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[30011] 蟻喰い狩人(キメラアントハンター) HUNTER×HUNTER
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/04 04:27



 ――確かに、その結末しか在り得なかったのは理解出来る。

 虫けらを駆除するのに、人間が対等の立場で挑むだろうか?
 答えは否、殺虫剤でも振り掛けてやればそれだけで事足りる。態々人間様が自ら赴くまでも無い。
 それが核爆弾じみた『貧者の薔薇(ミニチュアローズ)』だっただけの話。
 蟻と人間との関係が現実のものと全く変わらなかったという皮肉が、実に冨樫らしかった。

 正直言えば『貧者の薔薇』では無く、人間の手で蟻(キメラアント)を倒して欲しかった。

 最強級の人間でも、蟻の王には勝てない。その事実が何処と無く悲しかった。
 プフとユピーを喰らうまでは、勝てない相手では無かった。護衛軍の二人を喰らって誰も勝てなくなり、最期まで勝ち逃げされた靄々とした寂寥感は幽白の仙水編を思い起こさせる。
 別に蟻が嫌いな訳では無い。好きな部類でも無いが、虫けらのようにくたばるのでは無く、せめて化物として打ち倒されて欲しかった。

 ――その在り得ない機会をこの手に得た瞬間、私は存在しないと絶対的に信仰する神に初めて感謝した。

 この手で蟻編の結末を変えてやろう。
 原作改変がどれ程の悪業になるかは知らないが、何処にでもいる脇役の一人として生まれたのだ。二度目とは言え、自分の人生だ、好き勝手にやらせて貰う。
 化物は人間によって打ち倒されるべきなのだ。それが生物界の頂点に立つ至高の王と言えども、同じ事なのだから。

 ――それ故に、私は自らの意思で発現させた奴等限定で、奴等を問答無用に殺せるこの念能力を、単純明快に『蟻喰い(キメラアントキラー)』と名付けた。


 No.001『開始』


 ――1987年、マリリン社から史上最高額のゲーム、グリードアイランドが発売される。

 58億ジェニーの現金一括振込みで限定百本という狂気の沙汰だが、それでも二百倍以上もの注文が殺到する。
 この世界を風刺したかの如く色々トチ狂った代物であり――とある目的の下、結束した彼等が入手出来たのは、僅か二本だけだった。
 実際にプレイ出来るのはマルチタブを使っても16名のみ。ただし、セーブデータを気にしなければ無制限に入れる事は入れるが、デメリットが非常に多い。
 その十六人の内の一人に不運にも選ばれてしまった彼ことアルマ・ロイリーは溜息吐きながらとある飲食店に張り込んで勧誘活動に励んでいた。
 これは記念すべきグリードアイランド稼働初日の出来事であり、原作開始時から十二年前の話である。

「結構来ると思ったけど、全然来ないなぁ」

 今年で十七歳になり、原作開始時には二十九歳にまでなっているのかと溜息付きたくなるアルマが張り込みに選んだ飲食店は、三十分以内に巨大パスタを完食すれば無料の上にFランクの割には高く売れる『ガルガイダー』が貰える懸賞が行われている。
 此処はゴンとキルアが懸賞の街アントキバで真っ先に行った場所であり、原作知識のある者なら真っ先に目指す場所だと自信満々に豪語していたが、三時間が経過して訪れたプレイヤーは彼の他に四人だけだった。内一人は話す前の段階で何処かに行ってしまったが。

(うーむ、思った以上に手に入れた者が少ないのか? 確かにグリードアイランドは手に入れる事自体が超難問だし、俺達でも二本しか手に入らなかった激レアな代物だが――まさか俺達以外にもういないのか……!?)

 アルマは気落ちしながら温くなった紅茶を啜る。
 既に一回『ガルガイダー』を換金した後なので原作のゴン達が如く通報される心配は無いが、主な目的を果たせずに無為に時間だけが過ぎていき、焦燥感だけが募っていく。

(ったく、何でよりによってこの俺が殺人ゲームをする羽目になったんかねぇ。生粋の戦闘職じゃねぇっつーの!)

 彼――いや、彼等は基本的に『HUNTER×HUNTER』の物語を読む側の人間だった。
 事故死した覚えは無く、自殺した覚えも無く、病死した覚えも無く、神様に穴に落とされて送られた覚えも無い。
 いつの間にかこの世界に生まれていて、ある日、唐突に前世を思い出した者が大半だった。
 アルマが所属する組織だけでも六十人はいるので、この世界に生きている同胞の者は優に三桁以上は楽に居るだろう。

 その同胞の者が抱く目的は大別して三種類に分類される。

 一つは現実世界への帰還。アルマが所属する組織の目的がまさにそれであり、その可能性があるグリードアイランドに全力を注いでいる。
 二つ目は原作に関わる事。だが、これは原作から十二年もの歳月がある為、余程の変わり者じゃない限り目指さない少数派閥である。
 三つ目は原作を改変する事。主に現実世界への帰還を諦めてこの世界に骨を埋める覚悟した者、もしくは元の世界に興味の無い人間が目指す目的であり、大半の者は原作で史上最大規模の生物災害となった蟻(キメラアント)の事前排除を大前提としている。
 アルマ達にしても、蟻編が始まる前に現実世界への帰還を果たす事を大前提としている。
 何しろ十二年も時間があり、原作知識という反則的な特権まであるのだ。これでクリア出来ない方が異常だと彼は意気込む。

(最低7人、その全員がロム持ちのソロプレイヤーだったら完璧だが――お?)

 アルマが物思いに耽けている内に新たな挑戦者が現れた。
 年頃は十二歳程度の、黒いゴスロリ風の衣装を着こなす黒髪紅眼の少女だった。
 腰元まで伸びた黒の長髪を一本の三つ編みに束ね、その細い腰元には括りつけられた拳大の銀時計を揺らしている。

(おいおい、原作のゴンとキルアぐらいの年齢でグリードアイランドに――へっぽこのオレと違って余程才能に恵まれていたんだろうなぁ。こりゃ十中八九、同胞か?)

 黒いゴスロリ服の少女は三十分以内の早食いながらも上品さを崩さず、されども山のように盛られた巨大パスタを十五分足らずで食べ切ってしまった。
 あんな小さな身体の何処に入るのだろうか。この世界の一部の人間に共通する事だが、胃の許容量が明らかにおかしい奴がいる。

「お待たせ、賞品の『ガルガイダー』アル」

 猫みたいなシェフから『ガルガイダー』を受け取った少女は説明されるまでもなく「ブック」と唱え、適当なフリーポケットに入れてもう一度「ブック」と唱えて本(バインダー)を消す。

(やっぱり事前に知っている反応だな。ありゃ)

 少女はそのまま優雅に食後の一服に――手を出そうとして、げんなりとした表情で水を渋々飲む。
 ああ、とすぐさま気づく。此処に来たばかりでカード化した金銭を持ち合わせてなかったのだ。アルマは気を利かせて紅茶を頼んだ。
 これからの交渉で少しでも好印象を抱かせて有利に進めたいという気持ちが若干合ったが、大半は可愛い美少女とお知り合いになりたいという下心からだった。

「ソイツはオレの奢りだ。気にせず飲みな嬢ちゃん」

 自分なりの好青年を装いながら、空いている対面の相席に座る。
 少女は警戒心を顕にして、紅茶に手をつけず、品定めするかの如くアルマを油断無く睨む。
 もし今の自分が不審者だと思われたなら、かなりショックである。アルマは内心落ち込んだ。

「おっと、自己紹介がまだだったな。オレの名はアルマ・ロイリー、一応プロのハンターだ。お嬢ちゃんは?」
「……名乗られたからには名乗らざるを得ませんね。私はナテルアです」

 少女は愛想無く、淡々と返す。まるで懐かない黒猫のようだとアルマは苦笑する。
 流石に臨戦態勢に入っていない状態で相手の実力を一目で把握するなんて芸当は出来ないが、少女が纏っているオーラは大河を思わせるが如く静かで滑らかだった。

「――それで何の用です? 詰まらない世間話で貴重な時間を浪費する気は欠片も無いので、単刀直入にお願いします」
「せっかちだなぁ。じゃあご希望通り単刀直入に。――この世界の作者は誰でしょう?」

 ぴくりと、少女は若干驚いたような反応をする。
 これで外したら自殺ものの恥ずかしさだったとアルマは自分の観察眼が間違っていなくてほっと一息付く。

「……他に居る事は知っていましたけど、こうして対面するのは初めてですわ」
「やっぱり同胞だったか。この店を張って正解だったよ」

 持ってきたコーヒーを飲みながら警戒心を解こうと軽く微笑む。少女は相変わらず紅茶に手をつけようとしないが。

「君の目的も『離脱(リープ)』で現実世界への帰還だろう? もしそうなら俺達と協力しないか? 単独でのクリアがどれほど困難かは説明するまでも――」
「徒党を組んで原作の『ハメ組』の真似事ですか。謹んでお断りしますわ」

 少女が席を立つと同時にアルマは頭を机に激突させ、その間々地面に力無く倒れ伏した。
 ぱくりと裂傷した額から夥しい流血を撒き散らし、その全身を不規則に痙攣させる。
 一体どうしてこうなったのか思考錯誤する余地も行動選択する余地も、彼には残されていなかった。


「でも貴方達の本に私の名前が乗るのはちょっとだけ厄介だから死んでね」


 少女は天使のように感情無く微笑んだ。
 やがてぴくりとも動かなくなり、跡形も無く消失して一足先に現実世界に戻った彼を一瞥すらせず、少女は悠々と自然な振る舞いで店から出た。

 ――殺した張本人が殺された者に対して、自らの手で死んだ事に驚きを抱く筈も無い。

 こうして、グリードアイランド史上最初にして最恐のプレイヤーキラーは食後の運動がてらに、音程の狂った鼻唄を口ずさみながら魔法都市マサドラを目指したのだった。




「楽勝楽勝っ! 何だ、グリードアイランドのモンスターも大した事無いな!」

 G-333「一つ目巨人」をフリーポケットに入れながら、黒髪の少年は「がっはっは!」と大口で笑った。
 年齢は十四歳ぐらいだろうか、青一色のTシャツに短パンというラフな服装で左頬に刃物で抉られたような古傷がある黒髪黒眼の少年は巨人の攻撃を軽々と避けながら一つだけの眼を殴りつけ、次々とカード化させる。

「コージ! 序盤の雑魚倒したぐらいで調子に乗らない!」
「ユエに同意」

 コージと呼ばれた少年と同年代の、桜色の着物を上着として羽織る銀髪碧眼の少女は自分の背丈より巨大な大鎌を縦横無尽に振るい、弱点の眼を切り裂かずに真っ二つに両断し、次々と葬ってカード化させていく。
 その後ろで、二つほど年下の、西洋人形のような可愛らしい洋服にシンプルなデザインの黒のミニスカートを翻らせる金髪の少女は地面に落ちた間々放置されているカードを黙々と回収していく。
 後ろ髪を縛ったポニーテールがゆらり揺れる中、彼女の背後から繰り出された棍棒を躱し、その一つ目に蹴りを入れて仕留め、カードの回収作業に戻る。
 彼女の地道な努力のお陰で取り零しは無く、計十六枚が彼等三人のフリーポケットに収まった。

「アリスも無事だな? おーし、なら早く行こうぜ。魔法都市マサドラへの一番乗りは俺達がするんだからな!」
「……いつまでも子供扱いしないで欲しい」
「ハハッ、その台詞はまともな『発』を作ってから言うんだな!」

 むーと、アリスと呼ばれた金髪翠眼の少女は不機嫌さを隠さずに口を尖らす。
 確かに彼女は自分にあった念能力を未だに一つも作っていないが、身体能力や潜在的なオーラなどは二人とほぼ同等であり、『発』が無いという一点で子供扱いされている事に強い不満を抱いていた。
 下手に急いで、強化系なのに最も苦手な操作系と具現化系の複合である『発』を作ってしまったカストロのような失敗だけは犯したくない。

 ――『HUNTER×HUNTER』の原作を知る者ならば誰もがそう思うだろう。彼等三人も嘗ての読み手であり、今は名も無き出演者の一人だった。

「よーし、魔法都市マサドラ目指してしゅっぱーつ!」
「……どうでも良いけど、方向逆よ?」

 別方向に指差しながら進もうとする方向音痴のコージに呆れながら、ユエは髪を描き上げて溜息を吐いた。

 ――彼等三人は知り得ない事だが、魔法都市マサドラに『三番目』に速く到着した組だった。





「――ガキ三人か。十中八九同胞だろうな」

 呪文カードを売っている店を遙か遠くから望遠鏡で監視しながら、二十代の中半に差し掛かった金髪赤眼の青年は、魔法都市マサドラに三番目に到着したプレイヤーを品定めする。

「どうする? 早い内に仕留めるか?」

 神字が無数に刻まれた包帯で全身をミイラ男の如く覆い隠す青年は明日の食事を決めるかの如く軽い感覚で尋ねる。
 事実、彼等三人組が此処まで来るまで駆逐したプレイヤーの数は既に両指の数では納まらない。
 特に同胞と思われる者に対しては現段階の実力に関わらず、必ず邪魔になると睨み、容赦無く葬ってきた。

「いや、今の段階で仕掛けても旨みは全く無い。格下と言えども能力は不明だからな」

 何処かで見たような民族装束を羽織る金髪の少年に、タンクトップのシャツの黒髪の少年、制服じみたブレザーを着る橙色の髪の少女の三人組を眺めながら、彼はそう判断を下す。
 途中の岩石地帯で原作のゴンとキルアの如く、岩山を一直線に掘って修行の真似事をする雑魚共とは一味違うと彼は判断する。そんな事をしていた雑魚は彼等に背後から襲われ、既にゲームオーバーとなっているが。
 ――尤も、この世界に生まれて二十数年経っている自分達には遠く及ばないという絶対的な自負が先立つ。

「当面は有力なプレイヤーの能力を探りながら『神眼』の入手が最優先だな。ある程度指定カードを集めさせてから奪おうぜ」

 彼等は自分達が今のグリードアイランドで最強のプレイヤー集団である事を微塵も疑わない。
 十五人揃わなければ手に入らない『一坪の海岸線』とそれと同等の入手難易度と思われる『一坪の密林』以外なら、全て自力で揃える自信がある。
 その二つさえどうにかしてしまえば、最初にグリードアイランドをクリアし、一年後に付けられるであろうバッテラ氏からの懸賞金500億を手にするのは自分達になる。

「そうですか? では、彼女を確保するのは次の機会ですね。至極残念です」
「お。ルル、気に入ったのが居たのか? ソイツは可哀想だなぁ」
「バサラに同意だな、今から同情するぜ」

 バサラと呼ばれた金髪の青年は下品に笑い、全身包帯の青年も皮肉げに笑う。
 彼等の最後の一人である黒髪紫眼の青年は端正な顔を酷く歪ませて、下卑た顔で嘲笑う。

「ええ。彼女には僕の首輪が良く似合いそうですね」

 彼の右手の指先には念で具現化された首輪がくるくる回っており、彼の視界には遥か彼方にいる橙色の髪の少女を捉えていた。




「屑カードばかりじゃないか! 運まで見放されているのか君は……!」
「同じ台詞をそのまま返すぜ! 『初心(デバーチャー)』を四枚被りで出したテメェだけには言われたくねぇよ!」

 金の刺繍が施された青色の民族装束を着こなす金髪茶眼の少年と、タンクトップのシャツを着る筋肉質の黒髪黒眼の少年は惜しみなく怒鳴り合う。

「二人とも落ち着いて! こんな処で喧嘩しても何にもならないでしょ!」

 いがみ合う二人の間に割って入り、白色系のブレザーを羽織った橙色の髪の少女は必死に仲裁する。
 臆面も無く舌打ちする金髪茶眼の少年ミカと、迷惑掛けて心底申し訳無さそうな顔をする黒髪黒眼の少年ガルルは事有る毎に衝突するほど仲が悪かった。
 どうして其処まで険悪な喧嘩を繰り返せるのか、何故仲良く出来ないのかと心底呆れながらマイは溜息を付いた。
 一、二年の付き合いでも無いのに、ミカとガルルは致命的なまでに反りが合わなかった。
 決して融和しない水と油という次元では無い。共に大炎上して周囲に被害を齎す火と油の次元だった。

「……それもそうだな。さて、今後の方針だが、シソの木を南下してギャンブルの街ドリアスに――」
「阿呆か。態々戻るなんて二度手間だ。更に北下してカードを取り尽くしてから反対側に行った方が良いだろう」
「これだから目先の事に囚われる単純馬鹿は……。大した実力無くても運次第で手に入るカードなら早めに入手しておいた方が無難だろう? 下手に独占されては後々厄介だしな」
「それはドリアスで手に入る指定カードに限らず、どれにも言える話だがな」

 交差した視点上に火花が散るが如く互いに睨み合う。
 自信過剰で独断専行が多いミカと、警戒深く慎重で石橋を叩いて進むガルルでは意見の食い違いなど日常茶飯事だった。

「マイはどう思う! 僕に賛成だろう!?」
「マイの意見を聞こう……!」

 そして埒が明かなくなると、何故だか知らないが、自分に最終決定権が渡される。
 二者択一、意見を通した方は気分を良くするが、通らなかった方は頗る不機嫌になる。何方を選んでも同じ展開になるのでいい加減げんなりする。
 恐らくグリードアイランドで最も纏まりの無い攻略組だろうと内心溜息付きながら、マイは内心嫌々選択するのだった。




 魔法都市マサドラに『一番目』に到着し、『二番目』のバサラ組が到着する前に街から立ち去った三つ編みおさげのゴスロリ少女は、自らの手で手に入れた指定カードを愉しげに眺める。

「指定カード073『闇のヒスイ』独占完了っと。ゲイン待ち対策と使用する為に三十個ぐらい多めに取っておくかね」




 ????組

 ???????(♀12)
 系統不明
 能力不明

 現在の指定ポケットカード
 No.073 闇のヒスイ
 全1種類 15枚





[30011] No.002『幼き魔女』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/04 21:14



 No.002『幼き魔女』


「……おかえりなさい。どうでした?」
「俺達を除く十四人が死亡だ。ったく、一日足らずでこの始末かよ。殺人ゲームに拍車が掛かっていやがるな」

 懸賞の街アントキバのカフェの一角、其処には通夜じみた辛気臭い雰囲気が漂っていた。
 一人は十人中十人が優男と評せるぐらい人の良い白髪長髪の青年、もう一人は真逆に凶悪な人相で眼さえ合わせ辛い目付きの悪い赤髪短髪の青年だった。

「他の奴らは怖がって誰一人来ない。こりゃ本格的に詰んだな」
「……完全に私のミスですね。グリードアイランドでの同胞狩りが此処まで苛烈なものとは、読み違えましたよ……」

 彼等こそは六十人の同胞を集めた現実への帰還組のリーダーと、そのサブリーダーであり、自力でグリードアイランドから脱出出来る程度には腕の立つ実力者である。
 ――尤も、帰還組でそれを成せるのは彼等ぐらいであるが。

「お前の責任じゃねぇ、俺も甘く見ていた。考えて見れば、呪文カードと指定カードの情報を俺達は事前に知ってるんだ。実力云々は置いといて、そんなプレイヤーは邪魔でしかない」

 それでも此処まで短絡的に殺しに来るとは思ってもいなかったがな、とやぐされながら愚痴る。
 元日本人の良心と道徳観念は、この世界に生きている内に何処かに消え去ったようだ。
 朱に交われば赤くなるように、脱皮しない蛇が滅びるしかないように、この何処か狂った世界に順応したのだろう。

「頭部を鋭利な刃物で穿たれる、全焼する、鋭利な刃物で切り刻まれる、馬鹿げた怪力で圧壊される。この特徴的な手口を見る限り、最低でも四人は手練のプレイヤーキラーがいるな。全員が全員、同胞とは限らんがな」

 サブリーダーである彼が現実世界に一旦帰還した理由は仲間の死因を確認する為だった。少しでもプレイヤーキラーの手口を知れれば御の字と言った処だが、解った事は爆弾魔(ボマー)以上に汚物を消毒出来る念能力者が居る事と、趣味の悪い切り裂き魔がいる事ぐらいだ。
 鋭利な刃物で穿たれた死体や馬鹿げた力で圧壊された死体は手口としてありふれ過ぎて余り参考にならない。

「安直に数を集めて呪文カードを独占し、指定カードを奪う作戦は最初の段階で頓挫ですね。問題が無かった訳でも無いですが」
「問題?」
「SSカード『一坪の海岸線』を自力で入手出来る組が居るか、否かです」

 最悪の場合、十二年後の原作のGI編まで待たなければ居ないかもしれない。
 レイザーに太刀打ち出来る実力者も少ないし、その実力者達が素直に協力するとも限らない。
 自分達の組の他に二組クリアされる可能性を渡すようなものだ、原作のように仲良く三等分するとはとても思えない。

 ――或いは一組だけでの独占を企むかもしれない。

 ゲームマスターであるレイザーとの戦いで疲弊した後を狙えば簡単に片付けられるかもしれないし、その可能性を考慮すれば、ますます組んで挑もうとするプレイヤーが少なくなる。
 厄介事を押し付けて、入手直後に奪おうとする輩も恐らくは居るだろう。

「薄々気づいていたが。他人から奪う寸法は、指定カードが全部出揃うまでクリア出来ない。どうやっても後手に回るって事だよな」

 99種類、全てのカードが出揃うまで一体何年掛かる事やら、と目付きの悪い男は溜息を吐く。
 原作では十二年後、ただし、本当に十二年後に揃うかどうかの保証は何処にも無い。
 『一坪の海岸線』と同等の入手難易度であろう『一坪の密林』が原作通り「宝籤(ロトリー)」で誰かが入手出来るとは限らないし、その時期が一年後か、或いは十二年後という可能性さえある。

「数を揃えられない今、俺達の勝率はほぼ無くなった訳だ。何か名案でも無いか?」
「どの道、グリードアイランドは突出したプレイヤーでないとクリア出来ませんからね。今の状態ではお手上げですね。暫くは静観し、事態が動くまで待ちますか」

 気長なこったと目付きの悪い男は軽口叩き、まぁ仕方ないですよと人の良い優男は笑う。
 指定カードが出揃った時に呪文カードを独占していれば、彼等の勝ち目は確実なものになる。それまで生存して、待てば良い。それだけの話なのだ。

「貴方はまた外に戻って実力者の同胞の勧誘をお願いします。私の方はグリードアイランド内の同胞の勧誘に専念しますから」
「……気を付けろよ。原作以上に論理も欠片も無い殺人野郎が多いからな」
「大丈夫ですよ、私の念能力はそういう事を回避するのに特化していますから。絶対に見誤りませんよ」

 自信を持って優男は笑い、その反面、目付きの悪い男はやや心配気に顔を濁らせた。

「油断だけはするなよ。この世界に『絶対』は『絶対』に無いからな」




 それは途方も無く巨大な大木だった。
 外の世界なら樹齢何千年級の代物だが、此処はグリードアイランド、自然物ではなくて具現化された可能性もある。
 桜色の着物を羽織る銀髪碧眼の少女ユエはその巨大さに圧倒され、寝ぐせで髪がぼさぼさな黒髪黒眼のコージがはしゃぐ中、今日は気分でツインテールの髪型にしている金髪翠眼の少女アリスは覚めた眼で冷静に眺めていた。

「どうだい、でかいだろ? この大木にだけ棲むという伝説のキングホワイトオオクワガタ、普段はコロニーの奥深くにいて姿さえ見せない。捕獲の方法は唯一つ! 奴が唯一姿を現す夕方に木をぶっ叩いて落とす!」

 恐らくは叩いた瞬間にその威力で虫をドロップさせる仕組みなのだろう。よじ登っても徒労に終わるか、とアリスは退屈気に分析する。

「叩くポイントは此処! 派手に揺らそうと思ったら半端な力じゃ駄目だぜ? まぁ頑張ってくれや、初の挑戦者さんよぉ」

 樹の根元に予め用意された打撃ポイントを指差しながら、管理人らしきヒゲもじゃの男は完全に舐め切った表情でハンマーを手渡す。相変わらずNPCとは思えない人間味である。
 そのハンマーを真っ先に受け取ったのはアリスの予想通りユエだった。

「うっし、此処は私に任せなさいー!」
「……まぁ、強化系のユエがベストだよな」

 ユエは得意げな表情で意気がり、やや納得の行かない表情でコージは見送る。アリス自身の系統は変化系、不貞腐れるコージは放出系なので妥当な選択と言える。
 それにユエは日頃から大鎌を獲物としているので『周』の練度は三人の中で一番高い。男女の筋肉さなど修行次第で幾らでも覆せるのがこの世界の特徴でもある。
 足場を確かめ、ユエは精神集中してから全力の『練』を行う。迸るほど練り上げた全オーラをハンマーに回し、大きく振り被る。

「ちぇいさー!」

 掛け声と共にハンマーによる『硬』の一撃を樹木に叩き込み、木を大きく揺らす。
 葉のざわめきが激しくなり、雨の如く大量の虫が落下してきた。見上げていたアリスにとって、少しトラウマになりそうな光景だった。

「おー、大漁だな。どれどれ、キングホワイトオオクワガタはー?」

 カブトムシやらカマキリなどの虫を物色しながら目的の虫を探す。
 もしかして、此処に普通サイズのキメラアントはいないよね、と疑心暗鬼に陥りながら、アリスも恐る恐る探すが、一向に目的の虫は見当たらない。

「あるぇー? キングホワイトオオクワガタはぁ?」
「……いねぇな。ユエ、お前力不足だったんじゃねぇの? オレがやろうかぁ?」
「んな!? アタシで出来ないならアンタも無理よ! もう一度やれば多分出るよ! 今度は手加減しないから!」

 顔を真っ赤にしてむきになったユエは『練』でオーラを練り込むのに更に時間を掛け、先程よりも強力な一撃を樹木にお見舞いする。
 渾身の一撃で先程より揺れが大きく、それに比例して落ちてくる虫の量も多かった。

「お、あったあった! 『キングホワイトオオクワガタ』一匹ゲット! この調子でカード化制限まで集めようぜ!」
「えー、もう嫌よ。慣れない獲物で『硬』するの、結構骨なのよ?」

 ぐてーっと疲労感を漂わせながらユエはハンマーを番人の男に突き返す。
 それと入れ替わりに、意気揚々とコージがハンマーを奪い取って素振りする。

「それじゃオレが一発やってやるぜ!」
「放出系のアンタじゃ無理よ」
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ!」

 アリスの横に来たユエが冷ややかに煽る中、コージの挑戦が始まった。
 全力で練り上げた『練』のオーラ量はユエの『練』と遜色無いが、それがハンマーへの『周』及び『硬』になるとオーラが乱れて荒が目立つ。
 それでも構わじとコージはハンマーを振るった。アリスの眼からも、オーラを整えるより、霧散する前にぶちかました感が強かった。

「うらぁ!」

 同等のオーラ量、されども劣る練度、それプラス強化系による100%の強化と放出系による80%の強化、それがハンマーでの打撃力に眼に見える形で現れた。
 先程より揺れは少なく、落ちてくる虫は斑だった。その中にお目当てのキングホワイトオオクワガタは残念な事にいなかった。

「あれぇ、どうしたのぉ? キングホワイトオオクワガタどころか普通の虫も少ないけどぉ?」
「っ、人には向き不向きがあるんだよ!」
「へぇ、そうなのぉ。大口叩いてた口は何処の口ぃ?」

 ユエは此処ぞとばかりに煽り立て、コージは爆発寸前まで頭が茹で上がる。
 二人のやり取りは長年見ているが、飽きないものだと感心するばかりであり、案の定、今回も爆発した。

「うがぁー! 言いやがったなぁ!」

 切れたコージはハンマーを何処かに投げ捨て、樹木から距離を置く。
 コージは右手の人差し指を銃に見立てて樹木に向け、左手で右手首をぎっしり固定して抑える。
 全身から迸るほどのオーラを一点に集中させ、ひたすら圧縮させていく。

「ちょ、それ使うの!?」
「うるせぇよ! ――喰らえ、念丸(ネンガン)!」

 あれがコージの『発』――念はシンプルなものほど良いとは誰の台詞だったか。オーラを撃ち出すという放出系にとって基本中の基本を必殺の域まで高めたものがこれである。
 練り上げた全オーラを限界まで圧縮させ、大砲の如く撃ち出されたオーラの流星は樹木を大きく揺らし、ユエの『硬』と同程度か、それ以上の虫を降らせた。

「やりぃ! どうだ、一匹出たぜぇ?」
「~~っ、一匹程度で良い気にならないでよねっ!」

 何やら二人の何方が多く取れるか競争になったが、アリスは適当な場所に腰掛け、遠目から傍観する。
 『念丸』が同じ漫画家の前作主人公の丸パクリである事は本人も否定しない。むしろそれに対する思い入れが強い事で威力が加算されているような気がする。これだから念は奥深い。

「……大人気無いなぁ」

 ユエとコージが無駄に張り合って競う中、アリスは自分にあった『発』を未だに見つけ出せず、少しだけ意気消沈する。
 オーラを何か別なものに変化せる事が得意な変化系だが、原作ではオーラをガムとゴム状に変化させるヒソカの『伸縮自在な愛(バンジーガム)』やキルアの電気などがあるが、どうもしっくり来ない。

(オーラを何に変化させる事がベスト、か。それを真っ先に考えているから先に進めないのかな……?)

 仮にそれ以外の事に興味を抱いたら別系統の念になってしまうだろう。
 焦りは禁物だが、自分にあった『発』を開発した者とそうでない者の差を、アリスは身近にいる者から実感、もとい体感せざるを得なかった――。




 コージ・ユエ・アリス組が他のプレイヤーと遭遇したのは、彼等が『キングホワイトオオクワガタ』を四枚ほど入手した後だった。
 巨大な樹木から立ち去る直前、白い日傘を差した黒いゴスロリ服の少女は悠々と立ち塞がった。
 彼女の腰元に揺れる大きな銀時計はチクタクチクタクと五月蝿く鼓動して自己の存在を知らしめる。黒のニーソックスとスカートを飾る赤リボンが風と共に淡く揺れた。

「こんにちは、いや、もう夕方だからこんばんはかな? 指定カード三枚で見逃してあげるよ?」

 少女が笑顔で巫山戯た提案をした直後、三人は間髪入れずに臨戦態勢に入る。
 全身をオーラで漲らせた『堅』の状態を保ち、眼にオーラを回して『凝』で見ながら今現れた敵を警戒する。
 オーラを見え辛くする『隠』を使っている様子は無かった。

「は? おいおい、いきなり何言ってんだ? こっちは三対一だぜ。正面から正々堂々挑んできたその度胸と根性は褒めるが、無謀じゃねぇか?」

 余裕満々でコージは威嚇する。初めて敵対するプレイヤーを前に緊張感はある程度あるが、自分達より弱そうな相手という安堵の方が強い。
 三つ編みおさげの黒髪紅眼の少女はキョトンとする。此方の言っている事がまるで解らないという風に。実際にそうだった。

「うん、一対三だよ。あれ、態々言わないと解らない? アンタ達程度が私に敵う訳無いじゃない――」

 小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、彼女の小さな身体を覆うオーラの総量が跳ね上がる。そのオーラの禍々しさに三人は一斉に驚愕して跳び退いた。

(何だこの馬鹿げたオーラは!? オレの二倍以上、いや、三倍か!? アリスと同年代ぐらいの癖に此処まで鍛え上げたのか……!?)

 凄まじいオーラだった。総量も桁違いながら、一瞬にして死を予感させる不吉さを孕んでいる。
 彼等は自分達もそれなりの実力者だと自負していた。原作と比べても良い処まで登り詰めていると。
 だが、上には上がいると実際に対峙した敵から初めて思い知らされ、精神的に遅れを取り、動けずに居た。

(いや、落ち着け。念能力者同士の勝負に絶対は無い。オーラの多寡だけで勝敗は決まらない! てか、身体能力は流石にオレ達の方が優っている筈っ!)

 例え三倍近くオーラに差があっても、相手が操作系か具現化系ならば、強化系の習得度は60%で精度も60%まで落ち、放出系で強化系の習得度が80%で精度も80%のコージに勝ち目が出てくる。
 今現在の彼の顕在オーラを1000と仮定し、相手の少女の顕在オーラは3000前後でも、強化系の習得度にある程度の差があるのならば――決して、突破出来ない壁では無い。
 強化系のレベルが同レベルという前提の話で想定するならば、今のあの少女の『堅』状態は攻防力50、つまりは1500のオーラで強化されているという事だが、前述した通り強化系から離れたニ系統なら60%、900程度の数字まで落ちる。
 放出系のコージが攻防力100の『硬』で攻撃すれば、800程度の攻撃力になり、その100程度の差は計算に抜いた肉体の強度で容易に埋めれる差だ。
 ましてや戦闘中のオーラの攻防力は常に『流』によって移り行くもの、オーラの薄い箇所を狙えば一発逆転も不可能ではない。

(放出系のオレでも『硬』状態ならば突き通せるんだから、強化系のユエならもっと楽に突破出来るっ!)

 コージは思い切って先陣を切り、正面から突っ走る。
 その格下を嘲笑う綺麗な顔目掛けて、渾身の右拳を突き出し――その挙動を見てから、霞むような迅速さでコージの顎を強く蹴り上げられ、彼は正面から返り討ちにされる。

(――っ!? 速っ、重っ……!?)

 一瞬、意識が飛ぶ。少女の動きが早すぎた事で右腕への『硬』が間に合わず、まだ『堅』状態を保っていた事が彼の命を紙一重で救った。でなければ、この一撃で顔が原型を留めずに潰れていただろう。
 彼の希望的観測は半分当たっていた。彼女が強化系から遠く離れた系統である事はほぼ間違いない。でなければ『堅』状態から致命傷を負っていただろう。

 誤算は一つ、頼みの身体能力でさえこの年下の少女に圧倒的に劣っているという非情な事実のみ。

 十メートル近く吹っ飛び、反射的に立ち上がろうとするが、世界が反転したかの如く揺れて、身体が言う事を効かない。

「コージ!? よくもォ……!」

 未知の強敵に遭遇してからの恐怖から来る硬直をユエはそれを上回る憤怒で解き、背中に背負う大鎌を縦横無尽に振り回す。
 三つ編みおさげの少女は日傘を畳みながら紙一重で見切り、楽々と躱し続ける。

(――っ、認めざるを得ない。この女が圧倒的なまでに格上である事を。でも、攻防力90ぐらいのオーラを大鎌に纏って、間合いに入れさせなければ、勝機は必ず巡ってくる)

 幸いにも少女は無手だ。あの日傘程度ならオーラを纏っていても両断出来る自信がある。それに態々紙一重で避けてくれるのならば都合が良い。彼女の『発』はそういう輩に対して最も効果的に働くのだから。

 数回に渡って大鎌の一閃を躱し、一際大振りの一撃が繰り出され――少女は紙一重で避けず、瞬時に大きく退いた。ユエは野生の獣の如く勘の良さに内心舌打ちした。

「鎌に纏ったオーラを刃状に変化させて攻撃範囲を広げるか。中々器用だね。でも『隠』で隠すなら鎌全体のオーラを消すんじゃなく、伸ばした一部分にしないと簡単に見破られるよ?」
「っ、そうね。今度から気を付けるわ……!」

 あの少女が『凝』を使った様子も無く此方の攻撃を看破した。
 つまりは大振り後の隙を意図的に狙わせる事と、鎌のオーラを『隠』で消すという予備動作で此方の攻撃を瞬時に推測・察知して見切られたという事になる。
 潜り抜けた場数も戦闘経験も段違いだと否応無しに思い知らされる。

(出し惜しみなんてしてられないね……!)

 ユエは大鎌に全オーラを纏わせ、水平に構える。明らかに間合い外からの構えに、ゴスロリ服の少女は警戒心を強くする。
 言うまでもなく大技を繰り出すと宣言しているようなものだとユエは自嘲する。張り詰められた緊張感の中、それでも避けれるものなら避けてみろと心の中で強く呟く。

「はぁ――!」

 オーラを刃状に変化させ、鎌を振るう事で斬撃を一直線に飛ばす――強化系と変化系と放出系の複合技であるこれを、ユエは前世で遊び尽くしたハンティングアクションゲームから文字って『鎌威太刀(カマイタチ)』と名付けた。

「へぇ……!」

 少し関心したようにオーラの一閃を少女は屈んで躱し、続いて繰り出される間合い外からの一撃も走りながら回避していく。
 ゴンの『ジャジャン拳』を参考にしている彼女の『鎌威太刀』だが、別に常に全オーラを籠めて攻撃する必要も無いので、オーラが尽きない限り連続で攻撃出来る利点がある。
 稀に『隠』で隠蔽した斬撃を放つも、この相手には全く通用しない。予備動作の段階で察知され、『凝』で見破られ、体勢を崩す事無く躱される。

「くっ……!」

 持久戦になれば地力で劣る彼女達に勝ち目は無い。敗北は即ち死に直結する――焦燥感が過ぎった瞬間、ユエは自分の四肢に走った激痛によって動きを封じられ、体勢を崩して転倒し、地に崩れた。

「……つっ!?」
「武器使いの宿命だね。獲物にオーラを振り分けなければならない分、身体を守るオーラがお粗末になる。私が強化系から離れた系統だと眼見当を付けたまでは良かったけれど、その先をまるで警戒していなかったようね」

 余りの激痛に顔が歪みながら瞬時に『凝』で自らの血塗れな四肢を視るが、既にユエの四肢を突き刺した具現化した何かは既に消されていた。
 戦闘続行が不可能になる程の負傷を負い、相手の能力を目視する絶好の機会を逃すなど最悪の不始末だった。

「別に『隠』を使えるのは貴女だけでは無いし、私から見れば使い方がまるでなっちゃいないけ――」

 余裕こいて戦闘中に関わらず長々と喋る少女の背後から、全身のオーラを『隠』で隠し、気配を極限まで消したアリスが『硬』の一撃をお見舞いする――!

「駄目、アリス――!」
「――どね、『凝』は慣れない内は常に使った方が良いんじゃない?」

 三つ編みおさげの少女は喋りながら振り返らず、アリスの打ち出した拳の手首を掴み取る。

「な――!?」

 アリスが驚いて振り解く間も無くユエに向かって投げ捨て、その過程で全くオーラを纏っていない腹部を蹴り飛ばし、馬鹿げた勢いで二人は激突する。

「まぁ貴女達程度のオーラでは真似出来ないから参考にはならないし、もう聞こえていないか」

 今の少女を『凝』で見ていれば、余ったオーラで五メートル相当の『円』を展開している事を見破れた筈だった。

「ユエ! アリス! テメエェ――!」

 幼馴染を無惨に打ち倒され、ぷちんとコージの中の何かが切れる。
 頂点に達した途方も無く激しい怒りが、彼から許容限界を超える膨大なオーラを捻り出した。

「――!」

 跳ね上がったオーラ量を察知し、振り返った少女のあるか無いかの硬直に、コージは限界以上のオーラを集中させ圧縮した生涯最高の『念丸』を撃ち放った。

(幾ら馬鹿げたオーラ纏うアイツでも無傷で済まねぇ――!)

 タイミング的に避けられない――極限まで圧縮して尚バスケットボール大のオーラの流星を、三つ編みおさげの少女は日傘に全オーラを回して振り抜く。
 ――彼女のオーラの攻防力がこの戦闘で初めて動いた瞬間だった。

 オーラの流星と少女の全オーラを纏った日傘が衝突する。

 その一瞬、刹那程度の拮抗、その無きに等しい隙で少女は影も形も無く離脱する。オーラの流星は持ち主を失った日傘を木っ端微塵に破壊して遙か彼方に飛び去った。

「懐かしいね、霊丸(レイガン)なんて――いや、念だから念丸と言った処か。放出系だね、君は」

 その声は渾身の一撃を避けられて唖然とするコージの背後からであり、振り向く間も無く頭部を掴み取られ、地面に強烈に叩き付けられた。
 激突した地面は罅割れ、限界まで消耗して使い切ったのか、コージの身体からオーラが霧散する。

「あの日傘、買ったばっかりだったのに残念だわ」

 念の篭り易い愛用の品ですら無いのかよ、という無粋な突っ込みは声にすらならなかった。
 言葉の割には気にした様子の無い少女は突き落とした頭を無造作に掴み上げるとコージのくしゃげた鼻から鼻血がボタボタと零れ落ちる。

「意識はまだある? あるなら早く本(バインダー)出して」
「……誰、がっ、死んでも、断る……!」

 まだ睨みつけてくるだけの意欲がある事に少女は少しだけ感心する。

「それなら三人とも殺すけど? 君は折角だから最期にしてあげるよ」
「ま、待て、二人に手を出すなッ!」

 その予想通りの反応に、三つ編みお下げの少女の眼が冷たく沈む。
 出来の悪い子供に苛立つ親のように――暗い殺意を籠めて再び問う。

「――お前が優先する事は無力な制止の言葉? それとも絶体絶命の逆境に立ったヒーローごっこ? 違うでしょ。ある一言で良いのに物分りの悪い単細胞生物ねぇ。二人が死ぬまで寝惚けるつもり?」

 既に少女の殺意が漲った視線はコージではなく、一緒に横たわるユエとアリスに向けられていた。
 こんな力尽くで指定カードを奪いに来た外道少女の思い通りにさせたくないという意地も誇りも、彼女の本気を垣間見て木っ端微塵に崩れ落ちた。

「ブック……!」

 心折れて項垂れるコージに欠片の興味すら抱かず、少女は本を物色し、三枚の指定カードを無造作に奪い取った。

 さて、此処で問題となるのは、目的のカードを奪った彼女が抵抗した彼等三人を生かすか否かである。
 カードを奪って用済みとなったプレイヤーなど生かす価値もあるまい。コージは血反吐を吐くような思いで、生涯で初めての懇願をした。

「……頼む、ユエとアリスは、コイツらだけは見逃してくれ。オレはどうなっても構わない、だから――!」


「次に出遭う時はもっと良いカードを持っていてねー。でないと、殺しちゃうから。バイバイー」



 コージのプライドを全て投げ捨てた必死の懇願など聞く耳さえ持たず、少女は興味を失った玩具に見向きせずに立ち去っていた。

 ――助かったという安堵は無く、空虚なまでの無念さと途方も無い怒りがコージの胸を支配した。
 食い縛る歯から血が滲み、口元から溢れ流れる。握り締める両の手からは血が零れ落ちた。

「……今の俺達は殺す価値も無いってか。舐めやがって、畜生、畜生ォオオオオー!」




「――っっ! ……ありがとうね、アリス」

 しとしとと夜のグリードアイランドに雨が降り注ぐ。
 キングホワイトオオクワガタの棲む巨木からそう遠くない小屋にて、彼女等はケガの治療に専念していた。

「お腹は大丈夫?」
「一応防御は間に合ったから問題無いよ。それよりユエの方が……」

 一応止血し、包帯を巻いたが、鋭利な刃物で貫かれたユエの四肢は明らかに重傷だった。今の彼等では到底手に入らないが『大天使の息吹』があれば即使っているほどだ。

「大丈夫大丈夫、こんな傷ぐらいすぐ治るよ。強化系だしね、私! 痛っっ!?」

 空元気で腕を回して健在さをアピールするが、傷に触って自爆してユエは涙目で痛がる。

「それよりコージは?」
「……まだ、外に」

 そして、三人の中で一番重傷なのはコージだった。
 怪我自体は幸いな事に大した事無い。あのゴスロリ服の少女と戦闘し敗北してから落ち込み様は長年付き添う二人も見た事無いぐらい酷い様だった。

 思えば、これが彼等がこの世界で体験した初めての挫折だった。

 ハンター試験に受かり、念を覚え、グリードアイランドを手に入れるまで順風満帆だった彼等三人は、初めて全力で挑んでも絶対超えられない壁にぶち当たった。
 自分達が原作主人公並に才覚が恵まれている、そんな根拠無き自信が偽りの幻想であった事を問答無用に思い知らされた。
 ユエとコージにとっては二つ年下、アリスにとっては同年齢の少女でありながら、隔絶した実力差で蹴散らした、本物の才覚の持ち主、あの三つ編みおさげの少女によって――。

「あの馬鹿、こんな雨の中で……! ちょっと連れ戻して、~~っっっ!?」
「ユエは安静にしていて。傷に触る。私が行ってくるから」

 苦痛に顔を歪ませながら立ち上がろうとするユエを制する途中、ドンと勢い良く部屋の扉が開く。
 其処には雨にずぶ濡れになって自暴自棄になっているコージが立っており、彼が身に纏う重苦しい雰囲気の前に二人は言葉が出なくなる。

「え? ちょっとコージ何を――!?」

 コージは血塗れて泥塗れになった右拳をまた強く握り締め、何を思ったのか、思い切り自分の顔に叩きつけた。
 二人は余りの唐突な行為に唖然とした。

「よっしゃ、反省終わりッ!」

 重くどんよりとした雰囲気が一気に消え去り、其処にはいつもの調子に立ち戻ったコージが居た。

「どの道、グリードアイランドにいる限りアイツは何度も立ち塞がるんだ。なら、次は勝つ! 絶対勝つッ!」

 目の前の壁を超えられなくて転んだなら、また起き上がって挑めば良い。常に前向きの彼らしい結論だった。

「……そう、だね。うん、現段階で全部負けていても、これから追い抜けば良いんだ……!」
「ああ、ユエの言う通りだ! それじゃまずは『練』だ! オーラの差を少しでも埋めねぇとな!」

 二人の力強いやり取りに、自然とアリスの顔にも笑みが戻る。
 敵わないなぁ、とアリスは常に思う。あんなに落ち込んでいて、どうやって慰めようかと必死に考えていたのに、勝手に立ち直って――同じぐらい落ち込んでいた自分達にも、元気と活力を与えてくれて。

「そういえば『練』は何分持続出来る? オレは最高に調子良い時でも一時間二十分ぐらいだが」
「えーと、私は大体一時間半ぐらいかな? アリスは?」
「……二時間行くかどうか」

 ――まるで太陽みたいだ。
 言葉なんかには絶対にしてやらないけれども、アリスは幼馴染のコージの事を、恥ずかしがりながらそう評する。

「そうだな、キメラアント編のゴンキルア達でも三時間は余裕だったから、最低でもそんぐらいまでオーラの総量増やさないとな!」
「グリードアイランド編から飛んだものねぇ。ま、ライバルになるプレイヤー次第でグリードアイランドの難易度は格段に変わるけどねぇ~。アイツみたいなのが何人もいなければいいけど」
「そうだ、アイツの名前っ!」

 コージはすぐさまブックと唱え、フリーポケットにある『交信(コンタクト)』のカードを最後のページに嵌めて、今までに出会ったプレイヤーの欄に目をやり、最後に出遭った人物の名前に注目する。
 しかし数秒間固まった後、ぷつん、とコージがまた盛大にぶち切れた。

「思いっきり偽名じゃねぇか! 女の癖に『ジョン・ドゥ』とか舐めとんのかァ!」

 原作でもヒソカがクロロ=ルシルフルの名前を騙っていた事から、名前変更が可能である事は確かだが、これは流石に無い。
 名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)は男性に良く使われる架空の偽名であり、女性の場合はジェーン・ドゥが該当する。
 女性なのに男性の偽名を名乗っている訳だ、あのゴスロリ服の三つ編みおさげの少女はあらゆる意味で舐めているとしか言い様が無い。

「うーん、こっち側の偽名を使っているという事は……」
「……十中八九、同胞」

 ユエとアリスが偽名の余りの適当さに呆れる中、コージは怒りと執念を滾らせて強く誓う。

「絶対ぶん殴る! あの女、覚えてやがれぇー!」


 コージ・ユエ・アリス組

 コージ(♂14)
 放出系能力者

 【放】『念丸(ネンガン)』

 幽遊白書の主人公、浦飯幽助の必殺技『霊丸』の丸パクリ。
 世代的に思い入れが深く、単純故に強力な武器となる。

 ユエ(♀14)
 強化系能力者

 【強/変/放】『鎌威太刀(カマイタチ)』

 大鎌を覆うオーラを刃状に変化させ、刃状のオーラを鎌鼬の如く放つ、強化系と変化系と放出系の複合技。
 変化系と放出系の練度が高いとは言えないので、完成には程遠い。

 アリス(♀12)
 変化系能力者
 能力無し

 未だに自身に見合った『発』を開発しておらず、発展途上の身。

 現在の指定ポケットカード
 No.046 金粉少女
 No.053 キングホワイトオオクワガタ
 全2種類 2枚







[30011] No.003『厄除け』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/06 00:15



 No.003『厄除け』


「3月の月例大会の懸賞は『人生図鑑』か。しょぼいなぁ」

 グリードアイランド発売から三日目の3月15日、腕相撲という単純な月例大会に圧勝したプレイヤーを追跡し、呪文カードで奪おうとする輩は四、五人ほどいた。
 『盗視(スティール)』でその男のフリーポケットを見る限り、懸賞の街で手に入る屑アイテムしかない。
 古臭い外套に無精髭を生やしたい放題の顔を見る限り、何処の原人だかと内心侮る。

(ケケ、馬鹿な奴だ。このゲームで呪文カードがどれほど効果的で価値のあるものか、まるで知らねぇと見える)

 つまりは彼はこの三日間、魔法都市マサドラに行かなった人間であり、相手の指定カードを奪う呪文カードの存在など露とも知らぬ訳だ。
 死に物狂いで魔法都市マサドラまで辿り着き、また死に物狂いで帰って来た彼等にとって、今の呪文カードに対して無防備な彼は格好の鴨だった。

(さて、のんびりしてらんねぇな。他のプレイヤーに先を越されたら元も子もねぇ)

 態々正面に立つ必要も無い。背後から20メートルまで距離を詰め、呪文カードを唱えてトンヅラすれば終わり。呪文カードの予備知識の無い彼にとっては完全に予想外の攻撃だろう。
 本のフリーポケットから他プレイヤーの持ちカードをどれでも好きに奪える『強奪』を取り出し、男は小声で唱えた。

「『強奪』使用。ギバラの『人生図鑑』を――」
「お、サンキュー。態々カードを寄付してくれるなんて有難いこった」

 手に持っていたカードはいつの間にか消えており、二十メートル先に歩いていた目標は忽然と消失していた。
 背後を振り向けば、自分の本からカードを勝手に抜き去っている目標の姿があり、即座に彼は手を出した事を後悔した。

「な!? ブッ――つぇぁっ!?」
「これで全部? うん、もう死んでいいぞ」

 首を掴まれ、声を封じられたと思ったら、缶ジュースの缶を捻り潰すが如く、捻り切られていた。
 ボロボロの外套から露出した大木の如く鍛え抜かれた異形の手、一体どれほどの鍛錬を経て此処までの領域に達したのか、想像すら許さない鍛錬の結晶が其処にあった。
 それが彼が眼に焼き付けた最後の光景だった。

「しっかし、脆いなぁ。軽く握り締めただけでこれかよ。蟻の餌になりたくなければもっともっと鍛えた方が良いぜ、お前らもさぁ」

 視線は追跡していた彼等に向けられる。
 鴨が葱を背負って歩いているなんてとんでもない。あれは彼等程度では触れて良いものでは無かった。
 事実、呪文カードを使おうとしたプレイヤーを素手で圧壊させた男の纏うオーラは、彼等の修行不足を考慮外にしても三桁ほど規模が違った。

「――殺し甲斐がまるでねぇだろ」

 自身の肉体を鬼神の領域まで鍛え抜いた男の名はギバラ、今のグリードアイランドにおいて断然なまでに圧倒的なオーラを誇る最強のプレイヤーキラーだった。




「まだ『レインボーダイヤ』を入手していなかったのか。つくづく使えないな、君は」
「……そういうテメェは『大ギャンブラーの卵』ゲットしたのか?」
「っ、入手するのも時間の問題さ。小銭が足りなくなってね、今から崩しに行く処さ」

 大音量の雑音じみた音楽が鳴り響くギャンブルの街ドリアスの賭場にて、青い民族衣装を纏う金髪茶眼の少年ミカとタンクトップのTシャツ姿の黒髪黒眼の少年ガルルはいつも通り元気良く言い争っていた。

「今まで全戦全敗って訳か。それで良く大口叩けたもんだ」
「ふん、少なくとも君より速く指定カードを入手するさ。速く終わらせて手伝ってやるよ。この分だと『レインボーダイヤ』を入手するのも僕になりそうだけどね」
「けっ、言ってろ。逆の立場になったらどんな顔をするのか、今から楽しみだ」

 既に此処に訪れて二日目、リスキーダイスを入手出来ずに此処に来た彼等は未だに指定カードを入手出来ずに居た。
 原作でもスロットのスリーセブンを揃える確率は0,01%と言われ、一万回に一回当たる割合と言われている。
 ただこれは言い換えれば一万回して必ず一回当たる訳では無い。確率があるだけで、ニ万回やっても一回も当たらない可能性すらある。
 事実、マイもスロットの方に専念しているが、未だにスリーセブンが揃う気配は無かった。モンスターカードを売って蓄えた資金が先に尽きる可能性も見えて来ているのだ。

「……はぁ、ちょっと疲れたから休憩するね」

 二人の喧騒に疲れたマイは溜息を吐いてスロットの席を立った。
 この惨状も此処に来るまでにリスキーダイスを手に入らなかった事が運の尽きと言えばそうだが、手に入れていたとしてもより酷い未来になっただろうとマイには容易に想像付く。

(……手に入れなくて正解だよねぇ)

 指定カードの一つである『リスキーダイス』は二十面体のサイコロであり、一面が大凶で十九面が大吉、大吉が出ればとても良い事が起きるが、大凶が出れば今まで出た大吉分がチャラになる程の大惨事が起こるという、ハイリスクハイリターンという念の仕組みを如実に現しているかの如きアイテムである。
 というより、大凶=死という認識が正しいだろう。原作で大凶を出した名無しのモブは悉く死んでいた筈だろうし。
 手に入れたとして、誰が使うかで二人はモメるだろう。誰だって死にたくない。そんな可能性を回避出来るなら喜んで回避するだろう。
 結局二人が言い争うのは火を見るより明らかである。

(あーあ、指定カードに二人を仲良くさせるものでも無いかしら?)

 『黄金天秤』とかはどうだろうか?
 「どちらをとるか?」という二者択一に迫られた時、持ち主の将来にとって有効な方を――どっち選んでもいつもと同じか、と溜息吐く。
 『魔女の媚薬』なら――疲れ過ぎて血迷ったかな、と自分で自分の思考を後悔する羽目になる。仲良し処か相思相愛の彼等なんて見た日には卒倒してしまう。
 『縁切り狭』なら――根本的な解決になっていないので却下。でも、何気に一番の解決策では?と捨て切れずにいる自分が情けない。

(他に何があったっけ――あ、『移り気リモコン』なら他人が他人に抱く感情を十段階の強弱で操作出来る!)

 唯一(?)の希望を見出し、マイがやる気を取り戻した直後、鈍い爆発音が鳴り響いた。
 何かと思い、駆け足で音の鳴った方向に足を進め、マイは即座に後悔する。

「え? 一体、何が――」

 咽るほどの血の臭気、スロットの前で顔が吹っ飛んで倒れるプレイヤー、そして割れた何かを適当に投げ捨てて二十面ダイスを振るゴスロリ服の少女が其処には居た。
 顔が吹っ飛んでいるプレイヤーは程無く消失し、その様子を一瞥する事無く三つ編みおさげの少女はスロットを回し、一発でスリーセブンを揃える。

(リスキーダイスで大凶でも出た? でも賽を振っているのはこの少女? それに彼女の捨てたものは?)

 大当たりを知らせる豪快なファンファーレとは裏腹に、マイはこの言い知れぬどす黒い感情に身震いした。
 小さな硬貨大の黒っぽい石は真っ二つに割れており、彼女の周辺に十二個、同じような破片が落ちていた。

「貴女、何やっているの!?」

 また平然とリスキーダイスを転がす少女が何かをやっている事は間違いない。マイを敵意を籠めて問い質す。
 少女は気怠げに振り返る。まるでそんな質問を今更するのかと言いたげに。

「――何って、『リスキーダイス』と『闇のヒスイ』のコンボだけど? やっぱり私って運が悪いのかねぇ、もう六回も大凶出ているし」

 指定カード『闇のヒスイ』は確か原作では爆弾魔が独占していたカード、その効果は持ち主に危機が降り掛かりそうになると、他人にその厄災を渡してしまうというもの。
 つまりはリスキーダイスによる大凶のペナルティを他人に渡すという鬼畜外道にして最低最悪のコンボとなる。

 ――もう六回も大凶が出ているという事は、肩代わりに死んだプレイヤーが他に六人も居るという事に他ならない。

「っ、貴女は人の命を何だと思って――!」
「道端に転がっている小石より軽い物、こう答えれば満足かしら?」

 興味無さそうに視線から外し、スロットを回す。またもやスリーセブンが揃い、三つ編みおさげの少女は『レインボーダイヤ』を入手する。

  ――犠牲にした者の事など欠片も気にせずに。

 別に、マイには額面通りの正義感なんて余り無い。この世界に生まれてから、下手な正義感など命取りにしかならず、欠けていく一方だと自覚している。
 それでも、目の前のこの邪悪を見て見ぬ振りして見逃すには、人間が出来ていなかった。

「表に出なさい、今すぐ……!」




「そんなに『レインボーダイヤ』が欲しいの? 欲張りさんねぇ」
「――言ってなさい。貴女みたいな人を私は許さない」

 予想とは少し違った返答に三つ編みおさげの少女は首を傾げた。
 目の前の彼女が『レインボーダイヤ』の独占を阻止する為に戦闘を仕掛けたと思っていたが、どうやら違う理由らしい。
 その理由とやらは全く思いつかないが、どうでも良いかと思考を投げ捨てる。自分から冷静さを欠いてくれているのだ、その間々の方が断然やり易い。

「別に謝った覚えも許しを乞うた覚えも無いけど?」

 橙色の髪の少女からオーラが激しく噴出する。
 されどもその規模は前に倒した少年少女と同じ程度であり、良くまぁその程度で自分に挑んできたものだと内心呆れ果てる。
 こういう輩は率先して自分の念能力を晒してくれる。案の定、彼女もその例に漏れなかった。

「『迦具土(カグツチ)』!」

 彼女の言葉と共に激しい炎が舞い上がり、その巨影は姿を顕した。

「へぇ、竜の念獣か。それに名前負けしていないねぇ」

 それは異形の竜だった。全長は目測で3メートル、全身を純白の鱗で覆い、炎で形成された翼を羽搏かす、強大なオーラを滾らせる念獣だった。

(あのオーラ量で此処まで大規模な念獣――特別な思い入れの他に強い誓約が何点かあるな)

 爬虫類独特の眼がゴスロリ服の少女を捉え、竜の念獣は息を急速に吸い込む。印象通りの攻撃が来るんだろうなぁと即座にこの場から飛び退いて離脱する。
 吐き出された吐息は灼熱の炎、地を這う獲物全てを無情に焼き払う面攻撃であり、舌打ちした少女は二階建ての建物をニ、三歩で登って軽快に回避する。
 白竜の念獣は瞬時に炎の翼を羽搏かせ、ゴスロリ服の少女の上空に位置取る。

「ふむ、面倒だね」

 ああも天空を舞われては接近しようが無い。念獣は無視して本体だな、と少女と屋根を粉砕する勢いで蹴った。

「っ!」

 ゴスロリ服の少女にとっては平常速の、敵となった橙色の髪の少女にとっては不可視の速度で背後に回り込んで首を刈り取る寸前に、彼女は予想を越える速度で離脱した。

「――!」

 彼女の四肢には炎を撒き散らしながら宙に浮かぶ金色の円環が回転しており、術者本人の飛翔をも可能としていた。

(具現化した四つの円環で空も飛べるのか。中々厄介な能力だねぇ。殺すのは簡単だけど無力化は難しいかな?)

 分析しながら、背後から仕掛けられた竜の念獣からの灼熱の吐息を走って躱し切り、続いて来る本体の飛翔による猛突進を屈んで避ける。

「――っ!」

 すれ違う際に生じた風圧で煽られ、動きが一瞬封じられる。その隙を待っていたのか、橙色の髪の少女は円環から炎をより一層撒き散らし、ゴスロリ服の少女の下に殺到させる。
 躱せられない。三つ編みおさげの少女は両腕で顔をガードし、本体からの猛火を受け止めた。

「――っ。熱い熱い、あーあ、服がちょっとだけ煤けちゃったわ」

 そして予想通り、その攻撃は少女のオーラによる守りを突き破る威力は無かった。多少煤けたが、火傷にもならない程度の攻撃だった。

(具現化系だね、自身のオーラを炎に変化させるのは得意だが、放出するのは致命的なまでに苦手のようだね。更には爆弾魔の如く、自身の炎から身を守る為にオーラの半分は防御に費やしているだろうし、本体からの遠距離攻撃は虚仮威しと言った処か。だけど、あの念獣からの攻撃は侮れない)

 空を大きく旋回して此方を見下す竜の念獣を眺めながら少女は笑う。
 常に先手を打ち続けて有利なのに関わらず、顔色が優れない敵の少女を観測する限り、あの念獣は最初に一定量のオーラを切り離して具現化された念獣ではなく、常時消費型の念獣だと推測出来る。

(本体が攻撃を合わせる感じから、自動型の念獣だろうね。それなのに本体がつかず離れずの距離を保つという事は念獣との距離に誓約があると見える)

 一定以上離れられないのだろうと黒髪紅眼の少女は冷静に分析する。
 そうで無ければ弱点となる自分自身など戦闘領域から離脱して高みの見物に洒落込むだろう。
 そして、残りの誓約は恐らく――。

『――!?』
「あぐぅっ!?」

 竜の念獣の鱗に覆われた右腕部から大きい衝撃を受けると共に激しく出血し、本体の少女も同じ衝撃を受けると同時に同箇所から出血する。

「やっぱりね。念獣を傷付けられると本体も同じ箇所が負傷するようね。殺したらどんな愉快な死に様になるのかしら?」

 敵対する少女は苦悶の表情を浮かべながら今更『凝』をするが、既に具現化した投擲物は消してある。
 痛みに怒り狂った竜の念獣は愚直なまでに一直線に此方に飛翔し、その燃え滾る鋭い爪を振り下ろす。

「迦具土、駄目――!」

 本能で繰り出された大振りの一撃を躱す事など彼女には容易く、その致命的なまでの隙に三つ編みおさげの少女は『硬』で念獣の頭を全力で殴り飛ばした。

「――っあ!?」

 本体の少女からの悲鳴の旋律が実に心地良い。
 念獣は大きく仰け反り、舌舐めずりする少女を前に更なる隙を晒す。口元を歪ませながら少女は神速のオーラ攻防術による連撃を容赦無くお見舞いする。

 ――殴る殴る殴る殴るそして最後に天高く蹴り上げた。

 天を自由自在に舞っていた筈の念獣の巨体が地に墜落する。
 本体の少女もまた傷の共有によるダメージを諸に受けて、声も無く地に崩れ落ちた。

「……っ、ぁ――」
「具現化系の利点の一つである出し入れ自由も誓約で出来ないのかな? 不便極まりないねぇ」

 使い勝手を自分から悪くする事で強力にしているのだから当然か、と地に這い蹲る敗者を見下す。

「あ、まだ寝ないでね。本出してから寝てよ」
「っ、あああああああああああぁ!?」

 眼が虚ろになり、気絶しかけた少女の負傷して流血する右手を力一杯踏み抜き、ぐりぐりと痛め付ける。

「ぐ、ああぁあぁっ!」
「あらあら、可愛らしい声で泣くのね。でも私は本を出せって言ってるんだけど? 聞いているのかなー?」

 踏み抜く足に更に力を入れ、一際甲高い悲鳴と共に骨が砕ける音が鈍く響いた。
 その苦しみ悶える姿を大層気に入り、次は何処を壊そうか――少しだけ本来の目的から脱線しようとした時、三つ編みおさげの少女は背後から繰り出された蹴撃を咄嗟に右腕で防いで大きく退いた。

「うわぁ、物凄い良いタイミングだね。思わずぶち殺したくなるわぁ」

 コキコキと、全力の蹴りをガードした腕が支障無いと言いたげに健在さをアピールしながら、彼女は背後から不意打ちして来た襲撃者を睨みつけた。

「マイ、大丈夫か!?」
「この僕が来たからにはもう安心だ!」


 マイ・ミカ・ガルル組

 マイ(♀15)
 具現化系能力者

 【具】『迦具土(カグツチ)』

 炎を纏う竜の念獣を具現化させる。
 1、念獣の傷を共有する(念獣の消滅=本体の死亡)
 2、念獣が負傷した際、本体の負傷が完治するまで念獣の負傷は消えない
 3、念獣は本体から半径十メートル以上離れる事は出来ない
 4、念獣は戦闘中、具現化を解けない(『隠』を用いる事も不可能)

 【具/変】『炎の円環(フレアリング)』

 オーラを炎に変化させる事を補佐する円環を具現化させる。
 マイは自分と名前が同じであるとある主人公に酷く感情移入している為、二つの念能力はより強力なものとなっている。





[30011] No.004『慢心』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/06 00:15




 No.004『慢心』


(ミカ、ガルル……?)

 ただ命令された事を実行するだけで、自分の意思では何一つ動けない臆病な人間。それがマイの前世での評価だった。

 ――そんな自分が大嫌いで、変わりたかった。

 しかし、この世界に生まれてからも同じだった。
 ミカとガルルの二人の対極の意見の内、何方か一つ選ぶだけであって、自分の意見を述べるという選択肢は最初から存在しなかった。

 だからこそ、そんな自分に間違っている事を間違っていると言える激情と気概が残っていた事に、他ならぬ、彼女自身が一番驚いた。
 その切っ掛けがとんでもなく外道な少女だったけど、敢えて感謝したい。こんな自分でも変われるんだと信じて。

 そして、その結果が地に這い蹲って心折られ、結局は二人に尻拭いされるという酷い有様だった。

 絶対に退けないという不退転の意志は、目の前の少女の遊び程度の意識で簡単に手折られる始末。
 どう足掻いても大嫌いな自分から変われないという絶望が、力無く項垂れるマイから涙を零させた。




「僕がやる。マイは任せたよ」
「……大丈夫か? かなりの使い手だぞ」
「確かに君じゃ勝てないだろうね。でも、僕なら別さ」

 絶妙なタイミングで助けに入って、ヒーローごっこで悦に入っている金髪茶眼の少年を、三つ編みおさげの少女は苛立ちげに眺めていた。
 二人で掛かって来れば其処に崩れる足手纏いの女を人質に出来たのだが、と普段では絶対に採用しない選択肢が思考の内に過る。

(うーん、殺したいなぁ。滅茶苦茶殺したい。でもそれじゃ指定カードの供給源を自ら断つようなものだし。もどかしいなぁ……!)

 タンクトップの少年はボロボロの橙色の髪の少女を打き抱えて後退し、何処かで見たような青色の民族衣装を纏う少年が立ち塞がる。
 少年は爆発寸前の憤怒の表情を此方に向け、それに呼応するようにその茶眼も燃え滾るような緋色に変わっていく。
 彼が何処かの民族なのか、三つ編みおさげの少女は瞬時に思い至った。心底気に入らない訳だと改めて納得する。

「へぇ、クルタ族か。でも残念だわ、グリードアイランドじゃその『眼』持ち帰れないしなぁ」
「随分と余裕だね、おチビちゃん。この僕を前に在り得ない反応だよ」

 どうやら彼はクラピカと同じクルタ族の末裔なのだろう。と、まだ幻影旅団の襲撃を受ける前で滅びていなかったかと退屈気に訂正する。
 クルタ族は平常時は茶系色の瞳だが、感情が昂ぶると鮮やかな緋色になり、戦闘力が大幅に上昇する。
 その眼は世界七大美色の一つに数えられ、人体収集の趣味の無い彼女でも綺麗だと感じる。

(オーラの絶対量が増えて今の私と同程度か。本当にクルタ族だけ無駄に優遇されているねぇ。幻影旅団が襲撃する前に根絶やしにしようかしら?)

 だが、クルタ族の真価は『緋の目』が裏市場で高く売れる事では無い。その遺伝的な特質系体質は知れば誰もが羨むものだ。思わず眼を抉り取って殺したいほどまでに。

「これを見てまだそんな軽口を言えるかな……!」

 強大なオーラが物質化し、ほぼタイムロス無く彼の全身を覆う鎧になる。
 それは西洋風の全身鎧では無く、何方かと言えば酷く機械的な装甲であり、その純白の『機体』は何処か見覚えのあるものだった。

 そして彼は異名通り『白い閃光』となりて、瞬間的に飛翔した。

 各部分のブースターからオーラを瞬間的に放出する事でクイックバーストを再現し、青色に発光する巨大な剣を振るう。

「――っ!」

 瞬時に自身の防御では受け切れないと判断した三つ編みおさげの少女は死に物狂いで避ける。
 暴風の如く通り過ぎた彼は180度旋回し、再び突進する。その瞬間最大速度は少女の身体能力をも圧倒的に上回っていた。

「――装甲を具現化及び強化、オーラを放出及び操作、そしてその剣の熱源は変化か。なるほど、全系統を100%使えるクルタ族でなければ不可能な念能力だ」
「それを解った処で、君には逃げ惑う以外の選択肢は無いがね!」

 すれ違い間際にブレイドを水平に振るい、少女は勘と幾多の戦闘経験をもって僅かに先読みして屈んで躱す。
 突進の勢いを殺せずに再び距離が開くが、また180度旋回して再突撃するまで一秒も掛からないだろう。

(気づいてないようだが、装甲の他に常時展開のPA(プライマルアーマー)を剥がさない限り物理攻撃はほぼ無効だ!)
(どうせ元ネタのネクストの如くPA(プライマルアーマー)があるだろうなぁ)

 強化系から遠い系統の少女にとって、顕在オーラがほぼ同程度の場合、彼の具現化の鎧の上に100%の精度の強化までされている鉄壁の防御を突破する事はほぼ不可能である。
 それを見越した上で、少女は自身の揺るがぬ勝利を確信した。

「うん、そうだね。私が手を下すまでもなく君は敗れる」
「ハッ、世迷い事を! 反撃すら出来ない君に活路なんか無いんだよ!」

 再び再旋回し、彼は彼女目掛けて飛翔する。今度は単調な動きを見切られないようにジグザグに加速して袈裟切りにする――!
 当たりさえすれば彼女ほどのオーラの持ち主でも一刀両断するほどの一閃は、されども何度繰り出しても当たる気配は無かった。

「っ、ちょこまかと!」
「その超速度も、本人が付いてこれなければ宝の持ち腐れよね」

 まるで原作のハイスピードアクションと同じような失敗だと少女は嘲笑う。
 圧倒的な速度をもって放たれる一閃を何故少女が躱し続けられたかと問えば、答えは至極簡単な話。彼女の眼はこの動きを捉えられるが、彼自身は自分の速度に振り回されているからだ。
 それ故に、彼の剣の一閃は勘頼みで振るっていると言って良い。二度の交差でそれを見抜いた少女は其処に活路を見出したのだ。

「ぐっ、それならこれはどうだ!」

 オーラの噴出による超加速を止め、彼は自らの身体能力を持って疾駆し、足を止めてでも切り伏せに来る。
 圧倒的な防御力を頼りの一方的な相討ち狙い、確かにある意味正しい選択であり、間違った選択だった。
 少女は当然の如く斬り合いに付き合わず、間合い外からひたすら地面を蹴り上げ、粉砕した土埃を浴びせ続けた。

「はっ、その程度でどうにかなるとでも!」

 そんな小細工は全身装甲を纏う彼にとっては目潰しにもならない。
 子供の悪足掻きとも言える砂掛けに構わず突っ込み、ブレイドを我武者羅に振るい、逃げ続ける少女はまた砂掛けを繰り返し――そして程無く決着が付いた。

「――君さ、自分の念能力の欠点も解ってないの?」

 息切れ一つしていない少女は全身装甲を解いてしまい、緋の目を保てないほど疲弊して地に崩れる少年を冷然と見下した。

「な、何故だ……!?」
「クラピカから考察する限り『絶対時間(エンペラータイム)』発動中のオーラ消費量は非常に多い。何せ全系統を100%引き出せるんだ。普段の数倍は燃費が悪くなるだろう。それに加えて全系統を活用しなければならない君の念能力は強大な反面、あっという間に全てのオーラを使い果たすだろうね」

 それに加え、三つ編みおさげの少女は常に展開されている透明な防御膜を砂で剥がし続けたのだ。
 自動的に防御膜を展開しようとする彼のオーラ消費量は更に跳ね上がる事になる。

(変化系と放出系の練度はそこそこだが、具現化系と操作系の部分は明らかに荒い。恐らく奴の生まれ持っての系統は強化系だろうね)

 最初に少女と戦った彼女とは違い、下手に『念能力』を原作通りに忠実に再現したのが運の尽きと言えよう。

「君の念能力は良くも悪くも短期決戦型なんだよ。迅速に敵を片付けなければ、燃料切れで呆気無く敗北する。今まで格下だけを瞬殺して来た弊害かな、君自身がその重大なリスクに気づかないなんて滑稽だね」
「ち、畜生ぉ……!」

 自身のオーラを全て使い果たし、勝手に自滅して意識を失った彼から、この戦闘を見守っていたもう一人の方に視線をやる。

「まだやる? 指定カード三枚で見逃してあげるけど」
「……ブック」

 タンクトップのTシャツを着る黒髪黒眼の少年は殆ど迷わず、自身の本を出した。

「ガルル……!? 駄目、こんな外道が、約束を守る訳がっ……!」
「態々手加減してあげたのに酷い言い草だねぇ。元々はそっちから仕掛けた喧嘩なのにさ」

 三つ編みおさげの少女は笑いながら殺意を強める。
 彼女の身に纏うオーラは二連戦を経ても、些かの劣りも陰りも無かった。

「……マイ、今は黙っていてくれ。――済まなかった。頼む、この三枚で見逃してくれ……!」

 三枚の指定カードを投げ渡し、受け取った少女は笑顔で自身の本に納める。

「はいはい、次に出遭う時は別の指定カード用意してねぇー」

 去っていく少女の姿が見えなくなるまでガルルは不動で見送り、居なくなった瞬間、玉粒のような汗を額から零し、激しく息切れしながら呼吸する。

「ガルル……?」

 傷だらけのマイがその様子に驚く中、彼は自らの直感を自分の事ながら信じられずにいた。
 確かに相手は底が知れない。自分達の中で一番強いミカと戦っても、自らの『念能力』を最後まで隠蔽する程の実力者だ。
 それに『緋の目』の状態の彼と同程度のオーラを纏っているというだけで凄まじい。この世界基準の中堅ハンターの領域だって超えている。

 ――されども、彼の勘は告げている。あの少女はこの程度では無いと。この程度で済む筈が無いと最大級の警鐘を鳴らしていた。

 敵の実力を察知するのもまた実力の成せる技、今の彼では彼女の器の底どころか縁さえ把握出来ない。
 間違いない。ガルルは冷や汗を流しながら確信する。彼女がグリードアイランドをクリアするに当たって最大の障害だと。

 今程度の実力では、絶対に勝てない、と――。


 マイ・ミカ・ガルル組

 ミカ
 強化系能力者

 【特】『絶対時間(エンペラータイム)』

 クルタ族の特異体質。
 全系統を100%の精度で使えるが、原作通り、全系統が生来の系統と同じレベルで使える訳ではない。

 【強/変/放/具/操】『飛翔装甲鎧(ネクスト)』

 クルタ族の特権である『絶対時間』を使用するという前提で、全系統を惜しみなく注げこんだ原作再現の念能力。
 鉄壁の防御力、圧倒的な攻撃力、本人の視界が霞むほどの瞬間最大速度を誇る、クルタ族でなければ実現しない万能能力である。
 当然の事ながら燃費が最悪であり、本人も気づいていなかったが、使う毎に寝込むという何処かの大した忍のような致命的な欠点を持ち合わせている。

 現在の指定ポケットカード
 No.064 魔女の媚薬(2枚)
 No.090 記憶の兜
 全2種類 3枚







[30011] No.005『反則(1)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/07 00:29



 No.005『反則(1)』


 グリードアイランドが始まって三日目の夜、彼がその時間帯に魔法都市マサドラの交換店に足を踏み入れた理由はモンスターカードの換金の為だった。
 呪文カードの有効性に目を付けた彼は出来る限り買い、レアなカードを手に入れようと張り切っていた。
 幾ら指定カードを手に入れても呪文カードが無ければ守れないし、逆にあれば簡単に奪える。
 呪文カード集めがグリードアイランドにおいて必須の下積みである事を、彼は瞬時に悟ったが故だ。

 ――そのちょっとした心掛けが、彼の人生を大きく変える事になるとは知る由も無かった。

 交換店に訪れて見れば、十二歳程度の、ゴスロリ服が可愛らしい三つ編みおさげの少女が先客として居た。
 交換内容を盗み聞きするつもりは欠片も無かったが、この時ばかりは何故か、その透き通る声が良く耳に入った。

「『レインボーダイヤ』19枚、『大ギャンブラーの卵』29枚と交換(トレード)、全部貯金で」
「はいよ、430000000Jね」

 一瞬自分の聞き間違えかと耳を疑う。普通にモンスターカードを換金するような感覚で、そんな馬鹿げた取引が一瞬にして成立していた。

(――19枚と29枚? 聞き間違えか? 全部で48枚? あの馬鹿げた売値から『レインボーダイヤ』と『大ギャンブラーの卵』が指定ポケットのカードだと容易に推測出来るが、指定ポケットに一枚ずつ入っていたとしても46枚? フリーポケット全部空いていても本に入り切らない筈だが?)

 グリードアイランドのカードは本に入れていなければ一分足らずでカード化が解除されてしまう。
 それなのにどうやってカード化を解除される前に交換店に足を踏み入れる事が出来たのか、疑問が生じる。

(その二つのカードが魔法都市マサドラで入手出来て、手に入れ易いのか? 過剰分二枚を一分足らずで入手出来る? まさか、在り得ない。この少女の念能力が瞬間移動系――いや、呪文カードに『同行』や『磁力』があるが、それを使っても不可能なものは不可能だ。本を開いた状態で一分経つ前に入れ替えて時間を稼ぐ? これなら可能だが、常時本を開けてなければいかないし、何より面倒だ)

 本を常時展開しながら、一分経つ前に入れ替えながら交換店に来る危険を犯す? 指定カードを一人でこんなに入手出来る強者なら十分可能だろうが、そんな強者がそんな愚挙を態々犯すとは考え辛い。

 ――そして何よりも、呪文カードを全部切り捨ててまでやる事では無い。

 この少女には何かある、と彼は確信する。
 もしかしたら、とあるイベントでフリーポケットの許容数が拡張出来るのかもしれない。憎たらしいほど少ない四十五枚のフリーポケットのスペースがが拡張出来るなら最優先で実行するべきだ。
 彼は他にも何か有効な情報を手に入れられないか、この少女の一挙一動に注目する。

「『黄金天秤』『縁切り鋏』『心度計』『スケルトンメガネ』2枚『アドリブブック』『顔パス回数券』『移り気リモコン』『コネクッション』『ウグイスキャンディー』『なんでもアンケート』『超一流スポーツ選手の卵』『超一流作家の卵』『大俳優の卵』『超一流パイロットの卵』『大物政治家の卵』『超一流ミュージシャンの卵』『超一流パイロットの卵』『大俳優の卵』『大社長の卵』『手乗り人魚』『クラブ王様』『バーチャルレストラン』『魔女の痩せ薬』『長老の背伸び薬』『長老の毛生え薬』『さまようルビー』『孤独なサファイヤ』『真実の剣』『聖騎士の首飾り』2枚『人生図鑑』と交換で」
「あいよ、422000000Jだ」

 何かとんでもない爆弾を放り投げられた気分であり、理解が追い付かなかった。

(指定カードが交換店で買える!? 三十種類以上を一気に買うとは……現在のトップはあの少女なのか!?)

 こんな自分の二分の一も生きていない幼い少女がグリードアイランドのトップランカーとは、つくづく見た目は宛にならないという得難い教訓を彼の深層心理に刻んだ。
 ゴスロリ服の少女はこのやり取りを見ていた自分に意識すらせず、交換店を後にした。

「店主、ランキング一位のプレイヤーの所有種類数を教えてくれ」
「3000Jになります」
「少しはまけて欲しいのだが」
「3000Jになります」
「やれやれ、これだからNPCは融通が効かないな」

 NPCの変わらぬ仏頂面に飽き飽きしながら、彼は3000Jを渋々支払う。

「現在のランキング一位はバサラ、所有種類数は14種類だ」
「は?」

 明らかに男性の名前であり、それに所有種類数の数がまるで合わない。
 彼は自らの本を開き、呪文カードの『交信』を唱えて今までに遭遇したプレイヤーの名前を確かめる。

(あの少女の名前は――これか? 随分と変わった名前だな)

 最後に出会ったプレイヤー名は『ジョン・ドゥ』であり、以前に知らぬ間に擦れ違っていなければ間違い無くそうだろう。

「ジョン・ドゥの所有種類数を教えてくれ」
「ジョン・ドゥの所有種類数は0種類だ」

 今度こそ訳が解らなくなった。彼は気づかぬ内に自身の頭を抱えていた。

(一体どういう事だ!? 本に入っているなら指定ポケットに入っていようかフリーポケットに入っていようがカウントされる筈だ。もしや重大なバグか? それとも私の想像の超えるような裏道が、別手段でもあるとでも言うのか!?)

 彼は無意識の内に少女の立ち去った方角を眺めていた。
 世界一危険なゲームという前評判のグリードアイランドを自費で購入し、その実態を余す事無く暴こうとするジャーナリストハンター、ユドウィの魂が芯から疼き出した。

「クク、これは面白くなってきたっ! ますますあの少女から眼が離せられないな。――ゲーム序盤でこの有様だ、これからどんな事をやらかしてくれるだろうか……!」

 まるで混沌の権化――その一部始終の記録を後世に残すべく、彼は独自の行動原理に従って行動を開始した。
 彼もまたハンターの一人、常人とは逸脱した狂気無くしてその道は極められない。




「や、やべでぐれぇ……!」

 立つ力さえ無く命乞いを懇願するプレイヤーは見るからに満身創痍だった。
 両足両手は骨まで打ち砕かれ、ピクリとも動けず、ニヤニヤ笑う三人組のプレイヤーから這いずって逃げる事も出来なかった。

「さーて、お次の効果はぁーと?」
「あー! 『交換(トレード)』かよ! 大外れっ! おいおいバサラ、こんなクズのゴミカードと交換なんて勘弁してくれよぉ!」

 ひょいっと、全身包帯の男はそのプレイヤーの本から『交換』で渡ったカードを取り上げる。

 他人に本を渡す事はグリードアイランドにおいて全面降伏と言って良い。それすら通用しない相手には一体どうすれば――。

 オールバックの金髪紅眼の青年は手にする巨大なハンマーを何度か空振りして調子を確かめる。
 当然ながら本気で打てば一発で致命傷なので、死なないように手加減する必要があった。

「ひっ、や、やめげぶぅっ!?」

 横腹に突き当たり、数メートル転がった後、激しく嘔吐を繰り返す。
 三人はそんな哀れな彼を一切気にした様子無く、二人の『本』に注目していた。

「次は~……うーん、コイツの本に変化無ーし。そっちは?」
「『追跡(トレース)』の効果ですね。大当たりですけど、どの道、意味がありませんね」

 バサラの本を手に取っている黒髪紫眼の青年は心底愉しげに笑う。端麗な顔立ちは、今は邪悪に歪んでいた。

「うっし、もう一丁!」
「~~~っっっ?!」

 既に砕けている右脚にハンマーを叩き込まれ、彼は狂ったように痙攣しながら苦しみ悶える。
 まるで生きたまま標本にしようと釘を差した蛙のようであり、滑稽な様に三人は揃って笑った。

「あーあ、『投石(ストーンスロー)』だなー。これでこいつの最後の一枚が破壊されちまったぜ」
「くく、それは残念。ゲームオーバーですね」

 ハンマーを投げ捨てたバサラは嬉々と指を鳴らし、その瞬間、地に這い蹲っていたプレイヤーは大炎上する。

「ひぎゃああああああああああああああああぁ~~~……!?」

 断末魔は程無く途絶え、焼身死体となったプレイヤーは現実世界へ帰還した。
 グリードアイランドでの殺しは後始末の心配がいらなくて手間が省ける。死んだプレイヤーが現実に帰還するように作ったゲームマスターはまさに英断だったと彼等は賞賛する。

「やれやれ、折角アイテム化したのに『不死の大金槌』も使えねぇな」

 溜息一つしながらバサラは反省点を纏める。
 指定カードNo.088『不死の大金槌』は殴られた者にランダムで攻撃呪文のいずれかの効果を与える。
 通常の防御呪文で防げないという利点があるが、『堅牢』『聖騎士の首飾り』の使用者には無効である。
 しかし、無条件で『不死の大金槌』の攻撃を受けるような状況なれば、上記の二つの例外など関係無いだろう。『堅牢』で守られている一ページは直接奪えば良いし、『聖騎士の首飾り』は直接壊すか奪えばいいだけの話である。

「思った以上に攻撃呪文が多いしな。えーと、該当する呪文は何だっけ」
「『掏摸(ピックポケット)』『窃盗(シーフ)』『交換(トレード)』『強奪(ロブ)』『墜落(コラプション)』『妥協(コンプロマイズ)』『追跡(トレース)』『投石(ストーンスロー)』『凶弾(ショット)』『密着(アドヒージョン)』からランダムですからね。特に『交換』が出てしまった場合は此方が不利益になりますね」

 全身包帯の青年は「良く覚えてるなぁ」と原作知識を此処まで明確に覚えている異常な記憶力を褒め讃え、黒髪紫眼の青年は「当然です」とさも平然と答える。

「ま。こんな遊び以外じゃ使えねぇって事は最初から解っていた事だ」
「やはり『盗賊の剣』が欲しいですね。あれならば『強奪』『掏摸』『窃盗』の三つ限定ですから全部奪えます」

 何故こんな便利なアイテムを原作の爆弾魔組が使っていなかったのか、正直理解に苦しむ、とバサラ組の参謀役である黒髪紫眼の彼は不満そうに呟く。
 ――彼は彼なりに原作を愛し、何か色々と思う処があるようだ。

「でもさ、『盗賊の剣』だと全部奪う前に出血死するんじゃね?」
「それならバサラが傷口を焼けば良い。暫くは持ちますよ」

 それもそうかと全身包帯の青年は軽快に笑う。
 今のグリードアイランドのプレイヤーにとって不運な事の一つは、過激なプレイヤーキラーの三人組の仲が原作の爆弾魔並に、いや、ゴンとキルア並に良好という事だろう。

「他の組の収集速度は異様に遅いし、俺達もボチボチ適当に行くか。『道標(ガイドポスト)』使用、No.094!」


 バサラ・????・?????組

 バサラ(♂24)
 系統不明
 能力不明

 現在の指定ポケットカード
 No.003 湧き水の壺
 No.010 黄金るるぶ
 No.021 スケルトンメガネ3枚
 No.025 リスキーダイス
 No.026 7人の働く小人
 No.049 手乗り人魚
 No.050 手乗りザウルス
 No.070 マッド博士の筋肉増強剤
 No.071 マッド博士のフェロモン剤
 No.072 マッド博士の整形マシーン
 No.075 奇運アレキサンドライト
 No.076 賢者のアクアマリン
 No.084 聖騎士の首飾り
 No.086 挫折の弓
 No.088 不死の大金槌2枚
 No.090 記憶の兜
 全16種類 19枚







[30011] No.006『波紋』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/08 16:27




 No.006『波紋』


「クソクソクソクソッ! あの女めえぇ……!」

 文字通り眼を真っ赤にさせてミカはひたすら憤っていた。
 クルタ族の緋の目のモデルはナウシカの王蟲らしいが、まさにその通りであり、近寄り難い危険色を発していた。

「五月蝿い、何時までも女々しいぞミカ。あと無駄に緋の目状態になっているとオーラが回復しないぞ」
「戦いもせず降参した君には言われたくないなぁ!」
「身動き一つ取れず、寝込んでいる分際で良くまぁ威張れるもんだ。それだけは関心するぜ」

 ギャンブルの街ドリアスでの借宿にて、マイ・ミカ・ガルル組は休息を余儀なくされていた。
 ミカは全オーラを使い果たして動けないが、怪我は無く、右腕の刺創と処々蒼痣になっているマイは見るからに気落ちしている。
「クァー」と外から慰めの鳴き声が生じる。彼女の怪我が完治するまで念獣『迦具土』は消せずに居残る。
 存在しているだけで彼女のオーラを消耗してしまうので、普段よりも回復が遅れるだろう。こればかりは強大さ故の誓約と諦めざるを得ない。

「ま、オーラ消費が激しいのは前々から解っていた事だ。ただ単に怒り狂うんじゃなくて、この敗北を今後どう生かすかが問題だろ?」
「……っ、ふん。君にしては建設的な意見じゃないか」

 怒りの矛先は三つ編みおさげの少女に向いているので、珍しい事にガルルの意見がすんなり通った。
 ガルルは少し毒気を抜かれる。自信満々で慢心が些か過ぎる彼にしては珍しい傾向だった。

「あれだ、全開状態じゃオーラ消費量が多すぎるから部分展開とかどうだ? ISみたいに」
「IS? よりによってISだってぇ!? 巫山戯ているのか、君はっ!」

 未だに緋の目だったミカの瞳が更に濃くなる。
 同じようなロボ物に見えて、やはりこの手のジャンル(萌え患者とコジマ汚染者)は相容れないかとガルルは深い溜息を吐いた。

「僕の『飛翔装甲鎧(ネクスト)』をあんなものと一緒にされては不愉快だ! ああ、不愉快だとも!」

 同属嫌悪とは厄介なものだ。客観的な視点は排除され、理性で物事を判断出来ない。
 人間大の大きさで纏っている時点でISと一緒だろ、と本音で突っ込めば取り返しの付かない事になるだろう。
 ガルルは面倒なので素直に折れる事にした。其処等辺のジャンルをとやかく突っ込んで薮蛇を突付く真似などしたくない。

 ――それに思い入れのあるミカと違って、全く興味の無いガルルは最初から理解などする気にもなれない。

「解った解った。もう二度と言わないからそう怒るな。それなら近接武器だけじゃなく、射撃武器を具現化すればどうだ? 自動追跡のミサイルとか贅沢言わないが、散弾とかあるだけでも違うだろ? オーラ消費量が余計増えるが、戦術は広がるぞ」
「――その発想は無かった。偶には役立つ意見を言うじゃないか! 見直したぞガルル!」
「……あー、それは喧嘩を売っているって事で良いのか?」

 呆れ果てて怒る気力さえ湧かない。この男が自分の事を一体どう思っているのか、一回解剖してみたい気分だ。

「そうだとも、結局はオーラが尽きる前に仕留めれば良いだけの事! クク、待っていろよ、三つ編みおさげの少女! 次は必ずや雪辱を晴らしてくれるぅ! う……」

 またオーラ切れとなり、昂奮状態になっていたミカは力尽きて気絶した。
 戦闘中は反則的な体質とは言え、不便なものだとガルルは初めてクルタ族の体質に同情した。

「……国宝級の馬鹿だな。付ける薬もありゃしない」

 しかし、馬鹿は馬鹿故に立ち直るのが速い。
 その反面、今まで一言も言葉を発さず、暗く俯いているマイは身体的にも精神的にも重傷だった。

「マイ、傷の具合はどうだ?」
「……大丈夫、腕の傷以外は対して酷くない」

 大抵の事は人並みにこなすが、一度転んだらどん底まで転がり落ちてしまう。それがマイという人間を端的に現す言葉だった。
 こうなってしまってはガルルではどうして良いか解らない。
 何を言っても逆効果に成り兼ねない。少しでもいつもの調子に戻って欲しいと、ガルルは細心の注意を払う事にした。

「ごめん、なさい。私が手を出したせいで、指定カード三枚も失って……」
「気にするな。あんなのすぐに取れるし、命の方が遙かに重いさ。それにこの序盤で一番注意すべきプレイヤーが誰なのか、判明しただけ儲け物だ」

 確かにこうなったのは彼女が原因だが、問い詰めれまい。相手が最高なまでに悪かったとしか言い様が無い。

 正しい行動が必ずしも正しい結果を生むとは限らない。世の中は物語のような勧善懲悪で成り立っている訳ではない。
 権力にしろ暴力にしろ――『力』が有りきである。

 これ以上、引き摺っていれば悪循環に成り兼ねない。ガルルは半ば強制的に話題を変える事にした。

「それであの少女の念能力について何か解ったか?」
「……多分、具現化系の能力者。『隠』で見えなかったけど、何かを『迦具土』に投擲してきた」
「あれの甲殻を貫いたのか」

 竜の念獣だけあって『迦具土』の防御力は非常に高い。
 それを安々貫く攻撃手段を隠し持っている。『飛翔装甲鎧』を具現化したミカの防御力を貫く程では無いだろうが、中々に厄介な話である。

(それが本命の念能力とは限らない、か)

 具現化系能力者は大抵の者は具現化した物体に厄介な付加効果を加える。
 クラピカの五つの鎖が代表例だろう。一つ二つの誓約次第でどんな厄介な効果が付けれるか、想像するだけで頭が痛くなる話だ。

(相手の能力さえ解れば、幾らでも対策が立てれるが――当面は出来る限り出遭わないようにする事が最善か)

 一人は生まれて初めて黒星を刻んだ少女に雪辱を誓い、一人は未知の脅威との遭遇を避け、一人は自らの思考の坩堝の陥る。

 その三者三様のバラバラな思考は、彼等の関係を皮肉なまでに象徴していた。




 頭部への回し蹴りを右腕で受けて踏ん張り、コージは膝打ちを繰り出す。
 攻防力90ほどのオーラを集めた一撃はアリスの小さな身体を簡単に吹き飛ばし――否、それを考慮しても手応えが余りにも無い。

(直撃する寸前に膝を両手で取って、自分から飛んだ!?)

 宙に舞い、前方回転の遠心力を利用し、お返しとばかりの踵落としが繰り出される。
 神速の反撃、修行の成果あってか、オーラの攻防力移動も当然の如く間に合っている。右手に殆どのオーラを回し、その痛烈な踵落としを死ぬ気で掴み取る。

(~~っっ、危ねぇっ! 遠心力も加わって半端無い攻撃力! 掴んだ手がビリビリしやがるぜ。惜しかった、な――!?)

 完全に掴み取って防いだ直後、踵落としを繰り出した右足からオーラが感じ取れず――本命とばかりに振り下ろされた左足に全てのオーラが集中していた。

 ――空中前方回転からの二段踵落とし。

 複数の選択肢が刹那に浮かんでは消え失せ、コージは狙われた頭部に全オーラを集中させて踵落としを受けた。

「~~~っ!?」

 攻防力移動が間に合い、直撃を受ける事を覚悟したとは言え、痛いものは痛い。
 コージは身悶えながら、頭部から走る激痛に痩せ我慢していた。

「……っ」

 この攻防に打ち勝って有効打を与えたアリスは追撃せず、自らの失策に顔を曇らせていた。

「はい、其処まで。アリス、攻め口は良かったけど、二段目の踵落としを『硬』にしたのは迂闊だったね。てか、コージ甘すぎー」
「つぅ~! しょうがねぇだろ! 修行で大怪我させる訳にもいかねぇしな、痛ってぇ……!」

 ――もう一つの足が叩き落とされる寸前に、コージには放出系の念を飛ばしてアリスを吹っ飛ばすという選択肢が存在した。
 それをしなかったのはアリスが『硬』をもって左足を繰り出した事により、それ以外の箇所は攻防力0の状態になっていたからだ。
 稚拙な放出系攻撃でも大ダメージを与えかねない状況故に、コージは敢えて攻撃を受ける事を選んだのだ。

 実戦でこんなミスを犯せば、それは自らの生命をもって償う事となるだろう。
 ――特に、あの少女が相手ならば絶対に見せてはいけない隙だった。ぎしり、と歯軋りが悔しげに鳴り響いた。

「よーし、一休憩入ろうぜ。二人とも、先に温泉入って来い。オレが見張っててやるから」

 頭を片手で押さえながら、コージはその場に座り込んで胡座を組んだ。彼女達二人が戻ってくるまで動かないという意思表示でもある。

「覗いたら殺すからね?」
「覗かねぇよ。良いから速く入って来い」

 ユエの念押しといういつものやり取りを経て見送り、コージは重苦しい溜息を吐きながら寝転んだ。
 疲労感で気怠いが、眠気は一切無い。恐らくはあのカードの副次効果でオーラと肉体の回復効果も増えているのだろうと勝手に納得する。
 しかし、人間の生涯の睡眠時間は大体決まっていたような気がするが、その時間が過ぎたら自分は永遠に寝れなくなるのだろうか?
 コージは怖くなったので考えない事にした。

(――『練』一時間は実戦での十分間。今のオレでは三十分でオーラが尽きる)

 あの三つ編みおさげの少女にぶちのめされてから一ヶ月の時が経過した。
 まず彼等が修行の為に入手した指定カードは三つ、自分の代わりに眠ってくれて二十四時間行動を可能とする『睡眠少女』、飲むとイメージ通りの肉体を得る事が出来るが殺人的に不味い『マッド博士の筋肉増強剤』、それと修行の疲れを癒す為という名目でゲットされた『美肌温泉』だった。

(『美肌温泉』は絶対別の目的がメインだろうなぁ。まぁ汗掻いた後の温泉は気持ち良いから結果オーライだけど)

 コージは苦い顔をしながらアイテム化した『マッド博士の筋肉増強剤』のパッケージを睨む。
 一日一錠、一週間飲み続けていなければ効果を発揮しないが、性質の悪い事に個人毎に嫌いな味に変化するという余計なオマケ機能付きであり、飲む度に何度吐きそうになった。
 それでも四週間飲み続け、見た目は全く変わらないが、身体能力の向上に大きく役立ってはいる。
 原作では軽視どころか注目さえ浴びなかったが、中々に侮れない代物だった。流石はグリードアイランドの指定カードの一つと言えよう。

(アイツの一戦から『念丸』の最大威力と速度がかなり向上した反面、全力で撃つと四発でオーラが尽きる。似なくて良い処が似ちまったなぁ)

 更に鍛錬を積んでオーラの総量が増えれば四発制限も何処かに消え去るだろう、と自分の中で納得する。

(一発でも奴にぶち当てれば勝てる。だが、その一発が果てしなく遠い。その為に基礎能力の向上も同時進行でやった)

 指先を銃に見立てて突き出し、夜空の月に向ける。
 ――其処にあれども決して届かない。ふと脳裏に過ぎった予感をコージは必死に振り払おうとする。

(オレはこの一ヶ月で、何処まであの女に近づけたんだろうか?)




「ぷはぁー、良いお湯よねぇ。疲れが取れるわ~」

 指定カードNo.004『美肌温泉』は美肌に関する悩みを全部解決してくれる温泉であり、一日三十分の入浴で赤ちゃんのようなスベスベな肌になる、女性にとって夢のようなアイテムの一つである。
 疲労を癒す効果などは直接無いが、気分的に晴れるので修行生活に大いに役立っていると言えよう。

(此処一ヶ月で、強くなっている実感はある。けれども――)

 念の総量も身体能力も、一ヶ月前と比べれば格段に向上している。『流』も本気の動きに付いて来れるぐらい上達している。
 だが、それでも――不意に、後ろからユエに抱き着かれる。
 背後に忍び寄られても気づかないほど注意散漫になっていたと、アリスは自らの未熟さを内心叱咤した。

「アーリス。悩み事?」
「……うん。コージは『念丸』、ユエは『鎌威太刀』があるけど、私はどんな念能力が良いのか、それすら思い浮かばない。ユエはどうやって自分の念能力を決めたの?」

 そう、自らの念能力。此処に至っても全く浮かばず、方向性すら掴めないそれが足を引っ張っていた。

「私? うーんとさ、私の場合は獲物有りきだからからねー。武器の間合いを広げたり、刃状のオーラを飛ばせたら便利かなぁって。それにゴンのジャジャン拳のグーチョキパーを参考にしたから案外簡単に型は完成したね。まだまだ完熟度は低いけどさ」

 オーラを刃状に変化させ、その状態のまま放出させる。幾ら強化系で変化系と放出系が隣り合っているとは言え、両方を同時に実行するのは至極困難だとユエは吐露する。

「念能力なんて突き詰めれば自分が何をしたいかだねー。別に戦闘向きなのを必ずしも作る必要も無いと思うけど。ほら、ビスケのなんて超便利だったじゃん」

 ビスケの念能力は確か『魔法美容師(マジカルエステ)』で戦闘外で多大に活躍出来る代物であり、念=必ずしも戦闘用ではないという事を示す教訓の一つだろう。


「でも、戦闘用の念じゃないと格上の相手には絶対勝てない」


 オーラの総量で劣っているのならば、並大抵の攻防ではダメージを与える事すら出来ない。
 今の自分が纏う最大限のオーラも、あの時の彼女と比べて、まだまだ劣る。

「……明確な目標を持つってのは悪い事じゃないと思うけど、さ。最近、コージもアリスもアイツの事にこだわり過ぎって思う訳」

 後ろから抱き着いていたユエはアリスから離れ、夜空を見上げる。
 ユエは手を天に差し伸べ、月を掴もうとする。当然の如く、その掌に納まるものではなく、その指先は空を切る。

「確かにグリードアイランドをプレイする上でアイツが一番の障害なのは解っている。でもさ、何だか悔しいんだ。アイツにばかり意識が行っていて、修行中もいつも上の空で――」

 ――目の前に居るのに、見てくれなくて。

 それが誰の事を指しているのか、アリスは即座に思い至り――振り返って見たユエの顔は、真っ赤に茹で上がっていた。

「あ、あはは! 何言ってるんだろうねー私! 逆上せちゃったかなぁー、先に上がっているね、アリス!」

 ユエは慌てて飛び去り、逃げるように消える。
 残念な事に効果が出ない、三十分未満の入浴だった。








[30011] No.007『思惑』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/08 21:51



 No.007『思惑』


「おいおい、一ヶ月も経っているのにランキングで50種類超えている組いねぇのかよ。原作知識あるのに弛んでるなぁ、全く」
「他力本願の私達が言う台詞では無いですがね。まだ正確に誰が誰と組んでいるのか判明していませんので、指定カードを複数で分散させているとランキングなんて宛になりませんがね」

 同胞によるハメ組の筆頭に立つ二人は懸賞の街にて以前と同じカフェで一息付いていた。
 二人の甲斐甲斐しい努力あってか、グリードアイランドで活動する仲間は若干増えており、情報収集も少しだけ捗っていた。

「BランクとAランクのカードは埋まってきましたが、Sランクとなるとまだ誰も入手していないカードが多いですね。SSランクは現在全滅状態です」
「開始一ヶ月ならそんなものか。それにしても本当に『神眼(ゴッドアイ)』は便利だなぁ」
「自力で見つける努力をしない私達には若干宝の持ち腐れですがね」

 Sランクの呪文カード『神眼』は、使用したプレイヤーはNo.001から099までの全てのカードについて『解析』と『名簿』の効果をいつでも得る事が出来る。
 一旦ゲーム外に出ると効果が失ってしまうが、クリアするまでグリードアイランドに篭りっきりの彼には関係無いデメリットである。

 ――No.001から099のカードが出揃った時、彼等は外で待機しているプレイヤーを全員呼び込んで呪文カードを一気に独占し、呪文カードで全てを奪う。そういう手筈になっている。

 考えて見れば、大多数の人間を危険溢れるグリードアイランドで待機させる必要なんて無かったのだ。
 事前まで情報を与えず、対策すら立てられない間に電撃戦で片付ける。それが彼等ハメ組の新たなクリア方法だった。
 グリードアイランドに来る事すら拒否していたメンバーもこの仕上げの作業に協力する事を承諾している。
 原作のハメ組の敗因の一つに、全ての指定カードが出揃っていなかったという事があげられるだろう。最大の敗因は獅子身中の虫(爆弾魔)だが。

「バッテラ氏がグリードアイランドに懸賞金を掛けたぞ。本体に170億、クリアデータ入りのロムカードに500億ジェニーと原作通りだ。グリードアイランドの本体回収も何件か先を越されたが、二つほど新たに入手出来たぞ」
「そうですか。少しばかり速いですね。同胞のプレイヤーキラーによる大量殺戮でグリードアイランドの情報規制を早めたのですかね? 持ち主を失ったロムを大量に入手する機会が増えたからか、それとも外にいる同胞の干渉か。……ふむ、スタート地点に見張りを何人か回した方がいいですね。近い内にバッテラ氏から大量のプレイヤーが送り込まれて来るでしょうし。――爆弾魔がいつ頃からグリードアイランドに来たのかは不明ですが、邪魔されても困りますしね」

 原作ではバッテラ氏はグリードアイランドが発売して一年後に懸賞金を掛ける筈だが、意図せずして原作改変が成ってしまったという処だろう。

(まぁ元々原作前にクリアしてしまおうとする私達の言える事では無いですね)

 新規プレイヤーが大量に送り込まれて来る事自体は脅威ではない。多くの雑魚は原作より悪質なプレイヤーキラー達の餌食になるだろう。
 自分達はその哀れな撒き餌が喰い千切られる様を高みの見物をしつつ、プレイヤーキラーの情報を出来る限り集める事に専念すれば良い。
 外と内の現状報告が終わり、優男は紅茶を口にする。クリアする目処が完全に立っているのだ、後は待つだけで良い。勝利を確信しながら彼は微笑んだ。


「それにしても不思議ですね。テキストを見れば一目瞭然でしょうに。――どうして誰も彼も『離脱(リープ)』で現実世界に帰還出来るなんて疑いも無く思い込めるんでしょうね」
「おいおい、此処でその話かよ。誰かに聞かれたら大事だぜ? その救いようのない愚鈍さのお陰で救われてんだからよ、俺達二人は」


 ――原作のハメ組との最大の差異は、リーダーと副リーダーが共謀して他のメンバー全員を謀ろうとしている点に尽きる。

 少しでも頭を働かせれば、同胞が数十人集って原作のハメ組を再現するという行為そのものが成り立たない事ぐらい解る筈だ。
 原作の彼等は500億という巨額の報酬が目当てであり、金は幾らでも分配出来た。同胞によるハメ組は現実世界への帰還を目的としており、『離脱』もしくは同じ効果を持つ『挫折の弓』での帰還枠は全員に等しく分配出来るだろうか? 答えは否である。

「誰も彼も自分が真っ先に『挫折の弓』で帰還する権利を得ていると思い込んでいる。実に滑稽な話だがな」

 クリア報酬による指定カードの枠は三枚、一枚は『挫折の弓』で十人、もう一枚を『聖騎士の首飾り』にするならば、呪文カードで変化させた『挫折の弓』をもう一枚入れる事が出来る。
 それでも一回のクリアで二十人、あと二回クリアすれば全員分を確保出来ると建前上説明しているが、一回のクリアで六十人以上必要なのに二十人しか報酬を得られない、更には一回のクリア毎に二十人のメンバーが減るとあっては、建前上の協力関係は最初から成り立たない。

 ――更に根本からこの前提を覆すが、『離脱』のテキストは「対象プレイヤー1名を島の外へ飛ばす」という簡素なものであり、『挫折の弓』で使える『離脱』も同様の効果である。
 このカードでの『島』の定義は『グリードアイランド』以外在り得ず、それは島の中で使った場合も、外で使った場合でも変わらないだろう。

 外で使った場合のみ『島』の定義が、この『世界』に都合良く変わるだろうか?

 条件を満たさなかったカードは何も起こらず、ただ消えるのみ。
 グリードアイランドに来ていれば嫌でも見慣れる光景だが、それが『離脱』でも起こり得る事だと何故思考が至らないのだろうか。

「指定カードを2枚無駄にしてでも手に入れる価値がありますからね、No.000『支配者の祝福』は」

 よって騙されている事にも気づかない哀れな彼等を騙してクリア出来る機会は一回のみ。クリア報酬の2枚は望み通り『挫折の弓』と『聖騎士の首飾り』にしよう。
 最後の一枚は彼等二人の本命である『支配者の祝福』――ただし『擬態(トランスフォーム)』したものではなく、本物であるが。
 No.000『支配者の祝福』は城のオマケに人口一万人と城下町が与えられ、町の人々は使用者の作る法律や指令に従い生活するというものである。

 つまり、絶対服従を誓う一万人の奴隷を手に入れる事に等しい。

 これが外の世界でどれほどの利益を生むかは語るまでもあるまい。数年足らずでバッテラ氏の懸賞金の500億など単なる端金になるだろう。
 更には『挫折の弓』で帰還出来ず、この世界での永住を余儀無くされ、絶望した同胞も彼等の王国に招き入れ、都合良く使ってやろう。利用されている事に気付かず、ボロ雑巾のように使い潰してやろう。

「おいおい、その顔は不味いぜ。本性が曝け出ていて、何処から見ても『魔王』じゃねぇか」
「おっと、いけませんね。暫くは私財を全て投げ売ってまで他の同胞を救わんとする『聖人』を演じていなければいけませんでしたね」

 99種類の指定カードがゲームの盤上に出揃った時に、彼等主催の強奪イベントが強制的に開催される。
 ――グリードアイランドをクリアするに至って最大の障害は、或いはクリアに最も近いプレイヤー陣営は、雌伏の時を優雅に過ごす彼等なのかもしれない。




「Bランク、Aランクは大体集めたか」

 海鳥の鳴き声が眠気を誘う海辺の街ソウフラビの喫茶店にて、バサラ組は一息付いていた。

「ったく、指定カードを分散させていてもランキング一位とはな。有名人は辛いな、バサラ」

 全身包帯の青年は茶化すように笑う。他の第三者が見れば不気味な光景にしか見えないが、長年付き添う二人には彼の感情表現を深く理解していた。

「目に掛けていた組の収集速度が異常に遅いのが若干気になりますね」
「案外、指定カードの入手に本気で梃子摺ってるんじゃねぇの?」

 参謀役の懸念に、バサラは想定した実力より下だったとばっさり切り捨てる。
 今のグリードアイランドで指定カードを入手出来る実力者は彼等を除いて数組程度。それも漸く二桁に達したぐらいの組が大半であり、既に50種類まで揃えた彼等の敵では無かった。

「現状、注意が必要なのはギバラ組とジョン・ドゥ組だな。まぁどっちも単独のプレイヤーだが。明らかにカード集めよりもプレイヤー狩りに比重を置いてやがる。全く、何処のフェイタン・フィンクス組だよ」

 溜息一つ吐きながら「お前も見た目的には旅団員と張り合えるがな」とバサラが笑いながら突っ込む。
 彼等もプレイヤー狩りの分類に入るが、その目的は指定カードのコンプリートにある。ジョン・ドゥはとにかく、ギバラのような目に付いただけでカードを奪わずに殺すような殺人快楽者とは一緒にされたくなかった。

「遭遇さえしなければ無視で良いんじゃね?」
「そうですね、戦闘になっても旨味は欠片もありませんしね」

 だが、同じプレイヤー狩りとは言えども張り合う義理は無い。殺しは手段の一つであり、目的では無いのだ。

「此処まで順調ですけど、一つだけ問題がありますね」
「――『闇のヒスイ』か」

 バサラは懐からあるアイテムを取り出し、忌々しげに睨む。
 それは彼等が苦労して手に入れた『闇のヒスイ』であり、入手してから今まで、カード化する気配は一切無かった。

「入手したのにカード化しないのはカード化限度数に至っているからです。しかし――」
「『名簿(リスト)』で調べても所有者0人か。バグか?」

 現実世界のMMOなどではその手の不具合は日常茶飯事だったなーと全身包帯の男は懐かしげに回想する。
 しかし、彼等の参謀役は険しい顔で顔を横に振った。

「考え辛いですね。このグリードアイランドを運営しているゲームマスターは方向性は違えどもジン級の化物どもですよ? そんな不具合があるならば即座に修正しているでしょう。これは我々の想像以上に、もっと厄介で深刻な話です」

 全身包帯の男はチンプンカンプンだと言わんばかりに脳裏に疑問符を浮かべ、逆にバサラはその可能性に心当たりがあったのか、頭を掻き上げながら眉を潜めた。

「――念能力か」
「それはおかしくないか? 例えどんな念能力があっても『本』に頼らずにカードを保有する方法があるとは考えにくいが? だたでさえ不正防止で其処等辺の対策はガチガチだしな」

 全身包帯の男は即座に自身の意見を述べ、その解答を彼等の参謀役が綴る。

「飛び切りの例外という事でしょうね、そのプレイヤーは。他人の念に干渉出来る除念能力者、可能性があるとすればそんな処でしょう」
「待てよ、除念でどうやってカード化の解除を阻止するんだよ?」

 全身包帯の男は「むしろカード化が問答無用に解けるだろ?」と首を傾げる。
 良くぞ聞きましたとばかりに、まるで物分りの悪い生徒に説明をする教師役のように彼は生き生きと教鞭を振るった。

「例えば操作系の話ですが、他人が操作している対象は後から操作出来ない。この速い者勝ちが成り立つ理由は、一度成立した念の効果を上書きする事が出来ないからです」

 確か原作でもそういう場面があったなぁとうろ覚えながら全身包帯の男は納得し、無言で続きを催促する。

「――除念の定義は大小規模に違いがあれども『一度成立した他者の念を改竄する事が出来る』なのですよ。その結果の集大成が念の効果を外す事なので、除念=外すと短絡的に勘違いされているようですがね」

 なるほど、やはり頭脳全般を担当する彼の説明はいつも通り解り易い。

「厄介極まる話だな。ランキングに乗らない『幽霊(ゴースト)』がいるって事か」
「グリードアイランドの呪文戦術の根本から覆る話です。『本』に入っていないカードを呪文カードで奪う事は出来ませんしね」

 一通り説明が終わり、締めはリーダーのバサラが付ける。

「ようは幽霊が誰なのかを見極めて、殺せば良いんだろ?」
「ええ、その通りです。先にクリアされても堪りませんから、Sランクのカードを何枚か独占しましょう。そうすればいずれ――」
「幽霊が誰だか判明しなくても、いずれ向こうから仕掛けざるを得なくなるか。結局は今まで同じ事か。うんうん、単純で宜しい」

 単純明快さを好む全身包帯の男をバサラは「お前変化系なのに性格強化系よりだよなぁ」と呆れながら笑い、彼等三人は和気藹々と午後の紅茶を楽しむのであった。







[30011] No.008『磁力』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/10 00:41



 No.008『磁力』


 一ヶ月間の不眠の修行を終えて、再びコージ組はグリードアイランドの指定カード集めに復帰する事になった。
 久しぶりの自分での睡眠は感慨深い。幾ら眠気が無くても意識が途絶えずに連続していれば精神的な疲労は蓄積される一方であった為、頭が妙に軽く思える。
 だからこそ、もっと疑問に思うべきだったのだ。コージが何故その提案をしたのかを。

「そうだ、まずは呪文カードと指定カードを整理しようぜ」

 その何気無い一言から始まり、コージは三つの本から忙しくカードを移動させる。
 主に手に入れた指定カードはコージが持って、ダブりはユエ・アリスの指定ポケットに、というのが最初の話の流れであり、入れ替えなど最初から必要無い筈だ。

「いきなりどうしたの? コージ、何か企んでない?」

 ユエはジト目でコージを問い詰めるが、コージは笑ってるだけで何も答えない。
 ユエとアリスは不信感を募らせつつも、程無くしてこの妙なカードの整理が終わった。

「ごめんな、ユエ、アリス。すぐ帰ってくるから」
「コージ? アンタ、何を――!?」

 コージの手にはカードが一枚握られており、制止の間も無く唱えた。

「『磁力(マグネティックフォース)』使用、ジョン・ドゥ!」

 瞬間、独特の音を立ててコージは何処かへ飛翔して行った。
 『磁力』は指定した他のプレイヤー(ゲーム内で出会った事のあるプレイヤーに限る)の居る場所へ飛ぶCランクの呪文カードである。

「あの馬鹿っ! 一人であんな危険な奴の処に――ああぁっ! コージの馬鹿ッ、移動系の呪文全部取って行ったぁ!」
「っ、私の本にも入っていない……!」




「んな!?」
「正面から覗きなんて無粋な輩ね」

 其処に居たのは髪を下ろし、水浴びの途中だったのか、一糸纏わぬ姿で――いや、何故か腰元に鎖を括り付けて銀時計だけを垂らて浅い泉の中心に立つ、あの少女だった。
 女性として色々大切な箇所を隠す素振りすら無く堂々と立つ少女に対し、顔を一気に真っ赤にしたコージは即座に後ろを向いた。

「ば、ばば、馬鹿野郎! 年頃の娘が何で全裸でッ! 今すぐ服着ろっ!」
「……背中向けて良いの? 隙だらけでいつでも殺せるけどー?」
「っ、お前には羞恥心とか欠片も無いのかよ!?」

 予想外の事態に混乱の極地に陥ったコージは感情のまま叫び、少女は不用意に背中を見せる彼に純粋に疑問を抱く。
 そして異性に裸を見られて何も感じないのかと、逆にコージが怒るという奇妙な構図となる。

「変な事を言うのね。蟻や猫に裸を見られた処で何か恥ずかしがる必要がある?」

 どうやら異性以前の問題だったらしい。
 その発言に一瞬にして理性が沸騰しかけ、堪忍袋の緒が切れそうになった。
 だが、改めて今の状況を客観視すると、この状態で自分が切れても変質者が発狂するように、いや、最悪の場合『発情』するように見られかねない。一生ものの不名誉である。

「ああもう! 良いからさっさと着替えろっ!」
「人の水浴びを邪魔したのに自分勝手な奴ねぇ」

 少女は呆れながら泉から上がり、着替えだす。
 コージは後ろをずっと向いているものの、布の擦れる音などが生々しく耳に響き、胸の動悸が激しくなるばかりで落ち着かない。
 素数を数えて冷静になろうとしても何が素数だったのか、今の錯乱した思考ではそれすら覚束無い。

「まだかよっ!?」
「女を急かす男は嫌われるわよ」

 永遠にも等しいと思えるほどの短い時間が経過し、コージは漸く少女と対面する。
 いつものゴスロリ服姿で、髪は濡れているので三つ編みに束ねていなかった。

「はいはい、何か用? 私の美貌に惚れて指定カードを貢ぐ気になった? 私ってば罪作りな女ね」
「……お前ってさ、最高なまでに性格悪いよな」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」

 嫌味の一つを平然と受け流す少女を見て、コージはがっくり項垂れる。
 自分のペースを終始乱されている。彼は自身の両頬を叩いて活を入れ、早々に本題に入る事にした。
 元より細々とした小細工など苦手だ、真正面からぶつかり合うのみである。

「要件は一つだ、この前のリベンジに来た!」

 前回との違いを見せつけるが如く、コージは今現在の自分が出来る最高の『練』を少女に見せつける。
 少女は小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべて、戦闘態勢に入る。

「確かに前よりオーラ量が少しは増えているようだけどー?」

 明らかに見下した言い方であり、事実、その通りであった。
 以前と比べればまだマシだが、自身のオーラは彼女の顕在オーラに届いていない。それでも前回が3倍差なら、今回は1,5倍差である。

「勝つ! つーか、勝つまでやる!」

 その発言に少女の表情は即座に暗く沈み、機械の如く無表情から凍えるような殺意が放たれる。

「何か勘違いされたかな? 私はナックルのように優しくも無いし、ましてや甘い訳じゃ無いんだけど?」
「……ふん、オレに勝ったら指定カード一枚くれてやる! 『美肌温泉』だ。どうだ、欲しいだろう!」

 彼女の恐ろしい顔貌に若干気押されながらも、コージは声を大きく発しながら張り合う。

「その代わり、オレが勝ったらお前の名前を教えて貰うからなっ!」

 コージは指差しながらこの一ヶ月間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすが如く宣言し――きょとんと、少女はその赤い眼をまん丸にした。
 殺意溢れる緊迫した空気はいつの間にか霧散していた。

「名前? ナテルア――ああ、今はこれじゃなかった。えーと、何だっけ、あれだ、そそ、ジョン・ドゥだけど?」
「巫山戯んな! どう考えても100%偽名じゃねぇかっ!」

 コージは怒鳴り散らし、少女は心底不思議そうに頭を傾げた。


「名前なんてどうでも良いじゃん。仲良く呟き合う仲でも無いし。正直さぁ、私自身、君の事に興味持てないんだけど」


 ――絶望的なまでの認識の違いが、其処にはあった。

 否、彼女は凡そ全てに興味を抱いていない。
 分類があるとすれば、自分とその他全てで片付いてしまう程までに、その実力も精神的も、あらゆる意味で隔絶している。
 今の自分の事すら、敵とすら認定していない。いつでも刈り取れる程度の獲物、いや、道端に転がる石ころ程度の認識しか持っていない。


 それが悔しかった。彼女にとっては自分など有象無象に一つに過ぎず、眼中にすら無い。
 ――生まれて初めての経験だった。他人に認められたいと、心の底からそう願ったのは――。


「――オレの名前はコージ、コージ・カカルドだッ! テメェの興味なんざ一々知った事じゃねぇ! 無理矢理でも刻み込んでやる、オレの名をォッ!」

 地を蹴り上げて突っ走り、一直線に突っ込む。
 それは前回の戦いの焼き直しであり、コージは敢えてそれを選択した。以前との違いを彼女に強く思い知らせる為に。

「まるで一人前の男の台詞じゃないの。そういうのは私に指一本でも触れてから言うんだね!」




(――速っ、だが、躱せられない程では、無い!)

 初戦の時と同じように霞むような速度で繰り出された蹴りを、コージはギリギリの処で踏み止まって回避する事に成功する。

(良し、ぶん殴れる――!)

 大きな隙を晒し、驚く少女の顔に渾身の拳を叩き込む。
 だが、やはり簡単には行かず、その小さな右手で打ち出した右拳を掴み取られ、万力の如く固定されて押すも引くも儘ならない。

 ――まずいと思考した刹那、少女の左手からマシンガンの如く拳打がコージの腹部に叩き込まれる。

「がぁっ、つぁあ……!」

 その猛撃を受けながらも、コージは構わず左拳を振るう。
 苦し紛れの一撃を少女は後ろに跳び退いて回避し、再び距離が開く。

「随分とタフになったみたいね。驚いたわ」

 一ヶ月前なら内臓破裂すら危ぶまれる連撃だったが、コージは耐え切り、尚且つ戦闘意欲に陰りも無い。
 この一ヶ月間の不眠の修行で最も伸びたのは、身体能力や基礎能力、オーラの総量でも無く、耐久力に他ならない。

(――っ、相変わらずの馬鹿力だな!)

 かと言って、そう何発も受けられる攻撃ではない。
 少女はとんとんと靴の爪先を地面に当てる。まるで自らの調子を微調整するような仕草であり、真実、その通りだった。

「これならもうちょっと強くやっても壊れないよね?」

 目の前の少女の姿が一瞬にして消失するのと背後に気配を感じたのはほぼ同時、強烈な衝撃が頭部に走る。

「ぐがぁっ!? っ――!」

 蹴りを受けた。鈍痛を堪えて振り向けば、其処には眼と鼻の先まで隣接した少女がくすりと笑っており、複数の拳打が顔面に叩き込まれた。
 咄嗟に繰り出したカウンターの右フックは空振り、また少女との距離が開く。

(……っ、チーターのキメラアントに攻撃力があれば、こんな感じなんだろうなぁ……!)

 何とか踏み止まり、息切れする。まだ戦闘が始まってそんなに経っていないのに、もう無視出来ないぐらいの消耗となっていた。

「ほらほら、あの霊丸で一発逆転は狙わないの? 万が一にも当たれば倒せるかもよ?」

 足りない。圧倒的に足りない。絶望的なまでに速さが足りない。
 これでは必殺の一撃を当てる機会など永遠に訪れないだろう。

(どうすればこの差を埋められる? 知恵? 経験? 両方共勝っている自信ねぇよ!)

 自分に出来る事は基本全てと『隠』と『円』を除いた応用技、そして必殺の『念丸』ぐらいである。
 あとは放出系の修行の過程で身につけた『浮き手』ぐらいだ。
 直撃すれば数メートル以上素っ飛ばす威力の放出系攻撃だが、この攻撃は相手から間合いを強制的に引き離す的な用途なので、近寄れなければ意味が無い。

(いや、待てよ……? オーラの放出のみで身体を浮かせる? 数メートルはすっ飛ぶ程の威力だから――!)

 この土壇場での閃きを信じ、コージは地を這いずるまで姿勢を低く沈めた。
 何か仕掛けてくる。ゴスロリ服の少女は眼を細めて警戒を強める。
 その姿勢はさながら短距離走で用いられるクラウチングスタートであり、コージは両掌で地を叩きつけると同時に駆け抜けた。

 ――地を砕く二つの破砕音、そして信じられない程の瞬間加速をもって繰り出された愚直な体当たりに、回避が間に合わず、即座に防御に徹した少女の小さな身体が宙に舞った。

「……っ!?」
(成功した……!)

 掌から零距離で繰り出せる放出系攻撃を、コージは自らの加速に使ったのだ。これこそが放出系の奥義なのだと自然と悟る。
 今は掌からの放出しか出来ないが、これが足裏などでも出来るようになれば、この瞬間的な加速は『発』と呼べるほどの強大な武器になるだろう。
 そして、この一手が招き寄せた千載一遇の機会を逃す訳にはいかない。右手の人差指に全オーラを集中させて圧縮し更に圧縮させる。

 空中で身動き出来ない少女に、追撃の『念丸』は容赦無く放たれた――。

(決まった! 避けられるもんなら避けてみろっ!)

 前回と違って回避行動を取るに取れない、瞬き一つ出来るかどうかの刹那――常に纏っていた余裕をかなぐり捨てて少女は叫ぶ事を選んだ。

「――『磁力』使用ッ、コージ!」

 だが、それはこの必殺の一撃から生存する為の――勝利する為の選択だった。

 『本』さえ開いておらず、カードさえ手に持っていない。
 錯乱と思われた叫びは、されども『磁力』の効果が発揮し、一旦上空まで飛び上がって流星の如きオーラを回避し、よりによって彼の背後に少女を移動させた。

「な――!?」

 即座に『硬』の一撃を持って後頭部を殴り抜き、コージは地に伏した。
 何故、あの状況で呪文カードが発動したのか、その疑問だけを残して――。





[30011] No.009『名前』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/11 21:52



 No.009『名前』


(うー、久々に負けた気分……)

 限り無く敗北に近い勝利に、ゴスロリ服の少女は辛酸を嘗める形となる。
 全く使う気の無かった奥の手の一つを晒してしまった上で、どうでも良いと断じた敵の名前が勝ち手になる始末。これ以上無く無様な有様である。

(こんなヘマやらかしたの、あの時以来かなー?)

 マフィアからの仕事中に『生涯現役』という奇妙な四字熟語の札を服に貼り付けた暗殺家業の爺ちゃんと遭遇した時を思い出す。
 あの時ばかりは死を覚悟した。今、思い出しただけで背筋が震える。
 死に物狂いで逃げて、逃げ切れなかった悪夢、かの爺様の依頼主の死亡が一秒でも遅ければ、今の自分はグリードアイランドにいなかっただろう。

(あの時は発展途上だったからなぁ、限界まで鍛えた今ならどうなるかなぁ?)

 少女は見た目とは裏腹に、ほぼ生涯の全てを鍛錬に捧げた修練者であり、十二歳という幼い年齢にして自身の成長限界に達した狂人でもある。
 これ以上強くなるには『感謝の正拳突き一万回』みたいな、実現不可能の狂気の沙汰を十年以上掛けて実現させなければならないだろう。

(手加減抜きでぶん殴ったから、いつ目覚める事やら)

 仰向けに倒れている彼の後ろ袖を引っ張って引き摺り、木陰に腰を掛け、彼の頭を自身の膝元に置いて安静にさせる。
 俗に言う膝枕の状態だが、地面に寝転がしているよりはマシな姿勢だろうと結論付ける。
 此処までやってから、一体自分は何をしているのか、彼女はふと自分の行動を疑問視してから考え直す。

(カードだけ奪って送り返す? 『交信(コンタクト)』を使えば気絶中だろうが相手の本を強制的に出す事が出来るし、コイツの本で『磁力』を使えば仲間の下に送り返す事は可能だけど――)

 仲間だった二人の女の名前は余りにも印象が無かったので思い出せない。
 別の見も知らずの他人に送り返す訳にもいかないし――何よりも、自分は彼の要求を果たしていない。

「女を待たせるなんて、駄目駄目な男ねー」

 それは彼女にとっては極めて珍しい、欠片の悪意の無い微笑みだった。
 少女は今日の予定の、現在の最優先事項である指定カードの収集を取りやめる。
 いつになるかも解らない目覚めを、彼の寝顔を眺めながら、まだかまだかと楽しげに待ち侘びるのだった。




 ――別に、何かが欲しかった訳でもない。

 グリードアイランドに来た理由も、物語の主人公の道筋を辿ってみたかったから、という曖昧な理由だった。
 何か欲しい指定カードがあったからでは断じて無い。どれも凄い効果だとは思うが、それでも彼の琴線には触れなかった。

 それ以前の話だが、ハンター試験も同じ理由で受けたが、余りにも退屈過ぎた。
 原作とはまた異なる奇抜な受験内容は中々楽しめたが、他の受験者と比べて彼等三人は突出し過ぎていた為だ。
 この時、彼等は初めて自分達以外の同胞に遭遇したが、大半の者は念すら使えず、使える者も原作の天空闘技場にいるような雑魚レベルに過ぎなかった。
 その年のハンター試験の合格者は三名、それが誰だったのか言うまでもない。

 それ故か、彼等は自分達が同胞達の中で最も突出した実力者だと信じて疑いもしなかった。
 ――その天狗の如く伸びた鼻をへし折ったのが、あの三つ編みおさげの少女だった。

 彼女に完膚無きまで倒され、それから全身全霊で修行に励んだ一ヶ月、彼女の事を片時も忘れた事は無かった。
 彼女こそが『HUNTER×HUNTER』の世界に生まれて初めて出来た目標であり、それこそが彼が無意識の内に求めた痛快なまでの『刺激』だったからだ――。




「あ、やっと目覚めやがったわねコイツ」

 目を開くと、其処にはあの少女が眼と鼻の先と呼べるほどの間近で自分を見下ろしていた。
 一体これはどういう状況なのか、コージは素で混乱する。後頭部には柔らかく暖かい感触があり、地面の冷たく硬い感触とは余りにも異なる。

(え? まさかこれは膝枕? 何でこんな状況に!?)

 咄嗟に起き上がろうと思ったが、今動けば少女の顔に接触しかねないので自重する。
 意識を取り戻した事で痛覚も復活したのか、後頭部から鈍い痛みが走り、無理に動かす事を諦める。

「……あ。負けたのか、オレは」

 気絶するまでの一部始終を思い出し、コージは混乱から覚め、一気に落胆した。
 つまり、彼女は報酬を奪う為に自分の意識が戻るまで待っていたのだろう。現実は得てしてそういうものであるが、何処か虚しい。

「ブック――ほい、約束の品だ」
「それは受け取れないわ」
「は? 何言ってんだよ?」

 本を開き、指定ポケットから『美肌温泉』を抜き取って少女に差し出すが、少女は首を横に振って断る。
 困惑するコージの様子が可笑しいのか、少女は小悪魔のようににんまり笑い、耳元まで顔を近寄せる。
 少女の小さな吐息さえ肌で感じ取れるほどの距離に、コージは顔を真っ赤にして動揺する。
 ――彼女はコージの耳元で、小さく呟いた。

「――え?」
「二度は言わないよ」

 少女が浮かべた咲き誇るかの如く笑顔に、コージは思わず見惚れてしまった。
 突然の事でコージはまた混乱する。この事を全て飲み込むには、余りにも時間が足りなかった。


「なぁ、一緒にグリードアイランド攻略しないか? 一人じゃ流石にきついだろ」


 暫しの沈黙の後、コージは真顔でそんな提案をした。
 答えなんて最初から解り切っている。それでも言葉にしておきたかった。

「別に問題無いわ。今、このグリードアイランドで私以上のプレイヤーはいないし、クリア後に選ぶ指定カード三枚はもう決まっているしね」

 コージは「そっか」と残念そうに諦める。
 自分の分の1枚程度なら譲って良かったが、他の2枚となるとアリスとユエの分が無くなるから、やはり彼女とは相容れない。

「ま、最初にクリアするのは俺達だがな!」
「さぁて、それはどうかねぇ」

 今は競い合う『好敵手(ライバル)』でいい。
 対等の立場とはとても言えないが、いつかその横に並び立てる程の実力を身につけ、自分の事をもっと認めさせたい。

 ――もっと強くなる。コージは誰にでもない、自分自身にそう誓った。


「……あ。『磁力』について聞くの忘れていた」


 それに気づいたのは彼女が立ち去ってから暫く後の話であり、また次に遭遇した機会に聞けば良いか、と思考の片隅に放り投げてしまう。
 この事が後程どれほど重大な事態を招くか、今の彼には知る由も無く――。




「よぉ、ただい――へぶしっ!?」

 『同行(アカンパニー)』を使用してユエとアリスの下に帰還した彼に待っていたのは、一瞬にして彼を押し倒すほどの痛烈なタックルだった。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ! 一人で勝手にあんな奴の処に行って! どれだけ心配したと思ってんのッ!」
「無謀過ぎ……!」

 ユエは涙目で胸元を叩き付け、後ろに立つアリスは珍しく感情を荒らげて非難する。
 此処まで心配してくれる仲間が二人もいてくれるなんて、自分は果報者だなと思い、同時にコージは二人に対して申し訳無くなる。

「二人とも、済まなかった。その、ごめん」

 誠心誠意に謝り続け、感情のまま怒りをぶつけるユエを宥める。
 少し冷静に戻ったのか、ユエは赤く頬を染めてコージの下から離れる。

「……怪我は?」
「ああ、でけぇタンコブが一つ出来たが、アイツが――あ、いや、何でもない」

 アリスの疑問にそのまま答えそうになり、コージは慌てて訂正する。
 間違っても彼女が膝枕していたお陰でなんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えないが、既に手遅れだったりする。

「アイツが? コージ、アンタもしかして何かされた!?」
「――まさか。操作系の念で操作されているかも……!」

 盛大に勘違いされ、いや、本当の事を言えばより一層酷い事態に成り兼ねないから大いに結構だが、ユエは力任せに揺さぶり、アリスは素で深刻な表情となっている。

「えぇーい、二人とも落ち着けっ!」

 この間々放置すれば除念能力者を探しに行き出すような勢いだったので、コージは一喝して沈める。

「まぁ、また負けちまったがよ、キルアほどでは無いが、凄い技のヒント掴んだぜ。次は絶対勝つ! ――待ってろよ、  」
「え? 今、何て?」
「何でもねぇよ! ユエ、それにアリス、さっさと行くぞ!」

 コージは張り切って「さぁ指定カードどんどん集めるぞー!」と奮発する。
 ぐずぐずしていれば、すぐにあの少女は全種類の指定カードを集め切ってしまうだろう。
 しかし、向こうは一人、此方は三人、負ける道理など何処にも無いとコージは心の中で断言したのだった。







[30011] No.010『静寂』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/12 23:43



 No.010『静寂』


 あいーーーーん、と気怠いほどまでに桃色の空気が漂う恋愛都市アイアイにて、その空気を覆すほど重苦しい雰囲気を纏うプレイヤーが居た。

「恋愛都市アイアイ、この都市の攻略に最も手っ取り早い方法がまさか――『移り気リモコン』なんて……!」

 序盤からランキング一位を保ち続けるトップランカー、バサラはこの世の終わりの如く、深い絶望をまき散らしながら膝を地に付いて項垂れた。

「何て身も蓋も無い……! クソッ、この都市作った製作者出て来いよっ! ぶっ飛ばしてやる!」

 全身包帯の男も建物の壁にほぼ全力で殴りつけて陥没されるほど冷静さを欠いており、何故二人が此処まで取り乱すのか、最後の一人である彼には全くもって理解出来なかった。

「……いえいえ、レイザー級の念能力者がいきなり出て来られても困りますよ? それに楽が出来るならそれに越した事は無いと思いますけど?」

 手の平サイズの『移り気リモコン』を眺めながら、黒髪紫眼の青年は物凄い疲労感を漂わせていた。
 No.028『移り気リモコン』はランクBの指定カード、その効果は他人が他人に抱いている十種の感情を十段階の強弱で操作出来るものである。
 その十種の中には恋愛感情も含まれているので、この都市をクリアするに当たってこれ以上最適のカードは他に無いだろう。

「ルルっ! オメェは性癖が超変態だけど外見だけは美形で、能力もこれ以上無く変態だからそんな事を言えるがな、オレはな、オレはあぁ――!」
「解るっ、解るぞお前の気持ち……! ルルはとりあえず謝りやがれ!」

 嗚咽すら零す全身包帯の男にバサラは「うんうん」と頷きながら同意し、自分に見苦しいまでの敵意と嫉妬を向ける。
 まるで意味が解らぬ状況に、彼は更に混乱する。

「……えぇー? あの、お二人さん? 目的と手段の優先順位が逆転していません? 過程や方法など、どうでも良いと思いますけど?」

 例えるのならば、頭を抱える彼は完璧なセーブデータを外部から持ってきてCGを全部見て満足するタイプ、バサラと全身包帯の男は過程を楽しむタイプである。

「五月蝿いっ! その『移り気リモコン』をこっちに寄越せっ! これは使用禁止だ! 未来永劫、過去永劫に!」
「あ、ちょ――何の為にアイテム化したと思っているんですか!? ああぁ!?」

 奪い取った『移り気リモコン』をバサラは即座に踏み潰して破壊してしまう。
 交換店で買えるBランクとは言え、買うとなると1000万前後の代物が一瞬にして塵鉄に変わった瞬間である。

「今この時ばかりはお前は敵だ、ルルッ! 絶対にお前より速くこの都市の指定カードをゲットしてやる!」
「城のお姫様のハートを掴むのはオレ達だぁ!」

 何だかとんでもなく下らない感情で結託しているなぁと客観視した後、彼は最後に爆弾を落とした。それも『貧者の薔薇』級の。


「まぁ、それはどうでも良いですけど、何方が先になるんですかねぇ?」


 ――結局、この都市のSランクの指定カード、お姫様が飼っていた『カメレオンキャット』を最初に入手したのはルルと呼ばれた青年であり、彼等の友情が本気で壊れかけたとか何とやら――。




「おのれおのれおのれぇ、既にカード化限界だと!? 一体何処の何奴だ! 『名簿』使用、No.099! ぐ、三組だとぉ!?」
「ミカ、呪文カードを無駄遣いするな!」

 苦労して手に入れた『メイドパンダ』がカード化せず、マイ・ミカ・ガルル組は何度目か解らぬ落胆をまた味わったのだった。

「最近多くなって来たね、入手出来てもカード化限度枚数に引っ掛かる事」

 がっくりしながらマイはカード化しないパンダを撫でる。ちなみに『メイドパンダ』のカード化限度数は6枚、実に独占しやすく、嵩張らない数である。

「カードの独占を狙うのは他の組も同じ事だろうよ。そろそろ他の組との対決がメインになるだろうな」
「ふん、出揃っているなら問題無い。全部力尽くで奪ってしまえばいいんだ」

 良くない傾向にカルルは懸念を示し、対するミカは自信満々にそんな事を言う。
 またしても二人の対立の要因が出来てしまったと、マイは『メイドパンダ』のフカフカな体毛に抱き着きながら溜息を吐く。

「良くまぁそんなに強気になれるものだ。我々はたった一人のプレイヤーに破れた事をもう忘れたのか?」
「ふん、ランキングの上位から常に外れているあのおさげの少女などもはや眼中に無し! それにもう一度出遭ったらこの僕が返り討ちにするまでよ!」

 確かにあの少女、明らかに偽名だが『ジョン・ドゥ』は一回もランキングの上位に上がった事は無い。
 その点について、マイとガルルは強い不審感と疑問を抱いていた。

「其処なんだが、あのプレイヤーがその程度しかカードが揃えられないとは考え辛いのだが?」
「それなりの実力者でも一人でプレイするのは効率が悪いという事さ」

 ガルルの疑問提起をミカは即座に一蹴する。
 確かにグリードアイランドをソロでプレイするのはフリーポケットの上限が立ち塞がるので難易度が跳ね上がる。
 自分で指定カードを収集せず、奪う事が専門ならこの遅さも納得が行くだろう。内心で何処か引っ掛かりながらこの話題を切り上げる。

「注意するべきはランキング初頭から今までトップを保つバサラ組だ。現在は79種類、ガードが堅くて情報が得られないが、かなりの実力者だろう」
「そうよね。あれだけ一位で目立っているのに、所有枚数は増えていく一方だし――」

 ランキングで一位というだけで相当目立ち、他のプレイヤーからの妨害も多々あるだろうが、それを諸共せず一位に君臨し続けている。
 最初から今の今まで独走状態のプレイヤーだ、間違い無く強敵と見て良いだろう。

「二位は俺達の74種類だが、三位のコージ・ユエ・アリス組が驚異的な速度で追い上げて来ている。今日の時点で71種類だ」
「え? 嘘、昨日までは66種類だったのに……」

 AランクとBランクの指定カードの収集で頭打ちになると思いきや、勢いが止まらない。
 原作に比べて自力でSランクを入手出来る組が多すぎる。負けるつもりは無いが、不安が過る。
 ランキングの圏外だが、実力が上回るプレイヤーは少なくとも一組はいる。いや、他にいないとも限らない。

「出る杭など叩き潰せば良いだけの事だろう。何だ、ガルル。臆病風にでもまた吹かれたのかい?」
「直接戦闘は最終手段だ。自信過剰で慢心している輩よりは幾分もマシだろうよ」

 確実な勝算が見えない中、ミカとガルルはまたもや口喧嘩し始める。
 モフモフな『メイドパンダ』だけが、少しやぐされるマイの癒し要素であった。




「――残りはNo.001『一坪の海岸線』、No.002『一坪の密林』、No.017『大天使の息吹』、No.065『魔女の若返り薬』、No.073『闇のヒスイ』、No.081『ブループラネット』のみ。見事にSSランクで固まりましたね」
「例外はSランクの『魔女の若返り薬』とAランクの『闇のヒスイ』か。『闇のヒスイ』は爆弾魔達が独占していたから入手は案外楽だと思っていたが、逆に爆弾魔程の実力者でなければ入手困難だったか」

 グリードアイランドが開始されて三ヶ月、予想以上のハイペースで末期に突入したとハメ組の二人は喜ぶ。
 プレイヤーの質次第では数年は待つ事になるだろうと覚悟していただけに拍子抜けするほどの収集速度だった。

「Aランクならリスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボで何とかなります。『魔女の若返り薬』は時間の問題でしょうね」
「だが、SSランクは簡単にはいかないぞ? 俺達にとって『大天使の息吹』は簡単に入手出来るが、他の奴にとっても一坪シリーズは最難関と見て良いだろうよ」

 ある程度予想していた事だが、ゲームマスターであるレイザーとの直接対決で勝たなければならない『一坪の海岸線』とそれと同等の入手難易度と思われる『一坪の密林』が最大の不安要素であった。

「これ以上他の組にカードを揃えられても厄介です。指定カードの所有枚数が平均70種類の今が絶好の機会ですね。一つ、策を講じますか」

 これ以上、だらだらと時間を掛けても他の組の指定カードと呪文カードを充実させても損しか無い。
 ハメ組のリーダーは酷く歪んだ顔で邪悪に微笑む。所詮、他のプレイヤーなど自分達の掌で踊る道化に過ぎぬと完全に見下して――。




「くく、あはは、あーっははははははははっ!」

 その日、あらゆる意味で例外たる三つ編みおさげの少女は高々に哄笑する。

「やっと手に入れた。あはっ、どれだけこれを追い求めた事か……!」

 一枚のカードを眺め、少女は長年待ち望んだ玩具を手に入れた子供のように、想い人との逢瀬で愛を呟いた童女のように、その顔を光り輝かせていた。
 そのカードは『魔女の若返り薬』であり、今し方少女が独占したものである。

「さぁて、少しばかり名残惜しいけど、そろそろ終わらすかね――」






[30011] No.011『共同戦線』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/14 21:41



 No.011『共同戦線』


「ほいっと。こっちこっちー!」
「っ!」

 流れるように放たれた拳打が虚しく空を切る。
 恒例となった朝の組み手、コージは戯れるように舞い、アリスは必死に喰らいつかんと躍起になっていた。

「この……っ!」

 それもその筈、間合いに入り、アリスが幾度目かになる蹴撃を繰り出すも、コージが会得した『オーラの放出による瞬間加速』によって一瞬にして間合いの圏外まで離脱されてしまう。

(――っ、捉え切れない……! オーラを放出して一瞬だけ加速させる、言葉にするのは簡単だけど、この単純な動作一つで此処までやり辛くなるなんて……!)

 最初の内は掌からでしか放出出来ず、態々手を接地しなければその急加速を生めなかったが、今では足裏からの放出も可能となり、現状の自分では掠る事さえ困難になってしまった。

(――『発』一つで此処まで変わるなんて……!)

 未だに個人特有の念能力を開発していない自分では触れる事すら出来ないのか。
 焦りが一瞬に満たない隙を生み――コージはその隙を逃さず、正面から最短距離で間合いを一瞬で詰め、鋭い掌底をアリスの腹部に叩き込む。

「うぐっ!? ――ぁ!」

 オーラの攻防力移動こそ間に合っているものの、その掌底は『浮き手』の応用、彼女ほどの軽い体など数メートルは吹っ飛ばす威力の放出系攻撃である。

(まず、しくじった――!)

 アリス自身にダメージはほぼ無いものの、受けてはいけない類の攻撃だと瞬時に悟る。
 踏ん張れずに地から足を離してしまった、一秒にも満たない不自由な滞空時間――其処に追撃する必殺の手段を、コージは持ち合わせているのだから。

「っ!」

 コージは念丸を撃ち出す構えに入り「BAN!」と小声で呟いて笑う。接地した後、アリスはしょんぼりする。
 組み手ゆえに実際には撃たなかったが、完全な敗北である。

「うんうん、普通はこれ即死コンボだよなぁ。何で回避されたんだろ?」

 コージは腕を組んで顔を顰め、何か考えながら首を傾げた。

「二人ともー、朝御飯出来たから食べるわよー!」
「おう、待ってました!」

 いつもの桜色の着物にエプロンを装備したユエは大声で組み手を終えた二人に伝える。
 晴れ晴れとした気分で朝食を目指すコージとは裏腹に、アリスは朝からどんよりと気分が暗く沈んだ。

「あー、コージ、大人気無いー。またアリスをイジめたのー?」
「んなっ、何でそうなるんだよ!?」

 気落ちしたアリスの様子を見て、ユエはジト目で茶化し、コージは面白い具合に慌てふためく。

「私もあんな小細工一つで此処まで変わるとは思ってもいなかったしねー」

 朝食のサンドイッチを食べながら、ユエは最近のコージの躍進を思い浮かべる。

(……あの女と戦って負けてから、コージは見違えるぐらい強くなった)

 切っ掛けはまさにそれであり、それから修行に打ち込む気概が一変した。
 鬼気迫るという表現がぴったりであり、傍らから見て解るほどあの三つ編みおさげの少女に執着した。

 ――それが特別な感情だと、誰が否定出来るだろうか?

 彼の内面に一際大きい変化を齎したのがあの少女であり、自分ではない。
 その事実が堪らなく悔しく、暗く醜い嫉妬が心の中で荒れ狂う。

(コージにとって、私は一体何なんだろう? 私にとって、コージは……)

 単なる幼馴染だろうか? それとも同じ前世を持つ同郷の仲間?
 ――それ以前に自分は、彼の何になりたいのだろうか?

「……ユエ? 顔赤いぞ、もしかして風邪か?」
「っ!?」

 まさに不意打ちだった。此方の心を知らずに、コージはユエのおでこに手を当てて熱を測る。

「うーん、熱は無いな。念の為に『コインドック』で診断するか? 確か一個余分に取ってきただろ。それアイテム化して――」
「ひ、ひ、必要無いわっ! ほほほら、こんなにも元気だよ!」

 朝からややこしい事になったとアリスが人知れずに溜息を吐く中、ピンポーンという音と共にコージの本が勝手に出てきた。

『他プレイヤーが貴方に対して『交信(コンタクト)』を使用しました』

 一気に緊張感が高まる。他のプレイヤーとの『交信』はこれが初めての経験であった。

『よぉ、初めまして。オレの名はロブスだ。ランキングで四位のプレイヤーと言えば解るか?』
「何か用か? 交換なら82『天罰の杖』と91『プラキング』があるぜ?」
『ありがたい話だが、それは後だ』

 意図を探りながらコージは適当な指定カードを並べるが、交換が目的では無いらしい。三人は目を合した後、コージの本に集中させる。

『指定カードNo.002『一坪の海岸線』を入手する為に共同戦線を張らないか? コイツはSSランクのカードで自力で発見するのは絶対困難だぜ? 内容を聞いて貰えれば納得出来る筈だが、生憎と『交信』で説明出来る程の時間は無い』

 三人の顔が驚愕に染まるが、声には出さない。この段階でこの話が他のプレイヤーから来るとは予想外も良い処だった。

『協力する気があるなら魔法都市マサドラから北東2kmの岩場に集まってくれ』

 ロブスというプレイヤーからの『交信』は此処で打ち切られ、三人は緊張が解けて一旦脱力した。

「ロブス、ねぇ。聞き覚えあるか?」
「……確か所有枚数が50種類程度の組だった筈」
「そんな奴が『一坪の海岸線』の入手法に辿り着く? おかしな話ね、きな臭いわ」

 コージが問い、アリスが難しそうな顔をして答え、ユエが胡散臭そうに疑う。
 十五人以上のプレイヤーを集めて『同行』でソウフラビに行く。それがSSランクのカード『一坪の海岸線』の入手イベントの開始フラグである。
 原作でも十二年間誰も見つけられなかったぐらい厄介な条件なのだ。それを一介のプレイヤーが偶然でも発見出来たとは考えにくい。

「そいつが同胞の可能性は?」
「それらしき連中は他に沢山いたけど、微妙な処。私は反対、罠の予感がする」

 同胞にしては取得枚数が少なすぎるし、同胞でなければこの情報まで辿り着けない。
 そもそもこの会談事態が誘い込む罠かもしれないと考えてアリスは反対する。

「でも、他のプレイヤーと協力しないと『一坪の海岸線』は入手出来ないからねー。多少の危険を冒してでも誘いに乗った方が良いと思う」

 ユエは逆に良い機会だと話す。実際にロブスというプレイヤーが『一坪の海岸線』の入手法を知っていなくてもプレイヤーが集まる数少ない機会だ。これを利用しない手は無い。

「とりあえず、そのロブスって奴が同胞なのか、そうでないかだけ確かめるか」
「確かめるってどうやってよ?」

 それが出遭って話す前に解れば苦労しないと言いたげにユエは聞くが、コージは自信満々に本からある呪文カードを取り出す。

「ふふふ、これでだ。『交信』使用、ジョン・ドゥ!」
「はぁ!?」

 ユエが大声を上げて驚き、アリスが無言で動揺する中、コージは何故か嬉しげな表情で笑う。
 程無くしてあの少女の本と『交信』が繋がってしまった。

「よぉ、久しぶり。オレだ、コージだ」
『何の用ー? 私も暇じゃないんだけどー?』

 何で指定カードを奪って行った憎き相手に対して、此処まで仲良さそうに喋れるのか、ユエはこの上無く不機嫌になる。

「聞きたい事あるんだが、襲ったプレイヤーの事は覚えているか?」
『生かしたプレイヤーの事なら一応覚えているわよ?』
「なら話は早い。ロブスってプレイヤーだが、遭遇しているか? 今ランキング四位の奴なんだが。ソイツが同胞かどうか知りたい」

 明らかに聞く相手を間違っているとアリスは混乱するが、非情にも、この巫山戯たプレイヤーキラーの行動範囲は広かった。

『ロブス? ああ、三回ぐらい奪った覚えがあるわ。あれは同胞では無いわね。――さて、この情報の見返りは何かしら? 余り失望させないでよ?』
「ソイツが『一坪の海岸線』を入手する為に共同戦線を張りたいって今『交信』があった。お前も参加するか?」

 咄嗟に飛び出したコージの爆弾発言に、黙っていた二人も黙っていられなくなる。

「ちょっとコージ何考えているの!? ソイツを参加させたら問答無用で一組分奪われるじゃないっ! てか、それ以前にロブスが同胞じゃないなら罠の可能性濃厚じゃないっ!」
「……向こうの人に対して面識有りで印象最悪。正気の沙汰じゃない」

 ユエとアリスは口々に文句を言うが、コージは軽く受け流して返答を待つ。
 彼としてはどの道、彼女が唯一自力で手に入れられない『一坪の海岸線』を奪いに来る事は決定事項なので、他の組の奪わせて自分達の分を守るという強かな算段を立てている。
 ほぼ100%OKと答えると思われたが、彼女から帰ってきた言葉はその反対であった。

『魅力的な提案だけど、今回は遠慮しておくわー』
「おいおい、手に入れてもこればかりは絶対渡さないぜ?」
『ふふ、そうね。貴方達が手に入れても『一坪の海岸線』だけは奪わないって約束してあげる』

 帰ってきた予想外の答えに、コージの思考は一気に疑念に染まる。
 この余裕は一体何なんだろうか? どうも引っ掛かる。まるで奪わずとも自力で入手出来るとも言いたげな態度だ。

「……お前、何か絶対企んでいるだろ?」
『さぁねぇ。それじゃ健闘を祈るよー。……それにしても大胆不敵というか、命知らずだよね。君』
「? 何でだよ?」

 関心するように『交信』越しの少女はさも可笑しいといった具合に笑う。

『今のレイザーに挑むなんてとてもとても。じゃーねー』

 まるで意味が解らず、コージは頭を傾げる。
 まず前提として『一坪の海岸線』を手に入れるにはレイザーとの対決が不可避だが――まぁいいか、とコージは疑問を横に捨て置く。

「とりあえず行くだけ行ってみるか。警戒を怠らずにな」




「――という訳だ。上位の三組で組んで『一坪の海岸線』の入手を目指したい。何か質問は?」

 主催者のロブスは自信満々といった感じに説明し終わる。
 ランキング第四位のロブス組は三十代前半にして髪が既に危うい彼と、彼に不似合いなぐらい美人な妙齢の女リリアの二人組であり、実力的には三回も三つ編みおさげの少女に鴨にされている分、期待しない方が良いだろう。

(――偶然、ソウフラビに十五人以上で『同行』を使用した、ねぇ)

 茶色の髪が著しく後退してハゲ寸前になっているロブスの説明の要点を纏めるとそんな感じだが、複雑な事を考えるのが苦手なコージでも、彼等が『一坪の海岸線』に至った事実が最大の不安要素である事が察せる。

 ――恐らくは第三者、『一坪の海岸線』の入手法を知る同胞からの入れ知恵があると見て間違いないだろう。

「トップのバサラ組を誘わず、俺達を誘った理由は?」
「ただでさえ開幕からトップを独走する組だ。お前達もこれ以上奴等に先行されたくないだろ?」
「奴等? バサラ組は複数で組んでいたのか?」

 ロブスの言葉に、コージは即座に質問を返す。
 ランキング一位を常に守り続けたバサラ組の情報は極めて入手困難であり、コージ達でもバサラ組の構成メンバーの情報は掴めていなかった。

「バサラ組は奴とヨーゼフ、ルルスティの三人組で間違い無い。ちなみに奴等の所有枚数は84種類だ」

 思わず「げっ」と呟きそうになる。一位のバサラ組の予想以上の攻略速度に、コージ達は危機感を募らせる。
 それ故に今回はランキング二位~四位の組が呼ばれたのだろう。

(そしてランキング二位のマイ・ミカ・ガルル組――コイツらは十中八九同胞だったな。『一坪の海岸線』の為に集めた主犯はコイツらか?)

 ランキングで調べた時はSランクのカードの他に『奇運アレキサンドライト』を入手している数少ない組であり、かなり前から目星は付けていたが――実際に対面して彼等のオーラの力強さに少しだけ関心する。
 正面から戦えば少しは苦戦しそうだ――コージが品定めしていると、タンクトップのシャツを着る少年、ガルルが手を上げて発言権を求める。

「此処には八人しかいないが、他はどうするんだ?」
「残り七人は数合わせだな。現実に帰りたくても帰れないプレイヤーでも誘えばカード分配の心配はせずに済む」
「その代わり、このメンバーで全勝しなければならない、か」

 自分達の組とマイ・ミカ・ガルル組のメンバーの実力は特に問題無い。
 主催者の組の実力が死活問題だろうな、とコージは声に出さずに心の中に仕舞い込む。色気振り撒く黒髪紫眼の女は自分が観ている事に気づいたのか、艶やかな笑みを返す。

「まぁ実力不足ならメンバーを変えれば良いだけの事だ。精々気張る事だね、君達」
「あ? んだと……!」

 大胆不敵なまでに不貞不貞しい発言したのはマイ組のミカであり、コージは即座に突っ掛かる。

「ストップ、コージ……!」
「ムカつくけど駄目」

 即座にユエとアリスが抑える。気持ちは一緒だろうが、此処で争っては不利益しか生まない。
 一発殴って黙らせようとしたが、コージは自重する。

「ミカ!? 止めなよ……!」
「すまん、コイツの事は気にしないでくれ」

 彼等の組もマイが止め、ガルルは「余計な口出しするな!」と青筋を立ててミカを睨みながら謝る。
 クラピカみたいな民族衣装着ている阿呆は自信過剰で身の程知らず、とコージ組からはほぼ最悪の印象を抱かれたが、本人は一切気にせずにフンと鼻を鳴らす。
 一気に険悪な空気が漂う中、今更コイツらで大丈夫かなという不安な顔を浮かべるロブスは今一度問う。

「とりあえず、協力するか、否か。最初に答えて欲しい」
「いいぜ、アンタの案に乗ろう」
「私達も乗ります。宜しくお願いしますね」

 コージが不満を押し殺して答え、マイが代表して答える。
 様々な不安要素を抱え、複数の思惑が入り乱れる中、三組による共同戦線が組まれた瞬間であった。







[30011] No.012『十四人の悪魔(前)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/16 19:33



 No.012『十四人の悪魔(前)』


「一つ提案があるんですが、良いですか?」

 グリードアイランドから帰りたくても帰れない者を七人釣って集め終わった後、彼等の内の一人が発言を求めた。

「先に私達数合わせのメンバーを選出し、先にリタイヤさせて欲しいのです。途中で気が変わって選出されても困りますし、揉め事を少しでも減らしたいと思うのですが? その条件なら、貴方達が目的のカードを入手するか諦めるまで付き合いましょう」

 プレイヤー名はアルト、白髪の長い髪が特徴的な、蟻一匹殺せないような優男だった。

「おいおい、それだと折角調べた最初の七種目が変わっちまうだろ?」

 当然の事ながらロブスは真っ先に難色を示すが、他の六人はそうではなかった。

(いや、ナイスだ。コイツの提案、むしろ俺達に好都合だ。先に七人リタイヤさせれば、レイザーは人数の都合上、最初からドッチボールを選択せざるを得ない……!)

 コージを始めとする転生者一同はほぼ同じ結論に辿り着く。
 それならば、勝つ可能性がある八人の中から選出する必要無く、八人全員でドッチボールに行ける。
 残り八人になった時点でレイザーがドッチボールを提案しないなら尚の事御の字、そのまま八勝出来る可能性すら出てくる。

「俺達は構わないぜ。どの道、相手が不利になれば違う競技に変わるだろうしな」
「何方にしろ同じ結果だ。僕も構わないよ」

 コージとミカは数合わせの優男の提案に賛成する。
 賛成ニ対反対一となれば、ロブスは渋々折れざるを得なくなる。

「やれやれ、信頼して良いんだな?」




『――それにしても大胆不敵というか、命知らずだよね、君。今のレイザーに挑むなんてとてもとても』

 その台詞の真意を、コージは今この瞬間知る事となる。

「何だ、ソイツらは?」
「っ! へ、へい、頭。俺達を追い出したいそうです……!」
「くくっ、そうか。もう来やがったのか」

 不似合いな帽子を被った海賊役の部下は、明らかに恐怖と畏怖を抱いて慎重に接している。
 その海賊の船長に対面した一同も、同じ反応を取らざるを得なかった。

(あ、あれ? レイ、ザー?)

 金色に染めた髪を逆立て、悪寒が全身に駆け抜けるほど強烈な殺気を振り撒く、凶悪な殺人鬼が其処に立っていた。

(やばい、このレイザーは『アイツ』以上にやばい……!)

 常に笑顔を絶やさなかった原作との余りにもかけ離れた齟齬に、コージ達は思わず固まる。
 レイザーらしき男は自分達を品定めするように見渡し、顔を歪めて笑う。哀れな獲物にその末路を自ずと思い知らせるが如く。

(ああっ! ちょっとちょっと、ジンさんが捕まえて死刑囚になって雇ったばかりだから……!)
(原作ほど人格者でも無いし、手加減なんて最初から期待出来ない……!)

 額から玉粒のような冷や汗を流しながらユエとアリスは小声で話す。
 さながら蛇に睨まれた蛙であり、生きた心地が全くしなかった。

(……こりゃまずいな)
(ど、どういう事よ? ガルル)

 一瞬にして彼との実力差を実感して慄くコージ組に対し、マイ組もまた同じ結論に至った。

(十二年前だから原作よりかなり弱いと思ったんだが――とんだ見当違いだったな)
(はっ、ただ外見が過激なだけじゃないか! ガルル、もうビビったのかい?)
(その震える手を止めてから言え)

 原作でのゴン戦でも手加減していたとは思えないが、今のレイザーは間違い無く、最初から殺す気で掛かってくるだろう。

「早速本題に入るが、勝負だ。互いに十五人ずつ代表を出して戦う。一人一勝、先に八勝した方の勝ちだ。勝負のやり方は俺達で決める」

 レイザーは笑っているが、眼が欠片も笑っていない。

「……おっと、それでお前達が勝てばこの島を出て行こう。どうだ?」

 誰一人無駄口を叩く事無く、彼の言葉を遮る事無く、説明は淡々と進んでいく。

(うわっ、明らかに設定上の台詞を杜撰に言い捨てたよこの人!)

 などとユエは思ったが、当然ながら怖いので言葉に出して突っ込むなど出来ない。

「えーと、質問ですけど、私達が負けたらどうなります?」

 それでもユエは恐る恐る質問する。一応何らペナルティ無く帰れる事は知っているが、違っていたら怖すぎるので聞いておく。

「くくっ、死んでいなければ無事に帰れるだろうよ」

 嫌になるほど凄惨で凶悪な微笑みだった。一同は揃って身震いする。

(やべぇ、生かして帰す気更々ねぇぞコイツ。アイツの言っていた意味ってこれの事かよ!)

 もっと解かり易く言ってくれとコージは文句を言いたいが、本人が此処にいないので言いようがない。
 殺伐した空気に飲まれ、誰もが萎縮する中、一歩、自らの意思で踏み出した者がいた。

「すみません。先に良いですか?」
「何だ?」
「数合わせの足手纏い七人、先に選出してリタイヤしたいのですが?」

 のほほんとした雰囲気を崩さず、殺気立つレイザーにアルトは微笑み掛ける。

(コイツ、グリードアイランドから現実に帰還したい奴の癖に度胸あんなぁ~!)

 この極限までの空気の読めなさにコージを含む一同が関心する中、レイザーは一際大きく笑った。

「――そうか、そんなに死にてぇのか」

 レイザーから強烈なまでのオーラが放たれる。
 アルトを除く数合わせのプレイヤー六人は腰砕けて地に座り込んでしまい、これから挑まなければならない八人のプレイヤーは一斉に退き、最大級の警戒をもってレイザーを睨み返した。

「オレのテーマは八人ずつで戦うドッジボールだ!」

 レイザーの背後から1~7番の人型の念獣が具現化される。
 放出系能力者でありながら、苦手な分野である筈の具現化された人の念獣を此処まで精密に操れるのは脅威以外何物でも無い。

「ルールを説明しよう! ゲームは1アウト7イン(外野一名内野七名)でスタートする! 内野が0になったチームの負け! コート内の選手は敵の投げたボールに当たればアウト、外野に出る! ただし、スタート時に外野にいた選手を含め、たった一人、一度だけ内野に復活する事が出来る! ――ボールに当たって、生きていればの話だがな」

 有り難くない注釈が最後に取って付けられ、殆どの者が無理だと自己判断する。

「武具の使用とかはどうなってますか?」
「念で作り出した道具のみ可能だ」

 そのどうでもいいルールはドッチボールでも有効だったのか、とユエは少し落ち込む。

(うぅ、私の大鎌は使えないって事ね……)
(私の『炎の円環』はOKって事ね。人数の関係上『迦具土』の方は使えないけど)

 ユエは渋々、背中に背負う大鎌を地面に置き、ドッチボールのコートに足を進める。
 正直この死刑場じみた体育館から逃げ出したい気分だが、流石にレイザーが丸くなる十二年後まで待つ訳にはいかないし、どうせ挑戦するならこの一度で終わらせたい。

「さて、誰が外野に行く?」
「私で良いかな?」

 青い顔をしながらも、ロブスは取り纏め役を行う。
 真っ先に手を上げたのはマイであり、他に手を挙げる者はいなかった。
 外野に居ても内野に居ても、レイザーの球による危険性は大して変わらないからだ。

「ああ、構わないぜ」

 レイザー側からは『No.1』が外野に行く。

「それでは試合を開始します。審判を務めますNo.0です。よろしく」

 一際真っ黒の念獣がボールを持って取り仕切る。
 話し合いの末、スローインにはガルルが、レイザー側は背丈が一番ひょろ長い『No.6』が進んで行く。

「スローインと同時に試合開始です。レディ――ゴー!」




(さて、始まりましたね。果たして現在のトップランカーであのレイザーに勝てますかね?)

 このイベントを誘導した真の黒幕であるハメ組のリーダーであるアルトは興味津々と高みの見物と洒落込んでいた。
 彼がやった事は一つ、非転生者と確定している四位の組に間接的に『一坪の海岸線』の情報を流した、その一点に尽きる。
 入手方法さえ解れば後は勝手に攻略してくれる。思惑通りに事が進み、自分は数合わせの一員に紛れて情報収集に当たっていた。
 彼にしてみれば、どう転がろうが自分に得にしかならない、刺激的な対岸の火事だった。

(あのレイザーを相手にして能力を隠すなど不可能でしょう。まぁ能力が不足している者が生き残れるとは到底思えませんがね)

 試合開始の号令が掛かり、審判の『No.0』がボールを高々と上げ、飛び上がったガルルがボールを味方に弾き飛ばし、『No.6』は飛び上がりもせずに味方の陣に退いた。

「先手はくれてやるよ。それが最後のチャンスだろうがな……!」

 外見はかなり違って殺す気満々だが、最初は原作と同じ流れとなった。

「ふんっ、その余裕、粉々に粉砕してやるよ!」

 ボールを取ったのはクルタ族の民族衣装を着込むミカであり、全力の一投を現段階で一番がたいの良い『No.7』に向かって投げ、反応出来ずに顔面に激突――ボールは外野のマイがキャッチする。

「ふっ、まずは一匹!」

 ミカは意気がって調子に乗るが、本当に反応出来ずに取れなかったのか、外野に出す為にわざと動かさなかったのか、恐らくは後者であろうとアルトは判断する。

(迂闊ですよ、ミカ君。レイザーの念獣は数字が大きいほど性能が良い。そんなのを真っ先に外野に送るなんて怖い者知らずですね)

 それをガルルは指摘するが、調子に乗るミカは聞く耳持たずに次は『No.6』を当てて外野に送ってしまう。

(所詮は烏合の衆という処ですかね。レイザーからボールを奪い返す機会を自ら少なくしてしまうとは)

 恐らく彼等ではレイザーのボールを正面から取る事は不可能だろう。
 ならば、次善策としてレイザーから放たれるボールを諦め、念獣からのボールをカットすればいい。
 一度外野を経由すれば威力が激減する事は原作のヒソカがその身で証明している。

「何だ、大した事無いじゃないか! 虚仮威しとはまさに君達の事だね」
「ミカっ、調子に乗るな! あれがこの程度で済む筈が無いだろう!?」
「全く、いつも口だけで五月蝿いね、ガルル。この調子だと僕が全員仕留める事になるよ?」

 アルトの眼から見ても、真っ先に死ぬ人間だなと苦笑せざるを得ない。

「くく、弱い駄犬ほど五月蝿く吠える」

 レイザーは嘲笑って必死に虚勢を張るミカを侮辱する。
 そして少し突付くだけで挑発に乗るような隙を見逃すほど、今のレイザーは優しくないようだ。
 ――死んだな、とアルトはミカに先に内心の中で合掌しておく。

「気が変わったよ。まずは君から仕留めさせて貰うよ!」
「馬鹿っ! ミカやめ――!」

 全身全霊を籠めて放たれた一投は、まるで原作の再現の如く片手で受け止められてしまい――間髪入れず、ミカの頭目掛けてレイザーの致死の一投が容赦無く返された。

「――っ!?」

 意外と反応が良く、ミカは必死の形相で寸前の処で躱す。
 危うく頭を吹っ飛ばされて脳髄を撒き散らしそうになったが、彼の短絡的な行動が招いた危機はこれで終わらない。

(うーむ、正直無理ゲーですね)

 外野による超高速パスが繰り出され、内野の七人が翻弄される。
 外で俯瞰する自分は何とかボールの軌跡を追えるが、中にいる彼等にとっては追い切れなくなるのも時間の問題だ。早くもアルトは諦め出した。

(この組で失敗となると、次はバサラ組に協力を取り付けないと無理ですね。彼等には渡したくありませんでしたが――)

 超高速パスを捉え切れなくなり、背後を突かれたのはロブスだった。

「ぶぐあぁっ!?」
「ロブス!?」

 強烈な一投が彼の後頭部に突き刺さり、その威力のまま額を地に激突させる。零れ落ちた球を、外野に行く前にアリスがキャッチする。
 遠目から見てもヤバい具合に痙攣しており、戦闘不能なのは言うまでも無かった。

「当たり処が良かったようだな」
「言い忘れましたが、プレー続行不能になる怪我をした場合、その選手は退場になります。外野としても内野としてもカウントされませんので御注意を」

 ゲシシシと奇怪な笑みを浮かべて、審判の『No.0』が説明する。
 試合は一旦中断し、意識を失った彼は海賊達の手によって退場となる。
 こうなる原因を作った張本人であるミカに全員からの批難の視線が突き刺さる。彼は居心地悪そうに舌打ちした。

「アリス、ボール」

 ぶっきら棒にコージは言い、アリスからボールを託される。

「君、そのボールを貸せ、今度こそは……!」
「やめろミカッ!」

 此処まで無様さを晒してまで味方の足を引っ張ろうとするとは、彼等マイ組の真の目的は『一坪の海岸線』の入手の妨害ではと邪推してしまう。
 尤も、これを意図的ではなく、無自覚でやっているのならば最悪なまでに性質が悪いが。

「この中で今以上の一投を放てる奴は居るか? いや、違うな。レイザーを仕留められる一投を撃てる奴は居るか?」

 ほう、とアルトは関心する。
 この最悪の雰囲気に飲まれず、まだ戦う意欲があるコージへの評価を少しだけ高くする。

「……っ、大口を叩いたからには、君にはあるのかい?」
「通用するかはどうかは試してみないと解らんがな。あともう一つ、レイザーのボールを受け止められる奴は居るか?」

 ガルルは一瞬だけミカに視線を向け、外野のマイもまた彼に視線を向ける。
 彼等の反応から無能の高慢頓痴気の彼にも奥の手があると言っているようなものだが、今一信頼に値しない。

「君次第だね。まずは証明して貰おうか!」

 難有りの性格だなぁと分析しつつ、眼下に披露されるであろうコージの念能力に注目が集まる。
 コージは『練』で大量のオーラを練り上げる。中堅のハンターと遜色無い凄まじいオーラは手に持つボールに籠められる。

 ――大きく振り被り、渾身の一投を放つ。
 オーラが流星の如き尾を引いて飛翔するボールは『No.2』に衝突し、更には隣の『No.3』に衝突して外野に飛んでいく。

「『No.2』『No.3』アウト! 外野へ!」

 これでレイザーのコートは残り『No.4』と『No.5』の三人、此方はコージ、アリス、ユエ、ミカ、ガルル、リリアの六人でボールは此方の外野、主砲の彼を上手く使えば或いは――。

「ちっ、思った以上威力がでねぇな」

 それは他ならぬ、撃った本人からの感想であり、傍観するアルトも同じ感想であった。あの程度では今のレイザーでも呆気無く取られるだろう。

「ふん、まだまだ本気じゃないだろう? それともこの程度かい?」
「相変わらず口が減らねぇ奴だな」

 ミカの減らず口を呆れながら聞き流し、コージはマイからの返球を片手で受け取る。

(放出系能力者ですね、彼は。ですが、単純なレベルの差もありますが、レイザーとは違ってボールに愛着も何も抱いていないのが威力の差に繋がってますね)

 コージは更にオーラを練り上げて、ボールにひたすら籠め――今度は投げず、ぽんと宙に放り投げた。
 何をやるのか、アルトは瞬時に悟った。同時に胸の奥から込み上がる懐かしさに、らしくないと苦笑する。
 彼もまた、同じ世代だったが故に興奮を止められなかった――。

 更にオーラを練り上げて、コージは『硬』をもって念の籠ったボールを蹴り上げる。
 実在のボールを使うという差異はあれども、あれは仙水忍の『裂蹴紅球波』だった――。

 






[30011] No.013『十四人の悪魔(後)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/16 23:06



 No.013『十四人の悪魔(後)』


(先程を上回る申し分無い威力。これなら幾らレイザーの念獣と言えども――)

 案の定、『No.4』と『No.5』が融合して更に強力な『No.9』となってボールを受け止めようとするが、予想通りボールを取れず――アルトの予想を外したのは、レイザーの念獣の身体を突き破った事だった。

(予想外の威力――? いや、これは……!)

 念獣が霧散し、その背後に回っていたレイザーがボールを両手で受け止める。
 ボールの余りの威力に外野と内野のギリギリのラインまで押し出され、されどもレイザーはギリギリの処で踏ん張り、押し留まる。

(わざと念獣を消した。その意図はボールの奪取及び不可避の速攻――!)

 レイザーは即座に全力をもってボールを放り投げる。
 言うまでもなく致死の一投、狙いは全力の一投を撃ち出して硬直しているコージだった。

(まずいっ! レイザーを倒せる可能性があるのは現状でコージ君のみ。彼を始末されれば勝ち目がまず無くなる――!)

 躱せるタイミングでもなければ、オーラを振り絞って『堅』か『硬』で防御出来るタイミングでもない。
 ――唯一人だけ、その危険性に気づいていた彼女はコージを押し飛ばし、レイザーの致死の一投をその身で受けた。

「アリス!?」

 一瞬にして遙か彼方の壁際まで吹っ飛ばされ、激突する。
 あれは即死コースだなと人事のように客観視しつつ、ボールの行方を探し――よりによって、天高くバウンドしたボールは再びレイザーの手に納まっていた。

「ナイスリバウンド」

 コージとユエは即座にアリスの下に駆け寄り、アルトもまた興味本位で赴く。
 壁は陥没し、口元から血を流して気を失ったアリスは横たわる。明らかに戦闘不能だが、彼女は微かに生きていた。

「アリス、大丈夫か!?」
「揺さぶらない方が良いですよ。内臓が損傷している可能性もありますから。――驚きました。肋骨が何本か罅割れてますが、生命に別状は無いですね」

 アルトは素直に驚く。最初から喰らう覚悟で『堅』で防御したとは言え、レイザーの球を喰らって生き残るとはそれだけで賞賛に価する。
 彼女の生命を賭けた挺身は無駄では無かったようだ。

「解るのか?」
「ええ、そういう能力なもので。彼女の事は任せて下さい。――問題は、レイザーからボールを奪い返さないといけない事ですよ?」

 ボールがレイザーの手の中にある事をアルトは然り気無く伝える。
 最後の一人になったのに関わらず、レイザーは余裕満々にボールを指先で回して待っていた。

「ほう、運が良かったな。死に損なったか。完全な無駄死だと思ったが」
「テメェ……!」

 レイザーの軽い挑発にコージは怒りを滾らせる。
 今にもぶち切れて飛び出しそうなコージを制したのは意外にもミカであり、冷静さを取り戻す。

「コージとか言ったね。今以上のボールは投げられるかい?」
「あと一回だけなら可能だ、あの野郎に本気の一発をお見舞いしてやる。だが、正直レイザーからボールを取り返す手段が思い浮かばねぇ」

 彼は「そうか」と呟き、その直後、今まで以上に強いオーラが漲る。
 明らかに纏うオーラの絶対量が多くなり、彼の茶系色の瞳が燃え滾るような緋の目に変わった。

(あれが彼の念能力ですか――)

 一瞬にしてミカは白銀の全身鎧を身に纏う。
 明らかに格段に強力になった。そして今は緋の目が発動中であり、その特性である『絶対時間(エンペラータイム)』が効果を発揮している。

「上等だ。――汚名返上と行こうか。来い、レイザー! お前のボール、正面から受け止めてみせよう!」
「ほう、面白い……!」

 レイザーは指を鳴らし、『No.0』以外の念獣を解いて分散していたオーラを自身に戻す。
 桁違いのオーラが漲る。正真正銘、次の一投が彼の本当の全力となろう。

(この勝負、次の一投で決まりますね。その威勢と格好が虚仮威しでない事を期待しますよ、ミカ君)

 荒れ狂うように漲る全てのオーラをボールに籠め、レイザーはボールを天高く上げる。
 さながらバレーのスパイクであり、これが彼の本来の『発』である。

(果たして、クルタ族の彼でも一人で三人分(ゴン・キルア・ヒソカ)の働きが出来るかどうか……!)

 そして、レイザーの最大の一撃が放たれる。
 その一撃は今までの一撃が児戯に等しいと思えるぐらい馬鹿げた超威力で、音を置き去って飛翔した。

「っ、うおおおおおおおおおおおおおおおぉ――!」

 まずは第一関門、その超速のボールを臆せず正確に受け止める事に彼は成功する。
 しかし、その段階で手甲が罅割れ、損傷して破損し、生身の部分にまでダメージが浸透し、胸板の装甲を削り砕いていく。
 そして第二関門、ボールを受け止めた衝撃に負けず、コート内に留まる事。
 それを各部位のブースターからオーラの噴出で相殺し、押し留まろうとしているが――拮抗は一瞬にして崩れ去った。

(――やはり無理だったか……!)

 ミカは踏み止まれずに押し飛ばされ、コートの外へ吹っ飛ばされる。
 ――終わった、アルトが諦めた直後、ミカは背中の装甲部から極限まで圧縮したオーラを噴出させた。

「ぐ、ぬぬ、負けるかあああああああああああああぁ!」

 吹き飛ばされながら、宙で何度も回転しながら受け止めたボールの桁外れの威力に抵抗し、自身の装甲を砕かれながらも、血反吐を吐きながらも彼は抗い続け――自分達のコート内へ、奇跡の帰還を果たした。

「さ、すが、僕。次は、君の、番だ――」

 全身鎧が完全に砕け、緋の目が元の茶系色の瞳に戻る。
 それでも彼は自らの手でボールをコージに受け渡し、尻餅付いて咳き込んだ。

「ああ、任せろ」

 血塗れのボールを手に、コージは強く誓った。

(……ふぅ、何とか取り返したようですね。柄にもなく興奮してきましたよ。ですが、問題は今のレイザーを撃ち取れる威力をどうやって出すか――)

 即席の『No.9』が緩衝材代わりになったにしろ、オーラを分散させた状態で本気の一撃を受け止められている。
 さて、どうやって前の威力を更に上回る一撃を叩き出すか――。

「さっきやってみて解ったが、オーラを籠めて蹴り出すだけじゃ、アイツには届かない」

 先程と同様――否、コージは自身の全てのオーラをボールに籠める。
 先程より強大だが、これでは蹴る足にオーラを回せず、結果的に威力が落ちてしまうだろう。

「一人じゃ絶対敵わない。だからまぁ、役割分担だ。――ユエ、お前の出番だ」

 全オーラを籠めたボールを中腰で構え、ユエの前に突き出す。
 一瞬にしてユエとアルトはコージの意図を察した。つまり、原作でのゴンのやり方を真似るのだ。

「――うん、解った」

 それもキルアのようにゴンのパンチを阻害しないように一切オーラを纏わないやり方では無く、放出系である彼が最大限の念を籠め、恐らく強化系であろう彼女が撃ち出すやり方である。

(確かに、これならばレイザーとて受け止められない威力を叩き出せるかもしれません。ですが、コージ君。一つ忘れてませんか?)

 最大の不安要素を一つ残しながら、ユエは深呼吸すると共に『練』でオーラを練り上げる。
 オーラの量はコージと遜色無いレベル、その全オーラを右拳に収束させる。お手本のような『硬』が其処にあった。

「行くよ、コージ」
「おう、ぶちかましてやれ!」

 一人では敵わなくても二人ならば太刀打ち出来る。極限までオーラが圧縮された球を強化系能力者の最大の一撃が殴り飛ばす。
 音速の壁を突き破って尚加速する剛球――二人の息のあった共同作業は、レイザーの球に匹敵する威力を叩き出した。

(――レイザーとて捕球すれば威力でエリア外に吹っ飛ばされるほどの威力――けれども、やはり、彼は捕りもしなければ逃げもしない)

 瞬時にレイザーの構えがレシーブに変わり、全オーラを腕に集め――全身全霊をもって振り飛ばし、ボールをコージ達へ弾き返した。
 アルトが足掻きようのない敗北を悟った瞬間、その刹那にも満たない時間の中、コージの言葉が耳に届いた。

「――だと思ったよ」

 レイザーなら必ず弾き返してくる、そう信じていた。
 だからこそ、彼はその先を行く。ボールが撃ち出された直後、彼は右手の人差し指を銃に見立て、レイザーに向けていた。

(本命は裂蹴拳ではなく、霊丸――!?)

 ボールに籠めていた量と同じオーラが更に圧縮される。
 なるほど、あれが彼の本命の念能力――確かに、あれをボールでやれば極限まで圧縮したオーラの密度に耐え切れず、ボールが破裂してしまっていただろう。

(おお……!)

 斯くして撃ち出された霊丸は流星の如く尾を引いて飛翔し、レイザーの弾き飛ばしたボールと大激突する。
 オーラとオーラの鬩ぎ合い、まるでドラゴンボールの最大の見せ場である『かめはめ波』の打ち合いを見ているような気分で、理由無く心が踊る。

 いつまで経っても自分は子供なんだな、と疾うの昔に見失っていた初心をアルトの中に思い起こさせたのだった――。




「――あー、ボールが消し飛んじまったが、どう判定されるんだ?」
「最後にボールに接触したオレのアウトだ」

 ぼりぼりと頬を掻きながら気まずそうに聞くコージに対し、レイザーは笑って答えた。荒れ狂うほどの殺意も凶暴さも、今は完全に消え失せていた。

「試合終了! ロブスチームの勝利です!」

 高々と審判の『No.0』が主人の敗北を宣言する。

「よっしゃああああああああああ!」

 歓声が上がり、彼等は各々で喜びを分かち合う。
 一人一人は自分と比べて取るに足らぬ実力者なれども、協力し合えば自分を打ち倒す程の強さになる。
 最後まで一人でしかない自分と比べて、良い仲間に巡り会えた彼等の事を、レイザーは少しだけ羨ましく思えた。

(……完敗だな。やれやれ、ジンの息子を待たずに負けるとはな)

 ジンに敗れて以来の敗北であったが、全力を尽くした上での敗北がこれほどまでに清々しいものとは今の今まで思わなかった。
 だが、同時に少しだけ悔しくもある。久々に一から鍛え直そう。曲がりに曲がった性根も、同時に叩き直してやろう。
 レイザーは静かに笑いながら、そう決心したのだった――。




 レイザー達が立ち去り、『一坪の海岸線』の情報を知る少女と共に灯台に登り、夜明けと共にカード化する。
 オリジナルの『一坪の海岸線』をリリアが拾い上げ、同時に微動だにしなくなる。

「よーし、早速『複製』で――って、どうしたんだよ?」

 コージが彼女の顔を覗くと、彼女はこの世の終わりを見たが如く驚き慄いていた。

「これは、一体何の冗談です……!? 何で、どうして『一坪の海岸線』の引換券に……!?」

 一同揃って驚き、手に入れたカードを覗き込む。
 SSランクでカード化限度数150枚、カードのテキストには「『一坪の海岸線』と交換する事が出来る券/『一坪の海岸線』のカード化限度枚数がMAXの時のみ手に入れる事が出来る」とあった。

「そんな馬鹿な――『名簿』使用、No.002!」

 怪我を押して此処まで来たロブスが呪文カードを唱える。
 その結果を見て、彼はわなわなと震える。どうしようもない怒りと絶望が、ぎしりと歯軋り音を鳴らした。

「……在り得ない。『一坪の海岸線』が、既に『幽霊(ゴースト)』に独占されていただと……!?」

 彼の本の最後のページにはこう書かれていた。


『現在002『一坪の海岸線』を所有しているプレイヤーは0人、所有枚数は0枚』





[30011] No.014『反則(2)』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/17 16:57



 No.014『反則(2)』


 事の始まりは彼等がレイザーに挑む数時間前、魔法都市マサドラの呪文カード屋にて行われた。
 その日、『ジョン・ドゥ』という偽名を名乗る三つ編みおさげの少女は、非常に大きな鞄を背負って一番最初に入店した。
 並ぶ人がまだ少ない午前七時の事である。

「カード化限界まで呪文カードを買うわ」

 鞄から何故かアイテム化しない万札のカードを束のように置き、少女はそんな巫山戯た事をのたまった。
 呪文カードの総数は5175枚、買い占め自体は1725万で事足りる。
 尤も、これは現在プレイヤーの手に渡っているカードを除外した数字なので実際はこれより安く済むが。

「お、おい、待てよ小娘っ! それだと俺達が買えないだろ! さっさと必要分だけをフリーポケットに入れ――あへっ?」

 後ろに並んでいた男性のプレイヤーは当然の如く文句を言い、物理的な手段で永遠に沈黙させられる事となる。
 いきなり倒れ、額から夥しい出血を撒き散らしてゲームから消える。白昼堂々行われた余りにも唐突な殺人劇に後続のプレイヤーの理解が追い付かなかった。

「君も死にたい?」
「ひっ!?」

 まるで塵を見るような眼で、手を煩わせるなと少女は笑う。
 後続のプレイヤーが無様に逃げる様を眺めながら、一人だけ居残ったプレイヤーを冷徹に睨み付けた。

「見物なら宜しいかな? お嬢ちゃん」
「あら、此処二ヶ月間張り付いていたストーカーさんじゃない。呪文カードを全部店の外に捨てるなら良いよ」

 無条件降伏を要求し、彼は迷わず本を開いてフリーポケットの呪文カードを掴み取り、外に投げ捨てた。
 入り切らないカードは店を出た途端に消えるルールが適用し発動したのか、呪文カードはすぐに消失した。

「これで良いかな?」
「ええ。でも見物していても退屈なだけよ?」
「いやいや、十分刺激的ですとも。それでどうするんです? まさか呪文カードの独占だけでは終わるまい……!」

 二ヶ月前から彼女を尾行し観察し続けたジャーナリストハンターユドウィには、彼女の念能力の正体が何なのか、大体掴んでいた。
 そもそも相手が油断している時に『隠』で投げ放つ具現化した短剣とは違い、本来の念能力は最初から隠されていない。
 ――彼女の腰元に揺れる銀時計の針は、今はぴくりとも動かずに停止していた。

(特質系能力者――その能力は『時間』を操る事だろう)

 水浴びの時でさえ身に付けている事から推測するに、常に能力の使用状況を暴露し続ける銀時計を眼下に身に付ける事が能力の発動条件なのだろう。

(この銀時計は半ば強制的に具現化した彼女の念能力の根源、破壊されれば能力そのものが使用不可能になるぐらいの誓約はあるだろうな)

 後は一度に実行出来る事象は一つといった具合か。
 今現在はカードの時間を停止させる事で本に入れずにカード化を保っている。
 これがグリードアイランドにおいてどれほどのアドバンテージになるか――否、どれほどの反則行為に成り得るかは語るまでもあるまい。

「ええ、此処からが本番よ。結局は運頼みだけどねぇ」

 買い占めしたカードを整理しながらも、少女に一切の油断も慢心も無く、虎視眈々と此方の隙を覗っていた。
 一瞬でも見せたのならば、彼はこの少女に呆気無く殺されるだろう。
 だが、それは楽出来るのならば楽しよう程度の意識であり、今の少女にとって優先順位が限り無く低かった為に『凝』を怠らぬ彼は死を免れていた。

「――『宝籤(ロトリー)』使用」

 整理し終えた少女は右手に持った三百枚近いカードを一気に使用し、変わったカードを即座に検分し――店の外に投げ捨てる。
 カードは瞬く間にアイテム化し、店の外に乱雑に転がった。

「はい、全部外れ。呪文カード頂戴。『宝籤』使用――外れ、呪文カード頂戴。『宝籤』使用――」

 時折カードを引き抜きながら、三つ編みおさげの少女は全く同じ事を繰り返す。

「これは一体……?」
「指定カードでね、ソロじゃ絶対取れないカードが二種類ぐらいあるの。まぁだから、出るまでやるのよ。リスキーダイスのコンボじゃAランクまでしか出ないからねぇ」

 しかし、幾ら何でもそれは――と言いかけ、彼女が持ってきた袋が眼に入る。其処には有り余るほどの現金のカードが入っていた。

「――六億用意したから、十八万枚分ね。幾ら不運の私でも流石に引けるでしょ」




「――斯くして全てのSSランクのカードは我が手に、と」
「くく、素晴らしいっ! 凡そ誰にも勘付かれずに独占を果たすとは! 貴女は余程他者の裏を突くのが得意と見える……!」
「唯一辿り着いた貴方に褒められてもねぇ」

 くすり、と殺意を零しながら少女は嘲笑う。
 運頼みの企みが成功して上機嫌だが、此処まで自分の能力の核心に迫ったプレイヤーを生かして帰す気は更々無かった。

「ブック――ゲイン」

 だが、ユドウィの行動は彼女の想像の上を行った。
 彼は自らの本に納めた指定カードを鷲掴み、何の未練無く全てアイテム化して見せた。少女は眼をまん丸にして驚いた。

「これで私はグリードアイランドの攻略から完全に降りました。是非とも貴女がクリアする一部始終をこの眼で見届けたい……!」
「貴方も狂っているわね、私とは違う処でだけど」

 興が乗ったのか、少女から殺意が霧散する。
 此処で彼を始末する事は様々な面で正しい選択だが、生かして置いた方が面白いかもしれない。
 所詮、グリードアイランドなど彼女にとっては余興に過ぎない。遊戯は危険なほど面白く盛り上がるものだ。

「残りの指定カードは他の組が独占しているものとお見受けしましたが?」
「まぁね。三組に分散されているから少しだけ面倒だわ」
「独占した呪文カードを使えば至極簡単に奪えると愚考しますが?」

 今現在で彼女はほぼ七割の呪文カードを一人で独占している。
 圧倒的な優位に立ちながらも、少女は首を振った。

「それは『堅牢』を使ってない場合はね。それにこの呪文カードの独占体制も一枚のカードで御破算するしねー。指定カードを指定カードに入れないのも意外とリスキーなのよ」
「一枚の――? なるほど『離脱』ですか」

 呆れるほど有能だなぁと三つ編みおさげの少女はユドウィの評価を更に高める。
 彼女が殺害対象に認定するほどの有力なプレイヤーは、まだ彼の他にいなかった。

「そういう事。今日はもう疲れたし、これで休むわ。エスコートしてくれるかしら?」
「私め如きにその大役が務まるかどうかは解りませぬが、全身全霊を尽くしましょう」


 ????組

 ???????(♀12)
 特質系能力者

 【具】『十徳多忙な投擲短剣(ワンダフルナイフ)』
 【特/具/操】『嘲笑う銀時計(タイムウォッチ)』

 現在の指定ポケットカード
 全93種類 170枚

 独占した指定ポケットカード
 No.001『一坪の密林』
 No.002『一坪の海岸線』
 No.017『大天使の息吹』
 No.065『魔女の若返り薬』
 No.073『闇のヒスイ』
 No.081『ブループラネット』

 残りの指定ポケットカード
 No.016『妖精王の忠告』
 No.035『カメレオンキャット』
 No.080『浮遊石』
 No.095『影武者切符』
 No.098『シルバードッグ』
 No.099『メイドパンダ』



[30011] No.015『四つ巴の攻防』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/18 20:36




「……あれ?」

 一本に束ねた髪を解き、寝る前に停止させている呪文カードを確認していると、少女は『城門(キャッスルゲート)』という呪文カードを見つけた。
 ランクはF、カード化限度数は200枚であり、150枚ほど彼女の手元にある。

「他プレイヤーからの近距離通常呪文を一度だけ防ぐ? こんなカード原作であったけ?」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、少女は一度深く考える。
 あったものは仕方あるまい。開き直って本を開き、二十枚ほどフリーポケットに入れた。
 これで『離脱』で全てを失う危険性は回避出来るが、それは同時に此方からの『離脱』も防がれる可能性があるという事を示している。

(少しばかり基本戦術を見直さないとねー)

 明日になったらもう一度全ての呪文カードの効果を確認しようと決める。
 今日だけで四割程度のオーラを消耗したのだ、完全な体調に戻るには二日ほど時間が必要である。

(……全く、憎たらしいほど燃費が悪いのよね、これ)

 腰元に揺れる銀時計を憎たらしげに睨みながら、少女は溜息吐く。時計の針は止まった間々である。

 ――水見式で自身の系統が特質系だと解った瞬間、少女は思わず絶望して死にたくなった。

 他の系統は最低でも強化系を60%まで習得出来るのに対し、特質系だけは唯一40%だからだ。
 単純な式で計算しよう。例えば同レベルの強化系能力者と殴り合いになったとする。
 その強化系能力者は強化系を10レベルまで習得し、当然の事ながら100%の精度で行える。
 しかし、特質系の自分は強化系の念を4レベルまでしか習得出来ず、更には40%精度まで落ちる。
 肉体の強さとオーラの量は同じと仮定し、10レベルの強化系攻撃を100とするならば、特質系の自分は4レベルの強化系攻撃は40まで落ち、更に40%まで精度が落ちる。 つまり、最終的には16となり、同格相手でも強化系能力者とは6,25倍ほど差が付いてしまう。

(クロロが単純な殴り合いでゼノとシルバに苦戦するのは当然と言うべきか)

 今更その事で悩んでも仕方ないが、生まれ持っての資質ながら恨まざるを得ない。
 ――強化系が理想だった。もしそうだったのならば、今の彼女が抱える問題の大部分が解決され、グリードアイランドをクリアする手間なんて発生しなかったのだから。

(……詮無き事ね。今はクリアする事のみ専念するか)

 休養している間に独占されている指定カードが一組に集まっていれば楽なのだが――何て自分に都合の良い事を考えながら、少女は心地良く眠りに付くのだった。


 No.015『四つ巴の攻防』


「どういう事? それに『幽霊』って……?」
「――『闇のヒスイ』の時と同じですね。本に頼らずカード化を保てる念能力者が、少なくとも今のグリードアイランドに一人いるのですよ。しかし、よりによって『一坪の海岸線』をどうやって――?」
「『闇のヒスイ』?」

 喚き叫んで自らの思考の渦に没頭するリリアとは裏腹に、マイには一つ心当たりが見つかった。

(三日目の時点でアイテム化した『闇のヒスイ』をあの三つ編みおさげの女は大量に持っていた! 最速で『闇のヒスイ』を独占したのは間違い無く彼女――ならっ!)

 十中八九、あの少女が『幽霊』であり、彼等三組が手にする筈だった『一坪の海岸線』を独占している事になる。
 まさに最悪だとマイは毒付く。実力で上回っているだけでは飽き足らず、呪文カードで奪えない相手など悪夢でしかない。
 本に頼らずカード化を保つとはそういう事だ。

 そしてマイの他にもう一人、『幽霊』の正体に辿り着いた者がいた。

(――やられたっ! 方法は解らないが、間違い無くアイツの仕業だっ!)

 マイはあくまでも推測による消去法に過ぎないが、彼、コージは彼女が本を出さずに呪文カードを使った光景を目の当たりにしていた。
 というより、あの時点で気づくべきだったのだ。あの彼女が本に頼らずカード化を保つ反則手段を持っているという死活問題とも言える重要さに。

(どの道、アイツとの直接対決が不可避になったって事か。上等だぜ!)

 漲る戦意を抑えつつ、コージはまず混乱する場の収拾を付ける事にした。

「とりあえず、引換券を『複製』しないか? 一応これでも戦利品なんだし」

 あの彼女が『一坪の海岸線』を独占している以上、引換券の価値など紙切れ同然だが、建前上はこれを手に入れる為に三組が集まったのだ。
 不穏な事態になる前に、三等分して別れるのが最善だろう。
 だが、それに待ったをかけたのはミカだった。

「いや、ちょっと待てよ。もし一つ枠が空いてカード化されたら、その順番はオリジナルの引換券からだ。誰がそのオリジナルを手にするんだ!?」

 これが『一坪の海岸線』ならばオリジナルとコピーの違いも余り無かったが、引換券になると話が大分違ってくる。
 騒乱の原因に成り兼ねない事を今気づくなよ、と空気の読めないミカを内心毒付きつつ、コージは溜息を吐いた。

「……俺達は最後で良い。オリジナルのカードを何方の組が持つか、穏便に話し合ってくれ。あとそろそろ一分経つから、引換券を一旦本に入れた方が良いんじゃね?」
「……あっ、それもそうでしたね。ブック」

 リリアは本に引換券を入れ――ポケットから何かを落とす。
 からんからんと、二つの球体が壁の隅に転がり落ちる。

(リスキーダイス!?)

 何故そんなものを――偶然ではない事と一瞬で悟り、視線を運命の賽を振った主に戻す。其処には顔を醜悪に歪ませたリリアが嘲笑っていた。

「『徴収(レヴィ)』使用!」

 リリアとロブスの声が重なり、コージ組とマイ組からニ枚ずつ奪われ、彼等の本に納まる。
 リスキーダイスと『徴収』のコンボは原作でも爆弾魔が使っていたものであり、彼等二人は指定カードを六枚入手した事になる。

「なっ、貴様ら――!」

 彼等の敵対行為にミカは即座に反応して攻撃を加えようとするが、在ろう事か、彼等は灯台の窓を飛び越えて回避する。

「『再来(リターン)』使用! マサドラへ!」

 落下しながら呪文を唱え、悠々と彼等は凱旋を果たす。
 最初から彼等は『一坪の海岸線』を渡さず、此方の指定カードまで奪う算段だったのだろう。

「アイツら最初からっ、よくもハメやがったなァ……!」
「よせミカッ! 今はカードの確認が先だ!」

 ガルルの言葉に全員が本を開き、奪われたカードを確認する。

(『魔女の媚薬』と『天罰の杖』――どっちもダブりだ。ユエとアリスは?)
(ちょっとちょっと、妙に冷静ねぇ。後でちゃんと話してよ。『湧き水の壺』と『酒生みの泉』、こっちもダブりよ)
(……ん、『黄金天秤』と『小悪魔のウィンク』)

 骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこの事だ。得る物も無ければ、失った物も微小に済んだが、原作のゴン達と比べれば何とも遣る瀬無い結末である。
 ただ、それはコージ組の場合であり、マイ組の場合はもっと酷かった。

(やられたっ! 独占していた『妖精王の忠告』が……! 後は『何でもアンケート』も奪われた――そっちは!?)
(『大物政治家の卵』と『コインドック』、こっちは問題無いわ。……ガルル?)
(してやられた……! 独占していた『浮遊石』が二枚も。独占カードを両方共奪われるとはな)

 これでマイ組の独占が崩され、『妖精王の忠告』と『浮遊石』がロブス組に渡ってしまった。
 レイザー戦でオーラを使い果たしていなければ今すぐ『同行』で奪え返しに行く処だが、今では逆に格下と言えども返り討ちにされかねない。
 その事が幸運にもミカの短絡的な行動を抑止させた。

「クソクソクソッ、あの野郎ォ! 巫山戯やがってェ!」

 ミカは怒りに身を震わせながら、せめて相手の状況を調べようと『念視』を自らの本の最後のページに嵌め――今回の一件の最後の絡繰りに突き当たる。

「何だこれは――リリアとロブスが二人居る……!?」

 彼のページにはリリアとロブスの同名のプレイヤーが二人存在し、一方はマーキングが黒色――つまり、現在はグリードアイランドの外にいるが、既に死亡している状態であった。




「――畜生っ! 一体全体どうなってやがるんだ!」
「全くですよ。恥を忍んでホルモンクッキーを食べた身にもなって下さいよ」

 ランキング第四位のプレイヤーに扮して『一坪の海岸線』を独り占めしよう大作戦。ついでにリスキーダイスと『徴収』でマイ組とコージ組の独占カードを奪う手筈だった。

 考案者はランキング一位に居座るバサラ組のリーダーであるバサラ、実行者は一旦『離脱』を使ってグリードアイランドに入り直し、名前を変更したロブスことヨーゼフ、ホルモンクッキーで性別まで変えたリリアことルルスティだった。

「此方も悪い知らせがある。恐らく『幽霊』に関係する事だ」

 静かながら苛立ちを籠めて、バサラは憎々しげに『幽霊(ゴースト)』の名を口にした。

「呪文カードがほぼ買い占めされた。買えたとしても数枚で限度数になる」
「おいおい、このタイミングでハメ組の連中も動き出したのかよ?」
「いや、違う。連中すら今は混乱中だ」

 着替えていつもの全身包帯の姿になったヨーゼフは疑問符を浮かべ、未だに性別が戻らず、元のダブダブの服を着ているルルスティは即座に勘付いた。

「そうか『宝籤(ロトリー)』! 本に頼らずにカードを持ち運べるのならば容易い話ですね。迂闊でした」
「ルル? 一人納得してねぇで説明してくれ」

 ヨーゼフは彼、否、今は彼女の豊満で小さくなった身体を眺めつつ、説明を求める。

「リスキーダイスと『宝籤(ロトリー)』のコンボではランクAが上限、ですが、使わなければ運次第でSSランクのカードさえ出るのは原作で証明済みです」
「……原作でも『一坪の密林』はそれで入手されていたな。出されて『複製』か『擬態』で独占されたと? 確かにそれしか考えられないか。少なくとも『一坪の海岸線』は『幽霊』の手にある、か」

 殺気立ちながら、バサラは忌々しげに吐き捨てる。

「最悪の場合、他のSSランクのカードも独占されているかもしれませんね。いよいよもって『幽霊』を見つけ出すしか無いようですね」
「それじゃ予定通りコージ組から独占カード奪取して誘い出しか? まぁ、あの程度の実力なら敵じゃねぇしな」

 かかか、とヨーゼフは笑う。レイザーとのドッジボールで消耗している今、戦闘するには絶好の機会と言えるし、それが無くとも勝利する自身が彼等にはあった。

「……とりあえず、ホルモンクッキーの効果が切れるまで待って下さい。その間に妙案が浮かぶかもしれませんから」
「くく、確かに。そんな姿じゃ格好付かねぇよな! こんなに別嬪さんになってさぁ」
「笑い事ですか! ぐぬぬ、やっぱり飲むんじゃなかった!」


 バサラ・ヨーゼフ(現在のプレイヤー名「ロブス」)・ルルスティ(リリア)組

 現在指定ポケットカード
 全86種類 122枚

 独占した指定ポケットカード
 No.035『カメレオンキャット』
 No.099『メイドパンダ』

 マイ組からNo.016『妖精王の忠告』No.080『浮遊石』二枚を奪取する。







[30011] No.016『前哨戦』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/20 01:28




 No.016『前哨戦』


「あっはっは、見事に詰みましたねぇ」
「笑い事じゃねぇだろ! どうすんだよこれ!」

 有意義な見物から帰ってきたアルトに待っていたのは凶報の連続だった。
 まずは一つ目、今回の『一坪の海岸線』の為に仕向けた本来のロブス・リリア組は既に退場しており、バサラ組の面子に乗っ取られていた事。
 これは実際に『一坪の海岸線』を入手出来なかったので、彼等にしてはどうでも良かったりする。
 だが、二つ目の呪文カードをほぼ買い占めされた事は致命傷であり、更にトドメを刺すが如く『神眼(ゴッドアイ)』でもランキングでも察知出来ない『幽霊』の存在は彼等ハメ組の戦術の完全崩壊を意味していた。

「文字通り打つ手無しですよ。バサラ組が『幽霊』を殺害してくれる事を祈るばかりです。まぁバサラ組が『幽霊』を殺さず無力化しても、『幽霊』がバサラ組を駆逐しても詰みですけどね」

 本に頼らずカード化を保てるプレイヤーを短絡的に殺すか、それとも生かして最期まで利用し尽くすか、どう考えても後者の方だろう。
 存在そのものが呪文カードで奪取するハメ組の天敵足り得るのだ、その『幽霊』は――。

「次善は『幽霊』がさっさとクリアしてグリードアイランドを去ってくれる事ですかね。彼か彼女かは知りませんが、居る限り私達の勝ち目が皆無ですし。二週目の展開を本気で考える必要がありますね」

 あっけらかんにアルトは言い、逆に彼の相棒は毒気が抜かれたような顔をする。

「クリアされたら一旦全リセットでしょうね。今後の展開次第ですが『一坪の海岸線』を入手出来るほどのプレイヤーが生き残ってグリードアイランドのプレイを続行すれば、またクリアする機会が巡ってくるでしょう」
「……今回は、完全に諦めるって事か」

 目付きの悪い男は漸く席に座り、温くなったコーヒーを飲む。その味は極めて苦かった。

「最悪の場合は今の有力プレイヤーが全滅して、十二年後ですね。やれやれ、ゴン君達を邪魔するなんて我々も大した悪役ですねー」
「誰も爆弾魔の代わりなんざ務められねぇよ。しっかし、そうなると絶対揉めるよな。原作派と改変派で。勘弁してくれよ」

 もし、それほどの月日が必要となれば、彼等は間違い無く割れて、今の規模を保てなくなるだろう。
 所詮は損得の勘定さえ儘ならぬ烏合の衆、結束や絆なんて甘い物は一切期待出来ない。

「時間がありますから有望な者を何人か見繕って一緒に鍛えますか? 此処は理想的な修行環境ですし、四、五年程度で私達もレイザーに挑めるかもしれませんよ?」
「……驚いたな。お前からそんな提案が出て来るとは」

 一時は念能力と肉体を共に鍛え抜き、自分には才能が無いと諦めた彼の言い草とはとても思えないものだった。
 一体何が彼に変化を齎したのか、目付きの悪い男は興味を示した。どの道、リーダーが早々に勝負を降りたのだ。今回は見送り、次回に賭けようと決心する。
 それに――また一緒に切磋琢磨するのも悪くない。久しぶりにやる気になった親友を見て、彼もまた失っていた情熱を取り戻しつつあった。

 いつまで経っても、男という生き物は童心を忘れないものだ――。

「ふふ、レイザー達との一戦を観戦して感化されましたかね。久しぶりに血潮が燃え上がりましたよ。――出来ればコージ君達は生き残って欲しいですねぇ」

 心の底から彼等を応援しつつ、彼等ハメ組は今回の勝負を早々に降りたのだった。




「ちょっとちょっと! どうしてそんな死活問題を言わなかったのよ!?」
「ごめんごめんユエ、すっっっかり忘れていたぜ!」
「それ悪びれもせず言う事ぉ!?」

 一方、そのコージ組は少しばかり揉めていた。
 もっと早く『幽霊』の正体を仲間内に話しておけば、バラバラになった他二組と同盟を組めたかもしれないが、既に過ぎ去ってしまった事である。

「……はぁ、結局私達の前に最初から最後まで立ち塞がるのはあの女なのね」

 内心、燃え滾るような暗い感情を籠めながら、ユエは不機嫌そうに言い捨てる。
 ランキングに一度も乗ってない事から、他のプレイヤーから指定カードを奪うだけで収集速度が遅いと勘違いしていたが、実はぶっちぎりの一位でしたなんて笑うに笑えない。

「それで、どうするの?」
「今すぐアイツの処に行きたい処だが、ラスボスに挑むにゃ足りねぇだろ」
「は?」

 アリスが無感情に問い、コージは当然の如くそう答え、最後に意図が理解出来ないとユエが疑問を抱く。

「他の組が独占しているカードを手に入れてから、正面から挑もうぜ。アイツは自分が格上だって自覚しているから、カードを賭けて勝負しろって言えば間違い無く受ける。――他のカードなんて全部持っているだろうし、どうせなら最高の舞台でやり合いたい」

 コージは戦意を漲らせて最高の笑顔を浮かべ、逆にユエの表情は暗く沈んだ。
 また、まただ。またあの女にコージを――唇を噛み、されどもすぐ表情を戻す。その感情の変化に、アリスだけが気づいていた。

「まずはアリスの怪我が治ってからだな、バサラ組に挑むのは」
「はぁ。他のプレイヤーとの直接対決かー、緊張するねぇ」

 空元気も元気の内とは誰の言葉だったか。
 されども、今はユエに掛ける言葉が思い浮かばず、アリスは沈黙を保った。
 次は他のプレイヤーとの直接対決であり、絶対に負けられない勝負、不発弾を敢えて爆発させるような真似は出来なかった。

「大丈夫大丈夫、このグリードアイランドでアイツより強いプレイヤーはいない。そう考えれば気が楽だし――逆に言えば、バサラ組を倒せないようではアイツには勝てない」

 確かにあれほどのプレイヤーが他にいるとは考えにくい。
 そう願いたいものだが――アリスは、その胸に蔓延る嫌な予感を否定出来ずにいた。




「……今確認したが、一位のバサラ組が二種増えていた。増えた指定カードは俺達から奪った『妖精王の忠告』と『浮遊石』だ」
「これで決まりだね。まずは彼等に報いを受けて貰おう」

 渋い顔をして帰ってきたガルルに、ミカは茶色の瞳の奥に燃え滾る緋の色を宿して答える。
 奪われた指定カード諸共、バサラ組の全部のカードを奪い取る。それが彼等の起死回生の一手だった。

「その、本当に力尽くで奪うの?」
「既に向こうから宣戦布告されたんだよ? それにもう交渉の余地も無い。お望み通り雌雄を決しようじゃないか!」

 躊躇うマイに対し、ミカは興奮しながら怒鳴る。
 確かに自分達の組は独占を逸早く崩され、コージ組、バサラ組、ジョン・ドゥ組の中でクリアから一番遠ざかっているが、プレイヤー同士の直接対決は今までの比にならないほど危険過ぎる。

「でも、ミカ。レイザーとの一戦の傷は……」
「あんなの掠り傷さ。僕の事なら心配無いよ、心配するとしたらガルル、君の方だけどね」
「それだけ減らず口を叩けるなら大丈夫だな」

 ミカはいつもの憎まれ口を叩き、ガルルも呆れ顔で受け止める。
 マイだけがもう少し慎重に動いた方が良いと思うが、これ以上言葉に出来ない。自分の臆病さをまた彼女は呪いながら悔やんだ。

「一歩どころか三歩は後進してしまった我々は普通にやっては巻き返せない。かと言って、今あの少女に挑んだ処で必要なカードを呪文カードでぶん盗られた上で逃げ切られるがオチだろう」

 そのマイの感情の機敏に気づいているガルルは補足するように今の現状を述べる。
 もはやこの局面においてプレイヤー同士の直接対決は不可避――回避する手段があるとすれば、ハメ組と同じようにゲームを放棄すれば良いのだが、生憎にもその選択肢は存在しなかった。

「必要な舞台を用意し、最初に条件付けすれば臆する事無く此方の挑戦を受け入れるだろう。彼女は自身をヒソカが如く格上だと自覚しているからな。……むしろ、それしか勝機が無いがな」

 ガルルとて、能力も解らぬプレイヤーとの直接対決がどれほど危険が伴うかぐらい理解している。
 むしろ、バサラ組との対決が最大の山場と言って良い。此処さえ越えてしまえば、一対三に持ち込めるジョン・ドゥ組は何とかなるだろう。
 能力を見せていないのは自分も同じなのだから、と彼女との雪辱に燃えるのはミカだけでは無かった。

「ふっ、此処からだ。此処から僕達の華麗な大逆転劇が始まるのさ! 『同行』使用、リリア!」




 独特の音と共に自分達の下に飛んできた三人を見て、バサラは真っ先に失望を顕にした。

「飛んで火に入る夏の虫――と言いたい処だが、何だよ、用済みの組じゃねぇか」
「よくもまぁ此処まで舐めた真似をしてくれたね。このお返しは千倍にして返させて貰うよ」

 ミカは金髪のオールバックで白い外套を纏う彼に狙いを定め、戦意を滾らせる。
 その舐めに舐め切った表情をすぐさま凍りつかせてやろうと自信満々の表情で笑う。

「くく、まさかこんな機会が巡ってくるとは。運命というものを信じたくなりますよ。彼女とは私が戦いますね」
(……あれ? 男の人? レイザーの時はホルモンクッキーでも食べていたのかな?)

 黒衣に身を包んだ黒髪紫眼の青年、ルルスティは舐め回すような視線でマイを射抜き、彼女を標的として定める。
 バサラから距離を取るように離れながらルルスティは端麗な顔を歪ませて下卑た笑みを浮かべる。
 彼が自身に向ける感情は非常に寒気がするが、三対三の乱戦では無く、一対一で戦うのはマイも望む処だった。

「それじゃオレはコイツとか。まぁ肩慣らしにゃ丁度良いんじゃね?」
「肩慣らしで済めば良いがな」
「おっ、言うじゃねぇかガキンチョ。その威勢が本物なら愉しめるんだがなー」

 全身包帯という奇怪な格好のヨーゼフは右腕を回しながらバサラから距離を取っていく。
 手早く片付けてマイの援護に回ろう。この一対一は崩れた側から総崩れになる構図でもある。
 多少実力に差があっても、早く勝てば二対一、更には三対一にも持ち込める。


 ――グリードアイランドの覇者を決める前哨戦が、今始まった。



[30011] No.017『誤算』
Name: 咲夜泪◆14334266 ID:5d46c245
Date: 2011/10/20 22:08



 No.017『誤算』


「確かお前がクルタ族の野郎だよな? 能力は使わないのかー?」

 気怠げな挙動で背伸びしながら、バサラは最初に問う。
 呑気なものだとミカは内心笑う。未だに臨戦体勢に入っていない彼を挑発するべく、ミカは全力の『練』でオーラを練り上げる。

「君如きに必要すら無いさ」

 修行の成果、緋の目に頼らずともあのおさげの少女に匹敵するほどのオーラを纏って、ミカは自信満々に断言する。
 バサラは一瞬目を細め、腹を抱えて大声で笑った。余りの隙だらけの姿に、逆にミカは踏み込めずに居た。

(何だコイツは? 何故この僕を前にこんな隙を晒せる? こんな圧倒的な実力差を見せつけられて……!)

 ミカの疑問が疑心に変わり、怒りに早変わりするのに時間は然程掛からなかった。

「結構な頻度で居るんだよなァ、テメェみたいな勘違い野郎は。自分が物語の主人公だと、途方外れで根拠の無い自信を抱いてる塵屑がよォ」

 演技の如く白々しい嘆きの仕草をしながら、ぎょろりとバサラはミカの眼を射抜く。

「――お前さ、もしかしてまだ自分が殺されないとでも思ってんのか? カードを奪う必要が無いって事はなァ、つまり殺したい放題って事だぜ?」

 バサラの揺らぎなき水面の如き『纏』が一瞬にして激動たる『練』に変わる。
 それはまるでゴンの発展途上の『練』に、成熟した念能力者の『練』を見せつけたゲンスルーの如く、覆せない力量差の対比だった。

「悟れよ、誰も彼もが主役ではなく端役だってさ。お前もオレも、名無しの脇役に過ぎないとな」

 今、目の前にしても信じられなかった。
 その凄まじいオーラの奔流は、あの少女よりも――緋の目状態の自分さえも圧倒的に超えていた。

「そういう身の程知らずを殺す瞬間、心の奥底から晴れ晴れとした気分になれる。この世界に生まれた事を感謝したくなるほどスカッとする」

 まるで理解出来ない狂人の一端を見てしまったかの如く、ミカの全身に寒気が走る。
 ミカは即座に『全身飛翔鎧』を展開する。それは戦意からではなく、恐怖からの防衛反応だった。

「ああ、お前は両眼抉って殺すわ。それがクルタ族の普遍的な死に様ってもんだろ?」

 聞くに耐えず、ミカは自分から踏み込んだ。
 最速で間合いを詰め、ブレイドを振り抜き――逆に、バサラの拳が顔面に突き刺さり、呆気無く返り討ちにされる。

「おー、硬ぇ硬ぇ。殴ったこっちの手が痛むとはな」
「っ!」

 遥か後方に吹っ飛ばされながら無事着地し、顔の痛みに怒りを感じながらもミカは行けると確信する。
 オーラの差は比べるまでも無いが、『全身飛翔鎧』を纏った今、奴の打撃では此方の防御を崩せない事が証明された。

(あのおさげの少女の時のような無様な二の舞は演じない。オーラが尽きる前に迅速に勝たせて貰うよ――!)

 此方の防御に相手の攻撃が通用しない、その事がミカから余裕を呼び覚まし、冷静さを取り戻させる。
 恐らく相手は強化系とは遠い系統、具現化系か操作系の能力者だろう。相手の型にさえ嵌らなければ恐るるに足らない。

「仕方ねぇな。元々殴り合いは苦手だしよォ――本来の戦い方に戻るか」

 彼が自らの念能力を開帳する瞬間、ミカが身構えて迎撃しようとした刹那――バサラは指揮者の如く大袈裟な身振りで、ばちんと指を鳴らした。

「――ズァガッ!?」

 直後に生じたのは頭上からの度外な衝撃、装甲を貫いて皮膚を焼く膨大な熱と全身の痺れ――感電したのかと、数瞬遅れてミカは察知する。

(キルアのようなオーラを電気に変える能力!?)

 いや、違う。キルアの『落雷(ナルカミ)』のような変化系の雷ならば、術者と直接繋がっていなければ大した威力は出ない。
 変化系能力者ならば放出系の習得度は60%、オーラを自身から放す技術は苦手の部類に入る。

「暑そうだなァ、冷やしてやるよ」

 バサラは余裕たっぷりと笑いながら、再び指をぱちんと鳴らす。
 痺れて動きが鈍る身体をおして、ミカが再び来るであろう電撃に身構え――眼を見開く。
 頭上に突如現れたのは超巨大な氷塊が三つ、避ける間も無く落下して墜落し、氷塊と比べて豆粒のような彼は真正面から被弾する。
 大質量による超越的な暴力は彼の装甲を突き破り、夥しいダメージをミカに与えた。

「ぐ、馬鹿、な……!?」

 揺らぐ足を何とか踏ん張り、何とか立ちながらミカは驚愕する。
 装甲はまだ顕在だが、処々罅割れ、流れ落ちる赤い流血が目立つ。

(何だ、何だこの巫山戯た能力は!? いや、待て。明らかに変だッ! まさか幻術か催眠術か!? 既に奴の術中に嵌っているというのかっ!?)

 指を鳴らす仕草そのものが能力発動のキーであり、NARUTOの忍の幻術が如く効果を相手に与える操作系の念能力――指を鳴らすという単純な一動作が能力の発動条件?
 若干引っ掛かりを覚えるが、実際に怪我や負傷をしていないのならば――かくん、とミカの膝が自然と崩れ落ちる。
 彼は「え?」と呟く。自分の周囲に出来た自分の血による血溜まりが、喩えようも無いほど気持ち悪かった。

「――具現化系ってよォ、どうやって系統別の修行したら良いんだァ? 未だに其処ん処が不可解なんだよなァ」

 耳を小指でほじり、バサラはふぅと吐息で耳垢を飛ばす。

「原作で出ていたのは強化系と変化系と放出系のみでよォ、まぁ操作系のは大体想像出来る。念を籠めた物体を操作して訓練すれば大丈夫だと思うがよォ、具現化系の場合はどうなるんだ?」

 目の前の敵に何を呑気にお喋りしているんだとミカが疑問に思うと同時に、これと同じような場面が脳裏に過る。
 そう、これはあのおさげの少女の時と同じ――この光景に名付けて額縁に飾るならば『揺るがぬ勝者の余裕』になるだろう。

「クラピカの鎖は非常に良い例だったが、あれだと修行の完成=『発』の完成になっちまう。ソイツは具現化系の系統別の修行とはちょっと違うだろォ?」

 奇妙なほどフレンドリーに話しかけて、バサラは同意を求める。
 一瞬にして腸が煮えくり返るような怒りを胸に、再度立ち上がって切り伏せようとするが、どういう訳か、足が言う事を効かない。
 早く立ち上がれよと苛立ちを籠めて自らの足を直視し――右足が在らぬ方向に曲がって千切れかけている事に漸く気づいたのだった。

「だからよォ、オレは無差別にイメージする修行を二十年間続けたんだ。ビスケ先生の言う通り、自分の系統を中心に理想的な山型になるようになァ」

 その話の最後に「先生って言っても直接師事された訳じゃねぇがなァ、所謂『心の師』って奴さ」と付け出し、バサラは笑う。
 もうとっくの昔に勝負が付いたと、そんな事にも気づいていなかったのかと小馬鹿にするように――。

「……嘘、だな。在り得ないっ! どうせこれは幻術か何かなんだろう!? 種は割れてるんだ、いい加減解け!」
「――、っ、あははははははははははっ! おいおいおいおい、現実を認められないからって余りにも無様で滑稽過ぎるぞ! オレを笑い殺す気かよ! ああ、超腹痛ぇ! 一発も当たってねぇけど今までの攻撃で一番効いたぜオイ!」

 大爆笑し、バサラは息苦しそうに呼吸しながら指を鳴らす。
 蹲るミカの下から突如水の噴射が巻き起こり、既に身動き出来ない彼を上空に放り投げた後、地面に墜落させる。
 全身に突き抜ける激痛に悶え、地に這い蹲るミカに「お眠な頭は冷えたかァ?」と皮肉気に笑う。

「オレが辿り着いた具現化系の境地は現実を浸食する空想。これを『発』として名付けるなら――ああ、駄目だな。今日も思い浮かばねぇや」

 明確な名称を付けて固定化せず、未だに完成しない『発』未満の具現化系能力。
 方向性と固定概念が無いが故にイメージした空想を一瞬にして現実に具現化してしまえる、具現化系能力の究極形が此処にあった。

「まぁそんな事はどうでも良いんだが――」

 格好が付かないなぁと本人はそう思いつつ、まだ完全に具現化した鎧を解いてないミカを見て、口元を歪ませて笑う。

「……っ!」

 ――さながらそれは、釘に刺された昆虫の手足を千切ろうとするような。
 やられる対象から見れば、それはそれは、恐ろしいほど壊れ狂った表情だった。




 先手必勝、獣が如く獰猛な速度で飛び掛かったのはガルルだった。
 両手の五指からオーラの爪を長々と伸ばし、霞むような速度で切り付ける。
 彼の念能力『万能毒の爪(ポイズンシザー)』はオーラを鋭い爪状に変化させ、そのオーラの爪に各種多様の毒を付属させたものである。

「うおぉっと!」
(良し――顔に傷を付けれた!)

 ゾルディック家のように、幼い頃から毒物を服用して耐性を付けた彼ならばこその念能力であり(というよりもろゾルディック家の物真似であるが)、その毒の効果は相手がゾルディック家で無ければ掠っただけで勝利を齎せる代物である。
 あのおさげの少女相手に、能力を見せずに温存した理由は此処にある。勝利するには最後の一刺しで十分なのだから――。

 ――ただし、今回の相手はどうやら例外の部類だった。

 神字が刻まれた包帯まで念の爪で切り裂かれ、ヨーゼフの素顔がひらりと開帳される。
 その顔は酷く焼き爛れ、頬と鼻の骨さえ抉られて平坦にされた、眼球だけが酷く露出した見るに耐えない醜いものだった。

「――っ、化物……!?」
「人の素顔を見て化物呼ばわりとか傷付くねぇ。んー、この感触は毒か。運が悪いなぁ、相手がオレじゃなければ十分通用しただろうに」

 かたかたと異形が笑い、ガルルは知らずに足を一歩退いた。

「これは自分自身でやったもんだ。皮膚焼いて骨砕いてまた焼き切って、ああ、超痛かったなぁ」

 理解出来ない何かが笑い、直後、悪寒が突き抜け――ガルルの直感は瞬時撤退の命令を下して大きく飛び退いた。

 異形の男、ヨーゼフの腕は確かに人間の手だった。
 だが、上に掲げる過程で筋肉が肥大化し、最終的には大木の如き筋繊維の塊と化して、異形の手となりて振り下ろされた。

(な……!?)

 不謹慎にも懐かしい光景だと思ってしまったのは一種の現実逃避ゆえか。
 何物も圧潰する暴力の塊と化した腕は地を木っ端微塵に粉砕し、土埃を宙に巻き上げ――馬鹿げた大きさの破壊跡はクレーターの如くだった。

「――『千変万化(メタモルフォーゼ)』って言うんだ。ファンシーな名前とは裏腹に正義の味方側ではなく、明らかに怪人側だがねぇ。我ながらグロいし」

 異形の顔を瞬時に「ロブス」のものに変化させ、馬鹿にしたように憎たらしげに笑う。
 どうやらその顔は指定カードの一つ『マッド博士の整形マシーン』によって変えたものではなく、自前の能力だったらしいと冷や汗を流しながらガルルは分析する。

(……っ、まさかあの少女を超える念能力者が居たとは――最悪の場合、他の二人も同格の能力者か……!)

 歯軋りしながら、相手の実力を完全に読み間違え、最悪の判断ミスをしたとガルルは後悔した。

(……まずいな。ほぼ詰んでいるか)

 唯一の頼みの綱である毒も効いている様子は無い。
 ガルルの能力は右手の爪と左手の爪で一種類ずつ毒の種類を別々に設定出来る。
 右手の爪に籠めた毒は麻痺毒、左手の爪に籠めた毒は即死級の毒――何方も即効性であり、効果が見て取れない以上、全部の毒が通用しないと判断せざるを得ない。

「別に絶対必要だった訳じゃないが、千変万化の肉体に原型なんてものは必要無いしな。今じゃ、元々どういう顔だったのかも思い出せねぇ」

 限界までテンパるガルルの様子を知ってか知らずか、ヨーゼフを自分語りに浸る。
 彼からしてみれば、目の前の相手は全てにおいて取るに足らない。
 身体能力も、オーラの総量も、その念能力も、精神性も、その身に抱いた覚悟も、全てにおいて自分に劣る。

「――何かを捨てなければ得られない境地がある。生まれて十四年程度のよちよち歩きの糞餓鬼が、オレ達が先行した十年の差をどうやって埋めるのかなァ!」






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