寄生バチ
いつも温かく、あちこちに色とりどりの花が年中咲き誇る島国・アゲハ王国。
この国は独特の進化を遂げた亜人・パピヨンエルフが住民の全てを占めており、外界から隔絶された生活を送っていた。
彼らパピヨンエルフは外観は普通のエルフとそれほど変わることはない。
線が細く、美男美女揃いで自然と共に暮らしている。
ただ、普通のエルフと決定的に違うところとして、パピヨンエルフの背中には鮮やかな四枚の羽が生え、額には一対の長い触角が伸びていた。
その羽で蝶のように空を飛ぶことも出来、彼らがパピヨンエルフと呼ばれている所以となっていた。
そして、彼らはその成長の仕方にもエルフなどの亜人と決定的に異なる過程を持っている。
それは…
☆
「ねえねえ、ユズ。キンカが来てないみたいだけど病気にでもなったのかな?」
パピヨンエルフの子供であるライムは、親友であるキンカがいまだに学校に来ていない事を友人のユズに尋ねてみた。
キンカとは物心ついた頃からの親友なのだが、昔から彼女は体が弱くしょっちゅう熱を出しては寝込むことを繰り返していた。
だからまた体調を崩して学校に来てないのかと思い心配していたのだ。
が、それを聞いたユズはクスクスと微笑みながら
「違うわよ。キンカったら昨日の夜に蛹になったみたいなの。私たちより一足先に大人になっちゃったのよ」
とユズに教えてきた。
「うっそ!キンカが?!」
それはライムにとっては寝耳に水だった。
昨日まで普通に一緒に遊んでいたキンカが、いきなり蛹になってしまうなんて。
彼女達パピヨンエルフは生まれて暫くは普通にいるエルフと同じ外観なのだが、大体15歳になると体が成熟し大人の姿に変態するため自らが放つ糸に包まれ繭を形成する。
その中で約1週間かけて体を根本から作り変え、大人のパピヨンエルフと変化するのである。
ただ、この変態のサイクルは15歳になったら必ずという訳ではなくて個体差があり、14歳で大人になる場合もあれば17歳になっても子供のままということもある。
だから彼女達パピヨンエルフの子供は子供の姿でいる限り学校を出て行くことは出来ず、大人の姿になったときに学校から出て行き大人の社会へと旅立つのである。
「じゃあ…、もうキンカと一緒に遊べないんだ……」
大人になったパピヨンエルフは子供の世界からは切り離される。社会の一員として働く存在になるのだ。
ライムは一足先に大人になるキンカを羨ましいと思う反面、もう手の届かないところへ行ってしまった親友を惜しむ気持ちもあった。
「そうかぁ…。キンカは大人になっちゃったんだぁ……」
もうキンカが座ることのない椅子。
その椅子をライムは担任が来るまでボーッと見続けていた。
☆
その日の放課後にライムとユズはキンカの家に行き、自室で大きな繭に包まっているキンカを見た。
部屋いっぱいに広がる糸と人ひとりまるまる包み込む繭。それはすべてキンカの体から放出されたものだ。
「………」
思わずライムはキンカが中に入っている繭に触れてみた。
幾重にも巻かれた糸は想像していたものより張りがあり、中にいるキンカの様子を感じることはできない。
「もう少し、子供のキンカの姿を見ていたかったんだけれどねぇ…」
キンカの母親はもう子育てを楽しむことが出来ないのを残念がっているようであり、部屋にあるキンカの服を処分するために紐で縛っていた。
パピヨンエルフは子供から大人に変態する時に大人の体に一気に成長するため、それまでの服は着られなくなる。
どれほど成長するかはやはり個体差が大きいために衣服をそろえるのは羽化してからことなのだが、この衣服を買い換えることがパピヨンエルフの大人になる最初の一歩である。
(キンカの服……捨てられちゃうんだ…)
着る事が出来なくなる以上当たり前のことなのだが、キンカの過去が消されるような気分がしてライムはまた少し気分が暗くなってしまった。
「私たちもはやく大人にならないとね。キンカに負けていられないわ!」
キンカの家を後にした後、ユズはライムの横でガッツポーズを取って気合を入れていた。
ユズは同年齢のキンカが一足先に大人になってしまったことに羨ましさを感じているらしく、負けてなるかとの思いを持っているようだった。
「ん…」
一方ライムの方はユズほど熱い思いにはなれなかった。
ライムとしては、大人になると今の自分が消えてなくなってしまうような気がしてならなかった。
数ヶ月前にも近所の遊び仲間が大人になったのを見たが、外見だけでなく喋り方も態度もガラリと変わってしまって戸惑いを覚えたものだ。
両親にそのことを言っても『大人になるとはそういうものだ』と聞かされ、納得したようなしないような気分にされてしまった。
大人になると考え方も全く変わってしまうのだろうか。
それとも変わるのが当たり前なのだろうか。
誰でも一度は通る道なのだが、誰もそのことを疑問に思ったりはしないのだろうか。
それとも、そんな疑問も大人になった時に消えてしまうのだろうか。
昨日までのキンカと一週間後に会うことになる大人のキンカ。
自分は、大人のキンカをキンカとして受け入れることが出来るのだろうか。
「ママ、もうすぐキンカが大人になるよ…」
夕飯の片付けをしている時、ライムは何気にキンカのことを呟いた。
「ああ、そう言えばもうすぐ一週間ね。あのキンカちゃんがどんな大人になるか、楽しみね〜〜」
キンカが繭に包まれてからどうも気分が優れていない様子の娘を見て、母親は少し大袈裟に声を出した。
娘の気持ちは痛いほど分かる。なにしろ自分もそうだったのだ。
自分もいつも一緒にいた親友が一足早く繭になったとき、言いようの無い不安に陥った。
はたして、大人になったあの子は今までと変わらないまま自分と接してきてくれるのだろうか。
はたして、自分は大人になった親友を今まで変わらないまま接することが出来るのだろうか。
そんなことを悶々と一週間の間考え続けていた。
結果として、それらは全て杞憂に終わった。
例え外観が変わっていようと、例え考え方が大人びてしまったとしても、中身が変わっていない以上関係が壊れたりはしない。
確かに暫くの間は互いにどう接したらよいのかいまいち要領を得ず戸惑ったりもしたが、すぐにもとの関係に戻っていつものような付き合いをしていった。
それに、自分もいつまでも子供な訳ではない。しばらくすれば同じ大人になれるのだ。
そうすればまた、子供の時とは違う付き合い方をするようにもなる。
「大丈夫よ。あなたはキンカちゃんの友達でしょ?友達っていう関係は、そうそう簡単に壊れたりはしないものよ」
「…うん。そうだ、ね……?」
母親の体験に基づいての励ましに、ライムの心は少しだけ晴れ顔には笑顔が戻った。
が、その時、ライムは軽い眩暈を感じてその場にカクンと腰を落とした。
拍子で手に持っていた木製の食器がカラカラと音を立てて床に散らばる。
「どうしたの?ライム?!」
「うん……?ちょっと、頭がくらっとして……!」
最初ライムは軽い貧血か何かかと思った。
だが、様子が少し違う。
貧血のような頭の奥がスーッと暗くなるような間隔はなく、体の奥がカァッと熱くなり心臓が喉から飛び出してきそうなほど動悸が激しくなってきている。
まるで自分の体の中に熱いマグマが溜まり、それがどんどんと膨れて外に飛び出していきそうな、そんな感覚。
「あれ……ママ…?
私の……、体、へんだよ……?」
ライムは熱く疼く胸を手でぎゅっと抑え、戸惑ったような顔を母親に向けていた。
「ライム……?!」
母親はライムの突然の体調の変化に最初は戸惑いを見せたが、すぐに自分の娘に何が起こったのかを察した。
何しろそれは自分も過去に体験してきたこと。そして、この島にすむ全ての住民が必ず体験することだからだ。
「ライム……おめでとう。
あなたも、キンカちゃんと同じで体が大人になる準備が出来たのよ」
母親は軽く手を叩き、へたり込んでいるライムの脇に手を回して抱え起こした。
「……?私が、大人に……?!」
ライムは最初、母親が言っていることが信じられなかった。
大人になるということがこれほど唐突に起こるとは思わなかった。
全く心の準備をする余裕もなく、友人にも挨拶を交わすことなく、このまま勝手に大人になってしまうというのか。
「そ、そんな……私、ユズに……!」
もう、ユズに自分が大人になることを言う余裕は無い。
「キンカの羽化を……!」
今日明日にも大人になって出てくるはずのキンカに大人になったことへの祝福を言うことも出来ない。
このまま自分が繭になってしまえば次に皆に会えるのは約一週間後になってしまう。
このままでは、絶対に悔いを残してしまう!
「わ、私……っ!」
ライムは母親の手を離し玄関向けて走ろうとした。
だが、体に力を入れることが出来ず何歩も進まないうちに足が縺れて倒れこんでしまった。
「無茶しないのライム!今のあなたの体は大人になる準備に全てを使っていているんだからまともに歩くことも出来ないのよ!
お父さ〜ん、ライムが蛹になりそうなの〜!ベッドに運ぶから手を貸して頂戴〜〜!」
母親はライムの無茶を叱り、慌てて飛んできた父親と一緒になってライムを部屋のベッドまで運んでいった。
☆
「ママ……」
ライムはベッドの上で裸に剥かれて寝かされていた。
母親曰く、大人になるときは体の全てが変化するから服を着ていては都合が悪いそうだ。
家の中とはいえ素っ裸になるのは少し恥ずかしいが、もうすぐ繭に包まれてしまうので裸を見られる心配は無い。
「怖くは無いのよライム。
これは誰もが通る道なんだから。ライムの体が大人になるための神聖な儀式なんだからね」
まだ不安がっているライムの額を、母親は優しく撫でた。
「少しの間眠り続けるだけ。
次にライムが起きた時には、とびっきりのご馳走を用意しておくわ。あなたが大人になった記念にね」
「うん……わかった…」
発熱で少し頭がぽーっとしているライムだが、自分を安心させようとしている母親の優しさは汲み取ることが出来、精一杯の笑顔を浮かべてこくりと頷いた。
「じゃあ、少しのお別れね…っと、大事ことを言い忘れていたわ」
それを見た母親はもう大丈夫かなと部屋を後にしようとし…ドアのあたりでピタッと止まった。
「?ママ……」
ライムを見る母親の顔はそれまでと違い真剣そのもので、その変わりようにライムが戸惑ってしまうほどだ。
「ライム、いいこと……
あなたはこれから大人になるけれど、眠るまでの間にこの部屋に誰も入れちゃダメよ。
ママもパパも、あなたが繭になるまでは絶対に入ってはこないから」
「え……?」
「子供から大人になるとき、私たちの体は普通じゃないほどの変化をするの。
その時、体の抵抗力がとっても落ちてしまうのよ。だから、大人になるときは周りに何もないようにしないとダメなのよ。
いいこと。絶対よ。絶対に、誰がきても窓やドアを開けてはいけないわ。いいわね」
「う、うん……」
母親のあまりの剣幕にライムはこくこくと頷くしかなく、それを見た母親は最後に『絶対よ』とダメを押してから部屋を出て行った。
「ハァッ………」
小さな明かりが灯った部屋の中、布団も下ろされたベッドの上でライムは何時間もじっと蹲っていた。
体の中の火照りはじわじわと広がってきており、裸になっていてもなお暑さを感じている。
本来なら窓を開けて夜風を送り込みたいところだが、母親から窓を開けるなと厳命されているためそれもできない。
さっきまで僅かに聞こえていた両親の声も寝てしまったのか聞こえなくなり、痛いくらいの静寂に包まれている。
「……本当に私、大人になっちゃうのかなぁ……」
ライムにはまだ実感が湧かない。
なにしろ経験がない。まあ、何度も大人になる機会などありはしないのだが。
この体調不良だってもしかしたらただの風邪なのかもしれない。それをママが早とちりしているだけなのかもしれない。
このまま睡魔に負けて寝てしまい、翌朝何事もなく起きたらママはどんな顔をするのだろうか。
それはそれで、ちょっと見てみたい気分もある。
ライムは鳩が豆鉄砲を食らったような母親の顔を夢想してクスリと微笑み、ごろりと寝返りを打った。
その時
コンコン
どこからか硬いものを叩いたような音が聞こえた。
「……?」
ライムは少し不審に思ったものの、体のだるさのほうが先に立ってしまいそのまま無視を決め込んだ。
するとまた
コンコン
と音が聞こえてきた。雨戸の閉まった窓から。
「……?!」
なんだろう。窓に小枝でも当たっているのだろうか。
それにしては外に風の音はしない。小枝だけが動くなんてことはありえない。
するとさらに
ガタガタ…
「……!!」
今度は明らかに窓を開こうとする音が聞こえてきた。
何かが、誰かが窓の外にいる!!
(な……なに?!)
このとき、ライムは母親の言ったことを思い出した。
”絶対に、誰がきても窓やドアを開けてはいけないわ。いいわね”
これは、まさにこの状況のことをいっていたのではないだろうか。
(ママはこのことを知っていた?!)
もしかしたら、パピヨンエルフが大人になるときに、それを邪魔するものがいるのかもしれない。
それが大人の母親には分かっていて、ライムにあれだけ念を押していったのかもしれなかった。
「ま………っ!!」
ライムは母親に助けを呼ぼうとして、グッと口を閉じた。
外にいる『何か』は明らかに部屋の中に誰かいるのかを確認している様子がある。
もし、誰かいるのがわかっているなら木製の雨戸やガラス窓など簡単に破ることが出来るのだから。
それをしないということは、外にいる『何か』は中に自分がいることを分かっていないのかもしれない。
だとしたら、ここで声を出して自分の存在をばらす必要はない。
じっと声を殺し、『何か』が自分がいないと諦めて去るのを待つ方が得策だろう。
「………!」
ライムは両手で口を抑え、じっと貝のように体を丸めて気配を殺した。
そのかいあったのか、そとで雨戸を揺する音はしばらくするとぱたりと止んだ。
(……あきらめたのかな?)
どうやら危機は去ったとライムが一息ついたとき、窓の向こうから小さな声が聞こえてきた。
(ライム……ライム……)
「!!!!」
その声を聞いてライムは仰天した。
なぜなら、その声は一足先に繭になったキンカのものだったからだ。
「キンカ?!キンカなの!!」
(そうよ……ライム……。開けてちょうだい……)
「う、うん!わかった!!」
まさかのキンカの声にライムは慌ててベッドから降り、自由が利かなくなりかけている体を何とか動かして窓へと向っていった。
その時のライムには、母親が言ったことなどとっくの昔に頭の片隅からどこかに吹き飛んでしまっていた。
「キンカ……!」
ライムが鍵を開け、雨戸をバタンと開いたその時、外から黒い影がシュッと音を立てて飛び込んできて、ライムの後ろに降り立った。
「こんばんわ、ライム…」
部屋の中の僅かな明かりの中に映るキンカ。
その顔は少し大人になっていたものの、確かに親友キンカのものだった。
体は少女という蛹を破って大人のものになり、大きな翼、膨らんだ胸、くびれた腰、しなやかな太腿と大人の魅力を放っている。
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