第十四話 望んだ強さ
ルーテシアは本を説明する。
「ベルカの歴史に名を残した武勇の人にして、初代の覇王、クラウス・G・S・イングヴァルト、彼の回顧録、もちろん現物じゃなくて、後世の写本だけどね」
コロナは尋ねた。
「ルーちゃん、アインハルトさんの事は…?」
「ノーヴェからだいたい聞いてるよ」
「記憶といっても、覇王の一生分全てというわけではないんですが、途切れ途切れの記憶をつなぎあわせれば、彼の生涯を自分の記憶として思い出せます」
アインハルトはヴィヴィオに説明する。
「彼にとっての思い出は、そのまま私の思い出なんです、乱世のベルカは、悲しい時代でしたから…」
説明しながら、少しずつ記憶を思い出していくアインハルト。
「雲に覆われた薄暗い空と枯れ果てた大地、人々の血が河のように流れても終わらない戦乱の時代、誰もが苦しんで乱世を終わらせたいと願いながら、だけどそのためには力をもって戦うしかなかった時代、そんな時代に生きた覇王としての短い生涯の記憶と、たくさんの心残りを……」
そこまで話して、アインハルトは我に返る。
「すみません、せっかくの旅行中に暗い話で」
「いえ、そんな!」
「その、もちろん悲しいことばかりでもなかったんですよ」
アインハルトは、どうにか重い雰囲気を変えようとする。
「楽しい記憶、幸せな記憶も、ちゃんと受け継いでます、たとえば、オリヴィエ聖王女殿下との日々とか……」
ヴィヴィオは驚いた。
「オリヴィエって、クラウス陛下と仲良しだったんですか?」
「仲良しというのとは少し違うような気もしますが、共に笑い、共に武の道を歩む同士だったのは確かです」
ルーテシアは、回顧録のある項目を読む。
「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト…聖王家の王女にして、後の『最後のゆりかごの聖王』、クラウスとオリヴィエの関係は、歴史研究でも諸説あるんだよね」
「そもそも、生きた時代が違うって説が主だよね」
コロナの言う通り、そういった説が主だ。
「うん……でもこの本では、ふたりは姉弟みたいに育ったってなってる」
しかし、この回顧録にはルーテシアが言った通りのことが書いてある。
オリヴィエとクラウスの関係は、今でもはっきりしていないのだ。
「オリヴィエって確かヴィヴィオの…」
リオは呟く。
ヴィヴィオはオリヴィエのクローンである。
「まぁ肖像画とか見るかぎりあんまり似てないし、普通に『ヴィヴィオのご先祖様』でいいと思うけど」
「だよね!」
「ああ」
ルーテシアの言葉に、リオは同意した。
コロナとアクセルは訊く。
「でも、なんで聖王家の王女様とシュトゥラの王子様が仲良しだったんだろうね?」
「あ、そういえば」
ルーテシアはさらに読む。
「オリヴィエがシュトゥラに留学って体裁だったみたい、シュトゥラと聖王家は国交があったしね、ただ、オリヴィエはゆりかご生まれの正統王女とはいえ、継承権は低かったみたいだから、要は人質交換だったんじゃないかな」
「戦国時代の人質ってアレだよね?歴史小説にもよく出てくる…」
「裏切ったら人質を処刑しちゃいます、って…」
互いに手を取り合って震えるコロナとリオ。
ルーテシアは読みながら言う。
「でも、ふたりにはそんな事関係なかったみたい、この本の途中は、オリヴィエ殿下とのことばっかり…」
「オリヴィエって、どんな人だったんでしょうか…?」
ヴィヴィオはアインハルトに訊いた。
「太陽のように明るくて、花のように可憐で、何より、魔導と武術が強い方でした」
「…」
「ただ、そんな彼女も、乱世の最中に命を落とされました」
「ゆりかごの運命通りに…ですよね」
「覇王は…クラウスはその運命を止められませんでした」
「…」
「皮肉な話ですが、彼女を失って彼は強くなりました、全てをなげうって武の道に打ち込み、一騎当千の力を手に入れて…それでも望んだものは手に入らないまま、彼も短い生涯を終えました」
「望んだもの……?」
「本当の強さです」
アインハルトは説明する。
「守るべきものを守れない悲しみを、もう繰り返さない強さ、彼が作り上げ、磨き続けた覇王流は弱くなんかないことを証明すること、それが、私が受け継いだ悲願なんです」
強い風が吹き、沈黙が流れる。アインハルトは我に返った。
「…すみません、自分の話ばかりで」
「ああいえそんな!」
「昔話ですので、あまり気にしないでください」
「はい…みんなの所に戻りましょうか?」
「はい」
アインハルトは後悔した。
(しまった…私の話でヴィヴィオさんが悲しい顔を…これまでのやりとりで思いやりの深い子だというのはわかっていたのに……)
アインハルトはヴィヴィオが喜びそうな話を懸命に考える。と、
思い付いた。
喜ぶかどうかはわからないが、とりあえず雰囲気を変えられそうな話を。
「実は、クラウスにはオリヴィエの他にも、いえ、オリヴィエにさえ乗り越えられなかった相手がいるんです」
「えっ?本当ですか?」
「はい、その方達の名は…」
「覇皇アルカイド・ナハシュと劔帝スヴァイサー・ゾンボルトだろ?」
「そう…………」
「…とにかく無茶苦茶な方々でした、誰も彼等が敗北しているところを見たことがないと言われていたほど…」
「どんな戦いでも負けなかったんですか?」
「はい、とても強い方でした、クラウスもオリヴィエも、鍛練という名目で彼等に戦いを挑みましたが、結局、あの運命の日まで、二人は覇皇と劔帝を超えることはかなわなかったのです」
「はぁ…」
ずいぶん強い人なんだな、ヴィヴィオはそう思った。
「…彼等こそ、私やクラウスが望んだ強さの持ち主でした」
アインハルトは、遠い目をして言う。
ルーテシアは本を読む。
「覇皇と劔帝は、いろんな世界を巡ってる途中でベルカにたどり着いて、しばらく滞在したらしいよ」
「覇皇に劔帝かぁ…」
「やっぱり、強いんだよね…」
リオとコロナは覇皇と劔帝の実力を想像した。
「ですが、クラウスはあえてアルカイド様とスヴァイサー様に頼りませんでした」
「どうしてですか?そんなに強いなら、ゆりかごの運命だって変えられたかもしれないのに…」
「…クラウスが、彼等の手を借りることをよしとしなかったのです、オリヴィエは自分の手で救わなければ意味がないと…」
「…」
再び流れる沈黙。
と、そこへノーヴェが来た。
「ブラブラしてんなら、向こうの訓練見学しにいかねーかー?そろそろスターズが模擬戦、始めるんだってさ」
その言葉を聞いて、ヴィヴィオが笑顔になる。
「アインハルトさん、見に行きませんか?」
「…はい」
(ああよかった。笑ってくれた)
心中安堵するアインハルト。
「ありがとうございますノーヴェさん」
「?」
小声で感謝され、何のことかわからず疑問顔になるノーヴェ。
それはさておき、ノーヴェはルーテシア達に模擬戦の連絡を入れる。
「お嬢達もどーだい?」
「「「行く行くー!」」」
「俺も崇宏の骨を拾いに行くんだな」
満場一致。
「え?ヴィヴィオさんのお母様方も模擬戦に…?」
「はい!ガンガンやってますよー!」
「おふたりとも家庭的でほのぼのとしたお母様で、素敵だと思ったんですが、魔法戦にも参加されてるなんて少し驚きました」
アインハルトの発言を聞いて、ノーヴェは必死に笑いをこらえている。
ヴィヴィオは説明した。
「えと、参加というかですね」
そして、アインハルトは知る。
「うちのママ、航空武装隊の戦技教導官なんです」
ヴィヴィオの母が、ほのぼのなどとは程遠い存在だということを。
白がよく映える、特徴的なバリアジャケット。
加えて、どこか神々しさをも覚えてしまう、デバイス。
栗色の髪をサイドポニーにした女性、高町なのははその両方を身につけ、空中にて砲撃魔法を展開していた。
『セイクリッド・クラスター』
「拡散攻撃、来るよ、ティア!!」
「オーライ! コンビネーションカウンター、行くわよ!」
そのなのはを、展開したウィングロード上で迎え撃つスバルとティアナがそう言い交わす。
それと同時に、いくつもの桃色の魔力スフィアからなのはの魔力光である、ピンク色の砲撃が次々と放たれる。
その数たるや、数えている暇など与えてはくれないほどだ。
「シュート!!」
しかし、その大量の誘導弾を、ティアナはクロスミラージュによってすべて撃ち落とす。
変化する軌道もすべて計算に入れて。
「おおおおおおおおぉ!!!!」
ティアナの迎撃によって生まれた道を利用し、スバルがなのはに肉薄していく。
マッハキャリバーからもたらされる瞬発力と突進力、その二つが合わさり、スバルは弾丸のように直進。
ドォン!!!!
スバルのリボルバーナックルと、なのはのレイジングハートが衝突し、衝撃波で周囲の大気が震えた。
同時に、その模擬戦を目にしていたアインハルト達の心も、大きく打ち震えていた。
そしてさらに、大型の竜となったフリードに乗ったキャロとエリオ、そして自ら空を飛ぶフェイトの姿が加わる。
「アルザスの飛龍……?!」
「キャロさん、竜召喚士なんです」
「エリオさんは竜騎士!」
「で、フェイトママは空戦魔道士で執務官をやってます」
フリードの成長した姿に驚くアインハルトにコロナとリオ、一緒にやって来たヴィヴィオが説明してくれる。
大人組の模擬戦を目にし、やはり一番に感じたのはレベルが高いということだった。
練度も、戦略の高さも、一つひとつの何気ない動作が洗練されているようにも見えた。
「局の魔道士の方達は、皆さんここまで鍛えていらっしゃるんでしょうか……?」
「ですね」
「ま、まぁな」
模擬戦を終え、なのは達が次のメニューに移り、魔法訓練やフィジカルトレーニングなどを目にしたアインハルトは、ノーヴェ達にそう尋ねてみる。
「スバルは救助隊だし、ティアナは凶悪犯罪担当の執務官、他の皆も、頻度の差はあってもみんな命の現場で働いてるわけだしな」
そう、魔道士としての仕事というものは一歩間違えば命に関わることもある。
魔法というツールが存在することで生まれた殺人や犯罪などは勿論、過去の遺物を巡る事件なども多い。
それらに対応するためには、それ相応の力を持っていなければとても長生きなどは出来ない。
「力が足りなきゃ救えねーし、自分の命だって守らなきゃならねー」
「ノーヴェさんも、救助訓練はガッツリやってますもんねー」
ノーヴェがそう話すと、リオが彼女自身もなのは達同様頑張っている人たちの一人だということを教えてくれる。
ノーヴェは恥ずかしがって視線を逸らしてしまったが。
「で、そんな頑張ってる皆の中で、お前は何してんの?」
アクセルの言葉で、一同の視線は傍にあった木の木陰で死んでいる崇宏に向けられた。
見れば、かなりボロボロになっていた。
「い、いや、さ、さっきまで……なのはさんのアクセルシューターを延々と避け続けてた………」
「「「「あぁ~…………」」」」
崇宏も頑張っていたのだが余りのなのはのスパルタ式に、ダウンしてしまったようだ。
「いや、もうさ……『弾幕は、パワーだぜ!』みたいな勢いでシューターが襲いかかって来てさ………スターフォックスの帝王の反射神経ナメるなと思ったんだけど、流石に無理だった………スンマセン、パロディウスからやり直してきます………」
『インベーダーから方が良いんじゃないか?』
「まてまてまてまて!!? 明らかに頑張る方向性って言うか、自信の出元がおかしいだろ!? シューティングゲームで白い悪魔が倒せるかよ!!」
余りの阿呆発言にアクセルが突っ込んだ。
「まあまあ、崇宏……大丈夫…私と模擬戦できそう?」
何時の間にか崇宏達の後ろに来ていたフェイトが尋ねる。
「いやぁぁぁぁぁぁ、模擬戦じゃぁぁぁぁぁ」
「おいおい」
崇宏はフェイトとの模擬戦の為に復活し、それを見たアクセルは呆れ返った。
「なのは~~~~!!! ちょっと陸戦場の一部貸して~?」
「う~ん!! 大丈夫だよ~! 私たちも、一旦休憩しようと思ってたから~~!!」
訓練を一段落させようとしていたなのは達に、フェイトは声をかける。
ちょうど休憩に入ろうとしていたらしいなのは達は、フェイトのお願いを勿論と言う感じで快諾してくれた。
まぁ、なのはとは事前に打合せしていたので、ある意味訓練スケジュール通りなのだが。
「よし、それじゃ、崇宏、模擬戦だよ」
「千冬!」
『わかっている』
フェイトにそう言われた崇宏は、気合い十分。
「シグナムとしてるみたいに思おいっきり暴れて大丈夫だよ」
「はい!」
「うん、良い返事、じゃ、陸戦場に行こう、なのはも場所空けてくれたし、多分観戦するつもりなんだろうけど……プレッシャー…感じちゃ駄目だよ」
言いながら、フェイトは飛行魔法で空中に舞うと、なのは達が使用していた陸戦場に降りて行った。
対する崇宏は、緊張と興奮が入り交じったような様子である。
「崇宏さん、頑張って下さい」
「崇宏くん、頑張って」
「崇宏……玉砕して来い!!」
「応援してるよ!」
「頑張ってくね、崇宏くん♪」
「うん、ありがとう! アクセル…お前は後でぶっ飛ばす」
アインハルト、ヴィヴィオ、アクセル、リオ、コロナの順に、崇宏はエールを貰う。
「バルディッシュ」
『イエス・サー』
「千冬」
『任せておけ…主!』
陸戦場に降り立ったフェイトと崇宏は、まずはデバイスをセットアップする。
フェイトのバリアジャケットは、黒っぽい西洋騎士のような作りで、白いマントがついている。
対する崇宏の騎士甲冑は、普段着風とでも言えばいいのか。
なのはの出身世界である地球、その中の現代の若者というものをイメージしたような意匠だった。
ジーンズにTシャツで黒のロングコートを羽織っている。
崇宏のバリアジャケットを一言で表すのならば、騎士甲冑にしては『軽装』この一言に限るだろう。
「崇宏の騎士甲冑……かなり軽装ですね……と言うか…普段着ですよね…アレは…………」
「崇宏くんはシグナムさんが言うにはスピード重視らしいからね、ほら、フェイトちゃんだって、ソニックフォームもR指定掛かるくらいの格好してるし……」
「あ、あれはそう言うのじゃないもん!!……/////」
エリオが崇宏の騎士甲冑に対する素直な感想を口にすると、なのはがフェイトを引き合いに出して、軽装のもたらすメリットを説明する。
「体のラインバッチリ出ますもんね……フェイトさんくらいスタイル良くないと、着れないですよ……」
「ていうか、あれってバリアジャケットっていうか、レオタードで……」
「も、もうその話題はやめようよ!! 私のガラスのハートが、皆からの視線で模擬戦の前に粉々だから!!」
ティアナとスバルの追撃に、フェイトさんは涙目+顔真っ赤になり、腕をブンブン振り回して抗議する。
それを見た崇宏は
「可愛いなぁ!」
と、呟いた。
フェイト視点
「ごほん……模擬戦のルールを説明するよ?」
「はい、お願いします!」
「基本的に、飛ぶのも魔法も使い放題だよ」
まぁ、私としても模擬戦のルールに、ややこしい物を設定するつもりはないし。
要するに、全力でお互いに模擬戦しよう! 的なノリで戦いたいだけ。
無論、私には魔力の制限が掛けられているため、お互いに全力というわけではないけど。
「勝敗は……う~ん………そうだね、いつもシグナムとしてるみたいに、崇宏が私に一発入れたら勝ち、それでいいかな?」
「は、はい」
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