チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29920] 【習作】VRFPS
Name: tnk◆dd4b84d7 ID:ed937b13
Date: 2011/10/07 22:19
 一話



 いつも見慣れた光景に少しでも変化があると、それがやけに目についてしまう。授業を終えてだらだらと廊下を歩いていた俺は、そんな小さな変化を見つけて足を止めた。

 それが取るに足らない変化ならよかった。そのまま何事もなかったように足を進めて家に帰るだけだ。それからゲームでもして、時間が来たら夕飯を食べて、風呂に入ってから申し訳程度に勉して寝る。何も変わらない、いつも通りだ。
 だがこの時俺が見つけた変化は俺の足を止めてその場に縛り付けた。どうしようもないほどの懐かしさと胸の苦しさ。それが一緒に襲ってきて、俺は身動きが取れないまま廊下の隅に置かれた掲示板に釘付けになった。
 年季の入った液晶掲示板のディスプレイには、見るからに素人が作った拙いポスターが映し出されている。

『VRFPS部 部員募集中』

 VRFPSは仮想空間に没入してプレイするFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)だ。うちの高校にもVRFPS部があったのか――という単純な驚きはもちろんあった。だけど俺の足を縛り付けたのはもっと別のもの。例えば大喧嘩して別れた親友と数年ぶりに再会したような、そんな居心地の悪さだ。俺は何かに魅入られたかのようにそのポスターを見つめ続けた。

 気が付くと夕日がディスプレイに映り込み、あたりを茜色に染めていた。帰宅に急ぐ生徒たちの喧騒はすでに消えていて、遠くから運動部の掛け声が微かに聞こえてくる。俺はずいぶんと長い間ここで立ち尽くしていたみたいだ。ばかばかしい。今さら戻る気なんてないのになにをやっているんだろう。
俺は踵を返して歩き出した。その時、

「うおっ」

 と誰かの驚いた声が聞こえたと同時に、俺は何かにぶつかって尻餅をついた。

「痛って……」

 対面に俺と同じように尻餅をついている男子生徒がいる。赤色のネクタイ。俺と同じ二年生だ。

「悪い、大丈夫か」

 そう声をかけて立ち上がった――その瞬間、何かを踏みつぶした嫌な感触が右足にあった。俺は凍りついたように動きを止めた。恐る恐る足をどけるとそこには踏みつぶされた眼鏡がある。俺は眼鏡をかけていない。つまりこの眼鏡は――

「おおおお、俺の眼鏡っ!!」

 男子生徒がバラバラになった眼鏡に飛びついて欠片を必死に拾い集めていく。

「昨日買ったばかりの新作が……」

 うっ。

「半日ならんでようやく買った限定商品なのに……」

 ううっ。

「学校終わってから毎日四時間、このために必死でバイトしたのに……」

 うううっ。

「ごめん、悪気はなかったんだ」

 男子生徒は割れた眼鏡に視線を落として顔を上げようとしない。

「それ、いくらしたんだ?」
「定価は二万九千八百円。でももう店では売ってないから、ネットオークションで買うことになる。そうなると二倍――いや三倍もあり得る」

 マジかよ。

「あ……えっと、う~ん」

 安易に弁償するとも言えない俺は言葉を探して意味のない声をあげた。やはりここは俺が弁償するのが筋なんだろうか。
 俺が悶々と悩んでいると、割れた眼鏡を眺めていた男子生徒が顔を上げた。軽く癖のある茶髪にわりと整った顔立ち。……知った顔だった。

「カズ……」
「お、ユウじゃねえか」

 カズも俺に気づいたように笑った。

「いや~まさかユウだったとは思わなかったぜ。もう後姿じゃまったくわからねーわ」
「俺も分からなかったしお互い様だ」

 カズとは小学生の頃よく遊んでいた。別の中学に進んだせいで疎遠になったが高校で再開した。とはいってもクラスは別々だし、俺がカズのことを避けていたせいもあって、昔のような交流はもうない。

「眼鏡代をどう請求してやろうか悩んでたところだったけど、ユウなら話がはやい」

 カズはニヤリと唇を歪めて、

「興味あるんだろ、これ」

 と、液晶掲示板のポスターを指差した。

「……別に、興味ない」
「嘘つけ、ずっと見てただろ。こんなもん興味もないのに見るかよ――もしかして俺の描いたポスターが芸術的すぎてお前の琴線に直撃だったとか?」

 お前が描いたのかよ。

「んなわけない」
「だろ、じゃあなんで見てたんだ」
「……考え事してただけだ」
「へたくそなポスター見ながら?」
「へたくそなポスター見ながら考え事することもあるだろ」

 カズは小さくため息をついた。

「まあいいか。じゃあ話は変わるけど、ユウはVRFPSやってるんだろ」

 なんでこいつが知ってるんだ。

「ユウの母親に聞いた」

 俺の考えを読み取ったかのようにカズが言った。

「昔はやってたけどな。もう長いことやってない」
「へえ、意外だな。寝ても覚めてもVRFPS漬けって聞いてたけど」

 どこまで知ってんだよ。

「最後にプレイしたのは二年前だ。それから一度もプレイしてない」
「そうなのか。それは知らなかった。なんでやめたんだ?」
「別に、ただ飽きただけ」

 できる限り軽く、自然に言ったつもりだ。でもカズは俺の顔をじっと見た。居心地が悪くなって視線をそらす。

「それで、俺がVRFPSやってたことと眼鏡がどう関係あるんだ?」
「おっと、そうだった。大事なのはそこだよな。実は俺、VRFPS部に入ってんだけどさ、部員が四人しかいないんだわ。それで来週の日曜が大会なんだ」
 VRFPSの公式戦は全て五対五のチーム戦だ。ということは、
「一人足りないのか」
「そういうこと。もしユウが入ってくれるんなら眼鏡のことはチャラでいい。悪くないだろ?」

 確かに悪くない。悪くないけど……

「何か問題でもあるのか?」
「いや……」
「二年間やってないって言ってもまだそれなりに動けるんだろ。なんせ毎日FPS漬けだったらしいしな」

 それは問題ないはずだ。

「……そうだ、いつまで入部すればいいんだ。卒業までずっとってのはきついんだけど」
「いや、そこまでしなくていい。三年の先輩がいるんだけどさ、次で最後の大会なんだ。今まで人数足りなくて一度も大会に出場できなかったから最後ぐらいは、と思ってね。だから次の大会が終わるまででいい。いいだろ?」
「来週の日曜日までってことか?」
「負ければな。勝てばもう少し続く。おっと、だからってわざと負けるのはなしだぜ」

 カズはそう言ってニヤリと笑った。
 うちは進学校で部活動があまり盛んじゃない。しかもVRFPS部は部員が足りなくて一度も大会に出たことがないときた。おおかた一回戦負けで終わるだろう。だから来週の日曜まで耐えればいい。それだけだ。それだけのはずだ。

「どうした、まだなにかあるか?」

 カズが不思議そうに聞いてくる。もう何もない。
 次の日曜日までだ、気軽にやればいいさ、所詮ゲームなんだ。そう自分に言い聞かせる。

「わかった。だけどあんまり期待するなよ」
「よしきた、これで俺の株もあがるぜ!」

 株があがる?

「じゃあさっそく部室行くぞ。ほら、ついてこいよ」

 カズはそう言って足早に歩きだした。カズの背中は昔よりずっと大きくなっていた。俺はその背中についていく。昔は――逆だったはずだ。



 部室は北校舎の最上階の一番奥にあった。この辺りは授業でもめったに使われることがないからほとんどが空き教室だ。当然、人の気配はない。

 部室の中は普通の教室を二つ続けたぐらいの広さがあった。そこは一世代前の備品であふれている。電子化されていない普通の黒板、何の機能もない椅子と机、木製のぼろぼろのロッカー。四半世紀前にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る、どこか懐かしい雰囲気がそこにあった。
 その奥にこの雰囲気を台無しにするリクライニングチェアが五台並んでいた。仮想空間に没入する際に、不自由のないよう作られているそれはどこまでも機械的で重苦しい。
 その椅子に少女が一人座っている。

「部長、戻りました」

 カズに呼ばれて、椅子に座った少女――部長は俺たちの方を見た。その瞬間、俺は思わず息を呑んだ。金色の長い髪が揺れた。黒縁眼鏡の奥の吸い込まれそうな青い瞳が俺とカズの間を行き来する。信じられないほど整った顔立ちと、断ち切られそうなほど鋭利な印象。彼女と全くかかわりのない俺でも知っている有名な先輩だった。ロシア移民の二世、桜坂エレナ。

「遅い。どこ行ってたの」

 よく通る落ち着いた声で部長は言った。彼女が『部長』と呼ばれているということは、当たり前だがVRFPS部の部長で、VRFPSのプレイヤーだということだ。正直言って意外だった。最近は女性のプロプレイヤーが出たこともあって、女性人口そのものは昔より増えてきた。とはいっても男性プレイヤーの方が多いのは明らかだし、勝手なイメージだが彼女がVRFPSのようなゲームに興味を持つようには見えなかった。

「ふふ、部長、俺がどこに行っていたのかそんなに気になりますか?」

 とカズがニヤニヤ笑いながらもったいぶって言った。
部長の眉間に皺が寄った。黒縁眼鏡の奥に隠れた青い瞳が鋭く細められた。明らかに「こいつウザッ」といった顔だ。

「興味ない。さっさと練習をはじめたかっただけよ」
「まあいいですよ。俺の話を聞けばそう邪険にできなくなります」

 そう言ってカズは俺の背中を押した。突然のことで、俺はよろけながら前に出た。

「誰?」と部長は俺を見る。
「誰だと思いますか?」

 カズの言葉に部長の視線が一層鋭くなる。

「誰でもいいからはやくして」

 カズはやれやれと首を振った。

「部長、大会に出たいですよね」
「? 出られるものなら出たいけど……」
「ですよね。でも出られない。なぜなら部員が一人足りないからだ」

 カズはうっとおしい身振りを交えて話す。

「俺は部長のために頑張りましたよ。こいつのおかげで――というよりむしろ俺のおかげで大会に出られるようになりました」
「まさか――」
「そう、こいつが、我らがVRFPS部五人目の部員です! ほらユウ、あいさつしろよ」
「二年の北条ユウです。よろしく」

 俺は部長に向かって軽く頭を下げた。部長は立ち上がって俺の前まで歩いてきた。黒いタイツに包まれた足がしなやかに動いた。小さな顔に形よく膨らんだ胸、それから長い足。日本人離れしたスタイルとはこのことだ。

「三年の桜坂エレナよ。本当に入ってくれるの?」
「はい、まあ一応」
「ありがとう、助かる」

 部長はそう言って少し笑った。近くから見るその笑みに思わず俺は見惚れてしまう。彼女が有名になる理由が少しわかった気がする。

「部長、ユウを勧誘したのは俺です。感謝の意はむしろ俺にささげるべきです!」

 部長は嫌そうな顔をしながら「ありがとう」と小さく言った。

「それで北条君。VRFPSはどれぐらいできる? まったくの初心者なら一から教えるけど」
「ユウでいいです。経験はあるのでそれなりに動けると思います」

 久しぶりだから確かな自信はないけど。

「俺が部長のために見つけてきた部員ですよ。俺には及ばないまでも全国優勝まで導いてくれる逸材です。間違いない!」

 間違いしかない。
 部長は胡散臭そうにカズを見た。

「とりあえず一度対戦して。それからポジションを決めるから」

 部長はリクライニングチェアのそばに歩いて行った。俺も部長について行こうとすると、

「おい」

 とカズに呼び止められた。

「部長は俺に惚れてるから。普通に俺の女みたいなもんだから手出すんじゃねえぞ」

 マジかよ。

「そうは見えなかったけど」
「照れてんだよ。それと実質この部は俺のハーレムだから。俺の好意でここにいられるユウはありがたく感謝して、俺のフォローに徹しろよ」

 いつの間にか好意で入部したことになっていた。言い返すのも面倒だから俺は黙って移動する。俺がカズを避けていた理由はこのウザさだ。

 リクライニングチェアは少し古いものだったが、それに取り付けられているヘッドギアは最新のものだった。このヘッドギアが仮想空間を作り出し、もう一つの現実へと俺たちを導いていく。俺は自然と手を伸ばしてヘッドギアを撫でていた。

「最近ようやく部費が下りて買えたの。最新のヘッドギアよ」

 もちろん、わかる。

「起動はできる?」
 
 もちろん、忘れるはずがない。
 俺はリクライニングチェアに座った。それからヘッドギアをかぶり、後頭部近くにある電源を入れると、目の前が真っ暗になった。しばらくするとその中にいくつかの文字が浮かび上がった。

「まず初期設定からはじめることになるけどわからないことがあったら聞いて」

 もうやっている。俺は浮かび上がった文字の横に自分に適した数値を打ち込んでいく。ただ念じるだけで、驚くべき速さで文字が打ち込まれ、流れていく。俺は一つも忘れることなくそれらの数値を覚えていた。

「終わりました」

 と俺は言った。

「早いわね」

 部長の驚いた声が聞こえた。

「俺の顔に泥塗らないようにちゃんとやれよ」

 カズの声が俺の耳元で聞こえた。

「それじゃあ、カズが相手して。1VS1の五分間。ステージは大会と同じ砂漠の町で」

 それを聞いたカズが耳元で、

「おい、俺の顔に泥塗らないように手抜けよ」

 と慌てた声で言った。どっちだよ。
 俺は浮かび上がった文字の中から『YES』を選択する。それとともに俺の意識は現実から遠ざかり、仮想空間が作り上げられていく。
 認めたくないけれど俺の胸は高鳴っていた。もう二度と戻るはずがないと思っていたのに。




 
 あとがき

 初めましてtnkと申します。執筆経験は浅いので拙いものになるかと思いますが、感想やアドバイスいただけると嬉しいです。
 週に一度の更新を目指して頑張ります。よろしくお願いします。



[29920] 二話
Name: tnk◆dd4b84d7 ID:ed937b13
Date: 2011/10/09 20:41
 二話



 VRFPSのタイトルが仮想空間に表示された。
 VRFPSのタイトルは『VRFPS』だ。それ以外のタイトルは持たない。サッカーがサッカーであるように、野球が野球であるように、VRFPSはVRFPS。公式大会で使われているこのゲームは、採用から今まで年一回のマイナーアップを挟みながらずっと続いている、世界で最もプレイ人口が多いVRFPSであり、世界で唯一公式大会に採用されているVRFPSでもある。

 俺は仮想空間に浮かぶ『START』の文字を指で触れた。周りの空間が切り替わり、一瞬後にそこは大きな鏡の浮かぶ白い空間に変わった。
 野試合用アカウントであればここでキャラクターを作ることになる。身長、体重、性別、髪の色、肌の色、細かい顔のパーツまで好きなように作り変えることができる。しかし今は公式大会用の設定になっているため、変えられるのはせいぜい髪や肌の色ぐらいだ。それ以外は一切変えることができず、現実の肉体と同じ設定でプレイすることになる。
 当然、今鏡に映っているキャラクターは現実での俺と全く変わらない。平均的な身長に平均的な肉付き。黒髪にどこか気だるそうな目。日本中どこにでもいる平凡な高校生だった。
 以前、俺は身長百八十cmを超える巨漢の黒人キャラクターでプレイしていた。そのせいか仮想空間で現実の自分の姿を見ることに違和感があった。せっかくだから髪色ぐらい変えてみようかとも考えたが、どうせ来週の日曜日までしか使うことはないのだし、わざわざ変える必要はなさそうだ。

 キャラクター設定を飛ばして次へ移った。周囲の仮想空間が切り替わり、今度は裸電球で照らされた薄暗い部屋に変わった。中央に弾痕と切り傷だらけの大きなテーブルがある。その向こうにあるモニターには砂漠の町のマップが映し出されている。灰色の薄汚れた壁には大量の武器防具弾薬が所せましと立てかけられている。
 この部屋をミーティングルームと呼んでいた。ゲームを始める前には装備を整えて作戦会議を開き、ゲームの合間には装備や作戦の変更について話し合い、ゲームが終わった後は反省会と雑談を楽しんだ。懐かしさに胸が熱くなる。

 壁に立てかけられた銃をなぞるように手で撫でて行く。どの銃も一度は使ったことがあるものばかりだ。AK47、M4A1、SSG552……。その一つ一つに忘れられない思い出があった。
 ここにある装備はどれも一世代前のものばかりだ。一昔前は世界の軍隊で使っている最新の――とまではいかないがそれなりに新しい装備を扱うことができたらしい。しかしそれにはいろいろと問題があった。一言でいえばVRFPSはリアルすぎたのだ。ここで学んだ武器の扱いは現実でもそのまま使える。つまり現実で肉体訓練さえつんでいれば、ゲーム内で銃器の訓練をしてそれを実践で使うことができたのだ。正規の軍隊が利用するならいい。でももしテロリストや犯罪者が利用したら……。そう考えると最新の装備をゲームに使うにはリスクが高すぎた。
 それとともにゲームのリアリティ面も見直されることになった。銃器の取り扱いを簡略化したり、リコイルを意図的に本物と変えたり、そのまま現実に応用できないように小さな改変が数多く行われた。とはいってもVRFPSから現実に応用できる知識は非常に多く、今でもテロリストの一部では改造されたVRFPSが訓練の一つとして採用されているらしいし、実際に軍では最新の装備が使えるVRFPSが訓練で使われている。

 俺はゲームに使う装備を選んでいく。まずは服と靴と帽子だが、初期設定の迷彩服とブーツとヘルメットで問題ないだろう。これはどれを選んでもそれほど性能が変わらない。そのわずかな性能が気になれば必要に応じて適したものを選べばいいし、見た目が気になるなら見た目で選べばいい、特にこだわらなければ初期のものを使えばいい、要は好きなものを選べばいいのだ。カラーバランスだけは砂漠に溶け込む色に変える必要があるが。

 次はボディアーマーだ。ボディアーマーの種類は銃器には及ばないにしろいくつかある。中にはライフル弾を防ぐことのできるほど防弾性能の高いものもある。しかしそれは重量二十㎏を超える恐ろしい重さで、加えて銃器弾薬を持つことを考えると使い勝手は著しく悪い。装備重量が増えると動きが鈍重になりスタミナも減りやすくなるのだ。このゲームの中では誰もが同じ運動能力だ。現実で筋肉だるまのようなマッチョでも、箸より重いものを持てないお嬢様でも、ここでは同じ性能を持った肉体を与えられる。だから装備重量による運動能力の変化には注意しなければならない。身長体重も多少影響があると言えばあるが、銃器を持てないほどの低身長だったり、物陰に隠れられないほどの巨体だったりしなければそこまで問題はない。俺は複合繊維のみを用いた軽量のボディアーマーを選んだ。防弾性能はあまり期待できないが軽量で動きやすい。

 メインウェポンを選ぼうと銃を眺めた俺は、吸い込まれるように一つの武器に手を伸ばした。M4A1。全長約八十五㎝、重量約三千五百gのそれは、何年も手にしていないのに驚くほど手になじんだ。コルト社のアサルトライフル――いや、アサルトカービンと言った方が正確か。同じくコルト社のM16A2をコンパクトにして取り回しをしやすくしたものだ。最も信頼のおける慣れ親しんだ銃だった。
 俺はそれにフォアグリップを取り付けて、三十発入りのマガジン四つに弾を込めた。その内一つは銃に装填し、残りの三つはマガジンポーチにしまった。マガジンは一つで重量五百gを超える。かさばるし数を持てばいいわけではない。

 最後にサブウェポンを選ぶ。稀に動きやすさを考えてサブウェポンを持たない人もいるが、それによって戦術の幅を狭めたり、メインウェポンが故障や弾切れで使えなくなったりすることを考えると、多少動きづらくなったとしてもやはり何か持った方がいいだろう。
 サブウェポンの種類は実に豊富で、およそサブウェポンとは思えない大型の銃器から、ハンドガンなどの小型の銃器、手榴弾などの投げモノや、ナイフや斧や鉈や日本刀まで。もちろんそれらをメインウェポンとして使う剛の者もいる。ハンドガン一丁と投げモノを少しとナイフを選ぶのが一般的だが、サブウェポンは種類が豊富なこともあって人それぞれ選択に個性が出やすい。
 俺はそのなかでも個性的な選択をする方だ。まずはHG(ハンドグレネード)を二つ、FB(フラッシュバン)とSG(スモークグレネード)をそれぞれ一つずつ選んだ。これはごく普通の選択だ。
 それから部屋の隅にひっそりと立てかけられている手斧――トマホークを手に取った。全長四十㎝弱、バランスのとれた程よい重さに、黒光りする刃。俺はトマホークの他にはナイフもハンドガンも持たない。必要ないからだ。トマホークはネタ武器にされがちだが、実際は非常に実践的な武器で、このゲームでも有効なサブウェポンだと考えている。少なくとも俺は。トマホークは接近戦に強く、音もせず、さらには投擲武器として使うこともできる一本で三倍お得な武器だ。反り返った刃から繰り出される重く鋭い斬撃は、ボディアーマーをものともせずに切り裂き、投擲武器として使用しても変わらず高い威力を発揮する。ハンドガンではボディアーマー越しに致命傷を与えるのは困難だし、ナイフを投げても同じくボディアーマーを貫くことはできない。ボディアーマーを貫く7.62mm×25弾や、大口径で高威力の弾もあるが、それはそれだ。むしろそんなもの知らない。
 とにかくトマホークは実践的で優れた武器であり、何より男のロマンをくすぐる熱い武器であることは疑いようもなく明らかだ。昔、トマホークの素晴らしさを熱く語り、所属クランの必須武器にしようとしたが、断固たる反対にあい頓挫した。出る杭は打たれ、時代を先取り過ぎた者は誰からも理解されない。寂しいものだ。

「武器は決まった?」

 と部長の声がミーティングルームに響いた。部長の姿は見えない。現実のモニターから見ながら語りかけているのだろう。

「決まりました」
「じゃあ試合をはじめるけど――本当にそれでいいの?」

 『それ』とは何を指しているのか俺には理解できない。いや理解できるんだが認めたくない。トマホークを馬鹿にするな。

「いったいどこに問題があるんですか」

 俺は強い口調で言った。部長は小さくため息を吐いた。

「まあいいわ。この試合はあなたの実力を測るためのものだから、勝ち負けは気にせずに気負わずやってね。カズもわかった?」

 後半は別のミーティングルームにいるカズに語りかけたものだ。
一拍おいて、部長はまたため息をついた。さっきのため息より一層深い。カズの声が聞こえなくてもどんな返事をしたのか想像できてしまう。

「もういい、はじめる。試合開始」

 投げやりな部長の声とともに周囲の風景が切り替わる。

 抜けるような青い空と目が焼けるような眩しい日差し。砂混じりの乾いた風が吹き抜けていく。目の前には砂漠色の街並みが広がっていた。
 砂漠の町は攻守のバランスが絶妙で、クラン戦や公式戦でよく採用される人気の高いマップだ。俺はここで何度も何度も数えきれないほど戦った。忘れられない思い出が込み上げてくる。この焼けるような暑さも、硝煙の臭いが混じった空気も、半ば廃墟と化した土壁の街並みも、そのすべてが懐かしかった。
 足元の砂をすくった。乾いた小粒の砂は指の間を抜けてサラサラと風に流されていく。
 周囲の景色を見渡しながら確かめるように身体を動かす。当然のことながら現実の感覚とは違う。たとえ身長体重は同じでもここでは誰もが鍛え抜かれた兵士の肉体になる。はじめはまともに動かせずに転んでばかりだったが慣れてしまえばこれほど動きやすい身体はない。久しぶりのせいで若干違和感があったが少し動けば問題ないだろう。
 空を見上げた。眩しくて目を閉じてしまいそうになるが、それでも我慢して開けた。あきれるくらい真っ青な空がどこまでも広がっていた。日本では絶対に出ない色だ。ああ、俺は戻ってきたんだ――やっと実感がわいた。
 突然、乾いた音が響いた。それと同時に側頭部に鈍い痛みが走り身体の力が抜けた。

 あの音は――AK47?

 俺はなすすべなく地面に崩れ落ちる。視界が赤く染まり、0-1とカウントが表示されて、ようやく俺は殺されたことに気づいた。
 視界上部に残り時間が表示されている。

 四分二十秒。
 
 俺は開始から四十秒間初期配置のまま棒立ちでいたというわけだ。なるほど、殺されて当然だ。

「ふ、ふふ……」

 堪え切れずに笑い声が漏れた。まったく、考えられない死に方だ。ありえない。
 真っ赤に染まった空間が切り替わり、別の場所に俺は再配置された。さっきの場所とはそれほど遠くない場所だ。すぐに接敵するだろう。
 大きく深呼吸した。トクン、トクン、と心臓の鼓動が大きくなっていく。

「さあ、試合開始だ」

 俺はM4A1の安全装置を外した。





[29920] 三話
Name: tnk◆dd4b84d7 ID:ed937b13
Date: 2011/10/08 18:35
 三話



 M4A1をいつでも射撃体勢に移れるよう構えながら半壊した土壁の影へと移った。AK47ならこんな土壁問題なく貫通できるが、今は身を隠すのが目的だ。
 土壁に身を寄せて周囲の音を探る。自分の服が擦れる音、風の音、鼓動の音。わずかな異音も聞き逃さないよう全神経を耳に傾けた。

 ……この近くにはいない。

 土壁からほんの少し顔を出す。今度は目で周囲を探るがやはり敵影はない。
 前方には大きな道がある。その左に薄暗い路地がある。さっき俺が殺された場所から最短距離で来るなら前方の道だ。少し回り道するなら左の路地だ。
 どうする、前方の道か、左の路地か、それとも動かず待つか。
いや、待つという選択肢はない。残り時間は四分を切っている。勝っているなら待つという選択もあるが今は俺が負けている。動かなければならない状況だ。

 前方の道に進むことにする。まずは俺が殺された地点まで戻る。それまでに接敵すればそれでいい。しなかったら足跡を探って追跡する。
 足音を出さないよう慎重に、しかしできるだけ早く壁に沿って進んでいく。視点は前方の曲がり角を何よりも意識しながら遮蔽物も見る。
 曲がり角付近まで近づいた俺は歩みの速度を落として銃を構えた。音をたてないようにゆっくりと。自分の気配を悟られないように、自分の出す音で聞くべき音を聞き逃さないように。
 息が詰まる。呼吸音さえ煩わしい。

 角の直前で止まった。少しの間、気配だけを探る。
 一秒。
 二秒。
 三秒。
 砂とブーツの擦れる音。

 ――いる。

 運がいい、この道を選んでくれた。そうでなかったらずいぶん時間を失ったところだ。思わず頬が緩んだ。
 俺は銃を右構えから左構えに移した。右に向かって曲がる角では体を隠しながら打てる左構えの方が有利だ。
 足音から位置とタイミングを計り、飛び出す。
 十五mほど先に、カズがいた。カズは急いで銃を構えるが、もう遅い。
 俺はカズの位置を予測していた。狙いはもうついている。
  トリガーを引いた。M4A1の銃声が三発轟く。しかし俺は体勢を崩し、M4A1の銃口が大きく跳ね上がった。

 ――外した!?

 カズは怯んだ様子もなく、すかさず打ち返してきた。慌てて俺は角に身を隠す。
 AKの鈍い銃声が鼓膜を震わす。頭からすぐ近くの土壁が抉られ、吹き飛ぶ。思わず体が強張った。

「くそっ」

 悪態が零れた。自分に対する苛立ちが募っていく。この距離で外すなんて以前では考えられないミスだ。さっきもそうだ。四十秒間棒立ちで、しかも敵の接近に気づかないなんて、あきれるほど酷い。
 いや――今だってそうだ。敵と交戦しているこの状況で、俺は何を考えているんだ!
 銃撃がやんだのを見計らって、俺は再度、角から飛び出した。ちょうどカズが横転した戦車の影に隠れるところだった。一拍遅れて、俺の銃撃がカズの影を打ち抜くが、遅い。地面に虚しい弾痕が開き、砂が弾けた。
 戦車の脇に狙いをつけながら、俺はカズが出てくるのを待つ。残弾はまだ半分以上あるだろう。焦ってフルオートでぶっ放すなんて真似はさすがに今の俺でもしない。
 しかし厄介な場所に隠れられた。戦車をアサルトライフルで撃ち抜くことなんてできない。
 どう攻めるか考えていると、高い金属音が聞こえた。その直後、拳ぐらいの大きさの塊が戦車の影から空に放り投げられた。

 あれはなんだ?
 なんだった?
 ――FB!

 即座に目をつぶり、角に身を隠し、身体を伏せる。しかし同時に、特大の破裂音が耳を貫き、音が飛び、世界が白に染まった。聴覚と視覚が消えた。まずい。
 カズはこれに合わせて攻め込んでくるはずだ。このままじゃ殺られる!
 俺は角から飛び出すと、やみくもにM4A1をフルオートで撃った。銃声はもう聞こえない。すぐに反動がなくなった。撃ち尽くしたのだ。
 マガジンポーチに手を伸ばしたところで左足を鋭い痛みが貫いた。俺は地面に叩きつけられるように倒れた。砂の味が口内に広がる。もうどちらが前で、どちらが後ろかもわからない。転がって逃げようとする俺を、鈍い衝撃が何度も撃ち抜き、視界が真っ赤に染まった。0―2とカウントが表示された。残り時間は三分七秒だった。



「はは、これはひどいな」

 真っ赤に染まった空間のなかで俺は呟いた。
 いや、ひどいなんてもんじゃないか。リコイルコントロールのミスで心を乱して、極めつけがFBの対応遅れ。その後の判断も無様なものだ。
 あの状況でFBが来ることなんて容易く予測できるはずだ。予測した上であえて前に出るか、後ろに下がってやり過ごすか、もしくは俺が先に投げモノを使うか。取るべき対応はいくらでもにあったはずだ。それを俺は――いや、考えるのは後だ。時間がもったいない。腕が落ちていることはわかった。だったら、今の俺にできることをすればいい。


 
 視界が切り替わり、再配置されるとすぐに俺は走り出した。さっきの場所とは少し離れている。ブーツが音を立てて砂を掻き上げる、身に着けた装備がうるさい金属音を立てる。今は音を気にしない、全力で走る。
 進むべき道は左右二つある。左の道を選べばさっき俺のいたところまで最短で行ける。右に行けば遠回り。俺は迷わず右の道を選んだ。
 二度の交戦で咄嗟の反応と判断が衰えていることは理解した。だが、索敵や立ち回りはまだ衰えていない。その証拠に俺の方が先にカズを発見し、半身を壁に隠した圧倒的有利な状況から先制攻撃したのだ。だったら、それで勝負する。
スタミナの続く限り走り続ける。カズに比べて軽装な俺はその分移動能力が高い。それも有利な点で、最大限生かすべきだ。

 残り時間二分三十秒を切ったところで、俺は二回目に殺された場所にたどり着いた。だが今回は逆方向から来た。つまりカズと同じ順路をたどっていることになる。
 ここまで接敵せずたどり着けたことがまずよかった。もしカズが逆走してきたら、大きな音を出していた俺は先に攻撃をうけただろう。その時適切な対応ができたかどうか――今の俺では難しい。
 俺はカズの足跡を探った。足跡は俺の残した血溜りをこえて角の向こうへ進んでいる。
 歩幅が狭い。あまり早くは移動していないということだ。俺はカズの歩幅から、 カズが今どの位置まで進んでいるか予測する。
 大丈夫、まだ少し音を立てて走ってもいい。
 角を超えてしばらく走ったところで足を緩めた。ここから先は音を出すべきじゃない。
 カズの足跡を追いながら、静かに、しかしできるだけ早く進む。余計なクリアリングはしない。足跡の進む先だけを注視する。それが最低限のクリアリングも兼ねる。今はリスクを冒して早さをとるべきだ。
 しばらく進むと壊れかけの土壁が見えた。その向こうは少し開けた場所に出る。俺は息を殺して土壁に潜むと、一瞬だけ向こうを覗き見た。
いた。
 カズはこちらに背を向けてクリアリングしながら進んでいる。意識は明らかに前方を向いている。
 さっきは正面からの撃ち合いになって負けた。だったら今度は後ろからだ。
 俺は土壁から身を乗り出して、慎重に狙いを定めた。リコイルに備えてしっかりとバランスをとる。手が汗ばみ、鼻先から汗が落ちた。
 引き金を引いた。M4A1の先から火花が飛び、銃声が響いた。
 反動で身体がぶれる――が、今度は銃口が跳ねない。当たる!
 カズの右肩から血が吹き出た。カズは押されるように地面に倒れたが、すぐに膝立ちになるとAKを構える。
 俺は焦らずに狙いを定める。右肩を負傷した状態でまともに当てられるはずがない。
 カズのAKが火を噴いた。俺の脇の土壁が貫かれ、欠片が宙を跳んだ。やはり俺には当たらない。
 AKがフルオートで暴れまわるその中で、俺はリコイルを計算し、再度引き金を絞った。
 銃声が一度だけ響き、カズの頭が跳ね上がった。
 乾いた砂漠に血飛沫が舞った。AKを抱えた腕が垂れ下がり、銃弾が砂を巻き上げた。カズは力なくその場に崩れ落ちる。直後、1―2とカウントが表示された。
 俺は一息つく間もなく、今度はフルオートで射撃を続けた。狙いはカズの背後のあった家だ。
 すぐにマガジンが空になる。家の壁に開いた弾痕を確認した後、流れる動作でマガジンを取り換えてもう一度撃つ。これも一秒足らずで撃ちつくした。最初に撃った弾痕と二度目に撃った弾痕を比べると、格段に集弾がよくなっている。

「悪くない」

 俺は空になったマガジンを取り換えて走り出した。


 
 残り時間は二分を切っている。スコアは1ー2。カズが逃げ切ろうと思えば難しくない時間だ。
 しかしこれまでのカズの戦い方を考えると、その可能性は低いだろうと思った。カズは待っていればリスクが少なく済む状況で、あえて俺を探して動き回るという選択をとっている。ゲームが始まる前に部長が言った、これは俺の実力を測るためのものだ、という意の言葉。それにしたがって、接敵の機会を多くしているのか、それともただ部長にいいところを見せたいだけか。……多分後者だろう。
 それともう一つわかったことがある。カズは意外と弱くないということだ。カズのことだからどうせたいしたことないだろう、と思っていたが、なかなかどうして、初戦の狙撃といい、二戦目の動きといい、さきほどの対応といい、悪くない。いや、むしろ強いと言ってもいいかもしれない。

 おそらくカズは俺の足跡を追ってくるだろう。さっき俺がやったのと同じように。その判断ができるレベルにあるだろうし、カズが接敵を増やしたいと思っているならそれが一番いい選択だ。そうとわかっているのであれば俺はそれを逆に利用する。

 俺はただ一直線に、マップの端を目指した。たどり着く前に接敵すれば――その時はどうにかするしかない。カズが再配置される場所は誰にもわからない。だからこれは運だ。

 幸い、接敵する前にマップの端のエリアに入った。俺はそこにある装甲車の影まで走る。爆破ミッションであればここが爆弾設置ポイントの一つになるが、今は関係ない。
 俺の足跡は装甲車の影まで伸びている。カズが足跡を追って来れば、俺が装甲車の影に隠れていることがわかるだろう。それを逆手に取る。
 俺は装甲車の上によじ登った。今カズに見つかれば俺はただの的だ。素早く装甲車の後部に移動し、そこから二メートルほど先の壁に飛びついた。砲撃によって壁に開いている穴の、僅かなとっかかりに手をかけて、身体を引き上げる。体重と全身の装備が両腕にかかった。胸の高さまで引き上げると、両腕を上げて、あとは一気に穴の向こうに移った。
 俺は瓦礫の上を転がり落ちて背後を振り返った。そこには四メートル近い壁と砲撃に開い小さな穴がある。そこから少し離れたところに半分開いた扉がある。さっき俺が飛び乗った装甲車はこの壁の向こうだ。
 装甲車からここまでの足跡を俺は消した。カズは俺がここにいるとは考えないだろう。仮に考えたとしても、まず見るべきは装甲車の裏だ。
 俺は慎重に位置を調整する。壁に開いた穴から十メートルほど下がる、それから右に体二つ分動く。ここでいい。M4A1を地面に置いたその代わりに、トマホークを腰から抜いた。それから空を見上げる、太陽の位置から自分が狙うべき角度を探り出す。
 後は待つだけだ。トマホークを右手に構えながら、俺は地面に膝をついた。灼熱の太陽が俺の顔を焼いた。今ここで後ろから撃たれたら、俺は何もできない。
でもカズは後ろからは来ない。きっと俺の足跡を追ってきて、装甲車の影を覗き見る。そんな予感があった。



 残り時間が一分を切った。もしかしたらカズは来ないんじゃないか。時間切れがを狙う戦略に切り替えたのではないか。それとも裏を取りに来ているか。そんな不安が頭をよぎった。
 時間がたつにつれて、自分が動かなければならない気になってくる。自分の判断が間違っているのではないかと、俺の動きが向こうに筒抜けではないかと。そうなると、背後が気になりだす。すぐ後ろにカズが来ているんじゃないか、カズはもうAKを構えていて、背を向けている馬鹿な俺をあざ笑っているのではないか。周りすべてから見られているような錯覚に陥る時もある。周囲全てが、お前が動け、動かなければ負けだ、と伝えてくる。
 待つときはいつもそうだ。待つのは退屈だ。だからいろいろなことを考える。考えなくていい可能性まで考えてしまう。
 俺は頭を振ってその思考を振り払った。少し離れていただけで、ずいぶん弱気になったものだ。たった二年だ。何を恐れることがある、カズは俺が恐れなければならないほどの相手だったか? ありえない。俺の選択は間違っていない。
 俺は意識を集中した。一つの音も聞き逃さないように耳を立て、視線は空の一点を睨み続ける。

 やがて、滴り落ちる汗で地面の色が変わり出したころ、俺はカズの気配を感じた。壁の向こうは見えない。この距離では小さな音は聞こえない。でも俺は間違わない。
 トマホークの柄を握りしめ、俺はその時を待った。カズが装甲車の後ろを覗き込む瞬間だ。爆破設置ポイントのそこを覗き込む時は、誰もが装甲車の前から覗きこむ。装甲車に体を寄せて、爆弾設置の音を聞き、そして一気に踏み込む。その瞬間の音を、俺は聞き逃さないようにする。もちろん今、爆弾が設置されることはない。だが何度も繰り返し練習したその場所では、誰もが自然とその動きをとってしまうものだ。

 こい、覗きこめ。その時が最後だ。

 自然と呼吸が浅くなっていた。俺は意識して深い呼吸に変える。浅い呼吸は集中を乱し、筋肉を硬直させ、焦りを生む。スナイパーの基本だ。最も俺はスナイパーではないが――やめよう。スナイパーのことを考えるのはやめよう。思い出さなくていいことを思い出してしまうから。
 その時、僅かな音を耳が捉えた。装甲車の影を覗き見る踏込、その時ブーツと砂が擦れるその音だ。
 俺は握りしめたトマホークを振りかぶり、雲一つ浮かばない真っ青な大空に向かって放り投げた。

 位置はいいか? 角度はいいか? 力加減はいいか? 何も問題ない。何千回も練習した動きだ。間違うはずがない。
 
 トマホークは勢いよく回転しながらきれいな放物線を動き、壁の向こうに消えていく。
 その結果を見届けることなくM4A1を拾い上げて走り出し、半開きの扉を超えると、M4A1を構え、装甲車に狙いを定めた。
 装甲車の影からカズの足が見えた。反撃を予測しながら距離を詰めていく。
 すると突然目の前に2ー2とカウントが表示された。俺は銃を下して装甲車の影を見た。
 そこには頭からトマホークを生やしたカズが倒れていた。

「よしっ」

 俺は思わず右拳を握りしめた。何度味わってもこの瞬間は格別だ。カズの頭からトマホークを引き抜き、大きく振り払って血糊をとると、トマホークを腰に収めた。
 それとともにカズの死体が消えた。どこかに再配置されたということだ。

 さて、残り時間は三十秒だ。次のプランはもう決まっている。今から銃を空に向かってぶっ放す。その音を聞いてきたカズと戦う。残り時間を考えるとそれしかない。無理に接敵しようとしなければできない時間だ。
 いや、それでいいのか。
 今なら正面から撃ちあっても撃ち負けない自信がある。でも俺は二度も赤っ恥をかかされたわけだ。そんな普通の勝ち方じゃ気が収まらない。そうだ、二度続けてトマホークだ。これしかない。
 俺はにやりと唇がゆがむのを感じた。そうと決まればプラン変更だ。残り三十秒でトマホーク。不可能じゃないが難しい。でもだからこそやりがいがある。そう、こんな時俺は――昔の俺は……。

「何、マジになってんだ……」

 熱が冷めるようにすっと気持ちが萎えていった。
 本当に何やってんだ。来週の日曜日までのお遊びだろ。いつの間にか俺は必要以上にのめりこんでしまっていた。
 実力を示すんならもう十分のはずだ。これ以上戦う必要はどこにもない。
 俺はM4A1を地面に放り出し装甲車の影に座った。残り時間は二十秒だった。

 残り時間五秒でカズの足音が聞こえた。でも俺は動かない。砂の上に転がるM4A1がやけに目について、真っ青な空に視線を逸らした。
 カズのAKが火を噴き、装甲車が耳障りな金属音を立て、それと同時に、残り時間がゼロになった。カウントは2ー2だ。
 ゲームの終わりが宣告されて、俺の意識は現実へと戻っていく。悔しがるカズの声とは逆に、俺はどこまでも冷めた気持だった。





[29920] 四話
Name: tnk◆dd4b84d7 ID:ed937b13
Date: 2011/10/16 23:26
 
 四話



 ヘッドギアをとるとカズが話しかけてきた。

「最後は俺に恐れをなして逃げたか。チキン野郎が。あのまま続けていたら勝ったのは間違いなく俺だがな」

 自信満々に胸を張るカズを部長が遮った。

「残念だけど、続けていたら勝ったのは多分ユウよ」
「なぬっ!」
「いえ、そんなことないです。たまたま運がよくてなんとか引き分けにもちこめたというか……」

 俺はすぐに否定した。過度な期待を込められるのはごめんだ。

「運が良かっただけって動きじゃなかったわ。確かに最初は見るからに素人の動きでどうなるかと思ったけど、途中からどんどん動きがよくなっていって……。それにあの動き、どこかで見たような気が……」
「気のせいですよ。俺が最後にプレイしたのは二年も前なんです」
「そうかしら……二年前……」

 部長は切れ長の目を伏せて考え込む。
 どこかで見たような気がする、か。さすがにもう覚えている人なんかいないだろう。もし本当に俺の動きを覚えていてくれる人がいたとしたら、それは少しだけうれしいような気がしたけど、でもやっぱり俺のことなんかさっさと忘れてほしかった。

「まあユウも認めていますし、ここは俺の方が強いということで――」
「でも二年ぶりであの動きができるなら期待できるわ」

 部長がカズを無視して言った。

「だから俺の方が強いって――」
「出場できるだけでありがたいことなんだけど、こんなに有望な新人が来たら欲が出ちゃう」

 うれしそうに笑う部長を見ていると少し後ろめたい気持ちになった。俺は勝敗なんてどうでもいい。いや、むしろ一回戦で負けてほしい。

「だから部長、俺の方が強いですって」
「ねえ、カズ」

 しつこいカズを部長が半目で睨んだ。

「はいっ!」

 カズは帰宅した主人を迎える犬のように目を輝かせて返事をする。

「もう一人入部してくれるといいわね」
「でも部長、大会に出る人数は揃ってますよ。補欠も欲しいってことですか?」

 怪訝そうに聞き返すカズに部長は頭を振って、

「そしたらあんたクビにするからよ」

 冷たい声で言った。
 しかしカズはかけらの動揺も見せずに笑う。

「ははっ、部長、ナイスジョークです!」

 なんて奴だ。今のは明らかにマジだろ。
 そんなカズを部長は呆れた目で見ていた。

「それで、ユウは武器は何が使える?」

 部長が言った。

「M4が一番使いなれてます。他の武器はそれなりに」
「M4しか使えませんって正直に言えよ」

 カズが横槍を入れる。

「じゃあM4しか使えません」
「じゃあって何よ、じゃあって。他の武器もそれなりって、スナイパーもできるってこと?」
「……一応できます。けどあまり期待しないでください」
「そう、よかった。スナイパーがやりたいって言われたらどうしようかと思ったの。私はスナしかできないから」

 部長がスナか。スナイパーはチームに一人しか入れられない。二人いたらルール違反だ。

「ポジションはどこができるの?」

 と部長が言った。
 砂漠の町のポジションは大きく分けて三つある。爆破設置地点AとB、それからセンターだ。

「特に得意不得意は無いです。どこでもできます」
「つまりどこもできないってことだよな」

 カズがまた横槍を入れる。

「じゃあどこもできません」
「だからなんなのよじゃあって。でも、どこでもできるってのは助かるわ。うちのメンバーはみんなポジション偏ってたから。私もスナだから安易にセンターを離れるわけにはいかないし」
「あれ、そういえばほかのメンバーは?」

 ふと気になって俺は聞いてみた。

「今日は用事があって休みよ。明日は来ると思うから、またその時に紹介するわ」
「みんな俺の女だけどな」

 ないない。

「明日までにポジション考えてくるわ。今日は遅いからもうお開き。また明日お願いね」

 部長はそう言って俺に手を振った。



 校舎を出ると夕日が沈みかけていた。残照が薄闇の空に鮮やかな茜色を差している。もう残っている生徒は少ない。
 裏門で自転車が俺を追い越して行った。金色の長い髪が夕日を映してキラキラと流れていく。部長だった。

「歩き?」

 部長は少し過ぎたところで自転車を止めて振り返った。

「まあ、近いんで」
「そう、よかったら乗ってく?」
「いや、近いからいいですよ」
「でも歩くには少し遠いんじゃない?」

 うちの高校は直線距離で三㎞以内は徒歩通学が義務付けられている。

「二十分ぐらいですね」
「だったら乗っていきなよ。家はどこの方?」

 俺は家の場所を説明した。部長には後ろめたさもあって、どうにも断れなかった。

「ちょっと遠回りだけど、そこならいけるわ。校門出てしばらくしたら乗ってね」

 俺と部長は並んで歩きだした。電気自転車が一般化し、二人乗りが安定するようになったが、それでも二人乗りは校則で禁止されている。あまり学校の近くでするのは避けたほうがいい。

「ねえ、離れて歩いたほうがいいと思う」

 部長が小さな声で言った。

「あ、はい」

 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。あまりに部長が普通だから、忘れてしまっていたのだ。桜坂エレナには近づかない方がいいってことを。

 部長は自転車を引いて先に進んでいった。俺はその背中を他人のふりをしながら追った。部長の細長い影が俺の足元まで伸びてゆらゆらと動く。それがあまりにも頼りなくて見ているのがつらかった。
 昔の俺だったらこんな時どうしただろうか。そんなことを考えてしまう。今みたいに他人のふりをしながら追っただろうか。それともすぐに駈け出して、部長の隣に並んだだろうか。
 今日はVRFPSをやったからだろうか。こんなくだらないことを考えてしまう。



 裏門から離れたところで部長は立ち止まって自転車に跨った。俺は恐る恐るその後ろに乗る。甘いにおいと、少しだけ汗のにおいがした。今日の気温だと冬服のブレザーでは蒸れてしまう。もうすぐ夏がやってくる、衣替えの季節だ。
 電気自転車は二人乗りで重くなった車体をものともせずに進んでいく。部長の足はほとんど動いていない。速度調節する時しか動かさなくてもいい、漕ぐのは電気の力だ。

「ユウは公式大会に出たことある?」
「公式はないです。クラン戦はそれなりに」
「それなりに、ねえ」

 部長が振り返って疑わしげな視線を投げてきた。みずみずしい唇が吐息のかかるほど近くにある。

「危ないですよ、前見てください」

 なんでもない風に装いながら俺は言った。年頃の女の子と二人乗りするなんて初めてだ。さっきからずっと心拍数がやばいことになっている。こんな至近距離で振り向かれたらいろんな意味でまずい。

「私もね、公式戦は初めて。クラン戦の経験はあるから、公式戦の動画とか見ていろいろ勉強はしてるけど」
「公式戦とクラン戦は違いますか?」
「どうだろう。動画を見る限りではそこまで違いはないかな。基本的なルールは同じだし。でも公式戦の方が平均的なレベルは高いかも。ただトップクラスになるとほとんど差はないと思う」
「そうなんですか。プロと比べるとどうですか?」
「それはさすがにプロかな。個人の力だったらプロ顔負けの選手もいるけど」

 部長の柔らかな髪が風に流されて俺をくすぐる。心地いいけれど、慣れない俺には少し気まずい。

「去年全国優勝したチームのスナは一年生だったんだけどね。すごかった。私もスナだけどそれしか言えないぐらいすごかった。もう有名プロチームからお声がかかってるって話だし」

 そのスナはあいつより強いんだろうか。そう考えて、思わず笑ってしまう。俺の考える最高のスナイパーはあいつだけだからそんなことはありえない。

「それに、私の予想が正しかったらそのスナは元トップクランの一軍スナよ」

 え?

「何て名前ですか」

 あいつかもしれない。体が強張った。

「橘レイカ。クランのIDは秘密。間違えてたら恥ずかしいから」

 女子か、じゃあ違う。安心したのか、残念なのか、自分でもよくわからないけど、強張った体の力が抜けた。

「ユウはクランには詳しいの?」
「最近のことは全く」
「昔のことは?」
「それなりに」
「それなりに」

 部長が振り返って可笑しそうに俺の言葉を繰り返した。顔が熱くなる。

「だから危ないですって」
「はいはい。Moonlight Butterflyってクラン覚えてる?」
「覚えてますよ。連携がすごくうまかった」
「あそこの連携は本当にお手本みたいだね。鳥立つは伏なり、は?」
「ポジションが独特で何度も驚かされた」
「ラッシュアサルトは?」
「ラッシュ厨」
「間違いない」

 部長はそう言って笑った。

「それにしても、まるで戦ったことがあるみたいに言うんだね。全部超一流のクランなのに」
「あ、いや別にそんな風に言ったつもりはないです」
「本当?」
「本当です」
「ファイブスターは?」

 その名前を聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。

「どうしたの、知らないはずないと思ったのに」

 そう、そのクランを知らないVRFPSプレイヤーなんていない。だけど俺は、

「知らないです」

 と震える声で言っていた。
 あたりは完全に日が沈んで暗くなっていた。自転車の小さなライトが田んぼのあぜ道を照らしていく。時々、部長の身体が俺に触れた。その度に俺は置物のように動きを止めた。

「もう暗くなってるのに回り道までしてもらっていいんですか」

 俺はクランのことはもうしたくなくて話を逸らした。でも、次の一言がいけなかった。

「最近は治安も悪くなってるし」

 びくり、と部長の身体が震えた。俺は自分が失言したことに気づいた。

「あ、いや、部長のせいで悪くなってるって意味じゃないですよ」
「移民のせいで悪くなってる」
「それは……」
「事実よ」
「……そうですね」

 否定できなかった。
 二十年前から大量に受け入れられるようになった移民によって、日本の治安は劇的に悪くなっていった。
 仕事と住む場所を奪われた日本人と、地域に馴染もうとしない移民との確執は時を経るごとに深まるばかりだ。幼いころ、周りに移民が多くいた俺はそこまで排他的な感情は持っていないが、移民と知っただけで顔を背ける日本人が多いのも、そんな日本人に対して暴力行為に出る移民が多いのもまた事実だ。

「ごめん、私が気にしすぎね。ユウがそんなつもりで言ったんじゃないってことはわかってる」
「いえ、俺も無神経でした」
「よし、クランの話に戻ろう。次は――」

 部長は無理に明るい声を出して、俺にとっては懐かしいクランを次々に挙げていった。
 部長は饒舌だった。部長は話に夢中になって何度も何度も振り向くから、俺は暴れそうな心臓をおさえて繰り返し注意した。
 部長は俺の知っている桜坂エレナとは別人のように、楽しそうに、柔らかな雰囲気で笑った。俺の知っている桜坂エレナは、もっと鋭利で、もっと冷たい。俺は部長が笑った顔を今日まで見たことがなかったし、部長が誰かと話しているところさえ、ほとんど見たことがなかった。桜坂エレナはいつも一人だった。俺の知る限りでは。
  部室にいたころからおかしいとは思っていた。だけど具体的に、何がおかしいかまではわからなかった。でも今わかった。部室にいた時の部長からも、今俺と話している部長からも、問題児桜坂エレナの影は、どこにも見当たらなかったのだ。

 俺の家が近づくと部長は自転車のスピードを落とした。本人は無意識にやっているのかもしれない。だけど俺は気づいてしまった。

「ユウはVRFPSが好き?」

 部長が聞いた。嫌いだ、なんて言える雰囲気ではなかった。

「それなりに」

 部長は笑ってくれた。

「私は大好き」

 部長は俺を家の前で下すと名残惜しそうに手を振って帰っていった。今日会ったばかりの俺と、携帯デバイスの番号まで交換していった。胸が締め付けられた。
 ロシア移民でありながら、日本人ばかりのうちの高校に通うことは、俺が考えているよりずっと辛いことなのかもしれない。そう思った。
 でも部長は移民学校に通うことはできない。日本人の血が半分混じっている部長は、そこで今よりずっとつらい目にあってしまうだろうから。



 その夜、押し入れからヘッドギアを取り出した。埃の被ったそれは昔のままだった。
 今日までずっとVRFPSを避けてきた。だけど今日VRFPSをプレイして、部長の話を聞いて、どんどん懐かしくなっていった。それから、今どうなっているのかが気になった。あの頃のプレイヤーは今もいるんだろうか。強い新人は出てきただろうか。どこクランが最強だろう。俺のいたクランは? 思い出していくごとに、胸が苦しくなっていった。
 自分で自分を苦しめるなんてバカのやることだ。だからVRFPSをやるのは嫌だったんだ。思い出したくもないことを思い出してしまうから。





感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.0856058597565