![](/contents/069/781/408.mime4) | ●大きな猫箱・つぎはぎのカケラ
まず、理御という人物が登場していることを奇妙に思うことにしましょう。
右代宮理御と、魔女ベアトリーチェは、コインの表裏の関係だ、といったことが語られました。 右代宮理御が存在する場合、六軒島に魔女ベアトリーチェが発生しないのです。
理御という人は、夏妃に受け容れられ、崖から落ちずに済んだ「19年前の赤ん坊」です。 逆に、赤ん坊が崖から落ちると、魔女ベアトリーチェが発生するらしい。
ここまではよろしいですよね。 わたしも、ここまではのみこみました。
でも、だとするとEp7は変ですね。ウィルも気づいて、こいつは変だと言っている。
Ep7の登場人物は、基本的に右代宮理御を認識しています。 つまり、右代宮理御がいる世界だ。 なのに、ウィルがインタビューすると、朱志香や真里亞は、魔女ベアトリーチェの話をしてくれるのです。 魔女はその世界には存在しないのではないの? Ep7の朱志香や真里亞は、理御を認識しているくせに、なぜか、理御が生まれたら存在しないはずの魔女ベアトリーチェを語る。 そして、朱志香や真里亞が語る親族会議の席次には、なぜか理御の席がない。
この現象をウィルは、 「ここは、いくつかのカケラが継ぎ接ぎして作られた、まともじゃない世界」 と分析し、 ベルンカステルは、 「ベアトの猫箱より、もっと大きな猫箱で閉ざしただけよ」 と語ります。
いくつかのカケラ。大きな猫箱。
つまり、Ep7のゲーム盤は、 「右代宮理御が生まれ、魔女ベアトリーチェがいないカケラ」 と、 「右代宮理御が存在せず、魔女ベアトリーチェが生まれるカケラ」 が、つごうよくミックスされてできている。
2台の事故車を半々ずつつなげてニコイチにしたようなもの。 ウィルはこれを「カケラの継ぎ接ぎ(つぎはぎ)」と表現しています。
ベアトの猫箱は、2日間の大きさしかありません。10月4日が始まってからは、いろんな分岐が発生し、いろんな展開があるのですが、それ以前は基本的に固定です。 つまりベアトの猫箱は小さいので、「第一の晩で6連鎖密室が発生する」か、「礼拝堂でハロウィンパーティーが発生する」かという分岐は可能ですが、
「19年前に赤ん坊が崖から落ちない」か「落ちる」か
という分岐はできない(っぽい)。 しかし、ベルンカステルの猫箱はその分岐ができる。 2日しかないベアトの猫箱に対して、ベルンカステルの猫箱は19年というスパンがあるそうとう巨大な猫箱なのです。
「カケラ」というのは、『ひぐらし』や『うみねこ』では、平行世界・パラレルワールドのようなものと推定されますね。 ベルンカステルはカケラの航海者、つまり、パラレルワールドを渡り歩いて、中身をのぞきこんで、珍しい世界を探し出してくることができる……できそうです。
ものすごい根気を発揮することによって、257万8917分の1の確立でしか発生しない、とてもとても珍しい「右代宮理御が発生する世界」を探してきて、ゲーム盤に半分ドッキングすることができる。
問題なのは、「ベルンカステルは、そういうことができる」ということです。
●男でも女でもある理御
右代宮理御は、男の子なのか女の子なのか。 という、謎がありました。
これを例によって、「どっちか片方に決めたりしない」という態度をとることにしましょう。 理御の服をぬがして確かめることはできません。 つまり理御の性別は、猫箱のなかにあること。
理御が男の子である可能性と 理御が女の子である可能性が、 両方同時に存在して、どっちか片方にきめる必要はない。ふたつの可能性が、ひとつの箱の中に同時に等価に入っている。
猫は死んでいると同時に生きている。 理御は女の子であり、同時に男の子である。
ところで、「シュレディンガーの猫箱」のたとえ話が生まれた「量子物理学」は、パラレルワールドの存在を肯定するような分野だそうです。 (厳密にいうとちがうのですが、ここではわかりやすく、そういうことにします。本当は違うんだから違うんだぞう、といった茶々をいれるのは、いちおう遠慮してもらいたい)
箱に猫を入れ、2分の1の確立で毒ガスが噴射されるボタンを押す。 2分の1の確立で猫は死んでおり、2分の1の確立で生きている。
この状態のとき(まだフタを開けてないとき)、死んでる50%と生きてる50%が、等価に箱の中に存在しており、なんと、まだどっちかかたっぽには確定していないというのです。 どっちか片方に確定し、現実が固定するのは、フタを開けて、われわれが中身を「観測」した瞬間だそうです。たとえばそうして開けてみたとき、死んでたとする。
とすると、さっきまでは箱の中にあった、「生きてる50%の可能性」は、どこに消えたのだろう。
それをこの分野は、 「猫が死んだ世界と、猫が死なずに生きてる世界。その2つに世界が分岐し、パラレルワールドが発生したのだ」 と説明するらしい。(エヴェレット解釈という解釈法によると)
われわれは死んだ猫をみて、「生きてる50%はどこいった?」と首をかしげるが、パラレルワールド側ではニャーと鳴く生きた猫をみて「死んじゃう50%はどこいった?」と首をかしげている、そんなかたち。
さて、 右代宮理御が男の子の可能性と、女の子の可能性と両方ある。たぶん50%ずつです。
ということは? 「右代宮理御が男の子として生まれる世界」と、 「右代宮理御が女の子として生まれる世界」が、 相互にパラレルに、2つ存在するんじゃないか?
九羽鳥庵ベアトリーチェという「猫箱」から、赤ん坊が出てきて「観測」されたとき。 世界は、「男の子が生まれた世界」と「女の子が生まれた世界」に、分岐したのではないだろうか。
パラレルワールド。カケラ世界。
六軒島を中心としたカケラ世界は、「九羽鳥庵ベアトが男子を産んだ世界」と「九羽鳥庵ベアトが女子を産んだ世界」と、大きく分けて2つの世界が存在するはずです。
そして、19年前というスパンで猫箱を用意できるベルンカステルは、 「九羽鳥庵ベアトが赤ん坊を産む瞬間」を、大きな猫箱のなかに含めることができるのです。たぶん。
●男の子の赤ちゃんが崖から落ちたらどうなる?
さて。 これまで、3エントリにわたって、
「クレルの中身は、紗音である」 「ヤスの中身は、紗音である」 「連続殺人犯、魔女ベアトリーチェの正体は、紗音である」
という仮定にもとづくストーリーを検討してきました。
紗音は女性です。 紗音説をとる場合、 「19年前の赤ん坊が崖から落ちて生き延び、福音の家に送られ、使用人・紗音として舞い戻ってくる」 というストーリーになるのですから、 「19年前の赤ん坊は女の子であった」 ということになります。九羽鳥庵ベアトが女の子を産んだほうの世界のお話なわけです。
ですから、紗音説だけを真相とする場合、「理御は男か女か」なんて煙に巻く必要はないんです。すぱっと「理御は女性」でよろしい。
でも、Ep7は、「理御は男かもしれないし、女かもしれないし」という「猫箱状態」を提示するのです。 提示されたからには、「理御は男かもしれない可能性」を重ね合わさないと、両目でものを見たことになりません。左目と右目のリドル。
「九羽鳥庵ベアトから男の子が生まれたカケラ世界」は、理論上存在し、ベルンカステルはそのカケラ世界をゲームに使うこともできるのです。
ですから、19年前には、じつは重要な分岐が2回存在するのです。
最初の分岐は、 「九羽鳥庵ベアトが男子を産んだ世界」と 「九羽鳥庵ベアトが女子を産んだ世界」。
次の分岐が、 「赤ちゃんが夏妃に受け容れられ、崖から落ちない世界」と、 「赤ちゃんが夏妃に拒否され、崖から落ちる世界」。
順列に組み合わせると、4通りになるのです。
1.「男の子の赤ちゃんが、崖から落ちない世界」 2.「男の子の赤ちゃんが、崖から落ちる世界」 3.「女の子の赤ちゃんが、崖から落ちない世界」 4.「女の子の赤ちゃんが、崖から落ちる世界」
1と3が、右代宮理御の発生する世界。理御は男でも女でもいいのですからね。 4が、紗音ベアトリーチェが発生する世界です。
では、2は?
●「金蔵のあやまち」が起こりにくいカケラ
九羽鳥庵ベアトから男の子の赤ちゃんが生まれ、夏妃に忌避され、崖から突き落とされる。 そんなカケラ世界を想定してみましょう。
男の子の赤ちゃんは、崖から落ちました。が、奇跡的に一命をとりとめました。
源次は、この「男の子の赤ちゃん」を、どうするでしょう。
この赤ちゃんが「女の子」である世界、つまり紗音ベアトリーチェが誕生する(と思われる)世界では、源次はまた同じあやまちが起こるのではないかと疑っていました。 つまり、金蔵がこの女の子に性的な搾取をするのではないか。
だから源次は、赤ん坊を「福音の家」という、かなり遠い場所に預け、3つも年齢をごまかし、さらには、金蔵の寿命がつきるいまわの際になるまで、決して親子の対面をさせなかったのです。かなり周到な防御です。
でも、男の子だったら? そういう心配はないです。
いや、金蔵はクレイジーですから、男の子でも心配かもしれません。けど、女の子だった場合よりは、ずいぶん安心できるでしょう。
男の子の場合は、わりと安心だから、死ぬ間際まで存在を伏せておく必要はないかもしれない。小学校卒業時くらいで親子の対面をさせていいかもしれない。 年齢をごまかすなんていう、難しい操作もまぁ、要らないだろう。 福音の家なんていう、遠い場所にやることもない。もっと近くでいい。
要するに、とりあえず夏妃の手や目のとどかない場所に、何年かだけ置ければ良いのです。女の子だったら金蔵の魔の手がおそろしいから、念入りに隠さなければならないが、男の子はそうでもない。
福音の家は孤児院です。自由は少ないし、社会的に肩身はせまく、経済的にもひじょうに苦労して育つことになる。いじめだって普通にあるでしょうよ。しなくてすむなら、赤ん坊をそんなところに送らずにすませたいものです。これは多少親心があったらたいていそう考えるでしょう。
できればもっとふつうの家族環境を持たせて、経済的にもめぐまれた状況で育ったほうがいいにきまっている。 高校へやり、大学を出してやることもできますしね。源次はEp2で発言しているとおり、「大望を持つ男子は、学をそなえているべきだ」という考えを持っています。
ならば、とるべき方策はこうだ。 右代宮の親族の誰かに預ける。
楼座はまだ子供だ。絵羽は論外。この男の子は金蔵が当主跡継ぎにしたがっている子。つまり譲治の立場を非常におびやかす存在で、まともに育てるはずがない。 なら、留弗夫。 消去法でそうなる。
つまり……男の子の赤ちゃんが生まれて崖から落ちた場合、源次は、この赤ん坊を留弗夫に預ける可能性がでてきそうなのです。 19年前に留弗夫に赤ん坊……?
●留弗夫の嫁選び
留弗夫は、「赤ちゃんを育てる」というこの話にのっかります。 なぜなら、この赤ん坊は金蔵と愛人の子で、金蔵が次期当主にしようとした子だから(蔵臼に預けるということは、金蔵→蔵臼→この赤ちゃんという当主継承を想定しているはず)。 つまり金蔵はこの子に、右代宮家のすべてを相続させたいと思ってる。
そんな子供を、自分の子として育てる。これは金蔵に対して人質をとったようなもの。 自分はこの子の父親になる。 愉快で幸福な家庭を築く。 この子は自分になつく。 この子は自分の身内になる。利益を共有する。自分の言うことをきく。
そんなこの子供が、右代宮家のすべてを相続することになる。 それは自分が右代宮家のすべてを手に入れるのとほとんど変わらない。
赤ちゃんを育てるというこの話、乗るしかねぇだろ。
さて。 この赤ん坊を自分の息子だということにしてしまいたい留弗夫。 留弗夫ひとりで赤ちゃんをつくることはできないわけですから、お母さん役・奥さん役が必要です。留弗夫は早急にだれかと結婚しなければならない。
とりあえず手頃なのが2人いました。
霧江はどうか、と留弗夫は考え、「いや、霧江はダメだ」と結論します。 霧江は、かなり酷薄なところがある。かなり情に薄いところがある。留弗夫がときとして引くほどに。
留弗夫は、ハッピーな家庭を築かねばならないのです。うちの家族が大好きだ、オヤジとオフクロのためなら何でもしてやりたい、この赤ちゃんにいずれそう思ってもらわなきゃいけないのだからです。 やさしくあたたかい、絵に描いたようなお母さんが必要だ。 霧江は、ヘタをすると赤ん坊を「私と留弗夫さんの間に割り込んだ邪魔者」くらいに認識する可能性すらある。 (だって霧江は、赤ちゃんの介在がなくても、もう完全に自分の力で留弗夫を射止めて結婚できるつもりでいるのですからね) 絵に描いたような「いじわるな継母」になりそうな雰囲気が、ぷんぷんする……。
そのてん、凡庸だけれどおっとりした、情の深い明日夢は、この役割にふさわしい。 「この赤ちゃんを自分の子として育てるという条件で、おまえと結婚してやる」 と言えば、明日夢はむしろ渡りに船とよろこぶくらいだろう。だってこれを断った場合、明日夢が留弗夫と結婚できる可能性はかなり低いのだから。
●ヤス・戦人/別世界の同一人物説
そんな感じで、「霧江が知らないうちに留弗夫と明日夢が電撃結婚」という現象が発生し、崖から落ちて一命をとりとめた赤ちゃんは、留弗夫一家に育てられることになりました……という仮定をしましょう。
留弗夫一家には、 「明日夢を母だと思っているが、じっさいには明日夢から生まれてはいない、留弗夫の息子・右代宮戦人」 が存在し、その正体は、19年前に崖から落ちた赤ん坊です。
この仮定のとき、
「19年前に女の子が生まれ、いずれヤスになる世界」には、「明日夢から生まれていない右代宮戦人」は存在できません。 なぜならヤスと戦人は、パラレルワールドで別々の運命をたどった同一人物だからです。
逆にいうと、 「実は<明日夢から生まれたのではない、出生の秘密を抱えた右代宮戦人」は、ヤスがいる世界には存在できないのです。
さて。 「実は明日夢から生まれたのではない、出生の秘密を抱えた右代宮戦人」 というのは、われわれがよく知っている戦人ですね。 彼はEp4で、自分が明日夢から生まれていないことを知ってショックを受けていました。 つまりEp1〜4の戦人は、この戦人なのです。
あれ。 この「明日夢から生まれていない右代宮戦人」が存在する世界には、ヤスは存在できないのでは……。 つまりEp1〜4に、ヤスは存在できないのでは……。
Ep1〜4に、ヤスが存在しないとなると、Ep1〜4の魔女ベアトリーチェの中身はいったい誰なんだ。
●別の世界の真実
つまりわたしは、こういうことを言おうとしているのです。
「Ep1〜4」と「Ep7」は、19年前に大きく分岐した、まったく別のカケラ平行世界なのじゃないか。
ベルンカステルは、好みのカケラ世界を、無限の海のなかから探し出してきて、ゲーム盤に「つぎはぎ」する能力を持っています。
彼女は、何億何兆というカケラをかたっぱしから開けて、 「19年前に女の子が生まれ、偶然にもEp1〜4とソックリな六軒島大量殺人事件を起こすカケラ世界」 というのを、なんとかみつけだしてきて、Ep7にドッキングさせた。
そしてそれを、「これが真相ですよ」という顔で披露してみせた。
Ep7というカケラ世界の中で、これらの殺人事件はすべて起こっていることなのですから、「これらはすべて真実」なのです。ベルンカステルはウソはひとことも言ってない。ちなみにわたしも、ヤス紗音=ベアトリーチェという推理が真相でないとはひとことも言っていません。
けれどもそれはあくまでも、「我々の知るEp1〜4とソックリな事件を別人がひき起こす世界」の真相であって、「わたしたちが見てきたEp1〜4の真相」では、実はない。
Ep7という、「われわれの見てきたEp1〜4とソックリな別世界」の真相が、今回語られた。 けれどもそれは、「われわれが知りたいEp1〜4の真相」とは、まるで異なっている。
いちばん違うのは、「魔女ベアトリーチェの中身」。
このエントリで語ってきたような仮定がもし成り立つのだとしたら、 「われわれの見てきたEp1〜4にはヤスは存在できない」ので、 「われわれの見てきたEp1〜4のベアトリーチェは、ヤスではない」
わたしたちのEp1〜4では、ヤス以外の誰か別人が、魔女ベアトリーチェとして覚醒して大量殺人事件を起こす……。
さあ、「魔女ベアトリーチェはヤス紗音ではない」可能性を、生み出すことができました。 可能性さえあれば、猫箱の理論により、本当のことにしてしまえます。 「そうかもしれない」し、「そうじゃないかもしれない」状態のとき、「そうであることにしてしまえる」。
これが、魔法です。
魔法で「犯人はヤスじゃない」ことにしてしまえました。
*
次回は、もうすこし周囲の状況との整合をとってみたいと思います。
(続く)
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