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[24756] 宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ(出撃編第七話投稿)
Name: 夏月◆be557d41 ID:7565a54c
Date: 2011/10/19 12:54
初めまして、夏月と申します。

タイトルの通り、宇宙戦艦ヤマトの外伝、戦闘空母シナノの御話となります。

ヤマトのSSとしてはありきたりなネタかとは思いますが、よろしくお願いします。

処女作ゆえ拙いところは多々あるとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

では、この作品を始めることになった経緯をごく簡単に。

ここ数年間、PS2版3部作、復活篇、実写版と自身の中でヤマト熱が上がっておりましたところ、このサイトで七猫伍長さまの「宇宙戦艦ヤマト2209」に出会いました。

(今はヤマトとマブラヴのクロスオーバーを書いてらっしゃいますね。)

七猫伍長さまの作品を読んで「自分もヤマトでこんなストーリーを書いてみたい!」と思い立ち、筆を取った次第です。・・・単純ですか、そうですか。一応自覚はあります。

では、この作品の特徴及び注意点をいくつか。

・当作品の時代設定は『完結編』と『復活篇』の間となっております。ですので、いつ『復活篇』まで辿り着くか、はっきり言って未定です。

・オリ主、オリ設定多数。でも原作キャラも沢山出します。

・当作品の設定は、基本的にはアニメ版に基づき、不足・矛盾している点は一部PS2版3部作の設定を流用しております。
一例を申しますと、『完結編』はアニメに従って2203年、『新たなる旅立ち』はアニメでは時期不明なのでゲーム版に基づき『ヤマト2』直後、つまり2201年の白色彗星帝国撃退の一ヶ月後となります。『永遠に』も同様です。『ヤマトⅢ』は両者の中間のいつか(未定)ということになります。

・当作品はPS2版の理念(?)に基づき、原作の矛盾点などを解決するためのオリ設定を多く含んでおります。矛盾点などを発見しましたら是非御一報ください、可能な限り修正します。無理な場合は・・・ゴメンナサイ。

・現状での参考資料はアニメ作品及びゲームのほか、『週刊宇宙戦艦ヤマト』、『ハイパーウエポン2009 宇宙戦艦と宇宙空母』、『ハイパーウェポン2011 神なる永遠の黄昏』、『ホビージャパンムック宇宙戦艦ヤマト宇宙艦艇模型全書』、PS2版ゲーム付録の設定資料集、復活篇及び実写版のパンフレットとなっております。


それでは、以上の注意点に御同意いただける方は、本作品をお楽しみください。

*2010年12月5日 まえがき投稿。プロローグの投稿に失敗。
*12月 6日 始動編第一話、第二話投稿。プロローグを修正するもエラーに阻まれる
*12月 7日 第三話投稿。更にプロローグを修正するも・・・。
*12月12日 第四話投稿。「あとがき」をはじめました。
*12月17日 第五話投稿&各話修正。ストックが尽きたので、以降は更新スピードが遅くなる可能性があります。
*2011年1月6日 第六話投稿&その他へ移動予告。
* 1月 9日 感想への返信&その他へ移動完了。第五話修正。
* 1月13日 第七話投稿&アンケートのお願い。
* 1月21日 第八話投稿&第七話修正&「習作」の文字を後ろに回しました。
* 1月22日 ご指摘を受け、第八話本編+あとがきを修正。
* 2月 1日 第九話投稿。これからヤマトⅢを観て勉強し直します。
* 2月10日 第十話投稿。
* 2月24日 第十一話投稿。二週間も空けてしまってスミマセン。あとがきと感想への御返事は後日行います。
* 2月25日 第十一話本編修正+あとがきを追加。
* 3月14日 第十二話投稿。あとがきは後日行います。
* 3月18日 第十二話修正+あとがきを追加。
* 4月 8日 第十三話(前編)投稿+第五話修正。
* 4月10日 第十三話(中編)投稿。
* 4月23日 第十三話(後編)投稿。
* 4月24日 放置していたプロローグをPV2万5000突破記念作品として修正の上投稿。
* 5月 3日 建造編第一話投稿。
* 5月 6日 建造編第一話修正。
* 5月14日 建造編第二話投稿。
* 5月22日 建造編第三話投稿。
* 5月24日 始動編一~七話を加筆修正。話の本筋に影響はありません。
* 6月14日 建造編第四話投稿。同日、誤字等細部を修正。
* 6月27日 建造編第五話投稿。
* 6月28日 外伝2投稿。建造編第五話修正。
* 7月18日 出撃編第一話投稿。見づらいので【習作】を消しました。
* 7月19日 出撃編第一話を加筆修正。第一艦橋の面子の名前を確定しました。
* 7月30日 出撃編第二話投稿。
* 7月31日 出撃編第二話修正。感想版でのご指摘を反映しました。
* 8月 7日 出撃編第三話投稿。
* 8月11日 出撃編第一話、第三話修正。徳田が篠田より年上なのを忘れてました。
* 8月16日 外伝3投稿。
* 8月28日 出撃編第四話投稿。次話投稿前にページを整理します。
* 9月13日 出撃編第五話投稿。
* 9月14日 出撃編第五話修正。推奨BGMを追加。
*10月 2日 出撃編第六話投稿。
*10月19日 出撃編第七話投稿、第六話修正。



[24756] 始動編 第一話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7565a54c
Date: 2011/05/24 14:36
2206年4月1日19時20分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 
とある戦艦が、2度目の沈没を宇宙で迎えてから3年後。

地球防衛軍名古屋基地内にある、国立宇宙技術研究所。
その地下3階にある資料室で、俺は在りし日の戦艦の雄姿を映像で振り返っていた。

俺の視線の先には1台のノートパソコン。
そこには、地球存亡の危機を幾度も救った不朽の名艦、宇宙戦艦ヤマトが映し出されている。
白色彗星帝国の機動艦隊に対してヤマトが宇宙空母を率いて空襲を仕掛けた際に、止めの砲雷撃戦を挑んでいる映像だ。

ディスプレイに映っているヤマトはその背後に2隻の空母を従え、その艦載機とともに敵の艦隊へと砲撃をかけている。
映像は、ヤマトの右舷後方に陣取る空母の戦闘艦橋から撮っていたようだ。
瞬間、前部6門の主砲がヤマトから放たれる。
衝撃波エネルギーが螺旋を描いて絡み合い、光る矢となって護衛艦の艦首下部を直撃。
白い光が敵艦を包み込んだ。

戦闘空母も負けてはいない。六条の青い筋が彼我の空母を繋ぎ、敗走する敵空母を撃沈破していく。

こちらの空襲を生き延びた敵の直掩機が、せめて一矢報いんとばかりに追撃を振り切って迫ってくる。
ヤマトの左舷上空から接近してくる敵戦闘機群。
後にイーターⅡと呼称されるようになるその機体は、黄緑と白に塗り分けられている。
煙突から矢継ぎ早に3発のミサイルが撃ち出され、ミサイルと正面衝突した機体は跡形もなく四散した。
続いて第一副砲が旋回して一斉射。衝撃砲が直撃した機体は蒸散し、その左右の2機は至近を青い閃光が走っただけで全身から炎を吐きだす。
手元に開いた当時の戦闘詳報をめくり、頻繁に映像と誌面を交互に見比べる。
今度は右舷正横から3機が決死の突撃を仕掛ける。
体当たりして果てる気なのか、フルスピードでまっしぐらに突っ込んでくる。
ミサイルは間に合わないと判断したのか、すかさず右舷のパルスレーザー砲群が一斉に青い火線で断幕を張る。
片舷55門による光のカーテンに飛び込んだ敵機は、瞬時に機体を穴だらけにされて黒煙を引きながら針路を外れ、やがて爆発した。

ヤマトの艦載機隊は雷撃隊に随伴して逃走する空母を追撃している。
画面の中では空母の直掩機が頻りに艦隊の周囲を飛び回っているが、いずれも母艦へ寄りつかないよう追い払うのが精いっぱいで、ヤマトの支援までは手が回っていないようだ。

それでも、空母機動部隊を統べる鋼鉄の巨艦は、その城郭のような古風な外観とは裏腹に――それとも、熟練した古参兵ゆえというべきか――矢面に立って攻撃を吸収し、空母を襲う敵機を一蹴していた。


「やはり・・・。」


俺はぽつりと呟き、今度は資料室に備え付けのパネル画面に視線を移し、リモコンでディスクを再生した。
冒頭のタイトルは「2202年・第一次第十一番惑星会戦」。
白色彗星帝国が第三外周艦隊に空爆を仕掛けた時の映像である。

同じ敵からの空襲でありながら、こちらはヤマトがいたにもかかわらず地球防衛軍側に損害が発生している。
ヤマトはレーダーで敵を追尾できなかったため対空攻撃を一切できず、後部カタパルトから発進した機もたった2機のデスバテーターに翻弄されていた。
先ほどの映像とは異なり、2隻の艦が紅蓮の炎を噴き黒煙を身に纏っている姿が痛々しい。

両方の映像をチラチラと見比べ、或いは一時停止をかける。
机の上に置いておいた資料を見直し、画像と照らし合わせる。
俺は常々疑問に思っていた事に確信を抱き、思考の海に深く沈みこんでいった。

だからだろうか。背後の扉が開いたことにも、室内に入ってきた人物が自分の背後に立ったことも気付かなかったのだ。


「篠田、もう6時を過ぎているぞ。いつまでここにいるつもりだ。」


「うわっ!・・・はぁ、所長ですか。驚かさないで下さいよ。」


振り返ると、腰に両手を当てた50過ぎの男性―この研究所の所長、飯沼幸次である―が立っていた。


「ははっ、スマンスマン。さて、もう就業時間はとっくに過ぎてる。ここはもう閉めるから、退出の準備をしろ。」


「あぁ、もうそんな時間ですか。明日もここを使いますんで、ここにある資料はここに置いたままでよろしいですか?」


「別にかまわんが・・・ディスクだけは自分のロッカーに入れて鍵をかけておけ。一応防衛軍資料室からの借り物だからな。」


「了解、すぐに出ます。」


俺は周りを手早く片付けると、所長と一緒に研究所を出た。
自動ドアをくぐる際、警備員に睨まれた様な気がする。
・・・退社時間を守らない迷惑な奴だとでも思われているんだろうか?
残業を「しない」のではなく「させてくれない」って、なんかいいな。


「どうした篠田、なにかおかしいことでもあったか。」


隣を歩く所長が、独特のしゃがれた声で聞いてきた。


「いえ所長、こうして夜が浅いうちに帰れることに、ふと感慨深くなってしまいまして。」


何故だ、と所長は言葉を重ねる。


「ここのところ、数年おきに地球が滅亡の危機に遭っていたじゃないですか。ガミラスに白色彗星帝国に暗黒星団帝国・・・。」


「そして太陽の異常増進とアクエリアス、か。確かにそう考えると、こうしてのんびり家路につけるっていうのは、平穏ってものを実感するな。」


二人して、回顧するような口ぶりだった。
所長は短く刈りあげられた、白髪交じりの髪をかきあげる。
二人が見つめた空は夜の青さを増し、西の方に僅かにオレンジ色が残るばかりだ。
それは、幼少の頃には当たり前の風景で、しかし一度は失われてしまったものだった。
いかんね、50過ぎのおっさんと並んで感傷的な気分に浸ってるなんて、心が老けてきたのかな?


「地球防衛艦隊の再建も既に私たちの手を離れ、建造段階に進んでいます。最近は大型船の依頼もありませんし、昔に比べて仕事が大分楽になりましたよ。就業時間が9時―5時なんて、私がここに来た時には到底考えられませんでしたからね。」


あの頃は皆、目が血走っていた。
17歳で宇宙戦士訓練学校を卒業して研究所所属になってからというもの、前触れも息つく暇もなく訪れる脅威に怯え、しかし自分が設計に携わった船がいつの日か憎きあいつらをやっつけてくれると、その一念だけで毎日徹夜に近い時間まで仕事をしたものだ。

勿論、設計したってすぐ形になる訳じゃないなんてこと、承知の上さ。
でも、当時はそう思わなきゃやってられなかったんだ。


「最近は設計依頼も輸送船やら工作船やら後方支援用のものばかり、数もピーク時の半分程度。我々設計の領分としては、一区切りついたってところなんだろう。まぁ、何にせよゆっくりできるのは悪いことじゃない。心に余裕が出来ない事には本当にいい仕事はできないからな。」


「しかし、そうなったらこの研究所も、お隣さんの南部重工工廠もいずれは規模縮小ですかね?」


国立宇宙技術研究所、通称宇宙技研は、かつてこの国が自衛隊という組織を保有していたころに存在していた、技術研究本部の末裔と言える機関である。
宇宙技研は国の命を受けて、宇宙に関係する装備品について調査研究、考案、設計を行う。
一方で、試作したり実験を行うといった作業は民間業者――宇宙技研の場合、多くを南部重工――に委託しているのだ。
つまり、宇宙技研が暇になるということは、そのまま南部重工の業績悪化に繋がるというわけだ。


「今のところは建艦ラッシュだから大丈夫だろうが、バブルがひと段落すればいずれそうなるだろう。南部さんとこは民間企業相手に軸足を移せばいいんだろうが・・・俺たちはどうだろうな。宮勤めだし技術職だからすぐに人員削減ってことはないのかもしれんが、肩たたきされる可能性は否定できないな。」


所長はさも当然のことのように言う。まるで、自分はそうならないとでも言いたげだ。


「そうなったらどうしましょうかね・・・南部重工にでも天下りしますか。引越ししなくてもいいですし。」


「おいおい、俺はまだお前を手放す気は無いぞ。部下どもは皆優秀な人材ばかりだ、まだまだ地球の為に骨を折ってもらうさ。それに今、上と掛け合って大きな仕事を貰えるように交渉しているんだ。あと10年は食いっぱぐれないような、でかい仕事をな。」


「そんな目的で宮仕えが上と仕事の交渉をしちゃっていいんですか?」


「馬鹿、一応は上からの依頼だよ。話を大きくしたのは俺だけどな。」


「どんな仕事かって・・・聞いちゃまずいですよね。」


こちらとしても食いっぱぐれるか否かの話、どのような仕事なのか気にならないといえば嘘だ。
とはいえ俺も国家の機密を預かる技術士官、Need to Knowの心得くらいはある。


「いや、別に構わんぞ。まだ口約束の段階だしな。そうだ、俺はこれからその打ち合わせに先方のお偉いさん方と飲みに行くんだが、篠田も来い。そうすりゃお前も分かる。」


「え?でも私みたいな下っ端が同席してもよろしいんですか?」


「話が纏まれば研究所総出の大仕事になるんだ、喧伝する必要もないが隠す必要もない。それに、お前の性格からして喜んで参加するんじゃないか?。お前が今一人でコソコソやってることとも関係があるんだぞ。」


げ。この人、俺が最近何やってるのか気づいていたのか。
・・・所長本人に頼んで資料室から映像資料を借りてきてるんだから、当然か。


「はぁ、なんとなくですが話が見えてきました。それじゃあ、先方がよろしければ私もご一緒させていただきます。」


所長は応、と楽しそうに答えるとおもむろに携帯電話をかけ、「先方のお偉いさん」とやらに参加人数の追加を連絡した。


「ええ、ええ。あ、もう店に入ってるんスか。じゃあ、人数の追加を言っといてもらえますか。うちの部下なんですが。一人ッス。それじゃ、頼んます。」


おいおい、お偉いさんにかけるにしては随分口ぶりが軽いな。大丈夫なのか?


「よし、じゃあ行くか。場所はいつもの『リキ屋』だ。もう向こうは到着しているようだから、少し速足で行くぞ。」


いやいや、先方を待たせてるのに「速足」程度で大丈夫なのか!?



 同日20時01分 メトロ・ジャパン名古屋基地駅前商店街


宇宙技研御用達の老舗居酒屋『リキ屋』は、基地から15分の名古屋基地駅前にある小さな飲み屋である。
他の大都市と違い、ガミラス戦役後の名古屋市の復興に関しては戦役の前に原状回復するというコンセプトで行われたため、店の小ささは昔のままらしい。
駅前商店街から一本入った小路の突き当りに赤提灯と暖簾がぶら下がっているさまは、ここだけ5世紀ほどタイムスリップしたのではないかと思わせる。
うむ、日本の居酒屋デザインの王道にして完成形ですな。
所長に先んじて暖簾をくぐりガラガラと引き戸を開けると、中は会社帰りのサラリーマンでごった返していた。
常連に基地の職員が多い為、見たことある顔もちらほら見受けられる。俺らは大将に挨拶すると、奥の座敷へと進んだ。


「おーう、失礼するぜぃ。」


所長はまたも軽いノリで、座敷の襖をスパーンと音を立てて開けた。
もう、ここまで失礼だともはや何も言えない。
口元を引き攣らせる以外に反応のしようもないではないか。
ズカズカと上がり込む所長に続いておそるおそる座敷を覗き込む。

そこには、俺より若干年上と思われる、割と細めな体格をした角刈りの男性と、口髭をたくわえた禿頭の老人が差し向かいで酒を酌み交わしていた。
あれ、この二人、ものすごく見たことがあるような・・・?


「お久しぶりです、飯沼教官殿。」


「ようやく来たか、飯沼君。」


「どうもどうも、しばらくぶりです。さっきも電話しましたが、うちの部下を一人連れてきました。おう篠田、挨拶しねぇか。」


襖の前で唖然としていた俺に、既に上着を脱いでくつろいでいた所長のダミ声が飛んできた。いかん、とりあえず名乗らなくては。


「は、国立宇宙技術研究所、宇宙艦艇装備研究部造船課技官の篠田恭介であります。」


「前地球防衛軍司令長官、藤堂平九郎だ。もっとも、今は無位無官の単なるオブザーバーだがね。」


「地球防衛軍科学局局長、真田志郎だ。同じ技術畑の人間だ、よろしく頼む。」


・・・何で地球防衛軍の元トップと地球を救った英雄の御二人が、こんなしがない居酒屋にいらっしゃるんでしょうか?



[24756] 始動編 第二話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7565a54c
Date: 2011/05/24 15:52
2206年4月1日21時20分 名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』


姉さん、事件です。

いま俺は、地球防衛軍の前長官と酒を飲んでいます。

親父、見てるか?

隣には、地球を何度も救った不朽の名艦、宇宙戦艦ヤマトの副長さまがいらっしゃるんだぜ?

母さん、信じられるか?

藤堂前長官とウチの所長は同郷の顔なじみで、真田局長は所長が宇宙戦士訓練学校で技術科の講師をしていた頃の生徒なんだそうだ。 

何より信じられないのは、そんだけ人脈を持っている所長がなんで地球防衛軍じゃなくて一国家の研究機関で所長をやっているのかってことなんだけどな。


「どうしたぁ篠田、手が止まっているぞ!若いもんが進んで酒を飲まんでどうする!」


徳利を持った所長に御猪口を持たされ、熱燗が注がれる。所長、ザルな俺だからいいものの、やってることはパワハラです。


「飯沼君は変わらんな、またそうやって全員酔い潰すつもりか?しかし篠田、貴様もこいつの部下なら鍛えられてるんだろう。」


同じく御猪口を持った前長官は、止めるどころかけしかけてくる。
しかし・・・、飲まされるのはいつもの事だからいいんだけど、これ合成酒だからあんまり美味しくないんだよな。
ごくたまに入ってくる天然モノなら、いくらでも飲めるんだけど。


「篠田、お前も厄介な人を上司に持ったものだな。」


「はぁ・・・、ご理解いただき、痛み入ります。」


隣でマイペースに酒をなめていた真田局長だけが同情してくれる。同情するならいい日本酒をくれ。

藤堂前長官と真田局長が一足先に差し向かいで飲んでいたため、所長と俺は空いてる席に座ることになった。
従って、俺の正面には所長、右斜め前には前長官、右には真田局長がいることになる。
つまり、押しの強い二人が俺の前面に立ちはだかっているわけだ。
歳も立場も一番低い俺としては、小っこくなって酒を飲まされるしかない。


「それで局長、合流してから1時間経ちますがずっと飲んでばかりなんですが。今日は打合せと聞いていますが大丈夫なんですか?御二人はいい感じに出来上がっちゃっていますけど。」 


「別に直接の上司じゃないから、真田でかまわない。あの二人は会うのは久方ぶりなんだそうだ、大目に見てやれ。それに、」


真田さんが苦笑いしながら御猪口を持った手で前を指さすと、


「だから、無人戦艦を設計したのは俺じゃないと言っておろうが!聞かれたって答えられんわ、設計したオーストリアか局長の真田に聞け!」


「真田にはさんざん言われてるわ!『血が通っていない』だ、『戦闘マシーン』だと。だからその後の戦艦は有人に戻っておるではないか!」


いつの間にか二人は、先輩後輩の垣根を越えて喧々囂々の議論をしていた。さっきまで中学生時代の暴露話をしていなかったっけ?


「羽目を外しているように見えて、なんだかんだで御二人はもう打合せを始めているんだよ。はは、さすが同郷の友だけあって、息ぴったりだな。」


「では、今回の打ち合わせというのは、無人戦艦かアンドロメダ級に関することですか?」


「いや、3年後から始まる環太陽系防衛力整備計画についてだ。」


おいおい、それって地球連邦の重大政策じゃないか。こんな防諜設備ゼロの居酒屋で話していいことなのか?


「それなら尚更、私がこの場に居合わせてよろしいのでしょうか?」


真田さんはくいっと御猪口を呷って空にすると、まっすぐな視線で俺を射抜いた。


「この場に呼ばれたということは、きっと所長はこの計画にお前が役に立つと判断したんだろう。ならば俺がどうこう言う必要はないさ。篠田といったな、お前最近何か特別なことをやっているのか?」


最近やっている何か、というと、やはり残業のことだろうか。
確かに最近の俺は、就業時間後に資料室に籠る日が続いている。しかし、俺がやっているのはあくまで興味本位であって、それほどきちんとしたものではないんだけどな。


「そうだ篠田。お前が今残業してやっていることを説明してやれぇ。」


・・・所長、それはこちらの話を聞いていての発言ですか?それとも酒に酔って絡んでるだけですか?


「所長が仰るなら申し上げますが・・・。個人的な興味ではありますが、防衛軍資料室から映像資料をお借りして、対異星人戦争における宇宙戦闘の検証を行っております。」


「ほう、ガミラス戦役から対ディンギル戦までかね。個人的興味でよくも資料室が貸し出してくれたな。」


藤堂前長官の疑問に、俺は苦笑いして答える。


「そこは、所長が手を回してくださいましたので。今は主に、ヤマトの戦闘記録と過去に行われた艦隊決戦の記録を比較検討しております。」


二人は顔を見合わせ、何かに納得したように頷いた。


「そうか。技術士官の目から見て、何か面白いことが分かったかな。」


「ヤマトの戦闘は基本的に一対多数のものであり艦隊決戦とは一概に比較しづらいのですが、私見ながらいくつか興味深いことが分かりました。しかし所長、それが環太陽系防衛力整備計画とどう関係するのですか?」


「篠田、そこは俺から説明しよう」


真田さんは一段声を低くした。


「ディンギル帝国との決戦で破れて以降、連邦政府が地球防衛艦隊の再建を急いでいることは、お前も設計畑の人間なら知っているだろう。現在進行中の、第三次環太陽系防衛力整備計画だ。現在、殆どの艦種の選考が終わって残るは第二次選考中の戦艦のみとなっている。中国が設計した案が主力艦級、オーストラリアがアンドロメダⅢ級の最有力候補となっているな。
 問題は、3年後に始まる第四次整備計画で、どういったフネが採用されるかだ。建造が始まるのは6年後だが、艦の設計自体は計画がスタートするのと同時に行われる。そこまではいいか?」


俺は黙って頷いた。

ガミラス戦役以降、地球連邦は数年おきに整備計画を更新し、それに基づいて世界各国は宇宙船を建造する形式を採っている。
ガミラス戦役までは各国が独自の基準で宇宙船を造っていたため、艦隊運動などの点で不具合を生じ、同型艦で艦隊を編成するガミラスに太刀打ちできなかったのである。

第一次計画は2197年に始まる。
当初は、単一艦種の大量建造によりコストを抑えつつ短期間で数を揃えることを主眼としていたが、イスカンダルから波動エンジンがもたらされたことで急遽、波動砲による大艦巨砲主義の思想を強めた設計に変更された。
この変更による時間の浪費が災いして、設計が終了する頃にはヤマトが太陽系からガミラスを一掃してしまっていたのだった。
第一次計画によって再編された地球防衛艦隊は、白色彗星帝国の襲来に際して勃発した土星決戦で艦隊を全滅させるという大金星を挙げた。
しかし、要塞都市の攻撃に敗れ、防衛艦隊は壊滅してしまう。

主力艦隊の喪失によって丸裸になった太陽系防衛線を早急に回復させたのが、ヤマトが帰還した直後に始まる第二次整備計画である。
第二次計画のコンセプトは「画一性と多様性の両立」であり、単一種の建造による大量生産と並行して、運動に必要な最低限の規格以外は各国の設計思想を反映させた個性的な艦の建造を認めた。
これによって様々な特徴を持つ宇宙戦艦がその性能を競うことで、軍事技術の向上を図ったである。

また、艦隊再編までの繋ぎとして、先行して無人戦艦の大量建造が行われた。
これは第一次整備計画の延長線上にあるもので、コンセプトはコストとリスクの削減、そして建造から運用までの徹底的統率にあった。
最も、遠隔操作ゆえの弱点を暗黒星団帝国に突かれて壊滅してしまったのだが。

その間にようやく再編成った地球防衛艦隊も、アクエリアス接近に際して勃発したディンギル帝国との艦隊決戦において、ハイパー放射ミサイルと小ワープを巧みに組み合わせたディンギル艦隊の攻撃に防衛軍艦隊は成す術もなく三度全滅してしまう。

現在進行中の第三次整備計画は、三度に渡って壊滅した防衛軍の太陽系防衛ラインを復旧するために、急ピッチで行われている。
計画自体は2201年から始まっていたのだが、暗黒星団帝国とディンギル帝国の地球本土攻撃によって一度頓挫し、昨年になって一からやり直す形で再開されたのだ。
ちなみに日本案は、艦載機は3回連続で採用されているものの軍艦については悉く早い段階で選考落ちして、僅かに補助艦艇が数種類採用されたにとどまっている。


「第四次整備計画では、何としても日本が設計した艦を通す必要がある。幸いにも、日本案が早々に落ちたおかげで我らには十分な時間がある。今の内に十分な検討を重ねて、第四次整備計画には万全の態勢で臨む必要があるんだ。今日は、そのための打合せなんだ。」


「そこで、話をするのにお前がやってることが役に立つんじゃないかと思ってな。本当はもっと話が進んでからお前を使うつもりだったんだが、たまたま今日居合わせたから、折角だからということでこの場に連れてきたというわけだ。分かったかぁ、篠田。」


「え、ええまぁ。一応は。」


最後は真っ赤な顔の所長が締めた。ところどころ重要な部分が抜けているような気もするが、結局のところ何故俺は呼ばれているのか、未だに不明なのですが。


「しかし、日本案を押してくださるのは当事者の身としてはありがたいのですが、地球連邦に直属している御二人が日本を贔屓するのはいろいろとまずいのではないですか?」


「かまわん。どうせ今の委員会なんぞ国家間対立の縮図に過ぎん。3度の宇宙戦争と80億以上の犠牲者を出してもまだ懲りぬ馬鹿どものな。篠田、貴様は戦闘の映像を見たのであろう。艦の設計に携わる者として、従来の宇宙戦闘艦は過去の宇宙戦闘の教訓を生かした設計と言えるか?」


「それは・・・。」


前長官の言うとおりだった。ビデオを見て初めて分かったことだが、地球連邦の艦は決して宇宙戦闘に適した構造をしていない。量産された艦は特に、だ。
ヤマトがその生涯を殆ど単艦行動で過ごしながら数々の功績を残したのに対して、連邦が量産した主力戦艦級やアンドロメダ級はあまりいい成績を残していない。
むしろやられ役と言っていいほどのヘタレっぷりである。
土方司令のような名将が指揮すれば戦術次第では土星決戦のような勝利もあるのだが、基本的には圧倒的という程の負けっぷりを喫している。

これはもはや、指揮官の戦術どうこうだけでは解決できない致命的な問題点があるのではないか、と思う。

そして、何より一番問題は、3度の大規模宇宙戦争を経た現在でも解決どころか問題視すらされていないということなのだ。

ガミラスも暗黒星団帝国もディンギル星団帝国も地球連邦に比べて圧倒的過ぎて、戦訓もへったくれもないということなのかもしれないが。


「藤堂さんも飯沼さんも、現在の戦闘艦の傾向に危惧を抱いている。俺もそうだ。科学局局長としても、一技官としても、実戦を経験した一宇宙戦士としてもな。だから、第四次計画ではなんとしても過去の戦訓を正しく生かしたフネを造る必要がある。」


「その受け皿が、顔馴染みの伝手がある日本というわけですか。」


「勿論それもあるが、ヤマトを造った技術と経験が必要不可欠だ。私は、日本の建艦思想が一番正解に近いと確信しているのだ。武勲艦ヤマトという実例もあることだしな。」


「話を纏めるとだなぁ。正しいフネを造るには、過去の戦訓をフネの設計に正しぃく反映させることが出来る技術者が必要ということだ。つまり、真田や俺ぇ、そしてお前のことだ。だかぁら、こーして真田と藤堂と酒を飲んでるわけだ。分かったかぁ、篠田。」


「「「・・・・・・。」」」


またしても人の話をぶった切って所長が話を締めてしまった。
上手く纏めたつもりなのでしょうが、酒を飲んでいると言った時点で本来の目的を忘れていませんか?てか所長、いつもここまでにはならないでしょうに。
前長官も真田さんも唖然としてしまっているではないですか。


「藤堂さん、少々飯沼さんに酒を飲ませすぎたのでは・・・?」


真田さんが、若干引き気味で藤堂さんに尋ねた。


「う、うむ。何せ久しぶりだったからの。忘れておったわ、こいつのたちの悪いところは、見た目は明らかに酔っ払っているくせに頭はまともに働いて発言はしっかりしてる所だったわい・・・。」


同じ量を飲んでいたはずの前長官は顔を少々赤らめただけだった。まさかこの人、相当な飲兵衛なのか。


「もしかして、もはやまともに打合せができないって状況ですか、これは。」


「やって出来ないことはないだろうが、飯沼さんは覚えていないだろうな。次回は酒の無い場所でやりましょう。よろしいですね、藤堂さん。」


「ああ、致し方ない。とりあえず、今日はこのまま只の飲み会にしてしまうか。」


「おうよ藤堂、今日は朝まで飲むぞぉ!」


「・・・まだ飲むんですか、藤堂さん、飯沼さん。」


「泥酔した所長を介抱するのは私なんですが・・・。」


結局、そのあとは途中で寝てしまった所長を除いた三人で朝まで酒盛り三昧だった。
お偉いさんとお近づきになれたのはともかく、爆睡している所長を自宅まで送るのは骨が折れた・・・。いったいなんだったんだ、この飲み会は。



[24756] 始動編 第三話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/24 15:58
2206年4月12日13時05分 名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』

あれから10日余り。

あの日と同じメンツで、今度は居酒屋ランチを食べながらの打合せとなった。
確かに今回は酒こそ出ないものの、前回グダグダになった店でやり直しってどうなのよ。
同僚からは「所長に昼飯を奢ってもらえるなんて」と言われたが、そんなに羨ましがるようなもんじゃない。
自分以外は圧倒的にお偉い人が3人、狭い座敷の中でえらく陰謀めいたことを話し合っているんだ、傍から見たらさぞかし不審がられるだろう。
しかも、今回は何故か俺が質問小僧の立場になってしまっているので、気を使うったらない。
3人のご機嫌をうかがいながら、話の流れを途切れさせないように、かつ議論がちゃんとまとまるようにしなきゃいけないのだ。
これではまるで上司にゴマをすってヨイショするサラリーマンのようだ。一番事情を分かっていない俺が、なんで狂言回しみたいなことをやらなきゃいけないのですか。


「そもそも、今までの整備計画ではどのようにしてそれぞれの艦が採用されていったのですか?」


今もこうやって、何も知らない俺が質問をする体で、明後日の方向に飛んでいきそうな話を整理して本筋に戻しているのだ。


「うむ、こないだの飲み会でも少し口を滑らせたが、審査委員会は所詮国家間対立の縮図に過ぎん。いや、そもそも地球連邦自体が国連をベースにしているのだから、その欠点が継承されてしまっている。つまりは、何もかもが多国間の利害調整の産物なのだよ。」


そう話す藤堂前長官は鯖の味噌煮定食(市内にある養殖場からの産地直送モノである)を食べている。味噌は市販の合成加工品らしいが、大将の腕もあってか天然モノの味噌のように感じられるから不思議だ。


「いやまさか、いくらなんでも宇宙人から侵略を受けていながら自国の利益を狙っていたなんて、嘘でしょう。」


ガミラス襲来に際して国際連合が発展的解消して地球連邦になったことは、宇宙戦士訓練学校で習ったので知っている。
だが、小学生の頃には既に国際連合が無くなってしまっていたため、政治的関心を以て国際連合を知る機会が無かったのだ。


「俺が記憶している限り、ガミラス戦役のときはまだそのような傾向は殆どなかったんだがな。どうやら、冥王星基地を破壊して地球が直接被害を受けなくなった頃からそういう傾向が出てきたらしい。科学局に初めて出勤した時は、場の空気がやけにギスギスしてたんで吃驚したもんだ。」


真田さんが注文したのはカキフライ定食。養殖場から採れたての新鮮なカキを使った贅沢な一品で、店のおすすめメニューになっている。


「地球が助かるかもしれないって希望が出てきたんで、欲が湧いたってことだ。地上は完全に壊滅していたから工業力の差は昔ほどではなくなっているし、世界中で技術の共有が行われていたから、各国の技術も飛躍的に向上している。どこの国もが同じスタートラインに立っちまったんで、その分駆け引きが物凄かったらしい。」


所長がかっこんでいるのは海鮮どんぶりだった。3人が揃いも揃って海の幸を頼むとは、結構な通なのかもしれない。
そう言えば前回も先に2人が来ていたみたいだけど、割とこの店にはよく来ているということなのか?


「国力の差が以前より無い以上、周りより優位に立つ手段として国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきたんだ。そうすると、単純な比べっこでは済まなくなる。」


「つまり、色んな駆け引きやら騙し合いやらの結果が今に繋がっているわけですか。」


俺は大きくため息をついた。
正直、知りたくはなかった真実ではある。
今でこそ少しずつ緩和されているものの、つい数年前までは厳重な情報統制が為されていて、御用新聞しか情報源が無かったのだ。
ましてや、本質的には設計図面オタクである俺は、地球の危機は分かっても国際政治など全く興味なかったといえる。
それが、さもご近所の噂を話すような口ぶりで「世界の真実」みたいなことをペラペラ喋られると、正直何と言ったらいいのか分からない。


「しかし、艦の選定は審査委員会が熟慮の上で決定したものではありませんか。委員会には御二方も出席されているはずでしょう。」


「藤堂さんは日本案に賛成したさ。しかし、おそらくは多数派工作があったんだろう、多数決ばかりはどうしようもない。」


「しかも、第一次整備計画が見直されたときに宇宙戦艦の世界基準として主力戦艦級が設定されたんだが、かつての先進国が納得しなくて委員会が紛糾してな。仕方なく当時議長だった私の権限で、先進国だけが参加できる特別級を設けたのだ。そうしたら、大国のプライドなのかどんどん話がふくれあがって、金も時間もかかるフネになってしまったのだよ。」


もしかしてそれって、アンドロメダ級のことですか。なるほど、だから白色彗星帝国が来たときに数が間に合わなかったのか。
まさか、僅か2年後に次の脅威がやってくるとは誰も想像しなかったからな、その辺は暢気に考えていたのかもしれない。

そういえばアンドロメダ級はドイツ、主力戦艦級は確かカナダ案が採用されたんだったか。よく考えたら海洋大国ってわけでもないカナダが採用されるって、どんな裏工作があったんだ?


「恐らくという言い方ですと、御二人には多数派工作はこなかったんですか。」


「私は立ち位置としては中立だからな。あまり意味が無いと思ったのかもしれない。」


「俺が局長になった時には既に決まっていたからな。第一次整備計画には一切関知してないんだ。」


前長官は鯖をつまんでいた箸を一度置き、コップの中の水を一口飲んだ。


「だが、第一次整備計画まではまだいい。あれは従来の運用思想に無理やり波動砲戦をくっつけたようなものだからな。ガミラス艦隊に勝つことだけを目的としていたから対空兵装は殆ど無くて直掩機に頼りっぱなしだったし、大型戦略兵器や要塞の攻略を想定していなかった。拡散波動砲という対艦隊兵器を開発したくらいだから、今考えてみれば極端に偏った兵器だったと言える。第二次整備計画ではどうしようもなくなって、自由枠を造らざるを得なかった。その結果、ガミラス戦役のときのようにピンからキリまでさまざまな宇宙戦艦が出来上がってしまったんだ。」


「その点ヤマトは、設計に携わった俺が言うのもなんだが、攻守のバランスがよく取れた艦だったと思う。対艦兵装こそ後の主力艦級と変わらないが、対空兵装は片舷55門と圧倒的、装甲も金に糸目をつけずに造ったから衝撃砲の直撃にも耐えられる強度になっていた。おまけに航空機の運用もできる、マルチロールな艦だったと言える。」


「そういえば、私はヤマトの修理の時には気づかなかったのですが、ヤマトは当時の建艦思想からは大きく外れた艦ですね。これは何故なんですか?」


俺が入所して最初の仕事は、白色彗星帝国との戦いから帰還したヤマトの修理に関する細かい雑務だった。
初めての仕事で、しかも一ヶ月で修理を完了させるという無謀なスケジュールで一杯一杯だったため、当時は考えもしなかった事だが、今考えてみればヤマトは異端児といってもいい存在である。


「それは、ヤマトが元々ノアの箱舟として修理されていたからだな。ヤマトは本来、地球を脱出して移住先まで単艦でガミラスの包囲網を突破しなければいけなかった。地球を捨てることが前提だったから、もはやコストや費用対効果を考える必要もない。あらゆる可能性を鑑みて、搭載できるものを全て積み込んだワンオフのものだったんだ。」


ヤマトの話題に話が移ったので、こちらからも質問を投げてみる。


「しかし、戦闘詳報と実績を鑑みるに、どう考えても主力戦艦級よりもヤマトの方が戦艦として優れているのに、連邦は何故ヤマト級を主力戦艦として採用しないのですか?」


これもまた、ビデオを観ていて思ったことだ。
言うまでもなく、ヤマトは数々の武勲を挙げ、幾度となく文字通り地球を救っている。
これは即ち、ヤマト級宇宙戦艦が地球外勢力との宇宙戦闘において有効である証拠だ。
ならば、何故ヤマト級を大量生産しないのか。
・・・ま、発想の発端は「ヤマトが100隻いれば無敵じゃね?」というイタい思い付きからだったのだが。


「アホか、篠田。」


所長はそう言って、かっこんでいたどんぶりをトーンと良い音を立てて置いた。
あ、もう食べ終わったんですね。質問小僧の俺はまだ半分も食べてないのですが。


「真田が言ったように、単艦行動するのが目的ならばマルチロールもよかろう。しかし艦隊行動を取るにあたっては、役割に応じていくつかの艦種に分けられていた方が都合がいい。ヤマトは戦艦であり駆逐艦であり空母であり工作艦であり、コスモクリーナーを運ぶ輸送船でもあった。それだけの役割を、たかだか300mに満たない船体に押し込めることができたのは奇跡だ。戦艦は戦艦の役割の身を全うした方が、フネの設計も無理がないんだ。そんなことも分からんで宇宙戦士訓練学校を卒業したのか、貴様は。」


そんなこと分かってますよ、所長。でも今の俺は質問小僧で狂言回しだからしょうがないのです。


「確かに、今までの闘いはヤマトにそれだけの能力が備わっていたからこそ任務を全うできた。軍艦としての機能だけでなく輸送船としての設備があったから、コスモクリーナーもハイドロコスモジェン砲も運んでこられた。俺も、艦内工場があるヤマトに乗っていたからこそとっさの対応策を開発できたことは否定できない。だが本来、艦をクルーの判断で勝手に改造するなんてことはない。そういうのは上層部が決定するべき仕事だ。」


俺が既に艦を降りている以上、艦内工場もそうそう使われることはないだろうしな、と真田さんは付け加えた。


「正直なところ、コストと時間がかかり過ぎるという事情もある。はっきりいってヤマトは量産には向かない艦だ。世界中で造れることが主力戦艦級の、先進国で造れることがアンドロメダ級の前提だから、各国の白色彗星帝国襲来のときのように、建造が間に合わなくて敗北したというわけにはいかないんだ。」


政治の話をすればな、と前長官が真田さんの話を継ぐ。


「いくら地球連邦という名を冠していようとも、所詮は国際連合の延長でしかない。東西対立は未だに完全には消えていないし、大国の都合と妥協が優先されている事も変わりはない。現に、主力戦艦級とアンドロメダ級が西側の船型船体案が採用された代わりに、小型艦は東側が好んで使うロケット型船体が採用されている。連邦の主要機関が日本にあるのだって、大国ながら西側にも東側にもあまり嫌われていない点が大きな理由だったからな。
で、ここからは推測でしかないのだが、日本に連邦の主だった機関が集中しているというのは、それだけで国際的には非常に大きなアドバンテージになっている。そこで、どこかしらでバランスを取らなければ日本の力が強過ぎることになる。」


「そのバランスって、まさか。」


「さぁ、真実は分からん。航空機に関しては依然として日本が有利を維持しているからな。・・・それすらもバランスなのかも知れんが。」


「それなら、俺たちがどんなに良いフネを設計しても採用されることはないということですか?」


今の推測が正しいならば、日本ばかり美味しい目に逢うのは腹立たしいから、各国が示し合わせて日本案を握り潰したことになる。
それなら、連日血を吐くような思いで線を引き続けたのは何だったんだ。
暗黒星団帝国襲来やアクエリアス接近のとき、私物を捨ててまで設計図を抱え込んで避難船に乗り込んだのは何だったんだ。


「現状ならばそうだ。だから、私と真田君が腰を上げたんだ。」


前長官が、強い意志を込めて言った。


「それに、俺達の仕事が全く無駄だった訳でもないぞ。第二次整備計画の主力戦艦級、アメリカが自由枠で造ったアリゾナ級戦艦には日本の建艦思想の影響を受けている節がある。設計した奴らは頑として認めないだろうがな。だが、当然ながら基準というものがあるから、反映させるにしても限界がある。今の基準ではあれが限界なんだ。」


「確か自由枠の基準は、主力戦艦級のスペックを基に決定するんでしたね。」


「そのとおりだ。今選考中の主力戦艦級は、量産性と波動砲の性能にばかり目が行き過ぎて、艦の総合的なスペックは未だに地球外勢力に対抗しきれるものではない。ハイスペックな主力戦艦を大量生産して初めて、環太陽系防衛力整備計画はその趣旨を全うできるんだ。」


話の趣旨が大分読めてきた。

今の地球防衛艦隊は艦隊決戦に拘りすぎて、数と波動砲の性能に頼った戦略になっている。
しかし、地球外勢力と対等に渡り合うためには艦の総合性能と数を高いレベルに保たなければならないのだ。
そのためには、ヤマトの後継となり、しかも量産が可能な宇宙戦艦がなければならない。前長官と真田さんは俺達に、ダウングレード版ヤマトの設計を依頼しに来たということだ。


「なるほど、それで所長は俺を呼んだというわけですか。」


「ああ。お前は最近、ずーっとヤマトとにらめっこしてばかりだろう。お前なら、ヤマトの長所を活かしつつ量産化に向いた艦を思いつくんじゃないかと思ってな。」


なんてこった。そんなの、願ったり叶ったりじゃないか。


「上から決められた基準なんか知ったこっちゃねぇ。造船技師の良心のままにフネを造れるんだ、こんな面白いことはありゃしねぇだろう。そのかわりこれは俺達が勝手にやることだ、普段の仕事の外だから当然残業手当も出ねぇ。万が一失敗に終ったら、全て徒労に終わる可能性もある。それでもやるか?」


所長の言うとおり、リスクも高い。どんなにいいフネを造っても、今まで通り大国同士の対立に埋没する危険もある。いや、現状ではその可能性が高いだろう。
しかし、それでも。


「やりましょう、所長。真に地球を守るフネを造って、くだらない駆け引きを続ける世界をあっと言わせてやりましょう!」


こんな造船技師冥利に尽きる話、逃す訳ないじゃないか!



[24756] 始動編 第四話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/24 16:05
2206年6月10日 11時02分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所


ヤマトのダウングレード版――要するに、量産型ヤマトである――を造るには、いくつか条件がある。

一つ、ヤマトの特徴を受け継いでいること。
一つ、ヤマトの欠点を克服していること。
一つ、量産性に優れていること。できれば、主力戦艦級並の生産性が好ましい。
一つ、最新の装備に随時換装できる柔軟性に優れていること。
一つ、人的、コスト的リスクを可能な限り抑えること。かといって、機械に人間が振り回されることがあってはならない。

以上が、前長官、真田さん、局長との打ち合わせ(いつの間にか、「リキ屋会談」などという名前がついていた。勿論、命名は局長である。ヤルタ会談のパクリだろうか?)を3回行った末の大方針である。
特に最後の点については、俺と局長の「設計側」と、前長官と真田さんの「運用側」で意見が対立したところだ。
普通に考えれば、機械に任せたほうが物事の精度が高まるし、ヒューマンエラーも最小限に抑えられる。乗員の居住空間も小さくて済むし、空いた空間を他の用途にまわすことだってできる。
廊下を広くするも良し、緑化空間を設けるも良し、いっそ娯楽設備をつけたっていい。
乗組員の精神的安定を保つための工夫を凝らすことは、宇宙開発創成期からの永遠のテーマで、造艦技師ならば誰でも知っている常識だ。
リスクの軽減という観点からしても、当然行き着く考えである。
ところが、実際に宇宙戦艦に乗っていた真田さんに言わせると、「戦争は人がするもの」なのだそうだ。

「計器をずっと眺めているだけなどいうのは、戦争とは言わん。俺は戦艦を造りたいのであって、戦闘マシーンを造りたいのではない」

そう断言する真田さんの目には、意志だけではない何かが込められていた。

「そもそも、海上戦艦の時には最大3000人もの乗員がいたのを150人足らずで運用できるようになっているんだ、十分だろう。」

とは前長官の言。
結局、実際に使う側の意見を尊重することになったが・・・無人艦がいいとまでは言わないが、人口が激減した現状で戦艦という棺桶に入る人を増やすのはどうかと思うなぁ。

というわけで、6回目となった今回の打ち合わせは、前回決めた大方針の詳細を詰めることになった。これが決まったところで研究所の面々に公開し、本格的な設計に入るわけだ。
そして、相変わらず俺は質問小僧に徹していて、基本的には3人が話をまわしている。
例えば前長官が

「装甲は?」

と尋ねれば、

「海上戦艦大和の装甲と宇宙戦艦の標準的な装甲板を重ねて二重構造にしてある」

と所長が答える。

すると真田さんが

「量産型でそこまで手間とコストのかかる装甲はほぼ不可能だな・・・」

と分析する。大抵こんな感じである。
このときの真田さんの説明によると、宇宙戦艦ヤマトの装甲は他の宇宙戦艦にはない特殊な構造で、大和が元来持っていた装甲に、地球防衛軍が正式採用している軽金属を主とした合金の装甲を重ねた複合装甲になっているらしい。(俺もヤマトの修理の際に図面を見ているはずなのだが、覚えていなかった)
20世紀に戦艦が絶滅して以降、装甲に関する研究は鉄などの重金属からアルミニウムなどの軽金属を主体とした合金の装甲の開発にチェンジしていた。
軽くて丈夫な装甲は宇宙往還機の開発にも積極的に活用され、そのまま宇宙戦艦の装甲へと発展していく。
波動エンジンがもたらされる前のロケットエンジンでは、分厚い外装ではとてもじゃないが大気圏離脱はできなかったのだ。

そういった事情により従来の重金属を主体とした装甲は一層衰退した。現在でも技術こそあるものの、主力戦艦の全てを賄うほどの生産ラインは無い。
ヤマトの場合は元になった大和の装甲を流用し、シブヤン海に沈んでいた武蔵を引き揚げて解体し、修理用材にしているそうだ。
ちなみに、世界中に沈んでいた船の残骸はガミラス戦役の時に殆どが回収され、地下都市の建築用材などに姿を変えてしまったようだ。ヤマトのように宇宙戦艦の素材として再利用可能なものはほぼゼロだとのことだ。
一方、宇宙に眼を向ければ太陽系惑星からの採掘は勿論のこと、3度の宇宙戦争で破棄された彼我の宇宙戦闘艦から手っ取り早く大量に軽金属が取れる。当分の間は軽金属による装甲は主流でありつづけるのだろう。

閑話休題。

さすがに話が機密に触れる可能性が出てきたので、今回の打ち合わせは研究所内の一室を貸し切って行っている。
資料が必要ならすぐ取りに戻れるし便利といえば便利なのだが、非公式とはいえ藤堂平九郎前地球防衛軍司令官と地球防衛軍技術局長真田志郎が来ているのだ、職員の動揺っぷりったらない。
そして当然ながら、同僚からは何故俺がこの場に呼ばれているのか訝しがられている。すまん、もうすぐ話せる日が来るから勘弁してくれ。
というわけで今回も、最初は話が進み、そしてどんどん脱線していったのだが・・・。


「そういえば、対艦戦闘能力に関していえば差は無いんだったな・・・」


前長官の呟きが、気まずい雰囲気の部屋に響く。


「そりゃ、ヤマトの衝撃砲を改良したのが採用されてますからね・・・」


「ミサイルも統一規格品だし、違いといえば搭載数と発射管の数くらいか。」


真田さんも諦めたような口調で言葉を漏らした。


「まぁ六方向全てに発射管があるのは特徴といえば特徴だが、さすがにそれだけというのもなぁ。」


背伸びをして背もたれをギシリと軋ませながら、ため息交じりに所長。


「波動砲についてはどうなんですか、真田さん。」


「経験で言うと、対要塞戦という点では収束砲のほうが効果は高いが、散開している敵艦隊に対しては拡散波動砲による面制圧のほうが効率的だろう。子弾は一発ごとの威力こそ及ばないが戦闘不能にするには十分な性能を持っているからな。」


「・・・当たればだがな。」


「ディンギル艦隊との決戦のときの事ですか?」


「そうだ。中央作戦室の大型モニターで見てたんだが、あれには見ていた全員が唖然としたものだ。」


そう言ったきり、沈黙が場を支配する。
11時半現在、ここにきて話は行き詰っている。
ヤマトの特徴を挙げるのに、主力戦艦との比較をしていこうという話の流れになったのだが、
いざ違いを挙げるといっても、意外と出てこない。
対艦攻撃力の議題に至っては、ヤマトの方が劣っているとまで言い出す始末である。

不思議なことだが、ヤマトは敵艦隊をいくつも破った実績を持ちながら、対艦攻撃力そのものについては特に優れている点はない。
むしろ、修理・改装のたびに最新の装備に換装しなければならないほど、ヤマトは遅れていたのである。

地球防衛軍の建艦思想は、根本的には敵艦隊の撃滅を至上目的としたものである。
したがって対艦攻撃力の向上には力を入れていて、衝撃砲の威力や射程の伸長、波動砲の性能向上などは最優先で研究されていた。(拡散波動砲や拡大波動砲がいち早く実戦配備されたのも、まさにそのおかげである。)
要するに、ヤマトの功績は主砲の威力以外に依るということになるのだ。


「威力以外ということなら、命中率のほうはどうだ?集弾率や発射速度からは何か言えないか?どうなんだ真田君、飯沼君。」


「命中率についてはなんとも言えません。ヤマトの射撃指揮装置は性能としては主力戦艦と同等ですが、こちらには南部という天才がいましたから。」


「衝撃砲の発射速度はエネルギーの回復速度に反比例して短くなるのは確かだが、それほど大きく変わるわけじゃない。アンドロメダ、アンドロメダⅡ級はヤマトより優秀なエンジンを持っていたが、速射性に決定的な差があるとまではいえないな。」


二人の見解に俺も補足する。


「映像を見る限りガミラスや白色彗星帝国の艦ともそれほど違いはありませんから、速射性能の違いが決定的な差ではないと思います。」


「集弾率は?」


「これも単純な比較はできないですね。藤堂さんは知っていると思いますが、衝撃砲というのは実体弾と同じで発射した際に隣接する弾――この場合は衝撃波ですが、それの影響を受けて弾道が変化します。特に収束率の悪い初期の砲だと衝撃波が一本に合流してしまう例もありましたし、射撃統制戦を行う場合、どうしても互いに干渉しあって微妙に弾道が狂ってしまうんです。その点ヤマトは単艦行動でしたから、衝撃波が合流してしまう事は別として、他艦の干渉を受けないので散布界はそれほど悪くないんですよ。」


「ビデオを見ての印象論ですが、射撃統制戦でも距離や陣形によって命中率が変わるような気がします。ソリッド隊形や波動砲戦隊形のような密集した陣形よりも、単縦陣やウィング隊形のような隊列の方が弾道のズレが少ないですね。前者の例が彗星都市本体への砲撃戦、後者の例がその前に起きた土星決戦の際に土方司令が敵艦隊に罠をかけた後の掃討戦です。」


「それでは、対艦攻撃力については変更なしだな。」


これ以上は議論が深まらない、とばかりに3人とも頷いた。


「それでは、次は対空攻撃力か。」

「これは言うまでもないだろう。ヤマトの対空攻撃力は、大和の伝統を受け継いでハリネズミの装備だ。というより他の戦艦が少な過ぎなんだ。いくら空襲で撃沈された先例が無いからと言って、あそこまで少ないのは異常だろう。」


「ガミラスは航空機の運用に優れた国でした。デスラー戦法のような、至近距離からの多方向同時攻撃は、とてもじゃないがミサイルだけでは対応しきれません。今の主力戦艦級では到底実戦には耐えられない。」


「私も御二人と同意見です、前長官。土星決戦の折、航空機の脅威を正しく認識していたからこそ、土方司令はヤマトと宇宙空母に機動部隊への奇襲を命じたのではないでしょうか。」


その通りだ篠田、と真田さんは同意する。


「ただし藤堂さん。篠田の意見に付け加えるなら、ヤマトを含め地球の船のパルスレーザーは射角が水平以上と限定されており、下方からの攻撃には非常に脆弱です。過去にはデスラーに下部艦載機発進口を狙い撃ちされたこともありますから。」

真田さんの言っている事が、俺にはすぐにピンときた。
ヤマトがテレザート星から地球に帰還する直前、デスラー艦隊に包囲されて止む無く白兵戦を挑んだ時のことであろう。


「というより、ヤマトに限らず殆どのフネの下部には火器がミサイル発射管しか無いですね。やはりこれは水上船時代の名残ですか?」


「あと、宇宙開発初期の宇宙往還機が大気圏突入を想定して底面を平らにして耐熱タイルを張り巡らせていた名残だな。今でもパルスレーザーの防盾の脆弱な装甲では露出したままではさすがに大気圏の摩擦熱と衝撃波には耐えきれない。主砲塔は耐えられるんだがな。」

「それでは、ヤマトはどうやって下方からの敵に対処したのかね?」

「沖田艦長のときはロールをしたり敵の下に潜り込んだりして、常に敵に腹側を見せないように操艦するよう指示したんです。ただ、このやり方は目まぐるしく上下が入れ替わりますので、ひとりふたりの飛行機ならともかく、100人以上乗り込んでいる戦艦でやることじゃないです。古代や南部が非常にやりにくそうにしていました。古代が艦長代理をしていたときは、早期発見を徹底させることでこちらに有利な体勢で戦闘を始めるようにしていたように思います。ただ、それでもデスラー戦法に手の打ちようがありません。やはり、対空砲火に死角を作らない事が一番です。」


ガミラス戦役の際は、レーダーの性能が今より悪かった事、敵が幾重にも罠を張って待ち受けていた事等の理由から、その場その場での対処しかできなかったが、白色彗星帝国戦の前に施した改装の御蔭で、ブラックタイガー隊を発進させて二重三重の防空圏を形成することが出来たというわけだ。


「飯沼、なんとかならんか?」


前長官は、5つの星系国家との戦いを通して急速に発達した現在なら船体下部にも設置できるのではないか、と言外に問うた。


「うーん、現状では無理だな・・・。他の星の技術を組み合わせれば或いは何とかなるかも知れんが、やつらの技術はまだ解析途中のものが数多い。それは今後の課題にしよう、今すぐは考えが浮かばん。」


「解析は科学局で進めています。成果は随時公開していきますが、私も使える技術が見つかったらすぐに飯沼さんに伝えることにしましょう。」


「その件は真田君に任せよう。・・・お、もうこんな時間か。そろそろ昼食の時間だな。」


藤堂前長官は俺らを見渡すと、懐からメモ帳を取りだした。一番最後のページを捲り、何やら書き込んでいく。


「ヤマトの特徴についてのまとめだが・・・。今までの話を要約すると、現在の主力戦艦と比べた場合、対艦攻撃力は同等、波動砲は向こうの方が面制圧に効果的、勝っているのは対空攻撃力と装甲に優れている点しか違いがないのだが、それでいいのか?」


「いえ、前長官。もうひとつあります。」


話を纏めようとする前長官を遮った。


「ヤマトの大きな特徴・・・それは、航空機運用能力です。」




あとがき

今回から、それぞれの話でのオリ設定、特に本文中に詳しく述べていないものを記していこうと思います。
まずは遡って第一話から。

・地球連邦が国連の発展形となっている。従って、洲という新たな枠組みこそあるものの「国」が残っており、当然ながら国同士の対立や駆け引きが残っています。
・宇宙空母も砲雷撃戦に参加している。
・ガトランティス軍機動部隊がCAPを出していた。対空要撃用の戦闘機と対艦迎撃用の攻撃機が空中待機していたという設定。
・基本、名古屋で話が進む。それに伴う名古屋に関するいろんなオリ設定アリ
・国立宇宙技術研究所とその役職やら職員やら。
・藤堂平九郎引退。でも精力的に活動してます。

第二話

・環太陽系防衛力整備計画。作品によって主力戦艦級のデザインが違うのはこの所為ではないかと。
・「主力戦艦」「アンドロメダ」の名は称号(弩級、超弩級みたいな)になりました。ただしⅡの真名は「しゅんらん」ではありません。

第三話

・コスモタイガーは、ゼロ戦にかけて日本製ということにしました。
・主力戦艦、アリゾナ級に関する建艦思想について。外見を見ればお分かりいただけるかと。

第四話

・戦艦の装甲について。ヤマトが二重構造なのは一応意味があります。
・ヤマトは下部にもミサイル発射管があることにしました。PS2版からの一部引用です。
・衝撃砲に関する考察全般。
・パルスレーザーの配置に関する考察。



[24756] 始動編 第五話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/24 16:15
2206年6月10日 11時52分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所


「宇宙空母も戦闘機と雷撃機を搭載していたが。」


「アンドロメダ級も代々飛行機を搭載していますね。」


「いまどき駆逐艦だって輸送船だって搭載しているぞ。そんなことも宇宙戦士訓練学校で習わなかったのか、篠田。クビにするぞ。」


姉さん、大事なことを言ったはずなのに上司3人に総突っ込みされています。
勿体ぶった言い回しをしたのが原因でしょうか。それとも2回言わなかったからでしょうか。


「前長官殿はともかく、真田さんと所長はからかってますよね?」


「俺は藤堂さんに合わせただけだが。」


「偉そうなこと言いやがるからだ。何を調子乗ってるんだお前。」


「いやいやいや、本当ですって!本当に艦載機の存在が重要なんですよ。戦艦の打撃力と艦載機の柔軟性が大事なんです。」


「しかし篠田、戦艦と空母のハイブリットは衛星基地が回復して環太陽系防衛圏が復興されるまでの繋ぎの策だったものだぞ。現在の防衛軍のドクトリンでは、宙域の防衛には空母機動部隊ではなく、基地航空隊と防衛艦隊の連携を前提としているんだ。」


たしかに地球防衛軍では、ガミラス戦役の当時から伝統的に航空隊と防衛艦隊は所属を異としている。
これは地球防衛軍が各国の陸海空軍を統合して誕生しており、従って防衛軍の航空隊は空軍、艦隊は海軍の伝統を受け継いでいるからである。
要するに、海軍と空軍の仲の悪さがそのまんま残っているというわけだ。
ちなみに対ガトランティス戦の際に参戦していた5隻の宇宙空母は、地球防衛軍結成前から空母を建造・運用していた米、英、仏、露が建造して運用していたものである。つまり、海上空母の運用システムを丸ごと宇宙に上げたというわけだ。
その後の戦争も生き延びた幸運艦3隻は現在、艦載機運用能力の向上のためにアングルド・デッキを設置する改装工事を行っている。


「確かにそうです、前長官。しかし、ヤマトは実際に多大な戦果をあげています。」


「確かに中隊規模の航空機を運用できるのはヤマトの大きな特徴だし、過去にヤマトと艦載機隊の連携が大きな戦果をあげたのも事実だ。しかし、それはヤマトという特殊な船が単艦行動という特殊な行動を取っていたからこそ役に立ったんだ。艦隊を組む上でわざわざ航空戦艦を大量生産する必要性はない。艦載機隊を作るにしても、戦艦打撃部隊と空母機動部隊を別個に編成したほうが、運用効率もいいし作戦の幅は広がる。」


「真田の言うとおりだ。篠田、お前ヤマトの映像を見過ぎてあれを全ての基準にしちまっているだろう。」


3人が口々に、宇宙戦艦が艦載機隊を持つ事を否定してくる。
それにしても、真田さんが反対意見を言ってくるとは意外だった。真田さんならヤマトに乗っていたから分かってくれると思っていたのだが、一般的な戦術論で反論してくるとは思わなかった。
しかし、こちらだって言い分はある。


「地球防衛艦隊は緊急時に招集されるもので、普段は小艦隊で太陽系外周の警備や海賊の取り締まりに当たっていますよね。土星基地のような軍港と飛行場を備えた大規模駐屯地ならともかく、第11番惑星の軌道上のような、基地からの援軍が来るには遠く離れた場所では、ヤマトのような多機能艦の方が良いではないでしょうか。」


「それにしても、空母を1隻つければ十分だ。わざわざ戦艦とニコイチする必要があるとまでは言えんな。」


前長官、そもそも地球防衛軍にまともな正規空母がいた試しが無いのです。
そもそも、まともな艦載機パイロットがいないのですから。
・・・まぁそんなことを言ったら、ヤマトの艦載機は空母を持ったこともない日本が曲芸めいた離着艦をしているのですがね。
あれはレーザー誘導と人工重力と空気抵抗がある艦内格納庫だからこその技で、飛行甲板とはまた別次元なのだ。

「外周艦隊は、ワープアウトしてきた敵勢力と出会い頭に接触する可能性が高いものでしょう。もし外周艦隊が敵艦隊と遭遇したとき、空母は航空機を吐き出しながら単艦で尻尾を巻いて逃げるのですか?駆逐艦を随伴に付ければそれだけ戦力ダウンになります。どちらにせよ撃沈されるのが早いか遅いかの違いでしかありません。ならいっそ、空母も艦隊戦に参加した方がマシでしょう。そのためには、空母も戦艦並みの対艦攻撃力を持っているべきです。」


「だから、戦艦に艦載機隊をつけるべきだと?」


「ええ、真田さん。少なくとも、外周警備の任務にあたる艦隊はそうあるべきではないかと。」


「篠田ぁ、航空戦艦が実用的でないことは、俺らの御先祖様が既に証明してしまっているんだぞ。宇宙空母は設計期間の短縮のためにああいう形になったが、わざわざ設計して新造するのはアホらしいだろ。」


所長が言っているのは、20世紀の日本が保有していた航空戦艦伊勢・日向の事だ。
ミッドウェー海戦で正規空母4隻を失った日本は、航空戦力を補完するために在来の艦船を空母に改装する案が企画された。
丁度第5砲塔が爆発事故を起こしていた日向と姉妹艦の伊勢が抜擢され、後部艦橋以降を飛行甲板に改装した、海軍史上最初で最後の航空戦艦が誕生したのだった。
実際には伊勢・日向は航空機を搭載した状態に実戦に参加した事は無かったので、航空戦艦が真実のところ役に立つのか立たないのかは、証明できていない。
ただ、戦後に繰り広げられた議論では、航空戦艦は戦艦と空母、双方の長所を打ち消す存在であるだろうというのが大勢であった。
戦艦として扱うには航空燃料のタンクや艦載機用弾火薬庫に着弾した場合非常に危険であり、空母として運用するには射撃統制用の上部構造物や主砲が発着艦を困難にするというのだ。
ただ、空母と戦艦の両方を運用する能力がない国の場合は、用途を限定すれば有効に活用できるという説もある。


「いえ、所長。確かに地球では航空戦艦は否定的な評価が主流ですが、他の星ではそうでもありませんよ。ガミラスは多段層空母と戦闘空母の両方を所有していましたし、ガルマン・ガミラスになってからは更に発展・量産していました。暗黒星団帝国にもボラー連邦にも戦闘空母と同じ機能を持った船があります。」


「確かに、デスラーは過去に戦闘空母を乗艦にしていた事があったな・・・。そう考えると、本格的な空母を持っていない地球の方が遅れているのか?」


真田さんはそういって眉間に皺を寄せる。地球で否定されている考えが他の星では採用されていることに戸惑っているようだった。
前長官も所長も、腕を組んで瞼を閉じ、思考を巡らせている。


「しかしな、篠田。極端な言い方をすれば、空母というのは侵略兵器だ。他星系へ進出する意図がない地球人が持つと、挑発行為と受け取られかねないんじゃないか?」


「それは相手の受け取り方次第だから分かりませんが、地球と違って星間国家の間では空母は一般的な存在のようですし、むしろ先進国として対等に見られるようになるんじゃないですか?」


「・・・どう思う、真田君。」


「空母を建造したくらいでは、相手方が態度を改めるという事は無いでしょう。遊星爆弾や要塞ゴルバのような戦略兵器を造らない限り、抑止力にはなりません。ただ、飯沼さんが仰るような空母=侵略兵器というのも大分昔の考えですね。」


所長は苦々しい顔をして「悪かったな、昔の人間でよ」とひとりごちると、眉をひそめたままそっぽを向いてしまった。

再び、沈黙が場を支配する。

規則的な音を立てる壁掛け時計の短針は既にてっぺんを越え、背後のドアの外には昼食に出掛ける職員の声が溢れている。
空気の悪さに耐えられず視線をさまよわせると、正面の壁にかかっている一枚の油絵に目が止まった。
ガミラス戦役前の名古屋の夕景を描いたものと思われるその絵は、今の景色と殆ど変わらぬ、しかしアートナイフ独特の擦れたタッチは何か記憶の中の景色と似た儚さを思わせる。

俺が地下に潜る前に最後に見たのも、この絵のような真っ赤な夕焼け空だった。


――当時小学校4年生だった2194年、住んでいた東京が遊星爆弾の着弾を受けた。
日も暮れようという時間に、南西の空から禍々しい火の玉が落ちてきたのだ。
軌道上防衛システムも監視システムも半壊し、遊星爆弾を防ぐ術も事前に探知する術も失って世界規模で放射線汚染が進むなか、日本にはまだ遊星爆弾が着弾しておらず初めての東京着弾に民衆はパニックに陥る。
黄昏時の空に一際明るく光る金星の如く、大気圏を突き破って赤く発熱した遊星爆弾はオレンジ色の夕焼けすら霞むほどの強烈な輝きをみせる。
響くサイレン。あちこちから湧き上がる怒号と悲鳴。
有楽町に来ていたうちの家族も、建設半ばの地下都市へ避難する最中に人込みに揉まれてバラバラにはぐれてしまった。
地上から轟々と流れ込んでくる人波に留まる事も転ぶことすらも叶わず、地につかない足をばたつかせながら地下へ地下へと押しやられていく。多分、あの時俺は窒息して気絶していたと思う。
気づいたときには、地下都市内の病院にいた。大きくなってから分かった事だが、3000ミリシーベルトもの強力な放射線を浴び、集中治療室に収容されて放射性物質で汚染された全身の洗浄、抗生剤の投与と成分輸血を受けていたのだそうだ。
集中治療室での1年に渡る治療の間、両親も姉も見舞いには来なかった。来たのは、地下街で倒れていた放射性物質まみれの俺を病院まで運んでくれたという見知らぬ女性と、その娘である俺のひとつ下にあたる女の子だけだった。
おそらくは、父さんも母さんも3つ上の姉さんも、避難路へなだれ込む人込みの中で何らかの原因で死んだのだろう。実際、あれ以来篠田の性を名乗るのは俺だけになってしまった。

だからだろうか。家族が揃っていた最後の瞬間の情景、沈む夕陽に染まる高層ビル群を見る度に思い出してしまう。
今や家族がいない時間の方が長くなってしまったというのに、あのときから全く成長できていない。


「仕方ない、戦艦にするか航空戦艦にするかの決断は先送りすることにする。今はまだ大方針を策定する段階だ、今後もっと細かく検討していけば自ずと決まるだろう。それでいいな、3人とも。」


過去の古傷が疼いている間に、だいぶ時間が経ってしまったようだ。藤堂前長官が改めて話を締めにかかったので、とりあえず頷いた。航空戦艦は俺の持論ではあるが、一番下っ端の立場ゆえ、これ以上のごり押しはできない。戦艦と航空機の連携の重要さを認識してもらっただけでも儲けものと考えておこう。


「私は今日の打合せを基に、日本政府に正式な陳情書を提出する。この話は総理も既に了承済みだから、2ヶ月もすればここに正式な命令書が来るだろう。本当に忙しくなるのはこれからだ。頼むぞ、諸君。」


「さぁて、飯にするか」と言いながら所長が立ち上がり、ゆっくりと背伸びをする。真田さんも同様だ。手元のメモを片付けていると藤堂前長官が「篠田君」と話しかけてきた。
とりあえず、頭を下げて謝罪しておく。


「前長官、先程は立場も弁えず生意気を言ってしまいました。申し訳ありません。」


「構わないぞ、篠田君。君には意見を言ってもらうために来てもらっているんだ、むしろこれからもどんどん言ってくれたまえ。それで、先程の航空戦艦の件なんだがな。」


藤堂前長官が正面に立ち、まっすぐ俺を見てくる。一番難色を示していたからな、もしかしたら怒られるか?


「今のままでは判断するには情報が足りない。そこで、20世紀から今までの航空戦艦について調べて来て、今度また打合せするときに報告してくれんか?それを基に、今度は研究所全体での議論をやろう。そうすれば、きっといい結果になる。」


「それは構わないのですが・・・ただでさえ越権行為なのに、これ以上やったら資料室の連中に怒られませんか?あまり一技官があれこれやると・・・。」


「なに、かまわんさ。地球が落ち着いてまだ3年しか経っていないんだ、資料室はまだガミラス戦役の資料とにらめっこしていて他のことに構ってられないのだよ。その証拠に、ガトランティス戦役の映像資料だって飯沼君を通したらあっさり出てきただろう?まだ機密レベルの再指定が全く進んでいないから、逆に民間人でない限り比較的自由に入手できる。つまり、彼らの邪魔にならなければ何をやっても問題ないということだ。」


戦後の混乱という奴だよ、というと、藤堂前長官はネクタイを軽く緩めた。眉間に寄っていたしわが緩み、眉が柔らかくなる。


「この計画は、造船技師の君達が真に造りたいものを徹底的にやってくれたまえ。勿論、それがそのまま地球防衛軍に採用されるとは限らないが、少なくとも何かしらの財産になって将来の為の試金石になることは間違いない。そのためには労を惜しむな。時間を惜しむな。研究を惜しむな。・・・今しかできないことだ、頑張りたまえ若者よ。」


ポンポン、と俺の肩を叩くと、藤堂前長官は出口へ向かう。
・・・大人の余裕を見せつけられたような気がした。



あとがき

今回のオリ設定
*地球防衛軍の海空軍の仲の悪さ
*宇宙空母についての設定。改装中なのは、PS2版の戦闘空母を登場させたかっただけです。
*ヤマト艦載機の着艦方法について
*外周艦隊について。旧日本海軍の連合艦隊をイメージしていただければ分かり易いかと。
*篠田恭介の過去について。放射線被害に対する治療については、22世紀脅威の医療科学力ということにしといてください。



[24756] 始動編 第六話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/24 16:22
2206年6月29日  08時45分 アジア洲日本国神奈川県内 藤堂家邸宅

side 藤堂平九郎

地球防衛軍司令長官を勇退してからは多忙ゆえの不規則な生活も改まり、6時間睡眠を維持できている。
今朝も昨日の疲れを残さず、すっきりと目覚めることが出来た。
今日は、2週間ぶりの休日だった。

早々に身支度を整え、妻が作ってくれた朝食を食べる。
今日は合成モノの鯵の干物に群馬から取り寄せた天然モノのキュウリの漬物、豆腐の味噌汁。
これでもまだ裕福な方で、一般家庭にはまだまだ自然栽培の野菜は届かない。
名古屋の居酒屋で食べた鯖の味噌煮が懐かしく思う。
食後に新聞とテレビで最新の情報をチェックすると、襖を開けて書斎に入った。

退役後に建てた純和風のこの家は、復興が進み超高層ビルが乱立する横浜駅周辺から車で20分の位置にある。
戦乱前にも増して人口が集中する都市部に反比例して、郊外は住宅街どころか空き地が目立つ。
おかげで、超近代化が進む都会の波に巻き込まれずに、自分の好みを反映させた邸宅を拵える事が出来た。
書斎には木製風のデスクに一台のデスクトップパソコン。デスクの上には大量の書類がうず高く積まれており、その左右に設けた棚には多種多様の書籍とストックしたファイルが所狭しと敷き詰められている。

デスクの前のチェアに腰かけると、頭の中は仕事の事に切り替わる。
今朝の新聞の社会面には、懸案だった第三次整備計画の結末が載っていた。
私のところにはいち早くメールで知らされていたのだが、予想通り主力戦艦が中国、アンドロメダⅢがオーストラリアの案が採用となった。
ただし、中国案には構造上の欠陥や設計ミスがいくつも見受けられたため、最終的に設計が完了するにはまだまだ時間がかかるようだ。

普通に考えれば、欠陥やらミスがこれほど多い設計図などティッシュ代わりにもならないと思う。
それを採用するということは・・・、何かしらの政治が行われたという事なのだろう。
新聞に載っていた、両戦艦の完成予想CGを思い出す。
中国の船はやはりというべきか、従来の主力戦艦に採用されていた船形船体の特徴を残しつつも、随所に旧東側陣営の設計思想を感じさせる。
アンドロメダⅢ級も元英連邦であるだけあって、アンドロメダ級の特徴こそあるもののイギリスのアークロイヤル級戦艦にどことなく雰囲気が似ている。
これひとつ見ても、地球連邦の実態が垣間見えるというものだ。

ため息交じりにチェアに深く身を沈めると、ひじ掛けに肘を置いたまま両手を組み、瞼を閉じて黙考する。
次に頭に浮かぶのは、今月上旬の事。
名古屋に出向いて、造船側の人間と技術局の人間を交えての話し合いをした際に浮かびあがった、宇宙戦艦ヤマトの特徴、そして欠点。
いざ真剣に考えてみると、意外にもヤマトは他の船とあまり変わりない――異様に対空攻撃力と装甲が優れているという点はあるが――普通の宇宙戦艦だった。
同型艦がいないため艦隊編成の際には扱いに困り、太陽系外周艦隊の旗艦の身に甘んじていたフネ。
調査船として単身太陽系の外に飛ばされることが多かったフネ。
ガミラス、暗黒星団帝国、ディンギル帝国といった強大な星間国家を単艦で滅ぼした、史上最強にして宇宙に名を轟かせる武勲艦。
使い勝手の悪さと反比例する大戦果は、ヤマトに常に付いて回る、大きな疑問点だ。

普段持ち歩いている鞄を取り、メモ帳を開く。
開くのは最後のページ、話し合いを書き纏めた箇条書き。
わずか4年の命ながら地球防衛軍史上最も過酷な戦場を駆け抜けたヤマトは戦闘詳報が豊富で、映像と戦闘詳報を照らし合わせれば、素人でもそれなりに長所と欠点と言うものは見えてくる。
篠田君の場合、ある程度あたりをつけて資料を借り受けていたようで、資料室の連中のように全ての航海日誌を一日ごとに全て検証したわけではないらしい。
それゆえ少々正確さには欠けるが、今の段階では印象論で話を進めても問題は無いだろう。
映像を見た篠田君、艦の設計に携わった飯沼、かつての乗組員だった真田君の議論の中では、以下のような論点が挙がっている。

まず、火器の配置が大和のそれを踏襲している所為で、三次元戦闘に不向きになっている。
対空パルスレーザー群は両舷上部にあるため、前後および艦底部全般からの空襲には弱い。
重装甲と操艦次第で欠点は克服できるが、艦隊運動を前提とした艦隊戦では土台無理な話である。

次に、第三艦橋が貧弱過ぎる。
ミサイルの直撃にも耐える強度を持つ上部艦橋に比べ、艦底にぶら下がるように設置されている第三艦橋は過去幾度と無く破壊、或いは脱落している。
壊れやすい事自体は、他の部分と異なり宇宙戦艦への改装に伴い新造された部分で大和の装甲を使っていない事が理由なのだが、そもそも艦底部を敵の攻撃が擦過していったり、酸性の海に沈んだりと、第三艦橋は何かと「運が無い」。
その割には艦橋として使われた事はあまりなく、真田君の話では専らレーダー類を使っての下方警戒に使われていたそうだ。
飯沼は無くても困らないんじゃないかと言っていたが・・・こればかりは長らく前線を退いた私にはわからない。現場の意見を尊重しよう。

艦載機発進口についても、「離着艦の方法が危険すぎるのではないか」と篠田君から疑問が出た。
艦底部の狭いハッチに頭から突っ込んでいく方法は、どう考えても危険すぎるとのことだ。
とはいえ飯沼が言うには、ヤマトが艦尾低部に艦載機関係の設備を配置したのには、やむを得ない訳があったという。そこしか、スペースが無かったのだ。
宇宙空母の場合、艦載機は後部飛行甲板から発進する。
しかし、ヤマトには第三主砲があるため後部にそれだけのスペースをとれない。
そこで、波動エンジンの下に空いた、かつては操舵室があった部分を拡張し、艦載機格納庫とハッチを設けたのだ。
純粋に戦艦を建造するなら、究極的には艦載機は必要ない。現に、第二・第三世代の主力戦艦は艦載機運営用の大型艦載機発進用ハッチを設置していない。
篠田君の言いたいことも分かるが、それなら「対艦攻撃能力も持つ空母」であるべきで、「艦載機運用能力を持つ戦艦」である必然は無いだろう。

ペラリとページを捲る。

ページの頭に書かれているのは、煙突ミサイルの是非についてだった。
煙突型VLSそのものについては、2201年段階で既に時代遅れとされている。
宇宙空間におけるミサイルの機動性が向上したため、艦側面のVLSと艦橋前方のミサイル発射機で十分全周囲を網羅できるようになったのだ。
とはいえヤマトは一斉投射量を確保するために、また時間的余裕の無さからも撤去されずに残り続けた。
前回の話し合いの場では、上方への発射管の確保という点では異論をはさむ者はいなかった。
議題は駆動装置の発射機にするかVLSにするか、VLSにするなら煙突型にするのか他の形にするか、だったのである。

次にメモされているのは、戦艦の顔である艦橋構造物の問題。
例のごとく、ヤマトの艦橋構造物は大和を参考に造られている。
他の軍艦よりも巨大に作られているそれは、古の城の天守閣の如く。艦長室下部から左右に張り出したコスモレーダーは簪の如し。
それは後の第二世代型主力戦艦やパトロール艦にも継承されている。
対して、アンドロメダⅠ~Ⅲ級は第一艦橋上部に巨大なフェイズド・アレイ・コスモレーダーを装備している。
構造物もシンプルな外見で、洗練された現代的なデザインである。
こうしたデザインの違いは設計した国の御国柄も大いに関係しているが、設計に際して量産性を重視したという事情でもある。
ヤマトは第一・第二艦橋、さらには艦長室までをひとつの構造物内にまとめて配置しているため、艦橋の司令塔としての機能は非常に高いものとなっている。
その反面、その体積――裏を返せば被弾面積ということでもある――は他艦よりも圧倒的に大きい。
他方、アンドロメダはその多くをコンピュータに任せている事により第一艦橋しかなく、結果として背が低くなっている。
第2世代以降は再び有人化の流れに傾きつつあるようだが、それでもヤマトほど立派な高楼はない。
さすがにヤマトのそれを丸々継承する事は非現実的だが、ではどのような艦橋を設計するのか。これもまた、設計側と現場の意見をすり合わせる必要があるだろう。

最後に書かれているのは、船体そのものの形状について。
これは欠点ではないが、着水した際には水上艦の形をしたヤマトの方が水上航行能力に優れている、というものだ。
とはいえ、宇宙での運用を前提としている宇宙戦艦が水上航行能力を考慮する必要は殆ど無いので、模倣する必要のない特徴であると言える。

4人の議論で、これだけ多くの欠点や修正点が出た。細かい問題点はまだまだ挙がるのだろうが、。
あとは、研究所の優秀な職員達が設計図とにらめっこをするだけである。


「・・・まだ、足りないか。」


一度は満足するものの、思いなおす。
我々が考える第四世代型宇宙戦艦は、ヤマトの戦訓を余すことなく反映できるように設計技師に便宜を図ったフネを目指している。
しかし、ヤマトの戦訓といっても技術班班長兼副艦長と直接戦闘に参加した事のない前地球防衛軍司令長官、それに造船技官2人の4人が考えただけではやはり不完全なのだ。
真田君には悪いが、せめてもう一人か二人、実際に乗艦していた人の意見が欲しい。

机の脚元にある引き出しを開け、一冊のファイルを取りだした。
地球防衛軍日本支部(旧陸海空自衛隊)の職員・隊員名簿から、ヤマトの元乗組員のページだけをバインダーにファイルしなおしたものだ。
バインダーから特定のページだけを抜き取り、机の上に並べる。主に第一艦橋で勤務していた戦士達だ。

艦長代理、ヤマト沈没時には戦闘班班長だった古代進と生活班班長の森雪の夫妻は、雪の懐妊を機に第一線を退いた。
雪は子育ての真っ最中、進は宇宙戦士訓練学校の高等課程で総合演習を専門とした講師を勤めている。
卒業試験を兼ねる総合演習を監督するだけあってその訓練は苛烈で、訓練生が卒業する前に過労で倒れてしまうのではないかと注意を受けるほどだという。

戦闘班副班長の南部康雄は退役し、実家の南部重工に入社した。
激戦を通して熱血漢に成長していった彼にはデスクワーク漬けの日々は相に合わないらしく、たまに射撃実験場でコスモガンを撃ってストレス発散をしているらしい。
航海班副班長の太田健二郎は宇宙戦士訓練学校に入り直し、宇宙船操縦士の資格を取得。
現在は木星防衛艦隊所属、第12水雷戦隊旗艦宇宙巡洋艦『あさま』の航海班班長として操縦席に座っている。
ちなみに『あさま』は『キーロフ』級宇宙巡洋艦の第12番艦にして日本で建造された4隻の『キーロフ』級の一番艦で、第一世代の主力戦艦に近い大きさと火力を持っている。昔ならば「巡洋戦艦」と呼ばれているであろう船である。
機関長の山崎奨は一年間の長期休暇の後、日本で造られたアンドロメダⅡ級戦艦『しゅんらん』の機関長に転属となった。
かつて徳川太助にしたように、機關班の後輩を厳しく扱いている。
その徳川太助は、第二世代型駆逐艦『あさかぜ』の機関員に転任した。
『あさかぜ』は『しゅんらん』とともに第7艦隊に配属され、太陽系外周で敵対的勢力の監視と宇宙海賊の取り締まりの任務に従事している。
通信班班長の相原義一は、ふたたび防衛軍司令本部の下部組織である情報本部電波部に配属された。
孫娘で秘書の晶子との交際もどうやら順調らしく、同じ横浜勤務という事で頻繁に会っているようだ。


「・・・よし、この人物しかなかろう。」


そう呟いて懐から携帯電話を取り出し、目当ての人物のファイルに記されている電話番号を入力した。



忘れていたあとがき

拙作を読んでくださっている皆様
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
さて、年末から放置していた第六話ですが、ようやく投稿できました。
投稿が遅れた原因は、年末年始ということもありますが、非常に難産だったという事情もあります。ちなみに、投稿はしたものの皆様に満足いただける話になっているかどうか・・・ビクビクしております。
今回は初のモノローグ、会話一切無しの考察シーンに挑戦しました。藤堂前長官には、考察の体でいろいろな設定などを語る役になっていただきました。
次回は再び篠田恭介視点です。彼のプライベート、過去に少し触れていきます。

今回のオリ設定

*2206年時点の食糧事情。
*藤堂前長官の自宅についての諸設定。
*第三次整備計画の主力戦艦、アンドロメダⅢ級について
*ヤマトの問題点・欠点など。
*ヤマト元乗組員の現在についての設定。
*キーロフ級巡洋艦『あさま』、アンドロメダⅡ級戦艦『しゅんらん』について。
『あさま』の名を選んだのは、横山信義『巡洋戦艦浅間』シリーズにかけてます。当然、残りの三隻の名前は『あまぎ』『あづま』『あそ』です。アンドロメダⅡ級のデザインはPS2版の『しゅんらん』そのまんま。設計はイギリス、真名は『ヴァンガード』です。
*相原と藤堂晶子は交際していることにしました。



[24756] 始動編 第七話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/24 16:35
2206年 7月25日 10時30分 アジア洲日本国 神奈川県某所


小さい時分の記憶では、小学校なら20日頃から夏休みが始まっていたと思う。
かつての大学がどうだったかは知らないが、今では7月の第2週までに試験が終わって、今はもう夏休みなのだそうだ。
なんでも、まだ太陽の異常状態が完全に回復したわけではなく、完全に安定するまでは暑い年、寒い年が数年から数十年のサイクルで繰り返す可能性があるのだとか。
それに合わせて、大学の休暇も伸び縮みするらしい。
今年の夏はまだ小康状態だが、来年は猛暑に見舞われる可能性が高いという。
・・・大海が干上がるほどの異常気象を経験した身にとっては、その程度は誤差の範囲でしかないのだが。

兎にも角にも、8月も間近に近付き本格的な夏到来だが、当然ながら社会人、それも軍関係者である俺はまとまった休みなど望むべくもない。
平和な今となってはそんな現状に不満たらたらだが、ほんの3年前までは全く湧いてこなかった感情である。これもまた夏の風物詩・・・と思うことにしよう。



などと思ったのはつい数日前。



今、俺は休暇を取って東京に戻ってきています。



いやいや、最初は横浜の防衛軍資料室に映像資料を取りに行くだけだったのですよ?
藤堂前長官殿の正式なお墨付きをもらったので、今度は所長の手を煩わせずに借りることが出来るようになったのだが、所長が「一言礼を言ってこい。それと人脈を作っておけ。」と言うのでわざわざ出張することになったのです。
地下の旧防衛軍司令部ビルにある防衛軍資料室に挨拶(お土産は例の養殖場で獲れた牡蠣の干物である。かなり値段の張るものなのだが、関東の養殖場では牡蠣を扱ってないらしく、大変喜ばれた。)をしてデータチップを受け取り、ついでに〝英雄の丘〟を参拝。
さらについでに科学局を訪問し、飯沼所長の代理として様々な国の科学者と顔繋ぎをした後は、真田さんと夕飯がてら情報交換を行った。
そして宿泊先で局長に報告し明日には戻る事を告げたところで、


「そういやおみゃあ、東京に家族いるんだろう。出張を延長ってことにしといてやるから顔出して来い。」


というなんとも似非名古屋弁丸出しな一言で、そのまま3日間の休暇となってしまったのであります。(ちなみに、局長は福島県出身である。)


・・・以上、昨日の状況説明終了。

現在、俺は横浜と東京を結ぶハイウェイ・チューブの中をひた走る、エアカーならぬエ〇バスに乗っている。
宙には浮いてるけど翼はありません、念のため。

ハイウェイ・チューブとは、昔で言うところの高速道路である。ガミラス戦役からの復興に際して新しく造られた日本列島縦断道路で、20世紀以来の歴代政権の悲願が結実したものなのだそうだ。
北は旭川と釧路から始まり、札幌で一度合流して青森へ伸びる。
そこから東と西の二手に分かれ、東は太平洋沿いを通って東京へ。そこからは東海道の海側をひたすら京都へ向かう。
西側ルートは北陸道を日本海沿いに新潟―富山―福井を通り、大阪で東側ルートと合流。
そこからチューブは山陰道、山陽道、南海道の三本に分かれて九州は鹿児島の合流点までひた走る。
山陰ルートは鳥取、島根県を通って関門海峡を渡り、福岡から長崎まで陸路を行った後は有明海を渡り熊本県を通過して鹿児島へ。
山陽ルートは瀬戸内をなでるようにかすめたら柳井から鉄橋を渡って大分県は国東半島へ。
南海道ルートは淡路島から四国の南側海上を囲むように、最終的には土佐清水から宮崎へと、大胆にも海峡を横断している。
鹿児島からは飛び石を伝うように沖縄本島まで伸びている。沖縄の人にとっては、本土と沖縄を繋ぐ、まさに交通の命綱となっているのだ。

ちなみに東山道にチューブが通っていないのは、山間部が国によって自然育成地区に指定されて開発できないからなのだが、「日本アルプスには地球防衛軍の秘密基地があるのではないか」という噂が絶えない。
・・・あながち間違っていないから困る。

閑話休題。

十分な視界の確保を目的とした透明な超々強化プラスチック製のチューブは、横浜から一直線に伸び、大きな川―――かつての多摩川であるが、ガミラス戦役で一度干上がっており、川に水が戻る際に西に4キロほどずれてしまった―――を渡る。

バスの左側最後尾窓寄りの席に座る俺からは、やや後方に富士山が見える。
遊星爆弾が山頂部を掠め取っていった為にかつてより100メートルほど低くなっているが、成層火山独特の美しい稜線が生み出す優美な風貌はそのままだ。

多摩川を過ぎれば住宅街を経てあっという間に渋谷。その先には日本の旧官庁街、そしてその先にはこのバスの終着点がある。
エア〇スの行先は東京府有楽町の中長距離バス停留所。そう、俺の家族と永遠の別れをした場所である。


俺の家―――死んだ家族と住んでいた所―――は、有楽町まで電車で一本で行ける、北区の東十条だった。
家は両親が経営する喫茶店で、姉も俺も幼いながら細々とした雑務を手伝ったものだ。
親父はやや線が細く、ふちなし眼鏡をかけて無精ひげを生やしていた。
今考えてみれば、喫茶店のマスター像を地でいくような風貌。母の方も、夫を支える妻を体現したような立派な人物だった。

・・・いくらなんでも美化しすぎだろうか。

3歳年上の姉さんは俺を甘やかすわけでもなく突き放すわけでもなく、でも何かと気遣ってくれていた気がする。
たとえば、俺にはおやつの分け前をひとつ多くくれたり。
たとえば、一緒に出掛けるときは手を繋いでくれたり。
たとえば、いたずらをしたときは真っ先に気付いて俺を叱りつけて、でも母さんには黙っていてくれたり。

・・・やはり、美化しすぎだろうか。

まぁ、家族を覚えているのはもう俺だけなんだ。誰に語り聞かせるわけでもなし、多少の装飾は構わないだろう。
思い出は、都合のいいものが残ってこそ、思い出だしな。

今となっては住んでいた喫茶店は跡形もなく吹き飛び、唯一残されていた土地も再開発の際に国に買い取られてしまった。
もはや、思い出の場所も思い出の品も無い。だが、それを不幸と思った事は無い。
そんな人間は周りにごまんといたし、幼い記憶の残滓だけを道連れに10年以上を生きてきたのだ、寂寥の気持ちにも青錆が付きつつある。


第一、この10年間、俺は一人ぼっちじゃ無かったから。


さて、バスは住宅街を抜け、かつて若者の街と言われた渋谷をあっというまに通り過ぎる。
大通り沿いこそネオンや液晶ディスプレイが輝く栄華を取り戻したが、一本裏に入れば昔と違って市場が広がり、配給やスーパーで取り扱っている合成食品に満足できない人々が天然食材を求めて集まっているという。
何故、よりにもよって渋谷にそんなものができてしまったのかは分からない。あえて推測するなら、築地よりは東京周辺からの交通の便がいいからだろうか。

渋谷の谷を一足飛びに跨いだチューブは東北東から徐々に北へと針路を変え、六本木から恩賜江戸城跡自然公園へと近づいていく。
かつて皇居と呼ばれていたその場所は今では有料公園として一般公開しており、憩いの場となっている。
旧千代田区一丁目一番地に住まわれていたやんごとなき御方は、ガミラス戦役からの復興を機に親戚や政治家・官僚を悉くひっさげて京都へお帰りあそばされた。
突然還幸された事情はいくつかあるらしいが、一番の理由は地球連邦の行政府と日本の行政府が至近距離にあるのは都合悪いとのこと。
とにかく、政治・経済の中心地であった東京「都」は遷都によって、経済のメッカ東京「府」へ変容を遂げたのである。

復元された天守閣が後方に流れるのを視界の端に捉えつつ、バスは再度東へ針路を変え、徐々に高度と速度を落としていく。間もなくチューブは途切れ、一般道だ。
見上げれば300m級の超高層ビルが空に突き刺さらんとばかりに乱立し、まるで剣山を思わせる。
メガロポリスの空は記憶の頃よりも更に細かく切り刻まれ、「青空」などという言葉はもはや似合わない。減った空に反比例するように、重なり合うビル陰が有楽町の街を薄暗くする。

一般道に出たエアバ〇は、まもなく有楽町駅前のロータリーに着陸。ぞろぞろと降りていく乗客を待って、一番最後にバスを降りた。


「ある意味変わってないな、ここも・・・。」


因縁の地に立って最初の一言は、案外に普通のものだった。薄情なようだが、俺はこの地そのものには大した感慨を抱いていないらしい。
360度見回しても、摩天楼の頂を仰ぎ見ても、運命を分けた地下道への階段を覗いても、心の古傷から血が滲みでる事は無い。
俺の中ではあの日の夕景のインパクトが強すぎて、昼間の高層ビル群ではあまりピンと来ないようだ。

都会の息苦しさにネクタイを緩めていると、


「恭介。」
「おかえりなさい、恭介君。」


すぐ背後から、聞き慣れた懐かしい声。
振り向くとそこには、ポニーテールの活発そうな同世代の女の子と、柔和な微笑みを浮かべる壮年の女性が立っていた。

知らず、笑顔がこぼれた。

今の俺がこうして笑っていられるのも、家族を失ったあの時に2人が一緒にいてくれたからなのだ。

俺は失った家族と同じくらい、或いはそれ以上に大切な二人に、


「ただいま。あかね、由紀子さん。」


「うん。おかえり、恭介。全然変わってないわね、アンタ。」
「連絡してくれないから心配したけど、元気そうね。安心したわ。」


簗瀬家親子に、2年ぶりの再会のあいさつを交わした。



2206年 7月25日 16時17分 アジア洲日本国東京府 文京区内某マンション15階3号室


【推奨BGM:宇宙戦艦ヤマトpart2より《再会》】


簗瀬家親子と合流した俺は自宅――家族が死んでから宇宙戦士訓練学校に入校するまで居候させてもらっていた、簗瀬さんの家――に帰ってきた。
帰りがてらスーパーに寄って夕飯の材料も買ってきた。材料から察するに、定番のカレーだろう。


「あっちではどうなの、恭介君。」


買い物袋から中身を冷蔵庫に移していると、合成ジャガイモを真空パックから取り出していた由紀子さんがキッチンから尋ねてきた。


「そうですね。仕事も順調ですし、最近は毎日が楽しいですよ。」


「あらあら、仕事が楽しいって言えるようになったのね。前に帰って来た時は血走った眼をして隈もできていて、とてもじゃないけど設計技師の仕事をしているとは思えない有様だったのよ?」


「さすがに慣れてきましたし、以前ほどは仕事が忙しくないんですよ。ようやく気持ちに余裕が出来て、楽しいと思えるようになったんです。」


「そう?ならいいけど。でも、いつも心配してるのよ?ご飯はちゃんと食べてる?掃除洗濯はちゃんとしてる?なんなら掃除しに行ってあげましょうか?」


「大丈夫ですよ、ちゃんとできてます。そんなに心配しないでください。」


苦笑いしつつ、由紀子さんの世話焼きをやんわりと辞退する。でも、俺の事を気にかけてくれるのは、純粋に嬉しかった。

こうして言葉のキャッチボールをするたびに痛感する。由紀子さんは2年前と――いや、あの日俺を助けてくれたあの時からちっとも変っていない。
病室で目が覚めた時、一番に気づいてナースコールを押してくれた人。
あの日、俺と同じように旦那さんを失ったのに、そんな気配を露ほども見せずに俺の見舞いと看病をしてくれた人。
退院した俺を引き取って、実の息子のように育ててくれた、もう一人の母さん。


彼女の優しさに、確かに俺は救われた。


以前そんなことを言ったら「一人っきりの娘の遊び相手が欲しかっただけよ」なんてとんでもない誤魔化し方をしていたけど。
由紀子さんの照れ隠しだなんてことはうっすらと赤く染まっていた頬を見れば明らかだったし、仮に本当に遊び相手欲しさだったとしても構わないと思った。
それくらい、篠田恭介は簗瀬由紀子という女性に対して感謝の思いを抱いているのだ。


「え~、恭介のくせに炊事洗濯なんてできてるの?俄かには信じ難いなー。」


「放っとけ。いいからお前も手伝え。あかねこそ、ちゃんと母さんを手伝ってるのか?」


そんなわずかなモノローグさえぶち破ってくれるのが、由紀子さんの一人娘のあかね(21歳)である。もうひとつの買い物袋を持って後ろからちょっかいを掛けてくる。


「当たり前でしょ?中学校卒業と同時に家を飛び出して軍隊に入っちゃったアンタと違って、私はずっと母さんと一緒に居たんだから。親孝行って意味ではアンタは私に大きく出遅れてるの。折角帰って来たんだから今日くらいは母さんの為に馬車馬のように働きなさい?」


「ああ言えばこう言う・・・。これだから理系の人間は屁理屈ばっかこねてイヤなんだ。」


「アンタも理系でしょうが!?」


「由紀子さんの後ろにちっちゃくなって隠れていた、可愛かったあかねはどこ行っちゃったのかね~。」


「~~~~~~~~!!」


スパコーン!


「痛てぇ!てんめぇ、後ろから卑怯な!」


こいつ、履いてたスリッパで叩きやがった!?親父にも(スリッパで)殴られたこと無いのに!


「うっさい、昔のことを引っ張り出すから悪いんだ!」


顔を真っ赤にして怒りだすあかね。前よりも沸点が大分低くなっているのは遅れた反抗期か?見た目は健康的な美人に成長したってのに、根性だけはより一層ひねくれてやがる!


「だからってわざわざスリッパでひっぱたくこたぁねえだろ!おい待てこんにゃろ、お前みたいななお転婆娘は修正してやる!」


「変態!母さん、変態がここにいる!あっち行け恭介、寄るなスケベ!」


「俺がスケベならお前は暴力女だ!」


きゃーきゃー言いながら逃げるあかねに、早足で追いかける俺。いい大人が二人、ソファの周りをぐるぐる回る。


「あらあら、恭介君、あかね。家の中で騒ぐのは止めなさい。」


包丁の音とともに聴こえてくる由紀子さんの一言に「「はーい」」と揃って返事をし、手の平を返したように二人して大人しくキッチンへ戻る。

ここまでがひとくくり。
もう何年もやってきたお約束のやりとりに、懐かしさがこみ上げる。
片親家庭に居候が一人。
歪な家族「もどき」だからこそ、こんな少々子供っぽいじゃれあいが「家族らしさ」を演出する一番の方法だった。
勿論、今ではこんなことをしなくても由紀子さんやあかねとの絆は確信しているが、長年の癖は抜けるものではないし、このやりとりは今でも俺の心に心地いい気持ちを与えてくれる。やめる気など、これっぽっちもない。

ふと隣を見ると、あかねもこちらを見上げてニッと笑った。
よかった、あかねも同じ気持ちでいてくれているようだ。


その日の夜、簗瀬家に二年ぶりに家族「全員」揃っての団欒が戻った。





あとがき

恭介の過去やプライベートに少し踏み込んでみました。こんなことしてるからいつまで経っても《シナノ》が出てこないんですね。
「どうしても我慢できない!」というそこの貴方、内田弘樹氏の『迫撃の巨竜』に登場する航空戦艦大和から宇宙戦闘空母《シナノ》の勇姿を想像しつつお待ちください。大和からヤマトが想像できる貴方ならできるはず・・・?

さて、今回は新しい試みとして推奨BGMを載せてみました。これは管見の限りMuv-Luv板のブシド―様がSS『マブラヴ~青空を愛した男~』で採用している方法ですが、ここぞという時には雰囲気が盛り上がるのではないかと思い、試してみました。
今回はヤマトのサントラからでしたが、本当はもっといろんなアニメやゲームのサントラを載せてみたいものです。ただ、読者の皆様がついていけるのかだけが心配・・・。

話変わって、ここで皆様方に質問、というかアンケートがあります。当作品、各話にサブタイトルをつけておりません。つけていない理由はただ単に面倒なだけだったのですが、他のSS作家の皆様は大抵タイトルをつけていますね。
サブタイトルをつけるべき、或いは付いているほうがうれしいのか、もしくはいらない、或いは無くても気にしないのか、読者の皆様の御声をお聞かせください。
それでは第八話にて引き続き、恭介プライベート編をお楽しみくださいませ。

今回のオリ設定
*「あかね」と聞いてオレンジ色の髪と白いカチューシャを連想した人。正解。セリフを書いたフリップを持ったパンダを連想した人。おしい。
*由紀子さんのCVは、17歳教教祖のあの方です。おいおい。



[24756] 始動編 第八話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/01/22 11:11
2206年 7月26日 1時56分 アジア洲日本国東京府 文京区内某マンション15階3号室


簗瀬家の二人は寝るのが早い。
折角2年ぶりに帰って来たというのに、11時過ぎには二人とも欠伸を噛み殺しながらそれぞれの部屋に戻ってしまった。
俺も久しぶりに自分の部屋に戻って布団に入った・・・のだが、案の定夜中に目が覚めてしまった次第。
仕方が無いので、昼間に出張先からもらった資料を流し読みしている。

防衛軍資料室からもらったのは、他の星間国家が運用している航空戦艦についての資料。
科学局からもらったのは、戦闘空母に改装中の宇宙空母の設計図である。
殆どの写真資料が地球防衛軍と戦闘中の記録映像から出力したものだが、ガルマン・ガミラスのそれだけが港に係留されている姿を写した写真だ。
おそらくは、3年前のディンギル戦役の際にガルマン・ガミラス艦隊が地球に寄港した時に撮られたものだろう。枚数が異常に多く、また至近距離から撮影されているので細部まで鮮明に写っている。
基本は写真の部分だけを見て、気になった部分だけは文章を読むようにしているのだが・・・ひとつ、重大なことに気付いた。

星間国家にとって、空母と戦闘空母を明確に分けることに大した意味は無いらしい。

あえて言うなら、「艦載機運用能力がある船のうち、特に対艦攻撃力が強いものを戦闘空母と呼称する」くらいのものだ。その証拠に、主砲塔を持たない空母が殆ど無いのだ。
さらに言えば、地球人が考える空母と、異星人達が考える空母に絶対的な思考の壁が存在しているからである。

ガミラスはまだいいさ。三段空母とか二連三段空母とか、古いんだか新しいんだか分からんが地球人の目でもはっきり分かるから。
戦闘空母も、飛行甲板と砲塔がリバーシブルってのには驚いたが、まぁ分からんでもない。
ガトランティス帝国。飛行甲板が船体ごと回転するってどういう理屈だ。
暗黒星団帝国。空母はともかくプレアデスは主砲塔の真下に滑走路を配置するなんて、誘爆の心配とか一切考えていないとしか思えない。
ボラ―連邦。戦闘空母より空母の方が火力が強いって本末転倒だろ。
ディンギル帝国。発進口が多段式なのはまだいい。着艦の仕方が尋常じゃない。球体の中に突入してどうやって機体を停止させているのか、全く想像がつかない。

―――あまりに地球の設計思想と違いすぎて、参考にはならないな。

ため息をひとつついて、書類をデスクに放り投げた。
資料を斜め読みするだけのつもりが、頭の体操めいたことをしてしまった。
これ以上頭を使うのは沢山だ、設計図の方は名古屋に戻ってからでいいだろう。
つけっ放しだった冷房を切って、扇風機に切り替える。直接体に当たる風が、心地いい。

ババババババババ・・・

―――そういや、扇風機の羽根って水上船のスクリューにそっくりだよな。

ババババババババ・・・

あー、水宙両用の輸送船の設計も依頼されてたんだっけ。移民先で使うらしいけど、ロケット推進とスクリュー推進のハイブリットって何考えてるんだ?
ロケット燃料でタービンを回してスクリューを回すのか?でもそれならロケット燃料を直接推進力にした方が効率いいだろう。それをわざわざ古式ゆかしいスクリューに指定してくるというのは、環境に配慮でもするのだろうか?
だったら波動エンジンなら酸化剤もいらないし排気ガスも出ない、おまけに出力は無尽蔵の夢のエンジンなんだけどなぁ。
スクリューと舵をつけるとしても剥きだしはまずいよな・・・普段はカバーで覆えばいいか。
ん?ていうかそもそも俺、水上船舶の知識なんか全くないぞ?シャフトとかスクリューとかどんだけ付ければいいんだ?


「・・・やめたやめた。」


頭を休めるつもりだったのが、結局また思考の袋小路に入ってしまった。
麦茶でも飲んで気分転換したら、とっとと寝るとしよう。

ドアノブを捻ってリビングに出た。
人のぬくもりが消えたリビングには、外からカーテン越しに光が差し込んでいる。
いつもより少し青いような気がする。

カラカラカラ・・・

窓を開けてベランダへ。


【推奨BGM:宇宙戦艦ヤマトpart2より《想い―星空の彼方に》】


「やっぱり・・・。」


西の空を見ると、アクエリアスの欠片が星の海に並んでいた。

鋭く切り立った氷の山が聳え立っている下面とは対照的に上面は海面をそのまま凍らせたかのように平らになった氷の浮き島が、群青色の淡い光を地上へ降り注いでいる。
地球から見て、月とアクエリアスが月食のように重なった時のみ生じる現象だ。奥に位置する月の白い光が手前の氷塊を通る時、ダイアモンドカットもかくやという複雑な傾斜面により海の色に染まって地球を照らすのだ。
ディープブルーに輝くそれをみていると、まるで自分が深海の底にいるような錯覚を受ける。
いっときは地球水没の危機をもたらしたアクエリアスの置き土産だが、もしも実際に地球が海に沈んだら本当にこのような景色になっていたのだろうか。

誰が名付けたのか「ブルー・ダイヤモンド」「月の滴」「青い宝玉」などの異称がついた新たな衛星に、しばし物思いに耽る。

皆、忘れているのだろうか。
あれが、宇宙に浮かぶ巨大な墓であるという事を。
地球を救った一人の英雄と一隻の殊勲艦が、冷たい氷塊の中に永遠に封印されている事を。

以前観た映像が脳裏に浮かぶ。アクエリアス接近の折、自沈するヤマトに最後まで同行した《冬月》からの映像だ。《冬月》のカメラは、一部始終を映像に撮り収めていたのである。

地球とアクエリアスを結ばんと伸びていく、水の柱。
その直中に、滝登りをするかのように水流をかき分ける一隻の船。
やがて水柱の真ん中に白い光が煌めき、爆発とともに水柱が分断される。
ヤマトの後ろを抜けていた水流はそのまま地球へ雨となって降り注ぎ、宙に残ったものはヤマトを包み込むように集まりだす。
あらかた集まった水の塊は、ヤマトの人工重力の影響を受けてか、平らな水面を形成し出す。
突如、その水面からヤマトの艦首が突き上がったかと思うと・・・。直立したまま静かに沈んでいった。
艦首が没したのを見届けるように水の塊は白く凍り始め、氷の墓標が完成したのだった。

俺には、あのアクエリアスの欠片には、彼らの遺志が宿っているように思えてならない。
月と同じように自転周期と公転周期が一致しているのも、いつでも地球を見守っていたいという願いのなせる技だったのではないか・・・と、非科学的にもそう思ってしまうのだ。
冷たい氷の中に眠る彼らの思いに、俺たちは答えられているだろうか?
ヤマトの後継を造る事が、彼らが守り抜いたものを護ることになってくれているだろうか?
心の中で、夜空に問いかける。


「恭介・・・?なにやってんの、ベランダに出て。」


返事は思わぬ方向からやってきた。


「あかねか・・・どうした、トイレか?」


「あいかわらずデリカシーないわね」と呆れ顔のあかねは、薄いピンクのパジャマ姿だ。
昼間は後ろで括っている髪をおろしているため、いつもの快活さは消え、落ち着いた雰囲気を見せる。心なしか、声もいつもより大人しめだ。
ベランダに出てきたあかねは、俺の隣に並んで空を見上げた。
アクエリアスを透過した光を浴びて、墨に浸したような黒髪が藍色っぽく染まっている。
濡れ羽色、という単語が頭に浮かんだ。


「なーに、こんな所で黄昏れんのよ。らしくないじゃない。」


「うっせぇ。たまにはこういう気分になることだってあるんだよ。」


「ふーん。恭介が感傷に浸ってる姿なんて見たことないわ。明日は絶対に雨ね。」


「そこまで言うか。ったく、可愛くねぇ妹だ。」


「・・・アンタ、外でもそんな乱暴な口のきき方してんの?よく上司に怒られないわね。」


「お前に言われたくないわ。外では外の口のきき方ってもんがあるんだ。大人はうまく使い分けてんだよ。お前にはまだ分かんないだろうがな。」


「・・・何それ、ムカつく。大学だって立派な社会の一つよ。ゼミやサークルにだって複雑な人間関係はあるんだから。」


あかねは眉間にしわを寄せて抗議する。「大学が社会」だなんて、何を甘っちょろい事を言ってんだか。学生だったら前地球防衛軍司令長官殿と朝まで飲まされるなんて事にはならないだろうに。


「そうか、お前はもう3年生か・・・。前に会った時はまだ大学に入りたてだったからな、2年の月日は長いもんだ。大学の方はどうなんだ、彼氏の一人でも出来たか?」


「・・・彼氏なんて、いないわよ。バカ。」


あ、なんか拗ねた。


「なんとも寂しい学生生活だな・・・。授業は?」


「普通よ、普通。ちゃんと進級してるし、ゼミでの研究だって順調よ。」


「お前が理工学部に入ったときにも思ったが、いまだに白衣姿がまったく想像できん。半袖短パンでトラックをぐるぐる周っている方が合うと思うんだがな。」


「あら、そうでもないわよ。ゼミの先輩には白衣姿がかわいいってよく言われるんだから。洗ったの部屋にあるから、今着てみようか?」


なんだか自信ありげに言う妹分。ひいき目に見なくても美人なのは認めるが、自分で言うな自分で。


「パジャマの上に着てもな。白衣は美人が黒い下着の上に直接羽織るから萌えるんだろうが。」


「・・・やっぱりアンタ、名古屋で変態になっちゃったのね。」


「冗談だぞ?」


「女の子に言う冗談じゃないわよ!?」


またしても顔を真っ赤にして怒るあかね。ムキになるあかねは見てて面白い。


「・・・で、大学で何研究してんだ?」


「そうやってすぐ話をそらす。・・・まぁいいわ。私が入っているのは、フランク・マックブライト教授のゼミよ。」


「おいおい、マックブライト教授って言えば、コスモクリーナーの量産に成功した人じゃねぇか!?そんなすごい人の下で研究しているのか?」


「よく知ってるわね。今は、コスモクリーナーの小型化が研究テーマなんだ~。どう?見直した?いつまでもアンタの記憶の中の私じゃないんだから。」


えへん、とばかりに胸を張る。
いや、正直驚いた。
コスモクリーナーの量産化の記事は、当時の仲間内でも話題になっていたからな。これを艦に搭載すれば、NBC対策は完璧になるって皆言ってたぞ。
そんなすごい人の下についているとは―――いや、本当に吃驚だ。
理数系のゼミに入るには、それなりに筆記試験をクリアしなきゃいけないだろう。
一緒に住んでいた最後の頃は俺があかねに数学を教えていたものだが、いつのまにかマックブライト教授に認められるほどにまで得意になっていたのか。


「いやいや、見直したよ。そうか、いつまでも中学生感覚で接していちゃいけないな。お前も立派に成長しているんだな。胸以外。」


「それ、セクハラ。・・・まぁ、見直してくれたから、許してあげないこともない。もういつまでも子供じゃないんだから、これからはちゃんと一人の女として接してよね。」


そう言ってふてくされた顔をしながら、チラっと横目でこちらを見てくる。
そんな、何かを期待するような目で見つめられても困る。
つい、あかねの視線に耐えられず目を逸らしてしまう。


「・・・気が向いたらな。第一、次いつ帰ってくるか分からないからな。その頃には忘れてるさ。」


「・・・そうか、また何年も会えないんだね。でも、また今回みたいに急に休みが取れることもあるんでしょ?」


「いや、どうだろうな。実は今、大きな仕事を抱えているんだ。とてもやりがいがあって、しかも名誉ある仕事だ。もしかしたら三年、四年くらい帰ってこないかもしれない。」


「でも、たまには帰って来てよ。私達、恭介が名古屋に戻ったら、また二人っきりなんだよ?」


「そんなの、今さらだろ。俺が訓練学校に入った時から二人で暮らしてたじゃないか。」


「そりゃそうだけど・・・。恭介がいないのは、やっぱり淋しいよ。」


おいおい、いつもとキャラが違ってるぞ?こいつ、こんな震える子羊みたいなやつじゃないだろ。

――――いや、違うな。

確かあかねは、小学校の頃はこんな風に大人しい、でもいつも寂しそうな奴だった。
中学校に上がった頃から、針が正反対に振り切れたように明るい奴になったんだ。
以来、百面相のように表情がころころ変わるコイツをおちょくって遊んでたんだっけ。
何で今夜に限って、昔の頃に戻ってるんだ?
全く以て意味不明だが―――しょうがないなぁ。

「何言ってんだ、あかね。いつでも電話してこいよ。遠慮すんな、家族なんだから。」


大人しかった頃にやってたのを思い出しながら頭をポンポン、としてやる。
こちらに振り向いたあかねはやがて目を細め、されるがままになっている。
なんか、頭を撫でられた猫みたいだ。


「・・・うん。家族―――だから、ね。」


そう答える声に、元気はない。
以前はこうやったら機嫌直ったのに―――何でそんな複雑な表情してんだ?

やめてくれ。

おまえにそんな表情をされたら、ようやく閉じた古傷が開いてしまう。


―――ぐしゃぐしゃぐしゃ。


「え?わ、うわ、恭介!髪乱れる!やーめーろー!」


乱暴に撫でてやると、あかねは慌てて俺から逃げた。
「あーもう、なにすんのよぉ。」とプリプリ怒りながら、わが妹は髪を整える。
―――うん、よかった。いつものあかねに戻ってくれた。
これなら、俺は大丈夫だ。


「あはは、悪い悪い。そんじゃあ、もう遅いから俺は寝るな。おやすみー。」


「あははじゃないわよ恭介!もう!明日の買い物でなんか買ってもらうからね!」


俺は背を向けたまま手を振って答えて、自室に戻った。
一瞬どうなるか思ったが、なんとかうまく収まってくれた。

もう、ぐっすり眠れそうだ。






「―――恭介の、馬鹿。分かってるくせに、なんで逃げるのよ・・・。」






あとがき

「この小説、二話で丁度アニメ一話分になるんじゃね?」と気付いた皆様こんにちわ。夏月です。
恭介プライベート編終了。これからはまた本筋に戻ります。

さて、ヤマト世界のテーマの一つに「愛」があります。
ことあるごとに古代は宇宙の中心で「愛」を叫びますね。オーストラリアなんか目じゃありません。
ここまで熱く語れる奴は他のアニメにはいないでしょう。きっと、完結編の後にも愛を叫んでいたに違いありません。

まぁ、彼が黄色いTシャツ着ているところなんぞ見た事ありませんが。


技術士官が主人公の本作で、古代のような愛を叫べるかどうかはまだ未定。
ただ、ヤマト世界で愛を叫ぶと死亡フラグだからなぁ。あまり主人公死亡エンドは書きたくないのが本音だったりする。
小生、PS2版が大好きな人間なので。
・・・そう考えると相原って実はスゴイ奴?

それでは、今回はここまでとさせていただきます。
さーて、来週の宇宙戦闘空母シナノは?

「K・新谷です。ヤマトが沈んでしまったので定食屋を開いたのですが、客が来てくれません。どうしたらいいですか?」
「北野哲です。俺の設定はアニメ版ですか?それともPS2版ですか?」
「赤城大六です。アニメで没になった京塚ミヤコとのラブロマンスを復活させてください!」

・・・ンガング。

今回のオリ設定

*アクエリアスについて。公転周期と自転周期が同じとしたのは、復活篇の映像を見ての設定です。人工重力云々については、上部が平面になっているのを説明するためのテキトー設定なのでツッコミ禁止。アクエリアスの異称、他にいいのあったら是非ともご連絡ください。
*あかねの髪の色。前回あれだけ涼宮っぽいことを言っておきながら、実は黒でした。よく考えたら、ヤマト世界の女性に髪が赤とか青とかって人はいませんでしたね。



[24756] 始動編 第九話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/02/01 08:11
2206年9月11日9時2分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より《メインタイトル~ヤマトに敬礼》】


「気を――つけぇ――!!」


飯沼所長の号令に、踵を合わせる音が会議室に鳴り響く。


「礼!」


全員が腰を60度に折る際の布ズレの音がピタリと揃う。所員の殆どが宇宙戦士訓練学校出身でこの手の団体行動は徹底的に仕込まれていたので、このくらいの事はお手の物だ。


「直れぇ!」


それにしても今日の所長は気合が入ってるな。所長も元軍人らしいけど、あの年であれだけ声を張り上げたら血管切れんじゃないか?


「諸君。楽にしてくれたまえ。」


「着席!」


藤堂前長官の低い声がマイク越しに聞こえると、場の空気がビシッと引き締まる。この人が「諸君」と言うと、何故か皮膚が青い人のイメージが頭をよぎるのは気のせいだろうか?


「先ずは突然このような場を設けた事を詫びたい。私が以前、何度かここを訪れた事があるのは諸君も知っていよう。しかし、こうやって全員を招集したのは今回が初めてだ、皆も戸惑っている事であろう。」


一度言葉を切り、藤堂前長官は一同を見渡す。
誰もが微動だにせず壇上の人物を見つめ、次の言葉を待っている。

俺は横目で周囲を見回した。

大会議室には宇宙艦艇装備研究部の職員120人近くが一堂に集まっている。
右から砲熕課、水雷課、電気課、造機課、航海課、異次元課、造船課の順に並んでいた。
皆、困惑と緊張が半々といった顔つきをしている。
いつもなら所長をはじめとする幹部陣から今日の作業予定が通達されるだけで終わる朝礼は、物々しい雰囲気に包まれていた。


8月4日に行われたリキ屋会談で、第四世代型主力級戦艦の大方針が最終決定された。
今日は、その告知がこれから藤堂前長官によってされるところなのだ。
本来ならば、翌日にでも発表すべきところだった。
しかし、二ヶ月で下りると思っていた総理からの指令が伸びに伸びて、ようやく指令書が京都から横浜の藤堂邸に届いたのがつい一昨日のこと。
どうせ、総理が本省の官僚に対応を丸投げした所為だろう。いくら総理の内諾があるといっても、実際はこんなもんだ。
というわけで、総理からの特使という体裁で派遣された藤堂前長官がこうやって壇上にいるわけである。
ちなみに、今回は真田さんは来ていない。局長としての立場を考えると、これ以上深入りするのは目立つと判断されたのだろう。今後は裏方に回るということか。


「今回君達を一堂に集めたのは他でもない。結論から言おう。君達には、2209年4月から始まる第四次環太陽系防衛力整備計画に向けて、次世代型宇宙戦艦の設計をしてもらうことになった。」


瞬間、周囲からわずかなどよめきが聞こえる。
驚くのも無理ないと思う。計画を始めるには余りに早過ぎるのではないか、と皆思っているのだ。
23世紀の現在、軍艦に限らず大型機械の設計にかける時間は昔に比べて革命的に短くなっている。
専用ソフトの開発により、上層部から要目さえ指示されれば複雑な構造をしている宇宙軍艦でさえも半年もかからずに設計は完成してしまうのだ。
第四次計画の審査委員会は3年後の4月からなので早くても1年前から動き始めればいいものを、突然今日からやれと言われたら困惑するだろう。事情を知らない人間ならば仕方がない事だ。


「皆が動揺するのも仕方あるまい。第四次計画を何故今から始動させなければならないのか、疑問に思っているのであろう。しかし、従来のプロジェクトと異なり、今回は今までの宇宙戦艦とはコンセプトの異なるものを一から設計してもらうことになる。詳細は後から述べるが、これは造船課のみならず全ての課が一つの目的のために一致協力して取り組んでもらう。開発が長期に渡る事を想定して3年という期間を設けた次第だ。」


そして前長官は語り出した。

現在の地球防衛軍の有様。
主力戦艦級、アンドロメダ級の致命的な欠点。
今後あるべき宇宙戦艦の姿。
新しい地球防衛艦隊の構築を日本がリードしていくべきであること。
総理の決断により、宇宙技術研究所の自由裁量で設計することが許されていること。

全ては四人の打合せで話し合ったことなので俺は内容を全て知っているのだが、前長官がダンディな声で語ると何故か熱いものがこみ上げてくる。
最初は怪訝そうな顔をしていた職員達も、徐々に表情が明るくなっていく。
ある者は長年の鬱積が晴れたような、ある者は闘志を燃やしているような。
皆、いい表情をしている。
やはり、彼らも俺と同じような不満を抱えていたという事だろうか。

宇宙艦艇装備研究部にとって、軍艦というのは一種の総合芸術である。
七つの課が研究成果を持ち寄って、艦体という一つの器に盛り付けていくのだ。
砲熕課は衝撃砲をはじめとする各種光学兵器及び装甲板を。
水雷課は艦首艦尾対艦魚雷と側面及び上下部対空ミサイル、更には各種の特殊ミサイルなどの誘導兵器を。
電気課はコスモレーダー、タキオン通信などの電波系統を。
造機課は波動エンジンと波動砲をはじめとする波動エネルギー全般。
航海課は宇宙空間を航海するのに必要な三次元空間包囲測定器をはじめとした航海計器を。
異次元課はワープ航法に必要な諸設備や亜空間ソナーなど、異次元に関する全ての機器を開発する。
そして我が造船課はそれら全ての受け皿となる船体を造るのだ。
全体の総指揮を執るのは所長直属のチームである基本計画班。彼等は防衛軍日本支部からの要求、地球防衛軍によって指示された制限などを基に各課に建艦に必要な部品の設計を発注、上がってきた設計図を基に艦のデザインを描き起こす。
そのデザイン図を基に造船課が艦の詳細な設計図とイメージCGを造り、審査委員会に提出するのだ。
こうして出来上がった自国の案が採用されない事、それは技術士官にとっては自分の研究成果を全否定されたことに等しい。ましてや、競争相手が設計した艦を造るなんて、屈辱的だ。

だからこそ、俺達の技術屋魂は歓喜している。

これまで、自分達の研究は否定され続けた。
審査委員会では航空装備研究部が成果を挙げる一方で宇宙艦艇装備研究部は三回連続第一次審査落選という不名誉を受け、「基準」という名の枠に嵌め込まれた中でしか力を発揮できないもどかしさに苦しみ続けた。
宇宙戦艦ヤマトを造ったという誇りがなおのこと、認められない自分達を惨めな気持ちにさせていた。

それがどうだろうか。藤堂前長官が言っている事は要するに、量産型宇宙戦艦ヤマトを造れという事ではないか。
ヤマトを造って得た栄光を、ヤマトの子孫を造るという栄光で取り戻す。こんなに痛快な事があるだろうか。気持ちが昂らないわけがない。


「なお、この件は第四次整備計画が正式に発動するまで特機事項とする。この計画を成就させるには、2209年4月の審査委員会の時点で新技術・新発想による奇襲を以て他国より一歩抜きん出ている必要がある。そのためには諸君らの不断の研究のみならず、完璧な防諜体制が求められる。・・・諸君、この計画の成否は日本の栄誉だけではない。十年、二十年先の地球防衛艦隊の将来、ひいては地球そのものの未来に大きな影響を与える。人類の興廃は君達の双肩にかかっているといってもよい。頑張ってくれたまえ。」


「きりぃーつ!気を――付けぇ!礼!」


一斉に立ち上がり、踵を合わせる音が再び会議室中に響く。先程よりも皆の息が合っている事が、彼らの気持ちをそのまま物語っていた。
それにしても、藤堂前長官を見てると翼の生えた爺さんのイメージが脳裏に浮かぶんだが・・・さっきから何なんだろうね、全く。


「実際の作業工程について、俺から捕捉説明する。」


今度は飯沼局長が登壇した。


「今までと違って、上からの要求は一切ない。従って最初に、基本計画班と各課の課長副課長による検討委員会を立ち上げ、どのような兵器を造るか、どのような艦を設計するかの概論を議論することにする。そこで出た結論を基に各課が開発と設計を行い、最終的に造船課が艦の設計図を引く。前長官も仰られていたが、このプロジェクトは完全に極秘だ。防諜のため通常業務の時間は普段通りの仕事をしてもらい、残業として作業を行ってもらう。詳しくは、朝礼の後に各課に資料を配るから、それを参考にしてくれ。」


いくつか注意点を説明した後、何か質問はあるかと所長は促す。すると、あちこちから質問の手が挙がった。


「極秘での開発ならば、試作や実験をどうするのか?」
「他国や連邦政府の目をどうやってあざむくのか?」
「開発予算や人件費はどうなるのか?」
「残業手当は出るのか?」
「夜食は出るのか?」
「おやつは?」
Etc・・・

質問が次から次へとされるが、それらは決して計画に対して批判的なものではなかった。
15分近く質問が続いただろうか。最後に手を挙げたのは、造船課の木村課長だった。


「所長の御話ですと、基本計画班と我々課長・副課長クラスで話し合って艦をデザインするとの事でしたが、宇宙戦士訓練学校以外で宇宙船での勤務を経験していない、実戦も経験していない私達がデザインをやってしまっていいものなのでしょうか?理念だけで艦を造る事の愚は、三景艦の例を見れば明らかと思われますが。」


三景艦とは、約300年ほど前、この国の軍隊が陸軍と海軍に分かれていた頃の巡洋艦松島級のことだ。
30センチ砲4門を搭載する中国の軍艦に対抗すべく32センチ砲を一門だけ搭載したはいいが、実際には使い勝手は悪いわ故障は連発するわで散々な船だった。
今で言うと、出力がいまいち安定しない初代デスラー艦、といったところだろうか。
木村課長は、戦争の素人が頭だけで考えて造った艦が実際に使ったら役に立たなかった、という事態を恐れているのだ。


「勿論、そのリスクは承知している。素人がシェフのレシピ通りに作っても決して美味しい料理ができるとは限らないように、物事には経験が必要だ。ただ俺達が何でもかんでも載っけただけでは、ただの鉄屑になるのがオチだ。そこでだ、こんな質問もあろうかと、用兵側の意見を取り入れる為にオブザーバーを用意した。現役の軍人ではないが、歴戦の宇宙戦士だ。喜べ、元ヤマトの乗組員だ。この計画には最もふさわしい人物だろう。」


おぉ、と感嘆の声が上がる。
・・・あれ、打合せの時にオブザーバーなんて話あったっけ?
真田さん・・・か?いや、でも今日は来ていないはずだ。
ならば別人か?だとしたら藤堂前長官が直接動いたという事か。
しかし、元ヤマトの乗組員で元軍人で仕事そっちのけでこっちに来れる暇人なんているのだろうか?


「一人は、ここにも何回か来た事があるから知っているだろう、元ヤマト副長の真田志郎君だ。ただ、彼は地球防衛軍科学局局長という立場があるから、主に裏方として参加してもらうことになっている。もう一人は今、会議室の外に待たせている。」


あ、やっぱり真田さんはオブザーバーにカウントされているのか。でも予想通り裏方か。
ならもう一人は誰なんだ?

所長の「入って来い」の声と共にドアが開かれ、件の人物が入ってくる。

その人物はワイシャツにネクタイを締めた上に、カーキ色の作業服を着こんでいる。うちと同じ工業系に勤めているのだろうか。
体格は元宇宙戦士らしく、中肉中背。
四角っぽい眼鏡をかけ、内ハネの強い髪の毛が左から右へ無造作に掻き分けられている。
・・・あれ?もしかしてもしかしなくても、彼なのか?
そりゃあ、元ヤマトの乗組員だし、仕事をほっぽり出しても問題なさそうだが。


「南部重工名古屋工廠造兵部庶務課の南部康雄です。本日より、検討委員会のオブザーバーとしてこちらに3年間の出向で参りました。よろしくお願いします。」


なんと、顔馴染みになっているうちのマンションのお隣さんがやって来たのでした。






あとがき

サッカー日本代表アルベルト・ザッケローニ監督とみんなの党渡辺喜美代表が似ているな、と常々思っている紳士淑女の皆様こんにちわ。夏月です。

ようやっと第九話投稿することができました。今回は四人だけで話が進んでいた「ヤマト量産計画」が本格的に動き出す、そんな回でした。

今回は藤堂前長官に一席演説をぶってもらおうとおもったのですが、演説の台本ってものすごい難しいですね。どんなことを言わせようか考えに考えて・・・結局、半分逃げた形になりました、すみません。
映画のクライマックスシーンでもなし、たかがプロジェクトの告知をするだけなのにアジ演説を求めるのは無理でした、はい。

次回は宇宙科学研究所小会議室にて、検討委員会の模様をお伝えしたいと思います。

今回のオリ設定

*宇宙艦艇装備研究部の組織は旧海軍の艦政本部のそれを参考にしています。
*藤堂前長官の小ネタ、後半の方分かってくれる人いるのかなぁ・・・。
*結局、第六話で藤堂前長官が意味ありげに呟いていたのは南部でした。



[24756] 始動編 第十話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/02/11 21:59
2206年11月12日19時5分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室


あれから二ヶ月。
9月いっぱい続いた猛暑もさすがに鳴りを潜め、長袖で過ごすのが心地いい時期となった。
昔のように紅葉が楽しめる気候となったわけではないが、二度に渡って季節が消滅したことを考えれば、その日に着る服の組み合わせを悩めるようになったのは大きな進歩だ。
とはいえ、勿論悩むのは女性ばかりで、休みなく働く男共にはあまり関係ない。
特に俺なんぞは基本的にワイシャツに作業着の着たきりスズメだ。たまの休日にもあまり外には出ないしな。
だから、あかねがメールで


「今日こんなの買ったんだけどどう?」


と、買ったばかりであろう服を着込んでポーズをとっている写真を送ってきても、正直気のきいたコメントなんぞできないのである。
ちなみに、適当に返事を書いたらわざわざ電話をかけてきて怒られた。何故だ。

さて、街の空気は涼しくなっても会議室の中の空気はまだまだ暑い。もとい、熱い。
10月から本格始動した検討委員会が、白熱した議論の場となっているのだ。

週2回、通常業務終了後に不定期で行われる委員会は、最初の一ヶ月は課ごとの意見を作成するための期間として設けられ、先月は意見の発表と質疑応答に終始した。
本格的議論が始まってから今日で3回目になるのだが・・・、喧々囂々とはこの事だ。
誰も彼もがここぞとばかりに自分の意見を主張して、相手の話を聞く気が全くない。

ここで、会議のメンツを紹介しておこう。
コの字型に並べられた机の上座に座っている議長は飯沼所長。裁定者の立場に徹しているのか、会議中は基本的に口出しをしない。
所長の両側に椅子を並べている基本計画班は宗形・馬場・水野・鈴木・渡辺・三浦・奥田の7名。
全員が二十代後半から三十代前半だが、これでも今の研究所ではベテランの域にいる人材だ。

左右のテーブルに向かい合うように座っている各課の課長と副課長は更に若く、全員が二十代である。
砲熕課が岡山・武谷、水雷課が米倉・成田、電気課が高橋・後藤、造機課が上田・徳田、航海課が久保・遊佐、異次元課が二階堂・小川。最後の造船課は木村課長と副課長の俺だ。

このように、俺も含めて研究所の職員が若手ばかりなのには、切実な事情がある。
9年に及ぶガミラス戦役は、一番戦力として使える二十代から四十代までの男女の殆どを戦場へ送り出した。
それは技術畑の人間も例外ではなく、研究所からも技術と経験が蓄積され脂の乗り切った優秀な人材が志願・或いは無言の圧力で戦場へ赴いた。
彼等の多くは艦や基地の工作班に配属されたが、その多くは二度と帰ってこなかった。
彼等が出征して空いた穴を埋めたのは、俺のように少年宇宙戦士訓練学校を出たばっかりの20歳にも満たない新米技術士だった。
生き残った二十代、三十代の技術士を課長やその上の役職に縛りつけて戦場に行きにくくし、底辺を大量のぺーぺーで埋めることでかろうじて組織を維持したのだ。
(真田局長がイスカンダルに向かう前に防衛艦隊基地・第3ドックの技術長を勤めていたのも、そういった事情あってこそである。)
それから6年。当時の新米技術士は後から入ってくる新米に押し出される形で昇進し、年齢に全く合わない役職に就いてしまった。
更には「副」課長などというよくわからない役職が創設される始末。「副」と言っても課長が出張している間だけ部下を纏めているだけでそれ以外はただの先任技術士だ、箔付け以外の何物でもない。

閑話休題。
検討委員会には南部さんにも毎回出席してもらい、自身の経験に基づく用兵側としての率直な意見を述べてくれる。
時には感情が爆発するのか語気が荒れることもあるが、言うこと全てがこちらには耳の痛い話でもあることもあって、委員らの信頼も篤い。
今もまた、俺の隣で大音声で反論している。うん、戦闘中の第一艦橋じゃないからもう少し声小さくても聞こえるからね?


「だから、装甲板は同等以上のものでなければヤマトの再現にはならないんですよ!それができなかったらこんなプロジェクト何の意味もないじゃないですか!」


「あなたも南部重工の御曹司なら分かるでしょう!あんな高価で過剰な装甲板を艦全体にベタベタ張り付けてたら建造費が通常の3倍じゃ済まないんですよ!量産性がなくなっちゃうじゃないですか!」


「ヤマトはそれがあったからこそ沈まなかったんですよ!堅牢な装甲が無かったら、俺は第一艦橋にミサイルやフェザー砲が命中したときにとっくに艦橋大破で死んでるんです!」


「それはあんなデカイ艦橋にしているのが悪い!あんな天守閣みたいにでかいの、当ててくれと言っているようなもんじゃないか。第三世代型はもっと低く小さくて済んでいるんですよ?」


「第一なんですか、艦橋の最上階に艦長室ってのは。あんなの大和の時代にもなかったですよ。鐘楼のてっぺんはレーダーや通信機器を搭載すると決まっているんです。戦闘艦橋なんて無くして、艦内にCICを設置すればいいんですよ。いつも我々電気課は苦労してるんですよ?スペースや形状の制限が厳しいから、それに合わせて設計しなきゃいけないんです。分かりますか、俺たちの苦労が。」


「まぁまぁ、皆さんそんな喧嘩しないで。南部さん、そんな分厚い装甲なんて張らなくても、空間磁力メッキを張っていれば無敵じゃないですか。」


「武谷、空間磁力メッキは回数制限付きの使い捨てだ。それに使用の際には大量の電力を消費するから通常戦闘時には使えん。造機課としては、まだまだ戦闘とメッキの発動を両立できるようになるまでの技術発展には時間がかかるとしか言いようがないぞ。」


「米倉さん。確か、空間磁力メッキは実弾兵器には効果なしでしたよね。」


「ああ、そうだ。コスモタイガーのミサイルで破壊できるくらいだからな。」


「あれって起動した瞬間に強力な磁力を発するからレーダーとか電子機器に良くないんですよねぇ。」


「そんな、高橋さんまで・・・ちょっと思いついただけなのに、よってたかってフルボッコしなくてもいいじゃないですかぁ。」


「とにかく!今の宇宙戦艦の防御は紙っぺらなんだ。用兵側としてはそんな船には乗りたくない。」


「久保に遊佐、お前らから何か意見は無いのか?」


「航海課の人間にはなんとも・・・。」


「異次元課も右に同じ。亜空間潜航能力をつけてもらえれば、何の文句もありません。」


「待て二階堂、お前はこれから何を造るのか分かってるのか?」


「え?《やまと》でしょ?」


「「「「「「「「「「「それは潜水艦だ!」」」」」」」」」」」


みんな賑やかだなぁ・・・。ていうかもう、装甲の話からズレてきちゃってるしね。
でも南部さんの言うとおり、ヤマトは二重装甲だからこそ今まで生き残ってこれたというのは否定できないよな。
地球も含めて、多くの星間国家の船は装甲が紙っぺら過ぎるんだよ。当たり所によっては一発主力級戦艦轟沈だし。
ヤマトの衝撃砲が通じなかったのは暗黒星団帝国のプレアデス位か?
一方で、岡山さんが言う事も一理ある。ただでさえ戦艦は建造費かかるのに、戦艦の鉄鋼板の上に宇宙船用の耐熱処理を施した軽金属装甲を重ね張りしてたら作業工程は二倍になるし費用は三倍以上だ。質量の増加はもっと問題だが。


「このままでは埒があかん。木村、造船課として貴様からは何かないのか?」


やがて、飯沼局長がうちの上司に話を振ってきた。やべ、もしかしたら次当てられるかもしれない。


「そうですね・・・。砲熕課としては高価で作業工程が煩雑な二重装甲は量産に向かないわけですよね?そして用兵側としてはなんとしても二重装甲を張りたい。ここまで意見が真っ向から対立しているなら、折衷案を取るしかないんじゃないですか?」


「折衷案?」


「一言で言うと、昔ながらの集中防御方式です。特に被弾しやすい個所、防御したいところだけは二重にして、残りの部分は機密壁を細分化して対処するんです。大和でも採用された合理的な重量削減方法ですよ?ただしこれを実行するとなると、どこを二重にするかとか、重心のバランス計算などが非常に煩雑になりますが。」


「その集中防御方式を採用した大和型は沈んでいるんだぞ?」


「20世紀の技術と今の技術を一緒にしないでもらいたい。第一、水上戦艦と宇宙戦艦では沈没の定義だって違うでしょうが。水上船舶なら浮力を失って海中に没すれば沈没ですから、極端な話魚雷1発を食らっただけで綺麗な姿のまま沈む事もあり得るわけです。でも宇宙戦艦の場合、再起不能になるまで破壊され尽くさないと沈没とは言えないでしょう?」


「まぁ・・・そう言えばそうだが。」


「ちょっと待ってくださいよ。宇宙艦艇で集中防御方式はかえって危険じゃないですか?」


「なんでさ?成田。」


「水上戦艦より宇宙戦艦の方が空間戦闘を行うぶんだけ被弾面積が大きくなりますから、集中防御方式だと装甲が薄い部分を破壊されたらたった一発の被弾でも非常に危険です。完全防御の潜水艦ですら一撃で沈むのですから、宇宙艦艇はなおのこと完全防御にするべきです。」


「「「「「ああぁ―――。成程・・・。」」」」」


ああ、また話が振り出しに戻っていく・・・。
今日もまた結論は纏まりそうにないな。




2206年11月12日22時5分 アジア洲日本国 愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅


チャッ カチャカチャ トン
チャッ カチャカチャ トン


「結局、2時間会議をやっても今日も不毛な議論に終わりましたね、南部さん。」


チャッ カチャカチャ トン


「また飯沼局長の裁定だったからな。この調子だといつまでかかるのやら。全く、先が思いやられるぜ」


チャッ カチャカチャ トン


「あ、それチーです。次の会議のお題は何でしたっけ?」


トン スチャッ
チャッ カチャカチャ トン


「次回は波動砲。俺達造機課の出番だな。だから、ホントはこんなところで麻雀してるヒマはないんだけどね。ポン。」


トン スチャッ


「げ、今更白取ってどうすんですか。まさかノミ手で勝ち逃げする気ですか?」


チャッ カチャカチャ トン
チャッ カチャカチャ


「徳田を帰しはせん!リ――チ!!」


トン カチャッ 
チャッ


「オーラスでリーチを張るとはよっぽど自信があるのか?・・・これは通りますか?」

・・・トン


「・・・通しだ。っていうか馬場。お前には振らないから安心しろ。」


「帰らないから集中砲火は止めてくださいよ!で、波動砲の事なんですがね。」


チャッ カチャカチャ トン


「ん?なんですか徳田さん。まさか俺達を造機課に抱き込むつもりっすか?」


チャッ カチャカチャ トン


「違うわ!いや正直、波動砲ってこれ以上どう進化させていいのかよく分かんないんだよ。出力を上げたし、拡散させたし、口径を大きくしたりはもうしちゃったから、あとはもうどうしたもんかと。」


チャッ


「波動カートリッジ弾とか波動爆雷とか、結構応用品もあるからな。・・・一発ツモはならずか。」


・・・トン
チャッ


「こういうときは歴史に学べっていいますよ。なんか波動砲に似た兵器の進化を参考にすればいいんじゃないですか?」


カチャカチャ ・・・トン
チャッ 


「波動砲なんてMAP兵器、何に似てるんだ?核兵器か?」


カチャカチャ トン


「核兵器だと砲弾とか爆弾とかミサイルとか地雷とか機雷とか?・・・なんか波動砲そのものとは違うなぁ。」


トン スチャッ
チャッ


「進化の方向だけで見たらキャノン砲に似てるんじゃないか?戦艦の主砲とか野砲とか要塞砲とか・・・チッ、ツモ切りしかできない・・・リーチしなきゃ良かったかな。」


トン
チャッ


「でも、戦艦の主砲はすぐに対艦ミサイルにとって替わられましたよ?自走砲の方が近いのでは?よっしテンパった。」


カチャカチャ トン
チャッ


「それもさらに超電磁砲にとって替わられたな。ていうか黙テンを宣言するアホがここにいる。」


カチャカチャ トン
チャッ


「そこの本棚に兵器図鑑があるから取ってきますよ。あ、ツモった。ツモ《拡散波動砲》ドラ1役満~。」


「げ、篠田が七索ガメてたのか!」
「一筒、当たり牌だったのに・・・。」
「てめぇ、それは研究所のローカルルールだろ!南部さんがいるんだからナシだろ!」


「いやいや、南部さんとはよく麻雀やってるからウチのローカルルール知ってますよ。ま、今日は俺の勝ちってことで明日の昼飯お願いします。じゃ、今図鑑取ってきますね。」


「なんかもう、皆俺の言ってた事どうでも良くなってる・・・。はぁ~、波動砲どうしよう。」





あとがき

宇宙戦士の皆さん、こんにちわ。宇宙戦艦ヤマトオフィシャルコミュニティ ヤマトクルーで見習い機関士をやっております夏月です。
予告通り、検討委員会の様子を書いてみました。でも毎回会議室ではひねりがないので、麻雀しながら雑談めいたやりとりをしている様子を。参加者は恭介と南部、基本計画班の馬場と造機課の徳田です。年齢は南部>徳田>馬場>篠田の順。
そういえば、ヤマト世界の娯楽って何なのでしょうか。

さて、そろそろ1クールのアニメとしては佳境に入ってきました。始動編もそろそろクライマックス、続編への道筋もつけなければならず、いろいろと伏線が張られ始めるころかと思います。皆様の変わらぬご愛顧を何卒よろしくお願い致します。


今回のオリ設定

*実は、今までの登場人物の苗字には一定の法則があります。
*水雷といえば米倉だよね!
*役満《拡散波動砲》:一筒を頭に、發、三、五、七索の刻子で成る。鳴きあり。ちなみに二索を頭に、四六八索と發の刻子だと《波動砲》になる。



[24756] 始動編 第十一話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/02/25 21:56
2206年11月19日21時48分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室


「波動砲の位置を変える?」


その瞬間、小会議室の面々の頭上にはてなマークが浮かんだ。

あれから一週間。予告通り、検討委員会は造機課が担当する波動砲についての議論になった。
10月に造機課が発表した意見案は、「波動エンジンの能力向上」「波動エネルギー兵器の応用」「波動砲の改良」の3つである。
「波動エンジンの能力向上」については、波動炉心の連装化が提案された。これはアンドロメダⅡ・Ⅲ級が採用している波動エンジンの連装化とは全く異なるもので、ひとつの波動エンジン内に炉心を複数設けることによって疑似的に波動エンジンを連装化し、艦体の肥大化阻止と波動砲の連射を可能とすることを目的とするものであった。
「波動エネルギー兵器の応用」は、波動カートリッジ弾のミサイルへの転用と、防御兵器としての波動エネルギーの応用が提案され、今日の会議ではいずれも採用された。
そして最後の議題が提示されたところで、造機課長の上田さんがぶっ飛んだ事をのたまったのである。

「位置を変えるとはどういう事かね、上田君。」


眉を八の字に顰めて不快感をあらわにする所長。


「スライドで御説明いたしましょう。」


上田さんは所長が関心を示したことに満足するとスクリーンを下ろし、投影機に繋いだパソコンにディスクを差し込んだ。
うす暗くされた室内にぼんやりと白く光るスクリーンに、青に白抜きのヤマトの断面図が映し出された。


「ヤマトに限らず現在防衛軍の戦艦に標準装備されている波動砲は、艦体後部の波動エンジンから艦首に装備されている発射口までを8本のエネルギー導入管で繋ぎ、発射口直前の閉鎖弁を開いてエネルギーを放出するというものです。この形だと艦体の中心部分、エンジンから発射口までを太いバイパスが通っており、艦の設計の自由度を下げています。」


ヤマトの波動エネルギーに関係する部分が明滅する。
エネルギー導入管は主砲塔や艦橋構造物の真下を避けるように左右に分かれ、シリンダーの手前で再び一本にまとまっている。
成程、こうしてみると波動エンジンから波動砲、主砲、パルスレーザー砲へと繋ぐバイパスが複雑に入り組んでいるが分かる。
主砲とパルスレーザー砲は補助エンジンからのバイパスも含んでいるため、もっと複雑だ。


「波動砲へと繋ぐ導入管はその大きさから質量も大きく、波動エネルギーの負荷に耐える為に希少な材質を使って複雑な工程で装備しています。これを節約する事が出来れば、余剰スペースを大きく確保できるだけでなく、建造費と建造期間をかなり削る事ができます。」


徳田さんがパソコンを操作すると、スクリーンに示されていた発射口からエンジンまでのパイプが消えた。


「そこで、波動砲の発射口をより波動エンジンに近い位置―例えば第三艦橋前面に外付けすれば、一番副砲より艦首までに余裕が生まれます。余剰スペースにレーダー類を搭載するもよし、断火薬庫にするもよし、新兵器を搭載することだってできる可能性があります。」


今度は、「波動砲」と書かれたテキストボックスが艦首から第三艦橋前面にドラッグされ、新たにバイパスが繋がれる。


「外付けの発射口を砲塔化すれば、発射時に艦を正対させずに砲塔を旋回させるだけで発射できます。また、砲身だけを微調整すればいいので、従来よりも短時間で照準が可能と思われます。勿論、実際に検証をしないと断定できない事ですが。具体的に申しますと・・・。」


具体的な技術論の説明に入った上田さんの後ろでパソコンを操作している徳田さんを見る。
心なしか口元がニヤついているようにも見える。やはり、今回の発表内容は徳田さんが入れ知恵したものだったか。
課長に採用してもらえたなら、相談に乗ったこちらとしてもうれしいものだ。
・・・一方の飯沼所長は、口を真一文字に結んで仁王のような厳しい表情をしているのだが。


「南部君。どう思う、上田の案を。」


「こいつはいいと思います。射角外にワープアウトしてきた敵艦隊や周囲を駆け回る高速駆逐艦隊に波動砲を撃ちこみたい場合、艦全体を旋回させるよりも波動砲の発射口のみを指向させたほうが時間のロスが圧倒的に少なくて済むと思います。」


「上田さん。この形だと、波動砲を撃ったときの衝撃で砲塔がもげてしまうんじゃないのですか?波動砲の衝撃は、重力アンカーを作動させないと発射の反動で艦が後退してしまうほどのものです。砲塔がそれを支えきれなかったら、根元から千切れて吹っ飛ぶんじゃないですか?」


「それに、本当に旋回させることなんて出来るんですか?エネルギー導入管はただでさえ負荷がかかって壊れやすいのに、旋回機能を付加したらそこから壊れていきませんか。」


「いや、渡辺や三浦が心配しているようにはならないはずだ。」


今一度波動砲の発射シークエンスを復習しながら説明します、と告げる上田さんは、予想していた質問が出てきた事に満足して、とても自信ありげだ。


「まず、艦内の全機能を停止して再起動分のエネルギーを確保した後、波動エンジンを全力運転させます。発生した高圧タキオン粒子は圧力調整室を通してシリンダーに注入されます。仮に砲塔化する場合、ここの次元波動波発生ボルトから砲口までを砲塔化することになります。」


先程のテキストボックスが、艦首部分の機械類の図に替わる。
なんか、手回しが良すぎて若干引く。何回も予行練習してたのかな、この二人。


「シリンダー内の圧力が限界になったところで戦闘班長がトリガーを引くと、次元波動波発生ボルトと連動した突入ボルトがタキオン圧力調整室のストライカーを押し込み、ストライカーによって次元波動波が伝えられた高圧タキオン粒子は指向性を持つタキオンバースト波動流となって噴射される訳です。」


波動エンジンから光が波動砲発射口へと走り、次いで波動砲発射シーンの実写の映像が流れた。・・・てこれ、「ひえい」が発射してる映像じゃないか。


「この際、波動砲の反動を吸収するのが重力アンカーです。重力アンカーは艦橋直下の重力アンカー制御装置が波動砲の発射に合わせて起動し、艦全体を空間に固定する働きを持っています。通常の波動砲ならば、艦全体を空間に固定することで反動を殺す事が出来ていますが、確かに外付けの砲塔にした場合、反動を抑えきれずに吹っ飛ぶ可能性は大いにあります。そこで、反動を抑えこまずに打ち消す方法を考えるのです。」


今度は一転して、複雑な設計図が現れる。
複雑な曲面と突起が組み合わされた棒状の物体。むき出しの波動砲発射機構、もっとあけすけにいえばデスラー砲をそのまんま描き写したようなそれは、造機課が提案する新型波動砲の素案だとすぐに察しがついた。
周囲からは小さく驚く声と共に、地球連邦軍の思想からは少々ズレたデザインに戸惑いの息を漏らした。


「この新型波動砲では、重力アンカーは空間に固定するのではなく反動エネルギーのベクトルを相殺するために使います。近年ガルマン・ガミラスから技術供与を受けた重力制御技術を利用して、シリンダー内に新型の人口重力発生装置を設置します。波動砲発射の時には、発射口へ指向する重力波を生成して反動エネルギーを相殺するのです。また、シリンダー内壁には空間磁力メッキを張り、シリンダーへ向かう波動流のベクトルを変化させて反動の発生そのものを抑えます。」


その様を見た二階堂さんが小さく「ハイパーメガ粒子砲、か。」と呟いた。
俺が視線を向けると気まずそうに視線を逸らす。
昔のマンガやアニメが大好きな二階堂さんの事だ、どうせなにかのマンガに似たような兵器が出ていたとでも言いたいのだろう。


「砲熕課、どう思う。」


「装甲に与える影響が怖いですかね。この絵だと、波動流が艦底部のすぐ至近を通るわけですよね。直撃じゃないから問題ないとは思いますが・・・最悪、射線に空間磁力メッキを張る必要があるのではないでしょうか。」


「水雷課。」


「ここへ導入管を通すのなら、艦底部ミサイルハッチや弾火薬庫の再配置が必要ですね。」


「電気課。」


「レーダー機器の近くをかすめた時に異常が起きなければいいのですが。」


「航海課。」


「右に同じです。」


「異次元課。」


「MSカタパルトが・・・いや、何でもないです。私の方からは何も。」


まだ妄想してたのか、二階堂さん。


「最後、造船課。」


「重心のバランスと艦の強度がどうなるかが問題だと思います。波動砲の一連の機器は悪く言えば設計の自由を奪うものですが、言い方を変えれば艦の中心を貫く芯棒、竜骨の役目も持っていました。それが無くなったとき、衝撃を吸収する背骨が無い船は外骨格だけでは戦闘に耐えられないでしょう。」


木村課長のよどみない意見に所長はうん、とだけ頷いてじろりと睨んできた。


「篠田。お前はどうだ。」


俺を指名したという事は、戦史からみてどうか意見しろと言う事なのだろうか。ええと・・・。ん?ていうかそんな艦、かつてあっただろうか?


「あ――、確かヤマトがイスカンダルに遠征したときのデスラー坐乗艦は、戦闘空母にデスラー砲を搭載したものだったかと思います。もっとも、居住可能惑星探査のときにはまたデスラー艦に乗っていたようなので、星際的にはあまり主流とは言い難いと思います。あとみなさんが懸念していることですが、少なくともアンドロメダ級とプリンス・オブ・ウェールズでは艦首の真下を波動流が通っているので問題はないんじゃないでしょうか。」


「あったな、ゴルバの砲口に突っ込んだアレか。」


南部さんの独語に相槌を打つ。
星間国家の中で、超兵器と艦体が一体化していない船は、他には存在しない。あえて言うならシャルバート星から持ち帰ったハイドロ・コスモジェン砲も含まれるかもしれないが、デスラー戦闘空母にしたってコスモジェン砲にしたって普段は甲板内に格納されてたし、旋回機能は無かったな。南部さんには悪いが、実現すればメリットもあるだろうがデメリットも大きいということだろう。


「意見は出尽くしたようだな。」


そう言って立ち上がる所長。席を立って話すのは、会議の結論を裁定するときに決まってする行動だ。
会議室が一瞬にして水を打ったように静まり返る。


「では、俺からの意見を述べよう。そもそもヤマトの波動砲が艦首にあるのは、余剰スペースの問題とガミラスの監視の目からの隠匿が理由だった。移民船としての装備を外していく際に錨鎖室周辺からベルマウスまでの空間を空ける事ができたのと、改修当時は艦体部分は隠れていたからな。露出していた最上甲板部分に新たにモノを造るわけにはいかなかったというわけだ。
さて、現在の戦艦や巡洋艦が艦首に波動砲を搭載しているのは、防衛軍艦隊の戦術上の理由だ。地球連邦軍の艦隊決戦における基本戦術は一貫して、波動砲の斉射によるアウトレンジからの殲滅だ。従って、発射以外に特別な機能は必要なかったのだ。もっとも、ガトランティス帝国の火炎直撃砲やディンギル帝国の小ワープ戦法には負けたがな。」


眉間にしわを寄せた所長から、波動砲が艦首に搭載された理由が明かされる。
皆が真剣な顔をして頷いている中、俺と二階堂さんだけが片眉を吊り上げて所長の言葉を吟味していた。
―――今の話って、もっともらしいことを言っているが要するに「ベルマウスの穴をそのまま発射口にしちゃいました」ってことじゃないのか?
二階堂さんを盗み見ると、今度は視線があった。今度は逸らす気配が無い。
・・・やはり二階堂さんも同じことを考えていたようだ。


「そういう意味では南部君の言うとおり、波動砲に旋回機能が付加されるのは戦術上非常に重要な事といえる。しかし、波動砲を砲塔化した場合、非常に重要な問題が可能性として挙げられる。それは、波動砲の反動ではなく敵からの攻撃で波動砲塔が破壊された場合だ。波動砲の発射準備中は、シリンダー内に高圧タキオン粒子が充満している状態だ。そんなときに被弾してシリンダーが誘爆を起こした場合・・・その結果がどうなるか、南部君はよく知っているんじゃないか?」


南部さんは苦り切った顔をして所長を睨む。南部さんはヤマトが波動エネルギーによって自沈する様をその目で見ている。その話を暗に南部さんに振るとは、所長も酷な事をするもんだ。


「もともと、波動エンジンはデリケートな機械だ。波動砲もまた然りである。整備に細心の注意を払わなくてはならないような機械を外にさらけ出すことは危険すぎるし、戦闘中ならば尚の事だ。破片一つで不具合を起こし、最悪の事態を引き起こす可能性がある兵器を採用するわけにはいかん。
上田、悪いがこの企画は実現するにはリスクが大きすぎる。分かってくれ。」


「・・・所長が仰ることも尤もです。」


持論を真っ向から否定され、悔しさをにじませながら辛うじて言葉を返した。
徳田さんもこころなしか俯いている。南部さんも反論こそしないものの二人と同じ貌をしている。

こうして、波動砲は現状のまま艦首に搭載されることが決定した。解散して会議室を去る全員の心に、どうにも苦い気持ちが後味として残ることとなった。





あとがき


『週刊宇宙戦艦ヤマト』を定期購読している先任宇宙戦士の方々こんにちわ。機関科の夏月訓練兵であります。今回も拙作を読んでいただき、誠にありがとうございます。

今回のお話は、前話の続きという体裁をとりました。
波動砲の砲塔化を妄想した切っ掛けは、PS2版ゲームで艦隊が高速無人駆逐艇にこてんぱんにやられるステージを思い出したからです。
波動砲モードに入って旋回速度が遅くなった艦隊の周りを戦闘機並みの速度を出す駆逐艇が飛び回り攻撃を加えていく様を観るのは、非常に苦しかったものです。
本編では被弾のリスクを考えて却下しましたが、こんな兵器あったら最強だよなとは今でも思っています。

さて読者の皆さま、研究所諸君による技術論議もそろそろ飽きてきたのではないでしょうか?
また皆さまも、彼らのやっていることは本来非常に不自然なことであることには既に気づいていらっしゃると思います。・・・一応わざとそういう風に書いてるんですよ?
次回は12話。1クールのアニメでいうと最終回・前編です。事態は大きく変動していきます。
研究所が広げた大風呂敷。その畳まれ方はちょっと変わった形になるかと思います。皆さまの予想を良い意味で裏切れるようになれたらと思います。

始動編が終了した暁には「出撃編」・・・としたいのですが、その前に2話~4話ほどの「建造編」をお送りしたいと思います。いわば第一期と第二期の間のOVAです。出撃編への踏み台として、シナノが建造される過程を書きたいと思います。
建造するだけで13話書くのはつらいので、短編とさせていただきます、何卒ご了承ください。
それでは、シナノ建造へ続く第12話、第13話をお楽しみください。



[24756] 始動編 第十二話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/03/18 11:50
2206年12月25日23時4分  愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅



ヤマト量産計画、通称「ビッグY計画」が発動してからというものの、まともな休日は殆ど無くなった。
名目上は土曜の午後と日曜は休みだが、土曜の午後はサービス残業で検討委員会の会議、日曜は家で会議録の整理をしたり「リキ屋会談」が入る事が多く、仕事が終わったら寝るだけという生活を送っていた。
平日と休日の区別がつかないまま延々と仕事をしていたら、いつのまにか年末になってしまっていたのである。

というわけで、今は年末休暇真っ最中。8カ月ぶりのまともな連休である。
久々に一日中家にいた。久々にお昼まで爆睡していた。久々に自炊したら残念な味の料理になってしまった。食事のときくらいは外に出れば良かっただろうか。
或る者は故郷へ帰り、また或る者は数少ない娯楽を求めて仲間の家にいり浸ったりする。男子校のノリが強い社風の所為なのか、研究所の職員に妻子や彼女がいる奴はほとんどいない。
恭介は東京に帰る事も無く、今年も年末年始を自宅に引きこもったまま過ごすつもりだ。

あかねには帰るように口酸っぱく言われているが、あの家に帰るのは少々気が引ける。
心配してくれるのはありがたいが、あの温もりの中に居ると不意に自分が不相応な場に居るような違和感が湧きあがる事があるのだ。
それは、俺が宇宙戦士訓練学校に入った理由の一つでもある。
家族に混ぜてもらっている事への違和感・・・とでもいうのだろうか?
とにかく、簗瀬家の二人のことは慕っているが、このくらいの距離感でいるのが一番無難なのだ。

それでは東京にも帰らず家に引きこもって休暇を満喫できるかといえば、そうもいかなかった。年明け以降の事が気になって、全く休む気にならないのである。
目の前には、頭痛のタネとなっているルーズリーフ。乱雑に書きなぐられたそれは、先週行われた検討委員会でのメモだ。
年内最後となった検討委員会は、今までの会議で決まったことをおさらいした上で、どのような艦のデザインにするかの指針を議論した。
その結果内定した要目は以下の通りである。


波動砲・・・結局従来通りに艦首に艦体と一体化した形式を踏襲。現在、収束式と拡散式のモード変更ができるかどうか研究中。波動炉心を連装にする事で2発まで連射が可能に。但し2発撃ってしまえばエネルギー残量が空になってしまうので、かつてのヤマトのように再起動に時間がかかる。また、アンドロメダⅡ・Ⅲのように双発エンジンというわけではないので波動砲チャージ中は通常戦闘ができない。

衝撃砲・・・主砲は3連装5基。内訳は上側前部に二基、後部に一基。下側は前部と後部に一基ずつ。下側の主砲塔は普段は露出しているが、大気圏突入時には対ショック・耐熱シールドに覆われる。副砲はヤマトと同様に3連装2基。

ミサイル発射管・・・艦首・艦尾には片舷に3基ずつ、合計12基。側面は艦体中央に片舷6基ずつ計12基。上下には上側が8連装旋回式ミサイル発射機、下側は第三艦橋後部にVLSが16基。使用可能な火器は対艦・対空ミサイルの他機雷や波動爆雷を散布するミサイルも発射可能。

パルスレーザー・・・ヤマトに採用されている4連装長砲身パルスレーザー砲塔を艦上部に片舷5基ずつ、計10基配置。艦下部は無砲身型連装パルスレーザーを片舷5基ずつ配置。片弦は合計で30門と、ヤマトの片舷50門に比べれば門数はだいぶ少ないが、片舷10門しかなかった第二・第三世代型主力戦艦に比べれば大きな前進だ。

レーダー類・・・主力戦艦を踏襲して第一艦橋頂上部に超長距離探知用の網状アンテナを装備。サイドスキャンレーダーで死角をカバーする。歴代アンドロメダ級に装備されている全方位型フェイズド・アレイ・レーダーは、費用対効果から断念。他にもタイムレーダーや三次元センサーも搭載する。

装甲・・・集中防御方式を採用。機関部分と被弾確率の高い艦前面に重点的に重装甲を配置。後方、下方は隔壁を細分化して被害の浸透を阻止。

艦体・・・量産性を考慮し、全長300メートル未満、全幅40メートル未満、基準排水量7万トン未満とする。


「・・・所長、やっぱりこれだけの装備を7万トンの艦体に詰め込むなんて無茶ですよ。俺も木村さんも反対って言ったじゃないですか。何であの時はっきり無理だって言ってくれなかったんですか。」


俺はあえてカメラのファインダーを睨みつけながら、ディスプレイの先の所長に恨み言をぶつけた。
ちなみに今日のリキ屋会談は年末でリキ屋が混んでいるのと、真田さんと藤堂前長官が横浜から動けないために、直接会わずにヴァーチャル会議となった。
横浜の二人は大統領以下の地球連邦政府首脳陣の会議に招集されていて、今の今まで政治家達と丁々発止のやりとりをしていたのだそうだ。
藤堂前長官はともかく、真田さんが会議でなにかできるとは思えないんだがなぁ。あの人のことだから洗脳電波を発する機械とか作ったりするのだろうか?


「これくらいできないか?ワシが造ったヤマトにはこれ以上に色々詰め込んだぞ?」


ディスプレイ右半分に映る所長が、困惑と呆れを半々にしたような顔で無責任な事をのたまう。
ヤマトの時と今では状況も予算も何もかもが違うでしょうが。
第一、単艦で他星系まで冒険するのと太陽系周辺宙域を防衛するのとでは求められるものが違うのだ、ヤマトとそっくりそのまま同じにしても仕方あるまいに。
・・・ああ、イライラする。


「そう言うと思って、あれから今日までに一応10パターンほど考えてみました。やっぱり、主砲5基を上下に積んでる時点でどうあがいても無理です。既存の船で要目に一番近いのはアリゾナ級ですが、それでも主砲3基に副砲2基ですからね。3連装を5基も乗っけてその上副砲2基やら大量のパルスレーザーやらミサイル発射機やらつけたら7万トンじゃ足りないに決まってるじゃないですか。やるならせめてアンドロメダⅡみたいに波動エンジン2基にしてくださいよ。」


「それこそアンドロメダⅡと変わらんじゃないか、バカモン。10万トンじゃすまないサイズになるぞ。」


「だから無理だと言っているんです、所長。課長も俺も空間を捻じ曲げないと出来ないっていってるのに皆で寄ってたかって多数決して・・・。俺らじゃ無理です、どうしてもというなら真田さんに頼んでください。」


「おいおい、いくら俺でもこれを造るのは不可能だぞ。所長、篠田の言うとおり、この要目通りに設計しようとすると13万トン・・・せめて11万トンはないと無理です。なんでこんなにあれこれ詰め込んだんですか?」


「いや、ヤマトを再現しようとしたらああなるだろう。」


正直、今にして思うとあの検討委員会は悪ノリしすぎたような気がする。
個々の論議については非常に有意義だったのだが、それを一隻にまとめようとすると《夕張》みたいにカツカツした余裕のない艦になる、というより《播磨》並みのトンデモ艦になってしまうのだ。
結局のところ、プラモデル感覚でいいとこ全部載せしようとしても軍艦としては役立たず・・・そもそもフネとして成り立たないと言う事なのだ。この一週間でその事が身にしみてわかった。


「所長、我々が造るのは主力戦艦であってアンドロメダⅣじゃないんですよ。」


「いっそのことアンドロメダⅣ級にしてしまってはどうだ?」


「あれははじまりはともかく、今では艦隊旗艦用の船ですからね。一カ国に一隻しかいないんじゃ量産型としての意味がないですよ。・・・あぁ所長、ひとつだけ7万トン台に抑える方法がありますよ。」


「・・・いったい、どうするってんだ。」


「装甲を紙っぺらにして無人艦にしてしまえばいいんですよ。居住スペースもダメコン用の機材や資材置き場も全部撤去して、旗艦がコントロールできるようにすれば、」


「却下だ。無人艦は認めないと最初に言ったぞ。」


一応言ってみただけだが、案の定真田さんが却下したか。ずっと思っていたが、真田さんの有人艦へのこだわりは何なんだ?人口がかつての5分の1にまで減っている現状で、人件費も犠牲者を出さずに戦力を揃える最良の方法じゃないか。
何をそんなに拘っているんだ?
・・・ああ、本当にイライラしてくる。
俺は一つ、わざとらしく大きなため息をついた。


「じゃあ、もういっそ原点に戻りますか。船型も飛行機型もやめて、戦闘衛星に主砲やらなにやらくっつけたような形にしたらどうですか?正直、船型は重量バランスが悪くて、反対側にカウンターウェイトを配置したりして苦労が多いんですよ?宇宙空間では球体に近ければ近いほど安定するものですからね。」


宇宙開発創成期のISSとか、今と違って人工衛星をでっかくしただけみたいな形をしているからな。あれこそが宇宙に最も適応した正しい進化だと思う。各モジュールが着脱可能だから、追加が来たらモジュールを組み直して最もバランスがとりやすい形に調整する事が出来る。なんという積み木感覚船だろうか。
一方の船型は、一度完成したら追加装備を搭載したときの重心のバランス調整が非常に難しいのである。


「いや、篠田。宇宙船が船型をしているのにはちゃんと理由がある。その理由は訓練学校で教わっただろう?」


人類が本格的に太陽系への有人飛行を始めた頃から、宇宙を航行する機体は船型――前後に非常に細長い柱、或いは錐の形状を模するようになった。
あえて従来の形を捨ててまで船型を採用した理由は多く分けて三つ。
一つは、人間に馴染みがある水上船を模することで宇宙航行のストレスを少しでも軽減させる事。
一つは、水上船のドックを宇宙船建造ドックに使い回している為に、それ以外の形のものを造りにくいこと。
そして最後は、無重力ゆえに上下の感覚がないイメージが強い宇宙空間だが、惑星や中継基地に寄港する時など、実際の運用では上下の区別を求められる事が多々あることである。
そんなこと、真田さんに言われなくても分かっている。
しかし、それも駄目ならばどうしたらいいというのか。天才技術者の真田さんまでもが「無理」だといっているのに、22歳のペーペー技術士官がどうにかできるとでも思っているのか?


「じゃあどうするんですか!?こんな子供の落書きみたいなフネ、造れるわけないじゃないですか!?」


「何だと貴様?それをどうにかするのが技術屋魂だろうが!!」


「魂だけでフネが作れるなら人類はとっくの昔にダイソン球殻を造ってますよ!大体自分だって技術士官なのに自分で考証もしないで適当な事ばかり言ってるじゃないですか!!」


「そこまでだ。飯沼君、篠田君。」


今まで沈黙を保っていた藤堂前長官の低い声が割り込んで、ヒートアップしかける言葉の応酬を断ち切った。


「私はこんなことをする為に君達を緊急に呼び出したのではない。今、非常に深刻な問題が発生しつつあるのだ。喧嘩などしている場合ではないぞ。」


「・・・なにか問題でも起きたんすか、前長官殿。」


「篠田、いい加減に気持ちを切り替えろ。これは真面目な話だ。今までの話が根本から全部吹っ飛ぶかもしれないんだ。」


「だから、真田さんまで何なんですか。何かあるんならはっきり言ってくださいよ。」


藤堂前長官は、眉間に一層の皺を刻んでゆっくりと口を開く。


「・・・さっきまで行われていた連邦総会で、軍縮条約案が提出された。可決された場合、第四次環太陽系防衛力整備計画が最大10年間延期されることになる。ビッグY計画が根底から崩れることになるぞ。」


 2206年12月30日10時44分  アジア洲日本国 地球連邦軍司令部ビル内・会議室


【推奨BGM:「新世紀エヴァンゲリオン」より《Rei Ⅰ》】


当然のことではあるが、地球連邦の閣僚は様々な国籍と民族の人物から成っている。
例えば、大統領はドイツ系イギリス人だし、藤堂平九郎や土方竜などの防衛軍上層部の多くは日本人である。
アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ洲の代表はそれぞれの洲の盟主国の首相が兼任している。
そして、藤堂が防衛軍司令長官時代からヤマトに、現在は日本の国立宇宙技術研究所に肩入れしているように、それぞれの閣僚も母なる国に、母なる民族に有意識・無意識のうちに便宜を図ってしまうものなのだ。
藤堂の場合はそれが結果的に地球を救う事に繋がっていたが・・・別の人が同じ事をしても、誰が利して誰が損するか、どのような結果に転ぶかは誰にもわからない。
少なくとも今この場において、誰かの利になると思って提案した軍縮条約案は日本に、国立宇宙科学研究所へ致命的なダメージを与えかねないものであった。


「この三年間、我々地球連邦政府は何においても先ず、防衛軍艦隊の再編を目指してきました。」


軍縮条約案の発案者であるヨーロッパ洲代表、英国首相のエドワード・マグルーダーが、周囲に言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
藤堂は、この時期に軍縮条約案が提案された英国の思惑を既に察していた。
今日は連邦総会の年内最終日。今日の議会が閉じれば2週間の年始休暇に入る。
つまり、この場に居る多くの人物が徹夜議会になる事も翌日に延長する事も避けたいのだ。
そしてそれは、今日中に審議を終わらせ、採決に踏み切る可能性が高いことを意味している。
勿論、審議が結論付かなければ廃案になってしまうのだが・・・審議はあっさりと進んで今は提案者の最終演説。恐らくは事前工作が為されていたのだろう、そうでなければこんな博打めいた行動を起こすはずがない。


「ガミラス戦役の際には、我々は地球圏の経済復興を最優先しました。そのおかげで地球のリテラフォーミングを僅か2年で達成し、主要都市の復興と太陽系資源惑星への再進出を果たしました。しかし一方で、第一次環太陽系防衛力整備計画は設計の見直しもあり大幅に遅れ、結果としてガトランティス帝国襲来までに十分に戦力を揃える事が出来ませんでした。」


そう言うと、マグルーダー氏は一度口を閉ざして会議に出席している面々を見まわした。
一見して聴衆の反応を見ているように思えるが、藤堂には裏工作をした人物への目配せをしているように思えた。


「この反省に基づき、地球防衛軍は防衛力の再建と市民生活の復興を最優先事項として同列に定め、先だって無人艦隊と環太陽系早期警戒網の再興を行い、次いで防衛艦隊を再建しました。この方針はディンギル帝国戦役以降も変わらず、現在に至っている事は皆さんが良くご存じのはずです。」


頷きを以て同意を示す大統領以下の閣僚たち。その中には、藤堂が長官の時には副長官を勤めていた酒井忠雄現地球防衛軍司令長官もいる。
一方、マグルーダー氏を見つめる藤堂と真田の視線は厳しい。
藤堂は、条約案提出のタイミングについては推測がついたものの、イギリスが軍縮を提案する事そのものの真意を掴みかねていた。


「6月末に決定された第三次防衛計画は連邦傘下の各国で建造が順調に進んでおり、来年の5月には第三世代型主力戦艦級が41隻、再来年の2月にはアンドロメダⅢ級が20隻竣工する目算となっております。現状の防衛艦隊と合わせれば、アンドロメダⅠ級1隻、アンドロメダⅡ級4隻、アンドロメダⅢ級20隻、主力戦艦級は第一世代が3隻、第二世代が11隻、第三世代が41隻。戦闘空母は5隻、巡洋艦は第一世代が18隻、第二世代が5隻、第三世代が98隻。駆逐艦が三世代全部で137隻となっています。間違いありませんかな、酒井司令?」


話を振られた酒井長官は、ややしどろもどろになりながらも答えた。


「え、ええ。現在、地球本星防衛艦隊、内惑星防衛艦隊、冥王星防衛艦隊の復旧率は25%、太陽系外周艦隊は第2艦隊まで復活しております。しかし、第三次計画の艦が全て完成すれば、太陽系内の艦隊は50%、外周艦隊は第4艦隊まで回復します。」


自分の求めていた発言を引き出したことに満足したのか、こころもちマグルーダー氏の口角が上がった。


「最初に資料で示したように、新設計の戦艦を少数生産するよりも第三世代型の戦艦を大量に揃えた方が軍の運用能率、生産効率、そして民生への更なる投資額の面で非常にメリットがあります。地球連邦は即刻環太陽系防衛体制を完成させなければなりません。今、我々が必要としているのは、一匹のスズメバチではありません。百万のミツバチなのです。」


マグルーダー氏が演説を終えた刹那、北アメリカ洲代表、アメリカ合衆国大統領のブライアン・スタッフォードが両手を打ち始めた。続いて立ちあがったのは連邦財務相と外相。さらにはアフリカ代表までもが拍手を打ち始めた。
藤堂は、不愉快そうに片目を細めながら拍手をするアジア代表のワン・ドーファイと、鼻白んだジェスチャーを漏らす酒井長官を視界に入れて全てを理解した。


(つまり、今回の軍縮条約はワシントン軍縮条約の焼き直しというわけか。)


ヨーロッパ・・・というよりイギリスとアメリカは、半年前の審査委員会で中国が権謀を巡らせて主力戦艦級の座を射止めた事がよっぽど気に入らなかったのか。
手間をかけて反米・反英感情の強いアフリカを巻き込んで、ついでに白人で軍事に影響力を持つ外相と財務相を味方につけて、中国が第四次計画でアンドロメダⅣの座を取らないように技術的停滞を生みだしたのだ。
ただ一つワシントン軍縮条約との違いは、保有排水量の制限が条約前から係っている点だろうか。
彼らの計画のあくどいところは、一見するとこの提案が防衛戦力再生と経済復興の効率化のための政策に見える事だ。ある意味「錦の御旗」を掲げているようなもので、真正面からNoを叩きつける事を躊躇させている。


「それでは、これを以て審議を終了とします。」


地球連邦大統領が、拍手を抑えて最終的な採決を促す。
史上最も困難な時期の地球を統べた彼も、来年4月で任期を終える。来期も出馬するかどうかは分からないが、退職するにせよ続投するにせよ、ここらで業績が欲しいであろう。もしかしたら、イギリスとアメリカは彼なら裏工作しなくても賛成してくれると踏んでいるかもしれないと、藤堂は考えていた。
どちらにせよ、提案された時点で既に詰んでいた、というわけだ。
二人は最初から抵抗する手段を持ち合わせていなかった。


「ヨーロッパ洲代表のエドワード・マグルーダー氏が提案された軍縮条約案、賛成の方の起立を求めます。」


応、との声と共に立ち上がる者。胡散臭さに顔をしかめつつも彼らが掲げる建前を否定しきれずに立ち上がる者。
既に引退してオブザーバーでしかない藤堂と、局長とはいえ技術屋にすぎない真田は立ち上がらない。
いや、例え彼らに選挙権があったとしても、決して立ち上がらなかったであろう。
何故もっと早く気付かなかった、何故案の提出を許してしまったのか、という後悔が彼らの脳裏を渦巻いていて、採決どころではなかったのだから。


「満場一致と認めます。これを以て、軍縮条約案は、可決されました。以後、本案をヨコハマ軍縮条約と呼称いたします。」


この瞬間、彼らの九カ月間の努力は水泡に帰した。



あとがき



東北・関東大震災に被災された皆さま及び御家族の方々に、心よりお見舞い申し上げます。皆さまの安全と一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。


こんにちわ、夏月です。
Arcadia常連で被災された皆様、ご無事でしょうか。夏月は東京都民ですので震災こそ免れましたが、その後の交通・食糧をめぐる混乱が直撃しております。
こんなときこそ、ヤマト世界の地球人のように一致団結して事にあたるべきなのでしょう。
拙作で全く逆の世界を描いている自分が言うのもなんなんですが。

というわけで、第十二話では今まで本編・あとがきで薄らと言及していた各国のエゴが出てきます。
原作世界には「国」という行政単位は登場しませんでしたが、「地球連邦」ということは国々の集まりであろうということで、本作では「国」その上に「洲」が出てきます。国があるならば国同士の対立があるだろうと、本話では軍縮条約の話を登場させました。
国連総会をイメージして書こうと思ったのですが・・・そもそも会議の規模が違いすぎて参考になりませんでした。

次回第十三話で始動編は一旦終了します。計画のすべてをひっくり返された主人公たちがどのような起死回生の一手を打つか、期待しないで待っていたください。



[24756] 始動編 第十三話(前編)
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/04/10 02:25
第十三話


2207年 1月5日 0時44分 ――――――――――――――――――――――――


「万事、うまくいったようですね。」


「ああ、全て君の情報提供のおかげだよ。よくやってくれた。」


「祖国のお役にたてたなら、何よりです。」


「それで、今現在の奴らの反応はどうかね?」


「今日から仕事始めでしたが、皆が皆、死んだような眼をしています。あれでは、当分の間まともな活動はできないでしょう。半年近く続いた計画がオジャンになったのですから、当然と言えますが。」


「条約発効まで時間稼ぎできそうか?」


「ええ、その点は問題ありません。失意のあまり長期休暇を取ってしまった者も少なからずいます。その中には計画の中心人物だった人間もいますから、敗者復活はありえないと断言できますよ。」


「そうか、ならば結構。こちらとしても苦労した甲斐があったというものだ。」


「今回の条約を通すために相当無理をなさったようですが?」


「さあ、それは知らないな。今回の成果は、《各国駐在の大使》が御苦労にも事前に入念な根回しをしてくれたからではないかね?」


「・・・ええ、勿論ですとも。」


「よろしい。事前の打ち合わせ通り、今後は奴らが息を吹き返さないよう工作を進めてくれ。特に、抜け道の事は絶対に気づかれないように。」


「承知しております。ただ、藤堂と真田についてはこちらから手は出せませんが。」


「問題は無い。彼等はこちらで手を打とう。」


「有難うございます。・・・それでは、これ以上の通信は足がつくかもしれませんので。」


「ああ。また動きがあるまで連絡は断つ。くれぐれも気取られるなよ。」


「は。」


・・・

・・




2207年 1月5日 1時00分 ――――――――――――――――――――――――


「やはり、アメリカは裏工作にラングレーを使っていたようです。」


「つまり、君のような者が既に各国に潜り込んでいるというわけか。」


「私と全く同じかどうかは分かりませんが、そう考えてよろしいかと。細かい情報まで引っ張り出す事は出来なかったので、断定なことは言えませんが。」


「・・・ディンギル帝国戦役からわずか三年で、そこまで彼らの情報網が復活しているとはな。流石はかつて《世界の警察》を標榜していただけの事はある。」


「それは我らもそうですが。それより、本国の中にも既に居るかもしれません。」


「いや、間違いなくいるだろうな。もしかしたらこの建物の中にもいるかもしれん。」


「否定はできませんね・・・。」


「鼠狩りは本場のジェームス・ボンドに任せておきたまえ。とにかく、御苦労だった。日本にもアメリカにも気付かれないようにな。」


「今のところ、どちらにも気付かれてはいません、御安心ください。」


・・・

・・



2207年 1月8日 21時01分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト part 2」より《瞑想》】

篠田恭介は、失意のまま新年を迎えた。
薄暗い部屋を青白く照らすテレビをぼうっと見つめながら、ぼんやりと考える。
彼の脳裏では、同じ映像が延々とリプレイを続けている。
大晦日の早朝にかかってきた映像通信。
パネルに映った藤堂と真田の表情を見た瞬間、彼は二人が言わんとする事を察した。
2人は、決まったばかりのヨコハマ軍縮条約の大要をポツポツと語り始めた。

一、第四次環太陽系防衛力整備計画の2217年までの順延と第三次計画の2212年までの延長。
一、第三次計画完了後、第四次計画までの5年間は宇宙艦艇の建造を一切禁止する。
一、それに伴う、各国の戦略指揮戦艦・主力戦艦の保有率と、年間に建造可能な宇宙艦艇数の固定。
一、各国での宇宙艦艇の個別開発および建造は、これを禁止する。
一、条約によって浮いたそれぞれの国の予算は、8割は各国の復興支援用の特定財源として、残る2割は貧困国や国際的復興の資金として宛がわれる。
一、現在建造中の艦艇はその完成を許される。しかし、設計段階あるいは起工前の船はその限りではない。
一、既に竣工している、あるいは建造中の艦艇の艦種変更は認められる。
一、本条約は、2207年2月1日を以て効力を発揮する。

正確に言えば「軍縮」条約というよりも「軍拡禁止」「軍拡管理」条約である。しかも多国間で取り交わす約束事である「条約」ではなく地球連邦政府が下す「政令」なので、連邦傘下の国に批准を拒否する権利は無い。・・・しかし、言葉の些細などこの際どうでもいいことだ。
肝心なのは、第四次計画が10年先にまで延期されてしまった点だ。
「ビッグY計画」は、第三次計画に躍起になっている他国より先に次世代型の開発を始める事によって、第四次計画の査定時に技術的奇襲を以て主力戦艦級の座を射止めるというものだった。
それがどうだろう。3年後のはずだったゴール地点は遥か10年先へ。個別開発の艦艇の規格も10年間変更してはいけないときたもんだ。
それなら10年もの間、造船技師は何をしていればいいのだろう。
与えられた規格の中でやりくりする?
断言しよう、十年と言う停滞と泥濘の中で造ったものなど、奇抜と奇天烈に満ちたものにしかならない。
規格と言う名の束縛に耐えきれずに「ビッグY計画」を計画したというのに、あと十年もその苦痛が続くなんて耐えられたもんじゃない。

2人は、まるでワシントン・ロンドン軍縮条約の焼き直しだと言った。
ワシントン・ロンドン軍縮条約がもたらしたものは何か。
それは、役に立たない条約型戦艦の建造、代替戦力としての巡洋艦と空母を中心とした機動部隊の誕生。そして、遅すぎた条約明け型戦艦の登場。
おそらく、今度も同じ現象が起こるだろう。もしかしたら、五ヶ国だけが保有している宇宙空母の改装も、それを睨んでの事なのかもしれない。
それが宇宙艦艇でも当てはまるのならまだ話は分かるのだが、宙間戦闘において戦艦が不要たり得ないことは今までの歴史と過去の星間国家が証明している。
そして、10年の休日の間に新たな星間国家が攻めてきたとき、果たして第三世代型で対抗し得るのかなんて、誰にもわからない。

恭介は、更に思いを巡らせる。
知らせを聞いて研究所に集まった職員は皆、所長の詳細な説明を聞いて驚愕と失望の表情を浮かべた。
米倉さんと久保さんは、目尻に涙を浮かべていた。
・・・木村さんだけは、一瞬だけほっとした表情を浮かべていた。これ以上頭を悩ませる必要が無くなったから、一瞬だけ本心が顔に出てしまったのかもしれない。
所長から解散を告げられ、幽鬼のようにおぼつかない足取りで自宅へ帰る職員の波に流され、駅へ向かうバスに乗った・・・。

あの日以来、俺は研究所には行っていない。
所長には去り際に「有給を取る」とだけ言ったが、溜まっていた分はとっくに消化してしまった。今現在、絶賛無断欠勤中ということになる。
しかも、誰も心配してうちを訪ねに来ない。つまり、俺は見捨てられたというわけだ。


(こりゃ、クビだけじゃ済まないかもな。損害賠償請求が来るか?退職金なんて出ないだろうから、早く別の職に就かないと払うモノも払えないか。)


東京や名古屋などの巨大都市はともかく、太平洋沿岸以外の地方都市は復興がまだまだ進んでいないから、土木建築系ならばクチはあるだろうか。
技術畑に進んだとはいえこれでも宇宙戦士訓練学校を卒業した身、力仕事だってできないわけじゃない。
御国の技術士官からガテン系への180度転向は自分でもどうかと思うが、やってできないわけことはない。失意の男が自分を見つめ直す為に建築現場で住み込みの仕事をするなんて、まるで大昔の小説のようじゃないか。

恭介は自嘲めいた笑いを浮かべる。
さっきから、ろくでもない事ばかり考えている。
(夜風にでも当たるか・・・)
テレビを消し、緩慢な動作で無精髭を撫ぜながら上着を羽織ると、寝不足でろくに働いていない頭のまま玄関の戸を開け、外に出た。


2207年 1月8日 23時08分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋港


ふらふらと足の向くまま歩いて辿り着いたのは、港だった。
名古屋基地からは南にかなり離れているが、まぎれもなく名古屋軍港であった。
たしか、アパートから海までは6キロ近くあるはず。
ちょっと散歩するだけのつもりだったのに俺は何やっているんだ、と恭介は自分の所業に顔を顰めた。

びゅう、と海風が横から吹きつけてきた。
暖冬は言え、冬の港に吹く風は身に染みる。
恭介はブルゾンのファスナーを一番上まで引き上げ、襟の中に顎を仕舞い込んだ。
海を眺める視界一面に、色鮮やかな灯りが点っている。
夜空の星のものか、工業地帯の照明なのか、はたまたそれらが海面に映ったものなのか・・・正直、恭介にとってはどうでもいいことであった。
目の前には、5階建てに相当するであろう高い壁。闇の先まで続く壁の上に屋根が乗っかっていて、ひどくシンプルなデザインに見える。
何かのドックだろうか、と考える。

恭介は踵を返すと、吹きつける風に押されるように惰性に任せたぎこちない足取りで道路を渡った。
今更ながらに歩いた疲れを感じ、渡った先の事務所らしき建物に続く階段に腰を下ろした。金属製の階段の冷たさがジーンズ越しに伝わるが、他の場所を探す気にもなれず、そのまま座った。
既に全員退社しているらしく、事務所にも階段にも電気は付いていない。街灯の灯りだけが僅かに足元を白く照らしている。
広げた両膝に肘をつき、間に両手をだらりと垂らして力なく俯いていると、周りの音が大きく聞こえてくる。

―――波が寄せる音、隙間風が鳴る音、街路樹がざわめく音。
目を閉じてそれらのざわめきに耳を傾けていると、やさぐれていた心が少しずつ落ち着いていくような気がする。

―――寄せ波と引き波が重なる音、遠くで車が走る音、轟々と巨大な何かが空を横切る音。
見上げると、轟音とともに赤と緑の流星が次々と上空を流れていく。
どうやら、宇宙輸送船団が単縦陣を組んで西から東へと航過していくようだ。
方角と高さからして、東京港へ寄港するのだろう。

―――枯れ葉が転がる音、重機が軋みを上げる音、携帯の着信音。


「・・・・・・携帯?」


慌ててジーンズの左ポケットをまさぐって携帯電話を取り出す。ディスプレイに表示された着信の相手は、あかねだった。
電話に出るべきかどうか迷う。
携帯電話をみつめたまま躊躇すること暫し、着信は唐突に途絶えて、残滓のように薄く光るディスプレイだけが残った。
ふぅ、と安堵の溜息をついて、恭介は着信履歴となったディスプレイを見つめる。


「あかねには・・・、悪い事しちまったなぁ。」


正直、今は一人にしておいてもらいたい。
ましてや、あかねに無様な俺の顔を見られたくない。
電話に出たところで、どんな話をすればいいのか分からない。
あかねの話につきあってやる心の余裕がない。
そんな後ろ向きな気持ちが、恭介に通話ボタンを押すことを躊躇わせていた。
そんな心情を知ってだろうか。

―――――プルルルル!

「!!」


再びの着信に体がビクリと震える。今度は、由紀子さんの携帯だ。
あかねの携帯で繋がらなかったから、由紀子さんが心配して掛けてくれたのだろうか。
・・・心配してくれるのは有り難いが、やっぱり無視させてもらおう。母親的存在な分、ある意味あかねよりも顔を合わせづらい。

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

・・・もう10回もコールしてるけど、一向に鳴りやむ気配が無い。しまった、留守メモ設定がオフになっているのか。

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

20回コールしてもまだ止まらない。なんだかホラー映画のワンシーンみたいで段々怖くなってきたぞ?

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――


30回・・・ここまで来ると、電話に出たら化け物に変化してしまうんじゃなかろうか?と邪推したくなる。“記憶の向こう側”に行ってしまうのは嫌だなぁ。

とまぁ、二階堂さんに借りたマンガのネタはともかく。
さすがにここまで鳴り続けると・・・出ざるを得ないよなぁ。「寝てて気づかなかった」と言い訳もできるだろうが・・・後が怖い。由紀子さんに嘘がバレたときはもっと怖い。笑顔で背後に黒いオーラが見えた時は最凶に怖い。
生唾を飲み込み、通話ボタンをタッチする。
顔は合わせづらいので、カメラ機能はカットした。ディスプレイに“SOUND ONLY”と表記される。これで、相手の携帯には俺の顔は映らない。
カメラを使わないので携帯のスピーカー部分を耳に当てて、

ピッ


「はい、もしもし。」


電話に出た。




あとがき

幾度にわたる宇宙人の来寇にも負けずに復興を遂げる力強い地球人・・・の御先祖の皆様方、こんにちわ。夏月です。
余震が続く中ではありますが、頑張って投稿を続けております。
前回のあとがきで「今こそヤマト世界の地球人を見習って一致団結すべき」と書いたら、似たような事を大手雑誌で主張されている方がいてビックリしました。
私ごときが考えることはお偉い人も考えるんだな・・・と当たり前の事に気付いた次第。

さて、早速ですが謝罪を。

13話で終わりませんでした!(爆)
苦し紛れに(前編)とか書いたけど、自分で自分をごまかしきれません!
あまりにも長くなってきたので、いつも投稿している文量を超えた時点で区切って、
先に投稿いたします。もしかしたら中編も・・・ゲフンゲフン。
まぁ、1クールアニメ最終回のようにオープニング削ったり中身を省略したりして「原作殺し」(オリジンブレイカー)にならないだけ、小説はまだいいですね。

そういえば、いつのまにかPVが2万を突破。こんな作品を読んでいただき感謝感激。ひとえに皆様方のおかげでございます。m(_ _)m

今回の内容については・・・恭介ヒッキー街道まっしぐら中。名前の元ネタとなった某ミッションリーダーにそこまで似なくてもいいのに、と筆者も呆れたり。ネガティブストーリーは心情描写が大変なんだチクショウ。

次回こそは始動編最終回(予定)。本作タイトルの謎が明らかにできるはず。
それでは、今回のあとがきはこれにて。
最後に魂の叫びを残しつつさようなら。


七猫伍長様~!!生存報告だけでもお願いします~!!!



[24756] 始動編 第十三話(中編)
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/04/10 02:21
頭の上がらない由紀子さんからの電話。
・・・電話になかなか出なかった事を何て言い訳しよう。
想いを巡らせつつ、恭介は通話ボタンを押した。


「――――――――――――――――はい、もしもし。」


「コォオラアアアアアァァアアアァァァアアアアアアァアァアァア!!」


キ―――――――――――――――――――――――――――ィィィィン・・・・・・・・

ほ、星が!星が見えまスター!?
あれ!?ゆ、由紀子さん?由紀子さんはいつからあかねにジョグレス進化したのですか―!?


「ちょっと恭介!いるんだったら最初から電話に出なさいよ!怪我とか病気とかしてんじゃないかと思って心配したじゃない!ってアレ?画面が出てこないよ?」


「・・・怪我なら今したぞ、特に右耳が。てか何であかねが由紀子さんの携帯で掛けてるのさ。」


そう、ディスプレイに映っているのはパジャマ姿のあかねだった。
薄いオレンジ色をした冬物の寝間着に身を包んだあかねは、前回帰省した時に見たのとは違った意味で大人しい――柔らかな印象を見せる。


「いや、私の携帯で出ないからお母さんのならと思って。それより、画面が映ってないんだけどどうなってんの?」


携帯を変えれば出るかもってどういう発想の仕方だ。
しかもその考え方は、自分が着信拒否されている事が前提になっていることに気づいていないのか、こいつは。


「たまたま出なかっただけだよ。気にすんなって。」


「うーん、なーんか釈然としないけど、まぁいいか。それはそうと、なんでSOUND ONLYなの?」


「な、なんのことだ?」


「ふざけてると殴るよ?」


お前はテレフォンパンチができるのか、そうですか。


「う、うるさいな。髭剃ってないんだ、人様に見せられる顔じゃないんだよ。」


「髭?あんたって髭濃い方だったっけ?」


・・・しまった。とっさに髭面を言い訳にしてしまったが、仕事に出ているなら髭は毎日剃っていないとおかしいじゃないか。


「それよりどうしたんだ、こんな夜中に。何か急用でもあるのか?今は忙しくて手が離せないんだが。」


「いや、恭介にお願いしたいことがあったんだけどね。それはおいといて、画面出してよ。髭面でもいいから。」


「いや、断る。で、何のお願いなんだ?」


「顔みせて。」


「殴るぞ?」


「電話越しに殴れるわけないじゃん。」


「・・・お前、本当にいい加減にしろよ。」


声のトーンが低くなり、口調が変わる。
あかねのしつこい追及に、イライラが募る。
収まってきていたささくれが戻ってくる。
あかねは唇を尖らせ、訝しがるような顔で俺――といってもあかねが見ているのは自分の携帯のレンズだが――を見つめている。


「・・・ねぇ恭介。あんた、何かつらいことでもあったの?」


「――――――――――――なんでそう思うんだよ。」


「いつもと全然調子違うじゃない。イライラしてるし、切り返しもうまくない。ねぇ、何かあったの?」


「うるせぇな、あかねには関係ない話だろ。」


「・・・否定はしないんだ。それに、今忙しいってのも嘘ね。恭介、いま海の近くでしょ。船の汽笛の音が聞こえるもん。」


「だからなんだ。俺がどこで何していようと勝手だろ。」


「勝手じゃないわよ・・・!そういえばさっき、髭面って言ってたわよね。まさかアンタ、ずっと仕事に行ってないとか言うんじゃないでしょうね?」


「なんだ、お説教でもするつもりなのか?」


不機嫌を全開にした声で拒絶する。
正直、今の俺には余計なお節介にしか思えない。俺がいつもの調子じゃない事は分かる癖に、そんなことも察してくれないのか、こいつは。


「本気で言ってるの?それ。本当に怒るわよ?」


そうだ、こいつは昔からそうだった。人の気持ちも知らないで一方的に自分の感情をぶつけてきて、そのくせ自己完結して終わっちまうんだ。

そうだ、あのときだって・・・

恭介は慌ててかぶりを振って、陥りかけた思考を追い出した。
俺の事はそっとしておいてくれ、お願いだから、これ以上俺の気持ちを掻き乱さないでくれ・・・!





「っせぇってんだよ!!もう俺の事は放っといてくれっ!!」





我慢できなくなった恭介の怒声が、無人の港に響く。


「・・・ッ!!」


あかねが息を飲む音が聞こえる。画面を見なくても、怯えた表情をしているのが容易に想像できる。僅かに罪悪感が胸を突くが、かまうものか。


「なんなんだよお前は!いちいちウゼェんだよ!俺にかまうんじゃねぇよ!!」


心にもない罵倒の言葉が次々と口を衝いて出る。負の衝動に任せて発せられる音が夜の空気を震わせ、闇に染み込んでいく。
今まで、ここまであかねに感情をぶつけた事があっただろうか。
いや、無かった。俺はあかねとは、冗談や軽口を叩き合える関係を築いてきた。
しかしそれは、見方を変えればお互いに本心――感情を隠す仮面を被った関係であった。
もしかしたら、これが初めての喧嘩になるのかもしれない。
と言っても、俺が一方的に喧嘩を吹っ掛けているだけなのだが。

やがて息切れした恭介が黙ると、周囲に歪な静寂が戻る。
電話の向こうからは、一言も聞こえてこない。
不審に思って耳から携帯を外してディスプレイを見ると、いつのまにか画面は真っ白になっていた。
通話が切れているのかと一瞬思うが、名前と11ケタの電話番号は表示されている、
どうやら、俺と同じようにカメラ機能をオフにしたようだ。


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト part 2」より《大いなる愛》】


「・・・放っとかない。」


互いに沈黙すること暫し。
こっちから通話を切ろうかと思い始めた刹那、さっきまでとはガラリと変わったあかねの声が耳を打つ。


「放っとくわけ、ないでしょう?」


ぐし、と鼻をすする音がする。
まさか泣いているのか、あかねは。こいつは、これくらいの事で泣く奴だっただろうか?


「家族だもん。心配して、当たり前じゃない。妹が兄さんの心配して、何が悪いのよ。」


時折声を上ずらせながら、言葉を不器用に紡いでいく。
「妹」「兄」という言葉に眉がピクリと動く自分が、少し嫌になる。


「兄妹で支え合うの、当然の事でしょ。兄さんが落ち込んでたら、励まそうって思うじゃない。」


「・・・・」


いつもの快活な声とも、さっきのような元気過ぎて鼻につく声でもない。
まるで病院で初めて会った頃・・・半年前にも見せた昔のあかねのようだ。
呼び方も、昔のように「兄さん」に戻っている。


「それを何よ、かまうなって。・・・私のこと、そんなに嫌いなわけ?話もしたくないの?」


「・・・・。」


「半年前もそうだった・・・。兄さん、私がたまには帰ってきてって言っても結局返事しなかったじゃない。メールだって電話だって、兄さんの方からは絶対に来なかった。」


涙声が雨垂れのようにポツポツと響く。
一体なんだ、この展開は。
先程のイライラはすっかり収まってしまって、まるで酔いが一気に引いたような後味の悪さだ。
あれだけ暴言を吐いたんだ、あかねが怒って通話を切ってしまって御終い。そうなるはずだったんだ。
何故、俺はあかねを泣かせてしまったんだ?
何故、あかねはあのくらいの暴言で、泣くほどまで傷ついてるんだ?


「返事してよ、兄さん・・・。グスッ・・・そうなんだ、そんなに、私と話するの厭だったんだ・・・!」


「・・・なんで、俺にきつく言われたくらいで、そんなに泣くんだよ。」


つい、疑念が口を衝いて出てしまった。





「!!・・・そんなの、兄さんの事が好きだからに決まってるじゃない!!」





「・・・ッ!!」


「嫌いになってほしくないからに、決まってるじゃない・・・!」


今度は、俺が息を飲む番だった。

あかねが、俺の事を「好き」だと言った。

鼓動が跳ね上がる。
憂鬱な気分、卑屈な感情が全部吹き飛ぶ。
空いた心の隙間を、あかねの声が埋めていくような錯覚。
冬風で冷たくなっていた頬が暖かくなっていくのが分かる。

もし、こんな時じゃなくて、もっとロマンチックなシチュエーションの時に告げられていたら、「誤解」してしまったかもしれない。俺も、とんでもないことを口走ってしまったかもしれない。

でも。
――――あかねの涙ながらの告白は、俺にとっては本当に唐突過ぎて。
――――「兄さん」の言葉にちっぽけな拘りと諦めを抱いていたから。
俺はあかねの言葉を、ちゃんと「正しく」「文字通りに」理解できたんだ。


「・・・ハハッ、」


知らず、笑みが漏れる。


「・・・兄さん?」


「そこまで妹に慕われていちゃ、無碍に扱う事も出来ないな。」


できるだけ明るい声で、あかねを安心させるように答える。
密かに想っている女性に「好き」と言われた嬉しさと、「兄として好き」と断定されてしまった痛みを押し殺して隠すように。
「兄の事が好き」と言われた時点で、俺に脈が無い事は決定的だ。つまり、俺は振られた・・・しかもカッコ悪いことに不戦敗なのだ。
悲しくないわけがない。ヘコまないわけがない。
でも今は、俺の所為で泣かせてしまったあかねを宥めるのが先だから。
今は、「好き」と言ってくれただけで満足だ。
それだけで、俺は虚勢を張る事ができた。


「悪かったな、あかね。確かにお前の言うとおり、イライラしてたみたいだ。」


「えっ・・・。あ、うん。」


俺の突然の変わりように戸惑っているのが手に取るように分かる。
そりゃそうだ、さっきまでとは180度違う態度だもんな。


「もう大丈夫だ。お前に全部ぶちまけたら、スッキリしたよ。いろいろと酷い事言って、ごめんな。」


「う、うん。色々と言いたい事はあるけど・・・、兄さんが謝ってくれるなら、まぁ、許してあげる。本当にもう平気なの?さっきみたいになったりしない?」


ならないよ、と優しく言ってやると、イヤホンから安堵のため息が聞こえてくる。
涙声になるぐらいだ、よっぽど怯えさせてしまっていたんだろう。
八つ当たりで妹を泣かせるなんて兄として最低だ、と後悔する。


「本当にすまなかった。お詫びに、何でも一ついう事を聞いてやるから。」


「え?あ・・・えっと、じゃあ、あの。携帯。顔・・・見せて?」


「そんなんでいいのか?」


「と、とりあえず!後は、改めてまた言うから。」


「一つって言ったんだけどな・・・。」


苦笑いしつつ携帯を操作。
カメラ通話モードを選択。ハンズフリー機能と夜間通話用のライトが自動的に設定される。
ディスプレイに映った自分は、一週間以上剃らなかった髭の所為で思ったよりもみずぼらしい。


「ほらよ、これでいいか?」


「・・・確かに、ひどい顔になってるわね。何日ほったらかしにしたらそんな髭モジャになるの?」


「ほっとけ。ほら、俺が画面出したんだから、お前も顔出せ。」


「何でも聞いてくれるんじゃなかったの?」


「俺が何も要求しないとは言ってないぞ。」


ズルいわねぇ、と文句を言うあかね。
そう言いながらもカメラを準備してくれるあたり、全く以て素直じゃない。
―――ようやく、いつものあかねに戻ってくれたようだ。
しおらしいあかねも可愛いけど、やっぱりこいつは元気でなくちゃな。


「なんだ、お前だって酷い顔じゃないか。人の事言えないな。」


「ひ、ひどいって何よ。もう・・・本当、馬鹿なんだから。」


直前に涙を拭ったらしく、ディスプレイに映ったあかねの頬には涙が流れた跡は無かったが、眼も頬も赤く染まっていた。
でもそれは、満開の桜のように綺麗な笑顔だったのだ。


「で、仕事は大丈夫なの?その様子だと、しばらく家から出てないでしょ。」


「まぁ、正直無理かもしれないけど。一応頭下げて、もう一度働かせてもらえるよう頼んでみるよ。」


「万が一クビになっちゃったら、一度ウチに帰ってきてね?母さんも恭介が帰ってきたら喜ぶから。」


「コラ。兄の解雇を願うんじゃありません。」


静かな笑いが漏れる。
オレンジ色の街灯しかない暗い路が、今ではとても暖かだ。

その後、しばらく以前のような会話を楽しんだ。


「あ、恭介。そういえば結局、アンタ何で海にいるの?」


すっかり調子を取り戻したあかねが、ついでに思い出したように訪ねてきた。


「へ?あ、いや。なんとなくフラフラ~と歩いてたらな。ていうか、いまだに此処がどこだか正確には分からん。」


「ちょっと、大丈夫なの!?ちゃんと帰れる?警察呼んどこうか?」


俺は迷子のガキンチョか。そして東京から呼ばれてもお巡りさんも困るだろう。そして来たら来たで今度は俺が困る。


「まぁ、後で携帯のGPSを使えば分かるんだけどな。え~と、今ここはどこなんだ?」


立ち上がって道路の左右を確認。当然ながら人っ子一人どころか虫一匹いやしない。
電話を自信の正面に掲げながら悠々と道路を渡って、さっき見上げていたドックへ向かう。ドックのフェンス沿いに歩けば看板ぐらいあるだろう。
果たして、それは見つかった。出入り口のゲートと銅板製のプレートを見つけたのだ。


「えーと、ここは。・・・ああ、第四特殊資材置き場か。結構遠くまで来たもんだなぁ。」


今は12時過ぎだから・・・ここから歩いて帰ったら家に着くのは2時近くか。いっそタクシーでも使うか?・・・こんな姿の客を拾うタクシーなんかいないか。


「特殊資材置き場?何それ、特殊資材って。」


「ああ、ガミラス戦役で地球が干上がった時に、世界中で海底に沈んでいた船舶や飛行機を資材として回収したんだよ。で、それを保管してあるのが特殊資材置き場。日本は日本籍のものと日本近海のものを回収して、いろんなところに分散して備蓄してあるんだ。ここは名古屋第四だから―――」


そこから先は声が出なかった。
頭の中を、衝撃にも似た強い閃きが走る。
数多の単語が頭を駆け巡り、一筋の道を作り上げる。

――保管されている「資材」、いや「軍艦」――

――ヤマト――

――修理資材――

――改装――

――ヨコハマ条約――

――禁止条項――

・・・戦闘空母!!


「あかね!!」


「ふぇ?な、なに?どどど、どうしたの?」


「サイッッッッッッコウだよお前!素晴らしい!天才!ブラボー!マーベラス!」


「え?え??えええ?なななな何?」


電話の向こうから困惑を通り越してテンぱっている声が聞こえる。
だが知ったこっちゃない。今、俺のボルテージは最高潮に跳ね上がった!!


「ホンットーに偉い!すげぇよ!好きだ!愛してる!!んじゃ俺、急用が出来たから切るな!」


プチッ


スピーカーから何やら叫び声が聞こえたような気がするが、それどころではない。
素早く携帯から電話帳を呼びだし、掛けたのは飯沼局長の携帯電話だった。


あとがき

ニコ〇コ動画でPS2版ヤマト三部作のプレイ動画をお気に入り登録されている皆様、こんにちわ。夏月です。

第十三話(中編)を投稿いたします。やっぱり前後編では終わらなかったZE。
今回はひたすら恭介とあかねの会話。ぶっちゃけ、ここの執筆に時間と文量がかかって投稿が延びに延びました。申し訳ありません。
細かいことはこれ以上申しません。後編にてようやく始動編は終わり、続いて建造編(四話程度を予定)に移ります。
それでは地震で壊れたアンドロメダの模型を修理しつつ、
ここらであとがきを締めるとしましょう。
次回も誰かの怒声が響きます。

(フルメタのあとがき風に締めてみた。)



[24756] 始動編 第十三話(後編)
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/04/23 15:02
第十三話(後編)


プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。ブチッ。

耳にあてたスピーカーから、通話先の相手が息を吸う音が聞こえる。
夜中だから起きているかどうかが心配だったが、局長は幸いにも3コールで電話に出てくれた。ありがたい話だ。


「もしもし、きょくty」


「ぶるるるるるあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」





キ―――――――――――――――――――――――――――ィィィィン・・・・・・・・





ほ、星が!星が再び見えまスター!?
あれ!?局長?局長はいつから国連横浜基地司令にジョグレス進化したのですか―!?


「篠田テメェ、よくもいけしゃしゃあと電話かけてきやがったな!手打ちにしてやるからそこに直れぇぇぇぇ!!」


ひぃぃぃぃ!修羅が!仁王がいる!悪鬼羅刹が画面いっぱいに広がっているぅ!!


「お、落ち着いてください局長!謝罪します!謝罪しますからカメラから離れてぇ!」


「じゃかあしいわ!いまどこにいる!家か!東京か!イスカンダルか!」


「イスカンダルはとっくに爆散してます、局長!」


ディスプレイ越しでも致死レベルの形相をした局長が吼える。このままではとてもじゃないが話を聞いてくれそうにない。


「きょ、局長殿!御怒りはごもっともですが落ち着いてください!とても重要なお話があります!」


「有給休暇を差し引いても二日間も無断欠勤した奴が今更何の用だ!退職届を書いたんなら持ってこい!その場でタバコの種火にしてくれるわ!」


「違います!『ビッグY計画』の事です!まだわずかに希望があるかもしれないんです!」


【推奨BGM:「MUV-LUV Alternative」より《凄乃皇》】


ピタッと局長の雄叫びが止み、無表情になる。


「・・・どういうことだ、篠田。時間稼ぎで言ってるんじゃないだろうな。」


「俺がこの件で嘘や冗談や時間稼ぎをしたりはしませんよ。俺は今外にいて資料が無いんで確認してもらいたいんですが、ヨコハマ条約で保有や建造が禁止されるのは何の艦種ですか?」


疑惑の目を向けながらも、「ちょっと待ってろ」と言って画面から外れる局長。
僅かに聞こえるキーボードの音。
パソコンのファイルを開いているようだ。


「あったぞ。保有率が固定されるのは戦略指揮戦艦・・・つまりアンドロメダ級だな。それに主力戦艦。あと、宇宙艦艇全体が建造数を固定される。各国での開発もストップだ。・・・見れば見るほど腹が立つ内容だな。」


「ということは、第三次計画の延長と第四次計画の順延を合わせて考えると、条約発効以降は従来型の巡洋艦以下の艦艇しか造れないということですね?しかも隻数制限付きで。そして2212年から2217年までは一切艦艇を造れない、と。」


「ああ、まぁそういうことになるな。」


「局長、その中に宇宙空母の規定はありませんね?」


「宇宙空母?・・・あぁ、そういえば無いな。」


「あと、もうひとつ。条約発効時に建造中の船は完成を許される。そうでしたね?」


「ああ、そうだ。で、だからなんだってんだ。」


「――局長。俺いま、名古屋第四特殊資材置き場の前にいるんですよ。」


「第四?それがどうした。あそこはヤマトの修理資材が置いてあるところだろう。もう用済みになっていてほったらかしだけど。」


「重要なのは修理資材じゃありません、『信濃』ですよ。良いですか、局長。修理資材として保管している航空母艦『信濃』を、宇宙空母として改装するんです。」



恭介は、目の前の青銅色の看板を見ながら回想する。
ヤマトが再就役されるとき、装甲板などの修理用資材の不足が問題となった。
地球防衛軍は資材を確保するために、海底に沈んでいた『武蔵』と『信濃』を解体して資材にする――いわゆる共食いである――計画を立案。その際、損傷が激しい『武蔵』を先に解体し、右舷後部の被雷孔以外は殆ど被害の無かった『信濃』は後回しにされたのである。
ガミラス戦役後に海が回復すると、日本の管轄に回された『信濃』はサルベージされ、『武蔵』の残骸と共に第四特殊資材置き場に保管されることになったのだ。
ヤマトの約4年間の艦歴の間に、『武蔵』の残骸は全て消費され、『信濃』は平面の多い飛行甲板から順次剥ぎ取られてヤマトの予備部品と姿を変えていたのである。
恭介の思いついた計画とは、まだ船体の多くを残している『信濃』をベースに、短期間で宇宙空母へ改装しようという案だったのだ。


「空母といっても、ご存じの通り地球防衛軍の空母は航空戦艦みたいなものですからね。宇宙空母って名目で造っても実質的には宇宙戦艦になります。先に船体ありきの建造になるんで積める装備積めない装備が出てくるでしょうが、2月1日のタイムリミットに間に合わせるには、資材を調達して一から造るよりは圧倒的に早いでしょう?」


ちなみに、ついでに航空戦力の充実を主張している恭介の意向も反映されて、恭介にとっては願ったり叶ったりな案でもある。


「しかも『大和』の姉妹艦を素材に使うわけだから、文字通りヤマトの後継艦になるわけか。成程、確かに理にかなった話だ。」


「戦艦を造るわけじゃないから、ヨコハマ条約にも既存の条約にも抵触しません。」


「・・・いや、待て。いくらベースとなる船体が既にあるからといって、今から新たに設計図を起こしても2月1日の条約発効には間に合わないんじゃないのか?さすがに設計図がないのに起工式だけ済ますわけにはいかないだろう。」


「局長、なんの為に『信濃』を使うと思ってんですか。宇宙戦艦ヤマトの設計図はまだ残っているでしょう?それを流用すればいいんですよ。艦の後部だけ飛行甲板にして、他の部分は全てヤマトをベースにするんです。それなら、残っているヤマトのスペアパーツも消化できて一石二鳥ですよ。都合のいい事に『信濃』の飛行甲板は前半分だけが解体されて資材になっていますから、残った後部飛行甲板はそのまま活用できます。」


「しかし、空母の『信濃』と戦艦の『大和』では装甲の厚さが全然違うだろう。・・・いや、そこは複合装甲にすればなんとかなるな。ヤマトよりは防御力が低くなるが・・・それでも大分マシになるか。」
局長はぶつぶつと聞き取れない独り言を呟く。そして、視線をこちらに向けると「うん。造ろうと思えば造れない事も無いな。」と支持してくれた。
どうやら、局長も乗り気になり始めたようだ。よし、これならイケるかもしれない・・・!


「しかしな、お前は一番大事な事を忘れているぞ。」


「なんですか?」


「『ビッグY計画』は本来、第四次計画の主力戦艦級に採用されて量産型ヤマトを造るのが目的だっただろう。『信濃』を改装してヤマトに似た船を一隻造ったところで、量産できなければ意味が無いんだ。それこそ、目的と手段が入れ替わっているんだよ、バカモン。それに、『信濃』を建造したところで予備資材はどうする?当時の戦没艦はあらかた回収して資材にしちまったから、損傷したって修理ができない。修理ができない艦を造ったってしょうがないじゃないか。」


恭介は鋭い指摘に声を詰まらせた。
確かに、『信濃』を造れば第四特殊資材置き場に置いてある鉄鋼はすっからかんになるだろう。
そうしたら、どこから重金属の装甲を調達する?
今現在の軍用装甲板の生産ラインは殆どが軽金属を使ったものだ、スペアパーツの確保は難しい。
そうか、例え一隻造れたとしても量産ができなければ、計画が成就したとは言えないのか・・・。

反論できない。折角の希望がへし折られていく。
すると、恭介が押し黙ってしまった事を察して電話口から「はぁ~、しょうがねぇなぁ、てめぇは。」という呆れた声がした。


「お前は条約の原文は読んでなかったんだよな。それならしょうがない、許してやろう。いいか、考えてみろ。2月以降は新型艦の設計ができなくなり、5年後には建造自体が一旦終了する。それはつまり、5年間は条約発効前に造られた艦型しか建造できないという事だ。従って・・・・・・んん?」


「局長?どうしたんですか、話の途中で。」


「んん、いや、ちょっと待て。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか、そういうことだったのか。クソッ、あくどい真似をしやがる。」


突然黙り込んだかと思うとパソコンへ向きを変え、ひとしきり考え込んだ後に顔を歪めて誰かを罵る局長。一体何があったんだ?


「まぁいい、話を戻そう。2月までに起工式を済ませてしまえば、5年間の建造可能リストに宇宙空母を載せる事が出来る。あとは、決められた建造可能隻数を全部宇宙空母で埋めてしまえば・・・。」


「・・・実態としては量産にかなり近くなりますね。」


「そう。つまり『信濃』を建造する事は、未来への布石になるというわけだ。予備資材が無くなったなら、それはそれで割り切っちまえばいい。ヤマトから引き継ぐべき事は重装甲以外にも沢山ある。重装甲にできないのは残念だが、将来的には軽金属を使った頑丈な装甲ができるかもしれない。とりあえずは軽装甲で大量に造っておいて、あとで張り替えりゃ済むんだ。」


「なんだ・・・。じゃあ、『信濃』を造る事は十分に意味があるんですね。分かってたんなら質問しないでくださいよ。驚いたじゃないですか。」


「あのくらいの反論でぐうの音も出ないようじゃ、まだまだ駄目だな。言い訳を即興ででっち上げる位の柔軟性は持っていろ。只の思いつきで戦艦一隻造るわけにはいかないんだから、上を説き伏せる屁理屈ぐらいは考えておけ、バカモン。」


「そんなこと、5分前に思いついたばかりの俺に求めないでください・・・。」


「ふん。その酷いツラじゃあ仕方ねぇか。どうせずっと引き籠ってたんだろ。てか何でお前、第四置き場なんかにいるんだ?」


「そこも触れないでください・・・。」


―――――――言えない。なんとなく歩いてたらたまたま流れついたなんて、二重銀河が爆発しても言えない。
ましてや妹と電話で口喧嘩してたなんて、銀河が交差しても絶対に言えない。
またひとつ、大きなため息をつくと局長は「とにかくだ」と話を切り替えた。


「俺は今から真田と藤堂さんにこの事を伝えて、防衛省へ掛けあってもらう。上からは『ビッグY計画』の中止はまだ通達されていない、まだ交渉の余地はあるはずだ。お前は研究所まで来られるか?」


「三日間無断欠勤した人間が行っていいんですか?」


「再来年まで有給は無いと思え。それで手を打ってやる。」


「!!・・・局長、ありがとうございます!」


「俺もすぐにそっちに行く。今から研究所の連中に非常呼集をかけて、『信濃』の再設計にあたれ。他の奴らにはお前は有給休暇とだけ言ってある、心配するな。安心して仕事にかかれ。」


「はっ!!」


地球防衛軍式の敬礼をする。

・・・閉ざされたはずの未来から、一筋の光が差し込んできた。
これからの三週間が日本の将来、ひいては地球の将来を決める。
気持ちが昂っていくのが分かる。
一週間前に消えたと思っていた情熱は、まだ心の奥底には残っていたようだ。


「さて、と。」


携帯を切って待ち受け画面に戻し、遠くを見据える。

冬の港に吹く風は冷たく。

壁沿いにまばらに光る街灯の明かりは、行く道を照らすには心許ない。

それでも、不思議と不快には感じなかった。

先の見えない薄暗い道でも、足元を見据えて一歩一歩確実に踏み出していけば、いずれは明りの灯った大通りに出るだろう。

そうすればきっと、目的地まではあっという間だ。

ならば、今はひたすら前だけを向いて歩くのみだ。


あとは・・・タクシーがこの辺り通ってくれないかなぁ・・・。




《おまけ》


『ホンットーに偉い!すげぇよ!好きだ!愛してる!!』


「えええええええええええええ!!!す、すすすすすあああああああ?」


プチッ
ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、


「え、きょきょきょ恭介?すすす、好きって言った?好きって言った!?ねぇ恭介?ツーツーツーじゃ分かんないって!」


ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、


((好きだ!好きだ!好きだ!好きだ!好きだ・・・・・・・・・・))


「あかね?どうしたの?恭介君とは電話繋がった?」


((愛してる!!愛してる!!愛してる!!愛してる!!愛してる・・・・))


「かかかかか。ききききわわわわすすすすす!」


「ど、どうしたのあかね?顔が尋常じゃないくらい真っ赤よ?」


「け、けけけ携帯、かかか返すね。お、おぉおおぉおおお休みなさい!」


(!! こ、この子、眼が・・・)


ドタドタドタ、バタン! ボフッ ジタバタジタバタッ


(画面には恭介君の電話番号。一応は繋がったみたいね。それにしても、何が起きたらあかねがあそこまで動揺するのかしら。)


『~~~~~~~~~~~~~!!』


(自分の部屋でまだ悶えてる・・・。よっぽど恥ずかしい事を言われたのかしら?でも、恭介君がそんなことをするとも思えないんだけど。それより、あの子の眼・・・。)


『~~~~~~・・・・・・・・・・         』


(やはり、そういうことなのかしら。厄介なことになったわね・・・。)







あとがき

波動カートリッジ弾の中からこんにちわ、夏月です。
こぉこ~は、あーったかーな~、(タキオン粒子の)うーみぃ~だーよ~~。
(song by ラ〇カ)

第十三話(後編)を投稿し、始動編をこれにて終了とさせていただきます。
おまっとさんでした、ようやく『信濃』が出てきました。
こいつが『信濃』から『シナノ』に変わるわけです。いや~、やっとこさ名前が出てきました。長かったよう・・・。
何故この小説のタイトルが「ムサシ」でも「まほろば」でもないのか、御理解いただけたかと思います。

さて、次回からは建造編を四話程度の予定(予定は未定)で投稿した後、出港編、出撃編と続いていきます。
出港編と出撃編は何が違うのかって?
俺にもよう分からん。
お色気シーンでも入れれば少しは違いが出るかしらん?

何はともあれ、今後も続くシナノの行く末を、これからも温かく見守ってくださいませ。



[24756] 建造編 第一話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/06 22:18
2207年 1月10日 1時01分 ――――――――――――――――――――――――――


「先に一報は受けている。一体どういう事だね、これは。」


「・・・何とも弁解のしようもありません。」


「君への処分は後回しだ。先ずは経緯と現状を聞きたい。」


「は。8日2412時、突然非常呼集がかけられ、職員は全員研究所に参集しました。2529時、飯沼が研究所に到着。その場で説明と指示を受けました。それ以降は不眠不休で作業に追われ抜けだす事が出ず、9日7時過ぎにようやくトイレに入って通報した次第であります。」


「作業というのは?」


「ヤマトと『信濃』の設計図面とディスクを、全て倉庫から作業室に運び出す作業です。」


「『シナノ』?」


「宇宙戦艦ヤマトの元になった、20世紀の水上戦艦大和型の三番艦です。ヤマトの修理資材として資材置き場に放置されていたところに目をつけたようです。」


「その『シナノ』とやらが話にどう関わってくるのだ?」


「『信濃』は建造中に航空母艦に仕様が変更されたんです。完成直後に我が軍の潜水艦『アーチャ―フィッシュ』が撃沈したのですが、引き揚げてみたところ原型をほぼ完全に残した状態だったんです。」


「それを使って宇宙空母に仕立て上げるということか。ヤマトの設計図を流用して。」


「その通りでございます。しかもヤマトと『信濃』は元々姉妹艦なので、再設計にかかる時間が大幅に短縮できます。」


「むぅ・・・。それは、想定外の手だな。ただ宇宙空母を造るのではなく、ヤマトの後継という点まで盛り込んできたか。確認しておくが、この話は事前に検討されていたというわけではないのだな。」


「はい。8日の夜中に唐突に。後で記録を調べてみたところ、非常呼集がかかる直前に飯沼の携帯電話に篠田から電話がかかっております。今回の件は、篠田が飯沼に吹きこんだものとみて間違いないかと。」


「篠田・・・『ビッグY計画』の戦史研究掛に抜擢された奴か。そいつの監視はどうなっていた?」


「我々の監視は局長と各課の課長までです。それ以上は人員が足りません。」


「そうか・・・。では4名追加で派遣する。そいつの監視に使え。」


「了解しました。では・・・。」


・・・・

・・・

・・




2207年 1月15日 20時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック


【推奨BGM:「男たちの大和/YAMATO」より《海の墓標》】


耳を聾する水音が壁を叩き、屋根を揺るがし、大気を震わせて一つの楽器を成す。
土気色の穴に白い泡沫が飛び散り、やがて青々とした水を湛える。
研究所のおとなり、南部重工が誇る巨大な船渠。
普段は空堀となっている第一建造ドックには現在なみなみと海水が注がれていて、さながら巨人の為に設えた浴槽のようだ。
16ある注水口から瀑布のように勢いよく飛沫を上げながら注水されている様を見ていると、


「いやー、ドックに注水されているのを見ると、『海底〇艦』を思い出すなぁ~。」


という二階堂さんの呑気な声が聞こえてきた。


「なんですか、海〇軍艦って。」


「大日本帝国の神○寺大佐が造った万能戦艦だよ、知らないのか。潜水艦にドリルがついた形をしていてな、空も飛べるし水中にも潜れるし、ドリルで地面を掘り進めることも出来るんだぜ。ぶっちゃけヤマトより強いんだよ、これが。」


ドリル・・・?
ガミラスのドリルミサイルが頭をよぎる。
――――――あー、つまりなんだ、二階堂さんの事だからきっとあれだ。


「・・・ああ、アニメですね。分かります。」


「特撮だよ!いやアニメもあるけど!知ったかしてるとシバクぞゴルァ!」


ひぃぃ!今度は二階堂さんが鬼の形相に!?しかもこっちはリアルゼロ距離なんですけど―!


「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ!ていうか注水しているのをみてなんで〇底軍艦なんですか!?」


「いや、俺ドックの注水シーンなんて映画やアニメでしか見てないし。」


「いやいや、俺ら軍艦の設計技師でしょ!?」


「俺、宇宙艦艇専門。」


「そうだったっけなぁ・・・。」


頭に湧くはてなマークを隅に追いやりつつ、再びドックを見遣る。
やがて注水は止まり、大きな水槽が完成する。
ドック内の大波小波が落ち着いてくると、屋根の照明に照らされてキラキラ輝く波の渦が美しい。


「二階堂、篠田。そろそろ指揮所に上がれ。ゲートを開くぞ。」


「「了解。」」


スピーカーから流れる飯沼局長の声に、二人して手摺りから離れて指揮所へ続く階段へと走る。
今日は局長と基本計画班から宗形さんと三浦さん、造船課の木村課長と異次元課の二階堂課長と一緒に、『信濃』のドック入りと点検作業を見届けにやってきたのだ。
ちなみにいうと俺は資料や設計図などの荷物持ち。二階堂さんはただ興味本位で見に行きたいだけらしく、「運転手でもなんでもやるから連れてってください!」と局長に泣きついたのだそうな。

三階建ての指揮所までカンカンと高い音を立てて一息で駆け上がると、ドックを一望できる指揮室に入る。
そこには窓から様子を眺める研究所の職員、窓の反対側にずらりとならぶディスプレイとコンソールの前でゲートの開放作業をしているドックの職員、その最奥には顔馴染みの人がいた。


「南部さん!」


「よう!篠田、お前今回はお手柄じゃないか!」


作業服にヘルメット姿の南部康雄は、挨拶も早々に満面の笑みで俺の両肩をバンバン叩いた。


「いやぁ、それにしても『信濃』を改造するとは考えつかなかったなぁ。ヨコハマ条約は南部重工としてもショックだったからな。こちらにとっても、艦の建造ができるのは有り難い限りだよ。」


そうか、考えてみれば軍艦の建造停止は南部重工にとっても大打撃だもんな。


「ようやく見えてきた希望の光です、なんとしても成功させましょう。」


「ああ。だが・・・、まずはこいつの状態をしっかりと見極めないと。ヤマトが沈んでから3年間、ほったらかしだったからな。そもそも船としてまだ使えるのか・・・。最悪、骨組みの状態まで一度解体して、補修してから改めて組み立て直す必要があるかもしれない。」


「おう南部、全部これ一回バラすとしたらどれくらい時間がかかる?」


南部さんの発言に局長が反応した。
解体に時間がかかりすぎる場合、することを懸念しているのだ。


「そうですね・・・竜骨も残さず完全にバラすんだったら三週間は必要でしょう。しかし、鉄板を引っぺがすだけなら二週間もあれば十分でしょう。」


「随分と早いものですね。」


宗像さんが驚く。


「世界の南部重工業を舐めてもらっては困りますね、宗形さん。うちは、ガミラス戦役の時に廃船などの解体作業をさんざんやりましたからね。技術と経験は豊富にあるんです。使用限界を迎えた宇宙ステーションから宗形さんの住んでいるおんぼろアパートまで、解体と名のつくものならなんでもござれですよ?」


「俺んち壊すなよ!?ていうかおんぼろじゃねぇし!」


「今では解体屋としての活動拠点はもっぱら宇宙でして、今は主だった機械も人員も土星決戦跡地にいっています。それでも、昔の単純な構造の船くらいならここの設備でもあっという間に骨だけにできるんですよ。」


そう言って南部さんは、視線をドックに移す。
ブザーがドック内に響き渡り、ゲートがゆっくりと観音開きに開いていく。
開かれていく隙間からドック内の海水と湾の海水が交流しあい、いくつもの小さな渦を巻き起こす。
その向こうには、3隻のタグボートに付き添われた航空母艦『信濃』が、喫水線にいくつものフロートを纏わりつかせながら静かに佇んでいた。
沈没の際に横転したまま太平洋の比較的浅い所に沈んでいた『信濃』は、艦橋部分こそ齧られたかのように酷く損壊しているものの、他の部分は在りし日の姿をそのままに残しているように見える。
艦橋がほとんど無くなっている所為か、飛行甲板の広大さが目を引く。
洋上の飛行場とは、よく言ったものだ。

湾内独特のゆったりとした波が月の明かりを受け止める。
水面に反射した光が『信濃』の艦首を撫で、その度に十六枚の花弁が姿を現す。
夜半の海に佇むその姿は恭介の脳裏に、刀傷を負った古参兵が単身で砦へ帰還していくさまを連想させた。


「23世紀の世に、菊花紋章の艦が浮いている姿をこの眼で拝めるとは・・・。」


基本計画班の三浦さんが感慨深げに呟く。


「そうか、大抵の場合は干上がった海底に座礁している所しか見ないからな。そういえば、俺も長い事造船に携わっているが、浮かんでいる軍艦を見るのは初めてだな・・・。」


飯沼局長もその事実に気付くと深く頷いた。


「ヤマトは座礁した姿のまま改装しましたからねぇ。」


「こいつが金色に輝きを取り戻す姿を見てみたいものですが、流石にこれをつけたままというわけにはいかないでしょうな。」


「そう言えば、他の艦の菊花紋章はどうしているんですか?」


そう聞いたのは三浦さんだ。


「以前、宮内庁に伺いを立てた事があってな。きりがないからこちらの一存で処理していい事になっている。だから、全部溶鉱炉行きだ。・・・しかし、三浦が言うから溶かすのが少し惜しくなってきたなぁ。」


「じゃあとっときますか?」


「・・・いや、研究所に置いといてもそれはそれで扱いに困るからな。三浦、持って帰るか?」


「いやいや、流石にうちに置いておいても邪魔ですね。」


「床が抜けるからか?」


「南部お前ひでぇな!?」


まさかの天丼ネタだった。
皆の笑い声が指揮室に響く。パソコンの前で操作を見守っているオペレーター達にも笑いは伝播していた。

そうこうしているうちに完全にゲートは開き、波が落ち着くのを待って『信濃』がドック内へと静かに曳航されていく。
引き揚げられた際に付着物や塗装が落とされて赤銅色に戻った艦体が、漆黒のベールに包まれた伊勢湾からスポットライトの点るドックへ。
まるで、真っ赤なドレスを身に纏った女優が舞台袖から中央へ進むさまを観客になってみているようだ。


「あの後、調べてみたのですが・・・・。」


軍艦が女性格であることを思い出させる風景。
一同が暫し見とれる中、恭介は口を開いた。


「藤堂さんや真田さんが例えていたワシントン軍縮条約なんですが。条約では、空母という名目で航空戦艦を建造する事を防ぐために、空母の搭載砲が口径8インチ以下と定められているんです。」


「それがどうかしたか?今回のヨコハマ条約では、そんな項目はない。だからこそ、『信濃』という抜け道が作れたんだろう。」


「でも宗形さん、おかしいじゃないですか。ワシントン条約もヨコハマ条約も、提案したのはアメリカです。あの国が、こんな単純なミスをするとは思えない。ましてや、かつて自国が提案した条約と似ているなら、なおさら参考にしているはずではないですか。」


「流石のアメリカも、空母まで頭が回らなかったんじゃないか?自国は所有しているとはいえ、世界的には宇宙空母というのは非常にマイナーな存在だ。俺達はヤマトを知っているからまだマシだが、国際的常識としては宇宙戦艦同士の艦隊決戦こそが命運を決すると思われているからな。」


「俺達も、ヨコハマ条約が無かったら航空戦艦を造る気は無かったからな。宗形君の言う事が真実じゃないのか?」


宗形も三浦も、恭介の疑問を杞憂と笑う。
二人の言うとおり、地球防衛軍のドクトリンでは艦隊と航空機の連携は、空母という手段ではなく基地航空隊による増援という形で行われることになっている。(始動編第五話参照)
ガトランティス帝国との土星決戦前哨戦では空母機動部隊の有効性は示されたものの、それでもなお、過去の戦役では頻繁に艦隊同士の砲撃戦が行われてきたのもまた事実なのだ。
従って、空母の事まで考えが及ばなかったと思うのも無理からぬことであるのだが・・・。


「いや、宗形に三浦よ。そいつぁ、違うな。」


白髪交じりの角刈りを撫でながら、局長が言う。


「空母が規制されていないのは偶然なんかじゃねぇ。あいつら、端から俺らと同じような事を考えていやがったんだ。」


「あいつら?」


「米英仏露。現状で宇宙空母を持っている数少ない国々だ。」


飯沼さんは「いいか、考えてみろ」と念を押すと、両手を腰に据えて指揮室の面子の顔を見回す。


「三度の星間国家来寇で工場を地下に移すことになった結果、世界各国――といっても先進国と発展途上国だが、国力や技術の差が昔に比べて格段に近づいた。その影響で、周りより優位に立つ手段として、国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきた。二階堂、その恩恵を一番受けたのはどこだと思う?」


「中国・・・でしょうか。戦前はどうしても欧米諸国より一歩遅れていた中国が、第三次計画の主力戦艦級の座を射止めるほどにまでになりましたから。」


「じゃあ一番損をしたのは?宗形。」


「やはり欧米でしょう。特にアメリカは国力が低下し、中国や日本などアジア勢の台頭により国際的影響力も低下しました。」


「そうだ。そして、アメリカやイギリスがそれをいつまでも放置しておくと思うか?連邦内の主導権をこれ以上脅かされないように手を講じるであろうことは明白だ。・・・つまり、アジア勢を封じ込めるのが、ヨコハマ条約の真の目的だ。」


「いまいちよく分からないのですが・・・具体的にどういう事ですか?」


「言い出しっぺの篠田が分からねぇでどうすんだ、馬鹿野郎。第三次計画による艦艇の選考が行われたのが去年の1月から6月の末まで。それぞれの国が独自に設計を始めるのは建造基準が確定した後だから、どんなに急いでも設計図が上がるのは今年の春以降だ。ということは、条約が発効された瞬間、どの国も第三世代型の軍艦を造ることしかできなくなってしまう。あらかじめ、第三次計画に含まれていない艦種を、1月末の起工を目指して設計していない限り、な。」


「ということは、2月以降に第三次計画に含まれていないような艦を竣工させた国が怪しいと?」


「僅か一ヶ月で新型艦を設計するなんて馬鹿が俺達以外にいなければ、だがな。俺達がヤマトの設計図を流用して新たな艦を造るように、過去の艦の設計図を基に突貫工事で新型艦を設計する奴がいないとも限らん。最も、万が一出来たとしても第三世代型と対して違わない中途半端な性能の艦になっているだろうよ。」


「その点、宇宙空母は米英仏露しか所有していないから、新型艦を造るだけで世界の最先端に立てる。他の国は宇宙空母の設計図も無ければ造った経験も無い。ましてや運用となると、使い物になるまで5年や10年はかかるから他の国ではそう簡単には真似できない・・・か。連中、うまく考えてきましたねぇ。」


三浦さんが顔をしかめて呟くと、皆が一様に頷く。
つまりは、こういう事だ。
かつての先進国は、戦前まで発展途上国だった国が自分達に国力や技術で肉薄している現状に危機感を抱いていた。
そこでヨコハマ条約によって一度リセットすることで、自国の国力回復を図ると共に、発展途上国が自分達を凌駕しないように楔を打ち込んだ。
加えて、米英仏露は宇宙空母という他国が追随出来ないアドバンテージを活かして、一歩リードするという寸法だ。


「しかし、それではおかしくないですか。」


挙手して反論を言ったのは、二階堂さんだった。


「条文には、建造中だったり既に竣工している艦の艦種変更は認められるんですよね?だったら、戦艦の建造を禁止しても戦艦並みの兵装を持った巡洋艦を造ってもいいことになります。それならば、ヨコハマ条約は実質的に空文化する事になりますが。」


「理屈の上ではそうだ。だが、そうそう上手くいくか?例えば、日本が開発した第二世代型巡洋艦の『うんぜん』級で考えてみようか。あれは『キーロフ』級の規格を基にした艦だが、第一世代の主力戦艦に近い性能を持っている。しかし、あれを改造して第三世代の戦艦に仕立て上げる事が出来るか?」


「・・・さすがに。第二世代の戦艦に改造する事も難しいです。」


所長は、我が意を得たりという顔で大きく頷く。


「だろう?昔、重巡洋艦に改装する事を前提に建造された軽巡洋艦があったが、設計段階からその辺を考慮に入れていないと、元の艦種より上位に艦種変更するのは難しいんだ。もうひとつ例を出せば、二代目の『金剛』――第二次大戦で日本が所有していた高速戦艦だが、あれは当初巡洋戦艦として建造された。戦争前に装甲と機関を強化されて戦艦のカテゴリーに格上げされたんだが、それでも当時の戦艦の水準からは大きく後退していた。格下げならいくらでもできるが、格上げはほぼ無理と言ってもいいんだ。」


ふぅ、と深くため息をつくと、所長は腰に当てていた手を外して大きく背伸びする。
その意図を察した周囲から真剣な雰囲気が霧散して、さっきの和やかな空気が流れ始めた。


「まぁとにかく、だ。俺達は奴らの思惑には引っかからなかった。ヤマトの運用実績があるから、空母を造ってもあまり問題は生じない。問題の工期も、ヤマトの設計図と『信濃』という幸運もあってクリアできそうだ。ここからが本番だ、皆よろしく頼むぞ!」


「「「「「はい!!」」」」」


所長の檄に、一同は決意を新たにした。
改めて、ドック内に腰を落ち着けた『信濃』を観察する。
既にゲートは完全に閉まり、今はガントリーロックと支持アームの真上に船体を固定すべくタグボートともやいで艦体を誘導しているところだ。
指揮室からは潰れた艦橋越しに飛行甲板が見える。
アイランド型艦橋の直前で断絶してしまっているそれは、それでも宇宙空母に比べて倍近くの面積を持っている。


「こいつは設計するのが楽しみだな。」


木村課長の独語に、俺は無言で頷いた。







自動惑星ゴルバの無限β砲発射口からこんにちわ、夏月です。
スターシアがちんたらしているからデスラーのおっきいの(フネ)でカマ掘られること確定、俺涙目。
デザイン的にも菊の花そっくりだよな・・・とか思ったのは内緒。

さて今回から始まりました建造編、シーンは『信濃』が建造ドックに入るところです。
アンドロメダやヤマトの建造シーンを見るに、必ずしも水上艦と同じドックに入る必要はないのですが・・・お約束と思っていただければと(苦笑)
外伝の方は比較的好印象な感想をいただき、ほっと一安心している次第です。
今後、艦隊運動を交えた戦闘シーンも書ければと思うのですが・・・宇宙艦隊はどのような陣形でどのように戦えばいいのでしょうかね。その辺の考察シーンも書いていこうかと思います。
次回は、《シナノ》の概要について述べていこうかと思います。以前《シナノ》の外見についてあとがきで触れたことがありますが、もう少し細かく描写していきますのでお楽しみに~。



[24756] 建造編 第二話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/14 12:55
2207年1月28日23時04分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・大会議室


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト」より《オープニングテーマ》】


一隻の軍艦が、紺碧の宇宙を駆ける。
地球防衛軍の標準的な戦艦とは一線を画した、水上戦闘艦を模したシルエット。
正面から見ると、フェアリーダ―とロケットアンカーの存在が、その異質性を際立たせている。
波動砲発射口と巨大なバルバス・バウを備えた艦首は、喫水線の上を灰色と青色を基調とした軍艦色、その下を真っ赤な艦底色で色分けされている。
滑らかな曲線を重ね合わせて作られた艦体は、平面を多く取り入れている主力戦艦よりも繊細で、美しく見えた。

例えるなら、工芸品。
それが、宇宙戦闘空母『シナノ』を見た第一印象だった。

一番・二番主砲塔を左上方に仰ぎながら、細長い艦体の表面を舐めるように、カメラは艦橋へと移動する。
伝説の名艦、ヤマトを模した艦橋。
細部に多少の違いはあれども、天守閣のような威風堂々とした艦橋とその頂部に設けられたコスモレーダーのデザインは、遠目からは全く同じにみえる。
第二艦橋の手前、本来ならば一番副砲があるべきところには、第二世代型戦艦からの伝統的装備である八連装旋回式多目的ミサイル発射機。
第二艦橋直下の搭状構造物の角には、2連装パルスレーザー砲が片舷1基ずつ。
第二艦橋の後背部には、3連装パルスレーザーが片舷2基ずつ。
そこから上は、ヤマトのそれと全く同じだ。

カメラは艦長室と煙突型ミサイル発射機を一瞥してから右舷中央部の対空砲群へ向かう。
4連装長砲身パルスレーザー砲は、煙突の真横と斜め前に一基ずつと、その下段にはヤマトと同様に片舷3基。つまり、片弦には5基20門。
本来ならばさらにその下の段にも4基の長砲身連装パルスレーザー砲があるはずだが、代わりにあるのは大型ハッチが6門。これは波動爆雷、波動機雷、チャフ・フレアディスペンサーの共通射出口だ。

さらにカメラは下がり、側面ミサイル発射口をパスして下部第三艦橋を見上げる形に。
喫水線の下には新設された、無砲身型2連装パルスレーザーが片弦に5基10門。
艦底部にはいわくつきの第三艦橋。結局のところ、設計にかける時間が不足しているから第三艦橋の外見は艦体との接続部を太くして周囲にブルワークを設けることで抗堪性を高めるに留めた。
代わりに内装は大幅に変更して、艦橋の直前に新たに設けられた下部一番主砲―正式名称は三番主砲―と無砲身型パルスレーザーの管制ができるようになっている。

と、視点が切り替わって今度は艦尾からまっすぐフライパスする形になる。
既存の宇宙空母のそれを踏襲した二層式の飛行甲板に、幅広い矩型の波動エンジンノズル。その両脇のサブエンジンはアンドロメダ級のそれを模しており、艦体の曲線美を失わないように配慮されている。四枚のX型尾翼の配置も同様だ。
上部の着艦用飛行甲板は、01甲板を艦尾まで延長して飛行甲板を為している。ヤマトならば二番副砲があるはずの個所には、代わりにレーダーマストと一体化した航空機管制塔。
下部の発艦用飛行甲板は艦幅が一番大きい第二甲板にあり、機体整備のスペースを確保するために着艦用甲板より幅が大きい。艦尾部分には密閉型シャッターが設置されていて、閉扉すれば空気を充填して宇宙服無しでの作業が可能になる。

カメラが艦の左舷前方からの視点に切り替わると、突如として『シナノ』が動き出す。
主砲はそれぞれが異なった方向を向いて無造作に砲撃を始め、ミサイル発射機はしきりに左右に首を振り出す。
パルスレーザー砲は一斉に四方八方へ火線をばらまいて弾幕を張り、下部発進用甲板からはコスモタイガー雷撃機がひっきりなしに発艦してはその場でインメルマンターンを打って着艦する。

――その様は、まさに壊れたマリオネット。エラーを起こした機械が、延々と同じ作業を繰り返すよう。バグを起こした無機質な、無表情なそれには、命の輝きが感じられない。

やがて全ての火器がパタリと止むと、艦首周辺を光の粒子が纏い始める。発射口に吸い込まれていく青い燐光。
一つの巨大な砲身となった『シナノ』はカメラへと照準を定め―――――









「―――――とまぁ、完成すればこんな感じになります。」


パソコンの前で、基本計画班班長の宗形さんが得意げな声で映像の終了を告げる。
ディスプレイ上に表示された『シナノ』の完成予想CGが、波動砲を発射する。
アクエリアスの透過光を思わせる美しい光を帯びたタキオン粒子の奔流が、仮想敵―――馬場さん謹製のガトランティス帝国巨大戦艦の再現CGだ―――に吸い込まれ、一瞬の後に画面が真っ白に染まった。


「見れば見るほど、ヤマトと宇宙空母のニコイチだな。『信濃』の面影が全くねぇ。」


寝不足で目が余り開いていない飯沼局長の感想は、簡潔にして辛辣だった。


「こればっかりはしょうがないですよ、設計にかける時間が無かったんですから。案だけなら沢山出たんですが、やはり実証試験ができなかったのが痛いですね。《シナノ》の場合、飛行甲板部分はアメリカの《エンタープライズ》、艦尾はロシアの《クズネツォフ》、サブエンジンノズルは初代アンドロメダ級のサンコイチです。似ているのは見た目だけですが。」


木村課長が「これ以上は勘弁してくれ」と言わんばかりの表情で答えた。その眼の下にも隈がくっきりと顕れている。


「以前、篠田が防衛軍資料室からもらってきた設計図が役に立ったな。賄賂に贈った牡蠣が俺達を救ったというわけだ。全く以て牡蠣さまさまだなぁ。」


豪快に笑う局長は、オッサンそのものだ。
というか、いくらなんぼなんだって牡蠣くらいで機密を漏らす防衛軍資料室とは思えない。
実際のところはあの人達の裏工作のおかげなんだろうな――と、禿頭と角刈りの後ろ姿が脳裏に浮かんだ。


「砲熕課としては、三番主砲の設計ができたのが良い経験でしたね。艦底部に主砲を搭載するのは、巡洋艦はやったことありますが、戦艦では初めてでしたからね、刺激的な毎日でしたよ。」


話題をすりかえるように、岡山さんがこの半年を振り返った。


「艦尾に魚雷発射管を置けない分、側面ミサイル発射口を増設できたのは有り難いです。」


「ヤマトで実現できなかった、亜空間ソナーとタイムレーダーの同時装備が出来たので、電気課は満足です。まぁその分、艦内工場が無くなってしまったのは申し訳ない気もしますが。」


「波動砲のモードチェンジが出来なかったのは、残念だったな。アレが開発できていれば、対艦隊戦と対要塞戦の両方に対応できたんですが。」


「航海課は・・・すみません、何もありませんでした。」


「『新旭○の艦隊』みたいに空母を沈めてみたかったな・・・。異次元潜航能力の研究が進んでない私達が悪いんですが。」


各課の課長が、それぞれの立場から感想をいう。それにしても久保さん、あいかわらず自信が無いというか根暗というか奥手というか。
第一艦橋内装のデザインを一新したのは自慢できる事だと思うんだけどなぁ。

ちなみに、二階堂さんの戯言は取敢えずスル―しておく。ネタが分からないしね。


「防御力も、市松装甲のおかげでそこそこ上昇しましたからね。戦艦程度の衝撃砲なら、跳ね返してやりますよ。」


「・・・なぁ木村、その『市松装甲』ってネーム、やめねぇか?なんだか、聞いてて物凄く悲しくなってくるんだが。」


「だって、市松模様なんだから仕方ないじゃないですか。じゃあ、『チェック柄装甲』とか『碁盤の目装甲』にしますか?『網の目装甲』とか『チェス盤装甲』でもいいですよ?名付け親は篠田ですから、コイツに変えさせてもいいですが。」


「もう何でもいいわい・・・。」


局長は、俺のネーミングセンスが気に入らないご様子。俺が発明したんだから、俺が名前つけたっていいじゃないかと思う。
ちなみに『市松装甲』とは、ヤマトの重装甲と主力戦艦の軽装甲を文字通り市松模様のように細かく組み合わせて作ったものだ。《大和》の蜂の巣甲板をヒントにしたもので、耐久度こそヤマトのそれに劣るがアンドロメダⅢ級をも上回る抗堪性を持つ。資材を節約して使う事ができるのが特徴で、限りある修理用資材の浪費抑制にも繋がる優れ物だ。

勿論、弱点はある。
軽装甲の部分にピンポイントで被弾するようなことがあったらおしまいだし、戦闘で破損した部分の応急修理に使うには勿体無いシロモノであるが故に艦内の修理資材としては使えない。従って、戦闘を経て応急修理には通常の軽装甲を充てるしかなく、修理をすればするほど艦としては弱くなっていくという時限爆弾つきの装甲なのだ。
この市松装甲は機関部と被弾確率の高い艦体前部及び左右、さらに重装甲が求められる主砲塔と上下艦橋に集中的に張り巡らし、下面と後部は従来の装甲を使用している。隔壁を細分化し、ダメコン用資材を多く搭載することで誤魔化しているが、戦艦クラスの衝撃砲を多数被弾した場合、大損害は免れないのは従来の主力戦艦と一緒だ。
ちなみに飛行甲板は、『信濃』のものをほぼそのまま転用している。


【推奨BGM:「SPACE BATTLESHIPヤマト」より《新たな歴史を》】


「水野、設計図は南部重工に送ったか?」


「既に。」


「渡辺、起工式の手配は?」


「先週のうちに防衛省に依頼しておきました。建造の正当性を誇示する為に、それなりの人物を参列させるそうです。」


「鈴木、今朝渡した式次第は?」


「先程全員に配りました。でも仕事があるのは局長だけで、俺達は突っ立っているだけですよ?」


「やることはあるわい。紙をよく見ろド阿呆。」


「局長、地球防衛軍本部への申告は済んでいますか?」


「昼過ぎに真田に連絡しておいた。後で確認するが、そろそろメールで必要書類のファイルが届く頃だろう。」


「・・・じゃあ、あとは明後日の起工式を待つだけですね。」


スケジュール管理を一手に引き受けていた奥田さんが、ホワイトボードに記された工程表を眺めながら安心した声で告げる。


「ああ、そうだ。あとはもう、現場の仕事だ。・・・僅か二週間という地獄のようなスケジュールだったが、皆、不眠不休でよく頑張ってくれた。無茶を押し付けた責任者として、礼を言う。」


局長がゆっくりと頭を下げる。


「振りかえればこの仕事は、ヤマトの後継を造るという目的のほかにも、お前らが十年後失業しないように、大きな仕事を受注するという打算があった。」


そういえば9カ月前のあの日。この仕事に最初に触れた時、俺が興味を持ったのはその一点だった。


「しかし、計画が進んでいくうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。俺は、なんとしてもヤマトを、アクエリアスの海に眠るあの船が残したものを絶やしてはいけない、地球が描く新たな歴史に、絶対にヤマトの魂を刻み込まなければいけないと思うようになっていたんだ。」


いつか見た、『冬月』の映像を思い出す。
人柱のようにアクエリアスの海に沈んだかの船は、今も母なる地球を見守るように宙空を漂っている。


「その後の紆余曲折は皆も知っての通りだ。だが幸いにして、俺達は当初の理念をある意味最も完璧な形で実現する事ができた。『信濃』が解体されずに残っていた事、ヤマトのスペアパーツが残っていた事、研究所が東京や横浜でなく名古屋にあった事、ヤマトの設計図が度重なる戦災でも失われなかった事。これらは全て必然の事であったと、俺は確信している。」


もしも『信濃』がサルベージされていなかったら。
解体されて地下都市建築用資材へと変わっていたら。
あの日、俺がフラフラと第四特殊資材置き場に辿り着いていなかったら。
どれひとつ無くても、この計画は成立し得なかった。
ならば、それはもはや偶然ではなく必然だろう。
局長は一度俯き、言葉を選ぶ。

「・・・恐らく、日本の他にも宇宙空母を新造する国は現れるだろう。いや、『信濃』のように、戦没艦をサルベージして空母に仕立て上げる国も間違いなく出てくる。しかし、何の心配もいらない。」


局長の口調が、段々熱を帯びていく。


「武勲艦ヤマトの魂を受け継いだこの艦は、必ずやくだらない国際対立を跳ね返し、来寇してくる宇宙人共を撃滅してくれるだろう。・・・そうしたら、俺達の苦労は報われる。星の海に眠る研究所の先達にも、将来この研究所を担っていくであろう子供者達にも、胸を張ることができる。その時には、皆で英雄の丘へ行こう。俺達は貴方達の遺志を未来に残す事ができましたと、報告しに行こう。それが、『ビッグY計画』完遂のときだ。」


どこからともなく静かな拍手が起こり、深夜の小会議室は暖かな達成感に包まれた。
「お前ら・・・」と呟きながら顔を上げた局長の目には、光るものがあった。
鼻の奥がツンとしてくる。
目頭が熱くなる。
体が熱くなり、歓喜に震える。
つられて涙ぐんでいる同僚が何人もいた。目を手で覆い隠して天井を仰ぐ者もいる。
我慢しきれずに、声を押し殺して泣いている人もいる。

かつて、研究所がここまで一体となって設計した船があっただろうか。
最初は、その理念に感動した。
段々、その理念の重さに押しつぶされそうになった。
技術的障壁、各課の理想を全部盛り込んだが故の無謀な要求。
そしてヨコハマ条約の挫折。
その苦労が、たった今報われたのだ。
こんなに、嬉しい事は無い。


「俺は最高の部下を持って幸せだ・・・!ありがとう、ありがとうよ・・・!」


「きっと、先達も今日のこの日を喜んでくれていると思います。局長、今夜は前祝いです。今から飲みに行きましょう!」


そうだそうだ、と同意する声が重なる。


「ああ、そうだな、そのとおりだ。おめぇら、今日の勘定は全部俺が持つ、今夜はぶっ倒れるまで飲みまくるぞ!!」


『うおおおおおおおおおおおお――――――――――!!!!』


一気に湧きあがる大会議室。寝不足と深夜ということもあって、妙なテンションになった120人の野郎どもの勢いは止まらない。
予約なしに120人も入る飲み屋があるのかとか、全部所長が負担したら今月のお給料スッカラカンになっちゃうんじゃないかなんて知ったこっちゃない。
あまりのハイテンションぶりに唖然とする警備員さんを尻目に、120人の漢達は夜の名古屋市街へ繰り出した。



2207年 1月30日 10時04分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック


時は過ぎて、いよいよ起工式。
骨組みだけを残してバラバラにされた《信濃》は、一見人骨を想起させてゾッとする。
ドックの傍ら、風呂に例えるならば浴槽の縁の場所には、立派な祭壇が設えられている。
艦首の目前に置かれた案の上には種々の供物―――まだまだ食糧事情が改善されないので、合成酒と養殖ものの魚と促成工場で栽培された配給ものの穀物、野菜類である―――が三方に盛られている。
祭壇の右脇には安全祈願祭を執り行う神職が5人。近くの神社ではなく、わざわざ熱田神宮から呼んだという。未だ復興の途中だというのに、御苦労さまなことだ。

祭壇と向かい合って整列するは、工事を行う南部重工業の職員が5~60人、地球防衛軍からは酒井忠雄現地球防衛軍司令長官と秘書の鞘師多枝。防衛軍日本支部からは、防衛省の大臣と副大臣。
そして設計を担当した国立宇宙技術研究所の職員。その数、3人。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







飯沼所長と航海課副課長の遊佐と俺、合わせて3人。
三人の間を、冷たい風が吹いたような錯覚に陥る。
三人の額を流れる冷や汗。
口元は気まずさをごまかすように歪み、眼はせわしなく動く。
明らかなる挙動不審。
交わす言葉も無く、三人して立ち尽くす。
はて、120人いるはずの研究所職員はどこにいってしまったのでしょうか?


【推奨エンディングBGM:「Angel Beats!」より《niku udon》】







あとがき

第十一番惑星のモ〇イ像の陰からこんにちわ。絶滅した先住民の生き残りこと、夏月です。

宣言通り、『シナノ』の外観を明らかにしてみました。けっこう細かく記述したつもりではいますが、皆さんの御想像の参考になれば・・・と思います。
艦後部のデザインについては相当悩みました。飛行甲板は一段か二段か、飛行甲板はどの高さに設けるか、航空戦艦伊勢のように左右から艦前方に向けて発進するようにするのか、着艦用と発艦用甲板はどちらが上の方がいいか、波動エンジンは筒型か矩型か、艦尾をヤマトのように細くするか宇宙空母のように寸胴なままにするか、サブエンジンは角ばったものにするか曲面のものにするか、などなど・・・・・・。
結果としては割と無難な形に収まったような気がしますが、いかがでしょうか。皆さんの感想をお待ちしています。

それでは今回はこの辺にしまして、

少々短いですが、あとがきを締めたいと思います。

次回の第三話にもご期待ください。







・・・でも、無砲身パルスレーザーの装備がデザイン上一番画期的だったんじゃないかと思っていたりする。



[24756] 建造編 第三話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/05/22 17:22
2207年 1月30日 10時16分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック


【推奨BGM:「Angel Beats!」より《operation start》】


「掛まくも畏き、經津主神武御雷神鳥之石楠船神天目一箇神等を招請奉り坐せ奉りて、畏み畏みも白さく・・・」


目通りに紙を持った神職の声がドック内に響く。
只今、改装工事起工式に伴う工事安全祈願祭の真っ最中である。


「我が軍の集団は陸にも海にも宇宙にも有るが中に、殊に天つ海を四方八方に囲める我が星は、天つ軍人の強からでは仇等を射向け難く、又堅く雄々しき鋼鉄の軍艦又諸々の軍器の無くては適うまじ・・・」


一同、揃って腰を折り祝詞を聞く。
ちらりと上目で様子をうかがうと、前の列にはずらりと並ぶ作業服姿の南部重工の職員・工員達。
対して、俺達研究所の職員はたった3人。
残り117人は、絶賛二日酔い中である。


「如斯乍ら公の政府の趣旨の命に依りて造れる、天駆ける軍艦の大船を組み立つる梁柱は堅磐に常磐に堅く強く違う事なく、張れる船板は日は日の尽き夜は夜もすがら、善く鍛え練りし真金の板の広く厚く破れ壊るる事なく・・・」

惨劇の始まりは、一昨日の深夜にまで遡る。
翌朝の閉店までに酔い潰れたのが約8割。残りも、わざわざ早朝に営業している、深夜に働く人のための居酒屋へと押しかけて飲み続けた。
―――その結果がこれである。最後まで生き残った12人のうち、行動可能にまで回復したのはたった2人だけだったか。
ちなみに、生き残ったのは俺と遊佐。局長は事務処理の為に朝イチで研究所に帰っていたらしい。
まぁ、局長は酒には弱いけど抜けるのも早いからなぁ。


「仇等の撃ち出す弾丸の当たるとも梓弓張る矢を放つ事の如く跳ね返らしめ給い、撃ち出す大砲小砲種々の武器は鳴神の光り轟きて、五月蠅なす仇船を打ち破り沈めて吾が星の威光を弥輝かしに輝かしめ給いて・・・」


とはいえ、俺も遊佐さんも二日酔いが抜けきった訳ではない。というより、今も頭の中では銅鑼がグワングワン鳴り響いている。
そして、いつまでもこうやって頭下げてると、段々胃の中の物が上がってきてヤバいことになる。


「外つ星の国の軍艦も得適い難き大御艦を造らしめ給えと、今日の生く日の足る日に、事を預かり司る南部重工を始めて事に従う諸々参集いて、御祭り仕え奉らんとして捧げ奉る幣帛を平らけく安らけく聞こし食せと、畏み畏みも白す~~~ぅ」


ようやく長々しい祝詞が終わる。背筋を伸ばすと、上がりかけたモノが食道を下りて、胃が刺激される。
冷や汗が顔を伝い、我慢を通り越して無表情になる。
クソッ、進むも地獄退くも地獄、もはや波動砲発射は時間の問題か.・・・!

柏手の音がドック内を反響する。
再拝して神職は元の場所へ。
今度は一番下手に並んでいる神職が、木の枝らしきものを取りに下がる。気を紛らわすために式次第を見ると、「玉串奉奠」と書いてある。何て読むんだ?

普段は建艦式やら竣工式なんかは所長しか参加していないから、段取りが全く分からん。

ずらりと並んだ五人の神職が一斉に動き出し、一番偉い(と思われる)神職の後ろに並んだ。
二礼、二拍手、一礼。
五人が一糸乱れず行うのを見ると、なんとなく有難味を感じてしまうから不思議だ。

式次第だと、この後は参列者玉串、撤饌、祭主一拝、昇神、退下と書いてある。
ここまで既に15分、予定だとあと5分もすれば式は終わる。式が終わり次第、化粧室にダイレクトランディングだ。
シミュレーションは既に完了、この場のさりげない離脱の仕方から胃を刺激せずにトイレまで最短時間で辿り着く走法、個室に入ってから扉を閉めつつ便器の蓋を開ける一連の動作まで全て想定済みだ。
頭の中で波動エネルギーがシリンダー内に充填される音が鳴る。
ちらり、と隣の遊佐を見る。目は虚ろで眉は八の字、頬が心なしか膨らんでいるのは気のせいか?
こいつは、時間と遊佐との競争になりそうだ・・・・・・。

酒井忠雄地球連邦軍司令長官、南部重工社長南部康憲に続いて飯沼局長が木の枝を持って正面に進む。事前に指示された通り、局長に合わせて二拝、二拍手、一拝。
腹が押されて上がってきたものを無理やり飲み込む。
ターゲットスコープを目の前に幻視した。

4人の神職が次々と机上の器を下げていく。
何でわざわざバケツリレーしてるんだ、早くしてくれ・・・。

段々目の前がぼやけてくる。体が無意識に視界をシャットダウンして、吐き気を抑えるのに集中し始めたようだ。

神主が何人も出たり入ったり頭を下げたり唸ったり。かすれた視界でなんとなく人が動いているは分かるが、もう、なんかどうでもいいや。
そんなとき、ようやく待ちに待った言葉が聞こえてきた。


「只今滞りなく、航空母艦『信濃』改装工事安全祈願祭を御奉仕申しあげました。真におめでとうございます。」


視界を一気に回復。根性で吐き気を抑えて、いつでも行動に移れるように心持ち右足を下げる。
施工主の南部社長が解散を宣言した時がスタートだ・・・!


そのとき、3人の巫女さんがスルスルと現れて、器と机とやたら柄の長い薬缶を持ってきた。
なんだなんだ、式次第にはそんなことは一切書かれていないぞ?


「それでは、これより直会として御神酒を召し上がっていただきます。南部社長から順に、かわらけをお取り下さい・・・。」


まさかの展開に目の前が真っ暗になる。
そのとき、会ったことも無い古代進戦闘班長の声が聞こえてきた。


((対ショック、対閃光防御!))


ああ、そういえば波動砲の発射カウントダウンは10秒前からだったなぁ・・・。











――――――その後。研究所内において、しばらくの間篠田と遊佐は「拡散波動砲」と呼ばれたという・・・・・・。











2207年 2月10日 21時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅



「んで?結局のところ、ゼミの研究の一環で、建造現場に連れて行ってほしいってことなんだな?」


「う、あ。あ、あの・・・・・。えっと、その・・・うん。」


「所長に上申しておくよ。まぁ、うちとしても世界に『シナノ』をアピールしておきたいところだから、多分OKが出ると思う。」


「うん・・・・・。ありがと。」


問いかけても、さっきからしどろもどろな言葉にならない言葉ばかり。
約一ヶ月ぶりにかかってきた電話は、そんな噛み合わない会話が延々と続いていた。


「そ、それでね、恭介。あ、あ・・・・あの時のことなんだけど、さ。」


「あの時?」


スタンドに立てた携帯の画面に映るあかねは、心なしかいつもより顔が赤いような気がする。肩で息しているようだし、視線を合わせてこない。しかも何やら興奮しているご様子。
ん―――と、視線を上に移して考えてみる。


「前に電話した時、さ。あんた、色々言ったじゃない。あれ、どういう意味なのかな・・・って、思ったり。」


―――そういえば前回話したときは、散々喧嘩した揚句に、こっちから一方的に電話を切っちまったんだっけ。
かなりひどい事を言った自覚はあるが・・・ひと月たった今も怒ってんのか?
頭に血が上り過ぎて上手く言葉が出てこないってことは、よくあることだもんな。
あの時に謝って許してもらったはずなんだが、もう一回ちゃんと謝った方がいいかな?


「あかね、こないだは悪い事をした。」


「――――――ひぇ?」


上ずった声であかねが返事をする。お、ようやく目があった・・・と思ったらまた視線を逸らされた。


「いや、その場の勢いでとんでもない事を言っちまった。反省している。だから、(暴言を)撤回させてくれないか?」


「え?て、撤回って?ええ!?(告白を)撤回しちゃうの?」


「ああ、本当に申し訳ない事をした。俺達兄妹みたいなもんだからな、兄妹でやっぱああいう事(暴言)を言っちゃいけないよ。」


「あ、きょ、きょきょ、きょきょきょきょ・・・!?」


「魚(ギョ)?」


「恭介の、恭介のぉぉぉぉ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


げげ、謝っているのに何故か顔の紅潮具合が増していく!ていうか今までなかった井桁模様があかねのこめかみに!?


「だ、だからさ、ひどい事言ったお詫びに、お前が名古屋に来たら好きなもん買ってやるよ!一日付き合うからさ!」


《女性が怒っていたらプレゼントに限る》
以前一緒にメシ食ったときに米倉さんが自慢げにそう言っていたのを思い出して提案してみたが・・・・・・やはり駄目か?


「ヴァk・・・・・・・・・あれ?―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ひどいこと?ん?んん??ん――――――――――――――――――――――――――――ん???」


まさに怒髪天を抜かんとしていたあかねの顔が、風船が萎んでいくが如くに落ち着いていく。顎に人差し指を当てて首をかしげて・・・やべ、かわいい。


「・・・・・・恭介。アンタ今、何の話してるの?」


「いやだから、こないだお前にあれこれひどい事言っちまったから、そのお詫びに名古屋に来たら何でも買ってやるって話なんだが。」


「あ――――――――――――――――――――――――――――――――――――。なんだ、その話かぁ・・・・・・・・・・・・・・。」


はぁぁぁぁぁ、と画面から隠れるほどに盛大なため息をつく我が妹。
なんだ、この好感度ダダ下がりな気配は。
俺は何か間違った事を言っちまいましたか?


「あたし、何でこんなのを・・・・・・でもまぁ、そんなことはとっくに分かってた事だし・・・・・・」


今度は何やらそっぽを向いてブツブツ言いだす。
う―――ん、どうにもあかねの反応が理解できない。


「あかね?俺の話を聞いてるか?俺、何か気に障る事言っちゃったか?」


「・・・・・・・・・なーんかもう、どうでも良くなってきたわ。」


今度は半眼で興味なさそうな視線を向けてくる。
今日のあかねは百面相だが、能面のような無表情をしたこの表情はひどい。
なんだか、百年の恋も一瞬で醒めてしまいかねないような・・・。


「とにかく、見学の話は上に通しておいてね。それじゃ。」


プツッ。ツーツーツーツーツー。


「・・・切れた。」


通話が切れて真っ黒になった画面を見つめる。
何故だろう、よく分からないけどとってもまずい事態になっている気がする。
あそこまで文字に表現しづらい顔をするあかねは見たことない。
――そういえば、怒られなくなったら人としてオシマイって話を聞いたことがあるような。
しかし俺は何かまずいことしたっけか?
明日にでも米倉さんに相談するか・・・・・・。



2207年 3月28日 8時55分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・事務室


「思ったとおり、航空戦艦が出てきたな。」


そう言って、久々にやってきた真田さんが新聞を渡してくる。・・・アメリカの全国紙だ。


「航空戦艦?宇宙空母でなくてですか?」


そういいながら俺は新聞を広げる。一面は、ネヴァダ州で昨晩起きた反政府デモの記事だ。
―――元々州単位での独立意識が強いアメリカは、ガミラス戦役後の復興において国策とは別に州ごとに独自の復興政策を行ってきた。
しかし、政策が図にあたって――大都市だけでも――かつての反映を取り戻した州もあれば、国から下りた莫大な支援金を使い果たしても一向に荒廃地から抜け出せない州もあった。結果、州同士で貧富の差が生じて国民の不平不満が溜まっていたのだが、ついに爆発したようだ。
正直、ここまで国内が荒れているのにヨコハマ条約の隙間を縫ってまで新造艦を造ろうとする米国政府には恐れ入る。 
米国政府としては最初から地球上の資源による経済復興など大して当てにしていないようで、国営事業として行っている太陽系外開拓事業の収益で復興資金を捻出し続けるつもりらしい。
―――とまぁ、そんな事は置いておいて。


「ああ、航空戦艦だ。もちろん、科学局には宇宙空母と申告されているがな。新聞の17ページを見てみろ。」


新聞の真ん中あたりを開くと、建造中と思われる軍艦の写真と『アイオワ級宇宙空母』と銘打たれた『シナノ』によく似た宇宙戦艦の図面があった。知らず、顔が強張る。


「真田さん、これはどういうことですか?」


「どういうことも何も、アメリカが建造中の宇宙空母だよ。いや、正確に言うと『改装工事中』だな。こいつは『シナノ』と同様、昔の水上戦艦を改造して航空戦艦になる船だ。」


「前に俺が言っただろう。『サルベージして空母に仕立て上げる国がきっと出てくる』って。どうやらアメリカは、アイオワ級戦艦を隠し持っていたようだな。しかも呆れることに4隻全部いっぺんに改装する気だ、恐れ入るね。」


真田さんに続いて、今度は局長が話に加わってきた。


「4隻同時とは・・・国内がこんなに荒れてるのによくこんな事に金使えますね。」


そう言って、俺は新聞の一面を真田さんの前に掲げた。


「ああ、これか。ネヴァダは特に復興が進んでいないから、起きるのは時間の問題だったともいえるんじゃないか?主産業の鉱物資源も遊星爆弾で吹き飛んでしまったし、国民にはラスベガスでギャンブルをする余裕も無い。国民の不満が溜まるのも致し方ないな。」


「大国には大国のプライドと見栄ってものがあるんだよ、篠田。特にアメリカやイギリスみてぇにかつて世界の頂点に立ったことがある国はな。知ってるか?日本だって昔、借金だらけなのに外国に金をばら撒いてた時期があるんだぜ?」


「いや、確かにそれは宇宙戦士訓練学校で習いましたが・・・。この『アイオワ級宇宙空母』って、元はやっぱりアレですか?」


脳裏に思い浮かぶのは、座学の科目にあった歴史の教科書の1ページ。周囲を兵隊が取り囲む中、恰幅の良い紳士が軍艦の甲板上で書類にサインをしている写真だ。


「お前の推測で間違いないぞ。こいつは、かつての世界大戦で活躍した『アイオワ級高速戦艦』だ。他の3艦も『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』と申告されているから間違いない。」


「やっぱり・・・。連中も物持ち長いですね。建造年月250年超でしたっけ?」


アイオワ級戦艦は、第二次世界大戦においてアメリカが建造した最後にして最強の水上戦艦だ。基準排水量45000トン、全長270メートル幅33メートル。16インチ砲を三連装3基、連装両用砲10基を搭載し、戦艦部隊の主力としても空母機動部隊の直衛艦としても活躍される事を期待された。戦後は幾度の改装を経てミサイル搭載型戦艦として復活し、米国海軍の象徴として半世紀近く君臨した。
俺の知ってる限りでは、200年ほど前に4艦とも記念艦として係留され、そのままガミラス戦役を迎えていたはずだ。


「そうだ。俺も最近知ったんだがな、アメリカ政府は独自にアイオワ級の4隻を移民船として地下都市で改修工事されていたらしいんだ。ヤマトがコスモクリーナーDを持って帰ってきたから工事は中断していたらしいんだが、それを今回復活させたというわけだ。」


「しかし、新造の方がいろんな制限が無くて良いでしょうに、なんでわざわざオンボロ船を改装したんですかね。しかも・・・やけに『シナノ』にそっくりだ。」


記事に小さく載った完成予想図をまじまじと観察する。
アリゾナ級のデザインを踏襲して前部に衝撃砲三連装2基、左右に副砲が一基ずつ。その後ろには原型の印象を強く残した、煙突型ミサイル発射機と一体化した戦闘艦橋。第二煙突基部周辺は近代化改修したときと同じように対艦ミサイル、対空ミサイル、対空パルスレーザーが集中的に配置されている。『シナノ』よりもパルスレーザーが少ない代わりに、対空ミサイルの同時発射弾数は圧倒的に勝っているようだ。
後部艦橋の眼前には上下二面の飛行甲板。宇宙空母を踏襲して上側の甲板が発艦用、下側が着艦用のようだ。
ただし以前のそれと違うのは、エレベーターが艦尾に設置されていてV字にカタパルトが設えられている点だ。おそらくは、艦左右を通って前方に射出する形なのだろう。
下部には艦橋は無く、巨大な強制冷却用インテークと増槽タンク。
細部こそアメリカの国柄が現れてはいるが、『シナノ』と似たコンセプトで造られた艦であろうことが容易に推測できる。


「何故、『シナノ』とここまで酷似しているのかは、残念ながら俺にも分からない。ただ、『シナノ』と似ているのもわざわざアイオワ級を使ったのも何か大きな理由があるのだろう。」


「案外、ヤマトにあやかったんだけなんじゃねぇのか?」


「そんな安直な・・・。しかし、日米で250年前の戦艦を航空戦艦として復活させるとは・・・なんだか因縁めいたものを感じますね。」


「なにせ、『シナノ』にとっては前世からの因縁だからな。本当に何かあるかもしれんぞ。」


局長が冗談交じりに言ったその言葉が、妙に俺の脳裏にこびりついた・・・。





こんにちわ。日曜日ということで、ガミラス本星の海で海水浴を堪能しております、夏月です。
やっぱり、海はいいですね。プールより浮きやすいというか、体がどんどん軽くなっていくというか・・・♡

今回の第三話は、短編集みたいな体裁にしてみました。ちなみに、冒頭の祝詞は『祝詞例文集』なるものから拝借しました。・・・図書館って、すげぇな。
今回出てきたアイオワ級宇宙空母の外観は、アイオワ級戦艦の改修案にあった航空戦艦(BBH)計画を元ネタとしています。今後も、航空戦艦改装案があった戦艦を登場させることがあるかもしれませんので、御期待いただければと思います。

第四話は、竣工にあたっての乗員を決める過程を書こうかと思います。今回のように短編を集めた形になるかと思いますが、ご容赦くださいませ。



[24756] 建造編 第四話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/06/14 23:18
2207年 7月22日 12時58分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港


去年から予想されていた事だが、今年の夏は猛烈に暑い。
街中のアスファルトからは熱気が立ち、光を屈折してあやふやな境界を映し出す。
街角からは人が消え、反比例して建物の中はクーラーを求める人で溢れている。
太平洋高気圧が南洋から運ぶ熱い風は、ヒートアイランド現象も相まって大都市・名古屋を摂氏40度にまで温めていた。
いわんや、影となる遮蔽物のない港なら尚更である。

今年も、夏が手加減してくれない。


「4年前にも匹敵する暑さだな・・・。」


引率する恭介の後ろで、学生の誰かが呟く。
恭介は、半袖開襟シャツを着ているくせに何を言うか、と茹った頭の中で文句を言った。
軍港内の駐車場からドック建屋までの数百メートル。
直上からジリジリと照りつける太陽は、徹夜作業明けで火照った体にはいつも以上にキツイ。
まるで、食品加工工場でベルトコンベアの上で焼かれる合成ブリの切り身になったようだ。


(全く以て、面倒な事を押し付けられたもんだ・・・。)


こんなことになるなら話を引き受けるんじゃなかった、と今更ながら後悔する。


(そもそも、なんでこんな夏の真っ只中になって工場見学の話が出てくるんだか。)


工場見学が今日になった経緯を振り返る。
――――――以前あかねが言っていた建造現場の見学の話は、4月中には所長から許可が下りていた。
しかし、その頃には既に大学の新学期が始まっていた。
今度は逆に、見学に来る方が時間を取れなくなってしまったのだ。
そして、大学の春学期が終わった今頃になって見学を希望してきた、と言うわけだった。

ちなみに南部重工の人間でもないのに見学ツアー御一行様の引率をやらされているのは、俺が両者の架け橋になっている事と「妹がツアー客にいるから」という理由らしい。
要は、所長と南部さんに謀られたのだ。
・・・さすがに、ドック内からは現場副監督の南部さんも一緒にいてくれるらしいが。(但し、帰らせてはくれないようだ。)


「暑い―、まだ着かないのぉ、恭介ぇ。」


先頭を行く恭介の二人後ろ、夏に向けて髪を切ったらしくいつもより尻尾が短いあかねが、力ない声で不満を漏らす。


「・・・もうすぐだ我慢しろ。あとここでは下の名前で呼ぶな。」


振り向かずに正面の建物を顎でしゃくる。
眼前に建つ6階建ての大型建造物――――――南部重工名古屋軍港第一建造ドックは、元々は工作船、輸送船などの大型補助艦艇を建造するためのドックだ。
(戦闘艦艇は地下の秘密ドックで大部分を建造されることが多い。)
航空機格納庫にも似た、かまぼこ型の建物。
異星人の空襲を警戒して抗堪性を高めた構造は、外壁がコンクリートむき出しということもあって、工場というよりはトーチカに近い外見だ。


「そのくらいいいじゃん、別に。」


「公私を分けろって言ってるんだ。いいからもう黙ってろ、暑苦しい・・・。」


「なによ、全く。・・・・・・はぁ。」


いつもだったらもう少しつっかかってくるはずのあかねも、流石の猛暑に辟易としているらしく、口数が少ない。
気だるそうなため息をついたきり、黙り込んでしまった。


「仲いいですな、二人は。」


俺と並んで歩くマックブライト教授が、汗一つかいていない笑顔を向ける。
浅黒い肌からは黒人を連想させるが、眼鼻立ちの特徴はアメリカ人そのものだ。
オールバックにまとめられたブロンドの髪が、暗めの肌色と相まってより明るく見える。


「からかわないでください、教授・・・。単に暑くて喧嘩する元気が無いだけですよ。」


「いやいや、私にも姉がいたから分かるんですがね。男と女の兄弟ではなかなか話が合わなくて、没交渉になりがちですからな。君達は十分中の良い兄妹ですよ。」


「兄妹なんて言葉、良く御存じですね。日本語も達者ですし。あ、ここがドックへの入口です。」


「地球連邦の施設は日本語が公用語だからね。日本人と話す機会も多いから、マイナーな単語も覚えてしまうんだ。・・・おっ、中は随分と涼しいんだね。」


建屋の鋼鉄製のドアを開けてツアー御一行をドックへ続く屋内通路へ導くと、外とは打って変わって寒いぐらいの冷気が体を包み込む。


「ええ。金属が暑さで伸びてしまうと、船を造る上で色々と不都合ですから。ドック内は四季を通じて摂氏20度に保たれています。」


南部さんも合流して、ツアー客13名は未だ建造途中の『シナノ』へと向かう。
人口の割合としては白人5人、黒人2人、アジア系3人。アラブ系が1人と日本人が2人。
日本にあるからと言って日本人を贔屓して入れている訳ではない事が分かる。
実際に話してみても分かるが、マックブライト教授は実直な方なのだろう。
生徒のウケもいいんだろうな、と背後のゼミ生の素直な態度から推測した。

ほどなくして一行はほの暗い物資搬入口に到着し、非常灯の緑色の明りに浮き上がる高さ5メートルに及ぶ扉の前で立ち止まる。


「ここからが建造現場です。進水式と水密試験を終えたばかりなのでまだまだ完成には程遠いですが、それなりに見られるものにはなっていますよ。」


南部さんはそう言いながら、俺に開扉の合図を送った。
俺は黙って頷いて、扉の側のコンソールに12ケタの暗証番号を入力し、エンターキーを叩く。
警告音と黄色いパイロンが作動すると、金属の悲鳴を上げながらゆっくりと鋼鉄製の分厚い観音扉が開いていった。
薄暗い世界に一本の光の縦筋が入り、徐々に太さを増していく。

この通用口は何度も利用しているが、扉の前に立つ度に期待感にワクワクする。


扉の向こうには、半年前には画面の中にしかなかった、俺達の悲願が実体を以てそこに君臨している。


2207年 7月22日 13時21分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック



あかねside


見学ツアー一行は、艦体中央部に設置されているコスモクリーナーDMPの前に来ていた。
艦の最奥、一番被害を受けにくいところに、それは安置されていた。
10メートル以上の卵型装置に、その直上と左右にいくつも設えられた排気孔と思わしき直方体の構造物。
その一つ一つが壁から生えた排気ダクトと繋がっている。
ダクトが艦内全ての通気口に通じていて、放射性物質に限らず人体に有害な物質を清浄化してくれるのだ。
連邦大学で運用されているオリジナルのコスモクリーナーD――――――ヤマトがイスカンダルから持ち帰ったものと比べて排気孔の位置や形状などが変更されていて、宇宙船など狭い空間に収めるための工夫がなされているのが分かる。

どちらかというと機械というより神殿や大仏殿に近い外見のそれを見上げながら、南部さんとマックブライト教授が代わる代わる解説を加えていく。
でも正直、私の頭の中はアイツのことでいっぱいだった。


頭の中で、同じループを繰り返している。
あかねは、ドックに入った時の光景を思い出していた。

――――――明るさに目が慣れて改めて正面を見た瞬間、驚きに息を飲んだ。
周りの仲間も、突如現れた異形に一様に表情を固まらせている。
開けた扉からは、3つの黒い穴が見えていた。
人一人潜り込めそうな大きな洞穴が、ほんの10mほど前に存在していた。
まるで太古の生物の目のような無機質な穴が横一列に並んで、こちらをただただじっと見ている。


「驚かれましたかね?目の前にあるのが『シナノ』の主砲。46センチ3連装衝撃砲の下部一番砲塔です。」


案内役の人―――確か南部さんと言ってたと思う―――が、種明かしをするような口調で説明した。


「私達は今船の一番底にいます。主砲塔の奥に赤いのが見えるでしょう?あれが第三艦橋です。あそこは主に艦下方のレーダーや武器の類の管制を行うほか、着水時や潜水時には水中攻撃の指揮を執ることもあります。あと、今みたいにドック入りしているときには物資などの搬入口にもなります。」


そう言って指差した先には、船底から何やら赤い構造物がぶら下がっている。縦に並んでいたゼミ生が前に乗り出して、扉の向こうを覗き込む。


「第三艦橋後部のハッチから艦内に入ります、皆さんついてきて下さい。あ、艦内は撮影禁止ですからね。」


はーい、という呑気な返事とともに、周りがバラバラと動き出してドックへ入っていく。
扉をくぐり抜けたところで私は南部さんについていくゼミ生をさりげなくやり過ごし、コンソールの操作を終えて合流してくる恭介を待った。


「恭介。」


「ここでは篠田だ。」


こちらをチラッと見るだけで、恭介は歩みを止めない。私も恭介と並んで第三艦橋へと歩く。


「・・・・・・。『篠田さん』。これでいい?」


「ああ、今のお前はツアー客と案内人だからな。」


「何なのよ、今日は。ツアーコンダクターにしては随分と冷たい態度じゃない?」


「・・・・・・・・・。」


恭介は答えない。


「・・・ちょっと、何か言いなさいよ。」


「何って、何を。」


「何かよ。何でもいいから。ツアー客を退屈させるなんてガイド失格でしょ。」


ついつい、語気がきつめになってしまう。


「・・・この下部一番衝撃砲はアンドロメダⅡ級の下部一番4連装主砲を基に設計されていて、上の二基とはデザインが違っています。」


「ホントに案内しないでよ。」


「じゃあ、どうすればいいんだよ。」


「・・・・・・・・・。」


とっさに文句が口から出かけて、結局言葉に出ずに黙りこくってしまう。
自分でも、恭介に何て言ってほしいのか良く分からなかった。


そして、その後はお互いに一言も話さず歩き続けてツアーに合流。今に至る。
コスモクリーナーの前に興味心身に群がるゼミ生達のすぐ後ろで、2人並んで話を聞いている。
こちらには一切視線を向けず、腕組みをしてまっすぐ正面を見据えている恭介。
2人の間は近くも無ければ遠くも無い、手を伸ばせば届くか届かないかの微妙な距離。
恭介は南部さんや教授の所に行くわけでもなく、帰るわけでもない。かといって、私の側にいてくれているわけでもない。
その中途半端さに、心がむず痒くなる。


(そもそも、どうして私はこいつがそっけないからって怒ってるんだろ・・・。)


――――――恭介の鈍感さ加減には、ほとほと呆れかえっているはずだ。
私の気持ちも知らないで勝手に軍に入って。
私の気持ちも知らないで名古屋に引っ越しして。
私の気持ちも知らないで地球が攻め込まれて危なかった時も連絡くれなくて。
だから、恭介が私の気も知らずに「撤回する」と言いだしたとき、腹が立つと共に熱がさめるような思いをしたんだ。
もうこいつに期待したって仕方がない、こいつをこれ以上好きでいても何の得もしない、そう思ったんじゃないのか。

だから今日は、恭介がどんなに私の機嫌を取ろうとしてきてもそっけない態度を取ってやろうって。
見学ツアーが終わった後、あいつと名古屋市内に行く約束をわざと無視して、ゼミの女の子だけで行ってやろうって、決めたんじゃなかったのか。

なのに、どうして私はこんなに不安な気持ちになるんだろう―――――――――


ポンポン


(!!)


前触れなく頭に受けた柔らかい衝撃に振り向くと、恭介の横顔がすぐ近くにあった。
いつの間にか恭介が距離を詰めて、私の頭を撫ぜていた。
変わらず、顔も視線も一切向けない。でも、ゆっくりと上下に動かしている手が、恭介の意識がこっちにあることを示している。

突然の事に、その意図も対処方法も分からずに見上げたまま固まっていると、


「まぁ、・・・なんだ。今日はこのツアーが終わったら仕事は終わりだから。明日は有給取ってあるし、明日いっぱいお前に構ってやれるから。」


「兄さん・・・。」


そう呟く恭介の声を咀嚼する前に、耳を襲う快感。
思わず震えてしまう。
私にしか聞こえないくらいの小さな声で、耳元で囁いてきたのだ。


「それと、さっきは冷たい態度をとってごめんな。その、周りの目があったからさ。その分、今日はたっぷり埋め合わせするから。」


想いを寄せている人の吐息が耳をくすぐる。
告げられたのは、まるで彼氏が彼女にするような心地いい言葉。
普通の人にはめったに言わないであろう、とても意味のある言葉。
顔が熱くなっていく。
胸の奥に沈んでいた不安が、あっという間に昇華されて消えていく。


(なんだ、私・・・。恭介に構ってもらえなくて拗ねてただけだったんだ。)


ようやく、自分の気持ちに気付く。


(結局、私は恭介に嫌われるのが怖かっただけなんだ・・・。)


電話口で、勘違いでも「撤回する」なんて言われて。
思わず、にべもない態度を取って通話を切ってしまった。
その後、半年近く一切連絡を取らなかった。

その間、自分でも知らないうちに「恭介にもう嫌われてしまったんじゃないか」という不安が澱んでいた訳だ。
そして今日久々に会ったらいつになく冷たい態度を取られて、本当に嫌われたんじゃないかと焦った私は、こっちを向いて欲しくて拗ねた態度を取ってしまった、と。

随分と情けない話だ。
まるで子供のような自身の言動に、今更ながら恥ずかしくなる。
自分の部屋だったら、すぐにベッドに頭から飛び込んでいるところだ。


「あかね、それでいいか?」


それでも、今ここにいる恭介の言葉が嬉し過ぎて。
照れ隠しにぶっきらぼうな表情をしている、兄の顔を見上げるのが楽し過ぎて。
好きな人の手のひらの感触が愛おし過ぎて。


「・・・・・・うん!」


もう、半年前の恭介の言葉などどこかに吹き飛んでいた。



同刻同場所


恭介side


(機嫌を直してくれた・・・・・・ってことでいいのかな?これは。)


今日一日ずっとむすっとしていたあかねが、夏の太陽のような晴れやかで明るい表情――――――というには、今年の太陽は激しすぎるが――――――に戻ったのを見て、安堵感を覚える。
やっぱり、あかねに眉間にしわが寄った表情は似合わない。


(まさか、あのアドバイスが上手くいくとは思わなかったな・・・・・・)


左手であかねの頭をなでなでつつ、米倉さんと二階堂さんと徳田とのやりとりを思い出す。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


米倉(プレゼントだよ、プレゼント。女は指輪とかアクセサリー送っとけば機嫌直るって。)

二階堂(・・・米倉さん、俺はあんたの偏った女性観にびっくりだわ。)

米倉(ほぉ、二階堂。お前がそれを言うか。お前の方こそ女性観がコークスクリュー並みに捻じれてるんじゃないか?)

篠田(・・・御二人とも、真剣に俺の話を聞いてくださいよぅ。)

米倉(聞いてるって。機嫌損ねた彼女を喜ばす方法だろ?一発ヤッちまえば解決だって言ってるじゃねぇか。女なんて気持ちよければ機嫌直るっつってんのに、ウブな奴め。)

二階堂(また間違った女性観炸裂・・・その自信はどこから来てるんですかねぇ。)

篠田(そういう二階堂さんはまともな意見をくれるんですか?)

二階堂(自慢になるが、俺は昔はモテテたんだぞ?中学校の時も宇宙戦士訓練学校でも落せない女はいなかった!)

米倉(泰人く~ん、あまり妄想してるとアスロックぶっ放すよ~?訓練学校出身とはとても思えないそのプルンプルンな腹にぶつけたろか?)

二階堂(ふっふっふ。今の俺は仮の姿よ。見るか、見たいか、俺の真の姿を。)

徳田(ある時は異次元課課長、またある時はレトロSFヲタ、果たしてその正体は!ババ―ン、GIジョー萌えのフィギュアヲタでした―――!)

二階堂(徳田テメェ、横から俺のセリフ捏造してんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!それとGIジョーは萌えじゃねぇ、燃えだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

徳田(ぬあぁぁぁ、キレた!二階堂さんがキレた!)

米倉(篠田、二階堂止めるの手伝え!)

篠田(俺のっっっ、俺の話を聞けぇ――――!!)

――――――五分後――――――

篠田(はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・)

徳田(ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・ひどい目に会った・・・)

米倉(・・・ったく・・・・はぁ・・・さっさと・・・大人しく・・・はぁあ・・・なりやがれってーの・・・。)

二階堂(つ、疲れた・・・仮の姿で戦闘行動は・・・ふぅ・・・無理だった・・・ふぅぅぅ・・・・。)

篠田(・・・んで、結局、アドバイスは、いただけるんでしょうかね・・・。)

二階堂(それは、俺の、真の姿を、見せたあとだ・・・。)

米倉(もういい、真の姿が、なんだろうが、飛べない今のお前は、ただの豚だ・・・。)

徳田(すみません、俺が、茶々を入れたばっかりに・・・。)

篠田(終わった事はもういいですよ・・・。それより、ホントにまじめなアドバイスをしてくれるとありがたいんですが。)

二階堂(よしじゃあ、ツンデレ作戦ヲ決行セヨ!)

米倉(二階堂・・・おまえなぁ。)

二階堂(いやいや、米倉さん。今度は真面目な話ですよ?)

徳田(二階堂さんが言うと真剣味が無いといいますか・・・。)

二階堂(シャラップ徳田。いいか篠田。次に彼女に会ったら、最初は素っ気ない態度をするんだ。『お前のことなんか気にしていませんよ』って感じで、会話も最小限にする。いわゆるツン期ってやつだ。)

篠田(はぁ。ツン期ですか。)

米倉(ツンとかデレとかって女がして男がときめくものじゃないのか?)

二階堂(そう、米倉さんの言うとおりです。だから、これはあくまで便宜上の名称なんですがね。)

徳田(ツン期とかいうのをやるとどうなるんですか?)

二階堂(もし彼女の方がまだ篠田に惚れているなら、気まずさに我慢できずになんらかの接触を図ってくるはずだ。女の性格によっては余計機嫌が悪くなる場合もあるが、どちらにせよ相手の動揺を誘える。もし完全に愛想がつかれているなら、そのままサヨナラになるから後腐れなく終われる。)

篠田(そんな上手くいくかぁ・・・?)

二階堂(女の方にも罪悪感があるなら、必ず気まずい気分になるはず。余計機嫌が悪くなるってことは、自分に非がないと思っている証拠だ。そういった反応を見せるようになったら、すかさず今度はデレる!!)

三人(((え―――――・・・・・・。)))

二階堂(こう、耳元でさ、囁くんだよ。「・・・好きだ」って。)

篠田(うわぁぁぁやめろやめろ!俺にやんないでください気色悪い!)

徳田(二階堂さん、本当にこれで女を落していたのか・・・?)

米倉(だとしたらよっぽど残念な女だったのか、昔の二階堂がそこに目をつむってでも付き合いたい程の男だったのか・・・どう考えても前者だよな。そう信じたい。)

二階堂(「俺だってお前と一緒にいられなくて寂しかったんだからさ。機嫌直せよ、ほら。」)

篠田(ぎぃやああぁぁぁ息が!生温い吐息をかけるなぁ!!)

徳田(ていうか、デレてすらないですね。勘違いしちゃったイケメンホストが口説き落としているような。)

米倉(まぁ、甘い言葉と物理的接近というのは間違っちゃいないんだろうが・・・ヤッちまったほうが安いし早いし気持ちいいと思うんだけどな。)

徳田(ファストフードの宣伝文句みたいな言い方しないでください!愛の言葉と言うのは、もっと誠実で、真摯でなければいけないんです!)

米倉(・・・お前まさか、女性と付き合ったことないな?)

徳田(んなっ!?何を言っているんですか!)

米倉(いや、言葉の端々に恋愛小説臭が漂うのでな。)

二階堂(恋愛にプラトニックを求める奴は童貞である。間違いない。)

徳田(二階堂さんまで何を失礼な!!私だって女性の経験ぐらいあります!)

二階堂(女性経験と恋愛経験は別物だぞ、チェリーボ~~イ。貴様、素人童貞だな?)

徳田(し、篠田もなんか言ってやれ!!)

米倉(俺らにこんな基礎的な事を聞いてきている時点で、篠田の童貞は確定事項だ。)

二階堂(以下同文。)

篠田(んが!?)

徳田(絶望した!いつの間にか自分の童貞がバレている事に絶望した――――――!!)

二階堂(というわけだ、やれ。拒否は許さん。当日は遠くから監視しててやるから覚悟しろ。)

米倉(久保から集音マイク借りてくるわ。二階堂はカメラと双眼鏡持ってるよな?)

篠田(・・・はぁ。結局、ツンデレ作戦とやらをするしかないのか・・・。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・あれ?考えてみると全然役には立ってないな・・・。」


「ん?どうしたの、恭介?」


「いや、なんでもない。ていうかあかね。今は下の名前で呼ぶなって。」


「はぁ―――い。そのかわり・・・もう少し、このままで、お願い。『篠田さん』。」




ズギュ――――――――――ン!!




「あ、ああ。分かった。」


(みょ、苗字で呼ばれた方が、かえって萌える・・・!!!さっき呼ばれた時はこんなことなかったのに・・・!!)



同刻同場所


???side


徳田「・・・どうやら、上手くいったみたいですね。」

二階堂「ふむ、頭撫で撫でとは、意外なスキルを発動したな。しかし、あの程度でデレるとは、どれだけ純粋培養な娘なんだ。」

米倉「実際に見てると段々腹立ってくる・・・。双眼鏡と集音マイク使ってストーカーまがいの行為をしている自分がなんとも惨めだ・・・。」

二階堂「こういうのは、観測者の立場に立っているからこそ楽しいんですよ。ドロドロの三角関係とか、現実にやったら神経すり減らすだけですから。」

徳田「その言い方だとさも経験した事があるような言い方ですが?」

二階堂「あるよ?中学校の時に。」






二人「「ええええぇぇぇ!?」」






二階堂「中学校の頃はもうガミラス戦役末期でさ。俺が通ってた学校は荒れに荒れてたんだよ。そうなると、まぁ男女の関係ってのも乱れるわけで。中三の時だから97年か。二、三人掛け持ちしてたらある日バレちまってな。あの時は両方から責められて本当にきつかったなぁ・・・。あまりにしつこいんで軍に逃げてきたんだよ。」

二人「「・・・・・・・」」

二階堂「まぁ、今は俺の話はどうでもいいんですよ。とにかく、恋愛を楽しむには、当事者にならないのが一番ってことです。」

米倉「すぐには同意しかねるが・・・。」

徳田「今の姿からはとてもじゃないが想像できなくて、そのくせ妙に生々しくて、何ともコメントしづらい・・・・。ゴホン。ところで、篠田の相手の娘なんですが。」

二階堂「強引に話題転換したな。」

米倉「さてはお前のタイプか?」

徳田「苗字は分かりませんでしたが、下の名前はあかねというみたいなんですが。」

米倉「スル―しやがった、こいつ・・・。」

二階堂「先任なめてますねこいつ。一回シメますか?」

徳田「集音マイクでずっと聞いていたんですが、あかねちゃんが一度だけ篠田の事を「兄さん」って呼んでるんですよ。」






二人「「な、なんだって―――――!!??」」






米倉「ま、まさか禁断の愛なのか!?近親相姦なのか!?」

二階堂「いや、それだと法に引っかかる!せめて義妹でないと!」

徳田「確か、あいつの家族は皆ガミラス戦役の際に行方不明になっているはずですよ?」

米倉「じゃ、じゃああれだ!付き合ってみたら実は行方不明だった妹だったとか!!」

二階堂「うわぁおそれなんてゲーム?っていうか徳田おまえさりげなく『あかねちゃん』とか親しげに呼んでるんじゃねぇよ!」

徳田「あいた―――!二人とも落ち着いてください!いてっ!俺は何もしてないって、いたたた!!」

米倉「はぁ・・・・・・・はぁあ・・・・・・。あまりの衝撃につい取り乱してしまった・・・。」

二階堂「いや・・・、今の話はインパクトでかすぎでしたから、仕方ないですよ。しかし、冷静に考えれば、そんなことはあり得ないな。そう思おう、うん。あいつに限ってそんな面白シチュエーション、あるわけないですよね!」

米倉「そうだよな!あるわけないよな!!」

二人「「ワハハハハハハハハ・・・・・・・・。」」

徳田「はぁ・・・またひどい目にあった・・・。しかし、そうするとあの発言は聞き間違いだったってことですかね・・・。」

二階堂「・・・・・・いや。もうひとつだけ。もうひとつだけ、ある意味兄妹説よりも衝撃的な仮説がある。」

米倉「更に衝撃的だと・・・!?俺には全く思いつかん、い、一体、それは何なんだ?」

二階堂「それはですね・・・・・・。あの二人が現在進行形で、「兄妹プレイ」の真っ最中ってことですよ!!!」

米倉「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
徳田「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
二階堂「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」










三人「「「な、ななな、なんだって――――――――――――――――――――――――!!!???」」」








あとがき

こんにちわ。α星で拾ったペットのガス生命体が全然飼い主に懐いてくれなくて困っている夏月です。

前回から大分空いてしまいましたが、ようやく第四話投稿です。
建造編もそろそろ終盤、ようやく、よーやく『シナノ』は星の海へ飛び出します。
勿論ヤマトと同様、太陽系を出て外宇宙で異星人と戦う予定ですので、何かご要望、アイデアなどありましたらどしどしご投稿くださいませ。
そういえば、また予定話数で終わりませんでした。
できないなら言わなきゃ良かったと自省する今日この頃。

追伸

・・・今読み返すと、はっちゃけ過ぎたような気がする・・・・・・。



[24756] 建造編 第五話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/06/29 22:10
2207年 7月24日 9時15分 アジア洲日本国京都 防衛省内事務次官政務室


水野進太郎 side


防衛省事務次官の水野進太郎は悩んでいた。

先日、宇宙空母『シナノ』―――実質的には対艦戦闘能力が強化された戦闘空母、外見としては航空戦艦そのものなのだが―――の(再)進水式を終えたので、乗組員定員表に基づいて艤装員を任命しなければならないのだ。
予定表によると、艦内要員は96名、飛行科が144名、計240名。
内訳としては艦長のほか戦闘班が20名、航海班12名、技術班20名、生活班18名、機関部25名。戦闘班飛行科がパイロットが120名、整備士が24名。
正直なところ、一隻に乗り込む人数としては桁違いの多さだ。

アンドロメダ級では飛行科49名を含めて計95名、Ⅱ級は飛行科の定員が更に減って合計72名。
Ⅲ級は有人化が復活して88名。
最も少ないアンドロメダⅡ級の3倍以上の人員は、オート化が進んだ現代の軍艦においては無駄以外の何物でもない。

理由は分かっている。
艦載機パイロットと整備士の数が多すぎる所為だ。
『シナノ』に搭載される機数は、コスモタイガーⅡ戦闘機が48機、コスモタイガーⅡ雷撃機が24機の合計72機。
これだけで艦内要員を越えてしまう。
ヤマトの倍近い搭載機数に加え、対艦攻撃の要となる雷撃機が三座であるため、機数以上に乗組員が増えてしまっているのだ。
本来ならば整備士の数はもっと必要だろうし、パイロットも交替要員がいないのは非常に問題がある。
かつては交替要員も無く、人員不足ゆえに一人でいくつもの班を掛け持ちしていたものなのだが、全長300メートルにも満たない艦体に240名もの乗組員を詰め込むのもどうしたものかと疑問に思わないわけではない。

しかし、それよりも問題なのは、『シナノ』の艦内要員に適切な人員がいないということだ。
通常、新造の軍艦には新規配属の乗組員と他艦からの引き抜きの両方が配属される。
軍艦の運用に慣れたベテラン乗組員と宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米乗組員をバランスよく混ぜることで、新造艦の早期戦力化を図るのだ。
しかし、水上戦艦の改造艦である『シナノ』は、ヤマトと同様に他の艦とは一線を画した艦内構造をしている。ベテランでも一から艦内構造を覚え直さなければならないそうだ。
かといって、乗組員を全員新米にしたら、特別訓練生でもいないかぎり、とてもではないが軍艦としての役には立たないだろう。

人事教育局も考えあぐねたらしく、『シナノ』の艤装員候補として4つの人事案を提出してきた。

一つは、従来通り新米とベテランを混ぜる案。
二番目は、いっそのこと旧ヤマトの乗組員を全員『シナノ』に放り込んでしまう方法。ヤマトに慣れ親しんでいる元乗組員が乗れば、『シナノ』はこのうえない戦力になる。しかし、既に退役した者や昇進して別の役職に就いている者を引っ張ってくるのはほぼ不可能だ。
三つ目は、反対にほぼ全員を新米で埋めてしまう案。
この方法はヤマトがガトランティス戦役後に行ったもので、強力な指導者―――沖田十三や古代進のような艦長―――のしごきがあれば化ける可能性もあるが、当然ながらリスクも高い。
最後は、呼び戻す人数を最小限に留め、地球にいる予備役軍人や軍人経験者に復隊を要請して新米との間隙を埋める方法。折衷案ともいえる。
いずれの方法も一長一短。
ならば、下手に新しい事をして失敗するよりも、先例を踏襲した方がいいに決まっている。
・・・やはり、一番目の案を採用するのが無難な選択だろうか。

プルルルルッ!

と、唐突に卓上の電話が鳴る。
隣室にいる秘書からだった。


「どうした?」


「受付に、地球連邦生命工学研究所の簗瀬由紀子博士と地球連邦大学のフランク・マックブライト教授がいらっしゃっています。」


「生工研の簗瀬博士とマックブライト教授が・・・?今日は面会の予定はあったかな?」


生命工学研究所の簗瀬博士といえば、異星人研究の第一人者。今までも来寇してきた異星人の捕虜や遺体を分析して、様々な成果を挙げてきた。現在では、異星人研究のデータを活かして地球人の地球外環境適応の方法を模索しているという。
マックブライト教授はイスカンダルからもたらされたコスモクリーナーDの解析と量産に成功した、地球復興の立役者。彼の功績によって量産されたコスモクリーナーDMPは、軍民問わず全ての宇宙船に搭載されるようになった。今の研究目標は、確かコスモクリーナーの小型化・・・だったと思う。
どちらも業界内では超が着くほどの有名人だが、たかだか一国家の防衛事務次官とは全く接点のない二人ではある。


「はい、2週間前に面会の申し込みがありましたので受けています。今朝も申し上げたはずですが・・・。」


―――そう言われれば、そうだったかもしれない。いかん、朝は二日酔いで頭痛がひどくて、秘書が今日の予定をまともに聞いていなかった。


「体調が優れないのでしたら、後日また来ていただくように致しますが・・・?」
「・・・いや、会おう。確かに体調は優れないが、これはこれで良い気分転換になるかもしれない。」


「かしこまりました。」


電話を切ると、腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けた。

全く住む世界の違うはずの二人が、これまた全く接点のない私に会いたいという。
なんとも、胡散臭い話ではないか。
どんな話をしに来たのかは知らないが、まともな類の話ではあるまい。
くだらない話ならばその場はお茶を濁して聞き流すなり、鼻で笑ってお帰り願えばいい。
不穏な話なら、上に注進すればいい。
興味深い話なら・・・経歴に瑕がつかないものなら乗ってもいい。功績に繋がるのなら尚更だ。

コンコンコンコン


「失礼します。御二人を御案内しました。」


そう言って扉を開けた秘書に続いて入ってきたのは、壮年の男女。
スーツ姿の男の方―――マックブライト教授―――は、名前とは似つかない褐色の肌をしている。インド系の血が流れているのだろうか。
一方の女性―――簗瀬博士―――は、背中の半ばまで伸びた黒髪と顔形を見る限り、純粋な日本人のようだ。口元に湛えた柔和な笑みは、こういう状況でなければさぞ周囲の人々に安心感を与えているのだろう。
だが、今の水野の眼には思惑を隠した仮面にしか見えない。
水野は、実際に二人と相対しても何故二人が自分を尋ねてきたのか、見当がつかなかった。


「初めまして、地球連邦大学宇宙工学研究科のフランク・マックブライトです。」
「生命工学研究所の簗瀬由紀子です。」


「防衛省事務次官の水野進太郎です。地球を代表する科学者である御二人に御目にかかれて、大変光栄です。」


互いに、ひとしきり額面通りの挨拶と握手を交わす。
二人をソファに着席を促すと、自らも向かいのソファに腰を下ろした。


「―――それで、科学者である御二人が、如何なる御用事で私を訪ねられたのですかな?お互いの仕事にはさほど接点があるようには思われないのですが。」


「おや、関係ないとは心外ですな。コスモクリーナーDMPは軍には全く関係ないと仰られますか?」


「異星人研究だって、地球防衛軍には必要不可欠ではなくて?」


「いや、はっはっは。―――確かにそうでしたな。御二人の研究の御蔭で、我々地球防衛軍は本当に助かっております。」


こっちの言わんとしている事を分かっているくせに敢えて無視して、恩着せがましく軍と自分達との関係を主張してくる。
どうも、友好的に話を進めたいわけではないようだ。
それとも、この二人にそれほどの権力があるのだろうか?
・・・或いは、二人が私に何らかの要求をするとして、それを私が受け入れざるを得ない事が分かっているから、こういった態度に出ているのだろうか。
どちらにせよ、こちらには判断する情報が少なすぎる。
そもそも、何故この二人が揃って私のところを訪れたのか、それすら不明なのだ。


「それでは、御二人の間にも何か御交流があるのですか?」


「ええ、うちの一人娘が教授のところでお世話になっていまして。」
「そうです。アカネさんは私のゼミに所属している学生でもずば抜けて優秀ですね。」


教師と生徒の親の間柄だ、と二人はあっさりと答える。
調べればすぐに分かる事だ、おそらく二人の言う事は間違ってはいないのだろう。


「うちの息子は宇宙戦士訓練学校出身ですから、水野さんも私にとってはお世話になっている先生と言う事になりますわ。」


「そうでしたか。息子さんの御名前はなんと?」


「篠田恭介です。今では、国立宇宙技術研究所に技術士官として勤めていますわ。」


不審感に眉が動きそうになるのを反射的に抑える。
苗字が違うのは、恐らくは彼女が夫と離婚したからだろう。そして、恭介と呼ばれる息子が父親の元へと引き取られていったのであろうことは、容易に想像がつく。
それよりも気になったのは、息子さんが国立宇宙技術研究所に勤務している点だ。
つまり、もしかしたら簗瀬博士は息子さんを経由して宇宙技術研究所と繋がりを持っている可能性がある。
二人に向けた視線をそらさずに、手元の資料に意識だけを向ける。

・・・まさかとはおもうが、用件とは『シナノ』に関する事だろうか?
宇宙技術研究所と防衛省を結ぶもので今一番動きが活発なものは、建造途中の『シナノ』の事だ。
「ただ息子が宇宙技術研究所に勤めている」というだけならば、何も気にする事は無い。しかし、彼女はこうして何らかの目的で私に働きかけをしようとしてきている事実と鑑みれば、両者が無関係と断じるには都合が良すぎ、またタイミングが良すぎた。
『シナノ』が関係する事ならば、コスモクリーナーDMPの開発者であるマックブライト氏と繋がりがあっても違和感はない。いや、むしろマックブライト氏が娘さん経由で簗瀬博士と接触したと考えた方がスッキリする。
ならば、本命はマックブライト氏のほうか。
用件は・・・建造中の『シナノ』と合わせて考えると、「新型コスモクリーナーを載せる便宜を図ってもらいたい」とかだろう。
マックブライト教授は先月、自身が持っているゼミの授業の一環として『シナノ』の建造現場に生徒を引率している。あのときは未来の若者の為にと思って許可を出したのだが、それも今回の訪問に関係しているのだろうか。


「それでは、本日伺った本題に入りましょうか。」


水野の推測は、マックブライト氏が話の本筋を切り出したことで確信に変わった。


「―――――実は、今そちらで建造中の『シナノ』にある物と人をのせていただきたいのです。」



恭介side


2207年 8月15日 22時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅


「あ―――――――――――っ、疲れた・・・・・・。」


郵便受けに入っていた郵便物を枕の上に放り投げ、ベッドに体をダイブさせる。


『シナノ』の設計が終わって半年が過ぎた。本来ならあとの事は現場に任せて、自分達設計技師は時々様子を見に行く程度で済むはずだ。現に、つい二週間前まではそうだった。
それが一変したのは、京都の防衛省からの緊急指令だった。
話を受けた所長曰く、「地球連邦大学が新開発したコスモクリーナーEの稼働実験を『シナノ』にて行いたい」とのこと。

俺達は激怒した。
いくらコスモクリーナー量産の立役者とはいえ、たかだか一大学の教授の我儘を防衛省が飲んだのだ。
それだけなら、防衛省の弱腰を批判していれば気もまぎれる。
腹立たしいのは、そのとばっちりが全て俺たちに回ってきていることだ。

新型コスモクリーナーの実証実験ということは、故障や不具合が起こる可能性が高いということだ。いや、必ず起こると言い切っても過言ではないだろう。
万能な空気清浄機であり対NBC戦の切り札であるコスモクリーナーに故障が起きたら、最優先に修理しなければならない。コスモクリーナー程の大型機械ともなれば、修理にもクレーンやマニュピレータなどそれなりの設備が必要だ。それこそ、最低でもヤマトの艦内工場レベルのものが無ければ話にならない。
そして、『シナノ』の艦内工場はコスモクリーナーDMPの設置されている部屋と一続きになっていて、艦の最奥にある。とてもじゃないが、一辺10メートル立方は場所を取るコスモクリーナーをもう一台置ける余裕はない。

つまり、『シナノ』にコスモクリーナーEを取り付けるには、既に設置してあるコスモクリーナーDMPを解体してかわりにコスモクリーナーEを据え置くか、艦内のどこかにコスモクリーナーEと整備のためだけの艦内工場を新設するかのどちらかを選択しなければならないのだ。

当然ながら研究所は、使えるかどうかわかったもんじゃないコスモクリーナーEに入れ替えるよりも、無理して工場を増設してでもコスモクリーナーDMPを残す方を採った。

それ以来職員は皆、艦の再設計に忙殺された。
工場の設置位置の検討や規模の選定、通風孔や配線の再配置、艦の質量バランスの再計算など、各課と基本計画班が総出で取りかかったのだ。
結局、設計期間を短縮するため増設する場所は艦底部前面の下部第一主砲前に決定した。ヤマトの艦内工場があった場所だ。『シナノ』には元々その場所に亜空間ソナーを設置する予定だったが、上部第一主砲前、かつてハイドロコスモジェン砲が搭載されていた位置に移すことで何とか解決した。
結果として『シナノ』は、コスモクリーナーと艦内工場を2つずつ持ちながらも工場としての能力は並み程度、そのくせ冗長性のないカツカツな設計となってしまった。
これでは、ヤマトのように新兵器や新装備を余剰箇所に搭載することができない。
『シナノ』はヤマトの後継という理念から、また一歩遠のいてしまったと言える。

設計が終わった後はドックに設計図を持ち込んで、設計変更に基づく工事の手順などついて現場と話を詰めた。元々亜空間ソナーの収納空間としてがらんどうに造っていたため工事そのものに大した手間はかからなかったが、やはり一度造ったソナー格納庫を解体して造り直すことは現場の作業員からブーイングを浴びた。

それでも、昨日あたりからようやく工事が軌道に乗ってきた。
ようやくひと段落を付けて、明日の休みをとりつける事が出来たのだ。


「といっても、明日は部屋の片付けに追われるんだろうな―――。かったりぃ・・・。」


寝転がったままネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。枕元のリモコンに手を伸ばし、エアコンを冷房の強に設定。
シャワーだけでも浴びたいが、一度横たわってしまった体はもう言う事を聞かない。もう、明日でいいや。

今にも飛びそうな意識で考えるのは、今日の朝礼の際に所長から伝えられた辞令。


「宇宙戦士訓練学校第34期卒業生篠田恭介、宇宙空母『シナノ』艤装員への転属を命ずる。」


辞令を下されたのは俺だけではない。
砲熕課の武谷、水雷課の成田、電気課の後藤、造機課の徳田、航海課の遊佐、異次元課の小川が、俺と同様に『シナノ』への乗艦を命じられたのだ。

辞令を受けた俺達は、揃って反発した。
それは決して、訓練学校を卒業して以来ずっと予備役になっている俺達が軍人に、しかも自らが設計の一端を担った艦への乗り組みを命じられた事に対する反発だけではない。
今回の人事が、あきらかに副課長という中途半端な役職を解散させるためのものだったからだ。

(どういうことですか!なんで俺達技術屋がいまさら軍艦に乗らなきゃいけないんですか!)
(10年はクビにならないって話だったんじゃないんですか!?)
(訓練学校を卒業して何年経ったと思ってるんですか。無理ですよ。)
(第一、配属されて何するんですか?下っ端みたいにダメコンやれって言うんですか。)
(いくら砲熕課出身だからって戦闘班に配属されてもなにもできませんよ。生活班なんて真っ平ごめんですからね!)
(そんなに副課長って立場が気に食わないんですかサンカラのやつらは!そんなに俺達を殺したいんですか!)
(副課長ポストを作ったのは向こうじゃないですか。それを今頃になって・・・)
(所長!俺達を守ってくれるんじゃなかったんですか!)
(答えてください所長!)

次々に所長に食って掛かる俺達。
所長は腕を組んで瞑目したまま、俺たちの口撃を黙って甘受していた。

(お前たちの言いたいことは良く分かる。俺も最初は猛反対した。事務次官のやつをぶん殴ってやったさ。だがな、その後考え直して、俺の判断で、話を受けた。)
(何故ですか!俺たちは所長を信じてたのに!)
(お前らには、足りないものがあるからだ。)
(だからって戦場に行けって言うんですか!?死んだらどうするんですか!)
(それだよ、成田。俺や課長達にあってお前らにないもの。それは、実戦経験だ。)
(!?)
(そ、それが何だって言うんですか。実戦経験が無くたって艦の設計はできます!)
(そうです!今の地球連邦の船はみんな、実戦経験ない人が設計した者じゃないですか!)
(いや、無理だ。『シナノ』の設計をして痛感した。やはり、設計する人間は運用する人間のことを考えてはいない。だからこそ俺は、藤堂さんと話し合って南部君を設計陣に招いたんだ。最初にビッグY計画のことを話したとき、木村が言っていただろうが。「実戦経験をしていない自分たちがデザインをしていいのか」と.。まさにそのとおりだったんだよ。)
(・・・!!)
(お前らは若い。独創的な発想ができることは、『シナノ』の設計をしたときに良く分かった。だがな、優秀な設計技師というのは、長所と短所を同時に提示できることが大事なんだ。)
(・・・・・・。)
(実際に異星人と戦う機会はあるかどうかは、俺には分からん。だが、訓練学校の時のようにたかだか火星まで散歩に行くんじゃなくて、太陽系の外に出て、しっかりと軍人としての経験を積んでこい。そうしたらお前ら全員、またここに呼び戻してやる。だから、行ってこい。一人前になる為に。)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、了解・・・・・しました。)

もう、誰も何も言えなかった。皆がうなだれたまま、失意と落胆のまま辞令を受け取った。

俺もその一人だった。


「『シナノ』が完成したら、しばらくはこの部屋ともおさらば、か。」


パンツ一丁のまま、眠さに閉じた瞼の裏から、見慣れた天井を呆然と眺める。
仕事先にほど近いこの部屋を借りて、4年目。
少なくない思い出が、決して広くない1LDKの部屋に詰まっている。
同僚を呼んで朝まで飲んだ。
休日を潰して南部さん達と麻雀を打った。
米倉さん達とエロ本の交換会もやったっけな。
あかねが名古屋に来ると聞いて、この部屋に泊まると勘違いして慌てて部屋中を掃除したのは、つい先日の事だ。
宇宙に出れば最低でも数カ月、下手したら年単位で家に帰れない。
長期間部屋を空けるのだから、出立前に大掃除をして綺麗にしておかないといけない。
少なくとも冷蔵庫の中は空っぽにしておかないと、帰って来た時悲惨な事になる。。
・・・・・・ま、明日の事は・・・明日、考えよう・・・・。

Zzzz・・・・・
Zzzzzzz・・・・・
Zzzzzzzzzz・・・・・・
・・・
・・





プルルルルッ! プルルルルッ!プルルルルッ!



だあぁぁぁぁぁぁ!!!うるせぇ!!こんな時間に電話掛けてくるんじゃねぇこちとら眠いんじゃ!!


「・・・てなんだ、あかねか。」


携帯電話のディスプレイに表示された名前を見て、憤りが一気に霧散する。
通話ボタンを押して、そのまま頭の上にポイッと放る。顔を映す為にわざわざ腕を上げて携帯電話を持つ気はさらさらない。


「もしもし恭介ってなにこれ、また顔映ってないんだけど?しかも真っ白けなのは何で?ホワイトアウト?」


・・・義妹よ、どうやったら俺が今雪山にいるという設定をひねり出せるのでしょうか。
前々からうっすらとは思っていたが、電話口のあかねは妙に頭の中が残念なのは何故だろう。


「ん――、あかねか。どうした―。」


面倒くさいので、そのまま通話を始めた。


「え?恭介、どこにいるの?透明人間?」


いや、そろそろ分かろうぜ大学生(21)。ていうか来月誕生日だろうに。


「電話の側にいるだけだよ。カメラに映ってるのは天井だ。何がホワイトアウトだ馬鹿。」


「あ、なーんだ・・・。びっくりさせないでよ。顔出さないんだったらSOUND ONLYにしといてくれたらいいのに。」


半年前にそれで散々顔出せ顔出せとしつこく言ってきたのは誰だ。


「ま、いいわ。それより・・・、恭介に報告と、相談したい事があるんだけど・・・いま大丈夫?」


急に口調が変わったことにドキッとする。
いつにない真剣な声。
あかねが何か重大なことを俺に告げようとしているのが分かる。


「まず・・・ね。私、大学院に行く事にしたんだ。ていうか、もう合格してるの。」


なんだ、そういうことか。別に重大でも何でもないじゃないか。


「そうか、由紀子さんの許可はとっているのか?」


「うん。相談したら、いいよって。でね、恭介。私が今研究していることについては知ってるよね?」


「コスモクリーナーの小型化、だっけか?」


「そう。それでね、私達のゼミが開発したコスモクリーナーの新型が、実証実験の為に宇宙船に搭載されることになったの。なんか、マックブライト教授が軍の人に掛け合ってくれたみたいで。」


ああ、『シナノ』に搭載されるE型のことか。
ていうか、あの人が全ての元凶だったのか。今度ボコる。


「で、その実験にはマックブライト教授が責任者として立ち会うんだけど、『大学院生として研究を続けるなら、良い経験になるから』って、私にもお誘いが来たの。」


「凄い事じゃないか。お誘いがきたってことは、あの教授に認められたってことだろう?」


「でも、そうすると私、教授や先輩の大学院生と一緒に宇宙に行くことになっちゃうんだよ?それでいいの?恭介は。」


ん、と言葉に詰まる。
コスモクリーナーの実験につきあうという事は、『シナノ』に乗るという事だ。
軍艦である『シナノ』に乗るという事は、当然戦争に巻き込まれる可能性が高い事を意味する。
以前防衛軍資料室から借りてきた資料を思い出す。
ガトランティス戦役の際、ヤマトは地球とテレザート星を往復する間に幾度となく死闘を繰り広げて満身創痍になった。
終戦時、乗員114名のうち生き残ったのは僅かに19名という状態だったそうだ。
星間戦争とは、それだけ凄惨なものなのだ。


「お母さんを東京に一人ぼっちにしちゃうし、私宇宙に行ったことないから怖いし・・・。だから、宇宙に行くのは断ろうと思うんだけど、お母さんは行った方がいいって強く勧めてくるのよ。だから私、迷っちゃって・・・。」


・・・兄として男として、妹の様に慕っている娘を、惚れている女をそんな危険にさらす訳にはいかない。
寝返りを打って携帯電話を両手で掴み、ディスプレイのあかねを正面から見る。
今日のあかねのパジャマは水色の無地。去年帰省したときはピンクだったから、買い換えたのか。
あいかわらずかぁーいー。


「そうだな・・・。俺も『シナノ』に乗って宇宙に行っちゃうし、あかねまで来ちゃったら地球に由紀子さん一人きりか・・・。うん、行かなくて済むなら行かなくてもいいと思う。俺としても、危険なところにあかねを連れて行きたくない。」


「・・・・・・恭介。今、聞き捨てならないことを聞いたんだけど。もしかして、あんた『シナノ』に乗るの?」


そういって、先ほどとは一転して怪訝な表情を浮かべる妹。
声にトゲがあるような気がするのは俺だけか?
・・・なんか、また嫌な予感がする。


「あ、ああ、そう言えば言って無かったっけ。今朝うちの所長から辞令が来てな。竣工と同時に乗組員として配属されるんだ。あかねが言ってる宇宙船って『シナノ』だろ?」


「ふ~~~~~ん。恭介、『シナノ』に乗るんだ―――。



・・・・・・・・・エッチ。スケベ。ヘンタイ。」


「んなぁ!?何故にいきなりそんないわれも無い罵倒を受けなきゃいかんの!!??」


前触れなくボロクソにけなすあかね。
よりによって変態とはなんだ!俺の性癖がバレたというのか!!


「だって!!うちのゼミ生、女の子ばっかりなんだもん!そうしたら恭介、ハーレム状態だよ!やっぱりヘンタイじゃない!」


「お前のゼミの男女比なんぞ知った事か、ていうかハーレムなんかならねぇよ!俺はそんな風に見られていたのか!!」


あかねは俺以外にも乗組員が200名以上いる事を知らないのか?


「当たり前じゃない!」


んが!!なんてひどいことを!?


「アンタ、名古屋に行ってる間にヘンタイになっちゃったじゃない!」


「去年帰省した時の白衣ネタを言ってるのか?そんな昔の事をいまさら!?」


「だから、宇宙に行っちゃったら恭介の事だからハーレムくらい作りかねないわ!?甲斐性なし!女の敵!淫乱!」


脱力して携帯を手放し、枕に顔を埋める。
もう、今の俺の心はシャープペンの芯のように簡単に折れそうだ。
やめて!恭介のライフはもうとっくにゼロよ!


「決めた!アンタが鬼畜の道に走らないように、私がずっと監視してあげる!だから恭介、覚悟しときなさいよ!!」


「――――――――――――もう、なんでもいいです・・・・・・・・・グスン。」


なんかとっても重大な事を言われた様な気がするが、心に深い傷を負った今の俺には、もうどうでも良かった・・・。








あとがき

「死亡フラグ席」こと第一艦橋艦長席からこんにちわ、夏月です。建造編第五話を投稿いたします。
今回は主人公とヒロイン、その他脇役どもが『シナノ』に移るお話。これ以降、お話の舞台は研究所から宇宙空母『シナノ』の艦内に移行していく――――――かも。
キャラの濃い二階堂や米倉が地球に残っちゃうのは失敗だったかなぁ・・・。
あ、ちなみに本文中に出てくる「サンカラ」とは三条烏丸の略。遷都後の防衛省は三条烏丸の辺りにあるという設定です。今の防衛省を「市ヶ谷」と呼ぶのと同じ感覚。

今回の話で建造編は終了し、いよいよ次回からは出撃編に移行します。
引き続き皆さんからの意見を募集。全て取り入れることは難しいかもしれませんが、できるだけ頑張ってみますので、宜しくお願い致します。



[24756] 出撃編 第一話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/08/12 01:16
2207年 10月1日 6時00分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より《出航前の緊張》】



「全艦、発進準備にかかれ!」

艤装員長芹沢秀一の声が、マイクを通じて艦内に響く。
直後、「総員配置につけ」のサイレンの音が耳朶を打った。
しかし、それをのんびりと聞いているようでは軍人とは言えない。
技術班長の号令を待たずに、俺を含む技術班19名は艦内を駆けまわって艦内チェックを始めていた。
研究所上がりの7名はそれぞれが所属していた課にちなんだ個所のチェックを任されている。
造船課だった俺は艦体全般を担当している為、部下のほかにも補助として自己診断プログラムと作業用ロボットを併用しながら、自分の目で確認しなければいけない所だけを重点的に見回っていく。
艦内を前後左右4つのブロックに分け、2人一組でそれぞれのブロックの点検を分担する。
勝手知ったる自作の船とはいえ、全長が300メートル近くある艦内を探し回るのは骨が折れる作業だ。


『主砲、パルスレーザー、異常なし!』
『ミサイル発射システム、異常ありません!』
『波動エンジン、波動砲発射システム、異常なし!』


武谷、成田、徳田さんの声が矢継ぎ早にスピーカーから聞こえる。
走りながら腕時計に視線を送る。下令されてから5分も経っていない。
あいつらは戦闘班や航海班との共同作業だから早いのも納得だ。


「篠田さん、こっちはチェック終わりました!」


「こっちも終わった。俺は第2工場に行く、お前は第1工場を見てこい!」


「了解!」


部下で訓練学校を卒業したばかりの大桶圭太郎を艦中央に向かわせ、自分はエレベーターを使って艦底部へ。目指すは、コスモクリーナーEが置かれている第2艦内工場だ。


『コスモレーダー、ソナー、タイムレーダー、異常なし!』
『亜空間ソナー、問題ありません!』


今度は後藤と小川の声。くそ、完全に出遅れている。
エレベーターが開き切る前に飛び出し、オートウォークを全速力で疾走する。
走りながらも居住区の点検に向かった部下からの報告を受けて、脳内で艦内のチェック状況を更新していく。
時刻は既に6時12分。命令の前に動き出していたから、点検を始めて15分以上経っている。


『航法システム、いつでもいけます!』


この声は遊佐だ。くそ、俺が最後か!いくら補助がいるとはいえ、艦内全部をチェックするのは時間がかかってしょうがない。
乳灰色に塗装された壁に囲まれた、大人が4人横並びに歩くことができるほどの広い通路を、たったひとりで全力ダッシュ。
圧搾空気が抜ける音と共に第2工場に躍り込む。


「教授、あかね!」


そこには、D型を一回りサイズダウンしたコスモクリ―ナーEと、その周囲をせわしなく歩き回っている黄色い服の男女がいた。
マックブライト教授と門下の大学院生7人、それと特別に乗艦したあかねだった。
ちなみに、彼等はコスモクリーナ―の整備と実験以外の時間には生活班や技術班の仕事を補佐する事になっていて、制服も黄色の生地に黒の錨のデザインになっている。


「篠田君か。今室内を確認し終わったところだ。コスモクリ―ナ―Eはしっかり固定されている、問題ない。」


「有難うございます。」


「恭介、こっちの片付けも全部終わってるわ。」


「サンキューな、あかね。自分の荷物はロッカーに入れたか?自分の座席は分かるか?指示があるまでベルト外したり勝手に動くんじゃないぞ?」


「大丈夫よ。子供じゃないんだから、全く。」


そう言ってあかねは、腰に手を当てて頬をふくらます。
ボディラインにぴったりなスーツに内心ドキドキするが、発進前なので顔に出す余裕も無い。
そのとき、大桶から無線が入る。


『篠田さん。第1工場、問題ありません!艦内オールグリーンです!』


「わかった!俺は後から行くから、先に座席についてろ!」


『了解!先に行ってます!』


ヘッドセットの無線で大桶への指示を飛ばし、取って返して工場備え付けのマイクのスイッチを入れる。時刻は6時16分。たった20名足らずで艦内全てをチェックするのだからこのくらいかかるのは致し方ないが、実戦では遅すぎる。


「ダメコンシステム、居住区、艦内工場、異常なし!」


『第一艦橋了解。発進に備えろ。』


了解、と返信して、俺は再びあかねと教授に振り返った。


「本艦は間もなく公試の為、名古屋軍港を出発して火星宙域へ向かいます。名古屋港を出たら離水し、地球周回軌道まで一気に駆け上がりますので、宇宙に慣れていない皆さんは座席に座ってシートベルトをしっかり締めていてください。」


その場にいたゼミ生が皆頷くのを確認して、俺は第1工場へと走った。


南部康雄side


正面上部の大型ディスプレイの中を、アルファベットと漢字が絶え間なく流れる。
『シナノ』の断面図が次々とグリーンに染まり、最後には極太明朝体で「発進準備完了」の文字が大きく映る。

「艦内全機構異常なし、エネルギー正常。」

「ドック内注水完了。ガントリーロック解除、ゲート開放。」

技術班長藤本明徳の指示によって、重厚なくぐもった金属音と共にドックのゲートが開く。
さすがガミラス戦役の時からの生き残りだけあって、流れるように指示を出している。

ドックの中は照明を一切つけていない。
薄明が闇夜を薄めた海は墨色がかっていて、開かれたゲートとともに「始まり」を象徴しているように感じる。

「始動シリンダー準備よし。」

「補助エンジン始動5秒前、4、3、2、1、接続!」

「補助エンジン動力接続。」

「スイッチオン、両舷微速前進0、5。」

「微速前進0、5。ドックより、伊勢湾内に進入します。」

リラックスした表示で操縦桿を握る北野が、明瞭な声で報告する。
・・・不思議な気分だ。
『シナノ』の第一艦橋は、ヤマトとほぼ同じ機械がほぼ同じ配置になっている。唯一の違いは航法席と化学分析席の入れ替えぐらいなもので、ボタンの一つ一つの場所までヤマトそっくりだ。

ただし、それを操る人間はヤマトとはがらりと変わっている。
艦長席に座るのは沖田艦長でも山南艦長でも古代艦長でもない。
ライトグレーの髪をオールバックに固めたアクティブなヘアースタイル。
老練な宇宙戦士に良く見られる、茶褐色に焼けた肌。
ところどころ白が混じった不精髭は揉み上げから顎下まで繋がっていて、今までの艦長とは違う「野生」の印象を受ける。
全てを見通すような鋭い視線は、歴代のヤマト艦長のそれと変わらない。

芹沢秀一。土方さんや山南さんの更に後輩で、ディンギル帝国が侵攻してきたときには巡洋艦による水雷戦隊の指揮を執っていた歴戦の戦士だ。

俺の指定席だった砲術席には、かつて第一主砲キャップだった坂巻浪夫。『シナノ』に来る前は、現在火星基地ドックで修理中の第三世代型巡洋艦『あしがら』で戦闘班長をやっていたそうだ。
戦闘班長として第一艦橋正面に座る俺の右隣、かつて島さんが座っていた席には、イスカンダル遠征のときに操艦を任されていた北野哲がいる。
北野は暗黒星団帝国来襲の際にパルチザンとして活動したのを切っ掛けに空間騎兵隊に転属していた。今回は月基地にいたところを一本釣りされたらしい。
どちらも、たまたま地球の近くに居たのをいいことにスカウトされたようだ。人事から防衛省の裏の意図がうっすらと見えなくもないが、かつての仲間と再び仕事ができるのでこの際気にしない。
機関長の矢島聡、通信班長石黒真琴、航海班副長松原夏美の三人はヤマトの乗員ではないが、俺たちと同じように他の軍艦で副班長クラスの役職に就いていた世代だ。

いずれにせよ、俺を含めてかつてヤマトの中堅を勤めていた面子が世代交代によって繰り上がった形だが、6年前とは違って堂々とした彼らの態度に、月日が経ったことを実感させられた。

『シナノ』は、その女性格を体現するかのように静々とドックを出る。
夜明け前は既に過ぎ、まさにこれから朝が訪れるという時間帯だ。
秋の気配が近づいてきた暁の伊勢湾には、東の水平線から顔を出した曙光によって橙色に染め抜かれた、綾波の絨毯が敷き詰められていた。

「本艦針路225度、27ノットに増速。」

港湾から出たところで西から南西に変針、一気に増速して伊勢湾の中央へ向かう。

「宜候、波動エンジン内エネルギー注入。」

「波動エンジン内エネルギー注入開始。」

ウェディングドレスのトレーンのように白い引き波を引きずりながら大人しく進む『シナノ』の第一艦橋から、知多半島がうっすらと視界に入ってくる。

「港湾事務局より通信。『貴艦の進路に障害なし。発進を許可する。航海の無事を祈る。』」

「事務局へ返信。『誘導に感謝す』。北野、補助エンジン出力いっぱい。針路180度、速力64ノットへ。」

増速に伴って、正面からGを感じる。波の静かな伊勢湾を『シナノ』の艦首が切り裂いて激しく飛沫を上げる。

「シリンダーへの閉鎖弁オープン、波動エンジン内エネルギー充填120%。」

「フライホイール始動」

「フライホイール始動」

「波動エンジン点火10秒前!」

発進準備が順調に進み、自分のセリフが近付いてくる。
心臓がバクバクする。
耳にかかる髪をかきあげる。
眼鏡の位置が妙に気になり、一度外して両手でかけ直す。
周りに気付かれないように、鼻で深呼吸する。
古代さんがいつも言っていたセリフ。聞くだけで気分が高揚するあのセリフを、今度は俺が発する。

ガミラス戦役以来、何度目の発進だろう。
坊ノ岬沖での、沈没艦の艤装を剥がしながらの発進。
地球防衛軍の方針に反発し強引に艦を動かし、海中から飛び出しながらの発進。
緊張した新人が、第三艦橋を木々に掠めながらの危なげな発進。
イカルスの岩塊を砕き割り、アステロイドの環をくぐり抜けながらの発進。
日本アルプスの晴れ渡った雪原を掻き分けながらの発進。
アクエリアスで、敵ミサイルに追われながらの命がけの発進。
様々な状況での発信を経験したが、ここまで緊張するのは、初めてかもしれない。


「3、2、1、波動エンジン点火!」


胸一杯に息を吸って、


「『シナノ』、発進!!」


今の気持ちをぶつけるように、大音声を発した。


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpartⅠ」より《地球を飛び立つヤマト》】


初秋の伊勢湾を太平洋に向けて一路南下する『シナノ』は、サブエンジンをフルパワーにすることで猛烈な加速をしていた。

水上艦艇ではありえないスピードになるにつれて、海面を鋭角に切り裂いていた艦首が徐々に持ち上がっていく。
真っ赤なバルバス・バウが姿を現し、丸い艦底によって強引にかき分けられた波飛沫が後方へ吹っ飛ぶ。
水中に沈んでいた部分が露わになる度に、大量の海水がカーテンとなって艦体に沿って流れ落ち、水煙となって舞う。
艦首喫水線から流れる飛沫は、『シナノ』の歓喜の涙にさえ見える。

しかし、いまだ水面下にある第三艦橋の要員は、さぞかし生きた心地がしないだろう。
64ノットで疾走する艦にかかる水圧を、真正面から受け止めているのだ。
下部一番主砲とその直後のブルワークによって千々に乱れた水流が、恐ろしい勢いでガラスに叩きつけられている。
そこかしこが軋む音と絶え間なく続く不気味な振動に、垂直離着陸しか経験していない訓練学校を卒業したばかりの新米共はシートベルトを強く握りしめ、小便を漏らしそうな勢いだった。

半球状の艦内第2工場までが水面に顔を出すようになると、いよいよ艦は大空へ飛び出す準備を整える。
艦首が上がったため艦尾は水中に下がり、既に下部飛行甲板まで水に浸かっている。
上部飛行甲板も水没こそしていないもののひっきりなしに波に洗われていた。
艦尾から白く泡立ったウェーキが伸びる様は、上空から見れば青の色紙に一筋の白線を引いているようだ。

伊勢湾の中央あたりまで進出したところで、艦尾の海面に名伏しがたい閃光が生まれる。
2連炉心波動エンジンが始動し、矩型波動エンジンノズルが黄白色の光輝を放ったのだ。
扇状に広がる波飛沫が艦橋よりも高く跳ね上がり、一瞬にして蒸気と化した海水が艦尾と航跡を覆い隠す。
爆発的な推力を得た『シナノ』が、水平方向に加えて垂直方向へのベクトルを得て浮き上がる。ウイリー走行さながら後部だけを着水させて航行していた艦が、水平線の少し上を指向していた艦首を追うように動きだすと、さもそれが自然であるかのように7万トンの巨体が滑らかに離水していく。
未練がましく艦体に張り付いて装甲を舐めていた海水の塊が、ついに風圧で吹き飛ばされる。

白煙を引き連れて力強くグングンと高度を上げていく姿は、往年の宇宙往還機を想起させる。
昔と大きく違うのは、それが海上からの発進であり、艦体から振り落とされた海水が滴となって名残惜しげに空中に留まり水蒸気の雲と共に朝日を浴びて輝いている事だった。

矩型エンジンノズルと2基のサブエンジンノズルが朝日よりも眩しく光を放ち、『シナノ』は引き絞られた弓から放たれた矢が空に吸い込まれていくように、仰角を上げて一気に蒼空へ駆け上がった。
南に向けて飛び立った『シナノ』は高度500メートルを突破したところで主翼を展開し、艦を左に傾斜して翼端を陽光に煌めかせながら南東の方角へと旋回する。
ヤマトの遺志を継ぐ宇宙戦艦が、光跡を引きながら風を掻き分け、雲を突き破ってなおも上昇を続ける。

黎明の海に途切れた一筋の白い航跡を残して、一隻の艋艟が鏑矢の如く腹に響く重低音を唸らせて、母なる海を離れて星の海へと旅立っていく。
やがて白煙さえも振り切った『シナノ』の影が朝焼けの空に溶けていく姿は、出発を見送った研究所や南部重工の関係者の眼には希望そのものに見えた。





あとがき

みなさんこんにちわ。デスラー総統に睨まれちゃってJAPANブルーよりも青い顔色の夏月です。出撃編第一話を投稿いたします。

今回はヤマトの名シーン、発進シークエンスだけで一話まるまる使ってみました。アニメでは第一艦橋と機関室ぐらいしか映っていませんが、裏ではこんな苦労があったのかなと思いまして。

『シナノ』のメインキャスト、第一艦橋にはヤマトの中堅世代が収まりました。まだ登場していない通信と航法は未定。でも相原は藤堂晶子とニャンニャン中だし、太田を北野の補佐に回すのも可哀想だし・・・。まだまだ決まっていないポストもありますし、愉快なオリキャラで場をかきまぜてやろうかと思っています(笑)
(※19日付けで修正しました。)

デスラー総統が銃に手をかけたのでそろそろお別れです。次回は火星宙域での各種試験に迫ります。こんなに細かく書いていて、話が先進むのかなぁ・・・。

追伸:後半の『シナノ』離水シーンですが、『CR宇宙戦艦ヤマト2』の出撃シーンを参考に妄想していただけるとより一層盛り上がります。



[24756] 出撃編 第二話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/07/31 15:06

2207年 10月2日 16時44分 太陽系第四惑星火星宙域

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト復活篇」より《無限に広がる大宇宙》】


無限に広がる大宇宙


静寂と光に満ちた世界


生まれる星もあれば死にゆく星もある


そうだ


宇宙は生きているのだ


棒状渦巻銀河の中心から約3万光年、天の河銀河の辺境宙域、オリオン腕

その更に辺境にある比較的小ぶりな恒星、太陽

寿命としては壮年に達しつつある星を頂に仰ぐ星々の群れ、太陽系の第三惑星、地球

我々を生み育てた、母なる星

幾度の異星人侵略の危機を乗り越えた、奇跡の星

いっときは痛々しい土色に錆び上がっていた大地も、ガミラス戦役以降続けられてきたリ・テラフォーミング事業によって、今は昔以上に植生を取り戻しつつある

青と緑の惑星を一隻の星の船が飛び出し、太陽系誕生以来共に歩んできた赤銅色の星へと


ときに西暦2207年


大きな宇宙の中の小さな星で、物語がいま、新たに始まろうとしていた



群青と純白の斑模様が美しい水の惑星と白銀の衛星は既に遥か遠く、足元には赤茶色の球体が宇宙の常闇の中に浮かんでいる。

火星宙域にまで進出した『シナノ』は、火星周回軌道で待機状態に入った。
地球連邦に所属する国は、新造艦の公試運転を毎月5日に火星公転軌道上の特定宙域で行う事が義務付けられているからだ。
これは太陽系を多く行き来する宇宙船の航海上の安全を考慮してのことであったが、結果的に毎月各国の新造宇宙軍艦が一堂に会するお披露目会としての側面を持っていた。
本来は新造艦を披露しあう事で互いの猜疑心を解消して健全な競争心を育てるという裏の意図もあったのだが、逆に無意識に敵対心を呷る結果にもなっていた。

現在、俺を含めた技術班の面々は『シナノ』の烹炊所にいる。
待機中は最低限の点検以外は試験も訓練も行う事は禁じられているため何もやる事が無いため、展望室にテーブルと食事を運び込んでの懇親会が行われることになった。
そして、試験も訓練もできない以上、誰もが暇を持て余しているわけで。
艤装員長の命令で、懇親会の準備をしている生活班の手伝いをさせられることになったのだ。
肩に青い三本のラインが入った技術班員が側面展望室と烹炊所、正式名称『シナノ食堂』を、料理を載せたカーゴが行き来する。
『シナノ食堂』では本職の生活班炊事科が大きなしゃもじで炊きたての御飯をかき混ぜ、或いはフライパンを電磁調理器にかけている。烹炊所の最奥ではなんとマグロの解体までしており、料理の手伝いをしているゼミ生が唖然とした表情で見ていた。
ボラ―戦役の時に避難船に乗った事はあっても軍艦は初体験、しかも裏方の作業を目の当たりにしたのは初めてなのだろう。
一応宇宙戦士訓練学校で一通り宇宙艦艇での業務を経験している身としては、彼らの驚きは共感できるし、また懐かしくも感じる。


「おーい、お前、何をそんなボケっと突っ立ってるんだ?」


なるべくフランクな声のかけ方を心がけた。本来なら手を動かしていない部下には怒鳴っても良いのだが、そこは学生相手だ、あまり怖い態度をとるとあかねへの風当たりが悪くなるかもしれない。
俺だけは優しくしてやってもバチは当たるまい。
他の乗員に怒られる分には助けてはやらないが、俺からは厳しく叱ったりはしない事にしていた。
しかし、


「ハ、ハイ!スミマセンでした!すぐに作業に戻りマスゥ!」


飛び上がらんばかりに背筋を伸ばしたその男子生徒は、泣きそうな声で肩を震わせながら駆け足で去っていった。
・・・・・既に躾けられているようだった。
っていうか、あの生徒は確か修士二年生だったはずだから、俺より一歳年上じゃなかったっけ?タメ口きいちゃって良かったのか?
・・・・・・深く考えないでおくか。


「坂井さん坂井さん、生徒が妙にビビってましたけど、何があったか知りませんか?」


ピザ生地を練っていた坂井シェフに話しかける。
『シナノ食堂』の料理長を勤める坂井さんは口髭の似合うチャーミングな方で、人当たりがとてもいい印象を持っている。
接している限りはとてもおっとりとした性格だと思っていたのだが、もしかしたら違うのだろうか?


「う~ん、彼ならさっき料理を手伝ってもらっていたんだけど、ちょっと失敗しちゃったからすこーしだけ怒ったんだよね。」


「はぁ・・・。ちなみに、怒るってどんな感じで?」


「ん~~?そんなにきつくなんて怒ってないよ?ちょっと一発『ていっ』てぶっただけ。」


『テイッ』の掛け声とともに殴るジェスチャーをする坂井さん。
いやいや、思いっきりフルスイングじゃないですか。


「ほら、彼らって軍人じゃないじゃない?だから優しくしたつもりなんだけど、何故か恐がられちゃってね。一体どうしてかなぁ?篠田君、知らないかい?」


いや、彼の顔に腫れている様子はなかったから、あの殴り方にしては手加減をしたほうなのだろうか?


「いや・・・生憎私には分かりかねますが。」


顔が若干ひきつっていたのは坂井さんにばバレなかった・・・と思う。


「あ、恭介。お疲れ様。」


じゃがいもの皮をむいていたあかねが俺に気付いた。
あかねが躾けられていない事になんとなく安堵を感じつつ、軽く手を上げて応える。


「準備お疲れ。どうだ、坂井さんに迷惑かけてないか?」


「ん―――?簗瀬君は炊事科の立派な戦力だよ?包丁捌きも慣れたもんだし、手際いいもん。大人数用の料理をしたことないからか、ちょっと丁寧で時間かけ過ぎかなとも思うけど、すぐに慣れるでしょ。」


「そうですか。よかったな、あかね。」


「ま、いつも家でお母さんの手伝いしていて慣れているからね。それより、戦艦ってすごいのね。調理場は広いし、冷蔵庫はうちの大きさ何倍もあるし、食材も天然モノが多くて豪勢じゃない。恭介アンタ、訓練学校時代にもいつもこんな美味しい料理食べてたの?」


「馬鹿、シ――――!!」


慌ててあかねの口を両手で塞いだ。突然の出来事にあかねが顔を真っ赤にしてモゴモゴ言ってるが、それどころじゃない。


「ン――――!!ン――――!!ぷはぁっ、ちょっと、いきなり何すんのよ!」


「お前がいきなりとんでもない事言うからだ!」


キョロキョロ周りをうかがうと、坂井シェフが苦笑いしていた。


「ちょっとこっち来い!その勘違いを修正してやる。」


愚妹の腕を掴んで、坂井シェフへ振り向く。あかねが何やら慌てふためいているが関係ない。こいつには艦の一員として最低限の事を知っていてもらわなければならない。


「すみません坂井さん、申し訳ありませんがこいつに少し教えてやってくれませんか?」


「いいよ~?学生君もここでは艦の一員だからね。艦の事を少しでも知っていてもらわないと、いざという時に足手まといだからね~。」


ついておいで、という坂井さんとともにあかねを引っ張り込んだのは食糧庫。
天上まで2メートル、広さは体育館ぐらいあるそこは、新造の時にはがらんどうだったのだが、今では段ボール箱でぎっしりだ。
保管されているのは調理場にある冷蔵庫や隣室の巨大冷凍庫と異なり、常温で長期保存できる食料である。


「さて簗瀬君、これが分かるかな?」


「えっと・・・。非常食じゃないんですか?」


「そう、補給が滞った時や遭難した時の為の非常食だ。200人の乗員が2カ月生存できるだけの携行食糧が備蓄されている。中身は無重力状態を想定して真空パックに粘性の高いパンもしくは御飯とゲル状スープ、それにサプリメントの錠剤と、満腹中枢を刺激する薬が入っている無針注射器だ。でもこれは戦闘食も兼ねているから、戦闘配備中はこいつがそのまま段ボール箱ごとそれぞれの場所に配られるんだよ。」


「え、それじゃあ暖かくなくて美味しくないじゃない?」


「そうだよ。パンはともかく、玉になった生温いスープをジュルジュル吸うのはあまり食事している気分にはならないな。でも、俺達軍人はこういう物を食べて戦闘に行くんだ。」


「ん~、さすがに昔みたいにおにぎりとお茶ってわけじゃないけど、今作っているパーティー用の料理や来賓用の食事とは比べ物にならないくらい質素でしょ?通常の食事だって、冷蔵庫と冷凍庫に入っている食材、艦内菜園で採れる青物、あとは艦内工場でつくる合成食品から作っているんだけど、できるだけ材料を無駄遣いしないで備蓄が長持ちするように、かつ飽きられないようにレパートリーを増やして、士気が落ちないように工夫してるんだよ。」


「移民船に乗った時に出たお食事より、普段はもっと質素ってことですか?」


「そうだね、あれは民間人用だから。来賓用ほど豪勢ではないけど、やっぱり軍人よりは質素な食事に慣れていないからね。不平不満が起きないように僕らよりは比較的充実した食事になっていたかな?」


自分の経験した船内食と比べて驚くあかね。
あかねが言っている「移民船」とは、ボラ―戦役―――太陽の異常膨張で移住を余儀なくされた際に乗った大型船のことをいっているのだろう。
俺は軍属扱いで船に乗っていたから学校の給食みたいな安いメシだったが、民間人の方はそこそこマシなものが出たらしい。
・・・と、ふと疑問がわいた。


「あれ?ということはお前、ここのメシまだ食べてないのか?」


「まだよ?昨日今日と、ずっとコスモクリーナーにつきっきりでいたんだもの。食堂に行く暇なんてなかったわ。」


「そうか、今まで学生君達は機械の整備に忙しかったから、炊事科にお弁当を工場まで運ばせたんだっけ。じゃあ、知らなくても仕方ないね。うちは定食制で、ABCの三種類から選ぶんだ。食料の備蓄が少なくなったらA定食だけにしちゃうんけどね。」


「まるで、大学の生協食堂みたいですね。」


「あれよりも品揃えは良くないかな。三種類以外は傷病者用の食事しか作る余裕がないから。」


「今の話からすると、私達がお弁当を頂いたのは特別ということですか?」


「そうなるねぇ。本来ならばここにある段ボールを渡すところなんだけど、艦の仕事を手伝ってもらってるし、大事な民間人のお客様だからね。」


答えにあかねはしばし俯いたあと、坂井さんに向き直った。


「・・・先程は失礼な事を言ってしまいました。よく知らずに適当な事を言って、ごめんなさい。」


ポニーテールをうなだらせて謝る。
こういう時に素直に頭を下げる事が出来る点があかねのいいところだと、改めて思った。

シェフが目を細めて笑う。分かってはいたが、やはり坂井さんは怒ってはいないようだ。
あかねもつられて微笑んだ。
あとは、俺が話を締めればいいかな。


「分かったか?軍艦だからって贅沢なものを食べられる訳じゃない。長距離航海でただでさえ精神的に疲弊するのに、食糧だって決して常に潤沢に賄えるわけでもない。今ああやってパーティーの準備をしているのは、このあと冥王星基地で補給を受ける事が分かっているから出来る事なんだ。いわば、贅沢な食事を食いだめしてこれから先頑張ろうって意味も込められているんだ。だから、二度と人前でさっきみたいな事言うんじゃないぞ。な?」


「・・・ええ、分かったわ。ごめんね、変な事言っちゃって。それとありがと、教えてくれて。」


ふいに柔らかい表情で俺に微笑みかけるあかねに、少しドキッとしてしまった。
出航以来、あかねに心を揺るがされる機会が多くなったような気がするのは考え過ぎだろうか?


「さ、そろそろ行きましょ?まだパーティーの料理全然造り終わっていないだから。」


「そうだね、そろそろ行こうか。簗瀬君、僕は鍵をかけなきゃいけないから先に行っててくれるかな?」


「はい、じゃあ先に調理場に戻ってます。」


じゃあね、と肩越しに声をかけてあかねは扉をくぐる。食糧庫には坂井シェフと俺が残った。


「篠田く~ん、今日もそうだけど、簗瀬君は『シナノ』食堂の戦力になるから、ちょくちょく借りていくよ、ごめんねー。」


「あ、はい、どうぞどうぞ。存分にこき使ってやってください。」


「ん~~~~~~?そんなに強がっちゃっていいのかなぁ――――――?彼女黒髪美人だしぃ、有能だから、炊事科と技術班で引っ張りだこになっちゃうよ?ぐずぐずしてると、誰かに取られちゃうかもね?」


「んなっ!?いきなり何の話です!?」


口に手を当てながら、ニヤ~リと口角を吊り上げる坂井さん。


「いやぁ、僕は山形の実家に奥さんがいるからいいんだけどね?この艦も若い新人が多いし?なんだかんだでストレスの溜まる職場だし?何よりもここは密室だからね―――。」


「ど、ど、どういうことですひゃ!」


声が裏返った!何を動揺しているんだ俺!?
ま、まさか知られた?知り合ってそれほど時間の経っていない坂井シェフにバレたというのか?
いや、そんなはずはない。
ハッタリだ、冗談だ、俺をからかっているだけに決まっている!


「料理人の戦場たる厨房にラブロマンスを持ち込む困った子は『修正』する事にしているから安全だけど、それ以外の場所では篠田君が護ってあげなきゃだめだよ?君は“お兄ちゃん”なんだからね?それともぉ、篠田君はそう思ってないのかな?」


「想ってるに違うじゃないですか!」


「んっふっふっふっふ―――。そう?なら安心かな?じゃあ、部屋の鍵かけといてね―――。」


背中越しに手を振りつつ、白衣の男が悠々と去っていく。
この人、どれが本性なのか窺い知れん・・・・・・。





あとがき


みなさんこんにちわ。アクエリアスに取り残されて溺死したディンギル星住人こと夏月です。出撃編第二話をお届けいたします。

今回は公試直前のパーティーのさらに前、宇宙艦艇の食糧事情についてのお話でした。ヤマトに食事のエピソードは時折出てきますが、アニメより一歩踏み込んだお話にしてみました。
アニメでは割と食糧事情はいいようですが、私はこれを元移民船だったからこそのものと想像しました。
『シナノ』はそこまで長距離の航行を想定して造られていないので、「食の質」についてはあまり考えられていないという設定にした次第です。皆さんの御感想、意見などお待ちしております。

※皆様のご指摘を受けて、7月31日付で修正しました。


次回はパーティーの様子、できれば公試まで踏み込んで記述してみたいと思います。
それでは。


公試、書けなかったな・・・・・・。余計な寄り道しなければよかった・・・・・・。



[24756] 出撃編 第三話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/08/12 01:22
2207年 10月2日 18時04分 火星周回軌道上 『シナノ』右舷展望室


「連邦大学の学生諸君がいるので、改めて自己紹介しよう。私が艤装委員長、完成後には『シナノ』初代艦長を拝命する芹沢秀一だ。」


懇親会は、演壇に立った艤装委員長の挨拶から始まった。

普段は展望室兼荷物置き場になっているここは、今では10台の大テーブル、多数のイス、そしてテーブルの真ん中には大皿に盛り付けられた種々の料理が並んでいる。
テーブルの周囲には、いまだ配属されていない飛行科を除いた乗組員96名全員が科ごとに集まり、グラスを手に艦長の話を聞いていた。

ちなみに、現在の艦は自立航行プログラムによるハンズフリーモードになっているため、通常航行どころか迎撃行動まで艦が自動でやってくれる。実に便利なシステムだ。
暗黒星団帝国が侵略してきた際にコントロールタワーを破壊された無人艦隊が、成す術も無く撃破されたという教訓から搭載された機能である。

「公試前ではあるが、まずは宇宙空母『シナノ』が完成した事を率直に喜びたい。こうして無事に星の海を航海できるのも、諸君らの尽力のおかげだ。」


誰もが艦長の言葉に聞き入る。
艦長は一度頭上を仰ぎ、マイクに向き直った。


「――――――思い返せば15年前。太陽系の外へと開拓の手を伸ばし始めた我々人類はガミラスの侵略に遭い、80億もの犠牲者を生んだ。6年前、再建しかけた地球は敵星間国家に降伏寸前まで追い込まれた。5年前、地球は初めて宇宙人に占領された。4年前、アクエリアスの脅威の前に、ディンギル帝国の脅威の前に、地球防衛艦隊は無力だった。」


忘れたくても忘れられない、2192年から4年前まで立て続けに起こった悲劇。地球人口の8割近くを失った暗黒の15年。誰もが友を失い、或いは家族を失い、大切な人を失った。
だからこそ艦長の言葉は胸に響いた。


「異星人の攻撃に対して為す術も無かった我々に、希望の光と未来をもたらしてくれたのは、いつも宇宙戦艦ヤマトだった。我々宇宙戦士にとって、ヤマトは地球の誇り、地球のまほろばだったのだ。」


俺は視線をそらした。
演壇の真正面にあるテーブル、第一艦橋要員が集まっているテーブルに居る、南部康雄。
同じテーブルには他にも、ガミラス戦役の時からヤマトの工作班員として乗り込んでいた藤本明徳、イスカンダル遠征のときに航海士を勤めた同期の北野哲、かつての南部さんの位置に昇格した坂巻浪夫。

皆、ヤマトの乗組員だ。
・・・彼等は、どのような気持ちで芹沢艦長の言葉を聞いているのだろうか。


「そのヤマトも今は亡く、アクエリアスの海を墓標に永遠の眠りに就いた。この4年間は、幸いにも平穏が続いた。しかし、明日にも新たな侵略者が我々を脅かさないとも限らない。次に地球を危機が襲った時、誰が地球を救うのか。誰が、ヤマトの偉業を引き継いでいくのか。」


一度言葉を切った艦長は、一同を見まわした。
マイク越しに紡がれた言葉が、心に染みわたっていく。
それは、『シナノ』建造に携わった研究所の職員、藤堂前司令長官、そして真田さんの想いそのものだったからだ。


「諸君らも知っての通り、本艦はヤマトのコンセプトと技術を最大限に継承する目的で建造された。乗組員の中には、『シナノ』の設計から完成まで携わり続けた者もいる。かつてヤマトの乗員だった者もいる。」


もう一度視線を逸らす。同じテーブルの武谷、成田、徳田、後藤、小川、遊佐が目に涙を浮かべていた。


「ならば、『シナノ』こそが新たなる地球のまほろばにならなければならない。我々は、ヤマトの魂を受け継ぐだけでなく、この宇宙に眠る全ての宇宙戦士達の遺志を受け継いでいくのだ。それこそが、終わりなき絶望に立ち向かい星の海に命を散らした英霊たちに、我々が報いる事が出来る唯一の方法である。」


宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米共には、まだ分からない悲しみがある。

逝った彼らを知っているからこそ、継いでいかなければならない想いがある。

もうあんな悲劇が起こってほしくないから、抱く気持ちがある。


「君達はこれまで何を失ってきた?」


家族を。多くの友を。


「君達はこれまで何を守ってきた?」


もう一つの家族を。


「君達はこれから何を守る?」


この世で一番大切な人を。


「君達はこれから何を手に入れる?」


傍に立っているのが俺でなくても構わない。
二度と失いたくない人達がいる、我らが故郷の安寧を。


「諸君の願いは『シナノ』とともにある。『シナノ』の力は諸君と共にある。地球人類の新たな護り手として、一層の奮励努力を期待する!以上だ!」


「「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおぉぉ!!!!!」」」」


展望室に歓声が木霊する。
本来関係ないはずの学生達まで、艦長の演説に感銘を受けて手を突き上げて叫んでいる。
やがて歓声の代わりに割れんばかりの拍手が溢れた。

艦長が演壇を降りたところで司会が開会を宣言し、懇親会はスタートしたのだった。



2207年 10月2日 20時11分 火星周回軌道上 『シナノ』右舷展望室


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart1」より《宇宙戦艦ヤマト》(インストゥルメンタル)】


あれから一時間。
宴もたけなわ、幾本もの酒瓶が床に転がり、既にあちらこちらで車座に座った集団が騒いでいる。

新米共の殆どはまだ宇宙戦士の流儀に慣れていないのか、先輩達から次々と注がれる酒にあっという間に酔っ払ってしまい、ベッドに戻ったりトイレに籠ったり展望室の片隅でいびきをかいたりしている。
まぁ、いわゆる「洗礼」というか「儀式」ってやつだ。
ちなみに宇宙戦士の流儀などと格好よく言っているが、要は「飲める時に飲む」これだけである。

艦長も既に第一艦橋登頂の艦長室に戻っており、今残っているのは新米ながらうわばみな猛者と、宇宙戦士の宴会に慣れた先任達と、あまり酒を勧められなかった女子だけだ。
俺が入っている円陣には俺とザル仲間の遊佐、アルコールで顔を真っ赤にしながらチビチビお猪口を傾けている徳田さん、宇宙戦士訓練学校で同期の出世頭、北野と技術班長の藤本さんも加わっている。


♪♪♪~~♪♪♪♪~~~!


遊佐、北野、俺の3人が陽気に歌っているのは、ヤマトがイスカンダルへ旅立った後の宇宙戦士訓練学校で流行った歌に、即興で作った『シナノ』用の歌詞をつけた替え歌だ。
このグループはさっきから、カラオケ大会になっていた。


♪♪♪~~~♪♪♪♪♪♪~~!


硬化テクタイト製の窓ガラスの傍らに陣取り、星の瞬きを肴に大ぶりで雑な手拍子で左右に体を揺らしながら、ろくに回っていない舌で唄う。
歌詞が出ていないのはJA〇RACが怖いからではない、酔っ払っていてうまく歌えないからなのだ。

そうだったらそうなのだ。


♪♪♪♪♪~~~~♪♪♪~~♪♪♪♪!!


後ろに仰け反りながら声を張り上げると、それだけで妖しい昂揚感に包まれる。


♪♪―♪♪、♪――♪――♪――――!!!


だらしない笑顔で「イエ―イ!!」と歓声を上げながらハイタッチ。
あれ?『シナノ』ってイスカンダル行くんだっけ?まぁいいか。


「あぁ~・・・・歌った歌った。」


歌い終わって一息ついた俺は、酒瓶を脇に抱えて3人分の御猪口に注ぐ。どれが誰の杯だか既に分からなくなっているが、もう誰も気にしない。
同期同士で改めて酒を酌み交わしながら話していると、会話は自然とお互いが知らない時期の話になった。


「そういえば篠田は、暗黒星団帝国が来た時何してたんだ?」


受け取った御猪口をくいっと煽りながら、北野が赤くなった顔を向けてくる。


「俺らは卒業してすぐに名古屋に行っちゃったから、すぐにどうこうという事は無かったんだよ。名古屋には敵が降下してくる事は無かったからな。メガロポリスが占領されたって情報が入ってきて、ようやく地下都市に避難を始めた感じだな。」


「研究所は名古屋基地司令の直轄下に編入されて、旧地下都市の要塞化の作業に割り振られたんです。地上では敵の機械化歩兵部隊に対して分が悪いだろうってことで、地下都市での籠城戦を想定して。」


俺に続いて、へべれけ状態の徳田さんが答える。
年下の俺らに敬語を使っちゃってるあたり、もう泥酔状態である。


「でも、ようやく要塞化がひと段落していよいよ敵さんが名古屋市内に侵入ってところで、パルチザン本部から一斉攻勢の連絡があったんだよ。」


「せっかくバリケードとかトラップとか大量配置したのに全部無駄になってしまって、しかも今度は銃持って地上で戦えって話になって。何のために要塞化したんだか分かりませんでしたよ。」


「俺達が二重銀河に行っている間に、そんなことが起こっていたのか・・・」


藤本さんがしみじみと頷く。
そうか、藤本技術班長はそのときヤマトに乗っていたんだっけ。


「ああ・・・。その攻勢には私も参加したんですよ。ハイペロン爆弾の占領作戦に参加したんです。」


「そうそう、それ聞きたかったんだよ。お前、卒業してすぐにヤマトに乗艦したよな?それが何で空間騎兵隊に居るの?」


「イスカンダル遠征の後、僕は第十四号パトロール艇の艇長を拝命したんだよ。で、メトロポリスが奇襲されたときはドックで修理中で被害を免れたんだ。あとは、そのままパルチザンに合流したんだ。そこでは空間騎兵隊の古野間さんの指揮下に入って、ずっと行動してたんだ。」


アルコールに頬を染めながら、当時を懐かしむように答えた。


「で、結局空間騎兵隊に引き抜かれたまま今に至ると?」


「そうですね。古野間さんと会ってしまったのが運のつきといいますか・・・。」


藤本さんの質問に北野が頷いて答える。
そういえば、宗形さんのいとこが空間騎兵隊に居たって言っていたな。北野とも面識あるのだろうか?


「北野君はよく空間騎兵隊員を勤まってますよね。空間騎兵隊って皆、体はゴツいし粗暴じゃないですか?どうみてもキャラじゃないと思うんですが。」


「冥王星とか第十一番惑星とか、辺境地域はそうらしいすぁうけどね。僕は月面基地だったから、素行の良い人ばかり集められたんじゃないかなぁ。」


「お、何気にエリート宣言?」


北野をからかってみる。こちらの期待通りに、北野が褐色の肌を耳まで赤くして驚いた。生真面目な奴をからかうのは面白い。


「いやいや、そんなんじゃないって!!」


「北野君は主席卒ですからねぇ~。」


徳田も俺にのっかってきた。ニコニコ顔で敬語で話す徳田さんの口調は、こういうときにはなおさら攻撃力ある。


「いや、本当に違うって、ただの縁故採用だから!はぁ、もう勘弁してくれよ。」


「まぁ、いいじゃないか。俺もお前も、またヤマトに乗れるんだからよ。月面基地に居なかったらスカウトされなかったんだぜ?」


「はっはっはっはっは。はぁ~面白れぇ・・・・・・。さて、次何歌う?」


そう言う遊佐の前にはビール瓶と取り皿とお椀と御猪口。本人は割り箸を両手に一本ずつ持っていて、ドラムスティックよろしく「チンチン!」と皿の縁を叩いている。


「結構いろんなの歌ったな。『愛よその日まで』だろ、『星のペンダント』だろ、『愛の命』に『明日に架ける虹』、と・・・。」


「そろそろお開きの時間だし、『真っ赤なスカーフ』いきましょう。」


さっきまでカラオケに加わらずにむっつりと日本酒を飲んでいた徳田さんが、ゆっくりとした口調で提案した。
言われて腕時計を見ると、既に2時間を過ぎていた。
片付けもあることだし、確かにそろそろ終わらなければいけないだろう。


「ああ・・・もうそんな時間か。しかし、どれを歌おうか?」


「『真っ赤なスカーフ』って言っても、バリエーションがたくさんあるからなぁ。」


北野が顎を掌で撫ぜながら考える。

そもそも『真っ赤なスカーフ』は、宇宙開拓時代初期に作られた読み人知らずの歌だ。
宇宙開拓のために地球を離れる男達の悲哀を歌ったもので、星間戦争に赴く男達にも好んで口ずさまれたものだ。
オリジナルと思われる歌詞はあるものの、古今東西いろいろな所で替え歌が作られ、そのバリエーションは一艦に一曲あると言われるほどである。

すると、日本酒を一気にあおって立ち上がったのは、先程から俺達が歌っているのを見てるだけの藤本さんだった。


「ならば、俺が知っている奴を歌っていいか?」


「藤本さんのですか?どこで聞いたんです?」


「ここに来る前にいた第三世代型駆逐艦『たえかぜ』で歌われていた歌だ。」


「へぇ、じゃあ行きますか。遊佐。」


「はいよ~。」


チン!チン!
遊佐のなんちゃってドラムが鳴り、俺と北野のなんちゃって伴奏が始まる。
手拍子に気分を良くした藤本さんが、ゆっくりと息を吸った。


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart1」より《真っ赤なスカーフ》(インストゥルメンタル)】



同時刻同場所 女性ばかりのグループ


「まーた歌い始めたわ、あそこ。全く、下手なのに歌わないでほしいわ。」


「ホント。あんなドンチャン騒ぎして、『シナノ』のクル―として恥ずかしいわよ。」


「男って、なんであんな粗雑なのかしらねぇ・・・。」


「幻滅よね、全く。こんどは技師長さんまで加わっちゃって。」


「そうそう。技術班の人達、結構カッコいいと思ってたのに。技師長さんとかちょっといいかもって思っていたのに、一緒になっちゃってるんだもん。」


「・・・技術班の男共なんてあんなもんよ。宇宙技術開発研究所から来たからって、大した奴らじゃないわ。」


「富士野さんったら、相変わらず男を見る目が厳しいわね。」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「あら?簗瀬さんどうしたの?顔赤いけど、もう酔っ払っちゃった?」


「え?え、ええ。いや、えっと、そうみたいです。」


「つらくなったら言ってね?私達は男共なんかと違って潰れるまで飲ませるなんて事、しないから。」


「そうそう。せっかくの御馳走なんだから、味わって食べなきゃだめだよ?お菓子もまだまだ確保してあるからね?」


「ええ、ありがとうございます。」


「それにしても、また私達が揃うとは思わなかったわね。4年ぶりかしら?」


「そうね。第二の地球探しに行った時以来だもの。」


「懐かしいわね。ケンタウロス座駐留警備艇で地球に帰って、その後は故郷に帰っちゃってそれっきりだものね。皆あれから何やってたの?」


「私は前々から付き合ってた彼と結婚したんだけど、意見が合わなくて離婚しちゃった。」


「だから看護師に戻ったの?わざわざ危険な職場に戻らなくてもいいのに。」


「だってここ、ものすごく給料いいじゃない?それに、いざ危なくなったら前回みたいに帰してもらえばいいのよ。」


「・・・アンタ、この4年で随分と図太くなったわね。」


「だって、もう25よ?周りはどんどん結婚して子供がいるっていうのに、防衛軍に入ったばかりに、未だに男が出来ないのよ?結婚しないで死ぬなんてありえないわ。」


「それは私も分かるわ。防衛軍中央病院って若い男性の入院患者多いけど、こっちが忙しすぎて出会いがないのよ。」


「じゃあアンタたち、この艦には男漁りが目的なわけ?」


「半分そうよ?軍艦って安全だし、強い男ばかりだし、年齢層も厚いし、周りが男ばかりだから女の価値がインフレ状態になるじゃない。来る男は皆負傷しているから、手厚く看護してあげればコロッと落ちてくれるかな――って。」


「はぁ・・・呆れた。柳瀬さん、こんなになっちゃ駄目よ?」


「看護してあげればコロッと落ちる・・・。なるほど。」


「簗瀬さんどうしたの?」


「い、いえ!何でもないです!!ハイ!」


「・・・・・・・・・??」





あとがき

どうも、第一次移民船団で古代雪を乗せていたスーパーアンドロメダ級、夏月です。
出撃編第三話を投稿いたします。

今回はヤマトシリーズ恒例の宴会です。内容的には艦長の挨拶とカラオケ大会ですが。
本編中で歌われていた曲についてですが、『真っ赤なスカーフ』はヤマト1本編中に古代が口笛でメロディを吹いているシーンがあることから、他の曲についても本編世界中に存在するのではないかと妄想しました。

最初は私が考えた歌詞を載せて皆で歌っている体裁にしようと思ったのですが、著作権の都合上残念。感想掲示板にでも書き込もうかしらん。

というわけで、今回はこれまで。次回はいよいよ、公試が始まります。
あと、PVが45000突破したらまた外伝をうpしますのでお楽しみに~。




[24756] 出撃編 第四話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/09/03 19:48
2207年 10月5日 7時39分 火星周回軌道上 『シナノ』左舷展望室


強化テクタイト製窓ガラスから入り込んでくるのは、太陽の白い光。
宇宙空間に居るとは思えないほど太陽光が明るく差し込んでくるのは、艦が火星の公転軌道面に対して平行になっているからだ。

ここは、数日に宴会を開いたのとは反対側の展望室。
右舷側と同じく部屋の隅には段ボール箱が山積みになっているが、多くの人間が集まっている点も先日と一緒だ。
皆、窓ガラスに張り付いて、一心不乱に外を眺めているのだ。
艦の前方に楔型陣形で展開しているのは、白色彗星帝国からの鹵獲艦。正確には撃破した艦をサルベージして補修した艦だ。
地球防衛軍の艦艇色である銀色に再塗装され、第一世代型主力戦艦の艦橋を据え付けられた姿は、サイボーグを通り越してキメラめいている。
改彗星帝国ミサイル艦級護衛戦艦『ホワイトランサ―Ⅰ~Ⅳ』が護衛を勤めるなか俺は、


「いや~、壮観な眺めですねぇ―――。」


「確かに『シナノ』と同じ世代、同じコンセプトで建造された艦が一堂に揃うとは・・・。なんらかの政治的な意図を感じずにはいられないな。」


部下の大桶圭太郎とともに、『シナノ』と単横陣を組んで並走している各国の新型艦を眺めていた。
視界に入るは皆、各種公試のために地球から上がってきた各国の新型宇宙艦艇だ。
大桶は手元の携帯用ディスプレイに目を落として、陣形を確認する。


「えっと、手前からアメリカは『ニュージャージー』と『メリーランド』、イギリスは『ライオン』、フランスの『ジャン・バール』、ロシアから『モスクワ』ですね。そのうち、『シナノ』みたいに昔の艦を改装したのは『ニュージャージー』とイギリスの『ライオン』ですか。」


頷きだけで答える。

正直、言われる前からおおよその予想はついていた。
アメリカの艦はアリゾナ級の発展形だし、イギリスの艦は前半分がプリンス・オブ・ウェールズにそっくりだ。
ロシアは、独特過ぎてすぐ分かる。完成予想図をみて知ってはいたが、相変わらず不気味なデザインだ。
残る一隻は、消去法でフランス艦ということになる。中世紀の水上空母『龍驤』の両舷に巡洋艦の主砲を多数並べたような外見。フランスは今まで独自設計の艦艇を造ったことないからどのようなデザインになるかと楽しみにしていたが、古いような新しいような判断のしにくいものを造ってきたものだ。


「元の上司から聞いたんだけどな。イギリスの艦は艦名こそ『ライオン』だが、その正体は『プリンス・オブ・ウェールズ』だ。わざわざマレー沖から引き揚げてきたらしい。」


「『プリンス・オブ・ウェールズ』って、歴史の教科書にも載ってるあの艦ですか。でもイギリスなんて、もっと沢山戦艦あるでしょうに・・・。」


「当時の艦は、ほとんどがスクラップ業者に売っちまったんだと。他に残っているのはスカパ・フローに沈んでいる『ロイヤル・オーク』のみ。あいつじゃ巡洋艦にもなりゃしない。」


「なんと。当時の人が今の古艦ブームを知っていたら、絶対にスクラップになんかしないでしょうに。」


ふるかん?と聞き直しかけて、中古の軍艦のことであることに気付く。
空き缶と語呂が似ているなどと思いつつ、


「それなら、イギリスはとっておきの中古艦を持ってるぞ。」


つい先日仕入れたばかりのネタを振ってやった。


「はぁ。それは?」


「『ヴィクトリー』っていうんだ。何と今でも現役の軍艦で、艦歴442年の大ベテランだ。」


「なんっスかそれ!ていうかどう考えても木造ですよね!?」


「ハハハハハッ。イギリスに『ヴィクトリー』を宇宙戦艦にする勇気あるかなー。」


「ないっしょ。現に、今回もそんな名前の船はありませんし。」


「・・・・・・・・・まぁ、無理だろうな。」


マジレスされる。後輩は笑いには造詣が深くなかったようだ。


「・・・で、他にはどんな艦がいるんだ?」


「右舷側にはアンドロメダⅢ級の『オハイオ』『ティルピッツ』『ヴァンガード』・・・。主力戦艦以下は無しですね。」


「そりゃそうだ。8月にあんな事故が起こったんだ、誰も主力戦艦を造りたいなんて思わないさ。」


「あんな事故」とは8月3日、中国が建造した第三世代型主力戦艦『江凱』が公試のため上海を出港して大気圏を離脱中、突如弾火薬庫から出火、爆散した事故の事だ。
大気圏離脱時の振動で厳重に固定されていたはずのミサイルが外れ、将棋倒しに次々とミサイルを巻き込んだ挙句に爆発したのだ。
死亡者76名、生存者はなし。破片はペリリュー沖から東南東の方角へ1400キロに渡って降り注いだ。
中国政府は事故の一週間後、「最後の通信を解析した結果、事故の原因はヒューマンエラーだった」とする会見を行ったが、宇宙艦艇の建造ノウハウを豊富に持つ旧列強各国はわずか一週間で行われた発表をまったく信じなかった。


「でも、設計ミスじゃなかったんですよね?だったら造らないと勿体無いじゃないですか。」


「だから余計に怖いんだよ。ほかの国だって馬鹿じゃない、すぐに公開されている設計図の見直しとか建造中の艦の点検とかをやっているはずなんだ。日本だって、俺達が研究所の表の仕事で検証をしたんだ。でも、設計ミスは一切見つからなかった。」


「なら、中国政府の言うとおり、ヒューマンエラーだったってことじゃないですか。」


不思議そうに首を傾げる大桶。こちらの危機感やら不安やらが一切伝わっていないらしい。


「ほかの国だったらそれで納得してるかもしれないんだが・・・。もともとあの艦は設計ミスやら構造上の欠陥ばかりで、修正を重ねてようやく採用にこじつけたっていう経緯があるから、本当にもう設計ミスがないのか、検証した俺達自身が信じきれないところがある。何より、事故後政府が会見を開いたのはこの一回きりで、それ以来事故については一切ノーコメントだ。いや、中国だけじゃない。こういうときには鬼の首を取ったように非難するアメリカも、だんまりを決め込んでいる。あまりに静か過ぎるんだ。」


当時、真田さんが言っていたことを思い出す。


――――――なにやら危なっかしい外見だが、設計自体にミスはない。この図面を基に造って事故が起こったのなら、建造過程での現場のミスか、中国が言うとおりのヒューマンエラーか、誰かの破壊工作かしかない――――――


と、背後から人の近付く気配。


「アメリカと中国の間で、水面下で何かが起こっていて、他の国はその推移を見守っている、てところかな?」


「武谷か。」


背後からかけられた声に振り向くと、にっこりした顔の武谷光輝が居た。
額の生え際で七三に分けられた長い前髪、肩まで届きそうな後ろ髪。
鼻筋がとおったほっそりとした顔は、テノールのさわやかな声質ともぴったり合っている。
細い体の線は、宇宙戦士とは思えないほどで。
女のような曲線めいた身のこなし、敬語というわけではないが誰にでも丁寧な口調というのもあいまって、初対面のときは「リアル系組合員の方か?」と疑ってしまうほどだ。
ちゃんと彼はノンケだし、付き合ってみれば心の奥底には熱い魂を宿していることは分かるのだが、初めて会った人にはイケメンを通り越して「女性っぽい」という印象だけが残ってしまうようだ。

・・・現に隣で敬礼している大桶は、武谷が男と知ってもいまだにドギマギしているのだ。ちなみにこいつ、酒の勢いで武谷に告白してしまっている。いい加減に気持ちを切り替えればいいものを、いつか引き返せなくなるぞ。


「僕はあの事故は、アメリカかヨーロッパのどこかの国が何かしら一枚噛んでるんじゃないかって思ったんだけどね。」


窓の向こうの空母群に視線を向けたまま、武谷は俺の隣に並ぶ。


「やっぱり武谷もそう思うか?」


「そりゃそうでしょ。あまりに欧米諸国にはおいしすぎる事故だもん。自慢の新鋭国産宇宙戦艦が公試を前に爆発事故!世間に与えるインパクトは抜群だよ。アジア勢勃興の出鼻をくじく意味でも、最高の材料だよ。よかったね、『シナノ』はそうならなくて。」


バーン、といいながら両手を広げておどけてみせる武谷。
その冗談は笑うに笑えない。


「事故にせよ事件にせよ、もはや主力戦艦は建造できないだろうな。まったく、こんなことやってるから地球は異星人に襲われるんだ・・・。」


「各国で健全に競争しなきゃいけないのが、互いに足を引っ張り合う競争になっちゃっているわけだね。互いを刺激し合って技術を高めていくために各国での建造が認められているのに、互いを貶める方に使っているんだから、嫌な話だよ・・・。」


二人してため息をつく。

各国での戦艦の建造を認めたのは、他ならぬ藤堂前長官だった。
国同士で競争させることで技術の発展を促すことが主たる目的であったが、各国の経済的・精神的再興の意図もあったと、前長官は以前話していた。
しかし藤堂さんの意図とは逆に、戦艦は昔のように国力の象徴、優位性の象徴として認識され、「星間」政治ではなく「国際」政治の道具とされて利用されてしまっている。
藤堂さんがことあるごとにヤマトに期待を寄せていたのも分かる話だ。
2203年に第二の地球探索が行われるまでは太陽系外までしか進出した事が無い諸外国に対して、ヤマトは銀河を二度も往復しており、宇宙航行については抜群の経験を持つ。
例えるなら、沿岸用の漁業船と世界周航をする冒険船の違い。
両者の乗組員の意識にどれだけの差異があるか、容易に想像がつくだろう。
大気圏を離れた瞬間に「国」でなく「星」に意識を切り替えることが、星間航行には必須なのだ。

藤堂前長官は言わなかったが、彼は乗員も含めてヤマトを評価していたのだ。


「ま、いまここで俺達が凹んでいてもしょうがないか。いつか、この艦がくだらないしがらみを断ち切ってくれるのを俺は祈るよ。」


一年前の開発理念を思い出し、開発者たちは願いを託す。


「そのために造られた艦だからね、この『シナノ』は。」


自分が造った艦が新たな争いの火種になっていることには、目を瞑った。




同日9時22分 アメリカ宇宙軍アイオワ級宇宙空母『ニュージャージー』第一艦橋


艦首と艦尾からスラスターを目いっぱい噴かして、回避運動をとっていた日本の航空戦艦が直進に戻る。
タイミングを見計らって先行する護衛戦艦から予め射出されて浮遊していた大小のダミーバルーンに対して、『シナノ』が上下主砲群を振りかざした。

公試は高機動航行試験から、射撃試験へと移行したのだ。

青白い閃光が断続的に煌めき、大きいバルーンには斉射で、小さなバルーンには交互一斉打ち方で狙い撃ちする。
続いて艦の左右に配置された護衛戦艦から挟撃するように放たれた、高速移動するバルーンには、上下のパルスレーザーが狙いを定める。
最初は各砲がバラバラに射撃をしていたが、やがて全ての砲座が一斉に同じ動きをしだす。どうやら各砲座に乗組員が配置してマニュアル操作していたのを、途中から艦橋からの一元操作に切り替えたようだ。

最後に、『シナノ』の前後左右上下に再展開した護衛戦艦が、ミサイルを一斉発射する。炸薬こそ入っていないものの、敵意をむき出しに『シナノ』に向かってくる様はただ漂っているだけのバルーンから比べれば間違いなく『実弾』だ。
対する『シナノ』も、全兵器一斉発射で迎え撃った。
砲という砲が各々別の目標を撃ち抜き、さらに艦首、煙突、舷側からSAMが一斉発射される。対空兵器の無い後方に対しては舷側SAM発射機の下、波動爆雷及び機雷投射機から次々と弾が撒かれる。
絶え間なく打ち寄せるミサイルの波が、撃破されて白い泡沫へと姿を変えていった。



『シナノ』の一連の公試を、エドワード・D・ムーアは艦長席から眺めていた。
制帽からこぼれた金髪は二筋垂らし、壮年を迎えた肌は徐々に日焼けを始めている。
眠気覚ましのコーヒーは5杯目を数え、薄めのブラックコーヒーでは味に飽きがきてしまって今はミルクコーヒーを飲んでいる。

視線は厳しい。
彼にとって『シナノ』は同世代のライバル艦であり、栄光ある合衆国への復活を妨げる目の上のたんこぶであった。

『ニュージャージー』を含むアイオワ級宇宙空母は、『シナノ』再建計画を察知した合衆国が対抗するために、地下都市から引き揚げられたものだ。
スパイから『シナノ』の設計図を入手した国防省は、4隻建造の予定だった宇宙空母を『オクラホマ』『メリーランド』の二隻に留め、『シナノ』と同様に合衆国の象徴たるアイオワ級海上戦艦4隻を宇宙空母に改装する事を省議で決定した。
『シナノ』とアイオワ級戦艦を徹底比較した結果、アリゾナ級戦艦をベースにかつて計画段階で頓挫した航空戦艦構想を組み合わせると、設計期間を大幅に短縮できる事が判明した。
そうして完成した艦は、第二世代型主力戦艦をベースにアングルド・デッキを採用した『オクラホマ』級とはがらりと変わった様相の艦になったのだ。

ステータスを呼び出す。
長く細い艦首の先には波動砲。アリゾナ級の横長の拡散波動砲に対して、口径が小さくて済む収束型波動砲だ。
武装は三連装主砲3基、三連装副砲2基。
艦橋はアリゾナ級をベースにしているが、艦後部に構造物が集中している『アリゾナ』に対して前後のバランスが改善されており、アイオワ級を意識して艦橋と一体化した煙突型パルスレーザーとウィングおよび強制冷却装置と一体化された煙突ミサイルを備えている。
艦橋にしても、第二艦橋と電算室を一体化して肥大化しているため、よりいっそうアイオワ級の名残を残すこととなった。
艦後部には、スキージャンプを両舷に備えた飛行甲板。甲板の両舷側は大型のエレベーター兼カタパルトになっており、一層下の格納庫から一度に5機のコスモタイガーを飛行甲板に揚げる事が出来る。
そのままカタパルトで射出すれば、スキージャンプを滑走して10機が一斉に発艦できるというわけだ。

現状では、『シナノ』と『ニュージャージー』のどちらが優秀かどうか、判断はつかない。しかし、かつては世界の警察とまでいわれていた合衆国が日本に後れをとる事は許せなかった。『ニュージャージー』が『シナノ』に対抗するために造られたのなら、尚更だ。

艦長席の背もたれに深く体重を預けて、口を一文字に結んで深呼吸する。

『ニュージャージー』と『シナノ』の違いは大きく分けて3つ。
砲塔の種類と数、パルスレーザーの数と配置、飛行甲板の形状だ。
『ニュージャージー』はアリゾナ級を参考に三連装3基が前部に集中して配置され、第二主砲塔―――アリゾナ級では第二主砲塔―――の左右に三連装副砲が1基ずつ配置されている。ヤマトと門数は一緒だが、副砲を撤去した『シナノ』よりは火力が高くなっている。
副砲は下方にも指向でき、一基しかない『シナノ』と違って柔軟な対応が可能だ。
パルスレーザーは艦の左右に連装砲が3基ずつ、第一煙突に煙突型無砲身パルスレーザーが12門。左右と上方に厚い弾幕を張ることができるが、これは『シナノ』には敵わない。
飛行甲板はこちらが一段に対して『シナノ』は二段。発艦能力は互角だろうか?

つまり、一長一短はあるが総じて五分五分。
あとは艦本体の性能―――航続距離、速度、機動と防御力―――になるが、流石にそういったところまでは分からない。


「『シナノ』全試験課程を終了。続いて、冥王星へのワープテストに入ります。」


既に第一艦橋から視認できない距離まで離れた日本の艦は、青白い光に包まれて消えた。


「『ホワイトランサ―Ⅰ』より通信。『ニュージャージーの試験を開始する。艦隊より離脱して所定の宙域につけ』」


通信班長のシャロン・バーラットが告げる。


「さて諸君、主役の出番だ。」


帽子のつばを持って軽く持ち上げ、髪をかきあげてから改めて目深にかぶりなおす。


「メインエンジン点火。面舵45度、上げ舵30度。試験宙域に進入する。総員、戦闘配置につけ。ただの試験と思うな、世界中に見せつけるくらいの気持ちで臨め。」


「Sir, yes, sir!」


青い舳先がゆっくりと右へと振り向き、並列に並んでいた艦隊から単艦抜けだす。そこにはいつか見た夜景のような、幾万もの星の瞬きがあった。




2207年 10月5日 ??時??分 アジア洲日本国某所


「他の星ではどうか知らないけど、少なくとも地球では人類は猿から進化したと言われてきた。」


薄暗い部屋に、ハイヒールの音が反響する。


「自らの進化を終えた人類は、他者を進化することを始めた。要するに、文明の誕生ね。その究極は、ロボットの誕生かしら?ある意味人間より優れた人間を造り出すのだから。」


天上の照明は点灯していない。そもそも、設置されていないのだ。
足元の暗い中、女は危なげない足取りで歩を進める。


「その力は星の環境を変え、粉々に破壊することさえできるようになった。―――そう、かつてのガミラスのように。ディンギル帝国のように。」


女を照らす灯りは卓上のライト、電子機器のランプ、非常灯のみ。この部屋の光源はとても微かだ。
それでも女は歩くことをやめない。彼女にとってこの行為は、自分の意見を整理するために、現状を確認する作業をする際には必要な行動であったからだ。


「では、万物を変化させ、進化させる術を持った人類は、その矛先を自分へ向ける事は可能なのか?人間は人間を進化させることは可能なのか?」


女の語りに相槌を打つ者はいない。
朗々と語る姿は、舞台の中央で長台詞を喋るヒロインにも似ている。


「そのひとつの到達点は、暗黒星団帝国。生殖機能さえ失った彼等は、人工的に造り出した人間の頭部に機械の胴体を取り付けた。しかし、やはり人間は人間の器を求めるものなのか、彼等は元の肉体を懐かしがり、地球人類の健康で健全な肉体を求めたわ。」


白衣姿の女は、研究室に独りだった。
眼鏡が光を反射して、奥に潜む表情を隠す。
アップに纏めた髪が、歩くたびに揺らぐ。


「人類には機械の体は馴染まない。せいぜい、義手義足がいいとこね。それは、人間は自己の肉体にアイデンティティーを求めるということ。機械の体が欲しいなら、心も機械になるしかないという訳ね。・・・でも、生物学的にはどうかしら?」


生物学者の独りごとは続く。
ゆっくりと歩きながら、言葉にしながら考えを纏めていく仕草は、小説に登場する名探偵のそれだ。


「異星人との交配。異なる肉体、異なる能力を持つ人類が交合して生まれる、新人類。・・・・・・あるいは、交配に依らない新人類。」


パソコンのほの暗い光が、白衣を青く染める。
ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと、しかし真っすぐに研究室の最奥へ向かっていく。


「どちらも殆ど例は無いが、かといって全くない訳ではない。前者は地球人古代守とイスカンダル星の女王スターシャとの娘、サーシャ。報告によると、彼女は生後僅か一年で、地球人類で15歳から18歳程度に相当する身体的特徴を持つまで成長した。また、イスカンダル人故なのか女王の血筋なのか、地球人にはない異能の力を持っていた。」


女は、電気がついていない研究室において唯一明るい場所へ向かう。
大きな試験管が左右に立ち並ぶエリアへ。


「もうひとつの方は、地球防衛軍軍人、島大介。負傷した彼は、反物質人間であるテレサの輸血を受け、一命を取り留めた。まぁ、反物質の人間が何故輸血できたのかとか、何故異能が発現しなかったのかとか疑問はあるけど、異星人の血が入ったことは間違いない。ガトランティス戦役後の入院検査の際に取ったデータでも、それは確認されている。島大介はあのときから、地球人をやめていた。」


試験管は下からライトアップされていて、中の様子がクリアに見えている。
ゴボ・・・という押し殺した音と共に、試験管の底から泡が湧く。
泡が這い上がる試験官の中で、黄色い液に浸かりながら浮いているのは、人間の標本。
全身の者もあれば、首だけのものもあるそれは、一個の生命としては間違いなく死んでいるものの、培養液のおかげで細胞単位では辛うじて生きていた。
その人間の肌は、多くが緑色や青色をしている。


「・・・・・・そして、もうひとり。現状で唯一といっていい、生きた交雑種。」


最終目的地の前に至った女は歩みを止め、一際大きい試験管を見上げる。
異星人にしては貴重と言える、地球人類と同じ黄色系の肌。
金糸のような鮮やかな長髪は、そよ風に揺られる旗のように悠然とたなびく。
眼鼻立ちの通った顔。
すらりと伸びた手足に、八頭身の見事なプロポーション。


「あの子を調べることで、人類はより正しい方向に進化する道標を得るかもしれない。そこから生み出された技術は、地球という牢獄から脱出した人類の新たな武器になるかもしれない。それは、とっても素晴らしい事だわ。」


絶滅寸前だった地球にヤマト派遣を決断させた、福音の女。
火星に不時着したものの地球人に出会う前に息絶えてしまった、不幸な女。
その到来だけでも人類の運命を左右したのに、もし現在も生きていたなら、我々にいかなる影響を与えたか、想像できない。
その女のなれの果てが、ここにある。


「あの子がどんなデータを叩きだしてくれるのか、一科学者としてはとっても楽しみよ。あなたはどう思うかしら?―――――――――サーシャ。」


現存する唯一のイスカンダル人が、その屍体を力なく揺らめかしていた。





古代進と森雪の〇○〇シーンにときめいたピュアボーイの皆様、こんにちわ。親と観ていて気まずい思いをした記憶がトラウマになっている夏月です。第四話を投稿いたします。

今回は公試の内容・・・と思っていたのですが、書いてみれば公試よりも各国の情勢についての説明会に。よく考えたら『シナノ』はヤマトとほとんど武装が一緒で目新しいものがなく、またアニメにも特に試験を行った描写がないので、書きようがありませんでした<(_ _)>

かわりに、怪しげな女の怪しげなシーンを追加。いつ書こうかとタイミングを見計らっていたシーンですので、ぶちこんでみました。沖田艦長をわずか4年で全快させる医療技術があるなら、怪しげな研究とかしていそうだな、と思って。

さて、少々短いですが今回はここまでです。次話の投稿前に、ページの整理をしたいと思います。
具体的には外伝を全て一番下にまとめて見やすくしようかと。


※奇兵隊士さま

『ヴィクトリー』のネタ、使わせていただきました。



[24756] 出撃編 第五話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/09/15 11:47
常闇という表現が似合う宇宙の色だが、その実、青が占める割合も多い。昔の映画にあったような薄暗い青に染まった宇宙は、地球から見上げた夜空に良く似ている。
ほぼ真空の空間には、当然ながら風も吹かなければ音も聞こえない。ブラックホールがないから光も曲がらないし、空間も歪まない。限界までピンと張りつめた布のような、一部の隙もない冷たい空間は、時が止まっているのではないかと錯覚しそうだ。


―――と、何もない場所から前触れなく青白い光の筋が現れた。
次々と現れる光芒は次第に船の形を為し、輝きが鈍くなっていく。かわりに、灰色に微量の青が混じったような軍艦色と、濃いめのルージュのような艦底色が何もない宇宙空間に彩りを与えていく。
その間、僅か数秒。
火星宙域を離れた『シナノ』は、ワープ空間から通常空間に復帰した。


2207年 10月5日 10時30分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋

南部康雄side


『通常空間への復帰を確認。ワープシークエンス終了。』


北野が緊張を解いた声でワープの終了を宣言する。


「現在地、冥王星公転軌道上、地球公転面より11キロ。予定位置との誤差199メートル、通常距離ワープならば許容範囲内です。」


「北野、トリムを冥王星の公転面に設定、公転軌道に乗れ。」
「技術班、全艦チェック。」
「航海班、次元航法装置のテストを行う。観測機器を起動しろ。」


矢継ぎ早に艦長は三つの命令を発した。


「それ以外は、他の艦が揃うまで待機状態に入る。南部、俺は一度艦長室に上がる。その間、指揮をお前に渡す。」


「了解。」


立ちあがって、敬礼で答える。艦長が椅子ごと艦長室に昇るまでそのまま見送った。
途端、どこからともなくため息が漏れ、第一艦橋の空気が弛緩した。

【推奨BGM:『西部警察part2』より《トワイライト・ストリート》】


「何とか、試験は上手くいきましたね。」


操縦桿から手を離し、二の腕をほぐしながら北野が破顔する。


「概ね想定通りの性能を出せたし。流石南部重工ですねぇ。」


両手を頭の上に組んで伸びするのは坂巻。


「そりゃそうだ。俺が直接設計から関わっている艦だからな。」


「見た目も操作性も、ヤマトそのものだよ。よくここまで再現したものだ。」


そう感心する藤本は、艦内チェックのためにディスプレイに目を走らせているが、こちらの会話に参加してくる。


「あとは、コスモタイガー隊が配属されるのを待つだけですか。」


「これだけの面子が来てるんだ、加藤とか来ると面白いんだがな。」


「ああ、あいつ今また月面基地に居るんだっけ。」


北野の言葉に南部が冗談で答える。加藤四郎を知っている二人の旧ヤマト乗組員はかつての盟友を懐かしむ。
と、今まで置いてけぼりだった新乗組員のレーダー員、来栖美奈が、


「あの~、加藤さんって、もしかして《隼》の加藤四郎さんですか?」


と妙に期待に満ちた目で聞いてきたのだった。


「あれ?そうか、来栖はヤマトに乗っていなかったから加藤に会ったことないんだっけ。・・・ていうか何だ、その《隼》ってのは。」


「ええ、知らないんですか!?コスモタイガーパイロットの加藤四郎っていえば、《隼》の二つ名で有名なんですよ!!ね、綾音。」


振られた通信班長の葦津綾音は椅子を回転させて、


「ええ、そうですわ。地球防衛軍のエースパイロットですもの。裏で写真集が売買されてるぐらいですわよ?」


膝を整えて両足を斜めに傾けて、こちらに向き直った。
女らしい丁寧なしぐさだった。
しかし俺が注目したのはそんなところではなく、


「「「写真集!?あいつが!!??」」」


俺と坂巻が眼をひんむいて驚く。いやいやいや、ないだろ。
あの角刈り男が写真集?
笑顔でカメラに目線を向けたりするのか?
海パン一丁で浜辺を走りまわったりするのか?


「「「ぎゃははははははは!!!」」」


ひーひーひー!!
バンバンバン!!


「ありえねー!あいつがアイドルっぽいポーズとか想像出来ねぇ!!」


「加藤が体中テカテカに油塗ってガチムチになってるとか!?うわーうわーうわー!!」


「あのお調子モンめ、モテたいからってそこまでやるのか、わははははは!!」


ドッカンドッカン笑う旧ヤマト乗組員。
藤本も声こそ出さないが、肩を震わせて必死に耐えている。


「もうっ、本当なんですよ?なんなら、後で持ってきますから。」


「「「「「持ってきてるのかよ!?」」」」」」


その後、艦長の居ない第一艦橋は来栖が持ちこんできた私物の写真集(盗撮モノ)で異常な盛り上がりを見せた・・・。




2207年 10月5日 11時01分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋


「時間通り、ワープアウト反応。・・・ふたつ?」


「どうした。何か異常があるならはっきり言え。」


艦長室から戻ってきていた芹沢艦長が言い淀む来栖をたしなめる。


「予定ではアメリカの艦がワープアウトしてくる時間なのですが、何故か反応がふたつあるんです。」


「方位は?」


「本艦より2時の方向9000メートル・・・失礼しました、9宇宙キロに一隻。5時の方角2、2宇宙キロに一隻です。メインパネルに映します。」


カタカタとキーボードの音が鳴り、メインパネルが二画面に分割される。
そこに映し出された映像を見た皆がざわめく。


「5時の艦は『ニュージャージー』のようだが・・・2時の艦は何だ?」


見たことも無い造形の艦の出現に、思わず呟く。


「島津、冥王星基地に2時の艦の照会とワープ方向の調査。来栖、映像の録画を開始しろ。」


了解、と航法班とレーダー班の席が慌ただしくなる。


「曲線で構成されている辺りはガミラスの艦に似ているところがあるが・・・それにしてはデザインが違いすぎる。」


「ガルマン・ガミラスは銀河交差現象以降、少なくともオリオン腕に艦を派遣してはいないはずです。こんなところに出現するはずがありません。」


振り返って進言する北野。
俺は改めて正体不明艦を見つめる。
平べったい艦体に、緩やかな曲線。
古代ヨーロッパの海賊船が海神セイレーンの像を船首に設えたように、艦首に女性の顔が彫刻されている。
鳥の尾羽のように、板状の構造物が放射状に広がっている。
唯一人工物らしい角ばった造形をしているのは、船橋と思わしき構造物だけだ。
どうやら損傷しているらしく、背後に黒煙を靡かせている。
行き足も止まりつつあるのか、徐々に自ら吐き出した煙に包まれつつある。


「もしかして、攻撃を受けてワープで逃げて来たんでしょうか?」


「どうやらそのようだな。来栖、オープンチャンネルで呼びかけろ。それから、『ニュージャージー』と通信回路を開け。」


二分割されたメインパネルの『ニュージャージー』の絵が切り替わり、宇宙戦士第一種軍曹に身を包んだアメリカ人男性のバストアップが映し出された。


「日本国宇宙軍宇宙空母『シナノ』艦長、芹沢秀一だ。」


「アメリカ合衆国宇宙軍宇宙空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・D・ムーアだ。」


昔ながらの挙手敬礼を交わす艦長二人。老練の戦士の風格を見せる芹沢に対して、小鼻に皺が現れたばかりのムーアは、壮年の脂の乗り切った世代を体現していた。
芹沢は単刀直入に尋ねる。


「貴艦より右上方45度にいる艦について何か知っているか?どこかの国の艦と一緒にワープしてきたのか?」


画面の中の男はかぶりを振った。


「いや、本艦は一隻だけでここに来た。貴艦こそ知らないのか?」


「貴艦と同時にワープアウトしてきたのだ。地球防衛軍の新型艦でないのなら、私は斯様な形の艦を見たことがない。通信にも反応が返ってこない。」


「ならば敵襲以外のなにものでもないだろう。本艦はいま戦闘配置を下令したところだ。」


「しかし、それにしては妙だ。敵意があるにしろ無いにしろ、我々の姿を見たらなんらかのアクションを起こすはず。いつまでも動かず、呼びかけにも応じないのは不自然だろう。」


「敵と断じるには早いというのか?現にこうして防衛圏内に侵入してきているんだぞ?」


ムーアの片眉が、芹沢の発言に歪む。


「侵入者が全て敵とは限らんだろう。敵対行為をしてこないなら、慎重に対応しなければ星間問題に発展するぞ。どちらにしろ、何も分からないのも敵に砲を向けるのはいらぬ緊張を生むことになりかねない。」


「何も分からないからこそ、敵であることを前提に行動するべきでは?」


対するムーアの表情は微動だにしない。
しばしの睨みあいの後、芹沢は嘆息して対案を提示する。


「・・・ならば、本艦が接近して臨検を行おう。貴艦は周辺の警備をしてもらいたい。」


「・・・了解した。くれぐれも慎重に頼む。」


その言葉を最後に、乱暴に通信が切られる。


「何なんだ、あの艦長・・・随分な態度じゃないか。さすがはアメリカ人だな。」


「随分と血の気が多い艦長だなぁ・・・。危なっかしくてしょうがないや。」


「艦長、あの艦に周辺警備を任せて大丈夫ですか?あの調子じゃ、手当たり次第に攻撃しかねませんよ。」


「うむ・・・。しかし、彼らに臨検させるほうがよっぽど危険だろう。艦内にいる者全員射殺しかねん。北野、南部。」


「はい?」


前触れなくよばれて目を丸くして艦長席へと振り返る北野と、俺と、


「北野は艦内より有志を集って一個分隊規模の臨検隊を組織しろ。元空間騎兵隊のお前が指揮を執れ。南部、お前は艦に残って遭遇戦に備えろ。島津、北野の代わりに操縦席につけ。」


「は、はい?私ですか!?」


声を裏返らせて驚く、航海班副長の館花薫だった。


「そうだ。大型艦艇の操縦免許は取得しているのだろう?ならば空いた航海班長の代わりに操縦桿を握れ。」


「あ、はい!精いっぱい務めさせていただきます!」


ゆっくりと頷くと、芹沢は改めて一段高い艦長席から睥睨した。


「よし、それでは総員ただちに行動に移れ。就航前に初の実戦になるかもしれんが、ただ順番が入れ替わっただけだ。各員、気合いを入れていけ!!」


「「「「「「了解!!」」」」」」


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトⅡ」より《戦いのテーマ》】


北野は艦長の脇を通って自動ドアへ走る。館花は航法席から空いた操縦席へ。俺の右隣に並んだ。
総員戦闘配置を告げるブザーを押しながら、館花を横目で伺った。
眉がつり上がって、目に力が入っている。瞳はせわしなく計器をチェックしていて、窓ガラスの向こうの宙空に目をやる余裕が無い。
操縦桿―――正確には、『シナノ』建造に際してデザインが一新され、潜水艦と同様の操縦輪になっている―――を握る手は突っ張っていて、掌が汗ばんでいるのかグリップを何度も握りなおしている。
顔合わせして何日も経っていない、まだまだ遠い仲ではあるが、そんな俺でも彼女が緊張でガチガチになっているのは丸分かりだ。
・・・なるほど、ヤマトが北野の操縦で地球を離脱した時、古代さんや島さんはこんな光景を見ていたのか。
ならば、今度は俺が島さんの役割を果たさなくては。
俺は席を離れて館花の後ろへ回り、


「館花、もう少し肩の力を抜け。」


「へ?」


緊張とプレッシャーに押しつぶされそうな館花の肩に手を置いた。
目を丸く見開いてすっとんきょうな声を上げる館花。
どうやら、俺が席を立ったことにすら気づいていなかったようだ。
まぁ、こんな若い娘が艦の操縦を任されるんだ、ビビらない方が不思議だろう。


「肩の力を抜くんだよ。」


もう一度、肩をポンポンと叩きながら言う。脳裏に、在りし日の島さんの顔が浮かぶ。


「館花、お前は実戦は初めてか?」


「はい・・・。宇宙戦士訓練学校を卒業して直接ここに配属されたんです。綾音も、美奈もそうです。」


眼を伏せて、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ館花。
二人を見ると、やはり小さくなって恥ずかしそうにしている。
ベテランの俺らを前に委縮している・・・のか?


「ということは、まだ17歳か・・・。まぁいい、覚えておけ。俺だって、宇宙戦士訓練学校を卒業してヤマトに配属されて、完成前に敵の攻撃を受けて初めての実戦を経験した。お前達と条件は同じだ。それでもここまで何とかやってこれたんだ、お前らだってきっとできるさ。」


緊張感やら劣等感やらに縛られている彼女達を解きほぐす為に、あえて軽めの口調で語りかける。これで、彼女達の気持が少しでも楽になってくれればいいのだが。


「そうそう。ヤマトの後継に乗るという事はそういう事なんだよ。このぐらいのイレギュラー、すぐに慣れるさ。」


背もたれを軋ませて、背中越しに同意する藤本。やはり、俺と同じで就航当初からヤマトに乗っていた男の言は重みが違う。


「ヤマトは最後まで撃沈されなかったんだ。『シナノ』だって大丈夫だって。心配すんな。」


坂巻が先輩面して同意する。お前は途中配属だっただろうに。


「南部さん・・・皆さん、ありがとうございます。私、やります!」


頬を染めて潤んだ上目づかいで目で見上げる、館花。
顔が紅潮しているのが気になるが、さきほどのように眉間に皺が寄った様子は無い。
もう、大丈夫なようだな。


「無駄口はそこまでだ。」


弛緩しそうになった場を、艦長がバスの効いた声で今一度引き締める。


「館花、右40度変針、速力34宇宙ノット。正体不明艦に接近しろ。お前のデビュー戦だ、気合い入れていけ。」


「はい!!」


元気よく返事する館花の声には、年相応の快活さが戻っていた。





同日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦上空


北野哲side


『シナノ』が正体不明艦まで400メートルの至近距離まで近づいてから、臨検隊は発進した。
内火艇は上部飛行甲板からスラスターの垂直噴射で離艦し、正体不明艦へと近づいていく。
乗っているのは北野率いる有志16人。戦闘班、航海班、技術班から実戦経験者を中心に採用した。
不明艦の左舷後方から反時計回りに四分の三周して、侵入できそうな場所を探す。
艦首両脇からと艦橋から生えている細長い通信アンテナのような細長い棒は、この艦の武装なのだろうか。
滑らかな曲線で構成された艦体と一線を画して直線的な造形をしている艦橋と思わしき構造物は、まるで烏帽子か僧帽のようだ。


「隊長、艦橋基部にドアみたいなものが一瞬見えました。」


左舷の窓から双眼鏡で観察していた部下の一人が報告する。すぐさま自分の双眼鏡を目にあてがって確認するが、既に濃厚な煙の中に隠れていた。


「よし、艦橋正面に接近。総員、スラスター起動準備。甲板にダイレクトランディングする。」


『了解。』


赤、青、緑の宇宙服にヘルメットを被った男達が腰を低く構え、降下に備える。
ヘルメットのバイザーを下ろして気密処理をし、服の中を減圧酸素で満たす。
もう一周して再び艦橋正面に着いた内火艇が空中停止と方向転換のためにスラスターを噴かし、周囲の黒煙を凪ぎ払う。



「降下5秒前、4、3、2、1、Go!」


船首のハッチが開かれるのに合わせて床を蹴り、天井に両手をつく。
慣性のまま肘を曲げて上腕二等筋を勢いよく伸ばすと、反動で体が艇を離れて一直線に正体不明艦の甲板へ降下していった。
水色に塗装された艦へ、徐々に加速しながら足元から近づいていく。
肩にたすきがけしていたAK―01レーザー自動突撃銃を両手に保持する。
開けられたドアからは部下が突撃銃を構えて俺の着艦を援護してくれている。
スラスターの噴射で煙が吹き払われた為、今では目的地のドアがはっきりと見えていた。
残り1mでスラスターを噴射、ベクトルを相殺してソフトに着陸。接地した瞬間、肩に圧し掛かる重圧。手足に軽く痺れが生じ、足の裏に血が溜まって暖かくなるような幻覚。
人口重力はまだ機能している。しかも、地球のそれとほぼ同じようだ。
体を慣らす為にゆっくりと一歩一歩感覚を確かめるように歩き、ドアへと張り付く。

北野は周辺への警戒を続けつつ、ハンドシグナルで部下を呼び寄せる。
2分弱で、16人全員がドアの右の壁に展開し、突入を待つばかりとなった。
背後には主砲塔を全てこちらに向けて待機している『シナノ』と周囲を遊弋する『ニュージャージー』。『シナノ』の46センチ衝撃砲を向けられているのは何とも落ち着かない感じだが、準備は万全だ。

見たところ、ドアの形状は地球と同じで押し引きするタイプ。どうやら、重力だけでなく文明も地球とかなり似通っているようだ。


「これより内部に突入する。もう一度コスモガンのレベルが1になっている事を確認しろ。絶対に殺すなよ。」


「了解!」


俺の真後ろに居た部下が対戦車バズーカ砲を肩に担いで構え、ドアノブの反対側に照準を定める。
俺達は噴射煙に巻き込まれまいと後ずさる。
発射。
発火した炸薬が真っ赤な爆煙と衝撃波をまきちらし、ドアの一部が僅かに凹む。
煙と衝撃が収まるまでの間に、部下は二発目を発射機先端に装填する。
再び発射。
今度も視界を紅蓮の炎が覆い、空気の壁が全身を直撃する。煙が晴れると、凹みを大きくしたドアの姿が現れる。さすがに、戦艦の装甲をバズーカ二発で孔を開けられるとは思っていない。
3発目。
今度は先程とは違った反応が現れた。
度重なるバズーカ砲の直撃による衝撃で命中箇所の真裏にあった蝶番が破壊され、分厚い機密ドアが気圧の差で真空中へ弾け飛ぶ。内部の空気が周囲のガラクタごと真空中へ躍り出た。


「突入!」


噴出物がひとしきり落ち着いたのを見計らって俺はドア枠の縁に手をかけ、激しい気流の流れに逆らって艦内部へ突入した。



2207年 10月5日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦内部


【推奨BGM:『西部警察』より《シャドー・パトロール》】


臨検隊第二班隊長side


艦内に侵入後、分隊をふたつの班に分けた臨検隊は、第一班は北野隊長の指揮で艦橋へ、第二班は俺の指揮のもと機関部の制圧に向かった。
艦の中心部に続くと思われる階段を下り、慎重に廊下を進む。
至る所に煙が立ち込め、空気が俺達が突入したドアの方へと流れていく。簡易成分分析を行ったところ、地球の大気とほぼ同じだった。どこまでも地球に似た環境だ。
スプリンクラーによると思われる水は煙と逆に艦の中へ中へと流れ落ち、ひたひたに濡れた床はスリップしやすくなっている。
ぱしゃっ、ぱしゃっと溜まった水を踏みつけながら廊下を進み、部屋の一つ一つを見て回る。


「乗組員発見!」


先遣している二人から、インカム越しに叫び声が飛びこむ。
急行すると、二人が死体の両側に片膝をついて観察していた。


「班長、見てください。既にこと切れていますが・・・まるで地球人の様です。」


隊員の一人が立ち上がり、場所を明け渡す。
恐怖に目を見開いた、男性と思われる遺体。一般兵士と思われるそれは、腹部を無数の破片が貫いて絶命していた。
傷口から床にまで大量に流れていた体液は、黒ずんだ赤。地球人類と同じ、ヘモグロビンを含んだ真っ赤な血だ。
髪は金色に近いブロンド、身長は大体170センチ程度。地球人に換算すれば20歳前後だろうか?だとしたら、新兵に近いのだろう。
なにより特徴的だったのは、体色が地球人と同じ肌色だったことだ。


「まだ若いだろうに・・・。かわいそうな事だ。」


瞼と口を閉じてやり、暫し瞑目する。

彼はどこの星の人間なのだろう。
何故、戦場に身を投じたのだろうか。
家族は、恋人はいたのだろうか。
今際の際に、彼は何を思ったのだろうか。

できれば艦に収容して弔ってやりたいが、搬送する手段がないため、それも構わない。


「・・・総員、武運つたなく命を落とした若き戦士に、敬礼。」


立ち上がった俺の合図で、右の手の平を銃床に持ち替えて自動小銃を右肩に預けるように立て、左手で敬礼を行う。
既に、俺隊の目的は臨検から生存者捜索へと変わりつつあることを感じていた。
―――背後から襲った強烈な閃光が俺達の影を強く映し出したのは、ちょうどそのときだった。


同時刻 艦橋構造物内部


北野哲side


大まかな方向感覚だけを頼りに、艦橋の最上階へと向かう。
階が上がるにつれて、戦死者の数が増えていく。
逆に艦体中央にほとんど乗組員の形跡がないのは、高度に自動化されているが故なのか。
ならば、この上に出会うであろう遺体は指揮系統を司る上級の軍人という事になる。
生存者がいれば、多くの情報を仕入れることが出来るだろう。

階段の行きあたり、ドアの目の前に着いたところで、足元から今までに感じたことのない突きあげるような震動が伝わってきた。一瞬体が持ち上がり、遅れて重低音が腹に響いてくる。
思わず体が硬直し、首をすくめてしまう。


「何かあったのか?アルファ1よりブラボー1、現状を報告しろ!」


多元通信機に叩きつけるように怒鳴る。熱病にうなされる患者が痙攣を起こすような振動。これほどにまで艦が震えるとしたら、原因は一つしかない。艦内のどこかで深刻な爆発が起こったに違いないのだ。
ザザザ、と擦れたノイズとともに第二班リーダーの声が届く。


『ブラボー1よりアルファ1、機関室らしき部屋が爆発!ブラボー4と7が爆風で壁に叩きつけられた!!』


届いた報告は、想像していた以上に良くないものだった。


「分かった、ブラボー隊は即時内火艇に退却!映像は記録してあるな?」


『ええ、艦内の様子は全部カメラに収めてあります!』


「上出来だ、アルファ隊もすぐに戻る。オーバー!」


通信機のスイッチを切り、撤退の指示をしようと振り向くが、


「隊長、この先はおそらく戦闘艦橋と思われます。艦の頭脳です。せめてここを捜索してから撤収してはいかがですか?」


戦闘班の赤服に身を包んだアルファ2が真剣な表情で見つめてくる。
バイザーのむこうには太い眉を逆八の字に曲げた小太りの男の顔。
こいつは確か新卒の古川といったな。
今の連絡を聞いても調査の続行を進言するとは、実戦を知らないが故の無謀か、それとも腹の据わったやつなのか。


「・・・分かった。総員、時間があまりない。慌てず急いで、正確にな。」


正直安全とは言えないが、確かに戦闘艦橋の目前まで来ながら、みすみす退却するのはもったいないのも事実だった。

改めてハンドシグナルで合図を送り、隊員をドア脇の突入位置につかせる。
空間騎兵隊で身につけた室内突入の方法、右手と右肩で小銃を射撃位置に保持しながら、ゆっくりとドアを開いて射界に敵がいないか確認していく。
安全を確認してから音も無く室内に侵入。アルファ2以降も続けてスルスルと入り込んだ。


「やっぱり、ここが艦の中枢の様だな。」


「ええ、死体の倒れている位置が『シナノ』の艦橋要員のそれと似ています。間違いなく、ここは艦の戦闘艦橋ですね。」


三方の壁にずらりと並んだ数々の機器。
曲線で構成された機械の本体とアナログ機器のような各種のメーターが、妙なアンバランスさを演出している。
まるで、洞窟の壁面にアナログメーターを埋め込んだような、地球人では考えられないセンスだ。
散開した8人は倒れている兵士を一人一人生死を確認し、記録係は室内の様子をビデオカメラに収めていく。
俺も室内中央に倒れている兵士が既にこと切れているのを確認して仰向けに寝かせ、両手を胸の前で組ませる。
他の兵士よりも服のデザインや装飾がカラフルになっているところをみると、艦長か副長かなにかだろうか。
・・・ということは彼の隣、室内中央に一段高い椅子に座って背もたれに力なく寄りかかっている長髪の人物が、艦長あるいは司令官という事になるな。

椅子の正面に回って、じっくりと観察する。
今まで見た兵士とは何もかも異質。
たった今見た人物とは真逆で豪奢な飾りを廃した、まるでナイトパーティーにも出席していそうなシンプルな紅のロングドレス。
砂金をまぶしたような輝きを湛えた、腰まで伸びた金髪。切れ長の目に長いまつげ、鼻筋が通った彫像のような美貌。

満身創痍に傷ついた艦を統べるのは、地球にも滅多にいないような美女だった。

顔にかかった前髪をかき上げようと思わず手を伸ばし―――ようやく俺は気付いた。
おでこの生え際から垂れた前髪。口元にまで達しているそれが、僅かに左右に揺れている。

まさか!?

思わず宇宙服の手袋をはずし、女性の口元にかざす。
規則的に掌に感じるぬくもり。
そのまま頬に手を当てる。まだ温かい。
歓喜と衝撃に震える手で左わき腹のベルトにマジックテープで固定していた次元通信機をひっぺがし、チャンネルを『シナノ』に合わせる。


「アルファ1より『シナノ』、アルファ1より『シナノ』!!生存者あり!繰り返す、生存者あり!至急収容準備を求む!!」


『シナノ』に確実に届くように、周りに居る部下にも聞こえるように、大音声で叫んだ。







皆さんこんにちは。ダイヤモンドクレバス(歌じゃないほう)に藪と一緒に滑落していった夏月です。出撃編第五話はいかがだったでしょうか?
ではまた、いつものように執筆中の小ネタなどをつらつらと。

今回に至って要約、もとい漸く物語にエンジンがかかってきたような気がします。地球人以外の人間も(ほとんど死体ですが)メカも登場してきました。次回以降、本編での初戦闘シーンに突入します。

見たことも無い戦艦に強行乗船して臨検するって、いざ書いてみるとものすごく難しかったのですが、皆様に満足していただける内容になったかどうか・・・。何かご指摘やアドバイスがあったらどしどしお寄せ下さい。

冥王星宙域に出現した正体不明艦のデザインなのですが、実はしっかり元ネタがあります。ていうかまんまパクリなのですが、出典を言ってしまうと色々ネタバレがあるので、次回か次々回に発表します。

今までオリキャラの命名には一定の規則があったのですが、今回だけは変更させていただきました。作者的に少々思い入れのある方の苗字を拝借させていただきました。
・・・ところで、オリキャラの命名にルールがあるの、気にしてくれている人っていたのかしら。

さて、言いたいことも終わったので今回はここらでおしまいです。次回宇宙戦闘空母シナノ、出撃編第六話「恐怖!森雪が淹れたコーヒー(前編)」へ続く!(嘘)


*推奨BGMを追加。しかし、分かってくれる人が果たしているのやら・・・(2011年9月14日)



[24756] 出撃編 第六話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/10/19 12:55
2207年 10月5日 12時25分 冥王星周回軌道上 『ニュージャージー』第一艦橋


エドワード・D・ムーアside

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpart1』より《絶体絶命》】


「ワープアウト反応多数!本艦進行方向より方位314度、距離45000宇宙キロ!」


「やはり来たか。総員戦闘配置!」


レーダー班のクレア・G・ローレイターが焦りを含んだ声で叫ぶが、十分想定されていた敵の出現に、エドワードは落ち着いて対応した。
戦闘班長を勤めるベテラン宇宙戦士、アンソニー・マーチンは艦長の命令を待たずに警報スイッチに手を伸ばしている。


「クレア、艦種、艦数、所属、すぐに調べろ。カレン、君は冥王星基地と『シナノ』に常時送信し続けるんだ。」


通信班長のカレン・ホワイトが警報に負けない大音声で返事する。


「既にやってます!」


「スティーブン、本艦と『シナノ』の位置は?」


「『シナノ』は現在本艦進行方向より169度、50宇宙キロ。内火艇はまだ正体不明艦の上空です。」


エドワードは彼我の位置関係を脳裏に描く。
ワープアウトしてきた複数の艦と『ニュージャージー』、『シナノ』と正体不明艦がほぼ一直線に並んでいる。幸運にも、本艦は『シナノ』や正体不明艦を敵性艦隊の攻撃から守る位置にいるようだ。
この位置を移動しなければ、『シナノ』が内火艇を収容する時間を稼げるだろう。


「よし、左舷回頭90度。敵性艦隊をひきつける。お披露目前の艦だ、乙女のやわ肌を傷つけるんじゃないぞ!?」


「アイアイ、キャプテン!」


艦首右舷に光が点ると眼前の星空が右方向へと流れ、艦が旋回する。
80度ほどまで回頭したところで今度は艦首左舷が煌めき、90度でぴたりと旋回は終了した。敵艦隊の右舷側へ艦首を向ける格好だ。


「艦長、敵性艦隊の詳細、出ました!所属は・・・ガトランティス帝国です!!」


「ガトランティスだと!?」


ガトランティス帝国――通称白色彗星帝国といえば、2201年に太陽系を次々と侵略し、ついには地球に降り立って降伏勧告を突きつけてきた星間国家だ。
全宇宙の支配などという誇大妄想じみた野望を実現するために各所に軍を派遣し、太陽系には自ら都市帝国に座乗してやってきたズウォーダー大帝という傲岸不遜な男。
彗星帝国撃退後、太陽系内に潜伏している残存艦隊の掃討作戦が行われたが、生き残った部隊がいたとでもいうのだろうか。


「敵の編成は大戦艦4、高速中型空母2、ミサイル艦2、駆逐艦8。・・・わりと小規模な艦隊ですね。一隻で相手できる規模でもありませんが。」


いや、それならば正体不明艦を追いかけてワープアウトしてくるのもおかしい話だ。
すると、この艦隊は別方面に派遣されていた軍に所属しているのか?
それとも、地球の勢力圏外で海賊行為をしていたのだろうか?
・・・いずれにせよ、太陽系外に張り巡らされた防衛軍の哨戒網に引っかからなかったとなると、かなりの超長距離ワープだ。まだまだ、我々の知らない太陽系の外側には血なまぐさい戦場が満ち溢れている。


「艦長、既に対艦ミサイルの射程内です。いかがいたしますか?」


「待て、ミサイルだけでは心もとない。この際、主砲の射程まで進出しよう。砲雷撃戦用意。」


「了解、交戦開始距離は31000宇宙キロに設定します。」


悲観はしていないし、勝てないとも思っていない。
後の調査で艦艇の性能は地球防衛軍とほぼ互角であることが分かっているが、こちらの衝撃砲の方が敵のそれよりも若干射程が長い。速射性能では敵の回転速射砲塔の方が圧倒的に有利だが、アウトレンジから大戦艦に火力を集中させて速攻で撃沈させることができれば、戦況は一気にこちらに傾くはずだ。


「敵艦隊より通信が入っています!」


「何?メインパネルに映せ。」


眉をひそめてその意図を訝しがる。
ガトランティス帝国の艦と聞いてこちらは既に敵艦隊だと断定しているのだが、彼らはそうでないということなのか。
好戦的で、基本的に異星人を支配と搾取の対象としか見ていない彼らが、地球人と何か対等な交渉をしてくるとも思えない。
それとも、よっぽどの理由があるのだろうか・・・?

開かれる敵艦との回線。
画面いっぱいに映ったのは、暗めの緑色の肌をした、禿頭の髭男だった。
太いこげ茶の眉に、同じ色をした顎髭が揉み上げと繋がっている。
小鼻から口元までの間に刻まれた深い皺。
軍人とは思えない、腹に脂肪がたっぷりとつまった肢体。
地球人に換算すれば、50代か60代だろうか?


「・・・ガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊司令官、オリザーだ。貴様らが保護しているそこの船を即刻引き渡してもらおう。」


自動翻訳機を通して、エコーのかかった尊大な声が聞こえてくる。


「・・・地球防衛軍宇宙空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・デイヴィス・ムーアだ。いきなり随分と高圧的な態度だな。そう上から目線では、引き渡すものも引き渡したくなくなるというものだ。物事を頼むにはそれ相応の態度が必要であろうに。」


俺の返答に皆がぎょっとして振り返っているが、かまうものか。


「ほう・・・。つまりそれは、我々の要求を拒否していると受け取るがよろしいかね?」


「どう受け取ろうと勝手だが、その前に聞かせてもらおう。君達はどこから来た?我々が保護している艦はどこの国のものだ?」


「ふん、あの船がどこのものだろうと貴様には関係なかろう。だが、我々の名前は覚えておけ。我々は、全宇宙を支配するズウォーダー大帝が統治なさる国、ガトランティス帝国だ。」


こちらの質問を一切聞かず、自分の名だけを喧伝する不遜な態度。
どうやらこいつら、自分の仕えるべき相手が既にこの世から消滅していることに気付いていないらしい。
そういえば、さっき「さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊司令官」と名乗っていたな。
自動翻訳機が間違っていなければ、こいつは「司令官」とはいえども随分と枝分かれした下っ端の方の役職という事になる。
・・・まさか、ズウォーダーが巨大戦艦ごと消滅したのを知らないのか?
情報を聞き出すために、もう少し茶番を続けてやるとするか。


「ガトランティス帝国、か。覚えておこう。あの艦を引き渡すことは、別に構わない。こちらとしても星間戦争に巻き込まれるのは勘弁でな、早々に御引き取り頂く分には一向に問題ない。」


こちらが引き渡しをあっさりと了承したことに気を良くしたのか、オリザーは勝ち誇ったかのように見下したような視線を下す。


「ならばすぐにその艦を離れてどこなりとも消えたまえ。こちらとしても任務地から遥か離れたこんな僻地でいつまでも時間を潰している暇はない。今ここで引き渡すならば、我々もこのまま立ち去ろう。」


・・・どうにも怪しい。
16隻もの艦を率いるガトランティス帝国の軍人が、たかだか一隻の傷ついた艦とその周囲にまとわりついた二隻の軍艦を相手に、強硬手段に出ずに対話で済まそうとしている事が不自然でならない。
機嫌次第で破滅ミサイルを放って惑星一つ破壊してしまう彼らの所業とは思えない。

よほど、正体不明艦を無傷で手に入れたいのか?
手元のディスプレイに視線を一瞬だけ見やり、ありえないと断言する。
破口から噴きでた煙は既に艦の後部を完全に包み込み、尾羽は完全に見えなくなっている。
臨検隊の報告では機関部で爆発が発生し、爆沈は時間の問題だそうだ。
鹵獲したいのなら、いくらなんでも徹底的に痛めつけ過ぎではないか?


「そうしたいのは山々だが、こちらとしても上司に報告しなければならない身でね。せめてあの船の艦名と所属する星だけでも教えてくれまいか?そうすれば、我々はすぐにこの宙域から離れよう。」


とにかく、今は交渉で時間を稼ぐ。
万が一戦闘になったら、臨検隊が生存者を救出して『シナノ』に戻るまで『ニュージャージー』が敵の攻撃を吸収する。
そのときは、『シナノ』の参戦を待つ必要もない、堂々と正面からぶつかって撃破してやる。
と、こちらの煮え切らない態度にオリザーがついに激昂した。


「ええいしつこい!貴様、いいからすぐにそこをどけ!さっさと戦艦『スターシャ』をこちらに引き渡さんか!さもないと、実力行使に出るぞ!!」


瞬間、俺の思考は停止した。


「・・・いま、『スターシャ』と言ったか?」


第一艦橋の誰もが、驚愕の表情でメインパネルを見上げる。
俺も、信じられない思いだ。
はるか遠く、14万8000光年の大マゼラン星雲から地球に救いの手を差し伸べてくれた女性。
星の資源が戦争に使われるのを嫌い、最後は自爆して星に殉じた女王。
地球人類が今生きていられるのも、全ては彼女あってこそのものだ。
地球人ならば誰もが知っている、感謝しても感謝しきれない存在。
まさか、ガトランティス帝国人から「スターシャ」の言葉が出てくるとは思わなかった。

そして、その名前を冠する艦を、こいつらはあれほどまでに痛めつけてくれたのか。
頭の中を巡っていた「交渉」とか「時間稼ぎ」とか、みみっちい考えが全部吹き飛ぶ。
心が鉄のように冷え込み、頭の中に拳銃の撃鉄のイメージが浮かび上がる。


「もう一度お尋ねする。戦艦『スターシャ』はどこの星の所属だ?イスカンダルではないのか?鹵獲してどうするつもりだ?」


語気が強まるのが自分でもわかる。
眉間に皺が寄り、体中の気が逆立つような幻覚。
シリンダーが回転してリボルバー式拳銃の撃鉄が下ろされ、ガチリと硬い音を鳴らす。
彼我の距離は32190宇宙キロ。少々遠いが、牙を剥くにはそろそろ頃合いだ。


「イスカンダル?そんな変な名前の星なぞ知らんな。貴様らのような未開地の星が知っている星だ、さぞかししょぼくれた星なのだろうな。」


「・・・・・・もういい。カレン、回線を切れ。主君がとっくに死んでいる事にも気付いていないド阿呆と話すことなど、もうない。」


こいつの戯言をこのまま聞いていたら、頭に血が上って血管がブチ切れそうだ。
尊大な態度が崩れて眼を剥いたオリザーがなにか言いきる前に、ディスプレイから消え去る。


「針路そのまま、速力33宇宙ノット。目標、敵大戦艦。主砲が射程に入り次第、攻撃開始!」


頭にイメージされたトリガーを引く。撃鉄を叩かれた心は、もはや敵を叩きのめすことしか考えていなかった。



2207年 10月5日 12時30分 冥王星周回軌道上 『シナノ』航空指揮所


惰性に任せてゆっくりと進む正体不明艦―――オリザーとムーアの会話から艦名が『スターシャ』と判明している―――に付き添って4宇宙ノットの微速で同行していた『シナノ』のクル―は、突然の状況の変化に困惑した。


『《ニュージャージー》増速!攻撃を開始しました!!』


「なんだと?馬鹿な、こっちはまだ内火艇の収容が済んでないんだぞ!?」


航空指揮所に詰めていた恭介は、スピーカーから飛び出た報告に驚愕する。
異変の前まで恭介はワープアウト後の艦内チェックを行っていたが、航空科のクルーがいまだ配属されていないため臨時に生活班、技術班が艇の発進・収容を担当していたのだ。


「篠田、今はそんな事言ってる場合じゃない!内火艇がもうすぐ飛行甲板に来るぞ!」


えらの張った顔に冷や汗を浮かべながら遊佐が叫ぶ。


「って言ってもどうすんだよ!造った俺が言うのもなんだけど、着艦誘導の仕方なんて知らねぇぞ!」


恭介も八つ当たり気味に怒鳴り返す。


「僕だって知らないよ!向うが勝手に着艦してくれるんじゃないの!?とにかく僕らはエレベーターで下層飛行甲板に下ろせばいいんだよ!!」


いきなり下された命令に焦って余裕がないのは、俺の左隣の席に座る武谷も同様だ。


「あ――くそ、こんなことになるんだったら着艦甲板を下にすれば良かった!」


半年前の自分を呪いながらも手と目は止まらない。
左方、すなわち艦の右舷側からゆっくりと視界に入ってきた内火艇を見ながら左手に抱え込んだマニュアルに視線を落とし、おっかなびっくりで機器を操作して水平指示灯を点ける。
眼前で停止した艇が左右のスラスターを噴いて方向転換し、航空指揮所に正対する。


「航空指揮所より内火艇、甲板への着艦を許可する。既に戦闘が始まっている、急いでくれ。」


「内火艇より航空指揮所、着陸許可了解、これより接近する。」


再びスラスターを噴いた内火艇が、『シナノ』の人口重力に任せて高度を徐徐に下げながら前進して、飛行甲板へ接近する。
艦の右舷側が時折光に染まる。
敵弾が『ニュージャージー』に命中したものなのか、或いは敵艦に命中したものなのか、ここからでは判断がつかない。しかし、その瞬きがひとつ起こるたびに、多くの命が散華していることだけは確かだ。

飛行甲板の中心線上、航空指揮所直下に設置されたエレベーターの枠内に、内火艇が慎重に着艦する。
目測でタイヤが接地したとみるや、艇が落ち着くのを待たずに遊佐がエレベーターの降下スイッチを押してしまう。
前触れなく床が降りていった所為で内火艇はバウンドしたように一瞬浮き上がってしまうが、すぐに人口重力に引かれてエレベーターに改めて圧し掛かる。


『バカヤロー!着艦しきってないのにエレベーター降ろす奴があるか!!』


「緊急事態なんです!我慢してください!!」


『こっちは負傷者に異星人がいるんだ!!丁寧に扱いやがれ!』


「すみません!下層甲板に医療班が既に待機しています!」


『了解!通信終了!』


遊佐と内火艇が怒声まじりの交信をする間にも、閃光が宇宙空間を駆け抜ける。
すぐ側で起こっている実戦を初めて目の当たりにして、三人とも異様な興奮状態にあった。
それは自身と『シナノ』の初陣ゆえの興奮か、安全な位置から戦争の雰囲気を感じているという無意識の観戦気分ゆえの奇妙な安心感ゆえか、本人たちにも分からなかった。


『徳田より航空指揮所へ!エレベーターを上げて空気を充填しろ!』


「あとは俺がやっておく、二人は元の持ち場に戻れ!どうせこの艦も戦闘に参加するだろう、ダメコンに備えろ!」


頷きだけを返し、武谷と俺は走り出す。
機関室で爆発を起こして以来、『スターシャ』ではあちこちで小規模な爆発を起こしてただでさえ遅い歩みが千鳥足の体を為している。
艦首はひっきりなしに上下左右に振られ、艦体が横転しそうになると図ったかのように反対側で爆発が起こり、反動で傾斜が復元される。
艦内の火薬・弾薬が転げまわってあちこちで爆発を起こしているのか、それとも艦側に貯蔵されている燃料が誘爆しているのか。
いずれにせよ漂没しつつある『スターシャ』がその身を散華するのはそう遠くない。

そのあと『シナノ』がどういった行動をとるべきかなど、考えなくてもわかる。
単艦で白色彗星帝国艦隊を相手に丁々発止の戦いを繰り広げている『ニュージャージー』を救援すべく、光線飛び交う戦場に飛び込むのだ。
本来ならば収容した異星人の安全を図るべく戦場から撤退すべきだろうが、本艦を守って戦ってくれている『ニュージャージー』を見捨てていく芹沢艦長ではないだろう。


『艦長より全艦に達する。』


予想通り、艦内のスピーカーから芹沢艦長の声が飛び出る。


『これより本艦は、《ニュージャージー》を救援すべく敵艦隊と戦闘状態に入る。実弾兵器の残量が少ないため、敵の懐に潜り込んで集中攻撃をしかけて敵を叩く。初めての実戦ではあるが、諸君らの奮励努力に期待する。』


エレベーターで階下へ下り、オートウォークを全力ダッシュ。目指すは、艦中央の技術班用兵員待機室だ。


「ちくしょう、初陣でいきなりインファイトかよ!あの艦長、艦へのダメージとか考えてないのか!?『ニュージャージー』の艦長の事言えないな全く!」


廊下を遮蔽する自動ドアを次々とくぐり抜けながら、俺は大声で愚痴る。
並走する武谷も苦笑いで応じる。


「さぁね、この船をヤマトと勘違いしてるんじゃないの?」


「艦載機のない戦闘空母2隻で艦隊相手に砲撃戦とかやるんじゃねーよ!俺は丸裸で突攻する前提で『シナノ』を造ってないぞ!沈んだらどうする!?」


「そうかい?僕はこの船を信じるよ!親が子供を信頼するのは当然のことだろう?」


「そうか?俺は、子供の初めてのお使いに不動産物件の購入を頼む母親の気分だよ!」


「・・・・・・それはまた、分かるような分からないような例えだね。」


そうこうしているうちに、技術班用兵員待機室に到着。
自動ドアを開けると、藤本技術班長と遊佐を除く技術班18名が既に宇宙服を着用して待機していた。


「遅い、何やってんのよ。」


腕を組んで副班長の冨士野シズカに冷たい視線で睨まれた。


「班長の指示で、航空指揮所で内火艇収容に当たっておりました!」


疑いの視線でジッと睨まれる。
第一艦橋と工作室を往復する機会が多い藤本技師長に替わって、実質的に技術班をシメているのがこの女、冨士野シズカだ。
切れ長の目と小ぶりで鼻筋の通った、キレイ系美人。
細く整えられた眉は、少々凛々しさを感じさせるものがある。
髪はセミロングに伸びたサンディブロンド。
胸は控えめだががっかりするサイズという程でもなく。引き締まったウェストやヒップと総合的に判断すれば、スレンダーという評価を与えることが出来るだろう。
女性乗組員は生活班で炊事科や医療科に配属されることが多いが、22歳ながら技術班の副班長に抜擢された。
ヤマトが第二の地球探しに旅立ったときにいっとき乗艦していたらしく、同じ構造の『シナノ』の艦内構造には既に俺や武谷と同じくらいまでには精通している。
いわゆる容姿端麗、才色兼備ってやつだ。

・・・それだけならいいのだが、彼女はどうにも俺達男連中への風当たりが強い印象を受ける。激昂する訳でもなく見下す訳でもないのだが、ただそっけないというか、男を空気としか思っていないのか。
それゆえ、男性クル―からは羨望半分敬遠半分に見られているのだ。


「・・・そう、ならいいわ。早く自分の工具を持って席に着きなさい。もう戦闘は始まってるのよ?」


目を細めて真偽をはかっていた冨士野だったが、ため息をついて自席に戻っていった。
徳田に呼ばれて顔を向けると、ヘルメットを投げ渡される。
ヘルメットをかぶって手袋をつけて完全防備。定位置になっている徳田の隣の席に座る。
バイザー越しの徳田の顔が、からかいがいのある玩具を見つけたと言わんばかりにやけた。


「さっそく睨まれたな。ご愁傷さまなことで。」


「・・・この先、あんな緊張感に満ちた日々が続くかと思うと、涙が出るほど嬉しいッス。」


もう、なんだか戦闘の前に心が折れそうだった。



2207年 10月5日 12時32分 冥王星周回軌道上 白色彗星帝国さんかく座銀河方面軍第19・19遊動機動艦隊旗艦 大戦艦『オルバー』第一艦橋

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2』より《出現と進撃》】


「『ザーランド』に攻撃が集中しています!さらに被害が拡大中!」


「おのれ・・・!全艦全速前進、駆逐艦を4隻ずつに分け、半分を『スターシャ』攻撃に向かわせろ!残りは右方に展開して大戦艦部隊の援護だ!艦載機の発進を急げ!」


「敵艦、ミサイル第六波発射!数は18!」


「対空防御!全砲門を使って確実に撃ち落とせ!」


息つく間もなく艦と艦隊に指示を出す。
話がまとまりかけていたところに突如として始まった戦闘にオリザーは動揺しながらも、指揮官として懸命に対処していた。


「未開人はこれだから・・・!たかが一隻、全方位から包囲して徹底的に痛めつけてやれ!」


部下を鼓舞するように煽り文句を叫ぶが、内心では彼は焦っている。
艦隊決戦で勝利を受けた我がさんかく座銀河方面軍は、単艦戦場を離脱した戦艦『スターシャ』を追撃、或いは捕獲すべく、第19遊動機動艦隊の残存艦から損傷が少ない艦を選出して追撃部隊を編成した。
ワープの痕跡から『スターシャ』の逃走方向を割り出し、幾度も捕捉しては攻撃を加えたのだが、『スターシャ』はその度にこちらの追撃を振り切る為にワープを繰り返した。

幾度にも渡る追撃戦で、相手を大破に追い込むことには成功したが、こちらも艦載機の燃料とミサイル艦の主兵器たるミサイルの備蓄が底をついてしまった。
普段ならば手頃な資源惑星に2・3日逗留して、燃料やミサイルの材料を採掘してミサイル艦の中でミサイルの生産をするところだが、追撃戦の最中にのんびり補給をする訳にもいかない。

したがって、艦載機は攻撃機しか出撃する事は叶わない。
ミサイル艦には破滅ミサイルが搭載されていないばかりでなく、通常のミサイルも2斉射分しか残されていない。いくら砲塔が装備されているとはいえ、大戦艦や駆逐艦に比べたら、如何にも貧弱だ。

幸いなことにガトランティス帝国の軍艦はみな短期決戦を想定して、艦のサイズに見合わない過剰な数の武装をしている。
たかだか戦艦の一隻や二隻、ミサイル艦が参加しなくとも勝利は揺るがないだろう。
しかし、度重なる戦闘による疲労に加えて物資の不足。
やはり、兵たちの士気も落ちている。
加えて、あの肌色の未開人が言い放った聞き捨てならない言葉。

(主君がとっくに死んでいる)

あの言葉が兵達に動揺を与えているだろうことは想像に難くない。


「この戦闘が最後だ!『スターシャ』はもはや沈没寸前だ、とっととあの二隻も沈めて、母星に凱旋するぞ!」


士気の低さは戦闘の勝敗にも大きく影響する。
最後の決戦であることを強調して、反応が鈍くなりがちな部下を奮い立たせた。


「司令!本艦および『ザーラント』、現在敵との距離27890宇宙キロ、主砲の射程に入りました!」


「よし、回転速射砲、発射始め!」


敵が放つ青白いショックカノンの何倍もの数のレーザーが、鮮やかな黄緑色に発光しながら一直線に撃ち出される。
敵に先手こそ取られたものの、戦闘の行方はこれからだった。






みなさんこんにちわ。アマールで古代雪の代わりに第一次・第二次移民船団の生き残りを指揮・監督していた男、夏月です。
雪の帽子を古代進に手渡すという一世一代の出番をこなしたのですが、視聴者の皆様は覚えていただいているでしょうか?(笑)

さて今回も、本編について2、3言。
今回はついに敵が現れました。他の外伝ssでも敵とされることが多いですが、初対戦の相手はガトランティス帝国でした。本編でも触れられていますが、この司令官はズウォーダーがテレサの特攻で爆散したことを知りません。

前話から登場した正体不明艦、その実体は戦艦『スターシャ』でした。『Hyper Weapon 2009』1ページ目に載っている、没企画『デスラーズ・ウォー』に登場する戦艦です。とすると、救助された女性の素性もそこはかとなく分かってくるのではないでしょうか?

宇宙戦艦の武器の射程は、PS2版ゲームを参考にミサイル>衝撃砲>パルスレーザー>機雷・爆雷に設定しました。


さて、言いたいことも尽くしたので、今回はこれで終了です。戦闘の経緯と終了の仕方について、リクエストなどがありましたら感想版までお寄せください。もしかしたら反映させることができるかもしれません。



[24756] 出撃編 第七話
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/10/19 13:42
2207年 10月5日 12時32分 冥王星周回軌道上


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト完結編」より《冥王星海戦》】


古の槍兵が一列に陣を組んで長槍を構えるかのように、三連装3基の主砲が同じ方向を指向している。
主砲を振りかざして敵艦と丁々発止の戦闘を行うのは、長い間記念艦として暮らしてきた『ニュージャージー』にとっては本当に久しぶり――第二次世界大戦以来のことだ。

砲門から9本の青白い閃光が、轟音を立てて撃ち出される。
かつては雷鳴のような音と紅蓮に染まった発射煙とともに直径40センチの実体弾を火薬で飛ばしていたが、二度目の生である今回はその機会はもはや殆どないであろう。
艦橋前部に新たに設えられた46センチ衝撃砲は、青い輝きを放って敵艦へと一直線にエネルギー弾を送り込む。
波動カートリッジ弾は砲身内のライフル状の電磁加速レールによって回転を与えられながら射出されるので、プラズマ化した伝導物質が青や緑の閃光を放つものの、夕焼けのような真っ赤な炎は吐き出さないのだ。

主砲の目標は、二列横隊に並んでいる大戦艦のうち左側の艦。
幾度かのミサイルの斉射を挟んで『ニュージャージー』は砲撃開始から2分で既に12斉射を放ち、第4斉射以降は命中弾を出している。
至近距離ならば一撃で大戦艦を轟沈させることも可能な地球防衛軍の衝撃砲だが、さすがに長距離射程ともなれば威力が減衰している。
とはいえ、自艦の回転砲塔の射程外から一方的に撃ちこまれた大戦艦は、パゴダ型の巨大な艦橋をボロ雑巾のように破壊され、艦首からは茶色を含んだ煙をたなびかせている。艦体には蜂の巣のように破孔が開き、いかにも満身創痍な様子だ。

鮮やかな緑色の火箭が、第一艦橋の右を掠める。


「敵大戦艦、攻撃開始しました!」


それでも、敵大戦艦は自身にまとわりつく煙を吹き払って回転砲塔で攻撃を開始してきた。
最も恐れていた、艦橋砲の攻撃はない。やはり、艦橋衝撃砲を搭載しているのは土星決戦で戦ったバルゼー艦隊だけだったようだ。


「面舵反転150度!主砲目標変更、各砲塔は突撃してくる駆逐艦を狙え!」


エドワードは敵戦艦と距離を取る為に面舵を命じる。
大戦艦はアンドロメダⅡ級に匹敵する長大な体に反して、その速力は巡洋艦並である。
土星決戦後に鹵獲した艦を調査したところ、戦闘速度で36宇宙ノットを叩き出していた。
『ニュージャージー』も最大戦速で33宇宙ノットを出せるが、やはり3宇宙ノットの差は大きい。
相対速度69宇宙ノットでこのまま正面から接近していたら、あっというまに敵艦隊の懐に入り込んで包囲されてしまう。
さらには、大戦艦の左舷側から駆逐艦4隻が単縦陣を組んで、こちらの艦尾を突破しようと突撃してきている。
このままだと、『スターシャ』が攻撃を受けてしまう上に、敵駆逐艦に艦尾側から丁字を書かれて十字砲火を食らう。
ここは『スターシャ』へ攻撃を妨害しつつ、敵艦隊に包囲されない位置取りをして各個撃破を狙うのが上策だった。

艦首が右に振られ、星々や敵艦隊が左に流れていく。
艦橋前に並んだ三基の主砲が新たな敵を求めて砲塔を回し、砲身を上下させる。
第二主砲下に搭載されている副砲も、接近してくる敵駆逐艦に照準を合わせて射程に入るのを待っている。

縦2列、横2列の大きな正方形に陣を組んだ敵大戦艦4隻の内、先を行く2隻が攻撃を開始する。
最短で3秒おきに発射できる地球防衛軍の砲と違い、七連装或いは十連装の無砲身砲塔は砲塔を回転させることで、1秒間に1発のエネルギー弾を撃ち放つことができる。
最大射程ゆえに威力は減退しているであろうが、被弾しないに越したことは無い。

正面やや右から飛んで来ていた敵弾が、真正面から後方へと通り過ぎていく。
敵弾はマシンガンのように絶え間なく撃ち出されるが、第一艦橋から見えるエネルギー弾は自分達に用は無いとばかりに足早に視界から消えていく。

大戦艦の攻撃を気に掛けず、『ニュージャージー』は敵駆逐艦への攻撃を開始する。
距離は約24000宇宙キロ。まもなく、副砲の射程内だ。

主砲発射。各砲の一番砲が光り、万物を貫き焼き尽くす死の槍が投擲される。

音速を遥かに超えたスピードで敵駆逐艦を襲ったエネルギー弾は・・・・・・全弾が艦の上方数10メートルを通り過ぎていった。どんなに科学技術が進歩しても、誘導兵器でない限り初弾命中は難しい。

コスモレーダーで観測結果を得た『ニュージャージー』の第二艦橋は、すぐに再計算を行う。計算結果は各砲塔に送られ、砲塔と砲身の挙動に反映される。
これがヤマトならば、主砲を統括する各砲塔のキャップと戦闘副班長が計算結果に自身の経験とカンを織り交ぜて命中率を向上させるのだが・・・、日本と違って一人一人の質こそ高いものの歴戦の戦士というものが不足しがちなアメリカでは、仕方ないのであろう。戦闘班長であるアンソニーが、ミサイルの管制を副班長に任せて主砲射撃の指揮と最終的な修正を行っていた。

大戦艦に対しては引き続き牽制の対艦ミサイルが放たれる。艦首魚雷発射管から6発、第二煙突下の対艦ミサイル発射機から16発、左側面多目的ミサイル発射管から大型対艦ミサイルが5発、計27発。
これまでの6波に及ぶミサイル攻勢が全て迎撃されてしまっているのは残念だが、元々テスト用の炸薬の少ないものだ、なまじ命中して威力がほとんど無いことがバレるよりは良かった。
場合によっては被弾を覚悟してでも、迎撃に回していた火力をこちらに回してこないとも限らない。
特に、敵高速駆逐艦の異常な数の回転砲塔は、至近距離に迫られたら脅威だ。なんとしても、大戦艦の護衛についている4隻は対空迎撃に専念していてもらう必要があった。


「敵駆逐艦一番艦、左68度距離22000宇宙キロ!副砲射程圏内に入りました!」


「よーし、副砲射撃目標敵駆逐艦一番艦!対艦ミサイルはあとどれだけ残っている?」


いまだに優位に戦闘を進められている余裕か、エドワードの口調も先程よりは緊張のほぐれたものになっている。


「あと4斉射分です。対空ミサイルは3斉射分です。」


意外にも早く残弾が底を尽いてしまう事実に、エドワードは少し景気よくミサイルを使いすぎた、と内心反省する。


「・・・いざとなったら、副砲とパルスレーザーでなんとかするしかないな。ま、光学兵器がまともに動くだけでも良しとしなければなるまい。」


再び主砲が星々よりも明るい光を放ち、今度は二番砲身が交互一斉撃ち方でそれぞれの敵を射抜かんと殺意の塊を送り込む。
その都度、第一艦橋の乗組員はメインパネルを注視する。
自身の闘志を、或いは願いを込めて敵艦へ突き進む蒼穹を見送る。
しかし乗組員の強い意志もむなしく、今度は敵艦右脇の何もない空間を青い燐光だけを残して射弾は過ぎ去っていった。
思うようにいかない現実に、焦りだけが積もっていった。


同日同場所 12時39分 『シナノ』第一主砲塔


筒井貴士side


『シナノ』はなおも炎上を続ける『スターシャ』の下を左舷から右舷へとくぐり抜けて、敵艦隊へと突進した。
『シナノ』の戦闘参加を察知した敵艦隊は、虎の子の攻撃機隊を差し向けてくる。
その数、84。敵は運用可能なデスバテーターを全て投入してきたのだ。
芹沢艦長は、残弾少ない対空ミサイルによる迎撃を命じた。
直後、艦を覆う発射煙。
艦首から、煙突から、両舷側から、艦橋下の8連装多目的ミサイル発射機から対空ミサイルが一斉発射される。
34本の白線が、『シナノ』から敵編隊へと引かれていく。


「現在速力27宇宙ノット、最大戦速。」


「敵大戦艦、正面上方約31000宇宙キロ。」


イヤホンからは、絶え間なく戦況と艦の現状が伝えられてくる。
しかし、今の筒井にとっては対空戦闘の趨勢などどうでもよかった。
砲撃対象である敵大戦艦と自艦の状態の把握に、全神経を集中させている。
手元のパネルには、第二艦橋の全天球レーダー室から中央コンピュータを経由して送られてきた、より詳細なデータが来ている。
彼我の距離や位置関係、針路は勿論の事、太陽や冥王星その他周辺天体の引力、戦域を占める重力場や磁場、太陽風のデータ。
それらを全て加味して計算しようとすると、いくら宇宙戦艦の中央コンピュータでも多少の時間はかかってしまう。

それでは、時々刻々と変化する戦況に対応できないのだ。
ましてや相手は隕石や彗星といった無機物ではない、意思を持つ生命体。
機械では測りきれない要素など、いくらでも存在する。
故に、俺達主砲塔員がデータと予測を元に主砲の発射方向を予想するのだ。
射撃のタイミングは戦闘副班長、あるいは班長が担っている。
いつでも撃てるように、計算と予想はし続けなくてはならない。


『主砲射撃開始!』

『主砲発射!』


南部康雄戦闘班長の号令で、坂巻浪夫戦闘副班長が主砲のトリガーを引き絞る。
左端の1番砲身が後退し、放出したエネルギー弾の残滓が砲塔内の水蒸気をまとって白濁したガスとなって栓尾から噴き出される。真っ白にゴーグルをかけた砲手の眼前まで噴きつけてくるガスは、それぞれの正面に設えられたガードによって天井へと誘導され、やがてかき消える。

弾着を確認する間も無く、新たな射撃の準備に入る。
栓から排出された空薬莢は排出孔に送られ、主砲塔基部にまで下ろされる。
同時に新たにせり上がってきたエネルギー満タンの薬莢が砲身へ差し込まれ、撃鉄の形をした砲尾が閉じられる。

その間、僅か3秒。

誤差を修正して砲身を上下させながらも、自動次発装填装置によって安全かつ確実に次弾発射の準備を終える。
ヤマトのそれをベースに改良が加えられた南部重工謹製式皇紀2867年式46センチ衝撃砲は、初めて体験する実戦の喜びを敵に伝えようと、真ん中の2番砲身から殺意の籠った矢文を射掛けた。今度も弾は在らぬ空間を撃ち貫く。
敵攻撃機が射線を何度も往復するのを意に介さず、立て続けに二度、三度と光の矢は放たれる。
やがて


『命中!次弾より斉射に入れ!』


第5射目にして副班長から伝えられる、待ち望んだ朗報。
この時こそが、主砲塔要員キャップの苦労が報われる瞬間であった。


2207年 10月5日 12時40分 『ニュージャージー』第一艦橋


「『シナノ』、パルスレーザー砲射撃開始!近接防空戦闘に入りました!」


「『シナノ』第5射が敵大戦艦に命中!」


カレンの報告が、被弾の衝撃音でかき消される。
ストロボのような連撃が、艦首に立て続けに命中する。
敵駆逐艦の十連装回転砲塔が、ラッシュのように艦首から艦体中央にかけてダメージを積算していた。
左舷艦首魚雷発射管を破壊された『ニュージャージー』は、黒煙を引きずりながら僅かに針路を変えて敵の火箭から逃れようと試みる。


「了解!アンソニー、まだ敵駆逐艦は叩けないのか!?」


真横から来る横殴りの衝撃が、艦を振動させる。敵大戦艦のうち、後列に居る二隻がついに命中弾を得て本格的な射撃を開始したのだ。


「あと一隻です!」


既に敵駆逐艦の一番艦から三番艦までは爆沈、或いは継戦能力を失って漂歿している。
単縦陣の先頭を務めていた艦は遠距離からの主砲で全身を万遍なく破壊され、ナマス切りに遭ったかのようなむごい姿をさらしている。
二番艦は駆逐艦の緑色をした上部と白色の下部の境目に主砲弾が当たり、上下真っ二つに千切れてしまった。分断面からは今も、上下の隙間を埋めるように黒煙と爆発が起こっている。
三番艦は、最も悲惨な最期を迎えた。
機動力を発揮して避け続ける一番艦、二番艦にてこずる間に7000宇宙キロの至近距離まで近づいた三番艦は、最終的には主砲弾と副砲、パルスレーザーを浴びせかけられた。
右舷6門のパルスレーザーで蜂の巣にされる間もなく、主砲の一斉射が駆逐艦を完全に串刺しにした。
命中の瞬間を目撃したアメリカ人は、バーベキューで焼かれる肉野菜の鉄串を連想したという。大小12ヶ所の巨大な破孔から炎を噴きあげ、文字通り木っ端微塵に砕け散った。

しかし、それと引き換えに『ニュージャージー』は敵3、4番艦の全ての砲門の射程に入り込み、驟雨のごときエネルギー弾の雨を浴びていた。
一発撃つごとにカートリッジを交換するため2~3秒のインターバルが発生する地球防衛軍の主砲と違い、撃ち終わると砲身ごと回転する彗星帝国軍の主砲は、砲塔を36度ずらすだけで次弾発射の準備が整う。
それは、もはや砲撃というレベルではない。視界一面、暴風雨や地吹雪さながらの大災害だった。

敵4番艦は、漂流している味方艦の残骸を盾にしつつ、巧みな操艦と軌道制御で接近し攻撃してくる。
トタン屋根に雹がふりそそぐが如く、絶え間なく被弾の衝撃が体を襲う。
完全無傷の状態から宇宙戦艦に改装した『ニュージャージー』の装甲は、『シナノ』の市松装甲よりもヤマトのそれに近い。
だが、ヤマトが度重なるダメージで何度も瀕死の重傷を負ったように、『ニュージャージー』もまた全身にダメージを受け続けて、破られた孔から黒煙を噴き上げていた。
波動砲の砲口は欠け、左舷側の磁力アンカーも吹っ飛んで鎖だけが泳いでいる。
右舷側の副砲も天蓋に直撃弾を受けて沈黙してしまった。
防空の要である両舷のパルスレーザー砲も、既に敵大戦艦の砲撃を受け全滅している。

今この瞬間もまた、至近距離では戦艦をも上回るという駆逐艦の攻撃に音を上げる個所が現れた。
9門並んでいた槍衾の、奥側三本が白い爆発光とともに吹っ飛んだのだ。


「第一砲塔損傷!・・・通信、途絶しました。」


眼を焼くような強い光が収まると、そこには第一砲塔の見る影もない姿があった。
戦艦の最も分厚い装甲が、原型を留めないほどに蜂の巣にされている。
上部装甲は内側からの衝撃でめくれあがり、水平に構えられていた砲身は両手を上げて降参するように天を向いていた。
主砲のエネルギーカートリッジが誘爆を起こしたのかもしれない。
大穴から流出する火災煙で中の様子を窺う事は出来ないが、第一砲塔要員の命運は尽きているであろうことは、想像するまでも無かった。
爆発の衝撃は第一砲塔を打ち砕くだけに留まらず、第二砲塔にも深刻なダメージを与えていた。


「第二砲塔より報告!旋回盤損傷!!」


上がってきた報告は、第二砲塔がもはやほとんど用を為さなくなるというものだった。
それでも全身から血を滴らせて傷ついた獅子の雄叫びの如く、まだ射界に残っている敵に対して第二、第三砲塔は吼える。
しかし、こちらが照準を合わせて撃つ頃には既に幾重にも重なった残骸に隠れてしまっていた。
白色彗星帝国の駆逐艦は、一部の回転砲塔が軌道制御ロケットの役割も果たしていて、巨体の割にフットワークは軽い。
十秒前まで敵駆逐艦がいた場所を、2本の光の筋が走った。
誘導兵器を撃ち尽くした『ニュージャージー』はなんとしても衝撃砲で沈めるしかないのだが、敵の未来位置を把握できない現状では、至近距離まで接近して叩くしか方法が無かった。


「もうちょっと・・・楽に勝てるかと思ったんだがな。敵を過小評価しすぎたのだろうか・・・。敵の作戦にまんまとはまって、・・・情けない。」


度重なる衝撃に耐え続けて体力を消耗したエドワードが、吐息交じりにぽつりと呟いた。
いいえ違います、とクレアが首を振る。


「こんなの、作戦なんて言えません。漂没している味方艦を盾にするなんて非道な行動、我々地球人類には想像もできません。」


「ありがとう、クレア。しかし、動かし難い現状として、こちらの旗色は悪い。このまま4番艦を倒しても、大戦艦3隻とミサイル艦2隻、空母2隻では・・・。」


と、そこでエドワードの表情が固まる。


「・・・敵は何故、ミサイルを出してこないんだ・・・・・・?」


エドワードは、不気味な沈黙を続けるミサイル艦になにやら不吉なものを感じていた。



同刻同場所 『シナノ』医務室


本間仁一side

紡錘状の救命カプセルに入れられたまま医務室に運ばれた『スターシャ』唯一の生存者は、現在エアシャワーによる洗浄を受けている。
患者の外見は、地球人でいうと20代前半の女性。
金糸の様な美しい髪は搬送される際に三角巾でひと束にまとめられて、右肩を通って胸元に置かれている。吹き荒れるエアシャワーでポニーテール状になった髪が盛大に泳いでいるさまが、何故か茹でられているパスタを連想してしまう。
自発呼吸はあるものの、相変わらず意識は無い。
第二艦橋に詰めている技術班分析科が、臨検隊が瓶に詰めて持ち帰った艦内の空気を精密検査しているが、恐らくは簡易検査の通り地球のそれに酷似したものであろう。


「さて・・・どうしたもんか。異星人の治療なんてしたことないわい。・・・佐渡の奴に色々聞いておけばよかったのう。」


鼻下の髭を隠すようにマスクをつけ、キャップを被り、手術用のゴム手袋をはめながら、ひとりごちる。
宇宙船の船内医になって30年、軍艦に勤務したのはそのうち16年。
盲腸から心疾患までありとあらゆる病症に立ち向かってきた自負はあるが、さすがに異星人の治療なんぞしたことがない。
ヤマトに乗っていた佐渡酒造はガミラス人を始め何人もの異星人を治療したというが、そんな稀有な体験をしたのはあいつぐらいなものだ。
地球防衛軍が異星人と接触する場合、まず間違いなく戦闘になり、まず間違いなく敗北してきたからだ。
惨めにも戦場を落伍し、自艦の負傷者を相手取るだけで精いっぱいだったワシらに敵を、ましてや宇宙人を気にかけてやる余裕などない。
地球人とそっくりと願うのは欲張りかもしれないが、せめて地球上の生命体と似ていることを祈るばかりだ。
架空の無免許医ならぬ凡人の身、訳の分からない臓器だらけの地球外生命体をぶっつけ本番でオペして成功するとは思えない。


「本間先生、エアシャワー終わりました。有害な物質は検知されていません。」


「技術班より分析結果がでました。やはり、地球の大気とほぼ同じ成分です。」


「全員配置につきました、いつでもオペはできます。」


未知に対するプレッシャーと不安に押しつぶされそうな内心も知らず、ワシと一緒に戦艦『はるな』から転属してきた助手らが治療の開始を促してくる。


「オペが必要な怪我でないことを祈るばかりだな・・・。柏木、患者のCTスキャンの結果はどうだ?」


「もうすぐ出ます・・・。出ました。・・・驚いた、人間はCTスキャンでは97、01%の一致です。」


一同がホッと胸を撫で下ろす。
CTで95%の近似ということは、基本的な身体構造は地球人と変わらないという事になる。ならば、今までの経験だけでなんとかなりそうだ。
正直、昆虫とそっくりと言われたらどうしようかと思っていたのだ。
部下達に気付かれないように、安堵のため息をマスクで隠した。


「3パーセントの差異はなんだ?」


「大脳新皮質が地球人の平均よりも若干大きいみたいですね・・・。イスカンダル人との近似率が99、998パーセントという結果も出ていますが。」


透明な強化プラスチック越しに、患者の女性の頭を診る。
見たところ、むしろ地球人よりも小さいのではないかと思うような印象を受けるが・・・何か地球人にない得体のしれない器官が付いている訳ではないのなら、この際無視できる。イスカンダル人との近似率など、今はどうでもいい事だ。


「よし・・・カプセルを開けて術台に乗せるぞ。」


「あ・・・、先生。むやみに開けない方が。」


「ん?何だ?」


柏木の忠言を聞く前に、開閉ボタンを押してしまっていた。
真っ白いカプセルのロックが外れて、プシューッという音とともにハッチがゆっくりと開かれる。
と、その瞬間。


フニァアアアアアァァァアァ!!!


「うわぁぁああああ!」

「なんだなんだ!?」

「敵の襲撃だ!?」


中から黒い物体が飛び出してきた!


「あーあ・・・。だから言ったのに。」


柏木の呆れた声をかき消すように、何やら得体のしれない小さい物体が医務室を跳びまわる。
手術の為に準備しておいた台が倒れ、メスが吹っ飛び、鉗子が零れ落ち、派手な音を立てる。
誰もがパニックに頭を抱え、あるいは姿勢を低くして身をすくめるのみだ。
視界に捉えきれないほどの速さで縦横無尽に跳ねまわるそれは頭上を跳び越えて、・・・飛んだ!?


「Gか!?巨大なGなのか!?」


「ゴキ・・・!?いやあああああああああああ!!」


「柏木ぃ!なんじゃいこれは!?」


誰かが正体不明の物体を黒いダイヤと叫んだことで、更に混乱が広がる。しゃがみ込んでいた誰もが、我先にと医務室の外へと逃げ出そうと走り出す。
しかし地球外生命体を持ち込んでいるという事で医務室は完全な密閉状態、ましてや今は戦闘中だ。自動ドアは封鎖されてしまっている。


「患者の衣服の下に隠れていたみたいです。CTに人間のものとは明らかに違うモノが映ってたんで。」


「そういうことは先に報告せんか!!あれはなんだ、敵の暗殺マシーンか!?」


その場に伏せながら、術衣の下からコスモガンを取りだす。


「言ったじゃないですか、人間の方はって。」


そう言って、柏木は視線で正体不明の物体を追いかける。


「あれは、ちゃんとした生き物ですよ?見ためは猫っぽいですが。ほら。」


「猫!?地球以外に猫なんているわけが・・・!」


柏木は混乱の巷の中で一人けろりとした顔で、術台を指差す。
ワシも、他の助手も柏木の視線の先へとゆっくりと振り向く。


そこには、術台の上から荘重な佇まいでこちらを睥睨する、一匹の黒猫の姿があった。







みなさんこんにちは。青山のヤマトカフェに行きたくて行きたくてしょうがない夏月です。
ガンダムカフェに対抗するかのように先月オープンしたヤマトカフェ、皆さまはもう行かれましたでしょうか?

「ヤマト」の名を冠するカフェですから、きっとヤマトに関係する料理や装飾、イベントが沢山あるのでしょうねぇ。
たとえば飲食系なら、「森雪が淹れたコーヒー」とか、「ディンギル少年が食べたフライドチキン」とか、「ラジェンドラ号ラム艦長が食べたコース料理」とか、「佐渡先生がラッパ飲みした日本酒」とかが出るんでしょうねぇ。
店内の雰囲気は勿論ヤマト食堂で、VIPルームは艦長室を模したものなのでしょう!
店員さんは皆生活班の黄色い服を着ていて、ウェイトレスさんは体のラインが出まくりの宇宙服とか!?
定時イベントとしては、客が暗黒星団帝国兵役を演じることができて、気に行った店員さん(森雪役)をアルフォン少尉よろしく拉致監禁して自分の席に留め置くことができちゃったり!?
ついには完結編よろしく大量の水が天井から店内に振り注いだり!!??



そんな店だったら・・・即刻逮捕だろうな・・・・・・(遠い目)



というわけで、第七話、投稿しました。引き続きガトランティス帝国残党との戦闘です。『ニュージャージー』がフルボッコにされてもなかなか沈まないのは仕様。
外伝で既に戦闘シーンを書いてはいますが、相変わらず描写が難しい・・・というか、内容が被りそうで怖いです。小説って、難しい。

さて、今回も話の中での小ネタを2、3個解説していこうかと。

大戦艦の装備について。土星決戦では大戦艦は艦橋砲を搭載していました。しかし、実は他のシーンでは艦橋砲を撃っている描写は一回もありません。従って、艦橋砲を搭載した艦はバルゼー艦隊にだけ配備された最新鋭の改良型なのではないか、と妄想しました。

『ニュージャージー』の第二煙突下対艦ミサイル発射機について。復活篇で、ヤマトがアマール本星にてUSU爆撃機に対して対空ミサイルを発射していた、アレです。水上戦艦時代のアイオワ級戦艦でいうところのハープーン発射機の位置に相当します。

新たな登場人物について。『シナノ』第一主砲キャップの名前は私の知り合いの名前から。医務室の艦内医の名前は、某無免許名医の師匠の名前と某タイムスリップ医師より。

猫について。御想像の通り、『シナノ』のみーくんとして今後活躍してもらう予定。しかし、そのままだとつまらないので一捻り加えようと思います。


さて、言いたいことも尽きたし、今回はこれにて終了です。次回は戦闘の終結、あるいはその一歩手前くらいまでいけるかな・・・?



[24756] 外伝1―辿り着くかもしれない未来―【PV2万5000突破記念】
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/09/03 19:48
2220年4月1日 地球より17000光年の宙域


【推奨BGM:「ゴジラvsビオランテ」より《カウントダウン》】



窓の外が赤く、青く、鮮やかに瞬いては消えていく。

星明りと競い合うかのように、彼我の間を多数の閃光が煌めいているのだ。

とりわけ強い、鈍い光がきらめくと、遥か遠くで味方の艦が炎を纏わせて戦列を離脱していく。
青い光線が味方の艦から宇宙に突き刺さり、その先端が赤く膨らみ、やがて色を失うと闇の底に沈んでいく。
敵か味方か分からない戦闘機が燕のように鋭いターンを打ち、隼のような獰猛さを以て突撃し、後ろを取られた被捕食者を血祭りに上げていく。

互いの間を光のシャワーが行き来する様子は、幻想的ですらある。
幼いころに見た、噴水にレーザービームをあてたイルミネーションそっくりだ。
しかし、その光線の行きつく先では命の火が激しく燃え立ってはかき消され、炎の雲が澄み切った宇宙を汚していくのだ。

ミサイルの白煙が、墜とされた航空機が引く黒煙が、両者の間に幾何学模様を形成していく。
衝撃砲の閃光が、爆散する艦体が、二度と拭えない染みを乱雑に塗りたくっていく。


そう。そこは、まさしく戦場であった。


時は、2220年。

移動性ブラックホール、通称「カスケード・ブラックホール」を接近を受けて、地球連邦政府は地球の放棄と全人口の移民を決定。
世界各国で移民船《アマール・エクスプレス》を建造、地球防衛艦隊の護衛の下、一路移民先「アマールの月」へ旅立った。
しかし、地球とアマールの中間地点に到達したところで、船団は謎の宇宙艦隊の襲撃を受けて全滅の憂き目に遭う。

これを受けて政府は第3次移民船団の護衛艦隊旗艦に、17年の時を越えて復活した宇宙戦艦ヤマトを任命。辺境宙域より帰還した古代進を艦長兼艦隊司令に迎え、伝説の艦に運命を託した。


無事に地球と惑星アマールの中間点まで辿り着いた第3次移民船団は、敵の索敵網を避けるため、ブラックホールを利用したフライバイを決断。
しかしその作戦中に、第1次・第2次移民船団を攻撃したと思われる複数の敵艦隊が待ち伏せを仕掛けてきたのである。
地球艦隊はすぐさま敵艦隊と交戦を開始、足止めをしている間に船団はワープを続行している。
現在、全体の70%がワープで戦域を離脱したところだ。そろそろ護衛隊も撤退を開始するだろう。
本艦の遥か遠くでは今なお対艦・対空戦闘が続いている。既に互いの陣形に食い込み、両者入り乱れて乱戦の様相を呈している。その様子はさながら、古代に行われたという歩兵による野戦か、それとも水軍の海戦か。
しかし、防衛線を抜けた一部の艦が、単縦陣で航行している移民船団に向かってきている。

当初は船団の右舷後方で始まった戦闘は、今では左舷の戦闘が正念場を迎えている。
まずいことに、船団は今、前後を敵に挟まれている。
此方からみて11時10分の方向、仰角15度。
迂回して戦域を突破したと思われる黒地に赤い光の筋を纏った敵艦が、前方の移民船団に向かって突っ込んでくる。
人差し指の上に割り箸を乗せてバランスを取っているような、珍妙なデザイン。しかし、それは正面火力を重視した結果なのだろう、槍衾のような攻撃を見舞っている。
狙われている移民船は回避行動をとれない。
ブラックホールを使ってのフライバイの為、決まったコース以外の航路をとれない上、ものすごい乱気流の所為で安定翼も無く推力の弱い移民船は針路の維持だけで精いっぱいなのだ。

今すぐ援護に行きたいが、こちらも7時32分の方角から敵の追撃を執拗に受けているため、動こうにも動けない。


「くそ、こんなときの為の戦闘空母なのに、何故肝心な時に何もできないんだ!」


俺は思わず叫んだ。
他の軍艦と違って、この艦の後部には主砲が搭載されておらず、代わりに上下二段の飛行甲板になっている。
本来なら、そこには120機近くの艦載機が搭載されたはずだ。
戦闘空母『シナノ』は、後方へ張り出した上部飛行甲板に2基、下部格納甲板に2基のカタパルトを搭載している。カタパルトは一回に最大2機を同時発艦可能で、最大でいっぺんに8機が発進可能となっている。緊急事態においても10分で2個飛行隊24機が発艦可能なように設計したんだ。

なのに、何でこんなときに飛行機が1機もいないんだ!

移民船は乱気流にあおられそうになりながらも必死に進路を維持し、大小の岩塊に小突き回されてひっきりなしに揺さぶられている。強大な推力を持つ戦闘艦と違い、巨艦ながら推力の弱い移民船団はみるからに不安定で見ていられない。
敵の攻撃の多くは周囲の岩塊に防がれるが、余りに多くの火線に被弾する船も出てきている。

上部一番・二番主砲が左舷前方の敵を睨み、衝撃砲を放つ。
6門の砲口から放たれた眩い光芒がほんの一瞬、視界を青く染める。


「下部一番主砲、発射!続いて艦首1番から6番、バリアミサイル発射!」


戦闘班長遠山健吾の、落ち着きながらも迫力ある声が聞こえた。


「ヤマトより全艦に通信!『交戦を続けながら後退し、移民船団に続いてのワープに備えよ。敵艦隊はヤマトが引き受ける。』」


通信班の席に座る庄田有紀の報告に、艦長席の南部康雄が焦りを押し隠した声で航海班の
佐藤優衣に確認をとった。


「移民船団がワープ完了するまであとどれだけだ!」


「あと5分7秒です!」


「技師長、艦のダメージは!?」


艦長が今度は俺に向けて怒鳴った。

俺は慌ててパネルをタッチして艦のステータスを呼び出し、状況を確認する。
艦後部にふたつある艦載機発進口、下側にある第二飛行甲板の先端と波動エンジンの間の空間、艦尾収納庫が赤く点滅している。先程敵の衝撃砲が直撃した個所だ。
収納庫は壊滅して艦尾に大穴が空いてしまったが、ダメージが他の場所に伝播している様子は無い。延焼もしていないようだし、当面は放置しても問題は無いだろう。
しかし、すぐ前の第二格納庫に被害が及ばないとも限らない。


「被害の拡大はありません!第二格納庫の避難民は、現在艦の中央に退避中です!」


本来艦載機が満載されているはずの第一・第二格納庫には、地球からの避難民1070人が肩を寄せ合って身を震わせている。
この艦、宇宙戦闘空母『シナノ』は本来の役目から外れて、移民船でありながら船団の護衛も任されているのだ。

最初にこの任務を知った時、運命を呪った。
戦闘艦として護衛任務に就くこともできず、かといって純粋な移民船でもなく、船団の航路に張り付いて敵の攻撃を防ぐ最後の盾となる。なんとも矛盾した話ではないか。
どうせもう一往復するんだから、一隻多くすればいい話ではないのか、と何度も陳情したが、あえなく却下された。
俺はこんなことの為にこいつを造ったんじゃない。こいつも艦隊に加えて欲しい・・・。
そうしたら案の定、この状況だ。航空機という片羽をもがれた状態で、同時に二方向から来る敵を文字通り最後の盾になって受け止め、それでいて乗艦している避難民は守らなければならない。
ここまで無茶苦茶な状況、普通の宇宙戦艦だったらあっという間に袋叩きにされてしまうに違いない。

幾隻もの戦艦が交戦しながら強引な舵取りで移民船団に合流すると、10万人の命を乗せた船に寄り添うように、盾になるように並走し、同時にワープに入る。
そんな中、『シナノ』は最後の移民船グループの左側上方に遮るように陣取り、前後の敵を相手に必死の防衛戦を繰り広げている。

敵の攻撃がまさに移民船に着弾せんとしたとき、バリアミサイルが移民船を庇うように展開して6輪の青い花弁をひらく。
直後、立て続けに爆発が起き、6枚の青き盾は移民船に代わってミサイルを吸収した。

今ので敵艦隊がこちらに気づいたのか、針路を変える。


「敵艦隊、こちらに向きを変えました!距離、38000宇宙キロ!」


「笹原、取り舵7度、上げ舵30度!攻撃来るぞ、避け切って見せろ!」


「了解!」


「庄田、こちらの映像をヤマトに送って援護を要請!」


立て続けに艦長の声がイヤホンから聞こえ、すぐに艦が捻り込むような機動で敵艦隊に正対する方向へ転舵する。
間もなく、鮮血のような赤みを宿した数十本もの光の長槍が、一斉にこちらに向けて放たれた。
『シナノ』と真正面から向かい合った弾雨はこちらを恐れるかのようにすぐ手前で散開し、第一艦橋の左右を通り過ぎていく。
それでも全弾回避とはならず、4発が左舷前部、第一砲塔下部を連打した。


「「「「「・・・・ッ!」」」」」」」


左前方からの強い衝撃に艦橋は大きく揺さぶられ、慣性の法則に従って艦内のものがつんのめるように飛び出しながら右から左へ吹き飛んでいく。
第一艦橋の誰もがうなり声をあげ、身体を襲うGを気合いで耐えた。
体が痺れるような振動に耐えながらも、俺の眼はステータス画面から目を離さない。
被弾箇所のダメージは・・・よし、軽微だ。ヤマトと同じ装甲は伊達じゃない。
お返しとばかりに放たれた6門の衝撃砲は、敵の先頭艦を貫く。敵の数は多いものの、攻撃力の性能ではこちらに劣るようだ。
その間も前後の敵はバリアの範囲外にいる移民船に砲撃をかけている。致命傷に至った船はまだないようだが、このまま被弾し続ければやがて失速し、ブラックホールへ飲み込まれていくのは必至だ。

くそ、やはり単艦でグループ一つを護り切るのはとてもじゃないが無理だ・・・!


「艦長、ヤマトがこちらに針路を変えました!」


「ヤマトより本艦に入電!『我、これより移民船団の護衛にあたる』」


「古代さん・・・。よぉし!」


これで、後方の敵はなんとかなる。ヤマトが後部の移民船を守ってくれるだろう。
ならば本艦は、正面の敵を叩くことに集中できる。
艦長は勢いよく立ち上がり、まなじりを決してマイクをとった。


「艦長より達する。本艦はこれより前方の敵艦隊へ集中攻撃をかけたのち、船団を追ってワープに入る。針路そのまま、速力130宇宙ノット!」

なおも迫り来る光芒の中、俺は心の中で叫んだ。

『シナノ』よ耐えてくれ、お前はあの宇宙戦艦ヤマトの姉妹艦だろう・・・!





あとがき

連投になります、小説版『不沈戦艦紀伊』第三巻で陸揚げされた魚雷発射管三十基による魚雷一斉攻撃に一番最初に気付いた駆逐艦こと、夏月です。

本作は、まえがきを初投稿した直後に投稿しようとしてエラー連発で挫折したいわくつきの作品、「プロローグ」をPV2万5000突破を記念して修正の上投稿したものです。

どこがエラーになるのか全く分からなかったため、本文をぶつ切りにして投稿していくことで、エラー個所を特定していきました。ぶつ切り投稿を読まれた方、申し訳ありません。

また本作は、「夏月が戦闘シーンをどれだけ書けるか」という実験の意味も含まれています。状況としては、第三次移民船団にちゃっかり同行していた《シナノ》が、『復活篇』の映像の裏で船団防衛の戦闘を繰り広げていた、という場面です。
本編映像で船団が攻撃されている映像を見た古代が艦を操作して移民船の直衛につきますが、あの映像を送っているのが実は『シナノ』だった、ということで。

『シナノ』そのものに関する描写も書けましたし、少しでも想像の翼を広げていただければ幸いです。



[24756] 外伝2―ありえるかもしれない未来(建造編完結&実写版ヤマトDVD発売&PV35000突破記念)
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/06/29 04:34
2220年 4月5日 惑星「アマール」周回軌道上


【推奨BGM:「ACE COMBAT 5」より《Open The War》】


「本艦正面にワープアウト反応!」


優衣の声が、沈黙に張りつめた場の空気を切り裂いた。
正面上部の大型モニターを見ると、進行方向正面の遥か遠く、惑星「アマール」の丸い地平線の先が、僅かに歪み始める。まるで波立つように空間が歪むと、青い染みが次々と現れてアマールの曙光を汚した。


「レーダーに反応、敵艦隊出現。方位11時34分、伏角12度、距離14万1000宇宙キロ!!」


「やはり現れたか、星間連合め。決戦の留守を狙ってくるとはなんて卑怯な奴らなんだ・・・。」


続いてレーダー班の泉宮真貴が報告を上げる。
予期していたこととはいえ、決戦の間隙をぬって「アマール」を攻めようとする敵の所業に南部康雄艦長は侮蔑の意思を隠さない。


「ま、『こんなこともあろうかと思って』の我々ですからね。」


「技師長、その台詞は真田さんの専売特許だ。今後その発言を禁止する。」


「代々技師長が受け継いでいくものだと思っていたんですが?」


「篠田なんぞ、真田さんに比べたらまだまだだ。」


「ちぇっ、この船設計したのは俺なのにな~。」


「馬鹿、そんなこと言ったら、造ったのはうちの会社だぞ。」


艦長との軽口に、艦橋が明るい笑いに包まれる。敵の出現にあって第一艦橋要員は皆プレッシャーも無く、冗談を笑う余裕もある。前回の護衛戦ではガチガチに緊張していたが、今回は若い奴らも大丈夫そうだ。


「よぉし庄田、全艦に通達!『第三戦隊は波動砲のチャージを開始、第二戦隊に突撃命令。第一戦隊は本艦に続け。』笹原、本艦進路面舵30度伏角20度。遠山、対艦対空戦闘発令。砲雷撃戦用意、艦載機の発進を急げ。」


「「「了解!」」」


矢継ぎ早に出された命令に、俺より10歳は若い部下達が気力に満ちた返事を返す。この状況でも元気なものだ、と少し羨ましくなる。
尤も、元気なのは南部艦長も同様だ。確か艦長は小規模とはいえ艦隊の指揮を任されるのは初めてのはずだが、まるで初めて会った時の頃のような生き生きとした声で命令を飛ばす。

(きっと、ようやく戦闘空母らしい働きができるからだろうな。)

恭介は、そう辺りをつけている。
前回の船団護衛戦は避難民を載せながらの戦闘で、思うように戦う事が出来なかった。
南部艦長も、歳を重ねた今こそ落ち着いてきているが元来の性格としては熱血漢だ、さぞやストレスの溜まる思いだっただろう。
今回は避難民がいないだけでなく、艦載機を満載した上での戦闘だ、張り切るのも無理はないというものだ。
かくいう俺も、生みの親としてこの艦が万全の働きができるのは喜ばしい事だった。


――2220年4月7日、第三次移民船団団長古代進の判断により、地球連邦は星間連合に対して宣戦を布告。
「アマール」首都へと侵攻していた敵陸上部隊を、ヤマトはミサイル攻撃で一掃した。
その後、直ちに護衛艦隊司令部と地球連邦大統領、地球連邦科学局長官真田志郎を交えて協議がなされ、必ず報復に訪れるであろう星間連合艦隊を積極的に迎撃する事が決定された。
移民先である惑星「アマール」とその月を戦場にするわけにはいかないので、できるだけ離れた宙域に進出して決戦を挑むのだ。
第三次移民船団が「アマール」に到着した時点で、地球防衛艦隊の戦力は第一次・第二次船団の生き残りを合わせて約200隻。
地球へ戻った移民船6隻の護衛にスーパーアンドロメダ級2隻を伴わせ、ヤマトは残りの護衛艦のうち180隻を率いて、再び宇宙へと上がった。
残りの20隻は『シナノ』とともに「アマール」に残り、本土防衛の任に就くこととなった。
地球艦隊とアマール艦隊が出撃した事は、向こうも把握しているだろう。
万が一、星間連合が決戦を避けて本星を直接攻撃してこないとも限らない。
主力艦隊が舞い戻ってくるまでの間、持ち堪えるだけの戦力が残されたというわけだ。

残されたのは、ドレッドノート級が12隻、スーパーアンドロメダ級が8隻。航空戦力は、各艦が搭載していたコスモパルサーの残存機が、合わせて100機。既に全機『シナノ』に収容して再編成され、5個飛行隊となっている。
本土防衛艦隊の司令を兼ねることになった南部艦長は、21隻からなる艦隊を3つの戦隊に分けた。『シナノ』と6隻のドレッドノート級からなる第一戦隊、6隻のドレッドノート級からなる第二戦隊、スーパーアンドロメダ級戦艦8隻からなる第三戦隊である。
艦隊編成が終わるや否や、艦長は艦隊を周回軌道上に上げ、戦闘配置のまま哨戒活動を行ってきた。


哨戒を始めて40時間あまり、果たして懸念した通り星間連合はやってきた。しかも、主力艦隊との決戦と同時並行である。
ヤマトからタキオン通信で敵艦隊及び巨大要塞との開戦が伝えられてきたのが、20分ほど前。
今頃は、両軍相乱れての総力戦になっていることだろう。
とてもではないが、増援がやってくるとは思えない。
つまり、現状の戦力だけで敵艦隊を殲滅しなければならないという事だ。
既に陣形は変更してある。
それまでは正面火力を確保しつつ正対面積を減らすため、単横陣を逆三角形に敷いていた。敵の突撃を真正面から受け止めつつ、戦闘時間を引き延ばす作戦だった。
しかし、増援が来ない事が判明した現在は、敵の積極的撃滅を企図した陣形になっている。航行序列は鶴翼の陣、第三戦隊を波動砲戦隊形、他の戦隊が第三戦隊より上空にて単縦陣で第二戦隊の両脇を固める形だ。

作戦としてはこうだ。
会敵と同時に第三戦隊の半数は波動砲のチャージを開始。その間、第一・第二戦隊が敵を両側から挟みこんで敵艦隊の散開を阻止するとともに、チャージの時間を稼ぐ。しかるのち、第三戦隊が波動砲を一斉射。固まっている敵をまとめて吹き飛ばす。
すかさず第一・第二戦隊が突撃し、混乱している残敵を掃討する。
両戦隊による掃討が困難な場合、第三戦隊の残り半数が波動砲の第二射を見舞って更に敵数を減らすのだ。

―――地球連邦軍の戦訓からして、波動砲戦は失敗に終わる事が多い。過去の事例では、ガトランティス戦役では波動砲よりリーチの長い火炎直撃砲によるアウトレンジ攻撃、またディンギル帝国戦役では小ワープ戦法によって波動砲を避けられ、必殺のハイパー放射ミサイルを撃ち込まれて全滅した。
それ以来、波動砲戦についての研究が盛んに行われた。
その結果得た結論は、

「波動砲のみに頼った戦術は柔軟性を欠き、敵の対応策に対して脆弱である」
「波動砲を発射する場合、発射担当艦を護衛する艦の存在が必要不可欠である」
「波動砲発射までの間、敵を牽制し足止めする為に絶えず攻撃を仕掛けるのが好ましい」

の三つであった。

今回の陣形はそれらの考察を参考にして立案されたものであるが、いかんせん不安要素も多い。
まず、星の近くでの波動砲戦のため、下手を打つと敵ごと「アマール」を吹き飛ばしてしまう。
次に、敵の数や出現場所などが不明な為、戦法が図に当たる保証がない。特に、第三戦隊の真後ろにワープアウトしてきたら最悪だ。
なにより、―――これが最も大きな問題なのだが―――俺や南部さん、それに古代司令のようなベテランはともかく、他の艦の連中はまともな実戦経験もなければ波動砲を撃ったこともない。
先の移民船団護衛戦においても殆どの艦と乗員が初陣で、敵への攻撃やダメージコントロールがちっとも訓練通りにいかずに撃沈される艦が少なくなかった。
最もひどかったのは、船団から離れる際に陣形の形成が上手くいかず、バラバラのまま戦闘に突入してしまった事だ。何をどうやったらそうなるのか、ドレッドノート級とスーパーアンドロメダ級が綺麗に左右に分かれるという珍現象まで起きている。
これでは、艦隊運動もなにもない。航空機が襲来したら、各艦の連携がとれずに各個撃破されてしまう。下手したら同仕打ちだってあり得ただろう。
幸い、護衛戦の時は敵艦載機をヤマトとコスモパルサー隊が吸収したようだが、今回は上手くいくかどうか。小艦隊だから問題ないと信じたいが、何が起こるのか分からないのが実戦である事は、自分自身が良く知っている。


「敵の詳細判明!フリーデ艦が10、ベルデル艦が24、SUS艦が17!艦載機は未だ発進しておりません!敵はまだこちらに気づいていない模様!」


アマール軍との情報交換により、既に敵艦の性能は熟知している。前回のような闇雲な攻撃ではなく、ウィークポイントを狙撃する事も可能だ。
正面上部のメインパネルに映った敵の姿を、唇の端を笑みに歪めながら睨みつけた。
さて、ベテランの戦いというのを見せつけてやりますか・・・・・・!



第三戦隊旗艦『ノース・カロライナ』艦長 side


「波動砲充填率80パーセント!」


窓ガラスの向こうには、惑星「アマール」の稜線近くにそばかすのようなブツブツが見える。


「敵艦隊、こちらに気付きました!全艦左一斉回頭でこちらに向かってきます!距離、10万8000宇宙キロ。」


窓ガラスの真上、艦橋いっぱいに広がるメインスクリーンには、スラスターを吹かしてその場で方向転換をする敵艦の姿が見える。
馬鹿め、回避行動も散開行動もとらずにその場で旋回するとは、狙ってくれと言っているようなものではないか。


「『シナノ』より入電。『雷王作戦開始』。繰り返す、『雷王作戦開始』。」


通信班長の報告に頷きで返す。
作戦名は、かつて土星宙域にて行われたガトランティス帝国残党掃討戦に名付けられたもの。当時駆逐艦の戦闘班長として作戦に参加した身としては、なんとも感慨深い名だ。
あのときは、残党軍が木星圏にいた戦艦部隊と遭遇してしまい、戦場へ到達するのが遅れてしまった。だが、今回は完全にこちらの思惑通りにことが進んでいる。万一にも失敗することはないはずだ。

敵の回頭が終わらないうちから、視界の右下と左上からミサイルが次々と放たれる。


「第一戦隊、第二戦隊、攻撃を開始しました。」


単縦陣を組んだ両戦隊が、敵を遠巻きに囲みながらミサイルによる一斉攻撃を開始する。事前の打ち合わせより早く攻撃が開始したのは、敵がこちらに気付いたからだろう。
旗艦を先頭に、進路を敵艦隊の真正面から真横に占位するように進撃する。敵を全主砲の射界に捉えつつ正対面積が減るように接近していく。「イの字戦法」と呼ばれる、接近と丁字を両立する水上戦闘艦時代からの伝統的艦隊運動だ。
第一戦隊の艦首発射管から放たれた合計28本の円筒形の物体は、発射してすぐに左上方へと駆け上がっていく。
対艦ミサイルは衝撃砲よりも速射性能で大きく劣り、また大きく鈍重な弾体が迎撃可能な為に会戦における投入火薬量の総量は決して多くない。そのかわり射程、誘導性、破壊力で通常兵器の中では最も優れているため、命中すれば敵に大ダメージを与える事が可能だ。
『シナノ』から発艦した重爆撃隊も、両戦隊の間を埋めるように右上と左下から無誘導爆弾を投下する。
コスモパルサーの両翼端に装備された複合爆装ポッドから、次々と子弾が射出される。爆装ポッドを丸ごと投下するのではなく、一隻でも多くの敵に損害を与えんと、尾翼とスラスターをこまめに調整しながら高性能炸薬弾をばら撒いた。
泡を食ったように始まった対空射撃も空しく、第一斉射が着弾する。
先頭を行くSUS艦の、平面で構成された装甲をミサイルが突き破る。
遅発信管により艦内部まで侵入してから爆発した徹甲弾頭は、破片が隔壁を千々に引き裂き、紅蓮の炎は廊下を縦横無尽に走り渡って乗員を次々と殺傷した。
重爆撃隊の放った子弾はミサイルほどの貫通力は無いものの、絶え間なく着弾する高性能爆弾は装甲に確実にダメージを与えていく。


「第一斉射、着弾!命中率は89パーセント。」


「初撃にしては命中率が高いな。最大射程からの攻撃だから迎撃されるかと思ったが。」


「強襲が成功したという事でしょうか。」


「というより、重爆撃隊の命中率が高かったのが理由だろうな。」


続いて側面発射口から放たれたミサイル群は、第一斉射とは異なる形状をしていた。
84条のミサイルの噴射煙が再び味方艦と敵艦を繋ぎ、敵艦に接触する直前に爆発する。白い閃光が放たれたかと思うと、青い波紋が次々と広がって艦隊を阻む大きな壁となった。
その姿は、ファンタジー世界の物語に出てくる魔法障壁のようで、一種幻想的な姿である。


「なるほど、時間稼ぎとしては極めて効果的だな。」


第一撃を加えた直後にバリアミサイルを敵の目の前に展開する事で、敵の攻撃を最前線で封じる。
敵は左右を塞がれて前進するしかないし、敵はバリアを張った第一・第二戦隊への報復に意識を向けることになる。それだけ、真正面にいる第三戦隊は攻撃を受ける確率が下がるというわけだ。
檻に押し込められた猛獣を思わせる激しさで、敵戦艦がバリアを壊しにかかる。
衝撃砲の驟雨のような連撃が、バリアを叩く。
緑色の光が、緋色の光が障壁に到達する度に真円状の波紋が広がる。
フリーデ艦がミサイルを放つも防がれ、バリアと敵艦隊の間に爆煙が煙幕のように展開して彼我の視界を塞ぐ。
味方の両戦隊は一切攻撃を仕掛けない。
向こうの攻撃が届かない代わりに、こちらの攻撃も届かないのだ。
やがて、円錐形の艦が一斉転舵して、次々と蒼璧へと突っ込んでいく。
業を煮やしたのか、ベルデル艦隊がバリアを強引に突破して第二戦隊へ突撃しようとしているのだ。


「無駄だよ、そんなことをしても。」


一人呟いた。
バリアミサイルを構成しているのは、波動エネルギーの源泉であるタキオン粒子だ。
三次元を不安定にする性質を持つタキオン粒子に触れればどうなるかなど、見なくても分かる。
果たして、艦長が予想した光景が眼前に現出した。
バリアに接触したベルデル艦は立体を維持できなくなり、衝突事故を起こした自動車のように接触面から崩壊していく。
崩壊によって生じた煙や破片が、哀れな生贄の姿を覆い隠す。
煙で充満した空間から鈍い光が断続的に煌めいた。
ガラス張りの水槽の中で悶える魚のように、パニックに陥る敵艦隊。その眼前で第一、第二戦隊が回頭して同航戦に入る。
空いている上下の空間には重爆撃隊が殺到し、脱出せんとする敵艦に爆弾をポッドごと投下して片っ端から血祭りに上げている。


「ここまで御膳立てされたなら、こちらも期待に応えてみせよう!波動砲発射準備はまだか!」


「充填率120パーセント、発射準備完了!」


「戦闘班長、操艦を渡す。頼んだぞ!」


「了解、ターゲットスコープオープン。電影クロスゲージ、明度10。」


戦闘班長が眼前に現れたトリガーのグリップを握り、撃鉄を引いてコンバットスタイルに構える。


「『ワシントン』、『ライオン』、『テレメーア』も発射準備完了。」


「全艦に通達、『波動砲発射準備完了、直ちに射界より退避されたし』。」


右隣りには、合衆国が造ったスーパーアンドロメダ級戦艦『ワシントン』。左にはイギリスの『ライオン』、『テレメーア』。四隻の左右には護衛として『アルザス』『ノルマンディー』『サン・ジョルジョ』『クロンシュタット』が控えている。
8隻の宇宙戦艦が横一列に整然と並ぶその様は、古に聞く鋼鉄の重騎士が馬上槍の穂先を揃えて突撃をかけんと、腰を沈めて構える姿に思える。


「発射10秒前、総員対ショック・対閃光防御!」


両戦隊が一斉転舵して一目散に距離を取り、コスモパルサーが我先にと避難する。
それを確認してから、艦長は黒のゴーグルをかけ、シートベルトを確認した。
タキオン圧力調整室の動作音が早鐘のように鳴り、『ノース・カロライナ』の逸る気持ちを表しているようだ。
先の護衛戦では、撤収後のワープを考慮して波動砲を発射する事は出来なかった。
あの時に溜まったストレスを今ここで晴らさんと、艦首拡散波動砲の二つの砲門が、青の燐光を纏わせて今か今かと発射の瞬間を待っている。


「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・波動砲、発射!」


掛け声とともに、艦橋内が白い閃光に包まれた。
艦首が夜明けの太陽のように燦爛と輝き、青暗い宇宙を光に染める。
あまりに強力な光線に、第一艦橋正面に座る三人の輪郭線をも消してしまう。
強烈な光が乳白色から鮮やかな青に変わる直前、強烈な振動と轟音が艦を襲った。
波動バースト流が二門の砲口から放たれた反動が艦体を貫き、磁力アンカーに固定されているはずの巨大な戦艦が細かく震えるのを、肘掛けを掴み足を踏ん張って耐える。


「なるほど、こいつは堪える・・・!」


手足を通じて伝わる振動にしびれを感じつつ、艦長は言葉を漏らす。
地球連邦軍は波動エネルギーの導入後数多くの波動砲搭載艦を建造してきたが、一つの小宇宙に匹敵するというその威力ゆえにその実射を厳しく制限してきた。
その扱いの厳重さは核兵器のそれを上回るほどで、波動エネルギーに関する実証実験は必ず地球外、波動砲に関する実験は太陽系外と定められているほどだ。
艦長自身も、普段の訓練では臨界前発射訓練しか行わないので、26年の軍人生活の中で波動砲を実際に発射した事は一度も無かった。

螺旋を描く波動バースト流が二筋、徐々に互いの距離を近づけながら敵艦隊へ突進していく。
左右の僚艦からも破壊の奔流が伸びていく。
四筋の青い水柱は敵艦隊の面前まで到達した刹那、四方に破裂した。
二門の砲口から放たれた波動バースト流が交わり、拡散して散弾に変化したのだ。
ディープブルーの彼岸花が咲き、細い花弁同士が重なり合う。
正方形の四隅を突くように放たれた波動砲は子弾が放射状に分かれ、一枚の巨大な網を形成して何十隻もの敵を包み込む。

次の瞬間、開いた花火が更に無数に炸裂する様を目撃した。

網から槍衾と形を変えた波動バースト流が、空間丸ごと食いちぎらんと襲い掛かる。
四散したバースト流の直撃を受けた敵戦艦が、次々と誘爆を起こして炎の花を咲かせる。
澄んだ青と濁った緋色のコントラストが、場違いなほど綺麗に見えた。
流星のような輝きがベルデル艦に命中し、円錐部に収納されていた艦載機がボロボロと零れ落ちる。フリーデ艦の巨大な艦橋構造物に命中した一発は即座にミサイルの誘爆を引き起こし、引き裂かれた艦底部だけが力なく漂う。左舷を擦過されたSUS艦は慣性のままに激しく回転しながら右舷へと流れていく。
漂流する艦同士が衝突し、弾かれると再び他の艦と激突する。密集隊形ゆえに玉突き事故が絶え間なく起こり、被弾を免れた艦も被害を受けていく。
子弾の一発がバリアの一枚に命中すると、更なる散弾となって反射し、敵艦隊に真横から降りかかる。

死屍累々

そんな言葉が当てはまる地獄絵図を前に、誰もが言葉を失う。
初めて間近に見る拡散波動砲4連一斉射撃の威力に、誰もが信じられない気持ちでいた。
50隻以上いた星間連合の戦艦艦隊が一瞬にして壊滅。生き残った艦も殆どは大なり小なりの損害を受けていて、無傷な艦はいないように思えた。
―――これが、小宇宙ひとつのエネルギーに匹敵するという波動砲の威力―――
艦長は、その威力に感嘆するとともに恐怖を抱いた。
20年前、イスカンダルからもたらされた波動エネルギー。
それと同等の兵器を、ガミラスも、ガトランティス帝国も、暗黒星団帝国も、ボラー連邦も所有していた。つまりは、それが星間国家の標準装備ということだ。おそらく、星間連合も所有しているのだろう。
広い大宇宙のどこかでは、このような大量破壊兵器を撃ち合う星間戦争が常に起こっているのか。
今眼前で起こっている凄惨な現象など、日常茶飯に過ぎないのか―――

沈黙は、数分だったのか、それとも一瞬だったのか。

場の空気を切り裂いたのは、旗艦『シナノ』からの入電だった。


「か、艦長、『シナノ』より入電。『波動砲の第二斉射に備えよ』」


艦橋内がわずかにどよめく。
目の前に広がる惨状を見て、まだ撃つつもりなのか。
これでは、ただの虐殺ではないか――
艦長は命令を実行に移すことに躊躇いを感じていた。
もう十分ではないか。あとは残存艦に降伏を促して、その後は救助活動をしたほうがいいのではないか。


「通信班長、『シナノ』に通信。『波動砲攻撃の効果大なり。第二射の必要を「艦長!本艦後方にワープアウト反応!」なにぃ!? 


直後、ワープアウトの水色に全身を輝かせながら、巨大な物体が艦のすぐ真上を通り過ぎる。
―――数分後、彼は思い出すことになる。
この広い大宇宙には、波動砲をも無力化する技術があるということを。





あとがき

アンドロメダの艦橋砲からこんにちわ、夏月です。外伝2を投稿します。
この話は当初、PV35000突破記念を目標に書いたものです。気づいたら建造編が終わっていたり実写版ヤマトのDVDが発売されたりといろいろ慶事が重なった記念になりました。
さて、今回も復活篇の裏ストーリーです。星間連合との決戦に臨む地球艦隊の留守に、アマール本星へ奇襲をしかけようとする星間連合艦隊の別働隊。それを阻止せんと防衛戦を張る『シナノ』以下本土防衛艦隊。今回は艦隊陣形や戦術も考慮に入れて書いてみましたが、いかがでしょうか。
それでは、次回はPV45000になったらお会いしましょう。



[24756] 外伝3―紡がれるかもしれない未来―【お盆&もうすぐPV45000突破記念】
Name: 夏月◆be557d41 ID:7a1db3eb
Date: 2011/08/17 20:13
2220年 4月5日 惑星「アマール」周回軌道上


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトpart2」より《彗星帝国艦隊出撃!》】


恭介side


虚空を波立たせて現れた巨大な構造物が、第三戦隊の上空を航過していく。
巨人が両手を広げているような、あるいは巨大な十字架のような、ガンメタルに輝く鋼鉄色の艦が、我々など気にも止めていないかのように堂々とした様子で壊滅した敵艦隊に近づいてくる。
と、呆気にとられている場合じゃない。敵の増援が来たというのなら、やる事は決まっている。


「第一、第二戦隊はこのまま単横陣で退避を続けろ。第三戦隊、波動砲のチャージが完了次第発射。加藤小隊、坂本小隊、椎名小隊は各戦隊の直掩にあたれ。山木小隊、小川小隊は直ちに帰還して弾薬の補充を受けろ!笹原、下層の発艦用甲板も使って回収する。2分後に気密シャッターを開け。」


呆然とする場を南部艦長の矢継ぎ早の指示が飛ぶ。通信班長の庄田有紀が我に返った様子で第二戦隊と第三戦隊に連絡をする。戦闘班長の遠山健吾が無線を右手に爆弾を落として身軽になったコスモパルサー隊へ帰還を命じる。

俺は既に、ダメコン班のうち半数を飛行科の増援に向かわせている。
今までの経験からして、唐突に表れた敵の大型艦は、どう見ても今までの敵より強大だ。
ならば、敵が攻撃をしてくる前にこちらも総攻撃の準備をしておかなくてはならない。
重爆撃隊を一度回収して、再度の出撃に備えるのだ。
50機が矢継ぎ早に着艦してくるなら、着艦誘導に修理、燃料の補給と弾薬の再装填に飛行科がかかりっきりになることは目に見えている。
なら、補助・サポートに入る人間は絶対に必要だ。

幸いこちらはいまだ一切被害を被っていないから、現状でダメコン班に喫緊の仕事はない。
全員は無理でも半分くらいなら大丈夫だと判断して、技術班長としての判断で応援にやることにした。
やがて、敵の艦型を照合していた泉宮が自席のモニターから顔を外す。


「敵増援はSUSのマヤ型移動要塞と判明!データをメインパネルに出します!」


窓ガラスの上の大型モニター画面が二分割され、右側にマヤ型要塞の諸元が映る。
十字架状の艦体に、十字に並べられた主砲・副砲群。
後背部には艦載機発進サイロが多数配置されており、単艦で一艦隊規模の戦力を有しているであろうことが容易に推測できる。
その大きさ、戦闘能力、まさに要塞。

――――――宇宙要塞。

思い出される映像。
思い出される経験。
『ヤマト』の経験と『シナノ』の経験を組み合わせると、もしかしてこいつは――――――。


「艦長。」


椅子ごと振り向いて、南部さんに強い視線を向ける。


「分かっている、技師長。だが、それは艦載機の回収を完了させてからだ。それに、第三戦隊だけで話が済むならそれに越したことはない。まずは、事前の作戦通りにやってみよう。」


頷いて意を汲んでくれた南部さんは、二つの命令を出した。


「庄田、『フジ』に通達。『本艦は艦載機収容の為、一時戦列を離脱する。第一戦隊の指揮を執れ』。機関班、いつでも波動砲を撃てるように準備しておけ。」


何故かを問わず、ただ「了解」と頷いて作業に移る庄田と赤城機関班長。


「しかし、そうなると波動カートリッジ弾が使えないのは痛いですね。波動エネルギー弾道弾はヤマトが持っていっちゃいましたし。」


「いや、実体弾が効果あるかも分からないからな。」


「波動砲も実体弾も使えないとなったら、俺達には手が負えないですなぁ。」


深刻な状況を世間話のように軽く話す俺と南部艦長。
その様子を遠山が呆気にとられた顔で見ている。


「あの~、艦長も技師長も、何故そんなに余裕あるんでしょうか?」


「あ、私も思いました。お二人とも、余裕があるだけじゃなくて仲いいですよね。」


「そうそう!泰然自若と言いますかぁ、腹が据わっていると言いますか。やっぱり、実戦経験の違いですかね~。」


佐藤も泉宮も、視線をパネルから外さずに会話に参加する。


「そりゃ、15年の長い付き合いですからねぇ。」


「俺は『シナノ』も篠田も信頼してるからな。篠田とは『シナノ』を造る前からの知り合いだし。」


「またまたぁ、それだけじゃないんでしょう?」


ちょっと待て庄田よ、なんだその良く分からない茶々の入れ方は。


「15年も同じ艦にいるんですよ~。そんな、ただの仲良しで済むわけないですって。」


「えぇ~、まさか、まさかなの?」


「艦長が責めかしら?」


「そりゃそうよ、先輩だもん。」


「何言ってんの真貴。強気受けって可能性もあるわよ?」


「「「キャ―――――!!副長×艦長!?」」」


「佐藤、泉宮、庄田。お前ら後で艦内の洗濯物全部担当な。」


「「「ええ~~~!?副長ひど―――い!」」」


「遠山、笹原。お前らは3人を止めなかったから後でパンツ一丁で艦内一周だ。艦長命令だ、拒否は許さん。」


「「ええ~~~~~!?横暴っすよそれ―――!!!」」


命のやり取りをしているとは思えない会話が、この瞬間だけは広がっていた。


「・・・南部さんも、年をとって丸くなったもんだなぁ。」


かつての南部を知っている赤城大六が苦笑いしながらぼそりと呟いたが、それが南部に聞かれることは無かった。



第二戦隊旗艦『ヴィクトリア』艦長side


第一・第二戦隊が一目散に避退する間に、マヤ型移動要塞が星間連合艦隊の墓場と化した宙域に接近する。


「第二戦隊、取り舵90度。単縦陣に移行。」


右向きのGがかかって艦が左へ旋回すると、第一艦橋左舷に巨大な鉄色の艦が映り込む。
高さ1キロはあろうかという要塞は、真横から見ると聳え立つ一枚の壁に見える。
第二戦隊と反航する針路をとる敵移動要塞は、すぐに艦橋からは見えなくなる。メインパネルに視線を戻した。

手元のパネルには艦後部に設置されたカメラの映像が映っており、一斉転舵によって単縦陣に移行した各艦が、隊列の微調整のためにスラスターを噴かしているのがわかる。
失敗を誤魔化しているような気がして、少々見苦しい。
かつて戦艦が海に浮かんでいたころの艦隊運動は、先行する艦の航跡を綺麗になぞるほどの精密さであったという。
にわか作りの戦隊ということもあるが、やはり錬度の低さというものが艦隊運動に如実に現れていた。


「第三戦隊より警告。波動砲、発射します!」


ネガティブに偏っていた意識を引き剥がすように、通信班長が報告を飛ばす。
慌ててゴーグルをかけるように命じる。

その直後、左舷前方下方、ゴーグル越しに青い閃光が目を射抜いた。
8隻のスーパーアンドロメダ級の偶数番艦が、拡散波動砲を発射したのだ。
2本一組の波動バースト流が4筋、追いかけるように敵要塞に迫る。
敵は避ける素振りを見せない。
今度は一斉射目と違って4筋8本が敵要塞の手前で一点に交わり、極大の彼岸花を咲かせた。
『マヤ』を丸ごと包み込むように青い光跡を引いて、散弾が次々とマヤを襲う。

しかし―――



「なっ・・・・・・!?」


「波動砲が――――効かない!?」


「まさか、無効化されたの・・・?」


次々に唖然とした声が漏れる。
私も、声にこそ出さなかったが眼前で起こった事が信じられなかった。
『マヤ』に子弾が命中した瞬間、瀑布が滝壺に落ちた瞬間のように激しく飛沫を上げて跳ね返り、霧散してしまったのだ。

子弾が次々と命中しては霧と姿を変え、マヤの後背を煙だらけにする。
地球防衛軍最強の兵器を受けてもどこ吹く風、マヤは悠然として直進を続けた。
まもなく、煙と化したタキオン粒子を靡かせたマヤが、鉄色の艦体を薄灰色に染めて残骸だらけの宙域に到達する。
既に波動バリアは効果を失って消えてしまっていた。


「レーダーが、敵要塞の航跡に多数のエネルギー―反応を確認!」


「煙で何も見えないな…」


「どういうこと?機雷を撒かれたとでもいうの?」


「いえ、違います!これは・・・艦載機です!敵要塞から、艦載機が射出されています!!」


パネルがチェンジし、赤外線によるスキャンがされる。
確かに、艦の後背部から次々に打ち出されている物があった。シルエットは、ヤマトからデータで送られて判明しているSUSの爆撃機に間違いなかった。


「なんてこと・・・!第二戦隊、ソリッド隊形!本艦を中心に防空陣を形成するのよ!対空戦闘用意!各個に対空戦闘始め!」


慌てて、対空防御に適した陣形への変更を命じる。
スラスターが煌めいて艦が減速し、後続艦がそれぞれの位置へと移動していく。
二番艦が本艦の七時半上方へ、三番艦が二時半下方。四番艦が四時半上方、五番艦が十時半下方。六番艦は五番艦の真上。七番艦は四番艦の真下。八番艦が三番艦の真上にそれぞれ占位する。本来なら九番艦が二番艦の真下に就くのだが、残念ながら第二戦隊は八隻しかいない。

しかし、この陣形変更がまずかったのかもしれない。
相次ぐ陣形変更の為に艦隊が減速している間に、SUS艦載機が攻撃態勢を整えて煙から飛び出して来たのだ。
戦斧のような造形の漆黒の機体が、艦隊の左舷下方から、駆けあがるように迫ってくる。
対空ミサイルの発射準備はまだ整っていない。
艦隊の左側に向かっている3艦が独断で、艦橋下の無砲身パルスレーザーの射界に敵を収めようと、艦体を左に傾ける。
しかし、この行動は所定位置に移動中の艦を直進に走らせてしまい、密集隊形になるはずの艦隊が逆に拡散していってしまう。


「まずい。このままでは・・・・!」


先の護衛戦の悪夢を思い出す。
あの戦いは、陣形形成ができていない艦隊がまともな戦闘ができないことを、身を以て知った。
前後左右上下の6方向から敵機が三次元に襲ってくる宇宙空間の対空戦闘は、全方向に対応できる陣形でないとあっというまに防空網の隙を突かれてしまう。
ただでさえ第二戦隊は九番艦が欠けていて対空火力が不足しているのに、このまま各艦が孤立してしまったら、各個撃破されてしまう・・・!


「紫雲隊、吶喊します!」


レーダー班の報告に、はっとして手元のディスプレイを見る。
敵艦載機隊の真横から、味方のアイコンが高速で迫っていた。


【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト完結編」より《FIGHT!コスモタイガーⅡ》】



ファルコン隊隊長 加藤四郎side



第二戦隊の戦術空中哨戒を担当していたのは、加藤四郎率いる20機の紫雲だった。


「ファルコン1より各機へ。全機、攻撃開始!エレメントを崩すなよ!」


『了解!!』


マイクに声を叩き付けるようにして、命令を下す。
揮下の18機が、攻撃開始の命を受けて、2機一組になって左右に散開する。
自機の左後方には、自分とエレメントを組む2番機だけが残った。


「行くぞ高岡!ついてこい!」


『Roger that!』


スロットルを一気に押し上げ、ミリタリーレベルにまで加速する。
速度計の数値がめまぐるしく表記を変えていくのを視界に入れつつ、加藤は左から右に通り過ぎようとする敵艦載機をにらみつけた。
黒を基調としたカラーに、赤のスリットが鈍く光る。SUSの爆撃機に間違いなかった。
航空力学を無視したデザイン。宇宙空間ならともかく、ヤマトの報告によると、この爆撃機はアマール首都を空襲する為に大気圏内を飛翔していたというから驚きだ。ヤマトの対空ミサイルであっさりと殲滅されたのも納得のいく話だ。
第二戦隊へ向かう機数は30~40機程度。数としてはこちらの方が圧倒的に不利だが、魚雷を投下して身軽になった紫雲の敵ではないと確信していた。

20機の紫雲は2機ずつウェルデッド・ウィングと呼ばれる密集隊形を成しつつ、一心不乱に敵機に迫る。
遅ればせながらこちらの存在に気づいたのであろう、敵の集団に乱れが生じる。集団の前半分が機体を翻してくる。
アマールからもたらされた情報によると、SUSの航空機も地球防衛軍と同様に、戦闘機と爆撃機の機体性能上の区分はあまりないらしい。つまり、見分けこそつかないが、こちらの迎撃に向かってくる機体は護衛戦闘機という事になる。
旋回を終えたSUS戦闘機が、真正面から向き合う。
互いの戦闘機が、正々堂々と槍を繰り出す形になった。


「各機、向かってくる戦闘機にはミサイルで早々に御帰り願え!一刻も早く爆撃機隊にとりつくぞ!」


『了解!』


HUDの中を、ターゲット・ピパーが敵を求めてフラフラと動き回る。
ピパーが敵と重なった瞬間、target lockの表示と共にピパーが敵機にしっかりと張り付く。


「ターゲット、ロック。ミサイル発射!」


握っている操縦桿の頂部、黒いボタンを2度、しっかりと押した。
その刹那、折りたたまれた主翼からコクピットに僅かな振動が伝わる。
ロケットに点火されたミサイルがキャノピーの上をあっという間に通り過ぎ、安定翼を出してフルスピードで機体を離れたのだ。
白煙を引いて、三角柱の形をした2発のミサイルが飛んでいく。

「発射!発射!11時から1時方向にミサイルの発射を多数確認!」

高岡がひきつった声で叫ぶ。
敵も、ノズルの両脇から杭のような形状をしたミサイルを放ってきたのだ。
互いの殺意が具現化したミサイルがすれ違う。
ミサイルを撃った直後、俺は操縦桿を勢いよく左へ倒した。
翼端のスラスターが煌めくと、突きあげられるように右翼が跳ね上がり、左翼がアマールの青い海を指す。
倒した右手を少し戻しつつ、手前に引く動きも加える。操縦桿を左手前に引く格好だ。

ヴ――ッ    ヴ――ッ   ヴ――ッ  ヴ――ッ ヴ――ッ、ヴ――ッ、ヴ―ッ、ブ―ッ、


機体は鋭い動きで左上方へと旋回し続ける。いわゆる、バレルロールと呼ばれる戦術空中機動だ。
キャノピーの天井越しにアマールの雲が見えた瞬間、機体の20メートルほど左を白煙が通り過ぎていった。
敵のミサイルは、数瞬前まで自分がいたところを貫いたのだ。
バレルロールを中止し、その場でのロールを行って態勢を整える。機体の進行方向は先程より20度ほど左にずれていた。
自分が放ったミサイルの行く末を確認するために、一瞬だけ視線を手前のディスプレイに移した。
自機から見て30度の方角、敵機が左旋回して逃げようとしているのをミサイルがターゲットの進路を予測して最短距離で追尾している。
視線と機体を敵機の方へ向けると、今まさに戦闘機が被弾するところだった。
ノズル部分に立て続けにミサイルが命中する。
被弾箇所から破片を大量にばら撒きながら、機体カラーにそっくりな黒煙と炎を振り乱して敵機は回転する。爆散とまではいかなかったが、無力化できたことは間違いないだろう。

ヴ―――ッ、ヴ――ッ、ヴ―ッ、ヴ―ッ、ヴッ、ヴッ、ヴヴヴヴヴヴ――ッ!!

唐突に緊急警報インジケーターが点滅し、警報音が耳をつんざく。
反射的に湧き上がる恐怖心とともに正面を向くと、既にミサイルが眼前に迫っていた。


「・・・・・・ッ!!」


避けるのは無理と直感的に判断し、咄嗟に右手の人差し指を強く引く。
機首と胴体に搭載された8門の無砲身パルスレーザーと主翼端の6門の長砲身パルスレーザーが、地吹雪さながら猛烈にミサイルに襲いかかる。
敵が放った鋼鉄の杭が視界いっぱいに広がったところで、大小14門の火箭に絡めとられたミサイルが爆散した。
機関砲を撃ち続けながら煙や破片を突っ切ると、黒い機体が2つ、射線を避けるように上昇するのが見えた。
ミサイルを撃ってきたのはあいつか。至近距離から撃ってきたから、警報が遅れたのだろう。
持ち前の旋回性能をフル活用して、こちらも発砲しながら急上昇をかける。
真上からのしかかるGに歯を食いしばりつつ、敵機を追い求めて操縦桿を微調整する。
縦に薙いだビーム光が、宇宙をはためく旗となって顕現した。
遅れて上昇していた二番機のどてっ腹に、これでもかというくらいに青い焔が突き刺さった。


「ファルコン2、ミサイル発射!」


オーバーキルで文字通り木っ端微塵に砕け散った敵2番機を尻目にそのまま1番機に狙いを移そうとしたところで、ウィングマンを務める高岡の声が聞こえる。
自機の頭上を通り過ぎていったミサイルが曲がりくねった白煙の柱を靡かせながら、敵機のコクピットを下からアッパーカットのように貫いた。


「ファルコン2、1機撃墜。」

「ふぅ―――――・・・・・・。ファルコン1、2機撃墜。」


咄嗟に止めていた息をゆっくりと吐き出し、かつては幾度となく言ってきた言葉をマイクに吹きこむ。
パイロットとしては何年も前に第一線を退いていたが、久々に戦闘の最前線に躍り出ると、昔のカンが蘇ってくる。

『ファルコン3、1機撃墜!』

『ファルコン11、2機撃墜!敵爆撃機へ向かいます!』

インコムから味方機からも戦果が報告される。
勿論、良い報告だけが入ってくるわけでもない。

『ファルコン5、ミサイル外れた!インファイトに移行する!村田、援護しろ!シザーズだ!』

『ファルコン6、コピー。』

『2機に食いつかれている!7時方向から2機だ!』


「待ってろ、今片付けてやる!」


互いにミサイルを当てられなかったコスモパルサーと敵機は、絡み合うように近接戦闘へと移行する。


『メーデーメーデー!ファルコン4、左翼にミサイル被弾!操縦不能!』

『脱出しろ、大池!』

『ダメです!機体の回転が止まらない!』

『このままだと大気圏に引き込まれるぞ!いいからシュートしろ!』

『い、行きます!うわああああぁぁぁ!!!』

ミサイルを避けきれなかった紫雲が、翼をもがれた鳥がもがくように不規則な回転をしながら戦場から離れていく。
大池が無事脱出したか確認したかったが、細長いキャノピーの視界からすぐに外れてしまう。
部下の安否が気になるが、今は後ろを振り向いていられない。
紫雲隊を突きぬけた敵編隊は、四方八方に分散して旋回していた。SUS戦闘機のスリットから漏れる赤い光が、漆黒の宇宙に残像を残している。
敵護衛戦闘機の防衛網を突破した以上、すれ違った戦闘機が旋回して背後から迫ってくる前に、第二戦隊に襲いかかる敵爆撃機を1機でも多く、一瞬でも早く落さなければならない。

レーダースクリーンを確認する。
針路10度に敵爆撃機が21機。パルスレーザーの射程にはまだまだ遠い。
敵に最短距離で迫るべく、機体を気持ち手前に引きつけた。






あとがき


あれ、旧式戦艦が出てこない・・・。
と思われた方々、こんばんわ。ザクより旧ザクが好きな夏月です。
まだPV45000には届いていませんが、外伝の方が本編より先に仕上がってしまったので投稿いたします。

今回は、マヤの改修艦(艦名募集中)と彩雲・紫雲を登場させてみました。HYPER WEAPON2009を購入された方は御存じかと思いますが、彩雲・紫雲は復活篇の未登場兵器でして、どちらもコスモパルサーの拡張プランのひとつ。紫雲はスーパーアンドロメダ級に搭載されていたという裏設定があるそうです。せっかくスーパーアンドロメダ級と組んでいるんだし、未登場兵器を活躍させて供養させてあげるのも二次創作の魅力かと思い、今回の登場となりました。
マヤの改修艦については、完全にオリ艦です。コンセプトは自動惑星ゴルバそのまんま。単艦で星ひとつを制圧できるように造られたので、ゴルイ艦の突攻で沈むようなヤワな装甲はしていません。

また、本稿では戦隊ごとに異なる艦隊陣形を取らせました。PS2三部作で設定されているものに則って、第一戦隊を砲撃戦に有利な直列陣形、第二戦隊を波動砲戦用のマルチ隊形、第三戦隊を対空戦闘に適したソリッド隊形に組ませてみました。

次回は地球連邦軍のターン、次々回はSUS軍のターンの攻撃を描写してみようかと思います。旧型戦艦については・・・その次か、次ぐらいかなぁ。
それでは今後も、外伝及び本編をよろしくお願い致します。


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