加減覚悟決めろっての。もう森に入っちまったんだからよ」

 トウヤ達が森に入ってから十数分、未だ恐怖で震え上がっているトウヤに、カズマはいらついてそう言った。
 しかし、そのカズマの言葉に言いたいことがあったトウヤは、抱えられながらもカズマを睨みつけた。

「入りたくて入ったんじゃありません。入りたくもないのに連れ込まれたんですよ! それなのに覚悟なんて出来ますか! 
 それとも死ぬ覚悟ですか!? それこそ出来るわけないでしょ!」

「ああ、うっせぇうっせぇ。 それよりも鳥野郎はどこにいんだよ!」

 トウヤの言い分を無視して、カズマは辺りを見回した。

「話を逸らさないでください! ……まぁ、もう少し奥の方なんじゃないですか? 
 こんな森の中で人を襲うような輩なんですから、もっと人目のつかない場所に隠れてるんですよ」

 物語によくある、森に隠れ住みながら人を襲う悪役の行動を思い出しつつ、トウヤはカズマにそう言った。

「けっ、臆病もんめ。コソコソ隠れてねぇで潔く俺たちの前に出てこいってんだよ」

「……ボクとしては出てきて欲しくありません。というよりも、先にハトナさん達が出会い、倒して頂けると大変ありがたいです。
 むしろそれがボクにとっての最良の結果」

「巫山戯んな! 何のために俺達が来たと思ってんだよ!」

「協力しに来たんですよ! 別にボク達が倒したり捕まえたり、戦う必要はないんです! 
 それにボクは来たくて来たんじゃありません!」

 トウヤは、カズマの戦闘狂的発言にイライラしながら、そう言った。

「ったくよ」

 舌打ちをして、不満タラタラの顔になるカズマ。
 しかしそんな彼の目に、あるモノが見えた。

「お! あれが鳥野郎の根城か?」

「えっ!?」

 カズマの言葉を聞き、彼の見ている方向を向いて目をむき出しにするトウヤ。

 見るとそこには、古びた小屋が建っていた。
 何年も人が住み着いていないような、古めかしい様子を醸し出す小屋。
しかしその煙突からは煙が出ているため、そこに人が住んでいるという事がわかるトウヤ。

「ま、ままっま、まさか……」

 再び恐怖で震え出すトウヤ。

 つ、つまりあそこには、調査隊を全滅寸前まで追い込んだ張本人がいらっしゃる、と……。

「カ、カズマさん。か、帰りましょう? いえ、それが出来なくともハトナさんたちに居場所を教えに、一旦引きましょうよ」

 トウヤは声を低くして、そうカズマに提案する。
 だがすぐに、そんな提案が無駄であるとトウヤは悟る。

 ああ、どうせカズマさんのことだ。
帰るなんて絶対しないし、ハトナさん達に居場所を教えるわけもない。
それにボクの言うことなんて聞くような人じゃないもんな……。

 そう考えて、項垂れるトウヤ。
 しかし奇跡は起きた。

「……そうだな。帰るか」

「えっ!?」

 カズマの意外過ぎる発言に、勢い良く振り向いて顔を凝視してしまうトウヤ。

 な、何故!? あれだけ戦いたがっていたのに、この心境の変化は一体?
 で、でもそんな事はどうでもいいか! カズマさんが帰ると言ってるんだ。
 ボクはその言葉に異論はありませんし、むしろバッチ来い!

 トウヤは感動の涙を流した。

「そ、そうですか! 帰りますか! なら……」

「おう! さっさと突入して、さっさと終わらせて、さっさと帰るぞ!」

 勢い良く小屋へと向かっていくカズマ。
 そして、

「やっぱりそうなりますか! 何を勘違いしてたんだ、ボクのアホ!」

カズマに抱えられながら、トウヤは甘い考えをしていた自分を罵倒するのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「覇ッ!」

 カズマは小屋の扉を蹴り壊し、そのまま中へと突入する。
 そして抱えていたトウヤを解放した。
 それに驚きつつも、しっかりと着地したトウヤは、カズマに言った。

「いきなり放さないでくださいよ! あと、何て失礼な入り方を!」

「うっせぇ! 敵の根城の事なんて気にすんな!」

「しかし……、うん?」

 カズマに文句を言おうとしたトウヤは、何かに気づいてそちらに顔を向けた。
 トウヤが見つめるその先には、黒い衣装で身を包んだ何者かの後ろ姿が写っていた。

「……人の家のドアを蹴り飛ばすなんて、どこの馬鹿者だい?」

 黒い衣装の人物は、そう言ってトウヤ達の方へと顔を向ける。
 振り向いた顔を見て、驚くトウヤ。

「じょ、女性の、方?」

「おや、私が男に見えるってのかい?」

「あ、いえ。男性だと思っていたもので……」

 まさか調査隊を全滅させたのが、黒い衣装を身に纏っているとはいえ、美人の類に入る女性だったとは……
 トウヤがそう考えていると、カズマが言った。

「おい! お前が鳥野郎か!」

「鳥『野郎』? おやおや、そっちの赤髪の坊やも私を男扱いかい。こんな美人に向かってさ」

 女性は口を手で隠しながら、クスクスと笑い声をあげた。

「どっちだっていい! 鳥野郎だろうが鳥女だろうが。お前が調査隊を全滅させた奴だって事には変わりねぇだろ!」

 女性に指を指して、そう尋ねるカズマ。

「私の名前は『クロエ』。鳥女なんて言うんじゃないよ。それと調査隊? 
 ああ、トリナの町の奴らの事。そう、そいつらをやったのは私。それで?」

「良し、それだけわかれば十分だ。お前を……」

「ちょ、ちょっと待ってください! カズマさん!」

 今にも飛び掛かりそうなカズマを、止めるトウヤ。

「何だよトウヤ! 邪魔すんな!」

「ちょっとだけですよ! あ、あの。クロエさん」

 トウヤは若干震えながら、クロエに話しかけた。

「何だい坊や?」

「な、なんで貴方のような方が調査隊を? それにこの森に入った人を殺したのも、貴方だとか……」

 トウヤは、どうも目の前の人物がそんな事をするようには見えなかった。

「……ふ~ん。私がそんな事をするように見えないって顔だね」

 クロエは口元を歪めながら、トウヤの顔を見つめた。
 そんなクロエに、トウヤは背筋が凍りついた。

「……何で私がそんな事をしたか、教えて上げようか? 別に殺したくて殺したわけじゃないよ。ただ、必要だから殺したまでさ」

「ひ、必要?」

 トウヤは喉を鳴らし、クロエを見つめた。

「ああそうさ。私の可愛い子供達のために、ね?」

 そう言ってクロエは、左腕を肩まであげる。
 すると一羽の黒い鳥が小屋の中に飛び込んできて、彼女の左腕につかまったとまった。

「カ、カラス?」

 彼女の腕に止まっていたのは、カラスだった。
 そのカラスは、獲物を見るような目をしてトウヤを見つめている。

「この子達は私が育てていてね。可愛くてとっても頭の良い、私の子供みたいなもんさ」

 腕にとまっているカラスの首筋を撫でながら、クロエは言った。

「この子達はよく食べる子でね。近くの動物や虫なんかの死骸を食べて、大きくなってるんだよ」

「へ、へぇ~~」

 トウヤは『死骸』という言葉に顔を青くした。

「でも、最近この森に住む動物達の量が減ってきてね。まぁとても元気な子が一羽いるから。
 それでどうしようかと思っていたところに、ちょうど良い獲物が現れたのさ」

 歪んだ口元をさらに歪ませて、トウヤの顔を見つめるクロエ。

「最初は偶然でね。こんな森の中で何をしたら野垂れ死ぬのかわからないけど、それが始まりだった。
 その餌をこの子達は大層気に入って、私におねだりするようになったんだよ。
 でも、そうそう簡単に得られる餌でもないから、私も困ってねぇ」

 ふぅ、とため息を吐くクロエ。

「この前は本当に大量だったよ。まさか餌の方から大量に来てくれるとは思わなかった。
 御陰でこの子達も大変満足してくれた、本当に良かったよ」

「あ、あ、ああ」

 クロエの言葉に、何を言いたいのか気付くトウヤ。

 つ、つまり、それは……。

 今まで以上に体を震え上がらせ、額には冷や汗が大量に流れ出ている。

「フフ。分かったかい? それが殺した理由。それとこれがその成れの果てだよ」

 クロエは近くにあった大釜に手を掛け、地面へと転がした。
 その中から、白い何かが大量にトウヤ達の方へと転がってくる。
 それが何か、と白い物体を見つめるトウヤ。

 それは、まるで、人の……。

「トウッ!」

 トウヤは、その物体が何であるかを認識する前に、小屋から文字通り飛び出した。
 そして小屋の壁に背をあずけてヘタリ込み、頭を抱えて呟いた。

「ボクハミテナイボクハミテナイボクハミテナイボクハミテナイボクハミテナイ……」

 必死で暗示を唱え、自身に思い込ませようとするトウヤ。
 そんなトウヤにお構いなしに、小屋の中では話が進んだ。

「ハハハ! どうやらまた、大量の餌が来てくれたみたいだね! うれしいよ!」

「黙れよ鳥女! お前は今日ここで、俺に倒されんだから、餌の心配もいらねぇよ!」

 カズマはクロエに向かって戦闘態勢を取る。
 そんなカズマの姿を見て、クロエは笑った。

「倒される? 私がかい? 面白い、やってみなよ!」

 そう言って両手を大きく広げるクロエ。
 それと同時に彼女の背中から黒い翼が生える。

「面白ぇ! それが『鳥人化』か!」

 カズマはクロエに飛びかかった。
 しかし、

「いきな! カラス達!」

 クロエの合図とともに、大量のカラスが小屋の窓を突き破り、カズマへと襲いかかる。

「ちっ!」

 カズマはこの狭い小屋の中では戦えないと考え、小屋の外にと飛び出した。

「カ、カズマさん!」

 外に飛び出したカズマに、突然の戦闘開始に腰が抜けたトウヤが、涙を流して話しかける。

「一旦引くぞ!」

「こ、腰が。腰が抜けて……」

「このアホ!」

 カズマはトウヤを脇に抱え込む。

「逃がさないよ、大事な餌なんだからね! お前たち!」

 クロエの命令により、大量のカラスが小屋から飛び出してくる。

「ヒィ!?」

「いくぞトウヤ!」

 大量のカラスの姿にビビるトウヤを抱えながら、カズマは森の中へと走りだした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カズマさん! もっと速く! 追いつかれますよ!」

 後ろから追ってくるカラスたちを見て、トウヤはカズマの背を叩きながら言った。

「うっせぇ黙れ! くそっ、カラスなんて使いやがって、一対一で勝負しやがれ!」

 クロエの卑怯ぶりに、頭に血を昇らせて吠えるカズマ。

「アホですか! 一対一なんて決闘じゃあるまいし! そんな文句言ってないで速く速く!」

「だからうっせぇ、ってあぶね!」

 一羽のカラスが、鋭い嘴を向けてカズマに特攻を仕掛けてきた。
 ギリギリでそれを回避するカズマ。

「なっ、なっ、なっ……」

 トウヤがカラスの突っ込んでいった方を見ると、そこにはカラスの大きさ程の穴があいた地面の姿が。

「ちっ! まぁまぁ威力があんじゃねぇか!」

「『まぁまぁ』!? 『かなり』の間違いでしょ! あんなの食らったら一溜りもありませんよ!」

 あんなのカラスが出来る事じゃない! あのクロエって人が何かしたんですか!?
 トウヤがそんな事を考えている間にも、大量のカラスが先程のように嘴を向けてトウヤ達に突っ込んでくる。

「来ました! 来ましたよ!」

「くそっ!」

 カズマはトウヤを担ぎつつカラスたちの攻撃を避けていく。
 四方八方から襲いかかる攻撃をギリギリで紙一重で躱し、時には右手で反撃する。
 しかし余りにも膨大な量のカラスたちに、段々と傷を追っていくカズマ。

 そして、

「! トウヤ、投げんぞ! 受身取れよ!」

「えっ!? っておわーーーーーーーー!」

 突如カズマに、空中へと放り投げられるトウヤ。
 一瞬の浮遊感の後、地面へと転がり込んで、そのまま近くの木に頭からぶつかる。

「いったーーーーーーーーー! いきなり何すんですか!」

 トウヤは頭をさすりながら、カズマに文句を言った。
 そしてカズマの方を見る。

「へっ?」

 目の前の光景に唖然とするトウヤ。
 そこには、体にカラスの嘴が多数突き刺さり、口から血を吐くカズマの姿があった。

「く、っそ……」

 苦しみながらも、自身の体を貫いたカラスたちを睨みつけるカズマ。
 しかし、その身体は段々と赤い光に包まれていく。

 そして。

「カ、カズマさん?」

 光が消え去ったあと、そこにカズマの姿はなかった。
 まだ『クロックレイズ』をしてから十時間は経っていない。
 なのにその姿は消え去り、残ったのは呆然とカズマのいたところを見つめるトウヤと、

「カァ!」

 カズマの体を貫いたカラスたちだけ。
 トウヤは呆然自失状態となっていたものの、カラスの鳴き声を聞くと、すぐに体をお越して逃げ始めた。

「な、なんで。どうして!」

 死んだ? 死んだんですか、カズマさん?
 ボクをこんな所に連れ込んどいて、自分はまっ先に死んでしまったんですか?
 そんな、そんな……。

「カズマさんの無責任男!」

 自分を守って死んだ男に対して、酷い物言いをするトウヤ。
 しかし、

「誰が無責任だ! ぶん殴るぞ!」

「カ、カズマさん!?」

 突如現れたミニマムカズマに、驚きの声をあげるトウヤ。

「よ、良かった! 生きてたんですね!」

 涙を流して喜ぶトウヤ。

「うっせ! そんな事言ってる場合じゃねぇだろ! 後ろ見ろ! さっさと召喚しねぇと死ぬぞ!」

 カズマは後ろを指さして、召喚するようトウヤに促す。
 トウヤが後ろを見ると、そこには大量のカラスがトウヤに狙いを定めて飛ぶ姿が。

「そ、そうでした! では行きますよ! 来いカズマ!」

 すぐさま袋から残り二個の『樹肉の実』の内、一個を手に取りカズマを実へと呼び込む。
 さらに懐中時計を確認し、時刻を把握。
 そして、

「『レイズ』!」

 呪文を唱えた瞬間、実は激しく光だした。
その実は段々と大きくなっていき、双葉が生え、その双葉が実を包んでいく。
直後、そこには元の姿に戻ったカズマの姿が。

「よっしゃあ! あのカラス共吹き飛ばしてやるぜ!」

 そう言って、カラス達の方に左手で狙いを定め、右拳を腰元まで引き。

「覇ッ!」

 掛け声と共に引いていた拳を前に突き出すカズマ。
 その直後、森の中に嵐が発生した。

「カッ!」

 カラス達はその嵐に飲み込まれ、まわりの木々と共に吹き飛んでいく。

「良し! 行くぜ!」

 カズマはカラスたちを撃退した事を確認すると、クロエがいる小屋へと向かって駆け出した。
 ちなみに、トウヤはというと。

「だから! 大技を! ところかまわず! 使わないでくださいよ! カズマさん、……っていない!?」

 カズマの攻撃の余波で吹き飛んだトウヤは、カズマがいないことに気付き、慌てる。

「ちょ、ちょっと! 置いてかないでくださいよ!」

 たった一人で危険な森の中に取り残されたくなかったトウヤは、カズマの後を追って小屋の方へと向かっていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「!? お前!?」

 突如小屋の屋根を吹き飛ばして降り立ったカズマを見て、驚きの表情を浮かべるクロエ。

「よう、さっきぶりだな。ってかぶっ飛ばす!」

 有無を言わさずクロエに突っ込むカズマ。

「ちっ!」

 カズマの突進から逃れるため、クロエは翼を羽ばたかせて吹き飛ばされた小屋の屋根から空中へと飛翔する。

「待ちやがれ!」

 それを見て、自身も跳んで後を追うカズマ。
 しかしカズマが外に出ると、クロエが上空で音波による攻撃態勢をとっていた。
 そして、

「カッ!」

 クロエが叫んだと同時に、カズマに襲いかかる音の衝撃波。

「なろ!」

 カズマは一瞬その衝撃波にたじろくも、すぐに態勢を立て直してクロエへと再び跳躍する。
 飛翔しているクロエに飛びかかり、右拳を振るうカズマ。

「くっ!」

 それを辛うじて避ける事が出来たクロエだったが、横を通り過ぎた拳の風圧に顔を顰める。

「何て威力の攻撃だい!」

 冷や汗を流してカズマに叫ぶクロエ。

「ちっ! 避けてんじゃねぇよ!」

 カズマは舌打ちをしながら、今度は左拳で追撃するも、

「当たらないよ!」

 空中戦はクロエに分があり、またもやカズマの攻撃は空を切る。

「くそっ!」

 二撃目も避けられ、そのまま地面へと落ちていくカズマ。
 そんなカズマを見て、クロエは思考する。

 奴の攻撃力は大したもんだけど、こっちは空中にいるんだ。そうそう当たらないね!
 でも念には念をいれて……

 自身の安全を確保するため、クロエは攻撃が届かないようさらに上昇していった。
 そうすればこちらからの攻撃だけが届く、そう考えての行動だったが。
 しかし、

「? 何をしてんだい?」

地面に落ちたカズマが、何やら構えを取っているのを視界にいれ、疑問符を浮かべるクロエ。
だが次の瞬間。

「覇ッ!」

「な!?」

 突如カズマから放たれた風圧の嵐に吹き飛ばされ、クロエは飛行不能状態に陥る。
 なんとか態勢を取り直し、再び空中を飛べるようになったものの、彼女の顔には焦りの表情が浮かんでいた。

「な、何て攻撃するんだい! このままじゃ地面に落とされちまうよ!」

 クロエはこのままカズマと戦う事に危険を感じ、逃げ出すことにした。

「待て! 逃げんじゃねぇ!」

 しかしカズマはそんなクロエの後を、人間とは思えない超スピードで追いかける。
 空中を飛んで逃げるクロエに、段々と距離を詰めるカズマ。

 このままでは逃げる事も出来ない、と感じたクロエは口に指を加えて、指笛を発した。
 するとその音に反応して、森の奥から大量のカラスたちが姿を現す。

「頼むよ、お前たち」

 クロエは、自身の口から音を発して音の鎧をカラスたちにまとわりつかせる。

 これがさきほどまでのカラス達の特攻の秘密。
鋭い嘴を向けて高速で突撃すれば、その貫通力は相当のモノにはなるというのは言うまでもない。
しかし高速で突撃するということは、自身の体にも大きな衝撃を与えてしまい、結果自爆することになってしまう。

 クロエはその問題点を、カラスたちに音の鎧を身に纏わせることで解決した。
特攻で生じる振動を音の鎧で拡散させ、衝撃を和らげたのだ。
これにより、カラスたちはその身を矛に変えて特攻する事を可能としているのである。

「いきな!」

 クロエがそう命令すると、カラスたちは一斉にカズマに襲いかかった。
 先ほどカズマが致命傷を与えられた攻撃。普通ならまたやられるのは目に見えている。
 しかし、

「しゃらくせぇんだよ!」

 目にも止まらぬ速さで拳を振るい、高速で突撃してくるカラスを撃退するカズマ。
さきほどまでの『クロックレイズ』とは違い、本来の力を発揮できる『レイズ』のカズマにとっては、
カラスの攻撃など赤子の手をひねるようなものだった。

「ペットに攻撃ばっかさせてねぇで、自分から来ねぇのかよ!」

 カラス達を軽くなぎ払いながら、クロエに近づいていくカズマ。
 そんなカズマにクロエは恐怖した。

 このままでは奴にぶちのめされて捕まってちまうよ! 
 かと言ってあの子を使うわけにもいかないし、そんな事をすれば奴らに何て言われるか……。
 くそっ、どうすりゃいいんだい!
 
 逃げながらもどう対処すべきか考慮するクロエ。

「! そ、そうだ。その手があったじゃないかい」

 何かを思いつき、クロエは口を歪ませる。
 そしてカズマの方に振り向き、言った。

「カズマとか言ったね! アンタの強さはとんでもないよ! 私じゃアンタにかなわない! けどね!」

「あ?」

 クロエの言葉に、何を言っているのかと顔を顰めるカズマ。
 そんなカズマに構うことなく、クロエは歪んだ顔をさらに歪ませて言った。

「けどあの坊やはどうなんだろうね! 私のカラスたちを倒すどころか、逃げることもできないだろう?」

「!?」

「いきな! カラスたち!」

 クロエの言葉に、カラスたちは一斉に動き出す。
 その目標は、カズマではなく今も森さまよっているであろう、トウヤの元。

「くそっ!」

 カズマはトウヤが危ないと悟り、クロエを放って今来た道を引き返していった。

「アハハハハハハ! はやくいかないと坊やは死んじゃうよ! アハハハハハハ!」

 クロエは、そんなカズマの様子を見て、不気味な笑い声を上げて見送るのであった。



[29593] 第二章 第六節 絶体絶命の少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/10/14 22:38
「カズマさ~ん。どこまで行ったんですか~」

 自身に身の危険が迫っていることなど露知らず、トウヤはカズマを探して、森の中をさまよっていた。

「一人ぼっちにしないでくださいよ~。寂しくて、心細くて、ボク死んじゃいますよ~」

「カァ」

「? カァ?」

 後ろから聞こえた鳴き声に、振り向くトウヤ。
 そこには、先ほど襲かかってきたカラスの内の一羽が、木の上でトウヤを見つめていた。

「ヒィ、ヒィーーーーーーーーー!」

 カラスの姿を確認し、腰が抜けて地面にヘタリ込むトウヤ。

「ヒィ! ボクは美味しくありませんよ! だから、……ってい、一羽? な、な~んだ」

 カラスに対して命乞いをしていたトウヤは、ふとそこにいるのがたった一羽きりである事に気付き、余裕を取り戻す。

「はっはっはっ! どんなにボクが難弱者だろうと、たった一羽のカラスに怯えますかってんです! 
 さぁ! かかってきなさい、カラスさん! ボクの実力を見せてあげましょう!」

 そう言って、カラスに対して戦闘態勢を取るトウヤ。
 そんな態度に怒ったのか、カラスはトウヤに襲いかかる。

「カァ!」

「あ、あいた! あいたたた! ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください! 
 ボクが悪かったです! 調子に乗ってました! 誤りますから許してください!」

 カラスの嘴で突っつかれまくり、トウヤは頭を下げて謝罪した。
 そんなトウヤの様子を見て、攻撃をやめるカラス。

「うぅ。ボクは一羽のカラスにも勝てない、難弱者なんですかぁ」

 自身の不甲斐なさに、トウヤはガックリと項垂れる。
 そんな事をしていると、何かが大量に羽ばたいてこちらに近づいてくる音が、トウヤに聞こえてきた。

「? 今度は何ですか?」

 近づいてくる音が何かと思い、顔を上げて確認するトウヤ。
 するとそこには、

「カ、カ、カ、カラスの、た、大群!」

 大量のカラスが、木々の上に止まっていた。
 皆一様にトウヤに顔を向け、鳴き声を上げている。
 トウヤは身の危険を感じ、顔面が蒼白となる。

「カ、カラスさん? 何故そのようにこちらを見て鳴くんですか? あ、いえ、カラスさん達の勝手ですよね?」

 頭が混乱し、意味不明な事を口走るトウヤ。

 何を言ってんですか、ボクは! 
 それよりも、何とかして逃げないと、ボクも美味しくいただかれてしまいますよ!

そう思ったトウヤは、震える体を無理矢理動かし、何とかこの場を逃げ出そう後退りを始める。
しかし、

「カァ!」

 一羽のカラスが一際大きく鳴き声を上げ、それに呼応するかのように、他のカラスたちが一斉に羽ばたき始める。
 そして一斉にトウヤに襲いかかった。

「どこに行ったんですかカズマさん! 助けに来てくださーーーーーーーーーい!」

 涙を浮かべて助けを乞うトウヤ。
 するとそれに答えかのように、一人の救世主がトウヤの上空から現れた。

「大丈夫かトウヤ!」

 突撃してくるカラスを撃退しながら、トウヤの安否を確認するカズマ。
 それに対して、トウヤは。

「助かりました! ってそうじゃないです! 大丈夫じゃないですよ、もう少しで死ぬところでした! 
 というか今まで何をしてたんですか! それにこのカラスたちは何なんですか! あとクロエさんは倒したんですか!」

 勝手な行動を取ったカズマに、怒声を上げて質問の嵐をぶつけた。
 それに対して、カズマは律儀に答える。

「怪我してねぇから問題ねぇだろ! 今まであの鳥女と戦ってたんだよ! 
 このカラス共はお前を狙ってるんだ! そのせいでこっちに戻らなくちゃいけなくて、あの女はまだ倒してねぇよ!」

「何やってんですか! さっさとお片付けして、ボクの身の安全を保証してくださいよ!」

「うっせぇ! お前が足手纏いになってんだよ!」

「今更言うな!」

 カズマの足手纏い発言に、怒りを爆発させるトウヤ。

「言ったでしょ! 何回も! 何辺も! 必ず! 絶対! 間違いなく! これでも勝手ほど! 足手纏いになるって!」

 未だカラスたちの攻撃を撃退しているカズマの背後に隠れながら、トウヤはさらに続けた。

「大体カズマさん言いましたよね! ボクがいるのがいいハンデだって! 自分にはこのぐらいが丁度いいって! 
 その貴方が今更言い訳しないでください! 見苦しいですよ!」

「言いわけじゃねぇ! あの女が卑怯な真似ばっかするから!」

「それを戦法と言うんですよ! 相手の弱点を付くなんて常套手段でしょうが! 
 何ですかカズマさんは! 世界には真っ向勝負をするだけの猪野郎しかいないと思ってんですか! 
 そんなわけないでしょうが!」

「うるせぇ! もう黙れ!」

「いいえ、黙りません!」

 トウヤは腹の底から声を出して、カズマに言った。

「前回の『オルトロス』の時にもいいましたが! ノリで発言するのをやめてください! 
 毎回毎回出来もしないのに余裕だの楽勝だの! だからこんな目に合ってるんですよ!」

「ノリじゃねぇ! 面白そうだから……」

「それをノリって言うんですよ! いいですか!」

 トウヤはカラスを撃退しているカズマの耳元に、怒鳴りつけた。

「今後! ボクの意見を! しっかりと! 聞いてください! そして! 理解し! 尊重してください! その無い頭で!」

「なんだと!」

 振り向きもせず、トウヤに怒鳴るカズマ。

「お願いしますから少しは学習してください! 本当にお願いしますから!」

 必死の形相でトウヤはカズマに懇願する。
 そんなトウヤの様子に、カズマは渋々納得し、トウヤに言った。

「くそっ! わかったよ! で、残りの時間は!」

「あ、そうでした!」

 カズマに言われ、懐に入れていた懐中時計を出し、残り時間を確認するトウヤ。

「残り! ……へっ?」

 何で!? 何でこんなに経ってるんですか!?

「どうしたんだよ! 早く言え!」

 自身の問いに中々答えないトウヤに、イラつき催促するカズマ。

「おいトウヤ!」

「詐欺です!」

「はぁ?」

 突然の意味不明発言に、あっけにとられるカズマ。

「お前、何言ってんだよ!」

「詐欺ですよ詐欺! 時間詐欺ってやつですよ! 
 あのまだ大丈夫、まだ大丈夫って思ってたら相当時間が経ってたっていう! 知らないんですか!」

「知るか! てか時間を言えよ!」

「残り三十秒です!」

「何!? って危な!」

 カズマはトウヤの答えに驚いて、一瞬よそ見をしてしまい、あやうく一撃をもらいそうになる。

「嘘付け!」

「嘘ならどんなに嬉しいか! でも事実なんですよ! というか残り二十秒!」

激しく続く攻防、しかしカラスの数はかなり減っている。

「せめて全部倒してから消えてください!」

「……本当なのか?」

「本当ですよ! こんな状況で嘘けますか!」

 なんで自分が不幸になる嘘を付く必要があるんですか!

「残り十秒!」

「くっそ、ハァァァァ……」

 残り時間を聞いたカズマは、腰を落として必殺の構えを取る。
 そして一気に右拳を天へと上げて、

「覇ッ!」

 カズマとトウヤの周りに風圧の嵐を発生させ、一気にまわりのカラスたちを攻撃した。

「カァ!」

 その嵐に飲み込まれ、飛行不能に陥り、さらに衝撃で吹き飛ばされるカラスたち。
 トウヤもその衝撃に吹き飛ばされそうになるが、嵐の中心にいた事で何とか持ちこたえる事ができた。
 そして懐中時計を確認するトウヤ。

 残りは四秒、三秒、二、一……。

「零」

 そうトウヤが呟いた瞬間、カズマの姿は光に包まれて消えた。
ついでにカラスたちも、カズマの最後の攻撃を喰らって地面へとたたき落とされている。

「はぁ、なんとかなりましたね」

体を痙攣させているカラスたちの姿を見て、自身は助かったのだと安堵の息を吐くトウヤ。
 そのまま地面に座り込み、右手に最後の実を取り出して、カズマを召喚できる十分後まで待とうとしたその時、
背後からその声は聞こえてきた。

「坊や。あのカズマって男はどうしたんだい?」

「あ、カズマさんですか? 今いませんよ、ちょうど……」

 問いかけに対して、答えていたトウヤは、しかし聞き覚えのある声に硬直する。

「『ちょうど』。何だい坊や?」

「え~と……」

 恐る恐る声のする方向へと顔を向けるトウヤ。
 するとそこには、黒い衣装に実を包んだクロエの姿が。
 そのクロエは、口をニンマリと歪めながら、トウヤに言った。

「この状況を見ると、どうやら坊やはたった一人、って事で間違いないだろうねぇ」

「いや、えっと、アハハハハハハハハハ」

 乾いた笑い声をあげるしかないトウヤ。
 そうでした。忘れてました。この人がいたんでした。

「早く戻ってきて、カズマさん……」

 トウヤは絶体絶命の窮地に立たされた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「や、やばすぎます」

 トウヤは体を震えあがらせながら、自身が絶体絶命の窮地に立たされている事を理解した。

 どうしようどうしよう! まだカズマさんが『消失時間』に入ったばかり!
 なのに目の前には美人ながら恐ろしい思考の持ち主であるクロエさん!
 死ぬ! ボクなんて死んでお亡くなりになってしまう!
 そ、そんなの嫌ですよ!

 クロエの姿を視界に入れながら、何とか逃げ出そうと後ずさりするトウヤ。
 しかし、

「逃げないでおくれよ坊や。少しお話をしよう?」

 そう言いながら、クロエは指を鳴らす。
 すると、全部倒したかと思われたカラスが二羽現れ、トウヤに襲いかかった。

「ヒィ!? ってあわわわわ!」

 殺されると思い慌てふためくトウヤ。
 しかし、カラスたちはそんなトウヤの両肩をそれぞれ掴み、空中へと持ち上げた。

「は、放してください!」

 トウヤはカラスの拘束から逃れようと、身を揺すって抵抗する。
 懐に入れていた懐中時計を地面に落としてしまうほど暴れるも、しかしカラス達は一向にトウヤの両肩を放そうとはしなかった。

「まぁまぁ。ほんの少しお話したいだけだから、我慢しておくれよ」

 クロエがもがくトウヤに近づきながら、そう告げた。

「な、な、何ですか?」

 トウヤはクロエが近づいたことで恐怖し、抵抗することを止めた。

「何、単純な事だよ。カズマとかいう奴の話しさ」

「カ、カズマさん?」

 まさかカズマの事を聞かれるとは思わず、驚きの表情を浮かべるトウヤ。

 カズマさんの事? どうして? で、でもこれはチャンスなのでは!?

 トウヤは地面に落ちた懐中時計に目をやった。

 カズマさんの『消失時間』終了まで、あと九分弱。
 その時間を消化させるためにも、逆にクロエさんとお話をして時間を稼ぐのはとても効果的です。
 というか、もうそれしか助かる道はありません!

 トウヤはクロエの話を聞くことにした。

「あ、あの。一体、カズマさんの何をお聞きしたいんですか?」

「あの男はどこに消えたんだい? それと、あの男は何者なんだい?」

「き、消えた。ハハハ、まさか人が消えるだなんて、そんな事は有り得るはずがありませんよ。ク、クロエさん」

 そう笑って誤魔化すトウヤ。
どうやら、クロエにカズマの消失現場を見られていたらしい、とトウヤは悟った。
 しかし、だからと言ってどうこうなるわけではない、とも思った。

 まさか木の実が人になるとは思わないだろうし、消えていると知っても知らなくても、自身の状況に変わりはないからだった。

「それと、カズマさんが何者かですか? それは……」

 話を止めてしまうトウヤ。

 そ、そういえば、ボクはカズマさんの事を何も知らないですね。
 まぁ本人が記憶喪失でわからないのもありますが、その前に何故ボクに召喚されて出てくるんでしょうか……。

 改めてカズマという存在に、疑問を抱くトウヤ。
 そんなトウヤにクロエは言った。

「……あの男、『動物化』のどれも使わずにあの強さ。もしかして他国の人間なんじゃないかい?」

「え? た、他国?」

 この国の人じゃなかったんですか、カズマさん。
 た、確かに服装に違和感を感じましたが、王都なんかでは着られているのかと……。

「……どうやら、坊やは何にも知らないみたいだね」

 自身の言葉に悩むトウヤを見て、聞く相手を間違えたとガッカリするクロエ。

「……まぁいいよ。それより先にやることがあるしね」

 クロエは口元を僅かに歪ませた。

「え!? あ、ちょ、ちょっと待ってください! まだお話をしませんか!」

 そう言いながら時計を確認するトウヤ。
 あと六分。まだそんなに!

「もういいよ。あの男の事意外、知りたいことはないし、それにグズグズしてて、またあの男が現れたたまったもんじゃないしね」

「で、でも……」

 何とか時間を伸ばそうと、トウヤは必死に努力しようとするも、

「それにグズグズしてると他の奴らもここに駆けつけてくるだろう? 
 坊やたちが囮になっている間に森に入ってきた奴ら、討伐隊、だっけねぇ。
 まっ、私のカラス共を向かわせたから、当分ここには来れないと思うけど……。
 それを待ってるんだろ、坊や。無駄な時間稼ぎが見え見えだよ」

「う!?」

 目的は討伐隊の到着ではなかったが、時間稼ぎをしていることがバレて、トウヤは顔を青くした。
 また、討伐隊が自身を助けに来てくれる可能性も潰えたことで、さらに希望を無くす。

「悪いけど、あの子らだけじゃ討伐隊の奴らには敵わないからね。私もさっさと向かわなきゃならないんだよ。だからもう殺すね」

 そう言って、トウヤから距離をとるクロエ。
 さらにクロエは指を口にくわえ、指笛でカラスたちに合図をする。
 その合図に呼応して数羽のカラスがトウヤの目の前に現れた。

「ま、待って! 待ってください!」

 トウヤはクロエにそう言いながら、時計を確認する。
 『消失時間』終了まであと五分。

  後五分も!? さっきは凄い速さで時間が過ぎたのに、何で今度はこんなにゆっくり何ですか!やっぱり詐欺です!

  トウヤは何の関係もない時計に対し、激怒した。

「それじゃあね、坊や……」

 クロエは後ろに振り向き、翼を出しながらトウヤに手を振った。
 それと同時にトウヤに目標を定めるカラスたち。

「いやだ! いやだ! 死にたくない!」

 死の恐怖に涙を流すトウヤ。

 どうして、どうしてこんな事に! やっぱりこんな所に来るんじゃなかった! 
 だから言ったんですよ! こんな所にくるのは嫌だって! 
 なのにカズマさんが勝手に行くって言って、さらにボクまで巻き込んで! 
 絶対大丈夫? これのどこが大丈夫なんですか! ボクは、こんな、こんな所で!

「くそーーーーー!」

 未だに自分を拘束しているカラスを振り払うべく、必死に抵抗するトウヤ。
 しかし、カラスたちは全くトウヤを放そうとはしなかった。

 嫌だ! 嫌だ! 死にたくないよ! 助けて! レイナ! レイラ! 村長! カズマさん!

 カラス達が鳴き声を上げ、羽を羽ばたかせる。

 ボクはまだ、何も変わってないんです! カズマさんが言うように変わってみせますとは言えません! 
 でも変わりたいという気持ちはあるんです! それがいつになるかはわかないですけど! でも、それでも、ボクは!

 カラスたちが空中に浮かび上がる。

 お願いです! 誰でもいいから! ボクを助けてください!

 そうトウヤが願った瞬間、腕輪と実が光り出した。
 それに気付き、右手を見るトウヤ。
 するとそこには、いつものように緑色に光る腕輪と……。

「『実』が、青く!?」

 何故か青く色づいた『実』が、トウヤの手の中で発光していた。

 何故? どうして? 『赤』じゃなくて『青』?

 トウヤがそんな事を考えていると、

「な、何事だい!」

 討伐隊の方へと向かおうとしていたクロエが、トウヤの方を見て驚愕していた。
 そのクロエの姿を見て、トウヤは気付いた。

 実が何色に光ろうと、今はそんな事を気にしている場合ではありませんでした!

 トウヤは再び、自身の右手に目をやった。

 何がどうなるのかわかりませんが、どうかお願いします。ボクを、助けてください!

「『レイズ』!」

 トウヤが呪文を叫ぶと同時に、『実』はさらに強く眩しく発光しだす。
 さらにトウヤの手から飛び出して、実は段々とその大きさを増していき、人間台の大きさにまで成長する。
 続けて実が割れて、中から双葉が生えだし、実を包むように成長を始める。

「何をしたんだい! 坊や!」

 クロエが摩訶不思議な現象に驚きの声をあげる。
 しばらくして発光が収まった事で、トウヤは閉じていた目を開き、辺りを調べる。
 するとトウヤの前方に、その人物はいた。

「カズマさんじゃ、ない?」

 そこにいたのはカズマではなかった。
ロングストレートの青い髪を風に揺らし、杖と思わしき得物を右手に持ちながら、蒼いローブを身に纏った女性。
 そう、トウヤが見たこともない女性の姿が、そこにはあった。

「…………」

青髪の女性は、無言で辺りを見回した。
クロエを見て、その後トウヤを見つめる青髪の女性。
一通り辺りを見回した彼女は、トウヤに人差し指を向け、聞こえるか聞こえないかのか細い声で、こう呟いた。

「……『電離』」

 そう青髪の女性が言った瞬間、杖と思わしき獲物の先端から、青色の電気が音をたてて発生する。
 そしてさらに、女性は続けて言った。

「……『燃焼』」

 直後、女性の杖から二つの紫電が放たれ、トウヤの両肩に向かっていく。

「えっ? ってアツッ! イタッ!」

 両肩を突如襲った激痛に苦痛の声を出し、しかし突然落下した事で尻を打ってしまうトウヤ。

「な、なにがどうなって?」

 トウヤが何が起こったのかと辺りを見回すと、そこには、炎で翼が燃やされている二羽のカラス。

「カァ!」

「な、この! よくも私のカラスに!」

 自身のカラスを炎で焼かれ、怒りをあらわにするクロエ。
 翼を出したかと思うと、上空に飛び上がり、口に指をくわえる。

 しかしそんなクロエを無表情で見つめながら杖を向ける青髪の女性。
そして、青髪の女性は再度呟いた。

「……『蓄電』」

 すると、杖の先端で発生していた青色の電気が、段々と大きくなっているのがトウヤの目に入った。
 そして、

「……『放電』」

直後、森の中に鳴り響く雷鳴。

「ヒィ!?」

 突如発生した雷鳴に、驚いて身を縮こませるトウヤ。

「やめてー! 雷怖いですー!」

頭を抱えながら、トウヤは情けないセリフを吐く。
しかしその言葉が通じたのか、すぐに雷鳴は収まり、辺り静けさを取り戻す。

「……な、何が一体どうなって?」

顔を上げて周りを確認するトウヤ。
するとそこには、

「? 何ですか? あの黒い物体は……、って! クロエ、さん?」

 全身を焦げつかせたクロエが、地面に横たわっていた。

「し、死んだんですか?」

 トウヤは身をお越しながら、これを行なった青髪の女性に話しかける。
 しかし、

「…………」

 明後日の方向を向いて、何も言わない青髪の女性。
 仕方なく、嫌々ながらも、トウヤは焦げたクロエにおっかな吃驚近づき、近くにあった小枝でツンツンとつついて確かめてみる。
 するとそれに反応して、少し痙攣した様子をみせるクロエ。

「よ、良かった~。死んでません。……いや、死んでもよかったのか? 嫌々しかし……」

 トウヤはクロエの無事を喜ぶべきか、喜ばざるべきかで大いに悩む。
 そんな事をしていると、トウヤの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「っしゃあ! トウヤ、残りの実で召喚しろ! 鳥女をボッコボコにしてやるぜ!」

 すでに事が終わっているのに気付かず、『消失時間』を終えて威勢良く現れるミニマムカズマ。
 そんなカズマに対し、トウヤは微妙な顔をして言った。

「……カズマさん」

「何してんだトウヤ! はやく俺を……、って、あれ?」

 カズマは、トウヤの近くにいる横たわる黒い物体に気がついた。

「……おい、トウヤ。それは何なんだ?」

 カズマは黒い物体に指を向け、トウヤに確認する。

「えっと、一応これはクロエさん、だったもの?」

「…………何!? どういうこった! 何であの女がそんな有様になってんだ!」

「それはあちらにいらっしゃる女性の方の御陰でして。彼女も貴方同様、ボクに召喚されて参上し……」

「何!?」

 話の途中だというのに、トウヤの指差す方向に勢い良く顔を振り向かせるカズマ。

「お前がやったのか! 余計なことしやがって!」

 カズマは青髪の女性に詰め寄った。

「ちょ、ちょっとちょっと! カズマさん、やめてくださいよ! 
 彼女はボクの命の恩人なんですよ! 彼女がいなければボクは今頃死んでました!」

 あわててカズマを止めにかかるトウヤ。

「何? う~ん、そうかぁ……」

 そうカズマが腕を組んで一瞬考えたあと、

「ちっ! ならまぁ余計な事をしたのは許してやらんこともない! あとトウヤが世話になったな! 一応礼を言っておくぜ!」

「何て失礼な言い方を! それに何て上から目線! 貴方には相手を敬うという心構えがないんですか!」

 カズマの余りにも失礼な言い方に、トウヤは青髪の女性に謝罪しようと駆け寄った。

「も、申し訳ありません! このカズマさんという男は口が悪くて礼儀知らずで、おまけに脳筋なんです! 許してやってください!」

 トウヤは深々と頭を下げて、女性に謝罪の意を示した。

「おい! 言い過ぎだぞトウヤ!」

「やっかましいですよ! 初対面の女性に対して、何て口の利き方するんですか! 少しはエチケットに気を使ってください!」

「へっ! どうでもいいぜ! それよりもおい、青髪女! こっちが話しかけてんのに、顔を向けないってのはどういう了見だ!」

 自身の不礼儀はどうでもよく、相手の不礼儀には突っ込む小さい男、カズマ。

「だからやめてくださいってば! 喧嘩を売らないでください!」

「喧嘩なんて売ってねぇよ! こっちを向けって指図してんだよ!」

「指図してんでしょ! それを喧嘩を売るって言うんですよ!」

「うるせぇ、黙ってろトウヤ! 俺はこういうタイプの女が、一番嫌いなんだよ! つうかこっち向け!」

 二人して言い合いを始めるトウヤとカズマ。
 すると、そんな二人に反応して、青髪の女性がトウヤ達の方へと顔を向けた。

「……ほぁ~」

 振り向いた女性の顔を見て、呆然としてしまうトウヤ。

 ボクなんかが女性の顔をどういう資格はないのですが、しかしあれですね!
 クールビューティー!
 この一言に尽きると言っても過言ではないでしょう!

 もう、目なんて鋭いのなんの、まるでこちらを睨みつけているような……。
 って! 睨んでる!?

 女性が自身を睨みつけていると理解し、少し後ずさりするトウヤ。
 カズマもそれを理解していたが、この男の場合、そういう態度を取られると逆に前に出てしまうタイプなので、

「おう! 何ガンたれてんだよ! 言いたいことがあんならはっきり口で言え! このアマ!」

 もうやめてーーーーーーーー!

 トウヤは心の中で悲鳴をあげた。

「…………い」

 するとカズマの言葉に反応してか、青髪の女性が何かを小声で呟いた。
 もちろんカズマを睨みつけながら。

「あ!? 聞こえねぇよ! はっきり喋れ!」

 カズマがさらに青髪の女性を煽る。
 そんなカズマに対し、青髪の女性は、今度は周りにはっきりと聞こえる大きさで、こう呟いた。

「……ウザい」

「おぉ、クール。……ってそうじゃない! 不味いです!」

 トウヤはカズマの方に目を向けた。

「んだと!?」

 トウヤの予想通り、女性に掴みかかる勢いをみせるカズマ。
 そんなカズマに対し、青髪の女性はさらに続けていった。

「……消えろ」

「んな!?」

「……目障り」

「にぃ~!?」

 女性の言葉に、おもしろいようにカズマは顔を歪ませていく。
 
「トウヤ!」

「はい!」

 突然自身の名前が呼ばれ、直立不動となって元気に返事を返すトウヤ。

「俺を元に戻せ!」

「……無理です」

 カズマの言葉ににべもなくそう答えるトウヤ。

「無理じゃねぇ! この女をぶっ飛ばーす!」

「いえ、カズマさんが勝てるとか勝てないとか、そういう次元の話をしているのではなくてですね」

「いいから早くしろ!」

「だから無理なんですってば! もう全部『実』を使っちゃったんですから!」

「……何!?」

 勢い良くトウヤに振り向くカズマ。

「何でだよ!」

「さっき言ったでしょ! 彼女を召喚したって! 最後の実で召喚したんですから、もう無いに決まってんでしょうが!」

 カズマの理解のなさに、頭が痛くなるトウヤ。
 そんなカズマに、女性はとどめの一言を言い放った。

「……バ~カ」

 口元を僅かにニヤつかせ、心底小馬鹿にした様子をみせる青髪の女性。
 それに対して、ついにカズマの対して丈夫でもない堪忍袋の緒が切れた。

「こんのアマ! ぶっ飛ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!」

 女性に殴りかかるミニマムカズマ。

「ああ、またアホな行動を……」

 そんなカズマの行動に、呆れるトウヤ。
 現在のカズマの状態では、誰かに触れたりすることは出来ないと証明されている。
 ゆえに、

「この、この、この、この!」

 カズマの攻撃は、一切彼女に届くことなく、無意味な空振りを続ける事に。
 そんなカズマの様子を見て、さらに青髪の女性が一言呟いた。

「バ~カ」

 そんな二人の様子を見て、段々あほらしくなってきたトウヤは、

「……もう、勝手にやっててください」

 地面に座り込み、二人の喧嘩(?)を傍観する事にしたのであった。



[29593] 第二章 第七節 爆発する少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f5492a51
Date: 2011/10/19 18:45
 クロエを倒してからすでに数時間もの時が経ち、もうすぐ日が暮れ始めるかという頃。

 トウヤは現在、トリナの町の自衛団建物前で、ハトナに頭を下げられていた。

「トウヤくん! 本当に申し訳ありません! 
 協力をお願いしておきながら、私たちは何もすることができませんでした!」

 ハトナは、本当に申し訳なさそうな表情で、トウヤにそう告げた。

「いえいえ! お気になさらず! こうして無事だったわけですし」

 そんなハトナに対し、トウヤは困惑してしまう。

 実際、ボクも何かをしたわけではないですし、そこまで謝られるのも。

 逆に、トウヤは申し訳ない気持ちで一杯だった。
 大体、何も出来なかったのではなく、自分たち、というかカズマの身勝手のために、
やる事が無くっなっただけなのである。
 それを自分達の不甲斐なさに置き換えるハトナを見るのは、良心が痛くて仕方がなかった。

「で、でも! ハトナさん達がすぐにあの場に来てくれたおかげで、鳥人化能力者を捕える事が出来ました!
 それに、一人ぼっちでいたボクが、こうしてトリナの町にたどり着けたのもハトナさん達のおかげ!
 本当にありがとうございました!」

 何とかハトナの事を元気づけようと、トウヤは慌ててそう告げる。
 実際、『樹肉の実』は全て無くなってしまい、カズマを召喚できない状態であり、
青髪の女性の方も、『レイズ』で呼び出したので、十分経過後、すぐに消失時間に移行してしまった。

 そんな状況の中、黒こげで気絶中とはいえ、主犯のクロエと二人っきりで、薄暗い森の中にいる。
 そんな事にならず、すぐに駆けつけてくれたハトナに、トウヤは本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。

「カズマさんもいない中、どうしようかと思っていたところでしたし……」

 実際にはいるのだが、物理的にどうしようもない状況であるので、いないのと同じ扱いをするトウヤ。

「いえ。……そういえば、そのカズマさんは一体何処へ行ったのでしょうか?」

「え、あ、いや~。それは、ええと」

 ハトナの疑問に、トウヤは必死で言い訳を考える。
 そして、

「いや、『もう俺の用事は住んだ。後の事はあいつらに任せるわ』、と身勝手な事を言いましてね。
 ボクを置いて、どこかに姿を晦ましました。いや~、実に身勝手な男ですいませんです、はい」

「誰が身勝手だ!」

 トウヤの約十メートル左方向に位置しながら、トウヤの悪口に反応するカズマ。

「そうですか。まだお礼も言っていないのに。……しかし噂通りですね、カズマさんというお方は。
 あの鳥人化能力者を倒してしまうんですから」

「え!? いや、あはははは……」

 何とも言えず、笑って誤魔化すトウヤ。
 実際には、『青髪の女性』が倒したのであって、カズマは何もしていない。
 それどころかクロエに翻弄され、トウヤをピンチに陥らせてしまった、と言っても良いだろう。

 しかしトウヤは、先程まで行われていた取調の際、そこらへんの話をするのは面倒だったので、
勝手にカズマのおかげ、という事にしたのである。
 死にそうになった瞬間、青く光った実から女性が召喚され、その人がクロエを倒した。

 そんな摩訶不思議な超常現象、言っても信じられないだろうし、ゼノとの約束から言いたくても言えないのである。
 それならば逸その事、カズマの手柄という事に。
 つまり、そういうことである。

「あ、そういえば。ハトナさん。この後ボクは、どうすればいいんでしょうか?」

 どうにか話を逸らさなければ、と考え、そこで今後どうすればいいのかハトナに尋ねるトウヤ。

「あ、そうですね! すみません、ここまで取調が長くなるとは思わず。
 何分、全てを見ていたのはトウヤくんだけだったので、事細かに状況を聞く必要があったので。
 本当に申し訳ありません」

 そう言って、再びトウヤに頭を下げるハトナ。

「それで、もうこんな時間になってしまいましたので、今晩はこの町の宿屋に泊まって頂きたいと。
 もちろん、宿泊費は私たちの方から出しますから、そこらへんは気になさらないでください」

「え!? いえしかし、そこまでしていただくわけには……」

 トリナの町の自衛団にそこまでされるとあって、困惑ししてしまうトウヤ。

「いえ、この町を救ってくれた恩人に対して、これでもお返しは少ないと思っているんです。
 本当に気にしないでください、トウヤくん」

 そう言って、朗らかな笑みを見せるハトナ。
 そのハトナの様子を見て、逆に断るのも失礼だと思ったトウヤは、その気遣いを甘んじて受け入れることにした。

「……わかりました。そのご行為、ありがたく受け取らせていただきます。ありがとうございます、ハトナさん」

「いえ、では私が宿屋まで……」

「お姉ちゃん!」

 お送りします、とハトナが言おうとしたその時、トウヤの後方から可愛らしい声が二人の耳に聞こえてきた。
 何事かと思いトウヤが後方に振り向くと、そこにはとても可愛らしい顔立ちをした、
トウヤと背が同じぐらいの女の子が一人、駆け寄ってくるのが見えた。

「『ハトコ』! あ、トウヤくん。あの子は妹の『ハトコ』と言って。ちょっとすみません」

 少女『ハトコ』の姿を見て驚いたハトナは、トウヤに妹を簡単に紹介すると、ハトコに駆け寄って言った。

「何しているのこんな時間に!」

 ハトコを睨みつけるハトナ。

「え、えっとね、おねえちゃんを迎えに来たんだけど」
 
 ハトコは、まさか姉に怒られるとは思わなかったらしく、泣きそうな顔になる。

「言ったでしょ! 物騒だから子供は日が暮れる前に家にいなきゃいけないって!」

「……うん。あ、でも、その子は外に出てるよ」

 そう言って、ハトコはトウヤを指さす。

「……え? ボクですか?」

 まさか姉妹の話に、自身が関わるとは夢にも思わず、トウヤは驚いて目を丸くした。

「あの子も私とおんなじぐらいなのに、外に出てるよ」

「ちょっと待ってください!」

 どう見ても年下な少女に、同い年扱いされて話に加わざるを得なくなってしまったトウヤ。

「えっと、ハトコちゃんでしたよね。 どうもトウヤと申します。
 女の子に対し、いきなりこんな事を聞くのもなんなんですが、ハトコちゃんはおいくつですか?」

 なるべく平常心を保ちながら、しかし若干顔をひきつらせてトウヤはハトコに質問した。

「10歳だよ」

「なるほどなるほど。ボクは14歳です。つまり、同い年ではありませんよ」

 優しく、諭すようにハトコに言い聞かすトウヤ。
 しかし、

「……嘘は駄目だよ。トウヤくん」

 まるで同い年の相手に、悪いことはいけません、といった口調でハトコは言った。

「ま!?」

 嘘!? ボクは14歳ではないと! こんな少女に間違われるボクは、一体どんだけですか!

 ショックのあまり、固まってしまうトウヤ。
 そんなトウヤをフォローすべく、慌ててハトナはハトコに言った。

「ハトコ! トウヤくんの言った事は本当よ! ごめんなさいトウヤくん。妹が……」

「えっ!? 本当に14歳なの!? そんなにちっちゃいのに?」

「アンガッ!?」

 ハトコの一言に、さらにガラスの心が粉々になるトウヤ。

「こ、こら、ハトコ! ご、ごめんなさい、トウヤくん」

 本当に申し訳ない顔をして、トウヤに謝罪するハトナ。

 や、止めてください、ハトナさん。
 その同情的な眼差し、ボクにはさらに毒になりますよ!

「ハ、ハトナさん。気にしないでください。今まで散々に言われて、すでに慣れてしまっています。
 どうぞお気になさらず」

 レイラとか、レイナとか。後はその他諸々。
 今更気にした所で仕方がありません!

 トウヤは、顔を上に向けて、涙を堪えながら、そうハトナに言った。

「ぐすっ。 ……あ、それよりも! ハトナさん。ハトコちゃん達子供が、外に出てはいけないというのは、もしかして……」

 涙を拭いつつ、しかしふと疑問に思ったので質問すると、

「あ、はい。例の能力者の問題が片付くまで、子供たちは日が暮れる前に帰宅するようにさせていて」

「やはり……」

 何が起こるかわからない状況でしたしね。安全対策は実に大事です。
 ボクも山賊がいる頃に、家で大人しくしてるよう言われればあんな事には。

 少し前の事を思い出し、自身の村の放任主義さ加減に悲しくなったトウヤ。

「……おねえちゃん。まだ犯人は捕まってないの?」

 不安そうな顔をするハトコに、しかしハトナは笑顔で答えた。

「いいえ。もう捕まえたから大丈夫よ。トウヤくんが捕まえてくれたから」

「何ですと!」

 ハトナの言葉に、ハトコではなくトウヤが吃驚仰天してしまう。

「え? トウヤくん、じゃなくてトウヤおにいちゃんが?」

 トウヤ程ではないが、ハトコも驚きの表情を浮かべる。

「いえいえいえいえ! ボクではなくて、カズマさんという方がですね!」

「そのカズマさんと、トウヤくんが捕まえてくれたの」

「んな!?」

 どうあっても、ハトナはトウヤの手柄にしたい模様。
 ハトナなりの感謝の表れなのだろうが、トウヤにとってはまさにありがた迷惑の何ものでもなかった。

「すごい、トウヤおにいちゃん!」

 純粋な心でその話しを信じ、尊敬の眼差しをトウヤに向けるハトコに対し、否定の言葉を発することなど出来るはずも無く。

「……はい。なので、もう安心ですよ」

 ぐったりとした面持ちで、ハトコにそう言うしかないトウヤであった。
 
 ああ、また嘘を付いてしまった。ボクは何て罪深い人。
 御免なさい女神様。ボクはアホです。どうか罰を!

 トウヤは天に向かって謝罪した。

「……でもハトコ。まだ安心はできないから、早くおうちに帰ってなさい。
 私はこれからトウヤくんを送らなきゃいけないから……」

「あ、うん。わかったよ、おねえちゃん」

 ハトナの言葉に、寂しそうな表情を浮かべるハトコ。
 その様子を見逃すほど、出来の悪いトウヤではなかった。

「あ、それならお気になさらず! ボクは自分で宿屋を探しますから、ハトナさんはハトコちゃんと一緒に帰ってあげてください!」

「え? しかし……」

 ハトナはトウヤの申し出に、しかし申し訳なさそうな顔をする。
 そんなハトナに、さらにトウヤは、

「いえ、実はボクも宿屋に行く前にやらねばいけないことがありまして。テンマの事とか」

 現在、テンマは町の馬小屋にて待機しており、その様子が気になって仕方がないトウヤ。
 まぁ、実際には他にも理由があるのだが。

「なので、ハトコちゃんと帰ってあげてください」

「……トウヤくん。どうもありがとう」

 ハトナは微笑みながら、トウヤに頭を下げた。

「それではご好意に甘えさせてもらいます。宿屋には私の方から話を通しておくので、私の名前を言って泊まってください」

「はい。ありがとうございます」

「トウヤおにいちゃん。ありがとう」

 話の流れはあまりわからなかったハトコであったが、ハトナがお礼を言ったので自分もと思い、トウヤにお礼を言う。

「いえいえ。ではボクはこれで」

 トウヤはそんなハトコに手を振りながら、テンマのいる馬小屋へと歩きだすのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 

「……会いたかったですよ、テンマ。本当に」

 馬小屋でテンマを見つけたトウヤは、怪しい笑みを浮かべてテンマへとにじり寄っていった。
 そんなトウヤの様子にびくついて、テンマは逃げ出そうとする。
 しかし、トウヤがテンマの轡を握り、それは叶わなかった。

「テンマ! 見損ないましたよ! 世話主のボクを置き去りに、一人、いえ一頭で逃げるなんて!」

 トウヤは本日、自身を置き去りに逃げ去ったテンマの行動を、忘れてはいなかったのだ。

「あれだけいつも世話しているというのにあの仕打ち! ボクは大変傷つきましたよ!」

「ヒヒ~ン!」

 トウヤの尋常ならざる様子に、鳴き声を挙げて謝るような仕草を見せるテンマ。
 そんなテンマの様子を見て、トウヤも幾分か落ち着きを取り戻した。

「む~。……まぁいいです。今回は許してあげるとしましょう。身の危険を感じたら逃げる、確かにその行動は正しいです。
 しかしテンマいいですか。今度逃げるときは、ボクも一緒に連れていくように! いいですね!」

 テンマそれに対し、首を振って肯定の意を表した、ようにトウヤは感じた。
 なのでこの件についてはもういいだろう、とトウヤは納得したのだが。

「良し。……さ~て、テンマの件はこれでいいとして」

 しかし、トウヤにとって、これで全ての問題が解決したわけではなかった。
 いや、むしろこれからが本題といったところか。

「……いい加減、近づいてきてくれませんかね、お二人とも」

 そう言って、トウヤは左右を向きつつ問題の人物たちに話かける。
 しかし、

「ふん! やなこった!」

 トウヤより左方向、約十メートルの位置にいるミニマムカズマは、鼻息を荒くして答えるだけ。
 さらには、

「…………」

 トウヤより右方向、これまた約十メートルの位置にて、そっぽを向いて黙秘し続けるミニマム青髪の女性。
 
 トウヤはそんな様子の二人を見て、大きく溜め息を吐いた。

 実は、このような状態が、あの二人の喧嘩(?)後からずっと続けられているのである。
 
 あの後、『レイズ』の召喚時間を終了し、消失時間に移行した青髪の女性。
 さらに十分後には、カズマと同じミニマム状態で再び姿を現した。

 やれやれ、と思いながらも、トウヤは青髪の女性と話をしようとしたのだが。
 なんと、当の青髪の女性は、トウヤとも話したくないのか、
トウヤから離れられる限界ギリギリのところまで離れてしまったのである。

 さて、これには困ってしまったトウヤ。
 どうしたもんかと考えていると、しかしさらに事態は悪化することに。
 なんと、カズマまでもがトウヤから距離を取るように離れてしまったのである。

 まぁトウヤから、というよりも青髪の女性から少しでも遠くに離れたいと思ったのか、
青髪の女性から一番遠くになる位置に移動しただけのことなのだが。
 なので、カズマはトウヤの問いにはしっかりと答えはする。

「まぁ、カズマさんの事は放っておきましょう。もう一人の方をなんとかすればいいのですから」

 テンマの毛を撫でながら、しかしどうしたものかとトウヤは思い悩む。
 青髪の女性は、カズマとはまた違った意味、問題児であったからだ。

 カズマさんは直進しかできない猪脳筋男。
 しかしそれでも、何とか会話をする事は出来るのでいいでしょう。
 ……例え、人の話しを聞いていなかったとしても。

 それに比べて青髪さん(仮)。
 一見、カズマさんと違って大人しく、物静かな印象を受けましたが、しかしその本質は大いに違ってました。
 あれは、他人との関係を拒絶し、コミュニケーション能力が欠如した根暗な女性、と言った部類ですね。

 話しをしようにも、一向にこちらの声に答えてくれない。
 カズマさんとはまた違った意味で、非常にやりづらいお人。
 ……というか、なんでこんな性格に難のある方ばかりが召喚されるんでしょうか。

 心底疲れたといった感じで、再び大きな溜め息を吐くトウヤ。

「テンマ。本当にもう疲れてしましました。何故ボクがこんな目に」

 テンマに言った所で何が変わる訳ではないのだが、しかし話さずにはいられないトウヤの心境。
 
 一体、何故ボクは人間関係でこれほどまでに大きく悩まなければならないのでしょうか?

「……とにかく、こちらから時間を掛けて交渉する以外、道はありません。しかし……」

 十メートルもの距離を開かれた状況で、話し合いをすることは可能なのだろうか。
 いや、トウヤが大声で青髪の女性に話しかければ、それも無理な事ではない。
 しかし、それには大きな問題があった。

「そんな事をこの場でしたら、ボクは唯の変質者ですよ」

 他人から見たら、誰もいない方向に向かって、大声をあげる変人。
 そんなものに、トウヤはなりたくはなかった。
 しかし、それ以外に方法はないわけで。

「う~む」

 しばし思い悩むトウヤ。
 しかし、そんな彼に突如、名案が浮かんできた。

「これです! 確かこの袋の中に……」

 そう言って、トウヤは腰袋の中に手を入れて、中を探り出す。
 そして袋の中から、青いさくらんぼのような実、『応答の実』を取り出した。

「これならいけます!」

 大声で話すより、ボソボソと話している方がまだ変態度は低いはず!

 トウヤは早速、二つの実内の一つを取って、青髪の女性の方へと投げた。
 しかし、実はあらぬ方向へと向かって飛んでいってしまう。

「……いいですよ。どうせ制球力『も』ない男ですよ」

 ブツブツ文句を言いながらも、投げた実を取りに行くトウヤ。
 そして先程まで青髪の女性がいた場所に実を置いて、再びテンマの近くへと戻ることに。

「さて、この実はまだ試していないので、うまくいくかどうか。ゴホン。もしもし?」

 大きく咳払いをし、トウヤは実に向かって喋り始めた。

「えっと。聞こえてますか、青髪さん。あ、いや、青髪さんというのは、ボクがまだあなたのお名前を聞いておらず。
 しかし何か名称をつけなければいけなくてですね。すみませんが、お名前が分かるまでこう呼ばせて頂きます。
 あ、もしこの名前が嫌なのでしたら、名前を名乗ってもらえると、嬉しいかな~と」

 そこでトウヤは一度話しを止め、実を耳の方へと近づけていく。
 もしかしたら名前を言ってくれるやも、という僅かながらの期待を込めての行動であったが。

「……反応なし、ですか」

 予想通り、何の答えも返してこない青髪の女性。
 しかし、トウヤにとっては予想内の出来事なので、そのまま話を続ける事に。

「えっと……、あ、そう言えば。まだボクの名前を教えていませんでしたね。
 人に名前を尋ねておきながら、自分の名前を言ってないんて。
 失礼にも程がありました。大変失礼。

 あの、ボクはトウヤと申します。ベジル村で農作業を主とした仕事をし、日々生活をしています。
 後は、馬の世話何かをですね。あ、その世話している馬というのが、ここにいるテンマなんですよ!」

 そう言って、テンマの方を見るトウヤ。
 テンマの方は、晩ご飯の干し草を食べている真っ最中である。

「そう言えば、まだ晩ご飯を食べてませんでした。……って! いえ、こちらの話ですのでお気になさらず。
 えっと、それでですね。ボクとしましては、青髪さんとこうして巡り会ったのも何かの縁、と申しますか。
 一つ、お話し合いをしたいと思いまして。別にカズマさんと一緒に、ってわけではないので、ご安心を。

 あ、もしかしたらカズマさんと言っても誰の事かわからないかもしれませんね。
 この人はですね、数時間前、青髪さんに失礼な態度を取った脳筋野郎の事でして。
 あれについては大変申し訳ありませんでした。何せ育ちが悪いもので」

 カズマが聞いてないことを良いことに、散々悪口をいうトウヤ。

「と、とにかくですね! ボクが青髪さんに言いたいことはですね。
 ……本当は、こういうのは面と向かって言うものだと思うんですが」

 トウヤはここで一度、話しを区切り、深呼吸をする。
 そして、

「あの、助けて頂き、どうもありがとうございました」

 青髪の女性に、トウヤは感謝の言葉を伝えた。

「あの時、青髪さんがいなければ、ボクは今頃どうなっていたことか。
 感謝してもしきれないです。本当にどうもありがとうございます。
 おかげでボク、まだ生きてます」

 本当に、心の底から、感謝です。

 トウヤは『応答の実』越しだというのに、深々とお辞儀をした。

 しばし、二人の間を沈黙が流れた。
 すると、

「……別に、貴方のためじゃない」

 おお! 応えてくれました! やった、……て!?

「ボクの為ではないとは?」

 ならば一体何のために、とトウヤが質問しようとする前に、青髪の女性は答えた。

「……『助けて』って、耳障りだったから。黙らせる為に助けたの、勘違いしないで」

「…………」

 唖然とし、言葉も出ないトウヤ。
 
 え? 何ですかそれは? そんな理由?
 というか耳障りって!

 青髪の女性の物言いに、トウヤは段々と腹が立ってきた。

 くぅ~! こちらが下手に出ているからと、いい気になって!
 ……まぁ、確実にこちらが下手なのですから、しょうがないですけど。
 それでも『耳障り』! ボクの助けを呼ぶ声が『耳障り』!

 ふざけんじゃないですよーーーーーーーーーーーーーーー!

 生命の恩人に対して罵声を浴びせる事など出来ないため、
心の中で叫び声をあげることしか出来ないトウヤ。

 鼻息を荒くして我慢するトウヤだったが、しかしふと疑問に思うことが一つ。
 
「……あの。ボク騒ぎましたっけ?」

 心の中で騒ぎまくってても、声に出してはそんなんではなかったような?

「心の中の声が聴こえた。無様に『誰か助けて!』って」

「大きなお世話です!」

 無様と言われ、反射的に大声を出してしまうトウヤ。

「フンだ! そうですよ、無様ですよ! 悪かったですね、無様で!」

 トウヤは段々と、青髪の女性に遠慮していた自分が、馬鹿みたいに思えてきた。
 なので遠慮なしに、本音で話しをする方向でいくことにした。

「その無様なボクから質問ですが! そろそろ貴方のお名前ぐらいお聞かせ願えませんか!」

「…………」

 再び無言になる『応答の実』の向こう側。
 しかしそれに構うことなく、トウヤはさらに話しを続けた。

「別に名前ぐらいいいじゃないですか! こっちも名乗ったんですから、名乗り返すのが筋ってもんでしょ!」

「…………」

「ちょっと! 聴いてるんですか、青髪さん!」

「……『シイカ』」 

「フギャ!」

 突然、実からではなく、耳元から声が聞こえ、驚きの声を上げてしまうトウヤ。

「な、な、なんですか! 突然!」

 トウヤが声のした方に振り向くと、そこにはミニマム姿の青髪の女性が佇んでいた。
 突然姿を現した事に、しばし呆然としてしまうトウヤ。
 しかし、すぐさま気を取り直し、青髪の女性に質問する。

「ま、まさか。ボクの誠心誠意の言葉が通じて! ……そんなわけないですよね。というか『シイカ』?」

 一体なんの呪文だろうか?

 トウヤは青髪の女性が発した言葉の意味を理解できなかった。
 しかし、

「……私の名前。『シイカ』」

「……あ! 名前」

 トウヤが言葉の意味を理解すると、シイカはすぐさま先程の定位置に戻ろうと、トウヤに背を向ける。
 そんな彼女の背後に、慌ててトウヤは質問を投げかけた。

「あ、あの! 何でボクに名前を?」

 突然名前を告げられ、困惑するトウヤ。
 そんなトウヤの言葉に反応し、シイカは動きを止めて、背を向けたまま答える。

「貴方の鬱陶しい声、もう聴きたくないから、助けて欲しい時に呼んで。それに……」

 言いながら、シイカはトウヤの方に顔だけ振り向かせる。
 その彼女の口元には、人を小馬鹿にするような笑みが浮かび上がっていた。

「あの脳筋じゃ、役に立たないでしょ」

「んだと! このアマ!」

 何故そんなに離れた位置にいながら聞こえたのかはわからないが、
シイカの悪口を聞いて、文字通りすっ飛んでくるカズマ。

「なんて言った! 今、俺の事!」

 言いながら、カズマはものすごい勢いでシイカに詰め寄る。

「……脳筋って言ったの。一度で理解できないの、バ~カ」

「うるせぇ! 分かってて聞いたんだよ! このアマ!」

「……分かってるのに聞いたの。本当に脳筋」

「んだと! この! もう簡便なんねぇ!」

 そう言って、ものすごい勢いでシイカに詰め寄るカズマ。
 そして、

「うざい。寄るな。キモい」

 カズマを挑発しながら、逃げるシイカ。
 しかもトウヤの周りを、グルグルグルグルグルグルと。
 はたから見れば、まるで子供の喧嘩をしているとしか思えない二人。

 そんな二人が駆け回る円の中心で、トウヤは体を震わせていた。
 子供の喧嘩を、自分を中心にして行われれば、それはもう我慢が出来るわけもなく。

「もう、いい加減に、してくださーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」

 激しい怒りの篭った叫び声を、トウヤは辺り一体に響きわたらせた。
 トウヤの叫び声に驚いた子供二人は、唖然とした面持ちでトウヤを見つめる。
 そんな二人に構うことなく、たまったものを一気に放出するトウヤ。

「ボクより歳が上だと思われるお二人が! 何、子供みたいなケンカしてるんですか! 大概にしてください!」

 しかもボクを中心に、アンタ方、何やってんですか!

「もうこうなったらボクは決めました。今日は! とことん! 三人で! 話し合いましょう!」

「はぁ! いきなり何言ってんだ! 何で俺がこんなアマと!」

「ウザい。私に関わるないで」

「黙って聞け! このアホ二人!」

 二人に噛み付く勢いで、怒鳴り散らすトウヤ。

「ふざけんな、俺が何でお前の……」

「忘れたとは言わせませんよ! カズマさん! あなた言いましたよね! ボクの言う事を、しっかり、聞いて、それを、貴方の、無い頭に、叩きつけると!」

「ぐっ! いや、それは!」

 言いましたよ! 約束守れ!

「それとシイカさん!」

 カズマを黙らせたトウヤは、今度はシイカを睨みつける。

「何? 私は……」

「あなたは、カズマさんの事を『脳筋』と言っていましたね!」

「……それが何?」

「確かに、その意見には同意します」

「おい! トウヤ!」

 黙ってなさい!

「しかし、あなたは、その低能のカズマにも劣る!」

「…………」

 無言でトウヤを睨むシイカ。
 それもそのはず、あろうことかカズマ以下と言われたのだ。
 どんなにプライドの低い人間でも、これには頭に来る事間違いない。

 そんなシイカの様子に、若干びくつきながらも、しかしトウヤは止まらなかった。

「人との最低限のコミュニケーションも取れない貴方に! カズマさんを脳筋と言う資格は無い! なぜなら、貴方は社会不適合者だからです!」

 そう言って、未だに睨み続けるシイカに、指を指すトウヤ。

 社会不適合者予備軍のボクが言うのもなんですが、しかしボクはまだ予備軍!

「どんなに脳筋なカズマさんでも、ボクとはしっかりお話し合いをすることが出来ました。例え脳筋でも!」

「おい! 脳筋脳筋言うな!」

 トウヤの『脳筋』連発発言に、一度は黙ったカズマもツッコミを入れてくる。
 しかし、そんな事を気にするトウヤではなかった、今回は。

「黙っててください! そんな脳筋のカズマに出来ることが、シイカさん! 貴方には出来ないという! これを、カズマさん以下と言わずに、何と言いますか!」

 そう言い切ったトウヤを、しばし無言でにらみ続けるシイカ。
 しかし、

「……了解。話し合いましょう」

 そっぽを向きながら、トウヤの意見に肯定の言葉を返した。

 ……勝った。

「やっほ~い」


 あまりの嬉しさに、我を忘れてその場で回転し出すトウヤ。
 それを横から、アホを見る目で見る、先ほどまでいがみ合っていた二人。

 いいもん! 今、ボクは清々しい気分です! 
 なんとか生き残る事が出来た上、普通だったら逃げ出しそうな怖い人に、口で勝つごとが出来たのだから!

 しばらくそうやってクルクル回っていると、次第に辺りが暗くなってくる。
 日が沈みかけ、時刻が夜へと移り始めたのだ。

「おっと。もうこんな時間ですか。とにかく話の続きは宿屋でしましょう。
 そして、じっくりと、ゆっくりと。時間を懸けて話し合うとしましょう!
 ヤッフー!」

 未だ異常なテンションを維持しながら、トウヤは二人を引き連れて、宿屋へと向かっていくのであった。



[29593] 第二章 第八節 話し合う少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f5492a51
Date: 2011/10/16 19:02
「は~。すごく広い部屋ですね」

 部屋を見渡しながら、感嘆の溜め息を漏らすトウヤ。

 自分如きが、こんな立派な部屋に泊まっていいのだろうか?

 そんな事を思いながら、トウヤは部屋にあったテーブルに荷物を置き、椅子に座る。

「……なんだか落ち着きません。もう少し狭い部屋の方が良かったです。
 まっ、用意されておいて文句言うのもなんですね。あきらめましょう。……それよりも」

 トウヤは言いながら、両脇にいる二人に目をやった。

「……いいですか。しっかり! お話し合いしましょう。いいですね!」

 そんなトウヤの言葉に、二人は仕方ないな、と言った表情を浮かべ、

「わかってるっての!」

「……了解」

 しかし、肯定の意を示すのであった。
 そんな二人の様子に、トウヤは『良し』、と大きく頷き、テーブルに置いた荷袋の中をまさぐる。

「いや~。本当にこれを持ってきて置いて良かったです。結局、討伐には間に合いませんでしたけどね」

 トウヤは荷袋の中から何かが生えた植木鉢を取り出し、テーブルの上に置く。
 それを見たカズマは、驚いてトウヤに近づく。

「おいトウヤ。これ、『実』じゃねぇか。持ってきてたのか?」

 それは、『樹肉の実』を育てた植木鉢であった。

「はい。一応持ってきてたんです。もしかしたら討伐中に実がしっかりなるかと思って。
 ……まぁそんな事を確認している暇はなかったんですが。あ! 出来てますね!」

 植木鉢で育った『樹肉の実』は、すっかりとその実を実らせていた。

「全部で十個の実が生っていますね。ということは一つの実で十の実を得ることが出来ると」

 なるほどな、と頷きながら実を取っていくトウヤ。
 全ての実を取り終えると、再び植木鉢を荷袋に入れ、しっかりと固定する。

「良し! さぁてと、カズマさん。シイカさん。準備はいいですか?」

 トウヤは二つの実を右手に握りながら、そう二人に尋ねる。

「……あ? 何で実を使う必要があんだよ」

 トウヤの行動に、顔を顰めさせながらそんな事を言うカズマ。
 そんなカズマの言い分に、トウヤは吃驚した。

「おやビックリ。普段あれだけ元に戻せと煩いカズマさんが、元に戻すなだなんて」

 どこかで頭でも打ったんでしょうか?

「話し合うだけだろう! なら、このままでも問題ねぇ! 
 この『根暗女』と、同じ空気を吸いたくねぇんだ! 気分が悪くなる!」

「根暗女。シイカさんの事ですか?」

 中々的を得ているやも、やりますねカズマさん。

 トウヤは、カズマのネーミングセンスを、心の中で褒める。

「……うざい、脳筋。私はお前が視界に入るだけで、気分が悪くなってる。さっさと消滅しろ。目障り」

 カズマの根暗女発言に、カチンと来たのか、シイカがカズマを睨みつけて言った。

「んだと! この……」

「やっかましー!」

 思いきり良くテーブルを叩き、カズマの発言を止めるトウヤ。

「あのね! 今のはカズマさんが悪いですよ! 話し合おうって気が、全然ないじゃないですか!」

「何言ってんだ! しっかり話してんだろ! こうやって!」

「それを話し合うとは言いません! むしろ喧嘩を売ってますよ!」

 カズマに呆れながら、さらにトウヤは続ける。

「あのね、話し合うとはですね。しっかりと、お互いの意見を尊重し合い、さらに互いを理解し合うことを言うんです。
 それなのに、相手を貶すとは、何事ですか!」

「ぐっ!」

 トウヤの最もな意見に、苦い顔をして言葉を失うカズマ。
 そんなカズマの様子を見て、彼女が黙っているはずもなく。
 
「バ~カ」

 カズマを煽るかのように、ニヤつきながら暴言を吐くシイカ。
 トウヤはそんなシイカの様子に対し、再び頭を抱える。

「シイカさん、やめてください! 
 脳筋のカズマさんには理解できなくても、貴方には話し合うという事がどういう事か、理解できているでしょう! 
 それとも、やはりあなたはカズマ以下ですか!」

「…………」

 トウヤの言葉に、再びトウヤを睨みつけるシイカ。

 ふ、ふん! 怖くないですよーだ!

 そんなシイカの様子に、若干ビビりながらも、トウヤはなんとか持ちこたえる。

「それと、これから話し合うんですから、お互い元の姿に戻って、しっかり顔と顔を向き合わせて、一つのテーブルを囲むのが、何より重要なんです! 
 だから、元には戻ってもらいます。後、互いを罵りあるのは禁止! 良いですね!」

「ちっ! わかったよ」

 そう言って、了承するカズマと、

「…………」

 無言で首を縦に振るシイカ。


 ……なんか、もう疲れたんですけど。
 まだ、何にも話し合ってないのに。
 ……本当に、元に戻してもいいんでしょうか?

 そんな疑問も浮かび上がったが、しかしこれは今後を左右する重要なお話であるのも確か。
 それに、トウヤにはどうしてももう一つ確かめたい事があったのだ。

 二人同時の召喚は可能か、不可能か。
 今後のためにも、それは確認しておかねば!

 ということで、トウヤは致し方なく、本当に致し方なく、呪文を唱えることに。

「それでは行きますよ。来い、カズマ! シイカ!」

 そうトウヤが叫ぶと同時に、二人は実に吸い込まれ、二つの実はそれぞれ赤色と青色に発光。

 よし、行けそうです!

「クロックレイズ!」

 言った瞬間、それぞれの実はさらに激しく輝き、大きくなっていく。
 さらにその実から双葉が出てきて、実を覆いつくし、そして。

「良し! 成功です!」

 そこには、元に戻った二人の姿が。

「どんな調子ですか? お二人さん」

 トウヤは同時召喚による悪影響が出ていないか、二人に確かめる。
 しかし、そうトウヤが尋ねた直後、

「……『電離』」

 シイカは何を思ったのか、指先から青い雷を突然発生させる。

「ヒィ!」

 すぐさまカズマの陰に隠れるトウヤ。
 そして、カズマの陰から顔も出さずに。

「な、なんですか! 何か不都合でもありましたか!? 
 それなら謝りますので、どうかその危険なものを閉まってください!
 雷怖い!」

 目を潤ませながら、トウヤはシイカに必死でお願いする。

「……はっ! それともまさか、油断させて元に戻らせて、ボクを亡き者にしようと!
 なんて狡猾な作戦! 卑怯にも程がありますよ、シイカさん!」

 この為に名前を教えてくれたんですか!

「こうなったらカズマさん! ボクを命を懸けて守ってください!」

 トウヤはカズマの背を押しながら、護衛をお願いする。
 
「やかましい! それより根暗女! 何のつもりだ!」

 シイカに対して戦闘態勢を取るカズマ。

「……何したの?」

「へっ?」

 出した雷を消しながら、シイカはトウヤに尋ねる。
 しかし、トウヤにはシイカの質問の意図がまるでわからない様子。

 はて、ボクは一体、貴方様に何をしてしまったのでしょうか?

「あの、何か問題ありましたか?」

 震えながらも、カズマの背から顔を出して、トウヤは質問する。

「……力が弱まってる」

「……ああ、そう言う事でしたか」

 そう言えば、シイカさんにとって『クロックレイズ』での召喚は初めての事。
 説明を忘れていたボクの不始末ですね。申し訳ありません。

「いや、前に呼び出した『レイズ』と違い、『クロックレイズ』は力が弱まってしまうんですよ。
 カズマさんが言うには、ですが」

 雷も消え、余裕を取り戻したトウヤは、カズマの背中から姿を現しつつ、シイカにそう告げる。

「しかし、利点もあります。
 『レイズ』は十分間しか元の姿に戻すことが出来ませんが、
 『クロックレイズ』だと十時間、そのお姿で居られましてですね」

「……ふ~ん」

 トウヤの説明に、納得した様子のシイカ。

 いや、大変な勘違いをしてしまいました。
 そうですか、確認のために雷を出したんですか。

 そんな事を思いながらシイカに近づいていくと、何故かトウヤの腕を掴んでくるシイカ。

「へっ、一体なんでしょう?」

 何事かと思い、トウヤがシイカの顔を見ると、その口元には歪んだ笑みが浮かび上がっており。

「……『電離』」

「ピギャッ!」

 シイカが呟いた瞬間、トウヤの腕に電流がはしった。

「ジーンって! ジーンって!」

 腕の痺れと痛みの為、その場に倒れ込むトウヤ。
 しばし腕の痺れに地面にうずくまり、なんとか痺れが引いた後、トウヤはシイカに詰め寄った。

「いきなり何をするんですか!」

「……復讐」

「なっ!」

 いきなり意味不明な事を! ボクが一体何をしたってんですか!?

 そんなトウヤの疑問に対して、しかし納得のいく解答が返ってくる。

「……脳筋以下、と言った」

「どうも、申し訳ありませんでした」

 復讐の動機に納得し、すぐさま土下座するトウヤ。

 そうですね。言いましたよね、そんな事。調子に乗ってすいません。

「……バ~カ」

 トウヤの情けない姿に、さらに罵声を浴びせるシイカ。

「……うう、僕のアホ!」

 情けなさと、すぐ調子に乗る性格に対し、トウヤは自分で自分を戒める。
 そんな事をしながらトウヤがノロノロと立ち上がっていると、今度はその脳天にお馴染みの衝撃が降ってきた。

「いった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!」

 突如襲いかかった痛みに、再びその場でのたうちまわるトウヤ。

「って! いきなり何するんですか、カズマさん!」

 変に耐性が付いたのか、トウヤはすぐさま立ち上がり、脳天にチョップを喰らわせただろうカズマにそう質問すると。

「脳筋脳筋って、何度も言ったろ!」
「誠に申し訳ありませんでした」

 シイカに続き、カズマにも土下座をするアホなトウヤ。

 もう、本当に、なんで、こんなにも、ボクはアホなんですか!
 これですか! 召喚する際に感じた違和感! なぜそれに気づかなかったのか!

「ボクのアホ!」

「「全く(だ)」」

 トウヤの言葉に対し、同時に同意する二人。
 そんな二人の言葉に、トウヤは確信した。

 くぅ~! つまり、こういうことですか!
 カズマ(弱体化)≑フーカ(弱体化)>>>>>>>絶対に越えられない壁 >>>>>>>>トウヤ
 またしてもトウヤの前に立ちはだかる、とても高く、とても分厚い壁。

「ああ、なんてこった」

 席に戻りながら、もう何回思った事か、世の不条理に嘆くトウヤ。

 この世は、なんて、あまりにも、こんなにも、僕にやさしさの欠片もない要素で、出来ているのか!
 
 しかし、悲しんだ所で何かが変わるわけでもなく。
 それよりもさっさと話し合わねば、と頭を摩りながらトウヤは二人を席に座らせて、話し始める。

「……ええ、色々大変、申し訳ありませんでした。
 しかし、こうして一つのテーブルを囲ってお話合いが出来る事を、大変うれしく思い、同時に感謝したいと思います」

 若干棒読み気味のトウヤだが、しっかり最初に謝罪を入れることを忘れない。
 逆ピラミッドの頂点に立つ者の宿命である。
 
「それで、と。あっ、話し合う前に一つ。シイカさんに質問したいのですが」

「……何?」

「あの、力が出ないって、通常の時のどのくらいかわかりますか?」

 カズマさんは『かなり』力が出ないと言っていましたが、具体的にどのくらいなのか?

「……だいたいで良いなら」

「はい! それで一向に構いません!」

「……約十分の一」

 おお、そんなにも!

「なるほど。ありがとうございます、フーカさん!」

「…………」

 再び無言を貫くシイカ。
 もう慣れたので、そんなシイカをスルーして話しを続けることに。

「えっと。後、シイカさんの事をお聞かせ願いませんか?」

「……何で?」

 心底嫌な顔をして、シイカはトウヤの顔を見る。

「いや、あの。お互いの事を、良く知った方がいいではないですか。今後のためにも」

「…………」

「ボクの事は話しましたよね。今度はシイカさんの番ですよ」

「……そっちの脳筋は?」

「何!?」

「ストップ! ケンカは無しで!」

 再び喧嘩になりそうだったので、すぐさま止めに入るトウヤ。

「こちらは『カズマ』さんと言って、あなたと同じように、ボクの助けに応えてくださった、最初の人です。
 それでですね……」

 ……何て言えばいいんでしょうか? ボクもよくわかってませんし。

 何を言えばいいのかわからず、話しを止めてしまうトウヤ。

「えっと。記憶喪失でして、ボクからは何とも。カズマさん、自分で何か言うことは……」

「ねぇよ!」

 不機嫌そうな表情を隠しもせず、そっぽを向いて答えるカズマ。

「……以上です」

 何とも言えない空気に包まれる部屋。

 こんなんで、シイカさんが自分の事を話してくれるんでしょうか?

 どうしたもんか、と頭を抱えるトウヤだったが。

「……そう」

 何故か納得した様子を見せるシイカ。

「おお! 納得していただけましたか!」

 奇跡だ!
 
 トウヤは舞い上がった。

「それでは、こちらの紹介は終えましたので、シイカさんの事についてお聞かせ願えますか?」

「……嫌」

「何ですと!」

 トウヤは席から勢い良く立ち上がる。

「どうしてですか! 確かにカズマさんの事に関しては、あまり伝えられませんでしたが。
 しかし、ボクの事についてはしっかり伝えることは出来たでしょ!
 ならいいじゃないですか!」

「……別に、貴方たちが話したら私も話す、とは言っていない」

「アンガッ!」

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事である、とトウヤは理解した。
 しかし、理解はできても納得できるわけではなく。

「そんな! 少しぐらい言ってくれても! 貴方たちの正体がわかるかもしれないのに!」

 一体カズマ達は何者なのか。それを知るためにも、シイカについて知りたかったのだが。

「……嫌」

「くぅ! 何て協調性の無い! お願いしますよ!」

「……うざい。……じゃあ、私も記憶喪失」

「『じゃあ』って言ってますよ! ああもう!」

 髪の毛を激しく掻き毟り、テーブルに突っ伏すトウヤ。
 しかし、すぐに顔を挙げて。


「もういいです! それは一先ず置いておきましょう!
 それでは、今度は今後の事について話し合いましょう!」

 シイカの事について、もう放って置くことにしたトウヤは、もっと大事な話に移ることにする。
 お互いを知らなくても、これから一緒にやっていかなければならないかもしれないのだ。

「まずはっきりと申し上げます。これが一番重要であり、守って頂きたいことです」

 言って、二人の顔を交互に見比べる後、トウヤは腹の奥底から声を出して告げる。

「今後、ボクに迷惑をかけるような行動は、慎んでください!」

 これだけは守っていただかなければ!

「今回、こんな事に巻き込まれたのも、カズマさん! アナタの勝手な行動があったからこそです!」

「何だと!?」

 トウヤの言い分に、カズマは身を乗り出して睨みつける。

「そうでしょうが! あのね、言ったでしょ! 
 ボクは、何回も、何度も、これでもかって程、嫌だって! 
 足手纏いになるからって! ずっと!」

 すっごい言いましたよ!

「現に今回、ボクは足手まといだったでしょうが! アナタもそう言ったでしょ!」

「ぐっ! 確かに言ったけどよ……」

 苦い顔をするカズマ。

「そうです! 確かに言いました! 
 別にそれについて謝れとか、土下座しろとか、そう言う事をいってるんじゃないですよ!
 言いたいことはただ一つ! ボクを巻き込まないでください!」

 もう、怖い思いをするのは御免被ります!

「わかりましたか!」

「ヤダね!」

 トウヤの必死のお願いも、しかしカズマには一ミリも届かなかった。

「何でですか!」

  何故わかってくれないのか、と泣きそうな顔になりながら、トウヤはカズマに詰め寄る。

「だから、何べんも言わすな! 何で俺が……」

「またそれですか!?」

 貴方はどんだけ唯我独尊なんですか!?

 これ以上カズマと話しても、意味がないと悟ったトウヤは、今度はシイカの方に顔を向ける。

「シイカさん。あなたは理解していただけますよね。今後、ボクに迷惑を掛けないように、お願い致します」

 ゆっくりと、丁寧に、シイカの頭に入り込むよう語りかけるトウヤ。

「……別に、貴方に迷惑かけてない」

 そんなトウヤの小馬鹿にした態度に、若干顔を歪ませながらシイカは答えた、が。

「迷惑を掛けてるんですよ!」

 シイカの言い分に言いたい事だらけで、今度はシイカに詰め寄るトウヤ。

「今日だけで一体、何回迷惑をかけたと思ってるんですか!
 カズマさんを無意味に挑発して! 『脳筋』って言ったらカズマさん、すぐ沸点に達する事なんて見ればわかるでしょ!
 そのせいで被害がこちらの方にも来るんですよ!」

「……脳筋が突っかかってくるから」

「また『脳筋』って言いやがったな! しかもトウヤ! どさくさにまぎれてお前まで!」

 脳筋発言に、再び怒りが沸点に達するカズマ。

「ちょっと待ちなさいってば! 戦闘態勢を取らないで! カズマさん、シイカさんの言う事一々気にし過ぎ!」

 少しは耐えるって言葉を知って、覚えて、実行しなさい!

「シイカさんも! 言ったそばから挑発しないでくださいよ! 目障りなら無視してください!」

「……無視したら、この脳筋が突っかかってきたんでしょ」

「……あ。そういえばそうでしたね」

 事の発端はやはりカズマであった事を、再認識するトウヤ。

 やはりカズマさんが面倒ごとの発端? しかし、シイカさんも煽らなければ……。

 トウヤがそう思い悩んでいる間にも、ほか二人の言い合いは段々とヒートアップしていく。
 
「この根暗女! また俺を!」

「……根暗女って言うな。この脳筋」

「な、ん、だ、と~~~~~~!」

「…………」

 言い合いから、今度は睨み合いを始めだす二人。
 このままでは折角用意された宿泊部屋で、全面戦争が勃発してしまう。
 そんな事になるのはどうしても避けたかったトウヤは、二人を見ながらアタフタし始めた。

 どうしましょうどうしましょう!
 このままで二人の戦いでこの部屋は、というかこの建物が崩壊する危険性が!
 駄目ですよそんな事! 修理費用プラス迷惑料を払える程、ボクは豊かな生活を送ってはいません!

 ……って! そうではなくて! このままではボクまで巻き込まれてしまいます!
 そんな事は、何としても避けなければ!
 ならばどうすればいいのか!

 トウヤは必死にどうしようか考えて、そちて結論に達した。

 ……ふぅ。もう、これしか手はありませんね。

「……そうですか。そう言う事なら、わかりました」

「「?」」

トウヤの発言に、睨み合っていた二人は疑問符を浮かべ、トウヤの方を凝視する。

 理解しました。ああ、理解しましたとも。
 ようするにこのお二人は、水と油。炎と氷。脳筋と根暗。
 ……最後は違いますが、決して交わる事のない、そういうもんだと、ボクは理解しましたよ。
 
 ならば、これしか手は無い!

「お二人とも! 今後一切! 互いに話し合う事を禁じます!」

 そうとも、全面戦争より冷戦の方が、まだボクに被害が来ない!

「もうお互い、先ほどの外でのように極限まで離れ合い、無視しあってください! 
 話し合おうと無駄な努力をした、このボクが愚かでした。ああ、ボクのアホ!」

 何とか少しでも歩み寄ろうと、調子に乗った数十分前の自分が憎くなるトウヤ。

「そして、ボクに、今後、一切! 迷惑を掛けることを禁じます! もうやってられるか!」

 だいたい、こんなの最初から無理だったんです! 
 こんな、自分絶対主義の典型的な二人を! 
 ……まぁ、ボクも若干その毛がありますが。

 とにかく! 同じ席に座らせて仲良く会話するなどという、高次元な事をやるなど。
 レイラがボクに優しくなるのと同じぐらい、不可能な話!
 一体ボクは、何て無駄な時間を過ごしたのか!

「それでは、これにてお話し合いを終わらせていただきます。とっとと解散してください。
 あ、後、同じ空気を吸いたくないのなら、呼吸を止めてください。
 この世界に住んでいる以上、同じ空気を吸うのは致し方ない事です。死んでも良ければそうしてくださって結構。

 それと、こんな奴と同じ部屋に居られるか、とも思われるでしょうが、それについては我慢してください。
 この部屋の正反対の場所に『これでもか!』って程、
 ギリギリに離れてくださっても結構ですが、外に出るのはやめてくださいね。

 カズマさんは帰ったことになっていますし、シイカさんに至っては、どこの誰だかも説明していません。
 なので、あなた方が外に出ると、ボ、ク、に! 大変迷惑がかかります。
 なので、絶対に! 必ず! 死んでも! この部屋から、一切出ないでくださいね。わかりましたか!」

 トウヤは一気にそう捲し立て、二人を睨みつけた。
 すると、

「ちっ!」

 舌打ちをし、窓際の方に腰掛けるカズマ。
 そして、

「…………」

 部屋に在った本を取り、カズマとは全く逆の方に椅子を引っ張っていき、座って本を読みだすシイカ。
 ついでに。

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~」

 大きく息を吐き出しながら、テーブルに突っぷすトウヤ。
 その体は、今までの緊張状態から開放されたことで、思いっきり力が抜けている様子である。

 ……疲れました。本当に疲れました。
 何で話し合うだけで、これほど疲れなけれなならないんでしょうか?
 ……いずれにしろ、もう二度と同じ過ちは繰り返しませんよ。

 そう決意しつつ、目を閉じて休み始めるトウヤ。

 ……とにもかくにも、こうしてトウヤ発案の『お話し合い』は終了、という事になったのである。



[29593] 第二章 第九節 走り出す少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f5492a51
Date: 2011/10/19 21:48
 先程まで大騒ぎが信じられないほど、静かになる部屋の中。
 しかし、無言の三人が一つの部屋に居座っているため、その空気は重くて仕方がなくなるのは当たり前であり。
 そんな空気にいち早く白旗を振ったのが、まぁ当然と言えば当然なのだが、トウヤであった。

 この部屋を包み込む空気に、段々と胃が痛くなってきたトウヤは、しかしどうする事も出来ずにいた。

 ……重い、重過ぎます。
 冷戦の緊張感とは、かくもここまでボクの心臓の鼓動を早めるものなのですか! 
 一体、どうすれば!

 その時、そんなトウヤを助けるかのごとく、女神は現れた。
 部屋のドアを叩く、ノックの音が聞こえてきた後、

「トウヤくん。少しよろしいですか?」

「ハトナさん!?」

 ハトナの声が外から聞こえ、テーブルから跳ね起きるトウヤ。

 おお、ハトナさん! グットタイミングです!

「ハイハイ! なんでしょうハトナさん!」

 トウヤはスキップしながらドアへと近づいていく。

「あの、少し話がありまして。夜分多くに大変申し訳ないですが、少しいいでしょうか?」

「もちろん!」

 渡りに船とはまさにこの事。
 どうにかこの重~い空気の部屋から逃れられないかと思った矢先に、このハトナの提案。
 トウヤはすぐさま、了承の意をハトナに伝えた。

 ハトナさん! 貴方は救世主です! 何でもお話しください!
 ……って、まさかこの部屋の中で?

 この部屋で話すとなると、また様々な問題が生じてくる。
 トウヤは若干焦りながら、ハトナに質問した。

「あ、あの。この部屋でですか? 出来れば外でしたいな、と」

 新鮮な空気を、たらふく吸いたいです。

「ええ、一向にかまいません」

「そうですか! ありがとうございます。では、先にお外の方で待っていてください。すぐに向かいますので!」

「わかりました」

 ハトナの了承を得て、すぐさま外に向かう準備を始めるトウヤ。
 準備が整うと、そのまま扉を出て外に向かおうとする。
 が、『その前に』と、扉から顔だけ部屋に戻し、未だ無言を貫く二人にトウヤは言った。

「……いいですか? 絶対に! 先ほど言ったことを守ってくださいよ! お願いしますよ!」

 再度二人に釘をさす、心配症のトウヤなのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 トウヤが外に出ると、既に辺りは真っ暗闇。
 そろそろ秋に差し掛かっているためか、肌寒いとトウヤは感じた。

 こんな中でハトナさんをお待たせする訳にはいきませんね。

 そう思い、トウヤはハトナを探して、辺りを見回す。
 すると、街灯に照らされたベンチの近くに、ハトナの姿はあった。
 すぐさまハトナに駆け寄るトウヤ。

「すみません、ハトナさん。お待たせしてしまい」

「いいえ、私の方も突然御免なさい。あ、こちらに座ってお話しましょう」

 ハトナの言葉に従い、トウヤベンチへと座る。

「それで、ハトナさん。一体どのようなご要件なのでしょうか?」

「はい。実は、トウヤくんが捕まえてくれた鳥人化能力者が、先ほど目を覚ましました」

「え!? そ、そうですか。目を覚ましてしまいましたか」

 ハトナの言葉に、顔を引く付かせるトウヤ。
 つい数時間前に命を狙われたが、逆にやっつけてしまったので、トウヤはクロエの反応が気になる様子。
 もしかしたらものすごく自身に対し、怒り狂っているのでは、とビビっているのである。

 ボ、ボクは悪くありませんよ。
 クロエさんが命を狙ってきたので、やり返しただけ。
 まぁ、ボクがやったわけではありませんが。
 
 いずれにしろ、命を奪われなかっただけでも良しと思ってもらわねば。
 ……例え、その黒いドレス以上に全身まっ黒こげになったとしても。
 やったのはシイカさんですからね!

 トウヤは体を震わせながら、ハトナに確認をした。

「あ、あの。クロエさんは、何かボク達について、言ってましたか?」

「え? いえ、特には何も」

 トウヤの質問に、少し不思議そうな顔をしながらハトナは答える。

「そ、そうですか! それは何より!」

 これで逆襲の心配は、極端に低くなりましたね!
 あ、でも言わないだけで、心の中では思っているやも。

 トウヤがそんな事を思っていると、ハトナは話しを続け始める。

「犯人は酷い重傷を得ていたものの、現在はある程度動ける程までに回復済みです。
 ですが、激しい動きは当分無理でしょう。
 さすがに『動物化』が出来て『治癒力』が向上していると言っても、そうそう簡単には回復できません。

 この後、簡単な事情徴収をした後、王国の方に身元を引き取って頂き、それで全ては終了です。
 トウヤくん、本当にご協力ありがとうございました」

 ハトナは、再びトウヤに深々と頭を下げた。

「いえいえ! お気になさらず! あ、でも、その。残念でしたね、自衛団の調査隊の方たちの事」

 トウヤは、クロエの小屋でみた調査隊の亡骸を思い出しながら、暗い顔をしてハトナに呟いた。
 しかしハトナは、少し顔を顰めたものの、すぐに平静な顔をしてトウヤの声に答える。

「確かに調査隊の事は残念でした。しかし、我々はそのような生命の危険がある事を知ってなお、この任についてます。
 その事にずっと悲しんでいては、逆に死んだ者たちに申し訳が立ちません。
 それに、調査隊を手にかけた者は既に逮捕済み。彼らもあの世で満足しているだろう、と私は思っています」

「……そうですか。お強いんですね」

 ボクでは、身近な人がいきなり死んだと聞かされたら、ずっと悲しみにくれると思います。
 おばあちゃんが死んだあの時も、そうでしたから。

 トウヤは、祖母が亡くなった日の事を思い出し、しょんぼりとした面持ちになる。

 しばし、二人の間を無言のまま時が流れる。
 すると、ハトナの方が先に口を開いた。

「あの、トウヤくん。夕方のことなんですが。ハトコの事、ありがとうございました」

「え? ハトコちゃんですか?」

 ボクは、何か彼女にしましたかね?

「ハトコの事を思って、一緒に家に帰らせていただきありがとうございました。
 あの子、本当に喜んでくれて」

「あ、その事ですか。どうぞお気になさらず。
 ……そういえば今、ハトコちゃんは家で家族と一緒にお食事中かなんですか?」

 何となく、ハトコの近況が気になって、ハトナにそんな質問を投げかけるトウヤ。
 しかし、それはハトナにとって、言ってはならないことだったようで。
 トウヤの言葉に、今まで以上に苦い顔をするハトナ。

「いえ、今ハトコは家で一人です。私たちには、その、もう両親が……」

「申し訳ありませんでした!」

 ハトナが全てを言い終わる前に、トウヤはベンチから飛び上がって、地面に土下座をする。

「大変失礼な事を! ボクのアホ!」

「あ、気にしないでください。言ってなかったんですから」

「いえ、そういう場合は何となく察するものです! 
 ハトコちゃんが一人であの場にきていた事から、何とか予想することは可能!」

 ボクは、何て馬鹿でドジで間抜けで、そしてアホなんでしょうか!

 トウヤは、これでもかというほど、自身を罵倒した。

「……あ! でもいいんですか、ハトコちゃんを一人にして」

 夜、一人で家にいることの怖さを知っているトウヤは、
10歳の子にそれはどうなんだろう、とハトナに問いかける。

「大丈夫です。もう、あの子も慣れたでしょうから」

「……慣れるもの、なんでしょうかね? まぁ、ハトナさんもお忙しい身、致し方ないとは思いますが……」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「いえ、余計な事を言いました。他人が口を出すことではありませんよね。忘れてください」

 赤の他人が余計な事を言っては、気を悪くするに決まってます。もう黙っときましょ。

「それで、他には何か?」

「いえ、今回の功労者であるトウヤくんに、報告をしなければと思っていただけなので、もうありません」

「そうですか」

 トウヤは言いながら、土下座状態から立ち上がる。

「それではボクはこの辺で。わざわざご報告ありがとうございました。
 それでは」

「はい。トウヤくん、本当にありがとうございました。カズマさんにも、そうお伝えください」

「はい、わかり……、あ!」

 トウヤはそこで気がついた。
 そういえば、今あの部屋には、冷戦状態の二人を放っていたままであることを。

「? どうかしましたか?」

 突然のトウヤの大声に、疑問符を浮かべるハトナ。

「いえ! 何でも! それではこのへんで!」

 トウヤはハトナにおじぎをし、すぐさま宿屋へと駆け込むのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ただいま~」

 おそるおそる、ドアを開けていくトウヤ。
 外から部屋の様子を伺ったときは静かだったものの、もしかしたら既に戦いは終わったあとかもしれない。
 部屋が滅茶苦茶になっていたら、トウヤは即倒ものである。

 どうか、何事も起こってませんように!

 そう思いつつ、少し開けたドアの隙間から部屋をのぞき込むトウヤ。
 しかし、

「あれ? 真っ暗?」

 のぞき込んだ部屋の中は、何故か電気が消された状態となっていた。

「部屋を出る時、電気消しましたっけ?」

 不思議に思いながら、そのままドアを開け、部屋の中に入る。
 そして、ドアを閉めてから部屋の電気を付けるスイッチを手探りで探していたその時。

「……何?」

「ギャアァァァァァァァァァァ!」

 突如、背後から聞こえてきた声に、驚いて絶叫をあげてしまうトウヤ。

「な、何者!?」

 声のした方向にトウヤが顔を向けると、そこには青白く燃え上がる炎の塊が。
 それを見た瞬間、トウヤは顔を引き攣らせて、

「ひ、ひ、ひ、人魂!?」

 トウヤは、幽霊の類が大の苦手であった。

 な、何故この部屋に人魂が! こんな豪華な部屋に!
 はっ!? まさかこの部屋は、いわくつきの呪われたお部屋!?
 だからボクごときが、この部屋に泊まる事が出来たんですか!?

「こんな目に会うんだったら、馬小屋にでも泊まるんでした!」

 しかし、今更後悔してもしょうがないと思い立ち、トウヤはその人魂(?)に語りかける事に。

「ひ、人魂さん! 何かこの世に未練がお有りでしょうか!?
 無いのならば潔く成仏してください! 有ったとしても、この部屋から早く出てってーーーーー!」

 震え上がり、涙を零しながら必死に人魂(?)を説得するトウヤ。
 そんなトウヤの背後から、再び声がかかってくる。
 しかし、今度は良く耳にする脳筋さんの声であった。 

「何馬鹿やってんだ? トウヤ」

「あわあわ、って、え? カズマさん!? 良かった居たんですね! 幽霊ですよ幽霊! 
 この世に未練を残し、今ボクを呪い殺そうかという雰囲気を醸し出した人魂がそこに!」

「お前は馬鹿か。よく見ろ、ただの炎だ」

「へっ?」

 そうカズマに言われ、よくよく見返してみると、それは確かに人魂ではなく、ただの青い炎。
 しかも、シイカの人差し指から出ている様子だった。

「良かった、幽霊じゃない! もう、驚かせないでくださいよ、シイカさん!」

 シイカに文句を言いながら、部屋の電気を付けるトウヤ。
 すると、シイカは出していた炎を消しながら、

「……驚かせてない。勝手に驚いただけ」

 至って冷静に、というよりも冷ややかな目線を向けながら、トウヤにそう答えた。

「何言ってんですか! 部屋を暗くして、そんな人魂かと思わしき青い炎を出して!
 何ですか! もしかして二人してボクを驚かそうって魂胆ですか!」

「アホか! 誰がそんな根暗女と!」

「……心外。誰があんな脳筋と」

「何!」

「すいません。ボクが悪かったので、ケンカはやめてください」

  自身の発言により、再び戦いが巻き起こってしまいそうになったので、慌てて二人に謝るトウヤ。

 そりゃそうですよね。そんな簡単に仲良くなったら、僕のあの苦労はなんだったんだ。

 はぁ、とため息を吐きつつ、しかし疑問が。

「では、なんで部屋を暗くしてたんですか?」

「……自分で言ったこと忘れたの、バ~カ」

「? ボクは何か言いましたか?」

 頭に疑問符を浮かべ、部屋を出る時の事を思い出すトウヤ。

「……貴方、この部屋には自分以外いない、と言ったでしょ。だから……」

「お~! なるほど! そう言う事でしたか」

 つまり、誰もいない部屋の電気がついていてはいけないと、部屋の明かりを消していた、と。
 
「お気遣いありがとうございます。……あれ? でも、何でシイカさんは指から炎を?」

 暗いの怖いんですか? 今のボクのように。

「……本が読めないから」

「あ、なるほど」

 シイカの行動全てに、トウヤは納得した。

「勝手に大騒ぎし、大変申し訳ありませんでした」

「ケッ!」

「…………」

 気分の悪いさまを、ありありと感じさせる態度でそれぞれトウヤに答える二人。

 ……ああ、いつまでこの空気が続くんでしょうか。ボク、もう寝たいんですけど。

 しかし、何を言っても二人のこの態度は直りようがない事は、誰の目にも明らかである。
 トウヤはいさぎよく諦めて、寝ることに。

「あの、ボクはもう寝ますが、お二人はどうしますか?」

「俺は寝ねぇよ」

「あ、そうですか。シイカさんは? 寝るならベッドを使ってくださって構いませんよ」

 女性を差し置いて、ベッドに寝ることなど出来ませんからね。

「……いい。眠くない」

「あ、そうですか。それではボクがベッドを使わせていただきます」

 そう言って、トウヤは点けた電気を消してベッドに潜り込もうとする。
 その際、再び自身の指から炎を出し、本を読もうとするシイカを見て、トウヤは思い出した。

「あ、シイカさん。本を読むのなら炎で見るより、これを使ってください」

 トウヤはテーブルに置いていた腰袋から『蛍光の実』を取り、『樹肉の実』を育てていた植木鉢に植えた。
 すぐさま光を放ち始める『蛍光の実』。

「……何? それ」

「えっと、これは『蛍光の実』といいまして、土に撒くとすぐ根を撒いて、このように実が光るんです。よいしょ、っと」

 植木鉢を乗せたテーブルをシイカの方に引っ張りながら、実説明をするトウヤ。

「部屋を明るくしているとボクが寝れません。しかし、炎で本を見ていると危ないでしょ」

 燃えたら一大事! 弁償しなくてはいけません。

「ということで、使ってください」

 テーブルをシイカの真ん前に持ってきて、トウヤはシイカに告げる。

「…………」

「あれ? お気にしませんか?」

 光、弱いですかね? 
 でもこれ以上発光すると、目に大変悪いですよ。
 作ったのゼノ爺さんですし。

 シイカの無反応に、そんな事を考えていると。

「……ありがとう」

 か細い声で、トウヤにお礼をいうシイカ。
 しかし、すぐさま本の方に視線を戻し、シイカはそれっきり無言となった。

 今、お礼を言ってくれましたか? いや、まさかね~。 
……まぁいいです。とにかく寝ましょう。そして明日朝一番に村に帰りましょう。
 もう怖いのいや!

 トウヤはベッドに潜り込み、すぐさま眠りに就いたのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ほんの少しの照明が辺りを照らし、どこか湿った空気が漂う、ここは監獄の牢屋の中。
 冷たい風が頑丈な石づくりの部屋の隙間から入ってきて、牢屋の中は酷く寒い状態である。
 そんな牢屋のベッドに、今回の事件の首謀者、クロエは横たわっていた。

 その身体のいたるところに包帯が巻かれており、何とも痛々しい。
 しかし、それ程傷を追っていても、当の本人はいたって気にしていない様子。
 そんな傷の痛みが気にならないほど、クロエは焦っていた。

 ……失敗したよ。調子に乗って、騒ぎを大きくした結果がこれかい。
 あのトウヤとか言う坊や、それにカズマってのと、あのムカツク青髪の女。
 ホント、やってくれるじゃないかい。

 これじゃ、当分の間は満足に体を動かせないね。
 あの三人には必ず復讐してやるよ。絶対にね。
 ……でもこのままじゃ、私は王国に送られて、一生監獄の中。

 ……いや、まだそれならいいよ。監獄の中とはいえ、生きてはいられる。
 それよりも、このままじゃあいつらに殺されるよ!

 そこで、クロエは体を大きく震え上がらせた。

 あいつらに、王国の人間のような寛容さはまるでない。
 このままじゃ、へたな情報を漏らしたくない奴らに、口封じで殺されちまうよ。
 くそっ、どうすりゃいいんだい!

 クロエは冷たい石の壁に手を叩きつけながら、しかし必死で頭を働かせる。

 ……このままじゃ、そのうち必ず殺されちまう。
 そう、それなら、逸その事……

 段々と、狂気に満ちた表情を浮かべ始めるクロエ。

 そうさ、そうとも。どっちにしろ殺されちまうんなら、あの子を使ってやる。
 どうせ、いずれは暴れさせる予定だったんだ。今使ったっていいじゃないかい!
 それに、あの子を無事成長させたと知ったら、あいつらも許してくれるかも。
 
「そうさ。そうに違いない」

 どっちにしろ、もうクロエにはそれしか手は残っていなかった。

「やってやる。あの子を使えば、もしかしたらあの三人にも復讐を果たす事が出来るかもしれないしね」

 そう言って、クロエは口を少し開けて、人には聞こえない周波数の音を発信し始める。
 
 クックックッ! この町の人間の、そしてあの三人の驚く顔が、目に浮かぶよ!

 クロエの発信した音は、彼女のいた森の、さらに奥深くへと飛んでいくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うにゃ?」

 町の人がすっかりと寝静まってしまっている丑三つ時。
 なんとなく目を覚ましてしまったトウヤは、これまたなんとなく辺りを見回した。
 するとトウヤの目に、寝る前と変わらず窓際に座るカズマと、本を読んでいるシイカの姿が。

 トウヤはベッドの中でモゾモゾ動きながら、懐中時計を取り出して時刻を確認する。
 懐中時計は、夜中の二時を告げていた。

 よくもまぁ、こんな時間にもかかわらず眠くならないもんですね。

 ボヤけた頭でそんな事を思いながら、しかしまだまだ寝足りないトウヤ。
 再び瞼を閉じ、眠りに就こうとしたその時、

「……トウヤ。今、何か聞こえなかったか?」

 トウヤが起きていることに気付いていたのか、カズマがそう尋ねる。

「むにゃ? ……? 何にも聞こえませんけど。幻聴じゃないんですか?」

 トウヤは上半身をお越しながら、カズマの問いに答える。

「……確かに何か聞こえた」

「……本当ですか? シイカさん」

 カズマさんだけならまだしも、シイカさんまで何かを聞いている。
 仲の悪い二人が意見を合わせる事などあるはずがありません。

「一体、何の音ですか?」

「……何かが、羽ばたいているような」

「あ!? 鳴き声だろ!」

「喧嘩しないでくださいよ!」

 今一意見が合わない二人。
 トウヤは二人を止めながら、しかし万全の準備を整えていた。
 靴を履き、腰布を腰に縛り付け、上着を着る。

「天変地異の前触れかもしれませんよ! 
 天より翼を持った使者が降りてきて、ここら一体を火の海に!
 何て恐ろしい! 早く逃げましょう!」

 危機回避能力、というよりも被害妄想全開のトウヤに対し、当然のごとく二人は呆れた表情で、

「アホか」

「……バ~カ」

「何を! 二人が言い出した事でしょ!」

 二人の冷めた態度に、憤慨するトウヤ。

「敢えてそうだったとして、どこに逃げるってんだよ!」

「どこ! 天から来るんです、地下に決まってんでしょ!」

 そんなトウヤの物言いに、カズマとシイカ、二人して頭を抱えた。

「お前の思考回路はどうなってんだ?」

「……馬鹿すぎて笑えない」

「うっさいですね! こんな時だけ息を……」

 二人に文句を言おうとし、しかしトウヤは全てを言い切ることが出来なかった。
 突如、街全体に響き渡ったであろう爆音。
 そしてその爆音の衝撃か、地面が激しく揺れてトウヤは地面に転がりこんでしまう。

「ギャアーーーーーーー、アイタ!」

 地面に倒れた拍子に、腰を激しく打ち付けて悶絶するトウヤ。

「ほら! 天変地異ですよ! ボクの言った通り!」

 トウヤは腰を摩りながら、部屋の窓を開けて外の様子を確認する。

「アホか! そうそう天変地異が起きるか! 大体火の海に包まれんじゃねぇのか!」

 トウヤに続き、窓から身を乗り出すカズマ。

「……あそこ」

 シイカが何かに気づき、その方向に指を向ける。
 トウヤはその指の方向に顔を向け、街灯の光で何とか見えるそれを目撃した。

「……煙。というか、建物壊れてますよ! というより、あの建物は、自衛団の!」

 三階建ての頑丈な作りをしていた自衛団の建物が、見る影もないほどに崩壊していた。

「一体何が! 隕石でも降ってきましたか!」

「アホ! ……ちっ! ここからじゃ良く見えねぇな。いくぞトウヤ!」

「え? どこへ、ってどこからーーーーーー!」

 カズマに抱えられ、なんと窓から外に飛び出ることになり、絶叫するトウヤ。

「ここ五階ですよーーーーーーーーーーーー!」

 未だかつて経験したことの無い浮遊感に、気持ち悪くなるトウヤ。
 そして、

「着地すんぞ! 口閉じてろ!」

「え!? アイタ!」

 しかし、お約束のように舌を少し噛んでしまったトウヤは、カズマに抱えながら悶絶する。
 そんな二人の隣に、これまた窓から出てきたようで、シイカが地面にゆっくりと降り立った。

「ひひはひふひゃふひゃしゅはひへふははひ!(いきなり無茶苦茶しないでください!)」

 口を抑えながら、カズマに文句を言うトウヤ。

「うっせぇ! 行くぞ!」

「アイタタ。えっ!? というかどこへ、……まさか!?」

 トウヤは凄く嫌な予感がした。

「自衛団の建物にだよ!」

「やっぱり! ちょっとーーーーーーーーー!」

 トウヤが止める間もなく、自衛団の建物へと走り出すカズマ。
 その後を追うように、シイカも後に続いていくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 トウヤ達が建物にたどり着くと、そこには多数の人影がすでにあった。
 その人影の中にハトナの姿を見つけたトウヤは、彼女に話しかける。

「ハトナさん! 一体何があったんですか!」

「トウヤくん! それに、カズマさん! 帰ったのでは!」

 トウヤの姿だけではなく、カズマの姿もあったため、驚きの表情を浮かべるハトナ。

 あ、まずい!

「え、えっと! 何やら嫌な予感がすると、つい先ほどボクの泊まっている部屋にきまして!
 そ、それよりも一体何が!?」

 誤魔化しも含みつつ、話題を逸らすトウヤに、ハトナはハッ、とした表情になる。

「わ、わかりません。私たちも何が起こったのか。
 自衛団の警備のために町を回っていましたので。
 今、建物であの女を見張っていた者たちが大丈夫か確認を……」

「ギャアぁぁぁぁ!」

 ハトナと話している最中、突如鳴り響く男の悲鳴。
 トウヤ達は、一斉にその悲鳴の方へと顔を向ける。
 見れば、崩壊した建物に近づいた男が、何やら建物の方に指を指して腰を抜かしている。

「一体……、って、ギャアァァァァァァァァァァ!」

 崩壊した建物の方を見て、トウヤも悲鳴をあげる。
 何故なら、壊れた建物の影から、この世のものとは思えないほど巨大な、カラスのような鳥が現れたからだ。

「何だありゃ!」

「化け物だ!」

「おい! 建物の近くにいる奴は一旦引け!」

 その巨大鳥の姿に、混乱し始める周りの自衛団達。
 そんな大混乱の群集に向かって、今度は女性の笑い声が響きわたった。
 その笑い声を聞いて、しかし三人の人間だけは眉をひそめる。

「カズマさん! シイカさん! この声!」

「わかってる! あの鳥女!」

「……ちっ」

 その女性、クロエは巨大鳥の頭の上にいた。
 今まで以上に狂気を含んだ笑顔を浮かべたクロエは、混乱する群衆を見下してつつ、叫んだ。

「残念だったね、トリナの町の自衛団! そして町の住人たち!
 アンタ達が甘くて助かったよ。おかげでこうして私は自由の身。
 トリナの町には、色々感謝しなくちゃね!」

 そう言って、クロエは辺りを見回す。
 すると、トウヤ達を発見し、さらに顔を歪ませる。

「アンタたちもいたのかい! 丁度いい! 天は私に味方してくれたようだね!
 今度は手加減は一切しないよ! この、私の一番のお気に入り。
 『ヤタガラス』がアンタたち、そしてこの町の人間を血祭りに上げ、餌にしてあげるからね!」

 そう言って、再び甲高く笑い声を出し始めるクロエ。

「さぁ! 『ヤタガラス』! 美味しい美味しい餌が、山ほどあるよ!」

 言いつつ、右手を天に掲げるクロエ。
 そして、

「いきな!」

「カァーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 クロエが腕を振り下ろした瞬間、『ヤタガラス』の声による、音の衝撃波が辺り一体に放出される。
 その衝撃波により、次々と吹き飛ばされる自衛団の面々。
 当然、トウヤたちもただでは済むはずもなく。

「ヒィーーーーー!」
 
 カズマに抱えられているため、何とか吹き飛ばされずにいるものの、その衝撃を顔面にモロに受けるトウヤ。

「に、逃げましょう! あんなのどうしようもありません!」

 トウヤはカズマ達にそう提案する、が。

「ふざけんな! 今度こそ、あの女をぶっ飛ばす!」

「ちょっ! アイタ!」

 クロエの姿を見た瞬間から、頭に血が昇りっぱなしのカズマは、
抱えていたトウヤを放り投げて『ヤタガラス』へと突っ込んでいく。

「いきなりもう! そしていつも通り言うことを聞いてくれないし!
 あ、そうだ。ハトナさん!」

 トウヤはハトナの安否が心配になり、辺りを見回す。
 すると、どうやらあの衝撃波に耐えきったようで、腰から抜いた剣を片手に、息を荒らげたハトナがそこに立っていた。
 急いでハトナに駆け寄るトウヤ。

「ハトナさん! 大丈夫ですか!」

「トウヤくん! ええ、私は。それより、あの化け物をどうにかしないと!
 それに町の人たちも!」

 すると、ハトナと同じく攻撃に耐えきったのだろう、トリナの町、自衛団団長と思わしき人物が、ハトナの方へと歩み寄ってくる。

「大丈夫かハトナ! それに、君はトウヤくん!」

「団長さん! よくぞご無事で!」

 トウヤは取り調べの際、この団長と知り合っていた。

「団長! これからどうすれば!」
 
 見れば、続々と自衛団の面々が団長の周りに集まってくる。
 そんな面々を見渡しながら、団長は命令を発した。

「諸君! これから部隊を二つにわける!
 一つはあの化け物を討伐する者!
 もう一つは町の住人を速やかに避難させるもの!

 それから……」

 団長は話す時間ももったいないと、すぐに部隊を二つにわけ、各自に命令を出していく。
 それを聞いて、すぐさま行動に移していく自衛団の面々。
 どうやらハトナは討伐部隊に入っている様子。

 全ての命令を出し終えた団長は、ハトナと共にトウヤのところへとやってくる。

「トウヤくん」

「は、はい! なんでしょう、団長さん!」

 トウヤは直立不動の姿勢で、団長に答える。

 ま、まさかボクにもどちらかの部隊に入れと?
 無理、無理です! 避難誘導も討伐も、どちらもボクに出来るわけありません!
 一刻も早くこんな所からおさらばしたく仕方がないというのに!

 震え上がるトウヤに、しかし予想外の言葉を団長はかけた。

「トウヤくん。君も逃げてくれ」

「え?」

 まさかそんな事を言われるとは思わず、固まるトウヤ。

「君はもう、充分我々を助けてくれた。これ以上、君の、君たちの手を借りたいなどと、そんな恥知らずな事を言えるわけがない。
 後は我々にまかせ、君も避難してくれ」

「え、あ、でも」

 混乱するトウヤに、しかし今度はハトナが言った。

「そうですトウヤくん。これは私たちの不手際が招いた結果。
 そんな事に、トウヤくんを巻き込むわけにはいきません」

「し、しかしですね」

 確かにボクに出来ることはないですし、そんな危険な事を出来るはずもない。
 でも、でも!

 普段ならこんな状況に、いちもくさんで逃げを選ぶトウヤ。
 しかし、何故かはわからないが、何か自身でもわからない感情が、心の中に蠢いていた。

「もし、もし迷惑でなければいいのですが」

 本当に申し訳なさそうな顔をするハトナ。

「な、なんですか?」

「ハトコの事。よろしくお願いします。トウヤくんと一緒なら、あの子も安心するでしょうから」

「……わかりました」

 トウヤは、ハトナの言葉に頷きながら答える。

「ありがとう。よろしくお願いします」

 そう言って、『ヤタガラス』へと突入していくハトナ、そして団長。

「…………」

 トウヤは無言でその後ろ姿を見ていた。
 そんなトウヤに、今まで黙ってみていたシイカは尋ねた。

「……逃げないの?」

「……いえ、逃げます。行きましょう、シイカさん」

 トウヤはシイカを引き連れ、その場を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ハトコちゃんがいない!?」

 町からかなり離れた草原の真っ只中。
 トリナの町の住人達は、真ん中に作られた焚き火を取り囲むようにして、不安顔で座り込んでいた。

 突如、自分たちの町を襲ってきた謎の巨大鳥。
 あんなものを見て、不安にならないものなど、いるはずもない。
 それにくわえ、一段の冷えるこの寒空の下、小さい焚き火では恐怖と寒さで震えた体を温めることなど、出来るはずもない。

 そんな場所にトウヤとシイカは町の住人達から少し遅れながらも、しかし何とかたどり着いたのだが。

「一体どういうことですか! 町の住人、全て移動させたんでしょ!」

「ああ、そのはずだ。だがどこにもいないんだよ!」

 トウヤは避難誘導を担当した自衛団の人に、焦って混乱しながら詰め寄っていた。
 トウヤは、ハトナのお願いを果たすため、避難場所に着いてそうそう、ハトコを探した。
 しかし、いくら探してもハトコの姿を見つける事が出来ないトウヤ。

 これだけ大人数の人たちがいるのだ、簡単に見つけられないだけ。
 そう思いながら、しかし一抹の不安を抱えてしまうトウヤ。
 すぐさま近くにいた自衛団の人に、ハトコの所在を確認したのだが。

「まさか、まだトリナの町に!」

「……その可能性は高い」

 自衛団の人は顔を青くして、そうトウヤに告げる。
 
 何をしてるんですか! 避難誘導が貴方がたの仕事でしょ!
 
 憤りを感じ、自衛団の人に掴みかかろうとするも、しかし何とか堪えるトウヤ。

 この人が悪いわけじゃないです。この人だって精一杯やって、でもこうなってしまっただけ。
 
 トウヤは目の前の、疲れきった顔をしながらも、不安に怯える住人達のために必死になっている自衛団員を見て、
 そう思い直したのである。

「だが、心配はいらない。そういう可能性もあるかと思い、今、他の自衛団員が町を捜索している。
 残っている住人がいる可能性はゼロじゃないからね」

 そう言って、また別の避難民の質問に答え始める自衛団員。
 トウヤはその場を離れ、避難民たちから少し遠くの場所で、呆然と立ち尽くす。
 しかし、すぐさま胸のモヤモヤが気になり、頭を抱えてうずくまる。

 何ですかこの気持ちは! ああ、気持ち悪い!
 一瞬思ってしまいました!
 ボクが、このボクが、あの危険な町に戻り、ハトコちゃんを助けに行く?

 そんな事、出来るわけないでしょうが!
 ボクごときが行ったところで、焼け石に水。
 悪ければ火に油!

 事態はさらにややこしくなり、もうどうしようもない状態になる可能性も。
 ……そりゃ、前の時は生命の危険が最大限だったため、致し方なく頑張りました。
 それに、ボクの為に命をかけて守ろうとしてくれたゴリオさんを見捨てることなど!

 でも今回は、別にそこまで親しくない人。
 ただ少し会って話しをしただけの、ボクより年下の女の子。
 そう、そうです。ボクより年下なんですよね?

 トウヤは抱えていた頭を上げ、すくっと立ち上がる。

 そう。ボクより年下の女の子が、あの危険な町に未だ残っている。
 どれだけ怖い思いをしている事でしょう。
 ボクなら涙と鼻水を垂れ流し、震え上がっている事でしょう。間違いなく!

 そんな所にハトコちゃんは、もしかしたら一人寂しく……。

「ああもう!」

 再び頭を抱え始めるトウヤ。

 トウヤは、頭では分かっていた。
 自分が行ったところで、どうにもならないに決まっている。
 そんな事に命を懸けるなど、馬鹿げている。

 しかし頭では分かっていても、感情がそれを許さなかった。
 今までのトウヤならば、頭も感情も即逃亡を命令していたに違いない。
 逃げて逃げて、何とか生き延びようとしたに違いない。

 だが今は。

「……こんな力があるからですか? カズマさんやシイカさんがいるからですか?」

 そうトウヤは考えるも、しかしそれとは少し違うとも思った。
 確かにカズマやシイカがいる事は、今までと大きく違う。
 その強力な力に、何度トウヤは助けられた事か。
 
 しかし、でも結局それはカズマとシイカの力。
 トウヤは、二人の力を自分の物だとは全く思っていなかった。
 では、何故か。

「……ボクでは確かにあんな化け物、倒すことは出来ません。
 それは断言できます。でも……」

 ハトコを助けて、すぐ逃げる。
 それは決して不可能ではない、とトウヤは思い始めていた。
 確率は低くとも、それでも何とかなるかもしれない。

「はっ!? ボクのアホ! そうやって調子に乗って、今まで何度失敗してきましたか!」
 
 小さい時から何度もそう思いながら、しかしことごとく失敗してきたトウヤ。

 そうですとも。結局今回のこれもボクの勘違い。
 頭ではそうだとわかってるんです、わかっていますが!
 でも、しかし!

 トウヤは知らず知らずの内に、歩き始めていた。
 避難民の集まる方向にではなく、先ほどまでいたトリナの町に向かって。
 そんなトウヤの背に向かって、訝しげな表情を浮かべたシイカは尋ねた。

「……どこ行くの?」

「……いえ、あの」

 立ち止まり、シイカに振り向くトウヤ。 

「……ハトコって女の子を助けにいくの?」

「え、いえ、まぁ、多分」

 別に悪いことをしているわけでもないのに、答えがしどろもどろになってしまうトウヤ。

「? ……多分?」

 トウヤの曖昧すぎる回答に、首を傾げるシイカ。

「わからないんですよ、ボクにも何が何やら。
 頭では行っても無駄、むしろ状況が悪化するだけ、とわかってるんですが。
 でも体が勝手に動いてしまいまして!」

「……バカ?」

「違いますよ! いや、そうなんですかね。ああもう、とにかく!」

 トウヤは言いながら、街の方へと顔を向ける。

「町の方まで! それはもうホント、危なくないギリギリの所まで!
 一応行ってみます! そして、身の危険をすんごく感じたら、即に逃げます!
 ここにこのままいても、何やらモヤモヤして大変気持ちが悪いですし!」

 そう言って、そのまま街の方へと走り出すトウヤ。
 
 ……少年は、初めて自ら危険の真っただ中へと、飛び込んでいくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 町へと向かって走っていくトウヤを、シイカは無言のまま送り出した。

 別にトウヤが行ったからといって、自分が一緒に行く必要も無い。
 それにあちらには、未だに『クロエ』と『ヤタガラス』相手に戦っているだろう、カズマがいる。
 あんな馬鹿丸出しの猪脳筋男と、一秒でも一緒にいたくないシイカはその場に残る事にした。

 冷たい風が吹き、シイカの青い髪が揺れて頬を撫でる。

 ……何故私はこんな所にいるのだろう?

 避難所にいるということではなく、トウヤに呼び出された事に対しての疑問。
 何故、自分はあの少年の呼び出しに応じて、召喚などされたのだろうか。
 思い、しかしそれが先ほどトウヤの言った理由と同じような気がするシイカ。

 私も、何故かは理解できないけれど、体が勝手に動いてしまった。
 ……この私が? 有り得ない。こんな私に、そんな偽善的な心。

 突如、シイカの頭に沸き起こる、忘れたくても忘れられない過去の記憶。

 荒廃した大地。汚染された空気。濁りきった河川。
 そして、大地に横たわった多くの屍。
 全部、全部私が……。
 それなのに英雄。それでも天才。この世に現れた救世主。

「……違う。私は、違う」

 頭を抑え、必死に忘れようとするシイカ。

 こんな、どうしようもない私が、誰かを助けるなんて、そんな事。

 シイカは、トウヤが走り去っていった方に、もう一度顔を向ける。
 
 単なる気まぐれ。気の迷い。私は、私はそんな人間じゃない。
 だから今、私はあの少年を死ぬかもしれない場所に何も言わず送り出し、
こうしてここにいる。そう、私はそういう人間。

 そんなシイカの頭に、突如それは思い出された。

 つい数時間前、こんな自分に対し、気を遣ってくれた少年。
 シイカは顔を伏せ、しばし沈黙する。
 そして顔をあげたかと思うと、大きく舌打ちをして、杖を掲げる。

 「……『浮遊』」

 そう呟いた瞬間、シイカの身体は宙に浮き上がる。
 そしてそのまま暗い夜空の中、トリナの町へとシイカは飛んでいくのであった。



[29593] 第二章 第十節 確認する少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f5492a51
Date: 2011/10/20 23:16
「ひ、酷い。酷すぎます」

 トウヤは町の中を駆け抜けながら、周りを見渡してそう呟いた。
 トウヤの目に写ったのは、『ヤタガラス』の攻撃で破壊された町。

 綺麗に並び建ってた建物はガレキと貸し、所々に生えていた木々は全てへし折られ、地面に倒れ付している。
 さらに町の所々で火のてが上がっており、黒い煙が町全体を包み込む。

「うぅ……。 ボクは何て所に戻ってきてしまったんですか」

 自身の考えなしの行動に、早くも後悔し始めるトウヤ。
 そんなトウヤに、黒い影が近づいてくる。

「君! こんな所で何してるんだ! ここは危険だから、早く逃げるんだ!」

 自衛団と思わしき青年が、トウヤに叫んで避難を促す。

「あ! す、すいません! で、でも、その、あの」

 トウヤは突然の青年の登場に、慌てて言いたいことが言えなくなる。
 そんなトウヤを青年は避難場所へと連れていこうとした、その時。

「うえぇーーーーーーーーん!」

「え!?」

 今度は泣き叫ぶ声が聞こえてきて、トウヤと青年は同時に声のした方に振り向く。
 二人の視線の先には、壊れた建物の近くで泣いている小さい男の子と、
その彼の横で足を痛めたのか倒れ込んでいる女性の姿が。

「た、大変です!」

「くそっ、大丈夫ですか!」

 トウヤ達は、急いで二人のそばへと駆け寄った。

「大丈夫ですか!? 一体どうしたんですか!?」

「す、すみません。足を折ったらしく、歩くことが……」

「謝らないで! さぁ、背を貸しますから、乗ってください!」

 青年はそう言って、腰を落として女性に背を向ける。

「ありがとうございます」

「いえ、自衛団として当然の事です」

 女性を背負いながら立ち上がった青年は、未だに泣いている男の子を諭して、トウヤの方に顔を向ける。

「さぁ! 君も一緒に!」

「あ、あの! 実は、ボクはハトコちゃんを探す為に戻ってきまして!」

「ハトコ? ハトナの妹の?」

「は、はい! ハトコちゃん、避難場所に来てなくて、それで!」

「何だって! くそっ! ということはまだ家にいるのか!?」

「家! ハトコちゃんは家にいるんですか!」

「わからないが、その可能性は高いと思う。まだハトナの家の方は調べられてないから」

「な、何で調べてないんですか! まだ取り残されている人がいるかもしれないのに!」

 トウヤは青年に掴みかかった。

「出来ないんだ! ハトナの家の方には、例の『ヤタガラス』とかいう化け物が暴れていて、下手に近づけば……」

「そ、そんな」

 襟首を掴んでいた腕から力が抜け、呆然と佇むトウヤ。

 あ、あんな化け物がいる場所に、ハトコちゃんは取り残されているというのですか!
 どうしましょう! この自衛団の方は、目の前の親子を逃がさなければなりませんし。
 かと言って、ほかに助けにいける人は!

 そこで、トウヤは塞ぎ込んで頭を抱えた。

 いえ、わかってます。ボクが行けばいいだけの事。そんな事、はじめっから分かっていますよ!
 その為に町に戻ってきた、と思われるんですから、ボクは。
 で、でも……。

 不安にかられ、逃げようと考えるトウヤ。
 しかし、すぐさま頭を左右に激しく振って、両手で顔を叩く。

 しっかりしなさいトウヤ!
 前にもこんな状況になった事がありましたが、しかしどうにか生き延びる事は出来ました!
 ならば、今回もそうなると思いなさい!

 だいたい、こんな事考えている間にも、ハトコちゃんは大変な目に!
 そうです! ボクは別に『ヤタガラス』に戦いを挑むわけではありません!
 ただハトコちゃんを助けて、すぐさま逃げる。ただそれだけの事が出来ないわけがありません! 

 覚悟を決めたトウヤは、真剣な顔をして青年を見る。

「あの、ハトコちゃんがいる家ってどんなのですか! どこにあるんですか!」

「何を……。ま、まさか!」

 青年はトウヤの言いたいことを理解し、驚いた。

「何を! 危険」

「そんな事言っている暇はありませんよ! お願いします、教えてください。ボクが、ハトコちゃんを助けにいきます!」

 決意の篭った目で青年を見るトウヤ。
 そんなトウヤの目に、青年は溜め息を吐いて、しかし真面目な顔をして言った。

「……町の北側、その中で一番高い建物がそうだ。決して無茶はするなよ、それと絶対に死ぬな。絶対だぞ」

「もちろんです。これ以上無茶なんか出来る度胸はありませんし、死ぬのは絶対に嫌ですから。
 ありがとうございます。行ってきます!」

 トウヤは頭を下げて、すぐさまハトコのいるだろう場所へと走り出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、あれ、ですか!」

 途中何度もくじけそうになりながらも、しかし何とか目的地にたどり着く事が出来たトウヤ。
 息を荒らげて苦しくなりながらも、しかしやっとたどり着いた事に安堵の表情を浮かべる。

「この建物の中にハトコちゃんが!」
 
 目の前の建物を見上げるトウヤ。
 50メートル程の巨大なその建物は酷く傷ついた状態で、しかし何とか建っている模様。
 
「こ、こんな所に入って大丈夫なんでしょうか?」

 再び不安に押しつぶされそうになるトウヤ。
 そんな時、背後から大きな破壊音が鳴り響く。
 それに驚き、トウヤはすばやく近くのガレキに身を隠した。

 な、何事ですか!

 トウヤは心臓が飛び跳ねそうになりながらも、爆音の発生場所を凝視する。
 すると、砂埃の中からカズマが飛び出してくるのが、トウヤに見えた。
 さらにその後ろから、剣を構えたハトナの姿も。

「あ! カ……」

 トウヤはカズマに声をかけようとするも、途中であることに気付き、出かかっていた言葉を飲み込む。

 あ、危なかったです。
 あのまま叫んでいたら、『ヤタガラス』がこちらに気づいて攻撃してくるかも知れませんでした!
 そんな事になったら、ボクは瞬殺されてしまいます!

 くそっ! 折角カズマさんが、それにハトナさんもいるのに。
 ハトコちゃんの事を教えれば、あの二人ですぐに救出する事が出来るはず!
 しかし、あの状況ではそれはほとんど不可能です。

 ……でも、この状況はある意味チャンス、と考えてもいいかもしれません。
 『ヤタガラス』がカズマさん達に気を取られている隙に、ささっとハトコちゃんを助ける事が出来るはず。
 そう、そうですとも! だったら!

 トウヤはガレキに隠れつつジリジリと、しかし素早くハトコのいるであろう建物の中に入る。
 そして、

「ハトコちゃん! いますか! いたら返事をしてください!」

 トウヤは大声で呟くという器用なマネをしながら、建物の中を探し始める事に。
 建物の中の明かりは全て消えており、探し歩くには困難な状況。
 しかし、窓から差し込む僅かな明かりを頼りに、トウヤは何とか建物を探索する事が出来た。

 ……その明かりが町を燃やしている炎だというのが、なんとも皮肉ですが。

 しばらくそのまま、一階一階登りながら声を出してハトコを呼び続けるトウヤ。
 しかし、十階程上がってもハトコからの返事はない。
 トウヤは漠然とした不安を感じ始めた。

 まさか、ハトコちゃんはここにはいないんですか?
 まぁあの自衛団の人も、ここにいる可能性が高いというだけでいるとは言ってませんでしたから、それは十分有り得る話。
 でも、それだとするとハトコちゃんは一体どこに?

 トウヤは遂に最上階へと付いてしまった。

 ……まさか、実はボクとすれ違いで避難場所に行ってたとか、そんなわけないですよね。
 というよりも、そんなんだったらボクのこの行動は一体何だったというのか!

「ハトコちゃーーーーーーん!」

「……トウヤくん?」

「ほあちゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 突然横から名前を呼ばれ、奇声を上げてしまうトウヤ。

「な、何ですか!? って、あ! ハトコちゃん!」

 トウヤは扉の影に、座り込んでいるハトコの姿を見つけた。

「よ、良かった! 無事だったんですね!」

 ハトコに駆け寄り、安堵するトウヤ。

「どうしてトウヤく、トウヤおにいちゃんが?」

「言いにくかったら『トウヤくん』でいいですよ。助けにきました、もう大丈夫ですよ!」

「助けに?」

「はい! さあ、すぐにここから逃げましょう! って、どうしたんですか! その足は!」

 ハトコの足から血が出ている事に気付き、慌てるトウヤ。

「ガラスで切ったんですか! 破片が辺りに散らばってますもんね!
 消毒! 消毒しなければ! バイ菌が入って大変な事に!
 あ! でも消毒液がない! なんてこった!」

 トウヤは一人で大パニックに陥っていた。

 どうしましょうどうしましょう! 
 このまま放っておいたら、傷口が化膿して大変な事に!
 ああ、何でボクはこんな時に、薬草とか持って……、あ!

 トウヤは何かに気付き、身に付けていた腰袋に手を突っ込む。

「えっと、あ、ありました! これを使えば!」

 そう言いながら、ハトコの近くにしゃがみこみ、袋から取り出した緑色の実を握って潰し、ハトコの傷口に塗りつける。

「少ししみるかもしれませんが我慢してくださいね!」

「!? う、うん!」

 痛みを我慢しながら、しかし痛みを必死で堪えるハトコ。
 しばらくすると、潰した実を塗った傷口が少しずつ塞がっていく。

「すごい! すごいね、トウヤくん!」

「すごい、すごすぎます!」

「え?」

 治して貰った自分よりも驚愕しているトウヤに、首を傾げて不思議そうにするハトコ。

「あ、いえなんでも」

 まさか、ゼノさんの実がこんなにすごいとは。
 ゼノさん。すんごく見直しましたよ! まだマイナスですけど!

「良し! しかし傷が治ったとはいえ、いきなり歩くのは危険です。ハトコちゃん、背中に乗ってください」

 ハトコはそれに従い、すぐさまトウヤの背に乗る。

「よっこいしょ、っとです。さぁ、それではハトコちゃん。すぐさま思いっきり逃げましょう!」

「うん!」

 言って、建物の階段へ向かおうとしたその時。

「カァ!」

「え?」

「キャアァァァァァァァァ!」

 窓の外から『ヤタガラス』が姿を現し、トウヤ達に狙いを定めていた。

「あ、あ、あ……」

 な、何で『ヤタガラス』が! 
 カズマさん達は一体何をやってんですか!

 突然の事に、足が竦んで動けなくなるトウヤ。 
 そんなトウヤに狙いを定め、『ヤタガラス』は壊れた窓からその鋭い嘴をトウヤ達に伸ばしてくる。

「うわ!」

 それに驚いたトウヤはすぐに逃げようとするも、焦って足を滑らせてしまいその場に尻餅を付くはめに。
 だがその御陰で、偶然にも『ヤタガラス』の嘴からギリギリ寄けることができ、トウヤ達の上方数センチの場所を嘴が通過していった。
 そしてその直後、建物内に響きわたる爆音。

 嘴が壁を破壊し、壊れた壁のカケラと砂埃がトウヤ達の周りに飛び散る。

「ゴホッ! た、助かりました。ホントギリギリですけど……。大丈夫ですか、ハトコちゃん!」

「ケホッ! ケホッ! う、うん。大丈夫だよ」

 そんなハトコの言葉にホッとしながら、トウヤは上を見上げる。
 すると、そこには未だに『ヤタガラス』の嘴が存在している様子。
 どうやら、壁に嘴がめり込んで、抜けなくなったようである。

 それにトウヤも気付いて、

「チャ、チャンスです! い、今の内に逃げましょう!」

 すぐさま逃げ出そうと、ハトコを抱えながら立ち上がるトウヤ。
 しかし。

「ィツ~~~~~~~~」

 足に激痛を感じ、再びトウヤは尻餅を付いてしまう。
 そんなトウヤの異常な様子に、慌ててハトコは尋ねてくる。

「ど、どうしたの! トウヤくん!」

「あ、足をどうやらくじいてしまったようで、っ!」

 苦悶の表情を浮かべるトウヤ。

 くそっ! さっき滑った時ですか! 
 どうしてこんな時に、足を痛めてしまうのか!
 これでは逃げ出すことができません!

 トウヤは痛みに耐えながら、再び頭上に目を向ける。

 す、少しずつですが、『ヤタガラス』の嘴が抜け出しているような!
 このままでは第二撃が繰り出され、今度こそ!

 トウヤがそんな事を考えている間にも、少しずつ嘴を壁から抜いていく『ヤタガラス』。

「ハ、ハトコちゃん! ハトコちゃんは先に行っててください! ボクもすぐに!」

「嫌だよ! トウヤくんを置いてけないよ!」

 目を潤ませながら、トウヤの背中に抱きついて一向に離れようとしないハトコ。

 ああもう! そんなに抱きついたら余計に逃げ辛いし立ち辛い!
 で、でもそんな事を小さい子に言ってもしょうがありませんね。
 って! そんな事を言っている場合では!

 トウヤは無い頭を必死に働かせ、この危機をどう乗り越えるか考える。
 
 落ち着けトウヤ。落ち着くのです!
 相手は大きかろうと、結局はカラス!
 恐る事はありません!

 ……前、普通のカラスに負けましたが、それは置いといて!
 ! そ、そうだ! ゼノさん! ゼノさんの『悪臭の実』を使えば!
 あのオルトロスにも効いたんです! このカラスにだって!
 

 そう考えた直後、トウヤは腰袋へと右手を突っ込む。
 そして、黒い実を取り出して、だがそこで再度一考する。

 ま、待ってください! カラスって、確か臭いのは効かなかったような?
 そうです、そうでした! じゃあ、『悪臭の実』は使えない!?

「ゼノさんのアホ! 何が最高傑作ですか! とんだ欠陥品ですよ!」

 ここにいないゼノに、罵声をあげざるを得ないトウヤ。
 そんな事をしている間に、『ヤタガラス』の嘴はほとんど抜けかかっている状態に。

「何か! 何か他には!」

 トウヤは袋の中から大量の実を手一杯に握り、取り出した。
 『応答の実』、『生薬の実』、『蛍光の実』、そして……。

「あ! これなら! というか、もうこれしかないです!」

 トウヤは、それを力強く握り占める。
 と、同時に壁から嘴を抜き取る『ヤタガラス』。
 その際、ほんの少し開いてみせる口。

 ここです!

 トウヤはその口の中に向かって、最後の実『激辛の実』投げ入れた。
 口の中にそれが入った直後、締まる口。
 そして何かの破裂する音が、『ヤタガラス』の口の中から聞こえてきた。

「………………」

 少しの間、微動だにしなくなる『ヤタガラス』。
 が、 

「ガアァァァァァァァァァァァァ!」

 口の中に広がった辛さに、今まで以上に激しく大暴れをし始めた。

「何でですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 『ヤタガラス』が暴れ出したことで、壊れかけていた建物はさらに崩壊をはじめ、
トウヤ達の周りはさらに危険な状態に。

「こ、こんなはずでは! 本当なら今ので『ヤタガラス』が窓から離れ、遠い所へ飛んでいってボクたち安全、かと思っていたのに!
 む、むしろ状況は悪化して! た、助けてーーーーーー!」

 無様に助けを求めて泣き叫ぶトウヤ。
 しかし、それに答えるものがいるはずもなく、さらなる不幸が二人に襲いかかる。

「ガアァァァァァァァァァァァァ」

 『ヤタガラス』の大暴れはさらに激しさを増し、翼を激しく羽ばたかせ初める。
 その激しい羽ばたきにより、トウヤ達の居る場所は乱気流のごとく暴風が吹き荒れる事に。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 その激しい暴風に巻き込まれ、二人は吹き飛ばされて空中へ浮かび上がる。
 そして、建物の壊れた場所から外に投げ出されてしまう。

「んな!?」

 いきなり夜空に放り投げられるという事態に、トウヤは驚愕するが為すすべもなく。
 一瞬、浮遊感が二人の体を包んだ後、しかしすぐに地上へと落下していくトウヤとハトコ。

 高速で地面へと落ちていく二人の顔に、冷たい風が叩きつけられる。
 そして落下開始からほんの一瞬後、二人の視界に勢い良く迫ってくる大地の姿が。

「ヒィ!」

 目の前に迫った地面に恐怖し、トウヤは目を瞑る。
 そして。

「…………………………………………………………………………?」

 いつまで経っても落下の衝撃が来ない事に、トウヤは違和感を覚えた。
 また、先ほどから浮遊感のようなものが自身の体を包み込んでいる事にも動揺し、困惑する。
 そんな絶賛大混乱中のさなか、

「……チッ」

 不機嫌さを『これでもか』と表現した大きな舌打ちが、トウヤの耳に何故か聞こえてきた。

「……へ?」

 その舌打ちに閉じていた目蓋を開き、音がした方向に目を向けるトウヤ。
 するとそこには、

「シ、シイカさん!」

 杖をトウヤに向けながら、不機嫌さ全開の顔をしたシイカが、トウヤの目の前に立っていたのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「???」

 今、自身の周りで起こっている様々な事に対して、トウヤは大いに混乱した。
 
 第一に、何故シイカがここにいるのかという事。
 第二に、何故自分は空中に浮いているのかという事。
 そして最後に……。

「何で舌打ち?」

 ここは普通、『良かった!』とか『大丈夫?』とか、そういうことを言う場面なのでは?
 というか、この空中に浮いてるのはシイカさんのおかげ?
 ってことは助けてくれたのはシイカさん?

 ふむ、なるほどなるほど。
 ……なら尚更なんで舌打ち?

 段々と事態を把握していっているのに、何故か混乱も増すトウヤ。

 すると、舌打ち以外言葉を発しなかったシイカが、突然こう言った。

「……限界」

「え? へブ!」

 『何がですか?』と聞く暇もなく、突然自身の顔面を襲った衝撃と痛みに、悶絶するトウヤ。

「だ、大丈夫? トウヤくん?」

「だ、大丈夫です。命の方は。顔の方は痛くて仕方がありません」

 ハトコの優しい気遣いに答えつつ、トウヤは顔を摩りながら身を起こす。
 そして、

「いっきなり! 何するんですか、シイカさん!
 今のは何ですか! 一体何が! ボクは空中に!? 
 というよりも何故シイカさんがここへ!?
 あ、それよりも!」

 トウヤは一歩シイカから身を引いて、

「どうもありがとうございました!」


 トウヤは座りながらシイカに向けて深く頭を下げた。

「おかげで命が助かりました! もう本当に死ぬのかと! 
 さらにハトコちゃんまで助けて頂き!もう本当に……」

「……煩い。黙れ」

「ピギャ!」

 感謝の言葉を告げているトウヤに対し、何故か電撃を浴びせて黙らせるシイカ。
 そんな彼女の顔は、苦々しい顔をしながらも、少しだけ頬が赤くなっていた。

「……唯の気の迷い。単なる気まぐれ。感謝しないで」

「な、ならそう言うだけでいいでしょ。何故電撃を浴びせる必要が……」

 痺れて若干痙攣しながらも、そんな疑問を口にするトウヤ。
 そんな中、こちらに近づいてくる人影が二つ。

「ハトコ!」

「あ! おねえちゃん!」

「トウヤ、お前何でこんな所に! ゲッ! 何で根暗女までここに!」

「……黙れ脳筋」

 片や、感動の再会に、仲良く抱擁を交わす愛しき姉妹。
 その姿に、感動して涙を流す者もいることだろう。

 片や、すぐにでも戦闘勃発の気配をぷんぷん匂わせ、激しく睨み合う脳筋男と根暗女。
 その姿に、恐怖して涙を流すどころか、漏らしてしまうものもいることだろう。

 、とトウヤは思うわけで。

「……ここまで真逆の光景を、まさか同時に見る事になるなんて思いもしませんでしたよ」

 トウヤは呆れた。後者の二人に対して。

「……って! そんな悠長な事をしている場合では! 『ヤタガラス』はどこに!」

 慌てて辺りを見回すトウヤ。
 そんなトウヤに、カズマが頭を掻きながら言った。

「あのアホ鳥なら何か苦しんでるみたいでよ。上空で口を開けて飛び回ってやがるぜ。意味わかんねぇよ」

「……あ、そうでしたか」

 そのワケを理解しているトウヤは、しかしあまりにもアホらしい理由だったので黙っている事にした。
 二人がそんな会話をしていると、

「ト、トウヤ君! ありがとうございます! 事情はハトコに聞きました!
 私の勝手なお願いを叶えてくれるどころか、ハトコを助けてくれるなんて!
 ありがとう! 本当にありがとう!」

 涙を流してトウヤを抱きしめるハトナ。

「そ、そんな! 大げさ、ではないですけど。ちょ、恥ずかしいです! ハトナさん!」

 ハトナに抱きつかれ、顔を赤くするトウヤ。

「そ、それよりハトコちゃんを早く逃がさなければ!」

「そ、そうでした! すみません、取り乱して。ハトコ、それにトウヤくんも早く逃げてください!」

「わかりましッ!」

 そう言ってトウヤは立ち上がろうとするも、捻っった右足に激痛がはしり、顔を歪ませてその場に崩れ落ちてしまう。

「ト、トウヤ君!?」

「そうだトウヤくん、足を!」

「おい! 大丈夫か!」

「…………」

 倒れたトウヤに慌てて駆け寄る三人。
 シイカはその場を動かず、しかし視線はトウヤの顔に向けている。

「うぅ……。い、痛いです。さっきよりさらに痛みが激しく」

「こりゃひでぇ。真っ赤に腫れ上がってるぜ。ヒビとか入ってねぇだろうけど、これじゃ歩けねぇぞ」

 カズマはトウヤの右足を見て、そう診断する。

「わ、私の、せいで、トウヤくんが! グスッ!」

 トウヤの様子に、ハトコは涙をポロポロと零す。
 そんなハトコの様子に、青い顔をしながらトウヤはいった。

「ハ、ハトコちゃんのせいではありません。これは自身の運動神経の無さが招いた結果。
 泣かないでください。というよりも、この怪我があったから一度助かってるので、ボクも複雑な気持ちです」

 何とも遣る瀬無い表情を浮かべるトウヤ。

「そ、それよりもハトナさん、ハトコちゃんを早く逃がさなければ!
 またいつ『ヤタガラス』が襲い掛かってくるか、わかりませんよ!」

「し、しかし、トウヤくんは! それに、私には討伐という任務が!」

「ハトナさんはアホですか! 自衛団は町の住人を護る事が一番の目的でしょ!
 討伐というのは最も簡単に住人を護る手段であって、ハトコちゃんを放っておく理由にはなりません!
 それに家族を護るのは任務より重要です! さっさと逃げて! ボクもカズマさんに連れてってもらいますから!」

「トウヤ君……」

 トウヤの言葉に、ハッとして顔を伏せるハトナ。
 しかしすぐに顔上げて、

「トウヤ君。ありがとう。私が馬鹿でした。ハトコは私が逃がします!」

 そう言いながら、ハトコを背負うハトナ。
 そして、

「トウヤくんもすぐに来てくださいね!」

 そう告げるとトウヤ達に背を向けて、ハトナはハトコとともに、町の入口に向かっていくのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ハトナ達の姿が完全に見えなくなった事を確認したトウヤは、すぐにカズマの方へと顔を向けた。

「さぁ! 逃げましょう!」

「断る!」

「へ?」

 まさかカズマが断るとは思わず、目を点にして唖然とするトウヤ。
 しかしすぐに気を取り直して、カズマに噛み付いた。

「何でですか! どうしてですか! アホなんですか! そうなんですね!」

「うっせぇ! まだ決着が付いてねぇんだよ!」

 そう言いながら、『ヤタガラス』に対して指を差し向けるカズマ。

「アホーーーーーーーーーーー!
 決着付けるよりも大事な事があるでしょうが!
 命とか! こっちはけが人なんですよ!」

「巫山戯んな!
 決着つけるよりも大事な事があるか! こっちは負け続けてるんだぞ! 
 あの鳥女はすぐ逃げやがって! あのアホ鳥をボコボコにしないとやってられるか!」

「あのね! って、クロエさんは逃げたんですか! あんだけ復讐するとか言っときながら!」

 まさか既にクロエがいなくなっているとは思わず、カズマへの罵声を止めて驚きの表情を浮かべるトウヤ。
 そんな二人の様子に、今まで黙っていたシイカが答えた。

「……まだ身体が満足に動かないから、逃げたんじゃないの?」

「な、なるほど! 安全に安全を重ねるために、逃げに徹したんですね!
 なんて頭の良い……」

 トウヤはクロエの逃げの姿勢に、敵ながら感心してしまう。

「トウヤ! あの鳥女を褒めてんじゃねぇよ!」

「褒めてませんよ! 感心してるんです! ボクも彼女程引き際がよかったら、こんな事には……」

 怪我をする事も無かったですし、こんな危険な場所に取り残されることもなかった。

 トウヤはガックリと頭を落とす。
 そんな事をしていると、口の辛さが収まったのか、『ヤタガラス』がトウヤ達に狙いを定め、遠くから飛びかかってくる姿が。

「ちっ! トウヤ! 逃げてる暇はねぇ! 俺は行くぜ!」

 再び『ヤタガラス』に突進しようとするカズマ。
 しかし、

「皆、掛かれぇ!」

 トリナの町の自衛団団長が、自衛団の面々に向かって突撃の合図を放った。
 それと同時に『ヤタガラス』へ襲いかかる自衛団達。
 どうやら『ヤタガラス』が上空で回復を計っている間に、自衛団たちも戦えるまでには回復した様子。

「カァァァァァァァ!」

 『ヤタガラス』は押し寄せてくる自衛団達に目標を変え、方向転換をした。
 それを見ていたトウヤは、カズマの背中に向かっていった。

「チャンスです! 今のうちに逃げましょう!」

「断る!」

「どうしてそう、聞き分けがないんですか!
 そんなに戦いが大好きなんですか!

 というかカズマさん! 
 何でまだあの鳥を倒せてないのか、逆に質問したいですよ!
 お強いくせに! また『オルトロス』の時みたいに苦戦してたんですか!」

「うっせ! 力が出ねぇからやりにくいんだよ! しょうがねぇだろ!」

「力? ……あ!? 『クロックレイズ』!」

 トウヤは、ここで初めて致命的な問題点に気がついた。

「そうでした! 今は『クロックレイズ』中! シイカさんも!
 ああもう! そんな事に気がつかなかったなんて、本当にボクのアホ!
 カズマさん! 気がついてたんなら、なんでボクが避難場所に行く前に言ってくれなかったんですか!

 ボクはすぐにでもカズマさんが倒すのかと! 今回は自衛団の人たちもいましたから!
 もしかして、また面白そうだからって、いの一番に突っ込んだんじゃないでしょうね!」

「うっせ! で、どうすんだよ! どうにかしろ!」

 カズマはトウヤに全てを丸投げした。

「図星ですか! まったく! 
 どうしても戦うというんですね! ボクを逃がしてはくれないと!
 わかりましたよ! 『ヤタガラス』と戦うことを認めます!

 カズマさん! 
 ボクがこんな覚悟を決めたんだから、貴方も『ヤタガラス』を絶対倒してくださいよ!
 お願いしますよ!」

 いくら言っても、どうせ自分の言う通りには動かないと悟ったトウヤ。
 嫌嫌ながらもカズマの意見に同意する事に。

「それでは『レイズ』で一気に! ……って、あーーーーーーーーー!?」

 トウヤは言って、それに気がついた。
 既にカズマとシイカ、二人とも『クロックレイズ』で召喚中。
 そんな状況で、果たして『レイズ』を唱える事ができるのか。

 焦りながらトウヤは腰袋に手を突っ込み、『樹肉の実』を取り出す。
 そして、

「来い! カズマ!」

 カズマを呼び寄せるも、しかし実は何の反応も示さない。

 何てことですか! これではシイカさんでやっても同様の事が起こることでしょう!
 ああ、ボクは何で『クロックレイズ』で召喚なんかを!

 トウヤは『クロックレイズ』で二人と話し合おうとし、しかしそれが無意味であった事を思い出す。

 何て事ですか! ボクの馬鹿な考えがこんな所にまで影響を及ぼすなんて!

「ああもう! なんでこんな事に!」

 頭を抱え、少し前の自分自身の首を絞め殺したくなりながら、しかしトウヤの頭に閃きがはしった。

 ま、待ってください! 『クロックレイズ』で召喚したのはいつでしたっけ!

「あ、あの! 召喚された時間を覚えてませんか!」

「ぁん? そんなの知るか!」

「カズマさんには聞いてません! シイカさん!」

「何だと!」

「……何で?」

 トウヤは突っかかってきたカズマを無視して、シイカの疑問に答える。

「『クロックレイズ』は十時間でその効力が消えます! つまり……」

「……そういうこと」

 トウヤが全てを言い切る前に、シイカは全てを納得した。

「……時計を少し見た。確か五時四十五分頃。秒針までは見てない」

「いえ! ありがとうございます!」

 トウヤは急いで懐中時計を出して、時刻を確認する。

 三時、三十四分二十三秒!

「天はボクを見捨ててませんでした!」

 トウヤは天に向かって感謝した。

「お二人とも聞いてください! 後十分程で『クロックレイズ』が解除されます! 
 そしたら即『レイズ』で召喚する事が出来ます!
 十分間は自衛団の方たちだけで頑張って貰わないといけないのが問題ですが……」

 しかし、それしかもう道は無かった。

「よし! なら後は任せな! 元の状態ならあんなアホ鳥、俺一人で……」

「え、ちょ、ちょっと何言ってんですか! シイカさんと二人でですね!」

「何、巫山戯んな!?」

 トウヤの提案に対し、激怒して頭の血管が浮き上がるカズマ。

「なんでですか! こんな大変な時に、好き嫌いを言ってる場合ではありませんよ!」

 こんな時にまで喧嘩するなってんですよ!

「別に俺だけで良いだろうが!」

「カズマさん! 前回の『オルトロス』の時、一人で戦って大苦戦だったじゃないですか! もう忘れたんですか!」

 そのせいで死にそうな目にあった事を、トウヤはしっかりと覚えていた。

「あの『ヤタガラス』も同じぐらいだと考えるのは当然です! なのでシイカさんと一緒に……」

「……断る」

 今度はシイカが、トウヤの提案に拒絶の態度を取る。

「シイカさん! 何で!」

「……どうして私がそんな事しなきゃいけないの? 私を巻き込むな」

 絶対零度の視線をトウヤに向けて、容赦なくトウヤの提案を切るシイカ。
 そんなシイカに、しかしトウヤは諦めず。

「た、確かにおっしゃる通りです。しかし、このままでは町の人たちが、それにボクの命も!」

「……関係ない。赤の他人の事なんて知った事じゃない」

「うぐっ!」

 シイカの言葉に、呻くことしか出来ないトウヤ。

「おいトウヤ! いいじゃねえかよこんな根暗女なんかよ!
 どうせ足手纏いになるだけなんだからよ! だから……」

「……足手纏い? それはお前だ、脳筋」

 カチンと来たのか、カズマをものすごい目でで睨みつけるシイカ。

「誰が脳筋、つうか俺が足手纏いだと! 巫山戯んな!」

「……巫山戯てない。事実でしょ。あのクロエって女に翻弄されて、倒せなかった男が足手纏い以外の何なの」

「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 事実なだけに、うめき声を上げることしか出来ないカズマ。
 そんなカズマに、シイカはさらに追い打ちをかける。

「……それに『オルトロス』というのにも苦戦したんでしょ? その筋肉は見掛け倒し?」

 そう言って、口元を隠しながらクスクスとあざ笑うシイカ。
 そんな態度を取られ、カズマが黙っていられるはずも無く。

「んがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「ちょ、ちょっとカズマさん、落ち着いて! こんな時に喧嘩はしないでくださいよ! ほら、もう少しで時間が!」

 トウヤが時計を確認すると、『クロックレイズ』終了まで残り約六分。
 その時、雄叫びを上げていたカズマがシイカに指を向けて言った。

「おい、根暗女! 勝負だ!」

「はぁ!?」

 いきなり何を言ってんですか! この脳筋さんは!

「どっちが奴を先に倒せるか勝負しろってんだ!
 あれだけ言ったんだ! まさか逃げねぇよな!」

「……ホント脳筋。馬鹿じゃないの」

「そ、そうですよ! こんな状況で勝負だなんて! 不謹慎にも程がありますよ、カズマさん!」

 そう告げるトウヤだったが、しかし二人の耳にはその声が届かなかったようで。
 燃え上がるカズマに対し、冷たい視線を向けてさらにシイカは言った。

「……アホらしい。そんな馬鹿な事に付き合うわけないでしょ。やらなくても結果が見えてるのに」

「逃げんのか! この口だけ女!
 負けんのが怖いのか! この軟弱女! 
 おい、こっちに顔向けろ! 無視してんじゃねぇよ!」

 これほどカズマの暴言に晒されても、柳に風の対応で無視し続けるシイカ。
 とことんまで無視されたカズマは、さらにシイカに暴言を浴びせる。

「この根暗女! 何が結果は見えているだ! 直接やってもいねぇのに、そんな事わかんねぇだろうが!
 それとも何か! 自分が思った通りになるって断言出来んのか! 出来るわけねぇだろ!
 そうやって頭でしか物事考えてねぇやつが、本番で失敗するんだよ!」

「!!!!!!」

 カズマの言葉に、何故か突然表情を曇らせるシイカ。
 唇を思い切り噛み締めて、口から血が滴り落ちるのをトウヤは見逃さなかった。
 不味いと思い、トウヤはカズマとシイカの会話に割って入る事に。

「もう良いでしょカズマさん! 言い過ぎですよ! 子供ですか貴方は!
 シイカさんの事はもういいです! ボクの勝手な作戦で彼女を巻き込むのは、やっぱり間違っていました!
 カズマさん! 貴方の言うとおりにしましょう! もしかしたら、カズマさん一人でかたがつくかも!」

「『かも』じゃねぇ! つくんだよ!」

「わかりましたわかりました! えっと時間は、残り約三分! そろそろ準備を……」

「……わかった」

 トウヤの言葉を遮って、シイカが小さく、しかしはっきりと言葉を発した。

「え? な、何がですか?」

「……脳筋の言う勝負を受ける。そして、私が正しいと証明する。文句ある?」

 今まで以上に冷め切った、しかし有無を言わせない程迫力の篭った視線に、トウヤはコクコク頷くことしかできなかった。
 シイカはトウヤから視線を外し、カズマを睨みつける。

「……止めを指した方が勝ち。それでいい?」

「ったりめぇだ! 俺が勝つ!」

 二人の間を火花が飛び散る。

 そんな二人を見ながら、トウヤは頭を抱えた。
 
 何て事ですか! こんな状況で勝負!? 不謹慎すぎます!
 この町の人間が、どれほど困り、悲しんでいるか、見なくてもわかるでしょうが!
 それなのにこの二人は!

 あまりにも倫理観から外れた二人の態度に、苛立つトウヤ。
 しかし、こうとも考えられた。

 ……でも、結果的には二人一緒に闘う訳で。
 まぁ協力はしないでしょうが、それでも一人よりは……。
 いえ、むしろ悪化するかも。
 ああ! でもこの勝負を止めてカズマさん一人で戦わせるのも!

 そんな事をしている間に、『クロックレイズ』解除まで残り約一分。
 トウヤが前方を確認すると、自衛団の面々が『ヤタガラス』に押されている様子が見えた。
 このままでは、いつあの中から死人が出てしまう事か。

 くっ! ……もう仕方がありません!
 こうなったら、この状況で召喚して『ヤタガラス』を倒しましょう!
 この二人だって、勝負とか不謹慎なことを言ってるんです!

 それならボクも、このまま二人を利用させてもらっても罰は当たらないはず!
 というかもう時間がありません! 天よ! どうかボクに祝福を!

トウヤは地面に座りながら袋に手を突っ込み、二つの『樹肉の実』を取り出して右手に握りこむ。
 それと同時に、時刻は三時四十五分を指す。
 が、まだ二人の召喚は解ける気配を見せない。

 くそっ! やっぱり零秒丁度なんて、うまい話はありませんか!
 
 秒針はさらに進んでいく。

 十五秒、十六秒、十七秒。

 早く、早く、早く、早く!

 秒針の動きがゆっくりに感じられ、焦りを見せるトウヤ。
 
 秒針は三十秒を指す。
 それと同時に。

「来ました!」

 『クロックレイズ』が解除され、消失時間へと移行する二人。

 残りは、八秒! 七! 六! 五! 四!

 三!

 二!!

 壱!!!

「来い! カズマ! シイカ!」

 消失時間終了と共に叫ぶトウヤ。
 その瞬間、もっていた実は赤と青にそれぞれ輝き出す。
 そして、

「『レイズ』!」

 トウヤがそう呪文を唱えた瞬間、『ヤタガラス』の運命は決まったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 始まりの合図は、突如鳴り響いた一つの雷鳴だった。

 「……『放電』」
 シイカがそう言い放つと同時に、杖先にたまっていた青い雷は空を裂いて『ヤタガラス』に降り注ぐ。
 『ヤタガラス』はその攻撃で体を痺れさせてよろめくも、その巨体ならではの生命力で、すかさずその場を飛び去り上空へと逃げ出した。

 しかし、

 「喰らえ!」

 真横から弾丸のごとく飛び込んできたカズマの跳び蹴りに吹き飛ばされて、『ヤタガラス』は勢い良く建物に突っ込んでしまう。
 『ヤタガラス』と建物の衝突で、辺りに激しい破壊音と砂埃が舞った。
 その砂埃のせいで視界を遮られ、『ヤタガラス』の姿は見えなくなる。

 だがすぐに、その砂埃は払われる事となった。
 『ヤタガラス』を吹き飛ばして地面に着地してすぐ、カズマは構えを取って、

 「覇ッ!」

右拳を空に放つ。
 直後発生する嵐の如き衝撃波に、砂埃と『ヤタガラス』は吹き飛ばされる事に。

 「カァ!」

 カズマから放たれた嵐のような衝撃に、体を宙に投げ出された『ヤタガラス』はすぐさま態勢を整えようとする。
 しかしそうしようとした瞬間、

 「……『射出』」

 夜空に浮かんでいた先の鋭く尖った氷柱が多数、勢い良く『ヤタガラス』に向かって放たれる。
 そして直撃。
 その鋭い切っ先により硬い羽毛は切り裂かれ、血をまき散らしながら地上に落ちていく『ヤタガラス』。

 そのまま地面に激突すると思った瞬間、しかし地上で待ち伏せをしていたカズマが構えを取っていて、その拳を『ヤタガラス』に向けて勢い良く振り上げた。

「覇ッ!」

 振り上げられた拳がヤタガラスに直撃し、その巨体を勢い良く上空へと再び吹き飛ばす。
 しかし吹き飛んだその先にシイカの姿があり、このままでは『ヤタガラス』の巨体がぶつかってしまう事に。
 だが、シイカはそれに焦る事なく冷静に呟いた。

 「……『凝縮』」

 シイカの目の前に大量の水が突如姿を現して、勢い良く吹き飛んでくる『ヤタガラス』の巨体を包み込み、受け止める。
 そして、

 「……『圧縮』」

 その言葉と同時に、『ヤタガラス』を包み込んでいた水はシイカの目の前に集まり、一つの巨大な水の塊を作り出す。
 さらにその水の塊は、その大きさを段々と小さくさせていき、やがて人間の頭一つ分の大きさになった。
 『ヤタガラス』の方はというと、吹き飛ばされた勢いを殺されて一瞬、空中に停止するも、しかしすぐに地上へと自然落下し始める事に。

 シイカは杖と圧縮した水の塊を、落下する『ヤタガラス』に向け、狙いを定める。
 そして、

 「……『放出』」

 圧縮された水の塊から、勢い良く放たれる一筋の青い線。
 極限まで圧縮された水は、その圧力を速度に変えて、『ヤタガラス』に襲いかかる。
 一筋の青い線は安安と『ヤタガラス』の体を貫き、そしてさらにカズマの方へと向かっていく事に。

 カズマはそれを確認して僅かに舌打ちをし、しかし首を傾けるだけで水の線を回避した。
 
 カズマとシイカ。
 二人の間に『協力』という文字はまるで無かった。
 あるのはどちらが先に『ヤタガラス』を倒せるかどうか、それのみである。

 だから二人は、互いを味方ではなく敵と認識し、『ヤタガラス』以上に警戒する。
 ゆえに二人は、自身の方に攻撃が来ても驚かず、むしろ当然だと思って対処する。

 二人にとって、『敵』の『敵』は『宿敵』で『怨敵』だった。

 苦痛の声すら上げることが出来ず、『ヤタガラス』は地面に落下し続ける。
 その姿を見た二人は、止めを差そうと同時に動き出す。

「覇ァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!」

 拳を構え、全ての力を込めるが如く声を上げるカズマ。

「……『電離』『充電』」

 杖を掲げ、その先端から青い雷を激しく発生させるシイカ。

 一瞬の間、しかし次の瞬間。

「覇ッ!」

 地上から放たれる赤い衝撃。

「……『放電』!」

 空中から放たれる青い稲妻。

 両者の攻撃は、全く同時に『ヤタガラス』へと直撃する。
 瞬間、辺りに響きわたる爆音。
 そして視界を潰すほどの輝きを放つ閃光。

 その音と光は、遠くに避難していたトリナの町の人間にも確認される程のものだった。

 その後、しばらくの間静寂が辺りを包み込む。
 二人の戦闘を唖然として眺めていた自衛団の面々は、塞いでいた目と耳を少しずつ開き、目の前の光景に驚愕した。
 
 そこには、『ヤタガラス』がいた。
 あの自分たちが苦戦し、町を滅茶苦茶にした張本人が、地面に横たわっていた。
 その姿は黒い体を更に黒く焦がし、傷が付いていない場所を探す方が難しい程に傷ついていた。
 
 『ヤタガラス』は、二人の攻撃によって目をむき出しにして絶命していたのである。


 そんな光景を、トウヤは自衛団と同様に離れた場所で地面に座り込みながら確認していた。
 そんな彼の口を限界まで開けており、足の痛みすら忘れてしまうほどに呆然自失となっている様子。
 だが何かに気付いたトウヤはすぐさま正気に戻り、懐中時計を確認して、再び固まって動けなくなる。

『レイズ』で召喚してから約一分。
 召喚限界時間のわずか十分の一。
 そんなわずかな時間で、トリナの町の戦いは呆気なく終わりを告げた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 『ヤタガラス』が絶命したのと同じ頃。

 トリナの森の奥深く、巨大な巣の真ん中に、一人の女性が倒れていた。
 黒いドレスに身を包み、所々に包帯をしている女性。
 『ヤタガラス』をけしかけて逃げ延びた、クロエの姿がそこにはあった。

 しかし、そうまでして逃げ出したクロエは、二度と目覚める事の無い眠りへと今まさに就こうとしていた。
 その胸に致命傷とわかるほどの大きな穴を開けて、辺り一面に大量の血をまき散らすクロエ。
 彼女は呻きながら、前の方へとゆっくり手を動かしていく。

 彼女の目の前には、腕から血を滴らせながら立っている女性の姿があった。

 彼女は自身に伸ばされた手を容赦なく踏みつけ、クロエに何かを呟くと、高笑いをしながら暗い夜空を見上げて両手を広げる。
 すると、彼女の背中から勢い良く翼が生え出し、辺りの木々を激しく揺らす。
 そして出した翼を激しく羽ばたかせた女性は、暗い夜空の中へとその姿を消していった。

 段々と意識を薄れさせていくクロエ。
 彼女は最後に、自身の邪魔をした三人を思い出し、瞼を閉じる。
 そのまま彼女は、永遠の眠りへと就くのであった。


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