1.本の選び方


 数学の参考書・問題集を選ぶときは,本屋さんに行くとき,本屋さんで本をみるとき,本屋さんから帰ってから何を考えればよいかということに対応して
  1) 自分の学習の目的は何か?
  2) 本の内容に問題点はないか?
  3) どのように本を使うか?
の3点が重要になります.受験生の間で「良い本」だと定評があるからといって,必ずしも間違ったことが書かれていないとは限らないし,自分の目的に適しているとも限りません.さらに,せっかく良い本であっても使い方を間違っては意味がありません.
 以下,学習の目的に応じた本の選び方の注意点をあげておきたいと思います.

● 独学用の参考書・問題集

 独学するときに重要なのは,当然のことながら自分一人で読み切ることができるように理論全体がコンパクトにまとまっていることです.そのための条件は

   a) 量的にそれほど多くない
   b) 基本的なことがしっかりと書かれている
   c) 解説に対応した問題が出ている.(解説の後にすぐ問題があるのが望ましい)

ということになりますが,これらの条件を満たし,解説のしっかりした本は,教科書以外には高校数学全範囲を網羅するものではいまのところないと思います.(教科書としては東京書籍のものが最もオーソドックスです.) 一昔前には
   矢野健太郎 「解法の手引きシリーズ」 (科学振興社)
があったのですが,残念ながら現在では新版になってしまい書式さえ変わってしまいました.解説が比較的しっかりしているという点では
     「大学への数学シリーズ」(研文書院)
     「大学への数学ニューアプローチシリーズ」 (研文書院)
がありますが,独学は少し難しいような気がします.
 数学I・II・A・Bの範囲で,独習用に使える比較的解説のしっかりした基礎的な問題集としては
     「分野別数学レッスンシリーズ」(旺文社)
が最も良い問題集だと思います.
     「「JUST 50シリーズ」(駿台文庫)
も悪くないとは思いますが,論点もれが割とあるので,上記「レッスンシリーズ」の方ばベターだと思います.
 数理科学研究会の「講義録」も授業の参考書用としてつくったものですから,独学には内容が多すぎるのではないかと思います.


● 問題演習用の参考書・問題集

 問題演習にもいろいろな目的がありますが,最近の参考書・問題集は基本的な問題から難問題まで巾広く問題を集めたものばかりで,「計算練習」をするには難しく,「応用演習」をするためには論点不足なものになってしまっています.問題演習用の本を選ぶときにまず第1に重要なことは「問題レベルが一定の本」を選ぶことだと思います.
 次に,「解答」の質という問題もあります.解答にもいろいろありますが,重要なこととしては,
   a) 解答が詳しいかどうか
   b) 解答はどのレベルで書かれているか
   c) 解答に変なくせ,間違った説明はないか.間違った動機が書かれていないか
ということがあります.よく「解答は詳しい方がよい」 という人がいますが,それは目的次第です.むしろ,基礎的な内容を学ぶ段階では解答に変なくせがないかどうかの方がよっぽど重要だと思います.これらの点については,信頼できる指導者に質問しなければわからないと思います.
  数理科学研究会がおすすめするものとしては,計算練習用には数理研の宿題がよいと思います.次に基礎的な問題練習には「分野別数学レッスンシリーズ」(旺文社),「JUST 50シリーズ」(駿台文庫)が変なくせがなくてよいと思います.


● 復習用参考書

 授業や問題文をみて,用語の意味を忘れてしまっていたり,定理を確認する必要があることは多いと思います.そのような目的のためには
     「大学への数学シリーズ」(研文書院)
     「同ニューアプローチシリーズ」 (研文書院)
が最適だと思います.授業のときのように「定理の必要性」の説明などは書かれていませんが,丁寧に書かれていて,数理科学研究会 の授業の復習には最も適した本だと思います.ただし,このシリーズには
    1) 問題数が不足している
    2) 解説と問題が分離している
などの欠点もあるので,予習や自習にはあまり向いていないと思います.


2.参考書・問題集の使い方


 どんなに良い本も使い方を誤れば意味がありません.普通の本にも精読するものとざっと読めるものがあるように,問題演習にも目的に応じていくつかの方法があります.実際に,数学が得意な人と苦手な人を較べてみると,数学の本の読み方が全くちがって見えます.きちんとした読み方で本を読む習慣をつけてほしいと思います.


● 計算練習をするとき

 正確さだけでなくスピードを速くするために,数題ずつで休んだりせずに,集中して1度に100題程を考えないでもできるように演習しておく必要があります.

● 計算練習をするとき

 数学の理論の説明を理解するために重要なのは,「じっくりと腰をすえて読む」,「1度に1つの理論全部を読む」の2つです.そして,全体像がおぼろげに理解できたら,今度はもう1度細部に注意して読んでみる.これには根気と集中力が必要ですが,この方法が最も良い方法だと思います.
 数学が苦手な人を見ていると,「とにかく全部読めばよい」という感じでざっと読んでしまっている人が多いようですが,これだけで終わってしまっては1番いみのない読み方です.数学の理論というのは,すべて何も見ないで自分で説明できるようにするのが当然だと思って勉強する必要があります.

● 問題を解いて答を読むとき

  問題を解いただけで終わってしまっては問題を解く意味がありません.問題を解けたら,「解答の細部をチェックすること」と「解答全体を段落にわけて全体の流れ」を確認することや,問題文のどこに「問題を解くキーがあるのかということを徹底して確認すること」が重要です.つまり,同じような問題がでたら必ず解けるようにしておくことやその問題の存在意義を確認する必要があるわけです.本を閉じたら忘れてしまうなんていうのは勉強したことになりません.本を閉じたときにすでにわからくなりかけているのでは翌日おぼえているはずはありません.

● 問題が解けないとき

  興味がある問題ならばじっくりと考えるのが最もよい方法でしょう.しかし,たいていの場合は解答をじっくりと読み,もう1度本を閉じて答を書いてみて,ちゃんと書けるようになるまでこれを繰り返すことが重要です.初学者のうちは「解けるか解けないか」ということよりも,1つ1つの問題から「何を得ることができるか」の方がよっぽど重要ですから,とにかく1つ1つの問題を丁寧に理解していくことを心がけて下さい.


.有名な参考書・問題集の評価

 本を選ぶときに,表紙のデザインやページレイアウト・書式,フォント(文字のデザイン)などで選んでしまう人もいると思いますが,当然のことながら最も重要なのは「内容」です.しかし,「内容」こそが,初学者の最も判断しにくいものでもあります.
 ここでは,数理科学研究会の基礎的な参考書・問題集に対する評価をあげておきたいと思います.

(注) 特にお薦めする本には◎をつけてあります.

● 教科書

  教科書といってもいろいろな出版社からいろいろなものが出ているし,時代とともに大きく変化しています.最近の教科書は参考書・問題集化していて,20年程前の教科書とは大きく変わっています.むかしの教科書は,内容は現在とほとんど変わりませんが,例題・問題といったものはほとんどなく,「理論の流れ」がよくわかるように書かれているもので,一気に「読める」ものでしたが,最近の教科書は「読める」という感じのものではなく,基本的な問題の解き方ばかりがかかれているものが多いように感じます.数年前,生徒に「昔の教科書」をコピーして渡したところ,「こんなにわかりやすいのは見たことがないけど,一体何の本なのですか?」と質問されたことがあります.逆に言えば,今の教科書はそれのくらいわかりにくいものになっているのかもしれません.
 しかし,参考書に較べるとコンパクトにまとまっているものも多いと思うので,一気にざっと読むにはよいものと思います.最もオーソドックスなものは「東京書籍」のもので,もっとも変わっている(ゆえに面白いという面もある)のは「三省堂」だと思います.数理科学研究会としては「東京書籍」のものを推薦したいと思います.また,興味がある人はむかしの教科書を探してみるとよいかもしれません.

● 「分野別数学レッスン」シリーズ(旺文社) ◎

 おそらく「マニア」しか知らないような本だと思いますが,非常にオーソドックスな上に,基礎的な問題を網羅している感があって,素晴らしい本だと思います.さらに,1冊ずつは非常に薄いので独学する人にも読みきりやすい本だと思います.
 旧版の矢野健太郎先生のかかれた「解法の手引き」(科学振興社)なきあと,最も良いシリーズの1つです.

    
● 「チャート式(いろんな色)」シリーズ (数研出版)

 新版がでてかなり改善されましたが,いまだ解説は不十分であり,解答にも変なくせがあったり,もっと基本的,本質的,簡単なものがあることが少なくありません.しかし「問題数の多い問題集」としては使えます.最後の答だけを確認するにとどめて使うなら正解ですが,指導者なしで使うには信頼できる本とは言えません.
 また,赤チャートについては問題のレベルの格差が問題毎にありすぎると思います.


● 「大学への数学」,「大学への数学ニューアプローチ」シリーズ(研文書院) ◎

  「大学への数学ニューアプローチ」シリーズは「大学への数学」シリーズを少し易しく,解説を丁寧にしたものですが,本によっては「ニューアプローチ」 の方が完成度が高いものもあります.まあ,採用している問題にも共通のものが多くて,どちらも似たようなシリーズだと考えてよいと思います.
 いずれのシリーズも定義や定理の証明がしっかりと書かれていて高校の参考書では珍しい好著です.解答の書式も非常に整っています.
 欠点をあげると「解説と問題が離れていること」, 「問題数が少なく論点が網羅されていないこと」,「受験数学のテクニックが不足していること」などで,特に,「解説と問題が離れている」ことによって,独学には向かない本になってしまっていますが,基礎コース(中2数学クラス,中3数学クラス)や高1数学クラスのうちは,各回の授業の復習時に,定義・定理の確認用の本として用いて,最後に問題をまとめてやるようにするという使い方が良いと思います.


● 「解法のテクニック」シリーズ (科学振興社

 本が厚い割には内容は希薄なのが目につきます.表題から想像されるのとはちがって,問題は基礎から標準レベルであり,論点もれが多いと思います.各テーマの扱い方が「一面的」という印象があります.チャート式シリーズ同様,各問題毎にポイントがありますが,1つの分野にこんなにポイントがあったら,もはや「ポイント」とはいえないのではないでしょうか? 
 「赤チャート」よりも簡単な問題演習をやりたいという人に向いている問題集です.解答については良くも悪くもない感じですが,たまに「どういう方針でこんな計算をするんだ?」という式がかかれています.数理科学研究会の会員の人がこのシリーズを使う場合は,解答の書式は授業・「ニューアプローチ」にまかせて,答だけをみるという方針でやるとよいと思います.

● 「解法の手引き」シリーズ(旧版・絶版) (科学振興社) ◎

 書店には新版が並んでいますが,新版には見るべきものはありません.旧版(矢野健太郎著)は対話型(解説のすぐあとに問題がある型)であり,問題数も適当で,「ニューアプローチ」をわかりやすくし,かつ,論点を網羅した自習に最も適した最高の本だったのですが,もはや無くなってしまいました.2次曲線や数学III の説明の一部に「いただけない」というところはありましたが,シリーズとして,独学にも適した最高の本でした.
 ときどき古本屋でみかけることがあるので,もし見つけたら,絶対に買うべきです.ちなみに,最後に出版されていたのは「数学I」,「代数幾何」,「基礎解析」,「微分・積分」,「確率・統計」の全5冊です.

● 「わくわく学ぶ」シリーズ (Z会)

 問題のレベルは基本・標準的なものが多く,問題の選び方も論点漏れが少なくなるように構成されていて悪くないと思います.解答はやや冗長ですが,悪くない解答です.全体に良い本だとは思いますが,数理科学研究会の会員の人なら,本書にある内容については,授業を理解していれば完璧にわかると思うので,「授業で学んだことに肉付けをしよう」,あるいは「授業で学んだことの練習をしてみよう」という人にはやや物足りないような気がします.

● 「JUST 50 」シリーズ (駿台文庫) ◎

 問題のレベルがほぼ一定した問題集です.論点がもれている場合が少しあるのと,解説が冗長だったり,もっと良い解答があることがあるという欠点はありますが,1つ1つの問題の解答が丁寧に書かれているコンパクトな本という印象があります.基礎コースの人が「数学 II をこの5日間で総復習してみよう.」と思ったときなどに使うのに最も適した本だと思います.

●  「1対1対応の演習」シリーズ (東京出版)

  このシリーズは例題と演習題が1対1に対応する問題集です.これは一見よさそうに見えますが,実際に 家庭教師などで使ってみると,「例題と演習題のレベルが違いすぎる」,「1対多対応でないと意味がない」 という欠点や,「問題によっては解き方が下手でかつ難しい」といった欠点もあります.
 東京出版の本は「大学への数学」(雑誌)を含めてテクニカルで難しいという定評が受験生にはあるようですが,数理科学研究会の会員の人なら,高2数学クラス終了段階で,これらの本にのっている受験テクニックはより詳しく正統的数学の中に位置づけて授業で解説してありますから,高2数学クラス以後に,「新数学演習」,「解法の探究 II」,「解法の探求 確率・統計」,「マスター・オブ・整数」,「マスター・オブ・場合の数」をやれば十分だと思います.

● 「解法の探求I」 (東京出版) ◎

 本書は改訂部分(複素数平面など)を除くとものすごく古い本で20年以上前に書かれたものです.したがって,テクニックなどが非常に古いのですが,逆に初学者にはよく理解できるものと思います.数理科学研究会の高1数学クラスの人にはぜひおすすめしたい本です.

● 「新数学I入門」  (駿台文庫 もしかすると絶版) ◎

 内容は非常に簡単ですが,受験生の盲点になる部分(「束」と使うときに,2つの図形の共有点が存在することを最初に注意する必要があるなどを重要な点として明記しています)などしっかりと書かれていて非常に素晴らしい本です.解答編を除けば,100ページ足らずというコンパクトな本ですから,ぜひ読んでみてほしいと思います.(絶版かもしれませんが.)