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「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの8ページめです。
●熊沢由来のミステリー傾倒
朱志香は、熊沢の影響をうけて、ミステリー読みになっていきます。
そう。この推理では、紗音だけでなく、朱志香も熊沢の影響でミステリーを読み始めるのです。 なぜなら、朱志香ベアトリーチェは、熊沢ワルギリアの弟子だから。
小学生の朱志香は、熊沢に、 「あの壺を猫が割ったことにしたみたいな、あんな魔法の手管をもっと教えてほしい」 とねだりそうです。 熊沢は、 「ほっほっほ、それではこんな本をお読みなさい。おもしろい仕掛けがいっぱい書いてあるのですよ」 といって、読みやすいものから、朱志香にミステリーを貸し出していく。
ここからの読書蓄積が、いずれ彼女を、「密室の守護者、魔女ベアトリーチェ」にしていくわけです。
●ふたつの「白馬に乗って」発言
さてさて、そんなわけで、六軒島には幼い2人のミステリー読みがいます。 いっぽう、島の外には、右代宮戦人というミステリー読みがいます。
紗音と戦人は、お互いが共通の趣味を持っていることを知って、意気投合します。 そして戦人は、 「使用人をやめるなら、俺のところに来いよ。一年後に白馬に乗って迎えに来てやるぜ」 と、いいかげんなことを言い、紗音はそれを、愛の告白、将来の約束だと受け取り、その後何年も引きずり続けることになります。
このあたりは、Ep7の描写どおりのことが起こったと考えることにします。 ここではまだ、朱志香はカヤのそとです。
ところで。この推理では、 「ヤスがベアトになる世界の戦人と、ジェシカがベアトになる世界の戦人は別人」 という前提を取っています。 ヤス世界の戦人は、明日夢から産まれた子供。ジェシカ世界の戦人は、九羽鳥庵ベアトから産まれた子供。同じ「戦人」という名前が付けられているものの、実体は別人である、という説をとっています。
あれ、ということは。 ふたつの世界に戦人が2人いて、これらは別人であるにもかかわらず、ヤス世界ではヤスに対して「白馬に乗って迎えに来る」と言い、ジェシカ世界では紗音(紗代)に対して「白馬に乗って迎えに来る」と言ったことになりますね。 名前が同じだけの別人がなぜか同じことを言ったことになる。変ですね。
でも変じゃないのです。
Ep3で、屋敷のホールで霧江がピンチになったとき、彼女はこんなことを言うのです。
「大丈夫よ。ウチの人、こういうのとても得意なの。すぐに白馬で迎えに来てくれるわ。」 (Episode3)
白馬? これはこういうことです。 つまり、霧江は留弗夫から、「おまえがピンチのときには、いつだって俺が白馬に乗って迎えに来てやるぜ」と言われたことがあるのです、たぶん。 そうでなければ、霧江みたいな大人の女から、白馬なんていうアホな表現は出てこないと思われます。
「白馬に乗って」という表現は、留弗夫由来なんだ。 ようするに、「白馬に乗って迎えに来てやる」は、留弗夫お得意の口説き文句なんですね。たぶん明日夢も言われたことあるんじゃないかな。狙った女には、必ず言うことにしてるのかもしれない。
だから、留弗夫はある日、息子をつかまえてこう言うんです。
「おい、いいか戦人。女を口説くときにはこう言うんだ。 『白馬に乗って迎えにきてやるぜ』ってな。 効果は保証済みさ。これさえ言えば、どんな女もイチコロだぜ。覚えときな」
この「口説き文句レクチャーイベント」が、どっちの戦人に対してだろうとも発生する。と考える。
どっちの戦人も、これを聞いたら、 「よし、使ってみよう」 と思う。 遺伝子がどうだろうと、留弗夫に育てられたらアホのお調子者になるに決まってるのです。 それでさっそく、六軒島のちょっと気になる女の子に使ってしまう。
そんなわけで「崖から落ちた男の赤ちゃん」である戦人は、ヤス世界の戦人とまったく同じように、紗音ちゃんに向かって、 「白馬に乗って迎えにきてやるぜ」 と、なんとまあ、罪作りなことを口走ってしまうのでした。
●後追いで意識しはじめること
戦人さんのことが好きなんです。それで、将来の約束をしたんです。 と、そんなことを、紗音は朱志香に打ち明け話をするわけです。
この頃には、朱志香と紗音は本当の友達同士になっている、といった想定をします。 もっと子供だったころには、お母さんが恐いし、奥さまが恐い。けれども紗音は何年も勤めてお屋敷に慣れたし、朱志香も大きくなって反抗期が始まる。 夏妃はあいかわらず、「朱志香と使用人は仲良くしてはいけない」と言っているけれども、まぁ、それはそれとして、目を盗んで仲良くなっちゃったらいいじゃん。 そういうことがだんだんできるようになってきた、という想定を取るわけです。
白ベアトリーチェと紗音がお茶会を催しているシーンが、このあたりから描かれ出します。この推理では、ベアトリーチェは朱志香なのですから、これを、
「朱志香と紗音が夜中に秘密のお茶会を催して、ガールズトークに興じている」
という表現だと考えるわけです。
朱志香はこの話を聞いて興味津々で、 「がんがん行っちゃえ紗音、恋につっぱしれ!」 と、やんやの囃し立てをします。
これ以後、下位世界に登場する白ベアトは、すべて朱志香だと考えることにします。
白ベアトは、「自分は恋を知らない、紗音を通じて恋を知りたい」と願望していました。 朱志香もおそらく、恋を知らないのです。なぜなら、その機会がほとんど存在しないから。
自分より先に初恋をした紗音を、じっと見ていたい。 恋ってどんなものなのか、それを自分が知るための物差しにしたい。 だから、応援したい。
朱志香はひたすら、無責任に、もっといけ、ドンドンいけ、と太鼓を叩いて紗音を応援し続けます。 海の向こうから、「戦人は父親と仲違いして、右代宮の苗字を捨てたので、もう島には来ないらしい」といううわさ話が聞こえてくる。
紗音はそれを「自分を試しているんだ」とか「自分を迎えに来るために、彼は一人前になろうとしているんだ」とか、うまい理由をつけて待ち続けようとします。 朱志香はそのつど、「そうだよそうに違いない」と後押しして、結果的に紗音を追い詰めていきます。
そういうことをしている間、朱志香の心の中には、何があっただろう。 恋を知りたい朱志香の心の中には。 それをわたしは、すっごい自分勝手に、こう想像するわけです。
隔絶された島に住まわされ、箱入り娘のように育てられている。朱志香はそういう境遇なのですが、じつのところ、紗音もほとんど同じ境遇なのです。 ほとんど同じにもかかわらず、紗音は恋を見つけ、自分はまだそうではない。 紗音が見つけた恋の相手は、戦人だ。 私がずっと小っちゃいころから、よく知っている、あの戦人。 え? ああ。そうか。そうなんだ。 戦人を好きになる、戦人と恋をするっていう選択肢が、あったんだ。 そんなの気付きもしなかった。 うーん、そうか。戦人と恋をしても、べつに良かったんだな。 え? あれ。 うーむ。 もし私が、紗音の立場だったら、たとえばどうなってただろ。ちょっと想像してみよう。 戦人は気持ちいいヤツだしな。面白いし。 ……。…………。 あれ。あれ。ちょっとまって、しまったな……。 なんかそうやって、意識してみたら、意識してきちゃったじゃん。 やばい、意識してきちゃった。 そっか、うん、戦人を好きになっても良かったんだ。 先に気づけば良かった……。 うわー……。
そういうのってあると思いませんか? 誰か他人に先を越されてから、「しまった! その子のこと好きになって告るっていう選択肢があったじゃん!」と、後出しで気づくようなこと。 誰か他人が「その人のことを好きだ」と言い出すことによって、「その人の価値」が裏打ちされるような、そういう感じ。
でも、先に好きになったのも、約束をしたのも紗音だから。今さら「実は私も」なんて言い出せはしない。私は紗音を応援するんだ。うまくいくといいな。
そんな状態が何年か続いて。 戦人の手紙の事件があり、「戦人は紗音との約束なんてまったく忘れている」ことが明らかになり、紗音の心はついに限界を迎えます。
●恋の芽の転移・「ミステリー少女」のスワップ
紗音の中に、「戦人さんをいつまでも好きでいつづけたい」という気持ちと、「これ以上戦人さんを待とうとしたら、あまりにも辛すぎて、心が壊れてしまう、耐えられない」という気持ちが芽生えます。
朱志香は、彼女にこんな提案をします。 白ベアトが提案したのとまったく同じことです。
このまま戦人を愛し続けたら、あなたの心は壊れてしまう。そこで、その恋心を自分が引き受けよう。 紗音は、この恋心という重荷を下ろして楽になり、新たな人生を歩むことができる。 自分は、紗音の代わりに戦人のことを愛し続け、この島で彼を待ち続けることにしよう。 もしいつか戦人が帰ってきて、そのとき紗音が望むなら、この恋心は紗音に返そう。
それを、幻想の白ベアトではなくて、「朱志香」が言ったと考えるのです。
ポイントとなるのは、 戦人を恋いこがれているのが、紗音であっても、朱志香であっても。 「ミステリー読みの女の子が、孤島でさびしい思いをしながら、彼の迎えを待っている」 という現象じたいは、まったく動かない、変わらない、変更がないことです。
だからこそ効く、入れ替え。
ただ、実際に朱志香が言ったのは、 「戦人を、忘れよ。……恋の芽など、元よりなかったのだ。」 くらいのことで、「代わりに自分が戦人を好きになるから」というところは伏せていたかもしれませんね。
朱志香には恋する機会がありませんでした。夏妃の目が光り、生活は管理され、家の仕事をする使用人からすら遠ざけられていたくらいですからね。 だから、朱志香は恋をしてみたかったのです。 その気持ちを味わってみたかった。
だから、紗音が自分の前で見せてきた、吐露してきたこと。 焦り、苦痛、疑い、悲しみ、せつない思い。それでも相手を求めてしまう気持ち。 それらを、 「自分が味わってきたこと、これからも味わいつづけること」 だと、思いこむことにした。
紗音が断念してしまった恋心を引き継ぎ、これからは朱志香が戦人を愛し続けることにした。
自分を書き換えることにしたのです。
朱志香は、ひさしぶりに「世界を変更」します。
この島にはミステリー読みの少女が2人いるんだ。うち片方が、戦人と恋をし、将来の約束をする。 過去にさかのぼって、設定を変えます。 「紗音と戦人が、約束をした」 という現実を変更します。
「戦人とミステリーを語り合い、将来の約束をしたのは、この自分、朱志香だった」
という設定を上書きしてしまうのです。 「シーユーアゲイン、白馬に乗って……」というキザなセリフを言われたのは、紗音ではなくて、朱志香だった。
そのように思いこむわけです。 これによって、紗音の胸から恋の芽が抜けます。 そしてその恋の芽は、朱志香の胸に根を張り出すのです。
●戦人は決して約束を思い出さない
この「書き換え」には、ひとつだいじなポイントがあります。
戦人の「白馬に乗って迎えに来る」発言の初出は、Ep3の紗音のセリフでした。
「そうですね。……確か、お帰りの際はこう仰っていました。 “また来るぜ、シーユーアゲイン。きっと白馬に跨って迎えに来るぜ。”」 (Episode3)
ブログのコメント欄で、「うみねこ好きな人」さんに指摘されて、「おお、これは!」と思ったことなのですが、 このセリフのとき、紗音は、「戦人さまは“私に対して”こう仰いました」とは一言も言っていないのです。
だから、「朱志香に対して」戦人が言ったのを、紗音がたまたま聞いていただけかもしれない。 少なくとも、その言い分は、通ります。
つまり、Ep6でヱリカを悩ませた「差し替えロジックのトリック」が効きます。本当は紗音に対して言ったのですが、それを「朱志香に言ったのだということにしてしまう」ことは可能なのです。
ここで唐突に、Ep4ラストのお話になります。 ふたりの性悪魔女が、
「ベアトは絶対に勝利できない。奇跡は絶対に起こらない」
と、断言するのでした。
かりに、ベアトの勝利条件を、 「戦人が子供のころの約束を思い出すこと」 だとして考えてみましょう。
「戦人が約束を思い出す」というのは、「絶対に起こらない、起こったらマジ奇跡」というほどのことでしょうか? なんかこう、ぽろっと、 「あ、ゴメ、忘れてた」 くらい軽い感じで、思い出すパターンって容易に想像できるんですね。なんとなく。
しかし。ベアトの中身を「朱志香」だと考えた場合。
もし戦人がぽろりと、「あ、思い出したわ」と言ったとしても。それは紗音との約束であって、朱志香との約束じゃないのです。 だって、「戦人と朱志香が将来の約束をした」なんてことは、朱志香個人の幻想の中だけのことなのですからね。
だから、戦人が「朱志香との」約束を思い出すなんてことは、「絶対に起こらない」。
でも、その「絶対に起こらない」ことがもし起こったとしたら……。 それを願ってルーレットをまわし、盤面上に存在しない出目がもし出たとしたら……。
それは、たぶん「奇跡」といってよいことですよね。
(続く)
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