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[25721] 【習作】恋姫シリーズ二次 女オリ主 クロス無し
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 22:50
 


『あれ、兄さん?』

『よっ』

『なに、ひょっとして、待っててくれたの?』

『まぁ、なんだ?日の落ちるのも早くなったし?一応お前も女だし?』

『なんだよ、一応は余計だろ』

『なによりあれだ、見た目からじゃ中身はわからないからな!上っ面にだまされる奴も居ないとも限らないし!!』

『………』

『あ、おい!冗談だって!お~い!!』










『ん?』

『なんだよ、そんな見え透いた手に引っかかる私じゃ』

『ちげ~って、今むこうのほうで』

『ん?資料館のほう?』

『そっか、そういやあっちは』

『どうしたの?』

『あれ、人目を気にしてたんだよな…、たぶん』

『え、なに?ひょっとして不審者とか?』

『…、ちょっとお前、戻って誰か呼んでこい』

『え?!、ちょっ?!』










『うわ、あの人おもっきし器物損壊だよ?!』

『うわ、何でお前いんの?!』

『そ、それより中入ってくよ、あの人!今度は不法侵入?』

『ちっ、いいからさっさと誰か呼んでこい!』










『何か捜してやがんのか?』

『ここ、なんか値打ちものってあったっけ?』

『うわ、何でお前いんの?!』

『うわ、大声出しちゃダメ~!』










『………』

『………』

『………、奥いったみたいだな』

『兄さん、これ』

『おう、サンキュ…?』

『あいつは?』

『いやいやまてまて、おま、何でこんなもんが』

『前の顧問の先生が居合いもやっててさ ダイジョブ、刃はついてないよ』

『それでもあぶね~だろ!、こんなもんそこらにほっぽってあるのかよ!』

『まさか、ちゃんと鍵かけてあるよ』

『じゃぁなんで…』

『鍵もってる』

『………』










『目当てのもん、見つけたみたいだな』

『兄さん、わたしが物陰伝いに近づくからタイミングを見て気を引いて』

『あいよ、ただし役割は交代だ』

『え?』

『あのな?俺おとこ、お前おんな ついでに俺が兄貴でお前妹、OK?』

『あ、もう!』

『動くなよ、声出すだけでいい 出来るだけ頭も引っ込めてろ』










『誰か~っ!!』

『な?!』

『もらいっ!チェストー!!』




















 「あ~………」


 真っ青な空を流れていく雲をなんとなく見送る。


 「知らない天井ですらないとか………」


 力なくボソボソつぶやく誰かの声が、他ならぬ自分のものであることに気づくまでしばし。

 それにしてもいい天気だ………?


 「あれ………」


 妙な違和感を覚えるものの、頭にもやがかかったようにものを考えること、それ自体ががおぼつかない。

 上体を起こしてしばし。

 そもそもなんでこんなところで昼寝をしていたのだろうか?

 年頃の娘にあるまじき………。


 「おこられちゃう……… んしょ………」


 手に持った何かを杖代わりに立ち上がる。


 「ん………? なんだこれ………?」


 なんだこれ?ではない。

 見ればわかる。

 亡くなった先代の剣道部顧問が居合いの練習用にと置いていた練習用の刀。

 まだ誰もいない早朝などを使って教えてもらったこともある。

 あいつの孫に俺の剣を仕込むのも一興とか言って笑ってた。

 学園を去るときに譲られた二振りのひとつ。

 亡くなったときは悲しかった。

 みんな大好きだった老人の形見を独り占めするのと、祖父のライバルに師事したのがなんとなく後ろめたかったのがあって、武道館に併設されていた資料館に預けていた刀。

 フランチェスカ生え抜きの私は知ってる、編入組の兄さんは知らない………?


 「!!」


 ようやく、しかし一瞬で覚醒する。


 「兄さん?!」


 最後に眼にしたのは兄に驚いた不審者が取り落とした何か、皿のような円盤状のようなそれが割れる様。

 その何かからまばゆい光が溢れ出し………、いやあんなところにあるあんな物が、あんなふうに光りだすわけもなし。

 おそらく男がなにか隠し持っていたのだろう。

 光と音で人を昏倒させる武器があると云うし。

 そこまで考えて戦慄する。
 
 空の様子からして、どう少なく見ても半日かそれ以上不覚を取っていたことになる。

 そしてその場には敵がいた。

 膝から下がフニャりと崩れそうになる。

 すぐにでも下着の中を確かめたい衝動を抑えつつ、周囲を見回す。

 見渡す限り何もないそこは、敵が隠れる場所もなかったが、同時に身を隠せる場所もなく、さらには一人きりであるという事実までも押し付けてくる。


 「おちつけ、おちつけっ」


 口の中で音になる前に噛み殺しつつ、それでも呪文のように繰り返す。

 声を出したら、動き出したらたちまちパニックになる予感があったから、必死で手を、足を、心を押さえ込む。

 わけのわからない状況だからこそ、平常心だけでもなければ。










 「よし、おちついたっ!」


 太陽の位置から時間を知るなんて器用なことは出来ないが、まぁ、たいした時間はたっていないであろう。

 われながら強靭な精神力。


 「すごいぞ、わたし」


 太陽の位置から時間を知るなんて器用なことは出来ないが、携帯みればどれくらい経ったかはわかるな。


 「だめじゃん、わたし」


 そもそも最初に時間確認してなかったんだから、どれくらい経ったかなんてわからないよな。


 「だめだめじゃん、わたし」


 でも、今の時刻は判るよ!

 つまり結論………。


 「ぜんぜんおちついてなかった………」


 そもそも、真っ先に携帯に思い当たらないあたり、女子的にどうよ?

 いいもん、電話あんまり好きじゃないし、メールとかも好きじゃないし。
 
 嘆息しつつ内ポケットから携帯を取り出し、手首のスナップと指先だけで弾くようにして開く。


 「圏外………、予感はあったけど………?」


 時間と日付を確認して、パタンとたたむ。


 「………、こわれてる?」


 再度、先ほどのように手首のスナップと指先だけで弾いて開く。

 たとえ圏外で、オートの時間あわせが効かなかろうとそうそう時間がずれたりすることもないだろう。

 だが、表示される時間は校舎を出たときから換算しても二時間も経っていない。

 あの時はもう暗くなり始めていたのに、今はどう見ても昼間だ。

 学校で昏倒した私を拉致って、飛行機で昼間の地域まで高飛びし、どことも知れぬ荒野に置き去り。その間わずか二時間。


 「ありえないし………」


 カメラやプレイヤーは起動するのを確認し、なんとなく腑に落ちないものを感じながらもポケットに戻す。

 立ち上がり、再度周囲を見回す。なにか、行動の指針となるような変化はないか?


 ふと、右足のかかとに何かが触れた。

 見るとそこには見慣れたカバン。制服に合わせた青いナップザックタイプのそれは、自分のもので間違いあるまい。

 こんな物にすら気づかないでいたとは。

 拾い上げ、中からベレータイプの制帽を取り出す。

 暗い資料館の中で落とさないように突っ込んでおいたものだが、幸い型崩れはしてない。

 ついでに鏡も取り出して帽子の角度を決める。

 長い習慣であるから、特に見なくてもそれなりに決まるのだが、そこはそれ。


 「ん、よし」


 鏡をカバンにもど………すのをやめ、しばし。

 きょろきょろと辺りを見回す。

 カバンを地面におきそこに鏡を立てかける。

 しばしの逡巡の後………。 










 「なにしてるかな………野外でとか………」


 結論から言えば「証」は無事だったのだが。


 小さなカバンの陰に身を縮こまらせるように隠れ、いや、多分ぜんぜん隠れてはいなかったろうが。

 おそるおそる確かめて、それと判ったときには安堵のあまりちょっと泣いた。

 そして涙がおさまると一転、妙にテンションが上がり、遠くに何かが見えた気がしたのを良いことに意気揚々と歩き出してしまった。


 いろいろありすぎて、やはりちょっとテンパっていたのだろうか?

 屋外で「くぱぁ」とか、ありえん。

 けして軽くなかった不安がひとつ解消されたとはいえ、ちょっといろいろ、いろいろすぎやしないか?

 などと考えつつも足は前へ。


 本人に自覚はないものの、こんなふうにうじうじ自省できるのはまさにその「けして軽くなかった不安がひとつ解消された」ことにより、心の天秤がすこしづつ平衡を取り戻しつつあるためではあるのだが、だからといって「くぱぁ」した事実は消えない。

 もし見られてたら恥死できる。


 そんなこんなをつらつらと考えつつ。

 どうやら何か見えたのは気のせいでもなかったらしい。

 道というにもお粗末な、せいぜいが荒野に残った轍の跡が消えずに残っている程度のものではあるが、それでも何かが行き来してはいるのだろう。

 そんな道が右から左へ、あるいは左から右へ。

 太陽は道の向こう、やや高くなってきていて、まもなく正午といったところだろうか?

 携帯を確認しても相変わらず圏外、時刻はまもなく午後九時半。


 「さて………」


 どちらに進もうか。

 地理がつかめない以上勘に頼るしかないわけだが。


 「先生、おねがいします!」


 訂正、どうやら師の英霊に頼るらしい。

 鞘に納まった刀を垂直に立て、そっと手を離す。

 よほどバランスが良かったのか、しばし静止、固唾を呑んで見守る。

 ごくり。

 かちゃん、と音をたて、師の英霊が導く。

 太陽に向かって突き進め!!


 「いやいや、それは無しの方向で!道なりに北か南でお願いしますって」


 なんじゃ、つまらん。

 二度目の「かちゃん」は微妙に投げやりな響きがあったような無いような。
 









 「分けわかんないなら、わかんないなりに………」


 考えることが大事だよね、と。

 なにがどう判らないのか、それをも考えずにいれば、いざヒントがあっても気づかないかもしれないし、うん。


 やはり、最大の疑問はなんでこんなところにいるのか?だろうか。

 ストレートに考えれば盗賊に攫われたのだろうが、そもそも攫う理由は?

 顔を見られたと思ったか? 兄に対する脅迫?

 いくら名門私立とはいえ、あの資料館の展示物などたかが知れている。

 しかし誘拐となれば官憲の追及も違ってくるだろう。

 そのリスクを加味してもなお、私を攫うメリットなどあるのだろうか。

 これがそもそも名門の子女を攫うのが目的だったとして、ならなんでこんなところで捨てられた?


 「う~ん、私が可愛かったから、つい持ってきちゃった、とか?」


 言ってみたかっただけです。


 「で、途中で重くなって捨てた、と」


 なんだとう!

 傍で見ている人がいればなかなかに愉快な見ものだったろう。


 「あ~………」


 そもそも、なぜ誘拐犯は刀を取り上げなかったのか。

 刃のついてない練習用とはいえ、殴れば骨ぐらいパキパキである。


 さらにナップザックのこともある。

 動きの邪魔にならないよう、いざとなれば牽制代わりに蹴り飛ばしてぶつけてやろうと思って足元に置いていたそれまで拾って持ってくる理由はなんだ?

 そして結局は、なぜそこまでして攫ったのにこんなところで捨てるのか? という最初の疑問に帰っていくのだった。


 だがここはひとつ、無理やりにでも状況を説明できる設定を考えてみよう!


 「まずは………」


 いきなりこわい考えになってしまった。

 フィクションでもやや食傷気味になってきたデスゲーム系のやつとか、マンハントとかの獲物にされているパターンだ。

 なにが怖いって、考え付く疑問の全てにそれなりに説得力のある説明が出来そうなところだ。

 気絶してる間にたべられなかったことも、持ち物が全てそろってることも、『獲物は生きがいいほうが楽しめるから』で、説明できてしまわないか?


 「やめ、これは無し、ダメ、ぜったい」


 気を取り直してパターンそのに。


 「謎の光に包まれて、気づいた先は見知らぬ荒野。これはもう、伝説の勇者として異世界に召還されたとしか!!」


 おい。


 「あとはもう、夢オチくらいしかないよね」


 ほんとかよ。


 「夢だったら、まぁ眼が覚めるまですることもないし?目覚めたあとで今のこと覚えてるとも限らないし。」


 こうして


 「と、ゆーわけで! ここからは伝説の勇者として活動していきたいと思います!!」


 当面の行動指針(?)が決まった。

 決まってしまった。
  









 だがまぁ、無理やり上げたテンションも、てくてく歩いてるうちに醒めてくるもので。


 「う~、こういうのって普通巫女さんとか僧侶とか王子様とか魔法使いとか、あと王子様とかが説明キャラとして出てくるものじゃないの?」


 失礼、まだ酔っ払っていたらしい。


 「召還即野垂れ死にのコンボから始まる物語なんていやすぎる」


 そこから始まってしまったりするとホラー一直線だ、いさぎよく終わっとけ。


 「そろそろ始まりの街が見えてくるべき」


 右手で庇を作るようにして、ついでにちょっと背伸びもしながら行方をみる。

 すると、何かが見えた気がした。

 少し足を速め、ときどきぴょんぴょん跳ねてみたりしながらその「なにか」に目を凝らす。

 どうやら何か動くものが居るらしい。

 頭の隅にちらっと「パターンそのいち」がちらつく。

 だが、ここは身を隠すものもない荒野。

 相手が乗り物に乗ってたら逃げ切ることは出来まい。

 ここは………。


 「覚悟を決めるべき………」


 ザックの背負い方を変え、いつでも投げ捨てられるように右肩に背負いなおす。

 そうしてるうちに影は人の型を取り始める。二人、それも年端も行かない少女のようだ。

 刻一刻と得られる情報が増えていく。

 徒歩、ではなく走っている。

 走っているのではなく追われている、逃げている。

 追っ手は三人、こちらも徒歩。いずれも男。


 「パターンそのいちなら、女の子達は私と同じ被害者で追っ手は敵だ」


 早足から小走りに。


 「パターンそのになら、女の子を助けるべきだよね、勇者的には」


 小走りから本格的に走り出す。


 「夢オチなら、楽しいほうを選ばなきゃ損だ!」


 そして全力疾走へ。

 自分でも意外なほどに体が軽い。

 風になったような速度から、天井知らずに早く速く!

 すでに少女たちの表情まで見て取れる。

 亜麻色のショートヘアーの少女が銀髪のツインテールの子の手を引くようにして走ってくる。

 どれほど走り続けてきたのだろうか、苦悶にゆがんだその顔がこちらを向き、視線が交わった。

 そこに浮かんだのは絶望。

 挟み撃ちに、罠にかけられたとでもおもったか?


 「ちがう、あれは………!」


 こっちに逃げてきてしまったせいで、私も巻き込んでしまった、もう逃げられないと………。

 にげて、と口元が動くのが見えた気がした。


 「なんて優しい子」


 おもわず笑みがこぼれる。

 カバンを投げ捨て最後の距離を走りぬく。

 3………2………1………0で少女たちとすれ違う。


 後ろの男たちはいつの間にか足を緩めていた。

 そもそも体力もコンパスもちがう少女たちをなぶって楽しんでいたのだろう。

 それでも少々息が荒れているあたりがいかにも雑魚っぽい。

 無力な少女を駆り立て、追い立て、弱った獲物を取り押さえ、いざお楽しみというところで、そこに新たな獲物が飛び込んできた。

 そんな下種な考えが透けて見える。

 垢じみた不潔な身なり、抜き身でぶら下げた刀は見るからになまくらで、錆が浮いている。

 こんな奴らが口にする台詞なんてお決まりのものに決まってる。


 「よぉ、ねぇちゃん、痛い目みたくなきゃぁおとなしく………」


 ほらね?

 だからこういう時こそアレをやるチャンスなのだ!
  








 「黙れッ!! そして聞けッ!!」


 少女の口から出たとは思えぬ大喝が野盗どもの臓腑を射すくめる。

 両の眼に苛烈な怒りを滾らせ、少女はこの世界に堂々たる名乗りを上げる。

  







 「わが名は北郷! 北郷ふたば!! 悪を断つ剣なり!!!」



[25721] その2
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 22:57
 少女達が二人連れ立って、見聞を広める旅に出ようと決めたのは二月ほど前のことになる。


 あっちこっち見てまわり、あわよくば仕えるに足る主をみつけたい。


 いい人がみつかるといいね~、そうだね~、いっしょにお仕えできるといいね~、そうだね~。


 準備は順調に進み、そろそろ先生にご挨拶を、と思ったら。

 ある「うわさ」を耳にした。


 鍛冶屋の孫さん(仮)が、武器を鍛え始めたらしい。


 今でこそ田舎の鍛冶屋さんである孫さん(仮)だが、若いころは都会でぶいぶいいわせていたらしく、腕も近隣では確かなほうではある。

 だがしかし、ここは田舎。農具の修繕こそ日常的にあれ、武具の製作などはまず注文があってから。

 作り置きなどしても捌けないのである。


 では誰の注文で?とは皆が疑問に思うところ。

 逗留している侠客などが居るわけでもなし。

 疑問に思った某が尋ねたところ、こんな答えが返ってきたそうな。










 【(「<女神>」)】が夢枕に立ったのだと。

 【(「<女神>」)】いわく、まもなくこの村に英雄の卵が訪れるらしい。

 その英雄に剣を与えるように、とのお告げがあったというのだ。


 余談だが、【(「<女神>」)】を不自然なまでに強調する孫さん(仮)であったが、そのやつれ果てた面が【(「<女神>」)】と口にするたびに無残に引きつり、まるで怯えるように辺りを窺っていたと某は語る。









 それはさておき、英雄である。


 それも、女神様のお告げつきで。


 主探しの旅に出ようとした矢先にとは、これも何かのお導き。

 せめて一目見てからでも遅くはあるまいと。

 幸か不幸か、インタビュアー某の最後の二行分を聞き逃してしまった少女二人は、旅立ちを延期して鍛冶屋の孫さん(仮)のもとに足繁く通うことになった。


 まだかな~まだかな~、はやくこないかな~。


 何かにとり憑かれたような、鬼気迫る様子で一心に槌を振るう鍛冶屋の孫さん(仮)の、その表情に気づかないまま、のんきに佇む少女二人。

 だが、一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、四、五ときて、六週間目が半ばまで過ぎた頃になって、ふと思ったのだ。


 いったいどんな武器をつくってるんだろう。


 そう思うまで時間かかりすぎではないかね、きみたち。

 そうしてついに、見てしまったのだ。










 炉の火に熱せられ、煌々と輝く、大男の身の丈ほどもある巨大で、大雑把なその鉄塊を。

 例のコピペは省略で。










 そのあまりのインパクトに、小さなやっとこで器用にひっくり返しトンカントンカン、時折無造作に炉に鉄塊をつっこむ鍛冶屋の孫さん(仮)や、どう見てもそんなもんが突っ込めるはずもない田舎鍛冶屋の四次元炉すらも眼に入らない。










 Q どんな英雄ひとならアレを使うことができるでしょう?

 A 雲をつくような大男。

   空気の澄んだ天気のいい日には偶に顔が見えることがある。

   吐く息は地獄の炎で、たまに鼻からも漏れる。
 
   額に第三の眼があり、これに睨まれると死ぬ。

   腕は四本、足も四本、山を一跨ぎにするが、雲が邪魔で足元が見えないので良く転ぶ。

   全身に生えた棘には毒があり、刺されると三日三晩苦しんで死ぬ。

   弱点は踵で、決まった順番で刺すと死ぬが、順番を間違えると分裂して二人に増える。

   伝説では月の向こうからやって来た地獄の使者とされ、キシャーと鳴く。









 紆余曲折、語るも涙、波乱万丈の大冒険の末、少女二人は女神のお告げに導かれた大英雄にお目どおりがかなう運びとなった。


 どうか御傍にお仕えすることをお許しください、われらの智謀を持って貴方様の大望、果たして見せましょう。


 英雄はそれを聞き、にっこりと微笑んでこう言うのだ。


 オレサマ オマエ マルカジリ


 きしゃー





 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」




 血相を変えて旅に出ようとする二人だったが、もう遅いから明日にしなさいと引き止める恩師の言葉を無碍にはできず、故郷で最後の夜を過ごすことになる。

 夜も更けたころになって「「い、一緒に寝てもいいでしゅか?」」と、枕を抱えてやってきた二人に思わず、こんな二人で大丈夫か?と思ってしまう先生であった。


 翌朝、先生から一番いい餞別を貰い、故郷を去る少女二人。


 だが、彼女たちは気づかなかった。

 それまで早朝から夜更けまで鳴り響いていた鍛冶屋の孫さん(仮)の槌の音が止んでいたのを。

 店の軒先に、まるで同じ屋根の下に居るのも恐ろしいとばかりに立てかけられた巨大な鉄塊にも。

 会心の仕事を終えたばかりの職人とも思えぬ孫さん(仮)の「やめろー貂蝉、ぶっとばすぞー」という、悪夢に魘される声もまた、届いては居なかった。





 さて、こうして旅立った少女二人。

 峠の山道をてくてくと、まだ見ぬご主人様へと思いを馳せつつ歩いてゆく。


 そんな二人を岩壁の上から見下ろす人影が三つ。

 ぶっちゃけ前回の野盗三人組である。


 以前は別のところで悪事を働いていたこの三人、セコくほどほどに稼いでいたのだが、それでも長くなれば官憲の目にも留まる。

 ならそろそろ河岸を変えんべぇと、この辺りまで流れてきたのだが、ちょこっと様子でも探っておくかと人里に紛れ込んでみた折、少女二人が旅の話をしているところに出くわしたのだった。


 カネの匂いを感じ、ちょっと探りを入れてみると、どうやら有名な私塾の生徒、それもかなり優秀であるらしい。

 随分とちんまいが、見た目もなかなか。

 掻っ攫って路銀を奪い、楽しむだけ楽しんだら適当な相手にうっぱらってやろう。

 身代金を脅し取るのもいいかもしれない。


 こうしてこの三人、少女たちが来るのを今か今かと待ち伏せ続けることになったのだが、何故だか一向にやってこない。

 そのうち一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎ、四、五ときて、六週間目が半ば以上過ぎた今日ついに、待ちに待った獲物たちがやってきたわけである。 

 さんざっぱら待ち惚けを食らったせいで体中垢まみれの汗まみれ、それでも諦めず待ち伏せを続けたのだから、見上げた、もとい見下げ果てた心がけ、ではなく執念といえよう。

 計画では峠のてっぺんで待ち伏せすることになっていた。

 それ以前だと里の外に出る大人たちの邪魔が入るかもしれない。

 そうでなくとも狩のために作った小道などがあり、そこに逃げ込まれると面倒なことになるかもしれない。

 ならば里から十分離れた一本道のここで、その退路を塞ぐようにして襲い掛かれば、たとえ娘っ子どもが逃げ出したところで里からは離れるばかり。

 疲れ果てたところでとっ捕まえてそのままおさらばってわけよ! さすがだぜアニキ!! す、すごいんだな。





 そんな目論見が進行中とはさっぱり知らない少女二人。

 一晩眠って、少し落ち着いてはいたものの、住み慣れた学院を離れ二人きりで人気のない道を進むうち、昨日の恐怖がじわじわと首をもたげてきていた。

 そして、一度思いだすともうだめだ、何もかもが気になって仕方がない。

 風のなる音、草木のざわめき、うっかり蹴り飛ばした小石の転がる音に鳥の鳴き声。

 いま、視界の隅でなにか動かなかったか?。

     その物陰に何か隠れてやしないか?。

        なんだか妙な視線を感じはしないか?。

           ゆっくり、ゆっくり振り返ってみるといい。








                             ほら、そこには英雄が!!!きしゃー





 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 両者ともにすでに涙目である。

 それでもおっかなびっくり前には進んでいるあたり、決意だけは固いらしいが、これでは先生でなくとも「こんな二人で大丈夫か?」と思わずにいられない。

 はやくなんとかしないと。



 
 そしてとうとう運命の時きたる。

 このとき野盗三人組の頭領の描いていた段取りはこんな感じだ。

 足元を通り過ぎていく少女二人、通り過ぎたところで「おい、まちな!」

 岩壁を滑り降りてゆく三人。

 挟み撃ちにしてしまわないのは逃げられないと悟った二人が発作的な行動を起こさないようにするためだ。

 なんでもおつむの出来に自信があるようだし、こっちのことを言いくるめられるとでも思ってくれれば云うこと無し。

 思い上がった小娘に本物の殺気って奴を教えてやりつつこう言うのだ。


 「よぉ、お嬢ちゃんたち、痛い目みたくなきゃぁおとなしくするんだな」


 そのまま諦めて大人しくすればよし、例え逃げ出しても里は逆方向で、殺気を浴びて竦んだ体は思うようには動くまい。

 すぐに力尽き、そこでおしまいだ。

 なんともおめでたい計画だが、所詮は野盗、こんなものであろう。




 そしてとうとう運命の時きたる。

 このとき実際に起こったことを順に追っていくと、こんな感じになる。

 人気のない山道を歩いていく少女二人。

 おっかなびっくり進んでいく。

 そのとき不意に日が翳った。

 翳ったといっても、一転にわかに掻き曇り、などと嵐の予感を感じさせるようなものではなく、ちょっと薄雲が日をさえぎった程度のものであったが。


 きしゃー


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 さらに驚いたのは待ち伏せする三人。

 しまった気づかれたと伏せた身を立ち上がらせる。


 さて、ここで問題をややこしくしたのは三人組の容姿であった。


 まずは頭領。

 中肉中背、荒事で鍛えた体躯は、まぁそれなりだ。

 日焼けした浅黒い肌、むさくるしいひげ面は野性的といえなくもないが、野獣的といったほうが同意は得られやすかろう。

 この人の職業は?、街の女の子百人にアンケートをとったなら百人が野盗と答える、野盗の中に混じったら馴染みすぎて二度と見つけられないザ・野盗。

 だが、問題はこの男ではない。


 二人目はチビ。


 世紀末でヒャッハーな世界なら大男の相棒との合体技でボールのように投げつけられ、空中からヒャッハーと襲ってくる重要な役どころが与えられたであろう。

 この男も問題ではなかった。


 つまり、消去法で三人目。


 中、小ときたらお約束の大男。

 うどの大木、でくのぼう。

 ボール役ではなく、投げるほうであった。 


 日が翳り、びくっとなって上を見たら崖の上から大男が見下ろしていたのである。

 きしゃー、である。


 ノータイムで逃走。

 まさにロケットスタートと呼ぶべき見事な遁走。


 さらにここが峠の頂上だったことも幸いした。

 下り一直線。

 はわわ、あわわと叫ぶ声が、はばばあばばに変わり、やがてだばばばばばと、猛加速。


 野盗たちが正気に返り、あとを追いだした時には既にかなりのリードを稼ぎ出していたのだった。


 こうして唐突かつなし崩し的に始まった追走劇。

 先行するは少女たち。

 小型軽量なボディが生み出す軽快なコーナリングと、少ない正面抵抗がもたらす加速の伸びで逃げ切りを目指す。

 しかもこの少女たちは名門女学院の期待の俊英、ただ逃げるだけではない、罠だって仕掛ける。

 具体的にはタイミングを見計らって荷物をポイ。


 ぎゃぁなにをやめてとめてずこべきぐしゃアニキたすけておちるまておちるなあきらめるながんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!! やれる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだ! そこで諦めんな絶対にがんばれ積極的にポジティブにがん(r


 突如始まった熱血劇場を尻目に走る走る。

 お気に入りの帽子達もいつのまにか何処かへすっ飛んでしまったが振り返らずに走り続ける。




 まあ結局のところ、快調だったのは下り坂が終わるまでだったわけだが。




 なぜか引き離せずについて来る男たち。

 だからといって諦めることなんて出来ず、足は前へと進み続ける。

 吐く息は焼けつき、吸っても肺に入ってこない。

 心臓は今にも爆発しそうで目は霞む。

 そもそも顔を上げているのすらも億劫で、気がつくと足元をみていて。

 そんなだから、その人に気がついたときにはもう、致命的に手遅れだったのだ。

 

 
 目に入ったのは駆け寄る少女。

 青いセーラーカラー、胸元を飾るグリーンのリボン。

 風にたなびく黒髪とダークグレイのケープ。

 青いミニスカートから覗く脚は、生み出す速度とは裏腹に細く白い。

 すっと透った鼻筋、切れ長の眦と黒曜石の瞳。

 あまりに美しく、だからこそ残酷な運命が彼女には待ち受けているだろう。

 だが彼女は躊躇など微塵も見せず、ただひたすらに私たちを救わんと駆けてくる。

 ああ、なのに!!肢体を弾ませ駆け寄ってくる彼女を見て!!





 いや、この期に及んで言葉を飾るのはやめよう。

 そう、中でも一段と激しく弾むその二つのふくらみを見てこう思ってしまったのだ。



 「「モゲロ」」、と。

 

 「「く、口にでちゃいましゅた!!」」



[25721] その3
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:06
 『『『おーぼえーてやーがれー』』』


 「ふっ、我に断てぬもの無し」


 遠ざかる負け台詞をバックに、付いてもいない血糊をひゅんと払い、刀を鞘に収める。

 はっきり言って気持ちいい!!なんか漲ってきた!!!具体的には気力+30くらい!!!!

 やばいですゼンガー少佐!癖になりそう!!今なら雲耀の太刀いける!いや、逸騎刀閃だっていけそうです!!

 斬艦刀ぷりーず!かもんトロンベ兄さん!!

 

 
 ひっひっふー、高まりまくったテンションを落ち着かせるために深呼吸。

 よし落ち着いた。

 ある意味ではここからが本番。

 状況がさっぱりつかめない今、追われていた少女たちはふたばにとってお釈迦様の蜘蛛の糸にも等しい。

 ここは少しでも好感度を上げておかねばならぬ。

 命がかかっているかもしれない今、たとえ同性が相手だろうとニコポナデポもやぶさかではない。

 カモン三択!最良の選択肢を選び取ってみせようぞ!!











 

 
 さて、助けに来てくれた相手に思わず「「モゲロ」」と呪いをかけてしまった少女二人。


 よもや聞こえはすまいと思ったのも束の間、彼女の様子が一変した。

 白い貌が不意に陰になり、双眸がきゅぴーんと不吉な光を放つ。

 口元がにぃっと三日月型につり上がったかと思うと、背にしていた旅嚢を投げ捨てさらに加速。

 剣を片手に、うけけけけと駆け寄ってくる様の恐ろしさは英雄に勝るとも劣らない。


 このとき、ふたばとしては薄っすら笑みを浮かべた程度の認識でいたのだが、テンパり気味のテンションと荒事を前にした緊張、さらにそれを見る少女二人のライフがもう0だったこととが相俟って、斯様な惨事となった模様。

 あ、流石にうけけけけは幻聴です。


 もう逃げたい! 偽らざる気持ちではあっても今まさに逃走中の二人。

 気分はまさに、人類に逃げ場なし!!

 すでに待避する暇もありません、わたしたちの命もどうなるか。ますます近づいて参りました。いよいよ最後です。

 右手を剣に掛けました。いよいよ最後。さようなら先生、さようなら。


 そんな訳だから、彼女が二人に目もくれず通り過ぎたときに感じたのは、安堵よりも『後回しにされただけなのでは?!』と云う、より大きな不安感だったりする。


 三人組と対峙した少女剣士は、なにやら口上を述べようとした男たちを一喝して黙らせると、さらにグチグチ言い募ろうとした小男に対して、「もはや問答無用!」と叫んで踊りかかり、鎧袖一触、蹴り飛ばしてしまった。

 続く大男も「空円脚!!でぇ~い!!」と蹴り飛ばし、あっけに取られる親分格を「蝕む!その心までも!!」とばかりにボッコボコに殴りまくるそのさまは正に一匹の修羅。

 結局一度も使われなかった剣が鞘に納まるそのときまで、無力な少女二人に出来たのは、抱き合ってはわわあわわと震えていることだけだった。

 
 そして今、二人の目の前で乱れた気息を『ふしゅらしゅらしゅら』と謎の呼吸法で整えていた修羅が、次なる獲物へ牙を剥かんとゆっくりと振り返ろうとしていたのであった!

 








 ふぅ、と一息、伊達にお嬢様学校に通っていたわけではありません。

 普段からのたゆまぬ努力で身に着けた、とびっきりのスマイルを装備して振り返ります。

 ふわり、とケープを風に膨らませ、肩にかかった髪を掻き揚げつつ、あくまで優雅に。

 そしてにっこりと微笑みつつこう言うのだ。


 「貴方たち、お怪我はありませ………ん………か………?」


 そこでふたばが見たものは!

 お互いの背中に隠れようとして果たせず、くるくる追いかけっこをする二人の姿であった。


 なにこれかわいい。
 







 「いぢめる?」


 「いぢめないよ~」


 銀髪ツインテ少女に背中をとられたことで観念したか、亜麻色ショートの子が上目遣いに零れそうなほどの涙をためて聞いてきた。

 その様子に胸をきゅんきゅんさせながら答える。

 二人のやり取りに、背中に顔を押し付けるように隠れていたツインテ少女もそっと顔を覗かせる。


 「いぢめる?」


 「いぢめないよ~」


 際限なくきゅんきゅんしていくハートをこらえつつホロリ。

 よほど怖い目にあったのだろう、すっかり幼児退行してしまっている。

 五割程はふたば自身のせいなのだが、そんな事には気づかない。


 さらに三セットほどいぢめる?いぢめないよ~を繰り返すと、流石に少女たちも落ち着いてきたとみえ。

 すると今度は先ほどまでの自分たちの痴態が恥ずかしくなったらしい。

 真っ赤になってもじもじしはじめた二人に、ふたばのハートは臨界寸前。


 父さん母さんおじい様おばあ様、あと兄さん。

 ふたばはいけない世界に目覚めてしまうかもしれません。


 まて、そっちにいくなと引き止める脳内の両親祖父母に涙で詫びる。

 いい顔でサムズアップしやがった兄は今度シメる。


 どばどば溢れてくる癒しだか和みだかのエネルギーを浴びつつも、現状に思いを馳せると、そうのんびりもしてられない。

 頼りになりそうなのはこの少女たちだけで、謎エネルギーでは人は生きてはいけないのだ!

 ………生きていけそうな気がちょっとした。


 ともあれ、このままではらちが開かない。

 なんとかしないと。


 「んと、私の名前は北郷ふたば 貴方たちの名前、聞いてもいいかな?」


 コミュニケーションの一歩目は、まず自己紹介から。

 そんな軽い気持ちで放ったジャブだったが、投げ帰されたのはちょっとした爆弾だった。






 「は、はわ!助けていただいてありがとうごじゃいましゅ! わたしの名前は諸葛孔明、こっちはおともだちの鳳士元ちゃんでしゅ!!」
 







 「え、ギャグ?」

 「「ぎゃぐじゃないでしゅ」」 
 







 ところでぎゃぐってなんですか?


 冗談って意味だよ。


 命の恩人に冗談で名前を偽ったりしましぇん!!


 ぷくぅと膨れてみせる少女二人になんとか機嫌を直してもらおうと謝り倒す。


 「ごめんね、大昔の偉い人とおんなじ名前だったからびっくりしちゃったの」


 口先ではこんなこと言いつつも、内心ではあのほっぺやわらかそうだなぁ、つっついたらダメかなぁ、などと考えているのだから誠意など微塵もないうえ、いろいろ末期的だ。

 ニコポナデポどころか、むしろふたばの方こそ『ポ』されてしまっていると言えよう。

 まさに孔明の罠。

 だから、自分と同じ名前の偉人とやらに興味を惹かれたらしい二人の様子に気を良くしたふたばは、


 「それって、どんなひとなんですか?」


との士元の問いにも、至極素直にあっさりと、寧ろ「興味を引けた!これで勝つる!!」とばかりに意気込んで、


 「孔明と鳳統っていってね、伏竜と鳳雛、え~と、お寝坊さんの竜と鳳凰の赤ちゃんって言われた偉い軍師さん……、あれ、あんま偉そうじゃない?」


逆に考え込んでしまい、これを聞いた二人が意味ありげに目配せしたのにも気づくことはなかったのであった。



[25721] その4
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:10
 「だいじょうぶ?、一休みしよっか?」


 隣を歩く少女に声をかけられ我にかえる。

 なんて迂闊。

 孔明、朱里は思考にどっぷり沈み込んでしまっていた自分を自覚した。

 こんな事ではいけない。

 いくら命の恩人とはいえ、この人はまだ得体の知れないところがある。

 さっきの大立ち回りでさえもが芝居であった可能性がある以上、真意を見定めるまで油断など出来たものではないのだ。

 
 『孔明と鳳統』


 目の前の少女は確かにそう言った。

 『伏竜と鳳雛』と呼ばれた過去の偉大な軍師であると。

 だが、間違いあるまい。それは自分たちのことだ。


 無論、自分たちがそのような偉才の持ち主であるなどと自惚れるわけではない。

 確かに学院の俊英、『伏竜と鳳雛』などと呼ばれてはいる。

 いまだ世に出ぬどころか、今ようやく、おっかなびっくり足を踏み出そうとしている箱庭のヒヨっ子には過ぎた異名とは思っていたが、過去に同名の偉人がいたとなれば、なるほど、それになぞらえての事だったのかと納得もいくものだ。

 しかし、彼の人物達が軍師であったと云うなら話は別だ。

 同じ軍略の道で志を立てんとし、古今の戦を学んだ彼女たちが知らないなどということがありえようか?

 ましてや、知者としてその名を広く知られる、水鏡とまで呼ばれる司馬徽先生の口からすらも、その名を聞いたことがないのだ。
 
 諸葛孔明と鳳士元、そう名乗ったはずなのに、伏せられていた親友の名が統であることを、誤魔化した上ではあるが知っていたのもそういうことなのだろう。


 ではなぜ、自分たちを知っていたことを誤魔化そうとしたのだろうか?

 それも、過去の人物などと拙い嘘までついて。

 そしてなぜ、彼女は賊に対して最後まで、その剣で切りつけることをしなかったのだろうか?


 胸の内の疑念を悟られてはいけない。

 事態が自分達二人だけのことならばまだ良い。

 乱世に乗り出す心算で故郷を出たのだ、とうに覚悟は出来ている。

 だが、もし悪意を持って自分たちのことを調べたのだとしたら? 

 そしてその悪意が向いているのが故郷や恩師であったりしたのなら………?。


 「だ、だいじょぶでしゅ!まだまだじぇんじぇんひぇいきでしゅ!!」


 そう?つらくなったら無理しないでね~、と。

 背負った鳳統、雛里を起こさないように、「んしょ」と位置を直すふたばの横顔を眺めながら全てが杞憂であることを願う。

 夕暮れの道の往く手は、今朝旅立ったばかりの故郷。

 あまりに早すぎる帰郷に、その心は沈むばかりであった。









 「一緒に来てもらっちゃってホントにいいの?」


 ぽんぽんと、いつのまにかすっ飛んでいた帽子の埃を払い、頭に載せる。

 邪魔にならぬように投げ捨てたナップザックからも埃を払い、背負いなおす。


 「はい、捨ててきた荷物なんかも拾いに行かないといけませんので………」


 ありがとうございました、いやいやなんのとお決まりの遣り取りがあって。

 一番近い街に行きたいのだけど、と切り出してみたところ、ならば一緒にとあいなった。

 なんでも、孔明と士元の目的地である隣町まではまだだいぶあり、いっそ引き返したほうが早いらしい。


 「暗くなるまでには着ける予定だったんですが」


 ちっちゃい子二人で随分な遠出である。

 はぢめてのおつかい、というやつであろうか?


 「とはいえ、旅の荷物を全てなくしてしまった以上、一から出直しです」


 運がよければ奪われず残っているかもしれませんし。


 「あ、ごめん………、私が取り逃がしちゃったから………」


 本命の少女たちを捕らえ損ねた以上、せめて何らかの実入りは得たいであろう盗賊たちが、残された旅荷を見逃すとも思えない。

 無論、アドレナリン任せの奇襲で押し切ったふたばに、賊を取り押さえて然るべきところに突き出す等といった余裕があったはずもないのだが、二人の浮かべた苦い笑みに、このイベントに懸けていた意気込みが透けて見えてしまって。


 「あわっ、ふたばさんの所為じゃないでしゅ!」


 「そうでしゅ!助けて頂いたのにそんなこと!!」


 わたわたと手を振ってフォローしてくれるその様子に気を取り直し、空気を換えるついでにと尋ねてみたかった問いを思い切って口にしてみた。


 「そういえばさ、私あんまりこの辺り詳しくないんだけど、ここってどのへんになるのかな?」


 「荊州の襄陽ですよ、この道を北に進むと………」


 けいしゅう?知ってる、おそばが美味しいところ。

 それは信州やねん! 州しか合ってないやん!!

 ではなく、いきなり謎地名がでた。

 彼女達にしろ、さっきの野盗どもにしろ、当たり前のように日本語が通じてる以上、やはりここは日本なのだろう。

 孔明ちゃんと士元ちゃんは華僑さんかなんかの子で、きっと近くに中華街とかあるんだろうな~と思っていたら、いきなりケイシュウと来たもんだ。

 どんな字を書くのだろう?京州かな?京都が州になったのかな?そもそも何時の間に日本は合衆国になったのだろうか?


 『合衆国 ニッポン!!』


黒仮面が腰のクイッと入った謎ポーズで建国を宣言すると、フハハハハとマントで羽ばたきつつ西の空へバッサバッサと飛び去っていった。

 無論幻覚である。


 「あれ、ふたばさん………?」


 つまり、私は誘拐された訳ではなく、まして勇者として召還されたわけでもなく。


 未来にタイムスリップしてしまったのかっ!!


 携帯が圏外なのは、ここが未来で、すでに規格が違っちゃっているからだったのか。

 いや、まてよ?

 さっきの世紀末ヒャッハーズのいでたちを見るに、既に携帯なんて文化が滅びてしまっていると考えたほうが良いかもしれない。


 では、いったい今は何時なのだろうか?

 世紀末ヒャッハーズは世紀末にしか生息できない生き物であるからして、最低でも今は2090年以降ということになる。

 さらに思い返すに、さっき孔明ちゃん達は『ギャグ』の意味が判らなかったようだった。

 ここが世紀末の『合衆国 ニッポン!!』で、かつて京都と呼ばれた現京州であるとしたら、だ。

 お笑いの本場大阪や、神『明石屋さん○』を育んだ奈良と隣接するこの地から『ギャグ』という言葉が失われるまで何世紀の時が流れたのであろうか。


 「もしもし、ふたばさん………?」


 そう、世紀末は世紀末でも三十世紀とか四十世紀とかの末でなければ関西から『ギャグ』が失われることなんて考えられない!!


 「な、なんてこった~っ!!」


 あまりの時の重みに耐えかね、アングルを変えて三回のプレイバックとスローモーション一回、併せて四回、がっくりとOTLったふたば。

 何事かと慌てた伏竜と鳳雛がはわわあわわとぐるぐる回り、事態を収拾するものは誰もいなかったのであった。









 ふたばが正気に返ったのは辺りが急に静かになったからであったが、それは別に正体不明、謎の強者の圧倒的な気配に森の動物たちが逃げ出したからなどといったカッコいい理由ではなく、はわわあわわとぐるぐる回っていた孔明と士元が力尽きたからであった。


 「ちょ、どうしたの?!」


 こちらも見事にOTLっている二人に慌てて駆け寄る。


 オマエが言うか!、と言いたい二人であったがもはやそんな気力など残ってはいない。

 さもありなん、命からがらヒャッハーズから逃げ、逃げた先でふたばにおびやかされ、これでひとまず一安心と油断したところで止めを刺された形になったのだ。

 根っからの小動物、生存競争のヒエラルキーの最下層に位置する生き物であるこの二人、まさにストレスで寿命がマッハ。


 自分が突っ伏していたところを中心に、いつの間にか描かれていたミステリーサークルに一瞬ギョッとしたふたばであったが、今はそれどころではないと気を取り直す。

 OTLっている二人をそれぞれ両脇に抱え、背中が汚れないところに膝枕で寝かせるとカバンから出した下敷きでゆっくり風を送ってやる。


 「そんなに参ってるなら言ってくれれば良かったのに」


 あまりの不条理な言い草に何か言い返してやりたいところだが、くっ!!ガッツが たりない!! 酸素も足りない。

 真下から見上げるたわわに実った双丘に改めて((モゲロ))と呪いを掛けるだけがやっとなのであった。


 しばしの休息。


 先に立ち直ったのは士元であったが、これは別に彼女のほうが体力があったからではない。

 一連の遁走劇に際して、常に士元の先を走っていた孔明に対し、一歩遅れてスリップストリームに入り、結果体力を温存できたが故である。


 その一方、孔明のほうはといえば、もうすっかりダメであった。

 いろいろあって張り詰めたり緩んだりの連続に、すっかり足に来てしまったらしい。

 まだ日は高いのだが、二人が気にする様子から察するに、暗くなる前にたどり着けるかはギリギリっぽい。


 かくして、


 「ほれほれ、カモンカモン」


 「あの、ホントにいいんでしょうか?」


背中を向けてしゃがみ込んだふたばを前に躊躇する孔明の図が現出したのであった。

 カバンは士元に預け、スカートのベルトに刀をつっこみ準備万端、一片の隙もないおんぶの構えである。


 「だいじょぶだって! さっき持ち上げた感じならよゆ~よゆ~♪」


 実は孔明にとって、いや士元にとってもおんぶと云うのはちょっとした憧れを伴うイベントであった。

 幼くして学院に預けられた二人にとって、実の親に勝るとも劣らない愛情を注いでくれた先生は、まさに母同然の存在といってよかったのだが、

だからといって実の親にするように甘えるには二人は賢すぎたのである。

 故に、まったく経験が無いわけでこそなかったものの、背におぶわれることに対しての特別な憧れというものが培われ、今も残っているのであった。


 「ほれほれ~、遠慮なんてせずに来るがよい~」


 「で、では! しつれいしましゅ!!」


 むぎゅ~。


 「あ、でもひょっとして、もしかすると汗臭いかも………」


 さんざん飛んだり跳ねたりしたし。


 「だいじょぶでしゅ、ぜんぜんいい匂いでしゅ!」


 くんくんと、ふたばの首筋に顔を埋めて匂いをかぐ孔明。

 髪もさらさらでとってもきもちいいです~と、言いつつほっぺをすりすり、ふたばの理性を容赦なく削りに掛かる。

 ぷにぷにほっぺの感触に、思わずうひょ~と奇声を上げそうになるふたばであったが、そこはかろうじて堪える。

 いかにふたばと云えど、この状態で大声を出せばどうなるか、いい加減わかるというもの。

 『残念主人公』北郷ふたばにも、その程度の学習機能は搭載されているのだ。


 「じゃ、士元ちゃん 道案内よろしくね」


 「は、はいっ」


 士元の羨ましそうな表情を見て、『孔明ちゃんが元気になったら、次は士元ちゃんだね』などと考えつつ。

 ふたば達は二人の故郷に向けて出発したのであった。









 それじゃ、ふたばさんは邪仙の妖術で知らない土地に飛ばされて来ちゃったんですか?、とヒソヒソ。

 妖術って………、まぁそんな感じかな、とこちらもヒソヒソ。


 歩き出してまもなく、背中の孔明が眠ってしまった。

 なるたけ起こさないようにと云うことで、声を抑えてお話などしつつテクテクと山道を登っていく。

 その流れで自身の現状についての話になったのだが、やはり筋道立てて人に説明するというのは、茹った頭を冷やすのにもってこいだったらしい。

 誘拐だの、異世界召還だの、挙句の果てによくもまぁ、と数刻前の狂態を思い返して心の中で悶え転がる。


 真実の手がかりは既に示されていたのだ。

 彼女たちは言ったではないか、『わたしの名前は諸葛孔明、こっちはおともだちの鳳士元ちゃんでしゅ!!』と。









 つまり、『ドッキリ』である。


 おそらくは学園の泥棒も、先ほどのヒャッハーズも、そしてこの少女たちも全員が仕掛け人なのだ。

 そして黒幕は我が兄、いや、駄兄。


 『な、なんだってー!! あの三国志の天才軍師!! 私は三国志の世界に紛れ込んでしまったのかーーー!!!』


とかいって驚く私を『そんな訳ね~じゃんゲラゲラ』とかいって笑うつもりだったのであろう。


 やはりあの駄兄、いっぺんシメる。


 いくらなんでもこんな女の子たちが孔明と鳳統だなどと本気で信じると思ったのであろうか?

 あまりバカにするなと声を大にしていいたい!


 さらに云うならば、ヒャッハーズがモヒカンじゃないとか!!


 おそらくエキストラを探す時に、本物のモヒカンには怖くて声を掛けられなかったか、こんなネタでモヒカンにするのは嫌だと拒否されたか、あるいは両方か。

 モヒカンじゃないヒャッハーズなんて、偽者ですと看板出しているようなもの、片手落ちもいいところである。

 簡単におっぱらえたのも、所詮そう云う段取りだっただけなのだ。


 あ~、そう考えるとちょっとやりすぎちゃったかも。

 まぁいいか、あの時は本気で怖かったし。


 マウント取った上で『君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!』とか言いつつ、それを信じた頭領が涙どころか鼻血鼻水、よだれまで流してマジ泣きしてもボコり続けたのがちょっとで済ませられるかはともかく。


 そ~すると、この子達もグルってことになるんだよね~と、傍らの士元を見る。


 「?」


 不思議そうに見上げる士元にほにゃらと笑みを返しつつ、やっぱりおしおきは必要だよね~と悪企み。


 痛いことはしたくないけど、ほっぺをほむほむまみまみするくらいはいいよね! 勢い余ってちゅ~とか!! きゃ~!!


 まて、そっちにいくなと引き止める脳内の両親祖父母。

 だが残念、既に致命的に手遅れの模様。


 さてそうなると。


 ふらふらと山道の端、崖下を覗きに行く………フリをして崖上に振り向く!!


 突然の奇行に士元がビクッとなるが、気にしない。


 この近くには兄が出待ちで隠れているはずなのだ。

 予定していたタイミングを私が華麗にスルーしたせいで逃してしまった以上、次のチャンスをこの近くで狙っているはず。


 崖の上の茂み辺りに隠れているはずの人影を探す………フリをして崖下を覗きこむ!!


 再度の奇行に士元が涙目になるが、きゅんきゅん………気にしない。

 断崖絶壁、崖下の窪みの陰辺りに張り付いているはずの人影を探す。


 おかしい。

 一体どこに隠れているのであろうか?


 それとも近くに隠れているのではなく、どこかから望遠カメラかなんかで監視しているのか?


 カメラで監視、か。

 思えば最初の荒れ地には、見渡す限り隠れる場所など無かった。

 これだけ大掛かりなドッキリを仕掛けるくらいだ、記録を残して末永くからかうネタにしようとあの駄兄なら考えるはずだ。

 であれば、いきなり見知らぬ土地に放り出されてうろたえる様を見逃すはずもなし。

 やはり遠距離からずっと………ずっと?



 と、いうことは?




 まさか?!






 『くぱぁ』してるところも?!











 「っぎゃ~~~~~~っ!!!!!」









 ぴろりろり~ん♪ぴろりろり~ん♪


 番組の途中ですが、ここでお詫びと訂正が御座います。

 先程『いかにふたばと云えど、この状態で大声を出せばどうなるか、いい加減わかるというもの。『残念主人公』北郷ふたばにも、その程度の学習機能は搭載されているのだ。』とありましたが、そのような機能は搭載されておりませんでした。

 お詫びして、訂正いたします。


 ぴろりろり~ん♪ぴろりろり~ん♪










 「ごめんね~、ほんとにゴメンね~」


 ひたすら謝るふたばの背中には、孔明に代わって今は士元が背負われている。


 突然の大声に驚いて隠れ場所を探すものの見つからず、視界の隅をよぎった自分のおさげを追いかけてその場で猛スピン。

 結果、目を回して伸びてしまったのであった。


 その士元に代わってふたばの隣を行くのは孔明である。


 「うぅ、まだ頭がズキズキしましゅ」


 涙目で訴えるその後頭部にはたんこぶが出来ている。


 耳元で上がった叫び声に思わずのけぞり、しかしおんぶで下半身が支えられていたために、そこを支点に半回転。

 しこたま地面にぶつける羽目になったのだった。


 ああ、蜀漢の至宝にして三国の最強頭脳たる諸葛孔明の脳細胞になんたるダメージ!!

 この外史の孔明が、他所の外史の孔明に比べて著しくおバカに見えるとしたら、その全てはふたばの所為である。

 外史の登場人物は語り手よりも賢くはならないとか"決して言ってはいけない"。

 いいか? 絶対だぞ?! 判ったな!! ならば良しッ!!!


 あと、この外史の"陳宮を除く"全ての軍師は、みんな頭部を強打することになりました。


 具体的には、広いお風呂にはしゃいだ士元が足を滑らせたり、メイド賈文和が敷物にけっつまずいて机の角に頭をぶっつけたり、郭奉孝が鼻血の貧血で階段を踏み外して頭部を強打したり、程仲徳がその巻き添えで階段から落ち頭部を強打したり、曹孟徳に付き添って将の訓練を見学していた荀文若がスッポ抜けて飛んできた岩打武反魔と伝磁葉々に挟まれてメメタァとなったり、呉の軍師達がとにかく頭部を強打したり等で、そういった描写が苦手な方は注意してください。


 さて、精神衛生上の観点からドッキリ説を破棄することに決めたふたばであったが、今は孔明の機嫌を治すのに忙しいため、次のアイデアはまだ出ていない。


 結局、二人が捨てた荷物も回収することが出来ず、一連の騒動の発端となった峠の頂上までやって来てしまっていた。

 先生から貰った一番いい餞別と路銀は懐で無事だったものの、旅荷の中には相応に高価なものもあり、ダメージは大きい。

 特に書物が致命的で、史書や軍略書、艶本や艶本、あと艶本など、何れも高価で、揃えなおすことを考えると頭が痛いと云うものだ。

 せめてもの慰めは、お気に入りの帽子たちを見つけられたことで、孔明の頭と、鍔広の士元の帽子はおんぶの邪魔なので、今は孔明の胸にそれぞれ収まっているのだが、やはりため息が出てしまう。


 「はぁ………」


 「うぅ、ごめんよぉ………」


 そういえばこの人をほったらかしだったなぁ。

 いい加減許してあげようかな、と。

 顔を上げたところで、一筋二筋と、遠く立ち上る煙が目に入った。

 今朝出たばかりの、しかしなんだか随分たった気もする故郷。

 時間的に夕餉の支度であろう。


 「ふたばさん、ふたばさん! ほら、見えてきましたよ!!」


 「うぅ………、へ?」


 そういえば、おなかがすいちゃいました!早く行きましょう!!

 う、うん! 私もおなかすいたなぁ。


 こうして二人は、士元を起こさないように少しだけ足を速めたのであった。



[25721] その5
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:15
 孔明ちゃん達が帰ってきたぞ~!!


 もう間もなく日が落ちきると云う頃、三人はようやく里までたどり着いた。


 なんだか篝火があちこちで燃えていて、槍だの棒だの松明だのを持った男の人がうろうろしていて物々しい雰囲気。

 なんのこっちゃろうと近づくうちに、そのうちの一人が一行に気づき、里のほうへと駆けて行った。


 「朱里! 雛里!」


 代わりに駆け出してきたのは薄暗くてよくわからなかったが、多分美人。

 孔明ちゃんが駆け出し、背中の士元ちゃんもモソモソしだしたので体を屈めて下ろしてあげる。


 「「しぇんしぇ~~!!」」


 はて、あの子達は諸葛孔明に鳳士元と名乗ったはずなのだが、やっぱり偽名だったのかなぁ、女の子に孔明とか士元とか無さそうだしなぁ。

 ちょっとショック。


 駆け寄ってくる二人をしっかりと抱きしめる様子を離れたところから眺めつつ、先生というよりはお母さんみたいだなぁ等と考える。


 空気を読めるイイ女としては、しばらくそっとしておこうか。

 彼女を知る人間が総ツッコミ入れそうなことを考えつつ空を見上げる。


 それにしても。


 「おなかへったなぁ」









 森に入っていた若者が血相を変えて戻ってきたのが昼前。

 その手には、朝方見送った愛弟子の旅嚢があった。


 聞けば、峠道を見上げる崖下で拾ったという。

 案の定、高所から落ちたことを示すように割れ物がいくつか砕けていて、一瞬目の前が真っ暗になったものの、周囲に血の跡などもなく、彼女たちが転落したような様子は無かったと聞いて、なんとか心を落ち着けることができた。


 若者は周囲の人々に呼びかけると、その内の幾人かに峠の道を行ったはずの二人を追いかけるように言いつけ、自身は他の者を連れて再度森に入っていった。


 数刻して彼らは戻ってきたのだが、近辺で幾人かの集団が潜伏していたらしい形跡があるという。

 火を焚いたり食事をしたりした跡が、おそらくは過去数週間ないし一ヶ月以上。


 里の誰かの物かと今日まで気にもしていなかったのだが、森で糧を得ている誰も心当たりが無かったのだという。


 最悪の予想が頭を過り、それはまた、その場の全員が共有するものでもあった。


 再度範囲を広げて捜索が行われるも、旅嚢がもうひとつ見つかったのみ。


 最初の発見場所から少々離れた場所から落ちたらしいそれは、おそらくは暫くの間、願わくば今この時も彼女たちが逃げることが出来ていたことが暗示される。


 まだどこかに隠れていて、震えながら助けを待っているのかもしれない!


 どこへ行っても実の子の様に可愛がられていた二人を見捨てるという意見はなく、里の者総出で山狩りを、と準備をしていたまさにその時、見張りから声が上がったのであった。


 気がついた時には体が勝手に駆け出していた。


 おい、先生に道をあけて差し上げろ!


 人ごみを抜けて出たその先で眼に入った、二度と会えないかもと思いかけていたその姿。

 駆け寄ってくるその小さな体を抱き締め、その暖かさ、命を感じ、思わず涙がこぼれそうになる。

 なんでこの小さな温もりを、大切な命を手放そうとなど思ったのだろう。

 世の為人のため? 立派なことだ。

 乱れた世に志を持って立つ? それもいいだろう。

 でもこの子達はダメだ。

 なにより、それは大人の仕事だ。

 二度と離すものか、この子達は私の大切な………。


 「先生、そのまま顔を上げずに聞いてください。 ちょっと難しいことになるかもしれません」









 一瞬で頭が冷えた。


 その後今度は逆に頭が沸騰する………羞恥で。


 この子達は既に独り立ちしていたのだ。


 省みて子離れできない我が身の滑稽さ。

 だが、反省は後回しだ。

 独り立ちした娘が、道の先達として頼ってくれたのであれば、応えてみせるのが親の見栄。


 「話して御覧なさい」









 二人が代わる代わる話す一連の顛末を、時折質問を挟みながら聞き終える。


 確かに、二人の恩人だという少女の言動には妙にチグハグな印象を受ける。


 だがしかし、二人はまだ知らないことだが、この近辺は明るい間に捜索がされている。

 二人が懸念するように彼女が賊とグルであったとしたら、その役目は十中八九、内からの手引きなのであろうが、この地を襲撃できるほどの多勢の痕跡があれば、そのときに見つかっていただろう。

 それを語って聞かせれば二人は安心するのだろうか………?


 ふむ、二人の瞳を覗き込む。

 なるほどなるほど。


 孔明と士元がここ、水鏡女学院に預けられるまでには紆余曲折があった。


 親類のあいだをたらい回しにされ、やがて人間不信を通り越して他人の存在に恐怖を覚えるまでに至っていた二人。


 時間を掛けてその壁を取り除き、その心を解きほぐし、今では里の誰からも可愛がられるようにまでなったが、所詮箱庭の中での事。

 表に出す前にもっとあちこち連れ回しておくべきだったかと心配していたのだが。


 愛弟子二人の瞳の奥に、探していた物が確かに宿っているのを見て取り、ならばと心を決める。


 親馬鹿と笑いたければ笑うといい。


 不安や恐れとともに、愛弟子たちの眼に確かに観てとれる期待の光。


 少し離れたところで星を見るフリをしながら時折チラチラとこちらを気にしている少女との、一日にも満たない僅かなふれあいの中で、二人にそれを宿したのが一体なんなのか?

 しかと見定めて見せよう。









 「ふたばさん!」


 呼びかけに顔をあげると、孔明と士元の二人がこちらに駆け寄ってくるところであった。


 その後ろから、先生と呼ばれた女性もついて来ている。


 あまえんぼタイムは終わりみたいだね、と呟きつつ二人を迎える。


 遠目では良くわからなかったが、『先生』は随分と綺麗な人であった。

 年の頃は三十前くらいだろうか? それとももっと若いかもしれないな~。

 駆け寄ってきた二人はふたばの両手にぶら下がると、女性の方へ向き直る。


 「先生、こちらが北郷ふたばさんです」


 「あぶないところを助けていただきました」


 孔明と士元の言葉に合わせ、「はじめまして」とペコリ、お辞儀をする。


 「この度は、この子達が大変お世話になりました」


 そう言って、あちらもニッコリと会釈を返してくれる。


 「そ、それで、ふたばしゃん」


 ぎゅっ、と右手に掴まる孔明の力が増した気がした。

 不思議に思って見てみると、妙に真剣な顔でこちらを見上げている。


 さらに見てみると、左手にぶら下がる士元の方も、こちらの瞳の奥まで覗き込む勢いだ。


 な、なんだろう………?


 「こ、こちらが私たちの育ての親で、学問の師でもある水鏡先生でちゅ!」


 な、なにぃ?!














 「つ、強そうなお名前ですね!」


 主に小宇宙コスモ的な意味で。


 北郷ふたばはLCもゆっくりも分け隔てなく愛する女だった。












 「は、はぁ………、ありがとうございます?」


 今代の杯星座クラテリス聖闘士セイントであるらしき女性は、一瞬あっけに取られたような表情をしたものの、コホンとひとつ咳払い。

 にっこりと、思わず見蕩れそうな笑みを浮かべてこう名乗った。


 「初めまして、ふたば様。この地で私塾を営む司馬徽と申します」


 な、なにぃ?!


 まさか、自ら『シバき』などと名乗る人がこの世に居ようとは!!


 よもやこんな大人しげな人が!と、ふたばは戦慄を禁じえない。


 それはあれか? 教育的指導とかいってシバくのであろうか?

 定規か、ムチか?、それとも竹刀なのか?

 いや、聖闘士セイントは武器禁止だから、ここはやはり素手であろう。


 一体どんな風にシバかれてしまうと云うのだろうか?!













 『『『『『1X1=1! 1X2=2!………』』』』』


 教室に九九を読む声が響く。


 生徒たちの声に柔らかな微笑を浮かべ教室を見渡す水鏡先生。


 『はい、ではここの所を………孔明さん、読んでください』


 ひゃい!、と勢い良く立ち上がる孔明。


 『バッ、バスガしゅびゃくひゃしゅ………』


 『不正解!!』


 カッ!!


 掌底的な何かを繰り出す水鏡先生!!

 そのバックでは仰け反るようにして天高く吹っ飛ぶ孔明の姿が!!


 算数の授業じゃなかったのっ?! 早口言葉に不正解とかあるのかっ?!


 受身も取れずに顔面から落着、真っ赤な花を咲かせる孔明。


 ひ、ひぇぇぇぇ………


 水鏡先生はまるで何事も無かったかのように教室を見回すと………


 『では、同じ問題を………、そうですね、士元さん、読んでください』


 『あわ、あわわわわわわわわわわ………』
















 「士元ちゃん逃げて~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 「「はい?」」


 間抜けな声がハモったのは水鏡先生と孔明。

 条件反射で逃げ出そうとした士元の襟首を咄嗟にふん捕まえるあたり、さすが先生、小動物の扱いに慣れているといえよう。


 そんな騒ぎにはお構いなく、何かを考え込んでいたふたばは、まるで幽世を覗き込むかのような眼差しを傍らの孔明に向ける。

 ハッキリ言って怖い。















 まてよ? この時ふたばはある可能性に思い当たった。


 白銀聖闘士シルバーセイントを先生と呼ぶのであれば、ひょっとして孔明と士元も小宇宙コスモ的な意味で弟子なのではあるまいか?!

 ゆっくり的ネーミングの法則から推測すると『伏竜と鳳雛』である彼女たちは………。





 『『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』』


 舞うような動きで小宇宙コスモを高める二人の美幼女。

 拳の軌跡が各々の守護星座をなぞり、高まるオーラがやがてその形を顕す!!


 『女神アテナ聖闘士セイント龍星座のドラゴン孔明!!』


 『おなじく! 鳳凰星座のフェニックス士元!!』


 身に纏う聖衣は当然、頭からガブっと齧られてるアニメ初期版である。


 『廬山昇龍覇っ!!!』


 『鳳翼天翔っ!!!』


 カカッ!!!!!









 「ぶふぅ~~~~~~~~~~っ!!」


 「ひ、ひどいでしゅ! 乙女の顔を見て吹き出すなんてあんまりでしゅ~~!!」


 痙攣する腹筋を押さえて悶絶するふたば。がお~っと怒りの声を上げる孔明。


 とりあえず、


 「悪い子じゃなさそうですね」


必死に逃げようと手足をバタつかせる士元をぶら下げつつ。


 「どうやってこの場を収拾しましょうか………?」


 頭を悩ませる水鏡先生でありましたとさ。











 あ~、さっぱりした! おなかも膨れて言うことなし!!


 未だ携帯も通じず、電話も借りれない………どころか、そもそも電話が何か判らなかったっぽい等などの諸問題を意識してうっちゃって。


 「え、明里ちゃんが帰って来てたんですか?」


 「お話聞きたかったです」


 「入れ違いだったわね。 あの子ったら、貴方たちが行方不明だって聞いて飛び出して行っちゃったから」


 「残念ですぅ」


 廊下の向こうから聞こえてくる団欒の声。


 「お風呂いただきました~」


 「あら、ふたばさん。 お湯加減はいかがでした?」


 「はい、おかげさまでサッパリしました~」


 おつむの中までポッカポカである。


 「それじゃ、孔明、士元、あなた達も入ってらっしゃい」


 「はい、それじゃお先に頂きます」


 「ふたばさん、またあとで」


 「あいあい、ごゆっくり~」


 手を振って退出する二人を見送る。


 「あ、そうそう、忘れるところでした。孔明、士元。あとでお話があります」


 「はわ、はわわわわ」


 「あわ、あわわわわ」


 ん? 突然怯えだした二人の様子に、その視線の先、背後にいる水鏡先生のほうを振り返ると、先生は懐になにやら書物をしまう所だった。


 「本がどうか………」したの?と、尋ねようにも二人の姿は既に無く。


 「さ、廊下は冷えますから、どうぞお掛けください」


 ことん、と音を立ててお茶の入った湯飲みが置かれる。


 「あ、ありがとうございます」


 席に腰掛け、いただきま~す、と口をつける。


 その様子をじっと見詰める水鏡先生。


 照れるぜ、ぽっ。


 なんだか残念な子を観る眼で見られました。


 こほん、と咳払いをする先生。

 真面目な話をする気配を感じ、湯飲みを置く。


 「改めまして、今日はあの子達の危ないところをお救いいただき、有難う御座いました」


 「いえ、そんな。私がちょっかい出さなくてもあの二人ならチョチョイの楽勝だったと思いますし!」


 こう、カカッ!とか、グワっ!!て感じで。


 「………、え?」


 「………、え?」



[25721] その6
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:26
 翌朝、ふたばは孔明、士元と連れ立ってあちこちの店先を覗いて回っていた。


 水鏡先生のご厚意で、二人の旅に護衛の扱いで同行させて貰えることになり、そのための旅装を揃えてもらえる事となったのである。


 理不尽を通り越して意味不明の域にある現状を、どうにか打破する為の手がかりを欲しているにも係わらず、自身は右も左も判らぬ迷子でしかない自覚のあるふたばは、その提案に一も二も無く飛びついたのであった。


 もちろん、水鏡塾側にも一応思惑的なものも在ったのだが、今は置く。

 






 「ほへ~………」


 名門水鏡塾のお膝元ということで、それなりに潤っているとはいえ、それでも『それなり』でしかないはずの至極ありふれた里の景観を、まるで心底珍しいものであるかのように見回す彼女、北郷ふたば。


 『狼煙があがったぞーッ!! 我目標ヲ発見セリッ!!』


 『いくぞ野郎どもッ!! 俺に続けーッ!!』


 『元直ちゃん親衛隊より伝令ッ!! 野盗どもは森に逃げ込んだ模様ッ!!』


 『よし、手はずどおり二手に分かれるぞ! 孔明ちゃんを愛でる会はそのまま追撃!、士元ちゃんを見守る紳士同盟は回り込んで挟み撃ちだ!!』


 『野盗の分際で俺の嫁達を狙うなんざ万死に値するッ!』


 『まて、孔明ちゃんは俺の嫁』


 『なら士元ちゃんは俺が貰っていきますね』


 『ヒャッハーッ 汚物は消毒だー!』



 失礼、ちっともありふれてなかった。


 旅の荷物が無事回収(一部水鏡先生に没収)されたことで、早速旅を再開しようと思っていたのだが、村の有志による山狩りが終わるまで待つように、との先生のお言葉があり、それならばと、今日はふたばの為の買い物で一日潰す予定だったのだが、むしろここにいるほうが身の危険を感じるのはナゼだろう?


 殺気だったまま夜明かしをし、テンションが二重三重によじれて大変な事になってしまった男たちが土煙を上げて突撃していくさまを呆然と見送る。



 『ちょ、あの士元ちゃんと手をつないでるコ誰よ?! 超好みなんですが!!』


 『ばっか、あの子があれだ、昨日二人を連れてかえってきた子だろ。たしか北郷ちゃん』


 『うひょー、おっぱいでけぇ!』


 『ぅえ、マジで?!』


 『おら、てめぇら!! ぼさっとすんな!!』


 『た、たんま!! せめて一目だけでも!!』


 『あ~~~ 聞こえんな!!』


 『な なにをする きさまらー! うぉー おれのおっぱいぃぃ!!』


 孔明、朱里は眉間をつまむようにして揉みほぐした。実に頭が痛い。そして頭が悪い。

 見れば士元、雛里も滝のように汗を流しているし、ふたばに至っては顔はもちろん耳たぶまで真っ赤だ。


 こんな故郷でごめんなさい。


 「――私のおっぱいは私のですよ~だ………」


 ああ、ほんとうにごめんなさい。







 「ふ、ふたばさん、まずは旅嚢から見に行きましょうか」


 なんともいえない微妙すぎる空気を払うべく、最初に声をあげたのは士元であった。


 引っ込み思案の彼女を知るものとしては聊か信じ難いことに、昨日出会ったばかりのふたばと手まで繋いだりして、妙に張り切っている。


 普段の彼女をよく知らないふたばであったが、昨日が昨日だけに、わずか一日程度の付き合いであっても何か感じるところが………特に無いらしい。


 手を引かれるままついていくその目線は、あっちへふらふらこっちへふらふら。

 士元に手を引かれていなければ転ぶか、ぶつかるか、道に迷うか、さもなくば転んでぶつかって道に迷うかしているに違いない。


 小柄な士元がふたばの手を引いて歩く様子の微笑ましさに隠れてあまり目立たないが、完璧におのぼりさんと言ってよい有様だ。


 だがしかし、この景観に彼女が目を奪われるような珍しい物など無………今は無い。


 先ほどまでだって、特異だったのはあくまでモブ集団。

 漢帝国のどこででも見られるありふれた光景でしかない、はずだ。


 はず、だよね?


 はず、なんだけど………。


 あれ、あれれれ………?


 脳裏に浮かんだ『なにこれ珍百景 死ぬ前に一度は見たい特選漢帝国編』と云う謎フレーズをブンブンと手で掻き消す。


 気を取り直そう。

 再び件のおのぼりさんに目を戻す。


 手を引かれるまま歩いていくふたばの目線は、道をすれ違う人や店先の品物などへも向けられるが、注意してみればそれだけではない。

 建物や路地の奥などへも向けられるのだが、それだけでもない。


 時たま、しかし注意して観察すれば明らかなほど頻繁に、彼女は何も無いところを、何かを探すように見回している。


 そのとき視線は空に向いているのだが、角度から考えて、また真上を向く事が無い点からも屋根の上に何かを探しているらしい。

 その様子に何かを警戒するような色は無い。


 (先生と士元ちゃんの勘が正しいなら、やっぱりふたばさんは………)


 正しいことを微塵も疑っていないにもかかわらず、心の中でそう前置きして思う。


 彼女の探してる物、恐らくこの国のどこを探しても見つからないであろう、しかし彼女の国では至極当たり前に在るのであろうそれは、一体どんな素晴らしいものなのだろうか?







 






 ぶっちゃけ地デジアンテナなわけだが。
 






 






 時はしばし遡り、前日の夜。


 「それで先生はふたばさんの事、どんな方だと思われましたか?」


 北郷ふたばを来賓用の離れに案内したあと、『散々怖い目に会ったことだし』と云うことで没収物に関するお小言も軽めで済ませてもらえて、孔明と士元は前日と同じように先生と枕をならべて川の字になって床の中にいた。


 いくら聞かれたくない話とはいえ、当のふたばは壁どころか庭まで挟んだ向こうにいるうえに、逆恨みした賊が押し入ってくるかもと言い含めた若者に(必要が無いとは思うものの、ふたばを)念を入れて見張って貰っているのだから、そこまで身を寄せ合ってヒソヒソ話をしなくても良いのだが、それはそれ、これはこれ。

 一時は再会を絶望するところまで行ったのだから野暮は言いっこなし、ということでご了承願いたい。


 先生を間に挟んで仲良く寄り添うさまは実に仲睦まじい母娘のようである。ようではあるが、よく見たらコレ川の字やない、小の字や。

 問いかけられた先生は先程ふたばと交わした会話を思い返す。



 最初は全くと言っていいほど噛み合わなかった。


 どうもあの少女はこちらのことを、何らかの武術を極めた達人かなにかと思っていたらしい。


 思っていたと云うよりはその可能性もある、と探りを入れてきた程度で、脈無しと観るとすぐに除外した風ではあったのだが。


 朱里と雛里の語るところによれば、あの少女は体格で遥かに上回る武装した男三人を「切り捨てる価値も無し!!」とばかりに、あろうことか無手のままで圧倒してのけたと言う。


 それほどの武の持ち主が文官一辺倒、拳の握り方も怪しい自分を捕まえて、それどころか朱里と雛里、根っからの小動物、弱肉強食の理においては、その最下層に位置する生き物であるこの二人を捕まえて『あの二人ならチョチョイの楽勝だったと思いますし!』などとは。


 その後もこちらの問いに帰ってくるのはサッパリ要領を得ない答えばかり、逆に質問させてみても、そもそもなにを聞きたいのかすら理解できず。


 それがまがりなりにも噛み合いだしたのは………、そう、彼女の『今この国で一番えらい人は?』との問いに、『漢帝国十二代皇帝、劉宏陛下であらせられます』と返してからだったか。


 『え~と、もしもし亀よ亀さんよ~だから、いん しゅう しん かん さん ごく しん………それで諸葛孔明と鳳統なら合ってるっちゃ合ってるの………かな………?』


 『さん』や『ごく』、『しん』はともかく、話の流れ的に『いん しゅう しん かん』の部分は、夏がなぜか抜けているが『殷 周 秦 漢』で間違いあるまい。


 ならば、『さん、ごく、しん』もまた王朝の、それも現在の漢に続くそれの名だとだとでも?


 ともあれ、そこから(時々チグハグに成る事こそあれ)曲がりなりにも応答が成り立つようになりはじめた事は確かだ。


 今は無名の朱里、雛里を過去の偉人と言ったという点も気になる。


 王朝の命数すら俯瞰する視点。武への無自覚さは、それが彼女の身辺では特に騒ぎ立てるほどの物ではないからとでも云うのだろうか。

 物狂いの娘の戯言と片付けてしまえれば簡単だったろうが、そもそも司馬徽という女性がそう云う考え方を好まないのがふたばにとっては幸いだった。


 不意に、先程から口を開かないもう一人の弟子が気になった。自らの考えを口にする前に、彼女の意見も聞いてみたい。

 道中、朱里が寝入ってしまったため、この中でふたばと一番言葉を交わしたのは彼女と云うことになる。


 「雛里、あなたはどう思っているのですか?  ――雛里?」




 「――zzz………」




 「「………」」



 「………は?! 寝てましぇん、寝てましぇんから!!」
 






 





 『ふ、ふたばさんは天の国からの御使いなのではないでしょうか!!』


 『『ちょ、声が大きい!!』』 






 





 「――ん?」


 一旦は床についたものの寝るに寝られず、結局また起きだして星を眺めていたふたばは、ふと誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回した。

 だが『この世界』で彼女の名を呼ぶものなど孔明と士元、そして水鏡先生と、あとは………、


 (一緒に来たのかどうかも判らない兄さんぐらい………か)


 水鏡先生の話から推察すると、ここは『三国志的な時代の中国に良く似たどこか』であるらしい。


 そう思わせようとしているだけ、という可能性は、今は無視してしまおう。


 こんな村がある時点で既にドッキリの次元は飛び越えすぎているし、仮にダマシだとしても、兄を探し故郷への手がかりを求めて行動したなら瞬く間にボロが出るような嘘、本気で突き通す心算もないという事だ。

 早かれ遅かれ種明かしがあるだろうし、そのときに備えて油断だけを戒めておけばいい。


 (――それにしても、異世界かぁ………)


 孔明、鳳統が女の子であるのはこの眼で見た。

 今は何とか云う所を治めていると云う曹操もやはり女性であるという。

 旗揚げしたばかりの劉備については、そういう人物がいる、という程度しか情報が無いらしいが、諸国を放浪して名を知られていた関羽、張飛はやはり女性であるらしいとの事だ。

 三国志と云うだけにもう一つ、なんか国があった気がするのだが、生憎ふたばは呉の国名も、それを治める孫家の名も覚えていなかった。




 だいたいの場合、中学生くらいの男子は三国志や織田信長、あるいは明治維新の志士や新撰組に嵌るか、嵌った友人の無駄に暑い情熱に巻き込まれてソコソコ詳しくなってしまうものである。

 ご近所の皆様から『北郷さんちの次男坊』とまで言わしめたふたばであれば、兄一刀の影響でそこそこ詳しくなっても良いはずではあったのだが、件の異名を戴く一因を担っていた祖父が、日に日に温度を下げてゆく妻と義娘の視線、ガリガリ削られていく小遣いと晩酌に耐えかね、伝手を頼りにお嬢様学校として名高い聖フランチェスカの中等部に放り込んだが為、件の情熱に巻き込まれる機会を失したのであった。



 これは余談だが、ふたばは別に寮に隔離された訳ではない。

 なにを思ったか、完璧な令嬢に擬態することに執念を燃やしたふたばが、自身の信じる令嬢像、平たく言えば『私のかんがえたうるわしいおじょうさま』に向け一心不乱に邁進した挙句、うっかり兄の情熱をスルーしまくっただけの話である。

 あと、ふたばの執念の成果については、遺憾ながら現状を見たうえでお察しください。



 それはさて置き、現時点でふたばの思い出せる三国志の主役ないし準主役級と言って良い人物のうち、五名が女性であると知れている。

 だが、いかにふたばとて、二千年近い昔の人物の性別が伝承と違ったくらいで安易に異世界と決め付けたりはしない。

 歴代の絶対権力者のなかに、ほんの一人二人でも性差別主義者が紛れ込んでいれば、意外に容易く白が黒になるのではなかろうか。



 真名とか云う風習、こんなのは全然おっけい。

 名前が魂と密接に結びつくなんてのはファンタジーには良くある設定だし、医者の仕事が病魔を祓う悪魔祓いだったりすることもある時代であれば、魔から魂を守る隠し名みたいなのがあっても不自然ではないはず。

 たとえ近しい人であっても、本人の許しも無しに口にしたが最後、その場で殺されても文句は言えないとなれば、間違っても公文書に書き残されたりなどはしないだろうし、その後で風習そのものが廃れてしまえば存在が後世に伝わらなかったのも当然と考えられる。


 「―――兄さん、まだ生きてるかなぁ?」


 ウッカリ誰かの真名を、例えば曹操とか呂布とかその辺の、極まっておっかなそうな人のそれを、そうと知らずに呼んでしまい、問答無用で無礼討ちとか、そんな目に遭ってないだろうか。

 不意に浮かんでしまった嫌な想像を、ぶんぶんと頭を振って追い払い、思考を戻す。



 孔明の髪が亜麻色だったり、士元に至っては銀髪だったりするが、コレも許す。

 『異民族の血を引いていたんだよ!』『な… なんだって―――!!』で一応は説明がつく話だ。


 これがピンクとか(居ます)緑とか(コレも居ます)だったら兎も角として。


 あれ、学校に居なかったか、ピンクと緑………?、ウチってお嬢様学校じゃなかったっけ………?!



 ―――す、水鏡女学院の制服が、現代日本でもコスプレ認定されそうな魔法少女チックな物なのも許す!! てゆーか、フランチェスカの制服もあまり他人の事言えたものではないしね!!



 ただし日本語、てめーはダメだ。

 現代標準語が古代中国で通じるわけが無い。というか、古代日本であっても多分通じないだろう。

 唇を読めたりする訳ではないが、口パクを見た限りでは現実に日本語を話しているようであったし、よしんば何らかの翻訳機能的なものが働いてるとしたところで、そんなモノがある時点でやっぱり異世界は確定である。


 (そういえば、鳳統って孔明よりだいぶオッサンなんじゃなかったっけ?)


 前に友達の部屋でちょっと遊んだゲームの記憶を思い出す。この世界では寧ろ士元のほうが妹っぽいのだが。

 多少の誤差は無視して、近い時代の武将をごった煮的につっこんだ、無双だったりBASARAだったりするゲームの様に、この世界もその辺アバウトなのかもしれない。

 確か、三国志で無双は既に在った筈だから、この世界はさしずめ三国BASARAとでも呼ぶべきか。

 それとも、五人以外の有名どころも端から女の子になっているギャルゲ的世界だろうか?

 主人公は兄さんだったりしてね!!

 その場合はときめき………はちょっと古いかな?、三国………恋………姫とか、恋将伝とか………?


 「いやいや、主人公とかないから」


 ゲームとごっちゃにしてはいけません。戦わなくちゃ、現実と。


 「あ、でも………」


 ゲーム的に考えた場合、私は一体どう云うキャラになるんだろう?

 例えば三国BASARAだと、異世界で生き別れた妹との再会は戦場であった!とか云うパターンで、主人公のライバルポジとか!


 「王道パターンではあるけど、自分でやるのはイヤだなぁ」


 じゃあじゃあ、ギャルゲ的三国恋姫で、まさかの攻略ヒロイン実妹ルートとか?


 「―――兄さん探すのやめようかな………」


 ギャルゲと見せかけておいて、実は18禁なエロゲだったりしてね!!


 「―――見つけたら一応去勢しておこう………」


 一刀逃げてー!超逃げて―――!!






 





 どうにも正気とは思えないほうにばかり思考がすっ飛んでいくな。


 そう思いつつ、再度夜空を見上げる。

 いっそ月が七つもあれば異世界であることも納得できるだろうに、見上げた先では今夜も元気に餅をつくウサギの姿。

 星を見比べようにも、元からオリオン座の三ッ星くらいしか見分けられないふたばでは、暗い地上とは裏腹に星をばら撒いたような天蓋から星座を見わけるのは無理というもの。

 北斗七星くらいなら見つけられるかもしれないが、あれには見えても見えなくても嫌な気分になる、どうにも面倒くさい星がおまけについてくる。

 命の危険のあるこの世界を旅して、兄を見つけ出し、故郷に帰る。これだけの難行を前に余計な死亡フラグなんぞ立てたくは無い。


 「あ~………」


 改めてなすべきことを考えると、それだけで軽く絶望できる。


 おそらくは不可能だろう。物流でも情報でもインフラが発達してないこの世界は、ふたばにとって広すぎる。

 故に、北郷ふたばは故郷から断絶したこの地で、朽ちて死ぬ。


 想像するだけで胸の奥で冷たい澱みのようなものが染み出してくる気がする。

 だがそれは、九分九厘確定された未来であるとふたばには思えた。

 
 故に、


 『―――明日で最後だ………』


 全てが性質の悪い冗談で、ばかばかしい種明かしとともに日常へと回帰できる。そんな希望をあと一日だけ。

 そして、その一日が終わったなら………。


 「―――絶対、帰ってやる………」
 





 





 「以上、回想終了!! 士元ちゃん、次どこいく~?」


 「次は野営の道具を見に行きましょう。それと、私のことはどうか『雛里』と呼んでください」


 ふたばの唐突さに一晩ですっかり適応しつつある鳳士元である。伊達に孔明より二回も多く脅かされたわけではないのだ。


 一方の孔明はなにやら愕然とした表情で、


「はわ、読まれましゅた! 心を読まれましゅた!!」


とか、わけのわからないこと言っている。


 おそらく昨日の疲れがまだ癒えておらず、本調子では無いのだろう。


 思えば彼女は件の逃走の間も常に自分の前に立ち、転びそうになったら支え、立ち止まりそうになったら手を引いてと、必死になって助けようとしてくれていたっけ。


 ふたばには悪いが、今日の買い物は早めに切り上げて、ゆっくり休ませてあげよう。

 はわわはわわとうろたえる孔明を生暖かい目で眺めつつ、そんなことを想う士元であった。




 今朝、目覚めて一番に、北郷ふたばは孔明と士元、水鏡先生の三人から謝罪を受けた。


 なぜ謝られるのかサッパリ判らなかったふたばが尋ねると、山賊の仲間じゃないかと疑われていたのだという。

 二人とは何となく仲良しになれた気がしていたため、怒るよりむしろ悲しくなってしまったふたばであったが、二人がどうして疑いを持つに至ったかを、おそらくは暮らしていた社会常識そのものが大きく異なると思われるふたばにも判るよう、懇切丁寧に説明すると、なるほど不審人物だと納得し、むしろそんな怪しい人物をよくぞ泊めてくれたものだと逆に感激したのであった。


 あげく、旅に同行させてくれたり、道具を揃えてくれたり、なんていい人達なのだろうか。


 二人から真名を預けられたのもその時だ。


 昨夜の対談の時、水鏡先生が二人のことを最初に修羅だの緊那羅だのと呼んだのが気になり尋ねた時に、この世界での真名の重みを聞かされていた。

 なので、返せる真名を持たないふたばとしては、預かるのに躊躇があったのだが、


 『『私たちの真名は、見返りを求めて預けるほど軽くありません!!』』


とまで云われてしまえば引き下がれない。


 だが、真名の扱いがいまいち実感できないふたばは、預かったは良いものの、迂闊に口に出していいものか判らずにいた。


 今朝、二人から真名を許されるまでは、三人もふたばの前では(最初の水鏡先生はノーカンとして)真名で呼び合うことをしていなかったのを見ていた所為もあり、正直、取り扱い注意の危険物を持たされた気分である。


 人の居る所でうっかり口にして、しかもそれが誰かの耳に入ったりしたら最後、その人は孔明や士元に『私たちの真名を聞いた人はしまっちゃいましょうね~』とか言われつつ、何処かにしまわれてしまうかもしれないのだ。



 「しまいませんから。あと何処かってどこですか?。許されてない人の真名を口にするなど論外ですが、一度預けられたならそんなに深刻になることは無いですよ」


 それもそうか。

 そもそもがそういう文化の中で育ってる人たちな訳だし、迂闊な振る舞いはしないのだろう。


 「じゃあ、―――雛里ちゃん?」


 「はい!」


 「―――朱里ちゃん」


 「はい!」





 「―――雛里ちゃん、いま私の心読まなかった?」
 





 





 そんなこんなで、三人はそんなに数があるわけでもない店を、なぜかやたらと時間を掛けながら覗いてまわって行った。

 殊に時間を掛けて見てまわったのが、やはりというか着るもの関係で、そこらを歩く人々が着ているものや、売り物であってもそれが男物であれば、カンフー映画の中で見るような、いかにもそれっぽい物であるのに、なぜか売っている女物だけが胸元や下乳が露だったり、おへそまるだしだったり、迂闊に動けばパンツが見えちゃいそうな丈だったりと、はるか二千年未来の最先端を余裕でぶっちぎっていて、一応着る側の立場にいるふたばとしては、周回遅れになるのだけ気をつけて、出来れば未来永劫追いつかないよう時代に土下座したくなるようなデザインのそれらに目を白黒させるばかりであった。




 「それじゃおばさま、これでお願いします」


 「あいよ、ひのふのみぃ………、はい、確かに。どうする孔明ちゃん、あとで届けさせようか?」


 「えと、ふたばさん」


 「あ、大丈夫です、袋ありますから ちょっと詰めちゃっていいですか?」


 「はいよ、ちょっと場所空けてあげるから………ところでお嬢ちゃん、昨日孔明ちゃんたちを助けてくれたって云うのはアンタかい?―――はい、ここ使いな」


 「あ、ありがとうおばさん。―――えっと、はい、一応、わたしです」


 「あわ、一応だなんて! ふたばさんすごかったんですよ! 悪を断つ剣なり!! でしたっけ?」


 「ひ、雛里ちゃん! あれは若気の至りと言いますか、長年の夢と言いますか、はたまた示現流を学ぶ者としては外せないお約束といいますか………」


 「あらまぁ、あんたたち、もう真名を預けちゃったのかい。あんた、大層な懐かれようだねぇ」


 「あはは、どうなんでしょうね」


 「………お嬢ちゃん、私からもお礼を言わせとくれ。この子らはここの皆の娘みたいなもんだからね」


 「………はい!」





 細かい差はあれ、概ねこんな感じの会話を何度かくりかえし、余裕を持って選んだ袋の中身も充実してきた。



 「当面必要なものは揃いましたし、そろそろお昼食べに帰りましょうか?」


 「あいあい。それじゃおばさん、よろしくお願いしますね!」


 「はいよ、それらしいのを見かけたら必ず伝えるから。行き先は襄陽でいいのかい?」


 「えと、朱里ちゃん?」


 「はい、まずは襄陽に向かいます」


 「だそうです。次の行き先が決まったら向こうにも手がかりを残してく心算なので」


 「はいよ。孔明ちゃん、士元ちゃんも気をつけるんだよ、体には気をつけてね。お嬢ちゃん、二人のこと、よろしく頼むよ」


 「あはは、どっちかっていうと私の方がよろしくされちゃいそうなんですけどね」



 おばちゃんに手を振って別れ、簡単な食材を見繕いに向かう。


 「そういえば、昨夜のごはんも美味しかったけど、食事って先生が作ってるの?」


 「昨夜はそうでしたけど、みんなが持ち回りでやってましたので今日のお昼は私と朱里ちゃんがお当番であわっ」


 前を歩きながら答えを返した雛里が小石に躓いたのを慌てて支える。


 「ふ~ん、二人ともお料理できるんだ。えらいねぇ」


 「そ、そんなことないでしゅ。ふたばさんだって出来るんじゃないですか?」


 「そりゃ、それなりにね。でもさぁ」


 「もう!、ふたばさんだって精々一つか二つくらいしか私と違わないでしょう! あんまり子ども扱いしないでくだしゃ」


 「なんだって?」


 聞き捨てならないことを聞いた気がして、思わず語気が強くなってしまった。

 案の定、雛里は一瞬で涙目である。だが今はそれどころではない。


 「あ、あわごめんなしゃ」


 「ごめん、そうじゃなくて。今なんて言ったの?」


 「こ、子ども扱いしないで………」


 「その前」


 ここまで来れば天下の鳳雛、ふたばが何に引っ掛かりを覚えていたのか悟る。


 「もしかしてふたばさん、私の事、ものすごく年下だと思ってたんですか?」


 「―――いくつ?」


 「―――、(この作品の登場人物は18歳以上です)ですけど」


 「嘘だッ!!!」


 「え~………」


 明かされた驚愕の真実。全否定されしょぼーんとなる雛里。


 「じゃぁふたばさん、私のこと幾つだと思ってたんですか?」


 「その半分くらいだと思っていました!!」


 「いや~、聞きたくないでしゅ!!」


 耳を塞ぎいやんいやんと首を振る雛里。


 「その半分くらいだと思っていました!!」


 「大事なことじゃないから二度言わないでくだしゃい!!」


 半べそで蹲ってしまった雛里を他所に、ふたばは更なる恐るべき可能性に思い当たる。

 雛里が(この作品の登場人物は18歳以上です)ならば、彼女に対してお姉さんぶりたがる朱里は………まさか?!


 「年上だとでも言うのか―――ッ!? って、あれ、いない?」


 「あ、朱里ちゃんどうしたの?」


 隣を歩いていたはずの朱里が居ないのに驚いたのもつかの間、来たほうへと駆け出す雛里の方へ目をやると、一つ前のかどの所で立ち尽くす朱里の姿が眼に入った。

 会話に入ってこないと思ったら置いてきぼりにしてしまっていたらしい。

 前を走る雛里にあっと言う間もなく追いつき、一緒になって朱里の元に向かうが、近付く程にどうも様子がおかしい。

 酷く何かにおびえてるように見える姿に左腰に帯びた剣を意識する。

 朱里の足元に荷を投げ出し、彼女をかばう位置に立って周囲を警戒するが、彼女を怯えさせた何者かの影も見当たらない。


 「朱里ちゃん! どうしたの?」


 油断なく辺りに意識を配りつつ、一歩遅れてきた雛里が語りかける様子を聞く。

 あの怯えようから思いつくのは例の野盗だが、まさか灯台下暗しとばかりに忍び込んで潜伏してたとでも言うのだろうか?


 「か、かかかか」


 「ど、どうしたの朱里ちゃん!朱里ちゃん!!」


 彼女が何を見たにせよ、人目のある今この場でどうにかと云うことはなさそうだ。

 事情を聞きだして、男衆に話をすれば大丈夫だろう。そう見切りをつけてふたばも朱里に向き直る。


 「えい、えい、えい―――」


 「朱里ちゃん、何を見たの?!」


 「落ち着いて、もう大丈夫だから。ゆっくりで良いから―――」


 「だ、だめ! 早く逃げないと!! 完成した英雄がマルカジリでしゅ!!」


 え?


 「あわ!あわわわわ!!」


 意味が判らず問い返そうとしたが、通じたらしい人が約一名。


 「雛里ちゃんどうしたの? 今のでなんか判ったグェっ?」


 朱里が要領を得ないと見切りをつけて雛里に矛先を向けた途端、脇から朱里が、その小柄な体からはとても信じられない力でふたばの襟首をグイッと引き寄せた。

 
 「ひゃぁ、朱里ちゃん! 近いから近いから!!」


 予想外の方向からの攻撃に息がつまり、思わずみっともない声を上げるも、抗議する間もなく次の悲鳴を上げる羽目になる。

 目の前に迫った桜色の唇は、昨日の『ポ』されてしまっていたふたばであれば、あるいは勢いでむちゅーと行ってしまっていたかもしれないほど美味しそうであったが、一晩頭を冷やしたおかげか、はたまた肝心の朱里が、その折角の幼い美貌が台無しになる勢いで目が血走っていたり、鼻息がフガフガぴすぴすいっている所為であったか、サッパリそんな気になれなかったと云うのは果たして不幸か幸いか。


 兎も角、ふたばの動揺を余所に言語でのコミュニケーションを放棄した朱里は、ズビシッと立ち並ぶ店の一角を指差した。

 そのあまりの勢いに思わず仰け反ってかわす。

 指先は背後、先程までふたばが警戒していた角の向こうを指している。

 それらしい者は居なかったはず、そう思いつつ振り替えるも、やはり何もなく………いやマテ。


 もう一度だけ、朱里のまっすぐに伸ばされた指先が確かに『ソレ』を指し示しているのを確認すると、ふたばはフラフラと、吸い寄せられるようにして『ソレ』に歩み寄る。

 朱里が、そして雛里が何かを言っているようだがもはや耳に入らない。北郷ふたばは魂の奥底まで『ソレ』に魅入られてしまったのだ。

 軒先に、一見無造作に打ち捨てられているかに見える『ソレ』。

 だがしかし、錆一つなく磨かれた『ソレ』が放つ鈍い輝きは、それ自体が廃棄品などではない何よりの証拠だ。

 おそらくこの時代、素材として見ただけでもひと財産の価値はあるだろう『ソレ』が斯様に無造作に放置されている理由は簡単だ。



 一目で判るのだ。「これを人知れず持ち去るのは不可能である」と。



 動物の皮を巻いた握りの部分は、それだけでふたばの肩幅ほどもあろう。

 日本刀の鍔を二つに割ったかのような意匠の護拳、そこから伸びる無骨で飾り気のない真っ直ぐな両刃の刀身の、その厚さは1センチを優に超え、幅は20センチ強といったところだろうか?

 刃渡りにいたってはふたばの身長すら超えている、飾り気のない、しかし余りにも巨大な一振りの剣。


 「こ、これは―――ッ」


 それはまさしく『悪を断つ剣なり』。


 「斬艦刀ではないですか―――ッ!!」



[25721] その7
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:42
 「斬艦刀ではないですか―――ッ!!」


 ひゃっほーぅ!

 朱里と雛里がとめる間も有らばこそ。

 さながら空き箱を見つけたMaruさんのごとき勢いで飛びつくふたば。


 「はわ、だめですふたばさん! たたりが! たたりが!!」


 「あわわっ、だめです! 危険があぶないです!! まるかじられちゃいます!!」


 二人の言葉も既に届かず。

 斜めに傾いで立てかけられているため、ちょうど目の前の高さにある柄に手を伸ばすと、まるで棒切れでも拾うかの様に、ひょいと持ち上げてしまった。


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 一部非常に発育のいい部分こそあるものの、ふたば自身は至極普通の身の丈、肩幅などは寧ろ細いぐらいの華奢な体格でしかない。

 その彼女が、刃渡りだけで自身の身の丈をも上回る巨剣を、懐剣か、あるいはいっそ包丁か何かのように扱うさまは一種悪夢的な光景だ。


 おろおろしつつ見守る二人を他所に、ふたばは先程までの浮かれようが嘘のような、なにやら怪訝な様子で手にした巨剣をジロジロ検分する。

 どうにも納得がいかない、といった様子で一通り眺めると、やおら上段に構え―――、




 ひゅっ


 「え?」


 「あれ?」


たと思ったのだが、何故か肩の高さで水平に、突き出されるような形で、その切っ先は静止していた。


 「「「………」」」


 なにやら納得がいかない様子で刀身を眺めるふたばと、なにやら納得がいかない様子でふたばを眺める朱里と雛里。

 ふたばは首を傾げつつその刀身を指先でキンキンと二度弾き、「う~ん」と唸っていたかと思うと、おもむろに切っ先を地面に向け、ドンと垂直に衝き立てた。

 あっけにとられてもはや言葉もない朱里と雛里を尻目に、ふたばは右拳を大きく振りかぶると、体ごと投げ出すような勢いで思い切り―――、


 ごん


 「「「………」」」


 「………いたい」


 「「何がしたかったんでしゅか!」」


 「だってこれ、軽すぎるよ! おもちゃかと思うじゃない!」


 朱里と雛里は思わず顔を見合わせた。

 そんなはずはない。完成したところこそ見ていないが、あれはこの間までこの鍛冶屋の主の孫さん(仮)がトンカントンカン打っていた鉄の塊に違いない。

 二人は一月半の間、ちょくちょくここからその様子を眺めていたのだし、あんな噂が流れたくらいなのだから、孫さん(仮)自身は二月近くをあれに費やしててもおかしくはない。

 手慰みのおもちゃにそんな時間を掛けられるような余裕があるわけでもなかろう。


 「ほんとに、ほんとに軽いんですか?」


 「軽いよ、朱里ちゃんでも振り回せるよ」


 「でもでも、私も雛里ちゃんも、私たち二人をいっぺんに抱えて歩けるふたばさんみたいな力持ちじゃないんですよ?」


 「失礼な。そりゃちょっとは鍛えてるけど、いくらなんでも………あれ?」


 「あ、あのふたばさん、ちょっと持ってみてもいいですか?」


 「え………、あ、いいんじゃないかな。私のじゃないけど」


 「あわ、そういえばそうでした。でも、放ってあるんだし、ちょっと持ってみるくらいなら」


 「ダイジョブじゃない? 目利きするのとおんなじでしょ」


 衝きたてた剣を片手で引っこ抜き、柄を雛里に向け手渡そうとしたときだった。



 「―――やめときな士元ちゃん。アンタじゃ重みでぺちゃんこに潰れちまうよ」





 それは疲れ果てた、精魂の最後の一滴まで枯れ果てるほど責め苛まれた男の声だった。


 先程まで剣が立てかけられていた建屋の奥の暗がりからうっそりと現れたのは、その声から受ける印象を裏切らない疲れ果てた男だった。

 げっそりと頬はこけ落ち、まともに眠れていないのか腫れぼったい眼はドロリと濁り、その周りには隈が色濃くついている。

 男はふらつく足取りで歩み出ると、まるで日の光に耐えかねたかのように暫し左手で目を覆ったあと、庇を作るようにかざした手のひらの陰からジロリと三人を見回した。


 「―――あ………」


 「「あ、孫さん(仮)、こんにちわ~」」


 「こんにちわ孔明ちゃん、士元ちゃん。昨日は大変だったらしいじゃないか。無事でなによりだ」


 精根尽き果てた男は愛想良く応えた。


 「えへへ、ありがとうございましゅ」


 「あの、散々お邪魔したのにご挨拶もせずにすみませんでしゅた!」


 「まったくだよ、お陰で折角用意しておいた餞別が無駄になっちまうところだった。また顔を見れてなによりだ」


 責め苛まれた男はにこやかに笑った。

 見た目に似合わず社交的である。

 ついでに子供好きでもあるようだった。ただし、目は濁っているので果てしなく怖い。


 「ちょっと取ってくるから待ってな。それとも時間があるなら上がって茶でも飲んでくかい?」


 えらくおっかなそうなのが出てきた時は内心びびったふたばであるが、案外気のいい人っぽい。勝手にいじったことを謝っておこうと決め、声を掛けてみる。


 「あ、あの!」


 「あぁ~?」


 疲れ果てた男は奥へ戻ろうとする足を止め、ふたばをギョロンと睨みつけた。やはり目が濁っているので怖い。

 なんだろう、やはり剣をいじったのがマズかったのだろうか?

 それともツルペッタン以外は女とは認めない特殊性癖の人なのだろうか?

 思わず上げそうになる悲鳴を噛み殺し、この場にいる関係各位に満遍なく失敬なことを考えつつ言葉を搾り出す。


 「ご、ごめんなさい勝手に触っちゃって………」


 「―――別に。アンタが自分のモンをどう扱おうが知ったこっちゃねぇよ………」


 「はい?」


 思わぬ答えに言葉に詰まる。その後ろでハッとした表情で朱里と雛里が顔を見合わせた。

 固まる三人を置いて奥に戻る男の姿に我にかえると、ふたばは慌ててそのあとに続いた。


 「あの! 私、昨日ここに来たばかりで、こんなの頼んだ覚」


 「その剣は!」


 ふたばの台詞を強い語気で遮ると、男は三人に向き直り言葉を続ける。


 「決まった奴にしか持てないそうだ。現に表に立てかけたが最後、俺にも動かせなかった。俺がこの手で鍛ったってのにだ。でもアンタは持てる、振り回せる。ならそれはアンタのだ」


 それを聞いて朱里と雛里は顔を輝かせる。

 一方のふたばはなんだか胡散臭げな表情である。なにそのありがちな設定。


 「鞘と帯がある。ちょっとまってろ」


 「あの! これ作ったのおじさんなんですよね? ならなんで『持てないそうだ』なんて伝聞形なんですか?」


 再度奥に引っ込もうとした男だったが、ふたばの問いかけに一つ溜息をつくと、顎をしゃくってあとに続くように促した。

 剣を鍛つに至った経緯は噂で知っていた朱里と雛里も、矢張り本人の口から聞きたいのか、どことなくウキウキした表情であとに続く。

 男は適当に座るようにと声を掛けると自身は筵の上にどかっと胡坐をかき、三人が、雛里がどこからか引っ張り出してきた床机に腰掛けるのを見計らって「何が聞きたい」と問うた。


 「なにが………?」


 はて、何から聞けばいいのだろうか? 色々突っ込みどころは多いが、ここは大事な気がする。


 「最初っから全部で」


 「最初から全部かよ………」


 男は先ほどよりも大きな溜息をついた。そんなに溜息ばかりだと幸せが逃げちゃいますよ、とは何故か言ってはいけない気がする。

 ガリガリと一頻り頭を掻き毟ると、何かを諦めたかのように男は口を開いた。


 「夢のお告げがあったんだよ」


 ピコーンと、ふたばの脳内でアリガチ指数が上昇する警告音がした。一方、期待してたとおりの話が聞けそうな朱里たちのテンションも急上昇。


 「はわ、それって噂になってる『英雄のための剣を作れ』っていう?!」


 「なんだよ、そんな噂になってんの? 英雄つーよりどっちかっつーとじご………、いや、なんでもない」


 「噂では、とっても美しい女神さまだったって。いいなぁ、私も見てみたいでしゅ」


 「なぁ?! ちょ、士元ちゃん! あ、あ、か、かか、ば、ば、ばけ、き、きん………ッ。くっ、そうだね………、女神でいい………それでいいよ」


 何故だか女神に対して凄まじい葛藤がある様子に、今度は胡散臭い警報が聞こえてきた気がする。


 「それじゃおじさんは、夢のお告げに従ってコレ作ったの?」


 「うんにゃ、アンタだって想像つくだろうが、そんだけのモン拵えるにゃトンでもねぇ元手がいる。ご丁寧に枕元に図面まで置いてかれてたけどよ、最初はやる気なんざ無かった」


 「図面? 枕元に?」


 それって夢じゃないんじゃ………?

 そう続けようとしたふたばであったが、男はやおら立ち上がり、奥のなんだかよくわからない山をごそごそとひっくり返すと、一枚の紙を見つけ出し、それを三人の目の前に突き出した。


 「あわわ、これ、紙でしゅか?!」


 「こんな紙みたことないでしゅ」


 受け取ったふたばの手元を覗き込んで驚く二人を他所に、ふたばの脳裏ではもう何の警告音だか判らないほどピコピコパフパフ鳴りっぱなしである。


 それは妙に光沢のある、綺麗に裁断された、しかし薄っすらと日に焼けた様子の紙だった。手汗の所為か、ちょっとよれている。

 試しに爪で切りつけるように勢い良くピッと擦ると、黒い線が残った。どうやら少し古くなった感熱紙であるらしい。

 はわわあわわとうろたえる二人の声を聞き流しつつ、今度は描かれている図面に目を向ける。

 そこには、『バリッ』としたタッチで描かれた、手元にあるものと同じ剣を構える鎧武者の姿が数点。

 まごう事なきその勇姿。武神装攻ダイゼンガーその人(?)である。

 手汗で滲んでいるところを見るに、感熱紙を使っておきながらプリンターはインクだったらしい。


 「あ~、続きをおねがいします………」


 「そんなわけで、次の日は普段どおり、一日過ごしたさ。働いて、メシ食ってな。んで、寝た。ところがその晩………」


 再び夢に出た。


 「あのか、かか、ば、ばけ、き、きん………ッ、とにかく、何故お告げに従わんって言ってきた。俺は言ったさ、こんな貧乏鍛冶屋にゃ手に余る。もっと銭の唸ってるとこに持ってけってな」


 だいたい、このとおりに作ったって物の役に立たん。まともに扱えるわけがない。


 「ところがだ。大丈夫だ、問題ない。お前じゃなければダメだ。いいから作れ。作らないと大変な事になるぞ、おもに俺のケ………ッ、ぐッ」


 そこで何かを言いかけて、三人の顔を見て言葉を飲み込む。


 「それで、言われたとおりに作ったら、持ち主を選ぶマジックアイテムができちゃったと?」


 「まじっく? まぁなんだ、こんな話がある。どこぞの鍛冶屋が一世一代の名剣を鍛えようと思い立った。鍛冶屋は自分が思いつく限りの良い鉄を何種類も手に入れて炉にぶち込んだ。ところが、どんなに熱い火で溶かしてみても上手く混ざらねぇ。あらゆる業を尽くしても割れちまう。途方にくれた鍛冶屋は最後に神頼みをして、女房の、美しいと評判だった髪の毛と爪を生贄にして炉に捧げたところ、鉄は嘘みてぇに混ざったって話だ。コレが有名な」


 「それ知ってる!! 獣の槍!!! あれ? それってつまりこの剣は………?! まさか兄さん?! なんて変わり果てた姿に!!」


 「はわ、はわわわわっ」


 「あわ、あわわわわっ」


 「ちげーよ!! なんだよ『兄さん』ってよ! こえー事いうんじゃねぇよ!!」


 「ちがうの?」


 「ちげーよ!! なんで不思議そうなんだよ! お兄さん入れたら死んじゃうでしょ!! おれ人殺しになっちゃうでしょ?!」


 ぜぇぜぇと乱れた気息を整えると、先ほどまでより尚一層くたびれた様子の男は話を続けた。


 「使い物にならんぞって言ったって言ったろ? そしたらよ、霊布があるって言うわけよ」


 「霊符?」


 「おうよ。なんでも持ち主になる奴の霊力が宿っててな。こいつを燃やして灰にして、鉄と水に混ぜて剣を鍛てば、出来上がった剣は使い手の体の一部のごとくなるんだとよ」


 お札に符水、ダイゼンガーの次は竜虎王か。スパロボマニアの血が騒ぎ、だんだん楽しくなってきたふたば。

 ああ、そういや霊布の残りはアンタに渡すようにって言われてたんだっけな。

 そう言って男は再度謎の山の発掘を始める。


 「っと、その前にこいつだ」


 目の前にぽいっと放りだされたのは剣を収める鞘と帯だった。


 「つけ方判るな?」


 「いいえ、さっぱり」


 「さっぱりかよ畜生、世話の焼ける」


 ああちがう、腰じゃない! 引きずっちゃうだろ!! 背負うんだよ、そう、で、そこで締める。

 抜くときはそこの留め金があんだろ、それを外すと、そう。

 なに、収めるとき?んなもん一旦外して………、めんどくさい? 知るか!!


 「どぉ? 似合う?」


 「………ええ、お似合いですよ」


 「………はい、とっても」


 実際には色気も何もない革帯なので似合うの似合わないの以前の話なのではあるが、たすきに掛けられた細めの革帯がふたばの胸の谷間に食い込む形でエライことになっている。

 そのため、朱里と雛里の視線がモゲロ的な意味で怖いことになっているのだが。

 そんな三人を放置して、男は再度山の発掘に向かう。あれ、っかしーな? あ、違うわ、あれはこっちの納戸に………。

 一頻りアチコチ掘り返したあと、全く関係のない納戸の奥から男が引きずり出してきたのは、幅が一抱えはあるのに奥行きと深さはない、奇妙な作りの、しかし何故だか見覚えのある気のする木箱であった。

 はて、なんで見覚えがあるんだろう。妙な既視感と膨れ上がる嫌な予感。


 「ほら、これが残りの霊布。もってけ」


 どん、と置かれた箱の中身はふたばの脳を真っ白に漂白した。


 「はわ、これが霊布ですか」


 「ふしぎな手触りです」


 朱里と雛里が手を伸ばし、白やピンクの布切れを広げたり伸ばしたり弄ぶのを見て、ふたばは我にかえるとがばっと伏せて、床に置かれた木箱の正面の化粧版に見覚えのある、アニメキャラのシールをはがした跡を見つけると、あらん限りの声で絶叫した。


 「これ、わたしのぱんつ!!」


 突然のことに硬直する朱里と雛里を置き去りに、目にも留まらぬ速度で男の襟首を吊り上げると、がっくんがっくん揺さぶる。


 「なんなんなん、なんで? なんでなんでなんで?? なんでコレが!! これがー!!」


 「はわ、ふたばさん! それ以上は!! 首がとれちゃいます!!」


 「ふたばさん、ぱんつってなんですか?」


 狂乱するふたばとそれを止める朱里。

 雛里は驚きすぎて逆にブレーカーが落ちてしまったらしい。妙に落ち着いた様子で疑問に思ったことを口にした。


 「………。し、下帯?」


 「「………」」


 命の危険が去ったのもつかの間、今度は娘のように可愛がっている少女たちから生ごみでも見るような眼を向けられた男は大いにうろたえた。


 「ちょ、違う! 俺じゃない!! 俺じゃないんだ!! 奴が悪いんだって!!」


 「くっ、おのれ―――っ。 兎に角これは回収します!! 異論は認めません!!!」


 「いいからもってけ! はやく!!」


 「う~。 あれ? おじさん、お気に入りの奴が無いんだけど! ストライプのやつ! 水色のとミントのとピンクと、色違いのやつ!」


 「す、すと? なんだかしらんが、縞の入った奴なら燃やしたぞ。桃色のと、あと色違いの二、三枚」


 「な! なんでよ~!!」


 「し、知らないって! 特に強い霊力が宿ってるからコレを使えって、ほかのと分けて置いてあったんだよ!!」


 「おのれ、ゆるすまじ!」




 かくして、幾許かの犠牲を払いつつも、ぱんつ達はその主の元へと帰りついた。

 北郷ふたばは、その長く続いた三国遍歴の間、代えのぱんつに困ることはなかったという。













































 「ところでおじさん、名剣って、生贄がぱんつでもいいの?」


 「良いわけあるか―――っ!!」













 「よし、全部持ったな? これで金輪際、俺とアンタは関係無しだ! その剣が錆びようが欠けようが、はたまた折れちまったところで俺は知らん! いいか、二度と来るなよ?! 絶対に来るなよ!!」


 「それって、また来いよって前フリ―――」


 「フリとかねーから!! あ、孔明ちゃんと士元ちゃんは別。 いつでも遊びにおいで」


 男はふたばを猫の子か何かのように表に放り出し、朱里と雛里には餞別を持たせてにこやかに送り出したあと、ピシャンと音を立てて戸を閉じた。


 「う~、酷い目に会った」


 「まぁまぁ」


 苦笑を浮かべながらふたばをなだめる雛里。それに、と朱里があとを引き取るように続ける。


 「良かったじゃないですか」


 「? そりゃ、代えのぱんつに困らないのは助かるけど」


 「いえ、そうじゃなくてですね。 早いうちに手がかりが見つかって良かったねってことです」


 「―――、おお!」


 クローゼットの引き出しごとぶっこ抜かれてきたマイぱんつ登場のインパクトですっかり忘れていたが、斬艦刀にせよ、ダイゼンガーのプリントアウトにせよ、そして無論ぱんつにせよ、それをこの世界に持ち込んだ輩は当然、ふたばの世界、ふたばの家、ふたばの部屋、さらにはふたばのぱんつをしまう場所まで知っているのだ!

 ―――なんかストーカーみたいで気味が悪いが、この際贅沢は言っていられない。

 昨夜あれだけ覚悟を固めたというのに、二人がいなければみすみす手掛りをスルーしてしまうところだった。


 「そうと決まれば、早速おじさんに女神さまのこと聞いてこないと!」


 ガラッ! おじさーん!


 『!!!!!!!』


 ぽいっ! ピシャン!!

 意気揚々と再突入したふたばが再び店の外に放り出されるまでわずか五秒。

 
 慌てて駆け寄ってきた朱里と雛里の手を借りて立ち上がりながら、ふたばは不敵な笑みを浮かべて見せたのであった。







 こうして、旅の目的と幾許かの手掛りを得た北郷ふたばは翌朝、水鏡先生の見送りを受けて、後に大陸にその名を轟かせる伏竜と鳳雛、二人の英傑の卵とともにこの地を旅立つ。



 故郷に帰りたい、そんな個人的な動機しか持たない私を、手伝ってくれると二人は言った。

 大陸の人たちが平和に暮らせるように。心からそう願う二人に比べたら取るに足りない私だけど、力になれる事だってきっとあるだろう。

 まずは、二人がいるべき場所に。必要とされ、その力を存分に振るえる場所まで送り届けよう。それまでは、自分のことはついでで良い。

 焦る必要なんて無い。ここへ来たのが偶然じゃなく、誰かのお膳立てだって云うなら、尻尾を捕まえる機会は絶対ある。





 異邦人の少女と青雲の志を秘めた二人がこの地に出戻るまで、あと6時間。



[25721] その8
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:43
 「えへへ~」


 なにがそんなに楽しいのやら。

 もう何度目になるか、朱里と並んで前を歩く雛里がときどき体ごとこちらに向き直り上機嫌に笑うのを見てふたばは苦笑を浮かべた。


 「ほら、ちゃんと前見て歩かないと転ぶよ」


 「えへへ、だいじょぶですよ~」


 「もう、雛里ちゃんてば」


 ちょっと強めに窘めてみてもなんのその、朱里も口ではふたばに同調してみても、本人がチラチラこちらを振り返ってはニコニコしているので説得力が無い。


 「う~ん、やっぱり似合わないかなぁ? やっぱりあれですか、装備制限で知恵の値が80以上とかそういうんですか? 私ではこの服を装備するにはINTが足りませんか?」


 「そんなことないです! よくお似合いでしゅよ」


 「後半は良くわかりませんが、雛里ちゃんの言うとおりです。素敵ですよ、ふたばさん」





 今日ふたばが身にまとっているのは昨日まで着ていたフランチェスカの制服ではなく、水鏡先生から贈られた女学院の制服だった。


 昨日、服屋であいまみえたこの時代の最新モードたるエロ装備の数々は、生憎ふたばにはハードルが高すぎた。


 ふたばが旅するにあたっての重要な目的、どこかにいるかもしれない兄、北郷一刀を探す、あるいは逆に見つけてもらう。

 その後者のケースを想定するなら一目を引きやすいエロ装備はある意味うってつけなのかも知れない。


 対価が釣り合うならば状況が状況だけに、最低限の慎みを保てる範囲でおへそくらいは妥協するのも止むなし、かもしれない、という覚悟はあるのだが、恥ずかしい思いだけして、そのくせ印象に残るのはエロばかりとかなったら泣くに泣けないし、女だけの道中で、さらに余計な火種を呼び込みかねない。


 かといって、この時代には本来存在しない、人々にとっては見慣れない不思議な光沢のある化学繊維の服は、別な意味で火種となるおそれがある。

 昼食後、三人で頭を悩ませていたところに先生が『こんなこともあろうかと』と言いながら取り出したのが女学院の制服だったのだ。


 もともと水鏡先生という人は、自分を装うことにはてんで無頓着なくせに、女の子をかわいらしく装うのが大好きな人である。

 その彼女がこだわりまくった女学院の制服は、一目で判る統一感と、色合いと細部を色々組み合わせることで個性を出すことを両立させた自信の一品。

 当然サイズも色々取り揃えてあった………というか、大きいサイズが余りまくっていたのを『こんなこともあろうかと』ふたばに合わせてリフォームしてくれていたのであった。




 これは余談だが、大きいサイズが余りまくっていたのには理由がある。

 水鏡女学院に新しい生徒が入学するその度に、先生は嬉しさの余り当座の制服だけでは飽き足らず、先の先の、さらにその先の分まで制服を作ってしまうのである。


 これらはもし、その生徒が然るべき時に袖を通していたならば、決してそんな前から用意していたものとは信じられないに違いないほどピッタリにあつらえられていて、栄養学とか、運動の成長に及ぼす影響だとか、年齢別の統計とか、そういったデータ等を "一切考慮せずに" 愛だけでそれらを超える精度をたたき出す先生の怖ろしさを知らしめる品々なのだが、皮肉にも先生が教育者として優秀すぎるのが災いし、皆が皆、


『ここで学んだことを世の中のために役立てたいんでしゅ!』


とか言いつつ育つ前に巣立って行ってしまうのである。


 この為、里の口さがない男どもの中には『水鏡先生は胸が大きくなりそうな子供は弟子にしない』とか『自分より胸が大きくなったら卒業と称して追い出す』などと言うものもいる始末。

 彼らには是非、『卒業生を笑顔で見送ったあとで、もう袖を通されることが無くなってしまった制服を胸に泣き濡れる先生の図』を見て猛省していただきたい。萌えてもいいよ。




 積年の鬱憤を晴らすかのようにこだわりまくった先生渾身のコーディネイトのお陰か、実際女学院の制服はふたばに良く似合っていた。


 暗色系の上着に純白のワンピーススタイルの朱里や雛里と対照的に、ふたばに用意されたボレロジャケットは白であった。

 逆にワンピースは暗色で、雛里のボレロに近い青を使っている。ジャケットのセーラーカラーもこの色だ。

 スカート部分はシンプルなプリーツのミニで、二人と違って重ねてボリュームを出す事はしていない。

 腰に巻いたサッシュは朱里のものと同じグリーン。


 この配色は、『白い服に青の襟、同じ青のスカートに緑のリボン』であるフランチェスカの制服を意識したものになっていて、もし一刀が服装を手掛りにふたばを捜していたとしても良いように配慮されているあたり、流石としか言いようがない。


 ついに日の目を見た高学年用の制服の出来栄えは先生も大満足のご様子であり、『元直も着てくれそうだけど、あの子も胸囲が不自由だから………。これで貧乳幼女育成機関なんていう汚名を晴らせます!』と感涙にむせび泣く始末。先生、その子あなたの弟子とちゃう。


 さらに言うなら、『観賞用としてなら満点なのに』『フランチェスカのサムネ詐欺』と恐れられる北郷ふたば。むしろ違う汚名が着せられることにならないか危ぶまれる。



 こうして、故郷を後にした未来の英傑二人とオマケの一人。

 揃いの衣装に身を包み、中睦まじく歩む姿はさながら姉妹のようで、大変に華があってよろしい。

 約一名が斬艦刀背負って腰には模造刀の『真剣狩る』装備でなければ、だが。



 彼女達が再びこの道を、今度は逆にたどる事になるのは、この五時間後のことであった。








 「上手いこと言ったつもりかぁぁぁ~~~~~~~~っ!!」


 テクテク歩きながら、例によって一人黙々とくだらないことを考えていたら、余りにひどいオチがついてしまい、思わず絶叫してしまったふたばは、一瞬で絶望した。

 独りの時でも居た堪れないと云うのに、今は同行者が二人もいるのだ。


 (綺麗でやさしいお姉さん的ポジションを狙いたいのに、コレじゃ変な人だよ………)


 身の程を知れというか、手遅れにも程があるというべきか。だが、真の恐怖はこのあとに来た。

 三日目にして既に、突然叫び声をあげたくらいでは動じないまでに適応しつつある朱里と雛里は、それぞれちょっとだけ考えるしぐさをすると同時にポンと手を打ち合わせて、


 「あはは、なるほど~」


 「貂蝉の挑戦ですか、確かに洒落になってますね!」


と笑ったのである。




 確かにふたばは貂蝉とやら云う存在の、


 『私は貴方のことなら ナ・ン・ダ・ッ・テ 知ってるのよん! ぶるるぁぁ~~!!』


と言わんばかりというか、


 『見つけられるものなら早く ミ・ツ・ケ・テ ねん! ぶるるぁぁ~~!!』


とでも言わんばかりの、実に挑発的な手掛りのチョイスに対して思う所があり、挑戦するって言うなら受けて立つと自らを奮い立たせていたところだったのだが、そこで件の駄洒落に気づいてしまい、余りのくだらなさに思わず叫び声を上げたのである………のだが。


 過去には『突然奇声を上げるのやめて!怖いから!!』とは言われても『ブツブツ独り言いうのはやめて!不気味だから!!』と言われた事はないふたば。

 事実として、一昨日のように心細さで泣き出す一歩手前まで追い詰められでもしない限り、独り言などこぼしたりはしないのである。


 (心を読まれた?! テレパス? ニュータイプ? それとも脳量子波?! まさか私サトラレだったとか?!)


 実際のところはというと、しばらく前に『お告げの女神さまは貂蝉様でしたっけ?』『おじさんはそう言ってた。そんな名前の神様知ってる?』と云うやり取りがあり、それから黙りこくってしまったふたばの様子と、『貂蝉』と『上手いこと言ったつもり』から適当にカマをかけてみただけで、上手くハマってむしろ二人のほうが驚いていたのであった。


 『ひ、雛里ちゃん、タネ明かしの間をはずしちゃったよ! どうしよう………』


 『もうちょっと黙っておこうよ。私達ばっかり脅かされてずるいもん。それに、涙目のふたばさんちょっと可愛いし………』


 おろおろする朱里と涙目のふたば、そしてなんだかアブナイ趣味に目覚めかけている雛里が次にこの道を通るのは二時間後のことである。

 あと、結局タネ明かしはされなかったため、ふたばの中で二人はチャーミング人類と云う事になったがどうでもいい。






 そして………。








 「あ、ちょうどこの辺ですよ! だよね、雛里ちゃん?」


 「うん!」


 そこは二日前、二人が野盗三人組と遭遇し、命がけの逃走劇を演じる羽目となった峠の頂である。

 当日にもふたばを伴ってここを通ってはいたのだが、その時雛里はふたばにおぶわれて寝こけており、朱里のほうも恐怖の記憶が新しかった為、何も云わずに通り過ぎていたのだ。


 あそこに隠れてたんですよ~、と朱里の指差す崖を見上げながらふたばは警戒レベルを一段上げた。

 ふたばのスイッチが切り替わったのを察して、朱里と雛里も声を潜める。


 兵法なんぞゲームの中でそれっぽく語られる薀蓄でしか触れたことの無いふたばであるが、プロの山賊が待ち伏せに使ったのであれば適した地形なのであろうぐらいは考える。


 朱里と雛里に待ち惚けを食わされたお陰で、無駄にこの近辺の地形に詳しくなっていたあの野盗どもは、小さな里の何処から沸いて出たのか首を捻るほど大量の紳士どもの捕縛の手を、あわやというところで幾度もかわし、結局最後には何処へともなく逃げおおせていた。


 ふたばの真覇機神轟撃拳でボコボコにされ、鉈を振り回す紳士どもに追われ、石をぶつけられ、あげく汚物として消毒されかけたからには、よもや近辺にはおるまいと思うのだが。



 やがて頂を過ぎると、三人は誰からとも無く示し合わせたように「「「ふぅ」」」と溜息を重ねた。

 それぞれが思い思いに背嚢の肩紐に食い込んだ指を解したり、滲んだ手汗を拭ったりして緊張を解くと、とたんに一行には先刻までの陽気さが帰ってくる。


 「はぁ、緊張しました~」


 「わたし、まだドキドキしてます………」


 「あはは、頼りない護衛でごめんね~」


 三人で一頻り笑いあってから再出発。


 「じゃ、こんなとこからずっと走り通しだったの?」


 「はい、もう必死で!」


 「後ろからはずっと恐ろしい叫び声が聞こえてくるんです!」


 『おらぁっ! まちやがれぇっ!!』


 「あんな感じ?」


 「そうです、あんな感じです」


 「それに、足が鈍ってくると今度は」


 『おらおらっ、逃げろ逃げろ!!』


 『は、早く逃げないと、捕まえてた、食べちゃうんだな』


 「うわ、さいあくー………」


 「はい、最悪でした………」


 「あわ、思い出したらまた………」


 「あ~、よしよし、怖くない怖くない」


 「あ、えへへ………」


 『え~ん、どうしてついてくるの~~!!』


 「ああ、そうでしゅ。 走ってる間はそんなことばっかり考えてました………」


 『姉さん、いいから足を動かしてっ!! ちぃ姉さんも………!!』


 『もうやだっ!! こうなったら奥の手なんだからっ!! アンタ達、ちぃの歌をき』


 『いいから走りなさ~~いっ!!』












 「「「―――た、たいへんだ~~っ!!」でしゅ!!」」









 あわてて声の主を探す三人。目の前を続く山道は緩やかにうねりながら、全体としては大きく左へのカーブを描きながら下っていて、ここからでもかなり先まで見通せた。


 「はわ、見つけました!」


 「うん! 追われてるのは三人、追いかけてるのも三人か………」


 「追われているほうは誰も武器らしきものは抜いていませんね、戦える人が居ないのかも………」


 「ふたばさん、追いかけてる方の人たちってやっぱり………?」


 「うっ、やっぱりそう見える?」


 流石に顔まで見分けられないし、見分けられたとしても覚えてないが、チビデブノッポの三人組。


 どうしたものか。

 一度勝った相手だから負けっこないなんて言うつもりは更々無いけれど、一度勝った相手なのに尻尾を巻いて逃げ出して、あの人たちを見捨てると云うのも気分が悪い。 

 二人の護衛としての役目からするなら、係わらない選択も当然アリなのだが、この機会にあの山賊さん達をとっ捕まえて旅路の安全を確保するのもまたアリといえる。

 もし私が本当に、鍛冶屋のおじさんの夢に出た女神様が予言したような英雄だったのなら迷わず飛び込むのだろうけど。


 (そういえば、この子達は明らかにそっち側の人間なんだよね)


 顔も知らない何処かの誰かのために、進んで要らない苦労を背負いたがる少女達。


 ふたばが護衛として彼女らの身の安全に責任を請け負っているとしたら、彼女達はふたばに対して社会的な案内人、保護者としての立場を買って出てくれている。

 その責任感ゆえに今もまだここに留まっているが、そうでなかったらとうに動き出しているだろう。


 狙われたのが自分達なら逃げ惑うのが精一杯だろうが、他人の窮地には逆にその身を囮にするぐらいはしかねないのが彼女達だ。

 もしここにいるのがふたばでなく、真っ当な剣士、例えば歴史の孔明が一番に信頼したって云う趙雲とかだったら。

 二人は躊躇わず『あの人たちを助けて』と言うのだろうな。


 でも、さんざんお話して、ふたばが唯の子供でしかないと知っている二人は当てにする素振りさえ見せない。







 それがなんだか癪に障る。







 「よし、ちょっと行ってくる!」


 「「はいっ!!」」


 唐突に言い放ったつもりだったのに、二人の反応は待ってましたと言わんばかりの笑顔だった。

 あれ? わたし結構葛藤とかあって、一大決心が………あれ?

 判ってますか~? わたし普通の女の子ですよ?


 「はわ、早くしないと捕まっちゃいます!!」


 「気をつけてくださいね、ふたばさん!!」


 なんか釈然としないが、まぁいい、あとで追求しよう。

 先ずは兎に角あの人たちを逃がす。

 『上手く乗せられた?』とか『これが世に言う孔明の罠?』とおもわない訳じゃないけれど、それを置いても、ここで見捨てて逃げ出すのは、私の成りたい私じゃない。


 それに、貂蝉とやら云う女神がふたばのために用意させた背中の斬艦刀は、紛い物とはいえ『悪を断つ剣』。

 あそこに見える判りやすい『悪』が女神様の試練である可能性も否めない。とまぁ、自分を納得させる理由もそれなりにあることだし。


 「あの人達が逃げる時間くらい稼いでみせましょ。そんで私も逃げます。二人とも、荷物よろしく!」
















 荷物を預けて身軽になったふたばは下り坂の利を生かして一気にスピードに乗った。

 こちらに来て初めて走ったあの時のように体が軽い。これなら逃げるくらいは何とかなりそうだ。

 走りながら即興で作戦をシミュレート。

 幅の狭い山道、左手は切り立った崖。

 得物は長い刃渡りを持つ斬艦刀。

 長めの柄をも生かして槍のように使って振り回せば近づけることなく立ち回れるか?





 そして………。










 「「「げぇっ! 項羽!」」」


 「誰が項羽よっ!!」


 ふたばの戦意は一瞬で霧散した。

 なんというか、すでにボロボロだったのだ。突付いたら死ぬんじゃないの?というくらい。

 襲撃者の男どもはいずれも、元の顔が判らないほどボコボコにされ、からだ中青あざだらけで元の肌色すらわからない。

 あげく、世紀末的手法で消毒されかけたかのように三人ともアフロ。


 「アニキ、やばいですって! 今度こそ殺されちまう!! 逃げちまいましょう!!」


 「い、いたいのはイヤなんだな」
 

 「あわてるな、子房の罠だ。 背中を見せたら襲ってくるぞ。 落ち着いてゆっくり下がるんだ」


 酷い言われようよね。あと子房って誰? 孔明の罠じゃなくて?

 色々言いたいことを飲み込んで、ふたばは正面から目を切ることなく、背後に庇う形になっている少女達に声を投げ掛ける。


 「………今のうちに逃げちゃってくれない? この上に私の連れが待ってるから、彼女達について行ってくれると助かるんだけど(ボソボソ)」


 「………す、すみません! 腰が抜けてしまいました!!(ボソボソ)」


 三人のうちの誰のものかはわからない答えに内心舌打ち。一瞬だけチラとみると、三人が三人ともへたり込んでしまっていた。


 「し、死んだフリとかどうなんだな?」


 「それよりもっ! 大きな音を出すと逃げてくって聞いたことがありますぜ! やってみやフガっ」


 「ばかやろうっ!! 子連れの奴にやると襲って来るんだよ!! どっかにあのチビどもが居たらどうすんだ!!」


 熊か私は。ってゆーか、隙だらけなんだけど、ぶっ飛ばしちゃって大丈夫かしらん。

 こっそりと気づかれないように、細心の注意を払いながら忍び寄りつつ、ふたばは斬艦刀を収めた鞘の留め金を外した。









 J・S博士をホームランしたF・T・H執務官を彷彿とさせる一閃でもって野盗どもを沈黙させるとすぐに、数名の紳士を伴って朱里と雛里が駆けて来た。


 「助け呼んできてくれたの? ずいぶん早かったね」


 「ごめんなさい、ふたばさん」


 「………じつは、この人たちは山狩りの男衆から人数を裂いて待機してもらってたんです」


 なるほど、余裕があるように見えたのはそのせいだったか。


 「山狩りって昨日で終わりじゃなかったんだ?」


 「普通は何日もかけてやるものですから………」


 あ~、つまり………。


 「そっか、私たち囮役だったんだね」


 「村の人たちにも毎日の生活がありますから、あんまりこの事で手間取らせたくなくって………」


 「となると、あの子達には災難というかとばっちりというか………」


 へたり込んだままの三人の少女達に目を向ける。


 「………確かに、ちょっと間が悪かったですね」


 同意する雛里の表情も何処か苦い。

 しまった、失言だったか。

 件の野党がこのあたりをうろついていたのは別に彼女らの所為でもあるまいし、旅人への注意が疎かだったのは確かに片手落ちかもしれないが、それを責められるのは自己に対して絶対無謬との確信を持つような存在だけだろう。

 むしろこの罠があったお陰であの子らは身の危険を免れたともいえるのだが、責任感の強い少女達は自省モードに突入しかけてしまっている。


 (ちぃちゃん ちぃちゃん! 今の聞いた?)


 (とばっちりってトコだけ聞こえた)


 (姉さん?)


 「ん?」


 なにか聞こえた気がして振り返ったが、件の少女達がなにやら身を寄せ合って話をしていただけのようだ。

 ともあれ、空気を換えなければ。ちっちゃい子が落ち込んでいると、見ているほうもつらいのだ。


 「ところでさ、今回の作戦ってそれだけじゃないでしょ、ひょっとして私の為?」


 「あわっ」


 「―――どうしてそう思うんですか?」


 「ただの囮作戦だったら私にまで秘密にする必要ないよね。たぶん朱里ちゃんたちよりはお芝居だって出来るし~」


 そう言って胸を張り、フフリと笑う。


 (ちぃちゃん ちぃちゃん! 今の聞いた?)


 (あの子のためってトコだけ聞こえた)


 (………姉さん)


 「ん?」


 またもやなにか聞こえた気がして振り返ったが、やはり件の少女達がなにやら身を寄せ合って話をしていただけのようだ。

 ともあれ、朱里と雛里はなにやら目配せをかわすと観念したように口をひらいた。


 「ふたばさんのおっしゃるとおりです」


 「………戦うことに慣れろとは言いませんが、選択肢にすら入れずに避けることしか出来ないようだと、いつかそれが命取りになりかねません。今はこういう時代ですから………」


 「だから、ある程度の安全をこちらで用意できる今回、ふたばさんを見極めさせてもらうことにしたんです」


 「正直に言えば、ここでまた襲われる事なんて殆んど無いとおもっていたのですけど、旅の安全にも係わることですし、早いうちにと思って………」


 エアチェンジ失敗。


 責めてるつもりは無かったんだけど、再度自省モードに突入してしまった二人。


 さて、どうしたものやら。

 内心で唸ってみてもいい知恵が出ない。

 しかたない、とりあえず当面気になっていることを先に片付けよう。そう決めて口を開く。


 「ならさ、私は合格? それとも不合格?」


 「「えっ?!」」


 弾かれたように顔を上げ、こちらを見上げてくる二人。


 「えって、え? 試験だったんでしょ、私の」


 「試験ていえば試験のような………」


 「………怒ってないんですか、ふたばさん」


 雛里の問いにちょっと考えてみるも、特に怒る事は無い様に思える。

 事が事だけに、ふたばに内緒なのは大前提だし、ふたばを早いうちに見極めるというのは朱里や雛里は勿論、当の本人にとってこそ死活問題。

 さらに最大限の安全を配慮した上、現れた敵も疲労困憊、半死半生。


 (まさか、この為に生殺しのまんま二晩追い回したわけじゃないだろうけど………)


 死中に活を求める。必殺の間合いからさらに一歩踏み込む。

 それが必要だと頭では理解できる者、机上では判断できる者は多いだろう。

 だが判断できる事と決断できる事はそもそも別次元の問題であり、ふたばが決断できる人間であるかどうかを見極める手段としてはこれは極めて穏当なほうだったのではなかろうか。

 なにより、この国の現実を肌で知る事は、他でもないふたばにとってこそ益になることなのだから。


 だから、


 「え~と、特に怒るところはないかなぁ」


 という台詞はふたばにとって九割九分本心であった。

 あとの一分?、北郷ふたばは間違っても聖人君子などではありませんと言っておく。


 「それでどう? 私合格、不合格?」


 「合格です! ものすごく合格です!!」


 「大丈夫でしゅから! ぜったい!!」


 「あ~、よかったぁ~。 それじゃぁ改めてよろしくね!」


 どう物凄くてなにが大丈夫なのかは疑問が残るところだが、まぁ良しとしよう。

 ようやく戻った二人の笑顔にほっと一息つくふたばであった。









 「ちぃちゃん ちぃちゃん! 結局ど~ゆ~ことなんだろうね?」


 「概ね大体あの子らのせい」


 なんだか怪しい雲行きを感じて、姉二人の会話に口を挟む機会を狙っていた張梁は、唐突に導き出された結論のあんまりさ加減に、一瞬ツッコミが遅れてしまった。


 「それなら!………、ど~なるの?」


 「しゃざいとばいしょーを要求するべき」


 「ちょっと姉さん達、なんでそうな………」


 「賠償ってお金だよね?! やったぁ!! 久しぶりに屋根のあるところで寝られるぅ!!!」


 「美味しいものが食べられるぅ!!」


 「衣装の新調も………、あ! 大きい場所借りたりとか………。 じゃなくって!!! 姉さん達」


 「「じゃぁ人和(ちゃん)、交渉よろしくね!!」」


 え~~………。













 「それで、このあとはどうするの? 山賊の人たち護送するのに付き合うの?」


 「今すぐ出立すれば日が落ちるくらいには隣までたどり着けるかと」


 剣を背負いなおし、そんな会話を交わしているうちにも紳士達は野盗三人を簀巻きにしたうえで棒に括りつけ『えいほっえいほっ』と運び去っていく。


 「あのっ!」


 それを見るともなしに見送る三人に声を掛けてきたのは、追われていた三人のうちの、眼鏡をかけたショートヘアーのおでこ少女だった。

 先ほど聞こえてきた叫び声の中で他の二人を『姉さん』『ちぃ姉さん』と呼んでいた声がおそらく彼女だ。

 三人の中では一番おとなしそうな顔立ちのわりに、着ているものは一番過激で、下乳がかなりきわどい事になっている上、スカートのスリットも凄まじい。

 あれ? 見えてるあれって、ぱんつの紐じゃないの?!


 「あのっ!」


 おっと、あまりのエロ装備に気を取られてしまった。

 ふたばは彼女に歩み寄り手を差し出した。


 「ごめんね、立てる?」


 「あ、すみません。まだ無理みたいです………。じゃなくってですね!」


 「うん?」


 ふたばは残る二人、『姉さん』と『ちぃ姉さん』に手を貸して立ち上がらせる。


 サイドポニーの小柄な少女、おそらくこちらが『ちぃさい姉さん』、『ちぃ姉さん』だろう。ちいさいのが身長なのかおっぱいなのかは知らないが。

 『姉さん』とおぼしきロングヘアーの少女はどちらもふたばに匹敵するか上回っているし、眼鏡の彼女もなかなかの実力者。

 この二人に挟まれてはさぞ肩身が小さかろう。もとい狭かろう。


 「ありがと~~」


 「………、ありがと」


 ちぃ姉さんにはなんだか睨まれた気がするが、初対面の彼女にまで心を読まれたのだろうか? おそるべしチャーミング人類。

 眼鏡ちゃんの前に戻り、見下ろしながら話すのはイヤだったので目線を合わせるためにしゃがみ込む。


 「………」


 「あ、あの、ですね………え~と………な、なんでもありません………助けていただき有難うございました………」


 「―――? どういたしまして?」


 どうしたのだろう? なんだか落ち込んだ風のメガネちゃんの様子が腑に落ちず、困ったときの伏竜鳳雛と助けを求めて振り返る、その途中でふと目に付いた。


 「人和ちゃんがんばれ~」


 「ほら! ズバッと聞いちゃえ!!」


 何時のまにやら遠く離れ、野次だか声援だかを飛ばす外野二人。


 「なに、どうかしたの?」


 眼鏡ちゃんはなにやら恨みがましい目で外野を睨んでいたが、ふたばが声を掛けるとなんだか気まずげな様子で『あ~』とか『う~』とか唸りだした。


 「あのですね」


 「うん」


 「そのですね」


 「………はい」


 「え~と………」


 「はわ、もしかして何処かお怪我でも?!」


 「いえ、そうじゃなくて………」


 「「「………」」」


 「うぅ、なんでもありま」


 「もう、じれったいなぁ!! ちぃがお手本みせてあげる!!」


 一向に話し出そうとせず、もにょもにょとフェードアウトしそうな眼鏡ちゃんの様子に、どうしたものかと顔を見合わせたところ、外野と化していたちぃ姉さんが話に割り込んできた。


 「あんたたち!」


 ちぃ姉さんはその指先をふたばに突きつけ………ようとして、

 むにゅ

 目測を誤り、ふたばの胸部装甲に阻まれた。


 むにゅむにゅ、むにゅむにゅむにゅ


 一瞬、頭が真っ白になるも、そこは女子校育ちの北郷ふたば。女の子同士のもっと過激なスキンシップにだって耐性はある。

 そして此処は三国志風味とはいえ謎の異世界。

 人に助けられたら感謝の気持ちを込めて乳を揉む風習が無いとも言い切れないのだ!!

 悲鳴を上げるのはそれを確認してからでも遅くはあるまい。


 冷静さを装って実はしっかり動転しているふたばは『そこんとこどうなのよ?』と云う意思を込めた視線をちぃ姉さんに送った。

 帰ってきた視線に込められた意思は『モゲロ』だった。


 なんと云う理不尽。この世界では恩人の乳をもぐのであろうか!!


 朱里ちゃん雛里ちゃん助けて!!


 傍らの二人に助けを求める。

 しかし二人の視線もまた『モゲロ』と言っていた。


 がっでむ! この場にわたしの味方はいないのか!!

 いやまて、まだ私たちには切り札が残されている!

 姉さんなら、いろいろと小さくない姉さんなら!! 

 きっと何とかしてくれるに違いない!!!


 「?」


 不思議そうな表情で小首を傾げる姉さんは確かに愛らしかったが、それはそれとしてふたばは悟る。

 あれは味方は味方でも、決して当てにしてはいけない味方だ、と。


 完全に悲鳴を上げるタイミングを外したふたばは、業を煮やしたちぃ姉さんが本格的にもぎにくるまでされるがままだったのであった。


 おもわず拳骨を落としてしまったふたばは、多分、きっと、悪くない。



[25721] その9
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:f7de0e10
Date: 2011/10/16 23:57
 「わたしたち【数え役満☆しすたあず】は、しゃざいとばいしょーを要求します!! ごちゃごちゃいわずに払いなさいよ!!」


 「だが断る。てかさ、なんでそーゆー要求に至ったか、そこんとこ詳しく」


 脳天に拳骨を落とされ、でっかいたんこぶをこしらえたちぃ姉さんが、正気に返っていの一番に言い放ったのが先の台詞だった。


 ふたばのおっぱいをもみしだいた事は彼女の中で無かったことになったらしい。

 咄嗟のことでかなり本気で殴ってしまった為、ホントに無かったことになってしまった可能性もある。


 そっちを理由に賠償を求められたら撥ね付ける事は事はできぬやも知れぬ、などと考えている事はおくびにも出さず、しかし内心盛大に冷や汗をかきながら、ふたばは反論する。







 そして今。


 「ちょっと、聴いてるの、二人とも!! 私すっごく恥ずかしかったんだから!!」


 「え~ん、人和ちゃんが怒った~!!」


 「反抗期なの?! 反抗期なのね!!」


 眼鏡ちゃんに正座させられお説教を受ける姉さんとちぃ姉さんを見ながらふたばはひとりごちる。

 やはり人は話し合わなければ分かり合えない生き物。何の誤解も無く、ただ在るだけで分かり合えるような、争わない人類などいないのだ。


 「チャーミング人類はいなかった………」


 どことなく寂寥感など漂わせてみつつ呟く『ワーニング人類』北郷ふたば。


 「おつかれさまです、ふたばさん」


 「ほんとだよ、助けてくれたっていいのに………」


 「でも、旅をするならこう云う揉め事もついて回ります。何事も経験ですよ」


 朱里に対して口を尖らせて文句を言うふたばだったが、雛里の正論には「むぅ」と唸って黙るしかない。



 三人は知らなかった。


 あそこで、さも『私怒ってます!!』といった風で姉たちにお説教する少女が、ふたばとちぃ姉さんの言い争いの中、さりげなく双方から距離をとりながら、その勝敗の行方を見定めていたことを。


 姉の旗色が悪くなったら怒ったフリをしつつ介入し、傷を最小限に抑えつつ撤退し、もしふたばが隙を見せたなら姉に加勢して、毟れるだけ毟ろうと考えていたことを。


 気弱な心を持ちながら激しい羞恥心によって目覚めた最強の妹。

 そう!、流され系被害者キャラの人和ちゃんはこのイベント中、今日まで溜まっていた色々を糧に、なにげに冷静腹黒参謀キャラにクラスチェンジしていたのだった!!


 だがそれこそ、今日会ったばかりの三人には知る由も無いこと。

 この後も日常で見られる、妹に説教される姉二人が『あのころの人和(ちゃん)は可愛かったのに!』と号泣する図も、そのころを知らない以上首をひねるしかないのだ。


 さようなら最愛の妹! 君は姉達の心に生き続ける。

 そしてこんにちわおっかない妹! いろいろとチョロ可愛かった妹を返して!!


 すべては自業自得としか言いようがないのであった。




 「しかし、結構時間とられちゃったなぁ」


 「今日は引き返したほうが無難ですね」


 「………私たち、何時になったら旅立てるんでしょうか」


 「だいじょぶだって、三度目の正直って言うでしょ」


 「二度ある事は三度あるともいいましゅ」


 「はわ、縁起でもないよ雛里ちゃん!」


 「あわわ………」


 そんなわけで、先ほどからチラチラと送られてる、姉さんとちぃ姉さんの助けを求める視線を見ない振りしてるのも、当然の意趣返しということで。

 時間はたっぷり出来てしまったのだから、存分に絞られてもらいましょ。













 「熱い魂を叩きつける、それが歌なの!! 他人の魂を揺さぶろうってのに自分の魂を隠してたら、届くものだって届かないでしょ!!」


 【数え役満☆しすたあず】の張角こと天和、張宝こと地和、張梁こと人和。


 躊躇いも無くそう名乗った三人に、ひょっとして真名じゃないの?と尋ねたところ至極あっさり首肯された。


 これにはふたば以上に朱里と雛里が面食らった。

 はわわあわわとうろたえる二人を横目に、


 「そんなあっさり真名を預けちゃっていいの?」


と尋ねたところ、斯様な答えが返ってきた次第。


 思わず『アニマスピリチア!!』と叫んだふたばは悪くない。誰だって叫ぶ。貴方だって叫ぶはずだ。


 なに? そんなわけない? よし、まずはファイヤーボンバーのアルバムを最低百時間聞いて出直してきたまえ。

 たとえ貴方がプロトデビルンであっても清水のごときスピリチアクリエイションに目覚めることが出来るはずだ。


 だが生憎、ここにいる他の五人には二千年ばかり早かったらしい。

 三姉妹には『どうしたの、この人?』と訝しげな眼で見られ、ちびっこ軍師~ずは一瞥しただけでサラリと流す。


 「それで、旅の芸に」


 「歌姫って呼んで!」


 「………旅の歌姫さんがこんな田舎にどういった御用で?」


 「………大きな町とは違いますから、あんまり仕事にならないと思いましゅよ?」


 歌姫三姉妹は顔を見合わせてから口々に語りだした。


 「私たち、この先に住んでるえらい先生に会いに来たんだよー」


 知ってる?、といって小首を傾げて見せた天和の言葉に、今度は朱里と雛里が顔を見合わせた。


 「実は、私たちの活動がここのところ少し行き詰ってて。そんなときこの辺りに私塾を構える水鏡先生という方の話を聞いたの。なんでも若くて優秀な人材をたくさん育てた立派な方だとか。そんな方なら教養として詩作や古今の名曲なんかにも通じてらっしゃるんじゃないかと思って」


 「つまり! ちぃ達の歌を聞いてもらって、どうしたら天下一の歌姫になれるか手掛りを見つけるの!!」


 「はわわ、あ、あの、大変申し上げにくいことなんですが、私達、水鏡先生が歌舞音曲に通じてらっしゃるというお話は伺ったことがないんでしゅ」


 「あわわ、も、もしも手掛りが見つからなくても落ち込まないでくだしゃいね」


 「だいじょうぶ!」


 そう言ってちぃ姉さんは拳を握ると力強く宣言した。


 「なくても見つけ出す!!!」


 このちぃ姉さんノリノリである。頭でもうったのだろうか?

 そういえばうったばかりだった。

















 「はぁ、それでわざわざ………」


 水鏡先生は頬に手を添える仕草で少し思案すると三姉妹に向きなおった。


 「二人から聞いているかもしれませんが、私は詩歌にはさほど詳しくありません。教養の一環として教えられる程度の知識はありますが、専門の方に指南できる事などあるかどうか………」


 それでもかまいませんか?、と問いかける先生に対して肯く三姉妹。


 「おねがいします。 私達、みんなに元気になって欲しくって、でもぜんぜん、何もかもが足りないんです」


 「歌には心を動かす力があるんだって昔、旅の人から聞いたんです。言葉の通じないような地の果てでも人は歌を歌うんだって。歌で気持ちを伝え合うんだって」


 「だからみんな! ちぃの歌を聴ごっ」


 「もうちぃちゃん、落ち着かないとダメだよー。先生に失礼でしょー」


 あと、ちぃちゃんの歌じゃなくって私達の歌だよー。


 頭のこぶが二段重ねに進化し、動かなくなってしまったちぃ姉さんに言い聞かせる天和。


 「私達、今まで独学で全てやってきたんです。きちんと習うお金なんて無かったし。だけど歌にしたい気持ち、歌いたい歌があって、ようやく形が見えてきたのに、それでも何かが足りないんです」


 そんなちぃ姉さんに一瞥もくれず、人和の瞳が水鏡先生のそれを真正面から見つめる。


 我が赤心御照覧あれ!と言わんばかりの眼差し。

 だが背後に横たわる、物言わぬ骸と化したちぃ姉さんのせいで、先生的には『断ったら………判りますね?』と言われている気分である。


 そもそも、余計な期待を持たせないように念を押しただけで、歌を聴くぐらい最初から断るつもりも無かったというのに、いつの間にかDead Or Aliveな状況に居るこの理不尽。


 (朱里、雛里、 力に屈する情けない先生でごめんなさい―――!! 筆は剣より強しと教えましたが盾にはならないのです―――!!)


 「ふたばさんふたばさん、これはなんですか?」


 「もってて良かった盛り上げグッズ。これはメガホン、こっちがペンライトね。ここをこうすると、ほら」


 「はわ、光りました!!」


 「―――じつは、旅芸人さんの歌を聴くの初めてだから、ちょっと楽しみだったんです」


 「わくわくしちゃいましゅね!!」


 その一方で弟子陣営。

 これも親の心子知らずというのだろうか? 酷い温度差である。

 いくら浮かれているとはいえ、オーパーツをあっさりスルーしている辺り、ふたばのすることに毒されすぎではなかろうか?


 「ほらほらちぃちゃん、いつまでも寝てちゃダメだよー。先生に歌を聴いてもらうんだからー」


 「う~ん、なんか頭が痛い~………。ここどこ?」


 「もう、ちぃ姉さんしっかりして! これから水鏡先生に歌を聴いていただくんだから」


 「あ、そうだった! ………っけ? あ、そこのおっぱい女! アンタの顔見るとムカつくんだけどなんで?」


 「え?! そ、それは………っ きっとあれよ、可愛さ余ってなんとやらっていう!」


 「えっ………、―――やだ、そうなの………? ―――と、とにかく後で話があるから―――逃げんじゃないわよ?」


 ツッコミ要員がそろって気もそぞろなため、とんでもない方向に話が事故った気配がする。


 「ほらほらちぃちゃん、はやくはやくー」


 「あ、う、うん………」


 なにやら頬を桜色に染め、手のひらをにぎにぎさせながら姉妹の後を追うちぃ姉さんの背を見送りつつホッと胸をなでおろす。


 恐るべきは驚異の事故ポ、あるいはムカポでもってちぃ姉さんの乙女の純情を弄んでしまった北郷ふたば。

 ありのまま 今 起こった事を話しても理解不能な、ポルナレフもびっくりの実にアクロバティックなフラグ建築術である。

 しかも本人、うまいこと誤魔化せたとしか思っていないので今後のフォローなどありえまい。


 故にこのフラグ、単独事故ポで済むのか、それとも多重玉突き事故ポに拗らせてしまったりするのか?







 それは誰にもわからないのであった。












 いや、マジで。



[25721] その10
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/17 00:04
 人和は困惑していた。


 いや、彼女だけではない。隣で歌う姉の天和も、彼女を挟んだそのまた向こうで歌っている地和も同じように困惑しているのがわかる。


 たった四人の観客のための舞台………というのは正確ではない。

 私塾の主であり、高名な知者である水鏡先生に彼女達が請うて設けてもらった場なのだから、ここは寧ろ彼女達のための舞台。

 だから、観客が少ないことに不満などあるはずも無かった。


 そもそも、観客が少ないことなど日常茶飯事であったし、そのうえで尚、そのわずか数人のために全身全霊を込めて歌うことこそが彼女達の誇りだった。

 もっとも、今日までその誇りが正しく報われることは無かったのだが。


 妖術を用いた演奏、耳慣れない曲、そして見目麗しい少女三人の鍛錬を重ねた玲瓏たる歌声。

 行き交う人の注意を引くには充分な力を持つそれらは、しかしそれ以上の力を発揮する事は今日まで無かったのだ。


 ほんのわずか、良くて一曲か二曲足を止めてくれたとしても、すぐ興味を失い日常の中へと追い立てられるかのように帰っていく。


 よしんば最後まで残った者がいたとしても、そういった輩に限って彼女達の歌ではなく、彼女達自身に興味を抱き、その劣情を吐き出さんと付き纏う者ばかり。


 だから、歌いはじめてすぐ、水鏡先生とちびっ子二人が眼を丸くして固まってしまった時もいつもの事と、半ば諦め、半ば『此処からが勝負』と闘志を燃やし、けれど三人の表情が困惑へと変わっていくさまを見て『ああ、今回もダメだったのか』と思いかけてしまったのだった。


 その空気が変わったのは一回目のサビを終えて間奏部分に入ったときだった。


 それまでおとなしく聴いていた四人目の人物、北郷ふたばが『めがほん』とやらをぽんぽん打ち鳴らし、拳を突き上げて『やー』とか『おー』とか奇声を上げ、足を踏み鳴らしと好き勝手始めたのだ。


 正直イラっときた。


 この機会、この場を得るため彼女達ははるばる足を運び、野盗に追いかけられるような目にまで会ったのだ。


 ちびっ子二人が、子供のことだから、おそらくそれが正しい作法とでも勘違いしたのだろうが、ふたばの真似をして手拍子をしながら飛び跳ね始めたときは情けなくて泣きそうになった。

 まだ最初の一曲、それも三分の一ほどを歌っただけ。

 悔しくて、せめてこの一曲だけは意地でも歌いきってやる!、そう思って気持ちを入れなおしてみて気づいた。

 
 (((―――歌いやすい?!)))


 これまでずっと空回りしてきた気持ちが、どこかで噛み合うような感触。


 伝えたい、感じて欲しいと送り出してきた気持ちが確かに伝わり、新たな何かを加えて一緒に送り返されてきているような、不思議な高揚。


 見れば先ほどまで戸惑っているだけだった水鏡先生も、拍子に合わせて体を左右に揺らしている。


 気がついたら一曲歌い終わってしまっていた。


 (まずい!)


 ここで終わりにしてはだめだ! 今、この場には何かがある!! 私達が捜し求めていた、私達の歌にたどり着くための手掛りが!!!


 同じことを考えたのだろう、地和がすかさず次の曲の術を仕掛ける。

 先ほどよりも拍子の早いこの曲は、自分達としてはお気に入りの、しかし何時、何処で歌っても受けが良くない、聴衆が首を傾げ、顔をしかめ立ち去ってしまう、そんな曲だったが、それでも今この場でもっともふさわしいのはこの曲だと、そう思えた。

 むしろ今、この場でこの曲が届かないなら、私達の思い描く舞台は空想の中にしかありえない絵空事だったのだと、そう思える。

 術が成り、曲が流れ始める。それと同時に天和が頭上で手を打ち鳴らし始めた。


 (お姉ちゃん?!)(姉さん?!)


 彼女達の歌は何処まで行っても自己流だったが、だからこそ盗める技術は必死に盗んできた。

 中でも基本となる発声法は必死に修行したから、姿勢が声に与える影響も当然知っている。

 手を打ち鳴らす動作、胸を閉じる動きが声に良い影響を与えないことなども判っていた。


 こと歌に関しては、最善の準備と最大の努力を以って最良の結果を求める事を身上とする彼女達にしてみれば、それを自ら捨てるかのような姉の行いは驚愕に値する。

 だが、その意図するところは明白だ。


 私達が欲しかったもの。


 私達が与えたかったもの。


 舞台の上と下、演者と聴衆が一体となる高揚感。

 そして互いが互いを高めあう恍惚感。


 あの子はすかさず全身を弾ませるようにして手拍子を合わせ、それを見た子供達もあとに続く。




 こうして彼女達【数え役満☆しすたあず】と北郷ふたばは出逢った。


 これより先、彼女達がこの外史において【太平要術の書】に縋る日は、―――来ない。











 「「「先生!」」」


 たった二曲。


 かつて味わったことの無い高揚感にもっともっと浸っていたい誘惑と、この恍惚感について知りたい誘惑。勝ったのは辛うじて後者だった。


 逸る気持ちから声が重なってしまい、顔を見合わせる。


 こういう場面では普段のほほんとしていても自然とリーダーシップを取るのが長女、天和。

 一歩前に出て水鏡先生に対する。


 「あの、わたし達の歌、どうでしたか?」


 「大変素晴らしかったですよ、楽しませて頂きました。ただ………」


 私の知っているそれとは余りにも違いすぎて、やはり御力にはなれそうにはありません。


 その言葉を聴いて尚、三姉妹に落胆は無い。


 「それに、もうお気づきなのでしょう?」


 そう言って見やった視線の先には三人の少女。


 孔明と士元は普段の様子とは裏腹の、見た目相応のはしゃぎ様で、先ほどの歌まねをしていて、それをふたばが手拍子をしながらニコニコと聴いている。

 小鳥の雛が覚えた歌を親鳥に聞かせているような微笑ましいそれこそ、彼女達三姉妹が望み、目指し、しかし今日まで届かずに来た願いの姿。

 今日だって届かないはずだった。

 それを変えたのは………。


 「あの娘は、一体………」


 思わず口からこぼれた問いは、一体誰のものだったか。


 「迷子、だそうです」


 「「「えっ?」」」


 「遠い国から攫われてきて、帰り道が判らなくて困っている、そうおっしゃっています」


 「遠い国、ですか?」


 ええ、ですが………。


 そう前置いて、水鏡先生は、


 「私達は彼女のことを………」


 天の御使いではないか、と。


 「そう思っているんですよ」


 クスリ、とまるで少女のように笑ったのだった。








 「あ、三人ともお疲れー」


 北郷ふたばが何を知っているのか、洗いざらい聴き出してやる!と決意を固めた三姉妹。

 歩み寄る三人に真っ先に気づいたのは、歌まねに興じていた孔明や士元ではなく、当のふたばだった。


 「もっと中国中国したので来るかと思ったからビックリしちゃった」


 「き、聴いたこと無い不思議な曲でしたけど、とっても素敵でした!」


 「………まだドキドキしてましゅ」


 ちびっこ二人の喜びようが嬉しくてたまらない。


 けれど、と思う。

 今回の成功は私達の実力ではない。

 私達に欠けている何かをふたばが補ってくれたからこその成功だ。


 彼女が補ってくれたもの。


 観客との繋がり? 彼女が積極的に楽しむ姿勢を見せてくれたことで、それが他の三人にも広がり、あの一体感に繋がった。

 なら、毎回観客にサクラを仕込むのか? 今回彼女がしてくれたように観客を盛り上げてもらうのか?


 悔しいが、それくらいしか思いつかない。

 思いつかないが、それがすなわち存在しないことを示すという訳ではないはずだ。


 今日まで多くの観客が戸惑うばかりだった彼女達の歌に、しかしふたばは僅かに意外の表情を見せただけ。

 この天下では彼女達しか歌わない歌も、もしかしたら天上では当たり前に歌われているのではないか?


 あの歌が天上に住まう何者かによって齎された天啓で、ふたばがその天上よりの御使いなら、天上で歌われる歌については当然天下の誰よりも知っているはず。

 天の国の歌い手達は、いったいどんな舞台を以って観客を惹きつけるのか。


 (((絶対に聴き出してみせるんだから!!)))
 




 「それでー、私達の歌、どうだったー?」


 「ふむ………?」


 「感想とか、聞かせてくれませんか!!」


 「正直に言うのよ! テキトーに誤魔化したら承知しないんだから!」


 「ふむふむ」


 う~ん、と唸るふたば。


 一見真剣なその表情を一歩離れたところで見ていた朱里と雛里は内心『あれはまた間違った頭の使い方をしてる顔でしゅ』と思ったが口には出さない。

 いい加減、被害苦労分散理解してくれる新たな生贄友人が欲しいのだ。


 「張三姉妹、またの名を【数え役満☆しすたあず】、素晴らしい歌声だったわ。まさに天下一の歌姫と呼ぶに相応しい歌だった。でもね」


 おや、彼女がなにやらネタを思いついたようですよ? ドヤ顔でもったいぶった台詞を語り始めたふたば。

 助言を求めている相手に対してネタに走る必要は無いのだが、『言っても無駄なんだろうなぁ』と諦めに近い心境で思うちびっこ軍師~ず。

 
 「天下では一番でも、日本じゃぁ二番目よ」


 その時三姉妹に電流走る。


 「さんしまーい かいぎー!!」


 天和の号令で、額を寄せ合いヒソヒソ話を始めるしすたあず。


 (人和ちゃん 人和ちゃん! 今の聞いた?)


 (はい、姉さん。天下では一番なのに二番目だって言ってました!)


 (ちょっとお姉ちゃん!なんでわたしじゃなくて人和に聞くのよ!!)


 (えー、やっぱり正しい意見が聞きたかったら相談する相手は選ばないとー)


 (むぅ、一理ある………)


 自信のネタをスルーされたふたばがやるせない表情でこっちを見ているが放置する。

 そもそもこのネタに食いつかれたが最後、三姉妹の歌を聞いた後で早川健ごっこをする度胸はふたばには無いので、そこで詰みだったのだが。


 (人和 人和! 結局どーゆーことよ?)


 (あー、ちぃちゃん! どうしてお姉ちゃんに聞かないのー?!)


 (そんなの正しい意見が聞きたいからに決まってるでしょ。相談する相手は選ばなきゃ)


 (むー、一理ある………。で、人和ちゃんどーゆーこと?)


 (天下で一番でも二番目ってことは、天上ではもっと上手い人がいるってことじゃないかしら?)


 (じゃあじゃあ! やっぱりふたばちゃんって天の御使いなの?!)


 (それだけじゃ無いわ。私達より上手い歌い手を知ってるって事は、当然それを聞いたことがあるって事でしょうね)


 (なら、あの子から天の舞台のやり方を聞き出せば、わたし達が天下でも天上でもさいきょーね!! ちょっと行ってくる!)


 そう言ってやおら立ち上がった地和は、少し離れたところで向こうを向いて三角座りをしているふたばに向かってずかずかと歩み寄る。


 「あ、待ってちぃ姉さん!」


 「ちょとあんた!、………なにいじけてんのよ?」


 「いじけてませんー」


 どう見てもいじけてんでしょ! いついじけた?! 何年何月何日?! 地球が何回まわった日?! あぁ~、もういいから顔こっち向けなさいってば!!


 「で、いまさらこの私ごときになんの用ですかー?」


 「ふたばちゃんはなんでいじ」


 「姉さん! 実はふたばさんを見込んでお願」


 「あんた、ちぃ達の歌になにが足りないか知ってるでしょ?! キリキリ白状しちゃいなさい!!」


 あ~、もう!!天を仰ぐ人和を尻目に直球勝負の地和。

 普段はわりと子悪魔チックにチクチク攻めるのに、ふたば相手だとなぜかムキになるらしい。

 おかげで人和もペースを握りにくい。


 天の国の歌の情報など持ってるものは他には居まい。ふたばがその希少性に気づいて足元を見られないうちにチョチョイと聞き出してしまいたい。

 幸い果てしなくチョロそうな顔をしていることだし、と考えていた人和だったが、ところがどっこい、それでもまだ考えすぎである。


 「足りないってかさ、棒立ちのまんま歌だけ歌うってどうなの?」


 二千年の時代を先取りさせてポップミュージックを三人に与えたミューズの閃きも、彼女達にとって専門外のダンスにまでは及ばなかったらしい。

 体の動きそのものを見せるのではなく、演劇的な要素の強いこの国の舞と自分達の歌の組み合わせのチグハグさに頭をひねる三姉妹。


 「う~んと、二曲目のなら………できる………かな? ねぇ、録音するからもっかい歌って聞かせてくれない?」







 「先生、張角さん達にふたばさんのこと、話されたんですね」


 「………理由をお伺いしてもいいでしゅ、いいですか? 確かにとても気持ちの良い人たちですけど………」


 地和が手布でふたばの顔を拭ってやるのを眺めつつ、朱里と雛里は恩師に問いかけた。


 ふたばが蓄えているはずの彼女の国の知識。

 上手く引き出してやることが叶えば千金にも勝るだろうと云うのは、今日まで彼女を観察した結果、おそらくは生活の水準がこの国の現状とは比較にならないほど高かっただろうことからも推察できた。


 それは例えば食事の際の所作(恩人への心づくしとして、あの時用意できる限りのものを用意したのだが、確かに喜んでくれたものの、驚きの感情は無かった様に見えた)であるとか、いつでも湯が使える事への反応の薄さ(近年名を上げている医術集団、五斗米道に属しているという旅人の助言で、幼い子供達のために温泉を引いているのだが、身奇麗に出来ることを喜びはしてもやはり驚きは少なかったように思える)とか、身についた作法が(文化が違う為か、ところどころ奇異に映りはするものの、決して不快ではない)自然と骨身に成っていることからも窺えたし、それらを当然のものとする社会を成すだけの知識が一端なりと手に入れば、この乱れた世を収める為の有効な一手となる事も考えられる。


 だがそれも情報を独占………とまでは言わないが、最低でも制御下に置いてこその話だ。

 陳腐化してしまっては切り札足りえないし、まして志無いものの手に渡れば逆に世の乱れを助長しかねない。


 この事は少なくとも朱里と雛里の間では共有されていた見解であったし、当然先生も同じ考えと思っていたのだが。


 「貴方達はふたばさんを………、ふたばさんに何を望んでいるのですか?」


 二人は顔を見合わせる。


 二人にとって、それは余りに明白な問い。力を貸して欲しい。

 天の知識だけでなく、女神から神威を宿した宝貝を与えられた彼女の武は、今はまだ見ぬ主にとっても大いに役立つはず。

 そしてそれはまた彼女にとっても利になるはずだ。

 なぜなら天下に相対せんとするならば相応の力が必要で、それには当然数多の情報、各地の情勢などのそれも含まれる。

 故国への帰還と兄の捜索を目的にする彼女にとって喉から手が出るほど欲しいはずのそれを対価とするならば、利害関係だって一致するはずだ。


 だが、そんな二人の考えを見透かしたかのように先生は続ける。


 「ふたばさんを単純な利で動かすことは出来ませんよ」


 いかな尊敬する師の言葉とはいえ、これには二人も首をひねらざるを得ない。

 数日一緒に過ごしてみれば判る。北郷ふたばは極々ありふれた、真っ当に俗っぽい唯人だ。


 どうせ食べるなら美味しいもの、着るなら可愛いもの、暖かい寝床、風呂。

 欲があるなら利で釣れる。もちろんそれだけでなく、理と義も一括りでくっつける。


 峠での一幕において、逡巡しながらも結局は三姉妹を救うことを選んだふたばならば、絶対口説き落とせると云う確信が二人には有った。


 得心がいかない風な二人に、さらに先生はヒントを追加した。


 「利で動く人間が、より大きな利を示されればどうなりますか? そんな懸念のある人を信用し、信頼することが出来ますか? 利で動かすとはそういうことです」


 策を持って利用するなら兎も角、真に人を用いるのであればそれはだめだ、と。


 「お言葉ですが先生、私達にはふたばさんがそんな人とは思えません」


 「………朱里ちゃんに賛成です。先生のお言葉とも思えません」


 さすがに衝撃を隠せない様子で言い募る二人に、先生は苦笑を浮かべた。


 「二人とも、よもや忘れてはいませんか? いえ、多分本当のところで理解できていないのでしょう。ふたばさんの目的が天に帰る事だという意味を」


 またしても二人は首をひねる。


 「それはこの世との繋がり全てを断ち切るということ。もともとあの方はこの国とは縁も所縁もないのです。貴方達は偶々最初に出会ったこともあってか大層可愛がられているようですが、それだってほんの数日のこと。例えば今ここにふらりと旅人が現れて『天に帰る方法と兄上の居場所を知っている』と言えば、躊躇いはしても結局はそちらに着いていってしまうでしょうね。偶々道端で見かけた子猫を構ってみた、知り合いが声を掛けてきたなら其方に行く。貴方達も私も、そしてこの国の民は皆等しく、ふたばさんにとっては道端の猫です。立ち去ってしまえば二度と会わない」


 二人の表情に段々と理解の色が浮かぶ。


 「加えて言うなら、ふたばさんの現状は過酷です。先の喩えで言うなら、お前は今日から猫として暮らせ、人に近付く事まかりならんと、何の前触れも無く放り出された様な物。いえ推察する天の国の様子からするとそれより酷くても不思議はありません。親類、友人、もしかしたら恋人だって居たかもしれませんね。それら全てと引き離されて二度と会えないかもしれない。たとえば生まれ育った村が襲われて一人だけ生き残ってしまった人が居たとしても、その人が生きていくのは生まれ育った国には違いないでしょう。死に別れたわけではないですから一概には比べられないでしょうが、文化も風習も違う場所に一人で居る彼女の不安はそれに劣るものではないのではないかしら?。そんな人がより大きな力で望みをかなえてくれるという条件に惹かれないわけが無いでしょう?。彼女を利で釣るという事はそういうことです」


 「で、ではどうすれば?!」


 朱里の問いかけに、先生はニッコリと微笑み答えを口にする。


 「愛です」


 「「愛でしゅか?!」」


 驚きに眼を見張る弟子二人に、ゆっくりと語り聞かせるように、水鏡先生は言葉を継いでゆく。


 「そうです。それこそが人を動かす最も強い力です。いえ、唯一のと言い換えてもいいでしょう。欲も怒りも憎しみも、その全てが、愛が何処に向いているかで形を変えたに過ぎないともいえます。良いですか朱里、雛里。今ふたばさんが居るこの世は彼女にとっては色の無い世界にも等しい。全てが皆、彼女にとって無価値です。」


 気圧されたかのように、同時にごくりと唾を飲み込む朱里と雛里。


 「故に、彼女とこの世界に絆を結ぶのです。それは理と利で接しては成されません。誠意を持って心を通わせ、言葉を交わしなさい。共に喜び、共に悲しみ、そしてこの地を愛してもらうのです。民を愛してもらうのです。国を愛してもらうのです。彼女達にもその一助となってもらう事が出来るでしょう」


 そのうえでなお、彼女が欲しいのであれば。


 「貴方達を愛してもらうのです。そうすれば、貴方達の愛がふたばさんを動かし、貴方達への愛がふたばさんを縛るでしょう」


 師の言葉に、朱里と雛里はただ黙って頭を垂れたのであった。









 (これで最後の懸念もバッチリ解消ですね! 肩の荷が下りた気分です)


 水鏡先生は内心でほっと一息ついた。


 二人がふたばを利で縛ろうとしていることを知ったときは慌てたが、なんとか思い直させることが出来たようだ。

 水鏡女学院という閉鎖された世界で育ったこの二人にとって、、周りは物心付くか付かずかといった頃から一緒に居る、姉妹のような子供ばかり。


 (お友達の作り方なんて、覚える機会も無かったのでしたね………)


 ほろり、と零れた涙を二人に見えないように陰で拭う。

 この二人に教えられる最後の機会かもしれないとあって、随分と肩に力が入った物言いになってしまった気もするが、まあ良いでしょう。


 多少大仰なほうが有難味も有るでしょうし、などと考える辺り水鏡先生も人の子。可愛い弟子達にはやはり良いカッコがしたいものらしい。






 さて、ここで一つ思い出して頂きたい。


 『皮肉にも先生が教育者として優秀すぎるのが災いし、皆が皆、「ここで学んだことを世の中のために役立てたいんでしゅ!」とか言いつつ育つ前に巣立って行ってしまうのである。』


 前々回の冒頭で語られたこの事実。

 例外はただ一人、頻繁に行方不明になるために卒業が遅れていて、一昨日の昼に朱里と雛里を救いに飛び出したまま、又もや帰ってこない徐庶のみである。


 つまり何が言いたいのかといえば、先生は思春期の色ボケした子供の面倒を看たことが無いのだ!


 そして、朱里と雛里はこっそりと艶本を荷物に忍ばせるほどの、筋金入りを通り越し、むしろ鉄骨入りのおませさんである。

 二人の趣味嗜好とは方向性こそ違うものの、えっちなことに興味津々な彼女達に『愛で縛れ!』などと焚き付けたら………。




 
 この時、【しすたあず】の歌を聴きながら、振り付けをどうするか考えていたふたばの背筋に悪寒が走ったのは、はたして只の偶然だったのだろうか?










 『それじゃ、ちょっくら練習してくるね~』


 昨日一昨日寝泊りした離れを先生から借り受けると、ふたばは一人姿を消した。

 張姉妹はついて行きたがったが、本番は兎も角、形にもなっていない練習姿を見られるのは恥ずかしいと言われて引き下がっていた。


 夕食には顔を出したが食べ終えるとすぐにまた引っ込んでしまった為、お預けを食っている三姉妹の機嫌が急降下していくのが眼に見えるようだった。

 その空気を変える意味もあって、朱里は三姉妹に疑問を一つぶつけてみることにした。


 「あの、皆さんはふたばさんが天の御使いだって信じてくださったみたいですけど、どうしてですか?」


 「なに、あれ嘘だったの?!」


 ガタッと椅子を蹴立てるような勢いで立ち上がったのは次女の張宝だった。


 「あわわ、嘘じゃないでしゅ。無いですけど、正直言ってかなり突拍子も無い話だとは思うんです」


 その剣幕に思わず引いてしまった朱里に変わり、同じことを疑問に思っていたのか、雛里が言葉を返す。


 「水鏡先生のお言葉だからという事も考えましたが、今回わたし達は………」


 そう言って雛里はチラリと水鏡先生に目線を送る。

 それを受けて水鏡先生は苦笑を浮かべると雛里が言い辛かった言葉を引き取った。


 「今回私は、はるばる頼ってきてくださった皆さんのご期待に沿うことが出来ませんでしたから。そんな私の妄言とも取れる話を信じてくださったのが、この子達には不思議なのでしょう」


 「あぁ、そゆ事ね。驚かせんじゃないわよ」


 ぺちん、と音を立てて張宝は腰を下ろした。


 「まぁ、なんか変な娘だとは最初から思ってたしね。お姉ちゃん達もそうなんでしょ?」


 「ええ、そうね。なんと云うか、気配が違うって云うか。いっそ違う世界の人だと聞いて納得してしまったくらい」


 張梁が眼鏡を直しながら応える。


 「はわわ、気配でしゅか?!」


 「ふたばちゃんはねー、不幸の匂いがしないんだよー」


 死の匂いって言ってもいいかもねー。

 ほにゃら、とした口調でそぐわぬ内容を語る張角。


 「いまさら言うことでもないかもしれないけどね、この国に生きてる人で、来年も今と同じように暮らしてるなんて信じてる人、どれくらいいるのかなー?」


 お茶を一口含み、言葉を続ける。


 「誰だって一度や二度、食べ物が無くて飢えて過ごしたことあるよね? 作物の出来が悪ければ冬が越せないかもしれないし、疫病が流行る事だってあるでしょ?なんにもなくたっていきなり野盗が襲ってくるかもしれないし、治めてるお役人が贅沢をしたいとか言い出して税を上げたりしてさー」


 普段と変わらぬポヤポヤした雰囲気のまま、しかし眼だけは恐ろしく真剣に姉妹の、水鏡先生の、そして朱里と雛里の目を順に覗き込んでいく。


 「ちっちゃな子供だって、身近な知り合いを亡くした経験なんていくらでもしてるでしょ? 孔明ちゃんも士元ちゃんも友達とか身内とか亡くしたことあるよね?」


 肯く仕草は完全に無意識だった。否、肯いたことを意識すらしなかったと云うのが正しい。

 未だ開花せずとはいえ、異なる外史では星の数ほどの民衆を魅了したアイドルの、そのカリスマの発露。 

 朱里は、そして雛里も完全に張角に飲まれてしまっていた。


 「私達だってこんな旅暮らしだから、来年どころか、明日の朝を三人揃って迎えられるかどうかなんて心配、もう当たり前すぎて考えもしないんだよー」


 でもね、


 「ふたばちゃんはたぶん、明日が今日の続きだってこと、疑ったことないんじゃないかなぁ。すごいよねー」


 ほふぅ、と張角は一つ溜息をついた。その表情はまるで何か宝物でも見つけたかのように至福に満ちていて、朱里も雛里も思わず見蕩れてしまう。


 「おんなじ人間にしか見えないもんねー。なのにふたばちゃんの国は、今日の続きの明日を信じられる国なんだよ。ホントにそうなのかは知らないけど、少なくともそうと信じたまま生きていける世界なんだね」


 おんなじ人間にだって、頑張ればそんな世界が作れるんだねー。


 「だからね、私いま、すっごいどきどきしてるんだよー。ふたばちゃんの様子を見てると、私達の歌ってなんでだか判らないけど、天の歌に似てるみたいだし」


 もしかしたら、と張角は眼を細めた。


 「私たちの歌って、天の国からの賜りものなのかも知れないって、ちょっと思っちゃったの。もしそうだったら、私達に歌が与えられたことに意味があるとしたら、―――わたしたちの心を歌に乗せるみたいに、天の国の人たちの心を学んで、それを歌に乗せて伝えていけば、いつかこの国を天の国みたいに出来るのかなーって」


 そう笑みを浮かべた張角と、これが私たちの姉よと誇らしげに微笑む張宝、張梁。

 朱里と雛里はこの夜のことを、生涯にわたる友情の始まりの瞬間として、終ぞ忘れる事はなかったのであった。










 高等部に上がるまでは剣道部を続ける心算でいたふたばだったが、結局入部することはなかった。


 もちろん、亡くなった師の剣を腐らせるなどもってのほかと鍛錬は続けていたし、一緒に老人に師事していた先輩が諦めず何度となく誘いに来てくれてはいたのだが、半泣きで剣を振るうふたばの様子を見てからはそれも遠退き、竹刀を持っても涙が流れなくなる頃にはすっかり入部のタイミングを逃していたのだった。


 件の先輩の練習相手を勤められる人間が、教師含めても限られていたこともあって半ば部員扱いされてはいたが、やはり真っ当な部員に混じるには気がひける。


 そんなわけで放課後の時間を持て余すようになっていたふたばはあちこちの弱小同好会の助っ人のようなことをやっていた。

 人数の多いところには混ざり辛くとも、手が足りないところに顔を出す分には人助け、抵抗などない。


 容姿と運動神経に恵まれたふたばはストリートダンス愛好会と、海外では花形だが国内ではいまいちメジャーにならないチアで殊に重宝された。


 真剣な表情をしているときのふたばはまさに初見殺しというべき威力でもって、校外の男子に被害者を増やしていったものだったが、今回はその経験が生かせそうだ。

 打ち上げの余興のカラオケ芸までひっくるめて、記憶にある動きをパズルのように使って振り付けを組み立てる。


 プロの振付師の仕事なんて知らないから、せいぜいが声を出す邪魔にならないようボイスメモに吹き込んでもらった歌を聴き、自分でも声を出しながら動いてみるくらいしか出来ないし、体の動きをチェックするための姿見など存在しないので、明かるいうちは太陽を、暗くなってからは灯火を背に、自分の影を見て動きを直す。


 結局、声を出すことを考慮してないダンスやチアよりカラオケ芸のほうが参考になったのには笑うしかないが、食事を済ませて小一時間ほどする頃にはなんとか形になった。


 どのみち、本ちゃんは『しすたあず』と角つき合わせて作り上げることになるだろうし、今回はライブを盛り上げるためにダンスが有効だと納得させられれば良い。


 逆に言うと三姉妹を納得させられるのが最低条件なんだよねー。

 そんなことを考えつつ、通しで一回歌ってみる。

 流石に歌詞まで覚えていられないので、うろ覚えに覚えたトコを繰り返す形になるが、魅せ方を見せるのが目的なのだから贅沢は言うまい。


 「んじゃ、お披露目いってみますか」








 ようやく顔を見せたふたばの元に詰め寄る三姉妹の後からさりげなく近寄りつつ、朱里は交わされる会話に耳を傾けた。


 話はやはり今から歌われる、ふたばによる天の舞台の模範演技、その演出の打ち合わせだったが、昨日まで語られなかった分野に関する天の知識に触れる機会とあって、一言たりとも聞き逃す心算はなかった。

 ふたばはああいった風な人格であるから、正面きって相談するよりも普段から雑談の中で豆知識を蒐集する心算でいたほうが有用な知識が引き出せるだろう。


 「だからね、上からだけの照明だと表情が暗く見えちゃうから、下からも光を当てるの。そうすると表情が力強く見えるんだよ」


 ほらね。

 例えば民への演説、兵への激励。逆用すれば敵の士気を落とせないだろうか?


 今の知識を応用できる場面を頭の中で列挙しながら隣の雛里と目を合わせる。

 同じように思考していた雛里もこくりと頷く。一つ一つは小さくとも、その積み重ねは膨大な量に及ぶはずだ。

 要らない方向に考え込む性質のふたばに対しては、時間こそ掛かるが、こうしてじっくり向かい合うのが最適解なのだ。


 「んじゃ、いくわよ。いい、ちぃ達が観ててあげるんだから、半端なもの見せたら承知しないんだからね!」


 「そんな御無体な!わたし本職じゃないんだけど?!」


 「泣き言は受け付けないもーん。とゆーわけでふたばちゃん期待してるねー」


 「もう姉さん! その、あの人たちの言う事は気にしないでくださいね。その、が、頑張ってください」


 「はぁ、プレッシャー掛けてくれちゃってもう! いいもん、ど肝抜いてやるんだから」


 いよいよお披露目らしい。

 さっきみたいに手拍子したほうがいいのかな?と考えて、しかしこれは姉妹の研究のためのものなんだから邪魔になる事は良くないと思い直す。



 ふたばが陣取ったのは先ほど三姉妹が歌った室内ではなく、中庭の一角である。


 軽く足元を均し、張宝に頷いてみせると、それを合図と受け取った彼女はむにゃむにゃと何かを唱える。

 すると先ずは頭上に、それから足元に光源が生まれた。


 光の中に浮かぶふたばの姿を眼にした一同は思わず目を見張った。


 凛とした、それでいて愁いを帯びた表情で俯くように佇むふたばの表情は、普段の締りの無いホニャニャけたふたばしか見たことの無い水鏡先生はもちろん、戦いに挑む緊張感を湛えた姿を眼にしたことのある面々にとっても眼を奪われるに足るものだったのだ。


 やがて妖術をもって奏でられる曲、その前奏部分が流れ始める。

 だがふたばは動かない。何かを堪えるように佇むその姿に知らず息を呑む。

 今か?それとも今か?。


 やがて歌がはじまるその刹那。

 その貌が跳ね上がる。

 握り締めていた左手が天を指すように突き上げられ、夜気を切り裂くように振り下ろされ。



 それは誰もが想像していたような舞とは程遠い、しかし確かにこの曲に欠けていたのはこれだと有無を言わせず納得させられてしまう魅力に満ちていた。

 小刻みな足運びと腰の動きで拍子を刻み、腕の振りで表情を加える。

 曲の切れ目で或時は身を翻し、跳躍し、あるいは全く動かないことで溜を作る。


 そして、見た目に判りやすい振り付けに眼が眩まされて水鏡塾の面々は気づいていなかったが、歌い方もまた、別物といっていいことに三姉妹は気づいていた。

 伝統的な発声法に習ってきた姉妹は歌うときには笑みを浮かべ、胸を張ることで高らかに歌う。

 なのにふたばは勝負に挑む武人の如き眼差しで、あるいは時に顔を歪め、時に同性であってもぞくりとするような流し目で、搾り出すようにして歌う。


 これもまた、彼女達に足りなかったものなのだろう。この歌はこう歌うのが正しいのだ。


 張梁は全てを焼き付けるべく目を凝らし、張宝は時折自分で動きを真似してみながら、張角は歌に身を任せるようにして。

 ふたばの姿のさらにその先にある、自分達の歌を幻視した。





 オープニングを逆回しにするように、ゆっくりと左手を突き上げ天を指す。

 時間を計りながら掌を開き、こんどは何かを掴み取るように拳を握る。

 そこでちょうど曲が終わった。


 ふぅと一息ついて顔を上げる。


 最後のトコちょっと厨二病っぽかったかもしれないけど、歌で天下を取るなんて標榜してるくらいだし、問題ナイデショウ!!

 とかいいつつも、引かれてやしないかちょっとビクビクしてたりする私です!!


 だがまぁ、やらかしてしまったものは仕方が無い。

 その道のプロの感想を初っ端に聞くのはおっかないので、ちびっ子二人にまず声を掛ける。

 朱里ちゃんなら! 雛里ちゃんなら!! きっと私に優しいに違いない!!!


 「ど、どうだった?」


 「はわわ、すごくかっこよくて別の人かと思っちゃいましゅた!!」


 「普段のふたばさんって、すっごく自分の無駄使いしてたんでしゅね!とっても素敵で見とれちゃいましゅた!」


 「―――アリガトウゴザイマス」


 Q 普段の私って! 普段の私って!! 一体どう見えてるの?!

 A ツヨクイキロ


 心に深い傷を負いつつも、覚悟を決めて【数え役満☆しすたあず】ラスボスに立ち向かうことにする。

 三姉妹は三人向かい合ってお互いああでもないこうでもないと先ほどの振り付けを真似していた。


 「あのー?」


 「なによ、今ちぃ達忙しいんだけど。見てわかんない?」


 「あ、ふ、ふたばさん?! お、お疲れ様でした。おかげ様でそれなりには参考になりましたよ? あくまでそれなりですが。ま、まぁ感謝の気持ちとして、今度機会があったら公演に招待して差し上げるくらいはしてもいいです。それなりにそれなりでしたから」


 「もう、人和ちゃんってば何言ってるのー? ふたばちゃんの踊りすごかったじゃない! なんかお礼しないといけないよねー。あ、でも私達貧乏だから手加減してくれるとうれしいなー」


 「あ、わたし別にプロじゃないんで、あの程度で」


 「ね、姉さん?! 人が折角踏み倒じゃなくて、値切ゲフンゲフン。 ふ、ふたばさん! 私達旅から旅のその日暮らしで本当にお金ないんです!! で、でもどうしてもとおっしゃるなら体でお支払いするしか………」


 「ちょ、ちょっとまって!」


 「人和、アンタなに言って」


 「姉さん達が」


 「ふざけんな~~~!!」


 「あ、でもお姉ちゃん的にはアリかも~! さっき助けてくれた時のふたばちゃん、とっても凛々しくてカッコ良かったし。変な男の子よりも全然いいよねー」


 「ちょ、張角さん?!」


 「わたしの事は天和って呼んで欲しいなー。わたしとふたばちゃんの仲でしょー?」


 「お、お姉ちゃん?! ちょっとアンタ! わたしというものがありながら浮気なんて許さないんだからね!」


 「張宝さんも待って! わたし別に………あ、でもあのおっぱい良いなぁ。もうこれ以上はいらないやって思ってたけど、あんだけ大きいのに形が綺麗だし………あれ吸ったらもうちょっと大きくなるな?」


 「はわわ、おっきなおっぱい吸うとおっぱいが大きくなるんでしゅか?!」


 「そ、それは天の知識でしゅか、ふたばしゃん?!」


 「あ、ただの冗」


 「アンタ、アンタのそれ、ちょっとよこしなさいよ!」


 「え?!ちょ、ちょっとまった!!」


 「はわわ?!ずるいでしゅ!!」


 「あわわ?!抜け駆けはダメでしゅ!!」


 「そうだよー、こーゆーのはまずお姉ちゃんからでしょー?」


 「お姉ちゃん、アンタまだ育つつもりかー!」


 「ふふ、これで謝礼の件はうやむやに出来ましたね」


 計画通り


 眼鏡を直しながら笑う張梁の背中に滝のような汗が流れているのをただ一人、水鏡先生だけが見ていた。




 異世界にきて三日目の夜。

 北郷ふたばは孤独とも郷愁とも無縁だった。



 そのかわり貞操の危機と親友になった、そんな夜だった。



[25721] その11
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/09/16 15:23
 暗がりの中で手拍子の音が響く。

 妖術の明りに照らされた舞台で舞い踊るは三人の美姫。

 幽世に迷い込んだかのような幻想的な光景―――のはずが。










 「スコーンスコーン○池屋スコーン スコーンスコーン湖○屋スコーン

                 かりっとさくっと美味しいスコーン かりっとさくっと美味しいスコーン」










 約一名のせいで台無しである。


 「人和ちゃん外に開きすぎだよ! ちぃちゃんは内に寄りすぎ!! ポジ、位置取りがダメダメだとどんな上手な踊りだって無様に見えちゃうんだからね!

舞台の広さは体で覚えないとダメだよ!!」


 「ちょっと、ホントにそこまでしないとなんないの? 明りだってあるんだし、舞台に目印でも付けとけばいいんじゃない?」


 「甘いよちぃちゃん。まぁ三人とも屋内の舞台は初めてだって云うから仕方ないけどさ」


 【数え役満☆しすたあず】の次女、地和こと張宝の不満を窘めるのは、この数ヶ月ですっかり演出家風を吹かすようになった北郷ふたばである。


 「今は客席にも明り入れてるけど、本番はこっち側は真っ暗になるんだからね。そしたら照明と脚光で足元なんか見えないと思っておいてね。印どころか

舞台の端っこだって判んなくなることがあるんだから。落っこちたら大怪我する事だってあるんだからね!!」


 「でもでも、落っこちてもふたばちゃんが助けてくれるんだよねー?」


 のんびりした口調で信頼を示す長女、天和こと張角に、しかしふたばは顔を顰める。


 「そりゃ、怪我させるつもりなんて無いけどさ。そうなったらそこで舞台は失敗だよ」


 「そうよ姉さん。わたし達の歌も少しは知られてきたけど、それでもまだまだ耳慣れないものには違いないわ。一度舞台から観客の心が離れてしまったら

捕らえなおすのは難しいと思わなくては」


 冷静な口調でふたばを援護する三女、人和こと張梁の言葉に我が意を得たりとばかりにうなずくふたば。


 「最初にノセたらそのまま押し切ってしまわないと、今はまだ成功するのは難しいわ。そのためにも最善を尽くさないと。ですよね、ふたばさん」


 「うんうん。さ、納得いったら続きいこう! 位置について!!」


 ふたばの号令で配置に戻る三姉妹。

 そいじゃいくよー。

 再び響く手拍子に合わせてステップを踏み、ターン。


 「ワンツー、ワンツー! そこでハイタッチ!! ワンツー! 天和ちゃん一歩行き過ぎだよ、ターンで直して!!

                           ソックスを履かせる! ソックスを脱がす!! ラッキョウと、シメサバは………」


 「お昼買ってきましたよー。みなさんご飯にしましょう」


 「あわわ、すごい………。こんな立派なところで公演するんでしゅか?」


 両手一杯に差し入れの入った袋を抱えてやってきたのは共に旅する軍師志望の少女達。

 云わずと知れた諸葛孔明、朱里と鳳士元、雛里である。

 旅費の足しにするべく短時間の日雇い仕事、代筆だの帳簿付けだのといった仕事をこなして、陣中見舞いにやってきたのだった。


 旅の初めの頃と違い、今では張姉妹にはかなりの収入がある。

 ふたばにも謝礼としてそれなりの額が支払われていて、その大半が、(物価の知識に疎い、使い道が無いなどの理由もあって)朱里達に、色々お世話にな

った分の返済分と称して渡されている。


 そのため、実際のところ路銀には不自由していないのだが、『いずれ仕官するときの情報集めでしゅ!』と、行く先々で逗留する間、仕事を見つけて働き

に出ているのだ。


 実はこれは半分口実で、残り半分は、生き別れになっているふたばの兄の情報探しであったりする。


 さらに付け加えるとふたばから受け取った金の殆んどは、いずれ彼女が自分の道を見つけた時のためにと手を付けずにとって置いているあたり、なんてい

い子なんでしょうと感激するべきか、君達はその子のお母さんかとツッコむべきか悩ましいところである。


 「わ~い! ふたばちゃん、休憩にしよーよー」


 「そだね、お茶入れてくるから先食べてていいよー」


 天和の言葉にそう返事を返し、ちびっ子たちにおつかれと笑顔で声を掛けると、ふたばは奥の控え室に消えた。


 「いつもありがとうございます、朱里さん、雛里さん」


 「あ、これってば若旦那が言ってた評判のお饅頭? 気が利いてるじゃん!」


 汗を拭いながら礼を言う人和。

 地和は二人の背後から袋の中身を覗き込むと満面の笑みを浮かべ、頭から帽子が落ちないよう気をつけながら二人の頭をグリグリと撫で回す。


 「他にもいくつか点心を見繕ってきました。お食後の甘味もありますよ」


 「………しっかり食べて午後の練習もがんばってくだしゃいね」


 くすぐったそうに目を細める二人を、今度は正面から天和が抱きしめる。

 ふかふかした感触に顔を埋め、薄っすらとしか記憶に無い誰かの事を思い返したりして、なんとなく幸せな気分になる朱里と雛里。


 「あーん、二人ともいい子だよー。お姉ちゃん、実は妹が欲しかったんだー」


 「あなたの妹ならここに二人ばかりいますよ、姉さん」


 姉の言葉にツッコミを入れつつ、二人もろとも潰されないように饅頭を受け取る人和。

 一同は客席ではなく、埃一つ落ちていない舞台の上に上がり、一人分の空きを作る形で車座に腰を下ろした。


 そうして腰を落ち着けると、午前中に有ったことをお互いに話し始める。

 今回の公演の主催者である街の大店の店主達が午前の練習を見に来ていたときの事を話していると、お盆に六人分の湯飲みを載せてふたばが戻ってきた。


 「先に食べてて良かったのに」


 そう言いつつも、やはり嬉しそうなふたばに、


 「お茶なしでお饅頭なんて食べたら喉に詰まっちゃうじゃん」


 憎まれ口を返す地和。


 ふたばが腰を下ろし、お茶がいきわたると食事が始まる。

 熱々だったはずの饅頭は少し冷めてしまっていたが、そんな事を気にするものはこの場には一人も居なかった。








 「はぁ、それにしてもすごいです。こんな立派なところだったんですね」


 人心地ついて改めて、朱里は館内を見回すと感嘆の声を漏らした。


 「えへへ、すごいでしょー。わたし達もびっくりしちゃたんだー」


 天和がほにゃっとした笑みを浮かべながら応える。


 「ホントに夢見たいです。先生のところを尋ねたときは、こんな所で歌えるようになるなんて、もっと、ずっと、ずっと先のことだって思ってました」


 「ふたばちゃんのおかげだよねー」


 「まぁ、その辺は感謝してやんないでもないわね」


 「ちょっと、それはみんなが頑張ったお陰でしょ? わたしの力なんて、あってもほんの後押し程度のものだよ」


 口々に褒められて、ふたばが真っ赤になって照れる。


 「いえいえ、そんなことないです。と云うより、今回はその最初の一押しが効果抜群だったと言いましょうか」


 人和は謙遜するふたばに対して、珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべると、


 「『お前の罪を数えろ!』でしたっけ」


 「ぎにゃーっ!!」


 止めを刺したのであった。








 旅の仲間が三人から倍増している経緯はスッパリバッサリ割愛する。


 ふたばがこの舞台演出はあくまで間に合わせのもので、本腰入れて練り上げるには三人の協力がいると洩らしたら瞬く間にこうなった。

 これだけ言えば、その際の細かいやり取りなどは、既に数多の外史を巡ってきた熟練の外史ウォッチャー諸氏には語るだけ野暮というものだろう。


 死ぬ気で走り倒した三姉妹を一日静養させたその翌日、六人に増えた一行は三度彼の地を旅立ったのである。


 その際、見送りに来た水鏡先生の手には何故か三着の高学年用の制服があったり、隙を窺う先生と、懸命に見ない振りをする三姉妹の間で熾烈な精神

戦が繰り広げられたりもしたのだが、やはりそこは、スッパリバッサリである。




 『二度ある事は三度あるともいいましゅ』


 雛里が口にした、そんな懸念を笑い飛ばすように襄陽の街へは拍子抜けする程あっさりとたどり着いた。

 朱里と雛里にふたばを加えた三人は、昼の間は情報収集、夜は集めた情報の交換と吟味に勤めた。


 ふたばはそれに加えて、三姉妹と一緒になって、故郷のアイドルの話を交えて舞台の演出を考える。


 三姉妹は昼の間はふたばからの課題を検討し、夜にはそのお披露目と翌日のための検討会。

 これは、今も変わらぬ一行の、逗留中の基本スタイルとなっている。


 張三姉妹にとって、この夜の検討会の時間は夢のような一時だといっていい。

 たとえば、三人が同じ振り付けを踊るのではなく、曲に合わせて互いに何度も位置を入れ替える。

 そうしておいて、その時その時の、中央の主役を引き立てるように振り付けを考えていく。


 あるいは、それぞれの個性に合わせて決めポーズ決める。

 天和は拳を突き上げるようにして小さく跳躍(男性の目がある一部に釘付けになるのは疑いなし)。

 地和は横っピースと呼ばれるらしい、天の国独特の見得の切り方を(ふたばが熱心に押した)。

 人和は顎の下で両手を組んで小首を傾げる(さり気無く寄せて上げるんだよ!と、一番厳しい指導が入った)


 そしてこれらを、各自に設けられた見せ場に織り込むことで、観客に歌だけでなく、一人の女の子としても印象づけ、熱心な観客を獲得する。


 振り付けの面だけでなく、歌のほうでも興味は尽きない。


 例えば、それまで三人一緒に声を揃えて歌っていたのを、"こーらすぱーと"なるものを設けてみる。


 明るい曲は天和が、拍子の速い曲は地和が、しっとりした曲は人和がと主旋律を歌う役を決める。


 それらは所詮、素人でしかないふたばの主観を通した上での知識だったが、素人は素人でも、21世紀の芸能に触れていた素人。

 これまで我流で研鑽を積むしかなかった【数え役満☆しすたあず】にとって、それは暗中模索の中、ようやく見えた灯火のように暖かく、輝かし

いものに見えたのだった。


 その一方で、ふたばの自身の探索は芳しくなかった。

 その事に落ち込まなかったと言えば嘘になるが、半ば織り込み済みだったため自分の情報が兄に伝わるようにと意識して彼方此方へと足を運んだ。


 そうして数日を過ごし、襄陽を離れようとしたその日が一つの転機となった。



 北郷ふたば、三度目の実戦である。













 ふたばが自身のスペックを自覚した切欠は、斬艦刀を手に入れたあの日、朱里の言葉に覚えた違和感だった。


 『でもでも、私も雛里ちゃんも、私たち二人をいっぺんに抱えて歩けるふたばさんみたいな力持ちじゃないんですよ?』


 その時は反射で否定したが、思い返すと確かに前日、目を回した二人を子猫でも持ち上げるかのように抱き上げて持ち運んでいた。

 のみならず、その直後、小柄な少女とはいえ朱里をおぶったまま登りの峠を疲れを覚えることなく踏破し、さらに残り半分の下りは雛里を背負って歩き通

したのだった。


 重量のある模造刀を振る訓練を行っているだけあって、ふたばの腕力は、細い見た目に反してそこらの男子を上回るレベルにある。

 だが現状は、自身の把握するそれと腕力、持久力とも桁が違っているようだ。


 実はこの件について、ふたばの中では一つの決着がついている。


 この三国世界は、ふたばの世界に比べて重力が軽いのではないかと云うものだ。


 古典的バトル漫画から拝借しただけのアイデアだったが、少なくともふたばの精神衛生的には、自分が怪力になったと考えるよりはマッチしていたため、

彼女は自身を、時間制限つきのスーパーガール、この世界の重力に慣れてしまうまでの、言い換えれば体が鈍ってしまうまでの期間限定の超人と規定して

いたのだった。


 山賊たちとの二度目の遭遇、重みを感じることが無い斬艦刀を用いたとはいえ、三人あわせてふたばの何倍になるかわからない質量を軽々と吹き飛ばした

事実を基にしたこの考察は、ふたばを大いに勇気付けることとなった。




 ほんの数日間の滞在とはいえ、六人もの美少女、まだ青い果実から、今まさに食べごろを迎えようとするそれまで選り取りみどり取り揃えた一行は、よか

らぬ者たちを引き寄せるには充分過ぎるほどの芳香を放っていたらしい。


 このとき、ふたばの背中の斬艦刀は何の抑止力にもならなかった。

 細身の少女が背負うには余りにも巨大なそれは、真っ当な常識に生きる小悪党どもの目には虫除けのハリボテとしか映らなかったのだ。

 この世界に存在する真の強者、その一端なりとも知っていれば少しは違ったろうが、知らないからこその小悪党ともいえる。


 かくして、街を出てすぐ、少女達は悪党どもに出くわすこととなった。

 それも三組、十二名も同時に。



 ふたば達にとって幸運だった要因、その一つ目は、三組の賊が示し合わせて襲ってきたのではなかったということだった。

 三組がそれぞれ襲撃する場所を決め、いざ襲い掛かろうとしたところで同じ事を考えていた他二組の存在を知る羽目になったのだ。


 実に間抜けな話だったが、このため賊同士で牽制しあう形となり、包囲されるのを避けられたのは、一人で他の五人を守らなければならないふたばにとって

またとない天の助けだったといえる。


 幸運だった要因の二つ目は、賊どもが襲撃に慣れていたこと、近辺の地理に明るく、天然の袋小路に追い込んでの捕獲を目論んでいたことにある。


 分け前が減ろうとも逃がすよりはマシだ、と結託した賊どもが選んだ死地に、先頭を切って迷うことなく飛び込んだのは雛里だった。


 今回賊がかち合った事態において、この場に何らかの罠が仕掛けられている可能性は低い。

 もし何か大仕掛けを用意していたなら、待ち伏せていた他の賊がその気配に気づいていただろうと、そう読み切ってのことであったし、最悪読みが外れたと

しても、この場でもっとも足手まといな自分が先んじて罠に引っかかることによって、最大にして唯一の戦力であるふたばを温存できる。


 後半部分については全てが決着した後も語られることは無かったため、その心中を洞察し得たのは唯一人、朱里のみであったが、彼女とて同じ事を考えてい

たために責められる筋合いではない。


 追い込まれる先が袋小路であろうことも予測済みであった。


 稀にとはいえ、往来がある街の近くで仕掛けてくる以上、何処かへ追い込もうとするのは必然といえる。


 雛里はこの時、敵が何処に追い込もうとするか知るために、わざと逃げ足を鈍らせることさえして見せた。

 そうして、行く先の見当がついた時、殿を守るふたばを振り切ってスパートをかけたのだ。


 「さぁふたばさん! ここなら敵は正面からしか来ません! 私達の事は気にせずおもいっきりやっちゃってくだしゃい!!」


 足手まといさえ居なければ、貴方ならあの程度、物の数ではない。


 これで燃えなければ女が廃るというものだ。


 それまで虚仮脅しのハリボテと信じて疑わなかった少女の大剣が大岩を無造作に打ち砕くのを見て。


 賊どもの顔に浮かんでいた下卑た嘲笑が一転、絶望に染まったのだった。





 袋小路と知って逃げ込んだもう一つの理由、逃げ場の無い背水の陣を敷いてみせた事もあって、ふたばは一切の躊躇無くその力を振るった。


 祖父と師の二人から仕込まれたお陰で、生死の見極めに対して素人ではなかったのも大きい。


 この程度で死にはしないと思い切り振るわれる斬艦刀は、その実全てが必殺の威力を有していた。

 ふたばの体感する剣の重さと、実際のそれとの誤差が生んだ見切りのミスだったのだが、結果としてそれが動きの良さに繋がったのだった。


 一撃の威力を正確に把握できていたら逆に萎縮して、彼女から余裕を奪っていたかもしれない。


 終わってみれば一山いくらの重傷者12名。

 こちらの被害は、わざと転んで見せた雛里がこしらえた擦り傷一つと、ホントに転んだ朱里………と雛里がこしらえた擦り傷が一つずつの合わせて三つ。


 この一件によって得たものは一山いくらを換金して得た路銀と、事態をほぼ無傷で切り抜けたという自信。


 北郷ふたばは自身が強者であると知ったのだ。









 所が変わっても変わらない事実というものはある。


 彼女達六人がちょっとお目にかかれないほどの美少女であるというのは、どうやらここに含まれていたらしい。


 つまり何が言いたいかといえば、彼女達は行く先々で同じような騒動に遭遇した、ということである。


 それを切り抜けるたび、最初は鍍金でしかなかった自信を本物へと深めてゆく。

 そうして第二の転機が訪れた。


 巻き込まれた被害者ではなく、第三者としての介入。


 何度目かになる街から街への旅の途上でその事件は起こったのであった。








 「それでわたしは言ってやったの!『その程度で【張家流 歌唱妖殺法】を極めたこの張宝を倒す事なんて出来はしないわ!! せめて餃子のニラを半分に

減らして出直してきなさい!!!』ってね!」


 「はわわ、かっこいいです地和さん!!」


 「ニラがそんなに入ってたんじゃ、匂いが気になって食べられないでしゅもんね!」


 地和の武勇伝に耳を傾けていたふたばだったが、どうしても尋ねたい、ツッコみたいという衝動をこらえきれないでいた。


 そんな様子に語り手である地和も気づいていたらしい。

 というか、彼女は一緒にいる間、ほぼ常にふたばのことを意識しっぱなしであった。


 甘えたい盛りの子犬や子猫さながらに、機を見てはふたばにすり寄ってくるのだが、その事に気づいているのは当事者含めて誰もいない。


 色恋沙汰については耳年増を一歩も出ない悲しい集団、それが彼女達。

 もっとも地和の場合、発端が事故ポなので、実らないのが不幸とは一概には言えまい。


 ともあれ、今回も目ざとくふたばの様子を見咎めた地和はススッと彼女に近寄るとその手を取った。

 そのまま腕を、そればかりか指先まで絡め、薄い胸に二の腕を、肩に頬を押し当てる。


 おい! 無自覚なんて嘘だろう!!


 どこからか観測者諸氏の声が聞こえてきたが、その突っ込みはごもっとも。

 

 一方のふたばも、最近すっかりこの手のスキンシップに違和感を覚えなくなってしまっている。


 この三国世界に紛れ込んでからこっち、男がらみの嫌な事件には事欠かない。

 最初の山賊は無論のこと、紳士達に胸を視姦されたりと、ホント碌な目に会ってない一方で、彼女に優しくしてくれるのは水鏡先生も含め、いずれも美しい

女性ばかり。


 最初のうちは聞こえていた『まて、そっちにいくな』と引き止める両親祖父母の声もすっかり遠くなってきた今日この頃。


 おや、 その代わりになにやら歌声が聞こえてきましたよ?



 ほ ほ ほーたるこい

     そっちのみーずはにーがいぞ

           こっちのみーずはあーまいぞ



 みれば其方には朱里や雛里に天和、地和、人和。

 他にも見たことのない人もちらほらと。


 天和に良く似た雰囲気を漂わせる、赤毛のふんわりした雰囲気の少女や、その傍らの、流れるような黒髪をサイドポニーにまとめた凛々しい少女。

 ふわふわしたウェーブが掛かった青銀の髪の儚げな少女に、彼女に寄り添う気の強そうな、けれどポッキリ折れてしまいそうな弱さも感じる眼鏡の女の子。

 どことなく捉えどころの無い、気まぐれな猫科の獣を思わせる浅黒い肌に赤毛の少女などなど。


 まさに百花繚乱。



 だがしかし!



 北郷一刀我が兄よ!!、なんで貴方がそこに混じっているの?



 見つけたら、とりあえず一発殴ろう。


 やたらといい笑顔でサムズアップをかますその姿に、固く心に誓う。

 自身に全く責任が無いところで死亡フラグを積み重ねる北郷一刀よ。



 君は、生き延びることができるか?
















 「ちょっと!聞いてるの?」


 「ほえ?」


 「なんか聞きたいことがあるんじゃないのって言ってるの!!」


 現世に帰ってきたふたばを出迎えたのは、見上げるようにこちらを睨み付ける、地和の怒りを湛えた瞳だった。


 そうそう、そうだった。

 北郷ふたばは地和にツッコまなければならないことがあったのだ。


 「まったく! このわたしが心配してやってるのに無視するなんて、いい度胸じゃない!!」


 「そうそれ!」


 「―――どれよ?」


 「ちぃちゃん、最初自分のことちぃって言ってたでしょ? 何時からわたしになったの?」


 なによそれ、わたしの話全然関係ないじゃない。

 嘆息する地和。


 「なぁにー? ふたばちゃん、やっと気がついたのー?」


 「いまさらですね、ちょっと鈍いです」


 口々に責め立てられ、たじたじとなるふたばを囮に、朱里と雛里は全力で目をそらした。


 「あんなの演技よ、演技!!」


 「「「えーーーーーー!!!」」」


 だが、続く衝撃の告白に、思わず悲鳴がハモってしまった。


 「頭の温かい男なんて、ちょっとカマトトぶって見せればすぐに真に受けるんだから、ちょろいもんよね」


 「ちょ、ちょっとまった! 最初会った時『他人の魂を揺さぶろうってのに自分の魂を隠してたら届くものだって届かないでしょ!!』とかカッコいいこと

言ってたよね!! あれは嘘だったの?! 演技とか!! だまされたー!!!」


 ふたばの絶叫に同調してうんうん頷く朱里と雛里。


 「なによ、騙したなんて人聞きの悪い。お客を獲得するための営業努力って言ってよね!!」


 おーっほっほっほっーーーー!


 口元に手を当てて高笑いをする地和。

 それを見たふたばと朱里、雛里は、今の驚きを忘れて思わず顔を顰めた。


 「ちょっとぉ、ちぃちゃんそれ似合わないよ?」


 「そ、そうでしゅ、やめたほうがいいでしゅよ地和しゃん」


 「はわわ、なんでだか、碌でもない思いをしそうな、させられそうな、そんな風なイヤーな気分になっちゃいましゅた」


 「え~、そお? いま流行ってるって聞いたんだけど」


 「うっそだ~」


 「嘘じゃないってば! 確か南皮のほうだって言ってたハズだったけど。広い街の何処に居ても聞こえてくるぐらい流行ってるんだって聞いたわよ」


 おーっほっほっほっーーーー!ってね。


 「あ、ちぃ姉さん、わたしもその話聞いたと思います。でもあれって怪談話じゃなかったかしら?」


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 怪談と聞いていきなり震え上がる小動物が二匹。


 「ねーねー、どんな話? お姉ちゃんにも教えてよー。二人だけ知ってるなんてずるいよー」


 「渤海の―――うん、そうね。ちぃ姉さんの言うとおり南皮の話だって言ってたと思うわ」


 ある男が旅の途中、骨休めの為に南皮の街に立ち寄ったそうな。


 「その人は、生まれて此の方見たことない様な、大きな街の様子に浮かれて、宿を取るとすぐ、辺りを見物に出かけたんですって」


 物珍しさに時を忘れ、気がつくと夕暮れ時。

 けれど街から人通りは消えず、逆にますます活気づいてくるような気配に、男は不思議な高揚を覚えた。

 夜になれば人が家に帰り、辺りが暗くなる。

 そんな光景を当たり前として生きてきた男にとって、この街の夜は仙界に迷い込んだかにも思えるものだったのだ。


 「けどその時、そんな夢心地が一瞬で冷めてしまうような、恐ろしい声が聞こえてきたの」


 おーっほっほっほっーーーー!


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「その人はギョッとして、それから先ず目を、次に耳を疑ったわ。だってあんなに恐ろしい声だったのに、街の人が誰も驚いていないの」


 興奮が冷めてしまった男は首をひねりつつも、結局は自分の気のせいだったと無理やり納得することにした。

 しかし一度水を差されてしまったとあっては、そのままそぞろ歩きを続ける気になど到底なれず、結局宿へと引き返して行ったのだった。


 「けど、その夜にね」


 おーっほっほっほっーーーー!


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「思わず飛び起きた男の人は、悪い夢を見たんだって自分に言い聞かせて、そのままもう一度床に就いたんですって。誰も起きだす気配が無かったからって」


 あんな恐ろしい声が響いていたら、町中が騒ぎになるはずだ、と。


 「けど、結局その人は、その夜の間に、三度も飛び起きる事になったんだって」


 翌日男は宿の主に尋ねてみた。

 昨夜恐ろしい声を聞かなかったか、と。


 「にこやかだった御主人は、それを聞いた途端、表情を消すと、街中でそのことを聞きまわったりしてはいけない、絶対に、って」


 色の無い顔で、そう男に告げたのだった。


 「どうやらこれは洒落では済まないって気づいた男の人は、予定を切り上げて街を出ることにしたんだけど、いくつか必需品を切らしていてね。どうしても

街に出ないといけなかったんですって」


 兎に角、買い物を済まそう、そう思って街に出た男。


 しかし、活気と喧騒に満ちた街の様子を見るうちに、昨日のは気のせいだったんじゃないか、宿の主人にからかわれたんじゃないか、と。


 「そう思いかけたその時、気づいてしまったの」


 商談を交わす店主と客の会話に混じって。

 街を駆ける子供たちの笑い声に混じって。

 情熱に満ちた恋人たちの愛の語らいに混じって。



 ーーーーーーーーーーーーー!

                     ーーっーっーっーっーーーー!

                                         おーっほっほっほっーーーー!






 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「結局彼は買い物もそこそこに、飛ぶようにして南皮を逃げ出して、それから二度と近付かなかったそうよ、って。あら?」


 語り終えた人和が目をやると、朱里と雛里がぐしぐしとすすり上げながら泣いていた。


 「ご、ごめんなさい!! 南皮はずっと向こうだから、怖くないから泣かないで、ね」


 「ねーねー、いま何か聞こえなかった?」


 「はわわ!」


 「あわわ!!」


 「ちょっとお姉ちゃん! 空気読んでよ!! ほらアンタたち、ちーんしなさい」


 「ぶーぶー!! 嘘じゃないのにー!! ふたばちゃんは聞こえたよね?」


 天和の言葉に真剣さを感じて耳を澄ますふたばだったが、やはりというべきか流石というべきか、それを先に捕らえたのは聴覚に優れた歌姫達だった。


 「なによ、これ!」


 「ひょっとして、戦ってるの?」


 彼女達が睨みつけた先は、まさにこれから彼女達が行くその先。


 「ここ動かないで。ちょっと様子見てくる」


 ふたばは皆にそう言うと、ひとり風の速さで走り出したのだった。



[25721] その12
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/09/20 02:11
 たとえば山賊相手に『悪を断つ剣なり!』なんて見得を切ってみたり。

 たとえばアイドル志望の女の子達にノリノリでダンスを披露してみたり。

 北郷ふたば17歳。

 とっくに完治してたつもりでいたけれど、拗れに拗れて慢性化していたその病。

 

 「いっそね、どっぷり底まで嵌っちゃえば良いんだよ。楽しいよ―――厨二病」








 走りながら背中の斬艦刀を器用に引き抜いたふたばは、やがて争う物音が道の先ではなく、脇の潅木の繁みの、そのまた向こうから聞こえてくることに気づいた。

 抜いてしまった得物に向かない戦場に踏み込むことに若干の抵抗があったが、ともかく事態を一見しなければ始まらない。

 とぉっ!

 ガサガサッ!!

 勢いよく飛び込んだふたばは、


 ドンッ!!


 「あれ?」


 「うおっ! とっとととと、って、ギャ―――――――ッ!!」


 そのままの勢いで何かを突き飛ばしてしまったのだった。

 見れば足元はちょっとした崖。

 十メートル以下の高さなら、今のふたばであれば飛び降りても全く問題ないのだが、いきなり足を踏み外して首からイったりしていたら危なかったろう。


 「て、手下 ―――――――ッ!!」


 「す、すいやせん、親分………しくじっちまいやした………」


 さて、状況はどうなっているのかなっと。


 「馬鹿野郎! しゃべるんじゃねぇ!! 傷は、傷は浅いぞ! しっかりしやがれこの野郎!!」


 「………へへ、親分は相変わらず、う―――――――嘘が下手っすね」


 覗き込んで見ると、眼下には十人ほどの騎馬の集団が、何故か足を止め、そればかりか馬を下りて一塊になにかを囲んでいる。

 聞こえていたのは争う音だったから―――と、もう一方の陣営を探すと、こちらは相手が足を止めた隙に距離を稼ぎ、やや先方に。


 「………親分、どうかオイラの分までッ―――、へへ………今日は………空が………青い………ぜ………、がくっ」


 「て、手下?、………手下―――――――ッ!!」


 さて―――と、心中でそう前置きしてふたばは考える。

 この場合重要なのはどちらが善玉か、ってことだよね。

 理由も無く滝のように流れてくる汗を拭いながら、拭っても拭っても尚流れてくるが、それでも諦めず拭いながら、ふたばは冷静に思考した。


 「てめぇ!! よくも、よくも手下を!!!」


 なんとなくだが、向こうの、先に行っちゃったほうが善玉な気がする。理由は特に無いが。


 「てめぇ、無視すんじゃねぇ! このクソ女!!」


 「うるさいなぁ!人が聞こえない振りしてるんだから空気読みなさいよバカぁっ!!」


 「なぁっ?! このっ、盗人猛々しいにも程があるぞ!このクソ女!!!」


 親玉らしき男は何故か敵でも見るような眼で、崖の上のふたばを睨みつけた。


 「てめえのお陰で崖の上から御者を射殺して足を止め、お宝を分捕る作戦がおじゃんだ。この落とし前、どうしてくれる………」


 た、助かった―――――――ッ!!


 変に説明的な親分の台詞だったが、それを聞いたふたばは驚喜した。理由は何故だかわからないが。

 ともあれ、そう云う事ならば、後は極めてシンプルだ。


 「落とし前? それを考えなきゃならないのは私じゃないわ」


 崖の上から身を躍らせたふたばは音も無く降り立つと、そのまま一党に対峙した。


 「さぁ、裁きの時間よ。―――――――お前の罪を数えろ!」


 こうして、安堵のあまりおかしくなったテンションに流されるまま、消えない傷跡黒歴史がまた一つ、ふたばの人生に刻まれたのだった。










 現代人の多くが忌まわしき過去として刻む恐るべき病。

 だがしかし、時と場合によっては極めて有効に働くこともある。

 どんな場合か御想像いただけるだろうか?

 では、役に立つと云うその実例として、ここにゲストをお呼びしましょう!

 さぁ! お名前をどうぞ!!


 「我が名は関雲長!! 幽州の青竜刀! 劉元徳の一の剣なり!!!」


 残念! 現代じゃありませんでした!!!

 答えはそう、時と場合と書いて戦国の世とルビを振っていただきたい!!

 関羽さんありがとうございました。本番まで控え室でお待ちください!!


 士気向上、戦意高揚の為と、自ら進んで厨二病をこじらせる―――――――それが武人! それが君主!!

 ある意味彼女達こそが、この病んだ時代の最大の生贄といえるのかもしれない―――――――現代人から見れば。

 あ、でも―――――――永遠の14歳とか言い換えると胸の奥がホッコリして来たような気が?!




 さて、新たに刻まれたふたばの黒歴史。

 だが、これを聞いていたのが此処でぶっとばされた山賊だけだったら、後に人和の口から出てくるはずもなし。



 つまり、バッチリ聞かれておりました。



 それを目撃したのは、追われていた一団を護衛する四人の男達。

 近頃治安がよろしくないと、親戚を頼って住処を移す商人の一家を送り届けるため、むかし主に世話になった男達が声を掛け合って同道していたのだ。

 こんな御時世になかなか見上げたものだが、生憎実力が伴わない。

 倍以上の相手に対して一歩も引かず、ここまで守り通したのだが、それが限界。

 もし野盗の思惑通りに御者を狙撃されていたら、恩人を見捨てて逃げるか、諸共に討ち死にするかの二択だった。


 なぜか止まった追っ手の追撃。

 一家を先に行かせ、自らは足を止めると、なんと! 遥か後方で野盗どもと対峙する一人の美少女!!

 ちなみに、このとき見えていたのは後姿だったので"美"は希望と願望によって勝手に付けられたものでした。


 さぁ、ここでテンションうなぎ上り!!

 いくら恩人とはいえ、年食ったおっちゃんおばちゃんのために命懸けるのと、見知らぬ(暫定)美少女のためと、貴方ならどちらを選ぶ?!

 ついでに言えば場合が場合、実力不足でカッコイイ台詞が使えず悔し涙を飲んでいる全厨二病罹患者の最後の希望、『ここは俺に任せて先に行け!』を言うチャンスさえあるかもしれないのだ。


 「やった!ついに念願の『俺に任せて先に行け!!』をやる絶好の機会が!!」


 おっと、勢い余って口にした奴が一名。


 これを聞いて焦った他三名。どうやら揃って同じ事を考えていた様子。

 なにせ、うまく決まればおっぱいの大きい(願望)美少女(希望)の心の中で永遠に生き続ける栄誉が与えられる―――――――かもしれない。

 どうでもいいが、この国の男には野盗か紳士しかいないのだろうか?

 そんなわけで、先を争うようにして血相変えて急いだため、件の現場に間に合ってしまったのだった。



 結果、歴代ライダーの中でも屈指の威力を誇る決め台詞は、厨二感染者のハートを鷲づかみ。

 ふたば一人でも勝ち目が無かったのに、色々とリミットブレイクかました紳士どもの参戦で、野盗どもはオーバーキルの憂き目を見ることと相成った。



 追いついてきた軍師~ずとしすたあずは、ちょっと目を放した隙に一戦やらかしていたふたばに呆れ、危ないことに首を突っ込むなと怒り、待っててって言ったのに!と怒られ、だったらさっさと迎えに来なさいよと逆切れすることで二勝一敗、勝利を捥ぎ取った。

 とはいえ、やった事は紛れも無く人助け。

 救われた商人一行のとりなしも有り、そうそう強くは怒れなかったのだった。



 双方の紹介が済み、一行が進んでいた上の道と、商人たちの下の道が少し先で合流しており、行く先が同じだと判ると、自然同道しようと云う話がもちかけられて来た。

 壮年以下の年若い男と道連れになることに抵抗感を示した張三姉妹だったが、水鏡女学院組みプラス1が理由を挙げて強く賛成した。


 一つはふたばが単独でも他の四人を圧倒できること、当の四人が何故かふたばを崇めんばかりの勢いで心酔していること。


 というか、実際拝んでいた―――――――主に胸を。天和も拝まれていた―――――――主に胸を。


 もう一つは、これもふたばの存在が関係するが、このご時勢、出世の道がいくらでもある実力ある武人と誼を通じたい商人が、男達の手綱を取るだろう事。


 加えて珍しいことに、超珍しいことに、ふたばにも思惑があり、「期待を持たせたくないけど、絶対に三人のためになるから!」との言葉もあっ―――――――たのだが、そちらは話半分に聞き流され、朱里雛里の言う事だからと応じたのだった。

 知識は兎も角、知略は全く期待されてないふたばである。


 賊からの逃避行の間、荷馬車の積荷のうち価値の低いものから捨ててしまっていた事もあり、空いた場所に乗せてもらえることとなった一行。

 食料も節約できていいこと尽くめだったが、ふたばは商人が彼女の歓心を買いたがってることを利用して、【数え役満☆しすたあず】のスポンサーになってもらおうと考えていたのだった。


 計画の第一段階は野営の時間。

 一行の恩人とその連れとあって一切の雑役から解放されたことを利用し、ふたばは『暇になっちゃったから練習しよう』と【数え役満☆しすたあず】に持ち掛けた。

 自分達の歌の希少性に価値を見ている天和地和は難色を示したが、朱里、雛里のやり口からふたばの力を引き出すコツを学びつつある人和が賛成に回ったことで実施されることとなる。

 一端始めれば妥協を許さないのが【数え役満☆しすたあず】。練習と云うより商人夫婦と使用人、護衛の男達を巻き込んでのミニコンサートの様相を呈すまで時間は掛からない。

 耳慣れない歌曲に金の匂いを感じた商人が、新天地で新たに商売を始めるにあたり、手始めに名を売るのにはもってこいだ、と公演を持ちかけてきた時、ふたばが内心で『計画通り』とほくそえんでいたのは朱里と雛里だけの秘密だ。

 あれ? 外に知られてたら内心じゃなくね?


 第二段階は街についてから実施された。


 さすがに大きな場所を用意してもらうに至らなかったが、そこそこの舞台を設営してもらう作業と平行して、その作業のすぐ脇で、公演の為の練習を行ったのだ。

 設営作業をおこなうのは当然、働き盛りの男達で、彼らが働いてる傍で見目麗しい少女達がその肢体を弾ませて舞い踊っていたりしたら、当然作業効率はがた落ちである。

 出資者の商人は練習場所が必要なら他に用意すると言い、折角の公演が反故になるのではと恐れた三姉妹もこれに同調したのだが、ふたばは頑なに強行した。


 このとき、ふたばに頼まれた朱里と雛里が商人への説得を行なっていたのだが、依頼を受けるにあたって先にふたばの思惑を聞かされた二人が、『偽者でしゅ!! ふたばさんが偽者にすりかわっちゃいましゅた!!』と三姉妹の下に駆け込もうとして取り押さえられる一幕があったり無かったり。


 ふたばの狙いは設営作業にあたる作業員を即席のファンクラブ、ライブのときに率先してコールしてくれるアイドルの親衛隊に仕立て上げることだった。

 聴きなれない歌なら慣らしてしまえばいい。女学院で披露した時より格段に完成度を上げた姉妹の歌と踊りで作業員達を虜にしてしまうのだ。

 その上で、優待割引のような形で本番のときにも参加してもらう。そうして率先して盛り上げてもらうことで初ライブを成功させようというものだ。


 さらに、そこに加えて、宣伝効果も狙う。

 虜になった男達は一日の仕事が引けたあと、誰に頼まれ無くとも友人、知人、家族らに【数え役満☆しすたあず】の舞台の事を語るだろう。


 無論、金でサクラを雇うと云う手もある。地域社会への顔見世をもくろむ商人に言えば資金は出たろう。

 だが、サクラの職業モラルがどの程度期待できるかわからない。

 万が一にも【数え役満☆しすたあず】の門出に、金で評判を買っていたなどと云うケチがつくなど許せないし、したくない。



 結局、朱里と雛里がした事は、ふたばの思惑をそのまま商人に話すことだった。

 ただし、最後の【数え役満☆しすたあず】の評判にケチがつく、と云うところを【商人の評判】に置き換えて。

 評判を金で買う事のリスクは、新天地で再出発を図る商人にも、そのまま当て嵌まる事だったからだ。


 工事の遅れは人を増やして取り戻す―――と、説得に成功したばかりか、更なる出資を引き出してきた二人に張家の三姉妹は驚きを隠せない。

 とくに人和は、どうやって説得したのか後学のために聞きたがったのだが、二人は不機嫌を装って話そうとしなかった。

 と云うか、実際不機嫌だった。

 理由はやきもちである。

 ふたばが柄にもなく、三姉妹のために知恵を絞っているのが面白くないのだ。

 その辺のところは本人達にもあまりよくわかっておらず、なんで怒ってるんだろうと久方ぶりの【三姉妹会議】を開く友人達を尻目に、やはりなんで怒ってるんだろうと首をひねる朱里と雛里でありましたとさ。


 さて、以上が死ぬ気で知恵を絞ったふたばが描いた計画だったわけだが。

 やきもちを焼いているとはいえ、【数え役満☆しすたあず】のために何かしたいと思うのは二人も同じ。

 そこで今度は三姉妹に許可を取った上での交渉に臨んだ。

 利益から一定の出演料を保障させるのを条件に、この街での【数え役満☆しすたあず】の公演を仕切る、その仲介を商人に任せたのだ。

 【数え役満☆しすたあず】の公演が成功すれば、一枚噛みたいと言い出してくるものが居るだろう。

 それを商売の利権を握るなりコネを作るなりの為に利用して良い、と。


 そのうえで自分達も策を成すための活動を始めた。


 先ず行なったのは【数え役満☆しすたあず】の指導に忙しいふたばに代わっての、【数え役満☆しすたあず親衛隊】の編成だ。

 とはいえ、露骨に応援を強制しては金でサクラを使うより性質が悪い。


 二人がやったのはお茶や軽食を用意し、一服入れようとしている人夫に声を掛けること。【数え役満☆しすたあず】の練習を聞きながら休憩する習慣を作ってしまうことだった。


 そして、いつか女学院でやったように応援して、その様子をみせる。

 そのうち人夫達が曲に乗ってくる様子を見せたなら、頃合を見計らって止めを刺しに掛かるのだ。


 「お兄さんは三姉妹でどの子が好きでしゅか?」


 「俺は○和ちゃんがいいかな」


 すかさず、二人は彼女が如何に素晴らしい少女であるか褒めちぎる。

 天和が如何に妹思いでやさしいか―――とか、地和はああみえて照れ屋で、勝気にみせてるのは照れ隠しだ―――とか、大人びて見える人和が実は甘えん坊だ―――とか、本人達が聞いてたら悶絶しそうなことを有る事無い事適当に吹き込んでいくのである。


 その瞬間、仕事で係わっただけの歌の上手い芸人は、ちょっと良いかもと自ら口にしたことで意識が方向付けされ、さらに人物像を肉付けされることで彼の中で一人の女の子となる。

 親衛隊隊員の一丁上がりである。


 じつはこれ、過日水鏡先生から北郷ふたば対策として伝授された『愛で縛れ☆大作戦』から編み出した策だったりする。

 他人と他人の間を無理やり絆で結ぶ策、名づけて『人間連結システム』の、そのちょっとした応用である。

 システムなんて単語、この世界で通じてるのかって? こまけぇことは気にすんな!!


 ともかく、二人が企てた策は最初の公演が成功しなければ芽が出ないとあって、地道に親衛隊員を増やしていく朱里と雛里であった。


 ある程度の口コミが広まった頃を見計らっての街頭ミニライブを行なったりなどの精力的な活動の成果もあり、【数え役満☆しすたあず・ふぁ~すとらいぶ】は大成功を収める事となった。

 舞台の上で涙を流して抱き合う姉妹の姿を舞台袖から見守りつつ、もらい泣きする三人であった。


 さて、ふたばの作戦は此処までであったが、伏竜鳳雛のそれは此処からが本番である。


 回を重ねるごとに盛況になるライブに手ごたえを感じた商人は、本格的に、己の手が届く限りの地域の有力者を公演に招くことになる。


 こうして一同の多忙な日々が始まった。


 大きな町を東へ西へ、時には移動だけで二日も三日も掛かる、郊外とは名ばかりの、実質隣町まででも出かけて歌う。


 そうして過ごすうちに、ついに伏竜鳳雛の策が実を結ぶ。


 この街での公演は最初の商人に話を通さなくてはならない。

 当然、何らかの形でうまみは減ってしまうのだが。

 なら、他の街でなら?



 歌いに行くのではなく、望まれて、招かれて歌う。


 張家の三姉妹が、歌で人を幸せにすると云う彼女達の夢のことだけを考えていける、そのための足がかりを作る事こそが二人の策だった。







 それがほんの数ヶ月前のこと。


 それから今日まで、気の休まる日は無かった。


 たとえば、姉妹を誘拐して籠の鳥とし、その歌を意のままにしようとする欲望をふたばが力ずくで粉砕したり。

 たとえば、離間策で一行の仲を裂き、自分が後釜に座って利を掠めようとする野望を朱里と雛里の智謀が粉砕したり。

 たとえば、どうせ女など無理やりにでもモノにしてしまえば、などと考える下種の○○を地和が物理で粉砕したり―――あっ、これ、ある意味伏字になってない。


 だがしかし、危険も一杯あったが、それ以上に楽しい日々だった。



 諸国を回ることで朱里や雛里が得たものは多い。

 各地の情勢、群雄達の施政、それらの情報を彼女達を招こうとする有力者から得られたし、うち幾らかはこの眼で直に見ることも出来た。

 だが、そろそろ頃合だろう。

 幸い、人和の交渉術がだいぶ様になってきている。こと公演の条件交渉なら自分達の出る幕は既に無い。


 幼き軍師たちは、自らの志を果たすべく、三姉妹と袂を分かつことを心に決めた。
 




 「ねーねー、ふたばちゃんもさー、わたし達と一緒に歌ってみない~?」


 「了承した場合、芸名はなんか良いのある?」


 「九蓮宝燈~!」


 「あー、出たら死ぬ的な意味で?」


 「うんうん」



 一緒に輪になって食後のお茶を啜りながら、朱里と雛里はいつ、どのように話を切り出すか、その踏ん切りさえ付けられずにいた。

 志ある主に仕え、太平の世を作る一助となる、その決意は変わらない。

 だが、確かな絆を結んだ友人達との時間を貴重な、宝物のように感じるのも本心なのだ。



 「もう、姉さん! 呪いの芸名なんて付けてどうするの! それにふたばさんの芸名ならわたしが良いのを考えてあります!」


 「へぇ、人和ちゃんが珍しいね~。なになに、どんなの~?」


 「ふたばさん、ぷろぽ~しょん、でしたっけ? 姉さんと似てるから、ズバリ!天和・黒てんほう・へいです!!かっこいいでしょう?」


 「そ、そんな、人和ちゃんまで感染」


 「いい! いいよ~それ~!!」


 「ふ~ん、人和にしてはなかなかじゃん! うん、今日からアンタの真名は天和・黒で決まりね!!」


 「ちょ、真名になっちゃうの?!」


 「いいじゃん! アンタどうせ真名持ってないんだし。そしたらあれよ―――お姉ちゃんって呼んでやってもいいわよ?」


 「そうだ! いっそ朱里さんと雛里さんも一緒に歌いませんか?」


 「「ひゃいっ?!」」


 自分達の名前が不意に出てきたのに驚いて、つい間抜けな声を上げてしまい、顔を見合わせて赤面する朱里と雛里。


 「ちょっと、ちゃんと聞いてなさいよ。いま大事な話してるんだから!」


 「「しゅ、しゅいましぇん」」


 「だからですね、朱里さんと雛里さんもわたし達と一緒に歌いませんかって云うお話です。二人とも可愛いから絶対に人気が出ますよ! 芸名は、そうですね―――二人合わせて地和・黒ちーほう・へいで!」


 「はわわ?!」


 「あわわ?!」


 「ちょっと待ちなさい―――二人一緒で地和・黒ちーほう・へいって―――二人足せばわたしと互角って事? ………まさか、おっぱい的な意味か~~~!!」


 「はわわ?! ひどいでしゅ!!」


 「あわわ?! そうでしゅ!!あんまりでしゅ!!」


 「あら、ちぃ姉さん―――珍しく冴えてるじゃない」


 「いくらなんでも二人に可哀想でしょ! ―――足したってわたしに届かないんだから」


 「「がーん!!」」


 「そんなこと無いんじゃないかしら? たぶん―――なんとか―――ギリギリで―――」


 「人和、アンタわたしにケンカ売ってる?」


 「地和しゃんはわたし達にケンカ売ってましゅ!!」


 「わ、わたし達だって二人足せば! た、たぶん―――なんとか―――ギリギリで―――」


 「へぇ、わたしに勝てるって?」


 「「か、勝てましゅ!!」」


 「なら、お二人合わせて地和・黒ちーほう・へいで決まりですね」


 あっ―――、と。朱里と雛里は顔を俯かせた。皆に言わなければいけないことがあるのを思い出してしまったのだ。


 「なによ、わたしに勝てるんでしょ? なら『うん』って言いなさいよ」


 あぁ、今なのか。

 朱里は、そして雛里は自分の中で決意が形をとっていくのを感じた。

 そして、それを言葉として、大切な友達に伝えようと顔を上げ―――。


 「いっ―――いいじゃないですか、わたし達と一緒でっ。平和な世の中ならっ! わ、わたしたちがっ、わたしたちのっ、うたでっ―――」


 そこで眼にしたのは、何かをじっと堪えるように二人を睨みつける地和と、堪えきれず―――涙を流す人和だった。


 「はわっ あ、あの………」


 「わ、わたし達………そのっ」


 「も~、だめだよ~ちぃちゃん、人和ちゃんも~」


 一人、普段の調子と変わらないまま、二人の姉妹を窘める天和。

 けれど出会ったころならいざ知らず、今なら確かにその声が湿りを含んでいるのが判る。

 おそるおそる彼女に目を向ければ、いつもの優しげな微笑はそのままに、目尻に光るものがが粒をなしていた。


 「でも、そっか~。二人も、行く所を見つけちゃったんだね~」


 いっぱい助けてもらったのに、なんにもお返しできなかったね~。


 「そ、そんなことないでしゅ! わたしも朱里ちゃんも、いっぱい甘えさせてもらっちゃったし………お姉ちゃんが出来たみたいで」


 「わぁ、うれしいな~。 でも、わたしも妹が出来たみたいで嬉しかったから、やっぱり何かお返ししたかったよ」


 「だ、だからっ! 姉さんの妹ならっ、ここにっ」


 「もう、ばか人和! 無理してっ、茶化したって! き、決めちゃってるんだからっ! 勝手に、おちびの癖にっ!!」


 「だってっ、だってぇ………」


 「………天和さん、いつごろから気づいてらしたんですか?」


 「今回の公演が決まった頃だから、まだ前の街に居た時だねー。雛里ちゃんは、朱里ちゃんもだけど、軍師さんになるんならお芝居の練習しなきゃだよー」


 そんな前から………。

 きっと天和だけでなく地和も、人和も。

 気づいて黙っていたのだろうか? 自分達から打ち明けるのを? あるいは思い直すのを期待してのことだったか。


 「ねーねー、ふたばちゃん」


 一同はハッとして息を呑んだ。彼女はどうするつもりだろうか?

 そもそも朱里と雛里、二人の護衛として雇われてはいるが、受け取った分の金は既に返済して余りある。

 目的である情報収集も、三姉妹と一緒でも果たせるし、加えて言えば戦場に赴く必要がない。

 一緒に来て欲しい。今となっては天の知識も武力も抜きにしたって、それでも傍にいてもらいたい。

 朱里と雛里にとっては紛れもない本心だったが、その一方で、これからも旅暮らしを続ける天和たちを守ってあげて欲しい気持ちもあった。


 「ふたばちゃんは、朱里ちゃんや雛里ちゃんと行くの? それとも、わたし達と来てくれる?」


 だから。



 「え? う~ん………」


 だから、まるで人事みたいな顔で、今更のように………。































 「それよりさ、みんな一緒で、夢も諦めないですむ話があるんだけど、興味ある?」








 「「「「「それを先に言いなさ~~~~~~~~いっ!!!」」」




 今更のようにそんなことを言う彼女を怒鳴りつけてしまったのは、仕方ないことだと思うのだ。



[25721] その13 厨二バトル練習
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/09/24 02:36
 「くっくっくっくっ。 ここがネズミどもが根城にしている劇場か………。 ちょろちょろ逃げ回ってくれたが、ようやく! ついに!! 追い詰めたぞ―――っ!!」


 ばんざーい! ばんざーい!!


 まだ日も高く、喧騒に満ちた通りに有って尚、その女性の声は良く響き渡った。

 街の名物である大劇場のその前で、辺りを憚らぬはしゃぎっぷりを見せる妙齢の女性の姿に、通りを行く人々は何事かと振り返る。

 それを一歩下がって見る、彼女の相方たるもう一人の女性は―――、



 「あぁ、姉者………」


ほっこりしていた。


 「コホン。念のために言っておくが姉者。ここに居るのは賊でもなければ間者でもない、旅芸人の一座なのだぞ」


 「わ、わかっている。わかっているとも! しかし、折角の華琳様からのお招きから逃げ回るような無礼の輩!」


 「姉者、今の今まで一座の所在に追いつけたことが無かったと云うのに、お招きも何もあったものじゃないだろう。そもそも我らが足を運んだのが何故だか判っているのか?」


 「そ、それはもちろん―――叩きのめして縛り上げて引っ立てるため?」


 「叩きのめすな、縛り上げるな、引っ立てるな!! 良いか姉者、他でもない我らが足を運んだのは主たる華琳様の誠意を示すためだ。聞けばこの一座、天上の調べとまで讃えられる歌い手だけでなく、それを切り回すのは幼いながらも侮れぬ知恵者二人。加えて凄腕の武人が身を守っていると聞く。なんでも、身を守る力も無い者を五人もその背に庇いながら、数千にも上る賊の囲みを切り抜けたとか。話半分としても恐ろしい手練には違いあるまいよ」


 「ふ、ふん! たかが賊の千や二千! 華琳様の御為と有らばこの夏侯元譲、千が万であったとしても物の数ではない!!」


 「だからな、姉者。―――そういう問題じゃないと言っておるだろうが―――っ!!」


 「わわわっ、すまん秋蘭! ごめんなさいごめんなさい!!」


 涙目になってしょぼーんとなる姉―――夏侯元譲こと春蘭から謎パワーを吸収して気を取り直すと、女性―――夏侯妙才こと秋蘭は言葉を続けた。


 「すまん姉者、いささか取り乱した。だがよいか? 武人しかり、知恵者しかり。だが何よりも歌姫達こそ、華琳様が天下に名を轟かす為には欠く事はできぬ」


 「なにを大げさな―――そんなこと、北郷の奴が言っているだけではないか」


 「一刀だけではない。桂花も認め、その上で華琳様が是とおっしゃったことだ。ならばこの夏侯妙才、此度の仕儀、頭を地に擦り付けてでも肯ってもらう覚悟!!」


 「なぁっ?! ならん! ならんぞ秋蘭!! お前に頭を下げさせるくらいならこの私が!!」


 「あっ、姉者………」


 「この私がっ!! 彼奴め等の頭を地に叩きつけて打ち砕いてくれるわっ!!」


 「やめろっ!! ―――もうよい、私ひとりで行って来る。凪たちも加わったとはいえ、あまり留守を長引かせるわけにもいかん」


 「ま、まて秋蘭! 冗談、冗談だから!」


 「―――念のために聞くが姉者、どこが冗談なのだ?」


 「ど、どこが?! あ~、そっ、そうだっ!! いくら私でも一人で賊を万も蹴散らすのはすこ~しだけ、しんどいかもしれん!!」


 「そこかっ?! はぁっ、もう良い―――いくぞ、姉者」


 「お、応!! とっ、その前に秋蘭―――」


 「どうした、姉者?―――ほう」


 姉の呼びかけに足を止めた秋蘭は、いつの間にか周辺から往来が絶えていることに気がついた。

 人通りが途絶えるには時間が早すぎる。なに者かがこの一帯から、彼女達に気づかせること無く、一瞬で人影を消して見せたのだ。

 秋蘭は自らの口角が意図せず釣り上がっていくのを感じた。


 賢者二人に凄腕の武人を連れた歌姫達は、何処かの没落した名家の令嬢とも言われていた。

 そんな彼女達に未だ忠義を尽くす臣下と思われる三人も、名は知られずとも一角の人物である事は疑いない。

 ゆえに、彼女達を幕下に招くにあたり、家臣筆頭たる姉と自身が出向いてきたのでは有るが、それでもやはり………。


 (私にはこちらの方が肌に合う)


 それに見ろ、我が姉のあの勇姿。


 まるで人食い虎が牙を剥き出しにしたかのような笑みを浮かべた夏侯惇は、ズイと通りの中央まで足を進めると、街の一角に視線を定め腕を組むと仁王立ちになった。

 その代名詞たる剛剣、七星餓狼は未だ鞘のうちにあり。

 こそこそと姿を隠し、隙を窺うような小物に剣を抜く価値なし、とばかりに、ただ闘気だけを漲らせる。


 夏侯淵はその姉の姿にふむ、と頷くとその傍らに足を進めた。

 他領の街中で矢の雨など降らすわけにもいかぬからと、今この場では剣しか帯びていないが、別に不得手というわけでは無し。

 そして辺りにぐるりと視線を走らせた。


 「なるほど、ものの見事に猫の仔一匹おらぬとはな。人払いに大勢が動いた気配も無し―――となれば、手妻の類か」


 そして誰にとも無しと言葉を継ぐ。


 「ふむ、仙境に迷い込んだにしては聊か趣が足りん。掴みとしては悪くないのだが―――後が続かんと云うのは戴けんな。そこの御仁、いい加減出てきてくれぬか? 姉者がじゃれつきたくてうずうずしている」


 やがて、その視線を姉と同じ一点に定めると、その場で静かに動きを止めた。

 辺りから全ての音が消える。

 風は流れず、雲は動きを止め、このまま万の刻を重ねたとて日が傾くことすらないのではないかと思わせる静寂の中でただ、待つ。


 そして、不意に炎の如き気配が生まれた。

 炎は半町ほど先の角から通りまで進み出ると、夏侯惇、夏侯淵、二人の武人が向ける闘気にひるむ様子も見せず、そこで対峙した。


 「後学のために一つ聞きたい。穏行には聊か自信があったのだが最初からバレていた様だな。なにがいけなかった?」


 気楽な、というよりこちらを嘲るような様子で問いかける男を、夏侯淵はその鷹の目で観察した。


 「なかなかにどうして、悪くなかったと思うぞ。気配を消しすぎず、辺りに良くなじんでいたが」


 それは年若い男の姿をしていた。自分達と同年代か、やや若いかもしれない。だがこの手妻を見るに、見た目どおりの歳かどうか怪しいものだろう。


 「が?」


 顔立ちは整っている。身に纏う白装束と相俟ってなかなか悪目立ちしそうなのだが、どうにも印象がぼやける。

 これも何かの手妻か? そう考えつつ、夏侯淵は言葉を継いだ。


 「揺らぎが無さすぎたな。自然にああはならん。この街のありさまの中にあっても、だ。もっとも姉者のほうは」


 「勘だ!!」


 フンスっ、と鼻息も荒く胸を張る姉の姿に苦笑がもれる。


 「フッ、そうか。ただの勘か」


 おや、意外と見た目どおりの歳かもしれんぞ

 一瞬もれた男の笑いは若干毒が薄れていて、彼女に意外の感を抱かせた。


 「次はこちらが窺いたい。かの歌姫達に付き従うは武人と賢者と聞く。だがこの業、武人のそれとは相容れまい。さりとて我らの殺気に微塵も揺らがぬその胆力、やはり市井の学者とも思えん。果たして御身は彼の歌姫所縁のものか否か?」


 だが、それも一瞬。夏侯淵の問いに男はふたたび嘲りの表情を浮かべる。


 「ふん、かの夏侯妙才にお褒めいただけるとは、俺の肝も捨てたものではないか。こう見えて肝も背筋も震え上がってはいるのだがな。今日は聊か蒸し暑いゆえ、なかなかのいい塩梅といったところか」


 そう言いつつ、男はゆっくりと、一見無造作に見える歩みでこちらへ近付いてきた。


 「御賢察の通り、俺は連中とは縁も所縁も―――まぁ、無いとは言えんか。だがそれも有って無しが如きよ。連中なら―――そら、そのあばら家の中でお遊戯に励んでいるさ」


 そして足を止める。そこは既に姉、夏侯惇が飛び掛れば抜き打ちで切り伏せられる、必殺の間合いだった。

 間合いを読みそこなったか? あるいは―――。


 (姉者を制する自信があるか………)


 自ら間合いに踏み込んでおきながら尚、傲然とした余裕を崩そうとしない男に対して、姉の闘気が猛りを増す。

 それでも尚、飛び掛るのを自制する姉の様子から察するに、やはり容易ならぬ使い手と観るべきか………。


 (いや、姉者のあれは意地になっているだけだな)


 一人で我慢比べを始めてしまい、自縄自縛で動けなくなっているだけか、とこの日だけで幾度目になるか苦笑を洩らし、夏侯妙才は再び男を観察する。

 聊かならず険があるが、充分色男といってよいだろう。しかしその印象が保持できない。

 これは、たとえこの場で命のやり取りに及んだとしても、明日街の中ですれ違ったときには気づくことすら出来んかもしれん。

 さては先程の穏行もわざとであったか。


 「だが、こちらもやはり御賢察と言っておこうか。貴様らは今、仙境に迷い込んだも同然よ。その中に踏み込んだとて鼠一匹見つからん」


 「なるほどな。だがな御仁、繰り返しになるが聊かならず趣に欠けるとは思わんか? 仮にも女を誘うのであればそれなりの雅があって然るべきであろう」


 「もっともだな。次の機会には参考にさせてもらおう」


 「それは………」


 この手妻、貴様の仕業で相違ないと、そう認めたと看做してよろしいか?

 言葉に出さぬその問いに、口角を吊り上げることで答える男。


 「ふん、話はついたか秋蘭。 いらぬ問答が長すぎて待ちくたびれたぞ!!」


 機は満ちたと、ここまで無言を貫いてきた夏侯惇が口を開いた。


 「すまん、姉者」


 「温い戦いばかりで鈍ったのではないか? この期に及んで問うべきことなど一つしかあるまい!!」


 曹家の猛将、夏侯元譲は今にも弾けそうな戦意をみなぎらせ―――、


















 「これ、私にも出来るかな?!」


 「「なに?!」」


 思わず問い返す声が重なってしまった。

 みれば、色男が台無しといった感じの間抜けな顔をさらす白装束。

 だが、おそらく自分も似たようなものだろう。


 「あ、いや! 別に他意はないのだぞ、他意は!! 近頃流琉の奴がつまみ食いに厳しくなったから、これでこっそり食べれば怒られないぞ!とか、華琳様と御一緒しているときに桂花に邪魔されなくてすむかも!とか考えたわけでは決してないからな!! ほんとだぞ!!」


 語るに落ちたというべきか。あわあわと言い訳を言い募るが、全く言い訳になっていない。


 「ククッ、クハハッ、クハハハハハッ」


 「な、なにがおかしい!!」


 何がおかしいも何も、全てがおかしいよ姉者。


 「あぁ、いいだろう夏侯元譲。笑わせてもらった礼だ。教えてやるよ―――俺に勝てたらな」


 それを聞いて今度こそ―――、


 「ほんとうか?! なら私もその礼に―――」


 殺さずにおいてやる。


 獰猛な笑みを浮かべ、夏侯元譲は自らに施した軛を引き千切った。












 「ゆくぞ」


 パキリ、と鉤爪を作るようにして右手を鳴らし拳を握ると、夏侯元譲は男の顔面に向けて右拳を放った。

 それを男は軽く上体をそらすことで見切る。

 さらに、続けざまに放たれた右こめかみを狙う左拳を一歩下がることで、再度放たれた右拳を大きく跳び退ることで回避する。


 「どうした夏侯元譲、その鈍らを使わんのか」


 「無手の相手に抜くほど我が七星餓狼、安くはないわ!!」


 空を切った右拳を再度握り、突進。


 「それを言ったら凪の奴も無手だぞ、姉者」


 「凪は凪だからいいんだ!!」


 焼きなおすかの様に放たれる右、左、また右。

 薄笑いを浮かべ、最後の右を捌こうとした男の顔色が変わり、再び大きく跳躍。

 右拳を放った体の回転そのままに唸りを上げた左の後ろ回し蹴りが男の脇腹めがけて放たれる。


 「それに! 貴様のその生ッ白い首をへし折るぐらい素手で充分!!」


 踵が引っ掛けてきた白布の切れ端を払い捨て、再度腰を落とし構える夏侯惇。


 「おいおい、殺さずにおいてくれるんじゃなかったのか?」


 「首が折れたくらいで人は死なん!!」


 「死ぬからな、姉者。間違って一刀の首とか折るなよ?」


 距離をとった男は、此処でようやく構えを取る。

 右足を引いて半身に構え、左手を軽く持ち上げ、右拳は腰の高さで。


 「む? なんだ貴様、徒手の使い手だったのか! なら早くそう言え!!」


 「ちょっとまて、貴様気づいていなかったのか?!」


 「うむ! てっきり得物を忘れてきたのかと思っておったわ!!」


 「これから襲撃をかけようと云う時に得物を忘れてくる馬鹿が何処にいるか!!」


 「はははっ、そうだよなぁ! なのにうちの秋蘭ときたら!!」


 「待て姉者!! 私は弓を忘れてきたわけでも、ましてここに襲撃をかけに来たわけでもないんだからな?!」


 「大丈夫だ秋蘭! 華琳様には黙っていてやるからな!!」


 ああ、もう!!

 思わず天を仰いだ夏侯淵は腰に佩いた剣を引き抜くと姉に代わって前に出る。


 「あ、ずるいぞ秋蘭!!」


 「姉者の言うとおり、温い戦続きで鈍ったようだからな。ここらで勘を取り戻させてもらう」


 それに、このまま戦わせて置いたら何を言われるかわからんし。

 内心のぼやきが聞こえたわけでも有るまいが、一瞬同情とも共感ともとれる表情を浮かべた後、男は彼女に向き直り、


 「今度は貴様か、夏侯妙才。いいだろう、こい」


掌を上向きに構えた左手で手招きするように挑発する。


 相対した夏侯淵はやや腰を落とし、無手の左手を相手に向け、弓を引き絞るような構えを取る。

 たとえ得物が弓から剣に変わろうとも、夏侯妙才が戦場で成す事は唯一つ。
 

「参る!」


 ただ、射抜くのみ。


 

 音を置き去りにしたかと思うような神速の踏み込みからの片手突きは、まさに放たれた矢を思わせる。

 男は、自身の眉間を射抜こうとする切っ先を左手で外へ払い、ここで始めて攻撃に出た。

 払いのける回転の動作をそのまま右の回し蹴りへ。上段、爪先で夏侯淵のこめかみを狙う。

 払われた夏侯淵も、こちらも逆らわず、腰を落としながら右の後ろ回し蹴りを男の足を払うように放つことで回避と攻撃を同時に狙………えない。

 余裕を持ってかわせるはずの男の右足が、しゃがむ動きからわずかに取り残された髪先をかすめると、そのまま踵の振り落としへと変化、首を落としに来る。

 前方に転がるように飛び込み回避、すれ違いざまにわき腹を剣で薙ごうと試みるも、三度軌道を変えた男の右足に払われる。

 だが、さすがに男の更なる追撃を阻む事はできた。地を転がったことで衣装を埃にまみれさせながらも、再度身構える夏侯淵。


 「ふん、姉妹揃って足癖の悪いことだ。俄仕込みでは俺には当てられんぞ」


 「それは失礼した。我が事ながら稚気が抜けん。新しいことを習い覚えたばかりなのでな、私も姉者も試してみたくて仕方がないのだ」


 「なるほどな、なら後進のために手本の一つも見せてやるとしよう」


 そういい捨てると、今度は男が踏み込む。

 放たれるのは右中段回し蹴り。

 彼女らの足技を揶揄しておきながら、そのくせ男の足癖の悪さは彼女らはおろか、楽進をも上回る。

 かわした後でもどう変化するかわかったものではない。


 (ならば、変化する前に斬って落とす!)


 余人では霞んで見えない男の蹴りも、鷹の目を持つこの夏侯妙才から逃れることはできない。


 (その足貰った!)


 腰の回転、膝の位置からその先の脛を狙って剣を振り下ろす。しかし、


 (足が無い?!)


 「ぐはっ?!」


 「秋蘭っ?! おのれぇっ!!」


 彼女は知る由も無かったが、男が使ったのは、現代ではムエタイ式として知られる、膝の後から蹴り足が出てくる回し蹴りだった。

 それを蹴りを出さずに振りぬいたところから横蹴りに変化、槍の一突きとなって彼女の肋を狙ったのだ。

 蹴りが突き刺さる寸前、右肘を割り込ませることが出来たのは僥倖だった。

 それが無くば、砕けた肋が肺を傷つけていたかもしれない。

 吹き飛ばされ、今度は自分の意思とは無関係に地を転がる羽目になった夏侯淵は、剣を左手に持ち替え、それを杖に身を起こす。

 砕けるまではいかなかったが、盾にした右腕はおろか肋にも罅が入ったらしい。


 (だが、まだ!!)


 見れば今度こそ七星餓狼を抜き放ち、男と対峙する姉の姿。

 吹き飛ばされる瞬間声が聞こえた気がしたが、すばやく割り込んで追撃を防いでくれていたようだ。

 男は半歩だけ下がることで姉の間合いから身を外し、こちらへ目を向けた。


 「ふん、あれを初見で凌ぐとはな。恐れ入ったぞ」


 「なんの、お陰で留守役の楽進にいい土産ができた。礼を言う」


 「ふむ、そう云う事なら余り粗末な物を持たせるわけにもいかんな。もう少し色を付けてやるとしよう。それに………ついに抜いたな、夏侯元譲」


 グルルルルルッ………。


 姉の喉から漏れた返答は、人の声というより、もはや獣の唸り声のようだ。


 (あぁ、これはかなりキテるな)


 姉の夏侯惇は、彼女をあまり知らぬ兵からはよく虎に例えられる。

 だが、彼女に与えられた愛剣の銘は七星餓狼。そして狼は仲間を大切にするのだ。

 もはや並み以上の胆力であっても睨まれただけで死にかねない域に届きつつある姉の殺気を浴びて、しかし男はさも心地よさげに目を細めると、


 「さぁ、今度は二人一緒に掛かってくるがいい。なに、心配しなくとも………」


 殺さずにおいてやる。


 そう言い放った。



[25721] その14 百合成分強化試験
Name: Paradisaea◆b43e5c39 ID:fa5b6fcb
Date: 2011/10/14 18:03
 「ぐふっ………」


 白装束の男は咳と共に吐き出した血で汚れた口元を乱暴に拭うと、剣呑な目で地に倒れ臥す敵手、夏侯姉妹を睨みつけた。


 「ああ、こちらは一先ずカタがついた。夏侯惇め、妹の仇討ちのつもりか、キッチリ腕一本とアバラを持っていきやがった」


 街並みは相も変わらず、決闘者以外の人影が消えたままだった。

 無人の街で、その声は木霊する事も無く消えていく。だがそれを気に留めることも無く、男は虚空に声を掛け続ける。


 「くそっ、いっそ始末してしまえれば楽なものを………。ああ、判っている! 手加減はした!! だが次は無いぞ。違う、忌々しい話だが同じ条件では次は勝てん」


 男は姿の見えない誰かと会話しながら袂から何かを取り出し、上半身を肌蹴るとわき腹に何かを押し当てる、次いで右腕にも。

 青ざめ、脂汗が浮いていた顔に血色が戻るにつれ、、乱れた息も徐々に整ってくる。


 「そうだ、縛ろうとしたが破られた。記憶の操作なぞ意識を落としてやらねば掛かりもしないだろうさ。事がうまく運んでいる証左とはいえ………クソっ!」


 先ほど夏侯姉妹と対峙していたときに比べ、感情を剥き出しにしているのは男にだけ聞こえている声の持ち主がそうさせるのだろうか?


 「ああ、判っている。今回の計画はそっちの物に相乗りしている訳だからな。そっちの方針には従ってやるさ。だが、悪いが予定を繰り上げて接触させてもらう。このまま無警戒にほっつき歩かれたのでは俺の命が幾つあっても足りん。文句があるなら貴様が代われ」


 フンッ、鼻息も荒く何かを振り払うような仕草をすると、男は再度、自らが打ち倒した夏侯姉妹に眼を向け、溜息をついた。


 何が楽しくて自分をボロボロにしてくれた奴を新品同然にしてやらねばならんのやら。


 男のぼやきは今度こそ、誰の耳にも届くことなく消えていった。










 「き…切れた。この劇場の外で何かが切れた…皆勤賞的な何かが…」


 「「ぐしゅっ」」


 「ちょっとふたばさん、ちゃんと反省してるんですか!!」


 「いや、あのね? 反省はするけど言い訳も聞いて!」


 あのあとめっさ怒られました。

 怒られて泣かれました、てか絶賛泣かれ中。

 左の膝に朱里が、右に雛里が陣取ってしっかとしがみつき、時々しゃくりあげながら顔をふたばのふにふにに擦り付けながら泣いていて、さらに三方から人和、天和、地和が涙目で睨んでくる。

 薄っぺらい座布団すらなく、舞台の床にぺたんと座った膝の上に朱里と雛里が陣取っていて、この後足が痺れそうだなぁとか考えると、先程のように三姉妹の誰かからお叱りが飛んでくるのである。


 「いいよ、理由があるなら聞いてあげる」


 普段のノンビリした調子がなりを潜めてしまっている辺り、天和もかなりお冠らしい。

 とはいえ、ここで怒りを解いておかなければ、後で痺れた足を五人がかりで突付き回されることにもなりかねない。


 「言い出すタイミングを見失いました。いや! ちょっとまってちょっとまって!!」


 すくっと腰を浮かせた三姉妹の形相に真っ青になるふたば。あわてて身じろぎしてしまったせいで、僅かに回復した血行が足の痺れとなって彼女を襲う。


 「あ、あぁ~~~~~っ!!」


 絶叫をあげて悶絶するふたばを気を取り直した五人が面白がって突付き回したため、詮議が再開されたのはしばらく後のことである。





 「そ、それじゃーふたばちゃん、言いたいことがあるならどうぞー」


 正面に座る天和の顔が赤い。気のせいか目が泳いでる。


 「べ、べつに言い訳なんてどうでもいいじゃん。それよりも話の続きをでしょ」


 そんなことを言っている地和の顔も赤い。目線を向けたら慌てて顔をそらした。


 「ち、ちぃ姉さん、あんまり一方的なのも可哀想ですから、聞くだけ聞いてあげましょう」


 とりなしてくれる人和の顔も赤い。なんだか微妙に気まずそうと云うか、後ろめたそうと云うか。


 なんでだろう? 疑問に思い胸元の朱里と雛里に目を向ける。

 お願いだから勘弁して!と言ったのだが、二人は頑として聞き入れず、再度ふたばの膝の上に座り込んでしがみ付いている。

 その二人もふたばのふにふにに真っ赤になった顔を擦り付ける作業に没頭していた。




 先ほど、突っつきまわす五人の魔の手からの脱出を匍匐前進にて試みた際、『にげちゃだめだよ~』とのたまう誰かさんにズリズリと引き戻されてしまったのだが、当然のことながら物凄い勢いでスカートが捲れてしまったのだった。

 露になった太ももに、突付きまわす面積が増えたと群がる五人。


 その時五人に電流走る。


 21世紀のスキンケアで保護されてきた肌の感触は、五人を抗いがたい魅力でもって引きつけまくったのだ!!

 つんつん、ついーっ。

 うつぶせになってもがいているうえ、今も逃げ出そうと暴れ、あげく悲鳴を上げすぎて酸欠気味で朦朧としてきたふたばに、今! 自分の下半身でなにが起ころうとしているか知るすべは無い!!

 ごくりっ。

 生唾を飲み込む音とともに~~~っ、おぉっと! 顔面から行った~!! 一人、二人、三人!! プライバシーに配慮して誰かはあえて申しません!!


 「わ~い、おねぇちゃんも~」


 「ちょ、ちょっと姉さん! それは流石に………、でも折角だし………」


 さらに二人!!

 痺れた足の上で場所取り合戦を演じられ、ふたば虫の息!!

 そして、更なる魔手がふたばを襲う!

 正気を失った誰かの手がふたばのぱんつに伸ばされたのだ!! プライバシーに配慮して誰「ち、ちぃちゃん、それは流石にダメだよ~!! 人和ちゃんもそっち止めてー!!」


 「え? あ、あぁ~っ!! ダメです朱里さん雛里さん!!」


 しかし、攻めるは三人守りは二人! 一人分手が足りない!!

 誰かの手が布切れに掛かり、そのまま!!

 しかもその瞬間、痺れまくっていて感覚が無いものの、足に掛かっていた体重が減ったことを朦朧とした意識で察知したふたばが最後の力で脱出を図ったのである!!


 「「「「「あっ………」」」」―――つるつるでしゅ」


 霞がかった意識のまま、半ば自動的に膝までずり落ちていたぱんつを引っ張りあげると、ふたばはそのまま失神したのだった。

 かくして、この外史はチラ裏からXXX板直行の危機を免れた。実に惜しいことをしたものである。

 次こそは!!





 「ほら、弁解するならさっさとしなさい!」


 「う、うん」


 挙動不審な五人を訝しく思いつつも、一端棚に上げておくことにして、ふたばは言い訳を始めた。


 「そもそも最初に思いついたのは襄陽の街にいたときだから………」


 「まった! それじゃ殆んど旅の最初っからじゃないですか? そんな頃から一緒にいられるように考えてたんですか?!」


 「え、なにか変?」


 「変って………、あぁそうか、最初私たちは、天の歌の為にどうやってふたばさんを朱里さんと雛里さんから奪うかって考えてたけど、ふたばさんには関係ないんですもんね」


 「え?! そうだったの!!! 私、こっちに来て出来た初めてのお友達だったから、イロイロ必死だったんだけど………」


 「わ、私と朱里ちゃんも人和さんと同じでした。私たちと一緒に来てもらうために、私たちを好きになってもらわないとって、そればっかり………」


 「なんか、それ聞いちゃったら怒るに怒れない感じになっちゃったねー、どうしよう、続き聞くー?」


 「………そんな前から考えてて、なんで話すのが今になったのよ? そこだけハッキリしときなさい」


 「そうでしゅ、もっと早く話してくれればこんなにヤキモキしなくて済みましゅた」


 「だ、だってさ。そもそも一緒に居たいってのが私だけの我侭な可能性だってあるわけだし? 前提として、私のあれこれが【数え役満☆しすたあず】の役に立たなきゃ話が始まんなかったわけだし? 仕官する二人と一緒に来て欲しいって頼むからには天和ちゃん達も危ない目に会う可能性もあるわけだけど、あ、もちろん私が責任持って守るつもりではいたよ? でも最近の様子じゃ、そこまでのリスク背負わなくても天下一は狙えそうな気配だったし………。それに二人にとってもさ、新人の軍師さんなんて色々大変そうなのに、私が考えた計画なんて押し付けちゃったら、折角見つけたご主人様のトコくびになっちゃうかもしれないしさ………。で、どうしよう、いつ言い出そうってずっと悩んでたらいきなり皆泣いてるんだもん! 私あたま真っ白だよ!!」


 そこまで一気に言い切って顔を上げると、天和も地和も人和も、なんだか生暖かい表情でふたばを見つめていた。

 いたたまれずに俯くと、下からも朱里と雛里の生暖かい視線が。


 「じゃぁ、もう許してあげるって事でいいですね? なら今度はふたばさんの計画を聞かせてください」


 「さっきの言い分じゃ、私たちに朱里や雛里と一緒に行けって言いたいみたいだけど、それって今よりも天下一への近道になるってことだと思っていいわけ?」


 「ふたばちゃんの事は信じるけど、ちぃちゃんや人和ちゃんの事だってあるから、ちゃんと聞かせてねー」


 「うん。でもその前に確認しておきたいんだけど、朱里ちゃん、雛里ちゃん、二人は結局誰に仕えるつもりなの?」


 「はわっ、わたしたちは義勇軍を率いている劉備さんのところに行こうと思ってるんでしゅ………」


 そう言って、しかし、ふたばの表情が曇ったのを見た朱里の声がだんだんと尻すぼみになる。


 「あわ、あの、あのっ、りゅ、劉備さんのとこじゃ―――だめ、でしゅか?」


 「え? あ~、ごめん! そう云う訳じゃないよ」


 それを聞いて、自分がどんな顔をしているか悟ったふたばが顔をむにむにと揉み解す。


 「で、でも………」


 「ご、ごめん! むしろ都合がいいくらいだったんだけどさ。 ほら! 最初の頃にさ、二人の名前を聞いて、昔の偉い人とおんなじ名前だって言ったの覚えてる? その二人が仕えた人もやっぱり劉備さんって名前だったんだよ。 だからね、お友達になったのはこの世界では私のほうが先だったのに、運命で結ばれてるみたいで………、ちょっと―――やきもち」


 「ほらほら、雰囲気出してないでちゃっちゃと先を続けなさい!」


 ごにょごにょと言いよどむふたばと、なんとなく擽ったそうな表情でもじもじする朱里と雛里を、なんだか面白くありません!といった表情で睨みつけた地和が続きを促す。


 「そうだねー、なんで義勇軍の人だと都合がいいのかとか気になるなー。私たち、戦えないし、戦わせることだって出来ないよー? それに、歌を聴いてくれる人たちに戦えって言うのも、やっぱりいやだなー」


 「これが地盤のきちんとした人のとこなら、領地に人を呼ぶこととかも出来るかもしれませんけど………」


 「そんなことさせるつもりは無いよ、天和ちゃん。私はね、劉備さんの義勇軍の中にみんなのファンクラブ―――親衛隊を作っちゃおうって思ってるんだよ」


 「は、はわわ?! それって、義勇軍をのっとっちゃおうって事でしゅか?!」


 「あわわ?! そんなのこまりましゅ!!」


 「いや、そうじゃなくてね。サウンドフォ………じゃなくて、宣伝部隊って言うか。あのさ、劉備さんたちの義勇軍って、基本、みんな力を合わせて辛い時代を乗りきろう!って言ってる人たちでしょ?」


 「あ、雛里ちゃん!」


 「そうだね、朱里ちゃん。ふたばさんの事ばっかり気にして、こんな強力な人材を見逃してたなんて………」


 「あー、朱里さんたちは自分で答え出しちゃったみたいなので、私たちへの説明お願いします」


 促す人和に一つ頷くと、ふたばは言葉を続ける。


 「【数え役満☆しすたあず】の歌に込めてるメッセ―――えと、主題と、劉備さんたちの言ってる事はそんなに違わないって事かな。悪いことをしちゃった人たちを引っ叩くのが劉備さんで、悪いことする前に『そんな事やめて仲良くしよう』って言うのが【数え役満☆しすたあず】だけど、両方が矛盾するわけじゃないでしょ? 劉備さんたちだって、悪いことしなきゃ生きていけない人たちがこれ以上増えないように仕方なく戦ってるわけだし、みんなも、悪い事しちゃった人が報いを受けるなり、自分で償うなりして罰を受けなきゃいけない事は否定しないよね?」


 「そりゃそうだけど………、じゃぁ結局、私たちの歌を聴いてくれる人に義勇軍に入ってくれって言うわけ?」


 「ううん。そりゃ結果として、世の中のために自分ができる事はって考えた末に、それを選んじゃう人も居るかもしれないけど、私が狙ってるのはお金を持ってて、世の中を何とかしたい気持ちもあるけど力がない人とか、今後のことを考えてるけど誰に賭けるべきか迷ってる人達の背中を押すことかな。劉備さんの義勇軍はお財布が弱点だからそこを何とかしてあげる代わりに、いろいろ援助してもらおうってわけ。旅の護衛とか、舞台の設営のための人手を分けてもらうとか。それにね、たぶん三人が一番したくって、でも私に気遣って我慢してくれてた事とかも」


 「………ふたばちゃん、気づいてたー?」


 「ほら、私もあの夜、水鏡先生に一生懸命話してたの聞いてたしね。ほんとに歌いに行きたいのは治安のいい街じゃなくって、辛い目に会った人たちのとこなんじゃないかなとは思ってた。護衛の私のこと気にしてくれてたんでしょ? 私も先生や街の人達に朱里ちゃんと雛里ちゃんを守るって約束した手前、危ないところに行こうなんて言う訳にもいかなかったしね」


 ふぅ、と一息ついて、ふたばはそれぞれ考え込む三姉妹と、いつの間にかこちらの話に聞き入っていた朱里や雛里の顔をぐるりと見回した。


 「朱里ちゃん達、ってゆうか劉備さん達のメリ―――利点はもう一つあってね。基盤が弱いせいで充実させられない兵士さん達のケア―――じゃなくてフォロ、ああ!えと!! なんて言ったらいいのかな、歌に歌われるような立派なことに参加してるんだって思ってもらえるっていうか………」


 「確かに、自分達の行いが歌になって讃えられてるとなれば、名を重んじるこの国の精神性からしても兵隊さんたちの大きな支えになります」


 語彙が見つからず言いよどむのを見かねた朱里が助け舟を出すと、ふたばは、我が意を得たりと身を乗り出した。


 「でしょでしょ! 有名な桃園の誓いかなんかをモチ、主題にして歌作ったりしてさ!! それに、こないだ絵姿見たんだけど、劉備さんって天和ちゃんに良く似た雰囲気の美人さんらしいじゃない! 向こうも三姉妹、こっちも三姉妹でちょうどいいしね!! イメージキャラクター………じゃなくて、なんだろ? まぁいいや!! 次女の関羽さんは凛々しい感じの美人さんで、末っ子の張飛さんは元気な感じの女の子だって云うから、関羽さん役をち―――人和ちゃんで、張飛ちゃん役をち」


 「ちょっと待ちなさい。なんで次女で凛々しい美人の関羽さんとやらが人和なの? なぜ言い直したか、言ってみなさい」


 「関羽さん役を人和ちゃんで、張飛さん役を地和ちゃんで」


 「ちょっと待ちなさい。言い直したとこを言ってみなさいじゃなくて、なぜ言い直したか、言ってみなさいって言ったでしょ」


 「だって、ねー?」


 「「「「ねー?」」」」


 「ア・ン・タ・ら・は~~~~!」


 「きゃ~!地和ちゃんが怒ったー!! ってし、しまった!! また足が!!!」


 天和と人和がすばやく距離をとり、朱里と雛里も手を取り合ってふたばの膝から逃げ出したなか、当のふたばだけが逃げるに逃げられず取り残された。


 「ふふん、逃げずに甘んじておしおきを受けようってわけね! いい心がけじゃない」


 「そ、そういうわけじゃ! 朱里ちゃん雛里ちゃん、へるぷ、へるぷみー!!」


 「ふたばさんの使う天の言葉は難しくてよくわかんないです。ねー雛里ちゃん」


 「ねー」


 「そ、そんな棒読みで! いつもはニュアンスで何となく察してくれるのに!!」


 「ねーねー人和ちゃん、にゅあんすってなーに?」


 「さぁ? 見当もつきません。天の言葉は不思議ですね」


 朱里と雛里が計画通りと黒く笑い、天和と人和もすかさず便乗する。

 かくして、惨劇ふたたび。


 「あ、あぁ~~~~~っ!!」









 「そういえば、妙に劉備さんのことに詳しいんですね、ふたばさん」


 何故かまた、五人がかりで突付きまわされる羽目になり、現在虫の息で横たわるふたばにそう疑問を投げかけたのは人和だった。

 あちこちで下調べして情報を集めていた朱里や雛里は、主なソースが同じ巷の噂だったこともあって、特に疑問に思わなかったが、幽州で活動する義勇軍の情報など意識して集めなければそうそう揃わない。

 うつぶせに突っ伏していたふたばはゴロンと寝返りを打つと、気だるげに上半身を起こした。


 「まぁね。さっきも言ったけど、劉備さんって名前は諸葛孔明とか鳳士元とは切っても切り離せないってイメ………印象があってさ。それに、有力な人の名前って言うと、あとは曹操さんくらいしか知らないしね」


 「曹操さんですか? そういえば水鏡先生も、ふたばさんが気にしてたから覚えておきなさいって言ってたよね、朱里ちゃん」


 「そういえば言ってたね。でもどうして曹操さんなんですか? 確かにそれなりに上手く治めているって聞いてはいますけど」


 不思議そうな表情で問いかける朱里と雛里だったが、むしろ意外だったのはふたばのほうだ。

 登場人物は主人公格ですら怪しいふたばだったが、三国時代の後、晋が魏の後を継ぐカタチで興るのは流石に知っている。

 劉備が起ち、風の噂が冀州と兗州を跨いで越えて、この豫州までチラホラ届き始めている今、最終的に最も勝者に近かったといわれる魏の覇王、曹操であれば、既にそれなりの評価を得ていて不思議ではないだろうと思ったのだが。

 しかるに、その曹操に対する二人の評価が意外なまでに低いのは一体どう云ったわけだろう?

 そう考えそうになって、しかしふたばは内心かぶりをふった。

 先ほどふたばは劉備と朱里、雛里が運命で結ばれている様なのに嫉妬したと言った。

 言ったが、それが全てではない。

 まるで予定調和のように、シナリオの定める所に納まってしまうのではないかと―――目の前の少女達が、それが史実だろうが小説だろうが、何らかの登場人物なのではないかと、そう思ってしまうのがイヤだったのだ。


 幸い、朱里を見て『孔明の罠』で有名な大軍師と結び付け、それを維持するのは至難の業。

 独立した一個の人格として見做すのは努力が要るような事では無かったのだが、その一方でまだ出会っていない劉備や曹操には、ふとした拍子につい、故郷の歴史の人物像を重ねてしまう。


 (まぁ、これも知り合いが増えていけば治るでしょ)


 なんせ、これから行く所には、三国志の知識も乏しいふたばが知ってる人物の、その殆んどがいる。

 それに、三国志のラスボスがチョロいならチョロいで、別段困る事は無かろうと云うもの。

 世紀末覇王だの覇者だのが闊歩するヒャッハーな世の中よりは、皆で【数え役満☆しすたあず】聴いてホアッホアッ言ってる世の中のほうが手掛り探しだってやり易いだろう。

 一先ず思考にそう区切りを付けると、今度は彼女達が主候補と見做した人物には他にどんなメンバーが居たのかが気になってくる。


 「はわっ、他にでしゅか?! う~んと、敢えてあげるなら袁紹さんと袁術さんでしょうか? 名門袁家の財を背景にした軍事力で領内の治安も比較的に良いとは聞きます。聞きますけど、どっちも大変に残念なお人柄だそうなので………」


 「私が気になってたのは北方の公孫賛さんと馬騰さん、董卓さんでしょうか。ただ、公孫賛さんは今ひとつ覇気欠ける所があると言う話で、太平の世を目指すには心許ないものがあって。馬騰さんは仁智勇兼ね備えた方だそうですが、近頃は精彩を欠いていて、ご病気を患ったのではとも聞きます。跡継ぎの馬超さんはちょっと政に向かない方らしいので、やはり天下を窺うには不安がありましゅ」


 「最後の董卓さんは、まだ先代から代替わりしたばかりとかで、詳しいお話は何処からも聞けませんでしたから」


 ふむ、馬騰さんちの馬超さんという人には聞き覚えがある。確か、劉備さんちのつよい人。

 あと、董卓さん。とうたくさんとうたくさん―――あ、そうだ! 呂布の人!! 呂布の人?

 こうそんさんさんさんは、劉備さんの噂を集めるときに聞いた名前だ。

 おお、六人名前が出てうち三人判るとか! わたし三国志意外と詳しくない?!


 「ふたばさんは誰か気になる人、いませんか?」


 「え? う~ん………」


 朱里の問いに考え込む。


 馬騰さんちの跡継ぎなのに劉備さんのところに来ると云う馬超さん。

 てことは、馬騰さんが病気かどうかは兎も角、なんらかの要因で家が潰れちゃうってことだろうか?

 あとそうだ、呂布の人こと董卓さん。

 確か中ボスだか小ボスみたいな扱いの、髯達磨なおっさんじゃなかったっけ?

 だとすると、こっちも潰れるのかもしれない。

 これ、二人に言っておいたほうが良いんだろうか?


 そう考えて、そこでふたばは自分の頭をこつんと一つ殴りつけた。

 今さっき、この世界を過去の歴史と混同するのはイヤなのだと思い直したばかりだというのに、すぐ傍からこれだ。

 そもそも、『なぜ、どうして』の部分が判らないのに『こうなる』の部分だけ聞かされたって、二人も混乱するだけだろう。

 それにアレだ。諸葛孔明と鳳士元がこの有り様なのだから、董卓だってどうなってるか知れたものではない。

 虫も殺せないような儚げな美少女になっている事だって有り得るのだ。


 結局、『特にいないかな』と言ってお茶を濁したふたばに、朱里と雛里は少し不満げな様子だった。










 「む~………」


 「あと少しで終わるから、もう少し我慢してね、姉さん」


 「あ~、ごめんね人和ちゃん。そうじゃなくって………はぁ」


 その夜、湯を使ったあと、髪の手入れを人和に任せて物思いに耽っていた天和は、思い悩むあまり声に出して唸ってしまっていた事に気づき、一つ溜息をついた。

 明日からは宣伝のため、彼女達の持ち歌と、この地方で良く歌われる曲とを交えて『街頭みにらいぶ』として三曲ばかりづつ、何箇所か場所を変えて歌って回る。

 その為、見っともなくない様に全身磨き上げてきたところだったのだが。


 「ひょっとして、ふたばさんの昼間のお話のこと?」


 「ううん、ちがうよ~。それに、ちぃちゃんは聞くまでも無いとして、人和ちゃんも反対する気、無いんじゃない?」


 「そうね、私たちの歌でやりたい事。危険とか資金とか、いろいろ含めて考えても乗る価値のあるお話だと思うわ。上手くいけば、だけど」


 「そうだね~。上手くいけば、だね~」


 とはいえ、既に二人とも、上手く行く事は疑っていない。なにせ、あの朱里と雛里が聞いた途端目の色を変えて食いついた計画なのだ。

 ならば、ふたばの思惑に穴があろうとも、あの二人が何とかしてしまうだろう。


 「あのお話のことじゃないなら、どうしたの? なにかあった?」


 「何かあったかって言えば今さらなんだけどねー。ちぃちゃんとふたばちゃんの事なんだけど」


 流石にこれだけ長く一緒にいれば、他でもない姉妹のこと。恋愛経験値の低い天和も、そして人和も彼女の様子がおかしいことに気づいてはいた。


 「あー。でも女の子同士なんだし、そんな心配するようなことにはならないと思うけれど」


 天和の悩みを一笑に付した人和だったが、姉がそれを聴いても尚、むむむとばかりに眉間にしわを寄せるのを見て、これはどうやら………と居住まいを正した。


 「多分なんだけどねー、ちぃちゃんの初恋なんじゃないかなー?」


 「えぇっ?! まさか―――」


 「思い出してみるとさー、郷里くにで誰か好きな子とか居たみたいな気配が無かったんだよねー。旅に出てからは、ちょっと好いかもって思うくらいはあったかもしれないけど、恋になるまで一箇所に居たことって無いし、そもそも男の人関係で碌な目に会ってないような気がするんだよねー」


 「い、言われてみると確かに、私たち絶望的に男運無いのかも………」


 思い返してみれば―――と、人和は総身から血の気が引いていくのを感じた。そう、『私たち』なのである。


 「そこで出てきたのがふたばちゃんでしょー? 悪漢に襲われて絶体絶命のところを颯爽と助けてくれた剣士さんで、行き詰ってた夢に手が届くように一生懸命助けてくれてさー。それに普段はちょっと―――だいぶ―――かなり頼りない感じだけど、本気になったときとか目つきがガラッと変わっちゃってさー」


 そう語る天和の表情を見て、人和は戦慄した。

 頬を桜色に染め、瞳は潤んで何処か熱っぽい。

 そうなのだ! 男運が無いのはこの姉も同じ!! このひとも既に手遅れなのでは?!


 「これは聞いた話なんだけどさー。女の子同士って一度ハマると男の子なんていらなくなっちゃうくらい良いみたいなんだよねー。お姉ちゃん的にはちぃちゃんが幸せなら良いかなって思うんだけど、それでも一回くらい、そうなる前にキチンとした恋愛させてあげるべきだったんじゃないかなーって反省しきりなんだよー」


 そう言って溜息をつく姉の表情をじっと観察する。

 この様子からすると、まだ自分の気持ちには自覚が無いのだろうか?

 このままだと姉二人が一人の女の子を奪い合う、特定嗜好の人垂涎の修羅場が出来上がってしまう!!


 「だ、大丈夫よっ! 恋愛は相手がいなきゃ出来ないんだし、ふたばさんの気持ち次第でしょ?! 第一ふたばさんは女の子なんだから!」


 故に、人和はさり気なく『気持ち次第』と『女の子』を強調して牽制しておくことにする。


 「そ、そうだよねー。ふたばちゃん、一応女の子だもんねー」


 「い、一応なんて―――。胸にあんな立派なの付けて一応も何も無いと思いますけど?! っていうか寧ろ、ぺったんこなちぃ姉さんのほうが一応って言われても仕方がない気がしますけど!」


 なにげなく打った相槌が引き起こした妹の反応に、天和は血の気が引くのを感じた。


 「そりゃ、背も女の子にしては高めだけど、姉さんよりちょっと高いくらいだから可笑しい訳ではないし! 釣り目気味の目元とか、姿勢のよさとか相俟って凛々しい感じだけど、普段はちょっと抜けた感じがしててそこが寧ろ可愛いっていうか! なにげにお料理とかも上手だし!」


 頬を桜色に染め、瞳は潤んで何処か熱っぽい。

 そうなのだ! 男運が無いのはこの妹も同じ!! このももう手遅れなのー?!

 荒ぶった息を整える妹の表情をじっと観察する。

 この様子からすると、まだ自分の気持ちには自覚が無いのだろうか?

 このままだと妹二人が一人の女の子を奪い合う、特定嗜好の人垂涎の修羅場が出来上がってしまう!!

 近頃なにかと頼りになる妹に悩みを相談したつもりが、数倍にして投げ返されてきた事に思わず頭を抱える。

 でもまぁ―――、


 (どっちが勝っても妹が一人増えるだけだしねー)


と、半ば『もうどうにでもな~~~れ♪』とばかりにいい感じに悟りを開くと、天和は話題を変えることにした。


 「ところで、そのちぃちゃんはどこ行っちゃったのー?」


 「ふたばさんの背中を洗うんだって言って、お風呂について行っちゃいましたけど」


 話題は変わらなかった。

 ブーメラン―――もとい、天に投じた石が如く帰ってきた頭痛の種に直撃され、またしても天和は頭を抱えた。


 「あの子はもー、しょーがないなー」


 「ところで姉さん、朱里さんと雛里さんの姿も見えないんですが………」


 「「………」」


 ガタッ


 二人が椅子を蹴立てて部屋を飛び出したのは、浴場のほうから何処かの誰かの悲鳴が聞こえてくるより、ほんの少しだけ早かった。


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