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[29668] 【習作】黄色のバスケとアイドル (黒子のバスケ×The IdolM@ster)
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/14 21:48
序文

アニメ版アイマスと黒子のバスケのクロスです。もともと黒子のバスケが好きでとある対決を文章で見たいと思ったのがきっかけで、最近見始めたidolm@sterの真の可愛さに惹かれて書き始めました。
 設定の矛盾やキャラや口調のおかしさが出てくるかもしれません。初心者ですが感想お待ちしてます。
 アイマスの時期が分らないので黒子側の時期などを基準にしています。また、アイマスのゲームとXENOGLOSSIAはノータッチです。
 一応、書きたいシーンの概要はできているのでそれに向けて書いていきたいと思います。
あと、作者はアイドルのこととかモデルのこととかほとんど知らないのでそれおかしいだろ!と思える設定がでてくるかもしれませんが、寛大な心で見ていただけると幸いです。

 なるべく原作沿いで進めていきたいと思います。
 

9/9 投稿開始。
9/12 序文作成。それに伴い、ご指摘のありました視点変更表記を消去しました。
同  サブタイトル明記
9/14 第6話投稿
9/15 第7話投稿
9/16 第8話投稿
9/17 投稿分の一部修正。第8話おまけ追加。第9話投稿
9/18 第10話投稿
9/20 第11話投稿
9/21 第12話投稿
9/27 第13話投稿 12話一部改訂
10/1 第14話投稿
10/2 第15話投稿
10/4 第16話、なかがき投稿
10/14 第17、18話投稿



[29668] 第1話 この後高校生活スタート
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 14:27
第一話 この後、高校生活スタート


帝光中学校バスケットボール部、部員数は100を超え全中3連覇を誇る超強豪校。その輝かしい歴史の中でも特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った―10年に一人の天才が5人同時にいた世代は「キセキの世代」と言われている。


  
都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。
「はぁー、やっぱそうそう簡単には会えないッスか。」

不安定な背もたれに腰掛け、ひっくりかえらんばかりに上を見上げるも、バランスを崩すことなく落ち着いている。バランスをとるために広げた両足は長く、立てばその身長は190cmに届くか、といったところだ。

 公園の少し離れたところからは、ストリートライブでもやっているのかややハスキーな歌声が聞こえてくる。

「学校始まる前に、捕まえておきたかったんスけどねー。やっぱ始まってから告白するしかないんスかね。」

彼はこの春から都内ではなく、神奈川の高校に進学し、そこでバスケをすることになっており、本来であればその準備のために動いているべきなのだが…全中決勝が終わった途端に姿を消した‘彼’を探して彼が進学した高校のあたりをうろついていたのだが…結局、徒労に終わったようだ。


「オイオイ黄瀬じゃねえか。何やってんだオマエ?」
溜息をついていた彼に話しかけてきたのは色黒で、ベンチに座る彼よりもわずかに長身の男だ。
「青峰っち…」
色黒男、青峰は手慰みにボールを回しながらベンチに座る黄瀬の正面に立つ。

「んー、高校に入る前に黒子っちに会っておきたかったんスよ。決勝のあと、なんか黒子っちオレらのこと避けてましたし…」
「ふーん…その様子だと無駄骨だったみたいだな。」
明らかに落胆した様子の黄瀬をみて、青峰はシニカルな笑みを浮かべる。

「そうだ!青峰っち!中学最後の記念に1on1やるッスよ!」
いい考えだとばかりに黄瀬はベンチから飛び跳ねる。

「あぁー?…最後に黒星増やしておきてぇのかよ。」
黄瀬は中学2年でバスケ部に入って以降、幾度も青峰に1on1を挑んでいたが、一度として勝ったことはなかった。しかし青峰にとって暇つぶし以上の力を出せる黄瀬との1on1は彼にとって珍しいことに楽しい相手であった。
 皮肉とともに青峰はボールを黄瀬に投げわたし、ベンチに上着を放り投げ、公園にあるコートにむかった。
 ややハスキーだった歌声は、さらに高音の女の子と思しき歌声が二つ加わり、メロディを奏でていた。





茜色だった空には完全に夜のとばりが降り、街灯やビルの灯がきらめく中、二人はレベルの高いバトルを続ける。

ドライブで青峰の横を抜き去ろうと動き始めた瞬間、黄瀬の手元にあったボールは青峰によって弾き飛ばされた。
アウトしたボールを追いかけ、拾い上げた黄瀬はふと公園の少し離れたところから、聞こえていた歌がやみ、なにやら騒がしくなっていることに気が付いた。





「いいじゃねぇか。」「歌って疲れたろ?俺らとちょっと飲もうぜ。」「そうそう。」

困ったことになった。
春香と雪歩とストリートライブをやっていたのだが、うっかり夢中になってしまいついつい、女子だけでうろつくには遅い時間になってしまった。
一息ついて、三人で談笑していると5人の、少々ガラの悪い男に囲まれてしまっていた。

自分一人ならば、多少暴力的な手段と体力にあかせて逃げることもできるが、あまり運動神経のよくない春香が逃げられるとは思えないし、男性恐怖症の雪歩に至っては、小鹿のように自分の後ろで震えている。


いや今の自分は卵とはいえアイドルなのだ、多少でも街中で暴力的な行動はおこせない。


少し前であれば、周囲にはさきほどまで自分たちの歌を聞いていた人たちがいたのだが、自分たちが談笑している間に、人影もまばらになってしまい、あたりに居る人は関わり合いになりたくないのか、遠巻きに見ているだけか、歩き去ってしまう。

「おら、行くぜ!」「嫌じゃねぇんだろ?」
いい返事を返さないことにイラつき始めたのか、男の一人が自分に手を伸ばしてくる。

  こうなったら…!!

二人を守るためにも掴まれる前に覚悟を決めて、立ち向かおうとしたその時。

「どうみても嫌そうッスけど?」

自分たちの後ろからかけられた声に目の前の男たちの動きが一瞬とまり、次いで不愉快そうな顔を見せる。

「なんだてめえら!?」「呼んでねえんだよ!」「うっせえよ!」
後ろを振り向くと金髪の男とやたらと色黒の男が立っていた。
驚くべきは二人の体格だろう、二人とも190cm近くの長身で、肩口から覗く腕の筋肉は、なんらかのスポーツをやっていることが一目でわかるほどに鍛えられていた。
絡んでいる男たちにもそれがわかったのか威圧する声に多少、怯えが混じっている。

「いや、まあその娘らがどうとかは知らないんスけど邪魔なんスよ。」
「「「「「あん!?」」」」」
「人が集中してやりあってる時に外野が喧嘩してると鬱陶しいんスよ。」
「単にテメエの集中力の問題じゃねえのか?」

挑発しているかのような口調の金髪の人に比べて、色黒の人は興味がないのか、やや後ろで呆れ混じりに見ている。なんらかの試合を中断した直後なのか長身の二人は春先とは思えないほど汗をかいている。

「はん!おせっかいなバスケ野郎てとこか。」
色黒の人が持っているバスケットボールを見て、ガラの悪い男の一人が矛先を向ける。
「そんなに遊びてえなら、バスケでもいいぜ。俺らとお前らでちょうど5人だろ。」
5人組も多少バスケに自信があるのか冷笑を浮かべて、二人を挑発する。

 風向きが変わってきて、明らかに安堵した雰囲気が春香と雪歩から感じられるが、5人という言葉に再び緊張感が増す。

 ちょうどじゃないだろ!こっちは女子が3人だぞ!

流れ的にも勝てればいいが、負ければそれこそどうなるかと慌てるが、そんな心情を察したのか、気づかなかったのか

「ああ?オメエらみてえな雑魚がなにほざいてんだよ。」
色黒の人が明らかに気分を害したように吐き捨てる。
「てめっ「そうだ!」あん!?」

色黒の人の言葉に五人組は色めきだつが金髪の人はいい考えだとばかりに割り込む。
「青峰っち2on5で勝負ッス!どっちが多く点がとれるか!」
「「「「「ああん!!」」」」」「あ!?」

青筋がたたんばかりの五人組に対して色黒の人は、

「1on1よりオメエにチャンスがあるってか?…どっちにしろオレに勝てるのはオレだけだ。」

五人組など相手にもならないと言わんばかりの、というよりも相手にもしていないようなコメントを金髪の人にむけて言い放つ。



・・・・




結局、2on5でのバスケ勝負となったのが、結果は20対14・・・・対0。
五人組との試合は瞬殺とも思える展開で勝負を決し、余裕という感じの色黒の人と負けて悔しげな金髪の人、そして息も絶え絶えに撃沈している五人組という光景がひろがっていた。

「あーもう!もっかい。もっかいッス!」
「何度やっても結果はかわんねえよ!」
すでに五人組など思考の隅にも残っていないのか二人は言い合いをしている。

「えっと…」「(ビクビク)お、男の人…」
明らかに状況は好転し、安堵の空気が春香からは感じられるが、目の前で言い合いをする男性という光景に雪歩は脅えていた。
「あの!」
「あん?」「ん?」

思い切って声をかけると、二人は今気づいたという風にこちらを見る。
その様子に(特に色黒の人の睨み付けるような顔に)雪歩は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて自分の裾を引っ張る。

「助けていただいてありがとうございました。」
言い合いを中断して首を傾げる二人。どうやらなぜ礼を言われたのか分っていない、というより既に事の顛末を忘れているかのような反応だ。

「…ああ、まぁいいッスよ。こっちが勝手に憂さ晴らししただけッスから。」
「つまんねぇ相手で憂さがたまったがな。」

思い出したのか金髪の人は返答してくれるが、言い合いが中断したのを好機とみたのか色黒の人はすでに帰り支度をしている。

「ちょっと青峰っち!」
ベンチにかけてあった上着を持って公園を出て行こうとする色黒の人を追って、金髪の人は走っていってしまった。




五人組に再び絡まれる前に三人は帰宅の路につく。
「怖かったよー。」
「でも助かったね。」
先程のことを思い出したのかまだ少し怯えの残る雪歩に春香が声をかける。
「二人とも大丈夫だった?」
怪我はないと思うけど、喧嘩とかには慣れていない二人を気遣って私も声をかける。
「うん、大丈夫。」「真も大丈夫?」
「うん。いざとなったら、殴ってでも逃げようかと思ったんだけど…」
「駄目だよ!そんなあぶないこと!」「(こくこく)」
「まあ平和的(?)に解決してよかった。」

少しずつ緊張がほぐれてくると、話は助けてくれた二人の話になった。

「名前聞きそびれちゃったね。」
「色黒の人は青峰って呼ばれてたけど…」
脅えてお礼も言えなかったことが心苦しいのか雪歩の少しさびしそうなつぶやきに、金髪の人が呼んでいた名前を告げるが、色黒の人の厳しい眼光を思い出したのか、雪歩はビクッと身を震わせる。

「バスケすごくうまかったよね、あの二人。」
「うんうん。」
「さすがの真もあの二人には敵わない?」
運動神経が自慢と日頃から喧伝している自分に対して、春香が楽しげに尋ねてくる。

「流石に体格が違うし、ボクはバスケやったことないしね。」
自分の今の本職はアイドルだし、もともとやっていたのは空手だ。だがバスケ経験がありそうだったあの五人組を二人で、ほぼチームプレイをせずに圧倒したのを見る限り、自分がバスケをしていたとしても勝てたとは思えない。

「あの金髪の人…」
「かっこよかったよな!王子様みたいだった?」
名前の分らない恩人に心苦しさを覚えたのか雪歩がわずかに沈みがちにつぶやくので、盛り上げるためにからかうように尋ねる。

「そうだね。さしずめ真の危機を救った白馬の王子様?」
あたふたとする雪歩。からかいは春香のもの。
「なっ!!」
顔が熱を持つのが分る。
「春香!」
「案外、モデルとかやってて真と見開き飾ったりして…」
「雪歩まで!」

じゃれあいながら、三人のアイドルの卵は家路を行く。








あとがき

 黄瀬のキャラがおかしい感じがします…チンピラの絡みも不自然感がぬぐえないのですが…一応、ほぼ利用されることのない設定としてチンピラは黒子の2巻で瞬殺された5人組みという設定です。
 時期は高校入学直前。ちょこっとアイマスのドラマCDの設定が入っているのですが、デビュー時期などはアニメ準拠、半年ほど前という設定です。
 あと黄瀬はいったいどこに住んでいるのでしょうか?中学は帝光で、その後メンバーが全国に散らばっていることを考えると、神奈川で一人暮らしなのかなーとおもっているのですが、東京在住で神奈川に通学しているというのもありなのかなーとも思っているのですがどうなんでしょう?



[29668] 第2話 おぐっっ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/12 22:53
「はい、はい、ではまたの機会によろしくお願いします…」
薄暗い、室内から暗い声で電話に答える声が聞こえる。沈んだ声の主は声と同様沈んだ面持ちで電話を切る。

「音無さん、もしかしてまたオーディションは…」
意を決した様子で男が話しかける。

「ええ…全滅です。」
室内にゴーンという効果音が走った気がした。

「今月に入ってから、だーれも一個もオーディションに通ってないんですよー!!」
泣き叫ぶように絶叫したのは音無小鳥、わが社の事務員だ。


第二話 おぐっっ!



都内某所、765プロ事務所。まだ半年前にデビューしたてのアイドルたちが集まるまだまだ小さい事務所だ。

待望(?)だった男性プロデューサーが入社し、トップアイドル目指して、ガンガン行こう!と決意したのはつい先日だったのだが…

「もーう、納得できないわ。なんでこの伊織ちゃんが落とされなきゃいけないわけぇ!?」
「仕方ないだろ、向こうが決めることなんだから。」
ウサギのぬいぐるみを抱えた、髪の長い少女、水瀬伊織が膨れ顔で言い放つ。周りにいる少女たちに比べて背の高い男性、プロデューサーがそんな伊織を宥めるが…

「ふん、審査員に見る目がないのよ。それかあんたが疫病神か、どっちかね。」
「ぐあ、ひ、人のせいにするなよ。」
返ってきたのは辛辣なコメントだった。

「にーちゃん。亜美たちもっとテレビにでたいよ」
「そっ、そうだよな。」
「今月もお仕事がなかったら来月の給食費がピンチですー。」
「うあっっ、そ、そうだよな。たしかにこのままじゃやばい。」
双子の双海亜美と真美も賛同するように続き、頭の両サイドでふわふわの髪をまとめ上げた高槻やよいも深刻な問題を叫ぶ。

「とはいうものの…そもそもなんでこんなに落とされるんだ?」
少女たちならば受かって当然、とまでは言わないが、幾らなんでも全員が落ちるというのは…なにか根本的な原因があるように感じられる。

「あのー、プロデューサーさんそのことなんですけど…」




「こ、これが宣材…!?」
目の前に広がるのは765に所属するアイドルたちの宣材写真、宣伝材料用の写真であるが…
「なになににーちゃん洗濯するの?」
「じゃなくて、これ、宣材写真だよ。」
「ああ、なんだ。」
真美が興味深げに尋ねてくるので、真美と亜美の写真を見せながら、説明するが…その写真はなにかが違う…

 写真の中に映る、双海姉妹はなぜか猿の全身スーツを着ていた。ほかの子の写真もどこかおかしい。眠たげな顔をしているやよい、マリリンモンローのようなあずさ、こけた瞬間をとらえたような春香、アクション映画のワンシーンかのような真、明らかに青ざめた表情の雪歩、動物に囲まれてじゃれ合う響などなど

「にしても、どうしてみんなこんな感じなんだ」
「なによ、社長が個性的にアピールしていこうっていったからじゃないのよ」
「えっっ!?」
 衝撃の事実、個性的…とはいえ、社長が求めていたのはこういう方向性ではないはず…と思いきや

「この写真、社長にすっごくほめてもらいましたー。」
「…なんか違うと思うんだが」
まずい。これはまずい。こんな受け狙いとしか思えない写真を宣伝に使ってはアイドルとして売れようはずもない…


ちょうどよくやってきた、765の女性プロデューサー、秋月律子に拝み倒すように宣材を取り直すよう進言するのだが…

「むりむりむり、あの衣装で一体いくらかかったと思ってるんですか!?」
そう折しも、もう一つの懸案事項。765の揃いの衣装が完成したことによって会社の懐事情はほぼすっからかんになっているのだ。

少女たちの懇願にも、困ったように渋る律子だが…

「長い目で見ればこれも、先行投資ですよ。」
という音無さんのメフィストの如きささやきに
「…先行投資ねぇ…」
今の彼女の脳内では、現在の宣材によるマイナス効果と現在の765の懐事情が天秤にかけられているのだろう。目は口ほどにものを言うとはいうが、今の彼女の眼は¥のスロットルのようだ。

「よし!じゃあ、いっちょやりましょうか!」


律子の決定により、宣材をとりなおすことが決まり。オーディションや練習で各所に散らばるみんなに連絡をいれる。


そのころオーディション会場では
「宣材、取り直すみたいね。」
連絡を受けたやや長身の少女、青みがかった長髪が特徴的な如月千早が同僚の少女たちに連絡事項を告げる。

「新しい衣装でもとるみたいですよ。」
同様にメールをみた、黒髪でボーイッシュな少女、菊地真が嬉しげに告げる。

「はて、前のではいけなかったのでしょうか…」
銀髪で赤いカチューシャをつけた少女、四条高音が疑問を口にする。

「ん?春香?大丈夫?なんだか顔色が…」
「き、緊張しちゃって、心臓飛び出しそう…」
千早は隣に座っている少女の顔色が悪いのを気に掛ける。気が小さいのかオーディションを前に顔を青ざめている少女、緑がかった瞳と赤い髪飾りが特徴の、天海春香はもちろん比喩的な意味で言ったのだが…

「なんと、それは一大事です。すぐに救急車を…」
高音にとってそれは、冗談ではなかったようで、慌てて席を立ち、身を翻してどこかに行こうとする。

「うぇ、ちっ違うんです。そうじゃなくて…あの…お手洗いに行ってきます。」
慌てた春香は誤魔化すように、席をたち部屋から飛び出すが…



「きゃっっ!!」「うおっと!」
慌てていたため、扉を出たところで廊下を歩いていた長身の男性にぶつかりそうになってしまう。春香は短く悲鳴を上げて尻餅をついてしまう。男性は多少ぐらついたが、自身に比べると相当小柄な少女にぶつかられたぐらいでは対してバランスを崩さなかったようだ。

「大丈夫ッスか?」
ぶつかられた男性は転んでしまった春香を気に掛けるように近づき手を差し伸べる。春香は床に倒れこんだまま、男性を見上げると、その身長はかなり高く、髪は金髪だ。心配げに自分を見つめるその顔は、モデルか俳優か…随分と整った顔つきだった。

「あの…その…」
つい最近、男性にからまれたこともあり、過剰に男性に近寄られて多少脅えてしまった春香は、ふと男性がどこかで見たことのある人の気がして…


「春香、どうしたの?」
手を借りようかと躊躇していたその姿は、見ようによっては男性が無理やり押し倒し、嫌がる少女に魔の手をむけようとしているようにも見えたのか


「春香から離れろ!!」「おぐっ!!」

扉から出てきた真は、得意の空手を生かして男性の腹部に強烈な一撃を見舞う。
真も春香とともに男性に絡まれたことで、過剰に反応してしまったのだろう。以前のように一目のある街中でもなく人どおりの少ない廊下で、咄嗟だったこともあり、つい全力で殴りつけてしまった。
 よほどうまい具合に入ったのか、真の破壊力がすごいのか…男性は悶絶して、気を失ってしまう。

「ま、真ちゃん!」「大丈夫か、春香!?」




オーディション会場の廊下に気を失ったモデルが転がり、道行く少女たちに不審な目で見られるが、オーディションを受ける少女たちも必死だったためか、緊張していたのか、放置されたままとなっていたらしい…




「うん、まずまずでしょ。」
「まずまずどころか見違えるくらいイメージアップですよ。」
「ふっふ、これなら次のオーディション…」
「ええっ!」
「「いける!!」」
取り直された宣材写真は誰にとっても満足のいくものだったのか、律子と音無の目は皮算用によって¥になっていた。

「プロデューサー。」
嬉しげにやよいと伊織が駆けてくる。
「どうした?」
「善澤さんにみんなの写真褒められちゃいました。」
「へー、よかったじゃないか。みんなのいいところがちゃんと撮れたってことだよ。」
嬉しげに報告するやよいの言葉に、返すプロデューサの言葉も嬉しげだ。


明るい雰囲気に満ちていた室内のドアが不意に開く。

「おっっ!?新しい宣材か。」
入ってきたのは765の社長、高木社長だ。社長は宣材写真を手に取り眺めると

「うーん、これはこれでいいんだが…やっぱり前のもよく撮れてたと思わないか?」
心底惜しそうにプロデューサーに尋ねるのだが、それに同意する声は上がらず、
「…ははは」
新米プロデューサーが社長に強く言うこともできず、苦笑いを返すので精一杯のようだ。

「ところで社長、こんな時間にどうしたんですか?」
返答に困るプロデューサーをフォローしたのか、音無さんがやや強引に話題を転換する。

「おお、そうだ!実はな…知り合いの伝手で、雑誌の仕事が入ったんだ。」
「えっ!!そうなんですか!?」
思い出したかのような社長の言葉に律子が驚く、

「宣材じゃぶじゃぶの効果が早速でたんだね。」「やったー。」
誰が…という発表もないうちから真美と亜美が喜びを表現する。

「いや、写真あがったのついさっきだし、それは流石に…」
「伝手とは言えよく仕事がはいりましたね?」
音無さんの言葉は暗に「よくあの写真で…」と告げていたのだが、幸いなことに社長にその隠された非難の言葉は届かなかったようだ…

「うむ、まあモデルとの対談企画なのだがな。」
モデルとの対談とは、なんとも…
「だれが出るんですか?」
落ち着いた雰囲気に膝元まで届くほどの青みがかった長髪の女性、三浦あずさがみんなの関心ごとを尋ねる。
 対談ということは、選ばれるのは一人だろう。仕事の少ない現状、雑誌の企画とはいえ誰もが期待する。

「相手はスポーツ万能ということで売れている相手だから、今回は真君がいいだろうと思うのだが、どうかな?」
「僕ですか!?」
社長の言葉に真が驚きの声を上げる。
確かに運動は得意だが、自分の特技はダンスだと思っているため、それを表現しづらい今回の企画に自分が選ばれる可能性は低いと思ったのだろう。

「いいと思います。」
「いいなー、真君。大変なのはヤだけど美希もお仕事ほしいなー。」
プロデューサーが、今回は正しい判断をしたことにほっとしながら肯定し、真の周りには、わいわいとみんなが集まっている。豊かな金髪にほわほわとした雰囲気の星井美希も、普段は「楽がいい。」と言っているものの、新しく宣材写真をとったことでテンションが上がっているのか、珍しく仕事熱心とも思える言葉を口にする。

「対談ということは相手はどなたですか?」
「まこちんの相手役なんだから相手は女の子とみた。」
「真美!」
音無さんの言葉に真美が悪ノリし、真がじゃれつく。

「なかなか凄い相手だぞ。ほら、彼の出てる雑誌だ。」
彼ということは男性なのだろう。
765では、本人には不本意ながら、男役を割り振られることの多い真には珍しいことなのか、はたまたいかなる意図があるのか…

「どれどれ」
机に広げられた雑誌をみんなが囲み、覗き込む。
「おっ、カッコいい相手じゃん!」
黒い長髪を黄色のリボンでポニーテールにしている我那覇響が覗き込んだ雑誌に映る、男性の感想を率直に告げる。

「真のお株が奪われちゃうかも。」
伊織がからかうような笑みで真に告げる。

 写真に写っているのは、金髪のやや切れ長の目をした男性だ。脚が長く、スポーツ万能という評判を表したのか、バスケットボールを持っている。

普段なら伊織のからかいに反応する真は、しかし写真に釘づけだ。
「こっ、この人は…」
写真に写っていたのは、オーディション会場で自分が殴った相手で、そのことを思い出し青ざめている。

「あれっ、この人…」
その場にいた春香も気が付いたのか、真の様子を伺うように見ている。


「どれどれ…ってこの人!黄瀬亮太!!」
「うそ!黄瀬君!?」
覗き込んだ相手が少し前から有名な中学生、この春から高校生モデルとなった黄瀬亮太とあって驚く律子と音無。

「どうかしたのか、真?」
写真をみた真の様子がおかしいことをプロデューサーが尋ねる。写真を囲んでいたみんなも真に注意を向ける。

「うっっ…実は…」

ためらいがちに事の顛末を話す真。次第にプロデューサーの顔が引きつる。


・・・

「うーん、イケメンモデルは実は女たらしの悪人だったのか。」「それでも気絶はやり過ぎだぞ!まこちん。」
 亜美と真美が芝居がかった口調で告げる。
「やっ、だからそれは…」
流石に後ろめたいのかあたふたとする真。

注意が真に向いたため雑誌を囲む人が減り、ためらいがちだった雪歩が黄瀬の写真を目にする。

「うーん、そういうことだと今回の企画ちょっと気まずいなー。」
プロデューサーが困り顔で唸る。実際、仕事のない今の状態では選り好みはできないのだが、対談相手が春香に襲いかかろうとした(かもしれない)相手で、しかも悶絶させて放置した相手ともなれば、ともに仕事をするのは気まずい。

「あれ、春香ちゃん、真ちゃん、この人って…」
写真を指さし、ためらいがちに告げる雪歩の言葉に状況はさらに迷走する。







一方、放置された黄瀬は、

「なんなんすかもー…」
モデルとは思えないデフォルト顔で涙を流しながら帰宅していた。








あとがき

基本的に両作品は原作通りにしたいのですが…アニメではレッスンを受けている真ですが、黄瀬とのからみをつけたくてオーディションを受けてもらいました。
春香が男性とぶつかるシーンがなにかの伏線かなーと思ているのですが、なかなか出番ないしいいか…と思ってたら書き終わった日に出てきた!!?しかもまだなんか絡んできそう!?
 ひとまず保留してこのままでいってみます(汗)
アイマス側で一度に大量の登場人物がでるために、紹介が難しい…台詞もどうすればすっきり読めるのか…いろいろ試行錯誤しているのですが、もしかしたら一人二人紹介し忘れている方がいるかも(汗)キャラが壊れている、違うというのは一応アニメをみての独断とwiki参照した結果なので生暖かい目で見てください。
一話で暴力は、とか言ってたのに二話でいきなり矛盾した感じがするのですが、無理やり感は展開の都合上です。一応つじつま合わせの説明はしてますが…チキンハートの初心者ですので酷評は勘弁してください。 



[29668] 第3話 それじゃあ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 17:59
「うーん、ここッスか。」
事前に渡された地図を片手に黄瀬は765プロダクション事務所前にやってきていた。
一階はたるき亭という名の定食屋らしい。

「仕事に入る前に話したいことがあるから、事務所の方に来てほしい…って、それはまあいいんスけど…随分と…ボロそうなとこッスね。」
事務所のある2階に行こうとエレベーターに乗ろうとするが、エレベーターの扉には故障中の紙が随分以前から貼られていた様子で貼り付けられていた。
 階段を上り、事務所の前に立ちノックをする。中からなぜか慌ただしい音がする

 「ちょ、もう来ちゃったの!?」「社長、早く準備してください!」「真、しっかりしなさい!」「プロデューサーもしっかりしてください。」・・・・

「…」
しばらく待つがなかなか騒動が止む気配はない…仕方なく…
「こんにちわッス!今日仕事でご一緒する予定の黄瀬亮太ッス!」
多少、営業用の入ったスマイルで扉を開けて中に入る。

「ごっ、ごめんなさい!!」
入った瞬間、出口のところまで駆けてきた、黒髪の子に勢いよく謝られた…

「ま、真ちゃん、いきなりそれじゃ…黄瀬さんが混乱してるよ。」
頭を下げている子の後ろから額の両側で赤いリボンを留めている子が話しかけてくる。その顔はどことなく…どこかで見た気がする…

「あの…黄瀬さん、この前はすいませんでした。」
結局、その子もろくに事情も説明せず、黒髪の子同様頭を下げ、黄瀬の混乱は高まっていく。

「…えっと、どういうシチュエーションなんスか、コレ?」
「春香もそれじゃ、分らないよ。」
頭を下げる二人から視線はずし、あたりを見るとメガネをかけた男性があきれ顔をしていた。

「ようこそ765プロへ、黄瀬君。わざわざ来ていただいて申し訳ない。僕はこの子たちのプロデューサーです。」
今日はよく謝られる日だ、扉を開けて1分もたたない内に3回も謝られている。とはいえ今度の男性はまだ落ち着いているようだ。

「…で、これは、どういう状況なんスか?」
「うっぅ…そうだね。真、春香も顔を上げてまずは自己紹介しないと。」
プロデューサーのとりなしで、顔を上げる二人、リボンの子もそうだが、黒髪の子もどこかで見た覚えが…

「菊地真です…あの、覚えてますか…?その、オーディション会場で、…お会いしたことが…」
会ったことのある、という言葉に疑問が沸き立つ。アイドルになるほどの女の子と会ったら忘れることはないと思うのだが…

「まこちん、ちゃんと言わないとだめだよ。」「そうそう、いつぞやは悶絶させてすみませんって。」
扉の横、ついたての上から顔をのぞかせるように、よく似た顔の女の子二人が声をかけてくる。…がその内容に頭を傾げる。

   悶絶…?

「あわわ、亜美、真美!!」「あゎわわ…」

「………ああああぁ!!もしかして…あの時の子…!!?」
「「ご、ごめんなさい!!!!」」
 突如として殴られたことで直前の記憶が跳んでいたのだが、どうにか思い出し声を上げる黄瀬。
 雪歩から以前のことも聞かされ、勘違いだったのではないかという思いからてんぱってしまった二人…結局、混乱した場が収まるまで、10分ほどの時間を要したのだった…



 どうにか落ち着いたところで、応接室-と言っても小さい机と来客用の椅子があるだけなのだが―に通され、事の顛末をプロデューサーから聞かされる。

「仕方ないかもしれないッスけど…ショックッス…」
「ごめんなさい。」
「まあ、ぶつかったのはこっちも悪かったッスけど…いくらなんでも襲いなんてしないですよ。」
「申し訳ありません。本人も反省してますし、できれば騒ぎを大きくしてもらいたくはないのですが…」

 黄瀬としても、あの程度でとやかくいうつもりはないのだが、あからさまに落ち込む二人、真と春香をみて、
「それじゃあ、真ちゃんとデート一回ってのでどうっすか。」
いたずら心が湧いたのか、にこやかにアイドルに対するものとは思えない提案をする。

「うぇっ!!?」「デ、デートっっ!!?」
「いや、それは…」
事務所的にも完全にNGな提案だったのだろう、沈んだ雰囲気はなくなったが、ひどく狼狽し始める。

「うーん、やっぱりイケメンモデルは女たらし…」「だめだよ亜美ちゃん、そんなこと言っちゃ…」「今の条件で許してもらうわけにはいかないのでしょうか?」「まあ、さすがに真もアイドルだしダメだろ。」

なにやら部屋の外からも声が聞こえる。
「冗談ッスよ。別にもう怒っちゃいないッスから。」
「「えっ!?」」
「いくらなんでも事務所で女の子、口説こうとはしないッスよ。」
暗い雰囲気が消えたことで気まずさもなくなるだろう。暗いままでは対談するにも気が重い。仕事とは言え、せっかく女の子と過ごせるのであれば楽しいほうがいい…と思ったのだが、

「うーん。事務所では…か。」「まこちん、脈ありかな。」「ふぇ、真さんつき合っちゃうんですかー?」
なにやら外野の騒々しさは増したようだ。そちらに目を向けると、先ほどもいたよく似た二人の女の子とおでこをだした長髪の子、ふわふわの髪をツインテールにした子が隠れるようにこちらを見ていた。
 黄瀬は、にこやかな笑顔とともに軽く手をふる。

「ちょっと、あんたたち、いい加減にしなさい!!」
後ろから怒声が聞こえ、女の子たちは引っ込む。すると

「…分りました!!」
「へっ!?」「えっ!?」「真ちゃん!?」
意を決したような声が机の対岸から、先ほどまで沈んでいた真ちゃんから聞こえる。

「デート一回でいいんですね!」
「あ、いや…」
「ボクが播いた種は、きっちりとボクが片付けます!見ててください、プロデューサー!」
「見ててくださいって…」
どうやら冗談、というのは聞こえなかったのか…なにやら妙な責任感に突き動かされているようだ…とそこに、

「…真ちゃんだけのせいじゃありません!私も頑張ります!」
「うぇ!!?」
妙な連帯感が湧いたのか真ちゃんの隣に座る春香ちゃんまで妙な決意表明を始める。
思わぬ展開に黄瀬は目を瞬かせる。

「なになに、二人だけデート!?」「ずるーい、私たちも行くー!」
引っ込んだはずの子たちまで室内に乱入してきた。ただし二人の気分はほとんどピクニック状態なのだろう…

再び場が迷走し始め…
「お前ら…いいかげんにしろー!」
プロデューサーの爆発によって、終焉を迎えた。





 とりあえず騒動は、黄瀬が「もう怒ってないし、いいッスよ。」と改めて説明したことでおちつく。
 「あの…」
応接室を出て出口に向かう途中、ボブヘアーの女の子がおどおどしながら声をかけてきた。
「ん…なんスか?」
黄瀬は愛想よく振りむくも、視線を合わせたその瞬間、
「ヒッ、お、男のひと…」
小さくつぶやいて後ずさりしてしまった。
「…」
 女たらし疑惑をかけられたこともあり、かなり傷つく反応なのだが、少女の様子に、春香ちゃんが思い出したように尋ねてくる。
「黄瀬さん!あの3月ごろ、夜の公園で危ない所を助けていただいたんですけど、あれは黄瀬さんですよね!」
「3月ごろ、夜の公園?」
あまり記憶に残っていない内容のため、考え込むように首を傾げる。夜の公園…

「ああ、たしか青峰っちと勝負したときに、女の子たちがいたような…」
黄瀬にとって、その時相手をした五人組はすでに記憶にも残っていないような相手だったのだろう。
「あの時は、危ないところを助けていただきありがとうございました。」
「ん?」
黄瀬としては青峰と勝負をしていたという記憶しかないのだが、
「そうだ!あの時は名前も聞けなかったんですよね。改めてありがとうございました。」
真も春香にならって感謝の意を述べる。
「萩原雪歩です。その…ありがとうございました!」
脅えるような挙動は隠しようがないが、それでも勇気を振り絞ったのかボブヘアーの少女、萩原雪歩も感謝をのべる。





その後、黄瀬と真、プロデューサーは対談企画のため会場に赴く。
 どうやら、スポーツ万能の二人の企画だけあって、運動している写真もとりたいからということらしい。

 
 カメラマンからいくつかの質問を受けながら、黄瀬と真は対談をこなしていく。

・・・・


「黄瀬さんはこの春から高校生になったと聞いたんですけど、生活とかは変わった感じがしますか?」
「そうッスね。まあ、学校はバスケ中心なんで、サイクル自体はあんま変わんないッスけど、チームが変わったんでちょっとやりにくいッス。」
「バスケ中心、ですか…」
「そっす、練習が厳しくて…真ちゃんは半年前にデビューしたんッスよね。仕事の方はどうッスか?」
「うっ!?なかなかオーディションに通らなくて…でもこの間、宣材写真を取り直したし、事務所でおそろいの衣裳もできたし、これからガンガン頑張ります!」
「うん?なんかカンペみたいのがでてるッスね。ふーん、真ちゃん女の子のファンが多いんスか?」
「ウェ!?またこの質問…この間も記者さんに、この質問されたんですよ。その前も!みんなそろってボーイッシュだからって言うんですよ!ボクだって可愛いふりふりの衣裳きたいのに…」
「へー、たしかに可愛い系の服も似合いそうッスね。真ちゃん可愛いから。」
「かわっっ!!き、黄瀬さん、はどうですか?」
「どうって、まあ一応女の子のファンが多いみたいッスよ。流石に。」
「あっ、そ、そうですよね。えーと、そうだ、バスケ、バスケやってるんですよね。ボクも運動は得意なんですけどバスケはやったことないんですよ。バスケを始めたきっかけってなにかありますか?」
「きっかけッスか…憧れた人がいるんスよ。昔から運動は好きだったんスけど、あんまライバルになるヤツとかいなくて、どっかにすごいヤツいないかなー、って思ってたら同じ中学の同級生にすごいバスケうまいヤツがいたんスよ。そんでこの人とバスケがしたいって思ってその日にバスケ部に入ったんス。」
「へー、高校ではどうですか?」
「んー、その人とは別の高校になったんで、勝負が楽しみッス。」
「憧れの人との勝負にむけての自信はどうですか?」
「いつやっても自信満々ッスよ。団体戦よかそっちのが楽しみッスね。」
「…団体戦よりって、それはダメですよ。」
「えっ!?」
「ボクはバスケあんまり知らないけど、やっぱりみんなといるから楽しいんだろ!…あ、いや楽しいと思いますよ。」
「…」
「えっと、団体戦なんだから、大事なのはみんなに対して、自分が何ができるか…だと思うんだけど…」
「…」
「…」
「くっくっ…」
「へっ?」
「昔、似たようなことを言われたことあったッスよ。」
「えっと、それって・・・・・






・・・・・


「ふーん、これが例の雑誌?」「あっ、プロデューサー、出来上がったんですか!?」
「ああ、真。見させてもらってるけどこうしてみてもやっぱり、ちゃんと受け答えできてるし、写真もいい感じじゃないか。」
「ホントだ。真君かっこいい!」
「うぇ、なんでかっこいい?」
「だって黄瀬君とバスケしてる絵なんてすっごくかっこいいよ?」
「う、う、う…今回はいけたと思ったのに…」
「はは…お、でもこの写真はいいじゃないか。」
「えっ!?」
「あ、ほんとだ。こうしてみると…照れてる真君かわいー!」
「え、かわい、えっ!ちょっと…」
「ねえねえ、みんなもこれ見て!」
「あ、ちょっ、美希!」





[29668] 第4話 ん、ちょっとした合宿ッスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/12 22:54
「おお、そうか。ついにイベントの仕事を決めてくれたか。ははは、やるじゃないかそれでこそ我が765プロのホープだ。」
「はい、がんばって営業かけたかいがありました。」
「うむ、サポートは任せたぞ、律子君。」
「はい、任せてください。」
社長室では社長とプロデューサー、律子がなにやら話あっている。突然事務所の扉の開く音が聞こえ

「待って雪歩!」「ちょっと雪歩!」
春香と真の静止を求める声が響き、雪歩の泣きながら駆ける音が聞こえる。

「な、なんだ!?」
突然の事態に、プロデューサーは廊下にでて、そこに事務室に駆けこむ雪歩たちの姿をみつける。
「ごめんなさい。私、私…ごめんなさーい。」
「しょうがないよ、今日はたまたま男の先生だったんだから。」
「ほら鼻水が洋服についちゃうよ」
泣く雪歩を宥めるように真と春香がやさしげに声をかける。少し落ち着いたのか泣き声が弱くなるが…

「全く雪歩の男嫌いのせいで全然レッスンになんなかったわよ。」
伊織の言葉に雪歩の肩が大きく震え、泣き声が再び大きくなる。

「伊織!そんな言い方ってないだろ雪歩がかわいそうじゃないか。」
「なによ、ほんとの事言ったまでじゃない!」
相性が悪いのか、真と伊織はよく喧嘩するが…今はそれよりも…

「そうなのね、こんな私なんか、私なんか…穴掘って埋まってます―――!!」
比喩表現だけでなく、事務所に穴をあけて埋まらんとする雪歩を止めるのが先決だろう。



第四話 ん?ちょっとした合宿ッスよ


「はーい、注目!」
律子のよく通る声が事務所にひびき、ついでホワイトボードを叩く音がひびく、

「ふるさと村の夏祭りイベントでのミニライブが決まりました。全員参加よ!」
みんなの喜ぶ声であふれる。ようやくの大規模イベントの予感にみんなの期待が高まる。

「それとこのイベントは彼がとってきた初仕事よ。」
「っ頑張るからな」
律子の紹介に緊張したように宣言するプロデューサー、

「ちょっと大丈夫?」「にーちゃんにはまだ荷が重いかな。」
伊織と真美の辛辣な言葉にプロデューサーの顔が引きつる。

「が、頑張るからな…」






「荷物積み込んだ奴から車に乗れよ!」
ふるさと村は遠く、当日出発のため早朝のまだ暗い時間帯にみんなは事務所前に集合し、出発の準備をしていた。

「そ~れは、さすがに触れないよ~。」
「ちょっと美希、こんなところで寝ちゃダメでしょ」
普段から眠た気な美希は早朝とあってか輪をかけて眠そうにし、というより車の荷台で荷物に乗っかって寝ようとし、春香はそんな美希を起こそうとしている。

「前のりとかできなかったの?」
「悪い、向こうのペンションが先に抑えられちゃってて。ほんとごめん!」
「しょうがないわね…」
早朝より集合させられ、若干不機嫌な伊織がプロデューサーに不平を告げる。

車内では荷物を積み終えた雪歩、真、春香が楽し気に話している。
「真ちゃんステージで歌えるなんてスゴイよね。私、緊張するけどすっごく楽しみ。」
「その意気だ、雪歩!」
「雪歩!がんばろ!」
互いに鼓舞する三人だが、
「雪歩気合いはいってるな。」
様子を見に来たプロデューサーの存在におののく、男性恐怖症の雪歩が飛びのき二人を押しつぶしていた。

「やっぱオレ嫌われてるのかな…。」
入社して数か月経つにも関わらず、拒絶感を露わにする雪歩の態度に傷心のプロデューサーにかけられたのは
「じゃまよ!」
伊織の容赦ない一言であった。


どうにか出発し、夜明けとともにだんだんと明るくなってくる車内に雰囲気も明るくなり、目前に迫ったイベントにみんなのテンションも高まる。まだ見ぬふるさと村の特産や食事に思いを馳せ、一層テンションを高めあっている。

…が、到着したそこは、名前のごとくの故郷の村であった。

着いたのは閑散とした木造の校舎と学校のグラウンドに設営された、ベニヤのステージ。出迎えは牛や犬の鳴き声と近所の子供たちの765の無名さをはやし立てる声であった。

・・・

「あ~、怖かった。」
「大丈夫、雪歩?」
「うん、なんとか…」
「雪歩、犬も苦手だったもんね。」
「うん。」
子供たちともにいた犬に吠えられ、涙目になっていた雪歩を心配する真。

「でも、なんだか大自然な感じのところだね…うわ。」
空気のおいしさをたしかめようとした春香は、突如鞄を下に引かれバランスを崩す。先ほど囃し立てていた子供たちが春香や真にまとわりついて困らせている。
 雪歩はその光景を苦笑いで見ていると、

「あっ!どうも!ようこそふるさと村へ!!遠いところをようこそ来ていただきました。
えっと、なごむプロさん!」
「!!!」
白い歯が眩しい、ねじり鉢巻きに土木業者のようないでたちの男性たちが朗らかに声をかけてくる。
しかし雪歩にとっては恐怖の対象だったのだろう、「あうあう。」とうめきながら後ずさりしていき、
「…いや、えーと765プロです…」
「あっ、控室とお食事、用意させていただいてるんで。ささ、どうぞどうぞ。あっ、それと申し訳ないのですが体育館の方は…」
名前を間違えられ、双方多少なりとも気まずそうにしている隙に、雪歩は逃げ出そうとするが…

「どうしました御嬢さん。」
その先には、逃げてきたところにいたのと同様の集団が笑いかけており、
「っっっっ!!!!」
「どうした、雪歩!?」
「っっっっ、お、男の人が…いっぱい…」
声にならない悲鳴を上げて、気を失ってしまう。


「じゃあみんな、荷物置いたらリハーサルの準備するわよ。」
校舎内に仮設された、控室には簡単な食事が用意されており、みな休憩をとっている。
予想していた豪華料理はないが、おいしそうに食事をとったり、失神から回復した雪歩はまだ青い顔をして真に扇がれている。

「ふー、思っていたのとちょっと違ったなー…いかん、俺がテンション下げてどうする。」
思わずため息が漏れてしまうの無理ない話なのかもしれない。
「あのー、すいません…」
そこに青年団の人と思しき男性が近寄ってきて、




「なんで私たちがこんな事しなくちゃ、いけないのー!!」
なぜかアイドルの伊織やあずさ、やよいたちが料理に駆り出されていた。伊織は玉ねぎの汁が目に入ったのか涙を流しながら高速で玉ねぎをスライスしている。
「ごめんなさいねぇ。実は体育館を使ってる団体さんのお食事も用意しないといけなかったんだけど、人手が足りなくて…」
「あ、ボクたちも手伝います!」「私も…」
雪歩は回復したのか、真ともに調理場にやってきて手伝いを申し入れる。


廊下からは団体がこちらに向かってきている足音と、がやがやとした話し声が聞こえる。
団体の先頭にいた人が、調理場に入ってくる。
「あのースンマセン。昼食をもらいたいんッスけど、どこに行けば…」
真達がその声に振り向くと、そこにいたのは

「「えっ!!!?」」
つい先日、雑誌の企画で仕事を共にした金髪長身のモデル、黄瀬だった。

「あれー、真ちゃんたちなにやってんスか。こんなとこで?」
「え、あ、ボクたちは…」
「あらあら、黄瀬さん?」「ん?あんたこそなにやってんのよこんなとこで。」
黄瀬の問いにしどろもどろになる真の後ろから、あずさが黄瀬を見つけ、伊織が涙目のまま問いかける。
「ん、ちょっとした合宿ッスよ。ところで…」
「あらあら、ちょっと待ってください。すぐに出来上がるので、そうねぇ隣のお部屋を…」
おばさんが食事場所について説明しようとし、

「黄瀬ぇ!なにやってんだ!」

怒声とともに出口のところにいた黄瀬が蹴り飛ばされた。入ってきたのは青年団の人とは違う服を着た男性だった。
「あうー、いやちょっと知り合いがいて…」
「あん!?」
黄瀬が弁明しようとするが、男性は空腹で気が立っているのか睨み付けるような顔で真達をみる。

「ヒゥッッ!!」
男性の剣幕に雪歩が短い悲鳴を上げて、顔を蒼白にする。



 怒りの形相の男性を黄瀬が宥めながら隣の部屋に案内したあと、料理が完成し、大量の食事を隣室に運ぶ。そこには揃いのジャージにTシャツ姿の男性たちがいた。しかし村の青年団とは違うのだろう、まだ高校生のように見える。なにより現役高校生のはずの黄瀬がここにいるということは、

「合宿!?こんなところで?」
食事を運び終えると真達は黄瀬の近くに座り、事情を尋ねていた。
「まあ、本来だったら、もうちょい遅い時期に別のところでやるんスけど…」
「??」
なんだか言いづらそうにする黄瀬君に首を傾げる。少し恥ずかしいのか、頬をかきながら
「実はこないだ練習試合で負けたもんで、臨時に合宿が入ったんスよ。そんで監督の知り合いの関係でペンション借りてここの体育館で練習することになったんス…」
 自信のあるバスケで負けたことを話すのが恥ずかしいのか少し歯切れがわるい。

「そっか、でもおかげでここで会えたんですね、ね!真ちゃん。」
「うぇ、いや、その…」
「そうっすね。会えたのは嬉しいッスけど…ハア」
「うれし…、っど、どうかしたの?」
溜息をつく黄瀬に真が尋ねる。
「いや、試合に負けたの思いだして…試合に負けたのはバスケやってて初めてだったんスよ。」
「そうなの!?」
負けたことは確かに落ち込むことなのだろうが、それまで負けたことがないというのは驚きだ。
「しかも黒子っちにはふられるし。高校生活いきなりふんだり蹴ったりッスよ。」
「えっ!?…」
黒子っち、って…誰?という声は言葉にならず

「黄瀬ェ、とっとと食え!」
先程、調理場に来ていた男性が怒鳴りつける。
「まあまあ、笠松、食事の後は休憩だろ?いいじゃないか。それより気づいたか?」
「あぁ!?」
「一番左の女の子、超カワイイ。」
「テメエも早く食え!!」
「ビクッ!」「…」「…」

小声で話された一部の会話は聞こえなかったが、最後の大声に一番左に座る女の子、雪歩が身を震わせる。
「そっで、だっなんだ。この子っ!」
早々に食事を終えたのか短髪で眉毛の太い男性が黄瀬君にまとわりつくように何事か話している。
「以前仕事で会った娘らッスよ。あとラ行はっきり。」

「これ運んできてくれてたけど、もしかして君たちが作ってくれたの?」
先程怒鳴りつけられていた人が復活したのか、黄瀬君のとなりに腰掛けて尋ねてくる。その視線は雪歩の方にむいており、雪歩は顔を青ざめさせている。

「えっと、ほとんどは地元の方とあずささんたちです。」
雪歩の表情が恐怖におののいているのを不安げに見ながら、春香が答える。
「君が作ってくれたかと思うとすごくおいしかったよ!」
今にも手を握らんばかりに近づく男性に雪歩は、
「ご、ごめんなさーい。」
謝罪とともに脱兎の如く走り去ってしまった。そして
「雪歩!」
春香も雪歩を追って走っていってしまう。

「…」
残された真は、困ったように雪歩と春香の後ろ姿を眺めている。
「…ところで真ちゃんたちはどうしてここに来たんスか?」
「…あ、事務所の仕事で村の夏祭りのイベントのミニライブをやるんだ。」
結局、真は雪歩のことを春香に任せ、説明していなかった自分たちの事情を説明することにしたようだ。

「へー夏祭りがあるんスか。」
「って知らなかったの!?」
「まあ、練習に来たんで祭りがあっても…」
「休憩時間は祭りの設営準備になってるぞ。」
行けないッスと続く言葉は、笠松と呼ばれた人が少しはなれたところからかけた声に消える。

「えっ!!初めて聞いたッスよ、それ!?」
「オメエには今、初めて言ったからな。」
「ちょ、キャプテン!?」
「監督の知り合いのとこに来てんだ。そこのイベントに引っ張りだされるのは当然だろが。」
淡々とした感じで笠松さんは告げる。
「まあ、朝・昼・夜の練習の合間にちょっと手伝えってことだよ。」
「ちょ、それ休憩時間…」
「ウダウダ言ってんじゃねェ!!オラやることあんだからとっとと食え!」


死んじゃう―――!!という絶叫が食堂では響き渡ったとか…

結局、昼の休憩時間、海常は体を軽く動かしながらの休憩ということで夏祭りイベントの手伝いをすることとなる…



「真、ちょっとそれ向こうに持って行って!」
律子から指示がとび、真は機材を運ぼうとするが…

「手伝うッスよ。向こうでいいんスね。」
横から黄瀬が声をかけ、重たい機材を運んでいく。真は機材の付属品を手に取り、
「それくらいボクでも持てるのに…」
とつぶやくが顔色が少し赤くなっている。

機材を運んでいる途中、
「黄瀬さん、練習時間はいつから?」
「3時からッス。」
「海常の人たちも疲れてるのに、ごめん。」
「いやまあ、そこは真ちゃんが謝るところじゃないッスよ。」
無言で同行するのも気まずく感じて、真はためらいがちに話しかけるが、どうしてもいつもの調子がつかめない。

「そ、そうかな…ボクたちライブをやるんだけど時間があったら聴きにきてくれないか?」
「ライブ?えっと、何時からッスか?」
「え、えと何時だっけ…あ、たしか6時半ぐらい。」
昼・夜の休憩時間にも手伝いをするとか言われていたが、流石に祭りの最中に部外者が手伝うことも少なくなって、時間も少しは作れるだろうと考え、
「その頃なら一応、休憩時間ッスからなんとか聴きに行くッスよ。」
黄瀬の言葉に真は嬉しげな表情を見せる。
「絶対だぞ!」





機材を運んだ黄瀬は打ち合わせとリハーサルがあるという真と分れ、仮設ステージ近くで手伝いの作業を続ける。そこに先輩である森山が背後から近づき、

「黄瀬!」
なにやら真剣な表情で肩を掴んでくる。
「な、なんスか…?」
言い知れぬ迫力に思わず身を引く、

「…さっき食堂でいたあの娘の名前教えてくれ!」
引いた距離の分、詰め寄ってきて森山は黄瀬を問い詰める。
「えっと、どの娘ッスか?」
昼食時の様子でだいたいの予想がついたが…念のために確認しておく、

「左端に座ってた、水色の服を着た、超カワイイ娘だ!」
「…たしか萩原雪歩ちゃんッスよ。」
黄瀬と話すときにもおどおどと脅え、男性恐怖症という風に聞いていたし、あの逃げっぷりではここで関わりをつくるのは気が引けたが、肩を掴む手の力が、時をおく毎に万力のようになるのを感じ

 まあ、アイドルなんだし、名前が売れてなんぼッスよね…

という判断にいたり答える。

「雪歩ちゃんか…」
森山はなにやらときめいた顔をして浸っている。「なんだかなー。」と思いつつ、仕方なく森山を見ていた黄瀬は、

「テメエら練習再開だ!っつってんだろが!!」
先程から集合を告げていたらしい笠松の声に気づかず蹴り飛ばされることとなる。



[29668] 第5話 イェーイ!!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/12 22:56

「えー、ふるさと村のみなさーん!765プロ夏祭り、特別ステージにいらしていただいてありがとうございまーす。今日は私たち…」




第五話 イェーイ!!


 律子の宣言で祭りのイベントが始まる。しかし、舞台裏では慌ただしく準備が継続されていた。

「あーん、引っかかってとれないよー。」「みんな落着けー。」「ふわぁ。」「とにかく落着けー。」「伊織は本番までの間、出店手伝ってあげてくれー。」「なんで私が…!!」・・・・

バタバタと駆けまわるアイドルたちを、自身テンパりながら落ち着かせようとするプロデューサー。



一方、喧噪から少し離れた舞台裏の隅では…

「はい、お茶。ちょっと落ち着いた?」
「うん。」
しゃがみこむ雪歩とそのそばに真と春香の姿があった。真はボトルを手渡しながら雪歩に尋ねる。

「なるほど、青年団と海常の人たちが怖かったんだね。」
「でも、みんないい人そうだけどなぁ。」
 先ほどのリハーサルでは、歌を歌うどころか、前列で応援してくれていた青年団の人たちの姿におびえ、ひどく取り乱してしまったのだ。

「私、やっぱり無理なのかな?」
「「えっ!?」」
雪歩の深刻な呟きに思わず声をあげる。

「私、男の人苦手だし、緊張しちゃうと何やってるか分らなくなっちゃうし…」
昼食の時も、準備の時も先ほども、男の人に話しかけられると、耳から入ってくる言葉とは別に、頭の中でまるで脅されているかのように聞こえてしまう。目に映る人影は恐ろしい鬼のように見えてしまうのだ。

「みんなと一緒に頑張りたいけど…」
真と春香はなんと声をかけるべきか悩み思わず顔を見合わせる。舞台ではイベントが始まる。


あずさとやよいのシブメンコンテストでは、あずさが求婚されたり、自慢の一品であるはずの家畜が暴れだすというハプニングが起こるも、やよいのマイペースな進行と飛び込んだ響の機転で場は盛り上がる。
美希のともすれば村を貶しているとも思えるトークショーは、美希の独特の語り口調と雰囲気に和やかながらも客受けしている。

「みんな…すごいな、」
呟く雪歩の声は、先ほどよりも沈んで聞こえる。
「私なんか、男の人見ただけで怖くなっちゃうのに、」
「雪歩…」
「ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん、私いつも足引っ張ってばっかり…やっぱり私にはアイドルなんて…」
話している内にどんどんと顔を俯かせてしまう雪歩に、真は思わず怒鳴るように声を上げる。
「雪歩!どうしてそんなこと言うの!ボク、雪歩がいつもどの仕事でも一生懸命頑張ってるのを知ってるよ。」
「そうだよ、足引っ張ってるとかそんなこと言わないで!」
真の言葉に雪歩も続く、
「でも、私…」
「不安なのは雪歩だけじゃないよ。」

反論しようとする雪歩に春香はすこし固い笑顔をうかべ、
「私だってさっきから緊張で足、震えちゃって…」
「あっ、実はボクも…」
見れば、真と春香の二人の足元も緊張のせいか細かく震えている。

「ねっ同じだよ、だから3人で力を合わせて、ステージ成功させようよ!…ねっ!」
俯いていた雪歩の顔が上がる。春香は手を差し伸べ、真がその上に自らの手を重ねる。それを見た雪歩は、おずおずと手をさしだし重ねる。

「「「765プロ、ファイト!オー!!」」」
3人の声が合わさり、怯えが消える。様子を伺っていたプロデューサーはその様子を見て声をかける。
「さっ、そろそろ出番だぞ。」

3人は舞台袖から観客席を覗き見る。3人の結束で男性と観客への恐怖心をなんとか克服した雪歩は、しかし客席の前列に苦手な犬が鎮座しているのを見て涙を流しながら逃げ出してしまう。




「犬までいるなんて…」
再びしゃがみこんでしまった雪歩の声は、涙で震えている。

「雪歩さん…ですよね?大丈夫ですか?」
後ろから控えめな調子で声をかけてきたのは昼食時に黄瀬君の隣に座ってきた海常の男の人だ。一人になってしまった雪歩は、思わず恐怖心から身を引いてしまう。

「犬と…男性が苦手なんですか?」
態度とさきほどの言葉を聞いていたのか、男は無理に近寄ろうとはせず、しゃがみこんで目線を合わせて尋ねる。
男の言葉に威圧感はなく、無理に近づいてこないことからも危害を加える気がないのは分る。しかしどうしても雪歩の怯えは消えなかった。

「…分りました。ならオレが守ります。任せてください。必ずステージに犬を近づけません。絶対に吠えさせたりもしません…約束します。」

誓いをたてるような男の言葉に雪歩は
「あの…名前…」
消えいくような声で名前を尋ねる。

「海常高校3年、森山由孝です。」
森山は名を告げながら手を差し伸べる。その手を掴もうか逡巡した雪歩は、ふと森山の後方に見知った顔が居るのに気づく。
 自分を追いかけてくれたのだろう、春香と真、プロデューサー、そしていつの間にか来ていたのだろう黄瀬がやさしげな顔でこちらを見ている。
 そろそろとその手をつかんだ雪歩は立ち上がった森山につられるように立ち上がる。そして…




 先に行っててほしい、という雪歩の言葉に春香と真は二人で舞台に立ち、時間を稼ぐ。
客席の前列、鎮座する犬の真横に森山は構えるように立ち、舞台を見つめる。

「ソッコーで夕食済ませたと思ったら、何やってんスか森山さん。」
隣に立つ黄瀬が呆れたように尋ねる。

「今日のオレはあの娘のために戦うと決めたんだ!」
ところどころで間を外してしまう、この先輩にしては珍しくまともなことを言う。しかし戦う相手が、おばあさんに抱えられるほどの小さな犬というのを考えるとやはりズレているのかもしれないが…


 ステージの上では懸命に真と春香がトークで時間を稼いでいるが、まだデビューして経験も浅い二人が、初めてのステージでアドリブで引き延ばせる時間など微々たるもので、早くも行き詰まりかけている…そこに

「おまたせ!!」
雪歩の声が響き、安堵した様子の真と春香が振り返る。
「雪…ほぅ?」
しかしその顔は安堵から一転、驚愕に固まる。

「イェーイ!!」
普段着で出ている二人とは異なり、到着した雪歩の衣裳は村の雰囲気とは合わない、派手な衣装で、頬にはペイントまでされている。
 思わぬ姿とハウリングを響かせた入りに真と春香、観客が固まる…
反応のない観客に一瞬慌てる雪歩は、しかしめげることなく、

「イ、 イェーイ!」
再度繰り返す。しかし心なし声はさきほどよりも小さくなっている。反応の返せない観客に焦る雪歩は、

「イェーイ!!!」
客席の前列から返された声に小さく顔を向けるとそこには、声を返してくれた黄瀬君と犬を警戒してか声をあげれなかったがジェスチャーは盛り上がっている森山さんがいた。
 続く声もなく沈黙が訪れるかと思われたとき、
「「「「イェーイ!!」」」」
客席の後方から、海常の人たちが盛り上げようと声を上げていた。そして
「イェーイ!!!」「はーりきっていくよー!!」
すぐそばから真と春香の合わせる声がひびく。その様子に客席もつられるように盛り上がり始める。
 場が盛り上がったことで3人の表情も明るく、雪歩の呼びかけにもノリよく応える。
 


 軽快なリズムの曲がうたわれ、歌の最中、真と春香は早着替えによって祭り衣裳に着替え、ダンスを加え始める。大きな盛り上がりとともに3人の歌が終わる。
 真達が視線を黄瀬たちに向けると、黄瀬たちは笠松さんになにか話しかけられている。ふっと、黄瀬君がステージを見て、視線が合わさる。黄瀬君は一振り腕を振ると、笠松さんについて客席から離れていく。

 その後も、765のイベントは続き、イベントが終了し片付けが完了したときには時刻は9時を過ぎていた。




 村人や青年団、子供たちが大勢見送りに来てくれるなか、海常の人たちも練習が終わったのか顔を見せてくれる。

 雪歩は森山となにか話している。
年齢が近いこともあり、手伝い作業の際に話す機会があったのか、幾人かは楽しげに話しをしている。
 真は黄瀬の姿を探すが、あたりに姿はない。探している姿が目に付いたのか、笠松さんが近づいてきて、
「黄瀬ならまだ体育館で練習してるぜ。」
探し人の居所を教えてくれる。



 真はプロデューサーに一声かけて、体育館に急ぐ。一人でいくつもりだったのだが、抜け出すところを見つけたのか亜美と真美、春香までついてきている。
 灯のついた体育館からはボールの弾む音とスキール音が聞こえる。
 

 扉から体育館を覗きこむと、熱気が顔を撫で

ダムッッ

独り黄瀬が練習を続けている姿が目についた。


 黄瀬は床にボールを強くたたきつけると、ゴールに向けて走り込み、高く跳ね上がったボールを空中で掴みそのままダンクを撃ちこむ。

ガンッッ!!

大きな音が響き、軽く空気が震えたように感じられた。


転がるボールを追いかけた黄瀬は、真たちに気づく。
「あれ、真ちゃん、と春香ちゃん。あと…」
「双海真美と」「亜美だよ。」
 名前を思い出そうとする黄瀬を遮り、二人が自己紹介する。

「ああ。えっとどうしたの?」
 軽くうなづき、黄瀬は尋ねる。
「どうしたって、もう帰る時間なんだけど黄瀬さんだけ見送りに来てくれてないから…」
「薄情だぞ、黄瀬っち。」「私たちデートの約束をかわした仲じゃないのかよぉ。」
練習の邪魔をしてしまった真がためらいがちに告げると、亜美と真美が冗談めかして不満を言う。

 「あれ、もうそんな時間ッスか!?ごめんッス。」
本当に気づいていなかったのか驚いた様子で時計を見て謝ってくる。
「いえ、そんな約束もしてませんし、練習お邪魔してすみません。」
春香が遠慮がちに謝るが、
「駄目だぞ、まだ次合う約束も連絡先も聞いてないんだから、今会わなかったらデートの約束果たせないじゃんか!」
 亜美が冗談めかして怒りながら告げる。

「デ、デートって。」「ダメだよ。亜美、真美!」
 その件はただの冗談で、別にかまわないと言っていたはずなのだが、なぜか二人は乗り気だ。真と春香は、慌てて止めようとするが…

「おやー、まこちんは一度宣言したことを果たしもせずにすっぽかすのかなー?」
ニヤーとした笑みを浮かべて真美が真に告げる。

「なっっ、あ、あれは…!!」
顔を朱くして弁明しようとするが、その言葉にかぶせるように、
「しゃあない、黄瀬っち。すまんがまこちんは怖気づいてしまったようだ。」「うむうむ、ここは私たちだけで我慢してくれたまえ。」
二人の悪ノリは止まらない。

呆気にとられた表情で黄瀬は目を瞬かせる。ふと真を見ると、真は恥じらうような顔をしたままあたふたと手をさまよわせている。
「いや、その…うん、怖気づいてなんかいないぞ!うん。でもほら、黄瀬さんのこともよく知らないし、バスケのこともよく知らないし…」
 狼狽したまま、だんだんとしぼむ声で、言い訳するように捲し立てている。

「よく知らない…って、まこちんは、黄瀬っちと二人っきりで対談した仲だろ?」「そうそう。」
「二人っきりって、ちゃんとカメラマンとかプロデューサーも居たし…!」
あわあわとしている、真と春香の様子に可笑しそうに黄瀬は微笑むと、

「じゃあ、デートの代わりに今度、バスケの試合を見に行かないッスか?」
「えっ!?」
「もうすぐ、都のIH予選始まるし、オレの友達の黒子っちがでてるんッスよ。予選決勝までは進むと思うッスから…たぶん。」


「それなら…」「うーん、ここらへんが落としどころかなー?」「私らも行っていい?黄瀬っち?」
春香たちは黄瀬の妥協案に頷くが真は、聞き覚えのある名前に考え込む。
「…あの、黒子って、その…」
「ああ、覚えてたんスか、昼間の話。」
黒子、その名前はたしか…


「こないだ会ったんスけど、振られちゃったんスよ。まあ、なかなか強そうな相棒も見つけたみたいだし…ってなんすか?」
 黄瀬は目の前の春香たちをみると驚いた顔をしているのに気づく。
「黄瀬さんを振ったって…」「黄瀬っち、無神経だぞ。昔の女のところにデートに誘うなんて!!」「あれ、でも試合にでてるって…?」

 捲し立てる3人の言葉に勘違いを与えてしまったことを悟り慌てて弁明する。
「違うッスよ。黒子っちは中学の頃のチームメイトで、また一緒にバスケしないかって誘って、断られたって事ッスよ!」
思わぬところで妙な疑惑をかけられ流石に慌てる。
「あ、そういうこと…」「びっくりさせんなよ黄瀬っち。」「はーびっくりした。」
3人は納得したように詰め寄ることをやめ、真も安堵したように息を吐く。



「んで、どうッスか?」



[29668] 第6話 何やって…なにやってんスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/14 07:57
「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「あー!なんでッスかー!」
「えっっと…」

 以前の約束により、一日黄瀬とでかけることとなった真。ふるさと村で互いの連絡先も交換した。
事前の話し合いで1on1のデートとはならず、出発の前日になってさらに雪歩と響まで加わることとなったのだが…待ち合わせ場所に到着すると予想外の同伴者は真たちだけのものではなかったらしい。
 目の前では、黄瀬さんが海常のキャプテン笠松さんに蹴飛ばされている…





第六話 最悪ッス



「真ちゃん…なんかいつもより気合いはいってる?」
「っそ、そんなことないよ、うん、全然。」
 雪歩の言葉に動揺したかのように返す。

 仕方ないよな。うん、勘違いとはいえ、おもいっきり殴っちゃったし…春香や雪歩と一緒の時も助けてくれたし…うん、一日くらいは仕方ないな。うん。

「まこちん、思考がダダ漏れ…」
「うーん、思ったよりも…」
今の状況ではからかっても良好なリアクションが得られないと判断したのか、真美と亜美も直接本人に言おうとはしない…言っても聞こえていなかったかもしれないが…

「うーん、でも女の子を誘うのにバスケットの試合会場っていうのはちょっといただけないかな。」
 春香が今日の行く先に思考を向ける。

「お、関心、関心ちゃんと先に待ってるみたいさ。」
響が待ち合わせ場所にいる黄瀬さんをいち早く見つける。

「えっっ、ちょっ、ちょっと。」
「おーい、黄瀬っちー。」
いまさらになって慌てた声を上げる真を無視して、亜美が黄瀬さんに手を振りながら声をかける…なぜか黄瀬さんだけでなく、隣にいた男性まで反応し、驚いた表情が一転、なにやら怒ったような表情となり…



「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「あー!なんでッスかー!」
よく見ると隣にいたのはふるさと村で会った海常のキャプテン、たしか名前は笠松さんだ。なにやら本日の趣旨に行き違いでもあるのか、怒り顔で黄瀬さんを蹴っている。

 笠松さんは一通り蹴飛ばして落ち着いたのか、一呼吸おくと、ぐるっとこちらを向く。
「んで、なんでこの娘らがここに居んだ?」
怒り顔がまだ冷めやらぬままこちらを向いたものだから、雪歩が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて脅える。

「キセキの世代の試合を見てきます。とか殊勝なこと言ってたよなおい!」
「や、だからそれは「そういや、出るときオレがついて行くって言ったらやたらと嫌がってたよな!」えーっと。」
 話してる内に怒りが再燃したのか地に伏した黄瀬さんを踏みしだいている。

「えーっと、一応この後、バスケットの会場に行くって話だったん、ですけど…」



しばらく攻撃を加えて、ようやく落ち着いたのか、真たちのとりなしもあってどうにか落ち着き、試合会場へと向かう。

「はあ…」
予想外の同行者に真の緊張もほぐれたのか、先ほどまでの緊張はなくなっていた。なにかを期待していた訳ではないのだが、デートと言う名目の筈が思わぬ展開につい溜息がでる。

「まあまあ、まこちん。」「今回はまだその時ではなかったのだよ。」
「そ、その時って、どの時だよ。」
いつものテンションに戻り、じゃれあいも戻る。春香や雪歩は「まあまあ。」と真をなだめている。


【…国的に晴れ、さわやかな一日になるでしょう…続いては―おは朝占~~~い!!】
「まったく、オマエは何考えてんだか…んでさっきから何見てんだよ。」
ぶつぶつ言いながらも、せっかく来た女の子たちを追い返すわけにもいかず、ともに行くことになった。
「おっ、これっておは朝か?黄瀬っち、おは朝見てんのか?」
響はすでに適応したのか黄瀬さんや笠松さんとも親しげに話している。

「今朝の録画ッス。朝は最近ロードワークで見れないんで。」
同行者が増えることになってしまったが、女の子と歩いているというのにプレイヤーをかけるというのは、いかがなものか…いきなり出鼻をくじかれて、黄瀬さんも若干ならずやさぐれているのかもしれない。

「ずいぶん勤勉になったなオイ。前はサボってばっかだったのに。」
「いや、ウチの練習ちょっとアレやりすぎ…」
「チョーシ乗んな!シバくぞ!」「いて」
入部してまだそれほど経っていないにもかかわらず、このモデル兼バスケット選手はキャプテンにどつかれることが板についているようだ。

「まあ、これ見てんのは今日だけッス。これの結果がいいと緑間っちもいいんス。」
「緑間っち?」
「ああ帝光の…で何座?」
【一位とビリは同時に発表…】
響は初めて聞く名前に疑問の声をあげるが、笠松さんが黄瀬さんの中学時代のチームメイトであることを告げる。

「かに座ッス!ちなみに黒子っちはみずがめ座…」
「そこまで聞いてねぇよ。」
【一位はかに座!!おめでとう。今日は文句なし!…最下位は残念、みずがめ座です。今日は大人しく…】

「げ…「ねーねー黄瀬っちは何座なの?」っとほぎゃあっぅちょばっ…」
「うお、なんじゃい!!?」
嫌な結果にうめく黄瀬さんの背中に、真美がのしかかり、手元がくるったのか、音量を最大にしてしまい、突如響く大音量に奇声をあげる。

「ビクッ!!」






「たくテメーがちんたらしてるから始まってんだろが!」
「いや、多分キャプテンがどつきすぎ…いて!」
試合会場に到着した一行だったが、既に誠凛の試合は開始されており、空席を見つけて席につく。


「12対0!?」
「えええー!?」
「オイオイマジかよ。」
仮にも練習試合で自分たちに勝った相手が序盤から点差をつけられ負けていることに驚く黄瀬さんと笠松さん。

「ちょっ、ボクは…」「いいからいいから」
試合を観戦に入った二人とは異なり、女性陣は席次でひともめ起こしていた…というより全員が真を黄瀬の横に座らせようとして、真が騒いでいるのだが…
 試合は幾度か誠凛が攻めていたが、固い防御を誇る正邦に得点できずにいた。

「何やって…なにやってんスか?」
前半は得点がでない誠凛に、後半は真達がなかなか落ち着かないことに呆れたように疑問の声を上げる。

「いや…だから」「なんでもないです。」「ほら、真ちゃん座って座って。」
視線を向けるとあたふたとした真が春香に隣の席へと押し込まれていた。

「…この前やって思ったけど、誠凛は基本スロースターターっぼいな…」
呆れ顔で見ていた笠松さんは、スルーを決めたのかコートに視線をむけ、分析を始める。

「けど、そこでいつも初っ端にアクセル踏みこむのが火神なんだが…そいつがまだこねぇからなおさら波にのれてねー。」
落ち着いた笠松さんの言葉と胡乱気に見つめる黄瀬さんの視線に、真は顔を赤らめながらも大人しくなる。

「なあ、かさかさ「「かさかさ!?」」なんかバスケってもっとテンポよく動くのかと思ったら、なんかさっきから止まりがちだな。」
響の意外な(度胸のある)渾名に、驚きの声を上げる黄瀬さんと笠松さん。響は気にした様子もなく疑問を口にする。
 たしかに先ほどから、誠凛がボールをキープしているのだが、ファールによって流れがとまったり、ボールがハーフラインを越えたところでパスの流れが突然とまったりと、今一つリズムに乗れていない感がする。

「かさかさ…」
笑いをこらえる黄瀬を一睨みし、笠松さんは解説を続ける。
「正邦の、今DFやってる方の、システムは全員マンツーマン…だが並みのマンツーマンじゃねー。常に勝負所みてーに超密着でプレッシャーかけてくる。ちょっとやそっとのカットじゃ振り切れねー。」
笠松さんの解説に耳を傾けながら、真や春香たちも落ち着いたのかコートに目を向ける。
「いくらあの透明少年のパスがすごくてもフリーがほとんどできないんじゃ、威力半減だ。」
「透明少年?」
「さっきパスをとめた誠凛の11番、黒子っちッスよ。」
「どれどれ。」「んー、見えねー。」「あっなんか、今ちらっといたような?」
真美の疑問に黄瀬さんが答えるが、存在感の薄い黒子を真たちは見つけられないようだ…

「でもDF厳しいのはわかったスけど…んなやり方じゃ最後まで体力もたないッスよ。」
「そうなの?」
「バスケは普通にフルタイムやっても結構疲れるッスから、こんな序盤で勝負所みたいなプレー続けてたら普通はすぐにダウンッスよ。」
黄瀬さんの疑問に、真がさしはさむ。たしかに勝負所のような動きではすぐにバテてしまうのだろうが…

「あいつらはもつんだよ、なぜなら正邦は動きに古武術を取り入れてるからな。」
「古武術?」
「ねじらないことで体の負担が減って、エネルギーロスを減らせるらしい。」
「よく知ってるッスね。」「かさかさ、博識だな!」
「…全国でも珍しいチームだからな、月バスで特集された時もあったし。」
亜美の言葉にあきらめがついたのかそのままスルーして解説をしめる。

「なるほどだからッスか…けど、このままやられっぱなしで黙ってるようなタマじゃないスよね?」



コートでは誠凛がタイムアウトをとり、なにか作戦を話し合っている。

タイムアウトが終わり試合が再開する。誠凛の10番火神がそれまで苦戦していた正邦の10番相手に1on1をしかけ、

「おおっ!」「はやーい。」
チェンジオブペースから一気に抜き去り、ゴールを決める。火神の速さに真たちも感嘆の声を上げる。


一方、隣のコートでは秀徳対銀望の試合が行われており、ちょうど緑間が連続三本目の3Pを決め、温存のために交代していた。
横目でそれを見ていた黄瀬は、
「…緑間っちの方はヨユーみたいッスね。」
特に面白げもないように評していた。
「ま、当然だろ、相手もフツーの中堅校だし、波乱はまずねーだろ…あるとすりゃコッチ…なんだが…」

「うお、なんだかいきなり、テンポがよくなったぞ!?」「ふぇっ、え。」「お、今度あっち行った。」
固い守備とは一転、正邦が素早いパス回しで誠凛を翻弄していた。めまぐるしいパスワークから10番がシュートを狙い、阻止するために火神がファールをとられる。

「火神っちの得点で誠凛もエンジンかかったと思ったんスけど、あと一歩うまくいかないッスねー。」
「いくらなんでもDFだけじゃ王者名乗れねーよ。OFだって並みじゃねー。」
展開の速さに、テンションが上がってきたのか真たちは興奮したようにコートを見つめ、黄瀬さんと笠松さんは冷静に分析を続ける。

「確かに正邦にはオマエや火神みてーな天才型のスコアラーはいねーけどな。タイプが違うんだよ。OFもDFも古武術の応用をしてる。特に三年ともなれば相当のレベルで使いこなしてる。正邦は天才のいるチームじゃねー。達人のいるチームなんだよ。」
「なんか、渋いですね。」「いぶし銀だ。」
春香と真美が反応を返す。

「…達人ならいるッスよ。誠凛にも。」
コートを見つめる黄瀬さんの目元は鋭く、楽しげだ。

 誠凛の攻撃となり、パスを回そうとしているが、密着DFにパス回しもしんどそうだ。しびれをきらしたのか誠凛の5番が誰もいない空間にボールを放り投げ…

「あっ、ミスった…ってなんだ今の!?」
誰もいなかったはずの空間に投げられたパスが突如としてブーメランのように戻り、真が驚きの声を上げる。その様子を黄瀬さんは面白そうに見つめる。
「いくら鉄壁の正邦DFも壁の内側からパスくらったことはないみたいッスね。」

コートでは慌てたような正邦のメンバーが多い。だが正邦の5番は落ち着いており、慌てるチームメイトを落ち着かせるかのような力感のない、しかし速い動きでシュートを放とうとし…

バゴッッ!

「髙―い。」「鳥人間だ!」
ジャンプ一番、ブロックに成功した火神に亜美と真美が興奮した声ではしゃぐ。
 誠凛に勢いがつきはじめ、黒子のスティールから4番の3Pが決まり、第1Qを19-19の同点で終えた。

「黄瀬さん。さっきのブーメランみたいなパスどうやったんですか?」
休憩の間に、先ほどの黒子のプレイについて真が尋ねてくる。
「あれが、黒子っちのプレイッスよ。」
「黒子っちの?」
「そッス。存在感の薄さや視線の誘導を利用してパスの中継役に徹する誠凛の達人ッスよ。」


休憩が終わり、第2Qが始まる。
再開されたゲームは誠凛からの攻撃で始まるが、正邦も本領を発揮してきたのか、第1Qよりも一段と厳しいDFを見せる。

「すっげー…プレッシャー…!」
観客席にまで正邦の気迫が伝わるのか、黄瀬さんや笠松さんのコートを見る目も真剣みを帯びている。

正邦10番の強烈な圧力に火神もたじろぐ…が突如湧いて出たような黒子の壁パスによりDFを突破する。すかさず4番のヘルプが入るがまたしても、黒子と火神は連携し、高くバウンドしたボールは火神によって直接ゴールに叩きつけられる。

「おおぉ!かっちょいー。」「ダンクってんでしょあれ?」
火神の豪快なプレーに興奮する亜美たち。

「前より二人の連係の息が合ってるッスね。」
「あのDFをぶちやぶるのかよ。」
感心したように告げる黄瀬さんと笠松さん、しかし

「けど…一つ気になるな…第2Qでかく汗の量じゃねーぞ。あれは…」
笠松さんの視線の先には、第2Qにしては早すぎるスタミナの消耗を見せている火神の姿があった。


幾度かの攻防が続き、28-31となる。
だが、突如プレッシャーの弱まった10番に誘い込まれる形で火神がダンクを狙い、

ピーッッ
「OFファウル!!白10番!!」
「なっ」

ファウルトラップにかかり、火神が四つ目のファウルを取られる。
「バッカ…!!何やってんスかもー。」
「こりゃひっこめるしかねーな。残り一つじゃビビッてまともにプレイはできねー。」
「???」

黄瀬さんと笠松さんは早いQで引っ込まざるを得ないことに呆れ声だ。一方、ルールに詳しくない春香たちははてな顔だ。
「なあなあ、黄瀬っち。ファウル4つもらうとどうして引っ込めるしかないんだ?」
響から疑問の声があがる。

「バスケだとファウル5つで退場になるんスよ。んでこんな早い時間から退場なんてシャレになんないスから一度引っ込めて、勝負どころでまた使えるようにしとくんスよ。」
「へー」

だが誠凛ベンチは予想の上を行く行動をとる。4ファウルの火神だけでなく、パスの要の黒子まで引っ込めてしまうのだった。
「あれ?今ひっこんだのって黒子っちじゃ?」
真が気づき不審がる。
「ほんとッスね。黒子っちまで下げちゃ、勝つ見込みだいぶ下がるッスよ?」


交代で出てきた選手は、猫口の6番と細目の9番だ。あの二人を含めたメンバーが火神、黒子のコンビを擁していた時点よりも上だとは思えなかった。しかし…

「おおーっ、思ったより全然くらいついてるッスね。」
「…てかむしろ今の方がしっくりきてるけどな。」
誠凛メンバーは、先ほどまでよりもチーム全体での連携を生かし、王者にくらいついていた。

「かさかさ、しっくりくるってどいうこと?」
「んー、黒子と火神は攻撃力がズバ抜けてるから即採用したんだろうが…あの二人を加えたチーム編成は春から作った型。いわばまだ発展途上なんだよ。」
「へー。あの髪の赤い人一年なんだ。」

「…4番日向のアウトサイドシュートと8番水戸部のフックシュート、それを軸にしてチームOFで点を取る今の型が、誠凛が一年かけて作ったもう一つの型だろう。」
「ふむふむ。」


ゲームは司令塔の5番伊月を中心に、ぎりぎりでくらいつくことで第3Qになるころには49-54となっていた。

そして、しばらく攻防はつづき…
試合時間が残り5分というところで

ガッシャーン!
「おわ!」
「だ、大丈夫かな?」
交代で入った誠凛の選手がアウトボールを追いかけ、自軍ベンチに豪快に突っ込んでしまった。

上から見ても突っ込んだ選手は目を回していることがわかる状態だ。
「うーん、ありゃちょっとまずそうッスね。」
「残りの時間も時間だ。点差が6点あることだし、火神をだしてくるかな。」

しかし笠松さんの予想は外れ、出てきたのは黒子だった。
 黒子は一年生同士ということか正邦の10番とマッチアップするようだ。

一度引っ込んだことで、慣れてきた目がリセットされたのか黒子のパスが通り、誠凛に勢いがつく。気のせいか前半よりもほかの選手までDFを躱せるようになっている。

「ずいぶん研究したみたいッスね。誠凛は…」
「そうだな。正邦のプレイは特殊な分、癖があるから対策をしっかりしたうえで戦えば対応できるようにもなるか。」

残り時間がわずかとなってきとところで誠凛がついに逆転し、得点は70-69となる。

「やったー。誠凛が追い抜いた!」
黄瀬さんが応援しているからか真たちも誠凛に肩入れしてみているようだ。だが直後、正邦の4番が強烈なダンクを撃ちこみ誠凛を圧倒する。


「王者をなめるなよ!!キサマらごときが勝つのは10年早い!!!」
正邦の4番が意地をみせるように吠える。そして


「オールコートマンツーマン!?」
「守るどころかもう1ゴール獲る気だ…!!」
残り時間10秒ほどのところで正邦がコート前面に散らばり、誠凛にプレッシャーをかける。

残り時間8秒、水戸部がうまくスクリーンをかけ、伊月が敵陣深くに切れ込む。左サイドから中央の黒子にパスし、黒子の前に正邦の10番が立ちふさがる。

「なんで…」
黒子の行動が読まれていたことに驚く黄瀬さん、
「パスコースから逆算して察知したんだ…!!」
1on1の能力で劣る黒子ではDF力の高い10番を突破できない。しかし

「黒子ォオオ!!!」
ベンチから吠えた火神の意図をくんだのか、黒子はパスをスルー、同時に誠凛の9番のスクリーンによってフリーになった日向がボールを受け取り、シュートを決める。そして…

73-71
「試合…終了―――!!!!」


「「「「「「やったー!!」」」」」」
すっかり誠凛の味方になったのか、真達が喜ぶ。

「となりの秀徳も終わったみたいスね。」
「これで決勝は秀徳対誠凛か…つか一日二試合ってムチャしすぎだろ…」

「もう1試合あるんですか?」
日程に驚く真、確かに約束していたとはいえ、女の子にバスケの試合を二試合も連続で見せるのは酷だろう。

「んー、まあ今日の目的はどっちかっていうと次の決勝なんスけど…」
「誠凛の試合、もう一つ見れんのか!?」「いつからやるんだ!?」
きついならイイっすよと続く言葉は亜美と真美の言葉に遮られる。

「3時間後。泣いても笑っても、そこで決勝リーグ進出校が決まる…!!!」

「たしか秀徳にも、黄瀬さんの元チームメイトがいるんでしたっけ?」
「緑間っちッスよ。たぶん見応えあると思うッスよ。」
真もどうやら連続観戦に乗り気なようで、全員で決勝を見るまで居るつもりのようだ。とはいえ3時間の待ち時間を会場で過ごすのも退屈だということで一度会場をでて、喫茶店にでも行こうという話でまとまった。






喫茶店でくつろぐ一行は、バスケの話や仕事の話なども含めて様々なことを話して楽しんでいた。

「そういや、真ちゃん、オレの事さん付けで呼んでるッスけどなんでッスか?」
「いや、そりゃ、黄瀬さんの方がセンパイですし…」
「オレ高校一年ッスよ?」
「うぇ!?そうだけど…ほらこの業界ではセンパイじゃないか?」
「いや、別に本業じゃないし…」
 出会い方が出会い方だったせいか、それとも長身の黄瀬に気後れするのか、真は年下の筈の黄瀬をさんづけで呼んでいる。

「むしろテメエはもっと敬語を覚えろ。」
「ほれほれ、まこちん、黄瀬っちもこう言ってることだし、呼び方をもっと親密なものにしたらどうかね。」「黄瀬っちじゃ、うちらと同じだしな…」
 笠松さんのあきらめの入ったように呟く言葉は、亜美と真美の騒がしい言葉にかき消される。
「親密って、そんな…」
「うーん、真ちゃんなら涼でもいいッスよ?」
「ふあッッ!?」






3時間後…

「おおお、両チーム出てきたぞ!!」
選手の入場に会場が盛り上がる。両チームの選手が円陣を組み、気合いを入れる。

「誠凛が王者連続撃破の奇跡を起こすか、秀徳が順当に王者のイスを守るか。」


「さぁ…決勝だ!!」



[29668] 第7話 信楽の狸がおいてある
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/15 20:50
コート上に誠凛と秀徳の選手が散っていく。その中で赤髪の選手、火神の気迫は他を圧倒していた。秀徳のメガネをかけた選手、緑間と何事か挑発し合っているようにも見える。

そして…コートの中央でボールが舞い上がり、決勝が開始される。




第七話 信楽の狸がおいてある

「なあなあ、黄瀬っち。緑間っていうのはどいつなんだ?」
 試合は誠凛ボールで開始され、響はコートに目を向けながら尋ねる。

「緑間っちは、あれッスよ…今、ちょうど火神っちをブロックしたメガネのやつ。」
誠凛は黒子のパスを利用し、速攻をかけ、黒子―火神の連係によるアリウープを狙うが単純な高さでは負けていない緑間によって防がれる。
「あーあれか、緑間っち。どういうやつなんだ?」

落ちたボールは秀徳に確保され、秀徳は攻撃にうつるが日向のDFにより無得点となる。
「頭いいッスよ、変わったとこあるッスけど。あとおは朝の信者ッス。今日のラッキーアイテムとか絶対もってるッスから、たぶん控室に信楽のたぬきがおいてあるんじゃないスか?」
「そうじゃなくて、選手として!」
とぼけたような黄瀬の紹介に思わず声が上げる。

「プレーヤーとしては、まあ見てれば分るッスよ。でもまあ、オレとは違って残りのキセキの世代のメンバーは半端ねェスから。」
「…黄瀬君も十分凄いでしょ。」
はぐらかすような言葉に真は少しすねながら呟く。

第1Q経過が二分近くとなったところで得点はいまだに0-0。

「なんか…点数が全然入らないですね。」
均衡状態が続く試合展開に、春香が感想をのべる。

「バスケットの試合は1Q10分の4Q。つまり、最低3回流れが切れて変わるポイントがあるんだが、逆に言えば一度流れをもってかれるとそのQ中に戻すのは困難なんだよ。両チーム無得点のままもうすぐ2分。このままいくと第1Qはおそらく…先制点を取った方が獲る…!!」
笠松さんが展開の予想を解説する。コートでは誠凛のシュートミスから秀徳が速攻を仕掛け、10番の中継により緑間にフリーでパスが渡り、3Pシュートが放たれる。

放たれたシュートの軌道は通常のそれよりも高く、高くループを描き

パッ!

枠に触れることなくゴールを通過する。緑間は結果が分っていたのか、シュートを放ってすぐに自陣に戻ろうとしていた。

「うお、なんだあれ!?」
「均衡が破られた!」
「これで流れは秀徳だ…!!」
黄瀬や笠松さんですら、流れが傾いたと思った。しかし

ドキャッッ


素早くボールを回収し、回転を利用した直線軌道のパスが誠凛ゴールから秀徳ゴール近くまで送られ、走り込んでいた火神によってダンクが決められる。
「なになに、今の!?」「レーザービームだ!!」
真美と亜美も驚くが、黄瀬と笠松さんも呆気にとられている。

コート上の選手たちも唖然とした表情をしている。思わぬ好プレーに点数こそ2-3だが流れは変わらず均衡を保つ。
秀徳から再開したボールは再び緑間に渡されるが緑間は撃たずに横に流す。

「…珍しいッスね。」
「どうしたの?」
思わず漏れた黄瀬の呟きに真は尋ねる。

「緑間っちは外れる可能性のあるシュートは打たないんスよ…でも今のは、いこうと思えばいけたと思うんスけど…」
「なんか、その台詞だとまるで打てば必ず入るみたいさ。」
響のちゃかしたような台詞は
「まあ、体勢さえ崩されなければそうなんスけど…」
という言葉に肯定され、思わず響たちは黄瀬を、ついで緑間を凝視する。

「まあ、今のはいけただろうが…ありゃ緑間封じだな。」
「緑間っちが、封じられてる?」
笠松さんが今のプレーの意図に気づき、黄瀬が尋ねる。

「ああ、あの透明少年の回転式超長距離パスでな。緑間のシュートはその長い滞空時間中にDF に戻り、速攻を防ぐメリットもある。だが全員が戻るわけじゃねー。万一、外した時のために残りはリバウンドに備えてる。」
教えてかさかさのコーナーが始まり、真達も聞き入る。

「その滞空時間がアダになるんだ。緑間が戻れるってことは火神が走れる時間でもある。戻った緑間のさらに後ろまで貫通する超速攻がカウンターで来る。だから緑間は打てない。」
「おーなるほど!」「ふむふむ流石ですな。」
亜美と真美の真剣めいた悪ふざけも笠松さんはスルーして説明を続ける。

「にしてもそのパスを見せつけるタイミングと判断力。一発で成功させる度胸…流石だ。ああ見えてオマエと帝光中にいただけはある。百戦錬磨だ。」
「いやーそれほどでもないッスよ。」
「オマエじゃねーよ。」
わざとらしく照れたフリをする黄瀬に表情を変えず突っ込みが入る。

「黄瀬さんの居た中学校って強いんですか?」
「そういえば、よくキセキの世代とか言ってるよな。なんなんだそれ?」
雪歩の疑問に響が重ねて尋ねてくる。

黄瀬と笠松さんは顔を見合わせ、笠松さんは無言でプレッシャーをかける。

 オマエが説明しろ。と

「…強いッスよ。全中三連覇したり、オレらの世代は負けなしだったッスから。」
「へー。」「黄瀬っちといい、黒子っちといい人は見かけによらないもんだな。」
亜美と真美はわざとらしく感嘆する。

「…キセキの世代っていうのはオレらの世代。オレと緑間っちとあと三人を合わせてそう呼ばれてるんスよ。」
「…あの黒子って人は入らないのか?」
 正邦と秀徳の試合を見て、そして黄瀬が引き抜きたいと言っていたプレーヤーなのだから入っても不思議はないのでは?と真が尋ねる。

「黒子っちは、自身の能力が低すぎるんスよ。影は光があってこそ輝く。ってよく黒子っちが言ってたッス。」
「あんなパスができるのに能力が低いんですか?」
先程のパスを思い出したのだろう、春香が驚きの声をあげるが…

「黒子っちにできるのは、パスとミスディレクション、視線の誘導だけなんスよ。自分では得点を決めることもドライブで抜くこともできない…それでも5人が認めるプレーヤー、幻の6人目って言われてるッス。」
「幻の…6人目…」
雪歩が感心したように呟く。

「ちなみに幻と呼ばれるのは影が薄すぎて普段、周囲の人が気づかないとこからきたらしいッスよ?」
「ふぇ?」
「しかも、キセキの世代に取材が来たときも、黒子っち、声がかかってたのに、存在忘れられて帰られたっていう…」
「ふぇえええ!!?」
「おいおいそんなのがあったのかよ…」

 説明が続いている間に試合は運び、秀徳の監督から指示黒子のマークが10番に代わる。黒子はミスディレクションを駆使して姿をくらまし、タップパスをつなごうとするが

バチッ!!

10番によってカットされる。慌てた誠凛はタイムアウトをとる。

「おいおい、あいつ上からモノが見えてるのかよ。透明少年のパスを止めたぞ!?」
「あらー、大したもんッスね。」
驚く笠松さんに、少し感心したようにコメントする黄瀬。

「なあなあ、黒子っちってパスしかできないんだろ?」「通用しなかったら困るじゃんか!」
真美と亜美がいきりたって聞いてくる。
「まあ、そうッスね…」
「落ち着いてますね。」
気にした風もない黄瀬の様子に春香が首を傾げる。

「さっき言ったように黒子っちは一人ではなにもできないプレーヤーッス。でも帝光中でレギュラーをとり、チームを勝利に導いたんスよ?」
「…」
「あの程度で終わるはずないじゃないっスか。」
真たちは黄瀬と黒子との、言葉にはできない絆を感じたように黙り込む。




しかし黒子のパスは通用せず、ムキになったようにパスをだすが、それは10番にカットされる。
そして緑間がセンターライン上でボールを構え、




「マジかよ!?」

常識はずれの位置から3Pを決め、会場の度肝を抜く。
「すごーい。」
雪歩も感心したように見ている。

「でもさっき言ってた、緑間封じってのはどうしたんだ?」
響が尋ねるが、その答えはコート上で明らかになっていた。

「遠くから打てるからさっきよりも早く戻れる。ああやって自軍のゴール下まで戻っときゃさすがに後ろはとれねぇわな。」

残り3分となったところで火神は3Pを放ち、しかしそれは枠に直撃する。だが

ゴッッ

一連の流れだったのだろう、走りこんだ火神はそのままボールを押し込む。

「おいおい、あいつ…!」
流石の黄瀬も驚いた表情をする。
だが、冷静に秀徳の4番がゴール下からシュートを決めて11-18、残り14秒となる。

なんとか2ゴール差で終わらせたい誠凛は日向の3Pを決め14-18。

「おー。」
「最後いいとこで決めてきたな。」
黄瀬と笠松さんが感心したようにコメントし、
「4点差だったら、まだまだなんだろ?」
響が尋ねてくる。
「まあ、第1Qはまずまずだな…」
笠松さんが1Qの総評をのべて、誠凛も休憩に入ろうとする。しかし…

「ウソだろ…?」

秀徳ゴールの下から放った緑間のシュートは枠にあたることすらなく、コート対岸の誠凛のゴールを通過する。

「すごい…」
バスケに詳しくない真たちにも凄さがわかったのか驚いた表情でコートをみている。

「やっぱすげえな、オマエの元チームメイト…あれって前からか?」
笠松さんも戸惑うように尋ねる。
「いや、中学のときはハーフラインまでッスよ。まあ、打つ必要がないから隠してただけかもしれないッスけど…」

「ねえねえカサカサ。」「今ってまずい状態なの?」
亜美と真美が尋ねてくる。

「…まあ、点差自体はまだ騒ぐほどのものじゃねえけど…点差以上にありゃきついのもらっちまったな。」
「どういうこと?」
真が隣に座る黄瀬に尋ねる。

「終了間際に3Pもらうと精神的にこたえるんスよ。それに、誠凛は火神っちを攻撃の軸にしてるから2点ずつだけど、秀徳は緑間っちを軸にして3点ずつ入れてくる。」
「そうか、同じだけシュートを決めても、点差が開いていくのか。」
真は黄瀬の説明に納得して、答えを導き出す。

「そうッス…そういや昔…」
「えッ?」
呟くような言葉に真は聞き返す。

「いや、真ちゃんはバスケで一番カッコいいシュートってなんだと思うッスか?」
「ボク?えーと…」
「はいはーい、真美はねぇ、あのがつーんてゴールに叩きつけるやつ。」「ダンクだろ、たしかにあれはカッコいいよな!」「亜美も亜美も!」
答えを考えていた真を遮って響たちが盛り上がる。真もその様子を見て

「ボクもダンクかな…」
とやや小さく答える。「特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ。」
今度は少し声を大きくして答える。

「一人アリウープっスか、珍しいのをチョイスするッスね…ああ、正邦のときに火神っちがやってたやつッスか?」
高校レベルではまずでてこないプレーがバスケ初心者の真からでてきたことにわずかに黄瀬は驚くが、本日の1試合目で火神が似たようなことをやっていたことを思いだし一人納得する。

「違うよ、黄瀬っち。」「まこちんが想像したのはー、火神っちじゃなくて」「うわぁああああ!」
亜美と真美が不満げな顔で何事か説明しようとするが、真は顔を朱くしてそれを止める。

「えっと、黄瀬さんはなんだと思うんですか?」
暴れる真を放置して、目を瞬かせている黄瀬に春香が尋ねる。

「そうッスねー、たしかにおれもアリウープがカッコいいと思うっすよ。」
直前まではダンクだと思っていたのだが、いざ言われてみるとたしかにアリウープも花形といえるプレーだろう。
 それを聞いた真は顔は紅潮したままだが、大人しく席に座る。

「んでそれがどうしたんだ。」
笠松さんが進まない話を促す。
「昔、緑間っちとその話したんスよ…そしたら緑間っちいきなり「だからお前はだめなのだよ。より遠くから決めた方がいいに決まっているのだよ。なぜなら3点もらえるのだから。」って真顔で言うんスよ。」
「まあ、たしかにそりゃ、そうかもしんねーけど…」
「うーん、そういう話ではないような気が…」
笠松さんが呆れ、春香も遠慮がちに呆れている。
「そうなんスよ。緑間っち、頭いいのにたまにアホなんスよね!」

「…」
この話はどこに落ち着くのだろうか?話を聞く真たちは無言となる。

「んで、そのあとこうも言ったんスよ。「いずれオレが証明してやろう」って。」
「…んで?」
笠松さんが問いかける。

「いや、まあそれだけなんスけど、ブ!」
オチもなく締めた黄瀬に笠松さんから強烈な突っ込みが入る。

「あほかてめえは!?」
「いや、それだけなんスけど、実際、緑間っちのあれは半端ねーって話ッスよ!!」
怒る笠松さんに連撃はさけようと必死で抗弁する黄瀬。その言葉に一応、攻撃がとまる。

「実際問題、緑間っちのシュートのあの長い滞空時間は精神的にくると思うんスよ。」
「たしかにな…」


インターバルが終わり、第2Qが始まる。緑間を止めるためか、黒子が緑間につく。どうやら、対海常戦でとった黒子-火神の連係DFをとるつもりのようだが、そのことごとくは10番の妨害にあって成功しない。そして…


「ああっ!また決まった!」
緑間の連続3Pに対し誠凛も水戸部のフックシュートで対抗するが、真の言うとおり、緑間のシュートは落ちることを知らず3連続で決まり、徐々に点差が開き16-29となる。

「まじぃな。いよいよ誠凛万策尽きたって感じだ…」
笠松さんの声に諦めの色が入り始める。

「いや…どうスかね…」
黄瀬の反論に真たちも視線を向ける。

「たぶん、こんなもんじゃねッスよ。これからッスよ。あいつの秘められた才能が解放されるのは…!!」
「あいつって誰だ?」
黄瀬の言葉に響が反応する。コートに視線を向けたままの黄瀬はそれに答えず、試合もズルズルと点差を離されたまま前半終了となった。

「う~、根性見せろー!」「誠凛~!」
亜美と真美が試合展開に不満を垂れている。

「見せてるよ。あんだけ力の差を見せつけられてまだギリギリでもテンションつないでんだ。むしろ褒めるところだ。」
笠松さんが誠凛を擁護する。

「黄瀬君。さっき言ってた、こんなもんじゃないってどういう意味だったの?」
思わせぶりな黄瀬の言葉にも関わらず、前半は流れが変わらず圧倒的な緑間の力が際立つだけであった。

「…キセキの世代のオレ以外の4人のメンバーとオレには決定的な違いがあるんスよ。」
「黄瀬君と…?」
 真の質問に黄瀬は、わずかに逡巡し、答える。

「オレの能力はコピー。一度みたプレイを即座に返すことッス。けど、ほかの四人はそういうレベルじゃない。身体能力の違いなんかじゃなく、誰にも…オレにもマネできないセンスをそれぞれ持ってるんスよ。」

「オマエのも十分やっかいだがな。」
黄瀬の言葉に笠松さんが気のなさそうな装いで答える。

「まあ、そうスけど…」「オイ、謙虚って言葉知ってるか?」「…」
わずか沈黙が流れるが、黄瀬はスルーして続ける。

「こないだの試合で分ったんスけど、火神っちは、まだ未完成ながらも、キセキの世代と同じ…オンリーワンのセンスを秘めてる。」
「オンリーワンのセンス…」
アイドルである彼女たちにとってもそれは必要なことなのだろう、呟くように言葉が漏れる。

「だからこそ…あいつはいずれ闇に囚われるかも知れない。黒子っちのかつての光と同じように…」
「???」

その言葉の真意は、真達には分らなかった…




「第3Q始めます。」
両チームがコートに現れ、試合が再開する。

「あれ…?黒子っちベンチスか。」
「まぁ…高尾がいる限りしょーがねーだろ。にしても無策つーか…」
黄瀬の言うとおり黒子はベンチで座っており、代わりに小金井がでている。

 秀徳ボールで始まった試合は、開始10秒足らずで緑間が3Pを決める。火神はいつの間にかそれをブロックしようとするが間に合わない。
 誠凛も小金井が返すが、得点は29-48やはり徐々に開いていく。

 再び緑間にボールが渡り、シュートを放つ、今まで以上の気迫で火神が跳ぶ。ボールは止まることなくゴールに向かうが…

ガカッ!

今まで完璧だったシュートは枠に直撃し、なんとかゴールに転がり込む。

「おしい、もうちょいで外れたのに!」「くっそー、外れねー!」
亜美と真美が悔しげに声をたてるが、黄瀬は驚いた表情でコートを見ている。


【かに座のアタナは絶好調!!ラッキーアイテム狸の信楽焼を持てば向かうところ敵なし!!…ただし獅子座の方だけは相性最悪!!出会ったら要注意…】

黄瀬のiP○dからおは朝が流れる。




 誠凛は3Pを決めて、点差を詰めると火神のオールコートでボックスワンのDFに陣形を変えた。

「うおっ!なんか火神っちすごいぞ!?」
火神の気合いを読み取ったのか響が驚きの声を上げる。

10番のスクリーンでフリーになった緑間はシュートの体勢に入るが…

「止める!!見つけたぜ、テメーの弱点!!」
火神が気合いとともに緑間に追いつき、

「距離が長いほどタメも長くなるってことだよ!!」
ボールは止まらずにゴールに向かうが今度は入ることなく跳ね上がり、

バゴォッ

秀徳の4番、大坪によってゴールへと押し込まれる。


「くっ、もうちょっとだったのに!」
ようやく訪れた変化の兆しに真も声を上げる。

「…片鱗はオレらとの試合のときから、あったッス。」
黄瀬は呟く。コートでは再び緑間がボールを持ち、さきほどよりもゴールに近い位置でシュートの体勢にはいる。

「キセキの世代と渡り合える力。バスケにおいて最も大きな武器の一つ…アイツの才能は天賦の跳躍力ッス!!」
火神は今度こそ、ブロックに成功し、ボールは誰もいない秀徳陣営に転がる。

「そうか!!より遠くから打てるということは、もし逆にブロックされたら自陣のゴールはすぐそこ…絶好のカウンターチャンスだ…!!」
笠松さんの言葉通り、誠凛はカウンターを決め、34-50となる。

 その後も、火神の連続ブロックはことごとく緑間をとめ、さらには

「速いっ…!!」
離れた位置から一瞬でヘルプに回り、4番のダンクすら弾く。


「すごい、すごーい!」「ホント鳥人間だ!」
亜美たちも興奮したように声をたてる。しかし…

「いや、多分このままはいかねぇな。」
コートを見つめる笠松さんは冷静に分析する。その後も火神は攻守にわたって異常な跳躍を見せつけ、点差を47-56の一桁差まで持ち込む。だが…


「えっ…!?」
失速は突然訪れる、緑間のシュートをブロックするどころか跳ぶことすらできず、見送る火神。

「ありゃ、ガス欠ッスね。」「…多分な。」
「ガス欠!?」
黄瀬と笠松さんの解説に真達は驚き、二人に視線を向ける。

「おそらく火神っちはまだ、常時あの高さで跳べるほど体ができてないんスよ…」
「それを乱発して孤軍奮闘してたからな…しかも途中交代とはいえ2試合目、大分、削られてたからな…」
二人の解説に真達はコートに視線を戻して、火神を見る。

果たしてそこには単騎で突撃し、緑間にブロックされている火神の姿があった。
「それに…あのままいくと不味いッス。」
「たしかに…体ができてねぇのにムチャしたら次の試合どころか、選手生命にも…」
「そういう意味じゃないんスよ。」
火神の状態が深刻であることを笠松さんは指摘するが、返す黄瀬の表情はいささか悲しげだ。

「?」「どういうこと?」
真は心配そうに尋ねる。

「あのままいったら、火神っち、オレらみたいになるッスよ。」
「それって、キセキの世代みたいに?」「それって不味いのか、黄瀬っち?」
亜美と真美が疑問の声を上げる。

「黒子っち、また光をなくしちゃうッスよ…?」
それには答えず、黄瀬は呟くように誠凛ベンチを見ていた…





[29668] 第8話 なんの呪文ッスかそれ!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 16:56
第3Qが終わり、得点は47-61。誠凛ベンチでは険悪な雰囲気が流れていた。

「オイ!なんだそれ。それと自己中は違うだろ!!」
突然誠凛から怒鳴り声が聞こえ、真達は視線をベンチに向ける。そこには殴り合う黒子と火神の姿があった。




第八話 なんの呪文ッスかそれ!?



「ちょっ、あれなにやってんだ!?」
思わず身を乗り出す真、誠凛のベンチを中心に、ざわめきが広がる。

しかし殴り飛ばされた黒子が何事か話したのか、火神は落ち着き…冷静になった誠凛に士気が戻る。

「黒子っちもやるッスねー。」
「でも殴るのは…」
黄瀬は楽しげに感心しているが、雪歩は突然の暴力シーンに脅えている。

「まあ、頭は冷えたみたいだが、誠凛の劣勢は変わらねえだろ。」
笠松さんもいささか安堵したようにコメントする。

「いやー、そうとは限らないッスよ。」
黄瀬の見る先には立ち上がり、コートに戻る黒子の姿があった。




第4Qが始まり、冷静になった火神がうまくパスを流して誠凛が49-61と点差を詰める。

「透明少年、でてきたのはいいが、どーすんだ?10番が居る限り、あいつはもはや切り札じゃねえ。」
「いやー、オレらの認めた人ッスよ?そんな簡単にはいかないッスよ。」

緑間がリスタート早く、3Pで得点を返そうとするが、ガス欠の筈の火神は体力を振り絞り、それをはたき飛ばす。さらに伊月がシュートを決めて51-61。


「おおっ、火神っち、まだまだやるぞ!」
響が感心したように言うが、
「いや、恐らく今ので体力はほぼ空だ。跳べてもあと1回だろう。」
笠松さんは冷静に切り返す。

そしてコート上では、ボールが巡り、誠凛の攻撃。伊月がパスの受け手を伺うようにするが、中継点の黒子は10番を引きはがせない…かと思いきや、10番は意識を黒子に集中しすぎて、黒子の姿を見失う。
一瞬で裏を取る黒子に対して、10番はパスコースを塞ごうと動くが、


バキュアッ

しかしそのパスは前半までとは違う殴りつけるようなパスで、軌道を変えるのみならず加速したボールは派手な音をたてて、火神の手に収まる。

「絶対に行かせん!!」「うぉおおおあ!」
気合いを上げる火神と緑間、二人の攻防は火神に軍配があがり、ダンクが決まる。

「おぉおお!」「なんだあれ!?」「ふえええ!?」
驚いたような声を上げる亜美たち。

「加速するパス、イグナイト。黒子っちの一段上の、キセキの世代しかとれなかったパスッスよ。」
「すっご…!」
黄瀬の言葉に真も感心したように黒子を見ようとする。

「って!ガス欠寸前で大丈夫なんですか、火神さん?」
春香が驚きから回復し尋ねる。
「まあ…今のはムリしてダンクいく場面でもなかった、って見方もあるな。」
「…」
「ってかそもそもダンクってあんま意味ねーし。疲れるワリに結果は同じ。」
「えっ…そういえば…」
「派手好きなだけスよ、アイツは!」
「まーな…いやオマエもだろ…」
笠松さんの説明に、納得する真達、

「けどじゃあ全く必要ないかって言えば、それも違うんだよ。点数は同じでもやはりバスケの花形プレーだ。それで緑間をふっ飛ばした…今のダンクはチームに活力を引き出す、点数より遥かに価値のあるファインプレーだ。」

 その後、勢いを取り戻した誠凛は、復活した黒子のパスを軸に盛り返し、2ゴール差まで追いすがる。そして…


「やった!また決めた!」
残り2分の時点で誠凛がついに一ゴール差に追いつめ、真が喜びの声を上げる。秀徳がタイムアウトをとり、最後の作戦会議に入る。

「秀徳がつき放すか、それとも誠凛が追いすがるか、分かれ道のT・Oだ。」
笠松さんや黄瀬も集中して行方を見つめる。

再開した試合は、火神のガス欠を読んで緑間にパスを集中して秀徳が攻めようとする。しかしそのパスは黒子によってスティールされる。カウンターに走る誠凛はしかし、王者のプライドを見せたブロックによって阻まれる。




「なんかブキミな展開だ。」「得点が動かなくなったぞ。」
亜美と真美の言葉通り、得点は76-77のままだ。
「もっと激しくなると思ったんスけど…」
「残り1分…おそらく動き始めたら一気だ…!!」

緑間が一瞬のスキをついて3Pを決め差を広げる。誠凛も日向の3Pで返す。誠凛のスティールからの攻防により秀徳の攻めが終わり、誠凛ボールからリスタートが切られる。

「残り15秒!!」
「誠凛逆転の最初で最後のチャンスだ。」
その展開を読んだのか、日向には東京屈指の大型センター4番大坪が張り付く。

「ああっなんかゴツイのがメガネに張り付いてるさ!?」
響も攻防の鍵が日向だと分かったのだろう、声をあげる。

「それでも誠凛は3Pしかねぇ、日向が決められなきゃ負けだ!」
笠松さんの言葉は誰より誠凛が分っていたのだろう、火神のスクリーンにより日向は一瞬、マークを外れる。そして3Pラインよりもはるかに遠い距離でボールを受け取り…

残り5秒、日向が長距離の3Pを決め誠凛が逆転する。

「やっりぃ!」「やった!!」
真たちは誠凛の勝利に喜び、笠松さんですら誠凛の勝利に張りつめていた気を緩める。しかし
「まだッス!!!」

黄瀬の叫び通り、試合はまだ終わっていなかった。素早くリスタートした10番から緑間にボールが渡る。残り3秒、ブザービーターを狙う、緑間のシュートが放たれ、

「ああああ!!!!」
限界を超えて、火神がブロックのため、高く、高く跳躍する…

「…!!?」

緑間は読んでいたのかシュートを放たず、踏みとどまる。そして…

残り1秒、再び振り上げたボールは上がることなく、忍び寄った黒子によって床へと落とされる…


「試合…終了――――!!」
長い、長い試合が終わりを告げた。



・・・・


「すごかったねー。」「うん、かっこよかった。」「火神っちスゲー。」
会場を後にしながら、春香や雪歩は今日の観戦を振り返る。

「今日の、相手って王者だったんだよねぇ?誠凛このまま、優勝とかするんじゃない?」
真美も興奮冷めやらぬといった感じだ。

「まあ、東京は三大王者。あと1校残ってるが…どう思う、黄瀬?」
笠松さんが黄瀬に尋ねる。
「あと1校はどこなんですか?」
質問に真がかぶせる。

「泉真館ッスね…でも、まあ問題はそっちじゃないッスよ、きっと…」
「…桐皇か…?」
考え込むような黄瀬の言葉に笠松さんが尋ねる。

「桐皇?三大王者ってのに入ってないのに優勝候補なのか?」
「桐皇は最近、スカウトに力をいれてて、急成長してるんだよ。それに…」
真の疑問には笠松さんがこたえ、黄瀬が言葉を続ける。
「桐皇には、東京で進学したもう一人のキセキの世代がいるッスからね。」
「もう一人のキセキの世代…。」「でもでも、今日の緑間っちもそうなんだろ?」

呟くような真と話に加わる、響。
「そうッスけど…黒子っちと火神っちにはちょっと因縁めいた対決になるッスよ、きっと…」
「???」

「…火神を黒子っちの今の相棒、光と呼ぶなら、あの人はキセキの世代のかつての光ッスから…」






 その後、体育館からでると天候は今にも雨が降りそうな状態となっており、振られない内に帰ろうという結論に達した。その際、「もう遅いから女の子を一人では帰せないッスね。近くまで送るッス。」という言葉にあたふたとした真を亜美たちがからかい、真は春香たちをおいて脱兎の如くに走って行ってしまう。
 結果、春香たちは真を追って行ってしまい、その日は現地解散となる。




ちなみに、さらにその後、黄瀬と笠松は土砂降りの雨から逃れるために入ったお好み焼き屋で誠凛、そして緑間たちと出会うこととなり、ひと騒動起こすのだが…
 一日デートを終えた真たちがそれを知ることはなかった。





数日後、765プロ事務所、

「なにやってんだ、真?」
プロデューサーは、こそこそとTVを見ようとしている真の不自然な挙動に、扉から疑問の声をかける。

「あ、いや、その…」
「お、今日誠凛の試合があんのか。」「見よう見よう!」「亜美もー!」
しどろもどろになる真、プロデューサーの背後から響たちが騒々しく入ってくる。
「誠凛?」
疑問符がつきないプロデューサー。

「いや、うちらこないだ黄瀬っちとバスケ見に行ってから、はまっててさぁ。」
「今日は、こないだ見たチームが決勝トーナメントで戦うんさ。」
「お、やってるやってる。」
亜美と響の説明に納得する。しかし…

「黄瀬君と…?」
 以前彼が、真をデートに誘っていたのを思い出す。相手がモデルとはいえ、アイドルである彼女がデートをするのは、なかなかに複雑だ。だが…

「あのプロデューサー、私たちもみんなで行って、黄瀬さんとこの前会った、海常のキャプテンの方に説明してもらってたんですよ。」
 いつのまにか隣にたつ春香から少し慌てたような説明を受ける。ようするにみんなで行ったおでかけなのだから、気にすることはなにもない。と言いたいのだろう…

「うーん、黄瀬君かー。随分、真によくしてくれてるよねー。」
律子が顎に手をあて考え込むようなそぶりで室内に入ってくる。やはり、不味いかな?と思ったプロデューサーだが…

「真。その調子でたぶらかして、765プロに引きずり込んじゃえ!」
「た、たぶらかしてって、そんなことしませんよ!」
どうやら考え込んでいたのは別の事らしい。たしかに黄瀬は現在、かなり売れているモデルだ。高校生であるし、忙しいこともあり、人気の割に仕事量が多くないため、数が少ないのも人気に貢献しているのだろう。



「それでどこの試合がはじまるのよ?」

テレビでは誠凛対桐皇の試合が始まろうとしていた。結局、事務所に居たヒマなメンバー全員がテレビを見ることとなった。伊織が向かいの席に座る真に尋ねる。

「誠凛と桐皇学園。どっちも黄瀬君の元チームメイトがいるらしいんだけど…」
「黒子さんと…たしか青峰さんですよね。」
 春香は、その名がかつて自分たちを助けてくれた人の名であることを思いだして嬉しげに答える。真は伊織に返しながら画面から青峰を探そうとするが…

「あれ?…いない?」
画面の中から青峰を見つけることはできなかった。
「どういう方なのですか?」
高音が尋ね、響ががさごそと鞄を漁り、

「じゃーん、黄瀬っちの中学が乗ってる雑誌!見つけてきたぞ!」
どこからか手に入れたのか以前の月バス、帝光中の特集号を机に広げる。

「どれどれ、黄瀬っちはどこかなー?」
「青峰って人じゃないの?」
亜美がページをめくり、黄瀬のページを広げる。千早は当初の目的とずれていることを指摘するがページをめくる手は止まらない。

「あった。」「おー、ガッツリ載ってるぞ!」
真が黄瀬のページを見つけ、その量に真美が驚く。

中学二年から、バスケを始めるも恵まれた体格とセンスで瞬く間に強豪・帝光でレギュラー入り、他の4人と比べると経験値の浅さはあるが、急成長を続けるオールラウンダー………

「二年生から!?」
 黄瀬のプレイをわずかだが見たことのある真が驚きの声を上げる。自身、運動を得意としているからなおのこと強豪校でレギュラーを獲ることの難しさが分るのだろう。

「うーん、モデルをしてる写真もいいけど、こういう写真もいいわねー。」
覗き込む律子が唸るように評する。
「青峰さんのページは…」
じっと黄瀬の写真を見つめる真から本を引き離し、春香がページを探す。だがそのページが見つかる前に

「なんか試合はじまってるよ。」
美希の声に本を覗き込んでいたみんなが慌ててTVに視線を向ける。

「あっ!!」
そこには開始された試合と早々と3Pを決める桐皇の9番の姿があった。

 一旦、本のことは放置して試合をみる一同。試合はテンポの速い展開で開始4分ですでに10-4と得点を刻んでいた。

 画面を見ていた雪歩は、今もシュートを放つ9番を、
「あの人…なんで謝りながら投げてるんだろ?」
気の弱い同士、親近感がわくのか、興味深げにみている。

 速い展開の中、試合が進む。優勢なのは桐皇。今も火神が遠くからシュートを放ち、届く前にゴールに走り込もうとするが、そのプレイは桐皇の7番に阻まれる。ゴール周辺の選手もそれぞれマークにつかれ、ゴールに弾かれたボールは桐皇にわたる。その後の攻防も、まるで知っているかのような動きで桐皇が誠凛の動きを封じる。

「あー、なんか火神っちのチーム全然のれてないぞ!」
前回の観戦以来、誠凛びいきの響が叫ぶ、
「でも、こういうときに活躍するのが黒子っちでしょ。」「今どこ~?」

亜美と真美も前回の観戦で多少、誠凛のことが分ったのか、誠凛のキーマンの一人を探す。

画面では日向が9番を抜こうとして阻まれる。しかしその9番は影から現れた黒子によって止められ日向はゴールエリアに侵入、シュートフェイクからのパスを受けた火神が背面ダンクを決め15-21に詰め寄った。

その後も、桐皇は黒子の予想できない動きを軸に撹乱し、第1Q終了時には21-25と詰め寄っていた。



第2Qが始まって早々、黒子-火神の連係により、火神は豪快なアリウープを決める。だが…


「誠凛メンバーチェンジです。」

「あれ、火神っち引っ込んじゃった。」「えー、なんでー。」
 突如として、得点を挙げた火神が小金井と交代する。豪快なプレーで魅せていた火神が下がってしまって亜美と真美たちも不満そうだ。

「調子よくなってきたところに見えましたけど、ねえ?」
 春香が首を傾げながら真に尋ねてみる。

「よく分らないけど…前の試合かなりムチャしてたし、その影響じゃないかな?」
真が推測を口にし、TVに視線を戻す。試合は火神が抜けたことにより、高さがなくなった誠凛はリバウンドがとれず、カウンターを取られ続けていた。そのせいで点差が開き始めて前半残り5分の時点で29-38となっていた。 


「ちょっと、誠凛負けてるわよ。」
真たちが誠凛を応援していると知って、現状をあえて口にする伊織、
「まだまだですよ、きっと。前の試合も後半からすっごい逆転でしたし。」
春香がそれでも誠凛を信じて応援する。
「そうさ、ほら。」
真が画面を示すとちょうど誠凛のメンバーチェンジが告げられ、火神がコートに入ろうとしていた。

「あっ、青峰さんだ。」
雪歩がぼつりとつぶやく。
「えっ、どこだどこだ?」
試合が始まったことで忘れていたが、噂の青峰がでたことで画面を探す響たち、
「あの、火神さんの横の色黒の人…」
「…もしかして…遅刻してたのか、青峰っち?」「分かった、きっと途中で妊婦さんを助けてたんだよ。」
「まさか、そんなこと…」
会場も騒然としており、TVの前では亜美と真美のコメントに真が疑わしげに否定する。

「残り時間ほとんどないみたいだけど、でるみたいですね~。」
やよいが言った通り、残り時間は50秒ほどしかないにも関わらず、青峰は鞄や上着をマネージャーらしき女性に渡して交代に備えていた。

 ボールがアウトになり、青峰がコートに姿を現す。
「こいつが噂の青峰ね。なんか偉そうなやつね、遅刻したのに!」
伊織がふてぶてしい青峰の態度を評価する。
「えっと、青峰大輝。キセキの世代のエースって書いてありますね。」
雑誌に大きな文字で書かれていた内容を千早は読み上げる。

「エース!?この人が?」
真が驚いたように声を上げる。

 画面の中では、桐皇の攻撃となっているのだが、その陣形は今までと違う形をつくっていた。

「随分とバランス悪く、偏っているのですね。」
高音が言うように誠凛のゴール前では桐皇が右サイドに集中的に寄っており、それに釣られて誠凛も偏った布陣となっていた。
「意図的に、あの青峰って人を孤立させようとしてるようにも見えるけど…」
真は推測を口にしながら画面に集中する。

 そして…
レッグスルーからクロスオーバー、左から右への動きだが、その動きは早く、画面で見るとコマ落ちしたかのようなスピードで青峰は火神を抜き去った。
日向が慌ててヘルプに入り進路を塞ごうとするが、高速でロールした青峰はあっさりと日向もかわし、ゴールに飛ぶ。

だが撃ちこもうとしたダンクは、再度追いついた火神のブロックによって遮られる。

「おおっ!」「さすが火神っち!」「はや~い。」
亜美たちが感心したように声をあげる。誠凛はボールを素早く確保して速攻をかける。だが、桐皇の戻りも早く、カウンター失敗かと思いきや…

「なにあれ!」「でた、黒子っちだ!」
黒子のイグナイトが炸裂しコートをボールが切り裂く。伊織が驚き、響が黒子の仕業と看破する。
ボールは火神が受け取り、火神はスピードのまま跳び上がりダンクを決める。

…はずが今度は、青峰がそれにおいつき、火神のダンクも失敗に終わる。
「ちょ、なに今の!?」
明らかに体勢を崩し、火神の後方にいた筈の青峰の出現に律子も驚く。

同時にブザーがなり、第2Qの終了が告げられる。
「青峰っちすげー。」「すごーい。」
響と春香も感心したように声を上げている。





 試合は一旦、休憩にはいる。時間があくと、青峰の遅刻の原因が気になりだしたのか話がそちらに移る。そして…










おまけ


「すいませーん。」
 誠凛対秀徳が行われた試合会場から少し離れた、とあるお好み焼きやにて

「黒子テメェ、覚えとけよコラ…」
「スイマセン。重かったんで…」
泥だらけの火神と黒子、そして誠凛のメンバーが夕食兼雨宿りで立ち寄った。そこには、

「お。」「ん。」
「…」

「黄瀬と笠松!?」
「ちッス。」「呼びすてか、オイ!」
 真達と分れたあと、本格的に降ってきた雨に誠凛と同じ考えで店に入り、もんじゃ焼きを食べている黄瀬と笠松の姿があった。



「………」
 それほど大きくない店内に誠凛のメンバーが入ったため、火神と黒子は、黄瀬たちと相席となり、気まずい雰囲気が流れる。

「なんなんすかこのメンツは…そして火神っち何でドロドロだったんスか?」
「あぶれたんだよ。ドロはほっとけよ。っち付けんな。」
「食わねーとコゲんぞ。」
 いささか気まずい相席に黄瀬が会話を始めようと試みるが、どうやらあまり触れてほしくなかったところのようで、火神の答える声は機嫌が悪い。
 ともあれ、店内は人が増えたことでにぎやかになり、誠凛は今日の勝利を祝って祝杯を挙げる。

「カンパ―…」
ところで店の扉が開き、二人の男が入ってくる。

「おっちゃん二人、空いて…ん?」
入ってきたのは秀徳の10番高尾と緑間。誠凛が先ほど戦った相手、しかも負かした相手であった。
硬直する一同。

「なんでオマエらここに!?つか他は!?」
「いやーしんちゃんが泣き崩れてる間に先輩たちとはぐれちゃってー。ついでにメシでもみたいな。」
「オイ!」
 驚きの声を上げる誠凛、高尾は日本人らしい愛想笑いを浮かべながら説明し、緑間は引きつらせた顔に青筋を浮かべて突っ込む。

「店を変えるぞ、高尾。」「あっ、オイ。」
 冷静な風を装った緑間は踵を返し店を出る。しかし


バッシャアァア

「…!!」
店の外は、大雨、強風。みれば傘をさしている通行人は吹き飛ばされそうになっており、緑間は店の前で立ち尽くす。



 

 結局、高尾が月バスにも載る全国区のPG笠松の話を聞きたいということで強引に混ざり、というより、席から連れ出し店に居座る。その結果…


   あの席パネェ!!!

 笠松の居た席にはなぜか緑間が座り、非常に気まずい空間ができあがる。

「ちょっとちょっとチョーワクワクするわね!?」
楽しそうな誠凛の女監督の声を肯定する言葉はない。

「オマエ、これ狙ってたろ。」
「えー?まっさかー。」
呆れた様子の笠松に対し、高尾は楽しげだ。


しばし沈黙が流れたが、結局、空腹には勝てず、黒子が注文しようとメニューをとる。
「…とりあえず何か頼みませんか。お腹へりました。」
「オレもうけっこう一杯だから、今食べてるもんじゃだけでいッスわ。」
 誠凛が来る前から食べていた黄瀬は、メニューを見ずに断りをいれる。

「よくそんな【ピー】のようなものが食えるのだよ。」
「なんでそーゆーこと言うッスか!?」
緑間の言葉に思わず、口に含んでいたもんじゃを吹き出してしまう。二人の会話を他所に火神は店員に注文している。


「いか玉ブタ玉ミックス玉たこ玉ブタキムチ玉…」
「なんの呪文ッスかそれ!?」
「頼み過ぎなのだよ!!」
「大丈夫です。火神君一人で食べますから。」
「ホントに人間か!?」
 呪文のような長さの注文に黄瀬や緑間のつっこみが入るが、なれたもので誠凛のメンバーは冷静に返す。

 再び沈黙が流れる。お好み焼きをほおばる火神や切れ目を入れる黒子に対して、緑間は腕組みをしたまま不機嫌オーラを出している。

「緑間っち、ホラ、コゲるっすよ?」
「食べるような気分なはずないだろう。」
 沈黙に耐え兼ねて黄瀬が、緑間を促すが、彼の不機嫌は増したようだ。

「負けて悔しいのは分るッスけど…ホラ!昨日の敵はなんとやらッス。」
「負かされたのはついさっきなのだよ!」
 とりなす黄瀬の言葉は刻一刻と状況を悪化させている。

「むしろオマエがヘラヘラ同席している方が理解に苦しむのだよ。一度負けた相手だろう。」
 いまいましげに緑間がたずねるが、
「そりゃあ…当然リベンジするッス。インターハイの舞台でね。」
 隠されていた好戦的な目が垣間見え、黒子と火神の手がとまる。

「次は負けねぇッスよ。」
「ハッ、望むところだよ。」
 告げる黄瀬の目は、以前よりも闘志のこもった目となっていた。

「黄瀬…前と少し変わったな。」
それを見た緑間がお好み焼きに手をつけながら、話しかける。

「そースか?」
「目が…変なのだよ」
「変!?」
 緑間の真顔の言葉に傷たいた声を上げる。

「まぁ…黒子っち達とやってから、前より練習はするようになったスかね。…あとちょっと最近おもしろい子に会ったんスよ。」
「おもしろい?」
「それで、海常のみんなとバスケするのがちょっと楽しいッス。」

「…どうもカン違いだったようだ、やはり変わってなどいない。戻っただけだ、三連覇する少し前にな。」
 黄瀬の表情は、思い出し笑いをしているのだろうか笑みを含んでおり、緑間は内心を見せないように返す。

「けど…あの頃はまだ、みんなはそうだったじゃないですか。」
 さしはさむ黒子の声はさびしげだ。
「オマエらがどう変わろうが勝手だ。だがオレは楽しい楽しくないでバスケはしていないのだよ。」
「…オマエらまじ、ゴチャゴチャ考えすぎなんじゃねーの?楽しいからやってるに決まってんだろバスケ」
 呆れたような火神の言葉に緑間が表情を変えて切り返す。

「…何も知らんくせに知ったようなこと言わないでもらおうか」
 冷たい目で火神をにらむ緑間に

 べしゃ

後ろの席で遊んでいた高尾のお好み焼きが直撃する。

「…とりあえずその話は後だ。」
 おもむろに立ち上がった緑間は、
「高尾ちょっと来い。」
「わりーわりーってちょっとスイマッ…なんでお好み焼きふりかぶってん…だギャ―――!!」

 高尾と戯れるために席を離れる。残った黄瀬たちは見なかったふりをして会話を続ける。
「火神君の言う通りです。今日試合をして思いました。…つまらなかったらあんなにうまくなりません。」
 黒子の言葉はどこか嬉しげだ。

「あっ、そうッス。黒子っち!これオレがでてる雑誌ッス!さっき言ってた子との対談だったんスよ!」
 黄瀬は鞄からとりだし、雑誌を広げて黒子にみせる。

 自分が変わったとすれば…あの敗戦もきっかけだろう。だが、思いださせてくれたのは…あの娘。隣に座る、この元指導係と同じことを言ってくれた…



[29668] 第9話 賭けの行方が決まってからの
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 16:57
「真ちゃん、黄瀬さんならなにか分かるんじゃない?」
雪歩の言葉がきっかけとなった。
「そうだ、まこちん。今こそ黄瀬っちに連絡をとるのだ。」
亜美がいい考えだとばかりに言う。

「うぇ!?や、でも練習中とか、忙しいんじゃないかな…?」
真が驚きの声をあげる。しかし
「なに、真。連絡先交換してるんなら、積極的に連絡しなさいよ!」
律子もうきうきとしながら電話を促す。見れば周りのみんなも期待しているように真を見ている。
「うっ…、わかったよ…」
しぶしぶながら電話をかける。内心では出てほしい、という思いと出ないでほしいという反する思いが渦巻いていた。真の願いは…


第九話 賭けの行方が決まってからの



<どうしたんスか、真ちゃん?>
あっさりと電話にでてきた黄瀬に裏切られたの、叶えられたのか…
「うぇ、あの、その…黄瀬君、今時間大丈夫ですか?練習とかで忙しいならいいんです。気にしないでください。」
テンパる真は早口で、切られる前提の話を進めるが
<大丈夫ッスよ、ちょうどハーフに入ったところだし。>
黄瀬は会話を続けることを促す。真は黄瀬の言葉の気になるワードを拾い上げる。
「えっ、ハーフって…?」

<ああ、今、桐皇と誠凛の試合を見に来てるんスよ。>
「えっ!?ボクたちも見てるんだ、試合!…言ってくれたらよかったのに…」
返ってきた言葉に思わず言い返してしまう。ハッと気づいて周りをみるとほほえましげにみんなが真をみており、思わずたじろぐ。

<………とちゃん、おーい真ちゃんどうしたの?>
「…はい、なんでしょう!!?」
黄瀬の言葉を聞き逃してしまい、呼びかけられていることに気づいて慌てて聞き返す。
<いや、どうしたのかなって?>
「あ…え、なんだっけ…あ、そうだ、試合見てたんだけど、前半の最後に交代したのが青峰さんだよね?」
緊張からか要件を忘れてしまい、周りのみんなが傾く。しかし、直後内容を思いだし、ようやく本題に入る。

<そっスよ。あのやたらと色の黒いのが青峰っちッス。>
「えーっと、それで、今事務所のみんなと見てるんだけど、なんで遅刻してきたのかなーって話になってて…」
<青峰っちは基本、時間にルーズッスから今日の試合、あんまやる気なくて寝坊でもしたんじゃないッスか?>
「寝坊!!?やる気がないってコレ決勝リーグだよね!!?」
返ってきた答えに思わず声が上げる真。あまりにも普通すぎる答えに一同も急速に興味を失う。しかし、真の言うとおり、重要な試合でエースが遅刻するとは、という思いを抱く。

<まあ、今のプレーもやる気なくて、ノロすぎだったし。>
「えっ!!!?今のが?」
<まあ、火神っちが予想外にやったから、もしかしたら後半は、少し本気だしてくるかもしんないッスね。>
「…」
<火神っちもやるみたいッスけど、扉を開けてない今の火神っちじゃ、きついかもしんないスね。>
「…扉?」
黄瀬の言葉に、思わず疑問の声を上げる。
だがその意味を知ることはできなかった。なぜなら亜美がいいことを考え付いたとばかりに、
「んっふっふっふ~、なあなあ、黄瀬っち。」
真から電話を奪い取り、話を進める。

「亜美だよ。失礼だぞ黄瀬っち。」
真が電話を奪い返そうとするが、以心伝心、なにを企んでいるか分かったのか真美が真の動きを封じる。電話ではどうやら、亜美なのか真美なのか区別がつかなかったのだろう、亜美が不満そうに口をとがらせている。だがその目は笑っている。

「名前を間違えた黄瀬っちには罰ゲーム!この試合どっちが勝つか賭けてもらおう。」
「ちょ、亜美!」
賭けという言葉にプロデューサーが慌てる、亜美はまあまあとジェスチャーを返して会話を続ける。
「んっふっふっふ~。黄瀬っちが勝ったら、失礼を許そう、それからぁ~」
にたぁ、という音が似あう笑みを亜美は真に向ける。真はそれを見て、嫌な予感に顔を青ざめる。

「まこちんがお願いを一つ叶えてくれるっていうのはどうかね?」
飛び出た言葉に真が亜美に飛びつこうとして、真美と伊織に押さえつけられる。ほかのみんなは、驚いた表情を亜美に向ける。
「ちょっと亜美!?」
流石にこれには、律子も慌てる。だが…

「外れた場合は…黄瀬っちが765の所属になるっていうのはどう?」
亜美の出した交換条件にピタリと動きを止める。だが流石にこれは、受けられないだろう。そんなことをすれば、黄瀬はおろか765の業界での信頼にも関わる。
断られる、あるいは渋るのを予想していたのか亜美は、次善策をうちだす。

「なら仕方ない、一回、うちらの仕事を手伝うというので手を打とうじゃないか。」
景品の意向は無視されたまま、話は進んだようだ。

「ふむふむ、黄瀬っちは桐皇だな。ならうちらは誠凛をプッシュだ!」
 ここまで話が進んでしまえば、と油断したのか、伊織と真美の拘束が緩んだ隙に真は、亜美にとびかかり電話を奪いかえす。

「黄瀬君!あの、これは、その。」
取り返したはいいが、思考はまとまらずしどろもどろな言葉しかでてこない。

<あれ、今度は真ちゃんか、ということらしいからよろしく。>
「ぅええええ!…ちなみに誠凛が負けた場合は、その、」
どうやらすでに話はまとまったのだろう。せめてもと、黄瀬の願いを尋ねようとする。
<そこは賭けの行方が決まってからのお楽しみにしておくッスよ。>



 電話が切れ、無言でうつむく真。みんなは、心配そうに様子を伺う、すると

「亜美!!どーしてくれるんだ!?」
真が爆発する。
「にゃっはっはっはー。いいじゃないかまこちん。誠凛、王者に勝つくらい強いし大丈夫だよ。」
「そうそう、誠凛が勝てばまた、黄瀬っちと仕事ができるし。」
 亜美の言葉に真美が援護射撃を送る。

「プロデューサーぁ。」
真は救いを求めるようにプロデューサーに顔を向ける。だが…
「誠凛が勝つことを祈ろう。負けたときは…黄瀬くんの良心に期待しよう…」
あまり、いやほぼ頼りにならないコメントを返すのみであった。



ハーフタイムが終わり。両チームの選手がコートに集まる。だが誠凛のメンバーの中に黒子の姿がなく、彼はベンチに座っていた。

「あれ、黒子っち。ベンチにいるぞ!」
響が目敏く、見つける。
「ホントだ…そういえば、前の試合の時も、一度ベンチにいたし、そういう人なのかな?」
春香がそれに返す。

 開始早々、青峰にボールが渡り、会場が沸き立つ。
 火神は腰を落として青峰を止めようと構えるが、一瞬で加速した青峰について行くことができない。
 火神を振り切った青峰は、土田と水戸部に突っ込み、衝突寸前に急停止から後方に跳びながらシュートを放つ。火神が後方から、ボールをはたこうとするが、紙一重で間に合わず、ボールは誠凛ゴールに入る。得点は39-51。

 次の瞬間、リスタートした日向が、ボールを前線に大きく投げ、火神がそれに走り込む。一人切り込んだ火神は、ボールを掴むとフリースローラインから跳び上がろうとするが半ばほどで、追いついてきた青峰にボールを落されてしまう。

「青峰っち、はえーな。」「でも誠凛の人も惜しかったですよ~。」
響は青峰に感心し、やよいが誠凛の惜しさを伝えようとする。

 だが、突如青峰の構えがだらりとしたものになる。ボールを受け取り、ゆらりとした動きから一転、緩くドライブをかける。

「あっ、ミスった…!!?」
青峰は手元が狂ったのか、ボールを後方に置き去りにしてしまう。
それをみて伊織が呟く、だが青峰は一瞬で体を翻すとボールを確保。火神が慌てて進路を阻もうとするが、青峰は不規則な動きを繰り返し…

「ああっ!!」
火神の体がついていけなくなり、後方に倒れる。その姿に春香が声を上げる。青峰は火神を置き去りにしてゴールに突っ込む。

「よし三人ブロック、追い込んだ!」
 ゴールへの進路上には誠凛の選手が三人構えており、それをみた真が安堵したように声をだす。青峰は進路を阻まれ、ゴールの裏に追い込まれる。しかし

「なによあれ!?」
驚きの声が室内に響く、青峰は向きを変えずにボールを上に放り投げると、そのボールはボードの裏を通り過ぎ、ボードの正面にかえり、ゴールを通過する。


その後も、青峰の常識はずれの動きは続く、今も画面の中では火神によってゴールの隅においやられた青峰は、ゴールとは別方向に跳んだかと思うと、右手でボールを振り切る。その動作はどうみても、ゴールを狙ったものとは思えなかったが、ゼロ角度の投擲はボードに直撃したのちゴールに入る。

「バスケってあんな動きもするんですか?」
あずさがのほほんとした口調で尋ねる。だが多くの者は、今のメチャクチャな動きに驚いている。

「いえ、少なくとも前みた試合では、あんなのは無かったと思います。」
春香が答えるが、その声は自信なさげだ。点数は離れだし、第3Q残り8分ほどのところで39-55。
 青峰の変則的なスタイルはとまらない。コントロールを失ってボールが跳ね上がったかと思えば、瞬時にそれは消え去りDFを抜いている。そして火神が常識はずれの跳躍力でシュートを阻もうとする。

「出た、鳥人間!」「あれなら!」
亜美と真美の希望はかなわない。青峰は空中で上体をほとんど寝かせた体勢をとりシュートを決める。

リスタートしたボールは火神に渡り、火神がゴール前から跳躍するが、青峰によってボールは下に落とされる。青峰はボールをひろい、ゴールに駆ける。火神もそれに追いすがるが

「うそ。なんで!?」
 ドリブルしている青峰は、猛烈な勢いの火神よりなお早い。だが火神は諦めず青峰の斜め後方から空中を制覇する。体がぶつかり笛がなる。

「ファウルだ。でも止め…!!!?」
 火神のプッシュによってわずかにぐらついた青峰をみて真は喜ぶ。しかしそれでも青峰は体勢を崩すことなく、右手をビハインドから跳ね上げてボールを打ち上げる。
上空を抑えられて見ることもできないはずのゴールにボールは向かい、そのまま吸い込まれる。

 バスケットカウントからのワンスローが宣告され、得点が認められる。画面の中でも、誠凛の選手が驚愕しているのが見える。
フリースローも決まり得点は39-59。20点もの差がついていた。耐えきれないかのようにベンチから黒子がコートに現れる。


「黒子っちがでてきた!」「黒子っちならどうにかできる!」
 亜美と真美が祈るように画面の中の黒子を見る。

 黒子はリスタート後、渡されたボールを全身の回転を利用して前線に投げる。走っていた火神がボールを受けて、ゴールに走り込むが、またしても青峰が追いつく。防がれる直前、火神はボールを横に流し、日向が3Pを決める。

「うまい!」「後半初得点ですね!」
真と春香が喜びの声を上げる。

 リスタートしたボールは7番、4番の間に割り込んだ黒子によってカットされる。伊月がボールを受け取りそのままゴールを決める。得点は43-59。

「なんか、あいつが入ってから急に得点が入るわね。」
「さすが、黒子っち。期待を裏切らない男だぜ。」
伊織が感心したように呟き、亜美が黒子を褒める。

 試合が続き、誠凛のボールを黒子が火神にパスするためイグナイトが炸裂する。その瞬間、
「なっっ!!?」
驚きは何度目だろう。今まで止めるもののなかった黒子の必殺技が青峰に悠々とキャッチされる。青峰はそのまま進行していき、伊月、日向、水戸部を次々に抜いていく。

「あー!三人抜かれたさ!!!?」
 響が驚きに声を上げる。だが青峰の進路上には火神と黒子が立ちふさがり、

「止めてくれ!」
真が願うように声を上げるが、二人を蹴散らすように青峰のダンクが炸裂する。
「5人、抜き?」
雪歩が脅えるように呟くが、室内を満たしていた驚愕は全員同じだろう。そしてその後も、展開は変わらない。黒子のパスは青峰によって悉く止められ、青峰の停止不能の動きは誠凛のゴールを揺らし続ける。

「…ああっ!火神っちが…」
重い空気のなか、火神が足を引きづるようにしていることに響が声を上げる。誠凛も気づいたのだろう、火神がベンチに引き戻される。
誠凛はあきらめることなく、ゴールを狙うが、差が詰まることはなく、だんだんと桐皇の圧倒的な攻撃がコートを蹂躙していく。

 第4Q残り6分を切ったところで、53-93。40点もの差が開く。もはや室内の応援も、驚く言葉もない。

そして、画面の中では懸命に最後まで走り続ける誠凛の選手の姿が映るが、ブザーが響いた時、掲示板には55-112というスコアが記されていた。


・・・・


「…誠凛負けちゃったね…」
 春香の呟くような声が響く、その言葉に俯いていた真の肩がビクッッと震え、ぶるぶると全身を震わせたと思うと、

「どうしてくれるんだ、亜美!」
ガバッッと顔を上げて亜美にとびかかる。
「お、落ち着くんだまこちん。」
亜美は首を締め上げんばかりの真に静止の声をかけるが、真の手は止まらず、諸悪の息の根が止まる前に春香たちが引きはがそうとする。そこに

「おっ、真君。その黄瀬君から連絡だよ。」
美希が真の携帯に着信があることを知らせる。ギクリとして動きを止めると恐る恐る電話にでる。


「も、もしもし?」
<あ、真ちゃん。最後まで見れたッスか?>
着信表記とおりの相手の声が耳に響く。
「えっと、その…黒子っち負けちゃいましたね。いやー青峰さんって強いんですね。」
真は内容が切り出されないようにできるだけ話しかけていく戦法をとるようだ。

<そうッスねー。さすがにこの結果は、びっくりしたッスけど。>
「そうですよね。あっ、そういえば途中で火神さんが交代しましたけど、なんだったんですかね?」

<うーん、多分足の負傷ッスね。多分、前の試合からのあのジャンプで足痛めてたんじゃないスかね。>
「あ、そうだと思ったんですよ。あはは。」

<それで真ちゃん。>
「そういえば、キセキの世代の載ってる雑誌みましたよ。響が探してきてくれたんですよ。」
<へー、そうなんスか。ところで真ちゃん。>
「誠凛大丈夫ですかね。随分ショック受けてたみたいに見えたんですけど」

<誠凛は若いチームッスから、この後の試合に影響がないといいんスけどね。ところで、>
「えーと、あと、」<真ちゃん、最初の賭け覚えてるッスか?>
引き伸ばしを図るもテンパる状態では、こちらからの一方的な会話には限度があり、ついに捕まってしまう。

「ううっ、覚えてます…」
<真ちゃんが、お願い一つ聞いてくれるんスよね?>
「うっ…その、」
亜美が勝手に言い出したことだ。と言いたいが周りのみんなは何を期待しているのかわくわく顔で、雪歩ですら、興味深げな顔色が隠せていない。ただ一人プロデューサーのみ心配そうにみている。

<そうッスねー。じゃあ、願い事ッスけど。真ちゃん、誠凛の試合ばっか見て、うちの試合は見てくれてないみたいッスから、応援にきてほしいッス。>
黄瀬から告げられた願いは、予想していたよりもずっとやさしかった、だが…
「応援ってどこの?」
 続けた言葉は、悪手だったのだろう、電話先から沈黙が流れる。
<…真ちゃん?海常も神奈川県予選にでてるんスよ?>

 先ほどのショックで、頭が回らなかったのもあるのだろうが、黄瀬の声は若干すねているように感じられる。
「ご、ごめん。そうだよね。ってことは神奈川県までか…」
慌てて謝る真。アイドルの仕事は忙しいとはいえ、今の765の仕事のスケジュールボードは空白が目立つ状態だ。隣の県に行くくらいなら大丈夫だろう。だが…

<応援されなくても、県予選くらいヨユーで突破するッスから、来るのはIH本選からでいいッスよ。>
 返ってきた言葉は若干冷たい。
「で、でも大丈夫なんですか?確か海常、誠凛に練習試合で負けたって。」
<…随分信用ないッスね。>
苦し紛れのお節介は、黄瀬のプライドを刺激したようだ。声に感情が感じられなくなっている。

<よーく、わかったッス。じゃあ全国に行けなかったら、賭けは無効でいいッス。んで全国の試合。1回戦はTVで観戦してほしいッス。>
「えっ!?」
<真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、それができたら応援にくること!>
「ええっ!!」
<それじゃ、約束ッスよ!>
 返答をする間もなく切られてしまったが…1回戦で桐皇のような強豪と当たったらどうするのだろう…と言ってもきっと怒るんだろーなー、と思いながら、とりあえずわくわく顔で自分を見ている亜美の脳天にチョップをいれる。




「にゃははは。よかったじゃないか。それくらいで。海常には世話になったんだし、応援くらい。ね、にーちゃん?」
とりあえず、黄瀬の出したお願いを伝えると、笑いながら答える亜美の返答は余裕が感じられたものだ。

「いや、しかし…」
プロデューサーとしても苦しいところだ、どこで行われるのか現状、事務所のみんなは知らないが、遠くで開催されれば、仕事やスケジュールに影響しかねない。とはいえ亜美の言うとおり、ふるさと村で海常にはお世話になっている。応援にいく義務はあるかもしれない…その考えを読んだのか

「まあまあ、まだ行かなきゃいけないと決まったわけじゃありませんし。今のうちの予定をみると数日くらいは大丈夫ですよ。」
 音無さんのとりなしが入る。たしかに今の765プロの夏のスケジュールはほぼ空欄だ。海常の試合日程にもよるが数日であれば、応援にいけるだろう…

「いやー、まこちんの前でそんだけ言い切ったんなら勝つだろ。でも1回戦はTVで見てくれかー。そのときなんか言ってなかった?」
「なっ、な、にも言ってないよ。」
 黄瀬の言っていた内容をすべては伝えなかったのだが…真美の言葉はピンポイントで隠しておきたいところを突いており、動揺がでてしまう。

「真ちゃん、そんなに慌てたら、なにか言われましたって言ってるようなもんだよ…」
「な、ないったらないってば!」
雪歩の言葉に慌てて否定を続ける。しかし

「ふーん、そうねー。真に得点を捧げる。とかかしら?」
伊織の予想は当たらずとも遠からず。固まる真をからかう言葉はしばらくやむことがなかった。





ちなみにこの後日、誠凛の残りの試合が行われるが、そこに火神の姿はなく、黒子のパスはミスを連発し、誠凛の全敗が決定する。






[29668] 第10話  ありがとうッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/18 15:49
誠凛の全敗が決定して、数週間後、765プロ事務所にて…


ドタドタドタ、バタン!!ドタドタドタ…

外から勢いよく駆けてきた誰かに、扉が激しく開閉され、入室した誰かは足早にテレビの前に向かった。その後ろから…

「ちょっ、真ちゃん。」「まだ、始まってないよー。」
春香と雪歩の息を切らしながらの声が続く。二人も先行する誰かを追ってテレビのある部屋へと向かう。

TVの前ではすでに電源をつけたのか、TVに一番近い位置に腰掛けた真がやや落胆したように、
「あっ、ごめん。春香、雪歩。」
 少し照れたように謝ってきた。

 テレビではバスケットIHの試合が行われていたが、その中には目当ての選手はまだ出場していなかった。



第十話  ありがとうッス



「だから、まだ時間あるよって…」
夏のこの時期に真を追って全力疾走することになってしまったため、かなりのだるさを感じるのか若干恨めし気に雪歩が言う。

「まあまあ、ゆきぴょん。」「まこちんも彼の勇姿を見届けようと必死だったのだよ。」
 もともと予定がなく事務所で休んでいた亜美と真美が宥めるように告げているが、その言葉にはからかいが含まれている。

「まさか、真。レッスンの途中で切り上げてきたりは…」
真の慌て具合に律子が心配そうに尋ねる。

「そんなことはしてませんよ!」
真は身を乗り出して否定する。
「そうですよ。真ちゃんいつもより真剣にやってましたよ。」
春香がとりなすように説明する。

「それにしても、まだ開始の予定まで時間あるのに、随分慌てて帰ってきましたね~?」
やよいがのほほんとした調子で尋ね、新聞のTV欄を確認する。その時間まではまだ、30分ほどあった。

「しっかし、ホントに宣言通り全国でたわね、あいつ。」
伊織が呆れたように言うが、感心したようにも聞こえる。

あと30分後、IH本選にて海常バスケ部の第1試合が始まる。



「おっ、出てきた。」
 憩いの場となったテレビの前で30分近くまっているとようやく、次の試合。真達にとっては目当ての試合が始まろうとしていた。

「そういえば、うちら黄瀬っちの試合みるの初めてさ。」
 響が今、思い出したように言う。
「1回戦はテレビでって言ってましたけど、大丈夫なんですかね?」
春香がだれにとはなしに尋ねる。

「たしか、誠凛の人たちに練習試合で負けたって…」
ふるさと村での会話を雪歩が思い出す。
「誠凛、でてないじゃん!」「これで負けたらカッコつかないぞ、黄瀬っち!」
亜美と真美が声を上げ、テレビの中の黄瀬を怒鳴るように見ている。

テレビの中では、黄瀬が何かを笠松と話しており、その表情はいささか余裕が感じられる。

 両チームの選手が中央に集まり、礼が交わされたのち、選手はコートに散らばる。黄瀬君はやや前のめりの位置で様子を伺っており、

「始まった!!」
 サークルの中でボールが高く舞い上がり、それを挟む二人の選手が高く、跳ね上がる。ボールに触れたのは海常の選手。弾かれたボールは的確に海常のキャプテン、笠松さんに渡り、


「おわっ!?」「かさかさ、やるー!」
 亜美と真美の驚く声が響く、笠松さんはボールを受け、一つバウンドを入れたと思ったら、マークに詰め寄られる前にボールを一直線に前線に投げる。ボールは黄瀬君に渡り、受けた黄瀬君はワンフェイントでDFを一人躱す。二人目のDFが詰め寄ってくると、今度は強くボールを床に叩きつけ…


「おおっ!!」「ダンクだダンク!」「すっごーい。」「真ちゃん、見た見た!?」
 DFの足元から高く跳ね上がったボールはゴール付近へと向かう。同時にゴールに走り込んだ黄瀬君は、跳躍し空中でボールを掴み、そのままゴールに叩きつけた。


「う、うん…」
 

真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、
 
今のがそうなのだろう。会場もかなりの盛り上がりを見せている。なにより…


ボクもダンクかな…特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ…



 前にあった時、自分が答えたバスケで一番カッコいいシュート。宣言したうえで、それを見せてくれたのだろうか。
 画面の中では、黄瀬君がDF に着く途中、笠松さんと何か話しており、


「あ、黄瀬っち、蹴飛ばされた。」
 亜美が呟くように、黄瀬君はなにやら怒った表情の笠松さんに蹴られている…


 その後も、試合は海常有利に運び、特に危なげなく、点差を広げていく。そして…


「試合―――終了!!!」
 全国大会にも関わらず、圧倒的な点差で海常は勝利を収める。

「おぉお!黄瀬っち達つよーい。」「うむうむ、これで海常の応援ツアーは決定だな。」
 亜美と真美が感心したように述べているが…応援ツアー?

「おいおい、もしかしてみんなで行く気か?」
 プロデューサーも不穏な気配を察知したのか、おそるおそるといった風に尋ねる。

「まこちん一人、なんてズルいぞ!」「うちらだって海常に世話になったんだから。」
「まぁ、真一人じゃ、テンパって危なっかしいし。」
伊織の援護射撃が加わり、響や春香たちも乗り気になっている。しばらくわいわいと騒いでプロデューサーを追いつめている。


「うっ、わかった、わかった。それで、いつ行くんだ?日程的には…まあ大丈夫だが…」
プロデューサーは一、二週間はほぼ真っ白な予定表を見ながら尋ねる。

 いつ行くべきか話し合おうとした矢先、携帯が着信を示す。
「あ、もしもし…」
<真ちゃん、ちゃんと見てくれたッスか?>
電話の主は、騒動の発端の一人。
「ちゃんと見たよ、初戦勝利おめでとう。」
<あれ?あの最初のダンク恰好よかったよ。とかないんスか?>
 たしかに、恰好よかったが…本人に催促されると認めたくなくなってしまうのは仕方ないことだろう。

「はいはい、それで応援はいつ行こうって話になってるんだけど。」
<冷たいッス!…はあ、真ちゃんの予定的にはいつなら大丈夫なんスか?>
 今回は冷静に考える時間があったためか、うまく対処できており、黄瀬君も時間がそれほどないのか割とすぐに本題に入った。

「ふるさと村で海常の人たちにはお世話になったから、行ける人たちで行こうってことになったんだ。それで、まあ、いつでも大丈夫そうなんだけど…」
<へー……そうっすね、じゃあ山場の準々決勝に来てほしいッス。>
 返答までの間は、暇なのかという言葉を飲み込んだのだろうか。しかし…

「準々決勝?随分あとだけど…大丈夫…なんだよな?」
 今日の様子では、そうそう簡単に負けるとは思わないが、それでも全国大会だ。出場している高校も生半可な相手ではないだろう。
<そこまでは意地でも負けねッス。>
 そこまでは…ということは準々決勝では、よほど強い相手と当たる予想なのだろうか?

「準々決勝の相手は、どこを予想してるの?」
<…桐皇学園スよ。>

「えっ!?」
<まあ、という訳で準々決勝は絶対に応援よろしくッス!>
 監督かキャプテンに呼ばれたのか、黄瀬君を呼ぶ声が聞こえたかと思うと慌ただしく切れてしまった。


「黄瀬さん、いつがいいって?」
携帯をしまうと、春香が尋ねてくる。
「準々決勝だって。」
「随分遅くね。もう少し前でもいいんじゃない?」
希望を告げると伊織が自分と同じ感想を返してくる。

「そこまでは意地でも勝つらしいよ。」
苦笑いとともに告げると伊織は「大した自信ね。」とやや呆れ顔だ。

「準々決勝はどこと当たりそうなの?」
「…桐皇学園だって。」
雪歩の質問に、黄瀬君の予想を伝えると皆、驚いた表情を見せる。

「うーん、ねぇねぇ、にーちゃん。応援いくの一日だけなのかな。」「前の試合からとかダメかな?」
亜美と真美がやや不安げにプロデューサーに尋ねる。

「そうだな…」





「んで、結局、ひとつ前の試合から来てくれたんスか?」
「へへへ。」
 ひとつ前の試合が前日ということもあって、結局、会場からは少し遠い所にあるが安宿が取れたため、希望よりひとつ前から応援に来たのだ

「しかも、全員で…」
…暇な人、765のアイドル全員とプロデューサーで…
 黄瀬君が見回すと、誤魔化し笑いのみんながいた。


試合前に黄瀬君と会うことができたため、応援団の到着を知らせる。
「まあ、勝つか負けるか分らないのが勝負なんだし、いいじゃないか。頑張って応援するからな!」
 そう言って拳を前に突きつけると黄瀬君は、一瞬戸惑った顔をして
「ありがとッス。んじゃ、行ってくるッス。」
突き出した拳に合わせるように、拳を当てて会場に向かった。




その試合では、さすがに勝ちあがってきた相手だけあって、序盤から中盤にかけて海常は苦戦を強いられていた。心配するように行方を見守る真達。しかし後半になるにつれて徐々に黄瀬君の動くを相手が止めることができなくなり、点差が開いていく。そして…


「試合―終了!!」

「やりぃ!」「やったぁ!!」
 試合終了時には20点近くの差をつけて海常が勝利を収めた。

その後、真は亜美や真美、春香や伊織とともに海常のところに行き、今日の勝利祝いと明日の試合のための激励をしに行くこととなった。






しかし…
 
「黄瀬なら…おい、どこ行ったんだあいつ!?」
小堀さんが黄瀬君を探そうとして、見つからずに驚いた声で尋ねる。

「なんか、散歩に行ってくるとか言ってたぞ。」
「あー、すまないどこに行ってるか分らないのだが…どうする?」
笠松さんが離れたところから返し、小堀さんが尋ねてくる。さすがに、男性だらけの部屋で待つ度胸はなく、激励だけして帰ることとなった。


「あーあ、今度は会えなかったわね。」「まあまあ、明日の試合前にでもまた会いに行こうよ。」
 わずかに肩を落して帰る真を元気づけようと、伊織や春香たちが話しかけてくる。
「まあ、約束だから応援にきただけだし、別に会えなくても…」
その言葉が強がりであるのは、明白で亜美や真美にとって絶好のからかいの口上となる。


 からかいの声にリアクションを返しながら、宿へと歩いているとふと、見知ったような人影が目に留まる。

「おっ、あれ黄瀬っちじゃん。」
 響も気づいたのか声をあげる。その声に春香たちも視線を人影に向ける。

「あっ、ほんとだ。あれ、誰かと一緒にいるみたい…」
 春香の言葉通り、黄瀬君はだれかと話しているようだ。相手の人は女性たち。アイドル…かどうかは分らないが、見覚えはない。だが…

「…ファンの人たちかな?」
 春香が心配そうに様子を伺ってくる。女性は二人、そのうちの一人が黄瀬君に何かを渡している。
「私には、負けるけどなかなかの美人ね。」
伊織の言葉通り、というより言葉以上に女性は可愛いという部類の美人だった。自分とは違う、女の子らしい娘だ。思わず、隠れるようにして様子を伺ってしまう。声がかすかに聞こえてくる。

「あの、黄瀬さん。応援してます!頑張ってください!!それとコレ、試合前に食べてください!」
 美希のような雰囲気の女の子が告げている。もう一人の子は、春香や雪歩のような感じの娘だ。

「ありがとッス。」
 黄瀬君はこちらには気づかず。女の子からのプレゼントを笑顔で受け取っている。


「うーん、黄瀬っち、もしかして彼女に会うために抜け出したのか?」「あたしらというものがありながら、けしからんぞ!黄瀬っち!!」
亜美と真美がからかい口調で怒ったように言う。だが彼女に会うために、という言葉に衝撃を受ける。

  可愛い娘だな。

 自分にはない、女の子らしさ、それを持っている娘が、楽しげに黄瀬君と話している。
「バスケよく見るの?」
「黄瀬さんの試合は、中学のころからずっと見てました!黄瀬さんなら絶対勝てますよ!」
黄瀬君の言葉に女の子は嬉しそうに答えている。


「忙しいみたいだし。もう帰ろうか。」
 自分の口から出てきた言葉は、他人の口からでたように感じられた。


 心配する春香たちに笑いかけながら足早にその場を立ち去り、宿へと戻った。


  中学の頃の、黄瀬君…か

 自分がバスケを見始めたのはつい最近だ。中学の頃の黄瀬君は雑誌で一度見ただけ、キセキの世代と呼ばれているらしいが、それがどういったものなのかはほとんど知らない。


全国が始まる前の黄瀬君とのやりとりを思い出してしまう。


【…随分信用ないッスね。】

 自分は黄瀬君を信じられなかった。だが、あの娘は、黄瀬君が勝つことを疑ってないかのように応援していた。


  勝つか負けるか分らないのが…


 今も自分は、黄瀬君が勝つことを信じきれていない。自分の目の前で、敗けてしまったら…という思いがぬぐえない。
 眠れぬままに夜は過ぎ、翌朝を迎える。






 おまけ


 黄瀬がダンクを決めた際

「しょっぱなから随分飛ばすじゃねえか。」
 全国大会とあって流石にこの後輩もテンションがあがっているのだろうか。DFに戻るまでの短い間で、笠松は黄瀬に話しかける。

「しっかりアイサツしとかなきゃなんないッスからね。」
 黄瀬の返す言葉は、なかなかに気迫がこもっている。笠松にとっとも思い入れのある大会だけに、頼もしい後輩の言葉に嬉しくなる。「その調子でガンガン行け。」というつもりが…

「真ちゃんに応援に来てもらうためには、しっかりアピールしとかなきゃなんないッスから!」
 続いた言葉に笠松は、

「シバくぞ!テメー!」
試合中ということも忘れて、黄瀬を蹴飛ばしていた。



[29668] 第11話 いつかじゃない今
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/20 18:05
海常高校選手控室

IH本選ベスト8を争う試合の前だけあって、全国区のプレーヤーの集う海常高校といえども、緊張を隠せないのか、黄瀬や、小堀、笠松はいつもよりもなお口数少なく、準備を進めている。ところへ…


第十一話 いつかじゃない今



「あー、ヤッベー!!テンション上がってき、ッベー!!」
言葉通りテンションが上がっているのだろう、ソワソワと落ち着きなく飛び跳ねている選手が一人、

「やっますよオっ!!練習の成果を今こそっっ。がんばっますかっマジでオっっ!!」
「は!?なんて!?」
二年PF早川充洋。テンションが上がり過ぎているのだろう、目を血走らせて吠えている。

「だかっっがんばっます。オっっ!!」
気合いの表れを見せるためかキャプテンである笠松に詰め寄り、自身のやる気をアピールしているだが…
「あつっくるしーし、早口だし、ラ行言えてねーし、何言ってっかわかんねーよバカ!」
チームのためにここまで気合い十分なのはきっといいことなのだろうだが、笠松は早川のあまりの鬱陶しさ、…暑苦しさにイラつきながら殴りとばしている。

「すんません!でもオっっ…」「オイ森山!なんとかしてくれ、このバカ。」
淡々とアップしながら、集中力を高めている森山に助けを求める。

「それより笠松…ウチのベンチの後ろ、二列目…見たか?来てたぜ…」
アップのときに、なにか気になる存在でもいたのだろうか。今日の相手は強敵とはいえ、その後のチームが偵察にきていたのかも知れない。思わず緊張が走る笠松だが、

「765の娘たちが…!!オレは今日、あの娘の、萩原雪歩のために戦う…!!」
「ウチのために戦えバカヤロウ!!」
三年、森山由孝。返ってきた言葉に助けを求める相手を間違えたことがわかった。

「センパイっ!!」
「ああ!?」
集中を乱されてイラついたのだろうか、エースでもある後輩が大きな声を上げる。

「ファンの子から昨日差し入れもらったんスけど食って大丈夫スかね!?万一何か入ってたら…」
「食ってできれば死ね!!」 
ついに笠松が切れ、ボールを黄瀬の顔面へと叩きつける。
「そうだぞ、黄瀬!せっかく765の娘たちが来てくれてるのに、なにをそんなことを…!!」
「オマエはだまってろ!!」
再びしゃしゃりでてきた森山にもボールをぶつけて黙らせる。

「どいつもこいつも…つーか集中させろ!!」
もうじき監督が来て試合前の最後の言葉が始まる。その前にできるだけ集中しておきたかったのだが…

「オイ、お前ら準備はできてるか。もうすぐ入場だぞ。」
いつもよりもやや低く、威厳に満ちた(?)監督の言葉が室内にひびき、

「気合い入れていけ。」
振り向いたことを後悔した。

  なんで桐皇のイケメン監督に張り合ってんだ、オッサン!!

普段であれば無精ひげに、よれたポロシャツ、蓬髪のようなスタイルの監督は、相手チームのイケメン監督に対抗しているのか、髭を剃り、髪を撫でつけ、スーツを纏ってきめている。しかし、その顔にはテカリがでており、太い首を絞めつけるネクタイによって別の意味で極まっていた。

もはや突っ込む気力も失せたのか、笠松は影を背負って座り込み、選手のみんなは背を向けて全身を震わせていた。中でも黄瀬は今にも噴出さんばかりに口元を押さえていた。なにか監督が話しているがほぼ聞いている者はいないだろう…

この状況では集中できるはずもない、と思ったのか笠松は
「黄瀬、5分前になったら呼べ。」
「あ、はいっス。」
黄瀬に声をかけて、一人廊下にでてしまった。






離れた試合会場から歓声が聞こえる……海常の控室を探していた一行は廊下を曲がったところで少し離れたところに見知った顔が座っていることに気づく。亜美が声をかけようとするが、
「ちょっと亜美ちゃん、集中してるみたいだから、少し待とうよ!」
見知った顔、笠松は目を閉じ集中を行っている。時間はあまりないが、だからこそ集中の邪魔をしてはいけないだろう。春香が止め、一同は曲がり角のところから様子をうかがう。


  なんて応援したらいいんだろ…
 
 昨夜はほとんど眠ることができなかった。黄瀬君が勝つことを疑いもしなかった女の子。自分は今も、不安でいっぱいだ。
 なんと声をかければいいのか、黄瀬君は今日の試合勝てるのか…彼はなんで自分に応援してほしいと願ったのだろう…

…しばらく待つと


「センパイ、あと5分ッス。」

独りコンセントレーションを行っている笠松さんに声をかけたのは、ちょうど自分が会いたいと思っていた相手だった。

「…オウ」

俯き深く深く呼吸をしていた彼は顔を上げた。
なにか思うことがあるのか黄瀬は笠松と深刻そうに話はじめた。

「I・Hに来てからよくそうしてるッスね。」

黄瀬の真剣な声音と気だるげな表情で顔を上げた笠松の、表情とは裏腹な雰囲気に思わず声をかけるタイミングを失い隠れるように様子を伺ってしまう。


「ウチは去年のI・H優勝すら望める過去最強のメンバーだったが、結果は知ってるか?」
「確か…初戦敗退ッスか?」

真たちは雰囲気がシリアスだったため思わず盗み聞きするように聞き耳をたててしまう。

「ありゃ、オレのせいだ。一点差の土壇場でパスミスして逆転を許した。」
「!!…」

黄瀬の驚く表情が見える。気だるげだった笠松の表情は、いつのまにか鬼気迫る真剣みを帯びたモノへと変わっていた。

「先輩たちの涙。OBからの非難。オレは辞めようとまで思った。
けど、監督はオレをキャプテンに選んで言った。

【だからお前がやれ】

そん時にオレは決めた。償えるとは思ってねえ。救われるつもりもねぇ…
それでもI・Hで優勝する!
それがオレのけじめで、キャプテンとしての存在意義だ。」

笠松さんの語る声には表情と同様の真剣みがあった。まるで千早の歌に対する思いのようでいや、ともすればそれ以上の思いが感じられた。



「ふーん。まぁオレは青峰っちに初勝利が目標ってぐらいッス。」


いつものように軽やかな声で返し、踵を返す黄瀬。笠松はそれを「あっそ。」と再び気だるげな表情にもどって呆れ混じりに見ている。
真達もあっさりとした黄瀬の声音にすこし呆れたように緊張を解く。




「まあ…死んでも勝つッスけど」

控室の扉に向かい、こちらに背を向けた黄瀬の表情は見えない。
しかしその言葉にはさきほどまでの軽やかさは感じられなかった。

「あっそ。」




結局、真達は黄瀬と会うことなく試合場へと戻る。
「真さーん。黄瀬君には会えましたかー?」
席に居たやよいが会場の熱気にあてられたのかややテンションが上がった表情で楽しげに聞いてきた。ほかの試合場に残っていたみんなも興味深々といった表情で伺ってくる。

「んーっとねぇ、」「ちょっと会える雰囲気じゃなかったよー」

俯いたまま何も語らず席に着いた真の代わりに亜美と真美が答える。しかしその声もやや沈み気味だ。

廊下での顛末を語り始める伊織たちの横で真は沈んだ思いで思考にふける。


 彼はいつも明るくて軽い調子でふるまっていた。モデルをしながら部活動もやっていて、しかも全国でも有名なバスケプレイヤー。凄い人だとは思った。ふるさと村で、一人時間も忘れて練習している黄瀬君をみた。それでも自分の抱く黄瀬君に対するイメージは明るく、ともすればへらへらしているというものだった。でも…

思考は会場のざわめきで断ち切られた。

「真ちゃん、入ってきたよ!」
雪歩が真の肩を揺らしながらフロアを指さす。


海常、そして相手チームの桐皇学園が入場し、握手を交わしていた。

「負けねッスよ。青峰っち。」
「あん?ずいぶん威勢いいじゃねェか、黄瀬。」

歓声のなか黄瀬君は、同じくらいの身長の色黒の人と話していた。初めて黄瀬君と会ったときに一緒にいた人だ。桐皇の、キセキの世代のエース青峰さんだ。

「けど残念だがそりゃムリだ。そもそも、今まで一度でもオレに勝ったことがあったかよ?」

黄瀬君自身が言っていた。今まで一度も勝ったことのない人がいる。彼に憧れて自分はバスケを始めたんだと。

「今日は勝つッス。なんか、負けたくなくなっちゃんスよ。ムショーに」

今まで見たこともないような真剣な表情。それは練習の時に見せていた表情よりもさらに凛々しく見えて、


あんな顔もするんだ…


沈みがちだった思いは消え、会場の熱気とはことなる熱が胸からこみあげてきて、真は黄瀬をみつめる。
視線の先の黄瀬は目を閉じ、最後のコンセントレーションを行っていた。今この瞬間においても、不安は消えてはくれなかった…

「それでは準々決勝、第二試合、海常高校対桐皇学園高校の試合を始めます。」






目を閉じ集中を高める黄瀬の脳裏に浮かぶのはかつての光景

つまんねーなー。
そのころの日常はまさにその一言に尽きた。

容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまあオッケー(?)、けれど退屈だった。
スポーツは好き…だがやったらすぐにできてしまい、しばらくやったら相手がいなくなる。
そんな繰り返しだった。
先程の体育のサッカーの授業でリフティングをした時も、退屈だった。最後まで自分とリフティングを続けていたやつはサッカー部とか言われていたけど、終盤では明らかに自分よりもコントロールを乱していた。
 その後のゲームでも特に相手にもならなかった。
 
誰でもいいからオレを燃えさせて下さい。
手も足もでないくらいすごい奴とかいないかなー、
いんだろどっかー、てか出てこいや!

退屈な生活は飽きた。片手間でやってるモデルも、退屈しのぎにはならなかった。

ゴッ!
「いってぇ!!」

ぼーっと歩いていると突然後頭部に衝撃が走り、目の前を茶色の物体が通り過ぎる。
ころころと足元を転がるのは、おそらく今しがた自分の後頭部に打撃を加えた物体。バスケットボールだった。

「ワリーワリー。って…モデルで有名な黄瀬クンじゃん!」
あまり誠意の感じられない謝り方で汗だくの男子が近づいてきた。その男子はやたらと肌が黒く、身長は自分と同じくらいだった。

「っだよー」
少し涙目になりながらも一応、ボールを拾い色黒男にボールを投げ返す。
「サンキュー」
色黒男は一言礼を言うと体育館に戻る。

バスケ…か。まだやったこと……
そーいや…帝光ってバスケかなり強いって聞いたことあるな

何気なく色黒男を追って体育館を覗いてみる。そこでは

ダムッ!!!!

先程のへらへらとした色黒男が信じられない速さで二人の男子をドライブで抜き去っていた。

バッ!!!

抜き去ったスピードそのままにさらに一人を圧倒してゴールを決めた。

すっげっ…
   あの速さであの動き…再現できるか!?
   ムリ…いや…頑張れば…
   やっべ、いたよ

   すごい奴…!!

   この先オレがどんなに頑張っても追いつけないかもしれない…
   けどだからいい!
   この人とバスケがしてみたい…!
   そんでいつか…



回想は打ち切られ、開始の合図に目を開ける。

  いつか…
  …じゃない。もう今が…
    その時だ




「おうっっ」

気合いとともに二人の選手がジャンプで競り合う。ボールは僅かな差で海常へと渡る。小堀から笠松へボールが渡り、桐皇のPG今吉のマッチアップを受けた笠松はキープもわずかにボールを回す。






ボールは黄瀬君のチームに渡った。隣の団体からわずかに話し声が聞こえる。

「両チームエース。黄瀬君と青峰君…両方戦って正直な感想は青峰君の方が上…」
よく見ると以前黄瀬君やみんなで見に行った試合で戦ってた人たち―誠凛―だった。

コート上ではそんな観客の評価の声が聞こえていたのか
「いんだよ。細けーことは、それでもうちのエースは…黄瀬だ!」

笠松がボールを黄瀬にパスし、受け取った黄瀬は青峰と向かい合い、立ち止まる。刹那、というには長い時間、けれど一瞬時間がとまったように二人はにらみ合い、


次の瞬間、


ダム!!
「抜いたぁ!!」
ほぼ止まった状態から瞬間的に加速し青峰の横を黄瀬が通り過ぎ、

ばちっ!!
抜いた筈の黄瀬のやや後方から青峰が的確にボールをスティールする。

「ぐっ!」
「相変わらず甘―なツメが。そんなんで抜けたと思っちまったかよ。」
ボールは桐皇にわたり、攻守が入れ替わる。



桐皇の6番がゴール付近でシュートを狙うが小堀に阻まれる。
直接ゴールにいけないとみるや6番は外にいた9番にパスをだす。

「スイマセン!」
なぜか謝りながら、詰め寄る森山より一瞬早く9番はシュートを放つ。

「うおおお。ッバーン!」
気合い一発リバウンドを狙って早川がゴールめがけて飛びあがるが…

ガシュ、パ!!

「んなぁっ!?」
ボールは外れることなくゴールを通過してしまう。

「3P-!!桐皇先制―!!」
観客席が盛り上がる。意に介した様子もなく海常がリスタートを切り、ボールは再び黄瀬にわたり、再度青峰と向かい合う。

先程同様、一瞬青峰の前で止まった黄瀬は

「速いっっ!?」
「えええ」
今度は先程の9番のように早撃ちでシュートを放つ、

「人マネは相変わらずうめーな!!
…が、それじゃ勝てねーよ。」

瞬時に対応した青峰は黄瀬を上回る跳躍をみせ腕を伸ばす、ボールは落ちることなくゴールに向かうが、わずかに軌道をずらされたのかボールは枠に当たり跳ね返る。
 落ちたボールは桐皇にキープされ、4番がドリブルから機を伺う。



「いきなエースが立て続けに止められるのはやばい。これでカウンターをもらったりしようもんなら流れは一気に桐皇だぞ。」

隣の誠凛からあせった声が聞こえるがコート上では、笠松が瞬時にボールを奪い返し、3Pを決める。
「そんなカンタンに流れをやるほどお人好しじゃねーよ!」

「かさかさやるぅ!」「すぐに追いついた!」
開始30秒で両校に3Pがでて点数は3-3。亜美たちの喜びが上がる。

「あそこでいきなり撃ってきめるかよ!立て直してキッチリ攻めてもいい場面で、すかさず返して流れをぶった切った!!」

コート上では笠松がチームに指示を出していた。
「よしDF!!一本止めんぞ!!」「おう!!」
同時に笠松は黄瀬にも声をかけていた
「フォローぐれぇいくらでもしてやる。ガンガン行け!」
「センパイ…」

話しながらDFに戻ろうとする黄瀬に向けて
「けどガンガンやられていいとは言ってねぇ!!」
「スンマッセン」
その背を蹴っ飛ばしていた。


   



「ハッ。なるほど頼りになるセンパイだな。一人じゃダメでもみんなでなら戦えるッス。ってか。」
「…」
桐皇ボールで始まった攻撃、ボールは青峰にわたり、攻守を逆転して、再度二人は向かい合う。

「テツみてーなこと考えるようになったな。負けて心変わりでもしたか?」
「…」
「ねむたくなるぜ。」

青峰はやや脱力した構えで様子を伺いながらも挑発するように黄瀬に語りかける。それに対して

「ハァ?一言もそんなこと言ってないッスよ?」

黄瀬は腰を落とし、青峰の出方を伺うように、そして抜かせまいとスキのない構えをとる。

「まぁ…確かに黒子っちの考え方も認めるようになったッス。海常を勝たせたい気持ちなんてものも出てきた。
 でも何が正論かなんて今はどーでもいいんスよ。
 オレはアンタを倒したいんだよ。理屈で本能押さえてバスケやれるほど、大人じゃねーよ。」
「…やってみな。」
二人の目は今までよりもさらに苛烈さをまして、視線が絡み合う。

青峰はボールをバウンドさせながら交互に持ちかえ、様子を伺う…と思いきや一転して左サイドにパスを送る。
 と見せたかと思うと、ボールは手からさほど離れず青峰は体を返し、ドライブで黄瀬の左サイドを狙う。
 瞬時に反応した黄瀬に、青峰は手首ひとつで切り替えし、

ダムッッ

加速して黄瀬の右を抜き去る。しかし再び黄瀬は反応し青峰のコースを塞ぐ。
「なっっ」
驚く青峰

「やった!止めた!」
黄瀬の見せたDFに春香が喜ぶが、誠凛の方から
「いえ…まだです。」
青峰の攻撃の流れはまだ続いていることが告げられ、コートでは青峰が刹那動きの止まった黄瀬の左側を、下から放り投げるようにシュートしていた。
「フォームレスシュート!!」
誠凛の大きな赤髪の人の驚いた声が聞こえる。しかし

バチィッッ
「なっっ!?」
驚きは会場に居るすべての人のものとなる。瞬時に反応した黄瀬はジャンプとともに腕を伸ばし、予想もできなかった今の攻撃を防いだのだ。

「マジかよ!」
「今度こそ完璧、あの青峰を止めたぁ!!」
「スゲェー!!」

詳しいバスケ事情を知らない真達も以前テレビで見た試合や黄瀬の語っていたことからも青峰という人が物凄い選手だというのは分ったが、思っていたよりもさらに青峰を止めたというのはすごいことなんだと分かり、真達も顔を見合わせて喜ぶ。コートでも笠松やチームのみんなが黄瀬と喜んでいた。

「やるじゃねーか。まさかマジで止めるとはよ。」
すれ違う青峰からも今の攻防について話しかけられていた。黄瀬は青峰を指さし告げる。

「青峰っちと毎日1on1やって毎日負けたのは誰だと思ってんスか。アンタのことはオレが一番よく知ってる。」
「…なるほどな」

ゲームは再開し、ボールは海常、笠松にわたり、パスの出しどころを探すように笠松はあたりを伺う。

「青峰は止めた…が桐皇の強さはもう一つ…、桃井の先読みデータDFがある。」
誠凛のメガネの人が冷静に状況を分析する。

黄瀬は青峰のマークにあって、とてもパスが受けられる状態ではなさそうだ。状況を読んで森山がマークを外れ、

「森山!!」
動きを見ていた笠松が森山にボールを回す素振りを見せ、それをフェイクに4番の右を抜こうとする。しかし

「ドライブやろ!!」
それを読んだ4番はハンズアップしながら進路をふさぐ、コースを塞がれた笠松は詰められる前に体を返し、4番の左からシュート体勢に入る。

「ターンアラウンド!!」
しかし笠松さんの動きは読まれており、シュートをブロックしようとするが、

「当たり。けど関係ねぇな!」
4番の人の動きよりも早く笠松さんは後ろに跳びながらのシュート―フェイダウェイシュート―を放つ。
 ボールは僅かに外れ、枠の上を転がる。
「リバン!」
外れることが分ったのか、シュートと同時に笠松から鋭い指示が飛ぶ。

「こんどこそっっ。ッバァーーン!!」

バチコーーン
「んがぁ!!」「なっ」「つうかうっせ!!」
早川が気合い十二分にOFリバウンドをとり、マークを外した森山にパスを送る。森山はきれいとは言い難いフォームで、しかし詰め寄る9番のブロックを躱してシュートを決める。



その後も、会場の雰囲気は盛り上がり、得点は18対13、第一Qは完全に海常の流れで終わった。



[29668] 第12話 憧れるのはもう
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/27 22:04
第十二話 憧れるのはもう

「まさか青峰また手ぇ抜いてたりしねぇだろうな?海常が完全におしてるぜ。」
誠凛の赤髪の人、火神さんは、桐皇が負けているのが信じられないのか隣の人に尋ねているが、それは黄瀬君や海常の人たちに失礼だろう。

「おい、にいちゃん!黄瀬っちたちが勝つのが悪いのかよ!」
火神の隣に座っている響がかみつく。

「あぁっ!?あんた誰だよ!」
「すいません。ちょっと響!」
「スイマセン。僕たちは黄瀬君の、その仕事仲間で、彼を応援してるもので…」
睨み付けるようにこちらを向いた赤髪の人に慌てたように、律子とプロデューサーが謝り、黄瀬との関係をためらいがちに告げる。

「えっ!何!黄瀬君の同業?ってことはモデルさん?」
少し離れたところに座っていた猫みたいな口元の人が耳ざとく聞きつけて反応した。
「えっ!?その…」

あまり知られていないとはいえ、こんなに人に囲まれた状態ではアイドルです。とは言えないのだろう、プロデューサーが慌てる。
「もしかして765の方ですか?」

落ち着いた声が赤髪の人の隣から聞こえる。
「それってたしか…」
聞き覚えがあるのか、前列に座る制服をきた女の人が反応する。
「黄瀬君の友達のひとたちだったと思います。」
間違ってはいないが…フォローしてくれたのか判断のつきづらい表情で影の薄そうな人が、紹介してくれる。
「えっと、君は…?」
「黒子といいます。黄瀬君の中学時代のチームメイトです。」
 プロデューサーの問いに自己紹介で返す黒子君。

「黄瀬の?なんでそんなの知ってんの、オマエ?」
「黄瀬君からメールが送られてくるんです…」
なぜか黒子君はこちらを見ているような気がする。

「それよりも」「黄瀬っちが負けるっていうのかよ!?」
亜美と真美が先ほどの言葉を思い出して再びかみつく。

「そういうわけじゃねえけど…」
女の子に問い詰められることに慣れていないのだろう、勝気な表情が少し戸惑ったようになり、助けを求めるように隣に座る黒子をみる。

「…おそらく、青峰君は本気ですよ。黄瀬君がそれを上回ってるとしか…」
「おー、わかってんじゃん。黒子っちだろ、うちらも聞いてるよ。」
「…」
黒子の返答に響が気を良くしたように答える。聞き覚えのある呼び名に黒子が黙る。

一方、コート上では
海常の人たちが、少し和やかに話している。ただ笠松の少し考え込む表情と黄瀬の怖い程に真剣な表情が、楽観視できる状況でないことを告げていた。


ひとまず誠凛の人たちと互いに自己紹介を行うと、誠凛の人たち、特に前列に座る人たちは真剣な表情に戻り戦況を話し合い、響のななめ前に座る茶髪のひと、木吉が尋ねる。

「…一ついいか」
「?」
「オマエらどーやってアレに勝ったの?」
「うっ…!うーん…気合い…とか?」

そういえば黄瀬君が練習試合で誠凛に負けたとか言ってたけど…この人はそのとき居なかったのかな?

「あと…青峰君が本気とは言いましたが、彼はしり上がりに調子を上げていく傾向があります。そして上げるとしたらそろそろだと思います。」
「ねぇねぇ、黒子っち。」「黄瀬っちとあの色黒とどっちが強いの?」

やや不吉ともいえることを言う黒子に亜美と真美が尋ね、黒子は少し考えるように間をおく、

「現時点の二人についてはわかりません…キセキの世代のスタメン同士が戦うのは初めてです。…ただ黄瀬君は青峰君に憧れてバスケを始めました。そしてよく二人で1on1をしていました…が黄瀬君が勝ったことは一度もありません。」
最初にあった日もたしか青峰さんが勝っていた。でもきっと…

「昔はそうでも、今は違うよ!」
自然にそう言葉にしていた。

「…はい。僕もそう思います。なにより勝負は諦めなければ何が起こるかわからないし、二人とも諦めることはないと思います。…だからどちらが勝ってもおかしくないと思います。」
その言葉は決して、黄瀬が勝つという意味ではないのだろう、だがこの試合がまだまだ始まったばかりだと再確認させるには十分な言葉だった。コートに視線を戻すそうとするが、まだ黒子がこちらを見ているのに気づき、ふと顔をむける。

「菊地さんですよね…」
「はい、そうですけど?」
随分と興味を持たれたような感じだがなんだろうか、と考えていると黒子が再び口を開く。
「一度お会いしてみたかったんです…黄瀬君からあなたのことを聞かされてたので…」
黒子の言葉に僅か慌てる。
「お、黒子っちなんて言ってたんだ?」
亜美が楽しそうに尋ねる。黒子は少し考えるようにして、

「…おもしろい子がいる、と言ってました。」
思わず落胆してしまう。やっぱり自分への認識はそういうものなのだろう。

「あなたと対談したときの雑誌をわざわざ見せて、楽しそうに話してました。」
「えっ!?」
続く話に思わず疑問の声を上げる。



「第2Q始めます。」
ブザー音が響き両チームの選手がコートに現れ、真たちの会話が止まる。コートでは早川が両頬を叩き…たたき続け……十分以上に気合いを入れて吠えている。呆れた様子でその横を笠松が通り過ぎた。

「…もっと開始からガンガンくるかと思ったら、ずいぶん静かな立ち上がりだな。」
日向の言うように第1Qとは変わって、ボールを回す、落ち着いた展開だ。

桐皇の9番が様子を見ながらパスの出しどころを探す。突然、4番の人が中に切れ込み、マークについていた笠松が反応するも、進路上には7番の人が妨害するように立っており、マークが外れる。
 一連の流れで、4番がパスを受けシュートを放つ、と思いきや反応した森山がブロックしようとして…シュートは放たれず、4番の人は森山の裏に走り込んだ6番にショートパスをだし、6番はゴール下のシュートを決める。

ゴールが決まり、桐皇の応援団を中心に会場が盛り上がる。
「落ち着け、一本!キッチリ返すぞ!」
流れをとられまいと笠松がドリブルしながら、チームを鼓舞する。
4番が笠松に対してDFの体勢に入り、笠松はバウンズで黄瀬にボールを渡す。

ボールを受けた黄瀬だが、目の前には腰を落とした自然体の状態で行く手を遮る青峰が待ち構えている。

「ここまで伝わってくるみてぇだ…すげえ集中力!!」
漏れ出たように火神が呟く、確かに進路を塞がれた黄瀬の表情がひきつる。
黄瀬は受けたボールを左側におろし…その動きはフェイクだったのだろう、瞬時にボールを上に持ち上げる。
 しかし、青峰は目にもとまらぬスピードでボールを弾く。

「速い!!」
「読まれてます。」
「エッッ!?」
黒子のコメントに思わず真たちは振り返る。しかし黒子はコート上に視線をむけており、ボクたちもコートに視線を戻す。
 そこでは攻守が入れ替わり、青峰がドライブで黄瀬を突破しようとしていた。

青峰は黄瀬の左…から右へのクロスオーバーで抜こうとし、黄瀬はそれに反応する。
止めた!と思ったのもつかの間、黄瀬の股下をボールが通り、青峰は黄瀬の左側を抜き去る。驚愕に振りかえる黄瀬。
 驚いたのは観客の人も同じだろう。今の動きにおいて読みあいは完全に黄瀬が勝っていたはずなのだ。
「強引にもう一つ切り替えした!!?」

「くっっ」「ファウルはよせ小堀!!」
ゴール下に侵入し、跳び上がった青峰を止めようと、慌てて小堀が跳びかかる、笠松から声がかかるが…

ドッ…
青峰は小堀との間に左手を差し込みながら、右手のワンハンドでボールを放り投げる。その体勢はやや崩れているが…

ピーッ
「バスケットカウント!ワンスロー!!」
ボールはゴールに吸い込まれ、審判が小堀のファールを宣言する。

「ちょっとなによ今の!」「うそ~止めてたのに~!」
コート上では悔やむような黄瀬と小堀に笠松が声をかけている。
「気にすんな。すぐに切り替えろ。」

外れて…!!
祈りもむなしく、ファールによって与えられたフリースローは決まり、18対18の同点になる。

「同点!!桐皇一気に追い上げてきた。」

「まずい…青峰が抑えきれなくなってきた。」「強ぇ…」
「やっぱり黄瀬でも…勝てないのか。」

誠凛の人たちの言葉に振り返り、
「そんなこと…!!」
無い…と言いたかったが、コート上の黄瀬の苦渋を飲んだ顔が目についた。

再開したボールは黄瀬に渡され、再び黄瀬と青峰の1on1となる。
「また!?海常はとことん黄瀬で行く気か!?」

「黄瀬君は間違いなく強いです。」
黒子がコートに視線を向けながら話す。その横顔を真たちは見る。
「キセキの世代の6人では間違いなく僕が最弱です。」「そりゃあなぁ…」
黒子の言葉に誠凛の人たちが頷く、

「ですが見方を変えれば、黄瀬君は唯一、キセキの世代たりえない理由があります。」
「「「「「えっ!!?」」」」」
この言葉には誠凛の人たちも真たちも驚く。

「キセキの世代のメンバーにはそれぞれ、オンリーワンの才能、武器があります…しかし黄瀬君には…彼だけの武器がない。黄瀬君にできるのはあくまで誰かのコピーです。ただのバスケで青峰君に勝つのは…難しい。」
「…」

以前誠凛の人たちが戦っていた、二人の「キセキの世代」緑間さんと青峰さん。確かに彼らには普通のスタイルとは別次元の彼らの武器があった。
 今もコートで見せている、他人の技のコピー。それが黄瀬君の能力なのだろう。
超長距離からの3Pシュート、予測不能のでたらめスタイル。
 たしかにそのスタイルに比べれば黄瀬君にはオンリーワンというスタイルはない。でも…

「たとえそうだとしても、そうやって成長することが黄瀬君の武器になるはずです。」
春香の言葉に黒子は頷き、

「はい…ですから、難しいですが…それに黄瀬君が気づいていれば…手はあります。」


コート上では、黄瀬は青峰の左を抜くふりから…
「ターンアラウンド!!」
先程の笠松の動きをコピーし、青峰の右側からフェイダウェイシュートを放つ。

しかし…
「お前のマークはこのオレだぜ?あっちの腹黒メガネと一緒にすんなよ。」

青峰はキッチリ反応し、シュートをブロックする。弾かれたボールはラインアウトし、海常はタイムアウトをとる。

ベンチに座る選手はみんな、疲労の色を出し始めていた。中でも「エース」青峰との1on1を立て続けに行っている黄瀬の消耗具合がひどい。

「いいか、早い展開は向こうの18番だ。向こうのペースに合わせるな。あとインサイド…」
やや張り上げるような、海常の監督さんの声が途切れる。

「監督…試合前に言ってたアレ。やっぱやらしてほしいッス。」
海常の選手、監督が黄瀬に注目する。


観客席では誠凛の人たちが戦況を分析する。
「同点か。」
「けどこっからだ。勢いに乗った桐皇はちょっとやそっとじゃ止めらんねーぞ。」

その言葉は両軍と戦った経験からくるものなのだろう。
「とはいえ両チームに差はそこまでない。勝敗を分けるとしたらエースの差だが…」
木吉が分析を続けるが、その語られぬ言葉は、決して海常有利に運ばないだろうというニュアンスであった。

「あの…黒子っち。さっき言ってた、黄瀬君の武器って…」
流れが桐皇に傾き、同点ながらもこのままではまずいことは分る。だからこそ、先ほどの黒子が言っていた、言いかけていたことが気になった。

「…黄瀬君のスタイルは、僕や緑間君よりも、青峰君に近い…」
「…」
誠凛の人たちも黒子の言葉に耳を傾けている。
「ですが、黄瀬君は青峰君のコピーが成功しません。そしてその理由を黄瀬君は知っているはずです。」
「それって…」
コピーが黄瀬君の武器で、それでは勝つのは難しいといったのは黒子君だ。だがそれが勝機につながるのだろうか…?

ビ―――ッ
「タイムアウト終了です。」
タイムアウトの終了とともに会話が途切れ、コートへ注意を戻す。
海常ボールで始まった展開。海常の選手は心持ち、なにかを決意したような、引き締まった表情をしている。

「来た!もう今日何度目だ!?黄瀬対青峰!」
ボールは黄瀬に渡り、幾度目かわからない二人の1on1。
しかし黄瀬は仕掛けることなく、あっそりとボールを早川に流す。

「あれ?」
拍子抜けしたような疑問が会場のそこかしこから漂う。
「オイオイどうしたぁ?もうお手上げか?」
挑発するように青峰が黄瀬に話しかけるが、黄瀬は取り合うことなく背を向ける。

ボールはめまぐるしくコート上を駆け巡る。しかし
「スティール!!攻守交代だ!!」
森山に回されたパスは繋がることなく、9番にカットされる。
ハーフライン付近で青峰にボールが渡り、黄瀬と向き合う。

 黄瀬の様子を見ると自分から攻める気はないようだ。だけど…負ける気も全くないという顔つきだ。
 腰を落とした構えから一転、青峰は体を起こし、ボールをつき始める。

「どっちにしろ結果は変わんねぇよ!!」
静から動へ、ペースをチェンジし、黄瀬を抜き去りゴールに向かって切り込む。

「うおっっ」「速ぇ!!」
「やっぱ青峰だ。」
会場が沸き立ち、青峰はそのままダンクを決めようとし、

ドッッ
「!?」「ぐっっ」
笠松が体格差にひるまずに体をはってDFする。

ピーッ
「チャージング、黒5番」「ってっ…!!」
流石に体格差があり、吹き飛ばされる笠松さん、しかし笛が鳴り、青峰のファールが宣言される。
「なぁあ、ファウル!?」「ノーカウントだ!」

「笠松さん、大丈夫かな?」
雪歩はプレイ自体よりも吹き飛ばされた笠松の安否が気にかかるようだが、コート上では青峰が手を差し伸べて笠松が立ち上がろうとしている。(その際、青峰が何か言ったのか笠松が舌打ちせんばかりの表情をしている。)

「巧い…!!いやそれより…すげえ度胸…!!」
日向が感心したように呟く、
「あの体格差で引くどころか、ファウルもらいにぶつかりにいくなんて!」
「あんな大きい人にぶつかりに行くなんて…」
千早も感心している。

「さすがキャプテン!ナイスガッツです!!!」
「うるせー!」
コート上では早川が今のプレイに感激して、笠松に跳びよっているが、すげなくあしらわれている。



「けどヒヤヒヤもんだ…できるのか…!?」
「できるかできないかじゃねぇ!やるんだよ!ウチのエースを信じろ!」
不安げな森山の言葉に言い切る笠松の顔には覚悟と信頼に満ちていた。


だが日向が言っていたように勢いづいた桐皇は、簡単には止まらず。黒子の言うとおり調子の上げてきた青峰は黄瀬を圧倒し始める。

「青峰、全開…!!」「止まらねー」
桐皇エースの活躍に会場は沸き立つが、
「ちょっと、しっかりしなさいよ!黄瀬!!」
伊織が怒鳴る。

黄瀬が必死なのはわかるが、差は開き始める。


圧倒的なプレーでゴールを決める青峰。黄瀬は悲しげに微笑みながら、憧れた存在を見つめる。

「ねえ、黒子君。なんとかなんないの?」
美希が尋ねる。
「…青峰君が昔から言ってることがあります…」
「…?」
「オレに勝てるのはオレだけだ。と…」
「なによそれ!」
黒子の告げる、傲慢なセリフにテンションの上がった伊織がかみつく。

「まさか…」
なにかに気づいたのか火神が驚いたように呟く。
「たぶん…そのまさかです。」
「?」
突然の流れについていけない真たちは首を傾げる。
「確かムリって言ってなかったか!?」
「はい…でもそれしか勝つ方法はありません。」

どうやら黒子が先ほど言っていた、黄瀬の勝つ手段ということなのだろう。
「それって、いったい…」
思わず真も身を乗り出して尋ねる。

「黄瀬君がやろうとしていることは…青峰君のスタイルのコピーです。」

「!!!?」
それは先ほど黒子自身が否定したことだ。だが…
「青峰のコピー…!?そんな…できるのか!?」
「さっき、無理ってぇー…」
やよいが思わず声を上げる。

「…そもそも黄瀬君のコピーというのはできることをやっているだけで、できないことはできません。」
「???」
それは…当たり前のことなのだろうが…今この場でどう話が繋がっているのか、いまいち分らない。

「は…は!?」「えーっと…?」
小金井も真たちもその説明だけではわからない。
「つまり…」
そんな様子が分かったのか、りこが補足してくれる。
「簡単に言えばのみこみが以上に早いってこと。NBA選手のコピーとか、自分の能力以上の動きは再現できないってこと?」

「黄瀬君が青峰君のコピーをできないのは、黄瀬君が青峰君に憧れているからです…勝ちたいと願いながらも心のどこかでは負けてほしくない。だから憧れている限り…黄瀬君のコピーは成功しません。」

「それって…勝つために憧れを捨てるってこと…?」
思わず言葉が漏れる。たしかに思い当たる節はある。
黄瀬君が青峰君のことを語るとき、いつもやたらと誇らしげだ。勝つと言いながらも…やはりどこかで負けてほしくないと思ってしまうのだろう。

「それでもやろうとしてるってことは…できると信じたってことだ。」
木吉の言葉が重く響く。コートでは黄瀬が覚悟を決めた表情を見せていた。




第2Qの時間は終わりに近づき、ブザーが響くと同時に、ゴールから遠く離れた位置から適当とも思える素振りで4番がボールを放る。

 これでハーフ34対40か…

その思いは会場のほとんどの人のものだっただろう。だが…

ガシャッ

「なっっ」
驚愕とともにボールはゴールに入り、得点が加算される。
「ハハッ、いやぁついとる。入ってもーたわ。」
腹黒メガネの笑う顔が浮かぶようだ。

「うおーー入った!!」「ブザービーターだ!!」
「くっ…」
観客は思わぬファインプレーに沸き立ち、海常の選手は歯ぎしりする。



休憩に入り誠凛の一年生、黒子や火神は飲み物を買いに行き、真たちは後半戦に思いを巡らせる。




[29668] 第13話 声が聞こえないッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/27 22:04
「ねぇ、真。黄瀬に会いに行かないの?」
ハーフの休憩時間が始まり、コートからは両チームの選手の姿が消え、伊織が話しかけてくる。

「…うん、邪魔しちゃ悪いし…ファンの子とかも来てるかもしれないし…」
思い出すのは昨晩の光景。アイドルではないのだろうが、それでも可愛い子だった…自分とは別タイプの、美希のような可愛さだった…黒子君の言っていた言葉がリフレインする。【おもしろい人】、それが自分への認識なのだろう。仲はいいだろう…でもそれはきっと…

沈み込む真を心配そうに伺う春香や雪歩たち。伊織も無理には誘うつもりはないのかそれ以上、言ってはこなかった。

暫くすると、誠凛の一年生の人たちが帰ってきた。しかしその中に黒子君の姿はなかった。
「どこ行ったんだ、あのバカ。」
火神さんの怒る声が聞こえる。


第十三話 声が聞こえないッス


「おせーよ。」「つーかどこ行ってたんだテメー。」
 もうすぐ試合が再開するという時間になって黒子が帰ってきた。周囲の一年生に怒られている。
「すいません。黄瀬君につかまってました。」
 黒子の謝罪の言葉にバッと真の顔が上がり、黒子と目があう。

「黄瀬君から菊地さんに伝言です。」
「えっ!?」
 黒子の感情の見えない言葉に心臓が跳ね上がる。

「【真ちゃん、声が聞こえないッスよ。】だそうです。」

 期待した表情の春香や亜美たちがガクッと傾く。自分も唖然とする、

  気づいてたんだ。

 気づいてないかと思っていた。彼には応援してくれるファンが大勢いるから、自分もその一人くらいに思っているのかと考えていた。

「黄瀬君は、変わりました。以前の彼ならあんなことは言いませんし、あの作戦も成立しないでしょう。」
「えっ!?」
 あんなこと…というのは何を指しているのだろう。それに黄瀬君が変わった?少なくとも自分と会ってからの黄瀬君には変化がないように見える…

「黄瀬君の試合にはよくファンの人がついてきます。」
「うーん、やっぱりか。」「まあ、黄瀬っちもモデルだしな。」「うん、うん。」
亜美たちが納得するように頷いている、真はそれを聞いて僅か落ち込む。


 やっぱりボクも…

「ですが、黄瀬君から応援してほしいと言ったのは初めてです。」
告げる黒子の顔を凝視する。しかしその顔から感情を読み取ることはできない。

「勝つ試合が当たり前だった中学の時より、勝てるかどうかわからない今の方が気持ちいい。黄瀬君がさっき言ってました。勝てるかどうか分らない…だからこそ応援してほしいとも。」
 勝てるかどうか分からないからこそ…それが黄瀬君の願い…


「それに…あの作戦は完全に仲間を信頼していないと成立しません。以前の黄瀬君、いえキセキの世代ならそんなことは絶対にしません。」

「?」「信頼って?どう違うんだ?」
「あの作戦、僕の予想では、黄瀬君が青峰君のコピーができるかは五分。仮にできても完成するのは第4Qの半ばです…つまりそれまでの間、試合を自分以外の人に任せることになります。それは絶対の信頼関係なしにはありえません。」

 帝光時代の黄瀬君がどういう人なのかは知らない。でもふるさと村でのみんなとの様子や笠松さんとの様子からは確かに信頼がうかがえた。

「チームで大事なのは自分が何をすべきか考えることです。」
両チームの選手が会場に姿を現し、黒子が視線を向けながら言葉を続ける。

「それって…?」
「かつて、僕が黄瀬君に言ったことです。そして…あなたが黄瀬君に言ったことでもあるんですよね。」
「…」
「黄瀬君は、すべきことが自分をギセイにすることなら、自分にはムリだと言いました。でも今、黄瀬君がやっているのは当にそれです…」
思わず視線は黄瀬を探してしまう。

「間違いなく、黄瀬君を変えたのはあなたの言葉でもあると思います。」





ビーーッ
「第3Q始めます。」
ブザー音とともにボールは桐皇に渡り、後半戦がはじまる。


桐皇は静かな立ち上がりを行おうとしたのだろうが、海常は前半以上の気迫でプレッシャーをかけ、桐皇の9番が森山のチェックにたじろぐ。隙をついて笠松が背後からボールを奪い、

バシッ
動き出し早く、青峰を振り切って加速した黄瀬にパスを通す。

「頑張れ!涼っ!!」
自然に大きな声がでる。

「いきなり速攻!!」
ドリブルで切り込む黄瀬の進路に4番のメガネの人がつく、黄瀬はスピードを殺し、急激な変速にコントロールを失ったのか…ボールが手元から外れ高く跳ね上がる。

「あっ!?」
 自分の声が黄瀬君のコントロールを乱したのか…?心配は一瞬だった。

「!!」
4番の注意がボールと黄瀬に分散し、一瞬の油断が生まれるや、黄瀬は相手の顔目前でボールをキープし、瞬時にバウンズ、相手の左を抜き去る。

「なっ!?くっっ」
4番の人が驚き、体勢を崩しながら黄瀬の足を押させる。笛がなき、審判にファウルホールディングが宣告される。

「惜しい…!!」「今の動き色黒の人っぽくなかった!?」
誠凛の人たちをみると驚いた様子で黄瀬をみている。今の動きは、ファウルで止められこそしたけれど、TVで見た誠凛との試合で青峰がしていたのとよく似た動きだった。


ボールがコート上を駆け、再び黄瀬が一人前線に切れ込む。
しかしその進路は9番と6番によってゴールから遠いコートの隅に追い込まれる…と思いきや黄瀬はシュートとは思えない動き、右手一本で放り投げるようにボールを放つ。   
寸前で気づいたのか6番の人が体で黄瀬にぶつかり、ボールは枠に阻まれる。しかし笛がなり、6番のプッシングとともに黄瀬に2本のフリースローが宣告される。


 黄瀬は冷静に二本のシュートを決め、後半5分を過ぎたところで46対58となる。
「すげぇえ黄瀬…!てゆーかカンペキ青峰みてーじゃん!!」
小金井さんが驚いている。後半が始まり流れが海常にむいたことで響や伊織たちの応援にも気合いが乗ってきている。不意に黒子と目があう。

「すごいですね。僕の予想よりずっと早い…ですが…」

「…たぶんまだ不完全ね。」
おちついたリコさんの声が聞こえる。
「え!?」
たしかに動きは青峰さんに近いけれど…
「その証拠に速攻とかで青峰君以外がマークに来た時しかやってない。きっと本人の中でまだイメージとズレがあるのよ。」
しかも、2本ともファールとはいえ、止められている。黄瀬君が憧れたほどの相手だ。おそらくあれではまだ抜けない…

「けどさけどさ、」
響がなにか反論しようとするが遮るように木吉が告げる。
「つまり…黄瀬が青峰に再び1on1を仕掛けた時がコピー完成した時だ。」

会場に追い上げムードが巻き起こる中、


ゴッ!ガガッ
その光景は信じがたいものがあった。黄瀬の前で立っている青峰がただ投げただけのようなボールがゴールに勢いよく叩きつけられ得点が加算される。

「なによアレ!!」「決まったの!?」
「というかシュートだったの今の!?」「メチャクチャさぁ!!」
伊織たちも驚愕に包まれる。

「14点差…」
火神さんの呟く声が聞こえる。

春香たちも心配そうにコート上を見つめる。黄瀬の疲労も大きいが、ここにきて黄瀬抜きで奮闘する海常のほかの選手の消耗も大きくなってきている。
「いくらエースを信じて待つって言ってもバスケに一発逆転はない。もしコピーができたところで残り時間と点差が手遅れの状態だったら…」

「そんなこと「そんなことない!あいつならきっとやるよ!」。」
響の反論にかぶせる形で真も声を上げる。

「…このままいくと恐らく15点差…そこがデッドラインだ。」
木吉の冷静な評価はおそらく当たりだろう。同じことを考えているのかコートでは笠松が決死のドリブルで切り込もうとする。しかしその動きは4番の人に読まれており抜けない。

「かさかさ…!」
業を煮やしたのか、かなり強引に笠松はシュートを打つ。

「なっ!?強引すぎる!!」
それは入るわけもないシュートだった。だが
「これだったら読みもクソもねーだろ。ついでに…O・Rに食らいつかせたらあのバカの右に出る奴ァいねんだよ!」



    …あとラ行はっきり…

笠松の信頼のもと早川がゴール下で奮闘し、

「んがー!!!」
桐皇の選手3人を相手にリバウンドをもぎ取った。ボールは小堀に渡され、ゴール下のシュートが決められる。

「よっしゃ!」「決まった!」
真美と亜美が喜びの声を上げる。
「12点差ということはまだ勝負はついてない…ということですわよね。」
普段テンションの変わらない高音の声もやや嬉しげだ。

ボールは桐皇でリスタートし、ボールが駆ける。笠松がボールをもつ4番のチェックに向かうが、4番の人は背中越しにボールを9番にパスする。

「まずい!!3Pだ!」
日向の焦る声。




   …オレは今日あの娘のために…


ビッ
「あっっ!?」「森山さん!!」
間一髪のところで間に合った森山のブロックによって阻まれる。

「止めた!差は12点のままよ!」
伊織のはしゃぐ声はコート上の選手も同様の気持ちだろう。


黄瀬君が、森山さんになにか話しかけようとして、森山さんがこちらを指さすとともに何か告げる。小堀さんの呆れたような顔と早川さんが驚き、あきれた顔が見える。
「なんすかそれ森山サン!!」

黄瀬君は呆気にとられた表情をし、こちらをちらりと見る。
気のせいかもしれない。
でも視線が合わさり、黄瀬君の微笑む顔が見えた気がする。



「涼っ!!」







 黒子っちの言ってたこと、最近ちょっとだけわかったような気がするッス。




【みんなといるから楽しいんだろ!】
バスケの経験はないといってたが…あの娘の言ってたことが不意に思い浮かぶ。




 黒子っちの言ってた「チーム」、あの娘の言ってた「みんな」…そのために何をすべきか…そして、オレが今何をすべきか







 憧れだった。初めてすごいと思えた…
 



 【俺に勝てるのは…









        俺だけだ…】









「じゃあ、そのオレが相手なら…どうなるんスかね?」


会場が不意に静まる。



息をのむ音が聞こえる。


黄瀬君が顔を上げる…



突如としてドライブで動く黄瀬、青峰も反応するが…






「待ちくたびれたぜ、まったく…」


「とっとと倒してこい」







「なっ…」


「ついに黄瀬が」



「エース青峰を…抜いたあ!!!」



まさに青峰の動きをコピーした動きで青峰を抜き去る。しかし青峰はやや後方にいながらも追いかける。

「いっけぇ!!」
心が沸き立つ、みんなも身を乗り出すようにその光景を見ていた。


「調子に乗ってんじゃ…ねェぞ黄瀬ェ!!!!」
追撃してきた青峰は黄瀬よりも高く、そして力強く、ブロックしようとして…


「ダメーーッ!!!」


黄瀬の体が青峰の体に押され、笛がなる。ダンクのタイミングをずらされた黄瀬。しかし次の瞬間


黄瀬の右手はビハインドから振り切られ、ボールは二人の背後から駆けあがるようにゴールへと向かい……

静かに…吸い込まれた…



「ディフェンス、黒5番。バスケットカウント、ワンスロー!!」
驚愕が会場を包む。

「えっと…どうなっ…」「決まった…!?バスカンだ!」
ルールを把握していない雪歩の疑問の声をかき消すように盛り上がる。

「いや…それより…青峰ファウル4つ目!」
「ファウルトラブル!布石を打ってたのか!」
誠凛の人たちも驚いている。

ルールに詳しくない765のみんなは、やや戸惑い気に顔を見合わせている。
「バスケでは5つファウルをとられると、退場になります。」
黒子が私たちの様子をみかねて説明してくれる。
「バスケは接触の多いスポーツですから、ファウルも発生しやすいんです。ですからまだ時間のある状態で4つ目のファウルがとられると…」
「もう思い切ったプレイはできないぞ…!!」
黒子の説明を日向がしめる。

前半、笠松が体を張って青峰にあたりにいったのは、まさにこのときのために青峰にファウルを重ねておくため。
「ってことは…」「コピーした上に、青峰っちの攻撃力は下がったてこと!?」
亜美、真美も状況がわかり、それが海常にとって極めていいことだとわかり、はしゃぎ始める。

コート上では悲しそうな顔で黄瀬が青峰に振り返り、その後、フリースローを決めた。

「ワンスローも決めた。これで差は一桁だ!!」
「どうなるさ、これ!?」
響のテンションもかなり高まり、火神の腕を思いっきり引っ張りながら尋ねている。

「第4Q丸丸残してこの状況…9点差はあまり関係ない!」
「それって、黄瀬さんたちが勝てるってことですかー?」
伊月の解説にやよいが嬉しげに聞き返す。

「…青峰!!!」
コート上では4番の人が青峰にパスを送るも、呆然としていたのか反応の遅れた青峰はボールを弾き、跳ねたボールをいち早く黄瀬が確保する。

「なっ…青峰がファンブル!?」
火神さんの驚く声、あれほど巧い青峰さんがあんなミスをするのはよほど珍しいのだろう。

ドリブルする黄瀬の前に9番が立ちふさがる。黄瀬は瞬時に止まった。かと思いきや一瞬で再加速し、反応できなかった9番を抜き去る。


「いっけぇー!!黄瀬っち!!」
そのままのスピードでゴールに向かい、ダンクを決めようとする黄瀬に


ドゴッ!!

いつの間に追いついたのか青峰が的確にボールを叩き、渾身の力を込めたダンクを弾き飛ばす。

「ぐわっっ!?」
弾かれたボールは近くで見ていた私たちのところに飛んできて、運よく(?)プロデューサーに命中した。
「プロデューサーさん、大丈夫ですか!?」
あずささんが慌ててプロデューサーを心配する。


「4ファウルぐれえで腰が引けると思われてたなんて、なめられたもんだぜ。けどなあ」
青峰は怒りを露わにした表情で告げる。
「特に気にくわねえのがテメエだ。黄瀬。いっちょ前に気ィ遣ってんじゃねーよ。そんなヒマがあったら死にもの狂いでかかってきやがれ。」

その表情に思わず私たちも身を震わせる。

「いっすね、サスガ。」
「いやぁ、お互い青峰のことみくびっとったみたいやなぁ。あとで謝らな行かんわ。」

「あれで終わりだったら拍子抜けもいいとこッス」
「これで駆け引きもクソもないわ。まず間違いなく、最終Qはどつき合いや」


嵐の前の静けさのごとく数十秒のターンが過ぎ、ブザーとともに第3Qの終わりが告げられる。

62対70



[29668] 第14話 敗因があるとしたら
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/01 21:13

「なあなあ黒子っち。」
「…はい?」
響が休憩を利用して、黒子に話しかけている。

「黄瀬っちが青峰っちのコピーに成功したのは分かんだけどさぁ。なんで動きだけじゃなく速さまで青峰っちと同じになってんだ?」

黒子は黄瀬のコピーを「黄瀬君の身体能力の範囲で再現できる動き」と説明していた。その理屈だと、動きが同じになったとしても黄瀬の速さが変わったことの理屈がわからない。
第3Q最後の黄瀬の動きは明らかにそれまでの動きよりも早く、まるで青峰そのものだったのだ。

「厳密にはトップスピードは青峰君の方が速いですよ。ただ、青峰君の速さの鍵は緩急です。」
「?」
「これはテクニックです。最高速と最低速の速度差が大きいほど体感できる速度が上がるので…」
「つまり黄瀬は最低速を青峰より下げることで同じ速度差を再現したってことだな。」
「なるほど。」
黒子と火神の説明に納得する一同。



第十四話 敗因があるとしたら

「黄瀬っち勝てるかな?」
亜美の声はいつものふざけた様子はなく、心配そうだ。
「大丈夫さぁ。青峰ってやつはもうあんまり、戦えないんだろ?」
響が明るい調子で答える。

「そうだな、桐皇はメンバーチェンジするか…」
「出れても4ファウルなら動きは鈍る。いくら青峰でも…」
誠凛の人たちが肯定するように、動向を予想する。しかし

「いいえ。おそらく闘いはここからです。」
黒子はベンチを見ながらそれを否定する。周囲の視線を受けながら黒子は続ける。

「おそらくここから先が、青峰君の全力になると思います。」
「だが、4ファウルだぞ!?」
伊月の訝しむ声が上がる。

「彼はまだ、その底を見せていません。そして…限界が近いのはむしろ黄瀬君です。」
黒子の言葉に真たちは慌てて黄瀬を見つめる。

両チームの選手が私たちの眼下のベンチに座っており、今までよりも顕著に疲労しており、見るからに息が切れている。特に黄瀬の疲労度合は強く、彼の限界が近いことも物語っている。


「第4Qは、正真正銘、全開のキセキの世代同士の衝突になると思います。」
黒子の予想は、この試合がここからさらに過激化することを告げていた。だからこそ…





「大丈夫か?」
「まあ…なんとか」

「黄瀬っちファイトー」「がんばれ黄瀬っち!」「が、がんばれー」
みんなも黄瀬君に声をかけている。声をかけるのをためらっていると横から春香が肘でつついてきた。振り返ると「声、かけたら。」と言わんばかりに微笑んでいる。

「涼、頑張って!!」
顔が熱を持つのが分る。黄瀬君は疲れているだろうに左手を上げて答えてくれた。

「仮に青峰が退場したとしても追いつくにはやっぱお前が必要だ。最後まで立っててくんねーと困るぜ。」
森山さんが疲労の度合いの強い黄瀬君に発破をかけている。

「ヨユーッス。信じてもらえないかもしんないけどオフでも欠かさず走ってきたんスよ?」

知っている。普段へらへらとしたように見えて練習では真剣なことも。そして以前よりも仕事を大幅に減らして、本気でバスケに取り組んでいることも…

「知ってっわ、このバ×○△…」「かむなよ」
黄瀬君の言葉に早川さんが青筋をたててはね上がり…

「信じてるさ…とっくに」
黄瀬君の頼もしい先輩たちは大きな背中を見せて、コートへと戻って行った。




「第4Q始めます。」
試合が再開する。残り10分、8点差。

「桐皇はメンバーチェンジしないな。」
「けどどんな奴でも4ファウルなら動きは鈍る。大丈夫か?」

誠凛の人たちの予想は杞憂となる。今まで以上の気迫と集中力で青峰は黄瀬に迫り、ブロックしようと腕を伸ばす黄瀬の前で、

「なっっ!?」
青峰は空中でほとんど上体を寝かせてシュートを放つ。でたらめなループを描いたにも関わらず、ボールは外れることなど知らないかのようにゴールを通過する。

思わず、息をのむ
「4ファウルで変わらないどころか…凄味が増してやがる。」
「どうなってんのよ!?」
予想と違う展開に伊織がいきりたつ。
「なんて集中力…やっぱ化け物かよ。キセキの世代のエース青峰!」
誠凛や海常の驚きは、ついで桐皇も知ることとなる。

「っだと!?」「うわぁあ、まったく同じ…!?」
黄瀬は先ほどの青峰の動きそのままに、同様のシュートを放ち、点差を戻す。


試合は…二人のキセキの激突は激しさを増していく。
オーバースローのような動きで青峰がボールを叩きこめば、黄瀬君それを返し。二人とも一歩も引かない構えをみせる。

その様相は、殴り合いというよりもすでに取っ組み合いという様相を呈し、会場の興奮もピークを迎えていた。




「黄瀬ェ!!!」
 鬼気迫る表情で敵を睨み付ける青峰。

「青峰っち…!!」
 更なる能力の開花を見せて対抗していく黄瀬。


二人のエースの気迫は徐々に会場を静かなものへと変えていった。



「やっぱこうなってしもたか、にしてもつくづく恐ろしいもんやでキセキの世代」

「いつまで続くのこれ…」
おののいたような言葉は誰のつぶやきだったのか、

実に9分間、一本も落とさず両エースは交互に点を取り続けた。




黄瀬がドリブルで走る、並走する青峰によって黄瀬はゴール裏にまで追いつめられる。しかし

「あぁあぁあぁあ!!!」
気合いとともに震える膝を叱咤し、ボードの裏から放たれたボールはしばらく枠の上を転がると、なんとかゴールへと吸い込まれる。

「あぶないゴールが増えてきたな。」「体力の限界ね。」
誠凛のひとたちの言葉が遠く聞こえる。海常の選手も桐皇の選手もまさに体力の限界といった様子だ。


「しんどいわね…」
「ほんと疲れるわよ。」
りこの言葉に伊織がうなずく。
「いやそうじゃなくて…」
日向のつっこみに伊織が「なによ」と反応を返す。
「ここまで流れがかわらない試合は始めてだわ。中の選手は相当精神ケズられてるハズよ。」
りこの説明に伊織が顔を赤らめる。気にした様子もなく日向が続ける。
「特にキツイのは追う海常だ。信じられない長時間、8点差と10点差を繰り返して、縮まらないまま時間はどんどんなくなる…」
「緊張の糸はいつ切れてもおかしくない…ハズだ。」
うなずくように木吉も続ける。
「黄瀬と青峰もだが、他の選手もほとんど往復ダッシュをしてるようなもんだ、かなり体力を削られている。」

「ですが…まだあきらめてません。」







   あきらめるか…!!チャンスは必ずくる!
   アイツが踏ん張ってるのにカンタンにへこたれてられっか!





   認めてやる…どころか最後まで気は抜かねーよ
   その眼をしてる限りは何が起こるかわかんねぇ
 テツと同じ眼をしてる限り…!





「…桜井!!」
一瞬の気の緩み、桐皇のパス回しは7番から9番に渡ったところで9番が弾いてしまいボールがコートに弾む。
「あっっ」

!!!

瞬時に黄瀬が反応し、ボールを拾う。

「均衡が崩れた!!海常チャンスだ。」
点差は98対106残り1分。

「止めろ!!ここは死守だ!!」
桐皇の監督が怒鳴るように指示をだす。

「ここで勝負が決まる!」
こぼれ出たような木吉の言葉に視線を向ける。

「残り1分。これを決めれば差は3P二本分。チームも一気に士気を取り戻せる。逆に落とせばタイムリミットだ…つまり…

事実上…最後の一騎打ちだ!!」


示し合わせたかのごとく、黄瀬と青峰が向き合う。

合わせ鏡のごとく同じスタイルの二人の距離が縮まる。刹那の間に、二人の間で読みあいの応酬が繰り広げられ、覚悟を決めたかのように青峰の顔つきが変わる。

二人が交錯する寸前、黄瀬君がわずかに右を見た…気がした。ドライブは右か左。ぶつからんばかりに二人の距離が近づき


そして
平面の動きは突如、立体に

黄瀬は右でも左でもなく、スピードのまま右腕で振りかぶるように青峰さんの上から強引な体勢でゴールを狙う。

「いきなりフォームレスシュート!?」
黄瀬の行動に度肝を抜かれたのはおそらく、二人以外のすべての人間だったのだろう。
青峰は予測不能な黄瀬のパターンに反応し、シュートコースを遮る。

   止められる…!!

瞬間、

黄瀬は一連の流れか、振り上げた腕を強引に押し下げる。



ボールが上から下へと手に吸い付くように流れ、手から離れる。その行く先には

「笠松!!?」「なっっ!!」

予想もつかないパターンに完全に選手の動きが止まり、ただ一人笠松さんが完全フリーの状態でパスを受け取ろうとする。



 そのボールが…笠松に届くことはなかった…



 

 人間の反応とは思えない動きにより、青峰が空中で捻転し、腕が振るわれコースがカットされる…




 だが、黄瀬の手から放たれたボールは右サイドではなく、ビハインドから青峰さんの右側を通りゴールへと向かう。そして…

      入って…!!


 ボールはゴールに入ることなく跳ね上がり…



「早川センパイ!!」



そこに早川が走り込むことを信じて黄瀬が叫ぶ。

「んっっが―――!!!!」



 早川によって押し込まれたボールは今度こそゴールを通過する。





「なっ!!?」「決めやがった!!」
一瞬遅れて、会場に歓声が響く。真たちも目の前の光景に立ち上がって喜びを表す。

「やった!!」「真ちゃん、やったよ!!」「これで6点差よね!?追いつけるのよね!!?」
伊織は前列の木吉を揺らしながら、問い詰める。

「信じられん!なんだ今の動きは!?」
 木吉は驚いたように声をあげる。
「今の一瞬、シュートフェイクの直前で黄瀬君は目線のフェイクをいれていました。同時に右サイドの笠松さんを見ました。青峰君はそれを、本来の彼の動きにないパターンと看破し、あのパスを読んだのでしょう…」
 あまり、顔色の変わらなかった黒子も驚いたように説明している。

「ですが、それもフェイク…いえ意図的に視線を誘導したのでしょう。本命は、ゴールに走り込んだ10番のリバウンド。」
「意図的に視線をって……ミスディレクション…!?」
火神が驚いたように黒子をみる。

「完璧ではありませんが、意図的に青峰君の意識を自分からずらしたのはその応用でしょう。そして、パスを受けるために走る笠松さんと必ずO・Rを押し込んでくれる早川さん、二人への信頼がなければ今のプレーはありません。」


 リスタートした桐皇は、なんとかパスを青峰に繋ごうとコートを駆ける。だが、士気の上がった海常の動きは桐皇を上回り、コースが限定され、センターライン付近で黄瀬がボールを奪い取る。青峰が、瞬時に黄瀬のドライブを封じようと駆け寄るが…

「なっっ!!」


 センターラインでボールを持った黄瀬はドリブルをすることなく、その場でジャンプシュートを放つ。そのボールはそれまでの彼のシュートよりも高く、高く軌道を描き…


シュパッ
「はっ、入ったぁ!!?」「あれは…緑間の!!?」
 ボールは枠に触れることなく、ゴールを通過し、掲示板は103-106を示した。

「よっしゃ!!黄瀬っちナイス!」「あと3点ですよ!」
響と雪歩が喜びの声をあげる。真達も同様に声を上げ、コートを見つめる。

「キセキの世代のコピーはできないハズじゃ!?」
火神が驚いた声で黒子に尋ねる。
「…はい、ですがそれは、中学時代の黄瀬君です。それと…今のは、現在の緑間君というより昔の緑間君のイメージです。」

「今の緑間や、黒子の完全再現はムリでもその一部であれば再現できるってことか!!?」
日向も驚きの声を上げる。

 コートの上では、それまでの凶悪な顔から一転、深く沈み込むような表情をみせる青峰が試合の行く末を睨みつけていた。




 再度リスタートした桐皇は、今度こそ青峰にパスをつなぐ。センターラインで受けた青峰はトップスピードでエリアに侵入しようとする。

「行かせるか!!…なっ!!」「…っ!!」
 青峰の進路に割り込むように笠松と小堀が立ちふさがる。しかし残像を残すかのような超速の動きにより二人は反応することすらできない。

 だが、一瞬のタイムロスで黄瀬が進路に割り込む。青峰が、黄瀬に激突しにいくように跳び上がり右手でダンクを決めようとし、黄瀬はそれを体で阻もうと跳び上がる。

「させないッス!!」

 激突するっっ!!!

目をそむけずにその瞬間を見つめ続ける真…だが激突の瞬間は訪れず、青峰は空中でロールし、ボールを左手に持ち替え…


ギャゴッ!!!


 驚きに目を開く、会場の人たち。それは、客席に座る真達や誠凛の人たちはおろか、コート上の両チームの選手も同様だ。

「うわぁあ――!何だ今のは!?空中で一回転してかわして…もはや人間じゃねェ―!!」
観客席が爆発するような歓声を上げるが、誠凛の人たちや真達は驚きで声もでない。

「いま…のは…?」
だれかの呟くような声が聞こえる。
「分りません。…おそらくボクの知らない青峰君。その一端でしょう…」
見れば黒子君も驚き青峰さんを見つめている。




 掲示板は103-108、残り時間は20秒を示していた。


 海常は追いすがろうと、コートを駆け、黄瀬がゴール前で再び青峰と激突する。二人の間でいくつの応酬が繰り広げられたのか、黄瀬は高速で動く世界の中、サイドスローのようにボールを投擲する。

 黄瀬の表情は、苦痛を耐えるかのように歪んでおり、
 真たちは祈るようにその行方を見届ける。


そのボールは



ガカッッ!
「なっ!!?」



ゴールに入ることなく弾かれ、勢いのままラインを割ってしまう…




「そんな…」
 外すことなく続いた、攻防が途切れ同時に黄瀬の目から、先ほどまでの気迫が消える。足が止まりその顔が俯く…


「涼ッッ!!!!まだ…まだ終わってない!!」
我知らず、叫んでいた。今止めなければ、黄瀬君が孤独な闇に引きずりこまれるようで、まるで周囲を頼ろうとしない彼みたいになってしまう気がして…

俯きかけた黄瀬の顔が上がる。
「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」

黄瀬の後ろから笠松が黄瀬の頭を押さえつける。

海常のみんなが、黄瀬を信じている。





「認めてやるよ黄瀬。だが…オレの勝ちだ。オマエの敗因は、力が使いこなせず、仲間に頼らざるを得なかったお前の弱さだ。」


「そうかも…しんないッスね…」



リスタートしたボールは青峰に渡り、青峰は海常陣地を駆ける。








 確かに最初からこれだけの能力があれば勝てたかもしれない…
 



 …けど  間違いなくオレだけじゃここまでやれなかったし



自分一人では…みんなが信じてくれなかったら、きっと自分のコピーはここまでならなかっただろう…



    オレだけじゃとっくに試合を投げてる


 青峰のダンクを阻もうと黄瀬は再度、彼の前に立ち塞がる。



「だから、負けるだけならまだしも、オレだけあきらめるわけにはいかねーんスわ。」


「敗因があるとしたら、ただ、まだ力が…足りなかっただけッス。」



「フン、当たり前なこと言ってんじゃねーよ。」



歯を食いしばりながらも阻もうと伸ばした腕は、しかし止めることはできず青峰の腕がゴールに突き刺さる。


黄瀬が倒れ…青峰が着地する。


小堀は目を閉じて顔を上げ、笠松は結末を見届けるかのように行く末を見守る。
森山は呆然とした表情で倒れる黄瀬を見て、早川は悔しげに眼を閉じる。



「試合…終了―――!!!」

103   対   110



海常の選手は終わってしまった結果に顔を俯かせ、桐皇の選手は安堵と喜びを露わにしている。


「両チーム整列!」
審判から声がかかり、両チームの選手が中央に集まる。一人黄瀬だけが、遅れている。倒れていた黄瀬を振り返る早川さんと小堀さん。

起き上がろうとし、しかし起き上がれずに後ろに倒れた黄瀬に驚きの声を上げる。

「黄瀬!?」「黄瀬君!!」

思わず真たちも身を乗り出してしまう。


「おそらく…力の反動です…」
黒子の呟きが遠くに聞こえる。



「…情けねー。」
小さくつぶやいた黄瀬はコートに拳を打ちつける。振り下ろした拳が細かく震えている。


その光景を見つめる青峰は、しかし何も告げることなく背を向ける。
笠松が手を差し伸べて、うながす。

「立てるか?もう少しだけ頑張れ。」

「センパイ…オレ…」
声が震えている。
笠松は黄瀬を引き上げ、肩をかしながら中央に歩く。

「お前はよくやったよ。それに…これで全て終わったわけじゃねぇ。」



「借りは冬、返せ。」
笠松の肩の奥から覗く黄瀬の横顔は…涙でぬれていた。


「103対110で桐皇学園の勝ち、礼!!」
「ありがとうございました。」



俯く海常の選手、肩を借りてベンチに戻った黄瀬はベンチの人に迎えられる。
「しょぼくれてんじゃねえ!!」
笠松の鋭い声が通る。

「全員すべてを出し切った!全国ベスト8だろう!胸張って帰るぞ!」
その言葉に選手のみんなも顔を上げ…

「おう!!!」
健闘をたたえる拍手の中、海常のみんなが胸を張って会場を後にする。



「……と、真!」
肩を抱えられるようにして会場を去る黄瀬君を呆然と見ていた私は、かけられていた声に反応するのが遅れる。
のろのろと顔を上げると、心配げにこちらを見ている春香の顔が映り、周りをみると、少し落ちこんだ表情ながら、心配げにこちらを見ている。みんなの顔がみえた。

「黄瀬君に会っていく?」「怪我とかしたのかもしれませんし…」
律子さんから声をかけられ、雪歩も心配そうに促す。何と答えていいのか悩んでいると、火神さんが

「やめときな、負けたやつにかけられる言葉なんてねえよ。」

その言葉を聞いて、なにかを思うよりも先に駆けだしてしまった。







無意識に海常の控室まで駆けてくると、廊下を歩く海常の人たちの影が見えた。追いかけようとした足は、控室から聞こえる、笠松の慟哭に縫いとめられる…


【それがオレのけじめで…】
【死んでも勝つッスけど】





そのあと、どこをどう歩いたのかは覚えていない、気が付くと隣には春香や雪歩が居て、みんなとともに帰京の路についていた。

 彼の敗北が、勝利を信じきれずに、疑っていた自分のせいだという思いが胸を締め付けていた…



[29668] 第15話 そっちって、どっちスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/02 17:05
「…はぁ…情けねー。」
 都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。

 どうにも公園に来るときはいつも溜め息をついているような気がしてしまう。黒子っち、誠凜との試合に負けた後も、公園で溜め息をついていた。


「そういや…」
 春ごろ、中学を卒業し、高校にあがる直前にも公園で同じように溜め息をついていた。たしかあの公園は…


「ここっスか…」
 わざわざ神奈川ではなく東京まで足を運んで、公園で黄昏ているなんて何やってんスかねー、と自分の思考にまで溜め息をつきたくなる。

 海常の全国大会が終わり、帰郷した。大会直後ということもあって、オフとなったのだが、それとは別に監督から自分には半強制的な休養が義務付けられた。本来であればすぐにでも、練習に没頭したい。だが来たらじっとしてないだろう、という以前から比べると正反対の評価をもらった黄瀬は部活禁止令をだされた。

 自身の右腕を見てみる。最後の攻撃、あの時自分のシュートが入っていれば、結果は違ったかもしれない。最初からあれだけの力が出せていれば結果は変わったかもしれない…だが、やはり能力を全開にした反動は避けられなかっただろう。



 あの時、以前この公園に来たときも、青峰っちには負けた。だが胸に去来する思いは以前とは異なる。仲間のために…それが少し分かった今、自分ひとりの勝ち負けではない、チームでの勝ち負けを決めてしまったことが…悔しい。


 ふと、以前ここで勝負をしたとき、外野から歌が聞こえていたのを思い出した。
あの時、途中から歌は聞こえなくなり、騒ぎが起こったのだった。勝負の最中であるにもかかわらず気になってしまい、騒ぎを見に行った。

「勝つとこ、見せたかったんスけどね…」
 勝つか負けるかわからない勝負だから楽しい。だが…それでも応援してくれたあの娘の前で勝つところを見せたかった。

 ボーっと空を眺めていると不意に声がかかる。

「黄瀬君…?」



第十五話 そっちって、どっちスか




「カーナビが示していたのは、深~い崖の向こうだったの…その時、耳元で…

堕ちればよかったのに。」

「きゃああああ!!」「………」
伊織の話に雪歩が悲鳴をあげる。しかしその横で聞いていた真は、反応を示さない。

「ちょっと真!聞いてたの?」
 ぼうっとしたまま、反応を返さない真に伊織がいらだつように声を上げる。

「あ、ああごめん。」「「…」」
 返ってきた反応はやはり覇気のないもので、そのことに伊織は溜息をつきそうになり、雪歩は心配そうに真の様子を伺う。

 海常対桐皇の試合を観戦した後から、事務所に戻り二日が経過した今も、真は明らかに元気を失っていた。

「やっぱり変だよね、真ちゃん。」
「まったくよね。いつまでも、真らしくもない。」
雪歩と伊織は、真のすぐそばで内緒話をするように小声で話すが、やはり真は反応を示さずぼうっとしている。

「原因は…やっぱり…」
「この前の試合しかないでしょ。」
海常が試合に負けたことが、いかなるショックを与えたのかはわからないが…やはりあの試合の直後、いや直前からどことなくおかしかったような気がするのだが…

なんとかできそうな人に心当たりはあった。というよりその心当たりが原因である可能性は大いにありうる。だが、試合から二日、原因から連絡はなかった…


少し離れたところで、ソファーに身をゆだねていた春香も真を心配そうに見つめる。心配ではあるのだが…

「あぁ~つぅ~いぃ~ぞぉ~」
向かいの席では膝立ちになって、響が扇風機に喋っており、
「壊れたエアコン!」「おんぼろのエアコン!」「役立たずのエアコン!」
亜美と真美が、壊れて動かないエアコンにむけて悪態をついていた。

「明後日には修理くるから。」
律子が涼しげな顔でたしなめる。もっとも亜美たちからは見えないところで、彼女の足元にはバケツに入った冷水があるのだが…
「真美たちドロドロに溶けて怪獣へドロンになっちゃうよ~。」
「心頭滅却すれば火もまた涼し!」
へドロンという謎怪獣を体現している亜美と真美に律子はばっさりと言い放つ。

試合の応援から戻ってくると事務所のエアコンが壊れており、真夏の室内は窓を開け、扇風機を駆けていたとしても彼女たちの元気を奪うのには十分すぎる威力を発揮していた。もっとも一名ほど、それとは別の原因で元気を失っている者もいるのだが…


「おーい、みんなー。アイス買ってきたぞー。」
事務所の扉が開き、プロデューサーがアイスの入った袋を携えて入ってくる。

アイスを食べながら元気のない真の様子を見ていた春香は、どうにかできないものかと考えていると向かいの席から、
「はぁ~、自分の実家はちょっと行けば、すぐ海だったんだけどな…はぁぁ、ちゅら海が恋しくなってきたぞ。」
 響が懐かしむような声が聞こえる。
「海かぁ~」
 言葉にしてみると意外といい考えのように思えてきた。響を見てみると彼女も同じ考えに至ったのか嬉しそうな表情でこちらを見ていた。


「プロデューサーさん。海ですよ!海!」
春香に話かれられたプロデューサーがアイスを咥えたまま振り向くと、輝く笑顔で見つめるアイドルたちがいた。だが春香の期待に満ちた、言葉に返したのは

「へっ?」
かなり間の抜けた言葉だった。
「慰安旅行だな!」
「にーちゃん、慰安旅行いきたーい。」「いあ~ん。」
嬉しそうな響が言い、亜美と真美が誘惑するように左右から迫る。
「む、無茶言うなよ、いきなり。つい先日、帰ってきたばっかだろ。」
 確かにこの暑さの事務所では、海に行きたくなるのもわかるが、そうそう甘やかしてばかりもいられない。しかし

「あら、いいんじゃないですか。福利厚生、健康増進もプロデューサーの仕事の内ですよ。それに…」
 音無さんが、フォローするように言う。だが最後の言葉は言い切られることはなかったが、彼女の視線の先、アイスを持ったまま、ソファーにぼうっと腰かけたままの真のことなのはわかった。

 今はまだ、スケジュールがあまり、というより全く埋まっていないため、影響はほぼないが、レッスンが再開し、仕事が入り始めた時にもあの状態ではかなりマズイ。

「…はぁ、じゃあ、スケジュールに差し支えない範囲で…」
 少なくともこんな気の滅入りそうな、蒸し風呂に居るより、開放的な海に行けば、本来は活動的で明るい彼女なら元通りになるかもしれない。





「仕事がない者って声かけたら…全員来てるし。」
 現状、事務所のアイドル全員に仕事がないということに頭を抱えるプロデューサー。慰安旅行が決定し、翌日には全員から出席の返事がきた。決定から二日で出発という強行日程にも関わらず…

「実際、暇なんだから、しょうがないですよ。」
「律子もか?」
 早々に宿の手配をした、律子は現状を嘆くこともなく受け入れた様子だ。慰安旅行では神奈川の海水浴場を目指すこととなり、現在は道中、電車に揺られている状態だ。

「私は…プロデューサー一人だと大変だろうと…それにちょっとしたサプライズもあるし…」
 律子は少し慌てたように返答する。だが後半の言葉は小さくつぶやくような声だったため、あまりよく聞こえなかった。
「みんなで旅行なんて楽しいですねぇ。」
あずさの表情は言葉通り、楽しそうだ。
 まだ目的地には着いていないが、今回の企画は成功のようだ。見れば、春香は千早や亜美たちに手作りのお菓子を分けていたり、やよいは近くの席のあばあさんと親しげに話している。
懸案だった真もやはり、開放的な雰囲気がよかったのか、明るさが戻っている。もっとも今は伊織の怪談話によって雪歩ともども顔を青ざめさせているが…

 しばらく電車に揺られていると神奈川にはいり、いくつかの駅にとまる。扉が開き、見覚えのある人が入ってくる。
プロデューサーが驚き、律子の顔をみると、律子も彼に気づいたのか、というより知っていたのか楽しげだ。




「見ると車の窓に無数の手形が張り付いていたの…」
「怖い」「ちょ、ちょっと」
伊織が怖い表情で話し、それを聞く雪歩と真は顔を青ざめている。

「拭き取ったのにどうしても一つだけ消えない…なぜならそれだけ

…内側についていたからよ。」
「「きゃあああ!」」
 話のオチに二人が悲鳴を上げる。雪歩と抱き合って震える真を見て、伊織は少しうれしげだ。
 よく喧嘩をする間だが、だからこそけんか相手の元気がないのは心配だったのだろう。

「ねぇねぇ、まこちん。」「まこちん、どんな水着持ってきたの?」
伊織の後ろの席から、身を乗り出すように亜美と真美が尋ねてくる。後ろに居たのは春香と千早だったはずだが?と疑問に思った伊織だったが、ふと前方の扉が開き、入ってきたやつの顔をみて、質問の意図を理解する。

「まさか、スクール水着とかじゃないわよね?」
 からかうように伊織も尋ねる。その言葉に真は慌てたように言い返す。





「そんなわけないだろ!ちゃんとしたやつだよ!」
「きわどーい水着?」「だれに見せるつもりだったのかな~?」
突如、水着の話になり、からかうような伊織の言葉に言い返すと、再び亜美と真美がにやりとした笑みを浮かべて聞いてくる。どことなく、その視線は自分の横をみているような気がしないでもないが…

「なっ、そんな…」「そうなんスか?」
 慌てて言い返そうとすると、隣から聞き覚えのある声が聞こえる。ピタリと動きが止まり、ギギギという音がつきそうな動きで隣を見る。

「よかったな、黄瀬っち。」「いやいや、案外そっちの方が…」
「楽しみッスよ…ってそっちって、どっちスか!?」
もはや楽しそうな様子を隠そうともしない亜美と真美の言葉に隣の人物は答えている。その様子があまりにもいつも通りで…


「き、黄瀬君、なんでここにいるんだよ!?」
 すっかりいつもの調子で言い返す。その言葉に黄瀬君はあれっ?という感じで首を傾げる。
「私が呼んだのよ。まあ、偶然会えたから誘ったんだけどね。」
少し離れた席に座る律子さんが幾分誇らしげに説明する。見れば周りのみんなも知らなかったらしく、驚いた様子で黄瀬君に声をかけている。

「ちょ、律子さん!?…えっと黄瀬君、練習とか大丈夫なのか?」
 プロデューサーが慌てて尋ねる。
「大丈夫スよ。さすがに今はオフッスよ…サボったわけじゃないスよ。」
黄瀬君の言葉に若干疑わしげな視線があり、付け加えるようにサボり疑惑を否定している。

「そっか…その…」
 真はちらちらと黄瀬の様子を伺うように見る。ためらいがちの言葉は

「黄瀬っち、大丈夫なのかー?」「そうそう、せっかく応援行ったのに負けちゃうし!」
 以前と変わりないように見える黄瀬の様子に亜美と真美が核心をついたように笑いながら問いかける。
「ぐあっ!!うぅ、それはごめんッスよ。」
 その笑顔に黄瀬も特にこたえたようすもなく、デフォルトの泣き顔をみせて応じる。
「ちゃんと借りは冬のWCで返すッスよ。」
そう言い切った黄瀬にみんなもおおっ!っと返し、和やかな雰囲気で電車は海へと向かう。



 一行に黄瀬を加えた電車は目的地に到着し、車内から見えていた海へと美希と響が先を争うように駆けていき、亜美と真美が水鉄砲をもって突撃している。
「美希が一番なの!」「一番は自分だぞ!」「目標まで30m!」「突撃ィ―!」
「待ってよー…あっ、わわわ、あた。」
春香が先行する美希たちを追いかけようとして駆けていくが…途中でこけた。
「春香ちゃん大丈夫!?」
雪歩が心配の声をかけているが、その足取りは楽しそうだ。
「海ではしゃぐなんてお子様ね。」
伊織はそういいながらも、黙々と浮き輪を膨らまし、海に入る準備をしていた。

「ははは、真ちゃんは行かないんスか?」
黄瀬は元気のいいアイドルたちに笑顔を浮かべ、ふと、隣に真がやや恥ずかしげにいることに気づく。
「あっ、その…黄瀬君は泳がないのか!?」
 沈みがちだった雰囲気は消えている。

「ああ、オレは…真ちゃんの水着姿でも眺めてるッスよ。よく似合ってるスよ?でも、もうちょっとふりふりのやつでも似合いそうッスけど…」
 一瞬、ちらりと右腕と膝を確認するように見たあと、言葉通り、嬉しそうに真の姿を眺めている。真の水着は黒を基調としたセパレートタイプで、彼女のひきしまった肢体を際立たせていた。

「う、あ…わあぁああ…」
 見られた真は顔を真っ赤にして海へと突撃していく。このまま行くとかなり離れたところに見える岩のところまで泳いでいきそうだが、その泳ぎは早く、安定している。隣では対抗意識を燃やしたのか響が負けず劣らずのスピードで泳いで並走している。

「ははは…」
その姿を楽しそうに眺める黄瀬、
「日焼け止め忘れるなよー!」
プロデューサーが海に駆けて行ったみんなに大声で声をかける。

「ふう…それにしても元気になってよかった。黄瀬君も来てくれてありがとう。」
 一息つくと、真の様子がすっかり元通りになっていることに安堵し、黄瀬に一声かける。
「なんか、元気なくなってるって聞いたんスけど…まあ、こんなんでいいなら役得ッスよ。」
 黄瀬の言葉に律子の方を振り向くと、作戦成功とばかりに律子はウィンクしている。

「黄瀬さんは泳いでこないのですか?」「そうよ、早く真、追いかけてきなさいよ!」
 律子の隣から、紺色のTシャツを着た千早が尋ねてきて、準備が整った伊織が促してくる。準備運動をしていたやよいも伊織の横からうかがうように見ている。三人をちらりと見た黄瀬は、

「みんなもよく似合ってるッスよ。さすがッス。」
 楽しげに答えにならない返答をする。
「「ちょっ」」「わ~、ありがとうございます~。」
伊織と千早はあわて、スクール水着のやよいはいつもの調子で喜ぶ。

「荷物は私たちが見てるから、行ってきていいわよ?」
 律子も暗に追いかけろと言ってくるが…
「律子さんもいいッスねー…」
 誤魔化すように律子の水着姿を褒めるが…少し胡乱な様子の律子の反応に困り、
「…さすがに、あの速さでこの距離だと、追いつかないッスよ。」
 前方の真は、響とともにすでにかなりの距離のところにいる。たしかにふつうなら追いつく距離ではなさそうだが…
 黄瀬の雰囲気に違和感のようなものを感じたプロデューサーが疑わしげに黄瀬を見る。視線を受けた黄瀬は
「まあ、真ちゃんもそのうち岸にもどってくるだろうし、のんびりさせてもらうッスよ。」
といって、パラソルをたて、陣地を設営したあと、言葉通りのんびりとし始めた。


 おだやかな時間が流れる。美希ややよいは、ビーチボールをもった春香と浪打際ではしゃぎ、浮き輪を使って漂う伊織は、亜美と真美の奇襲を受けて追いかけっこへと強制参加となる。
 真は目的地(?)の岩に到着するころあいとなり、響は…姿が見えないかと思いきや素潜りで魚を仕留めていた。

 パラソルの下でのんびりと過ごす黄瀬は、
「しっかし…アイドルがこんなに居て、だれも気付かないってのはどうなんスか?」
 自身モデルの黄瀬は、早々に顔を隠すようにサングラスをしているが、他のみんなは特に顔を隠すこともせず、楽しげにはしゃいでいる。
 だが言葉通り、周りの海水浴客は彼女たちに気づいた様子はない。一部、注目を集めている娘たち― 一人鼻歌を唄いながら穴を掘り続ける雪歩とナンパ男を軽くあしらい戦利品をせしめる美希― こそいるが、特にアイドルと気づかれた感じでもない。

 ハンドカメラでみんなの様子を写すプロデューサーはうっ。とうめいて困り顔をする。

「でも、今だからこそ。なのかもしれませんね。」
プロデューサーの横で日焼け止めを塗っているあずさが笑顔で告げる。

「黄瀬君も一段落ついたし、仕事の量、元に戻すのか?」
 プロデューサーが尋ねてくる。
「いや…減らしたままにするっス。」
「えっ!?」
プロデューサーが驚いた声を上げるが、近くに居る千早やあずさ、律子も驚いているようだ。
「借りを返さなきゃなんないんで…オフがあけたら再始動っスよ。」
「そう…か…」「にーちゃん!こっちぃ!」
プロデューサとの会話は亜美によって遮られ、

「黄瀬っちも行こーよー。」
真美が黄瀬の右腕を引っ張るようにして立たせようとする。一瞬、苦痛に顔をしかめる。だれにも気づかれないほどの瞬時にその表情は困ったような笑みに変わり、
「いやー、プロデューサーさんも連れて行かれたし男は荷物番して待ってるスよ。」
冗談めかした口調で拒否をする。
「えー。」「私らの魅力はまこちんには、及ばないということか~!!」
 驚愕ぶった芝居でプロデューサーを連れた二人は去っていく。

「ホントに遠慮しなくていいのよ?」
律子が気をつかって聞いてくる。
「…いやオレ、そこそこ顔が売れてるんで、騒がれると楽しめないかもしれないんで…」
しばし考えたそぶりをした黄瀬は、建前の言葉を口にして休むことを続ける。

しばらくすると、あずさもみんなのところに行きパラソルのところには黄瀬と千早、律子の三人になる。連れて行かれたプロデューサーは砂の城の下に埋められ、なにやら拷問のようなことをされている。

「ちーはーやーちゃん」
「なに」
「せっかくの海だよ、一緒に泳ご?」
「私、泳ぎはあまり…」
「みんなと一緒だと楽しいよー。ささ、上着脱いで!」
言いながら春香は千早のTシャツを脱がす。その下からは、控えめな胸元に水色の生地に白い花柄の水着が現れる。

「黄瀬さんも一緒に行きましょう?」
春香がパラソルの下で休んでいる千早と黄瀬を誘う。いきなり脱がされた千早は恥ずかしげに黄瀬の方を伺う。照準を黄瀬の方に定めそうになる前に
「春香ちゃん大胆ッスねー。千早ちゃんがかなり色っぽいことになってるッスよ?」
 ちゃかすような黄瀬の言葉に二人も顔を紅くする。足早に海へと向かう二人を見送ると律子が再び話しかけてくる。

「黄瀬君もしかして、誘ったの迷惑だったかしら?」
 先程からのらりくらいと言って動こうとしない様子に心配になったのだろうか。
「ん?んなことないッスよ。みんなの水着姿は見れるし、律子さんのも近くで見れるんスから。」
 否定しながら、からかうように告げるが、疑わしげな表情が消えず心配そうな色は消えない。

「…ちょびっとこの間の疲れが残ってるんスよ。まあ荷物番くらいできるし、休んでたいんで律子さんも遊んできていいッスよ?」
 少しホントのことを混ぜて返すと納得したようだ。

「そう…なら寝てていいわよ。私もモデルの寝顔を鑑賞させてもらうから。」
 意趣返しのつもりか、近くに腰掛けなおし、じーっと黄瀬を見つめる。苦笑しながらタオルを顔にかけると、思ったよりも疲れていたのかまどろみの中へと落ちていく…



…ふっと気づくと頭のすぐ傍で誰かが座っている気配がある。随分近い。タオルから透けて見えるシルエットと多少の願望から

「どうしたんスか、真ちゃん?」
声をかけるとどうやら当たっていたようだ、少しあたふたとする気配がする。
「お、起きてたの!?」
問い返す声は真のものだ。

「なにをやってたんスかねー?」
本当は今起きたところなのだが、少し悪戯心からカマをかけてみると、
「うぇ!い、いやその、これは…!?」
予想以上に慌てた声が返ってくる。何をされそうになっていたのか些か以上に気になる。
「今起きたところッスよ。なんかやろうとしてたんスか?」
ニュアンスを変えて問い直すとからかいの意図に気づいたのか少し落ち着いたようだ。
「な、なにもやってないよ!」
タオル越しでシルエットしか見えないが、きっと彼女の顔は赤くなっており、今は少しすねたように口を尖らせているのが分かる。
春先に出会ったのを入れても、半年も経っていない。真と直接会った回数は片手で数えられる回数のはずだが、ちょっとした仕草が想像できる。
そのことがおかしく、タオルに隠れた顔がにやけてしまう。

「疲れてるのに…来てくれたんだ。」
慌てた様子が消えて、真が尋ねてくる。その声は少し沈んでいる。

「律子さんに偶然誘ってもらえたんスよ。おかげで真ちゃんの水着姿が見れたッス。」
素直な喜びを伝えたのだが、軽く頭を小突かれる。

「あたっ。」
小さく訴えると、しばらく真は黙ってしまい、沈黙が訪れる。


不意に

「ごめん。」
「ウソッスよ。そんなに痛くないッスから。」
少し沈んだ声で真が謝ってきたため、明るく返したのだが…

「…前の試合のとき、黄瀬君が負けるんじゃないかって心配で…勝ってほしいって応援してたのに…」
「…」
 律子さんから今回の旅行を誘われた時、真が沈んでいるということを聞いていた。なんとなく、自分が負けたことと関わりがあるのかと思い、話を受けたのだが…

「…別に真ちゃんが、謝ることないッスよ。」
「でも!」
「負けたのは単に、オレの力が足りなかっただけッス。」
「…」
 どうやら真が落ち込んでいるのは、自分が勝つことを疑ってしまったから、負けたのではないかと思い込んでいるのに原因があるようだ。でも、それは…

「それに、嬉しかったんスよ?」
「えっ!?」
 負けたことは悔しい。彼女の前で…チームのみんなと勝てなかったのが情けない。それ以上に彼女にこんな気持ちを抱かせてしまったことに腹が立つ。でも

「中学の時は勝って当たり前だったッス。応援も勝ってほしいじゃなくて、勝つことを見に来てた。
…でも、真ちゃんが勝つか負けるか分らないのが勝負だって、言ってくれたのが嬉しかったんス。」
「…」
 彼女は自分が勝つことを望んでくれた。勝つか負けるか分らない、不安を感じながらも自分に勝ってほしいと願ってくれた。

「海常に入って、勝つか負けるか分らないのが気持ちよくて、でもそれは先輩たちを貶してる気がして…」
「…」
「真ちゃんが、肯定してくれて嬉しかったんスよ。…勝つところを見に来たんじゃなくて、勝ってほしいと願ってくれたのが…それだけでもっと速く動ける気持ちになれたんス。」
「…」

 彼女の表情が今、どうなっているのかはわからない。顔を覆うタオルを外せば見える。だが今の自分の顔も見られたくはない。

「ありがとう…」
 ぽつりと真の呟く声が聞こえた。
「ちがうッスよ。…オレの方こそ、ありがとうッス。それと…勝てなくてゴメンッス。」



 少し遠くから、みんなの楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。



[29668] 第16話 隣!隣ッスよ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/04 22:46
 夕日が沈む。アイドルと一人のモデルは。橙色に染まる海を眺める。

「みんなー、忘れ物ないわねー?」
 律子が尋ねる声がとおる。

どこかから声が聞こえる…

「おーい、忘れてないかー……」
 砂の城に埋められたプロデューサーの声が浜辺に響く。


第十六話  隣!隣ッスよ!


 あたりが夜の空気に包まれた中、きらびやかな光が溢れる。不夜城が如き威容に海岸というモチーフから南国のホテルを連想させる豪華なたたずまい…

      の横の古びた民宿が慰安旅行の宿となっている。

「まあ、こんな事だと思ってたけど。」
 伊織は諦めたように言うが、決定から数日でシーズンに10人以上で予約できる宿を見つけたのは流石といえるのではなかろうか。

「なんか合宿みたいッスね。」
「一応、慰安旅行なんだけど…」
 黄瀬の感想に、律子が言い返す。

「ふっふっふ、まずはお約束!」「女風呂が覗けるか!」「「チェーッック!!」」
 果たしてそんなお約束があるのかどうか、亜美と真美が元気よく宿へと突撃する。

「遠い所へようこそ。」
 宿の女中だろうか、着物をきた年嵩の女性が一行を出迎える。





 黄瀬が案内された部屋はプロデューサーとの二人部屋。荷物を片し、夕食までの間、ゆっくりしようとしていると、扉の外から二人分の足音が聞こえてくる。

「黄瀬っちとにーちゃんの部屋!」「二人で狭い部屋。」
亜美と真美が宿の探検だろうか、元気に入室してくる。狭いというが二人で使うには十分な広さがある部屋だ。おそらく13人(と一匹)が一同に寝る女性陣の部屋と比べると段違いに狭く感じるだろう。

「黄瀬っち、残念なお知らせだ。」
「…なんスか?」
亜美がまさに残念といった顔つきで話しかけてくる。この二人のことだから…

「今見てきたが、ここの露天風呂は、混浴…ではない。」
やはり碌でもないことであった。




 場所が変わって浜辺では、全員が集まり、BBQを行っている。

「おいしいです~。本当においし~。」
「おかわり、いっぱいあるッスよ。」
 やよいが感激したように、今しがた食べた焼き肉の感想を述べている。黄瀬はその横で肉を焼いており、真はそれを微笑ましそうに見ている。
 ほかのみんなも楽しそうだ。感情があまりでない高音も、雪歩や春香に話しかけられ素直な感想を述べている。焼き係となっているプロデューサーに亜美と真美が肉を要求し、あずさにたしなめられている。

「プロデューサーさん、私、代わりましょうか?」
食べる暇がなさそうな彼のために、春香が交代を申し入れるが、
「いや、いいよ。炭も足さなきゃいけないし。」
笑顔で遠慮する。たしかに炭を足すのは、煤を被る恐れもあるので女の子にやらせるわけにはいくまい。
「ああ、だったら…はい、どうぞ。」
そんなプロデューサーの優しさを汲んで、春香は自分のお皿から焼き肉をさしだす。
「あらあら。」
プロデューサーの両手は埋まっているため、要はあ~んをしろということなのだろう。そんな様子にあずさがのほほんと笑っている。プロデューサーも苦笑しながら頂こうとするも

「う~ん、おいしいの~。」
 食べる直前、横から美希によって掻っ攫われてしまう。
「それは、プロデューサーさんの分でしょ。美希は自分で焼きなさい!」
「美希は食べる専門だも~ん。」
 少し怒るように春香は美希をたしなめるが、美希はどこ吹く風と言った様子で逃げていき、
「真君は、黄瀬君にあ~んってやらないの?」
 爆弾を投下して、真っ赤になった真から逃げていく。


 その後、みんなは持参した花火で、夏の思い出を飾った。どこからか電話を受けた律子さんが嬉しげに見えた。



 宿に戻り、女性陣は露天風呂に、男性陣は小浴場へとそれぞれ向かった。

露天風呂大浴場にて

「お風呂はすごくいい感じだね~。」
「気持ちいいです~。」
「大浴場じゃなくて、小浴場に改めた方がいいわね。」
春香とやよいが気持ちよさげな声をあげ、伊織も言葉とは裏腹に気持ちよさげだ。その横では、亜美と真美が大浴場ならではの光景か、互いに湯を掛け合うように悪ふざけしている。

「う~、染みるよ~。」
「ちゃんと日焼け止め塗ったのにね。」
 洗い場では真と雪歩が体を洗っているが、その肌は若干、熱以外の理由で赤くなっている。

「なんだかご機嫌ですね。律子さん。」
「ええまあ…」
 鼻歌を唄ういかにもご機嫌な律子にあずさも微笑むような顔で尋ねる。間に挟まれた千早が二人のとある部分をみて、悔しげに下を向いている。

「まこちん、はるるん!ここ、ここ!」
 先ほどまで暴れていた亜美と真美は気づけば、浴場の壁際に身を寄せており、亜美が小声で二人を呼んでいる。
「どうしたの?」「なに?」
 二人が疑問の声とともに顔を向けると、
「この奥が男子風呂なのだよ。」
真美の声に二人の頭がガクッと傾く。

「なんか二人で話してるみたいさ~。」
 見れば響も二人の近くで壁に耳をくっつけている…

 壁の向こう側に、夢を抱くのは男子の専売ではないようだ…



小浴場にて

「ふー…」
「たまにはこういうのもいいッスねー。」
 小浴場とは言え、入浴しているのは黄瀬とプロデューサー(と桶に入ったハム蔵)のみなので十分な広さがあった。隣の露天風呂からは、女性たちの(主に亜美と真美の)騒ぐ声が聞こえる。
黄瀬がのんびりと体をほぐしていると、
「体の調子は大丈夫なのか?」
静けさを破るため、だけではない思惑をもって、プロデューサーが尋ねてきた。

「…気づいてたんスか?」
質問に対する問い返しは、怪我の存在を認めたようなものだろう。

「そりゃあ、人をみるのが仕事だからな。それにあれだけ動こうとしなかったら気づくさ。」
「それは失礼したッス。」
 会話が一時的にとまる。女性たちは…聞いてないかな、とも考えたが、昼間の律子さんの様子では、彼女も気付いているだろう。

「そんなにひどいもんじゃないッスよ。」
「…それでオフになってるのか?」
「まあ、今日はみんなオフッスけど…いつの間にか練習熱心ということになってたらしくて、練習にでてきたらムリするから。ってことでオレは強制休暇ッスよ。」
 いかにも早く練習したい、という口ぶりでは、休まされても仕方ないかもしれない。

「脚と…右腕もか?」
「ほんとよく見てるんスね…膝と右肘ッスよ。」
「…この間の試合の影響か?」
 質問が多いッスねー。と軽口をたたきながらも、一応今回の引率者の質問に答えることにしたようだ。

「まあ、オレらの弱点みたいなもんッスよ。」
「弱点?」
「…オレら、キセキの世代のメンバーは、ガタイよくても所詮高1ッスからね。まだ体が出来上がってないんスよ。」
「…」
「ただ、持ってる力が大きすぎるんで、無制限に力を全開にできないんスよ。こないだの試合は、ちょっといきすぎたってところッス。」
「大丈夫なのか?」
「1週間ほど無茶な運動しなけりゃ、どうってことないらしいッスよ。」
 らしいという言葉には、ちゃんと診断を受けているという意味を持たせたのだろう。少し安心した様子だ。

「まあ、あの試合じゃ、オレの方が先に潰れたッスけど、多分…」
 何か言いかけた言葉は、突然の入室者に遮られる。

「あれ、みんなは?」
「「んな!?」」
 入ってきたのは、タオルを体に巻きつけた美希だった。

「隣!隣ッスよ!」
プロデューサーは慌てて体を湯船に沈め、黄瀬は顔をそむけて、隣を指さす。その際、どこからか立ち上った怒気に二人が寒気を覚えたかは定かではない…




 風呂上り、アイドルたちは思い思いの時間を過ごしている。

風呂上りのコーヒー牛乳を楽しむ春香とやよい。卓球でスマッシュ合戦をしている亜美と真美。小部屋でプチ宴会をはじめるあずさとそれに巻き込まれる律子とプロデューサー…

真と雪歩、伊織は浜辺に居た。伊織を先頭にし、雪歩は真の背中にぴったりとくっついている。

「なんで私が…」
「ごめんなさい…」
「伊織が怖い話ばっかりするからだぞ。」
 雪歩がBBQの際に、携帯電話を忘れてきてしまい、三人で回収に来たのだ。夜の海の雰囲気に伊織の怖い話を思い出してしまい雪歩の足は震えている。
 真はあたりを見回すも、暗い浜辺では小さい携帯が見つかるはずもなく、自分の携帯を使ってコールをかける。少し離れたところから着信音が響き、


「あっ…」
 風に当たりに来ていたのだろうか、長身の男性が音のなっている携帯を拾い上げる。思わぬ人影に雪歩が脅え、真の腕を握る手に力がこもる。伊織と真も警戒心をあげて人影を観察する。
 男性の身長は高く190cmほど、髪は金髪で…

「って、黄瀬君?」
「ん?これ真ちゃんのスか?」
 果たして男性は、旅行の同行者、黄瀬で、彼は拾い上げた携帯を片手に三人に近づく。
 見知った顔に二人の警戒心が薄れ、雪歩もほっと力を緩める。

「いや、それは雪歩の。」
「はいッス。」
 近寄った黄瀬は真の言葉を受けて、携帯を雪歩に渡す。その際、恐る恐るといった風になってしまったのは…雪歩らしいことなのかもしれない。おどおどとしている雪歩の横では伊織がいいこと思いついたと言わんばかりの表情となる。


「じゃ、携帯も見つけたし、私たちは戻りましょ。」
 と言って、雪歩の背中を押して宿へと戻り始めた。

「もう戻るんスか?外も風が気持ちいいッスよ?」
 夏であっても、海風がもたらす夜の涼風はたしかに気持ちいい。黄瀬は夜風にあたりに来たのだろう…実際は部屋で酒盛りが始まり避難してきたというのも理由の一つだが…とはいえ、一人でいるものさびしいものなので、呼び止めたのだが

「いいの、いいの。じゃ、あとは真をよろしく!」
 伊織と雪歩は足早に宿へと向かってしまい。黄瀬の隣には真が黄瀬を見上げるように立っている。
 黄瀬が真に視線をむけると、真は慌てたように海へと視線を向ける。


 
 真の慌てた様子に、ふっと笑みを浮かべると黄瀬は、真と同じように海へと視線を向ける。しばし静寂が訪れる。真がちらちらと黄瀬を盗み見ていると、

「綺麗ッスね。」
 静寂の中、小さく響いた黄瀬の言葉に

「えっ、き、キレイ!?」
顔を赤くして狼狽しながら真が答える。しかし黄瀬の視線は水平線。そして月の映える夜空へと向いており、その視線に気づいた真は自身も改めて視線を月へと向ける。
 そこには普段、都会では見られない、大きな青い月が見えた。当たり前の光景だが、幻想的とも思える景色に、真も落ち着きを取り戻す。

「うん、きれいだ。」

 しばらく月を眺めていた真が、口を開く。
「怪我…大丈夫なのか?」
 その言葉に、黄瀬は少し驚いたような、そして困ったような顔をする。

「盗み聞きはダメッスよ…特に風呂場では。」
 ちゃかしたように叱る。付け加えた最後の言葉に
「なっ、それは!」
慌てたように真が手を振るが、すぐに落ち着いたのか、口をとがらせてすねた表情をつくる。

「大丈夫ッスよ。…ホントに。」
 真の頭にポンと手をおき、言葉を紡ぐ。大丈夫という言葉に疑わしそうに真が見上げるが、黄瀬が嘘を言っている様子ではないことをみると、なにも言わずに大人しくなる。



「そういえば…」
 考え込むような黄瀬の言葉に真は顔を上げる。
「真ちゃんはなんでアイドルになったんスか?」
 以前、対談のときの質問で黄瀬がバスケを始めた理由を真が尋ねていたが、真の理由は聞いていなかったことを思いだし、黄瀬が尋ねる。

「うっ…えーと、ボク、ダンスに自信があるんだ。だからテレビの歌番組とか大きなステージでかっこよく踊りたいんだ。」
 少し恥ずかしそうに、だんだんと快活な様子で答える真を黄瀬は微笑むように見つめる。

「それと…女の子らしくなりたいんだ。」
続く言葉はかなり恥ずかしそうだ。
「もっとこう、ふりふりーとしてて、プリプリ―としてて、いつかそんな風になれたらなーって。」
 たしかアイドル菊地真は異性である男性よりも同性である女性ファンが多いということで多少知られている。どうやら自分の男らしさにコンプレックスがあるようだが…

「真ちゃんは十分女の子らしいと思うッスけどね。」
黄瀬の言葉に、真は飛びつくように体を向ける。
「ホントに!どこらへんかな?」
あまりの勢いに黄瀬が少し驚くが、少し考え込むような表情をして答える。

「そうッスねー。心配性なところとか、気が強いのにすぐにあたふたするところとか。」
 黄瀬の言葉に、だんだんと口をとがらせ始める
「それって女の子らしい所なの?」
真のすねたような顔に気づかないふりをして続ける。

「あとは仲間想いのところとか、優しいところとか、女の子らしくありたいって思ってるのはなによりもらしさだと思うッスよ?」
 続けられた言葉にすねたようにそっぽを向くが、耳が少し赤くなっている。


「目標はあるんスか?」
 黄瀬の問いかけに、真は決意をもって答える。
「目標は、みんなでトップアイドル!」
 真の答えに少し、驚き、内心の困惑を隠して応援の言葉を口にする。

「…真っちなら、なれるッスよ。」
 みんなで…その言葉とトップという言葉とは、おそらく同時に叶うことのない目標であることを感じながら、それでも真ならできるということを信じて…

 海風の吹く夜天には、満点の星空と大きな、美しい満月が輝いていた。









おまけ


しばらく星空を見ていた二人は、どちらからともなく旅館に戻り、それぞれ部屋へと戻ったのだが…

「あらあら、黄瀬君。どちらへ行ってらしたんですか?」
 戻った部屋では、大量の空き缶が開いておりアルコールのにおいが充満していた。問いかけてきたあずさの首は座っておらず、長い髪をゆらゆらと揺らしながらからむ獲物を探していた。
「…えーっと、」
 女性にからまれることの多い黄瀬だが、さすがにアルコールでどっぷりとなった女性の対処方法までは未経験。どうするべきかと一応、保護者を見てみると。

「ちょうどよかった黄瀬君、」
「ごめんね。黄瀬君、もうちょっとプロデューサーは飲むみたいだから少しみんなの部屋の方で話でもしてましょうか。」

 なにやら慌てた様子のプロデューサーが何事か話しかける前に、素面の律子が黄瀬を追い出すように部屋から押し出されてしまった。

「え、ちょっ…」
「いいからいいから。」
やや切羽詰まった様子の律子に押されて二人は大部屋へと向かう。背後から「見捨てないでくれー。」という悲鳴が聞こえた気がするが…未成年の自分があの場に居ても百害にしかならないと判断し、なすがままに大部屋へと向かう。



 大部屋に到着するとなにやら赤い顔をした真を春香や伊織、双海姉妹…というよりほぼ全員が取り囲んでいる状況に出くわした。律子と二人で黄瀬が入ってきたのをみると、真はあからさまにほっとした表情を見せ、その他の一同は、舌打ちせんばかりの表情を見せた。

 しばらく各々雑談をしていると、かけ流していたTVのニュースでIHの結果が伝えられた。…三位陽泉、準優勝桐皇、優勝洛山。

「桐皇が…負けた…」
 結果を聞いた真が驚きから思わずつぶやくように声を漏らし、慌てて黄瀬の様子を見た。だが黄瀬の様子は特に落胆した様子も驚いた様子もなかった。

「なあなあ黄瀬っち。ショックじゃないのか?」
 響がリアクションの薄い黄瀬に尋ねると、みんなも気になるのか黄瀬に注目する。

「まあ、ある程度は予想してたスから。」
「でも、あの青峰さんが負けたなんて…」
 あっさりとした黄瀬の答えに海常対桐皇の試合の印象が強いせいだろう、春香が声を上げる。

「キセキの世代のメンバーは陽泉と洛山にもいるんスよ。」
「えっ!?でも…」
 黄瀬の元チームメイトのほかの選手を知らないが、あのめちゃくちゃな青峰よりも上回っているというのは信じがたいものだったのだろう。

「多分青峰っちは決勝戦でてないッスよ。」
「???どういうことなんだ?」
 真が驚きながらも尋ねてくる。

「青峰っちもオレと同じでどっかしら故障中だろうから、桃っちあたりが止めたんじゃないスかね?」
「?どういうこと?」
「青峰っちもオレとやった時、結構ムチャしてたッスから…風呂場で盗み聞きしてたよーに、能力を全開にするとその反動があるんスよ。」

 黄瀬の説明に青峰の欠場理由を納得できたようだが…
「ねえねえ、桃っちって誰?」
 亜美が説明にでてきた人名に疑問の声を上げる。
「青峰っちの幼馴染で元帝光中のマネージャー、兼諜報係ッスよ。」
「へー、そういえばベンチに女の人が居ましたよね。」
 春香は試合の時の桐皇ベンチを思い出す。

「ちなみに、桃っちは黒子っちの自称彼女ッスよ。」

「・・・・」

「ええええー!」
 黄瀬の追加説明に黒子を知る一同は驚きの声を上げる。

「黒子って誠凛のあの影の薄い人ですよね!?」
「か、彼女って、そんな…」
 わいわいと騒ぎが大きくなっていく、中には随分とひどい物言いもあったりするのだが…楽しそうに夜は更けていく。


 ちなみにその後、酔いつぶれたあずさをプロデューサーが運んできてひと騒動起こるのだが…黄瀬はその隙に部屋へと戻り平和な夜を過ごした。





[29668] なかがき
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/04 22:46
 黄色のバスケとアイドルをご覧いただいている、心優しいみなさまありがとうございます。開始当初、目標にしていた黄瀬対青峰戦を書き終え、後日談まで終わったことで一応一区切りがつきました。
自分の中で桐皇戦にて青峰は負傷していたのに黄瀬はどうなった?という疑問があったため、黄瀬君にも負傷してもらったのとその立ち直りまでをとりあえず本編としました。
本来はここまでを予定していたのですが、14話までを書いた後で知った海常の後日談があまりにもおもしろかったため後日談がもう少し続きます。
またアイマス10話をみていて妄想してしまった話もあるのですが…こちらは後日談以上に物語が繋がらない番外編となります。一応設定は本編通りを予定しているのですが…

本編の方は、現在(10月初旬時点)黒子のバスケで黄瀬君がほぼ解説役しかしていないためバスケの試合話は当面ありません。アイマス側は1クールで終わることを予想していたのですが、2クール目が始まり…ぶっちゃけほとんど目途がたちません(汗)wikiにあったみたいに961のアイドルに真がナンパされたりしたらおもしろいのになーと考えてます。
もともと黄瀬と青峰が好きだったのですが、最近、木吉株が急上昇しており、別路線が進むかもしれません。その場合、完全別話、というよりもこちらの話を一部変更して、リンクするような内容になると思いますが、こちらもまだ妄想状態です。
ちなみに一番好きなのは実は黄瀬ではなく青峰なのですが…原作の彼になにか付け足せる要素が全く思い浮かばないので彼が主人子の話を書くことは自分にはおそらくできないと思います。

アイマス側ではライブ前からの話で美希が急上昇しているのでそちらもなんらかの話があると思います。書いてて思ったのですが美希と黄瀬ってなんか似てませんか?一度見たことをコピーできることとか、ルックスのスター性とか飽き性だけどはまったことには一途なとことか…(注:基本的にハーレムルートはありません。)

ひとまず後日談および番外編投稿後、ある程度アイマスか黒子の話が進むまで黄瀬君メインは第一部、IH―黄瀬編―完という扱いになります。

とりあえず決まっている分の今後の予定です。
海常後日談
第17話 えぇ、なにこの状況!?
第18話 乾杯を(仮)

番外編  
第19話 それはお楽しみッス

本編
第20話 (タイトル未定) 黒子側幕間、アイマス側ライブ準備編
第21話 (タイトル未定) 多分アイマスライブ話?

あくまで予定なため変更があるかもしれません。



[29668] 第17話 えぇ、なにこの状況!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/14 21:42
 ウェディング。人生における華。神奈川県某所にある神聖な教会で純白のドレスに身を包んだアイドルがその時を待っていた。



「さすがはあずさなの~」
「いいな~。綺麗だな~…はぁ、結婚雑誌のモデルって言うから、ボクもひらひらでふりふりした可愛い服が着られると思ったのに。」
 胸元に青い造花のアクセントに白いドレスを纏った美希が、ウェディングドレス姿のモデル、あずさの姿に感嘆の声をもらす。隣では真が羨ましそうにその姿を見ている。

「すまん。男も一人欲しいって依頼だったんだが、うちの事務所いないからな。」
 プロデューサーがとりなすように告げる。
本来であれば、男性役は、男性のモデルを使う予定だったらしいのだが、どうやら期待していたモデルは、最近モデルの仕事をかなり減らしているらしく、今回もつかまらなかったらしい。そのため765プロにお鉢が回り、真が男装でのモデルを行うこととなったのだった。

「ふーんだ。ボクすねちゃいますからね。」
 女の子のアイドルが、結婚雑誌のモデルと聞けば、たしかにウェディングドレスを期待するのも当然のことなのだろう。期待を外された真は、言葉通り口をとがらせてすねている。

「真君。それピッタリなの。ドレスはまた今度、黄瀬君に着せてもらえばいいの。」
 美希の言う通り、真のきているタキシードは、彼女の凛々しい様子によく似合っていた。だが後半の言葉に顔を赤らめる真には、やはりドレスも似合うだろう。

「ぇええ!?や、黄瀬君て、なんでそんな…」


 檀上ではブーケを持ったあずさがポーズをとり、撮影が行われている。




第十七話 えぇ、なにこの状況!?

 

海常高校バスケ部部室、練習後

 夏休みの『三大要素』を知っているか?きっかけはその言葉だった。

 桐皇戦から1週間、海常高校男子バスケットボール部は、次の勝利を目指し、練習を再開していた。
 桐皇戦で痛めた肘と膝が復調した黄瀬も練習への参加が認められ、今日からハードな練習を行っていた。
 練習後、シャワーを浴びて制服に着替えようとした黄瀬にかけられたのが先の言葉だ。部の先輩、森山の言う内容が分らない黄瀬が首を傾げると、森山は制汗スプレーを吹き付けながら答える。

「夏休みの三大要素とはつまり、夏休みを充実させる『三大要素』だ。すなわち、『花火』・『浴衣』・『肝試し』。」
 森山が意図したいことが分らず、黄瀬は黙り込む。さらに言えば三つの内、二つは意図せずに済ませてしまっているのだが、それを告げることはしない。

「だが、この『三大要素』には不可欠な前提条件があるんだ。わかるか?」
「わかんねぇッス。」
 黄瀬としては、全面的に否定したいところであったが、部活の縦社会に則って、センパイの言葉を全否定するようなことは言えない。

「夏休みを充実させる三大要素に必要不可欠の前提条件。それはかわいい女の子だ…!」
 確信を抱かせるような森山の言葉には力がこもっていた。
「夏休みを充実させないうちは、オレたちの夏は終わらない。そう思うだろ、黄瀬?」
「…そういうもんッスかねぇ。」
 面倒な展開になりそうな空気を察した黄瀬は、早々に離脱するために着替えを再開するが、その手は途中で止められる。

 妨害したのは、二年の早川だ。早川はひどく真剣な顔で、黄瀬の手にあるものを握らせる。
「な、なんスか、これ?」
 黄瀬が渡されたものを見つめるとそれは、スプレー缶であった。ラベルには『制汗スプレー(シトラスの香り)』とある。

「オレがネットで調べたところ、女の子ってのは、男と柑橘系の香りが嫌いじゃないらしい。」

 困惑する黄瀬に森山が自信ありげに告げる。ふと気づくと森山と早川から、シトラスの香りがする。突然の展開、突如シトラスに目覚めた男二人に囲まれ、黄瀬は唖然とする。

  なんなんスか、この状況!?

「とっあえず!そっを体につけっ!」
「はい!?なに言ってるかわかんないッス!つーか、この状況でラ行抜きのセリフって暗号以外のなにものでもないッスよ!」
「察しっ!この状況かっわかっだっ!」
「全然わかんねーッス!」
 黄瀬の必死の訴えは、二人に通じることはなく、森山はやれやれといった風情で、自分の制汗スプレーを黄瀬の背中に噴きかけた。

「ぎゃーっ!ちょ、な、なにすんスか!?えぇ、なにこの状況!?」
「だからこれからナンパに行くんだよ。」


 瞬間、黄瀬の目と口が埴輪のようにデフォルメされた…





黄瀬が絶叫を上げるかなり前

「あずささんが誘拐!?」
「はい、この目でしっかり見ました。」
 休憩時間に電話をするために席を外したあずさを探していた真は、出口のところであずさが謎の黒服集団に怪しげな車に乗せられて連れていかれるのを目撃し、プロデューサーに慌てて報告した。
 美希の手には、今しがた真から手渡された携帯があり、

「たしかにあずさの携帯なの。」
 つまり今の彼女に連絡手段はなく、現状が非常事態ということは明白であった。

「プロデューサー、今すぐ助けに行きましょう。」
真は、大切な仲間の危機に今にも飛び出しそうだ。プロデューサーは、少しだけ考える素振りをみせると
「わ、わかった。美希、なるべく早く戻るから少しだけ時間稼ぎしててくれ。」
「うん、美希やってみるの。」
 美希に撮影の時間を稼ぐよう指示をだす。美希も腹をくくった表情で応える。


一方、そのころ誘拐されたあずさは…
「まぎらわしいカッコしないで下さいね!」
黒服の集団に車から、どことも知れぬ街中に置き去りにされていた。どうやら彼らは、別の花嫁―あずさが攫われる前にぶつかりそうになった女性―を探していたらしいのだが、勘違いからあずさを連れだしてしまい、彼女の自己申告で気づいたのだ。

「あら~、どうしましょう。それに…これ」
 いきなり仕事中に連れ出され、放置されたとあっては、大変困る。しかも彼女はドレス姿のままだ。すでに仕事が再開しているかもしれないが、連絡もとれない以上早く戻らなくてはならない。ふと、女性が落とした小箱が気になり開けてみると、

「大変、結婚指輪だわ!あの花嫁さんに返さないと。」
中にあったのは結婚指輪、しかもつけられている宝石は見るからに高級そうな代物だ。仕事も大事だが、これの持ち主も困ってしまうだろう。 

「ところで私、今どっちから来たのかしら?」
 さしあたっての問題は方向音痴の彼女が無事に、プロデューサーたちのもとに戻れるかだろう。



「プロデューサー!もっと急いで!」
 攫われたあずさを探して、真は街中をタキシードで走っていた。
「無理言うな!お前が速すぎるんだ!」
真から遅れたところを息を切らしながらプロデューサーが走る。ふと真の前方の曲がり角から黒い車が走ってくる。
「あの車…プロデューサーあれです!あずささんを攫ったの!」
「なに!」「タクシー!!」
 真が、見覚えのある車に、声を上げ、プロデューサーが振り返る間にタクシーを呼びとめ乗車。追跡を開始する。





真がタクシーを拾い追跡をする少し前、

 休日の部活終わりの校門に、海常高校男子バスケ部のレギュラー五人がたむろしていた。

「んじゃ、さくさくっとナンパしますか。」
集ったメンバーに満足そうに森山が宣言する。

「おい、ちょっと待て。」
「どうした、笠松。」
歩き出そうとした森山に笠松が声をかける。

「なんでオレがこんなのにつきあわなきゃいけねーんだよ!」
 いらだった様子で笠松が睨み付けていた。その笠松からも微かにシトラスの香りが漂っている。
 どうやら彼も更衣室で制汗スプレーを噴きつけられたようだ。ただし、黄瀬とは異なり、有無を言わさず連れてこられたらしい。

「そりゃあ、オレがネットで調べたところ、ナンパは大人数でやる方が楽しいって書いてあったからだ。」
笠松の不機嫌さを前面にだした睨みに動じた様子もなく、森山は至極当然といった風に言い切る。笠松は怒鳴りつけるように声を上げかけるが、

「うおしゃー!森山さんっ、オッがんばっっす!」
早川の気勢にかき消された。
「うん、おまえはほどほどにね。」
 笠松の抗議は、取り合ってもらえず、焦れた笠松が、いつものように殴り飛ばそうとすると、横からその腕をやんわりと止められた。

「まあ、落ち着けって。たまにはいいじゃないか、こういうのも。」
「小堀…」
 レギュラー陣で一番の良識派の小堀は、苦笑いしながらフォローを入れる。

「それに、もしも早川たちが暴走したら、止めるためにも笠松は居た方がいいだろ?」
「確かに…!」
 非常に当たってほしくないが、あり得る可能性の高い予想に笠松もしぶしぶ、ナンパの一行に加わることとなった。
 ちなみに黄瀬はそそくさと帰ろうとしたのだが、笠松の「自分だけ逃げんな!」という眼光の前に一行に顔を連ねることを余儀なくされた。
 森山のネット調査の結果、港近くの中華街の広場がナンパスポットらしい、ということで一行はぞろぞろと向かっていた。

「小堀センパイって、こういうの興味あるほうなんスね。なんか意外ッス。」
 黄瀬は隣を歩く小堀に話しかけた、良識派の彼が、ナンパにむしろ賛成派なのが不思議だった。
「興味っつーかなぁ…」
 小堀の視線の先には、前を歩く笠松たちの姿がある。うきうきとしている森山と早川に、「オレは行きたくて行くわけじゃないからな!」と釘をさしていた。

「夏休みを充実させるためのナンパなんて言ってるけどさ、結局これって、森山なりの笠松への思いやりなんじゃないかと、オレは思ってる。」
 苦笑しながら小堀が黄瀬に話す。
「はっ!?思いやり?」
 黄瀬が問い返すと小堀が頷きを返す。前方を歩く三人が話に気づいた様子はない。

「桐皇戦から、まだ1週間だ。だけど、笠松はすでに頭を切り換えてウィンターカップを見ている。」
「すごい精神力ッスよね。オレ、マジで尊敬してるんスよ。」
 試合中も、試合直後も俯きそうになるみんなを鼓舞していたのは笠松だ。だが、試合後、ひとりロッカーで敗戦を悔やんでいたのを知っている。

「…無理してるんじゃなかって、森山は心配してるんだろうさ。」
「えっ?」
「笠松は自分がなぜキャプテンに選ばれたのか、その理由を痛いほど理解してる。それにキャプテンの存在がどれくらい周囲に影響を与えるかもな。だから、自分の感情を二の次に、役目を果たそうと必死だ。だが無理をすれば、どこかで転ぶ。転ばないためにも、時には休憩が必要なんだよ。」
「そうだったんスか…」
 黄瀬は前方を歩く三人を見た。真たちとの慰安旅行から帰り、練習禁止令があけた黄瀬は、もうあの敗戦から立ち直っていた。 
練習風景での笠松たちも以前と同じように見えたため心配していなかったのだが、彼らには自分よりも長い付き合いがあるのだ。それ故、なにかを感じとったのかもしれない。

最初は気乗りしないナンパ決行だったが、これが笠松の息抜きになるのだったら、悪くはない。

  こういう日があってもいいか…

 黄瀬は、どこか楽しくなっている自分に気づいた。意識がチームメイトに向き、その他への配慮が疎かになってしまったのは…仕方ないことなのかもしれない…





黄瀬がナンパスポットに向かっているころ、中華街

「どいてどいてー!…あっごめんなさい!」
 真は中華街を走っていた。どうやらあずさは、いかなる方法を用いたのか、誘拐犯たちから逃れたらしい。だが誘拐犯、黒服の男たちは、再度彼女を捕まえるべく動いているのは明白だ。すでに中華街に入り、先を争うようにあずさを探している。
 一度は近くまで接近した。だが突如、作られた人だかりによって真があずさの下にたどりつくことはできなかった。
 
…と前方にドレスを纏った女性を見つける。こんな中華街でドレスを着ているのは、

「見つけた!あずささん!」
 抱き着くように彼女を捕えるが、顔を上げてみると、その顔はあずさとは異なる茶髪の女性であった。
「な、なによあんた!?」
「うわっ、ひ、人違い!?すいません!」
 女性が驚いた声を上げ、真は慌てて手をはなし、頭を下げる。

「あずささーん、どこですかー!?」
 真は走っている。中華街を走っている。その意識が、仲間にしか向けられていなかったのは…仕方ないのだろう…





真が中で走り続けているとき、中華街前広場

 普段であれば多くの人が行き交うが、別の場所で騒ぎでもあるのか通る人の量は普段より少ない。それでもスポットと言われるだけあって、かなりの人がいる。
「…で、どうやってナンパするんだよ?」
 やや緊張した様子の笠松が森山に尋ねる。

「ふっ…まあ見ていろ。」
 自信満々に答える森山に、一同から尊敬の念が含まれた声があがる。早川が目を輝かせて尋ねる。
「森山センパイ!今まで、どっぐっいナンパしたことあっんですか!?」

「あれはナンパではない!…そう、まさしく出会いだったのだ…」
 森山がなにやら思い出すように遠い目をする。言葉から推測するとナンパ経験はないらしい。と気づいた黄瀬、笠松、小堀の顔が固まった。
 
「喧騒から遠く離れた田舎での出会い。運命と言わずしてなんと言う!…」
 森山のさす『出会い』がなにを意味するか思い当たり、黄瀬の額を妙な汗が伝う。

「しかも今度は、全国の会場で再会したのだ!」
 あれは黄瀬が真に応援をお願いし、765の全員が来てくれたためにおきたことで決して運命の再会ではなかったのだが…

「忘れもしない一週間前…。試合の後でオレは、あの娘に決意を伝えた。」
「桐皇戦の直後かよ!?おめーはなにしてんだよっ!」
 笠松が激しく攻め立てるが、森山は意に介さず、続けた。

「だが、彼女は言葉を返すこともなく、オレから走り去って行った。」

黄瀬は男性恐怖症の彼女を思いだし
  
まあ、雪歩ちゃんッスからねー

と思ったのだが、口にすれば余計な騒動に巻き込まれるのは目に見えている。

「そのとき、オレは思ったんだ。ただ出会いを待っているだけではダメだ。こうやって自分から声をかける…、そう、ナンパはすばらしいものだと!それ以来、オレはネットでナンパ方法を調べ、きっちりマスターしてきた!今日こそ、それを実践する!」

「じゃあ、一人で行けよ!」
 熱弁をふるう森山に笠松が怒鳴る隣で、黄瀬は絶句しながら確信する。

   小堀センパイ、あんた、あんた善人すぎだよっ!森山センパイ、ぜってー自分がふられた憂さ晴らしにナンパしに行こうって言い出したんだよっ!


 ふるさと村では意外とうまくいっていたように思えたのだが…森山は一体どのように雪歩に声をかけたのか、それを深く考えなかった黄瀬はこの後、激しく後悔することとなる。






「てやっ!」
 真は街の中の、ビルの狭間にかけられた梯子の上でカンフーさながらのバトルを繰り広げていた。
 仲間を攫い、今また魔の手をのばそうとしている(と思っている)相手に対し、人前で暴力はいけない、とかアイドルが…とかいう考えは全く吹き飛び、人目を集める、どころか観客を集めているような状態で真は戦う。

 不安定な足場の上で、離れた距離を一気に詰め寄り、飛び蹴りからの後ろ回し蹴りを繰り出す。連撃は躱され、カウンターの一撃が飛んでくる。
 しかし、真は空中で、トンボを切ると男の腕をつかみ、動きを封じた上で接近戦からのひじ打ちを繰り出す。攻撃がはいり、男がひるむ、その隙に一気に攻勢をかけるが、いかんせん軽身の真の攻撃だ。ガタイのいい男を倒しきることはできず、男は真の蹴りをガードすると宙に浮いた真の足をつかみ、大きく振り回す。

「ああぁああ!」
 足場を失い、落下する…かに見えた真は、危ういところで梯子を掴みなんとか持ちこたえる。だが男の足元で攻撃手段も失った真になすすべはない。男は笑みを浮かべて、とどめをさそうと梯子を掴む手を踏みつける。
 しかし真は、踏まれる瞬間手を離し、逆に男の足首をつかみ引きずりおろす。バランスを崩した男は、真同様に落下寸前で梯子をつかみ、二人はぶら下がった状態で足技の応酬を再開する。
 本場のアクションカンフーさながらの動きに観客が盛り上がる。

「てぇええええ!」
 腕をしならせ大きく振り子のように加速をつけた真は、気合いとともに両脚を男の腹部に叩きこむ。男は持ちこたえることができずに吹き飛び、近くのテントの上に不時着、そのままずり落ちてリンゴの山の中に沈む。観客からは拍手が送られる。

 ちなみにあずさは、車を降ろされた後、迷える老婆の道案内をしたり、迷子の母親探しをした後、中華街を出て歩き回り、今は謎の外国人相手になぜか筮竹での占いを行っていた。




真がカンフーを繰り広げるよりも少し前、

「小堀さん、オっ勉強になっました!ナンパって、ああやってやっんですね!」
 善人小堀が最初の生贄となり、見事に撃沈していた。早川が心から感動した様子で小堀に語りかけているが、小堀にはそれに構うだけの心のゆとりはないようだ。

「穴掘って、誰かオレを埋めてくれ…!」
 悲痛な叫びは、奇しくも今回の事件の元凶(のほんの切れ端を生み出してしまった哀れな少女)の口癖とよく似ていた。

「こ、小堀、大丈夫か?」
 笠松の言葉に、小堀がぷるぷると首を振る。
「小堀センパイ…ちなみに、勝算はあったんスか?」
 黄瀬の質問に、小堀は沈黙を返し、その後、ポツリと述べる。

「…なかった。でも、これも笠松を元気づけるためだと思って…!」
「どんだけいい人なんスか!?つーか、さっきの森山センパイの話聞いてました!?そもそも、今時ドラマでも『御嬢さん、お茶しません?』なんてナンパの常套句、使いませんよ!?」
「それしか知らなかったんだよ…!!それ言ったとき、相手の女の子がめっちゃ吹き出してさ…。女子って、どうしてああも残酷なんだ…」

 小堀が頭を抱えて唸るが
「残酷なのは、森山センパイッス。」
「違うな。残酷なのは、スポーツ青年の純情さを理解できない世の中だ。」
残酷な発起人は遠い目をして話をしめた。

 ちなみにこの後、本人曰くッバン担当の早川が、同じ女子にナンパを仕掛けるが…彼の勢いと口調に逃げ出してしまう。




真が黒服を蹴り飛ばした時、撮影現場の教会では美希の撮影が行われていた。
時間を気にするマネージャーを他所に、写真うつりのよい美希を撮影をしているカメラマンはのりのりで時間稼ぎに貢献している。
「美希的にはウェディングドレスにも躍動感?みたいなのがあった方がいいと思うな。」
「いいねぇ、斬新だよ!」
「ねぇカメラマンさん。美希、なんだか海で撮影したくなってきちゃったの。」
「それいただき!」
 驚くマネージャーを他所に美希たちは撮影場所を変えるために移動を始める。



同刻、あずさは撮影場所に帰るためにタクシー乗り場に並ぼうとして…間違って観覧車の列に並び、ちゃっかり乗っていた。

「困ったわねぇ、タクシーの列と間違えて、観覧車の列に並んじゃうなんて…でもいい眺め。」
 思わぬ展開だったが高所から見下ろす風景に顔をほころばせる。景色を見ていたあずさはふと、眼下にドレスを着た女性が走っているのを目にする。
「あの人!あのー指輪をお預かりしてますよー!」
 指輪の落とし主を見つけ声をかけるが、観覧車の中から聞こえるはずもなく…なるべく早く降ろしてくださーい。という叶うはずもない要望を係員に伝えていた。





 あずさの乗った観覧車が頂上にさしかかる少し前、

「これで、ナンパが楽しいということがわかっただろう?」
「おまえの目は節穴か!?」
 小堀に続き、早川が1分で撃沈したあと、満足そうに告げる森山に笠松は声を荒げる。

「まだわかってもらえないとは…。仕方ない、オレが行こう。」
「最初からおまえが行けよ!」
「まあ、そう言うな、笠松。よく見てろよ。うまくナンパして、夏休みの三大要素を極めてやるから。」
 自信に満ちた森山が足取り軽く出陣する。その背にエールを送る早川の横で、黄瀬は笠松に尋ねた。

「前から思ってたんスけど、オレほどじゃないけど、森山センパイって結構イケメンだと思うんスよ。それなのに彼女がいないって、どういうことなんスか?」
 今にして思えば、合宿のときにも雪歩に好印象を与えていた。黄瀬は知らないことだが、試合の時も、森山のプレーに雪歩は声援を送っていたのだ。

「おまえ、さりげなく自慢すんなよ!」「っ!!スイマセン…」
笠松が黄瀬の足を踏む。

「森山に彼女ができないのは、理由があるんだよ。それこそ、そのせいで『別名』がつくほどの理由がな。」
「はぁ?なんスか、その『別名』って。」
「見てればわかる。」
 笠松が森山に視線を向けると、ちょうど彼が女の子に声をかけているところだった。


 数分後、黄瀬には笠松が言わんとしていたことが、よくわかった。


「不思議だ…途中まではいい雰囲気だったのに。やはり男と女は分かり合えないものなのだろうか。」
「わかってないのは、森山センパイだけッス!なんスか、今のナンパは!?」
 黄瀬のツッコミに、森山が平然とコメントする。
「オレ独自の傾向と対策によるナンパ術だ。まずは相手を褒め、心の警戒レベルを下げる。」
「ああ、確かにあの褒め言葉の羅列はすごかった。初対面の人間をあそこまで褒められるなんて…森山、おまえってやっぱり良いヤツなんだな。」
 小堀が感心したように言っているが…

「小堀センパイ、あんたどんだけ、森山センパイを善人にしたいんスか!?騙されてる!完璧騙されてるッス!だって、最後の方、森山センパイの言ってた内容、酷かったじゃないスか!」
 黄瀬の訴えに、森山は心外だというように肩をすくめた。
「いったい、どこが酷かったんだ?オレは単に『この出会いは運命だ』って言っただけだろ?」
 たしかに、先ほども雪歩ちゃんに関して似たようなことを言っていたが…

「それだけじゃ終わらなかったじゃないスか!そのあとも『これは運命だから抗っちゃいけない。もうこの手を放したら、二度と会えない気がする。まさしく運命的めぐりあい。これを逃さない手はない。』って言ってましたよね!?」
「それがなにか?」
「なにかじゃないッスよ!どこの悪徳商法スか!女の子、マジでビビッてたッスよ!」
「そうか?おかしいな、ネットで調べた時、女の子は『運命の出会い』という単語で押せば、必ず折れるってあったんだけどな…」

「…もしかして雪歩ちゃんにも…?」
恐る恐る尋ねてみると、心底なにがいけなかったのか理解できないといった表情をしている。男性恐怖症の彼女にそんな風に迫れば、逃げ出しもするだろう…というよりも合宿のとき慣れ始めていた自分にもおどおどとした態度をとっていたのはそういう理由だったのか…

「これでよくわかっただろう。森山は思い込みが激しいんだ。これだと思ったら、それをとことん遂行する。だから『別名・残念なイケメン』と呼ばれるんだ。」
「残念すぎッス…」
 黄瀬はがっくりとうなだれた。残念なイケメンの結果が加わり、戦績は3戦3敗。勝率0だ。

 森山が黄瀬と笠松を見て告げる。
「そろそろ一勝が欲しいな。」
「オ、オレは行かないぞ!オレは監視役で、無関係だからなっっ!!」

 笠松が一際慌てた様子で首と手を振る。


   …真っちたちにバレませんよーに

 ちらりと頭をよぎった顔に、女たらしの疑惑をかけられたモデルは溜息をつく。





黄瀬の頭をよぎった女の子は、その時

「アー!ソレ最高級の金華ハムダヨ!」「えぇえ!?」
 中華街の中で、武器を両手に黒服の男と戦っていた。激しくぶつかりあう(骨付きハムの)肉と肉。真は

「てぇやああ!!」
 気合いとともに大きく武器を振り切ると男は吹き飛ぶ。互いに距離をとり、手近にあった物を投げ合い、遠距離戦にもつれこむ。

 その横ではプロデューサーが、店の人たちに弁償を迫られていた。
 距離を詰めた真が、アッパー一閃、男を吹きとばす。男は倒れ込む。そこに仲間と思しき黒服たちが駆け寄った。

「おい!大変だ!ターゲットが港の方に向かった。」
「な、なんだと!こんなことしてる場合じゃない!追え!追え!!」
 素早く起き上がった男を先頭に黒服たちが走り去る。

「あっ!待て!…待てぇー!!」
 真も素早く黒服たちを追いかけ、港へと向かう。ちなにプロデューサーは走る真をみて、慌ててそのあとを追うが、その後ろからは店の人たちが駆けてくる。

「あっちで何かあるらしいぞ。」
 追いかける人数は、なぜか徐々にその人数を増やしていった…



[29668] 第18話 乾杯を
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/14 21:48
真が黒服たちを追いかけて中華街を出るより少し前

チームの期待を一身に背負ったエースは、ナンパをするため出陣したのだが、ナンパをするまでもなく、現役モデルの黄瀬は注目を集め…

「ス、ストップ!!マジ、勘弁してください!」
 誘いの声を上げた瞬間、同い年くらいの大勢の少女たちにもみくちゃにされ、悲鳴を上げた。

 結局、少女たちの中から5名先着でレギュラー陣と中華街から少し離れたところのファミレスに入った。


第十八話 乾杯を



「なんか…合コンみたいだな。」
 席に座り、小堀が呟いた。
「おまえなら、やってくれると思っていたよ。」
爽やかに森山が笑いかける。

 少女たちは皆、席を外している。ドリンクバーを人数分頼んだあと、全員が「ちょっと…」と席を立ってしまったのだ。おそらく合コン対策用の身だしなみチェックに行ったのだろう。
 黄瀬はアイスティーを飲みながら、何気なく笠松を見て、

「ブッ!!セ、センパイ!?」
思わず吹き出してしまった。
「ド、ドドドウシタ?」
 油の切れた古いロボットのような動きで笠松が首を回して黄瀬を見る。

「どうした…ってこっちのセリフッスよ!大丈夫ッスか!?」
 笠松はガタガタと震える手でアイスコーヒーを手に取る。しかしその手が震えすぎていて、中身が氷ごと跳びでる。

「ちょ、え?えぇ!?センパイ、落ち着いてください!コップ!コップ離して!」
 黄瀬は慌ててコップを奪い取り、おしぼりで机を拭く。
「ほんと、どうしたんスか、センパイ?」
あまりにも不審な笠松に黄瀬は問いかけるが、答えたのは小堀だった。
「笠松は女子と話すのが苦手なんだよ。」
笠松がかくん、とうなだれた…本人としてはうなずいたのかもしれない…

「苦手って、前、真っちたちとバスケ見に行ったときは普通にしゃべってましたよ!?」
 以前、真とのデート(?)のとき、笠松は彼女たちに、バスケの解説をしており、『かさかさ』なる渾名をつけられている。

「オレが笠松から聞いたところ、バスケの話‘だけ’ならなんとかなるそうだ。あとは『ああ』と『違う』しか話してないそうだ。」
 そういえば、試合の合間に喫茶店に行ったときも話していたのは専ら…というよりほぼ黄瀬のみで、笠松はバスケのことと黄瀬に対するツッコミしかしていなかった。思い返してみると笠松はその間やけに、外ばかり眺めていたような…

「いやいや、ほら、ふるさと村で真っちとかと話してたじゃないッスか!?」
 ふるさと村で真は、笠松から黄瀬の居場所を聞いてきたと体育館で言っていた。

「ああ、珍しいことに…たぶん事務連絡みたいなものだったのと…彼女の中性的というか男らしい態度のせいじゃないのか?」
 小堀の言葉に、笠松をみていると、再びかくんと頭を揺らした。黄瀬が絶句していると、

「だから、久しぶりに普通の女子と話すことになって、ド緊張してるんだよ。」
「センパイ…オッ、泣けてきました!」
 小堀と早川が憐れんだような声をかけている。
さすがに笠松は腹が立ったのか、すかさず早川の頭をはたき、

「コ、コレクライナンテコトナイッ!オレモ男ダ…今日コソハチャントハナ…話す!」
 日本語と気合いを取り戻し宣言する笠松だが、その様は、見ていて不安しか募らせてはくれない。

「で?笠松はどの女子が好みなんだ?」
 ここにきて不安度No.1となった壊れたロボットに、不安度No.2の残念なイケメンが尋ねた。
「そりゃっ、その…一番右の…」
 笠松はごにょごにょと照れながら呟く。森山はその小さい声をばっちりと聞いており、

「右?…ああ、あのボインな子か。なるほど、笠松は巨乳好きなんだな。」
「きょっ!?おまえっ、もっと言い方を考えろよ!」
「事実を捻じ曲げても意味がないだろ。それより、せっかく好みの子がいるなら、うまく会話を弾ませろよ。」
 
 不安だ。森山の態度も不安だが…いつもであれば「おまえがそれを言うなよ。」と言うはずの笠松は言葉を詰まらせると、しばし黙り込んだ後、黄瀬を呼んだ。

「黄瀬…」
「なんスか?」
 笠松は向かいの席、女子たちが戻ってくる予定の空席を睨み付けたまま尋ねる。

「お、女の子と、ど…どんな話をすればいい?」
「どんなって…いや、普通ッス。」
「フツウってなんだっ!?」
「そっからッスか!?い、いや、例えば…」
 この席は、キャプテンの息抜きのための席…のはずなのだ。間違っても笠松に恥をかかせるような事態になってはいけない。黄瀬は自らの経験と知識をフル動員して具体例を探す。

「そうだ!森山センパイみたく、相手の可愛い所を褒めるとか!あと、適当におもしろうことを言ってみたり!」
「褒める、おもしろいこと…?」
 笠松の頭が、フル空転をはじめ、

「ごめんなさーい。お待たせしましたぁ!」
 女性陣が戻ってきた。だが、少女たちの姿を見て、黄瀬は目を見張る。

   こ、こっちも、気合十分だ…!

 少女たちのメイクは確実にさきほどよりもワンランクアップしており、一番右の少女に至ってはさりげなく強調するように胸元が開かれている。
 彼女たちは、黄瀬たちが既にドリンクを取ってきていることをみると断りをいれてドリンクバーへと姦しく向かう。
 しかし彼女たちのそんな姿は笠松にはほぼ見えていなかった。彼の脳内は

  褒める。ウケを狙う。
 
二つのワードがエンドレスにリピートされており、いっぱいいっぱいだ。
やがて少女たちがドリンクを持って席に着き、乾杯しましょう、という運びになった。

「誰が乾杯の音頭をとりますぅ?」
 黄瀬の目の前に座った少女が期待に満ちた、熱い視線を黄瀬に送る。だが、黄瀬は体育会の縦社会を重んじて、迷わず笠松に視線を向ける。

「んじゃ、笠松センパイ、乾杯を…」
口にして、刹那に後悔するがもう遅い。笠松がコップを手に立ちあがる。その手は先ほどと違い、震えていなかった。

   さすがセンパイ!本番には強いッスね。

 黄瀬は頼もしく笠松を見つめるが、緊張が限界突破した笠松の頭の中では同じフレーズが響き続けていた。

 立ち会がった笠松は、そこで初めて目の前に座る少女を見た。少女がにっこりとほほ笑む。

   褒める。ウケを狙う。褒める。ウケを狙う。褒める………

 コップを握る手に力が入り、笠松の目に入ったのは少女の大きく開かれた――




 始まりを告げる音頭は、しかし開始の合図とならず、終わってしまった一会のレクイエムとなった…
 彼の…全国区の風格をもつはずの、キャプテンの栄誉のためにもその言葉は、語られぬ黒歴史となった…






開始することもなく終了した会合がレクイエムを奏でていたころ

「あずささん、今行きます。」「早く指輪を取り戻すんだ!」
 中華街から港へと至る道の途中で、真とプロデューサー、と黒服たちと占い師と動物園の動物たちと通りすがりの絵師と中華街の店主たちと見知らぬ外人たち…大勢の人たちがあずさを追って駆けていた。
 指輪を持ち主に返そうと走るあずさはそれに気づかず、先行していく。




中華街から離れたところにある公園、夕暮れとなり始めた公園に5人の男が黄昏ていた。
なにが失敗だったのかは、言わずとも全員が理解していた。だが、誰もそれを責めることはしない…できよう筈もない。失敗の原因は、灰になったかのように煤けた姿で噴水に腰掛けていた。


「このまま夏をおわらせてはいけない。」
 決意に満ちた顔つきで森山は宣言する。なによりも負けっぱなしで終わらせてはいけないと。
 その言葉に、小堀、早川が頷き、笠松も頷く…いや、がくりと頭を垂れた。黄瀬は負けとはなんだろう、と考えていたが沈黙を通した。

「この借っはぜってぇ返します!」
 早川が力強く言い放つ。

借りっていうか、一方的にこっちの失態なんスけど…

と思ったが、縦社会に生きる男、黄瀬はこれも沈黙で返した。

「うん、このあたりとか、イメージ通りなの。」
「よし!じゃあセッティングしよう。」
 噴水をはさんで反対側、モデルかなにかだろうか、カメラマンを従えた、ドレスの少女が…

「っって、美希ちゃん!?」
見ればそれは、この間、ともに旅行した中の一人、星井美希だ。突然声を上げた黄瀬に驚く森山達だが、美希を見るとその目が大きく見開かれた。

「うん?あっ、黄瀬君なの!」
 美希もこちらに気づいた様子だ。近くを歩いていた女性―なぜかこちらもウェディングドレス―も黄瀬に気づいたのか、
「わぁ、かっこいいかも…」
なにやら感嘆の声を上げている。美希が黄瀬に向けて大きく手をふるため、黄瀬は美希の元に向かおうとするが、その肩をむんずと掴まれ足を止める。振り返ると森山たちが鬼気迫る表情を見せており、

「あのー、指輪!指輪をお預かりしてるんです!」
 彼らが何事か喋ろうとする前に、轟音とともに、異様な集団が公園めがけて駆けてくる。

「あれ?あずさ?なんで…」「あっ!落とした指輪!?」「ちょっなんスかあれ!!?」
 公園に居る全員が驚きの声を上げる。美希の声に、よく見てみれば、先頭を走るのは、ウェディングドレスを着たあずさだ。さらに言えば、その後方にはタキシードを着た真もいる。
 
 
 その後、黄瀬たちにとって、いや真たちにとってもよく理解できない状況。あずさが指輪を公園にいた女性に渡し、黒服たちを怒鳴ったかと思うと謎の外国人がやってきて。女性と謎の外国人、石油王の二人の婚約が決定した。

「真、どうなってんだ、これ?」
「はぁ、ボクもさっぱり…」
 呆気にとられるプロデューサーと真。黄瀬はそっと真に近づくと、

「なんかすごい騒ぎッスね?」
とりあえず声をかけてみた。真は今、気が付いたのか驚いた表情で振り向く。

「き、黄瀬君!?なんでこんなとこに?」
「いや、まあ、いろいろあって…ところでこれ、なんかの撮影ッスか?」
 バレませんようにと願ったピンポイントの相手と遭遇したことで、黄瀬の歯切れは悪い。誤魔化すためにも状況を尋ねたのだが、
「…いや、一応…撮影だったんだけど…」
あまり真も状況が分っていないようだ。真と話していると、不意に肩をひかれる。
 振り返ると先ほど同様真剣な顔をした森山たちが、黄瀬を真から引き離し、顔を近づけてくる。

「な、なんスか!?」
「黄瀬。おまえに至上命令を下す。」
 真剣な表情のまま告げられた言葉は、彼らの夏がまだまだ終わらないことを意味していた…


・・・・



…数日後、765プロ事務所

「えぇえー、合コン!?」「しーっ!春香もうちょっと声小さく。」
 事務所の片隅で真は春香と雪歩と顔を突き合わせて内緒話をしていた。

「真、どうしたのいきなり?」
 あずさと真、美希の撮影が終わって数日後、真は二人に合コンの誘いをかけたのだ。
「真ちゃん、黄瀬君と喧嘩でもしたの?」
 春香が突然の申し出に驚いたように声を上げ、真にたしなめられる。雪歩は、以前から親しくしているモデルと真の間になにかあったのではないかと考えたのだが…

「うぇ!?いや、そういうわけじゃんだけど…その、黄瀬君からの誘いなんだ。」

 数日前、撮影騒動が終了した広場にて、黄瀬から合コンの誘いを受けたのだった。黄瀬の背後では、離れたところから彼の先輩たちが、熱い視線を向けていた。いささかバツが悪そうにしながらも

「キャプテンがちょっと気を張り詰めてるんで、ストレス発散させたいんスよ。お願いできないッスか?」
 という黄瀬の言葉にしぶしぶながらも真は合コンのセッティングの手伝いをすることとなった。とはいえ、学校では女子高のため、モデルも参加する合コンともなれば、行きたいと手を挙げる友人はいるだろうが…

   やっぱ…ないよな…

 学校での真は、どちらかというと気の置けない友人というよりも真に憧れをいだく友人という方が多い。そういった友人を連れていくのも心情的にいい気がしない上、黄瀬君にアプローチをかける子もいるかもしれない…

 と考えたところで、慌てて思考の海から這い上がり、結局事務所の友人に声をかけることにしたのだ。海常の人なら知らない人たちではないし。という安心感もあった。
果たして知っている者同士で合コンというのが成り立つのかという疑問はあるが、黄瀬や笠松以外の人物とはあまり話していないし、相手は5人。つまりこちらの人数も5人にしなければならないのだ。
ただやはりプロデューサーに知られるのはマズイよなーと考えていると。

「うーん、合コンかー。」
 三人の内緒話に四人目が混ざっていた。
「り、律子さん!?」
竜宮小町というユニットのプロデューサーとなった彼女は、もっぱら伊織、あずさ、亜美と関わることが多くなったため、あまり警戒していなかったのだが、どうやら隠したい事を見抜く力は男性よりも女性の彼女の方がうまいらしい。

「相手はどういった人たち?」
どうやら頭ごなしに否定されることはなさそうだとほっと安堵し真は相手のメンツを告げる。
「海常バスケ部のレギュラーの人です。」
 率直に告げると、律子は試合の時のことを思いだしているのか「あー、あの人たちね。」
と頷いている。

「あの…やっぱりマズイです、よね?」
 春香が恐る恐ると言う風に尋ねると、律子は三人を見回して、

「えー、あの人たちならいいんじゃない?いい人そうだし。」
あっさりと許可が下りた、と思いきや

「ただやっぱちょっと心配だから私も行く!いつやるの?」
かなり乗り気な様子でそうのたまった。「えぇ!?」と思わず声をあげてしまうと、「なによ。」と少しすねたような声がかえってきた。

「いや、その、こっちの都合に合わせてくれるらしいんですけど、律子さん最近忙しいんじゃないですか?」
 とりあえずここで否定されると企画自体潰されかねないため、真にとってはそれでもいいのだが、一応控えめな声で尋ねる。

「大丈夫よ。スケジュール管理はしっかりするし、たまには羽も伸ばさないと。」
 どうやら来る意志を覆すことはできないらしい。

「レギュラーの子たちとってことは五人よね、あとは誰?」
 この場には4人しかいないため、律子が残りのメンバーを尋ねる。
「あ、美希です。黄瀬君に誘われた時、一緒にいたので…」
 どうやら騒動の時、海常の人たちの目に美希が目にとまったらしく、その場で声をかけるよう彼らに促されたのだ。

「えっ、5人って…」
 雪歩が驚いた声を上げる、数えるようにこの場にいる4人を指さすと…

「む、ムリです~。」
涙目で後ずさりしてしまった。たしかに男性恐怖症がいささか再燃している雪歩に合コンはハードルが高すぎるだろう。仕方なく、あと一人どうしようかと考えているとちょうど、通りがかる一人の女性が…


・・・・


夏休み最後の日

 海常高校男子バスケットボール部のレギュラー陣は練習を終えると、そろって都内のファミレスまで来ていた。
 席に座り、ドリンクバーの飲み物を飲んでも、場は沈黙していた。全員が酷く緊張した面持ちだ。

「…いよいよだな。」
 沈黙を破ったのはキャプテン笠松だ。
「とうとう来てしまったな…」
小堀がごくりと喉を鳴らす。
「黄瀬、相手のスペックをもう一度言ってくれ。」
シトラスの香りを振りまき、森山が尋ねる。知ってるメンバーだろ、というツッコミはおこなわずに、スペック報告をする。

「今日の相手は765プロの娘たちッス。ちなみに相手は真っちに一任してあるんで、分ってるのは真っちと美希ちゃんの二人ッス。」
 なんど言ったか分らないセリフを繰り返すと、聞いていたメンバーからは「おお…」と感嘆の声があがる。

「ヤッベー!オッ、今かっ緊張してきたっ!」
 早川も目に情熱の炎を燈す。各々盛り上がるメンバーを、黄瀬はじっくり観察するが…不安しか抱けない。
 性善説至上主義の小堀、熱血体育会系早口口調の早川、残念なイケメン森山、そして女子免疫ゼロの笠松。

 不安だ…唯一の救いがあるとすれば、互いに多少は相手のことを知っているということ、そして、バスケの事とはいえ以前、笠松が話をしたことのある子たちも居るかも知れないという期待であった。
 もっとも相手が知り合いだということは、失敗したときのダメージを増やすものでしかないのかもしれないが…

 黄瀬の心情が顔に表れていたのか、森山が頼もしい(不安な)声で言った。
「心配するな、黄瀬。前回のような失敗はしない。」
「本当スか?ホンットーに信じても大丈夫スよね?」
 さすがの黄瀬でも真にまで協力してもらった合コンが潰されては、というよりも来る面子が面子だけにかなりきつい。

「安心しろ。おまえが合コンのセッティングに奔走している間、オレ達が何もしないでいたと思うか?こうやって、合コン開始時間より1時間前に店に来たのだって、ちゃんと意味がある。」
 森山の自信みなぎるようすに、黄瀬の表情も和らぐ。

「さすが、センパイッス。やっぱ、借りはちゃんと返さないといけないッスよね。」
「ああ。前回失敗した原因は、一番に女子との会話する経験値が低すぎるということだ。というわけで、満場一致でより会話の経験値を上げるべく、合コンまでに練習を重ねようということになった。」

 森山の分析結果に、うんうんと黄瀬も頷く、しかし安堵はそこまでであった。
「というわけで、オレたちは練習したいんだが…黄瀬、おまえはコーチをやってくれ。」
「はぁ!?ちょ、なんスか、それ!?」
「この中で、女子との会話が一番多いのはおまえだからな。オレ達の会話スキルにチェックを入れてほしい。」
「今から!?」
 黄瀬は唖然とした様子で尋ね返すが、森山はおろか笠松や小堀ですら、なにをいまさらと言わんばかりに、黄瀬を見ている。

「仕方ないだろう、一日の大半はバスケの練習と睡眠で終わるんだ。」
 絶句する黄瀬に笠松がダメ押しの一言を放つ。
「黄瀬、ここは森山たちのために、協力してくれ。オレは全っ然乗り気じゃないが!森山達がこう言うんだ、仕方ないだろ?いいか、オレは全然乗り気じゃないからな!」

 男のツンデレなど、気持ちの悪いだけなのだが、ツッコミをいれたい黄瀬は、しかしぐっと堪える。
 黄瀬はしぶしぶ了承し、
「でも、条件があるッス。協力するからには、オレもばしばし鍛えていくッスよ。」
 黄瀬の条件に、全員が望むところだ、と首肯した。

 かくして、黄瀬の名誉と少年たちの夏をかけた最後の戦いが始まり、熾烈な訓練は続く、彼らの気づかぬ間に時間が過ぎ去るほどに…

・・・

「ここだよね?」
 黄瀬たちとの合コンのためにセットした店の前に、春香たちはやってきていた。
「うん、多分もう来てると思うから入ってみようか。」
 当初、別の場所で待ち合わせてから行こうという話だったのだが、黄瀬から「心配事があるんで、店に集合でいいッスか?」という連絡があり、店での待ち合わせとなったのだ。

「うーん、ちょっと緊張するわね。」
 言葉どおり緊張しているのだろう、律子の顔が笑顔で固定されている。
「あふぅ。」
 マイペースな美希はあまりいつもと変わった様子がない。普段よく、告白されている美希は、男性に対する免疫が強いのだろう。そして、最後の一人は…

「殿方との逢瀬の場にしては、いささか華やかさに欠ける場所ですね。」
 銀髪をさらりと撫でながら、高音が店の感想を述べる。
「まあ、お酒が飲めるわけでもないしね。」
律子の言うように今日の集まりは全員、未成年なのだ。

「それにしても律子さん、なんか緊張してますね。」
「当たり前でしょ。相手はあの、黄瀬君の知り合いなんだから。」
 春香にとって海常は、知り合いという印象が強く、合コンとはいっても懇親会といったイメージなのだろう。だが、律子は、一応引率者でもあることから、気をつけるよう促す。

「気づいたら、お持ち帰りされてたとかやめてよ!」
 律子の言葉にまさかぁ。と真と春香は返すが、

「特に真よ!あんたが一番気をつけなさいよ!黄瀬君がいつ強引になるか分らないんだから!」
「えぇええ!?」

 よく知ったファミレスも合コン会場という意味合いを持てば、雰囲気も違って見えるのか、一行は興味深げに店内にはいり、黄瀬たちを探す。目的の人物たちは、すぐに見つかったのだが…


「森山センパイ、もしも女子が遊園地に行きたいって言ったら?」
「遊園地なんて、つまらない。キミの家に行こう。」
「いきなり!?しかも、なんで全否定なんスか!?」
「ネットで調べたら…」
「ネット禁止!!ネットの知識は捨ててください。いきなり自宅へとかマジ勘弁してください!」
「しかしネットがなければ、どうやって会話を進めればいいのか…」
「それができなきゃ、女の子とつきあうなんて無理ッスよ!」
「ハ、ハードル高いな…」

「早川センパイ、もっと落ち着いて話さなきゃだめッス!」
「ぬあぁにぃぃ!?こっが普通だ!ちくしょう、でも、やってやっぜっ!!」
「小堀センパイ、存在地味ッス!もっといい人オーラを出して!」
「無茶を言うな!こ、こうか!?」
「微妙ッス!」
「黄瀬、オレは!?」
「笠松センパイはまずアイドルの写真を直視するとこから!今日来る娘らもアイドルッスよ!」
「む、難しい!!」

・・・

 真たちが入ったことにも気づかず、彼らはなにかに集中していた。端からみれば、なにかの遊びかと思えるほどシュールだったが、彼らの、特に黄瀬の様子は真剣なものだ。

「「…」」「あれは、なにをやられていらっしゃるのでしょう?」
 春香と真は、知り合いの、イメージとは違う一面を見てしまい、絶句しており、その様子を高音は不思議そうに見ている。
「…あれなら大丈夫そうね。」「んー、イメージと違うのー。」
 美希は、彼らの様子に少し呆れ気味で、律子もいささか残念そうに安堵する。真は意を決して、黄瀬に話しかけようとするが、

「まあまあ、真。おもしろそうだからもうちょっと見てみない?」
 律子が楽しそうに彼らの奮闘を見ている。


「もっと話をふくらませないとダメッス!」
「ふくらませるってなんだ!?」
 黄瀬の特訓は続く、だが重要な問題にたどり着いたようだ。話題のなさ。彼らは一日中バスケに明け暮れているのだから、テレビやドラマ、芸能人、最近の流行などに疎かった。

「やっぱり話題がある程度は必要ッスねぇ。」
 真たちが少し離れた席で見ていると黄瀬が腕を組み、眉間にしわを寄せている。
「話題か…」
「話題ね…」
「わっだーい…」
 森山たちが頭を抱えてうなっている。

「うーん、なんかコートの上と雰囲気違うわねぇ…」
「そうですねぇ。こうしてみるとカワイイ感じがしますね。」
 律子は面白ろそうに彼らの様子を伺っている。春香はコート上とのギャップにうけているようだ。

「…みなさん、ちゃんと考えてるんスか?」
 黄瀬が、じろりとうなる三人をにらむ。三人はぎくりと体を固くしている。
「まあでも、オレ達で話題にできることって、バスケくらいだよな。」
 溜息まじりに笠松が言う。
「…いやいや、せめて彼女らの仕事内容くらい、把握しときましょうよ!」
 笠松の言葉に納得しかけた黄瀬だったが、慌てて立て直す。

「仕事って、アイドルだろ?」
「有名なのか?」
 笠松と小堀が尋ねる。様子を伺う律子たちも自分たちの話題となったため、関心が高まる。

「確か最近、竜宮小町っていうユニットが出てるっスよ。」
黄瀬の言葉に、律子が「よし!流石!」と小さく喜び、美希が「美希も…」と物欲しげな様子で律子を見ている。

「誰が入ってるんだ?」
「えーと、こないだドレス着てたあずささんが入ってたはずッス。」
 森山がメンバーを尋ねるが、流石の黄瀬も練習で忙しく完璧に把握はしていないようだ。幸いにもここには名前の挙がらなかったメンバーはいないが…

「くっ!まだ知名度が…」
 彼女らをプロデュースしている律子は悔しげに歯噛みしている。


このままでは彼らが気づくことはなさそうだと判断した真たちは、黄瀬に話しかけて自らの来店を告げる。その際、黄瀬たちは跳び上がらんばかりに驚いていた。
 対面した彼らだが、やはり笠松を筆頭に緊張の色は隠せない。とはいえ、事前練習の成果もあって、原稿を読んだかのような笠松の乾杯の音頭も無事に終わり、それぞれ改めて自己紹介や会話を楽しんでいた。もっとも海常の面々はほぼ聞き役に回っていたのだが…


・・・・

「そういえばこの前の試合ですけど。」
主に女性陣と黄瀬での会話がメインとなり、聞き役に回っていた男性陣だが春香の言葉にギクリとしたように身を固くする。黄瀬も思わず笠松の様子を伺ってしまう。

「すごいカッコよかったです!」
続いた言葉に海常のメンバーは反応が遅れてしまう。

  カッコよかった…?

「そうそう、笠松さんなんて頼れるキャプテンって感じだったの。」
「わたくしもバスケットの試合観戦というのは初めてだったのですが、すばらしかったと思います。」
「結果はおしかったけど、全国でベスト8でしょ。すごいわよね。」
 美希や高音、律子も感心したように話が弾み、一同は光がさしたかのように感じた。バスケの話になったことで笠松の顔からも固さがとれて笑顔がみられる。一同は解禁になったバスケの話からバスケの魅力について熱く語り始める。
 次第に盛り上がる話の転換は美希の言葉だった。

「みんなの中学校時代の話が聞きたいの。」
 自身がこの中で唯一の中学生だからの発言だろうが、海常のメンバーにしてみれば、語るべき大きな内容が思い浮かばない。なにせ彼らは基本的にバスケに明け暮れる日々だったのだから。
 なんと答えるべきか…自然助け船を求めるように視線は黄瀬に向く。黄瀬としては先輩の前であまりでしゃばるのは気が引けるのだが、先輩たちの助けを求める眼差しと、

「ボクも聞きたいな。黄瀬君の中学時代。」
真の期待に満ちた言葉に折れることとなった。

「まあ、いいッスけど…バスケ始めた経緯とかは前、対談の時に話したッスよね。」
 黄瀬としても一年時は特に語ることもない退屈な日常で、二年からはバスケの内容が中心になってしまうためどうしたものかと考えていると

「オマエ誠凛の透明少年と仲いいよな。なんか尊敬してるとか言ってたなかったか?」
笠松が思い出したように言うとそれに真が反応し、

「試合の時に、黒子君と会ったよ。なんか、「そういえば」。」
思い出したように律子が割って入る。
「聞いたわよ黄瀬君。」
すごく楽しそうに律子は黄瀬に笑顔を向ける。

「…なんスか?」

 何を話したんスか黒子っち~!

という黄瀬の内心は誰にも届くことなく律子は続ける。

「黒子君と真が同じようなこと言ったんでしょ。それで真が気になっちゃった?」
 海常のメンバーはわずかに驚いたような表情をした後、765の娘たちと同じように興味深げな視線をむけ、真も少し顔を赤くし手慌てた素振りをみせながらも興味深々といった様子だ。
「まあ、否定はしないッスけど…」
 黄瀬は若干バツが悪げに視線を逸らすが、一同からの期待と先輩からのおもしろそうだからその話で。という決定により黒子との出会いについて話すこととなった。

「前も言ったッスけど中二の春にバスケ部に入部したんスよ。超強豪だったんスけど2週間で一軍に昇格したんス。」
「2週間で!?」「なめてんな、おい。」
「…途中入部だから一年と同じ扱いで雑務とかあったんスけど、一軍になって教育係が付いたんスよ。最初はなんで?ってカンジだったス。なんせ…

 

・・・・・


…んでその時思ったんスよ。たぶんこの人はギセイとか考えてない。だからスゲーって、その勝利への純粋さが…とか言ってみたりして。」
 話終えると少し感心したように黄瀬を見ていた。

「なんつーかなー。」
「へー、黒子君もイイこと言うわねー。」
 律子が感心している横で美希はなにか思うところがあるのか黙ったまま考え込んでいる。

「途中から黒子さんの呼び方変わってましたけど、なにか意味があるんですか?」
「そういえば、黄瀬君、ボクの呼び方も変わったよね?」
春香の問いかけに、真が気づいたように尋ねてくる。

「………なんでかこの呼び方不評なんスよね。気に入ってるんスけどダメッスか?」
 少し間が開いたあと、黄瀬は尋ね返すように真に尋ねる。
「ダメじゃないけど…」
 納得いかないように口ごもる真に春香が尋ねる。
「ねえねえ、真。真も試合の時だけ黄瀬君の呼び方変わってたよね?」
春香の問いかけに真の動きがピタリと止まる。

「たしか「うわぁあああ」。」
高音が応援の時を思い出したように話そうとした瞬間、真が叫びながら高音の口を塞ぐ。

 結局、理由は語られることなく、話題は移って行った。


 特別な呼び方、尊敬できる人にだけつける呼び方。バスケ以外で呼んだのは、初めてだった。

 ちなみにその後、海常のメンバーは合コンそっちのけでバスケ談義をぶちかますこととなる。その結果、真たちは海常高校の新たなる一面とバスケ好きの熱さを見ることとなり、
この日、少年たちの夏は極められることなく終わった…



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