| 皆集の推理チャットに毎月(スケジュールの許すかぎり)参加していますが、ほとんど推理らしい推理はしないで雑談ばっかりしています。だって推理は掲示板でもできるけど、雑談はチャットでしかなかなかできないもの。
とはいえ、人の推理チャットを見ているのはとても有意義なのです。何がいちばん有意義かというと 「論点が拾える」 ということ。 「自分にとっては自明と思えていたことだけど、他の人にとってはそうではないのか」 とか、その逆であるとか。 「こんな問題設定がありえたか」 という驚きを手に入れることができる、それが貴重なのです。一般に、問題を解くことよりも、「ここに問題がある」と気づくことのほうが、むずかしい。
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さて、前回の推理チャットで非常にスリリングで面白いネタを拾いました。
ゲーム盤の中のできごとが「可変」である(ゲームごとに事件の内容が違う)ことは、ほとんどの読者の間でコンセンサスが取れていることと思います。 (だってそのように描かれていますものね)
では、ゲーム盤の外については、どうなのか。
「ゲーム盤外(ゲーム開始前の状況設定)は、全ゲームにおいて完全に同一である(固定されている)」 と考える人が、わたしの想像以上に多くいて、あっ、そういう発想ってメジャーなの? と、ちょっとびっくりしたのです。
わたしは、 「ゲーム盤外(ゲーム開始前の状況設定)は、ゲームごとに違っている場合がある」 と思っていて、ほとんどの人もそう思ってるだろう、となんとなく思いこんでいました。
この違いが面白くて、どきどきしました。 この2つで、何が違ってくるかというと、たとえば具体的な例を挙げれば、
「金蔵は、いつ死んだのか」
これをわたしは、「Ep1〜4」と「Ep5〜6」で、異なる(全然ちがう死に方だ)。 と、考えているのです。
Ep1〜4では「ゲーム開始直前に誰かに殺された」と考えていて、Ep5〜6では「殺される前に(一年以上前に)自然死した」と考えています。
Ep5で、「ゲーム開始から1年以上前に、金蔵は自然死した」というエピソードが描かれますから、 「ゲーム盤外の設定は、いつも同じだ(固定されている)」 という考えの場合、 「Ep1〜4ではゲーム開始直前に殺された」 という推理は成立しなくなってしまうわけなのです。
Ep5で描かれた金蔵死亡の様子を思い出してみると、「前回の親族会議よりも前」ですから、金蔵が死んだのは、 「最低でも1年以上前、最大で2年前」 のできごとであり、 「死にざまとしては大往生である(自然死である)」 ということになります。
ひょっとして、「Ep1〜4にも、この死にざまが適用できる」という発想の人が大多数なのかしら。 そしてそれは、「ゲーム開始前の設定はいつも同じ(固定)」という前提からみちびかれていることなのかしら。 この、自他の解釈のずれが、たいへん、興味深かった。
今回はそのあたりの論点を、あれこれと。
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今回のこの話には、2つの論点があります。
「金蔵の死因は、いつも同じであるのか(ないのか)」 と、 「ゲーム盤外は、固定であるのか可変であるのか」 です。 この2つは、密接に関わり合いながらも別々の問題です。
まず、各論として語りやすい「金蔵の死因」について。
●白骨化と「肉の焼ける臭い」
Ep5で見た「金蔵の死亡状況」を、わたしが他のエピソードで採用できない理由について。 それはわりに単純です。
最低でも1年以上が経過した死体は、常識的に考えて、白骨化しているはずです。 しかし、Ep1、3、4で発見される金蔵の死体は「焼死体」と描写されるのです。太占(ふとまに)よろしく骨になってからそれを焼いたというような描写ではありません。
それどころか、「異臭がした」ことがかならず強調されるのです。肉が焼けなければ異臭はしないだろうと思われるのです。
ですから、Ep5で描かれた金蔵の死に方を、Ep1、3、4で採用するためには、 「死亡してから1年がたっても、白骨化せずに肉が残っている」 という状況をつくりださなければなりません。
まず、その方法をいくつか検討してみることにします。
●死体保存法の検討
試したことないのでほんとかどうか知りませんが、土中にある死体は、地上にある死体よりも白骨化が遅いのだそうです。 かるーくGoogleで調べてみたところでは、地中の死体は完全な白骨化まで2〜3年かかる、という記述を見つけました。
けれども、さすがに「地中に1年間あった死体」というのは、通常の想像力を働かせれば、ほとんど腐って溶けちゃっているでしょう。 まだ完全な白骨化には至っていないといっても、分解しにくそうな皮膚あたりと、そこに近い筋繊維なんかがかろうじて残っているというくらいだろうと想像します。 そういう死体を土中から掘り起こしたとして、その死体はもう、ボロンボロンのはずです。運ぶ途中やら、焼却炉につっこむ過程で、ぼとぼとと崩壊していっちゃったりしそうだ。 よいしょっと持ち上げて、頭から焼却炉につっこむ、というアクションが、もう難しそうです。 それに、そんな状態から焼き始めても、「屋敷全体を覆い尽くすほどの異臭」とか「焼死体」といったイメージには、きっとならない気がします。
となれば、冷凍保存なんてどうでしょう。 これは現実味がありそうなアイデアです。
金蔵の死体を冷凍保存するためには、「そうだ、金蔵の死体を冷凍保存しよう」と誰かが思いつかなければなりません。 金蔵の死を知っているのは蔵臼、夏妃とその一味ですから、彼らがそれを思いついた、ということにします。
厨房の冷凍庫にしまっておくわけにはいきません。いくら、20人からの食事をまかなうことができる厨房であっても、人体をひとつしまっておけるほどの冷凍室を備えているとはさすがに思えません。 それに、死体と同じところから取り出した食品を、1年間にわたって口にできるほど豪放な人は、あのメンバー中には1人もいないと思うのです。 もし、厨房に巨大な冷凍庫があり、全員が豪快だったとして。事情を知らない他の若い使用人がお茶請けにシューアイスか何かを新島で買ってきて、ちょっと冷凍庫に入れとこうといってガチャっと開けたりする。悲鳴が上がる。そんなことはごく日常的に発生しそうです。
そこで、「開かずの冷凍庫」か、「冷凍庫を設置できる開かずの間」が必要になるのです。 開かずの間といえば金蔵の書斎ですが、書斎の冷蔵庫はEp5でしっかりと内部を捜査されています。 蔵臼は自家用クルーザーを持っていますから、本土から業務用の大きな冷凍庫を購入して、島に運んでくることはできます。蔵臼、源次、南條、嘉音が協力すれば、夜中にこっそりと、波止場から屋敷にまで搬入することはできるでしょう。 でも、どこに置くかが問題なのです。 書斎以外に、開かずの間があるという話はききません(ちょっと微妙になってきますが、ヱリカにも発見できないほどのという条件もつくかもしれませんね)。
クルーザー内に冷凍庫をそのまま置いておく? 船舶内に置いた冷凍庫を、24時間、1年以上、絶えまなく通電させておくことが可能ならOKですが、それはどうでしょう。蔵臼のクルーザーは、停泊中も、常にエンジンがかかっている……。それも少し不自然です。
たとえば、屋敷からかなり離れた場所に、プレハブの小屋を建て、電気を引き、冷凍庫を設置し、死体を保管する……。それだけの大労力をかけたとして、子供の使用人が休憩時間に森に遊びに出かけて「あれ、こんなとこに小屋がある」と思い、「さぼったりするときの秘密基地にしよう」と考えたらもうおしまいなのです。(だからこその「森の魔女伝説」なのかもしれないですけどね)
なお、ホルマリンやアルコールなどを利用した「薬品保存」系のアイデアにも、冷凍説とほぼ同じ問題が発生します。これらの薬品は揮発性ですから、冷凍庫以上に設備が難しいことになるでしょう。
●蔵臼には死体保存の理由がない
そういう実現性以上に、問題だと思うのは、蔵臼たちには死体を保存してもデメリットしかないのです。 蔵臼たちは金蔵を「失踪」させようとしていました。そうすることで時間をかせぎ、横領したお金を補填しようとしていたのです。 死体が発見されたら、金蔵が死んだことが明らかになるのですから、遺産分配が発生し、蔵臼の資金流用が明るみに出てしまい、彼は逮捕され社会的地位も消滅します。 「金蔵は失踪したのであって、死んではいない」 という状況をつくらねばならないのです。 そのためには、絶対に死体が見つかってはならないのです。 つまり、死体を保存する理由がない。 というか、「死体を処分しない理由」がありません。
何者かが、意図的に「死体を保存した」のだとしたら、それは、 「あとで死体を取り出し、白日のもとにさらす」 という意志があったはずです。 だとしたらそれは、「ボイラー室で焼死体として発見させる」というプランが最初からあったとしか考えられない。ボイラー室で焼けば冷凍の痕跡は隠蔽できますからね。 しかし、ボイラー室で金蔵の死体が発見されることにより、蔵臼たちの「失踪を装う」計画は破綻するのです。つまり、冷凍説ではそれを行なったのは蔵臼たち以外にありえないのに、彼らがそれを行なったことにより、彼ら自身が破滅するのです。
これを回避するには、「蔵臼の資金流用の話はウソだった、または幻想だった」といった条件が必要になります。つまり、「お金の問題がばれたら困るから、金蔵には失踪していただこう」という計画じたいが、実は存在しなかった。フェイクだった。そういう処理が必要になりそうです。 ただ、そうなると、「失踪計画はウソだけど、このタイミングで金蔵が死んだことはホント」という、ちょっと不思議な処理が発生します。すごく変とまではいえないけれど、なんか違和感があります。 「どうして金蔵の死亡発覚を1年以上遅らせたかったのだろう」 「発覚を遅らせた結果、自然死じゃなくて他殺を疑われて警察が介入することになってもかまわなかったのだろうか」 といった疑問も発生し、そのへんが難しくなってきます。
●金蔵の死体は埋葬されている
そうした複雑な回避方法をとるのもおもしろいですが、ごくあっさりと、以下のような素直な理解をするのも良いんじゃないかなと思うのです。 つまり、
「蔵臼と夏妃は、六軒島の森の奥深くに、金蔵を埋葬したのである」
それは、森のかなり深い場所だろうと想像します。ちょっと分け入ったくらいでは、うっかり行き当たったりはしない場所が選ばれただろうと思います。ただし、わかる人が見ればわかるような目印くらいはところどころにあるのかもしれません。 蔵臼と夏妃は、彼らに可能なかぎり丁重に埋葬した、と想像します。めだたない小さな墓標……しかしそれは丁寧に作られ、敬意が込められている……そういうものが立てられているかもしれない。それは一見、道祖神か測量点に見せかけられているかもしれない。
夏妃は「他の使用人たちに不審を抱かれないように、めったにこちらにお参りすることはできません。そのことをお許し下さい」と念じていたかもしれません。
そして彼らは、埋葬した遺体を発掘したりはしない、と考えるのです。それは死者のねむりをさまたげる冒涜であるし、何より自分たちの破滅を意味するからです。
じっさい、「金蔵が1年以上前に死亡した」とほぼ確定したEp5とEp6では、金蔵の死体は最後まで発見されていません。これをごく素直に、 「誰にも見つからない場所に埋めたから、誰にも発見されない、出てこない」 と受け取ってしまうのです。
Ep5、Ep6だけを取り出して見たとき、人物理解からいって、これがいちばん素直な解釈じゃないかなー、と、わたしは思うのです。
この素直な解釈が、なぜか採られにくい(と、今回観測しました)。それはなぜかといえば、Ep1、3、4で、「金蔵の死体がボイラー室で発見される」からにほかなりません。 ボイラー室の焼死体、を実現させるためには、金蔵のボディが地中で腐敗崩壊していては困るのですね。
「だから埋葬説はまちがっているのだ」としてしまうのではなく、「埋葬され、土中で腐敗崩壊すること」と「焼死体として発見されること」を両立させる方法はないのか、という問い方が、わたしのアプローチです。
そのアプローチにもとづく、現状での回答が、 「Ep1、3、4の金蔵は、1年以上前に死んだのではなく、ゲーム直前、ごく最近になって死亡した」 という大きな外しかたであるのです。
『「Ep5、Ep6」と「Ep1、3、4」では、金蔵の死亡時期が異なっている』 というふうに捉えてしまえば、「1年以上前に死んだ」ことと「焼死体での発見」とのあいだに、整合をとる必要がなくなるのです。
一年以上前のあのタイミングに、金蔵が心不全かなにかを起こして死んでしまった世界と、その心不全をうまいこと乗り越えてもうしばらく生きていた世界の、2種類が存在するのだという解釈です。
「Ep1、3、4」は、「もうしばらく金蔵が生きていた世界」です。 1986年の殺人ゲームが開始されるごく直前……たとえば数日前でもいいし、前日でも良いです。Ep1〜4では、そんなタイミングで金蔵が死んだのだとしたら、死体の白骨化を気にする必要はありません。 書斎のベッドに寝かせておき、任意のタイミングでかつぎだして、ボイラー室の焼却炉につっこめば良いのです。 数日前に死んだことを悟られないためには(ついいま殺されたのだと思わせるためには)、死斑を隠さなければなりませんから、死体を焼く必要はあります。
Ep1で、書斎に薬品臭がむっと匂ったというのは、腐敗臭とか死体臭をごまかすために、香料をふりまいたからかもしれません。
あ、そういえば、Ep5で書斎を捜査したときには、この薬品臭の描写がありません。そしてEp5でたびたび書斎に籠もっていた夏妃は、この臭いがとても苦手なのです。 ということは、臭いの描写の有無は、金蔵が最近まで生きてた(臭いを発生させてた)世界と、夏妃が1年以上にわたって換気してしまったのでそれがない世界の違い……という方向の解釈も、できなくはないかもしれないですね。
そして、ゲーム開始前なんていう、そんなジャストタイミングにたまたま金蔵が自然死するというのはちょっと違和感があります。 そこで、「殺人犯によって、金蔵が意図的に殺害された」という発想が、わりと自然に出てきます。わたしはこの解釈です。
こうした解釈をとるとき、ゲーム開始前の段階で、すでに大まかに2種類の世界があるということになりますね。 その場合、ゲーム開始前……つまり「ゲーム盤外」は固定されてはおらず、変動可能である、という条件が自動的に導かれてくるのです。
どうしてそのような変動が可能なのか(可能だと思うのか)ということについて、次回語ります。
■付記
今回、死体保存説について、かなり否定的に読めるかもしれませんが、全然ありえないと思っているのかというと、そうでもありません。 冷凍とか薬品保存とか、実は好きな展開なんです(だからいっしょうけんめい記述してしまう)。
ほかにも、整合は置いておいて、魅力的だなと思うアイデアもあって、例えば「ミステリーの死体保存といえばコレだろう」というあれ。 たぶんどこかで既出のアイデアだろうと思いますが、 例えば死蝋化とかミイラ化。 ミステリーにはこの題材をもちいた名作がいくつかありますよね。わたしでも3個くらいぱっと思いつきますから、ミステリプロパーの人は一瞬で10個くらい挙げられるんじゃないかしら。 『うみねこ』は古典的ミステリーへのオマージュ、という側面がかなりありますから、こういう王道的アイデアが導入されている、というのは、それっぽいです。
ただ、意図的に死蝋やミイラを作るのはほぼ不可能だと思います。少なくとも、引退した町医者さんがブレーンについた、という程度で作れてしまうものではないはずです。 ありえると思うのは、「たまたま死蝋化した」といった状況かな。
例えば…… ・蔵臼と夏妃が、金蔵の死体を埋葬する。 ・かなりの時間が経って、「何者か」が「何らかの理由で」死体を掘り起こす。 ・すると、たまたま死体が死蝋化していた。 ・これを運び出し、屋敷のどこかに隠しておき、任意のタイミングでボイラーにつっこむ。 (きっとものすごく良く燃えるはず)
これならわりあい無理なくいけそうですし、こういうのは好きな展開です。
(続く)
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