東日本大震災による津波は地震の3~5時間後、東京湾内各地に高さ1~2メートルの最大波が及んでいたことが、国や県など関係各機関の津波観測データから分かった。船橋市沿岸など湾奥でも外房と同様の潮位上昇を記録した所もあり、荒川など各河川も内陸深くさかのぼっていた。水門や堤防で被害は少なかったが、首都圏も大きな被災の危険が迫っていた形だ。県は今後の巨大津波に対する重要なデータとして従来のシミュレーションの見直しなどに生かす。
毎日新聞が震災当日から翌日までの房総から東京湾にかけての潮位記録や波形グラフを集約・分析した。
大きな特徴は潮位変動が長時間、広範囲に続いたことだ。
3月11日、銚子港で津波によると見られる最初の潮位変動が記録されたのは地震発生から約30分たった午後3時13分の40センチ。この変動は房総半島を時計回りに1時間余り後に千葉港など湾奥に到達していた。そして同3時40分ごろ、200センチ超の大津波第1波が銚子港に到来、同様に伝播(でんぱ)したと見られる。
しかし時間の経過とともに、各沿岸の波の変動に違いが生じ、余震の影響もあって、波が合成されたものか、判別できなくなる。
たとえば、勝浦と鴨川港では大津波第1波が銚子港より10分ほど早い午後3時半ごろ観測され、この日の最大波だった。被害の大きかった旭市は同5時すぎの大津波第3波で広範囲が浸水した。同9時や午前0時ごろにも堤防越えの津波が襲来したという証言もある。
注目されるのが東京湾内への津波だ。主に午後6~8時に各地に最大波が及び、気象庁・晴海験潮所で観測された150センチは、東京都が関東大震災級の地震で想定する同120センチを上回った。千葉県沿岸はより波が高く、木更津港の283センチなど2メートル超が目立った。
横浜国大の佐々木淳教授は湾央部でも水門が閉鎖されなければ、浸水の危険のある住宅街もあったと話す。富津や三番瀬ではノリ養殖に被害が出た。佐々木教授は「千葉側が高いのは海底が浅い所があり、港湾の突き当たりという地形が影響した可能性がある」と説明し、岸壁間の波の「多重反射」など湾特有の現象を指摘。「予測が難しく、住民も十分な注意が必要だ」と話した。
一方、河川への1メートル前後の津波の遡上(そじょう)も観測された。江戸川は3キロだったが、多摩川が13キロ、荒川は28キロも津波がさかのぼった。
実際に隅田川をさかのぼる津波を目撃したという東京工業大の高木泰士准教授によると、浸水は川岸のテラスより30センチほどの高さで、約4メートルの防潮堤から見れば危険ではなかったが、地震や液状化で施設が損傷すると、周辺の海抜ゼロメートル地帯への影響が深刻となる可能性も否めないという。
高木准教授は「今回遠く離れた岩手から福島沖の地震が、東京湾内でもこれだけの津波を引き起こした事実を受け止め、津波に対する東京湾の“安全神話”を考え直す必要がある」と話している。【武田良敬】
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気象庁、海上保安庁、国土地理院、関東地方整備局、県港湾課・河川環境課のデータを集めた。津波高は潮水位の実測値から潮の干満を除いた。外房の片貝港、一宮川河口、鴨川港は毎日新聞がデータをもとに試算した。
毎日新聞 2011年9月29日 地方版