| 「朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep2」
前回からの続きです。(前回→ 朱志香=ベアトリーチェの物語・Ep1 no62750) 朱志香=ベアトリーチェの想定で、Ep2の物語を(想像をまじえ、創作的な方向で)読みます。
●じゃあ、楼座はどうなんだ?
朱志香は、母さんが自分をまったく愛していないと思っていました。だから殺してしまってもかまわないと見なしていました。 けれども、実は全然そうじゃなかったということを、Ep1を経験することで、知ってしまいました。
「母と娘」というテーマが、朱志香の中に、浮かび上がります。 そこでこういう問題設定が立ちあがるのです。
真里亞と楼座おばさんの間柄は、どうだろう。
このエントリの想定では、ベアトリーチェの正体は朱志香です。ですから、朱志香と真里亞は、魔女同盟の間柄です。 よって朱志香は、真里亞の境遇を完全に熟知しています。楼座は育児をネグレクトしており、しかも深刻な家庭内暴力が発生している。 真里亞がママを憎みたくなったとき、それを押しとどめる役目を持っていたのはさくたろうでしたが、楼座がさくたろうを破壊してしまったため、もはや真里亞はママを憎んでいます。 なんてひどい母親だろうって、朱志香は思っています。
魔女同盟は、「ママが嫌い同盟」でもあるのでした。 ここが重要な共振ポイントです。朱志香=ベアトリーチェと真里亞のあいだには、「当然受け取るべき母の愛を、うまく受け取ることができなかった2人」という特別なむすびつきがあるのです。 そしてそのことは後に、「母代わりとなった絵羽に虐待される縁寿ベアトリーチェ」というかたちで、リフレインされていきます。
でも、ひょっとしたら、それは朱志香にはそう見えているだけで、楼座もあれでいて真里亞のことを愛しているのだろうか。 いや、まさか……。
それを確かめようというのが、朱志香にとってのEp2の裏テーマです。 (という構図で読んでいきます)
●楼座を生かし、自分を殺す話
楼座の反応を見ようというのが趣旨なのですから、楼座を生かしておかないといけません。 そこで、怪文書なり、あるいは朱志香が直接正体を明かして説得するなりして、楼座を親族会議の途中で退席させます。 すると親族会議が楼座を除いた6名となり、第1の晩の人数ぴったりとなるので、犯行しやすくなります。
右代宮親世代の6名を殺して、生き残ったメンバーの中から「寄り添う2人」に該当しそうなコンビを探して第2の晩とします。 当てはまりそうなのは、 「譲治&紗音」か「朱志香&嘉音」か「紗音&嘉音」 くらい。
「譲治&紗音」を選んでしまうと、紗音が先に死んで嘉音が生き残る状況になってしまい、嘉音が反乱を起こしますので、不可です。 (でも、本来の計画ではこの組み合わせが予定されていました。Ep2の譲治のTIPSに「ひょっとしたら、彼らが第二の晩だったかもしれない」というほのめかしが書いてあります)
「紗音&嘉音」は問題なく殺すことができますが、この場合、紗音が死んで譲治だけが生き残ります。すると、プロポーズしたばかりの婚約者をその翌日に失う譲治、という状況ができてしまいます。 譲治の悲嘆ぶりというのは、それはもう、見るに堪えないほど、胸ふさがれるものです。朱志香はそれを、Ep1で目の当たりにしています。 それはもう、見ていられない、できれば見たくない……。 と、朱志香には思っていてもらいたいのです。そこで、これを避けることにします。
すると、「第2の晩は朱志香&嘉音」という結論が消去法で導かれます。
●セッティング完了
朱志香は自分の部屋で死んだふりをし、共犯者である南條に虚偽の検死をさせます。
いちばん居心地が良く、融通がきき、時間をつぶしやすい場所、つまり自分の部屋を犯行場所に選びました。Ep6の集団狂言殺人も、そのようにして死体場所が選ばれていました。つまりEp6の戦人は、ベアトリーチェの方法を知って「焼き直して」いるわけです。
嘉音はもとから実体としては存在しないので、「彼はここで死にました」「死体は消えました」という設定を付加するかたちに「世界を変更」すればすみました。
朱志香の死体発見時、朱志香の部屋にいたのは、戦人、譲治、真里亞、楼座、源次、郷田、紗音、熊沢、南條のみだった。おっと、死体の朱志香ももちろん含む。 という、赤い字がありました。 「死体の」があえて白字なのは、死体でない朱志香が部屋の中にいるからです。
ついでに、楼座が嘉音を犯人あつかいしたとき、朱志香と嘉音の幽霊みたいなのが浮かび上がって抗議するくだりがありました。もちろん、死んだふりをしたまま周囲の会話を聞いている生きた朱志香ちゃんが、自分の脳内キャラクターと一緒に頭の中で繰りひろげた会話なわけです。
これで、朱志香は死んだことになりましたので、自由行動が可能となります。人の目につかない範囲で好きな場所に行くことができ、また、聞き耳を立てたり盗聴器を利用することによって、人々の動向を知ることができます。
ここまでが準備。ここからが物語の始まりです。
●「母の行動」リフレイン
第2の晩を生き残った面々は、客間で籠城を開始します。
これはEp1で、夏妃や生き残った人々が書斎に籠城したのと同じ行動、同じ状況です。この状況をつくることが朱志香の目的でした。 この状況下で、「真里亞の母」であるところの楼座は、どういう行動をとるだろうか。それを見たかったわけです。
楼座は、使用人たちと南條を客間から追放しました。 夏妃と同じ判断、同じ行動です。
そしてこんなことも言いました。
「………私だって、今の自分はあまり褒められたものじゃないとは思ってる。でもね、私は母なの! 真里亞の無事を守るためなら鬼にもなるわ。本当なら、真里亞と二人きりでどこかに閉じ篭っていたいくらいよ。」 (Episode2) 「娘を守るためなら鬼になる」というのは、Ep1で夏妃が言ったのと、ほとんど同じ表現なのです。夏妃も「鬼になる」と言っていたのです。
やはり、あんなふうに見えても、楼座は真里亞のことを愛しているのだろうか……。 朱志香は一瞬、そうなのか……と納得しかけます。
が。 楼座さんは、夏妃とちがって、言いぐさがいちいち邪悪な感じなので、 「ホントかよ?」 いまいち信じ切れません。
だって朱志香は、楼座が真里亞にひどい暴力をふるうのを何度も見ているのです。真里亞の日記だって読んでます。同じものを読んで、縁寿が義憤のあまり席を立った(Ep4)ほどの、あの日記を。しかも、さくたろうという良心を失った真里亞が、憎悪にみちみちて、想像力の中で楼座を何度も引き裂いて殺す、その殺害幻想の場にいやというほど同席してもいたのです。 だって、あの楼座だぜ、と彼女は思う。
だから、もうちょっとしつっこく突っついて様子を見ることにします。
●銃、黄金、そして真里亞の手
時間を早送りします。 第8の晩まで終わり、碑文殺人がすべて成立したあと。
朱志香は源次と一緒に(朱志香単独でも良いですが)、楼座を襲撃します。 楼座は、応戦しながら逃走をはかります。 (因果関係的には、逃走したから追撃した、でもかまいません)
この襲撃ですが、楼座に対して以下のような三択クイズをつきつけよう、という意図がありました。
「銃、黄金、真里亞の手。あなたが最初に手放すのはどれ。最後まで手放さないのはどれ?」 (もしくは、「3つのうち2つを救うために、どれか1つを生贄に捧げよ」という理解でも良いです)
この出題に、楼座は正解するのです。 彼女は最初に黄金を手放し、真里亞の手を最後まで手放さないのです。
しかも楼座ははっきりと悟ります。自分は黄金なんかに執着していた。でも違ったんだ、真里亞さえいればよかったんだと。
ここに至って。 朱志香の目には、「楼座は真里亞をまったく愛していない」と見えていたけれど、実際にはちがったんだ。楼座は真里亞を彼女なりに愛していたんだということが、確認されます。 夏妃のときと、やはり同じだったのです。
それが確認されるのですが……。
それでもやはり、朱志香には何か納得がいかない。
朱志香の頭からこびりついて離れないのは、真里亞を無人の家に何日も放置して、たまに帰ってくれば暴力をふるう、そういう楼座の姿です。
心の底には愛があるからといって、その罪が消えるわけではない。不器用なだけであった夏妃とは、やったことのレベルが違います。
だから、爆弾が爆発してすべてが終わったあと、朱志香=ベアトリーチェは、あの魔女のサロンに楼座を召喚します。そして悪魔の料理で楼座を拷問するのです。たとえ真里亞が許しても、私の感じた怒りが消えるわけではない……。 (この怒りはEp4の縁寿……つまり魔女同盟者エンジェ・ベアトリーチェに受け継がれます)
*
けれども、そんな朱志香の義憤をよそに、真里亞本人は、 「たとえ悪いママでも、それでもママが大好き」 という気持ちを甦らせていました。いいママも悪いママもない、ママはひとりしかいないんだから。自分はママと一緒にいたい、と。
娘のために必死になる母の姿を見て、娘は母の愛を再確認する。 (失われていた愛が甦る)
それはEp1で、朱志香が確認したことと同じだったのです。 やはり、そうなんだ。 朱志香にとって、楼座は生かす価値のない屑のような人間の筆頭でした。
でも、本当はそうじゃない。 真里亞がそうじゃないって訴えている。
そうじゃないということが、朱志香の目には見えていなかっただけなのです。
●三魔女の「母をめぐる共振」
ちょっと前の段で、魔女同盟マリアージュ・ソルシエールは「ママが嫌い同盟」なんだっていう話をしました。 朱志香も真里亞も、母に愛されないという欠落を抱えていた。そしてそのことは後に「絵羽という養母に虐待される縁寿ベアトリーチェ」というかたちでリフレインされる。
Ep1・2を経て、朱志香も真里亞も「母は本当は自分を愛してくれていたんだ」ということを発見します。
縁寿の場合はどうでしょう。 「縁寿は絵羽に嫌われていると思っていたが、実はそうではなく、より大きな意味で絵羽に守られていた」 といったことが、Ep8で暗示されます。読んだら最後、縁寿が確実に不幸になる「絵羽の日記」の内容を、絵羽は何があっても絶対に縁寿に教えたがらなかったのです。それを公開すれば、絵羽犯人説なんてものは世間から消えたはずです。でも絵羽は口をつぐみ、墓までもっていった。(参考→Ep8を読む(3)・「あなたの物語」としての手品エンド(上))
そこまで含めると、「朱志香・真里亞・縁寿」という三魔女の「母をめぐる関係性」は、まったく同一です。 自分を愛してくれない母。そう思っていたけれど、でも本当はそうではなかった母。
この「母をめぐる共振」は、朱志香=ベアトリーチェの想定でないと発生しないものです。
Ep8は、「六軒島の人々はひどい人ばかりと思っていたが、実はそうではなかった」ということを、縁寿が理解し納得するまでを描いた物語です。 実はその物語は、朱志香や真里亞を主人公にして、Ep1からすでに、繰り返し繰り返し行なわれていたんだ、Ep8はその総決算なんだ、というのが、このエントリでわたしが語りたいことです。
ところで、Ep2にはもうひとつ、「朱志香にだけ見えていなかった重大なこと」があります。
●なぜ、共犯者を殺したのか
朱志香の共犯者はだれとだれなのか、ということから話を始めます。
源次、南條、熊沢の3名は共犯です。ほとんどの推理が、この3名を共犯としているはずです。 だって、彼らは碑文の解き方や九羽鳥庵ベアトのことを知っているのですし、それを黙っていてくれないと、この連続殺人は成立しません。 「殺人が起きて、非常事態だから、碑文の解き方をお教えします」と源次が言い出したらおしまいなのです。 「殺人が起きて恐いですから、皆さんで九羽鳥庵へ非難しましょう、ええ、私は通り道を知っています」と熊沢が言い出しても、おしまいです。 南條が検死でウソをつくことを拒否しても、成り立ちません。
ベアトリーチェであるということは、碑文を解いて、家督を継いでいるということですから、朱志香は彼らの忠誠も受け継いでいる、と見てもいいでしょう。 ただ、いくら忠誠があるといっても、殺人の片棒を担ぐとなったら話はべつです。そこで、「ひとりあたま一億円あげる」「あなたたちは殺さない」という条件をつけくわえて、共犯者になることを納得させたことにします。
これに、魔女同盟の真里亞をくわえた4名が、朱志香の共犯者であることにします。
余談。 この4名は、Ep1でちょうど、書斎から追い出された4名です。 追い出されたとき、碑文殺人の進行は、「あと3名殺される」という状況でした。 書斎に残ったのは、夏妃、戦人、譲治、そして朱志香でした。つまり「犯人プラス3名」です。 つまりこの局面は、 「殺されないと約束された共犯者たちが、わざと書斎から追い出される。そして残った者が犯人に殺される」 というプランニングだったと推定できるのです。少なくとも共犯者たちはそのつもりだったのです。でも、朱志香は、そう思わせておいて違う心づもりを持っていた……。 朱志香説を採る場合、なんとEp1のこの段階で、「共犯者が誰と誰なのか」を確定することができた。そういうことになります。
*
さて、話を進めて、Ep2。
「二人の遺体を儀式にお借りします」 という魔女の手紙を、朱志香は使用人室に置きます。熊沢と南條を殺した直後です。
使用人室には、源次、南條、熊沢、紗音、郷田の5人がいました。 この手紙を書いた時点で、 「5人のうち2名を殺して、死体を隠す」 というプランがあったことになります。
使用人室の5人の内訳を見ると、3人が共犯者で、2人がそうでない人です。
つまりここでは、 「源次、南條、熊沢の協力を得て、紗音と郷田を殺す」 というプランがあっただろうと推測できるわけです。
ところが、朱志香はそうしなかった。実際に殺したのは、味方であるところの熊沢と南條だったわけです。 それはなぜだ? というのが、この話のお題です。
端的に言うと、 「紗音と郷田をなるべく殺したくない理由ができてしまったので、お金で殺人の片棒をかつぐような人を代わりに2人殺した」 のです。
紗音を殺さなかった理由は、先にすでに述べました。 朱志香という人は、とても感情的、情緒的な人です。 紗音をここで殺すと、「譲治が最愛の婚約者を失う」という状況が発生します。 その状況が、朱志香は嫌なのです。
この連続殺人には、「愛のありかを確かめてみよう」という側面があります。 朱志香は、譲治が紗音を失って悲嘆するさまを、Ep1でもうすでに充分見ています。これ以上見たくない。これを無意味に何度も繰り返すという行為は、愛し合う2人を何度も生死で引き裂くということであって、それ自体が愛のない行為なのです。 だから朱志香は、譲治と紗音を「同時に殺す」のでなくてはならない。それだったら、「一緒に黄金郷に送り出した」ことになるからです。
では、郷田は?
●郷田の価値
郷田という人は、「自分勝手な嫌らしい人」として描かれます。 自分がいい格好をしたいために、他人の手柄を奪い、自分のミスを人に押しつけるような人間なのです。 その被害に遭うのは、たいてい、紗音です。 おまけに、料理以外のことはなまけます。そのなまけた分も、紗音がひっかぶるのです。
そういう郷田のろくでもなさを、朱志香は、紗音からきいて知っているだろうと推測できます。朱志香と紗音は親友同士だからです。
そんな話を聞いて、垂直定規みたいな性格の朱志香は、きっといつも義憤にかられているのです。 なんという嫌なやつだ。そんなやつは生きている価値がない。
だから朱志香はEp1で、郷田を第1の晩のリストにまっさきに加えました。
ところが。 Ep2では、そんな郷田の意外な一面を見てしまいます。
右代宮家に10年奉職してきた紗音を、楼座がまったく信用しないどころか、犯罪者あつかいしてなじるという場面がありました。 そのとき、あの郷田が、紗音をかばい、楼座に激しく詰め寄ったのです。
「紗音さん、下がって…。……楼座さま、確かにこの郷田はお勤めして日も浅く、信用を勝ち得ていないのはわかります…。」 「…しかしッ、……せめて紗音さんだけでも信じていただくわけには参りませんか…?! 彼女は、10年間も右代宮家に奉仕を捧げてまいりました…! この郷田を信じろとは申しません…! せめてッ、紗音さんだけでも信じてやっていただくわけには参りませんか…!!」 (Episode2) これを見て、あるいは耳にして、朱志香はビックリするのでした。
男らしい立派な態度じゃないか。 生半可な腹の据わり方では、この啖呵はきれない。
生きている価値がないなんて、とんでもない。郷田は大事なところでは一本筋の通った、立派な男だったのです。
殺しても惜しくない男だなんて、とんでもない話だった。 金で殺人の片棒をかつぐような人間より、ずっと情があり、義もある、価値のある人間だった。
朱志香の殺人は、「殺されてもしょうがないやつらを、殺すんだ」という自己正当化によって、かろうじて成立しています。 しかし、郷田はそんなやつじゃないということが、わかってしまいました。 だから、簡単には殺せなくなるのです。
●どうして見えないのか
そのようにして重大な問題が、朱志香にふりかかります。
こういう立派な男を、よく知らずに、伝聞情報だけで、「殺したってかまわないようなやつ」と思いこんでいた自分って、いったい何なんだ?
夏妃のことを、殺してもかまわないような人間だと思っていた。 でもそうじゃないことが、手遅れになってからわかった。
楼座のことを、生かしておけない人間だと思った。 そうじゃないことがわかった。
郷田のことを、生きてる価値のないやつだと思ってた。 そうじゃなかった。
何だか自分って、立派な人間のことにかぎって、そうじゃないように思いこんでいるみたいだ。 どうしてだろう? 生かしておく価値のない人たちを殺して、さっぱりした気持ちになるはずの計画だったのに、「実は素晴らしい人たちだった」ということが、手遅れになってからどんどんわかっていく。
どうしてそんな大事なことが、私はあらかじめわかっていなかったんだろう。 どうして自分は、あの人たちの本当の価値が見えていなかったんだろう。
いったい、生きている価値がないような人間って、誰のことなんだ? 死んだ方がいいなんて、どっちのことだ? 醜いひどい人間って、私のことじゃないのか?
ひょっとして私って、何か重大なものが著しく欠けているんじゃないのか? 何かが欠けているから、大事なことが見えなかったんじゃないだろうか。
何かがないから、あの人たちの本当の姿が見えない……。
(続く)
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