1.高校数学の基礎を学ぶコツ


 高校数学は数学I,数学II ,数学A,数学Bおよび数学 III,数学Cに分かれています.このうち,理系,文系ともに大学入試で必須であるのが数学I,数学II ,数学A,数学Bであり,数学 III,数学Cは理系範囲とするのが一般的です.
 高校数学は,「中学数学」とは違って,新しい概念・用語・定理がどんどん現れてきます.矢継ぎ早に現れてくる新しい事項を,短時間で正確に,かつ,使える形で理解していくには工夫が必要です.すべてのことを問題演習で理解しようという学習態度には量的にも質的にも限界があります.大切なのは,より自然な方法で学習していくことです.


● 理解するためのコツ

 ある事項をはじめて理解する段階で最も大切なのは「全体の理論構成」・「理論の動機」を大まかに理解すること,つまり,全体像を理解することです.です.1つ1つの問題の解法テクニックをこまごまと覚えても全く意味がありません.

 たとえば,「因数定理」を学ぶのであれば,「因数定理」とは整式が x−αを因数(約数)としてもっているかどうかをチェックする定理ということを知っているだけでは,「ただそこに因数定理がある」という程度の理解になってしまい,使いものにならない知識になってしまいます.本当に「因数定理」を理解するためには
  1) 整式がある整式で割れるかどうかの計算は難しい(めんどうな)こと
をしっかりと確認して,「因数定理」の存在意義を確認し,さらに,実際に「因数定理」を使うには
  2) αはどうやって予想すればよいのか?
ということまで知らないと「因数定理」が「片手落ちの定理」であることに気づきません.さらに
  3) 整式の因数分解の問題は「因数定理」を使うだけで解けるとは
    限らないこと
にも気づかないで勉強するために,模擬試験や本番の試験のときにとんでもない目になってしまいます.
 これらの知識を前提として
  4) それでは,一般に,整式の因数分解やn次方程式を解くときの
    基本姿勢は何なのか?
ということまでの知識を整理することができてはじめて,「因数定理」の位置づけ,あるいは,整式を調べるときの基本戦略がわかってくるのです.
 そして,これらのことは,実は与えられた整数を素因数分解することとパラレルに理解することができることを肌で感じることができるようになって,はじめて「因数定理」を体得したことになるわけです.


● 練習と定着のコツ

 次に考えねばならないことは,こうして理解したことをどうやって頭の中に定着していくかということです.理解したことを定着するには,やはり「問題演習」が効果的ですが,一口に「問題演習」といってもその目的によっていくつかの種類とやり方があります.初学者に必要なのは次の3つの問題演習です.

   1) 定義・定理を問う問題・計算問題
   2) 1つ1つの定理を理解すれば解ける問題
   3) 理論全体を理解するための問題

 ここで重要なのは,この3つの練習は各々質が違うものであり,それぞれに「やり方」があるということです.
 
  「定義・定理を問う問題・計算問題」は,考えて解くのでは意味がありません.反射的に解けるように訓練しておくのが重要です.数理科学研究会では,「定理・定義を問う問題」について,確認テストや口答試問で徹底しますが,「計算問題」に関しては,講義にあわせて易しい問題だけを集めた「計算練習」(宿題用教材)を用意しています.最近の市販の問題集は易しい問題から難しい問題までひろい範囲の問題を含むものばかりで,問題のレベルが一定していないため,計算練習に適した問題集はほとんどないために,数理科学研究会で独自につくった教材があるわけです.
  「1つ1つの定理を理解すれば解ける問題」については,現段階では反射的に解くといううわけにはいかないと思いますから,今のところは,1問1問を丁寧に,「問題文中にでてくる言葉」や「解答の書き方」などすべてのことに気を配って丁寧に解いていくことが重要です.それによって,現段階ではじっくりと考えなければ解けない問題であっても,1年半ほど反復練習することによって,反射的に解ける問題となるのです.
 最後に,「理論全体を理解するための問題」ですが,数学では,1つ1つの問題を個別に解くことだけでなく,それらの有機的関連を知っておくことが非常に重要です.それによって,多くの人が難問だという問題が,実は簡単に解けるのだとわかることが少なくありません.「多項式の因数分解の方針は?」,「なぜ微分するのか?」,「積分理論全体の概要は?」などを知ることは問題を解けるようになるためだけでなく,日々の学習の意味を自分自身で知り,得たものを無駄にしないために非常に重要なのです.しかし,このことを学習者が自分だけで行うのはほぼ不可能だと思います.
 数理科学研究会では基礎コース(中1,中2,中3,理系数学クラス)では講義で,受験コースでは講義・テスト他(高1,高2,高3クラス)によって「理論全体を理解すること」に重点をおいて授業をすすめています.指導者は初学者につねに「全体像」を意識させ鳥瞰図を与えるのは当然の役目なのですが,われわれの経験ではこのような講義を行っている教育機関はきわめて珍しいように思います.


2.高校数学(理文共通範囲)の分野別学習法

 スポーツでも学問でも,何かを訓練するときには,「いまなぜ自分がこのような練習をしているのか」ということを理解しているのといないのとでは効果が全然違います.以下では,数理科学研究会の数学基礎コース(中2数学クラス,中学3数学クラス)で学んでいくときに,どのような点に注意して各分野を学んでいけばよいのかという具体的な学習法について述べたいと思います.


● 「数と式」(数学A)

  「数と式」では主に「整式」と「数」を扱います.「整式」の計算については,中学からよく練習していますが,高校数学では,「因数定理」・「剰余定理」など単なる計算とは違った理論的な内容を扱います.また,「数」についても,整数・有理数・無理数といった数についての理論的な問題が多く現れてきます.
 これら理論的な内容について

  1) 概念・定理を理解すること 
  2) 概念・定理を使えるようにすること

の2点を区別して訓練することが重要です.
 1)については,良いといえる本はほとんどありません.たとえば,「整式の因数分解は一般に難しいのか,易しいのか?」,「整式を因数分解するときの基本方針は何か?」という数学的常識を知らずに,ただ問題を解く人が多いのではないでしょうか.そのような場当たり的な学習では応用力などつくはずもありません.数理科学研究会 の授業では,理論全体の流れや注意点が自然と身につくように配慮しています.授業で聞いた1つ1つの事項を確認するに
   「大学への数学A ニューアプローチ」(研文)
   「大学への数学I&A」(研文)
が参考になると思います.
 2)については,テキストの宿題と「計算練習」で十分ですが,「正確さ」だけでなく「スピード」にも注意して練習してみて下さい.また,独学している人には
   矢野健太郎 「解法の手引き 数学T」(旧版)
が悪くないと思います.(新版は著者・内容ともすっかり変わってしまたので,推薦できません.「解法のテクニック」も単なる普通の本です.) また,授業内容をより詳しく解説した「講義録」も独学は助けになると思います.


● 「方程式・不等式の解法」(数学B)

 方程式・不等式の学習には,

  1) 方程式・不等式をとにかく解く
  2) 方程式・不等式を論理的に厳密に解く  (「同値変形」を用いて解くということ)
  3) 方程式・不等式に関する論理的な問題を解く (「解と係数の関係」他)

という3段階があります.数理科学研究会のカリキュラムでは,中2数学クラスにおいて,これらをすべて別々に講義しています.高校以後の数学では何よりも「論理性」が重要です.したがって,方程式・不等式を解く場合でも,1つ1つの式変形もいい加減にやってはならないわけです.
 たとえば,
                
という式と
                 
という式は全く意味が違うということを理解し,さらに,
         
という式変形ができるようになることが方程式・不等式を解くときの論理的理解の基礎になっているのです.
 しかし,実際に学習するときには,キャリアが10年以上の先生たちの多くがわかっていないような「方程式・不等式をみたときに最初にすべきことは何か?」などを自分でみつけるのは不可能でしょうから,理論的なことや式の読み方などについては授業にまかせ,自分では,1)にあげた,「方程式・不等式をとにかく解く」練習をすればとよいと思います.練習には,やはり,易しい問題を集めてある「計算練習」が最適です.考えないでもすらすらと自然に手が動くようになるまで徹底して練習して下さい.
 方程式・不等式に関する理論的問題(「解と係数の関係」,「共通解」など)については,他の分野と同様に,授業で理解したことを復習すれば十分です.


● 「関数」(数学I,数学 II)

 関数の学習は

  1) 一般の関数の概念の理解
  2) 関数のグラフのかきかた
  3) 関数各論(2次関数,指数・対数関数他)
  4) 関数の応用

の4つにわけることができます.
 いずれも中高校生の苦手な分野であるといえると思いますが,それは「関数」という概念を全く理解せずに,理論の目的もわからずにただただ問題を解いているためにおこるのだと考えられます.この分野については,一体どのようなイメージで理論が組み立てられているのかという理論展開を授業でしっかりと学ぶことが大切であり,1つ1つの問題を解くテクニックは2の次,3の次であるということを知って学習する必要があります.
 1)については,1つ1つの用語(関数,1対1,上への他)を正確に理解する必要があります.関数という概念は中学ですでに学んでいるはずでありながら,理解があやふやな人が多いのです.「1対1写像の定義は何か?また,そのイメージは?数学ではどのようなときに1対1写像を使うのか?1対1写像と1対対応の違いは?」という問いに正確に答えられるだけのイメージを培っておく必要があります.実際には,「関数(写像)とは2つの集合の構造を比較するものなのだ.」ということがわかっていれば,これらのことはすぐに覚えられることなのですから,授業に出て肌で理解してほしいと思います.この部分について推薦できる参考書はありません.
 2)については,まず,「関数のグラフをなぜかく必要があるのか?関数のグラフとは一体何なのか?」ということから確認してほしいと思います.「関数とはブラックボックスである.」とよく言われます.つまり,おおざっぱに言えば,何が入ったら何が出るのかということだけが重要なのです.それを目に見えるようにしてくれるのが「グラフ」なわけですから,「グラフ」をかく最も基本的な方針は,
  ・すべてのxの値を代入してプロットする
こととなります.実際にこうやってかくのが有効であることも多くあります.しかし,毎回このようなことをしていては大変なので,
  ・基本になる関数のグラフを覚える
  ・そのグラフを移動・変形する
という方法をとることが多いわけです.通常,「正確なグラフ」を求める問題ではこの方法が最も有力となってきます.
 それでは,これ以外にはないかというとそうでもなくて,グラフの概形をかく問題では,
  ・yの増減にだけ注意して,臨界点を求める(「微分法」の応用の1つ)  
という方法もありますが,これは後になって学習する方法です.
 以上をまとめると,
  「関数のグラフをかくこと」=「関数を理解すること」
であり,グラフをかくときは,はじめて見たものならプロットし,似た関数を知っていれば移動・変形すればよいということになります.

 関数のグラフをかく基本方針が決まれば,次には,考えないでもグラフがかけるように練習しておく必要があります.そのためには「計算練習」が非常に有効です.
 3)の関数各論については,テキストの問題練習を丁寧に行い,指数・対数関数については「計算練習」をしっかりとやっておけば十分です.指数・対数関数については,「式の読み方」,「式変形の方針」,「指数・対数関数のイメージ」,「底の条件・真数条件のイメージ」などについて授業でしっかりと説明を受けておけば問題はないと思います.
 4)の関数の応用において,入試において特に重要なのは「2次方程式の根の配置に関する問題」です.一般に,関数のグラフをかくことは,あらゆる x の値を代入することに対応しますから,関数のグラフを方程式・不等式に応用できるのは当然ですが,「2次方程式の根の配置に関する問題」は論理的にしっかりと考えていくことが重要ですから,授業でただ先生が解くのを見ているだけではなく,めんどうがらずに自分自身で練習しておく必要があります.この部分についても案外参考書・問題集にはそれほど問題がないので,宿題とで十分練習してほしいと思います.

(注) 「2次方程式の根の配置」に関しては,駿台文庫から出ている
              根岸 「写像と軌跡」
   が比較的よくできた本だと思いますが,中学段階ではやや難しすぎるかもしれません.


● 「三角比・三角関数」(数学I,数学 II)

 
 三角関数をはじめて学ぶときに最も大切なのは,「公式をやみくもに暗記したりしない」ということです.「とにかく公式を覚えなさい」という先生に習っているのなら,さっさと先生をくびにすべきであることは間違いないでしょう.そうしないと大変なことになってしまいます.
 三角関数について知っておくべきことは,
  1) 三角関数の定義と意義(「長さ」と「角度」の関係)
  2) 加法定理
  3) 2倍角(3倍角)の公式とその意義 
の3つだけで十分であり,あとは問題を解くときに,
  4) 式変形の動機
を理解しさえすれば標準的な入試問題は解けます.標準的な問題はテキストと宿題で十分ですから,むしろ,簡単な計算問題の練習を宿題で徹底して行ってほしいと思います.
 三角比は「三角関数」の図形への応用ですが,幾何の問題では,いきなり「どの公式を使えばよいのか?」と考えるのではなく,「与えられた量によって何(たとえば形とか)が決まるのか?」と考えた後で,「そのためにはどの公式を使えばよいのか?」と考えるのが筋です.つまり,三角比の問題を解くためには
  1) 定理を暗記する
だけでは不十分であり,
  2) 定理の存在意義(どのようなときに必要な定理なのか)
を理解し覚えておくことこそ重要なのです.
 これらの点について,数理科学研究会独自の授業の中でしっかりと理解していってもらいたいと思います.


● 「ベクトルとその応用」(数学B)

 数理科学研究会では,「ベクトルとは何か?」,「ベクトルの存在意義は何か?」ということについて現代的な観点から講義しています.
 大部分の参考書などでは,「有向線分」や「数の組」をベクトルと定義していますが,それは「ベクトル」そのものではなく,「ベクトル」の例にすぎません.(もし,ベクトルを「有向線分」と定義するなら「1次独立性」の概念は不要です.) そのような理解では,「1次結合」の重要性や,「1次独立性」の概念の理解が遅れるのみならず,入試問題を解くときに,その問題を解くのに「内積」を使った方が良いのか使わない方がよいのかという判断をする訓練さえできません.
 この分野に関しては,市販の本は非常に古い理論展開なので,参考程度にとどめ,授業とテキストでしっかりと学習してほしいと思います.
 また,注意してほしいのは,現在のカリキュラムでは「空間座標」に関する内容が「ベクトルの応用」にまとめられてしまっていることです.空間座標の基礎知識(空間における直線・平面・球面の方程式他)があれば簡単にわかることを,ベクトルを使ってきわめて難しく考えないといけないことが多くなってしまっています.elementary but not simple といったところでしょうか.数理科学研究会では,ほんの5日間で,空間座標の基礎を講義する講座が中3数学クラスにあり,その欠点を補っています.


● 「図形と式」,「座標とその応用」(数学 II)

 
 まず,「図形と式」において基本となるのは,
    「座標平面における図形と式の対応」
です.すなわち,
  1) 与えられた「式」から「図形」をかくこと
  2) 与えられた「図形」の「式」を知ること
の2点です.まずは,この2点の練習を徹底しておくことが重要です.簡単な問題を徹底して練習しておくことが最も重要です
.「グラフの移動・変形はどうも苦手で...」という人が多いようですが,各点をプロットしていこうと考えればそれほど難しくないはずです.
 次に,2つの図形の位置関係(点と直線の距離,直線と位置関係,直線と放物線の位置関係,直線と円の位置関係,2円の位置関係など)を扱いますが,これらの中には新しい公式がでてくるものがあっても理解するのに大した訓練は必要ないものばかりです.

 最後に,「束(そく)」,「正領域・負領域」などいくつかのテクニックが現れますが,これらの座標幾何のテクニックについては,なぜ解けるのかを「理解する」ことが最も重要です. 
 「よくわかんないけど,こうやったら答がでる.」というのが1番いけません.授業で聞いてもよくわからないときは,徹底して悩んで,どんどん先生に質問して下さい.これらのテクニックについては,解答上の注意点も多いため数理科学研究会では受験・発展クラス(高1数学クラス以後)でもう1回扱うので安心して悩んでもらえればよいと思います.復習には,やはり
    「大学への数学 II ニューアプローチ」(研文)
    「大学への数学 II」(研文)
が参考になると思います.


● 「数列」(数学A)

 数列は,それぞれほぼ独立した4つのテーマ
  1) 等差数列・等比数列の扱い方
  2) 数学的帰納法
  3) 数列の和(和分法・シグマの使い方)
  4) 漸化式の作り方と解法
からなっています.これらを別々に勉強していけばよいので,学習はそれほど難しいはずはありません.
 1),2)については難しい点はありません.理解することを中心にテキスト・宿題をしっかりと学習すれば問題ありません.
 3),4)については理論・計算方法に習熟しておく必要があります.
 まず,「数列の和」については,
  a) 和分法の利用
  b) 等差数列の和の公式,等比数列の和の公式
  c) Σk,Σk2,Σk3
 (d) 数学的帰納法の利用)
などいろいろな方法がありますが,原則として,b),c)でダメならa)という方針で和を計算します.「数列の和」について不安をもつ人も多いようですが,「数列の和」はよほど特殊な(簡単な)数列の場合しか計算できません.出題される問題はすべて特殊な問題のはずですから,安心して上の3つの方法1つ1つに習熟すれば問題はありません.特に,最も一般的で基本になる方法が「和分法」なのに,最後に学習することが多いので,「思い違い」をしている人がが多いのが気になります.簡単な問題に徹底して慣れておくことが重要です.また,和分法を説明している市販の参考書はほとんどありませんが,授業で説明する程度にざっと理解していれば十分です.
 次に,「漸化式」については,
   a) 漸化式のつくり方
   b) 漸化式の解き方
の2点が重要です.a)については,最近の入試では重視されてきていますが,テキストにある問題をじっくりと考えておけば十分です.b)については,まず,「漸化式は普通は解けない」のですから,解ける特殊なものを考えるわけで,解法パターンを覚えておく必要があります.ただし,やみくもに暗記するのではなく,「線形化」という方針で考えていくものがほとんどですから,「線形化」という観点からじっくりと理解して,簡単な漸化式は考えないでも解けるようにする必要があります.


● 「微分・積分法」(数学 II)

 「微分・積分法」は数学の代名詞ともいえる分野であり,大学入試においても頻出分野といえます.さらに,この分野からの出題は超難問がほとんどありませんが,正確な処理能力を要する問題が多いので,入試で得点するためには必ずよく理解しておかなければならない分野です.
 「微分・積分法」の学習では,「理論構成はわからないけれども,計算だけはできる」という人が多いようですが,そういう態度で難問が解けるようになるはずはありません.この分野で重要なことは,
  1) 概念の基本的理解
  2) 計算力を養成すること
の2点です.
 1)については,「定義(微分係数・極値など)をイメージを含めしっかりと理解すること」が大切です.授業で各用語の定義・イメージを理解するようにつとめて下さい.たとえば,微分係数は「数」,導関数は「関数」で全然異なるものなのに,「f ’(a)のaをxにしたら導関数になる」というようなでたらめな理解のまま進むのは,わからなくなるための準備をしているようなものですから非常に危険です.
 「積分法」については,数理科学研究会の授業で説明している形で「定積分・不定積分・微積分の基本定理」の3つの関係を明確にし,理論展開を意識して学習するのがわかりやすい方法だと思います.この方法は,数学の歴史にも忠実な方法で,入試問題を解く上でも絶対値のついた関数の定積分の計算などに非常に有効な指導方だと思います.まずは,「定積分」とは「曲線が囲む符号つき面積」のことであると定義することが重要なのです.これによって,「奇関数・偶関数の定積分の公式」なども自然に得られますし,何より定積分の計算の基本方針を与えてくれます.(やみくもに原始関数を求めようとする態度は間違っているわけです.) 概念・理論展開を授業で丁寧に理解しておくことが将来役に立つのです.
 2)については,計算力をつけて,考えないでも計算できるようにしておくことが重要ですが,これについては難しくありません.宿題で練習しておけば十分です.


● 「場合の数・確率」(数学I,数学B)
 
 「場合の数」では,「体系的に正確に数え上げること」を目標に学習します.したがって,答を出すことも重要ですが,「どういう方針で数えているのか.」ということが最も重要なのです.数理科学研究会の授業では,「数え上げの理論体系」を非常に重視していますから,まずはテキストを何度も繰り返して暗記するくらいまで学習するのがよいと思います.学習上の注意点としては,「P,C,Hなどの技におぼれないこと」が大切です.これらのテクニックの修得が勉強の目的であると勘違いしてしまう人もいるようですが,大切なのは,「数え上げること」の方なのです.はじめのうちはP,Cが出てくるたびに,「もし公式がなかったらどうやって計算すればよいのだろうか?」と考えていくとよいと思います.また,練習については宿題を用いて学習していくのがよいと思います.
 「確率」についても,体系的に学習していくことが重要です.授業を中心にじっくり理解してほしいのですが,
  1) 最初に「確率空間を設定する」 (特に,r/NのNの方を最初に決定する.)
  2) 計算では,足すときは事象の「排反性」かけるときは事象の「独立性」に注意する.
  3) 出てきた答を検証する.(確率空間の設定をみなおす,)
の3つをつねに意識して計算できるようになることが重要です.

 期待値・分散(標準偏差)については
  1) 定義とその欠点を理解すること
  2) 明確なイメージをもつこと
の2点が重要です.確率の漸化式・確率の方程式などの応用問題についても基礎クラスでは授業で理解すれば十分です.



3.高校数学(理系範囲)の分野別学習法

 以下では,数理科学研究会の数学理系コースの前半でで学んでいくときに,どのような点に注意して各分野を学んでいけばよいのかという具体的な学習法について述べたいと思います.


● 「連立1次方程式と行列」(数学C)

 行列の計算で重要なのは「乗法」です.教科書をみてもかなりの部分が「乗法」の説明にさかれていますし,行列はベクトルの1つであり,一般のベクトルと異なるのは乗法ができるということだけだからです.行列の計算は,たいてい数の計算と同様にできますが,「非可換性」と「零因子の存在」の2点が数の計算と大いに異なります.行列の乗法は難しいので,理論も「乗法」を中心に成り立っているのを知ることが理解の第1段階です.
 この点について,第1の困難は「わり算」です.数の計算では”0”で割ることはできませんが,行列では「非正則行列」がそれに対応しています.「逆行列とは何か」という定義が非常に重要です.2次行列の逆行列の公式は,「2次」行列に対する特別なものであり,定義ではないので注意して下さい.次に,detとtr ですが,これらの真の幾何学的意味は1次変換を学習してからでなければわかりません.行列を学んでいる間は公式を使うという程度に理解していれば問題はありません.
 第2の困難として,行列の乗法は難しく,n乗計算もそれほどやさしくはないということがあります.そこで,行列の巾乗を,行列の積をうまく回避して計算しようというのが,「次数下げ」です.行列の積の計算では,「積を次数下げによって回避すること」が有効なことが多く,そのとき使うのが「ケーリー・ハミルトンの定理」なのです.高校生にはやたらとこの定理を使おうとする人がいますが,「定理」というものは「その定理が何のためにあるのか?」を知らなければ理解しているとは言えませんから,「次数下げ」の必要のないところで「ケーリー・ハミルトンの定理」の定理を使えば「この子は全くわかってないな」と思われるのがおちです.
 最後また,行列のn乗計算というのは,ケーリー・ハミルトンで終わりというわけではないことに注意します.数理科学研究会では,それ以外に固有ベクトルを用いる方法ももちろん扱いますが,最も計算が簡単なのは
    固有値が重根の場合    → 2項定理を用いる
    固有値が重根でない場合  → 射影分解を用いる
という段階までを基礎クラスで扱います.


● 「1次変換」

 1次変換は2つのベクトル空間をくらべる構造型射であり,「行列の計算の図形的イメージ」を得るためにも必須の分野です.
 たとえば,「電話」を理解しようとしたとします.このとき,主に
  1) 分解して「構造」を理解する方法
  2) 使ってみて「機能」を理解する方法
という2つの方法があります.
 行列の計算は行列を1)の方法で理解するものです.2)の方法で行列を理解しようというのが「1次変換」です.実際に,行列で点を動かしてみて,どのように動くかをみて行列の性質を調べたり,行列を分類しようという理論が1次変換の理論なのです.(将来は,1次変換が主となって,行列が従という風になります.)
 数理科学研究会の「1次変換」に対応する参考書・他塾の講義は一切ありません.必ず講義を受けて,「行列を手に取るようにわかるようになること」を心がけて下さい.知識が不安だという人は「講義録」が参考jになると思います.


● 「微分積分法」(数学III)

 数学IIIで学ぶ微分積分法は
  1) 数列・関数の極限の概念とその計算
  2) 微分法とその応用
  3) 積分法の計算技術
  4) 積分法の応用
  5) 一般の関数の多項式近似・巾級数による理解(テイラーの理論入門)
に分けて考えることができます.一見すると,数学II で「多項式関数」に対して学んだ微積分を,一般の関数について考えるだけという風にも見えますが,実は大きな違いがあります.というのは,「多項式関数」というのは非常に性質の良い関数で,「極限概念」の理解がいいかげんでもなんとなく扱うことができるのですが,一般の関数が相手だとそうはいかないのです.巷では,「定積分というのは微小長方形の面積を加えたもの」と説明することが多く,また,それはだいたい正しいのですが,実はそのような説明は「極限概念を説明しない」という宣言でもあるのです.たとえば,「f’(a)>0なのに,x=aのどんなに小さい近傍においてもfは増加していない」ような関数をすぐ作ることができるので,数学II のときのようないい加減な理解では数学III をきちっと理解することはできないわけです.それでは,なぜそのような「誤解」が生じるのでしょうか? それは,「極限をとったもの」と「微小量」を誤解していることから生じています.まずは,「local と global の違い」をしっかりと理解することが重要なのです.(通常の微小量は global な量であることに注意して下さい.) つまり,微積分というのは「極限」を扱う学問であって,それは「微小量」を扱うのとは全く異なるということなのです.(これこそが「平均値の定理」(M.V.T.)の重要性であり,増減表をかくことのできる原理なのです.)
 以上の点からわかるように,勉強するときには
  1) 概念の正確な理解
  2) 計算力の養成
をともに勉強する必要があります.
 1) については,市販の高校の参考書でで「極限概念と微小量」の違いを明確にわかりやすく説明してあるはありませんから,授業でしっかりと理解してほしいと思います.(一応,推薦できる本としては大学数学入門レベルの「解析入門」(岩波全書)がありますが,入門段階で読むのは少し難しいと思います.)
 2)については計算練習や授業で十分だと思いますが,スピード不足の人が多いので,はじめのうちはつねにスピードにも気をつけてほしいと思います.幸い,数理科学研究会で新しく開発した方法によって,置換積分や部分積分についてはあっという間に理解できるようになっているので,十分な計算練習を行えば計算力は十分伸びるはずです.