![](/contents/069/781/377.mime4) | ■目次 no51893 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」 no52013 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上) no52052 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中) no52113 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下) no52153 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在 no52562 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機 no52651 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上) no52748 Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)
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「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの9ページめです。
●嘉音誕生
つい今しがたまで、戦人への思いがあふれて苦しみつづけてきた紗音。その紗音が、戦人との恋を断念します。 今まで彼女の心において、「戦人との恋」が占めていた部分が、ぽっかりと空きます。 それを埋める存在が必要だ。 弱った紗音を支える存在が必要だ。
朱志香はここで、 「もう一人の理想の自分を作り出して、現実に対抗する」 という彼女独自のサバイバル方法を、紗音に対して伝授したと考えることにします。
自分の中に、もう一人の理想の自分を作り出す。 理想の自分に、自分を支えてもらう。味方してもらう。助言してもらう。 そうすれば、きっと紗音は、立って歩いていけるだろう。
紗音は以下のようなキャラクターを「理想の自分」として創造したことにします。 紗音は使用人としての性能はちょっと低いのです。忘れ物も多いし、お給仕も失敗ばかりしています。 そんなんじゃないしっかりした使用人が、自分の理想だ。
だめな自分とは正反対の存在。 うじうじしていなくて、ハッキリとものを言う。 スローな自分とはちがって、攻撃的で皮肉屋。 女の子はいやだな、男の子がいい。
朱志香のレクチャーに従い、紗音は、そんな幻想キャラクターを自分の中に生み出し、彼に励まされ、守られながら、傷を癒していくことになります。 彼の名前は嘉音です。
朱志香は嘉音誕生に関与し、そのキャラクター性を熟知します。ときおり、半ば冗談で、紗音ではなくて紗音の中の嘉音に話しかけるような一場面があったかもしれない。
●黄金発見
碑文が掲示されます。 朱志香は金蔵の実の孫娘で、同居家族なのですから、金蔵の故郷が台湾であることを最初から知っていたと見なせます。
この推理の世界では、紗音ではなく朱志香が碑文を解き、黄金の間にいたり、六軒島の秘密のすべてと黄金の指輪を手に入れます。
Ep7の描写によれば、碑文解読を行なったのは白ベアトです。黄金の間にたどり着いたのも白ベアト。この推理では白ベアトはまんま朱志香と受け取る想定なのですから、このシーンで活動していたのは朱志香だと考えるわけです。 その場合、源次や熊沢が、「あなたは九羽鳥庵ベアトの子です」みたいなことを言うのは、「実際はそうではないけれど、今にも死んじゃう金蔵のためにそういう口裏合わせ(幻想)をプレゼントした」くらいの受け取り方です。ウィルが「金蔵のために使用人たちがそういうことしそうだな」みたいなこと言って注目していました。
そしてこのとき、金蔵本人もしくは源次の口から、「金蔵の半生の秘密」がすべて、朱志香に対して明かされたと仮定するのです。 イタリアの黄金のことも。
九羽鳥庵ベアトのことも。
金蔵が九羽鳥庵ベアトに産ませた男子のことも。
その男の子がめぐりめぐって、「右代宮戦人」として育ったことも。
それが朱志香に対して明かされたのは、源次の遠回しな「釘差し」だったのかもしれません。
朱志香から見て、戦人は「祖父の息子」にあたります。 血筋を見ると、戦人は朱志香の叔父です。朱志香は彼の姪です。
日本の常識では、いとこ同士の結婚は問題ありませんが、叔父・姪の結婚は禁忌とされます。 法的にNGなのはもちろんですが、事実婚をなしたとしても、道義的な観点から忌まれるでしょう。
つまり、朱志香の初恋は、彼女自身も知らないうちに、タブーに触れていたのです。
朱志香は悩みに悩んだあげく、戦人への恋心を断念することにします。 この推理での戦人は、金蔵の孫でありながら息子であるという、すでにしてそうとう血が煮詰まった人です。 このうえ叔父姪婚なんてした日には、えらいことだ。 クソジジイの真似をするわけにはいかない、という反発心もあったかもしれません。
でも、だからって急に、「戦人を好きじゃなくなる」ことなんてできない。 まだ好きなのです。 できればずっと好きでいたいのです。
そこで朱志香は、紗音のときと同じことをする。
朱志香の中には、もう一人の自分がいます。魔女ベアトリーチェです。 もう戦人と恋ができない朱志香は、自分の中の恋心を、ベアトリーチェに譲り渡すのです。 もう一人の自分であるベアトリーチェに、戦人を愛し続けてもらう。 すると、「自分は恋を断念しながら」「同時に自分は戦人に恋しつづける」ことができる。相反する望みを同時に持つことができる。
このときの朱志香の願いが、Ep6で描かれた、わたしが通称「お母様のリグレット」と呼んでいるやつです。(正確にはリグレットではないですけどね)
朱志香がベアトリーチェを生んだのですから、朱志香はベアトリーチェのお母様です。 お母様は血筋的な理由で、戦人を愛し続けることができなくなってしまった。 だからベアトリーチェに頼むのです。あなたが彼を愛し続けて下さい、と。
ベアトリーチェは、朱志香の「もう一人の自分」でした。 お母様は、 「あなたは今日より、私ではなくなります」 と言うのです。
だって、ベアトリーチェと朱志香が同一人物であったら、ベアトリーチェにもインセストタブーがひっかかってしまいます。 だから、ベアトリーチェが恋を引き継ぐ今日からは、ベアトリーチェと朱志香は別人でなければならないのです。そういう設定が発生するのです。
朱志香の胸から、恋の根がひきぬかれ、心にぽっかりと穴があきます。 それをうめなければなりません。 恋が失われた結果、穴があいたのだから、その穴は恋でうめなければならない。
誰か、戦人以外の恋の相手が必要だ。
朱志香の周囲で、その役割ができる年頃の男の子は一人しかいません。それは紗音の中にいる嘉音です。 朱志香は、「自分は嘉音に恋している」という書き換えを行ない、心の隙間を埋めたことにします。
紗音を支えるために作り出した嘉音に、朱志香もまた支えて貰うことになります。
そして2年後。1986年。最悪のタイミングで、右代宮戦人が帰還します。
●1986留弗夫の家族の話
朱志香にとっても、1986年というのは最悪のタイミングだった。去年か来年だったらこんな惨劇は起きなかったのに。 という形を、できればつくりたいところです。そのほうが推理として綺麗だ。
1986年とは、どんな年だろう。1986年に特有のイベントとは何だろう。
1986年は、あと3ヶ月で金蔵が死ぬ年です。 そして、蔵臼一家を除く3家族が、同時に大金を必要とする年です。
ポイントは、まず金蔵がまだ生きていること。 (少なくともほとんどの人間が、金蔵はまだ生きていると認識していること) そして、金蔵がもうすぐ死ぬこと。来年の親族会議には金蔵は他界している見込みであること。
さらに、留弗夫が、今すぐにでも大金を手に入れたいと思っていること。来年では全然間に合わない。
だから、嵐の夜に、このイベントが発生するのです。
「3人でちょっと、家族の話をしようぜ。この話をしたら、俺は殺されるかもしれんな」
この話とは、戦人の出生の秘密のこと。 じつは戦人は、留弗夫の実子ではなく、金蔵と九羽鳥庵ベアトの子であること。 この話を打ち明けたら、留弗夫は、戦人と霧江に殺されます。 霧江は、「そんな欲得ずくの話で、18年前に自分との結婚を反故にして、明日夢と突然結婚したのかよ!」という怒りを爆発させますので、留弗夫をボコボコにします。刺すかもしれないな。 戦人は「そんな馬鹿げた理由で、明日夢母さんと結婚したっていうのかよ! どこまで人の心をないがしろにしやがるんだテメェ」という怒りで留弗夫をボコボコにします。
ボコボコに殺されますから、留弗夫だってこんな話を打ち明けたくはない。 けれども彼はそうせざるを得ない。 今すぐにでも金が必要だから。金を工面できなかったら、社員が路頭に迷ってしまう。親分として、たとえ自分が死んでもそれだけは避けなければならない。
だから留弗夫は言うわけです。俺を殺してもいい。だがその前に頼む戦人。俺と一緒に金蔵オヤジのところに行って、実の親子の対面をしてくれ。
この推理の戦人は、金蔵にとっては、愛してやまないベアトリーチェの忘れ形見です。失われたと思っていた、ベアトの魂をやどした転生体です。 つまり、留弗夫のためには一銭も金を出す気がない金蔵は、戦人のためならいくらでも金を出しそうなのです。
このイベントは、1986年にしか発生しません。なぜなら前年には留弗夫は金に困ってはいないのですし、翌年には金蔵は死んでいるからです。
そしてもちろん、1986年に戦人が島に来ない場合も、このイベントは発生しません。
朱志香は何としてでも、このイベントの発生を阻止したいのです。 なぜなら、これが発生すると、 「戦人と朱志香が、叔父・姪の関係である」ことが、親族間に公示されてしまいます。 つまり、そういう関係であることを、「戦人本人が」知ってしまいます。
戦人がそれを知った場合。 「戦人と朱志香が恋をはぐくむ可能性」は、戦人の中で、論外になってしまうからです。
●去年や翌年だった場合は?
この推理では、留弗夫が「崖落ち赤ちゃん」を引き取ったのは、それが金蔵の隠し子だからでした。この愛息を人質に、金蔵から譲歩や金を引き出そうと思ったのです。
「うちの戦人は、あんたが愛してやまなかったベアトの息子だよ」 というカードは、金蔵に対しては無敵の効力を発揮しますが、その反面、 「生きている金蔵にしか効果がない」 という弱点を抱えています。
たとえば1987年、金蔵が死んだあと、「実は戦人は金蔵の隠し子だ」と打ち明けたとして、「だから遺産相続はウチには五分の二にしてくれ」と言い出したとする。 一笑にふされます。
「だから何なの? 証拠はあるの? あったとしたとこで、法的にはあんたの実の息子でしょ? 公的な書類も全部そうなってる。つまり法的にいって、戦人くんには金蔵遺産を直接的に相続する資格はないのよ」
これで終了です。
留弗夫にとって、1986年は、「戦人カード」を切る最後のチャンスなのです。 だから、留弗夫が手札に「戦人」を持っていた場合、必ず切ってくる。
じゃあ、留弗夫と戦人が仲直りするのが仮に一年遅れて、もし戦人の来島が1987年になっていたら? これはおそらく、留弗夫は一生このカードを切らない。
印象論なんですが、どうもね、欲得ずくで子供を引き取ってみたけれども、育てていくうちに、留弗夫は戦人を相当気に入ってしまったぽい。 彼は自分の息子がえらい好きなのです。 「こいつはやっぱり、なんだかんだいって、俺の大事な息子だ。血がどうとか関係ありゃしねぇや」 と思ってる気配が、言動のふしぶしから、感じられるのです。
1987年。もし留弗夫が、金の工面をうまくしのいだら。金蔵が往生してしまったら。 留弗夫は、戦人の出生のことは、自分ひとりの腹の中におさめて、墓の中まで持っていく、そんな感じがする。
それは朱志香には願ってもないことです。彼女は戦人に、実は姪っ子であることを知られたくないのだから。
逆に、戦人の帰還が1985年であったなら。 「戦人の出生の秘密」が暴露されるまで、1年の猶予があります。
1年前なら、朱志香は戦人に告白して、それがOKされるかはともかくとして、イチから恋をスタートさせることができます。 夏妃だって、戦人とどっかに遊びに行くというのなら、きっとそんなにとやかくは言いませんよ。 どうも夏妃は、戦人のことを、筋の通った、腹のすわった、みどころのある青年としてちょっと気に入ってるっぽいのです。Ep1の中庭での一幕とか。戦人が家出したくだりで、「戦人くんは全面的に正しいです! 彼の怒りは正当だ」という論陣を張ったりですね。
それで朱志香と戦人が、お互いに熱心に愛し合う関係になったとする。そうなってから、「戦人の出生の秘密」が明らかになるのなら。 熱血な戦人は、 「血縁的にどうかなんてハナシはくそくらえだ! ジジイのせいで俺たちが恋をあきらめなきゃならないなんて、そんな馬鹿な話があるかよ! 俺は意地でも朱志香と添い遂げてやるぜ! 子供は作れねえかもしれねえが、それ以外は好きにさせてもらうぜ!」 意固地になってそんなタンカは切ってくれそうだ。
ところが、恋愛関係が発生するより前に「実は叔父姪の関係だ」ということが認識された場合。 「あ、そうなんだ。じゃあ朱志香と恋愛するっていうセンはナシだな。ちょっと残念な気もするけど、ま、今まで通りだしさ」 というように、彼の中で「朱志香と恋愛する可能性・ルート」が、完全に死にます。
1985年でも1987年でも、何らかの対処は可能だった。ただ1986年だけが、いかんともしがたい。この年に戦人が帰ってくる場合に限り、「朱志香と戦人が恋愛関係になれる可能性」が完全にシャットアウトされかねないのです。
なので、朱志香は、ヤス・シャノン・ベアトリーチェがそうしたように、「魔女のルーレット」を回転させます。つまり、連続殺人を開始します。
●ジェシカ・ベアトリーチェのルーレット
「ジェシカのルーレット」にも、いくつもの出目があります。どの目がでても、彼女は満足します。
最低限必要な条件は、「留弗夫の殺害」です。「戦人の出生の秘密」を暴露する可能性があるのは留弗夫だけだからです。 朱志香は留弗夫をなんとしてでも殺します。 (つまり、留弗夫は、出生の秘密を伏せようと明かそうと、どっちみち殺される運命です)
それも、ただ殺しただけでは駄目で、殺したのが自分であることを、誰にもばれないようにしなければならない。 留弗夫を殺したのは朱志香だ、ということを戦人が知ったら、破滅だからです。もちろん、犯罪者として裁かれてしまっても破滅です。彼女は完全犯罪をなさねばならない。
そこで彼女は、最近読んだ『ひぐらしのなく頃に』という小説を思い出す。 「完全犯罪とは、犯罪の存在を露見させないことだ」 と、良いことが書いてある。
関係者を全員殺せばいい。その死体を全部消し去ればいい。殺害現場と証拠を全部消し去ればいい。自分も戦人も死ぬんだ。 そうすれば「殺人なんてなかった」ことになる。完全犯罪。 あつらえむきに……900トンの爆弾を持っている。
ただ殺すだけではない。いかにも古典ミステリー的な、「クローズドサークルの連続殺人事件」を演出する。 それは戦人に対する、「あなたとミステリーを読みあった誰かさんが起こしている事件ですよ」「あなたにそれを思い出してほしいと思っているのですよ」というサイン。 もしそれを戦人が思い出してくれたら。 しかもありえない奇跡が起こって、紗音ではなく「朱志香、おまえだな?」と見破ってくれたとしたら。 彼はこの馬鹿げた計画を止めてくれるだろう。それは望むところ。 だってそれは彼が幼い頃の恋を思い出してくれたということだから。「失われた愛を蘇らせた」ということだから。
この連続殺人事件を、「魔女ベアトリーチェのしわざ」とほのめかす。 だって、いま戦人に恋しているのは、朱志香から切り離されたベアトリーチェということになっているのだから。 この連続殺人を通じて、たとえば、魔女ベアトリーチェを戦人が信じるようになる。認識するようになる。強い感情を抱くようになる。
「存在を認める」ということは、じつはそれ自体が愛です。魔女に対して愛がない戦人は、ベアトリーチェに向かって「おまえなんか認めない」と言いつづけていたのですからね。 愛をもって見ないかぎり、ベアトリーチェは見えません。だってベアトリーチェは存在しないのだから。愛がなければサンタが見えないのと同じ。存在しないものを見るためには愛が必要なのです。 「目の前がバラ色だ」という現象を見るためには愛で盲目になってなきゃいけないのと同じ。 ベアトリーチェを見る、認識するというのは、それ自体が「愛」の現象なのです。
「できるなら、彼に恋されなさい」と朱志香はつぶやいている。彼女は、戦人が魔女ベアトリーチェを愛してくれるようになってほしいと願っています。
そして、ほとんどの場合で、朱志香は900トン爆弾を起爆して、自分と戦人もろとも、島の全部を消滅させます。 これも彼女の望むところ。 紗音説のときに展開した「ヤス・シャノン・ベアトリーチェの猫箱黄金郷」の項目と、まったく同じ理屈。
六軒島を吹き飛ばし、すべての死体とすべての証拠を消滅させたら、そこはシュレディンガーの猫箱になります。 すべての関係者が、箱の中身を観測しなくなり、外からももちろん、2日間の中身を観測できません。 すなわち、六軒島はすべての可能性を同時に内包した空間になる。
そのすべての可能性の中には、「朱志香と嘉音がむすばれた可能性」と「戦人とベアトリーチェがむすばれた可能性」が、両方同時に入っていて、彼女はそのふたつを同時に手に入れることができます。Ep6ラストのように。 黄金郷ではすべての願いがかなう。
朱志香は、ベアトリーチェは、黄金郷で願いを叶えたいのです。 たとえば、大好きな戦人と、たっぷり語り合いたい。 朱志香はまだ、戦人とミステリー談義をしたことがないのです。 大好きなミステリーについて、ああでもない、こうでもないと議論を戦わせたい……。 それはさぞかし楽しいだろう。
ああ、それは、メタ世界で戦人とベアトがやってたことですね。 つまり、あのメタ世界は戦人とベアトの黄金郷。900トンがすべてを吹き飛ばし、無限の可能性ができたから、その可能性の中から取りだした理想の世界。
どうせ現実で叶わない恋ならば。 ジェシカ・ベアトリーチェはせめてこんな黄金郷に行ってみたかったのでしょう。そんなことをわたしは想像しているわけです。
(あと2回くらいかけて、もう一回りほど話を大きくします
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