| 「朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep1」
朱志香=ベアトリーチェ説です。
『うみねこのなく頃に』前半4話の犯人を朱志香と仮定し、犯人視点から見たら、どのような物語が流れていたのかを想像をまじえて語ってみようというのが今回の趣旨です。 彼女は各エピソードで、何を思い、何を見ただろう。そういうことを、「犯人・朱志香から見た物語」として見直してみよう、という試みです。
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このエントリは、 「とにかく今日、島にいるやつ全員を殺そう」 と、朱志香が思い詰めたところから、話を始めます。
どうしてそんなふうに思い詰めちゃったのか、については、既存の別エントリをご覧下さい。 というか、紗音が犯人だとしても、朱志香が犯人だとしても、作中で語られたことをもとに動機を逆算していくと、ふつう想像不可能だろっていうような結論にたどり着くように思います。 でも、それで良いのです。わたしが思うに、たぶん。 想像可能なことを想像するのは、何らハードルではない。
ふつうの想像力を絶したところにある「異常な理由」に対して、 「ああ、ひょっとしたら、そういうこともあるのかもしれないなあ……」 と、自分自身を投げ出して積極的に「それでも想像してみよう」と務めること。
それがひょっとして、作中で幾度となく言われてきたキーワードとしての、「何とかがないとどうこう」みたいな話につながっていくような気もします。
●殺されても文句のいえない人たち
さて、朱志香は 「とにかく今日、島にいるやつ全員を殺そう」 と、思ったことにします。
それには彼女の個人的な、大きな理由があるのですが、前記のように、ここではそれには触れません。
が。 「朱志香が殺しに至るサブ要因」 といったものが、あると思います。それがこのエントリの主題です。
人を殺すというのは、なみたいていのことではありません。 異常なエネルギーを必要とします。 15人〜17人という大量の人間を、たった2日間のうちに殺そうなんていう話なら、なおさらです。 端的に言うと、単に自分都合だけで、17人という人間を殺すなんていうことは、ほとんど不可能です。
例えば、あの自分勝手な、デスノートの夜神月くんですら、殺人には「あいつは殺してもかまわないような人間だから」というエクスキューズを必要としたのです。
「あんな人たちは生きてる価値がないんだ」 朱志香はそんなふうに自分に言い聞かせ、殺人へのハードルを下げていたことにします。
あの人たちは、たまに集まったと思えば、お金を奪い合って、徹夜で醜い争いをしている。 醜い。あんな人たちは死んだ方がいいんだ。
使用人たちは、1億のお金に動かされて、殺人の片棒を担ぐような人たちだ。 醜い。あんな人たちは死んだ方がいいんだ。
そういう理論武装によって、「殺人をしてもいいんだ」と自分にいいきかせていた。そのように想定するわけです。ちょっと『罪と罰』のラスコリーニコフみたいなニュアンスがありますね。 少年少女は、そういう幼い純粋さを持つことができる、と思うのです。
●母さんが嫌い・絵羽おばさんが好き
わたしが想像する、「Ep1の朱志香=ベアトリーチェの物語」をかたります。
朱志香にとってのEp1は、「母が見いだされる物語」です。
Ep1の夏妃は、「朱志香に対して非常に抑圧的に振る舞う母親」として登場します。夏妃は朱志香に、常にしとやかであること、優秀であることばかりを要求しています。朱志香本人ががどうしたいかなんてまったく聞く耳を持たない母として描かれます。 実際、朱志香は夏妃を「そういう人」と認識しています。 はっきりと本文に、 「朱志香は、母のことなど嫌いだった」 と書かれるほどです。「母を含め、親たちを軽蔑する感情でいっぱい」といった表現もありました。
自分を矯正しようとするいやな親。嫌いだ。だから朱志香は、第1の晩のリストに、まっさきに夏妃をふくめるのです。
いっぽう、朱志香には、絵羽という叔母さんがいます。
絵羽という人は、朱志香から見ると、とても話のわかる素敵な女性なのです。 Ep2で語られた過去話ですが、数年前、何かの用事で絵羽一家が六軒島を訪れてアフタヌーンティーになったとき、蔵臼と夏妃は「朱志香がしとやかでない」などと例のごとくいやなことを言うのでした。 ですがそのとき、絵羽だけは、 「時代は変わっているんだし、朱志香ちゃんは魅力的だ」 と、いまある朱志香を肯定してくれたのです。 そのうえ絵羽は、朱志香が苦労したお化粧をほめてくれました。眉のつくり方がいい、とピンポイントで注目してくれたのです。蔵臼と夏妃はまったく気づかなかったことでした。
両親は朱志香にいつも「今のおまえは駄目だ」ということばかり言うのです。でも絵羽おばさんは、「今の朱志香ちゃんが良い」と、ありのままの朱志香の姿を肯定してくれたのです。 Ep8では、幼少時の朱志香を絵羽がとてもかわいがっていた、というエピソードも披露されました。
ですから、朱志香は夏妃を嫌悪し、絵羽に好意を抱いていたはずです。
だから、Ep1……すなわち「初めての六軒島大量殺人」では、朱志香は第1の晩のリストから、絵羽を外すのです。 もちろん、それに伴って、絵羽の旦那さんである秀吉も外す。金蔵の名を騙った怪文書か何かで、絵羽と秀吉を親族会議から退席させ、殺さずにすむようにする。
うまくいけば、絵羽夫妻を最後まで殺さずにすむような展開がみちびけるかもしれない……そんな祈るような気持ちもあっただろうと、思います。
ですから、朱志香が計画した本来の「第1の晩のリスト」は、こうでした。 蔵臼、夏妃、留弗夫、霧江、楼座、郷田。
夏妃が含まれており、絵羽と秀吉は含まれていないのです。そして使用人の中から、共犯者ではなく、なおかついちばん嫌なやつである郷田が入っている。
ところが、想定外の事件が起きてしまいました。サソリのお守りです。
●サソリのお守りが語るもの
海岸で真里亞が、朱志香にサソリのお守りをくれました。これが想定外のはじまりです。 サソリのお守りは、ベアトリーチェの魔の手から、持ち主を守ってくれるものだとされました。
この話の想定では、朱志香はベアトリーチェです。ですから、ベアトリーチェから自分を守るお守りを、朱志香は必要としません。朱志香が持っていてもしょうがないものです。
これどうしようかな……とポケットに入れて放置していた、そのとき、廊下でたたずんでいる、とても弱々しげな夏妃に会ってしまうのでした。 朱志香は狼狽しました。(と書いてあります) 寒々しいこの家で、誰にも理解されない夏妃。 朱志香にとっては嫌いな母ですが、それでもお母さんであり、どこかでつながっているのです。どんなに頑張っても理解はされない、というところに、一瞬、シンパシーを感じたかもしれません。つい、母さんに優しくしたいという衝動が生じてしまいます。まっさきに殺す予定だった人に対して……。
朱志香は夏妃に、サソリのお守りを渡してしまいます。
その日の深夜。 マスターキーと、魔法陣を描くためのペンキと、殺人のための凶器をたずさえて、朱志香はそっと、夏妃の部屋に侵入します。夏妃を殺すためです。 後ろ手でドアを閉めようとして……。 ドアノブに、あのサソリのお守りがかかっているのを見つけてしまいます。
朱志香はそんなこと想像もしていなかったと思います。
サソリのお守りは、実際にはゲーセンかどこかで取ってきた景品です。つまりガラクタです。形だけ受け取っておいて、そこらに放り出しておかれても文句はいえないようなしろものです。大人ならむしろそのくらいの扱いをするのが自然です。夏妃は当然そうするだろう、と朱志香は思っていた。 でも、夏妃はそうしなかった。 なぜか。
愛しい娘が、自分を案じて手渡してくれたものだからに決まっています。
夏妃という人は、ふたことめには朱志香を矯めようとする(納得いくように直そうとする)母親です。つまり気に入らない娘を気に入るように直したくてしょうがない母です。 気に入るように直したいということは、今は気に入らないということ。 好かれていない。愛されてはいない。 あるがままの朱志香は、夏妃からまったく愛されていない。朱志香はそのように思っていました。 しかし、どうもそうでないことがお守りひとつでわかってしまいました。
重ねて重要なことは、サソリのお守りは、魔女から身を守ってくれる御利益をそなえた、「おまじない」のアイテムであるということです。
おまじないというのは、つまり、魔法だ。
夏妃は、朱志香が教えた魔法を、きちんと真に受けて、その通りにしてくれた。
ここでの想定は、朱志香はベアトリーチェです。 朱志香が心の中で、とても大事にしている「魔法はある」「私は魔女である」という「幻想」。 その幻想を、母さんが承認してくれたも同然なのです。 夏妃は、自分でも知らず知らずのうちに、朱志香の「こうありたい理想の姿」を承認してくれたのでした。 朱志香が誰にも語ったことのない幻想が、奇跡的に母さんに通じて、認めてもらえた。母さんにこのことを言ったことなんてないのに。母さんって、私の姿を認めてくれないわからずやだったはずなのに。
「くそっ、どうしてこんな大切なことが、こんなタイミングになって初めてわかっちまうんだよ、くそっ、くそっ」
真っ先に殺してもいいと思っていた人が、この件ひとつで、いちばん殺せない人になってしまいました。 そのいらだち、その混乱を、朱志香は夏妃の部屋のドアにたたきつけます。持っていた赤ペンキの刷毛を、やつあたりのようにドアに塗りたくるのです。
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このことは決して「もしお守りをかけてくれたら殺人をやめよう」といったカケではありません。(と思いたいです) そうではなくて、ごく自然な反応として、弱々しい横顔を見せている人に、ちょっと優しくしたかった。 それだけのことです。 何でもない、本当にそれだけだったはずのことが、後で大きな意味を持ってきた。
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夏妃を殺せなくなった朱志香は、とぼとぼと屋敷の廊下を歩いていきます。
そして、本来そこにいないはずの紗音と、ばったり出くわしてしまいます。朱志香は使用人のシフト変更を命じていて、紗音をゲストハウスに追いやっておいたはずでした。でも、紗音はプロポーズされた興奮をさますために屋敷の本館に来てしまったのです。
紗音は、赤ペンキの容器と消音器つき拳銃をたずさえた、思い詰めた恐ろしい形相の朱志香と、暗闇の中でばったり出会ってしまいました。
朱志香はやむをえず、紗音を殺します。見られてはならない姿を見られたからです。それに、夏妃を殺さないのなら、かわりに誰か1人を殺さなければならないのです。
●夏妃と絵羽の対決
そのような流れを経て、「夏妃と絵羽が両方生き残る」という状況が発生しました。
本来の朱志香の計画にはなかった状況です。前述のとおり、朱志香は夏妃を殺して絵羽を生かしておくプランを持っていたからです。
この状況が発生したことにより、朱志香は、思いもよらなかったものを、見ることになりました。
それは、「夏妃が金蔵を殺したのではないか」という勝手な推測を、ねちねちと、それはもういやらしい口調で語る絵羽おばさんの姿でした。
夏妃を犯人だと決めつけるような絵羽の態度に、朱志香は頭に来て、「そんなわけないじゃないか」という論陣を張ることになりました。おかしなことです。本来的には、朱志香は夏妃が嫌いで、絵羽に好意を持っていたのです。
嫌いだった母さんが、自分を大切に思ってることを知ってしまった。 好きだった叔母さんの、本当に嫌らしい一面を見てしまった。
朱志香の世界観は、180度、転回してしまいます。 自分は、殺してもかまわないやつと、なるべく殺したくないやつを主観的に選んできた。でも、その主観って本当に正しかったのか? こんなふうに、なんとなく好意を持っていた人は実はいやな人で、なんとなく嫌だと思っていた人はとてもいい人だったりするのでは……。 そんな疑問が生じます。
朱志香の本来の想定では、第10の晩の爆発まで、絵羽夫妻は生き残らせておくはずでした。絵羽のことが好きだったからです。 しかし、夏妃を自分勝手に犯人呼ばわりする絵羽に対して、朱志香は本当に腹が立ったのです。
だから、第2の晩で殺すことにしました。
●言葉として発せられた夏妃の本心
姿なき殺人者をおそれた右代宮一族とその使用人は、金蔵の書斎で籠城することにしました。
全員が一堂に会して籠城した状態では、さすがの朱志香も、殺人を続けることができません。そこで、不和の魔法陣が入った手紙を出現させ、「この中に裏切り者がいる」という疑心暗鬼を発生させます。人員を分離させ、殺しやすくするためです。
夏妃は、「犯人と通じている可能性がある」という理由で、使用人たちと真里亞を書斎から追放します。 書斎の外というのは、この状況では、「殺人者がうろうろしている空間」です。
さすがにこのしうちはひどすぎるのではないか。戦人や朱志香は訴えかけます。それに対する夏妃の返答は、こうでした。
「……………………………。朱志香は、…………主人と結婚してから、12年もかけてようやく授かった、……大切な娘です。私は、朱志香を守るためなら、どのような鬼にでもなります。」 (Episode1)
夏妃にとって、右代宮邸内の人事、使用人とのつきあいというのは、彼女が腐心してきた仕事そのものです。 危険が迫ったとき、使用人たちを放り出して家族だけの安全をはかるというのは、自分の信用を完全に放り出したのと同じことです。
でも、そういうあらゆる信用を失うことになっても、朱志香ひとりの安全を守りたい。人の心がないと言われてもかまわない。朱志香を守るということは、他の何とひきかえにしても構わないほど価値のあるものなんだ。 夏妃は、そういう立場を、毅然として表明したのです。 おそらく、それは、朱志香がこれまで一度も聞いたことのない言葉だったのでした。
母さんが自分をそんなふうに思っているだなんて、想像もしてなかった……。だって母さんは、私のことなんてまともに見てやしない、むかつくことばっかり言う人だったわけで……。
●決闘
ここに至って。 まっさきに殺していい人だった夏妃は、どうしても殺せない人になってしまいました。
朱志香は、とある仕掛けを用いて、源次、熊沢、南條の3名を殺害します(別エントリをご覧下さい)。 この時点で、碑文の13人殺しが成立しますので、これ以上の殺人は必要ありません。12時の爆弾が爆発するのを待つばかりです。
このままだと、夏妃は死にます。
いったい、死ぬべきなのは誰だろう。 ここには、あまりにも幼く狭い視野で、殺していい人とそうでない人をえりわけていた人物が、1人います。 そのことが今さらになってわかったけれど、もう自分は13人も殺していて、儀式はほとんど成立している。今さら、後戻りすることなんてできない。
そこで朱志香は、ルージュかノワールか、二分の一のルーレットを回します。
手紙で夏妃ひとりをホールに呼びだします。 そして2人きりになって、自分が犯人であることを夏妃に告げるのです。
朱志香は、黄金の間への通行方法と、時限爆弾の停止方法を夏妃に教えます。そしてこう言うのです。どうかその銃で私を殺して、時限爆弾を止めてきてほしい。それができないのなら私が母さんを殺す。
朱志香は夏妃に生き延びてほしかったのです。そして、母さんの手で、罪深い自分を殺してほしかった。 でも、夏妃にはそんなことはできませんでした。あたりまえです。何に代えても守りたい朱志香を、自分の手で殺せるわけがありません。 朱志香は、持っていた自分用の銃で、夏妃を殺すしかありませんでした。
(これは、Ep4で出てきた背景巨大赤字「お願いです」「私を殺して」「さもなきゃ」「お前が死ね」にも響きあってきます)
やがて、12時の鐘が鳴り、爆弾は予定通り爆発し、朱志香もろとも、生き残った全員が爆死することになります。
死の瞬間、朱志香は、こんなことを思っていただろうと思います。
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ああ。 母さんの愛が、これまで少しも見えなかったのはどうしてだろう。
(続く)
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