2011/10/17
Please bear all this in mind, if you will, in the momentous days which lie close at hand.
胸に手をあててよく憶えておいてほしい,我々の目の前に大きな出来事が差し迫っているということを。(故クリストファー・ストーリーと管理人の共同宣言)
神の御用としてクリストファー遺族への寄付としての振込みは一口3000円から有難く申し受けいたします。管理人口座へお振込みいただいた分は14日クリストファーへの口座にすべて移しました。なおクリストファー口座は寄付と言う神聖な行為なので神の御用として神父さまの厳正な管理下にあり管理人は引き出すことはできません。。従いまして返金作業は終了いたしました。その神父さまが来春英国への出張のさいご遺族へもって行っていただきます。拝
スルガ銀行下田支店
普通2952838
クリストファー・ストーリー
皆様からのご誠意をお待ち申し上げます。神の祝福があることでしょう。これは固定記事として当分の間掲載いたします。
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2011/10/14
日・ユの神話には確かに共通点が存在するが、世界的な視点からはどうなのだろうか。
豊穣の神と太陽神にまつわる伝説などでは、豊穣神が毎年、春に蘇り秋に殺される。
そしてまた春に復活するのだが、それを迎えに妻であり母である太陽神が冥界へと下るのだという。その太陽神が冥界へ行っている間は、世界は暗闇に閉ざされ家畜は子を産まず人々は困窮する。そこへ冥界から帰った太陽神と豊穣神が登場し、世界は光と安寧を取り戻すというものだ。この神話などは天の岩戸神話 を彷彿とさせる。
ファラオの命を脅かすとして子供を皆殺しにされそうになった時に、神の助けによりユダヤの子供が救われたとする伝説に基づくとされる『過ぎ越しの祭り』(PASSOVER)も、その発端は遠くユダヤ以前に存在するものの様であり、それが形を変えて日本では『蘇民将来』の祭りとなっている。色んな神様や神話があるもんだなあ〜 (汗)
アメノウズメって知っていました?
Gerizim山で過越(PASSOVER)のため野営するサマリア人。過越しのいけにえを屠ることができるのは,あなたの神,主が与えられる町のうちのどこででもよいのではなく,ただ,あなたの神,主がその名を置くために選ばれる場所でなければならない。(申命記第16章5〜6節)
過越し祭りの前日,食事の準備が完了するとサマリア人は紀元前120年に滅びたサマリアの最も聖なる寺院のあるGerizim山の岩場に集合する。写真で立っている高位の祭司が以下を述べる。「これから述べる掟と法は,あなたの先祖の神,主があなたに与えて得させられる土地で,あなたたちが地上に生きている限り忠実に守るべきものである.................」(申命記:礼拝の場所・第12章1〜6節参照)
The Master saith,Where is the guestchamber,where I shall eat the passover with my disciples?.パレスティナのアラブ人村では二階がゲストルームになっている。聖書の時代,このような部屋は一つの社交であった。ペトロとヨハネは二階で食事の用意をした。「すると,席が整って用意の出来た二階の広間を見せてくれるから,そこにわたしたちのために準備をしておきなさい」弟子たちは出かけて都に行ってみると,イエスが言われた通りだったので,過越の食事を準備した。夕方になるとイエスは12人と一緒にそこに行かれた。マルコ14章15〜17節。
BLOOD UPON THE LINTEL.出入り口の上の横木は血で塗られる。「これが主の過越(すぎこし)である。その夜,わたしはエジプトの国を巡り,人であれ,家畜であれ,エジプトの国のすべての初子を撃つ。また,エジプトのすべての神々に裁きを行なう。わたしは主である。あなたたちのいる家に塗った血は,あなたたちの徴(しるし)となる。血を見たならば,わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき,滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。(出エジプト記第12章11〜13章)
過越祭(Passover)の食事はいつも定められている。「そしてその夜,肉を火で焼いて食べる。また,酵母を入れないパンを苦菜(Bitter herbs)を添えて食べる。(出エジプト記第12章8節)
主の過越祭りである。いそいで食べよう。「肉は生で食べたり,煮て食べてはならない。必ず,頭も四肢も内臓も切り離さず火で焼かねばならない。それを翌朝まで残しておいてはならない。(出エジプト記第12章9〜10節)
聖書ものがたり・申命記参照
管理人はキリスト教徒ではないのですがブログをはじめたきっかけは何も知らない自分が恥ずかしかったからです。藤沢のルーテル教会で幼児洗礼は受けましたがまったく教会や聖書には無縁でした。しかし,洗礼を受けたときの記憶は残っているのですがその後何回もあった絶体絶命の時,何者かが背後で押してくれたことは多々あったのでした。
日本に既存していたその文化は、恐らくはユダヤ民族という概念が誕生する以前に遡る時代の話しである。
その証拠に私達にはユダヤに見られる『神との契約』の記憶が無く、選民意識も存在しない。『神との契約』という衝撃的な出来事が起こっていたならば、ユダヤ民族に見られる様に決して忘れることなど出来ないであろうからだ。
中世あたりから『神州日本』的な考えは存在するが、それは恐らくは『元寇』辺りから一般的になったものだろう。そして帝国政府が戦争遂行の為にそれを利用し、最後は
『神風特別攻撃隊』なる理不尽な攻撃の大儀名分として大日本帝国とともに絶命した。
偽書とされる幾つかの古文書では、視点が政治的な主流に逆らっている為に内容の如何に係わらず一切認められていない。
そこでは世界的に活躍する私達の祖先の姿が活写されていたりするが、アカデミズムからは一笑にふされ、顧みられることはない。
正史的な解釈からは当然であろうが、その正史として唯一認められている『記紀』にしても多くの矛盾と欺瞞に満ちているであろうことは否めない。
日本神話では妻のことを妹というが、ユダヤでもやはり同じである。またソロモンが契約の箱をダビデの町から神殿に移した時に雲が神殿に満ちたという。
その時にソロモンが述べた誓いと、スサノオが詠んだとされる和歌『八雲たつ出雲やえがきつまごみに やえがきつくるそのやえがきを』が殆ど同じ意味だという。
研究者の中にはヤクモとイズモはヤコブとエドムであると指摘する人もいるらしい。
『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)には何と1〜2万年前の亜氷期の記憶が記されている。この時期に温暖だった気候が寒冷化し、平均気温が低下したのだが、このことは山の幸で十分に暮らしていけたものが、農耕による食料生産の必要に迫られたことを意味している
ディテールは異なるが、山本建造氏も乗鞍岳(のりくらだけ)付近に生活していた人々が気候の寒冷化により平地(現在の岐阜県・高山市付近)に移住したという説を発表されている。
山本氏の場合は乗鞍山麓に居住していた人々が原日本人だとされていて、飛騨から出雲や奈良へ人々が遣わされ、外国からの脅威に備えていたのだとされている。
しかし平地に降りて農耕が必要となれば、武力以上に権力を握る武器となるものがある。農耕技術がそれだが、九州に渡来して日向に拠点を築いていた日向族にとって日本を支配する絶好のチャンスが到来することになった。
この日向族は恐らくはヨセフ族であり、増長した彼らは自らを天から下ったもの天孫族と呼称するようになる。高千穂に降臨した天孫とは日向族であったが、彼らの覇権を目指す闘争は未だに全国に広がる様なものではなく、九州の一地方での戦いでしかなかった。後に東征して近畿地方で天下の覇権争いを繰り広げた相手は、皮肉にも後に同じユダヤ系渡来氏族といわれる人々であった。
結局は日向族 が勝利したが、日向族もナガスネヒコも自分達が後世には同じ部族としてひと括りにされるとは知る由も無かった。
この闘いの後に近畿に勢力を築いた日向族は、ワカミケヌ(神武)の時代に最盛期を迎える。そして神武は彼の詠んだ和歌のなかで、自身の妻を妹と表現している。
これはユダヤ独特の表現であり、日向族とはその昔、僅かの種籾を携えて日本に渡来してきたユダヤ系の人々であった証拠でもある。
そして神武を先頭に日向族の東進が始まる、古代史に有名な神武の東征である。
しかし、これには異説も存在する。山本建造氏は岐阜県の飛騨地方にある『位山』に神武の墓があり、神武の本当の名は『サヌ』であり、その昔は地元の古老が嫁にその経緯を語って聞かせたという。
山本説によると神武は東進した大和でニギハヤヒと対峙するが、やがて神武とニギハヤヒはお互いの先祖が同じであり、かつては陸路と海路に分かれて出発した同じ一族の同胞であると判明する。更に出発前に先祖同士が交わした約束により、ニバハヤヒは都を神武に譲ったとされている。
つまり、ここでも渡来人が既に大和に居住していた可能性が示されている。しかも先祖同士の約束をちゃんと履行する律儀さは、多分に日本人らしさを示している様に感じさせる。
ユダヤ系渡来人である日向族が、同じくユダヤ系とされるナガスネヒコとアビヒコの兄弟が支配するヤマタイ国を撃破し得たのは、ひとえに剣の力だけではなかった。
ヤマタイ国の指導者である二人の名前にはヒコが付く が、水上氏によればヒクソス と呼ばれる民に由来するものらしい。ヒクソス とは500年以上もエジプトを支配し、契約を交わしてエジプトを出て行った民族とされ、ヒク=王・ソス=牧人という意味であるらしい。
日向族(ひゅうがぞく)ってな〜に?
だが、古代史研究家の水上涼氏が家紋を研究したところ、イスラエル12支族の全てが日本に渡来していることが判明し、著書『ユダヤ人と日本人の秘密』(日本文芸社)の中で詳細に解説している。
とすれば、「出雲族」と「日向族」の対立は、イスラエルの「10支族」と「2支族」の対立とも無関係とは思えない。
イスラエル共和国の再建まで、ユダヤ人は国を持たない放浪の民と言われてきたが、実は古代日本列島に民族移動し、世界で最も古い歴史を持つ「日本」という国の建国者だったのだろうか……引用はここから
ヒクソスと出エジプト記
ヒクソスの学術的解説(Wiki)
聖書ものがたり・出エジプト記
名前にヒコを付けるのは、その流れを汲む人々であるとの説があった。つまりナガスネヒコ、アビヒコは渡来人の支配者だったと思われる。
このヒクソスはエジプトを脱出後 、ユダアと呼ばれる国にエルサレムという町を造ったと伝えられている。このヒクソスとはエブス人のことで、中国の神話時代に活躍した夷と呼ばれる人々がそれで、日本では彼らをエビスと呼んでいた。
これは古代日本とエジプトとに交流があった証かも知れないのだ。
エブス人
「創世記」10章15-18節では、長男シドン、ヘト、エブス人、アモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アキル人、シニ人、アルワド人、ツェマリ人、ハマト人の11の氏族を総称して「カナン人の諸氏族」と呼んでいる。そのカナン(現パレスティナ)人はいち早くゴシェンに住んでいたセム族であったかどうかの記述はどこにもない。
その日,主はアブラハムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで,カイン人,ケナズ人,カドモニ人,へト人,ぺリジ人,レファイム人,アモリ人,カナン人,ギルガン人,エブス人 の土地を与える」<創世記・Genesis15:18>
天照大神は孫のににぎのみことにいった:お前にこの瑞穂の国を与える(古事記)
ニニギノミコト
聖書ものがたり・創世記
えびす様
さて気候が寒冷化したが故に、狩猟と採集で生活の糧を得ていた日向周辺の国々はたちまち窮地に瀕した。
一方では小勢力ながら農耕を糧としていたワカミケヌ(神武)達は、それほど困ることもなかったのである。そして日向族の前に多くの国々が膝を屈したのである。
このことは全く経済力の差であり、力ばかりが戦の勝敗を決定するものではないと日向族に実感させたことであろう。
それは東征を目指した神武が、突然に熊野川を遡り当時としては貴重な辰砂をわざわざ求めていることでも判る。この辰砂は朱の原料となるもので、後には大陸への貴重な輸出品として政権の経済を支える物のひとつである。
神武達は飢えに苦しむ集落へ稲作を教え、見返りには法外な指導料を取り力を蓄え、時には武力で制圧し、時に政略結婚などの懐柔策を用いて、その勢力を伸ばして行った。
出雲の伝承では神武は七人いたというが、恐らくは七代はオーバーにしても複数代に渡ってこの東征が成し遂げられたものであろうと推察される。伝承を信じればその何代かの日向族の長が、神武という一人の人格に統合されて現代に伝わっているに違いない。
それはまた日向族の偉大さを誇張する為に、後世に成って『神武』という偉大な人物が捏造されたという可能性をも示してはいないだろうか。
日本では古来、支配権を握った勝者が、歴史を自分達の都合に合わせて改ざんすることが、当然の如くに行われていた。それは、多分にユダヤ的な行為でもあり、日本史の中では後世の政権も常に同じことを平気で行ってきた。
現代では有名な豊臣秀吉も、江戸時代には庶民から忘れ去られていた。無論、豊臣から政権を奪った徳川の政治的な方針により抹消されていたからだ。
それが復活したのは、やはり明治新政府の政治的な狙いによる。それは徳川前政権を、悪者に仕立てたいが為の方策のひとつだった。
前に挙げた『記紀』(管理人注 :日本書紀と古事記の略称)もその例に漏れず、勝者となった日向族の都合に合わせて編纂されたものであろう。
記紀に関しては「景教と弘法大師空海」参照
だとすれば古事記のイザナギとイザナミのシーンも、自分達の習慣・風俗に合わせて記述したに違いないから、日向族はユダヤ系渡来民と考えられるのである。
そして敗者の側の記録は一切が異端として認められず、闇へと葬り去られる。
『東日流外三郡誌』もまた、このような敗者の記録であり、密かに伝えられた歴史書のひとつであるのだ。
このような捏造の繰り返し が今日の日本史を歪め、矛盾と誤謬に満ちたものにしてしまったのだ。
統一協会の大学教授が物凄い勢いで急増しています。奨学金を出してもらったからでしょうか。
だがどちらにしろ、ユダヤ系の渡来人と思われる勢力が日本の中心に腰を据えたことに変りはなく、彼らはやがて大王や大君と呼称していた王権を『天皇』という、より尊大な呼び名に変更したのだった。
そして彼らが拠点とした近畿地方一帯が、つい400年前まで日本の中心として繁栄し政治・文化の中心であった。
祇園祭はイスラエルのシオンからきたもの
祇園祭は、古代イスラエルのシオン祭りがルーツであるとも言われており、どちらも疫病を払うもので、7月1日から1ケ月間祭りは続き、ノアの箱舟がアララト山に漂着した7月17日にクライマックスを迎えます。 これは、シルクロードの果てから、新羅経由でやってきた最強の渡来人で、実質的に日本をつくりあげた秦氏が、古代イスラエル文化を日本に伝えたものと考えられます。
平安京をつくったのは桓武天皇ですが、その技術・資金の大半は全て秦氏のものであり、祇園祭を主催する八坂神社をつくったのは秦氏であります。 というか、日本の神社は八坂神社に限らず、秦氏によってつくられたものです。
古代社会でも最も有名な帰化人といえば『秦氏』であろう。聖徳太子の側近に秦河勝(はたのかわかつ) が居り、この人が宮廷での雅楽を世襲してきた東儀家の遠祖といわれている。河勝は渡来人であり、秦の苗字が示すように秦氏の出身であろう。
秦氏は雅楽、絹織物、土木、農耕などの技術を持っており、その技術を背景に巨大な富を蓄え政治的にも影響力を及ぼすようになった。
その秦氏が主導して作り上げたのが平安京であるという。これはヘブライ語のイールシャローム(エルサレム)を日本語にすると平安京となるのだそうだ 。そればかりでなく、何とエルサレムの付近にはキネレット湖があり、これは琵琶の意味だそうでエルサレムという街の名とキネレットという湖の名をそのまま写したのが平安京と琵琶湖だといえよう。
政治の中枢が江戸に移ってからも、経済の中心として命脈を保ち続けたことは奇跡的な出来事といえるのかも知れない。
その理由として私的には、やはりユダヤ以前から続く大きな文化的なベースが存在し、それがユダヤに残った伝統的なものと重なったことにより更に強化されたからだと考える。(引き続き了解をいただいたここの管理人様の記事を解説・編集・要約しています)
よくメールを戴く読者からの転載です。
こんにちは、Tatsujin様 XXです。
その岐阜県の高山市民のことですが、数年前に行なわれたミトコンドリアDNA検査で、市民の50%以上が、いわゆる「縄文人」と言われる人々だということが判明しています。
きわめて特徴的な分布を示していたと当時のニュースで見た覚えがあります。
おそらく、中部(に限らずですが)の山岳地方の人々の中には、いわゆる「まつろわぬ民」として追いやられて定住した人々(生活としては狩猟、炭焼き、マタギ、などなど)が多数いたのではないかと推察します。
それでは失礼します。
まつろわぬ民ってな〜に?
「まつろわぬ民」であった日本東部の民・蝦夷 (えみし、えびす、えぞ)がヤマト王権・朝廷により東北地方へと追いやられながらも守り続けた伝承とする説が唱えられている。
蝦夷は統一国家に抵抗していた 。
蝦夷征伐
卑弥呼の正体
ヒクソスから帰来した渡来人
2CHは玉石混交ですね。
この世には決して知ってはならない文字がある 。
1 ■サンカについてのサイト
ついさっき、サンカについてのサイトを訪問したら、再開していたので、是非このサイト「熊野ライフ」掲示板参照をー
http://www.kumanolife.com/blobee/bbs.cgi?ffpnDw3YMcHVA
サンカくらいが天然痘患者を受け入れる集団だったように、包容力のある平和的な集団だった。
そして唯一サンカを受け入れたのが被差別部落だった点や、その生業を考えると元々の列島先住民生き残り集団に様々な流れ者が流入した集団なのではと思う。
上記BBSより
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2011/10/10
「東海アマさんのBBSより」
イルミナティ13人評議会、魔術師の秘密結社の謎
投稿者:あのに 投稿日:2011年10月12日(水)23時41分19秒 通報 返信・引用
イルミナティの核であろうと私が考える13人評議会について、以前書いた。私のはたいした内容でないので、まず次のところを読んでほしい。
LEGACY OF ASHES
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/43.html
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/211.html
http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2008/09/post_ea8f.html
さてはてメモ帳 Imagine & Think!
http://satehate.exblog.jp/16401995
さらに起源と彼らの不可視操作について考えたい。その起源はスキタイ・ハザール王国にあるであろうと考えている。この起源にかかわる推測は、そのうちアップしたい。ヴァチカンよりもおそらく古い歴史をもつこの組織には、いろいろ名がある。13人ドルイドカウンセル、13人評議会などだ。私はこれを、魔術師の秘密結社と呼ぶ。これが、なぜ知られてこなかったかを考えたい。この組織がスキタイ・ハザール王国の人家畜管理の伝統を、イルミナティの伝統として、2500年以上にわたって継承したにもかかわらず、歴史文献にはいっさい登場しない。この魔術師の秘密結社が、現実に存在の痕跡を残しているが故に、逆説的に存在していたといえるのである。不可解な痕跡として、17世紀ドイツでは薔薇十字団として錬金術、賢者の石、不老不死薬などの関心の痕跡を残し、19世紀イギリスでは降霊術の関心をひきおこす。ここに魔術師の秘密結社が、隠れて存在していた証拠である。
彼らの不可視操作を考えてみることは、重要である。存在の痕跡はどのように隠されたのだろうか。組織の隠蔽、情報の消滅について考えてみよう。秘密組織、例えば秘密結社や諜報組織の中などに何重にもわたって入れ子状になった組織を作る。こうすれば、情報をここに置いておけば、長い年月の間にその情報は自然消滅する。これが歴史上に不可視にするテクニックだろう。
事実が出てきてしまった場合の対処法がさまざま考察され、実施されたであろう。そういった場合は、UFO問題が、この見本市である。たとえば、MJ−12のクーパーの暴露である。同種のニセ情報をおとりにしてマスメディアで皆の注意をひきつけ、最後に両方ともニセであることにしてしまう。情報を葬り去るには、矛盾や誤りを含んだトンデモ情報が使われる。否定するには、権威アカデミズムの活用は、もっともよく使われる。権威アカデミズムなどが否定すれば、目の前に存在するものも存在しないことになる。催眠術でよくある現象だ。目に見えていても、当人の意識上は不可視であり、存在していない。
ほかにユダヤ儀式殺人、ユダヤ迫害、ホロコーストの真実、戦争の計画 革命暴動 虐殺の事実、金融経済の偽装などあらゆることが該当するだろう。現代文明すべてが彼らの魔術の結果の虚妄の狂気のシステムであるが、現実生活はまともな現実に一応見えるところがみそである。したがって、このメタ現実がいかに虚妄の狂気であるか意識できないのである。
さらに意識の領域までもカバーする不可視操作、意識のブロック法がもちいられている。魔術師によって、意識の領域まで不可視化が計られているが、このため様々なオカルトシンボルが用いられている。オカルトシンボルの目的は、意識の深い領域までも人々を洗脳するためだ。オカルトシンボルに目を向ける多数の人びとに向かって意識操作者が洗脳したり、意思を投げかけ不可視になるようブロックするわけだ。すなわち儀式によって、オカルトパワーを全世界の人にひろげ、精神のおりの中に封じ込めるのである。意識の領域にまで、魔術儀式によって隠蔽がされているため、1000年以上も不可視を保つことができたのである。これは、きわめて古い時代のシャーマニズムまでさかのぼる方法だろう。
こういった魔術を使った不可視法、洗脳法が使われているため、なんらかの手段で洗脳を解かねば、このイルミナティマトリックスから我々人類が簡単には逃れることはできず、まるで夢の中のように生きることを余儀なくされるのである。
上記記事に関しまして質問がある方はコメントに投稿ください。出来る範囲でお答えいたします。(管理人)
世界を支配する黒魔術 その1
世界を支配する黒魔術 その2
世界を支配する黒魔術 その3
時近ければなり その1〜9
時近ければなり その6では黒魔術の源流が分かります。
時近ければなり その8 のバチカンの逆さ十字の意味は怖いですよ。
おやおや一年ぶりにPC猫が登場しましたね。何を言いたいの?猫いわく,反キリストが世界を滅ぼすと。猫またいわく,逆さ十字は反キリストだとさ。
そういうことか,猫よ。キリストなんてチャンチャラおかしいということだな。猫またいわく,バチカンの崇拝しているのは下をみよ,だとさ。
マー君も負けてはいない。PC猫はカトリックの第二正典「ベン・シラの書」 を読んでいないな。これはご主人から最近教わったんだけどPC猫のように短絡的に考えては駄目ということだな,と。
律法を守ることは、多くの供え物に匹敵し、
掟に心を留めることは、和解の献げ物に、
他人の親切に報いることは、穀物の献げ物に、
施しをすることは(喜捨とか布施の意味)、感謝の献げ物に匹敵する。
主に喜ばれるには、悪事に手を染めず、/贖いを受けるには、不義に手を染めないことだ。(ベン・シラの書第35章・1〜5節)
マー君は一人つぶやく......簡単に正解を与えられて満足する、一般人にはならないほうがいい。真実は・・・どんな答えであれ・・・あなたの出した答えこそが・・・正解なのだから,と。
スー君はいう。いつの間にかマー君がPCの中へ入っちゃったよ,と。
まあいいや,とにかく寝ようか。あとでプロレスごっこしようっと。
初めての方は左の目次にカーソルをあてクリックすると記事を読むことができます。とくに地震がらみの記事は龍神雲現る あたりからお読みください。
13人評議会(ドルイド)の記事は かなり下の方にあります。その意味分かりますね。もし英語で書いたら即殺されるからです。リンクは貼らないように。
ジョン・トッドのこと
イルミナティと魔術
ジョン・トッドの現状
3.11以降見ている人も多いのでもう嫌なのですが上の写真は左が元召使(侍女)のシェリー,右が元イルミナティ11位階暗黒の母のシスコさん。真ん中の変なおじさんは管理人。暗黒の母は反キリストの悪霊軍団の司令官として189の血流に一人ずつ配置される。シスコさんはナンバーワンでありロスチャイルド家のマドンナだった。2008年1月FEMA CONCENTRATION CAMP強行突破の朝ポートランドのモーテル前で 。
ポートランド・CoffeeCreekのFEMA CAMPへシェリーの運転で強行突入する(右の座席はシスコさん)。監視カメラがあるので顔を隠してと皆慌てて隠した。その後警官が多数いたがシェリーがにこやかには〜〜〜い!と手をふり政府関係者と思ったのだろう。後は何事もなかった。
ここに歴代米国大統領のリストがある。 シスコさんの曽祖父は18代大統領のユリシーズ・グラント(悪魔主義者)で50ドル紙幣になっている。20代のジェームズ・ガーフィールドはパリの秘密結社大東社の元グランドマスター(33位階)だったが結社の指令ですぐ暗殺された。
ジョン・トッドは1994年初頭刑務所から出所直後ヘリコプターで運ばれ殺されたとする説が横行しましたが管理人の極秘情報によると最近まで生きていたかまだ生きている可能性もある。デヴィッド・アイクの書いているものを読むと,シスコさん,アリゾナさん,そしてジョンの口述によるものであろうことはたしかです。ジョンはオカルト儀式を経たコリンズ家出身で記事にもありますが世界最高の議決機関13人ドルイドカウンセルのリーダーでした。みなさん,知能指数はかるく200を超え話し出したら何日でも何週間でもアウトプットできる教育を受けているからです。
何回も書いていますが以下はオカルト儀式の様子です。イルミナティ結成記念日の5月1日とハロウインの前日に行われます。今年もまたオカルトパワーで圧倒するコリンズ家がグランドマザーをつとめた。オカルトなんて! 世界の出来事はすべてここで決められるのです。そしてホワイトハウスの頭上に君臨するブラックハウスが指示を出すのです。オバマなんてPUPPET(人形)がステージショーを演じているに過ぎないのです。
人形達のステージショー参照
『描写するのは,高位の悪魔主義者らによるある極秘集会の様子である。それは元イルミナティ最高位の13位階で,キリスト教徒になっていたが消されてしまった。彼(ジョン・トッド)の体験は1955年に遡る。この集会は年に二回行なわれるもので,ロスチャイルド家はじめマザー・ファミリーのすべてが顔をそろえる。その時玉座についていたグランド・マザーはコリンズ家の者だった。コリンズ家が表舞台に出てくることは,まずない。というのは,彼らはロスチャイルド家やロックフェラー家以上のオカルト・パワーを持っているからだ。もちろん,コリンズ家も金儲けのために為替取引などそれなりの経済活動はする。.......さて,グランド・マザーのコリンズは黒い衣装を身に纏い,黒檀と金で出来た月型の玉座にいる。玉座は足でペダルを踏むと自動的に回転する。彼女の後ろにはグランド・カウンセル(総評議会)の13人(達人注:世界最高の意志決定機関である13人ドルイドカウンセルのこと)が坐っている。この時の最高位はグランド・マザー(管理人注:イルミナティの最高位階13階級のことででシスコさんは11階級の暗黒の母であった)にあり,この時のグランド・マザーを務めたコリンズ家の女性は,50代半ばでと思われ,声は深く尊大,体格は小柄で, 大変な圧迫感を持っていた。彼女は玉座にあって,おびただしい数の宝石で身を飾っていた。初めになされたことの一つは,彼女の足下に小さな黄金の煉瓦(れんが)を置くことだった。彼女の子とおぼしき少年が二人(一人はトム・コリンズで後にイルミナティにより射殺されたとされるが?? )玉座の近くにいた。格の面でも権力の面でも高位の者だけが玉座に近づくことができるのだから,この光景はコリンズ家の二人の少年が大きな力を持っていたことを示している。(管理人注:もう一人のこどもはジョン・トッド・コリンズと考えていいだろう)その少年らが書類を配布する。そこにはこれから起こることが書き込まれた”予定表”が載っていた。これに基づいて盛んに論議が交和され,悪魔の統一世界政府実現に向けて過去六ヶ月間に世界で起こったこと,近い将来に起こされる”計画”が話し合われた。
また計画通りに運ばなかった事柄も話されたし,モーゼの十戒を収めた約櫃(やくひつ)についてアフリカのどこに隠されているかが討議され,約櫃を模した儀式が行われた。そうしたあと,代々の悪魔主義血族から選ばれた七人の子が白い衣装で連れてこられ,グランド・マザーであるコリンズの前に引き出された。子供らは彼女の前にひれ伏して祈った。彼女は蛇を巻きつけた笏(しゃく)を上下に振るって床を打ち,志願した子供を一人一人承認していく。すると承認された七人の子のために新たに七人が〜一人につき一人が〜生贄に供され,承認された子らの名が,生贄となった子らの血を使って鷲ペンで記録される。子供らは神を冒涜する言葉を与えられる(注:これはテンプル騎士団の儀式と同じ) 。グランド・マザーは玉座を回転させ,「13人ドルイドカウンセル」の方を向いて宣言した。「これが明日の世代,選ばれし少数の者」。ここで決まることが漏れることはない。しかし拙稿で書かれていることは漏れるはずがない話である。』管理人
13人ドルイドのメンバーのシビル・リーク トラディショナリスト。占星術師。世界で最も広く読まれているオカルト本の著者。11冊以上出版。13人のうち6人までが魔女(WITCH)。
PS:すこしいつもの悪い癖で長くなってしまいました。 先日のインドからの修行僧のことで少し書きたいと思います。メールを戴いた方は比丘尼 で曹洞宗女性の修行僧です。
比丘は男性,比丘尼は女性。中国、韓国、日本の仏教において、歴史的に広く用いられてきた律である。比丘は二百五十戒を遵守する。 現状において、日本では完全に僧伽が消滅しているため、律宗などで儀式上の必要から、形式的に受戒する場合、中国などから戒師を招来する必要がある。
戒律の条項は以下の通りである。
波羅夷法[四ヶ条] (これを犯した場合、僧伽を追放されるもの)
婬戒 : いかなる性行為も行なわない。
盗戒 : 盗心をもって与えられていないものを取らない
殺人戒 : 殺人を犯さない。
大妄語戒 : 未だその境地を得ていないのに悟りを得たなどと嘘をつかない。ただし自信過剰による思い上がりの場合は除く。
僧残法 [十三ヶ条]
不定法 [二ヶ条]
尼薩耆波逸提法 [三十ヶ条]
波逸提法 [九十ヶ条]
波羅提提舎尼法 [四ヶ条]
衆学法 [百ヶ条]
滅諍法 [七ヶ条]
剃髪
僧侶の規律として剃髪がある。頭を丸め(丸刈り)て悟りの境地へ達する"解脱"への第一歩とされる。剃髪の由来は、釈迦に倣ったものである。古代インドでは、頭髪を剃るのは最大の恥辱とされ、重罪を犯した者に対する一種の刑罰であったが、釈迦は自らの解脱のため進んで剃髪した。それに弟子たちも従ったものである。
なお、罪人の髪を剃る刑罰は、中国の髠刑や日本の天つ罪に対する禊など広く見られるものであった。
剃髪した僧侶が、還俗して髪を伸ばすことは蓄髪(ちくはつ)という。
近年有髪の僧侶もみうけられるが、現代日本の伝統教団には、一部を除き具足戒を受ける習慣がなく、彼らは厳密には僧侶(比丘)ではないので問題はないとも言える。
ご本人は「はせがわせつこ」さんという方なのですが二回目のメールを読んで右足の痺れ,麻痺,痛みがまったくなくなりました 。記事にしたシンクロ同様不思議な現象がまた起こりました。まだオフレコなんですがバングラデシュにはマイクロファイナンス(小額融資)のグラミン銀行 というのがあります。不可触民(朝鮮では白丁のような人) には金利100%でも融資を得ることは出来ないため30%くらいでファイナンスしミシンなどを買い自活させるプログラムなのですが近年金儲けの輩が急増し30%の金利を払えないため自殺者も出ているそうです。将来はせがわせつこさんと会い一度現地にいってこの話,つまりもっと金利を下げるか無金利にするマイクロファイナンスを提案する予定なのですがまだアイデアの段階です。管理人が行けなければどなたか読者の方に行ってほしいと思います。もちろん渡航費などは出させていただきます。資本として提供する考えもあります。とりあえずクリストファーの方に目標の寄付をしてからになります。このマイクロファイナンスはドイツで始まったそうです。こういうことで利益を得るのが「グラミン銀行」でありノーベル平和賞まで貰っちゃって本当にいいのでしょうか。これではサラ金です。金利をとるという考えはイスラム法に反するわけでファイナンスされた人がある程度成功したらまとめて金利を払うようにしないといずれこのシステムは崩壊するかもしれませんね。管理人は高額の年収を捨て1998年1月から2006年5月までどこの宗派にも属さない形での在宅出家をしていましたので比丘尼である長谷川さんの心の内が痛いほどわかるのです。管理人はあるとき通帳を見るとうん億円近い数字があったので驚きましたが,な〜んだこんなものなのか.........ちっとも幸せじゃなくかえって社員を首にしたりその生き亡霊が出てきたりお酒に頼る生活をしていました。結局はそんなカネ,カネ,カネのratioでは駄目なんだと気がついたのは52歳になったときでした。そして2006年6月かってに環俗し「ゲームの達人」のブログをはじめたのです。
僧(そう)は三宝の1つで、「仏教の戒律を守る、男性の出家者(比丘)・女性の出家者(比丘尼) の集団」を言う。サンスクリット語ではサンガ(saṃgha संघ)であり、それを音写したのが「僧伽」である。今日では個人を「僧」と呼ぶことが多いが、原義として、僧とは具足戒を受け、これを守る出家修行者たちの集団をいう。
僧伽(サンガ)は、一般に「僧団」と言いかえることもできるが、釈迦当時の時代はもちろん、現代においても上座部仏教、大乗仏教を問わず、在家信者を含まない純粋な、出家者たちの共同体である。しかしながら、日本仏教の各宗派の教団は、戒律を守る複数の出家者が存在しないため、定義上、僧伽(サンガ)ではない。
比丘・比丘尼は、出家者における男女の区別によるが、いずれも具足戒をうけた出家修行者を指す。そのもとのことばは「乞食」を意味している。出家者として全く生産に従事しない比丘・比丘尼は、他者から布施されるものによって、生活を維持している。衣は糞掃衣を着し、食は托鉢によって得たものを食し 、住は森林や園林に生活したのが、これら出家者であり、現在でも比較的これらに近い生活形態は、東南アジアの上座部仏教圏で見られる。(Wiki)
上座部仏教圏とは?
しかし,後に 「上座部仏教」. として継承されていった仏教の歴史において,比丘尼サンガの 継承は途絶え,比丘サンガのみが今日まで伝えられてきた。そのため,スリランカおよび 東南アジアの上座. 部仏教圏では,女性が比丘尼として出家することは不可能である ...(神戸大学PDF)
これがゴシェンの地からはるばる朝鮮半島を経て日本にやってきたアラム語を話すセム族秦河勝(はたのかわかつ)の末裔サンスクリット語でいうサンカ(山窩)の原型ではなかったのか?(サンガ(saṃgha संघ))
Wikiにある比丘や比丘尼は「住は森林や園林に生活したのが、これら出家者であり」とありますがはるかゴシェンの地から半島経由で渡来したサンカ(山窩)もそういう生活をしていたのでしょうか。出家者の集団として日本に密入国したので当然国籍はなかったのでしょう。その人たちが田布施町の朝鮮部落に集まったということがもし事実であるのなら彼らを成りあがらせた勢力はまさに慧眼ということでしょうね。封印された古代文字との関連参照 した上で皆さんと一緒に考えていきましょうか。
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