《終闇の街》。周辺のモンスターのレベルが全体的に見て中盤ほどの比較的安全な街。
この街に滞在するプレイヤーは全体の一割ほどと、かなり多い。それはこの地帯が普通の安全を得られ、なおかつ普通の稼ぎが出来ることに由来するのだが。他にもう一つ、この街に滞在する理由がある。
それは、モンスター襲撃率の少なさである。プレイヤーの死因の第一位としてあげられるのが、拠点防衛戦である。その際にはNPCの傭兵などを雇ったりすることもできるのだが、やはりプレイヤーのような実力がある傭兵はほとんどいない。
そこはやはり、プレイヤーは自身が生き残るために命を懸けなければならないのだ。
周りは草原や湖といった穏やかで開けた場所なので、奇襲されるということはあり得ない。
まさに、危険が潜む《クロード》の中でのオアシスである。
「おーっす。久遠のお兄さんが帰ってまいりましたよー」
その街にある鍛冶屋に黒づくめの少年、日比谷久遠は気の抜けた声とともにドアを蹴り破り押し入る。強盗をしようというわけではない。建てつけが悪い仕様なのだ。
中に入ると一人の少女が口をぽかーんと開けて絶句していた。
栗色の髪の毛を肩のあたりで斜めに切りそろえるボブカットをしている少女で、年のころは十三歳ぐらい。今が元気な思春期真っ盛りな少女である。煤けた鍛冶服を着ていて色気などどこにもないのが玉にきずで、それを本人も気にしているのは秘密らしい。
「あ、あんた……あの迷宮から帰ってこれたの?」
「当たり前だろ。じゃなけりゃ行ってない……とも言い切れないか」
「……ちッ。今度こそ死ぬと思ったのに。クマムシ並の生命力ね」
「流石に切り刻まれたら死ぬ。今回は切り刻まれそうになったけど」
「《ダイイング》だったっけ? あの迷宮のボス。中盤の迷宮とは思えないほどの実力を有しているから、ここらへんの人じゃ太刀打ちできないから放っておいた」
久遠は古ぼけた二人座りのテーブルに深く腰を下ろす。見ればところどころ擦り傷だらけだ。クソ忌々しい《ハークス》の追加システムの所為だ。しかし、この傷もプログラムによって一日も経てば消えてなくなるだろう。
栗色の少女は呆れたような視線を久遠に向ける。この馬鹿は本当の馬鹿だと、はっきりと認識した。
たしか、久遠が潜ったのはレベル60ほどの迷宮だったはずだ。ここら辺のプレイヤーでは潜ることさえ難しい。そこのボスモンスターを一人で相手にしようなどと考えるバカはいないのだ。
「僕の職業は伊達じゃないってわけだよ。うん」
「…………地味の塊」
「それは禁句!! たしかに職業の熟練度上げは地味な上に苦労したけど、それを本人の前で言っちゃあいけない!」
「前作でもその職業はほとんどいないと言われるほど、その熟練度上げが地味すぎる最高位職業。地味地味地味、JI☆MI★」
「遥日爽夜、恐ろしい子…………っ!! 十三歳、可能性溢れる…………っ!! けど、胸の方は期待できない…………っ!! 貧乳ロリ…………っ!!」
ここまで言うと、爽夜の肩がぶるぶると震えだした。怒っている、そう確信した久遠は言い過ぎたと後悔するが時すでに遅し。後悔先に立たず。後の祭り。そんな言葉が頭の中で連綿と繰り返されていく。
ズズズ、と。身長一四〇センチの少女が持ち上げるにはでか過ぎる金槌がその背後から現れた。この世界で外見に騙されると、死ねる。
経験値稼ぎとは、なにも武器を振るってモンスターを倒すばかりではない。《鍛冶師》であれば、ハンマー片手に武器を打ったりしても経験値が得られる。一年間、この少女が思いハンマーを振り回してきたとしたら、筋力値は馬鹿みたいに高くなっているはずだ。
もともとはプレイヤーが爽快にプレイできるのが売りな《HELIX ONLINE》。能力が極端なのである。おそらく、敏捷値にステータスを極振りすれば音速を超える体験だって可能なはずだ。
デスゲームになってからは、そう簡単にレベルが上がらなくなっているのだが。
それは今は置いておくとして、あのハンマーで殴られれば、一撃とはいかずとも軽く死ねる。
「謝るか、死ぬか、選びなさいよ。それに、私の胸は控えめなだけよ。決して貧乳などではない」
ゴゴゴ、と背後から怒気が滾っているのが見えてしまった久遠。顔を引き攣らせながら、「暴力ロリ」と呟くと頭を下げ謝った。どうやら彼女には小さな呟きは聞こえなかったらしい。
爽夜は、「ふん」と鼻から息を吐くと、ハンマーを背後に戻す。どうやって仕舞っているかというと、背後でメニュー画面を展開し、そこから武器である《重鎚グラヴィティ》を選択しているわけである。
「で? 《死神の鎌》、取ってきたんでしょ? 出しなさいよ。今なら出血大サービスの三〇〇パーセント増でやってあげないこともないけど」
「僕が出血するよねそれ」
適当に反論しながら、久遠はメニュー画面の《ポーチ》をタッチ。そこのアイテムウインドウから《死神の鎌》を選択。瞬間、手の平に白いポリゴンが集まり巨大な鎌の形を成した。
「ん、これ。そうだ、ついでに《フルティング》もお願い」
《死神の鎌》を受け取った爽夜の顔が呆ける。音を当てはめるとすれば、きょとん、だろうか。口をぱくぱくと開閉させた後、戦々恐々といった様子でおずおずと言葉を紡ぎ出す。
「い、いいの?」
「ワーカーホリックの爽夜ちゃんにご褒美なのだよ。ふっはっは、崇めたまえ。おののきたまえ。僕の心の広さに」
「…………やめても、別にいいんだけど?」
「お願いしますこの通りですやってください」
久遠の背にかけてある黒い刀身の漆黒の剣。レベルが五〇に達する直前に偶然エンカウンとした竜を手持ちの回復アイテム全てを使い切って倒した際に現出したもので、万能で高性能な武器である。
それぞれの武器には《ウェポンズスキル》というものが設定されている場合があり、《フルティング》の場合は《血啜》。敵を切り倒すたびに鍛冶師の手を借りなくとも性能をアップさせる優れモノである。
ゆえに、今まで何度かワーカーホリックの爽夜に、「強化してあげてもいいわよ」と頼まれても、「強化されなくともいいのだよ」と意味無く避け続けていた。
「ほら、大事に扱えよ?」
背にかけてある《フルティング》を抜き、爽夜に渡す。持つにはそれなりの筋力パラメーターが必要なのだが、爽夜の馬鹿力もとい秘めたるパワーなら大丈夫だろう。
「折ったりしたら抱かせてあげてもいいわよ?」
「一三歳が背伸びをしない。そしてその情報を誰から仕入れた今すぐ潰してきてやる情操教育上よくない」
「風深さんから」
「なん、だと…………?」
座っている古ぼけたテーブルからズザザと仰け反る。なわわわわ、と口を震わせていると爽夜が腕を組んで、
「っていうか、誰でも知ってるわよ。メニュー画面の装備画面のところで初期装備全部はずしてそのままメニュー画面閉じれば」
「言わなくてよろしい。お兄さん怒ってしまいますよ? つまりそれはこの店の半壊を意味している。僕、恐ろしい子…………っ!!」
「テメェのフルティンぶち折るぞ」
「DO★GE☆ZA」
ふんふんと鼻を鳴らしながら《フルティング》と《死神の鎌》を肩に担ぎ工房の奥に姿を消していった。久遠は、「最近の若者は怒りやすい」などとぶつくさ呟きながらメニュー画面を開いた。
そしてステータス画面をのぞく。
レベル六五。それが今の久遠のレベルだ。トッププレイヤーたちのレベルの平均が七〇なので、よくここまでレベルを上げられたものだと自分で感心する。
そして、最高位の職業。爽夜からは地味だと言われまくったが、使い勝手が物凄くいい。それに付随して手に入れたスキルもどれもこれも使いやすいもので、下手にユニークな職業を選んでいたら今頃死んでいた自信がある。
ステータス画面を閉じると、右上に新しく追加されたカウンターを忌々しく見やる。
3485人。
また、減っている。
今、この仮想現実世界の中で生き残っている人間の人数を示すカウンター。最初四千人いたプレイヤーも今では三千五百人ほどになってしまった。まだ多い、と言われればそうかもしれないが、このゲームがまったくの新作で無いことを考えてみるとかなり絶望的だ。前作経験者が多いこの世界で、その経験者ですら死んでしまうのだ。
これが《ハークス》の趣向を凝らしたイベントではないことは最初の一カ月で判明している。この世界で死んで、現実世界では本当は生きていたとする。今までのことは悪い冗談で、この世界で死んで行ったプレイヤーたちはあちらの世界で生きている、そう根強く信じていた人もいた。
だが、それなら最初の一人が死んだ時点で、自分たち全員が強制ログアウトされていなければおかしいのだ。それがされていないということは、つまり、この世界での死は現実での死を意味している。
限りなく現実に近い仮想世界。
そこに、《死》という概念さえ持ち出されてしまうと、もう現実とはほとんど変わらない。空腹を満たすために食事をし、身なりを整え、その日の糧を手に入れるために働き、一日の疲れを癒すように眠りが訪れる。
それが《クロード》という世界だった。
「なんていうか、難な世界だよ。ホント」
この死亡者の中に、自らの妹、白雪の名が刻まれていないのを祈るばかりである。もし、もう死んでいたとしたら、自分はきっと壊れてしまうだろう。家族をゲームで失うのは、もうこりごりなのだ。
「…………いや、あれは、僕の所為でもある、か」
暗い思考に陥りそうになった自分に気付き、黒い皮の手袋をはめた手で頬をパチンと叩く。この世界に来て自分には根暗な部分があると気づかされた。そういう点では、いい人生経験なのかもしれない。
工房の奥から金属を打ち合わせる音が一定のリズムで刻まれていく。
爽夜も、たしかこの街に来て初めて喋った人間である。最初は無機質なやり取りしかできなくなかったのだが、半年も通い続けると自然とそうなってくる。今では《妹》のような立場だ。口が悪いのがいつも傷なのだが。
「…………別れの時は近い、とかカッコつけて言ってみる」
そう。この街での下準備は全て終わった。
レベル上げとゲーム内の動作に慣れること。スキルと職業の熟練度を上げるのと情報収集。そこで手に入れた新たなスキルに必要な武器やアイテムの収集。
これらすべてを整えるのに今日まで一年かかってしまったが、いくら時間がかかろうと出来たのだからこちらのものだ。あとは、反撃を開始するまでである。
ガィンガィン!! と小気味いいリズムで金属が打ち合わせられる。
そして、唐突にその音が止んだ。鍛冶屋の中が静寂という音に支配される。
「出来たわよ。銘は《村正》、あんたが指定した通り日本刀タイプの剣よ。《ウェポンズスキル》は《血啜》。《フルティング》と同じね」
どうやら、久遠はいわくつきの刀に愛される星の下にあるらしい。
日本刀といっても、その刀身は紫と黒で、いかにもといった風貌を兼ね備えている。握ったら何かを斬りたくなるような衝動に襲われなければよいが、と不安タラタラに《村正》を受け取る。
「軽いな」
「あんたの筋力パラメータがおかしいのよ。それ、見た目に反してかなり重い設定してあるんだから」
久遠は爽夜の前で剣を振るってみる。
日本刀は武器だ。上手く使えなければ意味がない。
たしか、HOのQ&Aでは日本刀タイプの使い方のコツとして、刀身を振る際にブラさないというモノがあったはずだ。刀身が細く、真っ直ぐに入れないとあまりダメージは与えられないし、ガンガン耐久値が減って行く。
悪い所ばかりなようだが、それを補って余りあるほどのクリティカルポイントがある。初期装備ですら既に一五〇パーセントのクリティカルポイントを持っており、ここ一番というときに役立ってくれる。
「ふっ、ふっ」
《村正》の切っ先が空を切る。紅玉月の三〇日――七月の三〇日の蒸し熱い空気を冷たい刀身が引き裂いてゆく。出来るだけ直角直角と思っていても慣れないもので微妙に刀身がぶれてしまう。
ヒュヒュヒュヒュ、と若干額が汗ばむころ、久遠は試し振りをやめた。
「どうよ?」
胸(無いけど)の前で腕を組んで自分より背の高い久遠を見上げながら聞いてくる爽夜。とてつもなく自信があると見えた。
久遠は《村正》から爽夜に視線を移すと、何の気なしにこう言った。
「うん。爽夜に頼んでよかったよ。ありがとう」
「へ? ……あ、あたりまえじゃないのよ! こ・の、私がやってあげたんだから!!」
どうやらからかわれると思っていたのだろう。素直なお礼が来ると思っていなかったのかおかしなところできょどった。それを久遠は微笑しながら見つめる。
「お会計は? 三倍は無理だからな、恐らくこの刀を手放すことになる」
「普通でいいわよ。それでも十万ニゼはいただくけど」
「ん、ちょっと待ってて」
久遠はメニュー画面を開いて、そこに表示してある所持金をトレード枠に入れる。
同じように爽夜もメニュー画面を開き、そこに表示してあるニゼを受け取った。
商談成立。
「で? あんたはこれからどうすんのよ」
「旅に出る、とか格好よく言ってみる」
「……《攻略組》に追いつこうっていうの?」
爽夜は若干いぶかしむような瞳を久遠に向ける。
《攻略組》は、ここらへんのプレイヤーとは比べ物にならない。命がかかっている状況にもかかわらず、平常のゲームと同じような振る舞いでダンジョンを攻略し続けている。それも久遠が目指すところの最前線ともなると怪物だ。
天空から隕石が降り注ぎ、振るった鎚が大地を割る。およそ、現実とほぼ同じこの世界において、一種異常とも言える成長率だ。他のプレイヤーが命を懸けてすら超えられない《一線》を息をするかのように躊躇なく超えて、戦場に赴く。
「あんた、どっちかっていうと《防衛組》の方が似合ってるわよ?」
「それじゃダメなんだ」
久遠は少しだけ笑みをこぼしながら呟く。そこには自虐的な成分が少なからず含まれているのを、爽夜は見逃さなかった。
「妹さん?」
「ああ、そうだ。もう一年も待たせてるんだ。確かに妹はゲーマーに階級をつけるとしたら間違いなく《廃》のランクがつくほどのゲーマーだけど、それでも僕の妹なんだ。いくら足手まといになろうと、僕は妹を――白雪を守りたいんだ」
久遠の瞳に闘志が浮き出る。心臓の脈動は早まり、呼吸が若干荒くなる。おそらく、現実世界のベッドの上で寝ている本物の体も同じようなことが起こっているはずだ。せっかちな看護師ならすぐさまナースコールを押してしまうかもしれない。
「ふうん。だったら、せめて風深さんには挨拶して行きなさいよ。あの人、右も左も分からないあんたに無償で色々教えてくれたんでしょ?」
そこで久遠の顔が若干曇る。あからさまに拒絶している顔だ。額に別種の汗が滲み、片頬を思いっきり引き攣らせる。
「む、無償と言うわけではないんだなこれが」
「じゃあ、なによ。なんかしてあげたとでも?」
「十三歳には早い話しなのです。聞かないほうがよろしいでせう」
「だから、なによ!?」
「いいだろう! 言ってやろうじゃないか! だがそのまま教えても面白みがないのでヒント形式にしてやる。そして、気付くのが早ければ早いほど、君は変態と言えるだろう」
何故かは分からないが堂々と胸を張りながら、『今からセクハラ発言しますよ』宣言をする久遠。
それでも爽夜は何が言いたいのか分からない。鋭い人ならここらへんで気付くものだが。
「いいわよ、来なさいよ」
やはりここでも自信満々の笑みを浮かべて久遠を見上げる爽夜。久遠からしてみればこの前口上で気付かなかった時点で三下なわけだが。
「くく、お子様め。……ヒント一。風深さんはとてもエロいです」
「もういいわ、ありがとう」
「おめでとう。爽夜には《THE☆HENTAI》の称号を与えよう」
「…………、」
「は、早まるんじゃない爽夜ァ! 早くその《グラヴィティ》を」
「振るうんだ!!」
「ちょ、なんか被せられぎゃあああああああああああああああああああああ!?」
そのあと、金棒を持った鬼、もとい《重鎚グラヴィティ》を振り回す爽夜に街中を追いかけ回される久遠の姿があったという。
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