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2008-09-24

ぼくがぼくを助けてきた7つの方法

id:Blue-Periodさんが元気がないようだ。

Blue-Periodさんはぼくのブログに何度も真摯なブックマークコメントをくれた方だ。そのコメントに、ぼくは何度も勇気づけられた。また大きな刺激ももらった。彼のコメントがきっかけになって生まれたエントリーもいくつかあった。


ぼくは、人を元気にしたいという気持ちを持っている。ぼくの書くものが、誰かの楽しい人生に必要な活力を提供できるならば、それはとても素敵なことだ。

と言っても、人間が人間にできることなど限られているとも思っている。と言うより、ないに等しい。人間は人間を助けることはできない、というのがぼくの考え方だ。また、人が人を助けようと思うのはおこがましい、とさえ思っている。


手塚治虫の「ブラック・ジャック」に出てくる有名な台詞で「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」というのがある。これは、患者を死なせてしまったことを悔やむブラック・ジャックに、彼の恩師である本間丈太郎が語りかける言葉だ。

これは本当の名言だと思う。そして、医療にだけ当てはまる言葉ではないと思う。

ぼくも、かつては人を助けたいと願っていたことがあった。しかしそこで思い知らされたのは、それはとんでもない思い上がりであったということだ。誰かを助けようなどと思うのは(あるいは助けられると思うのは)「おこがましい」のである。それは人間のおこがましい思い上がりに過ぎない。人間を助けるのは、結局その人自身でしかないのだ。他人にできることなど何もないのだ。

そのことを痛感してから、ぼくは誰かを助けたいと思う気持ちを捨てた。そうして今日まで生きてきた。


だからぼくは、誰かが元気がないからといって、その人を助けようとは思わない。その人を助けるのはその人自身でしかない。ぼくには誰も助けることができない。


そんなぼくにできることは、ぼく自身を助けることだけだ。ぼくにもこれまで、幾度かの試練があった。生きてきた道筋の中で、幾度か壁に突き当たった時があった。

そうした時に、ぼくがしたのは「自分を助ける」ということだった。もちろん、人に助けられたこともある。いろんな人に助けられたし、いろんな人のお世話にもなった。それでも、一つ確実に言えるのは、そうした人たちの助けも、ぼくの――ぼく自身の――助けがなければ、ぼくには届かなかっただろうということだ。「天は自らを助くる者を助く」というが、この言葉は存外に重い。これまで生きてきた道筋の中で、ぼくはそのことを知った。


そこでここでは、これまでぼくがぼくを助けてきた7つの方法を書いてみたい。ぼくはこういうふうにして自分を助けてきた。こういうふうに自分に助けられてきた。こういうふうに自分を助け、また助けられたことで、今日まで生きてくることができたのである。


自分を助ける方法


その1「歩く」

ぼくが歩き始めたのは比較的単純な理由で、芽が出る前のコナン・ドイルが、一人悶々として寝付けない夜、あてどもなく彷徨い歩いたという話を聞いたからだ。それから、歩くことは脳を活性化するという話も聞いた。脳というのは、歩いているとよく働くというのだ。だから「シャーロック・ホームズ」でホームズが推理する場面になるとうろうろ歩き回るのは、非常に説得力があるのだということだった。

それ以来、ぼくは散歩を信奉するようになった。今では立派な散歩信者である。ぼくは毎週、週末になると散歩をしている。しかし取り分け苦しい時代には、平日の夜も散歩をした。1時間でも2時間でも、夜の夜中に近所をうろうろと歩き回ったものだ。

歩くと頭がすっきりし、また適度に疲れるのでよく眠れた。運動になるから健康にも良かった。散歩をすることで、ぼくはいつでも澱んだ自分を浄化したような心持ちになった。そうして心がとてもすっきりするのだ。そのすっきりとした心で、ぼくはいくらか元気を取り戻し、目の前に立ちはだかっていた試練にも立ち向かっていけたのだった。


その2「絵を描く」

ぼくにとっては絵を描くのも自分を助ける方法だ。絵を描くことそのものは特に好きでもないのだが、それだから良かったのかも知れない。ぼくは絵を描くという行為に本当に助けられた。

ぼくの場合、絵を描き始めるととたんにいろんな邪念が脳裏に浮かび上がってくるのである。悔しかったことや腹立たしかったこと、屈辱や苛立ちや執着や絶望が、次から次へといくつもいくつも浮かび上がってきて、身を引き裂かれそうになる。心が砕け散りそうになる。

その状態を、ぼくは「鬼が来る」と呼んでいた。いくつもの悪鬼たちが大挙して押し寄せ、ぼくの頭の中をぐちゃぐちゃにして暴れ回るからだ。

しかしそれでも我慢して描き続けていると、やがてそれらがスッと消えていく瞬間というのを味わえる。いつの間にか、さっきまでひしめき合ってた鬼たちが一匹たりとも見えなくなって、心の中がガランとした空洞になるのだ。

この状態がぼくは好きだった。この状態になると、もう何時間でも絵を描き続けることができた。どこまでも集中力が持続して、やがて無になることができた。本当に何も考えないでいることができた。心の中を、空っぽの空洞にすることができた。

この空っぽの空洞状態に、ぼくは本当に助けられた。絵を描き終わると、いつも心を浄化されたような、とてもすがすがしい気持ちを味わうことができた。これがなかったら、本当にぼくは悪鬼たちに押し潰されていたかも知れない。


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その3「物を捨てる」

これは引越をした時に見つけたことだった。

以前に、「部屋というのは、その人の心を写したものだ」という話を聞いたことがあった。すなわち、心の中がきれいなら部屋の中もきれいだが、心の中が汚いと部屋の中も汚いというのである。だから、部屋をきれいにすることによって、逆に心をきれいにすることもできる。部屋と心とはリンクしているので、無理矢理にでも部屋をきれいにすれば、それにつられて心もきれいになるということだった。

最初に聞いた時は、フーンと聞き流しがしていた。ぼくは、比較的きれい好きなので掃除はそれなりにしていたが、なにぶん物を捨てられない性分だったから、部屋はいつもごちゃごちゃとしていた。物が溢れかえって、風通しは全然良くなかった。

それを、引越を期に変えてみた。これまで捨てられなかった物たちを、一気に捨ててみたのである。

すると、驚くべきことが起こった。引越した瞬間に、いつの間にか心まで軽くなっていたのだ。

その時に、初めて気付いた。これまで物を捨てられなかったのは、ぼくに執着する心があったからなのだ。その執着する心が、ぼくに物を捨てさせなかったのである。

しかし物を捨てたことによって、その執着する心も捨てることができたのだった。引越をしたぼくは、自分でも驚くほど心が軽くなっていた。引越を期に、ぼくは物と同時に自分の執着する心までをも捨てることに成功したのである。

そうしてぼくは、上に引いた「部屋というのは、その人の心を写したものだ」という言葉を強く実感したのだった。引越を期に、物と同時に執着する心までをも捨てることのできたぼくは、とても元気になったのだった。


その4「歌を歌う」

もうどうしようもなく追い詰められた時、ぼくは歌を歌った。

歌う曲はだいたい決まっていた。追い詰められた時、ぼくは、ぼくにとって何よりも大切なその歌を、大声を出して歌うのだ。

歌うと言っても、カラオケボックスで歌うのではない。ぼくの場合は、車を運転しながら、カーステレオで再生したその歌を聞きながら、一人で、そして大声で、誰はばかることなく歌った。

そうしてぼくは、歌いながら泣いた。泣きながら、何度も何度もその歌を歌った。泣きながら歌ううちに、いつしか頭はぼうっとしてきた。それから全てがどうでも良いように感じられてきた。やがてヘトヘトに疲れ果てた。ヘトヘトに疲れ果てた頃合いで、ぼくは家へと辿り着くのだ。

そうしてそのまま、すぐに寝た。夢さえ見ずに、眠りに落ちた。それから再び起き出す頃には、ぼくは前よりちょっとだけ元気になっているのだった。


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その5「川へ行く」

川は、ぼくにとって全てのようなところがある。ぼくにとって川という存在はあまりにも大きい。ぼく自身が川であるという感覚を、ぼくはいつも抱いている。川には、自分自身の分身であるかのようなシンパシーをいつでも抱いでいる。

川へ行くだけで、ぼくは落ち着く。どんな時でも、ぼくは川を見ながら生きてきた。

川には、ぼくの好きなものの全てがある。川縁の土手が好きで、その上を走る遊歩道が好きで、遊歩道を歩く人たちが好きだ。

河川敷も好きだ。あの砂利のごろごろしているのが好きだし、護岸工事された白い大きなタイルも好きだ。あるいは、野球やサッカーをしているグラウンドもこの上なく好きである。

そして川そのものが過ぎだ。水の流れが好きだし、川縁に咲いている草花が好きだし、川の中を泳ぐ魚が好きだ。川の流れに沿って移りゆく景観や、川の上を吹き渡っていく風が好きだ。

さらには、なんと言っても川の上にかかった空が好きだ。中でも夕やけが好きだ。あの川の上に夕やけがかかって、太陽の光の反射が幾千もの宝石となってキラキラと瞬いているのが何にも増して好きである。

川は、そこにあるだけでぼくを元気にしてくれる。だからぼくは、自分を助けるためによく川に行く。


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その6「風呂に入る」

これもぼくがぼくを助けるためによくしていたことだ。

ぼくの風呂の入り方はこうだ。まずブックオフへ行く。そこで、興味のある古本(それはたいてい世界文学の文庫本だった)を1冊買ってくる。そうして風呂に入る。風呂に入りながら、その文庫本を読む。読みながら、時々休憩する。そうして、再び読む。

これはぼくにとって至福の瞬間だった。最高の娯楽だった。これ以上の娯楽を、ぼくは他に知らない。特に、冬の長風呂(と小説)は最高だった。この娯楽は、いつだってぼくに元気をくれた。それに何より良いのは、とても安上がりだということだ! その上、身体がきれいになるというオマケもついた。汗をかくから、ちょっとだけダイエットにもなった。そうして、風呂から上がった後はよく眠れた。

ぼくは、お風呂と小説とに本当に幾度となく助けられたのだった。


その7「空想の世界へ羽を広げる」

他の人はどうか知らないが、ぼくはいつも寝る前に必ず空想の世界へと羽を広げて羽ばたいた。

ぼくの見る空想はいつも一緒だ。それはとある高校野球部の物語だ。そこで野球部員たちは、美しい友情を育んでいる。美しい友情を育みながら、甲子園を目指していた。十数人の少年たちが、美しい友情を育みながら、一つのチームとして甲子園を目指しているのだ。

その少年たちのことを、いつも思った。その少年たちのできごとを空想した。その少年たちの会話を思い描いた。少年たちと監督のやり取りを思い描いた。

少年たちは、やがて甲子園へと勝ち進んだ。そこで、さまざまに不思議な体験を経ながら、さらに勝ち進んでいった。

そうして少年たちは、ついに決勝戦へと勝ち進んだ。そこで、彼らはとても美しい試合をくり広げた。チーム全員の心が一つになって、ある驚異的な物語を紡ぐに至った。彼らの成し遂げたことは、一つの伝説となっていつまでも語り継がれた。それから数年後、その伝説に憧れた次の世代が、再び甲子園に集まってくるのだった――

そんな空想を、ぼくはいつでも寝る前にくり広げるのだ。その空想の中に出てくる登場人物たちは、ぼくにとってはもう十年来の友であった。彼ら一人一人がぼくの心の中の住人だった。彼らはぼくの分身のようなものだった。彼ら一人一人がぼくであった。

彼らがいるから、ぼくは孤独ではなかった。どんなに追い詰められた状態でも、彼らの存在がぼくを勇気づけてくれるのだった。あるいは、ぼくの寂しさを慰めてくれるのだった。

彼らはぼくの元気の源だった。生活する中での、一番孤独な寝る直前のひとときを、彼らと一緒に過ごしてきたことで、ぼくの孤独はいつでも癒された。

そうしてやがて、ぼくは眠りへと誘われるのだった。それから朝が来ると、少しだけ元気を取り戻したぼくは、再び起き出して、その日一日を生きていこうとするのだった。


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