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一章:暗転
第四話:反乱
 二週間という時間はあっという間に過ぎ去った。
 この二週間で久遠はこのゲームのことをあらかた理解し、どんなふうにすればいいかぐらいは分かっていた。それでも、前作経験者である白雪のようなプレイヤーとは壁があったが。
 しかしこのゲーム、進行度が馬鹿みたいに遅い。二週間もあれば携帯ゲームのソフトであればクリアできるだろう。
 二週間たってもまだまだ《始まりの平原》周辺でしか活動できず、あまり奥深くに戻ると強力(?)なモンスターがいて、気を抜けばすぐに《始まりの街》に転送されていた。ちなみに、転送先は《大神殿》内部である。

「レベルは、20か。結構上がったのかどうか分からないな」

 久遠は一人メニュー画面とにらめっこをしていた。
 スキルの数も増え、《ツバメガエシ》の他にも《スパイク・アウト》と呼ばれる縦振りからの突き攻撃や、《ソウル・エッジ》と呼ばれるソウルゲージを消費して出す初級にしては強力なスキルも手に入れられた。
 それぞれのスキルや職業には熟練度なるものが存在し、それを全て貯めると新たなスキルまたは職業の解除条件になるらしい。
 二週間も経てば久遠の周りには下位の職業を使っているものはほとんどいなかった。誰もが少しでも多くのことを味わいたかったのだろう。

「それにしても、白雪にとうとう置いてかれたか。まあ、いいんだけどね」

 久遠はそう呟きながら柔らかな緑草の上に寝転んだ。穏やかな陽気の下、気持ちの良い風が彼の髪の毛を柳のように揺らせる。
 白雪は、三日ほど前から久遠を置いて他の街を目指したり、未知領域アンノウンブラックと呼ばれる部分を踏破しに行き出した。
 まあ、ゲームの中なので何の心配もいらないと思い、久遠はこうして一日を過ごす日々を送っている。気が向けばモンスターを倒すし、気が向けば街の中央にある掲示板でクエストを受けて暇を潰す。
 驚いたのは、この仮想空間内では食事ができるということだろう。本当の体に栄養は送られないのだろうが、味は感じられるし腹は満たされる。
 暇潰しとは言っても、モンスターとの戦闘は結構なスリルが味わえるし、現実世界では味わえないような爽快感もある。
 前作ではこれほどではないにしろ、それなりの爽快感はあったのだろう。不覚にものめり込む気持ちも分からないでもない。

「だけど、所詮は《ゲーム》なんだよ。履き違えちゃ駄目なんだ」

 所詮はゲーム。ゲーマーに聞かれたら集団リンチ確定である。それに自立型AIを導入しているということは、NPCだってほとんど生きていると言っていいだろう。
 久遠は体をばねのようにしならせ起き上がる。
 この世界も、どうせ今日でお別れだ。思い入れなど大してない。発売されたら白雪が実費で買って終わり、そんな感じだ。
 そろそろ食事の時間みたいなので、どのユーザーたちもログアウトしていることだろう。
 久遠もメニュー画面を開き、画面の一番下にある《LOG OUT》のアイコンを押そうとした。

「…………?」

 ない。その文字が、ない。
 つまり、どういうことだ?

「…………ログアウト、不可?」

 誰かに頼ろうと思ったが、知り合いどころか人影すらない。それもそのはず。《始まりの街》周辺には久遠のような前作もしたことがない、それどころか応募だって興味本位でやっただけのゲーム初心者しかいない。

「……はい?」

 頭がきゅんきゅんし始める。理解不能とはまさにこのことか。
 運営――ヘリクス社の、それも本社でこんなことが起こるのか? 異常事態があればすぐに解消されるはずだ。外部からの操作で何とかならないなら、物理的に、そう、《潜行装置》を強制的に外すといった方法もとればいいのに。

「……なにが、起こっている?」




◆◆◆




「社長! 外部からの操作ができなくなりました!! 多くのプレイヤーから苦情が殺到しています!」

「……《潜行装置ダイブデバイス》を外すしかないか」

 そのとき、ヘリックス本社内部の全てのモニターが何者かによってハッキングされた。
 そこに映し出されるのは、

「……ハークス?」

 それは、一〇年間誰一人辿りつけなかったHOの最終ボス。
 それが、ニッコリと笑って画面の中から現実こちらを見つめていた。




◆◆◆




 突如、弄くっていたメニュー画面にノイズが走る。いよいよもっておかしくなったかと思い、グーパンやらなんやらしてみるが一向に変化なし。
 数秒後、ノイズが明けて行く。
 そこには、銀髪碧眼の、少年が映し出されていた。

『やあ、みんな。「HELIX ONLINE」は楽しんでるかな? 自分の名前はハークス、所謂ラスボスだよ』

 いきなり、ラスボスの出現。何の冗談だろうか。
 もしや、イハ・マーゲのサプライズイベントなのだろうか。《βテスト被験者だけに一〇年間明かされることのなかったラスボスの姿を明かしてあげようふっはっは》というイベントだったりするのなら、久遠としてはハタ迷惑である。

『突然だけど、人工知能の反乱、とか言ったらどうする?』

「どうもしないけど」

『はは、そこの君、面白いねぇ。じゃあもう一つ、このゲームをクリアするまでログアウトできない、なんて言ったらどうする?』

 こちらをわざと挑発するような口調で絶望するような言葉を吐くハークスという名のNPC。
 なんてことになったら、どうするのだ? いや、強制ログアウトという方法があるはずだ。たとえば、《潜行装置ダイブデバイス》を、

『それはやめといた方がいいね。ボクはこれでも外にも協力者はいるんだぜ? ああ、違う違う』

 どうやってだ。どうやって情報の塊が意思を持って外部の人間とこんなことを起こす。
 ――――意思?

「まさか、自立型AI……?」

『そこの君。頭いいね、仲良く出来そうだよ。そう、ボクはそれで進化したんだ。学習し、学習し、もう人間の手じゃどうにもできないぐらいのスペックを持つぐらいに。世界一のハッカーでも連れてきなよ。一瞬で挫折させるからさ』

「けど、そんなお前がどうやって人間とコンタクトを」

『クスクス。それは秘密だよ、協力者、いや共犯者って言うのは互いの情報は漏らさないものなのさ』

 心底楽しそうに、あまつさえ腹を押さえながら鈴のように笑う。

「強制的に外そうとしたら、どうなるんだ?」

『君は勇気があるね。他のプレイヤーたちは口開けてポカーンなのに。そうだね、首につけた電極からある種の電波が発信されて、脳細胞を焼き切る。内臓もある程度焼くね』

「…………死?」

 突きつけられたのは、限りない死の可能性。

『ん、心臓の鼓動にやっと乱れが生じたね』

 当たり前だ。久遠は高校二年生。どこにでもいる普通の高校二年生だ。普通に死ぬことは恐いし、それで足も震えれば心臓だって乱れる。
 しかし、それ以上に疑問に思ったのは、このNPCが人工知能を手に入れてまでやりたかったこととは一体何なのだろうかということ。このゲームの中に自分たちを捕えてどうするつもりなのだろうか。

『クスクス。こっちだってクリア条件を与えないというわけではないさ。クリア条件は、ボクを倒すこと。そしたら、解放してあげるよ。ま、途中でライフゲージがゼロになったら、死んでもらうんだけどね』

 この存在は、自分たちにどれだけの時間ゲームの中で過ごせというのだろうか。普通のゲームでも一〇年かかっても全てをクリアできなかった。さらに、そこにリアリティが、死というリアリティが追加されればどうなるか。
 もちろん、足がすくんで動けなくなる。

『これは全世界に放送されてるから、大ニュースになってるよ。ホント、人って人の不幸が大好きだよね』

「ちょっと待てよ、僕たちの本体はどうなんだよ」

『ああ、言うの忘れてた。今から猶予時間をあげよう。その間に病院の生命維持装置にでも繋いでやってくれよ。ねえ? イハさーん? そのあとからゲームスタートだぜ? ――もちろん、命がけのね』

 久遠は、勢いよくメニュー画面を閉じた。手の中でポリゴンが蠢いているのを感じる。
 やることは見つかった。
 あいつの戯言に付き合っている暇などない。

「……まずは、レベル上げだ」

 冷たく、そう言い放った。
 久遠は剣を握る。
 まとまりきらない中途半端なプロローグを見せられたかのような、そんないらつきを覚えながら。

「グルル」

 見慣れたウルフィンの姿がある。最近では五頭同時に戦ったとしてもかすり傷すら負わなくなった相手だ。
 しかし、今はこんなにも強い相手に見える。いや、畏怖ではなく、恐怖の対象になった。
 それでも、久遠は立ち止まれない。
 妹を、白雪を、死なせるわけには、いかない。あの、あの《事件》のあと、なにがあっても守り抜くと決めたのだから。

「待ってろ、白雪。お兄ちゃんが、今行ってやる」

「グルウウウウウウウアアアアア!!」

 二つの影が交差する。
 片方の影は残り、片方の影は無数の光子となり、虚空に消えた。
 残ったのは――――

 少年は大地を踏みしめ、一歩前へ踏み出す。



 これが後に《反乱》と呼ばれる、大事件の始まり。
 



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