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[29710] 【R15・原作変容】 メアリー・スーに祝福を 【TS転生オリ主×Cthulhu世界観】
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/15 00:00
【重要!】当SSは物語の進行に伴い原作キャラが亡くなります。そういった展開を嫌うかたは読まないでください。

クセの強いお話です。
所謂神様転生に対する皮肉を含んでいるのでそういうキャラに愛を感じる方は読まない方が良いと思います。
用法・用量を守ってお読みください。
ジャンルはきっと“ニャル様転生”か“邪神様転生”
Wikipediaで「ナイアルラトホテップ」「ティンダロスの猟犬」の二つを読んだ方が当SSは楽しめます。
また、キャラクターどころかハルケギニアの魔改造を含んでます。

※当SSはフルボッコにされそうだけど小説家になろう様にも投稿しておきます。

9/11 ジョン・フェルトンに安息を
9/12 オスマン老に安らぎを
9/17 シャルロットに安心を
9/27 サイト・ヒラガに祝福を、エンディングを確定させたのでチラ裏からお引越し
9/29 外伝 ダングルテールの影、番外編 マルトーに沈黙を
10/09 ルイズ・フランソワーズに栄光を、注意書きを改定
10/10 シエスタにお昼寝を
10/12 アニエス・コルベールに静養を
10/14 ミス・ロングビルに安全を
10/15 アルビオンに鎮魂を



[29710] ジョン・フェルトンに安息を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/12 17:29
ジョン・フェルトンに安息を


A. D. 6088 ジョン・フェルトン・コンスタンス・ド・ロシュフォール

この日記帳には我が娘のことのみを記す。

今日は非常にめでたい日だ。

我がロシュフォール家に初めての子供が生まれたのだ。

可愛らしい女の子だ。

名前はメアリー・スー。

口元は私に似ており、目元が妻に似ている。

妻も意識ははっきりしており、経過は順調だ。

昨夜恐ろしい夢を見たが関係はなさそうだ。

いや、あの冒涜的に聞こえたフルートは祝福だったのかもしれない。

始祖ブリミル様と私では感覚も大きく異なるに違いない。

祝福ならば我がロシュフォール家も安泰ということだろう。

**

メアリーに髪が生えはじめた。

アルビオンに連なる峰々、その頂上にかかる雪のように白い。

ハルケギニアでは非常に珍しい髪の色だ。

すでに目も開いており順調に育っている。

ただ、赤い瞳と白い髪、そして異常と感じるまでの肌の白さ。

親としては少し不安だ。

それにメアリーは普通の赤子と比べてあまり泣かないようだ。

手がかからないのは良いことだ、と妻は言っているが元気に育ってくれるか。

定期的に医者に見せた方が良いかもしれない。

**

メアリーが寝返りをうった。

もうしばらくすればハイハイもできるようになる、とは乳母の言葉だ。

それ自体はめでたいことだ。

しかし私は奇妙なことに気付いた。

寝返りをうったとき、メアリーの右目が青くなったような気がしたのだ。

ひょっとしたらメアリーは月目なのかもしれない。

少し注意して様子を見よう。

**

間違いない、やはりメアリーは月目だ。

ハイハイをした記念すべき日なのだが素直に喜ぶことはできない。

メアリーは激しい動きをするとき右目が青くなるようだ。

通常の月目は常に色が違うと聞く。

これは異常なことではないだろうか。

アカデミーの連中やロマリアの坊主どもに見つかってしまっては危険だ。

後で妻に相談しなければならない。

**

記念すべき日だ!

メアリーがはじめて喋った!!

たどたどしい言葉ではあったが確かに「パパ」「ママ」といった。

この歓びは文章にあらわせない。

使用人たちには特別に上等なワインを振舞ってやろう。

メアリーがあまり泣かないものだから言葉に障害があるのかも、と一人悩んでいたのだ。

今日はよく眠れそうだ。

**

あの歓びは間違いだったのかもしれない。

メアリーはよく喋る、喋るがまったく意味が分からない。

この時期の言葉はそういうものだ、と乳母は言うが何か違うのだ。

狂気じみた言語、というのが最も近いだろうか。

ハルケギニアでは使われない言葉を話しているように感じるのだ。

天使のような声色でおぞましき何かを口走る様を私は慄然たる思いで注視していた。

個人的によくしている司祭に相談した方が良いかもしれない。

**

メアリーが生まれて一年と少しがたった。

すでに屋敷の中を歩き回れるようになり、運動面では問題ないようだ。

しかしメアリーは言葉が遅れている。

乳母の話ではすでに会話ができてもおかしくない、ということだ。

相変わらずあの狂気じみた言語を使っているようだ。

人がいないところではよく呟いている。

司祭に相談すると「悪魔憑き」かもしれないという助言をくれた。

確かにあの冒涜的な言葉は悪魔の言語というに相応しいのかもしれない。

考えたくはないが、幽閉用の塔を用意する必要があるかもしれない。

**

メアリーがマトモに喋れるようになった。

喜ばしいことだ、と諸手をあげることはできない。

唐突すぎるのだ。

今までほとんど喋れなかったメアリーが大人のように理路整然と話す様は、とてもじゃないが幼児には見えない。

正直なところを書こう。

私は恐ろしい。

天使のように可愛らしいメアリーに恐怖を覚えつつあるのだ。

妻も同じ思いを抱いているらしい。

いや、私たち夫婦はきっと疲れているのだ。

メアリーの誕生以来子供ができる気配も一向にない。

焦りもあるのだろう。

きっと一年後にはこの日記を笑い飛ばせるようになる。

今はただ見守るしかない。

**

あれから一年がたった。

やはり、メアリーは悪魔憑きなのかもしれない。

流暢に喋るようにはなった。

しかし男言葉を話すのだ。

まるでメアリーの中に名状し難いものが潜んでいて、それが喋っているようだ。

暗澹たる思いで幽閉塔の建造を指示する。

一階に豪奢な聖堂を造るつもりだ。

始祖ブリミル様、どうか貴方の御威光でメアリーを救ってください。

妻と二人で日々祈っています、救いを賜るようお願いします。

**

来るものが来たか、という思いだった。

五歳の誕生日、メアリーが魔法の練習を願い出てきたのだ。

予想をしていなかったわけではない。

しかし悪魔憑きである可能性がある以上魔法を教えることはできない。

言い含めると意外なまでに素直な様子だった。

幽閉塔が完成した。

錠前も枢機卿が祝福を施した聖なる銀を元に頑丈なモノを用意した。

図書館もあるのでメアリーには当面そちらに移ってもらう。

妻は限界が近い。

ロマリアなどで息を抜いたほうがいいかもしれない。

**

メアリーが幽閉塔に入って一年がたつ。

六歳の誕生日、メアリーは再び魔法練習を願い出た。

男言葉に変わりはない。

またその表情も、目も依然と変化がなかった。

もう少し様子を見た方がよさそうだ。

引き続き勉強と、始祖ブリミル様へより祈りを捧げるよう指示しておく。

白すぎる肌、白い髪、赤い瞳と神秘的な外見は今では悪魔のようにしか見えない。

妻はもう限界だろう。

ひと月ほどロマリアで休養してもらうことにする。

**

七歳の誕生日、やはりメアリーは魔法練習を願い出た。

これ以上引き延ばすのはおそらく得策ではない。

勝負に出ることにする。

聖堂にメアリーを呼び出し、始祖ブリミル様への祈りを命じた。

念のため杖には手をかけておく。

悪魔なら祈りの言葉を口にしただけで激しく苦しむはずだ、と司祭からは助言を受けている。

私はラインメイジでしかないが、聖堂なら始祖様の祝福で大きな力を引き出せる気がした。

しかし、結局は無駄なことだった。

メアリーは始祖に唾するような、冒涜的な表情で聖句をそらんじたのだ。

もう私ではどうすることもできない。

妻と二人でその晩は泣いた。

**

気が付けばメアリーが生まれて十四年がたつ。

本来ならば魔法学院にいれなければならない。

だが私は恐ろしい。

メアリーはあっという間に親である私を抜いてトライアングルになったのだ。

メイジの力量は血統によるところが大きい。

私も妻もラインである以上、メアリーがこれほどまでに驚異的なスピードでランクをあげることはありえないのだ。

妻は早く嫁にやれば、というがそんなことはできない。

この世の物ならざる知識をもつメアリーを嫁に出してしまえば、最悪ロシュフォール家は異端として取り潰されるだろう。

今私はオールド・オスマンに手紙を書いている。

今までにあったことをすべて余さず記した。

彼ほどのメイジでなんとかできなければ、それこそ教皇の力をお借りするしかないだろう。

始祖ブリミル様、我らをお救いください。

なにとぞお願い申し上げます。



*****


メアリー・スーに祝福を


やあ、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

前世の名前?

ふっつーの名前だったよ、きわめて模範的な男子高校二年生と言ってもいいね。

どうにも俺は神様の手違いでさっくり殺られちゃったらしい。

現に転生前に神様っぽいヤツに会ったし。

神様の容姿?

んー全身が黒くて、足は三本だったかな、現代日本にはないフォルムだった。

想像していたよりはグロテスクな感じがしたな、いや人間の感覚を神様に当てはめる方がおかしいんだろうけどさ。

ただ圧倒的な存在感だけはあったな!

すぐに人間形態、エジプト人っぽい感じになってくれたから話しやすかったけどね。

どんな場所だったか?

星の海、といってもいいくらい超宇宙的なところでBGMは素晴らしいフルートの音色だったよ。

一般的なイメージと違う?

いやいやあの神々しさというか名状し難さは会ってみないとわからないよ。

正視に堪えない、ってよく言うだろ?

アレ神様にも当てはまると思うぜ、存在の規模というか、なんか違いすぎてマトモに見たら発狂しそうなレベルなんだよ。

いあ! いあ! って感じだな。



まぁ神様の話はいいや。

とかく俺は神様が望みを叶えてくれるっていうんでゼロの使い魔の世界に転生することを願ったんだ。

勿論才能もつけてもらったぜ、そこそこの鍛錬をつめば風メイジのスクウェアになれるという話だ。

他の能力はいらないのか、って?

あんまり詳しくないし、ヒーローってのは苦戦してこそ輝くもんじゃないか。

だから俺は圧倒的戦力で蹂躙・粉砕というのは良くないと思うんだ。

ま、この世界からすれば風のスクウェアってだけでもチートに近いんだけどな。

それに容姿も自由って話だったから、アルビノにしてもらったよ。

本気を出せば右目だけが青くなる、限定的オッドアイ付きだ!!

こんな姿前世だったらアニメの中にしかいなかったね。

とりあえず原作知識をもってるから危険すぎる戦闘はなるべく避けて楽しく暮らすんだ。

トリステイン、ここはなんだかんだ言って安全なはずだからのびのびと領地経営して穏やかな余生を目指すぜ!

幸い俺が第二の生を受けたのは伯爵家、しかも長女だ。

原作には程よくかかわって、安全に武勲をちょいちょいあげてやるぜ!

と、武勲を挙げるためにはやっぱり魔法だ。

マトモにやってればスクウェアになれるらしいけど、成長速度までは指定してなかったしな。

何事も早いにこしたことはないだろう。

言語習得は日本語のクセが残りすぎて苦戦したが、一人で特訓したおかげで話せるようになった。

魔法はちょちょいのぱっぱとマスターしてやるっ!

だが父上ことジョン・フェルトン・コンスタンス・ド・ロシュフォール(アルビオン系だ!)は過保護らしい。


「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」

「メアリー、お前にはまだ早いだろう。立派な貴族には魔法以外にも学ぶべきことはたくさんあるんだ。今はそちらに集中しなさい」


立派な金色の口髭(カイゼルだな!)をしごきながら穏やかに言い放つ。

早い、と言っても俺はもう五歳だ。

一般的な魔法の修練開始時期が六歳なので早すぎるということはない。

ま、父上が過保護ということはそこまで悪いことじゃないだろう。

実際前世の知識ってのはそこまでアテにならない。

農地改革とかやろうとしてもそんな輪作とかノーフォークとか細かいところを覚えているはずがない。

どんな肥料があるかもわからないくらいだ。

それに下手なことをやらかしたらロマリアさんから一発異端認定だ。

大人しく図書室にこもっていつものように勉強をすることにしよう。

ハルケギニアにマッチした内政チートを目指してやるぜ!



さて、光陰矢のごとしという言葉もあるようにあっという間に六歳だ。

早速父上に魔法の指導をお願いしに行こう。


「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」

「メアリー、お前にはまだ早い。確かに回りの貴族は魔法を学びだす頃だ。しかし魔法以外にも学ぶべきことはたくさんあるんだ。今はそちらに集中しなさい」


まぁ父上はアルビオンからトリステインに婿入りしてきた変わり種だ。

きっと世の酸いも甘いも十七歳までしか生きてない俺よりよっぽど詳しい。

それにやっぱり父上は過保護だ。

なんと、俺のために塔を建ててくれたのだ。

一階には聖堂、二階には食堂と厨房と寝室、三階から五階はぶち抜きの図書館だ!

錠前もかなり頑丈だから防犯はばっちりだ!

おかげで去年の誕生日からほとんど俺は外に出ていない。

父上も母上もわざわざ会いに来てくれるのが少し心苦しいな。

母上はほとんど来ないけど。

ま、しっかり勉強してハルケギニアの常識を身に着けるのは悪いことじゃないからいいさ。

よーし、がんばるぞー!!



勉強は実にスムーズに進んで俺は七歳になった。

例によって父上にお願いだ。

塔の一階、聖堂で父上は待っていた。


「父上、俺もそろそろ魔法を習いたいのですが」


父上は穏やかな笑みを浮かべた。

その手は杖にかかっている。

やっと、しかも直々に教えてくれるんだな!


「メアリー、始祖ブリミル様への祈りをそらんじることはできるかい?」


毎朝聖堂で祈りを捧げている俺に死角はない!

父上の前ですらすらと、余裕の表情さえ浮かべて暗唱してみせた。


「仕方がない、お前にも魔法を教えようか」


父上はえらく渋々とした様子で認めてくれた。

過保護な親をもつと大変だなぁ。

ま、杖さえもらってほっといてくれれば勝手に修行でもなんでもやってスクウェアになっちゃうんだけどね!



さて、すくすく育って俺も十四歳だ。

来年から魔法学院に入学して原作にちょいちょい顔出ししておかないとな。

戦争で武勲挙げ放題だぜー!!

あ、ちなみに今風のトライアングルです。

かなりの成長速度らしいよ、神様ありがとう! ってなもんだよね。


「父上、そろそろ魔法学院入学の時期ではないですか?」

「む、そうか……」


父上は最近疲れ果てている。

俺が魔法を学び始めたころから疲れが目立つようになって、ゴージャスな金髪が今じゃ真っ白だ。

安心してくれ、俺がスクウェアになって親孝行してやんよ!

と言ってもハイパー過保護な父上だ。

貴族のお決まり、舞踏会とかにも全然いかせてくれない。

ずっと前の夜、母上に叫んでるの聞いちゃったしね。

「アイツを嫁にやるわけにはいかん!!」って。

いや不覚にも涙腺に来たね。

絶対内政チートで両親ともに幸せにしてやるぜ!

弟も妹もいないから後継者問題も一切気にしなくていいしな!!

婿は……心は男って感覚が残ってるから困るな。

最悪養子をとって跡継ぎにしよう。



さぁやってきました魔法学院。

なんつーか、ド田舎ですな!

まわりなーんにもないの、陸の孤島って感じ。

ちょっと早くついたらなんとオスマン校長自ら出迎えてくれたんだよ。

才能ある生徒はやっぱVIP待遇なんかね?


「噂は聞いているよミス・ロシュフォール。ま、お手柔らかに頼むわい」


そのままフォッフォッフォッと去っていくオールド・オスマン。

威圧感なかなかすごかった。

ふっつーの女の子、下手したら男の子でもあんなオーラぶつけたら泣いちゃうぞ?

俺は転生時の神様に会って耐性あったから余裕だったけどな!

しかし、ここから俺ののんびりレジェンドがはじまるのか。

ワクワクしてきたぜ!!




[29710] オスマン老に安らぎを
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/12 17:29
オスマン老に安らぎを


A. D. 6103 トリステイン王立魔法学院校長オールド・オスマン

万一を考えてこの手記を後世に残しておく。

ロシュフォール伯より恐るべき手紙を受け取った。

慄然たる思いで手紙を読み終えると儂は大きく息をついた。

急ぎ書を認めねばならない。

ミス・ロングビルに人払いを頼み机に向き合う。

始祖ブリミルよ、我が教え子たちに祝福をお願い申し上げます。

**

ロシュフォール家より長女が到着する。

手紙に会った通り、この世ならざる容姿をしておった。

病的なまでに白い肌は太陽の下でなお輝いている。

まるで十年近くも外に出ていないような、それほどまでに青白い。

白百合よりもなお白い狂気じみた髪の色がまた不気味さを強調している。

さらに瞳が血のように赤い。

漆黒の星空から生まれ落ちたような少女じゃった。

しかし儂も伊達に百年生きておらん。

ありったけの胆力で少女を威嚇した。

魔法学院は儂が守る、貴様の思惑は容易ならざるものと思え、と。

だが少女は涼しげに儂の威圧を受け流したのじゃ。

並みの貴族なら腰を抜かし、下手をすれば気を失うほどの活を浴びても変化がない。

ロシュフォール伯の危惧は的中している可能性が高そうじゃった。

入学式のイベントは中止することにする。

**

入学式、儂はありったけの思いを込めて演説を行った。

普段のおちゃらけは一切出さん、そんなことをすればミス・ロシュフォールに追撃されるかもしれん。

すべての生徒は話に聞き入っておる。

しかしあの異形の子には無駄なことだったようじゃ。

始祖ブリミルの偉業など知ったことか、と冒涜的な表情が内心を物語っておった。

儂と目が合うと顔を伏せ、おぞましき忍び笑いを漏らしている。

監視の目を強めねばならんかもしれん。

**

今年の入学生にトライアングルは二人しかおらん。

生贄にするようで悪いが、そのうちの一人、ミス・ツェルプストーにはミス・ロシュフォールと同じクラスになってもらう。

ガリアからの使者、ミス・タバサも監視役として潜入してもらった。

儂が手紙を出したオルレアン機関の中でも腕利きであり、鼻が利くという。

常に監視できるわけではないので大助かりじゃ。

ジョゼフ王はこういう事態を予測していたというのじゃろうか。

いや、今は考えまい。

モートソグニルにも申し訳ないが、ミス・ロシュフォールについてもらう。

用心に用心を重ねたが、不安をまだ消えん。

最近夢の中でも何かに追われている気がする。

**

ミス・タバサから早速報告があった。

彼女の正体に気付かれているかもしれない、ということじゃ。

ありえない、とは言い切れないのが恐ろしいところじゃ。

ミス・ロシュフォールはミス・タバサのことをよく目で追っている。

まるで貴様の正体はわかっているが泳がせているんだ、と言わんばかりじゃ。

それだけでなく、ミス・ツェルプストーにまで視線を送っている。

単純に実力者を見ている感じはしない。

どこか、身体を這いずり回るような視線じゃ。

男ならまだしもそんな目をした女は見たことがない。

また、おそましき三本脚の獣が月に吠える夢を見た。

祈りの時間を増やすことにする。

敬虔なブリミル教徒が膝を屈するわけにはいかん。

**

百年生きてきてこれほどまでに背筋が粟立ったときはない。

ことのおこりはミス・タバサが披露したフライじゃ。

ミス・ロシュフォールはあえて遅く詠唱し、わざと低く飛んだ。

これは間違いない、長年教鞭をとるミスタ・ギトーも認めたことじゃ。

どのような意図があって実力を低く偽ったのか、わからん。

しかも薄気味悪い笑みを浮かべていたそうじゃ。

ただ彼女の本性を垣間見る瞬間があった。

ミスタ・ロレーヌがミス・タバサに決闘を挑んで負けたとき、彼女は遠くから観察していたのだ。

決着がついたときも、その顔には何の感慨も浮かんでいなかった。

まるで決まりきった運命を知っていたかのように。

彼女は運命を知っているのじゃろうか。

だとしたらこれほど恐ろしいことはない。

始祖ブリミル、我が生徒をお守りください。

**

新入生歓迎の舞踏会、めでたい日であろうとも儂の心は晴れない。

今日も今日とて問題が起きた。

決闘に負けた腹いせにミスタ・ロレーヌがミス・タバサとミス・ツェルプストーの二人を嵌めたのじゃ。

幸い二人は和解した、これからもいい友としてあるじゃろう。

しかし、それを些事と済ませるにあたる問題が起きたのじゃ。

やはりミス・ロシュフォールは未来を知っている。

モートソグニルに監視させておいたが、彼女は壁際から最初動かなかった。

しきりにミス・ツェルプストーを目で追っているのじゃ。

普段はミス・ツェルプストーとミス・タバサ、両者を同じくらいの比率で追っていたのにも係わらず今日は一人だけを熱心に見ておった。

そこにミスタ・ロレーヌが事件を起こした。

その時彼女はミス・ツェルプストーを男のような情欲に満ちた目で眺めておったのじゃ。

すぐその邪悪な表情を誤魔化すため手洗いに駆けて行ったが、おぞましき顔じゃった。

さらに帰ってきてからも冒涜的な笑顔で視線がミス・ツェルプストーの体を舐め回しておった。

モートソグニルの報告によれば、その時彼女の右目が青く染まったようじゃ。

ロシュフォール伯の手紙にあった通りに。

青と赤の月目など聞いたことがない。

まして普段は両方とも同じ目なのに特定の時にだけ月目になるということはありえない。

始祖ブリミル様、儂はいったいどうすればいいのでしょうか。

百年生きた儂にも一切わかりません。

お答えを賜りますようお願い申し上げます。

**

ミス・ロシュフォールはとうとう二年生に進級した。

明日は使い魔召喚の儀式だ。

儂は恐れておる。

彼女を、彼女が呼び出す使い魔に底知れぬ恐怖をおぼえておる。

どのような使い魔を呼び出すのか。

この世ならざる深淵に潜む怪物を呼び出すのではなかろうか。

明日は授業のないすべての教師に使い魔召喚の儀式を監視するよう命じておく。

いざとなれば何をおいても駆けつけ、生徒を守るようにと。

念には念を入れ、マザリーニ枢機卿にも書を認めておく。

始祖ブリミル様、無力な子羊たちをお導きください。



*****



メアリー・スーに寿ぎを



やっほー、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

さて、とうとうトリステイン魔法学院に入学しちゃったよ。

ここで地味~に友だちの輪を広げておかないとな。

領地の繁栄も大事だけど青春は謳歌するためにあるっ!

それに今の俺はオンナノコなのだ。

つまり、つまりだ、もうみんなわかってるんだろ?

堂々と覗きができるってことなんだよ!!

ここらへんまだ俺には男の感覚が残ってるみたいだな。

まぁいいじゃないか、跡継ぎなんて養子養子。

キャッキャウフフな青春は少し望めそうにないのが残念なところ。

いや待てよ。

ふっ、そういうことか。

あえて言おう、百合もまた良しッ!

だけどルイズの同級生とそんな仲になっちゃうと原作の流れにどんな影響がでるかわかったもんじゃない。

百合百合ターゲットは下級生ということで、来年まで我慢しよう。

今はただ女の子を物色して、ウォッチングにとどめるだけ。

ふっふっふっふっふ、ターゲットはキュルケあたりかな。

ぺたん娘も悪くはないがやはり男たるものナイスバディには惹かれるのだよ。

お前今女だろって?

こまけぇこたぁいいんだよ!



さて、入学式だ。

原作通りならオールド・オスマンが飛び降りるんだが、今回はそんなことがなかった。

なんでだろ、流石にアレは寒いと思ったのかな?

まぁいいや。

なんか始祖から賜った魔法がどーたらこーたら言ってるけど正直な話どーでもいい。

それどころか話が長くって欠伸が出ちまったぜ。

げ、校長と目があった。

やっべ、顔伏せておこ。

周りの貴族のお坊ちゃまお嬢さまはなんでこんな話をクッソマジメに聞けるんだろーね?

やっぱ感覚の違いかな、トリステイン人は大仰なことが好きっていうし。

日常会話で演劇みたいな言い回しが飛び交うって、元日本人としては恥ずかしいことこの上ないぜっ!



これも神様のお導きなのかもしれない。

なんと赤青キュルタバコンビと一緒のクラスになっちゃったのだ。

トライアングルは一まとめにしておけ、ってことなんだろうなきっと。

それにしてもタバサ可愛いなぁ。

無口で近寄るなオーラ出しちゃってるけどそこがまた良し!

食事もなんか一生懸命食べてる感があって、リス? みたいな。

思わず目で追っちゃうのも仕方ないよね!

キュルケもキュルケであのないすばでーは素晴らしい。

トリステイン貴族は慎ましやかな体型が多いから余計にいい感じ。



ザ・ギトーがなんか前で言ってる。

てか父上俺がトライアングルって言ってなかったんかな?

ドットとラインしかいない、とかのたまってるや。

目立つのはイヤだからいいんだけどさ。

というわけでレッツ・フライ!

タバサが飛んで少ししてから、少し低めに飛んでみる。

ほぼ同時に同じ高さまでいけたんだけどやっぱ原作キャラを立ててあげないとね。

べ、別にスカートの中を覗きたいっていうんじゃないんだから!

タバサは少しだけ驚いてた。

いかん、その表情萌えますよおじょーちゃん、顔デレデレしちゃう。

スカートは抑えてなかったからきっとバレてない、よね?

あ、そういやヴィリエが原作通り挑んでボロ負けしてました。



新入生歓迎舞踏会ーどんどんぱふぱふーー。

なんと素晴らしい日だろう。

この日はキュルケのエクセレント・ボディを拝むことができるのだ。

これは俺の持論だが、マッパよりもエロいものはある!

それは中途半端に肌蹴てたり破けてたりする服だ!!

数々のエロ本を読み漁った俺がその結論に至のにそう時間はかからなかった。

え? 前世でエロ本しか読んでなかったのかって?

……言うな、言うなよ。

てかさ、高校二年でそんなぐっちょぐちょぬちゃぬちゃするヤツいないって。

うんいない。

いないんだよ……きっと。

俺は断じて友達の体験談とか耳に挟んじゃいないね!!

まぁそれはおいておこう。

リアルでやったら犯罪な切り裂かれた服、今日はほっといても見れるんだ。

この機会を逃すバカはいねぇ!

舞踏会中ずっと壁際に突っ立ってキュルケをガン見しておく。

ちょっち顔がにやけてるかもしんない。

ぶっ!?

破けたドレスがひらひら舞って……靴以外マッパだと!?

これは、イイ!

靴下だけというのも確かに乙なものだ、しかし舞踏会用の靴だけというのも、こう、クルものがあるね!

もう心の中は狂喜乱舞、百花繚乱さっ!!

多分今の俺すっげーニヤニヤしてる。

ちょっと顔洗ってこないと。

お、キュルケ上着羽織って……ヴィリエ。

お前のこと誤解してたよ。

お前も、紳士だ!

素っ裸にタキシードの上だけ羽織るって、それもうイヤンバカンなヴィデオに出てきそうですよっ!

ふーふー、鼻血出そうだわ、本気で抑えないと。

うん本気で顔に力入れたらおさまった気がした。

さ、交友関係もちっとは広げにいかないとな。

視線はちらちらキュルケを追っちゃうんだけどね。



キュルタバの決闘やらなんやらかんやらが終わり、俺は二年生に進級した。

なんか初日以来タバサはちらっちらこっちを見てたりする。

こっちもタバサを見つめてたりするからよく目が合うんだ。

いやタバサ可愛いから目で追っちゃうんだってば。

視線がかち合ったらにっこり笑って手を振ったりするんだけど、そうするとタバサは恥ずかしそうに顔を逸らすんだよ。

……萌える。

ツンデレ=ルイズorモンモンと思ってた時期が俺にもありましたよ。

子どもっぽいツンデレならタバサのが萌えるかもしんないね。

そうそう、明日は使い魔召喚の日だ。

三日ほど前に神様と夢であったんだよ、なんか神父っぽいカッコしてた。

せっかくだから使い魔どんなのが良い? って親切にも聞いてくれたんだよ。

俺は悩んだよ、星の海でうんうん唸ったよ。

グリフォンとかドラゴン、マンティコアはまずアウトだろ。

そんな強そうなヤツらを呼んだら否応なしに原作ルートへ行きそうだ。

だからといってカエルとかネズミはちょっとなぁ……。

というわけで犬か猫がいい、と思ったんだ。

でも俺は気まぐれな猫よりかまってもらいたがりな犬のが好きだ。

というわけで犬が良いって神様にお願いしといた。

勿論、チワワとかプルプル系じゃなくってドーベルマン的な猟犬だ。

戦闘も少しは考慮しないとな!

神様は名状し難い表情で了承したと言ってくれたよ。

ああ、明日が楽しみだ!



[29710] シャルロットに安心を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/17 23:27
シャルロットに安心を



A. D. 6103 オルレアン機関七号 シャルロット・エレーヌ・オルレアン

ジョゼフ王に対してトリステイン魔法学院のオールド・オスマンより書状が届いた。

オルレアン機関に協力を求める内容だった。

これよりトリステイン魔法学院へ留学生・タバサとして潜入任務に入る。

なお記録・証拠として手記を残しておく。

オールド・オスマンからの書状には簡潔にこうあった。

――本年の新入生であるロシュフォール家長女。

  かのおそるべき者らに連なる可能性高し――

亡くなった、いや、人でなくなった父さまの手掛かりを今度こそ得られるかもしれない。

**

魔法学院に来てひと月がたった。

メアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォールに関しては限りなく黒に近い灰色である、と判断を下した。

怪しすぎる点が次々に浮上したのだ。

最悪わたしの正体も知られているかもしれない。

彼女はわたしとゲルマニアからの留学生、キュルケ(友達になった)をよく目で追っている。

以下に異常な点をまとめると。

・烈風カリンですらたじろいたオールド・オスマンの本気の威嚇にも涼しい顔をしていた。

・入学式では、感動的なオールド・オスマンの演説にすら冒涜的な笑いをこぼす。

・キュルケとわたしに対して身体を舐め回すような視線を送ってくる。

・授業でわたしのフライに対してわざと遅く、低く飛んだ。

・その際おぞましい笑顔をしていた。

・舞踏会のとき、キュルケを監視していた。

・キュルケは風魔法による襲撃を受け、そのあわれな姿を病的な嘲笑で見ていた。

・時折右目が青くなる。

見れば見るほど怪しい。

一周回って怪しくないかもしれない、と感じるほど露骨だ。

だが気を抜いてはいけない。

明日は使い魔召喚がある。

彼女がかの邪知暴虐な輩に連なるのなら、必ず悪しき存在を召喚するだろう。

ひょっとしたら父さまを、いややめておこう。

万全の体調で明日を迎えるため早く寝る。

**

使い魔召喚の日。

天候は最悪、暑い雲が空を覆い雷が轟いていた。

それでも儀式は執り行うようで、みんなそろって学院から少し離れた草原まで来ていた。

監督官はミスタ・コルベール、ミスタ・ギトーなど戦闘に長けた教員が多かった。

おそらくオールド・オスマンの配慮だろう。

特にミスタ・コルベールは過去にアカデミーで奴らと対抗したとの話も聞く。

奴らと戦って正気を保っていられる人物は希少だ。

今後も頼る機会があるかもしれない。

さて、わたしは風韻竜を召喚した。

イルククゥと名乗ったが韻竜は切り札ともなりうる存在なので、シルフィードと仮の名前を与え、風竜として振舞うようにいった。

問題のロシュフォール家長女はなんとも奇怪な詠唱でサモン・サーヴァントを行った。

召喚のゲートは出現したが、しばらく使い魔は現れなかった。

すると何を思ったのか、彼女は土をゲートに盛り始めたのだ!

始祖が与えられた運命に逆らおうというのか、彼女は。

そのとき止めに入ろうと思えばできたかもしれない。

だが、実際には誰も動くことはできなかった。

それは彼女がぶつぶつとこの世ならざる言葉で何事かを呟いていたからなのか。

それとも底知れぬ存在の気配を感じたからなのか。

今となってはわからない。

彼女は続いて折れた木の枝をゲートに突っ込んだ。

ああ、思い出すのもおぞましい!

木の枝の根元から、深淵から染み出したような煙が噴き出てきた。

それが次第に凝集しだし、四足の獣のような形をとりだしたのだ。

あの姿を正確に形容する術をわたしは知らない。

太く曲がりくねって、先端が鋭くとがった舌を持ち、爬虫類のような背中というべきだろうか、この世のどんな生き物もそんなおぞましい姿はとらないだろう。

大きさは子犬程度だったが、発する威圧感は並みの幻獣を凌駕していた。

しかも体からはなにか青みがかった液体を垂れ流している。

まるで地獄の深淵から引きずり出され、この空気に耐えられない獣のようだ。

ロシュフォール家長女は恐怖など感じさせない表情で、むしろ歓喜さえあふれていた、コントラクト・サーヴァントを行った。

その際のスペルがまた特有のもので、彼女が始祖ブリミル以外の何かに仕えていることはほぼ明らかだった。

無事契約を終えた彼女は例の冒涜的な表情を浮かべていた。

**

恐るべき事実を知ってしまった。

やはり彼女はかの者らに奉仕している、確定だ。

この情報を速やかに伝えねばならない。

召喚の儀式が終わった後、外でロシュフォール家長女が唸っていた。

口から出るのはあの名状し難い言葉だ。

ひとしきり何かを呟いた後、いきなり手を叩いた。

遠くからだったが彼女の口から「Doom Tsathoggua」という言葉が発せられたのがわかった。

Doomとは古いアルビオン言葉で滅びを意味する。

そしてツァトゥグァ、この言葉を知っているということは間違いなくこちら側の存在だ。

あのおぞましい使い魔を召喚したということは、人類側ではなく向こう側だろう。

ひょっとすると使い魔はユゴス由来のものなのかもしれない。

父さまが連れ去られたと言われる遥か月よりも遠い暗黒の地の。

そろそろこの報告書を書き上げてしまおう。

なにか臭いがする、鼻につんと刺激を感じる臭いだ。

思わず部屋中を見回す。

何も異常はない。

いや、そんな!

あの煙はなんだ!

角に! 角に!




*****


メアリー・スーに祝砲を



おっす、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

そういや今腰くらいのさらっさらな長髪なんだけど髪切ろうかね?

ま、いいや。

いよいよ今日は使い魔召喚の儀式なんだ。

原作じゃ抜けるような青空だったんだけど、なんかどんより曇ってる。

たまにゴロゴロ雷の音も聞こえるしさ。

まぁ天気くらい変わるだろ、俺っていう異分子が入って来てるんだから。

っつーわけでレッツ召喚ですよ!

天気以外は原作通り、キュルケはフレイムさん、タバサはシルフィードさんを召喚しちゃいました。

さー神様、俺の望みを叶えてくれるのっかなー。

お前は特にお気に入り、的なことを言ってたから大丈夫だとは思うんだけどねっ!

召喚のスペルはルイズのやつをマネしてみるか。

どんなのだっけ、流石にうろ覚えだぞ。

確か……。


「外宇宙の果てのどこかにいる、俺の下僕よ!
強く、愛らしく、そして生命力に溢れた使い魔よ!
俺は心より求め、訴える。我が導きに応えよワンちゃん!」


さぁ来いワンちゃん!

どんな子が来るのっかなー。

……。

おかしいな、出てこないぞ。

どうなってるんだ??

む、神様からテレパシーが届いたぞ。

なになに「鋭角がないと来れない子」だって?

そんな犬聞いたことないんだけどな……。

土でも盛ってみるか、ってダメか、盛った分だけゲートに吸い込まれていくぞ。

うーん、仕方ないからそこらの木の枝でもゲートに突っ込んでみるか。

えいっ!

お、来た来た杖の根元からなんか出てきたぞ。

なんかでろでろ青黒い煙だな、なんか臭いし。

これもサモン・サーヴァントに……なるよね、うんなるなる、なるに決まってるさ!

煙が集まってきたな……。

おお、なんか見たことない犬種だけど超強そうだ!

ハルケギニアは広いなぁ。

まぁ原作で出てきてない種族なんかもたくさんいそうだし。

ちっと見た目グロイ気がするけど、うん慣れればへーきへーき。

さ、レッツコントラクト・サーヴァントッ!


「我が名はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。
宇宙の力を司るトラペゾヘドロン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」


口にちゅっとね。

これで夢にまで見たワンちゃんライフが俺の手にも……。

ふふふ、今日はよく寝れそうだ。

でもこの子獣臭いな、あとで洗ってやるか。

なんか体も心なしかデロデロしてる気がするし。

おっと、顔ぺろぺろするなぃ。

やけに舌長いな、まーいいけどさ。

あ、才人召喚されてら。



ヴェストリの広場で俺は悩んでいた。

コントラクト・サーヴァントの影響かワンちゃんは尻尾をぶんぶん振ってじゃれついてくる。

そこらへんに生えていた猫じゃらしっぽい草で遊んでやりながら考え込む。

このワンワンにどんな名前をつけてやるか、大きな問題だ。

例えばだ、俺が父親になったとする。

息子にどんな名前をつけてやるだろうか。

うーむ、難問だ。

強くあってほしいから獅生(しおん)というのはどうだろうか。

それとも心なしか狼っぽく見えなくもないから銀狼(ぎんろう)とか。

あいやここはハルケギニアだから西洋っぽい名前だな。

勝都(びくと)というのがいいかもしれない。

……待てよ。

キュルケのサラマンダーはフレイム、タバサの風竜はシルフィード。

なら属性とか種族に対応した名前をつけるべきか。

犬だから……パトラッシュ、ハチ公、カイくん。

んーどれもイマイチパッとしないな。

俺はそもそもこの子にどうあってほしいんだ。

……可愛く賢くあってほしいかなぁ、強さは二の次として。

図書館にこもることが多い俺はあんまし友達いないし。

このワンちゃんのラヴリーさで友達ゲット! みたいな感じに。

いやいや、家族になる子を利用とかよくないよな。

おっと脱線脱線、名前か。

むぅ……そうだ!


「今日からお前はドン松五郎だ!」


結局日本的なネーミングになってしまったが、ぴったりな気もする。

そのうち新聞とかも読ませてみようかな。

たまたま通りかかったタバサがぎょっとした顔をしてた。

どーでもいいけどコイツ目がない気がするな。

つぶらなおめめにも期待してたんだが、人懐っこいヤツだからいっか。



さて、ドンは活発でお茶目なヤツだった。

多分使い魔としての特殊能力だと思うけど、部屋の隅っこから自由自在に出入りできるのだ。

ひょっとしたらすんごく小さな穴でも潜り抜けることができるのかも。

だとしたらなかなか便利な能力だと思う。

俺は現代っ子だからG様やネズミがあまり得意じゃない。

そのうち駆除してもらおう。

使い魔品評会でもこれでなんかできねーかな。

話はそれたけどその能力を使って人様の部屋に不法侵入しているようだ。

特にタバサがお気に入りらしい。

コイツも大食いだからシンパシーでも感じてるのかな?

いないなーと思えばタバサの部屋の方からトコトコ歩いてくる。

まぁ、可愛い子犬だしタバサもイヤだったら俺に言いに来るだろ。

それとも飼い主として先にあいさつしておくべきか?

んー前世でも犬なんか飼ったことないからそこらへんのマナーがよくわからん。

あ、でもそのうちマルトーさんには謝りに行った方がよさそうだな。

どうもドンは常に腹ペコなようで厨房に忍び込んではいろいろ物色してくるらしい。

というのはたまに部屋の隅っこで与えた覚えのないナニかをじゅるじゅる啜っているのだ。

俺はもう慣れたけど、綺麗にしてもちょっと臭うから料理をする場にはふさわしくない。

本音を言えば厨房には突入しないでほしいんだけど、ドンはこのことに関しては言うことを聞かない。

生意気なお犬様め、俺が飼い主でなければペチンと叩いているところだ。

マルトーさんにきちんと話して、できれば部屋の隅っことかを石膏で埋めて穴をふさがないと。

さ、それはさておき魔法の練習練習。

目指せスクウェアーー!!



[29710] サイト・ヒラガに祝福を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/27 18:45
サイト・ヒラガに祝福を



2004年 A.D. 6104 平賀才人

なんか異世界に来たし今日から日記つける。

俺の名前は平賀才人、ここ風に言えばサイト・ヒラガ。

元・東京在住の十七歳、高校三年生で青春真っ盛りのイケメンだ!

……ごめん嘘ついた、青春を楽しもうとがんばるフツメンだ!!

なんか昔っから皆には「抜けてる」って言われてるけどそんなことないぜ?

こんなよくわからないところには来たのは……事故だ。

考えてみてくれよ?

道路のど真ん中に身長くらいある銀色の楕円形がふわふわ浮いてたら。

まず裏側確認して、それから色々したくなる、誰だってそーするに決まってる。

唯一の誤算は月が二つあって魔法使いがいるファンタジー! と思わず叫びたくなる世界に召喚されちゃったことだ。

ハルケギニアとかいう世界は魔法どころかエルフまでいるらしい。

エルフと言えば森に棲んでてとんでもない美形ばっかり、ってイメージだけど砂漠に住んでるんだって。

人間より魔法がすんごい強くて、でも性格は穏やかだとか。

気は優しくて力持ちってヤツだな。

あとドラゴンやらグリフォンやら動物園にいればパンダなんて目じゃないヤツらもいるんだ。

実際青いドラゴン見たけどすごかった、でかい、怖い、食われそう。

大丈夫かなぁ俺、ドラゴンころしが必要な場所だったら一ヶ月もしないうちに死ねちゃうぜ。

そうそう、俺を召喚しちまった貴族のお嬢さまの紹介がまだだったな。

名前はルイズ、ルイズ……ルイズなんとかかんとか!

長すぎて忘れちまったよ、それにファーストネームで呼んでいいって言ってくれたし。

女の子の下の名前呼ぶなんてはじめてだよ、声にするだけでドキドキだよ。

そのルイズなんだけど、すっげー可愛いの!

うまく説明できないんだけどさ、「天下無双、外宇宙に名をはせる、邪神も裸足で逃げ出す無敵無謬深淵の中を覗き込むほどの驚きを伴う美少女」って感じ?

まぁ欠点は、日本語なんか誰も読めないし書いとくか、胸のサイズだな。

お隣のキュルケって子くらいなら完璧というか、宇宙一の称号を授けてもいいくらい。

というか、ピンクブロンドの髪なんてはじめて見たぜ、アレで染めてないとか遺伝子仕事してるの?

性格も書いておくか。

貴族のお嬢さまって言うからよくある「おーっほっほっほ!」とかを想像したワケですよ。

全然違う、超優しい。

この子俺に惚れてるの、ってレベル。

他の貴族とはほとんどステレオタイプなヤツらだからルイズだけが違うの。

こんな非の打ちどころのない美少女とキスしたなんて、俺幸せ者!

残念ながら帰る魔法は今のところないらしいし、とにかく精いっぱいルイズのためにがんばろうと思う。

出会い系に登録したばっかりだったんだけどな……ぐすん。

今日はもう寝る!

**

二日目にして色々ありまくりだったよ。

いきなり三日間寝太郎状態だったらしい、ルイズ世話かけて心配させてごめん。

とりあえず朝のことから。

女の子とかを連れ帰った渋いおっさんって、その子をベッドに寝かして自分はソファーで寝るじゃん。

アレ結構きついんだな。

寝返りうてないから窮屈な感じするんだよ。

まぁルイズがメイドさんたちに頼んだおかげで、石の床に寝るってのは防げたからよかったんだけどさ。

さらに女の子と一つ屋根の下どころか同室で寝るなんてはじめてだったんだ。

窮屈なのもあって「寝れるかな?」とは思ったけど心配なかった。

一瞬で寝れたよ、俺の適応能力すごい、鈍いのかコレ?

朝はメイドさんと使用人さんと一緒にご飯、かなり美味しかった。

でもパンなんだよ、そのうち絶対ご飯が恋しくなるに違いない。

変な臭いがするからそっち見たら変な獣が舌伸ばしてみてた。

ロシュフォールさんって子の使い魔らしい。

子犬くらいの大きさなのになんか怖い、威圧感というか圧迫感がある。

同時に見ててムカついてくるのはなんでだったんだろ。

しばらくこっち見てどっかいった。

**

んでもって次は授業、教室がすごかった。

海外映画でしか見たこと石造りの教室とか。

さらにすごいのが使い魔、もう怖い。

「俺こいつらと同列?」って少し悲しくもなった。

そして、ルイズがいじめられてるのもわかった。

魔法唱えたら爆発するだけだろ。

なにがゼロのルイズだよ、お前らなんでがんばってるヤツをバカにできるんだよ。

ふざけんなっての。

そう叫ぼうとしたけどルイズに肩を抑えられた。

「わたしは大丈夫」って目で言ってた、でも辛そうだった。

優しくされたのもあるかもしれないけど、そん時俺は絶対ルイズの味方でいるって決めた。

あとすごく印象に残ってるの。

すごい背筋がぞわぞわする子がいた。

いや、キモイとかそういうのんじゃないんだ。

すごい美人だと思う、肌も髪も真っ白で目が赤い、日本じゃアニメにしかいないみたいな感じの子。

見た瞬間「コイツはヤバイ!」って思った。

ルイズが太っちょ貴族にバカにされたときとか凄い表情浮かべてた。

なんていうか、表現できない顔、喜怒哀楽全部一緒に浮かべたらああなるのかも。

そのあとも不気味にぶるぶる震えてた。

ああもう、自分で何書いてるのかわかんね。

とりあえず教室はピッカピカにしてやった。

**

俺、実は剣の達人かも。

ルイズがお金払ってるみたいだけどお手伝いしようと思ったんだ。

ほら、一人だけゴロゴロしてると他の人が気分悪いし、バイトの予行演習にもなりそうだし。

食堂でデザート配り手伝うことになったんだよ。

この時シエスタ、って子に教えてもらって少し仲良くなった。

んで、配ってるとき親切で香水みたいなの拾ってやったらなんか決闘することになった。

相手は金髪フリフリキザ貴族、腹立つことにイケメン。

しかも二股かけてそれが俺のせいでバレたとか。

知るか!

とにかく広場に行ったんだけどきったねぇの、魔法強いよ。

ぼっこぼこに殴られてもう何がなんだかわからなかった。

ルイズが泣いてた気もするし、キザイケメン貴族もちょっと引いてた気がする。

でもなにより覚えているのは例の白い子。

すごい怒ってるようにも楽しそうにも見えて、ほっといたら人殺しそうな勢いに見えた。

メンヘラってヤツなのかもしれない。

授業中見たときは「コイツはヤバイ!」だったけどその時は「コイツを何とかしろ!」って心が叫んでたような。

流石に三日間寝っぱなしだから詳しくは思い出せないけど。

白い子が顔を伏せたからイケメンの方見て、そしたら剣が刺さってたんだよ。

尻もちついてたから立ち上がるために握ったらすごい。

世界が変わった。

もうイケメンとか敵じゃなかった。

あっという間に決着ついた、でも「コイツを何とかしろ!」って感情がすっげー強くなった、気がする。

あんだけボコスカ殴られてるんだからそりゃ忘れるよな。

で、とりあえずルイズのとこに行こうとして剣を手離したらぶっ倒れちゃったと。

世の中不思議なことばっかりだ。

起きてからルイズにすごく怒られた、泣かれた。

泣いた女の子ってどうあやせばいいの? 誰か教えてよ!

今からルイズに土下座してきます。



*****


メアリー・スーに歓びを



ちーっす、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

本気出すと右目青くなるけど、冷静に考えれば俺の人生プランで必要になるときないよな。

ま、いいや。

前回も言ったけどサモン・サーヴァントしたんだ、ワンちゃんだぜワンちゃん。

見た目はかなり強そうだから賢くなってほしいという意味を込めてドン松五郎って名前をつけたんだ。

ハルケギニア風に言うと「ドゥンムァツグォルォ!」って感じ?

一回噛んで「ドゥンムァツトゴァ」とか言っちゃった、それ以来普段はドンって呼んでる。

強そうでいて可愛らしいけど、グルメで大食い。

エサ代がかかるのが玉に瑕なヤツだ、なんで豚の頭とか牛の頭を好むかねぇ。



さておき原作開始ですよ奥さん。

めでたく才人が召喚されてごろごろ契約の痛みで転がってたり。

今までクラス違うから知らなかったんだけどさ、ルイズめっちゃ良い子なんだよ。

召喚翌日の朝ごはん、才人のことみんなかわいそうって思ったっしょ?

違うんだよこれが原作とは。

アルヴィーズの食堂には連れてこず使用人用の場所で食べさせてるんだよ。

ドンの視界共有(どこに目があるかわからんけど)で確認したから間違いない。

これにはびっくり!

この様子だと昨夜もまっとうな寝床を与えてもらったのかも。

魔法が使えないから自然平民には優しくするようになったのかもしんないな。

ここらへんも原作とのギャップだ。

でも魔法はボカンボカンやらかしてるみたいで同級生からは「ゼロのルイズ」呼ばわりされてる。

正直な、マリコルヌの悪口とか「お前小学生かよ!」って突っ込みたくなるほどちんけなの。

もー顔伏せて笑いこらえるのが精いっぱいで、きっと肩とか震えまくってるよ。

おっと、ミセス・シュヴルーズが入ってきた。

授業はきっちり聞くぜ、なんたって魔法の勉強は楽しいからね。

物理法則なんか知ったこっちゃねぇよ! ってところが特に。

感覚頼みなところが多すぎてぶっちゃけ座学できすぎても意味ないけど。



決闘って何が楽しいんだろうね。

ここは原作通りにイベント進行してくれて安心の限りだよホント。

バタフライエフェクトだっけ?

よくわからんけど風が吹けば桶屋が儲かる的なアレやコレで流れが変わりすぎても困るんです。

ただでさえ俺って異分子がいるんだから極力原作キャラとは語らずにいきたいね。

武勲挙げて領地に引っ込んで内政チート! それが俺の人生目標。

うわ、才人フルボッコじゃんか。

ラノベとかアニメだとわかんないと思うけど、これはひどい。

もう見てるのが辛くなってくるレベル、よくこんなので立ち上がれるよな。

あーイタイイタイちょっとホント無理見てらんない。

でも剣握ってからを見守る必要はあるから動けねぇな。

仕方ない、地面でも睨んでおくか。

にしても貴族様ってのはかなりいいご趣味をお持ちだね。

一対一とは言えリンチと変わんないじゃん。

ボクシングとかみたいな試合とは違うんだぜ?

なんで止めようとしないのさ、下手すりゃ死ぬぞ。

こいつら全員痛い目見た方がいいんじゃないか、って思ってしまう。

おかしいな、俺こんなこと思うキャラじゃなかったはずなのに。

普段通りのスタンスなら「モブ貴族なんて知ったこっちゃねーや」に近いと思うんだがなぁ。

ああ、アレだな。ドンを召喚したことで優しさに包まれちゃったんだな。

今まで以上に優しくなるとか、人間国宝と呼ばれてもおかしくないレベルだろ。

お、おバカなこと考えてたら才人剣握りやがった。

すげえ、ありえねえ、速いとかそんなチャチなもんじゃない。

「あなたボルトさんですか?」ってくらい、人類規格ぶっちぎり。

虚無の使い魔は伊達じゃないな……もうすぐスクウェアになれそうな俺でも接近戦は勝てそうにない。

距離さえあればなんとでもできるんだろうけど、デルフリンガー持てばマジメイジ殺し。

……と、なんでこんな好戦的な考え方してるんだか。あほらし。

さてと、タバサが住む図書館にでも行きますかね。



もうね、力ががくんと抜けたよ。

なんなんだよアレ。

今アルビオンが原作通りヤバイらしいんだけどさーレコン・キスタじゃないの。

聞きたい?

そんな聞きたい?

脱力すんなよ?

……「ニャル様とホップを愛でる会」だ。

ほんと「ハァ!?」って感じだよな。

こんなんに滅ぼされそうになるってアルビオン大丈夫かよ。

ホップってビールかよ、ゼロ魔はエールだっけ?

どうでもいいか。

なんか使用人の噂話を小耳にはさんだ程度だけど、なんだかなーって人生嘆きたくなるぜ。

二回目の人生だけどな!

さて謎な名前だがどういうことだろう。

ニャル様って人とホップを品種改良して美味しいエールを造ろうって会なのか?

それともニャル様って人とその弟子ホップの漫才を見てニヤニヤすればいいのか?

まったく一切見当もつかん。

ここにきて原作との乖離が進み始めたなー。

物語なんだからその辺きっちりしてほしいぜ。

大筋で考えれば別にいいんだけど、無能王ジョゼフの戯れってヤツか。

まぁ名前なんて些細な問題でアルビオン占領されそうになってる事実だけが大事だよな。

こりゃ俺もキュルタバに着いて現地行って確認すべきかもな。

あ、そーいや今日フリッグの舞踏会なのにフーケさん来なかったぞ。

ロケットランチャーを一度ナマで見たかったのに……。



[29710] 外伝 ダングルテールの影
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/29 22:48
A. D. 6084 小隊隊長

深夜、黒く分厚い雲が空を覆い隠しいつもは冴え冴えと大地を照らし出す月明かりはない。

上層部からの命令で疫病が蔓延している海辺の寒村ダングルテールを、住民も建物もすべてを跡形もなく焼き払う。

命令書によると、特に教会と妖しげなロマリアの女を念入りに焼けとの指示だ。

ロマリア人が疫病を持ち込んだのか、村人は偉大なる始祖ブリミルの威光で病気を癒そうとしているのだろうか。

今回の任務は普段の化け物退治とは異なり、腑に落ちない点が多い。

特にわからないのは妖しげなロマリアの女、特徴などは一切知らされていないのにどうやって特定しろというのだ。

疫病などは嘘で本当は新教徒の焼き討ちではないだろうか。

副長と協議した結果、まずは調査を行い真実疫病ならば跡形も残さず焼くことにした。

村に潜入する。

実験小隊は火メイジ十名、風メイジ五名、土メイジ三名、水メイジ二名の計二十名からなる。

北は海、南は山に囲まれた村だ。

西からわたしを含め五名、東から副長含め五名、八時の床入りの鐘を合図に進入する。

他に墓場の様子を見て異常を探る犬と梟を使い魔にもつ二名、東西に四名ずつ待機要員を残し、疫病の発生を確認すればどこかで火を熾して追加要員二名ずつが外周部から村を燃やす。

街道をあえて封鎖しなければ恐怖にかられた人々は疑問も覚えず東西どちらかに逃げるだろう。

そこで待機要員が奇襲をかける。

万一村人が山に逃げても追いかければ済むことだ。

熟達した火のメイジにかかれば暗闇の中体温を感知することなどたやすい。

副長はそちらの才能にあふれているよう感じる。

地の底から響いてくるような、不気味な鐘の音が響いた。

念入りにマスクを確認する。

焼き討ちを行う予定である以上、無用の灰や死体から立ち込める瘴気を吸い込まぬよう必要な処置だ。

無言で杖を掲げ音も立てず駆ける。

目指すは村の中心にある教会、ロマリア女と並ぶもう一つの不自然な点を探る。

闇夜とはいえ道の中央を進んだりはしない、極力姿を隠しながら足を進めるがどうもおかしい。

床入りの鐘が鳴った直後だというのに人がいない。

カキを拾うしかないような寒村だとしても幾人かは床入りの鐘直後に船の様子を見に行くはずだ。

それに家から漏れるはずの灯りが見えない。

村の中は全き暗闇に閉ざされていた。

夏も近いというのに村は底知れない冷気に覆われている。

唐突に霧が立ち込めはじめ、ただでさえ先のわからぬ漆黒の夜闇の中を行く私たちの視界をさらに妨げたのだった。

素早く方陣を組み耳を澄ませ、蠢いているようにも見える闇を凝視する。

特異的な温度変化はわからず、ぺちゃくちゃと奇怪な喋り声がどこからともなく聞こえる。

ハルケギニア公用語ではない、風メイジが教会の方角を指さした。

一分ほど襲撃に備えたが動く気配はない、その間にも霧は地の底から湧き出ているかのように濃くなっていく。

方陣を維持したままゆっくりと歩みを進める。

村は狭い、五分もせずに教会へ着いた。

反対側から霧に紛れて人がやってくる、五名だ。

油断なく杖をかまえるが、現れたのは副長たちだった。


「隊長、この村と霧は妙です」

「承知している、教会からも何か聞こえる」


声を潜めながらの会話よりも教会から聞こえる声の方が大きい。

地獄の深淵から響くような大合唱だ、念のため一部を記録しておく。


――いあ! いあ! ないあ×××××××!――


その時、私の隊の風メイジが猛烈に震えだす。

白目をむきながら奇妙なひきつり笑いを浮かべ、歯の根がかみあっていない。

いたるところから噴き出す汗は水たまりをつくりそうなほどの量で、明らかに正気を欠いた様子だった。

わたしと二名が介抱のために残り、他の隊員で教会の周囲を探索した。

おそらく樫で造られた教会の重厚な扉を睨みつける。

遠目にはブリミル教の様式にのっとっているように見える、しかしそれはまやかしだった。

双月を見上げる三本脚の奇妙な獣、奇妙な姿の人物に教えを賜う民衆、どことなく太った女性に見える何かが彫られ、まともな司祭が見れば怒り狂うだろう。

元々あったブリミル教の教会を改造したものであるようだ。

教会の主は新教徒ではない、彼らは実践的なだけであって始祖ブリミルに唾吐くような存在ではない。

墓場の方から一度だけ犬の遠吠えが聞こえる。

異常なしのサインだ。

周囲を探索していた隊員も次々と戻り首を横に振った。

ダングルテールで疫病など発生していない、これは確定した。

しかし同時に新教徒の焼き討ちでもない。

もっと狂気じみた何かだ。

これを見逃せばハルケギニアの滅亡につながると、奇妙な確信をわたしはもった。

不自然なまでに情報の少ない命令書も政治的判断などではなく、危険性が高すぎて最低限しか情報を確保できなかったに違いない。

副長も同様の思いを抱いているのか、人相の悪い顔で病的な扉を睨みつけている。

二人頷き合い、近接戦闘に長けたアルビオン系風のラインメイジのチャールズ・ウォード、魔法の威力はトライアングルに迫るゲルマニア生まれの火のラインであるエーリッヒ・ツァンを突入部隊として残し、他の隊員は恐怖のしみついた村の各地へ送る。

調子の悪い隊員は一人だけつけて街道へ伏せるよう指示を出した。

おぞましく形容しがたい儀式の声はいよいよ大きくなっていく。

私は火球を生み出し空中で待機させる、副長も同じスペルを詠唱した。

清浄なる始祖の火で祓われるかのように周囲を覆っていた霧は消え失せる。

辺りを赤色で染める炎を教会の正面にある民家にぶつけた。

光源としては十分だ、各地に散った隊員もこれを合図として村を焼きはじめるだろう。

異変を察知したのか、教会内部から這いよるように染み出ていた声は止み、まっとうなハルケギニア公用語が聞こえてくる。

チャールズが素早くエア・ハンマーを詠唱し、エーリッヒも追随してフレイム・ボールを唱え出す。

一拍早く完成した風の大槌が妖しい教会の扉をぶち抜いた。

空気の塊は余勢を駆って教会内にまで吹き込み、黒づくめの人々を数人打ち砕く。

開け放たれた正門から流れ出る空気は冷たさどころか纏わりつくような感触まであり、泥沼にひきずりこまれるような気持ち悪さがあった。

礼拝でなくとも普通は蝋燭を灯すというのに、教会内部に明かりはない。

そこにエーリッヒの強烈なフレイム・ボールが、光を伴いながらも教会内を飛び込んだ。

真昼の太陽のような明るさで得体のしれない暗闇で満たされた室内を照らしだし、中にいた村人らしき黒づくめを慈悲のかけらもなく炎に包む。

それを松明として教会に踏み込むと、おおよそ五十名近くの長椅子に座った人々がこちらを驚いた様子で振り返る。

事前情報にあった村人の数と一致する、このダングルテールは邪教に染められていたのだ!

そして祭壇らしき大きな台座、そこには金髪の幼子が寝かされており、すぐ傍には妖しい女が佇んでいた。

なんというのだろうか、ハルケギニアにはない独特な顔立ちで遠くロバ・アル・カリイエのそのまた向こう、東の果てから来たような印象を受けた。

黒いフードをかぶってその髪型などはわからなかったが、凄まじい色香を放つ美女だった。

しかしその本質は違う、この女は始祖の威光も届かぬ夜空の果てのさらに裏側から滴り落ちて形作られた存在だ。

私は一瞬で確信を持つ、命令書にあるロマリア女だ。

恐怖に責め立てられるように一瞬で炎を練り上げ、こちらへ奇怪なうめき声をあげながら襲い掛かってくる村人を無視して一条の炎を放った。

この時私は極度の興奮状態にあり、どのような詠唱を行ったのか一切覚えていない。

焔は確かにロマリア女を貫き黒い衣を聖なる炎で包んだ。

焼かれながらもロマリア女は高々と狂笑をあげ、ついには床に倒れ伏した。

その瞬間のことだ、凄まじい勢いで女から溢れ出た漆黒の闇が、炎の灯りすら塗りつぶして教会内を満たした。

副長が素早く一歩前に進み出てフレイム・ウォールで村人と私たちとを遮断したが、暗黒はそれすらも食いつくすように襲い掛かる。

この世ならざる光景に足がすくみ絶望を覚える。

が、チャールズのウィンド・ブレイクで四人は教会内からたたき出された。

蠢く闇は教会からは出られない様子で、誰よりも早く立ち直ったエーリッヒが恐怖を振り払うかのように火球を幾度となく叩きつけた。

私たちも様々な攻撃魔法を放ったが、闇はあらゆる魔法を吸い込み続け、やがて教会内へゆるゆると後退し、ついにはその姿を消した。

全周囲への警戒も忘れ四人でじっと教会の暗闇を見つめる。

しばらく様子を見たが、教会内からは人ひとり分の心音と呼吸音しか聞こえない、というチャールズの判断を元に私たち四人はそこいらの薪を松明がわりに教会内へ踏み込むことにした。

まずは火をつけた薪を教会内に放り込むが、赤々とした光に照らされるだけで何も反応はない。

注意深く踏み入ってはみたものの、残されたものは少なく石造りの教会はがらんとしていた。

黒衣を纏った村人の姿はなく、まるで先の光景が夢であったかと錯覚しそうになる。

ただ祭壇で眠る金髪の幼子がここであったことは現実だと教えてくれた。

得体のしれない女が立っていたところには、腹部を貫かれ絶命した金髪のロマリア女が倒れていた。

ありえないことに、私が見た女とは顔がまったく違う。

副長たちに確認をとったところ彼らは顔を見ていないようで断固たる確証は得られなかった。

さらに炎で焼かれたあとがない、腹部の傷も鋭利な刃物で貫かれるどころか、神の祝福を受けた一撃でなければこれほど綺麗な跡にはならない。

その表情はようやく楽になれる、という死を待ち望んでいた人が浮かべるものだった。

先のスペルを覚えていないこともあって、これは顔こそ違うものの不気味な女だったと判断した。

その時、死体を検分していた私の後ろで突如叫び声があがった。

瞬時に詠唱を終えるとともに振り返ると、例の漆黒が目元に纏わりつき狂ったような笑みを浮かべて副長が私に炎球を浴びせてきたのだ。

隣で見ていたエーリッヒとチャールズが止める間もなかった。

素早く身を投げ出しファイアー・ボールを回避するも、首筋に炎がかすめる。

立ち上がると同時にごく小さな火球を容赦なく副長の目元に放った。

副長は正気を失ったかのように凄まじい叫び声をあげ、力を失ったように膝をついて倒れた。

私は油断なく大きな炎を生み出して教会の内部を隅々まで照らし出す。

チャールズは手早く杖を奪って風のロープで副長を拘束し、秘薬で火傷の手当てにかかった。

一方エーリッヒは杖を幼子に向け、ブレイドを唱えた。


「待つんだ」

「ですが隊長、危険すぎます」


彼の制止を振り切って私は幼子に近づいた。

邪教の祭壇に捧げられた三つほどにしかない女の子だ、むしろ私たちブリミル教側の存在ではないか、とその時の私は考えたのだ。

服装は貧しい平民の子供そのもの、金髪も顔立ちも珍しいものではない。

しかし決定的におかしな存在が目についた、指輪だ。


「これは……すごいルビーですな」


私の後ろで身構えていたエーリッヒも思わず目をうばわれたほどだ。

邪悪な気配は一切感じない、むしろこれほど聖浄な指輪がこの教会にあったのか、と驚きを覚えるほどだ。

ロマリア由来の聖遺物に違いない、と二人で結論づけた。


「隊長、副長が目覚めます」


チャールズの言葉に私は振り返る。

エーリッヒは念のため幼子を警戒していた。


「面目ねえ」


口から飛び出したのはいつもの皮肉気な声だった。

だが油断はできない、杖を向けながら拘束はとかない。


「何があった、答えろ副長」

「オレにもわかりません。いきなり目の前が暗くなったと思えば隊長に焼かれた、ってとこですね」


やれやれと肩を竦めながら答える姿は完全に副長そのものだ。

しかしこの教会ではありえないことばかりが起きている、こうして喋っているのが副長であると断言はできない。


「悪いがまだ拘束を解けないな」

「それは承知してます、自分がふがいなすぎて死罪でもかまわんほどです」


うっすらと笑みを浮かべながら副長は肩を落とした。

彼は実力もさることながらプライドも高い。

邪悪な存在に一瞬とはいえ乗っ取られた自分を情けなく思っているのだろう。

副長の監視はチャールズに任せ幼子の処置をエーリッヒと二人で考える。

私は幼子を連れて行くべきだと考えていたが、当然ながらエーリッヒは強く反発した。

チャールズもこの場で殺すことに、もっと言えば命令書に従うことに賛成している。

副長は何も語らず目をつむっていた。

結局私が押し切る形で幼子を連れ帰ることにした。

副長が拘束されたまま先頭を歩き、真ん中に幼子を背負った私とチャールズ、エーリッヒが殿を務め燃え盛る村から脱出する。

村外れで合流した小隊は、正気を欠いた隊員も回復して、一人も欠くことなく揃った。

皆は拘束された副長に驚きの表情を浮かべ、次いで隊員は一様に奇妙な現象を報告してきた。


「村には人っ子一人いませんでした」

「路地裏から奇妙な笑い声が響くこともありました」

「墓場の探査では烏の群れにじっと観察されていました」


なんとも背筋が寒くなるような話だった。

ともあれ天まで届くような炎に包まれたダングルテールを背後に、小隊は帰路へ着いた。

ロマリア女の狂笑が耳元から離れなかった。


***


この任務を最後に、私は小隊を離れトリステイン魔法学院に奉職することとなった。

小隊隊長は副長メンヌヴィルが継ぐ、彼なら教訓を生かして狂気に耐え、困難もうまく切り抜けるだろう。

金髪の幼子、アニエスを育てながら来たるべき日を待っている。


*****



「リッシュモン様」

音もなく現れた小姓が白髪の老人の耳元でなにごとか囁く。
老人の顔はみるみる内に歪み、苛立たしげに舌打ちをした。

「追加要員をすぐに見繕え、金は一切惜しむな」
「御意」

用件を承った黒髪の小姓は再び音もなく部屋から出ていく。
その様子を対面のソファーに腰掛けたマザリーニ枢機卿は無表情で観察していた。

「何かあったのですかな」
「失踪だ、小隊のチャールズ・ウォード。手練れの風メイジであるヤツならあるいはと思ったんだがな」

リッシュモンはテーブルの上に赤ワインを注ぎ勢いよく飲み干した。
それで激情を心の中に押しとどめたのか、マザリーニの正面にどっかと腰を下ろした。
だが顔に表れる焦燥感を隠すことはできなかった。

「ここ十数年動きが活発すぎる、どういうことなのだ」
「ロシュフォール家長女の誕生と重なりますな」

ロマリアとのパイプも太いマザリーニの諜報網は伊達ではない。
が、そのマザリーニですらメアリーの誕生を最近まで知らなかった。
ジョン・フェルトンが幽閉塔に隠したのもあるが、理由はそれだけではない。
彼女の近辺を探ろうとしたものはことごとく失踪、あるいは発狂していくのだ。
“ヤツら”から密かに民衆を守るため、幾度となく“ヤツら”と杖を交えた猛者であろうともそれに変わりはなかった。

「……王女にはいつ知らせるつもりだ」
「十七歳まではなりませぬな、王家の秘儀で精神を強くせねば、そうであってもシャルル殿の件があったのですぞ」

マザリーニの冷静な言葉にリッシュモンは苦い表情を浮かべた。
ガリア王家の失態はことを知る者にとって痛すぎる教訓だ。

「アルビオンもきな臭い、間者を潜りこませようにも発狂して終わりだ」
「その件には適任が、グリフォン隊隊長の『閃光』を差し向けようかと」

何気なく放たれたその言葉にリッシュモンは耳を疑った。

「正気か、スクウェアを使い潰すなど」

小馬鹿にしたような言葉にマザリーニは目を閉じて淡々と答える。

「彼はただのスクウェアではない、母君の意志を継いでおられる」
「……彼女のことは、悔やんでも悔やみきれぬ。私の差配ミスだった」
「失敗を挽回してこそのリッシュモン殿でしょう」

それだけ言うとマザリーニはゆっくりと立ち上がる。
夜も更けたので帰宅するのだ。

「そういえば、金子の方は」
「馬鹿にするな。何のために拝金主義者と呼ばれてまで賄賂を受け取っているのだ」
「はて、何故でしたかな」

マザリーニは苦労で老けきった顔を綻ばせる。
数少ない事情を知る者、その中でも最も協力的なリッシュモンをからかうように。
リッシュモンは苦々し気な表情で言い捨てた。

「このハルケギニアを守るためだ」

マザリーニは満足そうに笑い、別れを告げた。
アンリエッタ姫が十七になるまであと一年。
全力でトリステインを支えるためにも気合を入れなおすことを決意し、自宅への帰路に着く。
遥か遠くから、月に向かって吼える三本脚の獣が見つめていた。



[29710] 番外編 マルトーに沈黙を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/29 22:54
マルトーに沈黙を

※完全なネタ番外編で本編とは一切関係がありません。



「待ちやがれこの野郎ッ!!」


牛の頭をくわえた犬を若いコックが追いかける。

日本のアニメでもありそうなシチュエーションだ。

その犬がおぞましい姿でなく、若いコックが金髪青目でさえなければだが。


「くっそ、また逃げられた」


厨房に戻った若いコックは悔しげに吐き捨てた。

拳がぶるぶる震えるほどの怒りを覚えている。


「やっぱりミス・ロシュフォールに言ったほうがいいんじゃない?」

「言っても意味ないさ、あんな躾のなってない犬っころを放し飼いにするんだからな」


見かねたメイドの言葉にも腹立ちまぎれの言葉を返す。

ここ数日材料から仕上げた料理まで脳みそ系の食料は根こそぎ奪われていった。

あのおぞましい犬っぽい何かに厨房の人々は隠しきれない闘志を燃やしている。


「なんか罠でも仕掛けてみるか?」

「お貴族様の使い魔を罠に? 首が飛んじまうぜ」

「つっても料理長の脳みそ料理を待ち望んでるお貴族様も多いしなあ」


料理を続けながらああでもないこうでもない、と議論するコックたち。

常人ならばまず子犬の名状しがたい外見に突っ込むが、彼らは気にする素振りも見せない。

メイジが召喚する使い魔はバグベアーなど奇天烈な生き物も多いから慣れている、という理由ではない。

かといって正気を失っているわけでもない。

突如投げやりな議論が飛び交う厨房の裏口が開く。


「お前ら料理に集中しやがれ」

「ウィ、料理長!」


二メイル近い身長に、短い黒髪で如何にも強そうな精悍な顔立ち。

トリステイン魔法学院の厨房を取り仕切るマルトー料理長だ。

その右手にはさっきの恐ろしい子犬がにぎられている。

子犬は暴れることなく、むしろ借りてきた猫のように大人しく尻尾を握られぶらさがっていた。


「やっぱ料理長にかかっちゃ形なしか」

「料理長なら仕方ない」


ぼそぼそとした小声以外は調理の音しか聞こえなくなる厨房。

作業に集中しだしたコックたちに満足したのか、マルトーは犬を振り回しながら厨房を去った。


「はー、あの人やっぱ半端ない」

「あの犬どうやって捕まえたんだ?」

「知らね、マルトーさんなら仕方ないさ」


先ほどよりは静かに話しながら料理人たちは仕上げにかかる。

メイドははーっと感心したようにため息をついた。


「マルトーさん、ほんとすごいね」

「あの人コックやるような人じゃないんだよ」


若いコックがソースをつくりながらメイドに語りだした。

周りの料理人もそれに追随してどんどん声が大きくなっていく。


「確かどっかの軍隊出だろ?」

「ああ、平民なのに教官してたって」

「なんか子爵ぶん殴ってやめたとか聞いたことある」

「マジで?」

「あ、それ俺も知ってる。んでオールド・オスマンが料理長として雇ったんだって」


聞けば聞くほどありえない経歴にメイドはますます驚いた。


「でも、マルトーって確か料理の鉄人の称号名よね。本名なんて言うの?」

「確か……」


若いコックは虚空を睨んで思い出そうとがんばった。

そこに厨房で一番経験を積んだ老コックが口をはさんだ。


「ケイシー・ライバック、厨房じゃ負け知らずの、ただのコックさ」



*****


メアリー・スーは沈黙した


あ、ありえねえ。

マルトーさんって人のよさそうな固太りのおっさんだろ?

なんであんな規格外の男がゼロ魔世界に!?

やばいぞ、なんか怒ってそうだ。

って、ドンがぶんぶん振り回されてる。

いくら最強の男とはいえ許さんぞ、ドンの仇、ウォォォオオオオオ!!!!





――コキャ――






[29710] ルイズ・フランソワーズに栄光を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/09 02:03

「ほんっとうにごめんなさい! 今度からルイズに心配かけるようなことはしないから!!」
「……ほんと?」
「うん、絶対しない。約束する」
「……じゃあ今回だけは許してあげる」

泣いたルイズをなだめて笑わせようとして土下座して、才人はなんとかルイズの許しを得ることができた。
彼女の頬には涙の筋がまだ残っており、じくじくと才人の良心を抉っていく。

――こんなちっちゃい子を泣かせるなんて。

才人はルイズの年齢を聞いていなかった。
彼は授業中のルイズに対する野次の子供っぽさから、ここトリステイン魔法学院を地球でいう中学校相当だと考えている。
当然ルイズの年齢も十三歳から十五歳くらいだろうと思い込んでいた。
一つしか違わないなんて夢にも思っていない。

「ほら、可愛い顔が台無しだぞ」

ルイズから与えられたレースのハンカチで彼女の顔をやさしく拭ってやる。
彼女はベッドに腰掛けたまま不平不満を言うでもなく、されるがままになっている。
その様子は使い魔とご主人様というよりも、優しい兄と少し甘えたがりの妹のように見えた。

「よし、少し目が腫れてるけど一晩寝れば大丈夫だろ」

うん、と才人は満足そうに頷く。

「……その、サイト」

ルイズは上目使いに才人を見つめる。
少し目元が腫れぼったかったが、その破壊力は才人のハートを打ち抜いた。

――こ、これが『萌え』というヤツか!!

ずきゅーん、なんて音がリアルに才人の脳内で響いた。
一瞬固まって、コホンと居住まいを正す。

「なにかな?」

俺は紳士、英国紳士と頭の中で唱えながらできるだけ爽やかな笑みを浮かべてみる。
才人の思惑通りとはいかず若干ぎこちない笑顔だった。

「……ごめんなさい」
「へ?」
「あなたを召喚して、ごめんなさい」

ルイズはペコリと頭を下げた。
才人は戸惑うしかない。
なんでそんな話になるんだろうと頭をひねってみる。
よくわからなかった。

才人は現代日本の価値観ではかっていたが、これはとんでもないことだ。
公爵家のご令嬢が平民に頭を下げるなど本来あってはならない。
まかり間違って他の生徒に見られてしまえばその日からルイズに対するアタリはさらに厳しくなるだろう。
学院ならまだ笑い話で済むが、これが一般社会に出てからという話になれば彼女のみならず、ヴァリエール家の権威の失墜につながる。
例えまだ一介の学生に過ぎないとはいえ、自室とはいえ、やっていいことではない。

勿論才人はそんな背景知ったこっちゃない。
ただシンプルに、可愛い女の子が自分に謝っているだけだ。

「そんな気にしなくってもいいよ」
「でも」
「いいから、確かにボコボコにされて痛かったけどもうへっちゃらだし」

実際三日間も眠りっぱなしだからどれほど痛かったか、すでに彼は忘れつつある。
これは平賀才人の適応能力か、それとも別の理由があるのか。
とりあえず心底申し訳なさそうな顔をしているルイズを慰めるため思いついたことを並べ立てる。

「それに帰る方法も探してくれてるんだろ? だったらルイズのためにちょっとくらい体張るさ」
「……」

それに対してルイズは何も言わなかった。
握り拳を膝の上に置いて、うなだれたままだ。

「ごめんなさい」
「だから! 謝らなくったっていいんだよ」

才人はかがみこんでルイズと視線を合わせようとする。
ルイズは俯いてその顔をのぞかせなかった。

「わたしには、サイトにあやまらなきゃ……いけな、い……ぅ」
「わー! 泣かないで泣かないで!!」

とうとう彼女は泣き出してしまう。
握り拳の上にはぽたぽたと彼女の涙が滴り落ちた。

――泣いた子が泣き止んでまた泣いて、どうすりゃいいんだよ!?

才人は持てるだけの知識を漫画から引っ張り出してみる。

――あーもうどうとでもなれ!

彼の知る漫画の主人公はあまりそういうことに強くなかった。
とりあえず、後で怒られることを承知でルイズを抱きしめた。

――怒るかな、怒るだろうな。でも今は泣き止んでくれたらそれでいいや。

ルイズは押しのけることもなく、ぐすぐすと才人の胸で泣き続けている。
なんとなく才人は彼女の髪を撫でてみる。
さらっさらで自分のものとは全然違う。
左手で彼女の背中をトン、トン、と叩いてみる。
きっとこうすれば安心する、と確証もない予感からの行為だ。
しばらく続けていると、ルイズのしゃくりあげるような泣き声がおさまってくる。
胸元は涙でぐっしょり濡れていたけど才人は文句を言わない、言えるはずもない。

「落ち着いた?」

耳元で優しく囁く。
ルイズは小さく頷いた。

「……もうちょっと、こうしてて」
「ん」

才人はルイズの髪を撫でたまま、ルイズは才人の腰におずおずと手を伸ばしてかるく抱きつく。
二人の間に会話はない。
そのまま、優しい時間は過ぎていく。

それを破ったのは無機質なノックの音だった。
二人は慌てて跳ねるように距離をとる。

「ど、どうぞ」
「失礼しますミス・ヴァリエール。いつもの梟便です」

部屋に入ってきたのは才人も知るシエスタだ。
彼女はルイズの顔を見て、次に才人を見た。
最初顔を見ていたのがすすすと視線が下がって胸あたりでとまる。
あ、と才人は思い当たった。
ぼんやりとした灯りの室内、黒い服ならまだ誤魔化せたかもしれない。
でも彼が着ていたのはハルケギニアにやってきたときと同じ青いパーカーだ。
濡れれば当然色が変わる。
そしてそれは薄暗くても容易にわかるほどだった。
シエスタはそのまま何も言わずルイズに封筒を手渡し、一礼してから部屋を出て行った。

―――きゃー! 御主人様と使用人の禁断の愛ですかアレ!?―――

『……』

二人は互いの瞳を交差させ、溜息をついた。

「シエスタに明日説明しとくよ」
「ええ、そうして」

ルイズは封筒の蜜蝋を、虫眼鏡まで使って確認してから開く。

「……そう」
「どうしたんだ?」
「貴族の事情っていうヤツよ。あなたにも関係しているけど」

はしたなく寝巻の袖でぐしぐしと目元をこする。
そうして、ルイズは貴族の顔になった。

「サイト。わたしはあなたにとてつもなく重い責務を負わせるわ」
「……」

今度は才人が何も言えなかった。
それはルイズが口にした重い責務という言葉に対してか。
それともこのハルケギニアで成し遂げなければならないことがあると感じていた自分に対してか。

「許してくれ、なんて言わない。言えないわ」
「いいよ」

軽い一言。

「きっとサイトは事の重大さをわかってないからそんな風に言えるの」
「いいんだよ」

まるで自分が喋っているわけではない。
自分の心がそのまま声になっているような奇妙さを才人は感じていた。

「……サイト」
「口にすると陳腐だけどさ、ルイズに召喚されたのも運命とか奇跡とか、そんなことだと思う」

その言葉は紛れもない自分の本心だ。
ただ彼自身が何よりも思っていたのは。

「だからさ、そんな自分を責めないでくれ」
「……ッ!」

この少女にこれ以上辛い思いをさせたくない、というだけだった。
ルイズの大きな眼から涙が零れ落ちる。
才人はやさしく彼女を抱きしめ、鎧で覆われたその心を包み込んだ。


*****


A.D. 6104 ルイズ・フランソワーズ

いよいよ明日は使い魔召喚の儀式だ。

正直に書くと、わたしは怖い。

どのような使い魔が召喚されるのか、ひょっとしてシャルル殿下が召喚したような極めて異様なモノが来るかも。

だけど姫さまのご期待に応えるためにもがんばらなければ。

今日はもう寝よう。

**

結論から書こう、わたしは成功した。

天候は最悪だったというのにわたしの気分は晴れ晴れとしていた。

けれど、今では暗澹たる思いで日記を書いている。

召喚されたのは奇妙な服装の平民だった。

見たこともない衣装からは出身地がつかめない。

ちょっとだけ警戒しながらコントラクト・サーヴァントを行う。

熱さにのた打ち回る彼の左手には“ガンダールヴ”のルーンが浮かんできたの!

思わず飛び跳ねそうになった。

これでわたしが虚無であるという第二の確証ができた。

来るべき日への備えができたともいえる。

ミスタ・コルベールに言って彼を鍛えてもらわないと。

でも浮かれていたのはそこまでだった。

彼の話を聞けば聞くほど落ち込むしかない。

わたしが召喚した平民、サイト・ヒラガは争いも何もないところから来たという。

それどころか魔法を見たこともないというのだ。

詳しく聞いてみると彼はそもそもハルケギニアではなく「チキュウ」という星に住んでいたらしい。

そこではカガクが発展していて魔法を使わずとも色々できる、とか。

半信半疑だったけどのーとぱそこんとかいうキカイを見て確信した。

そして同時に後悔した。

この哀れな異星の平民を、サイトを恐るべき輩との戦いに投じなければならない。

本来ならハルケギニアに住む、もっと言えば始祖ブリミルの血をひく貴族の使命に彼を巻き込むなんて。

わたしは召喚の儀式を軽く考えていたのだ。

思わず涙がこぼれそうになった。

わたしが泣きそうになっているというのに彼はのんきな顔で「大変なことになったなあ」なんてぼやいている。

何も知らない彼が可哀そうで、そんな彼に戦いを強いなければならない自分が情けなくて。

今思い返せば余計に辛くなってくる。

それでもサイトが“ガンダールヴ”として召喚された以上、わたしたちはその力を利用するしかない。

彼が気分を害さないよう最大限の、なおかつ周囲が不自然に思わない程度の配慮をしないと。

朝食は使用人と一緒に、寝床はソファーを自室に運び入れさせた。

とりあえずハルケギニアでの最低限のマナーを教えて今日は眠ろう。

**

二日目にして我が使い魔は色々とやらかしてくれた。

理性的かと思いきや何も考えていないのか、彼が全然わからない。

ただ、少し彼の気遣いが嬉しくもあった。

看病するから今日はこれでおしまい!

**

サイトは目覚めない。

怪我自体は治っているから心配ないみたいだけど……。

心が拒否すれば戻ってこないこともありうる、なんてことを聞いたことがある。

彼からすれば当然かもしれない。

**

今日もサイトは目覚めない。

本当に彼の心がハルケギニアを拒絶しているのかもしれない。

看病しながら目覚めを待つしかない。

**

今日もダメ。

お願い、目覚めてよ。

もう利用するだなんて考えないから、おねがい……。

**

サイトが目を覚ました!

こっちがあれだけ心配していたのにけろっとした顔で「おはよう」なんて。

一瞬殴りたくなってしまった。

けれど、嬉しくて嬉しくて彼の目の前でわんわん子どもみたいに泣いちゃった。

そして彼の境遇を思って、また泣いてしまった。

サイトは優しい。

その優しさにもう一回泣かされたほどだ。

そんな彼を残酷な戦いに導かなければならないなんて。

始祖ブリミル様、彼をお導きください。

願わくば、サイト・ヒラガに祝福を。





[29710] シエスタにお昼寝を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/12 19:21
シエスタにお昼寝を



A.D. 6104 タルブ村のシエスタ


春になったから日記帳を新調しちゃいました!

今年は何かすごいことが起きそうな予感がするんです、しちゃうんです。

だから日記も気合入れて書いちゃうんだから。

でも今日は普段通りの一日でした。

明日は使い魔召喚の日だから搬入が忙しそうだなあ。

**

今日はいつもの使い魔召喚と違いました。

なんと、魔法は使えないけど平民には優しいミス・ヴァリエールが平民の使い魔さんを召喚しちゃったんです!

使用人仲間ではそのことで持ち切り。

特にみんな不思議がっていたのが、ミス・ヴァリエールがむしろ嬉しそうにしていたこと。

普通の貴族様だったら「平民の使い魔なんてー!!」って怒るのに。

やっぱりミス・ヴァリエールはどこか変わってらっしゃります。

あとは、ミス・ロシュフォールがすごいのを召喚したとも聞きました。

すごいのってなんだろ。

ドラゴンとかじゃないらしいですし、ひょっとして他の貴族様?

謎です。

**

もうびっくりです。

ありえないです。

ふぁんたすてぃっくです。

ミス・ヴァリエールはなんて人を召喚したんでしょうか。

サイトさん(ミス・ヴァリエールの使い魔さんの名前)はなんというか、奥ゆかしい人でした。

どうにも一歩引いているところがあるような、笑顔でごまかすような、不思議な人。

話を聞いていると魔法も知らなかったとか。

貴族様が周りにいなかったんですかね、よくわかりません。

少しひいおじいちゃんの話に似ているとは思いました。

で、ですね。

すごいんですよサイトさんは!

なんと、貴族様と決闘して勝っちゃったんです!!

え、ありえない。なにこれ。現実?

メイジ殺しなんていう物騒な人がいるのは知ってましたけど、サイトさんはそんな人には見えないし。

最初は見ているのが辛くなるくらい殴られていたのに、剣を握った瞬間動きががらりと変わっちゃいました。

あっという間に青銅のゴーレムを、これまた青銅の剣でずんばらりんと切り倒しちゃいました。

終わったらがっくり倒れて今はミス・ヴァリエールが必死に看病しています。

ミス・ヴァリエールが嬉しそうにしていた理由が少しわかった気がしました。

そういえばミス・ロシュフォールも決闘の現場にいたんですけど、あの人もすごいですね。

魔性の美しさというのか、そんな感じ。

明日もがんばるぞー!

**

サイトさんはまだ眠ったままです。

怪我自体は治っているらしいですけど、お寝坊さんなんでしょうか?

それも気になるんですが、厨房で問題が起きちゃいました。

ミス・ロシュフォールの使い魔さんが牛の頭や豚の頭を盗んでいくんです。

新鮮なのを調達するのも大変なのに。

でもあの使い魔さんがすごい、っていうのはわかりました。

見たこともない生き物なんです。

そりゃハルケギニアは広いから知らない生き物だってたくさんいるんでしょうけど。

他の貴族様の使い魔とは一線を画するというか、なんていえばいいのかわかりません。

不気味というか、奇怪というか。

貴族様の使い魔にこんなことを思うのは不敬かもしれませんが、おぞましい存在であるようにも感じました。

あと臭いです。

こっそり厨房に入ってきているつもりだろうけどバレバレです。

臭いが料理にうつるからやめてほしいなあ。

**

サイトさんはまだ起きない。

丸二日も眠りっぱなしなんて、大丈夫なんでしょうか?

昨日あたりから、気のせいかもしれませんけど不快な視線を感じるような気がします。

自意識過剰なのかな?

**

ミス・ヴァリエールが懸命に看病してもサイトさんは目覚めません。

見てていたたまれない気分になってしまいます。

貴族様とかそういうのじゃなくて、ただの泣きそうな女の子に見えました。

あと視線の正体もわかりました。

ミス・ロシュフォールの使い魔さんです。

悪臭に気付かれないよう風下からわたしのことを見てました。

目があるのかわかんないですけど。

何か用があるのかしら?

**

ようやくサイトさんが目覚めました!

もう何事もなかったかのようにけろっと目覚めて、ミス・ヴァリエールはかなりひきつった顔をしてました。

ふふふ、そしてすごいのを見ちゃいました。

いつも通りの梟便が来たからミス・ヴァリエールの部屋にいったときです。

ミス・ヴァリエールの目元が腫れていました。

さらにサイトさんの胸元がぐっしょり濡れてたんです、暗い室内だからってわたしは見逃したりしませんよ?

ミス・ヴァリエールはサイトさんの胸を借りて泣いていたに決まってます。

ノックしたあとの間もいつもより不自然に長かったし、これは間違いありません。

普通貴族様はどんなことがあっても使用人相手にそんなことはしません。

ということは……ご主人様と使用人の禁断の恋です!

よくよく考えてみればサイトさんが強いだなんてミス・ヴァリエールも知らなかったみたいだし、きっと一目ぼれに違いありません。

すごい。こんなのを現実に見れるなんてもうワクワクが止まらない。

メイド仲間に話したいけどダメだろうな、ああでも話したい!

でもダメ、知られちゃうとミス・ヴァリエールにもサイトさんにも迷惑をかけちゃう。

しばらくニヤニヤしながら見守ることにしよう。

今夜は興奮して寝れないかも。

**

恐ろしい光景を見てしまいました。

昨日のミス・ヴァリエールとサイトさんのやりとりが吹っ飛ぶくらい。

相変わらずミス・ロシュフォールの使い魔さんは厨房に忍び込んでは頭部を持っていきます。

ただ不思議なことに締め切っているはずの厨房にいつの間にか現れていつの間にか消えていくんです。

ああ、こんなことを書いても大丈夫なのかしら!

あの恐ろしい使い魔さんは、平民に思いもつかないような方法で厨房に忍び込んでいたんです。

お昼の忙しさも過ぎ去った頃、部屋の隅っこから青黒い煙というか、形容できない何かが噴き出してきました。

なんだろうと不思議に思いながら見てたら、どんどんあの使い魔さんのかたちになっていって……。

あんな生き物がハルケギニアにいるはずがないわ!

怖い、厨房のみんなに言っていいのかな。

**

アレがなんで頭ばっかり盗んでいくのかわかった。

脳みそをじゅるじゅると、あの太くて鋭い舌で吸い取っていたのです。

見るもおぞましい、正直な話あんな光景見たくなかった。

わたしもじっと観察されてる。

たまらなく怖い。

**

ひたひたと足音がする。

振り向けば全身から気味の悪い液体を滴らせながらアレがいる。

思わず学院の聖堂にかけこんだ。

これからは毎日始祖ブリミル様にお祈りしよう。

今まで不信心でごめんなさい。

心の底から祈りを捧げます。

**

どうやら聖堂の中にまでアレは入れないようだ。

流石は始祖ブリミル様です。

でも仕事をサボるわけにもいかないし、どうすればいいんだろう。

同僚に聞いてもアレを頻繁に見ることはないらしい。

わたしだけがつけ狙われてる、なんで?

**

ひょっとしてアレは、牛や豚みたいにわたしの脳みそをずるずる啜る気なんじゃ……。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

ミス・ロシュフォールに言っても平民の命なんてきっと気にもしないだろうし。

誰か助けてください。

お願い、サイトさん、始祖ブリミル様。

**

思い切ってサイトさんに相談してみました。

彼ほど強い人ならなんとかしてくれるかもしれないって。

そしたら、できる限り一緒にいてくれるらしいです。

よかった。

安心して涙が出ちゃいました。

**

サイトさんが一緒にいててもアレはわたしの傍にいます。

「追い払おうか?」なんてサイトさんが聞いてきましたけど貴族様の使い魔相手にそんなことすれば何が起きるかわかりません。

使用人仲間に聞いてみればミス・ロシュフォールは他の貴族様とはどこか違う、違いすぎるらしいですし。

伯爵家のご令嬢だから取り巻きの貴族様もいるらしいですけど、目つきがヤバいらしいです。

だけど一緒にいてくれる人がいるだけでこんな心強いなんて思いませんでした。

半端ない安心感です。

男の人というか、サイトさんはすごく頼もしいです。

**

明日はフリッグの舞踏会だから大忙しでした。

食材の搬入とかで人の出入りが多かったせいか変な噂話も耳にしました。

アルビオンが大変らしいです。

「ニャルらとホップを愛でる会」だか「ニャル様とホップを崇める会」だか「ナイアルラトホテップ教団」だか知りませんけど色々やっているらしいです。

どれが正式名称なんでしょう。

あとわたしは重大な思い違いをしているのかもしれません。

ミス・ヴァリエールはサイトさんにこれといった仕事を課していないらしく、色々と手伝ってくれました。

ただその時、ミス・ロシュフォールがふらっと現れたんです。

背筋が凍るかと思いました。

ミス・ロシュフォールはわたしたちを見ると、ぞっとするような笑顔を浮かべたんです。

何と言えばいいんでしょうか。

邪悪な期待を秘めたような、見るものに恐怖を与えるような、そんな笑み。

アレはわたしを食べようとしているんじゃなくって、ミス・ロシュフォールの下に連れ去ろうとしてたんじゃ……。

彼女がわたしに何をしようかなんて、思いもつかない。

想像するだけでも耐えがたい妖術の儀式の生贄にしようとしているんじゃないのか。

サイトさんがいてくれたおかげで忘れかけていた恐怖が心の奥底から染み出してきました。

その時、何を思ったのかサイトさんはミス・ロシュフォールの視線からわたしをかばうようにしてくれたんです。

大きな背中でした。

ミス・ロシュフォールは何をするでもなく立ち去ったんですけど、そのあとサイトさんが振り向いて「大丈夫?」なんて笑顔で聞いてくれて。

だめ、これ以上はだめ。

わたしは二人を応援しようと思ってたのに、サイトさんに惚れちゃいそう。

あ、あと最後に一つ。

ミスタ・コルベールの娘さん、アニエスさんが帰ってくるらしいです。

サイトさんとどっちが強いか、なんて厨房内ではその話で持ち切り。

きっとサイトさんの方が強いと思うけどなあ。



*****



メアリー・スーに恩恵を



おっはー、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

そういや今の俺、ルイズとかなり体型近いんだ、身長と胸囲的な意味で……。

ま、いいや。

たまには俺の主人公らしい魔法学院ライフの様子でも紹介しようかな。

え、んなもんいらないって?

……いけ、ドン松!!



朝、目覚ましやらメイドやらの助けを得ずに俺は目覚める。

ハルケギニアに来てから夜型になったのか、朝の日差しがちょっぴり辛いぜ。

逆に月夜はすっげー調子がいい、犬みたいに遠吠えしたくなっちゃうくらいに。

これもワンちゃんが飼いたい、っていう深層心理があったせいかもしんない。

今の俺にはドンがいるからいいんだけどな!



朝食を終えれば当然学生だから授業だ。

意外なことに魔法の授業は面白い。

なんかアレなんだよ、日本の授業みたいにかっちりしてないからかな。

結局のところ「考えるな、感じろ」というところに落ち着くからかもしれない。

面白いんだがよく路線もずれるんだよな。

それがコルベール先生みたく面白い人もいれば自慢に終始する先生もいてさ。

あ、も一つ意外なことにギトー先生の雑談超面白い。

言いたいことは「風最強!」なんだけど擬音語使いまくりで。

「その時私はずしゃーっと敵を切り裂いて」とか「もりもり精神力が湧き上がってぶるんぶるん杖を振るった」とか。

聞いててニヤニヤできるわ。

まあつまらん雑談の時はドンの視界共有で色々見て回ってる。

臭いって苦情が来たから教室に入れられんのだよね……可愛いのに。

最近のマイブームはシエスタの観察。

メイドをじろじろ見てたら怪しまれる、と一年の時は自重してたんだが使い魔ならメイド見てもおかしくないよね!

あの「脱いだらスゴイんです」の下を想像しながら、やっぱりメイド服は萌えるなあ、なんて考えながらドンと視覚共有。

授業中だというのにハァハァしちゃうぜ。

たまに鼻血を抑えるために本気で顔面に力を入れるのはお約束さ。



昼食が終わればティータイムだ。

魔法学院はゆとり教育の極みですごいゆったりしてる。

現代人感覚からすれば学校というより遊びで勉強してるようなもんだ。

まあティータイムは固定メンバーとお喋りに興じてるね。

俺がいるチームは中々変わってるんだよ。

このくらいの歳の貴族連中は大体同性だったり、派閥みたいなので固まっているんだが、俺のとこだけ不思議とそんな垣根がない。

すんごいバラバラで男も女も上級生も下級生も、実家の文献読む限り敵対してたんじゃ?ってヤツらまでいる。

十名くらいでのんびり他愛もない話に興じている。

月がどうたらこうたらとか星座がなんたらかんたらみたいな話とか、たまに政治的な話もするかな。

最近は降臨祭の話もしたなあ、クリスマスに友だちとバカ騒ぎとか懐かしいぜ。

こいつらは良いヤツみたいで、なんか目が純粋なんだよな。

他の貴族みたいに濁ってない感じ、キラキラしてておじさんには眩しいよ。

正直精神年齢は変わってないからおじさん言うには早い気がしなくもないけど。



午後の授業が終わればあとは自由時間、何をしても許されるってもんさ。

ごめん、ウソだ。さすがにそれはない。

ドンと遊んだりチームで遊んだり図書館にこもったりかな。

俺は普段クール系おらおら美少女(?)で通っている。

そのせいかドンとじゃれていると周りの視線が痛いような気がするんだ……。

いいじゃないか、こんな可愛いワンちゃんと遊んでたって。

チームの奴らは例のごとくキラキラと少女マンガみたいな瞳で俺たちを見守ってくれる。

触りたければ触っていいんだよ?

一度言ってみたけど他人の使い魔に触るのはよくないのかな、やんわり断られちった。

きっとコイツらも実家に帰れば犬を飼いたくなるに違いない。

それまで精々羨ましそうに見ておくがいいさ!



あっと、今日はそれと普段と違う光景を偶然この目で見た。

シエスタと才人が和気藹々としながらお仕事に励んでいたんだ。

もーなんか原作そのままな感じで思わず顔面崩壊しちまった。

でもシエスタに気付かれて、雑談を怒られるとでも思ったのかな、すごい怯えた顔になった。

そこからですよ更なるニヤニヤポイントは。

才人が一歩出てシエスタをかばったんですよ。

「悪いのは俺だ、怒ったり罰を与えるなら俺にしろ!」と言わんばかりの表情で。

すごい、カッコいい。

何この主人公っぷり、男なのに惚れちゃいそうだぜ。

あ、今の俺女だった。

ここだけの話、俺は才人をすごく高評価してる。

考えてみてくれよ、惚れた女のために、好きだって言葉一つのために七万の軍勢に単騎駆けだぜ?

そんな主人公ここ最近見かけねえよ、パネェよマジで。

とまあ熱血主人公の片鱗を見せてもらったから大満足。

そのまま何事もなく通り過ぎた。

その時耳に入った「大丈夫?」って声がすっげー優しくってさ。

こりゃ才人モテテも仕方ねえわ、って思った。



夜は聖堂で形だけのお祈りをする。

なんつーか、昼間はちょこちょこ人がいるからあんま好きじゃないんだよね。

ドンは基本的に聖堂の外でお留守番。

あんまり雰囲気が好きじゃないのかな?

まあドンはいくら洗っても汗っかきなのかぼたぼた汁を垂らしてるから、掃除の人も大変だろうしいいんだけど。

それで俺の一日は大体おしまい。

たまにヴェストリの広場で双月を見ながらワインを楽しんだり、自室に差し込む月明かりを愛でたり風流なこともするけどね。

あーなんっちゅーかアレだよアレ。

忙しい現代社会に比べるとすごく時間がゆったりしてていいねハルケギニア。

君も一度転生してくればその良さがわかるよ。

神様も親切だし、検討してみてくださいな。





[29710] アニエス・コルベールに静養を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/12 18:53
アニエス・コルベールに静養を



A.D. 6104 アニエス・シュヴァリエ・ド・コルベール・ド・ダングルテール

明後日で最後かと思えば一面の海にも感傷を覚えてしまう。

私の生まれ故郷も海辺の寒村だから、潮風に何か呼び起されるものがあるのかもしれない。

アディールでの三年間は確実に私を成長させてくれた。

この力で父と並び立ち戦うことができるか、それはまだ未知数だ。

学べば学ぶほどにおそるべき輩の強大さに慄き、鍛えれば鍛えるほどにその凄まじいまでの力量差を感じてしまう。

今はただ牙を研ぐのみ。


**


最後の夜、ルクシャナとアリィー、そして偶然帰郷していたビダーシャル殿が宴席を設けてくれた。

ルクシャナは文句を言いながらも何かと私に話しかけてくれた得がたき友人だ。

トリステインに戻っても手紙を書くと約束した。

アリィーと私の仲は、まさに切磋琢磨というのがふさわしいだろう。

お互い鍛錬を忘れぬよう誓い合った。

この二人は婚約者で、見ていると少し寂しくなってしまう。

だがいい。

祝福の子たる私の使命は重い。

家族に恵まれただけでも十分だ。

ビダーシャル殿はアディールでも上等な店で奢ってくれた。

「何があってもくじけぬよう」との助言を頂いた。

三年間、辛く苦しいときもあったがアディールに来てよかった。


**


早朝にも係わらずルクシャナ、アリィー、ビダーシャル殿が見送りに来てくれた。

若干涙ぐんでしまう。

しかし、いざ出立しようとしたとき一匹の鷹が降り立った。

見覚えがある、というよりも父の鷹だ。

脚にくくつりつけられた手紙に素早く目を通し、さっと体温が下がるのを感じた。

無言でビダーシャル殿に手渡す。

この特徴は間違いない、ティンダロスの猟犬だ。

まさか地獄の深淵で常に飢えているような獣を召喚するとは。

それどころか召喚者、ロシュフォールの娘は完全に支配下に置いているらしい。

ありえない。

手紙を読んだビダーシャル殿も顔を青ざめさせている。

とにかく牛や豚の頭部の発注数を密かに増やすほか、犠牲者を出さない手段はない。

取り急ぎその場で返事を書いた。

他の使用人には知らせてはならないということも、普通の平民がはっきりと認識してしまえば狂気に陥ることも。

鷹に託そうとして、もう一通の手紙に気付く。

こちらは朗報だった。

ミス・ヴァリエールが“ガンダールヴ”の召喚に成功したとのことだ。

足場が崩れるような絶望感から多少持ち直した。

例え猟犬が相手でも、多数のメイジと“ガンダールヴ”、それに父とオールド・オスマンがいれば撃退も可能だろう。

だが、これは異常事態だ。

今年確実に何かが起きる。

ビダーシャル殿どころかルクシャナもアリィーも同じ意見で、早急に老評議会に報告するようだ。

シャイターン対策委員会副委員長としてやらねばならぬことがこの瞬間一気に増えたのだろう。

平素の表情が読みにくい顔ではなく、未来を案じる真剣な顔になっていた。

私も馬車で帰還するつもりだったが取りやめだ。

非常に高くつくが、竜籠で急ぎトリステインに戻る。

今夜はリュティスで宿泊した。


**


三年ぶりのトリスタニアだ、非常に懐かしい。

エルフ領との違いから逆にとまどうこともあるくらいだ。

一刻も早く学院に向かいたかったが、ここで万全の支度を整えることにした。

祝福を受けた剣、銀の銃弾、目の細かい頑丈なチェインベスト。

それらを装着したまま懐かしい場所を訪れた。

魅惑の妖精亭だ。

三年もたっていれば当然人も入れ替わる。

特にスカロンさんの一人娘、ジェシカはよく気の利く愛されるべき少女になっていた。

これはチップもとりたい放題だろう。

時折立ち止まっては私とお喋りするジェシカ、そんな彼女の肩を大きな手が掴んだ。

暴漢か、と思い剣を抜こうとした瞬間、顔を見て脱力した。

メンヌヴィルおじさんだったのだ。

この人は相変わらずだ。

二階の個室に通してもらってお互いの近況と魔法学院について話し合う。

どうやら姫殿下が虚無の主従を召喚したがっており、明日の舞踏会に乗じてそれを行うつもりらしい。

明日の昼ごろ、鋭角をなくした丸い馬車で魔法学院へ向かう。

途中でメンヌヴィルさんが降りて別ルートから様子を伺う。

討てそうなら猟犬を討ち、無理ならばメンヌヴィルさんは即刻退避。

舞踏会ならアディールで仕立てたドレスを着れば私も自然に溶け込めるだろう。

……少し自分の年齢に悲しくなった。

明日に備えて寝る。


**


トンでもない化け物だ、なんだアレは。

まず私は父の研究室に向かう。

再会の挨拶もそこそこに、耳や目がないことを確認してから手筈を話す。

問題がないことを確かめ、次に厨房へ向かった。

厨房の皆は三年間もトリステインを離れていた私を暖かく迎えてくれる。

正気を失ったものはいないようで一安心だ。

十五の頃から働いているシエスタも女らしくなったものだ。

そんな中キョトンとした見慣れない顔。

話を聞けばミス・ヴァリエールの召喚した使い魔だと。

なんとも頼りない顔の“ガンダールヴ”だ、とは思ったが何事も見た目で判断してはいけない。

青銅の剣で七体の青銅ゴーレムをぶった切ったと聞いたときはたまげた。

そんな芸当化け物じみた傭兵にもできない。

腐っても“ガンダールヴ”ということか。

厨房を離れて今度は猟犬を探す。

風向きに注意しながら臭いをかげばすぐにわかる。

見つけた。

過去に猛威を振るった個体と比べてかなり小さい、どうやら子犬だ。

だがその威圧感たるや並のものではない。

慎重に機会を狙っている内に夜が近づいてきた。

舞踏会も近いので仕方なくドレスに着替える。

そろそろミス・ヴァリエールたちも手筈通り馬車に乗っていることだろう、と窓の外を眺めた。

全身の血が流れ出て崩れ落ちるかのような感覚。

猟犬が今まさに彼らが乗り込もうとしている馬車を見ているのだ。

まるでお前たちの目論見など看過している、と言わんばかりに。

考えすぎかもしれないが、これは危険すぎる。今は無理だ。

メンヌヴィルさんに連絡する手段はない、彼が先走らないことを祈るしかできない。

舞踏会がはじまる。

私は壁の花に徹した。

生徒も私のような部外者になど注目しないだろう。

そう思っていたのだ。

視線を感じた。

ぞわり、と胸元を虫が這い回るような嫌悪感、気持ち悪さを感じた。

気取られないよう会場を観察すると、私を見ている生徒がわかった。

病的なほど透き通るような白さの肌に絹糸のような白い髪の毛、そして赤い瞳。

手紙で聞いていた生徒、悪臭をまき散らす不浄な猟犬の飼い主、ミス・ロシュフォールだ。

最初は部外者を見ているのかと思っていたが違う。

明らかに観察している。

私の心の奥底を見透かそうとする目が、体中をまさぐろうとする視線が例えようもなくおぞましい。

そして私は見てしまった、彼女の右目が青く染まる瞬間を。

息が詰まるかと思った。

竜のような細く黒い瞳孔に恐怖した。

その表情は名状しがたく、狂気じみた笑顔であるよう感じられた。

それに気づいた父が私をかばうかのように、彼女にダンスを申し出た。

この事態を予想していたのか、他の教員と違って父はタキシードを着ていたのだ。

父の気遣いがありがたかった。かなり鍛えたと思っていたが未だ未熟。

その父ですら長期間彼女と接することは難しいらしく、途中で極度の疲労感から崩れ落ちてしまった。

ミス・ロシュフォールが手を差し出すが、それが冥界からの誘いのように感じられた。

結局、父は手助けを得ることなく起き上がり私の下へ戻ってきた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、なんとか……しかし凄まじい」


父は汗でびっしょりだった。

ちらりとミス・ロシュフォールを見れば違う相手と踊っている。

彼女のダンス相手の瞳は遥か星海の彼方よりも昏く、なかば正気を失いつつあるように思えた。

しかし今の私たちには力が足りない、彼らを助けることはできない。

歯を食いしばって、父に肩を貸しながらダンスホールを後にするしかなかった。




*****



メアリー・スーに幸せを



ちょりーっす、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

俺の今の体のチャームポイントはずばり、脚だね、すらっとした脚。

べ、別に貧しい体型とかそんなんじゃないんだからっ!

ま、いいや。

前に忙しい現代社会に比べるとすごく時間がゆったりしてていいって言ったじゃない?

やっぱアレ撤回するわ。

貴族めんどくさい、なんか色々と事情があるんだねみんなの話を聞いてると。

いや、俺は父上が親バカでよかった。



さて、本日はフリッグの舞踏会。

昨日フーケ来ると思ってたのに、どういうことなんだ?

マチルダさん「ミス・ロングビルですから」なんて顔しちゃって!

どんな顔だって?

クール気味なドヤ顔だと思ってくれればいいよ。

人によっては微笑にとれるかもしれんが、俺は騙されんぞ!

「これだからお子様体型は」なんて心の中で嘲笑っているに違いない、そうに決まっている!

ドレス姿をじっくりねっとりなぶるように見つめてやるから覚悟しとけ!

いや別に貧乳でいいんだけどね。

だって男の感覚残ってるんだぜ?

走るたびにぶるんぶるん揺れたら気持ち悪いじゃないか。

今でも股間がスースーしてるのに慣れないというのに。

おっと女性読者が見てたら悪かったな。

ま、体は女、心は男ってことで許してくれ。

あといつの時代だって男子高校生はエロいことばっか考えてるってこともな!

それはさておきマチルダさんだよ。

ダメだ、マチルダさんだとなんか違うキャラみたいに聞こえてしまう。

やっぱりフーケさんだな。

そう、フーケさんなんで泥棒しないの?

あ、ああ! そっか!!

ルイズの爆発でヒビいったからやろうと思ったんだっけ。

確かそんな気がする。

今の性格じゃルイズもやらかさないだろうしなあ、昨日なんて才人トリスタニアに行かずシエスタ手伝ってたし。

てかお前使い魔だろ。

ルイズは寂しがりだからもっとそばにいてやれよ!

そして俺をニヤニヤさせてくれよ!!

まったく、俺の親愛なる使い魔、ドン松五郎を見習ってほしいぜ。

一応魔法学院の宝物庫見に来たけど、こりゃ無理だね。

実はつい昨日スクウェアになった俺でも無理だ。

え?

スクウェアになれた理由?

……才人とシエスタのニヤニヤで感情が振り切れたせいかな。

レモンちゃんとかこの目で見たらペンタゴンやらヘキサゴンまでいけそうだぜ。



るんたったーるんたー

るんたったーるんたー

なーんてリズムで踊ってみたり。

フリッグの舞踏会は新入生に配慮してか、少しお気楽なんだよね。

別に女同士が踊っていようと問題なしっつーか。

とりあえずこっちはいつも一緒にいるチームのヤツらと踊ったよ。

いつもキラキラしてる眼がダンスの時はもーヤバいくらいになってて「大丈夫?」って思わず聞きそうになった。

なんか、俺にカリスマでも感じてるのか?

そんな素敵能力神様にお願いしてないんだがなあ。

ひょっとして転生で俺の隠された能力がッ!

……んなこたねーか。

意外なことは三つあったんだ。

一つはコルベール先生にダンスを申し込まれたこと。

いやびっくりした。

ふつー教師が生徒に申し込むはずないんだよ。

そんなこと許されたら毎年オスマン無双になっちまうぜ。

でもほかの先生方は何にも言わない、いいのかそれで?

俺伯爵家の長女だよ?

ていうかキュルケ誘えよ。

このころのキュルケはコルベール先生を臆病者ってバカにしてたか。

アレかな、俺が魅力的過ぎたのか?

いやー罪なオ・ン・ナ♪

その魅力にやられたのか、コルベール先生はダンス中ころんじゃったんだけどな。

よっぽど恥ずかしかったのか手を貸そうとしても断られたほどだ。

汗で後頭部まで侵食した地肌がてらてら輝いてたし、ホールが暑かったのかもしれない。

確かにあの人正装になれてなさそうだしなあ。

タキシード姿カッコよくて、思わず「誰!?」って叫びそうになったけど。

次の一つ。

お前ら絶対驚くと思うよ。

そう、アニエスさんがいたんだ!

おいおいおい、原作どこ行ったよなんて思ったんだが、問題ない。

あの人のドレス姿、超やっばい。

鍛えてるからかスタイルも超絶いいし、背筋がしゃんとして凛々しい。

男装の麗人なんて言葉はよくあるさ、ヅカって感じの。

いやドレス姿であそこまでカッコいい人見たことないわ。

さらに俺はつつましい、肌の露出があんまりない黒いドレスを着てたんだが、アニエスさんは違う。

もう肩とか丸出し、胸もがんばったら見えるんじゃない? ってレベル。

久々に眼福ですよこれは。

思わず身を乗り出しちゃったね。

鼻血出そうでヤバかった、まあ俺の顔面筋肉さえあれば鼻血なんて抑えられるけどな。

てか平民ってこの舞踏会に参加していいのか?

まあいいか、アニエスさんその内シュヴァリエもらうし、カッコいいし。

三つ目、ルイズと才人いないの。

ちょぉぉぉぉおおおおおお!! って感じ。

舞踏会はじまる前にいないないないな、と思って探してドンの視界共有まで使ったら二人して馬車に乗り込んでるの。

え、駆け落ち?

愛の逃避行ですか、そうですか。

なんだよ才人め馬車に先に乗ってルイズに手を貸しちゃったりして。

英国紳士気取りですかァ!?

ニヤニヤできたからいいんだけど。

まあ二人はその丸い馬車(シンデレラのかぼちゃの馬車みたいだった)に乗ってトリスタニアの方に行った。

どこ行く気だったんだろ、てか公爵家三女が学校行事サボっていいのかよおい。

まあ舞踏会はそんな感じで概ね楽しかったよ。

ただ気になったのは、そうだなあ。

去年食った子牛の脳みそ料理、ゲテモノだけど美味かったのに最近見ないの。

マルトーさんに言ったら用意してくれるかなあ。




[29710] ミス・ロングビルに安全を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/14 20:29
ミス・ロングビルに安全を


A.D. 6104 マチルダ・オブ・サウスゴーダ

今年もまた新しい学生が入ってくる。

瞳は希望に輝きこれからの三年間何が起きるかわくわくしているに違いない。

彼ら彼女らを見るたび故郷アルビオンを、もっと言えばティファニア姫のことを思い出す。

あの心優しい少女は元気にしているだろうか。

トリステイン魔法学院でオールド・オスマン付きの秘書になってから三年、なかなかアルビオンに戻る機会は得られない。

学院の仕事はやり甲斐もあるが、非常に忙しい。

でもアルビオンの情勢もきな臭いから気を付けなければならない。

いざとなればトリステイン王室とオールド・オスマンに救援要請を行わなければ。

でも水キセルはダメです。

あとセクハラもダメです。

**

昨年からだが、オールド・オスマンはどこか疲弊されているように見える。

私は現状一介の秘書に過ぎない。

彼がこぼさない限り何故かを知る権利はないのだ。

だが世の中が良くない方向に加速しているようにも思え、彼の疲労がいざというとき決定的なナニかを引き起こすのでは、という懸念もある。

イヤイヤだけど肩もみをしてあげましょう。

あとマルトー料理長に言って軽めの料理に。

でもやっぱり水キセルとセクハラはダメです。

**

いよいよアルビオンが危ない。

ナイアルラトホテップ教団はどこまであの美しい大陸を蝕めば気が済むのだろうか。

オールド・オスマンを通じて王室へ救援要請を出す。

近いうちに私自身もアルビオンへ向かう必要があるだろう。

仕事を済ませて、引き継ぎも行わねばならない。

**

フリッグの舞踏会にあわせてミス・ヴァリエールが王城へ向かった。

おそらくアルビオンの件だろう。

そのくらい重要なことでなければ彼女の性格からして学校行事を欠席しないからだ。

さて、その舞踏会だが奇妙で気味の悪い出来事があった。

見られているのだ。

私はトリステインとアルビオンとの密約により、公的には貴族の籍を捨てたものとされている。

そんな女に目をやる物好きな貴族はあまりいない。

だが見られているのだ。

慎重に視線を探ると、いた。

真っ白な髪に黒いドレス、ロシュフォール伯爵家の長女、ミス・ロシュフォールだ。

彼女は不思議なことに私を見つめている。

次の瞬間、全身に鳥肌が立つかと思った。

視線の質が如実に変わった。

何でこいつが、という訝しげな視線から女体を舐め回すような、下卑た視線。

彼女以外に私を見ているものはいない。

何故?

なぶるようなその目つきに凄まじい悪寒が全身を襲い、座り込んでしまうかと思った。

女性ができる眼ではない、もっと違う何かが、彼女の内に何かが潜んでいるような、そんな感じがした。

そしてオールド・オスマンの険しい顔。

じっとミス・ロシュフォールを観察しているようにも見えた。

ミスタ・コルベールもあり得ないことに彼女にダンスを申し込んだのだ。

しばらく踊っていると足をもつれさせてこけていたが、傍目からは緊張してというよりも披露して、という印象を受けた。

**

なんということだろうか!

信じたくない、信じられない情報が入った。

例のごとく虚無の曜日に城下で落ち合った人物から聞かされた。

教団によってモード大公領が落ちた。

さらにティファニアを除いて、モード大公の縁者は家臣も含めすべて討たれたということだ。

彼女は間一髪ニューカッスル城に落ちのびたらしい。

なんてことだ、ありえない。

父上、母上。

私がその場にいればどうにかできたかもしれないのに。

後悔しかできない。

**

ミス・ヴァリエールから話が来た。

来週アルビオンに向かう。

旅支度と引き継ぎを終えねばならない。

三年間、魔法学院にはお世話になった。

最後の奉公と思いがんばろう。



*****



 静謐な王宮にはほとんど人の気配が感じられない。
 白亜の宮廷で働くメイドたちは物音一つたてず動くことができる、というのもあるが現実に人が少ないからだろう。
 そして最も警戒を密にすべき場所、王女の私室に才人とルイズは呼び出されていた。

「ルイズ・フランソワーズ。貴女にトリステイン王国王女として命令を下します」
「はっ」

 片膝をついたルイズの横で才人は混乱していた。
 先ほどまでこの二人はじゃれあっていた、ただの幼馴染に見えた。
 だというのに空気が一変して、ここにあるのは王女とその家臣になっている。
 とりあえず彼はルイズのマネをして片膝をついた。
 限界まで引き絞られた弓のように、場の雰囲気は張りつめていた。

「今から十日後、アルビオンに向かいティファニア公女、ウェールズ皇太子を亡命させなさい」
「拝命いたします」
「情勢は逼迫していますが急いで事を起こすと敵に気取られます。十日後の明朝、マザリーニとリッシュモンから信頼篤い衛士を護衛としてつけます。学院に潜伏しているマチルダ・オブ・サウスゴーダと共に可能な限り早くアルビオンへ」

 なんだか大変そうなことになった。
 才人は誰に言うでもなく心の中でそう呟いた。



[29710] アルビオンに鎮魂を
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/10/15 00:00
メアリー・スーに讃美歌を



よお、俺の名前はメアリー・スー・コンスタンス・ド・ロシュフォール。

トリステイン王国のロシュフォール伯爵家長女だ。

神様の力で皆おなじみ「ゼロの使い魔」の世界に転生した元男、現女の子なんだ。

今の俺は見た目アルビノだから、黒い服を着るとキュッと引き締まるんだよ。

白いローブとか身に纏えばマジ雪ん子。

いや、その場合藁のかぶるヤツ、蓑だっけ? アレの方がそれっぽいな。

日本の雪山に出てきそうな感じ。

ま、いいや。

最近“遍在”を習得したぜ。

だけどもうこれが難しくて、一体維持するのでいっぱいいっぱい。

それ考えるとワルドパネェ、髭ロリコンのくせに。

カリン様なんてヤバすぎ、あの人たちホントは神様から能力もらってるんじゃね?

それにしても、なんか全く同じ顔の人間が存在するのは変な感じだな。

いや、しかしアレだ。

鏡なんかで見るより俺超絶美少女!

ルイズにも勝てるんじゃねコレ?



みんな、大変だ。

すんごい大変なんだ。

具体的に言うとアルビオン行きが決まった。

むしろ決められたというか。

そろそろ起きるか―って感じですぅっと意識が覚醒しそうな瞬間あるだろ?

丁度その時ノックの音でぴくっと目が覚めたんだよ。

誰だよこんな時間に、と思ったら髭ロリコンことワルドさん。

え、姫さま来訪してないじゃん。

それに俺ナニかしたっけ? と思ってたらとっとと旅支度を整えろとのこと。

意味わかんないけど大急ぎで準備して外に出れば「いざ、アルビオン!」だって。

なんでさ!?

まあ原作に介入するかどうか悩んでたから丁度いいと言えばいいんだろうけど。

不思議なことにギーシュがいなくてフーケさんがいる。

そんなこんなで朝もやの中馬に乗って出発!

でもルイズと髭ロリはグリフォンでした。

くそぅ、見下しやがって。

てか髭ロリだとロリっこに髭が生えてるみたいだな。

髭コンだ、ワルドのことはこれから髭コンと呼んでやる。



もう何匹目の馬だよ、って感じ。

あんま俺動物に好かれないからそのたび大変なんだよね。

しばらく乗っていれば大人しくなるからいいんだけど。

で、がんばってラ・ロシェールまでやってきました。

もう一日でこんな遠乗りしないぞ、俺はインドア派なんだ。

ケツが痛くて痛くて。

……もう、お尻がいたくなっちゃったわ。

うん、やっぱ俺は精神的には完全に男だな。

無理無理。

でも弓矢部隊の襲撃はなかった。

楽だったからいいけど、対人戦の練習をしたかったんだけどなあ。



才人カワイソス。

原作じゃギーシュがいたけどこの一行にはいないんだよ。

だから彼だけ一人部屋。

あれ、むしろ気楽で喜んでるのか?

でもワルドとルイズが同室になる時はすんごい複雑そうな顔してた。

俺はフーケさんと同じ部屋さ。

その綺麗な身体を舐め回すように観察してやるぜ!

と思ったら早々に布団にくるまっちまった。

……俺は今、泣いていい!



うーん、ここにきて原作通りの流れになったな。

朝起きたらワルドvs才人のイベント。

勿論才人は負けちまった。

くっそ、髭コンめ。俺にもっと力があればてめーなんざぎったぎたにしてやるのに……。

いや、これも更なるニヤニヤ展開のためだ。

今は歯を食いしばって耐えるんだ、俺。

この分だとワルドはレコン・キスタ? まー良くわからん組織確定だなー。

やけに俺に優しくしてくるけど、珍しい風のスクウェアを引き込もうとしてるっぽいな。

逆上して殺されないよう気をつけねば。

フーケさんは一匹狼で探してもいませんでした。

あ、そういえばドンを学院に置いてきたまんまだった。

悪さしてないといいけど……。



うむ、やっぱり原作通り。

道中の襲撃はなかったけど傭兵部隊による夜襲が来たぜ。

相手は人数が多い、しかし所詮平民。

さらにフーケさんもこちらにはいるんだ。

髭コンが陽動を提案する前に一人躍り出て魔法をお見舞いしまくってやったぜ。

なんていうの?

俺TUEEEEEE!!

ここにきて転生チート大活躍。

まあ遍在は使わなかったけど、エア・ハンマー、ウィンド・ブレイクでぽっこぽこモグラたたきみたく近寄ってきた奴らをブッ飛ばす。

あんまりうっとうしいヤツにはエア・カッターで片腕とおさらばしてもらったぜ。

才人は時代補正のせいか、顔青ざめさせながら必死についてきてた。

あー俺もなんかハルケギニアに染まっちまったのかね?

首チョンパは無理でも腕くらいならふつーに切断できるわ。

ま、ちっとキツいんだがな。

途中現れた白仮面こと髭コンも四人の協力プレイで一蹴さ!

いかにスクウェアと言えどガンダとスクウェア二人、トライアングル一人の前では雑魚その一に過ぎないぜ。

というわけで俺無双のおかげで無事に船到着。

髭コンが風石かわりしてめでたしめでたしさ。



うん、やっぱ原作だ。

嬉しい限りだぜ。

空賊の茶番劇はニヤニヤできるぜ。

ルイズ強気だけど、若干涙目なのよ。

少し違うな、と思ったのはウェールズ皇太子がワリとすぐ変装を解いたところかな。

硫黄もちゃんとお金で買うって。

そうだよな、滅びゆく王城に金あってもしゃーないしな。

商人は王族相手だからうへぇ~って土下座してた。

レコン・キスタじゃなくてアレ、なんだっけ?

そうそう、「ニャル様とホップを愛でる会」だ、それになった影響かもしんないね。

まー拘束されることもなく優雅な空の旅としゃれ込みますか。



最後の晩餐ってのは夕焼けに通じる寂しさがあるもんだな。

もう笑うしかない、みんな笑うしかないんだよ。

それがカラ元気なのがありありとわかって、な。

ルイズは早々に泣き出して才人と一緒に出ていっちゃった。

俺も踊る気になんてなれないし、壁の花に徹する。

すると髭コンが話しかけてきたんだ。

明日の朝結婚式やるってさ。

あーもう、こいつ完全クロだな。

でもここで才人覚醒イベントをこなしておかないと後々ヤバい気がする。

ここはスルーして陰ながら才人を手助けするくらいだな。

とりあえず俺は朝一の船で脱出するから出ない、とは言っておいたさ。

こっそり城内に潜んで何とかいい方向にもっていこう。

その気になればフライでアルビオンから脱出! ……できるかなあ?


*****



アルビオンに鎮魂を



――なんか変だな……身体が引き寄せられるっていうか、奇妙な感じだ。

 城内に人の気配はほとんど感じられない。
 僅かに耳へ届く金属音は歩哨のものばかりで、ニューカッスル城は深い眠りについていた。
 そんな中メアリーは歩き続ける。
 何かに引き寄せられるように、芳香に誘われるように。

「あれ、ドン?」

 彼女を突き動かすのは得体のしれない勘だけではなかった。
 どこからか染み出るように現れた使い魔も、いつの間にやら彼女を先導するように歩いている。
 魔法学院に置いてきたはずなのに、という疑問はメアリーの脳裏によぎりもしなかった。
 相変わらずの悪臭、そしていつもより機嫌よさそうに揺れる尻尾。
 トコトコと微かな足音は地球の犬とほとんど変わらなかった。

――中庭か。

 ドンは廊下を歩き続け、ついにはある中庭にやってきた。
 メアリーは唐突に月を見上げたくなる。
 昨日はスヴェルの月夜、今日から徐々に双子の月が離れていくだろう。
 彼女は月見が好きだ。
 ロシュフォール領にいたときは、よく寝室へ差し込む月明かりを、見上げた月に映る影を、姿を変える夜の雲をワイン片手に楽しんだものだ。

――高いところだしさぞ月も大きく見えるだろうなあ。

 月光がさらさらと花壇を照らしている。
 どこか幻想的な中庭に、メアリーは足を踏み入れた。

「すご……」

 大きさは期待したほど変わらなかった。
 だが、明るさが違う。
 地表に届くまでの距離が違うせいか、夜だというのにかなりくっきりとした影が見える。
 今この瞬間妖精がワルツを踊っていても何の違和感もない、不思議な空間。
 メアリーはつい嬉しくなってその場でくるりと回ってみた。

――スカートの翻りまでばっちりだな。

 この月明かりに魅せられたのか、彼女は実に楽しげに歩き出す。
 両手は後ろ手に組んで、月の祝福を受けた花々の香を時折嗅いで庭をゆっくりと歩いて回る。
 月光を一身に浴びた白い少女を見守るのはおぞましい姿の忠実な使い魔だけ。
 この光景を絵画に閉じ込めたなら如何ほどの値がつくかわからない。
 ただこの世ならざる美しさと、儚さが混在した情景だった。

「あれ、ここ」

 メアリーは足を止める。
 目の前には大きな門、石造りの壁、やさしい夜の光に包まれてすらはっきりとわかる白い建物。

――ワルドが裏切る教会か。

 原作と今はまったく状況が違いすぎる。
 正直な話、メアリーはどうすればいいのかわからなかった。
 今までは原作には触れないよう動いてきた。
 しかし、自分の存在が大きく変化をもたらしているような気もして、積極的に介入したほうがいいのではないか、という疑問を抱くようになっている。
 今回のアルビオンだってワルドの行動に流されるまま従った結果に過ぎない。
 才人の手助けをしよう、とは思ったもののそれが正しいのかどうかもわからない。
 とりあえずの判断を彼女は下す。

――明日結婚式らしいし、一応下見しておくか。

 ワルド自身が言っていたことだ。
 ここはきっと原作通り戦場になるだろう。
 地形を把握するなり仕掛けを施すなりしておいた方が生存率は高くなる。

―――ぎぎぃぃぃいいいい―――

 古臭い教会の扉は、城内にまで響くほどの音を立てて開いた。
 あまりの大きさに彼女は少し冷や汗をかいたほどだ。

「こりゃまた……」

 ステンドグラスから差し込む月光がすべての祭具を柔らかく包んでいる。
 入り口から祭壇へ向かう赤い絨毯は明日の結婚式のため敷かれたものだろうか。
 教会のあちこちにかけられている銀鏡がその光を反射し、天井までもがはっきりと見える。
 夜のミサを行うとしても蝋燭一つ必要ないほどの、しかし昼間とは違う明るさだ。
 その神秘的な雰囲気にメアリーは息をのんだ。
 一歩一歩、石の床を踏みしめるよう長椅子の間を進んでいく。
 椅子の背を伝わらせている右手に埃が積もったような嫌な感触はないし、銀鏡の前で立ち止まってじっくりと眺めてみても曇りひとつ見当たらない。
 管理人が律儀で信仰心の篤い人なんだろうな、とメアリーは感じた。

――ロシュフォールに戻ったら聖堂をもっときっちりしようかな。

 現代日本の高校生らしい感覚が残っているため、敬虔なブリミル教徒とは言えない彼女ですらそう考えるほどだ。
 ここが戦火に包まれてしまうことが無性に惜しかった。

――隅々まで観察してパクれるところはパクってしまおう。

 トコトコとドンは祭壇に近づいていく。
 使い魔は好きにさせて、こっちもこっちで自由にやろうとメアリーは教会のあちらこちらを観察し始めた。
 ステンドグラスは最後に時間をかけて見よう、と決めてまずは壁画を眺める。
 白くレンガには始祖ブリミルらしき人物、そして三人の騎士がそれを守るように構えている。
 それぞれ額、右手、左手に輝きを示すかのような模様、さらに左手が輝く騎士は左胸にルーンらしきものが刻まれている。
 近づいて目を細めても何が書いているかはわからない、壁に元々あった傷のようにも見える。
 諦めて、少し距離をとって壁画を眺めると、三騎士の視線の先には黒く奇妙な模様があった。

――なんだこりゃ?

 メアリーは目を凝らして再び顔を近づける。




 瞬間、影が広がった。




「な!?」

 彼女は咄嗟に壁から距離をとった。
 すぐに懐からタクト状の杖を取り出す。
 唱えるスペルはブレイド、室内で十分な距離はとれないと考え近接戦闘で挑む。

「ドン!」

 己の使い魔にも呼びかける。
 影は壁に張り付いたまま、白い紙に墨汁を垂らしたように広がっていく。
 メアリーを直接襲う気配はない。
 同時に、彼女の使い魔が動く気配もない。

「ドン松!!」

 再び叫ぶ。
 しかし動かない。
 彼女が呼べばいつだって駆け寄ってきた使い魔は、この時に限って言えば何の反応も示さなかった。

「どういう……!」

 思わず祭壇の方に目をやった。

「は……」

 メアリーは目を疑った。
 次に自分の正気を疑った。
 そこには人がたっていたのだ。
 それがただの人ならば、時間帯がおかしいとはいえここまで混乱することはなかった。

「く、クロムウェル……」
「おや、聖母様は我が名をご存知でしたか。光栄の極みですな」

 原作におけるレコン・キスタの盟主、この世界ではナイアルラトホテップ教団の大司祭、オリヴァー・クロムウェル。
 この場にいるはずもない人物の登場に、メアリーは思わず一歩後ずさった。
 思考がまったく追いつかない。
 頭を埋め尽くすのは「なぜ?」という疑問ばかりだ。

「実に良い使い魔ですな、聖母様にふさわしい」

 クロムウェルは片膝をついて猟犬の頭を撫でている。
 襲い掛かることもなく、彼女の使い魔はされるがままになっていた。
 むしろ尻尾さえ振って嬉しそうにしている。
 メアリーにとって、これはまさに悪夢だった。
 手からは力が抜けきり、音を立てて杖が石床に落ちた

「では、はじめましょうか」

 クロムウェルが立ち上がり、何かを宣言する。
 するとどこに潜んでいたのか、顔さえも見えない黒いローブを身にまとった者どもが教会の壁際に立ち並んだ。
 大きな扉はすでに閉ざされており、そこにも妖しい人物が佇んでいる。

――う、嘘だ。ありえねえ、音なんて何もしなかった!!

 風のスクウェアメイジであるメアリー・スーの聴覚をもってしても異変は感じ取れなかった。
 一介の司祭に過ぎなかったはずのクロムウェルの接近。
 五十人近い謎の黒衣の集団。
 一切感知できなかったことが信じられない。
 これらはすべて壁の黒い影から染み出してきた、それ以外彼女には思いつかなかった。
 さらに信じられないのはすでに扉が閉じていること。
 あれほどの軋みを立てて開いたものがどうして音もなく閉ざせようか。
 クロムウェルが右手をかかげたのと合図に、黒衣は一斉に声をあげた。


―――彼の日こそが目覚めの日―――


 奈落の果てから響いてきたような歌声。


―――永劫の闇へと帰せしめん―――


 およそ人間に出せるものではない、聞いているだけで正気が失われる。


―――告げる神やがて来りまして―――


 だというのになぜだろう。


―――あまねく生命は絶え果てん―――


 メアリーは狂気に落ちることもできない、むしろ心地よさすら感じている。


―――死を経た全てのものの上に―――


 一歩一歩近づいてくるクロムウェルを前にようやく気付く。


―――妙なるフルートの音色にて―――


 メアリーは、自分がとっくに狂っていたということを。


―――人みな暗黒へ落ち包まれん―――



「祭壇の前へ、聖母様」

 歌声は止み、メアリー・スーは歩き出す。
 微かに残っている意志に反して祭壇へと近づいていく。
 後ろを歩くクロムウェルを振り返ることもなく、待ち続ける使い魔にも目をくれず。

――いやだいやだいやだ、やめてくれ俺は近づきたくない!!

 全力で足をとめようとしても動かない。
 踵を返して駆けだそうとしても意味がない。
 彼女の体は、今や彼女の物ではなくなっていた。


―――歓びを―――


 あれだけの合唱にも城内から兵が駆けつけてくる様子はない。
 この教会内は、現世との繋がりが閉ざされていた。

――なんだって俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!!?

 ヴァージンロードを音も立てず歩いていく。


―――寿ぎを―――


 やがて祭壇の前に着き、ゆっくりと教会内へ振り返る。
 クロムウェルは片膝をついた。


――助けて! 助けて神様!! 誰でもいいから助けてくれ!!!


 彼が懐から取り出したのは、金属製の小箱。
 なんとも表現し難い歪な形状のそれをメアリー・スーに差し出す。

「模造品にすぎませんが、輝くトラペゾヘドロンにございます」


――やめてくれぇぇえええええええ!!!!!


―――祝福を―――


 受け取った瞬間、世界が揺れた。





*****


―――神様ぁああアアア!!!! どうして、どうして!!

「え、むしろ人間の流儀に従ったんだけど」

―――なん、なんだよ! それ!!

「等価交換だっけ、そんなのはじめて聞いたからびっくりしたよ」

―――やめて! 消えたくない!!

「人間の寿命の半分くらいあげたんだし、別にいいじゃん。そんな辛いことでもないし」

―――死にた、くなぃ…………なん……で…………

「なんで、って、なんとなくかなあ」

―――…………。

「あ、もう聞こえないか」

 どこか神々しくも感じる、褐色の肌の子供はフルートを構え、一言。

「ていうかアレ誰だっけ」


*****


 空中大陸アルビオンを襲った大地震。
 あり得るはずもないその現象に、ニューカッスル城は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「何が起きたってんだ!?」
「わかりません!!」

 かがり火が焚かれ城中を衛士が駆けまわる。
 厨房はじめ燭台が倒れて起きた小火を消して回るもの。
 上級士官や大使の無事を確認するもの。
 城壁の損害箇所を月明かりを頼りに修復するもの。
 上を下への大混乱だった。
 やがて、物見の兵がある事実に気付く。

「あれ、おかしくないですか」
「んだよこんな忙しいときに」

 新兵が指さしたのは城門前の大平原。
 ナイアルラトホテップ教団の軍勢が控えていた場所だ。
 ただの暗闇が広がっている。
 老兵はちらと眼をやり、すぐに顔を落として城壁の損害箇所を探す作業に戻る。

「夜だから暗いだけだろ、何言ってんだ」
「……暗いからおかしいんじゃないですか。それにさっきまで聞こえてた歌みたいなのも聞こえません」

 その言葉に老兵は一瞬考え、勢いよく顔をあげて目を見張った。
 暗い。
 暗闇しかそこにはない。
 先ほどまではかがり火が燃えていたにも係わらず、城壁が見えるほどの月明かりがあるにも係わらずだ。
 さらに耳を済ませても城内からの喧騒が聞こえるだけで虫の声一つ聞こえない。
 焚火を囲んで何か歌い踊っていたヤツらもいたはずだったのに。

「こりゃ、何が起きたんだ……!?」
「殿下に知らせてきます!」
「急げ! ヤバイ雰囲気がしやがる」

 新兵は矢のように駆けて行った。
 老兵が凝視しても一万の兵が野営していた場所には何も見えない。
 光のささない深淵を覗き込むような、あるいはアルビオンから大地を見下ろすような感覚だ。
 じっと目を凝らしていると、闇がざわざわと蠢いているような気にもなってきた。

「違う!」

 老兵は強い否定の言葉を自身に投げかけた。
 実際に闇が動いている。
 冥闇の中心部、そこにある何かへと収束するようにその姿を縮めていく。
 その時新兵がウェールズと衛兵を連れて戻ってきた。

「何があったセント・ジョン」
「殿下、蠢く闇でございます。闇が集まっていくのです」

 這いずりまわるように暗黒の絨毯はじわりじわりとまとまっていく。
 見張り台に立つ五人の男は固唾をのんで見守るしかない。
 月光すら吸い込みかねないその限りない黒さをもったナニかは時に盛り上がり、時に広がりながら中心部に収束していく。
 その動きはハルケギニアに存在するどのような生物にも該当しない、していいはずがない。
 全き光の届かぬ夜すらを超越した、人智の及ばぬ冥府からの使者のように彼らは感じた。
 この世に地獄があるとするなら、まさにあの幽々たる実体化している暗闇がそうなのだろう。

 五分ほど時間がたって、漆黒のあった場所に人ほどの大きさの影がポツンと佇んでいた。
 ウェールズは持参した望遠鏡に目を当てる。
 息をのんだ。

「なんてことだ……」
「殿下、いかがなされたのですか」

 老兵は目を細めて影を見つめ。

「ッ!? ぁぁああああああああ!!!」

 絶叫した。
 その表情は尋常のものではなく、底など計り知れぬ恐怖と狂気が混在している。
 頭を抱えながら星空を仰ぎ、意味をなさない単語の羅列を口から吐き出す。
 眼はぐるんと裏返り頭をかきむしるつま先には微かに赤黒い液体が付着していた。

「いかん!」

 ウェールズは腰に下げていた杖を一瞬で抜き放ち。

「ブレイド!」

 セント・ジョンの首をはねた。

「アレを見てはならん! 平民が見れば発狂するぞ! 鐘を鳴らしメイジのみ戦闘配置へ!」
「殿下!?」
「セント・ジョンを焼いてやれ」

 ウェールズは一人の火メイジを残して見張り台から降りた。
 新兵は何も言わずに鐘を鳴らしに走り、残る三名はウェールズに詰め寄った。

「急げ、発狂したものは残らず首をはね死体を焼け」
「アレはなんだというのです!!」

 ウェールズは一瞬足を止めた。

「ミス・ロシュフォールだ」

 白かった髪を夜闇に染め上げメアリー・スーが一人、ニューカッスル城へと歩み出した。


*****


―――カンカンカンカンカン!!―――

『メイジは正門で迎撃しろ!!』
『平民は衛兵含めて避難船に乗せろ! 急げ!!』

 急き立てるような鐘の音とともに飛び交う指令と怒声、静かだった城内はあっという間に緊張感あふれる戦場の最前線へと変わった。

「何があったのかしら」

 ルイズも叩き起こされ、身支度を整え終えたところだ。
 詳しい状況は未だ知らされていない、すぐにでも出立の準備を行うようおざなりに伝えられただけだ。
 ただ情勢が変わって急を要する、ということだけが分かった。


「ミス・ヴァリエール!」
「殿下!?」

 ノックもなしにウェールズが飛び込んできた。
 後ろには旅装のティファニアとマチルダを伴っている。
 城中を駆け回ってきたのか、息が上がっていた。

「私は極力時間を稼いでから、可能ならばグリフォンかドラゴンでラ・ロシェールへ落ちのびる。テファを頼んだ!」
「何が起きたのですか!?」

 空賊姿の時も、最後の晩餐の時も、いつだって冷静さと優雅さを忘れなかったウェールズ。
 これほど焦っている姿をルイズが見たのははじめてだった。

「敵が攻めてきた。それだけだ」

 アルビオンの皇太子は踵を返して駆けて行った。
 本当に余裕がないということが仕草だけでわかる。
 ルイズは残されたマチルダとティファニアに目を向けた。

「避難船に向かいながら話すわ」
「わかったわ、サイトとワルド様は?」
「伝令が行っているはずよ」

 マチルダの表情は硬く、ティファニアに至っては恐怖までその美しい顔に浮かんでいる。

――あれじゃ死ににいくと公言しているようなものだわ。

 先ほどのウェールズの様子は尋常じゃなかった。
 きっと彼女たちもそれを気にしているのだろう。
 ティファニアはひどく怯えており、一方マチルダは唇を噛んで何か迸る激情をこらえているようにも見えた。
 すぐにマチルダが歩きだし、ティファニアもそれに追随する。
 ルイズは一晩もお世話にならなかった寝室を振り返り、二人の後を追いかけた。

 ハルケギニアにおいて、王族の血は貴く重い。
 貴族には遥か光すら届かない星の海より来る邪悪な化け物からこの惑星を守る義務があるのだ。
 当然その貴族を束ねる王はいついかなる時も生き残ることが優先される。
 本来ならウェールズ皇太子が残るなど言語道断、拘束してでもトリステインに連れて行かねばならない。
 そう、ルイズには言うことができなかった。
 彼が亡命している猶予などもはやないということだろう。

「敵が攻めてきた、ってどういうこと? 鬨の声も何も聞こえなかったわ」
「わたくしも詳しくは知りません。夜襲の類ではない、ということしか」

――そもそもメイジだけを迎撃に回すって言うのがおかしいのよ。なんで平民を奥に引っ込めるような……。

 ぐるぐると思考を巡らせながらルイズたちは早足で隠し港に向かう。
 ぽつり、とティファニアが呟いた。

「……混沌よ」
「え?」
「這いよる混沌が来たの」

 その言葉にルイズは思わず足を止めかけた。

「ティファニア様! ミス・ヴァリエール!」

 そこに老メイジのバリーが息せき切って現れる。
 彼は軍装束の懐から古びた木箱と指輪を取り出しティファニアに手渡した。

「風のルビーと始祖のオルゴールでございます。お急ぎくだされ!」
「これ、お兄様が持っていくはずじゃ……」
「……お急ぎくだされ!!」

 血を吐くようにバリーは叫んだ。

「マチルダ、後を頼む」
「……バリー師匠、承りましたわ」

 それだけ言うとマントを翻してバリーは城門の方に走って行った。
 呆然としているティファニアを促しマチルダは歩き出す。
 その目じりには涙が浮かんでいた。


***


「……ここどこだよ」

 才人は迷っていた。
 途中何人もの兵士とすれ違ったからその時に隠し港への道を聞けばよかったのだが、皆鬼気迫る表情だったので声をかけづらかったのだ。
 なんとなく自分の勘を信じて、廊下を突き進んだり階段を上がったり下りたりした結果、ようやく自分が迷子であることを認めざるをえない状況にまで追い込まれた。

「しかもここ外じゃねーか」

 彼がたどり着いたのはメアリーが月見をしていた中庭だった。
 城中で月明かりを打ち消すほど多量のかがり火が焚かれているため、先ほどのような美しさは残っていない。
 才人は自分の方向音痴さにため息をついた。

――隠し港ってどこだよ……って、あれ?

 すっと中庭の教会へ入っていったのは見知った顔だった気がする。
 出会ってからずっと才人の心を悩ませるワルド子爵だ。

――迷子になった、なんて知られたらまたバカにされそうだな。

 才人のワルドに対するイメージはよろしくない、むしろ悪い。
 エリート特有の「俺偉いんだぜ?」オーラがぷんぷん出ている、と勝手に決めつけていた。

――あいつも港行くはずだから、こっそり着いていきゃいいか。

 抜き足差し足忍び足、と心の中で唱えながらこそこそ教会に近づいていく。
 さっと扉近くの壁に背中をつけて気分はスニーキングミッション。
 扉は開け放たれていて、中から微かな話声が聞こえた。
 一人は勿論ワルド、しかしもう一人は知らない声だった。
 声から受ける印象は少し年のいった男性、しかし底知れない何かをその平坦な調子の話し方から感じることができる。

「聖母様は降臨されたようですね、クロムウェル閣下」
「無事トラペゾヘドロンを捧げるという大役を果たすことができたよ」

 クロムウェル。
 その名前を才人は知っている。
 かの邪神を信仰するナイアルラトホテップ教団、その大司祭にあたる人物だ。
 間違いなくアルビオン王国の敵であり、もっと言えばハルケギニア全体の敵。
 それがどうしてワルドと話しているのか、ワルドがなぜ彼を閣下と呼ぶのか、トラペゾヘドロンとはなんなのか。
 才人の疑問は尽きない。
 が、例の“許せない気持ち”と“ここにいてはマズいという気持ち”が彼の思考力を奪うかのようにせめぎ合う。

――よ、よくわかんねえけどルイズに相談だ。

 色んな考えを一度破棄して行動指針を決定する。
 すっと身をかがめて壁から離れ城の中へと足を進めていく。
 無論足音をたてるようなヘマはしていない。
 していないはずだった。

「その前に、目障りな輩を始末させてもらいましょう」
「っ!?」

 ワルドの声とともに突然目の前に白仮面が降ってくる。
 才人にはそういう風にしか知覚できなかった。
 突如姿を現した男はゆっくりとその顔を覆う仮面に手をかけ、外した。

「し、子爵さん……?」

 仮面の下にあったのは、ワルドの顔だった。
 思わず逃げ出そうと振り向けばそこにもまたワルドと見知らぬ聖職者風の黒衣を身にまとった初老の男性。

「ど、どういうことだよ……それにクロムウェルって敵なんじゃ」
「つまり、そういうことさ。ガンダールヴ」

 答えたのは初老の男の隣にいたワルド。
 才人にはもう何が何だかわからない。
 ただ後ずさるしかできない。

「せめてもの情けだ。始祖ブリミルの雷で逝くがいい」

 バチンと空気の爆ぜる音がする。
 その刹那才人の視界は白光に閉ざされた。

「ッァァアアアアア!!!!!!」

――痛い、なんで、俺、るいず……。

 とりとめもない思考を最後に、彼の意識は途絶えた。
 膝をつき、前のめりに倒れ込み、それきりピクリとも動かなくなった。
 それを見ていたのは無機質な瞳のワルドとクロムウェル、それに中庭を照らす双月だけ。
 ワルドは何事もなかったかのようにクロムウェルへ一礼し、話を切り出す。

「では閣下、我らが聖母様の下へ参りましょう」
「とどめは?」
「風メイジたる我が身にとって心音の有無程度たやすく聞き分けられます」
「そうかね、では君を聖母様に引き合わせよう」

 ただそれだけの会話。
 彼らは無言のまま城門へと向かう。
 後には物言わぬ才人が残されるのみだった。



次回「メアリー・スーに祝福を」


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