JCF mail

日本チェルノブイリ連帯基金オフィシャルブログ
10月4日 信濃毎日新聞記事
 10月4日の信濃毎日新聞の記事に、この夏JCFが行った福島の子どもたちの健康診断の結果についての記事が掲載されましたのでご報告いたします。


(1面記事)
JCF・信大病院 福島の子130人調査
甲状腺機能に変化10人「経過観察で再検査を」


 認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(ともに松本市)が、福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7.7%)の甲状腺機能に変化が3日、分かった。福島第1原発事故との関連性は明確でない。旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の被災地では事故から数年後に小児甲状腺がんが急増しており、JCFは今後も継続的に検査が受けられるよう支援していく方針だ。【焦点3面に】

 調査は原発事故から逃れて茅野市に短期滞在していた子どものうち希望者を対象に7月28日、8月4、18、25日に実施。130人は73家族で生後6カ月〜16歳(平均年齢7.2歳)。医師の問診と血液検査、尿検査を受けた。
甲状腺は成長に関するホルモンをつくる。今回の調査で1人が甲状腺ホルモンが基準値を下回り、7人が甲状腺刺激ホルモンが基準値を上回った。甲状腺機能低下症と診断された例はなかった。信大病院の中山佳子小児科外来医局長は「現時点では病気とは言えないが、経過観察の必要があるので、再検査を受けるように伝えた」としている。

 ほかに、2人の男児(3歳と8歳)が、甲状腺がんを発症した人の腫瘍マーカーにも使われる「サイログロブリン」の血中濃度が基準値をやや上回った。サイログロブリンは甲状腺ホルモンの合成に必要なタンパク質。甲状腺の腫瘍が産出したり、甲状腺の炎症で甲状腺組織が破壊されたりすることで血中濃度が高くなるが、健康な人の血液中にも微量存在する。

 原発事故で放出された放射性物質のうち、放射性ヨウ素は、甲状腺が甲状腺ホルモンを合成する際にヨウ素を使うため、人体に取り込まれると甲状腺に蓄積、甲状腺がんや機能低下症を引き起こす。

 JCFの鎌田實理事長(諏訪中央病院名誉医院長)は「いろいろ意見はあるが、被ばくの可能性は捨てきれないと思う。継続してフォローしていくのはもちろん、福島の新たな希望者がいれば、健康調査の枠を広げるつもりだ」と話している。


(第3面)
福島の子 健康不安切実
松本のJCF信大病院調査


 日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院が福島の子どもたちを対象に今夏実施した健康調査。チェルノブイリ原発事故で急増した小児甲状腺がんに直接結び付くデータはなかったが、経過観察が必要と診断された子供が10人いた。福島県では超音波検査による健康調査が10月から始ったばかりで、放射線物質の影響を心配する保護者らの不安を解消するため、よりきめ細かな検査を求める声が出ている。JCF側の取り組みや結果を生かせるように継続的に支えて行く事も必要になりそうだ。

 継続的な支え必要 
 きめ細かな検査求める声


 「毎日が不安との戦い」。長女(6)が信大病院で今回の健康調査を受けた福島県いわき市の栗田明美さん(34)同市は県内他地域より線量が低いとされているが、自前の線量計で計ると、子供たちが遊ぶ鉄棒の下や芝生などの局所的に線量が高い場所が見つかったという。
 市や県の健康調査はまだなく、子供の健康状態を「数値として知りたい」との思いで信大病院の調査を受けた。

 福島県は県民健康管理調査の一環として今月から、原発事故発生時0〜18歳の子ども全員を対象に甲状腺超音波検査を2年ごとに実施。超音波検査でしこりなどの病気が見つかった場合のみ、細胞診採血、尿検査を行う。対象者全員の検査を終えるのは2014年3月の予定だ。

 超音波検査は5ミリ以下の小さなしこりも発見できる。ただ、放射能のヨウ素131は甲状腺ガンだけでなく、甲状腺低下症も引き起こす。「甲状腺機能低下症は血液検査でしか分からない」と信大医学部小児科医学講座の小池健一教授。血液検査ですべての甲状腺疾患を見つけられるわけではないが、小池教授は継続的な調査が早期発見につながる可能性を指摘する。

 ベラルーシ甲状腺がんの治療に当たった医師の菅谷昭松本市長も「血液検査による甲状腺がんのスクリーニングは難しいが、被爆による甲状腺機能の低下などの変化を調べるためには血液検査は有効だ。もともと内在していた疾患によるものか、被爆の影響かは、経過観察する必要がある」としている。

 一方、福島の県民健康管理調査の検討委員会座長の山下俊一福島県立医大副学長は、血液検査については「必要がない」との立場。検査すれば一定の頻度で基準値から外れる値が出るが、比較対象となる健康な子どものデータがないことなどを理由に挙げる。

 双方とも医学的には根拠のある主張だ。ただ、平行線をたどったままでは不安を抱える福島の保護者や子どもたちが置き去りにされかねない。原発災害では、あらかじめ非放射性のヨウ素剤を服用しておくと、甲状腺への放射性ヨウ素の沈着を防ぐ効果があるが、福島原発の事故直後にヨウ素剤を服用した子どもたちは限定的だった。
そんな経験を踏まえればなおのこと不安を軽減する努力は欠かせない。

 JCFは、福島県内で甲状腺機能を含む血液検査に協力的な病院もあるため、経過観察が必要とした子どもらにはそうした病院で検査を継続するよう紹介する考え。費用負担も検討している。

 いわき市の栗田さんは長女に再検査の必要はないとの結果を受け取り、ひとまず気持ちを落ち着けた。JCFの紹介で長男(9)も近く、協力的な病院で血液検査を受ける事にしている。こうした動きは広がる可能性があり、対応は課題として残りそうだ。

チェルノブイリ公表遅れで被害深刻
福島被ばくの実態不透明


 1986年4月に発生したチェルノブイリ原発事故では、被ばくした15歳以下の子どもに、甲状腺がんが急増した。
事故を過少評価しているとの批判があるチェルノブイリフォーラム(国際原子力機関=IAEA、世界保健機関=WHOなどで構成)の報告書も、これを認めている。

 ベラルーシ・ミンクス医科大のユーリー・デミッチク教授(甲状腺外科)がまとめたデータによると、ベラルーシの15歳以下の甲状腺がんは、1975〜85年までの11年間は7人だったが、事故があった86年以降の11年間は508人と、70倍に急増している。

 子どもの発症は、事故後4年たった90年から増え始め、95年の91人をピークに減少に転じているのが大きな特徴。これに比べ、青年や若者たちの発症は遅れ、46歳以上はさらに遅い=グラフ。

 チェルノブイリでは、旧ソ連の秘密体質で事故の公表が遅れ、屋外で放射能を浴びた子どもが多かった。まだ、内陸国であり、ヨウ素を含む海藻類の摂取が少ないため、慢性的なヨウ素不足の状態にあり、放射性ヨウ素が甲状腺により集中した。

 一方の福島県でも、政府が原発事故時の放射性物質の拡散状況を予測するため整備した「緊急時敏迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」が活用されないなど、原発事故への危機管理が十分とはいえなかった。実際にどの程度の被ばくがあったかは不透明だ。

スタッフ
双方向の交流が大事-9月30日-
 イラク人医師、サルマ先生とナシール先生が笑顔で手を振りながら、改札口を抜けていった。短い期間での視察・研修だったが、無事終えることができた。ナシール先生は、ドホークでも遺伝子解析をしたいと最初から目的がはっきりしていたので、リカァ先生と方法の確認もでき、今後、信州大学医学部小児科と連絡を取り合いながら、遺伝子診断を行っていきたいと豊富を語っていた。


 サルマ先生は、全体の診断と治療を視察しながら、今後の協力関係を作りたい、と全体を見る目を常にお持ちだった。
最後に事務所に立ち寄ってくださり、日本の印象は、とお聞きすると、お二人とも口を揃えて、日本人の勤勉さ礼儀ただしさを挙げられた。


 イラクの医師達は、午後1時まで、長くても3時までが仕事で、あとはゆっくり過ごされるそうだ。信大のお医者さん達が、朝8時から夜遅くまで、仕事している事に驚いていた。

 中東の国々は、ヨーロッパには門戸が開いているが、日本には向いていない、と指摘された。若者達の交流もぜひ必要だと。私達が、たどたどしく使う英語をイラクのドクター達は、かくも流暢に話すことだろうか!


 毎年、積み重ねてきた招聘研修も3回目を終えた。確実な信頼関係の上に、イラクの治安が安定し、子ども達に充実した治療ができる日が来ることを願っている。

かみや さだこ
イラク人医師研修-9月28日 鎌田-
 今年もイラク人医師招聘研修を、信州大学医学部附属病院のご協力の下行っています。


 今回は2名の医師を召喚しました。うち一人は小児白血病治療に関して、イラク国内で中心的な立場にいるサルマ先生をお呼びしました。以前からサルマ先生をお呼びする事を計画していましたが、先生自身が乳がんになり、その治療などもあり、今回まで延期になっていました。サルマ先生は信州大学医学部大学院で研究を続けているイラク人医師であるリカー先生の師匠でもあります。

 もう一人の医師はクルド自治区ドホーク病院のナシール先生です。今クルド自治区を中心に北イラクの治安が良くなり、JCFはJIM−NETと協力して北イラクのアルビルに拠点をおいて活動をしてきました。



 イラクでの骨髄移植実現を目指して、JCFでは毎年イラク人医師を招いて信州大学で先端医療の研修を行っています。



 信州大学医学部附属病院の小児科教授である小池先生と鎌田とリカー先生の3人も出席して、この件について9月20日に記者会見も行いました。

かまた みのる
「何だか気になる放射性ヨウ素(I-131)」-9月22日 鎌田-
 8月25日に奥州市の下水道課で2300Bq/kgのI-131(放射性ヨウ素)を検出したという。その後8月31日が590Bq/kg、9月6日にも480Bq/kgを検出している。徐々に減衰しているところを見ると、測定ミスとは考えにくい。I-131の値が上がった可能性が強い。東京の下水処理施設でも8月15日から16日にかけて、江東区新砂や清瀬市などの水再生センターで150 Bq/kgのI-131を記録している。8月4日に長崎市でも536Bq/kgのI-131が下水処理場で見つかっている。原発敷地内のモニタリングポストは排出限界値を超えたという記録は無いという。何とも、今ここまできて東電が情報を隠しているとは考えづらいが、とにかく気になるのである。

I-131は半減期が8日間のため、3ヶ月経てば約2000分の1に減り、6ヶ月経てばほとんどゼロと考えて良い。

 JCFでは食品放射能を測定できる機器を事務所に備えて、現在試運転中である。群馬県で農業を営む方から、そこで採れた野菜や田畑の土の放射能測定を依頼されました。検査の結果ジャガイモ、モロヘイヤ、空芯菜など、そこで取れた野菜からはI-131も含めCS-134(セシウム134)、CS-137(セシウム137)などの放射能も検出されませんでした。




しかし送っていただいた数箇所の土からは放射能が検出されました。特に住居の雨どい・排水溝部分の土からはI-131が78.5Bq/kg(±7.01Bq/kg)、CS-134は4190Bq/kg(±252Bq/kg)、そしてCS-137は4880Bq/kg(±293Bq/kg)という値が検出されました。

これらの放射性物質が一緒に検出されているという事は、今現在も核分裂とその放出が継続しているという事を意味しているのではないだろうか。3月11日の事故後12日、15日、21日と何回かのメルトダウンの可能性はあるが、その時の放射性物質の放出とは考えにくい。

 事故後半年も経てば、放射性物質の中で注意するのはセシウムと思っていたが、今しばらく放射性ヨウ素についても注意を向けなければと思う。

かまた みのる
8月9日に思う-8月9日 鎌田-
 8月9日は長崎に原爆が落ちた日だ。長崎に原爆が落とされた後、献身的に被爆者たちの救援活動にあたった長崎大学の放射線科医師の永井隆先生を顕彰するために設けられた「永井隆平和記念・長崎賞」をJCFは光栄な事に2004年に頂いた。チェルノブイリでの救援活動が評価されての受賞である。


 その後長崎にはたくさんの友人ができた。友人たちとの付き合いによって、長崎の人達が被ばく後どんなにつらい思いをしてきたのかも分かるようになってきた。

原爆と原子力の平和利用は違うという人がいるが、核分裂を利用するという事についてあまり違いは無い。今回のフクシマでの実態を見れば明らかなように、ひとたび事故が起きれば原爆の悲劇に近いものとなる。

放射線は見えない、匂いも無い、そして色も無い、だからこそみんな不安なのである。茅野市の白樺湖に夏休みを利用して、福島からやってきた15歳の女の子が「私はお嫁にいけるでしょうか」「そしていつか子どもを産めるでしょうか」と泣きながら訊いて来た。子どもたちだって不安なのである。お母さんもその子の傍らで何も言うことができず、とてもつらそうだった。

福島の若者たちがへんな風評被害に遭わなければと思う。福島ナンバーの車で他県に行くと、いやな顔をされることがあるという。長崎の被爆者たちからも同じような話しを良く聞いた。放射能の汚染地域に生活する不安とそれによって悪いレッテルを貼られる不安。

 核と人間は共存できないのではないだろうか。そんなに無理して(核を利用してまで)偽物の豊かさを享受するより、核の無い世の中を考えるほうが楽なような気がする。核の平和利用という名目をでっちあげ、やらせやお金で人の心や選挙の票を集めるような不正義が堂々とまかり通るような原発には、そろそろはっきりノーと意思表示したほうが良い。

20世紀型の経済至上主義おやじたちの不安はよく分かる。国民全体の納得ももちろん大事である。少し時間がかかってもよい。でもドイツに負けないようなスピードで原発を無くすべきである。8月9日長崎に原爆が投下された日に、核と人間は共存できないとあらためて感じた。

かまた みのる

日本チェルノブイリ連帯基金へのご意見・お問い合わせは公式HPよりお願いいたします。