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2011年10月1日(土) 読売国際会議2011 秋季フォーラム

「激流に向かって―日本の改新を 復興への道」

東北で作る「先進社会」

 読売国際会議2011「激流に向かって―日本の改新を」の秋季フォーラム「復興への道」(読売国際経済懇話会=YIES=、読売新聞社共催)が10月1日午後、東京・飯田橋のホテルグランドパレスで開かれた。東日本大震災は多くの犠牲者、被災者を生むとともに、日本の衰退への懸念も深めた。被災地の復興を成し遂げ、日本の活力を取り戻すには何が求められるか、平野達男復興相らパネリスト3氏による議論を通じて探った。(文中敬称略)


▽パネリスト(順不同)
 藤田昌久 経済産業研究所長、甲南大学教授
 平野達男 復興相
 中村芳夫 日本経済団体連合会副会長・事務総長
▽コーディネーター
 丸山康之 読売新聞調査研究本部主任研究員

冒頭発言藤田昌久氏「供給網の創造的構築を」

写真:藤田昌久氏
ふじた・まさひさ
 米ペンシルベニア大教授、京都大教授を歴任。空間経済学の世界的権威。68歳。

 震災後、日本全体の生産活動が、自動車、電機を中心に極端に落ち込んだ。自動車産業は3月11日から月末まで、ほぼ全面停止した。東北6県が日本の出荷額に占める割合は製造業全体の約6%にすぎないのに大きな落ち込みが起きたのはサプライチェーン(供給網)が寸断されたためだ。

 1台の自動車は2万〜3万点の部品を組み立てるが、東北だけで作られている部品や素材が多くあり、全国で自動車を作れなくなった。

 サプライチェーンはほぼ元通りになったが、生産拠点の分散によるリスク分散を求める圧力が強まっている。電力や放射能、円高の問題もあり、日本の空洞化が加速する恐れがある。その中で日本の製造業を強くするには復旧を超えた創造的な復興が必要で、サプライチェーンの再構築が求められる。

 大きな視点としては、集中的に生産する「規模の経済」をなるべく生かしつつ、リスクを分散することだ。

 1か所で生産しながら、災害が起きたらすぐに生産を移転できるような体制を訓練などで確立しておくバーチャル(仮想的)な分散化と、実際に工場を分散する方法とがある。1か所での生産量が減っても効率を維持できる技術革新も探られている。

 部品の「共通化」と「差別化」のしゅん別も必要だ。共通化した部品は必ずしも日本で作らなくていい。一方、基幹部品は日本の産業集積を生かした擦り合わせによって生み出される究極のアナログ製品であり、競争力の源泉となる。基幹部品は差別化を続け、日本になるべく残すべきだ。

 世界の流れをみることも大切だ。阪神・淡路大震災の後、神戸港は2年2か月で復旧したが、コンテナの扱い量は震災前の世界6位から復旧直後に17位に落ち、現在は50位以下だ。コンテナ船の大型化に対応して、水深を深くすることができなかったためだ。

 世界の成長の中心は新興国に移りつつある。今後はアジアと一体化した生産システムのネットワーク化を進め、アジアで協力してリスク分散を進めながら、アジアの成長を日本の成長に取り込む必要がある。


冒頭発言平野達男氏「高齢化対応で新モデル」

写真:平野達男氏
ひらの・たつお
 農林水産省勤務を経て、参院議員当選2回(岩手選挙区)。防災相を兼務。57歳。  

 今後一番大事なのは雇用だ。破壊され、流された工場、商店街、流通拠点を復活させるために港湾の復旧を急いだ。石巻など重要港湾の機能は8割程度回復しており、その近くには大きな会社が多い。一方、中小企業の集中する地域では、津波の来た場所であっても工場などを再建できる地域を指定して一日も早い復旧を目指す。その間、仕事に就けない人には雇用保険の延長などで対応する。

 カギを握るのは水産業の復活だ。三陸沿岸は世界有数の漁場で、魚が揚がると、加工業や流通業も復活する。岩手の漁師さんが「津波で漁船も漁網も養殖いかだも全部持って行かれた。海で失ったものは海から取り返す」と言っている。このような気持ちを大事にし、支えていく必要がある。

 今回の津波の高さは15メートル、場所によっては30メートル、40メートルにもなった。これを阻む防波堤や防潮堤を作るのは現実的に無理だ。その再来を想定して、市町村は復興のための土地利用計画を作らないといけない。街を大きく作り替えることになる。高台への移転は市町村によっては何百戸、何千人という規模になる。同意を得るには大きなエネルギーと被災者一人一人の決断が必要だ。国、県、市町村、専門家、地域が繰り返し話し合いをしながら、同時に急いでやらなければいけない。

 そのうえでできた復興計画を素早く実施するには規制緩和が必要になる。新しい企業を呼び込むことも目指して、被災地の復興特区では、再生可能エネルギーの拠点づくりなどに向けたインセンティブ(誘因)として税制措置を用意する。自治体が自由に使える復興交付金は少なくとも2兆円くらい用意したい。

 三陸沿岸地域は65歳以上の人が30%を超える自治体がほとんどだ。人口も過去10年で10%減少しており、放置すれば人口減少に拍車がかかる恐れがある。高齢化に対応した地域社会をどうつくるかという観点で復興計画を作り、成功させれば、日本の先進モデルになる。それを目指すべきだ。

 福島はまず除染だ。まだ復興を語れない。三陸よりも長い、長い戦いになる。国の責任でしっかりサポートしていく。


冒頭発言中村芳夫氏「東北全体を復興特区に」

写真:中村芳夫氏
なかむら・よしお
 経団連事務局で国際経済部長、専務理事などを歴任。広報委員長も務める。68歳。

 日本は未曽有の国難のただ中にあり、存亡の瀬戸際にある。しかし、日本人が真っ正面から戦っているとは思えない。それを避けては復興はもちろん、日本の未来もない。目指すべきは新しい日本の創造だ。

 約40年前、私は経団連の4代目会長、土光敏夫さんの政策秘書を務めていた。土光さんは「なすべきことが見えているのに、改革に挑む勇気も気概もない日本人は、古代ローマ人のように滅んでしまうのではないか」と書き、日本の将来を心の底から心配していた。その警鐘は日本人の耳に届かなかったのではないか。

 社会保障制度は破綻の道を進み、20年以上も続くデフレで、日本には停滞感が漂っている。少子高齢化が進む中で、経済をどう成長させるのか、いま考えなければならない。

 その時に大震災が襲ってきた。あの悲痛な思い、不安、絶望感を忘れることはできない。そのうえで大きく前に踏み出す勇気と行動力が求められている。

 東北の再生を日本の成長の起爆剤にする発想こそが、被災地の人を奮い立たせ、東北に活力を取り戻し、日本全体を大きく変えることになる。

 復興庁を東北に置き、東北全体を復興特区に指定することが不可欠だ。大胆な規制緩和で、株式会社が農業経営に参画できる余地を広げ、所得税や法人税を期間限定でゼロにするなど思い切った施策が必要だ。労働法制も大幅に緩和するべきだ。小手先の取り組みでは東北は再生できない。

 実現すれば、内外の企業が東北に進出する。東北経済は活況を呈し、地元の雇用は拡大する。その成功モデルが日本に広がり、各地域が切磋琢磨(せっさたくま)して競い合えば、力強い日本が誕生する。

 いま、国民の心はひとつだ。国民を導き、持てる力を最大限に発揮させるのは政治の役割だ。消費税率の引き上げと環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加表明という二つの決断をするべきだ。消費税引き上げを復興財源に充て、将来は社会保障目的税にすることが筋だろう。安心・安全な社会保障制度が約束されれば、国民は将来を設計でき、円高是正やデフレ脱却の特効薬にもなる。


パネル討論規制緩和、成長の起爆剤/消費税上げ必要

復興庁

――復興庁はどんな形になるか。

平野  復興庁の役割は、地域から上がってきた意見を調整して、各省に割り振ることではないか。(所在地は)何か所かに分かれるかもしれないが、地元と東京というのが一つのイメージだ。

藤田 復興庁は被災地に近いところに置き、将来の「東北州」への移行に使うべきではないか。

中村 復興庁は東北に置くことが重要だ。中央の官僚が住み着くくらいの気持ちでやってもらいたい。

平野 復興庁が絶大な権限を持って采配を振る形は考えていない。地域主体でやってもらい、復興庁が強力に後押しする。復興のカギは土地利用計画だ。地域の中でどこに住みどこに工場を作るか、といった合意形成は本当に大変だ。ああやれ、こうやれと言っても決まるものではない。

中村 復興庁と同時に復興特区の指定をしてもらいたい。企業を呼び、産業を興すことが雇用を生む。

平野 今の土地利用は、用途の変更など、完全に縦割りだ。復興特区では、計画ができればその計画の認定で全部の手続きが終わる枠組みを考えている。

――被災地は農業地帯だが、どう対応するか。

平野 農地の流動化が大事だ。具体的には所有権の移転と利用権の設定だ。高齢化や後継者不足で農地の出し手が増える。受け皿として農業生産法人や農事組合法人、個人に農地を集積すれば大規模経営体が生まれ、コストも下がる。国家戦略の柱として進める。

財源

――復興財源の政府案では消費税が外れた。

平野 消費税をという考え方もあったが、民主党内に(消費税率の引き上げは)次の選挙で民意を問うべきだという意見もあり、所得税、法人税、たばこ税の増税になった。

中村 消費税を選択肢から外すべきではない。全世代で連帯して負担するという復興基本方針に合わなくなる。法人税は30%の企業しか払っていない。所得税にも所得の捕捉率など様々な不公平がある。たばこを吸う人だけになぜ負担を求めるのか。結局、取りやすいところから取るということではないか。

――復興特区ではどんな措置を考えているか。

平野 税制はいろいろ考えている。償却期間の短縮などは大きなツールになる。規制が企業の足かせにならないよう、徹底した規制緩和も検討している。

中村 思い切ったメッセージが必要だ。租税特別措置のように、理解が難しい税制措置では企業は進出しづらい。税率の大幅引き下げとか、償却資産に対する固定資産税非課税措置など、思い切ってやるべきだ。日本経済全体の成長につながる起爆剤にしてほしい。

藤田 復興に時間がかかれば、東北の若い人はどんどんいなくなる。今は人はいるが仕事が足りない。民間資本をいかに呼び込むかが課題だ。韓国は多くの特区を準備し、法人税や用地利用の優遇などを思い切って実施している。

エネルギー政策

――再生可能エネルギーやその関連事業は成長分野とされ、東京電力福島第一原子力発電所の事故もあって議論が活発化している。

中村 情報開示が不十分だ。菅政権は1000万戸に太陽光パネルを導入する計画を打ち出したが、20兆円の費用がかかる。電力料金も上がる。的確な情報に基づいて議論してほしい。

平野 太陽光発電、風力発電ともまだコストが高く、コストダウンのための技術開発に取り組まなければならない。しばらくは、化石エネルギー、特に天然ガスの割合が高まると思う。日本はとくに蓄電池など電気をためる技術で世界最先端にある。技術開発を徹底して推進すれば日本の世界戦略になる。

藤田 再生可能エネルギーの利用に市町村単位で取り組むといった試みを特区で試験的に進めてほしい。

TPP

――環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加は、判断が先送りされた。

平野 早期に結論を出すべきだ。関税が撤廃されればしわ寄せを受ける第1次産業にどういう対策をとるかを示し、国民的議論をしなければならない。農家の団結は本当に強い。まなじりを決して反対してくる。TPP参加がなぜ必要か、経済界もまなじりを決して説くべきだ。そのうえで、最後は政治家が政治生命を懸けて決断するしかない。

――11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議前に結論は出るか。

平野 米国はそこでの基本合意を目指しており、このままでは、日本は枠組みを決める交渉に入れない可能性がある。本当に入りたいなら、明日からでも議論を始める必要がある。心底反対する政治家も多く、本当に難しいと感じている。

中村 政治家は決断だ。日本がどんな方向に進むべきか、ビジョンを持って政治家になったはずだ。国民への説得力も政治家には欠かせない。

財政再建

――震災で財政悪化に拍車がかかる恐れもある。

中村 消費税率の5%は世界的にも低い。民主党が社会保障・税一体改革で、消費税を2010年代半ばまでに10%に引き上げると決めたことは評価できる。年度内に税制抜本改革法案を提出し、いつ、何%上げるか示すべきだ。

平野 日本は人口減少に転じており、高い名目経済成長を達成するのはかなり困難だ。社会保障費が毎年増えており、消費税はできるだけ早い段階で10%をお願いしなければいけない。国民の理解を得るために、国会議員数を削るべきだ。

写真:聴衆
会場は約300人の聴講者で埋まった=和田康司撮影

藤田 消費税は遅かれ早かれ、15%程度に上げざるをえない。重要なのは、財政再建の工程表を示すことだ。社会保障を今のままにすれば、消費税を25%にしても足りない。高齢者も社会参加してある程度の収入を得る新しい社会モデル作りを、東北で特区を利用しながら進めてほしい。

――復興を進めるには与野党の協力が欠かせない。

平野 国会は政治闘争、権力闘争の場だ。どう政権を取るかに野党は血眼になる。政党間で話をする時も、政策を進めると政府の手柄になるため、野党はなかなか妥協できない。胸襟を開いて話し合うしかない。

中村 民主党も自民党も、党内がまとまっていないから、話し合いができない。党がお互いにまとまって話し合えば結論は出てくる。「ねじれ国会」のせいにしていたら、いつまでたっても物事は進まない。

――震災をきっかけに日本経済の未来への悲観ムードが強まっている。

中村 将来を考えると、あまりいい要素がない。今こそ改革が必要だ。今は大災害で改革ができない雰囲気がある。政治も動かない。それではダメだ。

藤田 今は「ちゃんと食べられるからいい」という言い方もあるが、世界の成長から取り残されている。若い人の将来を考えると非常に危機的な状況だ。

平野 人口減少と高齢化の進展の中で経済活力をどう維持するか。高齢者の活用や女性の社会進出を今まで以上に進めていくし、1人あたりの生産効率を上げる余地もある。日本人は人口構造の転換に対応する能力もエネルギーも覚悟も持っている。

コーディネーター総括丸山康之読売新聞調査研究本部主任研究員「日本の底力、アジアに示せ」

 東北や茨城の部品、素材工場の被災で、日本国内だけでなく海外でも自動車生産が止まった事態は、逆説的ではあるが、日本の底力を世界に示すことになった。

 市場には過大評価がつきものだが、震災後も進んだ円高は、素朴に解釈すれば、「日本にはそれだけの底力がある」と世界が評価していることを示している。

 欧米の目で日本の社会や経済を見たJ・C・アベグレンやP・F・ドラッカー、E・ヴォーゲルといった識者は、つねに将来を悲観的に考えることを日本人の特性ととらえ、その危機感をバネに改革や改善を重ねるのが日本の強みだと指摘してきた。

 人口の減少と高齢化は日本の大きな問題だが、日本の後を追って経済成長を遂げてきた東アジアの国々もいずれ同じ道をたどることになる。日本の力を結集し、震災からの復興を、東アジアの国々のモデルにもなるような国づくりにつなげなければならない。政治の指導力が求められている。


(2011年10月13日 読売新聞)