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一章:暗転
第三話:体験
 あれから社内に案内され、会議室のような場所に通された。
 どうやらあのバスに乗っていた人間同士が小規模のグループらしい。大体、四〇人程度が乗っていたので、他の部屋があと九九部屋もある。
 そして、

『こんにちは、みなさん。イハ・マーゲというのだ』

 大きな画面に映し出されたのは、《HELIX ONLINE》をしていたものなら誰もが知る男の姿だった。もう四〇を半ばとしているはずなのに、眼鏡をかけたその奥に潜む瞳にはいまだ若き光が宿っている。
 それこそが、小さな会社をオンラインゲーム最大手の会社にした力なのだろう。

『今回は私が手掛けた「HELIX ONLINE」のβテストということで集まってもらったのだが、みなさんはゲームが好きかな?』

「SUKIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!」

 久遠の隣で殿広が奇声を発した。
 しかし、それすらも温厚な瞳で見つめるイハの眼差し。

『それはなによりだ。これからみなさんに体験してもらうのは、そういったゲームの最先端。VRMMORPGというものだ。……ふふ、これ以上説明するのも億劫だね。さて、神谷こうや君。βテスト試験場に案内してやってくれ』

「かしこまりました」

 神谷と呼ばれた女性は、「忘れ物が無いようお気を付けください。それでは、ついてきてください」とにんまり笑顔でゲーマー四〇人程度を引き攣れて部屋から出た。

『……ふふ。私も、開発するだけではなく、久々にゲームをしたくなったな』

 心底楽しそうに、イハ・ゲーマはにっこりとほほ笑んだ。




◆◆◆




 大きな部屋。そこには四〇ほどの椅子が用意してあり、その傍らには小さな円形テーブル。そしてその上には、

「こちらが、《潜行装置ダイブデバイス》です。これを頭部に装着し、二つの電極を首筋に張り付けてください」

 スーツを着た茶髪の女性、神谷がヘッドギア型のそれを手にとり説明した。
 殿広と紗雨奈はわいわいがやがやと久遠と白雪の二人を置いて先に装着してしまった。

「ん、じゃ、白雪。ゲームの中で」

「アニキ、それ禁句。現実世界と考えなきゃ、面白くなくなる」

「はは。はいはい、じゃ、また・・

「うん」

 隣同士の椅子に座る久遠と白雪。
 神谷に言われた通り、頭にヘッドギアタイプの《潜行装置ダイブデバイス》を被ると、次の指示を待った。
 目から耳、鼻のあたりまで完全に隠されている。それが若干の不安感を抱かせる。これが小規模でほぼ無名の会社だったら逃げ出していることだろう。大手の会社で信頼があるからこそ、出来るのだ。

「次に右側頭部あたりにあるボタンを押してください。そうすると、意識が落ち、次に目が覚める時には、クロードです」

 若干の興奮と若干の不安が入り混じる。
 指先でボタンを弄くりながら、最後まで久遠は悩んでいた。周囲の人間が次々と仮想現実の世界に落ちて行く中、久遠は最後まで押せないでいた。

「どうしたのですか?」

 そんな様子を心配したのか、神谷の声が暗闇の向こうからかけられる。いきなりのことだったので方がびくりと揺れる。

「少し、不安でして」

「ふふ。私もそうでしたよ。なんせ、機械に全てを預けるわけですから。こちらの世界に戻って来れないかもしれないという不安感はあります。二十一世紀末といっても、まだまだそういった事故が絶えませんから」

 どうやら、神谷は一足先に体験済みのようだ。それもそうだ。まずは、安全を図ってからではないと世に売り出すことはできない。
 しかし、久遠の心配はそこではない。

「失礼しますが、あなたのお名前は?」

「日比谷久遠です」

「……日比谷、さんですか。もしかして、あの《事件》の?」

「…………、」

 どうやら、神谷も知っているらしい。それもそうだ。一般社会において、あの《事件》は大した問題にならず、新聞の隅の見出しに小さく紹介された程度の事件だったが、こういったゲーム関連の会社ではそれなりに有名だ。

「……はは。そろそろ、行ってきます」

「あの、」

 神谷は何かを言おうとしたが、久遠は気にせず右側頭部のボタンを押した。
 カシュン、という空気の抜けるような音とともに、体に軽い電流が流れる。急速に意識が闇の底へと沈んでいく。
 あの《事件》のとき、両親は静かに彼を見下ろしていた。
 それ以外のことは、憶えていない。




◆◆◆




 急激に浮上していく意識。例えるなら、爽やかな朝の起床といったところか。倦怠感などない、むしろ普段よりも清々しい感覚が体を満たす。
 ゆっくりと、目を開いた。
 そこには、久遠の全く知らない世界が存在していた。

「……ここが、《クロード》」

 そこは大きな広場だった。周囲にはごったがえすほどの人影。しかし、そのどれもが見慣れない格好をしている。久遠も自分の体を見てみると、現実世界ではありえないような格好をしていた。
 どうやら、最初期の服装はランダムに設定されるらしい。久遠の服装は白いワイシャツのようなものの上に茶系のジャケット。藍色のジーンズの様なものという私服然としたものだった。だが、要所要所に見える武器を提げるための装飾があったりと、現代風の冒険服といったようなものだった。
 もう一度あたりを見回すと、やはり、不思議な世界だと思う。
 街灯が宙に浮かんでいたり、おそらくNPCと思われる人影の中には異形の者がいる。
 手を握ったり、その場駆け足などをしてみるが、全く違和感がない。動くたびに髪の毛の一本一本まで正確に動くし、頬を撫でる風は本物のように感じる。
 他のプレイヤーたちもその感覚に興奮しているのか、およそ四千人のざわめきが大きな広場を埋め尽くしていた。

「アニキ」

 不意に横からかけられるぬぼっとした声。聞き慣れたもので、すぐに誰の声か分かった。

「白雪?」

 なんだか最初から職業が決められているような黒いローブに身を包んだ白雪の姿があった。まるで男モノのシャツを着た女性のようで、なかなかに来るものがある。

「……ここは、《始まりの街》だと、思う」

「…………ネーミングセンスは無難なんだな」

「ここで、最初の職業を決められる。わたしは《魔導師》にするけど、アニキは決まってる?」

「《剣士》、かな? 多分」

「…………ウルトラ普通ブラザー。《剣士》は普通すぎて最後らへんにはほとんどいなかった」

 白雪が『分かってねえなこいつ分かってねえよ』みたいな目でため息をつくので少しむっとしたが、可愛い妹の言うことなので許容することにしたらしい。代わりに頭を撫でる久遠。

「ん……じゃ、行こ」

「ん? そういや殿広と紗雨奈さんは?」

「先行ったんじゃない? 実は、わたしもアニキを見捨てて先に行こうとした」

 うふふ、と軽く微笑しながらとんでも無いことを呟いた白雪。何も知らない久遠がこの世界に取り残されたら、βテスト一日目はこの広場でぼーっと過ごすしかなくなる。

「じゃ、《大神殿》に」

「あの大きな建物か?」

「うん」

 白雪がゆるゆると指をさした先、広場の中央にある噴水のさらに向こう側には意思やステンドグラスで彩られた神殿と形容すべき巨大建造物があった。他のプレイヤーもそこに向かっているらしく大混雑が予想される。
 自立型AIを導入したということは、そこの司祭などは慌てふためいたりするのだろうか。一人で四千人を相手にするのは本当にきついと思うが、まあ頑張ってほしいものだと久遠は願う。

「みんなも職業は決めてるらしいから、思った以上にすぐ終わると思う」

「……それにしても、どのゲームにも説明キャラは付き物だけど、このゲームにはいないんだな」

「わたしが、なってあげるから。みんな大体パンフを読み漁ってるから。アニキ、サボり」

「大丈夫。メニュー画面の開き方ぐらいは見た」

 久遠はそういうと右の人差し指と親指を合わせて勢いよく開いた。
 すると、透明な薄緑色をした画面が空中に展開される。そこにはユーザー名とレベル、ステータス表示や、あとログアウトボタンなどが存在していた。画面の両端を指で摘まむと、パソコンのウィンドのように広げた縮めたりできる。
 久遠は今別にいじることも無いので、closeのボタンを押した。

「ふふん、どうだ……って」

「アニキ、なにしてんの? ……遅いよ」

 完全無欠に無視をされた。
 久遠は苦笑いしながら、白雪のあとを追った。




◆◆◆




「はあ、はあ……貴殿は、どんな職業にするのだ?」

「…………、」

 息を荒げるNPC、もとい司祭。どこからどう見ても、生きた人間にしか見えない。
 どうやら久遠たちが一番最後らしく、その目には希望を満ち溢れていた。最先端技術の恐ろしさを目の当たりにした。

「わたしは、《魔導師》」

「了解した。……神よ、そのチカラを以って、この者にその加護を授け給え。魔を律する、その加護を」

 ポウ! と。白雪の体が淡い光に包まれる。これ自体でもう興奮するしかないのだが、あまりの出来ごとに絶句した久遠。人間、真に驚くと言葉が出ないのだ。
 白雪も涼しい顔をしているものの、本当は興奮しているのだろう。小さな白い手をぎゅっと握りしめていた。

「お、終わった……これから精進されよ」

「うん。おつかれ」

「…………ぐす」

 見た目四〇代後半の男性が涙を流す姿はなかなかにシュールなものだった。NPCにここまでの感情があると、とても不気味なものがある。彼らは、この仮想空間の中で確かに生きているのだ。

「貴殿は、どの職業にするのだ?」

「《剣士》」

「……ふ。普通だな」

「言うなし」

 どうやらパンフにあった通り普通に言葉を交わすこともできるらしい。ますます人間だ。

「神よ、そのチカラを以って、この者に加護を与え給え。武を振るう、その加護を」

 白雪と同じように久遠の体が淡い光に包まれる。
 体に、不思議な感覚が染み渡って行く。腕力が強くなっているような、素早く動けるような、そんな感覚。

「これから精進されよ」

 久遠の目に、初めて司祭の姿が神聖に映った。どうやら、ただの説明キャラではないらしい。

「なにか、失礼なことを考えてはおられまいか」

「は、はは。い、行くか白雪」

「……うぃ」

 どうやら、勘とやらも働くらしかった。本当の人間だ、これでは。
 よもや、スカ○・ネットみたいな反乱が起こらなければいいが、そんなことを本気で心配する。

「アニキ、とりあえずは、始まりの平原とかにいって、動作確認」

「ん、そうだな」

「そのまえに、メニュー画面開いて。どんなスキル使えるか確認」

「そ、そうだな」

 白雪に促されるままに親指と人差し指を合わせ、勢いよく開く。
 開かれた半透明の画面を指でタッチしスクロールさせ、ステータスのところをタッチする。

 『日比谷久遠 Lv1』
 【職業】
・《剣士》
  剣士派生の最初期職業。平均して安定したステータスを誇る。
 【スキル】
・《ツバメガエシ》
 剣を振り抜いた直後に硬直無しで斬り上げる。

「……《スキル》ってのは、最初貰えるモンは人それぞれだったりする?」

「する」

「そうか。けど、剣って言っても、剣を持ってない剣士か。徒手空拳で手刀を駆使して戦ったりするのか?」

「最初に一万ニゼが支給される。それで装備を整える」

「じゃ、行くか」

「うん」




◆◆◆




「のわッ!?」

 《始まりの平原》と呼ばれる場所に二つの人影と、四足獣の影が差す。
 襲いかかってくる黒い狼のようなモンスターの攻撃を間一髪のところで避ける。HOではある程度のリアリティを持たせるため、ある程度の痛覚がもたらされるらしい。
 それも、興奮を掻き立てるための促進剤のようなものなのだろうが。

「アニキ、それ雑魚。動きは少し速いけど、単調な攻撃しかしてこない」

 そんな様子を少し離れたところから傍観する白雪。
 そうは言っても、久遠は別に現実世界で剣道をやっていたわけでもなく、単調といっても癖なんかがこの短時間で見つけられるわけも無い。

「グルゥア!」

「のうッ!?」

 さらに武器屋で買ったこの《アイアンソード》という剣。若干細身ではあるが、その重厚さに慣れなければ簡単に扱うことすらできない。

「普通に振るんじゃなくて、システムに動作を任せるといいって言ってた。ようするに《スキル》を使えってこと」

「んなこと言ったって」

 どうやって使えばいいんだよ具体的にィ! という叫び声は完全に無視をされる。
 そうこう考えている内に、白雪の言うところの単調な動きでまたも黒い狼が飛びかかってきた。
 ゲームなんだから――――そんなふうに考えようとしても、目の前に迫る牙や爪は本物のように感じられ、敵意すら感じられる。
 しかし、もうそれは割り切ることにしたようで、黒い狼――ウルフィンの攻撃を正面から受け止める。体格差からか、それともプレイヤーとモンスターとの地力の差か、結構簡単に押し返すことが出来た。
 押し返されたウルフィンは低く唸ると少しの硬直が出来る。
 勝機チャンスッ――――そう思った久遠はアイアンソードを振り上げ《アップ》と呼ばれる機能を使う。漫画やゲームのように(ここがゲームというのは置いておく)一歩踏みきることで距離を詰めることができる機能だ。プレイヤーのステータスによっても速度が変わる。もちろん、それもプレイヤーの脳から送られる電気信号をもとに行われる。
 そのとき、ウルフィンの硬直が解けた。それと同時に久遠の攻撃が振り下ろされるが、上へと飛びあがることによって避けられてしまった。

「《ツバメガエシ》!!」

 瞬間。硬直も無しに細身の剣が刃を返し、まるで燕の急上昇のように斬り上げた。空中で動作を取れないウルフィンはそのままその刃を首筋に受ける。
 そのとき、ウルフィンの上のライフゲージ――緑色の棒――が一気に消えてなくなった。ウルフィンの体が無数の光り輝く光子に分断され、虚空へと消えていく。その後に残った鋭い牙。久遠がそれに触れると《ウルフィンの牙》という表示が出て、虚空に消えて行った。

「おめでとう、アニキ。アイテムは触れたら《ポーチ》に送られるらしい」

「……ぶはぁ!」

 そこで一気に緊張の糸が解け、その場に座り込んでしまう。柔らかな緑草は久遠の緊張で凝り固まった筋肉を優しく包み込んだ。

「なんか、精神的に疲れるな、このゲーム」

「慣れると、綺麗にコンボを決められる。アニキの経験不足。最初はそんなモノ。焦ることは無い」

「ふーん、そんなモンなのか。てっきり最初から無双出来るモンだとばかりに」

「ゲームは、そこまで甘くない」

 でーんという効果音が聞こえそうなほど堂々と言った白雪だが、本当は胸を張るようなことでもない。それじゃあ娯楽の意味無いじゃん、という久遠の当然ながらの疑問はまたも無視されたのだが。
 そんなとき、今度は二頭のウルフィンが近づいてきた。
 久遠の今の実力では二頭同時に相手にしたら確実に《始まりの街》に転送されることになるので、必然的に白雪が動くこととなる。

「白雪、いけるか?」

「当然。アニキよりスマートに勝てる」

 全然嬉しくない受け答えだったが、頼もしいではないか。現実世界でもこのぐらい活き活きとしてくれたらいいな、と久遠は栓なきことを考える。
 白雪は片手杖、木で作られた《オークスタッフ》を構える。
 HO内において《魔導師》の初期スキルの数は他の職業に比べると多い。そうでなければ単発系の魔法スキルを延々と放つしかなくなるのでそういう仕様になっていた。
 魔法があるということはMPマジックポイントがあるのかと言われれば、あるのだ。ライフゲージの下に青い棒――ソウルゲージと呼ばれるものがある。それが便宜上、MPと同義だ。

「燃えよ、《ファイア》」

 そう唱えることことで拳大の火の玉が空中に現れ、一直線にウルフィンに襲いかかる。しかし、自立型AIの導入は伊達ではないようで、前作では避けるという動作をとらなかったウルフィンが横に飛びのきやり過ごす。
 白雪の頭の上のソウルゲージがわずかに減った。その程度の威力の魔法ということだ。
 久遠もいつまでも傍観しているわけにはいかない。もう一頭、ウルフィンはいるのだ。
 彼は苦笑いしながら白雪と視線を交差させると、アイアンソードの柄を力強く握りしめる。
 案外、ゲームとは楽しいものだった。
ご感想ご批判ご指摘、お待ちしております。

十月十四日。
主人公の服装を変更。


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