2009年現在、子供の頃にテレビで見た「鉄腕アトム」の世界はまだ実現していない。ロボットは今、どこまで進化しているのか。そしてわたしたちの未来と、どうかかわっていくのか。ロボットテクノロジーが生む新市場づくりに尽力する、石黒周氏に話をきいた。
ヒューマノイドロボットにあえてこだわらない
大阪の次世代ロボット産業創出拠点「ロボットラボラトリー」を主宰する石黒周氏。技術の情報提供やビジネスマッチング、人材育成、開発・実験実証支援など、次世代ロボット産業を盛り上げる活動を行っている。ロボットテクノロジーが生む新市場づくりにおける、キーマンのひとりだ。
その石黒氏が言う。
「『鉄腕アトム』の世界は50年後にやってくるかもしれないし、永久にやってこないかもしれない。とにかく未来の話です。現時点でのヒューマノイドロボットの能力は、自動音声電話と同じようなものです。僕なんか、クレームを言いたい時に、自動音声が聞こえると電話を切っちゃう。そういう人は多いのではないでしょうか。つまり、明らかに役に立たない。けれど将来的に必要になるとわかっているので、研究開発が盛んに行われ、市場投入もされているんです」
新しいい技術を効果的に活かすにはどうすればよいか。企業のカスタマーサービスを例に説明してくれた。
「現時点でのサービスでは、例えば人間がヘッドセットを装着したり、データベースを参照したり、あるいは専門家チームに引き継いだりといった、人と技術の組み合わせが行われています。そこへさらなる新技術を少しずつ導入して、人の行っていた作業と置き換えていくわけです。例えば現在では、センシング技術の発達で、声色から人間の感情を推測することができるので、クレームに対しては人が、簡単な質問には自動音声が対応するという使い分けも、早晩行われるようになると思います」
次世代ロボットビジネスといっても、技術をロボットの形にまとめあげる必要はない。むしろそれが産業化の妨げになっている面もあると話す。
「ロボットという新しい製品カテゴリーを作るのではなく、家電や街といった既存の製品やインフラ、サービス業のプロセスのなかにロボットを構成する技術が組み込まれるという形で立ち上がってくる。ロボットテクノロジーを使ったビジネスと考えたほうが、ひろがりやすいのではないでしょうか」
消費者ニーズはモノから経験へ
今は、世界観を売る時代
次世代ロボット産業は近い将来、日本の産業の柱のひとつになると期待されている。最終的には知能機械システムとして人間を作りあげることを目指す技術が生む産業であることから、サービス産業への導入が進められている。
「20世紀初頭のフォードによる自動車の大量生産から製造業全盛の時代があり、1950〜60年代くらいからサービス業の割合が徐々に増え、現在では先進国のGDPの約8割はサービス業が生み出しています。ここへ入り込むことで、ロボット産業は大きな収益をあげることになるでしょう」
製造業からサービス産業へ。有形から無形へ。モノから経験へと、人々の価値観の比重が変化している。それにあわせて発展するためには新たな世界観の構築が不可欠と語る。
「モノとしての機能以上に、愛着を感じさせる存在感を持って、マッキントッシュのコンピュータが流行った時代。あれがモノ時代の終焉の始まりではないでしょうか。次に現われたiPodでは最早、本体のハードをいくつ売るかでなく、ソフトをダウンロードできるコンテンツ流通のサービスや周辺機器など、商品生態系全体で収益を上げている。ひと言で言うと、モノの販売ではなく、音楽のある生活というスタイルを売っている。これからは、そうした世界観を売る時代が本格的にやってくるでしょう。
世界の人が憧れるような生活スタイル、あるいは賢い問題解決法の絵を描く。個々の技術以上に、まず世界観を作ることが大事なんです」
ロボットの技術者でなくても
世界観さえあればビジネスに関われる
次世代ロボット産業の中で成功する人は、技術者だけに留まらないと考える石黒氏。技術を利用する側のユーザーやサービス事業者からも、新たな世界観が描けさえすれば成功者が登場してくると考えている。
「ロボット技術のことを知らないユーザーやサービス事業者と、逆にユーザーやサービスの現場のことがわからない技術者。その両者の間で、通訳機能を果たしながらWin-Winの関係を構築できるビジネスモデルを描ける人が大事ですね」
だから、今一番力を入れているのは、人材育成だという。
「今までの日本は、アメリカを見て、あんな生活がしたいと発展してきました。家電も車もインターネットも、何を作ったらいいかアメリカに学んで、それを高性能化し、小型化し、安くすることが得意な国だったんです。ところが今やトップに躍り出てしまって、目標は誰かが与えてくれるわけではなくなっています。ガラスの天井に頭を打ちつけながら『誰か、目標を与えてくれー』と言っている状態なんです。やればできるのに何をしていいかわからない。自分の技術が活かされないと暗い気持ちになり、凄い閉塞感に覆われている。でも、誰かがやるのを待っていたら、その誰かがいちばん儲けて、自分はその下請けになってしまう。いや既に日本は下請化してきているんです。なおかつ昔と違って、中国やインド、ブラジル、台湾、韓国といった、同じような能力を持つ人々と厳しい競争を強いられることになる。日本は、それらの国の技術を使って新しい世界観を創造する、タクトを振る側にならないといけません」
次世代ロボット産業の胎動期にあたるこれからの数年間こそ、非常に大事な時期だと、最後に石黒氏は締めくくった。
Text by:菅 眞理子