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特集ワイド:「6度目」は8日間で180キロ 菅さんのお遍路、同行記

宿に到着する直前、小学生らに出迎えられ、満面の笑みを浮かべる菅直人前首相=徳島県三好市で7日午後4時半
宿に到着する直前、小学生らに出迎えられ、満面の笑みを浮かべる菅直人前首相=徳島県三好市で7日午後4時半

 ◇歩けば頭の中カラッポ

 菅直人前首相(65)が四国霊場八十八カ所を巡る「お遍路」を再開した。このうち終盤の3日間、約40キロの道のりを歩いて同行し、菅さんの「胸中」に迫った。【大槻英二】

 ◇色紙には「草志」--30年前に自身で造語「原点」と

 ◇「不悪口、不悪口」--批判の声にも小沢元代表にも

 ◇「難しいんだ、あの立場って」--晩酌でポロリ

 「あっ、菅さんや! 総理大臣になる前の顔に戻っとる」「テレビで見るより、ずっと若いわ」。7日午前11時、愛媛県四国中央市の山あいにある六十五番札所三角寺(さんかくじ)の前。「同行二人」と書かれた菅笠(すげがさ)に白装束姿の菅さんが金剛づえをついて現れると、待ち受けていた参拝者や近所の人ら約30人がわあっと寄ってきた。

 6度目になる今回、菅さんは五十四番札所延命寺(愛媛県今治市)から七十番札所本山寺(香川県三豊市)までを巡り、約180キロを8日間かけて踏破した。

 この日は歩き始めてすでに6日目。手すりにつかまりながら、ゆっくり72段の石段を上がる。平らな道はスタスタと健脚だが、階段はつらそうだ。足をちょっぴり引きずっている。本堂と大師堂で、般若心経や真言などを唱えて合掌。今回の遍路では「東日本大震災からの復旧・復興、犠牲者の冥福、福島第1原発事故の収束を一番に祈っている」という。

 納経所で朱印をもらい、境内のベンチに腰かけると、求めに応じてサイン会が始まった。色紙には「草志」と書いた。「30年ぐらい前かな、私が造った言葉です。草の根の思いに立脚するというのが、私の原点だから」と菅さん。お接待でいただいた柿にかぶりつき、最後の一人まで笑顔で記念撮影や握手に応じる。まるで選挙運動のよう。50分後、寺を出発。ここから同行を始めた。

  ■

 菅さんは年金未加入問題で民主党代表を辞任した後の04年7月、「自分を見つめ直す」と頭を丸めて一番札所霊山寺(徳島県鳴門市)から歩き始め、08年7月までに五十三番札所円明寺(松山市)に到達。菅内閣不信任決議案が衆院本会議で否決された今年6月2日には、首相退陣後にお遍路を再開する考えを示していた。9月30日に臨時国会が閉幕したのを受け、今月1日に松山入りし、翌日、笠とつえを預けていた民宿から再開した。

 一行は案内役を買って出た地元の遍路2人が先導。菅さんにSP1人がつき、報道関係者数人がゾロゾロついてゆく。歩きながらの雑談には気軽に応じるものの、「東北へ行かずに、なぜいま四国なのか批判する声もあるが」と問うと、「そう? 私には聞こえてこないなあ」。

 小沢一郎民主党元代表の初公判についてコメントを求めると、「きょうは天気がいいね」とはぐらかし、遍路の心構え「十善戒」の「不悪口(ふあっく)(悪口を言わないこと)、不悪口」とつぶやいたりして口をつぐむ。「歩いているときは、ややこしいことなんか考えられないから、頭の中はカラッポだよ。その後に、何かがすうっと入ってくるわけで」と歩き遍路の境地を説いた。

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 同行2日目の8日。讃岐(香川県)に入る。八十八カ所の中で最も高い標高911メートルにある六十六番札所雲辺寺(徳島県三好市)を経て、ふもとの六十七番札所大興寺(香川県三豊市)に。最後の夜は大興寺の近くの「民宿おおひら」で迎えた。このあたりは故大平正芳元首相の地元だ。

 食堂の片隅で弁当を食べていると、晩酌のビールを飲んでいた菅さんから「一杯、どうだい」と声がかかった。ここから一般のお遍路さんも交え、約3時間に及ぶ「懇談会」が始まった。

 「今は不悪口だから、こんなことは言っちゃいけないんだけど」と自制しつつも、「例えば、ストレステスト(原発再稼働の前提となる国の安全評価)の話があったじゃない。『思いつき』だったら、しない方がいいのか」。首相在任中、政策の中身への評価より、レッテル貼りありきで報じられたとして、メディアへの不満を口にした。

 ビールから日本酒に切り替える。お遍路さんから「菅さんにはもっと続けてほしかった。役人の言うことを聞かずにやっちゃうところがすごい」と水を向けられると、「こう言ってくれる人もいるのにね」とニコニコ。「原発が止まった時に電力が足りないと言うから、経済産業省に資料を持ってこいと言ったら、3回呼んでも、俺の納得できるものを持ってこなかった。揚水発電所の発電量が少ないのはなぜかと聞いたら、『渇水の時期ですから』って言う。揚水発電というのは夜間に余剰電力で水をくみ上げて、昼間に発電するんだよ。渇水はそれほど関係ない。なめてるだろ。そのとき、俺が黙ってああそうですかって言うと思う?」。やっぱり、官僚を怒鳴りつけていたんだ。

 話題は安全神話を作りあげた「原子力ムラ」に及び、原発事故について「いま検証しているけど、残念ながら3・11以前の準備がまったくできていなかった。(外部電源喪失は)想定外なんかじゃない。昨日まで自民党がやってたからなんて、さすがに言えない。みんな総理大臣になりたがるけど、なった途端、全部自分の部下(責任)だからね。意外と難しいんだ、あの立場っていうのは」としんみり。

 野田佳彦内閣については「俺は(菅内閣の閣僚のうち)2人だけは残してもらいたいと思っていた。細野(豪志原発事故担当相)と平野(達男復興担当相)。そのことは野田には直接、言わなかったんだけど。みんなよくやってるよ」と評価。「あの人も……」とさらに話を続けようとしたところで、秘書が持っていた地図をレッドカードに見立てて制止した。

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 翌9日は二日酔いで予定を1時間遅らせ、午前8時に出発。午後0時15分、本山寺に着き、今回の遍路旅を区切った。結願(けちがん)の八十八番札所大窪寺(香川県さぬき市)まではあと5日もあれば歩ける距離だが、「次にいつ来られるか、先のことはわからないよ。ヨメさん(伸子夫人)も一度歩きたいと言っているし、今度は連れてくるかな」と菅さん。

 八十八カ所を91回巡拝した経験をもち、途中から菅さんに同行した四国中央市の農業、河村将文さん(54)は「車に乗るようなことがあったら、そういうことはされないほうがと言おうと思っていたが、本当に自分の足で歩き通したのには感心した。まあ、誰が首相をやっても、難しい時期だったんじゃないかな」。

 四国の人たちはお遍路さんに寛容だが、これで震災犠牲者の霊は慰められたのか。菅さんの今後に注目したい。

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ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2011年10月12日 東京夕刊

 
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