2011/5/19 日本農業新聞 [TPP反対 ふるさと危機キャンペーン TPP“主導国”] 米国外交公文から読む 本音と現実 上 ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は「TPPが将来のアジア太平洋の通商統合に向けた基盤である。もし、当初のTPP交渉8カ国でゴールド・スタンダード(絶対標準)に合意できれば、日本、韓国その他の国を押しつぶすことができる。それが長期的な目標だ」と語った。(米国大使館公電から) 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉でニュージーランドと米国は、農地への投資制度や食品の安全性などの規制や基準を統一した「絶対標準」を定め、受け入れ国を広げることで経済自由化を進めようとしている――。TPP交渉を主導する両国のこうした狙いが、在ニュージーランド米国大使館の秘密公電に記載されていた両国政府の交渉当局者の会話から浮かび上がった。ニュージーランドの交渉当局者は「絶対標準」を受け入れさせる国として日本と韓国を名指ししている。これは国内の規制や基準の緩和・撤廃につながり農業だけでなく国民生活の多くに影響を与える可能性がある。公電は、内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表。ニュージーランドの当局者らへの取材と合わせて分析した結果を報告する。 囲み記事は2010年2月19日、ニュージーランドのシンクレアTPP首席交渉官が、米国務省のフランキー・リード国務副次官補(東アジア・太平洋担当)に語った内容だ。シンクレア氏は、TPPの目標が農産物などの市場開放だけではなく、アジアなどで推進する米国型の経済の自由化が両国の長期的利益につながると強調した。 公電は、ニュージーランドのウェリントン市内で行われた両者の会談の概要を、当地の米国大使館がまとめた。「秘密」扱いだ。外交を担当する国務省だけでなく、農務省や通商代表部などにも送るよう記述してある。 日本農業新聞の取材に応じたシンクレア氏は、公電にある自分の発言に対する真偽については確認を拒んだ。しかし、TPP交渉では投資や金融、知的所有権など幅広い分野が対象になり、中国を含めたアジア太平洋州で経済の自由化を進めることが交渉の目的であると強調。実質的に公電の内容に沿った発言だ。 公電によると、シンクレア氏が強調したのは、日本と韓国などに「絶対標準」を受け入れさせることの重要性だ。農地や農業関連分野への投資が米国などに比べて難しいとされるアジア市場で、TPPをてこにして、自由貿易圏を広げていくことが長期的な目標だと明言。米国と同一歩調を取る考えを明らかにした。 両国の交渉当局者が、国の違いを超え通商や経済の自由化の障害となる規制や基準を緩和・撤廃させるための仕組みづくりを話し合っていたことがうかがえる。 〈ことば〉 ウィキリークス 政府や企業などの情報を内部告発で入手し、ウェブサイトで公表する組織。オーストラリアの元ハッカー、ジュリアン・アサンジ氏が06年に立ち上げた。これまでイラク戦争の秘密情報などを暴露。米政府などは情報が関係者を危険に陥れる可能性があるとして批判している。米国大使館の公文書も米政府内の情報提供者から入手し、文書数は25万点に上る。その一部を、ウィキリークス関係者が日本農業新聞に提供した。 ・TPPの問題点 ニュージーランド・オークランド大学法学部のジェーン・ケルシー教授に聞く ニュージーランド・オークランド大学法学部のジェーン・ケルシー教授に、環太平洋経済連携協定(TPP)の問題点などを聞いた。 ―――TPP交渉での農産物の市場開放についてどう考えますか。 ニュージーランドの農業にとって最大の関心事は米国市場の開放だが、米国は自分のセンシティブなマーケット(重要品目の市場)を守ってきた。実際、米国とオーストラリアとの自由貿易協定(FTA)交渉は砂糖、牛肉、乳製品の市場開放を制限して決着した。米国は常にテーブルの上から乳製品を取り除くように努力しており、今回のTPP交渉でも同じだ。 ―――TPPで何が一番問題ですか。 TPP交渉の重要な特徴の一つが、「規制の調和」。基準や規制を国際的に統一していこうというものだ。米国が熱心に進めようとしている。衛生基準や知的所有権などが 対象になる。中国を含めたアジア全体のルールを、米国主導で決めていこうという狙いがある。 ―――ニュージーランドの乳業団体などは何を求めようとしているのでしょうか。 米国市場の開放は期待できないが、投資の面で規制が緩和されれば利点は大きい。例えばベトナムの農協の酪農事業に出資するとか、チリやペルーでの農地取得を進めやすくなるといったことが想定される。 ―――ニュージーランドにとってどのような不利益が予測されますか。 まず、比較的安価な医薬品を供給している医薬品政策への悪影響だ。医薬品管理庁が買い入れて安く供給する仕組みがあるが、公的機関が購入することに国際医薬品企業は批判的な態度を続けてきた。米国はTPPで必ずこの制度の撤廃を要求してくるだろう。 薬の価格を市場原理に任せようという主張であり、日本の公的な健康保険制度が攻撃される可能性もある。米国の要求が通れば貧しい人たちへの打撃となるだろう。 ニュージーランドは民営化と規制緩和の失敗という負の財産を抱えている。多くの銀行が規制緩和の中で外資の支配下に入り、小さな町、田舎の銀行店舗が廃止された。 投資分野も問題が大きい。米国の企業が内国民待遇(進出先の国の企業と同じ権利を保障されること)を得れば、外国でも直接その国の政府を訴えることができるようになる。 |
2011/5/20 日本農業新聞 [TPP反対 ふるさと危機キャンペーン TPP“主導国”] 米国外交公電から読む 本音と現実 中 ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官は「米国との自由貿易協定は長年の目標ではあったが、広く一般に信じられているように(酪農など)国内産業にとってエルドラド(理想郷)となることはあり得ない」と強調した。(米国大使館公電から) ウィキリークスを通じて明らかになった在ニュージーランド米国大使館の外交公電から、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉では、ニュージーランドの国民には輸出拡大への期待が大きいものの、実現が困難なことが浮き彫りとなった。情報公開不足が、国民の認識と実態との隔たりを招いている。 ニュージーランド政府は1984年、核搭載米艦船の寄港を認めない政策を取り、米政府と厳しく対立した。 「オーストラリアが米国との自由貿易協定(FTA)を結ぶなど経済関係を強化したのとは対照的に、(核搭載米艦船の寄港問題を機に)ニュージーランド国内には世界最大の米国市場への輸出が伸び悩んだとの思いが強い。いじめられているという印象だ」とニュージーランド・オークランド大学のジェーン・ケルシー教授は解説する。 米国を含むTPPが実現すれば、「輸出が急成長する」との期待が国民に膨らむのは、当然の成り行きといえる。特に乳製品は、輸出額全体の2割を占める大切な戦略品目だ。 ところがシンクレア氏は、囲み記事(上)のように「エルドラドは無理だ」との表現で、大幅な輸出の増加は難しいとの見方を示した。なぜか。 日本農業新聞の取材に同氏は「米国の乳製品市場はすでに比較的開放されているし、米国に限らず多くの国で乳製品は政治的に難しい品目だ。これまでわが国が結んできたFTAでも乳製品の市場開放は制約を受けた」と真意を説明する。 ニュージーランドに本拠を置く世界最大手酪農団体フォンテラのフランシス・レイド貿易担当が詳しく事情を解説する。 「TPPを成立させるには米国議会の承認が必要だ。米国内の酪農団体の政治力は強く、大幅な市場開放を盛り込めばTPPが議会の承認を得られないのは明らかだ」 国民の期待と現実の難しさ。国民には知らされていない。 「交渉内容の情報公開が不十分だからだ。交渉内容が分からないまま、国や消費者にとって非常に大切なことが決められようとしている」とケルシー教授は警告する。 シンクレア氏は「交渉の節目で情報は公開している」と反論するが、ケルシー教授は「政府はどんな文書も出さない」と秘密主義を強く批判。教授らのグループは昨年、国民へのTPPの影響をさまざまなデータから試算し『異常な契約』と題して出版した。表題には「十分な情報が提供されない中で、国民の生活に大きな打撃を与える“契約”が行われるのは正常とはいえない」とのメッセージを込めた。 |
2011/5/21 日本農業新聞 [TPP反対 ふるさと危機キャンペーン TPP“主導国”] 米国外交公電から読む 規制緩和 下 「モンサント社が、ニュージーランドの遺伝子組み換え規制が嫌いなのは周知の事実」(ニュージーランド外交貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官の発言)。海外からの農地への投資に対する規制緩和などは国民の評判が悪いことも付け加えた。(米国大使館公電から) ニュージーランドは1984年に大胆な規制緩和をスタート、世界的に民営化の優等生となった――。こんなイメージが強く、日本の「小泉改革」の際にも手本とされた。 首都ウェリントン市から北に車で3時間の位置にある地域の中核都市・マスタートン市。近くに住むもやし栽培農家のジェレミー・ホウデンさん(55)は、違う見方をしていた。 「市中心部には銀行店舗がいくつかあるが、少し外れるとほとんどない。国営郵便局が解体され外資に売られ、もうからない店舗は廃業させられたからだ。住民は皆、不便を強いられるようになった。大企業はもうかっても国民に利点はない」 民営化などに詳しいオークランド大学法学部のジェーン・ケルシー教授は「ニュージーランドは規制緩和の痛い失敗を繰り返してきた」と指摘する。その典型の一つが建設業界の規制緩和だ。 昨年5月、ニュージーランドのモーリス・ウィリアムソン建設相が記者会見で驚くべき発表をした。90年代半ばから2000年代初めに建てられた個人住宅の雨漏りの補修について「国と地方自治体で費用の半分を負担する。残り半分も融資に政府保証を付ける」ことを明らかにしたのだ。約4万2000戸が対象となると見込む。 なぜ、個人住宅の修理費用を国が面倒を見るのか。答えは90年代に立て続けに行われた建築基準の緩和を契機に、多くの住宅が雨漏りや腐れの問題に直面したからだ。相次ぐ苦情に政府は重い腰を上げ、規制緩和で使用が認められた防腐処理をしない合板の利用などが原因であることを突き止めた。2000年代に入り政府は慌てて規制を強化したり検査を厳しくしたりしたが、“後の祭り”となった。 囲み記事(上)にあるウィキリークスが報じた在ニュージーランド米国大使館の外交公電によると、ニュージーランドのマーク・シンクレア環太平洋経済連携協定(TPP)首席交渉官は、食品安全などの規制緩和に対する国民の懸念と、TPPを推進する側との意見の違いが大きいことを米国に素直に伝えている。 ニュージーランド労働組合評議会のビル・ローゼンバーグ政策局長は指摘する。 「TPPがこのまま進めば安価な労働力への依存や安価な薬価政策の見直し、多国籍企業による規制への訴訟が増え国民生活を圧迫する。米国からニュージーランドへの投資規制の撤廃が迫られることは確実だ」 世界に先駆け規制緩和を大胆に進め、その失敗から規制緩和が国民生活に牙をむく可能性があることを知るニュージーランド。ケルシー教授は「TPPが結ばれれば、国民が必要だと感じても再規制の道が閉ざされる。問題は、国が役割を果たせなくなってしまうことだ」と警告する。 |