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グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第四十三話 徘徊する殺戮機械兵器、そしてジョゼットの涙
<グランセル城 謁見えっけんの間>

エステル達がアルセイユで浮遊都市に乗り込んだ頃、グランセル城ではカシウスがアリシア王母とユーディス王に面会をしていた。
パルム湿原で戦車部隊を撤退させたカシウスの戦略をユーディス王は褒め称える。

「わずか20騎で帝国の誇る戦車部隊を壊滅させるとは、見事な作戦だったぞ」
「いえ、選りすぐりの騎兵を集めて下さったユーディス王のお力添えがあっての事です」

カシウスは謙遜してそう答えた。
しかしユーディス王は厳しい表情になって再びカシウスに話し掛ける。

「しかしあのような奇跡はまた起きるとは限らない。やはり再度の帝国軍の侵攻に備えて軍備を強化すべきだ。カシウス、貴殿もまた我が軍の参謀として働いてはくれないか?」
「ユーディス、何を言っているのです。カシウス殿はあなたの方針に反対して城を出たのですよ」
「母上は口を挟まないで頂きたい」

アリシア王母の忠告をはねのけたユーディス王に、カシウスが穏やかな口調で声を掛ける。

「ユーディス王、昔は留学先のカルバード共和国の学院でお互いに国の将来について話し合いましたな」
「ああ、あの時は民族間の対立、身分、考え方による対立もすべて対話から初めて解決すると理想に燃えていたな」

カシウスの言葉を聞いて、ユーディス王は懐かしそうに目を細めた。

「だがそのような甘い考えは国家の元首たる私には許されない。暴徒共は話し合いなど通じる相手ではないのだ。カルバード共和国の移民問題を見て、私は思い知らされたよ」
「あの事件は政府が民族対立を武力をもって早期に解決しようと焦った事が原因でしょう。だから迫害を受けた民族のテロ報復を受けて旧政府は瓦解したのです」
「何と言われようと私はリベール王国を帝国や共和国の武力に屈しない強い国にしたいのだ、解ってくれカシウス」

ユーディス王がカシウスの両肩をつかんで訴えると、カシウスは疲れた顔でため息をつく。

「確かに治安を維持するためにある程度の兵力を持つ事は必要かと思います。ですが、他国に恐れを抱かせるほどの軍事力は不要と存じ上げます。先の戦いのように、兵の多さだけが勝敗を決めるわけではないのです」
「それにカシウス殿はクロスベル州の帰属を巡る帝国と共和国の戦争を無血で止めて見せたではありませんか」
「いえ、あの時はクロスベル州を戦場にする事での経済的な損失を帝国と共和国の将軍に説いた、言わば人間の欲を利用したものです。やはり一時しのぎの策にすぎないのです」

アリシア王母の言葉にカシウスは悲しそうにつぶやいた。
カシウスから手を離して玉座に座ったユーディス王はガッカリした顔をしてため息をついた。
そしてカシウスはユーディス王に提案をする。

「帝国軍はパルム湿原で主力の戦車部隊を失いました。これを機会に生誕祭で締結させる予定の軍縮条約でも戦車の製造についてさらに制限を加えるべきではないでしょうか。今なら帝国側も応じ易いはずです」
「何だと、それでは完成間近の新型戦車『オルグイユ』を廃棄する事になるぞ」

カシウスの提案を聞いて、ユーディス王は目を向いて大声を出した。
オルグイユとは帝国の戦車に対抗するために情報部が設計・建造した大口径のレーザー砲を初めとする導力兵器を搭載した新型戦車だった。
これこそ戦車の革命だとリシャール達情報部は誇りを持ってユーディス王に提案し、ユーディス王も他国を圧倒する力だと完成を楽しみにしていた。
カシウスはユーディス王の言葉に対してうなずく。

「はい、我が国が率先して軍縮の姿勢を示すことで会議の主導権を握るのです」
「だがあの鉄血宰相オズボーンが聞き入れるとは思わん。だいたいやつは軍縮自体についても消極的だ」
「いえ、きっと今浮遊都市に居る私の娘達が何とかしてくれますよ。信じましょう、若い力を」

カシウスは全て解っているかのような表情で視線を外に向けた。



<高速巡洋艦アルセイユ ブリッジ>

導力エンジンの出力がゼロになり揚力を失って墜落したアルセイユだったが、ブリッジ部分はほとんど無傷だった。
気が付いたエステルはゆっくりと起き上がる。

「ふう、何とか大丈夫みたいね」
「大丈夫じゃないよ……」
「あっ、ごめん!」

エステルはヨシュアの体に覆いかぶさって気を失っていた様だった。
あわててヨシュアの体から飛び退くと、オリビエはニヤリとしながらつぶやく。

「ふっ、ヨシュア君は果報者だな。私もレディを守って下敷きになりたいものだ」
「あ、あの……」

オリビエに流し眼を送られたクローゼは困った様子で作り笑いを浮かべた。
エステルは少し怒った顔でオリビエに注意する。

「ちょっと、クローゼは婚約を控えているんだからオリビエさんはベタベタしないでね」
「その相手から略奪すると言うのも燃えるシチュエーションさ」
「何をバカな事を言っている、お前は……」
「わーっ、ごめんなさい、それだけはご勘弁を、ミュラー君!」

ミュラーの言葉にあわてふためくオリビエの姿に、ブリッジに笑いが起こった。
重苦しくなりかけていたブリッジの空気が和む。
壁や天井にぶつかって怪我をした者はいるが、重傷者は幸い居なかった。
計器をじっと見つめていたラッセル博士がつぶやく。

「うーむ、どうやら都市全体が導力を無効化するバリアーのようなものに覆われているようじゃな」
「この都市は導力によって浮いているのではなかったんですか?」
「きっとこの現象は人為的に引き起こされているんじゃないのかな」

ヨシュアの疑問に対してティータが推論を述べた。

「ではこの現象を引き起こしている原因を止めれば、アルセイユは飛び立つ事ができるのか」
「じゃが、その前にエンジンの損傷を直さねばいかんぞい」

オリビエの言葉に、ラッセル博士は問題点を挙げた。

「それではアルセイユに残って修理をするグループと、都市を探索して異変の謎を調査するグループに別れる必要がありますね」
「はい、クローゼ様」

クローゼの提案にユリアがうなずき、グループ分けをしようとした。
しかし、帝国宰相オズボーンが大きな声でそれを止める。

「待て、都市の探索は少人数に絞ってもらおう。足を引っ張られたらかなわん」
「何だと!」

調査隊に志願したクローゼ親衛隊の隊員が声を荒げた。

「まあ、おっさんの言う事にも一理あるぜ。回復のアーツが使えない状態なんだ、薬を消耗するわけにはいかないだろう?」
「それにこの都市には“輝く環”も眠っている。おいそれとたくさんの人間の目の前にさらすわけにはいかないでしょう」

アガットがオズボーンの意見に賛成し、キリカがそう付け加えるとブリッジに集まったメンバーは納得したようだった。

「分かりました、アーツが使えないとなると私もアルセイユに残った方が良さそうですね」
「なるほど調査隊は武力に秀でた者で構成するのが良いと言う事か」

クローゼの言葉を聞いて、ユリアはそうつぶやいた。

「いやあ、僕は導力銃が使えなくて残念だ。張り切って行っておいで、ミュラー君」
「嬉しそうに言うな」

オリビエのはしゃぐ姿を見たミュラーはしかめっ面になった。
しかしそんなミュラーにレーヴェが声を掛ける。

「しかし、ここに残ったメンバーが戦えない者ばかりでも困るだろう」
「承知した」

レーヴェの言葉にミュラーがうなずくと、オリビエは冷汗をかきながら尋ねる。

「あれ、もしかしてミュラー君もここに残るつもりなのかい?」
「残念だったな」

先程から漫才のようなやり取りをしているオリビエとミュラーを見て、エステルは少しあきれた感じの笑顔を浮かべながらヨシュアに話し掛ける。

「オリビエさんったらいつもにも増しておどけた感じね、緊張感の欠片も無いわ」
「それだけ周りの雰囲気を和らげようとしているんだよ、危険な状況だしね」
「ヨシュアってば考えすぎよ、だってここに居るみんなは希望を失わずに努力しているじゃないの」
「はは、そうかもね」

エステルが輝くような笑顔でそう言うと、ヨシュアも笑い出した。

「それで、エステルはここに残る組と調査に行く組、どっちに志願するつもり?」
「もちろん、調査に行く方よ! じっと結果を待っているなんて性に合わないし」
「何でも首を突っ込みたがる性格は変わらないんだね」
「ちょっと、それはひどいじゃない」

ヨシュアのツッコミにエステルは顔をふくれさせた。
そのやりとりを見ていたアガットがあきれ顔でため息をつく。

「緊張感が無いのはお前らも同じだな」
「アガットさんも調査組ですか?」
「ああ、気を抜いたらすぐに帰ってもらうからな」
「うわっ、厳しい!」

アガットがそう言うと、エステルは頭を抱えた。

「ふん、そんな準遊撃士が調査に参加するだと? 何を馬鹿な事を言っている」
「あ、あんですって~っ!?」

鼻で笑ったオズボーンに対して、エステルは怒った顔で言い返した。
クローゼが割って入ってフォローをする。

「彼女達は将来を期待されている、若き遊撃士達なのです。正遊撃士に劣りはしません」
「ほほう、それほどまでにいうのならリベール王国の遊撃士は全体的にレベルが高いのですな」

クローゼとオズボーンのやりとりを聞いたエステルは冷汗をかきながらヨシュアに耳打ちする。

「あたし達、かなりクローゼに買いかぶられてない?」
「これは期待に応えないといけないね」

調査隊に選ばれたのは、エステル、ヨシュア、レーヴェ、アガット、ケビン、リース、リシャール、ジン、キリカ、ヴァルターの10人。
5人1組の2グループで手分けをして探索を行う。
七耀教会の関係者がそれぞれのグループに居た方が良いとの判断で、ケビンはエステル達のグループ、リースはリシャール達のグループに入った。
ユリア率いるクローゼの親衛隊とミュラー率いる帝国兵、カノーネ達情報部隊はアルセイユ周辺の守りを固める。
方針が決まったエステル達は割り当てられた食料や薬などの物資を持って出発した。

「アガットさん、気を付けてください!」
「おう、お前らも頑張れよ」

手を振って見送るティータとレンにアガットは手を振り返した。
そんなアガットにエステルは声を掛ける。

「なんか、いつもの仕事に行くような感じよね」
「ふん、お前も生きて帰って来るつもりだろう?」
「モチのロンよ!」

アガットの問い掛けに、エステルは笑顔でうなずいた。
辛い状況のはずなのに、エステル達の雰囲気は明るいものだった。



<浮遊都市リベル=アーク 公園区画>

アルセイユを出発したエステル達の組は公園区画へと足を踏み入れた。
ちなみにリシャール達の組は反対周りで都市の中心部にある大きな塔へと向かう事になっている。
アルセイユが墜落した場所から大きな塔への最短距離の道は崩壊がひどく、進める状態では無かったからだった。

「うわあ、凄い噴水ね。水も綺麗だし」
「はは、エステルちゃんもこんな所でデートして告白されたらクラっと来てしまうやろ」
「そ、そんな、告白だなんて……」

ケビンに言われてエステルは顔を赤らめた。

「ヨシュア、数分だけなら待ってやっても良いぞ」
「早く済ませやがれ」
「ちょっと、レーヴェ兄さんやアガットさんまで何を言い出すんですか」

あわてて言い返すヨシュアの姿をレーヴェ達はニヤニヤして眺めた。
この辺りには何者の気配も感じられない、だからこのような冗談を言えるのだろう。
エステル達は程良い緊張感を保ちながら公園区画を進んで行く。
しばらく歩くと、列車が停泊している駅のホームのような場所に出た。

「やっぱり技術の進んだ文明だったみたいだね」
「だが導力が無い今となってはただの金属の塊だ」

ヨシュアのつぶやきに、レーヴェは冷たく言い放った。
無人になってしまった駅を見てエステルは寂しそうにつぶやく。

「たくさんの人が住んでいたみたいだけど、どこへ行っちゃったんだろう?」
「上空から見たあの破壊の跡から察すると死者は少なくはなさそうだな」
「戦争か……」

レーヴェの言葉にアガットは神妙な顔をしてつぶやいた。

「じゃあ、住んでいた人達はみんな死んじゃったの?」
「いんや、七耀教会の伝承によれば一部の人間は地上へと逃れてリベール王国を創ったって話やで」
「そっか……あたし達のご先祖様になったんだね、よかったあ」
「日曜学校の授業で教わったはずだよ」
「あはは、睡眠学習ばっかりだったから」

エステルはヨシュアのツッコミにごまかし笑いを浮かべた。
ロックの外れていたドアを開けたエステル達は地下道を進む。
地下道に響き渡るのは自分達の足音だけと思っていたエステル達は、他の物音が聞こえて耳を疑った。

「もしかして、あたし達の他に誰かが入りこんで居たの?」
「ああ、飛行艇など持っていればあり得ない事ではないな」

エステルの問い掛けにレーヴェがそう答えると、エステル達に緊張が走った。
何者かが動く物音はエステル達の方に近づいて来る。
そしてエステル達の目の前に現れたのは、グランセル城の地下遺跡で見たものと似ている機械兵器だった。

「うわっ、どうして導力が停止しているのに動けるのよ!?」
「話は後だ、敵をぶっ潰す!」

アガットはそう言うと機械兵器に向かって突撃し大剣を振り下ろした。
戦いはあっさりとエステル達の勝利に終わった。
機械兵器の残骸を調べたケビンは難しい顔をしてつぶやく。

「推測の域やけど、この機械兵器には導力停止現象を無効化する装置のようなものがあるんやと思うで」
「なるほど、だからアルセイユを襲撃した飛行兵器は自由に飛び回れたわけか」

ケビンの言葉にレーヴェは納得したようにうなずいた。

「では装置の秘密を解明すれば僕達も導力オーブメントを使えるようになるわけですね」
「凄いじゃない、さっそくラッセル博士に見せに行きましょうよ!」
「だがこんなに壊しちまって大丈夫か?」

アガットがボロボロになった機械兵器の残骸を見降ろしてため息をついた。
そんなエステル達の耳に、また物音が近づいて来る!
しかし今度は人間の靴の足音のようだった。

「ジョゼット!?」

曲がり角から姿を現したのは、カプア運送会社の仕事をしているはずのジョゼットだった。
撃たれたのか肩から血を流している様子にエステルは叫び声を上げた。

「ヨシュア!」

ヨシュアの姿を見て安心したジョゼットは目から涙をあふれさせてヨシュアに抱きついた。

「ちょっとジョゼット、何やってるのよ!? ヨシュアから離れなさい!」

ヨシュアの胸に顔を埋めて泣き続けるジョゼットにエステルは戸惑った。
少し落ち着いたジョゼットは、エステル達に何が起こったか説明を始める。
突然出現した空中都市に興味が湧いてしまったジョゼット達は、山猫号で接近した。
するとアルセイユと同じように飛行機械兵器に追いかけられてしまった。
アルセイユに比べて船体が小さい山猫号は追撃を振り切るのは簡単だったが、都市に接近した所で導力停止現象が起きてしまい不時着したのだった。
この先地下道のにある人気の無い住宅地区に降り立ったジョゼット達は、さっきエステル達が戦った機械兵器達の襲撃を受けた。
しかしジョゼットやキール、ドルン達の武器は導力砲や導力銃がメインだった事もあり、散り散りになって逃げて来たのだと言う。

「お願い助けて、このままじゃドルン兄やキール兄、ギルバルドやカプア運送の仲間達がみんな死んじゃうよ!」

ジョセットは涙ながらにエステル達に向かって訴えた。
ここでジョゼット達を助けたら、持って来た薬は無くなってしまうかもしれない。
しかし、見捨てる事など出来ないエステル達はカプア運送の社員達の救助に向かう事をジョゼットに伝える。

「ありがとう、本当にありがとう!」

ジョゼットは感謝して何度も頭を下げてお礼を言った。
幸いにして重傷者は居たものの、エステル達が機械兵器を追い払って山猫号に乗っていたカプア運送の社員達は助けられた。

「すまねえな、全く導力砲や導力銃が使えなくなる時が来るなんて思わなかったぜ」
「それだけ俺達は導力に依存してたんだな」
「そうですね、僕達遊撃士も戦術オーブメントが使えないと力不足を実感します」
「絶縁テープを使っても直らないしね」

ドルンとキールの言葉にヨシュアとエステルも同意した。
人数も増えて怪我人も抱える事になったエステル達は、山猫号の物資と倒した機械兵器の断片を持ってアルセイユに一時帰還する事にした。

「他にも山猫号みたいに不時着してしまっている人達が居るのかしら」
「リベール王国軍から近づかないように警告が出ているとは思うけどね」

無事を祈る事しか出来ない自分達に少しエステルとヨシュアは気が重くなった。

「だけど僕達が事件を解決すれば被害は無くなるはずだよ」
「そうね、頑張りましょう!」

お互いの手を握り合って気合を入れ直すヨシュアとエステル。

「はあ、しばらく会わないうちにまた仲良くなっちゃってるよ……」

その姿を見てジョゼットは寂しそうにため息を吐き出した……。
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