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[29994] 【ネタ】 清く、正しく、美しく!! 【兄と妹のラブコメかなぁ?】
Name: ふゆはみかん◆8cd0ce5f ID:431d21dd
Date: 2011/10/02 13:23

 清く、正しく、美しく!!  第01話

「だ、だれかぁ~! たすけてぇ~っ!」

 埃っぽく薄暗い部屋の中で僕は助けを求めていた。高いところにある窓から燦々とした光が差し込んでいる。
 声も嗄れよとばかりに叫び、人の気配のない部屋で僕の叫び声だけが響いている。はあはあと息が上がりだす。どうしてこうなってしまったのか、ほんの二時間ほど前まではあの日の当たる場所でのほほんっとしていたはずなのに……。
 壁に縛り付けられたままの格好で今までのことを思い出してみる。
 僕の名前は斉藤優希(さいとう ゆうき)。年齢は16歳。高校一年生だ。家族構成は父母に姉と妹がいる。三人兄弟の真ん中だ。
 特徴を一言で表すなら“平凡”だと思う。容姿や成績、運動なども取り立てて可もなく不可もない。上から数えても下から数えても同じような位置にいる。もっというなら五〇人中二四~二五番というところだ。特徴がないところが特徴と言われたりする。
 まったく姉も妹も結構美人だったりするのに、お前ほど平凡な顔つきで生まれてくるなんて、ここまでくると返って珍しいぞ。なんていう奴もいた。
 いやいや、僕自身のことよりなぜ、こんな所で囚われているのかだ。そっちの方が重要だよ。
 あれは……。学校から帰宅途中のことだった。
 通学路で僕の前を学校一のイケメンと人気の高い先輩が珍しく一人で歩いていた。いつもなら女の子たちが取り囲むように歩いてるのに珍しいなぁと思ったのを覚えている。
 そして後ろからは大きな黒塗りの高級車が走ってきてた。車種なんかわかんない。ベンツかな、BMWだろうか、まあそんな感じ。角を曲がった辺りで人気がなくなり、歩いてるのは僕と先輩だけになった。その時車が急にスピードを上げた。それに合わせるように前を行く先輩がひょいっと路地に入った。後ろから来ていた車には見えなかったのかもしれないけど、道には僕一人。車から数名の男性が降りてきて、僕は攫われてしまったのだ。
 もしかして……先輩と間違われてしまったとか? きっとそうだ。先輩の家はお金持ちだって言うし、僕の家は平凡な一般家庭だ。攫っても身代金なんて取れないよ。

「そんなのいやだぁ~っ!」

 人違いで攫われた挙句こんな所で死ぬなんて、いやだいやだ。やだよぉ~。
 たぶん彼らは人違いに気づいたんだ。だから僕をこの場に放置して逃げ出してしまったんだ。きっと、そうに違いない。人質を監禁しておく場所だ。たぶんめったに人の来ないところだろう。誰も助けに来ない。死ぬ、死んでしまう。

「こんなところで死にたくないぃぃぃ!」

 ぐすぐすと泣いているうちにドッと疲れがでてきて、意識が遠くなってくる。じゃりっと人の足音が聞こえてきた。僕を攫った連中が始末するために戻ってきたんだろう。
 ああ、もう僕はダメだ……。みんなさようなら。元気でね。
 ――完。

 ◇                ◇

「お兄ちゃん、何を言ってるのかなぁ~。せっかく助けに来てあげたのに」

 薄暗い倉庫の中に入ってきたのは身長一五〇センチほどの小さな女の子だった。埃が陽光に反射しキラキラと輝く中を歩いてくる。
 艶やかな長い黒髪は眉のところで整えられたいわゆる、姫カット。
 細い首筋から流れる曲線が女の子らしく優美なものだ。学校指定のセーラー服を押し上げている胸元は年に見合わぬほど大きく、その下の腰はほっそりとしている。
 少しつり目気味の目元もつんと上を向いている小さな鼻も赤く光っている小さな唇も形のいい眉もすべて小さい。だが愛らしさに見合わぬプロポーションの持ち主であった。
 壁に縛られている兄を見る少女の目は慈しむようであり、愛情の深さが窺える。しかし周囲を見る目は険しくも厳しいものだった。兄の手首に滲む赤い血を目にして、ギリッと歯を軋ませた。
 鞄から取り出したごついナイフ。ギラリと光るナイフを振りかざして縄を切っていく。ざくざくと切り落とし。兄の身を開放していった。

「お兄ちゃん。起きて、起きてよ」

 硬い床に横たわった兄を揺さぶりながら起こす。
 う、う~んっと身じろぎしだした兄を見て、ホッと息をついた。

 しょぼしょぼと薄目を開けてみれば、目の前に女の子の顔がある。眼を瞑り小さな唇を突き出して今にもくっついてしまいそうなぐらい近い。ぱちぱち瞬きをして、見直してみる。ああ、初菜(はつな)だ。妹の初菜。どうしてここにいるんだろう。

「初菜?」

 ハッとした感じで初菜は僕から離れてしまう。こちらに背を向けているためにどういう表情なのかわからない。

「――まったく、お兄ちゃんという人は間が悪いですねぇ。……もう少しでキスできたというのに」
「何を言ってるんだい、初菜」
「お兄ちゃんの間の悪さについてです」

 ぐるんっとこちらを向いた初菜がそんな事を言う。眉を逆立ててとても怒ってるみたいだ。確かに人違いで攫われたりしたんだから、間が悪いと言われても仕方ないかもしれないなぁ。

「ごめんね。助けてくれてありがとう。でも初菜、よくこの場所が分かったね」
「お兄ちゃんのケイタイにはGPS機能がついているんですよ」
「ああ、そうだったんだ。知らなかった」
「そりゃあ言ってませんから」
「? 何を言ったんだい?」

 初菜は時々小声でぶつぶつ言うんだ。だからよく聞こえない時がある。

「まあ、そんな事よりこんな場所からさっさと帰りましょう」
「うん、そうだね。帰ろう」
「そうです、いそいで帰りましょう。(あのどろぼうねこが来ないうちに)」
「うん? なんだい。怖い顔をしてるけど」
「なんでもありませんっ!」

 ◇                ◇

 囚われていた僕はと妹の初菜が一緒に倉庫から出ようとしたとき。出口付近でがさがさと人の足音が聞こえてくる。

「お兄ちゃん、隠れてっ」
「う、うん」

 急いで物陰に隠れた僕達はジッと息を殺して様子を窺う。

「優希~、助けに来てあげたわよっ!」
「あ、あの声はっ!」
「お兄ちゃん、ダメよ。あいつが誘拐犯かもしれないじゃない」
「そんな事ないよ。沢渡さんだよ?」

 僕が物陰からでようとするのを初菜が引き止める。彼女が誘拐犯のはずないじゃないか。初菜も心配しすぎだよ。
 沢渡有栖(さわたり ありす)――僕の同級生だ。高校で同じクラスになって以来、何かと助けてくれる。ちょっと気の強い女の子だ。チャームポイントのツインテールが風に靡いている。いつも思うんだけど、ツインテールってバランスが難しいよね。毎日よくやると思うよ。

「だから、ダメなんですっ!」
「そんなに大声だしたら見つかっちゃうよ?」

 ハッとしたように初菜が自分の口を両手で塞いだ。だけど“時すでに遅し”沢渡さんに見つかってしまった。

「ちょっと、あんたたち、そこで何してんのよっ!」
「あ、あわわわ……」

 ちょっと逃げたくなるぐらい。怖い顔をして近づいてくる。なんとなくツインテールが逆立ってるみたいだ。

「にげるなっ!」
「逃げてるわけじゃ……」
「ふーっ!」

 僕の隣で初菜が威嚇してる。

「ふ。誰かと思えば、わたしより胸の小さい斉藤さんじゃない?」
「たった一センチじゃないですかっ!」
「一センチも違えば、大きな違いよ」

 なんでこの二人って顔を会わせる度に、火花を散らしてるんだろう?

「そ、そう言えば、沢渡さん。よくこの場所がわかったね」
「あんたの制服には発信機が取り付けられてるからね。そこから割り出しただけよ」
「そんなものがっ! いったいいつの間に?」
「そんな事はどうでも良いのよ。さあ、さっさと帰るわよっ! ちゃきちゃき歩く!」

 首を捻りつつ僕は追い立てられるように歩き出した。どうしてこうなるのかな。

「お、お兄ちゃん……?」
「さあ、今日はわたしの家に来る予定だったでしょ。今からでもこない?」
「異議あ――――――――――――――――――りっ!」
「却下」
「貴方には聞いてません。お兄ちゃん、沢渡さんの家に行くって本当なの?」
「い、一応呼ばれてたんだよ」
「妹であるわたしに黙って、他の女のところに行くなんて、これは重大な浮気ですよ」
「何かいまヘンな単語が混じってた様な気がするんだけど」

 ぷんぷんなんて擬音が聞こえてきそうな感じで初菜が怒ってる。でも浮気ってなに? 妹以外の女の子の家に行くって浮気になるんだ。初めて知ったよ。

「そんな事ありません。古来より、兄と妹は夫婦のようなものなんです」
「ち、違うんじゃないかな? そんな事聞いたことないよ」
「お嫁さんのことを昔は妹の背っていうじゃないですか―――――ぁ!」
「それ違うから。はあ、もう少し古文も頑張りましょうね、わたしより成績の悪い斉藤さん」
「一点差じゃないですかぁ~」
「一点も違えば、大きな差よ」

 ふふんっと余裕な笑みを浮かべる沢渡さん。そうして僕の腕を取って歩き出そうとする。

「お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなんだから、妹のわたしと一緒に帰るんです。浮気なんか許しません」
「浮気になるのかなぁ」
「なる訳無いでしょ。あんたももう少し常識ってものを弁えなさいよ」
「お兄ちゃんに発信機を取り付けるような人に言われたくありません」
「こいつってば、時々ふらふらしちゃうから心配なのよねぇ~」
「それは分かりますけど、それとこれは違います」
「兄のケイタイにGPS機能を取り付けるような妹に言われたくないわね」
「家族だから良いんです」
「へぇ~家族ねえ。だったらお兄さんの恋愛の邪魔をしちゃいけないわよね~、祝福してあげなくっちゃいけないわよねぇ」
「誰と誰が恋愛関係ですかっ!」
「わたしと彼が、よ」
「えっ? そうだったんだ」
「そんな事許しませ――――――ん」
「はいはい。じゃあ帰りましょうか、優希」
「ya,yahari kono onna toha itido keltutyaku wo tukenakereba!!」
「お~い、初菜?」

 初菜はどこか遠いところに行ってしまったようだ。どうしたものか……。

 ◇                ◇

「と、まあこんな事があったんだよ」

 結局あれからまっすぐ家に帰ってきた。沢渡さんには今度こそ、ちゃんと家に遊びに来なさい、なんて言われてしまったけど。
 そうして僕はいま、親友の弓長十兵衛香津美(ゆみなが じゅうべい かつみ)に電話をしていた。弓長家はその名の通り戦国の頃から弓の名手として名を知られていたそうだ。今でも道場を持って教えている。僕は弓長家で剣術を教わっていた事があってそれ以来の付き合いだった。でもどうして弓じゃなくて剣術だったんだろう。今でも不思議なんだ。

「へぇ~君も大変だったね。でも初菜くんがブラコンだったなんて知らなかった」
「僕も気づかなかった」
「おいおい、一応兄だろう?」
「そう言われると辛いけどね」
「でも、君はシスコンじゃないんだろう?」
「違うよ」
「だったら心配無用だね。それともまさか、妹の初菜くんによからぬ事を妄想しているんじゃないだろうね」
「そんな事ないないっ、ないよ」
「それが良いよ。お天道様に顔向けできないような事をするんじゃないよ」

 心底心配そうに言ってくる香津美。そんな事ある訳ないじゃないか。

「僕は清く、正しく、美しく。お天道様の下を歩いていくんだ」
「あははは、それでこそ。斉藤優希だよっ」

 笑い合っていると、どかどか大きな音を立てて階段を上がってくる足音が聞こえてくる。

「お兄ちゃん。妹がお風呂に入ってるというのに、覗きに来ないとはどういう事ですか――――ぁ!」
「どうして妹のお風呂を覗かなくっちゃいけないのかなぁ~?」

 バスタオル一枚まとっただけの格好で怒る初菜。ほこほこと湯気を立ててる。顔だけでなく体中、真っ赤に上気していた。

「お兄ちゃんが覗きに来ないからのぼせそうになったじゃないですかぁ―――!」
「僕の所為じゃないよね?」
「お兄ちゃんの所為ですぅ――――」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す兄と妹。電話の向こうでは漏れ聞こえてくる会話を聞きながら、呟いていた。

「本当にお天道様に顔向けできないような事をするんじゃないよ」

 

 ――――つづく。



[29994] 第02話
Name: ふゆはみかん◆8cd0ce5f ID:cbd0346f
Date: 2011/10/05 20:35

 清く、正しく、美しく!! 第02話

「お兄ちゃんにプレゼントがあります」
「なにかな?」
「じゃあ~ん。これで――――す!!」

 妹の初菜(はつな)がまるでどこかのネコ型ロボットのように手に持った赤いマフラーを高く掲げてみせた。

「マフラー?」
「ささっ、どうぞ。身につけてくださいな」

 いそいそと僕の首に巻こうとする。くるくる巻かれたマフラー。そのはしっこに何やら青く刺繍されていた。

「……萌える妹魂。なにこれ?」
「萌える妹魂(シスコン)ですっ!! ああ、なんという素晴らしい言葉でしょうかっ!! わたしは今、もの凄く感動しています。お兄ちゃんが妹魂に目覚めてくれるなんて、初菜幸せです」

 自分の体を抱きしめてくねくねしてる我が妹。お兄ちゃんちょっと恥ずかしいよ。

「人間は本能のみで行動するのはいけないと思うんだ。せっかく理性というものを持っているのだから活用しなければならない」
「お兄ちゃん、萌える妹魂(シスコン)のどこがいけないんでしょうかっ!!」

 我が家の父と母は忙しいらしくて朝は朝駆け、夜は夜駆けといった感じだ。あっちこっち飛び回っているらしく滅多に家に帰って来ない。姉も大学に入って一人暮らしを始めたので、これもまた帰って来ない。
 つまり現在、僕と妹の二人暮しというわけだったりする。
 ぽりぽりたくあんを齧りながら、妹の初菜の演説を聞かされていた。ずずっ~。

「あ~、今朝のお味噌汁はおいしいね」
「そうでしょう。今朝はお味噌汁の具にコーンとバターを少し入れてみたんです」
「ああ、味噌バターコーンかぁ。ラーメンでよく聞くよね。もやしとメンマも入ってるし」
「そうなんですよ。……って、お兄ちゃん話を聞いていましたか?」
「聞いてるよ。でも世間一般的に言っても妹魂(シスコン)って良くないと思うんだよね」
「ああ~っ、お兄ちゃんまで世間の常識に毒されているんですね。エジプトのファラオの例を持ち出すまでもなく。古代では近親婚は常識だったんです」
「でも現在では禁止されてるよ。生物学上でも良くないらしいし」
「では、生物学上でなぜ良くないのか、教えてくれますか?」

 う~ん、そう言われると詳しくないから良く分からないよね。でもいわゆる障害を持った奇形児が多く誕生するっていうし、多様性が阻害されるんじゃないかな。どうなんだろう。

「う~ん、よく分かんないね」
「そうでしょう、そうでしょう。本当にどんな障害が起きるのか解っていないと思いますよ。確かに障害が起きるって言われてますけど、それってタバコを吸うと肺がんになるっていうのと同じぐらいではないでしょうか。タバコを吸わなけれな肺がんにならない訳ではないですよね。近親婚でなくても障害を持つ子供が産まれて来る事もあるんです。それに何世代も積み重なったというのならともかく、一世代ぐらいではそれこそ近親婚でない人たちと変わらないぐらいの確率だと思います」
「戸籍上の問題や世間体なんて問題もあるよ」
「世間の常識なんかより、斉藤家のルールです。他人と同じでないとなんて、日本人の悪いところです。わたしは断固として拒絶します。そもそも愛し合う二人に世間の常識なんかどうでもよくありませんか」
「確かに僕は初菜の事は好きだよ」

 我が家にそんなルールがあったとは思えないが、箸を置いてジッと初菜を見つめていった。

「お、お兄ちゃん。……初菜は初菜は嬉しいです。やはりわたし達は相思相愛だったんですね」

 ぱあっとまるでひまわりのような笑みを見せる初菜。

「でも、それは兄妹としてであって、それ以外の意味はないよ」
「ひ、酷い。非道いです。まるでDVそのものじゃないですか……。訴えますよ」

 がが~んとショックを受けているみたいだ。どうしてこんな子に育ってしまったんだろう。両親に相談するべきか、いやいやきっと卒倒してしまうだろう。まずは綾奈(あやな)姉さんに相談してみよう。

「不穏な事を言うんじゃありません。それに妹と恋愛関係にならないからといって訴えても通らないんじゃないかな?」
「ああ!! お兄ちゃんはおかしいです。世間には妹と恋愛したいって思ってもできない兄が沢山いるというのに、その人たちに謝れっ!!」

 初菜がちゃぶ台を叩き、箸を突きつけてくる。しかしなぜ僕が謝らなければならないのだろう?

「なんでそうなるかな? それよりお箸を持ちながら拳を振り回すんじゃありませんよ。お行儀の悪い」
「うるさいうるさいうるさ~い。お兄ちゃんなんか、馬に蹴られてどっかいっちゃえ~!! お兄ちゃんのばかぁ~っ!!」

 泣きながらどこかへと行ってしまう初菜だった。
 でも世間には妹と恋愛したい兄ってそんなに多いのかな? そりゃあ小さい頃から『お兄ちゃん大好き』って言ってたけど、未だに言い続けるとは思わなかった。まあ毛嫌いされるよりは良いのかもしれないけど、その辺り他の兄妹はどうなんだろうか?

 ◇                  ◇

 初菜はどこかへ走り去ったままだ。でも学校にはちゃんと来るだろう。
 という訳で僕は食器を洗うと、学校へと向かった。
 いつもの通学路。今朝もまた学園一のイケメンと噂の先輩は女の子と一緒に登校みたいだ。朝早くから大変だねぇ。
 背後からは黒塗りの高級車が近づいてくる。
 まさか!! いくらなんでも二日続けてなんて事はないだろう。それでも気になって振り返ってみた。後部座席に座っていたのはお金持ちと噂の女の子だ。確か名前は……藤野雪路(ふじの ゆきじ)。その名の通り真っ白な感じのお嬢様だ。
 ……絵に描いたようなお嬢様っているんだなぁ~。漫画の中だけだと思ってた。まあ、僕には関係ないからね。すれ違うとき、にっこりと笑ったような気もするけど、たぶん前を歩いてる先輩に向かって笑いかけたのだろう。でもどこか寂しそうな笑顔だったなぁ。

 校門のまん前に風に靡くツインテールも凛々しい少女が待ち構えていた。校門を潜っていく生徒をはったと見据え胸元で腕を組み、仁王立ちしてるとこなんか実に漢らしい。雄々しいという表現が見事に似合う。
 沢渡有栖(さわたり ありす)だ。なんだか睨んでいるようにも見える。朝から機嫌が悪そうだ。どうしたのかな?

「お、おはよう」

 勇気を出して挨拶してみた。

「おはよう。やっと来たわね。あんたに聞きたいことができたのよっ!! ちょっとこっちに来なさいっ!!」
「ななな、なにかな?」

 耳を引っ張られるようにして連れて行かれる僕と連行してゆく沢渡さん。沢渡さんは『なに見てんだ、ゴラァ!!』という感じで周囲を威嚇している。結構かわいいくて人気もあるのに、そんな事してるからもてないんだよ。

「これから言う、わたしの質問に正直に答えなさい。いいわねっ!!」
「は、はい」
「よろしい。では質問よ。あんた、あの妹とキスしたことがあるんだってぇ~っ!!」
「そ、そんな事したことないよぉ~」

 僕は正直に答えた。まったくもって身に覚えがない。どこからそんな話がでてきたんだろう。
 沢渡さんはジッと探るような視線と窺うような素振りで僕を見つめている。その様子にごくっと喉が鳴った。

「ふぅ~、やはりやつのデマか」
「やつって誰?」
「どうしてくれようか……ふっふっふ」

 額の汗をぐいっと拭い。引き攣った笑みを浮かべ、ぶつぶつ言い出す沢渡さんだった。

「ちょ――――っと待ったぁ――――っ!! お兄ちゃんとわたしは何度もキスした仲なんです!! ちゃんと証拠もあります」

 勢いよく走ってくる妹が「とおっ」と高くジャンプして僕と沢渡さんのあいだに割り込んできた。

「僕にはまったく身に覚えがないんだけど?」
「非道い。酷すぎます。身に覚えがないなんて、あんなに一杯キスしてくれたのにぃ!!」

 僕の言葉にわんわん大泣きする我が妹。周囲の視線が痛い。しかし本当に覚えがないんだけど、証拠ってなにさ。

「そんなにいうなら証拠を出しなさい。あるんでしょ?」

 いらいらしてるのかちょっとキツイ口調で沢渡さんが初菜に言う。

「じゃぁ――――ん!! これで――――す」

 初菜が胸元から取り出したのは一枚の写真。なぜかラミネート加工まで施されていた。

「こ、これって……!!」

 食い入るように見ていた沢渡さんがへらっと口元を緩めた。僕も覗いてみると、そこに映っていたのは小さな男の子と女の子がキスしている場面だ。いくつぐらいの時だったかな? 二つか三つぐらい?

「どうです? わたしとお兄ちゃんはこの頃からラブラブだったんです!! お分かりになりましたかぁ――――」

 自信たっぷりに胸を張ってる。そしてまさかのドヤ顔。妹のこんな表情を見る事になろうとは、お兄ちゃん驚きだよ。

「た、確かに……あんたの言うとおりキスしてるわね。でも、まだ、こどもの時じゃない!! こんなのカウントの内に入らないないわよ!! ええ、そうよ。そうに決まってるわ!!」
「へ、へ~んっだ!! 負け惜しみですね。わたしとお兄ちゃんはラブラブなんです。負け犬さんは割り込んでこないでください、ね!!」
「うう~、そ、そんなバカなぁ――――こんな事ってないわよぉ~!!」

 がっくりへたり込んでしまう沢渡さん。その周りを妹が負け犬と書かれた紙をいそいそと貼り付けていたりする。

「おやぁ~そんなのでいいのなら、ボクも持ってるよ」
「何やつ!!」

 背後から聞こえてくる声。妹の初菜がまるで時代劇の悪代官のように大仰に振り返った。
 そこにいたのは金髪をポニーテールに高く結い上げ、若武者の如く凛々しい少女――弓長十兵衛香津美(ゆみなが じゅうべい かつみ)であった。手には長い弓を持っている。北欧系のクオーターらしく透きとおるほど白い肌と緑色の瞳がキラキラと輝いてる。

「証拠だってあるよ」

 そう言って胸元から取り出してきたのはやはり一枚の写真。印籠のように見せ付けてくる。

「……やっぱり、子供の頃なのね」
「うん、そうだよ」

 沢渡さんが恨みがましい目で写真を睨んでいる。

「う、うそ。うそです。きっとフォトショで加工したに決まってます」
「本物だよ」
「Oh ジ――――ザス!! 道場に通わせるんじゃなかったぁ――――!!」
「ふふん。キスしたことがあるのは君だけじゃないのさ」
「お兄ちゃんの浮気者ぉ~っ!!」

 再び初菜はどこかへ走り去っていった。朝から慌ただしいなぁ。転けるんじゃないよ。

「……優希……キスしましょう」

 思いつめたような目つきで沢渡さんがじりじりと近づいてくる。そこへサッと遮断するように十兵衛が立ちはだかった。

「何を言ってるんだい。だいたい子供の頃にした事がないから不満なんだろうけど、その為だけにキスしたがるのはどうかと思うよ。ボクにはとうてい思いも浮かばないような行動だね。信じられないよ。君はいつもそうだ。そんな事で優希がキスしなければならない理由はないだろう? むしろそういう行動こそ、セクハラというものだ。少しは優希の気持ちも考えてあげたまえよ。君」
「――なっ!!」

 滔々と捲くし立てる十兵衛の言葉に沢渡さんは口をパクパクしてる。言葉が出ないみたいだ。

「優希、こんな自分勝手なセクハラ女に近づくんじゃないよ。さあ、ボクと一緒に教室へと向かおうじゃないか」
「え、えっ?」

 身長百六十センチのボクは百六十五センチの十兵衛に強引に背中を押されながらその場を離れていった。沢渡さんは校門近くで呆然としたままだ。

 ◇                  ◇

「先輩、好きです」

 お昼休み、十兵衛に弓道部へ顔を出すようにとキツク言われてしまったもので、しぶしぶ学園の端っこにある部室へと向かう途中、学園一のイケメンと呼ばれる先輩が女の子に告白されている場面に遭遇した。
 それはいいんだけど、そこから死角になっているところで数名の女の子たちが今にも人を殺しそうな目つきで睨んでいるのが怖い。血の雨が降らなきゃ良いけどねぇ。いやだよ目撃者として警察に聞かれたりするのは……。
 修羅場になりそうな雰囲気の隣をすり抜け、部室の扉を開けて中に入った。
 部室の中は静寂とキンッと張り詰めた空気に満ちていた。雰囲気を壊さないよう足音を忍ばせて、奥へと進んでいく。弓道部の部室は弓を射るために縁側みたいな場所がある。正式名は何と言ったっけ? 前に教えてもらったような気もするけど、忘れちゃった。
 まあそこに十兵衛が正座で座っている。ただでさえ日本人離れしている金色の髪に白い肌で目立つのに、こうしてみると一枚の絵のような雰囲気がある。しばし見惚れていた僕はいつのまにか目を開けて、十兵衛がこちらを見ていることにも気づかなかった。

「やあ、よく来てくれたね」
「えっ?」
「何を呆けているんだい」
「えっ、いや、なんでもないなんでもないよ」

 一瞬どきっとしちゃって口ごもる僕だ。もうすいぶん長いこと友達付き合いしてるのにこういうのって慣れないよね。

「どうしたんだい?」
「え~っと、なんでもないよ。ところで今日呼んだのはどうしてかな?」
「う~ん、君に手伝って欲しい事があってね。都合が悪いのなら仕方がないんだけど、できれば手伝って欲しい」

 十兵衛にしては歯切れが悪い。どうしたんだろう。

「いいよ。いつも助けてもらってるし、大概の事はするよ。できることならね」

 僕はにっこりと笑った。心配性なのはお互い様かもね。友達じゃないか、力になれるならうれしいよ。

「そう言ってくれるとボクもうれしいよ。やる事自体はそう難しくはないんだけど……」
「で、何をするのかな?」

 十兵衛は一度部室の天井を見上げて、ため息をついた。そうして僕の方をジッと見つめてぽつっと言った。

「――――鬼退治」
「…………え? ええ―――――――っ?」

 爆弾発言であった。




 ――――つづく。



[29994] 第03話
Name: ふゆはみかん◆8cd0ce5f ID:cbd0346f
Date: 2011/10/08 21:12

 清く、正しく、美しく!! 第03話

 弓長十兵衛香津美(ゆみなが じゅうべえ かつみ)。彼女は僕の友人であり親友といっていい仲だ。そう自負している。
 弓長家は海辺の町、天木市海晴町の中でも旧家にあたる家柄である。その名の通り戦国の頃から弓の名手として名を知られていたそうだ。今でも道場を持って教えている。僕は弓長家で剣術を教わっていた事があってそれ以来の付き合いだった。でもどうして弓じゃなくて剣術だったんだろう。それが今でも不思議だった。
 彼女の父親はノルウェーだかスウェーデンだかの人で日本には古武術の修行に来て十兵衛のお母さんと知り合ったそうだ。時代小説で日本語を覚えたらしく好きな人物は柳生十兵衛三厳。柳生十兵衛暴れ旅が大好きで鬼平は今一だそうだ。そのくせ蕎麦と軍鶏鍋は好きって言うんだから変わってる。

「――鬼退治」
「……え? ええ――――っ!!」

 十兵衛の口からそんな言葉が聞こえてきた。とっさに耳を叩いてみたけど、やっぱり聞き間違えではないみたいだ。でも、冗談やでまかせを言うとは思えない。これでも長い付き合いだ。僕は十兵衛を信用している。だから鬼退治といえば、確かにそうなんだろう。

「信じられないかもしれないけど……本当なんだ。いつもならボク一人でするんだけど、今回は一人ではキツそうでね。助けが欲しいんだ」
「僕にできることなら手伝うよ。何をすればいいのかな?」
「手伝ってくれるのかい?」
「当然だよ。友達じゃないか」

 どんと胸を叩いて見せた。僕の言葉になぜか、十兵衛ががっくりと項垂れてしまう。どうしたんだろう。何かおかしな事を言っちゃったかな?

「ああ、そうだね。そう言うと思ったよ。まったく君ってやつはどうしてそうなんだろうね。」

 なんだかとても恨みがましい声だ。僕はそんなに友達甲斐のない人間だろうか? そんな風に思われているとしたらショックだよ。

「そんな風に言わないでよ。これでも僕は十兵衛の事を親友だと思ってるんだから!!」

 力いっぱい自己主張した。こういう事はちゃんと言っておかないといけないと思うんだ。
 だけど十兵衛はギロッという感じで睨んでくる。前髪が垂れ下がって、髪の隙間から見え隠れする目が怖い。こんなに睨まれるような事を僕は言ったのだろうか?

「ちょっと黙ってて!!」

 いつになくキツイ言葉だ。十兵衛は胸元を手で押さえて、深呼吸を繰り返してる。

「ああまったくもって、初めてできた友達なものだからず~っと親友だよって言い聞かせて来た事がこんな所で、思わぬネックになるとは思いもしなかった。あの頃の自分に忠告してやりたい気分だよ。まったくまったく、もう。男女の間で友情はありえない。とかしたり顔で言う奴に言ってやりたいよ。何事にも例外と言うのは存在しているものなんだと、これは戦略的観点からも計画を変更しなければ」
「お~い、どうしたんだい?」

 十兵衛は下を向いて何事かをぶつぶつ言ってる。初菜もそうだし沢渡さんもこういう所ってあるんだよね。女の子って解らないなぁ。

「よしっ!! もう大丈夫。落ち着いたよ。話を戻すけど……」

 十兵衛が眉間を揉み解しながら言ってくる。

「強引だね」
「うるさいっ!! ふん、まあいいから聞きたまえよ。……最近、学園一のイケメンと噂の先輩がいるじゃないか」
「いるね。今日ここに来る前も後輩の子に告白されているところに出くわしたよ」
「それだけなら大した事はないんだけど、その周囲で他の女の子たちがもの凄い形相で睨んでいるだろう?」
「うん。今にも血の雨が降りそうな感じだった」

 先ほどの光景を思い出してブルッとしてしまった。

「彼女たちの嫉妬心だとか妬み嫉みなんかの感情が、“陰気”を作り出してさらには彼女たちだけでは納まりきれずに、この学園内に漂いだしているんだ」
「ふんふん、なるほどぉ」
「気の弱い子ならすぐにとり憑かれてしまうぐらいにね。いや、もうすでにとり憑かれた女の子がいる。依頼はその女の子のご両親からだよ」
「ふむふむ。とり憑かれてすぐに弓長家に依頼してくるという事はその女の子は旧家の子なんだね」
「よく解るね。意外だよ。こんなに聡いなんて……できれば他の方向でもその目敏さがあればいいんだけどねぇ」

 十兵衛は驚いて目を瞠っている。やったね、驚かせる事ができたよ。どんなもんだい。

「何言ってるのかな? でも依頼するって事は僕も知らない弓長家の事情を知ってると言う事だろう? そんなのってこの街でも旧家の人間じゃないと分からないと思うんだ。だいたい道場に通っていた僕も知らなかったんだから」
「うんうん。その通りだよ。とり憑かれたのは藤野雪路さんだ。藤野家の跡取り娘さ」

 今朝通学路で見かけた藤野さんの面影が脳裏に浮かぶ。なんとなく寂しそうな表情だったなあ。とり憑かれていたのか、人間見た目では良く分からないものだなあ。

「それでどうするのかな?」
「鳴弦の儀式を行う。――この学園でね。ああ心配しなくても良いよ、略式で行くから。本式なら僕じゃなくて、天木神社の恵さんに来て貰うことになってるからね」
「よくわかんないね。で、結局僕は何をすればいいのかな?」
「僕が弾きだした“陰気”を切り飛ばして貰いたいんだ」
「?」
「だからね、原因は分かってる。どういったものなのかも分かってる。とり憑かれている人も分かってる。あとは強引に“陰気”を引き剥がして消してしまえば終わりなんだよ。幽霊じゃないしね。引き剥がすのと、切り飛ばすのを同時にできないから、助けがいるんだ」
「でも、陰気なんか切り飛ばせるものなの?」
「水面流の奥義、その三。水切りの太刀を使えばいいんだ。あれはそういう技だからね」

 十兵衛が手で切る真似をしてみせた。顔が笑っている。屈託のない笑顔だ。

「ああ、あれかぁ~、おじさんにもの凄くしごかれた技だった。酷いんだよ、おじさん。できるまでごはん抜きだ。なんていうんだ」
「でも覚えただろう。お父さんが優希はしごき甲斐があるって言ってたけど」
「無理矢理だよ。あれもこれもって毎日覚えさせられていたんだから」

 僕が憤慨しているというのに十兵衛はケラケラと笑っている。屈託もなく笑うんだから、酷いよ。

「じゃあ今夜十二時に行うから、三十分前には来てくれ給え」
「うん、分かったよ」
「道具とかはこっちで用意しておくから、手ぶらでいい」
「はいはーい」

 ◇                  ◇

 さて、今夜十一時半に再び学園に向かうことになったのだけど、それには一つ問題があった。
 初菜である。『用事ができたから今夜十一時半に十兵衛と一緒に学園に行くね』などと言おうものなら、付いて来かねない。その所為で失敗しようものなら十兵衛に対して申し訳ないだろう。弓長の家にも迷惑が掛かるだろうし、やっぱり黙っていくしかないかな? でもそうしたら目ざとい初菜の事だ。気づかれるだろう。付いて来ない様に言っておかなければならないと思う。

「う~ん、どうしよう」
「お兄ちゃん、どうかしたんですか?」
「ほえ?」
「ほえ? じゃないですよ。深刻そうにしてるからどうしたのかなっ、と心配してるんです」

 初菜が夕食の準備の手を休め、僕の顔を覗きこんでいた。どうしよう言おうか、言うまいか。

「う~ん、今日……」
「今日の夕食はあじのたたきに白菜のゆずびたし、ピーマンと塩こぶ炒め、なめこのお味噌汁。そしてデザートはわ・た・し。きゃあ~一杯食べてくださいね――――!!」
「じつは……」
「えっ? なんですか? 食事よりもお前が食べたいですか? お兄ちゃんったら大胆なんですね。いつでもWell comeですぅ。ああわたしはお布団を敷いてきますね。ふっふっふ、ちゃぁ~んとコンドームには穴を開けておきますから心配しないで下さい」
「今夜、用事があってちょっと出て行くんだけど」
「いやん、今夜は寝かさないぜ。ですか? おらぁお前はもう俺の物なんだよ。薄汚い牝豚め、ぶひって鳴け。いやんいやん、お兄ちゃんたら鬼畜。ぶひっ♪」

 脳内シナプスがステキなまでに配線不良を起こして妄想が駄々漏れしてる。

「だから帰れないかもしれない」
「……ほえ?」

 両腕を掻き抱いてくねくね踊りながら妄想していた初菜がピタッと動きを止めた。パソコンがフリーズしたみたいだ。再起動するためにはどうすればいいんだろう。どこかに電源スイッチはないかな?

「お、お兄ちゃん……」
「あ、再起動した」

 ぎこちなく動き出す妹。ギギッと音が聞こえてきそうだ。それともカリカリだろうか? 激しくHDDが動いてるみたいだ。

「それはつまり……わたしを捨てて出て行くということですか――――ぁ!!」
「違うよ。用事があってちょっと行かなくっちゃいけなくなったんだよ」
「そうですか……つまりわたしを捨てて、他の女のところに行くという事ですね。」
「だ~か~ら~」
「浮気は許しませ――――ん!!」

 がぉ~っと妹が吠えた。バックにかわいらしくデフォルメされた虎が浮かんでいる。

「どっから浮気なんて言葉がでてくるのかな?」
「そもそもなんですか? 『俺、今夜は愛人のところで泊まってくるから』なんて本妻である妹に向かって言うなんて、どこの火宅の家ですかっ!! DVですよ。DV!!」
「違うと思うよ」
「いいえ。DVです。DVというのは親しい間柄であるにもかかわらず肉体的、精神的暴力を振るうという事なんです。わたしはお兄ちゃんの言葉の暴力によってもの凄く傷つきました。責任を取ってください」
「責任ってなにいってるのかな? 今日はね、弓長に呼ばれてるんだよ。何でも儀式をするから来てねって」
「な・ん・の・儀式ですか――――ぁ!! はっ!! もしかしていやらしい儀式じゃないでしょうね。夜の儀式ですかぁ――――?」
「鬼退治なんだって」
「はぁ~? なにそれ?」

 初菜が目をぱちくりさせる。驚いているようだ。それはそうだろう。

「鳴弦の儀式。なんでも“弓長家の家業”に伝わる儀式だそうだよ。一応僕も弓長の道場で剣術を教わっていたからね。見て覚えておかないとダメでしょ。免許皆伝貰えなくなるし、という訳で一人で行くからついてきちゃダメだよ」」
「ま、まあ確かにそうでしょうね。むむっ、しかし……弓長のおじさんが取り仕切るのなら大丈夫かもしれないし、色々とお世話になってるから……う~む。まあいいでしょう。行ってもいいです。でもっ!! ちゃんと帰ってくるんですよっ!!」

 初菜が胸元で腕を組んで悩んでいたかと思うと、ようやくそう言った。苦渋の判断とはかくなる物かと思わせるほど悩んだ末に出した答えだった。
 しかしこれでなんとか行く事ができる。よしよし。後は今夜の儀式の為にごはんを食べて力を温存しておこう。





 ――――続く。



[29994] 第04話
Name: ふゆはみかん◆8cd0ce5f ID:2e2eed78
Date: 2011/10/14 21:17
 清く、正しく、美しく!! 第4話

 鳴弦の儀――。蟇目神事ともいわれるこの儀式の主目的は、宮中や歴史的にはともかく、現在では邪気祓い、生霊憑きの祓い、男女間の三角関係の解消、離婚依頼、重病人の治癒祈願、失せ物探しなどである。
 今回の儀式の目的である、男女間の三角関係の解消と生霊憑きの祓い。にはぴったりだと思う。
 その方法は夜半の午前十二時から三十分ほど行う。神前に向かって左側に祭場を設置、神饌(酒・魚・昆布その他の海産物・塩・水・果物など)を用意し、修祓後、大祓祝詞を三巻唱える。以上が御魂鎮めの神事にあたり、その後蟇目祭――鳴弦の祝詞を奏上。さらに弓祈祷へと続く。正式には長くても七日程度続け、蟇目祭の祝詞は初日のみ唱える。
 弓祈祷に用いる弓は約1メートルの竹製を基本とし、弦は琴線を使用する。的は奉書紙で作った人形である。その人形の前部に氏名・年齢・性別・祈願内容を記したのち、九字を切って奉書紙の帯をしめる。
 箱に人形を納めて、八脚の上においてから、蟇目の祭文と神言『ひふみよいむね、こともちろらね、しきるゆいとは、そはたまくめか』を唱えつつ、矢を箱に向けて射る。矢を射る回数は状況に応じて、三、五、七回というように奇数回である。
 
 今回は略式であるためにいきなり弓祈祷からだ。
 十兵衛が言うには学園一のイケメンが原因であるために、学園に蟠っている陰気・邪気を断ち切る必要があるのだそうだ。要は学園を舞台に愛憎劇が繰り広げられているため、まずは舞台を綺麗に掃除しましょうということらしい。もっとも儀式の最中にとり憑かれた大元の藤野雪路さんが来るだろうから、彼女の中にとり憑いてる邪気も引き剥がして祓ってしまうらしい。
 学園の弓道場に作られた祭壇を前にして、剣道着に着替えた僕と巫女装束を着ている十兵衛が儀式の時間が訪れるのを待っていた。

「とにかく優希には現れた陰気・邪気を切ってくれればいいから」
「うん。水面流奥義その三、水切りの太刀だね」

 僕は木刀を何度か振って感触を確かめておく。奥義を使うのは久しぶりだからちょっと試してみた方がいいかも。
 暗い道場の中で試してみた。ぶんっと木刀が風を切る音が静かな夜の中に響く。

「良かった。ちゃんと使えるみたいだね」
「久しぶりだから緊張しちゃったけどね」
「もうそろそろ時間が来たみたいだよ」

 十兵衛の言葉に時計を確認するとちょうど十二時になろうとする時間だ。十兵衛が立ち上がって弓を手にする。

「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓え給いし時に生り坐せる祓戸の大神等諸の禍事、罪穢有らむをば祓え給い清め給えと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」

 十兵衛には悪いんだけど、よくこんなの覚えられるよね。言いにくそうだし舌噛みそうだ。
 あ、弓を鳴らした。蟇目っていうだけあって確かに蝦蟇みたいだ。学園に蟠ってる陰気を通じて、繋がってる女の子たちの邪気を纏めて祓ってしまうらしい。

 ――がたっ。

 道場の扉が音を立てる。
 僕はとっさにそちらの方に目をやってしまう。なんとはなしに夜の暗さじゃない。禍々しい気配を感じてしまった。もしかしてもう来ちゃったのかな?
 木刀を握り締めたまま、立て膝になって構えた。
 ぽつっと何もなかった空間に白い点が現れる。

 ◇                     ◇

「ふっふっふ。お兄ちゃん甘いです。大甘ですよ。わたしが後をつけないとでも思ったんですか? それにしてもお兄ちゃん格好良いです。剣を握り締めたそのお姿。よく似合います。道場に通うのを認めたのも、その姿を見たいが為でした」

 初菜は道場の影から兄優希の姿を涎をたらさんばかりに見つめていた。
 はたして優希が感じた邪気は、藤野のものであったのか、それとも初菜が発したものだろうか? そこにさほどの違いはあるまい。
 というか、ちょっと待て。兄優希と妹初菜は年子である。三月四月で同学年なのだ。優希が道場に通いだしたのは三つの年。その頃から兄をそんな目で見ていたのか!! 初菜恐ろしい子。
 初菜の見守る中、白い点は靄となった。優希は漂いだした白い靄――邪気に向かい、剣を振るう。速いというより流麗。重いというより重厚。舞うような軽やかな動き。水が流れるように無駄のない体捌き。板敷きの床。踏み込む時も滑らすときも軋む音のみか足音すら立てない。剣術ではなく舞を舞っている様に見える。木刀よりも扇子を持たせた方が良いのではないか? そう思えるほどだ。
 しばし初菜は見惚れてしまった。

「やばい、やばいです。お兄ちゃん格好良い。とっても綺麗ですよ。お兄ちゃん最高!! きゃあ~お兄ちゃんだいて~」

 初菜が妄想に耽っている間にも霧散していく邪気がカーテンのように左右に別れ、藤野雪路がその姿を現した。
 天承学園指定の制服。白いセーラー服に濃い紺色のスカート。その上に黒いコートを羽織ってる。夜の夜中に制服を着て学園に来るということ自体が異常ともいえるが、そのようなものは彼女の表情に掻き消されてしまう。
 引き攣らんばかりにつりあがった眼。引き裂かれたような口。頬はぴくぴくと小刻みに蠢き、むき出された歯をガチガチ鳴らしている。

「あ、あれはなんですか?」

 初菜は雪路の姿を見て、ゾクッと背筋が震えた。

 ◇                     ◇

 白い靄――邪気が晴れたと思ったら、背後から藤野さんが現れた。
 白い靄が凝って夜気と交わる。ギシッと何かが軋む。
 藤野さんの身体がふわりと宙を舞った。柔らかい動きだ。まるで重力を感じていないかのようである。
 邪気にとり憑かれたぐらいでこのような動きができるものなのか?
 無理矢理とはいえ幼い頃からそれなりに剣術や体術の術理を学んできた。
 藤野さんの動きはそうして学んできたものより遥かに上の高みに立っている。
 ――空しい。
 ふとそんな思いが浮かんできた。
 高々邪気にとり憑かれたぐらいで超えられる様なレベルでしかない。そう思うと修行とか練習が空しくなってくる。

「優希、邪気に飲まれちゃダメだよっ!!」

 十兵衛の声にハッと意識が前を向く。目の前には嫉妬と憎悪に塗れた藤野さんの顔。
 足首を返して後ろへ飛ぶ。邪気がその後を追うように迫ってきた。
 実体はない。気配だけだ。
 軽く息を吐いて止まる。自分を中心に剣の届く範囲を間合いという。
 球形の間合いを広げた。一歩、二歩……三歩。藤野さんが間合いに入る。
 ――捉えた。眼を瞑っても気配を感じ取れる。
 邪気に紛れた藤野さんの気配。その中で邪気のみを切る。

「きえぇ――――っ!!」

 甲高い声。ガラスを引っかいたような耳障りな音だ。声すら変化するのか?
 邪気が近づく。そのすぐ後を藤野さんの手足が襲い掛かってくる。だから邪気をさければいい。そうすれば自然と攻撃は避けられる。
 右。左。上。下。ななめ。
 ――ああ、素人だ。
 そう思う。
 めちゃくちゃに見えて、単純だ。
 動きは早い。動作は軽い。力は強い。
 でもそれだけだ。
 怖くない。――強くない。むしろ弱い。
 邪気にとり憑かれて、身体能力は上がった。でもこの程度か。
 強くなれるわけじゃない。
 ――安心した。
 そう思いながら、高きは洗(はらう)、低きは撃(たたく)、背後より来れば掩(さえぎる)、外より来れば抹(のぞく)、中へ来るは刺(つく)。『洗(せん)・撃(げき)・掩(えん)・抹(まつ)・刺(し)』の“五字”を使い、かわしていった。
 これは十兵衛のお父さんが日本に来る前、台湾で教わった剣術の要諦だそうだ。弓長の家伝にこの要諦を組み合わせたものが僕が叩き込まれた水面流だったりする。実はこれは本来の弓長流ではないのだ。
 秘伝は弓長のお祖父さんと十兵衛しか知らない。

「けぇぇぇぇぇえぇ!!」

 藤野さんの声はすでに叫び声どころか奇声になっていた。
 邪気は藤野さんの中で凝り、密度を高めている。
 動きが止まった。力を溜めてる。
 ギリッと体内の邪気が高まり、弾けそう。

「水面流奥義――」

 どんっと床を蹴った藤野さん。宙を舞い飛び込んでくる。
 軽やかな動作じゃない。重い。

「ぎゃあ――――っ!!」

 悲鳴なのか叫び声なのか、もはや判別できない。

「――水切りの太刀!!」

 床を蹴って上へ飛んだ。
 木刀が紙一重で触れる事無く藤野さんの中にある邪気を真っ二つに切り飛ばした。邪気を切ったのは僕の剣気だ。
 藤野さんの身体が落下する。動かない。
 後は再び邪気がとり憑かないように十兵衛が浄化するだけだ。
 ほっと息を吐いた。

「きゃあ――――っ!! お兄ちゃんすてきぃ――――!!」
「ほえ?」

 道場の隅っこで飛び上がって喜んでる初菜。喜色満面とはこの事だった。というかいつの間に来てたの? お兄ちゃん分からないよ。

「ああ――っ!!」
「きゃあ」

 十兵衛と初菜の声が重なる。
 なに? なに、なに事……?

「しまった。邪気が初菜くんに!!」
「う、うう――っ」

 邪気にとり憑かれた初菜がもだえ苦しんでる。

「……先輩。せんぱい――――っ!!」

 吠えながらも仁王立ちで天井を睨む。ぎりぎり歯を掻き鳴らす。

「初菜」
「ふ、ふざけるんじゃないわよぉ!!」

 初菜の怒号が響き渡った。
 十兵衛が初菜に向かって、浄化の術を掛けようとする。

「だれが、せんぱい、の、こと、が、すき、ですってぇ!! わたしはお兄ちゃん一筋なんだから!!」

 気合によって邪気が弾きだされた。怒り心頭の初菜が邪気に向かって殴りかかる。
 殴る。
 蹴る。
 白い靄である邪気が初菜の暴力によってぼろぼろにされていく。
 凄いというべきか、酷いというべきか……。

「妹の愛をなめるなぁ――――!!」

 右ストレートが見事に決まった。
 こ~ほ~っと機械じみた息を吐く妹、初菜。殺意の波動みたいなものに目覚めているんじゃないだろうね。お兄ちゃん怖いよ。

「愛はかぁ――――つ!!」

 術も儀式もなんにもなしに初菜は邪気を蹴散らしてしまった。
 拳を突き上げ、勝ち名乗りの踊りをしてる。

「あいかわらず非常識な子だよね」

 十兵衛がどことなく、呆れた表情で呟く。

「後始末をしようか?」
「そうだね」

 いそいそと二人で邪気を昇天攪拌していった。妹はまだ踊ってる。

「おにいちゃ――ん。見てぇ――見てくれるなら脱ぐよぉ!! いちま~い」
「脱がなくていい。というか、優希も見ちゃだめぇ!!」

 後ろから十兵衛に眼をふさがれたり、初菜に飛びつかれたり、なんだかよく分からないままに鳴弦の儀はぐだぐだになって終わってしまった。どうしてこうなるんだろう。ほんと、よく分かんないね。

 ◇                     ◇

 戦い終わって夜は開けて、藤野さんを迎えに弓長の家から十兵衛のご両親がやってきた。
 陰気に蝕まれた体を修復してから、藤野さんの実家へ帰すらしい。
 藤野さんの将来のためにも他言無用だそうだ。もちろん僕はこんな事誰にも言うつもりはない。初菜も言うつもりはないようだ。こういうところは信用できる妹だから大丈夫だろう。非常識なだけではないのだ。
 もっとも脱ぎ始めていた妹を見た弓長のお父さんは眼を丸くして驚いてたけど、そしてお母さんのゆかさんにぽかっと頭を叩かれた。

「どうしてですか? 不可抗力で~す」
「黙りなさい」
「はい」

 お母さんのゆかさんの方が強い。かわいそうだと思うけど仕方ないよね。
 
 そしていつもの通学路、学園一のイケメンと呼ばれる先輩は珍しく一人で登校だった。周囲を取り囲む女の子たちの姿は見えない。少し寂しそうだったのが印象的だ。これで良かったんだろうけど、かわいそうな事をしたかもそんな気がした。



 清く、正しく、美しく!! 『鳴弦の儀』編、終わり。
 
 ――――つづく。


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