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一章:暗転
第二話:HELIX COMPANY


 八月一日。ヘリクス社へと向かう送迎バスに乗り込んだ二人。
 それまでに何のトラブルも無かったと言えば嘘になる。
 燦々と照りつける地獄の陽光が引きこもりでオタクな白雪の体力をガンガン削った。それ以前に二週間の体験で必要な着替えなどを詰めたリュックサックが持てず崩れ落ちた。そのさらに以前に、引きこもりでオタクな彼女は外出用の服などどこにもなく、あるのはコスプレ衣装のみ。あえなく、久遠の小さめの服で我慢することとなった。
 そのバスの中で意外な人物と出会った。

「トノ?」

「ん? おー、久遠じゃねえか。って、オイ!? なんでお前がこのバスに乗っている、お前興味ないから応募しなかったって言ってたじゃねえか!!」

 周りのことも考えず叫び散らすのは久遠の友達である古沢ふるさわ殿広とのひろ。茶色に染髪した短髪にキリっと絞られた黒の瞳。耳にはピアスがつけられている。学校での通り名は《残念な人次席》。カッコいいのにゲーム廃人になりかけという残念なお方だった。

「いや、白雪が千通ぐらい応募して奇跡の二人分ゲットという偉業を成し遂げ、さらに僕にはまったくもって夏休みの予定がなかったという悲しい現実だからだ」

「それは嬉しいのか悲しいのか分からねえな……ん? おー、白雪ちゃんちーっす!」

「ちーっす」

 二人はネトゲ仲間だ。たしか、HOではクランを率いていた団長と副団長の間柄のはずだ。殿広を家に招待したときは、若干喋り方に温度差はあるものの二人でゲームについての話しに華を咲かせていたのを覚えている。
 そのとき。久遠は一人テレビに向かって話しかけていたわけだが。
 それはいいとして、殿広が久遠と白雪の前の座席に座る形になった。
 その前座席の背中のネットには今回のオープンβテストに関しての軽いのか重いのか、よく分からない説明がぎっしりと、それでいて分かりやすく書かれているパンフレットが差し込んであった。
 今回のβテストに関してはアバター製作は行わず、参加する個人の個体情報をそのまま適用するらしいとのこと。サーバー負荷軽減のためにもよろしくお願いしますとのことだった。それについて久遠や白雪、殿広はまったく困らないが、あたりから、「えー」やら「まじでか」などという言葉が聞こえてくるあたり、それを期待していた人も多数いるようだ。

 今回のβテストの実施期間は二週間。八月一日から八月十五日まで。そのあとのアイディア募集などの日程が一日ほど組まれている。
 さらに、今回の目玉となるVR機能。そしてもう一つ、今日まで知らされることのなかった事実。
 自立型AIの導入。ようするに、NPCノンプレイヤーキャラクターが定型文句だけでなく、その場に応じて言葉を発したり行動をとったりする。
 それがどれほど凄いことなのかよく分からない久遠だが、殿広が前座席で、「マジSUGEEEEEEE!!」とか叫んでいるので凄いのだろう。ようするに村の入り口の御爺さんが『ここはローグの村じゃ』だけじゃなく、他の言葉を話したり世間話をしたりできるってことだろう。そう自己完結した久遠。

「白雪、ワクワクしてきたか?」

「……うん。けど、アニキはいつもどおり?」

「まあ、そうだね。ようするに現実世界と変わらないんだろ? だったら、そんなに興奮もしないよ」

「ケっ。カッコいいお兄さんは言うことが違うねぇ」

 そんな兄妹水入らずの会話に割り込んできた見知らぬ女性の声。
 どうやら殿広の隣に座っているらしい。前座席を覗き込むと、

「リア充爆発しろ。妹とピンク色の空気を出すな。どこのエロゲだこの野郎。マジで世界って理不尽だし」

「あのー、どちらさまで?」

紗雨奈しゃうな。百々露木ももろぎ紗雨奈しゃうな。当て字としか思えない名前を持つ冴えないゲーマーだし。ゲーマーなめんなコンチクショウ」

 百々露木紗雨奈と名乗った女性は、髪の色をピンクに染め、一日一体何時間ゲームをやっているんだというほど隈が凄い女性だ。ふわふわとした桃色の髪を後ろで結っていて、その顔が全部見えるが、目元以外は可愛らしいものだ。おそらく自分たちと同年代だろう。

「よろしく紗雨奈さん」

「よろしくイケメン」

「イケメンなら君のとなりにも」

「うっさい黙れ。どうみてもあたしと同種の人間だろうが」

「結構傷つきましたよ! その言葉でオレの、殿広のHPバーは大きく削られましたよ!」

「ゼロにして始まりの街に戻りやがれ」

「……はっ! もしやこれはあれか? フラグという奴か? この後オレがこの娘を助けに颯爽と現れ、この娘がキュン死するフラグかオイやったぜやっとオレもリア充の仲間入りに」

「ならねえよ! 一生かかってもならねえよ! たとえ一万のドラゴンに囲まれたとしても、それだけはねえよ!」

 どうやら気が合う仲間が出来たらしい。
 久遠の顔も自然とほころぶ。
 ゲームもなかなか捨てたもんじゃないと再認識させられた久遠。
 だが、やはりあまり好きにはなれない。『あの事件』がずっと頭の中に残っている。

「アニキ? 暗い顔、どうしたの?」

 どうやら顔に出ていたみたいで、それを心配した白雪のぬぼっとした可愛らしい瞳が久遠の顔を覗き込んでいた。
 今は、そんなことを考えるべきではないだろう。
 せめて級友たちにする自慢話ぐらいは持ちかえらねば。
 そのとき、アナウンスが入った。添乗員の女性が礼儀よく、悪く言えばマニュアル通りの言葉を紡ぎだしはじめた。

『このたびはご当選まことにおめでとうございます。まずは日程の御確認と――』

 それから十分ほど経つと全て説明し終えた。『あとはごゆっくりお過ごしください』という言葉とともに周囲の人間がHOに期待を寄せてわらわらと話しはじめた。
 前座席に座っている二人もゲーマー同士、やはり話が合うらしい。喧嘩腰の中にも、時折笑い声が聞こえてくる。

「アニキ。やっぱり楽しそうじゃない」
「そんなことないよ。これでも結構わくわくしてるんだぜ?」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。そんなことより、白雪はこのゲームに結構詳しいんだろ? どんなゲームか教えてくれよ」
「……うん」

 どうやら話しを逸らすことが出来たようでほっと胸を撫で下ろす久遠。そんなに顔に出やすいタイプなのだろうか。もしくは、白雪の観察力が鋭いのか。

「わたしは、《魔導師》の職業を選んでた。HOには数えきれないぐらい職種があって、そのどれもがレベルをあげるとランクが上の職種に派生する。《魔導師》は、魔法を主に使う職種で、最高ランクが《古代魔導師》……レベルをカンストさせてようやくなれたけど」

「魔女っ子白雪……やばい、可愛い」

「話しずらすな……。アニキは、どんなのがいいの?」

「うーん。やっぱ前衛でズバズバやってるほうが性に合うだろうな。それに魔法使うにしても呪文とか使わないといけないんじゃないか? MMOのときはコントローラー操作だけでよかったかもしんないけど、VRMMOだと自分で呪文唱えないといけないんじゃないか?」

「……不覚。アニキがわたしより先に気付くなんて……。馬鹿っぽそうなのは、見た目だけ?」

「辛辣だなオイ」

 二人はぽつぽつと言葉を交わしていく。大体は久遠が知らないことを白雪に聞くという形なのだが、それに白雪は鬱陶しがらずにちゃんと答える。
 微笑ましい兄妹の図の完成である。
 前座席に座っている紗雨奈はイライラしたように歯噛みする。

(兄妹のくせにイチャイチャしやがってクソリア充が。だからリア充はリア充なんだよ。もはや畏怖の対象だし。どうやったらそんなリア充になれるか講座開いてくんないかしら)
「だーもう! イライラするぅ!」

「リア充リア充ぶつくさ言ってたけど、大丈夫か? なんならオレがお前をリア充にしてやってもいいけど」

「うっさいチャラ男! 本当はモテるのにオタク然としてる奴が結構嫌いなんだよあたしは!」

「紗雨奈も結構モテそうだけど?」

「皮肉か? 皮肉なんだろ」

 自嘲気味に笑う紗雨奈に対して殿広はさも当たり前かのように、

「いや、紗雨奈かなり可愛いじゃん。目の下の隈も、チャームポイントとして数えれんじゃねってぐらい」

「な、な、なな!?」

 口をパクパクさせながら顔を真っ赤にする紗雨奈。
 たしかに、それぐらいには可愛い。性格以外は、いや、性格もアクセントとして数えられるぐらいには可愛い。

(お、落ち着けあたし。ナンパだ、ナンパをされている。こ、ここ、こう言う時の対処法はえっと、うんと……)
「な、ななななななななな、なめてんじゃねえぞ!!」

「舐めるか。舐めて欲しいんなら舐めてやるけど?」

「へ、変態! 軟派! 女ったらし!」

「いや。だからオレ彼女いないし……そんなにオレの黒歴史をいじって楽しいのかーっ!!」

 素だ。素で軟派だ。そう思った紗雨奈だが、やっぱり口の方は止まらず、

「げ、ゲーマーなめんなよ!」

「だから舐めねえし! そして舐めて欲しい場所があるならこれでもかというほど舐めてやるが? ん? どうしたんだよ急に黙ってげぶッ!?」

「変態、二度と起き上がってくんなし」

 三時間後、飛行機に乗り換え到着した場所でまたバスに乗る。それから一時間ほどバスを走らせると、

『見えてまいりました。あれがヘリックス本社でございます』

 添乗員の女性がキーボードで打ったような正確な言葉を紡いでいく。
 バスに乗っていた三〇人強の視線が外へと向けられた。
 特異なフォルムの建物だ。全体的に白色で、三角形や円形、球体などを組み合わせたような遊び心溢れる巨大な建造物。
 《HELIX COMPANY》
 彼らが待ち望んだ、桃源郷である。

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