苦難は続く。09年秋にTofuが米電気電子学会(IEEE)の論文誌に載り、世界的評価を受けた直後、京は事業仕分けで予算凍結を下される。科学者らのアピールもあり、凍結は回避されたが、予算は削減された。
しかし、富士通のトップは「持ち出しを増やしても、当初計画は変えない」とぶれなかった。実はその後、世界一を狙う時期は逆に前倒ししている。
スパコンの評価は毎年6月と11月に行われる。京は当初11年11月に申請する予定だったのを10年末に今年6月に早めることを決めた。理由は2つ。10年秋から理研への納品が始まり、生産が順調だったこと。
もう1つはライバルの米IBMの存在だ。富士通には「中国に奪われた世界一の座を取り戻そうとIBMは相当なものを開発している」との情報が入っていた。11月まで待つと危ない……。
ただ、「毎秒1京回の目標を達成して世界一をとれなかったらあきらめもつく。途中段階で申請して2位だったら泣くに泣けない」(追永氏)というジレンマもあった。富士通はここでも賭けに勝つ。
富士通発祥の地、川崎工場地下1階のテクノロジーホールには同社の歴史的製品が展示されている。中央に目立つのが「国産コンピュータのパイオニア、池田敏雄」のコーナー。同氏が開発したリレー式計算機の実物の回路図などがある。
池田氏が亡くなる前年に生まれた安島氏は「池田さんのことはよく知らない。ただ、大きなプロジェクトは周りからいろいろ言われる。権限と責任を持つ人がぶれないことが大事。追永さんはぶれなかった」と語る。
追永氏は入社当時、池田氏と同じフロアにいたが、「もう雲の上の人。池田氏に限らず、先輩の守備範囲は1人ではカバーできない。3、4人でそれぞれの得意分野を組織的に継承してきたのが富士通の伝統」と語る。追永氏にとって、池田氏は雲上人でも、そのチームで難局を突破するために動くスタイルは踏襲していたといえそうだ。
池田氏のコーナーの傍らには池田氏らが1960年に開発した2台目のリレー式計算機、FACOM138Aがある。今も動くどころか、寿命を60年に伸ばそうと06年から3カ月に1度、川崎工場と沼津工場に数人の技術者OBと、若手3人が集まり、リレー式の技術を伝承している。
世界一をとり一躍脚光を浴びる最先端の京に比べ、回路図をにらみ、手作りで部品を再生する保守の仕事は、地味で規模も小さなプロジェクト。しかし、若手の3人は自ら志願し、「伝説のOB」から技術や知識だけではない、仕事に対する責任感と誇り、いわば、エンジニア魂と富士通のDNAを受け継いでいる。こうした風土が今回の京の奇跡につながった。
(産業部 三浦義和)
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池田敏雄、富士通、スーパーコンピューター、IBM、京
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