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富士通・秋草会長誕生の怪

2003年5月7日
 4月25日午後1時。東京・丸の内の富士通本社で、緊急会見が開かれた。

 「経営執行体制の発表がある」

 そう聞いて会見場に集まった記者たちは、ある想定をしていた。その日の午後2時半から、富士通は2003年3月期決算を発表する予定になっている。そして、1000億円を超える連結最終赤字が発表される見通しだった。これで2期連続の巨額最終赤字となる。

 社長の秋草直之が、業績悪化の責任を取って退任する――。

 誰もがそう思っていた。

 そして午後1時。一斉に配られた資料の表紙には、予想通り株主総会後の秋草退任という内容が記されていた。

●「忙しすぎて」会長就任

 ところが、である。3ページ目に思いがけない役員人事が記載されていた。社長を退いた秋草が、そのまま代表取締役会長に就任するというのだ。押し出されるように、代表権のない会長だった関澤義が退任する。「会長兼CEO(最高経営責任者)」として、秋草は富士通の最高権力者に上り詰める。引責辞任の会見と決め込んでいたマスコミ関係者は、予想外の内容に驚きを隠せなかった。

 なぜ、任期半ばのこの時期に、会長になるのか――。

 そんな質問が続いたが、秋草は深くいすに腰かけ、時折笑みを浮かべながら、こう答えた。

 「忙しすぎて、たまらないから会長になった。そもそも、社長ではあったけど、会長みたいなものだった」「唐突と思うかもしれないが、私としては予定通りの人事」

 業績悪化には一切触れず、一般的な社長交代人事と強調する。その堂々とした態度にも、引責辞任との見方を打ち消そうという意図が感じられた。

 だが、富士通のある役員によると、この人事は1〜2週間で急遽決まったという。それは、後任社長に指名された黒川博昭の言動からも読み取れた。秋草とともに会見に現れた黒川は、緊張しきった表情で質問に答えていた。社長としての富士通の舵取りを質問されても、「まだ半導体事業などを勉強していないから」と口をつぐんだ。社長就任を言い渡された時期についても、「許してください」と言って答えようとしなかった。

 会見を30分で切り上げ、秋草と黒川は舞台裏に逃げるように消えた。

●独裁体制が固まった

 それから1時間後、富士通は2003年3月期決算を発表した。

 「1220億円の連結最終赤字」「無配に転落」。過去の利益の蓄えを示す剰余金は既に底をつき、3月期末で607億円のマイナスに転じた。期初に目標とした連結営業利益1000億円こそ辛うじてクリアしたが、決算数字は富士通の惨憺たる状況を如実に示す。

 連結売上高は前の期に比べ7.8%減の4兆6175億円。当初予想は5兆2000億円だったが、3度も下方修正を繰り返し、年初には4兆7000億円まで引き下げていた。だが、その数字すら達成できなかったわけだ。

 この時、秋草がわずか1時間前に人事を発表した深意を垣間見た。もし、決算発表と同時に人事案が示されたら、業績悪化の責任論が噴出し、代表取締役会長への“昇格”に厳しい批判が浴びせられたに違いない。

 また、会長の関澤と、副社長の杉田忠靖と高谷卓の退任を決めた。表向きは「引責辞任ではない」と説明するが、業績悪化の責任論が噴出しないための、ガス抜きとも受け取れる。

 「新社長が自由に舵取りできる体制を作った」。秋草は、会長や副社長の総入れ替え人事を、こう解説した。

 だが、それでは自らが会長に居座り、代表権も手放さなかった説明がつかない。さらに、60歳の杉田に代わって最高技術責任者(CTO)になる藤崎道雄は65歳。つまり、5歳も年齢が上がり、社長の黒川(60歳)よりも年上なのだ。また、新任の専務となる斑目廣哉は黒川と同期入社。こうした点からも、黒川が自由に舵取りができる体制を敷いたとは、とても受け取れない。

 「(取締役でない)黒川君をいきなり抜擢したのだから、しばらく秋草君が会長としてサポートする必要がある」(名誉会長の山本卓眞)。要は秋草をトップとした体制が続くわけだ。

 関澤の「米国流に、会長兼CEOと社長兼COOに役割を分担した」という説明は、より実態を正確に表現している。欧米企業では会長兼CEOこそ経営トップであり、企業の顔である。取締役会の有力者を一掃し、富士通は「秋草独裁体制」を固めたことになる。

●実績にも疑問符

 富士通にとって激動の1日となった4月25日。株式市場は、社長交代と決算発表という大ニュースが続いたにもかかわらず、それを無視するかのように株価は反応しなかった。

 決算発表の席上で、今期、大幅な増収増益になるとの強気の予想を披露した。連結営業利益は約5割増の1500億円、最終利益は巨額赤字から一転、300億円の黒字が出るという。それでも市場は動かない。

 「富士通の出す数字は、よく背景を見ないと痛い目に遭う」(大手証券アナリスト)

 予想数字ばかりか、実績数字もよく吟味する必要があるというのだ。

 前期、富士通は目標である連結営業利益1000億円を達成した。だが、その陰で、大規模なリストラが断行されている。不採算部門からの撤退や、固定費削減によって1700億円もの収益改善効果があり、これが営業利益を強烈に押し上げた。それでも、昨年末に目標達成が危ぶまれ、収益源であるソフトウェア・サービス事業の営業部隊に最高200万円の懸賞金を出す異例のテコ入れ策を打った。関連部署や関係会社など50の部門を対象に実施し、14部門が懸賞金を手にした。こうした追い込み営業で、ようやく1004億円という数字が作られたのだ。

 ところが、今期はリストラ効果が前期の5分の1未満の300億円に激減する。そうした状況で営業利益を5割も伸ばすことは容易ではない。

 「かなり攻撃的な目標だと思う」

 富士通のある取締役は、そう打ち明ける。富士通が描く目標達成シナリオは、主力事業がすべて黒字になるというもの。特に、利益確保が難しい通信機やパソコンといったハード部門を抱えるプラットフォーム事業は、前期は営業利益が9億円と、かろうじて黒字を達成した。だが、今期はHDD(ハードディスクドライブ)が黒字化するといった予測の下で、150億円の営業黒字を見込む。さらに強気なのは、前期に316億円の営業赤字だった電子デバイス事業の予測だ。半導体の2ケタ成長によって、こちらも150億円の営業黒字に転換すると見込む。

●「富士通はオオカミ少年」

 だが、富士通は早くも厳しい現実に直面している。既に始まった今期の第1四半期(4〜6月期)は350億円の連結営業赤字に陥るという。それでも第2四半期(7〜9月期)から緩やかに回復すると読んでいるが、V字回復シナリオは出だしからつまずいた格好だ。

 そこで、市場関係者の間では、早くも富士通の悪癖が繰り返されることを恐れる声が出始めている。

 「富士通はオオカミ少年」。そう揶揄されている。過去6年間、常に業績予想では「大幅な回復」と叫び続けた。ところが、必ず期中に下方修正を出す。そして、決算発表では実績値がさらに落ち込む――。その繰り返しだった。

 悪循環の始まりは、秋草が社長に就任した前年の1997年。秋草・富士通は、常に株式市場を裏切り続けてきたわけだ。

 これまでの当初予想と実績の乖離は、平均して7.8%減になる。それも、乖離率は年々拡大し、ここ2年は2ケタ乖離を続けている。もし、今期も7.8%乖離すると、連結売上高は4000億円近く落ち込む計算になる。そうなれば、追加リストラなしには、再び巨額の赤字決算に陥りかねない。ちなみに昨年10月の中間決算発表で「リストラ終結宣言」をしている。

 「これ以上の大規模リストラを避けるには、画期的な製品を世に送り出して収益を上げる以外に道はない」

 富士通の役員は、縮小スパイラルを止めるのは、研究開発部門が成果を出すしかないと見る。だが、CTOの杉田に聞いても、次代の飛躍につながるような新技術の話は出てこない。

 「何かすごい製品が出てくるというのではなく、今ある製品や事業が少しずつ改善していく。富士通の回復は、そんなイメージで捉えてほしい」

 今の富士通には、画期的な新製品を生み出す体力が残っていない。前期は研究開発費などの投資関連費用を1513億円も削減した。今期も、引き続き853億円引き下げる。こうした環境になれば、次代の大型製品が生まれる可能性は萎んでくる。

 それでも富士通はV字回復を目指す。だが、なりふり構わぬ数字の追求に、危険な予兆も出てきている。

 前期の連結営業利益は1004億円だったが、実はソフト・サービス事業で1765億円を上げている。他事業の赤字をも埋める大黒柱であり、今期も1900億円を稼ぎ出すと予想している。

 なぜ、不況の中で、この事業だけが巨額の黒字を生み出しているのか。実は、企業のIT(情報技術)投資が激減した今、収益を支えているのは官公庁や地方自治体のシステム関連投資という「官公需」になっている。

 そのことを如実に表すのが、四半期ごとの数字だ。富士通の業績は、第1四半期から第3四半期(10〜12月期)までおおむね営業赤字が続く。だが、第4四半期(1〜3月期)に巨額の黒字を積み上げる(上グラフ参照)。前期も、第3四半期まで364億円の赤字だったが、第4四半期に一気に1368億円の黒字を計上して、通期で1004億円の営業利益を生み出したのだ。

 「顧客に官公庁が多いため、年度末に需要が急増する」(杉田)。民需が減退する状況で、官公需への依存度はどうしても高まってしまう。そんな状況は、ゼネコン業界の姿にも似ている。

●ゼネコン化する富士通、NEC

 実は、こうした傾向は富士通だけに限ったことではない。NECの2003年3月期連結決算では、第4四半期に709億円の営業利益を稼ぎ出し、通期の数字を1208億円まで押し上げた。NECは株主資本比率が8.7%まで落ち込み、財務立て直しが急務となっている。パソコンやDRAMの収益が大幅に改善し、携帯事業の大幅成長も見込む。だが、いずれも市場動向が見極めにくいうえ、「携帯端末はヒットするかどうか、出してみないと分からない水もの」(証券アナリスト)。確実に数字が見込めるのは、官公需に支えられたソフト・サービス事業ぐらいだ。

 「官公需に依存すると、企業体質が弱くなってしまう」

 モルガン・スタンレー証券株式調査部長の山本高稔はそう指摘する。まず、マーケティング力が弱まる。そして官公庁相手の商品・サービスでは、海外で通用しない。徐々に内向き志向の閉鎖的な会社組織になっていくという。

 山本の指摘を裏づけるかのように、官公需に依存していない企業が、不況の中でも製品競争力を高めて好業績を上げている。既に紹介したように、シャープやパイオニア、三洋電機は、前期に大幅に業績を伸ばした。そのことは、官公需に頼りながらも苦境から脱しきれない富士通とNECの、混迷度の深さをも物語る。

 「電機業界は企業数が多すぎる。全社が生き残るシナリオは描けない」(ドイツ証券株式調査部長の佐藤文昭)

 どちらか一方が市場から淘汰されない限りは、両社とも衰退し続けていくと見ている。その状況もまた、ゼネコン業界に酷似する。

 リストラで縮小を続け、官公需に頼り何とか生き延びる――。1990年代、国際競争力を持つ日本企業の代表格だった富士通とNECには、その面影が感じられない。消費者相手の苛烈な国内市場でも存在感が薄まっている。

 そして、常識と乖離した人事まで平然と断行する富士通は、市場からも見放されつつある。四面楚歌の中で縮小均衡を目指して走り続ける秋草・富士通に、どんな結末が待っているのだろうか。(文中敬称略)
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